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大いなる世界  ジョスリン・ゴドウィン『キルヒャーの世界図鑑 新装版 よみがえる普遍の夢』
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 ジョスリン・ゴドウィン『キルヒャーの世界図鑑 新装版 よみがえる普遍の夢』(川島昭夫訳 工作舎)は、イエズス会士にして、ユニークかつ独創的な研究を行った学者アタナシウス・キルヒャー(1608-80)の著書をもとに、その思想を紹介していくという本です。

 現代から見るとキルヒャーの考えや発想は間違っていることが多いのですが、その奇妙な研究や思い込みは妄想の域に達していて、「疑似科学」というか「トンデモ系」として楽しむことができます。
 キルヒャーの著書には詳細な図版が多く掲載されており、当時は強く影響力を持ったらしいのですが、この図版が完全に想像で描かれたようなものだったり、全くとんちんかんな図像になってしまっているのも、今見ると面白いですね。
 特に面白いと思ったのは、キルヒャーが中国について記した『シナ図説』。完全に想像の世界の中国で、幻想的な生物が登場したり、空飛ぶ亀がいたりと、まるでファンタジー世界。キルヒャーは中国の文化の元はエジプトだと信じていたらしいですね。
 こちらは『シナ図説』に掲載された画像。澁澤龍彦の『高丘親王航海記』の単行本の装丁にも使われた絵ですね。

 キルヒャーの著書に掲載された図版が沢山紹介された本なのですが、こちらの新装版ではそれがリマスターされて綺麗になっているほか、大幅増補がされています。著者ゴドウィンの語り口は飽くまで学術的なものなので、読みにくいところもあるのですが、正直なところ、図版だけ見て楽しんでもいい本だと思います。

 巻末には、澁澤龍彦、中野美代子、荒俣宏の三人の識者による解説が載っており、こちらも参考になります。澁澤龍彦はキルヒャーの伝記的な部分について、中野美代子は『シナ図説』と中国について、荒俣宏はキルヒャーの三人の弟子の業績について語るエッセイとなっています。中では中野美代子のものが、図版の画像にいろいろツッコミを入れている面白い文章で、読んでいて楽しいですね。

 それにしても、キルヒャーの関心の対象となった分野は本当に広くて、古代エジプト、中国、地学、考古学、生物学、音楽など、その知的好奇心にはびっくりしてしまいます。科学自体がまだ細分化されていない時代ならではというべきか、今でいうところの「学際的」な色彩も強いですね。
 宗教者でもあったせいもあり、その研究にキリスト教的な香りが強いのも特徴ですね。ノアの箱船の詳細な断面図とかバベルの塔の図面とかを大真面目に描いているところも面白いです。
 「奇人学者」の遺した「トンデモ研究」を図版と共に楽しむ本…という感じでしょうか。これはお勧めです。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

異界のお仕事  佐藤達木『軟骨さん』
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 佐藤達木『軟骨さん』(GOTコミックス)は、質屋で、頭を人工の軟骨と交換した青年が不思議な体験をするというコミック作品です。

 金を使い込んでしまい生活にも困るようになった男、佐々藤汰津木(ササトウタツキ)は、質屋のチラシを見て、店があるというショッピングモールに出かけることになります。しかし質屋の主人は、普通の品物では質草にならず、その代わり、汰津木の頭が質草になるというのです。
 特殊な装置によって、人工の軟骨の頭部と頭を交換した汰津木は、それを借金の方に金を借りることになります。借金返済のための割のいいアルバイトも紹介するという店主の勧めに従って、バイトも始めることになりますが、それは現実世界に重なって存在する異世界での仕事でした…。

 質屋で頭部を人工の軟骨製のものに交換した男が、不思議な世界での体験に誘われることになる…という奇妙な味わいのコミック作品です。
 頭部を交換した主人公が不思議な体験をするのですが、実のところ、その頭部の変更自体はそれほど問題にならず、むしろそれをきっかけに異世界に入り込むことになる、という部分の方がメインに描かれていきます。

 質屋の主人からアルバイトを紹介され、それが異世界での仕事であるため、主人公がそちらに何度も行くことになるのですが、その異世界が異様で、軟骨の頭部に関しては目立たなくなってしまうほど。
 表面上の世界や住人の見た目はそれほど現実世界と変わらないものの、ところどころの現象や風習などが異様で、そのシュールさに目を奪われてしまいます。
 野生のティーカップ(生物のようなのです)を狩る仕事とか、巨大な袋餅の内部に発生する巨大な虫を討伐する仕事など、主人公が行うアルバイト内容がどれも風変わり。獲物だったり駆除対象だったりと目的はさまざまなれど、奇妙なヴィジュアルの生物が登場するのも面白いです。特に餅の内部に出現する虫はグロテスクで、ほとんど「エイリアン」。それゆえ、思わぬアクションシーンもあったりします。

 アングラな画風で、シュールなストーリーが展開されていくという異色作です。ただ、アングラではあれど、場面展開も早く、テンポも良いです。ところどころにユーモアもあって、エンタメとしても大変面白い作品になっていると思います。


テーマ:アニメ・コミック - ジャンル:アニメ・コミック

心の旅  パヴェル・チェフ『ペピーク・ストジェハの大冒険』
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 パヴェル・チェフの『ペピーク・ストジェハの大冒険』(ジャン=ガスパール・パーレニーチェク、髙松美織訳 サウザンブックス社)を読了。初のチェコ・コミックの邦訳で、内気な少年の空想的な旅を描くファンタジー作品です。

 吃音症で内気な少年ペピークは、同級生たちからも馬鹿にされる日々を送っていました。ある日転校生としてやってきた少女エルゼヴィーラはペピークを馬鹿にせず、二人は友達となります。しかしエルゼヴィーラは突然姿を消してしまい、誰も彼女の存在を覚えていないらしいのです。
 彼女から助けを求める手紙を受け取ったペピークは、かって二人で訪れた水車小屋に何かがあると感じ取り、小屋のトンネルに入り込みますが…。

 友達の少女を助けるために別世界に飛び込む少年を描いた、ファンタジー作品です。
 本を読むことが好きで想像力豊かな少年ペピークは、しかし吃音症があり、人とのコミュニケーションを苦手とする少年でした。しかし、転校生エルゼヴィーラと知り合うことによってその人生は変わりつつあったのです。
 エルゼヴィーラの失踪を知り、彼女を助けようと水車小屋から入り込んだのは現実とは違う別世界であり、そこでの冒険を通して主人公が成長することになる…という正統派の成長物語となっています。

 ペピークが訪れる別世界は、彼が成長するためのイニシエーション的な世界であり、少年の想像の世界とも思えるのですが、客観的に存在するような節もあります。ペピークの話し相手となっていた老人アントニンの過去の秘密、そして水車小屋の持ち主にまつわる神秘的なエピソード、などから、過去にも別世界を訪れた人間がいたこと、そしてそれを知る第三者がいることも示されています。
 別世界でエルゼヴィーラに再会することはできるのか? そもそもエルゼヴィーラの正体は何なのか? を含めて、神秘的なトーンの物語となっていますね。
 ペピークが青い小石を拾った直後に、捨てられていたところを拾った本『フラゴラミス船長の大冒険』が登場するのですが、これをペピークが読んでいき、その内容が引用されていくのも面白い趣向です。こちらの内容は、後半の別世界探検の際にもリンクしてくることになります。

 全体に水彩画のような画風で描かれているのですが、時折現れる大ゴマや見開き画面の絵は非常に美しいですね。基本、薄暗い(彩度が低い)画面で進むのですが、この薄暗さは、おそらく主人公ペピークの心境を象徴しているのではないかと思います。
 思春期の内気な少年の、想像力に満ちた旅がファンタスティックに語られていく、良質なコミック作品です。象徴・寓意も散りばめられているのだと思いますが、明確に「解釈」や「謎解き」をしないあたりも、逆に魅力となっているように思います。

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奇妙な一族たち
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ジュヌビエーブ・ゴクレール『天才の家系図』(山内恵理子訳 ランダムハウス講談社)は、フランスのデザイナー、ゴクレールの描いた<奇妙な味>の絵本作品です。

 コカ・コーラライトの泡の中から突然生まれた男性と結ばれた女性クララ。二人の間には息子が生まれます。蟻好きなその息子はベテールとの間に3人の子どもをもうけます。そのうちの1人の息子はガストリックと間に41人の子をなしますが…。

 ある一組の夫婦から生まれた子どもたちから更に子どもたちが生まれ…という具合に、その家系から生まれる子孫の動向を次々に語っていくという絵本作品です。
 あっという間に世代が変わるので(だいたい一ページで)、キャラクターがあまり掘り下げられることはないのですが、短い文章で語られるその性格や癖など、皆エキセントリックな人たちばかりなのです。
 比喩的なものなのか、実際の形を表しているのかは分かりませんが、文章と共に紹介される各人物が丸っこかったり、動物や機械のようだったり、模様にしか見えなかったりと、とても人間とは思えないフォルムで紹介されていくのも特徴です。
 そもそも結婚相手が「人間」でない場合も多く(実際最初の結婚相手はコカ・コーラライトの泡から生まれています)、その結果そちらの家系が「断絶」してしまうことも。

 基本、子孫を追いかけていく話なので、色恋沙汰が中心になるのですが、時折そこからはみ出してしまう人物が登場してくるのも、現実の人生を思わせて興味深いです。連続殺人鬼になってしまう人物や狂暴すぎて監禁される人物など、危険人物も時折登場します。
 あっと言う間に世代交代してしまうももの、その短い中で紹介される、各世代の人物たちの性格や動向もシュールで楽しいです。

 何十世代にもわたる家系図の物語というだけでも面白いのですが、そこにエキセントリックな人物像、シュールな文章、そして前衛的なイラストが結びついて、類例のない世界が形作られています。ブラック・ユーモアもたっぷりで、「怪作」「奇書」と呼びたいような作品となっていますね。


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物語る夜  セルジオ・トッピ『シェヘラザード 千夜一夜物語』
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 セルジオ・トッピ『シェヘラザード 千夜一夜物語』(古永真一訳 小学館集英社プロダクション)は、イタリア漫画界の巨匠セルジオ・トッピが『千夜一夜物語』をテーマに描いたコミック作品です。

 シャハリヤール王は、弟から女王と従僕の不貞を知らされ、彼らを処刑します。女性不信になった王は、毎夜王宮に若い娘を連れて来いと発布します。しかも、一夜を共にした後娘は殺されてしまうというのです。
 貴族の娘シェヘラザードは、ある日父に自分を王宮に連れていってほしいと話します。王のもとにやってきたシェヘラザードは、王の前で物語を語ります。物語の魅力に捕えられた王は処刑を延期し、シェヘラザードの語る物語を聞き続けることになりますが…。

 お話の設定は原作の『千夜一夜物語』と同様で、シェヘラザードが様々な物語を語っていく…という枠物語の形式も同様です。ただ、語られるエピソードでオリジナルに準じているものは一つだけで、他のエピソードは全てオリジナルだそうです。
 カラー部分も少しあるのですが、大部分はモノクロで描かれています。描かれる世界観や人物たちも著者オリジナルの想像力によるものだそうで、描かれる画もアラビア風というよりは、アフリカ風に近い感じですね。

 ファンタスティックなお話ではあれど、描かれる世界はかなりシビアで厳しいです。王や権力者たちは気に入らないだけで、すぐに人の首をはねますし、成功した主人公も調子に乗ってしっぺ返しを食らってしまいます。かなりハードボイルドな物語世界になっていますね。その流れで言うと、語り手たるシェヘラザードもどこか怪しさを含んだキャラクターとなっています。
 エピソード中では、顔の病気を負った王が医術師に病気を治してもらうものの、医術師を裏切ったために復讐を受ける「王を治した男」、遭難した男が神の名を口にしなければ助かるという不思議な声を聞くという「その名を口にしてはならぬ」、報酬の代わりに精霊の女を手に入れた男の不思議な物語「私は犬のように付き従う」などを面白く読みました。全体に不幸な結末を辿るエピソードが多い印象ですね。

 解説では、著者トッピの好きな作家として、ディーノ・ブッツァーティの名前が挙げられています。ブッツァーティの残酷な面に惹かれる、ということなのですが、確かに、この『シェヘラザード』を読んでも、登場する人物の運命は結構不条理で残酷だったりするなど、ブッツァーティ作品と共通する面を感じないでもありません。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

フランケンだった男  川島のりかず『フランケンシュタインの男』
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 川島のりかず『フランケンシュタインの男』(マガジンハウス)は、書下ろしホラーコミックで有名だったひばり書房の末期、1986年に描かれたというサイコ・ホラーコミック作品です。

 慕っていた女社長が亡くなって以来、気を落としていたサラリーマン空木鉄雄は、たびたび少女の幻影を見るようになっていました。しかしその顔は見ることができません。心療内科で治療中に、少女の顔を思い出した鉄雄は、その少女、君影綺理子との過去を思い出します。
 体が不自由な綺理子は傲慢な性格であり、鉄雄との関係も綺理子が一方的に上に立ったものでした。フランケンシュタインの怪物を愛する綺理子を喜ばせようと、鉄雄は怪物のお面を作り、彼女の前に現れますが、綺理子は鉄雄に怪物になりきるように度々命令します。やがて鉄雄自身も怪物になることに喜びを感じるようになっていました…。

 被虐的な少年が、高慢な少女と出会い、フランケンシュタインの怪物になりきることを要求されるうちに、それに喜びを感じるようになっていく…というサイコ・ホラー作品です。
 大人になった主人公鉄雄が、その少女綺理子の幻影を繰り返し見るようになり、恐らく綺理子が死んでいることが示唆されます。
 子ども時代に彼女をめぐって何があったのか、ということが回想されていきます。と同時に、大人になってもその少女とのトラウマを引きずっている主人公が精神のバランスを崩しており、何をしでかしてしまうのか、という部分にも不穏なサスペンスが感じられますね。

 フランケンシュタインの怪物がモチーフになっているのですが、作中で登場する怪物の仮面が主人公にとって「力」や「内面の解放」の象徴になっています。
 第三者にとっては「悲劇」でありながらも、主人公にとっては必ずしもそうではない、というラストにも味わいがありますね。クライマックス、群衆がフランケンシュタインの名前を叫ぶシーンには戦慄します。

 サイコ・ホラー作品として非常に秀逸な作品だと思います。作者の川島のりかず、1980年代にひばり書房でいくつかのホラー作品を発表した漫画家で、それ以後は筆を立っていたそうなのですが、近年再評価されている人だそうです。中でも傑作とされる本書がまず復刊されたそうですが、他の作品も読んでみたくなる魅力がありますね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

開けてはいけない壺  ジェフ・ジョンズ&クリス・グリミンガー作、ブッチ・ガイス画『オリュンポス』
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 ジェフ・ジョンズ&クリス・グリミンガー作、ブッチ・ガイス画『オリュンポス』(古川晴子訳 パイインターナショナル)は、ギリシャ神話をモチーフにしたホラーコミック作品です。

 エーゲ海でダイビングを楽しんでいた考古学部教授ゲイル・ウォーカーとその学生たち、ブレント、レベッカ、サラは、海底から年代物の壷を発見して引き上げます。その壷を手にした瞬間から、さまざまな災厄が彼女たちに降りかかることになります。
 嵐に襲われ、その最中に武装集団が彼女たちの船を襲撃します。武装集団と共にゲイル一同は見たこともない島に漂着してしまいます。
 島には、ギリシャ神話の怪物たちがあふれかえっていました。彼らが発見した壺は、伝説で語り継がれる「パンドラの箱」だったのです。一同は、無事に現実世界に帰還することができるのでしょうか…?

 考古学者と生徒たちの一行が発見した「パンドラの箱」の封印を解いてしまったことから、ギリシャ神話の怪物たちがうろつく世界に入り込んでしまう…というホラーコミック作品です。
 巨人、人食い鳥、ミノタウロスなど、神話の怪物たちが次々と一行を襲撃してくるのですが、人間離れした力を持つ怪物たちには、人間の力がほとんど通用しません。銃器を使ってさえ、ほとんどそれが効かない怪物もいるのです。
 成り行きから行動を共にすることになった武装集団の男たちも、銃を使って抵抗しますが、どんどんと殺されていってしまいます。
 唯一頼りになるのが武装集団のリーダーなのですが、まともに戦えるのが彼一人ということで、大体において怪物に遭遇した際は逃げの一手になってしまいます。ただ後半では、つけると透明になれる「ハデスのヘルメット」や見た者を石化させる「メドゥーサの頭」など、神話のアイテムが登場し、それらを使って逆襲するあたりは楽しいですね。

 複数の人間たちが何人生き残って脱出することができるのか? というモンスター・パニック・ホラー作品なのですが、そこに、神話の怪物や謎を絡めているのが特徴です。武装集団の男たちが一方的な攻撃だけしているのに対し、ゲイルと学生たちがその知識を生かして攻略していく…というのも面白いところです。
 登場する怪物たちはリアルで、ギリシャ神話の好きな方は楽しめるのではないでしょうか。その一方、人間たちが殺されてしまうシーンもかなりリアルなので、そのへんはご注意を。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

月と遊ぶ  フィリップ・ステッド文、エリン・ステッド絵『音楽をお月さまに』
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フィリップ・ステッド文、エリン・ステッド絵『音楽をお月さまに』(田中万里訳 ぷねうま舎)は、月をテーマにした美しい絵本作品です。

 チェロ弾きの少女ハリエット(ハンク)は、両親から将来はオーケストラで演奏するものと期待されていましたが、当のハンクは大勢の前で演奏することを嫌い、一人で演奏を楽しみたいと考えていました。
 ある夜一人でチェロを弾いていたところ、フクロウの泣き声に邪魔されて怒ったハンクは、窓からティーカップを投げつけますが、それが当たったお月さまが落下してきてしまいます。お月さまと友人になったハンクは、お月さまと不思議な時を過ごしますが…。

 ひょんなことから地上に落下してしまったお月さまと少女が友人となり、不思議な時間を共有するという、象徴的で美しい絵本作品です。
 お月さまが擬人化されて描かれているのですが、ティーカップにぶつかって落下してしまうとか、荷車に載せて運ぶとか、その物理的な「近さ」がとても魅力的に描かれています。エリン・ステッドの画風は繊細で美しいのですが、その一方で、お月さまに関する部分はナンセンス度が高く、そのギャップも魅力です。まるで稲垣足穂の描く「月」のようですね。
 孤独を好んでいた少女が、お月さまとの付き合いを通して、他人とのコミュニケーションを受け入れていく…というテーマもあり、成長物語としての一面も描かれています。

 序盤に、家の中でハンクが一人チェロを弾いているシーンが描かれているのですが、その場面はまるでびんの中のように表現されており、彼女の世界が「閉じられて」いることを表しているように見えますね。後半ではお月さまの導きにより、外に出たハンクがチェロを弾くシーンが現れ、小世界から外の世界に出たことが象徴的に描かれています。
 擬人化された月、というのはよくありますが、この作品の「お月さま」ほど、魅力的な「登場人物」として存在感を発揮している作品はなかなかないのでは。


テーマ:絵本 - ジャンル:本・雑誌

血の支配  ダヴィド・ムニョス作、マヌエル・ガルシア画『ヴァンパイアの大地』
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 ダヴィド・ムニョス作、マヌエル・ガルシア画『ヴァンパイアの大地』(原正人訳 パイインターナショナル)は、ヴァンパイアに支配された世界を舞台にしたホラー・コミック作品です。

 何らかの原因で太陽が出なくなり、寒さと吹雪に覆われてしまった世界。その頃から人間の血を吸うヴァンパイが現れ、人間を襲い始めます。学校の子どもたちの面倒を見ていた元絵本作家エレナは、車で移動中にヴァンパイアたちに襲われ、恋人のラウルを失ってしまいます。
 彼らを救ったのは、ナイルという男でしたが、実は彼自身もヴァンパイアでした。自分は人間の敵ではないと言うナイルの言葉を信用しきれないエレナでしたが、彼と行動を共にすることになります…。

 太陽が失われ、ヴァンパイアに支配された世界を舞台に、生き残った人間たちの苦闘を描くホラー・コミック作品です。雪と吹雪に閉ざされた世界を舞台にした「破滅もの」作品なのですが、そこにさらに人間を狩るヴァンパイアたちが跳梁するという、ハードな世界観の物語となっています。欲望のままに人間を襲うヴァンパイアがいる一方、人間との共存を図るヴァンパイアもおり、主人公たちに協力することになるナイルは、そうした友好的なヴァンパイアらしいのです。

 この作品に登場するヴァンパイアは血を吸うことによって、相手もヴァンパイアにすることができるのですが、そのあたりの匙加減は調整が効くらしく、無暗にヴァンパイアを増やさないようにしている…というのは面白いところですね。
 肉体的には人間よりはるかに強力であり、知能は人間の時のまま。太陽が常時沈んでいるため、外界も自由に動けるのです。ほとんど無敵の状態なわけで、主人公エレナとその一行を始め、人間たちがどう彼らに立ち向かうのか…というのが読みどころでしょうか。
 信用しきれないとは思いながら、ナイルに頼らざるを得ないエレナが、旅を重ねるうちに、彼に対して情愛を抱いていくようになる、という流れも良いですね。また血の渇望に度々捕らえられてしまうナイルが、その倫理観と正義感から、エレナたちを守ろうと一貫した行動をする姿も魅力的に描かれています

 食料も燃料もほぼ尽き、人類の数も激減。ヴァンパイア以外にも、野犬や熊など、人間を襲ってくる野獣が闊歩する世界が舞台となっており、そのハードなサバイバル描写には見応えがありますね。ヴァンパイアが殺されるシーンはもちろん、人間たちもあっさり殺されてしまうなど、流血描写も結構強烈です。
 ただ、飽くまで子どもたちを守り続けようとするエレナの生きる力、最後まで信念を貫こうとするナイルの正義感が、物語を通して徹底しており、読み味は悪くありません。吸血鬼テーマ作品の秀作といえるのではないでしょうか。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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