波との暮らし方  パス『波と暮らして』とその絵本化作品
400110864Xぼくのうちに波がきた (大型絵本)
オクタビオ・パス キャサリン・コーワン マーク・ブエナー
岩波書店 2003-06-20

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 メキシコの詩人オクタビオ・パスに、『波と暮らして』(井上義一訳 木村榮一編『美しい水死人 ラテン文学アンソロジー』福武文庫収録)という、幻想的な短篇小説があります。
 海に出かけた男性が、「波」を見初めて家に連れ帰り、一緒に暮らし始めます。最初は楽しかった生活ですが、気まぐれな「波」は、物を壊したりと自分勝手を始めます。逃げ出した男性が、冬に家に戻ってみると…という物語。
 「波」を「女性」の擬人化として描いた、ファンタスティックな作品です。男性をからかったり、嫉妬させたりと、現実の女性のアナロジーとして描かれており、官能的な要素も強くなっています。

 かなりエロティックな作品といえるのですが、なんとこの作品を絵本化した作品があります。それがこれ、『ぼくのうちに波がきた』 (キャサリン・コーワン文、マーク・ブエナー絵 岩波書店)。
 子供向けのアレンジのため、エロティックな要素はなくなっています。そのため、こちらの作品では、主人公は少年で、「波」は少女として描かれています(といっても、ヴィジュアル的にはただの「波」なのですが)。「波」が少女(子供)のように描かれているため、後半に波が荒れ狂う場面も、子供のわがままとして解釈できるところは、見事な換骨奪胎ですね。
 お話の流れは、原作とほぼ同じです。原作では「波」を連れ帰ろうと、飲料水タンクに「波」を入れた主人公が、毒を入れた容疑をかけられ、刑務所に1年間入れられてしまうという部分があるのですが、さすがにそれはカットされています。
 画面いっぱいにヴィジュアル化された「波」が非常にユーモラスに描かれており、見応えがあります。これは絵本ならではの表現ですね。
 絵本だけで読んでも、充分魅力的ですが、原作と絵本を読み比べると、いっそう楽しめると思いますので、気になった方はぜひ。
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いつかの情景  ディーノ・ブッツァーティ『絵物語』
4885880882絵物語
ディーノ ブッツァーティ Dino Buzzati
東宣出版 2016-04-15

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 イタリアの幻想文学の鬼才、ディーノ・ブッツァーティは、作家として有名ですが、イラストレーターとしての面も持っており、本人はむしろ画家を自認していたといいます。
 昨年邦訳された『モレル谷の奇蹟』(中山エツコ訳 河出書房新社)は、絵と文章が一体になった作品で、ブッツァーティのイラストレーターとしての魅力を感じさせてくれるものでした。

 今回出版が成った『絵物語』(長野徹訳 東宣出版)は、ブッツァーティの画集といっていい作品集です。ただ純粋な絵画作品ではなく、それぞれの絵に対し、短い文章が添えられているのが特色です。
 文章は、絵に描かれた情景を補完するものであることもあるし、そのイメージとは一見関係のないようなものであることもあります。このあたり、例えば、ベルギーのシュルレアリスムの画家ルネ・マグリットの作品が、作品とは直接関係のないようなタイトルを付けられているのと似たような感覚を覚えますね。
 そもそも、文章なしでも、絵そのものが、ある種の物語性を感じさせるところが魅力です。そして、添えられた文章との関連を想像しながら、絵を「読む」のも、また面白い作業なのです。

 『モレル谷の奇蹟』同様、画風も、いろいろなタッチのものが混ざっています。素朴なものもあるかと思えば、ジョルジョ・デ・キリコを思わせるシュールなものもある。果てはアメコミ風のものもあるといった具合。
 幻想的な情景を描いたものが多いのですが、動物や異形の人間、怪物などを描いたものに、ことに魅力がありますね。
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月の皮がむけるとき  タイガー立石『ムーン・トラックス』
4875024614ムーン・トラックス "MOON TRAX" (タイガー立石のコマ割り絵画劇場)
タイガー立石 Tiger Tateishi
工作舎 2014-12-11

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 1980年代前半に、思索社から《思索ナンセンス選集》というシリーズが出ていました。画家や漫画家によるナンセンスでアヴァンギャルドな漫画を集めたシリーズです。梅田英俊とか、佐々木マキ、久里洋二などの作家にまじって、面白い名前の作家がいました。それがタイガー立石(1941~1998年)です。
 その選集に収められていたのは『タイガー立石のデジタル世界』という作品集ですが、一読して、驚かされました。知的でユーモアたっぷり、斬新な手法としっかりした画力。デジタルビットで漫画を描こうなんて、当時誰も考えつかなかったでしょう。
 しかもタイガー立石が凄いのは、アヴァンギャルドな手法を使うにもかかわらず、手法倒れに終わらず、一般の人にもしっかりと楽しめるというところ。まさにエンターテインメントなのです。
 以前工作舎から刊行された『TRA(トラ)』は、著者の漫画作品を集めた作品集ですが、現在でも楽しく読むことができます。今回、著者の絵画作品集が出るということを聞いて、漫画作品は面白かったけど、絵画作品はどうなんだろう?と不安に思ったのですが、杞憂でした。
 今回刊行された『ムーン・トラックス タイガー立石のコマ割り絵画劇場』(工作舎)は、「コマ割り絵画」を集めたものです。「コマ割り絵画」は、名前の通り、コマで割った絵画で、絵画の手法で漫画を描いたものとでもいえばいいのでしょうか。
 漫画作品ほど、明確なストーリーやオチがあるわけではありません。その代わりに、思いもかけないイメージや大胆な構図が多用されていて、見る人を驚かせてくれます。絵画の遠近法を利用したトリック、形やイメージの変容など、エッシャーやマグリットを思わせる作品も見られます。
 以前から、タイガー立石の作品には、SF的な感性が感じられると思っていたのですが、この本の解説を読んで、その疑問が解消されました。
 彼はSF作品が好きで、よく読んでいたというのです。名前が挙げられていたのは、ロバート・シェクリイ、ロバート・A・ハインライン、筒井康隆などですが、一番影響を受けたと言っているのは、シェクリイの短篇集『人間の手がまだ触れない』(ハヤカワ文庫SF)だそうです。道理で、知的でスマートな感触があったわけです。
 一昔前、純文学と大衆小説の融合というテーマが取り沙汰されたことがありましたが、そういう観点から言うと、タイガー立石の作品は、アートとエンターテインメントの融合というべきでしょうか。とにかく「面白い絵」を見たい!という方には、オススメしたい作品集です。

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バベルの塔のある風景  フランソワ・スクイテン、ブノワ・ペータース『闇の国々』

4796871012闇の国々 (ShoPro Books)
ブノワ・ペータース フランソワ・スクイテン
小学館集英社プロダクション 2011-12-17

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 近年、フランスのコミックである「BD」(バンド・デシネ)の邦訳が盛んになってきています。そんなBDの魅力といえば、第一に「絵」の素晴らしさでしょう。1コマ1コマ丁寧に描かれた「絵」は、それ自身がすでにアート。
 ただ「絵」の魅力に比べて、ストーリーがわかりにくい作品が多いのも事実です。漫画の文法が日本のものとは異なるので、日本人にはとっつきにくいという面もあるのでしょう。そういう意味で、「絵」と「物語」、両方が傑作というのは、なかなか稀だと思います。しかしこの作品に限っては、全てが傑作と言い切っていいかと思います。
 フランソワ・スクイテン、ブノワ・ペータース『闇の国々』(古永真一、原正人訳 小学館集英社プロダクション)は、われわれの現実世界とは少し違った世界を舞台にしたSF的な物語です。
 同じ世界観を舞台にした、それぞれ独立した物語がシリーズを構成しています。今回の邦訳では、3つの作品が収められています。
 『狂騒のユルビカンド』 天才建築家のもとに、ある日突然謎の格子状立方体が現れます。最初は小さかったそれは、見る間に増殖・拡大していき、都市を飲み込んでいきます。戸惑っていた人々は、やがてその格子に慣れ、生活の一部に取り込んでいきますが…。
 『塔』 いつの時代に建てられたかもわからない巨大な塔の内部で、数十年にわたって修復の仕事をしている男が主人公。彼は、塔の真実を探るために、最上階を目指して旅を始めます…。
 『傾いた少女』 ある日突如、少女は体が傾いて立つようになってしまいます。一方、地球には謎の星が接近していました。この二つの現象は何か関係があるのだろうか? 少女は自分の体を直せるかもしれないとの期待を持って、科学者のもとを訪ねますが…。
 それぞれの物語は、どれもSF的な要素があり魅力に満ちています。SF的な要素といってもハードSF的なそれではなく、H・G・ウエルズやジュール・ヴェルヌのような科学ロマンス風とでもいったらいいでしょうか。SFが苦手な人でもすっと入っていけると思います。
 建築に造詣のある作者であるらしく、作品世界の中で描かれる都市や建物の存在感が半端ではありません。例えば『狂騒のユルビカンド』では、謎の格子立方体がどんどんと拡大し、都市を侵食している情景が描かれますが、これなど都市を描くためだけの作品といっても過言ではありません。
 そしてそうした要素の極致といえるのが、『塔』です。これは「バベルの塔」をモチーフにしているのだと思いますが(実際、作中にブリューゲルのバベルの塔の絵も表れます)、塔の内部の細部描写がすさまじく細かいのです。解説文で作者がインスピレーションを得たと話している、ピラネージの版画シリーズ「牢獄」の情景も現れますが、それが引用にとどまらず、世界観にとけ込んでいるのが驚異的です。
 カフカ、あるいはボルヘス風の物語自体も魅力的ですが、塔の内部描写を眺めているだけでも、至福の時を過ごせるでしょう。
 異世界を舞台にした作品は数多くありますし、コミック作品でも例外ではありません。しかし、この作品ほど確固とした幻想世界を視覚化した例は見たことがありません。難解になりすぎず、ほどよいエンタテインメント性を持ったストーリーと合わせ、幻想文学の愛好者には、ぜひ一読を勧めておきたい傑作です。
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黒い物語  トーマス・オットの不気味な世界
Cinema Panopticum R.I.P.: Best of 1985-2004 The Number: 73304-23-4153-6-96-8
 以前から「文字のない絵本」や「文字のないマンガ」というものに関心がありました。古くは、リンド・ウォードの『狂人の太鼓』、最近ならデイヴィッド・ウィーズナーのいくつかの作品、日本語版が出たばかりのショーン・タン『アライバル』。日本なら、とり・みきの実験的なギャグマンガなどもそれに相当するでしょうか。
 この手の作品をいくつか読んできて、不満だったのは、いわゆる怪奇小説・ホラー小説をこの「文字のない」手法で描いた作品がほとんどない、ということ。ところが最近、この不満を解消してくれる作家に出会いました。スイスの漫画家、Thomas Ott(トーマス・オットでいいのでしょうか)です。
 この作家の作品には文字やセリフがありません。読者は絵を見て、物語を想像していくわけです。ただ、文字がないからといって抽象的な話にはなっていません。丹念に絵を追っていけば、物語はきちんとわかるように作られています。
 もう一つ特徴があります。オットは作品をすべて「スクラッチボード」で描いているのです。「スクラッチボード」とは、黒い画用紙のこと。そこにとがった道具で紙を削って、絵を描いていくものです。黒紙がベースなので、当然絵のタッチも黒っぽくなります。
 作品の内容も、画風に見合ったダークなものになっています。例えば『CLEAN UP!』は、殺人を犯した男が、自分の指紋が気になりだし、家中の指紋を拭いて回る、という作品。『GOODBYE!』は、いろいろな方法で自殺を試みる男がいずれも失敗し…という話。『BREAKDOWN』は、たった一人宇宙船に乗り込んで旅をする男が、船外で修理活動をしている際に、いろいろな幻影を見る、という話。殺しの報酬として義眼を手に入れる男を描いた『THE JOB』なんて、シュールなストーリーもあります。
 時にはブラックすぎる話もありますが、作者がホラー作品が好きで描いているんだなというのが伝わってきて、怪奇小説好きにはたまりません。
 個人的にいちばん気に入ったのは、『Cinema Panopticum』という作品です。これはオムニバス短篇集で、お祭りに出かけた少女が、ふと入った小屋の中でいろいろな物語りを覗き見る、という趣向になっています。
 オットの作品には、英語版、ドイツ語版など、いくつかの版がありますが、絵だけの物語なので、基本的にはどの版を入手しても同じです。
 お勧めは、オットの過去のベストをまとめた作品集『R.I.P.』、そして『Cinema Panopticum』ですね。
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秘密の庭  アイナール・トゥルコウスキィ『月の花』
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Einar Turkowski
河出書房新社 2010-03-25

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 独特の美意識に裏打ちされたユニークな造形と、驚異的な画力。前作『まっくら、奇妙にしずか』で我々を驚かせてくれたドイツの絵本画家、アイナール・トゥルコウスキィ。『月の花』(鈴木仁子訳 河出書房新社)は、そんな彼の新作絵本です。
 前作同様、ストーリーは単純です。周りの人間から離れて、ひとり大きな屋敷に住む男が主人公。彼は植物や動物などの自然を愛し、ひとり暮らしでありながらも、充実した生活を送っていました。そんなある日、庭のかたすみに、不思議なつぼみが芽吹いていることに、男は気づきます。花を咲かせようと、男はいろいろな方法を試します…。
 今回の作品では、登場人物(登場する人間といった方がいいでしょうか)は、主人公ひとりのみ。何せ、物語は男の住む屋敷内だけで展開するのですから。前作とは対照的です。
 前作では、主人公と周りの人間とのやりとりの中で、グロテスクな人間模様が描かれ、そこが作品の魅力のひとつともなっていました。それに対して、『月の花』では、人間の代わりに登場するのは、植物や、庭を訪れる昆虫や動物たちなのです。
 その植物や動物たちも、ありきたりのものではありません。作者トゥルコウスキィのデザインになる、架空の不思議な植物や動物たちなのです。植物や動物、ひとつひとつの奇抜な造形を見ているだけでも、まったく飽きさせません。
 前作でもそうだったのですが、トゥルコウスキィは、画面内の小物にいたるまで手を抜いていません。建物の何気ない一部でさえ、オリジナルの造形を施しているのです。そして、その細部の筆致はあくまでリアル。
 しかも、細部はリアルであるにもかかわらず、全体を見渡したときには、不思議な幻想性をたたえているところに、トゥルコウスキィ作品の魅力があります。
 解説によると、彼が使うのはHBのシャープペンシルだけであるとか。たった一本のシャープペンシルで、これだけ濃密な世界を構築できるとは、脱帽せざるを得ません。
 架空の植物誌や動物誌としても楽しめる作品ですので、例えば、レオ・レオーニ『平行植物』や、ジョアン・フォンクベルタ、ペレ・フォルミゲーラ『秘密の動物誌』などがお好きな方にもオススメしておきます。
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幻想の国から  Shaun Tan『The Arrival』
0439895294The Arrival
Arthur a Levine 2007-10

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 海外の絵本では、時々度肝を抜かれるような作品に出会うことがありますが、この作品は、中でもずば抜けて素晴らしい一冊です。オーストラリアのイラストレーター・作家の Shaun Tan『The Arrival』(Arthur a Levine)は、細密な単色画で構成された、幻想的な絵本です。作家名は「ショーン・タン」と読むのでしょうか。
 この作品の特徴は、セリフや文章がいっさい無いこと。コマ割りで構成された画面は、日本の漫画作品のレイアウトに近いため「セリフのないマンガ」といった感覚で読むことができます。
 物語の方はわりとシンプルです。新しい仕事を求め、妻子を残して未知の国に渡った男が、そこでの仕事を見つけて、家族を呼び寄せる…というような話です。あらすじだけを聞いても普通の話なのですが、問題は作品中に現われる「未知の国」の描写です。これが、とんでもなく幻想的に描かれているのです。
 まず建物や街の外観のユニークさ。まるでお伽の国のような造形です。ごてごてした印象がありながらも、絵が単色で描かれているので、どぎつさが抑えられて、何ともいえない雰囲気をかもし出しています。ところどころに動物をモチーフにしたモニュメントがあるのもユーモラスですね。
 そしてこの国のいちばんの特徴は、住民のひとりひとりに「動物」がついていること。文章がないので詳しい説明はわからないのですが、この国では、その人間の「分身」的な動物が生まれるようなのです。それも実在の動物ではなく、ユニークな形態をした架空の動物たちです。
 もちろん主人公もこの国にたどり着いてすぐ、妙な生き物につきまとわれます。表紙の画像にも現れている、尻尾の長い丸っこい生き物です。主人公が出会う、同じ移民や店主など、いろいろな登場人物についている「動物」を眺めるだけでも楽しいです。
 「セリフがない」という要素も、言葉も文化もわからない国にやってきた男が、右往左往するといった物語のモチーフとして、上手くマッチしています。主人公が広げる地図や文字が、とんちんかんな図形で表現されているのもユーモラス。
 ただ「幻想的」なだけではありません。「虐殺」から逃れてきたらしい住人のエピソードが描かれたりと、意外にシリアスな面も描かれます。そして「移民」という物語全体のテーマ。重くなりがちなテーマを、ここまで軽妙に、ユーモラスに、幻想的に描けるとは! 作者の想像力は並ではありません。
 ユーモアと幻想性が混然となった、超傑作絵本です。
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不遇な幻想画家  大瀧啓裕編『ヴァージル・フィンレイ幻想画集』
フィンレイ表紙

 僕は個人的に怪奇小説やホラー、ファンタジーが好きなのですが、美術やアートの分野でも、やはり幻想的なものを好む傾向があります。アメリカの画家、ヴァージル・フィンレイの名前を知ったのも、やはりどこかのホラーやファンタジーの本に載った挿絵が初めだったように思います。
 ただ、フィンレイの絵が紹介される機会は少なく、彼の挿絵をまとめて見たのは、おそらく、ハヤカワ文庫から出たエイヴラム・メリット『イシュタルの船』でしょう。その時の印象は、なんて緻密な絵なんだろう、というものでした。正直、メリットの小説よりも、フィンレイの挿絵の方が印象に残っています。
 青心社から、日本版の画集が出ていることを知り、入手しようとしましたが、既に絶版で入手は叶いませんでした。ずっと探していたのですが、先日、何とか画集を手に入れることができて、長年の溜飲を下げています。手に入れたのは大瀧啓裕編『ヴァージル・フィンレイ幻想画集』(青心社 限定版)で、数年後に増補した普及版(全二冊)もあるようです。
 フィンレイの絵をまとめて見て、改めて感銘を受けたのですが、やはり驚くべきは、その絵の緻密さですね。主な活躍の舞台をパルプマガジンに求めたフィンレイですが、はっきり言って、パルプマガジンに載せるようなレベルの絵ではありません。
 というのも、パルプマガジンはパルプという性質上、かなり質の悪いザラザラの紙なので、細かい点描のような絵は、印刷の際につぶれてしまい、原画の良さが出せないからです。しかし職人気質のフィンレイは手を抜かずに絵を描き続けました。
 パルプマガジンというのは、そもそも読み捨ての雑誌であって、そこに掲載される小説は娯楽のためのもの、そして挿絵もまた同様でした。当然、挿絵画家たちも質よりも数を重視したわけです。そんななか、フィンレイは粗悪な媒体にもかかわらず、高品質の絵を提供しつづけました。その職人気質がたたって、生涯経済的に困窮し続けたそうですが、またそれが後年再評価を受ける原因ともなりました。
 さて、本画集に収録された作品は、基本的には全て、小説につけられた挿絵です。ホラー・ファンタジー系統の作品が好きな方にとっては、お馴染みの作家の名前が頻出するのも嬉しいところですね。ラヴクラフト、ロバート・E・ハワード、ロバート・ブロック、マレイ・ラインスター、リチャード・マシスンなど。ロバート・シェクリィ、ジョン・コリアなんてのも見えます。
 SF系の絵も素晴らしいのですが、それ以上に素晴らしいのは、やはり怪奇小説に寄せた挿絵です。たおやかな女性像、異形の怪物、闇につつまれた背景。今見ても第一級の作品といえます。改めて、画集を出してもらいたい画家ですね。
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テーマ:アート - ジャンル:学問・文化・芸術

ここではないどこかへ  ゴンサルヴェス、トムソン『Imagine a Place』
1416968024Imagine a Place
Rob Gonsalves
Atheneum 2008-09-02

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 以前にこのブログでも紹介した、ロブ・ゴンサルヴェスとセーラ・L.トムソンのコンビによる二冊の絵本『終わらない夜』『真昼の夢』(ともに金原瑞人訳 ほるぷ出版)は、非常に魅力的な作品でした。chess_master.jpeg
 このシリーズの魅力は、なんといっても、ゴンサルヴェスのだまし絵にあります。現実ではありえない不思議な光景が、微細な描写で描かれ、ずっと見ていても飽かせません。空がいつの間にか海とつながってしまったり、小さなものがいつの間にか大きな建物になっていたりと、思いもかけないものが思いもかけない仕方で描かれ、毎回読者を驚かせてくれるのです。
 さて、そんなゴンサルヴェスとトムソンのコンビによる絵本の第三弾『Imagine a Place』(Atheneum)が出版されました。といっても、まだ邦訳の予定はないようなので、原書をご紹介します。
library.jpg  一冊目は「夜」、二冊目は「昼」と、大まかに作品集のテーマが決まっていたようですが、今回のテーマは「どこかの場所」といったところでしょうか。相変わらず驚異的なビジョンを見せてくれています。個人的に気に入ったのは、チェスの駒が巨大な塔に変容する『Chest Master』と、ドールハウスの人形がいつの間にか原寸の人間になってしまうという『Doll's Dreamhouse』あたりでしょうか。積まれた本が建物と化す『The Library』も、本好きの琴線をくすぐる絵ですね。
dolls_dreamhouse.jpeg 前二冊が邦訳されていますので、いずれ本書の邦訳も出るとは思うのですが、もともと文章部分は短くて簡単なものですし、正直、文を読まずに絵だけ味わっても問題のないタイプの本です。ですので、気になった方は原書を味わってみるのもいいのではないでしょうか。
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テーマ:絵本 - ジャンル:本・雑誌



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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