『37の短篇』その他の旅  『37の短篇』
37の短篇世界ミステリ全集〈18〉37の短篇 (1973年)
早川書房 1973

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4150018197天外消失〔ハヤカワ・ミステリ1819〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
早川書房編集部
早川書房 2008-12-10

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 藤原編集室さんの『本棚の中の骸骨』で知ったのですが、早川書房から12月に刊行予定のアンソロジー『天外消失』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)の収録作品数は、14編だそうです。
 改めて説明すると、この本は『世界ミステリ全集』の最終巻として刊行された名アンソロジー『37の短篇』の新装版です。タイトル通り、37もの短篇が収録されていた元本から、他の作品集で読めるものを省いている、ということなのですが、うーん、これだけ数が減ってしまうと、あのアンソロジーの凄さは再現できないんじゃないだろうかと心配になってきました。
 このアンソロジーの魅力は、収録作品の質もさることながら、圧倒的なボリュームにあるわけで、それが半分以下になってしまうのはどうかなあと、疑問を抱いてしまいます。
 『天外消失』の収録作品が具体的に何になるのかは、まだ不明なのですが、この際、元本である『37の短篇』の魅力について、少し語っておきたいと思います。
 まずは『37の短篇』の収録作のリストを挙げておきましょう。

エドガー・ライス・バロウズ『ジャングル探偵ターザン』
ブレット・ハリディ『死刑前夜』
ジェイムズ・サーバー『虹をつかむ男』
クレイグ・ライス 『うぶな心が張り裂ける』
ジョルジュ・シムノン『殺し屋』
エリック・アンブラー『エメラルド色の空』
ヘレン・マクロイ『燕京綺譚』
フレドリック・ブラウン『後ろを見るな』
クレイトン・ロースン『天外消失』
ハリイ・ケメルマン『九マイルは遠すぎる』
カーター・ディクスン『魔の森の家』
アーサー・ウイリアムズ『この手で人を殺してから』
トマス・フラナガン『北イタリア物語』
ロイ・ヴィカーズ『百万に一つの偶然』
Q・パトリック『少年の意志』
ジョン・D・マクドナルド『懐郷病のビュイック』
ロバート・アーサー 『五十一番目の密室』
イーヴリン・ウォー『ラヴデイ氏の短い休暇』
C・B・ギルフォード『探偵作家は天国へ行ける』
エドガー・アラン・ポオ& ロバート・ブロック『燈台』
フランク・R・ストックトン『女か虎か』
ロアルド・ダール 『おとなしい兇器』
リチャード・マシスン 『長距離電話』
エヴァン・ハンター『歩道に血を流して』
ヘンリー・スレッサー『死刑執行の日』
ジャック・フィニイ『死者のポケットの中には』
アル・ジェイムズ『白いカーペットの上のごほうび』
ポール・アンダースン『火星のダイヤモンド』
デイヴィッド・イーリイ『ヨット・クラブ』
ジャック・リッチー『クライム・マシン』
コーネル・ウールリッチ 『一滴の血』
ウイリアム・ブルテン『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』
スティーヴン・バー『最後で最高の密室』
ロバート・L・フィッシュ『アスコット・タイ事件』
リース・デイヴィス『選ばれた者』
エドワード・D・ホック『長方形の部屋』
クリスチアナ・ブランド『ジェミニイ・クリケット事件』

 確かに、他の作品集で読めるものが、けっこう入っていますね。サーバー、マシスン、ブラウン、ダール、ブランドあたりは個人短篇集に入っていますし、近年の再評価のおかげで、イーリイやリッチー、はてはブルテンの短篇まで読めるようになっています。それらを除くと、14編に絞れなくもないようです。
 ただ、このアンソロジーの魅力は、先にも述べたように、圧倒的なボリュームにあります。さまざまな傾向のさまざまな作家の作品を収録することによって、読者は短篇ミステリの面白さと幅広さを知ることができたのです。
 個人的なことを書かせてもらうと、僕がこのアンソロジーに初めて出会ったのは、高校の図書室でした。エンタテインメント系統の本がほとんどない図書室で、唯一目立っていたのが、早川書房の『世界ミステリ全集』でした。もともと短篇好きだった僕は、真っ先に『37の短篇』を手にとりました。そこで知った、初めて見る作家の、初めて知る味わい!
 冷徹な語り口で語られる完全殺人物語『この手で人を殺してから』 、純粋な推理の面白さを教えてくれた『九マイルは遠すぎる』、リドル・ストーリーの出発点にして最高作『女か虎か』、どんなに地味な出来事でもサスペンスは生まれると言う見本のような『死者のポケットの中には』、究極のコン・ゲーム小説『クライム・マシン』など、まさに綺羅星のような短篇が揃えられています。
 気になった作家を追いかけて、芋づる式に読書の世界が広がったという意味でも、僕にとっては非常に思い入れのある本です。それだけに抄録での復刊という話には、素直に喜べないものがあるのですが、それでも魅力のある本であることに間違いはないでしょう。
 今回収録されるかどうかは不明ですが、個人的なオススメ作品としては、完全無欠のクライム・ストーリー『この手で人を殺してから』 、「死者の探偵」の嚆矢として名高い短篇『探偵作家は天国へ行ける』、異様なフィーリングに満ちた作品『選ばれた者』あたりを挙げておきます。
 
 ところで、今月号の『ミステリマガジン』の次号予告を見ていたら、なんと新連載として、カミの『クリク・ロボット』のタイトルが! かって、松村喜雄『怪盗対名探偵』(双葉文庫)のカミの章でも触れられていた作品です。ロボット探偵が活躍するユーモア探偵小説だそうで、これはとても楽しみです。

追記 『天外消失』の収録作品は、次の14編です。
エドガー・ライス・バロウズ『ジャングル探偵ターザン』
ブレット・ハリディ『死刑前夜』
ジョルジュ・シムノン『殺し屋』
エリック・アンブラー『エメラルド色の空』
フレドリック・ブラウン『後ろを見るな』
クレイトン・ロースン『天外消失』
アーサー・ウイリアムズ『この手で人を殺してから』
ジョン・D・マクドナルド『懐郷病のビュイック』
イーヴリン・ウォー『ラヴデイ氏の短い休暇』
C・B・ギルフォード『探偵作家は天国へ行ける』
フランク・R・ストックトン『女か虎か』
アル・ジェイムズ『白いカーペットの上のごほうび』
ポール・アンダースン『火星のダイヤモンド』
スティーヴン・バー『最後で最高の密室』

これ以外で読めないものは、ほぼ収録したような感じではあります。 リース・デイヴィス『選ばれた者』が抜けているのが残念ですね。

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短篇の宝庫 《ソノラマ文庫海外シリーズ》
13人の ご先祖様は 魔夜中の黒ミサ 魔界王国

 1984年ごろから、ソノラマ文庫から刊行された《ソノラマ文庫海外シリーズ》というシリーズがあります。もともと国内作家専門だったソノラマ文庫から、突然変異的に刊行されたこのシリーズ、「海外」とはいいつつも、その当時の最新の作品を出していたわけではありません。じつはその中身は、1950年代前後の作品を中心に、SF・ホラーを集めたものでした。
 監修者に仁賀克雄の名が見えるのですが、ほとんど彼の個人的な趣味で作られたシリーズといっていいかと思います。翻訳に多少難があるものがあるとか、収録作品の選択が恣意的(短篇集の抄訳など)だとか、いろいろ批判はあるようですが、マニアックなセレクションは、今から見ても貴重です。
 以下、全ラインナップを挙げてみます。ちなみに、復刊されたものや、新しく邦訳作品集が出たものは、追記してあります。

ロバート・ブロック他『モンスター伝説』
エイヴラム・ディヴッドスン『10月3日の目撃者』
 →河出書房新社《奇想コレクション》よりディヴッドスンの短編集『どんがらがん』が刊行。
リチャード・マシスン他『機械仕掛けの神』
フィリップ・K・ディック『宇宙の操り人形』
 →ちくま文庫より復刊
グルフ・コンクリン『地球への侵入者』
シオドア・スタージョン『影よ、影よ、影の国』
 →各社よりスタージョン短編集が出版された関係で、収録作品の一部が読めます。
ヘンリー・カットナー『ご先祖様はアトランティス人』
アルジス・バドリス『アメリカ鉄仮面』
ゼナ・ヘンダースン『悪魔はぼくのペット』
 →河出書房新社《奇想コレクション》よりヘンダースンの短編集『ページをめくれば』が刊行。
デイヴィス・グラッブ『月を盗んだ少年』
C・L・ムーア『銀河の女戦士』
フィリップ・K・ディック『ウォー・ゲーム』
 →ちくま文庫より復刊
オスカー・クック他『魔の配剤』
ピーター・ヘイニング編『ウイッチクラフト・リーダー』
ロバート・ブロック『暗黒界の悪霊』
ジェラルド・カーシュ『冷凍の美少女』
 →晶文社よりカーシュの短編集『壜の中の手記』『廃墟の歌声』、角川文庫より『壜の中の手記』(改訂版)、角川書店より『犯罪王カームジン』が刊行。
デニス・ホイートリー編『真夜中の黒ミサ』
デニス・ホイートリー編『悪魔の化身』
デニス・ホイートリー編『13人の鬼あそび』
デニス・ホイートリー編『神の遺書』
H・P・ラヴクラフト『暗黒の秘儀』
リチャード・マシスン『モンスター誕生』
ヴァーノン・ラウス他『悪の創造者』
カート・シンガー編『眠られぬ夜のために』
エイヴラム・メリット『秘境の地底人』
レイ・ラッセル『血の伯爵婦人』
フリッツ・ライバー『闇の世界』
アルジャーナン・ブラックウッド『死を告げる白馬』
ヴァン・サール編『魔の生命体』
クラーク・アシュトン・スミス『魔界王国』
シンシア・アスキス編『恐怖の分身』
ジョン・バーク『吸血ゾンビ』
ロッド・サーリング編『魔女・魔道士・魔狼』
ロバート・E・ハワード『剣と魔法の物語』
ヴァン・サール編『魔の誕生日』
仁賀克雄『海外ミステリ・ガイド』

 このシリーズの特徴として、短編集・アンソロジー中心である、ということが挙げられます。いわゆる「異色短篇」のファンにとっては、宝の山といってもいいでしょう。
 新しく邦訳短編集が出たものとか、復刊されたものなどもありますが、大多数はいまだにこのシリーズでしか読めない作家や作品です。最近では、同じく監修者に仁賀克雄を据えたシリーズ《ダーク・ファンタジー・コレクション》が、似たようなテイストの作品集を出していますが、ソノラマ版とは、収録内容がほとんどかぶりません。
 シリーズ自体が絶版であり、古書価も随分と高値がついています。同じように高値のつくサンリオ文庫と比べても、《海外シリーズ》の古書価は尋常ではありません。一冊3000~5000円、ときには10000円を超えることもあります。そういう事情で、個人的にもなかなか手が出なかったのですが、長年コツコツと集めた結果、目ぼしいものは手に入れることができました。個々の作品に関しては、いずれ少しづつ紹介していこうかと思います。
 さて、このシリーズ中で再評価の機運が高まっているのは、やはりシオドア・スタージョンとジェラルド・カーシュでしょう。それぞれ、再刊や新訳の作品集が数冊出ています。あとはディヴッドスンやヘンダースンの個人短篇集が出ました。基本的に、個人作品集に関しては、再刊や新訳が出る可能性がなくはないんですよね。フリッツ・ライバーも作品集が予定されていますし、デイヴィス・グラッブやヘンリー・カットナーあたりも復刊や新訳が出る可能性がなくもなさそうです。問題はアンソロジーの方。いちど絶版になったものが再刊される確率は、全体的に低いです。
 《海外シリーズ》中のアンソロジーでいちばん目立つのは、デニス・ホイートリー編の4冊のアンソロジーでしょう。これは、もともと《恐怖の一世紀》という大冊のアンソロジーを分冊したものです。クラシックな怪奇小説を集めたものですが、ブラックウッド、ホジスン、コッパードなんかに混じって、マイナー作品も多数収録されている意欲的なアンソロジーです。これは是非、復刊していただきたいアンソロジーですね。
 あとは、ヴァン・サール編のアンソロジーも、なかなか捨てがたいです。こちらの方は名作やクラシックより、読んで面白い娯楽・B級的な作品を集めたもので、このシリーズ以外で全く名前を聞いたことのないような、超マイナー作家がたくさん収められているところが特徴です。日本のもので言うと、鮎川哲也編『怪奇探偵小説集』(ハルキ文庫)に近い味わいのアンソロジーといっていいでしょうか。ちなみに、《ダーク・ファンタジー・コレクション》で出たヴァン・サール編『終わらない悪夢』(論創社)とは、収録作品はかぶりません。
 シリーズのひとつひとつが非常に貴重なラインナップなので、短篇ファンの方は見かけたら入手されることをオススメしておきます。

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12月の気になる新刊と11月の新刊補遺
11月22日刊 ハリー・ベイツ他『地球の静止する日』(角川文庫 予価620円)
12月3日刊 グレッグ・イーガン『TAP』(河出書房新社 予価1995円)
12月10日刊 早川書房編集部編『天外消失 世界短篇傑作集』(ハヤカワ・ミステリ 予価1470円)
12月上旬刊 P・G・ウッドハウス 『ユークリッジの商売道』(文藝春秋 予価2600円)
12月16日刊 広瀬正『タイムマシンのつくり方』(集英社文庫)
12月17日刊 キャロル・エムシュウィラー『カルメン・ドッグ』(河出書房新社 予価1680円)
12月中旬刊 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『金剛石のレンズ』(創元推理文庫 予価987円)
12月25日刊 ライオネル・デヴィッドスン『大統領の遺産』(扶桑社ミステリー)
12月刊 大森望・日下三蔵編『虚構機関 年刊日本SF傑作選』(創元SF文庫)

 ハリー・ベイツ他『地球の静止する日』は、どうやら、R・ワイズのSF映画『地球が静止する日』のリメイク版の公開に合わせた刊行のようです。ベイツの作品自体は、以前に出た中村融編のアンソロジーでも収録されていたので、他の収録作品に期待ですね。
 現代SFの最高峰、グレッグ・イーガンの最新の邦訳短編集は、河出書房《奇想コレクション》から登場です。これは無条件で買いでしょう。
 『天外消失 世界短篇傑作集』は、なんとかっての名アンソロジー『37の短篇』(早川書房)の復刊。37全ての作品が収録されるのかは不明ですが、アンソロジーとしては非常に高品質なのは間違いありません。狭義のミステリだけでなく、SF・ファンタジー・ホラーなどの作品も収録されたアンソロジーの最高峰です。先日出た小鷹信光『〈新パパイラスの舟〉と21の短篇』とあわせて読むと、より楽しめるでしょう。
 エムシュウィラーの作品『カルメン・ドッグ』は、あらすじがなかなか魅力的です。「若い娘に変身中のセッター犬・プーチが、オペラ歌手になる夢を抱き、主人の元から家出する…」という、幻想的なストーリー。
 12月の新刊でいちばんの要注目本は、間違いなくこれ、フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『金剛石のレンズ』です。かってサンリオSF文庫から出ていたオブライエン短編集『失われた部屋』の増補版のようです。小宇宙テーマの先駆的傑作『金剛石のレンズ』、人形をめぐる傑作ファンタジー『ワンダースミス』、シュールなイメージの頻出する奇怪な幻想小説『手から口へ』など、超のつく傑作揃いなので、これは絶対のオススメです。
 大森望・日下三蔵編『虚構機関 年刊日本SF傑作選』は、日本SFの傑作選。他社から日本SFの年代別アンソロジーの企画が挙がっていましたが、これは最新の作品を収録するアンソロジーのようです。
 

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喜劇と悲劇  ディーノ・ブッツァーティ『シチリアを征服したクマ王国の物語』
4834023524シチリアを征服したクマ王国の物語 (福音館文庫 S 54) (福音館文庫 S 54)
天沢 退二郎 増山 暁子
福音館書店 2008-05-14

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 短篇の名手である、イタリアの幻想作家ディーノ・ブッツァーティの『シチリアを征服したクマ王国の物語』(天沢退二郎・増山暁子訳 福音館文庫)は、児童文学に属する作品ですが、大人の鑑賞にも耐える優れた作品といえます。
 あらすじはつぎのようなもの。山に住んでいた「クマ」たちは、食料に飢え、人間たちの国に攻め込もうと考えます。王であるレオンツィオも、過去にさらわれた王子を探すいい機会だと考えて、その案に同意します。
 最初は苦戦を強いられていた「クマ」たちですが、巨漢のバッボーネの活躍により勝利を収めます。魔術師デ・アンブロジイースの力を借りたレオンツィオは、シチリアを征服し、息子を奪還することに成功します。
 新たな王国を打ち立てた「クマ」たちでしたが、やがて富や快楽に惑わされた「クマ」たちは堕落してしまいます…。
 タイトルからもわかるように、主人公は「クマ」たち。児童ものによくある、擬人化された動物ファンタジーか、と思われるでしょうが、侮ってはいけません。この作品のすごいところは、登場人物たちの「クマ」が「血と肉」を持って描かれているところです。ファンタジーゆえ「魔法」が登場したり、登場人物が生き返る、といったシーンももちろんあるのですが、大多数の場面においては、「クマ」たちは生身の生物として描かれます。

 けれど、槍や弓矢、銛などふりかざすクマが、
 鉄砲だの小銃だの、大砲だの長砲だのと戦って、何ができる?
 弾丸は前のようにふり、血は雪をまっ赤にそめる。
 こんなにたくさん死者が出て、だれがお墓をほるのだろう?


 人間と戦ったり、怪物と戦ったりする「クマ」たちは、都合良く勝利を収めるわけではありません。戦いのたびごとに、多数の犠牲が出るのです。そのあたりをぼかさずに描くあたり、ブッツァーティの作家としての良心が見えるようです。
 ユーモラスで奇想天外なお話の魅力もさることながら、この作品のもう一つの魅力は、作者自身による挿絵でしょう。画家でもあったブッツァーティの手になるユーモラスな絵は、とても魅力的。シンプルながら、細かいところまで描きこまれた挿絵は、見ていて飽きさせません。合戦のシーンを描いた挿絵などでは、部分部分が、物語を忠実に再現するように描かれているあたり、とても手が込んでいます。
 自らの王国を手に入れた「クマ」たちは、やがて堕落していってしまいます。飽くまで正義と公正さを愛する王レオンツィオの願いも空しく、物語は悲劇的な結末を迎えます。単なるお伽話の枠を超え、真摯なメッセージをも感じさせてくれます。
 長らく絶版だったこの作品、今年になって文庫として再刊されています。短篇小説だけではない、またひと味違ったブッツァーティの魅力が味わえる作品ですので、この機会にぜひ。
究極の短篇ガイド  小鷹信光『〈新パパイラスの舟〉と21の短篇』
4846007782〈新パパイラスの舟〉と21の短篇
小鷹 信光
論創社 2008-11

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 以前から楽しみにしていた小鷹信光による短篇ガイド『〈新パパイラスの舟〉と21の短篇』(論創社)がついに刊行されました。1970年代に『ミステリマガジン』誌に連載されたエッセイをそのまま収録し、またそれぞれのテーマごとに、ボーナスとして翻訳短篇がつくというオマケ付きです。エッセイとともにアンソロジーも楽しめてしまうという、じつにお得な仕様。
 ここで改めて説明させてもらうと、この本は、ミステリに関するテーマを毎回取り上げ、それに関連する短篇をいくつか紹介していくというエッセイです。各章が、あるテーマの架空のアンソロジーにもなっているという作りです。
 しかも驚いたことに、各エッセイのあとに「附記」として追加エッセイが加えられていました。エッセイ連載時の勘違いを正すだけでなく、それぞれのテーマで今読める短篇を追加で挙げたり、現在の翻訳事情に触れたりと、どれも興味深く読めるものばかりです。
 綿密さで知られる小鷹氏だけに、エッセイで取り上げられた短篇の書誌データもしっかり記されています。もちろん索引も完備。読者が紹介されている作品を読みたくなったときの便宜も怠りありません。
 エッセイ本編にボーナス短篇×21編と「附記」。結果として、エッセイだけ収録したときの倍以上のボリュームに仕上がっているのです。この仕事ぶりには頭が下がります。
 さて、内容の方ですが、雑誌連載時のエッセイをそのまま収録しています。ということは、1970年代以前に書かれた作品ばかりが紹介されているということにもなるわけで、内容的に古びてしまっているんじゃないの?という考えが浮かびますが、それは杞憂と言うものでしょう。《晶文社ミステリ》《奇想コレクション》、また《KAWADE MYSTERY》などで、往年の短篇作家たちの面白さを知った現代の読者にとって、また新鮮な眼で楽しむことができるのです。その証拠に、ボーナスとして収録された短篇は、どれも70年代以前のものですが、今改めて読んでも面白いものばかりです。
 いちおう、各章の内容を紹介しておきましょう。

美食ミステリ傑作選『忘れられぬ美味』1
美食ミステリ傑作選『忘れられぬ美味』2
警察小説傑作選『ニューヨーク犯科帳』
夫婦に捧げる犯罪手帖『夫と、妻と、殺人と』
ユールタイドに捧げる犯罪『クリスマスの死』
見知らぬ隣人に捧げる犯罪『好奇心は災いのもと』
不完全脱獄講座『夢多き男たち』
ドリーム・ファンタジー選『夢見る男たち』
動物奇譚選『十二支殺人事件』
精選探偵犬物語『愛犬にご注意』
番外アンソロジー選『化猫から宇宙食まで』
正論風インタールード『悪魔との契約』
旅人ファンタジー『見知らぬ町、ゆきずりの人』
ゲーム小説精選『女と賭事には…』
契約殺人入門『殺し屋稼業も楽じゃない』
特選電話物語『夜も更けて、電話のベルが』
謎の書簡1『手紙だけでもミステリは書ける』
謎の書簡2『手紙とミステリ』
狩猟殺人選1『狩人の季節』
狩猟殺人選2『殺戮の掟』
人形奇譚選『人形はなぜ殺される?』
絵画ミステリ選『盗まれなかった名画』
墓場読本『生者のための墓』
葬儀百科『フィナーレは葬送曲で』


 並べてみると壮観ですね。狭義のミステリだけでなく、SFやファンタジーに属するテーマも垣間みられます。SF・ファンタジーのファンには「正論風インタールード『悪魔との契約』」「ドリーム・ファンタジー選『夢見る男たち』」、怪奇小説ファンには「人形奇譚選『人形はなぜ殺される?』」や「墓場読本『生者のための墓』」あたりがオススメです。
 狭義のミステリのテーマに限っても、「隣人テーマ」を扱った「見知らぬ隣人に捧げる犯罪『好奇心は災いのもと』」や「脱獄テーマ」を扱った「不完全脱獄講座『夢多き男たち』」など、ユニークな切り口のものが多く含まれます。
 収録された各短篇については、あらすじを紹介するのは差控えましょう。これは各テーマのエッセイのあとに読んでもらうのがより楽しめると思うからです。しいて面白かったものを挙げるなら、サンタクロースが死んでしまったと思い込む少年を描いた『拝啓ファルケンハイム博士』(G・グリーン)、奇想天外な手段で脱獄を図る『脱獄』(W・タッカー)、同じ夢をすべての住人が共有する町に迷い込んだ男の話『夢を見る町』(H・スレッサー)、あらゆるものの十パーセントを取り立てる奇妙なエージェントを描いた怪奇小説『死の十パーセント』(F・ブラウン)あたりが、なかなかの秀作。
 ところどころに挟まれたアンソロジーや短編集の書影も、ファンにとっては嬉しいかぎり。
 ほんとうに、何から何まで行き届いた作りです。これはかっての名アンソロジー『37の短篇』(早川書房)さえ凌ぐ、究極のアンソロジー兼短篇ガイドと言っていいかと思います。短篇ファンなら、一家に一冊は揃えておくべき本でしょう。

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壮大なヴィジョン  Boichi『HOTEL』
4063727459Boichi作品集HOTEL (モーニングKC)
Boichi
講談社 2008-10

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 優れたSF作品が感じさせてくれる「センス・オブ・ワンダー」。漫画作品において、これを感じさせるのは容易ではありません。活字で全てを表現できる小説作品に比べ、具体的な「絵」として物語を提示しなければならない漫画作品においては、作者の「想像力の限界」が露骨に出てしまうからです。
 その点、漫画においてこれほどの「想像力」と「センス・オブ・ワンダー」、そして感動を与えてくれる作品と出会ったのは、本当に久しぶりです。韓国出身の漫画家、Boichi(ボウイチ)による『Boichi作品集 HOTEL』(講談社 モーニングKC)に収められた短篇漫画は、素晴らしい画力とあいまって、スケールの大きさを感じさせてくれるSF作品になっています。
 とくに表題作である『HOTEL』は素晴らしいの一言につきます。あらすじは次のようなものです。
 近未来、温暖化により海が消滅し、地球は人類が住めない灼熱の惑星になるということが、科学者ドキンス博士によって予言されます。環境変化を抑えることが不可能と判断した博士は、二つの提案をします。ひとつは127光年先の恒星系に宇宙船「方舟」を送り出すこと。ただし17万年かかるこの旅において、人類を救うことはできません。救えるのは人類のDNAと文明の記録だけ。
 そしてもうひとつの提案は、ドキンス博士の弟子である安野から出されます。それは、南極に4720mにもなる巨大な塔を建て、そこに人間以外のDNAを保存すること。しかしこれもまた、人間を救う手段ではなく、ただ人類が犯した罪の「責任」を負うためのモニュメントとしてでした。
 「塔」はやがて完成しますが、そこに搭載された人工知能は、安野の学生であるキラによって「ルイ」と名付けられます。莫大なDNAの保管が始まったころから、「塔」はやがて「ホテル」と呼ばれはじめます。
 数千年後、地球環境の激変により、人類は絶滅してしまいます。しかし「ホテル」は自らの故障を直すほどの賢さを身につけて、ひたすら建ち続けます。数万年、数十万年が経過するにつれ、直しきれないほどの故障を抱え、ぼろぼろになりながらも「ホテル」は保管したDNAを守り続けようとします…。
 人類の絶滅後も、ひたすら、保管されたDNAを守り続けようとする「ホテル」。人類が生き残る可能性も、地球環境が回復する可能性もゼロであるなか、人工知能「ルイ」は、作り主である安野とキラの指示を愚直なまでに守り続けます。
 人類絶滅後の語りは「ルイ」の視点で物語が進みます。自らを「ホテル」の「支配人」と任ずる「ルイ」は、環境の激変によって何度も壊れそうになりながらも、自らを修理し生き抜こうとします。そして数千万年後、ついに限界に達した「ルイ」の眼の前に現れたものとは…?。
 全く救いのない絶望的な状況。永劫と思えるほどの果てしない時間。そして結末にほの見える、かすかな希望。読み終えたとき、あなたは感動せずにはいられないはずです。アーサー・C・クラークの『太陽系最後の日』、あるいはロジャー・ゼラズニイ『フロストとベータ』やジェイムズ・イングリス『夜のオデッセイ』、レイ・ブラッドベリの『優しく雨ぞ降りしきる』などと同種のインパクトを与えてくれる、神話的な手触りさえ感じさせる超傑作作品です。
 『HOTEL』以外にも、読みごたえのある作品が収録されています。例えば『PRESENT』は、昏睡状態から目覚めた妻をめぐる夫とその父親の葛藤を描く物語。長い期間眠り続けていた妻が目覚めたことに夫は喜びますが、妻が生きていられるのは数日間のみ。どう接すばいいのか、悩む男の姿が描かれます。
 これだけでもよくできた作品なのですが、結末においてこれがSF的な設定の物語であったことが明かされます。これによって物語は重層的な厚みを増し、登場人物たちの心理にも複雑さが生まれるのです。
 『全てはマグロのためだった』は、打って変わって壮大なホラ話。なけなしのお金で、人類最後のマグロを父親から食べさせてもらった男、汐崎は、長じてマグロに執着するようになります。絶滅したマグロを探そうと、世界中の海を探すものの見つからず、それではマグロを合成して再生しようとします。やがては宇宙に水のある惑星を探し出し、そこでマグロを探そうとしたりしますが、汐崎の試みはことごとく失敗します。しかし、それぞれの試みにおいて、マグロ探しには失敗するものの、地球平和を実現したり、エネルギー問題を解決したりと、予期せぬ副産物を生み出すのです。老いた汐崎はやがてノーベル賞を受賞するまでになりますが、彼の心は満たされません…。
 主人公が何かするたびに、地球規模で何かが起こり、というパターンがエスカレートしていくのが、コメディタッチで描かれます。そしてそれは宇宙規模にまで及び、はては驚愕の結末を迎えます。最後の最後までマグロをめぐって物語が展開するところにある種「凄み」を感じてしまいます。
 何本か収録されたSFショート・ショートも楽しく、全体を通して、ひじょうにレベルの高い作品集になっています。表題作の『HOTEL』だけでも、確実にこの本を買った元がとれるでしょう。

テーマ:コミック - ジャンル:本・雑誌



プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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