ある男が構想した独創的なホテル。それは「想像力」によって癒しを与えるホテル。しかしホテルの予定地である、その古城にはいわくがあったのです…。 ジェニファー・イーガン『古城ホテル』(子安亜弥訳 ランダムハウス講談社)は、二つの物語が交錯する、「想像力」と「再生」の物語。 主人公ダニーは、30代も半ばを過ぎて、何事もなせない自分に忸怩たる思いを感じていました。そんな彼がたのみにしているのは、幸運のシンボルの「ラッキーブーツ」と、他の人間とつながっていることを感じさせてくれる「携帯電話」だけでした。 そんなある日、数十年ぶりに、いとこのハワードから連絡が入ります。成功を収め、莫大な財産を築いたハワードは、ヨーロッパのある古城を買い取り、そこにホテルを建てる計画をあたためているというのです。そしてその手伝いをしてもらいたい、とも。 行き詰まっていたダニーは、一も二もなく引き受けますが、不安をも感じていました。かっては仲のよかった二人が、疎遠になるきっかけを作った、少年時代のある事件。ハワードは自分に復讐をしようとしているのではないか…? やがてたどり着いた古城は、電波も通じない辺境の場所にありました。ダニーの命綱である携帯電話が通じないことを手始めに、超自然的な出来事がダニーを襲います。ダニーは精神的に追いつめられ、城から逃げ出そうと考えますが…。 もともと精神的な不安定さをかかえる青年ダニーが、古城の超自然的な現象によって、さらに精神を病んでいく…という、典型的な「幽霊屋敷」テーマで始まるこの物語。じつは序盤すぐに、この物語が、作中人物によって書かれた「小説」であることが明らかになります。 刑務所に服役する男レイ・ドブズが、更正プログラムの一環である創作クラスで書いた作品なのです。死んだような生活を送っていたレイに小説を書くきっかけを与えたのは、講師である女性ホリーでした。ホリーに読んでもらいたいがために必死で書いた小説は、やがて他の囚人たちをも魅了し始めます。しかし、囚人たちの間で「小説」をめぐり、軋轢もまた起こり始めるのです…。 この作品、「21世紀のゴシック・ゴースト・ストーリー」という謳い文句から、本格的な「幽霊」小説、「怪奇」小説を期待しがちですが、じつは主眼はそこにはありません。たしかに超自然的な現象は起こります。死んだ双子、年齢不肖の男爵夫人、地下牢、と雰囲気も題材も「怪奇」小説のそれなのですが、それにもかかわらず、主眼は、登場人物たちの人間ドラマにあるのです。 そして、この作品の題材である「古城ホテル」。作中作内で、ハワードが構想する古城ホテルのコンセプトもなかなか興味深いものです。
そう、僕の使命は想像力を呼び覚ますことなんだ。人を自分自身の想像の旅人にさせる。
娯楽産業にイメージを与えられることに慣れきった人々に、自分で想像する能力をよみがえらせる、というコンセプトなのです。そしてこれはまた、この物語全体のテーマでもあります。 何かになりたくて、しかし何者にも成りきれない未成熟な大人ダニー。少年時代の傷をかかえるハワード。ハワードの親友でありながら、彼の妻との不倫に悩む側近ミック。 そして、枠となる物語の方でも、友人を殺したという、小説の語り手レイ。子どもの死と麻薬に溺れた過去を持つ教師ホリー。二つの物語に登場する、ほぼ全ての人物が、何らかの重い過去を背負っています。そして彼らが、古城での体験、小説作りの過程において、過去の傷やトラウマを克服するのもまた「想像力」なのです。その意味で、結末付近でレイがホリーに語る言葉は、重要な意味を感じさせます。
「分からないのか? 君は自由なんだ」
作品の後半、互いに平行して進められてきた二つの物語が交錯し始めます。フィクションであったはずの物語が、やがて現実の物語へと結びつくのです。レイが殺人を犯した理由とは何なのか? そしてレイの書いた物語はまた、ホリーの心をも変えていくことになるのです。 謳い文句のような「幽霊」小説、「怪奇」小説とはニュアンスが異なる作品なのですが、人間の「過去」と「再生」の物語として、じつに読みごたえのあるドラマです。結末も、単純なハッピーエンドでこそありませんが、希望を残す肯定的なもの。 物語の構成上、作中作の途中で中断が入ったり、いきなり語り手が顔を出したりと、読者がいまどちらの物語を読んでいるのか、わかりにくくなるところも多々あるのですが、それもまた、この作品の魅力の一端ともなっています。 「ホラー」小説だと思って、手に取らないのはもったいありません。ジャンルとは関係ない、一編の「小説」として、多くの人に読んでいただきたい作品です。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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