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ユーモアとファンタジー  ハンス・ファラダ『あべこべの日』
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 ドイツの作家、ハンス・ファラダ(1893-1947)の童話集『あべこべの日』(前川道介訳 ハヤカワ文庫FT)は、ユーモアとファンタジーに満ちた作品集。動物が主役になったり活躍したりする作品が目立ちますね。

 卵を生めないメンドリが体の一部を失うたびに、魔法使いの手により金属や宝石で身体を飾られてゆくという「不幸なメンドリ」、隠れるのが好きな少年の家が、姿を隠す魔法の帽子を持った動物たちに襲われる「魔法の帽子」、様々な出来事があべこべになってしまう日を描いた「あべこべの日」、弟を欲しがる少女が星の子と出会う「星の子」、作物を荒らすハリネズミを追い払おうとする男を描いた「忠実なハリネズミ」 、発音が不明瞭なために、言葉を聞き間違えた人々にトラブルを起こしてしまう少年の物語「もぐもぐペーター」、天涯孤独なメスネズミがパートナーを求めて冒険する「ネズミのぐらぐら耳」、罰として部屋の外に出された少年が、部屋の中で母親がするお話を何とか聞こうとする「短いお話のお話」、犬や家畜たちのように自分を養ってほしいと申し出る厚かましいネズミを描く「悪賢いネズミ」、孤児になった少女が祖母の言い残した言葉に従い幸運の金貨を求めるという「ターレル金貨」、子供を多く欲しいと思っていた父親が、実の二人の子供の他に空想上のきょうだいがいるかのように振舞う「空想のきょうだい」の11篇を収録しています。

 特に面白く読んだのは「不幸なメンドリ」「魔法の帽子」「もぐもぐペーター」 「ターレル金貨」などでしょうか。

「不幸なメンドリ」
 魔法使いのもとで暮らすメンドリが主人公。金や銀の卵を産む他のメンドリと比べ、普通の卵も生めないメンドリはわが身を嘆いていました。
 しかし、魔法使いはいずれメンドリを使って、死人をよみがえらせるスープが作れると考え、彼女を大事にしていました。その話を漏れ聞いた魔女の家政婦はメンドリを料理してしまいます。魔法使いは魔法でメンドリを蘇らせますが、片方の足は元に戻せません。
 黄金細工師に頼んで黄金の足を作ってつけることにしますが、それからもメンドリは災難に会い続け、その度に体の一部が金属や宝石に置き換わっていきます…。
 メンドリが魔法の力によってどんどんと「サイボーグ化」していゆくという物語。体がいくら飾られても、状況が良くなっても、不幸を嘆き続けるメンドリのキャラクターがユニークですね。

「魔法の帽子」
 物音を立てずにさっと隠れるので「さっちゃん」と呼ばれる少年を主人公にした物語。「さっちゃん」が留守番中、突然ドアが開きとっさに彼は姿を隠しますが、侵入者の姿は見えません。声だけがするのを聞く「さっちゃん」ですが、それによれば、彼らは小人から姿を消す魔法の帽子を奪いやってきたキツネとクマだというのです。両親が帰ってくればクマに殺されてしまうと考えた「さっちゃん」は何とかしようと策を練りますが…
 普段から隠れるのが得意な少年が、魔法の帽子を使ってやってきた動物たちを出し抜くという物語です。智恵と特技を使って敵を追い出そうとする少年の活躍が楽しい作品です。

「もぐもぐペーター」
 いつも口をもぐもぐさせて、ものをはっきり言わない少年ペーター。買い物を頼まれたペーターは出かけます。途中で出会った人々から話しかけられますが、もぐもぐ話したために、答えた言葉は全く違う風にとらえられてしまいます…。
 少年の言葉を全く違う風にとらえた人々が次々にひどい目にあってしまい、あとで少年が逆襲にあってしまうという物語です。主人公にとっては「災難」ではあるのですが、彼自身もそれを利用してずるいことをしたりするので、お互い様、という感じのお話になっていますね。

「ターレル金貨」
 お祖母さんと暮らしていた少女アンナ・バルバラは、祖母を失いますが、ターレル金貨を手に入れれば幸福になれるという遺言に従い、外の世界に出てゆくことにします。
 ハンス・ガイツという、のっぽで痩せた男から、自分のもとで働けば金貨を手に入れられるという話を聞きたアンナは、彼を信用し、ともに旅立ちます。しかし彼女に与えられた仕事は、地下室で大量の樽に詰められた硬貨を一つ一つぴかぴかに磨き上げることでした。
 逃げ出したいと考えるアンナでしたが、上には地獄から連れてきたという、炎を吐く二匹の犬が入り口を守っているのです。仕方なしに仕事に取り掛かるアンナでしたが、洗剤の入った瓶の中に小さな男がいることに気がつきます…。
 幸運の金貨を手に入れるために働く少女が、悪魔(のような)男に捕まってしまう…という物語です。膨大な硬貨を磨かなくてはならないという仕事の詳細がリアルで、ヒロインの感じる絶望感が伝わってくるようです。
 幸福の象徴が「金貨」、少女が科される仕事も硬貨磨きと、お金そのものがモチーフになっているところも、どこか寓意を秘めているようで、面白い作品になっていますね。
 集中でも幻想性の高い、本格的なファンタジー作品です。


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子どもたちのための物語  リヒャルト・レアンダー『ふしぎなオルガン』

ふしぎなオルガン (岩波少年文庫) (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2010/3/17


 ドイツの作家リヒャルト・レアンダー(1830‐1889)による童話集『ふしぎなオルガン』(国松孝二訳 岩波少年文庫)は、医師だった著者が、従軍した独仏戦争(1870‐71)時に、故郷の子どもたちに向けて書いたという童話がまとめられています。

 思い上がったオルガン作りの若者がショックのために妻を置いて失踪してしまうという「ふしぎなオルガン」、小さな女の子が動物たちと語らい不思議な経験をする「こがねちゃん」、夢の中のお姫さまに憧れた男が夢の国の王様を助け、その国に招待されるという「見えない王国」、おっちゃこちょいな悪魔が聖水の中に落ちてしまう「悪魔が聖水のなかに落ちた話」、不信心な行いの罰として左半身が錆びてしまった騎士と彼の呪いを解こうとする敬虔な妻の物語「錆びた騎士」、互いに相手に対してないものねだりをする王様とそのきさきを描く「コショウ菓子の焼けないおきさきと口琴のひけない王さまの話」、何でも一つだけ願いの叶う魔法の指輪を手に入れた百姓を描く「魔法の指輪」、ガラスの心臓を持った姫たちと姫を愛する青年の冒険を描く「ガラスの心臓を持った三人の姉妹」、墓の前で遊ぶ幼い少年少女とその姿に生前を思い出す死者の老人を描く「子どもの話」、青年の嫁候補について母親が知恵を出すという「ゼップの嫁えらび」、王子が身分の低い女性を愛したことから困難が起こるという「沼のなかのハイノ」、生まれつき不幸なことを嘆く陰気な青年と幸福の塊のような姫との恋を描く「不幸鳥と幸福姫」、若返ることのできる臼を求めてやってきた老婆の物語「若返りの臼」、赤ん坊を運んでくるコウノトリと子どもを受け取った夫婦を描く「カタカタコウノトリの話」、神さまが恋人同士の少年少女の願いを叶えるものの行き違いになってしまうという「クリストフとベルベルとが、自分から望んでひっきりなしにゆきちがいになった話」、その根元で見た夢は本当になるという伝説のブナの木をめぐる物語「夢のブナの木」、仲睦まじかった夫婦が、小鳥のひなをめぐって仲たがいしてしまうという「小鳥の子」、神と天使たちの演奏する音楽をめぐるファンタジー「天の音楽」、びんぼう人とお金もちがそれぞれの天国と地獄に行くという「天国と地獄」、ほうぼうを旅行して歩く老人が手にしている汚いトランクの秘密を描いた「古いトランク」を収録しています。

 一番印象に残るのは「夢のブナの木」でしょうか。
 古くからある大きなブナの木には、その下で眠ると、見た夢が本当になるという伝説があり、村の人々はそれを信じていました。しかし意図的にそういう夢を見ようと試してみても上手くはいかないというのです。
ある日通りかかった職人は、木の下で眠ってしまい夢を見ます。それは、妻や子供とともに家族でテーブルを囲んでいるという夢でした。職人は、初対面の宿屋の娘に夢のことを話します。実際は違ったものの、夢で見たのは彼女だったと嘘をついたところ、娘は、青年は自分の運命の人だと信じ込みます。
 やがて娘と結婚した職人は、急死した義父のあとを継いで、宿屋の主人となり、安楽な地位を手に入れますが…。

 夢が叶うという伝説のブナの木をめぐって展開される物語です。実際に夢が現実になるかどうかについてははっきりせず、嘘(というほどではないですが)をついて、娘と結婚した青年が、結果的に夢のとおりの立場を手に入れる、という話になっています。
 面白いのはその後の展開。青年が嘘をついたことを妻が知ってしまいパニックになってしまうのです。自分は本来決められていた運命の相手と引き裂かれてしまったのではないか、ということと、自分は伝説に引き摺られていただけで、本当に夫を愛しているのだろうか?という疑問が、妻の頭の中に思い浮かんできてしまうのです。
 村人たちが皆、夢のお告げを信じているという前提なので、青年はそれを利用した形になるのですが、それさえも夢の運命で決められていたことなのか、ということも含めて、考えると「夢」と「現実」の相互作用について、面白い物語になっていますね。

 「魔法の指輪」も面白いです。
 ひょんなことからタカの子を助けて、お礼に何でも一つだけ願いを叶う魔法の指輪を手に入れた百姓。しかし金細工師にだまされて指輪をすり替えられてしまいます。大量のお金を願った金細工師は、お金につぶされて死んでしまい、百姓の方は指輪を本物と思い込み家に帰ります。願いを叶えるよう妻はたびたび夫に言いますが、夫はいざというときに使えばいいと、真面目に働いているうちに、立派な身代の持ち主になってしまう…という物語。

 思い込みと努力で、幸福を手に入れてしまう…という、良く出来た寓話になっています。
 印象に残るといえば、指輪を騙し取った金細工師が、上から降ってくる大量の銀貨によって圧死する…というシーンも、やけに凄惨なシーンで強烈なインパクトがありますね。


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ジュースキントの日常世界  パトリック・ジュースキントの中篇小説を読む
 奇想に満ちた長篇幻想小説『香水 ある人殺しの物語』(文春文庫)で知られるドイツの作家パトリック・ズュースキント(ジュースキント)。『香水』とは異なり、彼の中篇には幻想的な要素は薄いです。ただ、奇矯な登場人物が繰り広げる物語は、日常を舞台にしていても、奇妙な味わいが強いですね。
 単行本として刊行された中篇『鳩』『ゾマーさんのこと』の二作品について、見ていきたいと思います。



パトリック・ズュースキント『鳩』(岩淵達治訳 同学社)

 数十年来、銀行の警備員として勤める初老の男性ジョナタン・ノエルは、何十年もかけて自分のアパートの部屋を住み心地の良いものにしていました。部屋を完全に自分のものとするために、家主のラッサール夫人にかけあい部屋を購入することにします。費用もすでに大部分払い込んでいました。
 ある朝、ドアを開けたジョナタンは、廊下に鳩がおり、床中が糞だらけになっていることに気がつきます。仰天して部屋に逃げ帰った彼は絶望し、もうこの部屋に帰ってこられないとまで思いつめます。何とか仕事に出たジョナタンでしたが、一日を通して動揺から失敗を繰り返してしまいます…。

 身寄りもなく数十年以上、一人暮らしを続ける初老男性が、居心地の良い落ち着いた部屋を作り上げるものの、何の変哲もない鳩に驚いてしまったことから、自信をなくし、生きる気力までを失ってしまう…という物語です。
 きっかけは「鳩」ではあるものの、「鳩」そのものが主人公の世界を崩壊させる原因というわけではありません。その後の数回に渡る失敗の度に、主人公は自らのちっぽけさを認識し、自己嫌悪に悩まされてしまうのです。

 劇的な事件は全く起こらず、起こるのは主人公ジョナタンのちょっとした失敗とそれに伴う自己嫌悪だけ、という地味な作品ながら、主人公のささやかな幸せが戻るのかどうか、読んでいてハラハラドキドキしてしまうという、妙なサスペンス感があります。

 舞台は1984年のパリに設定されていますが、主人公が味わう苦難やそれに対する思いには、普遍的なものが感じられます。「こんなことってあるよね」という、人が日常生活で感じるような、ある種、身につまされる部分が魅力でしょうか。




パトリック・ジュースキント『ゾマーさんのこと』(池内紀訳 文藝春秋)

 村一番の変わり者ゾマーさんは、人々が知る限りずっと昔から村の周囲を一日中歩き回っていました。ステッキとリュックサックを欠かさず、雨の日も雪の日も歩き続けているのです。人々が話しかけてもろくに返事もしません。少年の「ぼく」は、たびたびゾマーさんを目撃することになりますが…。

 「変人」のゾマーさんの様子を背景に、少年の成長の過程が挟まれてゆくという異色作品です。
 クラスメイトの少女への淡い恋、ピアノ教師とのユーモラスなやりとりなど、少年の日々が描かれる部分はごく普通なのですが、その一方、主人公が目撃するゾマーさんのパートはどこか暗さに満ちています。
 単純な変わり者ではなく、彼自身が非常に苦しんでいるのを目撃してしまった少年は、奇しくもゾマーさんの最期を見届けることにもなるのです。

 ゾマーさんの行動の理由は明確には明かされず、最後まではっきりしたことはわかりません。不思議な静寂に満ちた作品で、どこか心に残る作品ですね。


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ホフマンの周辺で
 先日、読書会のテーマとして、ドイツの作家E・T・Aホフマンを取り上げたこともあり、ホフマンに関連する本と映画をいくつか鑑賞しました。紹介していきたいと思います。


ホフマン物語: ホフマンの幻想小説からオッフェンバックの幻想オペラへ (オペラのイコノロジー)
長野順子『ホフマン物語 ホフマンの幻想小説からオッフェンバックの幻想オペラへ』(ありな書房)

 オッフェンバックのオペラ『ホフマン物語』とホフマンの原作を様々な面から考察した本です。
 オペラ『ホフマン物語』の各エピソードの内容を原作との関わりから考察していく部分がメインですが、他にもE・T・A・ホフマン自身の経歴や作品の概説、フランスにおけるホフマンの影響、その影響によって生まれたフランスの幻想文学の紹介、フランスにおけるオペラ・オペレッタについてや、オッフェンバックの作品について、また内容的に関連するモーツァルト作品についてなど、内容は盛り沢山で非常に参考になります。
 作曲者が完結させる前に亡くなったため、『ホフマン物語』には、後世の人々によって改変・再編されたいろいろな版(バージョン)があるということも初耳でした。
 特に「大晦日の夜の冒険」を元にした「ジュリエッタ」の幕では、殺人が登場したり悲劇的な結末になっているバージョンが多いため、省かれることも多かったというのは、なるほどという感じです。
 全体に非常にわかりやすく書かれており、ホフマン作品やフランスにおけるその影響、または19世紀フランスの文化や音楽史的な面などに興味がある人には面白く読める本だと思います。
 そもそも自分自身、ホフマンの幻想小説には馴染みがあるものの、オペラの『ホフマン物語』は観たことがありません。この本を読んで関心を惹かれたので、とりあえず映画版『ホフマン物語』(1952 イギリス マイケル・パウエル 、エメリック・プレスバーガー監督)を観てみたいと思います。



ホフマン物語《4Kレストア版》  Blu-ray マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガー
オペラ映画『ホフマン物語』(1952 イギリス マイケル・パウエル 、エメリック・プレスバーガー監督)

 オッフェンバックのオペラ『ホフマン物語』をイギリスにて映画化した作品。豪華な舞台が美しい作品です。
 初めて観てみましたが、非常に面白い作品です。枠物語になっており、現在の主人公ホフマンが過去の恋人との物語を回想するという形式になっています。毎回悲劇的な結末に終わるのですが、そこには必ず悪魔的な人物が登場し、ホフマンの恋を邪魔するのです。
 元になっているエピソードは、それぞれ「砂男」「クレスペル顧問官」「大晦日の夜の冒険」。原作と比べながら観ていくと面白いですね。目に付く大きな違いは、まずホフマンの親友「ニクラウス」が常時登場していること。
 ところどころホフマンを諌めたり手伝ったりするのですが、時折邪魔をするようなそぶりをすることもあって、一筋縄ではいかないキャラクターです。
 毎エピソード、敵役のキャラが登場するのですが「クレスペル顧問官」を元にしたエピソードでは、原作には登場しない敵役「ミラクル博士」が登場します。
 一番大幅な改編がされているのが「大晦日の夜の冒険」を元にしたエピソード。こちらでは敵役の他に、ホフマンの恋敵としてシュレミール(シャミッソー「影をなくした男」の主人公)が登場します。原作でも少しだけ出てきたと思いますが、こちらではメインキャラクターとして登場するのが面白いです。
 「大晦日の夜の冒険」を元にしたエピソード「ジュリエッタ」の幕は、『ホフマン物語』の様々な版の中でも、いろいろな結末があるそうです。恋人を殺してしまったりするバージョンなどもあるようですが、ここではホフマンが恋敵シュレミールを決闘で殺してしまいます。
 全体としては、現世の恋に破れたホフマンがミューズによって芸術の世界に導かれる…というようなテーマになっているようです。その意味ではホフマンの邪魔をする「悪魔」も彼を導いている…と取ってもいいのかもしれません。
 古い映画ながら、豪華絢爛な舞台と衣装は今見ても見事です。手塚治虫の漫画『リボンの騎士』はこの『ホフマン物語』から多大な影響を受けているとか。なるほどという感じですね。
 演出も面白いです。特に「砂男」を元にした「オランピア」の幕では、自動人形オランピアにわざとぎこちない踊りをさせたりもしています。時折ねじを巻いたりしているのにも、恋におぼれたホフマンは気が付かない…という、なかなかに気のきいた演出です。
 もちろん音楽も、有名な「ホフマンの舟歌」初め、チャーミングな曲が多く登場します。
 この作品だけ観ても充分面白い作品ですが、原作小説を読んでから観ると、さらに面白く観れるのではないかと思います。



ホフマン物語 (KCスペシャル)
水野英子『ホフマン物語』(講談社KC SPECIAL)

 オペラ『ホフマン物語』の漫画化作品です。オペラ版、というか映画版に忠実な漫画化といっていいのでしょうか。繊細な描写で、舞台よりも物語がわかりやすくなっています。
 コマ割をとりはらった複雑な画面構成がちょくちょく現れるのが特徴で、読んでいて舞台感が味わえるのが特徴でしょうか。
 物語が非常にわかりやすいので、この漫画作品を読んでからオペラ版・映画版の方を見るのもありかもしれませんね。
 背景や風景、特に建物の造形にマリオ・ラボチェッタっぽいものを感じるのですが、もしかして多少影響があるのでしょうか。ラボチェッタはイタリア出身で絵本『ホフマン物語』に挿絵を書いたりなどしている挿絵画家です。



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雑誌『ユリイカ1975年2月号 特集ホフマン 悪夢と恍惚の美学』(青土社)

 ドイツの幻想作家E・T・A・ホフマンの特集号です。ホフマンに関するエッセイ・評論が盛り沢山で、今でも読み応えがあります。
 面白く読んだのは、フランス文学におけるホフマンの影響を語った「ホフマン変幻」(稲生永)、ホフマンとポーを比較した「魔界を視る者」(島田太郎)、ヴェルヌにおける ホフマンの影響を語った「ホフマンとジュール・ヴェルヌ」(私市保彦)、ホフマン、シャミッソー、中国古典などについて触れたエッセイ「影を失った男たち」(多田智満子)、学生時代のホフマンについての思い出を語るエッセイ「ホフマン・思い出すことなど」(日影丈吉)などでしょうか。
 「ホフマン変幻」(稲生永)では、フランスにおけるホフマンの翻訳とその影響について語れらていますが、当時フランスの文芸に与えた影響は強かったようですね。ちょっと引用します。

ホフマンがフランスに登場する有様はやはり異常というほかはない。
短期間にくりひろげられた激烈な翻訳合戦は、同時にその幻想的作品がフランス人に強烈な魅力をもつものであったことを如実に裏付けている。その人気は本国でのそれをはるかに凌駕するものであったといってもよいであろう。
豊かで奔放な想像力の生み出す幻想の世界は、フランスのロマン派に神秘と幻想の源泉を教え、すでに十九世紀初頭にフランスで猛威をふるっていた十八世紀イギリスの《暗黒小説》あるいは《ゴシック小説》のもたらす怪奇的中世趣味の影響と合体して、フランスに新たな《幻想小説》の様式を生み出すきっかけとなった。


 ウォルター・スコットがホフマンを批判した論文が雑誌に掲載されたものの、逆にホフマンに対する関心を集めてしまったとか、仏訳ホフマン作品集にそのスコットの文章が載ってしまった…というのも皮肉めいて面白いですね。

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カタストロフと運命  ハインリヒ・フォン・クライスト『チリの地震』
チリの地震---クライスト短篇集 (KAWADEルネサンス/河出文庫)
 ハインリヒ・フォン・クライスト(1777-1811)の『チリの地震』(種村季弘訳 河出文庫)は、若くして自殺を遂げたという、ドイツ・ロマン派の作家クライストの短編集です。一篇一篇は短いにもかかわらず、文章の密度が半端ではなく、すさまじいまでの硬質性が感じられます。
 訳者の種村季弘の文体によるところも大きいのでしょうが、何気ない人物描写からでさえ、圧倒的なリアリズムを感じます。ただ「リアリズム」といっても、物語自体はむしろファンタジーに近いものが多いです。飽くまで、物語の部分部分が圧倒的にリアリスティックなのです。

 収録作の多くの作品で、登場人物は悲劇を迎えます。その容赦のなさは、作者のペシミズムゆえでしょうか。「チリの地震」では、死刑にされる直前に地震のおかげで助かった恋人たちが、結局不幸な目に会ってしまいます。
 「拾い子」では、同情から養子にしてやった浮浪児が、財産を食いつぶしてしまいます。また「ロカルノの女乞食」では、女乞食のために城主は気が狂ってしまいます。安易なハッピーエンドは訪れず、主人公たちは悲劇的な結末を迎えることが多いのです。

 解説でも触れられていますが、共通するテーマは「カタストロフと運命」といったところでしょうか。クライスト短篇では、登場人物の内面描写というものがほとんど見られず、徹底した外面的描写が見られます。その筆致はまるでハードボイルド。それゆえ、ファンタスティックな題材を扱っていても、非常にリアルな読後感なのです。

 個人的にいちばん面白く読んだのは、クライストにしては珍しく喜劇的なトーンで描かれた音楽ファンタジー「聖ツェツィーリエ」でしょうか。
 プロテスタントの若い兄弟たちが、修道院を襲い、聖像破壊をしようと、ならずものたちを集めます。
 しかし、当日おこなわれた奇跡的なまでのミサ曲に感銘をうけて、狂信者になってしまいます。あとから、その日の指揮をつとめるはずの尼僧は熱病で伏せっていたことが明らかになりますが…。
 主人公たちを襲う運命は、悲劇的なものではあるのですが、全体のトーンが明るいので、あまり気になりません。
 音楽が作品の主要なテーマになっている点でも、登場人物が非常に風刺的に描かれている点からも、同時代の作家E・T・Aホフマンを思わせる作品ですね。音楽ファンタジーの名品だと思います。

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彼岸への憧れ  E・T・A・ホフマン『ホフマン短篇集』
ホフマン短篇集 (岩波文庫)
 ドイツの幻想作家、E・T・A・ホフマンの『ホフマン短篇集』(池内紀訳 岩波文庫)は著者の代表的な短篇を集めたバランスも良い傑作集です。収録作のセレクション、翻訳の質、入手のしやすさなどを勘案しても、ホフマン入門書として非常に良い本ではないでしょうか。


「クレスペル顧問官」
 奇行で知られる変わり者ながら、性格は善良で人々から好かれる顧問官クレスペル。彼が同居させていた娘アントニエの歌う歌は美しいと噂されていましたが、なぜかクレスペルはアントニエが歌おうとすると、それを止めようとします…。

 娘に歌わせまいとするクレスペルの真意とは? アントニエとクレスペルの関係は? クレスペルの過去に何があったのか? など、物語の真相が徐々に明かされていく構成は見事です。加えてホフマンが得意とする、恋愛や親子愛といった地上での愛情と、音楽や芸術との葛藤といったテーマも見え隠れします。
 ヴァイオリン分解を趣味とするクレスペルが、アントニエの頼みで残したヴァイオリンが彼女の慰めとなり、アントニエの魂とヴァイオリンがリンクする…というモチーフも美しいですね。
 ホフマン作品の傑作の一つです。


「G町のジェズイット教会」
 馬車の故障でたまたまG町を訪れた「私」は、この町に友人の知り合いヴァルター教授がいることを重い出し、彼を訪ねることにします。教授が勤めるジェズイット教会を訪ねた「私」は、建物を塗装していたベルトルトという男と知り合います。
 相当な技量を持つベルトルトに関心を抱いた「私」は彼の過去についてヴァルター教授に訊ねます。ベルトルトから打ち明け話を聞いた生徒が書き留めたという書類には、芸術家としてのベルトルトの苦悩と、それによる不幸な過去が記されていました…。

 才能を持ちながらも、あと一歩何かが足りないと感じているベルトルトが地上での幸せを手に入れながらも、それゆえに芸術上では高みに達することができない…というテーマが描かれます。他作品でもそうなのですが、ホフマン作品では地上での幸福と芸術との葛藤というのが重要テーマとして現れてきます。
 ベルトルトの過去に何があったのか? 彼の妻子はどうなったのか? 最終的に彼は生きているのか死んでいるのか? など、明かされない謎がいくつも存在しており、ちょっとしたリドル・ストーリーとしても読むことができる作品です。様々な解釈が可能な、拡がりのある作品といってもいいようですね。


「ファールンの鉱山」
 故郷に帰ってきた船乗りの若者エーリスは、病気の母親が既に亡くなっていたことを知り、悲しみに沈んでいました。不思議な老人にファールンの鉱山で鉱夫になることを勧められたエーリスは鉱山町ファールンに向かいます。
 鉱山の所有者ダールシェーに目をかけられるようになったエーリスは、ダールシェーの娘ユッラと恋仲になりますが…。

 実話だという「ファールンの鉱山」事件を題材に、ホフマン独自の幻想的な世界観を付け加えた作品です。
 この作品でもホフマン特有の「天上の芸術」と「地上の幸福」の葛藤が描かれます。この作品では「天上の芸術」は「大地の女王」のイメージで描かれています。地上での花嫁との幸福を夢見るものの、やがて天上の世界に引っ張られてしまうのです。
 基本的にホフマン作品で最終的に勝利するのは「地上」ではな「天上」の力なのですよね。
 ちなみに「ファールンの鉱山」事件は、スウェーデンの町ファールンで、1670年に落盤で埋められた鉱夫が1719年に原型を止めた死体となって発見された事件で、哲学者G・H・シューベルトの著作によって紹介され有名になったものです。ホフマン以外にも同じ題材で作品を書いた作家が多くいたようですね。

 ついでに、同じ「ファールンの鉱山」事件を題材にした小説、ヨーハン・ペーター・ヘーベル(1760-1826)の「思いがけぬ再会」 (川村二郎訳  種村季弘編『ドイツ幻想小説傑作集』白水Uブックス)も読んでみました。
 こちらは短い掌編です。結婚直前に婚約者の男性が鉱山の落盤で行方不明になり、50年後に老婆となった許婚の女性が、若いままの男性の死体に再会する…という物語です。こちらの作品の方が原型の実話に近いのでしょうね。
 ホフマン作品では、シンプルだった原話に、幻想的な鉱物世界と、天上と地上の葛藤といった複雑なテーマや構造を持ち込んで、重層的な物語を生み出しています。比べて読むと、ホフマンの作家としての手腕が見えるようで、その意味でも面白い作品でした。


「砂男」
 勉学のため家を離れていたナタナエルは、親友のロタールとその妹で婚約者のクララへ手紙を送ります。そこにはかって父の元に出入りしていた不気味な男コッペリウスとそっくりのコッポラと名乗るからくり師がナタナエルの前に現れた、ということが記されていました。
 やがて、聴講しているスパランツァーニ教授の娘オリンピアに恋をしたナタナエルは、周りの忠告も聞かずに、オリンピアに夢中になりますが…。

 SFやサイコ・スリラーの先駆的な要素も持つ、名作怪奇小説です。
 幼い頃の父の死や、聞かされた「砂男」の物語などのトラウマが具体的なコッペリウス=コッポラという人の形をとって、主人公を脅かします。
 コッポラのレンズの「魔法」によって主人公ナタナエルが幻想世界に誘われるものの、現実を知って狂気に陥る…という展開も非常に見事。現実味・人間味のないヒロイン、オリンピアと、現実的・地上的なヒロイン、クララとが対置されているのも面白いところですね。


「廃屋」
 夢想家テオドールは、自分が体験した不思議な話を語ります。町中にある廃屋にはいろいろ噂が立っていました。テオドールは行商人から手に入れた鏡を通してその家を覗き込んだ際に、そこに女性がいるのを目撃しますが…。

 廃屋をめぐって噂がどんどん膨らんでいき、主人公はその真実を実際に確かめようとする…という正統派といえば正統派のストーリー展開です。
 真相は現実的な解釈が可能なのですが、幻想的な余地もあるという、近代的な怪奇幻想小説です。特に、主人公が手に入れた鏡に異様なものが映るのを第三者も目撃するシーンは、かなり不気味ですね。


「隅の窓」
 重い病を患う物書きの従兄は、住んでいる屋根裏部屋から町の人々を観察するのを楽しみにしていました。従兄を訪ねた「私」は、彼と一緒に窓から見える人々の来歴や様子を想像しますが…。

 晩年の作ということもあり、この本に収録されている他の作品とは唯一カラーの異なる作品ですね。ジャンル的には「リアリズム」作品といっていいのでしょうが、人間観察における過剰と言っていいほどの「想像力」はホフマン一流のファンタジーがあふれています。
 ある男に対する想像が一つではなく何パターンか示される、というのは正にそれを表しているようです。
 ささいな手がかりからその人生を推測(想像)する…というのは「シャーロック・ホームズ」の遠い祖先といってもいいかもしれませんね。

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過ぎ去った夢  レオ・ペルッツ『聖ペテロの雪』
4336059527聖ペテロの雪
レオ ペルッツ Leo Perutz
国書刊行会 2015-10-26

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 国書刊行会の<レオ・ペルッツ・コレクション>、最終巻となる『聖ペテロの雪』(垂野創一郎訳 国書刊行会)が刊行されました。
 今までの3冊が、過去の時代を扱った、いわゆる「歴史小説」であったのに対して、『聖ペテロの雪』は、刊行当時の世相を舞台にした「現代小説」になっています。

 父を亡くし、叔母に育てられたアムベルクは、叔母の希望もあり、医学の道に進みます。ふとしたきっかけから、父の旧友であるフォン・マルヒン男爵の領地で医者としての仕事を得ることになったアムベルクは、かっての同僚で憧れだった女性ビビッシェと再会します。
 男爵が養子にした少年フェデリコの出自の謎、ビビッシェが男爵のもとで行っている奇妙な研究の詳細を知るに及んで、アムベルクは「神聖ローマ帝国」を復活させようとする男爵の壮大な計画に気付くことになりますが…。

 フォン・マルヒン男爵の計画が、実に壮大で魅力的です。少年フェデリコとビビッシェの研究が、計画に対してどんな意味を持つのか? タイトルにもなっている「聖ペテロの雪」の意味が明かされたときには、なるほどと膝を打つはず。
 一方、主人公のアムベルクは、自らを「傍観者」と称するとおり、事態に積極的に関わろうとはしません。唯一、彼が動くのは、執着を抱く女性ビビッシェに関することだけなのです。
 やがてビビッシェと恋仲になるアムベルクですが、余りにも上手くいきすぎる恋路に対し、疑念が湧いてきます。
 ここで気付くのは、物語全体が、事故に遭ったアムベルクの過去の回想という、枠物語の形になっていること。そして、アムベルクの記憶にある事実と、医者や同僚が語る事実は全く異なっているのです。
 アムベルクの体験は、真実なのか、それとも妄想なのか? 真実がはっきりしないままに進む展開は、じつにスリリングです。
 フォン・マルヒン男爵の「妄想」ともいうべき壮大な計画を描いた物語なのですが、その物語自体が、アムベルクの「妄想」なのではないかという、二重の語りには唸らされます。読了まで気をゆるめることのできない、きわめて現代的な幻想小説の傑作です。


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幻想のプラハ  レオ・ペルッツ『夜毎に石の橋の下で』
4336055173夜毎に石の橋の下で
レオ・ペルッツ 垂野創一郎
国書刊行会 2012-07-25

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 いつまでもこの世界に浸っていたい…。そう思わせられるような作品に出会ったのは久しぶりです。20世紀前半に活躍したオーストリアの作家レオ・ペルッツの『夜毎に石の橋の下で』(垂野創一郎訳 国書刊行会)は、ルドルフ2世統治下のプラハを舞台にした幻想歴史小説です。
 連作短編集の形をとっていますが、大枠としては、神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世、ユダヤ人の豪商モルデカイ・マイスルとその美しい妻エステル、高徳のラビ・レーウらを巡る物語が中心となっています。
 いま「中心」とは言いましたが、これらの登場人物たちが、常時、表舞台に立ち、ストーリーを展開していくわけではありません。皇帝にせよマイスルにせよ、各エピソードに少しづつ現れる程度なのです。その合間に、芸人、貴族、錬金術師、道化、そしてケプラー、ヴァレンシュタインなど、実在の有名人物たちを含む登場人物たちが、様々な物語を繰り広げます。
 その意味で、決まった主人公がいるわけではありません。群像劇とでもいったらいいでしょうか。また、それぞれのエピソードは時系列的につながっているわけではなく、過去と現在、未来を行ったり来たりします。
 何事にも運のない男が処刑を宣告されるものの、魔術の効果で、一緒に牢屋に放り込まれた犬から話を聞くという『犬の会話』、妄想にとらわれた皇帝と臣下たちとのやり取りを描く『地獄から来たインドジフ』、宮廷錬金術師と彼を慕う道化との奇妙な友情物語『忘れられた錬金術師』などが印象に残ります。もちろんどのエピソードも、それ一編で一つの短編小説として完成されたものばかりです。
 ルドルフ2世、モルデカイ・マイスル、ラビ・レーウなどのメインとなる登場人物たちは、各エピソードに主役もしくは脇役として登場したり、伝聞的な形で情報が示されます。読み進むにつれて、読者の中に彼らの人物像が形成されていく仕組みです。
 そして結末に至り、冒頭の挿話の謎が解けるという、ミステリ的な興味も見逃せません。
 各短編の完成度もさることながら、一つの長編として読んだときの魅力はまた格別です。全体を通して、古き良き時代のプラハの空気が感じられるようです。
 これほどの作品が未訳だったとは、まさに驚き。幻想文学としてだけではなく、一般の文学作品としても一級の作品でしょう。広く読まれてほしい作品です。

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暗黒のロマンス  C・H・シュピース『侏儒ペーター』
侏儒ペーター世界幻想文学大系〈第18巻〉侏儒ペーター (1979年)
国書刊行会 1979-12

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 怪奇小説やホラー小説を読んでいて、気分が憂鬱になることは稀です。題材に超自然的な要素が使われていても、それが表層的なものにとどまる限り「楽しむ」ことができるからです。エンタテインメントとして書かれた作品なら、なおのこと、その傾向は強いでしょう。
 しかし時折、こちらの心をえぐるような作品に出会うことがあります。18世紀ドイツの作家、C・H・シュピースの『侏儒ペーター』(波田節夫訳 国書刊行会)もそんな作品のひとつ。読んでいて息苦しくなるような作品です。
 舞台は13世紀のドイツ。若くして城主となった青年ルードルフは、狩りに明け暮れ、女性とは縁のない生活を送っていました。そんな彼の前に、小人の老人が現れます。先祖代々、一族の前にあらわれるこの老人は「ペーター」と呼ばれ、一族の守護霊とみなされていました。ペーターは、ルードルフに女性への興味をかきたてます。やがてレギーナという令嬢と恋に落ちたルードルフは、彼女との結婚を望みます。
 ペーターの策略により、レギーナの父親との軋轢を引き起こしてしまったルードルフは、レギーナと駆け落ちをしようと考え、実行します。しかし貞操を傷つけられたと考えたレギーナは、自害してしまいます。
 後悔の念にとらわれるルードルフでしたが、その後も、知り合う女性と恋に落ちるたびに相手の女性を不幸にし、死に至らしめてしまうのです。倫理観の麻痺したルードルフは、悪事を働くのに何の呵責も覚えなくなっていきます…。
 18世紀の作品ということで、いわゆる「ゴシック・ロマンス」に分類される作品ですが、読んでいて目を引くのは、その徹底した暗さと救いのなさです。
 悪魔の手先ペーターにそそのかされて、悪事を重ね続けるルードルフ。最初は純粋だったルードルフが悪事を重ねるにつれ、ペーターさえ驚くような犯罪に手を染めていきます。彼の欲望のままに、善人も悪人も次々と死んでいくのです。その徹底ぶりは、現代の犯罪小説そこのけ。
 死んだと思われていた人間が生きていたという「ご都合主義」が何回も現われるのですが、それさえもさらなる殺人・惨事を起こすための題材に過ぎない、という徹底ぶりです。
 悪事の原因は、主人公をそそのかす悪魔にあるとはいえ、悪事を行う決断をするのはあくまで主人公であるルードルフです。そこに人間の欲望やエゴを読み取ることもできるという点で、心理小説としての一面も持っています。
 ただ、陰惨なだけの作品になっていないことも記しておくべきでしょう。ヨーロッパ、アフリカ、中近東と次々に移り変わる舞台、魔女によって塔にとらえられたり、サルタンの囚人になったりと絶え間なく起こる事件。物語はサスペンスたっぷりで、読者を飽きさせません。
 正直、読んでいてその残酷さ、やり切れなさに最後まで読めない人もいるかと思います。まさに「暗黒小説」といっていい作品です。その意味で、現代でも、いまだ強烈なインパクトを持った作品といえるでしょう。覚悟して読むことをお勧めします。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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