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ある一日  マーガレット・ミラー『見知らぬ者の墓』
見知らぬ者の墓 (創元推理文庫)
マーガレット・ミラー, 榊 優子
東京創元社 (1988-05-29)

 マーガレット・ミラーの長篇『見知らぬ者の墓』(榊優子訳 創元推理文庫)は、ヒロインが見た夢を発端に始まる心理サスペンス小説なのですが、その夢というのが、自分の没年が刻まれた墓石が登場するという、何とも魅力的なイメージなのです。

 不動産業を営む夫ジムと平穏な結婚生活を送っていたデイジー・ハーカーは、ある夜奇妙な夢を見ます。それは自分の名前が刻まれた墓碑を目撃するという夢でした。その墓碑には、自分の没年が4年前の12月2日と刻まれていました。
 自分にとってその日には何か意味があるのではないかと考えたデイジーは、その日を再現しようと考えます。折しも、放蕩者の父親スタンから保釈金を求められたデイジーは、その縁で知り合った私立探偵のピニャータに、自分の夢の一日を再現する手伝いをしてほしいと依頼しますが…。

 奇妙な夢を見た人妻デイジーが、夢に現れた日を再現しその意味を探そうとするという、幻想的な発端から始まる物語です。平凡ながら平穏な毎日を送っていたデイジーが隠された過去を知り、そのために彼女の人生も変わってゆくことになります。
 デイジーと彼女に協力する探偵ピニャータの他、放蕩者で妻子とは別れて暮らすデイジーの父親スタンの視点が途中から入ってくるのが特徴です。多情な若い女ファニータをかばって喧嘩をしてしまったスタンがその関係で、ファニータやその家族から話を聞き出していく流れは、一見、話の本筋とは関係ないように見えながら、後半でメインの物語と合流してくるという流れは見事ですね。

 登場人物はそれぞれ厚みを持って描かれていますが、放蕩者ながら娘思いのスタン、多情で奔放なファニータのキャラクターに関しては、作中でも特に生彩があります。
 周りの人間たちがデイジーにそれぞれ隠していた事実が明らかになっていくにしたがって、平穏な生活にひびが入ることになりますが、それによって、何も知らなかったヒロインが「大人」になっていくというテーマも見え隠れします。

 劇的な事件は起こらないものの、関係者たちの会話から少しづつある家族の過去が再構成されていく流れには、家族小説の趣もありますね。
 各章にヒロイン宛の父親からの手紙の断片がそれぞれ引用されるのですが、この手紙の意味が結末で明かされるという部分は非常に技巧的。
 かなりページ数のある作品で、いささか長いのが玉に瑕なのですが、非常にテーマ性の強い秀作かと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

「コンピュータ」の殺人  マイクル・クライトン『ターミナル・マン』
ターミナル・マン
ターミナル・マン
posted with amachazl at 2020.03.26
マイクル クライトン, 浅倉 久志
早川書房 (2015-02-27)

 マイクル・クライトンの長篇小説『ターミナル・マン』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫NV)は、治療としてコンピュータを埋め込まれた患者が逃亡し人々を襲う…という、ホラー味の強いサスペンス作品です。

 ロサンジェルスの大学病院に収容された男、ハロルド・ベンスン。彼には精神性の発作に襲われると、周りの人間に暴力をふるうという危険な性向がありました。病院は発作を抑えるために、脳の内部にコンピュータを埋め込むことを決定します。
 手術の成り行きに不安を抱いたベンスンの精神科医ジャネット・ロスは、ベンスンの病室を訪れると、そこはもぬけの空でした。しかも不測の事態から彼は6時間後に暴力性の発作を起こる可能性が高いというのです…。

 小型コンピュータを埋め込まれた患者の制御が効かなくなり暴走する…という「ハイテク」(1972年当時)を扱った作品です。逃げ出した患者を追いかける部分よりも、患者に手術を施すまでの部分の方が長いのは、当時の情報小説的な面が強調されているものでしょうか。
 患者であるベンスンは機密研究にたずさわるほどの知能を持っていますが、精神性の発作に加え、人格障害を持っています。手術によって発作を抑えられても、人格障害を直すことはできないことから、病院のスタッフ内では、彼に手術をしていいものかどうか、意見が割れていきます。

 実際に脳内にコンピュータを埋め込む手術の過程がリアルに描かれていきます。脳のレントゲン写真などが画像として挟まれるのもリアルです。またそれと同時に、人間が「第二の脳」を持つことに対する哲学的な感慨などもはさまれていきます。
 患者の体内のコンピュータを維持するための原子力電池も一緒に体に埋め込まれており、これが壊されると強烈な放射能が漏れ出るということもあり、逃亡した患者を不用意に攻撃できない…というジレンマもあったりするところが面白いですね。

 コンピュータやテクノロジーが暴走して人間を襲う…という、今となってはそれほど珍しくはないテーマの作品ではありますが、1970年代初頭という時代を考えると、かなり先駆的な作品です。クライトン特有の細かい技術的な描写のおかげもあり、今読んでもそんなにおかしい部分は感じられません。

 同じようなテーマの作品では、1980年代に書かれた、デイヴィッド・ショービン『アンボーン 胎児』(竹生淑子訳 ハヤカワ文庫NV)が面白いです。
 こちらは、実験でコンピュータと接続された胎児があらゆる医学知識を吸収し、自らの成長を促進するために母体を操り始める…というホラー作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

生き人形の館  イヴ・バンティング『ドールハウスから逃げ出せ!』
ドールハウスから逃げだせ! (ハリネズミの本箱)
イヴ バンティング, 矢島 真澄, Eve Bunting, 瓜生 知寿子
早川書房 (2006-01-31)

 イヴ・バンティングの長篇『ドールハウスから逃げ出せ!』(瓜生知寿子訳 早川書房)は、縮小されてドールハウスに監禁されてしまった子供たちを描く、ファンタスティックなサスペンス小説です。

 中学生の少年カイルは、車の故障で立ち往生しているおばさんを助けようとしますが、逆に車に押し込められ誘拐されてしまいます。気を失ったカイルが目覚めると、目の前には三人の子どもと犬がいました。
 最年長であり野球が得意なマック、バイオリンが上手い黒人の少女タニヤ、ダンスが好きな4歳の幼い少女ルル、そして犬のピッピ。彼らもまた誘拐されて何ヶ月も監禁されているといいます。ここはドールハウスであり、誘拐犯のミセス・シェパードの亡き夫が開発した薬物により、子どもたちは人形と同じようなサイズにされているというのです…。

 人形サイズに縮められ、ドールハウスに監禁された子どもたちがそこから脱出しようとするサスペンス作品です。主人公カイル以外の子どもたちは既に何ヶ月も監禁されており、いろいろな脱出方法を試してみたものの、すでに失敗に終わっていました。誘拐犯であるミセス・シェパードは狂気に囚われており、下手に怒らせると怪我をさせられたり、殺される可能性すらあるのです。圧倒的な体格と力の差があるため、正面切っての方法では脱出することができません。子どもたちは知恵を絞ることになりますが…。

 過去に脱出しようとした少年が、おそらく殺されたであろうことが匂わされます。カイルは他の子と協力して脱出しようとしますが、子どもたちが全員脱出を目指して積極的に動くわけではありません。反抗的で常時脱出の機会をうかがうタニヤはともかく、最年長のマックは脱出をあきらめてしまっており、ミセス・シェパードの機嫌をとりながら、趣味の小説を書き続けています。また最年少のルルや犬のピッピは、現実的にはあまり役に立たないのです。彼らは本当に脱出することができるのか…?

 児童向けながら、非常にサスペンスあふれる物語に仕上がっています。最終的な解決はちょっとあっさりしているきらいがないではないですが、命の危険を感じながら試行錯誤する過程にはハラハラドキドキ感がありますね。ちょっとしたホラー風味も感じられる秀作かと思います。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

さまざまな奇想  ロバート・ブロック編『フレドリック・ブラウン傑作集』
フレドリック・ブラウン傑作集 (1982年) (サンリオSF文庫)
 ロバート・ブロック編『フレドリック・ブラウン傑作集』(星新一訳 サンリオSF文庫)は、ブラウンの友人だったブロックが、ブラウン没後に編んだ傑作集です。30篇と収録作品が多めなのと、代表的な作品が沢山入っているのとで、ブラウン入門書としても非常に良い短篇集ですね。
 同じく星新一の訳になる『さあ、気ちがいになりなさい』(ハヤカワ文庫SF)と収録作が結構かぶっているのですが、逆に言うと『さあ、気ちがいになりなさい』が、かなり精選されたブラウン傑作集だということがわかりますね。

 超越的な知性体により人類の代表として異星人と戦わされることになるという「闘技場」、人間の中に実在する人物とそうでない人物がいることに気付いた男の物語「事件はなかった」、究極の音を求めて旅をする音楽家を描く幻想小説「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」、ファーストコンタクトに現れた異星人は異様な姿をしていたという「人形芝居」、膨大な数の単性生殖児が生まれた世界を描く「ジェイシー」、ある日夜空の星が皆移動を始めるという「狂った星座」、少女が手に入れた人形ごっこの通りに家族が災難に会うという怪奇小説「ギーゼンスタック一族」、タイムマシンによって若返ってしまった男を描く「鏡の間で」、小惑星の住民によって知性を持ったネズミを描く「星ねずみ」、ある日突然意識を持ち始めたライノタイプを描く「エタオインさわぎ」、タイムマシンを発明した青年の末路を描く「タイムマシンのはかない幸福」などが面白いですね。

 収録作は、だいたい他の短篇集で読めるものが多いのではありますが、代表的なものがほど良く集まっているという意味で、非常にバランスの良い傑作集です。ロバート・ブロックによる序文も、ブラウンの人柄を中心に敬意にあふれた内容で良いものですね。

 収録作で一番のお薦めは「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」です。理想の「音」を求めて世界中を旅する男ドーリー・ハンクス。彼はクラリネットを吹いて小金を稼ぎながら旅をしていました。ドイツを訪れたドーリーは、酒場で楽士が奏でているオーボエのような古い楽器の演奏に夢中になります。
その楽器なら理想の「音」に近いものが手に入るのではないかと考えたドーリーでしたが…。
 音楽をテーマにした非常に香気の高い幻想小説です。これがブラウンの遺作だそうですが、もしブラウンがもうちょっと長生きしていたら幻想小説の分野にも傑作をいくつか残していたかもしれませんね。
 この「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」、他には雑誌掲載されたものと、仁賀克雄編のアンソロジー『幻想と怪奇』(ハヤカワ文庫NV)ぐらいでしか読めないと思います。ただ、現在刊行中の『フレドリック・ブラウンSF短編全集』(東京創元社)にはいずれ収録されるのでは。

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奇想と哀愁  エドモンド・ハミルトン『星々の轟き』
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 エドモンド・ハミルトンの短篇集『星々の轟き』(安田均訳 青心社SFシリーズ)は、奇想に富んだアイディア、豊かな情緒、時折挟まれるペシミズム…と、今読んでも面白い短篇が多く含まれた作品集です。

「進化した男」
 科学者ポラード博士は、人間の進化の原因が宇宙線にあることを突き止めます。通常の何百万倍もの宇宙線を凝集させる装置を作った博士は、それを自ら浴びることによって人間が進化することを証明しようというのです。友人たちが止めるなか、博士は実験を強行しますが…。
 膨大な宇宙線を浴びることによって進化を促進させようとする科学者を描いた物語です。宇宙線を浴びた博士は、浴びるたびに変容を遂げていきます。肉体的な強靭さを手に入れたかと思えば、脳が巨大化したりと、人間からどんどんとかけ離れていく過程はホラー味が強いですね。
 人類の進化の膨大な時間を一夜のうちに再現するという発想がすごいです。ハミルトンの代表的短篇「フェッセンデンの宇宙」が空間的なスケールの話だとすると、こちらは時間的なスケールの話ですね。結末も驚くような展開で、ハミルトンの短篇中でも傑作の一つといっていいかと思います。

「星々の轟き」
 太陽の寿命による人類の絶滅を防ぐため、太陽系の九惑星評議会はある計画を実行します。それは惑星自体に推進装置を付け、惑星とその衛星ごと、別の太陽を求めて太陽系を脱出するという計画。彼らは脱出に成功するものの、候補であった恒星系はどれも人が住むには難しい環境でした…。
 惑星に推進装置を付けて、惑星自体を宇宙船にしていまおうという、とんでもない設定のSF作品です。ガス惑星にどう人類が住んでいるのかとか、細かい設定は気になるものの、波乱万丈の展開で非常に面白い作品です。ある恒星では、敵のエイリアンと惑星とが戦ったり、エイリアンが太陽系の真似をして惑星を宇宙船に改造して追いかけてくるなど、 破天荒なストーリーが楽しいですね。主人公が太陽系で一番小さい水星人であり、この水星が太陽系の救世主になる…というのも面白いところです。
 ある種馬鹿らしいまでのアイディアでありながら、その強烈な奇想と推進力で読ませる作品になっています。長篇にできそうなぐらいの密度がありますね。


「呪われた銀河」
 山奥で休暇を楽しんでいた新聞記者ギャリー・アダムスは、空から何か隕石のようなものが落ちてくるのを目撃します。落ちてきたのは、明らかに知的生命体が作ったような構造物でした。知り合いのピータース博士とともに構造物を開けようとするギャリーでしたが、一向に開く気配はありません。博士は構造物は純粋なエネルギーの固まりではないかと言うのですが…。
 宇宙からの飛来物をきっかけに、生命誕生の秘密が明かされることになる…という壮大なテーマの作品なのですが、それがまた奇想に富んだ驚くべきもの。実に皮肉めいた作品になっています。
 当時話題になっていたらしい「膨張宇宙説」が上手く物語に使われています。冗談のような結末も、よく考えてみるとハミルトンのペシミズムから来ているような気もしてきます。

「漂流者」
 困窮しているエドガー・アラン・ポオの事務所に、見知らぬ若い女性が現れます。エレン・ドーンセルと名乗る女性は、ポオと自分ははるか未来からやってきて、この時代の人間に精神を宿した未来人だというのです。そしてポオが描く小説には、無意識にその元の世界が反映されているのだと…。
 ポオの小説に現れる空想は真実を元にしていた…という幻想小説です。未来人と名乗る女性が妄想に囚われているのではないか、と見せかけて余韻を持たせる結末も効果的。

「異星からの種」
 画家スタンディファーは、隕石の中から現れた容器の中に二つの植物の種のようなものを見つけます。種を植えてみると、見たこともない植物が発芽し始めます。やがてそれらは人間の男性と女性に似た形に成長していきます。女性型の植物の美しさに驚くスタンディファーでしたが…。
 人型の植物を描いた作品です。宇宙から飛来したという設定ではありますが、その手触りはSFというより幻想小説ですね。短めの作品ではありますが、強い印象を残す佳品です。

「レクイエム」
 住めなくなった地球を離れ、様々な星に人類が植民するようになってから長い時間が経っていました。マスコミ関係者の一行は、太陽の膨張で飲み込まれる寸前の地球の様子を放映しようとやってきます。彼らを苦々しげに見つめるケロン船長は、ふと見つけた一軒の家に心を惹かれます…。
 母なる惑星が滅びるにあたって何の感興も抱かない人間たちと、それを苦々しく思う船長の心境が対比的に描かれます。滅びる地球に捧げる「レクイエム」は一体誰のものなのか? ペシミスティックながらある種の感動をもたらす作品になっています。

「異境の大地」
 伐採場を求めてラオスのジャングルを訪れたファリスは、ジャングル内で微動だにしない現地の男たちを見つけて驚きます。現地で「ハナチ憑き」と呼ばれる彼らは、信じられないほどの遅いスピードで生きているというのです。
 現地で知り合った研究者アンドレが「ハナチ憑き」に執着していました。ファリスは、アンドレを心配する妹リースの手助けをすることになりますが…。
 土着の薬の効果により、時間を異様に遅くすることができる現象が描かれます。ユニークなのは、それにより動きのないと思われていた植物の世界が、動きに満ちた世界であることが明かされるところです。しかも植物たちには意識があり、人間に対して敵対的な意識を持っていた…という恐怖小説的な展開になるところが面白いですね。

「プロ」
 SF作家として名を成したバーネットは、息子ダンがロケットのパイロットになったのは、自分の作品の影響なのではないかと思い悩みます…。
 自らの作品内での想像が実現したことによる喜び、息子が危険な職業に付くきっかけを与えてしまったのではないかという後悔…、過ぎてしまった時間の回想とともに、複雑な思いを抱く作家を描いた心境小説風の作品です。ビターな味わいながら、ハミルトン最良の作品の一つですね。

 この作品集。現在では入手難になっています。以前、これを含む<青心社シリーズ>の復刊がされましたが、結局こちらの本は復刊されませんでした。創元SF文庫でもハミルトンの短篇集が二冊ほど刊行されていますが、この青心社版でしか読めない短篇も多いです。
 「進化した男」「星々の轟き」「異星からの種」「レクイエム」は、この本でしか読めないんじゃないでしょうか。
 上記4篇含め、もう一冊傑作選を編めるぐらいの傑作・秀作はあると思うので、ぜひ新しいハミルトン傑作集を出してほしいものです。

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ユーモアと風刺  ヘンリー・カットナー『世界はぼくのもの』
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 アメリカの作家、ヘンリー・カットナー(1915-1958)の短篇集『世界はぼくのもの』(米村秀雄編訳 青心社)は、SF・ファンタジー的な作品を集めた短篇集。非常にレベルの高い作品揃いなのですが、中でもユーモアを基調とした作品に才気を感じますね。

「世界はぼくのもの」
 ギャラハーが二日酔いから目覚めると、見たこともない小動物が三匹ほど目の前に立っていました。彼らは500年先の未来の火星からやってきて、世界は自分たちのものだと豪語します。どうやらギャラハーが酔って自分でもわからぬうちに、タイムマシンを発明したようなのです。
 リブラと名乗る小動物たちの言うままに作った光線銃はすさまじい威力を持っていました。その直後に、何者かわからぬ死体が突然出現しますが…。
 タイムマシンによって未来から火星人が出現し、彼らの知識のおかげで、未来ばかりか並行世界までが不安定になる…という、SF設定がてんこ盛りの作品です。とにかくアイディアが沢山つめこまれているのと、ところどころで炸裂するぶっ飛んだユーモアが楽しいです。「リブラ」たちの存在もキュート。

「どん底より」
 分裂症を患う「わたし」は度々<雲>の訪問を受けていました。やがて別の存在<訪問者たち>が「わたし」を訪れるようになります。彼らは異界の存在であり「わたし」を触媒としているのだというのです。「わたし」は医者に彼らのことを話しますが、妄想だと取り合ってもらえません…。
 妄想だと思っていた精神的存在が実は実在した…というテーマの作品なのですが、さらにそれをひねった展開が待っています。<訪問者たち>そして<雲>の不気味さが強烈ですね。終始不穏な雰囲気に支配された怪奇小説です。

「ショウガパンしかない」
 意味論を研究するラザフォードとオブライエンは、意味論に従った完璧な文句ができれば、それは頭から忘れられないものになるという理論を発見します。彼らはドイツ語の歌を作り、ドイツ向けの放送でその歌を流すことにしますが…。
 その歌を聞くと、まともに物が考えられなくなるという歌をテーマにした作品です。その歌をドイツ軍に広め、彼らをかく乱しようというのです。
 第二次大戦終結前に書かれた作品らしく、戦意高揚的な面もあるのですが、それを差し引いても、ブラック・ユーモアがあふれており面白い作品です。

「小人の国」
 青年ティム・クロケットは労働条件の調査のため、炭鉱夫に化けて炭鉱に潜入しますが、ダイナマイトの爆発に巻き込まれ岩盤の奥に閉じ込められてしまいます。気がつくと彼の体は醜い小人になっていました。
 突如現れたグルー・マグルーと名乗る小人は、子孫を増やせない小人を補充するため、定期的に人間を小人に変えて連れてくるというのです。長時間労働に就かされたクロケットは周りの小人たちを扇動して、小人の王に歯向かわせようと考えますが…。
 小人にされてしまった青年の脱出行を描くユーモア・ファンタジー。小人たちは皆長時間労働を何とも思わず、唯一の趣味が「喧嘩」であるなど、小人や彼らの国の様子がユーモアたっぷりに描かれます。後半の王との争いは魔法合戦の趣もあり、こちらも楽しいですね。デフォルメの効いた楽しい作品です。

「大いなる夜」
 物質転送機の普及で、時代遅れになりつつあったハイパーシップ「ラ・クカラチャ」。あくまで船の輸送にこだわるサム・ダンバース船長は老朽化した船を修理する費用を工面するために、無茶な行動を始めます。ベテラン航宙士ヒルトンは船長を止めようとしますが…。
 宇宙を舞台に輸送船とその乗組員たちを描くスペース・オペラ作品です。ただテクノロジーの進歩で、船もその乗組員たちも時代遅れになっており、皆が将来を悲観する中、船長やベテラン乗組員などが自らの信念を貫こうとする…という男気にあふれた作品になっています。
 船長を時代遅れだと考える航宙士ヒルトンが、考えを翻すシーンにはある種の感動がありますね。微かな諦観が全篇を覆う作品で、ちょっと方向性は違うのですが、例えばエドモンド・ハミルトン「プロ」などにも似た雰囲気の感じられる作品です。

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正気と狂気  フレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』
さあ、気ちがいになりなさい (ハヤカワ文庫SF)
 フレドリック・ブラウンの短篇集『さあ、気ちがいになりなさい』(星新一訳 ハヤカワ文庫SF)は独創的なアイディアとユーモアにあふれた名短篇集です。アイディア自体が面白いのはもちろんなのですが、「不死鳥への手紙」「沈黙と叫び」「さあ、気ちがいになりなさい」などに見られるような、相対主義的な思想、正気と狂気を相対化するような哲学的な発想にはユニークなものがありますね。

 
「みどりの星へ」
 不時着した惑星で5年も放浪している男マックガリー。見るもの全てが赤い惑星の中で、地球を思わせるみどりの色が見えるのは、光線銃を放つときだけでした。現地の5本足の生物をドロシーと名付け相棒にした彼は、かって同じ星で遭難した宇宙船があったという記憶を頼りに、地球に帰るべく、宇宙船をずっと探し続けていました…。
 他惑星に遭難し、地球に帰るべく放浪を続ける男を描いた物語です。彼の精神を支えるのは現地の生物「ドロシー」と、かって同じ星に不時着した宇宙船があったという記憶だけ。極限状況に置かれた人間の希望と絶望とを描いた名作です。

「ぶっそうなやつら」
 精神病院から殺人狂の患者が脱走したという話が流れるなか、弁護士ベルフォンテーン氏は駅で出会った男の服が妙に合っていないのに気が付きます。相手が件の狂人ではないかと考えた氏は、たまたま預かっていた拳銃をいつでも使えるように準備しますが…
 出会った相手が殺人狂だと考えた男を描くユーモアタッチのサスペンス作品。これは笑ってしまいますね。

「おそるべき坊や」
 両親とともに魔術師「ガーバー大王」の奇術ショーに訪れたハービー坊や。しかし「ガーバー大王」の正体は本物の悪魔であり、その封印は今まさに解けようとしていたのです…。
 復活を阻止された悪魔がことを上手く収めようとする様が楽しいですね。愉快なファンタジー作品です。

「電獣ヴァヴェリ」
 発端は、過去に放送された電信やラジオ放送が急にラジオから聞こえるようになったことでした。やがて稲妻が消え、電気が使えなくなってしまいます。どうやら地球上に、電気を食らう生命体「ヴァヴェリ」が住み着いてしまったようなのです。
電気を失った人間たちは、かっての蒸気機関を復活させ、馬や人力に頼る生活に戻ることになりますが…。
 電気がなくなったら人類はどう暮らしていくのか? という発想から生まれたらしいSF作品です。結果的にある種の牧歌的な社会が復活する…というポジティブな見方はブラウンならではでしょうか。

「ノック」
 宇宙からの侵略者「ザン」により人類は滅ぼされてしまいます。残ったのは見本として選ばれた男女のみ。しかも彼らは囚われの身となっていました。自然死という概念を知らないザンは、集めた動物たちが死んでしまったのを見て困惑しますが…。
 囚われた男が宇宙人の手から逃れようと画策する…というストーリーですが、様々なアイディアが盛り込まれています。客観的にはシビアな状況ながら、終始コミカルに展開する楽しい作品です。

「ユーディの原理」
 チャーリーが発明した鉢巻型の機械は、何でも希望を実現してくれる魔法の機械でした。彼は冗談交じりに、機械は仮想の小人である「ユーディの原理」で動いていると語ります。しかし機械は何でもできるわけではなく、ある制限があると言いますが…。
 謎の理論「ユーディの原理」で作動するという機械をめぐる物語です。「ユーディ」は実在するのか? メタな趣向もあったりと、奇妙な味わいのファンタジー作品です。

「シリウス・ゼロ」
 恒星シリウスを周回する惑星フリーダとソアを宇宙船で訪れた親子と操縦士の一行は、第一惑星より内側に新たな惑星を発見し、その星を訪れます。人類未踏のはずのその惑星には、奇妙な動物だけでなく、知り合いの男サムがすでにいたことに一行は驚きます。彼は、映画会社が映画を撮るために秘密裏に活動しているのだと話しますが…。
 未発見の惑星に存在していたのは何者なのか? 未知の異星人とのファースト・コンタクトを描いた作品です。コメディ・タッチながら、人間の深層心理を再現するという「シリアス」なテーマも内包しています。

「町を求む」
 やくざ者の「おれ」は、自らのボスを蹴落とすという計画をボスに知られていまいます。争いごとを好まないボスは、手切れ金を渡し「おれ」に町を出て行ってほしいと話しますが…。
 ハードボイルドかつストレートなクライム・ストーリー。いささか風刺的なトーンもある作品ですね。

「帽子の手品」
 たまたま集まったウォルターとボブ、メイとエルジーの男女四人組。ふとしたことからウォルターは帽子を使った手品を披露することになりますが、そこから出てきたのは予想もできないものでした…。
 何の変哲も無い日常が突然恐怖の光景に変わるというホラー的作品。見たくないものは見えないという人間の心理的なテーマも扱われています。仄めかしが多用される、洗練された恐怖小説です。

「不死鳥への手紙」
 放射能の影響により、不死に近いまでの長寿を手に入れた男。18万年を生きてきたという男は人類の歴史を語ります。彼によれば、核兵器を始め何度も人類は絶滅寸前に追い込まれ、文明も何度もやり直しをしているというのです。
 しかし、それゆえにまた人類は「不死」といってもいいのではないかと、彼は語ります…。
 短めながら、長大な人類史が語られるという壮大な作品です。人類は愚かながら、その「狂気」こそが人類を長らえさせているという視点はユニークですね。

「沈黙と叫び」
 遠く離れた森の中で木が倒れた音がしても、誰にも聞かれなかったらその音は存在しているといえるのか…。たまたま駅でそんな議論を耳にした男は、駅長からある事件の顛末を聞きます。その事件では浮気を疑われた妻と相手の男が閉じ込められて餓死したというのです。
 しかも、夫は耳が聞こえないためにその音に気がつかなかったと。夫は本当に耳が聞こえなかったのか…?
 男女が閉じ込められて死んだ事件、それに気がつかなかったと言い張る男の言葉は本当なのか? それとも…? 有名な哲学的命題をミステリに応用したというその発想もユニークですが、後半に示される事件後の関係者たちの関係性が更に強烈。しかも明確に真相を明かすのではなく、仄めかしによって読者に推察させるという趣向も非常にスマートです。

「さあ、気ちがいになりなさい」
 患者のふりをして精神病院に潜入する取材を命じられた記者ジョージ・ヴァイン。彼には3年前の事故で記憶喪失になった過去がありました。その事故以前の記憶は全て失われてしまったというのです。
 元々ナポレオンに対して執着を抱いていたジョージの性格にちなみ、自分はナポレオンだという妄想患者のふりをして潜入することになりますが、実はジョージには皆に言えない秘密がありました。彼は実は3年前まで本物の「ナポレオン」だったのです…。
 自分はナポレオン本人だという主人公は本当に正気なのか? 物語が進むにつれ、誰が正気で誰が狂気なのかもわからなくなってきます。やがて世界を動かしている影の支配者の存在も明らかにされ…。
 ブラウンが多用する「認識の相対性」「正気と狂気」といったテーマの総決算といった趣の作品です。「正気」であるというのも、飽くまである立場から見たときのものに過ぎない…というような結末も皮肉が効いていますね。ブラウンSFの到達点の一つともいうべき傑作小説です。

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箱の中の心  G・K・ウオリ『箱の女』
箱の女 (ハヤカワ文庫 NV)
 G・K・ウオリの長篇小説『箱の女』(富永和子訳 ハヤカワ文庫NV)は、三日間、事故で箱に閉じ込められた後に豹変してしまった女性をめぐる心理サスペンス作品です。

 夫のジョーと共に数十年間も幸せな結婚生活を送っていたエレン・ディレイは掃除をしている最中に、誤って工具箱の中に閉じ込められてしまいます。三日後ようやくジョーによって助けられたエレンは、夫が自分を殺す気だったと思い込んでしまいます。
 夫に殺意がなかったと頭では理解しているものの、何かが失われてしまったエレンは、山中の小屋に移り住み、そこで狩りをして暮らすようになります。ある日エレンの撃った弾丸がたまたま森の中で酒盛りをしていた男たちの一人に当たってしまいますが…。

 箱に閉じ込められたことから、夫との仲が破綻してしまった女性を描く心理サスペンス作品です。ちょっと猟奇的なテーマを思わせるモチーフなのですが、ホラー的な展開になるわけではなく、飽くまで女性の心の不可思議さを追っていくという、シリアスなサスペンス作品です。
 女性がすでに亡くなっているということは序盤で明かされており、件の女性エレンがどういう人間だったのか、というのを町の大工スプロッチーと、その娘でエレンの親友だったウィルマが語ってゆくという設定になっています。

 物語は「箱の女」エレンとその夫ジョーを中心に語られますが、その合間に語り手スプロッチーとウィルマを始め、エレンに敵対する警官ケアリ、ウィルマの元恋人ポイズンなど、周囲の人物の背景や人生にも触れられ、厚手の群像劇のような雰囲気もありますね。
 「箱の女」エレンはなぜ夫を捨てたのか? 彼女が死ぬことになった原因とは何なのか? 題材こそ奇抜ですが、人間の心の不可思議さを真摯に描いていくサスペンス作品で、文学性の高い読み応えのある作品になっています。

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神秘の道  ロバート・R・マキャモン『ミステリー・ウォーク』
ミステリー・ウォーク〈上〉 (創元推理文庫) ミステリー・ウォーク〈下〉 (創元推理文庫)
 ロバート・R・マキャモン『ミステリー・ウォーク』(山田和子訳 創元推理文庫)は、死者の魂を鎮める能力を母から受け継いだ少年が、様々な事件や人と出会いながら、成長してゆく様を描いた作品です。

 インディアンの血を引く母ラモーナから、死者の魂を鎮める能力を受け継いだ少年ビリー・クリークモア。母ラモーナは、町で死んだ人々の魂を救うために働きますが、彼女の能力を信じない町の人々からクリークモア親子は排斥されていきます。父親さえも妻と息子の能力を受け入れられず悩んでいたのです。
 幼くして能力に目覚めたビリーは、一族に代々つきまとう邪悪な「シェイプ・チェンジャー」の存在を知ります。対抗する力を得るためビリーは祖母であるレベッカに師事することになります。
 一方、クリークモア母子を危険視する伝道師ファルコナーと息子ウェインは、彼らに圧迫を加えようとしますが…。

 特殊な能力を受け継いだ少年が、いろいろな出来事に遭遇して成長してゆく様子を描いた長篇作品です。細かい章に分かれており、それぞれがまとまったエピソードになっていますが、その一つ一つに非常にふくらみがあり、読み応えがあります。
 前半はビリーが町を出るまでの少年時代を描き、後半は町を出たビリーがいろいろな冒険を重ねる…という構成になっています。明確に敵が姿を現してくる後半ももちろん面白いのですが、圧巻なのはやはり前半です。

 特殊な能力を持つ母ラモーナが人々の魂を救っているにもかかわらず、彼女の能力を信じない、あるいは怖がっている人々は、彼女のみならず一家を排斥し始めます。夫のジョンは妻を愛しながらも、妻の能力を理解しきれず、精神的に病んでしまいます。
 やがてビリーが幼くして能力を発揮しはじめたころ、一家は悲劇的な事件に襲われることになるのです。この段階では「敵」である悪霊「シェイプ・チェンジャー」はまだほとんど姿を見せていないのですが、それにもかかわらず事態は非常に暗鬱な展開になっていきます。
 ビリーの「神秘の道(ミステリー・ウォーク)」は一体どこにつながることになるのか?

 少年ビリーの成長小説であり、青春小説であり、恋愛小説でもあり、そしてもちろんホラー小説でもあるという、総合的な魅力を持った作品です。マキャモンの傑作の一つといっていい作品ではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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