3月の気になる新刊と2月の新刊補遺
2月21日刊 松尾由美『九月の恋と出会うまで』(新潮社 1470円)
2月24日刊 道尾秀介『片眼の猿』(新潮社 予価1680円)
3月10日刊 若島正編『棄ててきた女』異色作家短篇集19(早川書房 予価2100円)
3月10日刊 若島正編『エソルド座の怪人』異色作家短篇集20(早川書房 予価2100円)
3月10日刊 『タルホ・スコープ 稲垣足穂の世界』(平凡社コロナ・ブックス 予価1680円)
3月16日刊 トマス・ド・クインシー『深き淵よりの嘆息』(岩波文庫 予価630円)
3月20日刊 パトリック・マグラア『失われた探険家』(河出書房新社 予価1995円)
3月25日刊 アン・アーギュラ『わたしが殺された理由』(ハヤカワ文庫 予価756円)
3月30日刊 最相葉月『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社 予価2415円)
3月下旬刊 アルフレッド・ベスター『ゴーレム100』(国書刊行会 予価2730円)
3月下旬刊 ロバート・E・ハワード『黒い予言者』《新訂版コナン全集3》
3月刊   紀田順一郎『幻想と怪奇の時代』(松籟社 予価2100円)

 このブログでは、基本的に日本作家はとりあげてないのですが、じつは松尾由美はお気に入りの作家のひとりです。ちょっと風変わりな作品を書く作家ですね。SFやファンタジー的な要素が、ほどよく散りばめられているので、ジャンル小説が苦手な読者にも勧められる作風です。
 新刊の『九月の恋と出会うまで』もさっそく読んだのですが、期待に違わぬ作品でした。SF的な設定を使ったラブストーリーなのですが、この作者、日常的な小道具にそうしたファンタジー的な要素をからめるのが、すごく上手いです。今回は、エアコンの穴が、時空を越えた場所につながってしまった、という何とも洒落た設定。タイム・パラドックスなんかも出てきてSFファンにも楽しめるのではないかと思います。
 『片眼の猿』は、日本作家の中では、個人的に今いちばん気になっている作家、道尾秀介の新作。また何か「仕掛け」のある作品らしいですが、あんまりホラー的な要素はないみたいですね。この人は、ミステリよりもホラーの方に適性があるような気がするので、そちら方面を期待したいところです。
 〈異色作家短篇集〉もいよいよ完結。最終配本は、アンソロジー二冊と豪華です。『棄ててきた女』はイギリス編、『エソルド座の怪人』は世界編。
 〈奇想コレクション〉の新刊は、パトリック・マグラア『失われた探険家』。マグラアは、題材はグロテスクなものが多いのですが、小説作りは非常に達者なので、読ませます。どこか夢野久作なんかと似た感じのする作風ですね。
 アン・アーギュラ『わたしが殺された理由』は、初めて聞く作家ですが、あらすじが気になります。「前世が殺人事件の被害者だと知った刑事は、自分を殺害した犯人を追う。輪廻ミステリ。」らしいです。
 紀田順一郎『幻想と怪奇の時代』は、怪奇小説紹介のパイオニアたる著者の回想記。SFやミステリ方面では、この手の回想本もわりと見るのですが、怪奇小説方面のものはあまり聞いた事がないので貴重ですね。ホラー好きな方は必読でしょう。
ロマンティックな妄想  イサベル・アジェンデ『エバ・ルーナのお話』
4336035962エバ・ルーナのお話 (文学の冒険シリーズ)
イサベル アジェンデ Isabel Allende
国書刊行会 1995-07

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 チリの作家、イサベル・アジェンデの長編『エバ・ルーナ』(木村栄一、新谷美紀子訳 国書刊行会)は、数奇な運命のもとに生まれた少女エバの生涯を描いた、大河小説でした。
 その主人公、エバが語ったという設定の短編を集めたのがこれ、『エバ・ルーナのお話』(木村栄一、 窪田典子訳 国書刊行会)です。最初と最後に、枠となる物語として、エバと恋人ロルフの物語が置かれていますが、基本的には、短編それぞれが完結したお話なので、『エバ・ルーナ』を読んでいなくても楽しめます。
 中には、結末が尻切れトンボというか、はっきり完結していないものも多いのですが、共通するのは、どの短編もその密度が尋常ではないということ。しかも濃厚な油絵のような筆致ながら、ロマンティックな甘さがあります。それも、トレンディドラマのような甘さではなく、現実の厳しさ、容赦なさを描きながらも、人間の愛がかいま見えるような甘さ、とでもいえばいいのでしょうか。
 そして舞台となる現実もまた、単なるリアリズムの現実ではありません。超自然的な現象こそ起こらないにせよ、あまりに現実離れした苦難が登場人物を襲います。見方によっては荒唐無稽としか見えない世界なのですが、アジェンデにかかると、そこに濃密なリアリティが生まれるのです。
 アジェンデの作品のパターンの一つとして、権力や富を持ちながらも人間不信に陥っている男の心を、愛をもって開かせる女、という少女小説的なものがあります。このパターンが露骨に出ている作品は、わりと陳腐なのですが、その場合でさえ十分に読ませられてしまうのは、アジェンデの恐るべき筆力のためでしょうか。
 この短編集の中で言うと『二つの言葉』『クラリーサ』『ヒキガエルの口』『判事の妻』『ある復讐』などがそのパターンにあてはまります。知恵遅れの娘が弾く音楽に惹かれ、娘を47年間も監禁する『心に触れる音楽』、老いた独裁者に同情した美しい大使夫人が、独裁者の心を開かせようとするが、すぐに飽きてしまうという『幻の宮殿』などは、そのパターンをひねったものでしょうか。
 どの作品も文句なく面白いのですが、特によかったのは『トスカ』『小さなハイデルベルク』です。

 『トスカ』 オペラの「トスカ」のようにロマンティックな妄想に駆られた人妻が、夫と息子を捨てて愛人と出奔します。しかし愛人は、女の夢についていくことができずに、現実の前で疲弊し、死んでしまいます。女は数十年後、元夫と息子を見かけます。二人の前に現れて、感動の再会をするという、またもやロマンティックな妄想が女の頭の中に浮かびます。しかし、二人の絆の深さを目の前に見た女は、現実と夢のはざまで揺れ動き、結局すごすごと引き下がります…。
 夢と現実、というアジェンデの最大のテーマが、上手く凝縮された一編です。

 『小さなハイデルベルク』 長年ペアを組んで踊ってきた「船長」とラ・ニーニャ・エロイーサは、40年間もずっと口をきいたことがありませんでした。「船長」は外国人のため、周りの人間と話すことができなかったのです。過去については誰も知らず、当て推量から、船長はフィンランド人だということになっていました。ある夜、外国の若いカップルがダンスホールに現れます。船長はカップルの話す言葉が、自分の母国語だと知るや、彼らに話しかけ、通訳をしてほしいと頼みます。そして船長が発した言葉はラ・ニーニャ・エロイーサへの結婚の申し込みでした…。
 40年間もその国にいるにもかかわらず、言葉が全くわからないのはおかしい、という疑問はさておき、結婚を申し込むために40年間も待ち続ける、という、あまりといえばあまりにロマンティックなストーリーにもかかわらず、アジェンデの筆は実に可憐です。

 アジェンデの描くストーリー自体は、かなり荒唐無稽であるにもかかわらず、その骨太な人物描写により、リアリティが与えられています。その豊穣な物語世界は、至福の時間を与えてくれるでしょう。

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人か獣か  ロバート・ストールマン〈野獣の書〉3部作
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 狼男、あるいは人狼を扱った作品は、今となっては珍しくありませんが、ロバート・ストールマンの〈野獣の書〉3部作(『孤児』『虜囚』『野獣』宇佐川晶子訳訳 ハヤカワ文庫SF)のユニークさは群を抜いています。
 狼男に限らず、いわゆる「怪物」を扱った小説には、大きく二つのパターンがあるように思います。ひとつはあくまで「怪物」を「怪物」そのものとして描くパターン。つまりは「怪物」の内面には全く踏み込まず、ただ排除すべき敵として描くものですね。
 そしてもう一つは「怪物」の内面を描写することによって、その孤独や疎外感、精神的苦悩を描くもの。
 その分類からすると、ストールマンの作品は、後者のタイプに属します。ただ、このシリーズの独創性は、主人公である「野獣」が、人間社会に触れることによって社会性を獲得してゆくという、成長小説的な面を合わせ持っているところにあります。

1巻『孤児』 異様な姿形、凶暴な力を持ちながらも、高い知性を持つ〈野獣〉は、人間の子供に変身し、人間の間で暮らすことになります。ロバートと名乗るようになった彼は、人間として固有の人格を持ち、さらに純真な心を持っていました。気のいい農夫の夫婦のもとで暮らすロバートは、人間の心を学んでゆきます。しかし、あるとき、浮浪者による襲撃を受け、愛する家族が襲われたとき、ロバートは正体をさらしてしまいます…。
 その正体も、由来もまったく説明されない〈野獣〉とそれが変身した人間の姿、それぞれの人格が互いに分離しているという設定がユニークです。どちらかがどちらかを支配する、といった関係ではなく、まったく等価の人格として、それぞれが存在するのです。幼いロバートは、その外見に見合う純真な心を持っており、それゆえ内に秘めた〈野獣〉との葛藤をも引き起こしてしまいます。
 ただ、葛藤といっても、怪物になってしまった人間の葛藤であるとか、己の中の獣性と人間性との戦い、とかいうのとも違います。何しろ〈野獣〉は、高い知能を持っているので、本能のままに暴れるわけでもありません。そういう意味で、単純な「獣性」ととらえることもできないのです。複雑な行動をとる〈野獣〉の目的とは何なのか、多くの謎を残しながら、読者の興味をつないでいきます。

2巻『虜囚』 「野獣」は、新たな人間の人格バリー・ゴールデンに身をやつします。バリーは、かって恋したベールの妹レネイのもとに赴きますが、レネイと恋に落ちてしまいます。嫉妬に狂ったレネイの夫によって殺されかけた矢先に、「野獣」の力によって何とか窮地を切り抜けたバリーでしたが、思いがけず、農夫たちによって捕らえられてしまいます…。
 この巻では何と「野獣」が結婚してしまいます。『孤児』では少年期・青年期の心理を描いてきたのに対応するように、この巻では大人の人格を持った「野獣」が、異性と恋愛をするのです。ただ『孤児』に比べて、急ぎ過ぎの感があります。『孤児』では丹念に描かれていた心理描写ですが、この巻では、ストーリーを進める出来事の方にウェイトがかかってきた感じです。嫉妬深い夫によって誘拐された恋人を助けに向かう、という展開もかなりメロドラマチックで、通俗的な雰囲気が濃くなっています。

3巻『野獣』 自分は「野獣」の作り出した架空の存在ではないということを確信したバリーは、自らの存在理由を求めてインディアンの集落に向かいます。一方、息子を亡くし、死病にとりつかれていたジョージ・ボーモントは、リリーと名乗る若い女性に命を助けられます。
 そして新たに登場した、もう一匹の「野獣」の力によって、ジョージは病気を克服します。しかし、その直後に、リリーは姿を消してしまいます。残されたリリーの手紙には「野獣」の望みによって、姿を消すことが記されていました。二匹の「野獣」はお互いに惹かれ合っているのだろうか。ジョージとバリーの運命もまた重なり合っていきます…。
 最終巻で、ジョージ・ボーモントと、もう一匹の「野獣」が現れることによって、物語は俄然、面白くなってきます。バリーのパートよりも、ジョージのパートの方が中心になりますが、リリーとのロマンス、そして失踪したリリーを求めて旅に出る展開は王道ながら、面白さは保証つき。
 「野獣」の分身であるはずの人間が、過去に存在したことの証拠、「野獣」の力を押さえるお守りの謎など、今までの全ての謎が収束していきます。前巻まではファンタジー的な要素が強かったのですが、本巻に至って、物語の謎や設定に、SF的な解釈が与えられることによって、かなりSF色が強まっています。

 結末では、最終的な主人公の判断に違和感を覚えてしまう部分もあり、賛否両論あると思うのですが、全体を通して、整合性もうまくつけられており、完成度は高い作品です。
 三部作のそれぞれが、異なった色合いを持っている点もユニークです。1巻は少年の成長物語。2巻はアクション重視の娯楽編。3巻は思索を含んだSF、といった感じでしょうか。
 1巻の完成度がずば抜けており、これで完結してしまっても、充分評価に値したと思います。2巻以降は作品のテーマが少しずれてきてしまうような印象を覚えるものの、読んで損はないシリーズでしょう。
夜が明けたら  フィリップ・ハース監督『天のろくろ』
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Lathe of Heaven -天のろくろ-
ジェームズ・カーン アーシュラ・K.ル=グウィン フィリップ・ハース
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 アーシュラ・K・ル・グィンの『天のろくろ』は、夢で世界を改変してしまう能力を持った青年を描いた傑作小説。この作品を映像化したのが、同名タイトルの、フィリップ・ハース監督『天のろくろ』(2002 カナダ・アメリカ)です。
 ジョージ・オア青年は、軽犯罪で裁判を受けさせられた結果、精神科医の治療を受けることになります。悪夢に悩まされていた彼は、夢を見ずにすむように、薬を盗んだというのです。担当医となったヘイバー博士は、ジョージから驚くべきことを聞き出します。
 ジョージは、見た夢によって現実を改変することができるというのです。ただし夢の内容は自分で決めることはできません。夢を見るたびに、思いもかけぬ方向に、現実が少しづつ変わっているのだと。
 博士は、夢の内容を操作する「増幅機」を使って、ジョージを治療しようと考えますが、治療を続けるうちに、ジョージの能力に気付きはじめます。ジョージの能力を利用して、自らの富と権力を増大させようと計る博士。その意図に気付いたジョージは、弁護士ヘザーの力を借り、ヘイバーから逃げ出そうとします…。
 ストーリーや登場人物などを始め、原作をかなり忠実に映像化しています。もともと原作でも、それほど派手な展開はないだけに、この映画版もかなり地味な展開ではあります。
 現実世界の改変、というのが、この作品の見せ所なわけですが、目を引くCGやSFXは、ほとんど使われていません。というか、現実世界そのものが変容するシーンなどは、全く描かれません。ジョージが目覚めた後に、室内のインテリア、窓から見える景色、周りの人物の服装などを変えることによってのみ、現実が改変されたことを表しています。
 原作を読んでいないと、序盤は何が起こっているのか、わかりにくいかもしれませんが、慣れてくると、毎回ジョージが目覚めるたびに、ヘイバー博士や秘書の服装、性格までもが一変していく、という趣向はとても面白いです。ただ現実世界そのものがどのように変わったのか?という情報は、テレビのニュースであるとか、細かい描写などで示されるので、注意して見ていないと、気付きにくいのは確かです。疫病で人口が減った結果、電車がガラガラになるとか、人口問題の解決で居住スペースが巨大になったりするなど、なかなか芸が細かい描写になっています。
 メインストーリーに関しては、改変能力を巡っての、ジョージとヘイバー博士の対立、という点では原作と同じテーマを共有しています。ただ原作では、改変を巡っての倫理的な問題がクローズアップされていましたが、映画版では、そうした思想的な対立よりも、権力関係の対立の側面が強くなっています。あとは、ヘザーとのラブストーリー的な面も強調されています。
 全編これ、会話がやたらに多く、見た目のスペクタクルは皆無に等しいのですが、その静謐な雰囲気は、原作をうまく映像化しており、これはこれで味のある秀作ではないでしょうか。

※原作の感想はこちらです。
ねじれた人生  ロバート・トゥーイ『物しか書けなかった物書き』
430980103X物しか書けなかった物書き
ロバート・トゥーイ 法月 綸太郎 小鷹 信光
河出書房新社 2007-02-10

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 ロバート・トゥーイの作品は、風変わりです。その特徴を一言で言うなら、ストーリーのねじれ具合、でしょうか。あまりに不自然な方向にねじれていくその展開は、何とも妙な読後感を味あわせてくれます。
 本邦初のトゥーイ傑作集となる『物しか書けなかった物書き』(法月綸太郎編 小鷹信光他訳 河出書房新社)には、ナンセンス・ストーリーだけではなく、人情もの、ホラーもの、クライム・ストーリーも収められ、ヴァラエティに富んだ編集になっています。

 『おきまりの捜査』 まだ若いクランプ巡査は、通報を受け、パーク夫人の家を訪れます。昨夜、夫が亡くなったと聞いた巡査は、さっそく死体を見せてもらうことにしますが、そこにあったのは、緑色のパジャマを着た骸骨! 要領を得ない夫人の話に加え、ちょうど訪ねてきた姪のマーブルも、おばに同調するかのような態度をとります。困惑するクランプ巡査が見たものとは?
 巡査と夫人のかみ合わない話が続く序盤から、違和感を感じさせるナンセンス・ストーリー。現実的な解決を期待していた読者は驚かされることでしょう。

 『階段はこわい』 何度も妻を死なせている男ラケットに、不審の念を抱きつづけるチェンバーズ警部補。四度も妻が偶然死するなどということはありえない! ラケットを殺人者だと確信しながらも、その動機は皆目つかめません。しかも時を経ずして、再び結婚したラケットの意図はいったい何なのか? 彼の不吉な言葉に、不安を覚えるチェンバーズ警部補が知った、驚くべき事実とは?
 リアリティを根底から覆す、不自然なプロットの極致。偶然が偶然を呼ぶ、驚天動地のクライム・ストーリー。

 『そこは空気も澄んで』 若く熱意にあふれたベンは、親代わりのおじのアルとともに、大物ミスター・コストの部屋を訪れます。組織には、命令に黙って従える人間しか用はない、という言葉に二人はうなずきますが、ミスター・コストの示した試験は、とんでもないものでした…。
 野望と人情の板挟みになる青年。彼が選んだのはいったいどちらだったのか? 余韻を感じさせる結末が印象的な佳作です。

 『物しか書けなかった物書き』 かってはハリウッドで幅を利かせた作家バートは、ある日、自分がタイプライターで書いたものを、現実に作り出す能力があることに気が付きます。しかし作り出せるのは「物」だけ。金のような「価値」は作り出せないのです。作り出した「物」を売りさばいて、富を得るようになったバートでしたが、やがて上流気取りの妻のライラを厄介払いする方法を考えはじめます…。
 SF風のアイディアを用いながらも、その展開はミステリのもの。妙に生活感にあふれた描写が、奇妙な味をかもし出します。

 『拳銃つかい』 やり手の殺し屋アーニーは、大物であるいとこのホッグフェイスから、新たな殺しの依頼を受けます。彼を疑っている刑事をうまくやり過ごしたアーニーは、田舎町に到着します。標的である雑貨店の主人を、強盗に見せかけて殺そうと考えたアーニーでしたが、店主は思わぬ行動に出ます…。
 殺し屋を扱った、切れ味するどいクライム・ストーリー、のはずなのですが、後半に明かされる事件の真相が、へんに泥臭いところが、面白い味を出しています。

 『いやしい街を…』 三文小説家カーマックに作りだされた小説中の探偵であるフロッグ・オフラナハンは、使い古された「いやしい街」を歩くのにうんざりしていました。登場人物も、他の作家のまねをした、ボール紙のような人間ばかり。しかし創造主の期待を裏切れば、即刻消されてしまいます。仕方なしに命令に従うオフラナハンは、今回の依頼人の女性が、なぜか強い現実感を帯びているのに、驚かされますが…。
 ハードボイルドをパロディ化した、メタフィクション的作品です。作者の安っぽい趣向を馬鹿にする登場人物、キャラクターの一挙一動に口をはさむカーマックのセリフがおかしさを誘います。

 『墓場から出て』 ハリウッド俳優ランス・ラングーンが目を覚ますと、体は骸骨になっていました。そうだ、自分は愛人の夫に撃たれて殺されたはずなのに。しかも自分の人生が映画化され、喝采を博しているということを知ったラングーンは、姿を隠してハリウッドに向かいますが…
 突如、死からよみがえった男の冒険行。明確なメインストーリーがなく、次々とねじれた方向に進んで行く物語が読みどころ。結末では、起きたことが現実なのか幻想なのかさえもが、曖昧模糊となる幻想小説です。

 『予定変更』 人生がうまく行っていることに満足感を抱いていたジャック・ダネンは、突然、車の正面に男が倒れ込むのに気が付きます。あわてて停車したダネンでしたが、男に拳銃でおどされ、彼を乗せていく羽目になります。格好といい、顔色といい、男の様子は、まるで死んでいるよう。男は自分の体は、ホイットロックという男のものだと話します。しかし自分はホイットロックではない、とも。男の話に困惑するダネンでしたが…。
 ダネンの車にヒッチハイクした男はいったい何者なのか? 徐々に明らかになる意外な真相。無気味な男と二人、奇妙な深夜のドライブの行方は? 超自然味が濃厚なホラー的作品ながら、結末において、突如クライム・ストーリーに変貌する展開には、驚かされます。

 『八百長』 競馬にのめり込んでいるストレンバーグは、競馬場に勤める友人ヴァシリーから、イカサマのレースの情報を聞きます。ヴァシリーは親友だし、彼には何度も、儲けさせてもらっている。しかし手持ちの金を切らしていたストレンバーグは、ほうぼうの人々に金を貸してくれるようにと、頼んで回ります。そしてレース当日、思わぬ結果が…。
 競馬で身を持ち崩した男の、ある日の情景を切り取った人生スケッチ風の掌編。登場人物の描写からは、下層の人々に寄せる作者の同情心が感じられます。

 『オーハイで朝食を』 ジェームズ・クォークは、保安官捕の訪問を受けます。車の事故で死亡したミルズ夫妻のノートブックに、彼の名前と住所が示されていたというのです。しかし彼の知っている夫婦はドゥ・ソリスと名乗っていました。しかも一緒に過ごしたのはほんのわずか。記念に撮った写真を送るために、名前と住所を教えただけだ。不信感を抱くウィアー巡査部長は、クォークから詳しい話を聞き出します…。
 ウィアーとクォークのやり取りから、夫妻の異常な精神状況が明らかになります。クォークが違和感を抱いた夫婦とのやりとりは、一体どんな意味を持っていたのか? 夫妻の隠された意図が明らかになるクライマックスには驚かされるはず。交錯する人生の不思議な断片をかいま見せる、集中随一の力作。

心やさしき人たち  ポール・ギャリコ『銀色の白鳥たち』
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銀色の白鳥たち―ある童話作家の告白
ポール・ギャリコ 古沢 安二郎
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 『ジェニィ』『ポセイドン・アドベンチャー』『雪のひとひら』『七つの人形の恋物語』など、ポール・ギャリコの描いた物語は、さまざまなジャンルにわたっています。しかし、それらの作品に共通するのは、登場人物に寄せる作者の限りない愛情。どのジャンルの作品を読んでも、「物語」を読んだという満足感と、後味の良さが残ります。
 本書『銀色の白鳥たち ーある物語作家の告白ー』(古沢安二郎訳 ハヤカワ文庫NV)には、ギャリコの数少ない短編が集められていますが、そこにも同じく、登場人物たちへの優しい視線が感じられるのです。

 『主として自伝的な』 生誕からスポーツ・ライター、そして作家になるまでの生涯を語った自伝的読み物。そこはギャリコのこと、単なる事実の羅列には終わりません。印象的なエピソードを、面白おかしく語っています。そして何よりも、人生に対する、いい意味での楽観主義、積極性が強く感じられ、読んでいて心地よい文章になっています。

 『マッケーブ』 夜勤の記者マッケーブは、クリスマスの夜、重大なニュースを受け取ります。それは有名なギャングが殺されたというもの。しかし印刷工たちは皆帰った後でした。マッケーブは、最低限の職人たちを駆り集め、たった一人で号外を出そうとしますが…。
 ギャリコの短編デビュー作。生硬な部分も感じられるものの、物語に込められた熱意が心地よい作品。

 『魅惑の人形』 町医者であるスティーブン・アモニイは、玩具店で姪へのプレゼントを探しているとき、えも言われぬ魅力を持つ人形を見つけます。関心を持ったアモニイは、店の主人から、人形の作者はローズ・キャラミットだということを聞き出します。ある日、偶然にローズ・キャラミットの家を往診に訪れた彼は、その女の俗物性に驚きます。やがて人形の本当の作者が、足の不自由なローズの姪、メーリィであることを知ったアモニイは、彼女に惹かれていきます。衰弱しつつあるメーリィを助けるには、彼女をローズから引き離さなくてはならないと、彼は考えるのですが…。
 精神的な傷をもつ無垢な少女と医者の、可憐なラブストーリー。人形が実にうまく使われており、物語の中で重要な役割を果たしています。

 『帽子』 ギリシャ人の工夫パブリデスは、たまたま通りかかった汽船の人々に対して帽子をふりますが、ふとしたはずみに帽子が飛ばされてしまいます。それ以来、落ち着かなくなった彼は、帽子を取り戻すために、船の行方を探します。乗客の一人が、帽子をかぶってアメリカに渡ったという情報を聞いたバブリデスは、自分もアメリカに渡ることを決意します…。
 帽子を追って旅をする男、という何ともロマンチックなストーリー。そしてアメリカで、功成り名を遂げたバブリデスが帽子に再会した場所とは? 運命の悪戯を描く、まさに大人のメルヘンともいうべき冒険物語。

 『ムッシュ・ボンバルのばかげた秘密』 フランスの片田舎のレストランの店主、ムッシュ・ボンバルは、いつかミシュランの星付きのレストランになることを夢見ていました。ミシュランの検査官が来ることが前もってわかりさえすれば、自慢の料理を出す自信がある、と考えていたボンバルは、ある日、匿名の手紙を受け取ります。そこには店に検査官が来る日付が記してあったのです。しかも、その日付けは今日! 彼は、あわてて料理の支度を始めますが…。
 予想にたがわず、ムッシュ・ボンバルの料理は失敗してしまうのですが、思わぬどんでん返しが…。ほろりとさせる暖かい結末が読みどころです。

 『銀色の白鳥たち』 老年にさしかかったファンドビィ博士は、テムズ川のそばで停泊している屋形船を見つけます。船の持ち主は驚くべきことに若い女性でした。タコを飼い、古い楽器をつま弾くその女性は、テティスと名乗り、博士を魅惑します。ある夜、劇場に訪れた博士は、主演女優アリス・アダムズが、あのテティスと同一人物であることを知って驚きますが…。
 天衣無縫なテティスのキャラクターが、実に魅力的。お話は型通りのラブストーリーではありますが、キャラクターの繊細かつ愛らしい描写で読ませます。
 
 『ガラスのドア』 詩人を自称する「わたし」は、マディスン街にあるビルのガラス越しに、花嫁衣装を着て撮影をしている若い女性を見かけます。輝くばかりの美しさにとらえられた「わたし」は、その理由を知りたいと思います。数日後、タクシーに乗ろうとしている彼女を再び見かけた「わたし」は、思いきって声をかけます。しかし、彼女の容姿は相変わらず美しいものの、あの輝きは失せていました。「わたし」は、その理由を探ろうとしますが…。
 ロマンティックな性癖をもつ青年が追い求める「美しさ」の秘密とは? 男女の駆け引きと、すれちがいが織り成すストーリーが、余韻のあるラストへ読者を導きます。

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錬金術的ファンタジー  レメディオス・バロ
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 今回から〈ファンタスティック・ギャラリー〉と題して、不定期に、お気に入りの美術や画家を取り上げていきます。まず最初は、スペインで生まれ、後にメキシコで活躍した女流画家、レメディオス・バロを紹介したいと思います。
20070208204727.jpg アカデミックな芸術教育を受けたバロは、若くして芸術活動を始めます。アンドレ・ブルトンを代表とする、いわゆる「シュルレアリスム」運動に参加するものの、この時点ではまだ、見るべき作品はないようです。彼女が本領を発揮するのは、メキシコに渡ってからです。
 「魔術」や「錬金術」が、モチーフに現れるようになり、徐々に神秘的な傾向が強くなってくるのです。具体的には、星や月、鳥といった錬金術的アイテムが多くとりあげられています。例えば、代表作とも言うべき『星粥』を見てみましょう。かごの中の月の赤ちゃんに、星を砕いて作ったお粥を与える情景を描いた、何ともファンタスティックな作品です。また『星の狩人』では、虫取り網(星取り網?)で星を捕まえる女性が描かれています。
20070208204823.jpg そしてバロの作品の最大の特徴として、よく登場するのが「機械」。それもありきたりの既製品ではなく、バロのオリジナルかつファンタスティックな「機械」なのです。『星粥』でも、星を砕いて粥にする「機械」が登場していましたが、多くの作品で、それぞれ独自の、奇妙ながらも空想的な「機械」が現れます。
 『鳥の創造』では、星の光を調合して、絵の具を作り出す「機械」が登場しています。その絵の具から飛び出すのは本物の鳥! 逃亡する男女を描いた『逃亡』では、二人が乗る乗り物が描かれています。また、螺旋形の城塞を描いた『螺旋の運航』や、どことも知れぬ峡谷を行く船を描いた『彼岸の世界』でもオリジナルの船が登場しています。バロは、技師だった父親に製図の訓練を受けたということですが、その影響もあるのでしょう。デザイン的にも独創的で、見ていて飽きさせません。
20070208204814.jpg20070208204756.jpg 基本的に、バロの作品では、現実が舞台になることはなく、どことも知れぬ幻想的な空間が舞台になっています。森の奥深くであったり、湖であったり、塔の上だったりと、そこに共通するのは童話的な世界。しかも、その世界に違和感を抱かせることなく存在するファンタスティックな「機械」。何とも魅力的な世界を作り出しているのです。
 絵画とはいいながら、「機械」をはじめとする細部をじっくり眺めることによって、そこに物語が浮かび上がってきます。その意味で、まさに「見る物語」といっていいのかもしれません。
 ちなみに日本では、1999年に一度だけバロの展覧会が開かれており、その際に作られた図録は非常にすばらしい出来なので、機会があったら御覧になることをオススメします。

テーマ:イラスト - ジャンル:その他

紳士的サバイバル  リチャード・ハーレイ『流刑地サートからの脱出』
流刑地サートからの脱出
リチャード ハーレイ 吉浦 澄子
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 極限状況に置かれた人間たちが、獣性をむき出しにしたり、醜い争いが展開される、というタイプの物語があります。しかし、同じようなテーマを扱っていながら、イギリス作家リチャード・ハーレイの作品『流刑地サートからの脱出』(吉浦澄子訳 新潮文庫)は、ひと味違います。この作品においては、登場人物たちは節度を保ちつつ、争うのです。
 近未来のイギリス、犯罪者の増加で刑務所の収容能力がパンクした結果、政府は、孤島に流刑地を作ります。矯正不能と判断された男たちが送られるこの島は「サート」と呼ばれていました。無実の罪でとらえられたラウトリッジは、サートに送り込まれてしまいます。まわりを海と監視に囲まれた島サートには、無法者のグループと秩序を打ち立てようとする二つのグループがありました。
 「ファーザー」と呼ばれるカリスマ指導者に率いられるグループに加わったラウトリッジは、生き残りをかけた厳しい生活を強いられます。一時は、自尊心や自信を失ったラウトリッジでしたが、サートでの生活を通して、新たな生存意欲を見い出していきます…。
 近未来といっても、ハイテクや高度な技術が出てくるわけではありません。あくまで島での、ある種、原始的なサバイバル生活を描いています。とはいっても、全体的に、主人公の精神的な成長の描写に多くを費やしており、サバイバルや戦いの描写自体はそんなに多くありません。
 すべてを失い、島に放り出された主人公が、ときには殺人や汚い手段を使うことを余儀なくされながらも、道徳的に堕落するわけではないところに、この作品の良さがあります。あくまで人間としての品位を失いません。たとえば、共同体内で禁止されている同性愛を発見した主人公は、密告すべきかどうか悩むのですが、自分を手助けしてくれた恩を思い出し、密告を思いとどまります。他の囚人たちも、かなりの重罪を犯して、島に来たはずなのですが、それなりの人間性や思いやりを持っているのです。
 もちろん、敵となる無法者のグループの人間たちは、利己心むき出しで、暴力衝動にあふれています。新たに送り込まれた囚人を強姦したり、殺したりします。その中でも「ファーザー」の対極というべき存在が、マーティンソンという男。超人的な戦闘力を持ち、人々から恐れられています。しかも、権力欲や物欲をあまり持たないところが、特徴的です。ただ「ファーザー」に対して異様な執着を持っているのです。
 当然の流れというべきか、最終的には、二つのグループ間に戦闘がおきます。このクライマックスでは、たっぷりとした戦闘シーンがあるかと思いきや、あっけなく終わってしまうところもまたユニークです。ここまでサスペンスを高めてきたのだから、もうちょっと戦いの描写を増やしてもいいとは思うのですが、不思議と物足りなさは感じません。
 題材のわりに、暴力描写がかなり少ないというのもありますが、作品全体を通して、暴力的な生臭さはあまり感じられないのです。これが、イギリス作家の筆になるからなのでしょうか。過酷な状況におかれた人間の成長物語として、なかなかの佳作です。後味が非常によいので、暴力描写が苦手な読者にも、お勧めしたい作品です。
1周年
 2月7日で、このブログを始めてから、ちょうど1年経ちました。まだたった1年ですが、ここまで続けられたのは、いつも読んで下さる方のおかげです。ありがとうございます。
 さて、この場を借りて、これからの予定というか抱負などを、すこし記してみたいと思います。
 基本的には、翻訳小説中心という路線はそのままですが、もうちょっと他にもやってみようかな、ということもあります。まずは美術やアート関係の記事。特に美術の知識が豊富というわけでもないんですが、紹介したい画家や作品、というのがあります。「ヴィジュアル本」というカテゴリーで、絵本とかイラスト集とかは今までも取り上げてきましたが、もうちょっと「美術」よりの方向で書けないかな、と思っています。
 先日、アントワーヌ・ウィールツの記事を書いてみましたが、あれも紹介したかった画家のひとりです。ウィールツの場合は、たまたま日本版の画集があったので取りあげたのですが、なかには、定まった画集とかもない人もいるわけで、そういうときの扱いはどうしようかな、と考えているわけです。
 あとは懸案の音楽の記事ですね。ずいぶん前の記事で、小説作品にからませて音楽を紹介したい、なんて書いたのですが、全然果たせていません。小説とか絵画とかは、文章でその面白さを伝えることもできますが、音楽に関してはやっぱり聞かなきゃわからない、というのもありますし、なかなか難しいところです。
 最近は「埋もれた短編発掘!」シリーズもご無沙汰になっていますし、これも機会を見つけて続けていきたいと思います。
 とりあえず、これからもご愛読くださるよう、お願い申し上げます。それでは。
夢のかなう国  アレクサンドル・グリーン『深紅の帆』
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深紅の帆
アレクサンドル・グリーン
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 19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したロシアの作家、アレクサンドル・グリーン。現実の世界とは隔絶した、自分だけの世界を描き続けた作家です。彼が描くのは、通称〈グリーンランディア〉と呼ばれる、現実のロシアとは異なった世界。ロマンスと冒険にあふれた、澄んだ世界観には独自の魅力があります。
 グリーン作品に登場する人物は「~スキー」とか「~ノフ」などというロシア風の名前ではなく、みな英語風の響きの名前を持っているのですが、それがまた無国籍風の雰囲気を醸し出すのに一役買っています。作者名を伏されたら、おそらく英語圏の作家だと思うのではないでしょうか。
 彼の作品の特徴のひとつとして、超自然的な要素が薄い、という点があります。幻想的な要素が散りばめられながらも、はっきりとしたファンタジーや幻想小説になりきらないところに、もどかしさを覚える方もいるかもしれません。ただ、普通の人々の日常生活を描いているだけでも、そこに「みずみずしさ」や「透明感」が感じられるのです。作品全体が、童話的な雰囲気を帯びているとでもいえばいいのでしょうか。本書『深紅の帆』(原卓也訳 フレア文庫)もその例にもれません。
 舞台はどことも知れぬ村カペルナ。船乗りのロングレンは、長い航海から帰ってくると、娘を残して妻が死んだことを知ります。船乗りをやめたロングレンは、娘と二人で暮らすことになります。娘のアッソーリは夢見がちな子どもでしたが、ある日、森で出会った詩人から「深紅の帆」の物語を聞き、それを信じ込みます。それはいつか「深紅の帆」の船に乗った王子様がやってきて、自分を幸せにしてくれる、というものでした。
 一方、資産家の息子で、意志の強い少年アーサー・グレイは、船に船員として乗り込みます。経験を積んだ後に、彼は、自分の船を持ち、船長として航海を続けていました。航海の途中、カペルナに立ち寄った際に、グレイは眠っているアッソーリに出会いますが、いたずら心から、指輪をアッソーリの指にはめて立ち去ります。アッソーリについての話を聞いたグレイは、彼女の願いを叶えて、自分の妻とするために「深紅の帆」を自らの船にかかげて、アッソーリを迎えに出かけます…。
 ものすごく単純かつ純粋な物語です。完全な「夢物語」といってしまっても、さしつかえありません。物語の筋に、たいした起伏やサスペンスなどはなく、要約してしまうと、夢見る少女のもとに王子様がやってくる、という身も蓋もない物語ではあります。しかし、この心地よさはなんでしょう。
 思うに、グリーン作品の「心地よさ」の原因は、おそらく、登場人物たちがみな「夢」を信じている、といった一点につきるのではないでしょうか。「現実」の汚さにまみれていない、純粋な人間たちの物語は、生活に疲れた現代人の心を癒してくれます。
 気分が沈んだときに読みたい、そんな、愛すべき一編です。

月盗難事件  デイヴィス・グラッブ『月を盗んだ少年』
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月を盗んだ少年―サスペンス&スーパーナチュラル短編集
デイヴィス・グラッブ
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 映画化もされたサスペンス長編『狩人の夜』(創元推理文庫)で知られるデイヴィス・グラッブは、また「奇妙な味」の短編の名手でもあります。本書『月を盗んだ少年』(柿沼瑛子訳 ソノラマ文庫)には、さまざまな色合いの短編が収められていますが、共通するのは、最初から最後まで飽きさせないストーリーテリングの妙でしょう。各作品はわりと短いものが多いのですが、とにかく展開がスピーディ! あれよという間に読めるのが特徴です。

 『不死身のネズミ』 かって優れた舵手だったバズビー老人は、船の事故で両足を失ってから、川を憎むようになっていました。友人のガン船長の斡旋で、娘のイライザとともに波止場管理人の職についたバズビーは、ネズミをかわいがるようになります。イライザに一目惚れしたガン船長の甥ジョナズに激怒したバズビーは、銃を持ち出しジョナズを殺そうとするのですが…。
 老人の復讐のためにネズミたちが…という、オーソドックスな怪奇小説。

 『ラビット・プリンス』 オールドミスの女教師ティンケンズに目の敵にされている少年トム・スプーンは、ある日、奇術師ガルヴァーニと出会います。少年の態度に感激したガルヴァーニは、望みをひとつだけかなえてあげようと提案します。トムが願ったのは、ティンケンズ先生をウサギにしてしまうこと。ガルヴァーニの去った後、ウサギとともに残されたトムは、困惑しますが…。
 ウサギの処理に関して、トムが直面する現実的な困難が、スラップスティック風に描かれます。結末も暖かい、コミカルなファンタジーです。

 『片足の恋』 工場での事故のため、片足を切断せざるを得なくなったヘンリー。しかし切断後も、ヘンリーには片足の感触がなくならないのです。やがて松葉杖をついて動けるようになったヘンリーは、秘書のマーガレットの様子がおかしいということを聞きます。マーガレットの家を訪れたヘンリーが知った、思いがけない事実とは…。
 タイトルでオチが割れてしまいそうなのはともかく、ブラックなラブ・ストーリーとして秀逸な作品。

 『月を盗んだ少年』 口が不自由なドード・ホーンブルック少年は、近くに引っ越してきた一家の娘デイジーに一目惚れしてしまいます。自分など相手にしてもらえないと思ったドードが考えたのは、池の水面から「月」を盗み出すこと…。
 まるで稲垣足穂ばりの「月」のメルヘン。イメージの美しさと臆病な少年の心理描写が冴えています。

 『離魂術』 傲慢で知られる編集長マリウスは、高熱でうなされている最中、自分の魂が体から抜け出せることを発見します。妻を驚かせようとした彼は、妻が不倫をして駆け落ちしようとしていることを知ります。練習の結果、離脱状態でも物質をつかめるようになった彼は、愛人の殺害計画を練りはじめますが…。
 幽体離脱を利用するという、奇想天外なミステリです。うまくいくかと思えた計画が実際は…というお約束の展開ながら、皮肉の利いた結末が見事な作品。

 『妹の青い薬びん』 両親の死で、伯父夫婦に引き取られた幼い兄妹。気の弱い伯父に対し、勝気な伯母は、兄妹にもつらく当たっていました。あるとき伯父が具合を悪くしているのを見かねて、兄は医者に連絡しますが、その直後伯父は息をひきとってしまいます。医者の診断はなんと毒殺!以前から問題発言を繰り返していた伯母がさっそく逮捕されますが…。
 誰もが認める容疑者ではなく、実は…というサスペンス作品。「恐るべき子供たち」を描いた作品かと思いきや、二重のひねりが待っています。

 『合法的復讐』 絶大な権力を持つ資産家マグラスに、父親を射殺されたヴァージ・ライケンズは復讐を誓います。兄の執拗な性格を知る弟は、マグラスに気をつけるように進言しますが、相手にされません。何か月も経ち、そんなことなど忘れきっていたマグラスは、思いがけない目に遭います。ヴァージが考え出した「合法的な」殺人方法とは…?
 アイディアの勝利というべき作品。複雑な犯罪計画ではなく、こういう手があったのか!と思わせる結末は見事。

 『箱のなかのエヴァ』 ネルおばに引き取られた5才の少女エヴァは、いつも空想上の友達と話をしていました。祖父からプレゼントされた少女の人形をニューマと名付け、生きている人間であるかのように振舞うエヴァ。そんな態度を苦々しく思っていたおばは、ことあるごとに、エヴァを叱ります。そんななか、唯一の友人だった料理女は、エヴァから奇妙な話を聞きます。ネルおばさんがニューマを追い出すようなことがあったら、あたしも一緒に連れて行ってくれるんですって! やがてエヴァの変わらぬ態度に激怒したネルおばは、人形を取り上げてしまいますが…。
 孤独な少女がかわいがる人形、空想上の友人、と道具立てはオーソドックスながら、巧みな語り口で読ませられてしまう「人形怪談」のヴァリエーション作品。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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