 つねづね公言していますが、僕は短編がとても好きです。そういうわけで、必然的にアンソロジーを読む機会も多いです。 そこで、生まれて初めて読んだアンソロジーは何だったかと考えると、たぶん『怪奇小説傑作集1〜5』(創元推理文庫)になるでしょうか。最近新装版が出ているので、お読みの方もいるかと思います。国別の編集になっていて、「英米編1・2・3」「フランス編」「ドイツ・ロシア編」となっています。「英米編」の巻数が多いのは、やはりこのジャンルでは、作品量・充実度からいって突き抜けているからですね。 けれど、「フランス編」「ドイツ・ロシア編」は、文学好みの方からも評価が高いようです。というのも、「英米編」の収録作品がいかにもな「怪奇小説」なのに対して、この二巻は、かなり異色な作品が入っているからです。とくに澁澤龍彦編の「フランス編」の4巻のセレクションが凄い! もともとフランスには純粋な英米型の怪談が少ない、という理由もあるのでしょうが、広義の「幻想小説」としか呼べないような作家・作品を収録しているところが、凝っています。 いわゆる「文豪」をはじめ、「小ロマン派」作家たちや、シュルレアリスム系の作家など、そのヴァリエーションは「怪奇小説」の枠を越えてしまっています。なかでも、とくに生彩を放っているのは、ナンセンスやエスプリに満ちた幻想小説群でしょう。 恋愛を「科学的」に研究するという、シャルル・クロスの奇妙な恋愛小説『恋愛の科学』、姿を消すことの出来る能力を持った青年の悲劇的なストーリー、ギョーム・アポリネール『オノレ・シュブラックの消滅』、再婚しようとした愛妻のもとにあらわれる夫の幽霊を描く、アンリ・トロワイヤ『自転車の怪』、嫌がる娘の代わりに舞踏会をもぐりこんだハイエナを描くシュールな作品、レオノーラ・カリントン『最初の舞踏会』などは、どれも絶品です。 全巻の中で、最も個性的な巻でしょう。確かに僕もこの巻が、いちばん面白かったような気がします。 それでは、以下、各巻の簡単な内容を挙げておきましょう。 1巻は、英米編その1。古色蒼然とした、いかにも「イギリス的」な怪奇小説集です。ブルワー・リットンの『幽霊屋敷』、ヘンリー・ジェイムズ『エドマンド・オーム卿』あたりはいかにも古い! とはいえ、W・W・ジェイコブズ の超名作『猿の手』、アーサー・マッケンの官能的な世紀末奇譚『パンの大神』、W・F・ハーヴィーの暗示の極致を極めたサイコ・スリラー『炎天』あたりは、読んで損のない作品でしょう。ただ、全体的に展開が遅い作品が多いので、現代の読者にとっては、まだるっこしく感じられるかもしれません。 2巻は、英米編その2。1巻より時代が新しいせいもありますが、わりと凝った内容の作品が増えています。いわゆる「モダンホラー」の先駆的な作品集で、シリーズ中で、いちばん娯楽性の強い巻でしょう。 植物になってしまう男の奇妙な運命を描いたユーモア・ホラー、ジョン・コリア『みどりの想い』、幸運を呼ぶという妖精の住む鳥籠を手に入れた夫婦の悲喜劇、ヘンリー・カットナー『住宅問題』、H・G・ウエルズの、異世界の風景が映る水晶球をめぐる瀟洒なファンタジー『卵形の水晶球』、肩越しにふりかえると「あるもの」が見えてしまう男が、世捨て人になった契機を語るという、J・D・ベレスフォード の奇妙な作品『人間嫌い』などが、必読です。純粋な怪奇小説というよりも、SFやファンタジー的な要素が強い作品が多いのも特徴です。 3巻は、英米編その3。順当な名作集というところでしょうか。 毒によって育てられた美しい娘を描くホーソーンの名作『ラパチーニの娘』、「あとになって」わかるという暗鬱な幽霊小説、イーディス・ワートン『あとになって』、フィッツジェイムズ・オブライエンのSFホラー『あれは何だったのか』、ウィルキー・コリンズの鬼気迫る名作『夢のなかの女』など。 巻末に収められた、ウォルター・デ・ラ・メアの中編『シートンのおばさん』は、吸血鬼小説のヴァリエーションとも言われる意欲作なのですが、暗示が異様に多用された象徴的な作品なので、この手の作品を読み慣れていないと、何が書いてあるのかわからないかも。 5巻は、ドイツ・ロシア編。それぞれ、どれも面白い作品が集まっているのですが、作品数が少ないのが非常に残念。ドイツとロシアと別に1巻にしてほしかったですね。 クライスト『ロカルノの女乞食』は、ドイツ怪談の超名作。掌編といっていい長さながら、切りつめた硬質な文章が素晴らしいです。「怪奇小説」というよりも「短編」としての完成度が高いものでしょう。 ケルナーの『たてごと』は、 ロマンチックな幻想恋愛小説。 首つり事件の頻発する宿に住み込んだ青年を描く、エーベルス『蜘蛛』は、ドイツ流怪奇小説の名作。一人称の記述も効果的です。 死んだ美女の祈祷をまかせられた青年僧が出会う恐怖の夜を描いたゴーゴリ『妖女(ヴィイ)』は、ホラーでありながらもユーモアの要素を失わないのが、面白いところ。 あと、神秘的な黒衣の僧と出会う青年を描く、チェーホフには珍しい怪奇小説『黒衣の僧』など。 このシリーズ、巻数順に読もうとして、最初に1巻に手を出してしまうと、ちょっと退屈だと感じて投げだしてしまう恐れがあります。何しろ、今となっては1巻の巻頭の『幽霊屋敷』を読み切るのがつらい! そういうわけで、読む順番としては、まず2巻で様子見。次に4巻、その次は3巻か5巻、最後に1巻を読むというのが、推奨したい読み方ではあります。 ちなみに、このシリーズは、タイトルに「怪奇小説」とうたっているので、ホラーが苦手な人からは敬遠されがちだと思うのですが、現代の「ホラー」とはまた違って、格調高い名作や、ユーモアのある幻想小説など、ヴァラエティに富んだ作品集なので、せめて4巻だけでも読んでみていただきたいと思います。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
|