したたかな生き方  ピーター・エルブリング『毒味役』
4152084367毒味役
ピーター エルブリング Peter Elbling 鈴木 主税
早川書房 2002-08

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 過去を舞台にした歴史小説を書くときに、主人公をどんな身分の人間にするか、というのは、かなり重要な要素です。身分や職業によっては、行動半径が非常に限られてしまったり、物語の展開も限られてしまうことにもなりかねません。その点、ピーター・エルブリング『毒味役』(鈴木主税訳 早川書房)は、主人公の職業を「毒味役」というユニークなものに設定することで、展開に幅を出しています。
 16世紀イタリアが舞台。貧困にあえぐ主人公ウーゴは、幼いころ愛する母親を亡くし、父と兄に虐待されて育った反動から、愛妻が遺した娘を可愛がっています。ひょんなことから、ウーゴは、地方都市コルソーリの専制君主フェデリーコに、毒味役として仕えることになりますが、残酷なフェデリーコには敵も多く、いつどこで毒を盛られるかもわかりません。
 権謀術数を駆使して、生き延びようと必死なウーゴとは対照的に、父親の心を知らぬ娘のミランダは、無邪気ながらも、わがまま放題に育ってしまいます。貴婦人になることに憧れるミランダは、料理人のトマーゾと恋仲になりながらも、フェデリーコと結婚させられることになります。最初は憧れの貴婦人になれると喜びながらも、結婚が近づくにつれて、現実を拒否し始めるミランダ。
 ウーゴは、自分の野心が満たされる希望と同時に、娘を案じる不安とに苛まれます。折しも、フェデリーコに恨みを抱く義兄ジョヴァンニに、魔術の罪で訴えられそうになり、フェデリーコにも見捨てられそうになったウーゴは、激怒し、フェデリーコに一矢報いようと考えますが…。
 ルネサンス時代のイタリアが舞台、といっても絢爛豪華な芸術や、華美な王侯の暮らしが活写されるわけではありません。洗練とはほど遠い、地方都市の無教養、不作法な専制君主のもとでの、息詰まるような圧政が描かれているのです。君主の一言で、いつ殺されるか、拷問されるかわからない、周りの人間たちの様子が哀れです。何しろ態度が気に入らなかっただけで、舌を抜かれて川に投げ捨てられてしまうのです。
 そんな時代だけに、人間たちも生きるのに必死であり、一途な正義にこだわっていては生きていられないのです。気まぐれなミランダは別格としても、ウーゴをはじめ、その場その場で節操もなく振る舞う人間が数多く登場します。もっとも、当時の人間としては、生き延びるための手段という意味で、正しい生き方だといえるのかもしれませんが。
 それにしても、ウーゴは比較的一貫しているのですが、他の登場人物、とくにトマーゾなどは、その態度の変遷が著しく感じられます。現代を舞台にしていたら、おそらく登場人物の心理や行動が一貫していない、という非難をうけたことでしょう。しかしこの作品では、作品の背景ともあいまって、そんな節操のなさが「リアル」に感じられます
 過去の時代を舞台に小説を書くときに、登場人物が現代とまったく同じような考え方をしていていいのか、という点はやはり問題になるのでしょうが、そういう意味ではこの作品、16世紀の農民や貧しい人間のしたたかさをうまく描けているのではないでしょうか。主人公が、力もない農民であり、いつ殺されるかわからない厳しい現実、情け容赦のなさを、避けずに見つめているという意味で、少なくとも過去を舞台にしただけの、英雄ファンタジーとは一線を画します。
 そういう設定の作品のため、冒険活劇的な要素は、あまりありませんが、したたかに生き抜く「庶民」を描いた歴史小説として、一読の価値がある作品でしょう。
不可思議な南洋のわたし  サマセット・モーム『カジュアリーナ・トリー』
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カジュアリーナ・トリー
サマセット モーム William Somerset Maugham 中野 好夫
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 モームの短編の上手さには定評がありますが、本書『カジュアリーナ・トリー』(中野好夫・小川 和夫訳 ちくま文庫)でも、その上手さを十分に味わうことができます。主に南洋などのエキゾチックな地方を舞台にして、そこに暮らす白人たちを描いていますが、事件や出来事そのものの起伏を追うというよりは、それによって引き起こされた登場人物の心の動きを細かく描写していくのが特徴です。その心理描写だけで十分に面白く読めてしまうところに、モームの技巧が発揮されているといえるでしょう。

 『手紙』 ある人妻が、自分に乱暴をしようとした男を射殺します。貞淑で知られた人妻は、無罪放免が確実視されていましたが、不審な点が一つありました。死体には弾丸が六発もうちこまれていたのです。その後、殺された男が、実は人妻の愛人だったことを示唆する手紙の存在が明らかになるのですが…。
 大人しく貞淑だと思われていた女の、秘められた激情と愛憎劇。愛人との関係を示す手紙のことを示唆されても、のうのうと嘘をつくしたたかさ。人間の二面性が強烈に描かれた一編です。

 『園遊会まで』 夫ハロルドが病死したために、イギリスに戻ってきたミリセント。しかし妹のキャサリンは、知り合いからハロルドは自殺だったことを聞かされます。さらには、問いつめられたミリセントが淡々と語る事実に、皆は驚かされます。大酒飲みだったハロルドを更正させようと努力したいきさつ、そしてハロルドは自殺ではなく、夫に失望したミリセントが殺したということを!。それを知った家族たちは…。
 ミリセントの言動だけでなく、それに対する家族の態度が興味深い作品です。殺人の事実を知ったというのに、どこか他人事のような言動。ミリセントの行為の道徳的な正否よりも、世間の反応の方を気にしているらしい偽善的な家族を描写しています。

 『奥地駐屯所』 何年ものあいだ、白人のいない奥地で過ごしてきた司政官ウォーバートンは、数週間遅れでとどく本国の新聞を楽しみにしていました。若い頃に資産家だった彼は、無理をして貴族とつきあい、破産してしまったのです。影で馬鹿にされているにもかかわらず、貴族に対して尊敬の念を抱き続けていたウォーバートンは、新しく駐屯地にやってきたクーパーと対立することになります。クーパーは、植民地育ちであり、貴族や階級を馬鹿にしている男でした。誰とでも対等だと考えるクーパーは、ウォーバートンの俗物性を指摘し高飛車に対応します。対立のさなか、クーパーは召使いのマレー人をぞんざいに扱ったために殺されてしまいますが…。
 ウォーバートンとクーパー、対照的な二人のキャラクターが見事です。貴族に憧れる俗物ながら、紳士であり現地人にも優しいウォーバートンに対し、身分を否定するくせに、現地人を見下して差別するクーパー。同じような繊細な神経の持ち主ながら、他人に気を配るウォーバートン、逆に他人を否定せずにはいられないクーパー。結局、二人は同じ人間の表裏なのではないか? 考えさせられる佳作です。

 『環境の力』 夫とともに駐屯地にやってきた新婚のドリスは、夫が何年も前から現地人の女と関係し、三人も子供がいることを知ります。女とは手を切った、ここでは誰もがやっていることだ、と弁明する夫に対し、ドリスは夫と別れることを決意します…。
 駐屯地では、もとの国の道徳観からは認められないような行為を平気でしている夫に対し、それを許すことができないドリスの胸中が読みどころ。夫の理屈を頭では認めながらも、肉体的な嫌悪感を隠すことのできないドリス。人間に及ぼす「環境の力」とは?

 『東洋航路』 夫の浮気を許せずに、飛び出してきたミセス・ハムリンは、イギリスに帰る船中で、ギャラハアという男と出会います。植民地で身代を築いたギャラハアは、イギリスでの生活に対し夢を語ります。しかしその矢先、ギャラハアは原因不明の病気になってしまいます。同行者のプライスは、現地に捨ててきた女の呪いだといい、それを解くためにまじないめいたことを始めますが、その甲斐むなしくギャラハアは死んでしまいます。そして、一部始終を見ていたミセス・ハムリンの胸中には変化が…。
 道徳ではとらえきれない人間心理を描いた好編。

 『臆病者』 イザートとキャンピオンは同乗していた船で、事故にあいます。転覆した船のそばで、キャンピオンが助けを求めるにもかかわらず、イザートは見捨てて逃げてしまいます。キャンピオンが無事だったことを後で知ったイザートは、自分の臆病さが知られると破滅だと考え、悶々とします。自分のことを、まったく悪く言わないキャンピオンに対し、イザートはとうとう心中をうち明けますが…。
 同じ状況に置かれたにもかかわらず、それぞれ対照的な態度をとる二人。ほんとうの「臆病者」はいったい誰なのか? 周りの反応を気にするイザートに対し、悪びれもしないキャンピオンのしたたかさが印象に残ります。

 どの作品でも、不道徳であったり、偽善的な人間が多く描かれますが、それを断罪したり告発する…といったニュアンスはまったくありません。あくまで人間の心の不可思議さ、その心理のバリエーションを客観的に描く、といった感が強く、そこに一流の観察家というべきモームの面目躍如があるといえるでしょう。

血が吸いたい  デイヴィッド・マーティン『死にいたる愛』
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死にいたる愛
デイヴィッド マーティン David Martin 渋谷 比佐子
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 もはや現代は、吸血鬼小説を書くのも難しい時代になったといえるでしょう。吸血鬼という存在自体がポピュラーになりすぎた結果、吸血鬼の存在を初めからオープンにすれば、陳腐になるのは避けられませんし、かといって正体を隠しておくのも、難しい。これをうまく逆手にとった作品が、デイヴィッド・マーティン『死にいたる愛』(渋谷比佐子訳 扶桑社ミステリー)です。
 ロスコーとマリアンの夫妻は、ある日ロスコーの旧友ピーターの訪問を受けます。ピーターは妙なことを言い出します。自分は吸血鬼になってしまった。そしてロスコーが激しく憎んでいた夫婦を殺してきたばかりだ、と。ピーターは本当に吸血鬼なのか。殺人は本当に行われたのだろうか…。
 ピーターが殺人を行う場面が冒頭から展開し、吸血行為も行われます。しかし、前半段階では、本当にピーターが吸血鬼なのかどうかは、まだ判別できません。殺人や吸血行為を行っても、超自然的な事態は発生しないので、ピーターは精神病者なのか吸血鬼なのかがわからないのです。
 マリアンが話す仮説では、実際に吸血鬼でなくでも、本人がそうであると信じており、実際に吸血行為を行う限りにおいて、吸血鬼は存在する、と示唆されます。実際、ピーターは吸血鬼だと信じ込んでいる精神病者だという前提において、話は展開していきます。本当に吸血鬼であるかどうかはともかく、ピーターが精神病者であることは明らかなので、その殺人シーンだけでも、猟奇的な興味で読み進めることができます。
 作品の途中から、精神病院に入院しているピーターの兄のリチャードが登場し、この人物も心を病んでいることが示されますが、それにより物語の筋はいっそう複雑になっていきます。
 マリアンが精神医学の研究生で、都合良く吸血鬼に関する研究をしている、という設定は、かなり御都合主義だと思われるのですが、その設定が、結末の伏線になっているところには、感心させられます。
 結末においても、事件は現実的に解釈できるのか、それとも超自然的な現象なのか、というところをうまくぼかしており、明確な答えは示されません。合理的に解決した後も、解明できない超自然的な謎を残す、ミステリとホラーのハイブリッド的な作品です。

2月の気になる新刊と1月の新刊補遺
1月25日刊 岸本佐知子『ねにもつタイプ』(筑摩書房 予価1470円)
1月25日刊 『シャーロック・ホームズの栄冠』(論創社)
2月14日刊 ロバート・トゥーイ『物しか書けなかった物書き』《KAWADE MYSTERY》(河出書房新社 予価2520円)
2月16日刊 トマス・ド・クインシー『阿片常用者の告白』(岩波文庫 予価630円)
2月16日刊  J・B・プリーストリー『夜の来訪者』(岩波文庫 予価588円)
2月16日刊 サマセット・モーム『サミング・アップ』(岩波文庫 予価903円)
2月20日刊 牧眞司『世界文学ワンダーランド』(本の雑誌社 予価2100円)
2月25日刊 レイ・ブラッドベリ『瞬きよりも速く』(ハヤカワ文庫NV 予価903円)
2月25日刊 ジェフリー・フォード『ガラスのなかの少女』(ハヤカワミステリ文庫 予価840円)
2月25日刊 ロバート・J・ランディージ編『殺しのグレイテスト・ヒッツ』(ハヤカワミステリ文庫 予価1029円)
2月刊    鹿島茂『悪党が行く 悪党小説を読む』(角川書店 予価1680円)
2月?   『西尾正探偵小説選1』〈論創ミステリ叢書23〉(論創社 予価2650円)

 『ねにもつタイプ』は、岸本佐知子のエッセイ集第二弾。第一エッセイ集『気になる部分』(白水社)が、めちゃくちゃ面白かったので期待大です。この人の書くエッセイは、ただの「随想」というよりは、「小話」とか「ユーモア・スケッチ」に近いもので、ショート・ショートとしても鑑賞に堪えますね。
 『シャーロック・ホームズの栄冠』は、例によって、シャーロック・ホームズもののパスティーシュ・パロディ作品集なのですが、主にクラシック方面からの収録が多いのが特徴のようです。アントニー・バークリー、A・A・ミルン、E・C・ベントリーなど。E・F・ベンスンやロバート・ブロックなどの怪奇作家の名前も見えます。
  『物しか書けなかった物書き』は、ロバート・トゥーイの本邦初の短編集。間違いなく2月の新刊でイチオシです。出る前から言うのもなんですが、傑作間違いなしなので、短編集第二弾も期待したいです。
 2月は岩波文庫が注目作品目白押し!(個人的にですが)『阿片常用者の告白』は、有名な芸術的エッセイ。J・B・プリーストリー『夜の来訪者』は、ミステリとしても評価されることのある、サスペンス戯曲。サマセット・モーム『サミング・アップ』は、自伝的エッセイ『要約すると』の新訳ヴァージョン。
 牧眞司『世界文学ワンダーランド』は、かってSFマガジンで連載されていたものの単行本化のようです。SFや幻想小説に隣接する文学作品を紹介する評論。幻想文学ファンには外せない本でしょう。
 ロバート・J・ランディージ編『殺しのグレイテスト・ヒッツ』は、「殺し屋」をテーマにしたオリジナル・アンソロジー。ちょっと気になりますね。
  鹿島茂『悪党が行く 悪党小説を読む』は、「悪党小説」「ピカレスクロマン」に関しての本のようです。
 『西尾正探偵小説選1』は、戦前の幻の怪奇作家、西尾正の作品集。アンソロジーでいくつか短編を読んだことがありますが、怪奇味濃厚な、いかにも「怪奇小説!」という感じの作風でした。しかも「1」って(笑)、すでにシリーズを出そうとしているところが、論創社らしくていいですね。

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自分を捕まえろ!  ケネス・フィアリング『大時計』
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大時計 (1954年)
長谷川 修二
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 イギリスの詩人ケネス・フィアリングによるサスペンス小説『大時計』(長谷川修二訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)は、かって江戸川乱歩が褒めていたことでも知られる作品です。乱歩作品の連想から、大時計の内部に閉じ込められる男の脱出劇のようなものを想像しがちですが、実際はまったく違います。ここでいう「大時計」とは、物理的なそれではなく、比喩的なもの。つまりは巨大な管理組織のたとえになっています。
 巨大企業ジャノス社に勤めるジョージ・ストラウドは、既婚の身ながら、社長であるジャノスの愛人、ポーリン・ディロスと深い仲になります。あるとき密会の直後に、ポーリンの部屋にジャノスが入っていくのを、ジョージは目撃します。そして、その直後にポーリンが殺されたことを知るのです。ジョージは、ジャノスが殺人犯であることを確信します。
 ところがジャノスは、ポーリンと愛人関係にあった男が殺人犯だとし、なんとジョージにその男の捜索指揮を任せようというのです。しかも社長の片腕ヘーゲンは、会社存続のため、その男を見つけ次第、殺すつもりなのです。警察に訴えれば、妻に浮気がばれて家庭は崩壊してしまう。窮地に立たされたジョージは、事実が発覚しないようにうまく捜査の方向をそらそうとするのですが…。
 非常に上手くできた設定です。社長から命じられた人探し、それは自分自身なのですが、それを探しあててしまえば、殺されてしまいます。かといって、警察にかけこめば、家庭崩壊は免れないのです。二重の罠に挟まれて、どう事態を打開するのか、というサスペンスが見せ場になっています。
 特筆すべきは、この主人公ジョージが、鉄面皮で、気障で、自己中心的な男であるところでしょうか。捜査状況を社長に報告するときも、顔色も変えずに報告する面の皮の厚さ。社長の愛人に手を出す時点で、あまり後先を考えていない軽薄な男であることもわかります。ポーリンが殺される原因も、間接的には、ジョージのせいなのです。
 主人公が、あまりに不快な性格のため、感情移入しにくいところが難点です。主人公がピンチに陥っても、自業自得に見えてしまうのです(実際そうなのですが)。もう少し主人公が、読者に好感を持たれるような性格に描かれていたら、もっとのめりこめたのでは、というのが正直なところです。
 ストーリー上の欠点もかなり目立ちます。社長から捜査を命じられた時点で、断ってしまえばいいのではないか、というのがまず思い浮かびますし、その他もろもろの穴もあります。あと事件の解決にも、不満が残ります。主人公が事態を打開する、というよりは事態の方が勝手に収束してしまう、といった趣なのです。
 いろいろ欠点はありますが、奇抜な設定と歪んだ人間描写は冴えており、ひねくれたサスペンスとして、一読の価値はある珍品でしょう。
 なお、未見なのですが、この作品は、ケビン・コスナー主演、ロジャー・ドナルドソン監督『追いつめられて』として映画化されています。
ネット古本屋の憂鬱
 以前『ネット古本屋の恐怖』と題した記事で、ネット古本屋について書きましたが、今回はその続きです。相変わらず、ネットでの古書販売自体は拡大しているのだと思いますが、実は大きな変化(個人的な判断ですが)がありました。それは『楽天フリマ』がなくなってしまったこと。
 昨年11月に『楽天フリマ』『楽天オークション』になる、ということは知っていたのですが、ただ名前が変わるだけで、中身はほとんど同じだろう…と思っていました。それが、ふたを開けてみてビックリ!
 システムの大幅変更がなされていました。で、内容は改善されたのかな、と思ったら、その反対。大幅な改悪! これは使えません。『楽天フリマ』に出品していた業者の人も個人も、ほぼ全撤退の様子です。
 具体的に何が悪いのかというと、例えば送料。発送方法が決められていて、送料がやたらと高くつきます。一番安い方法で送料は550円。あと、複数の品物を同じ店から買っても、同梱不可なので、必ず個々の品物にそれぞれ送料がかかってしまいます。振込みの際にも、楽天が提携している三井住友以外の銀行を使うと、品物それぞれに対して手数料が取られるという始末。
 発送手順もどこかおかしいです。出品者と落札者が、お互いの個人情報をやりとりせずに取引できる「匿名エスクロー」というのが売りらしいのですが、これは取引の途中に必ず楽天が入るというもの。出品者は一度、楽天に荷物を送って、楽天が落札者へ再発送する、という仕組みです。こんなことしてたら、発送が遅れるのは一目瞭然です。
 他にもいろいろと問題点があるようで、ネットで検索してみても、トラブルが続出のようです。システムがどう変わろうと、出品されている品物の種類が増えるとかすれば、それはそれでいいんですが、上にも書いたように、出品数が激減。一時は100万冊はあった出品数が、いまや1万冊程度。まともに使えるものではなくなってしまいました。古本購入の際には、よく利用していただけに、非常に残念です。
 選択肢がひとつ減ったわけですが、それでは『楽天フリマ』に変わるものは…と考えたのが『ヤフーオークション』。手数料がいちいちかかったり、取引きが面倒くさそうなので、今まで手を出していなかったのですが、現在キャンペーン中で手数料がかからないということもあり、ヤフーオークションに挑戦してみました。
 結果は、というと、うーん、これはなかなか難しいですね。基本的に「オークション」なので、値段はその時々で変わるのは当然なのですが、思ったより安く買えません。ある品物を欲しがる人が二人以上いたら、それでどんどん値段が上がってしまうわけですから。
 珍しくて、人気のある本に入札するから上がるんだ、というのもあります。『ヤフオク』だと、人気のある特定アイテムは、決して安くは買えませんね。具体例を挙げると、ある絶版の画集、定価4000円ほどのものが1500円で出品されていました。残り時間が一時間を切るまで、入札なしだったので、とりあえず入札してみたわけですが、そのとたん、もう一人の入札が入りました。その後は値段の上げ合い。結局5000円を超えた後で、断念しました。なるほど、これは確かに、場合によっては白熱します。競り合う相手が複数だと、そうでもないんですが、相手が一人の場合、自分が落札できる可能性も高いわけですから、変に熱くなると、必要以上に高額にしてしまいかねないわけですね。
 もちろん、珍しい本が安く買えたこともあります。ライバルなしで、あっさり相場の五分の一以下で落札!なんてのもありました。
 使い方次第では、珍しい本や高額な本を安く買うこともできるので、皆様もいちど試していただければ、と思います。

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B級ホラーの王国  那智史郎・宮壁定雄編『ウィアード・テールズ』
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 第二次大戦前のアメリカで、一世を風靡したものに「パルプマガジン」があります。「パルプマガジン」とは、安いパルプ紙を使った、廉価な娯楽小説雑誌の総称です。まだテレビも普及していなかった時代、大衆の娯楽として絶大な人気を誇った「パルプマガジン」。さまざまなジャンルの雑誌がひしめき合ったなか、いまでも語り継がれるのが、怪奇小説専門誌「ウィアード・テールズ」です。
 H・P・ラヴクラフト、C・A・スミス、R・E・ハワードの三大作家をはじめ、後に、ミステリやSF、ホラー、ファンタジーの分野で頭角をあらわすことになる作家たちが寄稿していました。主だった名前を挙げると、ロバート・ブロック、レイ・ブラッドベリ、エドモンド・ハミルトン、フリッツ・ライバー、リチャード・マシスン、シオドア・スタージョンなど、多士済々です。
 この「ウィアード・テールズ」から選んだ作品を、全5巻別巻1巻のアンソロジーに編集したシリーズが、『ウィアード・テールズ』(那智史郎・宮壁定雄編 国書刊行会)です。特筆すべきは、パルプマガジンと同じ体裁・サイズを再現しているところでしょうか。さすがに紙質はパルプではありませんが。主に、B級的な味を前面に押し出しており、傑作とはほど遠い作品も多く収録されていますが、「パルプマガジン」の雰囲気を味わうには恰好のシリーズでしょう。

 第1巻 手始めの巻だからなのか、あまり傑作はありません。面白いのはアンソニー・M・ラッドの『人喰い沼』とH・ワーナー・マンの『ポンカートの狼男』ぐらい。あとはC・M・エディーの『屍衣の誘い』、M・ハンフリーズの『階上の部屋』、H・F・アーノルドの『深夜通信』などがまあまあ読める程度でしょうか。
 『人喰い沼』は、マッドサイエンティストが無限に細胞分裂を続けるアメーバを作り出しますが、その結果アメーバが息子夫婦を食い尽くし、科学者は発狂する、という話。荒唐無稽を絵に描いたようなストーリーで、今読むと陳腐きわまりないのですが、わりと巧みな構成なので読ませます。
 『ポンカートの狼男』は、おそらくこの1巻では一番の出来。狼男の側から描いた狼男のストーリーです。現代では、怪物の視点から描く怪奇小説というのも珍しくありませんが、当時としてはかなり斬新だったようです。狼男になってしまった主人公の心理がなかなか興味深い作品です。現代のホラー作家なら、家族への思いと獣性との間で引き裂かれる葛藤などに持っていくのでしょうが、この作品ではあっけなく妻と娘を殺害してしまいます。
 『屍衣の誘い』は、死体に愛情を抱く青年の遍歴の話。この程度なら江戸川乱歩の作品などにいくらでもすごいのがあるように思いますが、当時の倫理規制からすると画期的だったのでしょう。
 『階上の部屋』は、いわゆるゴーストストーリーですが、オチへのもっていきかたが巧み。なにやら映画『アザーズ』を思わせる作品。
 『深夜通信』は、別世界で霧に襲われた都市からの電報を受け取った電信手が殺される、というもの。雰囲気がいいです。

 第2巻 1巻に比べても、陳腐でつまらない作品が多いです。なんとか読めたのはG・G・ペンターヴズの『八番目の緑の男』とアドルフォ・デ・カストロの『最後の実験』ぐらい。『八番目の緑の男』もこの集の中では、まあ読める方という程度の出来です。奇怪な儀式を繰り広げる宗教集団の話。
 『最後の実験』は、カストロ名義ですが、実質ラヴクラフト作品だとのこと。古くから生き続ける奇怪な男に唆された天才科学者が、旧支配者を呼びだしてしまうという、いつものラヴクラフト節の作品。

 第3巻 3巻目で、ようやく面白くなってきます。中でもマリー・E・カウンセルマンの『三つの銅貨』がダントツに面白いです。ある日、小さな町ブラントンのあらゆる場所に奇妙な広告が貼られます。広告には次のように記されていました。本日、町で三種類の硬貨が見つかるはずです。第一の硬貨を持っていた人には現金十万ドル、第二の硬貨を持っていた人には世界旅行、第三の硬貨を持っていた人には“死”を差し上げます。ただし、どの硬貨がどの景品に当たるかはわかりません。硬貨を見つけた人々は“死”を恐れるあまり、硬貨をたらいまわしにします。そして三つの硬貨の持ち主が判明したとき…。
 「コンクール」を催した人間の正体も目的も全くわからない。“死”が景品ということは、超自然的な存在なのだろうか。何も説明はないだけに、不気味さが際立ちます。三つの景品、ということから予測されるように、皮肉な結末が待っているのですが、結末がちょっとインパクトに欠けるのが惜しいところ。書きようによっては、非常な傑作になったかもしれません。怪奇小説というよりは「奇妙な味」に分類されるであろう作品。
 この巻にはわりと有名どころの作家が集められていて、さすがに無名の凡百作家より、軒並み優れた作品を載せています。エドモンド・ハミルトンの『帰ってきた男』は、いわゆる「早すぎた埋葬」から蘇ってきた男が、家に帰ると妻をはじめ、親しい人たちから裏切られていたことを知り、再び墓所にもどる、という哀愁ただよう名品。
 H・S・ホワイトヘッドの『悪霊夫人』は、オーソドックスな幽霊憑依譚。ヘイゼル・ヒールド『魂を喰う蠅』は、ラヴクラフトの添削が入っているそうですが、ジョルジュ・ランジュランの『蠅』を思わせるショッキングな結末で驚かせます。ドナルド・ワンドレイ『現れた触手』は、W・H・ホジスン風の海洋怪物ホラー。
 
 第4巻 この巻の目玉はやはりエドモンド・ハミルトンの『眠れる人の島』でしょう。船が遭難し、ひとりだけ生き残ったギャリソンは、漂流の後、奇妙な島にたどりつきます。なぜか、そこは水も食料も豊富でした。ギャリソンはそこで美しい娘マーと出会います。マーの話では、この島にあるすべてのものは〈眠れる人〉の見ている夢であり、彼が目覚めるとすべては消えてしまうというのです。ギャリソンは笑ってとりあいませんが、突然現れる湖や象などに驚かされます。そしてある日、不気味な獣人におそわれた二人は、〈眠れる人〉を目覚めさせようとするのですが…。
 〈夢見るものと夢見られるもの〉というダンセイニやボルヘスを思わせる美しいファンタジー。ハミルトンらしく見事にまとまっています。哀愁に満ちた結末も素晴らしいです。
 ソープ・マックラスキー『しのびよる恐怖』は、スライム状の怪物の登場する、いかにもオーソドックスな怪物ホラーなのですが、この作者、以外と筆が立つので結構読まされてしまいます。
 E・ホフマン・プライス『見習い魔術師』は、魔法の国の女神に恋する青年の話。このタイプの話は筆力がないと陳腐そのものになりがちです。この作品はそこまでひどくはありませんが、水準作といったところでしょうか。
 ポール・アーンスト『怪人悪魔博士』は、マッドサイエンティストと正義の探偵との戦い、という活劇調の作品。悪魔博士の殺し方はなかなか面白いのですが、プロットが単純すぎでしょう。

 第5巻 この巻は秀作ぞろい。C・ホール・トンプスン『蒼白き犯罪者』は、学生のミスから失明した科学者が、旅人をおそって目を奪い、自分に移植するが…というグランギニョール風の残酷話。
 フリッツ・ライバー『蜘蛛屋敷』は、迫力のある怪奇小説。主人公夫妻は招かれた屋敷の主人を見て驚きます。かって小人だった男が、長身になっていたからです。しかも何かにおびえる美しい夫人。主人は兄の研究による成長促進剤を用いて身体を大きくしたと語りますが…。あらすじは陳腐ですが、ライバーの書き方が巧みなので、読み応えがあります。
 レイ・ブラッドベリ『蝋燭』は、不気味なファンタジー。妻が他の男に情を移したのを知り、激怒した男は、祈った男を殺すことができる蝋燭を手に入れて、妻のもとへ送りますが…。後半はヘンリー・カットナーの手によるものだそうですが、それがうなずける才気あふれる皮肉な結末が心地よいです。
 ジョセフ・P・ブレナン『箪笥』も秀作。古道具屋で安く手に入れた上物の箪笥。しかし、夜になると引き出しから白い不気味な手があらわれます。男は捨てようとしても、すぐ手元にもどってくる箪笥に恐れをなしますが、ある夜誘われるように箪笥に近づいていきます…。怪物などの本体を直接描写せず、読者の想像にまかせているところが上手いです。暗示をうまく使った結末も好感触。
 シオドア・スタージョン『憑きもの』は、文句なくこの巻のベスト。ロニー・ダニエルズ少年は父親とともに、赤ん坊の生まれた母親を病院に見舞います。帰り際、窓から自分に呼びかける声に、ロニーが振り向くと、突然狂気じみた女が窓からとびおります。父親はあわててかけよりますが、死体はなぜか見あたりません。二人はすぐその場から立ち去りますが、その直後からロニーは奇妙な行動をとるようになります…。
 タイトルと発端の描写から、おそらく霊だか怪物だかに取り憑かれたのだろう、と予想はつきますが、少年の周りに怪現象が起こるわけでもないところが、非常にユニーク。あくまで淡々と行動する少年の描写は、非常に不気味さを感じさせます。
 最終章にいたって作者が登場し、メタフィクション的な趣向になります。それで話はうまく説明されるのですが、ここの説明がなかった方がいっそう不気味さがましたような気はします。何しろ、そこまでの不気味さと戦慄は比類がありません。尋常ではないスタージョンの筆力を感じさせられる力作です。

 別巻 この巻は小説ではなく、研究編になっています。パルプマガジンの内訳や値段などの解説に始まり、「ウィアード・テールズ」の年代ごとの紹介、挿絵画家の紹介一覧など、かなり突っ込んだ記述がされており、参考になります。
 「ウィアード・テールズ」のライバル誌の紹介コーナーや、怪奇小説専門の出版社アーカム・ハウス設立につながる話などは興味深く読めます。あと、何と言っても巻末の「ウィアード・テールズ」全収録作データが貴重!
 聞くところによると、この巻の書誌的なデータは間違いが多いのだそうですが、素人には判断しにくいです。ともかく「ウィアード・テールズ」だけでなく、パルプマガジンの全体像をつかむには格好の本ではないかと思います。

 「ウィアード・テールズ」を扱った同種のアンソロジーとしては、『ウィアード1~4』(大滝啓裕編 青心社文庫)があります。こちらは、どの巻の収録作品も厳選されていて、秀作ぞろいです。『ウィアード』に比べると、那智史郎・宮壁定雄編『ウィアード・テールズ』の収録作品のレベルは明らかに落ちます。ですが、パルプマガジン小説の味、B級テイストを味わえるということで、これはこれで捨てがたいところです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

人さまざま  アンリ・ミショー『幻想旅行記』
B000J94ZGC幻想旅行記―グランド・ガラバーニューの旅 (1972年)
小海 永二
青土社 1972

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 旅行記の体裁を取った作品、アンリ・ミショー『幻想旅行記』(小梅永二訳 青土社)は、架空の国「グランド・ガラバーニュ」に住むという、諸民族の奇妙な風習や文化を語った幻想コント集です。
 非常に寓意性・風刺性が強いのが特徴です。描かれる諸民族のひとつとして常識的なものはなく、ボルヘスを思わせるような、形而上学的な思想を持つ民族、または異様に短気だったり暴力的だったりと、誇張された心性を持つ民族など、ヴァラエティ豊かで幻想的な掌編が並びます。
 例えば、二年に一度、妻の分け直しを行うという、お人好しのオマンヴュ族。

 それは、大勢の男たちにとって、心の重荷を下ろす日だ。この妻たちの市では、当然のことながら、若い娘たちの市でよりも、ずっと多くの有益で残酷な真実が理解されよう。

 若い男は、みな猿のように毛を生やすというガリナヴェ族。

 若い男たちは、彼らの結婚の日に、より濃くより硬い毛が生えてくるようにと、自分の体の毛をせっせと剃る。若い花嫁は血まみれの身体でベッドから出、花婿は全員の尊敬を受けてベッドから出る。

 再生機能に優れ、ほとんど死なないというボーラール族。

 この種族の場合には、血液が強烈な早さで再生されるので、彼らは傷に対しては(それは数時間で癒ってしまう)、致命的な重傷に対しても(翌日になれば、何の跡も残らない)、全くの無頓着である。

 異様に喧嘩好きなカラキエ族。

 だが、夫と妻とを一緒に生活させることは、絶対に問題になりえなかった。それは、真の挑発行為であり、恐らく急速な死亡によって終わるしかないだろう。

 諷刺や寓意だけでなく、ナンセンスな性質を持つ民族も登場します。身体に触れると、その跡が何時間も赤くなるというエカリット族。

 森から戻ってくる猟師たちは、花の跡を、木の葉の跡を、種子の跡を、全身につけて戻ってくる。

 面白いのはアララ族。彼らの国では、警察と犯罪者とが融通無碍なのです。

 それぞれの立場をよりいっそう融通のきくものにするために、強盗どもは警察の中で、警官たちは悪人たちのところで、実習を行う。両方のグループは、絶えず人間を交換し合っている。

 いくつかを除いて、どの民族の章も1ページたらずの掌編ですが、そのどれもブラックなショート・ショートとして楽しめます。この手の不条理コントは、著者の一人よがりになりがちなことが多いのですが、この作品集は、どれも非常にエンタテインメント性に富んでいます。
 作品の舞台になっている「グランド・ガラバーニュ」は、どうやら未開の国という設定のようなのですが、大体において、描かれる民族で、手放しで賞賛されるものはほとんどありません。そこには著者の「悪意」というか、ささやかな「意地悪さ」が感じられるのです。
 とはいっても、大上段に文明社会を批判するような大げさなものではなく、素直に楽しめるナンセンス・コントになっています。ブラック・ユーモア好きな方はぜひ。
こわい絵  『アントワーヌ・ウィールツ』
20070107083232.jpg
アントワーヌ・ウィールツ
4900852554

 先日記事にも取り上げた『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』を読んでいたときのこと。表題作のローダ・ブロートン『鼻のある男』のなかで、気になる記述がありました。
 主人公の新婚夫婦は、旅行中なのですが、ある日、ブリュッセルの美術館に出かけます。

 今日はヴィーツの絵を見に行った。読者はごらんになったことがあるだろうか。比較的少数の人にしか知られていないけれど、もし読者がこの世のものとも思えないようなホラーに興味をお持ちならーもしホラーの数々を心ゆくまで鑑賞したいのなら、急いでここへ来られるといい。指定されたのぞき穴から、ぼくたちはおぞましいコレラ患者の絵を見た。死者と間違えられて生き埋めにされた男が、棺桶の蓋を上げ、幽霊のような顔を見せて、まつわりついた布の下から土気色の両手を伸ばしている。

20070106233149.jpg 訳注もないし、表記が「ヴィーツ」になっていますが、これはベルギーの画家アントワーヌ・ウィールツのことでしょう。怪奇小説三大巨匠のひとり、M・R・ジェイムズもエッセイのなかで、この画家を褒めていた記憶があります。怪奇小説を生業とする彼らが、この画家を誉めるのも、理由のないことではありません。この画家の作品、恐怖や狂気の描写力が半端ではないのです。子供に見せたらトラウマになりそうなぐらい、陰鬱なものも中にはあります。とにかく「こわい絵」なのです。
 幸いにも日本版の画集が、一冊だけですが、出ています。今回はその『アントワーヌ・ウィールツ』(デザインエクスチェンジ)について紹介しましょう。
20070106233219.jpg 19世紀前半に、ベルギーに生まれたウィールツは、最初はアカデミックな神話画や歴史画を描くことによって世に出ました。その成功に気をよくした彼は、パリに出ますが、思ったような成功を得られず、ベルギーに戻ります。政府から援助金を得た彼は、その後、死や狂気、残酷なものを扱った作品ばかりを描き続けるようになり、そのため晩年まで一般的な評価は得られませんでした。
 流派的には、自然主義や印象派に対抗するようにして勃興した、いわゆる象徴主義に分類される画家です。ウィールツの場合、象徴主義というよりも、ほとんど悪魔主義と言うに近いほど、暗く残酷な題材を扱っています。思えば、初期の神話画を見ても、トーンは暗く、登場人物の驚愕の表情には、後年の作風を予感させるものがあります。
 さて『鼻のある男』からの引用にある絵は、そのものずばりのタイトルである『早すぎた埋葬』。怪奇映画の一シーンを思わせる、扇情的ながらインパクトあふれる絵です。
20070106233201.jpg 自殺のシーンを象徴的に描いた『自殺』は、暗鬱な雰囲気ながら、惹かれるものがあります。自殺する男の両隣りにいるのは、ほくそ笑む悪魔と嘆き悲しむ天使なのでしょうか。
 作品自体のテーマは陰鬱ながら、ウィールツの描く女性にはかなり魅力があります。『麗しのロジーヌ:ふたりの乙女』に登場する裸婦も、コケットリーで魅力的です。澁澤龍彦の美術評論でもとりあげられていましたので、ご存じの方もいるかもしれません。内容は、若さや美はいずれ滅びる、という伝統的な画題を扱ったもの。ひとりはともかく、タイトルにあるもうひとりの乙女は、すなわち骸骨、であるわけです。
 ウィールツには、『火傷の幼児』とか、狂気に陥った母親が子供を殺す『飢えと狂気と犯罪』とか、とんでもなく残酷な作品もあるのですが、あまりに強烈なので画像をアップするのはやめました。興味のある方はネットで探してみてください。
ティンパニの一撃  マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『六月半ばの真昼どき』
4839700761六月半ばの真昼どき―カシュニッツ短篇集
マリー・ルイーゼ カシュニッツ Marie Luise Kaschnitz 西川 賢一
めるくまーる 1994-01

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 戦後ドイツ文学を代表するといわれる女流作家、マリー・ルイーゼ・カシュニッツ。彼女の短編には、共通する特質があります。それは、平凡な人間の、なんの変哲もない日常生活のさなかに、突如として奇妙な出来事が起こり、それによってその人間の生活は一変し、登場人物は自分と向き合うことになる…というもの。この説明を読んで、何か思い当たる節がありませんか?
 そう、スティーヴン・キングに代表される、いわゆる〈モダンホラー〉と同じような定義なのです。日常生活に異物が侵入する…という一点をとってみれば、そこに差異はありません。違うのは、〈モダンホラー〉では作中で起こる奇妙な事件自体に関心が向かうのに対して、カシュニッツの作品では、その出来事によって、否応なく変化させられる登場人物の自己意識にウエイトが置かれている、ということでしょう。カシュニッツは、短編『いつかあるとき』の中で、そのことをこう表現しています。

 自分もあの夜“ティンパニの一撃”を聞いたのだ、ということに彼が思い当たったのはずっとのちのことである。人間だれしもいつかはその一撃を聞き、それとともに本来の人生が始まるものであるが。

 自分の人生観を一変させる運命的な出来事を、ここでは、「ティンパニ」というインパクトのある比喩によって表現しています。
 ジャンル的には純文学に分類されるカシュニッツの作品ですが、ときに幻想小説やファンタジーに限りなく接近するその作風は、物語そのものをとっても、十分に面白く「奇妙な味」の作品として、楽しむことができます。本書『六月半ばの真昼どき』(西川賢一訳 めるくまーる)にも、そんな作品が多く集められています。

 『でぶ』 自宅で私設図書館を始めた「私」は、ある日家を訪れた「でぶ」の女の子に興味を引かれます。無愛想で、食い意地の張った女の子に嫌悪感を抱きつつも、何かを感じた「私」は、女の子のあとをつけます。女の子はスケート中に、割れた氷の穴に落ちてしまうのですが…。
 子供らしさの全く感じられない「でぶ」の女の子の中に、語り手は何を見たのか? 結末はどこか予定調和ながら、アイデンティティーをテーマにした佳作。

 『アダムとエヴァ』 動物の死を見てから、自分も死ぬ事を悟ってしまったアダムは、日々思い悩みます。対照的に、溌溂とし、生そのものを謳歌しているエヴァに対し、アダムは苦々しい気持ちを抱きます…。
 男女の人生観の違いを描いた寓話です。陰鬱なアダムに対して、エヴァのなんと生き生きとしていることか。

 『幽霊』 ロンドンに旅行に訪れたドイツ人夫婦。女好きの夫は、ある夜、観劇中に出会ったイギリス人兄妹の妹に興味を惹かれます。きっかけをつかんで、彼らと知り合いになった夫婦は、兄妹の家に招待されます。夫は、あの女性には以前どこかであったことがあるはずだ、と繰り返し語りますが、妻は取り合いません…。
 タイトルどおり、超自然味が濃厚な怪奇小説。懐疑的な妻を語り手に設定したことで、効果を上げています。

 『わらしべ』 ある日夫の留守中に本の間にはさまった手紙を見つけた妻。それは夫にあてた女性の恋文でした。妻は、夫と別れることを、つらつらと考えはじめます…。
 まだ事態が始まってもいないのに、妻の思考はどんどんと進んでいきます。あまりにもリアルな妄想は、人生をも変えてしまう、というよくできた作品。

 『いつかあるとき』 出世しか念頭にない軽薄な青年は、法律家見習いの仕事として、亡くなった女性の遺品管理に訪れます。その女性はなんと餓死したというのです。実務的に処理を続けていた青年は、しかし女性が残した何枚もの自画像を見ているうちに、異様な興奮にとりつかれてしまいます…。
 女性の自画像を通して、人生の悲劇的な面を知る青年。「ティンパニの一撃」を聞いた青年のその後の人生とは? 皮肉な結末が、リアリティあふれる作品。

 『白熊』 深夜に帰宅した夫は、電気もつけずに突然妻に質問を始めます。動物園でふたりが初めて出会ったとき、本当はお前は別の男を待っていたのではなかったのか? 質問を受け流しながらも妻は不安にかられます…。
 夫の意図は何なのか? 驚くべき結末が待ち受ける幻想小説。

 『作家稼業』 世間にも認知され、有名な作家となった男は、突然執筆への意欲をなくし、転職をしようと考えます。義兄に相談してもまともにとりあってもらえず、面接に行っても断られるばかり。精神科の看護人の募集を耳にした男は、これこそ自分にあった仕事だと思い、さっそく連絡するのですが…。
 突如として作家稼業をやめたくなった男の試行錯誤を、ユーモアをまじえて描く作品です。男のどんな言動も受け入れる、包容力あふれる妻の存在が印象的。

 『火中の足』 働く独身女性の「私」は、ある日ひじに出来た内出血によるあざに気が付きます。しかし痛みは全くないのです。それからも、指の切り傷、のどの炎症、果ては骨折までしていても、全く痛みがないことに驚きを覚えます。それとともに「私」は、感情や感覚までが麻痺しつつあることに気が付きます…。
 痛みを感じなくなった女性。痛みは何の寓意なのか、いろいろと考えさせられる問題作。

 『怪鳥ロック』 ある日部屋の中にとつぜん現れた巨大な鳥。ドアを開けても、出ていく気配は一向にありません。知人に相談しようとしても、なぜか鳥のことは口に出せないのです。しかも見るたびに、鳥は大きくなっていきます…。
 カフカを思わせる不条理小説。鳥が何を意味しているのかはわかりにくいのですが、物語としても面白い短編です。

 『天使』 年配の未亡人の「私」はあまった部屋に下宿人を置くことを考えます。やってきた若い娘エヴァが気に入ってしまった「私」は、なにくれとなく世話を焼きます。世話をされるのが当然といわんばかりのエヴァは、やがてボーイフレンドを連れ込みます。そして子供が産まれるにいたって「私」はどんどんと家のすみに追いやられていくのですが…。
 無邪気な顔をした居候によって、やがて家の主導権がうばわれてしまう、というヒュー・ウォルポール『銀色の仮面』を思わせる作品。被害者であるはずの「私」が、加害者を「天使」とあがめつづけるのが、無気味さを増しています。

 『船旅』 間違えて違う船に妹を乗せてしまったドン・ミゲルは、妹の行方を探しますが、まったく見つかりません。やがて届いた手紙にはその船の情報も場所もしるされていません。手紙を読み進むにつれて、常軌を逸してくる妹の記述に、彼は困惑するのですが…。
 「船旅」とは「死への旅」なのか? 船や乗客の描写の気味悪さが印象に残る幻想小説。
 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ヒト、幽霊にあう  梅田正彦編訳『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』
4862650430鼻のある男―イギリス女流作家怪奇小説選
ローダ ブロートン 梅田 正彦
鳥影社 2006-12

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 怪奇小説の名品には女流作家のものが多い、とは、この道の好事家たちがこぞって言う意見ですが、本書『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』(梅田正彦編訳 ローダ・ブロートン他著 鳥影社)を読むと、なるほどと頷けるものがあります。
 編者の梅田正彦には、以前にもマイナー怪奇作家、バーナード・ケイプスの怪奇小説集の翻訳があります。そのときにも、なかなかの選択眼だと感心したのですが、本書『鼻のある男』でも、期待は裏切られませんでした。
 女流作家という言葉から連想される「繊細さ」はもちろんのこと、物語性の豊かな作品が集められている印象を受けます。玄人の編者が陥りがちな、雰囲気だけの退屈な作品が、ほとんどないのが嬉しいところです。
 それでは、以下面白かった作品について紹介しましょう。

 ローダ・ブロートン『鼻のある男』 新婚間もない若夫婦。しかし妻のエリザベスは、悪夢に出てくる「鼻のある男」への恐怖を訴えます。旅行の先々でエリザベスの目に映る「鼻のある男」。しかしその姿は夫には全く見えません。折悪しく、危篤の大叔父のもとを訪ねる必要に迫られた夫が、ようやく妻のもとに帰ると…。
 「鼻のない男」ではなく「鼻のある男」という描写がインパクトあふれる作品ですが、ただ特徴的な鼻だというだけで、かなり肩すかしではあります。内容はオーソドックスなゴースト・ストーリーですが「鼻のある男」の由来や来歴など、まったくの謎にしてあるところが、無気味さを増しています。

 イーディス・ネズビット『すみれ色の車』 精神に変調をきたした妻を介護に来てほしい、という依頼を受けた看護婦の「わたし」。しかし当の夫人は、全く正常だとしか思えません。しかも彼女が言うには、おかしいのは夫のほうだと言うのです。夫は、娘を自動車事故で亡くしてから「すみれ色の車」を見続けていると…。
 本当におかしいのは夫なのか妻なのか? 人間の心の謎をからめた、異色の幽霊譚。

 D・K・ブロスター『超能力』 資産家のオーストラリア人夫婦が見学に訪れた家は、素晴らしい景観と美しい家具のある、言う事のない家でした。しかし妻は、何か気色の悪いものを感じていました。不自然な位置においてあった敷物の下のしみを発見した彼女は、ヒステリーを起こしてしまいます。かってその家には、ある惨劇があったのです…。
 後半の惨劇の由来を語るパートがかなり興味深い作品です。催眠術や、日本趣味などの小道具も凝っていますが、20世紀前半に書かれたとは思えないほどの、スプラッターシーンが特徴的。

 アミーリア・エドワーズ『第三の窯』 ウースターシャーの陶磁器生産所で働く「おれ」は、仕事場頭のジョージ・バーナードに目をかけられて、公私ともに友人として過ごしていました。生真面目なジョージには、素朴ながら美しい娘リーアという婚約者がいましたが、フランスの有名な窯場からやってきたロラーシュという男が現れてから、事態は変わりはじめます。ロラーシュがリーアを横取りした直後に、ジョージは窯場で失踪してしまいます。しかし「おれ」はその後もジョージの姿を目撃しているのです…。
 恋人を横取りされた男が、殺人に走るのかと思いきや、姿を消してしまうところが面白いです。ジョージが死んだのか殺されたのかも曖昧にしている結末には、妙な味があります。

 キャサリン・ウェルズ『幽霊』 病気で臥せっていた少女は鬱々としていました。大ファンである有名な俳優パーシヴァル・イーストが階下のパーティーに来ているというのに、会えないのです。気をきかせた伯父が連れてきた俳優に会えて、少女はのぼせてしまいます。余興で幽霊の扮装をするというイーストの提案に一も二もなく賛成した彼女は、しかし直後にドアから入ってきた人物が、不自然なほど小さいのに気が付きます…。
 H・G・ウェルズの妻キャサリンによる珍しい作品。掌編といっていい長さながら、盛り上げ方も上手く、無駄のない作品です。

 メイ・シンクレア『仲介者』 地方史編纂を生業とするガーヴィンは、クレイヴン地方を訪れます。彼は、子供のいない静かな下宿を探していましたが、諸処の事情から、何やら評判の悪いファルショー家に下宿をせざるを得なくなります。その家に住んでいたのは、粗野ながら魅力のなくもない姪のオンニーと、ファルショー夫妻の三人。妊娠中の妻は異様に陰鬱でひきこもっており、その妻の影響か、夫も憂鬱にとらわれていました。
 子供はいないという話のはずなのに、夜中に聞こえる子供の泣き声に、ガーヴィンは不審の念を抱きます。もしやオンニーの不始末の結果、夫妻は子供を粗略に扱っているのではないだろうか? そうガーヴィンは推量しますが、村医者のマッキノンから聞かされた事実は驚くべきものでした…。
 夫妻の精神的・性的な葛藤が描かれる部分の濃度が半端ではありません。過度な性衝動と自我を持つファルショー夫人のキャラクターの印象は強烈。現代ならいざ知らず、20世紀初頭にこんな作品が書かれていたとは驚きです。人間の心理と幽霊現象とが、不可分に結びついた物語の展開は見事の一言につきます。
 夫妻やオンニーには見えない子供の霊がガーヴィンだけに見えるのは何故なのか? 「仲介者」としての役目を自覚したガーヴィンのとった行動とは? 何やら「ゴースト・ハンター」ものの趣もある、独創的なサイコロジカル・ゴースト・ストーリー。

 同じ女流作家の怪談を集めたアンソロジーとしては、シンシア・アスキス他『淑やかな悪夢』(創元推理文庫)がありますが、個人的には『鼻のある男』に軍配を挙げたいところです。少なくともメイ・シンクレアの『仲介者』だけでも、読む価値があります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

新年のごあいさつ
 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 さて、お正月には、積読本を減らすぞ!と意気込んではみたものの、今のところ、なかなか思うにまかせない状況です。余裕のある休日になったらなったで、なかなか本を手にとりにくかったりするものですね(笑)。
 そこで、今年の目標として、読んでおきたい積読本をあげてみたいと思います。毎回挙げるだけで、実際読めるのは少ないんですけど。

『夢野久作全集1~7』三一書房
 これ、数年前からの積読です。1巻だけは読みました。というか、ちくま文庫版の全集は何冊か読んでいるので、多分に重複している作品もあります。懸案は、4巻の『ドグラ・マグラ』。実はまだ、この作品読んだことがなかったりします。

花輪莞爾『悪夢百一夜』ウチヤマ出版
 花輪莞爾の〈悪夢〉シリーズの集大成。最初は新潮文庫で二分冊だった短編集が、増補されて『悪夢五十一夜』、それからさらに倍近い増量を施されたのが、この『悪夢百一夜』です。発売当初、書店で見かけなかったので、ネット書店で頼んでみたら、到着した現物を見てビックリです。すさまじいボリューム!下手すると『広辞苑』より厚いんじゃないでしょうか。寝転がって読むには、かなり無理のある重さです。内容的には、いわゆる「奇妙な味」の短編集ですね。『悪夢五十一夜』は読破したのですが、どれも面白い短編だったので、質の方はかなり期待できそうです。

マーク・Z. ダニエレブスキー『紙葉の家』ソニーマガジンズ
 ようやく手に入れたのはいいんですが、さっそく積読になっているもの。やはりあのボリュームには恐れをなしてしまいます。もっとも『悪夢百一夜』に比べたら、まだ薄い方ですが(笑)。

マリア・M・タタール『魔の眼に魅されて』国書刊行会
 フランツ・アントン・メスメルによる〈催眠術〉や〈動物磁気〉が、文学に及ぼした影響を語る評論。なかなか難しそうなのですが、主にとりあげられている、ホフマンはじめ〈ドイツ・ロマン派〉の作家たちに興味があるので、挑戦してみたいと思います。

アナトール・フランス『ペンギンの島』(中央公論社〈世界の文学〉収録)
 神の手によって、人間に変えられたペンギンたちの王国の年代記。アナトール・フランスによる珍しいファンタジーです。この作者には、人間に化けて、地上に降り立った天使たちの冒険を描く『天使の叛逆』などという作品もあるそうで、これは読んでみたいですね。
 昔の世界文学全集の類いには、たまに珍しいファンタジーや幻想小説が含まれていたりするので、侮れません。

ロミ『でぶ大全』作品社
 これはタイトルが全てを物語っていますね。「でぶ」に関する文化を紹介した面白そうな本。図版が豊富なのが嬉しいところ。

フランシス・M・ネヴィンズ Jr.『コーネル・ウールリッチの生涯』早川書房
 上下巻で、6000円以上しました。高い!でもウールリッチの伝記的な部分から、作品紹介にいたるまで、かなり詳しく触れられているようです。ネヴィンズ Jr.は、ウールリッチの幻想短編集『今夜の私は危険よ』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)の解説を書いているのですが、それが懇切丁寧で面白かったので、この本も期待できそうです。

レオ・ペルッツ『レオナルドのユダ』クインテッセンス出版
 〈晶文社ミステリ〉で刊行された『最後の審判の巨匠』で、話題になった(?)ドイツ作家の作品。全く聞いた事のない出版社と訳者なので、かなり心配ではあります。

柴田元幸編訳『いまどきの老人』朝日新聞社
 柴田元幸編のアンソロジーはどれも面白いのですが、これはなんと「老人小説」のアンソロジー。収録作家のなかに、シャーリィ・ジャクスンの名前があったので、買ってしまいました。

 どれほど読めるのかわかりませんが、今年も読書に励みたいと思います。



プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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