小説における「偶然」の扱いには難しいものがあります。へたに「偶然」を多用すれば、それは「ご都合主義」と同義になってしまうからです。そこを逆手にとって、正面から「偶然」をメインテーマにすえてしまった作品が、デイヴィッド・アンブローズ『偶然のラビリンス』(鎌田三平訳 ヴィレッジブックス)です。 ノンフィクション・ライターであるジョージ・デイリーは、父の死後、遺品の中から見知らぬ男女と一緒に写った、子供のころの自分の写真を見つけます。しかしジョージには、そんな写真を撮ったおぼえがないのです。疑問を抱いたジョージは、写真の男女を調べ始めます。そしてその過程で、不思議な偶然の暗合に、繰り返し遭遇することになります。 写真の男女が俳優だと知ったジョージは、探偵事務所に調査を依頼します。その結果、男女は死亡していたものの、その息子は生きている、ということが判明します。しかし、その男の住所は、何とジョージの住んでいるところと全く同じ場所! これは「偶然」なのだろうか? そしてある日、ジョージと生き写しの男ラリー・ハートが現れます。 ラリーとはいったい何者なのでしょうか? ジョージとの関係とは? そして世界を動かす「偶然」の意味とは? ジョージは思いもかけない出来事に遭遇することになりますが…。 何とも言えない味わいの作品です。どういうジャンルの作品なのか、後半になるまで全くつかめません。序盤は、ジョージとそっくりであることを利用して、ラリーが犯罪を犯したり、財産を手に入れようとしたりと、サスペンス風に物語は進みます。殺し屋に狙われていたラリーが、ジョージを身代わりとして送り込むのですが、それからしばらく、ジョージがどうなったかが分からなくなるのです。この中断によるサスペンスは非常に効果的。 当然のごとく、ジョージが後半、巻き返しを図るのだろうとは予測がつきますが、この巻き返しの仕方が、とんでもない方向からくるのには驚かされます。具体的に書くとネタを割ってしまうので書きませんが、サスペンスが、SFに一転し、最後にはサイコスリラーに着地するという離れ業なのです。 ただSF慣れしている人なら、かすかながら、途中で話の予測がついてしまうようなところはあります。 偶然が度重なると、小説としては、それが全部、偶然にしかすぎなかったとは、できにくくなります。あくまで必然的なものだったとしなければ、読者は納得しないでしょう。そうすると、そこには「誰か」の意志が働いているはず。「神」か「人間」か、何にせよ意志が働いている…。そう考えていくと、何となくネタが分かってくる面もあります。 その意味で、扱っているテーマ自体はそれほど新しいものではありません。ただ、この作品のユニークなところは、作中で示された真実が、ほんとうに真実であったかどうかが、最後になってわからなくなるところでしょう。最終的な結末も、解釈のひとつの可能性として示されるのです。 話のタネを割るので、あまりくわしい筋を紹介できないのがもどかしいのですが、とにかく驚かせてくれることだけは保証します。ジャンルミックスの変わり種サスペンスとしてお勧めの作品です。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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