悪女幻想  パトリック・クェンティン『わたしの愛した悪女』
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わたしの愛した悪女 (1962年)
高橋 豊
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 パトリック・クェンティンの作品には、よく「悪女」が登場します。タイトルからもわかるように、『わたしの愛した悪女』(高橋豊訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)も、そのテーマに真正面から取り組んだ作品。
 板紙会社社長アンドリュー・ジョーダンは、美しい妻モリーンを熱愛していました。しかしある日、アンドリューのもとに、モリーンの貞淑を疑わせる、匿名の手紙が届きます。妻を信じたいアンドリューは、手紙を無視します。
 そんな折り、弟のネッドが、モリーンのいとこで、富豪の娘ローズマリーと結婚をすることになりますが、なぜかモリーンはその結婚に反対します。軽薄なネッドとの結婚は、金目当てであり、ローズマリーのためにならないというのです。
 その直後、モリーンは拳銃で射殺され、アンドリューは悲嘆に沈みます。しかし、強盗の仕業であったとされた犯行は偽装であり、警察のムニー警部はアンドリューの犯行であると疑っているのです。アンドリューは、自らの容疑を晴らすため、また妻の本当の姿を探るために調査を開始します…。
 調査を進めるアンドリューの先々で、次々と変わるモリーンの姿。貞淑だと信じていた妻の本当の姿が明らかになっていきます。と、ここまではよくあるパターンではあるのですが、この作品では、妻以外の周りの登場人物たちまでもが、その姿を明らかにされていくのがユニークなところです。
 弟のネッド、その婚約者ローズマリー、母親のノーマ、その夫レムなど、周りの人間がことごとく嘘をついていることが暴かれます。ほとんど全ての登場人物が嘘をついているという、ものすごい構図なのです。
 そのために、当然、容疑者も次々と変わります。弟のネッド、義父レム、ローズマリー、そして最終的には意外な人物が。とにかくめまぐるしく変わる状況が、息をもつかせません。
 主人公のアンドリューは、かなりのお人好しに設定されています。周りの人間に欺かれている、という状況を考えても、しぜんとそうしたキャラクターにならざるを得ないところもあるのですが。それにしても、本当の殺人犯が判明した後でさえ、その人物に同情してしまうという、徹底した善人というのも、すごいところです。
 ただ、主人公に感情移入していると、かなりやるせない気分になるのも事実です。そしてこの主人公、かなり感情移入しやすいキャラクターではあるのです。妻をはじめ、弟や母親にいたるまで、周りの人々から欺かれていたという事実。その意味で、主人公の人生そのものもまた幻想だった…という、ほろ苦い作品です。

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どこかで何かが起こってる  ディーノ・ブッツァーティの不条理世界
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 カフカやカミュと比較されることもある、イタリアの作家ディーノ・ブッツァーティ。そう言うと、不条理で難解な作風を思い浮かべてしまいますが、事実はその逆。これ以上はないというほどの、読みやすい文章(翻訳を通してではありますが)と、わかりやすさを持っています。
 ただ、作品の読みやすさとは裏腹に、その内包するテーマは、一筋縄ではいきません。
 強いて言うなら、現代社会における「不安」。これがブッツァーティの主要なテーマといっていいでしょうか。人間が、日常生活で感じる不安感や違和感、そうした要素を、上手く寓意として取り込んでいるのが特徴です。
 そして、もう一つ強調したいのは、物語自体の面白さ。ミステリ、SF、ホラーの要素を含むその作品は、ときに限りなく〈異色短編〉に接近します。エンターテインメントとして読んでも、第一級のものなのです。今回はそんなブッツァーティの作品を概観していきたいと思います。

 まずは代表作と言うべき長編『タタール人の砂漠』(脇功訳 松籟社)。
 士官学校を卒業したばかりの、まだ若いドローゴ中尉は、意気揚々と赴任地に向かいます。それはかって、タタール人の襲撃に備えて作られたという砦でした。しかし現実に、砦を目の当たりにしたドローゴは失望を隠せません。何の刺激もなく、何の楽しみもない、古ぼけた砦。敵の現れる気配などまったくないにもかかわらず、砦を守り続ける人々に呆れた彼は、さっそく転任を願いますが、ふとしたことから数カ月を砦で過ごす事になります。やがて、ドローゴはなぜか町に帰る気を失い、砦に留まりつづけることになります。存在するかどうかさえわからない敵を待ち続けながら…。
 無為な時間、退屈な人生、まさに現代の人間像を象徴するかのような寓意小説。読みやすさにもかかわらず、読後に受ける印象は、重厚かつ強烈です。

 長編も素晴らしい出来ですが、やはりブッツァーティの本領は短編にあるといっていいでしょう。
 
 『七人の使者』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) 支配している王国の広さを調査するため、国境に向かった王子。しかしいくら行けども国境はまったく見えません。城との間で往復させている使者との間隔はだんだんと長くなってゆきます…。
 無限につづくかと思われる旅路。永遠にたどりつけない国境を目指す王子は、人間の生涯の寓意なのかもしれません。

 『七階』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) とある病院に入院することになった男。その病院では、症状の重さによって階が分けられていました。一番症状の軽い患者は七階、重くなるにしたがって、下の階に移されていくのです。何かの手違いから、七階にいた男は、どんどんと下の階に移されてゆくのですが…。
 読みはじめれば、展開は予想がつくものの、エスカレートする不条理な展開が魅力的。ブッツァーティの代表作ともいうべき傑作短編。

 『神を見た犬』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) 信仰心のあまりない人々が住む、とある街に、ひとりの聖者がやってきます。彼は、崩れかけた教会に住み、祈りを捧げるようになりますが、それにともない、教会が夜になると光を発することを知ります。それは神の光ではないか、と住民たちは考えます。やがて、聖者は死んでしまいますが、彼の飼っていた犬が、町中へ現れます。神の光を見た犬だと、住民たちは考えるのですが…。
 本当に犬は神を見たのか? 犬の存在を通して、人々の意識の変化を描く、風刺的な作品です。

 『なにかが起こった』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) 北に向かう特急列車に乗った男が、窓の外を眺めていると、あたりの住人が大あわてで南に逃げていくのに気づきます。しかし、何が起こっているのか、その原因は何なのか、まったく分かりません。やがて列車は無人の駅のプラットホームにたどり着きますが…
 重大な「何か」が起こっているにもかかわらず、それが何なのかが全くわからないという、不条理の極致。謎を謎のまま終わらせてしまうという、超絶的な作品。

 『急行列車』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) 急行列車に乗り込んだ主人公。彼は、駅に止まるたびに、列車がしだいに遅れていることを知りますが、目的地には、なかなかたどり着きません。何年もの月日が流れ去りますが、終着駅は全く見えないのです…。
 『七人の使者』とも通底するテーマを持つ作品。走り続ける列車、という「永遠」を上手く具現化したイメージが見事です。

 『円盤が舞い下りた』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) ある日、教会に円盤が舞い降ります。中から現れたのは、宇宙人! 司祭は彼らを部屋に迎え入れ、神について談義をはじめますが…。
 無垢な宇宙人たちと対比して、人間の愚かさを風刺します。ジャンルSF的な色の強い作品。

 『待っていたのは』(脇功訳 河出書房新社『待っていたのは』収録) 男女のカップルが、ある街に降り立ち、ホテルに泊まろうとするものの、なぜか、どのホテルからも拒否されてしまいます。さらに、涼をとろうと、公園の噴水のなかに入った女性は、周囲の人々からとがめ立てされ、連れの男性ともども、見せしめの檻に吊るされてしまいます…。
 わけも分からず不条理な目にあう男女を描いた不条理短編。筒井康隆を思わせるブラックユーモア作品です。

 『忘れられた女の子』(脇功訳 河出書房新社『待っていたのは』収録) 友人とバカンスに出かけた母親は、ふと不安にとらわれます。娘を叔母に預けたと思っていたが、本当にそうだったろうか? もしや酷暑のアパートに閉じ込めてきたまま、出かけてきてしまったのではないだろうか?
 ふとした記憶違いが、恐るべき不安を引き起こします。そしてその不安は現実になって…。無気味な結末が、余韻を残します。

 『バリヴェルナ荘の崩壊』(脇功訳 河出書房新社『待っていたのは』収録) ふとした遊び心から、語り手は、歴史ある建造物の壁をよじ登ります。その際、錆びた鉄の支柱に手をかけ、折ってしまった結果、建物全体が崩壊してしまったのです! 語り手は不安におののくのですが…。
 支柱一本を抜いたがために、建物全体が崩れてしまうという、ある意味、ただそれだけの短編。全体を覆う不安げな雰囲気が効果を上げています。
 
 『夕闇の迫るころ』(脇功訳 河出書房新社『待っていたのは』収録) いろいろと汚い手を使って、高い地位を得た男。夕闇の迫るころ、彼は、廃屋の中で、子供だった頃のかつての自分に出会います。自らの地位を誇る男に対し、少年の自分が求めていたものとはいったい何だったのか…?
 少年期の理想とはかけ離れてしまった自分の姿。取り戻せない時を悔やむ、男の孤独を描いた異色短編。

 『アナゴールの城壁』(脇功訳 河出書房新社『待っていたのは』収録) 人々は、行列をなして、門の前で、門が開くのを待っています。しかし、なかなか門は開きません。噂によれば、何年か前に一度だけ門が開き、ひとりだけそこを通った人間がいるというのです。それも開いた門は、門のなかでも、いちばん小さく、みすぼらしかったもの。しかも、たまたま訪れた男は、全く待たずに中に入ることができたのです…。
 カフカの作品を彷佛とさせる、人生の皮肉を描いた寓話です。

 『海獣コロンブレ』(大久保憲子訳 河出書房新社『石の幻影』収録) 船乗りたちから恐れられている海獣コロンブレ。子供のときにコロンブレを見てしまった主人公は、水夫になることをあきらめ、陸での生活を選びます。事業で成功した彼が、ふと思いついて海の見える場所にでかければ、そこには必ずコロンブレが、彼を監視するかのように見ているのです。意を決した彼は海に乗り出し、コロンブレと対決しようとしますが…。
 コロンブレとは主人公にとって、どんな意味を持つのか? 運命の悪戯を描く、ブッツァーティ屈指の力作。

 『クレシェンド』(千種堅訳 図書新聞『階段の悪夢』収録) アンニー・モトレーリ嬢の家を、旧友の公証人ファッシが訪れる…。わずか数行で構成された一場面を、音楽の「クレシェンド」のように、誇張をまじえつつ、どんどん変奏してゆくという、珍しいタイプの作品。
 変奏が続くにしたがって、モトレーリ嬢の容色は衰え、ファッシ氏の姿は怪物めいたものになっていきます。何の変哲もない一場面が、最終的にはグロテスクなホラーになってしまうという、すさまじい技巧が凝らされた作品。

 『チクタク』(千種堅訳 図書新聞『階段の悪夢』収録) 「わたし」は、知り合いの医者から、奇妙な話を聞きます。ある女性患者は、突然チクタクという時計のような音が聞こえるのに気づきますが、まわりには時計などありません。しかも彼女が移動しても、その音は聞こえるのです。女性は翌日、車に曵かれ、生死の境をさまよいます。他にも「時計」の音を聞いた人間は、何か大きな事故に巻き込まれているのです。そして「わたし」の耳にもやがて、そのチクタクという音が…。
 「時計」の音は、いったい何なのか? 都市伝説風の作品ですが、解釈は述べずに、淡々と事例を並べているのが効果を上げています、

 『二人噺』(千種堅訳 図書新聞『階段の悪夢』収録) 老医師トーロの趣味は、友人を「二人噺」に誘うこと。それは、一人が話をはじめ、もう一人が口をはさんで物語を発展させる、というものでした。「わたし」は、トーロ医師の設定にしたがって、物語を進めますが、そのうち結末について思い至ります。老医師は、悲劇的な結末に向かって、物語を誘導していたのです…。
 「物語あそび」が、だんだんと不穏な空気を帯びはじめ、そしてその影響は現実をも浸食するという、驚くべき作品。序盤からは全く予想のつかない、驚愕の結末が待ち構えています。

 『年老いた非合法活動家たち』(千種堅訳 図書新聞『階段の悪夢』収録) 「私」の友人である山下は、優れた画家であり、容姿も魅力的なプレイボーイでした。彼はある日、奇妙なことを言い出します。「僕は死にかけているんだ。」不審の念を抱く「私」に、山下は鼻眼鏡を取り出し、かけてみろと促します。その眼鏡を通して見た彼の姿は、醜い老人でした…。
 人間の死を予見するという眼鏡をめぐる怪奇小説。日本が神秘的な国として描かれているのが目を引きます。

 『翼の生えた妻』(千種堅訳 図書新聞『階段の悪夢』収録) 二十も年の離れた娘と結婚した伯爵は、ある日、妻の背中にかさぶたのようなものがあるのに気づきます。やがてそこからは小さな羽が生え、とうとう巨大な翼が現れます。世間体を気にした夫は、妻を部屋に閉じ込めますが…。
 翼が生えた妻をめぐる物語。ブッツァーティには珍しく、毒の少ない可憐なファンタジーです。

 ブッツァーティの作品集は、現在、絶版のものが多いのですが、4月に光文社古典新訳文庫から、短編集『神を見た犬』が出版されるらしいので、気になった方は、お読みになってみてはいかかでしょうか。

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良心の問題  C・S・フォレスター『終わりなき負債』
4093565910終わりなき負債
C.S. フォレスター Cesil Scott Forester 村上 和久
小学館 2003-12

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 犯罪を犯してしまった人間の罪悪感。そんな重たいテーマを扱いながらも、C・S・フォレスター『終わりなき負債』(村上和久訳 小学館)は、豊かな物語性で、最後まで飽きさせずに読ませます。
 借金に追われる銀行員、ウィリアム・マーブルは、ある日、甥の訪問を受けます。海外で暮らしていた姉の息子、ジェームズ・メドランドは、父親の事業の成功により、資産家となっていたのです。それを知ったマーブルは、メドランドの係累が他にいないことを確かめます。そしてついにメドランドに手をかけてしまうのですが…。
 金のために甥を殺した、マーブルの罪悪感と不安が、彼を自滅に追い込む物語です。この手の話につきものの、脅迫者も存在しないところがユニークです。犯罪の事実を知るものも、マーブルを愛する妻一人のみ。つまりは、はっきりと自分を圧迫する脅威は存在しないのです。あくまで、自分の内心の不安感のみが、マーブルを追いつめます。その点、題名は、内容をじつに上手く、言い表しています。
 メドランドを殺して手に入れた金も、そんなに大した額ではありません。マーブルは後に、この金を利用して、さらなる大金を儲けるのですが、そうした点を考えても、マーブルはかなりの才能を持つ人物ではあるのです。もっとも、自分の犯した犯罪の発覚を恐れるあまり、その隠蔽のために必要な金を手に入れようとするところは、皮肉が利いています。
 ちなみに、メドランド殺害のシーンは、直接的には描かれず、暗示にとどめられます。その後も、殺した、という言葉は出てこないのです。
 もしかして、メドランドは生きているのではないか?と考えてしまうミステリ巧者もいると思いますが、そこまでの引っかけはありません。ミステリとしてのトリックや、引っかけは全くなく、あくまで、罪を犯した人間の心理をじっくりと描き込む、ストレートな心理小説です。

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4月の気になる新刊と3月の新刊補遺
3月23日刊 オーガスト・ダーレス編『漆黒の霊魂』〈ダーク・ファンタジー・コレクション〉(論創社 予価2100円)
4月10日刊 巌谷國士監修『澁澤龍彦 幻想美術館』(平凡社 予価2700円)
4月12日刊 ディーノ・ブッツァーティ『神を見た犬』(光文社古典新訳文庫)
4月12日刊 ケネス・ウォーカー『箱舟の航海日誌』(光文社古典新訳文庫)
4月17日刊 ウェンディ・ムーア『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』(河出書房新社 予価2415円)
4月中旬刊  P・G・ウッドハウス『ジーヴスと朝のよろこび』(国書刊行会)
4月25日刊 クリストファー・プリースト『双生児』〈プラチナ・ファンタジイ〉(早川書房 予価2415円)
4月25日刊  飯城勇三編『ミステリ・リーグ傑作選(上)』〈論創海外ミステリ〉(論創社 予価2625円)

 オーガスト・ダーレス編『漆黒の霊魂』は、怪奇小説ファンにはたまらないセレクション。ロバート・ブロック、R・E・ハワード、ラヴクラフト&ダーレス、ジャコビ、ホジスン、D・H・ケラー、メトカーフ、シール、ウエイクフィールドなど。
 来月の〈光文社古典新訳文庫〉は、なかなか斬新ですね。ディーノ・ブッツァーティ『神を見た犬』は、ブッツァーティ初の文庫ですが、完全未訳の作品集ではなくて、ベスト版みたいなものになるようです。とりあえず本邦初訳のものがあることを期待しましょう。
 ケネス・ウォーカー『箱舟の航海日誌』は、ノアの方舟を題材にした物語らしいのですが、ちょっと気になります。
 ウェンディ・ムーア『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』は、18世紀イギリスの博物学者ジョン・ハンターの伝記風小説、らしいです。
 来月いちばん気になる新刊は、まちがいなくこれ、クリストファー・プリースト『双生児』でしょう。とりあえずプリーストの名前だけで、期待値が上がってしまいます。
 飯城勇三編『ミステリ・リーグ傑作選(上)』は、エラリイ・クイーンが創刊した幻の雑誌「ミステリ・リーグ」の傑作選。クイーンの作品中心になるようです。
悲しみのアイルランド  ピーター・トレメイン『アイルランド幻想』
4334761577アイルランド幻想
ピーター トレメイン Peter Tremayne 甲斐 万里江
光文社 2005-08

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 ピーター・トレメイン『アイルランド幻想』(甲斐万里江訳 光文社文庫)は、アイルランド土着の民俗を描いた、幻想的な短編集です。どの短編にも、イギリスに搾取され続けてきた、アイルランド国民の悲しみが背景として描かれ、哀切な雰囲気を醸し出しているのが特徴です。 
 そして、もう一つ特筆したいのは、情景描写の素晴らしさ。これほどビジュアルを喚起させる情景描写はまれでしょう。エンターテインメントにおいて、情景描写はストーリーを追うのに邪魔になりがちなことが多いのですが、この作品集においては、それが無駄なく作品の構成に組み込まれています。
 作品の内容としては、わりとオーソドックスで、古典的な怪奇小説風のものが多いのですが、どれも手堅くまとめられており、面白く読めます。
 盲目の作曲家が庭にある古代の石柱の怪に遭う『石柱』、取り替え子をテーマにした『冬迎えの祭り』、恩人の夫婦を虐殺した兵士の因果応報譚『髪白きもの』、スタンリイ・エリンの作品を思わせる奇妙な味の作品『メビウスの館』、クトゥルー神話のオマージュ『深きに棲まうもの』、時を越える恋物語『恋歌』あたりが面白いところです。
 『メビウスの館』などを読むと、この作家、ジャンル的なエンターテインメントを描かせてもなかなか達者だと思わせます。ちなみにこの作品、某映画でおなじみになった有名なオチを使っているのですが、それをさらにひねっています。
 『冬迎えの祭り』などは、「恐るべき子供たち」テーマを、アイルランドの妖精譚に置き換えたものでしょうか。
 そして、アイルランド人の不幸な境遇を感じさせられる作品も、多く見られます。例えば『大飢饉』。ジャガイモ飢饉の際に、作物をイギリス地主に全て奪われ餓死していく人々の悲惨さは、ただのホラーの枠にとどまりません。また、『髪白きもの』に登場する兵士は、アイルランド人は野蛮人だと見なし、自分の命を救ってくれた夫婦でさえ、あっさりと殺してしまうのです。全編を通して流れる、アイルランドの悲劇の歴史が、作品に彩りを与えています。
 サブタイトルの「ゴシック・ホラー」とは、いささか趣が違うかもしれませんが、幻想性と物語性とがほどよくブレンドされた秀作集です。

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ちっぽけな欲望  フィリップ・K・ディック『ドクター・ブラッドマネー』
4488696171ドクター・ブラッドマネー―博士の血の贖い―
フィリップ・K・ディック 佐藤 龍雄
東京創元社 2005-01-22

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 フィリップ・K・ディック『ドクター・ブラッドマネー ―博士の血の贖い―』(佐藤龍雄訳 創元SF文庫)は、核戦争後の世界を描く作品なのですが、荒廃した世界を描く、いわゆる「破滅ものSF」とは、ちょっとタイプが違います。むしろ、核戦争後の日常生活を描いた「普通小説」といった趣なのです。
 何しろ、核戦争直前に打ち上げた人工衛生に乗っていたために、死を免れた宇宙飛行士が、戦争後にラジオのDJとなり、世界の人々に癒しを与えている、という設定からして異色です。人々にとっては、この宇宙飛行士が、神にも等しい存在となっています。戦争後、貴重品となったラジオをめぐって人が殺し合うほどなのです。
 身体障害者に生まれながら、戦争後に超能力に目覚めたホッピーは、コミュニティーで絶大な権力を得ますが、その能力を使って、衛星上の電波を乗っ取り、自らがDJになろうとし、そして実際にそれに成功します。
 この作品において、ストーリー上の主たる起伏といえば、これぐらいしか見あたりません。核戦争後ものにありがちな、救世主の登場とか、生き残った人々のサバイバルだとか、スケールの大きな事件はほとんどありません。ただ、それにもかかわらず、退屈せずに読ませるのも事実です。
 それというのも、人々の日常生活がリアルに描かれているからでしょう。世界が滅びてしまった後も、ささいなことで争う、矮小な人々の意識が浮かび上がってくるのです。それらの人々を代表するキャラクターとして挙げられるのが、ボニーです。戦前からすでに、魅力ある女性として知られていたにもかかわらず、戦後はモラルのかけらもないような存在に変貌します。不倫を繰り返し、夫どころか子どもまで見捨てます。挙げ句の果てには、かっての恩師の殺害を示唆し、恋人よりも自分の身を一番に考えるしたたかさ。これに比べれば、狂った科学者とか、超能力を持った障害者などのキャラクターも、かすんでしまいます。
 作中の世界では、ホッピーをはじめ、超能力を身につけた子どもたち、いわゆるミュータントが生まれてくるのですが、それも超能力というよりは、ほとんど超自然的な力に近い印象を受けます。作品のタッチが限りなく普通小説に近いので、妙な読後感があります
 大きな盛り上がりには欠けますが、核戦争後の「日常」を描いた異色作として、類例が見当たらない貴重な作品です。

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閉じられた世界  ギルバート・アデア『閉じた本』
4488016375閉じた本
ギルバート アデア Gilbert Adair 青木 純子
東京創元社 2003-09

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 視覚を失った人間は、まわりの人間からの情報によって、自分のなかに世界像を作り出します。しかし、その情報が間違っていたとしたら? そして、情報提供者が悪意を持つ人物だったとしたら…?
 ギルバート・アデア『閉じた本』(青木純子訳 東京創元社)は、そんな状況に追い込まれた男の苦境を描く、サスペンス小説です。
 ブッカー賞を受賞したこともある高名な作家ポールは、交通事故で視覚を失ってしまいます。郊外の家に隠棲した彼は、世間とは没交渉の日々を送っていました。ある日ポールは、新聞に、助手を募集する広告を出します。口述筆記をしてもらおうというのです。
 やってきたのは、まだ若い青年ジョン・ライダー。ポールのお眼鏡にかなったジョンは採用され、助手として働きはじめます。有能なジョンは、口述筆記ばかりか、新しいパソコンを買い、料理もこなすなど、ポールにとって、なくてはならない存在になっていきます。
 しかしある日、買ってきてもらったパズルの絵柄が違うことに気付いたポールは、違和感を感じはじめます。考えると、他にもどこかおかしな点がある…。ほんとうに彼を信用していいものなのだろうか…?
 主人公が盲目の作家のため、情景描写などはなく、会話と主人公自身の内面描写が中心となっています。そのため、かなり読者が感情移入しやすい作りになっています。
 ストーリー展開よりも、謎につつまれた青年の正体や目的が何なのか?という方面に興味が向かいます。何しろ、あらすじと設定だけで、基本的には、話の展開が予想できてしまうタイプの話ではあるのです。それゆえ、読者の興味もしぜんと細部の描写に向かいます。
 すると、ポールが、ところどころ、日常生活で感じる違和感が見事に描き出されているのに気づきます。ネクタイが異なっていたり、シミができていることに気づくなど、主人公が神経質な人間に設定されていることもあって、じつに細かい描写になっているのです。
 ジョンが、ポールに虚偽の情報を与えているだろうことは、読者もうすうす気づくのですが、その情報がイギリス独特のものだったりするので、日本の読者にとっては、ちょっと感覚的にわかりづらいところもあります。例えば、ダイアナ妃の銅像が建った、などという情報をとってみても、日本人には判断しにくいでしょう。ただこの場合、ジョンが提供する情報が、読者にとって虚偽かどうか判別しにくい、という点では、青年の無気味さを増しているといえるかもしれません。
 サスペンスたっぷりの前半に比べて、後半はかなり失速気味です。とくに結末は、かなり弱いです。青年の正体が後半、暴かれるわけですが、その後は出来の悪いB級作品になってしまったような印象が強いですね。
 ただ、テーマ的には、批評的なものを強く含んでいます。作者もかなり意識しているようで、たとえば、作中で、盲人は、読者と同じである、という考えが出てきます。
 読書においては、基本的に、作者が伝えたいと思う情報しか示されない。もし故意に、虚偽が示されたとしても、読者は客観的にその正否を判断できない。それと同じく、盲人においても、視覚で事実を確認できないために、音声で情報を与えられれば、それを信じるしかない、というのです。
 サスペンスとしては、失敗作なのでしょうが、「読書」や「読者」について考える機会を与えてくれる…という意味では、なかなか面白い作品です。

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犬も捨てたもんじゃない  ジェイムズ・ハーバート『仔犬になった男』
B000J8EAFE仔犬になった男 (1979年)
関口 幸男
サンケイ出版 1979-10

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 生まれ変わりがあるとしたら…、そして生まれ変わった先が動物だったとしたら、あなたはどうしますか?
 ジェイムズ・ハーバート『仔犬になった男』(関口幸男訳 サンケイ出版)は、生まれ変わりをテーマにした、愛すべき動物ファンタジー。
 語り手の「ぼく」は、目覚めると仔犬になっていました。以前にどこかで何かがあったような…、おぼろげな記憶はあるのですが、それがうまく思い出せません。やがて野良犬になった「ぼく」は、他の犬とは異なる賢さを持つ犬ランボに出会い、親友になります。成長するにしたがって、以前は人間であったことの確証を得た「ぼく」は、妻と娘に会うために、そして何度も記憶にあらわれる謎の男、おそらく自分を殺したであろう男の正体を探るために、旅に出ます…。
 語り手は、以前人間であったときの記憶をかすかに残して、犬に生まれ変わるのですが、その犬としての日常生活がとても詳細に描かれます。人間らしさを残しながらも、犬としての本能にはうち勝てず、腹をすかして食物にとびついたり、軽はずみな行動をとってしまったりするところなど、じつにリアリティにあふれています。
 この手の「動物生まれ変わり」ファンタジーでは、体は動物のままでも、意識はふつうの人間とまったく同じ、というお手軽なものが多いのですが、この作品は、ひと味違います。主人公が犬になりきってしまいそうになるくらい、意識も動物側に近い感じで描かれるのです。人間の知識を利用して生き抜く、というわけでもありません。何しろ、人間であったときの実用的な知識や記憶はほとんど失われているのです。本当に人間の意識を残したまま犬になったとしたら、さもありなんという感覚が、実に色彩豊かに描かれます。
 その犬としての生活も、おとぎ話のような、きれい事ばかりではありません。生死をかけた殺し合いもまた日常茶飯事なのです。また、語り手から見た人間の二面性などについても触れられるのですが、犬の視点を通すことによって、人間も相対化してとらえられているのが面白いところ。
 物語を貫く謎として、人間としての自分はなぜ死んだのか、殺されたとしたら誰が殺したのか、というものがあります。ただ、前半の大部分は、仔犬時代の日常生活を描くのに費やされるので、ミステリ的な展開は薄いです。そして結末でも、殺人犯を追いつめる、といったような展開とはちょっと趣が違うので、そうした趣向を期待していると、ちょっとがっかりしてしまうかもしれません。
 しかし、全体を通して生への礼賛にあふれており、肯定的な結末とも合わせて、読後感は非常に良好です。「動物の視点」を描き得た作品としても、ポール・ギャリコの『ジェニィ』と並ぶ、第一級のファンタジーでしょう。犬好き、動物好きなら、読んで損はない作品です。

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憎悪の行方  パトリック・レドモンド『霊応ゲーム』
4152082623霊応ゲーム
パトリック レドモンド Patrick Redmond 広瀬 順弘
早川書房 2000-02

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 イギリス、全寮制のパブリックスクールが舞台。頭はよく素直だが、自信がなく気弱なジョナサンが、頭脳明晰ながら、傲岸で一匹狼的な存在であるリチャードと友人になったことから、いじめっこのジェイムズにつけねらわれることになります。ジェイムズの陰湿ないじめを受けるジョナサンは、ことあるごとにリチャードに助けられます。リチャードはジョナサンに、強い意志で人を憎めば何でもできる、と仄めかします。
 あるとき、リチャードの家で、古いウィジャ盤を見つけた二人は、遊び半分にそのゲームをすることになります。その直後に、いじめっこのグループにいろいろな事故が降りかかりはじめます。最初は喜んでいたジョナサンも、徐々に不安に駆られていきます。災難は超自然的な現象なのだろうか? さらに、リチャードのあまりに異常な憎悪に恐怖を覚え始めるジョナサンでしたが…。
 パトリック・レドモンド『霊応ゲーム』(広瀬順弘訳 早川書房)は、閉鎖された学園内での少年たちを描く学園小説なのですが、そこに幻想的な要素をからめているのがユニークなところ。
 まず特筆すべきは、登場人物の描き込みの素晴らしさでしょう。主人公のジョナサンをはじめ、遺伝的な狂気を秘めるリチャード、裏切られても友情にこだわるニコラス、自殺した生徒との仲に悩む教師のアラン、良妻賢母そのもののような校長夫人エリザベスなど、どの人物もそれぞれの過去があり、人物がごっちゃになることはありえません。彼らの織り成す人間関係は興味深く、序盤から読者を物語に引き込みます。
 タイトルにもある通り、ジョナサンたちが行う「霊応ゲーム」が作品のキーになるのですが、このゲームそのもの詳細や、それにまつわるオカルト的な場面は、ほとんどといっていいほど描写されません。さらに、周りの人間たちの事故とゲームとの因果関係も、最後の場面を除いて、はっきりとしていません。
 そういう意味では、これらのオカルティックな題材そのものには、あまり恐怖を感じません。それよりもむしろ、リチャードの憎悪そのものが、ゲームよりも恐怖感をかきたてるようになっています。最初は、ジェイムズのいじめや、教師の陰湿な態度などが、非常に残酷に感じられるのですが、それも後半のリチャードの狂気じみた態度に比べると、色あせて見えてきます。
 一応は恐怖小説の体裁をとってはいますが、主題はパブリックスクール内での、少年たちの友情物語です。なお、語り口にも仕掛けがこらされており、事件が経過した後に、過去を回想する…という形をとっています。プロローグで登場する、事件の関係者の一人の名前を出さないところも、実にうまい仕掛けになっています。
 繊細な心理描写、全体に流れる幻想的な雰囲気、飽きさせないストーリー展開、と「物語」としては抜群の完成度を誇る作品。超自然的な現象を肯定も否定もしない結末も、余韻を残しています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

うそつきは成功する  ジョン・コラピント『著者略歴』
4151759018著者略歴
ジョン コラピント John Colapinto 横山 啓明
早川書房 2005-11

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 どこかで聞いたような題材を扱いながらも、ジョン・コラピント『著者略歴』(横山啓明訳 ハヤカワ文庫)は、エンタテインメントの要素をこれでもかとばかりに投入した結果、非常に楽しめる娯楽作品となっています。
 作家志望の青年キャルは、ある日ルームメイトから、小説を読んでくれないかと頼まれます。その作品はまさしく傑作でした。キャルは嫉妬にとらわれますが、その直後、ルームメイトは事故死してしまいます。キャルは盗作の誘惑に駆られ、自分の名で小説を発表してしまいます。作品は、瞬く間にベストセラーになり、映画化権も売れ、巨万の富が転がり込みます。しかし、盗作の事実を知る女がキャルの前に現れます…。
 このようなタイプの話の通例で、当然、盗作の事実はばれることになりますが、本作の場合、そこに殺人の容疑がかかるところが上手いです。殺人の容疑を認めて盗作を隠すか、盗作を認めて殺人を逃れるか、二つに一つという状況に追い込まれまれるのです。
 あらすじを読む限り、追い込まれた主人公の精神的苦悩が描かれるのだろうか?と思いがちでしょうが、この作品の場合、そうした心理的な部分よりも、災難から逃れようと四苦八苦する、具体的な手段の方にウエイトが置かれています。あくまで主人公は、現実的な対策を駆使して、徹底的に災難から逃れようとするのです。その意味で、かなりアクション重視の作品ではあります。
 そして、この主人公キャルが、かなりの俗物として描かれているのが目を引きます。世俗的な欲望を持ち、成功願望の強い青年。作家を称しながらも、一行も書けないという体たらく。典型的な「ダメ男」なのですが、これが不思議と嫌悪感を抱かせません。等身大のふつうの欲望を持ち、弱さをかかえた人間だからでしょうか。脅迫にあいながらも、その屈辱よりも、妻となった女性を失うことに対する恐怖のほうが大きいところなどにも、好感が持てます。
 ストーリーの方も、次から次へと目まぐるしく起こる事件が、読者の興味をつかんで離しませんが、それだけに、後半になると、かなり急ぎ足になっている印象は否めません。ただ、結末の収束のさせ方はなかなかユニーク。
 この手の話では、だいたい主人公は破滅するのが常なのですが、この作品、曲がりなりにもハッピーエンドになってしまうのです。その展開の仕方には賛否両論あると思いますが、こんな手もあったのか!と思わせる、ひねった解決は、なかなか斬新です。

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おとぎの国の狂紳士  リチャード・ダッド
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 比喩的に「狂気の画家」などという表現が、使われることがあります。「天才と狂人は紙一重」などという言葉もあるように、狂気には、どこか恐れと同時に、憧れの感情が混ざることも、ままあるようです。ですが、実際に「狂った」画家というのは、あまり褒められたものではありません。
20070215221223.jpg そもそも精神の荒廃した人間に、魅力的な絵が描けるのか?という点では、大いに疑問を抱かざるをえないのです。ですが、その疑問を打ち破るような人物が存在します。イギリスの画家リチャード・ダッド、彼こそは文字どおり「狂気の画家」なのです。
 19世紀前半、イギリスに生まれたリチャード・ダッドは、早くから絵の才能を表し、将来を嘱望されていました。しかし中東旅行を期に、精神病を発病してしまいます。帰国した後も病状は悪化し、ついには父親を悪魔だと思い込み、刺殺してしまうのです。
 精神病院に収容されたダッドは、その後も絵を描き続けます。発病後も、絵の才能が衰えることはありませんでした。死去するまでの40数年間、ダッドは精神病院内で絵を描きつづけたのです。
20070215221204.jpg さて「狂気の画家」の作品は、どんなものなのかと思いきや、想像するほどには非常識なものはありません。ダッドの場合、狂気によって創造力が活性化された、というよりは、絵の才能と意欲が狂気を押さえつけた…という面が強いのかもしれません。
 彼の作品の大部分は水彩画なのですが、全体的に色彩が薄い傾向があります。ありあまる技量は感じ取れるものの、深い印象を与えるものは多くはありません。その中で印象に残るのは、バラードの物語に想を得たという『狂えるジェーン』でしょうか。他の作品にも共通するのですが、人物の表情に、ある種、鬼気迫るものが感じられます。
 やはり彼の本領が発揮されているのは、油彩画でしょう。とくに「妖精」を扱った、いくつかの作品は、迫力に満ちています。全作品に占める割合は少ないのですが、ダッドが「妖精画家」と呼ばれるのも、ゆえなしとしません。
 叙情的な『夕辺』、愛らしい『パック』、妖気ただよう『バッカス祭の情景』もそれぞれ素晴らしい作品ですが、代表作としては、やはりこの2点があげられます。『お伽の樵の入神の一撃』『対立・オベロンとティターニア』です。
 どちらの作品も、すさまじい細密描写が特徴です。偏執的なまでの描き込みが、リアリズムの方向ではなく、逆にファンタジーの方向へと、作品を押しやっているようです。ことに『お伽の樵の入神の一撃』に至っては、画面上のすべての要素が等しく描き込まれており、一度見ただけでは焦点がつかみにくいほどです。9年近い歳月を費やして、まだ未完成というから、まったく空恐ろしい作品です。 
 センセーショナルな話題が先行してしまう感のあるリチャード・ダッドですが、その作品にはやはり、再評価に値する魅力が充分にあります。
 本邦では、唯一の画集『夢人館8 リチャード・ダッド』(小柳玲子編 岩崎美術社)が刊行されていますが、内容・解説ともに充実の一冊になっていますので、興味を持たれた方は、御覧になってはいかかでしょうか。





プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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