切ない夏  マイクル・コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』
4309463088ハローサマー、グッドバイ (河出文庫 コ 4-1)
山岸真
河出書房新社 2008-07-04

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 今はなきサンリオSF文庫から刊行され、SF青春恋愛小説として、カルト的な人気を得ていたマイクル・コーニイの『ハローサマー、グッドバイ』(山岸真訳 河出文庫)が、新訳で刊行されました。
 舞台は太陽系外のどこかの惑星、登場人物は全てが異星人です。ただし、異星人といっても、外見も考え方も、ほとんどが人間とそっくり、という設定であり、つまりは異星を舞台にした人間たちの物語、として読むことができます。
 この星には、二つの大きな国、エルトとアスタがありました。エルトの高官の息子ドローヴは、父親の仕事の関係で、夏の休暇の間、港町パラークシを訪れます。ドローヴは、ほのかな恋心を寄せていた、少女ブラウンアイズとの再会を楽しみにしていました。
 念願のブラウンアイズとの再会を果たしたドローヴでしたが、折しも、隣国アスタとの戦争が勃発し、政情は不安になりつつありました。それに伴い、以前から政府に不信感を抱いていた、パラークシの住人たちと政府との対立も深まっていきます。
 下層階級であるブラウンアイズと、息子がつきあうことを喜ばない両親。ドローヴにほのかな思いを寄せる、パラークシのリーダー的存在ストロングアームの娘リボンとの複雑な関係。やがて惑星規模の陰謀が進められるなか、ドローヴとブラウンアイズも否応なく、巻き込まれていきますが…。
 思春期を迎えた、少年と少女の淡い恋を描いた青春小説。これが序盤を読み進めている間の印象です。その意味で、かなりシンプルな構造の作品ではあります。しかし、二人の中を引き裂く戦争の影や周囲の無理解、そして、それに翻弄される主人公たちの微妙な心の揺れ動きなど、それだけで充分読みごたえがあります。
 加えて、異星の自然や動物たちのみずみずしい描写が、物語に彩りを添えています。異星だけに、その環境も地球とは異なるため、作中でもかなりのページを費やして、描写がされています。そして、それらが結末の伏線にもなっているところが、じつに心憎い。
 きな臭い戦争や、ほのめかされる陰謀を背景に、ゆるやかに進んでいた物語は、後半に至って急展開を迎えます。互いに気持ちを確かめあったドローヴとブラウンアイズはしかし、自分たちだけではどうすることもできない巨大な障害により、引き離されてしまうのです。二人を襲う絶望的なまでの状況と、ほのかに見える希望の光。
 純粋な青春小説、恋愛小説としてみても、充分に魅力的な作品なのですが、舞台を「異星」にした必然性が、最後の最後で明かされるという大仕掛けが待っています。ここに至って、この物語が「SF」であったことがわかるのです。
 作者も序文で語っているように、恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説でもある。多くの要素が渾然一体となった、傑作と呼ぶにふさわしい作品です。

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あいまいな事実  L・P・ハートリー『ポドロ島』
4309801099ポドロ島 (KAWADE MYSTERY)
今本 渉
河出書房新社 2008-06

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 〈KAWADE MYSTERY〉シリーズの最新刊として刊行された、L・P・ハートリー『ポドロ島』(今本渉訳 河出書房新社)は、怪奇小説を集めた作品集です。
 作者のL・P・ハートリーはイギリスの作家。普通小説も多く手がけている作家ですが、日本では怪奇小説ファンに馴染みの深い作家でしょう。アンソロジー・ピースとして重宝される作品も多く、怪奇小説アンソロジーでは、よく見かける名前となっています。
 以下、主だった作品を紹介していきます。
 
 『ポドロ島』 「僕」は、友人のウォルターに頼まれて、彼の妻アンジェラと共に、ポドロ島を訪れることになります。そこは人気のない無人島でした。餓えた猫を見つけたアンジェラは、その猫を連れ帰ろうと考えますが、警戒心の強い猫は捕まりません。依怙地になった彼女は、捕まらないなら殺してしまう、と猫を探しに出かけますが…。
 アンジェラを襲う「もの」が直接的に描写されず、すべてが間接的に暗示される、という超技巧作です。犯人が人間だとミステリ的に解釈することも、純粋な怪物ホラーと解釈することもできます。読者によって、いく通りもの「読み」が可能な、開かれた作品。

 『動く棺桶』 友人を通して、奇妙な蒐集家として知られるディック・マントの邸を訪れることになったカーティス。マントの集めているものとは、なんと「棺桶」でした。しかも、彼の最新の収集品である「棺桶」は、自ら動き、人間を埋葬してしまうという、恐るべきものでした。かくれんぼと称して、カーティスをその実験台にしてしまおうと考えたマントでしたが…。
 ひとりでに動く「棺桶」という、何とも奇妙なアイテムの登場する、ブラック・ユーモア溢れたシュールな作品です。

 『足から先に』 ロウ・スレショウルド・ホールには古い言い伝えがありました。かって、夫に苛め抜かれて死んだ妻の幽霊が現れると、必ず家の者が死ぬというのです。
 夫であるアントニーが、突然病んだのは幽霊のせいだと考えたマギーは、古い本を調べ始めます。とり憑いた相手が「足から先に」、つまり棺桶に入れられて運び出さない限り、呪いは達成されない、と書かれた文章を読んだマギーは、必死で対策を考えますが…。
 その家の子孫に祟る幽霊、という題材はとくに珍しくもないのですが、この作品では、幽霊の呪いの発動の仕方とか、そこから逃れる方法などが、かなり論理的に示されているのが特徴的です。呪われた夫を助けようと、妻がいろいろ知恵を絞るのですが、結末寸前の急展開には驚かされることでしょう。
 強いて言えば、幽霊や呪いも、妄想だと捉えることも可能で、結末の急展開自体もマギーの見た妄想だと考えることもできるという、これまた暗示に富んだ一編です。

 『思いつき』 心の平安を求めて、教会へ通うようになったグリーンストリーム氏。彼の祈りを盗み聞いた少年たちは、グリーンストリーム氏が罰当たりな願いをしていると考え、彼を驚かそうとしますが…。
 妄想、もしくは罪の意識が身を滅ぼす、という寓意の強い作品。グリーンストリーム氏がどうやら良からぬことをしているというのがわかるのですが、それが正面切って描かれず、間接的に示されるのが、非常に技巧的です。

 『島』 サンタンデル夫人に恋する「私」が、夫人の所有する島で出会ったのは、奇妙な男でした。てっきり技師であると思い込んでいたその男が、夫人の夫サンタンデル氏であることを知って、「私」は驚きます…。
 超自然的な要素は特にないのですが、全編を通して、不穏な空気の流れ続ける無気味な作品。サイコ・スリラーといっていいでしょうか。
 
 『夜の怪』 ある夜、夜警の前に現れた謎の男は、夜警を不安にさせるような話をし続けます…。
 謎の男は、いったい何者なのか。さびしい夜を舞台に、人間の不安を抉るような掌編。

 『毒壜』 昆虫収集を趣味とするジミー・リントールは、人生にどこか満たされない思いを感じていました。社交的なロロ・ヴァーデューから、邸に来ないかと誘われたジミーは、ヴァーデュー城を訪れます。そこで出会った妖艶なヴァーデュー夫人に、ジミーは惹かれ始めます。夫人が、貸した毒壜を返してくれないことに不安を抱いていたとき、ジミーは妙な噂を耳にします。ロロの兄、当主であるランドルフは精神を病んでおり、殺人を犯したと思われているというのです…。
 社交的なロロが、ジミーをわざわざ誘った理由、そしてヴァーデュー夫人の思惑とは…? かなりミステリ色が強く、レ・ファニュやウィルキー・コリンズを思わせるゴシック・スリラーの変種的な作品です。

 『合図』 殺されそうになる夢を見たら、壁を叩くからこっちに来てね。幼い妹にそう頼まれた「僕」は、ある夜、壁を叩く音を耳にします。ためらいつつも、妹自身のためにならないと、「僕」は音を無視します。やがて音は小さくなっていきますが…。
 隣の部屋で寝ている妹が壁を叩く音を無視する兄、という、ただそれだけの話ではあるのですが、何やら想像力を喚起する掌編です。

 『W・S』 ある日、スコットランドのフォーファーから、小説家ウォルター・ストリーターのもとに葉書が届けられます。宛名にはW・Sとだけ記されていました。以後、同じ人物から何度も葉書が送られてきます。しかも葉書に記された地名は、どんどんストリーターの家に近付いてくるのです…。
 W・Sとはいったい何者なのか? フィクションが現実を侵食するという、メタフィクション的な要素を持つ作品です。

 『愛し合う部屋』 愛する妻と娘を伴って、ヴェネチアを訪れたヘンリー・エルキントン。彼らは、ヴェネチアの要人ベンボ伯爵夫人の主催するパーティに参加することになります。二十歳になったばかりの娘のアネットは、若い男たちに囲まれて夢見心地になっていました。ふと目を離したすきに、娘を見失ったヘンリーは、娘の行く先を探しますが…。
 真夏のヴェネチア、パーティで繰り広げられる饗宴、やがて起こる惨劇。終始、夢幻的な雰囲気の中で繰り広げられる、幻想的な作品です。

 さて、全編を通して言えることなのですが、ハートリー作品のいちばんの特徴は、解釈の多様性に富むところ。物語の背景となる事実について、明確な説明を避け、間接的・暗示的に表現する、というのがハートリーのよく使う手です。登場人物が死んでも、それが超自然的な原因によるものか、そうでないかは、結局断言することができないのです。それが極端に出ているのが、表題作『ポドロ島』だといえます。
 その点で「ミステリ」として読むことが可能な作品も多く、それが〈KAWADE MYSTERY〉という叢書に入れられた、ひとつの要因でもあるのでしょうか。

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古き良き… シンシア・アスキス選『恐怖の分身』
恐怖の分身恐怖の分身―ゴースト・ストーリー傑作選 (ソノラマ文庫―海外シリーズ)
デズモンド マッカーシー 長井 裕美子
朝日ソノラマ 1986-09

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 シンシア・アスキスは、自身も怪奇小説をものし、その道の評価も高いイギリスの作家です。彼女は、また良きゴースト・ストーリーのアンソロジストでもあり、何冊ものアンソロジーを手掛けています。
 そんな彼女のアンソロジーから、いくつかの作品を抜き出して編集したのが『恐怖の分身』(シンシア・アスキス選 長井裕美子訳 ソノラマ文庫)です。斬新な作品は少ないものの、安心して楽しめる「古き良きゴースト・ストーリー」が集められています。中からいくつか紹介しましょう。

  デズモンド・マッカーシー『恐怖の分身』 仲の良かった、幼なじみ同士のハービーとパージトンは、やがて袂を分かつことになります。温厚なハービーには、野心あふれるパージトンの強引な行動が耐えられなかったのです。
 そして数十年後、ハービーは、パージトンに再会します。パージトンは、以前とはうって変わって善人になっていました。しかし、何かにおびえているようなのです。彼は自身の兄の死を語りますが、その死に自分は責任があるのではないかと考えていました。パージトンが時折見る幻影は、罪の意識から来るのではないのかとハービーは考えますが…。
 卑劣な手段でのし上がった男が苦しめられる幻影とは…? いわゆる「分身」小説ですが、怪奇現象そのものよりも、パージトンの人格を変えるに至ったいきさつの方に読みごたえがあります。

 アルジャーノン・ブラックウッド『嫌悪の幻影』 仕事の利便のため、すぐ近くの下宿を借りることにしたモルソンは、ふとすれちがった男に、異常ともいえるほどの嫌悪感を抱きます。また、宿の女主人スミス夫人は、モルソンに何か言いたそうにするものの、何か隠し事をしているようなのです。ある夜、モルソンの部屋に謎の男が侵入しますが、その正体はつかめません…。
 さすがは怪奇小説の大家ブラックウッド。怪異が起こるまでの雰囲気の高め方は、堂に入ったものです。それに加えて、怪異に遭遇する主人公モルソンが、殺人を犯しかねないほどの、激情的な性格に設定されているのが面白いところです。
 
 イーニッド・バグノルド『好色な幽霊』 テンプルトン氏は、ある日メイドが暇をとりたいと言い出すのを聞いて、不審に思います。理由を問いただすと、彼の部屋に、二人分の服が脱ぎちらかしてあるのを見たから、だというのです。しかしテンプルトン氏は、部屋に誰かを連れ込んだ覚えはまったくありません。さては…。彼にはこのところ毎夜、幽霊らしきものに悩まされていました。しかもそれは女のようなのです。たまたま妻が家を留守にしたある夜、とうとうそれはテンプルトン氏のベッドに近付いてきます…。
 「好色」な幽霊、というユニークなゴースト・ストーリーです。ただタッチは意外とシリアスなので、妙な味の作品に仕上がっています。

 メアリ・ウェブ 『執拗な幽霊』 弁護士の「私」は、ある日タレント氏なる人物と知り合います。話の流れから、彼の持っていた原稿を読ませてくれないかと頼んだ「私」は、図らずも、退屈な作品の朗読を、長々と聞かされる羽目になります。挙げ句に、遺言書の作成を頼まれてしまった「私」は、いやいやながら引き受けます。
 数年後、タレント氏の死により、「私」は、遺言を実行することになりますが、それは膨大な氏の原稿を出版して金に換えろ、という無茶なものでした。遺産を当てにして集まった親戚たちを前に「私」は困惑しますが、行く先々で、タレント氏の幽霊らしき存在を目撃します…。
 生前、朗読癖で周りの人間を悩ませていた男の幽霊が、死後も親戚たちを悩ませる…というユーモア・タッチのゴースト・ストーリー。はっきり言って、結末には唖然とするのですが、冗談小説とすれば、これはこれで面白いかも。

  L・P・ハートレー『遠い国からの訪問者』 オーストラリアで一財産を築いたランボルド氏は、イギリスに帰国し、馴染みのホテルに宿泊します。しかしその夜、黒ずくめの無気味な男が、ランボルド氏を訪ねてきます…。
 復讐に訪れる幽霊、という、かなりオーソドックスなホラー。ただ、ランボルド氏が過去に犯した罪や因縁話をはっきりと書かないところが「モダン」です。ホテルマンとランボルド氏との間で交わされる「ルール」についての話が、薄気味悪さをかもし出しています。

  D・H・ローレンス『揺り木馬の啓示』 階級に見合った資産はなく、常に経済的に困っているある家庭。そんな家の事情を薄々察していたポール少年は、両親を助けたいと考えていました。彼には不思議な能力がありました。木馬に乗っているときに、競馬の勝ち馬を当てることが出来たのです。しかし彼が「確信」を得られた時にだけ、それは的中しました。少年の能力を知ったオスカー伯父は、彼と協力して、かなりのお金を儲けます。伯父の手を借り、親戚からの預かり金と称して、母親にお金を少しずつ渡したいと考えたポールでしたが、母親はそれに乗じて、ますますお金を欲しがるようになっていきます…。
 無為な父親、金を求め続ける母親、そんな家庭の犠牲になっていくポール。純粋無垢な少年に比べて、母親の冷たさが印象に残ります。普通の小説としてみても、充分魅力的な作品。
連続殺人者殺人事件  ジェフ・ポヴェイ『シリアル・キラーズ・クラブ』
4434082329シリアル・キラーズ・クラブ (柏艪舎文芸シリーズ)
ジェフ ポヴェイ Jeff Povey 佐藤 絵里
柏艪舎 2006-08

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 いまや、珍しくもなくなった「連続殺人鬼」によるサイコスリラー。スプラッター映画の例を見るまでもなく、下手をするとコメディに堕しかねないこの題材を、逆に、徹底的にコメディにしてしまおう、というのがこの作品、ジェフ・ポヴェイ『シリアル・キラーズ・クラブ』(佐藤絵里訳 柏艪舎)です。
 ある日突然、見知らぬ男に殺されそうになった主人公は、夢中で抵抗して男を殺してしまいます。男の所持品を探ると、出てきたのは、殺人事件に関する新聞記事と、そして犯行声明の写し。なんと男は世間を騒がせていた連続殺人鬼「バーニーの孫息子」だったのです!
 さらに、所持品の中にあった、地元紙の交際募集欄に興味を抱いた主人公は、ふと連絡をとってみる気になります。やがてシカゴのクラブに招かれた彼は、そのクラブが連続殺人者の集まりであることを知ります。そこでは、おのおのがハリウッドの有名人を名乗り、交遊していたのです。「バーニーの孫息子」に化けた主人公は、ダグラス・フェアバンクスの通り名をもらい、クラブに参加する羽目になります。
 クラブに潜り込んだ主人公は、人恋しさからか、クラブに親しみを感じるようになりますが、他の会員にバレそうになるたびに、その会員を密かに始末していました。
 しかし、FBI捜査官ウェイドに殺人現場の証拠を握られた主人公は、他の連続殺人者を全て始末するよう脅迫を受けてしまいます。しかもウェイドは、全米を騒がせている史上最悪の殺人鬼「ケンタッキー・キラー」をも誘い込んで始末するように強要していたのです…。
 連続殺人者を殺す連続殺人者、という徹底的にブラックなコメディ小説です。非常にバカバカしい設定なのですが、主人公の鈍感で間の抜けた語り口にのせられて、一気に読ませられてしまいます。殺しの場面でも、笑いの要素が強調されていて、三つ又のほこで襲ってくる殺人者など、かなりデフォルメされた表現が多用されています。
 ウェイド捜査官にせっつかれた主人公が、クラブの会員たちを一人ずつ始末していくのですが、そこは名うての殺人者たち。思わぬ抵抗にあったり、逆に殺されそうになったりします。主人公がドジなため、しょっちゅう危機に陥るのですが、思わぬウェイドの手助けもあり、命からがら切り抜けます。
 殺人者たちは、どれもユニークに造形されています。毒舌家、いつも母親の幻覚が見えている妄想患者、「トンデモ系」の作家、中には本職の刑事がいたりと、まさに多士済々。殺人者になった原因が、揃いも揃って母親にあるというところにも、風刺が効いています。
 入会してきた女性殺人者に恋した主人公が、彼女を助けるために、ウェイドを殺してしまおうとしますが果たせず、腹の探り合いになるという展開も効果的。
 一方クラブ内でも、裏切り者探しが始まり、主人公は焦り始めます。そして全く姿を見せないケンタッキー・キラーの正体とは…?
 殺人者を一人ずつ始末していくという、わりとシンプルなストーリー形式なのですが、そこに、最後の最後まで姿を見せないケンタッキー・キラーの存在、他にも主人公の恋愛話やウェイドとの対立などが挟まれ、物語にスパイスを添えています。著者のポヴェイは、イギリスの放送作家だそうですが、全体を通して全く退屈させないのは、演出の妙でしょうか。
 ギャグ満載のブラック・ユーモア小説。訳文も非常にこなれており、笑わせてくれることは保証します。
夢で会いましょう  キャサリン・ストー『マリアンヌの夢』
4001140950マリアンヌの夢 (岩波少年文庫)
キャサリン ストー Catherine Storr 猪熊 葉子
岩波書店 2001-11

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 自分が望む「夢」が見たい。そんな誰もが持つ願望を実現する力を得た少女。しかし「夢」の世界はそんなに甘いものではなかったのです…。
 イギリスの作家キャサリン・ストーの『マリアンヌの夢』(猪熊葉子訳 岩波少年文庫)は、「夢」を扱ったファンタジーですが、ほのぼのとしたタイトルとは裏腹に、その味わいは恐怖小説のそれに近いほどの「怖さ」を持った作品です。
 10歳になる活発な少女マリアンヌは、長引く病気にかかってしまいます。しばらくベッドで過ごさなければならなくなったマリアンヌは、家庭教師のチェスターフィールド先生に習い事をすることになります。先生から、自分と同じような環境にいるという、病気の少年マークの話を聞いたマリアンヌは、彼に興味を抱きます。
 退屈しのぎに、古い裁縫箱の中を探っていたマリアンヌは、裁縫道具に混じって入っていた鉛筆を見つけます。ふとマリアンヌは、その鉛筆で画帳に絵を書き始めます。
 一軒の煙突のある家を描いたマリアンヌは、その夜、夢を見ます。そこに現れたのは、絵に描いた通りの家!
 しかしその家に入ることはできません。目を覚ましたマリアンヌは、自分を家の中に入れてくれる人間を描こうと、絵の中の家の窓に一人の少年の顔を描き込みます。
 そしてその夜「夢」の中の家に入ることに成功したマリアンヌは、マークという少年に出会いますが、彼は、小児まひで歩けない状態でした。「夢」の中の家が、自分が作ったものであることを力説するマリアンヌに対し、マークは信じようとせず鼻で笑います。怒ったマリアンヌは、起きるとすぐに、画帳の中の家に格子窓を作り、家の外には目のついた大岩をいくつも描き加えます。
 ふたたび「夢」の世界に現れたマリアンヌは、様子がいつもと違うのに気づきます。空は暗く、家には格子がはまっています。そして家の外には、自分達を監視する、一つ目の岩の化け物たちがいるのです。あわてて絵に描いた大岩たちを消そうとするマリアンヌですが、一度描いたものは、絶対に消えないのです…。
 画帳に描いた通りのものが「夢」の中に出現する、とはいえ、何でもありの、融通無碍な展開にはなりません。そこにはそれなりのルールがあるのです。一度描いたものは消せないし、人を増やそうと思っても「マーク」以外に人を登場させることはできないのです。そして怒りに駆られて、描き加えてしまった化け物たち。彼らは徐々に家に近付いてきます。マリアンヌとマークは、彼らから逃げられるのでしょうか…?
 「夢」の世界が、マリアンヌの思い通りになるといっても、それは画帳に絵を描き込む時点までであって、「夢」の中に入ってしまったら、超能力が使えるわけでも何でもありません。怪物たちから逃げるために、マリアンヌたちは知恵を絞るのです。
 「夢」の世界の謎、家を取り囲む怪物たちの謎、そして「夢」の中に登場するマークは、実在するマークと同一人物なのか?という謎も含めて、じつにサスペンスに富んだ展開になっています。
 現実世界では病気で臥せっているマリアンヌとマークが「夢」で出会う怪物たちは、おそらく「病」や「恐怖」の象徴なのでしょう。そして「夢」の世界全体がマリアンヌの内的世界であるという解釈もできます。「夢」の怪物たちの手を逃れることが、マリアンヌが、現実世界で病気を直し、また精神的に成長することとリンクしているのです。その意味で、成長小説としての側面が強い作品ではあります。
 怪物に囲まれた暗い家の中で、子供がたった二人、というシチュエーションからしてもうすでに「怖い」のですが、クライマックスの緊張度は半端ではありません。それまでの経過からして、マリアンヌとマーク以外の人間が助けにくることはありえず、怪物たちが消える事もありえない…ということがわかっているので、なおさらです。「夢」の中とはいえ、怪物たちに捕まったら、おそらく「死」が待っているのですから。
 著者のストーは、もと精神科医だそうで、その経験が上手く作品に反映されている感じがします。完成度の高さはもちろんですが、この「怖さ」は、大人の読者でも充分に感じ取れるものなので、児童文学だからといって、読まないでいるのは非常にもったいない作品ですね。
 ちなみにこの作品、バーナード・ローズ監督『ペーパーハウス/霊少女』として映画化されています。B級ホラーみたいな邦題ですが、作品自体は素晴らしい出来ばえ。幻想的な雰囲気と映像の美しさは必見です。こちらでは、怪物は登場せず、代わりに絵に描かれた「父親」が主人公を襲うという展開になっています。映画版の方もかなり怖いのでご注意を。
できすぎた世界  デイヴィッド・アンブローズ『偶然のラビリンス』
4789726665偶然のラビリンス (ヴィレッジブックス)
デイヴィッド アンブローズ David Ambrose 鎌田 三平
ソニーマガジンズ 2005-09

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 小説における「偶然」の扱いには難しいものがあります。へたに「偶然」を多用すれば、それは「ご都合主義」と同義になってしまうからです。そこを逆手にとって、正面から「偶然」をメインテーマにすえてしまった作品が、デイヴィッド・アンブローズ『偶然のラビリンス』(鎌田三平訳 ヴィレッジブックス)です。
 ノンフィクション・ライターであるジョージ・デイリーは、父の死後、遺品の中から見知らぬ男女と一緒に写った、子供のころの自分の写真を見つけます。しかしジョージには、そんな写真を撮ったおぼえがないのです。疑問を抱いたジョージは、写真の男女を調べ始めます。そしてその過程で、不思議な偶然の暗合に、繰り返し遭遇することになります。
 写真の男女が俳優だと知ったジョージは、探偵事務所に調査を依頼します。その結果、男女は死亡していたものの、その息子は生きている、ということが判明します。しかし、その男の住所は、何とジョージの住んでいるところと全く同じ場所! これは「偶然」なのだろうか? そしてある日、ジョージと生き写しの男ラリー・ハートが現れます。
 ラリーとはいったい何者なのでしょうか? ジョージとの関係とは? そして世界を動かす「偶然」の意味とは? ジョージは思いもかけない出来事に遭遇することになりますが…。
 何とも言えない味わいの作品です。どういうジャンルの作品なのか、後半になるまで全くつかめません。序盤は、ジョージとそっくりであることを利用して、ラリーが犯罪を犯したり、財産を手に入れようとしたりと、サスペンス風に物語は進みます。殺し屋に狙われていたラリーが、ジョージを身代わりとして送り込むのですが、それからしばらく、ジョージがどうなったかが分からなくなるのです。この中断によるサスペンスは非常に効果的。
 当然のごとく、ジョージが後半、巻き返しを図るのだろうとは予測がつきますが、この巻き返しの仕方が、とんでもない方向からくるのには驚かされます。具体的に書くとネタを割ってしまうので書きませんが、サスペンスが、SFに一転し、最後にはサイコスリラーに着地するという離れ業なのです。
 ただSF慣れしている人なら、かすかながら、途中で話の予測がついてしまうようなところはあります。
 偶然が度重なると、小説としては、それが全部、偶然にしかすぎなかったとは、できにくくなります。あくまで必然的なものだったとしなければ、読者は納得しないでしょう。そうすると、そこには「誰か」の意志が働いているはず。「神」か「人間」か、何にせよ意志が働いている…。そう考えていくと、何となくネタが分かってくる面もあります。
 その意味で、扱っているテーマ自体はそれほど新しいものではありません。ただ、この作品のユニークなところは、作中で示された真実が、ほんとうに真実であったかどうかが、最後になってわからなくなるところでしょう。最終的な結末も、解釈のひとつの可能性として示されるのです。
 話のタネを割るので、あまりくわしい筋を紹介できないのがもどかしいのですが、とにかく驚かせてくれることだけは保証します。ジャンルミックスの変わり種サスペンスとしてお勧めの作品です。

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彼らがやってくる  ロバート・ウェストール『かかし』
4198616388かかし
ロバート ウェストール Robert Westall 金原 瑞人
徳間書店 2003-01

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 ロバート・ウェストール『かかし』(金原瑞人訳 徳間書店 )は、いちおう児童文学の範疇に入る作品なのですが、その筆力、迫力はただごとでありません。
 戦争で父を失った少年、サイモンは、母親と妹の家族と暮らしていました。サイモンには、怒りにかられると、ときどき自分でもわけがわからなくなる状態になってしまうことがありました。それをサイモンは「悪魔」と呼んでいます。そんなある日、母親が、ジョーという中年の男を連れてきます。画家であるジョーは、サイモンの母親と再婚して、いっしょに暮らすというのです。亡き父を崇拝しているサイモンは、ジョーと、そして母親にも憎悪を抱きます。
 新しく棲むことになった家のそばには、過去に凄惨な殺人事件が起こった水車小屋がありました。そんなある日、家の外の畑に、妙な「かかし」があらわれます。サイモンの憎悪がふくらむにしたがって、かかしたちは家に近づいてきます。彼らが家にたどり着いたとき、いったい何が起こるのでしょうか…?
 再婚した母に対する愛情と憎悪、亡き父に対する崇拝の念。思春期の少年の逡巡を描いた作品なのですが、そこに恐怖小説的な要素をからめているのが特徴です。なんといっても、超自然的な香りのする「かかし」の存在感が圧倒的です。おそらく、主人公の少年の心理を象徴するための、寓意的な存在なのでしょうが、下手をすれば、お笑いにもなりかねないこの素材を、作者は迫力のある恐怖小説に仕上げています。
 そして「かかし」以上に読者に強い印象を与えるのは、主人公サイモンが追いつめられていく心理のサスペンス。思春期の少年の孤独感の描写が素晴らしく、それだけでも充分に読みでがあります。そして、追いつめられる主人公と、近付いてくる「かかし」、この両者がじつに上手く相乗効果をもたらしているのです。
 子供に読ませたら確実にトラウマになるであろう作品です。大人の鑑賞にも耐える、というか、むしろ大人が読むべき作品でしょう。

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大脱出!  マイケル・ギルバート『捕虜収容所の死』
4488238025捕虜収容所の死
マイケル ギルバート Michael Gilbert 石田 善彦
東京創元社 2003-05

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 マイケル・ギルバート『捕虜収容所の死』(石田善彦訳 創元推理文庫)は、本格推理小説に冒険小説的な要素を融合させたユニークな作品です。
 第二次大戦末期、イタリアの第127捕虜収容所では、400人に及ぶ英国人捕虜たちが収容されていました。彼らは、脱走委員会を結成し、脱出のための大掛かりなトンネルを掘り進めていました。その入り口には、4人がかりでしか動かせないトラップドアを使用しており、その大胆さのためにイタリア軍の発見を免れていたのです。
 ところがある日、トンネル内で、ギリシャ人捕虜クトゥレス中尉の死体が発見されます。クトゥレスは、スパイの噂のあった人物であり、英国人たちからは嫌われていました。殺人容疑を受けたバイフォールド大尉は、逮捕されて処刑を宣告されてしまいます。誰がクトゥレスを殺し、トンネル内に放置したのだろうか? ヘンリー・ゴイルズ大尉は、脱走委員会からその謎を探るように命令を受けます。
 おりしも、連合国の侵攻が収容所の間際にまで迫っています。もし、イタリア側が捕虜たちをドイツ軍に引き渡したら、解放の可能性はなくなるのです。彼らはトンネルを守りながら、犯人を見つけることができるのでしょうか…?
 いろいろな要素の入り交じった小説ですが、まず、本格推理的な面を見てみます。中心となる謎は、4人がかりでしか動かせないドアを開けて、どうやってトンネルに入ったのか?、というものですが、この謎解きは正直あっけないものです。他の謎の部分も、総じて大したものではありませんが、ひとつ感心したのは、新たに捕虜となった英国人が、すぐに移送されてしまうことに対する解釈でしょうか。スパイとして送り込んだものの、ばれそうになったので移送した、という解釈が最初に示されるのですが、実は…、というものです。あと、最後の謎ときも、一応納得できるぐらいの説得力はあるのですが、やはりこの作品の妙味は、冒険小説的な部分の方にこそあるように思います。
 ゴイルズが捜査をすすめていく途中で、話を聞こうとしていたイタリア人将校が殺されたり、脱走しようとした仲間が射殺されたりします。スパイの存在を確信したゴイルズは、それを探そうとするのです。クトゥレス殺害も、イタリア側の仕業か、もしくはその行為を知っていた可能性がある。とすれば、イタリア側が脱出トンネルの存在を知っている可能性が高くなってくる…。このあたりのサスペンスはかなりのものです。
 問題は、結末の処理の仕方でしょうか。最後の最後で、かなりご都合主義な展開になってしまうのです。どうやって敵の裏をかくのか、と楽しみにしていた読者は失望してしまう点もあるかと思います。これが純粋な冒険小説だったら、この時点で失敗作の烙印を押されたかもしれません。
 さらに気になったのは、冒険小説のクライマックスと本格推理のクライマックスがずれているところ。収容所から脱出したずいぶん後に、犯人がわかるのです。この時点で、脱出は成功してしまっているので、犯人探しはもうどうでもよくなってしまっているのが正直なところ。しかも、登場人物が、やたらと多いため、犯人を明かされても、こいつがそうだったのか!という驚きがあまりありません。もっと登場人物を絞って、人物描写を細かくしておけば、犯人明かしのときにもう少し驚きが味わえたのではないでしょうか。
 冒険小説と本格推理の融合、といっても、どちらの要素もわりと中途半端になってしまっている印象は否めません。むしろ様々なジャンルの要素を含んだ一般小説として楽しむのが、いちばんなのかもしれません。

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ねじれた関係  ドロシイ・セイヤーズ『箱の中の書類』
4150017131箱の中の書類
ドロシイ セイヤーズ Dorothy L. Sayers 松下 祥子
早川書房 2002-03

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 ドロシイ・セイヤーズのミステリ小説は「ミステリ」の部分よりも「小説」の部分にこそ、長所が現れているタイプの作品ですが、『箱の中の書類』(松下祥子訳 ハヤカワ・ミステリ)もまたそんな「物語性」を味わうべき作品。
 アマチュアの植物学者である頑固な初老の夫、虚栄心の強い若く美しい夫人。この夫婦の住む家のとなりに、詩人と画家の若者が下宿人として越してきます。画家と夫人は、不倫の仲になり、とうとう夫が毒キノコで中毒死してしまいます。はたして自殺なのか、他殺なのか?
 つりあわない夫婦に、魅力的な青年の三角関係という、ありふれた設定ながら、キャラクターの魅力で読ませる作品となっています。とくに詩人のキャラクターは魅力的です。画家には友情というか責任感を感じ、保護者的な態度をとっています。また、夫に大しては、学者として、人間として魅力を感じているのです。そして画家と婦人との不倫に気付いても、画家を諭し、あくまで穏便に事をおさめようとします。
 夫が死に、当然殺人の疑惑がおこるのですが、ここにおいて海外にいた息子が登場し、捜査を始めます。その息子が捜査にあたって参照した書簡を集めた「箱の中の書類」が、この作品であるという設定となっています。それぞれの書簡は、個々の人物の主観で書かれているので、当然、ある事態、ある人物に対しても、独自の見方が現れているところが興味深いです。とくに精神分析をうけているオールドミスの家政婦の存在がユニークです。深夜、画家が婦人のところに忍んできたところを、詩人であると勘違いし、あまつさえ誘惑しようとするのですが、それをはねのけると、襲われそうになったとわめきたてるのです。この家政婦の存在が、本来わかりやすい三角関係を、少しねじれたものに見せているのは非常に上手いところ。
 殺人のトリックは、かなり専門的な知識を必要とするものなので、一般人にはわかりにくいのが難点です。しかし、物語自体の出来は秀逸です。登場人物たちの繰り広げるドラマを追っていれば、結末まで退屈せずに読むことができるでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。雑誌に埋もれた短編を紹介する「埋もれた短編発掘!」コーナーもあり。「奇妙な味」の作品がお好きな方は必見です。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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