だれにも言えない  パトリック・レドモンド『復讐の子』
4102153411復讐の子
パトリック レドモンド Patrick Redmond 高山 祥子
新潮社 2005-03

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 あまりにも強い愛情は、ときとして憎しみに変わることがあるのです。パトリック・レドモンド『復讐の子』(高山祥子訳 新潮文庫)は、ある少年と少女の、愛と憎しみを描いた物語。
 第二次大戦直後のイギリス、家族をすべて失ったアンナは、遠い親戚の家に居候になっていました。兵士だった男に捨てられ、幼くして母親になった彼女は、生まれた息子ロニーともども、肩身の狭い立場で暮らしています。ことあるごとに、ひどい扱いを受けながらも、息子ロニーの成長を見ることだけが、アンナの楽しみでした。
 ロニーは周りの人間に虐げられながらも、才能を発揮し、利発な美しい少年に成長してゆきます。礼儀正しく、温和なロニーは、しかし母親を傷つける者に対しては、激しい敵意を示します。一抹の不安を覚えながらも、アンナはロニーを溺愛します。
 ふとしたことから、裕福な老婦人ミセス・ペンブルックのところで働く機会を得たアンナは、後ろ髪を引かれる思いで、ロニーと離れて暮らすことになります。
 数年後、ペンブルック家の息子チャールズと結婚することになったアンナは、ようやくロニーを引き取ることになりますが、ロニーは母親に対する強い愛情ゆえに、チャールズに対してうち解けることができません。離れて暮らしていた数年の間に、ロニーの何かが変わったことにアンナは気づきながらも、その思いをうち払うように、ロニーに愛情をそそぎます。
 かわって一方、愛情深い両親に育てられたスーザンは、最愛の父親の死により、一転して厳しい立場に置かれます。経済的な困窮に加え、神経衰弱気味の母親は、精神のバランスを崩しかけていたのです。そこに現れた富裕な弁護士アンドリュー・ビショップは、スーザン母娘に、なにくれとなく親切に接します。やがて母親と結婚したアンドリューは、スーザンの義父となります。
 しかし、優しく愛情深いと思っていたアンドリューは、その真の姿を露わにします。まだ幼いスーザンに性的虐待をはたらくようになったのです!

 「また神経衰弱になる。前より悪いだろうな。もう立ち直れない。遠くに行ってしまって、おまえはもう二度とお母さんに会えない。それはおまえのせいなんだ。だからこれは秘密にしておこう、スージー。」

 幼いながらも気丈なスーザンは、真実を話せば母親が傷つく、というアンドリューの脅迫のために、それを誰にも話すことができません。
 自分が傷つくのは耐えられたスーザンも、やがて彼女の愛する従妹ジェニファーにも手をのばそうとするアンドリューに対し、憎悪の念がふくらむのを押さえることができなくなってゆきます。
 重い秘密を背負ったロニーとスーザン、やがて出会った二人は、自分たちが同じ種類の人間であると直感し、惹かれ合います。そして復讐が開始されるのです…。
 それぞれ逆境に置かれながらも、強い意志を持つ少年と少女の孤独な戦いを描く物語です。
 前半、ロニーとスーザンがそれぞれ、経済的に貧窮し、さらには周りの偏見や無理解と戦い続けるあたりは、わりとステレオタイプなお涙頂戴物語になっています。ロニーを厄介者扱いするヴェラ、スーザンを目の敵にするアリスなど、意地悪な敵役もたくさん登場するところも典型的です。
 ただし、本書がそれらの典型的な物語と異なるところは、主人公たちが単純に性善説を信じる善人ではないところです。周りの障害に負けないという強い意志とともに、他人に対する憎悪もまた育んでしまうのが、複雑なところです。ロニーに至っては、他人を傷つけるのも持さない、ということも暗示されます。
 盲目的な愛情を捧げる人物を守るために、秘密を明かすこともできないという主人公たちの心の葛藤が、いちばんの読みどころとなっています。ロニーの義父チャールズ、スーザンの友人シャーロットなど、良き理解者になれるはずの人物がそばにいながらも、彼らは秘密を抱え込み、飽くまで孤独に戦い続けようとします。そんな重荷を背負った二人が出会ってしまったとき、物語は変転を迎えるのです。
 互いの境遇が似たものであることを感じ取り、心を通わせるようになる二人。やがてそれはある計画に結実してゆくのですが、それは思わぬ展開を招くことになります。人を愛しすぎてしまったために起こる悲劇。結末の処理には納得できないところもあるのですが、愛情と憎悪の間を揺れ動く、少年少女の心理の綾は見事です。
 邦訳のあるもう一つの作品『霊応ゲーム』(早川書房)でもそうでしたが、心に悩みを抱えた思春期の少年少女を描かせると、この作者、抜群の腕を発揮するようです。
 前半のステレオタイプなメロドラマを裏切るかのような、後半の意外な展開もサスペンス豊か。深みのあるキャラクター、細やかな心理描写、そしてページを繰らせるリーダビリティ。何より物語として土台のしっかりとした佳作です。

テーマ:ブックレビュー - ジャンル:小説・文学

都会のロビンソン・クルーソー  クリストファー・ファウラー『白昼の闇』
4488016456白昼の闇
クリストファー・ファウラー 高橋 恭美子 豊田 成子
東京創元社 2006-06-17

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 イギリスの作家クリストファー・ファウラーの『白昼の闇』(高橋恭美子・豊田成子・山田久美子訳 東京創元社)は、都市を舞台にしたオムニバス・ホラー短編集。明確なオチのある作品よりは、どちらかというと、無気味な余韻を狙った渋い作品が並びます。
 設計コンサルタントのアンドルー・ノリスは、イギリスからアメリカへとやってきますが、飛行機の手違いからニューヨークに一泊することになります。旅慣れないノリスは、教えられたホテルに行こうとしますが、道行く人々にたずねようとしても、まともに返答をもらえません。ようやくタクシーを拾ったものの、たどり着いたのは、ホテルどころか、いかがわしいマッサージー・パーラーでした…。
 物語はこのノリスの物語を大枠とし、交互に独立した短編とノリスの物語が並行して語られるという構成。それぞれのノリスのパートで、ノリスが遭遇する出来事や思考に関連する題材が、その次の短編で語られるという趣向のようです。
 例えば、ノリスが地下駐車場に不安をかきたてられる描写がありますが、そのつぎの短編では、地下駐車場がテーマとなっています。また、ノリスがタクシーに乗った後に続く短編は、タクシーがメインテーマになっているという具合。いくつか紹介してみましょう。

 『もうまもなく』 運命の恋人と出会えた喜びにふけるアンジェラが、帰途に乗り込んだタクシー。だが運転手の男は、一方的におかしなことを話しはじめる。しかもたどり着いたのは見知らぬ場所だった…。
 いかにも一癖ありそうな運転手に不安を感じる主人公。その不安は妄想にすぎなかったと見せかけて、もう一段階落とす典型的なタクシー怪談。地味ながら手堅い作品。

 『虎の牙』 借金の返済に追われる男が、仕方なく手を染めたポルノ販売。帰った男が目にしたのは、空き巣に荒らされた家。違法販売で手に入れた金のため、警察に訴えることもできず、怒り狂った男は、たまたま空き巣が落としていった身分証から、犯人の家に向かうのですが…。
 不遇な男が、犯人に一矢むくいるが、さらに思いもかけなかった陥穽が…。犯人の家で目撃したものが、結末の惨劇を暗示します。

 『友が消えた夜』 冴えない学生の「ぼく」とケルヴィン。決まっている就職先を蹴って、突然軍隊に入ると言いだしたケルヴィンとともに「ぼく」は、とあるクラブに入ります。法外な料金をふっかけられ、「ぼく」は置き忘れた小切手帳を取りに行くことになりますが、店に戻ると、ケルヴィンの姿は消えていました。店の人間は、金を払って帰ったというのですが、持ち合わせもないケルヴィンが店を出られるはずはないのです…。
 突然消えてしまった親友。店の人間はウソをついているのか? 超自然的な味付けもある、コーネル・ウールリッチ風サスペンス・ストーリー。

 『彼女の至福のひととき』 夫や息子を亡くした後、つつましく、静かな生活を送っていた老婦人。テレビもない生活を送っている彼女には、外界のニュースはほとんど伝わりません。近所の連中から彼女が金を貯め込んでいると考えた二人組の詐欺師は、老婦人に再び戦争が始まったと思いこませ、金品を巻き上げようとするのですが…。
 純真な老婦人を騙そうとする詐欺師たちが痛い目にあう…というヘンリー・スレッサー風の作品ですが、もちろん詐欺師たちを待ち受けるのは悲惨な運命です。

 『浄化』 アメリカのホテルに滞在していたイギリス人のビジネスマン。彼はある日エレベーターでふとした押し間違いから、13階についてしまいます。このホテルには「13階」は存在しないはずなのに…。
 あり得ない「13階」を描く作品、なのですが、飽くまで現実的な解釈がなされるのが、物足りないところです。このネタで超自然的な解釈を避けると、こんなにつまらなくなるとは!

 『むなしさが募るとき』 モリッシーは、ある日発作的に男が自殺する現場に行き会います。その男の生活は順風満帆であり、自殺する理由などひとつもないというのに。同僚のマーガレットは犯罪の統計調査の結果、無意味・無動機の犯罪が増加していることを訴えます。それはささいなストレスが降り積もることで発症する、都市生活者に特有の病だと。モリッシーは、マーガレットと対立するのですが…。
 なんの変哲もない日常から突如、狂気が侵入するという、典型的なサイコ・ホラー。明確なオチを避けることで、余韻を残す佳品となっています。

 この短編集、趣向自体は非常に面白いのですが、個々の短編がかなり渋いので、読者を選ぶかもしれません。
 それぞれの短編は、超自然に終わることもあれば、現実的な解釈で終わることもあります。どちらにしても都市を舞台にしているだけあって、伝統的な悪魔やら怪物を出すのではなく、人間の狂気を扱った作品が目立つように感じます。
 一番のウィーク・ポイントは、大枠となるノリスの物語が全然面白くないところでしょうか。ノリスのパートはどれもごく短い掌編なので、話を展開する余裕がないといえば、そうなのですが、特にこれといった出来事も起こらず、ほとんど雰囲気だけの作品になっています。ただ、異邦人であるノリスの不安感というものは、よく出ていると思います。短編集全体を貫くトーンも、都会で育まれる神経症的な不安、といった面が強いので、その意味では悪くはないのかもしれません。
 そういうわけで、個々の短編にはそれなりに面白いものもあるのですが、全体を通して読むと、ちょっと散漫な印象は免れません。ハードカバーでのお値段を考えると、コストパフォーマンスには欠けるかも。

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8月の気になる新刊補遺
8月23日刊 エドワード・ゴーリー編『憑かれた鏡 エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談』(河出書房新社 予価1890円)

 うわ! めちゃくちゃツボの新刊なんですが。ゴーリーが選んだ怪奇小説の名作に挿絵をつけたアンソロジーらしいです。ちなみに収録作品は以下の通り。

アルジャノン・ブラックウッド『空家』
W・F・ハーヴェイ『炎天』
チャールズ・ディケンズ『信号手』
L・P・ハートリー『豪州から来たお客』
R・H・マルデン「The Thirteenth Tree』
R・L・スティーヴンスン『死骸盗人』
イーディス・ネズビット『大理石の等身像』
ブラム・ストーカー『判事の家』
トム・フッド『亡霊の影』
W・W・ジェイコブズ『猿の手』
ウィルキー・コリンズ『夢の女』
M・R・ジェイムズ『人を呪わば』

 邦訳のあるタイトルが多いですね。いわゆる超名作を集めているようです。ほとんど読んだことがあるような気がしないでもないですが、ゴーリーと怪奇小説の組み合わせだけで、もう買いです。未訳のマルデンとトトム・フッドの作品は未読なので楽しみ。
 収録内容については、「本棚の中の骸骨」を参照させていただきました。
8月の気になる新刊
8月 8 日刊 ダグラス・アダムス『ほとんど無害』(河出文庫 予価683円)
8月 9 日刊 東雅夫編『森鴎外集 鼠坂』(ちくま文庫 予価924円)
8月14日刊 デイヴィッド・ガーネット 『イナゴの大移動』(河出書房新社 予価1890円)
8月刊    ニコラ・モーガン著『月曜日は赤』(東京創元社 予価1680円)
8月刊    アンドレイ・クルコフ『大統領の最後の恋』(新潮社クレストブックス)
8月刊?   ウィリアム・モール 『ハマースミスのうじ虫』(創元推理文庫)
8月刊?   浅倉久志編訳 『グラックの卵』(国書刊行会)
8月下旬刊  マット・マドゥン 『コミック版 文体練習』(国書刊行会 予価2100円)
8月下旬刊  シンシア・アスキス他 『淑やかな悪夢 英米女流怪談集』(創元推理文庫)

 『森鴎外集 鼠坂』は〈文豪怪談傑作選〉 の第2巻。このシリーズ、どうも作家選択がまっとうすぎて面白くない感じなんですが、シリーズ後半の『吉屋信子集』に期待しています。
  『イナゴの大移動』は、〈ガーネット傑作集〉 最終巻。全部で5卷のシリーズですが、完結までけっこうかかりました。まだ一巻しか読んでませんが、これは楽しみにとっておきたいところ。
 『月曜日は赤』作者名も作品名も聞いたことがないのですが、内容紹介が面白そうなので。共感覚をテーマにしたミステリ、らしいです。
 『大統領の最後の恋』は、『ペンギンの憂鬱』(新潮クレストブックス)が、ものすごく面白かったアンドレイ・クルコフの作品。ちなみに『ペンギンの憂鬱』は、ウクライナを舞台に、憂鬱症のペンギンを飼うことになった、死亡記事専門作家の男を描く、風変わりな小説。オススメです。
 『ハマースミスのうじ虫』は、伝説の名作の新訳。ついこないだ読んだばかりなので、あまり読む気がしないのですが、新しい訳がどんなものなのか、気になります。以前に書いた感想は、こちら
 『グラックの卵』どんどん遅れてるんですけど、ほんとうに8月に出るんでしょうか? 収録作家は、ジョン・スラデック、ハーヴィー・ジェイコブズ、ヘンリイ・カットナー、ウィリアム・テンと、ファン垂涎の面々なんですが。
 『コミック版 文体練習』は、レイモン・クノーの名作『文体練習』のコミック版。『文体練習』(朝日出版社)は、何の変哲もない日常風景を99通りの文体で描くという前代未聞の書。文章の魅力だけで読ませるという力業の作品なので、コミックにして読めるものなのか疑問が湧いてきます。
 『淑やかな悪夢 英米女流怪談集』は、親本は持ってるんですけど、文庫版の解説が気になるところです。

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はかなさと強さと  イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』
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精霊たちの家
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 チリの作家、イサベル・アジェンデの作品は、どれもファンタスティックな設定や風変わりなキャラクターを持っています。それにもかかわらず、飽くまで現実に立脚したリアリティに裏打ちされているのが強み。
 物語自体は空想的でありながら、現実の歴史や政治的な要素が強いのも特徴的です。処女作である『精霊たちの家』(木村栄一訳 国書刊行会)は、そんなアジェンデの特徴がよく表れた作品といえるでしょう。
 デル・バージェ家の娘であり、緑色の髪をした絶世の美女ローサと婚約したエステーバン・トゥルエバは、彼女にふさわしい財産を手に入れるために、鉱山で採掘にいそしんでいました。
 一方、ローサの妹クラーラは、精霊たちと話をしたり、予言をしたりする不思議な能力を持っていました。ある日クラーラは、自分の家に死人が出るだろうと予言します。そして、その予言は実現してしまうのですが、死者とは、なんとローサでした! ローサの遺体の解剖を目撃したクラーラは、ショックを受けます。

 沈黙の世界に入りこんだ彼女は、わたし、結婚するわ、と言うまで、それから九年間ひとことも口をきかなかった。

 ローサの死に絶望したトゥルエバは、農場の経営に熱中し、かなりの富を手に入れます。しかし、経済的な成功とは対照的に、彼の個人的な生活は放蕩無頼をきわめる一方でした。母親との死に際の約束から、結婚を決意したトゥルエバは、再びデル・バージェ家を訪れ、そこで美しく成長したクラーラと再会します。
 九年ぶりに口を開いたクラーラは、トゥルエバと結婚し、夫婦は宏壮な館で結婚生活を始めます。クラーラに惚れ込んだトゥルエバの放蕩も控えめになり、子供が生まれるにいたって、二人の生活は幸せなものになるかと思われました。
 しかし、彼女とその子供たちには数奇な運命が待ちかまえていたのです…。
 不思議な能力を持つクラーラと、その娘や孫たちの時代までを描く大河小説。デル・バージェ家、およびトゥルエバ家の人間を描くとともに、変わりゆくチリ社会そのものをも描こうとする、壮大なスケールの物語です。
 登場人物たちは、みなアジェンデ自身の家族をモデルにしたということなのですが、どのキャラクターも非常に魅力的です。そして、デル・バージェ家、およびトゥルエバ家の人間が、これまたどれも風変わりな人間なのが興味を惹きます。
 自己中心的で傲慢なトゥルエバ、恋に生きるクラーラの娘ブランカ、極端なまでの愛他主義者であるクラーラの息子ハイメ、放埒な生活から一転して宗教的な情熱に取り憑かれるハイメの双子の弟ニコラスなど、どの人物もオリジナリティあふれるキャラクターになっています。
 そして、その中でも、ひときわ輝いているのがクラーラです。神秘的な能力を持ち、すべてを見通すかのような落ちついた眼差し。屋敷や家族を見守り続ける、慈母のごとき彼女のキャラクターは、ひときわ物語を彩り深いものにしています。
 作者が女性だから、というわけでもないのでしょうが、基本的には女性のキャラクターに対して、筆が多く割かれています。クラーラ、その娘ブランカ、孫娘アルバの三人が中心になって物語が語られていきます。
 ストーリーの方も、変わったキャラクターに負けず劣らず、奇想天外なエピソードがつぎつぎとあらわれ、全く飽きさせません。ことに前半のクラーラの結婚前のエピソードや、美女ローサにまつわるエピソードなどは、ファンタスティックな出来事が目白押しで楽しめます。
 物語の前半が、非常にファンタスティックな色調が強いのに対して、後半に至ると、物語は現実的・政治的な要素を強めていきます。舞台となるチリ社会が騒然となってくるのに従い、登場人物たちもその社会に積極的にかかわるようになってくるのです。
 議員となったトゥルエバ、医者になったハイメ、政治活動家の青年に恋してしまったアルバなど、彼らはいやおうなく社会の動乱に巻き込まれてしまいます。
 アルバに至っては、政治的な活動にかかわったために投獄され、拷問までされてしまいます。そのあたりの現実的な描写はかなり精細で、ショッキングです。
 これに限らず、性描写や残酷描写などが、ぼかされずに、はっきりと描かれるのが目立ちます。それだけでなく、作品中には、貧しい農民の実態、差別される女性、残虐な軍隊など、現実の矛盾をかなりどぎつく描いた部分も散見されます。しかしそうした現実世界の不条理を告発するのがこの作品の主眼ではありません。あくまで物語のなかに、空想的な部分と現実的な部分が矛盾なく同居しているところが、この作品の驚くべきところだといえるでしょう。
 あと目に付くのは、作品の語りの部分。物語冒頭にクラーラがノートに文章をしたためている、ということが示されます。これは後世の人間がクラーラの手記を読んでいるという構成なのか、と思いきや、途中にいきなり老人となったトゥルエバと思しい男の一人称が突然はさまれたりします。
 結末で、その語りの秘密も明らかになります。語られてきた物語そのものが、ある登場人物の人生を支えてきたものであることが明かされるのです。そして、冒頭へとループする最後の文章を読んだとき、あなたは感銘を受けずにはいられないはず。
 人生の美しさと残酷さ、はかなさと強さとが同居した、驚異的な傑作です。

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理想の箱付き本
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 昨今は、箱付き本というのは、珍しくなりました。不況によるコスト削減、が主な原因なんでしょうね。個人的には、この箱付き本というのが大好きで、箱をみると嬉しくなってしまいます。
 一昔前の文学全集などは、必ず箱に入っていたものですが、現在では、そうした全集でも、箱なしが大部分のようです。箱というのは、本の保存という機能が第一だと思いますが、それ以上に装丁の一部という面が強くあると思っています。それゆえ、箱付き本が減っているのは、非常に残念に思います。
20060717075248.jpg ただ、箱なしといっても、コスト削減が理由ではなく、積極的なデザインとしての軽い装丁、というのもあるようです。いわゆる「フランス装」というやつでしょうか、非常にやわらかい厚紙をつかったソフトカバーなんかの本ですね。
 そういう系統で思い浮かぶのは、近年発行された〈稲垣足穂全集〉(筑摩書房)。これ全集だし、一応箱付きなんですが、非常に薄くて軽い材質をつかってるんですよね。装丁者は最近人気の「クラフト・エヴィング商會」。ものすごく魅力的な装丁なのですが、保存するにはどうかなあ、と考えてしまいます。どう考えても何十年持つとは思えない装丁なんですよね。
 現代は、たしかにデザインが非常に洗練されてきて、思わず見入ってしまうブックデザインも少なくありません。けれど、あまりにデザイン方面を重視したあまり、保存に関してはあまり信頼できないような本作りが増えてきているような気がします。
 初めから、そんな何年も保存されることは考えてないよ、と言われればそれまでですが、やはり本というのは保存メディアであって、本を愛する人にとっては長く所蔵したい、というのも正直なところなのです。お菓子や食べ物の袋に、凝った印刷や材質を使用したものが「過剰包装」と言われて久しいですが、すぐ廃棄されるのを前提にしたブック・デザインというのも、同じく「過剰包装」なのではないでしょうか。
20060715121314.jpg そうした点を考えると、長年の保存に耐えるしっかりとした素材というのも、ブックデザインの重要な要件なのではないかと思います。
 それで、現在では唯一といっていいくらい、箱付き本を重視している出版社は、やはり国書刊行会ですね。初めからベストセラーを狙わず、あくまで少数の趣味者のための本作りに徹しているその姿勢には、頭が下がります。
 この会社の出版物はどれも好きなのですが、装丁の魅力ということでは、やはり〈世界幻想文学大系〉〈ドイツ・ロマン派全集〉が挙げられます。
 堅牢な箱、本文の装飾的な柱が、いかにも硬質な〈世界幻想文学大系〉。ドイツ・ロマン派の絵画を使用した、ため息のでるほど美麗な箱、色インクを使った非常に軽みのある本文の〈ドイツ・ロマン派全集〉。個人的に見てきた中では、この二つの全集が、いまのところ僕のブックデザインの理想型となっています。

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異国の旅その他の旅  埋もれた短編発掘その20
 よその国の人と意志の疎通をすることができる…、すなわち外国語が話せるということは、疑いを入れず、いいことです。この作品の主人公もそれを望んでいました。しかし思わぬ形で、この願いはかなえられることになるのです…。
 フレデリック・ダール『バベル』(高野優訳 早川書房 ミステリマガジン1985年11月号所収)は、ユニークなシチュエーションのショート・ストーリー。
 40歳になるオランダ人のエステル・モープスは、この歳になってようやく一人暮らしを楽しめるようになっていました。夫との死別後、同僚の愛人になった彼女は、妻子を捨てきれない男に別れを切り出したのち、いろいろな国をひとり旅行して回るようになっていたのです。
 今回の旅行先はフランス。エステルは、母国語のオランダ語のほかに、英語とドイツ語も流暢に話せるのですが、フランス語は話せません。おしゃべり好きなエステルは、フランス人と話せないのを残念に思っていました。

 しかたなくエステルは、オランダのように小さな国はいやおうなくまわりの国の言葉を話しているけど、でもそのおかげでいろいろな文化を自分のものにできるのだし、フランスみたいにいくら五千万の人口があるといってもひとりよがりに国境線の内側に閉じこもってしまうよりは、そのほうがずっといいことなんだわ、と自分を慰めるのだった。

 エステルの乗ったバスは快適に走っていました。しばらく景色をながめていた彼女は、誰かと話したくてたまらなくなります。隣の席には、肥ったかなり年配の女性が座っていました。エステルはまずドイツ語で話しかけますが、彼女には通じません。そこで英語に変えてみても、反応は同じ。肥った女性はうろたえて「イエス」と答えるばかり。

 フランスは四年もドイツに占領されていたんじゃないの。それなのに、せっかくの機会をもらいながら、ドイツ語を学ばなかったなんて…。エステルには、フランス人がわざと怠けてばかりいて、無駄使いをする民族に思えた。

 そのとき突然、急ブレーキがかかります。バスは激しく揺れ、乗客からは悲鳴があがります。そしてバスは谷にまっさかさまに落ち始めたのです!
 エステルは恐ろしさで気が遠くなりますが、気づくと落下は終わっていました。
 バスは屋根がなくなっているだけで、周りの乗客たちも無事な様子。隣を見ると、肥った女性は、首のうしろにかなりの傷を負っているようです。エステルは話しかけます。「奇跡ですわね」「傷はお痛みになります?」

 「いえ」肥った女性は答えた。「あなたのほうは?」
 「私は大丈夫ですわ。どこも怪我していませんもの」
 「でも、こめかみに穴のようなものが…」


 突然肥った女性と話が通じるようになった理由とは? 谷底に落ちたバスの乗客たちが無事な理由とは?
 言葉が通じたことに喜びを感じるエステルですが、思いもかけない結末が待ち受けています。彼女が本当に幸運だったかは、神のみぞ知ることでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ネット古本屋の恐怖
 今やインターネットによる通信販売は、ごく当たり前のものになりました。古本も例外ではありません。そういうわけで、今回はネット古本屋の話。
 このブログを見ていてくれる方はおわかりと思いますが、僕の趣味は、わりとマイナー寄りなので古本屋のお世話になることが多いです。ただ基本的には、本の状態や内容を確かめてから、購入を決めたいので、たいていは、店頭で実物を見てから買っています。
 でも、何年も探していて見つからない本とか、もとの定価が高い本とかは、ネットで検索して買うこともあります。
 このネット古本屋がなかなか曲者! 一部を除いて、本の実際の写真が掲載されていることは、まずありません。それゆえ、買って届いた品物が期待はずれということが、ままあるのです。いくつかそんな例を挙げてみます。
 まずは、青森の某ネット古書店で購入した小説本。目録には「美本」と記載されてました。発行年が20年以上前のものなので、紙のヤケなどは許容範囲ですが、見返しの紙が切り取られていたのは致命的!
 沖縄の某ネット古書店で購入した、20年くらい前の新書本。これは「並」の記載。背の部分の糊がとれていて、開いた途端ページがばらばらに。
 東京の某ネット古書店で購入した、アート系のムック。中ほどの写真が、数カ所切り抜かれていました。ちなみに、目録にはその記載はありません。
 別の東京の某ネット古書店で購入した、文芸雑誌。数ページが破られていました。これも記載なし。
 最初の小説本以外は、商品として売っちゃダメでしょ、という感じです。まだまだ事例を挙げられるのですが、このへんでやめておきます。
 どうも古本屋の、商品の状態に対する基準というのは、ずいぶんゆるいみたいなんですよね。上に挙げた例は極端な話なんですが、「問題なし」「普通」などの記載がある本でも、実際にはけっこう汚かったりします。一カ所や二カ所のページ折れなんて、まともに記載している店は、ほとんどないし、本の背が割れていてさえ、何の記載もなかったりすることがあります。
 あと非常に気になるのが、本の後ろの見返し部分などによく貼ってある古書店の値段シール。これ糊でべったり貼っていたりするんですよね。なんでわざわざ本を損傷するようなことをするのか、ずっと疑問に思ってました。せめてカバーの方に貼ってくれれば、はがしても跡が残りにくかったりすると思うんですが(ビニール加工のしてあるカバーの場合です)。これ人によっては、買った店の記録として残るとか、味があるとか言って、好む人もいるようですが、僕はあんまり好みません。
 他の商品に例えるとよくわかると思うのですが、いかに中古品とはいえ、テレビや服なんかを買って、値段シールをはがしたら、はがし跡が残った、なんていったら客からクレームがつきますよね。なんで本の場合だけ、許されるのか理解に苦しみます。
 別に本に限らないのですが、ネット通販の中古品というのは、やはりバクチに近いものがありますね。ある程度のリスクを考えて購入しないとダメみたいです。
 なにか、古本屋に対する文句みたいになってしまいましたが、これだけで終わるのもなんなので、ついでに、僕がよく利用している古本販売サイトを紹介しておきます。個々の古書店サイトではなく、すべて総合古本販売サイトですね。ヤフー・オークションは利用したことがないので、省きます。

●日本の古本屋 http://www.kosho.or.jp/
 一番よく利用する古本販売サイト。国内の各古書店のデータベースが検索できます。個人的な意見ですが、後述の「スーパー源氏」よりも、商品・値段の充実度が上のようです。買い物かごには、複数商品を同時に入れられますが、実際に取引するのは各古書店。別の店の本は、送料が別になるので注意!
 あと、料金後払いの店が多いのも、良心的ですね。

●スーパー源氏 http://sgenji.jp/
 上の「日本の古本屋」とほぼ同タイプのサイト。検索スピードも「日本の古本屋」より落ちますが、あちらにない商品があったりすることもあります。「日本の古本屋」と併用するのがベスト。

●Amazonマーケットプレイス http://www.amazon.co.jp/
 ネット書店のAmazonが、数年前から始めた古本部門。出品者には、業者だけでなく個人の登録も多いので、競争が激しく値段の下落がすさまじいです。ベストセラーなどは、しばらくすると1円とか0円とかになってしまうことも。
 商品の写真は載せることができず、品物の状態については、文字だけの説明なのが、ちょっと不安感を煽ります。
 平均的に見て、文芸書や小説に関しては、ここが一番安いでしょう。ただ、値段が数円だったり、いいかげんな出品者が結構いたりして、品物の質にこだわる人は避けた方が無難。まあ送料のみの0円とかで買ってたら文句は言えませんが。
 Amazonの規定で、発送が二日以内ということになっているので、買ってから届くのまでが異様に速いのは、かなりのメリット。上手くすると翌日届きます。
 支払いは、登録されたクレジットカードから、自動的にAmazonが即時徴収するので、クレジットカードがない人は利用できないのが、痛いところです。ちなみに新本の方は、クレジットがなくても大丈夫です。

●楽天フリマ http://furima.rakuten.co.jp/
 ヤフー・オークションと似たようなサイト、なのですが、登録料がいらないのが魅力。ここも業者と個人が併存してますが、たまに相場より、かなり安いものがあったりするので侮れません。
 商品の写真を掲載できるので、そのあたりも安心感があります。意外と穴場です。
 >追記 2006年11月をもって「楽天フリマ」は廃止。「楽天オークション」と名を変えていますが、実際の中身は似て非なるものです。システム的にまともに利用できるようなものではなく、出品していた業者もほぼ全撤退のようです。他の高額商品はともかく、本に関してはここはなくなったと思った方がいいようですね。

●古本屋さんの横断検索 http://oudan.jcross.com/usedbkcrs/usedbkcrs0mnu.html
 「日本の古本屋」「楽天フリマ」などを含む数十種類の古本販売サイトを、一気に横断検索できるサイト。便利ではありますが、検索時間に相当時間がかかるので注意。 

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生と死の狭間で  ジャック・ロンドン『星を駆ける者』
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 『荒野の呼び声』などで知られるアメリカの作家ジャック・ロンドン。彼にはいくつかの幻想小説があります。本作品『星を駆ける者』(森美樹和訳 国書刊行会 ドラキュラ叢書4)もそんな幻想小説の一つですが、ロンドンの幻想小説にあっては、そこに現実逃避の要素は微塵も感じられません。
 カリフォルニア大学の農学部教授ダレル・スタンディングは、ハスケル教授殺害の現行犯で逮捕されます。サン・クェンティンの刑務所に収容された彼は、頭脳明晰ながら狷介な性質のために、周りの人間と悶着を引き起こします。「矯正不能者」のレッテルをはられたスタンディングは、偽造犯ウィンウッドの密告のために、脱獄用のダイナマイトを隠し持っているという無実の罪を着せられてしまいます。
 刑務所長アザートンと監督ジャミーは、ダイナマイト隠匿の件を頑なに信じ込み、拷問によって自白させようと迫ります。飽くまで反抗するスタンディングは、狭窄衣を着せられ独房に放り込まれますが、そこで同じ境遇の囚人オッペンハイマーとモレルとの間にコミュニケーションを取ることに成功します。狭窄衣のため全身を苦痛に苛まれているスタンディングに、モレルは苦痛から逃れる方法を教えてやろうと話します。その方法とは意志の力によって、肉体から精神を遊離させるというものでした!
 アザートンはスタンディングの態度に業を煮やし、十日間という前代未聞の長期間にわたり狭窄衣で拷問を加えようとします。これこそ好機だと見て取ったスタンディングは、アザートンを嘲笑い、モレルから教わった方法を試そうとするのです。

 わたしは運を天にまかせて、ゆっくりとした脈を打つ心臓と胸を殺した。わたしにはもはや心臓も胸もなくなった。頭蓋の中になおも位置しながら、頭蓋を抜けて拡大し続ける不透明な脳髄に内在する精神、あるいは魂、あるいは意識がわたしだったのだ。

 とうとうスタンディングは、自分の精神を解き放つことに成功します。そしてふと異なる世界にいることに気づくのです。そこはフランス、そしてスタンディングはフランス貴族であるギョーム伯爵になっていたのです! そしてギョーム伯爵の生涯を生きたスタンディングは、その後も前世の体に乗り移り続けます。開拓時代のアメリカ人の少年、韓国に流れ着いたイギリス人、無人島に漂着した船員など、さまざまな生涯を経験します。
 一方いつまで経っても自白しないスタンディングに対しアザートンは、強硬手段に出ます。看守を殴ったというささいな罪を理由に、スタンディングが死刑になるように画策し、まんまと成功してしまうのです。しかし、精神の優位性を確信したスタンディングは、むしろこの肉体から解放されることを望みます…。
 獄中に囚われた男が精神を遊離させ、過去の時代に生まれ変わる話、というと一見ロバート・E・ハワードやエイブラム・メリット風のヒロイック・ファンタジーを想起するでしょう。たしかにそうした面もあるのですが、この作品では、飽くまで軸足が現実の獄中生活にあります。何しろ過去に転生しても、それがことごとく地獄のような困難に満ちているのです。
 フランス貴族になったときは、連続した決闘を余儀なくされ殺されてしまう。開拓時代のアメリカでは、インディアンに囲まれ虐殺される。そして船員になったときには、船が難破し無人島に漂着してしまうのです! 現実の獄中生活にも劣らぬ困難の連続なのです。つまりこの作品では、お気楽なヒロイック・ファンタジーのように、転生した先では英雄、というような現実逃避的な要素が全くないのです。
 もちろん転生した先では、それなりに頑健な体を持つ主人公は、力の限り運命に反抗して生きようとします。しかし大体においてその反抗は、運命の前には無力なのです。それでも主人公の生にかけるエネルギーは、すさまじいばかりのものがあります。そして現実の獄中においても、そのエネルギーは発揮されます。
 過去の時代の生活もそれぞれ困難で険しいものなのですが、それにも増して現世の獄中生活はすさまじいものです。拷問につぐ拷問、非人間的な暴力、看守たちの慰みものにされ発狂したり死んでゆく囚人たち。主人公は言います。

 現代の人間と一万年前の人間を区別するものは、ただひとつ訓練の差にすぎない。道徳心という磨きあげられた薄い皮をひんむけば、現代の人間も、残忍さにおいて、一万年前の人間と少しも変わりはしない。

 そう、刑務所の中はまさに地獄絵図として描かれるのです。作者の筆先も、他の過去生のパートより断然強烈です。それは、まるで刑務所生活の悲惨さを摘発するルポルタージュを読んでいるかのようです。しかし、そんな中にあっても主人公は生きる意志を失いません。死刑台の前に立つときでさえ、その意志は全く揺るがないのです。
 小説というものは、多かれ少なかれ主人公がピンチに陥るものですが、この作品では、それが尋常ではありません。まさに生と死の瀬戸際(実際、主人公は肉体を死なせるわけですが)まで追いつめられます。
 単なるヒロイック・ファンタジーだと思って侮るなかれ。異様な力強さと迫力に満ちた傑作です。異色の冒険小説としても出色の一編。

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仕掛けのある本
 「仕掛け」のある本が好きです。
 といっても、飛び出す絵本とか、ああいう露骨な「仕掛け」じゃなくて、本の装丁や組版にちょっとした工夫のある本のことです。
 例えば稲垣足穂の『人間人形時代』(工作舎)という本があります。これ、表紙の表から裏まで、ぶちぬきで本の真ん中に穴が開いているという、おかしな本。初めて見たとき、驚きました。別に穴には特に意味があるわけじゃないんですが、本に穴を開けてしまうという試み自体に驚かされたんですね。
 最近では、恩田陸の『ユージニア』(角川書店)に感心しました。本の文字組がわざとずらされていたり、紙が不揃いだったりと、作品の雰囲気を高めるための「物理的」な工夫がしてあります。
 こういう特殊な例を見るとよくわかりますが、本の内容とその装丁やデザインというのは、相互に影響し合うところが大いにあるように思います。面白そうな内容の本だけど、表紙絵が安っぽくて買うのをやめた、とかいう経験がみなさんにも、おありになることでしょう。
 その点すぐれた装丁の本は、たとえ内容が期待したほどのものでなかったにしても、あんまり損をした気がしなかったりすることがあるのも事実。
 現代芸術なんかでは、本のこうした物質的な側面を逆手にとった作品なんかもあるようです。具体的な作者名や作品名は忘れてしまったのですが、たしか、こういうのがありました。たった一部しか作らなかった詩集を機械仕掛けの箱に封印したという作品。これ、開けようとすると自動的に発火して詩集は燃え尽きてしまうというものです。「絶対に読むことのできない本」という寓意のあふれる作品で、非常に感心した覚えがあります。
 あと、物理的な「仕掛け」としては無理なんですが、読書家の夢としてよく語られる「終わらない物語」というのもあります。これは作品の内容としては、けっこう挑戦している作家がいますね。物語自体がループするという仕組みの話もよくあります。
 個人的にすぐ思い浮かぶのは、アルゼンチンの作家エンリケ・アンデルソン=インベルの『魔法の書』(国書刊行会『魔法の書』所収)。途中で一度でも読むのを中止すると、とたんに書いてある内容がわからなくなるという「魔法の書」。主人公は何度も最初から読み直し、最後まで読んでやろうとするのですが、何回やっても途中で力尽きてしまいます…。寓意物語としても非常に面白い一編ですので、機会があったらご一読を。
 あとは、そうですね、ミロラド・パヴィチの『ハザール事典』。謎の民族ハザールをめぐる物語を事典形式で描いた本です。事典形式の本というのは、前例があると思いますが、項目のそれぞれが物語になっていて、総体として大きな物語を形成する、という点ではやはり前例がないものでしょうか。
 同じくパヴィチの『風の裏側』なんてのも面白いですね。本の両側から、それぞれ物語が始まり、ちょうど真ん中で二つの物語が出会う、というアイディア勝ちみたいな本です。
 それで今気になっているのは、マーク・Z・ダニエレブスキー『紙葉の家』(ソニーマガジンズ)という作品。あんまり値段が高いので、なかなか買えないんですが、タイポグラフィを多用したり、構成が非常に工夫されているようで、大変気になっています。

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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