あっと驚く話  佐々木淳子『Who フー』
フーWho―超幻想SF傑作集 (ベルコミックス)
佐々木 淳子
東京三世社 1993-04

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 SFの魅力は「センス・オブ・ワンダー」にあると言われます。「センス・オブ・ワンダー」とは、日常では味わえない目眩のするような感覚、当たり前だと信じて疑わなかった価値感に衝撃を与えてくれるもの、とでも言ったらいいでしょうか。この言葉の定義は、人によっていろいろあるでしょうが、身も蓋もない言い方をしてしまうなら「あっと驚く話」といってみてもいいかと思います。
 そして漫画作品において、この「あっと驚く話」の描き手といえば、まず、佐々木淳子の名を挙げなくてはなりません。彼女の作品には、大胆なSF的アイディアが溢れています。その読後感は、まさに「センス・オブ・ワンダー」としか呼びようがありません。
 そんな佐々木淳子の魅力が凝縮されているのが、初期短篇を集めた作品集『Who フー 超幻想SF傑作集』(佐々木淳子 東京三世社 マイ・コミックス)です。今回はこの中から紹介しましょう。

 『赤い壁』 夢の世界に迷い込み、もとに戻れなくなった少女。彼女は、謎の少年の力を借り、夢の世界から逃げ出そうとしますが…。
 少女は、いつの間にか他人の夢の中へと紛れ込んでしまいます。恋する青年、病気の幼児、ひとびとの夢の中はすべてつながっているのです…。のちの代表作『ダークグリーン』につながるようなテーマを内包した作品です。

 『のこされたこころ』 遺書を残し、崖から飛び下りをはかった少女みさこ。しかし死の間際になって、生への執着がよみがえります。ふと気が付くと、みさこは男の赤ん坊、道人として生まれ変わっていました。前世の知識を残す道人は、その知識を活用し、天才児として世を騒がします。テレビでも取り上げられた道人を見た、みさこの母親は、彼は娘の生まれ変わりに違いないと確信し、彼のもとを訪れますが…。
 生まれ変わった少女の運命とは…? 前世の死をトレースするかのような、結末の衝撃度は強烈。ホラーとしても読める異色短篇です。

 『メッセージ』 近未来、博物館で、過去の生活展示品を見学していたサミオは、ある品を見て目眩を感じます。これは自分の使っていたものだ…。そして、不治の病のため、冷凍睡眠で眠っていた女性メグミ・イワクラを見たとたん、彼の前世はメグミ・イワクラであると確信します。発展した治療技術のため、冷凍睡眠から目覚めさせられたメグミは世間の耳目を集めます。しかしメグミが目覚めているときには、サミオは眠りに入ってしまうのです。これは一つの魂を二人で使っているせいに違いない。彼女はサミオにメッセージを送ります。そこには「どちらかが消えなければならない」と書かれていました…。
 冷凍睡眠で目覚めた女性が、自分の前世の姿だったという、なんとも興味深い設定です。魂は常時一人分しかないため、二人の間で争いが起きる、と思いきや、意表をついた結末もなかなかのものです。

 『ミューンのいる部屋』 二人暮しの母親から構ってもらえず、空想上の友達と遊ぶことを覚えた少年フィル。彼の作った女の子ミューンは、日に日に存在感を増していきます。やがて、母親の実家に預けられることになったフィルは、伯母のアナイジーとの生活の中で、充実感を得るようになり、それに伴いミューンは姿を消します。しかしアナイジーとボーイフレンドとの関係に嫉妬したフィルは、再び内にこもるようになります。やがて彼の幻を作る能力は暴走しはじめますが…。
 いったんは幸せを得たかに思えた少年が裏切られたとき、空想は彼の手を離れていきます。空想が現実化するというファンタジーですが、後半の展開は、非常にブラック。最後の一ページの衝撃度は、半端ではありません。オーガスト・ダーレス『淋しい場所』やジェローム・ビクスビイ『きょうも上天気』を想起させる作品。

 『母はやさしく』 ある日落ちていた時計を拾ったことから、泥棒扱いをされてしまった佳澄。たびたび盗難事件が起こり、彼女は孤立していきます。それらが、クラスメートの宇田川の策略であったことを知った佳澄は、ふとしたはずみで彼を死なせてしまいます。彼女は、すべてを許してくれる「母」に相談しますが…。
 どこか夢の中にでもいるような、ぼんやりとした佳澄の行動に、違和感を抱きつつ読み進めると、驚くべき展開に。すべて笑って許してくれる「母親」の秘密とは…? 得体の知れない「母親」の無気味さが際立つ作品。

 『WHO フー』 ある日自転車から転げ落ち、気を失った少年。目覚めると、まわりに人気が全くないことに気づきます。どこに行っても、全く人間の姿が見えないことに驚いた少年は、しかし、たった一人女性が通りかかるのを見つけて駆け寄りますが…。
 短い掌編ですが、唸らされます。フィリップ・K・ディックを思わせる作品。

 『リディアの住む時に』 山の中でドライブを楽しんでいた青年ゼブは、突然飛び出してきた少女に驚きます。ビイと名乗る少女は、なぜかゼブのことを知っていました。彼女が暮らす館を訪れたゼブは、そこで暮らす女性たちが、みな歳こそ離れているものの、そっくりの顔をしていることに気づきます。
 いちばん幼いエイダ、その次に若いビイと親しくなったゼブは、みなが概ね彼に好意を示すのに対し、ただ一人シーラだけが、敵意を示すのに怪訝な気持ちを抱きます。なぜみな、ゼブのことを知っているのかと言う問いに、シーラは彼が8年ごとにあらわれるから、と不可解な答えを返します。
 部屋で蛇に襲われたり、毒入りのお茶を飲まされそうになったゼブは、命を狙われているのではないかと考えますが…。
 ゼブはなぜ命を狙われるのか? そしてそっくり同じ顔をした女性たちの秘密とは? やがて、彼女たちの悲劇的な運命が明らかになります。結末にいたって、タイトルにもある、リディアが住む「時」の意味がわかるという仕組みは非常に技巧的です。
 入り組んだ謎と目くるめくような展開が、読者をつかんで離しません。短い作品ながら、一人の女性の全人生を暗示させるという強烈なテクニック。驚くべきアイディアと、深いテーマとが融合した、恐るべき傑作です。

 とにかくどれを読んでも、斬新なアイディアが溢れています。初期の作品だけあって、絵柄的には洗練されているとはいえないのですが、内容は、それを補ってあまりある魅力があります。かって、フレドリック・ブラウンやロバート・シェクリイの作品が与えてくれたのと同種の感動を与えてくれます。「センス・オブ・ワンダー」を味わってみたい方はぜひ。
5月の気になる新刊と4月の新刊補遺
4月25日刊 ハーバート・ヴァン・サール編『終わらない悪夢』〈ダーク・ファンタジー・コレクション〉(論創社 予価2100円)
4月25日刊 『ミステリマガジン6月号』 〈バカミス特集〉(早川書房 840円)
4月下旬刊 クリストファー・プリースト『限りなき夏』〈未来の文学〉(国書刊行会 予価2520円)
4月刊 カレル・チャペック『流れ星』(青土社 予価1680円)
4月刊 鹿島茂『子供より古書が大事と思いたい 増補新版』(青土社 予価2310円)
5月13日刊 G・K・チェスタトン『木曜だった男』南條竹則訳(光文社古典新訳文庫)
5月13日刊 ミステリー文学資料館編『江戸川乱歩と13人の新青年 〈文学派〉編』(光文社文庫)
5月20日刊 バロネス・オルツィ『スカーレット・ピンパーネル 紅はこべ』小川隆訳(集英社文庫)
5月22日刊 マーゴ・ラナガン『ブラックジュース』〈奇想コレクション〉(河出書房新社 予価1995円)
5月25日刊 coco『今日の早川さん 2』(早川書房 予価1050円/限定版 予価1575円)
5月下旬予定 レーモン・クノー『あなたまかせのお話』〈短篇小説の愉しみ〉(国書刊行会 予価2520円)

 久々の〈ダーク・ファンタジー・コレクション〉新刊は、ヴァン・サール編『終わらない悪夢』。かって〈ソノラマ海外シリーズ〉でも、ヴァン・サール編のアンソロジーが何冊か出ていました。内容はB級作品を集めた、非常に楽しいアンソロジーだったので、今回のものも期待大です。
 今月の『ミステリマガジン』は、〈バカミス特集〉ということで、カミやラファティの作品が訳載されるようなので、異色短篇好きはぜひ。
 プリースト『限りなき夏』は遅れに遅れていますが、今月ほんとうに出るんでしょうか。
 鹿島茂『子供より古書が大事と思いたい 増補新版』は、同名の古本エッセイの増補版。この人の古本話はとても楽しいんですよね。蘊蓄が散りばめられていて、教養書にもなっているところが凄いと思います。
 (光文社古典新訳文庫)からは、なんとチェスタトンの『木曜日の男』の新訳が!(タイトルは、『木曜だった男』になっていますが。)幻想小説の名作ですが、ある意味難解な作品なので、今回の新訳は楽しみです。それにしても南條竹則、最近やたらとたくさん翻訳書を出してますね。
 〈奇想コレクション〉からは、マーゴ・ラナガン『ブラックジュース』。あんまり馴染みがない作家名ですが、オーストラリアの女性作家だそう。基本的にこのシリーズにハズレはないので、期待しましょう。
 あと、5月中に出るかどうかは怪しいですが、レーモン・クノー『あなたまかせのお話』も期待大です。
 
古き良き… シンシア・アスキス選『恐怖の分身』
恐怖の分身恐怖の分身―ゴースト・ストーリー傑作選 (ソノラマ文庫―海外シリーズ)
デズモンド マッカーシー 長井 裕美子
朝日ソノラマ 1986-09

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 シンシア・アスキスは、自身も怪奇小説をものし、その道の評価も高いイギリスの作家です。彼女は、また良きゴースト・ストーリーのアンソロジストでもあり、何冊ものアンソロジーを手掛けています。
 そんな彼女のアンソロジーから、いくつかの作品を抜き出して編集したのが『恐怖の分身』(シンシア・アスキス選 長井裕美子訳 ソノラマ文庫)です。斬新な作品は少ないものの、安心して楽しめる「古き良きゴースト・ストーリー」が集められています。中からいくつか紹介しましょう。

  デズモンド・マッカーシー『恐怖の分身』 仲の良かった、幼なじみ同士のハービーとパージトンは、やがて袂を分かつことになります。温厚なハービーには、野心あふれるパージトンの強引な行動が耐えられなかったのです。
 そして数十年後、ハービーは、パージトンに再会します。パージトンは、以前とはうって変わって善人になっていました。しかし、何かにおびえているようなのです。彼は自身の兄の死を語りますが、その死に自分は責任があるのではないかと考えていました。パージトンが時折見る幻影は、罪の意識から来るのではないのかとハービーは考えますが…。
 卑劣な手段でのし上がった男が苦しめられる幻影とは…? いわゆる「分身」小説ですが、怪奇現象そのものよりも、パージトンの人格を変えるに至ったいきさつの方に読みごたえがあります。

 アルジャーノン・ブラックウッド『嫌悪の幻影』 仕事の利便のため、すぐ近くの下宿を借りることにしたモルソンは、ふとすれちがった男に、異常ともいえるほどの嫌悪感を抱きます。また、宿の女主人スミス夫人は、モルソンに何か言いたそうにするものの、何か隠し事をしているようなのです。ある夜、モルソンの部屋に謎の男が侵入しますが、その正体はつかめません…。
 さすがは怪奇小説の大家ブラックウッド。怪異が起こるまでの雰囲気の高め方は、堂に入ったものです。それに加えて、怪異に遭遇する主人公モルソンが、殺人を犯しかねないほどの、激情的な性格に設定されているのが面白いところです。
 
 イーニッド・バグノルド『好色な幽霊』 テンプルトン氏は、ある日メイドが暇をとりたいと言い出すのを聞いて、不審に思います。理由を問いただすと、彼の部屋に、二人分の服が脱ぎちらかしてあるのを見たから、だというのです。しかしテンプルトン氏は、部屋に誰かを連れ込んだ覚えはまったくありません。さては…。彼にはこのところ毎夜、幽霊らしきものに悩まされていました。しかもそれは女のようなのです。たまたま妻が家を留守にしたある夜、とうとうそれはテンプルトン氏のベッドに近付いてきます…。
 「好色」な幽霊、というユニークなゴースト・ストーリーです。ただタッチは意外とシリアスなので、妙な味の作品に仕上がっています。

 メアリ・ウェブ 『執拗な幽霊』 弁護士の「私」は、ある日タレント氏なる人物と知り合います。話の流れから、彼の持っていた原稿を読ませてくれないかと頼んだ「私」は、図らずも、退屈な作品の朗読を、長々と聞かされる羽目になります。挙げ句に、遺言書の作成を頼まれてしまった「私」は、いやいやながら引き受けます。
 数年後、タレント氏の死により、「私」は、遺言を実行することになりますが、それは膨大な氏の原稿を出版して金に換えろ、という無茶なものでした。遺産を当てにして集まった親戚たちを前に「私」は困惑しますが、行く先々で、タレント氏の幽霊らしき存在を目撃します…。
 生前、朗読癖で周りの人間を悩ませていた男の幽霊が、死後も親戚たちを悩ませる…というユーモア・タッチのゴースト・ストーリー。はっきり言って、結末には唖然とするのですが、冗談小説とすれば、これはこれで面白いかも。

  L・P・ハートレー『遠い国からの訪問者』 オーストラリアで一財産を築いたランボルド氏は、イギリスに帰国し、馴染みのホテルに宿泊します。しかしその夜、黒ずくめの無気味な男が、ランボルド氏を訪ねてきます…。
 復讐に訪れる幽霊、という、かなりオーソドックスなホラー。ただ、ランボルド氏が過去に犯した罪や因縁話をはっきりと書かないところが「モダン」です。ホテルマンとランボルド氏との間で交わされる「ルール」についての話が、薄気味悪さをかもし出しています。

  D・H・ローレンス『揺り木馬の啓示』 階級に見合った資産はなく、常に経済的に困っているある家庭。そんな家の事情を薄々察していたポール少年は、両親を助けたいと考えていました。彼には不思議な能力がありました。木馬に乗っているときに、競馬の勝ち馬を当てることが出来たのです。しかし彼が「確信」を得られた時にだけ、それは的中しました。少年の能力を知ったオスカー伯父は、彼と協力して、かなりのお金を儲けます。伯父の手を借り、親戚からの預かり金と称して、母親にお金を少しずつ渡したいと考えたポールでしたが、母親はそれに乗じて、ますますお金を欲しがるようになっていきます…。
 無為な父親、金を求め続ける母親、そんな家庭の犠牲になっていくポール。純粋無垢な少年に比べて、母親の冷たさが印象に残ります。普通の小説としてみても、充分魅力的な作品。
鳥の飛ばない世界 フジモトマサル『二週間の休暇』
4062140659二週間の休暇 (MouRa)
フジモト マサル
講談社 2007-10-26

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 フジモトマサルは、暖かみのある絵と、どこかシュールなユーモアセンスとを持った、ユニークな漫画家兼イラストレーター。主に、擬人化された動物たちを主人公にした、四コマ漫画や短篇漫画を得意としていますが、今回の『二週間の休暇』は、初めての長編作品です。
 若い一人暮らしの女性、日菜子は、目覚めると何事もなかったかのように、フライパンを洗い、買い物に出かけます。町に出ると、通りすがるのは、二本足で歩く大きな鳥たち。しかし日菜子は、それらを不思議とも感じません。
 夕食を食べている最中に、突如鳴り響いたサイレンに驚いた日菜子は、それを機に、同じアパートに住む住人たちと知り合います。アパートの最古の住人である「長老」、発掘をしている「ロンゴ」、フリーペーパーを編集している「よもぎ」。仕事を尋ねられた日菜子は、しかし自分が何をしていたのか、どういう素性なのかも、まったく思い出せないことに気づきます。記憶があるのは、昨日のことだけなのです。
 同情した「よもぎ」から、雑誌編集を手伝わないかと誘いを受けた日菜子は、その申し出を受けます。彼女は、記憶を失いながらも、その町の生活にどこか充実感を覚えつつありました。そんな折り、突然、日菜子の部屋に怪しい二人組がたずねてきます。二人組は、日菜子に「記憶の紅茶」セットを持ってきたと告げます。

 丸いラベルの紅茶を飲むと失った記憶がよみがえります。
 四角いラベルの紅茶を飲むとそれまでの記憶が消えます。
 もし過去が知りたくなったら試してください。
 熱湯で3分。


 不審に思いながらも、好奇心に囚われた日菜子のとった行動とは? 彼女の過去の秘密とは? そして徐々にこの世界の秘密が明らかになっていきますが…。
 二本足で歩き、人間の言葉を話す鳥たちが住む世界。そして、その世界を当たり前のように歩く日菜子。そうか、これは、鳥たちと人間たちが同居する世界なんだな、と読者が納得しかけた矢先に判明する、日菜子の記憶喪失。そういえば、日菜子以外に、この世界には「人間」は登場していない…。
 この世界自体、そして日菜子の過去に何か秘密がある、ということが明らかになっていくプロセスはとても刺激的です。しかしそんなサスペンスフルな展開にもかかわらず、物語の流れ方は、飽くまで落ち着いています。それは、この世界では、時間はゆったりと流れ、あくせくする「人間たち」はいないからです。そして主人公の日菜子もまた、記憶喪失という状態にありながらも、その状況を受け入れ、楽しみさえしているのです。
 町の住人たちや、その生活の描写にも魅力があふれています。年がら年中、発掘の仕事を続ける「ロンゴ」、雑誌編集に生き甲斐を見いだす「よもぎ」、自分で書いた膨大な本だけを売る「ニライ書房」の主人など、こまごました部分も丁寧に描かれています。
 後半、「ロンゴ」が発掘現場から掘り出した謎の品物たち。それらを見た日菜子は、世界の成り立ちを知ります。そして、結末に至って読者は、「二週間の休暇」の意味を知ることになるのです。
 素朴な絵柄、全編手書きのセリフ文字、レトロな町並み、落ち着いた雰囲気の物語は、読者を癒してくれるはず。単なる「動物擬人化」ファンタジーだと侮るなかれ。 
無限公園  武宮閣之『魔の四角形』
魔の四角形魔の四角形―見知らぬ町へ
武宮 閣之 こぐれ けんじろう
文溪堂 1991-10

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 1990年代のはじめごろ、僕はときおり『ミステリマガジン』誌に掲載される、ある作家の短篇を楽しみにしていました。主に「月」をテーマにした、ふしぎなファンタジーを書く作家で、ある種、稲垣足穂に似た感性を感じさせました。雰囲気の描写が独特で、神秘的な味わいのある作品が多かったように思います。
 『月光見返り美人』『月光眼球天体説』『月の繭』『緑砂花園』。タイトルを挙げてみれば、その雰囲気が何となくわかるのではないでしょうか。どれも魅力的な作品でしたが、とくに印象に残っているのは『月光眼球天体説』ですね。これは何と「二人称」で書かれた作品で、それだけでも驚きでしたが、物語自体も何ともいえない魅力に満ちていました。
 さて、結局この作家、武宮閣之の作品は、『ミステリマガジン』誌に5~6編掲載されたきりでした。その後、作品を発表し続けているという話も聞かず、現在に至るわけですが、最近、彼の唯一の著書を手に入れる機会があり、さっそく一読してみました。
 その著書『魔の四角形 見知らぬ町へ』(武宮閣之作 こぐれけんじろう画 文渓堂)は、いわゆる児童文学に属する作品なのですが、著者独特の神秘的な町の描写には、やはり魅力がありました。今回は、この作品を紹介してみたいと思います。
 主人公タツオの住む町には、《魔の四角形》と呼ばれる場所がありました。そこは、小さな家や入り組んだ道が密集している地域で、入り込んだらすぐに迷子になってしまうことで知られていました。四方を、運河や鉄道の線路で区切られた長方形の形から、そこは《四角形》と呼ばれていたのです。
 タツオは、たびたび《魔の四角形》を探険してまわっていましたが、ある日、親友のヒロシを探検に誘います。しかし、どんより曇ったその日、二人は《魔の四角形》の中で、迷子になってしまいます。ふだんなら、寂しげだとはいえ、かすかに人の気配がするのに、今日ばかりは、まったく人気がないのです。
 不安に思いながらも、道を進む二人の前に、見たことのない公園が現れます。全体の形の連想から、そこを《ひょうたん公園》と名付けた二人は、公園で遊び始めます。
 しかし、すぐに公園内にある遊具はどれも、ふしぎな性質を持っていることに、二人は気づきます。上からすべろうとしても絶対にすべれず、逆に上がってしまうという《さかさますべり台》、つかんだ本人ではなく世界全体が回転してしまうという鉄棒。
 そしてジャングルジムで遊びはじめた二人は、さらに驚かされることになります。なんと、ジムの特定の部分に入ると、入った人間が透明になってしまうのです。

 この《重空間ジャングルジム》の内部には、姿が消える、つまりそこから空間が二重になる窓口が、最低五つはあった。どれもうっすらと膜状になっていて、気をつけていないと見過ごしてしまう。ほとんど透明だが、すこしばかり色がついている。色はたいてい青系統で、角度によっては紫に見えることも緑色に見える事もある。真正面から見ると、そこに膜があることにほとんど気づかない。

 《ジャングルジム》の透明になる「膜」を探していた二人は、今までとはちがった色をした「膜」を見つけます。そこをくぐり抜けた先には、なんと階段があったのです。階段の下にあるものは別世界なのだろうか? 二人は不安に思いながらも、好奇心を抑えきれず、階段を降りていきますが…。
 タツオとヒロシが階段の下に見つけたものとは? そして二人は《魔の四角形》から出ることができるのでしょうか…?
 ふしぎな公園に迷い込んだ、二人の少年の冒険を描いた物語、なのですが、ストーリー上の起伏はあまりありません。劇的な事件が起こるわけではないのですが、飽きずに読み進めることができます。
 というのも、この著者、雰囲気の醸成がひじょうに上手いのです。無人の町並み、静まり返った公園、透明感のあふれる世界観には、とても魅力があります。
 そして、この作品のいちばんの読みどころは、やはり公園での探索行でしょう。ふしぎな性質を持った遊具の謎を、ひとつひとつ探っていく過程には、ハラハラドキドキするような原初的な面白さがあふれています。
 この手の児童文学では、「別世界」の謎は合理的に解決され、主人公は成長を遂げる…というのが一般的な展開なのですが、この作品では「別世界」である《魔の四角形》や《ひょうたん公園》の謎は、まったくといっていいほど説明されません。最後まで謎は謎のままであり、「別世界」にたどり着く条件さえ、結局わからないのです。
 そのため、物語の起承転結もはっきりせず、結末においても、どこか消化不良の感があるのは確かなのですが、それもまた、この物語には合っているのかもしれません。
 「迷路」や「迷宮」が好きな方なら、読んで損のない作品でしょう。

 武宮閣之の短篇についても、いずれ折りを見て紹介したいと思います。


プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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