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生と死の権利  フェルディナント・フォン・シーラッハ『神』
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 フェルディナント・フォン・シーラッハ『神』(酒寄進一訳 東京創元社)は、医師に自死の幇助を求める元建築家の老人をめぐって、その是非が議論されていくという戯曲作品です。

 七十八歳になる男リヒャルト・ゲルトナーは数年前に妻を亡くし、人生に何の楽しみも覚えられなくなっていました。自ら命を絶ちたいと考えたゲルトナーは、安楽死のため致死量の薬を求めますが拒否されてしまいます。結果、ホームドクターに自死の幇助を求めることになった…というのが物語の発端です。

 高齢とはいえ、特に病気もなく健康体である男の自死を幇助することは正しいのか? その是非をめぐって公開討論会が行われた、という体裁の作品になっています。
 法学、医学、神学の方面から自死の幇助をめぐって意見が出されていき、それに対してゲルトナーの弁護人ビーグラーが反論していくのが大きな流れとなっています。
 三人の参考人、リッテン、シュペアリング、ティールがそれぞれ法学、医学、神学の立場から語るのですが、どの人物も基本的に自死の幇助は正しくないと主張します。それぞれの話に対してビーグラー(時にはゲルトナー本人)が「合理的」に反論し、彼らの旗色は悪くなっていきます。
 ただ神学の立場で語るティール司教の語る内容には、宗教や神の話が絡むだけに、一概に否定できない要素があるようなのです。件の人間が若い人だったときに、同じく自死を容認できるか、という意見には説得力がありますね。

 「自由」や「権利」を根拠に、自死の幇助を認めるべきだとするビーグラーやゲルトナー本人の言葉に賛同してしまいそうになるのですが、議論が進むにつれ、単純にそう考えていいのか、と考えを揺さぶられる部分もあります。
 自死の「意思」が正常な判断でなされたものなのか、また時間の経過で本当に変わらないものなのか? といったあたりの視点も興味深いところですね。

 戯曲本体のほかに、付録としてこのテーマについて書かれたエッセイが三つほど付けられており、こちらも参考になります。
 結論を出す本ではなく、あくまで自死やその幇助についてこういう考え方がある、というのを多面的に描いた作品です。法的には安楽死を認める国も多いヨーロッパの作品だけに、日本とは大分事情が異なるのですが、それらの違いを差し引いても、いろいろと考えさせてくれる、示唆に富んだ作品だと思います。


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とある一族の愛と憎悪  フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー 『魔法の指輪 ある騎士物語』
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 『ウンディーネ』で知られるドイツ・ロマン派の作家フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー(1777-1843)の長篇『魔法の指輪 ある騎士物語』(池中愛海、鈴木優、和泉雅人訳 幻戯書房)は、魔法の指輪をめぐり多数の男女の冒険と恋が描かれていくファンタジー小説です。

 若い頃は偉大な騎士として知られたトラウトヴァンゲン家の老フーク殿。その息子として生まれた青年オットーは、いとこのベルタと共に、二人の騎士の決闘の現場に居合わせることになります。フランスの貴婦人ガブリエーレが妹ブランシュフルールから奪ったという魔法の指輪を取り返すため、騎士フォルコ・ド・モンフォコン男爵が、カブリエーレの騎士であるアルヒムバルト伯爵に戦いを挑んでいたのです。
 戦いはフォルコが圧勝しますが、ガブリエーレの美しさに魅了されたオットーは、いつかフォルコに挑み、ガブリエーレに指輪をもたらそうと決心します。父フーク殿から騎士の叙勲を受けたオットーは旅に出ることになり、旅の途次出会ったイタリア商人テバルドを旅の供とすることになります。
 一方、オットーを愛するベルタは、オットーとの別離で悲しみに沈んでいました…。

 勇敢な青年騎士オットーが、魔法の指輪をめぐって旅に出ることになり、様々な冒険をする…というファンタジー小説です。
 もともと魔法の指輪はブランシュフルールの所有物。母親がかって指輪の所有者と関係があったことを楯にガブリエーレが何度も盗み出すのですが、毎回フォルコによって奪い返されてしまいます。騎士となったオットーがフォルコに勝ち、指輪をガブリエーレに捧げることができるのか? というのが当面の目的になっていきます。
 実は、この「フォルコに勝つ」という目的は、前半の早い段階で達成されてしまい、そこからはまた違った展開になっていきます。基本的に騎士道物語であるので、最初に戦った相手もその後は仲間や同士となることが多く、フォルコも含め、彼らが味方側のキャラとしてサイドストーリーの主人公になっていく、というのも面白いところです。

 ヒロインとしては、オットーのいとこベルタのほか、ガブリエーレ、ブランシュフルールが登場します。いずれも美女で、彼女たちに恋慕するキャラクターも次々と現れます。それによってオットーの恋の行方も変わって行き、彼が最終的に誰と結ばれるのか?またどの人物とどの人物がくっつくのか、といったロマンス的な趣向も興味の対象となっています。

 序盤から、挿話やエピソードの形で、独立したお話や伝説が登場するのですが、これらが独立した単純な挿話ではなく、後半にはしっかり本筋と結びついてくるのにも感心します。とくに重要な挿話として登場するのが「豪勇のフグール」のエピソード。
 美しい姉妹と結婚しながら彼女たちを失ってしまうという勇者のお話で、これが物語の単なる背景の伝説かと思いきや、しっかり物語の本筋に絡んでくるところも上手いです。
 数多い登場人物たちにしても、「使い捨て」ではなく、何度も再登場したり、思わぬところで思わぬ人物が登場してくるところも面白いです。最終的にオットーの「最大の敵」となる人物が、本当に思わぬ人物で、これにも驚かされます。

 オットーと仲間たちのパートの他にも、ベルタやガブリエーレ、ブランシュフルール、フォルコたちが離合集散を繰り返して、様々な冒険をするパートが現れます。いくつかのグループが同時に活動する様が描かれたりと、ある種の群像劇にもなっています。
 それでいて最終的には物語の本筋が一つにまとまり、劇的なハッピーエンドを迎える、というところもエンターテインメントとしてよく出来ていますね。

 タイトルで分かるように、魔法が普通に存在する世界観になっています。魔法の指輪は人々を操ったり、死人を蘇らせることすらできるという強大な力を持っています。また日常的に魔法を操る「魔法使い」的な人物も何人か登場します。
 具体的には、ベルタの伯母である「愛の癒し夫人」。こちらは美徳と慈愛の化身のような人物で不思議な魔法を操ります。彼女と対極的な存在として登場するのが、悪の魔法使いゲルダ。後半では彼女の行動が大きな災厄を呼ぶことになります。
 北欧神話が重要なモチーフとなっており、モチーフが流用されたり、北欧の伝説がそのまま使われている部分もあります。そのあたりも含めて、本文のあちこちに詳しい注、詳細な解説もつけられています。本文と合わせて読むと興趣も高まるかと思います。

 この『魔法の指輪』、徹底してロマンティックな作品です。主人公オットーにしても、ライバルとなるフォルコにしても騎士道の化身のような人物で、その正義感と勇気が事態を切り開いていく、という王道的なファンタジーとなっています。
 ただ、彼らの冒険行が簡単に進むかというとそうでもなく、途中で様々な困難に遭遇して思いもかけない展開になっていくところは波瀾万丈で読みどころも沢山です。そのあまりのロマンティックさに、作品が発表された19世紀初頭の時点ですでに「古臭い」との評価もあったとのことですが、現在読むと、それが欠点ではなく魅力ともなっています。
 読んでいて、ウィリアム・モリスやジョージ・マクドナルドといったイギリスのファンタジー小説に似ているな、と思わせられるのですが、実のところ、影響関係は逆なのだそうです。モリスやマクドナルドはフケーの影響を強く受けているとのことで、そういう意味では、イギリス・ファンタジー小説の源流的な位置にある作品ともいえますね
 現代ファンタジーの源流の一つともいうべき作品で、ファンタジーに興味のある人なら一読の価値のある作品だと思います。もちろん、物語の面白さ自体も格別です。


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不幸な日々  E・W・ハイネ『まさかの結末』『まさかの顛末』
 E・W・ハイネ『まさかの結末』『まさかの顛末』は、ドイツ作家によるショートショート集。全篇を通してブラックかつ残酷な味わいが特徴で、主人公が不幸な結末を迎えることも多いです。「嫌な話」ではあるのですが、ブラック・ユーモアを交えて展開する捻りの効いた物語は娯楽味たっぷりで、読んでいて楽しい作品集になっています。


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E・W・ハイネ『まさかの結末』(松本みどり訳 扶桑社ミステリー)

 現代ドイツ作家による、ショートショート集です。長さは様々、お話も様々ですが、共通するのはそのブラックさ。捻った結末が待っているのも共通ですが、大抵意地悪な結果に終わるのも特徴ですね。
 四対一の確率で大金か死が待っているというテレビ番組をめぐる「死者の挨拶」、統計的にテロの確立を下げる対策を描いた「テロ防止策」、残酷な強盗犯の真実が描かれる「正義の勝利」、霊安室で蘇った男が家族の真実を知る「復活」、憧れのダンサーへの恋心が悲劇を呼びこむ「愛の死」、精神病院に滞在する教授が人類の秘密について明かすという「秘中の秘」、不眠症に対する絶対確実な療法が描かれる「いばら姫効果」、迷宮入り事件の意外な真実が明かされる「不気味な重要証人」、亡くなった双子の片割れをめぐる奇談「死んだ双子」、互いに片目の親友同士が、先に死んだ方が眼球を提供するという約束をする「目には目を」、教授とそっくりの運転手が講演を肩代わりする「講演」、口が利けない代わりに不思議な歌を歌う美女をめぐる幻想物語「キルケ」、あまりにも短いゴースト・ストーリー「世界一短いお化けの話」などを面白く読みました。

 特に面白く読んだのは「復活」「目には目を」でしょうか。

 「復活」はこんなお話。病院の霊安室で目を覚ました男ハーゲンは、自分が運よく息を吹き返したことを知ります。密かに自宅に戻ったハーゲンは、息子も妻も自分の死を喜んでいることを知り衝撃を受けます。しかも妻に至ってはハーゲンの友人と浮気をしていたのです…。
 秘かに蘇ったことにより、自分が愛していた人々が、自分のことを愛していなかったことを知ってしまう男の物語です。しんみりとした結末を迎えるのかと思いきや、男の行動も非常にブラックかつ残酷で驚いてしまいます。

 「目には目を」もブラック極まりない物語。
 大学の眼科医テッデンと肉屋のクニッペルドーリンクは、ともに片目であることから奇妙な友情を結ぶことになります。二人は、どちらか先に死んだ方が、片目を生きている方に提供するという約束をします。
 クニッペルドーリンクが事故で感電死したことを聞いたテッデンは、早速死体から眼球を摘出し、手術を行います。手術は成功し、両目が見えるようになります。
 しかしその直後、クニッペルドーリンクが仮死状態だっただけであり、息を吹き返したことを聞いて驚愕しますが…。
 生前の約束通り、片目を移植した直後に、死んだと思っていた友人が息を吹き返し、結果的に全盲になってしまう…という物語です。
 当然移植したテッデン側は罪の意識を感じるのですが、ここからが思いもかけない展開で驚かされてしまいます。最後まで徹底してブラックなお話になっていますね。


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E・W・ハイネ『まさかの顛末』(松本みどり訳 扶桑社ミステリー)

 『まさかの結末』に引き続き、ブラックなショートショートが集められた作品集です。
 夜の墓地で産科医が出会ったあやしい人影の秘密を描く「幽霊?まさか」、吸血鬼を恋人にした男の物語「愛人はヴァンパイア」、自分と同じ障害のある子供を持ちたいと望む人間たちの行動が語られる「頭との会話」、自分自身と結婚しようとする男の物語「死が二人を分かつまで」、妊娠した女性が代理母のふりをして報酬を騙し取ろうとする「罪ある懐胎」、交番の警官の元に拾得物として犬が届けられるという「四本足の拾得物」、高確率で男女の縁結びとなる未来を見通す占い師の物語「千里眼」、一族の人間が皆飛行機事故で亡くなっているために、飛行機を恐れる男の運命を描いた「飛行機お断わり」、銃の名手であり強盗を何人も射殺していた店主が死体で発見されるという「店内の死体」、生命現象そのものにタイムトラベル能力を乱した男がどんどんと若返っていくという「タイムトラベル」、動物ばかりを専門に始末する殺し屋の物語「殺し引き受けます」、大いなる力を手に入れた女性を描く「なりたいのは神」、動物の肉を食べることや結婚することが罪とされる近未来の物語「生涯にわたって」などを面白く読みました。

 全体に非常にブラックな味わいが濃いです。アンモラルな行為を働いたがために不幸な運命が襲う、というパターンだけでなく、特に何の不備もないのに不幸な結末を迎えてしまうというパターンも多いですね。

 一番面白かったのは「なりたいのは神」でしょうか。
 神秘的な力を探求していた女性ファウスティーナは、念力で物を動かすばかりか、品物を時を超えて飛ばすことさえできるようになります。やがて神にさえなりたいという欲望を抱くことになりますが…。
 超能力を次々と身に付けた女性が、神になりたいと願う物語です。願いはある形で叶うことになるのですが、それがまたブラックな結末につながっており、作者の意地の悪さが出ていますね。

 ブラックさでは「店内の死体」が強烈です。
 用心深さと銃の名手として知られる商店主アンクル・サム。強盗や侵入者があった場合、飼っている猟犬がすぐに主人に知らせ、アンクル・サムは相手を銃で射殺してしまうのです。既に何人もの侵入者を殺しており、その名は世間に知られていました。
 ある日店の中にも入っていない十七歳の少年を銃で射殺したアンクル・サムは訴えられますが、結局裁かれずに終わってしまいます。その後、店内でアンクル・サムと飼い犬の死体が発見されますが…。
 番犬と銃、そして用心深さで知られた店主はどうやって殺されたのか? を探っていくミステリ的な作品なのですが、その真相も何ともブラックかつえげつないもの。前半で店主のあくどさが描かれるので自業自得的な面はあるのですが、それにしても後味は悪いですね。


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知られざるドイツ幻想物語  アーペル、ラウン、クラウレン『幽霊綺譚 ドイツ・ロマン派幻想短篇集』
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 ヨハン・アウグスト・アーペル、フリードリヒ・ラウン、ハインリヒ・クラウレン『幽霊綺譚 ドイツ・ロマン派幻想短篇集』(識名章喜訳 国書刊行会)は、ドイツ作家による幻想小説を集めたアンソロジーです。
 バイロン、シェリー夫妻、ポリドリらが一堂に会し、それぞれ怪奇譚を執筆することになったディオダディ荘において、朗読されたという逸話もある、ドイツの怪奇譚集です。 もともと、ドイツ作家によって編まれた五巻にわたる怪奇小説アンソロジー『幽霊の書』が存在し、バイロンたちが読んだのはその仏訳版『ファンタスマゴリアーナ』です。
こちらの仏訳では、原著からエピソードをセレクションした上で、他作家の作品も混ぜ込まれているそうです。
 今回の邦訳版では、『ファンタスマゴリアーナ』の内容を参考に、『幽霊の書』の収録作をセレクト、さらに『幽霊の書』にもない作品も加えた短篇集となっています。

ヨハン・アウグスト・アーペル「魔弾の射手」
 意中の娘ケートヒェンとの結婚を望んでいた青年ヴィルヘルムは、森林官であるケートヒェンの父ベルトラムから、結婚の条件として、自分の後を継いで森林官とならなければならないという話を聞き、書記の職を捨て猟師となります。
 銃の訓練を積んでいたヴィルヘルムはその腕でベルトラムを喜ばせますが、ある時から急に弾が当たらなくなってしまいます。同僚の男によれば、呪いがかけられているのではないかというのです。
 ベルトラムの後を継ぐには、銃の腕前に関して、代々課せられてきた試練を受けねばならないといいます。
 そんな折に出会った見知らぬ義足の置いた兵士から、魔法の力を持つという魔弾を譲り受けたヴィルヘルムは、その弾丸を使って試練を乗り越えようと考えますが、度々銃を使わねばならない機会が重なり、弾がどんどん無くなってしまいます。
 ベルトラムから、魔弾を製造しようとし命を落とした男の話を聞いたヴィルヘルムは、魔弾を自ら製造しようと考えますが…。
 意中の娘との結婚のため、魔法の弾丸で試練を切り抜けようとした青年が、呪いにより悲劇に至ってしまう、という物語です。
 呪いで銃が当たらなくなってしまい、しかし手に入れた魔弾で何とかピンチを切り抜けられそうだと思ったら、弾がなくなってしまいます。さらに自ら魔弾を製造しようとするも、超自然的なトラブルに見舞われるなど、次から次へと主人公を困難が襲います。
 元々銃の名手だったはずの青年に、誰がなぜ呪いをかけたのかは分からないのですが、それも「悪魔」の導きだとすると、かなり怖い話ですね。魔弾製造のため深夜の儀式に臨んだ主人公が、様々な怪異に襲われる…というシーンには迫力があります。
 カール・マリア・フォン・ウェーバーが作曲した有名なオペラ『魔弾の射手』の元になった物語だそうです。

ヨハン・アウグスト・アーペル「先祖の肖像画」
 ある町を訪れた青年フェルディナントは、そこで怪談話をしている集まりに参加することになります。女性が話した肖像画をめぐる話を受けて、青年は、自らも友人の話だとして肖像画をめぐる奇談を話します。
 友人の家には、家系の始祖だという人物の不気味な肖像画が飾られていました。青年は、夜肖像画の人物に似た男が現れ、家の子どもたちにキスをする場面を目撃しますが、その数日後、子どもたちは亡くなってしまったというのです…。
 先祖の因果により、その子孫に度々死が襲いかかる…という怪奇談です。ただその物語が素直に語られず、複雑な語りによって語られていくところがユニークです。
 友人の話だとしていた物語が実は青年自身の体験談であった…というのを皮切りに、さらにその後日談や因果の連なる物語が次々と登場してきてその語りの複雑さと重層的な構造に驚いてしまいます。
 主人公の青年が、親からクロティルデという許嫁を決められているものの、本人は友人の妹エミーリエに恋しており、その恋の行方がどうなるのか?という部分も大きなテーマとなっています。
 先祖の因果が明かされ、それと同時に恋人たちも結ばれることになります。お話自体はゴシック味たっぷりの怪奇談ではありますが、最終的にはハッピーエンドを迎えると言うことで、陽性の物語となっていますね。

フリードリヒ・ラウン「髑髏」
 町を訪れた曲芸師の一団の柄の悪さに眉をひそめるキールホルム大佐でしたが、挨拶に来た団長が、堅実さで知られたこの町の校長シュースターの息子であることを知って驚きます。その男カルツォラロは父親に背いたことで、父が遺産を遺贈した遠縁の若い女性との間に訴訟ごとを抱えていました。
 カルツォラロは、人々の前で腹話術を披露したいと話します。髑髏を使ったらどうかという大佐の提案に従って、それを実演することになります。大佐は墓掘り人に本物の骸骨を持ってくるように命じますが…。
 死者との対話のふりをした腹話術を行ったところ、本当に死者が現れてしまう、というゴースト・ストーリーです。
 術は衆人環視の前で行われるのですが、現れた霊が術者しか見えず、他の人には見えない、というあたり、超自然的な現象が本当に起こったのか、解釈の余地があるように書かれています。

フリードリヒ・ラウン「死の花嫁」
 湯治場に来ていた人々は、その話の面白さで話題を呼んでいたイタリアの侯爵にお話をせがみます。
 「私」は友人グロボダ伯爵の家に滞在することになりますが、伯爵の双子の娘のうちの一人ヒルデガルデが亡くなり、もう一人の娘リブサも悲しみに沈んでいるということを聞きます。ある日現れたディ・マリーノ公爵は、リブサの美しさを伝え聞いて、彼女を妻に迎えたいといいます。
 公爵は別の女性アポローニア女公爵と婚約したという話を聞いていた「私」は不審に思いながらも、公爵から伯爵に結婚の話に口添えしてほしいという願いを聞いて、渋々協力することになります…。
 本来の恋人を捨て、別の美しい女性に目移りした男と、その不実さを知り結婚を邪魔しようとする「私」の争いが描かれるという作品です。そこに、亡くなった娘ヒルデガルデの亡霊、そして「死の花嫁」の伝説が絡んでくることになります。
 最初は、不実な青年の企みをくじこうとする部分が中心で、そのトーンからユーモラスな話になりそうな感じにも思えるのですが、段々と不穏な展開になっていきます。公爵のかっての恋人はどうなったのかは語られませんが、おそらくは死んでいる可能性が高いことが仄めかされます。
 作中で、「私」が公爵の企みを伯爵たちに示すために話すエピソードも、恋人を裏切った青年が、死んだ恋人に復讐される、という怖いお話になっています。

フリードリヒ・ラウン「幽冥界との交感」
 二人の女友達は、若く資産家である婚約者との結婚を控えたフロレンティーネが憂鬱な顔をしているのを見て心配しますが、彼女はその理由を語ります。それは亡き妹ゼラフィーネにまつわる話でした。
 頭脳明晰なゼラフィーネは天文学に打ち込んだ結果、その関心は神秘的な領域にも向くようになっていました。ある日、フロレンティーネは妹が部屋の中にいながら、同時に父親と共に外にいる場面を目撃して驚きます。やがてゼラフィーネは自らの死を予言することになりますが…。
 神秘的な力を持った女性の分身現象が語られ、さらに死の予言がなされる、という物語です。
 妹ゼラフィーネは自らの死のみならず、家族の死までを予言していたようで、それが本当に実現するのか? という怪奇実話風のお話となっています。分身現象も含め、不気味な雰囲気が強いお話ですね。

フリードリヒ・ラウン「亡き夫の霊」
 父親ゾラー氏の反対を物ともせず、結婚したユーリエとヘス医師の夫妻。互いに、先に死んだならばもう一人の周りに守護天使として漂い続ける、という約束をするほどでした。最初は熱愛状態だった二人にもやがて倦怠期が訪れ、心が離れてしまうようになっていました。
 旅行に出かけた夫が現地で急死したという知らせがもたらされ、妻は夫へのかっての愛を思い出しますが、ある夜、夫の霊らしき存在が妻の元を訪れます…。
 夫が急死したことをきっかけに、かっての愛を思い出した妻が未亡人としての立場を守るようになりますが、夫の霊と遭遇し、さらに思わぬ事実を知ることになる、という物語です。
 もともと、霊魂になっても互いのもとに行くという夫婦間の約束があったり、さらに妻の父親ゾラー氏が霊能力者であったりと、夫の霊が登場しても不自然ではないように描かれているのですが、そのあたりの設定が上手く使われていますね。

ハインリヒ・クラウレン「灰色の客間―文字通り本当にあった話」
 秘書官となった青年ブレンダウは、休暇をもらったのを期に、子ども時代を過ごした養父地方長官の家を訪ねます。その家の「灰色の客間」は、かってフーゴ伯爵に陵辱され、命を絶った女性ゲルトルーデの幽霊が出るとされており、家の人々はその部屋には寝泊まりしないようにしていました。
 成長した姿を見せたいと、あえて「灰色の客間」に泊まることにしたブレンダウでしたが、深夜彼の前に幽霊が現れます…。
 幽霊が出ると伝えられる部屋に泊まった青年が、霊に襲われてしまう、というかなり戦慄度の高い作品です。幽霊が物理的な脅威となって現れてくるというところが怖いですね。

ヨハン・アウグスト・アーペル「黒の小部屋」
 新聞や雑誌に載った記事について話し合うのを楽しみにしている男性三人組。「灰色の客間」の話を読んだ医事監ベアマンはその内容を信じており、自らも体験したという幽霊話を語ります…。
 クラウレンの「灰色の客間」の内容を受けて、似たような幽霊話が語られるという物語です。神秘主義者の医者が幽霊の実在を力説するのですが、後から登場する裁判官書記の男性がその合理的な謎解きをしてしまうという点で、ゴースト・ストーリーのパロディ的な要素も強いですね。

ハインリヒ・クラウレン「灰色の客間〔続〕」
 「灰色の客間」の幽霊話の真実が語られるという作品です。幽霊たちは、全てブレンダウをからかおうとした家の子どもたちの仕業だった、ということになっています。
 ちょっと興ざめしてしまうのですが、もともと「灰色の客間」が本当にあった話という触れ込みで新聞に掲載されたために、そのクレームが来ており、それに対して人々を啓蒙するために続編を時間を置いて掲載した、という言い訳が語られたようです。

フリードリヒ・ラウン「理想」
 美男子ながら甘やかされて育てられたヘッカーリング王子のお相手は完璧な女性でなければならないとされていました。それに見合うのは、はるか遠隔の国の王女イゾーラ姫のみ。
 フルディベルト王は、王女を連れてきた者には、自身の娘フロリベラ王女を与えるとお触れを出します。役目を引き受けたいと現れたのは、前国王に追放された男ヘッカーラインでした。彼は自身が持つ七里靴によって、遠隔の土地を自由に行き来することができたのです。
 しかし彼が巨大な二つの瘤のある醜い男であることから、王は王女を与えることに難色を示していました。金や名誉を与えれば、王女はあきらめるのではないかと考える王でしたが…。
 わがままな王子の結婚相手として選ばれた姫を連れてくるために、七里靴を持つ醜い青年が出かけることになりますが、報酬として約束した王女を渡したくない王の思惑もあり、さらに肝心の王子が別の女性に惚れてしまったりと、事態が混迷を深めていく、という物語です。
 タイトルの「理想」は、王子の理想の相手という意味と同時に、その理想が何ほどのものだったのか、という諷刺的な意味も込められているようですね。
 はっきりと超自然的なアイテムや妖精が登場するなど、メルヘン的・童話的な作品です。ただ登場する人物が多く動きも多くて、意外と複雑なお話になっています。

ヨハン・アウグスト・アーペル「花嫁の宝飾」
 裕福な城主アールブルク氏の娘ベルタに恋する青年貴族バルドゥインは、ベルタとの結婚を求めますが、アールブルク氏から十分な財産をもっていない男には嫁にやれないとはねつけられてしまいます。
 アールブルク氏は先祖代々伝わり、一家の幸運の元となってきた宝飾品が失われ、どこかに消えてしまったことを語ります。バルドゥインは富と名誉を求めて戦に出ることになりますが、ある城の中で一夜を過ごした際に、不思議な現象に出会います…。
 失われた宝飾品をめぐって展開されるメルヘン的作品です。過去の因縁や幽霊現象、男女の恋物語など、様々な要素のある楽しい作品となっています。
 人体の一部が次々と落ちてきて、それが合体する…という城内の怪奇現象にはインパクトがありますね。

ヨハン・アウグスト・アーペル「逸話三篇」
 それぞれ趣向の異なった掌篇が三つ集められた作品です。怪奇現象が合理的に解き明かされる「一 幽霊の城」、亡くなった男が恋人を死に引き寄せる「二 霊の呼ぶ声」、不当な罪で亡くなった老人が死後蘇り、町を混乱させるという「三 死の舞踏」で構成されています。
 一番印象的なのは「死の舞踏」でしょうか。バグパイプの名手である楽師の老人ヴィリバルトは、可愛がっている青年ヴィドが代官の娘エマに恋しているのを知って、彼の手助けをしようと考えます。悪辣な代官が人々から包囲されている状況を自身の音楽で救ったヴィリバルトは、
 ヴィドとエマの結婚を報酬として求めますが、代官は逆にヴィリバルトを魔術師として告発し、投獄してしまいます。
 直後にこと切れてしまったヴィリバルトは埋葬されますが、夜中に這い出してきたヴィリバルトは、その音楽で死者たちを蘇らせ、町を混乱に陥れます…。
 魔法のバグパイプを持つ楽師の老人が死後蘇る、という怪奇物語です。老人の行為は恋人たちの恋を成就するためではあるのですが、その過程でどんどん死者が出てしまう、というあたりは結構怖いですね。
 タイトル通り、ヨーロッパの画題として知られる「死の舞踏」の起源譚のようになっているのも面白いところです。

ヨハン・アウグスト・アーペル「クララ・モンゴメリー―聖**ゲの騎士の手稿より」
 旧友であるモントレミーの老司祭を訪れた「私」は、すぐに出発すると良くないことが起こるという司祭の予言めいた言葉の理由について訊ねますが、それに対して、彼はある話を始めます。
 モントレミー城の中にある彫像「ヴェールの花嫁」は、数百年前に亡くなったクララ・モンゴメリーの像だというのですが、彼女の生涯は数奇なものであり、そこには未来の予言が絡んでいるというのです…。
 フランス革命後の荒廃した村の城で、過去の不思議な話が語られるという歴史幻想小説です。
 過去のパートで語られるのは、カトリーヌ・ド・メディシスとアンリ二世の時代で、アンリ二世の死に関して神秘主義的な物語が語られます。
さらに過去に示された予言が、フランス革命での王たちの処刑をも暗示していた…というあたり、奥深い作品となっていますね。
 物語自体の魅力もさることながら、その語り口や物語の構成なども凝っている作品です。

 本書は、古い時代(19世紀初頭)の作品が集められたアンソロジーですが、物語には、今でも通用するエンターテインメント性があります。ゴシック小説風の作品があるかと思えば、メルヘン・童話風の作品もありと、バラエティも豊かです。
 幽霊や超自然現象が合理的に明かされるタイプのお話もあるのは、当時のこの手の作品に懐疑的な意見があったことの現れでしょうか。クラウレン「灰色の客間」やアーペル「黒の小部屋」なんかを読むと、そのあたりの事情が感じられますね。
 ドイツ・ロマン派以前に、ドイツにこういう怪奇幻想作品があった…というのは、話としては聞いていても実作に触れる機会がなかったので、貴重な紹介といえますね。


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いたずらっ子の饗宴  ヴィルヘルム・ブッシュ『ブッシュの絵本』
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 ヴィルヘルム・ブッシュ『ブッシュの絵本』(上田真而子訳 岩波書店)は、ドイツの風刺画家・作家ブッシュ(1832-1908)の絵本作品三冊『マクスとモーリツのいたずら』『いたずらカラスのハンス』『いたずら子犬ポシャンとポトム』をまとめた箱入り本です。
 絵と文章がセットになった絵本形式の作品なのですが、多くの絵が連続して展開されるのと、そのデフォルメの効いたタッチからは、現代のマンガに似た感性を感じさせます。実際、現代のコミックの元祖の一人としても位置づけられている人のようです。

 『マクスとモーリツのいたずら』はブッシュの代表作で、最も人気のあった作品です。いたずら好きの少年マクスとモーリツがいたずらを繰り返し、その顛末が語られていくというブラックなお話です。彼らのいたずらは質が悪く、動物が死んでしまったり、巻き込まれた人が大怪我をしたりと、その被害も甚大。悪事を繰り返す少年二人も結局は死んでしまいます(その最期もブラック・ユーモアたっぷりですね)。

 『いたずらカラスのハンス』は、少年フリッツがつかまえてきた子ガラスのハンスがいたずらを繰り返し、フリッツやそのロッテおばさんに迷惑をかけ続けます。こちらもいたずら好きの子ガラスが騒動を巻き起こすという物語。
 『マクスとモーリツ』に近いブラックさがあり、実際いたずらを繰り返したハンスはあえなく最期を遂げてしまう…というあたりも『マクスとモーリツ』風味です。
 併録された「アイスペーター」は、吹雪の中に無理にスケートに出かけた少年がカチコチに凍ってしまうという短篇です。こちらもブラックな味わいですね。

 『いたずら子犬ポシャンとポトム』は、池に落ちて死にそうになっていた子犬ポシャンとポトムが、幼い兄弟パウルとペーターに助けられて、彼らの家で暮らすようになりますが、いたずら好きの性質を発揮して様々な騒動を惹き起こす、というユーモア絵本。
 兄弟たちも結構わんぱくなのですが、子犬たちの方はさらに輪をかけてわんぱくであり、その過程が楽しく描かれていますね。いたずら好きとはいえ、子犬たちのキャラクターも可愛らしく描かれています。

 主人公が人間にせよ動物にせよ、いたずら好きでわんぱくな存在が周囲に迷惑を引き起こす…というのが一つの型になっています。解説によると、作者のブッシュは晩年に近づくにつれてペシミスティックになっていったらしく、作品の傾向も変わっていったようです。
 『マクスとモーリツのいたずら』『いたずらカラスのハンス』が徹底してブラックな味わいだったのに対して、晩年に近い頃に書かれたという『いたずら子犬ポシャンとポトム』では、教訓臭が強くなっており、最終的には犬も少年も矯正されて「真面目」になってしまう…というのも妙な味わい。

 ヴィルヘルム・ブッシュは小説も書いていて、日本でもファンタジー小説『エドワルドの夢』(矢川澄子訳 月刊ペン社)が、ファンタジーの叢書《妖精文庫》から刊行されていました。こちらの本にも、絵本作品がいくつか収録されています(全てモノクロです。岩波書店版はオールカラー)。
 『エドワルドの夢』に収録されている絵本作品は 「マクスとモリツ」「カエルとカモ」「カラスの巣」「ジオゲネスと子供」「いたずらハインリヒ」。岩波版と月刊ペン社版、どちらも片方にしか収録されていない作品がありますね。


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もう一人の悪  エリカ・リレッグ『ふたりのベーバ』
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 ドイツの作家エリカ・リレッグの長篇『ふたりのベーバ』(矢川澄子訳 学研)は、魔法の根っこによって分身を作った少女が、その分身を制御できなくなってしまう…というファンタジー作品です。

 両親を亡くし、おばさんの元で兄のクリスチャンと一緒に育った少女ベーバ(ゲノベーバ)は、勉強のためクリスチャンがパリに行ってしまい、寂しい思いをしていました。ある日、世話をしてやっていた子ネズミのかあさんネズミから、お礼にと魔法の木の根っこをもらいます。
 それは自分の代わりにその根っこを置いておくと、その人間そっくりになって、自分の代わりをしてくれる、という品物でした。喜んだベーバは、きびしいおばさんの目を盗んで、たびたび根っこに自分の代わりをさせていました。
 クリスチャンに会いたくなったベーバは、衝動的に家を出てパリに向かいます。何とかパリに辿り着き、クリスチャンに再会したベーバでしたが、一方、根っこのベーバは長期間放りっぱなしになっている間に、人のいうことを聞かなくなり、悪事を繰り返していました…。

 開放的でお転婆な少女ベーバが、自分の代わりになってくれる魔法の根っこを手に入れ、それを使うものの、長期の留守の間に制御が効かなくなってしまう…というファンタジー作品です。
 物語は大きく二つに分かれており、前半はベーバが家を飛び出しパリにいる兄のもとに辿り着くまで、後半では、逃げ出した根っこのベーバを追って兄弟が追跡を続ける、という流れになっています。

 前半のパリへの旅路も空想と冒険に満ちていて楽しいのですが、物語の本領は後半からですね。悪事を繰り返しながら逃走を続ける根っこのベーバを追って、ベーバたちが追跡を続けることになります。
 そもそも魔法の根っこは長期間使ってはいけないものとされており、それを破って使い続けたベーバが災難を被る、というのは自業自得的な部分もあります。根っこのベーバは悪の化身みたいな存在で、いたずらどころか、本物の盗賊たちに交じって盗賊以上に悪事を繰り返したりもします。
 しかもその悪評はベーバ本人にかかってしまい、根っこのベーバと間違えられて逮捕されてしまったりということも。
 本人と接触すると根っこは元に戻ってしまうため、ひたすら逃げ続けます。追跡を続けながらも、ベーバと根っこのベーバが直接的に会う場面はなく、捕まえる寸前で毎回逃げられてしまう…というあたり、怪盗小説の趣もありますね。

 魔法の根っこだけでなく、日常的にベーバがネズミやキツネなどの動物と話したりすることもあるなど、マジックリアリズム的な世界観で展開される物語で、不思議なことが次々と起こるのも楽しいです。
 ベーバは言葉をよく間違える一方、非常に理屈っぽくて、言葉遊び的な笑いが描写される部分も面白いですね。特に根っこの分身が現れる前、兄との会話の中で、「親なし」が二人で「ふた親なし」との言葉について、親なしの自分が二人いるのではないか、と発言する場面があり、こちらは物語のメインテーマを象徴する形にもなっていますね。
 ナンセンスとファンタジーに満ちており、底抜けに楽しい童話作品です。


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思いがけない出来事  マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』
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 ドイツの作家マリー・ルイーゼ・カシュニッツ(1901年~1974年)の『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』(酒寄進一編訳 東京創元社)は、<奇妙な味>風味の強い短篇集です。
 カシュニッツ作品、超自然的な出来事が起こるものも多いのですが、そうでない場合でも、何か劇的な出来事が起こり、それによって変化を遂げたり影響を受けたりする人間の心理が描かれる部分が魅力でしょうか。
 超自然的な題材の作品の場合でも、その風変わりな現象よりも、それに対応することになる人間の側にウェイトが置かれているという感じです。そういう意味で、一篇一篇は短いですが、非常に密度の濃い作品が詰まった短篇集になっています。

「白熊」
 夜遅く、先に妻が寝ているところに帰ってきた夫ヴァルター。電気もつけない夫を怪訝に思う妻ですが、夫は、妻と出会った頃について、しつこく問い質すことになります…。
 妻との出会いの真相について問い質し続ける夫の真意とは? 夫婦間の思いの溝を描く作品と見えますが、それが生と死の溝でもあったことが分かる結末にはおどろかされますね。

「ジェニファーの夢」
 たびたび妙な夢を見るという娘ジェニファーのことを、母親のアンドリュー夫人は心配していました。夢では、見知らぬ女性が現れてはジェニファーに好意的に接してくるというのです。アンドリュー夫妻は、引越してしまったかっての知り合いファーガソン夫妻のもとに親子で遊びに行くことを考えますが…。
 不思議な夢と、夢と現実の不思議な暗合が描かれる作品です。超自然的な現象が現れてはいるものの、その真相も明かされないため、怖さも感じられますね。

「精霊トゥンシュ」
 大学から派遣されてきた、山小屋の番人の若者に、現地の人々はある秘密を教えます。それはパン生地の人形に命を与える方法でした。やがて若者が死体となって発見されますが…。
 命を持ったパン生地人形が描かれる恐怖小説です。人形が本当に犯人なのかは明言されず、事件が第三者によって調べられていくというミステリタッチで描かれるのも特徴。その過程で若者の過去も判明し、そこに人形の秘密も隠されていたのでは…と想像させる部分も上手いですね。

「船の話」
 どこかぼんやりした妹のヴィオーラを、間違った船に乗せてしまったことに気付いた兄のドン・ミゲル。やがて彼女からの手紙が届きますが、乗った船や乗客たちの様子は明らかにおかしいのです…。
 妹からの手紙で、間違えて乗船してしまった船とその乗客について語られるという物語。船やその客たちは明らかにこの世のものではなく、ヴィオーラはおそらく帰ってくることがなく、読んでいる兄もそれを理解している…というあたりに非常に怖さの感じられる作品になっています。

「ロック鳥」
 突然「わたし」の部屋に現れた、見たこともない大きな鳥。「わたし」は追い出そうとしますが、鳥はしつこく部屋に居続けます。「わたし」は鳥に「ロック鳥」と名付けますが…。
 突然部屋に現れた鳥に悩まされる物語です。鳥をスケッチしようとしてもできない…というあたり、超自然的な存在のようですね。鳥を嫌がっておきながら、その不在を悲しむ主人公が描かれるなど、鳥には何かの象徴や寓意が込められてもいるようです。

「幽霊」
 ロンドンの劇場で出会った美しい兄妹、ローリーとヴィヴィアンに惹かれた夫アントンに連れられ、兄妹の家を訪れることになった「わたし」。アントンは兄妹に見覚えがあるというのですが、誰だったのかは思い出せません。兄妹の様子に不審なものを感じる「わたし」でしたが…。
 幽霊に出会う夫婦を描いた、オーソドックスなゴースト・ストーリーです。幽霊が真昼間に現れ、物理的な接触も可能である、というのもユニークですね。霊との接触が本当であったことが分かる結末の表現も上手いです。

「六月半ばの真昼どき」
 旅から帰ってきた「わたし」は、留守中に自分が死んだと触れて回る謎の女が現れたことを知りますが…。
 得体の知れない女が、自らの死について語っていたことを知らされる女性の物語です。娘がいるにも関わらず、女が「わたし」のことを天涯孤独だと語り、それが一面では真実なのではないか…と思わせるあたり、象徴的な味わいもありますね。

「ルピナス」
 列車で運ばれる途中だったユダヤ人のバルバラは姉のファニーと共に列車から飛び降り、義兄のもとに隠れる予定でしたが、脱出できたのはバルバラだけでした。義兄と共に秘かな生活を続けることになりますが…。
 本来助かってほしかった妻ではなくその妹が助かってしまったことに違和感を抱く男と、義兄に純粋な愛情を抱く義妹との生活を描く作品です。閉鎖された環境のなかで、互いに齟齬が生まれていく…という文芸味の強い短篇です。

「長い影」
 家族と共にイタリア旅行に訪れた少女ロージーは、現地の少年が自分の後についてきていることに気付きますが…。
 独立心の強い少女の危険な散歩が描かれます。少女の意思の強さが危難を切り抜けさせることになる、という作品です。

「長距離電話」
 パウルの結婚相手が身分違いだと考える父や姉は、その結婚を止めさせようとしますが…。
 青年の家族が、彼の結婚を止めさせようとする様が、それぞれの電話の形式で描かれる作品です。結婚相手のアンゲリが純粋な心根の女性かと思いきや、意外にもしたたかだったことが分かる結末も面白いですね。

「その昔、N市では」
 きつく面倒な仕事の成り手がいなくなったことから、N市で採用されたのは、亡くなった人間を蘇らせ、労働力として使うという方法でした。生前とは似ても似つかぬ姿であり、素直に命令に従う彼らは「灰色の者」と呼ばれていました。
 N市は繁栄を謳歌していましたが、ある日「灰色の者」がたまたま塩をなめたことから、悲劇的な事態が起こることになります…。
 死んだ人間を蘇らせて働かせるという、一種の「ゾンビ」テーマ作品です。蘇った人間は皆が一様で生前の姿が分からないため、市民は、彼らを人間として扱わなかったところ、その真相が明かされたときに悲劇が出来することになります。
 事態が収拾されてからも、また別の方向性で自分たちの利益を図ろうとする、N市民の姿が描かれる結末も諷刺的ですね。

「四月」
 銀行に勤める女性ブルッタの机の上に突然現れた花束。同僚によれば、それは支配人のツィン氏からのものだというのです。昼休みに外に出たブルッタは、従来はよく思っていなかったツィンと自分とが恋人になった空想を繰り広げますが…。
 男性には縁がない女性が、同僚のいたずらから空想を繰り広げるものの、その空想が破られてしまう…という残酷なお話なのですが、そこに「時のねじれ」が絡み、さらに残酷極まりない話になってしまうところに驚きます。

「見知らぬ土地」
 同席した軍人たちとの張り詰めた雰囲気の中、「わたし」が持ち出したある飛行家の名前をきっかけに、彼らとの間に不思議な空気が生まれることになりますが…。
 見知らぬ土地での見知らぬ人同士との間に、不思議な縁が生まれ、そして消えてしまう…という物語。
 一瞬暖かな空気感が生まれ、そこに善意が浮かび上がってくるものの、それも消えてしまう、という瞬間的な情景を切り取っていますが、それが瞬間的なものだけに残酷なお話ではありますね。

「いいですよ、わたしの天使」
 夫を亡くし孤独になった「わたし」は、下宿人として大学生の娘エヴァを家に置くことにします。エヴァを愛するようになった「わたし」は彼女の世話を焼きますが、エヴァは段々と図々しくなっていきます…。
 最初は優し気に見えた下宿人の娘が、段々と図々しくなり、家が支配されてしまう…というお話です。
 ボーイフレンドを連れてきたかと思ったら、生まれた子どもの世話をさせたり、挙句の果てには部屋を明け渡させ、屋根裏に閉じ込めてしまうのです。
 そんな仕打ちをされながら、互いに愛情を持っていると考え続ける「わたし」の態度には、うすら寒い思いを感じてしまいます。
 ヒュー・ウォルポールの「銀の仮面」を思わせる<奇妙な味>の残酷譚です。

「人間という謎」
 長距離バスでたまたま隣になった女と話すことになった「わたし」。彼女は独自の空想の内容を話すことになりますが…。
 あまりにも詳細で具体的な空想を話す女に対し、彼女は孤独であるがゆえに空想に浸っているのではと「わたし」は考えるのですが、事実はそうでなかった…というあたりも皮肉ですね。人間の心の不思議さを描いた作品ともいえそうです。


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ありえない冒険  ゴットフリート・アウグスト・ビュルガー『ほら吹き男爵の冒険』
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 ゴットフリート・アウグスト・ビュルガー『ほら吹き男爵の冒険』(酒寄進一訳 光文社古典新訳文庫)は、ミュンヒハウゼン男爵の奇想天外な体験を描く、ファンタスティックな冒険小説です。

 ドイツの詩人・作家ビュルガー(1747-1794)の手になる作品なのですが、その成立の由来が興味深いです。もともと実在したミュンヒハウゼン男爵の体験談に尾ひれがつき、彼をモデルにした物語群が現れます。ドイツの作家ラスペがそれらの物語を元にして「ほら吹き男爵」の物語『マンチョーゼン男爵のロシアの奇妙な旅と戦役の話』をイギリスで刊行します。
 それを逆輸入する形で翻訳したのが『ほら吹き男爵の冒険』なのです。しかも、翻訳の際に相当の翻案を加えているのだといいます。

 ロシア帝国に仕官し、トルコに対する戦争に従軍した…というのは、実在のミュンヒハウゼン男爵の行跡をたどってはいるのですが、作中の男爵が語る内容は奇想天外、現実にはありえないような事態が次々と起こるという、まさに「ほら話」です。
 餌にしたベーコンが鳥のお尻から出てきて何羽もつながって取れたとか、チェリーの種を弾丸としてシカに撃ちこんだら数年後に頭から桜の木が生えてきたとか、読んでいて唖然としてしまうのと同時に、そのとんでもなさに笑ってしまいます。
 男爵が砲弾に乗って移動している最中に、向かい側から飛んできた砲弾に乗り換えて帰ってくるなど、物理法則を完全に無視した現象が語られるあたりは、ものすごくシュールですね。
 全体がいくつかの章に分かれており、それぞれの章が短いエピソードの集積で出来ているのですが、さらに短いエピソードの中でも信じられないような「ほら」がいくつも登場し、それが巻末まで続くというハイテンションな作りになっています。

 後半では、男爵本人のみならず、ものすごい速度で走れる男や桁違いの力持ち、地獄耳の男など、常識外れの能力を持つ家来を従えての活躍が語られ、民話的な要素も強くなってきますね。舞台も世界各地、果ては地球の真ん中を突っ切ったり、月にまで行ってしまうなど「ほら」の度合いも高くなっています。
 現代でも気軽に読めて楽しめる、愉快なユーモア小説ですね。

 ちなみに、主人公のモデルとなった、実在の人物ミュンヒハウゼン男爵ヒエロニュムス・カール・フリードリヒが存命のうちに、この作品を含めた「ほら男爵冒険譚」が出ているのもすごいなと思います。

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魔法の恋  アヒム・フォン・アルニム『エジプトのイサベラ』
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 ドイツ・ロマン派の作家アヒム・フォン・アルニム(1781-1831)の『エジプトのイサベラ 世界幻想文学大系4』(深田甫訳 国書刊行会)は、短篇「狂気の傷痍兵、ラトノオ砦に在り」と中篇「エジプトのイサベラ」を収めた作品集です。

「狂気の傷痍兵、ラトノオ砦に在り」
 傷痍軍人たちの司令官のもとに、ある日若い女性が嘆願に訪れます。その女性ロザーリエは、夫のフランクールを人里離れた場所に配置してやってほしいというのです。
 かって負傷したフランクールの世話をしているうちに恋が芽生え彼との結婚を決意したロザーリエでしたが、彼女の母親はそれに反対し、呪いをかけたといいます。フランクールにも呪いの影響が及び、感情を抑えられず錯乱状態のようになってしまうのだと。
 司令官はフランクールが花火や爆弾の技術に詳しいことを知り、彼の技術を見込んで、火薬貯蔵庫のあるラトノオ砦に配置することにします。
 やがて錯乱したフランクールは、砦を占拠して閉じこもってしまいますが…。

 呪いによって錯乱した夫が砦に閉じこもりますが、妻の愛によって救われる…というお話です。
 妻ロザーリエの母親が呪いをかけたことが示され、実際その魔術的な効果は本物であったように描写されるのですが、フランクールの錯乱が本当に全部が呪いによるものなのかどうかは、はっきりしないようにも見えます。もともと怪我を負っていたことや、精神的な病もあるのではないかと思わせるところもあるのです。「呪い」の要素がなければ、精神を病んだ兵士が武装して閉じこもる話、ということでかなり近代的なお話ではあるのですよね。
 問題があると言っているのに火薬庫のある場所に配置してしまう粗忽な司令官(実際、後で非難されています)を含め、登場人物たちの心理や動きが、物語を上手く動かしていく感のある、見事な作りの短篇ではないでしょうか。

「エジプトのイサベラ」
 ジプシーの頭目である父親を絞首刑で亡くした娘ベラ(イサベラ)は、肝試しにやってきた王子カール(後のカール五世)に恋をしてしまいます。
 ベラは父親の遺産の魔術書を読み、富を手に入れてくれるという魔法の植物アルラウネを手に入れます。成長して小人のようになったアルラウネは自らをコルネリウスと名乗り、ベラとお付きの老婆ブラーカに、いろいろな知恵を与えるようになります。しかしベラに優しくされたコルネリウスは自分がベラの恋人だと思い込んでしまいます。
 生者とも死者ともつかぬ熊皮男を仲間に加えた一行は、不思議な旅路に出ることになりますが…。

 王子に恋をしたジプシーの娘ベラが、手に入れたアルラウネの力を借りながら、王子と結ばれるまでを描く、幻想的な作品です。
 ジプシーの娘(父は頭目で、母も高貴な血を引いているのですが)と帝国の王子という「身分違いの恋」がメインのお話ではあるのですが、そこにいろいろな魔術、アルラウネやゴーレムといった「妖怪」など、怪しげな要素がふんだんに盛り込まれた、ファンタスティックな味わいの作品になっています。
 作中で一番目立つのは、やはりアルラウネのコルネリウスで、育てられているうちに人格が生まれ始め、そのうぬぼれと思い込みの強さで物語をひっかきまわします。ベラに恋してしまい、王子カールとの間で奇妙な三角関係が生まれることになるのですが、後半では魔術によってベラのゴーレムが生み出され、その偽物のベラも入り混じって、スラップスティックなラブコメディのような趣になるのも面白いですね
 コルネリウスはもちろん、王子カールも含めて、男性キャラクターたちの目はほとんど節穴で、偽物のベラにだまされたりしてしまいます。その一方、ヒロインのベラの純粋さと一途さは本物で、その恋の実現と同時に、一族を故郷のエジプトに帰還させるという使命もまた実現できるのか?というのも読みどころとなっています。
 ユーモアと魔術に満ちた、不思議な味わいの幻想恋愛小説です。そんなに長い作品ではないのですが、盛り込まれた要素が多数で、しかもそれらが風変わりなので、非常に濃厚な作品になっていますね。これは今読んでも面白い作品ではないかと思います。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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