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リチャード・ヒューズのナンセンス童話を読む
 イギリスの作家リチャード・ヒューズ(1900-1976)の童話はナンセンスかつシュール、次に何が起こるか分からない魅力があります。二冊ほど童話集の邦訳があるので、内容を順番に見ていきましょう。



リチャード・ヒューズ『まほうのレンズ』(矢川澄子訳 岩波少年文庫)
 原著の『クモの宮殿』『ウラマナイデクダサイ』の二冊からの選集になっています。

 スイートピー泥棒を捕まえようとする庭師の冒険を描いた「庭師と白ゾウたち」、緑色の顔をした男がサーカスから仲間の動物とともに脱走する「みどりいろの顔をした男」、電話を通してかけてきた人がいる場所に移動できる女の子を描いた「でんわからでてきた子」、ガラスの玉の中の国に入り込んだ家族の物語「ガラスだまの国」、クモに連れられて透明な宮殿で暮らすことになった女の子を描く「クモの宮殿」、互いを出し抜こうとする三つの宿屋の物語「三げんの宿屋」、通して覗くと、生物が無生物に、無生物が生物に見えるという魔法のレンズをめぐる「まほうのレンズ」、愛する夫を除いて女王だけが死ななくなった顛末を描く「年とった女王さま」、校長と女教師だけ一人だけの学校が生徒を集めようとする「学校」、思い込みの強いゾウと間の抜けたカンガルーのピクニックを描いた「ゾウのピクニック」、段々とワニに変身してゆくバイクを描いたシュールな物語「ウラマナイデクダサイ!」、学校の教師を引き受けたワニが子供たちを食べようとする「ジャングル学校」、人形と人魚と人間の女の子の三角関係を描いた「ガートルードと人魚」、人形が人間の子供をペットにするという「ガートルードの子ども」の14篇を収録しています。

 元々著者が、知り合いの子どもや自分の子どもたちに対して、即興で作ったお話が元になっているらしく、奇想天外でシュール、お話の面白さを追求した童話集になっています。
 やかんをやわらかく煮て食べてしまうという「ゾウのピクニック」、バイクが段々ワニに変身してゆくという「ウラマナイデクダサイ!」などを読むと、本当に「思い付き」で作ったようなお話です。特に「ゾウのピクニック」の結末は「悪ふざけ」の極致みたいな感じで楽しいですね。
 どれも楽しく読める作品ではあるのですが、非常に完成度が高い作品もいくつか混じっていて、「クモの宮殿」「まほうのレンズ」「ガートルードと人魚」「ガートルードの子ども」などがそれに当たります。

 「クモの宮殿」は、ある日クモに誘われて、彼の住まいである空の上にある宮殿で暮らすことになった女の子の物語。その宮殿はすべてが透明なのですが、唯一カーテンで覆われ中が見えない部屋がありました。クモは定期的にその部屋にこもるのです。女の子はその部屋の謎を探ろうとしますが…。
 お話自体は、昔話によくある「秘密の部屋」をテーマにしてるのですが、その秘密を知った後の展開がシュールな作品です。

 「まほうのレンズ」は、不思議なレンズの物語。小さな男の子は見つけたレンズを通して木でできたウサギを見てみます。すると木のウサギは本物のウサギのように動いているのです。また、レンズを通して両親を見てみると、彼らは木ぼりの人形のようになっていました…。
 通して覗くと、生物が無生物に、逆に無生物は生物に見えるというまほうのレンズを描いた物語です。圧巻は、レンズを通して鏡を見るというシーン。なんと鏡に映ったレンズもただの絵になってしまい、無生物のまま固まってしまう…という展開なのです。ちょっと怖さも含んだ、幻想物語の傑作です。

 「ガートルードと人魚」「ガートルードの子ども」は、動いて話す木の人形ガートルードを主人公にした連作です。
 「ガートルードと人魚」では、持ち主の女の子からひどい扱いを受けたガートルードが家出しますが、旅先で人魚と出会い彼女を連れ帰ります。
 女の子と人魚は仲良くなり、ガートルードが仲間はずれにされがちになる…というお話です。
 「ガートルードの子ども」は、家を出たガートルードが旅先で人間の子どもを売る店から小さな女の子を買い、自分の「持ち物」にする、という物語。
 こちらでは、ガートルードは人間の女の子に対してひどい扱いを繰り返します。前作で自分がやられていたひどいことを今度は自分が人に対してやっているわけで、構図が反転しているといえるでしょうか。二篇とも他人との関係性について考えさせるところがあり、味わいのある作品だといえますね。

 飛びぬけて完成度が高いのは「まほうのレンズ」でしょうか。レンズ幻想小説の傑作といっていい作品で、日本作家で言うと、江戸川乱歩や稲垣足穂のある種の作品に似た味わいがあります。




リチャード・ヒューズ『クモの宮殿』(八木田宣子、鈴木昌子訳 ハヤカワ文庫FT)
 原著の童話集 The Spider's Palace and Other Stories(1931)の全訳です。

 透明な手紙でパーティーに誘われた女の子の物語「ご招待」、電話を通して世界中移動できる女の子を描いた「電話旅行」、通して覗けば生物と無生物がひっくり返って見えるというガラスを描く「魔法のガラス」、平和な心の人しか入れない不思議なガラス玉の中の国を描く「ガラス玉の中の国」、花を荒らすウサギと庭師の争いを描いた「庭師と白いゾウ」 、それぞれ不思議な場所への旅をするヒツジたちを幻想的に描いた「三びきのヒツジ」、空中の透明な宮殿でクモと一緒に暮らすことになった女の子の物語「クモの宮殿」、テーブルの上の「無い」をめぐって展開するシュールな物語「なんにも無い」、緑色の顔の男が仲間とともにサーカスから逃げ出すという「緑色の顔の男」、馬車の旅で様々な人や物を乗せることになるというコミカルな「馬車に乗って」、魔法のボタンのせいで動けなくなってしまった男の子が料理として出されてしまうという「あわてもののコック」、三軒の宿屋が互いを出し抜こうとする「王さまの足屋」、生まれつき暗闇を放つ男の子の物語「暗やみをはなつ子ども」、薬の吸入のし過ぎで巨大化してしまった子供たちを描く「吸入」、犬が言い出した魔法の言葉が世界中に広まってしまうというナンセンス・ストーリー「ピンクと緑の…」、学校を始めよう生徒を集める男女の教師の物語「学校」、クリスマスツリーのおもちゃが一斉に隠れてしまうという「クリスマス・ツリー」、クジラのお腹の中で暮らそうとする女の子と犬の物語「くじらでくらして」、アリに囚われた息子たちを救出しようとする老農夫を描いた「アリ」、年をとっても死ななくなったおきさきを描く「年とったおきさきの話」の20篇を収録しています。

 『まほうのレンズ』(リチャード・ヒューズ 矢川澄子訳 岩波少年文庫)は、この『クモの宮殿』ともう一冊の短篇集からの抜粋なので、結構内容がかぶっています。原著を全訳した、こちらの『クモの宮殿』の収録作の方がナンセンス度が高いでしょうか。

 時間を置かずに再読になりましたが、やはり一番の傑作は「魔法のガラス」。それを通して覗くと、見た生物は無生物に、無生物は生物に変わって見えるという魔法のガラス(レンズ)を描いた物語。どこか哲学的なエッセンスさえ感じるようなシュールな物語です。

 以下、こちらの作品集のみに収録されているものから、いくつかお気に入り作品を紹介しておきます。

 「三びきのヒツジ」は、それぞれのヒツジが冒険の旅に出ますが、気付くと、元の場所で草を食んでいる…という物語。百年間囚われていたりと、それぞれスケールの大きな冒険をするヒツジたちですが、それらがみな「夢」や「幻想」の可能性もある…という幻想的な作品です。

 「なんにも無い」は、テーブルの上に散らかされた物をめぐる物語。その中にあった「無い」をめぐるナンセンスな物語です。「無い」が物質的なものとして扱われるのが楽しいですね。

 「馬車に乗って」は、馬車に乗っているうちに、おじいさん、おばあさん、ツル、のし棒、じゅうたんなどを乗せてやるというお話。やがてそれらの所有者であるおきさきが現れますが…。
 シュールなストーリーで、乗せている物も後半登場するおきさきの役目もよく分からないのが楽しいですね。

 「暗やみをはなつ子ども」は、生まれつき暗闇をはなつ男の子を描いた物語。彼のそばにいると真っ暗になってしまうため、煙たがられる男の子はどうにかしようと手段を探します。逆立ちすると逆に光を放つことを発見した男の子は常時逆立ちすることになりますが…。
 「暗闇をはなつ」という設定がまずシュールなのですが、ひっくり返ると光が出る…というのもまたおかしな設定です。ファンタスティックな方法で男の子の悩みが解決されるという結末も面白いですね。

 「くじらでくらして」は、クジラのお腹の中で暮らすのが快適だと思い込んだ女の子と犬が、クジラの体の中に入り込み暮らそうとします。しかし食べ物も家具もないところから、食べ物や家具をクジラに飲み込んでもらいます…。
 大きなクジラのお腹の中には人間が住めるのではないか?という空想を物語にしたような作品です。消化されてしまわないかなど、もっともな疑問を吹っ飛ばす大雑把な物語展開が楽しいです。

 「アリ」はファンタスティックな冒険物語。
 密猟をしている二人の息子が行方不明になったことから、猟場番人と共に老農夫は彼らを探します。谷間のへこみを通った二人は、いつの間にか体が小さくなっていました。アリたちに拉致された二人が閉じ込められた場所には、二人の息子も囚われていました…。 アリのえさになりかけた四人が智恵を絞って逃げ出す?末を描いています。それぞれ上着の中に頭を突っ込んで一列になり、イモムシのふりをして逃げ出す…というのは何ともシュールですね。


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ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの短篇集を読む


ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『故郷から10000光年』(伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF)

 ティプトリーの第一短編集です。以下、面白く読んだものについてレビューしています。

「そして目覚めると、わたしはこの肌寒い丘にいた」
 生殖不可能な異星人に、過剰な性反応をしてしまう人間を描く物語です。動物行動学で言うところの「リリーサー」に触発されたテーマなんでしょうか。

「愛しのママよ帰れ」
 初めて地球に表れたエイリアンは何と人間型の美女でした。しかしその体は、地球人よりはるかに大きいのです。そして地球人と彼らの関係が明らかになりますが…。
 地球人の起源をスラップスティックに語ったユーモア作品です。男女のフェミニズム的な視点も扱われていますね。

「ドアたちがあいさつする男」
 ドアに挨拶する不思議な男。彼は服の中に小さい女の子をたくさん飼っているというのです。男に導かれて不幸な女の子と出会った語り手は…。
 都会風のファンタジー作品です。

「故郷へ歩いた男」
 実験の爆発によって時空のかなたに吹き飛ばされた男。彼は一年に一度だけ故郷に姿を現します…。
 独創的な時間SF作品です。故郷に帰ろうとする男の執念がすさまじいですね。

「ハドソン・ベイ毛布よ永遠に」
 数十年後の自分と入れ替わることのできる「タイム・ジャンプ」。それにより若き日の体に戻った少女は、将来自分と結婚する男のもとに現れますが…。
 タイムトラベルを扱った、気の利いたファンタジー作品です。一筋縄ではいかない結末は、ティプトリーらしいというべきでしょうか。

「ビームしておくれ、ふるさとへ」
 子供のころから世界に違和感を感じ続けて育った青年は、宇宙計画に志願しますが、政府の予定で頓挫し、畑違いの前線に送られてしまいます…。
 著者の代表作ともされる作品です。主人公の心情には共感するものがありますね。




ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『愛はさだめ、さだめは死』(伊藤典夫、浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)

 ティプトリーの第二短編集です。ユーモラスな作品もあれば、斬新なテーマの作品もあったりと、バラエティに富んだ作品集です。ちょっと難しい作品も混じっていますね。

「楽園の乳」
 異星で育ち、後に救出された少年は、エイリアンたちの美しさをたびたび語ります。その話に魅せられた男は、少年の案内でその星に向かうことになりますが…。
 認識の相対性を扱っているのでしょうか? テーマがつかみにくいながら、何やら凄みを感じさせる作品。

「エイン博士の最後の飛行」
 人間を死に至らしめる致命的なウィルスを作り出してしまったエイン博士。彼の最後の飛行にかかわる行状が語られますが…。
 ティプトリー短篇の中でも評価の高い、静かな語り口で語られる破滅テーマ作品。不思議な味わいがありますね。

「接続された女」
 近未来、不器量な少女が、あるきっかけで美少女の肉体に神経的に接続されます。広告が禁止された社会で、商品の宣伝をするために作られた美少女の肉体をコントロールしようというのです。彼女はやがて青年と恋に落ちますが…。
 本集でも一番メッセージ性が強く、訴えるところのある作品。不器量ながらも愛にあふれた少女の悲劇の物語です。語り口が饒舌で、そのためすぐには物語に入り込みにくいのですが、それを越えてしまえば夢中で読める傑作小説。

「恐竜の鼻は夜ひらく」
 ようやく成功したタイムトラベル。しかし莫大な予算がネックとなって研究が打ち切られそうになります。資金の鍵を握る権力者の希望である恐竜狩りを実現するため、過去から運んできた恐竜の死体を使って、狩りをしたように見せかける計画が実行されますが…。
 ユーモラスなタイムトラベルもの。過去から死体を持ち込むというのがパラドックスにならないのかどうか、ちょっと疑問が浮かびますね。

「男たちの知らない女」
 飛行機が墜落したにもかかわらず、やたらと冷静な母娘。彼女たちは飛来したエイリアンとともに地球を去ってしまいますが…。
 男には理解を絶した女を描く物語。全く予想もできないエイリアンの星に躊躇いなく行ってしまう女たちの考えとは…。論議を呼びそうな問題作ですね。

「断層」
 ふとしたきっかけで異星人を傷つけてしまい裁判にかけられた男。彼はエイリアンたちに謎の改造手術を施されます。それは主観的な時間のずれを増幅するものでした。男はやがて周りの人間よりも遅い時間を生きるようになりますが…。
 ユニークな時間もの作品です。知覚のスピードが圧倒的に遅い種族が描かれます。人間にとっての知覚とは何か? という面白いテーマを扱っています。




ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『老いたる霊長類の星への賛歌』(伊藤典夫、友枝康子訳 ハヤカワ文庫SF)

ティプトリーの第三短編集です。

「汝が半数染色体の心」
 ずっと鎖国体制を続けていた惑星エスザアを調査に訪れた学者たちは、その惑星の住民エスザアンが、奥地に住む民族フレニの虐殺をもくろんでいることを知ります。若いパックスはフレニの若い娘と恋仲になり、彼らを助けるため、事実を故国に報告するべきだと考えますが…。
 外見が人間そっくりだとしても、生殖がない限り人間とはいえない、というテーゼの作品。エスザアの住人の異様な繁殖方法が印象的ですね。

「煙は永遠にたちのぼって」
 人間が生前に強い思いを抱いた場所に意志が残るという理論が発表されますが…。
 既に本人が死に絶えた後でも、その意志だけが永遠に繰り返し現れる、という悪夢的な作品です。

「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」
 ロケットで宇宙を航行中の三人の男は、時間流に巻き込まれ、三百年後の未来にやってきてしまいます。ようやく連絡のとれた連中は女性ばかりでした。彼らの話によれば、疫病により男の子供が生まれなくなり、現在では女性しかいないというのです。しかも人口を増やすためにはクローンしか方法がなく、そのヴァラエティは一万ちょっと。
 薬の効果によって獣性を露わにした男たちに対して、女たちは彼らを地球に行かせるわけにはいかないと言いますが…。
 一見、フェミニズム的な要素の強い作品ですが、男性の愚かさを描きながらも、反対に女性を礼賛するわけでもないという、微妙なバランスの作品になっていますね。

「ネズミに残酷なことのできない心理学者」
 動物に愛情を持ち、残酷なことのできない心理学者が、上司から通告され、ネズミたちを始末しようと深夜研究所に向かいます。そこで出会ったのは〈ネズミの王〉でした。彼との接触によって心理学者は変容をとげることになりますが…。
 何やらスティーヴン・キングを思わせるようなモダンホラー風作品です。




ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫FT)

 幻想的な要素の強い短編集です。3篇からなりますが、すべてユカタン半島のキンタナ・ローという土地を舞台にしています。
 劇的な出来事というのはほとんど起こらず、静謐な雰囲気の中、幻想的な出来事が起こるといったような作品ばかりです。それゆえ筋の起伏には欠けますが、作品全体の雰囲気は素晴らしいです。

 神話的な味わいの時間テーマ作品「水上スキーで永遠をめざした若者」、ごみや無生物のかたまりが人間の姿になって人を襲う「デッド・リーフ」も面白いですが、一番印象に残るのは「リリオスの浜に流れついたもの」でしょうか。
 アメリカからの旅人が、ある夜浜辺を散策しているとボートにしばりつけられた若い美女を見つけ、助け出します。しかし改めて見てみると、その人物は男でした。よく見ると男にも女にも見える不思議な人物、いつの間にかその人物を見失った旅人は、それは幻だったのかと自問します…。
 謎の人物の正体を明かさないところがポイントでしょうか。本来、両性具有的である海の化身であるという解釈がされますが、結局のところ真実は明かされません。

 収録作全ての作品に共通しているのは、何らかの形で、海が人間に不思議な現象を起こす、というところ。非常に不思議な味わいの作品集で、ティプトリーのSF作品とは全く異なった読み心地です。


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タイム・ゴースト・ストーリー  アントニア・バーバ『幽霊』
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 イギリスの作家アントニア・バーバ(1932-2019)の長篇『幽霊』(倉本護訳 評論社 1969年発表)は、「幽霊屋敷」に住むことになった子供たちが、過去の子供たちを救うためにタイムトラベルするという、ファンタジー作品です。

 夫を亡くし貧しい暮らしをしていたアレン夫人とその三人の子供たちは、訪ねてきた弁護士の老人から、ある提案を受けます。田舎にある古い屋敷に住み込んで家の世話をして欲しいというのです。喜んでその申し出を受けますが、その屋敷には幽霊が出るという噂があるといいます。
 快適な住まいに落ち着けて喜ぶ家族でしたが、ある日、姉ルーシィと弟ジェミーは、屋敷の外で不思議な子供たちに出会います。彼らには影が見当たらず、幽霊ではないのかと考えますが、セイラとジョージと名乗る姉弟は、自分たちは生きている人間だといいます。
 彼らが言うには、セイラとジョージは過去から魔法の薬によってやってきたというのです。両親を亡くした二人は、後見人であるおじに世話をされていますが、おじがほれ込んだ娘ベラの両親ウィッキンズ夫妻が家を乗っ取り、財産を手に入れるために、二人の子供たちを殺そうと相談しているのを聞いてしまったといいます。セイラとジョージは、どうにかして自分たちを助けてほしいと嘆願しますが…。

 「幽霊屋敷」に住むことになった子供たちが、過去に屋敷に住んでいた子供たちと時間を越えてめぐり合い、彼らを助けようとする、という物語です。時間を越えてきた子供たちは最初は半透明に見えたり、人によっては彼らを認識できません。それがゆえ、幽霊が出る噂が発生したという設定になっています。
 過去の子供たちが現代に来るのと同様に、現代の子供たちが過去にタイムトラベルすることになるのですが、やはり彼らの姿は過去の人間には一部しか認識できず、あちらの人間からしたらルーシィとジェミーは「幽霊」ということになるわけです。

 面白いのは、比喩的な「幽霊」だけでなく、本物の「幽霊」も登場するところ。「幽霊」自身も時を越えて移動するため、生前の人間としての存在と、タイムトラベルしてきた「幽霊」と、同時に同一人物が存在するというシーンもあり、非常に複雑な構成になっています。

 現代で、過去の子供たちが不遇な死を遂げることを知ってしまったルーシィとジェミーは、セイラたちを助けようと手段を考えますが、なかなか上手くいきません。彼らの命を救うことができるのでしょうか…?
 主人公の子供たちが屋敷に住むことになった原因である弁護士の老人も重要人物で、後半では彼の存在が鍵となってきます。彼はいったい何者なのか? なぜ子供たちを助けようとするのか? 彼の目的と真意が判明し、老人の勇気ある行動が描かれるクライマックスシーンでは、ある種の感動がありますね。

 「歴史は変えられる」というタイプの時間ファンタジーなのですが、そこに時間を越える「幽霊」の存在が絡むことによって、ちょっと特殊な感じの作品になっています。
 序盤は静かな展開なのですが、クライマックスでは派手な立ち回りやスペクタクルがあり、結末ではほろりとさせるなど、メリハリのある展開で、非常に面白い作品です。これは「時間ファンタジー」の名作の一つといっていいのではないでしょうか。
 作中での時間の扱い方は、フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』とも、どこか似たところがありますね。


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怪談のごった煮  矢野浩三郎、青木日出夫『世界の怪談』
世界の怪談―怖い話をするときに (ワニ文庫)
浩三郎, 矢野, 日出夫, 青木
ベストセラーズ (1984-01-01)

 矢野浩三郎、青木日出夫『世界の怪談』(ワニ文庫)は、一見、怪奇実話集みたいなテイストの本なのですが、実は海外の怪奇幻想小説のネタが沢山使われているという本です。

 例えば「精霊のえじき」と題された話はアルジャーノン・ブラックウッド「柳」「黒猫の復讐」はロバート・ブロック「猫の影」「恐怖の子守歌」はレイ・ブラッドベリ「小さな殺人者」のダイジェストになっています。他にも、ジョン・コリア「みどりの想い」、ヘンリー・カットナー「ねずみ狩り」、ロアルド・ダール「廃墟にて」などが使われています。
 原作のタイトルを紹介しているものもあれば、そうでないものもあります。しかも小説ではない本当の「怪奇実話」も混ざっているようで、かなり混沌とした編集の本になっていますね。

 「世界の名作にこんな怖い話がある」コーナーでは、ウォルポール『オトラント城』も紹介されています。このコーナーのセレクションもよく分からなくて、この次にマリヤット「人狼」、その後は上田秋成の作品が紹介されています(日本作品が紹介されているのはここのみ)。

 B級感漂う本なのですが、著者二人がベテラン翻訳家、特に矢野浩三郎は怪奇幻想の専門家といっていい人だけに、選ばれたお話のセレクションは悪くありません。原作が明記されていないお話(原作があるかどうかははっきりしないです)のなかでも、いくつか面白い話もありますね。
 インディアンに襲われ、まさかりで撃退するという夢を見た男が夢と符合する現実に遭遇するという「夢の中の殺人者」、絞首刑にかけられた男が何度も命拾いするという「絞首台の怪奇」、記憶を失った幽霊がさまよい歩く「わたしは幽霊」などが面白いです。

 海外作品を曖昧な形で紹介したり、実話とまぜこぜにしたりと、いろいろ問題がある本ではあるのですが、ごった煮的な面白さがあることは確かで、これはこれで面白い本ではないかと思います。
 カービー・マッコーリー編『恐怖の心理サスペンス』(矢野浩三郎訳 ワニ文庫)(これも矢野さんが絡んだ本ですね)でもそうでしたが、この版元、小説作品をやたらと実話集とか実用書の体裁で出したがる傾向があったようです。
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眉村卓の短篇集を読む
 昨年末惜しまれつつ亡くなった日本SF界の巨匠、眉村卓。彼の短篇集はどれも高水準で楽しめる作品集が多くなっています。「SF」のカテゴリーで発表された作品が多いのですが、今読むと、どちらかと言うと「幻想小説」や「ファンタジー」に近い作品も多く含まれています。以下、いくつかの短篇集について紹介していきたいと思います。


異郷変化 (角川文庫 緑 357-9)
眉村 卓
KADOKAWA (1976-12)

眉村卓『異郷変化』(角川文庫)
 様々な土地を舞台にして、旅情豊かに描かれる幻想小説集です。

「須磨の女」
 助教授の栗田は副業のマンガが有名になり、須磨のラジオ局にゲストとして呼ばれることになります。アナウンサーの林野ミカは彼に好意を寄せるそぶりを見せますが…。
 魅力的な若い女性の正体とは…? 幻想的でありながら妙なユーモアも感じられる作品です。

「奥飛騨の女」
 出張帰りに飛騨に寄ろうと列車の旅を続ける安倍は、車内で出会った若い女性に押し切られる形で彼女の案内を頼むことになります。マユミと名乗る女は時間が経つうちに段々と容色が衰えていくのに気付きますが…。
 人ならざる女に引き込まれそうになるという、伝統的な幽霊話の現代的なバリエーション作品です。後年にその事件を振り返るという結末の視点は、どこか侘しげで味わいがありますね。

「風花の湖西線」
 高校の同窓会に向かった古川は地元で、高校時代の憧れの女性、石原直美に似た若い女性に声をかけられます。作家としての古川のファンだと言う彼女は、一緒に歩きたいと言うのですが…。
 憧れだった女性の面影を残す女は一体何者なのか? 幽霊話かと思いきや、ちょっとしたひねりが待っています。失われた過去への思いが描かれる好篇。

「空から来た女」
 映像関係の仕事をしている溝口は、UFOは人間のテレパシーに応じてやってくるという話を聞いて、たわむれに祈ります。やがて彼の目の前にやってきた女性は宇宙からやってきたと話しますが…。
 宇宙人だという女性は本物なのか、それとも…? ユーモラスな展開ながら、結末はちょっとしんみりとさせますね。

「中之島の女」
 イラストレーターの竹原は、友人の藤崎の誘いから、深夜の中之島を訪れます。突然現れたOLの集団に二人は追いかけられますが…。
 深夜の無人の町で集団のOLに追い回されるというシュールな展開ながら、不条理な怖さのある作品です。

「銀河号の女」
 大谷は寝台急行銀河で、喪服を着て遺骨を抱いた女3人組を見かけて不審に思います。何度も見かけるうちに、3人組は大谷に話しかけてきますが…。
 ホラータッチで描かれる不気味な作品。戦争に関するテーマ意識も強く、問題作といっていい作品でしょうか。

「砂丘の女」
 鳥取営業所の様子を見に派遣された石田は、所長で同期でもある柿本から、地元を見ていくことを薦められます。砂丘を訪れた石田はそこで美しい女性と知り合いますが…。
 美しい女性の幻想とともに、都会と仕事に囚われている男の意識の変化が描かれます。

 収録作に共通するのは、様々な土地の旅情、そして人ならざる美しい女性が登場するというところ。タイトルもそれを表すように「…の女」と題されています。
 主人公は往々にして中年のサラリーマンであり、仕事やそれまでの人生に疑問を抱き初めています。そんな彼らが、慣れぬ土地で不可思議な存在に出会うことにより、ちょっとしたアイデンティティの変化を起こす…というのがコンセプトの作品集といっていいでしょうか。



通りすぎた奴 (1977年)
通りすぎた奴 (1977年)
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眉村 卓
立風書房 (1977-05)

眉村卓『通りすぎた奴』(角川文庫)
 幻想的な要素の濃い作品集です。

「空しい帰還」
 栗田進は戦時中に疎開していた岡山の町を訪れますが、誰も自分を覚えていません。自宅に戻っても誰も自分を知らないと言うのですが…。
 パラレルワールドに転移してしまった男を描く物語です。主人公の不安が強烈に描かれる作品。

「窓の灯」
 ニュータウンにある「おばけマンション」を撮影に訪れた一行は、無人のはずのマンションに灯りがついていることに気が付きますが…。
 外から灯りが見えるものの、中には誰もいない、という奇怪なマンションを描いた作品です。

「疲れ」
 小島はある日、ちょんまげの武士のような男に水をかけてしまいますが、男は刀で切りかかってきた直後に消えてしまいます。友人は疲れによる幻ではないかと話しますが…。
 幻覚なのか実在するのかわからない武士をめぐる物語。どこかしみじみとした味わいがありますね。

「青白い月」
 橋本健治は突然現れた見知らぬ女に温泉地まで引っ張られていってしまいます。女によれば彼と彼女は恋人であり、女の内縁の夫を殺したというのですが…。
 これもパラレルワールドらしき世界に迷い込んでしまった青年の物語。暗いトーンで結末は救いがないです。

「ブレザーコート」
 ふと入ったデパートで気に入ったブレザーコートを買った男は、それを着て大阪支社に向かいますが、支社ビルの内部には誰も人間がいないのです…。
 不条理な展開の恐怖小説的作品です。

「切断」
 ラジオ出演者の新田は、ここしばらく周りの人々がひどく遅く動くのが気になっていました。やがて時間が停止するような瞬間がたびたび訪れます。体は動かないものの、意識だけは働くのです…。
 時間が遅く感じるようになった男を描く物語。意識だけが働く…というのが面白いところですね。

「ある夜の話」
 平安時代を題材に原稿を書く必要に迫られた男は、酒場で知り合った男が平安時代に詳しいと聞き彼の家を訪れます。彼は未来人と一緒にタイムマシンに乗り、平安時代でしばらく暮らしたというのですが…。
 タイムスリップ作品。一緒に過去に行った未来人が乱暴者という設定が面白いです。

「ネズミ」
 地下室で電話のやり取りをする仕事をする男は、一人ではさばききれない仕事量に困っていました。ある日突然現れた女は彼の仕事を手伝い始めますが…。
 どことも知れない時代・場所で展開される、寓話性の強い作品です。

「通りすぎた奴」
 人々は、2万5000階まであるという巨大な建造物の中で働き、暮らしていました。人々はエレベーターで長距離を移動していましたが、ある日わざわざ階段で移動をしているという青年が現れます。青年が最上階を目指して移動するうちに、彼は聖者ではないかという噂が立ちますが…。
 巨大建造物で展開される奇妙な設定の物語です。結末は結構怖いですね。この短編集では一番インパクトのある作品でしょうか。



ワルのり旅行 (角川文庫 緑 357-5)
眉村 卓
KADOKAWA (1975-08)

眉村卓『ワルのり旅行』(角川文庫)
 主にサラリーマンや会社員生活をテーマにした作品が多いのですが、<奇妙な味>的な要素も強く、楽しく読める作品集です。

「ワルのり旅行」
 脱サラを行いそれぞれ成功した男女6人は、かって同じ会社「大阪産業」に勤める社員でした。売れっ子放送作家となった朝霧は、皆に大阪産業社員のふりをして慰安旅行に行かないかと提案します。作家の浦上は誘いにのって旅行に参加しますが…。
 脱サラしながら、あえてサラリーマンのふりをして慰安旅行を行う男女を描いた作品です。特に大事件は起こらないものの、ちょっとした悲哀を感じさせる作品になっています。

「主任地獄」
 主任の朝田は、部下の女性大内が自分への反発から仕事をまともに行わないことに業を煮やしていました。やがて新規に採用された岸久美子は向上心もあり、そちらに仕事の大部分を振ることになります。やがて朝田は大内の幻覚を見るようになりノイローゼ気味になりますが…。
 部下に板挟みになった男を描く作品。しみじみとした味わいがありますね。

「長い三日間」
 会社が週休3日になり、手持ち無沙汰になった片岡は、ある日先輩の山崎に会います。彼は休みを利用してアルバイトを行ったり学校にも行っているというのです。アルバイトを手伝わないかと誘われた片岡は、スポーツセンターを訪れてみますが…。
 非常に現代的なテーマの作品です。風刺的な意図で描かれた作品でしょうが、実際にありえそうなシチュエーションということで、今でも価値が失われていない作品かと思います。

「屋上の夫婦」
 作家として独立したものの経済的に苦しい内田テツヤと妻クニコは、家賃がタダだという条件に惹かれて都心のマンションの管理人になりますが、その住宅は屋上に建てられた安っぽいものでした。入居者は派手な若者が多く、事あるごとに内田夫妻ともめごとになります。
 やがて住人たちは屋上を封鎖し、夫妻が外に出れないように閉じ込めますが…。
隣人たちとのもめ事がエスカレートする…という現代的なテーマですが、それが幻想的な展開になるというユニークな作品。結末の急展開がちゃんと作品のテーマとつながっているところに感心します。

「われら恍惚組合」
 定年65歳制になったその会社では、高齢の職員は屋上で将棋をしながらランチするのを楽しみにしていました。しかし若い社員がスポーツするのに邪魔になるということで、総務からスポーツ以外の使用を禁止されてしまいます。
要求を組合にもつっぱねられた高齢社員たちは自分たちだけで新しい組合「恍惚組合」を結成しますが…。
 高齢社員たちと若手社員たちとの世代の断絶を描いています。これも現代に通用するテーマの作品ですね。

「トドワラの女」
 S保険のCM作成のため、落ち目の俳優竹川が惨めな目に会うという企画を考えた一行は、北海道の野付半島を訪れます。CM撮影の最中に突然現れた女は、竹川のそばにまとわりつきます。本来腰の低い卑屈な性格であるはずの竹川は、女と話した後、別人のようになりますが…。
 どこかスラップスティックな雰囲気の作品が最終的には幻想小説へ。モダンな装いの妖怪譚です。

「トロキン」
 妻から頼まれた精神安定剤「トロキン」を買い忘れた男は、妻を迎えに団地の集会所を訪れますが、そこで妻たちの怪しい相談を漏れ聞いてしまいます。やがて美人として有名なK夫人の夫が錯乱し落下死してしまいますが…。
 団地の妻たちは何を隠しているのか? ブラック・ユーモアにあふれた奇妙な味の作品です。

「青い道化」
 ラジオディレクターの中谷は、DJの早瀬の態度に業を煮やしていました。高校の同級生のよしみで様々な面でサポートをしていたものの、早瀬はいい加減な行動を繰り返していたのです。早瀬が泥酔でろれつが回らなくなったとき、苦肉の策として中谷は自らがDJとして出演することになります。
 中谷は早瀬の語り口のパロディを行いますが、リスナーにそれが受けてしまい、早瀬の代りにDJをやってくれないかと依頼されますが…。
 芸能人とディレクターの立場が逆転してしまうという皮肉な運命を描いた作品ですが、思いもかけない結末が待っています。早瀬の凋落に対して、主人公の中谷が一方的に責め立てられるという展開が描かれますが、その部分を含めて不条理小説風の怖さがある作品です。



素顔の時間 (角川文庫)
素顔の時間 (角川文庫)
posted with amachazl at 2020.04.03
眉村 卓
角川書店 (1988-02)

眉村卓『素顔の時間』(角川文庫)

「点滅」
 副編集長の佐久間は、雑誌の企画として奇人として有名な刈谷という大学教授にインタビューを行います。刈谷によれば、現代人は所有欲が亢進する病気にかかっているというのですが…。
 現代文明を批判した風もある、奇妙な味の作品です。

「逢魔が時」
 フリーライター島崎は、中年に入り自分の能力が衰えていることを感じていました。パーティーの席で版画家の谷川なつえと会った島崎は、自分が子供のころ見知らぬ男からもらった不思議な円盤を彼女も所有していることに驚きますが…。
 中年の危機をSF的な奇想と結びつけた作品です。

「秋の陽炎」
 安田はある日突然、外を歩く人間たちのそばに陽炎のようなものが立っているのに気がつきます。建物の中に入るとそれは見えなくなるのです。友人はそれは「オーラ」ではないかと言うのですが…。
 不思議な現象が見えるようになった男の物語。現象の解釈がこの著者らしくユニークですね。

「枯れ葉」
 夢想家である大槻は、他人の家を見てはその生活を想像するという趣味を持っていました。空想癖が嵩じて浪費し借金取りに追われるようになった大槻は、ある日自分たちのところへ来いという誘いの手紙をもらいますが…。
 別世界へ逃避するという物語ですが、SF的な解釈が施されています。ちょっとメタな視点もありますね。

「素顔の時間」
 その世界では「基本時間」の後に「延伸時間」という時間が存在していました。「延伸時間」に入ると人々は超能力が使え、例え死んでも「基本時間」に入れば生き返れるのです。「延伸時間」の最中、吉川は、婚約者が死にかかっているという連絡を受けますが…。
 夢のように何でもできる「時間」が存在するというユニークな設定の作品です。ただ、そこでは人々のモラルや抑制が欠けており、やりたい放題になるというのが面白いところですね。

「減速期」
 電車内で、楠田は高校時代につきあっていたクラスメート大島杏子にそっくりな女子高生に出会います。またかっての恋人や同僚などにそっくりな人間、そして自分自身の若い頃に似た青年にも出会います…。
 過去に自分に関わりのあった人間に、当時の姿そっくりな姿で出会う…という「分身」テーマのバリエーションのような作品です。この現象の解釈がタイトル名になっているのですが、この著者らしい、しみじみとしたものになっています。

「少し高い椅子」
 離婚したばかりの中年男性秋山が自宅に帰ると、見覚えのない女性が赤ん坊と共に部屋にいました。別の世界に入り込んだのではないかと考えた秋山は、恐る恐る出社しますが、彼の地位は以前とは違っていました…。
 パラレルワールドに入り込んだ男を描く作品です。別世界をすぐに否定するのではなく、自然に溶け込むように行動する…というのは、まさに小市民的。眉村卓らしい物語展開ですね。全体的にポジティブな物語なのですが、最後にちょっと不安な要素を入れてくるのも面白いです。



かなたへの旅 (1979年) (集英社文庫)
眉村 卓
集英社 (1979-10)

眉村卓『かなたへの旅』(集英社文庫)
 怪奇幻想色の濃い作品集です。

「夜風の記憶」
 港野は大阪で旧友の東川と飲みに行くことになります。学生時代にアルバイトをしていたアルサロをふと思い出した港野は、店を見つけ入店しますが、その店の店員たちはどうやら過去の人間たちのようなのです…。
 過去に入り込んだ男の物語。かっての自分の若さを悔やみながらも、それを受け入れる…という作品です。

「S半島・海の家」
 人気の旅行スポットであるS半島の海の家にやってきた水原夫妻は、その宿では奇怪な現象が続くのに驚かされます。しかも、そこにいると二人ともどんどん年を取っていくように見えるのです…。
 怪奇現象の起こる宿をスラップスティックに描いた作品です。これは楽しいですね。

「檻からの脱出」
 平林は泊まる宿がなく困っていたところ、ようやく浦島というホテルを確保しますが、そこは連れ込みホテルでした。部屋から出ようとするとドアが閉まっており出ることができません。
 電話もつながらず困った平林は窓から脱出することにします。外の世界にはなぜか人が全くおらず、女が一人だけしかいないのですが…。
 ホテルの内側から別世界につながってしまうという怪奇小説。これは魅力がある作品ですね。

「乾いた旅」
 旅行中の北川は、共同経営者だった稲本の失踪について思い出していました。彼は事業が大変な時に突然失踪してしまったのです。やがてバス乗り場で出会った若い女は、別世界に行きたくはないかと話しかけてきますが…。
 仕事や日常生活に疲れた者たちが逃避する別世界を描いた作品です。主人公はその世界に行くことを決断するのかどうか…というのが読みどころですね。

「潮の匂い」
 妻が息子の受験勉強で忙しいため、手持ち無沙汰になった松井は自転車で外に出かけます。工場地区を抜けた先に夜店を見つけた松井はそこで一休みしますが、品物の値段が異様に安いことに驚きます。そこはどうやら別の世界のようなのですが…。
 パラレルワールドらしき世界に入り込んでしまった男の物語です。物の値段が異様に安いものの技術はあまり発展しておらず、貧富の差も激しいらしき世界であるにも関わらず、主人公は希望を感じてその世界に入り込んでいく…というポジティブな作品です。この著者としては珍しい味わいの作品でしょうか。



新・異世界分岐点
新・異世界分岐点
posted with amachazl at 2020.04.03
眉村 卓
出版芸術社 (2006-09-01)

眉村卓『新・異世界分岐点』(出版芸術社)
 不思議な世界に迷い込んだ人間たちを描く幻想小説集です。

「血ィ、お呉れ」
 会社の薦めで社宅に入居した夫妻でしたが、そこは古い長屋のような家でした。ある夜、彼らは道で少年のような姿形の怪しい存在に出会いますが…。
 戦後間もない、テレビもない時代に若夫婦が出会った不思議な存在について語られる物語。タイトルにもある「血ィ、お呉れ」<のフレーズには強烈なインパクトがありますね。

「夜風の記憶」
 港野は大阪で旧友の東川と飲みに行くことになります。学生時代にアルバイトをしていたアルサロをふと思い出した港野は、店を見つけ入店しますが、その店の店員たちはどうやら過去の人間たちのようなのです…。
 過去に入り込んだ男の物語。かっての自分の若さを悔やみながらも、それを受け入れる…という作品です。

「超能力訓練記」
 地方の出張所の所長として赴任した横山は、地元で採用した部下が皆どこか熱心さに欠けるのが気になっていました。体調もどこかしら優れないのです。本屋でたまたま手にした本の中で、超能力を訓練する組織の存在を知った横山は訓練を受けてみようとその場所を訪れますが…。
 単身赴任し意気の上がらない男が、超能力の訓練にのめり込む…という物語。平凡な男が超能力を手に入れてヒーローになるというような話かと思ったら、思いもかけない展開に。結末はホラーとも取れますね。

「エイやん」
 妻を亡くした初老の作家、浦上映生はある日ふと、少年時代に住んでいた町を訪れますが、そこで見知らぬ女に呼びかけられます。またスナックのマスターは彼のことを「エイやん」と親しげに呼びかけますが、浦上には覚えがないのです。
 マスターに事情を聞くと、「エイやん」は途中まで自分と同じ人生を送りながらも、ある時点で道を違えたもう一人の自分であるらしいのです…。
 もう一人の自分が存在する世界に入り込んでしまった男を描くパラレルワールドもの作品です。もう一人の自分「エイやん」は、男気があり皆に好かれる人気者だったというのです。あり得たかもしれない人生と、自分の歩んできた人生の再認識、哀愁あふれる作品ですね。

「芳香と変身」
 友人の石上から、ある花の芳香を嗅ぐと若返ることができるという話を聞いた岡村は、自分の体が突然突然若返っているのに気がつきます。戸籍も身寄りも失った岡村は貯金を食い潰しながら働き口を探しますが、なかなか見つけることができません。
 しかも接触する人間の人生や本質を見通してしまう能力もまた得ていたのです…。
 若返ったものの、何か新しい人生に挑んでいくという方向にはいかないところが眉村卓らしいところでしょうか。諦観に満ちながらも、生きてはいかなくてはならない、という味わい深い作品です。

「マントとマスク」
 武道をならっていた森田は仲間とともに不良に襲われていたカップルを助けます。その直後に現れた謎の老人は、彼らにマントとマスクを渡し、呼ばれたときにはそのマントとマスクをつけて正義の味方として活躍しなさいと言い残して姿を消します。
 事件が起こるたびに、彼らは現場に駆り出されますが…。
 ふとしたことからヒーローになってしまった青年たちの物語。ただそれが年齢を重ねていき、段々と体力も持たなくなっていく…という渋い展開です。主人公が過去を思い出すのも、かっての仲間の死であるというところもしみじみとしていますね。



魔性の町(駅と、その町) (講談社文庫)
眉村卓
講談社 (2020-01-10)

眉村卓『魔性の町』(講談社文庫)
 <魔性>が棲むという伝説のある立身という町を舞台に、駅周辺の時代の変遷を背景にしながら、人々の生活を描いていく「ちょっと不思議な」連作集です。
 国鉄(後のJR)側の昔ながらの商店街と、私鉄側の急速に発展する振興地、大きく二つの土地を舞台にしながら、物語が進んでいきます。一つ一つの物語は本当にかすかな不思議が起こるという静かな話が多いのですが、それらのエピソードを通して、一つの町の像がうっすら浮かんでくるという構成です。

 突如駅に現れ金儲けを始める不思議な男を描く「立身クラブ」、未来を予知する不思議な女性を描く「片割れのイヤリング」、悪人と取り違えられ拉致されてしまう男を描く「親切な人たち」、町に現れた外国人と彼が出会う魔性を描く「化身と外人」、新興の商業施設での幻想を描く「閉じていた窓」、堕落した世の中を正そうと活動する老人たちを描いた「拝金逸楽不倶戴天」、かっての幻の女性の記憶を描く「亜美子の記憶」、町の取材に訪れた記者たちが不思議な事件に遭遇する「魔性の町」の8篇を収録しています。

 商店街や商売をしている人の視点から描かれるエピソードが多く、地に足の着いたような生活風景がメインで描かれています。それだけに、かすかな規模で起きる超自然現象が引き立っていますね。派手な展開がないだけに地味な作品ではありますが、これはこれで味わいのある作品ではないでしょうか。



二次会のあと (講談社文庫)
眉村卓
講談社 (2019-12-20)

眉村卓『二次会のあと』(講談社文庫)

 他人への親切行為を目撃された男がそれを示すバッジをもらうという「バッジ」、一緒に遊び回っている別の女性が他人の目からは自分の妻に見えているという「監視」、食糧危機のセミナーに出席した男が修了後に人が変わったようになるという「資格魔」、衝動的に会社を辞めた男が次々と人生を変えるような出来事に出会うという「乗りかえた日」、日常的な言動が突然反道徳的に受け取られてしまうようになる「梅雨」、仕事のために部屋を借りた男が同室の異様な人間たちに遭遇するという「同室の連中」、突如発生し始めた叫ぶ草を描いた「叫ぶ草」、異様に安い賃貸マンションに入居した夫婦の物語「根なし花」、別の世界から調査に来たと称する若い女性を描く「協定」、新居に何者かの気配がするという「同居者」、確実に楽しい夢が見られる機械を開発した企業の物語「冬眠の前」、中年男性が若い頃の時間に入り込むという「顔」、客もママも妙な人間が集まった不思議なスナックを描く「吹きだまり」、二次会の席で争いになった同級生たちが見知らぬ男に小さくされ競わされるという「二次会のあと」を収録しています。

 どれも面白く読めますが、一番印象に残るのは巻末の「二次会のあと」です。
 二次会に集まった同級生たちは、皆いろいろな企業で出世したものばかりでした。互いに自分たちが上だと喧嘩寸前になったところで、見知らぬ男から彼らの中で一番を決める絶好の手段があると話します。
 男の口車に乗って言われるままにホテルの部屋を訪れた同級生たちは、何らかの薬品で体を小さくされてしまいます。絨毯に埋もれるほどの小ささになった彼らは、部屋に隠された、元に戻るための薬をめぐって競争させられることになりますが…。
 体を小さくさせられてしまった男たちが、元に戻るためのゲームをさせられるという作品です。無闇に薬を探すのではなく、主人公がいろいろと戦略を練って動く、という部分に面白みがありますね。



奇妙な妻 (角川文庫 緑 357-15)
眉村 卓
KADOKAWA (1978-05)

眉村卓『奇妙な妻』(角川文庫)
 1960~1970年の間に書かれた、ショート・ショート中心の作品集です。ショート・ショート集とはいいながら、ちょっと長めの短篇といっていい作品も入っています。

 会社が倒産した夫が妻から謎の勤め先を紹介される「奇妙な妻」、猫と飼い主の奇妙な関係を描く「ピーや」、ミュータントを殺し続ける男を描く「人類が大変」、寒さに身をすくめる夫婦を描くシュールな「さむい」、突然針を刺されてしまう男を描いた「針」、セールスマン・トーナメントに出る男を描く「セールスマン」、山奥の観測所に一人勤めることになった男の体験を描く「サルがいる」、突然犬が話し出す社会にまぎれこんでしまう「犬」、ロボットを死んだ息子の代わりとして育てる夫婦の物語「隣りの子」、宇宙人をかくまう男の独白「世界は生きているの?」、タイムマシンに乗り人生を何度も繰り返すという「くり返し」、蛙と一体化してしまった男の物語「ふくれてくる」、周りの人間がやる気を失ってしまうという「やめたくなった」、堅物の青年にまとわりつく蝶の物語「蝶」、事務所で雇った女の子の秘密を描いた「できすぎた子」、あくどい行為をするたびにむかでが発生するという「むかで」、飲むと過去の戦争体験が再現され周囲を巻き込んでしまうという「酔えば戦場」、デジャブに襲われ続ける男を描いた「風が吹きます」、日常生活がだんだんとずれていくという「交替の季節」、自分に仕える奴隷を念じた結果生まれた男にまとわり続けられるという「仕事ください」、岡山に研修に送られた青年の世界が次々とおかしくなるという「信じていたい」を収録しています。

 非常にレベルの高いショート・ショート集です。中でも飛びぬけて完成度が高いのは「ピーや」「仕事ください」でしょうか。どちらも「想像」によって現実を変容させる、というテーマの幻想小説で、傑作だと思います。
 ドタバタ風で始まりながら、全宇宙を消滅させてしまう結果になるという「仕事ください」の展開はすごいですね。
 あと、印象に残るのは「サルがる」「蝶」「酔えば戦場」「信じていたい」といった作品。

 「サルがいる」は、山奥の観測所に一人で勤めることになった男が主人公。そこには野生のサルが大量に住んでいました。しかし男の知らぬ間に下界では何かが起こったらしく連絡がつながらなくなります。ほかの人間を探しに行った男は、サルが立って人間の言葉を話すのを目にしますが…。
 何かが起こったらしい下界、人間のようになったサル…。全く情報が明かされないまま終わってしまうという恐怖小説風の作品なのですが、これは後を引きますね。

 「蝶」は、純真ながら融通のきかない堅物の青年が主人公。彼はある日帰りに黄色い蝶にまとわりつかれ、そのまま連れ帰ります。その夜、青年は蝶になった夢を見ますが…
 まるで「胡蝶の夢」を思わせるファンタジー。結末のイメージが素晴らしいです。

「酔えば戦場」
 落ちぶれた先輩社員、清水氏と一緒に飲みに行くことになった「僕」。彼は戦争帰りの人間だと言います。清水氏が深酔いした頃、突然自分を含め周りの人間は清水氏とともに銃弾の飛び交う戦場にいることに気がつきます…。
 酔うと戦争の戦場の記憶を再生し、周囲を巻き込んで別空間を作り出してしまうという能力を持つ男の物語です。撃たれても、当の本人以外は傷が残らない…という設定がユニークですね。ちなみにこのテーマ、ロバート・R・マキャモンの短篇「ミミズ小隊」と設定が似ていますね。

 「信じていたい」は、パラレルワールドもの。婚約者の美津子を置いて単身岡山県にある勤め先の工場に研修に行くことになった「僕」。休日に会いにいくはずだった美津子が自分の元に来たことに驚く「僕」でしたが、翌日に待っていたがなぜ来なかったのかという美津子の電話がかかってきます。
 飲み会で飲みつぶれた「僕」は美津子に電話をかけますが、なぜかその番号はつながりません。実際に美津子の家を訪れた「僕」は、母親から美津子はすでに結婚して子供もいる、と聞かされますが…。
 自分が過ごす可能性があった平行世界が入り混じり、世界が滅茶苦茶になってしまった青年を描く物語です。別の世界の自分と出会ったりと、ドッペルゲンガーものの趣もありますね。世界がどんどん変わってゆくという目くるめくような展開が魅力的な作品です。


強いられた変身 (角川文庫)
眉村 卓
角川書店 (1988-01)

眉村卓『強いられた変身』(角川文庫)
 7篇を収める短篇集です。

「長い夢」
 調査官クラは、別の太陽系惑星を巡る宇宙船に同乗することになります。彼はかって宇宙飛行士を志したことがあったものの、現役の飛行士たちの態度に失望し、コースを変えたという経歴がありました。クラの任務は、飛行士たちに反乱のきざしがないか確認するというものでした。
 3人1組勤務制をロボットと組む2人制に変更することを反対する飛行士たちの様子を探る必要があるのです。彼らが理由として挙げるのは、飛行中に彼らが見るという「幻夢」だというのですが…。
 どこか冷めた宇宙飛行士たちの態度の原因とは何なのか? 短いページ数に様々なテーマを入れ込んだ宇宙SF作品です。結末の諦観はこの著者ならではでしょうか。

「気楽なところ」
 出張のため泊まったビジネスホテルで地震に遭遇した古橋は、あわてて逃げ出しますが建物は倒壊してしまいます。しかし金属パイプのようなものをつかんだ古橋は、その先に見えない梯子のようなものがあるのに気が付きます。
 そのまま上に上がると、青空のもと、巨大なドームが立っていました。そこは複数の次元の侵略センターであり、それが廃棄された後、たまたま迷い込んだ人間たちが住み着いているというのです…。
 仕事に追われるビジネスマンが偶然入り込んだ異世界。気楽に過ごせるのではないかと考えたものの、そこにも争いの種があった…という物語です。

「セリョーナ」
 泥酔した加賀は頭を打ち付けたショックでおかしな夢を見ます。そこは宇宙船のブリッジで、「セリョーナ」という言葉が頭に残っていました。過去にも山の中で一度気を失った経験がある加賀は、友人の医師米山に催眠術をかけてもらい過去の記憶を引き出そうとしますが…。
 いわゆる侵略SFなのですが、その侵略が完全に終結してしまった時点で語られるという、面白い構成の作品です。その意味でサスペンスはあまりないのですが、逆にしみじみとした味わいがあるのが面白いところです。

「古い録感」
 若い社員は、商品として使えるものがないかどうか、古い録感テープの缶を十数個出してきます。中に当時の作家が録感したものがあり、年配の社員は試しにそれを受感してみます。それは作家が数十年ぶりに故郷を訪れ、子ども時代を思い返すという内容でした。
 懐かしさを覚えるかと思いきや、思い出から引き出されてきたのは、少年時代の自分がいかに残酷で無神経だったかということでした…。
 未来の人間が、過去の人間の感慨を吹き込んだ記録媒体を見てみるものの、その心性のギャップに戸惑う…という物語です。過去の作家自身が過去と現在の自分の心のありようのギャップを認識し、更に未来の人間がその作家自身とのギャップを認識するという二重の構造になっています。

「代ってくれ」
 昼食時に「僕」の目の前に座った男はサングラスとマスクをしていましたが、その顔は「僕」とそっくりでした。彼は平行世界から来た「僕」であり、元の世界では「生活監視官」というエリート職についているというのです。
 しかしその職務に精神的に耐えられなくなり、ある組織の力を借り、別次元の人間である「僕」とその場所を交換してもらうためにやってきたというのですが…。
 パラレルワールドの自分が入れ替わるためにやってくるというお話。エリートと入れ替われるという提案に対しての「僕」の怒りが激しいのが印象に残ります。矜持を示しておきながら、結末ではその決断を後悔するというのも面白いですね。

「真面目族」
 その生真面目さから、周りから疎まれている風もある吉岡誠。同じく真面目一辺倒の先輩社員臼田から声をかけられて、真面目さを強化するセミナーに参加することになりますが…。
 生真面目さから生きにくさを感じていた青年が、同じく真面目さを信奉する集団に取り込まれてしまうという物語。普遍的な集団の力学がわかりやすい形で描かれたような作品ですね。

「オレンジの旗」
 経理マンの相川は妻子とともに遊園地で、コースターの席からオレンジの旗を振る奇矯な人物を目撃します。子供によれば彼は「オレンジマン」だというのです。出張の列車の中で「オレンジマン」と出会った相川は彼から話を聞きます。
 彼は別世界から来た宇宙船のパイロットであり、元の世界に帰るために自ら危険な状況に身を置いているのだと…。
 派手なパフォーマンスを繰り返す男が実は異世界人だった…という物語。彼の存在から影響を受けて自らも自分の世界を広げようと考える主人公が登場するなど、妙にポジティブな展開になるのが面白いですね。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

宇宙のアウトロー  フレドリック・ブラウン『宇宙の一匹狼』
宇宙の一匹狼 (創元SF文庫)
フレドリック・ブラウン, 保男, 中村
東京創元社 (1993-07)

 人類が火星や金星にも植民している未来、地球の中心都市アルビュクエルクにやってきた職業的犯罪者クラッグは、非合法の麻薬ネフシンの運び屋の嫌疑で裁判にかけられてしまいます。その罪は、数十年にわたるキャリストでの強制労働か、精神改良器による性格改造でした。
 裁判に臨んだクラッグは、元裁判官である政界の大物オリヴァーが裁判官を務めると聞き驚きます。有罪にはなったものの、その後オリヴァーは、クラッグにある取引を持ちかけてきます。
 ある物を盗んでもらいたいというオリヴァーの極秘計画には、クラッグのような腕利きの犯罪者が必要だというのです。今までの罪を無しにした上で、100万ドルもの報酬を約束したオリヴァーの提案をクラッグは受け入れます。
 オリヴァーの妻であるジュディスの手引きを受け、クラッグは厳重な警備の中脱獄を計画します。
 一方、数十億年前から存在し、知性を持つ岩石の塊が宇宙を漂い、太陽系に近づきつつありました…。

 フレドリック・ブラウンの長篇『宇宙の一匹狼』(創元SF文庫)は、アウトローの男が脱獄し、貴重な品物を盗み出す計画を描いた近未来SFアクション作品です。この主人公クラッグがなかなか魅力的です。犯罪における特殊技能や喧嘩に強いのはもちろんのこと、金属製の義手を投げて敵を倒す…という武闘派なのです。基本的に他人を信じないというニヒルな性格で、ハードボイルド的な味わいもありますね。

 オリヴァーによる品物奪取計画を描く中盤までは、アクションに次ぐアクション。また、オリヴァーの計画の真意が不明だったり、クラッグを魅惑するジュディスとの三角関係的な展開もあります。
 冒頭で言及される岩石の知性体が、この物語にどう絡んでくるのか…というのも読みどころですね。

 この知性体の介入で、中盤から物語が大きく変わります。それまでのアクション重視の物語とはまた違った展開になるのですが、こちらはこちらで面白い展開です。
 広大なスケール感があり、どこか哲学的・詩的な結末もブラウンらしいといえばらしいです。

 中盤をはさんで、大きく物語が二つに分かれており、その一貫性があまりないのが弱点でしょうか。それぞれの物語は面白いのですが、一つの長篇というよりは、二つの中篇のようになってしまっているのですよね。ただ、どこか心に残る作品ではありました。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

幽霊のいる物語  ウォルター・R・ブルックスほか『幽霊たちの館』
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 ウォルター・R・ブルックスほか『幽霊たちの館』(掛川恭子ほか訳 講談社青い鳥文庫)は年少読者向けに編まれた怪奇小説アンソロジー。古典的な作家から現代の作家まで、時代は幅広く取られているようです。

キャサリン・ストー「牧師館のクリスマス」
 牧師としてコーンウォルの僻地に赴任した兄ウィリアムとその家族のもとを訪れた妹たち。兄の息子ヒューは部屋で一人で眠るのを異様に怖がりますが、兄は甘やかしてはいけないとたしなめます。
 妹たちはたまたま出会った墓守から気味の悪い話を聞きます。かって罪深い行為を行った牧師が自死して以来、新しく赴任した牧師はろくに居着かずにいなくなってしまうと言うのです…。
 何やら邪悪な意思を感じさせる土地。兄の息子は一体何を怖がっているのか…? 非常に雰囲気のあるゴースト・ストーリーです。

ウォルター・R・ブルックス「ジミーとよわむし幽霊」
 ジミーは幽霊屋敷と噂される、かっての祖父の屋敷を訪れますが、そこには幽霊が住み着いていました。彼と仲良くなったジミーは姿を消す術を習い、おばを驚かせますが…。
 幽霊と友人になった少年を描くコミカルなゴースト・ストーリー。結末にはしんみりとした味わいもありますね。

ジョン・ゴードン「ひびわれた記憶」
 少年ベンは頭がぼうっとして、いろいろなことが思い出せないことに気がつきます。クラスメイトたちは彼のことを無視するような態度を取りますが、唯一彼と話をしてくれる少年を見つけたベンは、彼と行動を共にすることにします…。
 なかなか「怖い」幽霊物語。勘のいい読者はすぐに仕掛けに気付いてしまうかも。

ランス・ソールウェイ「かわいいジュリー」
 妹のジュリーのわがままに常々腹を立てていた兄エドワード。自分の部屋に恐ろしい幽霊がいるというジュリーの話をエドワードは否定しますが…。
 子どもの想像だと思っていたことが実は…という、アンファン・テリブルものホラー作品。

ジョン・ケンドリック・バングズ「ハロビーやしきの水おんな」
 ハロビーやしきの当主には、幽霊が取り憑いていました。毎年クリスマス=イブに女の幽霊が現れ、一晩中離れないというのです。水びたしの霊に取り憑かれ、死んでしまった当主もいたといいます。
 新しく当主となった若者は、彼女を退治する方法を考えますが…。
 水びたしの幽霊を退治するというユーモラスなゴースト・ストーリー。翻訳もいくつかあるアンソロジーピースですが、やはり名作ですね。

A・M・バレイジ「殺人者のへや」
 マリナーろう人形館を訪れ、館長に記事を売り込んだ記者のレイモンド・ヒューソン。殺人者のろう人形が集まる部屋で一晩を過ごし、その記事を売ろうというのです。名だたる殺人者の人形が並ぶなか、彼をおびえさせたのは、殺人を繰り返しながら捕まらず、そのまま行方不明になったというブルデット博士の像でした。深夜、ヒューソンは博士の像が動き出したのに気がつきます…。
 殺人者のろう人形部屋で一晩を過ごすことになった男を描く物語です。オーソドックスな題材ではあるのですが、演出が独特で非常に怖い作品になっています。現代で言うところの「都市伝説風」の味わいもありますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』通販のお知らせ
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 文学フリマ東京で販売した同人誌、『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』 を盛林堂書房さんで通信販売いたします。

 文学フリマで販売したものは手製本でしたが、今回新たにオフセット印刷で刷りなおしています。
 『物語をめぐる物語ブックガイド』は、物語や本をテーマにした小説作品のガイド、『迷宮と建築幻想ブックガイド』 は、迷宮や建築をテーマにした小説作品のガイドです。仕様は以下の通りです。

『物語をめぐる物語ブックガイド』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:36 ページ
本文の印刷方法:モノクロ
用紙:色上質最厚口
表紙用紙の色:レモン
表紙印刷:カラー

『迷宮と建築幻想ブックガイド』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:32 ページ
本文の印刷方法:モノクロ
用紙:色上質最厚口
表紙用紙の色:レモン
表紙印刷:カラー

盛林堂さんの販売ページはこちらです。
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/

2019.12.28追記
二冊とも初回納品分は完売いたしました。再納品をしていますので、年明け2020年1月4日以降、通販再開する予定です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

恋と冒険  ロバート・ルイス・スティーヴンソン『眺海の館』
眺海の館 (論創海外ミステリ)
 ロバート・ルイス・スティーヴンソン『眺海の館』(井伊順彦ほか訳 論創海外ミステリ)は、バラエティに富んだ作品が収録された傑作集。翻訳があるものの、入手難になっている作品が多く集められており、スティーヴンソンファンにとっては貴重な作品集になっています。

 収録作中では、何といっても表題作の「眺海の館」が一番の絶品です。恋と冒険を扱った非常にロマンティックな作品です。

 「わたし」ことフランク・カシリスは、天涯孤独な青年。人間嫌いな性格も災いして、友人と言えば同じく人間嫌いな男ノースモア一人だけでした。ノースモア家が所有するグレイドン・イースターの地に招待されたカシリスは、ノースモアとけんか別れをしてしまいます。
 九年後ふとしたことから、かっての友人の領地を訪れたカシリスは、ちょうど船から数人の人間が降りてくるのを目撃します。ノースモアの他、美しい若い娘と老人がいるのを確認したカシリスはノースモアに声をかけますが、彼は短剣で突然切りかかってきました。かろうじて防いだカシリスは、ノースモアが何をしているのか調べようと考えますが…。

 かっての旧友の家を訪れた青年が陰謀に巻き込まれるという冒険小説なのですが、そこにヒロインをはさんで三角関係が繰り広げられるというロマンス風味が合わさった作品です。
 わりと正統派の冒険ロマンスなのですが、この作品を面白くしているのがノースモアというキャラクターの存在。人間嫌いで短気、口も悪いが情には厚いという複雑な性格です。激昂すると何をするか分からない怖さがありながら、積極性と勇気とも持ち合わせています。
 実際、流れ的に主人公カシリスとノースモアは味方になるのですが、二人の間が次にどうなるかわからない…という人間関係の強烈なサスペンスがありますね。
 なお、この作品の翻訳は、初出誌版によっているらしいのですが、後の版では普通の一人称の語りになっているのに対して、この初出誌版では、死の床の主人公が子供たちに妻との馴れ初めを語る…という語り口になっています。そのため主人公がヒロインと結ばれること、命を永らえることがわかった状態で物語を読むことになります。
 ただ、それがわかった状態でもサスペンスが途切れないのは、さすがに文豪スティーヴンソンというところでしょうか。

 邸に閉じ込められた青年が結婚を強要されるというロマンティック・サスペンス「マレトロワ邸の扉」、アイスランドを舞台にした民話風の怪奇小説「宿なし女」、捻りの利いた掌編集「寓話」、本邦初訳の掌編「慈善市」なども面白いですね。

 フランソワ・ヴィヨンをテーマにした「一夜の宿り」、陽気な芸人夫婦の冒険を描いた「神慮はギターとともに」に関しては、岩波文庫の『マーカイム・壜の小鬼 他五篇』で手軽に読めるのではありますが、原著の『新アラビア夜話』第二巻収録の四篇(「眺海の館」「一夜の宿り」「マレトロワ邸の扉」「神慮はギターとともに」)が日本語でまとめて読めるのは、現在この本だけだと思います。
 ちなみに原著の『新アラビア夜話』一巻には、有名な「自殺クラブ」「ラージャのダイヤモンド」が収められています。こちらの内容は、『新アラビア夜話』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)で読むことができます。

 特筆したいのは、掌編集「寓話」全20篇が新訳で収録されているところです。全訳は1976年の牧神社刊『寓話』以来ではないでしょうか。集英社文庫から刊行された『スティーヴンソン ポケットマスターピース8』(2016年刊)にも一部が収録されているのですが、こちらは抄訳になっています。
 「寓話」中では間違いなく傑作といえるのが「エルド(老い)の家」

 民が皆足枷をつけている国に住む少年ジャックは、その境遇に不満を持っていました。旅人から足枷は「エルドの森」に住む魔法使いが作ったという話を聞いたジャックは、神が鍛えたという剣を手に「エルドの森」に向かいます…。

 怪奇幻想色の濃いヒロイック・ファンタジーといった趣の作品で、味わいとしてはロード・ダンセイニの短篇「サクノスを除いては破るあたわざる堅砦」などに似た感触です。ただ、かなりブラックな結末が待っており、不思議な味わいの短篇だと思います。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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