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意図せぬ物語  パトリシア・ハイスミス『11の物語』
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 パトリシア・ハイスミス『11の物語』(小倉多加志訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)は、バラエティに富んだ<奇妙な味>の短篇を集めた作品集です。

「かたつむり観察者」
 食用カタツムリをきっかけに、カタツムリに興味を持ったピーター・ノッパートは、自宅でカタツムリを飼育し、観察を始めます。仕事で見ていられない間にも、カタツムリはどんどんと増えていきますが…。
 飼育していたカタツムリが増殖してしまい、悲劇を迎える男を描いたホラー作品です。強烈な結末はもちろん、作中のところどころでカタツムリの交尾について描写されたりと、生理的嫌悪感も強い作品となっています。

「恋盗人」
 ヨーロッパで再会した女性ロザリンドに恋をしたドンは、手紙で彼女に結婚を申し込みますが、なかなか返事がありません。間違えて隣人の郵便箱に入っているのではと、隣人デューゼンベリーの箱から彼の手紙を取り出し、盗み読んでしまいます。
 それはイーディスなる女性からの手紙でした。彼はデューゼンベリーに恋をしており、返事を待ちわびているようなのです。ドンはデューゼンベリーのふりをして、イーディスに返事を書いてしまいますが…。
 手紙を盗み読みした男が、隣人のふりをして女性に手紙を出してしまう、という物語。見知らぬ女性に手紙を出したり、彼女と逢い引きの約束をしてしまったりと、男の行動自体は異常なのですが、読んでいるとその行動に至る心理に説得力が感じられるのは、ハイスミスの筆力ゆえでしょうか。

「すっぽん」
 母親と暮らす11歳の少年ヴィクターは、いつまでも自分を幼児のように扱い、まるで人の話を聞こうとしない母との関係に息苦しさを感じていました。ある日母親が持ち帰ってきた、生きた亀を自分への土産物だと思い喜ぶヴィクターでしたが、それはシチューの材料に買ってきたすっぽんだというのです…。
 支配的な母親と暮らす少年が、食用に買ってきたすっぽんをきっかけに「暴発」してしまうという物語。母親と暮らしながらも、自主性を圧殺され、孤独に暮らす少年の心理が痛々しく描かれています。残酷な少年小説です。

「モビールに艦隊が入港したとき」
 過酷な環境にいたジェラルディーンは、自分にやさしくしてくれた年上の男クラークを信じ、結婚することになりますが、彼は嫉妬深く暴力的な男でした。クラークが寝ている際にクロロフォルムを嗅がせて殺害したジェラルディーンは外へ飛び出しますが…。
 暴力的な夫を殺し、外に飛び出した主婦の女性を描くサスペンス作品です。彼女がなぜ夫を殺すに至ったのか、それまでのジェラルディーンの人生の経緯が語られていくことになるのですが、これがまた不幸の連続。貧乏な生活から抜け出そうとしたり、好きな男と結婚の約束をしたりもしますが、全てがことごとく台無しになってしまうのです。そんな折に現れたクラークにすがってしまうことになるのですが、これもまた間違った選択であったことが分かります。
 ジェラルディーンの孤独感が強調され、読者は同情的になってしまうのですが、それだけにラストの皮肉さも強烈に迫ってきますね。

「クレイヴァリング教授の新発見」
 年齢を重ね、何か新発見をしたいと考えていた動物学教授エイヴァリー・クレイヴァリングは、マトゥサス群島に住むステッド博士の過去の記録から、無人のクワ島に生息するという巨大カタツムリのことを知ります。
 ステッド博士の話では、原住民たちはカタツムリを恐れ、随分昔に皆殺しにしたといいますが、一匹だけを取り逃がしたと言われていました。ステッド博士は大カタツムリは伝説に過ぎないとたしなめますが、クレイヴァリング教授は単身クワ島に向かいます。
 上陸直後に、人間よりも大きい巨大カタツムリに遭遇したクレイヴァリング教授は喜びますが、肉食であるらしいカタツムリに襲われ逃げ出すことになります…。
 島を調査に訪れた教授が、巨大カタツムリに襲われる、という怪物ホラー作品です。カタツムリの生態を熟知した著者ならではというべきか、カタツムリの描写が非常にリアルで、それだけに主人公が襲われるシーンも恐怖度が高いです。

「愛の叫び」
 ホテルの同じ部屋で暮らす二人の老婦人ハッティーとアリスは、すでに長い時間を共に過ごしていました。ハッティーは深夜起き上がり、アリスが姪からもらい大事にしていたカーディガンの袖を切ってしまいます。
 アリスは悲しみますが、ハッティーは意地悪い喜びを感じていました。アリスはお返しに、ハッティーの髪の一部を切り落としてしまいます…。
 孤独であるがゆえに二人寄り添って暮らす一方、互いに苛立ちを感じている二人の老婦人の不思議な心理を語った心理サスペンス作品です。相手の大事な物を壊してしまうなど、かなりの憎悪がないと出来ないような行為を互いにしながらも、相手を失って孤独になることは耐えられない…という「身勝手さ」が描かれています。
 何をしてもこの相手なら許される…という、ある意味、互いに対する「甘え」を描いた作品とも取れますね。

「アフトン夫人の優雅な生活」
 ヨーロッパ出身の精神分析医バウアー博士は、優雅で美しい中年女性アフトン夫人がお気に入りでした。精神に問題を抱えているのは夫人の夫アフトン氏であり、彼は運動器具を家に持ち込んで極端な運動をしているというのです。
 夫は医者にかかりたがらないため、夫人が代わりに相談をしてきていました。ある日アフトン夫人から切羽詰まった電話を受けた博士は、夫人のもとに向かいますが…。
 精神に問題を抱えているらしい夫のことで、相談に訪れた美しい中年女性アフトン夫人。彼女に同情的なバウアー博士ですが、本人に会わなければ根本的な解決はできないと話します。話を聞く限り、夫は明らかに精神のバランスを崩しているのですが、夫人にも問題はあるのではないか? と読み進んでいくと意外な展開に。結末に至って、それまでの夫人の言動を思い返すと、怖さが立ち上がってくる…という作品です。

「ヒロイン」
 メイドとして働いていたルシールは、念願の保母として、クリスチャンセン家で働くことになります。二人の子どもニッキーとエロイーズとも仲良くなり、両親との関係も良好。彼ら家族のために役に立ちたいと考えるルシールは、給金をいらないとまで思うようになります。
 さらに、災害が起こって子どもたちを救う想像を頻繁にするようにもなっていました…。精神的に危うさを抱える女性が、雇い主たちに恩返しをしたいと熱心に思うあまり、恐ろしい行為をしでかしてしまう、というサイコ・スリラー的作品です。
 病を抱えていた母親とその関係から、常に不安を感じているらしいルシールは、雇い主の家族に献身的に尽くすのですが、家族に喜んでもらいたい、というところから空想が飛躍し、自分が彼らを助けたら感謝されるだろう、そんな災難が起こればいいのに…という風に考えるようになってしまうのです。
 他人のために働きたいとはいいながら、空想の中では、自分は感謝されるべき「ヒロイン」になっており、そこに歪んだ自己愛が見ることもできるでしょうか。

「もうひとつの橋」
 愛妻と息子を事故で失い、傷心で旅行に出たメリックは、イタリアで泊まったホテルの近くで、貧しいながら活力にあふれた少年セッペに出会います。セッペが気に入ったメリックは食事をおごったりとひいきにしますが、少年が同席した場で盗難が起こったことが分かります。
 周囲の人間は少年が犯人だと疑っているのに対し、メリックは少年の無実を信じていました…。
 主人公メリックは序盤で自殺を目撃し、自殺者の家族に援助金を送ったり、少年セッペにも施しをするなど、いくつかの善行をすることになるのですが、それらがすべて意味を成さなかった、という非常にブラックな展開のお話です。
 自らも妻と息子を一気に失っており、出会った少年は生きる上での希望というか、そうした前向きなものの象徴として現れているようなのですが、結局はそれも一方的な思い込みでしかなかったことが分かるなど、徹頭徹尾暗い情念の作品となっています。

「野蛮人たち」
 アパートに住み、日曜ごとに趣味の絵描きを続けていたスタンリー・ハッベル。建物の外で日曜ごとにキャッチボールをする男たちの騒ぎ声に悩まされ、彼らに直接文句を言うことにになります。しかし男たちは遠慮するどころか、スタンリーを挑発するような言葉を連発します。
 腹を立てたスタンリーは上の階から石を落とし、男たちの一人に怪我をさせます。その場は退散した男たちでしたが、その直後からスタンリーの部屋のドアにいたずらをしたり、窓ガラスを割るなどの行為が続くようになっていました…
 傍若無人な行動を続ける男たちに思い切った行動を取る主人公ですが、その行為がむしろ男たちの態度を悪化させてしまう…という物語。迷惑な隣人を描く、いわゆる「隣人もの」のバリエーション的作品でしょうか。
 男たちの行動がエスカレートしていき、もしや殺人にまで至ってしまうのか、と思いきや、そこまでにならないところに小市民的なブラック・ユーモアも感じられますね。

「からっぽの巣箱」
 庭に設置した小鳥用の巣箱に、見たこともない謎の生き物が入っているのを見つけたイーディスは、そのことを夫のチャールズに話しますが、彼は見間違いだろうと、言うことを信じてくれません。部屋の中でもその生き物が走り去るのを目撃したイーディスは、その生き物に対して「ユーマ」という名前を思い浮かべます。
 やがて夫も妙な生き物を目撃し、対策として近隣の住人が飼っている老猫を借りることになりますが…。
 家に住み着いた正体不明の生き物をめぐる奇談です。イーディスは生き物に「ユーマ」という名前を咄嗟につけており、これはいわゆる「UMA(unidentified mysterious animal)」(未確認動物の意)かとも思うのですが、「UMA」は和製英語らしいので、たぶん違うのでしょう。
 まず生き物が実体なのか幻覚なのか、というところで議論が分かれるかと思います。イーディスが妊娠した子どもをわざと流産したこと、謎の生き物が「赤ん坊のユーマ」といっていることから、殺してしまった子どもへの罪の意識の象徴とも考えられますね。
 夫も後に生き物を目撃し、彼もまた他人を間接的に死に追い込んだという過去が語られるなどの部分も併せて考えると、生き物が幻覚の可能性もあるように思えます。
 ただ、後半に生き物の死骸が発見されるなどして、実体として存在していたことが示されるのも面白い展開です(顔がなくなっているので、本当にその生き物なのかどうかは分からないのですが…)。
 登場する猫の存在も気にかかります。最初は自由気ままに過ごしていた様子が語られますが、生き物を仕留めたような節もあり、結局のところ何を示しているのか。さらに、返したはずの猫が家に戻ってきてしまう、というあたりの不穏さにも何か意味が込められているようにも感じられます。
 リドル・ストーリーのようでもあり、様々な意味・象徴を読み込むこともできそうな、懐の広い作品です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇と抒情  A・M・バレイジ『ありふれた幽霊』

ありふれた幽霊 Kindle版


 A・M・バレイジ『ありふれた幽霊』(仁賀克雄編訳 Amazon Kindle)は、イギリス怪奇小説の名手アルフレッド・マクレランド・バレイジ(1889~1956)の怪奇小説15篇を集めた作品集です。ほど良い恐怖感と語り口の上手さが魅力です。

「夢屋敷」
 いたずらをきっかけに、不良少年たちに追われたジャックJが逃げこんだ古い屋敷には、風変わりな老婦人ノロコット夫人が住んでいました。彼女は、自分の息子ハリーと遊んでくれというのですが、待っていてもハリーは一向に現れません……。
 息子の死をきっかけに精神を狂わせてしまった母親の屋敷に迷い込んだ少年の恐怖を描く作品です。ノロコット夫人の息子が死んでいることははっきりしているのですが、その霊らしき存在を少年が目撃する場面もあり、サイコ・スリラーであると同時にゴースト・ストーリーともなっています。

「蝋人形」
 殺人者たちの蝋人形を展示したマリナーズ蝋人形館で、記事を書くため、ひとりで一晩を過ごすことになった新聞記者レイモンド・ヒュースン。館長から、連続殺人者ドクター・ブーデの話を聞いたヒュースンは戦慄します。
 彼は、パリで剃刀を使った殺人を繰り返していましたが、その行方は知れなくなっていました。自殺したものと目されていましたが、その死体は見つかっていないのです。
 深夜一人になったヒュースンは、目の前のドクター・ブーデの人形が動き出すのを目撃しますが…。
 ドクター・ブーデが本当に生きていたのか、幽霊なのか、それともヒュースンの妄想に過ぎないのかは、最後まで分かりません。
蝋人形館での肝試しという、恐怖小説では定番のシチュエーションながら、その展開がユニークな作品です。

「もうひとりいる自分」
 「わたし」はクラブで偶然知り合った初老の男ライアルストンから打ち明け話を聞くことになります。彼は独身ながら引退後、平穏に暮らしていましたが、ある日突飛な夢を見たといいます。夢の中で、彼はノース・サマーセットのコリーストックという町に暮らすベン・サーリッジという穀物商人になっていたというのです。
 夢の中でサーリッジとして生活を送ったライアルストンは、それからことあるごとに夢の中でサーリッジになっているというのです。ライアルストンはコリーストックには行ったことがなく、サーリッジが実在するかも確認するのが怖いといいます。
 二重人格とは反対に、二人の人間が一つの人格を分かち合っているのではないかと、ライアルストンは話しますが…。
 人格というか魂というか、それらを分かち合っているらしい二人の男が描かれます。夢の中で感応しているだけなのか、それとも生命そのものまでも共有しているのか…。<奇妙な味>の奇談です。

「コーナー・コティジ」
 画家の「わたし」が家族と共に引っ越してきた家には、過去に悲劇がありました。画家のブラクストンの妻が事故で娘を亡くし、それが原因で妻も本人もピストル自殺してしまったというのです。それ以来彼らの幽霊が家に出るとされていました。
 村の住人チャド老人は、今まで家に住んだ人間同様、「わたし」もまた家から出ていくことになるだろうと予言します。やがて息子のピーターは安眠できなくなり、自分の部屋に女の子が現れたと話しますが…。
 不幸な事故で命を落とすことになった家族の霊が、同じく引っ越してきた家族のもとに現れるというゴースト・ストーリーです。家族構成が似ていることや父親の職業も同じであるなど、家族同士が引き寄せられている節もありますね。はっきりとした形を持って幽霊たちが家を訪問してくる、というシーンはかなり怖いです。

「樫の若木」
 アプコット夫人は自身が娘時代の奇妙な体験を語ります。経済的に裕福でなかった彼女は速記とタイプを学びブラインドリー荘園でカー夫人の私設秘書として働くことになります。荘園の林を散歩していたアプコット夫人は、恋人らしき男女のささやき声を耳にします。
 直後に、恋人たちが腕を組んでいる場面に行き会わせますが、よく見ると、それは空き地の向こう端に二本だけ立っている樫の若木でした…。
 行方不明になった恋人たちの霊が現れるという幽霊物語です。霊現象の怖さよりも、後に明かされる死んだ娘の父親の残酷さが印象に残る作品になっています。

「影の付添人」
 探偵小説を書こうと考えていたセラルドは、それに盛り込む暗号の相談を友人マスターズに持ち掛けます。マスターズはカードを使ったある暗号を提案しますが、試しにカードをいじっていたセラルドは急に顔色を変えます。かって戦時中に見殺しにした将校からのメッセージがそこには記されていたというのですが…。
 トランプの暗号によって、霊からメッセージが届くという、オカルティックな題材の怪奇小説です。メッセージ自体は無機的なところが、逆に怖いですね。

「保護者」
 寄宿学校の舎監ラングトリーから手紙を受け取ったチャードと「わたし」は調査のためにそこを訪れます。ラグビーの対外試合でグリムショウという名の生徒がグラウンドで亡くなったというのですが、死後彼のものと思しい筆跡のメッセージが現れ、彼自身の幽霊らしき存在も目撃されていました。グリムショウは何かを伝えたがっているのではないかというのですが…。
 善意を持って、自身が愛した学校や生徒を守ろうとメッセージを送り続ける幽霊を描いた、ジェントル・ゴースト・ストーリーです。特に明記されませんが、語り手たちは幽霊現象を調査するゴースト・ハンター的な職業の人々のようですね。

「無人の家」
 管理人のパーク夫人が一人住む家に、事務所から指示を受けて家の中を確認したいという男スティーヴン・ロイズが現れます。ロイズはパーク夫人に家に過去あったという事件について尋ねます。かって家の所有者だったゼラルド・ハーボイスは、妻と親友ピーター・マーシュとの仲を疑い、マーシュを銃殺してしまったというのです。それ以来、家には幽霊が出るという噂がありました…。
 家にまつわる過去の因縁談を聞く…という体裁のお話なのですが、静的に進んでいた物語が、後半急展開を迎えるところに面白みがありますね。

「緑のスカーフ」
 かっては栄華を誇った一族が住んでいたというウエリングフォード城館を訪れた画家オーブリー・ヴェイアと友人の「わたし」。チャールズ二世の時代、王党派員だったウエリングフォードの城主ピーター卿は、裏切り者の家来によって捕まり処刑されたといいます。裏切り者は窓から緑のスカーフを振って主人を裏切ったとされていました。
 ヴェイアと「わたし」が部屋の隠された空間を見つけ、そこを覗くと、中からは緑のスカーフが現れます。その直後から、城館には霧が現れ、不穏な雰囲気が増していきますが…。
 過去の惨劇の原因となったスカーフを発見したことから、怪異現象に巻き込まれる男たちを描いています。単純な霊現象というよりは、土地にまとわりついた闇の力、といったもののようで、かなりスケールの大きな物語になっています。

「繰り返す悲劇」
 フィチェットは友人の医師スタンドリングから、彼の患者だったという故シール将軍の話を聞きます。彼は第一次大戦時に膨大な部下を戦死させたことで悪名高い人物でした。将軍が語るには、自分は「イスカリオテのユダ」の生まれ変わりだと話していたというのですが…。
 生まれ変わりを繰り返し、そのたびに主を裏切ってきた…という人物の独白が描かれるという奇談です。ユダの生まれ変わりという話が将軍の妄想なのかそうでないかははっきりしないのですが、いくつもの過去生を思い出した…というあたり、伝奇的な面白みがある作品になっています。

「屋根裏部屋」
 公認会計士フォーブスと弁護士事務所の事務員テルフォード、気の合う二人は友人関係を続けていました。十年後、フォーブスは、経済的に成功したテルフォードから屋敷に招かれます。屋敷には時折人間の泣き声のようなものがしていましたが、テルフォードは雨風の騒音だと言って取り合いません。テルフォード夫人の弟である十五歳の少年デレックが同時に招かれていましたが、彼は何かを見たとして家から逃げ出してしまいます…。
 現実的な夫婦が住む館には実は幽霊がいた…というゴースト・ストーリー。幽霊現象も起きているのに、当主夫妻は気にせず、子どもの滞在を通してそれらが初めて判明する、というのもユニークですね。

「三一番地の母娘」
 母のために貸家を探していた青年の「ぼく」は、ロンドン郊外で貸家の札が下がっている家を見つけます。玄関から出てきたエリス夫人は四十歳ぐらいの女性でしたが、彼女は貸すのを取りやめたといいます。とりあえず話でもと招かれた「ぼく」は、女性の娘だというマンプスの美しさに目を見張ります。
 一目ぼれしたマンプスにもう一度会いたいと、再度家に向かった「ぼく」は、家に住んでいるのが別の人間であることに驚きます。エリス夫人と娘は二年ぐらい前に失踪したというのですが…。
 二年前にいなくなったはずの母娘と話した少年の奇妙な体験を語る物語です。二人はどこへ行ったのか? 自分が話したのは本当に当人たちだったのか? 全てが謎めいているという<奇妙な味>の作品です。

「夢想の庭園」
四人組の男たちは、クラブのラウンジで話していました。見知らぬ場所のはずなのに来たことがあると感じる、いわゆる「既視感」について話題になるなか、小説家のハーローは、自分が実際に体験したという話を始めます。パブリック・スクール在学時に、友人だったトンプスンは、陽気で天才的な嘘つきでした。しかし彼の嘘は皆を楽しませる罪のないものだったのです。裕福でなかったトンプスンは、金持ちの伯父の話を繰り返ししていました。
ハンプシャーのリトル・リンにあるというその伯父の屋敷の話を繰り返し聞くうちに、ハーローは想像力を掻き立てられます。地図でその場所を探しても見つからず、トンプスンが読んでいた小説の中にリトル・リンの名前を見つけたハーローは、これも彼の罪のない嘘の一つだと考えます。
長じて作家となったハーローは、知人の女性の婚約者がトンプスンだということを知ります。たまたまコーンウォールのグライントという村に、殺人事件の調査で訪れていたハーローは、初めて訪れたはずなのに、どこか見たことのあるような屋敷を見つけます。
それはトンプスンから聞いていたとおりの家でした。屋敷の主人を訪ね、話を聞いたところ、その屋敷はトンプスンとは縁もゆかりもないというのです。しかし、その家の家族たちは、屋敷の外に幽霊を見たことがあるというのです。その幽霊は最初は少年だったものの、段々と年を取っていくというのですが…
 空想だと思っていた屋敷が実在したことに驚いた作家の体験を描く作品です。しかも、屋敷のそばでは幽霊が目撃されていました。この幽霊は何者なのか…?
 生者が夢見ているうちに、それが分身となって現実世界に現れる、というモチーフの作品になっています。紀昀「農婦の夢」、イギリス民話「夢の家」、アンドレ・モーロワ「夢の家」、内田善美『星の時計のLiddell』などとも通底するテーマの作品となっています。
バレイジ作品では、トンプスンがある屋敷を夢に見ていると同時に、その姿が「幽霊」として目撃される…という趣向になっていますね。作家のハーローがたまたまその屋敷に呼び寄せられる、という運命譚的な流れも面白いところです。

「グレイムの貴婦人」
 ケント州の広大な不動産を相続し資産家となったドナルドから、グレイム館に招かれた「ぼく」は、彼がトラブルに巻き込まれていることを知ります。現地では何人もの人間が連続死しているというのです。夜に現地に到着した「ぼく」は、邪悪なものを感じさせる美女に出会い誘惑されます。突然現れた記者のランボルドによって呪縛から助けられた「ぼく」は、直後に男の死体を発見します。
 ドナルドによれば、かって一族に恨みを抱いて死んだ魔女の呪いが殺人を引き起こしているのではないかというのです。ドナルドは結婚するつもりだという女性ジョイスを「ぼく」紹介しますが、彼女は「ぼく」を襲った魔性の美女にそっくりでした…。
 口づけするだけで心臓麻痺を起こし死に至らしめる、という魔女が描かれます。しかも現世では魔女は親友の婚約者に憑りついているらしいのです。語り手は、親友を傷つけずにどうやって彼女を引き離すか悩むことになります。
 穏やかな展開が多いバレイジ作品の中では、かなり派手な趣向のホラーとなっています。

「夏のワイン」
 バーンビー夫人は従兄弟のフランクの体験だとして話を語ります。私立中学校に通っていたフランクは、尊敬するタピントン先生のもと、幸福な学校生活を送っていました。融通の利く先生は、生徒が馬に賭けるのを黙認してくれていました。
 夢で勝ち馬を当てたことのあるという生徒デズモンドは、新しい食堂支配人から<夏のワイン>と呼ばれる馬が勝つとの情報を得たと教えてくれます。しかしレースには<夏のワイン>なる馬は出馬していないというのです…。
 競馬によって身を滅ぼした霊が現れるというゴースト・ストーリーですが、その現れ方の演出が面白い作品です。霊を見る少年デズモンドは霊能力があるような節もあり、その予知夢的な能力も興味深いですね。

 バレイジ作品、例外はありますが、基本的に日常の風景を舞台に怪異が展開される作品が多いです。幽霊や怪異現象が現れても、必ずしも恐怖を主眼とはしていないようで、時折現れる抒情性や哀愁の念には味わいがありますね。解説では、岡本綺堂とその味わいが似ていると書かれていますが、なるほど、という感じです。
 子どもや青年の描き方が上手いなと思ったら、少年小説を多く書いていたそうで、そのあたりも味わいがあります。バレイジ、怪奇幻想系の作品が百数十篇もあるそうで、他の未訳作品も読んでみたいところです。
 ちなみに、バレイジには、EX-プライベート・Xという変わったペンネーム名義の作品もあります。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

友情と呪い  井上悠宇『僕の目に映るきみと謎は』

僕の目に映るきみと謎は (角川文庫) 文庫 – 2020/9/24


 井上悠宇の長篇『僕の目に映るきみと謎は』(角川文庫)は、親友に渡さなければ死んでしまう「トモビキ人形」をめぐって、霊能力者の少年少女のコンビが謎を解くというオカルト・ミステリです。

 女子高生、祀奇恋子(まつりぎこうこ)は、5W1Hを駆使した「除霊推理(オカルトトラッキング)」によって怪異を祓う霊能力者。彼女は学校で、危険な怪異を感知します。幼馴染である千夜真守(せんやまもる)は、上級生である赤坂美紅がトラブルを抱えていることに気づきます。
 美紅は親友の櫛木藍花から、トモビキ人形と言われる呪いの人形をもらったといいます。トモビキ人形を受け取った者は、次の友引の日までに親友に渡さないと死んでしまうといいます。現に藍花は死んでおり、それは藍花の親友で、自殺したという清瀬紫理から人形を受け取ったせいではないかというのです。美紅の命を救うため、恋子と真守は、人形について調査を進めることになりますが…。

 呪いの人形をめぐるオカルト・ミステリ作品です。この人形「トモビキ人形」は、受け取った者が親友に渡さないと死んでしまうという呪いを持っているらしいのです。受け取った少女美紅の命を救うために、探偵役の二人が人形や呪いについて調べていくことになります。
 ヒロインである祀奇恋子は、霊能力者で絶大な力を持っているのですが、その力は事件の「5W1H」を調べることが条件、怪異の正体を暴くことによってのみ発動します。しかも日常生活では霊的に無防備で、ふとしたことでも死んでしまう恐れがあるため、具体的な調査に赴くのは相棒である真守の役目となります。
 また、こちらの真守も特殊な能力の持ち主で、彼の視界の中では怪異が力を発揮できなくなってしまうのです。二人が互いの欠点を補いあって探偵していく、というユニークな設定になっています。

 調査を進めていくうちに、いろいろな謎が複雑に絡み合っていくことになります。櫛木藍花は「親友」に人形を渡したはずなのになぜ死んだのか? 清瀬紫理は本当に自殺だったのか? 人形の呪いは本当に「親友」であることが条件なのか? そしてそもそも「親友」とは何なのか? といったところをめぐり、少女たちの過去や人間関係の軋轢が解き明かされていく過程はサスペンスフルですね。
 後半では、人形の呪いが生まれることになった事件がクローズアップされ、呪いの規模もさらに拡大していくことになります。

 オカルト的な諸事象が実在する世界を舞台にしたミステリ作品で、怪異現象、霊能力、呪いなど、超自然現象が発生するのですが、それらが飽くまで論理的に取り扱われていくのが特徴です。つまりは、主人公たちの勝利条件が「理屈で怪異を解き明かしたら勝ち」というわけですね。
 理屈で怪異を暴いていくので、怖さがあまりないのでは、と思いがちなのですが、これがなかなか怖いのです。死に直結する呪いが相手であり、一歩間違えれば当事者だけでなく、周囲の人物が死んでしまう可能性もあります。しかも条件によっては、不特定多数の人間が死んでしまうのです。
 ただ、呪いや怪異にも一定のルールが存在するため、それが分かりさえすれば…という、合理的な対応策があるのです。手探りの状態で世界のルールを探っていく過程が抜群に面白くなっています。
 ホラーとミステリ、どちらも好きな方にお勧めしたい作品です。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

幻想の恋・狂気の愛  パトリック・マグラアの長篇を読む
 イギリスの作家、パトリック・マグラア(1950~)の長篇作品の特徴の一つは、物語の語り手が真実を語っていないという「信頼できない語り手」が登場するところ。語られた物語が本当はどのような形だったのか、そして、そもそも唯一の真実の物語があったのかどうかさえもが分からなくなってくるという、不穏な読み味が魅力でしょうか。


スパイダー (ハヤカワepi文庫) 文庫 – 2002/9/1


パトリック・マグラア『スパイダー』(富永和子訳 ハヤカワepi文庫)

 カナダでの20年間にわたる療養からロンドンに戻り、ウィルキンソン夫人の下宿に落ち着くことになったデニス・クレッグ。彼は少年時代の回想を始め、それをノートに記していくことになります。
 鉛管工だった父は、娼婦のヒルダ・ウィルキンソンに夢中になり、邪魔者となった母を殺してしまいます。母に成り代わり家に入り込んだヒルダは、デニスの母親のようにふるまい始めます…。

 浮気相手の女と共謀して母を殺した父、その事件を息子が二十年後に回想する…という体裁の物語なのですが、幾重にも物語がぼかされていること、語り手である息子のデニスが精神を長年病んでいたことから、語られている内容がどこまで本当なのかが分からなくなってくるという不穏な読み味の作品になっています。
 後年の回想ではありながら、父による母殺しは露見したのか、父の浮気相手のヒルダはどうなったのか、デニスはなぜ精神を病むことになったのか、などの事実がなかなか明かされません。

 最初は、「悪人」である父とヒルダの犯罪がどのように露見するのか、という興味で読んでいくことになると思うのですが、デニスの語りを読んでいくうちに、その内容が怪しく、彼が「信頼できない語り手」であることが分かってくるようになっています。
 それが端的に表れているのが、父の姿や行動を描写する部分。第三者として父を見ているにも関わらず、その文章では父の内面がそのまま描写されるのです。知りえないはずの父の心理が直接的に描かれることから、デニスの語る内容には、思い込みや願望が反映されているのではないか、と読者は推測することになります。
 さらに、母の殺人自体も本当に起こったのか、母の死が事実だとしても違った形で起こったのではないかという疑惑も濃厚となってきます。
 現代でデニスが住む下宿の家主ウィルキンソン夫人が、父の浮気相手だったヒルダと苗字が同じであることから、ウィルキンソン夫人がヒルダ本人ではないかと、デニスは疑うようにもなります。事件の真相はどうなっているのか? デニスが二十年近くもカナダにいたのはなぜなのか?

 様々な疑問が渦巻き、混沌としていく展開には、もやもやしたものを感じながらも、その謎に惹かれてしまう部分もありますね。
 タイトルの「スパイダー」とは、母親が子ども時代のデニスにつけたあだ名で、デニス自身のもう一つの自己ともいえるもの。それと同様に、語られる「事実」にも隠された側面があるのではないか、というのが読みどころでしょうか。



愛という名の病 単行本 – 2003/10/1


 パトリック・マグラア『愛という名の病』(宮脇孝雄訳 河出書房新社)

 ドイツと戦争中のイギリス、寒村エルギンで高齢者相手の診療所を営むハガード医師のもとを、飛行中隊のパイロットの青年が訪問します。その青年ジェイムズは、ハガード医師に、自分の母親とあなたは知り合いだったのかと尋ねます。彼はかって、ハガードの不倫相手だった女性の息子だったのです。
 ハガードは、ロンドンの外科医として研修中だった際に出会った、同僚のラトクリフ・ヴォーンの妻ファニーとの不倫の恋を回想することになります…。

 外科医としての研修中の男と人妻との、不倫の恋の顛末が描かれる「恋愛小説」、と一見は見えるのですが、単純な「恋愛小説」とはならないところに、この作品の面白みがあります。
 まだ一人前の医師でもなく、男ぶりがいいわけでもないハガード。そんな彼がふとしたことから、同じ病院の医師ヴォーンの妻ファニーと不倫関係になってしまいます。人目を忍びながら逢瀬を重ねる二人でしたが、やがてその関係は夫の知るところとなり、破綻を迎えてしまいます。
 ハガードにとっては生涯を賭けた恋であり、実際この恋愛事件によって、彼の人生は大きく変わってしまうことにもなります。しかしファニーの側から見ると、それほどの真剣さを持った恋だったのか、という点に関しては明確には分かりません。
 別れた後も、ファニーへの未練を引き摺っているハガードの前に、かっての愛人の息子ジェイムズが現れ、彼と交流をすることになりますが、それは「交流」から段々と「執着」に近いものになっていきます。息子の中にかっての恋人の姿を認めたハガードは、彼と恋人を同一視してしまうのです。
 語り口が独特で、ハガード医師が、一人称で愛人の息子ジェイムズに向かって話しかける体裁になっています。さらに、その名前を呼ばずに「おまえ」と呼びかけるのが特徴です。それに伴い、愛人の女性に関しては「おまえの母親」という呼び方になっています。 人生を左右することになった女性に対して、その名前がほとんど出てこない、というのも不自然で、実際その不自然さは、作品後半で露わになることになります。

 前半は、ハガードとファニーの恋愛模様がじっくり描かれており、その後の恋が破綻した後のハガードの憔悴ぶりは哀れみを催すほど。それだけに、ハガード自身は自分の恋が非常に純粋なものだと思っている節があるのですが、客観的に見たときに、本当にそれは純粋な恋だったのか? と疑問を抱かせられる仕組みになっています。
 息子のジェイムズとの再会を通して、ハガードは彼にかっての恋人の幻影を見るようになり、彼に対して執着を抱いていくようになります。
 本人の思いはともかく、ファニーとの恋が「純粋」だったのに対して、ジェイムズに対するそれはほとんど「妄執」です。ハガードは「愛という名の病」にかかっているわけで、その意味で邦題は秀逸ですね。

 いわゆる「信頼できない語り手」を語り口として採用した作品です。解説では「信頼できない語り手」に関しては二つのタイプがあるとして、その二つ「犯人型」と「被害者型」について説明されています。
 「犯人型」は意図的に真実を隠蔽しようとするタイプ、「被害者型」は自分で真実を把握していないために、結果として間違った情報を発信してしまうタイプ、とされています。また、その区分で言うと、本作は「被害者型」ではないかと書かれています。
 語り手ハガード医師が「恋の病」にかかっており、それはやがて「妄想」にまで膨らんでしまうのですが、自分でもそれに気付かないあたり、男の歪んだ妄執を描いた「ストーカー小説」とも読めますね。

 たくらみに満ちた小説を得意とするマグラアだけに、単なる不倫の物語には終わらないだろうなと予想はできたのですが、予想以上に奇妙な方向に物語がねじれていき、驚かされてしまいます。これは傑作といっていい作品ではないでしょうか。
 あらすじや紹介文からは「不倫小説」にしか見えないと思うのですが、「両性具有」や「天使」が重要なモチーフともなっており、これは幻想小説に分類してしまっても良い作品だと思います。



閉鎖病棟 単行本 – 1999/6/1


 パトリック・マグラア『閉鎖病棟』(池央耿訳 河出書房新社)

 1959年の夏、精神医のマックス・ラファエルは、ロンドン郊外の精神病院の副院長に就任します。美しい妻ステラと利発な息子チャーリー、実家は資産家であり、問題は全くないように見えました。
 狂気による妻の殺害が原因で入院していた、元彫刻家エドガー・スタークは、マックスの家の手伝いを任されますが、やがてエドガーはステラを誘惑し、二人は情事を繰り返します。エドガーに夢中になったステラは家庭生活を疎かにするようになり、夫との仲も上手くいなかくなります。
 やがてステラとエドガーの情事は近隣の噂になり始め、病院内でも公然とエドガーの弁護をするステラの態度は不審がられるようになっていました…。

 狂気に侵された元芸術家の男に恋をしてしまった人妻の破滅を描く作品です。表面上は一見正常に見えるエドガーに夢中になり、彼が正常であると思い込んだステラは、夫や息子をないがしろにして、彼との情事にのめり込みます。やがて脱走したエドガーを追いかけて、自らの社会的な地位さえ放り出してしまうのです。
 妄想気味の嫉妬から妻を惨殺してしまったというエドガーは文字通り狂人なのですが、それを知ってさえ彼に入れ込み続けるステラの精神も相当に狂っています。
 脱走したエドガーと二人で逼塞した生活をする場面では、ステラはエドガーの狂気を目の当たりにすることになりますが、その経験を経てさえ衰えない愛情は狂気の領域に入っていますね。

 物語の語り手は、ステラの夫マックスの同僚である初老の男ピーター・クリーヴ。エドガーの担当医でもあります。ステラの不倫事件に対して、全てが終わった後に彼が過去を振り返るという体裁で書かれています。
 その語り口は客観的かつ冷静で、ステラの行動の性的な部分などに関しても赤裸々に語るなど第三者的、観察者的な視点を崩しません。しかし本当に客観的な観察者なのかというとそれは疑問で、もともとマックスの副院長就任に批判的だったり、野心はないといいながら責任者の地位に収まったりと、その行動には違和感がつきまといます。
 後半にこのピーターが起こす行動に至ってはその違和感が頂点に達し、事件が本当にこの男が語っていた通りなのか疑問を抱かせるという意味で、「信用できない語り手」となっています。

 「信用できない語り手」を採用した作品とはいっても、マグラアの他の邦訳長篇に比べると、かなりシンプルな語り口ではあって、最も読みやすい作品ではないかと思います。
 著者の父が精神科医で、精神病院などにはなじみの深い環境で育ったということもあり、本作に登場する、そうした環境も非常にリアルで読み応えがあります。
 元々の状況からして、悲劇に終わらざるを得ない不倫の恋の行方がじっくりと描かれます。感情的でどろどろしたタイプの話のはずなのですが、それが語り手ピーターの視点を通すことによって、妙に「客観的」になっているのも面白いところです。


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7月の気になる新刊と6月の新刊補遺
6月27日刊 P・G・ウッドハウス『ボドキン家の強運』(森村たまき訳 国書刊行会 予価2420円)
6月27日刊 伊藤典夫編訳『海の鎖』(国書刊行会 予価2860円)
7月5日刊 江戸川乱歩『人間椅子 江戸川乱歩背徳幻想傑作集』(長山靖生編 小鳥遊書房 予価2860円)
7月5日刊 マシュー・シャープ『戦時の愛』(柴田元幸訳 スイッチパブリッシング 予価2750円)
7月7日発売 『別冊映画秘宝 恐怖!幽霊のいる映画』(双葉社 予価1980円)
7月8日刊 レジス・メサック『「探偵小説」 の考古学 セレンディップの三人の王子たちからシャーロック・ホームズまで』(石橋正孝監訳 国書刊行会 予価9680円)
7月8日刊 ラスティカ エディションズ編『神秘のユニコーン事典 幻獣の伝説と物語』(ダコスタ吉村花子訳 グラフィック社 予価1980円)
7月12日刊 エドワード・ケアリー『飢渇の人 エドワード・ケアリー短篇集』(古屋美登里訳 東京創元社 予価2310円)
7月12日刊 ゾラ・ニール・ハーストン『ヴードゥーの神々』(常田景子訳 ちくま学芸文庫 予価1650円)
7月12日刊 都筑道夫『哀愁新宿円舞曲 増補版』(日下三蔵編 ちくま文庫 予価1210円)
7月15日刊 都筑道夫『なめくじに聞いてみろ 新装版』(講談社文庫 予価1078円)
7月16日刊 東雅夫編『幻想童話名作選 文豪怪異小品集』(平凡社ライブラリー 予価1320円)
7月16日刊 セーアン・スヴァイストロプ『チェスナットマン』(高橋恭美子訳 ハーパーBOOKS 予価1210円)
7月16日刊 エイドリアン・チャイコフスキー『時の子供たち 上・下』(内田昌之訳 竹書房文庫 予価各880円)
7月19日刊 ジャン・レー/ジョン・フランダース『マルペルチュイ ジャン・レー/ジョン・フランダース怪奇幻想作品集』(岩本和子・井内千紗・白田由樹・原野葉子・松原冬二訳 国書刊行会 予価5060円)
7月19日刊 ジョージ・W・M・レノルズ『人狼ヴァグナー』(夏来健次訳 国書刊行会 予価5280円)
7月21日刊 ジェローム・K・ジェローム『骸骨 ジェローム・K・ジェローム幻想奇譚』(中野善夫 訳 国書刊行会 予価4180円)
7月21日刊 エリー・グリフィス『見知らぬ人』(上條ひろみ訳 創元推理文庫 予価1210円)
7月21日刊 J・J・アダムズ編『不死身の戦艦 銀河連邦SF傑作選』(佐田千織他訳 創元SF文庫 予価1496円)
7月22日刊 雨穴『変な家 完全版』(仮題)(飛鳥新社 予価1540円)
7月26日刊 アーシュラ・K・ル=グウィン『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』(大久保ゆう訳 フィルムアート社 予価2200円)
7月26日刊 高原英理『高原英理恐怖譚集成』(国書刊行会 予価3960円)
7月29日刊 ペーター・テリン『身内のよんどころない事情により』(長山さき訳 新潮社 予価2255円)


 7月刊行分、特に国書刊行会からのものがすごいことになっていますね。

 伊藤典夫編訳『海の鎖』は、〈未来の文学〉シリーズの最終巻。収録作は以下の通りです。
アラン・E・ナース「偽態」
レイモンド・F・ジョーンズ「神々の贈り物」
ブライアン・オールディス「リトルボーイ再び」
フィリップ・ホセ・ファーマー「キング・コング墜ちてのち」
M・ジョン・ハリスン「地を統べるもの」
ジョン・モレッシイ「最後のジェリー・フェイギン・ショウ」
フレデリック・ポール「フェルミと冬」
ガードナー・R・ドゾワ「海の鎖」

 マシュー・シャープ『戦時の愛』は、ウェブに発表されたごく短い形式の摩訶不思議な小説“超短篇”を集めた作品集だそう。

  『飢渇の人 エドワード・ケアリー短篇集』は、エドワード・ケアリーの日本オリジナル短篇集。これは楽しみです。

 エイドリアン・チャイコフスキー『時の子供たち』は、テラフォーミングの失敗で蜘蛛が進化した惑星を描いた蜘蛛SFだとのこと。これは面白そうですね。

 ジャン・レー/ジョン・フランダース『マルペルチュイ ジャン・レー/ジョン・フランダース怪奇幻想作品集』は、ベルギー最大の幻想作家ジャン・レーの作品集。傑作幻想小説『マルペルチュイ』に加え、本邦初紹介の短篇集『恐怖の輪』とJ・フランダース名義の幻想SF小説集『四次元』を収録とのこと。刊行元ページより内容を転載しておきます。

『マルペルチュイ 不思議な家の物語』 Malpertuis: Histoire d’une maison fantastique
大伯父カッサーヴの奇妙な遺言に従い、莫大な遺産の相続と引き換えに〈マルペルチュイ〉館に住まうこととなった一族の者たち。
幽囚のごとき彼らが享楽と色恋に耽る一方、屋敷の暗闇には奇怪な存在がひそかに蠢き、やがて、住人たちが消える不可解な事件が立て続けに起こる。
一族の若き青年ジャン=ジャックはこの呪われた館を探索し、襲い来る幾重もの怖ろしい出来事の果てに、カッサーヴの末裔たちが抱える驚くべき秘密と真実に辿り着く……
満を持して新訳となる、ジャン・レーの代表作にして、『ゴーメンガースト』『アルゴールの城』に比肩する現代ゴシック・ファンタジーの最高傑作。

『恐怖の輪 リュリュに語る怖いお話』 Les Cercles de l’epouvante
中世騎士の義手が引き起こす怪、ディー博士の魔術道具の呪い、怪鳥ヴュルクとの凄絶な戦い……
幾重もの恐怖の輪が環をなす、収録11篇中10篇が本邦初訳の、父が愛娘に語る枠物語的怪奇譚集。

『四次元 幻想物語集』 Vierde Dimensie: fantastiche verhalen
自動人形に宿った死刑囚の魂の怪、顕微鏡の中に現れた小さな老人の化物、奇妙な逃亡呪術を用いる殺人犯を追う刑事……
収録全16篇が本邦初紹介となる、ジョン・フランダース名義のオランダ語怪奇幻想・SF・ミステリ短篇集。

 ジョージ・W・M・レノルズ『人狼ヴァグナー』は、ゴシック的怪奇小説として日本では名のみ有名だった作品です。これは貴重な翻訳です。

 ジェローム・K・ジェローム『骸骨 ジェローム・K・ジェローム幻想奇譚』は、ユーモア小説『ボートの三人男』で知られるジェローム・K・ジェロームによる異色作品集。収録作は以下の通りです。
「食後の夜話」
「ダンスのお相手」
「骸骨」
「ディック・ダンカーマンの猫」
「蛇」
「ウィブリイの霊」
「新ユートピア」
「人生の教え」
「海の都」
「チャールズとミヴァンウェイの話」
「牧場小屋(セター)の女」
「人影(シルエット)」
「二本杉の館」
「四階に来た男」
「ニコラス・スナイダーズの魂、あるいはザンダムの守銭奴」
「奏でのフィドル」
「ブルターニュのマルヴィーナ」

 エリー・グリフィス『見知らぬ人』は、作中に怪奇短編を埋め込んだミステリ作品だとのことで、ちょっと気になりますね。

 高原英理『高原英理恐怖譚集成』は、ホラー短篇集『抒情的恐怖群』に「闇の司」「 水漬く屍、草生す屍」「かごめ魍魎」など5編を増補した恐怖小説集。


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モーム短篇を読む  『モーム短篇集1・2』『女ごころ』
 どの作品を取っても完成度の高い、イギリスの作家ウィリアム・サマセット・モーム(1874-1965)。以下、いくつかの短い作品を紹介していきたいと思います。


雨・赤毛: モーム短篇集(I) (新潮文庫) 文庫 – 1959/9/29


モーム『雨・赤毛 モーム短篇集1』(中野好夫訳 新潮文庫)

 短篇3編を収録しています。

「雨」
 狂信的な宣教師は、立ち寄った小島で、雨のためそこに留まることになります。乗組員が連れてきたいかがわしい女に対して、宣教師は改悛をするように強要します。女は一変して悔い改めたように見えますが、ある日、宣教師はのどをかききった姿で発見されます…。
 独善的で狂信的な宣教師は、その頑固さ、思いこみの強さゆえに、あざむかれたときの衝撃に耐えることはできなかった…という物語です。

「赤毛」
 白人のほとんどいない島で暮らすスウェーデン人は、久方ぶりにあった白人の船長に若き日の恋物語を語り始めます…。
 ロマンティックな恋が皮肉な結末を迎える作品です。かっての思い人の変わり果てた姿を妻に教えるのを思いとどまる主人公はロマンティストなのか、それとも愛も憎しみも枯れ果てただけなのか?
 自らのロマンティックな理想主義を娘に対して投影するものの、それは彼を幸福にはしない…という作品です。

「ホノルル」
 語り手が出会った小男の船長は、陽気で楽天的な男でした。美しい現地人の娘を伴って現れた船長は、自分が陥った超自然的な危機について語り始めます…。
 愛する男のために自らの身体をなげうって顧みない娘が、あっさりと他の男と逃げ出してしまう…というのも何とも皮肉です。
 深いテーマがあるというわけではないのですが、読者の興味を惹く非常に面白いストーリーの作品です。



太平洋 (新潮文庫 モ 5-9 モーム短編集 2) 文庫 – 1960/10/1


モーム『太平洋 モーム短篇集2』(河野一郎訳 新潮文庫)

 太平洋に対する讃歌「太平洋」、傲慢ながら土人に対して寛容な上司に複雑な思いを抱く男の物語「マッキントッシ」、婚約者を置いて南洋に出かけ帰らない男を心配した親友が、現地で思いがけない友の姿を見るという「エドワード・バーナードの転落」、現地の娘に惚れ込んで結婚したイギリス人が娘に振り回されて破滅する「淵」を収録しています。
 なかでも「エドワード・バーナードの転落」「淵」が面白いですね。

「エドワード・バーナードの転落」
 親の破産により財産を失ったエドワードは、婚約者イザベルを置いてタヒチで一旗揚げようと出かけます。何年経っても帰らないエドワードを心配し、親友ベイトマンは様子を見に出かけますが、そこで見たのは思いもかけず生き生きとしたエドワードでした。しかも彼は、札付きの悪党として有名なアーノルド・ジャクスンとつきあっているというのです…。
 タヒチに来ることによって故国の伝統や道徳から自由になり、初めて人生の喜びを知るエドワード、アメリカ的な価値観に凝り固まっているベイトマンとイザベルには、その考えが理解できません。彼らの存在は、エドワードのような価値観を理解できないアメリカ人を諷刺するものになっています。
 最後のイザベルのセリフ「かわいそうな、エドワード」は、それを如実に表すものになっています。あざとすぎるともとれる構図の作品ですが、それゆえに、作者の狙いがわかりやすくなっているといえるでしょうか。

「淵」
 教養もあり重要な地位にもあったローソンは、現地の娘エセルに惚れ込み結婚してしまいます。一時は故郷のスコットランドに妻子を連れ帰りますが、ホームシックにかかったエセルは勝手に帰郷してしまいます。
 妻子を追いかけてきたローソンは徐々に酒浸りになり、エセルも夫をばかにするようになっていきますが…。
 南洋で自由かつのびのびと生きるエセルと、故国の価値観にとらわれるローソンとが対比されています。故郷では、淵で自由に泳げたエセルも、スコットランドの淵で泳ぐことはできません。さっさと故郷に帰ってしまったエセルに対して、ローソンの方はエセルを捨てて帰ることはできないのです。
 イギリス人として立派に育てようとした子供も、そして妻も、自分がはめようとした鋳型にはまったく入りません。妻のしたたかさに対し、ローソンの躊躇と執着は際だっていますね。自分の生まれ育った価値観からは逃げられない…というテーマで描かれた作品でしょうか。



女ごころ (新潮文庫) 文庫 – 1960/7/1


モーム「女ごころ」(龍口直太郎訳 新潮文庫)

 未亡人メアリイは、幼い頃から彼女を慕っていた官吏エドガーに結婚を申し込まれます。返事を保留したメアリイは、パーティーの席上、放蕩者との評判のロウリイに口説かれるますが、はねつけます。その夜ロマンティックな気分になったメアリイは、亡命者の若者を家に入れて慰めますが、絶望した青年はピストル自殺してしまいます。パニックに陥ったメアリイはとっさにロウリイに助けを求め、二人は青年の死体をうまく捨てることに成功します。メアリイはエドガーに隠し事はできないと、全てを話すことにしますが…。
 未亡人の「女ごころ」の変遷を細やかにたどった作品です。
 遊び人で軽薄だと思われたロウリイが、危機に際して冷静さと深い度量を持つことが示されます。対して、誠実で堅物のエドガーは、メアリイの行為を許すことができないのです。事実を知った後のエドガーの心の内を察するメアリイの心の動きの描写は素晴らしいですね。
 思い出の中の少女の面影を追っていたエドガーに対して、等身大の大人のメアリイを愛してくれるロウリイ、という対比が示されています。いささかメロドラマチックでありますが、結末は皮肉に富んでおり、面白い作品です。


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こころとからだ  デイヴィッド・レヴィサン『エヴリデイ』

エヴリデイ (Sunnyside Books) (日本語) 単行本 – 2018/9/10


 デイヴィッド・レヴィサンの長篇『エヴリデイ』(三辺律子訳 小峰書店)は、一日ごとに異なる人間の体で目を覚ます人格の恋愛と成長とを描いた、幻想的な青春小説です。

 16歳の「A」は生まれてからずっと、毎日違う人間の体で目を覚ましていました。性別は男女ばらばらながら、「A」と同じ年齢の少年少女の体を転々としているらしいのです。その日乗り移っている体から記憶を取り出すことができるため、なるべく体の持ち主に迷惑をかけないように、体の持ち主として不自然でない行動を心がけていました。
 ある日、ジャスティンという名の少年の体で目を覚ました「A」は、彼のガールフレンドである少女リアノンに恋をしてしまいます。自分の体の秘密と恋心をリアノンに伝えようと考える「A」でしたが…。

 一日ごとに別の体に転移してしまう精神体の人格「A」の恋愛を描いた異色の作品です。主人公「A」は、生まれてからずっと違う人間の体に乗り移り続けているため、決まった体というものを持っていません。ランダムに男女間を転位するため、自分がもともと男性なのか女性なのかも分からないのです。
 体の持ち主に迷惑をかけないように、取り出した記憶から、その人間として不自然でない行動を心がけていた「A」でしたが、ある日出会った少女リアノンに恋をしてしまいます。懐の広いリアノンは、「A」の秘密を受け入れて友人になってくれますが、元々のボーイフレンドであるジャスティンがいることと、「A」の秘密が余りにも常識外れであることから、恋人関係になることに恐れを抱いていました。

 リアノンと出会ってから、毎日彼女に会おうとする「A」でしたが、場合によっては車で数十分かかる場所に移動してしまうこともあります。彼女に会おうとすることは、元の体の持ち主の一日を自分の理由で消費してしまうことになるわけで、場合によっては体の持ち主の人間関係に影響を及ぼしてしまうことにもなりかねないのです。
 「A」は基本的に優しい性格で、たまたま乗り移った体が病気で問題を抱えていたり、人間関係で問題を抱えていたりする場合、放っておくことができません。
 リアノンに秘密を打ち明けた後では、彼女と協力して体の持ち主を助けようとする行為も描かれます。しかしその優しさゆえに、他人の体を使ってリアノンと恋愛を続けることに「A」は罪悪感を感じてしまいます。また相手のリアノンも、現実的な障害を感じていました。
 あまりにも大きい障害を前に、二人の恋愛がどうなっていくのか? というのが読みどころになっていますね。

 この作品で描かれる恋愛は、「恋」というよりは性別を超えた「愛」に近い描かれ方をしています。もともと「A」に性別がないこともそうですが、彼が過去に一度だけ恋愛に近い感情を抱いた相手が男性だったり、乗り移った相手がゲイの男性であるときも特に違和感を感じていなかったりと、ジェンダー・フリー的な感覚が強いですね。
 性別を超えた愛、肉体を超えた愛を描きながらも、その一方で人間は肉体に縛られる存在であるということも描かれています。「A」が重い病気や薬物依存症などの体に転移したときは、その影響に囚われてしまいますし、また太った男性であるときは、リアノンにも引かれてしまったりすることもあります。そのあたり、単純に恋愛を純粋に精神的なものとして美化していないところにも、著者の優れたバランス感覚が見られますね。
 また、様々な人間に乗り移ることを通して、健常者だけでなく、性的なマイノリティーや身体に障害を持つ人間の日常生活や人間関係についても考えさせたり、逆にそれらの体験から、体を持たない純粋な精神である自分自身のアイデンティティーについても考察されたりと、哲学的な味わいもあります。

 メインは、「A」とリアノンとの恋愛における困難が描かれていくのですが、転位された人間にははっきりとは残らないはずの記憶がふとしたことから残ってしまった少年ネイサンに疑われ続けたり、後半では「A」以外にも体を転々とする精神体がいることが匂わされたりと、外的なトラブルも描かれていきます。
 始まりからして、悲恋を運命づけられているような恋だけに、その結末にも哀切さが漂っています。ファンタスティックな設定が上手く生かされた青春恋愛小説として、非常に魅力的な作品です。


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良質なアンソロジー  『ほんやく日和 19-20世紀女性作家作品集 vol.2』
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 『ほんやく日和 19-20世紀女性作家作品集 vol.2』(同人倶楽部 ほんやく日和 ※同人出版)は、19、20世紀に活躍した女性作家の作品の翻訳を集めたアンソロジーの第二弾です。

イーディス・ブラウン・カークウッド「動物の子ども図鑑 その2」(やまもとみき訳)
 さまざまな動物の習性や特徴について、擬人化を交えて紹介するという、子ども向けの動物図鑑です。ネコ、アライグマ、シマウマなど有名な動物から、アイベックス、ガゼルなどちょっと珍しい動物たちが紹介されます。
 カークウッドの文章に、M・T・ロスの絵がつけられているのですが、この絵が動物がリアルでありながら、服装やファッションなど人間的な擬人化とポーズがつけられていて、そのバランスが絶妙ですね。個人的には、ラクダを高飛車なお嬢さんに見立てたパートが面白かったです。

フランセス・ホジソン・バーネット「わたしのコマドリ」(小谷祐子訳)
 「わたし(著者のバーネット)」と薔薇園にやってきたコマドリとの触れ合いが美しく描かれた作品です。
 鳥を驚かせないように「わたし」がじっと動かずにいるシーンや、「にせもの」の鳥が現れてコマドリが嫉妬するシーン、そして二人の別れが描かれるシーンなど、客観的には劇的な出来事がないにも関わらず、読者の心を揺さぶるような描写が多く現れる作品になっています。

ルーシー・モード・モンゴメリー「アイランド・ロックでの冒険」(岡本明子訳)
 おじが面倒を見ている孤児のアーネストは、自分が可愛がっている犬ラディーをおじが売ってしまうことに対して悲しんでいました。リチャードおじのもとに遊びに来ていた少年ネッドは、写真を撮りにアイランド・ロックを訪れた際に、増えた海水によって閉じ込められてしまいます。助けを求めるネッドの前に現れたのはアーネストとラディーでした…。
 友情で結ばれた孤児の少年と愛犬。二人の仲が引き裂かれてしまいそうになるが、という物語です。これは後味のよいお話ですね。

ルーシー・モード・モンゴメリー「ダベンポートさんの幽霊話」(岡本明子訳)
 婚約者のドロシーを亡くした兄のチャールズは、弟の「わたし」とドロシーの妹ヴァージニアとの間に生まれた娘ドリーにドロシーの面影を認め溺愛していました。
 その後、チャールズは仕事先で病気にかかり亡くなってしまいます。成長したドリーがパリへの留学のために船に乗る直前、「わたし」の前に突然チャールズの幽霊が現れます…。
 愛する姪のために危険を警告する幽霊を描いています。「良き幽霊」を描いた、心温まるゴースト・ストーリーです。

イーディス・ネズビット「暗闇」(井上舞訳)
 学生時代からの知り合いである「わたし」と友人ホールデン。共通の知り合いヴィスガーは、根拠も無く物事を断定することで嫌われていましたが、不思議なことに、その言葉の内容は、なぜかほとんど当たっているのです。
 ホールデンに再会した「わたし」は彼が神経を病んでいるような様子を見て心配します。ホールデンによれば、ヴィスガーが漏らした言葉が原因となって彼の恋人は死んでしまったといいます。激昂したホールデンは、他人には知られないようヴィスガーを殺してしまったと言いますが、さらに死後も、ヴィスガーの死体がたびたび目の前に現れ、ホールデンを悩ませているというのです…。
 殺してしまった男の霊(?)に悩まされる男を描いた物語です。ただ殺したという友人ホールデンが精神を病んでいることが示されるため、本当にヴィスガーを殺したのかどうか最初ははっきりしません。ヴィスガーがホールデンには狂気の兆候があると発言したという言及があるのも、混乱を強めていますね。
 このヴィスガー、非常に奇妙なキャラクターで、何か超自然的な能力を持っているらしく、他人の運命や秘密などを次々と言い当ててしまうというのです。それだけに死んだ後も、友人に取り憑いたとしてもおかしくない、というところがポイントでしょうか。
 さらに、「わたし」も死んだホールデンの恋人を愛していたということが示されるなど、物語の背景にも複雑な関係性が見られるところも興味深いですね。ホールデンにせよ、ヴィスガーにせよ、その精神のありようが奇矯で不気味なこともあり、物語全体が不穏な空気感に支配されたユニークな作品になっています。

アンナ・キャサリン・グリーン「黒い十字架」(朝賀雅子訳)
 KKK団の団員たちは、判事を殺すためにその館に向かっていました。偵察に訪れた「おれ」は館の中に、美しい女を認め、魅了されてしまいます。仲間たちに、彼女には危害を加えないよう懇願する「おれ」でしたが…。
 初めて見た女との劇的な出会いにより、人生を狂わされてしまう男を描いた物語です。短めながら鮮烈なイメージを持つ作品です。

アンナ・キャサリン・グリーン「不可解な症例」(朝賀雅子訳)
 若く愛らしい女性アディが毒によって殺されかかっていることを知った「わたし」は、しかしながら薬の中に毒を入れる手段が見当たらず困惑します。「わたし」は帰ったふりをして様子を探ることにしますが…。
 女性を毒殺しようとしているのは誰で、どのように行ったのか? を探っていくというミステリ的な味わいの短篇です。医療者であるらしい女性の「わたし」のキャラクターが力強い性格に設定されており、印象に残りますね。

メアリ・ラーナー「小さなわたしたち」(まえだようこ訳)
 死を目前にした七十五歳の老女マーガレットは、たびたび子どものころの自分を回想しては思い出していました。それらの記憶が、自分の中の「子供」であるというマーガレットは、自分が死んだら彼らが失われてしまうと嘆いていました…。
 自分の中の幼き日々を残したいと願う老女と、その思いを感じ取る姪を描いた物語です。鮮やかに描かれた記憶の中の少女たち、老女の胸に去来する嘆き、伯母の思いを汲み取る姪…。人間の記憶とそれが引き継がれていく過程を描いた、色鮮やかな物語になっています。これは傑作ですね。

 vol.1に引き続き、どれも安定した訳文で面白く読める作品がそろっています。ジャンルもさまざまなものが集められていて、良質なアンソロジーになっていますね。


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大いなる目  ウィリアム・アイリッシュ『夜は千の目を持つ』

夜は千の目を持つ【新版】 (創元推理文庫) (日本語) 文庫 – 2018/11/21


 ウィリアム・アイリッシュの長篇『夜は千の目を持つ』(村上博基訳 創元推理文庫)は、資産家に予言された死をめぐって、その娘と恋人となる刑事の青年の行動を描いた、幻想的なサスペンス作品です。

 深夜、川辺を歩いていた刑事の青年トム・ショーンは、身投げをしようとしていた娘を間一髪のところで救います。ジーンと名乗る娘から、その理由を聞き出したショーンは驚きます。資産家であるジーンの父親ハーラン・リードは、その予言がことごとく当たる占い師トムキンズから、その死を予言されたというのです。その期限はあと三日に迫っていることを聞いたショーンは、信頼する上司マクマナスに事情を説明しますが、そこに現実的な事件の可能性を見て取ったマクマナスは、部下に捜査を命じるとともに、ショーンにはリード父娘の警護を命じることになります…。

 占い師から死を宣告された資産家の父親を案じる娘のために、奔走する青年刑事を描いたサスペンス作品です。
 娘も父親も現実的な感覚の持ち主で、本来超自然的な物事は信じない質なのですが、預言者トムキンズの予言がことごとく実現するのを見ていくうちに、そこに恐れを感じることになるのです。
 最初に示されるトムキンズの予言が、父親が乗る飛行機が墜落するというもので、幸いこれに乗らずに命は助かるものの、そこに父娘ともに恐怖感をいだきます。予言を信じずにいた娘が飛行機事故が実際に起こったことを知るシーンには非常に迫力がありますね。
 刑事ショーンが、身投げをしようとしたジーンから、それまでの経緯を告白によって知る、というのが前半部分なのですが、その預言者トムキンズがいかに恐るべき能力者であるか、という部分がかなりのページ数(180ページ弱)をもって描かれていきます。
 話を聞いたマクマナスは、あくまで現実的なアプローチで事件を捜査しようとします。資産家リードをめぐって何らかの陰謀がたくらまれていると考えた彼は、部下の刑事たちに命じて、トムキンズの予言が偽者である証拠を探させようとするのです。
 しかし各刑事の捜査がことごとくトムキンズの能力を証明する結果になるばかりか、数人の刑事に至っては目の前でトムキンズに関わる超自然的な現象を目にすることになります。
 トムキンズの能力は本物なのか? というところで、幻想的な要素が俄然強くなってきますね。

 主人公ショーンと、ヒロインとなる娘ジーンとの出会いが星空の輝く深夜ということで既にロマンティックなのですが、父親の警護のために二人の結びつきが強くなっていく、というところもロマンス風味が強いですね。トムキンズの能力が本物だとして、リードの死を防ぐことはできるのか? というところが後半の読みどころになっています。

 トムキンズ捜査の過程で、まったく別個に起こっていた殺人計画が発覚するくだりなども、非常に上手いです。しかしそれがまた、事件の超自然性を強めることにもなるのです。事件に対する現実的な捜査が行われるなど、一見、ミステリの衣をかぶった作品なのですが、その実、ほぼ幻想小説といっていい作品かと思います。実際、捜査によって、現実的に暴かれる陰謀や犯罪などもあるのですが、それはあくまで副次的なものであり、メインとなる事件は超自然味が強いです。
 リード父娘が予言を信じるに至るまでのパートだけで200ページ近くを費やしており、その部分はほとんど恐怖小説と言って良い感触です。アイリッシュ特有のムードたっぷりの雰囲気醸成力もあり、幻想的なサスペンスとして上質な作品に仕上がっていますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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