怪奇の館へようこそ  創元推理文庫『怪奇小説傑作集』
怪奇小説傑作集 1 (1) 怪奇小説傑作集 2 (2) 怪奇小説傑作集 3 (3) 怪奇小説傑作集 4 (4) 怪奇小説傑作集 5 (5)

 つねづね公言していますが、僕は短編がとても好きです。そういうわけで、必然的にアンソロジーを読む機会も多いです。
 そこで、生まれて初めて読んだアンソロジーは何だったかと考えると、たぶん『怪奇小説傑作集1~5』(創元推理文庫)になるでしょうか。最近新装版が出ているので、お読みの方もいるかと思います。国別の編集になっていて、「英米編1・2・3」「フランス編」「ドイツ・ロシア編」となっています。「英米編」の巻数が多いのは、やはりこのジャンルでは、作品量・充実度からいって突き抜けているからですね。
 けれど、「フランス編」「ドイツ・ロシア編」は、文学好みの方からも評価が高いようです。というのも、「英米編」の収録作品がいかにもな「怪奇小説」なのに対して、この二巻は、かなり異色な作品が入っているからです。とくに澁澤龍彦編の「フランス編」4巻のセレクションが凄い! もともとフランスには純粋な英米型の怪談が少ない、という理由もあるのでしょうが、広義の「幻想小説」としか呼べないような作家・作品を収録しているところが、凝っています。
 いわゆる「文豪」をはじめ、「小ロマン派」作家たちや、シュルレアリスム系の作家など、そのヴァリエーションは「怪奇小説」の枠を越えてしまっています。なかでも、とくに生彩を放っているのは、ナンセンスやエスプリに満ちた幻想小説群でしょう。
 恋愛を「科学的」に研究するという、シャルル・クロスの奇妙な恋愛小説『恋愛の科学』、姿を消すことの出来る能力を持った青年の悲劇的なストーリー、ギョーム・アポリネール『オノレ・シュブラックの消滅』、再婚しようとした愛妻のもとにあらわれる夫の幽霊を描く、アンリ・トロワイヤ『自転車の怪』、嫌がる娘の代わりに舞踏会をもぐりこんだハイエナを描くシュールな作品、レオノーラ・カリントン『最初の舞踏会』などは、どれも絶品です。
 全巻の中で、最も個性的な巻でしょう。確かに僕もこの巻が、いちばん面白かったような気がします。
 それでは、以下、各巻の簡単な内容を挙げておきましょう。
 1巻は、英米編その1。古色蒼然とした、いかにも「イギリス的」な怪奇小説集です。ブルワー・リットンの『幽霊屋敷』、ヘンリー・ジェイムズ『エドマンド・オーム卿』あたりはいかにも古い!
 とはいえ、W・W・ジェイコブズ の超名作『猿の手』、アーサー・マッケンの官能的な世紀末奇譚『パンの大神』、W・F・ハーヴィーの暗示の極致を極めたサイコ・スリラー『炎天』あたりは、読んで損のない作品でしょう。ただ、全体的に展開が遅い作品が多いので、現代の読者にとっては、まだるっこしく感じられるかもしれません。
 2巻は、英米編その2。1巻より時代が新しいせいもありますが、わりと凝った内容の作品が増えています。いわゆる「モダンホラー」の先駆的な作品集で、シリーズ中で、いちばん娯楽性の強い巻でしょう。
 植物になってしまう男の奇妙な運命を描いたユーモア・ホラー、ジョン・コリア『みどりの想い』、幸運を呼ぶという妖精の住む鳥籠を手に入れた夫婦の悲喜劇、ヘンリー・カットナー『住宅問題』、H・G・ウエルズの、異世界の風景が映る水晶球をめぐる瀟洒なファンタジー『卵形の水晶球』、肩越しにふりかえると「あるもの」が見えてしまう男が、世捨て人になった契機を語るという、J・D・ベレスフォード の奇妙な作品『人間嫌い』などが、必読です。純粋な怪奇小説というよりも、SFやファンタジー的な要素が強い作品が多いのも特徴です。
 3巻は、英米編その3。順当な名作集というところでしょうか。
 毒によって育てられた美しい娘を描くホーソーンの名作『ラパチーニの娘』、「あとになって」わかるという暗鬱な幽霊小説、イーディス・ワートン『あとになって』、フィッツジェイムズ・オブライエンのSFホラー『あれは何だったのか』、ウィルキー・コリンズの鬼気迫る名作『夢のなかの女』など。
 巻末に収められた、ウォルター・デ・ラ・メアの中編『シートンのおばさん』は、吸血鬼小説のヴァリエーションとも言われる意欲作なのですが、暗示が異様に多用された象徴的な作品なので、この手の作品を読み慣れていないと、何が書いてあるのかわからないかも。
 5巻は、ドイツ・ロシア編。それぞれ、どれも面白い作品が集まっているのですが、作品数が少ないのが非常に残念。ドイツとロシアと別に1巻にしてほしかったですね。
 クライスト『ロカルノの女乞食』は、ドイツ怪談の超名作。掌編といっていい長さながら、切りつめた硬質な文章が素晴らしいです。「怪奇小説」というよりも「短編」としての完成度が高いものでしょう。
 ケルナーの『たてごと』は、 ロマンチックな幻想恋愛小説。
 首つり事件の頻発する宿に住み込んだ青年を描く、エーベルス『蜘蛛』は、ドイツ流怪奇小説の名作。一人称の記述も効果的です。
 死んだ美女の祈祷をまかせられた青年僧が出会う恐怖の夜を描いたゴーゴリ『妖女(ヴィイ)』は、ホラーでありながらもユーモアの要素を失わないのが、面白いところ。
 あと、神秘的な黒衣の僧と出会う青年を描く、チェーホフには珍しい怪奇小説『黒衣の僧』など。
 このシリーズ、巻数順に読もうとして、最初に1巻に手を出してしまうと、ちょっと退屈だと感じて投げだしてしまう恐れがあります。何しろ、今となっては1巻の巻頭の『幽霊屋敷』を読み切るのがつらい!
 そういうわけで、読む順番としては、まず2巻で様子見。次に4巻、その次は3巻か5巻、最後に1巻を読むというのが、推奨したい読み方ではあります。
 ちなみに、このシリーズは、タイトルに「怪奇小説」とうたっているので、ホラーが苦手な人からは敬遠されがちだと思うのですが、現代の「ホラー」とはまた違って、格調高い名作や、ユーモアのある幻想小説など、ヴァラエティに富んだ作品集なので、せめて4巻だけでも読んでみていただきたいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

物語にうずもれて  若島正『殺しの時間』
4862380174殺しの時間-乱視読者のミステリ散歩
若島 正
バジリコ 2006-09-20

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 若島正『殺しの時間-乱視読者のミステリ散歩』(バジリコ)は、小説研究家にして、稀代の読み巧者である著者が、自身が読んで面白かった未訳の小説を取り上げる、という趣向のエッセイ集です。『ミステリマガジン』誌上に連載されたもので、連載時からは、ずいぶん時日が経過していますが、その内容は全く古びていません。
 連載誌の関係で、多少はミステリ味が勝ったものが多くとりあげられますが、それも最初の方だけで、あとはどんどん著者の好みの「変な」作品が大部分を占めるようになっています。
 取り上げられる作家は、レオナルド・シャーシャ、ウェッセル・エバースン、ダニエル・エヴァン・ワイスなど、全く聞いたことのないような作家から、ジョン・ファウルズ、サルマン・ラシュディ、ロバート・マキャモン、ウィリアム・ゴールドマンなどの有名どころ、またシオドア・スタージョン、シャーリイ・ジャクスン、ジェイムズ・サーバーなどの異色作家など、ヴァラエティに富んでいます。
 そして、もっとも著者が好んでいると思われる「変な」作家の「変な」小説群。例えばミュリエル・スパーク『饗宴(シンポジウム)』、アーサー・マッケン『ロンドン冒険記』、シルヴィア・タウンゼント・ウォーナー『ロリー・ウィローズ』、ウィリアム・サンソム『無垢の顔』、ロバート・エイクマン『モデル』など、これらの作品を紹介した部分には、生彩が感じられます。
 ただ、著者自身、これらの作品について「エンタテインメントとしては読めない」とか「どこが面白いかわからない」とか、欠点を堂々と語っているのが、面白いところです。例えばアーサー・マッケン『ロンドン冒険記』を紹介した章から、いくつか引用してみましょう。

 マッケンは、ひどく不器用な作家である。

 あふれる思いはあっても、それを語りだすと支離滅裂になるというのが彼の特徴的なスタイルである。

 少しご覧になっていただいただけでも想像がつくように、本書はまったく話がどこに飛ぶかわからない。少し読むのを中断したりすると、話のつながりがさっぱり思い出せなくて混乱しそうな本である。

 次は、ロバート・エイクマンの章から。

 …物語運びがきわめて緩慢なので、たいていの一般読者は退屈してしまうだろう。それにひどいときには、いったい何が起こっているのか(どこが怖いのか)すら判然としない作品もある。

 …これはたいした作品ではない。おそらく少数のエイクマン愛好者以外には意味のない小説だろう。

 けなしてばっかりじゃないか、と思われるかもしれません。たしかに、作品の欠点を遠慮なく指摘してはいるのですが、そこには作家や作品を貶める意図は感じられません。むしろ、それだからこそ寄せる愛着の念が感じられるのです。再びアーサー・マッケンの章から引用を。

 しかし、それでいいのだ。贔屓の引き倒しと笑われそうだが、愛読者からすれば、支離滅裂なマッケンでも愛すべきマッケンである。というか、そういう作品でも愛せるのが幻想小説愛読者として絶対必要な資格だと思う。

 そう、マイナー作家のマイナー作品に寄せる著者の愛着がひしひしと感じられるところが、この本の良さでしょう。
 基本的には本書は、マイナー作家の「変な」作品を紹介した書物なので、エンタテインメントの大傑作!とか娯楽超大作!とかいう類のものとは無縁です。しかし、連載当時から単行本にまとめられるまでの間に邦訳された作品も多数あることを考えると、著者の目利きぶりは、実に際だっています。邦訳されたものでは、ロバート・アーウィン『アラビアン・ナイトメア』、エリック・マコーマック『パラダイス・モーテル』、ジョン・ファウルズ『マゴット』、ギルバート・アデア『閉じた本』などが挙げられますね。
 邦訳の出ているものは、実際に読んでみて、著者の意見を確かめるもよし、未訳の作品ならば、内容を想像するもよし。未訳の作品ばかり紹介しているにもかかわらず、これほど楽しめる書物はまれでしょう。それはやはり、著者の小説作品によせる「愛」がなせるものというべきでしょうか。

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ブックガイド・ガイドブック -ブック・ガイドの愉しみ4 その他のジャンル編-
ファンタジーの歴史――空想世界 ファンタジーの冒険 妖精のアイルランド―「取り替え子」(チェンジリング)の文学史 乱視読者の帰還 そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド ショートショートの世界 アメリカン・ヒーロー伝説

 どんな本を読んだらいいの? どんな本が面白いの? という人のためにあるブックガイド。とはいっても、世の中にはブックガイドだけでも、たくさんの数があるのです。そもそも、どのブックガイドが有用なのか、ブックガイドのブックガイドまで必要なぐらい。そこで僕がお世話になったブックガイドのいくつかを紹介しましょう。

 前回から、かなり間が空いてしまいましたが、今回はその他のジャンル編です。
 まずはファンタジーから。
 リン・カーター『ファンタジーの歴史』(東京創元社)は、タイトル通りファンタジーの通史ですが、古典ファンタジーにかなり力点が置かれてます。ウィリアム・モリス、ダンセイニ、E・R・エディスン、トールキンなど。とくにヒロイック・ファンタジーに関しては詳しくふれられているので、その種のファンには楽しめます。
 高杉一郎編『英米児童文学』(中教出版)は、英米の児童向け作品の概説書。作品論だけでなく、作家やその文学史的な意義など、けっこう詳しい情報が載っていて参考になります。アーサー・ランサム、イーディス・ネズビット、エリナー・ファージョンなどプロパー作家だけでなく、古典的な作家のファンタジー的な作品をも射程内に入れているのが特徴。マーク・トウェインやH・G・ウェルズ、キプリング、サッカレーなどにも言及されています。
 私市保彦『ネモ船長と青ひげ』(晶文社)は、日本唯一のヴェルヌ研究家(?)である著者が、ヴェルヌとフランス児童文学について語ったエッセイ集。いくつか収録されたヴェルヌ論も、それぞれホフマンや『ロビンソン・クルーソー』と比較するなど、目の付け所が面白いです。
 小谷真理『ファンタジーの冒険』(ちくま新書)は、ファンタジーの通史。ルイス・キャロル、ジョージ・マクドナルドなどの古典ファンタジーから、現代ファンタジーまで、バランスのとれた構成。個々の作品についてはあまり詳しくないのですが、要領よくまとめてあるので、ファンタジーの流れをつかむには最適の一冊です。
 下楠昌哉『妖精のアイルランド』(平凡社新書)は、斬新な切り口で書かれた非常に面白い本です。ブラム・ストーカー、オスカー・ワイルド、ラフカディオ・ハーン、イェイツなどいわゆるケルティック・ファンタジーの作家を取り上げた章もあるのですが、なんといっても第一章『ブリジット・クリアリー焼殺事件』が圧巻。人間が妖精と入れ替わるという「取り替え子」の伝説を信じた男による妻殺しの事件を通して、現実のアイルランドと妖精伝承との関わり合いを追うという、面白い論考になっています。

 文学よりのガイドとしては、
 風間賢二『ダンスする文学』(自由国民社)が、ジャンルにとらわれず一般の人が読んでも面白い小説をとりあげています。ポストモダン小説、ラテンアメリカ文学、ホラーなど、バラエティに富んだ構成。
 同じく風間賢二『ジャンル・フィクション・ワールド』(新書館)は、ミステリ、SF、ホラーなど、いわゆる大衆小説の各ジャンルの面白さを、初心者からすれっからしの読者まで、誰が読んでも面白い読み物に仕立てた啓蒙的ガイド。図版もたくさんあり、オススメの一冊です。
 若島正『乱視読者の新冒険』『乱視読者の帰還』(みすず書房)は、文学の目利きというべき著者の評論集。専門であるナボコフへの言及が多いのですが、それ以外でも、なかなか穿った見方を見せてくれます。とくに『…帰還』に収められた『失われた小説を求めて』は、主に未訳の奇想天外な小説がたくさん紹介されていて、興味をそそります。
 同じく若島の『乱視読者の英米短篇講義』(研究社)は、マイナー(?)な海外短篇を取り上げて、読み込むという書物。アンブローズ・ビアス、シャーリイ・ジャクスン、A・E・コッパード、ミュリエル・スパーク、フラン・オブライエンなど実にマニアックな作家がとりあげられているのが嬉しいところ。
 澁澤龍彦『悪魔のいる文学史』は、副題〈神秘家と狂詩人〉が表すように、文学史のアウトサイダーというべき風変わりな人物がとりあげられています。中には作家というよりは、詩も書いた殺人者といった方がふさわしい、ラスネールのような人物も入っています。サド、マゾッホ、ブルトンなどの有名な作家に混じって、グザヴィエ・フォルヌレ、シャルル・クロスなどのマイナー作家にも、かなり詳細な記述が割かれているのが面白いところでしょう。
 豊崎由美『そんなに読んでどうするの?』(アスペクト)は、副題〈縦横無尽のブックガイド〉とあるように、ジャンルや国にこだわらない、多彩な作品を集めたガイドブック。何より著者の特徴的な文体が面白い一冊です。

 冒険小説に関しては、
 珍しい評論集、北上次郎『冒険小説論』(早川書房)があります。デュマの剣豪小説からアメリカのスパイ小説まで、実に幅広い国・時代・作品にわたっています。英米の冒険小説に見られる騎士道の変化について語った部分など、なかなか示唆に富む指摘もたくさんあります。類書があまりない貴重な本。
 小鷹信光『アメリカン・ヒーロー伝説』(ちくま文庫)は、アメリカが生み出したヒーローの変遷をたどるという趣向の本です。扱っている時代は、19世紀から20世紀の前半まで。著者がミステリ畑の翻訳家だけに、ポーやジャック・フットレル、M・D・ポーストなどミステリ作家が多く取り上げられますが、マーク・トウェインやO・ヘンリーなどの大衆作家も取り上げられています。他にもアメリカ版〈切り裂きジャック〉と称される「リジー・ボーデン事件」を扱った章などもあり、バラエティに富んでいます。ミステリファンには、マイナーなミステリ作家を一望した『アメリカのホームズたち』などが興味深いでしょう。
 
 ノンジャンル方面では、
 石上三登志『地球のための紳士録』(奇想天外社)は、辞典形式の面白い本。前の項目で紹介された人物と関わりのある人物が次にとりあげられていくという面白い試みです。今で言うハイパーリンク形式とでもいうのでしょうか。取り上げられるのは、映画監督や俳優など、作家に限らないのですが、実にユニークな本です。
 北村薫『謎のギャラリー -名作館 本館-』(新潮文庫)は、同名のアンソロジーシリーズ〈謎のギャラリー〉の解説編というべきエッセイ集です。対話形式でいくつかのテーマについて、作品を紹介する形式をとっています。どちらかと言えばミステリ寄りの作品が多いのですが、日本の純文学や中国の古典など、ジャンルを飛び越えたものも散見されます。「リドルストーリー」と「こわい話」を扱った章などが面白いですね。
 高井信『ショート・ショートの世界』(集英社新書)は、タイトル通りショート・ショートについてのガイド本。ショート・ショートの定義から、歴史的な流れ、代表的な作家・作品など、まさにショート・ショートに関する全てが網羅されています。ショート・ショートといえば思い浮かべる星新一から、城昌幸、生島治郎、都筑道夫、ビアス、サキ、モーリス・ルヴェル、フレドリック・ブラウン、ヘンリー・スレッサーと多くの作家を紹介しており、読書ガイドとしても非常に有用です。

〈ブック・ガイドの愉しみ1 ミステリ編〉は、こちら
〈ブック・ガイドの愉しみ2 SF編〉は、こちら
〈ブック・ガイドの愉しみ3 幻想文学・ホラー編〉は、こちら です。

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10月の気になる新刊と9月の新刊補遺
9月21日刊  『ユリイカ臨時増刊/総特集=稲垣足穂』(青土社)
9月25日刊  『SFマガジン2006年11月号 ロバート・シェクリイ追悼特集』
9月25日刊  G・K・チェスタトン 『マンアライヴ』(論創社)
9月25日刊  デイヴィッド・アリグザンダー『絞首人の一ダース』(論創社)
10月12日刊 シュペルヴィエル『海に住む少女』(光文社 古典新訳文庫)
10月12日刊 綾辻行人編『贈る物語 Mystery お楽しみの始まり』(光文社文庫)
10月17日刊 テオフィル・ゴーチエ『モーパン嬢(上)』(岩波文庫)
10月刊    ガブリエル・ガルシア=マルケス『コレラの時代の愛』(新潮社)
10月刊    ジャック・リッチー『10ドルだって大金だ』(河出書房新社 予価2000円)
10月刊    ロバート・E・ハワード『黒い海岸の女王』〈新訂版コナン全集1〉(創元推理文庫 予価819円)
10月刊    ジェラルド・カーシュ『壜の中の手記』(角川文庫)
10月予定   都筑道夫『ポケミス全解説』(仮題)(フリースタイル 予価2200円)
10月下旬刊  ピーター・トレメイン『蜘蛛の巣(上・下)』(創元推理文庫 予価各903円)
10月下旬刊  ライオネル・デヴィッドスン『ローズ・オブ・チベット』(仮)(扶桑社ミステリー)

 『ユリイカ臨時増刊/総特集=稲垣足穂』は、新発見作品が収録されるそうで楽しみ。稲垣足穂の作品はどれを読んでも、似たり寄ったりというか、ほとんどヴァリエーションなのですが、好きな人は好きという、マンネリなところが魅力です。新発見作品も『一千一秒物語』風のショート・ショートだといいんですが。
 『SFマガジン2006年11月号 ロバート・シェクリイ追悼特集』は、異色作家シェクリイの追悼特集号だということで、躊躇いなく買いです。でもたしか、シェクリイが亡くなったのって、去年の12月ですよ。こんなに遅い追悼特集というのも珍しいですね。これを機に絶版のシェクリイ作品もいくつか復刊してほしいものです。
 デイヴィッド・アリグザンダー『絞首人の一ダース』は、今月いちばん気になっている本です。〈論創社ミステリ〉には珍しい短編集。この人の作品って、読んだことのあるのは『呪われた者』(旧異色作家短編集『壜づめの女房』収録)ぐらいでしょうか。でも序文がスタンリイ・エリンらしく、その点からも異色度の高い作品集を期待してしまいます。
 シュペルヴィエル『海に住む少女』は、大好きな作家シュペルヴィエルの新訳の短編集。未訳の作品がいくつか入っているといいんですが。以前書いたシュペルヴィエルの感想は、こちら
 綾辻行人編『贈る物語 Mystery お楽しみの始まり』は、以前ハードカバーで出たものの文庫版。収録内容に異動があるのかはよくわかりませんが、ハードカバー版は未読なので、買いですね。
 ジャック・リッチー『10ドルだって大金だ』は、《KAWADE MYSTERY》第一弾。とりあえず、続刊も順調に刊行されることを祈っています。
 ロバート・E・ハワード『黒い海岸の女王』は、〈新訂版コナン全集1〉ということだそうですが、前の版になにかプラスアルファがあるんでしょうか。
 ジェラルド・カーシュ『壜の中の手記』は、以前〈晶文社ミステリ〉で出た単行本の文庫化。単行本は持っているのですが、新訳作品が二編ほど加わっているそうなので、こちらも買いでしょう。
 ピーター・トレメイン『蜘蛛の巣(上・下)』は、以前出た『アイルランド幻想』が素晴らしかったトレメインの歴史ミステリ。興味があるのですが、しょっぱなから上下巻というのも、ちょっとつらいものがありますね。
 ライオネル・デヴィッドスン『ローズ・オブ・チベット』(仮)は、イギリス冒険小説の古典、だそうです。この作家何作か読んだ覚えがあるのですが、どれも決めてに欠けるというか、面白い、といい切れないところがあった覚えがあります。

テーマ:本の紹介 - ジャンル:小説・文学

空想美人  ジェフリー・フォード『シャルビューク夫人の肖像』
4270001348シャルビューク夫人の肖像
ジェフリー・フォード 田中一江
ランダムハウス講談社 2006-07-20

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 「夜目遠目傘の内」という言葉があります。夜、遠いところ、傘のなか。それらは全て、女性が美しく見える状態を言ったものだといいますが、その要旨を解釈するに、はっきりしない曖昧な状態ほど、想像力が美をかきたててくれる、というものでしょう。それならば、全く見ることができない女性の美しさとは、どれほど美しいものになるのでしょうか?
 ジェフリー・フォード『シャルビューク夫人の肖像』(田中一江訳 ランダムハウス講談社)は、そんな美と想像力との関わり合いをうまくテーマに取り込んだ、エンタテインメントの一級品。
 19世紀末のニューヨーク、才能豊かな肖像画家ピアンボは、仕事の依頼は引きも切らず、上流階級の人間たちから、ひっぱりだことなっていました。さらには、美しい女優サマンサを恋人に持ち、順風満帆な日々を送っています。
 ある日、彼は、盲目の奇怪な老人と出会います。ワトキンと名乗るその男は、自分の主人である女性の肖像画を描いてほしい、というのです。仕事がたてこんでいることを理由に、断ろうとするピアンボでしたが、ほかのものとは違うという、その仕事の内容と莫大な報酬に興味を惹かれ、件の女性に会うことを承諾します。
 そして、依頼主の女性シャルビューク夫人と対面したピアンボは驚かされます。彼女は、屏風ごしに話をし、全く姿を見せようとしないのです! 顔が見えなくては肖像画を描くことはできない、と話すピアンボに対し、夫人は答えます。

 「ちゃんとおわかりのはずですよ、ピアンボさん。あなたは、わたくしの顔を見ずに肖像画を描かねばならないのです」

 当惑するピアンボに、夫人はつけくわえます。

 「…この家にたずねてきて、屏風のまえにすわり、わたくしに関する質問をなさい。わたくしが答えることや、わたくしの声や話の内容から、頭のなかにわたくしのイメージを作り上げ、それをキャンヴァスに描くのです」

 じつに奇妙な依頼内容でしたが、夫人の神秘的な魅力にも支えられ、ピアンボは仕事を引き受けることになります。しかし、夫人の話す内容は、現実とも虚構ともつかぬ、とりとめのないものばかり。困惑するピアンボは、仕事をすすめながらも、友人の画家シェンツとともに、シャルビューク夫人の正体を探ろうとします。
 おりしも、ちまたでは、血の涙を流すという、奇妙な病が流行りはじめます。そしてピアンボの周辺には、シャルビューク夫人の元夫だと名乗る男からの脅迫が舞い込みはじめます。
 シャルビューク夫人の正体とは? 風変わりな肖像画の目的とは? 夫人の元夫の行動の意味とは? ピアンボは思いもかけない出来事に出会うことになるのですが…。
 顔を見ずに肖像画を描かなければならない、という奇妙な依頼。神秘的な女性の謎をめぐる幻想小説、として始まりますが、中盤からは、ミステリ色が強くなっていくのが特徴。といっても、ただ過去の事実を調べるだけ、という静的なミステリにはとどまりません。夫人の元夫に脅かされたり、謎の病におそわれたりと、非常に動きのある、ダイナミックな展開が読者を飽きさせません。
 シャルビューク夫人がことごとに語る、過去の話は、それぞれ独立した短編としても通用しそうな、面白い話ばかり。夫人の父親がのめりこんでいたという、雪の結晶から未来を読みとるという「結晶言語学」。その父親が仕えていたという風変わりな富豪オシアクの奇行、同じくオシアクに仕えていたという、排泄物から未来を占うフランシス・ボーンなる人物など、幻想的なガジェットをからめたエピソードとして、どれも魅力に溢れています。
 夫人の、あまりに非現実的な話の数々にピアンボは困惑するのですが、それを例証するように、現実世界で判明する事実は、夫人の話との齟齬をきたしてゆきます。夫人の話は真実なのか、それともでまかせなのか?「信頼できない語り手」である、シャルビューク夫人に対する疑惑から生まれるサスペンスにも、素晴らしいものがあります。
 依頼された仕事自体の難しさもさることながら、夫人と関わるうちに、恋人との仲や自分に対する自信までもが揺らぎ出すピアンボ。そんな彼の成長小説としての一面も。
 そして、ピアンボがシャルビューク夫人の正体を探る過程でつぎつぎと現れる様々な謎もまた、物語をぐいぐいと引っぱっていきます。最初は、物語の本筋と関係のないところで起こっていた謎の奇病も、後半にはうまくプロットにからんでくるなど、作品全体の整合性が、非常によくできています。
 ただ、その整合性、よくできたミステリ的な結構が、後半になってくると、作品の幻想性を削いでしまっている面があるのは否めないところです。作品のテーマから考えても、こういう作品の場合は、結末を曖昧にぼかしても許されると思うのですが、この作者、サービス精神が旺盛なのか、伏線や作中の謎を、ほぼすべて回収してしまうのです。
 少々破綻する部分があっても、幻想小説的な要素を生かしたまま結末まで持ち込んでくれれば、もっと面白くなったのではないか、とは個人的な感想ではあります。
 ただ、非常に読みやすく、テンポもいいので、エンタテインメントとしては一級品であることは間違いないところです。かといって、俗っぽくなりすぎないところも好感触。広く一般にオススメできる良作です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

お知らせ
9月11日から一週間ほど、留守にしますので、しばらく更新お休みします。コメントなどのお返事が遅れることもあると思いますが、よろしくお願いいたします。

テーマ:お知らせ - ジャンル:その他

カエルの降る夜  デヴィッド・ウィーズナー『かようびのよる』
4198611912かようびのよる
デヴィッド ウィーズナー David Wiesner 当麻 ゆか
徳間書店 2000-05

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20060830201732.jpg アメリカの絵本画家、デヴィッド・ウィーズナーの『かようびのよる』(当麻ゆか訳 徳間書店)は、実にユニークな絵本。
 ストーリーはごく単純です。ある火曜日の夜に、葉っぱにのったカエルが空から何千何万と飛んでくる、というだけの話。
 ストーリーを要約してしまえば、それでお終いなのですが、実際の絵は、カエルたちが空から降りてきて、町のさまざまな部分に入り込む過程をディテール豊かに描いていて飽きさせません。とくに、集団をなしたカエルが、町に襲来するシーンは、かなりインパクトがあります。
20060830201721.jpg 画風はけっこうリアリスティックなので、当然、描かれるカエルもリアルです。見る人によっては、ちょっとグロテスクに感じるかも。ただこれらのカエルの表情や動作が非常にユーモラスなので、あんまり気にはならないでしょう。 窓越しに手をふったり、家に入り込んでテレビをつけたりと、一匹一匹のカエルたちの存在感を強烈に感じさせます。
 文章は、数えるほどしかありません。さらに、それらの文章も物語を直接語るわけではありません。それゆえ、絵だけでストーリーを語らせているわけですが、これが上手い。ただ一枚の絵を並べるだけでなく、画面を分割したり、コマ割したりと、漫画的な表現を多用しています。
 従来の絵本とは一線を画した表現技法が新鮮な一冊です。

テーマ:絵本 - ジャンル:本・雑誌

〈KAWADE MYSTERY〉と〈ダーク・ファンタジー・コレクション〉
484600760X人間狩り
フィリップ・K. ディック Philip K. Dick 仁賀 克雄
論創社 2006-08

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4846007618不思議の森のアリス
リチャード マシスン Richard Matheson 仁賀 克雄
論創社 2006-08

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 シオドア・スタージョン、デイヴィッド・イーリイ、ヘレン・マクロイ、ジェラルド・カーシュ、A・H・Z・カー、ジャック・リッチーなど、マイナーな欧米作家の短編集を次々と出版していた〈晶文社ミステリ〉。 
 現在の短編集ブーム(?)のきっかけを作ったのも、このシリーズの影響によるところが大きいでしょう。それだけにジャック・リッチーの本を最後に〈晶文社ミステリ〉が終了するという知らせは、非常に残念なものでした。
 ですが、このシリーズを河出書房新社が引き継いで、あらたにミステリシリーズ〈KAWADE MYSTERY〉を発刊することになったそうで、非常に喜ばしい限りです。
 本棚の中の骸骨に、そのラインナップが紹介されていたので、紹介しておきたいと思います。

ジャック・リッチー『10ドルだって大金だ』 10月刊
マイクル・イネス『アララテのアプルビイ』
法月綸太郎編 ロバート・トゥーイ『物しか書けなかった物書き』
グラディス・ミッチェル『The Mystery of a Butcher's Shop』

 ジャック・リッチーの短編集第二弾も、もちろん嬉しいのですが、何といっても、注目すべきはロバート・トゥーイ! 個人的に大好きな作家です。人を喰ったユーモア、という点ではジャック・リッチーと共通するところがありますが、トゥーイはもっと無気味でブラックな要素が強い作家ですね。
 短編はいくつも訳されていますが、雑誌に載ったきりで、単行本は出ていないはず。リッチーの短編集が出たときに、この分だとトゥーイも出そうな気がするなあ、とか思ってたら案の定。快挙ですね。
 ちなみに、このブログの「埋もれた短編発掘!」でも二編ほど紹介しています(『物しか書けなかった物書き』『階段は怖い』)。タイトルストーリー以外の収録内容はまだ不明ですが、ものすごい傑作なので、できればぜひ『階段は怖い』も入れて欲しいところです。以前書いた『物しか書けなかった物書き』の感想はこちら『階段は怖い』の感想はこちらになっています。
 でもこの〈KAWADE MYSTERY〉、河出の既存のシリーズ〈奇想コレクション〉とちょっとかぶるような気もします。編集中のスタージョンもあるそうですが、どちらのシリーズで出すんでしょうか。まあ、ファンとしてはどちらでも構いませんが。
 あともうひとつ、先日の記事でもちょっと紹介した論創社の〈ダーク・ファンタジー・コレクション〉。こちらのラインナップも見逃せません。

フィリップ・K・ディック『人間狩り』 仁賀克雄訳
リチャード・マシスン『不思議の森のアリス』 仁賀克雄訳
アントニー・バウチャー アントニー・バウチャー短編集  白須清美訳
ヘンリー・スレッサー ヘンリー・スレッサー短編集  森沢くみ子訳
オーガスト・ダーレス編 アーカム・ハウス・アンソロジー  三浦玲子訳
フィリップ・K・ディック フィリップ・K・ディック短編集  仁賀克雄訳
シーバリー・クイン シーバリー・クイン短編集  熊井ひろ美訳
チャールズ・ボウモント チャールズ・ボウモント短編集 仁賀克雄訳
ヴァン・サール編 英国ホラー・アンソロジー 金井美子訳

 監修者といい、ラインナップといい、かっての〈ソノラマ海外シリーズ〉を彷彿とさせるシリーズですね。〈ソノラマ…〉と同じように、すぐ入手困難になりそうな気もしますが、これだけマニアックなタイトルを並べてくれるのは、嬉しいところです。
 隔月刊だということですが、今までの様子を見る限り、この出版社、予告から実際の刊行まで異様に速いのが持ち味のようで、その点は期待できそう。
 すでにディック『人間狩り』 とマシスン『不思議の森のアリス』 は刊行されていますね。本邦でもいくつか作品集が出ている作家はともかく、単行本のまだない、アントニー・バウチャーやシーバリー・クインあたりに、要注目。
 ちなみに『人間狩り』 は、かってちくま文庫から出ていたものの再刊だったのが残念。もう一冊刊行予定のディックの短編集は、未訳のものであることを期待しています。

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悪夢世界  マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』
4789712508スペアーズ
マイケル・マーシャル スミス Michael Marshall Smith 嶋田 洋一
ソニーマガジンズ 1997-11

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 自分の体に何かあったとき、臓器移植で最適なのは、もちろん自分のもの。だとすれば、自分のクローンを臓器移植用に育てればいいのではないか? マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』(嶋田洋一訳 ソニー・マガジンズ)は、そんな悪夢のような設定を使ったSF作品です。
 近未来、金持ちの人間たちは、子供が生まれると、莫大な金額と引き換えに、保険としてそのクローンを作り出していました。子供に何かあったときには、そのクローンたち〈スペア〉から、臓器や体の一部を移植するのです。
 クローンの培養を一手に引き受ける「農場」の管理人として雇われた、元警察官ジャック・ランドール。彼は「農場」での〈スペア〉たちの、非人間的な扱いに怒りを覚えます。

 やがて現実の生活を送っている双生児の兄弟姉妹が怪我をするか病気になるかして、警報が鳴り、救急車がやってくる。医者たちは目的のスペアを探し出し、必要な部分を切り取ってまたトンネルに戻す。スペアはまた必要になるまで横たわり、転がって生きつづけるのだ。

 ジャックは〈スペア〉たちに教育を施します。その甲斐あって、人間性を身につけてゆく〈スペア〉たち。しかし、臓器を摘出されるのを、黙って見ているしかないジャックは、苦しみ続けます。
 ある日、〈スペア〉の一人ジェニーが、手術中に言葉を発してしまいます。〈スペア〉を教育するという、違法行為が発覚してしまったジャックは、覚悟を決め、何人かの〈スペア〉たちを連れて「農場」を脱出することになります。
 彼らは、かってジャックが暮らしていたニューリッチモンドの都市「メガモール」に逃げ込みます。「メガモール」は、面積十五平方キロメートル、二百階建の超巨大な飛行機でしたが、ある日故障のため飛び立てなくなり、そのままそれが街と化してしまったという、異色の都市!

 機内のエリアは仕切を壊され、ばらばらに解体され、再構築された。元々の乗客たちは上の階に見張りを立て、モールの上にさらに高く建物を作って、下から押し寄せる貧乏人たちからどれだけ離れていられるかを競うようになった。

 かっての相棒マルのもとに転がり込んだジャックでしたが、何者かによって、マルは殺されてしまいます。そして〈スペア〉たちは、少女シューイを除いて、さらわれてしまうのです。それが、ジャックに恨みを抱くギャング、ヴィナルディの仕業だと考えたジャックは、怒りにかられ、ヴィナルディのもとに向かいます…。
 タイトルやあらすじからは、〈スペア〉たちの人間性の解放をテーマにした、ヒューマニズム的な要素を持つ作品みたいな印象を受けるのですが、読後の印象はかなり異なります。なんというか、作品のバランスが非常に悪いのです。
 まずヒューマニズム的作品、という点から考えると、ジャックが〈スペア〉たちに感情移入する理由がどうもはっきりしません。さらに、ジャックと〈スペア〉たちとの人間的な交流シーンがほとんど描かれないために、〈スペア〉救出に対して、盛り上がりに欠けるのです。
 さらに、中盤以降は、趣が変わってきます。さらわれた〈スペア〉たちを探しているうちに、ジャックがかって派遣されていたという「ギャップ」なる異空間の存在が明らかになり、誘拐者たちは、そこからの襲撃者であるらしいことがわかってくるのです。その後は、なぜかギャングのヴィナルディとともに「ギャップ」へと潜入するジャックの冒険行になってしまうという展開。これには困惑する読者もいるかもしれません。
 とくに、中盤からの「ギャップ」の登場は、かなり唐突の感があるのですが、それはまだ許容範囲でしょう。むしろ問題は、その「ギャップ」の方に焦点が移ってしまい〈スペア〉たちの救出の話がどこかに行ってしまうところでしょうか。
 ただ、全体のバランスは悪いものの、部分的な描写や雰囲気は、相当のレベルです。
 まず、舞台となる「メガモール」のオリジナリティが特筆もの。飛び立てなくなった巨大飛行機が、そのまま都市になっているという設定は見事です。高い階にいくほど社会階級が上がる…というのはお約束ですが、その都市の中で生きる人々の存在感。とくに下層階級の人々の生活が、非常にリアルで、一種の猥雑感を出すことに成功しています。
 〈スペア〉たちについての描写も、劣らずリアルです。〈スペア〉は、臓器を使うためだけの道具、という設定なので、扱われ方が悲惨なのは当然なのですが、その描写がとにかく即物的。
 言葉も教育も与えない。薬漬けにして、せまい部屋に何人も放り込んでおく。まさに臓器を収穫するための肉塊、とでもいった扱い。それゆえ、教育した〈スペア〉たちが、自らの体を収奪されるという、自己意識を持ってしまったことに対して、ジャックが自責の念を覚えるのにも、説得力が感じられるようになっています。
 そして後半にメインとなる「ギャップ」の存在。そこに住む人間はやがて物質的な変化を遂げ、銃弾を受けても死なない体になるのです。何より、世界自体が不安定で、麻薬でもやっていない限り、まともな人間は狂ってしまうという、何やら異次元じみた世界。この世界の描写は、実に生彩に富んでいて、この部分だけとるなら、完全にホラー小説です。
 上にも書いたように、物語のバランスは非常に悪いです。話が次々と別のところに飛んで、違う作品をつぎあわせたような印象を受けてしまうのは、避けられないところ。
 ただ〈スペア〉の「農場」のパート、「メガモール」でのパート、「ギャップ」でのパートと、それぞれの部分に見られる、グロテスクなまでの描写力と雰囲気醸成は抜群で、読み応えがあります。B級SFやホラーが好きな方には楽しめる怪作でしょう。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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