黒い物語  トーマス・オットの不気味な世界
Cinema Panopticum R.I.P.: Best of 1985-2004 The Number: 73304-23-4153-6-96-8
 以前から「文字のない絵本」や「文字のないマンガ」というものに関心がありました。古くは、リンド・ウォードの『狂人の太鼓』、最近ならデイヴィッド・ウィーズナーのいくつかの作品、日本語版が出たばかりのショーン・タン『アライバル』。日本なら、とり・みきの実験的なギャグマンガなどもそれに相当するでしょうか。
 この手の作品をいくつか読んできて、不満だったのは、いわゆる怪奇小説・ホラー小説をこの「文字のない」手法で描いた作品がほとんどない、ということ。ところが最近、この不満を解消してくれる作家に出会いました。スイスの漫画家、Thomas Ott(トーマス・オットでいいのでしょうか)です。
 この作家の作品には文字やセリフがありません。読者は絵を見て、物語を想像していくわけです。ただ、文字がないからといって抽象的な話にはなっていません。丹念に絵を追っていけば、物語はきちんとわかるように作られています。
 もう一つ特徴があります。オットは作品をすべて「スクラッチボード」で描いているのです。「スクラッチボード」とは、黒い画用紙のこと。そこにとがった道具で紙を削って、絵を描いていくものです。黒紙がベースなので、当然絵のタッチも黒っぽくなります。
 作品の内容も、画風に見合ったダークなものになっています。例えば『CLEAN UP!』は、殺人を犯した男が、自分の指紋が気になりだし、家中の指紋を拭いて回る、という作品。『GOODBYE!』は、いろいろな方法で自殺を試みる男がいずれも失敗し…という話。『BREAKDOWN』は、たった一人宇宙船に乗り込んで旅をする男が、船外で修理活動をしている際に、いろいろな幻影を見る、という話。殺しの報酬として義眼を手に入れる男を描いた『THE JOB』なんて、シュールなストーリーもあります。
 時にはブラックすぎる話もありますが、作者がホラー作品が好きで描いているんだなというのが伝わってきて、怪奇小説好きにはたまりません。
 個人的にいちばん気に入ったのは、『Cinema Panopticum』という作品です。これはオムニバス短篇集で、お祭りに出かけた少女が、ふと入った小屋の中でいろいろな物語りを覗き見る、という趣向になっています。
 オットの作品には、英語版、ドイツ語版など、いくつかの版がありますが、絵だけの物語なので、基本的にはどの版を入手しても同じです。
 お勧めは、オットの過去のベストをまとめた作品集『R.I.P.』、そして『Cinema Panopticum』ですね。
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秘密の庭  アイナール・トゥルコウスキィ『月の花』
4309271774月の花
Einar Turkowski
河出書房新社 2010-03-25

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 独特の美意識に裏打ちされたユニークな造形と、驚異的な画力。前作『まっくら、奇妙にしずか』で我々を驚かせてくれたドイツの絵本画家、アイナール・トゥルコウスキィ。『月の花』(鈴木仁子訳 河出書房新社)は、そんな彼の新作絵本です。
 前作同様、ストーリーは単純です。周りの人間から離れて、ひとり大きな屋敷に住む男が主人公。彼は植物や動物などの自然を愛し、ひとり暮らしでありながらも、充実した生活を送っていました。そんなある日、庭のかたすみに、不思議なつぼみが芽吹いていることに、男は気づきます。花を咲かせようと、男はいろいろな方法を試します…。
 今回の作品では、登場人物(登場する人間といった方がいいでしょうか)は、主人公ひとりのみ。何せ、物語は男の住む屋敷内だけで展開するのですから。前作とは対照的です。
 前作では、主人公と周りの人間とのやりとりの中で、グロテスクな人間模様が描かれ、そこが作品の魅力のひとつともなっていました。それに対して、『月の花』では、人間の代わりに登場するのは、植物や、庭を訪れる昆虫や動物たちなのです。
 その植物や動物たちも、ありきたりのものではありません。作者トゥルコウスキィのデザインになる、架空の不思議な植物や動物たちなのです。植物や動物、ひとつひとつの奇抜な造形を見ているだけでも、まったく飽きさせません。
 前作でもそうだったのですが、トゥルコウスキィは、画面内の小物にいたるまで手を抜いていません。建物の何気ない一部でさえ、オリジナルの造形を施しているのです。そして、その細部の筆致はあくまでリアル。
 しかも、細部はリアルであるにもかかわらず、全体を見渡したときには、不思議な幻想性をたたえているところに、トゥルコウスキィ作品の魅力があります。
 解説によると、彼が使うのはHBのシャープペンシルだけであるとか。たった一本のシャープペンシルで、これだけ濃密な世界を構築できるとは、脱帽せざるを得ません。
 架空の植物誌や動物誌としても楽しめる作品ですので、例えば、レオ・レオーニ『平行植物』や、ジョアン・フォンクベルタ、ペレ・フォルミゲーラ『秘密の動物誌』などがお好きな方にもオススメしておきます。
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幻想の国から  Shaun Tan『The Arrival』
0439895294The Arrival
Arthur a Levine 2007-10

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 海外の絵本では、時々度肝を抜かれるような作品に出会うことがありますが、この作品は、中でもずば抜けて素晴らしい一冊です。オーストラリアのイラストレーター・作家の Shaun Tan『The Arrival』(Arthur a Levine)は、細密な単色画で構成された、幻想的な絵本です。作家名は「ショーン・タン」と読むのでしょうか。
 この作品の特徴は、セリフや文章がいっさい無いこと。コマ割りで構成された画面は、日本の漫画作品のレイアウトに近いため「セリフのないマンガ」といった感覚で読むことができます。
 物語の方はわりとシンプルです。新しい仕事を求め、妻子を残して未知の国に渡った男が、そこでの仕事を見つけて、家族を呼び寄せる…というような話です。あらすじだけを聞いても普通の話なのですが、問題は作品中に現われる「未知の国」の描写です。これが、とんでもなく幻想的に描かれているのです。
 まず建物や街の外観のユニークさ。まるでお伽の国のような造形です。ごてごてした印象がありながらも、絵が単色で描かれているので、どぎつさが抑えられて、何ともいえない雰囲気をかもし出しています。ところどころに動物をモチーフにしたモニュメントがあるのもユーモラスですね。
 そしてこの国のいちばんの特徴は、住民のひとりひとりに「動物」がついていること。文章がないので詳しい説明はわからないのですが、この国では、その人間の「分身」的な動物が生まれるようなのです。それも実在の動物ではなく、ユニークな形態をした架空の動物たちです。
 もちろん主人公もこの国にたどり着いてすぐ、妙な生き物につきまとわれます。表紙の画像にも現れている、尻尾の長い丸っこい生き物です。主人公が出会う、同じ移民や店主など、いろいろな登場人物についている「動物」を眺めるだけでも楽しいです。
 「セリフがない」という要素も、言葉も文化もわからない国にやってきた男が、右往左往するといった物語のモチーフとして、上手くマッチしています。主人公が広げる地図や文字が、とんちんかんな図形で表現されているのもユーモラス。
 ただ「幻想的」なだけではありません。「虐殺」から逃れてきたらしい住人のエピソードが描かれたりと、意外にシリアスな面も描かれます。そして「移民」という物語全体のテーマ。重くなりがちなテーマを、ここまで軽妙に、ユーモラスに、幻想的に描けるとは! 作者の想像力は並ではありません。
 ユーモアと幻想性が混然となった、超傑作絵本です。
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不遇な幻想画家  大瀧啓裕編『ヴァージル・フィンレイ幻想画集』
フィンレイ表紙

 僕は個人的に怪奇小説やホラー、ファンタジーが好きなのですが、美術やアートの分野でも、やはり幻想的なものを好む傾向があります。アメリカの画家、ヴァージル・フィンレイの名前を知ったのも、やはりどこかのホラーやファンタジーの本に載った挿絵が初めだったように思います。
 ただ、フィンレイの絵が紹介される機会は少なく、彼の挿絵をまとめて見たのは、おそらく、ハヤカワ文庫から出たエイヴラム・メリット『イシュタルの船』でしょう。その時の印象は、なんて緻密な絵なんだろう、というものでした。正直、メリットの小説よりも、フィンレイの挿絵の方が印象に残っています。
 青心社から、日本版の画集が出ていることを知り、入手しようとしましたが、既に絶版で入手は叶いませんでした。ずっと探していたのですが、先日、何とか画集を手に入れることができて、長年の溜飲を下げています。手に入れたのは大瀧啓裕編『ヴァージル・フィンレイ幻想画集』(青心社 限定版)で、数年後に増補した普及版(全二冊)もあるようです。
 フィンレイの絵をまとめて見て、改めて感銘を受けたのですが、やはり驚くべきは、その絵の緻密さですね。主な活躍の舞台をパルプマガジンに求めたフィンレイですが、はっきり言って、パルプマガジンに載せるようなレベルの絵ではありません。
 というのも、パルプマガジンはパルプという性質上、かなり質の悪いザラザラの紙なので、細かい点描のような絵は、印刷の際につぶれてしまい、原画の良さが出せないからです。しかし職人気質のフィンレイは手を抜かずに絵を描き続けました。
 パルプマガジンというのは、そもそも読み捨ての雑誌であって、そこに掲載される小説は娯楽のためのもの、そして挿絵もまた同様でした。当然、挿絵画家たちも質よりも数を重視したわけです。そんななか、フィンレイは粗悪な媒体にもかかわらず、高品質の絵を提供しつづけました。その職人気質がたたって、生涯経済的に困窮し続けたそうですが、またそれが後年再評価を受ける原因ともなりました。
 さて、本画集に収録された作品は、基本的には全て、小説につけられた挿絵です。ホラー・ファンタジー系統の作品が好きな方にとっては、お馴染みの作家の名前が頻出するのも嬉しいところですね。ラヴクラフト、ロバート・E・ハワード、ロバート・ブロック、マレイ・ラインスター、リチャード・マシスンなど。ロバート・シェクリィ、ジョン・コリアなんてのも見えます。
 SF系の絵も素晴らしいのですが、それ以上に素晴らしいのは、やはり怪奇小説に寄せた挿絵です。たおやかな女性像、異形の怪物、闇につつまれた背景。今見ても第一級の作品といえます。改めて、画集を出してもらいたい画家ですね。
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テーマ:アート - ジャンル:学問・文化・芸術

ここではないどこかへ  ゴンサルヴェス、トムソン『Imagine a Place』
1416968024Imagine a Place
Rob Gonsalves
Atheneum 2008-09-02

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 以前にこのブログでも紹介した、ロブ・ゴンサルヴェスとセーラ・L.トムソンのコンビによる二冊の絵本『終わらない夜』『真昼の夢』(ともに金原瑞人訳 ほるぷ出版)は、非常に魅力的な作品でした。chess_master.jpeg
 このシリーズの魅力は、なんといっても、ゴンサルヴェスのだまし絵にあります。現実ではありえない不思議な光景が、微細な描写で描かれ、ずっと見ていても飽かせません。空がいつの間にか海とつながってしまったり、小さなものがいつの間にか大きな建物になっていたりと、思いもかけないものが思いもかけない仕方で描かれ、毎回読者を驚かせてくれるのです。
 さて、そんなゴンサルヴェスとトムソンのコンビによる絵本の第三弾『Imagine a Place』(Atheneum)が出版されました。といっても、まだ邦訳の予定はないようなので、原書をご紹介します。
library.jpg  一冊目は「夜」、二冊目は「昼」と、大まかに作品集のテーマが決まっていたようですが、今回のテーマは「どこかの場所」といったところでしょうか。相変わらず驚異的なビジョンを見せてくれています。個人的に気に入ったのは、チェスの駒が巨大な塔に変容する『Chest Master』と、ドールハウスの人形がいつの間にか原寸の人間になってしまうという『Doll's Dreamhouse』あたりでしょうか。積まれた本が建物と化す『The Library』も、本好きの琴線をくすぐる絵ですね。
dolls_dreamhouse.jpeg 前二冊が邦訳されていますので、いずれ本書の邦訳も出るとは思うのですが、もともと文章部分は短くて簡単なものですし、正直、文を読まずに絵だけ味わっても問題のないタイプの本です。ですので、気になった方は原書を味わってみるのもいいのではないでしょうか。
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モノクロームの静かな世界  アイナール・トゥルコウスキィ『まっくら、奇妙にしずか』
4309270298まっくら、奇妙にしずか
鈴木 仁子
河出書房新社 2008-07-12

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 いつの話なのか? どこの話なのか? だれの話なのか? その全てが曖昧なまま進むという、とらえどころのないストーリー。ドイツの作家、アイナール・トゥルコウスキィの絵本『まっくら、奇妙にしずか』(河出書房新社 鈴木仁子訳)は、そのとらえどころのなさとは裏腹に、読むものをつかんで離さない魅力があります。
 ある日、どこからか船に乗ってやってきた男は、砂丘の向こうの丘に小屋を建て、住み着きます。村の人間たちは、その男が何者でどこから来たのかもまったく知りません。
 男の小屋のそこかしこには、奇妙な機械が並び始めます。好奇心にかられた村人たちは、望遠鏡を使って男の周りを覗きますが、彼が何をしているのかは全くわからないのです。見えるのは、機械のほかには、なぜか大量の魚だけ。
 男はやがて、村に魚を売りに現れます。上等な魚にもかかわらず、不審がる村人たちは魚に手を出そうとしません。なぜこんな上等な魚を大量に仕入れられるのか? 疑惑にかられた村人たちの覗き行為はエスカレートしていきますが…。
 登場人物の固有名詞はまったく出てきませんし、時代や場所も特定されていません。男の正体も目的も皆目わからず、ただ読者は奇妙な物語に翻弄されるだけ。
 ブラックなユーモアにあふれた物語もさることながら、この本の最大の魅力はその挿絵です。全てシャープペンシルで書かれたという絵の細密さ、密度は見るものを圧倒するほど。まるでデューラーの素描のような、桁違いの画力で描かれた挿絵は、不条理きわまりない物語に、圧倒的なリアリティを与えています。
 物語のあちこちで機械が登場するのですが、それらはどれも、いびつながら、どこかレトロでユーモラスな造形がされています。とくに見開きで描かれた、男の家を覗くための村人の望遠鏡にいたっては、そのユニークさは特筆ものです。
 それに対して、登場人物たちの姿は、グロテスクなまでにデフォルメされているのが目を引きます。また、戯画化されているのは絵だけでなく、物語に登場する村人たちの人物像もまた例外ではないのです。男の持っているものに嫉妬し、自分達もまたその恩恵にあずかろうとする態度には、人間の愚かさと醜さが露骨に表現されています。
 風景にいたっては、空は黒一色で染めあげられ、昼とも夜とも見当がつきません。しかしこれもまた、この物語の舞台としてはピッタリだと感じさせます。
 凄まじい画力で、物語に漂う「不安感」「寄る辺なさ」を見事に表現した大傑作絵本。人間不信に彩られたダークな世界観には好みが分かれるところでしょうが、その絵には、一度見たら忘れられないインパクトがあります。一度ご賞味あれ。
トゥルコウスキー1 トゥルコウスキー2 トゥルコウスキー3 トゥルコウスキー4

壮大なヴィジョン  Boichi『HOTEL』
4063727459Boichi作品集HOTEL (モーニングKC)
Boichi
講談社 2008-10

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 優れたSF作品が感じさせてくれる「センス・オブ・ワンダー」。漫画作品において、これを感じさせるのは容易ではありません。活字で全てを表現できる小説作品に比べ、具体的な「絵」として物語を提示しなければならない漫画作品においては、作者の「想像力の限界」が露骨に出てしまうからです。
 その点、漫画においてこれほどの「想像力」と「センス・オブ・ワンダー」、そして感動を与えてくれる作品と出会ったのは、本当に久しぶりです。韓国出身の漫画家、Boichi(ボウイチ)による『Boichi作品集 HOTEL』(講談社 モーニングKC)に収められた短篇漫画は、素晴らしい画力とあいまって、スケールの大きさを感じさせてくれるSF作品になっています。
 とくに表題作である『HOTEL』は素晴らしいの一言につきます。あらすじは次のようなものです。
 近未来、温暖化により海が消滅し、地球は人類が住めない灼熱の惑星になるということが、科学者ドキンス博士によって予言されます。環境変化を抑えることが不可能と判断した博士は、二つの提案をします。ひとつは127光年先の恒星系に宇宙船「方舟」を送り出すこと。ただし17万年かかるこの旅において、人類を救うことはできません。救えるのは人類のDNAと文明の記録だけ。
 そしてもうひとつの提案は、ドキンス博士の弟子である安野から出されます。それは、南極に4720mにもなる巨大な塔を建て、そこに人間以外のDNAを保存すること。しかしこれもまた、人間を救う手段ではなく、ただ人類が犯した罪の「責任」を負うためのモニュメントとしてでした。
 「塔」はやがて完成しますが、そこに搭載された人工知能は、安野の学生であるキラによって「ルイ」と名付けられます。莫大なDNAの保管が始まったころから、「塔」はやがて「ホテル」と呼ばれはじめます。
 数千年後、地球環境の激変により、人類は絶滅してしまいます。しかし「ホテル」は自らの故障を直すほどの賢さを身につけて、ひたすら建ち続けます。数万年、数十万年が経過するにつれ、直しきれないほどの故障を抱え、ぼろぼろになりながらも「ホテル」は保管したDNAを守り続けようとします…。
 人類の絶滅後も、ひたすら、保管されたDNAを守り続けようとする「ホテル」。人類が生き残る可能性も、地球環境が回復する可能性もゼロであるなか、人工知能「ルイ」は、作り主である安野とキラの指示を愚直なまでに守り続けます。
 人類絶滅後の語りは「ルイ」の視点で物語が進みます。自らを「ホテル」の「支配人」と任ずる「ルイ」は、環境の激変によって何度も壊れそうになりながらも、自らを修理し生き抜こうとします。そして数千万年後、ついに限界に達した「ルイ」の眼の前に現れたものとは…?。
 全く救いのない絶望的な状況。永劫と思えるほどの果てしない時間。そして結末にほの見える、かすかな希望。読み終えたとき、あなたは感動せずにはいられないはずです。アーサー・C・クラークの『太陽系最後の日』、あるいはロジャー・ゼラズニイ『フロストとベータ』やジェイムズ・イングリス『夜のオデッセイ』、レイ・ブラッドベリの『優しく雨ぞ降りしきる』などと同種のインパクトを与えてくれる、神話的な手触りさえ感じさせる超傑作作品です。
 『HOTEL』以外にも、読みごたえのある作品が収録されています。例えば『PRESENT』は、昏睡状態から目覚めた妻をめぐる夫とその父親の葛藤を描く物語。長い期間眠り続けていた妻が目覚めたことに夫は喜びますが、妻が生きていられるのは数日間のみ。どう接すばいいのか、悩む男の姿が描かれます。
 これだけでもよくできた作品なのですが、結末においてこれがSF的な設定の物語であったことが明かされます。これによって物語は重層的な厚みを増し、登場人物たちの心理にも複雑さが生まれるのです。
 『全てはマグロのためだった』は、打って変わって壮大なホラ話。なけなしのお金で、人類最後のマグロを父親から食べさせてもらった男、汐崎は、長じてマグロに執着するようになります。絶滅したマグロを探そうと、世界中の海を探すものの見つからず、それではマグロを合成して再生しようとします。やがては宇宙に水のある惑星を探し出し、そこでマグロを探そうとしたりしますが、汐崎の試みはことごとく失敗します。しかし、それぞれの試みにおいて、マグロ探しには失敗するものの、地球平和を実現したり、エネルギー問題を解決したりと、予期せぬ副産物を生み出すのです。老いた汐崎はやがてノーベル賞を受賞するまでになりますが、彼の心は満たされません…。
 主人公が何かするたびに、地球規模で何かが起こり、というパターンがエスカレートしていくのが、コメディタッチで描かれます。そしてそれは宇宙規模にまで及び、はては驚愕の結末を迎えます。最後の最後までマグロをめぐって物語が展開するところにある種「凄み」を感じてしまいます。
 何本か収録されたSFショート・ショートも楽しく、全体を通して、ひじょうにレベルの高い作品集になっています。表題作の『HOTEL』だけでも、確実にこの本を買った元がとれるでしょう。

テーマ:コミック - ジャンル:本・雑誌

永遠の夏  外薗昌也『琉伽といた夏』
琉伽といた夏 1 (1) 琉伽といた夏 2 (2) 琉伽といた夏 3 (3) 琉伽といた夏 4 (4)

 広瀬正『マイナス・ゼロ』、ジャック・フィニィ『愛の手紙』、リチャード・マシスン『ある日どこかで』、そして梶尾真治の諸作など、「タイムトラベル」と「恋愛」をからめた作品は数多く存在します。
 このタイプの作品が多いのは、ラブストーリーの要諦である「障害」を、現実では考えられないぐらい大きくすることができる、という点からも説明することができるかと思います。つまりこのタイプの作品では、恋愛の「障害」は、「年の差」や「身分」ではなく「時間」であるというわけです。それゆえ「タイムトラベル・ラブストーリー」で描かれる「恋愛」は、成就が非常に困難であり、恋人同士が結ばれずに終わる、というかたちのものも多いようです。
 外薗昌也の漫画作品『琉伽といた夏』(集英社 ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ)も、そんな「タイムトラベル・ラブストーリー」のひとつですが、ここで描かれる「恋愛」の「障害」は、並大抵ではありません…。
 平凡な日常を送っていた高校生、遠野貴士と弥衣の兄妹。しかしある日、空に現れた閃光の直撃を受けた弥衣は、おかしな言動を見せるようになります。真夜中、弥衣が銃器らしきものをいじっているのを見つけた貴士は、妹を問いつめますが、弥衣の口から出た言葉は驚くべきものでした。
 私は、弥衣ではない、琉伽だ。なんと彼女は、31年後の未来からやってきた人間だというのです。タイムトラベル薬品の服用により、人格データのみがこの時代にジャンプしてきたと話す彼女の目的は、未来から逃亡した凶悪犯を見つけ出し、消却すること。琉伽は、弥衣の多重人格ではないかと疑る貴士も、琉伽の話から、彼女を信じ始めます…。
 未来からの凶悪犯を追ってきた正義の戦士、というと『ターミネーター』もどきの話を想像してしまいますが、この作品の魅力は、そうしたアクション部分にはありません。むしろ、未来からやってきた琉伽と貴士との淡い恋愛こそが主眼です。互いに思いを寄せる二人を阻むのは、琉伽が貴士の実の妹である弥衣の体を借りている、という事実。つまりは、純粋にプラトニックな恋愛にならざるを得ないわけです。琉伽への思いに胸を焦がしながらも、同じく大切に思う妹のために悩む貴士の心理が読みどころといえるでしょう。
 物語が後半になるにしたがって、単なる善対悪に見えていた物語の様相も変わってきます。正義だと思っていた琉伽が必ずしも正義ではなく、敵の側もまた一概に悪とは言い切れないことがわかってくるのです。歴史を変えることは正しいことなのか、しかも未来が暗胆たるものであった場合には?
 より大きなテーマをはらみつつ、物語は、クライマックスを迎えます。そして貴士に与えられた究極の選択、琉伽と弥衣のどちらを救うのか? その選択はまた、世界の未来を決める決断でもあるのです。
 著者の外薗昌也は、根っからのSFファンらしく、各話のタイトルが全て、海外SF作品からとられています。第1話は『夏への扉』、第2話は『人間の手がまだ触れない』、第3話は『人形つかい』など。最終話タイトルは『ハローサマー、グッドバイ』。つい先頃復刊されたマイクル・コーニイの作品からとられています。
 ネタを割るので詳しくは書きませんが、タイトルにもある「夏」もまた、作品の重要なファクターになっており、最終話『ハローサマー、グッドバイ』では、コーニイ作品の内容ともリンクするという、非常に技巧的な手法が使われています。そして、ここでなぜタイトルが『琉伽といた夏』でなければならなかったのか、読者にも得心がいくことでしょう。
 純粋に一個の作品として見た場合にも、ほろ苦い青春ラブストーリーとして充分に魅力的な作品ですが、海外SF好きの方なら、より楽しむことができるでしょう。とくにマイクル・コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』(山岸真訳 河出文庫)を読んでおくと、さらに楽しめること請け合いです。
 巻末にはおまけとして、各話タイトルのもとになったSF小説の簡単なガイドもついていますので、興味を持った方はいろいろ読んでみるのも一興かと思います。
乱歩大正浪漫  東 元『江戸川乱歩怪奇短編集 赤い部屋』
赤い部屋江戸川乱歩怪奇短編集~赤い部屋 (ヤングジャンプコミックス)
東 元
集英社 2008-07-18

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 現在でも人気のある江戸川乱歩作品。映像化作品をはじめ、漫画化作品も数多く出版されてきました。ですが、私見によれば、今までの漫画化作品は、乱歩作品の怪奇性・官能性を強調したタイプの作品が多かったように思います。最近の作品から挙げると、丸尾末広 『パノラマ島綺譚』(BEAM COMIX エンターブレイン)などは、その最たるものといえるでしょう。
 もともとの乱歩作品自体に、そういう要素が強いのは事実なので、それはそれでひとつの方向性だとはいえます。
 今回、乱歩作品の漫画化を担当したのは、東 元。大正時代を舞台にした作品には定評のある作者です。たおやかな描線で描かれた、今回の漫画化作品『江戸川乱歩怪奇短編集 赤い部屋』(ヤングジャンプコミックスBJ 集英社)は、今までの漫画化作品よりも、より繊細で、ロマン性の高まった作品集に仕上がっています。
 原作として取り上げられているのは、主に初期短篇です。収録作品のタイトルを挙げておきましょう。

 『百面相役者』
 『双生児』
 『人間椅子』
 『鏡地獄』
 『人でなしの恋』
 『赤い部屋』

 基本的には、原作に忠実な漫画化となっていますが、いちばんの特色としては、全体が枠物語のかたちになっているところでしょうか。この世の快楽に倦み果てた会員たちが集う、秘密倶楽部「赤い部屋」を舞台に、毎回ゲスト会員たちが、自身の物語を語る、という構成の連作短編集となっています。
 もちろん乱歩作品であるので、猟奇的な事件が起こるわけですが、それらの事件よりも、より印象に残るのは、たおやかな女性像です。『人間椅子』に登場する女性作家、『鏡地獄』のお手伝いの女性、そして『人でなしの恋』の人妻…。「妖艶」というよりは「清楚」といった方がふさわしい女性たちには、とても魅力があります。
 その点でより魅力的なのは、冒頭に置かれた作品『百面相役者』でしょう。まるで本物としか思えない、複数の人物に化ける、美貌の女役者を描いたこの作品、女役者のみならず、作中で描かれる芝居の雰囲気も巧みで、見事な出来になっています。
 そう、作品を通して、大正時代の雰囲気が上手く醸成されているのにも感心しました。そしてそれがいちばんよく出ているのが、最後に置かれた『赤い部屋』です。絶対に捕まらない「プロバビリティー(可能性)の犯罪」を追求した青年が、最後に選んだ犠牲者とは…。
 夜の都会を背景に、秘密倶楽部の終焉を描いたこの作品、結末の付け方も絶妙なのですが、最後から1ページ前、見開きで描かれる夜の風景の美しさは絶品!
 上記でもふれたように、この作品集、猟奇性はあまり強くありません。それゆえ、乱歩独特のどろどろとした情念はあまり感じられないのですが、そのかわり、透明感のあふれるロマン性の強い作品集になっています。
 初期短篇を中心に集めたのも、「大正浪漫」という、この作品集のテーマにマッチするがゆえでしょうか。乱歩作品の新たな魅力を描き出した、という点でも、出色の作品といえるでしょう。ぜひ、続きのシリーズも描いていただきたいですね。
 参考に、著者のホームページアドレスを貼っておきます。画風を見てみたい方はどうぞ。
http://www3.ocn.ne.jp/~azumagen/



プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。雑誌に埋もれた短編を紹介する「埋もれた短編発掘!」コーナーもあり。「奇妙な味」の作品がお好きな方は必見です。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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