マイケル・ギルバート『捕虜収容所の死』(石田善彦訳 創元推理文庫)は、本格推理小説に冒険小説的な要素を融合させたユニークな作品です。 第二次大戦末期、イタリアの第127捕虜収容所では、400人に及ぶ英国人捕虜たちが収容されていました。彼らは、脱走委員会を結成し、脱出のための大掛かりなトンネルを掘り進めていました。その入り口には、4人がかりでしか動かせないトラップドアを使用しており、その大胆さのためにイタリア軍の発見を免れていたのです。 ところがある日、トンネル内で、ギリシャ人捕虜クトゥレス中尉の死体が発見されます。クトゥレスは、スパイの噂のあった人物であり、英国人たちからは嫌われていました。殺人容疑を受けたバイフォールド大尉は、逮捕されて処刑を宣告されてしまいます。誰がクトゥレスを殺し、トンネル内に放置したのだろうか? ヘンリー・ゴイルズ大尉は、脱走委員会からその謎を探るように命令を受けます。 おりしも、連合国の侵攻が収容所の間際にまで迫っています。もし、イタリア側が捕虜たちをドイツ軍に引き渡したら、解放の可能性はなくなるのです。彼らはトンネルを守りながら、犯人を見つけることができるのでしょうか…? いろいろな要素の入り交じった小説ですが、まず、本格推理的な面を見てみます。中心となる謎は、4人がかりでしか動かせないドアを開けて、どうやってトンネルに入ったのか?、というものですが、この謎解きは正直あっけないものです。他の謎の部分も、総じて大したものではありませんが、ひとつ感心したのは、新たに捕虜となった英国人が、すぐに移送されてしまうことに対する解釈でしょうか。スパイとして送り込んだものの、ばれそうになったので移送した、という解釈が最初に示されるのですが、実は…、というものです。あと、最後の謎ときも、一応納得できるぐらいの説得力はあるのですが、やはりこの作品の妙味は、冒険小説的な部分の方にこそあるように思います。 ゴイルズが捜査をすすめていく途中で、話を聞こうとしていたイタリア人将校が殺されたり、脱走しようとした仲間が射殺されたりします。スパイの存在を確信したゴイルズは、それを探そうとするのです。クトゥレス殺害も、イタリア側の仕業か、もしくはその行為を知っていた可能性がある。とすれば、イタリア側が脱出トンネルの存在を知っている可能性が高くなってくる…。このあたりのサスペンスはかなりのものです。 問題は、結末の処理の仕方でしょうか。最後の最後で、かなりご都合主義な展開になってしまうのです。どうやって敵の裏をかくのか、と楽しみにしていた読者は失望してしまう点もあるかと思います。これが純粋な冒険小説だったら、この時点で失敗作の烙印を押されたかもしれません。 さらに気になったのは、冒険小説のクライマックスと本格推理のクライマックスがずれているところ。収容所から脱出したずいぶん後に、犯人がわかるのです。この時点で、脱出は成功してしまっているので、犯人探しはもうどうでもよくなってしまっているのが正直なところ。しかも、登場人物が、やたらと多いため、犯人を明かされても、こいつがそうだったのか!という驚きがあまりありません。もっと登場人物を絞って、人物描写を細かくしておけば、犯人明かしのときにもう少し驚きが味わえたのではないでしょうか。 冒険小説と本格推理の融合、といっても、どちらの要素もわりと中途半端になってしまっている印象は否めません。むしろ様々なジャンルの要素を含んだ一般小説として楽しむのが、いちばんなのかもしれません。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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