 スペースオペラの達人エドモンド・ハミルトンは、またセンス・オブ・ワンダーに満ちた短編の名手でもあります。最近のリバイバルブームで、三冊の短編集『フェッセンデンの宇宙』(河出書房新社)および『反対進化』『眠れる人の島』(創元SF文庫)が出ており、ハミルトンの主要な作品に触れることができるようになりました。しかし今回は、ハミルトン本邦初の短編集であるハヤカワSFシリーズ版の『フェッセンデンの宇宙』(小尾芙佐他訳)を取り上げたいと思います。この短編集は、最近出た三冊を含めて、そのバランスの良さ、ヴァラエティとどれをとっても一番の出来ではないかと思います。 『フェッセンデンの宇宙』天才科学者フェッセンデンは、装置を使い、自分の研究室に小宇宙を作り出すことに成功します。そこでは時間は自分たちの世界よりも速く流れるのです。フェッセンデンは実験と称して、さまざまな惑星の文明に災害を引き起こしては、冷徹に観察していました。友人ブラッドレイはその行為を呆然と見つめますが、自分たちよりも純粋無垢で平和な世界に、遊び半分で破滅をもたらそうとするフェッセンデンに、怒りを爆発させます…。 いわずと知れた小宇宙テーマの名作です。小宇宙の支配者として振る舞うフェッセンデンの傲慢さが罰を受けるという倫理的なテーマに加え、この世界もまた一つの小宇宙ではないかという示唆を残して終わる結末には、目が眩むような雄大な感覚があります。 『反対進化』はあっと驚く怪作。地球に飛来した謎のゼリー状異星人。彼らによって明らかになる地球人の起源の秘密とは…。 進化の頂点を極めたという人類の矜持を打ち砕く恐るべき真実。進化の観点をひっくり返す驚くべき結末。センス・オブ・ワンダーとしか呼ぶことのできない感動が得られます。 『未来を見た男』は15世紀が舞台。魔術師として捕らえられた男は、未来の世界をかいま見たと語ります。20世紀の科学者の時間旅行の実験により男はタイムトラベルさせられます。そこで見た未来の文明とは…。 タイムトラベルさえ可能な未来なのに、まだレコードを使っていたりと、かなりアナログな描写が微笑ましいです。結末は悲劇的ながら、人間の未来に対する希望が肯定的に描かれており、読後感のいい作品。 『翼をもつ男』放射能の影響で翼を持って生まれてきた男。彼はやがて大空を飛ぶことができるようになります。しかし恋をした娘は、彼にふつうの人間になってほしいと懇願します。翼を切除してしまった男は、再び大空への郷愁に引き裂かれるのですが…。 文字通り翼の生えた男のロマンあふれる物語です。大空に憧れる夫に対し、地上にとどまってほしいと願う妻。夫婦生活の寓意でもあるのでしょうか。 『追放者』SF作家の集まりの場で、ふだんは寡黙なカリックは驚くべき話を始めます。小説を書く際に、別世界を創造し、その中にいる自分を想像した結果、自分の体がその世界に転移してしまったというのです。しかも創作された世界は、小説に都合のいいように作られた世界。文明は遅れており野蛮で殺伐とした世界だったのです。元の世界に戻れなくなったカリックは、自分にできる唯一の仕事、小説を書き始めるのですが…。 想像した世界が実在化してしまうというテーマの作品。カリックの話が実話であったということがわかる結末には唖然としてしまうこと受けあいです。 『虚空の死』は一見オーソドックスな作品。銀河系の星図作成に従事していた宇宙船が故障し、近くの惑星に不時着せざるを得なくなった探検隊。彼れがそこで発見したものは、既に滅んだ種族の残した超文明都市でした。彼らの偉大な遺産を目の当たりにした探検隊は感銘を受けるのですが…。 過去の超文明に出会うというありふれた話かと思いきや、結末でひっくりかえすのは、さすがハミルトン。 『ベムがいっぱい』はユーモアSF。ようやく火星に到着したホスキンズとレスターは、英語で話しかける奇怪な火星人に出会います。他にもどれ一つとして共通性のない様々な火星人が存在していることに、彼らは驚きを隠せません。火星人たちは、地球人がSF小説を読むことによってイメージを投影された思念体だというのですが…。 これも思念が実体化するという作品ですが、スラップスティック風で愉しい作品。科学知識があるという想像をしても、想像している人間に科学知識がないと実際には知識が身に付かない、というところが笑えます。 『時の廊下』戦火で混乱した母国を救うために戻ってきた政治家ギナールは、事態が自らの手にあまるため「彼ら」の手を借りなければならないとつぶやきます。その言葉に、護衛役のメリル中尉は不審に思いますが、ギナールが不思議な時計をいじる現場に行き会わせ、別次元の空間に移動させられてしまいます。そこは過去や未来の偉大な人物が集まる「時の廊下」。ソクラテスやベーコンが集まるその場所で、ギナールは自分たちより未来の人物から祖国を救う手段を聞こうというのですが…。 古今東西の偉人が集まる世界、という一見馬鹿らしい設定なのですが、そのテーマは意外にシリアス。人間は未来を知ってはいけないという原則と、滅亡を知りつつも努力することをやめるべきではない、というテーマが示されます。 『世界のたそがれに』超未来、人類最後の一人となった史上最高の頭脳を持つ科学者ガロス・ガンは、人類を復活させるべく様々な手段を講じます。まず死者の肉体を蘇らせ、都市に住まわせるのですが、彼らには生気を蘇らせることができません。次に現在が無理なら過去から人類を連れてくればいいと考えた彼は、過去から転送機を使い人々を呼び寄せます。しかし時間を超える際に、人間の精神は発狂してしまうのです。失望したガロス・ガンは究極の手を思いつきます。それは生命発生の手順を踏み直し、再び人類に進化させようとする雄大な計画でした。生命発生の徴候を見て取った彼は、数億年にわたる眠りにつくのですが…。 まさに黙示録的な傑作。現在が駄目なら過去から連れてくればいい、再生できないなら初めから作ればいい。まさに超論理的な展開です。大した科学的根拠もなく、ありとあらゆる超技術がほいほいと出てくるのには、ちょっと疑問が残るのですが、そのすさまじいばかりの壮大なヴィジョンには心震えるものがあります。 現在では、本書の大部分は他の作品集で読めるのですが、この質の高さは驚異的です。さすがに古くなってしまっている作品もありますが、そのセンス・オブ・ワンダーは健在です。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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