 チェコの作家、カレル・チャペックの作品が評価を受ける際に、よく使われる単語といえば「風刺」と「予言」です。例えば代表作である『R.U.R(ロボット)』や『山椒魚戦争』にしても、「行き過ぎた科学の弊害に警鐘を鳴らす」または「未来を予言する」作品、と捉えられがちです。 たしかに、そういう評価も間違ってはいないのですが、チャペックの作品の魅力は、そこに尽きるわけではありません。なにより、奇想天外なアイディア、魅力的なストーリー、血の通った登場人物、それらがユーモアを持った筆致で描かれるところに、彼の作品の最大の魅力があるように思います。 今回取り上げる『絶対子工場』(金森誠也訳 木魂社)も、原子力の存在とその弊害を「予言」したとされている作品ですが、純粋に物語として読んでも、とても面白い作品に仕上がっています。 大企業の社長であるボンディ氏は、ある日ふと新聞広告に目を止めます。そこにはある「発明品」を売りたいという文章が載っていました。しかも、その広告主の名前にボンディ氏は見覚えがありました。それは、同級生のマレクだったのです。 優秀だった彼がこんな広告を出すようでは、彼はあまり成功してはいないに違いない…、手助けをするつもりでマレクのもとを訪れたボンディ氏は驚かされます。マレクの「発明品」はとんでもないものだったのです。それはなんと、原子エネルギーを利用する炭素原子炉! ひとかけらの石炭を炉に投入するだけで、蒸気船に世界一周をさせることができる。プラハ全市の照明をまかなうこともできるし、大工場を操業させることすらできるのです。何故そんな大発明を手放すのか? ボンディ氏の疑問に対し、マレクは驚くべき事実を告げます。 この原子炉を使用すると、原子核の分裂によって「絶対子」なるものが放出され、それは人間に驚異的な副作用を及ぼす。「絶対子」の影響を受けた人間は、まるで神がかった境地に至るというのです。しかし、警告にもかかわらず、ボンディ氏によって原子炉は世界中に影響を及ぼしはじめます…。 この作品、「原子炉」を予測したとされていますが、これ、ただの「原子炉」ではないところが、チャペックのすごいところ。この「原子炉」は、たしかに原子を破壊することによってエネルギーを得るのですが、それと同時に物質に含まれていたある「成分」も放出されるのです。そしてその「成分」とは、なんと「神の破片」だというのです! 「汎神論」という考え方があります。自然や物質に「神」が偏在するという思想ですが、この説から敷衍して、物理的に物質から「神」のエネルギーをとりだしたらどうなるかという、ある意味あほらしい設定から、この物語の前提はできています。たしかに、理詰めで考えると思い付きそうな話なのですが、それから実際に物語を作ってしまう、というところがチャペックの独創性ですね。 さて、この「絶対子」がいわゆる「放射能」に相当するものとして描かれます。「放射能」が物理的に肉体に影響を及ぼすのに対して、「絶対子」は精神的な影響を及ぼすのです。「絶対子」にあてられた人は、改心したり悔い改めたり、奇跡を行えるようになってしまいます。 しかし皮肉なことに、すべての人が聖人になった結果、逆に戦争が起こって、人々は殺し合いを始めてしまうのです。「悔い改めた」人々は、相も変わらず他の神を認めません。なぜなら他の人間の神を認めると、自分の所有する神や真理がすべてではないことになるから、だというのです。 チャペックは、宗教や思想の持つ排他的な面を、非常に上手く描いています。そして、こうした物語を描くときにこそチャペックの美点が発揮されます。思想や宗教に対して、どの側にも与せず、公平な視点を保っているのです。しかもそれは、母国に対しても例外ではありません。作品の中で、チェコもまた無惨に荒廃してしまうのです。こうしたチャペックの客観性やバランスが、彼の作品を気持ち良く読み進められる、ひとつの要因なのかもしれません 全体を通して、必ずしも明るいトーンの作品ではないのですが、作品中の個々の場面は、ユーモラスで面白く描かれています。とくに、互いに聖人を名乗るゴミさらいの船長と、メリーゴーランド屋が対立する場面などは、抱腹絶倒。 連載ものだったという事情もあって、後半はまとまりがなくなってきたり、話が途中で切れたりする部分もありますが、それらを差し引いても、非常に魅力のある作品であることに間違いはないでしょう。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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