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夢想するオウム  アルジャナン・ブラックウッド『王様オウムと野良ネコの大冒険』
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 イギリス怪奇小説の巨匠、アルジャナン・ブラックウッドの長篇童話『王様オウムと野良ネコの大冒険』(相沢次子訳 ハヤカワ文庫FT)は、オウムとネコのコンビが住んでいた家から飛び出し、冒険を繰り広げるという作品です。

 アーサー大佐の娘モリーに飼われていた王様オウムのダッドリーは、屋敷に転がり込んできた元野良猫ギルデロイとの友情を深め、やがて二人で家を出ることを計画します。ロンドンに向かうため列車を利用しようと考える二人でしたが…。

 オウムとネコが繰り広げる冒険を描いたファンタジー童話です。二人(二匹?)とも人間の言葉や行動がわかっていたり、オウムのダッドリーに至っては、意味を理解したうえで人間の言葉を話すなど、動物が擬人化された形で物語が描かれます。
 ただ、それにも関わらず妙に哲学的なトーンで描かれる作品ではあり、子供が読むにはちょっと難しいような気もします。主人公二人のうち、メインで描かれるのはオウムのダッドリーなのですが、このオウムがところどころで夢を見たり夢想したりするシーンがたびたび描かれるのです。
 二人の冒険は、ロンドンなど、主に多くの人間のいるところで展開されるので、作品の背景として、ブラックウッドお得意の大自然、たとえば森林などはほぼ登場しません。なのですが、オウムが夢想するのは大自然、ひいては宇宙との合一を意識するかのようなイメージなのです。その点で、ブラックウッドの他の怪奇小説とも一脈通じるような要素もある作品といえます。

 ただ「哲学的」な作品というだけではなく、二人の冒険はドタバタに満ちていて楽しい作品です。例えばダッドリーが人間のふりをして切符を注文するなど、ユーモアあふれる楽しいシーンが多く描かれます。
 表面上のスラップスティックな物語の中に、上に挙げたような宗教的といってもいいほどの思想がダッドリーの夢想という形で出現するという、妙なアンバランスさがあり、その意味で非常に興味深い作品ではありますね。

 主人公の二人、思索的で自負心の高いダッドリーと、世故に長けたギルデロイのコンビは相性がピッタリで、キャラクターとしても非常に魅力的。ラストではダッドリーの夢想がある形で結実することになるのですが、この部分も非常に象徴的で考えさせるものになっています。

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引き裂く川  ウイリアム・モリス『サンダリング・フラッド』
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 ウイリアム・モリスの長篇『サンダリング・フラッド』(中桐雅夫訳 月刊ペン社)は、大河の両岸で引き裂かれた少年少女の成長と冒険を描くファンタジー小説です。

 ウエザメルと呼ばれる農場で育った少年オズバーンは、幼少の頃より詩の才能と戦士としての才能を発揮していました。
 サンダリング・フラッド(引き裂く川)を挟んだ向こう岸に住む美しい少女エルフヒルドと出会ったオズバーンは彼女と相思相愛になりますが、川に阻まれ直接触れあうことはできません。
 ウエザメルを訪れた不思議な男スティールヘッドから魔剣ボードクリーヴァーを授かったオズバーンは近隣の戦いに参加し、その勇猛さで名を馳せます。やがてある戦いを経て帰還したオズバーンは、盗賊によって村が襲われエルフヒルドがさらわれたことを知ります。
 エルフヒルドを取り戻すため、オズバーンは名将ゴッドリック卿の配下になります。戦いを続けながら、エルフヒルドの行方を探すオズバーンでしたが、彼女の消息は依然として知れません…。

 1898年刊行のウィリアム・モリスの遺作であり、北欧文学に強い影響を受けた作品だとのことです。全編を通して主人公オズバーンの戦いが何度も描かれており、その戦闘描写も非常にリアル。盗賊による略奪の様子や、悲惨な人間の死も多く描かれます。
 おそらく超自然的な存在であり主人公を導く役をするスティールヘッドや、彼から授かった魔剣は魔法を帯びた存在なのですが、直接的な魔法の描写はほとんどありません。そもそも魔剣には使っていい時とそうでない時があり、無尽蔵に使えるわけではありません。
 最終的に戦いには勝利するものの、オズバーンも度々傷付き退却を余儀なくされます。仲間の兵士たちの戦死も描かれており、ファンタジー作品とはいいつつ、戦闘とその結果に関する部分はリアルに描かれていますね。

 序盤、いろいろなエピソードを絡めながら、オズバーンとエルフヒルドが愛情を育てていくという部分は非常に読み応えがあります。何より大河をはさんで愛情を育んでいく少年少女というのはイメージ的にも美しいです。
 中盤からは、オズバーンの戦いの描写が前面に出てくるのですが、小競り合いを含め戦闘描写がずっと続くので、読んでいてちょっと疲れてしまうこともあります。
 愛する少女を求めて転戦を繰り返すオズバーンの姿を描く後半は、ペシミスティックな空気がありながらも読み応えがあるだけに、さらわれてからのエルフヒルドを描くパートがかなり駆け足で終わってしまうのはちょっと残念です。

 中世風のロマンスだけに、登場人物たちの性格やキャラクターはそれほど深く描かれないのですが、主人公二人以外で強い印象を残すのは、オズバーンの良き腹心ともいうべき「大食漢スティーヴン」です。大食らいながら知恵者、温和で力もあるというキャラクターで物語に彩りを添えてくれます。

 結末部分は口述筆記がなされるなど、充分な推敲がとれていない作品らしく、作品の構成やつじつまが合わないところなども多少あります。特に主人公の協力者スティールヘッドについては、その来歴や正体などについてほとんど語られないため、消化不良の感もありますね。
 ただ、全体に力強い物語で、読んでいる間はささいな部分は気になりません。<ヒロイック・ファンタジー>の原型といえる作品で、今現在でも非常に面白く読める作品です。

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夢幻の冒険  ウィリアム・モリス『世界のかなたの森』
世界のかなたの森 (ウィリアム・モリス・コレクション)
 ウィリアム・モリスの長篇『世界のかなたの森』(小野二郎訳 晶文社)は、モダン・ファンタジーの父モリスによる、純度の高いファンタジー小説です。

 不実な妻との結婚生活に疲れた若者ウォルターは、未知の冒険を求めて航海の旅に出ます。ウォルターは旅立つ直前に見かけた三人組に目を引かれます。彼らは、絶世の美女である貴婦人、清純な侍女、邪悪そうな小人の奇妙な三人組でした。
 航海中、父の急死と妻の実家が攻撃を繰り返していることを知ったウォルターは急遽引き返そうとしますが、その直後に発見した「裂け目」から不思議な森に足を踏み入れることになります。そこはかって出会った三人組の一人である貴婦人が支配する場所でした。
 侍女と愛を誓いあったウォルターは彼女を助け出すために、貴婦人に魅了されたふりをしますが…。

 主人公の青年ウォルターの冒険の旅を描くファンタジー小説です。いくつかの冒険が描かれるのですが、メインとなるのは貴婦人<女王>の支配する森での冒険です。<侍女>と愛を誓い合ったウォルターは彼女を助けるために<女王>に惹かれたふりをしますが、<女王>の美貌には少なからず魅了されてしまいます。
 <女王>の先の恋人である<王の子>との対立、そして暗躍する邪悪な<小人>の妨害をはねのけて、ウォルターは<侍女>を救い出すことができるのか?

 ウォルター以外の主要な登場人物が代名詞で表されるのが面白いです。それもあって全体に寓意的な雰囲気を帯びた作品になっています。ウォルターにとっての別世界である<女王>の支配する場所以前、航海が始まる前からしてすでに夢幻的な雰囲気が漂っており、まさに夢見心地になるような作品です。

 ところどころで困難は発生するものの、基本的にはウォルターは難なく危機を乗り越えて進んでいきます。その意味で「ハラハラドキドキ」感はあまりないのですが、その代わり読んでいて何ともいえない「心地よさ」があります。
 おそらくそれは作者モリスの意図するところで、「小説」というよりは「伝説」に近い感じの物語なのですよね。実際、登場人物たちもそれほど複雑な性格は与えられておらず、それぞれのエピソードはわりとシンプルです。
 その中でいちばん「複雑」な人物として描かれているのが<女王>で、悪役として登場しながらも愛情深い一途な面があったりと、多面的な描かれ方がされています。

 筋立てはシンプルながら力強い推進力があり、今読んでもその瑞々しさは失われていません。現代ファンタジー小説の原型的な作品という意味でも、名作といっていい作品ではないでしょうか。

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H・G・ウェルズのマイナー作品を読む 付ウェルズ収録作品比較表
 一昨年(2017年)11月に読書会のテーマとして、H・G・ウェルズを取り上げました。その際に、ウェルズの主要な作品を読み返す機会があったのですが、その中でもマイナーな部類の作品に関していくつか紹介しておきたいと思います。


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『月世界最初の人間』(白木茂訳 ハヤカワSFシリーズ)

 発明家ケイヴァー氏は、引力を遮断する物質「ケイヴァーリット」を開発します。その存在を知り、大もうけできると考えた語り手ベッドフォードは、彼の事業を後援することになります。その物質を使った宇宙船で月面に到着した二人が出会ったのは、アリのような姿をした月人でした。
 月人を知的生物と考えるケイヴァー氏に対し、ただの怪物と見なすベッドフォードは彼らを殺戮します。月では地球人は地球上より物理的に強い力を発揮できるのです。月人から追われることになった二人は、宇宙船を見失い途方にくれることになりますが…。

 重力を遮断する物質で宇宙船を作り、月面を訪れる科学者とその助手の物語です。火星人がいたり月面に植物が生えていたりと、今となっては完全にファンタジーなのですが、それがまたレトロな味があり面白い作品になっています。
 この作品、邦訳が手に入りにくいので、ウェルズの他の作品に比べて読んでいる人は少ないと思うのですが、物語そのものよりも、作中に登場する重力遮断物質「ケイヴァーリット」は有名で、後続の作品に影響を与えているようです。
 ウェルズは本当に月に知的生物がいると考えているわけではなく、風刺的に登場させている節がありますね。現に、月人の世界は、地球の文明を相対化するような視点で描かれています。その意味で、ユートピア小説のバリエーションでもあります。



ベータ2のバラッド (未来の文学)
「時の探検家たち」(浅倉久志訳 若島正編『ベータ2のバラッド』国書刊行会 収録)

 田舎の村に突然現れた男は、牧師館を借り何やら研究を始めます。やがて村人が変死したのを皮切りに、男は妖術師ではないかという噂が立ち始めます。扇動家に率いられた村人たちは牧師館を襲撃しますが…。

 『タイム・マシン』の原型となる短篇です。原型とはいっても、タイム・マシンが登場する以外は、『タイム・マシン』とはほぼ共通点がありません。作者は何回も書き直して、現在の状態になったとか。
 舞台となる牧師館では過去に殺人事件が起こっており、幽霊も出るという噂があります。そこに現れた男は村人たちには理解の出来ない行動をしている…という、ゴシック調というか、ほぼ怪奇小説のフォーマットで書かれた作品で、『タイム・マシン』のモダンさと比べると、その違いに驚かされます。
 後半では、男と一緒に姿を消した牧師が発見され、真相を話し出す…という展開になります。ただ、その真相も最後まで明かされず、この後はどうなってしまうのか? という尻切れトンボな結末に。

 はっきり書かれないものの、過去の殺人事件や幽霊事件の原因はタイム・マシンによるものだった、と読めます。この作品、後年ハインラインやウィリアム・テン、フレドリック・ブラウンが書くような「タイム・パラドックス」的なアイディアの萌芽が見られるのです。
 ウェルズは「タイム・マシン」というユニークなアイディアを思いつきながら、過去へのタイムトラベルやそれに伴う問題については書かなかったと言われますが、この「時の探検家たち」では、不完全な形ではあるものの、その可能性が描かれているように思えます。



イギリス怪談集 (河出文庫)
「赤の間」(斉藤兆史訳  由良君美編『イギリス怪談集』河出文庫 収録)

 豪胆な男は、他人が止めるのを振り切って、幽霊が出るという「赤の間」に泊まろうとします。「赤の間」に現れたものとは…?

 ウェルズには珍しい、純怪奇小説作品です。主人公の「私」が「赤の間」に泊まろうとするのを、屋敷に住む老人たちが止めるのですが、この老人たちがすでに無気味な雰囲気に包まれています。「腕の萎えた男」が繰り返す「あんたが決めたことだ」のリフレインが強烈です。
 単純な幽霊話に終わらない、心理的な怪奇小説で、E・F・ベンスンやウェイクフィールドのある種の作品を思わせますね。



クリスマス13の戦慄 (新潮文庫)
「ポロ族の呪術師」(池央耿訳 アイザック・アシモフ他編『クリスマス13の戦慄』新潮文庫 収録)

 アフリカでポロ族の女に手を出した白人の男が、呪術師につけねらわれます。男は金で他の部族の男に呪術師を殺させ、首を持ってこさせます。安心したのもつかの間、どこへ行ってもその首は男の目の前に現れます…。

 男の前に現れる呪術師の首が本物なのか幻覚なのかは、どっちとも取れるように書かれています。呪いを扱った怪奇小説とも、心理的な恐怖小説とも読める重厚な味わいの作品です。



イギリス恐怖小説傑作選 (ちくま文庫)
「不案内な幽霊」(南條竹則訳 南條竹則編『イギリス恐怖小説傑作選』ちくま文庫 収録)

 あるクラブに泊まった男がそこで幽霊に出会います。しかし現れた幽霊は「初心者」で、上手く姿を消すことができないというのです。男は幽霊が「消える」のを手助けし、その顛末をクラブの仲間に話しますが…。

 始まりから軽い雰囲気で進むユーモア怪談なのですが、ブラックな結末に驚かされます。この作品でも「幽霊話」が本当なのか嘘なのかはわからないという風に書かれています。じつに楽しい怪奇小説。



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「コーン」(小倉多加志訳 矢野浩三郎編『恐怖と幻想3』月刊ペン社 収録)

 妻と親友が浮気をしているのを知った工場の経営者が、親友を殺そうとする物語。「ひねり」などは特になく、正攻法で書かれた心理サスペンスなのですが、物語の背景となる工場の殺伐さもあいまって、重苦しい雰囲気に満ちた作品です。


 おまけとして、読書会用の資料として作成した「ウェルズ収録作品比較表」を添付しておきたいと思います。ウェルズの短篇って、各社のいろんな短篇集に収録されています。重複するものもありますし、そもそもどの短篇集にどの作品が入っているのかもわかりにくいです。そんなわけで、各社の短篇集の収録作品を比較できるようにした表です。
ウェルズ収録作品比較表

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熊と人間  ミック・ジャクソン『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』
こうしてイギリスから熊がいなくなりました
 ミック・ジャクソン『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』(田内志文訳 東京創元社)は、イギリスから絶滅してしまった熊をめぐる8つの物語をまとめた短篇集。ユーモアと哀愁に満ちた物語集になっています。

 森の悪魔と恐れられる「精霊熊」との交渉に送り出された男を描く「精霊熊」、死者の罪を引き受けるための供物を食べた熊を描く「罪喰い熊」、闘熊のスターとなった熊を描く「鎖につながれた熊」、サーカスで虐げられている熊たちが脱出するという「サーカスの熊」、下水道で働かされる熊たちを描いた「下水熊」、人間の相棒と共に潜水夫として働く熊を描く「市民熊」、何かに導かれ旅を続ける熊たちを描いた「夜の熊」、熊たちの最後の船出を描く「偉大なる熊」の8篇を収録しています。

 登場する熊たちは、人間と共に働いたり、比較的友好的なものもいるものの、概して、野生的であり攻撃性を残した存在として描かれています。人間から虐待をされる熊だけでなく、人間から(一方的ではありますが)可愛がられている熊でさえ、結局は人間と相容れることはないのです。
 大体の作品において、虐げられていた熊たちは、人間の手から逃亡する形になります。逃げ出した熊たちのその後は、最後の二篇「夜の熊」「偉大なる熊」で描かれます。特に「偉大なる熊」の最後は、非常に詩的で美しく描かれていますね。

 「寓話」といっていい作品なのですが、登場する熊たちの描き方(デフォルメ)が絶妙です。人間と意思を疎通したり仕事を代りにやったりと、そういう意味では「擬人化」がされているのですが、かといって、彼らの中身は「人間」ではありません。飽くまで「野生動物」なのです。
 人間の一方的な思い込みで、虐待されたり枠にはめられたりした熊たちは、それらに対して反乱を起こします。そんな熊たちの悲しみをユーモアを交えて描いた短篇集、といっていいでしょうか。そういう風なので、当然のごとく作者の筆は熊に友好的です。
 熊たちも一方的に虐げられるわけではなく、強欲な人間たちが復讐されたりといった話も見られます。しかし、善意で接する人間も同じように熊に殺されてしまったりと、熊と人間との「分かりあえなさ」を描いており、一筋縄ではいかないところがまた面白いですね。

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恋愛(ロマンス)と謎(ミステリー)  ウィルキー・コリンズ『ウィルキー・コリンズ短編選集』
ウィルキー・コリンズ短編選集
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 『ウィルキー・コリンズ短編選集』(北村みちよ編訳 彩流社)は、イギリスの作家ウィルキー・コリンズ(1824-1889)の短編を5編収録した選集です。犯罪の謎あり、サスペンスあり、ロマンスありと、ストーリーテリングに富んだ作品が集められています。紹介していきましょう。

「アン・ロッドウェイの日記」
 親友の死の理由を探るヒロインを描く物語。アメリカに行った婚約者を待つ娘アンは、同じような境遇の娘メアリーの面倒を何くれとなく見ていました。ある夜、意識を失った状態で運ばれてきたメアリーはそのまま息を引き取ります。
 彼女がつかんでいた布切れを見つけたアンは、メアリーは何者かに暴力をふるわれたのではないかと考えますが…。
 布を元に犯人を捜していくという、ミステリ的な味わいもある作品です。気丈なヒロイン像が魅力的ですね。善意が報われる…という結末も好印象。

「運命の揺りかご」
 航海中の商船内で、奇しくも二組の妊婦の赤ん坊が生まれることになります。片方は資産家の妻であるスモールチャイルド夫人、片方は大工の夫を持ち子沢山のヘビーサイズ夫人。
 二人はほぼ同時に出産したため、船医はどちらの赤ん坊がどちらの子供かわからなくなってしまいます。しかも赤ん坊はどちらも男の子であり、父親同士も外見はかなりよく似ているのです…。
 二人の赤ん坊をどう見分けるのか? という顛末をユーモラスに描いた作品です。語り手が、成長した赤ん坊の片方である男性というのも面白い趣向です。ちょっとしたきっかけで「運命」が変わってしまう…というテーマの作品でもありますね。

「巡査と料理番」
 巡査の「私」は、ある夜、警察に飛び込んできた料理版の娘プリシラから殺人事件を知らされます。下宿人であるゼベダイ夫人が、夢遊病で意識のないまま夫を刺し殺してしまったというのです。
 同じ下宿人のドリュク氏が、ゼベダイ夫人に言い寄っていたという事実を知った警察は彼を調べ始めますが…。
 サスペンス風味の強い作品。夢遊病中の殺人、怪しげな下宿人。魅力的な謎の真相が、後半ふとしたことから明かされることになります。人間の二面性が露になるというテーマも面白いですね。

「ミス・モリスと旅の人」
 港町サンドイッチで、家庭教師のミス・モリスは、見知らぬ男性と出会います。恥ずかしがりであるらしい紳士は彼女を昼食に誘いますが、ミス・モリスは断ってしまいます。
 雇われ先の家庭の経済的な苦境により離職したミス・モリスは新しくイングランドの勤め先で、紳士と再会することになりますが…。
 ユーモアあふれるロマンス作品です。気丈でしっかり者のヒロインと、いささか常識に欠ける年上の紳士との恋愛を描きながら、そこに財産相続の話を絡めています。
 互いに不器用な二人がどうくっつくのか? が読みどころです。ヒロインにあしらわれる紳士の姿が非常にユーモラスですね。楽しい読み味の一編です。

「ミスター・レペルと家政婦長」
 資産家で独身の紳士レペル氏は、伯父の屋敷を訪れた際に門番の娘スーザンの美しさに目を見張ります。彼女のフランス語の勉強を手伝ってやるレペルに対し、スーザンはほのかな恋心を抱きます。
 レペルの親友ロスシーは、スーザンに一目惚れしてしまいます。しかし財産がないため結婚はできないというのです。一方、急速に病状の悪化したレペルは、ロスシーに対しある提案をします。その提案は、イタリアで見た芝居の筋を参考にしたものでした。
 近々死んでしまうであろう自分とスーザンとが結婚すれば、自分の死後未亡人となったスーザンと晴れてロスシーは結婚できるというのですが…。
 ヒロインをめぐる不思議な三角関係に、タイトルにある「家政婦長」が絡んでくるというスラップスティック風味の楽しいロマンスです。
 三角関係に陥る三人が皆善人で、互いに他人のことを思いやっている…というところがいいですね。「勘違い」と「思い込み」がストーリーを複雑にするというのも面白い。作品全体がいくつかの「エポック」に分けられているのと、最初の「エポック」がイタリアの芝居の紹介から始まる趣向も洒落ています。集中でも一番の力作。

 収録作品は、どれも19世紀後半に書かれたものながら、今でも相当面白く読めるのに驚きます。どの短編にも核となるしっかりした「ドラマ」があるのですよね。訳文も読みやすいです。コリンズといえば『月長石』『白衣の女』などの大長編が有名ですが、コリンズ入門としては、こちらの作品集をお薦めしたいですね。


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凍る記憶  ギルバート・フェルプス『氷結の国』
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氷結の国 (1970年) (世界ロマン文庫〈13〉)
フェルプス 大津 栄一郎
筑摩書房 1970

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 1963年発表のギルバート・フェルプス『氷結の国』(大津栄一郎訳 筑摩書房)は、アンデス山脈に住む謎の民族をめぐる秘境冒険小説です。あまり話題になることのない作品ですが、これは知られざる名作といっていいのではないでしょうか。

 語り手ディヴィッド・パーは、大叔父ジョン・パー大佐の遺言で、彼が住んでいた屋敷を相続します。そこで見つけたパー大佐の日記には、驚くべき事実が書かれていました。アンデス山脈の山中に、他の文明と隔絶された村があり、パー大佐はそこで彼らと暮らしていたことがあるというのです。
 山中に住む謎の民族を発見したパー大佐は、彼らについて知ろうと、村人に質問を繰り返しますが、まともに返事は返ってきません。不思議なのは過去について質問しても、過去とはなにかがわかっていないようなのです。やがて彼らには人間が普通持っているような「記憶能力」が欠けていることがわかります。
 村の娘に恋をしたパー大佐は、彼女の婚約者などとも対立しながら、村の人々の生活を探り始めます。やがて娘は別れの時が迫っていることを匂わせますが…。

 アンデス山中で大佐の出会ったのは謎の「氷結の民族」。まともな記憶能力を持たない彼らはどうやって暮らしているのか? その謎を解く過程が興味深いです。やがて明かされる、彼らの生活とその人生観には驚かされるはず。

 面白いのは、作品が枠物語の形になっているところです。語り手ディヴィッドがパー大佐の日記を読んでいく…という形になっているのですが、現実的なディヴィッドが、日記の超自然的な部分に疑問を抱いたり、考えたことが作中そのまま描写されます。

 パー一族は、非常に保守的な一族。しかし数世代に一人「変わり者」が現れるとされていました。「変わり者」の一人ジョン・パーは、南米で身分違いの恋に破れた後に、アンデス山脈での冒険に出かけるのです。
 対して、語り手ディヴィッドは、パー一族らしい非常に現実的な人間として登場します。しかし作品が進むにつれ、ディヴィッドもまた現実的な仮面をかぶっているものの、「変わり者」の一人であり、大叔父を愛していたことがわかってくるのです。現実に倦み疲れたディヴィッドが大叔父から受け取ったものとは…?

 日記の中で、パー大佐が村の人々を通して受け取ったもの、そしてまた日記を読んだディヴィッドも、またあるものを受け取る…という結末には、ある種の感動があります。
 単なる冒険小説に終わらず、感情を静かに揺さぶるロマンティックな作品といえます。

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深海からの侵略  ジョン・ウィンダム『海竜めざめる』
B000J8U40E海竜めざめる (1977年) (ハヤカワ文庫―SF)
ジョン・ウインダム 星 新一
早川書房 1977-10

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 民間放送会社に勤めるマイク・ワトソンは、妻のフィリスとともに、空から謎の火球が海へと落下するのを目撃します。世界中で同様の目撃が相次ぐとともに、船が次々と姿を消します。
 火球の落下地点が全て海であることから、ボッカー博士は、宇宙からの知的生命体が深海へと侵入し、潜んでいる可能性を示唆します。やがて海から、有機体で構成された戦車が地上に上陸し、人類を捕獲し始めます。
 また、侵略者たちは氷河を溶かし、海面を上昇させ始めます。都市を水没させようというのです。数年のうちに、海面の水位は危機的な状態にまでなってしまいます。マイクとフィリスは高層ビルに籠城することになりますが…。

 ジョン・ウィンダム『海竜めざめる』(星新一訳 ハヤカワ文庫SF)は、宇宙から飛来した謎の生命体により、人類が絶滅寸前にまで追い詰められるという、いわゆる「破滅SF」に属する作品です。
 「侵略」とはいえ、最初の火球のほかは、侵略者そのものは全く姿を見せず、彼らの行いが間接的に及ぼす影響のみが描かれるのがユニークなところ。
 圧巻なのは、侵略者が作った戦車のような兵器が、人間を襲うシーンでしょう。一見生物のように見えますが、有機的な物質を組み合わせて作ったようなユニークな造形なのです。

 「侵略もの」といえど、人類対侵略者の戦い!みたいなことにはなりません。海で核爆弾を爆発させたりと、人類側の攻撃もあるのですが、基本的には侵略者側からの一方的な攻撃が続いていきます。やがて海面上昇により、都市の機能がマヒしていき、ゆっくりと人類が衰退していきます。
 後半は、侵略者側の動きはそれほど目立たず、都市を追われた人間たちの様子がじっくりと描かれていきます。ウィンダムの抑制のきいた筆致と、淡々とした記述もあって、寂寥感の感じられる味のある作品になっています。

 H・G・ウェルズの『宇宙戦争』をかなり意識したと思しい作品で(実際『宇宙戦争』に関する記述も出てきます)、侵略の様子とか、攻撃に使われる機械、結末の処理に至るまで、かなりの類似点があります。
 侵略者との戦いよりも、世界が海に沈み始めた後の、人類の黄昏の部分の方に力点が置かれた感じで、実際そちらの部分の方が味わいがありますね。
 古典的な作品ですが、今読んでも充分に面白い作品です。

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恐るべき子供たち  ジョン・ウィンダム『呪われた村』
4150102864呪われた村 (ハヤカワ文庫 SF 286)
ジョン・ウィンダム 林 克己
早川書房 1978-04

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 ある夜、郊外の村ミドウィッチに未確認飛行物体が着陸した直後、周辺のあらゆる生物が眠らされてしまいます。住民はすべて無事でしたが、村に住む受胎可能な女性の全てが妊娠していたのです。生まれた子供は、みなが同じく銀色の髪と金色の瞳を持っており、異常なまでのスピードで成長します。成長した子供たちは集団で行動するようになり、村の人々は彼らを恐れはじめますが…。

 ジョン・ウィンダム『呪われた村』(林克巳訳 ハヤカワ文庫SF)は、ホラー的要素の濃いSF作品です。
 異星人らしき存在の子供たちが成長するにしたがい、不気味な行動を見せ始めます。集団で行動する彼らは意識を共有しており、誰かが知識を得ると、他の仲間も同じ知識を得るのです。また自分たちに危害を与えようとする人間に対しては、テレパシーで相手を操り殺すことも可能なのです。
 危険な存在は排除すべきだと考える人間、いくら異星人の子供でも自分で生んだ子供は殺せないという母親、政府が極秘に村を監視するなか、子供たちと村人たちの対立は日に日に大きくなっていきます。

 子供たちの「親」である異星人は序盤で退場した後、まったく姿を現しません。あくまで彼らが残した子供たちと、地元の人間たちとの対立が静かに描かれていくという作品です。人間とは異質の子供たちの動向と思想、そして彼らに対する大人たちの考察などが地道に描かれるので、派手さはあまりありません。
 事件らしい事件は、成長した子供たちが、自分たちに危害を与えようとした人間に報復する場面ぐらいで、それに対しても冷静に対処しているのです。異質とはいえ、姿形は人間であり、意思の疎通もある程度できるところから、怪物じみた印象は受けず、またそれゆえ逆に、不気味さを感じさせる存在なのです。

 子供が相手だけに、親子の情愛が葛藤を引き起こすのかと思いきや、登場人物たちは、意外なほど情愛的な面では淡白です。排除すべき敵であると冷静に判断しているのは、イギリス作品ならではでしょうか。そのあたりも、この作品に「静かな」イメージを受ける要因の一つかもしれません。

 日常に徐々に非日常的な要素が忍び込んでくる…。地味ながら、全体に抑制の利いた語り口で描かれる作品は、モダンホラーの一つの原型的な作品ともいえますね。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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