天使のささやき、悪魔のためいき  埋もれた短編発掘その17
 皮肉な短篇の書き手として知られるジョン・コリアの作品には、よく悪魔が登場します。悪魔といっても、例えば『エクソシスト』だとか『オーメン』だとかに出てくるような、オカルティックなそれではありません。ずるがしこいながらも、ドジでおっちょこちょい。そうした愛すべき存在として描かれているのです。今回紹介する『天使と悪魔と青年と』(伊藤典夫訳 早川書房 ミステリマガジン1970年3月号所収)もまたそうした作品です。本作には、悪魔だけでなく天使も登場し、実にユーモラスなファンタジーに仕上がっています。
 アインシュタインが「宇宙は有限である」と宣言した直後から、天国と地獄の地価はうなぎのぼりに急騰します。地獄の片田舎で暮らしていた悪魔たちは、追い立てをくい、居住可能な惑星に散っていきます。その一人はある深夜、ロンドンに到着します。
 そして天使たちのなかにも、同様な事情で同様な手段をとったものがいました。その中の一人は奇しくも同じ時刻にロンドンに到着します。

 これくらい高度の生物となると、人間の姿をとるときには、どちらの性別を選んでもよいという特権がある。生き物といってもたんなる生き物ではないので、天使も悪魔も、何が何であるかはちゃんと心得ている。その点をおもんぱかって、二人はそれぞれ芳紀まさに二十一歳の若い女になることに決めた。

 悪魔はブルネットの美人ベラ・キンバリイに、天使は同じく美しいブロンドのエヴァ・アンダースンになります。ふと出会った二人はたちまち意気投合し、ルームメイトになることに決めます。やがて二人は下宿を見つけ、ベラはダンス教師、エヴァは、ハープ奏者の職を得ます。

 いったん落ちつくと、二人はそこらの娘たちと同じように四六時中ぺちゃくちゃお喋りしたり、くすくす笑ったりしながら、楽しい生活を始めた。

 同じ下宿に住む青年ハリイ・ペティグルーと知り合いになった二人は、どちらも青年に恋してしまいます。やがてハリイは、ベラよりもエヴァに惹かれていきます。ベラに愛想良くするものの、その気持ちは明らかにエヴァに傾いていました。

 ベラも、それにいつまでも気がつかないほど愚かではなかった。この魅力的な青年と、これから長い罪深い一生をおくり、やがて彼の魂をともなって地獄へとぶ、そんな生活を彼女は心に描いた。

 エヴァとハリイの仲が進展していくのに腹を立てたベラは、ベラと同じぐらい腹黒い青年ヴァレンティノを利用しようと考えます。ヴァレンティノにエヴァを誘惑させようというのです。策略のかいあって、エヴァがヴァレンティノと浮気をしているのではないかと邪推したハリイは、エヴァに疑惑をぶちまけてしまうのですが…。
 奇妙な四角関係の行方は? そしてハリイとエヴァの恋は実るのでしょうか?
 描かれるストーリーは、お定まりの三角関係(後には四角関係)なのですが、その語り口は洗練の極致です。文章の一つ一つが非常な吸引力を持っています。上に挙げた引用文でもわかると思いますが、そのレトリックの豊かさには驚嘆すべきものがあります。そして何とも魅力的な天使と悪魔のキャラクター!
 本来宿敵の二人が、互いの素性を知らぬまま、親友になってしまうという設定もさることながら、それぞれの本性に応じた性格を与えられているところが面白いです。恥ずかしがり屋で純真無垢なエヴァ、あけっぴろげで大らかなユーモアの持ち主ベラ。物語の展開上、ベラは悪役を振られているのですが、そのキュートさはエヴァにも劣りません。
 プロット上のひねりというものは、とくにないので、その点で、おさまるところにおさまる物語、といった印象は拭えないのですが、この作品の場合、それがまったく欠点となっていません。再読、再再読してもその魅力を失わないのです。何ともチャーミングなファンタジーの逸品です。

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とっても幸せ  シャーリイ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』
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ずっとお城で暮らしてる
シャーリイ ジャクスン Shirley Jackson 山下 義之
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 『くじ』や『たたり(山荘奇談)』で知られるシャーリイ・ジャクスンは、人間の狂気を描くのに長けた作家です。そして、彼女のその方面の集大成とも言うべき作品がこれ、『ずっとお城で暮らしてる』(山下義之訳 学研ホラーノベルズ)です。
 語り手のメアリー・キャサリン・ブラックウッド、通称メリキャットは、姉のコンスタンスと伯父のジュリアンとともに、屋敷でひっそりと暮らしていました。古い名家であり、資産家でもあるブラックウッド家ですが、なぜか村の人々の目は冷たいのです。屋敷の外に出れば人々はこれ見よがしにブラックウッドの陰口をききます。買い物に出たメリキャットは、子供たちから囃し立てられます。

 ねえメリキャット、お茶でもいかがとコニーのさそい
 まあけっこうよ、毒入りなのねとメリキャット


 そして人々がブラックウッド家を嫌う理由が明らかになります。6年前、ブラックウッド家で毒殺事件があったのです! 生き残ったのは食事を口にしなかったコンスタンスとメリキャット、そして毒により障害を負ったジュリアン伯父のみ。コンスタンスは、容疑者とされたものの、無罪になったという経緯がありました。それ以来、ブラックウッド家の人々は屋敷に閉じこもるという生活を続けていたのです。
 しかしメリキャットは、姉と伯父との生活に満足していました。そして外部の人間を忌み嫌います。いまだコンスタンスを心配して訪ねてくる友人をさえ、メリキャットは邪魔者とみなすのです。

 「遅かれ早かれ-」とコンスタンス。「遅かれ早かれ、第一歩を踏み出さなきゃならないもの」
 わたしはぞっとした。「追いかえそうよ」
 「だめよ。絶対にだめ」


 そんなある日、彼らのいとこであるチャールズ・ブラックウッドが現れます。チャールズはコンスタンスに外の世界に出るようにと促し、コンスタンスもその気になりかかります。しかしメリキャットは、自分たちの幸せな生活の闖入者として、チャールズを忌み嫌います。
 現世的で、やたらと金のことを気にかけるチャールズに、ジュリアン伯父は腹を立て、メリキャットもまたチャールズを追い出す方法を考えます。そしてとうとう、メリキャットはチャールズの部屋に火をつけてしまうのですが…。
 ゴシック・ロマンスを思わせる作品ですが、超自然的要素はなく、あくまで人間の狂気を描くのが主眼となっています。最初メリキャットが登場した時点では、その語りに少々違和感を感じるものの、ただ無邪気な少女なのかと思いきや、だんだんとその狂気が露わになっていきます。
 彼女の望みは大好きなコンスタンスとともに暮らすことだけであり、それ以外の人々は邪魔者でしかないのです。おせっかいながらも、コンスタンスのことを気にかける友人ヘレンもまた、メリキャットにとってはただの邪魔者です。そして決定的に姉との仲を裂こうとする闖入者チャールズに対しては、メリキャットは極端な手段をとることになるのです。その前後の見境のなさには、寒気を覚えさせられます。
 チャールズ伯父もまた毒殺事件で体に障害を負いますが、精神的にもまた歪みをかかえてしまっています。事件の本を書くと称して、毎日その事件についてコンスタンスに話しかけるのです。そして相変わらず夢のような事ばかり言っているメリキャット。ブラックウッド家で、唯一正常な精神の持ち主であるコンスタンスもだんだんと彼らの狂気に飲み込まれてゆきます。
 ブラックウッド家の人々の狂気もさることながら、それにもまして、この作品で目に付くのは、周りの人々の悪意です。事件のことを囃し立てる子供たちはもちろんのこと、公然と当事者の前で悪意ある発言をする村人たち。そして屋敷の火事にいたっては、村人たちの悪意が剥き出しになるのです。
 ブラックウッドの人々はスキャンダルの種になったものの、村人にとくに害を及ぼしたわけでもありません。むしろブラックウッドの人々は、村人たちの目を恐れ閉じこもったのに、それに対しさらに憎悪をかき立てられるかのような、不条理なまでの悪意。これには怖気を振るわずにはいられません。
 狂気と悪意のるつぼであるこの作品でも、唯一メリキャットのみは、その悲惨な状況にもかかわらず、幸福を覚えています。それは自分とコンスタンスだけの城がある限り、彼女は幸せだからです。彼女にとっては、物質的な富は何の意味もありません。それゆえ屋敷が火事になったとしても、コンスタンスが無事ならメリキャットは満足なのです。メリキャットの語りは、まるで躁病患者のような多幸感に満ちています。
 結末で邪魔者を追い払ったメリキャットは、コンスタンスとともに自分たちだけの「城」を築きます。客観的には悲劇の状況にもかかわらず、メリキャットにとっては幸せの絶頂なのです。彼女の「とっても幸せだね、あたしたち」という発言には、凡百のサイコスリラーを一蹴する凄みがあります。
 狂気を描くのに、これほど明るいトーンの語り口を採用した作品というのは、前代未聞ではないでしょうか。人間の底知れない狂気を、軽妙な語りで描き出すという離れ業をなしとげた、恐るべき傑作です。

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ナイトビジョンその9
 今週放送分の『ナイトビジョン』のレビューです。

「貨物船」
 航海中の貨物船の航海士スティーブンスは、見回りの最中、ささやき声を聞き、密航者がいるのではないかと疑う。船長にその旨を申し出るが、先輩航海士タファナーは、自分が検査をしたのだから密航者などいるわけがない、とスティーブンスに腹を立てる。
 船長命令で再検査することになるが、スティーブンスはタファナーに脅される。そのやりとりを見ていた密航者の女は、スティーブンスがいい人間だと思い、助けを求める。コンテナの中に閉じ込められた彼らは、得体の知れない怪物に次々と惨殺されているのだというのだ!
 スティーブンスは信じないが、無惨に引き裂かれた死体を見せられて納得する。隙を見て、スティーブンスはコンテナの壁を破ろうとするが、タファナーに見つかってしまう。タファナーは斧でスティーブンスを殺そうと襲いかかるが、一方コンテナ内では次々と密航者たちが殺されていた…。
 スプラッター風味が強いホラー。殺人シーンこそ映さないものの、死体の描写や結末はかなりショッキング。テレビムービーとは思えないほどの過激さです。監督の名を見て納得しました。
 トビ・フーパー監督作品だそうです。スプラッターとして見るなら及第点ですが、ストーリーにひねりがあんまりないのが物足りません。船内の誰かがグルであるという情報が示されるのですが、ストレートすぎるので、あんまり伏線の意味を果たしていません。
 殺人鬼は本当に怪物なのか?という謎で一応引っぱるのですが、本当に怪物だったので驚いてしまいました。これじゃひねりも何もありません。
 本来のこの番組のトーンから言うと、結末のショッキングなシーンは暗示にとどめるのでしょうが、この作品は、フーパー監督ならではの過激描写になっています。このシリーズの特徴であるスマートさに欠ける感が否めません。


「スイッチ」
 多重人格症のシドニーは、精神科医のルイスの催眠術療法で、人格を統合する治療を進めていた。多重人格の原因は、どうやら幼児期のトラウマであるらしい。人格を統合するごとに、心に押し込めていた嫌な記憶も甦ってくる。両親の不仲、母親の虐待など。
 次々と他の人格を統合していくシドニーだったが、その過程でいつも聞こえる子どもの泣き声のようなものに気がつく。ルイスは言う。それはシドニーに最も近い人格の声に違いない。後に残った人格ほど強い力を持っているのだ、と。
 ある時、催眠療法の最中に、スキンヘッドの男のイメージが現れる。その直後、シドニーはその男に支配され、暴力的な行為に及ぶ。なんとかその男の人格を統合することに成功したシドニーだったが、その前にとうとう謎の泣き声の主が姿を見せる。それはシドニーの幼児の象徴である少女だった。全てを受け入れ人格を統合しようとするシドニーだったが、少女が見せた記憶は恐ろしいものだった…。
 多重人格たちが、通路をはさんで、それぞれの部屋に実体化しているというイメージで表されています。シドニーがそれぞれの部屋をたずね、人格を見つけだし、うち勝つごとにその人格が統合されていくというわけです。
 人格同士の戦い、というテーマは面白いのですが、その勝ち方がどうも判然としないのがピンと来ません。催眠療法中のイメージで、部屋にいる人格を見つけたら勝ち、みたいな感じなのです。この辺をもう少し工夫したら、もっと面白くなったと思うのですが。
 結末は例によって、どんでん返しになっています。テーマで予想がつくように、人格の入れ替わりがなされるのですが、これをさらに一ひねりしています。

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あなたも滅んでみませんか -破滅SFの愉しみ-
終末のフール トリフィド時代―食人植物の恐怖 ウェットワーク

 先日、伊坂幸太郎『終末のフール』(集英社)という作品を読みました。これ、すでにお読みの方もいるかと思いますが、隕石が地球に衝突して、人類滅亡が確実視されるようになった世界で生きる人々を描いたオムニバス長編です。で、これを読んでいて、ふと既視感に囚われてしまいました。似たような話を読んだことあるなあ。
 以前紹介したモルデカイ・ロシュワルト『レベル・セブン』をはじめ、1950~60年代に欧米で競って書かれた〈ディザスター小説〉または〈破滅SF〉と呼ばれるジャンルがあります。天災、人災を問わず、何らかの原因で人類が滅亡に追い込まれるというシチュエーションを扱った作品群です。
 米ソ冷戦の世界情勢を反映したものだったのでしょうが、一部の政治小説を除いて、今読んでも面白いものが、けっこうあります。そんな作品について、いくつか語ってみたいと思います。
 〈破滅SF〉と聞いて、まず僕が思い出すのはジョン・クリストファーの作品。最近では『トリポッド』なんかで有名ですが、もともとシリアスな作風の作家です。クリストファーの作品では『草の死』と『大破壊』が破滅ものです。
 『草の死』は、世界から植物がなくなってしまい食糧危機に陥った世界が舞台。政府が崩壊して人々は自衛のために武器を取り始めるというもの。
 『大破壊』は、大地震で破壊され尽くした世界で、主人公の男は遠く離れた娘の生存を信じて捜索の旅に出かける、という話。どちらも極限状況に置かれた人間の変貌ぶりが、リアリティ豊かに描かれる作品です。
 マックス・エールリッヒ『巨眼』は、『終末のフール』と同じく小惑星が地球に衝突するという報告が出された世界が舞台。人々は混乱しますが、一部の心ある人々により落ち着きを取り戻し、世界は一つになる、というかなり楽観的な作品。ものすごいオチがあるのが特徴。これ人によっては怒るんじゃないかと思います。
 リチャード・マシスン『地球最後の男』(ハヤカワ文庫NV)は、吸血ウィルスが蔓延し、周りが吸血鬼だらけになった世界で一人奮闘する男の物語。破滅テーマの変種であり、ホラーとしても第一級の作品です。
 J・T・マッキントッシュ『300:1』は、太陽が輝度を突然増したために、焦熱地獄となった地球が舞台。火星への移住計画が持ち上がり、急ピッチでロケットが作られますが、それに乗れるのは一部の人間だけ。その比率は全人口に大して300:1。 人々は醜い争いを始めるのですが…。
 地球脱出までのパートはすさまじいばかりの迫力です。自己犠牲的なテーマもあり、感動ものなのですが、後半は移住した先での開拓物語になってしまい失速してしまうのが残念。
 エドマンド・クーパー『太陽自殺』も、太陽が破滅原因ですが、ちょっとユニークです。未知の太陽光線の影響により自殺する人々が急増します。生き残ったのは狂信者や誇大妄想狂など、精神に異常を持つものばかり。危険人物ばかり生き残るというのが、かなり怖いです。
 ジョージ・R・スチュワート『大地は永遠に』は、疫病が原因で世界が滅びます。リイ・ブラケット『長い明日』は核戦争が原因。この二つはやたらと肯定的な雰囲気が特徴。未来への希望にあふれた作品です。
 ジョン・ウィンダム『トリフィド時代』(創元SF文庫)は、いわずと知れた有名作品ですが、盲目になった人類に、動く植物トリフィドが襲いかかるという話。盲目とトリフィドと、人類が滅びる原因が二重になってるのが特徴。同じくウィンダム『さなぎ』は、核戦争後、放射能の影響で生まれたミュータントの話。
 このテーマを扱った短編は、数多くあるので詳しくふれませんが、福島正美編のアンソロジー『破滅の日』が非常な秀作集です。
 同じ破滅テーマを扱っていても、イギリス作品はシリアスで陰鬱、アメリカ作品は楽天的なものが多いのが、面白いですね。アメリカの破滅テーマ作品では、滅亡後の世界が、まるで開拓時代の西部劇みたいになっちゃうものが意外と多いです。破滅した原因に対する反省というよりは、希望に満ちた復興、といった面が強く出ているのが特徴。個人的な好みを言わせてもらえば、人物描写に強いイギリス作品の方が全体的に傑作が多いように思います。
 最近この手の作品はあんまり見かけないようです。ウィルスによるパニックものとか、ゾンビものなんかという形では、まだ書きつがれているようですが。この方面で近年、出色だったのはフィリップ・ナットマン『ウェットワーク』(文春文庫)です。ゾンビものなのですが、知性を残したままゾンビ化した人間たちが政府を作り世界制覇に乗り出す、という凄まじい設定。ゾンビ同士のスーパーアクションが見られるというユニークな作品です。
 正面切って破滅を描く作品というのは少なくなっているんじゃないでしょうか。冷戦が終わって舞台設定にリアリティが感じられなくなったというのもあるんでしょうが、小説において極限状況を設定する手段としては、まだまだ有効なものだと思います。

※今回紹介した作品は絶版が多いのですが、現行本で手に入ると思われるものだけ出版社名を記しました。

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善人による善人のための…  シャーロット・アームストロング『毒薬の小壜』
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毒薬の小壜
シャーロット・アームストロング 小笠原 豊樹
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 サスペンスには、悪役が欠かせません。主人公をピンチに陥れる悪役がいなくては、話が面白くならないからです。しかし、物語から悪役を取り除いてもサスペンスは可能なのか? そんな試みがこの作品、シャーロット・アームストロング『毒薬の小壜』(小笠原豊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)です。
 詩の教師ケネス・ギブソンは、55才になるまで、女抜きの孤独で静謐な生活を送っていました。元同僚であるジェイムズ教授の葬儀に出かけたギブソン氏は、そこで教授の娘ローズマリーと出会います。三十二になるローズマリーは親類も頼れる友人もなく、困り切っていました。ギブソン氏は教授の遺稿でもないかと探しますが、めぼしいものはありません。仕事を見つけてやると請け合いますが、結果は芳しくありません。彼女を助けるために、ギブソン氏はある提案をします。

 「それから、いつも申し上げる通り、私は詩なんぞにかかずりあっています。年収は七千ドルです。こんな…ええ…統計みたいなことをお話申しあげてから、私はあなたに求婚します」

 同情の念から結婚を決意したギブソン氏でしたが、徐々に元気を取り戻したローズマリーに、改めて恋を抱くようになります。互いに愛情が生まれつつあった矢先、ギブソン氏は自動車事故で足が不自由になってしまうのです! しかも運転していたのはローズマリーでした。
 事故を聞き、見舞いにきたギブソンの妹エセルは、ギブソン夫妻と一緒に住むことになります。キャリアウーマンであるエセルは徹底したリアリスト。彼女の忌憚のない意見は、夫妻を悩ませます。ローズマリーは事故の責任を否応なしに意識させられ、ギブソン氏は、ローズマリーが不貞をしているのではないかと思い悩むようになるのです。
 ある日、ローズマリーが、化学者であるやもめの隣人ポール・タウンゼンドに抱擁されているのを見たギブソン氏はショックを受けます。しかし考え直した彼はある結論に至ります。

 考えられる反抗の道は一つしかなかった。たった一つ。彼はものすごい精神の高揚を感じた。ほんのすこしの勇気さえあれば-逃亡できる。

 足が不自由で、老い先短い自分よりも、まだ男盛りの魅力的なポールの方がローズマリーを幸せにできる。ギブソン氏は自殺を決意し、ポールの仕事場から毒薬を盗み出します。しかし、途中に乗ったバスで、毒薬の入った小壜をなくしてしまうのです!
 慌てて警察に電話するギブソン氏。事実を知ったローズマリーとポールはギブソン氏を加え、小壜の行方を追って飛び出します。その捜索の途中で出会った人々、バスの運転手、看護婦、資産家の夫人、老画家など、彼らは、ギブソン夫妻の境遇に同情し、手伝いを申し出ます。一行は小壜を見つけられるのでしょうか? そしてギブソン夫妻の結婚生活の行方は?
 まさに、善人による善人のためのサスペンス。犯罪が起こるのですが、その原因も全て善意から出たものなのです。そして、ほぼ全ての登場人物が善意の人です。小壜を探している最中に出会う人は、みな同情し手伝おうとします。まるで民話の『大きなかぶ』を思わせるストーリーです。
 善意に満ちた登場人物の中にあって、唯一、悪人と呼べるのがギブソン氏の妹エセルです。とはいっても正確に言うと現実主義者と言った方がいいでしょうか。キャリアウーマンとして一人で社会で戦ってきたエセルは、冷徹なリアリストであり、他人が認めたがらない真実を突きつけます。ギブソン氏に対しても、結婚は失敗であり、ローズマリーが若い男に惹かれるのはしょうがないと達観した意見を持っています。それがギブソン氏の自殺の決意につながって物語が動き出すわけですが、善人ばかりの登場人物の中にあって、一番魅力を感じるのもエセルのキャラクターです。善人ばかりの世界で、物語の動因を導入する要素としての最低限の悪、それがエセルに体現されているといってもいいでしょうか。
 性善説に従い人助けを好むギブソンは、世間知らずの無邪気な男とされるのに対し、エセルは世の中を知り尽くしているかのように描かれますが、結末にいたって、エセルこそ何もわかっていなかったということが示されます。現代の悪意に満ちたミステリを読み慣れた読者から見ると、現実主義者であるエセルの方こそ正常に見えてしまうのですが、それがひっくり返される結末には爽快感を覚えることでしょう。
 善人ばかりという、ある意味ありえない世界を描いているということで、限りなくファンタジーに近づいた作品です。心疲れた時にこそ読みたいハートウォーミングな逸品。


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まぼろしの故郷  埋もれた短編発掘その16
 孤独な青年は、また別の運命を夢見ますが、思わぬ形でその機会が訪れることになるのです…。今回紹介するのは、不思議なノスタルジアを感じさせる作品、ローレンス・トリート『拾った町』(羽田詩津子訳 早川書房 ミステリマガジン1986年8月号所収)です。
 郵便局に勤めるフレッド・フェリスは、これといった野心もない、孤独な青年でした。決まり切った日常を淡々とこなす彼は、たいした根拠もなく、何か別の運命が自分を待っているのではないかという考えを持っていました。
 ある朝、前を歩いていた猫背の男が新聞を落とし、それに気がついたフレッドは男に声をかけます。差し上げると言われたフレッドは、新聞を持ち帰り読み始めます。それは〈ザ・ウィークリー・ガゼット〉、地方の町イースト・ヴィックスビルのローカル新聞でした。そして、フレッドは個人消息欄の一つの記事に目を止めます。
 それはダニエル・リスター夫人の70歳の誕生日の記事でした。彼女は、アリンガムという男とともに駆け落ちしてしまった姪のアリスが帰ってくるのを未だに待ち続けているというのです。フレッドはすっかり引き込まれ、早速一年分の予約購読を申し込みます。
 結局リスター夫人の願いは実現しないようでしたが、一年あまり新聞を読み続けたフレッドは、イースト・ヴィックスビルの人々を知るようになります。やがて彼らが昔からの知り合いであるかのように感じ始めたフレッドは、ある決心をします。

 銀行には金があるじゃないか。事が起きた時に備えて貯めてきた金だ、イースト・ヴィックスビルを訪ねてなぜ悪い? ある意味じゃ、おれはあそこの人間だ。住民の名も職業も、半数は知っている。

 イースト・ヴィックスビルにたどり着いたフレッドは、さっそく目に付いた家を訪ねます。現れたのは、大柄なたくましい女。一見して好感を持ったフレッドは、意図しなかった言葉を発してしまいます。

 「僕はフレッド・アリンガムといいます」彼は名乗った。「実は部屋を探してるんですが」
 「アリンガムですって?」女は問い返した。「あなた、まさか…」


 そう、行方不明のリスター夫人の姪アリスの息子であると名乗ったフレッドは、女の家族から歓迎されます。彼女はアリスの親類エマ・リスターでした。やがてこの町で暮らすようになったフレッドは、エマの娘マイラと恋仲になります。
 しかし町の人々は、一応の敬意は払うものの、フレッドに馴染んでくれません。それに対して、もともと人々からのけ者にされがちだったマイラはフレッドにぞっこんとなり、彼と結婚することを疑いもしない様子です。ようやくフレッドは将来を真剣に考えはじめます。この町に落ち着くことは不可能ではない、しかし自分に何ができるだろう。この町で暮らしていけるような才能は全くない…。フレッドは、もとの家に帰ることを考えます。
 ある日、マイラとドライブに出かけたフレッドは、彼女に真実を打ち明けようとします。てっきりプロポーズの言葉が出るものと思いこんでいるマイラに、フレッドはなかなか言い出すことができないのですが…。
 フレッドとマイラの恋の行方は…。彼は真実を話してしまうのでしょうか?
 新聞によって、青年の脳裏に焼き付けられた理想の町。ノスタルジーを感じさせる発端は、上手いの一言。そして、ふとした偶然からその町に入り込んだ青年は、理想と現実のギャップに苦しめられます。よどみなく流れるストーリーはおちるべきところにおちます。真実を知ってなお、青年と娘の愛が確認される物語…、だったらよかったのですが、物語は意外な方向に進んでいきます。単なる恋物語では終わらないクライム・ストーリー。結末は賛否両論あるでしょうが、様々な可能性を予感させる発端部の素晴らしさだけでも、充分際だつ作品です。

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ナイトビジョンその8
 今週放送分の『ナイトビジョン』のレビューです。

「迷路」
 女子大生スーザンは、人付き合いが苦手だった。デートを申し込んできたウェスの誘いも、あっさりと断ってしまう。ある日スーザンは、大学に行く途中でウェスを見かけるが、顔を合わせないように、そばにあった生垣の迷路に入ってしまう。
 迷路を出ると、なぜか大学は静まりかえっている。どこにも人のいる気配がないのだ。そこへふと音楽が聞こえる。音に誘われてその部屋に入るとそこは音楽の講義室だった。前の座席に座っている学生たちを見つけたスーザンはほっとする。彼らに声をかけようとしてスーザンは絶句する。なんと彼らは死んでいたのだ!
 そこへ女教師が現れる。彼女は何事もなかったかのように授業を始め、スーザンにも座れと促す。逃げようとするスーザンに教師は狂ったようにおそいかかる。
 何とか逃げ出したスーザンは調理室にあったナイフを手に校内を探索する。そこへ突然、近くの電話のベルが鳴る。電話の主は「そんなナイフなど役にたたない。みな死ぬんだ」と奇怪な言葉を洩らすのだが…。
 不思議な世界に迷い込んでしまった女子学生の物語です。話の展開からして、迷路を通して別世界に入り込んだだろうことは予想がつくのですが、その世界がどんなものなのかが判明するまでのサスペンスには素晴らしいものがあります。
 内向的で人付き合いが苦手という主人公の性格が、ストーリーと有機的に結びつけられているのがミソ。彼女が出来事を通して成長する、という展開になっているのです。その点、序盤で軽くスケッチされるスーザンの性格描写は、短いながらも実によく出来ています。
 結末は、この番組には珍しいハッピーエンド。とはいってもそれは主人公にとってであって、客観的な状況としてはアンハッピーエンドではあります。極限状況において人間性がためされる…という、いわゆる〈破滅SF〉のヴァリエーションです。

「ハーモニー」
 都会での生活に倦み、当てもない旅行中の青年イライは、車が故障したため、歩いて最寄りの町ハーモニーにたどりつく。そこで出会った若い女性ルシンダは、車の修理工場も宿も紹介してくれる。ルシンダだけでなく、そこで出会った人々は誰もが親切であり、彼はこの町が旅行の目的地だったのではないかと、ふと考える。宿の主人フィンチ夫人もまた、イライを歓迎してくれるのだが、彼が口笛を吹いたとたんに、恐ろしい剣幕で激昂する。
 散歩に出たイライは、墓地で葬儀に出くわす。祈りの歌も歌わない葬儀にイライは不審に思うが、ルシンダとその弟ティムと出会い、死んだのはティムの親友の少年であることを知る。そしてティムは町のことを非難する。
 イライは、ハーモニーではまるで音楽というものが聞こえないことに気がつく。口笛や鼻歌でさえも聞こえないのだ。そしてある夜、イライのもとにティムが忍んでくる。この町から連れだしてくれとティムは懇願する。この町の人々は音楽によって怪物が呼び覚まされるという伝説を信じ切っているのだという。この前の死んだ少年も音楽を聴いたために、母親に殺されたのだというのだ!
 夜中、墓地に現れたイライは、墓石がほとんど十代の子どものものであることに驚く。するとふと人影が。それは先日死んだ少年の母親だった。彼女の言葉から少年は殺されたことを知ってイライは驚くのだが…。
 一見平和で牧歌的な田舎町が、実は恐るべき因習のはびこる場所だった!というパターンをひねった話です。音楽で怪物が呼び覚まされるという伝説を信じる人々に、イライはその迷信を責め、人々は改心する…という展開なのですが、その後のオチには、やられた!という感じです。よくできたアイディア・ストーリーです。

テーマ:海外ドラマ(欧米) - ジャンル:テレビ・ラジオ

分割された人生  ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『星ぼしの荒野から』
4150112673星ぼしの荒野から
ジェイムズ,ジュニア ティプトリー James,Jr. Tiptree 伊藤 典夫
早川書房 1999-04

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 今や伝説的なSF作家となったジェイムズ・ティプトリー・ジュニア。彼女の作品はSFというジャンルの枠を越えた魅力を持っています。そして昔ながらのオーソドックスなSFでも、その力量は遺憾なく発揮されています。『星ぼしの荒野から』(伊藤典夫・浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)は、後期の作品集ですが、初期の作品と比べ肩の力が抜け、読みやすい作品が揃っています。その中から面白かったものを紹介しましょう。
 『天国の門』地球に飛来したエイリアンは、地球人の中から善人だけを選んでコンタクトします。その目的は善人だけしか入れないという楽園への扉を与えること。地球人たちはその善意を疑いませんが、エイリアンの本当の目的は…。
 「ET」風のいい話かと思いきや、実は侵略SFのヴァリエーション。
 『ビーバーの涙』も侵略SFですが、ビーバーと人間とがアナロジカルに対比されるショート・ショートです。
 『ラセンウジバエ解決法』恐るべきウィルスが蔓延した世界。その症状により男は女を殺しまくるようになる。ウィルスに感染した主人公は、妻と娘を守るために、自分に近づくなと警告するのですが…。
 女だけが虐殺される世界という、どこかフェミニズムの臭いも漂う破滅SF。空恐ろしい迫力に満ちた作品です。
 『汚れなき戯れ』宇宙の果てで究極の生命体を見た男。それは人間の願望を反映して実体化する。そこで理想の女を見た男は…。
 究極の欲望を目にしたために、現実が味気なくなってしまった男の物語
 『星ぼしの荒野から』宇宙を闊歩する超生命体が、外敵に襲われ地球に飛来する。そのエネルギーが何人かの人間の体に入り、生命体は人間の中で彼らの生き方を学ぶ…。
 エイリアンの目を通して、はかなくも価値ある人間の生命を賛美する物語。
 『たおやかな狂える手に』男性優位社会の近未来、一人の不器量な女性が宇宙からのメッセージに従ってエイリアンのいる惑星にたどり着きます。しかしそこは人間にとって長くは生きられない苛酷な環境でした。ただ愛を求めて宇宙を突き進む女性の狂おしい姿が印象に残る一編。名作『たったひとつの冴えたやりかた』にも通底する、限りない愛情に満ちた傑作。
 そして本書の収録作品ではもっともオーソドックスな味のする作品といえば、これ『時分割の天使』です。
 舞台は人口爆発寸前の地球。神経過敏な若い娘ジョリヤン・シュラムは、天使に祈ります。

 「わたしたちがあらゆるものを殺してしまわないうちに、もっとたくさんの人びとが生まれてくるのをとめてください!」

 その祈りは聞き届けられ、翌朝、全世界で同じ光景が見られることになります。子供のいる家庭で目覚めたのは、たったひとりの赤ん坊だけ、しかも末っ子だけでした。

 眠っている子供たちの肌が冷たく、胸が動いていないことに、母親たちが気づいたのだ。子供たちの唇には息がなかった。二歳から二十歳までの女の子と男の子、すべての兄弟姉妹が、びくりとも動かずに横たわっていた。成人して家を出た子供たちでさえ、死んだように横たわっていることがわかった。

 しかし子供たちは、死んでいるわけではありませんでした。かすかな、ゆっくりとした呼吸音が聞こえるのです。それはまるで冬眠のよう。彼らを目覚めさせようとする手段は、ことごとく失敗します。どんな刺激も療法も効果がありません。影響を受けなかったのはひとりっ子の家庭だけ。しかも新生児が生まれると、先に生まれた子供は昏睡状態に陥ってしまうことが判明します。
 日々が過ぎ、ある日異変が起こります。昏睡状態にあったデニー・マッケヴォイが突如目覚めたのです! しかしその代わりに今まで目覚めていた末っ子のデビーが昏睡状態に陥ります。そして、人々はようやくこの現象の意味に気がつきはじめます。いちどきに目覚めていられるのはたった一人の子供だけ。兄弟がいる場合、交代に目覚めるということ。しかもそれは一年をサイクルにされているようだということ。つまり兄弟が多いほど一人当たりの目覚めている時間が短くなるのです。
 世界経済は激変します。食糧不足は解消され、戦争はなくなります。しかし慢性的な人手不足で経済は停滞します。全ての時間を使えるひとりっ子は重宝され、もてはやされるようになるのですが…。
 時間を分割される子供たちを描くアイディアSFです。兄弟が多いほど、目覚める時間が少なくなる。それはまた成長にかかる時間が増えることにもなります。裏を返せば、他人よりも長寿を得ることができるともいえるのです。ずっと目覚めて生きるのと、どちらがより幸せといえるのでしょうか。
 コメディ調の作品なのですが、この事態はまた人類の滅亡につながるかもしれないという不安を残して物語は閉じられます。どこか薄ら寒さを感じさせる〈時間〉テーマと〈破滅〉テーマのハイブリッド作品。単なるユーモアSFに終わらないところは、さすがティプトリーと言うべきでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

非情なタイムトラベル  ピート・ハウトマン『時の扉をあけて』
4488714013時の扉をあけて
ピート ハウトマン Pete Hautman 白石 朗
東京創元社 2000-04

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 タイムトラベルを扱った作品は数多くありますが、ピート・ハウトマン『時の扉をあけて』(白石朗訳 創元SF文庫)は、ひと味違った作品です。
 ジャック・ランドは不仲な両親のもとで育てられます。アルコール中毒の父親、気丈ながらも父親に虐待され続ける母親。ジャックは父親に反抗することもせず、母親を助けようとするでもなく、ただ現実を傍観するだけの毎日を送っていました。そんなとき、母方の祖父が危篤との知らせを受けて、ジャックと母は、母親の故郷メモリーの町にやってきます。
 祖父のいる病室に入ったジャックは、とつぜん祖父の顔がこわばるのを目の当たりにします。

 ふたつの眼が頭蓋骨から押しだされた感じで大きくなったかと思うと、祖父はわたしが幽霊であるかのように、いきなりうしろに身をのけぞらせた。
 「おまえか!」祖父はしわがれた声でいった。


 その直後ジャックは、なんと瀕死のはずの祖父に首を絞められます! そして目覚めたとき、祖父は息絶えていました。
 祖父の行動は幻覚のせいだと片づけられます。ショックを受けた母親ですが、落ち着くとともに、母子はしばらく祖父の屋敷で暮らすことになります。
 ある日、ジャックは、祖父の屋敷〈ボックスズ・エンド〉の噂を町の人間から聞かされることになります。その名前の由来は、1927年にその屋敷から消えてしまったボックス一家にちなむというのです。祖父がその家を買ったあとも、幽霊屋敷のような扱いは変わりませんでした。しかも1981年には祖父の妻、つまりジャックの祖母までもが姿を消してしまったというのです!
 ある夜ジャックは夢の中で、自分の部屋のクロゼットの中に扉がある夢を見ます。そして現実でも隠された扉があることを知ったジャックが、扉を通り抜けさらに進むと、そこには光を放つ謎の扉が。その扉の向こうには夏の風景が広がっていました。今は冬のはずなのに!
 その世界で、ジャックは自分と同世代の少年スカッドと少女アンディと知り合いになります。その場はすぐ戻ってきたジャックは、今までの体験は夢ではないかと考えます。
 アルコールを断ち、真人間になった父親のもとに戻ったジャック母子は、しばらく平和な生活を送ります。しかし、再び酒に溺れるようになった父親に愛想をつかした母親はジャックを連れて、再び〈ボックスズ・エンド〉に戻ってきます。ジャックは以前の体験が本当だったのか確かめるべく、扉を通ってその世界を調べますが、そこはなんと1940年代の過去の世界であることが判明するのです!
 屋敷に姿を見せた父親はまたアルコールに溺れるようになります。ある夜、泥酔した父親は車で屋敷に飛び込み、母子に殴りかかります。あまりの暴力を見かねたジャックは、バットを持って立ち向かいますが、たちまち殴り倒されます。そしてジャックをかばった母親は…

 あわただしい足音。うなり声。つづいてきこえてきた音を、わたしは終生忘れることはないだろう-くぐもったようでいながら、鋭い音。メロンを落としたときのような音。

 とうとう母親は殴り殺されてしまうのです! 正気に戻った父親は自ら命を断つべく、木にロープをかけはじめますが、それを見届けずに、ジャックは走り出します。すべてから逃れるために、あの扉を通って過去の世界へ…。
 ジャックの運命は? 祖父がジャックを殺そうとした理由は? そして過去に戻ったジャックは、母親を助けられるのでしょうか?
 タイムトラベルを扱った作品ですが、作中に伏線がたくさんばらまかれているのが特徴。タイム・パラドックスも用意されており、それらの謎が全て収束する結末には爽快感が得られるでしょう。
 しかし、そのSF的なガジェットや趣向に比べ、物語自体はかなり陰惨な雰囲気を帯びており、爽快感どころではありません。主人公ジャックの家庭は、アル中の父親によって悲惨なものになっています。しかも共依存的な関係にある母親は、父親に反抗はするものの、暴力を誘発するような態度に出てしまい、その関係は悪循環を繰り返すばかり。そしてジャックは、そんな現実の前に、感情の麻痺したような人間に育ってしまうのです。祖父の危篤を聞いても、何の感興をも覚えないのは、その表れでしょう。
 そんなジャックだけに、過去の世界へ戻っても、自分の運命を切り開くべく活動するわけではありません。以前知り合ったアンディの農場で働くことになるものの、好意を持つアンディに気持ちを打ち明けることもできず、漫然とした日々を送ります。そして勃発した第二次大戦。友人スカッドとともに志願したジャックは、よりにもよって激戦地ガダルカナル島に派遣されてしまうのです!
 未来の知識を持っているはずのジャックが、なぜそんな行動に出るのか? ここが本作品のうまいところです。まだ年端もいかない少年という設定のため、ジャックはろくに歴史の知識も持っていません。そのため過去に行っても未来の知識を活用することができないのです。未来の貨幣を使おうとしたり、不用意に未来の事物の名前を漏らしたりと、失敗を繰り返してしまうのです。わざわざ激戦地に行ってしまう理由もそういう点で説得力があります。それに加えて、もともとの流されやすい性格が、それを後押ししています。
 ただ、現実に対して無抵抗であるというジャックの性格がもどかしく思えるのも確か。後半の展開は、ジャックが何もできずにただ時間が経つのも見ているだけ、というのに近いもの。読んでいて非常にもどかしくなります。
 結末は、ある種のハッピーエンドとなります。しかし繰り返しますが、それも主人公が自分で切り開いたわけではありません。ただ運命に流されただけとしか感じられないのです。その意味で主人公ジャックの生涯は不幸の連続であり、悲惨きわまりないといえるかもしれません。
 タイム・パラドックスの処理は非常によくできていて、時間ものSFとしては秀作なのですが、主人公があまりに悲惨で痛々しいので、読むのがつらいものがあります。ただ、主人公の境遇と性格がプロットと有機的に結びついているので、ストーリーの流れはかなり自然なものとなっています。
 似たような話を読んだことがあると思ったら、広瀬正の時間SF『マイナス・ゼロ』と非常によく似た展開でした。主人公が何もできないまま、戦争に巻き込まれてしまうあたりもそっくり。ただ『時の扉をあけて』では過去の時代へのノスタルジアといったものは全くといっていいほどありません。主人公の痛々しい運命に我慢できさえすれば、非常に高いリーダビリティを得られる佳作です。
 ちなみに巻末の菅浩江の解説は、ちょっと興醒めです。作品についてよりも〈アダルトチルドレン〉についての解説に終始していて、解説の趣旨を間違えているとしか思えません。作家のプロフィールに全く触れられていないのも困りもの。

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あなたが見えない  柴田元幸編訳『むずかしい愛』
402257416Xむずかしい愛―現代英米愛の小説集
柴田 元幸 畔柳 和代
朝日新聞社 1999-08

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 現代英米のいっぷう変わった愛の物語を集めたアンソロジー『むずかしい愛』(柴田元幸編訳 朝日新聞社)。このアンソロジーには一つとしてまともな愛を描いたものはありません。
 ウィリアム・トレヴァー『ピアノ調律師の妻たち』盲目のピアノ調律師に恋した美貌の女性。しかし彼は容姿の劣る別の女性と結婚してしまいます。数十年後、後妻としてピアノ調律師と一緒になるという宿願を果たした女性ですが、ことあるごとに前妻の影がちらつきます。何十年も前妻のなすがままに暮らしてきたピアノ調律師は、後妻の言葉によってそれまでの人生のイメージが覆されてゆくのに困惑するのです。
 盲人は言葉として世界を知る。それならば、妻の言葉が、夫の世界のイメージを決定してしまうのではないか。前妻と後妻、それぞれによって与えられる世界像にとまどいながらも、それを受け入れるしかない男の哀愁ただよう物語です。
 ヘレン・シンプソン『完璧な花婿』結婚を前提にして何年もつきあっていた男から振られた女。女は想像上の完璧な花婿を作り上げ、彼と結婚することにします。結婚式さえも本人不在のまま代理の男を立てて、行おうとするのですが…。
 想像上の恋人が次第に実在性を持ち始める過程はスリリングです。とはいえ、ユーモアあふれるタッチで描かれた物語は、あくまで現実の範疇で進みます。悲劇的な結末になるかと思いきや、ハッピーエンドになってしまうのには唖然としてしまうでしょう。
 グレアム・スウィフト『ホテル』母親を憎んでいた神経症気味の男が主人公。彼は精神病院を退院後、地道な商売を続け、ついにホテルを手に入れます。そのホテルは人々が真に落ち着ける「セラピー滞在」を目的としたものでした。常連も増え順調だったホテルにある日、不釣り合いなカップルが現れます。化粧をした若い娘とおそらく父親と思われる男、このカップルのせいで客はホテルからいなくなり、主人公は自分の世界が揺らぎつつあるのを実感します…。
 自らの価値観に従い、心地よい世界を作り上げたはずの男、その世界の崩壊を描く作品です。
 ジョン・クロウリー『雪』資産家の妻と結婚した作家志望の男。妻は「ワスプ」と呼ばれる監視機械で自分の日常を記録します。そして妻の死後、男は生前の妻の映像を見に出かけますが、記録された映像はランダムなものであり、特定の出来事を再現することはできません。一度見た映像をもう一度見ようとしても、それは不可能に近いのです。やがて映像は劣化し始めるのですが…。
 愛する妻に再び会おうとする男に対して、妻はその全体像を現してくれない。愛の不可能性を描いた、難解な作品です。
 そして、本作品集で一番過激な愛を描いた物語としては、レベッカ・ブラウン『私たちがやったこと』があげられます。
 互いに愛し合う男と女が主人公です。二人の結びつきを緊密なものにするために、彼らはとんでもないことを実行します。

 安全のために、私たちはあなたの目をつぶして私の耳の中を焼くことに同意した。

 目の見えなくなった男と耳の聞こえなくなった女。二人は互いに足りない感覚を補うことによって、結びつきを深めることができると考えます。二人はそれぞれの感覚を失ったことを世間には隠そうと、今まで通りの振る舞いをすることに決めます。女は相手の唇を読むことを練習し、男は物にぶつからないように注意を払います。
 ピアニストである男の演奏会に連れ添った女は、聞こえないはずの演奏に対して拍手し「ブラヴォー」と叫びます。しかし男はその叫び声に違和感を感じます。

 私の声の変化が著しくなってきたというメモをあなたは書いてよこした。もはや単に声音や高低の問題ではなく、言葉をかたちづくる能力自体の問題だ、と。

 聴覚を失った女の声は徐々に抑制を欠いてきていたのです。一方画家である女は、展覧会場でターナーの絵に感嘆しますが、その感動は男には全く伝わりません。目の見えなくなった男もまた視覚的なセンスを喪失してしまうのです。

 あなたのメモはぞんざいな書き方だった。字と字が重なりあい、行は曲がりくねっていた。

 二人の間には徐々に亀裂が入り始め、とうとう悲劇が起こってしまうのですが…。
 愛を深めるために互いに感覚を捨てるという設定がまず魅力的です。さらに二人の恋人たちがそれぞれ芸術家であるということもテーマを深めるのに役立っています。互いの感覚の劣化が、それぞれにとって美的に耐えられないものになってゆきます。愛を強めるための行為が、逆に二人を引き離してしまうのです。
 本当に障害にもかかわらず恋人たちは愛を深めることができるのか?「障害を乗り越えてこそ真の愛」というお題目を皮肉ったかのような作品です。
 この作品に関わらず、本アンソロジーに収められた作品は「障害のある愛」を描いています。それもだいたい悲劇的な結末に終わるものが多いように感じられます。障害を乗り越える強い愛情という通念を、ひっくり返すかのような作品群。それは現代における恋愛小説が困難になりつつあることを示しているのかもしれません。

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胸躍らせぬ物語  カトリーヌ・アルレー『死神に愛された男』
4488140238死神に愛された男
カトリーヌ アルレー 安堂 信也
東京創元社 1986-02

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 サブタイトルにもあるように、基本的にこのブログでは面白かった作品をとりあげています。今回の作品はあまりに面白くなかったので、やめようかと思ったのですが、たまにはこういうのもいいかなと思うので、ちょっと書いてみます。問題の作品はこれ、フランスの作家カトリーヌ・アルレーの『死神に愛された男』(安堂信也訳 創元推理文庫)です。アルレーの作品は『わらの女』以外、どれもぬるい作品ばかりです。その中でも、この作品はかなりひどいのですが、こんな話です。
 モード・デザイナーであるポール・ラティノは、何事もうまくいかない男でした。それに比べ、ポールの雇い主ルノー・モラティエは富と才能をあふれんばかりに持つ男であり、ポールの羨望の念を集めていました。モラティエの秘書であり、ポールのフィアンセであるリーナは、出張の際にモラティエと関係を持ちます。プレイボーイのモラティエは、一夜の遊びとしてしか考えていませんでしたが、野心的なリーナはモラティエの夫人の地位を狙い、ポールとの婚約を一方的に破棄します。
 一方、夫の浮気に苦しんでいたモラティエ夫人フランソワーズは、ポールに悩みを打ち明け、夫への殺意さえ仄めかします。そんな折り、リーナがモラティエの家のガレージで車のバンパーに挟まれて圧死します。モラティエが、鬱陶しくなったリーナを殺害したと信じるポールは復讐の念に燃えるのですが…。
 これ、あらすじだけ聞くと、結構面白そうに見えるのが曲者。ここまでのあらすじで、ポールがモラティエを陥れようとするが失敗して破滅する、というようなストーリーを思い浮かべた人は、はずれです。この後、モラティエに詰め寄ってリーナとのことを指弾するポールは、モラティエの持ち出した昇進話に丸め込まれてしまいます。ここまではいいです。ポールの態度もとりあえずモラティエを安心させるためと描写されていますし。問題はこの後。なんと墜落事故でモラティエは死んでしまうのです! ここまでで、まだ小説は半分です。
 「死神に愛された男」ポールが、ことごとく不幸な目にあう、という設定はいいと思うのですが、作品全体があまりに行き当たりばったり感が強すぎます。モラティエが墜落事故で死ぬときに、ポールも乗り合わせており、唯一の生存者になるのですが、この墜落した場所がアフリカの人跡未踏の地! ここからサバイバルになるのかと思いきや、次のページでは、何事もなかったかのようにフランスに戻っているのです!これには呆れます。
 さらにこの後は、未亡人となったフランソワーズと結婚しようとポールがいろいろと手を尽くすという展開になります。ここでリーナ殺害事件やモラティエの死についての疑惑が絡み合ってサスペンスが増す、とかいうことには、全くなりません。伏線は全く活きてこないし、面白くできるところを、ことごとくつまらなくさせているとしか思えません。
 何をやってもうまく行かない男の喜劇として見るなら、この行き当たりばったりの展開も、うなずけないことはないのですが、どうも作品のトーンはシリアスで、笑えるような雰囲気ではありません。この作品の設定を使えば、たいていの作家なら、もう少し面白くできるような気がします。
 本当に安手のサスペンス。評価できるのはタイトルだけ。フランス製の「火曜サスペンス劇場」といった感じの超凡作です。ただ、ここをこうしたらもう少し面白くなるな、といった自分なりの改善策を考えられるという点では面白いかもしれません。逆に言うと、そういう考えがすぐに浮かぶほど不器用な作品ではありますが。

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ナイトビジョンその7
 今週放送分の『ナイトビジョン』のレビューです。

「憎まれ人形」
 アンディは、弟との待ち合わせに向かう途中、電話に気をとられ大男にぶつかってしまう。飲み物を相手にかけてしまったアンディはとっさに謝るが、大男は意味不明の外国語でわめいた後、まじないのような仕草をして去ってゆく。
 弟は、それは呪いの言葉なのではないかという。ウェイトレスが自分に異様な敵意を示すのを見て、不審に思うアンディだが、いつの間にか弟の態度も豹変している。
 会社では上役に突然クビにされ、帰り道では工事現場の連中に殺されそうになる。警官にそのことを訴えてみても、相手にしてもらえない。しかも警官は意外なことを告げる。アンディの話は、ベストセラーになっている小説と全く同じだというのだ!
 本屋でその小説、ウィリアム・プライスの「憎まれ人形」を手にしたアンディは愕然とする。主人公の名前も表紙の写真も自分にそっくり。そして小説の主人公は、自分に起きたのと全く同じ出来事に出会っていた! ようやくアンディは大男によって呪われたことを確信する。それは周りの人々に憎悪をかき立ててしまうという呪いだった。
 しかも、その小説と全く同じような出来事が、現実に起こり続ける。家に戻ったアンディは、妻にそれまでの経緯を話すが信じてもらえない。そして妻もまたアンディに憎悪を剥き出しにし、拳銃で襲いかかる。揉み合った際に妻を射殺してしまったアンディは、すべては小説家プライスのせいだと考え、彼の自宅に侵入する。アンディは、プライスに小説を書き直せと命令する。すべては夢だったということにしろ、と…。
 アンディにふりかかる、あまりに不条理な出来事。飲み物をかけてしまったぐらいで、何でこんな目にあわなければならないの?というくらいの災難の連続が見ていて痛々しいばかり。最初は、呪いをどうやって解くのか?という方向に進むのかと思いきや、思わぬ方向へストーリーがねじれていくあたり、実に面白いです。
 小説に書かれたことが現実になる…というメタフィクション的作品。アンディに起こった出来事が、あくまで妄想だと信じる小説家プライスが更に不条理な目に会う、という二段構えのサプライズ・エンディングになっています。アンディを操るプライスもまた一段上の現実の操り人形でしかないという、入れ子形式のホラー。ちなみに原作はホラー作家トマス・F・モンテレオーニの作品です。

「暗闇」
 ハーロウ・ウィントンは、それまで存在すら知らなかった大叔父の遺言により、広大な屋敷を相続することになる。遺産相続の条件は、その屋敷にハーロウが住むこと。仕事から解放されたハーロウは喜ぶが、屋敷のおかしなところに気がつく。屋敷の中は照明やライトだらけなのだ! 聞けば、大叔父は暗闇を恐れ、屋敷中に照明をつけさせたのだという。
 弁護士はウィントン家の先祖について、気になる話をする。労働者から苛酷な搾取を行っていたウィントン家の先祖は、人々から相当恨まれているのだという。弁護士は屋敷を市に寄付すべきであると提案するが、ハーロウは歯牙にもかけない。
 ある日、ネズミが「影」に襲われ絶命するのを見てハーロウは驚愕する。弁護士は言う。「影」はウィントン家に恨みを持つ人々の怨念が集まったものだ、と。再び屋敷を寄付することを提案する弁護士だが、ハーロウはあくまで財産を手放すことを拒否する。
 光を集中的に浴びせれば「影」が殺せることに気づいたハーロウは、屋敷に巨大な照明を設置し「影」を殲滅しようと考える。そして深夜、「影」をうまくおびき寄せたアンディだったが…。
 人々の怨念が主人公を襲うのですが、富への執着のため彼は屋敷を手放すことを肯んじない、という話。傲慢な主人公が罰を受けて終わり、という因果応報的な物語かと思いきや、具体的な手段を持って、あくまで対決姿勢を見せる主人公が目新しいところです。
 ただ、なぜ先祖の罪を子孫が受けなければならないのか?という疑問は残ります。作中でも主人公がそのことを指摘していますし。罰を受ける伏線として、主人公がだんだんと傲慢になってゆく描写を加えていますが、ちょっと必然性に欠けるという感じは否めません。屋敷をそれまで知らなかった親戚が相続する、という設定があんまり生かされていないような気がします。
 「影」のビジュアルは、安っぽくて大したものではありませんが、人間関係のドラマで興味を引いているので、あんまり気になりません。

テーマ:海外ドラマ(欧米) - ジャンル:テレビ・ラジオ

私はだまされない  フィリップ・K・ディック『時は乱れて』
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時は乱れて
フィリップ・K. ディック 山田 和子
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 フィリップ・K・ディックの作品に特徴的なのは、その現実崩壊感覚です。現実世界は見た通りのものではないのです。人間が時おり感じる現実への違和感、それをディックは極端にデフォルメしてみせてくれます。本作品『時は乱れて』(山田和子訳 サンリオSF文庫)もまたそんな一編。
 舞台は1959年。独身の中年男レイグル・ガムは、妹マーゴとその夫ヴィック、甥のサミイと暮らしていました。レイグルの趣味は新聞の懸賞クイズ。だがレイグルは、この懸賞に二年間も勝ち続けているのです! もはや懸賞はレイグルの生活の一部となり、一日の大半を懸賞の研究に費やす彼は、体調を悪くしていました。時々、自分が本当の現実にいるのかわからなくなるほどに。
 ある日、新聞懸賞の代理人ローアリイが、レイグルのもとを訪れます。ローアリイはわざわざ、レイグルの記入ミスを正しに来たというのです。レイグルは今までに八回ほどミスをしていましたが、新聞社側は彼の懸賞参加を認め続けていました。そしてこのことは、世間には知らされていないのです。まるでレイグルに一位に居続けていてほしいと考えているような態度。レイグルは不審に思いますが、大衆心理はそんなものなのだろうと、気には止めません。
 ある夜、隣人ブラック夫妻とゲームをしていたヴィックは、バスルームの電気をつけようと、暗闇の中で必死に電気コードを探しますが、見つかりません。そしてふとヴィックは気づくのです。ここに電気コードなどないのだ! スイッチがあるだけだ。

 ぼくはでたらめに手さぐりしていたのではない。見知らぬバスルームに入り込んだように、ぼくがさがしていたのは何度となく引っぱったことのある電気コードだ。反射行動として無意識の神経回路に組み込まれてしまうほどに引っぱったコード。

 ほかにも、サミイが見つけた電話帳と雑誌のことがあります。電話帳の番号はどれをかけてもつながらないのです。そして雑誌に載っていた美人女優の写真にレイグルは心惹かれます。その女優の名前はマリリン・モンロー!

 「聞いたことある?」マーゴが言った。
 「ないな」とレイグル
 「きっとイギリスの新進女優だよ」とヴィック。


 度重なる不審な出来事に、自分に対する陰謀が企まれていると考えたレイグルは町を出ようとするのですが、ことごとく失敗します。切符を買おうとすると、異様な数の行列が出来ていて何時間も列は進みません。タクシーの運転手は、規定で禁止されていると言い、町の外には行こうとしないのです。
 なぜ人々はマリリン・モンローの存在を知らないのか? 新聞社の連中はなぜレイグルに懸賞を続けさせようとするのか? そしてレイグルが町から出られない理由は? レイグルは世界の真の姿を知ることになるのですが、それは思いもかけない世界でした…。
 ディックの作品を読み慣れている方には、もはや目新しいテーマではないでしょうが、相変わらずその世界の手触りには独特のものがあります。この世界は本当に現実なのか?というディックがこだわるテーマが扱われているのです。
 主人公が感じる妙な違和感。それは自分の周りの世界が、作られた「にせもの」であるという認識です。これが極端な場合には、本物の人間は自分一人だけだという「唯我論」に至るのですが、本編ではそこまでは行かず、飽くまで常識の枠内で物語が進行します。とはいえ、この手のテーマを読み慣れていない人はやはり驚くでしょう。
 似たようなテーマのディックの作品にくらべると、その真相はそんなにユニークでもありません。しかし、その真相が判明するまでに、主人公たちが体験する、世界に対する不信感が生み出すサスペンスは比類がありません。
 人間は得てして、現実において自己の卑小さを味わいます。そして今の自分は仮の姿であり、本当はもっと重要な人物であるという幻想を抱きます。本当は王子(王女)だった、というおとぎ話はそういう願望充足が表れた物語と言えるでしょう。本書もまた、自分の真実の姿を求めるという願望充足的な側面を持っています。そこに読者が、ディック作品にたまらない魅力を覚える一因があるように思います。
 本作品は、ディックにしては、かなり整合性の取れたものなので、ミステリとしても楽しめる佳作といえるでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

暗い時間に、この場所で  アンドレア&カネパ監督『-less レス』
B000A2I7GW-less [レス]
レイ・ワイズ ジャン=バティスト・アンドレア ファブリス・カネパ
ハピネット・ピクチャーズ 2005-08-26

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 例えば『シックス・センス』であるとか『アイデンティティー』あるいは『フォーガットン』など、超常現象をからませたスリラー映画というものが、最近よく作られているように思います。昔からスリラーやサスペンスでは、常識では考えられないような事態に巻き込まれる主人公、というのがよくありました。しかしこの手のジャンルでは、飽くまで現実的に事件は解決されます。その意味で超常現象を持ち出すのはルール違反という考え方もあるでしょう。しかし作り方次第では、実に面白いものが出来上がる可能性もあるのです。この作品、ジャン=バティスト・アンドレア&ファブリス・カネパ監督『-less レス』(2003 仏・米)もそんな一つ。
 クリスマス・イブの夜、車で毎年恒例の親戚のパーティーに向かうハリントン一家。今年に限って、近道をしようと人気のない森を抜けていくことになりますが、行っても行っても出口が見えてきません。
 突然、道ばたに赤ん坊を抱いた白いドレスの女が現れ、車はあわてて停車します。何を聞いても答えず、しかも怪我をしているらしい女を放っておくこともできず、車に同乗させることになります。携帯電話も通じないため、やがて古びた山小屋を発見した一家は、そこで電話を借りようとしますが、つながりません。
 そのとき悲鳴が起こります。娘マリオンの恋人ブラッドが、謎の黒いクラシックカーで連れ去られてしまうのです! 運転者の顔は全く見えず、ブラッドが助けを求める姿を目の前に呆然とする一家。あわてて追いかける一行ですが、やがて道ばたにブラッドの変わり果てた姿を見つけます。
 恐怖を感じながらも、車を進める一家の前に「マーコット」という名の標識が現れます。しかし、地図で確かめても、そんな名前の町はないのです。
 パンクを直そうと、父親フランクが車の修理をしている最中、息子リチャードの姿が見えなくなります。すると再び黒いクラシックカーが現れます。そしてその中にはリチャードの姿が! そしてまたリチャードも無惨な死体で発見されるのです。
 息子の死で、母親ローラは精神的におかしくなってしまうのですが、マリオンは車を止めるたびに誰かが死ぬと、飽くまで車で走り続けることを提案します…。
 車を止めるたびに次々と連れ去られる家族。いつまで経っても抜け出せない道。何度も現れる同じ標識。黒いクラシックカー。謎の白いドレスの女。謎だらけの展開は、サスペンスたっぷりです。
 全編暗い夜のシーンで、しかも、車で走っているのがほとんどの映画なのですが、ツボを押さえた演出でまったく飽きさせません。殺人や死体の直接描写が全くないのも特徴的。死体を見る家族の目線と表情だけで、それを表現しているのは非常に技巧的です。
 あまりに不条理な展開になってゆくので、これを現実的に解釈するのは不可能だと思うことでしょう。これは超自然的、もしくはSF的なオチにもっていかなければ、うまく説明できないだろうなと思っていたら、案の定ではありました。
 その点、結末になってしまうと、拍子抜けしてしまうのも確かです。しかし、その結末に至るまでの過程はサスペンスが途切れず、素晴らしい作品になっています。前半があまりに素晴らしいので、はっきり言って結末がどうなってもいいような気がするほどです。一応タネ明かしがあるのですが、この作品の場合、謎を謎のまま不条理な終わり方をしても、ありなのではないかと思えます。
 〈トワイライトゾーン〉風の異色スリラー。『SAW ソウ』と比較する向きもあるようですが、シンプルな効果に特化した分、個人的には『SAW ソウ』などよりも傑作なのではないかと思います。

テーマ:ホラー - ジャンル:映画

新人類を創生せよ!  エドモンド・ハミルトン『フェッセンデンの宇宙』
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 スペースオペラの達人エドモンド・ハミルトンは、またセンス・オブ・ワンダーに満ちた短編の名手でもあります。最近のリバイバルブームで、三冊の短編集『フェッセンデンの宇宙』(河出書房新社)および『反対進化』『眠れる人の島』(創元SF文庫)が出ており、ハミルトンの主要な作品に触れることができるようになりました。しかし今回は、ハミルトン本邦初の短編集であるハヤカワSFシリーズ版の『フェッセンデンの宇宙』(小尾芙佐他訳)を取り上げたいと思います。この短編集は、最近出た三冊を含めて、そのバランスの良さ、ヴァラエティとどれをとっても一番の出来ではないかと思います。
 『フェッセンデンの宇宙』天才科学者フェッセンデンは、装置を使い、自分の研究室に小宇宙を作り出すことに成功します。そこでは時間は自分たちの世界よりも速く流れるのです。フェッセンデンは実験と称して、さまざまな惑星の文明に災害を引き起こしては、冷徹に観察していました。友人ブラッドレイはその行為を呆然と見つめますが、自分たちよりも純粋無垢で平和な世界に、遊び半分で破滅をもたらそうとするフェッセンデンに、怒りを爆発させます…。
 いわずと知れた小宇宙テーマの名作です。小宇宙の支配者として振る舞うフェッセンデンの傲慢さが罰を受けるという倫理的なテーマに加え、この世界もまた一つの小宇宙ではないかという示唆を残して終わる結末には、目が眩むような雄大な感覚があります。
 『反対進化』はあっと驚く怪作。地球に飛来した謎のゼリー状異星人。彼らによって明らかになる地球人の起源の秘密とは…。
 進化の頂点を極めたという人類の矜持を打ち砕く恐るべき真実。進化の観点をひっくり返す驚くべき結末。センス・オブ・ワンダーとしか呼ぶことのできない感動が得られます。
 『未来を見た男』は15世紀が舞台。魔術師として捕らえられた男は、未来の世界をかいま見たと語ります。20世紀の科学者の時間旅行の実験により男はタイムトラベルさせられます。そこで見た未来の文明とは…。
 タイムトラベルさえ可能な未来なのに、まだレコードを使っていたりと、かなりアナログな描写が微笑ましいです。結末は悲劇的ながら、人間の未来に対する希望が肯定的に描かれており、読後感のいい作品。
 『翼をもつ男』放射能の影響で翼を持って生まれてきた男。彼はやがて大空を飛ぶことができるようになります。しかし恋をした娘は、彼にふつうの人間になってほしいと懇願します。翼を切除してしまった男は、再び大空への郷愁に引き裂かれるのですが…。
 文字通り翼の生えた男のロマンあふれる物語です。大空に憧れる夫に対し、地上にとどまってほしいと願う妻。夫婦生活の寓意でもあるのでしょうか。
 『追放者』SF作家の集まりの場で、ふだんは寡黙なカリックは驚くべき話を始めます。小説を書く際に、別世界を創造し、その中にいる自分を想像した結果、自分の体がその世界に転移してしまったというのです。しかも創作された世界は、小説に都合のいいように作られた世界。文明は遅れており野蛮で殺伐とした世界だったのです。元の世界に戻れなくなったカリックは、自分にできる唯一の仕事、小説を書き始めるのですが…。
 想像した世界が実在化してしまうというテーマの作品。カリックの話が実話であったということがわかる結末には唖然としてしまうこと受けあいです。
 『虚空の死』は一見オーソドックスな作品。銀河系の星図作成に従事していた宇宙船が故障し、近くの惑星に不時着せざるを得なくなった探検隊。彼れがそこで発見したものは、既に滅んだ種族の残した超文明都市でした。彼らの偉大な遺産を目の当たりにした探検隊は感銘を受けるのですが…。
 過去の超文明に出会うというありふれた話かと思いきや、結末でひっくりかえすのは、さすがハミルトン。
 『ベムがいっぱい』はユーモアSF。ようやく火星に到着したホスキンズとレスターは、英語で話しかける奇怪な火星人に出会います。他にもどれ一つとして共通性のない様々な火星人が存在していることに、彼らは驚きを隠せません。火星人たちは、地球人がSF小説を読むことによってイメージを投影された思念体だというのですが…。
 これも思念が実体化するという作品ですが、スラップスティック風で愉しい作品。科学知識があるという想像をしても、想像している人間に科学知識がないと実際には知識が身に付かない、というところが笑えます。
 『時の廊下』戦火で混乱した母国を救うために戻ってきた政治家ギナールは、事態が自らの手にあまるため「彼ら」の手を借りなければならないとつぶやきます。その言葉に、護衛役のメリル中尉は不審に思いますが、ギナールが不思議な時計をいじる現場に行き会わせ、別次元の空間に移動させられてしまいます。そこは過去や未来の偉大な人物が集まる「時の廊下」。ソクラテスやベーコンが集まるその場所で、ギナールは自分たちより未来の人物から祖国を救う手段を聞こうというのですが…。
 古今東西の偉人が集まる世界、という一見馬鹿らしい設定なのですが、そのテーマは意外にシリアス。人間は未来を知ってはいけないという原則と、滅亡を知りつつも努力することをやめるべきではない、というテーマが示されます。
 『世界のたそがれに』超未来、人類最後の一人となった史上最高の頭脳を持つ科学者ガロス・ガンは、人類を復活させるべく様々な手段を講じます。まず死者の肉体を蘇らせ、都市に住まわせるのですが、彼らには生気を蘇らせることができません。次に現在が無理なら過去から人類を連れてくればいいと考えた彼は、過去から転送機を使い人々を呼び寄せます。しかし時間を超える際に、人間の精神は発狂してしまうのです。失望したガロス・ガンは究極の手を思いつきます。それは生命発生の手順を踏み直し、再び人類に進化させようとする雄大な計画でした。生命発生の徴候を見て取った彼は、数億年にわたる眠りにつくのですが…。
 まさに黙示録的な傑作。現在が駄目なら過去から連れてくればいい、再生できないなら初めから作ればいい。まさに超論理的な展開です。大した科学的根拠もなく、ありとあらゆる超技術がほいほいと出てくるのには、ちょっと疑問が残るのですが、そのすさまじいばかりの壮大なヴィジョンには心震えるものがあります。
 現在では、本書の大部分は他の作品集で読めるのですが、この質の高さは驚異的です。さすがに古くなってしまっている作品もありますが、そのセンス・オブ・ワンダーは健在です。

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夢かうつつか  埋もれた短編発掘その15
 われわれが生きているこの世界は本当に現実でしょうか? この世界が夢でないかどうかは、究極的には証明しようがないのです。この物語の主人公のように…。今回紹介する作品はステファニー・ケイ・ベンデル『死ぬ夢』(青海恵子訳 早川書房 ミステリマガジン1986年10月号所収)。
 ある日、私立探偵ベネディクト・ファインの事務所に四十代半ばの女性が現れます。ヘレン・ローソンと名乗るその女性は、開口一番奇妙なことを言い出します。

 「ミスター・ファイン」と、彼女はおだやかに言った、「主人があたくしを殺します」

 「殺したい」でも「殺そうとしている」でもなく「殺します」。奇妙に思いながらもファインはミセス・ローソンの話を聞き続けます。彼女の話は驚くべきものでした。
 ミセス・ローソンの見た夢は現実になるというのです。子供のころから夢に見たことが次々と現実になっている、例えば大伯父が自動車事故で亡くなる夢を見た直後、大伯父はそのとおりに亡くなったといいます。恐らく、命に関わる夢のみが現実化するようだとミセス・ローソンは考えているようでした。
 そしてこの探偵事務所に来た理由も、それを夢に見たからだというのです。彼女は、夢の中では机の上に緑色のホチキスがあった他は、現実と全く同じだと断言します。机の中にホチキスが入っているのを知っているファインは愕然とします。さらに彼女が、これから起こることとして予言した出来事が、次々と実現するのを見て、ファインもようやく彼女を信じ始めます。

 「あたくしがこのスーツを着て、ここにまいりましたのは、そうなる運命だからですわ。逆らったところでどうなるものでもないのはこれまでの経験からわかってましたから。あたくしがどうあがこうと、夢にみたとおりのことが起こるんです」

 ミセス・ローソンは夫を心から愛しており、夫もまたそれは同じだというのです。裕福で人格者であり、妻を心から愛するチャールズ・ローソンが妻を殺す理由は全くないのです。しかしミセス・ローソンは自分が殺されるだろうことを疑いません。夢の中で夫はミセス・ローソンにオレンジジュースを飲ませます。しかもそれはたったの二、三滴!
 二、三滴で効果を発揮する毒物というのはそうはありませんよというファインに対し、ミセス・ローソンは答えます。夫は薬品チェーンを経営しており、どんな薬物も入手できる立場だ、と。
 しかしファインは解せません。殺されるのが分かっており、それを絶対防げないのなら、なぜここにいらしたのですか? ミセス・ローソンは夫が自分を殺す理由を知りたいと言います。二十年間何の問題もなく愛し合ってきた夫がなぜ自分を殺すのか、その理由がわからないでは死ぬに死ねないと。
 ファインは半信半疑ながら、インテリアデザイナーと称し、ローソン夫妻の家に潜り込むことに成功します。夫のチャールズは想像していた以上の好人物であり殺人を犯すとも思えません。ファインは困惑しますが、ある朝ミセス・ローソンの自分に対する態度が豹変していることに気づきます。聞けば、なんと新しく見た夢では夫がミセス・ローソンを殺そうとするのをファインが手伝っているというのです!
 しばらく離れていた方がよさそうだと判断したファインは暇をつげようとしますが、そのとき思いもかけない事態が持ち上がるのです…。
 ミセス・ローソンの夢は現実になってしまうのでしょうか? そうだとすれば夫が夫人を殺す理由とは一体?
 冒頭から何やら幻想的な要素の漂う作品です。ミセス・ローソンが予言した出来事がことごとく実現するので、読者は彼女の能力が本物であることを疑わないでしょう。物語もその期待を裏切らず、幻想的な要素を強めていきます。そして驚愕すべき結末。まるでパズルのピースがはまるかのようにたどり着く結末は、ハッピーエンドとは言えませんが、読者も深く満足されるはず。異色のラブストーリーとしても読める不思議な読後感の作品です。

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犯罪劇場へようこそ  ヘンリイ・スレッサー『殺人鬼登場』
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殺人鬼登場
ヘンリイ・スレッサー 吉田 誠一
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 短編の名手として知られるヘンリイ・スレッサーですが、彼には二つの長編があります。『グレイ・フラノの屍衣』はスレッサーらしい軽みがまるで感じられない失敗作でしたが、この『殺人鬼登場』(吉田誠一訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)は、実は意外な拾いもの。
 不動産会社の社長ブランドシャフトが、秘書のディーロレスと旅行に出かけようとしたとき、突然若いハンサムな男が部屋に闖入してきます。それはディーロレスの夫ジョニイ! 二人にとびかかってきたジョニイに、ディーロレスは拳銃を持ち出し、揉み合ったブランドシャフトはジョニイを射殺してしまいます。
 ディーロレスの呼んだ警察官にブランドシャフトが連行されていった後、床に倒れていた男は起きあがり、電話をかけます。

 「上出来だった、テネシー・ウィリアムズそっくりにいったよ。みんなに伝えてくれないかい、ステップ。準備をととのえておけってな、弁護士君」

 事件の起こりは、演劇を志す若者たちが借りたスタジオでした。彼らが借りた建物を劇場に改装することを、周旋屋が認めないというのです。交渉を頼まれた元法律家の卵ステップは、周旋屋から、土地の所有者であるブランドシャフトという男が、直接ちょっかいを出しているということを知ります。
 劇団員たちは冗談半分でブランドシャフトに復讐する計画を練り始めます。そしてパトロンであるミセス・クックの発案で、色仕掛けでブランドシャフトをひどい目に合わせようということになるのです。
 おふざけだと思っていたステップですが、後日現れた演出家ブラッキイと女優ディー・ディーの話を聞いて驚きます。なんとディー・ディーがブランドシャフトにうまく取り入って、彼の会社に入社することに成功したというのです。計画は俄然現実性を帯び、ブラッキイの考えた脚本を見て、ステップもその気になります。
 その計画とは、色仕掛けで取り入ったディー・ディーとブランドシャフトのもとに、元夫が現れていざこざを起こし、ブランドシャフトが夫を殺してしまったかのように思わせるというものでした。そして計画の細部をさらに緻密なものにしてゆきます。偽の警官にブランドシャフトを逮捕させ、拘留する。そして殺人罪で起訴させると思いこませ、百万ドルの金でうまく事を収めるようにもっていく。そしてステップは、偽弁護士の役を引き受けることになります。
 計画はまんまと成功しますが、その最中、ブランドシャフトの娘ヴィクトリアに会ったステップは、彼女に惹かれ始めます。おりしも計画から降りようとしていた俳優ハークネスが自殺し、ステップは計画に乗り気でなくなってゆきます。事を速く終わらせてしまおうと、金を手にしたステップが戻ったときに見つけたのは、ぴくりとも動かないブランドシャフトの体でした…。
 この作品、背表紙の紹介文に風俗探偵小説などとあるので、もっと風俗要素の強いものかと思ったのですが、なかなかどうしてサスペンス色の強いミステリです。
 大金を搾り取ろうという大がかりな詐欺。最初は楽しんで芝居をしていた劇団員たちが、徐々にのっぴきならない羽目に陥ってゆくところが読みどころです。何より計画の細部が作られてゆく過程が非常に面白いのです。偽の警察署をつくり、偽の看守を置く。偽の判事、偽の検察官、偽の弁護士など、非常に細部が練られた計画なのです。しかし実際に犯行が成功した後のことを考えた彼らは不安になります。詐欺だとわかった後ブランドシャフトは復讐をするのではないか…。
 もともと不安な考えを持っていたステップは、計画を途中で破棄することを提案しますが、やめられないところまで来てしまった仲間たちは反対するのです。そしてヴィクトリアとの触れ合いから、ブランドシャフトもただの人間であることを実感したステップは、彼に同情を覚え始めてしまいます。
 大変よくできたミステリなのですが、欠点を挙げるとすれば、ブランドシャフト殺害のあとの展開が、うまく謎解きにつながってこないところでしょうか。当然真犯人を探すことになるのかと思いきや、仲間割れを起こしてしまいます。そして命を狙われるステップ、これはこれでサスペンス豊かなのですが、結末にいたるまで真犯人の謎は明かされません。そしてその真相も伏線が充分張られているとはいえず、突然の感が否めません。
 その点で、本格ミステリ的な謎解きを期待すると裏切られますが、若者たちの冒険と挫折を描く青春小説としても、大がかりなコン・ゲームを描く犯罪小説としても、読み応えのある作品です。

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八方美人の恋  リング・ラードナー『息がつまりそう』
 主に野球を扱ったユーモア小説を得意とした作家リング・ラードナー。最近では『メジャー・リーグのうぬぼれルーキー』(加島祥造訳 ちくま文庫)が出ています。そんな彼が、市井の人々を描いたユーモア作品集が、本書『息がつまりそう』(加島祥造訳 新潮社)です。本書に収められた作品は、中後期の作品。その作風は明朗一辺倒ではなく、苦みも感じられます。
 『大都会』は、義父の遺産で、思いがけなく金持ちになった夫婦とその妹を描く連作短編。義妹は金持ちの男と結婚しようと大都会ニューヨークに出発し、つきそいとして夫婦も同行します。その義妹の結婚をめぐる騒動をユーモアを交えて描く作品です。語り手である夫が、義父の遺産で食いつなぐ怠け者なのですが、なかなかどうして観察力も鋭く冷静に構えているのが面白いです。
 『お食事』お人好しの青年が、人数が足りないとパーティに引き出されます。そこで出会った二人の女性はどちらも絶世の美女でしたが、その話しぶりはひどいもの。食事の席で二人に挟まれた青年の困惑がテーマとなっています。二人の女性の俗物ぶりがデフォルメたっぷりに描かれます。
 『一方的陳述』新婚の夫婦が家に対する互いの考え方から離婚に至るまでの理由を、夫の「一方的陳述」で語った作品。一見わがままな妻に振りまわされる夫の悲喜劇と見えるのですが、よく読むと妻が被害者であるという見方も成り立つ、なかなか底の深い作品。
 『結婚記念日』手堅い真面目な青年と結婚した妻。生活は安定しているものの、あまりに退屈な日常に妻は嫌気がさします。刺激に飢えた妻は、夫から殴られる友人の話さえ羨ましく思うのです。夫の退屈さを描くのと同時に、妻もまた夫と対して変わらないことも何気なく示される風刺的作品。
 『金婚旅行』金婚旅行に出かけた老夫婦、しかし旅行先で出会ったのは、妻の昔の婚約者! 50年ぶりにあった婚約者に妻が惹かれているのではないか。語り手の夫は妻に嫉妬し、夫婦の危機が訪れるのですが…。どこかすっとぼけた老人の語りが非常に愉しい作品。夫婦の危機が訪れるといっても、老人だけに飄々としたものです。
 そして表題作『息がつまりそう』。本書の中では比較的明るい題材で、純粋にユーモア小説として楽しめる作品です。
 主人公の少女は、両親が外国旅行に出かけたため、叔父夫婦と共に旅行に来ています。しかしそこで考えるのは婚約者のウォルターのことばかり。

 そうだわ、ウォルターがいっしょならどんなに素敵かしら、考えただけでも心臓が止まりそう。
 もう我慢できないわ。考えるのもつらいわ。


 恋人を思う純真な少女なのかと思いきや、すぐにその印象は覆されます。

 でも、ほんとのこというと、婚約って名のつくもの、そうね、全部で六回ぐらいしているかしら。でもねえ、向こうで婚約してくれってしつこく言うでしょ? こっちがイエスって言わないうちは帰ってくれないんだもの。あたしのせいじゃないわ!

 ある日少女に電報が二通届きます。一通はウォルターから。もう一通はゴードンから。ゴードンもまた、少女と婚約しているものと思っているのです! 悩む少女でしたが、すぐにそんなことは忘れてしまいます。そして、ホテルに滞在している青年フランクと親しくなってしまいます。本気になったフランクは少女に結婚を申し込みます。相手が酔っていると考えた少女は、軽い考えで、うなずいてしまうのです!
 ウォルターとゴードンからの電報や手紙が次々と舞い込む中、フランクもまた着々と結婚の準備を進めています。少女は気の弱さといいかげんな性格から、事態に流される一方です。少女の恋の行方は…。
 惚れっぽく嫌といえない性格、物事を深く考えずその場限りの返答をしてしまう少女が、次々と男たちの求婚をOKしてしまうことから、二進も三進もいかなくなるという話です。主体性の感じられない少女の一人称の語りも、そのおかしさを強めています。底抜けに愉しい一編。
 本書には、各短編の後に訳者による丁寧な解説もついていて参考になります。

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悪いのはだれだ?  モルデカイ・ロシュワルト『レベル・セブン』
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 東西冷戦時代には、核戦争や人類の破滅を描いた〈ディザスター小説〉というのが流行りましたが、モルデカイ・ロシュワルト『レベル・セブン』(小野寺健訳 サンリオSF文庫)はそんな中にあって、かなり異色の作品です。
 来るべき敵国との核戦争に備えて地下に作られた防護施設。七層からなるその施設の最下層は「レベル・7」と呼ばれ、防衛軍の原爆ロケットの発射基地ともなっていました。
 ある日、司令官に呼ばれた「僕」は「レベル・7」へ、押しボタン士官として転属を命じられます。休暇の延期をつげられた「僕」はがっかりしますが、転属に伴って昇進することを告げられ、喜んで命令を受けることになります。しかし、キャンプ地から持ち物を一切持っていくことを禁止され、周りの誰にも転属のことを話す暇もなく、その場で地下施設に行くように言われた「僕」は不信感を拭えません。
 到着したその施設では、人々は固有名詞を剥奪されコードネームで呼ばれていました。「僕」は〈X-127〉なる番号を与えられますが、その直後スピーカーからの放送で驚くべき事実を知らされます。なんと「レベル・7」に配属された人間は核ミサイルの発射を担う重要な位置にいるため、二度と地上に出ることは許されないというのです!

 どうなってもぼくは一生地下にいるのだ。たとえわれわれがこの瞬間に宣戦を布告して一日のうちに勝利をにぎってたとしても、ぼくは決してもどることはできないだろう。全面的な原子力戦によって生じた放射能の汚染のために、地表は数十年間生存不能になるだろう。おそらく数世紀間ではないだろうか。

 スピーカーからの情報によって「レベル・7」には男女同数の人間があわせて500人いること、それらの人間に対して食料が500年分も蓄えられていることを知った「僕」は陰鬱な気持ちになります。
 やがて女性心理学者〈P-867〉と親しくなった「僕」は、彼女の話す内容に衝撃を受けるのです。「僕」と同じ任務についていた〈X-117〉の治療にあたっていた〈P-867〉は、この「レベル・7」に連れてこられた人間は基本的に「自給自足」であり、社会的な交わりを断っても充分生きていける人たちだ、と言います。しかし〈X-117〉は本来社会的な性格であったために、ノイローゼに陥っているのだというのです。「僕」は、自分が他の人間との触れ合いがなくても生きていける貧しい人間なのではないかと思い悩みます。

 ぼくは誰かほかの人間がいようがいまいが、ほとんど何の関係もなく幸福でいられるのだ。きっと、ぼくには愛することができないのだ。そして他の人たちもみなそうなのだ。X-117だけを別にして。そしてだからこそぼくはここで暮らすのに向いている。

 連れてこられた人々がようやく与えられた環境に慣れたころ、とうとう敵国との戦争が勃発します。ありったけの爆弾を打ち込み敵国は壊滅しますが、自分たちの国家も致命的な攻撃を受け、地表は放射能に覆われてしまうのです。深度の浅かった「レベル・1」の人々はほぼ即死し「レベル・2」の人々も次々に死に始めます。徐々に地下にしみこんでくる放射能のために上のレベルの人々からは次々と連絡がとだえていきます。世界が壊滅したことを嘆く大多数の人々に対して「僕」をはじめ「レベル・7」の人々は、これを機会に他のレベルの人々とつながりができたことに対し、奇妙なよろこびを覚えるのですが…。
 アメリカとソ連の冷戦をモデルにした作品であることは一目瞭然なのですが、具体的な国の名前は全く出てきません。それゆえ大方の政治小説のようにディテールが古くなっておらず、今読んでも寓話として充分楽しむことができます。
 この作品の大部分は、隔離された閉鎖社会での人間の心理的な動揺を描くのに費やされています。家族や恋人のいない、原則的に独立独歩の人間が選ばれているにもかかわらず、閉鎖された空間の中で精神的におかしくなるものも出てきます。人々を治療するために選ばれた〈P-867〉のような心理学者でさえ、長期間の隔離で、心理学に興味を失っていくのです。そうした人々の内面の心理の探索がメインとなっています。
 閉鎖された環境といえば、内部の人々の争い、というのを思い浮かべるでしょうが、この作品ではそういうことは起こりません。敵国への攻撃機関という大義があり、登場人物も全て訓練を受けた軍関係の要員であるため、閉鎖された環境でもパニックや暴動は起こらないのです。世界が滅んだ後でさえ、やたらと冷静な「僕」に至っては、人間的に冷たすぎると思えるかもしれません。
 核戦争に対する正邪はほとんど問題になりません。もちろん戦争は悪に決まっているのですが、この作品では、そうした人類規模の倫理よりも個々の人間の倫理が問題になっているようです。なにしろ押しボタン士官の「僕」は命令が発せられたとき、ためらいなく核攻撃のボタンを押してしまうのです。直接人々を殺傷するわけではなく、ボタン一つで離れたところから殺せてしまう。それゆえ世界が滅ぶときでも「レベル・7」の人々は破滅を実感できないのです。このあたり、実に淡々とした描写が、空恐ろしさを感じさせます。
 核で破滅した地上の悲惨な様子とか、放射能でばたばた死ぬ人間とか、核戦争の恐ろしさが直接的に描かれるわけではありませんし、戦争の経過がスペクタクル豊かに描かれるわけでもありません。その意味で実に地味な作品ではあるのですが、こうした閉鎖環境におかれた人間の心理がどのようなものになるのかという、実験的な意味で面白い心理小説となっています。1959年発表の作なので、施設の技術的なディテールは非常に古くさく感じられるのですが、それを除けば、実に面白い作品です。

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ナイトビジョンその6
 今週放送分の『ナイトビジョン』のレビューです。

「犬小屋」
 友達の保証人になったために、借金取りの男に追われるバリー。暴力をふるわれたバリーは、間一髪で逃げ出し、偶然通りかかった車に助けを求める。車に乗っていた若い女アマンダは、獣医の助手だと名乗る。彼女は、バリーに同情し、怪我の手当をすることになる。アマンダの家には番犬が二匹おり、バリーも犬たちに気に入られる。
 アマンダの家に泊まることになったバリーは、夜中に家に侵入しようとしている男に気づく。それはあの借金取りの男だった! バリーは犬たちに男を追い払えと命令するが、犬は男を噛み殺してしまう。死体を発見したアマンダは警察に届ければ犬たちが始末されてしまうと、届け出るのを拒み、死体を庭に埋める。
 恐ろしくなったバリーは、アマンダに内緒で家を出ようとするが、犬に襲われる。足の骨を折ってしまったバリーが目覚めるとアマンダの態度が豹変している。彼女が出かけたすきに、バリーは逃げだそうとするが、犬たちが徹底的に邪魔をする…。
 友達の保証人になっているというバリー、善人らしく見える彼が実は…という話だと思っていたら、その逆。アマンダに甲斐甲斐しく仕える犬たちを見て、それでは、もしやこれは泉鏡花『高野聖』と同じパターンか。違いました。もっと現実的な解釈のサイコ・スリラー。真相が判明するまでのサスペンスはなかなかです。

「目覚め」
 優しい夫とかわいい娘に囲まれて、幸せな生活を送る主婦ケイト。しかし娘を見送った後、突然見知らぬ男に襲われ、首をしめられる。その後もスーパーではストーカーのような男に襲われる。その男は「全てを捨ててこちらにこい」と意味不明の言葉を叫ぶ。さらに、美容室では見覚えのない美容師に殺されかかる。そのどれも、気がつくと襲撃者は姿を消しているのだ。
 そのあまりに理不尽な出来事に、警察も夫もケイトの言葉に半信半疑になる。そして、夫の留守中にケイトに電話がかかり、再び例の三人がケイトを捕らえようと現れる。恐慌状態になったケイトは車で逃げ出すが、あわてて事故を起こしてしまう…。
 不条理な出来事が次々に続く、というので例のパターンかと思ったら案の定でした。ケイトの襲撃者が揃いも揃って、こちらにこい、というセリフをはきます。その時点で、この手のジャンルに慣れた人ならオチに気がつくはず。作中で言及される「ケイトの前の夫は暴力をふるっていた」「夫は死んだ」というセリフが重要な伏線になっています。ネタがわかってはいても、面白く見れるのは、やはり演出の妙でしょうか。
 最近の作品ではジャン=バティスト・アンドレア&ファブリス・カネパ監督の映画『-less[レス]』が同じネタを扱っていました。ちなみにこの映画、すばらしく面白いのでオススメしておきます。

テーマ:海外ドラマ(欧米) - ジャンル:テレビ・ラジオ

眼が二人をわかつまで  テオフィル・ゴーチェ『魔眼』
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魔眼
テオフィル ゴーチエ 小柳 保義
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 今回は、フランスの作家テオフィル・ゴーチェの作品集『魔眼』(小柳保義訳 教養文庫)です。ゴーチェはもともと神秘的な傾向があったことに加え、当時流行していたホフマンの影響を受け、多くの幻想小説をものしています。本書には三編を収めていますが、狭義の幻想小説は『魔眼』のみです。他の二編は古代を舞台にしているものの、普通小説といっていいでしょう。
 『金の鎖またはもやいの恋人』は古代ギリシャが舞台。ミレトスの女プランゴンは、その美しさで知られた娼婦でした。彼女は恋人の美少年クテシアスが、プランゴンと並び称される娼婦、サモスのバッキスともわりない仲になっていることを知り、クテシアスを拒絶します。
 クテシアスはプランゴンの愛を取り戻そうとしますが、プランゴンは条件を出します。それは、バッキスが生涯の蓄えとして秘蔵している金の鎖を持ってくること。バッキスが命の次に大切にしているという金の鎖、それを手に入れるのは不可能に近いことでした。クテシアスはバッキスに泣きつき、その鎖を譲ってもらおうとするのですが…。
 ギリシャの説話を元にしたという作品ですが、他愛ない作品です。全ての登場人物が善意に満ちているため、恋愛において何の障害も起こらないところが、物足りない感じがします。
 『クレオパトラの一夜』は古代エジプトが舞台。退屈に囚われていたクレオパトラは、ある日恋文が結びつけられた矢を受け取り、心を高ぶらせます。恋文の主メイヤムーンは、死刑覚悟で、王宮に忍び込みクレオパトラの入浴をのぞき見します。捕らえられたメイヤムーンは、女王への恋を打ち明けます。彼の熱情にほだされたクレオパトラは一夜だけ彼を恋人にすることを許すのですが…。
 テーマは悪くないのですが、肝心のメイヤムーンがクレオパトラと過ごす一夜の部分が、駆け足で語られるので、もったいない感じがします。かなり冗漫な部分が感じられる作品。
 そして本書の作品中では、もっとも純粋な幻想小説の『魔眼』。これは傑作といっていいでしょう。
 フランス人の青年ポール・ダスプルモンは、婚約者が静養しているナポリに船で到着します。青年の謎めいた風貌、それに加えて目だつのはその眼でした。

 とりわけ、眼が異常だった。眼をふちどる黒いまつ毛が、瞳のうすい灰色や髪の焦茶色と異様な対照をなしている。

 船の停泊の際、不思議な出来事が起こります。ポールが見つめていた小舟が大波によってひっくり返ったのです。とくに気には止めず、ポールは早速、婚約者のイギリス人令嬢アリシヤのもとに出かけます。六カ月前とはうって変わって健康そうなアリシヤを見てポールは安心しますが、ポールと会った後、なぜかアリシヤは体調を悪くします。
 アリシヤの伯父の准将はポールとの仲を公認していましたが、アリシヤを見初めた美男子アルタヴィラ伯爵の入れ知恵により、考えを変えます。アルタヴィラ伯爵は、ナポリでは魔眼の伝承がいまなお信じられていると語るのです。そしてアリシヤもそうした連中の一人に狙われているのだと。

 「たいていの場合、魔眼は本人の意志に無関係です。それはこのいまわしい才能の能力に気づくようになったとき、その働きを誰よりも嘆き悲しむのは彼らです。だから彼らを避けるようにして、むごく扱ってはいけません。」

 行き交う人々が、ことごとに自分に示す不審な態度に疑問を抱いていたポールは、町中で手に入れた本により、自分は魔眼者ではないかと思い至ります。子供のころからの友人たちの不幸も、自分のせいだったのではないかと思い悩むポールは、今またアリシヤに危害を及ぼすことを恐れはじめます。
 アルタヴィラ伯爵は、ポールが魔眼者であることを指摘し、決闘を申し込みます。愛する人を死の危険にさらすよりは、自らの命を断とうと、すすんで決闘に出かけるポールでしたが…。
 二人の決闘の行方は…。そしてポールとアリシヤの恋の結末はどうなるのでしょうか?
 見る者の意志とは無関係に見つめた人間に害を与えてしまうという「魔眼」が扱われています。愛する者にも害を与えてしまうというテーマでは、ホーソーン『ラパチーニの娘』などが思い浮かびますが、ゴーチェの作品では「魔眼」が本当に事実であるかどうかは明言されてはいません。ポールが出会う不幸がすべて偶然であるという解釈もありえるのです。もっともポールが引き起こすのは人災だけでなく、その眼で見つめた天気が激変するなどという、すさまじい効力があることも暗示されるので、偶然であるという解釈はしにくいのですが。
 とにかく、ポールが本当に魔眼の持ち主であるか否かとは関係なく、アリシヤ以外の全ての人間が、ポールが魔眼者であると思いこむことによって悲劇が引き起こされる、という点は変わりません。恋人同士が互いを思いやるがために起こってしまう、悲劇の恋愛物語として一読の価値がある作品といえるでしょう。
 ちなみに作者のゴーチェは迷信深いことで有名だったそうです。作曲家のオッフェンバックを魔眼者だと信じて、尊敬はしていたが近寄らなかったとか、逸話には事欠きません。しかし本気で迷信を信じていたにしては『魔眼』に懐疑的な解釈が発生する余地があるのも不思議な話です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

深夜のメタモルフォーゼ  トムソン、ゴンサルヴェス『終わらない夜』
4593504384終わらない夜
セーラ・L. トムソン Sarah L. Thomson Rob Gonsalves
ほるぷ出版 2005-08

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 Gonsalves1.jpg今回は、カナダの画家、ロブ・ゴンサルヴェスが描いた絵に、アメリカの作家セーラ・L・トムソンが詩をつけた本『終わらない夜』(金原瑞人訳 ほるぷ出版)です。詩画集といっていいのでしょうか。はっきり言って、トムソンの詩の方はどうでもいいです。それに比べてゴンサルヴェスの絵の素晴らしさ! その画風を一言で言うと「だまし絵」ということになるのでしょう。とにかく日常の風景が次第に不思議な世界に変容する、まさにその瞬間を捉えています。おそらく、だまし絵で知られるオランダの版画家エッシャーの影響が強いと思われるゴンサルヴェスの絵は、見るものを奇妙な空間に運んでくれます。
Gonsalves2.jpg 例えば、『中世の月光』と題された作品を見てみましょう。月光に照らされる深夜の回廊で、女性が蝋燭を持って歩いてゆく情景が描かれています。しかし注目すべきは、外に見える雲です。柱の間から見える月光を帯びた雲がだんだんと人の形をなして変容してゆくのです。この、段階を追って変容するイメージというのが、ゴンサルヴェスの絵の特徴です。
 「夜の飛行」では、夜ベッドに集まった子供たちが描かれています。チェック模様のシーツが、なんとまだらの畑に変化しているのです! 子供の想像力というイメージが、これほどうまく表現された例はまだ見たことがありません。Gonsalves3.jpgまた「白い毛布」という作品では、画面全面に降り積もった雪が真っ白な毛布に変容します。
 さて、ここまで紹介した作品に共通する、一つの要素に気付かれたでしょうか? そう作品に描かれた時間は、すべて夜なのです。本書の全ての作品が、夜を舞台にしています。そういう意味でタイトル『終わらない夜』は、実に本質をうまくとらえた名前だといえるでしょう。
 とにかく、眺めているだけで楽しい絵が目白押しです。誰でも一目見て、その面白さがわかる作品です。


テーマ:絵本 - ジャンル:本・雑誌

それなりの論理  中田耕治編『殺しがいっぱい』
4938256258殺しがいっぱい―ハードサスペンス・アンソロジー
中田 耕治
白夜書房 1981-01

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 今回はアンソロジー、中田耕治編『殺しがいっぱい』(白夜書房)です。副題に《ハードサスペンス・アンソロジー》とあるので、サスペンスの傑作集かと思いきや、ハードボイルドな要素が強いものを集めているようです。
 臆病でうだつのあがらない男が、強盗に襲われたことからアイデンティティを回復する物語、ジョン・D・マクドナルド『ウサギが目醒めた日』
 かって妻に捨てられた警官が、殺人事件の容疑者として、筋違いの女を追い回すという、サイコ・スリラーじみたハードボイルド作品、ブルーノ・フィッシャー『ダブル』
 保身のために殺人を犯す男、しかし血を見るのが好きな女は殺人を繰り返すことを男に強要します…。タルミッジ・パウエル『誰かが死ぬ』
 捕まった仲間の女を脱獄させようとする強盗二人組、しかし二人にはそれぞれの思惑が…。ダン・ソンタップ『脱獄』
 厄介者の妹が飛び降りるのを防ごうとする兄、しかし心の底には妹に死んで欲しいという思いが…。兄の心の葛藤を描く心理サスペンス、R・W・レイキン『飛び下りろ、いくじなし!』
 銀行強盗の現場を女に目撃された二人組、兄貴分の男は、コネを使い警官の制服を手に入れます。警官に化け目撃者を首尾よく始末した男でしたが…。どんでん返しが楽しいヘンリー・スレッサー『勘違い』
 傲慢なプレイボーイが、情婦といっしょになるために、金持ちの妻を殺害します。しかし妻には秘密が…。男の傲慢さが悲劇を呼ぶフレッチャー・フローラ『完全なる情事』
 妻の罪をかぶって服役した男。しかし妻はそれを隠し富豪と結婚してしまいます。数年後、出所した夫は女のもとに現れますが…。愛憎入り交じる男女の心理を鮮やかに描くヘレン・ニールセン『男なんて信用できない』
 そして、一番面白かったのは巻末に収められたB・トレヴィン『空缶物語』です。
 インディアンのナタリオ・サルヴァトーレスは貧しい百姓ですが、エリセオ・ガラルドの三人の美しい娘を嫁に欲しいと考え、ガラルドに交渉します。なけなしの財産をはたき、長女のフィロメナを手に入れたナタリオは、新居を構え働き始めます。
 しかしある日帰宅したナタリオは家がからっぽなのに気付きます。その後、フィロメナが別の男と住んでいるのを見つけたナタリオは復讐を企てます。爆弾を詰めたブリキの空缶を作ったのです。そしてフィロメナのいる家にナタリオは空缶を投げ込みます。しかしひとつ問題がありました。フィロメナとその愛人の他に、中には二組の夫婦がいたのです!
 案の定、フィロメナも愛人も無事、死んだのは全く関係ないクレスポの女房でした。早速ナタリオは逮捕されますが、そのふてぶてしい態度に警官は困惑します。自ら爆弾を投げ込んだことは認めるものの、殺人に関しては罪はないと言い張るのです。

 「死んだのがクレスポのかみさんなら、なおのこと、おれには関係ないでしょうが。あのかみさんにゃ恨みも何もないんだから、おれが殺る筈がない。死んだのは、そりゃ、あんた、運命ってもんですよ。」

 爆破事件の裁判が開かれ、ナタリオは殺人罪に問われます。陪審員はことごとく村のインディアンで、ナタリオと同じ鉱夫ばかりでした。殺人罪を立証しようとする検察側に対して、ナタリオを始め陪審員たちは、奇妙な論理を持ち出し、彼らを煙に巻きます。裁判の行方はどうなるのでしょうか…?
 インディアンたちの奇妙な論理によって、かき乱される法廷の混乱をユーモラスに描いています。人を喰った結末にも唖然とさせられること受けあいです。
 ところで本書、とくに中田耕治の翻訳に顕著なのですが、ハードボイルドな雰囲気を出そうとして、やたらと隠語を使っているのが多く、今となってはあまりに古びているものが、かなりあります。一人称が「おれ」なのはともかく、「ブンヤ」だの「ヘロ」だのは、さすがに古いです。昔の翻訳を再録しているというのもあるのでしょうが。

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ナイトビジョンその5
 今週放送分の『ナイトビジョン』のレビューです。

「罪の収穫」
 偏屈者のジェニングズ老人。彼の母親は魔女だったという噂があり、ジェニングズ自身にも怪しげな噂が流れていた。隣に住む一家の息子シェーンは好奇心から、立ち入り禁止になっているジェニングズの敷地内に侵入する。
 ジェニングズに見つかったシェーンは逃げだす。追いかけたジェニングズはよろけた拍子に、脱穀機にはさまれ、両手を失う大けがを負う。おびえるシェーンだが、ジェニングズは怪我の原因を誰にも話していないと聞き、不審の念を抱く。
 退院したジェニングズは、シェーンの父親に会いに来る。彼は意味ありげな笑いをうかべながら、敷地内で勝手に釣りをしたシェーンに罰として、二週間ほど自分の家の手伝いに来て欲しいという。真実を話せないシェーンは仕方なくジェニングズの手伝いをすることになる。復讐におびえるシェーンだが、ジェニングズはシェーンを責めることもない。
 ある日ジェニングズが病院に出かけた際に、シェーンはふと土が盛り上がった部分を見つけ、掘り返し始める。そこには以前なくなった馬の毛布が。そして毛布に包まれたものは、なんとジェニングズの切断された腕だった! ジェニングズは魔術で復讐しようとしているのか? シェーンはびくびくしながらも、無事二週間が過ぎる。その夜シェーンが世話にかかりきりになっていた馬が産気づくが、生まれた子馬にはある奇形が…。
 罪の意識に苛まれた少年が、ジェニングズ老人の目におびえ続けるという心理的なサスペンスが素晴らしいです。はしごから落ちそうになったり、脱穀機に腕を巻き込まれそうになるのを、冷ややかに見守る老人の姿が、寒気を感じさせます。老人はこれで復讐するつもりなのか!と思わせぶりな描写がいくつも続き、それがことごとく外されていくのがサスペンス豊かに描かれます。
 結末まで、結局老人の復讐はなされません。これはもしかして感動ものの話なのか、と思いかけた矢先のブラックな落とし穴。これはうまい! 淡々とした演出がラストを際だたせる秀作です。今まで見たエピソード中で一、二を争う傑作。

「生と死の境」
 森の別荘にバカンスに訪れたジュリー一家。専横的な母親、母親にいいなりの父親、甘やかされた弟。反抗期のジュリーは家族を嫌っていた。しかも弟は火遊びが好きだという問題児だった。注意しても母親に取り入る弟は、叱られもしない。
 そんな彼女の話し相手はテープレコーダーだけ、自分の思いを日々レコーダーに吹き込む毎日だった。彼女の慰めは、時々現れては庭仕事をしていく若いハンサムな男だった。しかし彼はジュリーが話しかけても無視し続ける。
 ある日ジュリーは、男に話しかけようとするが、なんと男はジュリーの体を突きつけていってしまう。彼は幽霊なのか? それからも男はジュリーの前に現れつづける。部屋に現れ、大工仕事を始めた男をじっと見つめるジュリーは不思議なことに気づく。男の顔にひげ剃り傷があったのだ。彼が死ぬ前の傷だろうか? そのとき男はジュリーに気がつき恐慌状態になる。そして消えてしまう。
 男が自分に気がついたのは、何か原因があるはず、幽霊でもいいから彼と触れあいたい、と考えたジュリーは男が車に乗り込む際にそっと同乗する。そしてジュリーに気がついた男は再び驚愕し、車は横転してしまう…。
 話しかけても気がつかない男の幽霊ときて、これはもしやと思ったらやっぱり例のネタでした。しかし演出が手堅いので楽しめます。主人公を神経過敏な思春期の少女にしているところが一番のミソ。そして彼女の話をまるで信じない家族、というのもお約束ながらうまいです。
 そして火遊びを好むわがままな弟の描写が、伏線になっています。弟以外にも、性格をかなりデフォルメすることによって、家族それぞれの特徴が、短い時間の中でもうまく印象づけられるようになっています。妻に頭のあがらない父親が、いくぶん猫背気味に歩くところなど、実に印象的です。
 上にも挙げたように、オチは有名なものですが、そのオチの後の収束のさせ方が特徴的。同じネタでも作り方によっては、面白くすることができるという見本のような作品です。

テーマ:海外ドラマ(欧米) - ジャンル:テレビ・ラジオ



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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