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不真面目な侵略  ジョー・R・ランズデール『モンスター・ドライヴイン』
4488717012モンスター・ドライヴイン (創元SF文庫)
ジョー・R. ランズデール Joe R. Lansdale
東京創元社 2003-02

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 ホラー小説というものは、ときにコメディ的な要素を帯びることがあります。作者が大真面目に書いたものが、コメディとなってしまったり、逆に、故意にコメディホラーに仕立てているものも、ときにはあります。
 ジョー・R・ランズデール『モンスター・ドライヴイン』(尾之上浩司訳 創元推理文庫)は、作者の狙いがどこにあるのかわかりにくい、という点で、微妙なラインに位置する作品です。
 ジャックは、友達のボブ、ランディ、ウィラードとともに深夜のドライヴイン・シアターに集まります。B級ホラー映画を観ている最中に、突如として謎の彗星が現れ、ドライヴイン・シアターは異空間に囲い込まれてしまいます。閉じこめられた人々はやがて理性を失い、暴力と殺人がたちまちはびこり出します。ジャックたちはここから脱出できるのでしょうか…。
 筋立ては、かなりシンプルです。何事にも情熱を持てない若者たち、閉塞状況の中ではびこる狂気。ドライヴイン・シアターに閉じ込められたのも、おそらくエイリアンの仕業であろうことが語られます。ここまでの展開は、あくまで現実的なアプローチです。
 ところがその後、怪物が登場するのですが、この怪物、通称〈ポップコーン・キング〉の存在が曲者。この怪物が、作品の中でも浮き立っているというか、あまりに現実感がないのです。実写映画の中に、突然アニメ風のキャラクターが登場してしまったかのような感じ、とでもいったらいいのでしょうか。
 この怪物の存在を受け入れられるかどうかで、この作品を楽しめるかどうかが決まる、といっても過言ではありません。それを除けば、ある種、屈折した若者たちを描く青春小説として読めることもあり、後味は悪くありません。
 設定だけを聞くと、スティーヴン・キングの『霧』(矢野浩三郎訳『骸骨乗組員』扶桑社ミステリー収録)と似ている部分もありますね。あちらが「真面目」なホラーだとすると、こちらは完全に「冗談」だといっていいかと思います。ただ「冗談」小説として読めば、なかなかに面白い作品ではあるので、いっぷう変わった作品を読んでみたい方はどうぞ。
できすぎた世界  デイヴィッド・アンブローズ『偶然のラビリンス』
4789726665偶然のラビリンス (ヴィレッジブックス)
デイヴィッド アンブローズ David Ambrose 鎌田 三平
ソニーマガジンズ 2005-09

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 小説における「偶然」の扱いには難しいものがあります。へたに「偶然」を多用すれば、それは「ご都合主義」と同義になってしまうからです。そこを逆手にとって、正面から「偶然」をメインテーマにすえてしまった作品が、デイヴィッド・アンブローズ『偶然のラビリンス』(鎌田三平訳 ヴィレッジブックス)です。
 ノンフィクション・ライターであるジョージ・デイリーは、父の死後、遺品の中から見知らぬ男女と一緒に写った、子供のころの自分の写真を見つけます。しかしジョージには、そんな写真を撮ったおぼえがないのです。疑問を抱いたジョージは、写真の男女を調べ始めます。そしてその過程で、不思議な偶然の暗合に、繰り返し遭遇することになります。
 写真の男女が俳優だと知ったジョージは、探偵事務所に調査を依頼します。その結果、男女は死亡していたものの、その息子は生きている、ということが判明します。しかし、その男の住所は、何とジョージの住んでいるところと全く同じ場所! これは「偶然」なのだろうか? そしてある日、ジョージと生き写しの男ラリー・ハートが現れます。
 ラリーとはいったい何者なのでしょうか? ジョージとの関係とは? そして世界を動かす「偶然」の意味とは? ジョージは思いもかけない出来事に遭遇することになりますが…。
 何とも言えない味わいの作品です。どういうジャンルの作品なのか、後半になるまで全くつかめません。序盤は、ジョージとそっくりであることを利用して、ラリーが犯罪を犯したり、財産を手に入れようとしたりと、サスペンス風に物語は進みます。殺し屋に狙われていたラリーが、ジョージを身代わりとして送り込むのですが、それからしばらく、ジョージがどうなったかが分からなくなるのです。この中断によるサスペンスは非常に効果的。
 当然のごとく、ジョージが後半、巻き返しを図るのだろうとは予測がつきますが、この巻き返しの仕方が、とんでもない方向からくるのには驚かされます。具体的に書くとネタを割ってしまうので書きませんが、サスペンスが、SFに一転し、最後にはサイコスリラーに着地するという離れ業なのです。
 ただSF慣れしている人なら、かすかながら、途中で話の予測がついてしまうようなところはあります。
 偶然が度重なると、小説としては、それが全部、偶然にしかすぎなかったとは、できにくくなります。あくまで必然的なものだったとしなければ、読者は納得しないでしょう。そうすると、そこには「誰か」の意志が働いているはず。「神」か「人間」か、何にせよ意志が働いている…。そう考えていくと、何となくネタが分かってくる面もあります。
 その意味で、扱っているテーマ自体はそれほど新しいものではありません。ただ、この作品のユニークなところは、作中で示された真実が、ほんとうに真実であったかどうかが、最後になってわからなくなるところでしょう。最終的な結末も、解釈のひとつの可能性として示されるのです。
 話のタネを割るので、あまりくわしい筋を紹介できないのがもどかしいのですが、とにかく驚かせてくれることだけは保証します。ジャンルミックスの変わり種サスペンスとしてお勧めの作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

幻視のミステリ  レオ・ペルッツ『最後の審判の巨匠』

最後の審判の巨匠 (晶文社ミステリ) 単行本 – 2005/3/1


 本邦では、幻想的な歴史小説『第三の魔弾』で知られるレオ・ペルッツ。『最後の審判の巨匠』(垂野創一郎訳 晶文社)もまた、不思議な味わいを持った作品です。

 20世紀初頭のウィーン。かっての名優ビショーフが取引先銀行の倒産で窮状にあることを、周りの人間は本人に隠していました。俳優としても落ち目になっていたビショーフがその事実を知れば、自殺しかねないことを知っていたからです。ビショーフの妻ディナに、かって恋心を抱いていたヨッシュ男爵は、自分でも無意識に、ビショーフに自殺を示唆するような言動を繰り返します。
 そんな中、客の一人、ゴルスキ博士のすすめで、ビショーフは「リチャード三世」の役を披露することになりますが、役作りのために、あずまやにこもったビショーフは拳銃自殺を遂げてしまいます。ヨッシュに対して反感を抱いていた、ディナの弟フェリックスは、ヨッシュを弾劾しますが、エンジニアのゾルグループは、拳銃が二発発射された事実から、別の犯人による犯行だと主張します…。

 この作品「ミステリ」として読むか、そうでないかで、評価がだいぶ分かれる作品だと思います。ミステリとして読むには、かなり無理がある作品なのです。前半は、論理的に殺人や真犯人の証拠を求めていくのですが、後半になると、そのあたりがかなり曖昧になってしまいます。
 ただ、ミステリとして読まなければ、もつれた人間関係の心理ドラマとして、読み応えのある作品です。かっての恋人の屋敷に通い続け、恋敵であるビショーフを妬むヨッシュ男爵の執着、その気持ちを見越したフェリックスの反感。このあたりの心理的なサスペンスは息詰まるようで、迫力があります。
 この作家ならではの、幻想的な雰囲気は素晴らしいものですので、「ミステリ」というよりは「幻想小説」として読んだ方が楽しめる作品でしょう。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

匿名のイメージ化  コミック星新一『午後の恐竜』『空への門』
4253104606コミック☆星新一午後の恐竜
星 新一 志村 貴子 小田 ひで次
秋田書店 2003-06

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4253104614コミック☆星新一空への門
星 新一
秋田書店 2004-07-15

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 ショート・ショートの代名詞的存在である作家、星新一。彼の作品は、教科書にも載るほどの人気と知名度を持っています。
 そんな星作品の漫画化という、ありそうでなかった企画がこの二冊『午後の恐竜』『空への門』(ともに秋田書店刊)です。どちらも、複数の漫画家が、それぞれ短篇やショート・ショートを漫画化するという競作の形をとっています。
 まずはそれぞれの収録内容を紹介しましょう。

 『午後の恐竜』
 『ボッコちゃん』JUN
 『金色のピン』川口まどか
 『天使考』木々
 『殺し屋ですのよ』かずはしとも
 『おーい、でてこーい』鯖玉弓
 『午後の恐竜』白井裕子
 『現代の人生』有田景
 『生活維持省』志村貴子
 『夜の事件』小田ひで次
 『箱』小田ひで次

 『空への門』
 『空への門』鬼頭莫宏
 『鏡』羽央
 『患者』東山むつき
 『冬の蝶』阿部潤
 『処刑』阿部潤
 『程度の問題』人見茜
 『宿命』川口まどか
 『ゆきとどいた生活』鈴木志保

 あまたある星新一作品の中でも、人気のあるものが集められている感じですね。とくに『ボッコちゃん』『おーい、でてこーい』『午後の恐竜』『ゆきとどいた生活』などは、超のつく名作といってもいいと思います。
 有名な作品ばかりなので、あえてあらすじは紹介しませんが、印象に残ったものについて、いくつか記しましょう。
 『午後の恐竜』収録作品では、小田ひで次の2作品が出色。『夜の事件』では、地球侵略に現れるエイリアンたちが、ユーモアたっぷりに表現されていて、愉しい作品になっています。『箱』は、原作自体が余韻のある寓話なのですが、それを見事に具体化しています。この方の絵柄は、ある種、泥臭いといっていいぐらいなのですが、それが上手く原作とマッチして「暖かさ」や「懐かしさ」を出すのに成功しています。
 『空への門』収録作品では、『鏡』に登場する「悪魔」が、かなりグロテスクに造形されているのが印象に残ります。いちばんよかったのは、阿部潤の『処刑』でしょうか。画風はリアルタッチなのですが、追いつめられた主人公の感情を、非常に上手く表現しています。
 両書とも、作品のストーリーやプロットの完成度は保証されているので、原作のあらすじを知らない人が読めば、どれも面白く読めるでしょう。
 その点、原作をすでに読んでいる人にとっては、ちょっと物足りない面もあります。作品の筋を知っているだけに、漫画化の際の表現や演出などに、しぜんと意識が向かうのですが、無難にまとまってしまっている作品が多いな、という印象を受けてしまうのです。
 もともと星作品の特徴は、時代を感じさせる風俗や風景を描かない、というところにあります。作品が古びるのを防ぎ、普遍性を作品に与えようと意識的になった結果、登場人物も抽象化されているわけです。「エヌ氏」に代表される登場人物は、どれもみな年齢や容貌など、具体的なイメージが極力排されていることからも、それはわかります。
 抽象性、匿名性を強調されている星新一作品を漫画化(具体的なイメージ化といっていいかもしれません)すること自体に、かなり無理があるわけで、そういうことを考え合わせると、それなりに成功しているとはいえるでしょう。
 とりあえず、原作を読んでから漫画化作品を読むと、あらためて原作の凄さ、面白さがわかりますし、漫画化された作品の工夫も感じられると思います。原作と合わせてお読みになることをお勧めしておきます。

テーマ:オススメ本 - ジャンル:小説・文学

たらいまわし本のTB企画第39回 夢見る機械たち
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 たらいまわし本のTB企画、今回の主催は、kazuouが担当させていただきます。「りつこの読書メモ」のりつこさんから、ご指名いただきました。みなさま、よろしくお願いいたします。あと、素敵なバナーを作ってくださったoverQさんには感謝です!

 たらいまわし本のTB企画、略して「たら本」とは、毎回、主催者の掲げたテーマに沿った記事を書いて、主催者の記事にトラックバックしていただく、という企画です(詳細についてはこちらをご参照ください)。期限はとくに定められていないので、ゆっくりでも大丈夫。初めての方もぜひ、ご参加ください。

 それでは、さっそく今回のテーマを。

 昔から人間は「道具」や「機械」を使って、生身の体では不可能なことを可能にしてきました。日常生活しかり、移動手段しかり。そして物語の中においては、それらは夢や空想を実現する手段としても使われてきたのです。
 今回は『夢見る機械たち』と題して、そんな不思議な「道具」や「機械」を扱った作品を集めてみたいと思います。主要なテーマになっているものでも、印象に残った小道具でもかまいません。漫画やノンフィクションも含めて、いろんな作品を挙げていただきたいです。
 とくにSFやファンタジーにこだわる必要はありませんので、広い意味で「道具」や「機械」がテーマとなっている作品を挙げていただけるといいなあ、と考えています。



壁抜け男 (異色作家短篇集)
 まずはこれ、マルセル・エイメ『よい絵』(中村真一郎訳『壁抜け男』早川書房収録』)。
 ラフルールという画家が描いた絵には、きわめて実用的な効用がありました。その絵を見ていると、お腹がいっぱいになってくるのです…。
 文字どおり「栄養のある」絵をめぐる、奇想天外なユーモア小説です。



ページをめくれば (奇想コレクション)
 ゼナ・ヘンダースン『なんでも箱』(安野玲・山田順子訳『ページをめくれば』河出書房新社収録)。
 教室でいつも一人、自分の手の中を見つめている少女がいました。それに気づいた教師は、何をしているのかと尋ねますが、彼女は「なんでも箱」を見ていると答えます…。
 少女にしか見えない「なんでも箱」。「箱」は実在するのでしょうか? 子供の空想を扱った繊細なファンタジーです。



地図にない町 - ディック幻想短篇集 (ハヤカワ文庫 NV 122)
 フィリップ・K・ディック『名曲永久保存法』(仁賀克雄訳『地図にない町』 ハヤカワ文庫NV収録)。
 天才科学者ラビリンス博士は、芸術を愛し、音楽が滅びるのを危惧していました。音楽を生きのびさせるために、博士はある機械を作ります。それは楽譜から生物を作り出す機械! 機械は次々と生物を生み出します。モーツァルト鳥、ブラームス虫、ワグナー獣。しかし森に放たれた獣たちは野生化し、もとの姿をとどめなくなってゆきます…。音楽の生物化、という着想がユニーク。
 同じく、ディックのラビリンス博士シリーズの『万物賦活法』(仁賀克雄訳『地図にない町』 ハヤカワ文庫NV収録)。
 博士は、あらゆる無生物に生命を吹き込む「賦活器」を作り出します。しかし、手始めに生命を与えた靴は逃げ出してしまいます。彼の目的とは…?  生命を得た靴の行動がユーモラスで楽しい作品。



20071108205025.jpgB000J6X89A飛行人間またはフランスのダイダロスによる南半球の発見―きわめて哲学的な物語 (1985年)
植田 祐次
創土社 1985-01

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 レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ『南半球の発見』(植田祐次訳 創土社)
 レチフは、18世紀フランスの作家。人口の翼を開発した主人公が、その翼を利用して、誰も近付けない山頂にユートピアを築くという空想小説です。こんな奇想天外で面白い作品が、すでに18世紀に書かれていたとは驚きです。



20071108203120.gifB000J7TIZW去りにし日々、今ひとたびの幻 (1981年)
ボブ・ショウ 蒼馬 一彰
サンリオ 1981-10

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 ボブ・ショウ『去りにし日々、今ひとたびの幻』(蒼馬一彰訳 サンリオSF文庫)
 光が透過するのに、何年もの歳月を要するというガラス『スローガラス』。例えば、風景の前に置かれたガラスは、何年もその風景を映し出し続けるのです。そしてガラスが映し出すのは風景だけではありません。人間の過去もまたそこには映っているのです…。
 「スローガラス」とそれを巡る人々を描いた、叙情的な連作短篇集。人間の過去を映し出すものとして、比喩的にも物理的にも「スローガラス」が上手く使われています。自分が死刑にした男の、実際の犯行現場が映っているはずのガラスが、その情景を映し出すのを何年も待ち続ける判事の話『立証責任』など、どれも非常に魅力的。



4150712514あなたに似た人
ロアルド・ダール 田村 隆一 Roald Dahl
早川書房 2000

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 ロアルド・ダール『偉大なる自動文章製造機』『あなたに似た人』ハヤカワミステリ文庫収録)
 小説家志望の青年が開発した「自動文章製造機」。それを使えば、あらゆる小説が書けるのです。機械を使って大儲けをたくらむ青年でしたが…。
 作家なら誰でも夢見る(?)究極の機械が登場します。風刺の効いたホラ話です。
 


20071108203334.jpg4828830812スティーヴンソン怪奇短篇集
ロバート・ルイス スティーヴンソン 河田 智雄
福武書店 1988-07

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 R・L・スティーヴンソン『びんの子鬼』(河田智雄『スティーヴンソン怪奇短篇集』福武文庫収録)
 主人公の若い男は、ある男から不思議なびんを手に入れます。そのガラスは地獄の炎で練られ、中に悪魔を封じこめたという、いわくつきの品物。びんに願いをかければ、あらゆる望みがかなうといいます。しかし、びんを所有したまま死んだ人間は、地獄に堕ちてしまうのです。それを逃れる手段はひとつ。他人にびんを売ること。ただし、買った時よりも安く売らなければならない、というルールがありました…。
 何でも望みのかなう魔法のアイテム、という発想自体は、そう珍しくもないのですが、買った時よりも安く売らなければならない、というルールを導入しているところがユニーク。びんを厄介払いしようとする、人間同士の駆け引きが読みどころです。



幻想と怪奇 宇宙怪獣現わる (ハヤカワ文庫 NV)
 クリフォード・D・シマック『埃まみれのゼブラ』(小尾芙佐訳 仁賀克雄編『幻想と怪奇2』ハヤカワ文庫NV収録)
 ある日「わたし」は、机に置いてあった切手がなくなり、組立てブロックが置いてあることに気づきます。また万年筆も、似てはいるものの、得体の知れない道具に置き換わっているのです。それらの品物を調べてみた結果、この世界の品物ではないことが判明します。机の上にできた斑点、どうやらそこは異次元とつながっており、相手側は物々交換をしているつもりのようなのです。「わたし」は次々と物を交換していきますが、問題がひとつありました。どの道具も何に使うのか全くわからないのです…。
 取引をしている相手のエイリアン(?)の正体は全く描写されず、ただ相手は、次々と品物を送ってくるだけ。一儲けをたくらんだ「わたし」の盲点とは…? ユーモアに富んだ「物々交換」小説です。



怪奇小説傑作集2英米編2 (創元推理文庫)
 H・G・ウェルズ『卵形の水晶球』(平井呈一訳『怪奇小説傑作集2』創元推理文庫収録)
 骨董店の主人である老人は、家族からも疎まれ、寂しい生活を送っていました。そんな彼の愉しみは、ふとしたことから手に入れた水晶球を眺めること。水晶には、不思議な力がありました。そこには異国、いや異星としか思えない風景が映っていたのです。ある日、水晶球を買いたいという客が現れますが、老人は法外な値段をふっかけて、断ろうとします…。
 モチーフとなる水晶球も魅力的ですが、それを手に入れた老人の、人生の一断面をも見せてくれるかのような、哀愁ただよう展開が魅力的です。


 ヘンリー・カットナー『住宅問題』(平井呈一訳『怪奇小説傑作集2』創元推理文庫収録)
 共働きの若い夫婦が、家計の足しにと置くようになった下宿人。裕福な様子のその老人は、幸運に恵まれているようでした。なぜか彼の部屋には覆いをかけた鳥籠が置いてあり、中身は全く見えません。しかし生物がいるかのような音が、時おり聞こえるのです。老人は鳥籠に絶対触れるなという言い付けをして出かけますが、夫婦は好奇心に勝てず、のぞき見してしまいます…。
 鳥籠の中にいるものとは…? 予想のつく展開ながら、風刺のきいた結末は魅力的。



十二の椅子 (1969年)
 イリヤ・イリフ、エウゲニー・ペトロフ『十二の椅子』(江川卓訳 筑摩書房)
 資産家の老婦人が、死の間際に、遺産のありかを話します。莫大な価値のあるダイヤモンドを椅子に縫い込んで隠したというのです。それは十二ある椅子のうちどれか一つだというのですが、気が付いたときには、すでに椅子は、家財もろとも没収されていました。各地に散らばった椅子を求めて、遺産の奪い合いが始まります…。
 今世紀初頭に活躍したロシアの合作ユーモア作家、イリフ、ペトロフの傑作ユーモア小説。基本的には「宝探し」小説ですが、その過程がスラップスティック風に描かれる、抱腹絶倒の作品。前半の突拍子もないほどのテンションに比べ、結末付近では、異様に陰鬱になってしまうという、非常にユニークな作品です。



水蜘蛛 (白水Uブックス)
 マルセル・ベアリュ『球と教授たち』(田中義廣訳『水蜘蛛』 白水uブックス所収)
 ある夜、教授たちが遭遇した不思議な球体。彼らはそれが何であるかについて思い悩みますが…。
 タイトル通り「球と教授たち」を扱ったシュールな掌編。イメージの美しさが記憶に残ります。



鏡地獄―江戸川乱歩怪奇幻想傑作選 (角川ホラー文庫)
 江戸川乱歩『鏡地獄』『鏡地獄―江戸川乱歩怪奇幻想傑作選』 (角川ホラー文庫ほか収録 )
 完全な球体になった鏡の中に入ったら、そこには何が見えるのか? そして入った人間はどうなってしまうのか? 鏡に憑かれた男を描く怪奇小説です。



火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)
 レイ・ブラッドベリ『優しく雨ぞ降りしきる』(小笠原豊樹訳『火星年代記』ハヤカワ文庫NV収録)
 人間の全くいなくなった邸で、オートメーションの機械たちが、ただただ家事や家の整備をし続ける様子を、淡々と描写しています。静謐なイメージが美しい一編です。



20071108205015.jpgB000J769NGキャメロット最後の守護者 (1984年)
浅倉 久志
早川書房 1984-04

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 ロジャー・ゼラズニイ『フロストとベータ』(浅倉久志訳『キャメロット最後の守護者』ハヤカワ文庫SF収録)。
 人類が絶滅した遠い未来、地球は機械によって支配されていました。地球を統括する機械ソルコンの部下であるフロストは「人間」に興味を抱き、そのデータを集め始めます。データによっては「人間」を知ることはできないと悟ったフロストは、やがて遺された細胞から人間の肉体を再生し、自らの意識をその体に移そうと考えますが…。
 機械が主人公という珍しいお話です。「人間」とはいったい何なのか? 道具立てはSF的ながら、神話の趣さえある壮大なファンタジー。



スターシップ (新潮文庫―宇宙SFコレクション)
 ジェイムズ・イングリス『夜のオデッセイ』(伊藤典夫& 浅倉久志編訳『スターシップ』新潮文庫収録)
 かって人類が宇宙に送り出した恒星間探査機。かれは、人類が滅びた後も、黙々と探査作業を続けます…。
 人間の登場「人物」は全く登場せず、探査機が主人公といってよい存在。果てしなく広い空間と時間を飛び突ける探査機、その広大なスケールには詩情すら感じられる、稀有な名作です。


 次はコミックから。


4344800125Marieの奏でる音楽 上 (1)
古屋 兎丸
幻冬舎 2001-12

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4344800052Marieの奏でる音楽 下  バーズコミックスデラックス
古屋 兎丸
幻冬舎 2001-12

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 古屋兎丸『Marieの奏でる音楽』(上下巻 幻冬舎バーズコミックスデラックス)
 中世ヨーロッパを思わせる、争いごとのない平和な世界が舞台。工業や機械産業が中心の町で暮らす少年カイは、幼い頃の事故がきっかけで、特殊な聴覚を身につけます。そのときから、世界を見守っているという女神Marieの奏でる音楽が、カイに聞こえるようになったのです。カイを想う幼なじみの少女ピピの気持ちに気付きながらも、カイはMarieに惹かれる気持ちを抑えることができなくなっていきます…。
 ヨーロッパ風の異世界を舞台にしたファンタジー作品ですが、この異世界の描写が素晴らしいです。機械細工や歯車などのオブジェが、細密な表現で描かれます。物語の方も、最初のほうこそ、ゆったりとした人物や世界の描写が続きますが、後半の怒濤の展開は、じつにサスペンスフル!
 世界の成り立ちとは? 女神Marieとはいったい何なのか? カイの能力の秘密とは? そして、伏線が冴え渡る驚愕の結末。世界創造の謎にまで迫る、本格的なファンタジー作品です。ラストでは泣かせてくれる、隠れた名作。



羽衣ミシン (フラワーコミックスα)
 小玉ユキ『羽衣ミシン』(小学館フラワーコミックス)
 工学部の学生、陽一は、ある日、工事現場に足を挟まれた白鳥を助けます。その夜、陽一の部屋を、見覚えのない若い女性が訪れます。彼女は、自分は助けてもらった白鳥で、彼にひと目惚れをしてしまったと言うのです…。
 「鶴の恩返し」を現代にアレンジしたファンタジー作品です。白鳥の化身である女の子の恩返しは、ミシンで裁縫をすること、というのが、いかにもモダンでチャーミング。予定調和ではありつつも、せつない結末は読者のこころを打つはず。ほのかな暖かさにつつまれた、近年稀に見る傑作漫画。


 架空の「道具」を扱った本からいくつか。



20071108205006.jpgB000J8PGL6
おかしな道具のカタログ (1977年)
高橋 彦明
Parco出版局 1977-10

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 ジャック・カレルマン『おかしな道具のカタログ』(高橋彦明訳 PARCO出版)
 空想的な「道具」を集めたというコンセプトのイラスト本です。空想的なのですが、日常で実際に使えなくもない…という微妙なラインに沿って並べられた道具たちは、どれも非常に魅力的です。引抜く釘を痛めない「ソフト釘抜き」、トゲトゲのついた「サボテン用手袋」、デリケートな仕事に最適な「ガラス・ヘッド製ハンマー」、ぺったんこの「扁平椅子」など、どれも実用には全く役に立ちませんが、見ているだけで楽しくなってきます。


 さて、この手の空想的なフェイクを得意とするクリエーターといえば、もちろんクラフト・エヴィング商會です。


どこかにいってしまったものたち
 なかでも、一番に挙げたいのは『どこかにいってしまったものたち』(筑摩書房)です。かって存在したというクラフト・エヴィング商會の扱っていた商品目録を紹介するというコンセプトで作られています。
 クラフト・エヴィング商會の特徴は、文章だけでなく、イラストやパッケージまで作成して、飽くまで本物のようなリアリティを追求しているところ。ただし扱う品物は、みな幻想的かつ空想的なものばかりです。「アストロ燈」「万物結晶器」「ムーングラス」「水蜜桃調査猿」「全記憶再生装置」など、名前を見ているだけで空想がふくらむような、魅力的な品々が並びます。稲垣足穂を思わせる感性の溢れた、すばらしい作品です。


ないもの、あります
 また『ないもの、あります』(筑摩書房)は、慣用的な言い回しに登場するものを、実際に品物にしてしまうというもの。「堪忍袋の緒」「左うちわ」「舌鼓」などが、実際にあったら…という、遊び心に溢れています。


らくだこぶ書房21世紀古書目録
 『らくだこぶ書房21世紀古書目録』は、その名の通り、架空の本の目録という体裁の本です。未来から送られてくる「レトロ」本というテーマが素晴らしい!

 次回の「たら本」主催は「一冊たちブログ」のタナカさんに引き受けていただきました。よろしくお願いいたします。


テーマ:本の紹介 - ジャンル:小説・文学

「魂」の殺人  ロバート・J・ソウヤー『ターミナル・エクスペリメント』
4150111928ターミナル・エクスペリメント (ハヤカワSF)
ロバート・J. ソウヤー Robert J. Sawyer 内田 昌之
早川書房 1997-05

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 「魂」は本当に存在するのでしょうか? そんな古くからの疑問をテーマに、娯楽性豊かに描かれたSF作品がこれ、ロバート・J・ソウヤー『ターミナル・エクスペリメント』(内田昌之訳 ハヤカワ文庫SF)です。
 医学博士ピーター・ホブスンは、老女が死ぬ瞬間に「魂」と思われる反応を記録することに成功します。そして胎児にも、同じ実験を試みます。その結果、妊娠して、ある程度の間を経て「魂」が宿るのを確認したのです。
 「魂」の存在を確信したホブスンは、コンピュータに自分の脳をスキャンし、三通りの自分の複製を作り出します。一つは自分と全く同じ状態の「コントロール」、二つ目は、老いや死を削除した不死の「アンブロトス」、三つ目は肉体的な条件を取り除いた死後の自分のシミュレーション「スピリット」。
 そんな折り、妻の浮気相手が殺されます。しかも、殺しを依頼したのは、ホブスンの三つの複製のどれかである可能性があるのです。犯人はいったい「だれ」なのでしょうか…?
 謎解き要素も含んだ、じつに意欲的なSF作品です。ただ上に紹介したような、ミステリ的な趣向が出てくるのは、作品が半分を過ぎるころからです。それまではずっと、ホブスンが「魂」の存在を発見する過程が描かれます。
 「魂」が発見され、それに対する世界の反応を描いたパートは、ユーモアも交えて描いていて、すごく面白いです。ちなみに「動物には魂がなかった」とするのは、いかにもキリスト教的な発想で、不快になる人もいるかも。わかった上で、冗談まじりに設定している風でもあるのですが。
 それと並行して、ホブスンと妻との軋轢が描かれます。この妻であるキャシーとのやりとりが、どうも変に「下世話」というか、少々うっとうしいのですが、この軋轢が、後半の伏線にもなっているところに、ソウヤーのしたたかさが窺えます。
 死後の生や魂の謎を追う前半はスリリングですし、後半からのフーダニットも劣らず面白いです。ひとつ気になる点は、この主人公の複製を作るという展開が、どうも唐突な感があるところでしょうか。
 あとフーダニットにしても、本格的にミステリファンを満足させる出来かというと、ちょっと疑問です。ジャンルミックスのエンターテインメントとしては、比類ない出来であるのは確かなのですが、もうちょっとそれぞれのジャンルの色を濃くしてくれると、もっといい作品になっただろうと思います。
 いろいろ注文を並べてしまいましたが、物語としての面白さは抜群であり、最後まで全く飽きさせないので、万人に勧められる良作ですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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