深夜のショッカー  ロバート・ブロック『夜の恐怖』
夜の恐怖夜の恐怖 (1960年) (世界ミステリシリーズ)
中田 耕治
早川書房 1960

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B0018B7IIMデッド・サイレンス
ライアン・クワンテン, アンバー・ヴァレッタ, ドニー・ウォルバーグ, ボブ・ガントン, ジェームズ・ワン
ジェネオン エンタテインメント 2008-07-09

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 最近、ある映画作品を見て、思うところがありました。具体的なタイトルを挙げさせてもらうと、ジェームズ・ワン監督のホラー映画『デッド・サイレンス』なのですが、結末を見終えて思いました。これってロバート・ブロックじゃない?
 刺激的なストーリー、悪趣味すれすれのブラック・ユーモア。ホラー小説を書き続けてきた、ロバート・ブロック風の味がそこにはありました。その意味で、ブロック作品は、いまだにアメリカの映画や小説に影響を与え続けているんだなあ、と嬉しくなりました。
 現在でも、サービス精神にあふれたロバート・ブロックの作品は、楽しく読むことができます。ホラーといっても、例えばスティーヴン・キングのように、リアルで身につまされるような類いのものとは異なります。ブロックの作品は、ある種「フィクション」であることを意識しつつ楽しむ、というタイプの作品なのです。
 今回は、そんなブロックの短篇を集めた『夜の恐怖』(中田耕治他訳 ハヤカワ・ミステリ)です。

 『夜の恐怖』 深夜に玄関のドアの音で眼をさました、ボブと妻のバーバラ。そこに立っていたのは友人のマージョリイでした。彼女はたしか、神経障害で精神病院に入院していたはず。病院から逃げ出してきたというマージョリイは、夫が、自分を病院に閉じ込めたというのですが…。
 深夜に精神病院から脱走してきた女性の告白。彼女の言っていることは本当なのか、妄想なのか? すべてが妄想だと思わせてじつは…というストーリーは、予測がつきやすいものの、結末の処理は非常に巧妙です。

 『湖畔』 刑務所で知り合った男から、隠してあるという大金の情報を手に入れたラスティは、金を手に入れるため、男の未亡人ヘレンに近付きます。男の話とはまるで違うヘレンの容姿に失望しながらも、ラスティは金を手に入れるために、ヘレンに惚れたふりをよそおいますが…。
 大金を横取りしようという男の犯罪計画。しかしそこには落とし穴が…。単純なクライム・ストーリーかと思いきや、終盤のどんでん返しには驚かされます。

 『心の友』 包容力のある母性的な妻を持つジョージ。何の不満も感じずに過ごしていたジョージのもとに、ふとしたことから、大金が転がり込みます。友人のロデリックは、妻を始末して人生を楽しむべきだ、とジョージをそそのかしますが…。
 悪魔的な友人ロデリック。彼の言うことに心を惹かれながらも、誘惑をはねのけるジョージでしたが…。ブロックの技が冴えるサイコ・サスペンス作品。

 『みごとな想像力』 手伝いの青年と妻との不倫に気づいたローガンは、ある計画をたてます。ただ殺すだけでは能がない。彼の計画は着々と進みますが…。
 「想像力」を駆使した犯罪の結果とは…。ポーの作品に触発されたと思しい犯罪小説です。

 『趣味をもつ男』 ボーリング大会で盛り上がっているある街。酒場には、ボールを入れたバッグを持った男たちがたむろしていました。そこで「ぼく」は、スポーツを馬鹿にする、傲慢な男と出会います。やがて男は「人切り魔」の話を始めますが…。
 殺人を匂わせる不穏な男。彼は殺人鬼なのだろうか? ブロックらしいオチが楽しめる、鮮やかな作品。

 『幸運の女』 ツキに見放され、アル中寸前になっていた青年フランキーは、ある夜、赤いドレスの黒髪の美女に出会います。彼女の指し示す通りに行った賭けも行動も、すべてが上手くいくのです。しかも、彼女の姿は自分以外には見えないらしいのです。彼女は幸運の女神に違いない。しかし調子にのった彼は、彼女を邪慳に扱ってしまいます…。
 「幸運の女神」をめぐるファンタジー、なのですが、作者がブロックだけに、結末はホラーのそれになっています。

 『真珠の頸飾り』 東洋から来たという美しい王妃。彼女の持つ真珠の頸飾りに眼を奪われた、詐欺師の二人組は、頸飾りを盗み出そうと画策します。相棒のウィリアムは、王妃を口説いたとジェリーに自慢しますが、その直後に姿を消してしまいます。相棒の行方を知っているという王妃に誘われ、彼女のもとを訪れたジェリーでしたが…。
 近付く男たちが次々と失踪してしまうという、謎の王妃。彼女の正体とは…? 結末の強烈なブラック・ユーモアが読みどころです。

 さて、上記でふれた『デッド・サイレンス』ですが、簡単に紹介しておきましょう。
 ジェイミーとリサの若夫婦のもとに、ある日、腹話術の人形が送られてきます。人形と妻を部屋に残したまま、ジェイミーは外出しますが、帰宅すると妻は殺されていました。しかも舌を切り取られて。
 警察に容疑者扱いされたジェイミーは、妻の死は腹話術人形と関係があるのではないかと考えます。謎を解くために、その人形を作った腹話術師の住んでいた町、そして彼自身の故郷でもある、レイブンズ・フェアに向かいます…。
 この『デッド・サイレンス』の結末なのですが、これ、人によっては受け入れがたいものかもしれません。つまり、あまりに大げさで、ある意味「馬鹿らしい」からです。
 そしてそれは、ブロックの『夜の恐怖』の収録作品で言うと、『趣味をもつ男』『真珠の頸飾り』などの味に、非常に似ています。これらの結末を「ブラック・ユーモア」として、受け入れられるかどうかで、「B級ホラー」を楽しめるかどうかが、決まるように思います。逆に言うと、ロバート・ブロックの作品が好きな方は、『デッド・サイレンス』も楽しめるでしょう。
 興味を持たれた方は、『デッド・サイレンス』を見て、感想でも聞かせていただくと、嬉しいです。

君は自由なんだ  ジェニファー・イーガン『古城ホテル』
4270003197古城ホテル
子安 亜弥
ランダムハウス講談社 2008-03-20

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 ある男が構想した独創的なホテル。それは「想像力」によって癒しを与えるホテル。しかしホテルの予定地である、その古城にはいわくがあったのです…。
 ジェニファー・イーガン『古城ホテル』(子安亜弥訳 ランダムハウス講談社)は、二つの物語が交錯する、「想像力」と「再生」の物語。
 主人公ダニーは、30代も半ばを過ぎて、何事もなせない自分に忸怩たる思いを感じていました。そんな彼がたのみにしているのは、幸運のシンボルの「ラッキーブーツ」と、他の人間とつながっていることを感じさせてくれる「携帯電話」だけでした。
 そんなある日、数十年ぶりに、いとこのハワードから連絡が入ります。成功を収め、莫大な財産を築いたハワードは、ヨーロッパのある古城を買い取り、そこにホテルを建てる計画をあたためているというのです。そしてその手伝いをしてもらいたい、とも。
 行き詰まっていたダニーは、一も二もなく引き受けますが、不安をも感じていました。かっては仲のよかった二人が、疎遠になるきっかけを作った、少年時代のある事件。ハワードは自分に復讐をしようとしているのではないか…?
 やがてたどり着いた古城は、電波も通じない辺境の場所にありました。ダニーの命綱である携帯電話が通じないことを手始めに、超自然的な出来事がダニーを襲います。ダニーは精神的に追いつめられ、城から逃げ出そうと考えますが…。
 もともと精神的な不安定さをかかえる青年ダニーが、古城の超自然的な現象によって、さらに精神を病んでいく…という、典型的な「幽霊屋敷」テーマで始まるこの物語。じつは序盤すぐに、この物語が、作中人物によって書かれた「小説」であることが明らかになります。
 刑務所に服役する男レイ・ドブズが、更正プログラムの一環である創作クラスで書いた作品なのです。死んだような生活を送っていたレイに小説を書くきっかけを与えたのは、講師である女性ホリーでした。ホリーに読んでもらいたいがために必死で書いた小説は、やがて他の囚人たちをも魅了し始めます。しかし、囚人たちの間で「小説」をめぐり、軋轢もまた起こり始めるのです…。
 この作品、「21世紀のゴシック・ゴースト・ストーリー」という謳い文句から、本格的な「幽霊」小説、「怪奇」小説を期待しがちですが、じつは主眼はそこにはありません。たしかに超自然的な現象は起こります。死んだ双子、年齢不肖の男爵夫人、地下牢、と雰囲気も題材も「怪奇」小説のそれなのですが、それにもかかわらず、主眼は、登場人物たちの人間ドラマにあるのです。
 そして、この作品の題材である「古城ホテル」。作中作内で、ハワードが構想する古城ホテルのコンセプトもなかなか興味深いものです。

 そう、僕の使命は想像力を呼び覚ますことなんだ。人を自分自身の想像の旅人にさせる。

 娯楽産業にイメージを与えられることに慣れきった人々に、自分で想像する能力をよみがえらせる、というコンセプトなのです。そしてこれはまた、この物語全体のテーマでもあります。
 何かになりたくて、しかし何者にも成りきれない未成熟な大人ダニー。少年時代の傷をかかえるハワード。ハワードの親友でありながら、彼の妻との不倫に悩む側近ミック。
 そして、枠となる物語の方でも、友人を殺したという、小説の語り手レイ。子どもの死と麻薬に溺れた過去を持つ教師ホリー。二つの物語に登場する、ほぼ全ての人物が、何らかの重い過去を背負っています。そして彼らが、古城での体験、小説作りの過程において、過去の傷やトラウマを克服するのもまた「想像力」なのです。その意味で、結末付近でレイがホリーに語る言葉は、重要な意味を感じさせます。

 「分からないのか? 君は自由なんだ」

 作品の後半、互いに平行して進められてきた二つの物語が交錯し始めます。フィクションであったはずの物語が、やがて現実の物語へと結びつくのです。レイが殺人を犯した理由とは何なのか? そしてレイの書いた物語はまた、ホリーの心をも変えていくことになるのです。
 謳い文句のような「幽霊」小説、「怪奇」小説とはニュアンスが異なる作品なのですが、人間の「過去」と「再生」の物語として、じつに読みごたえのあるドラマです。結末も、単純なハッピーエンドでこそありませんが、希望を残す肯定的なもの。
 物語の構成上、作中作の途中で中断が入ったり、いきなり語り手が顔を出したりと、読者がいまどちらの物語を読んでいるのか、わかりにくくなるところも多々あるのですが、それもまた、この作品の魅力の一端ともなっています。
 「ホラー」小説だと思って、手に取らないのはもったいありません。ジャンルとは関係ない、一編の「小説」として、多くの人に読んでいただきたい作品です。
 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

天使の誘惑  トム・リーミイ『サンディエゴ・ライトフット・スー』
サンディエゴサンディエゴ・ライトフット・スー (サンリオSF文庫)
トム・リーミイ
サンリオ 1985-10

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 わずかな作品を残し、早逝した作家トム・リーミイ。しかし彼の作品は、レイ・ブラッドベリにも通じる叙情性、そしてブラッドベリにはない官能性をもたたえた、珠玉のファンタジーとなっています。
 短編集『サンディエゴ・ライトフット・スー』 (井辻朱美訳 サンリオSF文庫)には、そんなリーミイの佳作が収められています。いくつか紹介していきましょう。

 『トウィラ』 ミス・メイハンの教室にやってきた転校生の少女トウィラ。愛らしい容姿、娘を溺愛しているらしい両親。なにも問題はないように思えたものの、ミス・メイハンは、どこか嫌な気持ちを抱きます。やがてトウィラは、クラスメイトたちの間に軋轢を起こしはじめます。その矢先、ある少女が強姦されて殺されているのが発見されますが…。
 小悪魔的な魅力を持つ少女が、学校を引っ掻き回す、という類いの話かと思って読んでいると、驚くべき展開に! 少女トウィラの背後には、とんでもない存在がいることが明らかにされます。ホラーとファンタジーの境界線上の作品です。

 『ハリウッドの看板の下で』 事故現場に必ず現れる謎の美少年。しかも彼らは、ひとりではなく何人もいるようなのです。その人間離れした美貌に惹かれた「俺」は、彼らのひとりを捕まえ監禁しますが…。
 人間とは思えない美少年の正体とは…? 露骨といっていいほどの性的な要素を含んだ作品ながら、まったく先の読めない展開には、驚かされることでしょう。

 『亀裂の向こう』 ある日突然、一定の年齢以下の子どもたちが、大人を襲い、殺戮をはじめます。やがて姿を消した彼らは、ふたたび町を襲撃します。なんとか撃退したものの、後に残された死体から、子どもたちは性的に成熟し、子孫を残せるまでに変化していることが明らかになります…。
 子どもたちが、突然「怪物」というか「ミュータント」化して、大人を襲い始めるというパニック・ホラー小説。直裁的な暴力描写といい、物語の盛り上げ方といい、じつに手慣れた筆致の作品です。長編化しても面白くなりそうな作品ですね。

 『サンディエゴ・ライトフット・スー』 母親の死をきっかけに、田舎からロサンジェルスにやってきた、15歳の少年ジョン・リー。彼は、絵を描いているという、美しい中年女性スーと出会います。やがて二人は恋に落ちますが、スーの元恋人に殺されそうになったジョン・リーは、成り行きから彼を殺してしまいます。裁判所の命令によって引きはなされてしまったことに加え、ふたりの年齢差に悩むスーは、あることをしようと考えますが…。
 純真無垢な少年と、初老の域に入ろうとする女性。年齢差のある二人の恋を、ほろ苦く描いた純愛物語です。純粋なラブ・ストーリーとしても出色の出来ですが、物語の要所要所に散りばめられた、ファンタジー的な要素が、物語の完成度を高めています。
 そしてこのファンタジー的な仕掛けが、切なすぎる結末を導き出すのです。刹那であるがゆえの永遠の恋…。リーミイの最高傑作といっていい作品でしょう。

 『ウィンドレヴン館の女主人』 ロマンス小説作家アグネスは、本がようやく売れ始めたことに安堵したものの、失業中の夫のコンプレックスからくる、夫婦間の軋轢に心を痛めていました。やがてアグネスは、現実から遊離して物語の中に没入していきますが…。
 苦しい現実生活から、フィクションの世界に逃げ込んでしまう女性の物語。物語の地の文と、作中作とが、技巧的に描き分けられています。

 『デトワイラー・ボーイ』 私立探偵バート・マロリーは、知り合いが殺されたことから、殺人事件の輪の中に巻き込まれてしまいます。やがて、殺人が起きた場所の近くには、かならず一人の青年がいたことが明らかになります。純粋な性格ゆえに、周りの人間から愛されている青年デトワイラーには、しかしある欠点がありました。背中に瘤がある、せむしだったのです。デトワイラーを疑うマロリーは、彼にはいつもアリバイがあること、そしてマロリー自身がデトワイラーに好意を抱きつつあることに、困惑を覚えます…。
 異形の青年デトワイラーの秘密とは…? ハードボイルド風ファンタスティック・ストーリー。

 『琥珀の中の昆虫』 家族と車で出かけている最中、嵐のために足どめを余儀なくされた少年ベン。居合わせた人々とともに、最寄りの邸に避難した彼らでしたが、その邸にはいわくがありました。五十年前に住んでいた家族が忽然と消えたのです。突然、ベンはいわれのない恐怖感に襲われますが…。
 嵐の夜、邸に閉じ込められた数人の男女。そして邸に起こる超自然的な現象。典型的なゴシック・ホラーの筋立てかと思いきや、後半にはB級SFになってしまいます。前半の雰囲気醸成が上手かっただけに、後半の展開には少しガッカリしてしまうかもしれません。

 『ビリー・スターを待ちながら』 恋人と車で立ち寄ったレストランで、男に置き去りにされてしまったスザンヌ。行く当てのない彼女は、やがてそのレストランでウェイトレスとして働き始めます。その美しさから、いろいろな男たちから声をかけられるスザンヌでしたが、彼女は頑なに自分を捨てた恋人「ビリー・スター」を待ち続けます…。
 恋人に捨てられた女がひたすら男を待ち続けるという、一見、普通小説的な作品。シンプルな筋立てながら、味わいのある小品です。

 リーミイ作品の特徴は、物語がいかにファンタスティックなものであれ、そこに性的な要素が強いこと。そしてその最たるものが、いくつもの物語に登場する「天使」です。これは実際に「天使」であることもあるし、「天使のような」純真な青年として現れることもあります。どちらにせよ、本来「天上的存在」で性を持たないはずの「天使」が、リーミイ作品では、実在的な「肉体」を持って現れてくるのが特徴です。
 「肉体」といえば、『亀裂の向こう』『デトワイラー・ボーイ』に登場する殺人や暴力の描写も、かなり直裁的で、その意味でも「肉体」が強い要素となって現れています。それらの性的・肉体的な要素、言うならば現実的な要素が、SF・ファンタジー的な要素と違和感なく同居しているのが、リーミイの最大の魅力といっていいかもしれません。

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不可解な結末  梅田正彦編訳『ざくろの実 アメリカ女流作家怪奇小説選』
ざくろの実ざくろの実―アメリカ女流作家怪奇小説選
梅田 正彦
鳥影社 2008-06

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 以前に出版された『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』は、なかなか粒ぞろいのアンソロジーでしたが、今回はそれと対になるような形で、アメリカの女流作家の怪奇小説を集めたアンソロジー、『ざくろの実 アメリカ女流作家怪奇小説選』(梅田正彦編訳 鳥影社)が出版されました。
 順次、紹介していきましょう。
 
 シャーロット・パーキンズ・ギルマン『揺り椅子』 下宿を探していた新聞記者の「おれ」とハアルは、ふと見上げた家の窓から、金髪の魅力的な少女を見かけて、その虜となります。さっそく、その家にかけあい下宿することになった二人でしたが、件の少女とは全く会うことができません。ある日「おれ」は、帰宅途中に、家の窓からハアルと少女とが一緒にいるところを見かけて、煩悶します。親友であったはずの二人の仲はだんだんと険悪になっていくのですが…。
 直接姿を現さない謎の少女、そして互いに抜け駆けをしているのではないかと疑う親友同士、やがて訪れる破局とは…? 
 問題作『黄色い壁紙』で知られるギルマンの作品ですが、この作品でも、登場人物間の心理的なやりとりに精彩があります。

 メアリー・ウィルキンズ・フリーマン『壁にうつる影』 弟エドワードの死を聞いて、久しぶりに集まった三姉妹。死因は病気だというものの、死の直前に長兄ヘンリーがエドワードを怒鳴りつけたことを、姉妹は快く思っていませんでした。
 そしてエドワードの死後、部屋の壁に不可解な影が現れるようになります。その影はどう見ても、部屋の家具の影ではありえないのです。そしてその形はエドワードにそっくりでした…。
 怪奇現象が、皆の目の前で、はっきりと現れるというところが面白い作品ですね。無気味な影を消そうとして、部屋の家具を必死で動かすシーンにはインパクトがあります。
 
 ゾナ・ゲイル『新婚の池』 町一番の金持ちである、初老の男ジェンズ。彼は突如、裁判所に現れて、妻を殺したと宣言します。池に妻を突き落としたというのです。しかし妻のアグナはぴんぴんとしていました。やがてジェンズが妻を殺したと言う池からは、若い夫婦が車に乗ったまま死んだ姿で発見されます…。
 ジェンズの語ることは、事実なのか妄想なのか。妻を殺したという妄想のはしばしから、夫婦生活の倦怠感と、歳をとってしまったことへのやるせなさが滲み出る…といった感じの作品。一般小説としてみても、なかなか味わい深い作品です。

 ウィラ・キャザー『成り行き』 弁護士のイーストマンは、近所に住むカヴェノーという青年と親しくなります。話の最中、ふと自殺者の人生についての話題になり、ふたりは興味深くそれについて論じ合いますが…。
 他人の人生は、結局理解することはできない…。人生の不可知な面について書かれた、これはかなり難解な作品。

 イーリア・ウィルキンソン・ピーティー『なかった家』 年上の夫と結婚した、うら若い妻は、移り住んだ農場のまわりに人気がないのに退屈していました。ふと、視界のはしに小さな家があるのを見つけた妻は夫に問いただします。あそこに住んでいるのはだれ? 隣人とつきあってはいけないの? しかし、夫はあそこには誰も住んでいないと答えます。そもそも、家などあそこには存在しないのだと…。
 「家の幽霊」を扱った、切れ味するどい掌編です。妻が、本格的に怪異に関わり合うのではなく、かすかにすれ違うような、あっさりとした展開が、逆に新鮮です。

 エレン・グラスゴー『幻覚のような』 名医マラディック博士の夫人は、心を病んでいました。お付きの看護婦として派遣されたマーガレットは、家につくなり、小さな女の子と出会います。てっきり夫人の娘だと考えたマーガレットでしたが、娘は二ヶ月前に亡くなっているというのです…。
 夫人とマーガレットにしか見えない娘の姿。それは妄想だと否定するマラディック博士と精神科医。娘の幽霊は、実在するのか妄想なのか? 娘の幽霊が、衆人環視の前で出現するクライマックスは、素晴らしい出来栄え。精神分析的な視点も取り入れた、良質なゴースト・ストーリーです。

 メアリー・ハートウェル・キャザーウッド『青い男』 旅先で「私」が出会った男は、妙に青みがかった皮膚をしていました。その男は、もう数十年も前に姿を消した恋人を待ち続けているというのです。やがて船でやってきた美しい老女は、件の男と出会うのですが…。
 過去の悲恋を巡る幽霊小説です。恋人のどちらかが、すでに死んでいるのではないか? という疑問を抱きながら読み進めると、驚きの結末が。
 なかなか面白い作品なのですが、「青い男」という設定があまり上手く生かされていない気はします。

 イーデス・ウォートン『ざくろの実』 新婚のシャーロットとケネス夫妻。幸せな生活を送る二人のもとに、ある日突然手紙が届きます。夫あてに届けられたその手紙には、差出し人の名前はありません。手紙が届くたびに苦悩を浮かべる夫に対し、シャーロットは、昔の恋人からなのではないかと疑心暗鬼に陥ります。そして夫は突然姿を消してしまいますが…。
 手紙の差出し人はいったい誰なのか? 死んだ前妻の影をちらつかせながらも、あくまで、具体的な情報は最後まではっきりしません。ゴースト・ストーリーなのかどうかすらわからないゴースト・ストーリーという、非常に技巧的な作品です。ちなみに、先年出たウォートンの怪談集『幽霊』に収録されている『柘榴の種』と同じ作品です。

 全体としては、「怪異」の説明や因果関係がはっきりしないものが多い、という印象を受けます。『なかった家』といい、『ざくろの実』といい、捉え方によっては「リドル・ストーリー」と呼んでもいいような類いの作品です。作品の中で「解釈」がはっきり示されす、現象面だけをポンと投げ出されたような印象を受ける作品が多いですね。
 これを「近代的」というのか「精神分析的」といっていいのか、同じ編者の『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』の収録作品と比べると、その味わいの違いがよくわかると思います。その意味で「アメリカ」色がよく出たアンソロジーといえるのではないでしょうか。
B級の愉しみ  仁賀克雄編訳『モンスター伝説』
モンスター伝説モンスター伝説―世界的怪物の新アンソロジー (ソノラマ文庫―海外シリーズ)
ロバート・ブロック 仁賀 克雄
朝日ソノラマ 1984-01

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 1950年代の怪奇小説を、日本独自に編纂したというアンソロジー『モンスター伝説』(仁賀克雄編訳 ソノラマ文庫)。目新しさはないものの、その筋のファンにとしては、安心して楽しめる作品が集められています。以下簡単に紹介しましょう。

 リチャード・マシスン『血の末裔』 幼い頃からおかしな言動を繰り返し、不気味がられていた少年ジュールス。彼はある日、図書館で「ドラキュラ」の本を見つけたことから、吸血鬼に憧れるようになります。ジュールスは、その願望をクラスメイトの前で口にしますが…。
 本で得た知識で吸血鬼になろうとした少年が、その幻想を壊される…というサイコ・スリラーかと思いきや、最後の引っくり返しには驚かされます。ホラーへの愛情にあふれた名作。

 ロバート・ブロック『鉄仮面』 第二次大戦時のフランス、ナチスと戦うレジスタンスに協力しているアメリカ人青年ドレイクは、恋人ロサールが単身、危険な場所へ向かったことを知り、彼女の後を追います。そこで出会ったのは、鉄仮面をかぶった得体の知れない男でした。彼は自分こそ、伝説の「鉄仮面」であり、歴史上いくたびも、フランスを救ってきたのだと話しますが、ドレイクは一抹の不安を拭えません…。
 「鉄仮面」伝説とスパイ小説をからめたエンターテインメントです。スパイ小説部分はかなり凡庸ですが、「鉄仮面」を初めとする怪奇趣味がなかなか愉しい一編。結末のドンデン返しも稚気に満ちています。

  ハリイ・ハリスン『これぞ、真説フランケンシュタイン』 どう見ても、本物としか思えない怪物ショー。疑問を抱いた記者は、酒場でうまくショーの主催者の男から話を聞くことに成功しますが…。
 「フランケンシュタイン」の真相は…という、軽いタッチの怪奇譚。

 フリッツ・ライバー『魔犬』 デパートに勤める青年は、扶養している両親や経済状況のことで悩みを抱えていました。つきあう女の子もみな結婚となると、彼のもとを離れていってしまう。そして、あるときから彼の前に、邪悪な犬の影がちらつくようになります…。
 「犬」の正体はいったい何なのか? 戦時下、悩みをかかえる青年の神経症的な不安が描かれます。怪異の正体ははっきりせず、結末もぼかしていることもあり、かなりモダンな印象を与える怪奇小説です。

 ロバート・ブロック『サド侯爵の髑髏』 好事家メイトランドは、古物商が持ち込んで来た頭蓋骨に眼を奪われます。サド侯爵の髑髏だというその品物に、メイトランドは興味を抱きますが、それが詐欺ではないかと疑っていました。しかしその晩古物商は何ものかに殺害されてしまいます…。
 サド侯爵の髑髏をめぐるオーソドックスなホラー。工夫も特になく、ムードだけで押し切ってしまっている感のあるB級ホラーです。

 レイ・ラッセル『射手座』 老紳士テリー卿から、ふと話を聞く機会にめぐまれた青年ロルフ。しかし、その話はじつに奇怪なものでした。青年時代のテリー卿が、フランスで知り合った名優セザールは、芝居に対するストイックな情熱とその潔癖さで、人々の賞賛を浴びていました。
 一方、テリー卿はたまたま訪れた、場末の「グラン・ギニョール劇場」で、趣味は悪いながらも、まがまがしいほどの存在感を放つ俳優ラヴァルの存在を知ります。彼に興味を抱いたテリー卿は、話を聞こうとしますが、ラヴァルの俗悪さに呆れ返ります。
 このごろ巷を騒がせている殺人事件は、ラヴァルの仕業なのではないか? 疑問を抱いていたテリー卿の前から、ある日セザールが姿を消します。愛していた恋人の死体を残して…。
 純粋なまでに芝居に打ち込むセザール、悪魔のような容貌と演技で人々を威圧するラヴァル。対照的な二人の関係とはいったいどんなものなのか? やがて恐るべき真実が明らかになりますが…。
 フランスの演劇界を舞台にしたゴシック・ホラーです。才人ラッセルの作品だけに、芸術や演劇の蘊蓄を描いた部分に精彩が感じられます。「ジキルとハイド」や「ジル・ド・レー」伝説を折り込んだ展開も、怪奇ムードたっぷりで楽しませてくれます。
 扇情的な題材を取り扱いながらも、洗練された印象を与えるのは、やはりラッセルの腕でしょうか。
空想的プロレタリア小説  ジャック・ロンドン『ジャック・ロンドン大予言』
ロンドン大予言ジャック・ロンドン大予言
ジャック・ロンドン 辻井 栄滋
晶文社 1983-01

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 「動物小説作家」のイメージが強いジャック・ロンドンはまた、SF的・幻想小説的な作品も得意とし、かなりの数の作品を残しています。彼のこの分野での作品の特徴は、未来予測や社会改良的な問題意識が強いところにあります。
 「未来予測」といえば思い出すのは、ジュール・ヴェルヌです。しかし、ジュール・ヴェルヌの「未来予測」と、ロンドンのそれとは随分異なっています。ヴェルヌが、科学技術の発展を正確に予測する、という面にウエイトを置いているのに対して、ロンドンは、現在の社会の不合理を改善するために、風刺的に未来予想図を描き出す、といった面にウエイトを置いているのです。つまりは、現代世界に対する深い関心が、彼をして「未来小説」を描かせているといえるでしょう。
 そんなロンドンのSF的な短篇を集めたのが『ジャック・ロンドン大予言』(辻井栄滋訳 晶文社)です。以下いくつか紹介していきましょう。

 『強者の力』 舞台は先史時代、老ロング・ビアードは、孫たちを前に、かっての自分たちの歴史を語ります。ばらばらだった人間がいかに部族を作ったか。そして「金」を創造し、富の独占が起こったがために、一族が弱体化してしまった顛末を語りますが…。
 まだ文明が起こる前の人間たちを描いた作品。最初は協力し合っていた一族が、独占欲を起こしてゆく過程が、説得力豊かに描かれます。舞台が古代だけに「強者」の力の振るい方も容赦がなく、それがまたインパクトを持っています。

 『ミダスの手先』 ある日、鉄道王エベン・ヘイルのもとに届いた手紙。それは、膨大な金を要求する脅迫状でした。「ミダスの手先」と名乗る彼らは、金を払わなければ人を殺すというのです。しかし殺されるのはヘイルとは全く関係のない一般人であると。手紙を一笑に付すヘイルはしかし、実際に殺人が起こるのを見て驚きますが、彼らの要求に屈しようとはしません。その後も関係のない人間たちが殺されていくのに従って、社会からは非難の声があがり始め、ヘイルもまた良心の呵責に苦しみます…。
 まったく正体不明の団体「ミダスの手先」。彼らの目的はいったい何なのか? 資本家に対する「テロ」を空想的に描いた作品です。

 『スロットの南側』 「スロット」によって富裕層と労働者層に別れた大都会サンフランシスコ。フレディ・ドラモンド教授は、自らの研究のため、労働者階級に混じって生活を始めます。ビル・トッツを名乗るようになった彼は、労働者たちの間で絶大な人気を得るようになります。
 二重生活を続けるうち、ビル・トッツとフレディ・ドラモンドとの間で引き裂かれるようになった彼は、フレディとして婚約者を持ちながらも、ビルとして労働者階級の女性メアリに惹かれはじめますが…。
 二つの階級の間で揺れ動く男を描いた作品。結末は予定調和的ながら、エンタテインメントとしても上質の短篇です。

 『ゴリア』 正体不明の超絶的な兵器を手にした謎の人物「ゴリア」。彼はその兵器を使って世界中の不正を正し、世界を変革していきます…。
 「核」を想起させる兵器を持って、世界を良い方向に導こうとする男の物語。あまりに簡単に世界が良くなってしまうところに、今読むと、かなりナイーヴな感性を感じてしまいます。

 『デブスの夢』 「ゼネスト」によって、あらゆる職業の人々がストライキに入ってしまいます。最初は甘い考えでいた資本家たちは、いっこうに終わらない「ゼネスト」によって、食料がなくなっていくのに愕然とします。やがて社会が崩壊し、犯罪や殺人が起こり始めますが…。
 「ストライキ」がここまで社会を崩壊させるのか、という疑問はさておき、混乱した社会の描写には、すばらしくリアリティがあります。社会の崩壊、というよりも人間性の崩壊、というべきでしょうか。じつに力強い作品です。

 『全世界の敵』 幼い頃から虐げられつづけてきた男イーミル・グルック。人類全体に恨みを抱く彼は、やがて富を貯え、ある兵器の開発に成功します。グルックはその兵器を使い、無差別虐殺を始めますが、彼を逮捕する証拠はまったくつかめません…。
 虐げられた男が人類社会に復讐するという、テーマ自体は新味のないものですが、主人公グルックが受ける不幸の数々には、強烈なインパクトがあります。

 『比類なき侵略』 近未来、近代化を始めた中国は、その人口を極端に増加させることによって、世界をじわりじわりと侵略し始めます。欧米諸国は、軍を派遣するものの、あっさりと中国の人口によって飲み込まれてしまいます。一計を案じた科学者はある兵器を開発しますが…。
 中国の脅威を描いた、いわゆる「黄禍」小説。「未来予測」という点で考えると、かなり先進的な内容です。

 『背信者』 貧しい家族のために、幼い頃から働きに出されてきた少年ジョニー。有能ながら、機械的な作業を強いられつづけた彼は、やがて表情を失い、人生に対して何も感じなくなっていきます…。
 SF的・幻想的な要素のない普通小説なのですが、インパクトという点では、この短編集随一でしょう。貧しさと機械的な労働がいかに人間性を奪うか、というテーマをこれほど説得力豊かに描いた作品には出会ったことがありません。後半で、ジョニーが発する「僕はすっかり疲れちゃったんだよ」という言葉の何と重みを持っていることか!

 どの作品でも、貧困や労働者と資本家の対立などの社会矛盾が描かれます。いくつか作品を読んでいくと、作品に登場する社会が、いささか図式的に感じられてくる面もないわけではないのですが、貧しさや虐げられた人々を描くときのロンドンの筆は痛烈です。その意味で、現在でも作品の価値は失われていません。
 作品にこめられたメッセージがかなりダイレクトであるので、正直、物語として楽しむにはちょっときついな、という作品もありますが、これだけのエネルギーを持った作品は、やはり一読の価値があります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

不思議の国のミステリ  ジェイムズ・パウエル『道化の町』
4309801080道化の町 (KAWADE MYSTERY)
ジェイムズ・パウエル 森 英俊 白須 清美
河出書房新社 2008-03

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 ジェイムズ・パウエルは、ジャンルで言えば「ミステリ作家」に分類されるであろう作家です。しかし、彼の作品集『道化の町』(森英俊編 白須清美訳 河出書房)を読めば、そのバラエティに驚かされることでしょう。ミステリ、SF、ファンタジー。ミステリ作品にしても、オーソドックスなミステリなどはありません。この作家ならではの、工夫をこらした作品が楽しめます。以下、面白かったものを紹介します。

 『最近のニュース』 ジョージは、空想癖のある妻ドロシーから、おかしな話を聞かされます。管理人は国際的なゴミ箱の蓋窃盗団の首領で、エレベーターのボーイは、マウマウ団員、そして隣人の作家ベンスンは自分に惚れており、タイプライターでメッセージを送ってきている、と。いつもの妄想癖だと考えるジョージでしたが…。
 想像力豊かな妻の妄想がじつは…という奇妙な味の作品。筋はそう珍しくもないものの、妻の妄想の突拍子のなさに面白みがあります。

 『ミスター・ニュージェントへの遺産』 猜疑心の強い老女、ミセス・ボウルズのもとに訪問を続ける青年ニュージェント。遺産目当ではないかと考えたミセス・ボウルズは、彼に遺産相続の見込みのないことを告げます。しかし、彼は態度を変えず、彼女のもとを訪問し続けるのです。彼は純粋に善意から訪問してくれるのだろうか? 疑問に思いながらも、ミセス・ボウルズはニュージェントに好意を抱くようになっていきますが…。
 孤独な老女を訪れる青年の思惑とは…? 思わぬ「善意」と「悪意」が明らかになるラストには、何とも言えない趣があります。

 『プードルの暗号』 おばのフローラが全財産をペットの犬ピーチズに遺し、家政婦のライダを後見人にしたことに対して、おいのトビーは遺言状の無効を申し立てようとします。フローラは晩年、ピーチズが暗号でメッセージを送っていると考えていたのです。しかし、ピーチズに初めて会ったトビーは、犬が自分に何かメッセージを送っているように思えてしょうがないのです…。
 犬がメッセージを伝える、これが何かのトリックなのかと思いきや、後半の展開は驚きです。犬の目的とはいったい何なのか…? ある種ホラーとしても読める無気味な作品です。

 『オランウータンの王』 何とか生計を立てることに成功しつつあった絵本作家の「わたし」は、ふと自分の成功の原因に思い当たります。動物園のオランウータン、イグナティウスが自分に成功を約束してくれたからにちがいない。動物園の彼の檻の前には、なぜか列を作って人々が並んでいました。まるで「請願者」のように。「わたし」はひそかに彼を「オランウータンの王」と呼んでいました。しかし、突如イグナティウスが死んだあと、彼の後継者ミスター・イグナッツは「わたし」のことを嫌っているようなのです…。
 成功を約束してくれる「オランウータンの王」を巡るファンタスティックなクライム・ストーリー。イグナティウスが登場するあたりから、全く予想のつかないストーリーが展開していきます。不自然な設定ながら、不自然さを感じさせないのは作者の手腕でしょうか。「わたし」がイグナティウスに寄せる親愛の情は、妙な味を出しています。

 『詩人とロバ』 ロバに言葉を教えることに成功すれば、莫大な褒美がもらえる…。まったく目算もなく、その仕事を引き受けた詩人のアブ・ネスラディンは、約束の十年間を遊んで暮らします。その間に、奇跡が起こるかもしれないし、王が死ぬかもしれない。しかし約束の期日が迫ってもロバは話す気配すらありません。詩人はなんとか王を煙に巻く手段を考えようとしますが…。
 詩人の考えた奇策とは…? 機智のあふれるファンタジー作品です。

 『時間の鍵穴』 ある日、ホガースの家を訪れた二人の男女。彼らは未来人だと名乗り、驚くべきことを告げます。ホガースが、いとこのエドガーをすぐに殺さなければ、悲惨な未来が待っている、と。二人にそそのかされて殺人を犯してしまったホガースは、やがて未来につながる「時間の鍵穴」を発見します…。
 これはなんと、タイムトラベルを扱ったSF作品。殺人によって未来の崩壊は防がれたはずが…。変質者的な主人公の行動を暗示する結末が、ひじょうに無気味な余韻を残します。

 『アルトドルフ症候群』 ヘリコプターに乗り込んだ、蒸留所の営業部長フィリップ・マグラスは、いつの間にか、同乗者がいたのに気づき驚きます。彼は突拍子もないことを話し出します。自分は1725年からずっと旅をしている、アルトドルフ城の公爵のダイヤモンドを盗んだ犯人を突き止めない限り、永遠にさまよう運命なのだ、そしてその謎を解いてくれなければ、あなたを殺す…。
 設定はファンタジーながら、作品の中身は純粋なパズラー、といった趣の作品です。謎解きそのものは、よくできているのですが、あくまで現実の論理で解決されてしまうのが、少々物足りないところではあります。「アルトドルフ症候群」のネーミングの由来は秀逸。

 『愚か者のバス』 各国のスパイ組織が、組織の役立たずの人材を一挙に始末してしまおうと考えます。任務だと偽り、バスに乗り込まされたスパイたちでしたが、なぜか次々と乗客たちが殺されてしまいます…。
 つぎつぎと、登場人物たちが殺されてしまうという設定ですが、タッチはあくまでコメディ。いちおう犯人探しがあるのですが、それがどうでもよくなってしまうほどの楽しさです。トンネルをくぐるたびことに、何人も「瞬殺」されてしまうというのが笑えます。

 『道化の町』 「道化」ばかりが住む町クラウンタウンで、殺人事件が起きます。殺されたのは、詐欺師でありギャンブラーでもあるバンコでした。彼はバイ投げで食らったパイで毒殺されたというのです。ボゾ警部はパイに毒を入れた犯人を捜しますが…。
 「道化」ばかりの町という、ファンタスティックな設定を上手く生かしています。町の描写や、被害者の殺され方などの表面的な部分のみならず、犯罪が起きた理由やその手段までもが、物語の背景と密接に結びついているという、じつによくできた作品です。
 「マイム」たちに人気を奪われつつある「道化」という設定も秀逸。この世界ならではの展開と結末といい、傑作と呼ぶに値する作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

スタイルの極致  ロジャー・ゼラズニイ『伝道の書に捧げる薔薇』
伝導の
伝道の書に捧げる薔薇
ロジャー・ゼラズニイ 浅倉 久志 峯岸 久
早川書房 1976-11

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 スタイリッシュなSF作品を書く作家として、ロジャー・ゼラズニイは一般に認知されています。端的に言って、彼の作品は「かっこいい」のです。その原因は何だろうかと考えてみると、やはり文章のスタイルにあるようです。
 彼の作品の特徴として、未来の慣習やテクノロジー、他惑星などが登場する場合、その作品内では当たり前のこととして説明を加えない、というものがあります。これもやりすぎると、作品世界がなかなか理解できない、ということもあるのですが、上手くいった場合には、スピーディな印象を作品に与えることができます。コードウェイナー・スミスなども多用している手法ですね。
 さて、第一短編集である『伝道の書に捧げる薔薇』(浅倉久志、峯岸久訳 ハヤカワ文庫SF)。はっきりいってよくわからない作品もあるのですが、味わいのある佳作もいくつか含まれています。以下、いくつかご紹介しましょう。

 『悪魔の車』 近未来、車は人工知能を持つようになりますが、運転手を殺し野生化する車があらわれるようになります。車たちの首領である「悪魔の車」に兄を殺されたマードックは、悪魔の車に対抗するために、改造した愛車ジェニーとともに悪魔の車を追い続けます…。
 ストレートでわかりやすい作品。ジェニーが悪魔の車に対して同情してしまうところに哀愁を感じます。

 『この死すべき山』 登山家ジャック・サマーズは、まだだれも登攀したことのない「グレイ・シスター」と呼ばれる山に登る決心をし、仲間を集めて登山を開始します。しかし、山のところどころに異常な現象がおこり一行の邪魔をするのです。
 それでも進む彼らの前に、美しい女があらわれ、引き止めようとします。女は実体のない幻覚のようにも見えるのです。この山の頂上には一体なにがあるのだろうか? 女の正体はいったい何なのか…?
 「呪われた山」のSF的解釈とでも呼ぶべき作品です。冒険小説的要素の強い雄編。

 『超緩慢な国王たち』 動きが緩慢な国王たちが議論をしている間に、連れてきた類人猿が進化して、核戦争で絶滅してしまいます。宇宙船もさびて使えなくなってしまうのですが…。
 ロバート・シェクリイ風のユーモア短編。国王たちがなぜ緩慢なのかが最後に明かされる仕組みになっています。

 『重要美術品』 芸術に絶望した芸術家が、美術館のギリシャ彫刻の間に行き、自らが台座にのぼり彫刻となります。訓練の結果、だれも自分を人間だと思わなくなりますが、ある日若い女性がそばにやってきて、台座にのぼりはじめます。恋におちた二人は美術館を抜け出そうとしますが、まわりの彫刻に邪魔されてしまいます。まわりの彫刻も、みなもとは芸術家だったのです…。
 奇想天外なラブストーリー。ジョン・コリアかマルセル・エイメが書きそうな軽妙な作品です。

 『十二月の鍵』 極寒の惑星を開拓するために身体を改造された人間たち。しかし、惑星の消滅に伴って、生きる理由を失ってしまいます。彼らは自分たちが平安に暮らせる故郷を求めて、惑星改造に勤しみますが…。
 改造された人間たちの姿が「猫人間」というのがユニーク。とはいえ、故郷を求める彼らの姿には悲壮感さえ感じさせます。哀愁を帯びた佳作です。

 『ファイオリを愛した男』 言い伝えでは「ファイオリ」は、人間があと一月で死ぬという時にやって来て、その人間の最後の一月をいっしょに暮らし、およそ人間が知りうるありとあらゆる楽しみを与える、と言われています。「ファイオリ」に見えるのは生者だけ。死者やロボットは決して目に入らず、そして彼女達はこの全宇宙で最も美しい姿をとる、と言われているのです。死者の墓守りであるわたしは、命とひきかえにファイオリを愛するようになりますが…。
 死を引き寄せてしまう「ファイオリ」の淋しさ、彼女の涙の理由とは…? 寂寥感さえ感じさせる幻想的な名作。

 バラエティに富んだ短編集だけに、好みの別れる作品も多いと思います。よくわからないものもある一方で、もっとその世界に浸っていたいと思わせる作品もあります。とくに『十二月の鍵』『ファイオリを愛した男』あたりは、非常に名作なので、ぜひ読んでいただきたい作品ですね。
シニカルな視線  レイ・ラッセル『血の伯爵夫人』
血の伯爵夫人
血の伯爵夫人―モダン・ゴシックの真髄
レイ ラッセル 猪俣 美江子
朝日ソノラマ 1986-04

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 近年復刊された〈異色作家短編集〉にも収録されているアメリカの作家レイ・ラッセル。かって「プレイボーイ」誌の編集長をつとめたというだけあって、その作風は非常に多彩かつ技巧的です。ただ、アクの強い他の異色作家と比べてしまうと、インパクトに欠ける印象があるのは否めません。
 実際、〈異色作家短編集〉『嘲笑う男』の収録作品を読んでみても、ゴシックホラー『サルドニクス』以外は、どうもパッとしない感じです。
 しかし、邦訳されているもう一冊の短編集『血の伯爵夫人』(猪俣美江子訳 ソノラマ文庫)を読んでみると、「意外」といっては失礼ですが、なかなか味わいのある作品が並んでいました。それでは以下、収録作品について解説します。

 『彗星の美酒』 音楽に一家言ある「わたし」が手に入れたある古い書簡。それは19世紀末、イギリス人スタントン卿が、ロシアに滞在した折りに書かれたものでした。そこに登場する天才作曲家、チョロデンコに興味を抱いた「わたし」は、チョロデンコについて調べようと、方々に手をつくしますが、彼についての資料はおろか、彼が存在した証拠さえもが見つからないのです…。
 実在の作曲家が多く登場して、リアリティを高めています。ロシア音楽についての蘊蓄がたっぷりつめこまれた、知識人のラッセルらしい作品。芸術的な才能を手に入れるために、悪魔に魂を売った青年の末路とは…? テーマはオーソドックスながら、その処理の仕方がユニークです。後半、青年の末路を、オペラの台本の形で暗示するシーンは非常に技巧的。

 『ビザンチン宮殿の夜』 映画業界の大立者フリーモンドは、かって目をかけてやったにもかかわらず、自分を馬鹿にしている連中に復讐をしようと、彼らを自宅に招待します。密かに盗聴器を仕掛けたフリーモンドは、食事の席でその内容を聞かせてやろうと考えますが、そこに録音されていたのは、思いもかけない内容でした…。
 復讐に燃える傲慢な男が遭遇した、思いもかけない出来事とは…。O・ヘンリー風の哀感に満ちた展開が、最後の最後で皮肉なオチになってしまうのは、ラッセルならではでしょうか。

 『仮面の暗殺者』 南米の大統領の死を取材するために、現地を訪れた記者ストロー。大統領の死は暗殺ではないかと考えた彼は、もと女優の大統領夫人を怪しみ調査を始めますが…。
 これは意外にも「政治スリラー」でしょうか。調査が進むにしたがって明らかになる、複雑な人間関係が読みどころです。二転三転するクライマックスには驚かされます。

 『悦楽の分け前』 女性に全く相手にされず、自分の容姿にコンプレックスを抱いていた青年ソニー・グレイは、ある余興の席で行われた催眠術に興味を引かれます。素人でもすぐにマスターできると言われたソニーは、その催眠術を使って女性に迫ろうと考えます。目論みは成功しますが、たまたま女性の身辺を調べていた私立探偵に事実をつかまれてしまいます…。
 催眠術を使って女性をものにしようとする青年を描いた、願望充足的な話。なのですが、主人公の青年が、繊細で同情をさそうような人物に描かれているのがミソ。私立探偵に尻尾をつかまれた彼が気の毒になってしまうのです。結末はいささか安易なものの、題材から連想されるのとは、ちょっと違った読後感が面白いところです。

 『血の伯爵夫人』 若くして結婚したエリザベスは、最愛の夫が戦に出かけた後、その愛情を持てあましていました。そこに現れたジプシー女性ドロティアはエリザベスに快楽の味わい方を教え、またたくまに彼女の心をつかんでしまいます。やがて帰って来た夫は…。
 16世紀ハンガリーに実在した貴族、エリザベート・バートリを扱ったゴシック作品です。彼女は、つぎつぎと若い女性を殺し、吸血鬼伝説のモデルともなった女性ですが、この作品では、汚れを知らない無垢な女性として描かれます。残虐な行為に手を染めながらも、それはすべて周りの人間の言われるがままにされたことであって、彼女自身は最後まで純粋だった…とする解釈はなかなか面白いですね。

 収録作品中では、やはり『血の伯爵夫人』がいちばんの力作といえるのですが、他の作品もなかなかに捨てがたい味があります。どの作品も技巧が凝らされていますが、その表面的な部分よりも、登場人物の情緒や哀感を描く部分の方に、この作家の本領があるような気がします。この作家、もっとストレートな人情ものやラブストーリーを書いたら、かなりのものになったのではないでしょうか。
 ただ、ラッセルはいくら人情もの的な展開になったとしても、必ず最後に皮肉なオチをもってきてしまいます。場合によっては、素直に「いい話」で終わらせた方が効果的な場合でも、シニカルな終わり方をさせてしまうのは、この作家の性格なのでしょうか。


プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。雑誌に埋もれた短編を紹介する「埋もれた短編発掘!」コーナーもあり。「奇妙な味」の作品がお好きな方は必見です。
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