オースン・スコット・カードの短編集『無伴奏ソナタ』(野口幸夫訳 ハヤカワ文庫SF)の収録作品に共通するのは、人間の醜い部分、暗部が描かれているところでしょうか。かといって、ペシミズムに陥るわけではなく、あくまで希望を失わないところに、カードの美点があります。 それでは、以下収録作品について、いくつか紹介していきましょう。
『エンダーのゲーム』 異星人からの侵略をたびたび受けた人類。大人の兵士を多数失った彼らは、子供たちを軍人として鍛えるためのスクールを設立します。十一歳の少年エンダーは、天才的な知略を駆使して、またたくまに指揮官の座を手に入れますが…。 天才的な少年司令官が、毎回、圧倒的な不利をものともせず、知略のみで勝ち進んでいくという物語。とはいっても、戦闘は実戦ではなく、模擬戦闘なのです。しかしエンダーに対して与えられる課題は、エスカレートしていきます。極端なまでのハンデをつけられることに対して、エンダーは疑問を抱きます…。 リアルな戦闘シーンもさることながら、結末で明かされる真実には驚かされることでしょう。 『王の食肉』 その星では、王と女王の食事として、国民の体の一部が食べられるというしきたりがありました。肉を集めて回るのは「羊飼い」の仕事。どんなに抵抗しようとしても、彼の杖に触れられると、言うがままになってしまうのです。やがて、五体満足な人々がいなくなったころ、宇宙から来訪者が現れます…。 人々から憎まれる「羊飼い」。しかし彼はまた、人々を生かすために働いていたのです…。残酷な結末には、賛否両論あるかもしれません。
『呼吸の問題』 ある日、妻と子供の呼吸のタイミングが一致していることに気づいたデイルは、不思議に思いますが、その直後、事故で二人は亡くなります。そして、デイルの両親を含めた人々の呼吸が一致しているのに気づいた直後に、彼らの乗った飛行機が墜落したのです。これは死のサインに違いない! そう確信したデイルは、それが起こるたびに、うまく災難を免れますが…。 たびたび死を免れるデイルでしたが、それにも限界が…。死の前兆を読み取れるようになった男の悲喜劇を描く異色短篇です。
『時蓋をとざせ』 近未来、タイムマシンを悪用する退廃的なグループがありました。彼らは、「死」を味わうために、わざと過去のトラックに轢かれては、現在に戻ってくるというゲームを繰り返していました。グループのリーダー、オライオンを逮捕しようとする刑事の思惑に対し、彼は法律を犯してはいないと言い張りますが…。 退廃の極致を体現するグループがゲームにしたのは、何と「死」そのもの。「タイムマシン」と言うガジェットに、こんな使い方があったとは驚きです。
『四階共同便所の怨霊』 妻との不和のため、安アパートに引っ越したハワードは、共同便所に赤ん坊が突っ込まれているのを見つけます。よく見ると、その赤ん坊にはヒレがあり、どう見ても人間ではないのです。やがて、赤ん坊に襲われた彼は、赤ん坊を切り刻んで始末します。安堵したのもつかの間、殺したはずの赤ん坊が、たびたびハワードの前に現れます…。 利己的で冷血漢の男ハワードの前に現れ続ける謎の赤ん坊。しかもハワードの眼にしか赤ん坊は見えないのです…。 赤ん坊は、主人公の罪の意識の象徴なのでしょうか。それにしては、妙に実在感がある赤ん坊のインパクトが強烈。
『死すべき神々』 突如現れ、地球に対し友好的に振る舞う異星人たち。世界各地に寺院らしきものを立て続ける彼らの目的は何なのか? 疑問を抱いたクレーン老人は、異星人のひとりに疑問をぶつけますが…。 不死の種族にとっては、死すべき種族こそが「神」である、という逆説を描いたアイディア・ストーリー。短いながらも奥行きの感じられる作品です。 『解放の時』 ある日体の不調に気づいた経営者マーク・タップワースは、突如焦燥感に駆られ、帰宅します。あわてて帰った彼の家には、なぜか棺が置いてあり、彼を驚かせます。ひょんなことから、行き場所のない棺を預かる羽目になったというのです。子供も怖がるだろう、と妻に言いかけた彼は、自分達には子供などいなかったことを思い出します…。 妻が欲しがっていた子供は結局できなかったはずなのに、なぜ、たびたび子供がいたような気がするのだろうか? これは妄想なのかそれとも…? 死の寸前に男が見た幻想、それとも妻の願望が現実を改変したのか。多様な解釈が可能な幻想小説です。
『猿たちはすべてが冗談なんだと思いこんでいた』 民族虐殺から生き延びたアグネスは、長じて人々のためになることをしたいと考えていました。宇宙船のパイロットとなった彼女は、宇宙に突如出現した、謎の物体の調査に赴きます。物体の内部は、地球によく似た環境であり、膨大な人口を養えることを知ったアグネスは、地球からの移住を実現させ、英雄としてあがめられるようになりますが…。 人類愛に燃える主人公が、新天地を発見し人々を導く…。ストレートなヒューマン・ストーリーが、後半思いもかけない展開になります。ただ、本編より、作中作の「シリル」の物語の方が、寓意に富んでいて、魅力的に感じられます。
『磁器のサラマンダー』 産褥で死んだ妻を悲しむあまり、娘に呪いの言葉を吐いてしまった父親。その呪いは実現し、娘はひとりではろくに歩けない体になってしまいます。娘が成長するにつれ、後悔の念を深める父親は、魔法のかかった「磁気のサラマンダー」を手に入れて、娘に与えます。やがて娘はサラマンダーを愛するようになりますが…。 動きを止めると死んでしまうために、常に動き回らなければならないという「磁気のサラマンダー」のキャラクターがユニークです。娘からの愛情を受けても、自分は「磁気」のために、同じような愛情を抱くことはできない、というところも、じつに意味深。 お伽話風の世界でありながら、どこか「痛み」を伴った寓意ファンタジーです。
『無伴奏ソナタ』 その世界では、社会は完全に管理されていました。幼くして芸術的な才能を認められた「創る人」は、外部からの影響を受けずに、完全にオリジナルなものを生み出さなくてはならないのです。音楽の才能を認められたクリスチャンは、森の中で暮らしながら、周りの自然から、つぎつぎと曲を生み出していました。 しかしある男が、バッハの曲が入ったテープを持ち込み、クリスチャンに聞かせようとします。禁じられているにもかかわらず、好奇心に負けたクリスチャンは、テープを聴いてしまいます。 やがてクリスチャンの作品から、外部の影響を見て取った「監視人」は、彼を追放し、音楽を禁止してしまいます…。 完全にオリジナルなものを強要する、狂信的な世界。禁じられても、音楽を愛し続ける青年。青年を襲う残酷な運命にもかかわらず、希望を残す結末が感動を呼ぶ傑作短篇です。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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