 黄金の褒賞 (1960年) 福島 正実

かって評論家の瀬戸川猛資は、ミステリ評論集『夜明けの睡魔』(創元ライブラリ)で、イギリスの作家アンドリュウ・ガーヴについて、こう書いていました。
お話は同じパターンのものが多く、結末がとても甘い。人物描写がとくに印象的ということもないし、文章が際立ってうまいわけでもない。もちろん、謎やトリックの興味に溢れているわけでもない。また、イギリスの男性作家のくせにユーモア感覚があまりなく、洒落っけにも乏しい。
ひどい貶しようだな、と思いきや、瀬戸川はこの後こう続けます。
こういうミステリが、それほどおもしろいはずがない。ところが、実際に読んでみると、どれもこれもあきれるほどおもしろいのだ。まったく不思議である。 察するに、これがストーリイ・テリングの力というものなのだろう。
そう、瀬戸川猛資のいうことは、的を射ています。ガーヴの作品は、だいたいどれも同じような展開で、結末は必ずハッピーエンド。筋の予想もついてしまうことが多いです。それでも、面白いのです。やはりそれは、ストーリイ・テリングによるところが大きいのでしょう。 今回紹介する『黄金の褒賞』(福島正実訳 ハヤカワ・ミステリ)も、件のパターンにそった物語ではありますが、他のガーヴ作品に比べると、すこしスパイスの利いている作品です。 思わぬ遺産を手に入れ、働かなくても暮らしていけるようになった主人公、ジョン・メランビイ。ある日、彼の留守中に、海に出かけた息子と妻がおぼれかかりますが、危機一髪のところをロスコオなる男に救われます。 感謝してもしきれないメランビイ夫妻は、ロスコオに援助を申し出ますが、彼はそれを固辞します。しかし、全くの善人に見えたロスコオは実はとんでもない詐欺師。メランビイ夫妻の知り合いの女性に色目をつかい、あまつさえ金を要求してきたのです。 同じく、ロスコオに妻を乱暴されかかった男シアーストンが怒鳴り込んできたことから、メランビイは誤ってロスコオを殺してしまいます。彼らは悩みの末、死体を埋めてしまうことで、すべてを葬ろうとします。しかし、メランビイの良心はとがめていました…。 犯してしまった殺人を隠し続けようとする主人公の話、というのは、よくありますが、この作品では、主人公メランビイが「善人」であるところがポイント。善人であるだけに、メランビイが苦しみつづけるという展開は、痛々しいものがありますが、サスペンスは十分です。 とはいえ、上にも書きましたが、ガーヴの作品は基本的にハッピーエンド。とするなら、この物語もハッピーエンドのはず、と考えていくと、結末の予想はだいたいついてしまいます。ところが、この作品に限っては、それをさらに裏切る展開が待っています。単純な勧善懲悪には終わらない、ほろ苦い結末。そして、最後の最後でメランビイがとる行動とは…? 徹底的に窮地に追い込まれる主人公。それゆえ、読者は欲求不満がたまります。結末に至っても、それは完全には解消されません。しかし最後にメランビイがとる行動には、人間性に対する信頼があらわれていて、ほろ苦い結末ながら、気持ちの良い読後感を与えてくれるのです。 主人公が「一般人」であるために、感情移入もしやすく、物語に入り込むのも容易です。「プロット職人」ともいうべき、ガーヴの佳作といっていいでしょう。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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