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商売さまざま  G・K・チェスタトン『奇商クラブ【新訳版】』
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 G・K・チェスタトン『奇商クラブ【新訳版】』(南條竹則訳 創元推理文庫)は、奇抜な商売を旨とする「奇商クラブ」をめぐって展開されるユーモアとナンセンスに溢れた連作集です。

 ロンドンに存在するという謎の組織「奇商クラブ」。そのクラブは、前例のない独創的な商売を考え出し、なおかつその商売によって生計を立てている者しか入れないというクラブでした。
 突然の狂気によって公職を退いた元法曹家のバジル・グラントとその友人スウィンバーンは、たびたび奇抜な商売を行う者たちと出会うことになりますが…。

 主人公バジルとその友人スウィンバーンが、前例のない新しい商売で生計を立てている者たちが集う「奇商クラブ」の面々と、様々な場面で遭遇し、不思議な事件に巻き込まれる…という連作集です。
 様々な新商売を考え出した人物たちが登場する、奇人怪人小説集といった趣の作品なのですが、面白いのは、初めから「奇商クラブ」の実体が登場するわけではないところ。語り手スウィンバーンによって、一話目でその結社の存在とコンセプトが語られるものの、「奇商クラブ」自体、最後の方まで明確には登場しない、もやもやした組織となっています。

 バジルと友人スウィンバーン、時にはバジルの弟で素人探偵ルーパートも一緒になって、不思議な事件に遭遇し、それが実は奇抜な新商売を考え出した者の仕業であることが分かる、というのが物語のパターンとなっています。
 犯罪を思わせる不穏な事件はもちろん、時にはささいな日常の出来事さえもが、「奇商クラブ」の会員の仕業であることが分かり、その真相が明かされたときには驚きと共にクスリと笑えるユーモアがありますね。

 花の文字で書かれた自らの死のメッセージを受け取った元軍人の冒険を描く「ブラウン少佐の途轍もない冒険」、才気煥発で皮肉屋の青年の秘密が明かされる「赫々(かくかく)たる名声の傷ましき失墜」、晩餐会に行く直前に突然現れ、奇妙な話を始める牧師の物語「牧師さんがやって来た恐るべき理由」、転居を重ねる男に目を付けたルーパートの捜査が思わぬ事態につながる「家宅周旋人の突飛な投資」、学識豊かな教授が突然喋らなくなってしまうという「チャド教授の目を惹く行動」、囚われた老婦人を救おうとするルーパートとスウィンバーンの冒険を描く「老婦人の風変わりな幽棲」を収録しています。

 「奇商クラブ」の面々が風変わりなのはもちろんなのですが、主人公であるバジルも元法曹家のエリートでありながら、ある日狂気に囚われて引きこもってしまったという奇怪な人物。その発想や考え方は常人とは異なるがゆえに、「奇商クラブ」の人々の新商売を素早く見抜く…というところも面白いですね。
 一話目で「奇商クラブ」の存在が明かされるので、二話目以降は「奇商クラブ」の奇抜な商売が登場するだろうことは分かるのですが、物語のどの人物がその商売人で、どんな商売をしているのかは分からない、というところで、毎回意外な真相が楽しめます。
 正直、驚愕の真相、というのはなくて、脱力系のオチが待っているエピソードが多いのですが、それだけに肩の力を抜いて楽しめるユーモア作品集です。


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滅びゆく世界  メアリ・シェリー『最後のひとり』
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 メアリ・シェリーの長篇『最後のひとり』(森道子、島津展子、新野緑訳 英宝社)は、疫病に襲われた近未来のイングランドで生き延びようとする人々を描く「破滅」小説の先駆的作品です。

 王制が廃止され共和制となったばかりの21世紀後半のイングランドが舞台。かっては国王の親友として栄華を誇ったものの、その放蕩癖から破産してしまった男の息子として生まれたライオネル・ヴァーニーは、父の死後、母も失い、妹のパーディタと共に野生児さながらに育ちます。やがて、かっての国王の息子であるエイドリアンと出会ったライオネルは、その真摯さに魅了され、彼と友情を結び真人間となります。
 一方、莫大な財産と美貌を持つ才人レイモンドは、エイドリアンの妹アイドリスと結婚し、国そのものを手に入れるという野望を持っていましたが、パーディタに恋したレイモンドはその野望をあきらめ、パーディタと結婚することになります。またライオネルは、義母の反対に遭いながらも、アイドリスとの結婚を決めます。
 二組のカップルからは子供も生まれ、幸福な生活を続けるライオネルたちでしたが、折しもイングランド中で疫病が広がっていました。命を落とす人間が増え、やがて国家の体裁も保てない状態にまでなってしまいます。ライオネルたちは海を渡り大陸に逃げようと、人々を引き連れてイングランドを脱出することになりますが…。

 19世紀前半、『フランケンシュタイン』の作者メアリ・シェリーによって描かれた「破滅SF小説」の先駆的な作品です。
 全世界規模で疫病が広まり、人類が絶滅寸前にまで至るという極限状況を描いた作品となっています。主な舞台はイングランドですが、後半ではここを離れヨーロッパを放浪することになります。
 疫病にかかると、ほぼ100%死に至ることが示されており、人々が次々と死んでしまうのです。これは主人公の家族や恋人たちも例外ではなく、大切な家族が一人一人亡くなっていく様が絶望感を持って描かれていきます。

 疫病が登場するのが作品のほぼ中盤からで、それまでは主人公ライオネルと妹パーディタ周辺の恋物語が中心となっています。前半部分、どれだけ彼らが他人を思っているか、家族を愛しているか、が詳細に描かれるだけに、後半で人々が亡くなっていくシーンに衝撃が感じられるようになっています。
イングランドを発つ際に最初は数千人いた人間たちが、タイトルどおり「最後のひとり」にまで減ってしまうという流れは絶望感が溢れているのですが、その一方で亡くなっていく人間たちの高潔さ、美しさが描かれており、単なる暗いだけの作品にはなっていません。
 主人公ライオネルを含め、パーディタ、アイドリス、エイドリアン、パーディタの娘クレアラなど、他人のためには自分の命を省みない立派な人物たちが描かれます。これは一般の人間たちもそうで、後半に登場する、母親のために命を捧げる女性ルーシーや、ライオネルを救おうとするジュリエット、さらには、徹底して娘の結婚に反対しライオネルを憎んでいたはずのアイドリスの母親のウィンザー伯爵夫人さえも、最後にはその優しさを見せることになります。

 登場人物で最も異色なのはレイモンドでしょうか。このレイモンド、作者メアリ・シェリーの知っていたバイロン卿のイメージが反映されているそうで、確かに複雑な人物です。才色兼備、情に厚い一方で、女性に惚れやすく、その時々で愚かな行動を取ってしまうこともしばしば。しかしその人間的魅力で、男性にも女性にも好かれるという人物です。
 レイモンドほど英雄的人物ではないものの、終盤まで誠実さと優しさで皆のリーダーとして活躍するのがエイドリアン。こちらはメアリの夫パーシー・ビッシュ・シェリーのイメージが反映されているとか。ほれ込んだ女性イヴァドネがレイモンドに惹かれて去ってしまい、一時は引きこもってしまいますが、その責任感の強さから疫病の危機に当たって立ち上がる…という人物です。ライオネルの親友であり、精神的な師でもありますね。

 脇役として悪党的な人物も出てきますが、総じて人間たちが高潔に描かれているため、疫病で皆が死んでいってしまうという状況の中でも、美しさが感じられます。また人物だけでなく、特徴的なのは作中での自然の美しさ。疫病が猛威を振るう旅路の背景として描かれる自然の風景は、非常に美しく描かれています。
 疫病の容赦のなさ、崩壊する人間社会と、絶望的な状況が描かれながらも、そこで生きようとする人間の生命の美しさと自然の美しさもが描かれており、その題材にも関わらず清涼感のある作品です。
 結末において、「最後のひとり」が、一人になってそれでも生きていこうとするシーンには、諦観がありながらもかすかな希望が描かれており、美しいシーンとなっています。これは『フランケンシュタイン』と並ぶ、メアリ・シェリーの傑作といっていいのではないでしょうか。

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夢幻の人生  アーサー・マッケン『アーサー・マッケン自伝』
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 アーサー・マッケン『アーサー・マッケン自伝』(南條竹則訳 国書刊行会)は、英国怪奇小説の巨匠の一人マッケン(1863-1947)の自伝的エッセイ『遠つ世のこと』『遠近草』を収録した本です。

 『遠つ世のこと』は1915年(刊行は1922年)、『遠近草』は1923年に書かれており、マッケンの最晩年というわけではないのですが、その時点で代表的な作品はすでに世に出ていて、著者としては「総まとめ」的な意識をもって書かれているようです。
 『遠つ世のこと』は幼時から青年時代、『遠近草』は成人後、作家になってからの時代が中心に描かれている感じでしょうか。

 『遠つ世のこと』では、幼児の故郷の記憶が美しく描かれていたり、ウォルター・スコット作品を始め読んだ本や触れた芸術に対する感動がみずみずしく描かれていたりと、叙情的・夢幻的な色彩が濃いです。

 作家としてのマッケンに興味のある読者には、自作についての言及が多い『遠近草』の方が面白く読めるでしょうか。実際こちらの作品の方が筆が闊達で、ユーモアも感じられて読みやすいのは確かです。
 特に興味を惹くのは代表作「パンの大神」について書かれた部分。作品の内容が内容だけに散々な評が多かったらしく、そのいくつかが言及されていますね。
 こちらも代表作である『三人の詐欺師』(邦題名『怪奇クラブ』)についても興味深いことが書かれています。ジョン・レイン社から刊行される前に、ハイネマン社に作品を持ち込んでおり、原稿を返されているのですが、その際にエピソードの一つを書き換えているというのです。人狼の登場するエピソードを、大学教授が妖精を探し求めるエピソードに差し替えた、と言うのですが、元のエピソードも非常に気になりますね。
 マッケンが関わった秘密結社の話や、個人的な神秘体験、あと中年になってから突如やり出した役者稼業などについても登場し、マッケンの愛読者としては面白く読める作品だと思います。

 『遠つ世のこと』『遠近草』も同様なのですが、マッケンの小説作品と同じように、妙に曖昧で省略された記述が多いので、伝記的な事実を知るというよりは、マッケン散文作品の一つとして読むのが、この自伝的作品の楽しみ方としては吉なのではないでしょうか。
 読み方によっては、幻想的な私小説として読むのも可能な作品ではないかと思います。

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不可思議な日常  ルーシー・ウッド『潜水鐘に乗って』
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 イギリスの作家ルーシー・ウッドの短篇集『潜水鐘に乗って』(木下淳子訳 東京創元社)は、英国のコーンウォール地方を舞台に、幻想的な出来事や現象を背景として、様々な人々の日常が情感豊かに描かれていくという作品集です。

 不思議な出来事が起こる世界が登場しながらも、人々はそれを当たり前のものとして受け入れている…という感覚が強いでしょうか。完全な幻想譚となっているものもあれば、物語の背景としてのみ幻想的な要素が登場し、普通小説に近い作品となっているものもあります。
 特に面白く読んだのは「潜水鐘に乗って」「石の乙女たち」「緑のこびと」「ミセス・ティボリ」「語り部(ドロール・テラー)の物語」など。

 表題作「潜水鐘に乗って」は、一定の酸素を注入して人が海底に降りることのできる「潜水鐘(ダイビング・ベル)」を扱った物語。高齢となったアイリスは、数十年前にいなくなった夫を探すため、友人からもらった券を使い潜水することになりますが…。
 数十年も前に海で行方不明になった夫を潜水鐘に乗って探しに行く老婦人の物語です。時間的にも見つかる可能性は少ないとされており、そこに老婦人のもの悲しい心情が感じられるのですが、思いも掛けない幻想的な結末が待ち構えています。
 これが真実なのか、老婦人の幻覚なのかは分からないのですが、結末のビジョンは非常に美しいですね。

 「石の乙女たち」は、定期的に石になってしまう女性をめぐる物語。
 リタは自分の体が石になる予兆を感じていました。過去にも同じように石になってしまったことがあるのです。そんな折り、元恋人であるダニーに誘われ、彼が新しく引っ越すことを考えている家に一緒に行くことになりますが…。
 自身の体が石になってしまう寸前という、その短い時間に元恋人と過ごすことを選択した女性の心情が細やかに描かれていく幻想小説です。
 石になってしまってから、元に戻るまでには個人差があるらしく、長年そのままであることも多いようなのです。
 元恋人と過ごす時間、かっての二人の生活のあった家に対する思いなど、女性の心情が描かれていく部分に魅力がありますね。
 石になってしまった人々が同じところに集まり、石像のように建っている、というところもユニークです。

 「緑のこびと」は、女性の周りに現れる不思議な男性の物語。
 母親と別れ、新しいパートナーと再婚した父親。父親とその妻をわざわざ自宅に招いた母親に、娘の「あなた」は複雑な思いを抱いていました。「あなた」はいつの間にか母親のそばにまとわりつく不思議な人物に気が付きます。
 褐色の髪で、来ているベストは緑に見えたり、他の色に見見えるのです。自分以外には彼の姿は見えていないようなのですが…。
 母親の周囲に突如出現した、不思議な人物をめぐる幻想物語です。母親は若い頃失踪していたことが言及されており、それがこの「妖精」と関係があるらしいことも示唆されていますね。
 この世の存在ではないながら、母親と謎の男性、さらに父親とパートナーと、自分以外は「カップル」であることに気づき、娘が奇妙な孤独感を感じるところも面白いですね。

 「ミセス・ティボリ」は不思議な力を持つ老婦人の物語。
 老人ホームに入居しているミセス・ティボリは、個人的に気に入った「わたし」にある秘密を明かします。彼女が持つたくさんの壜を開けると、そこに封じ込められていた映像や香りが解放されるのです。
 ある日ミセス・ティボリのもとを訪れた男性は、壜の中の映像で見たのと同じ人物でした…。
 何やら魔法のような力を持つ不思議な老婦人ミセス・ティボリを描いた物語です。彼女の元を訪れた男性と彼女がどんな関係だったのか、その魔法のような力は何なのか、といったことは語られず、謎めいています。
 ミセス・ティボリが「変身」してしまうことが作品の冒頭と結末で示されるのですが、これもどういった脈絡で起こったのかもはっきりしません。いろいろな解釈ができそうな不思議な作品ですね。

 「語り部(ドロール・テラー)の物語」は、何百年も生きてきたという語り部の物語。
 数百年を生きてきた語り部、ドロール・テラーは、このところ衰えを感じていました。人に物語を語るときに、いろいろなことが思い出せなくなってきていたのです。旅行客の夫婦に物語のツアーをすることになりますが、迷って同じ場所に戻ってきてしまいます…。
 数百年を生きる語り部を描いた物語です。周辺の住人の先祖について知っている描写もあることなどから、長生きをしていることは事実のようです。ただ、語り部としての能力は衰えているらしく、道に迷ったり、お話につまってしまったりします。
 実際に起こったことを物語として語っているというよりは、純粋な創作としての物語を語っているようでもあり、物語とは何か、語り部とは何なのか?といったことも考えさせられますね。

 幻想的なガジェットが登場しながらも、登場人物たちがそれを重要視しない、というタイプの物語もあります。例えば「願いがかなう木」
 六十歳になる母親のジューンと共に車で出かけてきていた娘のテッサ。母親は病に冒されていましたが、二人はかって遭遇した願いがかなう木に再び出会うことになります…。
 母親が重い病に冒されていることが示され、治療のためにどんな方法も試してみたいと考えていることも示されます。その流れから、効能が本物かどうかは分からないながらも「願いがかなう木」に頼るのかと思いきや、それがあくまで過去に遭遇したエピソードとしてしか示されず、それに頼ろうとはしないのです。
 かといって二人が実行しようとする「療法」もいささか迷信的なものであり、それが「願いがかなう木」とそんなに変わらないのではないか…というところで、登場人物たちの不思議な心情が、親子の間の情愛と共に感じられる作品となっています。

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不思議な日々  ジョーン・エイキン『お城の人々』
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 ジョーン・エイキン『お城の人々』(三辺律子訳 東京創元社)は、10篇を収録したファンタスティックな味わいの短篇集です。

「ロブの飼い主」
 ある日少女サンディのもとに飛び込んできたジャーマン・シェパードの小犬ロブ。リバプールから近所にやってきたドッズワースさんの飼い犬だというのですが、彼が引き取るたびに、サンディのもとに戻ってしまいます。諦めた飼い主は、サンディにロブを飼ってほしいといいますが…。
 運命的な出会いをした少女と犬の物語です。ごく普通の日常を描いた作品かと思いきや、後半で事件が起こり、そこにファンタスティックな要素が現れることになります。結末は感動的ですね。

「携帯用エレファント」
 元教師のマイルズは、森に入ろうとしますが、入るためには「携帯可能」な動物が必要だといいます。「携帯用エレファント」がいると聞き込んで買い取ったのは巨大な象ノエルでした。ひょんなことから一緒になった少女ナンアと一緒に象の世話をすることになりますが…。
 ふとした流れで象の世話をせざるを得なくなった青年と少女を描く物語。携帯用の動物が必要だという奇妙な設定はともかく、厳格に管理された社会が舞台のようで、その中で少女と象と過ごす日常がかけがえのないものになっていく…というところが魅力的です。

「よこしまな伯爵夫人に音楽を」
 優れたピアノ奏者である音楽教師ボンド先生の噂を聞きつけた森の中のお城の主、よこしまな伯爵夫人は、ボンド先生を自分の元につれてくるように妖精たちに命じますが、なかなか目的を果たすことができません…。
 ピアニストの青年を連れてこようと様々に策略を凝らしますが、どれもが失敗してしまう…というコミカルなファンタジー。結末の落ちも楽しいです。

「ハープと自転車のためのソナタ」
 その会社グライムズビルでは定時以後の残業が禁止されており、ビルからまるごと人が消えるような状態でした。入社間もない青年ジェイソンは、彼に心を寄せる秘書の女性ミス・ゴールデンからその理由を聞きます。
 かってハープ教師のミス・ベルに恋していた夜警の男性ヘロンが、自分が裏切られたと思い込み命を絶ち、恋人の女性も後を追うように亡くなってしまったというのです。それ以来ビルにはその二人の幽霊が出るために、人が残らないというのです。ジェイソンはそれを確かめようと、ビルに残ることにしますが…。
 幽霊をめぐるちょっとコミカルなファンタジー作品です。幽霊の「恋」を成就させる…というところも魅力的ですね。自転車に乗る警備員の幽霊という造型もユニークです。

「冷たい炎」
 エリスのもとに、噴火口に落ちて死んだはずの元恋人パトリックから電話がかかってきます。生前書き溜めた詩をなんとか出版してほしいというのです。有名な画家シャプドレーヌが無名時代にパトリックの母親オシェイ夫人を描いた肖像画があり、それを売ればかなりのお金になるはずなので、出版費用にしてほしいといいます。
 しかし彼の母親は自分の仕事を邪魔するかもしれないとパトリックは心配していました。実際に家を訪れたエリスは、オシェイ夫人から軽くあしらわれてしまいます…。
 死んだはずの男性から生前の作品を出版してほしいと頼まれてしまった女性を描く、奇妙な味のファンタジーです。死者であるパトリックよりも、生者である彼の母親の方がやっかいな存在で、彼女のおかげで、挙げ句の果てにはとんでもない結末を迎えてしまうなど、かなりオフビートな作品ですね。

「足の悪い王」
 老いた両親のローガン夫妻を連れて、車でやってきた息子のフィリップとサンドラ夫婦。その行程で、元作家だった母親のローガン夫人はいろいろと口を挟むことになりますが…。
 親と子ども世代の断絶を描く作品かなと思って読んでいくと、意外な展開に。悲劇的なお話ではあれど、そこに象徴的な「救い」のようなものが見えてくる、というのが特徴です。

「最後の標本」
 自身が住む村と自然を愛する七十歳のペンテコスト牧師は、ポニーを連れた見かけたことのない少女が周囲に生えている花を摘もうとしている場面を目撃し、それを止めさせます。
 花が欲しければ同じものが自分の家にもあると彼女を招くことになりますが、どうにも少女の挙動には不審な点がありました…。
 見知らぬ少女の秘密とは? 一見コミカルな作風ながら、迎える結末は実に壮大。エイキンには珍しいSF的な発想の物語ですね。

「ひみつの壁」
 その旅人ジョーンズは、十年前に山の中に入り込み、自身のカナリアと楽譜を奪って逃げたという男ピップを追っていました。やがて、山の中でピップに出会ったジョーンズは、協力し合ってフルート演奏をすることになりますが…。
 音楽の力によって秘密の世界への扉を開く…という象徴的なファンタジー。エイキン作品では、音楽が魔法のような力を持つ、という展開のお話がまま見られますね。
 十年間ロールパンを食べ続けて生きていたとか、三十三段変速ギア付きの自転車で山に登るとか、物語のディテールも楽しいです。

「お城の人々」
 険しい山の上にある巨大なお城、山のふもとに立つ病院で医者をしている男は、ある日城に住んでいるという王女ヘレンの訪問を受けます。彼女の病気を治した医者は、ヘレンと結婚することになりますが、父王のいうには、ひと言でも王女に対して思いやりのない言葉を口にしたら、娘は消えてしまうだろうというのです。
 幸せな生活を送る二人でしたが、医者はある日ふと心ない言葉を放ってしまいます…。
 「ルール」を破ったことによって、最愛の相手と引き離されてしまう男の姿を描いた、もの悲しい恋愛物語です。
もともと冷たい質だった男が愛を知り、またそれを失ってしまう、というところで、直接的には描かれないものの、男の心情が伝わってくるようです。

「ワトキン、コンマ」
 思わぬ遺産が入ったことから、田舎の水車小屋を買い取り、ケーキ作りの仕事を始めようとした初老の女性ミス・ハリエット・シブレイ。小屋を改装しているうちに、古い男性の骸骨が発見され、それは当時の粉屋ジェフリー・ハワードが匿っていたというカトリック神父のものではないかと推測されます。
さ らに家からは隠し部屋が見つかります。そこは過去に隠れ潜んでいた神父が隠れていた部屋のようなのです。その神父ガブリエルが残した手記も見つかりますが、そこには神父の話し相手としてワトキンなる人物が登場していました。
 ふとしたことから隠し部屋に閉じ込められてしまったミス・シブレイは、明日は土曜であり少なくとも五十時間は人が訪れる予定がないことに思い当たりますが…。
 遺産を手にしたことを期に、第二の人生としてケーキ屋を開こうとした活力ある女性が、ある時「孤独」に直面してしまう…という物語です。突如沸き起こった女性の絶望と、そこからの救済が描かれるという、感動的なお話です。


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幼き日々  フィリパ・ピアス『真夜中のパーティー』
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 フィリパ・ピアス『真夜中のパーティー』(猪熊葉子訳 岩波少年文庫)は、子どもたちを主人公に、日常生活で起こる何気ない出来事を情感豊かに描いた短篇集です。

 持て余し者の意外な優しさと懐の深さが示される「よごれディック」、夜中に目を覚ましてしまった子どもたちのパーティーが始まるという「真夜中のパーティー」、老木の切り倒しをめぐって子どもたちが事件を起こす「牧場のニレの木」、川で見つけた二枚貝をめぐる少年二人の反応が描かれる「川のおくりもの」、耳の悪い祖父と無口な孫、同じジムの名前を持つ二人の日常を描いた「ふたりのジム」、キイチゴつみに出かけた家族間で起こるトラブルをユーモラスに描く「キイチゴつみ」、少年が潜った池で思わぬ品物を見つける「アヒルもぐり」、幼馴染みの幼い少女と一緒に探検に出かけた少年の一日を描く「カッコウ鳥が鳴いた」を収録しています。

 一番印象に残るのは、やはり表題作「真夜中のパーティー」。ハエが気になって眠れなくなったチャーリーが台所に降りていくと、そこには姉妹のマーガレットが犬のフロスと一緒にいました。飲み食いしていた二人のもとに、一番上の姉アリソンも起きてきます。アリソンは、母親が前日に作ったマッシュポテトを使ってケーキを作ろうと言い出しますが…。
 夜中に起きてしまった子どもたちが「パーティー」を始めてしまう様子を描いています。夜中に起きていること、ものを食べることへの罪悪感、その一方、普段とは異なることをしていることへの喜びや楽しさ、なども描かれていきます。
 半睡状態で起こされた末弟のウィルソンが全てを「夢」だと思ったりするあたり、「パーティー」の非日常感を象徴しているようです。

 どの作品でも、描かれる事件はささいなものばかりなのですが、読んでいて、子どもの頃に感じたであろう一瞬の喜び・楽しみ・悔しさなどの感情のきらめきが感じられるところが魅力です。
 「よごれディック」では、大人達からはろくな人間だと思われていなかったディックの真情が示され、「牧場のニレの木」では「いたずら」が子どもたちの友情のきっかけになったり、「川のおくりもの」では二枚貝をめぐって二人の少年のそれぞれの感情が描かれ、「ふたりのジム」では、世代の異なる祖父と孫の間の不思議な連帯感が描かれます。
 「キイチゴつみ」では、父親の怒りを恐れて逃げ出してしまった少女ヴァルが空腹で迷ってしまい、見知らぬ家の大人に世話になります。「アヒルもぐり」では目の悪い少年が池にもぐった際に何の変哲も無いブリキ箱を見つけるのですが、それに対する喜びが描かれます。「カッコウ鳥が鳴いた」では、お隣の幼馴染みの幼い少女の世話をいいつけられた少年が、面倒だと思いながらも少女へたびたび気配りする様子が描かれます。

 あらすじ自体はどれも単純で、それを語ってもあまりその魅力は伝わらないタイプの作品集です。ただ、直接的に描かれなくても、描かれない部分、いわゆる「行間」から登場人物の心情がいろいろと想像されてくるのですよね。
 物事に対する子どもならではの感動、あるいは、子どもにしか感じ取れない感情が細やかに描かれ、余韻のある短篇集になっています。子どもの読者はもちろん、大人が読んでもその魅力が感じられるのではないかと思います。


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幻想の火星  ウィリアム・M・ティムリン『星の帆船』
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 ウィリアム・M・ティムリン(1892-1943)の『星の帆船』(舟崎克彦訳 立風書房)は、星の帆船を作った老人がその船で火星に向かう、というファンタジー作品です。

 長年、火星に至る手段を研究していた老人は、老年に至ってようやく宇宙船の建造を開始します。多くの妖精の力を借りて帆船を作り上げた老人は、選んだ住人の妖精たちを乗組員として火星への旅に出発しますが…。

 星の帆船を作り上げた老人が妖精たちと共に火星に向かう…というファンタジー作品です。
 この作品に登場する火星は架空の火星で、そこにはかって月から火星に移住した妖精たちが王国を作っていたのです。さらに火星に至るまでの宇宙の旅においても、妖精や怪物、伝説の英雄などが登場し、そこにはギリシャ神話が重ね合わされているようです。
 物語は大きく二部に分かれていて、前半は地球から火星に到着するまで、後半は火星に到着してからの冒険、という形になっています。後半では火星の王国の王女がクローズアップされ、老人は彼女のために冒険することになります。

 文章と共に、絵は作者ティムリン自身が描いています。こちらの絵が大変に魅力的なのです。建築家だったという出自ゆえか、建造物や船などの絵は特に魅力がありますね。また王女を始め、たおやかな女性像にも魅力があります。
 火星への旅というSF的な題材、また宇宙船を扱っていながらも、そこには妖精や魔法が多く関わっており、全体に幻想的な要素が強くなっています。その一方で、帆船の建造部分や火星での冒険の一部では「科学的」な描写もあるなど、疑似科学と魔法が入り混じった世界観はユニークですね。
 終始夢のような幻想物語で、作者は殆ど作品を残さなかったにも関わらず、この一作だけで名前が残っているようであるのにも納得です。


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運命の双子  ブライアン・W・オールディス『ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド』
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 ブライアン・W・オールディス『ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド』(柳下毅一郎訳 河出文庫)は、ロックスターとして成功した結合双生児の数奇な運命が語られていくという中篇作品です。

 英国の僻地、レストレンジ半島で生まれ育ったトムとバリーのハウ兄弟は、結合双生児でした。さらにバリーの肩には目覚めたことのない第三の頭が生えていたのです。音楽業界の大物ザック・ベダーウィックに見出された兄弟はミュージシャンとしてデビューし、瞬く間にスターとなりますが…。

 スターとなった結合双生児の兄弟の数奇な人生が語られていくという作品です。兄弟の死後(彼らが亡くなったことは初めから明かされています)、関係者たちがそれぞれハウ兄弟について語るという形で、それぞれの章が構成されています。
 ハウ兄弟は胴体から結合している双生児で、内臓の一部や下半身を共有しています。温厚なトムに比べ、バリーは激情的で日常的にたびたび問題を起こします。後には彼らの「恋人」となるローラ・アッシュワース、そしてローラに恋情を抱くポールを挟んで、複雑な関係にも陥ることになります。
 スターとしての活躍が描かれる部分はごく短く、彼らが引退してからの生活の方がむしろメインとして描かれていますね。

 結合双生児ならではの、互いに対する嫉妬と憎しみ、それらが悲劇に至るまでの過程が描かれます。さらに後半では、ずっと眠っていたはずの第三の頭の存在がクローズアップされ、幻想小説的な味わいも強くなってきます。
 双生児の「情念」と「心理」がメインのお話だとは思うのですが、あまりドロドロした感じがしないのは、語りが関係者の間接的な視点を通しているせいもあるのでしょうか。

 語り手の中では、兄弟に対して一番同情的な視点であるのが、彼らの実姉ロバータ・ハウ。身近な人物であるだけに、彼らの最期を見届けるのもロバータになります。兄弟の精神的な危機を助けようとするものの、結局は守り切ることはできません。
 また、兄弟の恋人として登場するローラもかなりエキセントリックな人物で、彼女の前歴が語られる部分も興味深いです。

 風変わりな双子の運命を語った奇譚といった趣の作品となっていますね。第三の頭の存在がクローズアップされるクライマックスでは、怪奇味もかなり強く、ホラー小説として読むことも可能なようです。


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来るべき運命  クリスチアナ・ブランド『領主館の花嫁たち』
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 クリスチアナ・ブランドの長篇『領主館の花嫁たち』(猪俣美江子訳 東京創元社)は、呪われた一族の末裔の少女たちとその家庭教師となった女性、彼らが見舞われる悲劇を語ったゴシック・ロマンス作品です。

 1840年の英国、アバダール屋敷のヒルボーン家当主エドワードは、妻を亡くし悲しみに沈んでいました。ヒルボーン家は、エリザベス朝時代に先祖が起こした事件によりある姉弟に呪われ、それ以来、ヒルボーン家の花嫁となるものは精神に異常を来して、不幸な死を遂げていたのです。
 エドワードは、まだ幼い双子の娘クリスティーンとリネスの家庭教師として、アリス・テターマン(テティ)を呼び寄せます。テティは過去の事故により、顔に醜い傷跡を持った若い女性でしたが、その振る舞いで家族の信頼を得ることになります。娘たちにもなつかれるテティでしたが、ヒルボーン家の領地管理人でありエドワードの信頼も厚い青年ジェームズ・ヒルからは、一族に悲劇をもたらしかねない存在として警戒されていました。しかし、ヒルとテティは惹かれあい、恋仲となります。
 一方、エドワードは衰弱し、自身の死期を悟っていましたが、死ぬ前に、娘たちを世話する「母親」として、さらに一族の「呪い」を娘たちに及ぼさない「協力者」として、テティと形式的な結婚をすることを考えていました…。

 不幸な運命に遭い続ける呪われた一族の末裔の娘たちと、その家庭教師となった女性の姿を描くゴシック・ロマンス作品です。
 ヒルボーン一族は、過去に遡る因縁により、呪われた運命を持っていました。代々の花嫁が精神に異常を来し、早死にしてしまうのです。館を離れようとする行動も亡霊の呪いにより止められているようで、逃げることもできません。
 娘たちが結婚し子孫を残さなければ悲劇には見舞われない…。そう考えた当主エドワードと協力者であるヒルの行動が、逆に悪い結果をもたらしてしまいます。

 優しく控え目で妹にいつも譲ってしまう姉クリスティーン、溌剌として魅力的ながら姉の欲しがる物を欲しがり手に入れようとする我が儘な妹リネス、もともと純粋で善人ながら裏切られた憎しみのため変貌してしまうテティ、主にこの三人の女性の行動が物語を動かしていくことになります。
 ある男性をめぐってライバル関係になってしまう姉妹と、愛する男性ヒルに裏切られたと思い込み嫉妬と憎悪の固まりとなってしまうテティ、形は違えど愛と憎悪を発端として、女性たちの歪んだ行動と言葉が事態をどんどんと悪くしてしまうという流れは、不快感は高めながら目が離せません。

 「呪い」や亡霊が本当に存在するのか? という点に関しては、序盤から明確に実在することが明らかになり、亡霊たちに関しても、中盤以降ははっきりと姿を現すことになります。「呪い」や亡霊たちが引き起こす事態は確かに恐ろしいのですが、それ以上に恐ろしいのが人間たちの情念。クリスティーン、リネス、テティの愛憎の感情が事態を複雑化させます。
 テティに関しては愛していると思っていたヒルの「裏切り」、クリスティーンとリネスに関しては、ある男性をめぐっての三角関係。彼らの、自身が裏切られたと思ったときの復讐と憎悪の感情を描く部分は凄絶で、亡霊たちの「呪い」が霞んでしまいそうになるほどです。
 さらに屋敷にかけられた「呪い」のせいなのか、そこに住む人々の感情が邪悪な方向に歪められてしまうことも示唆されています。特にテティに関しては、ヒルの存在が絡むと正常な判断ができなくなってしまい、天邪鬼で破滅的な行動をしてしまうこともたびたびです。主要人物たちの行動が亡霊たちや「呪い」に動かされたものなのか、生来の性格から来るものなのかははっきりしないところもあるのですが、どちらにせよ、そうした激しい情念によって、人間関係に悲劇的な結果がもたらさせてしまう物語、とはいえそうです。

 明確な超自然現象の登場する怪奇幻想小説といえるのですが、そこはミステリの名手として知られたブランド、ミステリ的な趣向もしっかり登場します。「呪い」の法則性を推測し、それを解除するための「秘策」が後半に登場します。ただ、その「秘策」があだになり、さらに事態が悪化していってしまう…というあたりのサスペンスにも読み応えがありますね。
 呪いの伝説を背景に、登場人物間の愛憎が悲劇を引き起こすということで、情念に満ちたゴシック・ロマンスとなっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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