 以前から「文字のない絵本」や「文字のないマンガ」というものに関心がありました。古くは、リンド・ウォードの『狂人の太鼓』、最近ならデイヴィッド・ウィーズナーのいくつかの作品、日本語版が出たばかりのショーン・タン『アライバル』。日本なら、とり・みきの実験的なギャグマンガなどもそれに相当するでしょうか。 この手の作品をいくつか読んできて、不満だったのは、いわゆる怪奇小説・ホラー小説をこの「文字のない」手法で描いた作品がほとんどない、ということ。ところが最近、この不満を解消してくれる作家に出会いました。スイスの漫画家、Thomas Ott(トーマス・オットでいいのでしょうか)です。 この作家の作品には文字やセリフがありません。読者は絵を見て、物語を想像していくわけです。ただ、文字がないからといって抽象的な話にはなっていません。丹念に絵を追っていけば、物語はきちんとわかるように作られています。 もう一つ特徴があります。オットは作品をすべて「スクラッチボード」で描いているのです。「スクラッチボード」とは、黒い画用紙のこと。そこにとがった道具で紙を削って、絵を描いていくものです。黒紙がベースなので、当然絵のタッチも黒っぽくなります。 作品の内容も、画風に見合ったダークなものになっています。例えば『CLEAN UP!』は、殺人を犯した男が、自分の指紋が気になりだし、家中の指紋を拭いて回る、という作品。『GOODBYE!』は、いろいろな方法で自殺を試みる男がいずれも失敗し…という話。『BREAKDOWN』は、たった一人宇宙船に乗り込んで旅をする男が、船外で修理活動をしている際に、いろいろな幻影を見る、という話。殺しの報酬として義眼を手に入れる男を描いた『THE JOB』なんて、シュールなストーリーもあります。 時にはブラックすぎる話もありますが、作者がホラー作品が好きで描いているんだなというのが伝わってきて、怪奇小説好きにはたまりません。 個人的にいちばん気に入ったのは、『Cinema Panopticum』という作品です。これはオムニバス短篇集で、お祭りに出かけた少女が、ふと入った小屋の中でいろいろな物語りを覗き見る、という趣向になっています。 オットの作品には、英語版、ドイツ語版など、いくつかの版がありますが、絵だけの物語なので、基本的にはどの版を入手しても同じです。 お勧めは、オットの過去のベストをまとめた作品集『R.I.P.』、そして『Cinema Panopticum』ですね。
テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
|