恐怖の喜び  カート・シンガー選『眠られぬ夜のために』
眠られぬ
眠られぬ夜のために―ウィアード・テールズ傑作選 (ソノラマ文庫海外シリーズ)
長井 裕美子
朝日ソノラマ 1986-02

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 ふつう「アンソロジー」といえば、傑作を選んだものという認識があります。ただ、アンソロジーの選択元になる対象が「B級」であった場合、事情は複雑になります。つまり「B級」の中にも「傑作」が埋もれていた、という方針で編むのか、それとも「B級」自体の面白さを前面に出すのか、ということです。
 アメリカの怪奇小説専門紙《ウィアード・テールズ》の場合、どちらの切り口でもアンソロジーを編むことができるぐらい、間口の広い雑誌といえます。例えば、国書刊行会から出版されたアンソロジー《ウィアード・テールズ》では、極端といえるほど「B級」味を前面に出していたのが印象に残ります。
 今回紹介する、カート・シンガー選『眠られぬ夜のために』(長井裕美子訳 ソノラマ文庫海外シリーズ)は、同じく《ウィアード・テールズ》からのアンソロジーなのですが、こちらもどちらかと言うと「B級」味を出した作品集だといえるでしょうか。

 オーガスト・ダーレス『空白の夢魔』 几帳面で学者肌の男キャンバヴェイは、毎日を決まった時刻で行動するのを常としていました。しかしその日に限って、起床時間を30分も過ぎてしまったのに気づき驚きます。しかも、木曜日に寝床についたはずなのに、今日は土曜日だというのです。書籍商アニマのところから借りてきたオカルト書を読んでから、何かがおかしくなっていると考えた彼は、アニマのもとに向かいます…。
 呪いをテーマにした怪奇小説。ひねりもあまりないので、いささか冗長です。

 ヘレン・W・カッスン『祖霊に安らぎを』 現当主アンビィの振る舞いに業を煮やしたコリンズ一族の先祖たちは、納骨堂の中で集会を開き、アンビィの前に現れることを計画します。曾祖父の霊が見えるようになったアンビィですが、周りの人間には気がふれたとしか思えません…。
 幽霊が見えるようになった男をめぐるスラップスティックな作品。しかもそれが原因で、ハッピーエンドになってしまうところが、じつにユニークです。

 キャロル・ジョン・デイリー『時を超えて』 学部長の「私」は、教え子のトミーが、ビルから落下した少女を受け止めて助け出したという話の真相を本人から聞きます。それは驚くべき話でした。トミーの恋人ルツは、時の外に生きる人間であり、その能力を利用して、人助けを行ったというのですが…。
 時間を止める能力を持つ人々を描いた物語です。明るいトーンはともかく、ちょっとご都合主義的な展開が気になりますね。

 アーサー・J・バークス『過去からの遺言』  戦死した親友の遺言により、譲り受けた家を訪れたエヴァン。彼は、ふと訪れた郵便局で自分宛の手紙を受け取ります。それは数十年前に初代の郵便局長トーエルによって書かれた手紙でした。手紙には、トーエルの借金について書かれており、それはまだ清算されていないということでした。エヴァンは、なぜか自分の手で借金を返さなければならないという義務にかられ、そのために債権者の家を回ることになります…。
 なぜ数十年前に死んだ人間が、自分の来訪を予期できたのか? 借金を肩代わりしなければいけない理由は何なのか? サスペンスたっぷりにひっぱる序盤の展開はじつに見事です。ただそれに対して、真相があっけないというか説明が不十分なので、結末が受け入れにくい感があります。

 ウイリアム・テン『幼い魔女』 西インド諸島で生まれ育ったサリエッタは、無気味な少女でした。白子で醜い外見もさることながら、その行動に奇矯なものがあったのです。女教師ドルーリィは、サリエッタを魔女ではないかと考え、ことあるごとに彼女につらく当たります。やがてドルーリィの体の具合が悪くなりはじめますが…。
 いわゆる黒魔術を扱った作品ですが、少女の描写がなかなか無気味で際立っています。ストーリー展開は予想がつくものの、ショッキングな結末の演出は名人芸的です。

 メアリ・エリザベス・カウンスルマン『笑顔の果て』 年若い妻と南米のジャングルを訪れた考古学者ハービン卿は、怪我のため臥せっていました。ハンサムなガイドのマリオと妻との仲を疑うハービン卿でしたが、妻とガイドがともに姿を消すに至って、憎しみを募らせます。現地人の魔術師を通じて、マリオを殺してくれと依頼するハービン卿でしたが…。
 もつれた三角関係と、南米土着の魔術。むせかえるようなジャングルの描写と、どろどろとした人間心理が合わさって、読みごたえのある作品になっています。

 P・スカイラー・ミラー『ガラス壜の船』  子供のころ、父親と訪れた骨董屋。そこで見たガラス壜の船に魅了された「わたし」は、その品物を欲しがります。店の主人は父親とチェスをはじめ、自分に勝ったら何か品物を譲ろうと言い出します。父親は勝負に勝ったものの、結局船を手に入れることはできませんでした。そして数十年後、再び同じ骨董店を見いだした「わたし」は、店の主人が数十年前と全く同じ姿で現れるのを見て驚きます。そして今回もまた、彼はチェスの勝負を持ちかけてきます…。
 年を取らない男と謎の骨董店。彼の目的はいったい何なのか? チェスで負けたら、いったい何を失うのか?
 徹頭徹尾、謎めいた展開の奇談です。いわゆる「魔法のお店」テーマの作品ですが、もやがかったような不思議な雰囲気が素晴らしいです。集中一番の傑作でしょう。

 ロバート・ブロック『美しき人狼』 インディアンの血を引く美しい娘リサに魅了された「私」は、彼女の言うままに、妻のバイオレットを精神病にかかったと見せかけ、追い払う計画に頷いてしまいます。しかし、ふとしたことからリサが狼に変身するのを目撃した「わたし」は、恐れを抱きはじめます…。
 「人狼」ものに三角関係をからませた、なかなかユニークな怪奇小説。ロバート・ブロックらしいサービスにあふれた結末も好感触です。

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夢見る日常  諸星大二郎の短編世界
汝、神になれ鬼になれ―諸星大二郎自選短編集 (集英社文庫―コミック版) 彼方より―諸星大二郎自選短編集 (集英社文庫―コミック版) 不安の立像 (ジャンプスーパーコミックス) ぼくとフリオと校庭で (双葉文庫―名作シリーズ (も-09-01)) 未来歳時記・バイオの黙示録 (ヤングジャンプコミックス)
 独特の画風と突き抜けた奇想で知られる漫画家、諸星大二郎。一般的には、考古学や民俗学をテーマにした伝奇作品《妖怪ハンター》シリーズや、ホラーコメディ《栞と紙魚子》シリーズが有名かと思います。
 もちろん、これらのシリーズも素晴らしいのですが、最近個人的にはまっているのが、彼のノンシリーズの短編漫画です。もともとクセのある画風に加えて、初期の作品は絵が安定していないところがあって、多少の読みにくさはあります。ただ、それを補ってあまりある魅力があるのも確かなのです。作品の発想やプロットという点では、上質の短編小説を読むかのような満足感が得られます。
 そこで今回は、諸星大二郎の短編をいくつか取り上げて、彼の魅力を紹介していきたいと思います。

 『夢見る機械』『汝、神になれ鬼になれ』集英社文庫収録) 健二はこのごろ毎日に言い知れぬ不安を感じていました。そんなある日、ふとしたことから母親がロボットであったことに気づきます。世の中の全ての人間がロボットなのではないか? 疑惑に囚われた少年は、友人の部屋に残された名刺から、「ユートピア配給会社」なる団体がこれに関連していることを知ります…。
 周りの人間がいつの間にかロボットと入れ替わっている…。フィリップ・K・ディック的なテーマを扱ったSF作品です。

 『子供の遊び』『汝、神になれ鬼になれ』集英社文庫収録) 息子が物置で何か動物を飼っているのに気づいた父親は、動物が何なのか確かめようと考えます。しかし物置きにいたのは、犬でも猫でもない不定形の奇妙な生物でした。話し出し、歩き始めたそれは人間の形に近付いていきます…。
 人間に近付いていく謎の生物。正体はいったい何なのか…? 不穏な空気に満ちた怪奇作品。

 『感情のある風景』『夢見る機械』集英社収録) その星では、なぜか人々は無表情で無感情のように見えました。その代わり、人々の顔のそばには奇妙な図形が浮かんだり消えたりしています。なんとこの星の住人は、心の中に感情を持たず、具体的に見える図形の形をとって感情を表現するというのです。戦争によるトラウマに悩む青年は、手術によってこの星の住人と同じようになれると聞き、手術を実行しますが…。
 他人の感情が目に見えるようになったら…という、突拍子もない発想で描かれた物語。哲学でも問題にされる「他人の心」をこういう形で解決してしまうとは! 人間の心の根源に迫る、おそるべき傑作短編。

 『不安の立像』『不安の立像』集英社収録) サラリーマンの青年は、通勤電車の中から、駅のそばに何か黒い影のようなものが立っているのに気づきます。その黒い影が気になって、青年はそれについて周りの人間にたずねますが、誰もその影を認識していながら、気にもとめていないのです。ある日起こった飛び込み自殺の瞬間に出くわした青年は、その影が動き出すのを見ます…。
 黒いベタで表される影の描写がじつに秀逸。影の不気味さもさることながら、周りの人間たちのそれに対する反応もまた不気味なのです。不安に満ちたホラー作品。

 『袋の中』『不安の立像』集英社収録) 主人公が浮浪者の男から聞いたのは、ひじょうに不思議な物語でした。少年だった男は、ゴミ捨て場で見つけた奇妙な動物を袋の中で飼い始めます。何でも食べるそれに対して、男は食べ物の残りかすをやりますが、やがてそれに飽き足らなくなった動物は猫やネズミなどを食べ始めます。動物の要求はどんどんエスカレートしていきますが…。
 典型的な怪物ホラーかと思いきや、結末においてサイコ・サスペンスに切り替わるという、技巧的な作品。

 『子供の王国』『不安の立像』集英社収録) 化学的な療法により、子供の成長を止めることができる技術が開発されます。自ら成長をやめた子供たちは「リリパット」と呼ばれていました。普通に成長した青年である主人公は、ある日訪れた「子供の王国」で、子供たちが本物の殺し合いをしているのを目にして驚愕します…。
 外見はかわいらしくても、精神は歪んだ子供たち。しかしそれを否定する大人の主人公もまた、彼らとそう違っているわけではないのです…。ブラック・ユーモアの利いた寓話的短編です。

 『男たちの風景』『彼方より』集英社文庫収録) 惑星マクベシアには3種類の人間がいました。美しく浮気な女、醜くひからびたその夫、そして美しい青年たち。しかし青年たちは結婚して一年もすると、醜く年をとってしまうというのです。マクベシアにやってきた技師は、ふと知り合った美しい女に惹かれ、彼女と情を通じるようになります。やがて技師は、この星の人間たちの恐るべき事実を知ることになります…。
 青年たちがまたたく間に年をとる理由とは…? まさにアイディアの勝利。「センス・オブ・ワンダー」に満ちた結末が待ち構えています。

 『生物都市』『彼方より』集英社文庫収録) 宇宙から帰還した宇宙飛行士によって感染した細菌により、機械と人間が融合してしまうという現象が起こり始めます。それは電話線や水道を通じて世界中に伝播していきます…。
 作者にしては、かなりストレートな発想のSFですが、結末のビジョンには壮大なものがあります。

 『流砂』『ぼくとフリオと校庭で』双葉文庫収録) 砂漠に囲まれた町で、変わりのない日常を送っている人々。そんな日常に飽き足らなくなった青年たちは町を出る決心をします。しかし一人また一人と、何らかの原因で仲間は計画を外れていきます…。
 偶然とは思えない出来事によって、ことごとく邪魔される脱出計画。これは陰謀なのか…? まるでカフカかディーノ・ブッツァーティを思わせる、不条理な物語です。

 『黒石島殺人事件』『ぼくとフリオと校庭で』双葉文庫収録) 人口の少ない離島、黒石島で女性の死体が発見されます。はじめは痴情のもつれから起こった殺人かと思われますが、すぐに間違いであったことが判明します。次々と被害者が取沙汰されますが、死体の顔はひどく損傷しているため、結局誰であるかはわかりません。やがて島民たちは、おかしなことを言い出しますが…。
 本土から来た刑事が直面する島の閉鎖性、そして不条理。衆人環視のなか、殺人事件という事実さえもが曖昧なものになってしまう。「事実」とは結局何なのか…? ミステリの根本条件を覆してしまう、アンチ・ミステリー。

 突拍子もない奇想。そして読後に生まれる認識の転換。諸星大二郎の短編漫画には、やみつきになる魅力があります。読者によっては「下手」だと感じてしまう画風さえ、この作風には必然的だと感じられてくるから不思議です。「センス・オブ・ワンダー」に満ちたSF、あるいは異色短編好きな方は、きっと楽しめる作家だと思います。
 いちばん入手しやすい作品集としては、自選作品集である『汝、神になれ鬼になれ』『彼方より』の二冊があります。素晴らしい作品集ではあるのですが、かなりアクの強い作品が集められているので、入門編としてはちょっときついかもしれません。
 近作の『私家版鳥類図譜』『私家版魚類図譜』(ともに講談社)や『未来歳時記 バイオの黙示録』(集英社)は、比較的入手しやすいですし、一般読者にも読みやすい作品集なので、こちらあたりから入門してみるのもいいかもしれません。

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4月の気になる新刊と3月の新刊補遺
3月25日刊 ジョン・ブラックバーン『壊れた偶像』(論創社 予価2100円)
3月25日刊 エラリー・クイーン『死せる案山子の冒険 聴取者への挑戦2』(論創社 予価2625円)
3月下旬刊 『宮野村子探偵小説選1』(論創社 予価3150円)
3月25日刊 ジェイムズ・サーバー『サーバーおじさんの犬がいっぱい』(筑摩書房 予価2310円)
3月27日刊 東雅夫『怪談文芸ハンドブック』(メディアファクトリー 予価1565円)
4月1日刊 アンディ・ライリー『うざい発明』(青山出版社 予価945円)
4月17日刊 小泉喜美子『弁護側の証人』(集英社文庫)
4月下旬刊 ネヴィル・シュート『渚にて』(創元SF文庫 予価1050円)
4月刊 P・G・ウッドハウス『P・G・ウッドハウスの笑うゴルファー』(集英社 予価1680円)

 ブラックバーンの作品が続けて訳されますね。いい作家だと思うので、どんどん訳していただきたいものです。同じ論創社の日本ものとしては『宮野村子探偵小説選』が出ます。この人、今ではあまり知られていませんが、木々高太郎の弟子筋の作家で、いわゆる〈文学派〉の探偵小説作家として活躍した人。女性らしい繊細な情緒もあって、かなり筆力のある作家だと思います。
 筑摩書房から出版予定の『サーバーおじさんの犬がいっぱい』は、たぶん、早川書房から出た『サーバーのイヌ・いぬ・犬』の新訳でしょう。犬に関する短編やエッセイを集めた本で、犬好きはもちろん、ユーモア小説集としても上質の本なので是非。
 東雅夫『怪談文芸ハンドブック』は、怪奇小説ファンとしてははずせない本でしょう。「怪奇小説」や「ホラー」ではなくて「怪談」と銘打っているところがポイントですね。
 4月の新刊で、いちばんの要注目本は間違いなくこれ! アンディ・ライリーの『うざい発明』。あの『自殺うさぎ』で話題を呼んだ著者の新作漫画集です。「うざったい発明品」を描いた漫画集だそうですが、これは楽しみ。
 小泉喜美子『弁護側の証人』は復刊ですが、今読んでも充分楽しめるミステリです。どこか童話めいた雰囲気が魅力です。
 ネヴィル・シュート『渚にて』は、創元社の記念企画の一冊。これは購入するかどうか悩むところです。
 ここに来て、集英社からもウッドハウスの訳書が出ます。タイトルからして、かって創土社から出ていた『ゴルきちの心情』と同じシリーズなのだと思いますが、国書刊行会や文芸春秋のシリーズよりも、お値段がリーズナブルなところがいいですね。
 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

黄昏のミステリ   ロード・ダンセイニ『二壜の調味料』
4150018227二壜の調味料 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ロード ダンセイニ 小林 晋
早川書房 2009-03-06

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 創作神話『ペガーナの神々』、叙情的な長編ファンタジー『魔法使いの弟子』『エルフランドの王女』、そして数多ある傑作短編。華麗なファンタジーで知られるイギリスの作家、ロード・ダンセイニの作品はしかし、純粋なファンタジーにとどまらない広がりを持っています。
 ジョーキンズ氏を語り手とする法螺話集『魔法の国の旅人』のように、都会派風のしゃれた短編もものしています。今回刊行された『二壜の調味料』(小林晋訳 ハヤカワ・ミステリ)は、どちらかというとこの手のものに属するタイプの作品集といえるでしょうか。
 
 『二壜の調味料』 金を引き出された後、失踪した娘ナンシー・エルス。警察は、同棲していた男スティーガーが娘を殺したのではないかと疑いますが、死体を始末した形跡はうかがえません。わかっているのは、スティーガーが二壜の調味料を買ったことと、突如庭の木を切り倒し始めたことの二つのみ。事件に興味を持ったリンリーとスメザーズは、事件の背景を調べますが…。
 江戸川乱歩が褒めたことでも知られ、わが国でも名短編として読まれている作品です。この作品に登場するリンリーとスメザーズのコンビが連作短編になっているというのは、あまり知られていなかったのではないでしょうか。
 奇抜な論理ながら、あっと言わせる結末の謎解きは圧巻です。幕切れの演出も際立っていて、奇妙な読後感を残します。

 『スラッガー巡査の射殺』 スラッガー巡査が射殺されますが、犯人と目されていたのは、『二壜の調味料』事件で罰を逃れた男スティーガーでした。しかし、凶器の弾丸が見つからないため、犯罪を立証できないのです。アルトン警部はリンリーに相談を求めますが…。
 またも登場するスティーガーの犯罪。トリックよりも、のらりくらりと罪を逃れつづけるスティーガーの印象が強く残ります。

 『第二戦線』 大戦中、将校になったリンリーの求めに応じて、スパイの調査に協力することになったスメザーズ。しかもスパイとして目をつけられていたのは、かのスティーガー! スメザーズは、スティーガーの監視を続けますが…。
 スパイとして三たび姿を現すスティーガーとの対決。一見何気ない演奏会の席上での通信手段とは…。

 『クリークブルートの変装』 切れ者として知られるドイツのスパイ、クリークブルートが、イギリスに潜伏しているとの情報が入ります。しかし変装の達人であるクリークブルートの所在は全くつかめません。アルトン警部に協力することになったリンリーの考えとは…。
 クリークブルートはいったいどこに潜んでいるのか? ものを隠すいちばんの方法は隠さないことだ、というポーの『盗まれた手紙』を思わせる作品。

 『一度でたくさん』 妻殺しの容疑で手配されている夫が、行方不明になります。しかもその男は、かのスティーガーだったのです。おそらく変装をしているだろうスティーガーを見つけるために、スメザーズは、駅を見張りますが…。
 宿敵スティーガーとの最後の戦いが描かれる、シリーズ最終編です。今回は、『二壜の調味料』事件のように死体の始末についてはあまり言及されず、スティーガーを見つけるための方法に焦点が当てられています。

 『給仕の物語』 掃除夫ブレッグに侮辱された富豪のマグナム氏は、彼を殺せと秘書に命令します。しかし表立って殺人などできません。秘書は莫大な金を投じて、毎夜ブレッグに酒を飲ませ続けますが…。
 大富豪の奇想天外な殺人計画とその結果は…。なかなか味のある結末です。

 『新しい名人』 チェスを趣味とする男メシックは、ある日チェスを指す機械を手に入れます。機械と対戦した「私」はあっさりと負かされますが、その機械の優越感に満ちた態度に気分を害します。この機械の知力は驚くべきものだが、性格には問題があるのではないか? やがてメシックが、他のものに興味を取られるのに嫉妬した機械は恐るべき行動に出ます…。
 「下品な」機械、という面白いコンセプトが使われた、ロボット・テーマの古典的作品です。

 『新しい殺人法』 自分はターランドに命を狙われていると、警察に相談に訪れたクラースン氏。弾丸が撃ち込まれたというクラースンの話にもかかわらず、弾丸は見つかりません。証拠がない以上、ターランドには何もできないと追い返されますが、やがてクラースンが殺されたという情報が入ります…。
  ターランドの「新しい殺人法」とは…? 皮肉な結末が味を出しています。

 『書かれざるスリラー』 絶対に見つからない殺人法を考えついたというテイザーの話を聞いたインドラムは、彼に探偵小説を書くように勧めます。しかしいつまで経っても、テイザーは小説を書こうとしません。それどころか政界進出を目論んでいるというのです。殺人のアイディアを実行に移すのではないかと危惧するインドラムは、間接的にテイザーに影響を及ぼそうと考えますが…。
 殺人方法の詳細は明かされず、奇妙な結末を迎えます。謎が謎のまま終わるという「リドル・ストーリー」のヴァリエーション作品といえます。

 『ネザビー・ガーテンズの殺人』 友人のインカー氏の家を訪れた「私」は、たまたま彼の殺人現場を目撃してしまいます。口封じのために殺されると考えた「私」は、とっさに逃げ出しますが、インカーは後を追ってきます。薄暗い場所に隠れてほっとしたのもつかの間、インカーは警察を呼び、「私」に殺人の汚名を着せます…。
 手記の形で書かれた殺人事件の真相、しかしその真偽は定かではありません。いったいどちらが嘘をついているのか…? これも一種の「リドル・ストーリー」といえるでしょう。

 『アテーナーの楯』 彫刻家アードンの作品は、驚くべきリアリティを持ちながらも、そのどれもが同じ恐怖の表情を浮かべているのが特徴でした。彼の新作彫刻が、失踪した娘にそっくりだということ。アードンはギリシャに行っていた経験があること。そして、彼は専門的な彫刻の勉強をしたことがないこと。これらから「私」は、恐るべき結論を引き出します…。
 彫刻家アードンの恐るべき殺人方法とは…? 合理的に謎が解かれるのかと思いきや、途中で判明するファンタスティックな要素には、唖然とされるはず。一種の「バカミス」といっていいのでしょう。集中でいちばんファンタジーの色が濃い幻想小説です。

 レーベルが《ハヤカワ・ミステリ》なだけに、一応ミステリに属すると思われる作品を集めていますが、そこはダンセイニ、独自のファンタスティックな味付けが感じられます。超自然的な出来事が起こらないにしても、どこか空想的なニュアンスを帯びるところが、ダンセイニの短編の魅力のひとつといえるでしょう。ただ、普通の意味での「謎解き」を求めると、脱力してしまうようなオチや展開が多いので、そのへんは覚悟して読まれた方がいいかもしれません。

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知られざる異色作家  フィツジェラルド『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』
4042976034ベンジャミン・バトン 数奇な人生 (角川文庫)
永山 篤一
角川グループパブリッシング 2009-01-24

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 デヴィッド・フィンチャーによる映画化も話題になっている『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』。映画化の副産物として、ずっと未訳だった原作小説も翻訳されました。
 映画化の例にもれず、複数の出版社から、翻訳が出ています。今回はイースト・プレスと角川文庫から翻訳が出ていますが、イースト・プレス版が『ベンジャミン・バトン』一編しか収録されていないのに対して、角川文庫版(フィツジェラルド『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(永山篤一訳  角川文庫))は、フィツジェラルドのミステリやファンタジー的な要素を含む作品を集めています。もっぱら純文学作家と見なされているフィツジェラルドの、珍しい作品を読めるという点で、非常にコストパフォーマンスの高い作品集といえます。それでは、以下、いくつかの作品について見ていきましょう。
 
 『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』 南北戦争のさなか、資産家として知られるバトン夫妻は、初めての子供が産まれるのを心待ちにしていました。しかし産まれたのは赤ん坊ではなく、どう見ても70歳になろうとする老人だったのです。ベンジャミンと名付けられた息子は、子供がするようなことは全くせず、その行動は年寄りじみています。
 しかし年を経るにしたがって、ベンジャミンは少しづつ若返っていることが明らかになります。20歳にして、外見は50歳ほどに見えるようになった彼は、美しい娘と結婚し、引き継いだ家業も順風満帆に行きはじめます。しかし若返りは止まらず、妻はおろか、自らの息子よりも幼く見えるまでになってしまいます…。
 老人の姿で生まれ、だんだんと若返っていく男を描いた、なんともファンタスティックな幻想小説です。ベンジャミンの肉体や若返りの原因については、深く追求されません。ベンジャミンが老人の姿のまま幼稚園に生かされたり、子供になってしまった状態で軍隊に参加しようとしたりと、その事態のちぐはぐさがユーモアを持って描かれます。
 「人生」について考えさせるところもある、ほろ苦い寓話といえるでしょうか。
 
 『レイモンドの謎』 レイモンド家の娘と使用人が殺され、夫人が行方不明になるという事件が発生します。イーガン署長は、犯人は二人を殺し、夫人をさらったと考えますが、新聞記者ジョン・サイレルは、犯人は別にいると考えます…。
 フィツジェラルドの実質的なデビュー作だそうですが、完全な謎解きミステリといっていい作品です。真相もなかなかよく出来ています。

 『モコモコの朝』 モコモコの毛をした犬「シャギー」の一日の出来事を、犬自身を語り手として語った短めの作品。周りで起こる人間たちの行動を描写しながらも、犬自身はその微妙な感情がわからない…という、意外に技巧的な手法が使われています。

 『最後の美女』 田舎の町タールトンにやってきた若い兵士アンディは、町では数少ない若い女性アイリーと知り合い、彼女に惹かれます。しかしアイリーは、アンディを恋愛対象というよりは友人としてしか認めてくれません…。
 非常な美しさを持ちながらも、男性遍歴を繰り返すアイリー。彼女の恋がうまく行かない理由は何なのか…? 失われる青春、去り行く時代、どこか喪失感に満ちた恋愛小説。

 『ダンス・パーティの惨劇』 田舎町にやってきた「私」は、洗練された男性チャーリー・キンケイドに恋心を抱きます。しかし彼にはマリーという婚約者がいました。とあるパーティの席上、マリーの浮気現場を目撃した「私」は、その直後にマリーが射殺されたことを知ります。チャーリーが犯人ではないかという疑惑を抱きながらも、「私」は彼をかばう証言をしますが…。
 三角関係のもつれから起こる殺人事件。犯人は明らかだと思えたが実は…。これもミステリ味の強い作品です。

 『異邦人』 ちょっとした資産を手に入れたことから、ヨーロッパめぐりを始めた若夫婦のニコールとネルスン。各地をめぐるうちに、様々な人間と交友を楽しむ二人でしたが、やがて人間関係に疲れ、夫婦の間にも軋轢が生まれてしまいます…。
 虚飾に満ちた人間関係に気づいた夫婦が、あらたな関係を築き始める話、と思いきや、思いもかけない結末へ。虚無感に満ちた異色の幻想小説です。

 『家具工房の外で』 家具店で妻の買い物が終わるのを、車の中で待つ父親と娘。退屈した父親は、ふと目の前の家具店を舞台にして即興の物語を語り始めます。娘の空想も交えて、物語は展開していきますが…。
 目の前にある建物や人々が、即興で物語に組み込まれていく過程は、それだけでファンタスティック。超自然的な出来事が起こるわけではありませんが、作品自体の手触りは、ファンタジーのそれです。愛すべき小品といえます。

 純粋なジャンル小説といえる作品は少ないのですが、どれも広義のエンタテインメントと言える作品です。小山正による懇切な解説も読みごたえがあります。フィツジェラルドの異色作家的な側面を見れるという意味でも、興味深い一冊でしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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