彼らがやってくる  ロバート・ウェストール『かかし』
4198616388かかし
ロバート ウェストール Robert Westall 金原 瑞人
徳間書店 2003-01

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 ロバート・ウェストール『かかし』(金原瑞人訳 徳間書店 )は、いちおう児童文学の範疇に入る作品なのですが、その筆力、迫力はただごとでありません。
 戦争で父を失った少年、サイモンは、母親と妹の家族と暮らしていました。サイモンには、怒りにかられると、ときどき自分でもわけがわからなくなる状態になってしまうことがありました。それをサイモンは「悪魔」と呼んでいます。そんなある日、母親が、ジョーという中年の男を連れてきます。画家であるジョーは、サイモンの母親と再婚して、いっしょに暮らすというのです。亡き父を崇拝しているサイモンは、ジョーと、そして母親にも憎悪を抱きます。
 新しく棲むことになった家のそばには、過去に凄惨な殺人事件が起こった水車小屋がありました。そんなある日、家の外の畑に、妙な「かかし」があらわれます。サイモンの憎悪がふくらむにしたがって、かかしたちは家に近づいてきます。彼らが家にたどり着いたとき、いったい何が起こるのでしょうか…?
 再婚した母に対する愛情と憎悪、亡き父に対する崇拝の念。思春期の少年の逡巡を描いた作品なのですが、そこに恐怖小説的な要素をからめているのが特徴です。なんといっても、超自然的な香りのする「かかし」の存在感が圧倒的です。おそらく、主人公の少年の心理を象徴するための、寓意的な存在なのでしょうが、下手をすれば、お笑いにもなりかねないこの素材を、作者は迫力のある恐怖小説に仕上げています。
 そして「かかし」以上に読者に強い印象を与えるのは、主人公サイモンが追いつめられていく心理のサスペンス。思春期の少年の孤独感の描写が素晴らしく、それだけでも充分に読みでがあります。そして、追いつめられる主人公と、近付いてくる「かかし」、この両者がじつに上手く相乗効果をもたらしているのです。
 子供に読ませたら確実にトラウマになるであろう作品です。大人の鑑賞にも耐える、というか、むしろ大人が読むべき作品でしょう。

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7月の気になる新刊と6月の新刊補遺
6月下旬刊 バルザック幻想・怪奇小説選集3『呪われた子他』(水声社 3675円)
7月上旬刊 ロバート・E・ハワード『黒河を越えて』〈新訂版コナン全集4〉(創元推理文庫 予価924円)
7月10日刊 東雅夫編『文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会』(ちくま文庫 予価924円)
7月10日刊 マークース・ズーサック『本泥棒』(早川書房 予価2310円)
7月12日刊 ギャヴィン・プレイター=ピニー『雲の楽しみ方』(河出書房新社 予価2520円)
7月20日刊 P・G・ウッドハウス選集3『マリナー氏の冒険譚』(文藝春秋 予価2700円)
7月20日刊 ロバート・シェイ&ロバート・アントン・ウィルソン『リヴァイアサンの来襲』〈イルミナティ3〉(集英社文庫)
7月25日刊 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『輝くもの天より墜ち』(早川文庫SF 予価987円)
7月25日刊 東雅夫『百物語の怪談史』(角川ソフィア文庫 予価860円)
7月予定 イーディス・ウォートン『幽霊物語の旅』(作品社 予価2520円)


 バルザック幻想・怪奇小説選集シリーズは、もう何巻か刊行されていますが、今回の巻は短編集。収録作品では、カストラートを扱っていることで有名な『サラジーヌ』が気になります。
 マークース・ズーサック『本泥棒』は、作者名も馴染みがありませんが、「数奇な運命を辿る「本泥棒」の一生を、「死神」がナレーターとなって読者に語りかける異色の物語文学」だそうで、本好きには気になる作品。
 『マリナー氏の冒険譚』は、前巻より随分間があきましたが、文藝春秋のウッドハウス選集の続刊です。個人的にはウッドハウス作品のシリーズ中では、いちばん好きなマリナー氏ものです。
 ギャヴィン・プレイター=ピニー『雲の楽しみ方』は、「世界初の雲のガイドブック」。ちょっと洒落た本のようです。
 イーディス・ウォートン『幽霊物語の旅』は、ウォートンのゴーストストーリーを集めた短編集。怪奇小説好きには見逃せない本ですね。
 

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大脱出!  マイケル・ギルバート『捕虜収容所の死』
4488238025捕虜収容所の死
マイケル ギルバート Michael Gilbert 石田 善彦
東京創元社 2003-05

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 マイケル・ギルバート『捕虜収容所の死』(石田善彦訳 創元推理文庫)は、本格推理小説に冒険小説的な要素を融合させたユニークな作品です。
 第二次大戦末期、イタリアの第127捕虜収容所では、400人に及ぶ英国人捕虜たちが収容されていました。彼らは、脱走委員会を結成し、脱出のための大掛かりなトンネルを掘り進めていました。その入り口には、4人がかりでしか動かせないトラップドアを使用しており、その大胆さのためにイタリア軍の発見を免れていたのです。
 ところがある日、トンネル内で、ギリシャ人捕虜クトゥレス中尉の死体が発見されます。クトゥレスは、スパイの噂のあった人物であり、英国人たちからは嫌われていました。殺人容疑を受けたバイフォールド大尉は、逮捕されて処刑を宣告されてしまいます。誰がクトゥレスを殺し、トンネル内に放置したのだろうか? ヘンリー・ゴイルズ大尉は、脱走委員会からその謎を探るように命令を受けます。
 おりしも、連合国の侵攻が収容所の間際にまで迫っています。もし、イタリア側が捕虜たちをドイツ軍に引き渡したら、解放の可能性はなくなるのです。彼らはトンネルを守りながら、犯人を見つけることができるのでしょうか…?
 いろいろな要素の入り交じった小説ですが、まず、本格推理的な面を見てみます。中心となる謎は、4人がかりでしか動かせないドアを開けて、どうやってトンネルに入ったのか?、というものですが、この謎解きは正直あっけないものです。他の謎の部分も、総じて大したものではありませんが、ひとつ感心したのは、新たに捕虜となった英国人が、すぐに移送されてしまうことに対する解釈でしょうか。スパイとして送り込んだものの、ばれそうになったので移送した、という解釈が最初に示されるのですが、実は…、というものです。あと、最後の謎ときも、一応納得できるぐらいの説得力はあるのですが、やはりこの作品の妙味は、冒険小説的な部分の方にこそあるように思います。
 ゴイルズが捜査をすすめていく途中で、話を聞こうとしていたイタリア人将校が殺されたり、脱走しようとした仲間が射殺されたりします。スパイの存在を確信したゴイルズは、それを探そうとするのです。クトゥレス殺害も、イタリア側の仕業か、もしくはその行為を知っていた可能性がある。とすれば、イタリア側が脱出トンネルの存在を知っている可能性が高くなってくる…。このあたりのサスペンスはかなりのものです。
 問題は、結末の処理の仕方でしょうか。最後の最後で、かなりご都合主義な展開になってしまうのです。どうやって敵の裏をかくのか、と楽しみにしていた読者は失望してしまう点もあるかと思います。これが純粋な冒険小説だったら、この時点で失敗作の烙印を押されたかもしれません。
 さらに気になったのは、冒険小説のクライマックスと本格推理のクライマックスがずれているところ。収容所から脱出したずいぶん後に、犯人がわかるのです。この時点で、脱出は成功してしまっているので、犯人探しはもうどうでもよくなってしまっているのが正直なところ。しかも、登場人物が、やたらと多いため、犯人を明かされても、こいつがそうだったのか!という驚きがあまりありません。もっと登場人物を絞って、人物描写を細かくしておけば、犯人明かしのときにもう少し驚きが味わえたのではないでしょうか。
 冒険小説と本格推理の融合、といっても、どちらの要素もわりと中途半端になってしまっている印象は否めません。むしろ様々なジャンルの要素を含んだ一般小説として楽しむのが、いちばんなのかもしれません。

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責任の在り処  パトリシア・カーロン『沈黙の代償』
4594030769沈黙の代償
パトリシア カーロン Patricia Carlon 池田 真紀子
扶桑社 2001-02

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 自分のとった行動が、間接的に犯罪を助長してしまう…。こんなとき、その責任は自分にあるのだろうか…? パトリシア・カーロン『沈黙の代償』(池田真紀子訳 扶桑社ミステリー)は、そんな疑問を抱かせるサスペンス小説です。
 ある夜、富豪のジョージ・ウィントンのもとに、新聞記者を名乗るエヴァン・カイリーから電話がかかってきます。内容は、カイリーの息子が誘拐されたというもの。カイリーは、ウィントンにも責任がある、というのです。以前に同じく、娘を誘拐されたウィントンが、警察に対して何も言わなかったという過去があったのです。しかもベビーシッターの女性も殺されたと言います。罪悪感にとらわれたウィントンは、カイリーに協力しようとしますが…。
 一代で財を成した、気の良いウィントンに対して、押し付けがましく、強烈な個性を持ったカイリーの人物像が対照的です。前半は、あくまで誘拐された子どもの救出が中心となり、カイリーのいうままにウィントンはその行為を手伝うことになります。
 しかし中盤にいたって、話は急展開を迎えます。ひょんなことから、ウィントンは殺人の容疑をかけられてしまうのです。しかし、事実を話せば、カイリーの妻が刑務所行きとなってしまう、という二進も三進もいかない状態に。
 なかなかひねったサスペンスです。真相がわりと推理しやすそうな感じだな、と思うと、意外な展開に感心します。伏線もかなり上手くはられています。なにより、丁寧に描写された登場人物たちのキャラクターやその関係が、ミスディレクションとしてうまく機能しているところが巧妙です。
 いわゆる「巻き込まれ型サスペンス」であり、主人公も一般人なので、感情移入がしやすいのも長所でしょう。ただ、クライマックスでも、大立ち回りがあるわけではないので、そのあたり、いまいち物足りなく感じられる部分もあります。

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ねじれた関係  ドロシイ・セイヤーズ『箱の中の書類』
4150017131箱の中の書類
ドロシイ セイヤーズ Dorothy L. Sayers 松下 祥子
早川書房 2002-03

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 ドロシイ・セイヤーズのミステリ小説は「ミステリ」の部分よりも「小説」の部分にこそ、長所が現れているタイプの作品ですが、『箱の中の書類』(松下祥子訳 ハヤカワ・ミステリ)もまたそんな「物語性」を味わうべき作品。
 アマチュアの植物学者である頑固な初老の夫、虚栄心の強い若く美しい夫人。この夫婦の住む家のとなりに、詩人と画家の若者が下宿人として越してきます。画家と夫人は、不倫の仲になり、とうとう夫が毒キノコで中毒死してしまいます。はたして自殺なのか、他殺なのか?
 つりあわない夫婦に、魅力的な青年の三角関係という、ありふれた設定ながら、キャラクターの魅力で読ませる作品となっています。とくに詩人のキャラクターは魅力的です。画家には友情というか責任感を感じ、保護者的な態度をとっています。また、夫に大しては、学者として、人間として魅力を感じているのです。そして画家と婦人との不倫に気付いても、画家を諭し、あくまで穏便に事をおさめようとします。
 夫が死に、当然殺人の疑惑がおこるのですが、ここにおいて海外にいた息子が登場し、捜査を始めます。その息子が捜査にあたって参照した書簡を集めた「箱の中の書類」が、この作品であるという設定となっています。それぞれの書簡は、個々の人物の主観で書かれているので、当然、ある事態、ある人物に対しても、独自の見方が現れているところが興味深いです。とくに精神分析をうけているオールドミスの家政婦の存在がユニークです。深夜、画家が婦人のところに忍んできたところを、詩人であると勘違いし、あまつさえ誘惑しようとするのですが、それをはねのけると、襲われそうになったとわめきたてるのです。この家政婦の存在が、本来わかりやすい三角関係を、少しねじれたものに見せているのは非常に上手いところ。
 殺人のトリックは、かなり専門的な知識を必要とするものなので、一般人にはわかりにくいのが難点です。しかし、物語自体の出来は秀逸です。登場人物たちの繰り広げるドラマを追っていれば、結末まで退屈せずに読むことができるでしょう。

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神々の大戦  ロジャー・ゼラズニイ『光の王』
4150115125光の王 (ハヤカワ文庫SF)
ロジャー ゼラズニイ Roger Zelazny
早川書房 2005-04-21

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 ロジャー・ゼラズニイの描くSF作品は、どれもスタイリッシュかつ色鮮やか。『光の王』(深町真理子訳 ハヤカワ文庫SF)は、そんなゼラズニイの長所が最大限に出た作品です。
 はるか未来、人類は他惑星に植民し、原始的な社会を形成していました。故郷から持ってきた科学技術は、「第一世代」と呼ばれる技術者たちが独占し、その技術を極限まで高めた彼らは、不死の命を得て「神」にも等しい存在となります。しかし、第一世代の一員でありながら、民衆にも恩恵を分け与えようとする主人公サムは、たったひとり、神々に戦いを挑みます…。
 インド神話を、SF的枠組みで再現した作品です。登場人物も「シヴァ」であるとか「ブラフマン」「アグニ」など、インド神話の神々の名前を持つキャラクターが多く登場します。
 いちおう「神々」の能力は、科学技術によって達成されたという設定がなされているものの、その能力の実態は、かなりぶっとんでいます。にらんだだけで人を殺すとか、転生を繰り返しても消えない能力とか、空気中に分解されても再生できる技術とか、もう科学技術というよりは魔法に近い感じです。そういう意味で、SFの衣をまとってはいるものの、実質はファンタジーです。ただ、ゼラズニイの文体、描写力がもの凄いので、そんな細かい部分は気になりません。物語の流れに乗ってしまえば、あとは華麗な絵巻を眺めているかのような錯覚を覚えるほど。
 何より、ケタ外れの力をもつ神々の戦いのシーンが素晴らしいです。「シヴァ」の持つ三叉槍とか、「アグニ」の持つ杖とか、ほとんど超自然的といってもいい武器が登場するのも愉しいところ。惑星にもともと住み着いていたという、これはもう完全に超自然的な存在の「羅刹」とか、後半になるともう何でもありです。
 後半で「ブラフマン」が死んでいるのが発見されて、代わりに「カーリー」が「ブラフマン」になったりするのも、またすごいところです。神はほとんど役職みたいなもので、中身さえ入っていれば、誰が代りになってもいいようになっているのです。実際「カーリー」は女性なのですが、「ブラフマン」の肉体は男性なのです。
 はっきりって、作品中にはさまれる、哲学論議というか、宗教じみたパートはつまらないのですが、物語自体は、本当に壮大なスケールで豪華絢爛です。とにかく、読んでいて非常に「格好がいい」のです。
 基本はファンタジーながら、ところどころで「センス・オブ・ワンダー」も味わえる傑作です。

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こころの模型  エドワード・ケアリー『アルヴァとイルヴァ』
4163234705アルヴァとイルヴァ
エドワード・ケアリー 古屋 美登里
文藝春秋 2004-11-20

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 エドワード・ケアリーの描く作品には、エキセントリックな性格を持つ人物がよく登場します。その奇矯さとは裏腹に、彼らの心は弱く脆いのです。『アルヴァとイルヴァ』(古屋美登里訳 文藝春秋)も、そんな繊細な人間たちを描いた物語です。
 ヨーロッパのどことも知れぬ街、エントラーラ。この町に生まれた双子の姉妹、アルヴァとイルヴァは、幼い頃から常に一緒に行動していましたが、長ずるに従って、二人は少しずつ離れていきます。積極的で好奇心旺盛な姉アルヴァは、妹との違いを作るために、額に傷をつけ、全身に世界地図の刺青を彫ります。対して、イルヴァは外の世界を恐れ、家に引きこもってしまいます。イルヴァと和解したアルヴァは、イルヴァを外界に引き出すためにエントラーラの町をプラスチック粘土で作るのを手伝い始めます。しかし、模型が完成間近のある日、エントラーラの町を大地震が襲います…。
 おしゃべりな仕立屋、外国の切手を手に入れるために手紙を盗む父親、マッチ棒で模型を作る祖父、いくつものTシャツコレクションを持つトラック運転手など、ケアリー独特のエキセントリックな登場人物たちが織りなす物語。そして主人公のアルヴァとイルヴァもまた、風変わりなキャラクターでありながら、異様なリアリティを持っています。
 外交的で、外の世界に飛び出すアルヴァ。姉との別離に傷付き、引きこもってしまうイルヴァ。正反対の性格を持つ二人は、また互いの存在なしでは生きられないのです。
 表面的なグロテスクさにとらわれずに読むと、繊細な神経を持つ登場人物たちの心の動きが見えてきます。前作『望楼館追想』(古屋美登里訳 文春文庫)では、心を閉ざした主人公は世界を受け入れますが、それは個人的なレベルにとどまっていました。それに対して、本作では、イルヴァが外界に対しての恐れをなくすために作るエントラーラの模型によって、個人的レベルの救済がまた町の人々の救済にもなっています。
 すなわち、イルヴァを救う試みが、世界を救う試みとも捉えることができるのです。その意味で、前作よりも外に対して開かれたという印象が強いのですが、結末としては、結局、アルヴァとイルヴァは救済を得たのかどうかは明白ではありません。最終的には、双子の姉妹は認められますが、これをハッピーエンドととらえてもいいのかどうかは、読む人次第でしょう。
 幻想的でありながら、血の出るような現実感をも備えた物語。不安におびえるすべての人に贈る、壮大な癒しの物語です。

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大人は判ってくれない  サイモン・クラーク『地獄の世紀』
4594046517地獄の世紀(上)
サイモン・クラーク 夏来 健次
扶桑社 2004-05-28

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4594046525地獄の世紀(下)
サイモン・クラーク
扶桑社 2004-05-28

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 イギリス作家、サイモン・クラークの『地獄の世紀』(夏来健次訳 扶桑社ミステリー)は、英国のいわゆる〈破滅もの〉小説の伝統に連なる作品です。
 ある日、大人たちが、突然子どもたちを襲い始めます。正常なのは19歳未満の子どもだけ。それ以上の年齢の人間は一人の例外もなく、殺戮を開始します。主人公ニック・エイテンは、弟のジョンが殺害されているのを発見し、車で逃走します。途中で出会ったサラとその姉妹を連れたニックは、子どもだけで作られたコミュニティーに参加しますが、やがて武器を手に入れた、傍若無人な連中にコミュニティーは支配されてしまいます。そしてニックを殺そうと追いかける両親。ニックは生き延びる事ができるのでしょうか…?
 基本的には「ゾンビ」小説です。この場合、怪物となるのは大人ですが、かすかながらも知性が残っており、群れをなしたりもします。子供たちは、徒党を組み、大人たちから生き延びようとするわけですが、仲間内でも争いが起こってしまうのです。
 大人が子供を殺す、という設定からして、かなり残虐な内容を想像してしまいますが、これが意外にしっかりとした成長小説になっているのには感心します。一部の殺戮シーンなどに残虐な描写はあるものの、少年が様々な困難を経て成長するという、伝統的な成長小説の形をとっています。
 ただ、非常に読みやすい作品なのですが、読後感も軽すぎる、というかどうも深みが足りない感じです。主人公ニックの好きになりかけた女の子が殺されたり、愛する両親が自分を殺そうとする、など、かなり読みどころも用意されていますが、総じて書込みが足りません。登場人物もみな印象が薄いのですが、主人公のライバル的存在、タグ・ステッターはいい味を出しています。最初は、自分勝手で、嫉妬深く、嫌がらせばかりする、いいところ一つもなしの人間なのですが、最後になって、主人公と意気投合するのです。
 そして、物語後半、神がかった少女バーナデットと出会ったニックは、この現象の意味を悟り、神の存在を確信するのです。その後は、滅亡寸前の世界の救世主が現れる、というような宗教がかった方向に向かっていってしまいます。前半がかなり暗かった分、後半はやたらと明るくなってしまうのはどうかと思いますが、読後感はよいです。
 ひとつ気になるのは、ニックの両親がずっとニックを追いかけてくる合理的な理由に触れられないところ。母親がときどき正気にもどる、という設定はなかなか効果的だったのですが。
 題材の割に軽い読後感、後半の宗教がかった展開が気にならなければ、物語としてはそれなりに読ませる佳作です。印象としては、出来のよいジュヴナイル、といった感じの作品でしょうか。
 ちなみに、この作者、ジョン・ウインダム『トリフィドの日』の続編も書いているそうで、そちらの方も気になりますね。

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走って逃げろ!  ウィリアム・ゴールドマン『マラソン・マン』
4150410852マラソン・マン (ハヤカワ文庫 NV (1085))
ウィリアム・ゴールドマン 沢川 進
早川書房 2005-06-09

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 基本的に、ただ走って逃げるだけの物語が、これほどサスペンスを生み出すとは! ウィリアム・ゴールドマン『マラソン・マン』は、期待をいい意味で裏切ってくれる、傑作サスペンス小説です。
 偉大なマラソン・ランナーに憧れる、歴史学生リーヴィは、アカ狩りの犠牲となった父の無罪を証明しようと勉学に励んでいました。しかしある日、ただ一人の肉親である、兄のドックが何者かに殺されたことから、いわれなく命を狙われるようになります。ドックは政府のエージェント、いわゆる「殺し屋」であり、仕事でナチの残党のダイヤモンドの運び屋をしていたことが明らかになります。ナチの残党はリーヴィが、ドックから何かの情報を託されていると疑っており、そのためにリーヴィを捕らえようとします。リーヴィは彼らから逃げ切れるのでしょうか?
 カットバック形式で、リーヴィのパートと、殺し屋シラのパートが交互に描かれるのですが、最初はシラの正体は明かされません。お人好しで不器用なリーヴィと、殺し屋でありながらロマンチストであるシラと、それぞれの人物造形は素晴らしい出来栄えになっています。
 リーヴィは、武術の心得があるわけでもない、ただマラソンが好きな一般人です。組織に狙われても、彼にできるのは、走って逃げる事だけ。その意味で、素人が事件に巻き込まれる「巻き込まれ型サスペンス」に分類できる作品でしょう。
 この作品の素晴らしいところは、素人が自分に出来る限りの手段で(この場合マラソンですが)、敵に反撃をする、というところにあります。B級ハリウッド映画のように、素人のはずなのに、いきなりアクションし始める、というご都合主義はありません。
 基本的に反撃手段がマラソンなので、あまり派手な展開はないと思ってしまいがちですが、そこは才人の作者、全く飽きさせません。
 味方だと思っていた人物が敵だったりと、中だるみしそうになったころ、要所要所で繰り出されるドンデン返しも、サスペンスを上手く持続させています。まさに「手練れ」というべき、サスペンスの一級品です。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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