虫のいい生活  ウィル・セルフ『元気なぼくらの元気なおもちゃ』
4309621899元気なぼくらの元気なおもちゃ
ウィル・セルフ 安原 和見
河出書房新社 2006-05-20

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 風変わりな登場人物、不条理な展開、オチらしいオチもなし。それでいて失わないユーモア。ウィル・セルフの作品は、面白いかと言われて素直に面白いとは言えないのですが、かといってつまらないとも言えないのです。『元気なぼくらの元気なおもちゃ』(安原和見訳 河出書房)は、実に変わった作品集です。その面白さを伝えるのが、これほど難しい作家はいないでしょう。そもそも、面白いかどうかさえ判然としないのですから。
 『リッツ・ホテルよりでっかいクラック』主人公は、兄ダニーと弟テンベの黒人の兄弟。軍隊帰りで、堅気になろうとしたダニーでしたが、ロンドンの家の地下室でなんとクラック(コカインを加工した麻薬)の山を見つけてしまいます。麻薬中毒の恐ろしさを知るダニーは、自らは薬に手を出すことを控え、テンベに麻薬をさばかせて大もうけするのですが…。
 オチらしいオチも、ストーリーらしいストーリーもなく、麻薬を吸うイラン人の描写が長々と続くという唖然とする作品です。
 『ヨーロッパに捧げる物語』ダニエルとミリアム夫妻の一粒種である息子ハンピーは、実に愛らしい子供でしたが、口を開くやいなや、まったく意味不明な言葉を話し出します。時が経っても変わらないその様子から、知恵遅れではないかと心配した夫妻はハンピーを児童心理学者ウェストンのもとに連れていくのですが…。
 子供の意識が、別人のものと交感するという、SFではわりとありふれたテーマですが、徹頭徹尾、明るい語り口で楽しめるユーモア作品です。
 『愛情と共感』その世界では「大人」は、自らを保護してくれる巨大な「エモート」という存在を持っていました。異性に対して消極的なトラヴィスは、同じく、おくての女性カリンと出会いデートすることになります。トラヴィスの「エモート」であるブリオン、カリンの「エモート」であるジェインの存在がきっかけとなり、二人はつきあいを深めていきます。しかし二人が寝静まった後、二人の「エモート」はその保護者じみた態度を豹変させます…。
 〈内なる子供〉を現実に実体化させてしまったという「エモート」の設定からして、度肝を抜きます。ひたすら被保護者の身を案じ、包容力にあふれる「エモート」。純真そのものと見えた彼らの本性がわかる結末は、皮肉が効いています。ただ「エモート」が人間なのかロボットなのか、そのあたりの説明も全くないので、困惑する読者もいるのでは。
 『元気なぼくらの元気なおもちゃ』車で走っていた精神分析医のビルは、途中でヒッチハイカーの男を拾います。敗残者じみたその男から、内情をいろいろ聞き出したビルは、無意識に彼を分析している自分に気がつき、自己嫌悪を抱くのですが…。
 問題を抱えた男を冷静に分析するビル自身もまた、同じような問題を抱えていることに気づくという心理小説です。
 『ザ・ノンス・プライズ』冒頭の作品『リッツ・ホテルよりでっかいクラック』の続編。薬に手を出し廃人寸前になっていたダニーは、性犯罪者の汚名を着せられ刑務所に入れられてしまいます。所長の心証をよくしようと講座を受講することにしたダニーが、電気工事と間違えてとってしまったのは、なんと小説講座!
 講師のマーニイに感化されたダニーは、読書にとりくみ、めきめき腕をあげてゆきます。やがて「ウォルフェンデン刑務所創作賞」を目指すようになったダニーは、同じ講座をとった性犯罪者クラックネルとグリーンスレイドにライバル心を燃やすのですが…。
 前編が奇想天外な設定だったのに比べて、これは意外とストレートな作品。とはいってもやはりおかしな作品であることには変わりありません。舞台からしてもう異様。性犯罪者の集まる刑務所内の描写は、猥雑で下世話なのです。とくにダニーのライバル二人は、ほとんど異常者で、さらに異様な雰囲気を醸し出しています。そんな中で文学に目覚め、夢を持ち始めるダニー。本来なら感動ものの人間ドラマなのでしょうが、ぜんぜん感動できません。あまりに周囲が異常で、主人公にしてからが、風変わりすぎて感情移入もしにくいからです。異様な登場人物を使った普通小説、とでもいいましょうか。
 どれもこれも、異様な作品であんまり人に勧めにくいのですが、本作品集で一番まとまりがよく、ストーリーらしいストーリーがあるものを挙げるとすれば、これ『虫の園』でしょう。
 索引制作を生業とするジョナサン・プリーストリーは、妻のジョイに出て行かれてから、いらついていました。部屋中を飛び回るハエやハチ。夏とはいえ、やたらと目に付く虫を殺すべく、彼は殺虫剤やハエ取り紙を買い込みます。
 あるときジョナサンは、キッチンの水切り板じゅうにシミの群れがわき出しているのに気がつきます。

 その無数の虫が、なにか見覚えのある模様を描いている。ジョナサンはよく見ようと屈み込んだ。文字だ。シミが自分で並んでスローガンを書いている。虫ノ園ヘヨウコソ…とあった。最後のリーダーの点線はいわば落伍者で、最後の「ソ」の足に入りそこねた五十匹ばかりでできていた。

 何と虫たちは、ジョナサンに助けを求めてコミュニケーションをとってきたのです! 虫たちは、殺虫剤やハエ取り紙をどけてほしいと懇願します。その代わりにジョナサンの生活を快適なものにすることを条件として。
 虫たちは、部屋を綺麗にしたり、必要な物を運んだりと、様々な仕事をこなしていきます。

 昼食のときには、水切り板の前でかなり長いこと会話を交わした。「いいだろう」彼はシミに向かって言った。「これまでのところ、おまえたちはちゃんと約束を守ってるようだ。バポナは始末する」
 バンザイ!とシミが書いた。


 いつしか虫たちとの生活に満足感を抱くようになったジョナサンのもとに、妻ジョイからの電話がかかってきます。虫たちに親近感を感じ始めた彼の耳には、妻の声は異様に不快に響くようになっていたのですが…。
 虫たちと奇妙な共同生活をすることになった男の不思議な物語です。その虫の描写には、気色悪さというよりは、なにやら官能的な雰囲気さえ漂います。体中を蛾にきれいにしてもらう描写に至っては、露骨に性的な含意を窺わせます。猥雑な題材を扱いながらも、妙なユーモアが醸し出されており、本集では一番楽しめる作品でしょう。
 とにかく、本集は〈奇想コレクション〉シリーズの中でもいちばんの問題作です。エンタテインメントとしては、あまりオススメできませんが、今まで味わったことのない読書経験が得られることだけは、保障できます。

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赦されざる罪  グレアム・グリーン『第十の男』
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第十の男
グレアム・グリーン
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 今回紹介するのは、グレアム・グリーン『第十の男』(宇野利泰訳 早川書房)。タイトルから『第三の男』を思い浮かべる人もいるでしょうが、とくに関係はありません。本書は、グレアム・グリーンが戦前に映画会社のために書き、お蔵入りになっていたというシナリオの梗概三編を収めています。
 『ジム・ブラッドンと戦争犯罪人』は、まじめなセールスマンである主人公ジム・ブラッドンが、飛行機事故で記憶を失ったことから、顔の似ているナチスの政治犯と取り違えられる、という話。政治犯を逃がそうとする組織の兄妹に助けられたブラッドンはその妹と恋仲になるのですが…。ごく短い要約ながら、娯楽味たっぷりで面白そうです。
 『だれの罪にもあらず』は、スパイもの。平凡な会社員である主人公トリップの裏の顔は、イギリスのスパイ。エストニアに駐在する彼は、架空のスパイ網を組織したと称して、経費をかすめ取っていました。しかしロンドン本部は彼を信頼のおける諜報員と信じきっています。あるときトリップの送った架空の報告に驚いた本部は、彼のもとに別の諜報員を送ります。なんとかごまかしたトリップは、次にエストニアの人気女優を自分の愛人兼スパイにしたと、報告を送ります。もちろん嘘です。しかしその女優はドイツ政府のためにはたらくスパイでした…。
 後に『ハバナの男』に生かされたという作品。金をだまし取る悪徳スパイが、やることなすこと全てうまくいってしまうという皮肉なコメディです。
 そして本書で一番長く、小説としても読み応えのあるのが『第十の男』です。
 ドイツ軍占領下のフランス。レジスタンス活動の容疑で人々は、収容所に収容されます。ドイツ軍関係者に死傷者が出たことから、報復と称して、収容所の人々から十人に一人の割合で、処刑を行うとの報告がなされます。
 その収容所からは、総計三人の処刑者を出すという決定が下されます。囚人たちは、くじ引きで公平に決めようと考えますが、くじを引いてしまった富裕な弁護士シャヴェルは泣きわめき、だれか自分と代わってくれと懇願します。代わってくれれば自分の財産を全て与えるから、と。
 だが誰も自分の命と引き替えにはしようとしません。諦めかけたシャヴェルでしたが、そのとき、ある青年が申し出ます。

 そのとき、声があった。「もう少し具体的な条件を聞かせてもらおうか。なんだったら、ぼくが引き受けてもいい」声の主は、ジャンヴィユであった。

 それは貧しい青年ジャンヴィユでした。彼は母親と妹のための財産を手に入れるために、シャヴェルの代わりに処刑されます。
 戦後、尾羽うち枯らしたシャヴェルは、かっての自宅を訪れますが、そこには既にジャンヴィユの家族が住んでいました。正直に名乗る勇気が出せない彼は、ジャン・ルイ・シャルロと名乗ります。彼は、ジャンヴィユの妹テレーズに、自分はあなたの兄と同じ収容所にいたと話します。
 ふとしたことから、テレーズはシャヴェルに、行くところがないならここで働かないかと誘います。やがてテレーズに愛情を抱くようになったシャヴェルはしかし、彼女が兄を殺した男として自分を憎悪しているのを実感し、悩み苦しみます。
 そんな状態のある夜、彼らの家のベルを鳴らす音が聞こえるのです。

 シャルロが、「だれだ?」と訊くと、戸外の男は、なぜか理由はわからぬが聞き覚えのある声で「ジャン=ルイ・シャヴェルだ」と言った。

 シャヴェルを名乗る男の正体とは? シャヴェルは真実を打ち明けられるのでしょうか? そしてテレーズとの恋の行方は?
 シナリオとして書かれただけあって、余計な描写がなく、キビキビとした文体になっています。それがシリアスな作品の内容と相まって、実にリアリスティックな雰囲気を醸し出しているのです。
 作品の大部分は、もとの自分の家に雑役夫として住み込んだシャヴェルとテレーズとの交流に割かれます。彼女を愛しながらも、真実を打ち明けられないシャヴェルの苦悩が、強烈なインパクトを与えてくれます。彼女の憎しみに対し、ことあるごとに自分を弁護するシャヴェル。その対話の繰り返しの中に「赦し」とはなにか?「誇り」とは何か?というグリーン独自の倫理的な問いが浮かび上がってくる構成になっています。
 もちろんストーリー上の展開もスピーディーで、娯楽小説として読んでも充分面白い作品です。シナリオだけに、もうちょっと膨らみを持たせてほしいと思うようなシーンもままあるのですが、これはこれで完成された作品と言うべきでしょう。

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何になりたい?  -変身譚をめぐって-
変身 人狼の四季 狐になった人妻/動物園に入った男 ジェニィ 怪奇小説傑作集 2 (2) オーランドー ナイトランド

 人は誰でも〈変身〉に憧れています。何か別の存在になりたい、現実におかれた自分とは異なる存在になりたい、という願望もまた〈変身〉のひとつのかたちです。それは、あるがままの自分に満足できない、人間本来の性行からくる帰結なのでしょう。今回は、そんな〈変身〉を扱った物語を集めてみました。
 タイトルそのままのフランツ・カフカ『変身』(新潮文庫ほか)は、ある日突然、毒虫に変身してしまった主人公を描く物語。彼をもてあます家族との葛藤と疎外。実存主義的なテーマを扱った哲学的な作品といわれますが、単純に変身物語として読んでも面白いものです。
 そして〈変身〉といえば、真っ先に思い浮かぶのは、狼男です。
 ホイットリー・ストリーバー『ウルフェン』(山田順子訳 ハヤカワ文庫NV)は、人狼と刑事たちとの戦いを描くアクション・ホラー。大都会を舞台にした警察小説としても、なかなかの佳作です。
 ロバート・ストールマン『野獣の書』三部作(『孤児』『虜囚』『野獣』宇佐川晶子訳 ハヤカワ文庫SF)は異色の人狼小説。農夫が小屋で見つけた幼児。記憶のまるでない彼を、農夫の夫婦は育てることになりますが、幼児は「野獣」の化身だったのです…。「野獣」がいろいろな人間に身をやつすことによって、人間の性質や社会、愛情などを学んでいくという、風変わりな作品。主人公の成長を描く教養小説としても読める、単なる狼男ものには終わらない傑作です。
 スティーヴン・キング『人狼の四季』(風間賢二訳 学研M文庫)は、町を荒らす狼男とその正体を知った少年との戦いを描く物語。物語自体は他愛ないのですが、非常に美しいバーニ・ライトスンの挿絵だけでも一見の価値があります。
 ヒュー・ウォルポール『ターンヘルム』(西崎憲編『怪奇小説の世紀 第3巻』収録 国書刊行会)。伯父のもとに預けられた「私」はかぶると望む動物に姿を変えてくれるという「ターンヘルム」の話を聞かされますが…。サスペンス味あふれる怪奇短篇です。
 動物への〈変身〉もよくとりあげられるテーマです。
 デヴィッド・ガーネット『狐になった人妻』(池央 耿訳『狐になった人妻/動物園に入った男』所収 河出書房)は、突然狐になってしまった妻とそれに困惑する夫との、奇妙な夫婦生活を描く心理小説。
 ポール・ギャリコ『ジェニィ』(古沢安二郎訳 新潮文庫)は猫に変身してしまった少年の物語。事故に遭い、気がつくと猫になっていた少年。彼はやがてメス猫ジェニィに出会い、彼女から猫としての生活を学ぶことになります…。猫の目線で猫の生活が描かれた清涼感あふれるファンタジー。
 対して、ジェイムズ・ハーバート『仔犬になった男』(関口幸男訳 サンケイ出版)は、仔犬になってしまう男を描く作品。一時的な変身ではなく、犬として生まれ変わってしまったという設定がユニークな物語。人間のときの記憶をかすかに残した主人公は、犬としての自分と記憶にある人間としてのイメージとのギャップに苦しみます。生きることを肯定した結末には好感が持てます。
 同じく犬になってしまった男を描くミリアム・アレン・デフォード『ヘンリー・マーティンデールと大きな犬』(中田耕治編『恐怖通信2』所収 河出文庫)はコミカルなユーモア短篇。
 植物への変身を扱ったのは、ジョン・コリア『みどりの思い』(宇野利泰訳『怪奇小説傑作集2』所収 創元推理文庫)。植物に変身してしまった男。コミカルな作品のトーンに似合わぬ、ショッキングな結末にはあっと言わされます。
 R・C・クック『園芸上手』(橋本槇矩編訳『イギリス怪奇傑作集』福武文庫)は、奇想が素晴らしい怪奇小説。園芸上手を自認する老婦人。彼女の庭はあらゆる作物がすくすくと成長する肥沃な土地でした。ある日誤って彼女は指を切り落としてしまいますが、ふとした考えから庭に切った指を埋めます。病院から戻った彼女が見たものとは…。ほぼ予想のつく展開ながら、手堅い語りで読ませる作品。
 ロジャー・ゼラズニイ『光の王』(深町真理子訳 ハヤカワ文庫SF)はヒンズー神話をモデルにしたファンタジー。超絶的なテクノロジーを駆使し、神々として一般人に君臨する支配階級。彼らは転生を繰り返し、支配を永続的なものにしようとします。彼らを打倒しようと、主人公シッダルタが立ち上がる…。肉体を次々と取り替えてゆく神々、すさまじいスケールで繰り広げられる闘争のイメージは凄いの一言。
 マーガレット・セント=クレア『街角の女神』(野口幸夫訳『どこからなりとも月にひとつの卵』所収 サンリオSF文庫)は、現代の都会に顕現した女神を、繊細な筆で描いた瀟洒なファンタジーです。
 マルセル・エーメ『第二の顔』(生田耕作訳 創元推理文庫)は、ある日突然美男子に変身してしまった既婚の男を描く奇想小説です。以前の自分だと認めてもらえない彼は、別人として妻を誘惑することになります。やがて自分になびいてくる妻を見て、恋人としての思いと同時に裏切られた亭主としての思いも…。あり得ない状況を描きながら、複雑な心理の綾を描く小説。
 人格の入れ替え、魂の交換、別の人間との肉体の交換というテーマもかなり人気があるようです。
 テオフィル・ゴーチェ『変化』(小柳保義訳『変化』収録 現代教養文庫)。貞淑な人妻に横恋慕した青年。容易になびかない彼女に対して青年がとったのは、妖術による人格交換! 彼女の夫になりすました青年と人妻との危険な結婚生活の行方は…? ゴーチェの作品の中でも最もエンタテインメント性に優れた一編です。
 メアリ・シェリー『変身』(風間賢二編『フランケンシュタインの子供』所収 角川ホラー文庫)。傲慢で放蕩三昧の青年が、醜い小人から、大金と引き換えに肉体を交換しようと持ちかけられますが…。青年の改心が主眼という、けっこう道徳的な話です。
 フレッド・M・スチュワート『悪魔のワルツ』(篠原慎訳 角川ホラー文庫)は、肉体交換を扱ったホラー小説。ピアニストを断念した過去を持つルポ・ライターは、狷介で知られる世界的ピアニストになぜか気に入られます。そしてピアニストが財産をライターに残して死んだ直後から、彼の性格や行動が変わったことに、ライターの妻は気づくのですが…。つまらなくはないのですが、作品の序盤で人格交換が行われたことが露骨にわかってしまうので、ちょっと興醒めな作品です。
 ヘンリー・スレッサー『サルバドア・ロスの自己改良』(矢野浩三郎訳『ミステリーゾーン3』所収 文春文庫)。利己的な青年サルバドア・ロスは、ふとしたことから自分の骨折と老人の病気とを取り替えることに成功します。別の人間との間に望む能力や性質を交換する能力を得た彼は、愛する娘のために、その父親とあるものを交換しますが…。非情なオチが待ち受けるスレッサー屈指のアイディア・ストーリー。
 H・G・ウェルズ『故エルヴシャム氏の話』(宇野利泰訳『H・G・ウェルズ傑作集2 タイムマシン』収録 ハヤカワ文庫SF)も人格交換を扱った作品。財産を囮に青年に薬を飲ませた老哲学者。彼の目的は青年の若い肉体だった…。皮肉なオチも非常によくできた短篇。
 同じくH・G・ウエルズ『透明人間』(宇野利泰訳 ハヤカワ文庫SF)は言わずと知れた名作。透明になった男の苦難を描く作品。映画のイメージが念頭にあると、意外とペシミスティックな作品のトーンに驚くかも。
 逆に「透明」の面白さを描いたエンタテインメントが、H・F・セイント『透明人間の告白』(高見浩訳 新潮文庫)。事故に巻き込まれて透明になってしまった男。透明になったための具体的な生活上の不都合や、うまく生きのびるためのサバイバル部分を圧倒的な筆力でリアルに描いた作品です。異色の冒険小説。
 ヒロイック・ファンタジーでは、別世界に英雄として転生するという設定が多いですね。
 ジャック・ロンドン『星を駆ける者』(森美樹和訳 国書刊行会 ドラキュラ叢書4)は、無実の罪で囚われた大学教授が、意識の拡大によって、さまざまな前世の体に乗り移るというヒロイック・ファンタジー。しかし、そのそれぞれの転生先の生存闘争はすさまじい迫力に満ちています。生まれ変わった先では、屈強な肉体を持つ英雄だったという、お手軽な転生ファンタジーとはひと味異なる作品です。
 W・H・ホジスン『ナイトランド』(荒俣宏訳 原書房)も主人公が別の時代に転生するヒロイック・ファンタジーですが、設定がなかなかユニーク。現代において最愛の妻を亡くした主人公は、死んだはずの妻の声に導かれ、数百万年後の超未来に転生します。そこは終末期の地球、異次元からの巨大な怪物により、人類は絶滅の危機にさらされている世界! 同じくこの世界に転生している妻を求めて、主人公の想像を絶する旅が始まります…。主人公が完全に転生してしまうわけではなく、現実に生きている自分も同時に存在するという異色の設定です。未来世界の異様な迫力が印象に残る作品。
 男女間の〈変身〉、性転換を扱った作品もいくつか。
 ジョン・ヴァーリィ『選択の自由』(浅倉久志訳『ブルー・シャンペン』所収 ハヤカワ文庫SF)は、DNAを利用したクローン技術によって、性転換が容易になった世界が舞台。子育ての問題から軋轢をかかえた夫婦は性転換を行うのですが…。あまりに容易に行える性転換技術によって、性に対する観念はどのように変化するのか、という思考実験としても非常に面白い作品です。
 同じく性転換を扱いながらもフェミニズム的色彩が濃いのが、リサ・タトル『きず』(エヴァンズ&ホールドストック編『アザー・エデン』所収 ハヤカワ文庫SF)。恋をすると性転換が起こってしまう世界が舞台。しかしその転換は男から女への一方的なもの。それゆえ男にとって女になることは屈辱だとされています。離婚した主人公の男性は、同僚への思いから変化し始める自分の体に違和感を抱くのですが…。
 ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』(杉山洋子訳 ちくま文庫)も性転換を扱った作品。エリザベス朝の美少年オーランドーは恋愛遍歴を重ねいつの間にか女になってしまう…。性ばかりか時代までもがいきなり移り変わるというファンタジー。けっこう難解なので、覚悟して読む必要あり。

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賢明なる判断  アンドルー・ラング『プリジオ王子』
4791757416幸福な王子
オスカー ワイルド 富山 太佳夫 富山 芳子
青土社 1999-07

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 ふつう童話の登場人物というのは、自分が住む世界の魔法や妖精といった存在を信じているものです。童話のストーリーは、基本的にそうした存在を前提に進んでいきます。ところがそうした存在を信じない主人公を導入したらどうなるのでしょうか?
 アンドルー・ラング『プリジオ王子』(富山太佳夫+富山芳子編 青土社 『幸福な王子』所収)は、実にひねくれたフェアリー・テールです。
 パンフトゥリアという国に、子どもに恵まれない王と王妃がいました。ちょっと足りないところのある王に比べ、王妃は学問があり読書家の賢い女性でした。やがて美しい王子が生まれ、プリジオと名づけられます。
 王子の洗礼パーティーが開かれることになり、王は妖精たちを招待しなければいけないと言いますが、妖精の存在を信じない王妃は歯牙にもかけません。そして当日、なぜか招待された貴族たちは誰一人として来られなくなり、妖精たちが代わりに現れます。しかし王妃は、彼らの存在を無視するような振る舞いを続けます。
 妖精たちはいろいろな贈り物をしますが、最後に残った気むずかし屋の妖精は、王子に呪いをかけてしまうのです。「王子よ、おまえは利口すぎる人間になるがいい!」。
 成長したプリジオ王子は賢すぎるために手に負えない人間になります。その意見は正論ながら、人々の気分を逆なでするプリジオは、周りの人々はもちろん王にさえ嫌われます。
 王は、プリジオではなく弟たち、エンリコかアルフォンソに跡を継がせたいと考え、プリジオを亡き者にする計画を練ります。国を苦しめる「火竜」退治に行かせようというのです。もちろん最初に行くのはプリジオ!

 「そうすれば、れいによって、最初のふたりは殺されるが、末っ子はうまく怪物を退治して、帰ってくることになるだろう。エンリコにはちとかわいそうだが、それもこれもプリジオを亡きものにするためだ、しかたあるまい!」

 そしてその話をプリジオに持ちかけますが、彼は涼しい顔で答えます。

 「陛下が今日までわたくしにお与えくださった教育のおかげで、わたくしは、火竜が、海の精や妖精といったものと同様、この世には存在しない、伝説上の生き物にすぎないことを学びました。しかしながら、お話をすすめるため、百歩ゆずって、かりに火竜が本当にこの世のものといたしましても、わたくしをおやりになることが何の役にもたたないことは、陛下もよくごぞんじのとおりです」

 逆に、話を聞いた弟たちは、勇んで竜退治に出かけたまま帰ってきません。とうとう我慢のならなくなった王は、プリジオを置き去りにして国ごと引っ越してしまいます。プリジオが目覚めると、あたりには人っ子ひとりいません。着の身着のままになったプリジオは途方に暮れるのですが…。
 魔法や妖精が実在するにもかかわらず、それを信じない主人公、というのがユニークです。後半に至って、ようやくプリジオは魔法の存在を信じるようになるのですが、相変わらず賢明な主人公は、汚いまでの手段を次々と弄します。プリジオの命を狙う王のどこか抜けた策略と、それをあっさりとかわしてしまうプリジオのやりとりは、非常に愉快です。そして、童話の約束事をいちいち皮肉ったかのような展開は痛快そのもの。
 約束事といえば、王の言葉にもあるように、作中の登場人物が、自分たちが話の中の人物であることを意識しているかのような発言を繰り返すという、メタフィクション的要素も見られるところが面白いですね。
 竜退治にいった弟王子たちが本当に死んでしまうところに驚いてしまうのですが、結末では、やっぱり安易に生き返らせてしまいます。その辺は伝統的なフェアリー・テールの枠を抜け出ていなくて、物足りなく思うのですが、全体的にスパイスが利いていて、実に愉しい作品です。
 本書には、他にオスカー・ワイルドの童話がいくつか収録されています。ラングの作品と比べるとあまりに大人しくて物足りませんが、簡単に紹介しておきましょう。
 『幸福な王子』きらびやかな宝石や金箔で飾られた王子の像は、町の貧しい人々に同情し、そばにやってきたツバメを使いとして自分の体の宝石を人々に届けさせます。王子の持ち物がなくなったとき、ツバメは死に、王子の心臓も割れてしまう…。
 ワイルドの童話はあまりにストレートで鼻白むのですが、これはやはり名作。
 『わがままな大男』自分の家に帰ってきた大男は、庭で子どもたちが遊んでいるのを見て彼らを追い出してしまいます。しかし、ある時美しい男の子を遊ばせたことから、改心し子どもたちのために庭を開放します…。露骨な改心話で、ちょっと鼻につきます。
 『星の子』ある日、貧しい木こりが見つけた美しい赤ん坊。赤ん坊は星の刺繍がほどこされた綺麗なマントに包まれていたことから、長じて自分を「星の子」であると思い込み傲慢に育ちます。ある日自分の母親と名乗る醜い女乞食が現れるのですが「星の子」はそれを否定したために、彼は醜い容貌になってしまいます…。
 結末はやはり高貴な生まれだった、というお約束の展開なのですが、超自然的と思われた「星の子」がただの人間だったというステップをはさんでいるところがユニーク。
 『すばらしいロケット』はロケットの空しい生涯を描く作品。ロケットを擬人化するという試み自体がどうも成功していない感じです。
 ワイルドの作品はともかく『プリジオ王子』は傑作なので、一読をオススメしておきます。

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まるで獣のような  ボアロ&ナルスジャック『呪い』
4488141048呪い
ボワロ ナルスジャック 大久保 和郎
東京創元社 1963-04

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 本来ミステリというのは合理的なものだと考えられています。しかし、謎が提出される時点では、事件の謎が現実に起こりえないように見えるということが多いようです。謎は不可解であればあるほど、それが解決されたときの感動が大きいからでしょう。ボアロ&ナルスジャックの作品も例外ではありません。ただ彼らの作品においては、謎が合理的に解かれた後も、序盤から醸成された悪夢めいた雰囲気が雲散霧消しないところに特色があります。『呪い』(大久保和郎訳 創元推理文庫)もそんな作品のひとつです。
 海辺の土地で、妻エリアーヌとともに静かな生活を営んでいた獣医ローシェルは、ある日近くの島に住む女を訪問します。それは、女のペットである豹の診察に赴くためでした。アフリカ帰りのその女ミリアンは、獣を思わせる野性的な魅力を持ち、ローシェルを魅惑します。ミリアンとわりない仲になってしまったローシェルは、やがて彼女の自分勝手さ、冷酷さに恐れを感じ始め、彼女と手を切ろうとします。
 そんなおり、エリアーヌが家の近くの井戸に落ち、死にかけるという事件が起こります。原因を聞いてもエリアーヌはよくわからないと言うばかり。まさかミリアンが…。そう考えると思い当たることがいくつもあるのです。
 ミリアンを紹介してくれたヴィアル医師から、ローシェルはミリアンの夫の死についての詳しい話を聞きます。夫は石切場で墜落死を遂げていました。しかも夫婦の不和を知らない者は誰一人としていなかったのです。その時刻にはミリアンは自宅にいたことが確認されていました。しかし、彼女はその石切場の絵を以前に描いていたのです。アフリカの社会においてそれは疑いを招く行為といえました。

 「奥さんが罪を犯したのだと信じていたのですか?」
 「そうですとも。しかしその罪というのが魔術的な意味のものか道徳的な意味のものかということになると、私にはなんとも云えませんがね」


 ローシェルはミリアンの家で、彼の自宅とエリアーヌを写した写真を見つけたことに思い当たり、寒気を覚えます。ミリアンの呪術がエリアーヌを殺そうとしているのか? そしてエリアーヌは再び体調を悪くします。診察した医師は、砒素中毒の疑いがあるとローシェルにささやきます。しかし、ミリアンはペットの豹に足首を噛まれ、とても歩けるような状態ではなかったのです!
 ミリアンは本当に魔術を行っていたのでしょうか? そして、ローシェルは彼女の魔の手から逃れられるのでしょうか?
 貞淑な妻エリアーヌと魔性の女ミリアン、二人の女の間で揺れ動くローシェルの心の葛藤が描かれます。ミリアンの魅力に溺れながらも、家に帰ればエリアーヌの静かな愛情を感じ、罪悪感を感じるローシェル。
 彼らの三角関係を象徴するものとして、うまく使われているのが、物語の舞台となる「ル・ゴワ」と呼ばれる土地です。満潮時には完全に海に沈んでしまい、干潮時にのみ通ることができるこの道は、ミリアンの住む島に通じています。ローシェルにとって、この道は、魔術と呪いに満ちた異界への入り口となっているのです。クライマックスでもこの「ル・ゴワ」が使われるのですが、その使い方が実にうまい。
 主人公が獣医であるという設定も秀逸です。豹でさえ飼い慣らすローシェルが、ミリアンのあまりの奔放さに、彼女を御しきれなくなっていくのです。ここでは明らかに豹とミリアンはアナロジー的に対比されています。
 どんなに悪夢めいた作品であろうとも、ボアロ&ナルスジャックはあくまで現実の枠内で謎を解釈するのですが、不条理な現象が累積するにしたがって、もしかしてこれは幻想小説にシフトしていくんだろうか?と思わせることがままあります。この作品でも、ミステリになるのか幻想小説になるのか予断を許さないところがあります。言い換えると、そのくらい不合理な現象に対するサスペンスが豊かなのです。ミリアンが、本当に呪術を使っているかもしれないと思わせられてしまう繊細な雰囲気づくりが、この作品の魅力のひとつでしょう。ことにペットである豹に足首を噛まれ動けないはずのミリアンが、ローシェルの自宅近くで目撃されるという不可能興味は、なかなか印象的です。
 事件の真相は、明かされてしまえば、大したことのないものなのですが、全編を通じて醸成される心理的なサスペンスは捨てがたいものがあります。後半に至って、ローシェルはミリアンの呪術の存在を確信し、ミリアンと一緒に出奔すれば、彼女はエリアーヌに手を出さなくなるに違いないと考えます。エリアーヌを思うがゆえにミリアンのもとに走るのです。このあたりの男女の心情の機微は細やかで素晴らしいです。そして「ル・ゴワ」での思わぬ結末。
 比喩や象徴を多用した、工芸品を思わせる繊細なサスペンス小説です。

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もう永遠なんか怖くない  デイヴィッド・ソズノウスキ『大吸血時代』
4763006010大吸血時代
デイヴィッド ソズノウスキ David Sosnowski 金原 瑞人
求龍堂 2006-03

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 吸血鬼を扱った物語は、今までに星の数ほど書かれてきました。そのヴァリエーションも出つくした感がありますが、まだこんなアプローチが残されていたとは!
 デイヴィッド・ソズノウスキ『大吸血時代』(金原瑞人・大谷真弓訳 求龍堂)は、なんと人間の子供を育てることになったヴァンパイアの男を描く「子育て」小説です。
 世界中に吸血鬼が広がった時代が舞台。ヴァンパイアになった法王〈ペテロ永世〉のもと、ヴァチカンは率先して人類のヴァンパイア化を進めた結果、人類は激減し、世界はほぼヴァンパイアの世界になっていました。
 すでにヴァンパイアは人間を襲うことはなく、パック入りの人口血液を食料にしています。大部分のヴァンパイアは、夜にサラリーマンとして働いており、世界は新しい秩序に支配されるようになっていたのです。
 もはや人間は絶滅状態にあり、一部の裏社会で、金持ちのヴァンパイアのために作られた「人間牧場」で飼育されている少数の人間のみが、残った人類でした。
 そのころ、世界にヴァンパイアを広めた第一世代のヴァンパイアであるマーティン・コワルスキは、永遠の命にうんざりし、鬱状態に陥っていました。

 中年の危機というやつだろうが、永遠につづくヴァンパイアの生涯に、中年なんて時期はない。本来なら死んでいくはずの年齢にさしかかると、多くのヴァンパイアがこんな不調を経験する。インフルエンザにでもかかったような感じだ。といっても、ヴァンパイアはインフルエンザになんか、かからない。そもそも病気にならない。

 喪失感と孤独感にとらえられた彼は、自殺すら考えていました。そんなときマーティンは、ある少女に出会います。彼女は「人間牧場」から、母親とともに逃げ出してきた人間の子ども、イスズでした。母親を他のヴァンパイアに殺され、おびえたイスズは、マーティンにも武器を向けます。腹を刺されたマーティンはカッとなりますが、ふと考え直します。

 いまはがまんだ。いまならこのガキをかんたんにつかまえられるし、首も楽々と折ってしまえるが、やめておこう。いまやっちまったら、ろくに楽しめない。

 鬱状態は、長い間「狩り」に飢えていたためだと思いこんだマーティンは、イスズを家に連れ帰ります。新鮮な血を味わうために、イスズの世話をすることにしたマーティンでしたが、彼女と暮らし始めて、思いもしなかった感情が湧き上がるのに気がつきます。

 そしたら、俺はまたこんな気分になってきた-やっぱ、永遠なんて、そんなにびびるほど長いもんじゃないや。時間のつぶしかたを教えてくれる子どもがいっしょなら、ぜんぜん長く感じない。子どもがいっしょなら、もう永遠なんか怖くない。

 しかし、もはや人間自体がほとんど存在しない世界で、人間の少女を育てるには、いろいろな困難があります。自分が寝ている昼の間、彼女をどうするのか? 夜は夜で、仕事をしている彼には、イスズを四六時中、見ているわけにはいきません。
 人間のための医者はいないし、イスズを外に出歩かせるわけにもいかないのです。しかし、様々な困難を乗り越えながら、マーティンとイスズは愛情を深めていきます。
 やがて思春期を迎えたイスズの扱いに手を焼いたマーティンは、母親代わりになる女性を探すことになります。そして、かってつきあっていたヴァンパイアのストリッパー、ローズに再会し、つきあい始めます。
 ローズとイスズはうまくやっていけるのでしょうか? マーティンの父親としての受難はさらに続くのですが…。
 かってないアプローチ、これほどユニークな吸血鬼小説は読んだことがありません。
 子供を持ったことのない独身の男が、子供を育てるだけでも難しいのに、ヴァンパイア社会の中でどうやってバレずに人間の子供を育てるのか? その日々の困難を主人公マーティンが乗り越えていく過程が読みどころです。
 一般社会の常識を知らないイスズに、社会的な知識を教え込むことを始め、彼女を喜ばせるために何をすればいいのか、外へ連れ出すときの変装の仕方など、マーティンが悪戦苦闘する様子が、コミカルに描かれていて飽きさせません。例えば、イスズのためにマーティンが買ってきた子犬に、イスズが嫉妬してしまう描写など、実にリアリティ豊かに描かれています。
 ヴァンパイア化した世界が、しっかりと作り込まれているのも魅力的です。すべての人々がヴァンパイア化した結果、世界はいろいろな部分で変わっているのです。
 傷がすぐ治ってしまうために医者はいなくなっているし、病気にもならないために仕事は全く休めません。他にも、永遠に死なないヴァンパイア化されたペットなど、細かい設定にも感心させられます。以前と同じように、ミサを挙げ、十字架に祈るヴァンパイアにいたっては、実に皮肉が効いています。
 登場人物もそれぞれユニークです。当然みなヴァンパイアなのですが、マーティンの恋人になるストリッパーのローズ、小児性愛者のジャック神父、イスズの友人トウィットなど、みなヴァンパイアでありながら普通の人間のように描かれているのが特徴的。
 とくに、複雑な性癖を持ちマーティンの相談役となるジャック神父、幼い頃にヴァンパイアになってしまったために、子供の体に違和感を抱き続けるトウィットのキャラクターなどは、実に魅力的です。
 後半、イスズにボーイフレンドが現れ、マーティンは嫉妬することになるのですが、このあたり吸血鬼ものとはいえ、その実、普通の父親の心理をうまく捉えていて、読者も共感を覚えることでしょう。
 流血や殺人シーンなど、題材が題材だけに、暗鬱になりがちな話ではありますが、それを上手くユーモアにくるんでいて、実に読みやすい作品になっています。子育ての経験がある人には、より興味深く読めるのではないでしょうか。

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人生の神秘とロマンス  国書刊行会〈魔法の本棚〉
郵便局と蛇 漁師とドラウグ 赤い館 幽霊船 奥の部屋 消えた太陽

 1996年から1999年ごろにかけて国書刊行会から出版されたシリーズ〈魔法の本棚〉。非常にマイナーな作家の短編集のシリーズなのですが、このラインナップがすごかった。並べてみましょう。

 A・E・コッパード『郵便局と蛇』西崎憲訳
 ヨナス・リー『漁師とドラウグ』中野善夫訳
 H・R・ウエイクフィールド『赤い館』倉阪鬼一郎・鈴木克昌・西崎憲訳
 リチャード・ミドルトン『幽霊船』南条竹則訳
 ロバート・エイクマン『奥の部屋』今本渉訳
 アレクサンドル・グリーン『消えた太陽』沼野充義・岩本和久訳

20060519213058.jpg ふつうに本好きの人でも、まず知らないような作家が揃っているところが、すごいです。まさにマニアのための叢書。一番有名なので、ウエイクフィールドかエイクマンあたりですか。アンソロジーなどで、ぽつぽつ訳されているので、怪奇小説ファンなら馴染みの名前かもしれません。
 基本的には幻想小説系統の作品集なのですが、かなり文学的な香気が強いのが特徴です。ミドルトンに至っては、大部分が純文学といっていい内容です。内容からして読者を選ぶところのあるシリーズといえますが、単独で単行本が出るとは思えないような作家たちを揃えてくれただけでも、ファンにとってはありがたいところです。
 シリーズの謳い文句が、これまた魅力的なのです。引用してみましょう。「怪奇と幻想、人生の神秘とロマンス、失われた物語の愉悦と興奮を喚びもどす、書斎の冒険者のための夢の文学館」。うーん、本好きなら興味をそそられずにはいられないですね。
 そしてこのシリーズのもう一つの魅力はやはり装丁! 黒を基調にした表紙に金のタイトル文字。薄手ながらシックで、デザイン要素のすぐれた箱。マニア心をくすぐる高級感に満ちていました。
 以下、それぞれの巻を簡単に紹介しておきます。
 A・E・コッパード『郵便局と蛇』日常を描いた普通小説でも、どこか幻想的な作家です。虎に扮してライオンと戦わされる羽目になった男を描く『銀色のサーカス』、囚われの王女を救い出した少年に、意外な結末が待ちかまえるシニカルなファンタジー『王女と太鼓』など。
 ヨナス・リー『漁師とドラウグ』北欧の厳しい海を舞台にした奇譚を集めた作品集。民話風でシンプルでありながら、暗鬱で冷たさを感じさせる話が多いです。海で妖魔ドラウグと出会った漁師が、次々と家族をさらわれてしまうという、とんでもなく陰鬱なストーリー『漁師とドラウグ』が出色。
 H・R・ウエイクフィールド『赤い館』〈最後の怪奇小説の巨匠〉と呼ばれるウエイクフィールドの傑作集。超自然現象を信じていたという作者の描写は、非常に迫真性に優れています。本当に怖い怪談集です。次々に出現する怪異、生理的な気色悪さ、陰惨極まる結末、まさに究極のゴーストストーリーと呼ぶべき『赤い館』。幽霊屋敷探検のラジオ実況がとんでもないことになる『ゴースト・ハント』など。
 リチャード・ミドルトン『幽霊船』突如、畑の真ん中に現れた幽霊船と酔っぱらいの船長が引き起こす騒動をコミカルに描いた『幽霊船』。さまよい続ける孤独な幽霊を描いた『ブライトン街道で』など。大部分は習作といっていい作品集ですが、数編はまさに珠玉といっていい出来です。
 ロバート・エイクマン『奥の部屋』比喩や暗示を極度に多用した作風が特徴的な作家。それゆえ、かなり読み込まないと理解しにくい、難解な作品もあります。旅行中に、ふと立ち寄った屋敷は子どもの頃に遊んだ人形の家にそっくりだった、奥の部屋には何があるのか…謎めいた中編『奥の部屋』。電車を乗り過ごしてしまった男が、待合室で過ごす恐怖の一夜を描く『待合室』など。よくわからないけど、怖い、というタイプの作品集です。
 アレクサンドル・グリーン『消えた太陽』ロシア文学史上、唯一無二のファンタジー作家。その独自の世界は「グリーンランディア」と呼ばれます。恋、冒険、海、異国がキーワードとなるロマンティックな作品群。超自然性は意外と薄いのですが、その透明な世界観は一度読んだら忘れられない魅力に満ちています。心のねじれた資産家の手により、太陽を全く知らずに育てられた少年。彼が太陽を目にしたとき…、少年の純粋さが胸を打つ『消えた太陽』など。
 このシリーズ、あまりにマニアックなので、いずれ入手困難になると思います。まだ在庫があるようですので、気になった方は早めの入手をオススメしておきます。

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箱のなかにあったのは?  埋もれた短編発掘その19
 〈アンファン・テリブル〉というテーマの作品群があります。無邪気で残酷な子供を扱った物語のことです。例えばサキの『開いた窓』やスタンリイ・エリンの『ロバート』、パトリック・クェンティン『少年の意志』なんかがあげられますね。今回の作品もそんな一つ、ローズ・ミリオン・ヒーリー『ものあて遊び』(秋津知子訳 早川書房 ミステリマガジン1977年2月号所収)です。
 家政婦マーサは、子供を育てた経験もあり、決して子供嫌いというわけではありませんでした。しかし、この家の子供ジェフリィには、馴染めないものを感じています。祖母であるミセス・ベルトンと二人暮らしであるジェフリィは、ずいぶんと甘やかされていました。
 ジェフリィはある日、自分の膝の上にのせた小さなボール箱をマーサに指し示して、中に入っているものを、あててみろと問いかけます。当てたらごほうびに何がもらえるかと訊くと、来週分のお小遣いをあげるという返事。外れたら何かあげましょうというマーサに対し、ジェフリィは自分がほしいものをくれるかと訊きます。

 「おばさんがあげたくないと思うようなものじゃない?」
 「そんなこと思っちゃいけないよ。おばさんには他にも沢山あるんだもん」


 ミニカーか何かだと考えたマーサはゲームをすることを承知します。当てるのは三回まで。箱を持たせてというマーサにジェフリィは渋い顔をします。そんな約束はしていないというのです。ヒントがなくてはわからないというマーサにジェフリィは譲歩し、三つまでヒントを許可すると言います。
 大きさは? おばさんの指くらい。色は? 前はピンク色だった。じゃあペニー銅貨ね。はずれ!
 それ、おばさんが見たことのあるもの?

 「見たことある」少年は言った。「だって、おばさんも持ってるもん。本当のこと言うとね、それなんだ、ぼくが勝ったらおばさんから貰いたいものって」

 少年は、手の中でナイフをこねくりまわしながら、奇妙なことを言い出します。この箱の中のものは、マーサの前に働いていたリリアンという女性からもらったものだというのです。
 マーサは段々思い当たるも、不安げな様子を隠せません。冗談でしょう? ジェフリィは答えます。

 「リリアンも本気にしなかった。ぼくがそんなことするはずないって言ったんだ。できるはずないって。だけど、ある日、おばあちゃんが留守で、リリアンが自分の部屋で寝てるとき……」

 ジェフリィが欲しがるものとは? そして箱の中にあるものとはいったい何なのでしょうか?
 ジェフリィの言葉により、段々と読者にも箱のなかのものが想像できるようになっています。その意味で大体予想のつく展開が続くのですが、話がわかっていてもなお少年の不気味さは衰えません。スタンリイ・エリンの『特別料理』やロアルド・ダール『南からきた男』を彷彿とさせる佳作です。

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あのときを覚えているかい? マイケル・マーシャル・スミス『ワン・オヴ・アス』
4789714187ワン・オヴ・アス
マイケル・マーシャル スミス Michael Marshall Smith 嶋田 洋一
ソニーマガジンズ 1999-09

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 記憶とは、その人間のアイデンティティーそのものです。例え、殺人を犯してもその記憶がなければ、責任を追及することもできないのです。この物語のように…。
 マイケル・マーシャル・スミス『ワン・オヴ・アス』(嶋田洋一訳 ソニー・マガジンズ)は、記憶を扱ったSFミステリーです。
 近未来、夢や記憶を外部に取り出す技術が開発されます。目覚めた後にストレスや疲れを残す「不安夢」を見たくない人々は、それを機械で別の人の脳に転送し、見てもらうことで夢を処理するのです。この業務を一手に請け負う〈レムテンプ社〉に雇われた〈短期記憶人〉ハップ・トムスンは、夢処理の能力が格段に優れていたために、社から優遇され、多くの仕事を任せられていました。
 〈レムテンプ社〉の社長ストラッテンは、ハップの後ろ暗い経歴をたてに、夢だけでなく「記憶の一時預かり」までをも強要します。それは不快な記憶や罪の意識を伴う記憶を預かるというものでした。しかし犯罪の記憶を転送してしまえば、犯罪の立証が困難になるため「記憶の一時預かり」は非合法なものとされていたのです。
 ある日ハップは、ローラ・レイノルズと名乗る若い女から、個人的にコンタクトを受けます。莫大な報酬と引き換えに、記憶を預かってほしいという依頼。ハップは報酬に目が眩み、引き受けますが、それは3日間という前例のない長さの記憶でした!
 記憶を転送されたハップは、さすがに混乱しますが、それが収まったとき、女の記憶が恐るべきものであることを知ります。それはローラが殺人を犯した記憶だったのです!
 殺した相手はレイ・ハモンドという警官でした。殺人容疑をかけられたハップは、警察に追われることになります。警官殺しという性質のため、その追求は容赦ないもの。しかも陣頭指揮をとるのは、ハップとの過去の因縁から執拗に彼を追い続けるトラヴィス警部補!
 ローラをようやく見つけだしたハップは、彼女の境遇に同情しますが、彼女は殺人のことを話そうとはしません。自らの容疑を晴らすため、友人デックと共に調査を開始したハップですが、その行く先々で謎のグレイのスーツの男たちが現れ、彼らの邪魔をします。八方ふさがりの中ハップは、彼に懸賞金がかけられ、凄腕の殺し屋が雇われたことを知ります。しかもその殺し屋はハップの元妻ヘレナだったのです…。
 ローラの殺人の理由とは? ハップは容疑を晴らせるのでしょうか? そして明かされる恐るべき陰謀とは?
 まず、記憶を預かる〈短期記憶人〉という職業がユニークです。そして、この夢の解消という設定がまたユニーク。夢を取り出して捨てるだけでは解消できないのです。それを人間が見て吸収しなければならない、という設定がなかなか面白いです。
 やがて殺人の記憶を植え付けられたまま、行方をくらましてしまった依頼人を捜して捜索を開始する主人公ハップ。警察だけでなく、謎のグレイのスーツの男たち、元妻の殺し屋、後には雇い主である〈レムテンプ社〉からまで、命を狙われるという、怒濤の展開です。
 ただ、殺人の記憶が物語を動かす動因となってはいるものの、その記憶自体にトリックとか仕掛けはありません。ローラの殺人は無実だとかいう真相ではないので、ミステリ的にはちょっと物足りないかもしれません。はっきりいって後半は、この〈記憶の一時預かり〉の設定があんまり活用されない方向に、ストーリーがずれていってしまいます。
 主人公と元妻との軋轢をはじめ、過去の悲劇的な運命、トラウマがところどころにはさまれ、人物造形に厚みを出しているのが特徴です。それゆえ、自らの生涯と重なるものを見たハップがローラに感情移入するという展開も説得力のあるものになっています。
 当然ハップとローラのロマンスが進行するのかと思いきや、途中から登場する元妻の存在が、だんだんと大きくなり始め、結局ローラの影が薄くなってしまうのが残念。ただ、この殺し屋になっている元妻ヘレナのキャラクターは非常に印象的です。両親を殺したギャングに復讐したことから、組織に目をかけられ犯罪者になってゆく…という設定は、ちょっとリアリティにかけるものの、タフガイを気取るハップよりも、よっぽど冷静で攻撃力に優れているのが興味深いです。
 このハップやヘレナ、ローラといった主要なキャラクターがみな重いトラウマを背負っているのが目を引くところです。それに対して敵役の面々はあまり陰影がないというか、いかにも悪役、といった感じのキャラクターなのがもったいないですね。感情移入するところがほとんどないぐらい、良い面がなくて、完璧な悪漢なのです。その点、少なからず主人公に好意を抱いているトラヴィス警部補の存在は物語に華を添えている感じがします。
 とにかく次から次へと投入される要素、陰謀につぐ陰謀が、ストーリーに推進力を与え、息つく暇もないスペクタクルになっています。これだけでも充分面白いのですが、後半の展開は誰も予想できない驚くべき方向に向かってゆきます。過去に囚われた落ち目の男が、女性を守るために敵に立ち向かい自らもアイデンティティを回復するハードボイルド作品、だと思っていたら、ええっ!?という展開に。あまりのぶっ飛びように、人によっては唖然とするかも。
 何しろ最終的には、世界創造の秘密にまで至ってしまうのです! どうしたらこの話が世界創造の謎につながるの?という疑問が湧くでしょうが、これはもう読んでくださいというしかありません。ジャンル分類の非常に難しい、SF、ミステリ、ファンタジーが渾然一体となった作品です。風変わりな味を求める方にはオススメの怪作。

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わしはそこにいた  イタロ・カルヴィーノ『レ・コスミコミケ』
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レ・コスミコミケ ハヤカワepi文庫
イタロ・カルヴィーノ 米川 良夫
4151200274

 イタリアの作家イタロ・カルヴィーノは、ユニークな小説を数多く書いています。ファンタスティックな歴史小説三部作〈我らの祖先〉や幻想的な都市のスケッチを集めた『見えない都市』など、枚挙に暇がありません。今回紹介する『レ・コスミコミケ』(米川良夫訳 ハヤカワepi文庫)もまたそんな想像力に溢れた作品です。
 本書は、宇宙開闢以来存在すると称する、Qfwfq老人が語る連作小説です。宇宙の生誕において重要な瞬間にいつもそこにいたという、怪しげなQfwfq老人の語りが実に楽しい作品集になっています。そのスケールは文字通り宇宙的。途方もないスケールで語られるホラ話なのです。そしてQfwfq老人も、またすさまじいスケールの人物。ビックバンの瞬間にそこにいたと思えば、現代のイタリアにあらわれる。軟体生物だったかと思えば、恐竜になっていたりと、まさに変幻自在な老人です。
 例えば「昼」が誕生する前の宇宙を描く『昼の誕生』でQfwfq老人が語る言葉。

 いやあ、真っ暗闇だったなァ!-と、Qfwfq老人も確認した。-わしはまだほんの小僧ッ子で、ちょっとしか覚えておらんけどな。

 またビックバンの誕生を描く物語『ただ一点に』ではこんな感じ。

 もちろん、だれもかれも、みんなそこにいたとも-と、Qfwfq老人が言った-さもなくって、どこにいられたものかね? 空間の存在が可能だなんてことは、まだだれも知りゃあしなかったからね。時間にしたって、然りだ。

 宇宙が誕生する前にどうやってそこにいるんだよ? とか物質が存在しないのにどうやって存在してるの? という疑問を吹き飛ばす力業の数々。科学用語を散りばめていたりと、一見難解に見えるのですが、その実とてつもないホラ話として楽しむことができます。以下面白かったものを紹介しましょう。
 はしごがかけられるほど、月が地球と近い距離にあった時代を舞台にした恋物語『月の距離』。まるで稲垣足穂ばり。本書の中で最もとっつきやすいファンタジーでしょう。月の表面で発酵するという「月のミルク」の描写が素晴らしいです。
 Qfwfq老人が宇宙につけた「しるし」をめぐるナンセンスな考察が楽しい『宇宙にしるしを』。道具どころか線も点も存在しない宇宙でQfwfq老人がつける「しるし」の描写は、まさに文章のアクロバット。
 空気がまだ存在しない時代、音も色も何もない世界でのQfwfq老人の恋物語『無色の時代』。原子でビー玉遊びをする宇宙的スケールのゲームの話『終わりのないゲーム』。宇宙の存在について賭をする話『いくら賭ける?』
 『光と年月』は、一億光年以上先の星から見えるプラカードをめぐって展開するナンセンスストーリー。億年単位の気の遠くなるほどのコミュニケーションについてめぐらす、Qfwfq老人の考察は、ある種形而上学的なレベルにまで昇華しています。
 米川良夫の翻訳も、軽妙な老人の語りをうまく訳しており、素晴らしい作品集となっています。ちなみに本書の続編ともいうべき『柔らかい月』(脇功訳 河出文庫)という作品集もあるのですが、こちらは米川良夫に比べて、圧倒的に訳が堅いので、あまりオススメできません。

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うさぎの怪、ふたたび アンディ・ライリー『RETURN OF THE BUNNY SUICIDES』
0452286239Return Of The Bunny Suicides
Andy Riley
Plume 2005-01-31

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 日本語版が出るのを待ちきれないので、原書を買っちゃいました。そう、あのブラック・ユーモアにあふれたマンガ集、アンディ・ライリー『自殺うさぎの本』の続編のことです。タイトルは『RETURN OF THE BUNNY SUICIDES』(Hodder & Stoughton社)。『帰ってきた自殺うさぎ』とでもいった感じでしょうか。
 相変わらず絵が主眼で、文字はほとんどないので、英語がわからなくても充分楽しめます。
 アイディアの斬新さという点からみると、前作に譲るかもしれませんが、このシリーズの特徴である遠回しなユーモアは健在です。
 ロック歌手の振りまわすギターにしがみつく、ウィリアム・テルが矢を射る瞬間に飛び出す、レミングに引かせたボードに乗ったまま谷底に落ちる、太った女の人の椅子の下にもぐりこむ、など相変わらずその自殺の手段は多彩です。エイリアンやターミネーターなどを使ったネタも見られますが、大部分は予備知識がなくても楽しめます。全体的に、前作にあったような考えオチが少なくなっていて、直接的なネタが増えているのが目につきます。
 一番笑ったのは『ハリー・ポッター』の最新刊をネットで注文し、ドアの前のポストで待ち続けるというもの。落ちてきた本の重みで、うさぎがつぶされてしまう…という展開。そもそも、うさぎがパソコンを使えたり、カードを持っているところも、おかしいですね。さらに言うなら本の重みで死ねるの?という疑問も湧いてしまうのですが。
 日本語版が出るかどうかは不明ですので、興味を持った方は原書にチャレンジするのも一興かと思います。
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ずっとあなたを待ってるわ オードリー・ニッフェネガー『きみがぼくを見つけた日』
4270100397きみがぼくを見つけた日 上巻
オードリー・ニッフェネガー 羽田 詩津子
ランダムハウス講談社 2006-05-01

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 恋愛に困難はつきものです。困難であればあるほど、恋人たちの感情も燃え上がる…。しかしこの物語ほど、困難な障害は、いまだかってあったでしょうか?
 オードリー・ニッフェネガー『きみがぼくを見つけた日』(羽田詩津子訳 ランダムハウス講談社文庫 旧題『タイムトラベラーズ・ワイフ』)は、なんとタイムトラベルを恋愛の障害として使ってしまったユニークな恋愛小説。
 6歳になる良家の娘クレアは、自宅近くの草地で、タイムトラベラーを名乗る36歳の奇妙な男ヘンリーと出会います。裸の男に不審を抱いたクレアは、男の言葉を信じませんが、目の前でヘンリーが消えるのを見て、彼を信じはじめます。
 その後も不定期に現れるヘンリーに対し、クレアは次第に恋心を募らせてゆきます。しかしクレアは不思議なことに気づきます。毎回現れる彼の年齢は異なるように見えるのです!
 タイムトラベルといっても、ヘンリーのそれは、自分の意志で全く制御できないものでした。彼は「時間の流浪者」だったのです。ストレスがたまると、自分の意志とは無関係に、他の時間、他の場所へと飛んでしまう。物質的なものは何一つ持ってゆくことができない。それゆえ、タイムトラベルの直後にするべきことは、まずは服の調達なのです。ヘンリーは自嘲しながら語ります。

 勉強していないテストを受けなくてはならないうえ、服をまったく着ていないことに突然気づく。まさにそんな悪夢の中にいる感じだ。おまけに財布は自宅に忘れてきてしまっている。

 しかも、どの時代、どの場所にたどりついたかは全く予測できず、その場所にどのくらいの間、滞在することになるかも全くわからないのです。時代もたいがいは過去ですが、まれに未来に行くこともある始末。そのためにスリや窃盗など、ある程度の犯罪も犯さざるを得ないのです。
 クレアが年頃になるにつれて、ヘンリーの出現の間隔は、だんだんと長くなり、ついには数年間会えなくなることになります。ヘンリーは、いずれ同じ時間でクレアと出会うことになると言い添えて、姿を消します。
 そして現在、20歳になったクレアは、図書館司書をしている28歳のヘンリーと再会を果たします。とはいっても、その時点では、ヘンリーには、クレアに対する面識はまったくありません。何しろヘンリーがクレアと会うのは、彼が36歳になった未来なのですから。

 「あなたにとっては、まだ何も起きていないことなんだけど、あたしの方は、ええ、長いあいだあなたを知ってるのよ」

 クレアが自分の事情を理解してくれていることを知ったヘンリーは、やがてクレアと改めて恋に落ちます。そして二人は結婚するのですが、結婚後も事情は変わりません。相変わらず、ストレスがたまると現在から消えてしまうヘンリーを、クレアはただ待ち続けるしかないのです。
 遺伝学者ケンドリックの助けを得て、ヘンリーは自分の病気を治療しようと試みます。研究の結果、遺伝子の問題は究明されるのですが、ヘンリーの根本的な治療は不可能であることが判明します。しかもヘンリーの遺伝子的な問題のために、クレアは流産を繰り返してしまうのです…。
 ヘンリーとクレアの結婚生活の行方は…? そして二人の子供は無事に誕生するのでしょうか?
 タイムトラベルを「能力」ではなく「病気」として捉えているところが実にユニークです。クレアとの穏やかな生活を望むヘンリーにとって、それはまさしく「障害」でしかありません。不定期に消えてしまう夫を待ち続ける、クレアの忍耐力も想像を絶するものですが、強制的にサバイバルを強いられるヘンリーの生活もまた、ストレスの連続です。
 子供のころからタイムトラベルを繰り返し、生きのびるために服や食物の調達方法を覚えてゆくヘンリー。そのサバイバルのための方法を教えてくれるものは誰もいません。自分以外は…。

 「ぼくとそっくりだ」幼いぼくは驚いたようにいう。「どうしてできたの?」
 「きみと同じだ。同じものなんだ。ぼくたちは同一人物なんだよ」

 
 そう、ヘンリーにそうした生存術を教えるのは、さらに大人になったヘンリーなのです。
 さらに、日常においてもストレスがタイムトラベルの引き金になるため、めったなことはできません。例えば、テレビを見るとタイムトラベルを引き起こしがちなため、ヘンリーはテレビを見れないのです。
 また結婚式のストレスに耐えきれなくなったヘンリーが消えてしまい、他の時代からきた年上のヘンリーが、代わりに式に参加するなどという場面も。
 このあたり、タイム・パラドックスの処理も実にうまくできています。ただ、パラドックスといっても現実に矛盾が起こるわけではありません。株や宝くじで儲けるという場面もあるものの、基本的には歴史は変えられない、というスタンスをとっているのです。宝くじを当てたとしても、それは本来の歴史に組み込まれていたものであって、当たるべくして当たったという解釈がなされます。
 それゆえ、未来をかいま見たことで知った自分の死を、変え得ないと知ったヘンリーは、自らの死期を悟りつつ不安な日々を送り続けるのです。そして、口にこそ出さないものの、それを感じ取るクレア。このあたりの二人の気持ちの切なさは比類がありません。運命は絶対変えられない。そうは信じつつも二人は、互いの愛を貫きます。この不屈の愛情が、この物語に魅力を与えている一つの要因でしょう。
 タイムトラベルを扱っているだけに、小説の形式も独特なものになっています。ヘンリーとクレアの一人称が交互に繰り返されるのですが、それぞれのパートに、年月日とそのときの二人の相対的な年齢が示されるのです。ヘンリーが年上のこともあれば、クレアが年上のこともある、と日付の部分だけでも実にファンタスティック! 複雑ではありますが混乱はしないように書かれています。
 そしてSF的な趣向以上に、この物語の魅力は、主人公二人の人物にあるように思います。互いに心底から愛し合っていながら、ひっきりなしに引き離される二人の心情が、説得力をもって描かれているのです。始まりから、障害を運命づけられた困難な愛。結婚した後も流産など、困難がいくつも立ちはだかるのですが、基本的な二人の思いはずっと変わりません。
 クレアのそばにずっといたいと考えながらも、思うにまかせず、別の場所に連れ去られてしまうヘンリー。

 彼女のいない場所には、彼女のいない時代には行きたくない。それでも、やはりわたしはいつも時のかなたに消えてしまい、彼女は追ってこられないのだ。

 クレアもまた同じ思いで彼を待ちつづけます。

 わたしはひたすら彼を待っている。待っている一秒は、一年にも永遠にも感じられる。一瞬一瞬は緩慢で、ガラスのように透明だ。

 主人公二人以外の登場人物もそれぞれ、しっかりした描写がなされていて好感が持てます。ヘンリーと別れ自暴自棄になるイングリッド、クレアを想い続ける夫婦の友人ゴメス、自分の殻に閉じこもったヘンリーの父親リチャード、情緒不安定なクレアの母親ルシールなど、どの人物も繊細かつ個性的に描かれています。
 やがて自分の死期を知ったヘンリーは、クレアに手紙を残します。自分の死後にも再び会えるということを書き残して。そして、数十年間もじっと待ち続けるクレア…。
 変えられない運命、だけど変えたくない運命。避けられない悲劇に向かって進んでゆく物語に、あなたは涙をおさえることができないはず。
 恋愛の障害として「時間」を持ち出した物語は、前例がなくもないのですが、この物語ほど哀切なストーリーを紡ぎ出した例を知りません。あらゆる障害をものともしない、時空を越えた愛。まさに、究極のラブストーリーといえるでしょう。ロバート・ネイサン『ジェニーの肖像』やロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』に涙した方はぜひ。

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ヤフー登録
 先日、ダメもとでヤフーの登録申請してみたら通りました!
 といっても申請してから、やたらと時間が経ってるんですけど。これは普通なんでしょうか。1ヵ月ちょっと経ってますね。
 ブログはダメかと思ってたら、そういうわけでもないようです。
 別にだからどうした、というわけでもないのですが、ちょっと嬉しくなったので書いてみました。ちなみにこういうカテゴリで登録されてます。

 http://dir.yahoo.co.jp/Arts/Humanities/Literature/Reviews/Personal/

 実は申請したの2回目なんですが、最初は落とされました。最初申請したときのカテゴリは「外国文学」。で、今回は「書評」にしてみたら、通ったというわけです。うーん、ヤフーの判断の基準がよくわかりませんね。見ると「外国文学」よりは「書評」の方が、登録サイト数が少ないんですよ。それで、入りやすかったんでしょうか。僕としては「外国文学」の方が良かったのですが。そもそも僕が書いてるのは「書評」というよりは「あらすじ紹介」に近いですしね。
 とりあえず、いつもこのブログを読んでくれている読者の方、コメントしてくれる方にお礼申し上げておきます。
 で、雑記ついでに、ちょっとつまらないことを書きますが、ご辛抱を。
 このブログの最初の記事『はじめまして』を見るとわかりますが、最初は「本やCD」の紹介、ということを書いてます。そう、音楽紹介の記事も書いていくつもりだったんですよね。なんかずるずると読書関係だけになってしまいました。
 僕はクラシック、とくにバロック音楽が好きでよく聴くのですが、そのバロック音楽関係の記事を書こうかと思ってました。でも今さら、このブログに音楽の記事を入れるのも、なんか違和感があるような気はします。
 そこで考えたのは、本や小説とのからみで音楽を紹介する方法。これは、作品中に音楽そのものが出てくるものはもちろん、作者が好きだった音楽、とかその作品に触発されて書かれた曲、とかそういうのを含むものです。
 例えばイタリア・バロックの作曲家、ジュゼッペ・タルティーニの『悪魔のトリル』という曲があります。これ、タルティーニが夢の中で悪魔に教わった曲を、起きてから書き写したという逸話のある作品です。ボルヘスのエッセイとかにも結構よく出てくる話ですね。これを〈夢〉テーマ、もしくは〈悪魔〉テーマの小説とからめて紹介したら、どうだろう、などと考えてみました。ちなみに、個人的には『悪魔のトリル』は大したことない曲だと思ってるんですが、それはまあ別の話です。
 先日の「テーマ別読書案内」といい、今回の話といい、やたら企画だけ持ち上げてて申し訳ないんですが、そのうち(といっても、いつになるかはわかりませんが)、やってみたいと思っています。

テーマ:つぶやき - ジャンル:小説・文学

カメラはまわっているか?  ジョン・シンプソン監督『フリーズ・フレーム』
B000E0L8E8フリーズ・フレーム
リー・エヴァンス ジョン・シンプソン ショーン・マッギンレイ
キングレコード 2006-04-05

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 現代において、カメラは社会のあちこちに存在します。自分の知らないうちに自分の行動が監視されている、そんな不安を抱く人間も少なくないはず。しかし逆に言えば、それは自分のアリバイを提供してくれる装置でもあるのです。この作品の主人公のように…。
 ジョン・シンプソン監督『フリーズ・フレーム』(2004 英・アイルランド)は、アリバイ作りのために、偏執狂になってしまった主人公を描くスリラー。
 残忍な一家殺人事件の容疑者となり、誤認逮捕された経験のある男ショーン・ヴェイルは、そのことから精神的なショックを受け、被害妄想に陥っています。濡れ衣を着せられたと考えるショーンは、また事件の容疑者にされないように、アリバイを作ることを考えます。そしてショーンがとったのは、信じられない行動!
 それは、四六時中、自分をカメラで撮影し続ける、というものでした。家に何十台ものカメラを据え付け、外出するときには体にカメラを装着する。以来その行動は、10年間に及んでいます。ビデオの数は何万本にもなっていました。
 自分を冤罪に追い込んだ心理学者シーガーの演説会場に現れたショーンは、自らの無実を訴えますが、会場からつまみ出されてしまいます。興味をもった女性記者は、ショーンに話を聞かせてくれと迫ります。相手にしないショーンでしたが、彼女が一家殺人事件の被害者の家族であることを知り、自分の家に案内します。
 そのとき、突如侵入者が現れます。それは警察でした。新たな殺人が起こり、容疑がかけられているというのです。その刑事は、以前の事件でショーンをむりやり自白に追い込もうとした人物でした。自信ありげにアリバイを写したテープを探すショーンでしたが、その事件の日のテープだけが盗まれていたのです!
 ショーンは隙を見て逃げ出します。殺人事件の犯人が自分だと頑ななまでに信じる心理学者シーガーが自分を陥れようとしたと考えるショーンは、シーガーの自宅に忍び込みます。彼が自分を陥れたという確信を得たものの、目的を果たせずに逃げ出します。
 結局警察に出頭することになったショーンは、シーガーの死体を見せられます。これも陰謀の一部なのか? ショーンは真犯人の証拠を探すのですが…。
 アリバイを作るため10年間もずっと自分を監視し続ける男。実に独創的なアイディアです。厳重な監視に置かれた家には何十台ものカメラ装置。そして何万本ものビデオが収納された倉庫。そして偏執狂じみた行動をとるショーンは、周りの人間から見れば露骨に怪しい人物であり、殺人者であると疑われかねません。
 必死で撮りためたビデオにもかかわらず、ショーンは警察にマークされてしまいます。そして彼が陥る危難。その展開は不条理といってもいいくらい、やたらと悲惨な目にあい続けます。彼を犯人扱いする刑事と心理学者。刑事に至っては署内で公然と暴力行為に及ぶ始末。
 一方、彼の無実を信じる女性記者も登場するものの、ほとんど役に立ちません。結末まで主人公の悲惨な受難が続くばかりです。これで結末まで悲惨だったら後味が悪すぎだなと思いましたが、なんとか結末で主人公は救われます。
 次から次へと主人公に苦難が降りかかる、その展開は興味をそそるのですが、いかんせんテンポが悪すぎます。主人公の境遇を説明する描写が、だらだらと続く序盤に至っては、かなり退屈です。結末の真相も驚きはするものの、伏線がどうも弱く、唐突の感を拭えません。
 設定がどうもプロットに有機的に絡んでこないのです。ビデオに主人公の記憶にない行動が映っている、とか不可能状況をもっと強調していれば、もっと面白くなったように思うのですが。
 設定でミステリ的な興味を高めるというよりは、神経症的な主人公のサイコスリラー的な側面が強調されすぎている感じがします。ユニークな設定を生かし切れなかったという感が強い作品。非常に惜しいです。

テーマ:洋画 - ジャンル:映画

吸うか吸われるか -吸血鬼文学逍遙-
吸血鬼ドラキュラ ドラキュラの客 吸血鬼 怪奇小説傑作集 4 (4) きみの血を 10月はたそがれの国 ヴァンパイア・コレクション

 みなさんは〈吸血鬼〉という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか?
 やっぱりドラキュラでしょうか。映画によるイメージが先行している感じがしますね。もっぱら貴族的なイメージが強いのではないでしょうか。〈吸血鬼〉を題材にした小説作品には、そんな貴族的なものとは全く異なったタイプの作品も数多くあります。そうした〈吸血鬼〉文学をいくつか紹介していきましょう。
 まずトップバッターは、大御所ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)。トランシルヴァニアからロンドンに来襲したドラキュラと、それを迎え撃つヴァン・ヘルシング教授とその一行の戦いを描くアクション小説。そうアクション小説! これ今でいうと、いわゆる〈モダンホラー〉の範疇に入るようなエンタテインメントなんですよね。古色蒼然とした怪奇小説を思い浮かべると、いい意味で裏切られます。今読んでもとびきり面白い作品です。
 ちなみに『吸血鬼ドラキュラ』に本来入るはずだったエピソードを独立させた『ドラキュラの客』(桂千穂訳『ドラキュラの客』収録 国書刊行会)という短篇もあります。
 J・S・レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)は、どこかレズビアンじみた女吸血鬼カーミラを描く作品。官能的・耽美的な作品です。かなり古色ゆかしい品のよい作品。
 ジョン・ポリドリ『吸血鬼』(須永朝彦編 『書物の王国 吸血鬼』収録 国書刊行会)は、バイロンをモデルにした吸血鬼ルスヴン卿が登場する作品。バイロンをモデルにしているだけあって貴族的ではあるのですが、この吸血鬼かなり凶暴なのが目を惹きます。メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』(創元推理文庫)と同じ場所で生まれたという逸話がある、近代の吸血鬼小説の嚆矢ともいうべき作品。
 ポリドリの影響を受けたというシャルル・ノディエ『スマラ』(篠田知和基編訳『ノディエ幻想短編集』収録 岩波文庫)は、夢魔を描く吸血鬼小説。小説と言うよりは、悪夢めいた情景を描く散文詩といった方が近い感じです。
 テオフィル・ゴーチェ『死女の恋』(澁澤龍彦編『怪奇小説傑作集4』収録 創元推理文庫)に登場する女吸血鬼は、実にユニーク。女吸血鬼に取り憑かれた、純情な僧侶見習いの青年の結末は…。吸血鬼文学史上もっとも可憐で優しい吸血鬼を描いた一編です。
 H・H・エーヴェルス『吸血鬼』(前川道介訳 創土社)は、吸血鬼そのものが登場するわけではなく、普通の人間の吸血行為が病気の一種として捉えられています。おそらく精神分析的な象徴なのでしょうが、延々と心理描写が続くため、かなり退屈な作品になってしまっています。
 同じく象徴的な吸血行為を描いた作品として、シオドア・スタージョン『きみの血を』(山本光伸訳 ハヤカワ文庫NV)があります。エーヴェルスと同じようなテーマを扱ってはいますが、エンタテインメント性もそれなりにあります。描写にも迫真性が感じられ、エーヴェルスの作品よりはずっと読みやすいでしょう。
 厳密に言うと吸血鬼ではないのですが、精神的な吸血鬼として考えるとニコライ・ゴーゴリ『妖女(ヴィイ)』(原卓也訳 怪奇小説傑作集5 創元推理文庫)もこのテーマに含められるでしょう。青年僧が死んだ娘の供養を頼まれたことから、娘の霊をはじめとして怪物たちに襲われる物語。化け物どもに囲まれる後半の展開はものすごい迫力ですが、どこかユーモラスな味付けもある傑作。
 A・K・トルストイ 『吸血鬼の家族』(川端香男里編『ロシア神秘小説集』収録 国書刊行会) は、土俗のスラヴ的な吸血鬼を描いている点で、珍重すべき一作。主人公が吸血鬼たちに追跡される、後半の怒濤の展開の戦慄度は比類がありません。
 レイ・ブラッドベリ『二階の下宿人』(宇野利泰訳『10月はたそがれの国』収録 創元SF文庫)では、吸血鬼が、現代に一見普通の下宿人として現れます。彼の正体を察知した少年との戦いを描く小品。
 スティーヴン・キング『呪われた町』(永井淳訳 集英社文庫)は、現代アメリカに吸血鬼を登場させてしまった力業の作品。パロディ気味になりがちな現代吸血鬼小説の中にあって、シリアスかつ圧倒的な迫力を持つ一編。現代の吸血鬼ものでは、まちがいなく一番に推すべき作品です。
 同じくスティーヴン・キング『ナイト・フライヤー』(ダグラス・E・ウィンター編『ナイト・フライヤー』収録 新潮文庫)に登場する吸血鬼は、なんとセスナを乗り回し、小さな飛行場に夜間着陸しては殺戮を繰り返すという斬新な設定。彼を追いかける新聞記者の運命は…? 犯人が人間なのか本物の吸血鬼なのかが判然としない展開は、予断を許しません。
 リチャード・マシスン『地球最後の男』(田中小実昌訳 ハヤカワ文庫NV)は、吸血ウィルスの蔓延によって世界中の人間が吸血鬼になってしまった世界が舞台。あくまで人間として孤独な戦いを続ける主人公を描く作品。結末では、思いもかけないセンス・オブ・ワンダーも味わえる傑作です。
 同じくリチャード・マシスン『血の末裔』(須永朝彦編『書物の王国 吸血鬼』収録 国書刊行会)は、吸血鬼に憧れる奇怪な少年を描く作品。動物園の吸血コウモリがドラキュラの化身だと信じ込んだ彼は、自らの血を吸わせようとするのですが…。異常心理小説かと思わせておいて、結末であっと言わせます。
 ヴァン・ヴォークト『避難所』(『時間と空間のかなたに』収録 創元SF文庫)は、吸血鬼にSF的な解釈をほどこした作品。吸血鬼は精神的な超能力を持つ種族だったという、ヴァン・ヴォークト独特のはったりの利いたストーリーが楽しめます。
 ジョージ・R・R・マーティン『フィーヴァー・ドリーム』(増田まもる訳 創元推理文庫)は、なんと吸血鬼と人間との友情を描く異色の作品。吸血鬼小説であると同時に友情小説・冒険小説でもある、ユニークな作品です。
 デイヴィッド・マーティン『死にいたる愛』(渋谷比佐子訳 扶桑社ミステリー)は、自分が吸血鬼だと思いこんだ男が殺人を繰り返すというサイコ・スリラー。生々しさというか、生理的な気色悪さでは飛び抜けた作品です。
 現代の吸血鬼小説では、超人的な吸血鬼像よりは、人間的な悩みを持つ等身大の存在として描かれることが多いようです。アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』(田村隆一訳 ハヤカワ文庫NV)やホイットリー・ストリーバー『ラスト・ヴァンパイア』(山田順子訳 新潮文庫)なども、そのたぐいの作品でしょう。
 吸血鬼を扱ったアンソロジーもいくつか紹介しておきましょう。
 種村季弘編『ドラキュラ・ドラキュラ』(河出文庫)。収録作品は、時代は古く文学よりのものが多いです。ポリドリ、メリメ、ホフマン、ヴェルヌ、シュオッブなど。編者好みのパロディじみた作品もいくつか収録されています。
 マイケル・パリー編『ドラキュラのライヴァルたち』(小倉多加志訳 ハヤカワ文庫NV)は、古典からモダンホラーまでバランスのとれた編集。ロバート・ブロック、ジャン・レイ、M・R・ジェイムズ、ラムジー・キャンベルなど。
 ピーター・ヘイニング編『ヴァンパイア・コレクション』(風間賢二訳 角川文庫)は、いわゆる名作を外しマイナー作品を集めた貴重なアンソロジー。ブラッドベリやスタージョンに混じって、アレクサンドル・デュマやホーソーンの息子ジュリアン・ホーソーンの珍しい作品が読めるのが嬉しいところ。
 仁賀克雄編『吸血鬼伝説』(原書房)は、アメリカの1950年代の作品を中心に編まれた作品集。マシスン、ブロック、ハミルトン、ボーモント、ダーレス、カットナーなどウィアード・テイルズ系の異色作家が中心になっています。起承転結のはっきりしたストーリーが多く、エンタテインメント性が非常に高し。
 『死の姉妹』(マーティン・H. グリーンバーグ・バーバラ ハムリー編 扶桑社ミステリー)は、書き下ろしながら、全体的にレベルの高いアンソロジー。北欧を舞台にするなど斬新な設定の作品が多いです。
 〈吸血鬼〉をテーマにした作品は、それこそ数え切れないほどありますので、とりあえずこの辺で筆をおきましょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

人かペンギンか  トラウト、カレンバーグ『ペンギンのペンギン』
4122041546ペンギンのペンギン
デニス トラウト Dennis Traut Thomas Calenberg
中央公論新社 2003-01

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 動物を擬人化した物語というのは、わりとよくあります。そして、実物もかわいいペンギンは、絵本に登場する率も高いように思います。この絵本『ペンギンのペンギン』(デニス・トラウト作、トム・カレンバーグ絵 谷川俊太郎訳 中公文庫)に登場するペンギンも多分にもれず、擬人化されているのですが、その擬人化の仕方が実にユニークなのです。服を着たり、運動をしたりと、人間がするようなことをペンギンにやらせているのですが、その表現が妙に淡々としています。その狙いは、元来ペンギンが持つ愛らしさを出そう、とかいうのとは全く別の方向に向かっているようです。
 ペンギンが繰り広げるどこかとぼけた情景をそれぞれ、一コママンガにしてあります。そしてその絵の下に短いキャプションが付されています。特筆すべきは、このキャプションです。普通この手の絵本では文章は添え物になりがちなのですが、本書に限っては、絵の魅力を十二分に引き出しています。ほんの短い言葉が、ときには絵と拮抗しあう。そしてときには、うまく溶け合って、そこはかとないユーモアを醸し出しているのです。
 キャプションの例をいくつかあげてみましょう。

 「ペンギンはばかげた旗に敬意を表わす。」
 「ペンギンはレジャーのすごしかたを心得ている。」
 「ペンギンは兎に対して、いわれのない軽蔑の念を抱く。」
 「ペンギンは決して赤面しない。」

 かなりリアリスティックな絵なのですが、そこで描かれるペンギンの行動や恰好は突拍子のないものばかり。そしてそれに付けられたキャプションが、シュールな世界を作り出しています。
 子どもではたぶん、この絵本のおかしさを十分に理解できないのではないでしょうか。単なるかわいいペンギンの絵本にはとどまらない作品です。まさに〈大人の絵本〉と呼ぶにふさわしい傑作。

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テーマ:絵本 - ジャンル:本・雑誌

ナイトビジョンその10
 今週放送分の『ナイトビジョン』のレビューです。

「パターン」
 ベテラン精神科医のダニエルは、警察から連れてこられた精神障害者マーティンを診察することになる。話をしている間中マーティンは、意味不明な動作を繰り返す。不審に思ったダニエルはその理由を尋ねるが、それは驚くべきものだった。
 自分は、あらゆるものに「パターン」を見ている。それをもとに行う動作が、世界中の災害を防いでいる、というのだ。いまやっている動作は飛行機が落ちないようにするため。そしてこの動作はあなたのネクタイが白くならないようにするためだ、とマーティンは答える。
 子どものころに、家族に危害が及ばないようにと考え出したまじないがエスカレートし、今では日常生活にも支障をきたすようになっているというのだ。本当にそれを信じているのかという問いに、マーティンは確信をもって答える。実際に動作をやめたときに、友人や上司が死んでいるのがその証拠だ。「世界のバランスをとっているのは私なんだ」
 マーティンを強迫神経症だと診断したダニエルは、彼に鎮静剤を打とうとする。マーティンは、自分の意識がなくなれば、世界にとんでもないことが起こると暴れるが、とりおさえられる。しかし、マーティンを部屋に寝かせた後、帰宅しようと病室を出たダニエルが見たものは、混乱した世界だった…。
 世界中の災難を防ぐために、神から使命を与えられたと称する男。彼をパラノイア患者だと思い、とりあわない精神科医は真実を思い知らされる…という話。これ、『新トワイライトゾーン』で映像化されたJ・M・ストラジンスキーの「エドガー・ウイザースプーン氏の奇妙な症例」に異様にそっくりなんですが。シチュエーションも同じだし、オチまで全く同じ。盗作疑惑が出なかったんでしょうか。
 世界の災難を防ぐための手段が、ストラジンスキーのものと、この「パターン」とでは少し異なるくらいのものです。もっともこのネタ自体、さがせば、さらに前例があるような気がしますが。
 混乱した後の、不条理な世界の描写は、なかなかユニークではありました。

「心の声」
 幼い頃から聴覚障害を持つ法廷画家のサンドラは、もう一度聴覚を取り戻すために手術を受けるが、失敗してしまう。ある日、法廷で仕事中のサンドラは、ふと誰か男の声が聞こえるのに気がつく。それは犯人しか知り得ないはずの事実だった。
 それでは今、被告席に座っているのは犯人ではないのか? サンドラは聞こえる声の内容を、とりあえずスケッチの横に書き加える。裁判後、サンドラは声の主を見つける。それは目撃証人として出廷しているマーロン刑事だった。どうやら彼の心の声が聞こえるらしい。
 マーロンは幼い頃ギャングに弟を殺されたことから、ギャングに対して憎しみを抱いていた。麻薬取引の現場で、憎しみにかられた彼は片方のギャングを殺して、その罪をもう一方になすりつけようとしていたのだ。
 裁判所の入り口でサンドラはスケッチを落としてしまうが、それを運悪くマーロンに見られてしまう。マーロンはサンドラの口をふさごうと、彼女をつけねらうのだが…。
 ふとしたことから超能力を得た女性が、それを知った犯人につけねらわれる、というスリラーです。主人公に純真無垢な女性、そして犯人役にも悪人になりきれない男を配しているところがミソ。それゆえあまり陰惨な結末にはなりません。いい話ではありますが、この番組のファンとしては、物足りない感じがしてしまいます。

総括
 今回でこのシリーズも終了です。最初の数回を見逃してしまったのが残念ですが、全体的に非常にレベルの高いシリーズでした。なんといっても、この番組の魅力は、脚本の上手さによるところが大きいでしょう。CGや特殊効果で見せるのではなく、あくまで話のひねりや面白さを強調していたところが成功の要因かと思います。
 要素だけを取り出せば、話自体は、意外とよくあるストーリーが多かったのですが、斬新なひねりや編集で上手く見せてくれました。言うならばリミックス的な番組だったといえるでしょうか。全体的にホラー味が強く、結末はアンハッピーエンドが大部分でしたが〈異色作家短編集〉などを好むファンには受けがよかったのではないかと思います。
 とくに面白かったエピソードを挙げてみます。
 「あいつがここにやってくる」
 妄想が具体化するというロバート・ブロック風スリラー。
 「天国」
 天国を見たと称する男の皮肉なストーリー。
 「木が倒れても」
 自分の死を隠して生活し続ける三人組。誰も死を認めなければ死んだとは言えないとする認識論的ファンタジー。
 「罪の収穫」
 老人に障害を負わせてしまった少年の罪の意識。不可解な老人の行動の意味は…。すさまじい後味の悪さが後を引く、恐るべき傑作エピソード。
 「目覚め」
 幸福な生活を送る主婦が、突如巻き込まれた災難。それは彼女の世界を崩壊させる序曲だった…。使い古されたオチながら手堅い演出で見せる佳作。
 「憎まれ人形」
 本の内容通りに、操られる男。二重のエンディングが待ち受けるメタフィクションストーリー。
 「迷路」
 内向的な女子学生が迷い込んだ不思議な世界。極限状況で彼女が得たものとは…。〈破滅テーマ〉の佳品。
 「スイッチ」
 本当の自分は他にいた…。ひねりのきいた多重人格スリラー。

 本国でもDVD化が未定だそうですので、国内版は絶望的なのですが、ぜひ実現してほしいものです。

テーマ:★海外ドラマ★ - ジャンル:テレビ・ラジオ

新カテゴリーと今後の予定
 今まで、単独での本の紹介のほかに、何回か「雑記」と称して、読書案内じみた記事を書いていたんですが、考えたら「雑記」というのも何かちがうな…と思いまして、新カテゴリーを作ってみました。
 ここ何回か書いていたブックガイドの記事は独立させて「ブックガイドの愉しみ」というカテゴリーに、その他テーマをつけて書いた記事は「テーマ別読書案内」のカテゴリーとして、まとめてみました。
 というわけで、これから「雑記」には、本当の雑記を入れようかと思います。
 それで「テーマ別読書案内」の件ですが、先日〈破滅SF〉について記事を書いてみまして、この方向での紹介も面白いなと感じました。これから、ちょくちょくこういうテーマ別の読書案内の記事を書いていこうかと思います。とりあえず、いま考えてるテーマを挙げると〈吸血鬼〉〈夢〉〈迷宮〉〈パラノイア〉〈タイムトラベル〉〈不思議な機械〉〈リドルストーリー〉〈仮想世界〉〈記憶〉〈多重人格〉〈天使と悪魔〉〈変身〉などでしょうか。読者のみなさまも、何かよいテーマがあったら、ぜひご提案ください。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

明日をも知れぬ身  埋もれた短編発掘その18
 イタリアの文豪アルベルト・モラヴィアには、幻想的な作品を集めた『シュールレアリスム短編集(仮題)』という作品集があり、その中からいくつかの短篇が訳されています。本編『夢、うつつ』(千種堅訳 早川書房 ミステリマガジン1991年2月号所収)もその一つですが、その奇怪な世界観は、飛び抜けて独創的です。
 どことも知れぬ「夢の島」は、クルウールーという名の怪物に支配されていました。姫君ともぐらの不自然な婚姻から生まれたと言われるクルウールーは、母親の死後、王位継承者として王位につきます。しかし生まれてから一度も目覚めたことのないクルウールーの姿は異様そのもの。

 生まれながらにびっしりと体毛におおわれ、すでにおなかも突き出ていて、ちゃんと大きな爪も生え、大きな頭はいかにも眠たげ、巨大なまぶたは真っ青で皺だらけだった。眠りながら生まれてきた。いや、いびきをかきながらといったほうがいい。そのいびきの音から彼の名前がつけられた。

 誰もが統治能力などないと思ったクルウールーには、しかしとんでもない能力が隠されていました。彼の見る夢のとおりに、島の住民は操られてしまうのです。 彼が最初に見た夢は、島の貴族全員が高い塔から飛び降りてしまうというものでした。そして実際に貴族全員が死んでしまったのです!
 また、大臣たちが突然逆立ちをしたり、身内の死を喜んだり、と住民たちに奇怪な行動が現れるようになります。これもまた、クルウールーの夢のせいでした。
 しかしクルウールーの夢は不条理なものばかりではありません。

 たとえば、クルウールーが権力を掌握した直後、島の商店全部が商品を超廉価で提供した。住民はクルウールーが太っ腹になった夢を見ているなと察知し、がっかり顔の商店主のところに殺到し、手当たり次第に買っていった。この夢につづいて、恐ろしい物不足が起こったのはいうまでもない。

 クルウールーの見る夢は、比較的合理的な夢と、奇怪な悪夢とに分けられることに住民は気づきます。とはいえ、ずっと休みなく夢を見るわけではなく、何年か一切夢を見ない期間が続くこともあるのです。
 学者たちはクルウールーの夢について議論を重ねます。クルウールーを安楽な状態にすれば、悪夢が防げるのではないか。クルウールーを殺してしまえばいいのではないか。しかしすべての手段は他ならぬクルウールーの夢によって露見し、失敗します。
 やがてある学派が深刻な仮説を打ち出します。島ではすべてがクルウールーの夢ではないか、というのです。しかしそれを確認する術はありません。あらゆる対抗策を断たれた住人たちは、クルウールーが老いて死ぬのを気を長くして待ち続けるのですが…。
 夢を見続ける奇怪な怪物によって支配される世界。そこでは理性では考えられないことが日々起こります。明日が全く予見できない混沌とした世界観には、怖気を振るうものがあります。しかしただ陰惨なのではなく、奇妙ながらもどこかおかしい夢の描写など、妙なユーモアをたたえたところも魅力的です。
 どこからどこまでが夢なのでしょうか? ボルヘスを思わせる〈夢見る人と夢見られる人〉テーマの作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ブックガイド・ガイドブック -ブック・ガイドの愉しみ3 幻想文学・ホラー編-
ホラー・ガイドブック ホラー小説大全 空想文学千一夜―いつか魔法のとけるまで 幻想文学1500ブックガイド ゴシック幻想 幻想文学大事典 ホラー小説時評1990‐2001

 どんな本を読んだらいいの? どんな本が面白いの? という人のためにあるブックガイド。とはいっても、世の中にはブックガイドだけでも、たくさんの数があるのです。そもそも、どのブックガイドが有用なのか、ブックガイドのブックガイドまで必要なぐらい。そこで僕がお世話になったブックガイドのいくつかを紹介しましょう。

 今回は幻想文学・ホラーについての本を紹介します。
 尾之上浩二編『ホラー・ガイドブック』(角川ホラー文庫)は、小説だけでなくテレビや映画など、ホラー全般に関する通史やエッセイを多く収録し、初心者にうってつけの本です。角川映画をやたらと褒めたりしていて、出版元礼賛が露骨に鼻につく部分を除けば、なかなかよくできたガイドです。
 同じく角川ホラー文庫から、風間賢二『ホラー小説大全』。ホラー小説の通史を始め〈ゴシック小説〉〈モダンホラー〉などのジャンルの説明、ドラキュラや狼男などについてのエッセイなど、これ一冊でホラー小説の全体像をつかめるという、非常に有益な一冊。怪奇小説の古典がしっかりと押さえられているのに好感が持てます。どれか一冊といったら、これをオススメしておきましょう。
 荒俣宏『ホラー小説講義』(角川書店)もまた面白い一冊です。通史とするにはちょっとずれがありますが、著者独自の視線でホラーを考察しています。日本の怪談に触れたパートもあります。
 同著者の『空想文学千一夜』(作品社)は、ホラー・ファンタジー・幻想文学に関する文章を集めた決定版的な本。レ・ファニュやマチューリンなどのゴシック小説から、ハワード、メリットなどのヒロイック・ファンタジー、ラヴクラフトとウィアード・テイルズ派、ダンセイニとケルティック・ファンタジー、キングほかのモダンホラーなど圧倒的なバラエティを誇り、資料としても第一級の著書です。
 「幻想文学」編集部編『幻想文学1500ブックガイド』(国書刊行会)は、幻想文学の主要作品を簡単なあらすじにまとめた本。とにかく紹介されている作品の数が多いのが特徴。国別・テーマ別に紹介されていて、興味のあるテーマを探すには非常に便利です。
 大瀧啓裕『魔法の本箱』(青土社)は、モダンホラーに関するエッセイ集。かなりマニアックです。蘊蓄も素晴らしく、たまに脱線する著者の日常も楽しめます。
 フランツ・ロッテンシュタイナー『ファンタジー【幻想文学館】』(創林社)は、ガイド本なのにオールカラーという珍しい本です。とにかく毎ページに配置された、ホラー映画のスチール写真、書影や挿絵などビジュアル部分が充実しています。ポーランド版M・R・ジェイムズの作品の挿絵など、かなり珍しい画像が見られます。
 沼野充義『夢に見られて ロシア・ポーランドの幻想文学』は、著者の専門分野であるロシア・ポーランドの幻想小説についての珍しいガイド。スタニスワフ・レム、ブルガーコフ、オレーシャ、アレクサンドル・グリーンなどの作家論の他に、ロシアのゴシック・ロマンスやソビエトSFについての通史もあります。競合本がないこともあり、実に貴重な一冊。
 ゴシック小説に関しては小池滋他編『城と眩暈』(国書刊行会)と紀田順一郎ほか『ゴシック幻想』(書苑新社)の二冊が決定版。『ゴシック幻想』の方は作品のあらすじも丁寧に紹介されていて、割合楽しめるのですが、『城と眩暈』の方はかなりマニアックかつ研究者向けに書かれているので、ちょっと初心者には歯が立たないかも。
 スティーヴン・キング『死の舞踏』(バジリコ)は、実に分厚い評論集。ホラー小説の章もあるのですが、キングが影響を受けた作家ばかりなので、ちょっと見方が偏っている感じもします。マシスンやフィニィなどの異色作家への言及もあり。小説よりもラジオドラマ、テレビ、映画に関する章の方が、分量も多く生彩があります。
 江戸川乱歩『火星の運河』(角川ホラー文庫)は、乱歩のホラー関連の随筆を集めたもの。定番の『怪談入門』を始め、見えないものの恐ろしさを語る『透明の恐怖』、〈人造人間テーマ〉を扱った『フランケン奇談』、モーリス・ルヴェルを礼賛した『少年ルヴェル』など、今読んでも面白い随筆が目白押しです。
 そして、このジャンルの決定版事典として、荒俣宏『世界幻想作家事典』(国書刊行会)があります。膨大な分量をほぼ一人で書き上げてしまったという、まさに驚異的な事典。狭義のホラーだけでなく、ファンタジー、文学など、幻想的な要素のある作家・作品が網羅されています。著者独自の見解によって書かれているので、それぞれの作家の紹介にかなり価値判断が入っているところがミソ。そういう意味で文学事典としての客観性には欠けるところもあります。わずか数行ですまされている作家もあり、資料性という点でも物足りなさが残るのですが、読む事典としては最高級のものでしょう。
 似たようなタイトルの、ジャック・サリヴァン編『幻想文学大事典』(国書刊行会)というものもあります。タイトルに「幻想文学」とはありますが、狭義のホラー・怪奇小説に特化した事典です。なので、トールキンやブルトンやら狭義のホラーから外れるものは収録されていません。その代わりホラーに関する情報量は凄まじいの一言。著者が外国人のため、未訳の作品についてもかなりの情報が得られます。マイナーな怪奇作家でも一人一人にかなりのページが割かれています。恐怖映画・恐怖絵画はともかく、恐怖音楽などというよくわからないジャンルが入っているのを除けば、怪奇小説ファンならぜひ手元に置いておきたい一冊です。
 主に1990年代に出版されたホラー作品の書評を集めた東雅夫『ホラー小説時評』(双葉社)は、基本的にエンタテインメント中心ですが、国内物、海外もの問わずにセレクションされています。狭義のホラー小説紹介では、まず読むべき本。
 日本作家に関しては『別冊幻想文学 日本幻想作家名鑑』(幻想文学出版局)が一番でしょう。作家別にそれぞれの幻想的な要素を含む作品を詳説している本です。プロパー作家だけでなく、漱石、鴎外やらの文豪や純文学作家の幻想作品にも数多く言及していて参考になります。
 ちなみにもう廃刊になってしまいましたが、季刊で出ていた雑誌『幻想文学』は、どの号も非常にマニアックで濃い特集をしていたので、古本屋で見かけたら購入することをオススメしておきます。「英国怪談」「ケルトファンタジー」「夢文学」「吸血鬼文学」「建築幻想」「アンソロジー」など珍しい特集のほか、国別の幻想文学特集など、どれも類書の少ないもので、持っておいて損はありません。
 次回は、その他のジャンル編です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ブックガイド・ガイドブック -ブック・ガイドの愉しみ2 SF編-
「科学小説」神髄―アメリカSFの源流 SF万国博覧会 SFベスト201 図説 ロボット―野田SFコレクション 図説 ロケット―野田SFコレクション 図説 異星人―野田SFコレクション

 どんな本を読んだらいいの? どんな本が面白いの? という人のためにあるブックガイド。とはいっても、世の中にはブックガイドだけでも、たくさんの数があるのです。そもそも、どのブックガイドが有用なのか、ブックガイドのブックガイドまで必要なぐらい。そこで僕がお世話になったブックガイドのいくつかを紹介しましょう。

 前回に引き続き、今回はSFについての本を紹介します。
 まずは、日本SFの育ての親というべき福島正美の著書。SFのテーマについてそれぞれ語った『SFの世界』『SF入門』などがあります。SFの意義を語るなど、力が入っているというか、きわめて生真面目な語り口なのが特徴です。SFが根付いていなかったころの啓蒙書、といった面が強いようです。
 それよりも彼の編纂したアンソロジーの方が今読んでも面白いでしょう。かって講談社文庫から出ていたアンソロジーシリーズはどれも楽しめる傑作集です。作品解説と合わせれば、そのテーマについて理解が深まります。とくに破滅テーマを集めた『破滅の日』、時間テーマの『時と次元の彼方から』、ミュータントテーマ『人間を越えるもの』などが面白いです。
 石川喬司『IFの世界』(毎日新聞社)は、掲載紙の関係からか、初心者向けにSFの各テーマについて懇切丁寧に解説した良書。ところどころに見られる当時の時代風俗が古びているのはご愛敬ですが、非常にわかりやすく書かれています。
 同じく石川喬司『SFの時代』(双葉文庫 日本推理作家協会賞受賞作全集36)は、主に日本SFについての評論集。筒井康隆、星新一、小松左京、広瀬正などの作家論のほか、SF黎明期に出版されたSF小説の時評などを収録。福島正美と同じく、SF普及のアジテーター的な側面が強い著書です。
 野田昌宏『スペース・オペラの読み方』(早川書房)はタイトル通りスペース・オペラについてのエッセイですが、ブラッドベリに代表される名作短篇の紹介コーナーなどもあって、とにかく楽しめる一冊。この人、作品紹介が異様にうまいんですよね。下手をすると、実際の作品よりも面白いかもしれません。とにかく読んで楽しい紹介文では、この人の右に出るものはいないでしょう。
 同著者の『科学小説神髄』(東京創元社)は、戦前の、黎明期アメリカSFの作品の紹介をしています。SFファンでも馴染みのない名前がけっこう出てくるのですが、例によって楽しい語り口なので、安心して読めます。
 同じく野田昌宏編のビジュアル本三部作『図説ロケット』『図説異星人』『図説ロボット』(いずれも河出書房 ふくろうの本)もオススメ。著者のSF関係の蔵書からセレクションしたカバーアートや挿絵など、SFのエッセンスを視覚的に楽しめるシリーズです。
 石原藤夫+金子隆一『SFキイ・パーソン&キイ・ブック』(講談社現代新書)は、SF通史ですがほとんどハードSFにしぼった内容です。これはこれでユニークですね。
 北原尚彦『SF万国博覧会』(青弓社)は、英米に偏りがちなSFガイドの中にあって、その他の国々の作品を紹介している点で、珍重すべき一冊です。フランス・ドイツ・イタリアを始め、東欧やアジアの国のものにもページが割かれています。SFジャンル自体がほとんど存在しない国の紹介では、自然と周辺領域の作品もとりこんでいるため、文学寄りの作品が多く紹介されているのが特徴です。
 ジャック・サドゥール『現代SFの歴史』(早川書房)は、フランス人によるSF通史。英米の作品紹介はもちろんのこと、フランスSFに多くページが割かれているのが、貴重です。個々の作品の紹介は、数行ですまされる簡単なものなので、初心者向けではありません。
 ロジェ・カイヨワ『妖精物語からSFへ』(サンリオSF文庫)。タイトルはSFっぽいのですが、著者の関心がSFとは別のところにあるので、ちょっと期待はずれに思う人もいるかも。まともにSFにふれてるのは第一部だけで、それもどっちかと言えば幻想小説についてのエッセイでしょうか。むしろ第二部の〈夢〉を扱った章の方が面白かったりします。ちなみにこの本、絶版ですが、同著者の『イメージと人間』(思索社)と全く同じ内容ですので、こちらの方が手に入りやすいかもしれません。
 〈破滅と終末〉〈未来ともう一つの歴史〉〈ロスト・ワールドとパラレル・ワールド〉など、SF固有のテーマ別に、解説を行ったものがブライアン・アッシュ編『SF百科図鑑』(サンリオ)です。執筆者もアシモフ、クラーク、シェクリイなど有名作家が顔を揃えており、資料性・娯楽性をともに備えた、このジャンルの決定版事典です。発行から数十年経つので、紹介されている作品はかなり古くなっているのですが、SFのエッセンスを掴むにはいまだに有益です。
 最後に、最近出た伊藤典夫編『SFベスト201』(新書館)を挙げておきましょう。古典よりも現代ものに比重がかかっていたりと、作品選定の基準にはいささか疑問があるのですが、短すぎず長すぎない個々の解説がなかなか参考になります。
 次回は幻想文学・ホラー編をお届けします。

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ブックガイド・ガイドブック -ブック・ガイドの愉しみ1 ミステリ編-
夜明けの睡魔―海外ミステリの新しい波 夢想の研究―活字と映像の想像力 怪奇幻想ミステリ150選―ロジカル・ナイトメア ミステリー倶楽部へ行こう 水面の星座 水底の宝石 バカミスの世界―史上空前のミステリガイド 江戸川乱歩全集 第26巻 幻影城

 どんな本を読んだらいいの? どんな本が面白いの? という人のためにあるブックガイド。とはいっても、世の中にはブックガイドだけでも、たくさんの数があるのです。そもそも、どのブックガイドが有用なのか、ブックガイドのブックガイドまで必要なぐらい。そこで僕がお世話になったブックガイドのいくつかを紹介しましょう。

 とりあえず、今回はミステリ畑から。
 筆頭にあげられるのは、やはり瀬戸川猛資の著作です。『夜明けの睡魔』(創元ライブラリ)は、本格ミステリから奇妙な味まで、さまざまなジャンルのミステリの魅力を語った本。一つ一つの記述は短いながらも、要点を得た解説は見事です。
 同じく瀬戸川の『夢想の研究』(創元ライブラリ)は、ミステリに限らず小説や映画について考察したエッセイ。欧米の小説に出てくる悪魔像や、破滅SFについての章などもあって、その縦横無尽な切り口は、才気を感じさせます。
 植草甚一の『雨降りだからミステリーでも勉強しよう』(晶文社)は、かって創元社から出ていた〈クライム・クラブ〉シリーズの解説を始め、著者が惚れ込んだ作品について語ったエッセイです。邦訳が出たものの、絶版であるとか、そもそも邦訳がないもの、どっちにしても手に入らない作品についてのエッセイが多いのが難点ですが、柔らかい話し言葉のような文体に、はまる人もいるはず。紹介文であるという以上に、著者の話芸、といった要素が強いです。
 本来合理的であるはずのミステリの、とくに幻想的な要素の強いものを集めるというユニークな切り口なのが、千街昌之『怪奇幻想ミステリ150選』(原書房)。国内ものと海外ものとのバランスのとれた構成です。カーの『火刑法廷』に代表されるようなミステリとホラーの境界線上の作品が多いようです。
 同著者の『水面の星座 水底の宝石』(光文社)は、ミステリに関する評論集。個々の作品を語るのではなく〈名探偵〉〈偶然〉〈見立て〉〈語り手〉など、ミステリの要素について考察を深めた独創的な評論です。
 山口雅也『ミステリー倶楽部へ行こう』(講談社文庫)は、珍しい作品についての宝庫です。忘れられたミステリの面白さを語る『プレイバック』コーナーや、ミステリに関する蘊蓄など、すれっからしのミステリファンにも楽しめる構成になっています。
 初心者やミステリ入門者のための指針となる本としては『ミステリ絶対名作201』『ミステリベスト201』(どちらも瀬戸川猛資編 新書館)がオススメです。『ミステリ絶対名作201』は、本格やサスペンス、ハードボイルドなどミステリの各ジャンルの、誰もが認める名作をセレクションした解説書。
 対して『ミステリベスト201』はその現代編ですが、多様化した作品群を反映してか、ジャンル分けをせず、面白さのランクで分けているのが面白いところ。
 『バカミスの世界』(小山正とバカミステリーズ編 B・S・P)は、ディクスン・カーの諸作を始め、馬鹿馬鹿しいミステリ、通称「バカミス」を集めたもの。オーソドックスなミステリに飽きた人向けです。
 『深夜の散歩』(ハヤカワ文庫JA)は、福永武彦、中村真一郎、丸谷才一がそれぞれミステリについて語ったエッセイ集。いかにも好きで語っているという、ファン気質が感じられる語り口が心地よい一冊。
 小鷹信光『パパイラスの舟』(早川書房)は、基本的にはハードボイルドの記述が多いのですが、ミステリ短篇について触れた章もいくつかあり、読み応えがあります。とくに「中古帆船暴走中!」と題された章は、リチャード・マシスン論の力作です。
 松村喜雄『怪盗対名探偵』(晶文社)は、著者専門のフランス・ミステリについて語ったエッセイ集。デュマやヴェルヌ、ボアゴベなどフランス・ミステリ成立以前から説き起こし、ルブラン、ルルー、シムノンなどの大家まで、通史としてもしっかりとしています。またカミ、シュオッブ、ルヴェルなど忘れられかけている短編作家にもしっかりとページを割いており、これ一冊でフランス・ミステリを鳥瞰できる得難い本です。
 阿刀田高『恐怖コレクション』(新潮文庫)は、作者の恐怖の原体験を語るというエッセイ集ですが、ジョン・コリア、ロアルド・ダール、ヘンリイ・スレッサー、ロバート・ブロックなど異色作家の作品への言及が非常に多く、ブックガイドとしても重宝します。
 そうそう忘れていました。このジャンルでは外せない江戸川乱歩『幻影城』(光文社文庫)。今となってはいささか古い感があるものの、いまだ影響力を持ち続ける力作評論集です。怪談の面白さを語った『怪談入門』など、ジャンル外の読者にも楽しめるエッセイが収録されているので、ぜひどうぞ。
 あとは、森英俊編の分厚い辞典『ミステリ作家事典 本格派編』と同じく『ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇』があります。情報量はすさまじいものですが、かなり入れ込んだファン向けでしょう。個人的には異色作家に割かれたページが少ないのに不満を覚えます。
 ジャンル小説としては、とびぬけてファン数が多いものか、ミステリに関するエッセイ・評論というのは数多くあります。とりあえずこのぐらいで。次回はSF編を予定しています。

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プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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