死を呼ぶ女  アントニー・ギルバート『つきまとう死』
4846006549つきまとう死 (論創海外ミステリ)
Anthony Gilbert 佐竹 寿美子
論創社 2006-01

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 莫大な財産を背景に、一族を支配する尊大で専制的な老母。財産目当てに母親に取り入る子どもたち。愛憎が渦巻く人間関係のさなかに殺人事件が…。
 ミステリではある種お馴染みになった、いわゆる「一族もの」作品。そんな使い古された形式ながら、人間ドラマの上手さで読ませるのが、アントニー・ギルバートのミステリ『つきまとう死』(佐竹寿美子訳 論創社)です。
 高齢の女性レディ・ディングルは、亡き夫から莫大な財産を引き継いでいました。彼女は財産を後ろ楯に、子どもたちを精神的に支配していたのです。借金をかかえるロジャー、融資を欲しがるセシル、息子やその妻たちは、それぞれの事情から、母親を嫌いながらも、その莫大な財産のおこぼれにあずかるべく、恭しく接していました。
 そんなおり、レディ・ディングルの新たな「話し相手」として雇われた、美しい未亡人ルース・アップルヤードは、家族の予想に反して、レディ・ディングルのお気に入りとなります。気まぐれなレディ・ディングルは、遺言書を書き換え、ルースに大部分の財産を遺すと言い出したのです。発作を起こして寝込んでいたレディ・ディングルは亡くなりますが、死因は人為的なものであることが明らかになります。
 最も動機の強い人物として、ルースは逮捕されてしまいます。彼女には、無罪になったものの、かって父親を毒殺しようとした容疑、そして夫を謀殺した容疑がかけられていました。過去の事情も手伝って、ルースは追いつめられます。彼女に惹かれていた、一家の客フランクは、知り合いの有能な弁護士クルックを呼び寄せますが…。
 本書は、アントニー・ギルバートのシリーズ・キャラクターであるクルック弁護士が登場する作品なのですが、クルックが登場するのは序盤少しだけ。あとは、物語も相当後半になるまで登場しません。主に描かれるのは、ルースの過去の因縁、そして一族の人間たちの愛憎あふれる人間ドラマです。
 殺人が起きるのも、かなり後半なのですが、それまでの人間ドラマが濃密なので、退屈はしません。とくに、気弱な性格から、母親に虐げられてきた次男セシルと、かってセシルとの仲を引き裂かれた後も、レディ・ディングルに数十年間も家政婦として仕え続けてきたケイトのキャラクターは秀逸です。やがてセシルが若い娘ヴァイオレットと結婚することになり、ケイトは複雑な立場に置かれるのも興味深いところです。
 加えて「話し相手」として一家に入り込んで若き未亡人ルースの存在が、物語を複雑かつ読みごたえのあるものにしています。過去に二件も殺人容疑をかけられた彼女は、ほんとうに殺人者なのか。そして今回の殺人も彼女の仕業なのか。容疑者が入り乱れ、サスペンスは途切れることがありません。
 探偵役のクルックが、序盤と終盤それぞれ少しづつしか登場しないこともあって、長々と調査をしたり尋問をしたりという、この手の作品につきものの退屈さとは無縁です。ただそれゆえ、トリックであるとかアリバイであるとかいった「本格ミステリ」的な要素はかなり控え目になっています。
 細やかな人物描写、そして登場人物たちのからみを丁寧に描いているため、殺人の「動機」という点では、非常に納得のゆく結末となっています。
 発表年は1956年の作品ですが「推理パズル」的な興味よりも、「人間ドラマ」部分を重視したつくりは、現在でも充分通用する面白さです。
10月の気になる新刊
10月10日刊 リチャード・ニーリイ『亡き妻へのレクイエム』(ハヤカワ・ミステリ 予価1155円)
10月10日刊 アンドルー・クルミー『ミスター・ミー』(東京創元社 予価2625円)
10月10日刊 『定本 久生十蘭全集1』(国書刊行会 9975円)
10月14日刊 東雅夫編『伝奇の匣 吸血妖鬼譚 ゴシック名訳集成』(学研M文庫 予価1890円)
10月17日刊 広瀬正『鏡の国のアリス』(集英社文庫)
10月25日刊 キャサリン・マーシュ『ぼくは夜に旅をする』(早川書房 予価1260円)
10月28日刊 レイ・ブラッドベリ『社交ダンスが終った夜に』(新潮文庫 予価740円)
10月下旬刊 都筑道夫『東京夢幻図絵』(仮題)(扶桑社文庫)
10月刊   『ジャック・ロンドン幻想短篇傑作集』(彩流社 予価2625円)

《創元推理文庫復刊フェア》より
C・A・スミス『イルーニュの巨人』
クリストファー・プリースト『ドリーム・マシン』
J・G・バラード 『時間都市』

 ドンデン返しサスペンス作家、ニーリイの作品『亡き妻へのレクイエム』が登場です。一時期ニーリイの邦訳は途絶えていましたが、このままコンスタントに訳されるようになるといいですね。
 以前から予告されていた『定本 久生十蘭全集1』がいよいよ刊行開始です。全11巻。値段はかなり張るのですが、ほぼ全作品を網羅しているということで、要チェックです。
 『ゴシック名訳集成』の最新刊は、吸血鬼もの。佐藤春夫訳のジョン・ポリドリとか、芥川龍之介訳のゴーチエ『クラリモンド』などの名訳に混じって、マルセル・シュウオッブやW・L・アルデンの名前が見えるところがマニアックですね。
 10月でいちばん気になるのはこれ、『ジャック・ロンドン幻想短篇傑作集』ですね。ロンドンのSFや幻想小説って、あまり知られていませんが、面白いものがいっぱいあるので、これは楽しみ。
 今年の創元推理文庫の復刊の目玉は、やっぱりC・A・スミス『イルーニュの巨人』でしょうか。
シンプソン氏の秘密道具  プリーモ・レーヴィ『天使の蝶』
4334751660天使の蝶 (光文社古典新訳文庫 Aフ 5-1)
関口 英子
光文社 2008-09-09

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 イタリアの作家プリーモ・レーヴィ。彼の短編集『天使の蝶』(関口英子訳 光文社古典新訳文庫) には、シニカルかつブラック・ユーモアに満ちたSF的な短篇が収められています。
 収録作品に共通するのは、風変わりな「機械」や「発明品」が登場するところ。空想的な「機械」や「発明品」の使用によって、ストーリーもまた風変わりな方向に進んでいくところに、レーヴィの短篇の面白さがあります。そして、多くの作品において「機械」を持って現れるのは「シンプソン氏」という人物。彼が狂言回しとして活躍します。
 ある意味『ドラえもん』の「秘密道具」に似たようなタッチの作品といってもいいでしょうか。

 『ビテュニアの検閲制度』 ビテュニアでは、検閲の需要が大幅に増えた結果、人員が足らなくなっていました。最初に検討されたのは機械化でしたが、手違いで逮捕・処刑される人間が出る始末。最終的に採用された方法とは、なんと「家畜」を使用するものでした…。
 効率を優先する結果が行き着く先とは…。皮肉な視線で描かれる寓話的作品です。
 
 『詩歌作成機』 注文をこなしきれなくなった詩人は、NATCA社のシンプソン氏にある機械を依頼します。それは「詩歌作成機」。あらゆるジャンルの詩や散文を自動的に作成する機械でした…。
 創造的な「詩」とは対極にあるはずの機械。自らのアイデンティティをあっさり捨てる詩人の姿が、皮肉をもって描かれています。作中に登場する「詩」は、それぞれユーモアたっぷり。

 『天使の蝶』 レーブ教授の持論は、人間はその能力の全てを開花させていない、というものでした。もし人間に人為的な操作を加えて「成体」にさせることができれば、それは「天使」と呼ぶにふさわしい存在であるはずだ、というのです。教授は持論を証明すべく、人体実験を始めますが…。
 皮肉まじりながらも、ユーモアの色濃い本作品集の中にあって、もっとも暗鬱なトーンで描かれた作品です。なにやらナチスを思わせる実験が登場しますが、それらがすべて伝聞の形で提示されるところに、特色があります。

 『低コストの秩序』 シンプソン氏が持ってきたのは《ミメーシン》と呼ばれる複写機でした。それは表面だけでなく、奥行きまで再現する、つまり完全な複製を作る機械だったのです。シンプソン氏の制止にもかかわらず、「わたし」は、ダイヤモンドを複製し、ついには昆虫の複製にとりかかりますが…。
 倫理観の強いシンプソン氏に対して、好奇心から様々なものを複製してしまう「わたし」が対比的に描かれます。

 『人間の友』 サナダムシを構成する細胞に規則的な配置が発見されます。アッシリア学者ロスアードは、そこにメッセージが現れていると主張し、いくつもの詩句を再現していきます。そこには、個々に異なった詩文が記されていたのです…。
 「サナダムシの詩」が登場する、ユーモアにあふれた物語です。愛について語った詩や、なんと寄生主と寄生虫の関係について語った詩なども登場します。

 『《ミメーシン》の使用例』 いささかモラルに欠けた「わたし」の友人ジルベルトは、複製機《ミメーシン》を使い、妻のエンマを複製してしまいます。最初は、仲良く過ごしていたものの、やがて二人のエンマは異なった性格を見せはじめます…。
 『低コストの秩序』の続編的な作品です。もとは同じ人間でも、複製された人間は、まったく同じ人間ではない…というテーマの作品。もっとも、結末はかなり脳天気ではあります。

 『転換剤』 「転換剤」、それは「痛み」が「快感」に変わるという驚異的な薬でした。しかし、それを投与した動物はみな痛みを求めた結果、死んでしまうのです。発明者のクレーバーは、とうとう自らの体にも「転換剤」を投与してしまいます…。
 「痛み」は、人間の生存に必要不可欠なものである…というテーゼを、説得力豊かに描いています。軽いタッチで描かれているものの、かなり深いテーマの作品です。

 『ケンタウロス論』 「僕」の馬小屋には「ケンタウロス」がいました。気が荒いという父親の言葉とは裏腹に、知性豊かな「ケンタウロス」に「僕」は尊敬の念を抱いていました。ある日「僕」の幼なじみであるテレザを見た「ケンタウロス」は彼女に恋してしまいます。しかし「僕」とテレザの逢い引きを目撃した「ケンタウロス」は姿を消してしまうのです…。
 「ケンタウロス」を、空想上の生物としてではなく、実在の生物として描いているところがユニークです。人間の男と馬との間に生まれた生物として描かれているのです。逆に「ケンタウロス」のメスは、人間の女と馬との間に生まれるものであり、顔が馬で体が人間、という設定が妙にリアリティを持っています。奇妙な生物学的ファンタジー。
 
 『完全雇用』 シンプソン氏は、昆虫とのコミュニケーションに成功します。ミツバチやトンボに仕事をさせることに成功したのです。やがてその対象はアリや蠅にまで広がっていきますが…。
 ミツバチを手始めとして、さまざまな昆虫とのコミュニケーションを試みるシンプソン氏の目論みは…? エスカレートしてゆく事態が楽しい、スラップスティック・コメディ。作品中にも言及されますが、フォン・フリッシュの「ミツバチの言語」に触発されたと思しい作品です。 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ゲイルズバーグの人さらい  ジョー・ヒル『20世紀の幽霊たち』
20世紀の幽霊たち

20世紀の幽霊たち (小学館文庫 ヒ 1-2)
白石 朗
小学館 2008-09-05

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4150200262ゲイルズバーグの春を愛す ハヤカワ文庫 FT 26
福島 正実
早川書房 1980-11

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 スティーヴン・キングの実の息子、ということでも話題になった作家ジョー・ヒル。彼のデビュー作である短編集『20世紀の幽霊たち』(白石朗他訳 小学館文庫)が邦訳されました。
 全16編の短篇を収めており、700ページ近いボリュームには、少し尻込みしてしまう方もいるかもしれません。しかし、そんな心配は無用です。どれもが粒ぞろいの作品で、まったく飽きさせることがありません。
 純粋なホラーはもちろん、マジック・リアリズムあり、ブラック・ユーモアあり、ノスタルジーありと、じつに様々な味の作品が含まれていますが、全体を通して感じられるのは、かっての「異色作家」たちの影響です。作者自身があとがきや作品中で言及する作家たち、ジャック・フィニィ、ロアルド・ダールをはじめとして、レイ・ブラッドベリ、リチャード・マシスン、ロバート・ブロック、彼らの作品に似た味わいが感じられるのです。
 実父キングも「異色作家」たちへの愛を公言していましたが、作品への影響という意味では、ジョー・ヒルに対するそれは、父親以上に強い影響を与えているといえそうです。
 それでは、以下いくつかの作品について、紹介しましょう。

 『シェヘラザードのタイプライター』 生前、夜になると地下室にこもり、タイプライターで3ページ分の小説を書き続けていた父親。彼が死んだ後も、タイプライターは毎夜、文章を打ち続けるのです。娘のエリーナは、どこか愛情に似た気持ちで、タイプライターを見守りますが…。
 なんと「謝辞」の中に埋め込まれた小説作品です。どこか寓話の趣すら漂う、味のある掌編です。

 『年間ホラー傑作選』 ホラー傑作選の選者であるエディ・キャロルは、ヌーナンという男から、ぜひ読んでみてほしいと、大学の文芸誌を受け取ります。そこに収められた「ボタンボーイ」という作品に衝撃を受けたキャロルは、自分のアンソロジーに収録したいと、くだんの作品の作者ピーター・キルルーについて尋ねます。
 キルルーの行方はわからず落胆したキャロルでしたが、ふと訪れたコンベンションで、キルルーの自宅が近くにあることを知り、彼の自宅を訪ねますが…
 どこか不穏な空気の家。言動のおかしい作家とその兄弟。「悪魔のいけにえ」を思わせる不条理ホラー作品です。

 『二十世紀の幽霊』 映画館〈ローズバッド〉には、幽霊が出るという噂がありました。かってはその映画館の常連だったという若い娘イモジェーン・ギルクリストは、時折姿を見せ、観客に話しかけるというのです。少年時代にイモジェーンと出会ったアレックは、長じて〈ローズバッド〉の所有者となります。
 映画館の経営が左前になり、倒産寸前のある日、アレックは、映画スターであるスティーヴン・グリーンバーグから、会いたいという申し出を受けて驚きます。スティーヴンは子ども時代に、イモジェーンを目撃したひとりだったのです…。
 死後も映画館に現れる、映画好きだった若い娘。彼女はなにを求めているのか? 彼女を目撃した数少ない人間たちの人生はやがて交錯しはじめて…。静謐な雰囲気に満ちたモダン・ゴシック・ストーリー。

 『ポップ・アート』 周りから敬遠されていた「おれ」のただ一人の親友アート。彼は、生まれつき「風船」でできた人間でした。話すことはできず、筆談でしか意志を伝えられないアートは、しかし「おれ」の話を聞いてくれる、心優しい人間だったのです。
 しかし、「おれ」の偏狭な父親は、アートを嫌い、彼を威嚇するために凶暴な犬を飼い始めます。ある日鎖から放たれた犬は、アートを襲います…。
 傷をつけられると空気が抜け出て死んでしまうという「風船人」アートと「おれ」とのはかない友情を描いた作品です。超自然的な現象を当たり前のように描くという、いわゆる「マジック・リアリズム」風の作品。 
 
 『蝗の歌をきくがよい』 ある朝突然、巨大な昆虫に変身してしまった少年フランシスは、驚愕した両親に家を追い出されてしまいますが、やがて奇妙な高揚感とともに、人間の殺戮を開始します…。
 銃で撃たれても平気だという、やたらと強靭な主人公の殺戮シーンが圧巻です。娯楽小説版カフカ『変身』といった趣の作品です。

 『アブラハムの息子たち』 不寛容な父親を恐れるマックスとルドルフの兄弟。学者だった父親は、性的スキャンダルのために、ヨーロッパを追われアメリカにやってきたのです。いいつけを破り、父親の留守中に、彼の部屋に忍び込んだ兄弟は、写真立ての後ろに、殺された女の写真が隠されていたことに気づきます…。
 狂信的な父親の信じていることは事実なのか、それとも彼は心の病にかかっているのか? 事実を知ってしまった幼い兄弟を描くサイコ・スリラー。

 『黒電話』 道化師のふりをして、少年をさらう誘拐犯アルに囚われてしまった少年ジョン・フィニィ。閉じ込められた地下室に、黒い旧式の電話があるのを見つけますが、その電話線は切られていました。しかし数日後、希望を失いかけたフィニィは、切られているはずの電話が鳴っているのに気づきます…。
 つながるはずのない電話機にかかってきた電話。相手はいったい誰なのか? 殺人鬼の手が迫るなか、フィニィのとった手段とは…?
 ホラー風味のサスペンス短篇。殺人鬼の通称が〈ゲイルズバーグの人さらい〉といい、主人公の名前がフィニィといい、かなりジャック・フィニィを意識したつくりになっています。

 『末期の吐息』 ある博物館を訪れた息子と両親の三人家族は、展示品を見て驚かされます。そこは「静寂の博物館」、過去の人間の「末期の吐息」を封じ込めた瓶を集めた博物館だったのです。興味を持った息子と父親とは対照的に、母親は嫌悪感を露にし、はやく出たいと急かしますが…。
 奇妙な博物館で家族が出会ったものとは…。ロアルド・ダールやジョン・コリアを思わせる、皮肉なブラック・ユーモア短篇です。

 『ボビー・コンロイ、死者の国より帰る』 ジョージ・ロメロの映画『ゾンビ』の撮影現場、ゾンビに扮したボビーは、同じくゾンビに扮したとなりの女性が、かっての恋人ハリエットであることに気づきます。役者の夢をあきらめ、地元に戻っていたボビーは、ハリエットがすでに結婚し、息子までいることを知ります。やがてハリエットの夫と出会ったボビーは、彼が平凡な人間であることに、言い知れぬ思いを抱きます…。
 夢破れた青年が再会した、かっての恋人。しかし彼女はすでに結婚していたのです…。なんということはないストーリーが、舞台を「ゾンビ」の撮影現場にとったことで、これほど新鮮な作品になるとは!
 ゾンビの扮装が「人間としての欠損」を表すという高度なテクニック、超自然的な要素はないものの、微妙な心理の綾が丁寧に描写された傑作短篇です。

 『自発的入院』 若年性の統合失調症と判断された弟モリスは、コミュニケーションには欠けるものの、道具を使って城や建物を作る才能を発揮し、家族を驚かせます。やがてモリスは、地下室に箱を使って、巨大な要塞を作り上げます。悪友エディに困っていた兄のノーランを見たモリスは、兄のためにエディを「追い払って」あげると言いますが…。
 精神疾患を抱える弟が作る要塞、そこはこの世ならぬ場所に通じていたのです…。はっきりとした説明はまったくなされず、ただ淡々と進む物語が、ひじょうに無気味さを感じさせる、集中随一の傑作短篇。

 「異色作家」たちに多大な影響を受けているらしいジョー・ヒル。その中でも、ジャック・フィニィの存在は別格のようです。『年間ホラー傑作選』の作中では、フィニィの短編集『ゲイルズバーグの春を愛す』が言及されますし、『黒電話』でも、主人公の名前がフィニィと名付けられています。
 さらに言えば、どこか叙情に満ちた『シェヘラザードのタイプライター』といい、ノスタルジックな『二十世紀の幽霊』『ボビー・コンロイ、死者の国より帰る』あたりにも、フィニィの影が感じられます。『自発的入院』なども、フィニィの短篇『独房ファンタジア』を思い起こさせる作品ですね。
 改めて言いますが、どの短篇も粒ぞろい。デビュー作にして、これほどレベルの高い作品集を読んだのは、ほんとうに久しぶりです。短篇に関する限り、父親のキングよりも上手なのではないでしょうか。
 往年の〈異色作家短編集〉が好きだった方には、とくにオススメしたい作品集です。
 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

永遠の夏  外薗昌也『琉伽といた夏』
琉伽といた夏 1 (1) 琉伽といた夏 2 (2) 琉伽といた夏 3 (3) 琉伽といた夏 4 (4)

 広瀬正『マイナス・ゼロ』、ジャック・フィニィ『愛の手紙』、リチャード・マシスン『ある日どこかで』、そして梶尾真治の諸作など、「タイムトラベル」と「恋愛」をからめた作品は数多く存在します。
 このタイプの作品が多いのは、ラブストーリーの要諦である「障害」を、現実では考えられないぐらい大きくすることができる、という点からも説明することができるかと思います。つまりこのタイプの作品では、恋愛の「障害」は、「年の差」や「身分」ではなく「時間」であるというわけです。それゆえ「タイムトラベル・ラブストーリー」で描かれる「恋愛」は、成就が非常に困難であり、恋人同士が結ばれずに終わる、というかたちのものも多いようです。
 外薗昌也の漫画作品『琉伽といた夏』(集英社 ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ)も、そんな「タイムトラベル・ラブストーリー」のひとつですが、ここで描かれる「恋愛」の「障害」は、並大抵ではありません…。
 平凡な日常を送っていた高校生、遠野貴士と弥衣の兄妹。しかしある日、空に現れた閃光の直撃を受けた弥衣は、おかしな言動を見せるようになります。真夜中、弥衣が銃器らしきものをいじっているのを見つけた貴士は、妹を問いつめますが、弥衣の口から出た言葉は驚くべきものでした。
 私は、弥衣ではない、琉伽だ。なんと彼女は、31年後の未来からやってきた人間だというのです。タイムトラベル薬品の服用により、人格データのみがこの時代にジャンプしてきたと話す彼女の目的は、未来から逃亡した凶悪犯を見つけ出し、消却すること。琉伽は、弥衣の多重人格ではないかと疑る貴士も、琉伽の話から、彼女を信じ始めます…。
 未来からの凶悪犯を追ってきた正義の戦士、というと『ターミネーター』もどきの話を想像してしまいますが、この作品の魅力は、そうしたアクション部分にはありません。むしろ、未来からやってきた琉伽と貴士との淡い恋愛こそが主眼です。互いに思いを寄せる二人を阻むのは、琉伽が貴士の実の妹である弥衣の体を借りている、という事実。つまりは、純粋にプラトニックな恋愛にならざるを得ないわけです。琉伽への思いに胸を焦がしながらも、同じく大切に思う妹のために悩む貴士の心理が読みどころといえるでしょう。
 物語が後半になるにしたがって、単なる善対悪に見えていた物語の様相も変わってきます。正義だと思っていた琉伽が必ずしも正義ではなく、敵の側もまた一概に悪とは言い切れないことがわかってくるのです。歴史を変えることは正しいことなのか、しかも未来が暗胆たるものであった場合には?
 より大きなテーマをはらみつつ、物語は、クライマックスを迎えます。そして貴士に与えられた究極の選択、琉伽と弥衣のどちらを救うのか? その選択はまた、世界の未来を決める決断でもあるのです。
 著者の外薗昌也は、根っからのSFファンらしく、各話のタイトルが全て、海外SF作品からとられています。第1話は『夏への扉』、第2話は『人間の手がまだ触れない』、第3話は『人形つかい』など。最終話タイトルは『ハローサマー、グッドバイ』。つい先頃復刊されたマイクル・コーニイの作品からとられています。
 ネタを割るので詳しくは書きませんが、タイトルにもある「夏」もまた、作品の重要なファクターになっており、最終話『ハローサマー、グッドバイ』では、コーニイ作品の内容ともリンクするという、非常に技巧的な手法が使われています。そして、ここでなぜタイトルが『琉伽といた夏』でなければならなかったのか、読者にも得心がいくことでしょう。
 純粋に一個の作品として見た場合にも、ほろ苦い青春ラブストーリーとして充分に魅力的な作品ですが、海外SF好きの方なら、より楽しむことができるでしょう。とくにマイクル・コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』(山岸真訳 河出文庫)を読んでおくと、さらに楽しめること請け合いです。
 巻末にはおまけとして、各話タイトルのもとになったSF小説の簡単なガイドもついていますので、興味を持った方はいろいろ読んでみるのも一興かと思います。
ロマンチック志向  風見潤編『見えない友だち34人+1』
見えない友
見えない友だち34人+1―海外ロマンチックSF傑作選3 (1980年)
集英社 1980-09

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 少女小説で知られる「コバルト・シリーズ」から、何冊かSF関係のアンソロジーが出ていたことは、今となっては、あまり知られていない事実です。レーベルがレーベルだけに、難解なハードSFなどとは無縁、主に、恋愛やロマンチックな題材を扱った、どちらかというと、ファンタジー寄りの作品が多く選ばれているのが特徴です。
 そのなかでも、さらにロマンチック路線を突き詰めたのが〈海外ロマンチックSF傑作選〉シリーズです。『魔女も恋をする』『たんぽぽ娘』『見えない友だち34人+1』と、全3巻のこのシリーズ、いまでもわりと人気があるようです。梶尾真治の本でよく言及されていることもあって、ロバート・F・ヤングの名作『たんぽぽ娘』が収録された『たんぽぽ娘』などは、古書でも引っぱりだこのようですね。
 さて、最初の2巻、『魔女も恋をする』『たんぽぽ娘』が、主に既訳のあるものを編集したのに対して、最終巻『見えない友だち34人+1』(風見潤編 浅倉久志他訳 集英社文庫コバルト・シリーズ)は、全編初訳の作品を収めています。今でもこれ以外の本では、読めない作品が多いのではないでしょうか。
 今回は、このアンソロジーから紹介しましょう。

 ゼナ・ヘンダースン『見えない友だち34人+1』 転校生のマーシャが、学校に連れてきたのは、空想上の友だち「ル-・リー」。男か女かもわからず、マーシャ以外の目には見えないル-・リーに、クラスメイトたちは不審の念を抱きますが、やがてマーシャの思いに感化された彼らは、ル-・リーの存在を受け入れるようになります。そんな様子を見守っていた担任教師の「わたし」は、ある日、ルー・リーの声が耳に入るのを感じ、驚きますが…。
 ゼナ・ヘンダースンお得意の、ナイーヴな子供を扱ったファンタジーです。結末も予想がつくものの、やさしい筆致で描かれた物語は、読んでいて心地のよいものです。

 ロバート・F・ヤング『時を止めた少女』 公園でひょんなことから、長身のブルネット美女ベッキイと知り合いになった青年ロジャーは、彼女に一目惚れをしていまいます。ベッキイに会いたさに、再び公園を訪れたロジャーは、そこで発音のおかしい、可憐な少女エレインに出会います。アルタイルから宇宙船でやってきたというエレインの素っ頓狂な話に、適当に相づちを打つロジャーに対し、エレインはなぜかロジャーに積極的に迫ります。しかしすでにベッキイに心を奪われているロジャーは、相手にしようとしません…。
 二人の美女の間で揺れ動く青年、しかも相手役の女性はブルネットとブロンド。かなりステレオタイプなラブストーリーなのですが、わかっていても最後まで読まされてしまうところが、ロマンチックSFの巨匠ヤングの力業というべきでしょうか。

 アーサー・セリングス『地球ってなあに』 「ネコ」や「木」について、子どもたちから質問されたエムは困惑していました。ロボットであるエムには、質問にどう答えていいかがよくわからないのです。しかも、この場には存在しないものに対して、どう説明すればいいのか。人間の大人はひとりも存在せず、頼れるのは同じロボットのパートナーであるジェイだけ。やがて好奇心に捕らえられた子どもたちは、真実を知りたがりますが…。
 「ネコ」や「木」は存在せず、大人もひとりもいない。子どもたちを養育するのは、二体のロボットのみ。この世界には何か秘密があるに違いない…。SF慣れした人なら、すぐわかるテーマではあります。ただ、真実を知った子どもたちが、希望を失わないところに、ポジティブな未来志向が感じられます。

 ジェイムズ・ガン『魔術師』 謎の老婦人ピーボディ夫人から、奇妙な依頼を受けた私立探偵ケイシィ。その依頼とは、ある男の本名を探りだしてほしいというもの。しかもその男は、たびたび姿を変えるかもしれない、というのです。捜査に乗り出したケイシィは、その男がいるらしい会合に紛れ込むことに成功します。しかしそれは、魔術師たちの会合だったのです。「エリアル」と名乗る娘と出会ったケイシィは、協力して男を探そうとしますが…。
 アンソロジーの半分近くを占める中編作品です。私立探偵が、魔術師たちの争いに巻き込まれるという、完全なファンタジー作品。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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