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幻想の航海  ロバート・ネイサン『夢の国をゆく帆船』
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 ロバート・ネイサン『夢の国をゆく帆船』(矢野徹訳 ハヤカワ文庫NV)は、気弱な大工が自分の作った車輪付きヨットに乗り込み放浪の旅に出る…という、都会派ファンタジー作品です。

 ニューヨーク市ブロンクスに住む中年男性ヘクター・ペケットは、気弱な性格の大工でした。かかった分の費用の請求も上手くできない彼に対して、妻のサラは不満を抱いていました。そんなペケットの唯一の楽しみは、庭で自ら作り上げたボート<サラー・ペケット号>に乗り空想を楽しむこと。
 もともと防水処理も竜骨もないボートは水に浮かべることはできません。ボートを役立たずだと考えるペケット夫人は、夫に黙って、知り合いの肉屋のシュルツに売店としてボートを売ることを決めてしまいます。
 船の権利を売ってしまったことを聞かされたペケットは、最後に船の中で過ごすことにしますが、移動用の車輪がつけられていたこともあり、船は勝手に風に乗って動き出します。やけになっていたペケットは風に吹かれるまま、そのまま放浪の旅に出かけることになりますが…。

 車輪が付いた「船」で陸上を放浪する男を描いた、ファンタスティックな作品です。うだつのあがらない生業と高圧的な妻との生活に嫌気が差した大工の主人公は、風の吹くままに旅に出ることになります。
 その道中で、孤独な若いウェイトレスや放浪していた歯科医、後には農場で預かった子牛など、旅の道連れも徐々に増えていくことになります。
 もともと経済的な蓄えもろくになく、やけで飛び出した旅だけに、すぐに彼らの旅は行き詰ってしまいます。しかしその短い旅の間に、彼らの人生観に対する考えの変化、そして乗組員同士の恋愛なども芽生え、彼らの人生が変化することにもなるのです。

 主人公ペケットの行動は、風変わりでありエキセントリックではあるのですが、彼を描く著者の視線は非常に優しくなっています。ペケットと旅を共にすることになるウェイトレスのメリイ、歯科医ウイリアムズもまた、彼の純真さと旅の魅力に囚われて、人生を変えられることになります。

 旅自体は失敗に終わってしまうだろうことが、作品前半から予感されているのですが、それでも人生は捨てたものではない、というメッセージが全体に伏流していて、非常に後味のよい作品になっています。
 絶望的な状態に追い込まれてしまう主人公ペケットにもまた、最終的な「愛と救い」が用意されています。「大人のおとぎ話」と言うにふさわしい作品ではありますが、「おとぎ話」には終わらないリアルな感触が魅力ですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

物語のかけらたち  J・ロバート・レノン『左手のための小作品集 100のエピソード』

 J・ロバート・レノン『左手のための小作品集 100のエピソード』(李春喜訳 関西大学出版部)は、それぞれ1ページ前後の掌編が100篇集められた作品集です。物語が充分に展開するほど長くはなく、かといって「断片」になってしまうよりは長い…という微妙なバランス感覚が魅力の作品集です。

 物語が短いため、「個性的」な人物はほとんど登場しません。ごく普通の人々が登場するわけですが、彼らが出会う数奇な出来事や運命、また出来事が「普通」であったとしても、それに対する人間心理には「不思議さ」が感じられる作品集になっています。
 物語が充分に展開する前に終わってしまうことが多いのですが、一篇一篇に非常に膨らみや余韻があり、読んだ後にその物語について読者にいろいろ想像させてくれます。掌篇ではありながら、充分なページ数の短篇を読んだような満足感がありますね。

 人生を悲観しての自殺と思われた大学生の死の真実が明かされる「模倣者たち」、地下鉄の騒音に魅了されてしまった男の物語「静寂」、道に迷ってしまった男の人生の変転を描く「近道」、飼い猫を取り違えていたことに気付いた家族の物語「入れ替わり」、ある哲学書が夫婦の人生に影響を与えるという「下線の引かれた頁」、殺人を犯したマジシャンが消失するという「トリック」、夢と現実との区別がつかなくなった男を描く「明晰夢」、あまりにも仲のよい双子の物語「双子」、友人との貸し借りを考えすぎた男を描く「ベルト式研磨機」、自らのルーツを示す箪笥を見つけた男が所有者の家に入り浸るという「箪笥」、若者の悪戯を防ぐために作られたセメント製郵便箱が引き起こす悲喜劇「セメント製郵便受け」、冷凍庫に入っていた腐肉をめぐるホラー味豊かな「豚肉」、知らぬ間に連れ去られていたという幼時の記憶をめぐる「喪失」、父親を反面教師とした三世代の男の皮肉な物語「息子」、娘のために創作したおとぎ話が人生の不思議さを醸し出すミステリアスな「デニムタッチ」、有名な言語学者のイメージが反転してしまうという「低い身長」、作曲家と批評家の評価がひっくり返り続けるという「ペテン師」、落下した隕石を神の啓示と考える家族を描いた「隕石」、学芸会の芝居が後年の人生にマイナスを与えてしまうという「名前」、精神科医に成りすました患者の物語「おかしな人たち」、洗濯物をかってにたたんでいく人物をめぐる「たたみ魔」など、面白い物語が目白押し。

 一篇一篇を紹介していると切りがないのですが、どれも本当に面白いです。ブラックなユーモアがある作品もあれば、ちょっとホラーっぽい作品もあり、無常観を感じさせる静謐な作品もあれば、人生の皮肉を描いた作品もありと、バラエティは非常に豊か。これはお薦めしておきたいと思います。

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奇妙な触れ合い  ハーバート・リーバーマン『地下道』
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 ハーバート・リーバーマンの長篇『地下道』(大門一男訳 角川文庫)は、家の地下道に住み着いた青年と老夫婦との奇妙な交流を描いた、不思議な味わいのサスペンス小説です。

 郊外の田舎に家を買い、静かに老後を過ごしていたアルバートとアリスの老夫婦。ある日、給油会社の社員として青年リチャード・アトリーが夫婦のもとを訪れますが、人恋しさから夫婦は青年を歓待します。
 二度目に訪れた青年の振る舞いに異様なものを感じ取る二人でしたが、数日後、地下室に降りたアルバートは、そこに人間が住み着いていること、鳥や獣の食い散らかされた死骸を発見します。住み着いているのがリチャード・アトリーであることを知ったアリスは、彼と一緒に暮らすことを提案します。
 アルバートも賛成し、リチャードに地下道から出て、自分たちと家の中で暮らすように話しますが、彼は今の場所で問題ないと言い張り、奇妙な共同生活が始まります…。

 子供もなく、孤独感を抱えていた老夫婦が、家に突然現れた変わり者の青年を保護するようになり、やがて自分たちの息子であるかのように感じるまでになります。しかし青年は、周囲の人間とは相容れない気質と独自の感性を持つ人間であり、夫婦だけでなく近隣の町や住民達とも問題を起こしてしまいます。
 青年リチャードの行動で、周囲の人間から老夫婦は孤立してしまいます。やがて妻アリスは、リチャードの激しい気性に恐怖を感じ始めるのです…。

 家庭に見知らぬ者が入り込み、家庭が破壊されてしまう、というタイプの物語なのですが、本作ではその入り込む青年がある種、純粋な人間であり、また家庭側の老夫婦も彼を子供代わりとして暖かく迎える、というところがユニークな点になっています。
 青年リチャードの来歴は結末まで明かされないのですが、この青年の人格が歪んでいて、愛情を求めながらもそれを素直に受け入れることができず、やたらと極端な行動に及んでしまいます。
 アルバートとアリスの夫妻も、リチャードの行動を相当まで受け入れるものの、彼の限度を超えた行動に何度も彼を追い出そうと考えるまでになるのです。

 主要な登場人物はアルバートとアリスの夫妻、そして青年リチャードの三人というシンプルなストーリーなのですが、終始サスペンスが途切れません。彼ら三人の愛憎がめまぐるしく変転する様が、豊かな心理描写を持って描かれていくからです。
 居候となる青年リチャードが単純な「悪人」ではなく、また彼を迎え入れる側の夫婦もまた単純な「善人」ではないことが、この物語を面白くしている要因でしょうか。
 装いこそ風変わりなものの、「人間の絆とは何なのか?」というテーマを真摯に追求した、サスペンス小説の名作といっていいかと思います。

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世界は俺のもの  モルデカイ・ロシュワルト『世界の小さな終末』
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 ポーランド生まれのイスラエル人作家、モルデカイ・ロシュワルト(1921-2015)の長篇『世界の小さな終末』(志摩隆訳 ハヤカワ文庫NV)は、核ミサイルを積んだ原子力潜水艦が国家に対して独立を宣言し、海賊行為を働いて回るという、ブラック・ユーモアたっぷりのスラップスティックな作品です。

 アメリカ海軍の原子力潜水艦ポラー・ライオン号の副艦長ジェラルド・ブラウンは、艦内で勤務中に友人たちとともに酒を飲んでいるところを、艦長のジョンソンにとがめられ、かっとなって艦長を殴り、死に至らしめてしまいます。
 元から自分の地位に不満を抱いていたジェラルドは、艦内で有力な位置にある友人数人を抱き込み、本国に対して、軍からの独立を宣言します。ライオン号に搭載されている16発の核ミサイルで攻撃することを脅しとして、酒や金、女性などを差し出すようにアメリカ政府を脅迫するジェラルドでしたが…。

 核ミサイルを積んだ潜水艦が本国に反旗を翻し、やりたい放題に海賊行為を行う…という物語です。指導者となるジェラルドは自らの権力欲のため、それに追随する仲間の目的も酒や女にあったりと、高尚な目的や理想があるわけではなく、自分たちの欲のために乗っ取った潜水艦を利用していきます。
 最初は要求を飲んでいたアメリカ政府も、あまりの勝手な要求に拒否する態度を見せますが、それがきっかけとなり、潜水艦は世界各国を対象に海賊行為を働くようになります。主人公たちの行動は身勝手極まりないのですが、その野放図さは清々しいほどで、読んでいて痛快です。

 主人公ジェラルドを始め、潜水艦の乗組員たちは、いかに快楽を追求するかという動機のみで動くのですが、後半、物語は急展開することになります。ジェラルドに影響された「模倣犯」が現れるのです。
 核を悪用する者たちが次々と現れるあたり、作者の筆はコメディ調でありながら、現実に起こり得るのではないかと思わせて、フィクションにはとどまらないテーマを持った作品といえるでしょうか。

 正直、「核」という政治的、かつデリケートなテーマを「悪ふざけ」で描いたような部分もあり、読んでいて眉をひそめる向きもあるかと思います。ただ冷戦時代に描かれたにも関わらず、今読んでも「諷刺」という面では新鮮さを失っておらず、名作といっていい作品ではないでしょうか。

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隠された世界  ダン・シモンズ『うつろな男』

 ダン・シモンズの長篇『うつろな男』(内田昌之訳 扶桑社)は、同じテレパシー能力を持つ最愛の妻を失ったテレパスの夫が彷徨を繰り返すという、ロード・ノヴェル的味わいのSFサスペンス作品です。

 35歳の数学者ジェレミー・ブレーメンは、最愛の妻ゲイルを脳腫瘍で亡くし絶望していました。この世界で始めて出会った同じテレパシー能力を持つ女性であり、最大の理解者を失ったジェレミーは投げやりになります。仕事を辞め、家に放火したジェレミーは、あてどのない旅に出ることになります。
 人気のない田舎で釣りに集中している内にようやく気分が癒え始めたジェレミーでしたが、ギャングが死体を始末している場面を目撃してしまいます。ジェレミーは、そのギャング、ヴァンニ・フッチに捕らえられてしまいますが…。

 最愛の妻を失ったテレパシー能力者の主人公が、そのショックから旅に出るという作品です。傷ついた心を癒やそうとするジェレミーですが、ギャングの犯罪現場を目撃したことを皮切りに、いろいろなトラブルに遭遇してしまいます。
 相手の心を読める能力があるため、その能力を利用してトラブルを切り抜けていくことになりますが、能力を利用したがために更なるトラブルに巻き込まれてしまうことも。

 テレパシー能力で相手の心を読むことができるとはいっても、その能力には副作用があります。常時開放していると、周りの人間の心の声が無制限に入ってきて、精神が参ってしまうのです。それに加えて、愛妻を失った事による精神バランスの混乱で、上手く能力を使うことも難しくなってしまいます。そんな状態でトラブルをどうやって切り抜けていくのか?というのも読み所になっています。
 それぞれのエピソードはどれも興趣に富んでいるのですが、中でも、資産家の独り者の女性の牧場にやっかいになるというエピソードは、特にサスペンスフル。独立したホラー作品としても秀逸なエピソードになっています。

 作品は現在のジェレミーを追うパートと、ジェレミーとゲイル夫妻の過去を語る「眼」と題されたパートから成っています。「眼」のパートでは、ジェレミー自身の研究と、ゴールドマン教授の革新的な研究から、世界の隠された秘密が明かされていきます。
 また、「眼」の語り手が何者なのかも、後半クローズアップされていくことになります。
 「量子力学」や「多世界解釈」が重要なモチーフとなっており、盛んにその話題が登場します。そのあたり、ちょっと難しいところもあるのですが、大枠の方向性がわかれば物語を楽しむのには十分だと思います。

 妻ゲイルがSF・ホラー小説のファンという設定で、作中でスティーヴン・キング『ニードフル・シングス』やアルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』を読むシーンも出てくるのは、ジャンルのファンには楽しいですね。ベスター作品に関しては、作中の展開において重要なモチーフになっていたりもします。
 作品全体にSF的な衣がつけられていますが、読み心地はどちらかと言うとホラーに近いです。「死後の魂は存在するのか?」という隠れテーマもあり、テーマ性と娯楽性とがほどよくブレンドされた良作ではないでしょうか。

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陽気な魔法たち  エドワード・イーガー『魔法半分』『魔法の湖』
 アメリカの作家エドワード・イーガー(1911~1964)のファンタジー作品『魔法半分』『魔法の湖』は、イーディス・ネズビットの影響が色濃い<エブリディ・マジック>作品。ネズビットの影響を受けた後続の作家は数多く存在しますが、作風もここまで近い作家は珍しいのではないでしょうか。
 順番に見ていきたいと思います。



エドワード・イーガー『魔法半分』(渡辺南都子訳 ハヤカワ文庫FT)

 父親を亡くし、新聞記者として働く母親と暮らす四人のきょうだい、ジェーン、マーク、キャサリン、マーサ。子供たちは、図書館でE・ネズビットの本を読み漁り、魔法が実際にあったらいいなと空想していました。ある日ジェーンは敷石のすきまに光るコインを見つけます。
 退屈していたジェーンは火事でも起こればいいのにと口に出しますが、途端に近くで庭にあったままごとの家が燃え出しているのに気がつきます。それからも不思議な事件に遭遇したきょうだいたちは、コインに触れて願えば、願いが叶うこと、ただしその願いは「半分」しか叶わないことを発見します…。

 願いを叶える魔法のコインを手に入れた子供たちを描くファンタジー作品です。作中でも言及されるように、イーディス・ネズビットのファンタジーに強く影響されている作品で、雰囲気や構造が非常に近いです。独自の要素としては、魔法が必ず「半分」の形で実現されるところでしょうか。
 例えば、どこか別の場所に移動したいと願っても、その半分の距離しか移動できなかったり、家にいたいと願ったら、存在が半分になり半透明になってしまったりと、あらゆる願いが「半分」となってしまい、それがトラブルを引き起こします。
 後半では、その「半分」のルールに気づいた子供たちが、願いに「二倍」の文言を入れることで、その不自由を解消してしまうのですが、あわてていたり、何の気なしにしゃべった言葉が実現されてしまったりするのも楽しいですね。
 日常レベルからタイムスリップまで、大小さまざまな願いが実現されますが、白眉はアーサー王宮廷にタイムスリップするエピソードでしょうか。魔法でランスロット卿をたたきのめしてしまったキャサリンが魔術師マーリンにたしなめられるなど、子供たちの破天荒な行動が描かれます。
 「ジェーンの冒険」のエピソードも面白いです。母親の再婚をめぐって弟や妹と喧嘩したジェーンが、よその家族になってしまいたいと願った結果、姿はそのままながら「もうジェーンではない子」になってしまいます。よその子になってしまったジェーンを取り戻そうと、きょうだいたちの活躍が描かれます。
 子供たちが魔法を使う契機が「ひまつぶし」や「遊戯」にあるため、その行動もいきあたりばったり。その結果、予想がつかない展開になるという意味で大変面白い作品です。ネズビット作品に比べるとライトな印象ですが、これはこれで楽しい作品だと思います。
 序盤で子供たちがネズビット作品について言及するシーンがあり、そこで具体的に言及されるのが『魔法の城』。作者イーガーもこの『魔法の城』の評価が高かったということでしょうか。




エドワード・イーガー『魔法の湖』(渡辺南都子訳 ハヤカワ文庫FT)

 『魔法半分』での魔法のコインの事件以来、魔法との関わりがなくなっていたジェーン、マーク、キャサリン、マーサのきょうだいだち。前作で知りあい、母親と再婚して義父となったスミスさんとともに、田舎の湖畔の山荘で過ごすことになります。
 湖のそばで、魔法を操る話す亀と出会ったきょうだいたちが、魔法を使ってほしいと話した結果、亀は湖に魔法をかけることになります。湖に対して願いを望めば、それが叶うというのです。様々な願いを叶えるきょうだいたちですが、それに応じて様々なトラブルも発生してしまいます…。

 今回は「魔法の湖」がテーマになっています。魔法をかけるのは亀なのですが、実際に魔法が働くのは湖を媒介した形になっています。最初は野放図に働いていた魔法を制御しようとして、子供たちは後付けで、亀にいろいろな魔法のルールを追加していくのですが、それもなかなか上手くいかない…というのも読みどころでしょうか。
 『魔法半分』同様、実現される魔法は、子供たちの純粋な遊戯のための願いが多いです。人魚や海賊が現れたり、「大きく」なってみたり、南極に行ってみたりと、娯楽に富んだ冒険が多く描かれていきます。
 大人には魔法の効果が見えないルールのため、危機を逃れようと亀に変身した子供たちが、亀の姿のまま親と一緒に移動したり、「16歳」にしてもらった女の子たちが不良少年たちにナンパされて出かけた先で、「大人」である少年たちには小さな女の子を連れているようにしか見えないなど、工夫された魔法の効果の表現にはユーモアがたっぷりです。 また、魔法の効力が「一日」のため、効果を打ち消そうとして、魔法により月を無理やり沈めてしまうなど、そのスケールの大きさも楽しいですね。
 南極に行ったものの、ずっと太陽が沈まないため、魔法の効果が切れずに帰れなくなってしまうなど、魔法のルールを上手く使った演出も光りますね。

 実はこの『魔法半分』『魔法の湖』、四部作のそれぞれ一作目と三作目になっています。登場人物が共通しているのがこの二作のため、一作目と三作目ではあるのですが、直接的な続編になっています。二作目と四作目は、一・三作目の子供たちの未来の子供たちが主人公になった作品になっているそうです。
 親の世代と子の世代が交互に活躍するシリーズになっているわけで、二作目と四作目に関しては未訳なのですが、ちょっと読んでみたいところではありますね。
 『魔法の湖』でも、子世代の子供たちが時を越えて助けに現れるシーンがあり、その部分の演出というか仕掛けも、なかなか凝っています。
 エドワード・イーガー作品、イーディス・ネズビット作品の影響が強いです。というか、ほとんどネズビットの作風そのままといってもいいぐらいです。ただネズビット作品に時折表れる「影」のような部分がイーガーにはなく、徹頭徹尾明るいのが特徴。「能天気なネズビット」といった感じでしょうか。

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盗みは精確に  マシュー・ディックス『泥棒は几帳面であるべし』

 マシュー・ディックス『泥棒は几帳面であるべし』(高山祥子訳 創元推理文庫)は、タイトル通り、几帳面な泥棒を描いたユニークなサスペンス小説です。

 青年マーティンは、泥棒を生業にしていました。泥棒といっても、大掛かりなものではなく、日用品や食品など、なくなっても気付かれにくいものをメインに盗みを行っています。しかも盗みに入るのは特定の家庭のみに限定されていました。
 ターゲットは、裕福で子供のいない夫婦。しかも裕福すぎず、品物に頓着しない性格だとなお良いのです。マーティンは時には数ヶ月から半年もかけて、ターゲットを調査してから仕事にかかるのです。夫婦の性格や仕事、場合によっては近所の住人の情報まで調べます。
 ターゲットを知り、何年も彼らの家に出入りするうちに、マーティンは住人たちを「友人」と見なすようになっていました。ある日「お得意」のひとつ、クレイトン家に侵入したマーティンは、ふとしたことから、クレイトン夫人の歯ブラシを便器に落としてしまいます。
 夫人に汚い歯ブラシを使わせるわけにはいかないと考えたマーティンは、新品の歯ブラシを購入し入れ替えようとしますが、折悪しくクレイトン夫妻が帰宅してしまいます…。
 人間関係が苦手な青年が選んだ仕事は「泥棒」でした。しかもその仕事は几帳面で、住民は何年もの間、品物が盗まれたことすら気付かないという徹底ぶり。家や住人に親しみを覚えていくうちに、彼らを友人と見なすようになった青年は、ある出来事をきっかけに「善行」をしようと考えるようになるのです。

 最初から最後まで、非常に几帳面な泥棒の仕事ぶりが丁寧に描写されていきます。実際に実践できるのではないかというぐらいの丁寧さです。正直、結末近くになるまで事件らしい事件は起きないのですが(泥棒自体犯罪ではあるのですが)、泥棒仕事の細かな描写だけで面白く読めてしまいます。

 主人公が家の住民に見つかりそうになるとか、買った歯ブラシを入れ替えるのに間に合うのかとか、ある種「小ぶりな事件」でサスペンスを保たせるのはすごいですね。そんな「地味な」人生を送っていた主人公が「冒険」を決断したとき、彼の人生を変えるような事件が起こるのです。

 読者を「笑わせ」ると同時に「泣かせる」という、豊潤な味わいの小説です。2013年に邦訳が刊行されており、あまり話題にならなかったようですが、これはすごく良い作品だと思います。「泥棒」の「仕事ぶり」が丹念に描かれるというユニークな作品です。

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時間と宇宙の物語  グレゴリイ・ベンフォード『時空と大河のほとり』
時空と大河のほとり (ハヤカワ文庫SF)
グレゴリイ ベンフォード, 昭, 山高
早川書房 (1990-01)

 グレゴリイ・ベンフォード『時空と大河のほとり』(山高昭他訳 ハヤカワ文庫SF)は、著者のSF作品を集めた短篇集です。

 陶器を解析することで、過去の人々の声を再現しようとするアイディア・ストーリー「時の破片」、開拓船に乗せられていたDNAを奪うため、超光速で追いついてきた宇宙船を描く「リディーマー号」、減速装置の故障により、加速を続けていく宇宙船を描いた「相対論的効果」、盗んできたロボットがやがて別のロボットを盗んできてしまうという「ポット泥棒」、エジプトに現れた異星人を描く「時空と大河のほとり」、未来社会でジョン・レノンのふりをして冷凍睡眠から蘇った男を描く「ドゥーイング・レノン」など。
 特に面白いのは「嵐のメキシコ湾へ」「時の摩擦」でしょうか。

 「嵐のメキシコ湾へ」は、核戦争によるサバイバルもの。放射能がふりそそいだ直後、ある地域の人々は、いちばん安全なのは原発と考え、そこに避難します。故障を起こしたコンピュータを再起動しようと施設に向かった一行は、そこで怪我をした男とその付添の女に出会います。
 最初はリーダーシップをとっていた男がやがて人望を失ったり、逆に厄介者だと思われていた老人が、実は頼りになる男だったりと、旅の過程で、登場人物たちそれぞれの人間性が明らかになっていくところが面白いですね。

 「時の摩擦」は、神に取引を持ちかけられた二人の男を描く物語です。
 おそらく近未来を舞台に、敵に取り囲まれ絶体絶命の窮地にいる二人に話しかけてきたのは、神ともいうべき存在「イム」でした。彼は二つの箱によるゲームを提案します。一つの箱だけを開ける選択をした場合、二つとも開ける選択をした場合、そしてそれぞれに対して「イム」の予言と合っていたかいなかったかで、得られるものが異なってくるのです。
 上手くいけば、そこから脱出するためのエネルギー源だけでなく、「イム」にも等しい強大な力が手に入るというのですが…。
 ゲーム理論からインスピレーションを得た作品らしいのですが、主人公たちの選択肢がマトリックス表で出てくるのが面白いですね。実際に超常的な力を手に入れたとして、主人公たちは幸せなのか? といった考察もあり、なかなかに印象深い一篇です。

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二度と戻れない夜  スタンリイ・エリン『断崖』
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 スタンリイ・エリンの第一長篇『断崖』(三樹青生訳 ハヤカワ・ミステリ)は、とある少年の一夜の成長と幻滅を描いたサスペンス小説です。

 ジョージ・ラマンは、いささか内気な16歳の少年でした。体格は良く、実年齢よりも上に見られることもあるジョージは、父親アンディの酒場で過ごすことが多く、店の手伝いなどもしていました。ジョージの母親は亡くなっており、父のアンディは看護婦のフランシスとつきあっていましたが、ジョージは父親の私生活には干渉しないことにしていました。ある夜、有名な新聞記者でスポーツ欄の担当者アル・ジャッジが酒場に現れます。ジョージは、彼の記事を愛読しており、ジャッジ自身にも好感を抱いていたのです。
 しかしジャッジは客たちの目の前で、父のことをステッキで打ち据えたのです。されるがままにされる父の姿を見たジョージは、その瞬間ジャッジを殺さなければならないと決意します。父の拳銃を懐に入れたジョージは、ジャッジを殺すため、彼が訪れているであろう拳闘の試合会場に向かいますが…。

 侮辱された父親の復讐として殺人を決意する少年を描いた物語です。思い込みの強い少年ジョージがジャッジを殺害しようと夜の街を歩き回りますが、なかなか彼をつかまえることができません。その間にも、酔っ払いに金を巻き上げられたり、知り合いになった大学教授に引きずり回されたり、一夜のアヴァンチュールを経験したりと、少年は様々な経験をします。ジョージは復讐を遂げることができるのでしょうか?

 本を沢山読み、内省的で、実年齢よりも大人びた少年。しかし世界は彼の思っていたとおりのものではなく、彼の行動も幼い子供のそれでしかないことが描かれていきます。殺人まで決意した事件の真相を知ったとき、彼の世界観はがらがらと崩れることになるのです。
 少年の行動によって引き起こされてしまった事態に対し、自らの責任を認識するという結末は、彼が「大人」になろうとする証拠なのでしょうか。

 端から見ていて痛々しいほどの幼さと少年の自意識、非常にほろ苦い味わいの、異色の青春小説といえます。
 短篇デビュー作にして代表作「特別料理」と同時期に世に出た作品だそうですが、既に独自の世界が描かれた完成された作品だと思います。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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