 フリッツ・ライバーの描く作品には、ある共通点があります。だいたいにおいて、ライバーの作品の主人公たちは、冷静で、理性的で、客観的なのです。それは題材が、超自然を扱っている場合でも変わりません。例えば、代表作『妻という名の魔女たち』では、主人公は、自分たちを襲う超自然的な脅威を素直に信じることができません。作中で起こる超自然的な現象に対して、反応が懐疑的なのです。 それゆえ、彼のホラーやファンタジー作品においては、悪魔やら妖精やら幽霊やらの伝統的なテーマとは一線を画した、都会的・現代的な要素が、強く見られます。また、そうした怪奇小説の伝統的な素材を扱っていても、アプローチが新しいのです。短編集『闇の世界』(竹生淑子訳 ソノラマ文庫海外シリーズ)にも、そんな力作が、多く収められています。
『鏡の世界の午前0時』 生活に困らないだけの資産もある、初老の男ネファンダーは、孤独ながらも快適な一人暮らしを楽しんでいました。夜中の十二時に、いつものように屋上から降りてきた彼は、踊り場にある合わせ鏡の前で、ふと立ち止まります。合わせ鏡の連続した像のなかに、自分以外の人物が映っているのです。しかも、毎晩見るたびに、その人物が手前の方に近付いてくるのです。ネファンダーは、その人物が、かって彼に失恋して自殺した女優ニーナ・ファジネラであることに気が付きます…。 毎夜、自分に近付いてくる、死んだはずの女の姿。かなりの恐怖感を与える現象でありながら、主人公の態度が、異様に冷静なのが特徴的です。なんと彼は、鏡の中で女が進む距離や速度まで計算してしまうのです。結末は予定調和的ながら、筆力で読ませられてしまう佳品。
『指人形の魔力』 かって思いを寄せていた女性デリアから、相談を持ちかけられた探偵ジョージ・クレイトン。彼女が結婚したのは有名な人形遣いジョック・レイスロップでした。ジョックは、助手でもあるデリアを遠ざけ、ひとり仕事場にこもっているというのです。それと時を同じくして、彼の人形さばきは、悪魔的なまでの冴えを見せ始めます。デリアは、人形がジョックに危害を与えようとしている、といいますが、ジョックに会ったジョージは、逆に、おかしいのはデリアだと聞かされます。本当に狂っているのはジョックなのか、デリアなのか? ジョックは悪魔と契約を交わしたのか、それともデリアの妄想なのか、解釈が二転三転する展開は、実にサスペンスフル。題材はそう珍しいものでもないのですが、描写力が半端でなく、また結末の戦慄度も比類がありません。
『神々の最後』 あらゆる欲望・希望を実現した「人類」は、自らの命を絶つために、滅びつつある地球に戻ってきます。彼らを「神々」とあがめる「機械」は、決心を翻させようと、懇願を続けるのですが…。 老いた「人類」と、希望と熱意にあふれる「機械」の対比が際立っています。哀愁を帯びた、詩的な小品です。
『真夜中の出帆』 インテリを自認する4人の若い男女。何かを成し遂げたいという希望はありながら、田舎町にくすぶっていた彼らは、ある日、行きつけのレストランで、新しいウエイトレスに気が付きます。美人ではあっても、無教養な彼女、ヘレンには、しかし不思議な魅力がありました。ヘレンと関わりを持つようになってから、4人はいろんなことに関心を持ちはじめ、真に創造的な仕事をするようになったのです。しかし誰にでも優しいヘレンの態度が、4人の中に軋轢を引き起こしてしまいます…。 触れあった人間から、創造性を引き出す美女ヘレンの秘密とは。人間の美しさを信じるヘレンに対し、若者たちのエゴが、悲劇を引き起こしてしまいます…。青春小説的な要素も強い好編。
『歴戦の勇士』 軍人にあこがれるフレッドは、居酒屋で元軍人たちの集まりに惹かれ、話を聞くのを楽しみにしていました。ある日、過去や未来のあらゆる戦争を知っていると称する男マックスがあらわれます。陽気なほら吹きだと思われていたマックスでしたが、フレッドは、彼の話にどこか真実味があるのを感じていました。ある夜たまたま、マックスと二人連れになったフレッドは、住まいの前に、巨大な怪物が潜んでいるのに気が付きます…。 ほら吹きだと思われていた男が実は…、というタイプの作品ですが、後半のサスペンス風味はなかなか。
『緑の月』 核戦争後、放射能を避けるため、人々は地下の施設にこもって暮らしていました.夫のハンクの働きが認められ、地上に近い場所で生活を送るエフィーは、しかしシャッターのせいで、外の風景も見られないことに不満を抱いていました。ある日、夫との約束を破って、窓を開けたエフィーは、外から男が近付いてくるのに気づきます。男は、外の世界にはもう放射能もなく、花園が広がっていると話します。二人が話しているところを見つけたハンクは、彼らが不倫をしていたのではないかと勘ぐるのですが…。 外の世界は本当に花園があふれているのか? 真実を知ったとき、夢見がちなエフィーのとった行動とは? 荒廃した世界を舞台に、どこか美しさを感じさせる名作。 『過去ふたたび』 生物学を学んでいる学生ジャック・バーは、ヨットで航行中に、ごく小さな島を見つけ上陸します。その島には、若く美しい娘メアリーが住んでいました。島から出た事もなく、二人の伯母と暮らしているメアリーは、毎朝、恋人と称する男から、手紙が届くのを楽しみにしているというのです。彼女が読んでいる、黄ばんだ新聞にふと目を落としたジャックは驚きます。そこに載っていたのはヒトラーの記事! メアリーは今は1933年だと信じているのです。今年は1951年のはずなのに…。 若く美しい娘を、島に幽閉しているのは誰なのか? 今は過去だと信じ込ませようとしている意図とは? 二人の伯母の正体とは? 謎が謎を呼ぶ序盤の展開は、息をつかせぬ面白さ。そして明かされる驚くべき事実とは…。一人の男の妄執と、歪んだ人間関係が引き起こす悲劇。本短編集の中でも、屈指の完成度をほこる力作です。
全体的に、訳文には多少ぎこちなさもあります。が、作品の完成度がそれを補って余りあるものになっています。確かな筆力、それに裏打ちされた雰囲気醸成の上手さといい、今読んでも十分に楽しめる作品集です。本国の評価の割に、日本ではあまり知名度のないライバーですが、再評価する価値のある作家だと言えるでしょう。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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