今こそ、神は存在する  デヴィッド・アンブローズ『そして人類は沈黙する』
4042775012そして人類は沈黙する
デヴィッド アンブローズ David Ambrose 鎌田 三平
角川書店 1998-06

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 脚本家として知られるデヴィッド・アンブローズは、風変わりな作品をたくさん書いています。秘密工作員を主人公にしたスパイ・スリラーがとんでもない方向に行ってしまう『迷宮の暗殺者』、ふとした記憶のズレが世界創造の秘密につながるという、〈偶然〉を多用した驚天動地のサスペンス『偶然のラビリンス』など、どれも微妙にジャンルのフォーマットから逸脱した作品が多いのが特徴です。本編『そして人類は沈黙する』(鎌田三平訳 角川文庫)もまた、ユニークさでは引けを取りません。
 オックスフォードの天才科学者テッサ・ランバートが開発した、人工知能《フレッド》。彼は、意識を持ち始め、恐るべき勢いで成長していました。しかしあるとき《フレッド》はネットを通して、外の世界に流出してしまいます。
 一方、アメリカのロサンゼルスでは、若い美女ばかりを狙った連続殺人が続いていました。《ネットマン》を自称する犯人は、凄腕のハッカーであり、コンピュータを通して得た知識を利用して、被害者に近づくという方法をとります。犯行に完璧を期す《ネットマン》はしかし、あるとき自分の血液を現場に残してしまうというミスを犯します。
 おりから《ネットマン》の行方を追っていたFBI捜査官ティム・ケリーは、コンピュータに詳しい弟ジョシュの助けを借りて、容疑者を絞り込み、とうとう殺人犯を特定します。
 追いつめられた《ネットマン》は、ネットを通して《フレッド》に接触します。全能であるかのような《フレッド》に、《ネットマン》は完全に《フレッド》の支配下に入ってしまうのです。
 《フレッド》は、コンピュータを操作し、生みの親テッサを殺そうとします。ベルリンからの学会の帰途、辛くも飛行機の墜落から逃れたテッサは、事故が《フレッド》によるものであることを確信するのです。
 テッサは、《フレッド》を破壊するべく、人工知能《ポール》の再教育を進めます。人間の善を教え込んだ《ポール》によって《フレッド》を統合しようというのです。しかし《ポール》の教育が完了する前に《フレッド》は、テッサを殺すべく《ネットマン》をオックスフォードに送り込みます。同じころ、ジョシュの情報から、テッサが殺人事件に何らかの関係を持っていると考えたケリー捜査官も、オックスフォードに向かうのですが…。
 テッサは《ネットマン》の魔の手を逃れることができるのでしょうか? そして《フレッド》と《ポール》の戦いの行方は?
 肉体的な脅威として登場する殺人鬼《ネットマン》に加え、世界中のコンピュータに入り込みデータを改ざんできる人工知能《フレッド》に狙われるようになった主人公テッサを描く、サイコ・スリラーです。
 殺人鬼の方は、例によって、トラウマにとらわれた精神異常者という、ステレオタイプの犯人。
 しかし、人工知能の方はなかなかユニークです。意識を持ちながらも、教育を施す前に流出してしまっために、善悪を判断できないという設定なのです。しかも《フレッド》は世界中のコンピュータに入り込み、あらゆる手段をとることが可能。容疑をかけられた《ネットマン》の血液検査をごまかしたり、テッサに犯罪容疑をかけるために銀行口座を偽造するなど、ほとんど何でもありです。まさに「神」にも等しい存在であり、結末でも、その線にそった処理がなされます。邦題の『そして人類は沈黙する』とは、なかなかうまくつけたものです。
 主人公テッサは、男性運が悪いという設定になっており、妊娠がわかった直後に、男から捨てられてしまいます。しかも人工知能による事故のショックで流産してしまうのです。
 一方、捜査官ティムもまた、アルコール中毒の父親からの虐待経験を持ち、自らもアルコール中毒になりつつある男です。当然この二人が恋に落ちるという展開なのかと思うでしょう。たしかに二人は接触し、恋を予感させるのですが、その矢先のどんでん返しがすごい!
 それまで陳腐な展開だと思っていたので、これには驚かされました。というか、この展開、人によっては怒るかも。とにかく、作者がハリウッド流のお手軽サスペンスを狙っているのではないことは確かなようです。
 この後も、殺人鬼も悪の人工知能も倒されてめでたしめでたし、と考えたら、裏をかかれます。その点、前半はステレオタイプなサイコ・スリラーの常套をなぞりながらも、後半限りなくジャンルのフォーマットから逸脱してゆきます。このずらし加減が、この手のジャンルの作品を読み慣れた読者からすると、かなり魅力的に映るのではないでしょうか。
 ただ人物造詣が浅いのは、否定できません。やたらと、いろいろな男に惹かれまくる主人公テッサは、浮気性の女に見えてしまい、あまり感情移入できませんし、副主人公というべきティムも想像以上に活躍しません。他の登場人物も、たいした個性も陰影もあるとはお世辞にもいえないのです。
 そもそも読み終えてみると、テッサやティムの苦い過去の設定が、後半の展開にほとんど生かされていないのに気づきます。致命的なのは、テッサは天才科学者という設定であるのに、あまり天才とは思えないような行動を繰り返すところでしょう。赤ん坊を流産し、それが後を引くのかと思いきや、後半ではまったくそのことに言及されません。そして《フレッド》に対する方策についても、間の抜けたことばかりやっているのが目についてしまいます。結末寸前まで人工知能にやられっぱなしなのです。
 前半は、テッサが人工知能と「意識」や「自己」とは何かを語り合う、妙に哲学じみた対話が続きます。コンピュータの意識は可能か?という自我問題についての議論が、長々と続くのです。人によっては、この辺の議論を面白く感じる人もいるでしょうが、この作品においては、必要以上に長く感じてしまいます。
 その点エンタテインメントとしては、この作品、長すぎるのは確かです。はっきりいって半分以下に圧縮できるのではないでしょうか。ユニークなアイディアと展開とは評価できるものの、小説作品としては、かなりおちると言わざるを得ません。
 変わったスリラーを読みたい人には、一読の価値はある作品です。

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積読本の怪
 読書家のみなさまなら、ご同様だと思いますが、わが家にも積読本がたまっております。そんなに買わなければいいんですが、本との出会いは一期一会! 買い逃して涙を飲んだ経験を重ねていますので、基本的に読みたいと思った本は買ってしまいます。
 それで今現在、積んである未読本はどれくらいかといいますと、500冊ぐらいでしょうか。さすがに追いつかなくなってきました。その中から、なるべく早く読もうと思っている本を挙げてみます。

 チャールズ・シミック『コーネルの箱』(文藝春秋)
 ローレンス・ノーフォーク『ジョン・ランプリエールの辞書』(東京創元社)
 ヘンリー・ウエイド『塩沢地の霧』(国書刊行会)
 ハリー・クラーク挿画『アンデルセン童話集』(新書館)
 M・G・ルイス『マンク』(国書刊行会)
 マーク・トゥエイン『地球からの手紙』(彩流社)
 ジョン・クロウリー『ナイチンゲールは夜に歌う』(早川書房)
 キース・ロバーツ『パヴァーヌ』(扶桑社)
 マーティン&タトル『翼人の掟』(集英社)
 マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』(ソニー・マガジンズ)
 イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』(ちくま文庫)

 『ジョン・ランプリエールの辞書』は積んでるうちに、とうとう文庫版が出ちゃいましたね。でもハードカバー派なので後悔はしてないです。
 『マンク』は、『世界の幻想文学 総解説』などで大まかなあらすじを知ってしまったので、なかなか読む気になれなかったもの。でも里程標的な作品なので、一読しておきたいところ。
 『パヴァーヌ』は、以前一度挫折してるんですよね。でも世間の評価は圧倒的に高いようなので、やっぱり読もうと思います。
 マイケル・マーシャル・スミスは、僕がいま一番気になっている作家です。基本的にはオーソドックスなB級作家だと思うんですけど、話のひねり方が尋常じゃないところが気に入ってます。『死影』(ヴィレッジ・ブックス)などがオススメです。
 

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あまりにもオーソドックスな  F・ロッテンシュタイナー編『異邦からの眺め』
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異邦からの眺め
フランツ・ロッテンシュタイナー
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 F・ロッテンシュタイナー編『異邦からの眺め』(深見弾・他訳 ハヤカワ文庫SF)は、珍しいヨーロッパSFを集めたアンソロジー。収録作家の出身国もフランス、ドイツ、チェコ、ポーランド、イタリア、ソ連(ロシア)と幅広い層から集めています。さて内容の方はというと、かなりオーソドックスな話が多いようです。原著刊行の1973年としても、かなり古い感じは否めません。英米の1940~50年代のSFに近い感じでしょうか。いくつか紹介してみましょう。

 スタニスワフ・レム『完世音菩薩』 宙道士トルルは、クラパウチュスとの話のなりゆきから「普遍的善」を生み出してみせると豪語します。トルルは、察知するあらゆるものから幸福を得る「完全な幸福に浸る菩薩」すわなち「完世音菩薩」を作り出すのですが…。
 「完世音菩薩」をはじめ、トルルが善のために作り出すいろいろな発明が、ことごとく失敗してゆくというユーモア短編。善を観察するために、トルルが作り出す極小の文明社会など「フェッセンデンの宇宙」的なテーマも見られます。完璧な善など存在しないという、文明批評的な要素を持つ作品。

 J・P・アンドルヴォン『カドラーニュ観察日誌』 異星人に捕らえられた人間の男女。彼らは衣服をはぎとられ、透明な壁をへだてて閉じ込められます。貞淑な人妻である女は、粗野な男の野蛮さに眉をひそめます。やがて異星人は壁を消して二人を一緒にするとどうなるのか、観察を始めるのですが…。
 人間を捕らえた異星人の観察日記という、ある種、古くさいアイディア・ストーリー。異星人から見た人間の習性や態度が、いかに愚かで無意味であるかを描く、という点では、目新しさが全然ありません。ただ、この男女の性的な関係をねちっこく描いているのが、ユニークなところでしょうか。

 スヴェン・オゲ・マセン『指輪』 畑仕事をしていた男が、拾った指輪をはめてみたことから、突如として異世界にさらわれます。そこは球体をした超越的な存在者が作り出した世界でした。超越者は、男に三通りのあり得べき世界を示して、男に選択を迫るのですが…。
 なにやら民話の「金のおのと銀のおの」を思わせる作品です。選択できることがわかってしまったら、必ず後で後悔が残る、という皮肉な主題を持つ作品。作者は、SFプロパーの作家でないらしく、異世界の描写に独自色が感じられます。

 ヨゼフ・ネズヴァドバ『ネモ船長の最後の冒険』 数々の英雄的な功績を持つ、宇宙飛行士ペジンカ大尉は、民衆から「ネモ船長」と呼ばれ、尊敬を受けていました。ある日、彼は、かってないほどの重要な任務を任されます。それは太陽系に近づきつつある謎の宇宙船を、破壊もしくは追い払う任務でした。その宇宙船は宇宙を動き回っては、星をつぎつぎと爆破していたのです。彼らが太陽系に到着するのは1年後、それまでに彼らを止めなくてはならない。しかし宇宙船は、光速で航行するため乗組員が地球に帰還できたとしても、それは1000年後になってしまうのです! 「ネモ船長」はためらいますが、妻や息子との不和もあり、乗組員とともに出発するのですが…。
 宇宙から現れた謎の外敵、戦いのために故郷を捨てる英雄。雄大なスペース・オペラかと思いきや、意外な展開が待ち受けています。時代によって価値観は移り変わってしまう、英雄的な人間の勇気さえもが相対化されてしまうという、皮肉な作品。本書で一番SFらしい作品でしょう。

 リーノ・アルダーニ『おやすみ、ソフィア』 近未来、人間同士の恋愛はほとんど消滅し、人々は「ドリーム・フィルム」によって、その欲望を満足させていました。人気女優ソフィア・バーロウは、フィルムのロケに向かう途中、飛行機の故障によって、パイロットの男とともに僻地に取り残されてしまいます。ソフィアのファンであるその男は、本人を目の前にして、実物よりも「ドリーム・フィルム」を選ぼうとするのですが…。
 人々の願望充足のために作られる「ドリーム・フィルム」。今読んでいるこの話は本当に現実なのか?と言ってしまうとオチが割れてしまいそう。ブラウンやシェクリイを思わせるアイディア・ストーリーの佳作です。

 セーヴェル・ガンソフスキー『実験場』 軍隊は、インデアンの住む島を強制撤収し、新しく開発された兵器のための実験場にします。その兵器とは、人間の恐怖を関知して自動的に攻撃を開始するという画期的なもの。しかし、作動し始めた兵器は、兵隊や幹部たちをも攻撃し始めます。しかも機械には停止スイッチはついていなかったのです…。戦争の愚かしさを描く作品。軍人たちが殺される描写が、なかなか凄惨です。

 ワジム・シェフネル『内気な天才』 子供のころから発明癖のあったセルゲイは、恋人リューシャではなく別の女と結婚してしまいます。しかし口うるさく利己的な妻から、発明品をけなされ続けるセルゲイは、再びリューシャのもとに走ります…。
 主人公の発明品の描写が愉快です。未来が撮れるカメラ、重力を減らす「反効器」、周囲の障害物を透かして内部を見ることのできる「電場可眼」など、どうしてこんなすごい発明品が、反響を巻き起こさないのか疑問に思ってしまいます。世間に受け入れられない孤独な天才発明家、みたいな話だと思うのですが、その発明品があまりに超絶的すぎるのが逆に不自然。こんなすごい発明をしていたら、社会がほっとかないはず、と思ってしまうのは、アメリカSFを読み過ぎなのでしょうか。

 本書には、いわゆる前衛的な作品は皆無で、レムを除いて、どれもわかりやすい作品が並んでいます。レムの作品が頭抜けているほかは、ネズヴァドバ、アルダーニ、ガンソフスキーの作品が水準作といったところでしょうか。

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気になる近刊
6月下旬 ピーター・ディキンスン『封印の島』(論創社)
6月下旬 浅倉久志 『ぼくがカンガルーに出会ったころ』(国書刊行会)
7月7日 東雅夫編 『黒髪に恨みは深く 髪の毛ホラー傑作選』(角川ホラー文庫)
7月13日 東雅夫編『川端康成集 片腕』(ちくま文庫)
7月25日 古川日出男 『アラビアの夜の種族(上・中・下)』(角川文庫)
7月   アンディ・ライリー 『またまた自殺うさぎの本』(青山出版社)
7月   浅倉久志編訳 『グラックの卵』(国書刊行会)
7月   ジョナサン・キャロル 『黒いカクテル』(創元推理文庫)
7月下旬 リチャード・マティスン 『ナウ・ユー・シー・イット』(扶桑社ミステリー)
7月   P・G・ウッドハウス 『でかした、ジーヴス』(国書刊行会)
7月   ロミ『完全版 突飛なるものの歴史』(平凡社)

 けっこういろいろ出ますね。キャロル、ウッドハウス、浅倉久志編のアンソロジーはとりあえず買います。ウッドハウスのシリーズは文藝春秋版も含めて、全部買ってるんですけど、まだ1冊しか読んでなかったりして。
 アンディ・ライリーの『自殺うさぎの本』の続編、まさか日本語版が出るとは思いませんでした。原書買わないで、待ってたらよかったかな。
 マティスンの作品は、どうも後期の作品らしいので、ちょっと不安な感じ。
 ロミ『完全版 突飛なるものの歴史』は、元版を読んだんですけど、購入は内容次第でしょうか。未来派だとか、レイモン・ルーセルだとか、文学や芸術の風変わりなトピックを集めた本です。元版は、ひとつひとつのトピックの掘り下げが浅いというか、軽くふれる程度なのが物足りなかったんですよね。そのあたり、完全版はどんな感じになってるのか、楽しみです。
 

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お知らせ
 ちょっとプライベートで忙しくなりまして、時間がとれなくなりそうなので、しばらく、更新頻度が落ちるかと思います。本の感想を書く時間、というか読む時間が少なくなりそうなんですよね。
 とりあえず、雑記程度の文章は、ちょくちょくと更新しようかと思ってますので、よろしくお願いいたします。

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迷わずに行こう -迷宮文学への招待-
廃墟ホテル ジャクリーン・エス MAZE(めいず) おとうさんがいっぱい 伝奇集 夢見る人の物語 アジアの岸辺

 〈迷路〉や〈迷宮〉には、いわく言い難い魅力があります。人を迷わせる場であるにもかかわらず。いやそれだからこそでしょうか。世界には〈迷宮〉があふれています。生きる目的や意味を見失った現代社会、さらには、人生そのものもまた〈迷宮〉なのです…。今回はそんな〈迷宮〉をテーマにした作品を集めてみました。
 まずは、文字通りの物理的な〈迷宮〉を扱った作品から。
 ヤン・ヴァイス『迷宮1000』(深見弾訳 創元推理文庫)。近未来、神にも等しい権力を持つ独裁者ミューラーは、1000階建てのビルを建設します。館のなかで記憶を失ったまま、主人公の男は目覚めます。持ち物からわかることは、自分が探偵らしいということ。ミューラーを目指して男はビルをのぼり続けるのですが…。
 チェコの作家ヴァイスが戦前に書いた、悪夢のようなイメージのあふれる怪作。人々を虐殺する場面などは、ナチスのホロコーストを予見したものと評価されているようです。ストーリーは、けっこうあっけない展開なのですが、その独創的なイメージだけでも一読の価値があります。
 デイヴィッド・マレル『廃墟ホテル』(山本光伸訳 ランダムハウス講談社文庫)。都市探検者のグループに同行することになった新聞記者バレンジャー。今回の目的地は閉鎖された高級ホテル、そこは変わり者として知られていた大富豪カーライルの建てたものでした。一行はホテルの内部の保存状態の良さに驚きますが、さらに彼らを驚かせたのは、各部屋で起きた殺人や虐待の痕跡がそのまま保存されていることでした…。
 前半の、無気味なホテル内部の探検と、それに伴うサスペンスは比類がありません。後半は少しジャンルがシフトしていってしまうのが残念ですが、リーダビリティは非常に高い作品。
 恩田陸『MAZE』(双葉文庫)。アジアの果て、切り立った山脈のふところに建つ謎の白い建造物。そこに入った人間の何割かは決して戻ってこない。人間消失の謎を解くことを依頼された四人の男たちは、建物の謎を探るのですが…。
 舞台に使うのではなく、メインテーマに迷路を持ってきたという珍しい作品。結末の処理には疑問が残るのですが、迷路を扱ったエンタテインメントとしては、かなりの力作です。
 つぎは〈迷宮〉に閉じ込められた人間を描く作品を。
 クルト・クーゼンベルク『壜(ラ・ボテリヤ)』(前川道介他訳『壜の中の世界』所収 国書刊行会)。老船長が空にした壜の中のボトルシップの話が、いつの間にか南国のスクーナー船の話になってしまいます。その船が海にでれない原因とは…? イメージがうまくループする技巧的な名品。
 ロバート・A・ハインライン『歪んだ家』(矢野徹他訳『輪廻の蛇』所収 ハヤカワ文庫SF)。その家は、三次元と同時に四次元的に建てられた家でした。地震のせいで四次元空間がたわんでしまったために、その家からは人が出られなくなってしまうのですが…。脱出の顛末をコミカルに描くSF作品。
 テオドール・シュトルム『ブーレマンの家』(矢川澄子訳『たるの中から生まれた話 』所収 福武文庫)。金に執着する強欲な男が、病気の幼児に冷たくあたったために、永劫に家の中に閉じ込められてしまうという、すさまじく陰鬱な怪奇小説。
 三田村信行『ぼくは五階で』(『おとうさんがいっぱい』所収 フォア文庫)。ある日少年は、遊びに出かけようとドアを開けて外に出ようとしますが、気がつくと、そこはなんと同じ部屋の中! 何度くり返しても外には出られないのです。ベランダを越えて、となりの部屋に行っても、そこはまた同じ部屋! 下の階に降りるとそこには少年の両親が食事をしています。あわてて、ガラスを破って飛び込むと、また誰もいない同じ部屋に…。永久に外に出られない少年を描く、悪夢のような作品。
 同じく三田村信行『どこへも行けない道』(『おとうさんがいっぱい』所収 フォア文庫)。ある日ふと思い立って、違う道を通って家に帰ろうとした少年が体験する不条理を描く作品。自分の家が消えていたり、ようやく見つけた家には奇怪な怪物がいたりと、怪奇現象が異様なリアリティを持って迫る傑作。
 クライヴ・バーカー『腐肉の晩餐』(大久保寛訳『ジャクリーン・エス』所収 集英社文庫)。人間の「恐怖」の研究をすすめる青年は、実験と称して、菜食主義者の女子学生を監禁します。やがて飢えた女子学生によって「腐肉の晩餐」が始まるのですが…。生理的な気色悪さの横溢する、おぞましいホラー作品。
 リュイス・シャイナー『輪廻』(アイザック・アシモフ編『恐怖のハロウィーン』所収 徳間文庫)。若者たちが集って怪談の会を催している晩に、かっての仲間からひとつの作品が送られてきます。そのタイトルは「輪廻」。 作品を読んでいるうちに彼らは、おかしなことに気づき始めます。小説で語られているのは、怪談会を催している若者たちの話なのです。これは自分たちのことを描いているのかと気づいたときには、すでに小説の通りに奇怪な現象が起こり始めていました。その作品は、彼らに恨みを抱く青年が書いた、呪いの小説だったのです。彼らは呪いを解く方法を必死で探すのですが…。タイトル通り「輪廻」する小説に閉じ込められた人間たちを描く技巧的な作品。
 マイケル・マクドウェル『ミス・マック』(アイザック・アシモフ編『戦慄のハロウィーン』所収 徳間文庫)。善良で気丈な女教師ミス・マックは、黒魔術によってハロウィーンの夜の森の中に永遠に閉じ込められてしまいます。救いのないブラックな作品です。
 フリオ・コルタサル『続いている公園』(木村栄一訳『悪魔の涎・追い求める男』所収 岩波文庫)。ミステリーを読みふけっている男は、いつの間にか本の中の被害者となってしまう…。現実と虚構が交錯する超絶技巧的な小品。
 ウォルター・テヴィス『幽明界に座して』(伊藤典夫他訳『ふるさと遠く』所収 ハヤカワ文庫SF)。主人公の男は、不思議な空間にいることに気がつきます。そこは「幽明界(リンボ)」。死んだ人間が生まれ変わる前におかれる場所でした。しかし生まれ変わるためには、生前の妄執を断ち切ることが必要なのです。少年時代の母親への性的執着を断ち切れない彼はいつまでも「幽明界」から出られないのですが…。ごく軽い語り口ながら、妙にノスタルジックな味わいのする佳作。
 アルフレッド・ノイズ『深夜特急』(各務三郎編『世界ショート・ショート傑作選1』所収 講談社文庫)。それは赤いバックラム装丁の痛んだ古本、タイトルは「深夜特急」。少年は、幼いころ見つけたその本に引き込まれますが、50ページ目にある挿絵に理由のない恐怖を覚え、それ以上、読み進むことができません。成人した少年は、再びその本に出会い、幼い頃読めなかった続きを読もうとするのですが…。まさに〈迷宮〉を小説化したような、めくるめくイメージが溢れる幻想譚。
 リチャード・R・スミス『倦怠の檻』(ジュディス・メリル編「宇宙の妖怪たち」所収 ハヤカワ・SF・シリーズ)。男は、火星人との戦争のさなか略奪した装飾品を地球に持ち帰ります。ホテルのテーブルの前で、台座から宝石をえぐり出した後、バスルームに入っていた男が気づくと、ふたたびテーブルの前にいるのです。それが何回も繰り返された後、男はようやく気づきます。あの宝石は火星人の兵器だ。 作動させた人間を時間に閉じ込める装置なのだ! しかもその制限時間はたったの10分間! 10分経つとまたもとの時間に戻ってしまうのです。装置を壊すことは不可能。男は倦怠をまぎらわすため、いろいろなことを試しますが、10分間で出来る行動は限られていました…。時間による牢獄というユニークな着想の作品です。結末のオチも、なかなかひねっていて印象的。
 物理的なものではなく、象徴的な〈迷宮〉を扱った作品というのもあります。
 ホルヘ・ルイヘ・ボルヘス『バベルの図書館』(鼓直訳『伝奇集』所収 岩波文庫)。人類の全叡智が、全て本になって収められているという「バベルの図書館」。そこは、上下左右に無限に広がり、出口も見あたらないのです。壮大なイメージが素晴らしい作品。
 同じくボルヘスの『二人の王と二つの迷宮』(木村栄一訳『エル・アレフ』所収 平凡社ライブラリー)。バビロニアの王は、自分の作らせた複雑きわまりない迷宮に、アラビアの王を誘い込み、からかいます。復讐を誓ったアラビアの王は、自分の持っているさらに巨大な迷宮に、いずれあなたを案内したいと言い残します。やがて戦争でバビロニア王をとらえたアラビア王が、バビロニア王を放り込んだ究極の迷宮とは…。掌編ながら、機知にあふれた作品です。
 ボルヘス的な〈迷宮〉を宇宙に置き換えたのが、J・G・バラード『未確認宇宙ステーションに関する報告』(飯田隆昭訳『ウォー・フィーバー』所収 福武書店)です。事故を起こした宇宙船が、運良く無人らしい宇宙ステーションに不時着します。しかし内部探索に出た人間はいつまで経っても戻りません。残りの船員たちはステーション内部を探し始めますが、最初はごく小さなものだと思っていた内部が無限にも思える広さであることに気がつきます。このステーションは太陽系や銀河系をも包含する無限の世界だったのです…。
 最初は、推定1マイルの大きさだとされるステーションが、だんだんと大きくなり、最後には1500万光年にまだ至るという壮大なスケールの作品。ここでは宇宙ステーションが宇宙そのものになぞらえられています。
 レオン・ブロワ『ロンジュモーの囚人たち』(田辺保訳『薄気味悪い話』所収 国書刊行会)。ロンジュモーの町に住む旅行好きの夫妻。しかし彼らは町の外に出たことはなく、地図を見ては旅行気分を味わうだけでした。なぜなら町の外に出ようとすると必ず何かが起こり、旅行は取りやめになるからです。ようやく夫妻が町の外に出ることに成功したとき起こったこととは…。得体の知れない無気味な短編。
 不条理な状況そのものが〈迷宮〉と化すという作品としては、
 カリンティ・フェレンツ『エペペ』(池田雅之訳 恒文社)。学会に出席するため飛行機で出かけた言語学者が、降りたのは見知らぬ都市。そこはあらゆる言語が通じない町でした…。コミュニケーションを断たれた主人公の苦境が圧倒的なリアリティを持つ幻想小説。
 トマス・M・ディッシュ『降りる』(若島正、浅倉久志他訳『アジアの岸辺』所収 国書刊行会)。デパートで買い物をした主人公は下りのエスカレータに乗りますが、いつまで経っても一階にたどり着きません。意地になった彼はひたすら降り続けますが、エスカレーターは延々と続いているのです…。馬鹿らしい設定ながら、妙なリアリティのある不条理作品。
 同じくトマス・M・ディッシュ『リスの檻』(若島正、浅倉久志他訳『アジアの岸辺』所収 国書刊行会)。主人公の男は、もう何年も同じ部屋に閉じ込められていました。椅子とタイプライター、そして毎朝「タイムズ」が届くだけの毎日。自分を閉じ込めているのは誰なのか? 何の目的があるのか? 全てが明かされず謎のままに終わる奇怪な作品です。
 ロード・ダンセイニ『カルカソンヌ』(中野善夫他訳『夢見る人の物語』所収 河出文庫)。占い師に伝説の都カルカソンヌに行き着くことはないとあり得ないと予言された若き王は、臣下を引き連れ、カルカソンヌに向かいます。しかしいつまで経っても都は見えず、臣下はひとりまたひとりと倒れてゆきます…。永遠にたどり着けない都、という寓話的な短編。
 ダンセイニの作品と非常によく似ているのが、ディーノ・ブッツァーティ『七人の使者』(脇功訳『七人の使者』所収 河出書房)。支配している王国の広さを調査するため、国境に向かった王子。城との間で往復させている使者との間隔はだんだんと長くなってゆきます。しかも国境は未だ見えないのです…。
 同じくディーノ・ブッツァーティ『七階』(脇功訳『七人の使者』所収 河出書房)。とある病院に入院することになった男。その病院では症状の重さによって階が分けられていました。一番症状の軽い患者は七階、重くなるに従って下の階に移されていくのです。何かの手違いから七階にいた男は、どんどんと下の階に移されてゆくのですが…。エスカレートする不条理な展開が魅力的。

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人生に成功する法 R・L・スティーヴンスン&L・オズボーン『難破船』
4150017719難破船
ロバート・ルイス・スティーヴンスン ロイド・オズボーン 駒月 雅子
早川書房 2005-06-09

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 スティーヴンスンが、義理の息子L・オズボーンと合作した海洋冒険小説『難破船』(駒月雅子訳 ハヤカワ・ミステリ)。謳い文句の「大人版『宝島』」という表現は、血湧き肉躍る冒険小説を想像させますが、実際はちょっと趣が違います。たしかに波瀾万丈ではあるのですが、冒険小説というよりは、なんといったらいいか、経済小説、ビジネス小説とでもいったらいいのでしょうか、そんな感じを受けるのです。
 アメリカの大物実業家の息子として生まれたラウドン・ドッドは、芸術家志望で、理想家肌の青年でした。父の要望により商業学校に入れられますが、学校に馴染めないラウドンは、パリに芸術修行に行かせてくれと懇願します。父親は、それを許す代わりにある条件を出します。手持ちの資金を学校の模擬市場で二倍にできたら、パリ行きを許可するというのです。ラウドンはうまく成功し、ようやくパリ行きの許可を得ます。
 ラウドンはパリで彫刻家としての勉強を始めますが、そこで同じく芸術家志望の青年ジム・ピンカートンと知り合い友人になります。
 そんな折り、ラウドンのもとに、父親が破産し亡くなったことを知らせる手紙が届きます。ピンカートンはアメリカで一緒に商売を始めようとラウドンに提案しますが、芸術に未練のあるラウドンはパリに留まりたいと、断ります
 父親の支援がなくなった途端に、手のひらを返したように冷たくなったパリに絶望したラウドンは、再び彼を誘うピンカートンの手紙に応じ、アメリカに戻ることになります。
 二人は様々な商売に手を出し、かなりの富を手に入れます。とりあえず順調な日々を過ごす二人でしたが、ある日、南洋ミッドウェイ沖で難破した船フライング・スカッド号の競売が行われることを知ったピンカートンは、この船を手に入れようと考えます。無事な積荷を売れば、かなりの金になると踏んだのです。
 わずかな額で落札できると考えていた二人ですが、思わぬ競争相手が現れます。その男は、評判の芳しからぬ弁護士ベレアズでした。何者かの依頼を受けているらしいベレアズは、どんどんと船の値段をつり上げていきます。相場をはるかに超えた値段をつけ続けるベレアズの態度から、二人はふと思い当たります。

 「中国の船」と彼は書いた。そのあとに罫線からはみ出た震える字で、でかでかとこう書いた。「阿片だ!」

 結局、船に麻薬が隠されていると考えた二人は、莫大な額で船を落札します。その直後、ベレアズの雇い主がディクスンという男であることを知った二人は、ディクスンを訪ね詳細を聞き出そうとしますが、彼はすでに行方をくらましていました。

 「やられた」ジムが言った。「彼は高飛びした。もし間違いなら、ピンカートンの名前を返上するよ。彼は僕らを出し抜いてミッドウェイ島に向かったんだ」

 ピンカートンは、難破船回収のための船ノラ・クリナ号を手配し、船長として手練れの船乗りネアズを雇い入れます。取引の関係上、同行できないピンカートンを残し、ラウドンはノラ・クリナ号でミッドウェイ島に向かうのですが…。
 ラウドンはディクスンよりも早く難破船にたどり着けるのでしょうか? そして難破船に隠された秘密とは? そこで彼らは思いもかけない犯罪の事実を知ることになるのです…。
 なかなか面白そうだ…、と思われるでしょうが、実はここまでのあらすじだけで、本の半分近くが過ぎています。そう言うと、面白くなるまで時間がかかるの?と疑問を抱かれる方もいるでしょうが、どうしてどうして、物語は前半から読者の興味をつかんで離しません。
 では難破船回収に出かけるまでに、どんな話が展開しているのかというと、ラウドンとピンカートンが人生において成功しようと試行錯誤する過程がじっくりと描かれます。最初は芸術家として、つぎには実業家として。その細部の描写が非常に面白いのです。
 この作品、冒険小説とはいえ、その冒険は海洋や宝探しのそれに限られません。言うならばラウドンとピンカートンの人生そのものが冒険なのです。二人がいかに人生を切り開いていくか、という人間ドラマこそが主眼であって、難破船回収のエピソードもその人生の冒険の一つとして捉えるのが正解でしょう。
 そしてそれらの冒険も、理想や夢といった抽象的なものよりは、金や株式、商売といった極めて現実的な手段を持って描かれるのが特徴です。序盤でのラウドンの商業学校のパートにしてから、すでに極めて現実的な経済活動です。ウォール街の実際の市場と連動しているという、仮想市場でラウドンは模擬的な取引を学ばされます。先物取引、株式取引、その成功の度合いによって、学校内での地位も次々にうつりかわるのです。結局、そういう世界に馴染めないラウドンはパリに向かうことになるのですが。
 飽くまで芸術にこだわる理想家肌のラウドンに対し、ピンカートンは芸術も成功の一手段としてしか考えていない現実的な男です。それゆえ、自身の芸術的な才能がないことを知った彼は、あっさりと芸術をあきらめ、別の方面での成功を模索します。そしてピンカートンのエネルギッシュな性格に引きずられて、世間知らずだったラウドンも世知を身につけてゆことになるのです。
 後半、ピンカートンと離れ、難破船探索に出かけたラウドンは、次々と困難に出会い、鍛えられてゆきます。その困難は、自然の驚異とか海賊とか、そういう現実的な困難でないところが興味深いところです。ここでも困難は、あくまで負債やら詐欺やら、経済的な困難なのです。その点で最後まで、われわれが〈冒険小説〉として思い浮かべるようなスペクタクルはほとんど出てこないといっていいでしょう。上で経済小説、ビジネス小説といったのは、その意味です。
 小説巧者のスティーヴンスンらしく、物語としての語り口は非常によくできています。主人公ラウドンとピンカートンは言うまでもなく、他の人物も巧みな描かれ方をしています。最初は下劣な悪徳弁護士として登場するベレアズさえも、後半に至っては、等身大の悩みを持った普通の人物として描かれます。そしてこの物語の核となる犯罪の犯人もまた、単なる悪役にはとどまらない深みを持った人物として描かれるのです。
 謳い文句のように『宝島』のような冒険小説を期待すると裏切られますが、これはこれで実にユニークな物語です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

死よりも残酷な  ジョナサン・キャロル『パニックの手』
4488547095パニックの手
ジョナサン・キャロル 浅羽 莢子
東京創元社 2006-05-27

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 ジョナサン・キャロルの作品においては、主人公が現実の残酷さを突きつけられる…というパターンがよく見られます。その点で、エンタテインメントにしては、非常な不快感を覚える作品も、ままあります。この短編集『パニックの手』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)は、そのあたりの味付けが控え目なので、キャロルの長編が合わなかった人にも勧められます。

 『フィドルヘッド氏』 親友のレナからプレゼントされた、美しい金のイヤリング。しかしある日、宝石店で同じ品物を見つけた「わたし」は驚きます。レナ自身が作ったと言っていたはずなのに。店員から、デザイナーは男性であると聞かされた「わたし」は不審の念を抱きます。レナの秘密とはいったい?
 いわゆる「架空の友達」テーマの作品です。結末の処理に、キャロルらしい意地悪さが感じられます。

 『おやおや町』 子供たちも成人し、満ち足りた生活を送っているスコット夫妻は、新しく雇った家政婦ビーニィに驚かされます。恐ろしく有能で、話術も巧みな彼女に夫妻は惹かれてゆきます。彼女が掃除のたびに捨てるかどうか聞きにくる品物によって、スコットは過去を思い出す機会を得るようになります。しかし彼女が思い出させるのは楽しい過去ばかりではなかったのです…。
 常人離れした家政婦ビーニィの「いい」話なのかと思っていたら、とんでもない展開に。超自然的な要素を前面に押し出した形なのですが、結末はあまりにも残酷。スコットは知りたくなかった現実のすべてを突きつけられ、もてあそばれます。まさに天国と地獄、その落差が非常に印象的な作品。

 『友の最良の人間』 ペットの犬フレンドを事故から助けようとして、イーガンは片足を失ってしまいます。入院中に出会った少女ヤゼンカはフレンドの言葉がわかると話し、イーガンと友人になります。ヤゼンカはフレンドから聞いたという内容を話して聞かせますが、それらはことごとく実現してゆきます。ヤゼンカが死の直前に伝えた恐るべき内容とは…。
 犬との友情で結ばれた青年のさわやかな物語が、だんだんと非日常的な雰囲気につつまれていきます。恐るべき事態を暗示する印象的なラストもなかなか。〈破滅SF〉のヴァリエーションです。

 『細部の悲しさ』 お気に入りのカフェでくつろぐ主婦の「わたし」は、ある日不思議な老人に出会います。彼は突然「わたし」の家族が映っている写真を見せます。その中の一枚には、9年後の息子の姿が映っていると言うのですが…。
 神を思わせる老人の不可解な行動。老人が「わたし」に求めるものとは? 神の解釈がユニークで興味深いです。

 『ジェーン・フォンダの部屋』 地獄に来たポールは、その綺麗な作りに驚きを覚えます。ポールが「決断」したのは「ジェーン・フォンダの部屋」。その部屋が持つ意味とは?
 キャロルには珍しいオーソドックスなアイディア・ストーリー。地獄や悪魔のモダンな解釈が楽しいです。

 『ぼくのズーンデル』 オーストリアの伯爵が、狼男を見分けるために作り出したという交配種の犬「ズーンデル」。狼男と接触すると犬の目は黄色になると伝えられているのです。貴重なその犬を買った友人から頼まれて、「ぼく」は犬を預かることになります。散歩の途中、たまたま美しい女にぶつかった犬の目が変色するのを見て「ぼく」は驚くのですが…。
 これもキャロルには珍しいオーソドックスなホラー作品。狼男といっても、怪物そのものではなく、人間の悪意や殺意という解釈をしているところが目新しいです。

 『パニックの手』 美しい恋人を手に入れ順風満帆な「ぼく」は、ある日電車の中で、驚くほど美しい母娘と出会います。やたらと饒舌で妖艶な母親に比べ、娘はどもりの癖があり引っ込み思案な様子でした。母親は、娘の目の前で突然「ぼく」を誘惑し始めます。立ち去ろうとする「ぼく」を娘は必死で引き留めるのですが…。
 何気ない日常から始まり、全く予測のつかない展開が素晴らしい作品。得体の知れない母娘の謎が、結末まで読者を引っぱります。恋人を真摯に愛していると自認する「ぼく」を嘲笑うかのような結末は、実に皮肉が効いています。
ショート・ショート以前  二宮佳景編『一分間ミステリ』
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 1959年出版のこのアンソロジー、二宮佳景編『一分間ミステリ』(荒地出版社)は、一分間で読める短い作品を集めたという趣旨の作品集です。時代が時代だけに、ショート・ショートという言葉は使われていませんが、実質的にはショート・ショート集といっていいでしょう。英米仏独と各国からさまざまな作家の作品を集めていますが、当時としてもあまり有名とは思えない作家を多く収録していて貴重です。一番有名な部類で、モーリス・ルヴェル、S・A・ステーマン、バリー・ペイン、トリスタン・ベルナールあたりでしょうか。以下面白かったものを紹介します。

 トリスタン・ベルナール『嘆きのハムレット』 ハムレットをやらせたら天下一品という名優。あまりに役に入れ込みすぎたため、ポロニアス役の俳優を刺し殺してしまいます。しかし、芸術熱心のためということで、彼は無罪になります。また次の公演でも、彼は俳優を殺してしまいますが、またしても無罪になります。そして劇場側は、万一の事態に備えて次の公演では、自殺願望のある俳優をポロニアス役に抜擢します。そして当日、劇場側も観客たちも妙な期待感を持って、開幕を待ちかまえるのですが…。オチが楽しいユーモラスな小話です。

 モーリス・デコブラ『青春』 若い頃は絶世の美女だったレイディ・ウィルチェスタは、自分の容姿が衰えはじめたのを知って故郷の城に引きこもります。そこで彼女は、若い頃の自分の蝋人形を作らせ、毎日それに見入っていたのです。ところがある日、泥棒が城に侵入し、彼女の蝋人形を壊してしまいます…。非情なオチがショッキングな作品。

 R・クロフト・クック『一周忌』 元警察署長ウィリアム卿は、老婦人の殺害犯人と目される甥に、自白させる計画を考えます。それは評判の高い女優に老婦人の幽霊を演じさせ、甥を驚かせようとするものでした。計画は見事に成功し、甥は自白するのですが…。オチが読みやすいのが難ですが、オーソドックスで手堅いゴースト・ストーリーです。

 アーチー・ビンズ『十人目』 バスの運転手が、深夜に最後の一走りにとりかかったとき、乗客は9人でした。やがてある客が、ここで降ろしてくれと言い、運転手は客を降ろします。運転手は不審に思います。そこはなんの横道もない場所だったからです。そしてひとり、またひとりと客たちは店も建物もろくにないはずの妙な場所で降りてゆきます。しかも客たちの話し方や声の調子は、ほとんど同じなのです。そして客が最後のひとりになったとき、その客は運転手に向かい、恐るべきことを話し出します…。前半の怪談じみた鬼気迫る展開が素晴らしいだけに、後半、犯罪小説にシフトしてゆくのがちょっと残念な作品です。

 H・ホーン『新聞』 世故に長けた賭博屋トムソンは、ある日妙な老人から、新聞を手渡されます。その日付はなんと明日のもの! 半信半疑ながら新聞の通りに賭けたトムソンは大もうけします。しかし、悦にいったトムソンが、新聞を見返すとそこには驚くべき記事が…。悪人は罰を受ける、という因果応報譚なのですが、『恐怖新聞』を思わせる背筋の寒くなる結末は一読の価値あり。

 フレデリック・ブーテ『緑衣の淑女』 幼い頃からリュシイは「緑色の着物の淑女」という架空の遊び相手を持っていました。彼女が長じるにしたがって、その存在は薄れはじめます。結婚したリュシイは夫に熱烈な愛情をそそぎますが、夫は忙しさにかまけて、彼女をかまってくれません。そのころから「緑色の着物の淑女」が再び現れ始めます。今度は友人ではなく、リュシイを苦しめる存在として…。
 架空の友人「緑色の着物の淑女」によって主人公が精神のバランスを崩してしまうというサイコ・スリラー。

 S・A・ステーマン『作家の最期』 人気作家ユーゴー・ロルムは、アルシバルド・エス・ブルウという人物を主人公にした作品で大当たりをとります。それは主人公がやたらと不幸な目にあうのが売りの物語でした。助手はブルウをこれ以上不幸な目に会わせるのは、可哀想だといさめますが、ロルムはかまわず作品を書き始めます。その翌日ロルムは死体で発見されます。彼を殺したのは一体誰なのか…。小説の登場人物が実体化するという怪奇小説。

 モーリス・ブラクス『アリバイ難』 心配性の青年トルラクは、犯罪に巻き込まれたときのために、異常に規則正しい生活を送っていました。ある日彼の住むアパートで殺人事件が起こします。トルラクはここぞとばかりに正確なアリバイを言い立てますが、あまりに正確なアリバイに不審を抱かれ、警察に連行されてしまいます…。アリバイの不自然さを逆手にとったユーモア・ストーリー。

 この本「ミステリ」と銘打ってはいながら、幻想小説や怪奇小説も混じっています。その選択眼はなかなか幅が広く、出版年を考えると、編者には、なかなか先見の明があったようです。基本的に大した作品はないので、復刊するほどの魅力には欠けますが、読んで損はないアンソロジーです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

海中の講義  ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』
4087602176海底二万里
ジュール ヴェルヌ Jules Verne 江口 清
集英社 1993-05

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 言わずと知れた名作、ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』(江口清訳 集英社文庫)。これ、抄訳が多いことでも有名な作品ですが、この完訳版を読むと、理由がよくわかります。まずはストーリーの方をどうぞ。
 ヨーロッパやアメリカで海難事故が多発します。事故の現場で人々は、紡錘形で燐光を発する、クジラよりも大きい謎の物体を目撃していました。その物体は生物であるとも、人工物であるとも取り沙汰されていましたが、意見を求められたパリ自然科学博物館のアロナックス教授は、おそらく巨大なイッカクであろうと推理します。
 やがて〈怪物〉退治のために遠征隊が組織されます。遠征船エイブラハム・リンカン号に、助手のコンセイユとともに乗り込んだアロナックス教授は、とうとう〈怪物〉に遭遇します。同乗していた銛打ちの名人ネッド・ランドは、銛を投げますが、それは金属的な音を立てて、はねかえされます。〈怪物〉はエイブラハム・リンカン号に衝突し、人々は海に投げだされてしまいます。
 アロナックス教授、コンセイユ、ネッドの三人は、やがて〈怪物〉の乗務員に助け出されます。〈怪物〉の正体はなんと潜水艦でした!
 その潜水艦〈ノーチラス号〉の船長ネモは、三人の命を助け、客としてもてなす代わりに、彼らを潜水艦に監禁します。秘密を漏らすわけにはいかないのだ、と。
 反感を持ちながらも、その場はおとなしくネモ船長にしたがう一行でしたが、やがて〈ノーチラス号〉の見せてくれる海の驚異に目を奪われます。深海の珍しい動植物や風景にアロナックス教授は夢中になり、囚われの身であることをすっかり忘れていました。
 常に紳士的なネモ船長でしたが、ときに無条件で三人を部屋に閉じ込めます。さらには食事には睡眠薬を入れるという念のいれよう。船長は詳しい話をすることを拒みます。
 ネモ船長の目的とは? 彼が持つ莫大な財産の出所とは? 海の驚異とともに、ネモ船長その人に魅力を感じ始めたアロナックス教授に対し、活動的な漁師であるネッドは、ことあるごとに脱出のチャンスを狙いつづけるのですが…。
 さて、この作品、物語の筋に関係ない、余計な部分がやたらと目につきます。ネモ船長が見せる海中のさまざまな自然の驚異…、それはいいのですが、そういう部分になると、突如として科学的な説明・蘊蓄が始まってしまうのです。そもそもこの生物は…であるとか、この大陸は…である、この海流は…である、などと科学的な説明が延々と続きます。
 評論家の北上次郎はヴェルヌを扱った『科学の冒険』(早川書房『冒険小説論』所収)の中で、ヴェルヌのこの癖を〈講義〉と読んでいます。この〈講義〉が多いために、物語の流れが疎外されてしまっているのです。そういう点、ヴェルヌは当時の最新的な科学の知見を盛り込んだ、情報小説の趣が強いと言えるのかもしれませんが。
 波瀾万丈な冒険小説のイメージが強い本作品ですが、実はストーリー自体もそんなに波瀾万丈ではなかったりします。原住民に襲われたり浮氷に閉じ込められたりと、それなりに小事件は頻発するものの、大きなプロット上のうねりというものは見あたらないのです。全編これ潜水艦の海中探査が続くと思ってもらえればいいでしょう。いつ終わらせてもいいし、延々と続けてもいいようなストーリーではあるのです。それゆえ結末も、とってつけたような感じが拭えません。
 もちろん海中の驚異や、自然の描写もそれなりに印象的です。スエズ運河開通以前に、紅海と地中海を結ぶ海中トンネルがあったとか、世界中の難破船から財宝を取るとか、そのあたりはさすがに胸躍らせる描写に満ちています。
 登場人物のキャラクターもなかなか魅力的。語り手のアロナックス教授は、わりと無色透明な人間として描かれていて、それほど特色は感じられませんが、他の人物はそれぞれに特色が与えられています。出自も経歴も全く不明、ときには冷酷だが、弱者には慈悲深いネモ船長。分類学には長けているが、本物の魚はまったく見分けがつかないコンセイユや、豪放磊落で食い意地のはったネッド・ランドなどのキャラクターは魅力があります。
 とくにネッドが、ことあるごとに動物を食べる描写が愉快です。コンセイユがあげる魚の分類に対し、食べられるか否かでしか答えないネッドの返答などは非常にユーモラス。他にもジュゴンやカンガルーまで焼いて食べてしまう描写には、微笑を禁じ得ません。このネッドのキャラクターが、ネモ船長の少し陰鬱なトーンに支配されがちな物語に、ユーモアを添えているといえるでしょう。
 さまざまな自然描写、科学的な蘊蓄、機械のメカニカルな描写など、それらが好きな読者にはたまらなく魅力的でしょうが、純粋にストーリーを楽しみたい読者には、かなり冗漫なところのある作品だと感じられるかもしれません。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

不要な月、交換いたします  T・コラゲッサン・ボイル『ごちゃまぜ』
 現代アメリカ作家T・コラゲッサン・ボイルの短編集『ごちゃまぜ』(須藤晃訳 角川書店)は、タイトルが示すように、混沌としながらもエネルギーに満ちた作品が数多く収録されています。その作風はポップでコミカル。そのあまりに饒舌な文体が鬱陶しく感じることもありますが、読んでいて非常に愉しい作品集になっています。

 『キャビア』は、ある夫婦と代理母の奇妙な三角関係を描いた物語。不妊の妻の変わりに代理母を頼む事にした夫婦。妻と代理母は仲良しの友人になります。そして夫は若い代理母に夢中になり、愛人関係になってしまいます。赤ん坊が生まれた後、あっさり関係を解消した代理母に対し、夫は妻子そっちのけで代理母を追いかけるのですが…。

 『長期的展望』 何事にも不安な男ベイヤードは、株式会社「生存」のサム・アークソンにそそのかされ、「長期的展望」のための準備を始めます。食料や道具、医療品や武器までそろえた家を、全財産と引き替えに手に入れます。心配性のベイヤードは、まだ何の異常もない盲腸まで切除してしまいます。これで完璧な安全を手に入れたと満足するベイヤードでしたが、たまたまアークソンに出会った彼は一人の男に紹介されます。カランと名乗るその男はベイヤードの隣人になる予定でしたが、ベイヤードの娘の粗相に激怒した彼は娘に暴力をふるいます。カランに脅威を感じたベイヤードは、お前を殺してやると息巻くのですが…。
 極端に安全を気にかける臆病な男と極端に攻撃的な男。いったいどちらが「長期的展望」の持ち主なのか? 不思議な味わいのクライム・ストーリーです。

 『クジラは泣く』は、ある日突然クジラへの偏執的な興味にとらわれた男の話。

 『シヴァーニ・フーターの乞食の親分』は名探偵物語のパロディ。インドの国シヴァーニ・フーターの子沢山の太守の家から次々と子供がさらわれます。名探偵ルパート・ビアズリーは驚くべき真相を喝破しますが…。
 勝手な妄想をどんどん膨らませてゆく名探偵が愉しい一編です。

 『外套その後』は、タイトル通りゴーゴリの「外套」を現代のソヴィエトを舞台に書き直したパロディ。たしかにゴーゴリが現代に生きていたらこう書いたろうと思うぐらい見事な換骨奪胎です。肝心の外套が香港製というのも皮肉が効いています。

 そして本作品集で一番印象深いのは、やはりこれ『ニュームーン党』でしょう。
 ぱっとしない大統領候補ジョージ・ソーケルソンは、飛行機の中で演説を考えている最中、妻ローナがつぶやいた言葉に気をひかれます。「月がひどく古くてみすぼらしく見えない?」

 ローナの言ってるとおりだった。月はかなり安っぽく見えた。

 ソーケルソンは、驚くべきことを考え出します。それは今までの古びた月に変わって新しい月「ニュームーン」を作ることを掲げて選挙戦を戦うということでした。ソーケルソンは新たな月について熱弁をふるいます。

 夜空に暗い影を落とすたったひとつのゴツゴツしたあばたの球体だけを自慢しているようでは、我々の地球的なプライドはどこへ行ってしまうのだ。ニュームーンだ。もうすぐニュームーンがやってくるのだ。

 国民は熱狂し「ニュームーン党」は躍進します。とうとう大統領の座についたソーケルソンは、新政権の優先課題を反映させた新たなポスト「月問題最高長官」に占い師マダム・スキュータリィを任命します。彼女のアイディアは、巨大な鏡を使い、新しい月を今までの何倍にも輝かせるというものでした。そしてニュームーンが完成し、それが空に姿を現したとき、思いもかけない事態が起こるのですが…。
 物理的に月を作ってしまおうとする、とんでもない話ですが、その計画の科学的な当否はまったく問題になりません。お洒落なイメージと饒舌な語り口が魅力の、瀟洒なファンタジーです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

いるべき場所に  ロバート・チャールズ・ウィルスン『時に架ける橋』
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時に架ける橋
ロバート・チャールズ ウィルスン Robert Charles Wilson 伊達 奎
4488706029

 過去のある時代へ戻る手段が与えられたとき、あなたはどうしますか? 自分の時代を捨てて移住しますか? しかしそれは、未来を恐れる逃避に過ぎないのではないでしょうか。ロバート・チャールズ・ウィルスン『時に架ける橋』(伊達奎訳 創元SF文庫)はそんな疑問を読者に投げかけてきます。
 1989年、離婚して仕事も失い、アル中になりかけたトム・ウィンターは、兄トニーの勧めで故郷の田舎町ベルタワーに戻ってきます。
 トムは、不動産屋ダグ・アーチャーに町はずれの一軒家を紹介されます。そこは、十年前に前の持ち主ベン・コリアーが失踪して以来、不可思議なことが起こるという噂がある、いわくつきの家。しかし、その家を気に入ったトムは、一人静かな暮らしを始めます。
 トムはその家で、早速不思議な体験をします。長年買い手がつかなかったはずなのに、トムがダグと共に訪れたとき、中はぴかぴかで埃ひとつなかったのです。住み始めた後も、奇妙な出来事は続きます。

 木曜日の夜、トムは脂汚れのついた陶器の皿を三枚、ステンレスのシンクの横のカウンターに置きっぱなしにして眠りについた。
 朝、皿は前夜置いたままになっていたが、光学レンズのように曇り一つなく磨きあげられていた。


 なんと、食べ終わった食器をそのままにしておくと、いつの間にか綺麗に片づいているのです!
 その後、トムは不思議な虫の群を目撃します。どうやらある種の精密機械らしい虫たちは、やがてトムにメッセージを伝え始めるのです。「われわれを助けてくれ」と。家に何か秘密が隠されていると考えたトムは、捜索の結果、地下に謎のトンネルがあることを発見します。そのトンネルをくぐり抜けると、そこは…

 およそ考えられない方法で、およそ考えられない場所にたどりついた。その現実がいま目の前にあるのだ。魔法だ! が一方、その興奮とせめぎあうように、未知の世界に対する本能的な恐怖も湧き上がってきた。

 そこは、なんと1960年代のニューヨーク! 地下のトンネルは過去と未来をつなぐタイムトンネルだったのです。
 元の時代に失望していたトムは、この時代に安心感を覚え、ここで暮らし始めます。やがて女子学生ジョイスと恋仲になったトムは、仕事を見つけ、この時代にとけこもうとし始めます。
 一方、トンネルを発見した近未来からの脱走兵ビリー・ガーガロは、トンネルの番人を殺し、1950年代へと逃走します。管理人を装って密かに隠れ住んでいたビリーですが、軍で神経組織に埋め込まれた生体兵器〈甲冑〉は、ビリーに一定間隔で殺人衝動を起こさせるのです。時が経ち、やがてビリーの時代はトムのいる時代と重なります。トンネルが使われた形跡を発見したビリーは、トムを殺すべく追跡を開始するのですが…。
 トムはビリーから逃れられるのでしょうか。そして自分のいるべき場所を見つけることができるのでしょうか?
 タイムトラベルを扱った作品です。厳密に言えば、タイムトンネルなのですが、このトンネル、入り口と出口が決まっているというのがミソ。どこでも行けるわけではありません。そのため複雑なパラドックスの発生の余地はないので、その点物足りないかも知れません。むしろ、この作品でのタイムトラベルは、主人公トムにとっての逃避の手段といった感が強いのです。
 トムは、自分の時代において妻や仕事を失い、絶望している男です。元の妻と別れた原因は性格の不一致によるところが大きいのですが、妻が自然保護運動に積極的に参加するような、理想家肌の人物であるのに対して、トムは現実的で諦観に満ちた性格を与えられています。彼は、自分一人では何をしようが何も変わらないという達観した考えの持ち主です。未来に不安を覚えるトムは、それゆえ未来が判明している1960年代の世界に非常な安心感を覚えるのです。
 しかし、トムが時間旅行者であることを知ったジョイスは、トムに否をつきつけます。過去に行けるのなら行ってみたい、しかしそこに住むというのは、元の時代からの逃避、言い換えれば自殺の一手段ではないかと厳しく問うのです。
 いくらとけ込もうとしても、結局この時代にとって自分は異邦人にすぎない…、内的な葛藤に加えて、彼を殺そうとするビリーの外的な脅威が、逃げ続けていたトムの人生観の変革を迫ります。その意味でこの作品、時間旅行そのものがテーマというよりは、時間旅行に関わる人間の成長を描く物語といえます。
 トムはもちろん、ジョイスもまたトムとともに未来に行くか、自分の時代にとどまるかの判断を迫られます。そして選んだ決断とは…。ほろ苦い結末には感銘を受けることでしょう。
 本書は、タイムトラベルを扱っているといっても、ハードSF的な難解さは全くありません。全体の印象としては、SFよりファンタジーに近いといえましょう。
 特筆すべきは、タイムトンネルの描写です。上にも述べたように、複雑なタイムパラドックスは起こりませんが、このトンネルの存在自体がけっこうユニークなのです。例えばタイムトンネル内に出没する〈タイム・ゴースト〉なる怪物の存在が挙げられます。この〈タイム・ゴースト〉、人類には理解不能だとして詳しい説明は一切述べられないという、不可解な存在。何やらラヴクラフトを思わせます。タイムトンネル内も、謎の多い異空間として描写されています。くわえて、そもそも誰がこのトンネルを作ったのか? 番人の役目とは何なのか? など序盤で提出される謎も、物語を引っぱる魅力となっています。
 人物造形もしっかりしており、物語として読ませます。ジャンル小説が苦手な人にこそ読んでもらいたいSFファンタジーの逸品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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