私家版・世界幻想短編集十選
 寡聞にして知らなかったのですが、どうやら巷でいろいろな「十選」が流行っているそうです。「世界十大文学」を皮切りに、自分の好みの「十選」を挙げるという試み、なかなか面白そうなので、僕もちょっと考えてみました。
 自分のいちばん好きなものは、と考えると、やっぱり短篇。あとジャンル的には「幻想小説」ですね。ということで、幻想的な要素のある短編集から選んでみました。


4003241428ホフマン短篇集 (岩波文庫)
ホフマン E.T.A. Hoffmann 池内 紀
岩波書店 1984-09

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E・T・A・ホフマン『ホフマン短篇集』(池内紀訳 岩波文庫)
 まずは、ドイツ・ロマン派の幻想作家ホフマンの作品。基本的にはどの作品でもいいんですが、訳の素晴らしさとバランスの取れたセレクションでは、この岩波文庫版が随一でしょう。
 フロイトがとり上げたことでも有名な、元祖サイコ・ホラーともいうべき『砂男』、ユーモアと切なさが同居する音楽奇譚『クレスペル顧問官』、この世ならざるヴィジョンが美しい、鉱物幻想小説『ファールンの鉱山』など、傑作揃いです。



4480420274稲垣足穂コレクション2 (ちくま文庫)
稲垣 足穂
筑摩書房 2005-02-09

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稲垣足穂『ヰタ マキニカリス』(河出文庫、ちくま文庫ほか)
 近代的な意味での「人間」を描くことを拒否して、ただただ星と月をめぐる物語をつづり続けた作家、稲垣足穂。その特質がもっとも純粋に現れた作品集です。
 おとぎ話の枠を超えて、形而上の域にまで達した感のある掌編集『一千一秒物語』、ダンセイニを換骨奪胎した月取り物語『黄漠奇聞』、カルヴィーノを思わせる月光ファンタジー『ココァ山の話』など。今読んでも全く古びていません。



B000J8IRJO失われた部屋 (1979年)
大滝 啓裕
サンリオ 1979-03

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フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『失われた部屋』(大瀧啓裕訳 サンリオSF文庫)
 19世紀半ば、珠玉のような作品を遺した、伝説の幻想作家フィッツ=ジェイムズ・オブライエンの短編集。現在のSFやファンタジーの原形であり、その純粋さが薄れていなかった時代の、みずみずしいファンタジーです。
 エドモンド・ハミルトン『フェッセンデンの宇宙』を先取りしたかのような、小宇宙におけるラブストーリー『ダイヤモンドのレンズ』、壁から口や手の生えた奇怪な館の登場する、シュールなファンタジー『口から手へ』、優しさと切なさのあふれる人形物語『ワンダースミス』、怪奇小説のマスターピースとしても有名な『あれは何だったのか』など。



448002395Xマルタン君物語
マルセル エーメ 江口 清
筑摩書房 1990-04

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マルセル・エーメ『マルタン君物語』(江口清訳 ちくま文庫)
 奇天烈な物語設定を得意とするエーメの作品中でも、とびきり奇天烈な物語が収められた連作短編集です。
 登場人物を殺しまくる小説家が小説の世界に巻き込まれる『小説家のマルタン』、一日おきに存在しなくなるという男の奇怪な運命を描いた『死んでいる時間』など、この作家にしか描きえないファンタジーが目白押しです。
 くわしい記事はこちらにあります。



488611301X階段の悪夢―短篇集
ディーノ・ブッツァーティ 千種 堅
図書新聞 1992-06

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ディーノ・ブッツァーティ『階段の悪夢』(千種堅訳 図書新聞)
 最近、光文社の古典新訳文庫からも、作品集が刊行されて話題になった、ブッツァーティの短編集。短い掌編が中心ですが、そのアイディアの斬新さ、技巧の冴えは素晴らしいの一言。
 時間をめぐる連作ファンタジー『時間のほつれ』、何の変哲もない日常風景が、悪夢のようになってしまうという、超絶的な技巧が凝らされた『クレシェンド』、二人の会話が現実をも変えてしまう驚異の作品『二人噺』など。この手の作品に慣れた人でも、驚かされる部分が多いでしょう。
 なお、ブッツァーティに関してはこちらをご参照ください。



B000J79VTA今夜の私は危険よ―ウールリッチ幻想小説集 (1983年)
高橋 豊
早川書房 1983-11

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コーネル・ウールリッチ『今夜の私は危険よ』(高橋豊訳 ハヤカワ・ミステリ)
 もともと、雰囲気的には幻想小説に近しいものをもつウールリッチですが、この短編集は、超自然味のある、文字どおりの幻想小説を集めた珍しい一冊です。
 悪魔のドレスを着た女性の運命を描く『今夜の私は危険よ』、蘇生させられた女性をめぐる純愛物語『ジェーン・ブラウンの体』など、題材こそホラーですが、そのトーンはやはりウールリッチだけあって、甘美なものが多いです。



B000J941A2刺絡・死の舞踏―他 シュトローブル短篇集 (1974年)
前川 道介
創土社 1974

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カール・ハンス・シュトローブル『刺絡・死の舞踏他』(前川道介訳 創土社)
 20世紀前半にオーストリアで活躍した作家、シュトローブルの怪奇小説集。怪奇小説にはユーモアも必要だ、と言ったことでも有名ですが、実作でもそれを実践しているようです。
 悪夢じみたラストの情景が美しい『死の舞踏』。筒井康隆を思わせる、スラップスティックなユーモア怪奇小説『メカニズムの勝利』などが秀逸です。



B000J8H3C6妖精たちの王国 (1979年) (妖精文庫〈20〉)
八十島 薫
月刊ペン社 1979-05

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シルヴィア・タウンゼント・ウォーナー『妖精たちの王国』(八十島薫訳 月刊ペン社)
 ウォーナーは、現代に「妖精物語」を蘇らせた功労者ともいうべき人。その作品は、現代に生きる妖精を描いたモダン・フェアリー・テイルとなっています。ユーモアに富んだ軽やかな物語でありながら、ときに登場人物には残酷な運命が待っていたりするのが、一筋縄ではいかないところ。とくに、互いに入れ替えられた妖精と人間の子供の運命を描く『ひとりともうひとり』は大傑作です。



4622080567悪戯の愉しみ (大人の本棚)
アルフォンス アレー Alphonse Allais 山田 稔
みすず書房 2005-03

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アルフォンス・アレー『悪戯の愉しみ』(山田稔訳 みすず書房)
 エスプリに満ちたシュールなコントをたくさん遺したアレーのコント集。いたずらやブラックユーモアに満ちた作風は、真面目な人には眉をひそめられてしまうかも。
 水の中の微生物が苦しむことに怒りを覚える男の話『小さな生命を大切に』、ニシンが進化しはじめる冗談のような物語『ウソのような話』、死体をエネルギー源にしようとするブラックな話『ザ・コープスカー』など。一読、唖然とすること請け合いです。



448801609Xロコス亭の奇妙な人々
フェリペ アルファウ Felipe Alfau 青木 純子
東京創元社 1995-11

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フェリペ・アルファウ『ロコス亭の奇妙な人々』(青木純子訳 東京創元社)
 「ロコス亭」に集まる人々の奇妙な運命を描いた連作短編集、なのですが、作品世界内で、登場人物が違う役割で登場したり、思わぬところで物語がつながっていたりと、メタフィクション的な要素を多分に含んだ作品になっています。個々の話も、財布を盗まれた警視総監だとか、存在感が薄すぎて誰にも気づいてもらえない男だとか、気妙奇天烈なものばかり。とにかく、あちらこちらにある「仕掛け」が楽しい一冊です。

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11月の気になる新刊
11月8日刊  アーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』(光文社古典新訳文庫)
11月9日刊 『北村薫のミステリびっくり箱 探偵作家クラブの時代を語る』(角川書店 予価1470円)
11月10日刊 リチャード・マシスン『アイ・アム・レジェンド』(早川文庫NV 予価840円)
11月13日刊 エドワード・リア詩/エドワード・ゴーリー画『ジャンブリーズ』(河出書房新社 予価1050円)
11月中旬刊 ジョン・コリア『ナツメグの味』(河出書房新社 予価2100円)
11月中旬刊 シオドア・スタージョン『[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ』(河出書房新社 予価1995円)
11月25日刊 日下三蔵『日本SF全集・総解説』(早川書房 予価2100円)
11月28日刊 スティーヴン・キング『携帯ゾンビ 上・下』(新潮文庫 予価740円/780円)
11月刊    ディエゴ・マラーニ『通訳』(東京創元社)

 〈光文社古典新訳文庫〉の新刊は、なんとアーサー・C・クラーク。純文学には留まらないラインナップは好感が持てますね。
 リチャード・マシスン 『アイ・アム・レジェンド』は、『地球最後の男』(吸血鬼)の改訳です。映画化に合わせた刊行のようですが、三度目の刊行にして、ようやく原題通りのタイトルに( I Am Legend)。吸血鬼だらけになってしまった世界で、ひとり孤独に奮闘する男を描いたホラー・サスペンス。衝撃的な結末は、ある種の「センス・オブ・ワンダー」すら感じさせる名作です。未読の方はぜひ読まれることをお勧めします。
 『ナツメグの味』は、ユーモアとウイットで知られる奇想作家、ジョン・コリアの短編集。期待大です。
 『[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ』は、もはやお馴染みになったスタージョン傑作集。今回は長めの中編が集められているようです。
  日下三蔵『日本SF全集・総解説』は、『SFマガジン』で連載されていたものの単行本化。架空の「日本SF全集」を編集するというコンセプトで、各作家の名作を集めたという、面白い試みになっています。
 スティーヴン・キングの新刊は、ものすごいタイトルですね。ただ「携帯電話を通じて送られた信号で人々が凶暴化し、殺しあいが始まる」という、かなりB級っぽい話だそうなので、むしろ合っているのかもしれません。
 
 

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哀しき寓話  チャールズ・ボウモント『残酷な童話』
4846007669残酷な童話 (ダーク・ファンタジー・コレクション (7))
チャールズ・ボウモント
論創社 2007-10

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 〈異色作家〉のひとりとして、また、オムニバスドラマ『ミステリー・ゾーン』の脚本家としても知られるチャールズ・ボウモント(ボーモント)。
 〈異色作家短編集〉の一冊として刊行された『夜の旅その他の旅』以来、数十年を経ての邦訳となる短編集『残酷な童話』(仁賀克雄訳 論創社) は、期待に違わない出来です。

 『残酷な童話』 精神状態のおかしくなった母親とともに暮らすロバート。男性を憎む母親の手により、ロバートは女の子として育てられます。外界との接触を断たれたロバートは成長するにつれ、違和感を抱き始めます。しかし母親は強圧的な態度で、彼を支配し続けようとします…。
 かって『ロバータ』という題で訳されていたこともある作品です。主人公の実際の性別を隠すような「仕掛け」をせずに、異常かつ残酷なシチュエーションをあくまで淡々と描写するというところに、この作品の凄みがあります。レイ・ブラッドベリの『びっくり箱』とも通底するテーマを扱った、インパクト溢れる作品。

 『消えゆくアメリカ人』 ある日突然、周りの人間から見えなくなってしまった男ミンチェル。妻子にさえ彼の姿は見えません。彼は思い当たります。自分の姿は突然消えたわけではない。いつの間にか、長い間をかけて、だんだんと薄れてきたのだ…。
 「透明」になってしまった男が、自分のアイデンティティーを取り戻そうとする、哀感あふれるファンタジー。姿が消えてなお、会社には行き続けなければならないと考える、主人公の姿が印象的です。

 『フェア・レディ』 ささいな言葉のやり取りから、バスの運転手の男に恋をしたオールドミス。毎朝、彼の運転するバスに乗り続けた彼女は、ある日彼が配置転換させられたことに気づき愕然としますが…。
 オールドミスのささやかな恋を描く、スケッチ風の小品。洗練された最後の一行が記憶に残ります。

 『ただの土』 「ただ」であることに異様に執着するミスター・エイオータは、ある看板に目を引かれます。そこには「無料の土」について書かれていました。彼はさっそくトラックで運びきれないほどの土を持ち帰ります。しかしその土は「墓地」のものだったのです…。
  「墓地の土」というホラー味のあるアイテムに、主人公の特異なキャラクターを絡ませた、非常にユニークな作品です。プロットとキャラクターが有機的に結びついた、一読忘れがたい、奇妙な味の短篇。

 『自宅参観日』 疎遠だった友人たちの訪問を受けたミスター・ピアス。喜ぶべきことなのに、彼の顔は冴えません。トイレを使いたいという友人をピアスは必死に引き止めます。バスルームには妻の死体があったからです…。
 殺人の発覚を防ぐために、ピアスのとった行動とは…? 友人を始末せざるを得なくなった男を描く、皮肉なクライム・ストーリーです。

 『ダーク・ミュージック』 女性教師ミス・メイプルは、時代錯誤なほどの潔癖症でした。性教育を徹底拒否し、男女のつきあいにも不寛容な彼女は、周りの人間から疎まれていました。しかしある夜、不思議な音楽に誘われて外に出たミス・メイプルは、妙な高揚感に囚われます…。
 「お固い」女性教師が「牧神」らしき存在に誘惑される性的ファンタジー。

 『変態者』 異性愛が禁止された近未来、異性とつきあう人間は犯罪者とみなされていました。ジェッシは、男装した恋人と逢い引きしようと考えますが…。
 同性愛の立場を逆転させた風刺SFです。題材がかなりストレートなだけに、今読むと、いささか古びている感もあります。

 『子守唄』 心に病気をかかえた老女は、自分の息子がいまだに幼児であると思い込んでいました。大人になった息子を見ても、自分の子であると認識できないのです。ある夜、犯罪を犯した息子が、かくまってくれと家に飛び来んできますが…。
 狂った母親と、その影響で犯罪に手を染めた息子。家族の歪んだ関係を描くサイコホラーです。

 『犬の毛』 異常なほど死を恐れる男ギッシングは、ある悪魔じみた男から取引を持ちかけられます。男は、不老不死を提供しようというのです。支払いの代価はなんと「髪の毛一本」! 毎月、髪の毛一本を送付する限りにおいて、永遠の命が保証されるのです。ただし髪の毛は本人のものでなければなりません。ギッシングは喜んで契約しますが、やがて自分の髪の毛が薄くなりつつあることに気づきます…。
 「悪魔との取引」を扱ったユーモラスなファンタジー。オチは脱力系ながら、発想はなかなかユニークです。

 この短編集、SFやホラーに混じって、普通小説もいくつか含まれていますが、今読むと大分古びている感は否めません。全体的に、訳文が、あまりこなれていないせいもあって、よけいそんな印象を持ってしまうのでしょうか。
 ただ、訳文の悪さを差し引いても、いくつかの作品の素晴らしさは変わりません。とくに『残酷な童話』『ただの土』は、ぜひ読んでいただきたい傑作です。 

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芸術の理解者  埋もれた短編発掘その23
 あるものが「芸術」であるとは、どのようなことなのでしょうか? 何をもって「芸術」とするのでしょうか? その境目を分ける基準に、絶対的なものはありません。この物語のように…。
 ドロシイ・ソールズベリイ・デイヴィス『紫色の風景画』(志摩隆訳 早川書房『エラリイ クイーンズ ミステリ マガジン』1965年1月号収録)は、芸術に対する、主観と客観のズレを取り扱った作品です。
 メアリー・ガードナーは、三十代後半の独身女性。デザイナーという職業がら、たびたび音楽会や劇場に行けるだけの余裕がありました。引っ込み思案でおとなしめの性格ながら、こと趣味に関しては、譲れないものを持っています。
 そんな彼女の最近のお気に入りは、近所の近代美術館に収められている、モネの『ルアーヴル近郊の森』という作品。ただ、気になることが一つありました。

 よく見ればみるほど、この絵は上下を逆にかけているように思われてならなかった。サインについては、彼女なりの理論を展開させていった。これはおそらく、画家が長い仕事を終えて、それも暗くなりかけた時に急いで書かれたのだろう、と。

 そんなある日、美術館に火災が発生します。混乱の中、メアリーは絵を救い出そうと、モネの絵を額縁から外して、外に逃げ出します。すぐに美術館に連絡しようと思いながらも、家の中に絵をかけてみたいという誘惑にかられます。

 今は衝動的にイタリア製の石版画をおろし、木の額縁からガラスと台紙を外してモネの絵を入れた。モネの絵はぴったり合ったし、その上なによりも彼女のうれしかったのは、今こそ正しいかけ方ができることだった。

 ニュースで『ルアーヴル近郊の森』が焼失したとされていることを知ったメアリーは、絵を返そうと決心します。しかし警察も美術館も、メアリーの話を作り話だと考え、まともにとり合ってくれません。ようやく現れた管理責任者は、絵を模写だと判断する始末です。
 メアリーは、いろいろな美術の専門家に、手当たり次第に、絵を見てくれるようにと、頼んで回ります。そして、その過程で、彼女は少しづつ変わり始めます。

 少女時代、彼女は両親や先生から外に出てもっと多くの人と会いなさいと言われたものだった。たしかに彼女は外に出るようになった。そして、彼女のもっている絵のことについて自由に批評し合う雰囲気のなかでは、彼女も自由に批評することができるようになった。その批評がおかしければおかしいほど-彼女はひどいとさえ思ったことがあった-彼女は有名になっていった。

 やがて、付き合いのある保険員のつてで、とある鑑定家がメアリーの家を訪れることになります。鑑定家のとった言動に対して、メアリーの胸中に去来する思いとは…?
 ふとしたきっかけで、ひとりの女性の人生観、そして人生そのものをも変えることになった一枚の絵。「逆さにされたモネ」とは、いったい何を表しているのでしょうか?
 「芸術」を見る視点とは「人生」を見る視点でもある。そんなことを考えさせてくれる、味わいのある作品です。

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次元間ストレス解消法  アーシュラ・K・ル・グィン『なつかしく謎めいて』
4309204503なつかしく謎めいて (Modern & classic)
アーシュラ・K. ル=グウィン 谷垣 暁美
河出書房新社 2005-11

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 「異世界」を扱ったファンタジーは数あれど、アーシュラ・K・ル・グィン『なつかしく謎めいて』(谷垣暁美訳 河出書房新社)ほど、不思議な手触りの作品も珍しいでしょう。
 空港で遅れた飛行機を待つとき、精神的なストレスや退屈がたまったとき、それがきっかけとなって別の次元に行くことができるようになります。それは発見者の名を取って「シータ・ドゥリープ式次元間移動法」と呼ばれました。「私」は、この方法を利用して、様々な次元を訪れます。眠らない人のいる次元、翼のある人のいる次元、不死の人がいる次元、それらは私たちとどこか似通っていて、なつかしく謎めいているのです…。
 『ガリヴァー旅行記』を彷彿とさせる、異世界めぐりの連作短編集です。とはいっても『ガリヴァー』のように現実の価値をひっくり返そうというような、激烈なものではありません。そもそも『私』は、あらゆる次元、異なる文化をすすんで学ぼうとする、寛容な人物です。それが、落ち着いた語り口とあいまって、穏やかな読み心地となっているのです。
 最初の方におさめられた作品は、どれも面白いものの、現実の価値を転倒させたようなものが多いです。例えば『渡りをする人々』『ヘーニャの王族たち』などがそれにあたります。『渡りをする人々』は、文字どおり「渡り」をする人々を描きます。『ヘーニャの王族たち』では、住民のほとんどが王族であり、少数派の平民をもてはやすという、諷刺的な世界が描かれます。
 後半になるにしたがって、ただ変わった世界を描くだけでなく、哲学的、文化的な価値観を示唆させる物語が増えてきます。眠らない人々を語りながら、人間の意識の意義にも迫る『眠らない島』、何世代もかけて巨大な宮殿を作り続けるというボルヘス的な物語『謎の建築物』などは素晴らしい出来ばえ。
 タイトルにあるように、どこか「なつかしさ」を感じさせるこの作品集、読んでいて、個人的に思い出したのが、ロード・ダンセイニの『ヤン川を下る長閑な日々』(中野善夫・中村融・安野玲・吉村満美子訳『夢見る人の物語』河出文庫 収録 )。あれほど夢幻的ではないけれど、雰囲気は共通するものがありますね。ちょっと疲れた時に読みたいような作品集です。

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たらいまわし本のTB企画第38回「何か面白い本ない?」という無謀な問い
tara38.jpg
 本好きの間では有名な(?)「たらいまわし本のTB企画」、略して「たら本」
 第38回になる今回は、「りつこの読書メモ」りつこさんの主催で、テーマは「『何か面白い本ない?』という無謀な問いかけに答える」です。この企画、参加してみたいとは思いつつも、今まで機会がなかったのですが、りつこさんが参加しやすいテーマを挙げてくださったので、初参加してみたいと思います。

普段本を読まないあの人でも、「登場人物の名前がなかなか覚えられなくて…」と言っているあの人でも、「携帯があれば本なんかいらない」と言っているあの人でも、寝食忘れて読んでしまうぐらい面白い本。本の世界から離れたくない、読み終わりたくないと思うくらいの面白い本。あなたにはそんな本がありませんか?

 「面白い本」とはまた、適用範囲が広いんですが、このブログの趣旨は「マイナー」でありますので、メジャーどころを微妙に外したセレクションで、いくつかご紹介したいと思います。


 まずはこれ、ロバート・コーミア『フェイド』(北沢和彦訳 扶桑社ミステリー)。
4594011454フェイド
ロバート・コーミア 北沢 和彦 Robert Cormier
扶桑社 1993-04

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 一族に代々伝わるという「透明になれる能力」を生まれ持った少年。能力ゆえに苦しむ少年の青春を描く、ほろ苦い成長小説です。「透明」を使った作品といえば、クリストファー・プリーストの『魔法』を思い浮かべる人もいるでしょうが、『フェイド』は、プリーストほどトリッキーではなく、手触りとしては、スティーヴン・キングの『デッド・ゾーン』なんかに近い感じです。細やかな心理描写が魅力的な作品ですね。


 さて、最近「面白い本」を書く作家と言えば、クリストファー・プリースト。彼の作品なら『奇術師』『魔法』あるいは『双生児』が真っ先に挙がりそうですが、あえてここでは『ドリーム・マシン』(中村保男訳 創元SF文庫)を挙げたいと思います。
4488655025ドリーム・マシン
クリストファー・プリースト 中村 保男
東京創元社 1979-07

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 数十人の男女の無意識をつないだ機械。その作用により、未来の世界が仮想的に作り上げられます。彼らはそこで生活し、そのデータを回収するために現実世界に連れ戻される予定でした。しかし、一人の男が現実世界に戻るのを拒否しはじめたことから異変が…。
 仮想現実を扱った、簡単に言ってしまうと、映画『マトリックス』みたいな話です。ただ発表年は1977年とちょっと早いですね。プリースト作品に共通する「現実とは何か?」というテーマを扱った意欲作です。


 カレル・チャペックは、日本でもとても人気のある作家です。基本的にどの作品でもいいんですが、個人的にお気に入りなのは、短編集『ひとつのポケットから出た話』(栗栖継訳 晶文社)です。
4794912420ひとつのポケットから出た話 (ベスト版 文学のおくりもの)
カレル チャペック Karel Capek 栗栖 継
晶文社 1997-08

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 ミステリ、ファンタジー、普通小説、とジャンルはさまざまですが、共通するのは登場人物によせる作者の暖かい視線。とにかく登場する人物たちが、どれも非常にチャーミングなのです。


 チャーミングといえば、ジョセフィン・テイ『魔性の馬』(堀田碧訳 小学館)の登場人物もとても魅力的です。
4093564612魔性の馬 (クラシック・クライム・コレクション)
ジョセフィン テイ Josephine Tey 堀田 碧
小学館 2003-03

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 行方不明の跡取りと容姿が似ているのを利用して、財産をだまし取るために資産家の家にもぐりこんだ主人公。しかし孤独に生きてきた彼は、やがて「仮の」家族たちに愛情を感じはじめます…。
 お家乗っ取りをたくらむ悪党物語のはずが、孤独な男の魂を癒すヒューマン・ストーリーに。謎解き・サスペンス・恋愛など、さまざまな要素が詰め込まれ、結末の収束も見事な、まさに物語の「粋」と呼びたいような作品。


 パトリック・クェンティンは、二転三転するサスペンスを得意とした作家ですが『追跡者』(大久保康雄訳 創元推理文庫)は、その娯楽要素を極限まで追求したかのような作品です。
448814702X追跡者
パトリック・クェンティン 大久保 康雄
東京創元社 1962-12

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 遠国へ出稼ぎにでかけていた男が帰宅すると、妻は行方知れず、そしてそこには男の射殺体が。殺人犯は妻なのか?妻を守るため、彼は死体を隠して、彼女の行方を探しに出かけますが…。
 とにかく、めまぐるしい展開が読みどころ。登場人物は、誰が味方で誰が敵なのかまったくわからないので、終始、緊張感が持続します。人間関係のサスペンスだけで、ここまで読ませる作品も珍しいですね。


 最後に、あんまり話題にならなかったけれど、とびきり面白い本を。
 20世紀初頭に活躍した、ドイツの作家ミュノーナの短編集『スフィンクス・ステーキ』(鈴木芳子訳 未知谷)です。
4896421272スフィンクス・ステーキ―ミュノーナ短篇集
ミュノーナ Mynona 鈴木 芳子
未知谷 2005-04

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 いわゆる「異色短篇」に似た味の短篇が集められていますが、とぼけたユーモアやナンセンスは、ミュノーナ独自のもの。
 人間の体の毛の生え方をオルゴールの筒に移植して、その人間固有の音楽を奏でるという話『性格音楽-毛のお話』。スフィンクスを食べてしまうという、タイトル通りのお話『スフィンクス・ステーキ』。まったく同じ名前、同じ行動をとる40人の集団を描く奇談『謎の一団』。砂漠に現れた巨大な卵をめぐるナンセンス・ストーリー『不思議な卵』など。突飛なイメージが印象に残るような作品が多いです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

夢の中の夢  チャールズ・クライトンほか監督『夢の中の恐怖』
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夢の中の恐怖
マイケル・レッドグレーブ バジル・ラドフォード チャールズ・クライトン
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 オムニバス・ホラーと呼ばれるジャンルの映像作品があります。怪奇・ホラー味のある短篇を枠物語でつなぐ、というタイプの作品ですが、このジャンルの元祖ともいうべき作品がこれ。チャールズ・クライトンほか監督『夢の中の恐怖』(1945 イギリス)です。
 公開年が1945年なので、当然モノクロですし、映像表現的にはかなり稚拙な部分も見えるのですが、今見ても面白い部分が少なくありません。全5話のうち、2話分が原作ものですが、これが、H・G・ウェルズとE・F・ベンスンによるものなのが驚きです。
 さて、枠となる物語は、家の修理を依頼された建築家クレイグが、ある屋敷に赴くところから始まります。家の主から、中に案内されたクレイグは、数人の男女が居間に集まっているのを見て、呆然とします。なぜなら、彼らの顔はみな、主を含め、クレイグが何度も見る悪夢に登場していた人物と同じだったからです。そのことを口にすると、皆は、おのおの体験したという、不思議な話を始めます…。

 第1話 事故で九死に一生を得たレーサーは、病院である夜、不思議な夢を見ます。それは霊柩車に乗った御者に招かれる、というものでした。やがて退院した彼は、ある日バスに乗ろうとしますが、その運転手は夢で見た御者とそっくりでした…。
 いわゆる予知夢を扱った作品。非常にオーソドックスな話です。原作はE・F・ベンスン『霊柩馬車』『塔の中の部屋』アトリエサード 収録)です。

 第2話 クリスマス・パーティの夜、かくれんぼを始めた子供たち。主人公の少女は、ボーイフレンドとともに屋根裏の部屋に隠れますが、そこで少年は少女を怖がらせようと、数十年前に、その家で起こったという殺人事件の話を始めます。狂った少女が殺人を犯し、自殺したというのです。しかもこの家には幽霊が出ると。笑ってとりあわない少女は、ふと別の小部屋への入り口を見つけ、入り込みます。そこには幼い少年が泣いていました…。
 「あとになって」わかるというタイプのゴースト・ストーリー。「幽霊」とは誰の幽霊なのかがわからないままにストーリーが進むのは、なかなか技巧的。

 第3話 結婚を間近に控えたカップル。女は、骨董屋で買った鏡を男にプレゼントします。男は、鏡の中に、まったく別の部屋が映っているのに気がつきます。古風なベッドに暖炉、明らかに古い時代の部屋が映るのです。しかし女には何も見えません。ノイローゼだと言う男を心配した女は、骨董屋に鏡の来歴を聞いて驚きます。その鏡の持ち主だった男は、嫉妬のために妻を殺したのだというのです。やがて男は性格が変わったように嫉妬深くなりますが…。
 「呪われた鏡」の物語。男には見える光景が、他の人間には見えない、というところがミソ。男の妄想である可能性も否定していません。ただ結末では、憑き物が落ちたようになってしまうので、その解釈はとりにくいのですが。

 第4話 ゴルフに熱中する二人の男。同じ女性を取り合うことになった二人は、ゴルフで勝負を決めることになります。負けた男は自殺してしまいます。やがて結婚を控えたある日、新郎の男の前に、死んだはずの男が現れ、ことあるごとに邪魔をします。花嫁を諦めれば、この世に出現するのはやめると言う幽霊に対して、男は承諾します。ところが幽霊は、消え方を忘れてしまった、と言うのです…。
 「消え方」を忘れてしまった「未熟」な幽霊が、終始、恋敵にちょっかいをかけまくるという、ユーモア・ゴースト・ストーリー。今見ると、特殊効果が貧弱なのはご愛嬌ですね。原作はH・G・ウェルズ『不案内な幽霊』(南條竹則訳『イギリス恐怖小説傑作選』ちくま文庫 収録)です。

 第5話 評判をとる腹話術師フレル。彼の相棒である人形ヒューゴは、まるで自分の意志を持っているかのように話すのです。舞台を見ていた同業者キーは、人形を通して楽屋に誘われ、部屋を訪れます。しかしフレルは、無愛想な態度であしらったかと思うと、キーを追い出します。別のホテルでフレルに再会したキーは、喧嘩にまきこまれたフレルを介抱し、部屋に寝かせます。しかし、その夜中にキーの部屋に飛び込んできたフレルは、自分の人形を盗んだのではないかと、因縁をつけます…。
 人形の「意志」を制御できず、自分を失ってゆく腹話術師を描いたサイコ・スリラー。人形はフレルの別人格なのか、それとも超自然的な存在なのかを明示せず、ぼかしているのが非常に効果的。主人公を演じているマイケル・レッドグレーヴの演技が素晴らしく、今見てもかなり怖い一編。

 第5話を除くと、正直、他の4話は、非常にオーソドックス。現在見ると、ちょっと退屈してしまう作品もあるかと思います。
 ただ特筆したいのは、枠物語の構成の見事さです。クレイグは、集まった人々を見て、夢の通りだと話しますが、やがて彼は、このまま話し続けると、恐ろしい事が起こるという予感に囚われます。しかし、彼は悪夢で終わるはずの、この夢の詳細をなかなか思い出せないのです。
 集まった男女がそれぞれの話を語るわけですが、客たちが、基本的には超自然現象を肯定する立場なのに対して、客の一人である精神科医は、それらの現象を否定して、合理的な解釈を示します。やがてクレイグと精神科医、二人だけが居間に残った後に起きた、恐るべき出来事とは…?
 エピソード自体の出来はそれほどではないものの、エピソードをはめ込んでいる、枠物語の完成度が半端ではありません。それを見るためだけでも、一見の価値のある作品です。

テーマ:ホラー - ジャンル:映画



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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