ファンタスティック・クライム  アントニー・バウチャー『タイムマシンの殺人』
4846007626タイムマシンの殺人
アントニー バウチャー Anthony Boucher 白須 清美
論創社 2006-10

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 ミステリ・SFの評論家として有名なアントニー・バウチャー。さて、彼の実作はと見ると、これがなかなか手堅いエンタテインメント。短篇集『タイムマシンの殺人』(白須清美訳 論創社)に収録された短篇は、どれも非常に愉しい作品になっています。
 バウチャーの作品は、〈吸血鬼〉〈人狼〉〈タイムマシン〉〈悪魔との契約〉と、テーマ的には、使い古されたものが大部分なのですが、それぞれ独自の工夫がされているので、楽しく読めます。予定調和を大幅にはみ出すことはないにせよ、ツボを押さえた設定と展開で、全く読者を飽きさせないところは、まさに職人作家。娯楽小説とはかくあるべし、とでもいうような、理屈抜きで楽しめる短篇集です。

 『噛む』 わけあって、カリフォルニアの砂漠の町にやってきた男タラント。彼はバーで奇妙な話を耳にします。彼が住むことになった家は、地元の人々から恐れられているというのです。そこには、目にも止まらぬ早さで動き回る食人鬼「カーカー」が住みついているのだと。タラントは一笑に付すのですが…。
 肉眼ではとらえられないほどの早さで動き回るという、怪物の造形がユニークな怪奇小説です。

 『タイムマシンの殺人』 タイムマシンを開発したパートリッジは、それを使い、裕福ないとこを殺す計画を立てます。彼が死ねば莫大な遺産が手にはいるのです。しかし、問題がひとつありました。このタイムマシンは、過去にしか行けず、しかもその範囲は42分以内に限られるのです! パートリッジはタイムマシンを利用して完全無欠のアリバイを作ることを考えますが…。
 「水と油」ともいうべき「タイムマシン」と「殺人事件」を融合させたユニークなSFミステリ。タイムマシンがあるなら、殺人なんかしなくてもいいじゃないか、とか思わせられるのですが、事実作中でも主人公はそのことに途中で気づくなど、かなり笑える要素も濃い、コメディタッチの作品。

 『悪魔の陥穽』 弁護士ギルバート・アイルズは、バーで「大オジマンディアス」と名乗る奇妙な男と出会います。本物の魔術師だというオジマンディアスは、何か願い事をかなえると言い出しますが、アイルズは、酔った勢いで「呪われてしまえ」という言葉を吐いてしまいます。その呪いとは、一日最低一つ罪を犯さなければならないというものでした…。
 〈悪魔との契約〉テーマの作品です。この手のテーマの通例で、悪魔とのだましあいが始まりますが「罪」の定義をめぐってかわされる知恵比べが楽しいところ。

 『もうひとつの就任式』 政治歴史学教授のランロイド博士は、選挙の結果を恐れていました。もしアメリカ党が勝利すれば、民主主義の終わりだ! アメリカ党の圧勝に絶望した彼は、友人クリーヴのもとを訪れます。彼の研究を使えば、念動力を利用したタイムトラベルにより、歴史を改変させることができるというのですが…。
 改変した世界もまた完璧ではなかった、という皮肉な作品です。

 『書評家を殺せ』 著書をけなされたことが原因で、業界から抹殺された作家。彼は、悪魔との契約によって、書評家を殺そうと目論みます。それは自分の著書に触れたものを殺すという呪いでした…。 
 これも〈悪魔との契約〉テーマの作品ですが、雰囲気はかなりシリアス。悪魔払いの神父が登場するなどオカルティックな要素が散りばめられています。

 『人間消失』 有名なレコードコレクターであるスタンボーが失踪します。遊び人だった彼を殺す動機を持つ人間は数知れません。しかし部屋の床には、まるで溶けていなくなったかのように、洋服が落ちているのです。ヴァーナー医師を相談に訪れた「おれ」は、奇妙な話を聞かされます。それは一昔前に、一世を風靡した歌手カリーナの話でした。カリーナと情事を重ねたものは、みな不審な死を遂げていました。カリーナの突然死によって、その連鎖は断たれますが、その死後も彼女のレコードを聞いたものは、失踪しているというのです…。
 呪われたレコードをめぐる怪奇小説。ラヴクラフト『エーリッヒ・ツァンの音楽』を思わせる、異次元の描写が秀逸です。

 『スナルバグ』 人道的な目的から研究所の設立を目指すビルは、悪魔を呼び出して、その資金を得ようとします。しかし現れたのは、一インチにも満たない小さな悪魔でした。その悪魔「スナルバグ」の力を使って、ビルは一日後の新聞を持ってこさせることに成功します。市長暗殺の記事を見つけた彼は、事件を未然に防ぎ、市長から資金援助を得ようと考えるのですが…。
 これもまた〈悪魔との契約〉テーマですが、未来を変えられるか、というタイム・パラドックスをからめています。

 『たぐいなき人狼』 大学教授ウォルフ・ウルフは、元教え子の映画女優グロリアに袖にされ、やけ酒をあおっていました。バーで出会ったオジマンディアスという男から、人狼への変身の仕方を教わった彼は、グロリアの映画に登場する犬役のオーディションに参加して、彼女に近づこうとするのですが…。
 「本物の魔術師」オジマンディアスが再登場する作品。人狼から元にもどるには、他人に合言葉を言ってもらわなければならない、という設定がユニーク。恋のさや当てに、人狼、魔術などをからめた楽しいファンタジー作品。

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《短篇小説の快楽》発刊
 先日の記事で『短篇小説の快楽』というブックガイドを紹介しましたが、それと同名のシリーズ《短篇小説の快楽》が国書刊行会から、刊行されることになったそうです。タイトルからして、短篇好きとしては、要注目のシリーズなのですが、ラインナップがまたマニアック。

ウィリアム・トレヴァー『聖母の贈り物』12月刊
キャロル・エムシュウィラー『すべての終わりの始まり』
レーモン・クノー『あなたまかせのお話』
アドルフォ・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』
イタロ・カルヴィーノ『最後に烏がやってくる』

 ウィリアム・トレヴァーは、この中では、いちばん名前が知られていない作家でしょうか。アイルランドの作家で、短篇の名手と言われている人です。邦訳もあって、長編では『フェリシアの旅』(角川文庫)、短篇も雑誌やアンソロジーなどに、いくつか収録されています。ジャンル作家というわけではないようですが、短篇をいくつか読んだ感じでは、パトリシア・ハイスミスとかルース・レンデルとかに近い味のする心理小説的な作風が持ち味のようです。先日読んだ『ピアノ調律師の妻たち』(朝日新聞社『むずかしい愛』収録)は、ジャンル云々以前に、すごくインパクトのある作品でした。ちなみに、以前書いた感想はこちら
 キャロル・エムシュウィラーは、女流SF作家ですが、SFアートの巨匠エド・エムシュウィラーの夫人としての方が有名かもしれません。いくつか邦訳短篇がありますが、繊細な筆致は感じられるものの、とらえどころのない感じのする作家ですね。
 レーモン・クノーは『地下鉄のザジ』『はまむぎ』『文体練習』などで知られる、フランス冗談文学の巨匠。まあ、フランスの筒井康隆みたいな人です。タイトルからしても、実験的なユーモア短篇集になるはず。
 アドルフォ・ビオイ=カサーレスは、ボルヘスの盟友にして、ラテンアメリカ文学の巨匠。知名度の割には、あまり邦訳に恵まれていない人ですが、シリーズ中では、個人的にいちばん期待している作品集です。SFやファンタジー的な要素が濃い作品を書く人で、邦訳のある短篇では『大空の陰謀』(河出文庫 鼓直編『ラテンアメリカ怪談集』収録 )、『パウリーナの思い出に』(白水uブックス マイケル・リチャードソン編『ダブル/ダブル』収録)、あとタイトルがすごい『烏賊はおのれの墨を選ぶ』(国書刊行会 ボルヘス編 バベルの図書館20『アルゼンチン短篇集』収録)などが印象に残っています。とくに『パウリーナの思い出に』は、〈分身〉テーマの幻想的なラブストーリーで、非常に面白いです。
 イタロ・カルヴィーノは、いわずとしれたイタリアの作家。リアリズムからSF、寓話、メタフィクションと変幻自在な作風を誇る天才肌の作家。この人、時期によって極端に作風に差があるんですが、この作品集はいつごろの時期のものなんでしょうか。物語的要素の強い作品だといいんですが。

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厚かましいにもほどがある  ジャック・リッチー『10ドルだって大金だ』
430980101310ドルだって大金だ
ジャック・リッチー 藤村 裕美 白須 清美
河出書房新社 2006-10-13

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 何喰わぬ顔で、冷静に犯罪や殺人を犯す。そのくせ、どこか抜けている。こんなキャラクターが、ジャック・リッチーの作品には、よく登場します。とくに、これらのキャラクターの一人称の語りを採用した作品においては、そのすっとぼけたユーモアが、強烈に発揮されることが多いようです。白々しい顔で、堂々と嘘をつく厚かましさ、リッチーの作品には、そんな味わいがあります。本書『10ドルだって大金だ』(藤村裕美・白須 清美・谷崎由依・好野理恵訳 河出書房新社)にも、もちろん、そうした味わいの作品が多く収められています。

 『妻を殺さば』 金目当てに、資産家の妻と結婚した「わたし」は、妻を殺そうと画策します。しかし、お人よしで世間知らずの妻は、弁護士や使用人から、いいように扱われているらしいのです。しかも脅迫までされているとは…!
 典型的な「妻殺し」の話が、だんだんとずれてくる、コミカルなクライム・ストーリーです。

 『10ドルだって大金だ』 銀行の会計検査で、10ドルの余計な金額が発見されます。町の小さな銀行では、ずさんな帳簿管理による評判の悪化は致命的なのです。経営者の「わたし」はあわてますが、なんとか翌日の再検査の約束をとりつけます。10ドルを余計に入れた容疑者は、二人の従業員バーガー氏とホワイト夫人のみ。しかし古参の二人を追求するに忍びない「わたし」は、10ドル札を金庫から抜き取って、事なきを得ようとします。しかし、金庫にはタイマーがかかっており、翌日まで開かないというのです! その夜「わたし」の部屋にやってきたバーガー氏は、思わぬ話を切り出すのですが…。
 読者の興味を引く発端から、ほろりとさせる人情話へ。しかも結末では、ひねくれたどんでん返しが待っています。リッチー節のさえる、人を喰った作品。

 『50セントの殺人』 資産を狙う親戚たちの手により、精神病院に入院させられた、金持ちの「わたし」。彼は、患者のクラークをたきつけて、親戚たちを殺させようとします。クラークは、自分のことを「冷血な殺人鬼」だと思いこんでいるのです。目論見は図にあたり、甥の一人が殺されます。しかし姪のヘンリエッタは、「わたし」を疑っていることを隠そうともしません…。
 精神病院に幽閉されている「わたし」は本当に正常なのでしょうか? 飄々とした一人称の語りがユーモアとともに無気味さを醸し出す怪作です。

 『とっておきの場所』 妻殺しの疑いをかけられた男ウォレン。妻は家を出ていったと言い張る彼に対し、警察は彼の言葉を無視し、家の庭を掘り返しはじめます。隣人のトリーバーが、死体を埋める現場を目撃したというのです! しかし、庭から出てきたのは、思いもかけないものでした…。
 妻は生きているのか、死んでいるのか、「妻殺し」テーマの新機軸。どこか頭のねじのゆるんだ隣人のキャラクターが印象的です。

 『世界の片隅で』 シンジケートに借りを作ってしまった叔父を助けるために、強盗のふりをして金を奪おうとした青年。彼は、生来の要領の悪さから、警察に追われる身になります。近所のスーパーの倉庫に逃げ込んだ彼は、居心地の良さを感じて、そこに住み着いてしまいます。ある夜、見知らぬ男が、店に放火しようとする現場を目撃した青年は、火を未然に消し止めるのですが…。
 少し頭の弱いお人好しの青年が、状況に流されるままに犯罪者になってしまう物語。スーパーの倉庫に住み着いた彼は、奇妙な正義感を発揮するのです。とぼけた青年の語りが楽しい作品。

 『誰も教えてくれない』 ターンバックルに依頼されたのは、ある女性の捜索調査書。ただし、本人を見つける必要はなく、調査書だけを書いてくれればいい、という奇妙な依頼。不審の念に駆られたターンバックルは、依頼人は裕福な資産家であり、失踪した女性は、そのの家の使用人ポーラ・スミスだったことをつきとめます。その矢先、依頼人の娘がターンバックルを訪れ、やはりポーラを探し出すのはやめてくれ、と言い出します。ポーラはどこに消えたのか? 依頼人との関係はいったい?
 毎回、推理が空回りするという、〈ターンバックル〉シリーズの一編。ターンバックルは、自信満々で推理を繰り広げるのですが、ことごとく当てがはずれてしまいます。探偵の知らない「事実」が結末寸前にどかっと提出されるという、ミステリの「フェアプレイ」を皮肉ったかのような作品。

 『可能性の問題』 50年以上も刑務所暮らしをしていたという老人ポンフレットは、世話になった恩人殺しの容疑者として逮捕されます。あまりにも明白な殺人事件に、疑いをいだいたターンバックル刑事は、真相の「可能性」を推理します。もしや刑務所生活に慣れすぎたポンフレットは、刑務所に戻りたくなって殺人を犯したのではないか…?
 相変わらず空回りするターンバックルの推理が楽しい話。複雑な推理がいくつも提出されますが、事実は一番単純なものだった…というパターンのユーモア作品。

 傑作ぞろいの第一邦訳集『クライム・マシン』(晶文社)に比べると、さすがに分が悪いのは否めない本書ですが、どれも小粒ながら楽しめる作品がいっぱい。読んで損はない作品集でしょう。
11月の気になる新刊と10月の新刊補遺
10月25日刊 ジョン・ブラックバーン『闇に葬れ』(論創社 予価2100円)
10月25日刊 アントニー・バウチャー『タイムマシンの殺人』(論創社 予価2100円)
10月30日刊 ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(新潮文庫 予価940円)
10月下旬刊 『書物の宇宙誌 澁澤龍彦蔵書目録』(国書刊行会 予価9975円)
11月9日刊  瀬名秀明編『贈る物語 Wonder すこしふしぎが大好きなあなたへ』(光文社文庫)
11月16日刊 テオフィル・ゴーチエ『モーパン嬢(下)』(岩波文庫)
11月22日刊 ドゥニ・ディドロ 『ダランベールの夢 他4篇』〈復刊〉(岩波文庫 予価630円)
11月25日刊 小鷹信光『私のハードボイルド』(早川書房 予価2835円)
11月25日刊 早川書房編集部編『ミステリの名書き出し100選』(早川書房 予価1260円)
11月25日刊 ジェラルド・カーシュ『壜の中の手記』(角川文庫)
11月刊    シャーロット・ブロンテ『ジェイン・エア(上・下)』 《光文社 古典新訳文庫》小尾芙佐訳
11月刊    ゴーゴリ『鼻/外套/査察官』《光文社 古典新訳文庫》 浦雅春訳
11月中旬   ロバート・F・ヤング『ピーナツバター作戦』(青心社 予価1680円)
11月予定   P・G・ウッドハウス『サンキュー、ジーヴス』(国書刊行会 予価2310円)

 『闇に葬れ』は、『小人たちが怖いので』などで知られる英国のスリラー作家ジョン・ブラックバーンの作品。もう何十年も邦訳がとぎれていましたが、久々の邦訳。怪奇小説風味が濃厚で、今でいうとディーン・R・クーンツを少し端正にしたような作風が持ち味です。この本もたぶんその系統の作品だと思いますが…。
 『タイムマシンの殺人』は、アントニー・バウチャー初の邦訳短編集。評論が有名なバウチャーですが、雑誌に訳載された短編を見る限り「奇妙な味」の要素が強いので楽しみです。
 『書物の宇宙誌 澁澤龍彦蔵書目録』は、澁澤龍彦の蔵書目録と部屋の図版を収めるという大冊。値段もそれなりなのですが、気になるところ。
 『贈る物語 Wonder すこしふしぎが大好きなあなたへ』は、前回のミステリ編に引き続き、SF編のアンソロジー。手堅いエレクションのようです。
 小鷹信光『私のハードボイルド』は、著者のハードボイルド関連のエッセイ集。ハードボイルドにあまり興味はないのですが、過去に出た評論集には、ミステリ短編に関する文章なども収録されていたので、これは中身を確認してからですね。
 『ミステリの名書き出し100選』は、タイトル通り、ミステリの名書き出しを集めたもののようです。ただそれだけでは、たぶん退屈になってしまうので、解説などをつけると思いますが、そのあたりをどのように処理しているか、気になりますね。
 11月の《光文社 古典新訳文庫》で気になるのは、この二冊。『ジェイン・エア (上・下)』 は、訳者を考えると、かなりエンタテインメントとしての要素が強い訳だと思われます。もともと娯楽要素の強い作品なので、かなり読みやすくなっているのではないかと。『鼻/外套/査察官』は、宣伝文句では「滑稽味」を強く出しているそうです。ユーモア小説的な味の濃い翻訳なんでしょうか。
 『ピーナツバター作戦』は、SFファン垂涎のカルトシリーズ〈青心社SF〉の復刊。このシリーズ、1980年代の前半に出された短篇集中心のシリーズですが、現在では、古本屋でもめったに見かけません。デーモン・ナイト、ヘンリー・カットナー、R・A・ラファティなど、マニアックなSF短篇集が多く含まれています。とりあえず、ヤングの次は、ラファティの短篇集の復刊が予定されているようです。残りのシリーズも復刊するのかは、まだ不明のようですね。
 
 

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短篇がいっぱい  ぼくらはカルチャー探偵団編『短篇小説の快楽』
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短篇小説の快楽
ぼくらはカルチャー探偵団
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 名編集者として知られた、故安原顯が結成した「ぼくらはカルチャー探偵団」。かって1980年代半ばから、1990年代初頭まで、この団体によるブックガイドシリーズが角川文庫から出ていました。
 ミステリ小説をいろんなジャンルごとに紹介した『ミステリーは眠りを殺す』、恋愛小説ばかりを紹介した『恋愛小説の快楽』など、面白い企画がいくつもありましたが、中でも、質量ともに圧倒的だったのが、本書『短篇小説の快楽 ジャンル別短篇小説750』(ぼくらはカルチャー探偵団編 角川文庫)です。
 タイトル通り、短篇小説を紹介する本なのですが、ジャンルごとにそれぞれの専門家が、ベスト50を選ぶというもの。これが、またヴァラエティに富んでいるのです。人によっては、未訳の作品もたくさん入れていたりします。ひとつひとつの作品紹介がやたらと簡潔な人もいれば、作者の紹介から作品内容まで踏み込んだ解説をする人もいる、という具合。
 とりあえず、内容の一覧を書いておきましょう。

 【鼎談】…新・短篇小説講義 荒俣宏・金井美恵子・中沢新一
 『現代アメリカ短篇小説ベスト50』越川芳明
 『現代フランス短篇小説ベスト50』野崎歓
 『現代イギリス短篇小説ベスト50』富士川義之
 『現代ドイツ短篇小説ベスト50』三宅晶子
 『現代イタリア短篇小説ベスト50』川島英昭
 『現代ラテンアメリカ短篇小説ベスト50』鼓直
 『ラヴ・ロマンス短篇小説(外国篇)ベスト50』中条省平
 『ラヴ・ロマンス短篇小説(日本篇)ベスト50』島弘之
 『ミステリー短篇小説ベスト50』矢野浩三郎
 『SF短篇小説ベスト50』巽孝之
 『ファンタジー短篇小説ベスト50』荒俣宏
 『ホラー短篇小説ベスト50』風間賢二
 『旅の短篇小説ベスト50』武藤康史
 『ノン・ジャンルの短篇(外国)ベスト50』今福龍太
 『ノン・ジャンルの短篇(日本)ベスト50』池内紀

 「ノン・ジャンル」とか、よくわからない分類も混じっていますが、なかなか壮観なラインナップです。
 巻頭の鼎談は、「分かる人には分かるだろ」的な、飛躍の多い議論で、どうも楽しめないのですが、それ以外の各ジャンルのガイドはとても楽しめます。
 最初は、各国の現代短篇についてのガイドが続きますが、「現代」といっても、ほんとうの「現代」というわけではなくて、戦前あたりからもセレクトするなど、時代の枠は幅広くとってあるようです。単体での紹介も珍しくないアメリカ文学やフランス文学はともかく、ドイツやイタリア、ラテンアメリカはガイドとしても貴重ですね。
 それでは、中から面白かったものを簡単に紹介しましょう。
 『現代フランス短篇小説ベスト50』は、最初こそサルトル・カミュの「いかにも」なセレクションで始まりますが、そのあとはマルセル・エーメ、ボリス・ヴィアン、レモン・クノー、シュペルヴィエル、マルセル・ベアリュ、レオノーラ・カリントン、ロマン・ギャリなど、軽みに満ちた幻想小説が多く紹介されていて、魅力的です。
 『現代ラテンアメリカ短篇小説ベスト50』は、ほとんど全て、これ「マジック・リアリズム」系の作品で占められています。あらすじを読むだけで、読みたくなること必定の作品ばかり。ボルヘス、コルタサル、アンデルソン=インベル、ムヒーカ=ライネス、オラシオ・キローガ、レオポルド・ルゴネスなど。
 『ラヴ・ロマンス短篇小説(外国篇)ベスト50』は、さすが目利きの中条省平だけあって、様々な外国小説の中から、面白そうな作品を集めています。フィッツジェラルド、ヘミングウェイあたりの「普通」の作品から、マンディアルグやロブ=グリエなどの「ひねった」ところ。ジャック・フィニィ、マルセル・エーメ、ローラン・トポールなどの異色作家まで、その選択眼の幅広さには感心させられます。
 ジャンル小説の読者には、やはり『ミステリ』『SF』『ファンタジー』『ホラー』が気になるところでしょう。
 『ミステリー短篇小説ベスト50』は、かなりオーソドックスながらバランスのとれたセレクション。エラリイ・クイーン、アガサ・クリスティ、モーリス・ルブラン、コナン・ドイルの大御所に混じって、ロアルド・ダール、ジョン・コリア、シャーリィ・ジャクスン、パトリシア・ハイスミスなどの、短篇の名手の作品も垣間見えます。
 『SF短篇小説ベスト50』は、オーソドックスとはかけ離れた独創的なセレクション。スタニスワフ・レム、J・G・バラード、ストルガツキイなど、ちょっと「高踏的」な作家が多いのが特徴。ブラッドベリやスタージョンなども混じっていますが、それもあまり有名どころではない作品が選ばれています。
 『ファンタジー短篇小説ベスト50』は、著者が「ファンタジー」の定義自体が曖昧模糊としている、と語っているだけあって、文学畑からジャンル作家まで、許容範囲の広い選択です。D・H・ロレンスやフロイトまで入っているのは、荒俣宏ならではでしょうか。ただ一篇あたりの解説文が、異様に短いので、作品のことをもっと知りたい人には物足りない面も。
 『ホラー短篇小説ベスト50』は、おそらく本書で一番密度の濃いガイドでしょう。怪奇小説アンソロジーの定番にふれた後、「異色作家」「モダンホラー」などの定義や紹介を交えながら、個々の作家・作品紹介に進む流れは、非常にわかりやすく、面白く読むことができます。個々の作品解説にも、作家・ストーリー・ジャンル・関連作品など、情報量を要領よく詰め込んでいて、初心者から玄人まで楽しめる作り。なお、この内容は、少々構成が変わっていますが、風間賢二の著書『ホラー小説大全』(角川ホラー文庫)にも収録されていますので、興味のある方はそちらへどうぞ。
 本書は、いわゆる文学畑からジャンル小説まで、幅広いセレクションのガイドになっています。それだけに、今まで興味のなかった作家や作品にも興味がわくこと必定です。とにかく短篇好きの方には、強烈にオススメしたい一冊。

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想像力の恐怖  スティーブン・ケイ監督『ブギーマン』
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スティーブン・ケイ バリー・ワトソン エミリー・デシャネル
松竹 2006-09-28

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 怪奇小説によくあるテーマの一つに「想像力によって生み出される怪物」というのが、あります。簡単に言うと、想像力豊かな子供が、空想上の怪物や怪人を怖がる、というもの。
 話のパターンは、だいたい決まっています。周りの大人は誰も子供のいうことを信じないのですが、実は子供の言っていることは本当で、怪物に襲われてしまう…というようなストーリー。
 しかし、映像分野では、あまりこのパターンを見ません。テーマがテーマだけに、映像では、退屈なものになる可能性が大きいからです。考えてみるとわかると思うのですが、怪物をすぐさま画面に出すわけにはいきません。怪物がしょっぱなから姿を見せていれば「気持ち悪く」はあっても「怖く」はないからです。
 怪物そのものよりも、「得体の知れない」怪物を怖がる主人公の心理にこそ、このタイプの話のキモがあります。映像では、その「恐怖」を感じる主人公の心理描写が、作品成功の鍵を握るといっていいでしょう。さて、このテーマに取り組んだ作品、 サム・ライミ制作、スティーブン・ケイ監督『ブギーマン』(2004 アメリカ)の場合は、どうなっているのでしょうか?
 主人公のティムは、幼いころに父親から、クローゼットに潜む怪物「ブギーマン」の話を繰り返し聞かされ、それを怖がっていました。ティムが8歳のある夜、彼は、相も変わらず、暗くした部屋の物影におびえていました。そんなティムを寝かしつけようとした父親は、部屋の中を調べ「ブギーマン」など存在しないことを言い聞かせようとします。ところがクローゼットを開けた父親は、ティムの目の前で、クローゼットの中に引き込まれ、姿を消してしまったのです!
 それから15年後、いまだに暗闇を恐れ続けるティムでしたが、恋人ジェシカの両親に挨拶に訪れた夜、不可解な夢を見ます。その直後にかかってきた電話は、なんと母親の死を知らせるものでした。あわてて帰郷したティムは、再びあの悪夢のような家を訪れることになります。
 クローゼットで再び怪現象に襲われたティムは、家を出る刹那、かけつけた恋人ジェシカと行き会い、モーテルに泊まります。しかしバスルームにいたはずのジェシカは、いつの間にか姿を消していたのです…。
 さて、前半の雰囲気は、なかなかのものです。
 序盤のシーンは非常にインパクトがあります。父親が、得体の知れない怪物に引き込まれてしまう最初のクライマックスといい、幼いティムが暗闇で見る物影が、くりかえし人の形になる描写といい、とても緊迫感があります。
 それからは、暗闇を恐れるティムの心理描写が丹念に積み重ねられていきます。例えば、コートを取ろうとして、クローゼットの暗闇の前で立ちつくす描写など、非常に上手いです。例によって、周りの人々はティムの言うことを信じようとせず、それゆえティムの恐怖は、妄想であると片づけられます。この時点では、怪物が直接描写されないので、ティムの妄想である、という解釈も可能ではあるわけです。
 心理描写で引っぱるにせよ、超自然ホラーである以上、いずれは怪物が画面に現れるわけですが、やっぱりその正体がわかってしまった後は、さすがに緊迫感は落ちてしまいます。あとは、どうやって退治するか、という方向に行ってしまうわけで、そこらへんは「普通」のホラーです。
 そもそもホラー映画というのは、「気配」や「暗示」というのが、怖さの重要な要素になっています。しかし「気配」や「暗示」を多用すると退屈になってしまう、というのもまた事実。話題になった実験的な作品『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』などは、そのタイプでしょう。
 エンタテインメントとしては、観客を退屈させない要素をどうやって入れるか、というのが思案のしどころです。これも加減を間違えると、ぜんぜん「怖く」なくなってしまいます。『ブギーマン』では、その辺の工夫がところどころに挟まれています。
 例えば、ティムが生家で「ブギーマン」にさらわれた子供たちの幻覚を見るシーン。あと、クローゼットを通して、時間や空間を移動する仕掛けなども凝らされています。バスルームから消えた恋人が実際に怪物におそわれる場所に、時間をさかのぼって行くものの、結局助けられない…というあたり、なかなか工夫が感じられます。
 正直この作品、あまり「怖く」ないのですが、この手のテーマに取り組んだ作品としては、手堅くまとめてはいます。娯楽作品としては、及第点を与えてもいいのではないでしょうか。

テーマ:ホラー - ジャンル:映画

18世紀づくし  ロス・キング『迷宮の舞踏会』
4152085606迷宮の舞踏会
ロス・キング 河野 純治
早川書房 2004-04-23

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 1812年のロンドン、ある夜の舞踏会の席で、青年は老人に出会います。青年は老人の持っていた細密肖像画に描かれた女性に惹かれ、ぜひ、件の女性のことを教えてくれと、老人に頼み込みます。しかし、その女性はなんと絞首刑に処されたというのです!

 「私が知っていた者の名前は、レディ・ボウクレアという。しかし、名前はもうひとつあった。街中の冊子や新聞や俗謡は、その名前とその怪物的な罪をこぞって喧伝した」

 その老人ジョージ・コートリイは、40年以上前の若き日の出来事を話し出します。
 1770年、田舎からロンドンにやって来た画家志望の青年コートリイは、親戚のつてを頼りますが、すげなく断られ、悶々とした日々を送っていました。しかし、ふとしたことから妖艶な美女レディ・ボウクレアと知り合い、肖像画を依頼されることになります。
 肖像画の制作中に、レディ・ボウクレアは、かって稀代の名カストラートと歌われたトリスターノの物語を語りはじめます。
 それはさらに昔、1720年のこと。貧しい生まれながらその歌声を買われ、音楽教師のもとに引き取られたトリスターノは、めきめきと頭角をあらわし、カストラート(去勢歌手)となります。イタリアを中心に活躍していたトリスターノはしかし、残忍な性格である後援者、プロヴァンス伯の手から逃れ、英国貴族W卿を頼ってロンドンに渡ります。そこでも絶賛を勝ち得たトリスターノでしたが、あるオペラの舞台上で、事故により重傷を負ってしまいます…。
 一方、コートリイは有名な画家エンディミオン・スターカー卿に弟子入りすることに成功します。コートリイは、あるときスターカー卿の愛人エレアノーラから、彼女を捨てたロバートなる男の事を耳にします。それは、とこどろころで、コートリイの邪魔をする男と同一人物だったのです…。
 謎の美女レディ・ボウクレアの正体とは? そして彼女とトリスターノの関係は? やがてトリスターノの物語とコートリイの運命とは重なりあっていくのですが…。
 ロス・キング『迷宮の舞踏会』は、18世紀ロンドンを舞台にした歴史小説です。何より、描かれた時代風俗に生彩があります。18世紀ヨーロッパの文化風俗、そして画家であるコートリイや歌手であるトリスターノを中心に据えているだけに、美術や音楽に関する描写には、ことに力が入っています。作曲家ヘンデル、ボノンチーニ、歌手のセネジーノ、哲学者ジョージ・バークリー、詩人アレクサンダー・ポープなど、実在した有名人も登場し、この時代や文化が好きな読者にはたまらない作りになっています。
 ただ、肝心の物語の方はというと、これがちょっと弱い。神秘的なレディ・ボウクレアの謎を追うコートリイ、そしてトリスターノの数奇な運命、それぞれの物語は魅力的な設定に満ちていながらも、どうも盛り上がりに欠けるのです。
 登場人物にも、なかなか魅力的な人物が少なくありません。コートリイのパートでは、神出鬼没のロバート、神秘的なレディ・ボウクレア、偉大な技を持ちながらも俗物的なエンディミオン・スターカー卿。トリスターノのパートでは、粗野ながらも音楽的な耳は一流のプロヴァンス伯、男装の歌手マッダレーナ、底意地の悪いトリスターノのライバル、スキピオなど。
 とくに、プロヴァンス伯に囲われて、カストラートになりすましている可憐な歌手マッダレーナと、一流の声を持ちながらも利己的で他人を顧みないスキピオなどは、非常に魅力的なキャラクターです。しかし、これらの登場人物がうまくメインストーリーにからんでこないのが気になるのです。本来ならマッダレーナやスキピオは、物語の本筋にからんでくるメインキャラクターであると思うのですが、これがちょこちょこと登場するだけで、いつの間にか本筋から姿を消してしまうのです。これには驚きました。他の登場人物についても、同様です。
 コートリイを初めとする登場人物たちの行動が、やけに行き当たりばったりに見えるのも問題です。キャラクターの行動の原因となる動機が非常にわかりにくい。
 そして致命的なのは、主人公であるコートリイのキャラクター。非常に利己的で、虚栄心の強い性格を与えられているために、感情移入しにくいのです。それでも物語を通して、成長するとか改心するとか、そういう面もあれば、また違うのでしょうが、この作品では、そういうこともありません。
 端的に言ってしまうと、作者が登場人物をうまく使えていない、ということになるのでしょうか。魅力的な設定をもつキャラクターが多いだけに、非常にもったいない。そして、ストーリーの方も、一貫性にとぼしく、つぎつぎと場面が切り替わるので、どうも緊張感が持続しないのです。うまく使えばサスペンスを引き延ばすうまい手段だと思うのですが、作者が手慣れていないので、逆効果です。
 青年が聞くコートリイの話の中に登場するレディ・ボウクレアが語るトリスターノの話、と語りが「入れ子」になっているのも、興味をそそるのですが、この語りも特に仕掛けに結びついているわけでもなく、単なる趣向に終わっているので、もったいない感じです。
 上にも書いたように、作品の舞台となる時代や風俗に関する描写は素晴らしいものがあります。作者も、この時代に愛着があるらしく、楽しんで描いた節がうかがえます。しかし、肝心のプロット、ストーリーが焦点を絞り切れていないのが致命的でしょう。全体的に散漫で、クライマックスと呼べるような部分も見あたらないし、盛り上げ方が圧倒的に下手です。
 18世紀のヨーロッパが好きな読者なら、その時代や風俗描写だけでも楽しめるでしょうが、小説として見たときには、かなり未熟だと言わざるを得ません。ただ、作者のロス・キングは、これが処女作らしいので、次回作以降に期待したいところです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ブラウン・オブ・ワンダー  フレドリック・ブラウンの奇妙な世界
スポンサーから一言 未来世界から来た男 天使と宇宙船 さあ、気ちがいになりなさい フレドリック・ブラウンは二度死ぬ

 かって、SF初心者がまず読むべきとされた作家たちがいました。ロバート・シェクリイ、レイ・ブラッドベリ、フレドリック・ブラウン、彼らの作品は、非常にとっつきやすく、初めてSFを読む読者にも、SFの面白さを味あわせてくれる貴重な作家たちでした。
 彼らの作品には、共通点がいくつかあります。まず、主要作品が短編であること。難解な科学用語やガジェットがあまり使われていないこと。起承転結のきいたストーリー展開があること。そして、「センス・オブ・ワンダー」があること!
 諷刺のきいたシェクリイ、感性豊かなブラッドベリの作品も素晴らしいものがありましたが、こと「センス・オブ・ワンダー」に関する限り、間違いなくフレドリック・ブラウンが、頭抜けていたといっていいでしょう。極度に短い作品の中に、SFの核となるようなアイディアをめいっぱいにつめこんだ、ブラウンの作品は、今読んでも十分に楽しむことができます。斬新なアイディア、大胆な対比、思いもかけない展開、と彼の作品は、日常では味わえない「認識の変化」を与えてくれます。作品が短かったせいもあるのでしょうが、余計な風俗描写などがないことが、普遍的な面白さを出すことに成功した一つの要因ではないかと思われます。
 初期の日本SFに絶大な影響を与え、星新一の作風の原型ともなったフレドリック・ブラウン。今回は、そんな彼の作品を概観してみましょう。

 博士が発明したタイム・マシンを使って、憎んでいた祖父を抹殺しようとした青年の末路は…。愉快なショート・ショート『最初のタイム・マシン』(中村保男訳 創元SF文庫『スポンサーから一言』収録)。

 迫害を逃れ、未来へと逃走した吸血鬼一族の生き残りの二人組が出会ったものとは…『血』(中村保男訳 創元SF文庫『スポンサーから一言』収録)。

 突如、素裸で見知らぬ部屋にいることに気づいた青年。机の上には自分にあてられた手紙。ここはいったいどこなのか? 時間旅行の秘密を解き明かした青年の、究極の選択とは…。斬新なタイムトラベル小説『鏡の間』(中村保男訳 創元SF文庫『スポンサーから一言』収録)。

 気がつくと、男は見知らぬ惑星のドームの中に入れられていました。そして、目の前には不可解な球体が。孤立無援の不条理な戦いを強いられる男の物語『闘技場』(中村保男訳 創元SF文庫『スポンサーから一言』収録)。

 ハービー坊やが、奇術師に扮した悪魔から世界を救う顛末を描いた、楽しいファンタジー『悪魔と坊や』(小西宏訳 創元SF文庫『天使と宇宙船』収録)。

 息子が親に隠れて読んでいたSF雑誌。それに憤慨した父親は、妻を叱るのですが…。極端な対比が際だつ、アイディアの勝利というべき作品『非常識』(小西宏訳 創元SF文庫『天使と宇宙船』収録)。

 ある日チャーリーは、目の前でミミズに翼が生え、昇天するのを目撃します。その後もつぎつぎと起こり続ける不可思議な出来事。チャーリーが突き止めた世界の秘密とは…。センス・オブ・ワンダーの極致、名作『ミミズ天使』(小西宏訳 創元SF文庫『天使と宇宙船』収録)。

 目に見えないこびとの原理「ユーディの原理」に巻き込まれた、青年二人組が遭遇するおかしな出来事の数々。目のまわるようなイメージが素晴らしい、奇妙な味の作品『ユーディの原理』(小西宏訳 創元SF文庫『天使と宇宙船』収録)。

 核爆弾による突然変異により、不死身に近い肉体を得た男。彼は、18万年にわたって人間社会を見守ります…。すさまじいスケールが感動を呼ぶ『不死鳥への手紙』(小西宏訳 創元SF文庫『天使と宇宙船』収録)。

 タイム・マシンを開発したユースタスの運命を、三通りに語るという面白いショート・ショート『タイム・マシンのはかない幸福』(小西宏訳 創元SF文庫『未来世界から来た男』収録)。

 ハルパリンばあさまの誕生会の席で起きた殺人事件。一族ばかりの出席者たちは混乱しますが、思わぬ結末が…。「一族もの」のミステリを皮肉ったかのような作品『ばあさまの誕生日』(小西宏訳 創元SF文庫『未来世界から来た男』収録)。

 好色なウォルターが悪魔から手に入れた「魔法のパンツ」。だがそれには意外な盲点が…。おかしな艶笑譚『魔法のパンツ』(小西宏訳 創元SF文庫『未来世界から来た男』収録)。

 財産目当てに伯父を殺そうとした青年の失敗とは…。究極のショート・ミステリ『大失敗』(小西宏訳 創元SF文庫『未来世界から来た男』収録)。

 少女が持っていた人形には秘密がありました。それぞれの家族に見立てた人形について、少女が語る話は現実になるのです…。無気味な結末が印象的な怪奇小説『人形』(小西宏訳 創元SF文庫『未来世界から来た男』収録)。

 地球上に生き残った最後の男が部屋に座っていると、突然ドアにノックの音が…。思いもかけないストーリー展開が興味深い作品『ノック』(中村保男訳 創元SF文庫『宇宙をぼくの手の上に』収録)。

 殺人の事実について誰も知らないのは一体何故なのか? 困惑する警部が知った驚くべき真実とは…。謎解きとしても秀逸な近未来ミステリ『白昼の悪夢』(中村保男訳 創元SF文庫『宇宙をぼくの手の上に』収録)。

 宇宙ロケットに乗せられた実験用のネズミは、異星人との接触によって高度な知能を手にいれます…。主役のネズミがかわいらしい、楽しい作品『星ねずみ』(中村保男訳 創元SF文庫『宇宙をぼくの手の上に』収録)。

 宇宙船の故障により、宇宙飛行士の男は、異星でサバイバルを強いられることになります。その星の生物をペットにした男は、救出を待ち続けます。ようやくたどり着いた救援隊が洩らした真実は、男の人生を一変させるものでした…。人間の普遍的な心理にも踏み込んだ、味わい深い佳品『みどりの星へ』(星新一訳 早川書房『さあ、気ちがいになりなさい』収録)。

 誰もいない森の中で、木が倒れたとき、音はしたことになるのだろうか? 不倫をした妻と恋人を見殺しにした男の罪はいったいどうなるのだろうか? 認識にかかわる哲学的問いをミステリに応用した、超絶的な傑作『沈黙と叫び』(星新一訳 早川書房『さあ、気ちがいになりなさい』収録)。

 自分はナポレオンだという妄想狂のふりをして、精神病院に潜り込んだ記者の青年。しかし、それには問題がひとつありました。実は自分はナポレオンなのだ! 正常と異常の境目がわからなくなってしまう、相対的思考の極致。めくるめくような作品『さあ、気ちがいになりなさい』(星新一訳 早川書房『さあ、気ちがいになりなさい』収録)。

 あと、長編では、突如パルプ・マガジンの安っぽいパラレルワールドに転移してしまう『発狂した宇宙』(稲葉明雄訳 ハヤカワ文庫SF)と、ある日火星から大挙して、地球にやってきた火星人たちが起こす顛末をユーモラスに描いた『火星人ゴーホーム』(稲葉明雄訳 ハヤカワ文庫SF)が面白いです。とくに『火星人ゴーホーム』は、単なる宇宙人の騒動モノかと思わせておいて、非常に奥深い哲学的なテーマを持った傑作です。

 ブラウンの主要作品を三人の作家が漫画化したという『フレドリック・ブラウンは二度死ぬ』(講談社漫画文庫)という本も出ています。中では『ミミズ天使』『さあ、気ちがいになりなさい』を漫画化した作品が、面白いですね。

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善悪のはざまで  デイヴィッド・アリグザンダー『絞首人の一ダース』
4846007383絞首人の一ダース
デイヴィッド アリグザンダー David Alexander 定木 大介
論創社 2006-09

by G-Tools

 デイヴィッド・アリグザンダーの短編集『絞首人の一ダース』(定木大介訳 論創社)の序文を書いているのは、短編の名手スタンリイ・エリン。そのことからも予想されるように、アリグザンダーの作風はエリンを彷彿とさせます。エンタテインメントにはとどまらない、真摯な問題提起を含んでいるのです。
 人間の心理や善悪など、道徳的なテーマを扱った作品が多く見受けられるのですが、かといって、お堅いものではなく、物語として十分鑑賞に耐える出来となっています。以下、面白かったものを紹介しましょう。

 『タルタヴァルに行った男』 夢を抱く少年が酒場で出会った、うらぶれた老人。彼はいつも酒場のすみで泣いていました。スミスと名乗るその男は、自分は「悪魔にとりつかれて」いると言うのですが…。
 落ちぶれた男が、実は有名人だった…というテーマの作品です。著者の代表作と見なされているようですが、正直それほどの作品ではないと思います。アメリカ人にとっては、思い入れのあるテーマなのが幸いしているのでしょう。とはいえ、老人と少年とが情を通わせるようになる過程は、人情ものとして、なかなか読ませます。

 『優しい修道士』 身を持ち崩し、自殺した妹。兄の修道士は、その原因となった男に復讐を誓います。しかし、彼は過剰なまでに暴力を嫌う、あまりにも「優しい」修道士だったのです。彼が復讐に使った驚くべき方法とは…。
 暴力を使わずに相手に復讐しようとする青年の物語。たびたび繰り返される「死なねばなりません」というセリフが実に効果的に使われています。

 『そして三日目に』因習に満ちた南部アメリカの町クレイヴィル。頭のおかしいオールドミスは、近所の幼女を連れてきてしまいます。てっきり誘拐されたと思いこんだ村人たちは、たまたま別の罪で捕まった、黒人二人組の仕業だと思い込み、リンチをしようと息巻くのですが…。
 人種差別問題に真っ向から切り込んだ問題作。村人たちの偏見に満ちた態度と悪びれなさには怖気をふるいます。

 『悪の顔』 連続殺人鬼〈屠殺人〉に妻を殺され、ショックで入院している男ファーガソン。殺人鬼を追う刑事ロマーノは、ただひとりの目撃者であるファーガソンから犯人の人相を聞き出そうとするのですが、彼が繰り返すのは「悪の顔」という言葉だけでした…。
 「悪の顔」とはいったい何なのか? 本格推理的な謎解きなのかと思いきや、善悪の問題に帰着するサイコ・スリラー。

 『アンクル・トム』 舞台は『そして三日目に』と同じ町クレイヴィル。黒人の「ぼく」は、白人と問題をおこすこともなく、平穏に暮らしていました。しかし、黒人も白人と同じ教育を受ける権利があるという判決が出されてから、「ぼく」の「じっちゃん」の様子がおかしくなります。それまで、白人にぺこぺこしていた「じっちゃん」は、孫の「ぼく」が、わざわざ白人にうらまれるようなことを言いふらすようになったのです…。
 これも黒人を中心に据えた作品ですが、テーマ的にはもっと普遍的なものをはらんでいます。それまで順応していた世界が一変してしまったとき、人間はどうすればいいのか?という真摯な問題提起をした佳作です。

 『デビュー戦』 老婦人ミス・ペティは、仕事を棒にふってまで、ある青年弁護士の初めての裁判を傍聴しに出かけます。彼は、かってミス・ペティの恋人だった男の息子でした。彼が弁護する被告は、子供を殺した若い母親。自分が堕胎させられた子供と青年とを同一視していたミス・ペティの気持ちは、裁判が進むに従って変化していきます…。
 青年も父親も、他人の気持ちをわかってなどいない、ということがわかる結末の視線には、非常にきびしいものがあります。

 『向こうのやつら』 大統領暗殺に失敗し、逃亡中の「僕」は、車の事故を起こし、意識を失います。目が覚めた「僕」を車の残骸から助け出してくれた男は、ジェシー・ジェイムズと名乗り、お前はすでに死んでいる、とおかしな事を話します。骨で出来ているという奇妙な建物に連れてこられた「僕」は、過去に死んでいるはずの殺人者を名乗る男たちと出会います。そして外には、四六時中叫び続けている二人組の男。ここはいったいどこなのか? 彼らは何者なのか?
 本短編集で唯一、超自然的な要素のある作品。かって旧〈異色作家短編集〉のアンソロジー『壜づめの女房』にも収められていたものです。叫び続ける「向こうの奴ら」の正体はともかく、殺人者たちが存在し続ける理由の設定が面白いところです。

 『愛に不可能はない』 冷え切った仲をなんとかしようと、スイス旅行にやってきた夫婦。妻の強引な誘いで山に登ったものの、雪崩により小屋にとじこめられてしまいます。けがをして動けなくなった夫に対し、妻はやさしく振る舞います。しかし、妻は一緒に閉じ込められたガイドとともに何かを企てていたのです…。
 外向的で、生きる意欲にあふれた妻と、内向的で嫉妬深い夫。よくある「夫と妻の犯罪」ものですが、結末にはブラック・ユーモアが効いています。エリンの『特別料理』を思わせる作品。

 『雨がやむとき』 人妻のシャーロットは、子供のころに作り出した想像上の人物ミスター・ティベッツを未だに恐れていました。そのことは、誰にも話したことはありません。ある雨の夜、幼い娘とともに家にいたシャーロットのもとに、オールド・ビリーと名乗る男がたずねてきます。しかも、その男はミスター・ティベッツにそっくりでした…。
 恐れていた妄想が現実化したかのような発端は、悪夢めいた雰囲気もあって、サスペンス豊か。事件は現実的な解決に落ちつきますが、人妻が過去を克服する結末は、後味も悪くありません。

 本書は、「読み終わったら、何も残らない」という、ただの娯楽小説ではなく、読み終えた後も、読者に訴えかけるものを含んでいます。テーマを露骨に押し出さない巧みな物語作りにも、確かな腕を感じさせます。佳作揃いで、読んで損はない作品集です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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