
第二次大戦前のアメリカで、一世を風靡したものに「パルプマガジン」があります。「パルプマガジン」とは、安いパルプ紙を使った、廉価な娯楽小説雑誌の総称です。まだテレビも普及していなかった時代、大衆の娯楽として絶大な人気を誇った「パルプマガジン」。さまざまなジャンルの雑誌がひしめき合ったなか、いまでも語り継がれるのが、怪奇小説専門誌「ウィアード・テールズ」です。 H・P・ラヴクラフト、C・A・スミス、R・E・ハワードの三大作家をはじめ、後に、ミステリやSF、ホラー、ファンタジーの分野で頭角をあらわすことになる作家たちが寄稿していました。主だった名前を挙げると、ロバート・ブロック、レイ・ブラッドベリ、エドモンド・ハミルトン、フリッツ・ライバー、リチャード・マシスン、シオドア・スタージョンなど、多士済々です。 この「ウィアード・テールズ」から選んだ作品を、全5巻別巻1巻のアンソロジーに編集したシリーズが、『ウィアード・テールズ』(那智史郎・宮壁定雄編 国書刊行会)です。特筆すべきは、パルプマガジンと同じ体裁・サイズを再現しているところでしょうか。さすがに紙質はパルプではありませんが。主に、B級的な味を前面に押し出しており、傑作とはほど遠い作品も多く収録されていますが、「パルプマガジン」の雰囲気を味わうには恰好のシリーズでしょう。
第1巻 手始めの巻だからなのか、あまり傑作はありません。面白いのはアンソニー・M・ラッドの『人喰い沼』とH・ワーナー・マンの『ポンカートの狼男』ぐらい。あとはC・M・エディーの『屍衣の誘い』、M・ハンフリーズの『階上の部屋』、H・F・アーノルドの『深夜通信』などがまあまあ読める程度でしょうか。 『人喰い沼』は、マッドサイエンティストが無限に細胞分裂を続けるアメーバを作り出しますが、その結果アメーバが息子夫婦を食い尽くし、科学者は発狂する、という話。荒唐無稽を絵に描いたようなストーリーで、今読むと陳腐きわまりないのですが、わりと巧みな構成なので読ませます。 『ポンカートの狼男』は、おそらくこの1巻では一番の出来。狼男の側から描いた狼男のストーリーです。現代では、怪物の視点から描く怪奇小説というのも珍しくありませんが、当時としてはかなり斬新だったようです。狼男になってしまった主人公の心理がなかなか興味深い作品です。現代のホラー作家なら、家族への思いと獣性との間で引き裂かれる葛藤などに持っていくのでしょうが、この作品ではあっけなく妻と娘を殺害してしまいます。 『屍衣の誘い』は、死体に愛情を抱く青年の遍歴の話。この程度なら江戸川乱歩の作品などにいくらでもすごいのがあるように思いますが、当時の倫理規制からすると画期的だったのでしょう。 『階上の部屋』は、いわゆるゴーストストーリーですが、オチへのもっていきかたが巧み。なにやら映画『アザーズ』を思わせる作品。 『深夜通信』は、別世界で霧に襲われた都市からの電報を受け取った電信手が殺される、というもの。雰囲気がいいです。
第2巻 1巻に比べても、陳腐でつまらない作品が多いです。なんとか読めたのはG・G・ペンターヴズの『八番目の緑の男』とアドルフォ・デ・カストロの『最後の実験』ぐらい。『八番目の緑の男』もこの集の中では、まあ読める方という程度の出来です。奇怪な儀式を繰り広げる宗教集団の話。 『最後の実験』は、カストロ名義ですが、実質ラヴクラフト作品だとのこと。古くから生き続ける奇怪な男に唆された天才科学者が、旧支配者を呼びだしてしまうという、いつものラヴクラフト節の作品。
第3巻 3巻目で、ようやく面白くなってきます。中でもマリー・E・カウンセルマンの『三つの銅貨』がダントツに面白いです。ある日、小さな町ブラントンのあらゆる場所に奇妙な広告が貼られます。広告には次のように記されていました。本日、町で三種類の硬貨が見つかるはずです。第一の硬貨を持っていた人には現金十万ドル、第二の硬貨を持っていた人には世界旅行、第三の硬貨を持っていた人には“死”を差し上げます。ただし、どの硬貨がどの景品に当たるかはわかりません。硬貨を見つけた人々は“死”を恐れるあまり、硬貨をたらいまわしにします。そして三つの硬貨の持ち主が判明したとき…。 「コンクール」を催した人間の正体も目的も全くわからない。“死”が景品ということは、超自然的な存在なのだろうか。何も説明はないだけに、不気味さが際立ちます。三つの景品、ということから予測されるように、皮肉な結末が待っているのですが、結末がちょっとインパクトに欠けるのが惜しいところ。書きようによっては、非常な傑作になったかもしれません。怪奇小説というよりは「奇妙な味」に分類されるであろう作品。 この巻にはわりと有名どころの作家が集められていて、さすがに無名の凡百作家より、軒並み優れた作品を載せています。エドモンド・ハミルトンの『帰ってきた男』は、いわゆる「早すぎた埋葬」から蘇ってきた男が、家に帰ると妻をはじめ、親しい人たちから裏切られていたことを知り、再び墓所にもどる、という哀愁ただよう名品。 H・S・ホワイトヘッドの『悪霊夫人』は、オーソドックスな幽霊憑依譚。ヘイゼル・ヒールド『魂を喰う蠅』は、ラヴクラフトの添削が入っているそうですが、ジョルジュ・ランジュランの『蠅』を思わせるショッキングな結末で驚かせます。ドナルド・ワンドレイ『現れた触手』は、W・H・ホジスン風の海洋怪物ホラー。 第4巻 この巻の目玉はやはりエドモンド・ハミルトンの『眠れる人の島』でしょう。船が遭難し、ひとりだけ生き残ったギャリソンは、漂流の後、奇妙な島にたどりつきます。なぜか、そこは水も食料も豊富でした。ギャリソンはそこで美しい娘マーと出会います。マーの話では、この島にあるすべてのものは〈眠れる人〉の見ている夢であり、彼が目覚めるとすべては消えてしまうというのです。ギャリソンは笑ってとりあいませんが、突然現れる湖や象などに驚かされます。そしてある日、不気味な獣人におそわれた二人は、〈眠れる人〉を目覚めさせようとするのですが…。 〈夢見るものと夢見られるもの〉というダンセイニやボルヘスを思わせる美しいファンタジー。ハミルトンらしく見事にまとまっています。哀愁に満ちた結末も素晴らしいです。 ソープ・マックラスキー『しのびよる恐怖』は、スライム状の怪物の登場する、いかにもオーソドックスな怪物ホラーなのですが、この作者、以外と筆が立つので結構読まされてしまいます。 E・ホフマン・プライス『見習い魔術師』は、魔法の国の女神に恋する青年の話。このタイプの話は筆力がないと陳腐そのものになりがちです。この作品はそこまでひどくはありませんが、水準作といったところでしょうか。 ポール・アーンスト『怪人悪魔博士』は、マッドサイエンティストと正義の探偵との戦い、という活劇調の作品。悪魔博士の殺し方はなかなか面白いのですが、プロットが単純すぎでしょう。
第5巻 この巻は秀作ぞろい。C・ホール・トンプスン『蒼白き犯罪者』は、学生のミスから失明した科学者が、旅人をおそって目を奪い、自分に移植するが…というグランギニョール風の残酷話。 フリッツ・ライバー『蜘蛛屋敷』は、迫力のある怪奇小説。主人公夫妻は招かれた屋敷の主人を見て驚きます。かって小人だった男が、長身になっていたからです。しかも何かにおびえる美しい夫人。主人は兄の研究による成長促進剤を用いて身体を大きくしたと語りますが…。あらすじは陳腐ですが、ライバーの書き方が巧みなので、読み応えがあります。 レイ・ブラッドベリ『蝋燭』は、不気味なファンタジー。妻が他の男に情を移したのを知り、激怒した男は、祈った男を殺すことができる蝋燭を手に入れて、妻のもとへ送りますが…。後半はヘンリー・カットナーの手によるものだそうですが、それがうなずける才気あふれる皮肉な結末が心地よいです。 ジョセフ・P・ブレナン『箪笥』も秀作。古道具屋で安く手に入れた上物の箪笥。しかし、夜になると引き出しから白い不気味な手があらわれます。男は捨てようとしても、すぐ手元にもどってくる箪笥に恐れをなしますが、ある夜誘われるように箪笥に近づいていきます…。怪物などの本体を直接描写せず、読者の想像にまかせているところが上手いです。暗示をうまく使った結末も好感触。 シオドア・スタージョン『憑きもの』は、文句なくこの巻のベスト。ロニー・ダニエルズ少年は父親とともに、赤ん坊の生まれた母親を病院に見舞います。帰り際、窓から自分に呼びかける声に、ロニーが振り向くと、突然狂気じみた女が窓からとびおります。父親はあわててかけよりますが、死体はなぜか見あたりません。二人はすぐその場から立ち去りますが、その直後からロニーは奇妙な行動をとるようになります…。 タイトルと発端の描写から、おそらく霊だか怪物だかに取り憑かれたのだろう、と予想はつきますが、少年の周りに怪現象が起こるわけでもないところが、非常にユニーク。あくまで淡々と行動する少年の描写は、非常に不気味さを感じさせます。 最終章にいたって作者が登場し、メタフィクション的な趣向になります。それで話はうまく説明されるのですが、ここの説明がなかった方がいっそう不気味さがましたような気はします。何しろ、そこまでの不気味さと戦慄は比類がありません。尋常ではないスタージョンの筆力を感じさせられる力作です。
別巻 この巻は小説ではなく、研究編になっています。パルプマガジンの内訳や値段などの解説に始まり、「ウィアード・テールズ」の年代ごとの紹介、挿絵画家の紹介一覧など、かなり突っ込んだ記述がされており、参考になります。 「ウィアード・テールズ」のライバル誌の紹介コーナーや、怪奇小説専門の出版社アーカム・ハウス設立につながる話などは興味深く読めます。あと、何と言っても巻末の「ウィアード・テールズ」全収録作データが貴重! 聞くところによると、この巻の書誌的なデータは間違いが多いのだそうですが、素人には判断しにくいです。ともかく「ウィアード・テールズ」だけでなく、パルプマガジンの全体像をつかむには格好の本ではないかと思います。
「ウィアード・テールズ」を扱った同種のアンソロジーとしては、『ウィアード1〜4』(大滝啓裕編 青心社文庫)があります。こちらは、どの巻の収録作品も厳選されていて、秀作ぞろいです。『ウィアード』に比べると、那智史郎・宮壁定雄編『ウィアード・テールズ』の収録作品のレベルは明らかに落ちます。ですが、パルプマガジン小説の味、B級テイストを味わえるということで、これはこれで捨てがたいところです。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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