3月の気になる新刊
3月5日刊 南條竹則編訳『地獄 英国中篇怪談集』(メディア・ファクトリー 予価2415円)
3月上旬刊 岡本綺堂『飛騨の怪談 新編・綺堂怪奇小説選』(メディアファクトリー 予価1890円)
3月上旬刊 メルヴィル・ディヴィスン・ポースト『ランドルフ・メイスンと7つの判決』(長崎出版)
3月18日刊 ジェイムズ・パウエル『道化の町』(河出書房新社)
3月中旬刊 フィリップ・マクドナルド『ライノクス殺人事件』(創元推理文庫)
3月27日刊 山口雅也『モンスターズ』(講談社 予価2625円)
3月27日刊 ウィリアム・トレヴァー『密会』(新潮社 予価1995円)
3月下旬刊 W・H・ホジスン『幽霊狩人カーナッキの事件簿』(創元推理文庫)
3月下旬予定 クリストファー・プリースト『限りなき夏』(国書刊行会 予価2520円)

 メディア・ファクトリーから出る2冊は、怪奇小説ファンは要チェック。南條竹則編のアンソロジーは、「中編」であるところが売りのようです。収録作品は、デラメア 『シートンのおばさん』、メイ・シンクレア『水晶の瑕』、ブラックウッド『地獄』だそうです。うーん、『シートンのおばさん』は既訳があるので、別の作品にしてほしかったですね。
 岡本綺堂のほうは、怪奇長編『飛騨の怪談』をはじめ、単行本未収録作品が多数収録される様子です。
 長崎出版からは『アンクル・アブナー』で知られるポーストのピカレスクものの『ランドルフ・メイスン』が登場。訳された短篇を読む限りでは、『ランドルフ・メイスン』の方がずっと面白いと思います。
  〈KAWADE MYSTERY〉の新刊は、お待ちかねジェイムズ・パウエル。個人的にはトゥーイに次いで楽しみにしていた短編集です。
 ウィリアム・トレヴァーは、二冊目の邦訳短編集が 〈新潮クレスト・ブックス〉 から刊行です。
 ホジスン『幽霊狩人カーナッキの事件簿』は、以前に邦訳がありますが、今回は新訳で、本邦初訳1篇が追加されるそうです。
 国書刊行会 〈未来の文学〉からは、クリストファー・プリーストの短編集『限りなき夏』。「ドリーム・アーキペラゴ」シリーズの短篇が中心だとのこと。SFマガジンなどに訳載されたものを読む限り、正直このシリーズ、あんまり面白いとは思えないんですが。ノンシリーズの短篇に期待しましょう。
キュートな残酷劇  水野純子の作品世界
 小説を語る際に、よく取り上げられるテーマのひとつに次のようなものがあります。「描く内容」よりも「描き方」が重要である…。
 内容そのものよりも、それを描く「描き方」によって、作品は良くも悪くもなる、ということを言ったものでしょうか。この理屈を漫画に当てはめてみると、さしずめ「描き方」は「画風」や「絵柄」と言い換えてもいいかと思います。
 じっさい、漫画の主たる魅力は、その「画風」にある、ということについては、否定される方も少ないでしょう。さらに、問題になるのは「描く内容」と「描き方」のマッチングです。アクション漫画やスポーツ漫画は、やっぱりスピード感や大胆なコントラストが必要でしょうし、恋愛漫画であれば、繊細な描線や落ち着いたコマ取りが合っている、といえると思います。つまりは、そのジャンルに合った「絵柄」というものがあるわけです。
 逆に言うと、取り扱っている内容とかけ離れた「絵柄」を採用すると、それは「笑い」や「ギャグ」の要素が強くなる、ということです。実際、バロディ漫画などでは、ある漫画家のタッチで、別の漫画家の作品を描いてみたら、という発想で描かれたものが多くあるようです。
 さて、この「内容」と「絵柄」のマッチングおよびミスマッチング、ということでは、興味深い漫画家がいます。それは、水野純子。
 彼女の作品の特徴は、そのかわいらしいタッチの「絵柄」。デフォルメのきいたキャラクターは、単体の「絵」としても、見事なものです。しかし、扱っている内容は「絵柄」に反して、じつに「身も蓋もない現実」なのです。その「絵柄」と「内容」とのギャップが、彼女の作品の魅力ともなっています。
 今回は、このユニークな漫画家の作品を概観してみたいと思います。



ピュアトランスピュア・トランス
水野 純子
イースト・プレス 1998-07

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『ピュア・トランス』(イースト・プレス) 近未来、戦争により荒廃した地上を避けて、地下に移住した人類。そこでは、自然な食物は貴重品とされ、食料不足から開発されたカプセルが、主要な栄養源となっていました。しかし、そのカプセルで過食症になる人間も問題になっていたのです。
 治療センターのナースである香織は、その正義感からくる行動のために、横暴な院長である山崎蛍子にことあるごとに虐げられていました。香織は、幼い子どもたちを連れて地上に脱出しますが、院長の部下が追っ手として迫ります…。
 「人類のたそがれ」を描くという、何ともハードな内容の長編です。主人公、香織の宿敵である院長が、ものすごいサディスティックな悪役なのが印象的。なにせ、薬物中毒で、自分が気に入らないというだけの理由で、部下のナースを殺してしまうのですから。
 「正義」が勝つとは限らない…、という強烈なバッドエンド。インパクトでは水野純子作品中で一、二を争う問題作です。



シンデラーラ水野純子のシンデラーラちゃん
水野 純子
光進社 2000-02

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『水野純子のシンデラーラちゃん』(光進社) 焼き鳥屋を経営する父親が突然死して、シンデラーラは悲しみます。しかし父親は、ゾンビとなって蘇り、家に帰ってきます。しかも父親は、同じゾンビの女性と再婚してしまいます。彼女には二人の連れ子がいました。義理の姉にいじめられるシンデラーラは、ある日、王子様に出会い恋をします。ただし王子はゾンビだったのです…。
 童話をモチーフにした作品第一弾。シンデレラがモチーフですが、主要なキャラクターがゾンビである、というところがユニーク。シンデラーラと王子の恋を妨げるものは「身分」ではなく「生死」なのです。



ヘンゼルとグレーテル水野純子のヘンゼル&グレーテル
水野 純子
光進社 2000-11

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『水野純子のヘンゼル&グレーテル』(光進社) 主人公は、坂崎ヘンゼルとグレーテルの姉弟。彼らの両親が営むスーパーに、ある日食料品が全く入ってこなくなります。卸元が品物を卸してくれなくなったのです。町にある食料品屋は、彼らの店たった一軒だけ。そんな折り「食べものランド」の噂が町に流れます。そこにはいろいろな食べものがあるというのです。抗議に出かけた両親が帰ってこないのを心配したヘンゼルとグレーテルは、両親の後を追いかけますが…。
 「ヘンゼルとグレーテル」をモチーフにした作品。グレーテルが「ヤンキー」という設定が面白いです。食料品の卸元が、髪に野菜のなる野菜人間だったり、自分の肉を切って売る巨大なブタだったりと、細部の設定も手が込んでいます。
 水野純子作品には珍しく「毒」が少ないので、一般にもお勧めしやすい良作。



4821199149人魚姫殿
水野 純子
ぶんか社 2001-12

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『人魚姫殿』(ぶんか社) 美しい人魚の三姉妹は、海の漁師を誘いこんで殺しては、その肉を食べていました。長女のトゥーラは、母親を殺されて以来、人間に深い恨みを抱いていたのです。次女のジュリーはそんな生活に疑問を覚えていましたが、ある日、人間の男である末吉に出会い、恋に落ちます。しかし、末吉はジュリーたちの母親を殺した内海一族の人間だったのです。姉の反対も押し切り、彼と駆け落ちしたジュリーは、人間になろうとしますが…。
 「人魚姫」をモチーフにした作品。「人魚姫」に依りつつも、独自の要素を上手く入れ込んだ先の読めないストーリー展開は、じつにドラマティック! 各キャラクターの描き込みも見事です。とくに、人間と恋に落ちる次女ジュリーと、憎しみに囚われた長女トゥーラの人生が対比して描かれています。
 抑えた色使いといい、大胆な構図といい、もはや「アート」の領域。さらには、哀感さえ漂う結末といい、童話三部作のみならず、水野純子作品の中でも屈指の完成度を誇る力作です。



4063645266水野純子の四畳半妖精図鑑 (KCピース)
水野 純子
講談社 2003-08

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『水野純子の四畳半妖精図鑑』(講談社KCピース) 地方から上京してきた冴えない大学生はじめ。しかし、彼が住む四畳半のアパートには、彼の知らない様々な妖精が潜んでいたのです…。
 はじめが出会う様々な妖精を見開きで紹介するという、アート的要素の高い作品です。ただし妖精と言っても、「こたつの妖精」とか「エロ本の妖精」とか「トランクスの妖精」など、本来妖精とは結びつかないようなキッチュなものが多いのが特徴です。
 毎回巻頭に、はじめの近況が文章のみで語られるのですが、これがまた不運続きの人生。かわいらしい妖精たちのページとの極端な対比をなしています。面白いのは、妖精たちは、主人公に直接接触するわけではないところ。主人公は妖精たちの存在に全く気が付いていないのです。



4757713150ファンシージゴロ ペル (1) Beam comix
水野 純子
エンターブレイン 2003-03

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『ファンシージゴロ・ペル』(エンターブレイン Beam comix) 「姫コトブキ星」に住むのは、みな美しい「姫コトブキ星人」。しかし主人公ペルだけは、みなと違っていました。自分が「内臓」だけの特異な生物だと知ったペルは、自分の赤ちゃんを生んでくれるお嫁さんを探して地球に向かいます…。
 地球に嫁探しにきた異星人、という連作コメディなのですが、ペルが遭遇するのは「身も蓋もない現実」ばかり、というところが類似作品と異なる点でしょう。初恋の女性には恋人がいるし、家を追い出されてホームレスになるし、と散々な苦難の毎日。毎回ペルの恋は挫折してばかりなのです。彼はお嫁さんを見つけられるのでしょうか?
 冒頭から苦難続きのペルの人生なのですが、後半の展開はそれに輪をかけて「悲惨」の連続です。親友のホームレスのおじさんは死んでしまうし、薬物中毒になって生死の境をさまようし、結末に至っては信じられないような最悪の結果が…。
 そんな「悲惨」なストーリーにもかかわらず、暗くならないのは、主人公ペルの楽天的なキャラクターと明るい絵柄でしょう。一般読者を想定したと思しく、非常にエンタテインメント性に富んだ展開も、読みやすさの一因ですね。


 水野純子の作品はどれも、そのかわいらしい絵柄とは対照的に、非常に「毒」をはらんだものが多数を占めています。グロテスクな描写も、残酷な話も多いです。その点、作品は一種のファンタジーでありながらも、「幻想」に逃げないファンタジーを描く作家、といっていいかもしれません。読者を選ぶ作家であるとも言えますが、一度その魅力にはまると、病み付きになりそうな作家でもあります。
 現実に傷付きやすい、繊細な人にこそ読んでいただきたい作家ですね。

テーマ:コミック - ジャンル:本・雑誌

悪夢の迷宮  稲生平太郎『アクアリウムの夜』
4044275017アクアリウムの夜 (角川スニーカー文庫)
稲生 平太郎
角川書店 2002-01

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 稲生平太郎『アクアリウムの夜』(角川スニーカー文庫)を、発売元のレーベル名から甘く見ていると、驚かされます。というのも、この作品は、10数年前に出版されたカルト的な幻想小説を、新装復刊したものなのです。
 そしてこの稲生平太郎という作家は、本業は英文学者であり、怪奇幻想文学の研究家としても知られる横山茂雄のペンネームです。
 彼は、かって『幻想文学』誌において、『不思議な物語』という幻想小説に関する研究エッセイを連載していました。該博な知識と鋭いセンスに裏付けられた文章は、非常に明晰で示唆に富んだものでした。とはいえ、扱っている作家は異様にマニアック。ロバート・エイクマン、オリヴァー・オニオンズ、マイケル・ビショップ、レルネット=ホレーニア、リチャード・マーシュなど、邦訳もひとつかそこら、もしくは邦訳さえない作家を扱っていました。あと、アラステア・グレイやクリストファー・プリーストなど、日本の読書界で話題になる以前に、彼らをとり上げているのにも、卓越した選択眼が窺えますね。
 そんな人物だけに、小説作品である『アクアリウムの夜』も、一筋縄ではいかないだろう、ということは予測がつきます。平凡な高校生の日常生活から始まる物語が、あんな展開になるとは、誰が予想できるでしょうか。
 ごく普通の高校生である「ぼく」こと広田義夫はある日、親友である高橋の誘いで、「カメラ・オブスキュラ」なる奇妙な見せ物を見に行くことになります。観客もほとんどいない劇場で見せられたのは、おかしな円柱。そこに映っていたのは、劇場の外にある水族館や公園の風景でした。見せ物に驚きながらも、二人が気になったことがありました。円柱に映っている水族館の下の地面に、あるはずのない地下への階段が映っていたのです…。
 その後、「ぼく」と高橋は、ガールフレンドの良子を交え、喫茶店で、ふとしたことから「こっくりさん」をすることになります。しかし、そこで出た予言は恐るべきものでした。「タ・レ・カ・ヒ・ト・リ・ハ・シ・ヌ」。
 あの水族館には何かがある…。そう確信した「ぼく」と良子は、水族館について調査を始めます。明らかになったのは、良子の大伯父である大鳥善次郎があの水族館を建てたこと。そしてそれには、過去に一世を風靡した新興宗教「白神教」の教祖、出門鬼三郎が関わっていることを、ふたりは知ります。時を同じくして、何かに取り憑かれたかのように、高橋は精神のバランスを崩していきます…。
 体裁こそ青春小説のそれをとっていますが、これは「モダンホラー」小説であるといってもいいでしょう。平穏な日常が、徐々に「非日常」に侵食されていく…というフォーマットに則っているのです。その場合、問題になるのは、雰囲気の醸成なわけですが、この作品でのそれは素晴らしくよく出来ています。丁寧な描写が、徐々に幻想的な雰囲気を高めていきます。
 かといって、雰囲気だけの作品ではなく、ところどころに謎が散りばめられ、ミステリ的な興味も忘れていません。姿を消した「カメラ・オブスキュラ」の謎。謎の新興宗教の存在。水族館に秘められた秘密。そして、狂気に取り憑かれた高橋の言っていることは本当なのだろうか? 彼が話す協力者とはいったい誰なのか? そして学園祭の日に起きる悲劇とは…?。
 中盤までの展開も、充分魅力的なのですが、圧巻なのは後半、水族館での探索行でしょう。クライマックスで水族館に忍び込んだ「ぼく」と良子が出会うのは、まさに「迷宮」です。地下に隠された洞窟、全くの暗闇で離ればなれになった二人が遭遇する、夢とも現実ともつかぬヴィジョン。そして、悪夢のような驚愕の結末。
 これをライトノベルとして読んでしまった若い読者は、結末を読んで驚くのではないでしょうか。ここまで、まったく救いのない、悪夢のような作品は、一般小説としても珍しいです。
 序盤の見せ物のシーンは、レイ・ブラッドベリを彷佛とさせますし、中盤から登場する新興宗教の教祖の過去のくだりはラヴクラフト、そして結末はアーサー・マッケンと、海外の幻想作家たちとの類似性を感じさせる部分がありますが、物語の中に充分消化されて自然なかたちになっていますし、むしろ、著者が先行する作家たちに示したオマージュととらえた方がよいでしょう。全体を通して、著者の得意とする怪奇幻想文学のエッセンスが散りばめられているのも、この筋のファンにとっては魅力的なところです。
 知名度こそあまりありませんが、日本ホラー小説史上に残る傑作のひとつ、と言っても過言ではありません。
2周年
 少し過ぎてしまったのですが、2月7日で、ブログ開設からちょうど2周年になりました。
 始めた当初は、こんなに続くとは思っていませんでした。これだけ続けられたのは、ご愛読くださる皆様、およびネットでの友人たちのおかげです。ありがとうございます。これからも、なるべく長く続けていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
 
 さて、これだけで終わるのも何なので、ついでに、雑記でも。
 今週末に、早川書房から出た『SFが読みたい!2008年版』を買ってさっそく読んでみました。巻末の出版社の2008年度の予定を見て気になったのは、河出書房と国書刊行会ですね。
 《奇想コレクション》のラインナップは、もうすでに公開されているので驚くほどでもないんですが、一番嬉しいニュースなのは、河出文庫からマイクル・コニイ『ハローサマー、グッドバイ』が新訳で出ること。ほかにもスタージョン『海を失った男』が文庫化されるようです。
 国書刊行会からは、《未来の文学》の第3期ラインナップが! ジーン・ウルフ短編集、ジャック・ヴァンスのベスト選集、ラファティの長編、スラデックの長編、ジョン・クロウリーのオリジナル選集、サミュエル・ディレイニー短篇集成、ハーラン・エリスン犯罪小説集、伊藤典夫編アンソロジー、と以前にもまして、凄まじくマニアックなラインナップです。もっとも、2008年中に一冊出るかどうかも怪しいですけどね。
 あと気になるのは、早川書房から9月に刊行予定のコニー・ウィリス『マーブル・アーチの風』(仮題)、出版芸術社の日下三蔵編のアンソロジー『日本SF全集』(全六巻)あたりでしょうか。
 そういえば、長らく入手困難だったマルセル・エーメ『第二の顔』(創元推理文庫)が復刊されています。ある日突然、顔が美青年になってしまった中年男が、別人として妻を口説くという、かって乱歩も褒めていた傑作ユーモア小説です。ほんとうに面白い作品なので、ぜひ読んでいただきたいですね。
連続殺人者殺人事件  ジェフ・ポヴェイ『シリアル・キラーズ・クラブ』
4434082329シリアル・キラーズ・クラブ (柏艪舎文芸シリーズ)
ジェフ ポヴェイ Jeff Povey 佐藤 絵里
柏艪舎 2006-08

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 いまや、珍しくもなくなった「連続殺人鬼」によるサイコスリラー。スプラッター映画の例を見るまでもなく、下手をするとコメディに堕しかねないこの題材を、逆に、徹底的にコメディにしてしまおう、というのがこの作品、ジェフ・ポヴェイ『シリアル・キラーズ・クラブ』(佐藤絵里訳 柏艪舎)です。
 ある日突然、見知らぬ男に殺されそうになった主人公は、夢中で抵抗して男を殺してしまいます。男の所持品を探ると、出てきたのは、殺人事件に関する新聞記事と、そして犯行声明の写し。なんと男は世間を騒がせていた連続殺人鬼「バーニーの孫息子」だったのです!
 さらに、所持品の中にあった、地元紙の交際募集欄に興味を抱いた主人公は、ふと連絡をとってみる気になります。やがてシカゴのクラブに招かれた彼は、そのクラブが連続殺人者の集まりであることを知ります。そこでは、おのおのがハリウッドの有名人を名乗り、交遊していたのです。「バーニーの孫息子」に化けた主人公は、ダグラス・フェアバンクスの通り名をもらい、クラブに参加する羽目になります。
 クラブに潜り込んだ主人公は、人恋しさからか、クラブに親しみを感じるようになりますが、他の会員にバレそうになるたびに、その会員を密かに始末していました。
 しかし、FBI捜査官ウェイドに殺人現場の証拠を握られた主人公は、他の連続殺人者を全て始末するよう脅迫を受けてしまいます。しかもウェイドは、全米を騒がせている史上最悪の殺人鬼「ケンタッキー・キラー」をも誘い込んで始末するように強要していたのです…。
 連続殺人者を殺す連続殺人者、という徹底的にブラックなコメディ小説です。非常にバカバカしい設定なのですが、主人公の鈍感で間の抜けた語り口にのせられて、一気に読ませられてしまいます。殺しの場面でも、笑いの要素が強調されていて、三つ又のほこで襲ってくる殺人者など、かなりデフォルメされた表現が多用されています。
 ウェイド捜査官にせっつかれた主人公が、クラブの会員たちを一人ずつ始末していくのですが、そこは名うての殺人者たち。思わぬ抵抗にあったり、逆に殺されそうになったりします。主人公がドジなため、しょっちゅう危機に陥るのですが、思わぬウェイドの手助けもあり、命からがら切り抜けます。
 殺人者たちは、どれもユニークに造形されています。毒舌家、いつも母親の幻覚が見えている妄想患者、「トンデモ系」の作家、中には本職の刑事がいたりと、まさに多士済々。殺人者になった原因が、揃いも揃って母親にあるというところにも、風刺が効いています。
 入会してきた女性殺人者に恋した主人公が、彼女を助けるために、ウェイドを殺してしまおうとしますが果たせず、腹の探り合いになるという展開も効果的。
 一方クラブ内でも、裏切り者探しが始まり、主人公は焦り始めます。そして全く姿を見せないケンタッキー・キラーの正体とは…?
 殺人者を一人ずつ始末していくという、わりとシンプルなストーリー形式なのですが、そこに、最後の最後まで姿を見せないケンタッキー・キラーの存在、他にも主人公の恋愛話やウェイドとの対立などが挟まれ、物語にスパイスを添えています。著者のポヴェイは、イギリスの放送作家だそうですが、全体を通して全く退屈させないのは、演出の妙でしょうか。
 ギャグ満載のブラック・ユーモア小説。訳文も非常にこなれており、笑わせてくれることは保証します。
お尻の理性 ヨアヒム・リンゲルナッツ『動物園の麒麟』

動物園の麒麟

 先日の「たら本」企画で、リンゲルナッツの詩をちょっと紹介したところ、いくらか興味を持っていただけたようです。そこで今回は、もう少し詳しく、リンゲルナッツについて書いてみようかと思います。
 改めて紹介すると、ヨアヒム・リンゲルナッツ(1883~1934)はドイツの詩人。様々な職業を転々としながら、酒場や劇場で詩を朗読していました。ボヘミアン気風の自由人で、その詩にはユーモアとペーソスが溢れています。
 まずはサンプルとして、いくつかの作品を引用してみたいと思います。


ハンブルクに二匹の蟻がいたが
オーストラリアへ旅行にでかけた
アルトナあたりの街道で
足をすっかり痛めてしまった
そこで彼らは賢明にも
旅行の最後の部分をあきらめた


※アルトナはハンブルク近郊

『蟻』(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)



真田虫の容態が非常に悪かった
彼は何だかしじゅうお尻がかゆかった
そこで彼のおなかを切開して
シュミット博士が診断を下したところによれば
この虫には虫がわいており
その虫にまた虫がわいている


『真田虫』(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)



風呂槽が大変な法螺をふいた
自分は地中海だと彼女は言う

この思いあがった浴槽は
カルチェ・ラタンに住んでいた


『浴槽』より(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)



二個の分子が住んでいた
水車小屋の上に座って
水車が回るを見ておった
心みち足り たがいに愛していた
誰も誰もそれを知らなんだ
たった一人、封筒書きの男のほかは


『二個の分子が住んでいた』(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)

 どの作品でも「奇想」といっていいほどの、表現とアイディアが溢れています。遥かかなたのオーストラリアへの距離を「旅行の最後の部分」と表現する洒落っ気。虫にわく虫にわく虫…という、めくるめくようなイメージ。
 カルチェ・ラタンに住む「浴槽」や、愛し合う「分子」の話なんて、だれが思い付くでしょうか。
 もうひとつ目につくのは、生き物たちの姿。「蟻」や「真田虫」、ひいては「風呂槽」や「分子」などの無生物までが、まるで生き物のように扱われているのです。そして、彼らに対する作者の視線は、限りなく優しいのです。

 また、リンゲルナッツの詩は、ただおかしいだけではありません。そこには人生に対する思索も感じられるのです。例えば次の作品。


-どこに一体
地球儀がこっそり こまっちゃくれて
白い、賢い、見きわめもつかぬ広漠たる壁にきいた
-どこに一体、僕らの理性はあるのかね

壁はしばらく考えたが
-君んところじゃお尻だね


『地球儀』より(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)



-おぼえていらっしゃる?
夕方、かげろうの妻がたずねた
-階段の上であの頃あなたのチーズのかけらを盗んだのを

老人らしい明るさでかげろうの夫が言った
-ええ、覚えていますよ
そして彼は微笑した-昔々のこと


『全生涯』より(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)


 小難しい哲学癖をからかうかのような『地球儀』の視点も魅力的ですが、注目したいのは『全生涯』の内容。
 一日しか寿命のない、かげろうの夫婦を描いています。人間から見れば「ついさっき」の出来事は、彼らにとっては「昔々のこと」なのです。その時間的なスケールのギャップが、おかしみを出しているのと同時に、その生涯の「繊細さ」と「はかなさ」をも表現しています。
 生物学者ユクスキュルが提唱したとされる「環境世界」論というものがあります。これは、どんな動物も、自分が生きるために必要な意味にしたがって、現実世界をとらえている、というものです。つまり人間には人間の「世界」があり、かげろうにはかげろうの「世界」がある、というもの。
 僕は、この『全生涯』ほど、その説をスマートに、詩的に表現した例を知りません。思えば、リンゲルナッツの作品に登場する「生き物」や「物」たちの独特の視点は、彼が「生き物」や「物」たちに「成りきって」いるからこそ、生まれたものなのでしょう。その意味でリンゲルナッツもまた、自分なりの「環境世界」を持っていたといえるのかもしれません。
 最後に、前回の記事で紹介した『郵便切手』の全文を引用しておきましょう。


男性の郵便切手が、はりつく前に
すばらしいことを体験した
彼はお姫様になめられた
そこで彼には恋が目覚めた

彼は接吻を返そうとしたが
そのとき旅立たねばならなかった
かくて甲斐なき恋であった
これは人生の悲劇である


ヨアヒム・リンゲルナッツ『郵便切手』(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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