目で見る幻想文学  フランツ・ロッテンシュタイナー『ファンタジー(幻想文学館)』
ファンタジー

 私見では、ミステリやSFに比べて、いわゆる「幻想文学」に関する入門書・ガイドブックは、日本では少ないように思います。狭義のホラーやファンタジーに絞れば、例えば荒俣宏『ホラー小説講義』(角川書店)、尾之上浩二編『ホラー・ガイドブック』(角川ホラー文庫)、石堂藍『ファンタジー・ブックガイド』(国書刊行会)、小谷真理『ファンタジーの冒険』(ちくま新書)などの名前が挙がってきますが、広い意味での「幻想文学」の入門書となると、なかなか見当たりません。強いてあげるなら、「幻想文学」編集部編『幻想文学1500ブックガイド』(国書刊行会)などがそれに当たるのでしょうが、名著であるのは確かだとしても、入門書というのとは、ちょっと異なる感じです。
 その点、フランツ・ロッテンシュタイナーの『ファンタジー(幻想文学館)』(創林社)は、世界の「幻想文学」を要領よくまとめた本で、類書のなかでもバランスのとれた良書だといえます。
 フランツ・ロッテンシュタイナーは、オーストリアの文学研究者にしてアンソロジスト。日本でも、彼の編纂になるSFアンソロジー『異邦からの眺め』(深見弾訳 ハヤカワ文庫SF)などが翻訳されています。
 『ファンタジー(幻想文学館)』のいちばんの特徴は、とにかくヴィジュアル面が充実しているところでしょう。作家の顔写真や肖像画をはじめ、作品の挿絵や書影など、このジャンルのファンなら、見ていて楽しくなるような魅力に溢れています。珍しいところでは、ポーランド版M・R・ジェイムズ作品集の挿絵などが掲載されています。ちなみに、上にのせた書影は、デ・ラ・メア作品集の表紙のイラストだそうです。
 さて、内容の方はというと、定番ともいえるゴシック小説から筆を起こしています。ホレス・ウォルポール、ウィリアム・ベックフォード、メアリ・シェリーあたりはお馴染みの面々ですが、続いて、アメリカのチャールズ・ブロックデン・ブラウン、ホーソーン、フィッツ=ジェイムズ・オブライエンにまでふれているところは、なかなか目先が行き届いていますね。
 続いての章では、「幻想文学」の三大巨匠として、E・T・A・ホフマン、エドガー・アラン・ポオ、ゴーゴリを取り上げています。ホフマン、ポオはともかく、ゴーゴリを持ち上げているところが特色です。
 「吸血鬼」や「狼男」などの、「幻想文学」の主なテーマに簡単に言及した後は、英国の幽霊小説、ビアス、ラヴクラフトを経て、秘境冒険小説、ヒロイック・ファンタジー、トールキンなど、「幻想文学」の主なジャンルを一通り見て回っています。
 そして後半での読みどころは、世界各国の「幻想文学」事情。この手の類書では、全体に英米偏重的な要素が強いのですが、著者がオーストリア人だけに、ヨーロッパの各国についても上手くまとめています。フランスはともかく、ラテンアメリカ、ドイツ、オーストリア、ベルギー、ポーランドあたりについては、他によい情報源となる本が少ないために、ひじょうに参考になります。ちなみにベルギーのパートは、ジャン・レーとトーマス・オーウェン、ポーランドのパートはグラビンスキで代表させている風もあり、そんなに細かくはないところが残念ではあるのですが。
 もちろん日本のパートもあって、ここではラフカディオ・ハーン、芥川龍之介、江戸川乱歩、安部公房などが紹介されています。
 基本的に本書は、代表的な作家や作品のあらすじの紹介が主です。深い解釈に踏み込んだり、斬新な論が展開されるわけでもないのですが、これだけ広い国や作家をカバーした入門書は、知る限り、これ以外にありません。原著が1978年刊行なので、当然、それ以降の新しい情報には欠けるのですが、今読んでも良質なガイドブックなので、ぜひ復刊してもらいたいですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

4月の気になる新刊
4月 7 日刊 谷岡一郎 『SFはこれを読め!』(ちくまプリマー新書 予価780円)
4月 8 日刊 シオドア・スタージョン 若島正編訳『海を失った男』(河出文庫 924円)
4月11日刊 北原尚彦・西崎憲編『ドイル傑作集4 陸の海賊』(創元推理文庫 予価882円)
4月25日刊 平山夢明・吉野朔実『狂気な作家のつくり方』(本の雑誌社 予価1575円)
4月下旬刊 『W・デ・ラ・メア短篇集』(国書刊行会 予価2520円)
4月下旬刊 ウッドハウス『エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏』(国書刊行会 予価2310円)
4月下旬刊 イサベル・アジェンデ 『ゾロ』(仮題)(扶桑社ミステリ)
4月下旬刊 アル・セッケル『だまし絵ベスト・コレクション』 (仮題)坂根厳夫訳(創元社 予価6300円)
4月予定 日下三蔵編『日本SF全集1 1957-1971』 (出版芸術社)

 ちくまプリマー新書からは谷岡一郎『SFはこれを読め!』。これは珍しいSF関連書。レーベルがレーベルだけに、入門書的な感じのようですね。
 創元推理文庫からは、ひさびさに『ドイル傑作集』の4巻が出ます。今回の内容は〈スポーツ・海賊篇〉 。
 デ・ラ・メアの短編集は、どういうコンセプトの編集なのか不明ですが、気になるところですね。物語性の強い作品を期待したいです。
 ウッドハウスの新刊『エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏』は短編集。
 イサベル・アジェンデ 『ゾロ』は、なんと 『快傑ゾロ』の続編だそうです。ふつうこの手の娯楽作品の続編って、いわゆるエンタメ作家がやるものだと思っていたのですが、アジェンデがこんな企画を手掛けるとは驚きです。物語の面白さには定評がある作家だけに、期待大ですね。
 『だまし絵ベスト・コレクション』 は、えらく定価が高いのですが、とても気になる一冊です。
不思議の国のミステリ  ジェイムズ・パウエル『道化の町』
4309801080道化の町 (KAWADE MYSTERY)
ジェイムズ・パウエル 森 英俊 白須 清美
河出書房新社 2008-03

by G-Tools

 ジェイムズ・パウエルは、ジャンルで言えば「ミステリ作家」に分類されるであろう作家です。しかし、彼の作品集『道化の町』(森英俊編 白須清美訳 河出書房)を読めば、そのバラエティに驚かされることでしょう。ミステリ、SF、ファンタジー。ミステリ作品にしても、オーソドックスなミステリなどはありません。この作家ならではの、工夫をこらした作品が楽しめます。以下、面白かったものを紹介します。

 『最近のニュース』 ジョージは、空想癖のある妻ドロシーから、おかしな話を聞かされます。管理人は国際的なゴミ箱の蓋窃盗団の首領で、エレベーターのボーイは、マウマウ団員、そして隣人の作家ベンスンは自分に惚れており、タイプライターでメッセージを送ってきている、と。いつもの妄想癖だと考えるジョージでしたが…。
 想像力豊かな妻の妄想がじつは…という奇妙な味の作品。筋はそう珍しくもないものの、妻の妄想の突拍子のなさに面白みがあります。

 『ミスター・ニュージェントへの遺産』 猜疑心の強い老女、ミセス・ボウルズのもとに訪問を続ける青年ニュージェント。遺産目当ではないかと考えたミセス・ボウルズは、彼に遺産相続の見込みのないことを告げます。しかし、彼は態度を変えず、彼女のもとを訪問し続けるのです。彼は純粋に善意から訪問してくれるのだろうか? 疑問に思いながらも、ミセス・ボウルズはニュージェントに好意を抱くようになっていきますが…。
 孤独な老女を訪れる青年の思惑とは…? 思わぬ「善意」と「悪意」が明らかになるラストには、何とも言えない趣があります。

 『プードルの暗号』 おばのフローラが全財産をペットの犬ピーチズに遺し、家政婦のライダを後見人にしたことに対して、おいのトビーは遺言状の無効を申し立てようとします。フローラは晩年、ピーチズが暗号でメッセージを送っていると考えていたのです。しかし、ピーチズに初めて会ったトビーは、犬が自分に何かメッセージを送っているように思えてしょうがないのです…。
 犬がメッセージを伝える、これが何かのトリックなのかと思いきや、後半の展開は驚きです。犬の目的とはいったい何なのか…? ある種ホラーとしても読める無気味な作品です。

 『オランウータンの王』 何とか生計を立てることに成功しつつあった絵本作家の「わたし」は、ふと自分の成功の原因に思い当たります。動物園のオランウータン、イグナティウスが自分に成功を約束してくれたからにちがいない。動物園の彼の檻の前には、なぜか列を作って人々が並んでいました。まるで「請願者」のように。「わたし」はひそかに彼を「オランウータンの王」と呼んでいました。しかし、突如イグナティウスが死んだあと、彼の後継者ミスター・イグナッツは「わたし」のことを嫌っているようなのです…。
 成功を約束してくれる「オランウータンの王」を巡るファンタスティックなクライム・ストーリー。イグナティウスが登場するあたりから、全く予想のつかないストーリーが展開していきます。不自然な設定ながら、不自然さを感じさせないのは作者の手腕でしょうか。「わたし」がイグナティウスに寄せる親愛の情は、妙な味を出しています。

 『詩人とロバ』 ロバに言葉を教えることに成功すれば、莫大な褒美がもらえる…。まったく目算もなく、その仕事を引き受けた詩人のアブ・ネスラディンは、約束の十年間を遊んで暮らします。その間に、奇跡が起こるかもしれないし、王が死ぬかもしれない。しかし約束の期日が迫ってもロバは話す気配すらありません。詩人はなんとか王を煙に巻く手段を考えようとしますが…。
 詩人の考えた奇策とは…? 機智のあふれるファンタジー作品です。

 『時間の鍵穴』 ある日、ホガースの家を訪れた二人の男女。彼らは未来人だと名乗り、驚くべきことを告げます。ホガースが、いとこのエドガーをすぐに殺さなければ、悲惨な未来が待っている、と。二人にそそのかされて殺人を犯してしまったホガースは、やがて未来につながる「時間の鍵穴」を発見します…。
 これはなんと、タイムトラベルを扱ったSF作品。殺人によって未来の崩壊は防がれたはずが…。変質者的な主人公の行動を暗示する結末が、ひじょうに無気味な余韻を残します。

 『アルトドルフ症候群』 ヘリコプターに乗り込んだ、蒸留所の営業部長フィリップ・マグラスは、いつの間にか、同乗者がいたのに気づき驚きます。彼は突拍子もないことを話し出します。自分は1725年からずっと旅をしている、アルトドルフ城の公爵のダイヤモンドを盗んだ犯人を突き止めない限り、永遠にさまよう運命なのだ、そしてその謎を解いてくれなければ、あなたを殺す…。
 設定はファンタジーながら、作品の中身は純粋なパズラー、といった趣の作品です。謎解きそのものは、よくできているのですが、あくまで現実の論理で解決されてしまうのが、少々物足りないところではあります。「アルトドルフ症候群」のネーミングの由来は秀逸。

 『愚か者のバス』 各国のスパイ組織が、組織の役立たずの人材を一挙に始末してしまおうと考えます。任務だと偽り、バスに乗り込まされたスパイたちでしたが、なぜか次々と乗客たちが殺されてしまいます…。
 つぎつぎと、登場人物たちが殺されてしまうという設定ですが、タッチはあくまでコメディ。いちおう犯人探しがあるのですが、それがどうでもよくなってしまうほどの楽しさです。トンネルをくぐるたびことに、何人も「瞬殺」されてしまうというのが笑えます。

 『道化の町』 「道化」ばかりが住む町クラウンタウンで、殺人事件が起きます。殺されたのは、詐欺師でありギャンブラーでもあるバンコでした。彼はバイ投げで食らったパイで毒殺されたというのです。ボゾ警部はパイに毒を入れた犯人を捜しますが…。
 「道化」ばかりの町という、ファンタスティックな設定を上手く生かしています。町の描写や、被害者の殺され方などの表面的な部分のみならず、犯罪が起きた理由やその手段までもが、物語の背景と密接に結びついているという、じつによくできた作品です。
 「マイム」たちに人気を奪われつつある「道化」という設定も秀逸。この世界ならではの展開と結末といい、傑作と呼ぶに値する作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

心の声  清原なつの『家族八景』
404725018X家族八景 上巻 (1) (KADOKAWA CHARGE COMICS 16-1)
筒井 康隆 清原 なつの
角川書店 2008-03-05

by G-Tools
4047250198家族八景 下巻 (2) (KADOKAWA CHARGE COMICS 16-2)
筒井 康隆 清原 なつの
角川書店 2008-03-08

by G-Tools

 人の心が読める超能力を持つ少女、火田七瀬を主人公にした〈七瀬もの〉3部作は、筒井康隆の作品のなかでも、とくに人気のあるシリーズです。3部作の中では、第2作『七瀬ふたたび』が、飛び抜けて知名度と人気があるようです。超能力者たちを巡るアクション小説の趣のある作品ですが、スピーディな展開といい、面白さは抜群です。ドラマ化された作品で覚えがある方もいらっしゃるでしょう。
 その点、シリーズ第1作である『家族八景』は、『七瀬ふたたび』に比べると、少し地味な作品であることは否めません。ですが、漫画家、清原なつのは、今回、あえてこの作品の漫画化に挑戦しています(清原なつの『家族八景』角川書店 KADOKAWA CHARGE COMICS)。
 原作は、お手伝いとして様々な家庭に入り込んだ七瀬が、ひとびとの心理を見聞きする…というコンセプトの異色心理作品です。あまり展開に動きのある作品ではなく、あくまで人々の心理を七瀬が探る、というものですので、この作品が漫画化されたと聞いたとき、一抹の不安を覚えたのですが、その心配は杞憂に終わりました。
 原作のいちばんの特徴は、七瀬が聞く登場人物たちの「心の声」の表現です。実際に発音された言葉とは別に「心の声」が地の文に混じって表記されるのです。そのため、複数の登場人物たちが同時にしゃべっている場面などでは、それぞれの人物の実際の会話と「心の声」とが混じって表記されるので、かなり読みにくいシーンもあります。
 さて、清原なつのはこの「心の声」をどう表現しているのか?というと、登場人物の背後に、その本音を語るデフォルメされた人物像を配置することによって、この表現を視覚化しています。安易な方法のように思えますが、これが思いのほか効果的。本音を語る人物像に、その本音に見合った表情や態度をとらせることによって、実際の態度と本音が、ひと目で分かるようになっているのです。この点、原作よりも非常に整理されて、わかりやすい印象を受けます。
 かわいらしい絵柄で知られる著者だけに、主人公七瀬のキャラクターは非常に可憐。原作では「強い女」のイメージがあるだけに、少しギャップがあるような気もしますが、これはこれで魅力的です。基本的には、原作のストーリーを忠実に漫画化していますが、時折見られる漫画ならではの表現にハッとさせられる面もあります。
 最初はただ、家族たちの傍観者だった七瀬が、自分の身に危険が及ぶことを察知し、能力を活用して非常に攻撃的なアプローチをするエピソードがいくつかあるのですが、ことに、これらのエピソードに味があります。例えば『水蜜桃』のエピソード。自尊心を回復するために、七瀬を襲おうとした初老の父親に対して、七瀬の精神的な攻撃によって、父親の精神が崩壊してしまう、という場面の表現などは非常にユニークに描かれています。
 全体を通して、いわゆる「いい人間」はほとんど登場しません。どんな人間も一皮剥けば、自尊心と虚栄心のかたまり…。原作は、醜悪な人間心理を暴く、といったトーンが強い作品なのですが、清原なつのの細やかな絵柄で、そのアクの強さがいくぶん和らげられており、一般の方にも読みやすい作品に仕上がっているように思います。原作を知らなくても、もちろん楽しめますし、また原作とは別個の作品としてみても、充分な魅力を備えた作品だといえるでしょう。

テーマ:コミック - ジャンル:本・雑誌

神の破片  カレル・チャペック『絶対子工場』
絶対子

 チェコの作家、カレル・チャペックの作品が評価を受ける際に、よく使われる単語といえば「風刺」と「予言」です。例えば代表作である『R.U.R(ロボット)』『山椒魚戦争』にしても、「行き過ぎた科学の弊害に警鐘を鳴らす」または「未来を予言する」作品、と捉えられがちです。
 たしかに、そういう評価も間違ってはいないのですが、チャペックの作品の魅力は、そこに尽きるわけではありません。なにより、奇想天外なアイディア、魅力的なストーリー、血の通った登場人物、それらがユーモアを持った筆致で描かれるところに、彼の作品の最大の魅力があるように思います。
 今回取り上げる『絶対子工場』(金森誠也訳 木魂社)も、原子力の存在とその弊害を「予言」したとされている作品ですが、純粋に物語として読んでも、とても面白い作品に仕上がっています。
 大企業の社長であるボンディ氏は、ある日ふと新聞広告に目を止めます。そこにはある「発明品」を売りたいという文章が載っていました。しかも、その広告主の名前にボンディ氏は見覚えがありました。それは、同級生のマレクだったのです。
 優秀だった彼がこんな広告を出すようでは、彼はあまり成功してはいないに違いない…、手助けをするつもりでマレクのもとを訪れたボンディ氏は驚かされます。マレクの「発明品」はとんでもないものだったのです。それはなんと、原子エネルギーを利用する炭素原子炉!
 ひとかけらの石炭を炉に投入するだけで、蒸気船に世界一周をさせることができる。プラハ全市の照明をまかなうこともできるし、大工場を操業させることすらできるのです。何故そんな大発明を手放すのか? ボンディ氏の疑問に対し、マレクは驚くべき事実を告げます。
 この原子炉を使用すると、原子核の分裂によって「絶対子」なるものが放出され、それは人間に驚異的な副作用を及ぼす。「絶対子」の影響を受けた人間は、まるで神がかった境地に至るというのです。しかし、警告にもかかわらず、ボンディ氏によって原子炉は世界中に影響を及ぼしはじめます…。
 この作品、「原子炉」を予測したとされていますが、これ、ただの「原子炉」ではないところが、チャペックのすごいところ。この「原子炉」は、たしかに原子を破壊することによってエネルギーを得るのですが、それと同時に物質に含まれていたある「成分」も放出されるのです。そしてその「成分」とは、なんと「神の破片」だというのです!
 「汎神論」という考え方があります。自然や物質に「神」が偏在するという思想ですが、この説から敷衍して、物理的に物質から「神」のエネルギーをとりだしたらどうなるかという、ある意味あほらしい設定から、この物語の前提はできています。たしかに、理詰めで考えると思い付きそうな話なのですが、それから実際に物語を作ってしまう、というところがチャペックの独創性ですね。
 さて、この「絶対子」がいわゆる「放射能」に相当するものとして描かれます。「放射能」が物理的に肉体に影響を及ぼすのに対して、「絶対子」は精神的な影響を及ぼすのです。「絶対子」にあてられた人は、改心したり悔い改めたり、奇跡を行えるようになってしまいます。
 しかし皮肉なことに、すべての人が聖人になった結果、逆に戦争が起こって、人々は殺し合いを始めてしまうのです。「悔い改めた」人々は、相も変わらず他の神を認めません。なぜなら他の人間の神を認めると、自分の所有する神や真理がすべてではないことになるから、だというのです。
 チャペックは、宗教や思想の持つ排他的な面を、非常に上手く描いています。そして、こうした物語を描くときにこそチャペックの美点が発揮されます。思想や宗教に対して、どの側にも与せず、公平な視点を保っているのです。しかもそれは、母国に対しても例外ではありません。作品の中で、チェコもまた無惨に荒廃してしまうのです。こうしたチャペックの客観性やバランスが、彼の作品を気持ち良く読み進められる、ひとつの要因なのかもしれません
 全体を通して、必ずしも明るいトーンの作品ではないのですが、作品中の個々の場面は、ユーモラスで面白く描かれています。とくに、互いに聖人を名乗るゴミさらいの船長と、メリーゴーランド屋が対立する場面などは、抱腹絶倒。
 連載ものだったという事情もあって、後半はまとまりがなくなってきたり、話が途中で切れたりする部分もありますが、それらを差し引いても、非常に魅力のある作品であることに間違いはないでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

スタイルの極致  ロジャー・ゼラズニイ『伝道の書に捧げる薔薇』
伝導の
伝道の書に捧げる薔薇
ロジャー・ゼラズニイ 浅倉 久志 峯岸 久
早川書房 1976-11

by G-Tools

 スタイリッシュなSF作品を書く作家として、ロジャー・ゼラズニイは一般に認知されています。端的に言って、彼の作品は「かっこいい」のです。その原因は何だろうかと考えてみると、やはり文章のスタイルにあるようです。
 彼の作品の特徴として、未来の慣習やテクノロジー、他惑星などが登場する場合、その作品内では当たり前のこととして説明を加えない、というものがあります。これもやりすぎると、作品世界がなかなか理解できない、ということもあるのですが、上手くいった場合には、スピーディな印象を作品に与えることができます。コードウェイナー・スミスなども多用している手法ですね。
 さて、第一短編集である『伝道の書に捧げる薔薇』(浅倉久志、峯岸久訳 ハヤカワ文庫SF)。はっきりいってよくわからない作品もあるのですが、味わいのある佳作もいくつか含まれています。以下、いくつかご紹介しましょう。

 『悪魔の車』 近未来、車は人工知能を持つようになりますが、運転手を殺し野生化する車があらわれるようになります。車たちの首領である「悪魔の車」に兄を殺されたマードックは、悪魔の車に対抗するために、改造した愛車ジェニーとともに悪魔の車を追い続けます…。
 ストレートでわかりやすい作品。ジェニーが悪魔の車に対して同情してしまうところに哀愁を感じます。

 『この死すべき山』 登山家ジャック・サマーズは、まだだれも登攀したことのない「グレイ・シスター」と呼ばれる山に登る決心をし、仲間を集めて登山を開始します。しかし、山のところどころに異常な現象がおこり一行の邪魔をするのです。
 それでも進む彼らの前に、美しい女があらわれ、引き止めようとします。女は実体のない幻覚のようにも見えるのです。この山の頂上には一体なにがあるのだろうか? 女の正体はいったい何なのか…?
 「呪われた山」のSF的解釈とでも呼ぶべき作品です。冒険小説的要素の強い雄編。

 『超緩慢な国王たち』 動きが緩慢な国王たちが議論をしている間に、連れてきた類人猿が進化して、核戦争で絶滅してしまいます。宇宙船もさびて使えなくなってしまうのですが…。
 ロバート・シェクリイ風のユーモア短編。国王たちがなぜ緩慢なのかが最後に明かされる仕組みになっています。

 『重要美術品』 芸術に絶望した芸術家が、美術館のギリシャ彫刻の間に行き、自らが台座にのぼり彫刻となります。訓練の結果、だれも自分を人間だと思わなくなりますが、ある日若い女性がそばにやってきて、台座にのぼりはじめます。恋におちた二人は美術館を抜け出そうとしますが、まわりの彫刻に邪魔されてしまいます。まわりの彫刻も、みなもとは芸術家だったのです…。
 奇想天外なラブストーリー。ジョン・コリアかマルセル・エイメが書きそうな軽妙な作品です。

 『十二月の鍵』 極寒の惑星を開拓するために身体を改造された人間たち。しかし、惑星の消滅に伴って、生きる理由を失ってしまいます。彼らは自分たちが平安に暮らせる故郷を求めて、惑星改造に勤しみますが…。
 改造された人間たちの姿が「猫人間」というのがユニーク。とはいえ、故郷を求める彼らの姿には悲壮感さえ感じさせます。哀愁を帯びた佳作です。

 『ファイオリを愛した男』 言い伝えでは「ファイオリ」は、人間があと一月で死ぬという時にやって来て、その人間の最後の一月をいっしょに暮らし、およそ人間が知りうるありとあらゆる楽しみを与える、と言われています。「ファイオリ」に見えるのは生者だけ。死者やロボットは決して目に入らず、そして彼女達はこの全宇宙で最も美しい姿をとる、と言われているのです。死者の墓守りであるわたしは、命とひきかえにファイオリを愛するようになりますが…。
 死を引き寄せてしまう「ファイオリ」の淋しさ、彼女の涙の理由とは…? 寂寥感さえ感じさせる幻想的な名作。

 バラエティに富んだ短編集だけに、好みの別れる作品も多いと思います。よくわからないものもある一方で、もっとその世界に浸っていたいと思わせる作品もあります。とくに『十二月の鍵』『ファイオリを愛した男』あたりは、非常に名作なので、ぜひ読んでいただきたい作品ですね。


プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する