老齢の美女  マルセル・エメ『マルセル・エメ傑作短編集』
412204586Xマルセル・エメ傑作短編集
マルセル エメ Marcel Aym´e 露崎 俊和
中央公論新社 2005-09

by G-Tools

 今回紹介するのは、マルセル・エメ『マルセル・エメ傑作短編集』(露崎俊和訳 中公文庫)。以前出版されたマルセル・エーメ『クールな男』(露崎俊和訳 福武文庫)の再刊です。表記が違うので、違う作家かと思ってしまいました。発音に忠実に従うとエメとなるそうです。内容は基本的に旧版と同じ。
 さて、本書には二つの系統の作品が収められています。一つは、何も不思議なことが起こらない普通小説です。『エヴァンジル通り』『クールな男』『パリ横断』がそれに当たります。エメのいつものイメージで読むと、びっくりするほどリアリズムが強い作品です。非人情な男を主人公とする『クールな男』などは、まるでハードボイルドです。これはそれなりに秀作であるのでしょうが、エメの読者としては、やはりファンタスティックな作品を求めてしまいます。
 そしてもう一つの系統の作品、これはエメお馴染みの奇想小説が収められています。『こびと』『ぶりかえし』『後退』などがこの範疇に入る作品です。
 『こびと』は、ある日サーカスのこびとが、突如成長し始め、一人前の美男子になってしまうというお話。その結果、こびとはサーカスの仲間たちから疎外されてゆくのです。哀愁を感じさせる物語です。
 『後退』は、悪魔的な頭脳を持つマルタン(!)という名の貧乏な青年が、大富豪の五人の御曹司を駆り立てて反革命の雑誌を創刊させるという物語。雑誌の名が「後退」というところが、気が利いています。労働者や革命などをおちょくる社会諷刺的な作品です。
 そして、本書の真打ちは、やはり『ぶりかえし』でしょう。奇想とユーモアがないまぜになった、典型的なエメ・スタイルの作品。
 ある日政府が、一年を二十四ヵ月にするという法案を成立させます。この結果国内の人々の年齢が、すべて半分になってしまいます。法的な年齢だけでなく、肉体的な年齢も半分になってしまうのです! 十八歳の娘ジョゼットは、二十七歳のベルトラン・ダロームと婚約していましたが、法案の影響で、肉体が九歳になってしまいます。ジョゼットは、同じく十三歳になったベルトランの愛も変わらないだろうと楽観視しますが、ベルトランは態度を豹変させます。

 「ぼくは十八歳の美しい娘に恋をした。見事なからだをした、ぼくの好みに合った腰や、腿や、胸をもった娘だ。今やきみは九歳で、ぼくの欲望をそそらない。それはぼくの意志とは無関係な事実さ。」

 しょげかえるジョゼットとは対照的に、中年や年寄りたちは大喜びです。若返った両親や祖母は、若い肉体をこれ見よがしにみせびらかします。ことに三十四歳に若返った祖母の変貌ぶりはすさまじいものでした。

 わたしをいちばん驚かせたのは祖母だった。背はすらりと高く、ほっそりとして、身のこなしはしなやかで、とてもきれいだった。一見しただけでは、顔立ちにも、からだつきにも、奇抜な身なりや、化粧や、見かけに凝って滑稽なくらいだったあの年寄りを思い起こされるものは何も見あたらなかった。

 美女に変貌した義母に対し、父親は色目を使う始末。母親も浮気を始めます。世の中の年寄りや中年たちが、わが世の春を謳歌するのに対し、もともと若かったものたちは、肉体が子どもになってしまったため、悲惨な状況に置かれます。

 わたしのすぐうしろに、六カ月の娘と九歳になる妻を連れた十一歳の男性がいた。その娘はかれらの小さな腕には重すぎたので、夫婦は交代で娘を抱いていた。町の乾物屋で店員をしている夫は職を失いかけていた。子供の力でできる仕事しかできなくなったからである。
 
 子供になった若者たちは、法案撤廃を求めて社会的な活動を開始します。ジョゼットの兄ピエールも「希望クラブ」なる団体に加入して活動に参加します。我慢の限界に来た子供たちは、政府に対して革命を開始するのです。大人たちと子供たちとの対立の結末は? そしてジョゼットの恋の結末はどうなるのでしょうか?
 何より、法律が現実の肉体に変化を起こさせてしまうというファンタスティックな設定が見事です。そしてその設定によって引き起こされる社会の混乱をユーモラスに描く著者の腕は確かです。主人公の恋をめぐるミクロな視点と、大人対子供の戦争というマクロな視点が、うまく重なり合って物語に厚みをもたらしているのです。結末もまた皮肉が効いていてなかなかの出来。
 美女になった義母に惹かれる夫、というモチーフは、『小説家のマルタン』(マルセル・エーメ『マルタン君物語』(江口清訳 ちくま文庫所収))にも見られます。エメには、突如美男子の顔になってしまう男を描いた『第二の顔』という長編もありますし、殺人犯が赤ん坊になってしまうという、タイトルそのままの『変身』という作品もあります。どうやら著者は「変身」というテーマに強い興味があったように見えますね。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

くじを当て続ける男  埋もれた短編発掘その8
 タイムトラベルを扱ったストーリーは数あるものの、これは新機軸。エリオット・ケイポン『当たりくじは当たりくじ』(安立喜一訳 早川書房 ミステリマガジン1992年7月号所収)。しかし、このタイムトラベルには、思わぬ制限があったのです…。
 さびれたリバーズ・エッジ地区で、キャンディ・ストアを経営するリチャード・ディミトリオスは、タイム・マシンを完成します。しかしその機能にはかなりの制限がありました。

 移動できるのは未来に向かってわずかに三十六時間までで、しかも六十秒あまりしかとどまっていられない。だがそれ以上に大切でおそらく全宇宙の絶対不変の法則にのっとっていると思えるのは、未来をおとずれる時は肉体をもたない存在になることである。そこにいる一分の間、見る、聞く、動き回ることも可能だが、ものに触れたり、自分の姿や声を他人に認めてもらうことはできないのだ。

 このマシンを利用して、ディミトリオスは、宝くじを当てます。五百万ドルを手にしたディミトリオスでしたが、キャンディ・ストアは地区のために続けると明言します。一週間後、また宝くじを当てたディミトリオスは、二百二十万ドルを手に入れます。あまりの幸運に、州宝くじ事業本部長ハリスンは不審を抱き、部下の保安部長カバレッティに調査を命じます。しかし不正は全く見つかりません。その後もディミトリオスは宝くじを当て続け、それを慈善に使い、周りの地区の再生事業にとりかかるのです。
 ディミトリオスのせいで、宝くじの売れ行きはどんどん下がり、ついには販売中止という事態にいたります。
 宝くじの収益で、高速道路を作ろうという州知事の圧力もかかり、あわてたハリスンとカバレッティは、ディミトリオスを厄介払いする方法を練るのですが…。
 手に入れた大金を全て慈善事業に使ってしまうという善意の主人公がユニークです。調子に乗りすぎた主人公が痛い目を見る、というパターンに乗っ取った作品ではあるのですが、独創的な設定で読ませる作品です。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

避けられない運命  ゼナ・ヘンダースン『ページをめくれば』
4309621880ページをめくれば
ゼナ・ヘンダースン 安野 玲 山田 順子
河出書房新社 2006-02-21

by G-Tools

 今回は、《ピープル》シリーズや名作短編『なんでも箱』で知られるアメリカの作家ゼナ・ヘンダースンの『ページをめくれば』(安野玲、山田順子訳 河出書房新社)です。著者が学校の教師をしていたという経歴からか、子供の感性や想像力をテーマにしたファンタジーが多いのが特徴です。面白かったものを紹介しましょう。
 『光るもの』は、大恐慌時代、貧乏な母子家庭の娘が隣家の風変わりな夫人の家に手伝いに行く話。この老婦人がいつも家中をかき回して「光るもの」を探しているのだが、娘がついにそれを見つける…。導入部のミステリアスさが秀逸です。
 『しーッ!』は、体が弱いが、豊かな想像力を持つ少年が、音を喰う《音喰い》を作り出してしまったことから悲劇が起こる…というホラー風味の作品。唖然とする結末です。
 『先生、知ってる?』は、家庭に問題を抱えているらしい少女が、その内情を教師にことごとに打ち明けるという話。だんだんと事態がエスカレートしているのが教師にはわかるのですが、少女自身はその重大さにまるで気付かないところが怖さを増幅させます。「先生、知ってる?」というリフレインが効果的に使われたミステリ。
 『信じる子』は、あまりにも素直なために、あらゆる話を真実だと思いこんでしまう少女が主人公。お話に出てきた呪文を信じ込んだ少女は、いじめっ子に対して、それを使うが…、という話。想像力が実在を作り出すというテーマの作品です。
 『グランダー』は、病的な嫉妬心を持つ男が、妻にいわれのない嫉妬を抱き続け、夫婦仲が破綻寸前になりますが、信頼の念を手に入れられるという言い伝えのある伝説の魚「グランダー」を求めて釣りに出かける…、という話。「グランダー」の存在はともかく、男が妻に嫉妬を抱くシーンの描写に生彩があります。
 そして巻末に置かれた『鏡にて見るごとく-おぼろげに』。この作品が集中では一番の力作でしょう。
 ある日「わたし」は、現実の風景に重なって別の光景が見えるようになります。ドクター・バーストウに診察してもらっても肉体的な異常は見つかりません。やがてその光景は過去の時代のものなのではないかと「わたし」は考えますが、ある時ドクターの先祖らしき店の風景が見えたことから、その確信を深めます。

 「なら、わたしが見てるのはその時代なんだわ! 世紀の変わり目ごろ!」

 その後「わたし」は一人の女が埋葬される光景に立ち会います。女性はゲイラという名前らしいことを知ります。そして次に見た光景に現れたのは、学校にいる一人の少女。その名はゲイラ! どうやら「わたし」の目は、ゲイラの生涯を過去にたどっているようなのです。やがて「わたし」は、ゲイラの生涯に決定的に関与することになるのですが…。
 過去の人物の生涯を死の時点からたどり直すという視点がユニークです。その生涯の結末を知りながらも、雄々しく生きるゲイラを見つめる「わたし」の思いは非常に複雑です。彼女の運命は既に決定されてしまっており、それを幸福に変えることは「わたし」にもできないのです。結末で「わたし」を諭す夫ピーターの言葉は印象的です。

 「他人の人生の価値を判定する裁判官や陪審員に任命されたなんて、思っちゃいけない。きみはほんのわずかな断片しか知らないんだ。それに、その断片すら、すべて幻覚なんだ」

 しょせん人間の運命を変えることはできないという諦観、それにもかかわらず強く生きる人間への生命の讃歌。安易なハッピーエンドを使わずに現実の苦さをも取り込んだ、実に見事なファンタジーとなっています。
 ヘンダースンの作品は、大抵の場合、子供の無垢やその純粋性を前提にして書かれているので、そのナイーヴさがうまくプロットと絡み合っているときには、素晴らしい作品が生まれます。しかし、あまりにそのナイーヴさが極端になってしまうと、読者を白けさせてしまう恐れがあります。本書で言うと、異星人とのファースト・コンタクト・テーマを扱った「小委員会」や、《ピープル》シリーズに属する「忘れられないこと」、子供のころの想像力を忘れた大人たちへの提言「ページをめくれば」などは、その意味でどうも傑作とはいいがたい面があります。しかし、ほどよくその感性が発揮された作品では、透明感あふれるファンタジーを味わうことができるでしょう。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

ナイトビジョン
 たぶん関東限定だと思うんですが、日本テレビで木曜の深夜に放送されているオムニバスドラマシリーズ『ナイトビジョン』という番組がすごく面白いです。この番組の存在はネット上のあるページで知ったんですが、この前、初めて見てみました。そこで軽く紹介などしてみたいと思います。30分ものドラマの二話同時放送です。

「あいつがここにやってくる」
 患者に完全に同調する能力を持つ精神科医が主人公。彼は患者の妄想を取り出し、自分の中に取り込むことによって治療をしている。体調を悪くした彼は、休養を取ることになるが、休暇先で、妄想にとらわれた少年を治療することになる。
 少年は「あいつがここにやってくる」という言葉を一日中繰り返し続けていた。かって母親が車で男をはねて死なせた際に、同乗していた少年がフロントを突き破った男の顔をまともに見たことから、その妄想は始まったという。精神科医は少年の心からその妄想を取り込む。治療は成功したかに見えたが、突然少年は再び「あいつがくる」と叫び出す。精神科医は窓から庭を覗くが、そこには死んだはずの男が…。
 妄想を信じ込んだために、それが現実化する…という風に見せかけて、さらにたたみかけるようなどんでん返しが待っています。ロバート・ブロック風のサイコ・スリラーです。

「中古車」
 主人公の女性は、富裕な医者の妻。彼女は新車を買いにきた際に、ふとある中古車に気をひかれ購入する。車に乗った彼女は、時折血まみれの女の霊らしきものを見る。妊娠した彼女は、車を返品しにいこうとするが、車の内部に置き去りにされた妊娠検査薬とそれに記された名前を見て、運命的なものを感じ、その名前をもとに調査を始める。
 車の前の持ち主は、妊娠して男に捨てられたために自殺したストリッパーだったことがわかる。その結果主人公は自分にも関係する恐ろしい事実を知るが…。
 因果が報いるというオーソドックスな幽霊話ですが、テンポがいいので飽きさせません。

 「トワイライト・ゾーン」などを彷彿とさせるこの番組、どうやらホラー味が強いシリーズのようです。異色短編が好きな方にはお勧めです。
公式ホームページはこちら。http://www.ntv.co.jp/ushimitsu/nightvisions/

テーマ:日記 - ジャンル:日記

振りまわされて  ボアロー、ナルスジャック『すりかわった女』
20060224201617.jpg

 あなたは目覚めると病院にいます。しかし呼びかけられた名前は自分の名ではない。一体何が起こったのか? こんな魅力的なシチュエーションの物語。今回はボアロー、ナルスジャック『すりかわった女』(荒川浩充訳 ハヤカワ・ミステリ)です。ボアロー、ナルスジャックは、映画化もされた「悪魔のような女」で知られる、フランスのコンビ作家。悪夢のような心理的サスペンスを得意としています。
 主人公マリレーヌは、幼いころ両親を失い、伯父の富豪ビクトール・ルウーのもとで、いとこのシモーヌとともに育てられます。成長したマリレーヌは、伯父の会社の社員であったフィリップ・オセールと結婚しています。ルウーの病気の療養のため、マリレーヌは夫フィリップとシモーヌとともに飛行機でバカンスに出かけますが、突如飛行機が墜落してしまいます。シモーヌは死に、マリレーヌも重傷を負います。しかし目覚めたマリレーヌに対し、なんとビクトール・ルウーは、シモーヌと呼びかけるのです!

 老人の傷ついた思考では、疑問の起こる余地はまったくないのだった。二人のうち一人が生きていたら、彼の関心の的であるたった一人の娘シモーヌ以外であるはずがない。

 錯乱状態であり、余命も少ないと思われるルウーを見て、野心家のフィリップはあることを考えます。

 死んだのがシモーヌだったら、老人が死んだ場合、その財産は法律上姉のオルガと姪のマリレーヌの間で分けることになる。しかも税金がからんでくるから、手にはいる金はばかばかしいほどわずかだろう。ところが、生きているのが“娘”のシモーヌだったら、全財産が手にはいる。それならば、マリレーヌはシモーヌになればいい…

 意志の弱いマリレーヌはフィリップに促されるままに、シモーヌを演じ続けます。ルウー親娘が住むパリには彼女を見分けられる知り合いはいない…、そう考えた彼らはルウーの正気が戻らないことを祈りつつ、不安な日々を過ごします。ところが、ある日、身分証明書を作るためにシモーヌの抄本を取り寄せたマリレーヌは、思いがけない事実を知ります。シモーヌは父親に内緒で結婚していたのです。やがてその男ローラン・ジェルバンがマリレーヌに近づいてくるのです…。
 事故で死んだ遺産相続人になりかわる、というのはサスペンスにおいては、わりとよくある設定ではあるのですが、この作品は丁寧な心理描写と巧みなプロットで読ませます。
 このすりかわった女マリレーヌが、気が弱く優柔不断だというところがミソです。犯行も、夫である野心家のフィリップが勝手にお膳立てしてしまい、彼女は唯々諾々と従うだけです。そして後には、シモーヌの夫であったローラン、この男もなかなかしたたかな人物なのですが、そのローランにも一方的に主導権を握られてしまいます。
 本人はただの善良な女なのに、二人の悪党の間で葛藤に苦しむ様が読みどころです。常に受動的なマリレーヌが周りの男たちに振りまわされてゆく過程が説得力をもって描かれています。そしてマリレーヌは、唯一の理解者であるはずのオルガ伯母にも真実を告げられず、冷たくあしらわれてしまいます。そしてそれがまた結末の伏線にもなっています。
 複雑な人間関係と心理が生み出す、必然的な結末。非常によく練られたサスペンスの佳作です。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

昼出歩くものたち  埋もれた短編発掘その7
 大都会には、あふれるほどの人々が暮らしています。しかし、彼らの全員が本当に生きていると言えるのでしょうか? 生者と死者を区別するものは? 今回はそんな都市の不思議を描いた一編、ヴィクター・カニング『壁をぬけて』(小尾芙佐訳 早川書房 エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン1963年10月号所収)です。
 舞台はロンドン、「わたし」は、四時頃になると、会社の近所の喫茶店に出かけます。フェンチャーチ通りにあるその店で、一杯の紅茶と菓子パンを食べるのが日課になっているのです。客はたいてい同じ顔ぶれの常連です。「わたし」は、その店で二人の人物と顔なじみとなります。
 一人は、フィングルトン。四十がらみで、禿げかけています。健康そうには見えないが、愛想の良い男です。月曜と水曜と木曜の三日きまって顔を出します。
 もう一人は、ハヴァストック。長身で細面。貴族的な容貌の男です。気まぐれで、一月姿を見せないこともあれば、ひょっこり現れて毎週きちんと通い続けたりもします。
 ときどき、この三人の顔がそろうときがあり、それは一月に一、二回、というところでした。それが五年越し続いており、三人は古馴染みといってもいい関係でした。「わたし」は、どちらの人物の名前も知りません。まして詳しい素性など全く知らないのです。しかしこの程度のつきあいがちょうどよいのではないかと「わたし」は考えます。
 ある日、ハヴァストックが浮かぬ顔でやってきます。心配する「わたし」に、彼は不思議な出来事を告げます。ロンドン市民の大多数が実は見かけ通りの人間ではない、というのです。そしてその理由を話し出します。ハヴァストックは、あるとき、ふと前を行く一人の男に注意を惹かれます。気になったハヴァストックは、男を尾行します。

 「フリート・ストリートに入ると間もなく、男は前の道を渡りました。するとそこへ郵便車が通りかかり、ほんの二、三秒わたしと彼との間をさえぎったのです、ほんの数秒の出来事でした。ところが車が通りすぎると、男の姿がないのです。煙のようにかきうせていました」

 それから、ハヴァストックは人々を観察する習慣がついてしまいます。そしてある日再び、若い娘が銀行の外壁に消えるのを目撃します。彼らは死者ではないのかと、ハヴァストックは述べます。

 「かってここで働いていた人たち、ここで生をうけた人たち、ここに魅せられた人たち、ロンドンに、住みなれた人たち…彼らの肉体は死んでも、魂はここから逃れることができないのです。彼らはもどってきます。魂はもどってきます、愛着たちがたい巣へ。だからロンドンは幽霊でいっぱいなのです。」

 ハヴァストックに対して、フィングルトンは懐疑的な意見を述べます。そんなことは合理的に説明できると言いますが、ハヴァストックはかぶりを振ります。そして彼は忠告します。前を行く人間に気をつけだすと、あなたはやめられなくなる、と。
 ハヴァストックのいうことは本当なのでしょうか? 「わたし」はこの後、不思議な体験をすることになるのです。大都会をさまよう幽霊の謎とは? 合理的な解決を求めると裏切られますが、奇妙な幕切れには唖然となることでしょう。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

どこまでも残酷に  ティム・クラベ『失踪』
20060221212341.jpg
失踪
ティム クラベ Tim Krabbe 矢沢 聖子
4140801336

 もし最愛の女性が失踪したら、あなたはどうしますか? そしてその生死さえも、わからないままだとしたら、その状態に耐えられますか? 今回はそんなお話、オランダの作家ティム・クラベの『失踪』(矢沢聖子訳 NHK出版)です。この作品、アメリカで、ジョージ・スルイザー監督『失踪』として映画化されています。もともとオランダで作られたオリジナル版映画のリメイクなのですが、あまりに残酷なストーリーのため、リメイク版は結末を変えたという、いわく付きの作品。
 レックス・ホフマンは、恋人のサスキア・エイルベストと一緒にドライブをしています。二人は喧嘩になりかけますが、仲直りをし、ガソリンスタンドに車を止めます。サスキアは飲み物を買ってくるといって店の中に入っていくのですが、しばらくしても戻ってきません。心配になったレックスは店の中で周りの人間にサスキアのことを尋ねるのですが、誰も彼女の行方を知らないのです。

 「わたしって、気まぐれなところがあるの。」彼女は繰り返し彼に念を押したものだが、たとえ彼が恋人として完璧でなく、今後もそうなるとは期待できないことを一瞬のうちに悟ったとしても、こんなふうに彼を置き去りにするとは考えられなかった。

 結局サスキアは見つからず、レックスの前から姿を消します。そして数年後、新たな恋人を得たレックスでしたが、サスキアのことを忘れられず、新聞に情報を求める広告を出します。その直後、サスキアのことを知っているという男が現れるのです。ルモルヌと名乗る男は、サスキアのことが知りたければ自分の言うとおりにしろといいます。レックスは男に従ってルモルヌの車に乗り込みます。ルモルヌは、かってサスキアが消えたガソリンスタンドにレックスを連れて行くのです! そこでルモルヌが差し出したのは、プラスチックカップに入った液体。

 「なんです、それは?」
 「催眠剤です。十五分たったら効いてきます。そのあいだに、起こったことの最初の部分を話してあげましょう。さあ、お飲みなさい。」


 あまりにも一方的な、有無を言わせぬ申し出。レックスはこのカップを飲んでしまうのでしょうか? そしてサスキアの行方は?
 はっきり言って、かなり救いのない作品です。恋人の行方を捜し続けるレックスの執念とは対照的に、ルモルヌの異常性は際だっています。その人物像は凡百のサイコスリラーを一蹴します。非常に残酷なのですが、肉体的な残酷性ではありません。あくまでも心を痛めつける精神的な残酷性なのです。罠と知りつつ、犯人の術中にはまってしまうレックスのいたいたしさとも相まって、酷薄な印象を与える作品です。全くカタルシスが得られないので、覚悟して読む必要があるでしょう。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

モノがモノだけに  埋もれた短編発掘その6
 今回ご紹介するのは、ロバート・トゥーイ(この作品での表記はトゥーヒイ)『物しか書けなかった物書き』(小鷹信光訳 早川書房 ミステリマガジン1974年4月号所収)です。この作家、実にナンセンスかつ人を食った話を書くのが得意です。最近では法月綸太郎が『私の偏愛する異色作家』(早川書房 SFマガジン2004年7月号所収)という特集でトゥーイを紹介していましたね。では、どうぞ。
 かってはハリウッドで幅を利かせた作家バート・ディーは、四十を過ぎた今、太鼓腹、近眼のアルコール中毒患者になりはてています。当然生活は貧窮を極めます。かっては美しかった妻のライラも、生活苦のため生気がありません。
 そんなある日、地下室の仕事場から駆け上がってきたバートは、ライラに奇妙なことを言い出します。馬を書いた、とわけのわからないことを言うのです。泥酔しているせいだと思いつつも、ライラは地下室からくぐもった鳴き声が聞こえるのに驚いて、地下室に足を運びます。
 床の半分はセメント、のこり半分は土のままの地下室。そこにいたのは、灰色の小さな馬でした! 度の過ぎたいたずらだと思ったライラは憤慨しますが、バートは自分が書いたのだといいはります。半信半疑ながら信じることにしたライラは、それでは金そのものを書いてみてくれとせがみます。大金を思い浮かべながらタイプをたたくバートでしたが、一向にお金は現れません。

 「わかった! おれが書けるのは、手で触れることのできる実体のあるものだけなんだ」
 「どういうこと?」
 「ハタと思い当たったのさ。触れないものは書けない。たとえば金はそれだ」
 「いつからそうなったの?」
 「金は紙切れだ。相対的な価値にすぎない。おれは、価値はかけないんだ。実体のあるものしか書けない。」


 そしてバートは、北極熊の敷物を作り出すのです。結果、血液中のアルコール成分が微妙に影響して、物を作り出せることを発見します。その後も続々と金目のものを作りだし売りさばいたバートは、次第に裕福になります。豪華な装身具や宝石を買うようになったライラは、見る間に太り尊大になっていきます。一方バートは常にアル中状態、くたびれた恰好のままです。上流階級の連中とつきあうようになったライラは、夫をうとみ始めます。うんざりしたバートは、女中のイヴィンヌといい仲になり、ライラを厄介払いする計画を練り始めます。

 「離婚はなさらないわ。あなたが、お金を稼いでるんだから。」
 「そう、ぼくは物書きだからね。」
 「なにを書いてるの? 教えてくれないのね。」
 「物を書いてるのさ、手に触れられる物を。きみが正しいようだ、離婚には応じそうもない。」


 バートは、自らの能力を使って、ライラを始末しようとするのですが、意外な落とし穴が待ちかまえています。実体のあるものしか作り出せないという能力が、土壇場になって、思わぬしっぺ返しをするのです。そして、結末のグロテスクさには、強烈な印象を受けることでしょう。トゥーイの最高傑作といっていい作品です。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

だれか私を知らないか  マーティン・ラッセル『迷宮へ行った男』
20060220171527.jpg

 人は、周りの人間によってアイデンティティを得ることができます。親から見た自分、配偶者から見た自分、友人から見た自分、それぞれの役割の束が、自分という存在を形づくるのです。では、ある日誰もが自分を自分だと認めてくれなくなったとしたら? 今回はそんなアイデンティティを巡る物語、マーティン・ラッセル『迷宮へ行った男』(竹内佳子訳 角川文庫)です。
 冶金学者ジョン・ティヴァトンが、ある日家に帰ると、突如、妻ヴァレリーが自分には見覚えがないと言い出します。隣人エルキンズもまた自分を知らないと言います。なんとティヴァトンは6ヶ月前に事故で死んでいるというのです! 悪ふざけだと思った彼は、抗弁を続けるのですが、通報され、警察に追い出されてしまいます。

 ヴァレリーが落ち着いた声で彼の言葉を遮った。「エルキンズさんが言おうとしているのは、わたしが未亡人だということなんです。夫は六ヶ月前に亡くなりました」

 会社の先輩、そして母親さえもが、自分を認めてくれないのです。どうしても納得の行かないティヴァトンは、自宅に忍び込んで、娘に会って確かめようとします。そして再会した娘バーバラは、彼を父親だと認識したのです! ティヴァトンは、国の命令で武器を開発していました。それにからむ陰謀なのでしょうか? ティヴァトンは、真実を求めて調査を開始するのです…。
 ある日、家族や隣人が、自分を知らないと言い出す、このあらすじを読んで、あなたはどんな物語を想像しますか? ある一定のジャンルの作家であるという知識があれば、大体予想はつきます。本格ミステリの作家であれば、あくまで合理的に解決されるだろうとか、SF作家であれば、これはパラレルワールドなのだろうとか、大まかな当たりをつけることができます。しかし、この作家、邦訳がこれ一冊なのです。そういう意味で、SFなのかミステリなのか、展開が全く読めません。実にスリリングです。
 この手の作品には、「救援者」、すなわち主人公を助ける準主役級の人物が登場するのが常なのですが、本書に限っては、それがほとんど登場しません。全く孤立無援なのです。
 後半、前代未聞とも思われるすさまじい急展開が待っています。はっきり言ってその展開、ルール違反とも思えるのですが、ジャンル的にこだわりがない人であれば、許容範囲でしょう。とにかく、これ以上あらすじを述べると、ネタを割ってしまうことになります。いわゆる「バカミス」なのでしょうが、すれっからしの読者には、楽しめるだろう怪作です。

消えない不貞  埋もれた短編発掘その5
 ずっと愛し合っていると思っていた。そんな思いが裏切られたとき、夫が取った行動とは? 今回ご紹介するのは、C・B・ギルフォード『ラブレター』(丸本総明訳 早川書房 ミステリマガジン1966年11月号所収)です。
 ある朝ふと思い立って、アルバムを探しに屋根裏にきたマットは、思いがけないものを発見します。よりにもよって、記念すべき結婚記念日の今日、その祝福を台無しにするもの。それは、妻エリザベス宛の手紙でした。そしてその内容は、ラブレター! 疑いをはさむ余地はありません。

 ショックは、電気に打たれたように急激なものではなく、殆んど気づかないほどゆっくりと、這うようにしのびこんで来た。かれは、古ぼけたトランクの上に腰をおろし、というよりはくずれ落ちた。

 祝いの言葉をいいかけたエリザベスは、マットの手にあるものを見て固まります。問題の手紙はポール・ハモンドから来たものでした。ポール・ハモンドが現れたのは、二人が結婚してまだ半年のころ。ポールが妻に惹かれているのにマットは気づいていましたが、彼はむしろ他の男が妻に参っていることを得意にしていたのでした。しかし、今となってはただ裏切られたという気持ちがあるばかりです。
 マットはエリザベスを詰問し、彼女の裏切りを責めます。

 「おれたちはここで一緒に暮らしてきた。この同じ部屋の下で寝て来た。おれは幸福だった。しかし、きみは-」
 「わたしだって幸福よ、マット」
 「きみはほかの男を愛していたんだ」


 マットはいつかエリザベスがベッドルームの鍵をしめ、彼を入れなかったことがあるのを思い出します。そうだ、あれはいつ起こったろうか? ポール・ハモンドが現れた頃と一致する。マットは確信を深めつつ、エリザベスを問いただします。エリザベスはハモンドとの情事を認めますが、それはもう終わったことだと抗弁します。愛しているのはあなただけだと。しかしマットは信じられません。

 彼女は嘘をついている。もちろんそうに違いない。わざわざこの二階へやって来て、この嘘を考え出したのだ。もしハモンドを愛していなかったとしたら、何故あんな手紙を取っておくことがあろうか。

 そしてポールの取った行動とはいったい何でしょうか…?
 陳腐な三角関係のストーリーかと思いきや、この作品、実はとんでもないトリックが仕掛けられています。オチを割るので詳しく言えないのですが、作品の語り自体に思わぬ仕掛けがあるのです。絶対に映像化不可能な文章ならではのテクニックなのです。登場人物の外見描写がされない、というところにミスディレクションが存在する、とだけ言っておきましょう。そしてその真相が判明したとき、この陳腐な夫婦愛のもつれ話が、まったく異なる様相をもって迫ってくるのです。人間の執着の強さを描いた、技巧的な小品です。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

宇宙でいちばん孤独なひとへ  シオドア・スタージョン『不思議のひと触れ』
4309621821不思議のひと触れ
シオドア・スタージョン 大森 望
河出書房新社 2003-12-22

by G-Tools

 今回は、近年、再評価の著しい異色作家、シオドア・スタージョン『不思議のひと触れ』(大森望編 河出書房新社)です。どの作品をとっても、異様な発想、破天荒な設定、常識はずれの論理展開が見られます。こう言うと難解でつまらなそうに見えるかもしれません。そういう点で、単純に面白いと言えない作品があるのも確かです。しかし読んでみればわかりますが、彼の作品にはどこか人の胸を打つものがあります。とっつきにくい作品の衣を一皮はげば、そこにあるのは「愛」です。そう、スタージョンの小説は「愛」を描く作品なのです。
 それでは、おもだった作品の紹介を。『もうひとりのシーリア』は、病的な好奇心を持つ青年が体験する奇怪な出来事を描いています。読み終えた後も何を言いたかったのかよくわからないという、唖然とするような作品。『裏庭の神様』は、底抜けに楽しいファンタジー。あとは、人魚に恋をした男女の恋物語『不思議のひと触れ』などが面白いです。人魚をテーマにしながら、人魚自身は全く登場しないという、技巧的な作品。
 しかし、ストレートにスタージョンの「愛」が表現された作品としては、『雷と薔薇』『孤独の円盤』が挙げられるでしょう。
 『雷と薔薇』は、敵国から核攻撃を受け、死滅しつつあるアメリカが舞台。放射能の被害と、それに劣らぬ絶望感が支配する世界で、人々は次々に死につつあります。軍の基地に勤務するピート・モーザーは、自分たちを攻撃した敵国に非常な憎しみを抱いていますが、ある時、偶然に、自分たちの基地に秘密裏に作られた、核攻撃の装置を発見するのです。
 そこにかっての人気歌手スター・アンシムが巡業に現れます。スターは皆に呼びかけます。私たちはいずれ必ず死ぬでしょう。この国にはまだ敵国を滅ぼすだけの核兵器があります、しかし報復攻撃をしてはいけない、放射能はいずれ敵国にも蔓延するでしょうが、こちらが攻撃をしなければ、少なくとも彼らには生き残る可能性がある、彼らに未来をたくしましょう、と。メッセージを伝え終えたスターは、力つきて死にます。ピートは憎しみを押さえてスターの遺言に従うことにするのですが…。
 自分たちを攻撃した敵に未来を託す、という受け入れがたい提案を、ピートは迫られます。スターの命をかけた説得に、ピートは心を動かされるのです。人類愛とヒューマニズムにあふれる、万人に訴える可能性を持った作品です。
 そしてこの集のハイライトともいうべき作品が、『孤独の円盤』です。
 月光が降り注ぐ海辺で、語り手の「ぼく」は、入水自殺をしようとした女を助け出しますが、なぜか女は自分を助けたことを責めます。泣き出した女に「ぼく」は、理由を話してくれと頼みます。女の語ったのは次のような話でした。
 十七歳のある日、女は町中で突然、不思議な出来事に遭遇します。

 女は空をあおいだ。頭の上に円盤が浮かんでいた。
 美しかった。金色で、表面はちょっと粉を吹いたような仕上げがほどこされており、それがまだ熟していない青黒い大粒のコンコード葡萄の実を思わせた。


 円盤は思いの外、小さいものでした。女の両手でつかめるほどの大きさ。周りの人々が息をつめて見守るなか、落下してきた円盤は女のひたいにぶつかり、そのまま動かなくなりました。その直後、女の前にFBIの人間が現れます。円盤から何らかのメッセージを受け取ったと考えた彼らは、それを聞き出そうとしたのです。しかし女は決して話そうとしません。

 そしてある日、女は自分が円盤についての話をしない理由は、あれが自分のところに来たからにほかならない、と口にした。「だって、円盤はわたしにだけ話しかけたのだから、ほかの人にはなんの関係もないのよ」

 しびれをきらした彼らは、女を刑務所に入れますが、事態が全く変わらないのを見て、女を釈放します。しかしその後も円盤のメッセージを聞き出そうとする人間は後を絶ちません。
 女は海辺の町に移り、ある行為を始めます。瓶に手紙を入れて、海に投げ込み始めたのです。三年間その行為を続けた後、絶望した彼女は、自殺を図ったのです。
 そう語る女に対し「ぼく」は、あることを話し出します。そしてそれは女を救うことになるのです。「ぼく」は一体何者なのでしょうか? 女が瓶につめた手紙とは? そして円盤が彼女に伝えたメッセージの内容とは?
 作品全編を通して、固有名詞がいっさい使われません。主要人物は「ぼく」と女のたった二人。しかし、その人物像は強烈な輝きを放っています。そして、円盤というあまりにもSF的なガジェットが、ここでは人間愛をうたい上げるための重要なモチーフとして使われているのです。結末の一文にあなたは、胸の震えを押さえることができないはずです。絶望的なまでの孤独への恐れ、悲しいまでの愛への渇望。スタージョンの魂の叫びが如実に表れた、まさに奇跡的な傑作。世界中の孤独な人へ捧げる最高の贈り物です。
 本書は、どれを取ってもはずれのない、素晴らしい作品集です。これを読んでまず後悔する人はいないだろうと断言できます。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

うさぎの怪  アンディ・ライリー『自殺うさぎの本』
4899980612自殺うさぎの本
アンディ ライリー Andy Riley
青山出版社 2005-12

by G-Tools

 たまには目先を変えて、ヴィジュアル系の本を取り上げたいと思います。一番のおすすめは間違いなくこれです! アンディ・ライリー『自殺うさぎの本』(青山出版社)。タイトル通り、自殺するうさぎを描いた、ブラックユーモアあふれる一コママンガ集です。
 何で自殺しちゃうの? とか、何でうさぎなの? という疑問は湧くのですが、それはそれとして、このうさぎたちの自殺の手段がことごとく、まわりくどいのが特徴です。虫眼鏡で焼け死のうとしたり、時計の針で首つりをしたりします。それらがすべて時間がかかったり、効率が悪すぎる方法なのが、ユーモアを醸し出します。
 イラストの描線は単純で、うさぎの顔の表情も一向に変わらないのですが、それがまた妙なおかしさを増しています。
 考えオチというものも多く、ノアの方舟に乗り込まない、とか磁石店と刃物店の間に立つ、などにいたっては抱腹絶倒です。とにかく一度見てもらえば、その面白さがわかると思います。画像をいくつかアップしてみたので、ご覧ください。
 イギリスでベストセラーになったそうなのですが、それを考えるとイギリス人のユーモア感覚というのもすごいですね。平然とした顔をしてギャグをかます、といった趣の作品です。けっこうブラックな味わいなので、人によっては眉をひそめるかも。うさぎ好きの人にはすすめられません。

20060217120827.jpg20060217120838.jpg

20060217120853.jpg20060217120908.jpg

20060217120918.jpg


テーマ:本の紹介 - ジャンル:小説・文学

見えない目撃者  埋もれた短編発掘その4
 犯罪の現場を目撃したが、それを話せない事情がある。そんなときあなたはどうしますか? 今回ご紹介するのは、良心の葛藤を描く心理サスペンス、ミリアム・アレン・デフォード『ひとり歩き』(秋津知子訳 早川書房 ミステリマガジン1978年5月号所収)です。
 その朝、中年男ジョン・ラーセンは、出勤するためのバスを待っていました。古女房ケイトの、いつもと変わらぬ愚痴にうんざりしたラーセンは、衝動的に会社を休んでしまいます。久々のひとり歩きを満喫したものの、疲れたラーセンは、森の茂みでふと眠り込んでしまいます。
 目を覚ましたラーセンは、夕方になっていることに気付きますが、ふと向こうから長い金髪の少女がやってくるのを見つけます。ここで姿を見せれば驚かせることになる。そう判断したラーセンは、少女をやり過ごそうとしますが、そこを、おんぼろの黒のクーペが通り過ぎていきます。ラーセンは運転席に、がっちりとした黒髪の男を認めます。男は少女のわきに停車したと思いきや、少女を無理やり車に押し込み、走り去ってしまうのです!
 あわてたラーセンは、警察に届けようと考えますが、思い直します。目撃したことを報告すれば、まずいことになるに気付いたのです。

 シムズはたぶん、彼をクビにするだろう。ケイトは彼の人生をこれまで以上のこの世の地獄とするだろう。この歳では、今の仕事のようなけちな働き口さえ、もう見つからないかもしれない。

 ラーセンは、ちらっと見ただけだから犯人を識別できないだろう、それに誘拐した男は、もしかしたら少女の父親かもしれないと、無理やり自分を納得させます。二日後、少女誘拐のニュースが新聞に載ります。少女は中学校の校長の娘で、同じ学校に通う生徒でした。ラーセンはまた警察に届けるべきかどうか悩むのですが、ここでもまた思い切れません。そして一週間後、少女の死体が発見されてしまうのです。
 さらに三日後、容疑者逮捕の見出しを見たラーセンは、ほっとしたのもつかの間、容疑者が、目撃した犯人とはまったく異なることに驚きます。逮捕されたのは、中学校の用務員でケナリーという男。ケナリーは評判が悪く、前科もありました。校長との仲も悪かったために動機の点でも疑われたのです。
 相変わらずラーセンは沈黙を守りますが、ケナリーが刻一刻と最悪の事態に追い込まれてゆくのを、恐怖をもって見守っています。確実な証拠はない。いずれ無実となり釈放されるだろう。ラーセンの希望も空しく、ケナリーは電気椅子の刑を宣告されます。ラーセンは、恐怖とあせりで気も狂いそうになります。

 ジョン・ラーセンは十キロ近くも痩せた。彼は眠ることを恐れるようになった。一度、悪夢にうなされて悲鳴をあげ、ケイトの目を覚まさせたことがあった。もはやケイトのうるさい叱言も気にならなかった。

 ラーセンは自分の良心に従うのでしょうか、それとも?
 良心と保身との間で揺れ動くラーセンの心理が、息苦しいまでに迫ってきます。誰でもあり得るかもしれないと思わせる絶妙のシチュエーション、まさに身をつまされる作品です。
人生を乗り間違えて  クルト・クーゼンベルク『壜の中の世界』
20060214101748.jpg
壜の中の世界
クルト クーゼンベルク Kurt Kusenberg 前川 道介
433603060X

 今日紹介するのはドイツの作家クルト・クーゼンベルクの『壜の中の世界』(前川道介他訳 国書刊行会)です。クーゼンベルクの作品はどれも短く、掌編といっていい長さのものばかりですが、そのどれもが傑作です。彼の作品は、時代や風俗といった要素をほとんど感じさせず、そのため普遍的な読みやすさを獲得しています。
 国家が、国民の生活に過剰な好奇心を抱いているため、膨大なアンケートを毎日書かされるという『秩序の必要性』、あらゆるものが抱き合わせで売られるようになった社会の物語『抱き合わせ販売』、永遠に飛び続ける弾丸をめぐる話『休まない弾丸』など、あらすじを聞くだけで面白そうだと思いませんか?
 クーゼンベルクの作品は、どれも短いためアイディア・ストーリーの一言ですませられてしまう恐れがあるのですが、その短い中にも人生の不思議を描いた作品として、『汽車を乗り間違えて』があげられます。
 七十代にさしかかり、最愛の妻を失ったティーゲル氏は、人生に絶望しています。しかし友人からの絵はがきに海が載っていたことから、ティーゲル氏は思い立ちます。どうせなら海を見てから死んでやろう。そして列車に乗って旅立つのです。しかしティーゲル氏は全く逆方向の列車に乗ってしまったことに気付きます。ティーゲル氏の災難を知った乗客たちは、ティーゲル氏になにくれとなく親切をほどこします。人々との触れ合いに喜びを見いだしたティーゲル氏は、今度はわざと列車を乗り間違えるのです!
 それから数限りなく乗り間違いを繰り返す老人のことが噂になり始めます。幸運のマスコット扱いされるようになったティーゲル氏は、鉄道会社から莫大な報酬で雇われることになります。

 彼らの話が本当だとすれば、老人が降りた列車はその直後に大なり小なり損傷を被った。一方、ティーゲル氏が乗った列車の方は、いつも無事故で、そのうえ定刻通りに目的地に着いた、というのである。

 ティーゲル氏が乗り込まなければ、出かけられないと言う人々も現れる始末。ふとした偶然で人生の喜びを見いだしてしまったティーゲル氏でしたが…。
  運命の皮肉さを軽妙なタッチで描き出した傑作です。星新一などがお好きな方は、楽しめるのではないでしょうか。

掘り返された幸福  埋もれた短編発掘その3
 人間の幸福とはどこにあるのでしょう? やはりお金でしょうか。今回紹介する作品の主人公も、最初はそう考えました。しかし運命は思わぬ方向に彼を導くのです…。今回ご紹介するのは、ロバート・アーサー『マニング氏の金のなる木』(秋津知子訳 早川書房 ミステリマガジン1978年10月号所収)です。
 銀行の出納局長補佐、ヘンリー・マニングは、砂色の髪の好青年です。将来を嘱望されるこの青年には、秘密がありました。株投機にとりつかれた彼は、銀行の金を使い込んでいたのです。図太くなったヘンリーは、犯行がばれるのも時間の問題と考え、ある対策を立てます。それは出所後に使える大金を隠しておくこと。金を魔法びんにつめ、公園に昼を食べに行くふりをして出かけたヘンリーは、自分を尾行する二人組に気付きます。
 あわててバスに飛び乗ったヘンリーは、尾行をまくことに成功します。そして、ふと降り立った新興住宅地で、ある家の庭に、恰好の金の隠し場所を見つけます。

 そしてヘンリーのほとんどすぐ脇の芝生に深い穴があいていて、その穴の向こうに植えるばかりになった苗木が置いてあった。根本をズックでくるんだ、あおあおとした見事なエゾマツだ。

 ヘンリーが金を穴に隠した直後、黒い髪のがっしりとした男がやってきます。その家の持ち主らしい男に話しかけ、手伝うふりをして穴を埋めたヘンリーは、その若い男と妻に対し、どこか感謝の念を覚えます。
 三年後、出所したヘンリーは、かって埋めた金を掘り出しにやってきます。しかし、成長したエゾマツを掘り起こすのは困難であり、見咎められる心配もあることに気付きます。結局、合法的に家を手に入れることにしたヘンリーは、人相を変え近くの自動車工場に勤め始めます。家の住人が引っ越す際に、金で買い取ろうというのです。
 ヘンリーは、問題の男ジェローム・スミスと親しくなろうと努めますが、一向にジェロームはうち解けません。羽振りのよいらしいジェロームは、一向に無愛想のままです。それとは対照的に、ジェロームの妻コンスタンスと息子ピーターと、ヘンリーは親しくなります。
 やがてジェロームが事業の拡大のため、引越を考えていることを知ったヘンリーは、コンスタンスと別れることを思って憂鬱になるのです。ところがある日、ジェロームはコンスタンスを捨てて西部に行ってしまいます。ヘンリーは、コンスタンス母子に何くれとなく世話をやき、ついにプロポーズするのですが、その胸中は複雑です。

 彼は言葉を切り、自分は本当に彼女を愛しているのだろうか、それとも単に隠してある金を取り戻したいだけなのだろうかと恥じ入りながら考えた。

 結婚したヘンリーは、コンスタンス母子との生活に満足し、金を掘り出すことには、頓着しないようになるのです。
 一年後、自動車工場の持ち主が引退することになり、事業を買い取るために大金が必要になります。しかしヘンリーは、いざという段になって、幸せのきっかけとなったエゾマツを掘り起こすことにためらいを覚えるのです…。
 金を埋めた、文字通り金のなる木に対して、ヘンリーのとった決断とは?
 金を得るために近づいた女性に、いつの間にか惹かれてゆくようになるヘンリーの心理の変化には、非常に説得力があります。まさしく手段が目的になってゆくのです。人間の幸せとは何かを考えた一編の寓話であり、後味も非常に良い作品です。
 ロバート・アーサーは、現在ではおそらく『ガラスの橋』(『北村薫の本格ミステリ・ライブラリー』 角川文庫所収)が一番有名でしょう。この作品は謎解きミステリなのですが、アーサーの本領はユーモアあふれる都会的なファンタジーにこそあります。他にも面白い短編がたくさんあり、異色作家短編集に入っても遜色のない作家です。『魔王と賭博師』『ミスター・ジンクス』などはいずれ紹介したいと思っています。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

幽霊より怖いもの  リチャード・マティスン『渦まく谺』
20060213123436.jpg

 リチャード・マティスン『渦まく谺』(高橋豊訳 ハヤカワSFシリーズ)は、近年ケヴィン・ベーコン主演『エコーズ』というタイトルで映画化された作品。ですが、本書は日本公開時にも復刊されませんでした。まだこのときは、「マシスン」ではなく「マティスン」という表記になってますね。こんなストーリーです。
 トム・ウォレイスは、超自然的な現象を全く信じていませんでした。パーティの余興で、トムは半信半疑で、義理の弟フィルに催眠術をかけられます。目覚めたトムは何も覚えていませんでしたが、それから奇妙なことが起こり始めます。周りの人々の考えていることが何となくわかるようになったのです。周りの夫婦間の不和、色情狂気味の人妻などに、トムは悩まされますが、さらなる怪現象が。自宅で謎の女が、現れるのです。

 そのとき、私はあつと叫んだまま、息をのんだ。体が椅子に釘づけになったように重く、目が大きく開いたまま膠着し、唇だけが狂ったようにわなないた。
 なぜなら、彼女の体を透して、向こうの街灯が見えたからである。


 その姿は妻には見えません。フィルは、合理的に説明できるといいますが、トムには納得が行きません。その後も、妻や息子の危険を感知するなど、不思議な現象が続きます。幽霊と思しい女は、ますます頻繁に現れるようになり、トムを悩ませ続けます。その能力をめぐって、徐々にトムは妻アンとの間の溝を深め始めるのです。そしてアンの母親の死を予知したことから、その断絶は決定的になります。

 「あなた、知ってたのね」と彼女がいった。
私はまるで許しを乞うような恰好に手をあげた。
 「知ってたんだわ」彼女の声は、急激な感情の変化を-恐怖を-隠しおおせなかった。


 そして依然として現れ続ける謎の女の霊は、とうとう自分の名前を告げます。ヘレン・ドリスコール、それは東部に行っているはずの、隣人センタス夫人の妹の名前でした。ヘレンを殺したのはセンタスだと考えたトムは調査を始めるのですが…。
 ホラーとSFの境界線上に位置する作品です。今のジャンル分けで言えば、モダンホラーに相当するのでしょうか。
 主人公トムが得た能力は、人の心をのぞくことができます。いわゆるテレパシーです。しかし、著者は、それを授かりものとは見なさず、家族や本人を苦しめる脅威として描いています。幽霊が登場しますが、その存在も恐怖の対象というよりは、あくまで日常生活への障害の一部として捉えられています。その点、幽霊よりも、むしろ隣人たちの心の本音の方が、トムにとっては恐るべきものなのです。
 マティスンは、能力が日常生活に及ぼす影響、心理的な圧迫感および孤独感をこそメインにわたって描写します。それゆえ、超自然的な現象を扱いながらも、その筆致はサスペンスのそれであるといえるでしょう。
 もっとも、テレパシーのイメージからすると、トムの能力はちょっと奇異に映ります。生者だけでなく、死者にも精神感応を示しているのです。だとすると、主眼となる女の霊だけでなく、他にも死者の霊が見えてもいいような気がするのですが、その辺はあいまいです。
 とはいえ、幽霊の正体およびその出現の原因を探る謎を縦糸に、主人公トムの超能力による疎外感を横糸にからめた構成は、読者を飽きさせません。今読んでも十分面白いので、是非復刊してほしいものです。
 最後に念のため、タイトルは『うずまくこだま』と読みます。

巻き戻される愛  ロアルド・ダール他『壜づめの女房』
20060219123711.jpg

 最新版の刊行が始まった、早川書房の『異色作家短編集』ですが、今回新編集のアンソロジーが入る代わりに弾かれた巻があります。それがこれ、ロアルド・ダール他『壜づめの女房』(早川書房編集部編)です。確かに他の巻に比べると、それほどのクオリティではないという気もするのですが、やはり中には捨てがたいものも。
 近所の家庭の内情が聞こえる不思議なラジオの話ジョン・チーヴァー『非常識なラジオ』、小説のプロットを教えてくれる小人が見えるようになった作家を描くビル・ヴィナブル『剽窃』、純真無垢な殺人犯の奇跡譚マルセル・エイメ『変身』、自分の幽霊に出会う男の物語アンソニイ・バウチャー『私の幽霊』などは、なかなかに捨てがたい作品です。
 しかし一番印象に残るのは、J・T・マッキントッシュ『プレイバック』です。
 ある月曜の夜、酒場《ゴールデン・スワン》で、男たちが議論を交わしながら、たむろしています。愛妻家で知られる温厚な男バート・シドンは、妻マーサをいまも熱烈に愛していると語り、皆から冷やかされます。

 「わたしは、もし、世界中の女から一人えらべといわれても、やっぱりマーサをえらぶでしょうね」

 やがて議論はふとしたことから、時間旅行の可能性に及ぶことになります。物知りの《教授》は、時間旅行は不可能だと語りますが、バートはそれに否定的な意見を述べます。彼によれば、タイム・マシンなどは必要ない、過去を完全に思い出せたなら、それで過去に戻ったことになる、というのです。
 他のものは、時間旅行ができれば金儲けが出来ると言い出しますが、バートは今のままで幸せだと語ります。

 「ええ…マーサみたいな女をまた見つけるには、なん回か、人生を繰り返さなきゃならんでしょうからね」

 意味深な発言を残して、帰宅したバートは、愛妻マーサを見て、ふと心を痛めるのです…。
 彼が心を痛める理由とは? バートは本当にタイム・トラベラーなのでしょうか? 彼は過去に戻ったことがあるのでしょうか? 避けられない悲劇を暗示するこの作品は、切ないラブストーリーとして読むこともできます。時間SFの傑作です。
 最後に気になっている方もいると思うので、表題作の紹介も少し。誤解させるような表記なのですが、『壜づめの女房』の作者は、ダールではなく、マイクル・フェッシャーです。内容はユーモラスなとんち話といった趣で、とりたてて言うところのない作品です。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

老婦人の降る夜  レイ・ブラッドベリ『火星の笛吹き』
20060212085731.jpg
レイ・ブラッドベリ『火星の笛吹き』

 今回はファンも多いだろう、レイ・ブラッドベリの『火星の笛吹き』(仁賀克雄編訳 ちくま文庫)です。ブラッドベリ原作の映画『サウンド・オブ・サンダー』もそろそろ公開されるようですし、またブラッドベリ熱が再発しそうな今日このごろです。
 本書は、40~50年代の作品を中心にした初期作品集。まだブラッドベリらしさが出ていない、オーソドックスなSFが多いのですが、中にはナイーヴさ、叙情性において優れたものも散見されます。
 往年の名作に比すべき作品としては、典型的なブラッドベリスタイルに近づいた『青い蝋燭』、火星の荒れ地で女の足跡を見つけた男たちの幻想的なストーリー『火星の足跡』なども捨てがたいのですが、いちおしは、名作『万華鏡』と同一モチーフを持つ『天国への短い旅』です。

 「ベロウズさん、私たちとロケットで宇宙に飛び、一緒に神を探しませんか?」

 年老いたベロウズ夫人は、宗教家サーケル氏のすすめにしたがって火星にやってきます。目的は宇宙の果てに神を探すこと。サーケル氏はロケットで神の御許に向かおうというのです。
 サーケル氏のもとに集まったのは、ベロウズ夫人と同じような老婦人ばかり。しかしいつまで待っても、出発する気配はありません。しびれをきらした老婦人たちは、サーケル氏につめよります。ロケットを見せろと言われたサーケル氏は仕方なく、ロケットを見せますが、それはぼろぼろのひどいものでした。
 老婦人たちは決心します。いやがるサーケル氏を無理矢理押し込み、ロケットに乗って出発するのです。しかし当然のごとく、おんぼろのロケットは、ほどなく爆発してしまうのです。

 宇宙船は分解して百万の破片になり、百名からの老婦人たちは、前方に放り出され、船と同じ速力で飛んで行った。

 こんな状況にもかかわらず、ベロウズ夫人をはじめ、老婦人たちは不思議な恍惚感にとらえられています。

 周囲には各々の軌道を飛んで行く女性たちの姿を見た。ヘルメットにはあと数分の酸素しか残っていなかったが、全員、行先を憧れの眼差しで見ていた。

 ベロウズ夫人が宇宙の果てで見たものとは一体何なのでしょう…。
 神に会うために火星にやってくる老婦人の集団、というコミカルな設定を持ちながらも、叙情的なイメージに優れた作品です。結末の美しさは比類がありません。優れたブラッドベリ作品の例にもれず、あらすじだけ紹介しても、その魅力が伝わりにくいのが、もどかしいところです。
 初期の習作を集めた作品集なので、玉石混淆の感は否めませんが、『天国への短い旅』一編だけでも読む価値があります。

テーマ:感想文 - ジャンル:小説・文学

明かしてはいけない秘密  埋もれた短編発掘その2
 人には誰でも秘密があるもの。いくら新婚ほやほやの妻に対しても、明かしてはいけない秘密もあるのです。今回は、そんな夫婦の間の秘密を描いた作品、ブレンダン・ドゥボワ『夜が冷たさをます時』(黒原敏行訳 早川書房 ミステリマガジン1989年3月号所収)です。
 大手新聞社の記者であるルイス・キャラハンは、デザイナーの美しい妻アニーと結婚し、順風満帆の新婚生活を始めたばかりでした。ボストン郊外に構えたアパートで、二人はふと何気ないゲームを思いつきます。それは、家族や友人にも隠していた秘密を打ち明けあおうという、〈告白ゲーム〉でした。子どものころの何気ない罪の告白などで、二人の絆はより強まったかのようでした。しかしアニーがふと洩らした言葉にルイスは緊張します。ルイスの母親からアニーが聞いたという秘密は、高校生のときに、通信簿を偽造したということでした。
 高校生のルイスは、将来に対して貪欲な野心家でした。しかし苦手な代数で、ひどい成績をとってしまったルイスは、親にばれるのを恐れ、通信簿を偽造することを思いつきます。深夜の学校に忍び込んだルイスはうまく偽造を成し遂げますが、ふと窓の外から聞こえる声に驚きます。それは用務員のフレアティでした。フレアティだけではありません。物盗りと思しい二人の若い男がフレアティにからんでいたのです。二人組は、フレアティを殴って立ち去ります。動かなくなったフレアティを見捨てて、ルイスは慌てて逃げ帰ります。フレアティは死に、その罪の意識は今でもルイスの胸をさいなんでいるのです。
 ルイスはこのことをアニーに打ち明けるべきかどうか、思い悩みます。

 「アニーの目には、愛情と気づかいがあった。その目は、彼女がすべてを知っていると信じている男に対して、向けられているのだ。でも、僕が、血を流して死にかけている人間をまえにして、通信簿の成績のためにただじっと見ていたと知ったら、妻はなんと思うだろう?」

 ルイスはついに決断します。ルイスはアニーに秘密を打ち明けたのか、それとも…。話して楽になりたい、しかし妻の愛情が失われることには耐えられない、ルイスの葛藤が強く伝わってきます。タイトル通り、夜の空気が冷たさをます時が訪れるのです。いくら親密な間柄でも、秘密を全て打ち明けることがいいことなのかどうか、著者の問いかけは、少しばかり読者に考えさせる時間を与えてくれるでしょう。

テーマ:感想文 - ジャンル:小説・文学

二度あることは三度ある  埋もれた短編発掘その1
 これから不定期に、雑誌などに埋もれた短編を紹介しようと思います。もともとこのブログを作ろうと思ったきっかけは、雑誌に埋もれた名作短編を紹介することでした。有名作家であれば、埋もれた短編が単行本に収録される可能性もあります。シオドア・スタージョンなどはその例でしょう。しかし、一冊も著書が翻訳されていない作家の短編が、単行本に収録されることはまずないと言っていいでしょう。そうした中で埋もれさせておくには惜しい作品をその都度取り上げていきたいと考えています。なおあくまで個人的な趣味での選択ですので、厳密にいうと名作ではないものも混じると思いますが、その点はご容赦を。では、どうぞ。

 まず第一弾としてジェイムズ・パウエル『クレーベル警部の殺人分析』(深町真理子訳 早川書房 ミステリマガジン1971年4月号所収)を取り上げたいと思います。ストーリーは次のようなもの。
 《わたし》は、妻の伯父リュシアン・クレーベル警部が、難事件であるオマール事件を解決したことに感心し、詳しい話をせがみます。クレーベル警部は事件の解決に何のイマジネーションもいらないと断言します。殺人のバリエーションは限られたものであり、有史以来、試みられたことのない殺人などない。法律家が判例を参照するように、殺人においても重要なのは前例である。そう力説します。

 「したがって、過去の殺人事件に無知な探偵は、事件が起こるつど、新たにそれを解決することを余儀なくさせられることになる。これがわしの金言のひとつだ。」

 クレーベル警部は、リヨンで起こったジェロームという男の妻殺しの事件を語りはじめます。殺人を強盗の仕業にみせかけようとしたジェロームでしたが、アリバイが全くなかったために逮捕されます。しかしアルデシュ県のタルデューという男が、ジェローム事件に目をつけ、この計画に改良を加えて犯行に及んだのです。しっかりとしたアリバイを作ったタルデューは、妻殺しを実行します。しかし近所で強盗事件など起こったことのないことから、警察に不審を抱かれ、タルデューは逮捕されるのです。
 しかもこの後、さらにタルデュー事件を参照したとおぼしい殺人が発生するのです!

 「こうなると、それから三、四ヶ月後、フランとかいうパリのカフェの経営者が、まったくおなじやりかたで細君殺しを企てたということは、驚くべきことだと思わんかね?」

 次々に前の事件の不備を補うようにして続発する殺人事件。独創的な犯行だとうぬぼれる犯人の思惑とは裏腹に、クレーベル警部は淡々と真相を指摘するのです。飄々としたクレーベル警部の語りが、犯人たちの間抜けさ加減とも相まって、実にコミカルな味を出しています。実に愉しいクライム・ストーリーと言えるでしょう。
 パウエルは、他にも時折雑誌に訳載された短編がちらほらあるので、また機会があったら紹介したいと思います。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

ブルジョワ娘の空の散歩  マッシモ・ボンテンペルリ『わが夢の女』
20060210110829.jpg
わが夢の女―ボンテンペルリ短篇集
マッシモ ボンテンペルリ 岩崎 純孝
4480022783

 今日ご紹介するのは、イタリアの作家、マッシモ・ボンテンペリの『わが夢の女』(岩崎純孝他訳 ちくま文庫)です。おかしな名前ですね。ちなみにボンテンペリのの表記は小さいです。非常にナンセンスでユーモアにあふれた短編の書き手です。
 例えば『鏡』という作品。鏡に向かってネクタイを結んでいる最中に、テロに遭い、鏡が瞬時に破壊されたために鏡像だけがふっとばされて、なくなってしまった男の話。
 また『便利な治療』という作品は、こんな話。プラーグに住む医者である《私》は、ボハチェック夫人の治療をするのに、中世の魔術書を利用して作った蝋人形を使うことになります。本人と寸分違わず作られた、この人形を診察することによって、自宅にいながらにして治療ができるのです。だがある日ふとした間違いで蝋人形をストーブのそばに置き、人形を溶かしてしまうのです。ボハチェック夫人の家にかけつけた《私》が見たものは…。
 大体の作品において、主人公は《私》であり、作者と同じ名前のマッシモです。その意味では私小説と呼べるのかもしれません。とはいえ、作中で起きる出来事は突拍子もないものばかり。リアリズムとはほど遠いのです。空想的な作品に《私》を持ち込むことによって、不思議な空間を作りだしています。どこかすっとぼけた味わいのボンテンペリの短編の中でも僕が一番好きなのは『太陽の中の女』という作品です。
 主人公の《僕》は、ある日飛行機で空を散歩しています。そこへ自分の方へ向かってくる別の飛行機が現れます。ぶつかりそうになった《僕》は、拡声器で文句をつけますが、相手はうらわかい女性でした。ほのかな恋心を抱いた《僕》は、エウリディーチェと名乗る彼女とおしゃべりをはじめます。また会う約束をとりつけようとする《僕》は、返事をはぐらかされてがっかりします。

 「…明日一緒に野原へ散歩に行きません?」
 エウリディーチェはせきこんで答えた。「いいえ、駄目。父さんが野原なんかにわたし一人で行かせませんの。危険だからって言うのよ。空は別、分かって?」


 ブルジョア娘の言葉のこの突拍子のなさ。大空の上という非地上的な場所と、あまりに地上的な発言とのギャップがユーモアを醸し出します。おそらくエウリディーチェという名前も、娘の俗物性と対比させるために使われているのでしょう。物語は、これだけで特に何か事件も起きません。そういう意味では何が面白いのかよくわからない作品なのですが、読んでいるだけで不思議に心地よいのです。
 作者は、ファシズム期のイタリアで活躍したそうなのですが、同時代の日本において、こんな作品が受け入れられたかと考えると、イタリアという国の間口の広さが感じられますね。

テーマ:感想文 - ジャンル:小説・文学

恋の七変化  アンリ・トロワイヤ『ふらんす怪談』
20060209090753.jpg
ふらんす怪談
アンリ トロワイヤ 渋澤 龍彦
4309460410

 今日紹介するのは、ロシア生まれのフランス作家アンリ・トロワイヤの『ふらんす怪談』(澁澤龍彦訳 河出文庫)です。
 ところで皆さんは、恋愛に必要なものって何だと思いますか? 情熱? 思いやり? いえいえ、もっと重要なものがあります。人格です。一貫した人格がなければ、人は人を恋せません。そんなの当たり前だろ、と言われるあなたに読んでいただきたいのが、この作品『ふらんす怪談』収録の『恋のカメレオン』です。
 あらゆるものを亡くした孤独な青年アルベール・パンスレは首つりをしようとした直後に、奇妙な小男フォスタン・ヴァントルに自殺を止められます。金銭的な保障と引き替えに、アルベールは、オットー・デュポン教授の人体実験を受けることを勧められ、承諾します。デュポン教授は性格の矯正を研究している学者でした。

 先生はその療養所で、性格を形成したり改造したりするという、先生御自身の発明になるところの療法を用いておられます。気の小さい男がやってきて、《横暴な人間になりたいんですが》と言いますね。注射です。それから十日間の安静です。さてそれが終わりますと、このお人好しはバルコニーで獅子吼する独裁者の気分になって、家へ帰るという寸法ですよ。

 《絶大な自信家》の注射をされたアルベールは、療養所内で可憐な女性ヨランド・ヴァンサンに出会い恋をします。しかし再び出会ったとき、ヨランドは、《思慮深い聡明で勝ち気な女》になっていたのです。アルベールも再び注射を受け、性格を変えられます。以後二人はお互いに惹かれながらも、デュポン教授の実験により性格を様々に変えられ続け、すれ違いを繰り返すのです。同僚たちは、彼らに同情し《恋のカメレオン》と名付けます。二人の恋の行方はどうなるのでしょう…。
 二人の恋人は、性格の一貫性を取り戻そうとするのですが、皮肉な結末が待ちかまえています。恋の対象とは一体何なのか? 人間の恋愛心理を軽妙に切り取った絶妙な作品です。
 本書には他に、妻が新しい恋人を作ったためにあらわれる夫の幽霊を描いた典型的な幽霊話『自転車の怪』、幽霊の死を目撃する男のふしぎな物語『幽霊の死』、必ず当たる死亡統計の謎を描く不気味な話『死亡統計学者』などが収められています。題材は超自然的なものを扱っているのが多いのですが、そのタッチはユーモアをたたえた洒落た作品ばかりです。
 本書も現在絶版ですが、『自転車の怪』は、『怪奇小説傑作集4 フランス編』(澁澤龍彦・青柳瑞穂編訳 創元推理文庫)に入っています。こちらは入手が容易だと思うのでご一読を。この本もいかにもフランス風の洒落た作品が多いのでお勧めです。

作者と役者がであうとき  マルセル・エーメ『マルタン君物語』
20070211165527.jpg
マルタン君物語
マルセル エーメ 江口 清
448002395X

 今日からは、本の紹介をしていきたいと思います。最初に何を紹介するか悩んだのですが、とりあえず僕の大好きな作家、フランスの作家マルセル・エーメの『マルタン君物語』(江口清訳 ちくま文庫)を紹介しようと思います。エーメは異色作家短編集にも入っていますし、近年、代表作『壁抜け男』がミュージカルにもなったので、ご存じの方も多いと思います。作風はあの『壁抜け男』に見られるように、非常にリアルな日常の中にファンタスティックな要素が持ち込まれるといったものです。本書には、全部で九編の物語が収められていますが、読者はやはり巻頭作『小説家のマルタン』に驚かされるでしょう。まずは作品初頭の数行を引用してみます。

 マルタンという、小説家がいた。彼は自分の書く本の中で、主要人物はもちろん、端役にいたるまで、かならず殺してしまわなければ気がすまなかった。最初の章では、元気と希望に満ちている人物でも、たいてい終りの二、三十頁までくると、働きざかりだというのに、まるで伝染病にでもかかったように、みんな死んでしまうのである。

 読んでみたくなりませんか? 物語はこの後さらにファンタスティックな展開を見せます。マルタンは、新作の小説にとりかかるのですが、その内容は次のようなものです。役所につとめる中年男スービロンは、妻子と幸せな生活を送っています。ところが七十一歳になる彼の義母が若返りの美顔術を受けて絶世の美女になってしまうのです。スービロンは恋情をかきたてられ、妻をほっぽり出して、義母に迫ります。そんなある日マルタンのもとに、見知らぬ中年婦人が訪ねてきます。夫人はスービロン夫人と名乗り、マルタンに小説の筋書きを変えてくれと懇願するのです…。
 本書は、タイトル通り全ての作品の主人公にマルタンという名がつけられていますが、別に同一人物ではありません。『小説家のマルタン』に劣らず風変わりな作品『死んでいる時間』も面白いです。これもちょっと引用するだけで、その面白さがわかると思います。

 一日おきにしかこの世に存在しないマルタンという哀れな男が、モンマルトルに住んでいた。二十四時間のあいだ、真夜中から真夜中まで、彼はわれわれみんなが生活するように生活していた。ところがそれにつづく二十四時間は、彼の肉体も精神も、無に帰してしまうのである。

 一日おきにしか存在しないってどういうこと? 文字通りの意味です。一日おきに消えてなくなってしまうのです。この設定だけで、面白さは保障されたようなものですが、この後マルタンは、自分が消えている間の恋人の貞節に疑いを持ち始めます。自分が知らない間に恋人は何をしているかわからない、というありがちな疑惑を極端にデフォルメしてみせています。結末もエーメらしい皮肉のきいたものになっています。ユーモアとペーソスの入り交じったエーメの特徴がよく出た良作です。
 他にも、クリスマスの日に天使に出会う曹長の物語『クリスマスの話』、死んだと思われて生きているうちに銅像を建てられてしまった発明家の話『銅像』など、面白い物語がいっぱいです。
 本書は残念なことに絶版なのですが、もし古本屋などで見かけたら即買うべきでしょう。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

はじめまして
 はじめまして。このブログでは、自分が読んで面白かった本やCDを紹介したいと思います。まだ始めたばかりで、使い方がよくわからないので、その点はご容赦ください。今回は最初なので、僕の読書傾向を少し書きたいと思います。
 子どものころから、長編は苦手で短編集ばかり読んでいました。初めて読んだものから50冊くらいは、全部短編集だったんじゃないでしょうか。そして出会ったのが、早川書房の異色作家短編集です。この叢書の中では、ロアルド・ダールやスタンリイ・エリン、シャーリィ・ジャクスンなどを上位にあげる人が多いようですが、僕はロバート・ブロックやリチャード・マシスンといった作家の方が好みです。ダールやエリンのような、わかる人にはわかる、というハイブロウな味よりも、起承転結のはっきりした物語性の強い作品の方が好きなんですね。もちろんダールやエリンも好きですが。
 最近では、短編の復権の傾向があり喜んでいます。河出書房の奇想コレクションだとか、晶文社の晶文社ミステリなどは、往年の異色作家短編集を彷彿とさせる企画ですね。本家の異色作家短編集も復刊が始まっていて、一昔前の状態を考えると夢のようです。デイヴィッド・イーリイの単行本未収録の作品を読むために、ミステリマガジンのバックナンバーを一生懸命集めた日々が思い出されます。今ではイーリイは二冊も短編集が編まれていて、雑誌に埋もれた作品はあまり残っていないようですが。あとミステリマガジンで読んだ作家といえば、これも最近単行本が出たジャック・リッチーもいいですよね。多分単行本にはならないだろうけれど、いい作家はたくさんいます。ロバート・マクニア、ミリアム・アレン・デフォード、ジェイムズ・パウエルなど。そのうち雑誌に埋もれた作品の紹介もしたいと思いますので、どうぞよろしく。


プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する