〈KAWADE MYSTERY〉シリーズの最新刊、『ダイアルAを回せ』(駒月雅子他訳 河出書房新社)は、ジャック・リッチーの三冊目の邦訳短編集。さすがに三冊目となると、筋が読めてくる作品もあるのですが、質の高さは相変わらずです。以下、面白かった作品からご紹介します。
『政治の道は殺人へ』 殺し屋の「わたし」は、女丈夫ハーマイオニーから依頼を受けます。夫をゆすっている男を始末してほしいというのです。議員に立候補している夫は、過去に泥棒をしていたことを知られていました。一方、夫のフレデリックからも、ハーマイオニーを始末してほしいという依頼を受けた「わたし」は、まずゆすり屋の男に会いに行きます。しかし、そこにいたのは、本人ならぬ、ゆすり屋の未亡人でした…。 次々と依頼を受け、冷静に胸算用をする、殺し屋の節操のなさがおかしさを誘います。大儲けできるはずだった殺し屋の誤算とは?「夫と妻の殺人」テーマのヴァリエーション作品です。
『いまから十分間』 ある日突然、中身のわからない箱を抱えて市庁舎に現れた男。彼は、十分以内に市長に会いたいと主張します。箱の中から聞こえる異様な音に、中身が爆発物ではないかと疑った警官は、彼を取り押さえます。しかし、箱の中身はただの目覚まし時計。その男ベリントンは、繰り返し、爆発物を装った箱を持って現れ、警察と市長を挑発します。もしやベリントンは、庁舎の警備体制を確認しているのではないか? そしてとうとう、本物の爆発物と思われる箱を抱えて、ベリントンが現れます…。 何度も箱を使って挑発を続ける男の真意とは…? ドタバタ風なクライマックスと唖然とする結末。ふてぶてしさとユーモアが同居する、リッチーの面目躍如たる作品です。
『動かぬ証拠』 突如、書斎で見知らぬ男に拳銃をつきつけられた「わたし」。男は、浪費家の若い妻から、殺しを依頼されたというのです。金で買収しようとしても、男は受け付けません。しかし、なぜか「わたし」は、冷静に話を続けます…。 「わたし」がとった思いもかけぬ行動とは…? 張りつめた雰囲気の中で、「わたし」が駆使する心理的な駆け引きが見物です。
『殺人はいかが?』 「あなたの悩みには究極の解決策があります」。配偶者の殺しを示唆する広告を載せたいと、新聞社にあらわれた男。パーカーソンと名乗る男は、これは、心理学の実験であると説明します。警察の了承を受け、広告を載せることに成功したパーカーソンは、タイプで打たれた手紙を受け取ります。実際に会うことになった男は、自分は殺し屋だと名乗り、パーカーソンに協力を迫りますが…。 実験のつもりだった広告が、大事に発展していく過程が読みどころ。殺し屋との会話の中で、パーカーソンに芽生えた疑惑とは…? ひねりの利いたクライム・ストーリー。
『三階のクローゼット』 家政婦の急死により、その家は捜索を受けていました。一家の主人はここ数年目撃されておらず、使用人は、死んだ家政婦たった一人。警官が三階のクローゼットで見つけたものは、監禁されていた一家の主人でした…。 恐るべき家政婦に監禁された男の話、のはずが、思わぬ方向にストーリーが進んでいきます。男が話すことは本当に事実なのだろうか? 人間性の不思議さに着目した、異色の作品です。 『カーデュラと昨日消えた男』 相棒の死体を探してほしい。カーデュラのもとに現れた泥棒の男は、奇妙な事件の顛末を語ります。アパートに忍び込み、物色している最中に、突然相棒はドアにロックをかけ、捕まってしまったというのです。そして聞こえたのは、うめき声と、ごつんという鈍い音。とりあえず逃げ出した男は、翌日の新聞に事件が載っていないのを見て不審に思います。相棒は殺されてしまったのではないか? カーデュラは真相を探るために調査を開始しますが…。 カーデュラものの一編。単なる物取りの話が、なかなか複雑なストーリーに。結末も印象的です。
『未決陪審』 ある裁判の陪審員が三名も殺されます。復讐のためだろう、と早合点するターンバックル部長刑事に対し、殺されたのは、被告を無罪にした方の陪審員だ、とラルフは語ります。その裁判では、明らかな有罪にもかかわらず、被告は無罪になっていました。しかも殺人が起こった時点で、被告は死亡しているのです…。 つぎつぎと迷推理を繰り広げる、ターンバックル部長刑事ものの作品。矢継ぎ早に繰り出されるターンバックルの推理がことごとく引っくり返されていくのが実に楽しい一編です。
『二十三個の茶色の紙袋』 殺された被害者の後部座席から発見された、二十三個の茶色の紙袋。中には、べつべつの二十三件で購入した石鹸とレシートが入っていました。被害者はなぜこんな回りくどい行為をしたのか? 殺された理由に何か関係があるのだろうか? ターンバックル部長刑事は斬新な推理を繰り広げますが…。 エラリイ・クイーンばりの、奇妙な状況設定に小躍りするターンバックルの推理が楽しい作品です。ターンバックルのロマンスを示唆する結末も微笑ましい一編。
『グリッグスビー文書』 市長の息子を逮捕したために、閑職に追いやられてしまったバックル部長刑事。古い事件の資料を見ていたバックルは、ある事件に興味を惹かれます。その事件、サミュエル・ニコルスン殺人事件は、なんと1863年に起こったものでした。バックルは、過去の資料を探し出し、事件の真相に迫ります…。 ターンバックル部長刑事ものの原型である、バックル部長刑事の登場する作品。過去の事件を資料だけで推理してゆくという、歴史推理ものです。ターンバックルものに見られるようなドタバタはあまりなく、あくまでストレートな本格推理となっています。作中作である、過去パートの話もそれだけで、充分興味深いストーリーになっています。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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