恐るべき子供たち  ジョン・ウィンダム『呪われた村』
4150102864呪われた村 (ハヤカワ文庫 SF 286)
ジョン・ウィンダム 林 克己
早川書房 1978-04

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 ある夜、郊外の村ミドウィッチに未確認飛行物体が着陸した直後、周辺のあらゆる生物が眠らされてしまいます。住民はすべて無事でしたが、村に住む受胎可能な女性の全てが妊娠していたのです。生まれた子供は、みなが同じく銀色の髪と金色の瞳を持っており、異常なまでのスピードで成長します。成長した子供たちは集団で行動するようになり、村の人々は彼らを恐れはじめますが…。

 ジョン・ウィンダム『呪われた村』(林克巳訳 ハヤカワ文庫SF)は、ホラー的要素の濃いSF作品です。
 異星人らしき存在の子供たちが成長するにしたがい、不気味な行動を見せ始めます。集団で行動する彼らは意識を共有しており、誰かが知識を得ると、他の仲間も同じ知識を得るのです。また自分たちに危害を与えようとする人間に対しては、テレパシーで相手を操り殺すことも可能なのです。
 危険な存在は排除すべきだと考える人間、いくら異星人の子供でも自分で生んだ子供は殺せないという母親、政府が極秘に村を監視するなか、子供たちと村人たちの対立は日に日に大きくなっていきます。

 子供たちの「親」である異星人は序盤で退場した後、まったく姿を現しません。あくまで彼らが残した子供たちと、地元の人間たちとの対立が静かに描かれていくという作品です。人間とは異質の子供たちの動向と思想、そして彼らに対する大人たちの考察などが地道に描かれるので、派手さはあまりありません。
 事件らしい事件は、成長した子供たちが、自分たちに危害を与えようとした人間に報復する場面ぐらいで、それに対しても冷静に対処しているのです。異質とはいえ、姿形は人間であり、意思の疎通もある程度できるところから、怪物じみた印象は受けず、またそれゆえ逆に、不気味さを感じさせる存在なのです。

 子供が相手だけに、親子の情愛が葛藤を引き起こすのかと思いきや、登場人物たちは、意外なほど情愛的な面では淡白です。排除すべき敵であると冷静に判断しているのは、イギリス作品ならではでしょうか。そのあたりも、この作品に「静かな」イメージを受ける要因の一つかもしれません。

 日常に徐々に非日常的な要素が忍び込んでくる…。地味ながら、全体に抑制の利いた語り口で描かれる作品は、モダンホラーの一つの原型的な作品ともいえますね。

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死者の継ぐ世界  M・R・ケアリー『パンドラの少女』
4488010547パンドラの少女
M・R・ケアリー 茂木 健
東京創元社 2016-04-28

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 世界中を襲った奇病により、文明が壊滅してから数十年、人間は各地で身を寄せ合って暮らしていました。外をうろついているのは、人間としての性質を失った生ける死者〈餓えた奴ら〉と、盗賊まがいの〈廃品漁り〉のみ。
 工業製品など、文明の利器は失われた中で、ある軍事基地の中では密かに実験が行われていました。それは病気に感染したにもかかわらず、人間としての知能を残したままの子供たちを収容し、病気の治療法を究明するというものでした。
 子供たちの知能を測る目的で雇われた女性教師ジャスティノーは、とりわけ知能に優れた少女メラニーに愛情を覚えます。ジャスティノーは、メラニーを解剖しようとするドクター・コールドウェルに反発を覚えますが、その最中、敵の襲撃により基地は壊滅し、脱出することを余儀なくされます。
 脱出できたのは、ジャスティノーとメラニー、ドクター・コールドウェル、基地の責任者であるパークス軍曹と新兵ギャラガーのみ。一行は、安全な街を目指すことになりますが…。

 M・R・ケアリー『パンドラの少女』(茂木健訳 東京創元社)は、生ける死者である〈餓えた奴ら〉が世界中に蔓延した世界で、逃避行を余儀なくされた一行の、絶望的な旅を描いた作品です。
 〈餓えた奴ら〉は、人間を含め生物の肉を求めるという、いわゆるゾンビなのですが、一部の子供のみに、知能を残している存在がいることがわかります。意思の疎通も可能で、教育で知識を蓄えることも、感情もあるように見える彼らに、擬似的な教育を施しているジャスティノーは、愛情を覚えます。
 しかし、〈餓えた奴ら〉の本能を残している子供たちは、人間のにおいを嗅ぐと食欲が抑えられなくなり、人間を襲ってしまうのです。意志力に優れたメラニーもやはり、時折、食欲に負けそうになるため、旅をする途中、仲間たちを襲わないように手錠をつけたり、隔離したりと、手順を講じることになります。

 〈餓えた奴ら〉と〈廃品漁り〉といった外敵に襲われる共通の危険のほか、パークスとギャラガーにとっては、メラニーに襲われる可能性、メラニーとジャスティノーにとっては、コールドウェルに襲われる可能性、パークスとギャラガーに殺される可能性もありと、互いが互いに危機感を抱いているため、旅の途上、何度も内輪揉めが起こります。
 メラニーに執着するジャスティノーのせいで、何度も危機に陥ったり、逆に実験体としてメラニーを連れて行きたいコールドウェルとの共闘が成立したりと、人物間の葛藤とドラマは読み応えがありますね。
 冷血漢としか思っていなかった人間に、人情味があるところを感じたり、一緒に行動をしているうちに、互いに対する理解が芽生え始めたりと、登場人物それぞれに対する描写は非常に丁寧です。
 後半では、コールドウェルが調査を続ける病の原因やメラニーの秘密などが判明したり、ジャスティノーがメラニーに執着する理由が明かされるなど、読みどころも充分です。

 〈ゾンビもの〉から連想するような派手さはないものの、イギリス作家らしい丁寧な人物描写と手堅い人間ドラマで読ませる作品です。ジョン・ウィンダムやジョン・クリストファーのような、往年の破滅SFを思わせる作品でした。

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《ドーキー・アーカイヴ》の2冊を読む
 国書刊行会から刊行の始まった、異色作を集めたシリーズ《ドーキー・アーカイヴ》。さっそく読んでみましたが、最初の2冊からして、すでに独自の味わいのある作品で、これからの刊行作品も楽しみになりました。



4336060576虚構の男 (ドーキー・アーカイヴ)
L.P. デイヴィス Leslie Purnell Davies
国書刊行会 2016-05-27

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L・P・デイヴィス『虚構の男』(矢口誠訳 国書刊行会)
 舞台は1960年代、小さな村で生まれ育ったアラン・フレイザーは、小説で生計を経てていました。村人たちは皆知り合いであり、隣には幼馴染が住んでいるという、落ち着いた環境のなか、アランは新機軸として、50年後を舞台にしたSF作品にとりかかろうとしていました。
 時を同じくして、日常生活で不思議なことが起こり始めます。そして、村の外から来たらしい一人の女と出会うに及び、アランの人生は変化することになりますが…。

 単純に言うと、主人公が信じていた世界が本当のものではないことに気付く…というテーマの作品ではあるのですが、その凝り様が尋常ではありません。次から次へと、新しい要素が投入され、ジャンルも変転していくので、確かに「分類不能」というのも頷けます。
 仲間だと思っていた人間が敵であり、また敵であると思っていた人間が味方だったりと、人間関係もめまぐるしく変わり、飽きさせる暇がありません。いったい何が真実なのか? タイトルにある通り、どこからどこまでが「虚構」なのか分からなくなってしまうのです。
 多用な要素が投入される割には、物語の道筋自体は整理されており、意外と読みやすいのも好感触ですね。その意味で、エンタテインメントとしても非常に優れた作品だと思います。



4336060584人形つくり (ドーキー・アーカイヴ)
サーバン Sarban
国書刊行会 2016-05-27

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サーバン『人形つくり』(館野浩美訳 国書刊行会)
 イギリスの覆面作家サーバンによる中篇、『リングストーンズ』『人形つくり』を収めた作品集です。

 『リングストーンズ』
 田舎の屋敷に家庭教師として雇われた女子大生が、そこで出会った子供たちと過ごすうちに、現実ならざる世界に誘われるという物語です。

 語り手が直接の体験者ではなく、体験者の手記を読むという、伝統的な枠物語の形式になっています。ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』との類似も指摘されていますが、本作品では子供たちが「魔」に憑かれるというよりは、子供たち自身がすでに「魔」であり、それに囚われたヒロインの彷徨を描くといった感じになっています。
 後半、手記に魅入られた語り手たちが、実際の現場を訪れる…という展開になりますが、物語の客観性を補強するという意味でも優れた構成だと思います。

 『人形つくり』
 寄宿舎学校に過ごす少女が、人形つくりが趣味の青年に出会い、彼の人形のモデルになる…という物語。
 孤独な少女が、師と仰ぐべき女性と出会ったものの、すぐに死に別れることになり、鬱々としていたところに出会ったのが、教養豊かな中年女性と、その息子である、人形つくりを趣味とする魅力的な青年でした。彼の人形に惹かれると同時に、少女自身も青年の意のままになっていきますが…。

 『リングストーンズ』に比べ、『人形つくり』は初めから、明確な怪奇小説を志向している感じを受けます。ただ、ヒロイン自身をモデルにした人形が作られ始める…という辺りから、ストーリーは予想できてしまいます。その意味で「王道」の怪奇小説ではあるのですが、その筆致が非常に洗練されているのもあって、退屈することはありません。何より、人形たちの描写が素晴らしい。深夜に繰り広げられる人形たちの饗宴のシーンは、じつに魅力的です。
 また、ヒロインが青年に対し、邪悪なものと知りつつ惹かれ続けるという点も見逃せません。そのため、これがハッピーエンドになるのかバッドエンドになるのか、最後までわからないのです。


 L・P・デイヴィスとサーバン、どちらも邦訳はあるものの、日本では忘れられた作家といっていいかと思います。これだけ魅力的な作品が未訳だったとは驚きです。これを気にもっと邦訳の進んでほしい作家ですね。

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理想の人生  ディヴィッド・アンブローズ『リックの量子世界』
4488735010リックの量子世界 (創元SF文庫)
渡辺 庸子
東京創元社 2010-02-20

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 最愛の妻が死んでしまったとき、あなたはどうしますか? どうにもならない現実を前に、現実を変えてしまった男を描いたのが、ディヴィッド・アンブローズ『リックの量子世界』(渡辺庸子訳 創元SF文庫)です。
 最愛の妻と、信頼できる友人。出版の仕事も順風満帆だったリックは、ある日突然、異様な感覚に襲われます。妻が危ないと感じた彼は、会議の席を抜け出します。たどり着いた場所で見たのは、事故にあった自動車。そしてその中には、息をひきとる寸前の妻の姿がありました。
 認めたくない現実を前に、リックは必死で現実を否定します。そして気が付いたときには、妻は無事で、なぜか自分が事故で大怪我をしていたのです。妻が生きていたことに安堵するリックでしたが、周りの世界がどこかいつもと違っていることに気がつきます。
 自分達の息子のチャーリーは存在せず、仕事も異なる。そして妻や親友までもが、どこか今までと違っているのです。精神を病んでいると判断されたリックは、盲目の精神科医エマの診断を受けることになります。エマの催眠療法にかかったリックは、自分がいた世界とは異なる別の世界に来ていることを知るのです。
 この世界の自分は「リチャード」と呼ばれており、リックの精神はその別の自分の体に同居しているらしいのです。しかも同時に体の支配権を得ることはできません。リックは、リチャードと協調し、元の世界に帰る方法を模索し始めます…。
 大まかには似ているものの、少しずつ異なった別の世界、パラレルワールドに来てしまった男を描く物語です。妻の死を否定した主人公は、その死を回避したものの、また別の困難に出会ってしまいます。
 妻や親友を含めた周りの人間たちが、自分の知っているのとは微妙に異なる人間であること。だからと言って、もとの世界に戻れたとしても、そこはやはり妻が死んでいる世界なのです。新しい世界に適応しようと考えるリックでしたが、なかなか思うようにいきません。自分が知っているよりも淡白であるらしい妻、皮相的なつきあいでしかない友、そして何よりこの世界での自分自身(リチャード)が、リックにとっては俗物に感じられてしまうのです。
 やがて起こる愛憎問題を境に、悲劇的な事件を起こしてしまうリチャード。切羽詰まったリックがとった手段とは…?
 パラレルワールドが出てくるものの、その科学的な仕掛けよりも、主人公リックの内面描写が重視されていて、心理サスペンス的な要素が強くなっています。なかでも、ひとつの体に同居しているリチャードとリックのやり取りは、じつにユニーク。冷静なリックに対して、リチャードは短気に描かれています。リックを邪魔者とみなすリチャードに、自分の存在を認めさせることができるのか? このあたりの展開は興味深いですね。
 正直、最後の方で、ご都合主義的な部分はあるのですが、それを差し引いても、なかなか面白い作品だといえます。

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黄昏のミステリ   ロード・ダンセイニ『二壜の調味料』
4150018227二壜の調味料 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ロード ダンセイニ 小林 晋
早川書房 2009-03-06

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 創作神話『ペガーナの神々』、叙情的な長編ファンタジー『魔法使いの弟子』『エルフランドの王女』、そして数多ある傑作短編。華麗なファンタジーで知られるイギリスの作家、ロード・ダンセイニの作品はしかし、純粋なファンタジーにとどまらない広がりを持っています。
 ジョーキンズ氏を語り手とする法螺話集『魔法の国の旅人』のように、都会派風のしゃれた短編もものしています。今回刊行された『二壜の調味料』(小林晋訳 ハヤカワ・ミステリ)は、どちらかというとこの手のものに属するタイプの作品集といえるでしょうか。
 
 『二壜の調味料』 金を引き出された後、失踪した娘ナンシー・エルス。警察は、同棲していた男スティーガーが娘を殺したのではないかと疑いますが、死体を始末した形跡はうかがえません。わかっているのは、スティーガーが二壜の調味料を買ったことと、突如庭の木を切り倒し始めたことの二つのみ。事件に興味を持ったリンリーとスメザーズは、事件の背景を調べますが…。
 江戸川乱歩が褒めたことでも知られ、わが国でも名短編として読まれている作品です。この作品に登場するリンリーとスメザーズのコンビが連作短編になっているというのは、あまり知られていなかったのではないでしょうか。
 奇抜な論理ながら、あっと言わせる結末の謎解きは圧巻です。幕切れの演出も際立っていて、奇妙な読後感を残します。

 『スラッガー巡査の射殺』 スラッガー巡査が射殺されますが、犯人と目されていたのは、『二壜の調味料』事件で罰を逃れた男スティーガーでした。しかし、凶器の弾丸が見つからないため、犯罪を立証できないのです。アルトン警部はリンリーに相談を求めますが…。
 またも登場するスティーガーの犯罪。トリックよりも、のらりくらりと罪を逃れつづけるスティーガーの印象が強く残ります。

 『第二戦線』 大戦中、将校になったリンリーの求めに応じて、スパイの調査に協力することになったスメザーズ。しかもスパイとして目をつけられていたのは、かのスティーガー! スメザーズは、スティーガーの監視を続けますが…。
 スパイとして三たび姿を現すスティーガーとの対決。一見何気ない演奏会の席上での通信手段とは…。

 『クリークブルートの変装』 切れ者として知られるドイツのスパイ、クリークブルートが、イギリスに潜伏しているとの情報が入ります。しかし変装の達人であるクリークブルートの所在は全くつかめません。アルトン警部に協力することになったリンリーの考えとは…。
 クリークブルートはいったいどこに潜んでいるのか? ものを隠すいちばんの方法は隠さないことだ、というポーの『盗まれた手紙』を思わせる作品。

 『一度でたくさん』 妻殺しの容疑で手配されている夫が、行方不明になります。しかもその男は、かのスティーガーだったのです。おそらく変装をしているだろうスティーガーを見つけるために、スメザーズは、駅を見張りますが…。
 宿敵スティーガーとの最後の戦いが描かれる、シリーズ最終編です。今回は、『二壜の調味料』事件のように死体の始末についてはあまり言及されず、スティーガーを見つけるための方法に焦点が当てられています。

 『給仕の物語』 掃除夫ブレッグに侮辱された富豪のマグナム氏は、彼を殺せと秘書に命令します。しかし表立って殺人などできません。秘書は莫大な金を投じて、毎夜ブレッグに酒を飲ませ続けますが…。
 大富豪の奇想天外な殺人計画とその結果は…。なかなか味のある結末です。

 『新しい名人』 チェスを趣味とする男メシックは、ある日チェスを指す機械を手に入れます。機械と対戦した「私」はあっさりと負かされますが、その機械の優越感に満ちた態度に気分を害します。この機械の知力は驚くべきものだが、性格には問題があるのではないか? やがてメシックが、他のものに興味を取られるのに嫉妬した機械は恐るべき行動に出ます…。
 「下品な」機械、という面白いコンセプトが使われた、ロボット・テーマの古典的作品です。

 『新しい殺人法』 自分はターランドに命を狙われていると、警察に相談に訪れたクラースン氏。弾丸が撃ち込まれたというクラースンの話にもかかわらず、弾丸は見つかりません。証拠がない以上、ターランドには何もできないと追い返されますが、やがてクラースンが殺されたという情報が入ります…。
  ターランドの「新しい殺人法」とは…? 皮肉な結末が味を出しています。

 『書かれざるスリラー』 絶対に見つからない殺人法を考えついたというテイザーの話を聞いたインドラムは、彼に探偵小説を書くように勧めます。しかしいつまで経っても、テイザーは小説を書こうとしません。それどころか政界進出を目論んでいるというのです。殺人のアイディアを実行に移すのではないかと危惧するインドラムは、間接的にテイザーに影響を及ぼそうと考えますが…。
 殺人方法の詳細は明かされず、奇妙な結末を迎えます。謎が謎のまま終わるという「リドル・ストーリー」のヴァリエーション作品といえます。

 『ネザビー・ガーテンズの殺人』 友人のインカー氏の家を訪れた「私」は、たまたま彼の殺人現場を目撃してしまいます。口封じのために殺されると考えた「私」は、とっさに逃げ出しますが、インカーは後を追ってきます。薄暗い場所に隠れてほっとしたのもつかの間、インカーは警察を呼び、「私」に殺人の汚名を着せます…。
 手記の形で書かれた殺人事件の真相、しかしその真偽は定かではありません。いったいどちらが嘘をついているのか…? これも一種の「リドル・ストーリー」といえるでしょう。

 『アテーナーの楯』 彫刻家アードンの作品は、驚くべきリアリティを持ちながらも、そのどれもが同じ恐怖の表情を浮かべているのが特徴でした。彼の新作彫刻が、失踪した娘にそっくりだということ。アードンはギリシャに行っていた経験があること。そして、彼は専門的な彫刻の勉強をしたことがないこと。これらから「私」は、恐るべき結論を引き出します…。
 彫刻家アードンの恐るべき殺人方法とは…? 合理的に謎が解かれるのかと思いきや、途中で判明するファンタスティックな要素には、唖然とされるはず。一種の「バカミス」といっていいのでしょう。集中でいちばんファンタジーの色が濃い幻想小説です。

 レーベルが《ハヤカワ・ミステリ》なだけに、一応ミステリに属すると思われる作品を集めていますが、そこはダンセイニ、独自のファンタスティックな味付けが感じられます。超自然的な出来事が起こらないにしても、どこか空想的なニュアンスを帯びるところが、ダンセイニの短編の魅力のひとつといえるでしょう。ただ、普通の意味での「謎解き」を求めると、脱力してしまうようなオチや展開が多いので、そのへんは覚悟して読まれた方がいいかもしれません。

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死を呼ぶ女  アントニー・ギルバート『つきまとう死』
4846006549つきまとう死 (論創海外ミステリ)
Anthony Gilbert 佐竹 寿美子
論創社 2006-01

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 莫大な財産を背景に、一族を支配する尊大で専制的な老母。財産目当てに母親に取り入る子どもたち。愛憎が渦巻く人間関係のさなかに殺人事件が…。
 ミステリではある種お馴染みになった、いわゆる「一族もの」作品。そんな使い古された形式ながら、人間ドラマの上手さで読ませるのが、アントニー・ギルバートのミステリ『つきまとう死』(佐竹寿美子訳 論創社)です。
 高齢の女性レディ・ディングルは、亡き夫から莫大な財産を引き継いでいました。彼女は財産を後ろ楯に、子どもたちを精神的に支配していたのです。借金をかかえるロジャー、融資を欲しがるセシル、息子やその妻たちは、それぞれの事情から、母親を嫌いながらも、その莫大な財産のおこぼれにあずかるべく、恭しく接していました。
 そんなおり、レディ・ディングルの新たな「話し相手」として雇われた、美しい未亡人ルース・アップルヤードは、家族の予想に反して、レディ・ディングルのお気に入りとなります。気まぐれなレディ・ディングルは、遺言書を書き換え、ルースに大部分の財産を遺すと言い出したのです。発作を起こして寝込んでいたレディ・ディングルは亡くなりますが、死因は人為的なものであることが明らかになります。
 最も動機の強い人物として、ルースは逮捕されてしまいます。彼女には、無罪になったものの、かって父親を毒殺しようとした容疑、そして夫を謀殺した容疑がかけられていました。過去の事情も手伝って、ルースは追いつめられます。彼女に惹かれていた、一家の客フランクは、知り合いの有能な弁護士クルックを呼び寄せますが…。
 本書は、アントニー・ギルバートのシリーズ・キャラクターであるクルック弁護士が登場する作品なのですが、クルックが登場するのは序盤少しだけ。あとは、物語も相当後半になるまで登場しません。主に描かれるのは、ルースの過去の因縁、そして一族の人間たちの愛憎あふれる人間ドラマです。
 殺人が起きるのも、かなり後半なのですが、それまでの人間ドラマが濃密なので、退屈はしません。とくに、気弱な性格から、母親に虐げられてきた次男セシルと、かってセシルとの仲を引き裂かれた後も、レディ・ディングルに数十年間も家政婦として仕え続けてきたケイトのキャラクターは秀逸です。やがてセシルが若い娘ヴァイオレットと結婚することになり、ケイトは複雑な立場に置かれるのも興味深いところです。
 加えて「話し相手」として一家に入り込んで若き未亡人ルースの存在が、物語を複雑かつ読みごたえのあるものにしています。過去に二件も殺人容疑をかけられた彼女は、ほんとうに殺人者なのか。そして今回の殺人も彼女の仕業なのか。容疑者が入り乱れ、サスペンスは途切れることがありません。
 探偵役のクルックが、序盤と終盤それぞれ少しづつしか登場しないこともあって、長々と調査をしたり尋問をしたりという、この手の作品につきものの退屈さとは無縁です。ただそれゆえ、トリックであるとかアリバイであるとかいった「本格ミステリ」的な要素はかなり控え目になっています。
 細やかな人物描写、そして登場人物たちのからみを丁寧に描いているため、殺人の「動機」という点では、非常に納得のゆく結末となっています。
 発表年は1956年の作品ですが「推理パズル」的な興味よりも、「人間ドラマ」部分を重視したつくりは、現在でも充分通用する面白さです。
切ない夏  マイクル・コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』
4309463088ハローサマー、グッドバイ (河出文庫 コ 4-1)
山岸真
河出書房新社 2008-07-04

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 今はなきサンリオSF文庫から刊行され、SF青春恋愛小説として、カルト的な人気を得ていたマイクル・コーニイの『ハローサマー、グッドバイ』(山岸真訳 河出文庫)が、新訳で刊行されました。
 舞台は太陽系外のどこかの惑星、登場人物は全てが異星人です。ただし、異星人といっても、外見も考え方も、ほとんどが人間とそっくり、という設定であり、つまりは異星を舞台にした人間たちの物語、として読むことができます。
 この星には、二つの大きな国、エルトとアスタがありました。エルトの高官の息子ドローヴは、父親の仕事の関係で、夏の休暇の間、港町パラークシを訪れます。ドローヴは、ほのかな恋心を寄せていた、少女ブラウンアイズとの再会を楽しみにしていました。
 念願のブラウンアイズとの再会を果たしたドローヴでしたが、折しも、隣国アスタとの戦争が勃発し、政情は不安になりつつありました。それに伴い、以前から政府に不信感を抱いていた、パラークシの住人たちと政府との対立も深まっていきます。
 下層階級であるブラウンアイズと、息子がつきあうことを喜ばない両親。ドローヴにほのかな思いを寄せる、パラークシのリーダー的存在ストロングアームの娘リボンとの複雑な関係。やがて惑星規模の陰謀が進められるなか、ドローヴとブラウンアイズも否応なく、巻き込まれていきますが…。
 思春期を迎えた、少年と少女の淡い恋を描いた青春小説。これが序盤を読み進めている間の印象です。その意味で、かなりシンプルな構造の作品ではあります。しかし、二人の中を引き裂く戦争の影や周囲の無理解、そして、それに翻弄される主人公たちの微妙な心の揺れ動きなど、それだけで充分読みごたえがあります。
 加えて、異星の自然や動物たちのみずみずしい描写が、物語に彩りを添えています。異星だけに、その環境も地球とは異なるため、作中でもかなりのページを費やして、描写がされています。そして、それらが結末の伏線にもなっているところが、じつに心憎い。
 きな臭い戦争や、ほのめかされる陰謀を背景に、ゆるやかに進んでいた物語は、後半に至って急展開を迎えます。互いに気持ちを確かめあったドローヴとブラウンアイズはしかし、自分たちだけではどうすることもできない巨大な障害により、引き離されてしまうのです。二人を襲う絶望的なまでの状況と、ほのかに見える希望の光。
 純粋な青春小説、恋愛小説としてみても、充分に魅力的な作品なのですが、舞台を「異星」にした必然性が、最後の最後で明かされるという大仕掛けが待っています。ここに至って、この物語が「SF」であったことがわかるのです。
 作者も序文で語っているように、恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説でもある。多くの要素が渾然一体となった、傑作と呼ぶにふさわしい作品です。

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連続殺人者殺人事件  ジェフ・ポヴェイ『シリアル・キラーズ・クラブ』
4434082329シリアル・キラーズ・クラブ (柏艪舎文芸シリーズ)
ジェフ ポヴェイ Jeff Povey 佐藤 絵里
柏艪舎 2006-08

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 いまや、珍しくもなくなった「連続殺人鬼」によるサイコスリラー。スプラッター映画の例を見るまでもなく、下手をするとコメディに堕しかねないこの題材を、逆に、徹底的にコメディにしてしまおう、というのがこの作品、ジェフ・ポヴェイ『シリアル・キラーズ・クラブ』(佐藤絵里訳 柏艪舎)です。
 ある日突然、見知らぬ男に殺されそうになった主人公は、夢中で抵抗して男を殺してしまいます。男の所持品を探ると、出てきたのは、殺人事件に関する新聞記事と、そして犯行声明の写し。なんと男は世間を騒がせていた連続殺人鬼「バーニーの孫息子」だったのです!
 さらに、所持品の中にあった、地元紙の交際募集欄に興味を抱いた主人公は、ふと連絡をとってみる気になります。やがてシカゴのクラブに招かれた彼は、そのクラブが連続殺人者の集まりであることを知ります。そこでは、おのおのがハリウッドの有名人を名乗り、交遊していたのです。「バーニーの孫息子」に化けた主人公は、ダグラス・フェアバンクスの通り名をもらい、クラブに参加する羽目になります。
 クラブに潜り込んだ主人公は、人恋しさからか、クラブに親しみを感じるようになりますが、他の会員にバレそうになるたびに、その会員を密かに始末していました。
 しかし、FBI捜査官ウェイドに殺人現場の証拠を握られた主人公は、他の連続殺人者を全て始末するよう脅迫を受けてしまいます。しかもウェイドは、全米を騒がせている史上最悪の殺人鬼「ケンタッキー・キラー」をも誘い込んで始末するように強要していたのです…。
 連続殺人者を殺す連続殺人者、という徹底的にブラックなコメディ小説です。非常にバカバカしい設定なのですが、主人公の鈍感で間の抜けた語り口にのせられて、一気に読ませられてしまいます。殺しの場面でも、笑いの要素が強調されていて、三つ又のほこで襲ってくる殺人者など、かなりデフォルメされた表現が多用されています。
 ウェイド捜査官にせっつかれた主人公が、クラブの会員たちを一人ずつ始末していくのですが、そこは名うての殺人者たち。思わぬ抵抗にあったり、逆に殺されそうになったりします。主人公がドジなため、しょっちゅう危機に陥るのですが、思わぬウェイドの手助けもあり、命からがら切り抜けます。
 殺人者たちは、どれもユニークに造形されています。毒舌家、いつも母親の幻覚が見えている妄想患者、「トンデモ系」の作家、中には本職の刑事がいたりと、まさに多士済々。殺人者になった原因が、揃いも揃って母親にあるというところにも、風刺が効いています。
 入会してきた女性殺人者に恋した主人公が、彼女を助けるために、ウェイドを殺してしまおうとしますが果たせず、腹の探り合いになるという展開も効果的。
 一方クラブ内でも、裏切り者探しが始まり、主人公は焦り始めます。そして全く姿を見せないケンタッキー・キラーの正体とは…?
 殺人者を一人ずつ始末していくという、わりとシンプルなストーリー形式なのですが、そこに、最後の最後まで姿を見せないケンタッキー・キラーの存在、他にも主人公の恋愛話やウェイドとの対立などが挟まれ、物語にスパイスを添えています。著者のポヴェイは、イギリスの放送作家だそうですが、全体を通して全く退屈させないのは、演出の妙でしょうか。
 ギャグ満載のブラック・ユーモア小説。訳文も非常にこなれており、笑わせてくれることは保証します。
できすぎた世界  デイヴィッド・アンブローズ『偶然のラビリンス』
4789726665偶然のラビリンス (ヴィレッジブックス)
デイヴィッド アンブローズ David Ambrose 鎌田 三平
ソニーマガジンズ 2005-09

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 小説における「偶然」の扱いには難しいものがあります。へたに「偶然」を多用すれば、それは「ご都合主義」と同義になってしまうからです。そこを逆手にとって、正面から「偶然」をメインテーマにすえてしまった作品が、デイヴィッド・アンブローズ『偶然のラビリンス』(鎌田三平訳 ヴィレッジブックス)です。
 ノンフィクション・ライターであるジョージ・デイリーは、父の死後、遺品の中から見知らぬ男女と一緒に写った、子供のころの自分の写真を見つけます。しかしジョージには、そんな写真を撮ったおぼえがないのです。疑問を抱いたジョージは、写真の男女を調べ始めます。そしてその過程で、不思議な偶然の暗合に、繰り返し遭遇することになります。
 写真の男女が俳優だと知ったジョージは、探偵事務所に調査を依頼します。その結果、男女は死亡していたものの、その息子は生きている、ということが判明します。しかし、その男の住所は、何とジョージの住んでいるところと全く同じ場所! これは「偶然」なのだろうか? そしてある日、ジョージと生き写しの男ラリー・ハートが現れます。
 ラリーとはいったい何者なのでしょうか? ジョージとの関係とは? そして世界を動かす「偶然」の意味とは? ジョージは思いもかけない出来事に遭遇することになりますが…。
 何とも言えない味わいの作品です。どういうジャンルの作品なのか、後半になるまで全くつかめません。序盤は、ジョージとそっくりであることを利用して、ラリーが犯罪を犯したり、財産を手に入れようとしたりと、サスペンス風に物語は進みます。殺し屋に狙われていたラリーが、ジョージを身代わりとして送り込むのですが、それからしばらく、ジョージがどうなったかが分からなくなるのです。この中断によるサスペンスは非常に効果的。
 当然のごとく、ジョージが後半、巻き返しを図るのだろうとは予測がつきますが、この巻き返しの仕方が、とんでもない方向からくるのには驚かされます。具体的に書くとネタを割ってしまうので書きませんが、サスペンスが、SFに一転し、最後にはサイコスリラーに着地するという離れ業なのです。
 ただSF慣れしている人なら、かすかながら、途中で話の予測がついてしまうようなところはあります。
 偶然が度重なると、小説としては、それが全部、偶然にしかすぎなかったとは、できにくくなります。あくまで必然的なものだったとしなければ、読者は納得しないでしょう。そうすると、そこには「誰か」の意志が働いているはず。「神」か「人間」か、何にせよ意志が働いている…。そう考えていくと、何となくネタが分かってくる面もあります。
 その意味で、扱っているテーマ自体はそれほど新しいものではありません。ただ、この作品のユニークなところは、作中で示された真実が、ほんとうに真実であったかどうかが、最後になってわからなくなるところでしょう。最終的な結末も、解釈のひとつの可能性として示されるのです。
 話のタネを割るので、あまりくわしい筋を紹介できないのがもどかしいのですが、とにかく驚かせてくれることだけは保証します。ジャンルミックスの変わり種サスペンスとしてお勧めの作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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