愛すべきナンセンス  ダニイル・ハルムス『ハルムスの小さな船』
4860951980ハルムスの小さな船
ダニイル ハルムス 西岡 千晶
長崎出版 2007-04

by G-Tools

 今世紀初頭に活躍したロシア・アヴァンギャルドの詩人、ダニイル・ハルムス。その前衛的な作風は、当時の政府に弾圧され、獄死したといいます。その短い数奇な生涯に劣らず、彼の作品には、ナンセンスが溢れており、強烈な魅力を持っています。そんな彼の散文を集めた作品集が『ハルムスの小さな船』(井桁貞義訳 西岡千晶絵 長崎出版)です。
 ごく短い作品が大部分なのですが、基本的に、ストーリーらしいストーリーはありません。言葉遊びに近いナンセンス詩や、不条理な展開がたまらないコントなどが収められています。
 例えば『夢』と題された作品。薮の中を通り過ぎる警官の夢を見る男を描いた、ただそれだけの作品です。『フェージャ・ダヴィードヴィチ』は、妻に隠れてバターを口にほおばった男の物語。『衣装箱』は、衣装箱に潜り込んで生と死を考える男の奇妙な話です。
 また『墜落する老婆たち』は、墜落する老婆たちを描いたシュールな作品。イメージがとても面白いので、一部を引用してみます。
 
 一人の老婆が異常な好奇心のために窓から落ち、地面に叩きつけられて粉々になった。
 窓からもう一人の老婆が身を乗り出して、下の、粉々になった老婆を見ていたが、極度の好奇心のために同じように窓から落ちて、地面に叩きつけられて粉々になった。
 さらに三番目の老婆が窓から落ち、四晩目、そして五番目が落ちた。


 この作品に限らず、どの作品にも、とくに意味があるとも思えない、シュールなイメージが溢れています。しかも、不条理ながらも、陰湿ではなく、陽気な雰囲気を持っていて、楽しく読めるのが特徴です。
 そして、ハルムスの作品自身の魅力もさることながら、西岡千晶の挿絵もじつに魅力的です。繊細で震えるような描線で描かれた画風は、ハルムスの作品とぴったり! まるで文章と絵が一緒に作られたかのようで、もはや、挿絵の領域を超えているといってもいいでしょう。
 とくに、いくつかの戯曲形式のコントにつけられた挿絵は、上質のコラボレーションともいうべき出来です。寝転がったプーシキンとゴーゴリが、互いの体につまずきあうという、人を喰った作品『プーシキンとゴーゴリ』、劇団員全員が吐き気をもよおして、舞台から退場してしまうという『失敗した芝居』などに至っては、挿絵と文章のレイアウト、間のとり方が、じつに絶妙で、感嘆させられる事しきりです。
 装丁も、戦前の児童書を思わせる瀟酒なもの。軽装ながら、洒落た箱もついており、ずっと手もとに置いておきたくなるような、愛らしい本に仕上がっています。

6月の気になる新刊と5月の新刊補遺
発売中 ロバート・シェイ&ロバート・アントン・ウィルソン『ピラミッドからのぞく目(上・下)』〈イルミナティ1〉(集英社文庫 650円・680円)
発売中 アルベール・ロビダ『20世紀』(朝日出版社 3360円)
6月上旬刊 飯城勇三編『ミステリ・リーグ傑作選(下)』(論創社 予価2625円)
6月14日刊 長谷部史親『欧米推理小説翻訳史』(双葉文庫 予価630円)
6月15日刊 デイヴィッド・ガーネット『狐になった奥様』(岩波文庫 予価483円)
6月19日刊 『中井英夫 虚実の間に生きた作家』〈KAWADE道の手帖〉(河出書房新社 予価1575円)
6月28日刊 ロバート・シェイ&ロバート・アントン・ウィルソン『黄金の林檎』〈イルミナティ2〉(集英社文庫)
6月刊    エドガー・ウォーレス『正義の四人/ロンドン大包囲網』(長崎出版 予価1890円)
6月刊    稲垣足穂/高橋信行(編)『足穂拾遺物語』(青土社 予価3990円)

 ロバート・シェイ&ロバート・アントン・ウィルソンの〈イルミナティ〉シリーズの突然の邦訳刊行には驚かされました。幻想文学やSF関連の書物で、名前がよく言及されていたので、かねてから読みたいとは思っていました。「陰謀伝記小説の大傑作」だそうですが、どうやら『ダ・ヴィンチ・コード』の人気にあやかって、出版が実現したような節もあるようです。三部作が毎月刊行のようなので、楽しみにしています。
 これもまた驚きなのが、アルベール・ロビダ『20世紀』。前世紀末に書かれた未来予測小説の名作です。荒俣宏の著作などでも、おりおり触れられていました。イラストレータでもあったロビダの挿絵もとても魅力的です。思っていたほど挿絵は多くないのですが、邦訳刊行されただけでも感動ものですね。
 長谷部史親『欧米推理小説翻訳史』は、以前出た単行本の文庫化。探偵小説草創期の日本に紹介されたミステリ作家たちの翻訳史を扱った評論集です。クリスティー、ヴァン・ダインらのメジャー作家にまじって、マイナーなドイツ作家などにも筆が割かれています。短編ファンには、「草創期の短編作家たち」の章が参考になるでしょう。
 デイヴィッド・ガーネット『狐になった奥様』は、〈ガーネット傑作集〉から間を置かずしての刊行です。どうやら〈傑作集〉版とは訳者が違うようですが、「変身物語」の名作なので、未読の方にはオススメしておきます。

テーマ:読みたいor欲しい本 - ジャンル:本・雑誌

子供と女には勝てない  ノエル・クラッド『ニューヨークの野蛮人』
B000JAGZ8Cニューヨークの野蛮人 (1964年)
早川書房 1964

by G-Tools

 ノエル・クラッド『ニューヨークの野蛮人』(宇野輝雄訳 ハヤカワ・ミステリ)は、殺し屋の造形が非常にユニークな作品です。
 インディアンの殺し屋ジョン・トリーは、新たな殺しの依頼を受け、ターゲットを下見に行くことになります。驚くべきことに、標的は若い女性でした。トリーはふとしたことから、その女性、スーザンと話をすることになりますが、彼女には、まだ幼く口のきけない息子がいることを知ります。スーザンに惹かれるものを感じたトリーは、組織を裏切り、彼女を助けようとしますが、逆に組織から狙われてしまいます…。
 まずインディアンの殺し屋、という主人公の設定がユニークです。少数民族ならではのコンプレックスや過去の悲劇が、トリーの性格に影を落としています。対するスーザンも、夫を戦争で失い、暴力を極端に嫌っているという一面を持ちます。
 二人が恋に落ちるのか、と思いきや、そういう風にはなりません。恋人というよりは、共感できる友人、といった感じでしょうか。それとともに、子供に対する思いから、トリーは自らの意志で行動します。そこにあるのは、自分のような孤独を子供には味あわせたくないという思いなのです。
 殺し屋を扱っているとはいいながら、殺しの場面や残虐なシーンはほとんど出てきません。トリーは、寡黙でクールだという性格を与えられているのですが「孤独」や「共感」といった感情が優先して描写されるので、あまり殺し屋的な、残虐な面は強調されません。
 序盤で、クールな殺人シーンなどをいれておけば、組織を裏切る主人公の変心が、もっと印象的になったのではないかと思うと、ちょっと物足りない面もあります。
 とはいえ、全体にただよう雰囲気は、ウールリッチのそれを思わせて、なかなか甘美です。組織を裏切った殺し屋が、逆に狙われる、というあらすじから想像されるほど、スピーディな展開ではありませんが、小説としてなかなかの佳作です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ハイブリッド・ホラー  L・P・デイヴィス『忌まわしき絆』
4846005232忌まわしき絆 (論創海外ミステリ)
L.P. デイビス L.P. Davies
論創社 2005-02

by G-Tools

 1964年発表のL・P・デイヴィス『忌まわしき絆』(板垣 節子訳 論創社)は、ミステリの叢書〈論創社ミステリ〉の1冊として出版されているのですが、その肌触りは、ミステリとは、ちょっと異なります。ミステリとSFとホラーとのハイブリッド、今で言えば、モダンホラーが一番近いのでしょうか。とにかく、ストーリーテリングが非常に達者なので、飽きずに読むことができます。
 主人公は、教師のシーコム。ある日、彼の勤める学校内で、問題のあった子供が、屋根から墜落死します。以前にも同じような事故があったことを聞いたシーコムは、奇妙な雰囲気を持つ生徒、ロドニー・ブレイクに関心を持ちます。彼は、事故の現場に必ず居合わせていたのです。ロドニーの両親は養父母であり、彼の出生が不明なことや、空想上の人物と話しをすることなどから、ロドニーには双子の兄弟がいるに違いないとシーコムは考えます。しかも少年は、超能力らしきものを持っているらしい。同僚の女教師とともに、シーコムは、その子供の探索に乗り出します…。
 謎が謎を呼ぶ序盤の展開は、ページをめくる手がもどかしくなるほどの面白さ。最初は双子であると思っていた少年が、実は三つ子、いや四つ子に違いないと、推理が二転三転していくところが面白いです。子供をとりあげた看護婦が、生まれた子供は1人しかいなかった、というあたりの展開は圧巻です。
 しかも彼らは、ただの双生児ではなく、奇形であったことが仄めかされるのですが、このあたりの猟奇的な雰囲気は、素晴らしいものがあります。
 ですが、後半では、物語のトーンが変わってきます。子供たちの秘密が明かされるのですが、その真相も、どこか「トンデモ系」。B級SF的な大風呂敷になってしまうのが、ちょっと残念なところ。なにしろ、世界的なスケールにまで、事態が拡大してしまうのです。
 ミステリとしてみたときには、論理に傷があり、SFとしても、ちょっと大仰というか古くさい。ですが、そのサスペンスはかなりのもので、不思議な魅力を持つ作品です。どこか昭和初期の怪奇探偵小説を思わせる、ブラックな展開が魅力です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

夫の居ぬ間に  ウォラス・ヒルディック『ブラックネルの殺人理論』
20070506093212.jpg

 身近な人間が、実は殺人者だったら、あなたはどうしますか? 夫の秘密を知った妻の取った信じられない行動とは? ウォラス・ヒルディック『ブラックネルの殺人理論』(広瀬順弘訳 角川書店)は、一筋縄ではいかないサスペンスです。
 イギリスからアメリカに越してきたブラックネル夫妻。几帳面で論理的な夫ロナルドと、人のよい優しい妻パット。アメリカに来てから、夫妻は、周りの住民たちと、うまくいかずに悩んでいました。しかし、ある時からロナルドが、妙に自信にあふれるようになり、いろいろなことがうまく行き出します。
 もしや夫には愛人ができたのではないか? パットはそんな疑惑に捕らえられながらも、物事がうまくいくようになったことを喜んでいました。ところがある日、レンチを使うために、ロナルドの工具箱を開けたパットは、ロナルドの日記を見つけます。そこには恐ろしい殺人計画が記されていたのです…。
 ふだん人も殺さないような人間が、実は殺人者だった、というのは珍しくありませんが、この作品で面白いところは、ロナルドが、殺人をもっぱら自分の自信を深めるための手段としてしか見ていない点です。したがって、殺人の対象は、誰であってもよいのです。実際には、社会に害をなす人物を選んでいる、という自己弁護がなされますが、その判断もかなり主観的です。
 殺人自体も、非常に論理的に計画されます。場所や手段、証拠の消し方など、詳細に考えられたそれは「ブラックネル理論」と名付けられるのです。ただ、理論が大層なわりには、犯される殺人はあまり大したことはないのが、ちょっと拍子抜けではあります。酔っぱらいに毒を飲ませるとか、暴走族に放火するとか、ポン引きを射殺するとか、派手さには欠けます。論理的、というだけあって、確かに安全性の高い犯罪ではありますが。
 そしてもう一つ、この作品の最大の特色としてあげられるのは、その構成です。夫ロナルドの日記と、それを読んだ妻の行動が、交互にはさまれるという体裁になっているのですが、ユニークなのは、夫の秘密を知った妻の取る行動です。夫を止めるわけでも、警察に連絡するわけでもありません。なんと、いきなり夫の日記を写し始めるのです! これには驚かされます。「書き写すと頭に入る」とか、理屈をつけているのですが、かなり不自然です。行動自体が不自然なうえに、別に手書きで写さなくても、コピーすればいいのではないか?と思わされてしまうのですが、それに対しても、人に見られるとまずいから、という理由で却下されてしまいます。
 読者に上記のような疑問を抱かせることからも分かるように、あまり上手なサスペンスとはいえません。「ブラックネル理論」の設定上、あまり警察にも疑われないので、ロナルドを追いつめる「敵」も基本的に存在せず、盛り上がりにも欠けます。強いて言うなら、妻が夫の帰ってくる前に日記を書き写す、というのが時間上のサスペンスになってはいるのですが、行為自体があまりにリアリティに欠けるので、白けてしまうところがあります。
 あと、妻が非常に頭の悪い人間に思えてしまうのも、問題です。この妻が、もう少し頭のいい人間で、夫への疑惑をはらすために、もう少し動くとか、もしくは夫婦の仲が冷えていて、夫を陥れようとする、とかすれば、もう少し物語に動きが出たのではないでしょうか。
 設定はあまりに不自然なのですが、趣向自体は、前代未聞ともいうべき面白さなので、B級サスペンスが好きな方は、読んで損はないでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

苦渋の決断  埋もれた短編発掘その22
 初対面のはずなのに、言い知れぬ親近感を感じさせる若い娘。ある男の不思議な因縁を語った、ウィリアム・バンキアー『過去から来た子供』(本戸淳子訳 光文社『EQ』1983年11月号収録)は、「家族」というものを考えさせてくれる佳作です。

 48歳になるブレイク・メトカーフは、とあるパーティの席で、17歳そこそこの、魅力的な若い娘ティナと出会います。初対面からメトカーフに親近感を抱いたらしいティナに、メトカーフもまた惹かれます。

 栗色の、豊かに波打つつややかな髪。その色つや、波打ちぐあいはだれかを思い出させる。-そう、娘のマギーだ。やれやれ、マギーが今夜のパーティーにこられなくて助かった。こんな若い子を相手に、やにさがっている父親の姿を見ようものなら、マギーはひやかし半分のきつい視線をちらちら送りつけてくるにちがいない。

 自嘲するメトカーフは、しかしティナに、性的魅力とばかりもいえないものを感じていました。成り行きから、二人は互いの身の上を語り合います。そしてメトカーフは、ティナから、その生い立ちを聞きます。彼女は養子であること。養父は、有名な大富豪ホーラス・フラナガンであること。実の父親のいない彼女は、年上の男性メトカーフに惹かれたこと。
 しかし、ふと立ち寄ったレストランで、メトカーフは、ウェイトレスから、思いがけないことを言われます。

 「お嬢さんはお父さま似なんですね。ひと目で親子だってわかりますわ。ほんとによく似てらっしゃること」

 メトカーフは愕然とします。彼は、死産であった娘のことを思い出します。まさか…。しかし、あれはちょうど17年前、年の勘定は合う。もしや娘をとり上げたドクター・フォックスは、何らかの理由で嘘をいったのではないか? 疑惑にとらわれた彼は、親友のアル・フェリアとともに、死んだ娘の墓を掘り返し、確かめようと決心します。
 予想どおり、棺の中は空だったことを確認したメトカーフは、ドクター・フォックスに詰め寄ります。とぼけるフォックスを銃で脅したメトカーフは、ついに真実を聞き出します。子供のできない、富豪のホーラス・フラナガンが、莫大な金を積み、フォックスを買収したことを。
 怒りに駆られたメトカーフは、フラナガンにぶちまけることを考えます。しかし大者の彼が、秘密をおびやかすメトカーフを無事にすますとは思えない。ではフラナガンを殺した場合はどうなるだろうか? 捕まりでもしたら、逆に秘密が世間に漏れて、ティナや妻のローラを悲しませてしまうだろう。
 逡巡するメトカーフは、ふと恐るべきことに思い至ります。ドクター・フォックスは、すでにフラナガンにこのことを連絡しているに違いない。とすれば、今頃はもう手が打たれている可能性がある!
 数日後、メトカーフのもとに一本の電話が入ります。かけてきたのは、ホーラス・フラナガン。過ぎたことはしょうがない、と主張するフラナガンは、あることを提案します。

 「まあ聞きたまえ。われわれの採るべき道は二つしかない。このアタッシェ・ケースには相当な金がはいっている。五十万ドルだ。ぶしつけなやり方かもしれないがね、メトカーフ、わたしにできる償いの方法がほかにあるだろうか? 実際、金で幸福が買えるんだよ。多くの人間が現にそうしている」

 高圧的なフラナガンの提案に対し、メトカーフの下した決断とは? 彼のとった決断は、また思いがけない事件を引き起こしてしまうのですが…。
 つねに家族のことを考えつづける男が立たされた苦境。どうすればいちばん幸せなのだろうか? 決断の当否はどうあれ、主人公の行動は、読者の共感を呼ぶことでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

時の海を渡って  ミロラド・パヴィチ『風の裏側』
20070506115915.jpg
風の裏側―ヘーローとレアンドロスの物語
ミロラド パヴィチ Milorad Pavi´c 青木 純子
4488016065

 ミロラド・パヴィチ『風の裏側』(青木純子訳 東京創元社)を手に取って、まず驚かされるのは、その造本。中央の水色のページを境にして、それぞれ別の物語が、前後で逆に印刷されています。つまり、表と裏、どちらから読みはじめてもよいのです。そして、二つの物語が出会ったとき…、何とも秀逸なアイディアに満ちた本です。
 二つの物語のうち、ひとつは、17世紀の青年レアンドロスの物語、そしてもうひとつは、現代の女子大生ヘーローの物語です。
 レアンドロスのパートは、青年レアンドロスが、戦争や運命に翻弄されながらも、さまざまな冒険を繰り広げるという、冒険小説風の作品。代々、石工の家系に生まれ、その技術も身につけたレアンドロスは、しかし不思議な因縁から、旅回りの楽器奏者になり、そしてまた商人になります…。
 ヘーローのパートは、ちょっと風変わりな女子学生ヘーローの、不思議な日常を描いた作品です。家庭教師をすることになった家での、不思議な体験。二人の子供を教える約束だったのに、いつも現れるのは男の子ひとりだけ。もう一人はいったいどこに…? そしてレアンドロス同様、悲劇的な最後を遂げるヘーローの運命とは?
 どちらの物語も、古代の恋愛叙情詩『ヘーローとレアンドロス』を元にしているだけに、物語のところどころに、そのイメージが頻出します。ヘーローが、家庭教師先で教材に使う本が『ヘーローとレアンドロス』だったり、レアンドロスがラテン語の勉強をするときに使った物語が『ヘーローとレアンドロス』だったりします。
 ちなみに、恋愛叙情詩『ヘーローとレアンドロス』とは、次のような物語です。海峡を隔てた町の巫女ヘーローと恋に落ちた青年レアンドロスは、彼女に会うために、夜毎に、ヘーローの掲げる炬火の明かりを頼りにして、海峡を泳いで渡っていました。しかしある嵐の夜に、明かりが風に吹き消されてしまいます。方向を見失ったレアンドロスは溺死し、ヘーローも後を追う…という物語。
 そしてよく本を見ると、『風の裏側』という作品自体が、『ヘーローとレアンドロス』を再現したものであることがわかります。本の中央にはさまれた水色のページは、ヘーローとレアンドロスを隔てる「海」というわけです。しかもそれは「場所」だけでなく「時」もまた隔てているのです。
 二つの物語が出会う、といっても、技巧的なミステリやサスペンスとは、趣が違います。あくまで出会いは象徴的なそれであって、その意味では、読み終わってもピンと来ない向きもあるかもしれません。物語の全てのピースが当てはまって、謎が解かれる…というわけではないのです。
 その点、もどかしい読後感が残るのも事実なのですが、その幻想的な手触りは一読の価値があります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ドラマの天才  マリオ・バルガス=リョサ『フリアとシナリオライター』
4336035989フリアとシナリオライター
マリオ バルガス=リョサ Mario Vargas Llosa 野谷 文昭
国書刊行会 2004-05

by G-Tools

 ペルーの作家、マリオ・バルガス=リョサの『フリアとシナリオライター』(野谷文昭訳 国書刊行会)は、作者の生涯をもとにしたという半自伝的小説。とはいえ、その内容はシリアスなものではなく、スラップスティック風のコメディに仕上がっています。
 作家に憧れる18歳のマリオは、大学に通いつつ、ラジオ局でニュース担当として働いていました。そんなおり、局は、天才と言われるシナリオライター、ペドロ・カマーチョを招聘します。彼の書くシナリオは、あっという間にペルー中の話題をさらい、人気を博するようになります。
 一方、血のつながらない義理の叔母フリアが、マリオの叔父のもとに滞在することになります。離婚したばかりの、まだ若く魅力的なフリアに惹かれたマリオは、彼女と恋に落ちます。ところが親戚中の猛反対に会ってしまいます。
 時を同じくして、カマーチョの書くシナリオがおかしくなりはじめます。登場人物も筋も、常軌を逸したものになりつつあったのです。
 マリオとフリアの恋の行方は? そしてカマーチョのドラマの行方はいったい?
 主人公マリオとフリアのラブストーリーをメインとして、ラジオ作家ペドロ・カマーチョのドラマが、間にはさまれる体裁の作品です。中心となるラブストーリーもなかなか面白いのですが、作中作となるカマーチョのドラマが、これまた面白いのです。
 結婚式当日に突然倒れる花嫁と、花婿を殺そうとする花嫁の兄をめぐる物語、とか、巡回中に見つけた謎の黒人殺害を命じられた軍曹の物語、とか、愛する家族に襲撃されるネズミ駆除に執念を持つ男の物語、など、そのどれもが奇想天外なものばかり。主人公はきまって、鷲鼻で額の広い50男なのがおかしさを誘います。しかも、ストーリーは、がぜん面白くなるところで打ち切られます。「~はどうなってしまうのか」と、つづきもののナレーションのような文で終わってしまうのです。
 時を経るにしたがって、カマーチョの精神状態は不安定になり、ドラマも次第に変調をきたしてきます。他のドラマの登場人物が、違う役割で登場したり、死んだはずの人物がまた死んだり、挙げ句の果ては大地震で登場人物が全員死んでしまったりするのです。
 さて、このカマーチョのパートが、メインのラブストーリーにからんでくると思いきや、全くからんできません。2つのストーリーは平行線をたどるだけなのです。これが、もしSFやファンタジーだったなら、変調をきたしたカマーチョのフィクションが、現実を侵食する、といった形になるのでしょうが、この作品の場合、そういうことはありません。
 主人公マリオとフリアのラブストーリー自体は、それなりに面白いものの、とりたてて書き立てるほどのこともありません。それだけに、カマーチョのパートと上手く絡ませてくれたら、もっと面白くなったのではないか、と思わせるところもあります。
 作中では、マリオはカマーチョに憧れを抱いている、という設定になっているのですが、それもカマーチョの文学的な業績に対して、というわけでもありません。そもそもマリオはカマーチョの作品自体を評価しているわけではないのです。何しろドラマを実際に聞いてさえいません。ただ、周りの人たちからの絶賛や、カマーチョ自身のキャラクターに対して、表面上の憧れを抱いているにすぎません。結局のところ、主人公にとってカマーチョの作品は「文学」ではないのです。
 それが端的にあらわれているのが、結末の対比でしょう。文学に打ち込んだ主人公は認められ、メロドラマに精神をすり減らしたカマーチョは落ちぶれてしまうのです。主人公が、小説の習作として考えている短篇の筋が、いくつか作中であらわれるのですが、それらもわりと幻想的だったり、奇想天外だったりします。それらは文学というより、実際はカマーチョのドラマに近いものだったりするのです。そのあたりの皮肉が、作者の狙ったところだとすると、なかなか一筋縄ではいかない作品、といえるかもしれません。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

気になるDVD
B000PDZJ8A新アウターリミッツ シーズン1 DVD-BOX
ロバート・パトリック レナード・ニモイ レベッカ・デモーネイ
20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン 2007-06-29

by G-Tools

 いま、購入しようかどうか、すごく迷っているDVDがあります。それは6月発売予定の『新アウターリミッツ シーズン1 DVD-BOX』です。「新」とつくことからわかるように、このシリーズ、60年代のオムニバスSFドラマシリーズ『アウターリミッツ』のリメイク番組なのです。
 元祖の『アウターリミッツ』は既にDVD化されていますが、実は、元祖の方の番組は見たことがありません。ビデオ発売された『新アウターリミッツ』しか見たことがないのですが、これがじつに面白かった! ビデオ発売されたのは、たしか7巻程度で、当然収録されていたのは、厳選された傑作集だったというのもあります。ただ、どれもお話の面白さで見せる、というタイプの作品だった覚えがあります。
 それで、そのビデオシリーズには、二つの有名なSF小説を原作としたエピソードが収録されていました。それは、G・R・R・マーティンの『サンドキングス』と、ラリイ・ニーヴン『無常の月』の二つ。どちらも原作のイメージを上手く損なわない映像作品でした。
 もしかしてこのシリーズ、原作ものが多いのかと思って、調べてみましたが、どうやらそういうわけでもないみたいです。上記二作品のほか、目に付く原作ものは、スティーヴン・キングとハーラン・エリスンぐらいです。
 「シーズン1」だけだったら、ためらいなく購入するんですが、このシリーズ、人気があったらしく第6シーズンまで作られているんですよね。全部DVD化されるとして、揃えると結構なお値段になりそうです。でも、内容の方はずいぶん期待できそうなので迷っています。

テーマ:DVD - ジャンル:映画

暗黒のファンタジー  フリッツ・ライバー『闇の世界』
20070430104615.jpg

 フリッツ・ライバーの描く作品には、ある共通点があります。だいたいにおいて、ライバーの作品の主人公たちは、冷静で、理性的で、客観的なのです。それは題材が、超自然を扱っている場合でも変わりません。例えば、代表作『妻という名の魔女たち』では、主人公は、自分たちを襲う超自然的な脅威を素直に信じることができません。作中で起こる超自然的な現象に対して、反応が懐疑的なのです。
 それゆえ、彼のホラーやファンタジー作品においては、悪魔やら妖精やら幽霊やらの伝統的なテーマとは一線を画した、都会的・現代的な要素が、強く見られます。また、そうした怪奇小説の伝統的な素材を扱っていても、アプローチが新しいのです。短編集『闇の世界』(竹生淑子訳 ソノラマ文庫海外シリーズ)にも、そんな力作が、多く収められています。

 『鏡の世界の午前0時』 生活に困らないだけの資産もある、初老の男ネファンダーは、孤独ながらも快適な一人暮らしを楽しんでいました。夜中の十二時に、いつものように屋上から降りてきた彼は、踊り場にある合わせ鏡の前で、ふと立ち止まります。合わせ鏡の連続した像のなかに、自分以外の人物が映っているのです。しかも、毎晩見るたびに、その人物が手前の方に近付いてくるのです。ネファンダーは、その人物が、かって彼に失恋して自殺した女優ニーナ・ファジネラであることに気が付きます…。
 毎夜、自分に近付いてくる、死んだはずの女の姿。かなりの恐怖感を与える現象でありながら、主人公の態度が、異様に冷静なのが特徴的です。なんと彼は、鏡の中で女が進む距離や速度まで計算してしまうのです。結末は予定調和的ながら、筆力で読ませられてしまう佳品。

 『指人形の魔力』 かって思いを寄せていた女性デリアから、相談を持ちかけられた探偵ジョージ・クレイトン。彼女が結婚したのは有名な人形遣いジョック・レイスロップでした。ジョックは、助手でもあるデリアを遠ざけ、ひとり仕事場にこもっているというのです。それと時を同じくして、彼の人形さばきは、悪魔的なまでの冴えを見せ始めます。デリアは、人形がジョックに危害を与えようとしている、といいますが、ジョックに会ったジョージは、逆に、おかしいのはデリアだと聞かされます。本当に狂っているのはジョックなのか、デリアなのか?
 ジョックは悪魔と契約を交わしたのか、それともデリアの妄想なのか、解釈が二転三転する展開は、実にサスペンスフル。題材はそう珍しいものでもないのですが、描写力が半端でなく、また結末の戦慄度も比類がありません。

 『神々の最後』 あらゆる欲望・希望を実現した「人類」は、自らの命を絶つために、滅びつつある地球に戻ってきます。彼らを「神々」とあがめる「機械」は、決心を翻させようと、懇願を続けるのですが…。
 老いた「人類」と、希望と熱意にあふれる「機械」の対比が際立っています。哀愁を帯びた、詩的な小品です。

 『真夜中の出帆』 インテリを自認する4人の若い男女。何かを成し遂げたいという希望はありながら、田舎町にくすぶっていた彼らは、ある日、行きつけのレストランで、新しいウエイトレスに気が付きます。美人ではあっても、無教養な彼女、ヘレンには、しかし不思議な魅力がありました。ヘレンと関わりを持つようになってから、4人はいろんなことに関心を持ちはじめ、真に創造的な仕事をするようになったのです。しかし誰にでも優しいヘレンの態度が、4人の中に軋轢を引き起こしてしまいます…。
 触れあった人間から、創造性を引き出す美女ヘレンの秘密とは。人間の美しさを信じるヘレンに対し、若者たちのエゴが、悲劇を引き起こしてしまいます…。青春小説的な要素も強い好編。

 『歴戦の勇士』 軍人にあこがれるフレッドは、居酒屋で元軍人たちの集まりに惹かれ、話を聞くのを楽しみにしていました。ある日、過去や未来のあらゆる戦争を知っていると称する男マックスがあらわれます。陽気なほら吹きだと思われていたマックスでしたが、フレッドは、彼の話にどこか真実味があるのを感じていました。ある夜たまたま、マックスと二人連れになったフレッドは、住まいの前に、巨大な怪物が潜んでいるのに気が付きます…。
 ほら吹きだと思われていた男が実は…、というタイプの作品ですが、後半のサスペンス風味はなかなか。

 『緑の月』 核戦争後、放射能を避けるため、人々は地下の施設にこもって暮らしていました.夫のハンクの働きが認められ、地上に近い場所で生活を送るエフィーは、しかしシャッターのせいで、外の風景も見られないことに不満を抱いていました。ある日、夫との約束を破って、窓を開けたエフィーは、外から男が近付いてくるのに気づきます。男は、外の世界にはもう放射能もなく、花園が広がっていると話します。二人が話しているところを見つけたハンクは、彼らが不倫をしていたのではないかと勘ぐるのですが…。
 外の世界は本当に花園があふれているのか? 真実を知ったとき、夢見がちなエフィーのとった行動とは? 荒廃した世界を舞台に、どこか美しさを感じさせる名作。
 
  『過去ふたたび』 生物学を学んでいる学生ジャック・バーは、ヨットで航行中に、ごく小さな島を見つけ上陸します。その島には、若く美しい娘メアリーが住んでいました。島から出た事もなく、二人の伯母と暮らしているメアリーは、毎朝、恋人と称する男から、手紙が届くのを楽しみにしているというのです。彼女が読んでいる、黄ばんだ新聞にふと目を落としたジャックは驚きます。そこに載っていたのはヒトラーの記事! メアリーは今は1933年だと信じているのです。今年は1951年のはずなのに…。
 若く美しい娘を、島に幽閉しているのは誰なのか? 今は過去だと信じ込ませようとしている意図とは? 二人の伯母の正体とは?
 謎が謎を呼ぶ序盤の展開は、息をつかせぬ面白さ。そして明かされる驚くべき事実とは…。一人の男の妄執と、歪んだ人間関係が引き起こす悲劇。本短編集の中でも、屈指の完成度をほこる力作です。

 全体的に、訳文には多少ぎこちなさもあります。が、作品の完成度がそれを補って余りあるものになっています。確かな筆力、それに裏打ちされた雰囲気醸成の上手さといい、今読んでも十分に楽しめる作品集です。本国の評価の割に、日本ではあまり知名度のないライバーですが、再評価する価値のある作家だと言えるでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する