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月の姫の物語  エリザベス・グージ『まぼろしの白馬』

 幻の動物たち、呪われた一族の伝説、引き裂かれた恋人たち…。
 エリザベス・グージの長篇『まぼろしの白馬』(石井桃子訳 福武文庫 1946年発表)は、一族の悲願を託された少女が幻想的な冒険を繰り広げる、ロマンティックなファンタジー作品です。

 両親を失った少女マリア・メリウェザーは、家庭教師で親代わりのヘリオトロープ先生、飼い犬のウィギンズとともに、またいとこであるベンジャミン・メリウェザー卿が住むムーンエーカー館に引き取られることになります。
 好人物のベンジャミン卿と仲良くなったマリアは、古い館や周囲の自然の素晴らしさにも感銘を受けます。館での生活を楽しむマリアでしたが、ある女性に関してメリウェザー卿に悲しい過去があったらしいこと、そして村の老牧師から、数百年前にメリウェザー家の当主ロルフ卿と敵対関係にあった「黒ウィリアム」との間に激しい争いがあったことを聞きます
 「黒ウィリアム」の領地を奪うために彼の娘「月姫」と結婚したロルフ卿は、妻を心から愛するようになりますが、「黒ウィリアム」が再婚して跡継ぎの息子が生まれたことから、妻との間はこじれてしまいます。やがて「黒ウィリアム」と息子の行方が知れなくなったことから、ロルフ卿が手を下したと信じ込んだ「月姫」は姿を消してしまったというのです。
 代々のメリウェザー家の女性もまた「月姫」と呼ばれ、その力で呪いを解くことができると言われていましたが、まだそれを果たした女性はいません。
 ベンジャミン卿の領地を荒らす黒い男たちが、かっての「黒ウィリアム」の子孫ではないかと考えたマリアは、友人となったロビン、館を守る巨大な獣ロルフたちとともに、平和をもたらすために奔走することになりますが…。

 数百年前の一族同士の因縁から争いが続いてきた土地にやってきた少女が、その因縁を断ち切るために活躍すると言うファンタジー作品です。この伝説が非常にロマンティックで、争いの当人たちが善人ではなかったにしろ、すれ違いによって悲劇が起こってしまうのです。
 両家の争いの犠牲者ともいえる初代「月姫」、そしてその血を引く代々の女性も解決できなかったことを、マリアは解決できるのでしょうか? 純真で善意に満ちたヒロイン像が魅力の一つになっていますが、物語を彩る登場人物や舞台も非常に魅力的です。
 数百年を経た古城、鬱蒼とした森と住み着いた悪漢たち、隠された秘宝、現代まで続く呪いと伝説、運命によって引き裂かれた恋人たち…。これでもかとばかりに放り込まれたロマンティックな要素が物語を彩っています。

 本筋である一族同士の和解の他に、いくつかの恋愛物語も進行していきます。ヒロインのマリアとロビンの恋の他にも、ベンジャミン卿とヘリオトロープ先生、それぞれの恋人たちの再会も描かれており、そちらのエピソードも面白いですね。
 タイトルにもなっている幻獣「白馬」や、巨大な獣ロルフ、他にも幻想的な生物ではないものの、犬や猫、ウサギなど、様々な動物が登場し活躍するのも魅力です。
 主人公たちだけでなく、脇役に至るまでそれぞれの過去と厚みを持った人間として丁寧な人物描写がされており、それは悪役たちも例外ではありません。ヒロインの純粋さによって、全ての人間に幸福がもたらされるという結末も、非常に後味が良いですね。

 ロマンティック・ファンタジーの極致のような作品なのですが、その過剰なほどのロマンティックさが全然嫌味になっていないところも魅力でしょうか。作品のメインモチーフとなっている「月姫」伝説は特に魅力的です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

信念と魔法  メアリー・スチュアート『狼森ののろい』
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 メアリー・スチュアートの長篇小説『狼森ののろい』(深町真理子訳 佑学社 1980年発表)は、中世ドイツに迷い込んだ現代の兄妹が、妖術師から狼男の呪いをかけられた男を救うために奔走するという、ファンタジー作品です。

 両親とともに、ドイツ南西部「黒い森」のそばへ休暇旅行にやってきたジョンとマーガレットのベクビー兄妹は、泣きながら走り去る男を目撃します。兄妹は何か分からない思いに急き立てられて、眠り込んでしまった両親を置いたまま、男の走っていったあとを追いかけることにします。
 道の先には小屋があり、中には走り去った男の服が脱ぎ散らかされていました。仮装の衣装だと思い込んだ兄妹でしたが、直後に巨大な狼に襲われます。何とか狼を追い払った兄妹が、両親の車の元に戻ると、そこには両親の姿はありません。
 森の小屋に戻った兄妹は、自分たちが追いかけていた男マーディアンに出会い、彼から話を聞きます。ここは14世紀のドイツであり、彼マーディアンは領主オットー公の重臣で幼馴染の親友、しかし国の乗っ取りを企む妖術師アルメリックにより、夜には狼に変身する呪いをかけられてしまったといいます。
 宮廷にいられなくなったマーディアンに代わりに、魔法でマーディアンの姿に化けたアルメリックは領主と公子の殺害を計画しているというのです。友情の証として鋳造した護符のメダルを見せて直訴すれば公爵は話を聞いてくれるはず、そう考えたマーディアンは、兄妹に公爵の宮廷に潜入してほしいと頼み込みます。ジョンとマーガレットはマーディアンの境遇に同情し、彼を助けようとしますが…。

 中世ドイツ世界に迷い込んだイギリス人の兄妹が、狼男の呪いをかけられた男を救うために奔走するという、ファンタジー作品です。
 一見、中世にタイムスリップしたように見えるのですが、単純なタイムスリップではないところが独特です。森の中で兄妹が移動する場所によっては、中世だったり、また現代だったりするのです。潜入しようとする城が、見る場所によってはしっかり建っているように見えたり、廃城に見えたりするのも面白いですね。
 また、言葉やその時代の作法についても、中世の空間にいるジョンとマーガレットにとっては、自然と頭に入っていたり、兄妹が話す言葉が、現地の人々にはドイツ語に聞こえたりするのです。このあたり、作中では「魔法」が働いていると説明されています。

 マーディアンは狼化すると理性をほとんど失ってしまうため、彼自身が宮廷に入ることはできず、城への案内をした後は、もっぱらジョンとマーガレットが活躍することになります。
 興味深いのは、中世の宮廷がリアルな形で描かれていること。食事の作法が粗雑だったり、貴族たちの行動も乱暴、下々に対しては顔と名前の区別もついていないため、部外者が侵入してもすぐには発覚しないなど、美化された形になっていないのが面白いところです。ただ、それゆえに兄妹が危機に陥りそうになる場面もあったりと、ハラハラドキドキ感がありますね。

 人を信じること、信念がテーマになった作品で、「狼男」マーディアンがジョンとマーガレットの兄妹を信じること、兄妹がマーディアンを信じること、そしてマーディアンが親友である公爵を信じること、など、要所要所で人を信じることがポイントになっています。
 妖術師アルメリックがマーディアンの姿に化けているということもその裏返しで、クライマックス、公爵が誰を信じるのかという場面では、その信念が物語を解決に導くことにもなるのです。

 中世を舞台にしたファンタジーであり、魔法や超自然現象も存在はするものの、それがメインではありません。歪められた人間たちの信頼関係が回復されるという物語で、それらは現代にも通じる普遍的な心理として描かれています。ユニークなファンタジー作品といえるのではないでしょうか。


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狂気の人生  デイヴィッド・ガーネット『ビーニー・アイ』

 デイヴィッド・ガーネット『ビーニー・アイ』(池央耿訳 河出書房新社)は、狂気じみた男と、彼と関わりを持った一つの家族をめぐる、異様な迫力を持つ作品です。

 ロンドンの南の丘陵地帯が舞台。目の異様な輝きから「ビーニー・アイ」という綽名を持つ男ジョウ・スターリングは、その狂気じみた振る舞いから仕事も長く続かずに、アルコールに溺れていました。
 少年である「私」の父バトラーはビーニー・アイに同情し、家で彼を雇ってやることにします。
 しかしビーニー・アイは与えられた仕事を上手くこなすことができないばかりか、狂気じみた振る舞いで妻や女中を怖がらせます。あげくの果てに雇い主を怒らせたジョウは解雇を宣言されますが、その病的な猜疑心と狂気の発作からバトラーに襲いかかります…。

 暴力や殺人の衝動に襲われる狂気じみた男を雇った家族とその主人を描く作品です。この男ビーニー・アイ、その気分と行動が全く読めず、おとなしくしていると思うと突然襲いかかってきたりと、危険極まりない人物。
 本人にもその衝動がコントロールできず、その意味では明らかに病気なのですが、医者によれば彼は正気であるということであり、本人も自ら治療を望まないため病院に入院させることもできません。心を込めて扱えば真人間になると信じる善人バトラーは誠意を尽くしますが、誠意だけではどうにもならないことを悟り、ビーニー・アイをカナダへとやることになります。

 ビーニー・アイは本当に危険な男で、突然武器を持って襲いかかったり、犬を投げ飛ばしたりと、暴力を繰り返すので、いつ人が殺されてしまうのかハラハラドキドキするのですが、意外にも作中では殺される人間は出ません。
 ただ、ビーニー・アイが見境のない状態になってからのサスペンスは強烈で、先が読めない面白さがあります。まだジャンルが生まれていない時代の作品ですが、感覚としてはほとんど「サイコ・スリラー」といってよい作品になっています。

 驚くのは、これがほぼ実話に基づいているということです。登場人物のうち、少年の「私」が著者デイヴィッド・ガーネット、バトラーとその妻は著者の両親エドワード・ガーネットとコンスタンスがモデルになっているということです。

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「恐ろしい」物語  スーザン・プライス『24の怖い話』

 スーザン・プライス『24の怖い話』(安藤紀子ほか訳  ロクリン社)は、ちょっぴり怖い話を集めた短篇集です。民話や伝承をモチーフにした作品が多くなっています。

 怖いものがないという娘が幽霊に出会う「怖いもの知らずのメアリー」、死神を封じ込めた男が死を求めて彷徨う「兵士と死神」、金銭と引き換えに悪魔に影を売り渡す男を描いた「影」、幽霊の出る部屋に泊まりこんだ物乞いの女を描く「欲張り」、家族の仇を殺した男が、罪を減じてもらうため謎作りを要求される「罪人トム・オッター」、月の成り立ちを描いたダーク・ファンタジー「月」、狩の最中にアーサー王の館に紛れ込んだ男を描いた「霧のなかの古城」、強大な魔法使いの秘密を知った兵士が彼を倒そうとする「墓場に燃える火」、離れて暮らす姉のもとに顔色の悪い弟が現れる「真夜中の訪問者」、幽霊を前に逃げ出したことからそれ以後犬に襲われ続ける男を描く「犬と幽霊」、無常を感じた王子が老いも死もない国を探し続けるという「老いも死もない国」、首無しの幽霊に出会う男の物語「道連れ」、墓穴に落ちてしまった男の奇談「墓掘り」、トロルにかどわかされてしまった娘を描いた「トロル」、結婚式に日に死んだ親友の墓を訪れた男の不思議な体験を描いた「消えたワーニャ」、幽霊の出る部屋に泊まったセールスマンの物語「幽霊の出る宿」、魔王が地獄へ連れ帰る者を探すという「適任者」、森を訪れた嫌われ者の少年の行動が引き起こす奇妙な事件を描いた「角笛」、食に執着する牧師が魔王との晩餐に招待されるという「魔王との晩餐」、魔女と噂される女性と死後に出会うという「ミセス・シュガー」、悪魔の化身である雄牛を小さくするために聖書を朗読し続ける神父を描いた「雄牛」、侮辱された魔法使いが復讐のため怪物を作るという「イヌの餌」、良くない噂のある校長に食事に招待された新任教師の奇妙な体験を描く「校長の奥さん」、水差し一杯にビールを求める不思議な少年と酒場の主人の物語「不思議な水差し」の24篇を収録しています。

 特に印象に残るのは、「兵士と死神」「墓場に燃える火」「老いも死もない国」「トロル」「消えたワーニャ」「角笛」「雄牛」「校長の奥さん」あたりでしょうか。

 「兵士と死神」は、失うもののない兵士が、化け物屋敷の化け物を退治しようするところから始まる物語。智恵を使って化け物を退治し、魔王と取引して魔法の背嚢を手に入れます。普通のお話ならここてハッピーエンドになりそうですが、後半の展開が圧巻。兵士が背嚢に死神を封じ込めてしまったために、世界から死ぬ人がいなくなってしまうのです…。
 智恵で富と幸せを手に入れる物語、と思いきや無常観に満ちた破滅ものになってしまうのがすごいですね。

 「墓場に燃える火」は、魔法使いと旅の連れになった兵士が魔法使いの魔法や弱点について聞きだし、彼を退治しようとするお話。
 逃げ出せないように、村人総出で武器を持ち魔法使いを叩き潰す…という、力業の展開に驚きます。

 「老いも死もない国」は、最愛の弟を失った兄王子が、老いも死もない国を求めて旅をする物語。やがて王子は、老いも死もない国を見つけて、そこで過ごすことになりますが…。
 無常観に満ちた寓意的な短篇です。結末は非常にブラック。擬人化した概念が登場するなど、どこかダンセイニを思わせます。

 「トロル」は、アイスランドを舞台にした作品。三姉妹はコケを摘みに山に入っていきますが、長姉はトロルの魔法にかけられて姿を消してしまいます。その後も長姉は何度か姿を現すものの、見るたびにその姿には人間らしさがなくなっていました…。
 いわゆる「神隠し」物語のバリエーションなのですが、さらわれていった長姉が段々と妖怪じみていく…というのが怖いですね。

 「消えたワーニャ」は、幽霊もの。結婚式を迎えた若者ワーニャは、早世した親友サーシャの墓を訪ねて話しかけますが、そこのサーシャの幽霊が現れて彼を引き止めます。ようやく墓を離れたワーニャは、すでに長い時間が経っており、花嫁も知り合いも死んでいるということを知りますが…。
 異界に引き込まれた若者が数百年の時を移動してしまう、というお話。別世界に行ったというより、ちょっと立ち話をした程度なのが、逆に怖いですね。

 「角笛」は、不気味な「妖精物語」。森を訪れた子供たちは、嫌われ者のミルフィールドが彼らの遊びに水を指すのに腹を立てていました。子供たちは森の中で弓矢と角笛を見つけます。触らないほうがいいという助言を無視して、ミルフィールドは角笛を吹いてしまいますが…。
 角笛によって具体的に何が起こったのかはわからなくしてあるところが上手いですね。結末でこの森が何の森なのかがわかるところも洒落ています。その結末と、不気味な物語の展開のギャップも読みどころ。

 「雄牛」は、悪魔と神父との戦いを描くお話。雄牛に姿を変えて教会に現れた悪魔を退治しようと、若き神父は聖書を朗読し始めます。その声を聞いて雄牛はどんどん小さくなりますが、神父の声が嗄れてしまうと、逆にどんどんと大きくなっていきます…。
 聖書を読み上げて悪魔を撃退しようとする物語なのですが、朗読が終わると、あっという間に元の大きさに戻ってしまうため、延々と聖書を読み続けなければならないのです。根競べがどちらの勝利で終わるのか? という面白さがありますね。

 「校長の奥さん」は、不気味な怪奇小説。新任教師のジョンは校長から家に招待されますが、同僚たちが言うには校長は奥さんを酷く扱っているので行かない方がいい、というのです。話と相違して校長の愛想のいい態度に拍子抜けするジョンでしたが、奥さんと会うに及び彼は驚きます。
 奥さんの背後に彼女そっくりの女性がもう一人いるのですが、校長も奥さんもその女性に気付いていないらしいのです…。
 校長と奥さんに何があったのか? 「幽霊」は誰なのか? 結局何が起こったのか? など、全てが謎のままに終わる、ひたすら不気味な作品です。ロバート・エイクマン風とでもいったらいいでしょうか。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

時間のすきま  ヒルダ・ルイス『とぶ船』

 イギリスの作家ヒルダ・ルイス(1896-1974)の『とぶ船』(石井桃子訳 岩波少年文庫)は、魔法の船を手に入れた子どもたちが、様々な国や時代を訪れるという冒険ファンタジー小説です。

 ラディクリフ村に住むピーター・グラント少年は、母親の病気のため、一人で歯医者を訪れることになりますが、その帰路、ふと見たことのない骨董店を見つけます。その店で魅力的な小さな船を見つけたピーターは、店主である不思議な眼帯の老人から、料金として「いまもっている金ぜんぶと-それから、もうすこし」を提示されますが、それを支払い、船を手に入れます。
 その船は、大きさも自由自在、願った国や過去の時代に運んでくれる魔法の船でした。きょうだいのシーラ、ハンフリ、サンディと供にピーターは、様々な国や時代を訪れることになりますが…。

 魔法の船に乗って、冒険を繰り広げる子どもたちを描いたファンタジー作品です。最初は船の能力がどれほどのものかが分からず、現代の別の国や場所を訪れていた子どもたちですが、やがて船に時間を移動する力があることがわかってからは、もっぱら過去の時代を冒険するのがメインとなっていきます。
 魔法の力で、その時代の言葉がわかるようになること、その時代に合った服装や姿に変身すること、などが可能になっているのですが、子どもたち自体に何か特殊な能力が身につくわけではありません。

 冒険心に富んだ子どもたちが、有名な時代や場所に行こうと軽い気持ちでタイム・トラベルするエピソードが多いのですが、その時代の身分制度や常識などを理解しないまま過去に行ってしまうため、いろいろな軋轢を引き起こし危機に陥る、ということが多くなっています。
 それは、時代を超えずに現代での場所のみの移動の場合も同じで、エジプトの町に降り立ち無銭飲食で捕まってしまったり、ピラミッド内で迷ってしまい、たまたま出くわした考古学者に助けてもらったりと、危なっかしい行動にひやひやさせられてしまいます。

 現代のパートでもそのような感じなので、過去の時代では更にその危なっかしさが加速しています。子供たちは、古代エジプトやウィリアム征服王の時代、ロビン・フッドのいる時代を訪れることになりますが、現地で囚われそうになったり、処刑されそうになってしまうようなことも。
 怖い物知らずの子どもたちの行動が、歴史を変えるほどの結果を引き起こすこともあります。どうやら、子どもたちが過去で行う行動自体が歴史に組み込まれている…というタイプの歴史改編が行われているようで、そのあたり、タイム・トラベルものとしての魅力もありますね。

 古代エジプトの王子を助けるエピソードでは、それ以前に現代エジプトの考古学者と出会うシーンで、壁画に空飛ぶ船の絵が描かれていたことが示され、それが魔法の船だということを確信した子どもたちが、それに触発されて過去を訪れるという、タイム・パラドックス的な面白さがあります。
 また、きょうだいの一人ハンフリが、模型の列車をタイム・トラベル中の船から落としてしまい、それが原因で中世で魔女狩りが起こってしまうというエピソードも面白いですね。こちらのお話に関しては、渦中の人物が過去にいられなくなり、現代に連れてきてしまう、という展開にもなります。

 ウィリアム征服王の時代を訪れるエピソードでは、領主の娘マチルダに命を助けてもらい、感謝した子どもたちが、時を置いて現代に彼女を連れて戻り、しばらくの間、楽しい日々と過ごすというお話につながっていきます。
 過去の時代で孤独を囲っていたマチルダが、子どもたちとの友情と楽しい記憶を手に入れながらも、自ら過去の時代でその身分のままに過ごす生活に戻らなければならないことを決意するシーンには切なさがありますね。

 途中のエピソードでは、来歴の不明だった魔法の船の秘密も明らかになり、そして子供たちと船との別れもいずれ来ることが示唆されます。実際にその別れそのものを描くエピソードも最後に用意されています。船を売ってくれた謎の眼帯の店主の正体、そして船との別れ。
 それはまた「子どもでなくなること」「大人になること」を意味してもいるのです。子どもたちがどのような大人になったのか、彼らの「願い」は叶ったのか、などを含めて語られるエピローグも大変魅力的です。

 主人公は船の所有者となるピーターなのですが、他のきょうだいのうち、次男のハンフリにも活躍の機会がままあります。これは作者ルイスが、実の息子である同名のハンフリのために書いたという作品成立の理由もあるのでしょうか。

 子どもたちの破天荒な冒険行、過去の時代と現代とのギャップ、魔法の船の魅力、ゆるやかにつながった時間旅行…。様々な読みどころのある作品です。やがて明かされる北欧神話とのつながりも実に魅力的。優しい語り口の石井桃子の訳文も魅力の一つで、清新な味わいに満ちた作品といえますね。

 この作品、イーディス・ネズビットのタイム・トラベルもの作品『魔よけ物語』の影響が濃いということです。確かに影響は感じますが、作者ルイスが歴史小説家ということもあり、北欧神話や歴史などのつながりから、神話的な感触が強い独自の味わいの作品になっているように思います

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ジョーン・エイキン作品を読む(短篇集を中心に)
 イギリスの作家、ジョーン・エイキン(1924-2004)は短篇の名手といっていい作家で、本邦でも児童向け短篇集が多く訳されています。児童向け作品といっても、ユーモラスであっけらかんとしたものから、シリアスで幻想的なものまで、その作風は非常に幅広いです。以下、いくつかの作品集を見ていきましょう。



ジョーン・エイキン『夜八時を過ぎたら…』(井辻朱美訳 ヤン・ピアンコフスキー絵 くもん出版)

 ユーモアとユニークなアイディアの溢れる作品集です

 夜八時以降に子どもはベッドに入らなければならないという法律のある街を描いた「夜八時を過ぎたら…」、子どもが増えすぎた街と足りない街の境目の森にある孤児院と不思議な男の子の物語「緑のゆりかご」、父親の歌によって不思議な夢を見る女の子を描いた「パパがマネシツグミを買ってくれる」、兄が撃ったクジャクのせいで赤ん坊に呪いがかけられてしまうという「バンティングぼうや」、誰もルールを知らない魔法がたまたま発動するという「クッションを縫えますか」、通りがかったタマネギ売りの男の古代の呪文により赤ん坊が目覚めなくなってしまうという「ルーレイ・ルーラ」、カラスの親子と共に育てられた子どもが嵐の難を逃れるという「木のてっぺんの赤ちゃん、おやすみ」、自らの天職を認識する少年の物語「四人の天使」の8篇を収録しています。

 奇想天外な発想によって、物語が思いもかけない方向へ進んでいく…というところが魅力でしょうか。例えば表題作「夜八時を過ぎたら…」。夜の八時を過ぎたら子どもはベッドに入らなければならず、破ったら親は相当の罰金か重労働を科されるという法律のある街が舞台です。
 祖母ヘロンと共に暮らす少女ジェニーは、祖母と共に空想上の猫グラジオラスを飼っていました。ある日熱を出した祖母は、空想の猫が逃げ出してしまったとパニックになってしまいます。八時を過ぎた夜、友人と共に医者に向かうジェニーでしたが…。
 夜の街の中を<子ども監視人>が歩いているという設定もユニークなのですが、前半に出てくる空想上の猫が上手く使われていて、非常によく出来たお話になっています。

 たまたま特定の時刻・場所である歌を歌ったために魔法が発動し、不思議な女性が現れるという「クッションを縫えますか」では、現れた女性が何者なのか、何のために出てきたのかも皆目わからないまま終わってしまいます。

 「ルーレイ・ルーラ」も変な話です。泣き止まない赤ん坊を眠らせたいという夫婦の願いに対して、通りがかったタマネギ売りの男が、古代の呪文を教えてくれ、それにより赤ん坊が目覚めなくなってしまうという物語。ナンセンス味が強烈です。

 ユーモア、ナンセンス味が強い作品が多いなかで、繊細さと叙情味が強いのが「緑のゆりかご」
 子どもがやたらと生まれるマーカムとほとんど生まれない町リトルハム。二つの街の中間にある森の孤児院には、マーカムから養い切れない子どもが次々とやってきて、子どもを欲しがるリトルハムの人々が引き取っていくということが繰り返されていました。
 孤児院で子どもの世話をする女性ゲルダは、ある日美しい赤ん坊を拾います。その容姿から「緑の子」と名付けられますが、時が経ってもその子は大きくならず、他の子の半分ぐらいの大きさにしかなりません…。
 「緑の子」の不思議な存在と行動を描く作品です。おそらく人間ではないのでしょうが、そのあたりもぼかして描かれています。結末も印象的で、余韻を持ったものになっていますね。集中でも心に残る作品です。

 本全体に、ヤン・ピアンコフスキーによる影絵風の挿絵が沢山散りばめられており、こちらも魅力的です。




ジョーン・エイキン作、マーガレット・ウォルティー絵『ぬすまれた夢』(井辻朱美訳 くもん出版)

 奇想にあふれたファンタジー短篇集です。

「虹の最後のかけら」
 風と話のできる少年ジェイスンは、風を助けたお礼に自分だけの虹を手に入れるための手段を教えてもらいます。首尾よく小さな虹を手に入れたジェイスンでしたが、帰りに様々なものたちの手助けをするたびに、虹は擦り減っていきます…。
 「虹」を手に入れた少年の物語です。物理的に手でつかめ、擦り減ってしまうという虹の性質が面白く描かれています。

「ぬすまれた夢」
 クレムが目を覚ますと、自分の楽しかった夢が盗まれていることに気がつきます。<歯の妖精>が自分の歯とともに夢を持ち出したことを知ったクレムは、夢を取り返すために<歯の妖精>の城を目指すことになりますが…。
 夢が盗まれるというファンタスティックなお話ですが、その夢を含め、少年が旅する幻想世界が非常に視覚的・具体的に描かれているのが特徴です。<歯の妖精>を始めとして、<歯ブラシの妖精>や<バスマットの妖精>など、さまざまな妖精が登場するのも楽しいですね。

「鍵のかたちをした葉っぱ」
 幼いティムは、庭の池の上の小さなほら穴に入りたいと願っていました。願いを叶えるためには葉っぱを集めろと言う石のゴブリンに従ったティムは、鍵のかたちをした葉っぱでゴブリンの鍵穴を開けますが…。
 主人公が小さくなったり、石のゴブリンが動き出したりと、ファンタスティックな作品です。三輪車に乗って走り出す石のゴブリンのイメージはなんともシュール。

「さけぶ髪の毛」
 ローレスティニア島の5歳になる王女クリスティーナは、両親の留守中、いたずらで飼い猫のひげを切っていまいますが、その猫は実は名付け親の妖精でした。妖精のひげが元に戻るまで9年間、クリスティーナの髪の毛は意地悪な言葉を話し続けるようになってしまいます…。
 髪の毛がひっきりなしに話し出すようになってしまった王女の物語です。両親が行方不明になり女王になった主人公が、髪の毛の言葉を止めようとしたり、無視しようとしたりと、涙ぐましい努力が描かれます。スラップスティックでありながら、妙にシリアスなテーマもはらんだ秀作です。

「女の子を愛した木」
 小さな村の中心に立つ大きなカシの木は、村で生まれた少女ポリーを愛していました。成長したポリーは村を出て別の町で暮らすようになりますが、カシの木は彼女を村へ呼び戻そうと考えますが…。
 一人の少女を愛したカシの木の物語です。葉っぱに思いを乗せて送り出す…というのは、何ともロマンティック。

「探しもの 足を一組」
 みえっぱりでいばりやの少年カルは、いたずら半分にテニスのラケットでチョウを叩き気絶させてしまいます。<つばさのあるものたちの女王>に罰として、カルの両足を切り離してしまいます。切り離された両足は、それぞれ別の方向に走り去ってしまいますが…。
 両足が逃げ出してしまうという、シュールかつユーモラスな物語です。足を失った少年がしおらしくなるのと同時に、走り去った両足はいろいろなことをし、人生を満喫します。何か寓意があるようなないような、変な作品です。

「世界一の画家」
 画家に憧れる少年マイケルは、海岸で子供の亀を見つけます。母親に会うために動物園に連れて行ってほしいと頼まれ、世界一の画家にしてくれるのを条件に、助けを請合います。しかし動物園に着いて亀を入れたはずの袋を見てみると、中には何も入っていませんでした…。
 画家になりたい少年と、彼をからかう水の妖精ケルピーを描く物語です。画家になりたいという夢は叶うのですが、それが少年の努力の賜物なのか、ケルピーによる魔法なのかがわからないところは面白いですね。人を喰ったような結末も楽しいです。

「おふろの中のクモ」
 性格の悪いエンマ姫は、先祖の魔女の血を引いており、少しばかり魔法が使えました。召使いのハッティーに意地悪をしては楽しんでいたエンマは、ある日おふろの中に大きなクモを見つけ念力で動かそうとしますが、クモは大きすぎて動かすことができません。
しかも追い払ったクモが何度もおふろの中に現れるようになりますが…。
 魔法の使える意地悪な王女とクモの物語。後半のとんでもない展開を読んだ読者はびっくりするのではないでしょうか。意地悪な姫も「不幸」にはならないという結末も印象的です。

「ことばをひとつ」
 口の悪い少年ダンは、魔法使いのおばあさんを罵倒したために魔法をかけられてしまいます。それは口汚い言葉を話すたびに、体の一部がガラスのように透けていくという呪いでした。やがてダンは、人と話すのを避けて、山で羊の番をしながら考え込むようになりますが…。
 ことばには「力」がある…ということをテーマにした寓意的な短篇です。ことばによってかけられた呪いを、ことばによって解く、という首尾一貫した流れに見事ですね。

 この本、エイキンの物語も素晴らしいのですが、マーガレット・ウォルティーによる挿絵が素晴らしく、印象に残ります。繊細な描線で、どこか日本の少女漫画を思わせるところもある可憐な画風です。
 可憐ではありながらユーモラスなところもあり、特に意地悪な姫の登場する「おふろの中のクモ」の挿絵では、姫のアンニュイかつ不敵な表情が魅力的に描かれています。
 巻頭8ページのカラー口絵のほか、本文のところどころにモノクロの挿絵が挟まれ、非常に楽しい本になっています。




ジョーン・エイキン『魔法のアイロン』 (猪熊葉子訳 岩波少年文庫)

 ユニークなアイディアとユーモアたっぷりの童話集です。

「めいわくな贈りもの」
 七人のおばさんを持つ少女マチルダは、毎日のようにおばさんたちから教育を受けていました。おばたちのうち、ガーティおばさんだけは遠くに住んでいるため、日曜日は休むことができたのです。
 しかしガーティおばさんは一年に一度、詩をつけたカードを送ってきていました。しかもその言葉は必ず実現してしまうのです…。
 魔法のカードを送ってくるおばさんに悩まされる女の子の物語です。それが何十年と繰り返されるのがハードですね。

「オウムになった海賊と王女さま」
 意地悪な妖精によって、生まれた直後にオウムにされてしまった王女。海賊に拾われ、たどり着いた島でオスのオウムと仲良くなりますが、ふとしたことから魔法が解かれ、故郷の王国に帰ることになります…。
 海賊と暮らし、蓮っ葉な性格になってしまった王女が引き起こすスラップスティックなコメディー作品。せっかく帰国したにも関わらず、実の両親も妹も眉を顰める…という展開はユニークです。

「魔法のアイロン」
 親切にしたおばあさんから当たりくじの番号を教えてもらった少年ジョンは、魔法のアイロンを引き当てます。しかし持ち帰る途中に、そのアイロンを盗まれてしまいます…。
 使うべき人が使えば当てたものが富に変わるアイロン、しかし心の悪い人間が使うとトラブルばかりが起こる、という物語。幸運のアイテムが「アイロン」というところがモダンです。

「料理番になった王女さま」
 グリセルダ王女は妖精の呪いで不器量にされてしまいますが、料理番になりたいという願いを持ち、努力の末それを実現します。王女の身分を隠して、他国の王子が募集していた料理番のコンテストに出ることになりますが…。
 身分を捨てコックになろうとする王女の物語です。自立した女性像が描かれているのが魅力でしょうか。

「腕のいい庭師のお話」
 動物の言葉がわかる少女カッサンドラは、動物たちの話から、友人のエルフィンストーン卿の家から盗まれた銀器の場所について知ることになります。隠し場所にやってきたカッサンドラは、泥棒たちの中に知り合いの庭師がいることに気が付きます…。
 動物たちの言葉がわかる少女が盗品を取り返すお話なのですが、少女が単純に悪人を罰するのではなく、皆が幸せになる方向に行動する…というのがユニークです。

「失業した音楽師たち」
 「ブレーメンの音楽隊」として活躍した四匹の動物たちは、その後村の一員としてそれぞれ仕事を持つことになります。しかし何者かの告げ口によって無実の罪で訴えられてしまいます…。
 彼らを良く思わない者たちがいるなか、真面目に働く動物たちが描かれるという物語です。ファンタスティックなおとぎ話である「ブレーメンの音楽隊」をしごく真面目に解釈したという意味で面白いお話ですね。

「一晩じゅう立っていた王さま」
 若き王の戴冠式の前夜、夜通し待ち続ける人々に同情した王は、城の外の焼き栗売りのおじいさんと話し込むことになりますが…。
 身分を隠し、おじいさんと話した王が民衆の心を知る一方、遠くから戴冠式に向かうおじいさんの息子と孫の様子が並行して描かれるという作品です。劇的な出来事が起こるわけではないのですが、しみじみとした味わいのある作品です。

「ふしぎなレコード」
 母親と二人暮らしの貧しい少女アーミンがレコード屋で手に入れた掘り出し物のレコード。それを蓄音機にかけると、彼女を夢のような世界に連れて行ってくれるのです。アーミンが病気になってしまったため、母親は仕事をやめることになり、仕方なく蓄音機を売ってしまいますが…。
 別世界に連れて行ってくれるレコードを描いたファンタジー。現実での状況が別世界において象徴的に反映されるという、幻想的な作品です。

「三つめの願い」
 ピーターズさんが助けた白鳥は、森の王さまが化身した姿でした。代わりに3つの願いを叶えてもらえることになったピーターズさんが一つ目に頼んだ願いは、美しい妻が欲しいというものでした。やがてやってきた女性は妻となり彼と幸せな日々を過ごします。
 しかし、妻は実は白鳥が人間になった姿であり、自然での生活に戻りたいと願い始めます…。
 自然に戻りたいと願う元白鳥の妻と、彼女を思うがゆえに妻を手放さざるを得なくなる男を描いた、ストレートな悲恋物語です。切ないテーマを扱っていますが、美しい作品となっていますね。3つの願いの扱い方もユニークです。




ジョーン・エイキン『しずくの首飾り』(猪熊葉子訳 岩波少年文庫)

 ファンタジー要素高めの童話集です。

「しずくの首飾り」
 父親の手助けにより名付け親になった北風から、魔法のしずくの首飾りをもらった娘ローラ。それをかけていれば、雨にぬれず、水に沈むこともないのです。しかし外せば、よくないことが起きるというのですが…。
 魔法の首飾りをもらった娘の物語です。首飾りの雨つぶが増えるたびに効力が増す、という設定になっています。「北風」が擬人化したキャラクターとして登場するのも面白いですね。

「足ふきの上にすわったネコ」
 貧しいために、エマとルウおばさんは廃バスを住まいとしていました。ある日助けた妖精のおばあさんから、服を3着もらいます。そのうちの一枚で足ふきを作ったところ、なぜかそこにネコがすわっているときだけ、願いが叶う魔法がかかっているようなのです…。
 ネコが上に乗っているときだけ魔法が発動する足ふき(もとは服なのですが)という面白い設定の物語です。結末も非常にファンタスティック。

「空のかけらをいれてやいたパイ」
 ある日、おばあさんがアップル・パイを焼いていたところ、そこに空のかけらが入り込んでしまい、パイはどんどんと空に浮かび上がってしまいます。パイの上に乗ったおじいさんとおばあさんは、途中で様々な人や動物たちを乗せることになりますが…。
 飛び上がったパイに乗った老夫婦が冒険をするというファンタジー作品。何とも破天荒な展開の物語です。

「ジャネットはだれとあそんだか」
 両親が出かけてしまい、遊び相手をほしがっていた幼いジャネットは、部屋の中の本から妖精や動物など、様々なものが出てきているのに気付きます。彼らと遊ぶジャネットでしたが…。
 本の中のキャラクターと遊ぶ少女を描いた、空想的な作品です。後半に登場するトラのキャラクターがいい味を出していますね。

「三人の旅人たち」
 とほうもなく大きなさばくに設置された駅に勤める三人の駅員たち。休みにもどこにも行けない彼らは退屈していました。やがて駅員の一人ジョーンズさんがお金を貯め、旅行に出かけることを宣言します…。
 砂漠の駅に勤める三人の駅員たちの、それぞれ三者三様の「旅行体験」を描く物語。寓意的な要素が強いのですが、傑作といえる作品ではないでしょうか。

「パン屋のネコ」
 パン屋のジョーンズさんの飼い猫モグは、イースト入りのミルクを飲んだところ、みるみる体が巨大化し、家を壊すまでになってしまいます。モグが町の人々から追放されかかっていたところ、町を災害が襲います…。
 大きくなった体を利用して、町を災難から救うことになるネコを描いた物語です。体を元に戻すのかと思いきや、最後までそのまま…というのはユーモラス。

「たまごからかえった家」
 世界を旅して回る四人の音楽家たちは車を失ってしまい、一夜の宿を求めて、いろいろな家を訪ねますがどれも断られてしまいます。おばあさんの住む奇妙な家を訪ねたところ、盗まれた大きくて白いたまごを探してくるように言われますが…。
 不思議なたまごをめぐる物語ですが、主人公の四人の音楽家たちといい、彼らがたずねる家やその住人たちといい、ファンタスティックな設定がてんこ盛りの楽しい作品になっています。タイトルの「たまごからかえった家」も結末で登場しますが、その存在もどこかシュールです。

「魔法のかけぶとん」
 ヌートおばあさんが孫のニルスのために編んでいた魔法のかけぶとんが、遠い国の魔法使いアリ・ベグによって盗まれてしまいます…。
 じゅうたんならぬ、魔法の「かけぶとん」の登場する作品です。主人公側が特に何もせず、悪い魔法使いが手下の動物たちに裏切られてしまうという展開も痛快ですね。

 ヤン・ピアンコフスキーによる切り絵風の挿絵も魅力的な一冊です。




ジョーン・エイキン文、クェンティン・ブレイク絵『ふしぎな八つのおとぎばなし』(こだまともこ訳 冨山房)

 タイトル通り、8篇の童話作品が収められています。原著は1994年刊行と、著者としては後期に発表されたものですね。

「雲深き山をこえて」
 お妃が突然空に浮かび上がり行方不明になってから、悲しみに沈む王とその双子のシラ姫とテブ王子。渋る父親を説得して、離れた学校へ通うことになったシラとテブでしたが…。
 母親が残してくれた魔法の青いくつによって、不思議な体験をする子供たちの物語です。オーソドックスな展開のお話ではあるのですが、最後までお妃が消えた理由も、その行方も全く判明しないというのがシュールです。

「燃えろ、燃えろ、かげぼうし」
 魔法使いの老婆ニクタラシ夫人に、魔法のほうきの製作を頼まれたトリラは、妹のルーティをカバノキに変えられてしまいます。妹を助けるために魔女の家に向かうトリラでしたが…。
 邪悪な魔女と対決(といっても運よく倒す…という感じですが)する娘の物語です。魔女の魔法が強力で、あっという間に多数の人間が姿を変えられてしまうというのが怖いですね。

「メリュシーナ」
 お妃が大事にしていた魔法の香り玉がたまたま通りかかった赤ん坊メリュシーナの手押し車に入ってしまいます。盗まれたと思い込んだお妃は、香り玉を持っている相手に対して、日曜日ごとにピンクの蛇に変わる呪いをかけますが…。
 巨大な蛇になってしまう呪いにかけられた女の子の物語です。蛇の姿を利用して仕事をしたり、「特に気にしない」というスタンスで生きるという、何ともタフなメンタルのヒロインがユニークですね。

「バスケットいっぱいの水」
 船のりの娘ジョスリンは、海の王ネプチューンに見初められ、花嫁として海で暮らすことになります。男の子二人も生まれ幸せに暮らすものの、ジョスリンはその生活に満足できなくなっていきます…。
 意欲たっぷりのヒロインの登場する物語です。あっさり夫と別れて、友人として付き合っていく…という展開はドライながら現代的ですね。

「リコリスの木」
 マットとロッドはおばあちゃんと一緒に暮らしていました。ある日、火星人が捨てていったかいじゅうたちが村を荒らし始めます。彼らをなだめるための生贄候補としてマットとロッドの名前が挙げられてしまいますが…。
 前作「バスケットいっぱいの水」の続編で、ジョスリンが生んだ息子マットとロッドの冒険が描かれます。かいじゅうを退治するために、ライバルである不良の兄弟たちと手を結ぶ展開には熱いものがありますね。

「怒り山」
 山頂にある「怒り山」と呼ばれる村。そこは二つの国の境にあり、たびたびそこで戦いが起こり、多くの人々が命を落としていたという場所でした。ある日突然村に現れた旅人は、体のけがを何でも直すといいますが、代わりに自分の父親が何を言い残したか知りたいと話します…。
 医者である不思議な旅人と、治療を受ける村人たちを描いた物語。村人たちの利己心と恐怖心が悲劇を引き起こすことになります。作品集中でも、もっとも暗鬱で「怖い」物語です。

「冬の夜にさまよう」
 木彫りを趣味とする粉引きの男バーナードは、美しい娘アリスを大事にしていました。材料にするため、村境に植えられた樹齢数百年のオークの木を切り倒したバーナードは、朝起きて一番に触ったものが木になってしまうという呪いをかけられてしまいます。
 娘を木にしてしまうのを恐れ、離れたところに娘を寝かせて鍵をかけさせるバーナードでしたが…。
 呪いで触ったものが木になってしまうようになった男と、その娘の物語です。シリアスなトーンで描かれる話で、結末にも一抹の寂しさがありますね。

「落ちていく世界をつかまえろ」
 宇宙で天使たちとともにサッカーをしていた聖イカロスは、宇宙のヒューズを切って進化を遅らせてしまい、永遠に落ち続けるという罰を科されてしまいますが…。
 宇宙的なスケールで展開されるユーモラスかつシュールなファンタジーなのですが、それがあれよという間に創世神話につながっていく、というのがユニークな作品です。




ジョーン・エイキン『心の宝箱にしまう15のファンタジー』(三辺律子訳 竹書房)

著者が70歳になったのを記念して、1995年に編まれた自選の短篇傑作集です。

「ゆり木馬」
 意地悪でケチな継母と暮らす少女エスメラルダ。外面の良い継母は、資産を持ちながらも慈善事業やバザーに費やし、娘には全くお金をかけずに放置していました。おもちゃも全く持っていないエスメラルダは、たまたま手に入れたお金で、汚れたゆり木馬を手に入れます。
 普段、継母の入らない地下室にゆり木馬を置いたエスメラルダは、毎日のように木馬に話しかけるようになりますが…。
 孤独な少女が、偶然手に入れたゆり木馬を友人とする物語。幻想的な結末が美しいのですが、このラストが比喩的な表現だとすると、かなり救いのないお話とも取れますね。

「シリアル・ガーデン」
 マークは、プライドさんのお店に売れ残っていたシリアルを手に入れます。中身は美味しくはないものの、そのパッケージには魔法がかけられていました。紙を切り抜いて組み立てた庭に対して、箱に書かれた詩を唱えると、その庭は大きくなり、そこに入ることができるのです。
 シリアルのシリーズをいくつか入手したマークは、それぞれの庭に入っていきますが、その中に若い王女がいることに気付きます。王女は身分違いの音楽家と駆け落ちしようとしたものの、手違いで恋人と出会えず、50年間もずっと待っているというのですが…。
 <アーミテージ一家>シリーズの一篇です。シリアルの箱から出現した魔法の庭が何とも魅力的。恋人たちは再会することができるのか? 単純なハッピーエンドにならないところも面白いですね。

「三つ目の願い」
 ピータース氏が助けたハクチョウは、森の王が化身した姿でした。三つの願いを叶える権利を手に入れたピータース氏は、一つ目の願いとして美しい妻を願います。現れた女性は妻としてピータース氏の生活を幸福なものにしますが、妻のレイタはだんだんと元気をなくしてしまいます。
 彼女は元々ハクチョウであり、残してきた姉やハクチョウとしての生活に未練を残しているというのです…。
 ハクチョウが化身した妻を娶った夫が、妻のために自分の幸福をあきらめる…という物語。三つの願いを自分のために使い切らない、という展開もユニークです。男は結局幸福だったのか…? いろいろと考えさせる切ないお話です。

「からしつぼの中の月光」
 母親の病気のため、おばあちゃんに預けられた少女デボラ。おばあちゃんは、ミツバチや草花にも話しかけ、年老いた今でも自分一人で仕事をこなそうとする、元気で変わり者の女性でした。
 おばあちゃんとの生活を楽しむデボラでしたが、夜中に起きた際に、祖母に「おまえはだれだ?」と問いただされ驚きます。翌朝そのことを話すと、祖母は、表面だけではなく自分の中身まで話さなければだめだと諭します…。
 風変わりながら愛情たっぷりの祖母と孫娘との生活を描いた物語。コミカルな展開が続くだけに、二人の別れが描かれるラストにはぐっと来るものがありますね。

「キンバルス・グリーン」
 孤児院からヴォーン夫人の家に引き取られた少女エメリーン。しかし、夫人はエメリーンの面倒はろくに見ず、毎日家から追い出す始末でした。エメリーンの友達は野良猫スクラウニーと、かっては有名な元フルート奏者だったという、くたびれた老人ヤキーモさんだけ。
 ヤキーモさんに頼んで図書館から借りてきてもらった本にエメリーンは夢中になります。本の中の登場人物になったつもりで、壊れた公衆電話で電話ごっこをしては一人遊びをしていました。
 ヴォーン夫人の息子でならず者のコリンは、スクラウニーに腹を立て、彼を殺そうとします。エメリーンは彼を守ろうとしますが…。
 本を愛する少女が、友人を守るために立ち上がる…という物語。彼女の空想が現実化して不思議な力を発揮します。少女の不遇な生活が描かれるだけに、希望の見えるラストは後味が良いですね。

「ナッティ夫人の暖炉」
 音楽家のヨハンセン先生は、マークたちから情報を得て、部屋を交換したいという広告に応募しますが、それに応じてやってきたナッティ夫人は、文字通り家の中のその部屋のみを入れ替えてしまいます。
 窓から見えるのは異国らしい風景、部屋に置いてある不思議なオルガンなど、部屋の魅力に囚われた先生や子どもたちでしたが、部屋にあった卵が孵化するのを見て驚きます。 卵から生まれたのは何とグリフィンでした。子どもたちはグリフィンを育てようとしますが、グリフィンは体の大きさに似合わず、どんどんと重くなっていきます…。
 <アーミテージ一家>シリーズの一篇。「シリアル・ガーデン」から引き続きヨハンセン先生が登場する、年代の近い続編といっていい作品です。空間的に部屋が入れ替えられてしまうという発想が魅力的ですね。
 素性の分からない不思議なナッティ夫人、孵化するグリフィンなど、いろいろなテーマが盛り込まれた楽しい作品です。

「魚の骨のハープ」
 粉ひきの老人ティモラッシュと暮らす孤児の少女ネリーン。老人は方々へネリーンを働きに出しますが、空想がちな彼女はすぐにお払い箱になってしまい、働き先を転々とします。やがて魔女の噂もある老女サルーンの家に雇われることになったネリーンは、サルーンから自分の父親のことを聞きます。
 山の向こうの国からやってきた父親は、女神の怒りに触れて凍り付いてしまった国を助けるため、幼い娘とともにここにやってきていました。持っていた金色のハープを粉ひきの老人に預けたものの、老人は鋳つぶしてそれを売ってしまったというのです。さらに父親は、森を抜けようとしてハゲタカに襲われて死んだしまったことも知ります。
 ネリーンは父親の故郷を訪ねたいと考えますが、森を抜けるにはハゲタカを音楽によって眠らせねばならないといいます。金のハープがない今、別の材料でそれを作らなければならないのです。ネリーンは魚の骨でハープを作ることを考えますが…。
 身寄りを無くし不遇な少女が、自らの来歴を求めて冒険をするという作品です。設定はおとぎ話的なのですが、少女が自らの力で運命を切り開くという点で、ヒロイック・ファンタジー的な味わいも強いですね。
 物語のメインモチーフとなる魚の骨のハープも、ユニークでインパクトのあるアイテムですね。

「望んだものすべて」
 マチルダには七人のおばさんがおり、毎日のようにそれぞれから教育を受けていました。唯一、ガーティおばさんは海外にいるため、日曜日は休める日となっていましたが、その代わりに誕生日に詩が送られてきていました。
 その詩には魔法がかけられており、書いてある通りのことが実現してしまうのです。
 成長したマチルダは役所に勤め始めますが、ガーティーおばさんの詩のせいで、歩く先から花が生えてくるという状況に陥ってしまいます…。
 現実が書かれた通りになってしまうという魔法のバースデーカードをめぐるファンタジー。はた迷惑なだけなのですが、それが毎年送られてくるという、スラップスティックな作品になっています。

「ホーティングさんの遺産」
 アーミテージ夫人は競売で鏡を手に入れます。夫人と競り合ったホーティングさんは鏡に執着していましたが、直後に亡くなってしまいます。遺言でホーティングさんはアーミテージ家に二体のロボット、ティンティアとニクラスを寄贈します。
 月光エネルギーで動くという彼らを、アーミテージ家の人々は上手く利用しようとしますが、ことごとく失敗し、様々な被害を出してしまいます。ちょうど時期を同じくして、アーミテージ家には資産家の親戚エルスペスおばさんが滞在することになりますが…。
 <アーミテージ一家>シリーズの一篇。邪悪な意思を持つロボットに家庭がかき回される…という物語です。問題行動を起こすことが分かっているにもかかわらず、しつこくロボットを使おうとするアーミテージ一家の人々に笑ってしまいますね。

「十字軍騎士のトビー」
 砂浜のあるスウェイクリフという町を休暇で訪れた少年トビーとその両親。トビーは、現地に住む老人ブルーマンさんと仲良くなります。犬を愛するブルーマンさんは、トビーの愛犬ハリエットとも仲良くなります。
 ブルーマンさんは教会に昔から建っている十字軍騎士サー・ベルトランとそのお付きの犬トビーの像をも愛していました。しかし土地の浸食で、十字軍騎士の像は海に流されてしまいます。その直後からハリエットは、もう一匹の犬がいるかのような行動を取るようになりますが…。
 十字軍騎士の主人を慕う犬の魂と、それを見守る老人を描いた作品です。死んでも「思い」はずっと残るという死生観の描かれた、味わい深い作品になっています。

「神さまの手紙をぬすんだ男」
 足に障害のある郵便配達夫フレッドは、愛する母親の死後、孤独に苛まれ、出来心から他人の手紙を盗んでしまいます。その現場を目撃されてしまったフレッドは郵便配達の仕事を解雇されてしまいます。
 後任の郵便配達夫のいい加減な仕事ぶりにあきれたフレッドは、雨に濡れないように手紙を押し込んでいる様子を見られ、再度盗難をしていると非難を受けてしまいます。やけになったフレッドは、再び手紙を盗んで中身を読みますが、そこには吝嗇で知られる父親に支援を求める娘の文章が綴られていました…。
 真面目に郵便配達を勤める青年が、その孤独さから手紙の盗難事件を起こしてしまう…という物語。主人公の青年の境遇と人生があれよという間に変わってゆくのが面白く、タイトルにある「神さまの手紙をぬすむ」に至るまでの流れは、読んでいてもなかなか予想がつかないのではないでしょうか。

「真夜中のバラ」
 ウィッシュ・ウィンターグリーン村には言い伝えがありました。その村では、世界の命運を決めるバラがいつか咲くというのです。見かけないよそ者がやってきて、そのバラについて訊ねますが、誰もそれについては教えてくれません。
 一方、村ではある男が裁判にかけられるということで話題になっていました。男は、一万年前のこてを掘り出したというのですが、博物館に収められる前にそれをどこかに埋め直してしまったというのです…。
 伝説のバラはどこに咲くのか? バラの行方を訊ねる男の正体は? 非常に象徴的かつ寓意的で、エイキンには珍しいタイプのファンタジー作品ですね。

「ネコ用ドアとアップルパイ」
 突如、クラスク一家の家を、主人のクラスク氏の妹とその娘たちが訪れることになります。一家は慌てて支度をすることになりますが、長男は騒がしいいとこたちを嫌って出かけてしまいます。
 ネコ用のドアをつけなくてはいけなくなった次男や、安寧を乱された主人はその慌しい状況にうんざりしていましたが…。
 急な妹一家の訪問で慌ただしくなった家庭を描く、なんとも言い難い味わいの「奇妙な味」のファンタジー。唐突かつシュールな結末には唖然としてしまいます。

「お城の人々」
 空っぽな城の建つ山のふもとに開業した医者は、腕はいいものの人間嫌いで、来る患者を次々と追い出しては、書き物に熱中していました。医者は、ある日訪れた若い女性を治療しますが、彼女の正体は城の王女ヘレンでした。
 医者によって生まれつきの呪いが解かれたというのです。王の許可を得て王女と結婚することになった医者でしたが、彼女に対し思いやりのない言葉を発した瞬間に、娘は消えてしまうだろうという警告を受けることになります…。
 人間嫌いの医者が、明るい妻を得て変わりつつあったものの、ふとした言葉から妻を失ってしまう…という物語。王女は人間の姿をしているのですが、どこか「異類婚姻譚」的な味わいもありますね。人間関係についても、いろいろ考えさせるところのある寓意的な作品になっています。

「本を朗読する少年」
 母親を早くに亡くし、再婚した父親もすぐに亡くしてしまった少年セブは、血の繋がらない継母と三人の姉にいじめられていました。母親が残してくれた3つの形見を次々と取り上げられてしまったセブは、最後に残った物語の本だけは手放すまいと、家を出奔してしまいます。
 村の掲示板で「海」が本を読んでくれる男の子を探しているという掲示を見たセブは自分を雇ってもらおうと出かけます。途次で朗読の練習をしていたセブは、それを聞いた古い車や空き家から、物語のお礼にといろいろな情報を教えてもらうことになりますが…。
 本を愛する少年が、物語を語ることと引き換えに、様々な物を手に入れるという物語。 彼の手に入れた物を羨んだ継母や姉たちがそれを奪おうとするものの失敗してしまう…という展開もお約束ながら楽しいです。
 継母や姉たちが失敗の結果、死んでしまったり、閉じ込められたりと、結構容赦がないところも面白いですね。

 この『心の宝箱にしまう15のファンタジー』、底抜けに楽しい物語もあれば、切ないお話もある。神秘的なファンタジーもあれば、いろいろと考えさせる作品もありと、バラエティに富んだセレクションになっています。
 個人的には、「ゆり木馬」「からしつぼの中の月光」「十字軍騎士のトビー」「神様の手紙を盗んだ男」「お城の人々」など、孤独や淋しさなどが重要なテーマとなった作品群に魅力を覚えますね。
 日本ではこの本でしか読めない作品も多数収録されています。<アーミテージ一家>もののように、他の本でも読める作品もありますが、こうした傑作集の並びで読んでみると、また違った味わいがありますね。
 ちなみに、この本は二分冊されて文庫化されています(『ひとにぎりの黄金 鍵の章』『ひとにぎりの黄金 宝箱の章』竹書房文庫)。原題が A HANDFUL OF GOLD なので、文庫版の方は忠実な訳題になっているようですね。


 絵本作品も一冊紹介しておきます。



ジョーン・エイキン文、アラン・リー絵『月のしかえし』(猪熊葉子訳 徳間書店)

 月の「呪い」を描いた幻想的なお話で、西洋の伝承を組み合わせて作られた作品だそうです。

 港町の馬車作りの家の七番目の息子セッピーは、バイオリンの名手だったというおじいさんに憧れていました。ある夜、悪魔が住むと噂される空き家の前に立ったセッピーは、どうしたら国いちばんのバイオリンひきになれるか尋ねます。
 小声で返ってきたのは、靴をかたっぽずつ、月に向かって七晩続けてなげろ、という答えでした。セッピーは、大時計にしまってあった幼い頃の靴を持ち出し、それを実行します。
 七晩が終わった後、セッピーの部屋に現れた月は、願いを叶える代わりに、七年間セッピーははだしでいなければならないこと、大時計に靴を全て戻すまでは妹は口をきけないこと、家族に災難が降りかかるだろう、ということを聞きます。その直後に、母親は妹を産み落としますが…。

 月の「呪い」によって、バイオリンの技術を受け取る代わりに、家族へ災難が降りかかることになってしまった少年を描く、幻想的なお話です。月、靴、バイオリンなど、おとぎ話風のモチーフが使われているほか、「七」という数字がところどころでお話のポイントとなっています。
 童話作品に現れる「月」というと、優しげなイメージを思い浮かべがちですが、本作での「月」は非常に冷たく、災厄をもたらす存在として描かれているのが興味深いところです。代償を払って手に入れたバイオリンの能力が、後半に災厄を打ち払うために使われる…というのも面白いですね

 「月光」と「音楽」が重要なモチーフとなった、魅力的な幻想物語です。アラン・リーの細密な絵もすばらしいですね。エイキンの物語を汲んだものか、リアルな絵柄の中にあって、後半に登場する怪物にはユーモラスな造形が見られるのも面白いです。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

メアリ・ド・モーガンの童話世界
 イギリスの作家、メアリ・ド・モーガン(1850-1907)は、『針さしの物語』『フィオリモンド姫の首かざり』『風の妖精たち』の三冊の童話集を残しています。
 叙情的で幻想的、ユーモラスで奇想天外…、そのどれもが物語の楽しみに満ちた、素晴らしい作品集になっています。順に見ていきましょう。



メアリ・ド・モーガン『針さしの物語』(矢川澄子訳 岩波少年文庫)

「針さしの上で」
 針さしの上に居合わせた、めのうのブローチと黒玉のショール・ピンと留め針の三人。 姿見の上にかかっているブレスレットたちのおしゃべりに嫌気がさしていた三人は、気をまぎらわすために、交代でお話をすることにしますが…。
 後述の「みえっぱりのラモーナ」「愛の種」「オパールの話」の外枠となる物語のプロローグです。それぞれのお話はブローチたちが語った物語で、エピソードとエピソードの間には、それについての彼らの感想など、合いの手が挟まれています。非常に洒落た枠物語になっていますね。

「みえっぱりのラモーナ」
 農夫の娘ラモーナは非常に美しい娘でしたが、その美しさを鼻にかけていました。毎日のように小川に映した自分の姿に見入っては、彼女を思う真面目な青年エリックにも冷たくしていました。
 ラモーナの様子をずっと見ていた水の精たちは、彼女に灸を据えるために、彼女の鏡像を隠してしまうことにしますが…。
 鏡像を失ったことにより、自分の傲慢さに気付く娘を描いた物語です。姿が映らなくなったことで、お洒落などができなくなり、美しさが段々と失われていく…という描写が具体的でリアルですね。

「愛の種」
 橋のそばの門を開閉する仕事をしている家に生まれた、いとこ同士の二人の娘ブランシュリスとザイール。二人は、おばあさんの形見として願いの叶うロウソクを受け継ぎます。橋を通る王子に恋をしたブランシュリスは、ロウソクの力を借りて王子と結婚し王妃となりますが、ザイールはその境遇を妬んでいました…。
 魔術によって恋を成就するものの、同じ魔術によってそれが破られ、回復されるまでを描いた物語。使う者の性質によって良い妖精と悪い妖精、どちらも出現する可能性のあるロウソクというアイテムが魅力的です。単純なハッピーエンドにならないところも面白いですね。

「オパールの話」
 小さな日光の少年は、鳥たちの話から、美しいという月光の少女の話を聞き、彼女に会ってみたいと考えます。やがて互いの姿を見た少年と少女は恋に落ちてしまいます。しかしお日様とお月様は犬猿の仲、しかもそれぞれが地上にいられる時間は限られており、それを越えると彼らは死んでしまうのです。しかし期限の時間を越えても、日光の少年は少女と一緒にいることを選びます…。
 太陽と月、それぞれの眷属の少年と少女が、相容れない運命の中で恋をする…というロマンティックな物語です。互いに死をも恐れない、という展開は感動的です。
 主人公たちが地上に降りるとき、日光は金の梯子、月光は銀の梯子が使われており、それが崩れることが彼らの死を意味する…という象徴に満ちたシーンが美しいですね。
 どのようにオパールが誕生したのか、という起源譚にもなっていますが、それが非常に幻想的・象徴的に描かれる結末も素晴らしいです。

「シグリドとハンダ」
 そこは、勤勉で正直な者ばかりの住む村でした。しかし欲を起こしたりすれば災難が降りかかる、という言い伝えがされていました。村の靴職人ラルフは丁寧な仕事ぶりで、尊敬されている人物でしたが、ある日現れた小男がラルフのものより質が悪い靴を安く売り始めたことから、経済的に苦しむようになります。
 その後、作物は不作、病が流行り村は荒廃してしまいます。しかも何人もの少女が行方不明になってしまいます。ラルフの息子シグフリドは、行方不明になった幼馴染の少女ハンダを探し回ることになりますが…。
 邪悪な小男の靴の魔法により、荒廃してしまった村を救おうとする少年の物語です。靴の呪いが強烈で、村人が買った全ての靴を処分しなければいけないなど、難易度が高くなっています。平和は戻るものの、村人たちは前と全く同じ純粋さを取り戻すことはできない…という結末も印象的ですね。

「髪の木」
 魔法を使うワシによって、髪の毛が抜ける呪いにかけられたお妃ははげになってしまいます。夢の中で見た髪の木の種を使えば、髪が元に戻ると考えたお妃は賞金をかけますが、それを知った青年ルパートは、髪の木の種を求めて冒険の旅に出ることになります…
 頭に髪の毛を生やすための「髪の木の種」という設定からしてシュールなのですが、それを求めての道中の冒険も奇想天外です。植物がつかみかかってきたり、キスしようと迫ってくる唇の花がいたり、亀の呪いによって虎になってしまった女性が登場したりと、息をつく暇もありません。
 青年が途中で手に入れる魔法の木の実を欲しがる者たちが多く登場し、木の実をだしにいろいろ交渉をしていく過程も面白いですね。亀の呪いによって女性が虎になってしまった経緯を描く挿話「トレヴィナの物語」も、単独でも充分面白いエピソードになっています。
 全体に世界観がシュールかつユーモラス(とちょっとしたブラックさも)で、冒険ファンタジーとして非常に秀逸な作品になっています。

「おもちゃのお姫様」
 真面目で感情を表さないことが美徳とされる国に生まれた王女ウルスラ。亡き王妃から王女を頼まれた妖精タボレットは彼女を気の毒に思い、ウルスラを漁夫の夫妻のもとに運び預けます。一方、宮廷にはウルスラそっくりで、決まったセリフしか喋らない機械人形を置いてきますが、宮廷の人々は、姫が礼儀正しくなったと思い込みます…。
 礼儀正しく感情を出すことが良くないとされる国に生まれた、感情たっぷりの少女が機械人形の身代わりに、一般家庭の養女となるというお話。宮廷の人々はまったく入れ替わりに気がつかないのが笑ってしまいます。
 真相を知った王国の人々が、本物と偽者の王女のどちらを選ぶのか、選択を迫られるという結末も皮肉が効いていますね。

「炎のかなたに」
 足の悪い少年ジャックは、クリスマスの夜一人で留守番をしていました。暖炉の中から声がするのを聞いたジャックは、その中に小さな男がいるのに気がつきます。火の精だという小男に彼の国に連れて行ってもらったジャックは、火の国の王女パイラ姫に出会い、その美しさに驚きます。
パイラ姫は、敵国の水の王の息子フルヴィウス王子と恋仲だという話を聞いたジャックは、二人の恋を成就させてあげたいと考えますが…。
 火の姫と水の王子、本質的に相容れない二人の恋を成就させるにはどうしたらいいのか、を主人公のジャック少年が探っていくという物語です。その解決法は寓意的なものになっているのも面白いですね。
 冒険を通して、ジャックが心の弱さを克服していくという流れも良いですね。
 火や水以外にも、多数の精霊や魔法が登場し、そのイメージの鮮やかさが物語を彩ります。魅力的な童話作品です。




メアリ・ド・モーガン『フィオリモンド姫の首かざり』(矢川澄子訳 岩波少年文庫)

「フィオリモンド姫の首かざり」
 絶世の美女フィオリモンド姫は、実は影で魔女とつきあいがあり、魔術を駆使する腹黒い女性でした。その美しさも魔法の力によるものだったのです。父王が跡継ぎとして、フィオリモンド姫の婿を探すことを宣言すると、姫は自分の所業がばれてしまうと考え、魔女に対策を相談します。魔女は魔法の首飾りを姫に渡しますが、それは、鎖に触れた者は宝石となって首飾りの一部になってしまうという呪われた品でした。姫への求婚者たちは次々と宝石となってしまいますが…。
 邪悪な姫が、次々と求婚者の王子たちを宝石に変えてしまうという物語です。秘密を知った姫の召使ヨランダが、フロレスタン王子の親友ジャーベスと協力して、首飾りの呪いを解こうとしますが、すんなりとはいきません。
 邪悪でサディスティックという、ド・モーガン作品としては珍しいお姫さま像が描かれており、ユニークな作品になっています。

「さすらいのアラスモン」
 竪琴弾きのアラスモンは妻のクリシアは、旅の途中、魔法使いの呪いによって荒廃したという村にたどり着きます。夫が眠り込んだ後、歌によって呪いを解けるかもしれないと耳にしたクリシアは、魔法使いの手下の小鬼の集まる場所を訪れます。
 歌の力で呪いを解いたクリシアでしたが、小鬼たちの魔法によって金色の竪琴に姿を変えられてしまいます。妻が失踪してしまったと思い込んだアラスモンは見つけた金色の竪琴を抱え、世界中を旅して妻を探して回ることになりますが…。
 ずっと一緒にいたとは気付かずに、妻を探し続ける楽士を描いた切ない作品です。美しかったアラスモンが、段々と年老いて痛めつけられていく様が詳細に描かれていくのが痛々しいですね。

「ジョアン姫のハート」
 高慢な王妃のせいで、娘のジョアン姫は妖精にハートを奪われる呪いをかけられてしまいます。姫は美しく成長しますが、他人への思いやりを全く欠いた人間に育ってしまいます。
 彼女の美しさに惹かれて結婚を申し込んだマイケル王子でしたが、ジョアン姫のハートを取り戻すまでは結婚しないと決心し、七年間は待ってほしいと言い残し旅に出かけます。姫のハートが囚われているという城を見つけるものの、その城の中に入るためには、外にいる老人の手伝いをしなければいけないというのです。何年もの間、王子は厳しい労働をし続けますが…。
 姫の心を取り戻すために、苦労を重ねる王子を描いた物語です。この王子の苦労が本当に大変で、何年もの間、厳しい肉体労働と、いつ果てるとも知れない絶望に耐え続けなければいけないのです。それによって容姿も激しく衰え、国に戻っても人々は王子だとは認めてくれないほど。
 ジョアン姫自体に罪は全くないとはいえ、姫は全く何もせず、王子側ばかりの苦難が描かれるという意味で、かなり不条理感が強い作品ではありますね。
 姫のハートが囚われた城内での、妖精が起こす幻との戦いは、夢幻的かつ視覚的なイメージが豊かで、一読の価値があります。

「行商人の荷物」
 行商人は、自分が持ってもいない金貨二枚を報酬の約束として、ろばに荷物を運ばせます。ろばはろばで、はえを追い払ったら金貨三枚を払うとからすを雇います。からすはさらにひばりを雇いますが…
 お金を持っていない連中が、いい加減な約束でそれぞれ別の生きものを雇ってゆき、それが繋がってゆく…という物語。
 捻りの効いたユーモラスな童話作品です。

「不幸のパン」
 パンの焼き加減のムラに悩んでいた短気なパン屋は、ある日現れた小鬼の申し出を受け入れます。それはパンが丁度良く焼けるようにする代わりに、そのパンを食べた人間は皆、不平や不満を抑えられなくなってしまう、というものでした。
 パンが売れ喜ぶパン屋と対照的に、パンを食べた人々はどんどんと不満をためていきますが…。
 食べると不満が止まらなくなるパンを食べた人々が騒ぎを起こすという物語。ド・モーガン作品には珍しく(?)「教訓」のある物語になっていますね。

「三人のりこうな王さま」
 老王ローランドは、誰が王にふさわしいか分からないため、三人の甥たちに順番に王位に就かせてみてほしいという遺言を残します。甥たちは順に王位に就きますが、扱うのが難しい国民たちのせいもあり、次々と位を投げ出し逃げ出してしまいます…。
 王でいることよりも、それぞれが楽しい仕事を見つけて気楽に生きることを選ぶ青年たちが描かれるという、寓意的な作品です。結局王国がどうなったのか、中途半端で終わってしまうという展開も楽しいですね。

「賢い姫君」
 知的好奇心の旺盛なフェルナンダ姫は、小さいころから人々に質問ばかりしていました。賢者に弟子入りしあらゆる知識を学んだフェルナンダですが、それゆえに始終憂鬱になり、楽しみというものを失ってしまいます…。
 知識が人を幸せにするわけではない、というテーマの描かれた作品です。楽しくなるにはどうしたらいいか、周囲に訊いて回る姫ですが、日常や生活に喜びを見出すのではなく、「死」や「彼岸」にそれを見出す…という神秘的・観念的な展開もユニークですね。




メアリ・ド・モーガン『風の妖精たち』(矢川澄子訳 岩波少年文庫)

「風の妖精たち」
 粉挽きの娘リュシラは、幼いころから風の妖精たちに踊りを習い、見事な踊りを踊れるようになります。しかし妖精たちは、彼らのことは人々に話してはいけないと話します。やがてリュシラは結婚し子供も授かりますが、夫は経済的な必要から出稼ぎに出かけます。
 ある日たまたまリュシラの踊りを目にした男たちは、よその王国の王のもとで踊りを披露するように薦めます。かの国の王は踊りに目がなく、しかも結婚を控えているというのです。お金に困っていたリュシラは、王のもとへ出かけることになりますが…。
 風の妖精に踊りを習った少女の苦難を描く物語です。ヒロインは妖精たちとの約束から真実を話すことができないのですが、それが原因で王と王妃から虐待を受けてしまいます。ヒロインの立場がどんどん悪い方向に行ってしまう、後半の展開はハラハラドキドキしますね。

「池と木」
 広野のまんなかに立つ一本の木とそのそばにある池は、互いに愛し合っていました。しかし人間たちは、その木が大変珍しい木であることから、木を掘り返して別の場所に植えてしまいます。嘆いた池は、蒸発し雲となって木のもとへ行こうと考えますが…。
 愛しあう池と木の別離と再会を描く物語です。どんどんと姿を変えながらも、木のもとにたどり着こうとする池の行動がいじらしい作品です。寓意的な要素を感じさせながらも、そこまで象徴的になりきらないという物語のバランスも良いですね。

「ナニナの羊」
 市場に出かけた農夫の代わりに、羊の番をすることになった若い娘ナニナ。ふと禁止されていた丘の向こう側に行ってみたところ、黒い山羊を連れ、笛を吹きながらやってくる美しい少年に出会います。彼の笛に乗せられ体が勝手に踊りだしたナニナが気がつくと、羊が一頭消えていました。
 翌日も同じことが繰り返され、羊はどんどんといなくなっていきますが…。
 妖精の少年によって、羊をどんどんと奪われてしまうという物語。頭では分かっていても体が勝手に踊りだしてしまうという、悪魔的な魅力を放つ少年が不気味です。連れている山羊が真っ黒ということからも、妖精というより悪魔的な存在なのでしょうか。
 集中でもホラー的な要素の強い作品ですね。

「ジプシーの杯」
 勤勉で良い品物を作ることで評判の若い陶工は、ある日、仕事場を訪れたジプシーの娘が、自分以上の品物を目の前で作り上げるのを見て驚きます。娘は贈り物として杯を置いていきますが、その杯には一度目に飲ませると飲ませた者に恋をするが、二度目に飲ませると憎むようになるという魔法のかかった杯だというのです。半信半疑ながら、憎からず思っていた娘に杯を飲ませた陶工はその娘を妻にすることに成功しますが…。
 魔法の杯によって妻となった女性が、その杯によって夫を憎むようになってしまうという物語。夫と妻のすれちがってしまった愛情が元に戻るまでの経緯が、夫婦両方の視点から描かれます。短めながら非常に奥行きのある物語になっています。

「声を失ったオスマル」
 その美しい歌声で村でも評判の青年オスマル。ある日村に沢山の楽器をやってきた小男は、ひとりでに鳴る楽器を使って演奏を繰り広げ、オスマルはそれに魅了されてしまいます。小男は引き上げる際に、オスマルに手伝いとしてついてきてほしいといい、オスマル一人だけのために再度演奏を披露しますが、楽器がみな人間の形になるのを見て、オスマルは驚きます。
 やがて美しい少女の姿になった楽器はオスマルから、その美しい声を奪ってしまいます。オスマルに恋する娘フルダは、彼の声を取り戻すために、小男を探す旅に出かけることになりますが…。
 悪魔的な男に奪われてしまった恋人の声を求めて、旅に出かけることになる娘を描いた音楽幻想小説です。どうしたら解決するのか全くあてがない状態から、声を取り戻すに至るまでの流れは非常に奇想天外かつファンタスティック。
 フルダが試行錯誤する前半の行動が、後半の展開の伏線になってくるという流れも見事です。人型に変身する楽器たちの姿も、何やら官能的で魅力的ですね。

「雨の乙女」
 山奥に住む羊飼いの夫婦は、ある日雨の中、家のドアをたたいた女性を家に入れてあげます。その不思議な女性は、妻の子供が欲しいという言葉に対して、いずれ娘が生まれるであろうこと、しかしその娘のしあわせより以上のことを願えば、娘はいなくなってしまうだろうことを予言します。
 やがて娘が産まれ、美しく成長します。しかし娘は自由奔放で雨や水を愛するという、風変わりな娘でした。娘を見かけた王子は、その美しさに驚き、彼女に求婚することになりますが…。
 雨(水?)の妖精の申し子らしき娘を描く作品です。やがて王子から求婚されるものの、彼女は水や川から離れることができないらしいのです。序盤から「悲劇」に終わることが予告されており、実際そうなるのですが、一つの作品として非常に美しい作りになっています。特に「水」を使った結末の演出は素晴らしいですね。

「農夫と土の精」
 若い農夫は畑を耕している際に、土の中から小さくて黒い女が現れて話すのに驚かされます。彼女は妖精であり彼の内に間借りしたいというのです。家の戸口をくぐったもののうち、何でもいちばんいいところを譲る代わりに、彼に富を約束しようといいます。
 やがて彼女の言葉通り、富が入るようになり農夫は裕福となります。妻をもらい幸せな生活を送るようになった農夫でしたが、妖精は服を始め、妻の買ったものに関しても、いいところをよこせと言い始めます…。
 富と交換に、手に入れたものの一部を要求する妖精を描いた物語です。一人暮らしのうちは問題なかったものの、結婚した妻には真実を話せず、ごまかすためにいろいろ言い訳を考える夫の姿が実にユーモラスに描かれます。
 やがて妖精の言い分はエスカレートしてゆき、二進も三進もいかなくなっていまうという展開も面白いですね。
 叙情的・シリアスな雰囲気の濃い作品が多い、この作品集の中にあって、ユーモアが基調となった明るい作品で、味わいがあり面白い作品です。


 メアリ・ド・モーガン作品、魔法や妖精が登場したりと、伝統的な「フェアリー・テール」の形を取ったファンタジー作品が多いのですが、登場人物たちには独自の個性があって、彼らは、考え、悩み、苦しみます。
 『フィオリモンド姫の首かざり』の訳者解説でも触れられているのですが、登場人物の心理が詳細かつ丁寧に描かれる作品も多く、心理小説的な要素も強い作品も多いです。端的に言うと「文学味のある童話集」といっていいのでしょうが、そうした表現から想像されるような「硬さ」や「退屈さ」とは無縁で、軽やかで、かつ幻想的な作品集になっています。
 また、ストーリーテリングが非常に巧みで、次がどうなってしまうのか、ハラハラドキドキさせられる魅力に満ちています。生前、ド・モーガンは語り部として非常に人気があったそうですが、なるほどなと思わされますね。
 切ないお話もあればユーモラスなお話もあり、神秘的な幻想作品があるかと思えば、シュールな冒険小説もあったりと、その面白さの中身もバラエティに富んでいます。
 三冊とも今は入手が難しくなっているようですが、これは是非復刊していただきたいですね。



テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

それぞれの人生  アイリーン・ダンロップ『まぼろしのすむ館』
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 アイリーン・ダンロップの長篇『まぼろしのすむ館』(中川千尋訳 福武書店)は、古い屋敷に起こる怪現象と屋敷に住む一族の過去をめぐって展開される、繊細なゴースト・ストーリーです。

 父を亡くし、母が仕事のために家を空けることになったため、息子のフィリップは、大叔母ジェーンの住む古い屋敷「丘の館」に預けられることになります。フィリップの母マーガレットが結婚する際、身分違いだとして反対されたことから、大叔母とは行き来がなくなっていたものの、これを機に大叔母との仲を修復したいという母の意図も働いていました
 フィリップは、父母から聞かされていた話とは異なり、大叔母ジェーンが親切で誠実な人間であることを知り、彼女に好意を持ち始めます。
 既に館に預けられていた、いとこのスーザンとも良好な関係を持ち始めたフィリップでしたが、スーザンからジェーンの悲しい過去を聞かされ、ジェーンのために何かをしたいという気持ちに駆られます。一方、フィリップとスーザンは、館の誰も住んでいない部屋からたびたび明かりが漏れるのを目撃します。
 その部屋は、ジェーンの父親で家族の上に君臨していたギルモア家の当主ウィリアムが生前使っていた部屋でした。彼は、ジェーンとその恋人だったユアンの仲を身分違いだとして引き裂いていたのです。
 怪現象の原因は館と一族の過去にあると考えたフィリップとスーザンは、一族の過去を探り始めると同時に、その過程でジェーンの悲しい過去を知ることにもなります…。

 古い館を舞台に、一族の過去を探ってゆく少年少女を描いた作品です。主人公の少年フィリップは、父母から、母の実家ギルモア家が資産家でありながら父母の結婚に反対したこと、大叔母ジェーンが薄情な人間であることなどを聞かされていたため、偏見を持ったまま館に預けられることになります。
 しかし実際のジェーンは善良な人間であり、それどころか、一族のために多大な犠牲を強いられてきたことを知ったフィリップは、彼女に同情と愛情を覚え始めます。フィリップが変わるのと同時に、フィリップといとこスーザンとの触れ合いを通して、ジェーンもまた少しづつ生きる気力を取り戻し始めます。
 フィリップとスーザンは、ジェーン自身からの話や周囲の人間からの話を総合して、ジェーンと一族の過去を再現しようとしますが、光る部屋の秘密はやはり部屋自身にあると考え、部屋を調べ始めます。その過程で、彼らは不思議な出来事に遭遇することになるのです。

 「幽霊」を含む超自然現象がいくつか発生するのですが、それが単なる趣向ではなく、物語の展開と有機的に結びついています。なぜ当主のウィリアムは晩年まで「何か」を探し続けていたのか? 婚約者のユアンがジェーンに送った手紙と指輪はどこに行ったのか? 館の部屋から洩れる光とは何なのか?
 すべての謎がかちっとはまるクライマックスには、ある種の感動がありますね。

 主人公と副主人公は、フィリップとスーザンなのですが、影の主人公とも言えるのが大叔母ジェーン・ギルモア。寡黙で自分のことはあまり話さないものの、非常に存在感を感じさせます。
 科学者になれる素養と教養を持ちながら、父親の反対で断念せざるを得ず、また婚約者とも引き裂かれてしまいます。暴君である父親を何十年も介護したうえ、最愛の兄弟も無くし、館に一人で取り残された女性。悲劇的な生涯を送ってきたにもかかわらず、誰も恨まず、過去は過去として受け入れるという、芯の強い女性として描かれています。
 しかし諦観に満ちていたジェーンの人生が、フィリップやスーザンとの生活を通して変わってゆく過程は非常にポジティブに描かれており、「過去の悲劇」をテーマにしながらも、後味のよい作品に仕上がっています。

 生意気でつむじ曲がりだった主人公の少年フィリップが、だんだんと思いやりを獲得していく過程も面白いですね。脇役を含め、登場人物の一人一人が丁寧に描写され、重みを持って描かれています。それは「暴君」ウィリアム・ギルモアさえ例外ではなく、彼にも愛情や後悔があったことが示されます。
 人には人それぞれの人生がある…、過去が悲しくとも未来を楽しくすることはできる…という肯定的なメッセージの伏流する作品で、これは子供のみならず、大人にも感銘を与える作品ではないかと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

神秘の世界  ジョージ・マクドナルド『黄金の鍵』
黄金の鍵
 ジョージ・マクドナルド(1824-1905)の短篇集『黄金の鍵』(吉田新一訳 月刊ペン社)は、著者の代表的なファンタジー短篇を集めた作品集です。

「巨人の心臓」
 トリクシィ=ウィーとバッフィ・ボブの幼い姉弟は、森の中の巨人の住まいに迷い込んでしまいます。そこには巨人の食事として太らされた沢山の子どもが囚われていました。 巨人とその妻との会話から、巨人の弱点である心臓が、山の中のめすわしの巣で守られていると知った姉弟は、それを探しに出かけることになりますが…。
 民話によく登場する「心臓や魂を別の場所に隠している話」のモチーフを使った物語です。囚われた子どもたちの様子を始めコミカルなタッチも目立ちますが、所々の描写は結構残酷なところが面白いですね。

「かるい姫」
 王の姉である魔女マケムノイトにより、姫は心と体の重さがなくなる呪いをかけられてしまいます。肉体が軽くなってしまうだけでなく、性格も軽薄になってしまうのです。ただ水の中でのみ重みを取り戻すことが出来るのを知った姫は、湖で泳ぐことを好むようになりますが、たまたま彼女を見かけた王子は姫に恋をしてしまいます…。
 全てが「軽く」なってしまった姫を描く物語です。肉体だけでなく心にも「軽さ」が適用され、軽薄で何事も真面目に受け取れなくなってしまう…というのがユニークなところです。
 最終的に姫は「重み」を取り戻すことになるのですが、王子と恋に「落ちる」のが、重力を手に入れるのとかけられているようなのが洒落ています。また姫が王子に助けられるのでなく、自らの意思によって自分が王子を助ける…という展開も面白いですね。

「黄金の鍵」
 虹の先端には黄金の鍵が見つかるという伝説にならい、少年コケオは黄金の鍵を発見します。一方、少女ミダレは妖精にさらわれて森の中で迷いますが、親切な老婆の家で成長し、コケオと出会うことになります。共に旅立った二人は鍵の合う鍵穴を求めて様々な体験をすることになりますが…。
 あらすじを述べると上のようになるのですが、それだけでは収まらない作品で、象徴的かつ硬質な幻想小説になっています。著者の独特の死生観が反映されており、いろいろな寓意も含まれているようです。一度読んだだけでは解釈の難しい作品ですね。

「招幸酒」
 スコットランドの谷間に父親と住む少年コリンは、父親の留守に知恵を絞り、小川の流れを変えて家の中を通るようにしてしまいます。その成果に感謝した妖精の女王はコリンのもとを訪れ、一つ願いを叶えてあげようと話します。
 彼らの中に取り替え子として妖精にさらわれた人間の少女がいることに気付いたコリンは、彼女を解放して欲しいと頼みますが、女王は交換条件として「招幸酒」を手に入れてくるようにと命令します。コリンは親切な老婆の助力を得て「招幸酒」を手に入れるための旅に出ることになりますが…。
 少年が「招幸酒」を手に入れるまでの冒険はハラハラドキドキ感があり、楽しい童話作品になっています。二部構成になっており、後半はコリンの息子が妖精の女王の復讐でさらわれてしまうという展開になっています。
 さらっと描かれてはいますが、妖精にさらわれた者たちの時間が人間の尺度では何年も経過している…というのは、よく考えると怖いところですね。また、妖精の身勝手さ・残酷さが強調されており、ユニークな妖精像の登場する作品になっているように思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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