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箱の中の心  G・K・ウオリ『箱の女』
箱の女 (ハヤカワ文庫 NV)
 G・K・ウオリの長篇小説『箱の女』(富永和子訳 ハヤカワ文庫NV)は、三日間、事故で箱に閉じ込められた後に豹変してしまった女性をめぐる心理サスペンス作品です。

 夫のジョーと共に数十年間も幸せな結婚生活を送っていたエレン・ディレイは掃除をしている最中に、誤って工具箱の中に閉じ込められてしまいます。三日後ようやくジョーによって助けられたエレンは、夫が自分を殺す気だったと思い込んでしまいます。
 夫に殺意がなかったと頭では理解しているものの、何かが失われてしまったエレンは、山中の小屋に移り住み、そこで狩りをして暮らすようになります。ある日エレンの撃った弾丸がたまたま森の中で酒盛りをしていた男たちの一人に当たってしまいますが…。

 箱に閉じ込められたことから、夫との仲が破綻してしまった女性を描く心理サスペンス作品です。ちょっと猟奇的なテーマを思わせるモチーフなのですが、ホラー的な展開になるわけではなく、飽くまで女性の心の不可思議さを追っていくという、シリアスなサスペンス作品です。
 女性がすでに亡くなっているということは序盤で明かされており、件の女性エレンがどういう人間だったのか、というのを町の大工スプロッチーと、その娘でエレンの親友だったウィルマが語ってゆくという設定になっています。

 物語は「箱の女」エレンとその夫ジョーを中心に語られますが、その合間に語り手スプロッチーとウィルマを始め、エレンに敵対する警官ケアリ、ウィルマの元恋人ポイズンなど、周囲の人物の背景や人生にも触れられ、厚手の群像劇のような雰囲気もありますね。
 「箱の女」エレンはなぜ夫を捨てたのか? 彼女が死ぬことになった原因とは何なのか? 題材こそ奇抜ですが、人間の心の不可思議さを真摯に描いていくサスペンス作品で、文学性の高い読み応えのある作品になっています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

神秘の道  ロバート・R・マキャモン『ミステリー・ウォーク』
ミステリー・ウォーク〈上〉 (創元推理文庫) ミステリー・ウォーク〈下〉 (創元推理文庫)
 ロバート・R・マキャモン『ミステリー・ウォーク』(山田和子訳 創元推理文庫)は、死者の魂を鎮める能力を母から受け継いだ少年が、様々な事件や人と出会いながら、成長してゆく様を描いた作品です。

 インディアンの血を引く母ラモーナから、死者の魂を鎮める能力を受け継いだ少年ビリー・クリークモア。母ラモーナは、町で死んだ人々の魂を救うために働きますが、彼女の能力を信じない町の人々からクリークモア親子は排斥されていきます。父親さえも妻と息子の能力を受け入れられず悩んでいたのです。
 幼くして能力に目覚めたビリーは、一族に代々つきまとう邪悪な「シェイプ・チェンジャー」の存在を知ります。対抗する力を得るためビリーは祖母であるレベッカに師事することになります。
 一方、クリークモア母子を危険視する伝道師ファルコナーと息子ウェインは、彼らに圧迫を加えようとしますが…。

 特殊な能力を受け継いだ少年が、いろいろな出来事に遭遇して成長してゆく様子を描いた長篇作品です。細かい章に分かれており、それぞれがまとまったエピソードになっていますが、その一つ一つに非常にふくらみがあり、読み応えがあります。
 前半はビリーが町を出るまでの少年時代を描き、後半は町を出たビリーがいろいろな冒険を重ねる…という構成になっています。明確に敵が姿を現してくる後半ももちろん面白いのですが、圧巻なのはやはり前半です。

 特殊な能力を持つ母ラモーナが人々の魂を救っているにもかかわらず、彼女の能力を信じない、あるいは怖がっている人々は、彼女のみならず一家を排斥し始めます。夫のジョンは妻を愛しながらも、妻の能力を理解しきれず、精神的に病んでしまいます。
 やがてビリーが幼くして能力を発揮しはじめたころ、一家は悲劇的な事件に襲われることになるのです。この段階では「敵」である悪霊「シェイプ・チェンジャー」はまだほとんど姿を見せていないのですが、それにもかかわらず事態は非常に暗鬱な展開になっていきます。
 ビリーの「神秘の道(ミステリー・ウォーク)」は一体どこにつながることになるのか?

 少年ビリーの成長小説であり、青春小説であり、恋愛小説でもあり、そしてもちろんホラー小説でもあるという、総合的な魅力を持った作品です。マキャモンの傑作の一つといっていい作品ではないでしょうか。

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奇妙な味の物語  ウイリアム・ハリスン『ローラーボール』
ローラーボール (ハヤカワ文庫NV)
 ウイリアム・ハリスンの短篇集『ローラーボール』(小鷹信光ほか訳 ハヤカワ文庫NV)は、純文学と〈奇妙な味〉の中間のような味わいの作品集です。

 近未来、試合内で殺人までが許されるようになったスポーツを描く「ローラー・ボール」、傭兵として世界を遍歴した男の計画について語られる「戦士」、人気のない辺境に住み着いた老人と雑貨店主との心の交流を描く「世捨て人」、超自然的な能力を持つ青年が魔術として活躍する「青い穴の中へ」、おばに導かれて食べることに官能的な魅力を見出す男を描く「暴食の至福」、大家族を養う父親の生活を子供の目線から語るノスタルジックな「ピンボール・マシン」、キャッチフレーズにより成り上がった男がその人生を語る「惹句王」、資格の勉強をする夫を養うため厨房で働く若い妻と中年の料理人の奇妙な恋の行方を語った「ある料理人の話」、火事の現場で何度も幻覚と遭遇する消防士を描く「よろこびの炎」、禁煙療法を実践するための船でタバコを密売する男を描いた「良き船、エラズムス」、女好きの鉛管工の幻想を描く「床の下」、飛び抜けた実力を持つ砲丸投げ選手の青年を描く「涅槃と神々の黄昏と砲丸投げ」、天候をコントロールできると信じている気象観測官を描く「気象観測官、ある神学的独白」を収録しています。

 純文学的な作品と、異色短篇、いわゆる〈奇妙な味〉的な作品とが入り交じったような、不思議な味わいの作品集です。
 「世捨て人」「ピンボール・マシン」「ある料理人の話」などは明らかに純文学的なスタイルで描かれているのですが、そこには妙な「くせ」があるのですよね。
 一方、異色短篇的な「青い穴の中へ」「暴食の至福」「よろこびの炎」「良き船、エラズムス」「気象観測官、ある神学的独白」なども、妙なわかりにくさがあって、一概に「こういう話」と要約できないような難しさがあります。
 解説ではこのあたり、ハリスンの作風について「知的なショッカー」「テーマのない寓話」という言い方をしていて、なるほどという感じではありますね。
 映画化された表題作「ローラー・ボール」にしても、派手な題材を扱ってはいるものの、「殺人スポーツ」という目立つところにはスポットがあまり当たらず、主人公であるスター選手の心理描写がメインに描かれていくという作品です。

 超自然的な力で別の空間「青い穴」に隠れることができる青年を描いた「青い穴の中へ」や、火事の現場に行くたびに怪しい幻覚を見続ける消防士を描いた「よろこびの炎」、禁煙療法が実践されている船の中でタバコを売り歩く男を描いたブラック・ユーモア味の濃い「良き船、エラズムス」などは、エンターテインメントとしても非常に面白い作品です。
 美食家のおばに導かれた男がやがてあらゆる物質に食欲を抱くようになるという「暴食の至福」や、超人的な身体能力を持つ砲丸投げ選手の男がひたすら砲丸を投げ続けるという「涅槃と神々の黄昏と砲丸投げ」などは、シュールな味わいがあって、これはこれで捨てがたいですね。

 この短篇集の収録作は主に1970年代前半に書かれています。短篇のいくつかは、1970年代に「ミステリマガジン」に掲載されていて、その当時にはいわゆる「異色短篇」的な惹句がついていたように思います。ただ今読むとハリスンの作品は、それらとはちょっとベクトルが異なる作品のようです。
 とにかく、かなり風変わりな作品集なのは間違いないので、変わった小説を読みたい方にはお薦めしておきましょう。

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心の漂流  シャーロット・ローガン『ライフボート』
ライフボート (集英社文庫)
 シャーロット・ローガン『ライフボート』(池田真紀子訳 集英社文庫)は、救命ボート上を舞台に、遭難した船客たちの人間関係をサスペンスたっぷりに描いた作品です。

 1914年、大西洋で豪華客船が爆発し、人々はそれぞれ救命ボートに乗り込んで脱出します。資産家の夫ヘンリーと結婚したばかりのグレース・ウィンターは、夫と別れてボートに乗り込みますが、大量の人々を乗せたボートは定員を超えて不安定になっていました。
 唯一、船と海についての知識を持つ船員ハーディはリーダー的存在となり、沈んだ船の周辺で救出を待つべきだと主張しますが、その横暴な態度から皆の反感を買いつつありました…。

 あらすじからは、極限状況に陥った人々たちのサバイバルや争いが描かれる作品を思い浮かべると思います。確かにそういう面もあるのですが、ちょっと独特の展開をする作品です。
 生き残るためのサバイバルというよりも、そうした極限状況に陥ったヒロインの心の動きを描いた作品、と言う方が当たっているでしょうか。救命ボートで生き残った人々が30人以上いること、その大部分が女性であるということからも、あまり人間同士が物理的に争うという展開はありません。

 リーダー的存在である船員ハーディと、それに反感を抱き主導権を握ろうとするハンナ・ウェストとミセス・グラントの二人の女性、二つの勢力が生まれる中で、ヒロインのグレースの心が揺れ動く様が描かれていきます。
 物語はグレースが裁判にかけられている状態から始まります。彼女自身は生還したことが分かっているのですが、救命ボートに乗り込んだ乗客たちは誰が助かり誰が死んだのか? グレースは何の罪で裁かれているのか?

 大きな謎を引っ張りつつ展開する物語には、サスペンスが溢れています。
 物語はグレースの一人称で語られるのですが、グレースは意思があまり強くない女性として描かれており、状況に流されたり、多数の意見に与したりします。語りには自分を正当化するような部分もあり、彼女の言っていることが本当なのかどうかは定かではありません。
 飽くまでヒロインであるグレースの心理がメインに描かれていくので、後半、法廷劇が前面に出てくると、グレースが裁かれる原因となった事件が回想されるほかは、遭難事件のその後の展開がちょっとぐたぐたになってしまうのが残念なところではありますね。

 通常の「漂流もの」とはかなりベクトルの異なった作品で、同種の作品にあるような波瀾万丈感はあまりありません。飽くまで漂流を題材にした心理サスペンスとして読んだ方が、その面白さを味わえる作品でしょう。
 ヒロインがある種の「狡さ」を持っているため、読む人によっては「イヤミス」感を感じる人もいるかもしれません。


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幻想の日常  柴田元幸編訳『どこにもない国 現代アメリカ幻想小説集』
どこにもない国―現代アメリカ幻想小説集
 柴田元幸編訳『どこにもない国 現代アメリカ幻想小説集』(松柏社)は、現代アメリカの幻想小説を集めたアンソロジー。風変わりな設定ながら物語性が強い作品が多く集められた好アンソロジーです。

エリック・マコーマック「地下堂の査察」
 フィヨルドのそばの入植地に設けられた6つの「地下堂」には、それぞれ問題を起こした人物や危険人物とされる人間が閉じ込められていました。「わたし」には月に一度「地下堂」を査察する仕事が課せられていましたが…。
 閉じ込められている人々の過去が順番に語られるのですが、それらがどれも幻想的なエピソードに満ちています。人口の森、無限ボール投げ器など、登場するガジェットも不思議なものばかり。査察官自身の秘密も明らかになるという展開もミステリアスですね。

ピーター・ケアリー「Do you love me?」
 その世界では地図制作者が尊敬を集めていました。彼らの仕事がなければ人々は不安になるほどだったのです。ある時から、世界の一部が消え始めたという噂が流れ始め、やがてそれは人間にまで及びます。
 地図制作者である「わたし」の父親は、「非物質化」はその人間が愛されなくなった証拠だという持論を話しますが…。
 生物・無生物に限らず物質が消えていくという「非物質化」が進んだ世界で「愛とは何か?」を問いかける寓話的ファンタジー。ファンタスティックな思索を含んだ魅力的な作品です。

ジョイス・キャロル・オーツ「どこへ行くの、どこ行ってたの?」
 自分の容姿に自信を持つ高慢な少女コニーは、ある日留守番をしている最中に、車に乗った若者二人の訪問を受けます。執拗に誘い続ける少年に対し嫌悪感を抱くコニーでしたが…。
 しつこい誘いを暴力的なまでにデフォルメして描いた作品。不条理小説風の展開ですが、何やら幻想的な雰囲気まで醸成されていきます。

ウイリアム・T・ヴォルマン「失われた物語たちの墓」
 文豪ポーの生活をその作品とコラージュしながら描いた散文詩的作品。ポー作品に興味がないと、あまり面白くないかもしれません。

ケン・カルファス「見えないショッピング・モール」
 マルコ・ポーロは、フビライ汗に幻想的なショッピング・モールの事々を語ります…。
イタロ・カルヴィーノの名作『見えない都市』のパロディで、都市の代わりに幻想的なショッピング・モールについて語っていくという幻想小説です。
 何の変哲もない日用品や食物、駐車場や消費税などに混じって摩訶不思議な商品の名前が並びます。いかにも現実的な語り口にも関わらず、エピソード自体は幻想的。それぞれのショッピングモールが「モニカ」であるとか「アリス」であるとか、女性の名前になっているのも気が利いています。

レベッカ・ブラウン「魔法」
 鎧と面頬付きの兜で全身を覆った「女王様」に荒野で拾われた「私」は、彼女との優雅な生活に満足していました。しかしふとしたことから「女王様」を怒らせ、城を追われてしまいます…。
 支配するものと支配されるものとの関係を描いた寓話、といった作品でしょうか。城を追われた「私」が、休息を与えてくれる人々と出会うという後半部分には、どこか「癒し」に満ちた魅力がありますね。

スティーヴン・ミルハウザー「雪人間」
 雪の日に、人々は「雪人間」を作ります。やがてその技術と精度は向上し、雪の動物や邸宅など、雪による幻想的な光景が現出しますが…。
 雪像作りがエスカレートし、幻想的な光景が現れるという作品。超自然的な現象が起こるわけではありませんが、これはやはり幻想小説としか呼び様のない作品ですね。少年の目線から描かれる語り口も効果的です。

ニコルソン・ベイカー「下層土」
 農業史家ナイルは、砕土機に関する調査のため博物館を訪れます。彼が宿をとったのは、女主人のスープが自慢の宿でした。ナイルが宿屋のクローゼットを開けると、古い「ミスター・ポテトヘッド」が一セット入っているのに気がつきますが…。
 「ジャガイモ」に襲われるという、ブラック・ユーモアの利いたホラー小説です。野菜と一体化してしまうという展開は、ジョン・コリア「みどりの思い」を思わせますね。

ケリー・リンク「ザ・ホルトラク」
 ゾンビも訪れる終夜営業のコンビニ。店に住み込んで働くエリックは、店をたびたび訪れる女性チャーリーに恋をしていました。同僚のバトゥはエリックの恋を応援しますが、チャーリーと気安く話すバトゥに対し、エリックは複雑な思いを抱いていました…。
 男女の不思議な三角関係が、ゾンビが存在する世界を舞台に描かれるという、ポップなラブ・ストーリーです。処分されてしまう犬の最後の夜を、犬とドライブして過ごすというチャーリーのキャラクターも魅力的ですね。

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ファンタジー風SF作品集  グレッグ・ベア『タンジェント』
タンジェント (ハヤカワ文庫SF)
 グレッグ・ベア『タンジェント』(山岸真編 ハヤカワ文庫SF)は、SFというよりは、ファンタジーに近い作品が集められた短篇集です。いわゆるSF的な題材やガジェットを使っていても、ファンタジーのような雰囲気が強いのは、この作家の資質と言うべきなのでしょうか。

 探査計画の失敗により父親を亡くした娘が、小惑星を占拠して地球への墜落を計画するという「炎のプシケ」、孤独なオールドミスの女性が、辞書を使って理想の男性を生み出すという「ウェブスター」、何らかの力によってさまざまな時空からの生命体が集められてしまうという「飛散」、世界を構成していた要素が消失した後の不安定な世界を、中世ヨーロッパ風の世界観で描いた「ペトラ」、お話を語る謎の老夫婦との出会いにより、自らも物語を創造する少年を描く「白い馬にのった子供」などが収録されています。
 とくに印象に残るのは、遺伝子操作を描いた「姉妹たち」、次元テーマの「タンジェント」、童話的味わいの「スリープサイド・ストーリー」でしょうか。

「姉妹たち」
 子供たちの大部分が、遺伝子を操作され、美しい容貌と優れた能力を持つようになった未来、遺伝子を操作されなかった自然体の少女は、彼らに対して劣等感を感じていましたが…。
 遺伝子操作が当たり前になった世界を、学園を舞台に描いた作品です。
 ただでさえ感じやすい思春期の少女が、遺伝子操作された友人たちを見て、自分も遺伝子操作されて生まれてきたかったと訴えます。従来なら優れた能力を評価されるべき少女も、彼らに比べると凡人なのです。しかし、優れた能力の代償か、遺伝子操作された子供たちには恐るべき疾患が隠れていたのです。そんな中、少女の考えも変わっていきますが…。
 生まれつきの能力の長短が全てではない…という、ヒューマニズムにあふれた作品です。

「タンジェント」
 優れた才能を持ちながら、自らの性癖のため、不遇な生活を送っている初老の数学者は、近所に住む韓国人の少年と出会います。少年は別次元を見ることができる能力を持っていました。やがて別次元の知的生命体を見つけた少年は、彼らの世界へと姿を消してしまいますが…。
 自らの居場所を居心地悪く感じている男と少年が、別世界を見つけるという物語。男を支える作家の女性が、脇役としていい味を出しています。

「スリープサイド・ストーリー」
 純真無垢な若者は、母親を助けるため、悪名高い娼婦の館に囚われの身となります。しかし噂とは異なり、娼婦は悪人ではないと知った若者は、彼女に惹かれていきますが…。
 魔法によって美しさと若さを保ち、何人もの夫を持ったという伝説の娼婦。美しい容貌と莫大な富がありながら、彼女は幸福ではないのです。彼女が求めるのは無償の愛。若者は家族の元に帰りたいという思いと、娼婦への思いの間で葛藤します。
 おとぎ話的な雰囲気を持つ作品です。〈美女と野獣〉を反転させたというコンセプトだそうですが、元の作品よりも数段ダークに仕上がっています。というのも、現在も娼婦であることを含め、ヒロインが、かなりの暗い過去と罪を持っているからです。若者はそんな彼女を救うことができるのか? 結末は多少ご都合主義な感じもありますが、非常に読み応えのあるファンタジーです。

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幻想の少女  ジェフリー・フォード『ガラスのなかの少女』
ガラスのなかの少女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
 ジェフリー・フォードの長篇小説『ガラスのなかの少女』(田中一江訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)は、1930年代のアメリカを舞台にインチキ降霊術師たちが少女誘拐に巻き込まれるという、ユーモア・陰謀・サスペンスなど多彩な要素のある楽しい作品です。

 メキシコからの不法移民であるディエゴはインド人に扮し、父親代わりの凄腕詐欺師シェル、腕っ節の強いアントニーとともにインチキ降霊術で荒稼ぎしていました。富豪パークスの依頼による降霊術の席上、シェルはガラスの中に幻の少女を目撃します。
 少女は、誘拐された名士の娘シャーロット・バーンズではないかと考えたシェルたちは、娘の父親バーンズに誘拐事件の捜査の協力を約束します。そこで彼らが出会ったのは本物の霊能力者であるというリディア・ハッシュという美しい女性でした…。

 誘拐された少女の行方を追う詐欺師一行が思いもしなかった真実を知り、やがて大掛かりな陰謀に巻き込まれるという、サスペンス・冒険小説的な要素の濃い作品です。物語の展開はそれほどスピーディではなく、なかなか事件の本質が見えてこないのですが、その代わり主要な登場人物たちのキャラクターが掘り下げられていき、キャラ同士の掛け合いの方が楽しくなってくるという作品といってもいいでしょうか。
 不法移民ながら素直で賢明な少年ディエゴ、クールで計算高さを持ちながらも情に深い詐欺師シェル、気のいい話し相手であり怪力の持ち主アントニーの3人は特に魅力的です。
 そして謎を秘めた霊媒師リディア、ディエゴの恋人となるコケティッシュな娘イザベル、ほかにも詐欺師仲間の協力者たちも多数登場し、物語を色彩豊かに彩ってくれます。
 やがて報復かと思われた少女誘拐が、スケールの大きな陰謀に関わっていることを知ったシェルたちは命の危険を覚えるまでになりますが…。

 「幻想作家」フォードの書いたミステリだけに、現実離れした犯罪計画や幻想的なエッセンスも散りばめられています。特に詐欺師シェルの愛好する蝶趣味は作品全体のモチーフにもなっていますね。後半登場する「敵」たちもかなりぶっとんだ設定で怪奇スリラーとしても魅力的。
 雰囲気も非常に軽やかで、登場人物同士の愛情や恋愛、友情などがユーモアを持って描かれます。「最終計画」には主人公たちだけでなく、彼らの「仲間」が集結するという展開も熱いですね。読んでいてとにかく楽しい作品です。

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エドワード・ゴーリー作品を読む
 昨年2018年は、エドワード・ゴーリーの絵本の邦訳が3冊ほど連続刊行され、ゴーリーのファンとしては嬉しい年となりました。どれも魅力的な作品でしたが、それぞれ紹介しておきたいと思います。合わせて、ゴーリーの未訳作品の中からいくつかご紹介します。


ずぶぬれの木曜日
『ずぶぬれの木曜日』(柴田元幸訳 河出書房新社)

 雨の日を舞台に、雨の街の人々、傘をなくした男、主人の傘を探す犬をカットバックで描いていくという作品。ユーモアたっぷりですが、ゴーリーには珍しく、ハッピーエンドで終わる後味の良い作品です。傘屋で不満をぶちまける男の描写が楽しいです。


失敬な招喚
『失敬な招喚』(柴田元幸訳 河出書房新社)

 突如現れた悪魔により不思議な力を身につけた女性スクィル嬢が、再び悪魔に拉致される、という物語。
 不条理かつ救いのない話ですが、ゴーリーらしいブラック・ユーモアがありますね。スクィル嬢のそばにひかえる使い魔ベエルファゾールがユーモラス。


音叉
『音叉』(柴田元幸訳 河出書房新社)

 家族の鼻つまみ者であるシオーダが海に飛び降り自殺を図ると、海の底に怪物がおり、彼女に同情した怪物とともに復讐をするという話。
 シオーダは一度死んでいるのか?とか、家族の死は本当に怪物の仕業なのか?など、いろいろ疑問が湧きます。
 ただ、怪物とともに海を駆けるヒロインの姿が幸福そうで、印象に残ります。どこか心に残る作品ですね。



By Edward Gorey The Fantod Pack by Edward Gorey (Tarot cards: the Gorey version)
『THE Fantod Pack』(Pomegranate Communications Inc,US)

 20枚組の占いカードのセットなのですが、カード全てに不安を煽るようなイラストが描かれています。
 例えば、はしごにひもが描かれた「THE LADDER」のカード。ひもは首吊りのひもを暗示しているのでしょうか。真っ暗なトンネルが描かれた「THE TUNNEL」とか、ひもで全身をしばられた「THE BUNDLE」のカードなんか相当不気味です。
 解説書もついており、カードを使って占いもできるのですが、どう占っても必ず「不安な」結果が出るという、ブラック・ユーモアたっぷりの不穏なカードセットです。
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The Tunnel Calamity
『The Tunnel Calamity』(Pomegranate Communications)

 蛇腹型になっている本を前後に伸ばした状態で、前面のレンズから中を覗きこむ…という、面白い趣向の作品です。広げ具合や覗く角度によって、見える風景が少しづつ変わります。
 レンズから見える風景もゴーリーらしく不穏です。ど真ん中に怪物がいるのに少年以外誰も気にしていません。その人々もどこか怪しげ。柱の影に隠れた人物や、角度を変えないと見えない人物も。奥の窓にはゴーリー作品によく登場する「ブラック・ドール」の姿が!
 覗き込んだときに、人物や怪物たちが立体感を持って立ち上がってくるのがリアルです。いったいどういう状況なのか、いくら考えてもわからない…というところもゴーリーらしいです。素直な物語を読み取れないところが、逆にすごいなという気もしますね。
 ちゃんと専用の堅牢な箱がついており、保存もしっかりできます。コレクション心をくすぐる作品。
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 他にも何冊かゴーリーの未訳絵本を購入したのですが、まだほとんど読めていません。ゴーリーの絵本は文章が少ないから英語でも読めるかなと思ったのですが、珍しい単語が頻出して、予想以上に難しいです。
 とりあえず読めたものの中で一番良かったのは『The Osbick Bird』でしょうか。


The Osbick Bird
『The Osbick Bird』(Pomegranate)

 ある日現れたおかしな鳥と男が親友になり、男の最後までを鳥が看取るという物語。ゴーリー作品の中でもかなり人気のある作品だそうですが、なかなか邦訳が出ないのが残念。
 謎の鳥「オズビック・バード」が非常に愛らしいです。異様に長い足が特徴で、この足を使っていろいろ器用なことをします。リュートを弾いたり、ティーカップを持ったりと大活躍。「うろんな客」と並ぶゴーリーの名キャラクターだと思います。
 この本の日本版が出れば、絶対日本でも人気が出ると思うんですけどね。


The Evil Garden
『The Evil Garden』(Pomegranate)

 これも面白いです。植物園に入った家族が奇怪な植物や虫などに襲われるというスプラッター(?)作品です。直接的な表現で、絵だけでも話がわかりやすい作品でした。



エドワード・ゴーリーの世界 どんどん変に…―エドワード・ゴーリーインタビュー集成
  邦訳のあるゴーリー作品は、今のところほとんど品切れになっておらず、入手可能なようですね。ただゴーリーのガイド本として、最も有用といえる『エドワード・ゴーリーの世界』(濱中利信編 河出書房新社)が入手不可になっているのが非常に残念です。
 同じく文献として貴重な『どんどん変に… エドワード・ゴーリーインタビュー集成』(小山太一/宮本朋子訳 河出書房新社)は入手可能です。面白いのは、『エドワード・ゴーリーの世界』『どんどん変に…』のような副読本が、ゴーリー本人の著作の邦訳がまたそんなに出ていない時期に出ていることですね。
 ゴーリーの最初の邦訳が出たのは確か2000年で、『エドワード・ゴーリーの世界』は2002年、『どんどん変に…』が2003年刊行です。ガイド本を見てこの本読みたいなと思っても、その時点で邦訳があまりなかったので、蛇の生殺し状態です。
 ちなみに『エドワード・ゴーリーの世界』は、ほぼ全作品の内容ガイドや、ゴーリー用語事典など、ゴーリー作品を味わうガイドとしては今のところ一番有用な本だと思います。

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幻想郷の音楽  ピーター・S・ビーグル『ユニコーン・ソナタ』
ユニコーン・ソナタ
 1996年発表のピーター・S・ビーグルの長篇『ユニコーン・ソナタ』(井辻朱美訳 早川書房)は、不思議な音楽に導かれ、異世界<シェイラ>と現実世界を往復する少女ジョーイを描いたモダン・ファンタジー作品です。

 ロサンゼルスにあるパパス楽器店に入り浸っていた13歳の少女ジョーイは、ある日店にやってきた見知らぬ少年と出会います。インディゴと名乗った少年は見たこともない角笛を吹きますが、そこから流れてくるのはこの世ではありえないようなメロディーでした。
 少年は、楽器店の主人パパスに角笛を売りたいと話しますが、その交換条件は大量の黄金でした。手持ちの黄金では足りないと言われたパパスは必死で黄金をかき集め始めます。
 一方、ジョーイはある日、街角から異世界に入り込んでしまいます。<シェイラ>と呼ばれるその世界では、<大老>と呼ばれるユニコーン達を始め、様々な不思議な種族たちが暮らしていました。その世界にはインディゴが奏でていたのと同じような音楽が流れていたのです。
 やがて<シェイラ>でインディゴと再会したジョーイは、彼にある目的があることを知りますが…。

 現実との<境>からつながる異世界<シェイラ>、そこは不老不死に近いユニコーン族をはじめ、フォーンやドラゴンなど、伝説的な生き物たちが住む世界なのです。ふとしたことからその世界に入り込んだ少女ジョーイは滞在するうちに、その世界の虜となります。
 非常に美しく完璧な世界といっていい<シェイラ>にも問題がありました。ユニコーンたちは原因不明の病に襲われ、大部分のものが目が見えなくなっていたのです。
 一方、<シェイラ>からやって来た少年インディゴは、そんな完璧に近い世界に嫌気がさし、現実世界で暮らしたいと考えていました。ジョーイには完璧に見える世界が、インディゴにとってはつまらない世界であるという皮肉が面白いですね。

 非常に魅力的な異世界が描かれる作品なのですが、それが単純な現実否定になっていないのが興味深いところです。インディゴによる異世界<シェイラ>の相対化というのもそうですし、ジョーイ自身もいくら魅力的だと言っても、現実世界から移住しようとまでは考えないのです。

 異世界には異世界の素晴らしさがあるし、現実世界にも現実世界の素晴らしさがある。そして魔法は完全に消えてしまうわけではなく、いつかまたたどり着ける可能性がある…。そうした透徹しながらも希望は失わないという視点が作品のところどころに感じられ、非常に奥行きのある物語になっています。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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