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モーム短篇を読む  『モーム短篇集1・2』『女ごころ』
 どの作品を取っても完成度の高い、イギリスの作家ウィリアム・サマセット・モーム(1874-1965)。以下、いくつかの短い作品を紹介していきたいと思います。


雨・赤毛: モーム短篇集(I) (新潮文庫) 文庫 – 1959/9/29


モーム『雨・赤毛 モーム短篇集1』(中野好夫訳 新潮文庫)

 短篇3編を収録しています。

「雨」
 狂信的な宣教師は、立ち寄った小島で、雨のためそこに留まることになります。乗組員が連れてきたいかがわしい女に対して、宣教師は改悛をするように強要します。女は一変して悔い改めたように見えますが、ある日、宣教師はのどをかききった姿で発見されます…。
 独善的で狂信的な宣教師は、その頑固さ、思いこみの強さゆえに、あざむかれたときの衝撃に耐えることはできなかった…という物語です。

「赤毛」
 白人のほとんどいない島で暮らすスウェーデン人は、久方ぶりにあった白人の船長に若き日の恋物語を語り始めます…。
 ロマンティックな恋が皮肉な結末を迎える作品です。かっての思い人の変わり果てた姿を妻に教えるのを思いとどまる主人公はロマンティストなのか、それとも愛も憎しみも枯れ果てただけなのか?
 自らのロマンティックな理想主義を娘に対して投影するものの、それは彼を幸福にはしない…という作品です。

「ホノルル」
 語り手が出会った小男の船長は、陽気で楽天的な男でした。美しい現地人の娘を伴って現れた船長は、自分が陥った超自然的な危機について語り始めます…。
 愛する男のために自らの身体をなげうって顧みない娘が、あっさりと他の男と逃げ出してしまう…というのも何とも皮肉です。
 深いテーマがあるというわけではないのですが、読者の興味を惹く非常に面白いストーリーの作品です。



太平洋 (新潮文庫 モ 5-9 モーム短編集 2) 文庫 – 1960/10/1


モーム『太平洋 モーム短篇集2』(河野一郎訳 新潮文庫)

 太平洋に対する讃歌「太平洋」、傲慢ながら土人に対して寛容な上司に複雑な思いを抱く男の物語「マッキントッシ」、婚約者を置いて南洋に出かけ帰らない男を心配した親友が、現地で思いがけない友の姿を見るという「エドワード・バーナードの転落」、現地の娘に惚れ込んで結婚したイギリス人が娘に振り回されて破滅する「淵」を収録しています。
 なかでも「エドワード・バーナードの転落」「淵」が面白いですね。

「エドワード・バーナードの転落」
 親の破産により財産を失ったエドワードは、婚約者イザベルを置いてタヒチで一旗揚げようと出かけます。何年経っても帰らないエドワードを心配し、親友ベイトマンは様子を見に出かけますが、そこで見たのは思いもかけず生き生きとしたエドワードでした。しかも彼は、札付きの悪党として有名なアーノルド・ジャクスンとつきあっているというのです…。
 タヒチに来ることによって故国の伝統や道徳から自由になり、初めて人生の喜びを知るエドワード、アメリカ的な価値観に凝り固まっているベイトマンとイザベルには、その考えが理解できません。彼らの存在は、エドワードのような価値観を理解できないアメリカ人を諷刺するものになっています。
 最後のイザベルのセリフ「かわいそうな、エドワード」は、それを如実に表すものになっています。あざとすぎるともとれる構図の作品ですが、それゆえに、作者の狙いがわかりやすくなっているといえるでしょうか。

「淵」
 教養もあり重要な地位にもあったローソンは、現地の娘エセルに惚れ込み結婚してしまいます。一時は故郷のスコットランドに妻子を連れ帰りますが、ホームシックにかかったエセルは勝手に帰郷してしまいます。
 妻子を追いかけてきたローソンは徐々に酒浸りになり、エセルも夫をばかにするようになっていきますが…。
 南洋で自由かつのびのびと生きるエセルと、故国の価値観にとらわれるローソンとが対比されています。故郷では、淵で自由に泳げたエセルも、スコットランドの淵で泳ぐことはできません。さっさと故郷に帰ってしまったエセルに対して、ローソンの方はエセルを捨てて帰ることはできないのです。
 イギリス人として立派に育てようとした子供も、そして妻も、自分がはめようとした鋳型にはまったく入りません。妻のしたたかさに対し、ローソンの躊躇と執着は際だっていますね。自分の生まれ育った価値観からは逃げられない…というテーマで描かれた作品でしょうか。



女ごころ (新潮文庫) 文庫 – 1960/7/1


モーム「女ごころ」(龍口直太郎訳 新潮文庫)

 未亡人メアリイは、幼い頃から彼女を慕っていた官吏エドガーに結婚を申し込まれます。返事を保留したメアリイは、パーティーの席上、放蕩者との評判のロウリイに口説かれるますが、はねつけます。その夜ロマンティックな気分になったメアリイは、亡命者の若者を家に入れて慰めますが、絶望した青年はピストル自殺してしまいます。パニックに陥ったメアリイはとっさにロウリイに助けを求め、二人は青年の死体をうまく捨てることに成功します。メアリイはエドガーに隠し事はできないと、全てを話すことにしますが…。
 未亡人の「女ごころ」の変遷を細やかにたどった作品です。
 遊び人で軽薄だと思われたロウリイが、危機に際して冷静さと深い度量を持つことが示されます。対して、誠実で堅物のエドガーは、メアリイの行為を許すことができないのです。事実を知った後のエドガーの心の内を察するメアリイの心の動きの描写は素晴らしいですね。
 思い出の中の少女の面影を追っていたエドガーに対して、等身大の大人のメアリイを愛してくれるロウリイ、という対比が示されています。いささかメロドラマチックでありますが、結末は皮肉に富んでおり、面白い作品です。


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こころとからだ  デイヴィッド・レヴィサン『エヴリデイ』

エヴリデイ (Sunnyside Books) (日本語) 単行本 – 2018/9/10


 デイヴィッド・レヴィサンの長篇『エヴリデイ』(三辺律子訳 小峰書店)は、一日ごとに異なる人間の体で目を覚ます人格の恋愛と成長とを描いた、幻想的な青春小説です。

 16歳の「A」は生まれてからずっと、毎日違う人間の体で目を覚ましていました。性別は男女ばらばらながら、「A」と同じ年齢の少年少女の体を転々としているらしいのです。その日乗り移っている体から記憶を取り出すことができるため、なるべく体の持ち主に迷惑をかけないように、体の持ち主として不自然でない行動を心がけていました。
 ある日、ジャスティンという名の少年の体で目を覚ました「A」は、彼のガールフレンドである少女リアノンに恋をしてしまいます。自分の体の秘密と恋心をリアノンに伝えようと考える「A」でしたが…。

 一日ごとに別の体に転移してしまう精神体の人格「A」の恋愛を描いた異色の作品です。主人公「A」は、生まれてからずっと違う人間の体に乗り移り続けているため、決まった体というものを持っていません。ランダムに男女間を転位するため、自分がもともと男性なのか女性なのかも分からないのです。
 体の持ち主に迷惑をかけないように、取り出した記憶から、その人間として不自然でない行動を心がけていた「A」でしたが、ある日出会った少女リアノンに恋をしてしまいます。懐の広いリアノンは、「A」の秘密を受け入れて友人になってくれますが、元々のボーイフレンドであるジャスティンがいることと、「A」の秘密が余りにも常識外れであることから、恋人関係になることに恐れを抱いていました。

 リアノンと出会ってから、毎日彼女に会おうとする「A」でしたが、場合によっては車で数十分かかる場所に移動してしまうこともあります。彼女に会おうとすることは、元の体の持ち主の一日を自分の理由で消費してしまうことになるわけで、場合によっては体の持ち主の人間関係に影響を及ぼしてしまうことにもなりかねないのです。
 「A」は基本的に優しい性格で、たまたま乗り移った体が病気で問題を抱えていたり、人間関係で問題を抱えていたりする場合、放っておくことができません。
 リアノンに秘密を打ち明けた後では、彼女と協力して体の持ち主を助けようとする行為も描かれます。しかしその優しさゆえに、他人の体を使ってリアノンと恋愛を続けることに「A」は罪悪感を感じてしまいます。また相手のリアノンも、現実的な障害を感じていました。
 あまりにも大きい障害を前に、二人の恋愛がどうなっていくのか? というのが読みどころになっていますね。

 この作品で描かれる恋愛は、「恋」というよりは性別を超えた「愛」に近い描かれ方をしています。もともと「A」に性別がないこともそうですが、彼が過去に一度だけ恋愛に近い感情を抱いた相手が男性だったり、乗り移った相手がゲイの男性であるときも特に違和感を感じていなかったりと、ジェンダー・フリー的な感覚が強いですね。
 性別を超えた愛、肉体を超えた愛を描きながらも、その一方で人間は肉体に縛られる存在であるということも描かれています。「A」が重い病気や薬物依存症などの体に転移したときは、その影響に囚われてしまいますし、また太った男性であるときは、リアノンにも引かれてしまったりすることもあります。そのあたり、単純に恋愛を純粋に精神的なものとして美化していないところにも、著者の優れたバランス感覚が見られますね。
 また、様々な人間に乗り移ることを通して、健常者だけでなく、性的なマイノリティーや身体に障害を持つ人間の日常生活や人間関係についても考えさせたり、逆にそれらの体験から、体を持たない純粋な精神である自分自身のアイデンティティーについても考察されたりと、哲学的な味わいもあります。

 メインは、「A」とリアノンとの恋愛における困難が描かれていくのですが、転位された人間にははっきりとは残らないはずの記憶がふとしたことから残ってしまった少年ネイサンに疑われ続けたり、後半では「A」以外にも体を転々とする精神体がいることが匂わされたりと、外的なトラブルも描かれていきます。
 始まりからして、悲恋を運命づけられているような恋だけに、その結末にも哀切さが漂っています。ファンタスティックな設定が上手く生かされた青春恋愛小説として、非常に魅力的な作品です。


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良質なアンソロジー  『ほんやく日和 19-20世紀女性作家作品集 vol.2』
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 『ほんやく日和 19-20世紀女性作家作品集 vol.2』(同人倶楽部 ほんやく日和 ※同人出版)は、19、20世紀に活躍した女性作家の作品の翻訳を集めたアンソロジーの第二弾です。

イーディス・ブラウン・カークウッド「動物の子ども図鑑 その2」(やまもとみき訳)
 さまざまな動物の習性や特徴について、擬人化を交えて紹介するという、子ども向けの動物図鑑です。ネコ、アライグマ、シマウマなど有名な動物から、アイベックス、ガゼルなどちょっと珍しい動物たちが紹介されます。
 カークウッドの文章に、M・T・ロスの絵がつけられているのですが、この絵が動物がリアルでありながら、服装やファッションなど人間的な擬人化とポーズがつけられていて、そのバランスが絶妙ですね。個人的には、ラクダを高飛車なお嬢さんに見立てたパートが面白かったです。

フランセス・ホジソン・バーネット「わたしのコマドリ」(小谷祐子訳)
 「わたし(著者のバーネット)」と薔薇園にやってきたコマドリとの触れ合いが美しく描かれた作品です。
 鳥を驚かせないように「わたし」がじっと動かずにいるシーンや、「にせもの」の鳥が現れてコマドリが嫉妬するシーン、そして二人の別れが描かれるシーンなど、客観的には劇的な出来事がないにも関わらず、読者の心を揺さぶるような描写が多く現れる作品になっています。

ルーシー・モード・モンゴメリー「アイランド・ロックでの冒険」(岡本明子訳)
 おじが面倒を見ている孤児のアーネストは、自分が可愛がっている犬ラディーをおじが売ってしまうことに対して悲しんでいました。リチャードおじのもとに遊びに来ていた少年ネッドは、写真を撮りにアイランド・ロックを訪れた際に、増えた海水によって閉じ込められてしまいます。助けを求めるネッドの前に現れたのはアーネストとラディーでした…。
 友情で結ばれた孤児の少年と愛犬。二人の仲が引き裂かれてしまいそうになるが、という物語です。これは後味のよいお話ですね。

ルーシー・モード・モンゴメリー「ダベンポートさんの幽霊話」(岡本明子訳)
 婚約者のドロシーを亡くした兄のチャールズは、弟の「わたし」とドロシーの妹ヴァージニアとの間に生まれた娘ドリーにドロシーの面影を認め溺愛していました。
 その後、チャールズは仕事先で病気にかかり亡くなってしまいます。成長したドリーがパリへの留学のために船に乗る直前、「わたし」の前に突然チャールズの幽霊が現れます…。
 愛する姪のために危険を警告する幽霊を描いています。「良き幽霊」を描いた、心温まるゴースト・ストーリーです。

イーディス・ネズビット「暗闇」(井上舞訳)
 学生時代からの知り合いである「わたし」と友人ホールデン。共通の知り合いヴィスガーは、根拠も無く物事を断定することで嫌われていましたが、不思議なことに、その言葉の内容は、なぜかほとんど当たっているのです。
 ホールデンに再会した「わたし」は彼が神経を病んでいるような様子を見て心配します。ホールデンによれば、ヴィスガーが漏らした言葉が原因となって彼の恋人は死んでしまったといいます。激昂したホールデンは、他人には知られないようヴィスガーを殺してしまったと言いますが、さらに死後も、ヴィスガーの死体がたびたび目の前に現れ、ホールデンを悩ませているというのです…。
 殺してしまった男の霊(?)に悩まされる男を描いた物語です。ただ殺したという友人ホールデンが精神を病んでいることが示されるため、本当にヴィスガーを殺したのかどうか最初ははっきりしません。ヴィスガーがホールデンには狂気の兆候があると発言したという言及があるのも、混乱を強めていますね。
 このヴィスガー、非常に奇妙なキャラクターで、何か超自然的な能力を持っているらしく、他人の運命や秘密などを次々と言い当ててしまうというのです。それだけに死んだ後も、友人に取り憑いたとしてもおかしくない、というところがポイントでしょうか。
 さらに、「わたし」も死んだホールデンの恋人を愛していたということが示されるなど、物語の背景にも複雑な関係性が見られるところも興味深いですね。ホールデンにせよ、ヴィスガーにせよ、その精神のありようが奇矯で不気味なこともあり、物語全体が不穏な空気感に支配されたユニークな作品になっています。

アンナ・キャサリン・グリーン「黒い十字架」(朝賀雅子訳)
 KKK団の団員たちは、判事を殺すためにその館に向かっていました。偵察に訪れた「おれ」は館の中に、美しい女を認め、魅了されてしまいます。仲間たちに、彼女には危害を加えないよう懇願する「おれ」でしたが…。
 初めて見た女との劇的な出会いにより、人生を狂わされてしまう男を描いた物語です。短めながら鮮烈なイメージを持つ作品です。

アンナ・キャサリン・グリーン「不可解な症例」(朝賀雅子訳)
 若く愛らしい女性アディが毒によって殺されかかっていることを知った「わたし」は、しかしながら薬の中に毒を入れる手段が見当たらず困惑します。「わたし」は帰ったふりをして様子を探ることにしますが…。
 女性を毒殺しようとしているのは誰で、どのように行ったのか? を探っていくというミステリ的な味わいの短篇です。医療者であるらしい女性の「わたし」のキャラクターが力強い性格に設定されており、印象に残りますね。

メアリ・ラーナー「小さなわたしたち」(まえだようこ訳)
 死を目前にした七十五歳の老女マーガレットは、たびたび子どものころの自分を回想しては思い出していました。それらの記憶が、自分の中の「子供」であるというマーガレットは、自分が死んだら彼らが失われてしまうと嘆いていました…。
 自分の中の幼き日々を残したいと願う老女と、その思いを感じ取る姪を描いた物語です。鮮やかに描かれた記憶の中の少女たち、老女の胸に去来する嘆き、伯母の思いを汲み取る姪…。人間の記憶とそれが引き継がれていく過程を描いた、色鮮やかな物語になっています。これは傑作ですね。

 vol.1に引き続き、どれも安定した訳文で面白く読める作品がそろっています。ジャンルもさまざまなものが集められていて、良質なアンソロジーになっていますね。


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大いなる目  ウィリアム・アイリッシュ『夜は千の目を持つ』

夜は千の目を持つ【新版】 (創元推理文庫) (日本語) 文庫 – 2018/11/21


 ウィリアム・アイリッシュの長篇『夜は千の目を持つ』(村上博基訳 創元推理文庫)は、資産家に予言された死をめぐって、その娘と恋人となる刑事の青年の行動を描いた、幻想的なサスペンス作品です。

 深夜、川辺を歩いていた刑事の青年トム・ショーンは、身投げをしようとしていた娘を間一髪のところで救います。ジーンと名乗る娘から、その理由を聞き出したショーンは驚きます。資産家であるジーンの父親ハーラン・リードは、その予言がことごとく当たる占い師トムキンズから、その死を予言されたというのです。その期限はあと三日に迫っていることを聞いたショーンは、信頼する上司マクマナスに事情を説明しますが、そこに現実的な事件の可能性を見て取ったマクマナスは、部下に捜査を命じるとともに、ショーンにはリード父娘の警護を命じることになります…。

 占い師から死を宣告された資産家の父親を案じる娘のために、奔走する青年刑事を描いたサスペンス作品です。
 娘も父親も現実的な感覚の持ち主で、本来超自然的な物事は信じない質なのですが、預言者トムキンズの予言がことごとく実現するのを見ていくうちに、そこに恐れを感じることになるのです。
 最初に示されるトムキンズの予言が、父親が乗る飛行機が墜落するというもので、幸いこれに乗らずに命は助かるものの、そこに父娘ともに恐怖感をいだきます。予言を信じずにいた娘が飛行機事故が実際に起こったことを知るシーンには非常に迫力がありますね。
 刑事ショーンが、身投げをしようとしたジーンから、それまでの経緯を告白によって知る、というのが前半部分なのですが、その預言者トムキンズがいかに恐るべき能力者であるか、という部分がかなりのページ数(180ページ弱)をもって描かれていきます。
 話を聞いたマクマナスは、あくまで現実的なアプローチで事件を捜査しようとします。資産家リードをめぐって何らかの陰謀がたくらまれていると考えた彼は、部下の刑事たちに命じて、トムキンズの予言が偽者である証拠を探させようとするのです。
 しかし各刑事の捜査がことごとくトムキンズの能力を証明する結果になるばかりか、数人の刑事に至っては目の前でトムキンズに関わる超自然的な現象を目にすることになります。
 トムキンズの能力は本物なのか? というところで、幻想的な要素が俄然強くなってきますね。

 主人公ショーンと、ヒロインとなる娘ジーンとの出会いが星空の輝く深夜ということで既にロマンティックなのですが、父親の警護のために二人の結びつきが強くなっていく、というところもロマンス風味が強いですね。トムキンズの能力が本物だとして、リードの死を防ぐことはできるのか? というところが後半の読みどころになっています。

 トムキンズ捜査の過程で、まったく別個に起こっていた殺人計画が発覚するくだりなども、非常に上手いです。しかしそれがまた、事件の超自然性を強めることにもなるのです。事件に対する現実的な捜査が行われるなど、一見、ミステリの衣をかぶった作品なのですが、その実、ほぼ幻想小説といっていい作品かと思います。実際、捜査によって、現実的に暴かれる陰謀や犯罪などもあるのですが、それはあくまで副次的なものであり、メインとなる事件は超自然味が強いです。
 リード父娘が予言を信じるに至るまでのパートだけで200ページ近くを費やしており、その部分はほとんど恐怖小説と言って良い感触です。アイリッシュ特有のムードたっぷりの雰囲気醸成力もあり、幻想的なサスペンスとして上質な作品に仕上がっていますね。

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10月の気になる新刊と9月の新刊補遺
9月25日刊 ウィリアム・リンゼイ・グレシャム『ナイトメア・アリー 悪夢小路』(矢口誠訳 扶桑社ミステリー 予価1155円)
10月3日刊 朱鷺田祐介『クトゥルフ神話ガイドブック 改訂版』(新紀元社 予価2750円)
10月7日刊 スティーヴン・キング『マイル81 わるい夢たちのバザールⅠ』(文春文庫 予価1078円)
10月7日刊 スティーヴン・キング『夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールⅡ』(文春文庫 予価1078円)
10月10日刊 東雅夫編『ゴシック文学神髄』(ちくま文庫 予価1430円)
10月10日刊 ジョン・ディクスン・カー『死者はよみがえる 新訳版』(三角和代訳 創元推理文庫 予価1012円)
10月12日刊 ヤロスラフ・ハシェク『ハシェク短編小説集 不埒な人たち』(飯島周編訳 平凡社ライブラリー 予価1650円)
10月15日刊 柴田元幸編集『MONKEY vol.22 特集「怪談」』(仮)』(スイッチパブリッシング 1320円)
10月15日刊 山内淳監修『西洋文学にみる異類婚姻譚』(小鳥遊書房 予価2860円)
10月16日刊 J・D・バーカー『猿の罰』(富永和子訳 ハーパーBOOKS 予価1310円)
10月22日刊 野呂邦暢『野呂邦暢ミステリ集成』(中公文庫 予価1100円)
10月23日刊 イアン・ワトスン『オルガスマシン』(大島豊訳 竹書房文庫 予価1320円)
10月26日刊 アフマド・サアダーウィー『バグダードのフランケンシュタイン』(柳谷あゆみ訳 集英社 予価2640円)
10月26日刊 未谷おと編『片山廣子幻想翻訳集 ケルティック・ファンタジー』(幻戯書房 予価5280円)
10月29日刊 スティーヴン・キング、オーウェン・キング『眠れる美女たち 上・下』(白石朗訳 文藝春秋 予価各2750円)
10月30日刊 都筑道夫『推理作家の出来るまで 上・下』(フリースタイル 予価2200円、2310円)
10月30日刊 マイケル・ドズワース・クック『図書室の怪 四編の奇怪な物語』(山田順子訳 創元推理文庫 予価1012円)


 東雅夫編『ゴシック文学神髄』は、ゴシック小説の名作を名訳で味わう、というコンセプトのゴシック小説アンソロジー。
 こちらに、レ・ファニュ「死妖姫(カーミラ)」が収録されているのですが、奇しくも同月刊行の雑誌『MONKEY』の怪談特集でも、レ・ファニュ 「カーミラ」(柴田元幸訳)が取り上げられるようです。

 アフマド・サアダーウィー『バグダードのフランケンシュタイン』は、イラクの作家によるディストピアSF作品だそうです。内容紹介を引用しておきますね。
 「連日自爆テロの続く2005年のバグダード。古物商ハーディーは町で拾ってきた遺体のパーツを縫い繋ぎ、一人分の遺体を作り上げた。しかし翌朝遺体は忽然と消え、代わりに奇怪な殺人事件が次々と起こるようになる。そして恐怖に慄くハーディーのもとへ、ある夜「彼」が現れた。自らの創造主を殺しに――
不安と諦念、裏切りと奸計、喜びと哀しみ、すべてが混沌と化した街で、いったい何を正義と呼べるだろう?
国家と社会を痛烈に皮肉る、衝撃のエンタテインメント群像劇。」

 未谷おと編『片山廣子幻想翻訳集 ケルティック・ファンタジー』は、大正期に活躍した翻訳家、片山廣子(松村みね子)の幻想的な翻訳作品を集めた作品集。フィオナ・マクラウドの名作『かなしき女王』が完全収録とのこと。内容は以下の通り。

ケルト綺譚「かなしき女王」 マクラオド作
 海豹
 女王スカーアの笑い
 最後の晩餐
 髪あかきダフウト
 魚と蠅の祝日
 漁師
 精
 約束
 琴
 浅瀬に洗う女
 剣のうた
 かなしき女王
参考資料●初出誌版(かなしき女王/女王スカーアの笑ひ/一年の夢/海豹/琴 
夏目漱石「幻影の盾」 現代語訳
印度風綺譚 ベイン作
 闇の精
 スリヤカンタ王の恋
 青いろの疾風
アイルランド民話
 河童のクウさん
 主人と家来 
 鴉、鷲、鱒とお婆さん
 ジェミイの冒険 
「燈火節」より
 北極星
 大へび小へび
 蝙蝠の歴史
 燈火節
 古い伝説
 四つの市
 ミケル祭の聖者
 イエスとペテロ
 アラン島
 王の玄関
 鷹の井戸
 過去となったアイルランド文学
編者解説

 マイケル・ドズワース・クック『図書室の怪 四編の奇怪な物語』は、英国作家によるクラシックな香り高い怪奇幻想譚ということで、楽しみなタイトルです。


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<不思議>な物語  レオポルド・ルゴーネス『アラバスターの壺/女王の瞳 ルゴーネス幻想短編集』

 レオポルド・ルゴーネス『アラバスターの壺/女王の瞳 ルゴーネス幻想短編集』(大西亮訳 光文社古典新訳文庫)は、ボルヘスも影響を受けたという、アルゼンチンの作家レオポルド・ルゴーネス(1874~1938)の傑作集。独特の幻想世界が魅力の作品集です。

「ヒキガエル」
 ヒキガエルを殺してしまった少年に対して、女中は、ヒキガエルは焼き殺さなければ復讐のため生き返るのだと話します。彼女が友人アントニアの息子に実際に起こったこととして話し出したのは…。
 ヒキガエルに関する迷信と思われたものが実際は…という恐怖小説。テーマがヒキガエルだけに、どこかユーモラスなものを感じてしまうのですが、その実、かなり怖いお話になっています。

「カバラの実践」
 「わたし」が女友達カルメンに語ったのは、友人エドゥアルドが体験したという話でした。エドゥアルドは若い女性の骸骨の標本を手に入れて、それに話しかけていたところ、骸骨の代わりに美しい女が現れたというのです…。
 どこか官能的な要素も感じさせるゴースト・ストーリー。結末にはブラックなユーモアがあふれています。

「イパリア」
 独り身の男が引き取った身寄りのない少女イパリア。長ずるにつれ美しくなっていくイパリアでしたが、彼女は自分の美貌に見とれるあまり引きこもります。地下室の壁を見続るイパリアは、壁には自分の姿が映っているのだと話しますが…。
 自らの美貌を愛するナルシスティックな少女が描かれる作品ですが、その展開はファンタスティック。結末にも奇妙な味わいがありますね。

「不可解な現象」
 「わたし」は紹介状を持って、いささか変わり者だというイギリス人の屋敷を訪れます。「わたし」と意気投合した男は、自分がヨガの修行によって得たという能力のことを話し始めますが…。
 これは何とも奇妙な味わいのストーリー。男の語る話は妄想なのか真実なのか…? どこか、レ・ファニュの名作「緑茶」と通底するところもある作品ですね。

「チョウが?」
 幼なじみで恋人同士のリラとアルベルト。しかしリラは幼い内に亡くなってしまいます。チョウの採集を趣味とするアルベルトは、時間が経つにつれリラのことも思い出さなくなっていました。ある日、見たこともない美しいチョウを捕まえたアルベルトはチョウに針を刺しますが、なかなかチョウが死なないことに驚きます…。
 チョウをモチーフにして、幼い恋人たちを叙情的に描く物語かと思いきや、とんでもなく残酷な結末に驚かされます。「時間」「変身」「夢」など、短い中にも多様なモチーフが詰め込まれている幻想作品です。
 リラとアルベルトのお話自体が、「ぼく」がアリシアに語った話とされており、メタフィクショナルな構造の作品ともなっています。

「デフィニティーボ」
 精神病院に収監された患者は「デフィニティーボ」について熱く語ります。「デフィニティーボ」とはいったい何なのか…?
 「デフィニティーボ」とは何なのかをめぐる、シュールな奇譚です。

「アラバスターの壺」
 ニール氏はエジプトの古代魔術についてある話を始めます。責任者のカーナーヴォン卿と共にエジプトの墳墓発掘に赴いたニールは、部屋の入り口にアラバスターの壷を見つけますが、カーナーヴォン卿がその栓を外した途端に、異様な香りを嗅ぎます。
 同行したエジプト人の召使いムスタファは、それは〈死の芳香〉であり、それを嗅いでしまったカーナーヴォン卿は死んでしまうだろうと予言しますが…。
 古代エジプトの呪いを描いています。神秘主義的な色彩が濃い作品ですね。

「女王の瞳」
 ニール氏の自死を聞き、彼の葬儀に訪れた「わたし」は、帰路、見知らぬ男と一緒になります。ニール氏の死に謎のエジプト人女性が関わっていることを告発しようとする「わたし」に対して、彼女の後見人だと名乗る男は、女性をかばいます。彼女は、古代エジプトのハトシェプスト女王の生まれ変わりだというのですが…。
 古代のエジプトの女王の生まれ変わりをめぐる神秘小説です。話自体に起伏はあまりなく、著者のエジプト趣味を楽しむ作品といったところでしょうか。前作「アラバスターの壺」よりも更にミスティックな雰囲気の作品になっています。

「死んだ男」
 その男は数十年も前から、自分は死んでいると言い張っていました。しかし、周囲の人間はまともに取り合いません。ある日、その男が死んでいるふりをしているところに、よそ者の二人の人夫が通りがかりますが…。
 数十年前から死んだといい続ける男は狂っているのか、それとも…? E・A・ポオの某作品を思わせる怪奇小説です。

「黒い鏡」
 パウリン博士が出してきたその黒い鏡は、思い浮かべた人の姿を写すことの出来る魔法の鏡だといいます。実際に試してみてほしいと言われた「わたし」はなぜか、処刑された犯罪者の姿を思い浮かべてしまいます…。
 思念によって人の姿を写すことの出来る鏡をめぐる奇談です。浮かび上がった霊(?)の姿が怖いですね。
 魔法とはいいつつ、博士が語るその魔法の仕組みは論理的で、疑似科学的であるのも面白いところです。

「供儀の宝石」
 敬虔な修道女である従妹エウラリアは、司教のための上祭服に素晴らしい刺繍を仕上げます。礼拝の当日、一羽の鳩がエウラリアの前に現れますが…。
 これはキリスト教的な奇跡譚というべきでしょうか。結末の情景にはインパクトがありますね。

「円の発見」
 狂気に取りつかれた幾何学者クリニオ・マラバルは、精神病院に収監されていました。彼は、円の中に入っていれば不死が達成されると思い込んでおり、円を地面に描いてはその中に入っていました。しかし、病院に着任した新しい医師はそれを妄想とし、円を消してしまいます…。
 円の中では人間は不死になるという、どこかボルヘスを思わせる〈奇妙な味〉の作品です。マラバルの死後に起きる現象はかなり不気味で、恐怖度が高いですね。

「小さな魂(アルミータ)」
 不毛の土地に暮らす、幼なじみの幼い少女ソイラと少年フアンシート。ソイラが死んでしまったことを受け入れられないフアンシートはある日、歩いて姿を消してしまいます…。
 少年と少女は再び出会うことができたのか? これは美しい幻想小説ですね。

「ウィオラ・アケロンティア」
 その庭師は「死の花」を作るために試行錯誤していました。色を黒にするのを皮切りに、毒を持つ植物を周囲に植え影響を与えようとするなど、その行為はエスカレートしていきます…。
 「死の花」を作ろうとする庭師の物語です。作中に登場する、声を発する植物も不気味なのですが、植物について語る庭師の言動がそれ以上に禍々しいという作品です。

「ルイサ・フラスカティ」
 ある夜、「わたし」は通りがかった家で美しい娘を見つけ、挨拶を交わすようになります。やがて互いに恋を語るようになったその娘ルイサ・フラスカティは何故かいつまでも、暗い中でしか会おうとしません…。
 暗闇の中でしか会おうとしない娘の秘密とは…。〈奇妙な味〉の恋愛幻想小説です。

「オメガ波」
 変わり者の科学者は音を力学的に研究しており、その結果、音をエネルギーとして変換する装置を開発します。装置から出るエネルギー波はオメガ波と呼ばれ、それが当たると、あらゆる物質は崩壊してしまうのです。しかし、その装置は他人が触っても効果がなく、科学者当人が操作しなければ作動しないのです…。
 あらゆる物質を破壊するエネルギー波を開発した科学者を描く物語です。ブラックユーモアも感じられるSF風味の作品になっています。オメガ波について説明する、科学者の疑似科学的な蘊蓄も面白いですね。

「死の概念」
 妻が亡くなった後、病気になってしまった友人セバスティアン・コルディアル。妻の死に関してセバスティアンに責任があるのではないかという噂を「私」は信じていませんでした。人手のなくなったセバスティアンの看護は「私」とラミレスとで行っていました。
 妻が可愛がっていた犬は、妻が死んで以来、寝室に立ち入ろうとしなくなったのに「私」たちは気がつきますが…。
 霊というべきか、思念というべきか、ゴースト・ストーリーの変種的な作品です。

「ヌラルカマル」
 考古学的な価値を持つ金細工の出展者であるアルベルティは、便宜を図ってくれたお礼にと「私」にある話を始めます。彼は恋をした部族の長の一人娘ヌラルカマルと結婚するために、占星術師モアズの手を借り、金細工を手に入れたというのですが…。
 東洋的な転生を扱った幻想小説です。ルゴーネスはゴーチェを愛読していたとのことですが、アラブやエジプトが背景として登場する作品がまま現れるのは、ゴーチェの影響なのでしょうか。

 ルゴーネスの作品、エジプトやアラブなどオリエンタリズム的なモチーフは別として、作品自体の骨格は、英米型の怪奇幻想小説に近いものが感じられますね。名前を伏されて読んだら、A・ブラックウッドやE・F・ベンスンかと思ってしまいそうな味わいの作品も多数です。英米の怪奇幻想小説やゴースト・ストーリーが好きな方には、楽しく読める作品集だと思います。


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魔法の記憶  ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『九年目の魔法』

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズの長篇『九年目の魔法』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)は、失われた記憶を求めて探索を続ける少女を描いたファンタジー作品です。

 大学の新学期に備えて祖母の家に滞在していた19歳のポーリィは、ふと自分の記憶に違和感を抱きます。ベッドの上にかかっている「火と毒草」という写真、そして再読していた「忘れられた時代」という短編集。
 写真はこんな風ではなかったし、本の収録作は記憶と違っている。読んだはずの話の半数が収録されていないのに、なぜか今の本に収められている短編は全部読んだ記憶があるのです。やがてポーリィは、自分の記憶が奇妙な二重性を帯びていることに気づきます。真相を探るため、ポーリィは九年前、十歳の頃の記憶を辿り直します。
 友人のニーナと一緒に遊んでいたポーリィは、ふと知らない女の人の葬式にまぎれこんでしまいます。そこから助け出してくれたのはチェロ奏者のリンさんという男の人でした。仲良くなった二人はお話を作って遊んだりと、交友を重ねます。それからも思い出す記憶の中には必ずリンさんの姿がありました。
 なぜ今までリンさんのことを忘れていたのだろう。リンさんとの記憶は本当にあったことなのだろうか? リンさんの存在を確かめるために、ポーリィは記憶を遡っていくことになります…。

少女とその憧れの男性をめぐる交友の記憶を辿ると同時に、その記憶がなぜ失われてしまったのかを探索してゆくという、ファンタジー作品です。
 ヒロインのポーリィの記憶だけでなく、リンさんに関わることに何らかの魔法が関与していることはうっすら分かるのですが、誰が何のために誰に魔法をかけているのか? その魔法とは何なのか? といったことが、物語の後半まで皆目分かりません。そのため雲の中を進むような物語展開なのですが、ヒロインをめぐるあれこれがとても魅力的なので、面白く読めてしまいます。

 ヒロインのポーリィが複雑な家庭環境の娘で、父親は愛人と暮らしており、母親は情緒不安定のため、祖母と一緒に暮らしています。特に母親は精神的に不安定で、たびたび下宿人を変えては、その男とくっついたり別れたりを繰り返しています。娘に敵意を抱いたあげく、家を追い出したりもしてしまうのです
 そんな彼女が憧れるリンさんとは、彼の前妻であるローレルの家に葬式にやってきたときに出会うのですが、離婚したにも関わらず、リンさんはローレルに弱みを握られているかのようなのです。またリンさんを敵視するモートンやその息子セブ、彼らの行動も不穏さにあふれています。
 やがて物語として創作したはずの、リンさんとポーリィの話と同じようなことが現実に起こったりと、不思議なことが相次いでいきます。

 リンさんが出先からたびたびポーリィにあてて、様々な本を送ってくるのですが、これがイーディス・ネズビット作品を始め、ファンタジーの古典的な作品なのです。単なる物語上の趣向かと思っていると、これが後半の伏線にもなっているというのが手が込んでいますね。
 バラッドや伝承がたびたび引用され、また物語のモチーフとしてそれらが使われています。そうした知識があると、読んでいて物語の輪郭がうっすら分かってくると思うのですが、そうした知識がないと、かなりもやもやした物語展開に感じられる節はあります。

 物語の構成も手が込んでいて、主人公の現在から始まり、過去の封印された記憶を遡っていき、再び現在に戻るという構成になっています。その間にも、ポーリィとリンさんが創作した物語、その物語と同じように現実に起こる出来事、別の登場人物たちが創作した物語など、様々な階層のメタフィクショナルな要素が登場して、眩暈がしてきてしまいます。

 恐ろしく複雑で、おそらく一度読んだだけでは、物語を把握しきれないほどの情報が盛り込まれています。再読、三読したときに更に評価の上がる作品ではないかと思います。
 複雑な構成や要素を別にしても、少女ポーリィの成長の軌跡と恋を描く作品としても充分に魅力的な物語になっていることも申し添えておくべきでしょうか。主人公ポーリィをはじめ、様々な人物が登場しますが、特にインパクトがあるのが幼馴染で友人のニーナ。 恐るべきバイタリティと飽きっぽさで、次々に関心を移していく様が、ポーリィの背景と同時に描写されていき、物語にユーモラスな味を添えています。

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リチャード・ヒューズのナンセンス童話を読む
 イギリスの作家リチャード・ヒューズ(1900-1976)の童話はナンセンスかつシュール、次に何が起こるか分からない魅力があります。二冊ほど童話集の邦訳があるので、内容を順番に見ていきましょう。



リチャード・ヒューズ『まほうのレンズ』(矢川澄子訳 岩波少年文庫)
 原著の『クモの宮殿』『ウラマナイデクダサイ』の二冊からの選集になっています。

 スイートピー泥棒を捕まえようとする庭師の冒険を描いた「庭師と白ゾウたち」、緑色の顔をした男がサーカスから仲間の動物とともに脱走する「みどりいろの顔をした男」、電話を通してかけてきた人がいる場所に移動できる女の子を描いた「でんわからでてきた子」、ガラスの玉の中の国に入り込んだ家族の物語「ガラスだまの国」、クモに連れられて透明な宮殿で暮らすことになった女の子を描く「クモの宮殿」、互いを出し抜こうとする三つの宿屋の物語「三げんの宿屋」、通して覗くと、生物が無生物に、無生物が生物に見えるという魔法のレンズをめぐる「まほうのレンズ」、愛する夫を除いて女王だけが死ななくなった顛末を描く「年とった女王さま」、校長と女教師だけ一人だけの学校が生徒を集めようとする「学校」、思い込みの強いゾウと間の抜けたカンガルーのピクニックを描いた「ゾウのピクニック」、段々とワニに変身してゆくバイクを描いたシュールな物語「ウラマナイデクダサイ!」、学校の教師を引き受けたワニが子供たちを食べようとする「ジャングル学校」、人形と人魚と人間の女の子の三角関係を描いた「ガートルードと人魚」、人形が人間の子供をペットにするという「ガートルードの子ども」の14篇を収録しています。

 元々著者が、知り合いの子どもや自分の子どもたちに対して、即興で作ったお話が元になっているらしく、奇想天外でシュール、お話の面白さを追求した童話集になっています。
 やかんをやわらかく煮て食べてしまうという「ゾウのピクニック」、バイクが段々ワニに変身してゆくという「ウラマナイデクダサイ!」などを読むと、本当に「思い付き」で作ったようなお話です。特に「ゾウのピクニック」の結末は「悪ふざけ」の極致みたいな感じで楽しいですね。
 どれも楽しく読める作品ではあるのですが、非常に完成度が高い作品もいくつか混じっていて、「クモの宮殿」「まほうのレンズ」「ガートルードと人魚」「ガートルードの子ども」などがそれに当たります。

 「クモの宮殿」は、ある日クモに誘われて、彼の住まいである空の上にある宮殿で暮らすことになった女の子の物語。その宮殿はすべてが透明なのですが、唯一カーテンで覆われ中が見えない部屋がありました。クモは定期的にその部屋にこもるのです。女の子はその部屋の謎を探ろうとしますが…。
 お話自体は、昔話によくある「秘密の部屋」をテーマにしてるのですが、その秘密を知った後の展開がシュールな作品です。

 「まほうのレンズ」は、不思議なレンズの物語。小さな男の子は見つけたレンズを通して木でできたウサギを見てみます。すると木のウサギは本物のウサギのように動いているのです。また、レンズを通して両親を見てみると、彼らは木ぼりの人形のようになっていました…。
 通して覗くと、生物が無生物に、逆に無生物は生物に見えるというまほうのレンズを描いた物語です。圧巻は、レンズを通して鏡を見るというシーン。なんと鏡に映ったレンズもただの絵になってしまい、無生物のまま固まってしまう…という展開なのです。ちょっと怖さも含んだ、幻想物語の傑作です。

 「ガートルードと人魚」「ガートルードの子ども」は、動いて話す木の人形ガートルードを主人公にした連作です。
 「ガートルードと人魚」では、持ち主の女の子からひどい扱いを受けたガートルードが家出しますが、旅先で人魚と出会い彼女を連れ帰ります。
 女の子と人魚は仲良くなり、ガートルードが仲間はずれにされがちになる…というお話です。
 「ガートルードの子ども」は、家を出たガートルードが旅先で人間の子どもを売る店から小さな女の子を買い、自分の「持ち物」にする、という物語。
 こちらでは、ガートルードは人間の女の子に対してひどい扱いを繰り返します。前作で自分がやられていたひどいことを今度は自分が人に対してやっているわけで、構図が反転しているといえるでしょうか。二篇とも他人との関係性について考えさせるところがあり、味わいのある作品だといえますね。

 飛びぬけて完成度が高いのは「まほうのレンズ」でしょうか。レンズ幻想小説の傑作といっていい作品で、日本作家で言うと、江戸川乱歩や稲垣足穂のある種の作品に似た味わいがあります。




リチャード・ヒューズ『クモの宮殿』(八木田宣子、鈴木昌子訳 ハヤカワ文庫FT)
 原著の童話集 The Spider's Palace and Other Stories(1931)の全訳です。

 透明な手紙でパーティーに誘われた女の子の物語「ご招待」、電話を通して世界中移動できる女の子を描いた「電話旅行」、通して覗けば生物と無生物がひっくり返って見えるというガラスを描く「魔法のガラス」、平和な心の人しか入れない不思議なガラス玉の中の国を描く「ガラス玉の中の国」、花を荒らすウサギと庭師の争いを描いた「庭師と白いゾウ」 、それぞれ不思議な場所への旅をするヒツジたちを幻想的に描いた「三びきのヒツジ」、空中の透明な宮殿でクモと一緒に暮らすことになった女の子の物語「クモの宮殿」、テーブルの上の「無い」をめぐって展開するシュールな物語「なんにも無い」、緑色の顔の男が仲間とともにサーカスから逃げ出すという「緑色の顔の男」、馬車の旅で様々な人や物を乗せることになるというコミカルな「馬車に乗って」、魔法のボタンのせいで動けなくなってしまった男の子が料理として出されてしまうという「あわてもののコック」、三軒の宿屋が互いを出し抜こうとする「王さまの足屋」、生まれつき暗闇を放つ男の子の物語「暗やみをはなつ子ども」、薬の吸入のし過ぎで巨大化してしまった子供たちを描く「吸入」、犬が言い出した魔法の言葉が世界中に広まってしまうというナンセンス・ストーリー「ピンクと緑の…」、学校を始めよう生徒を集める男女の教師の物語「学校」、クリスマスツリーのおもちゃが一斉に隠れてしまうという「クリスマス・ツリー」、クジラのお腹の中で暮らそうとする女の子と犬の物語「くじらでくらして」、アリに囚われた息子たちを救出しようとする老農夫を描いた「アリ」、年をとっても死ななくなったおきさきを描く「年とったおきさきの話」の20篇を収録しています。

 『まほうのレンズ』(リチャード・ヒューズ 矢川澄子訳 岩波少年文庫)は、この『クモの宮殿』ともう一冊の短篇集からの抜粋なので、結構内容がかぶっています。原著を全訳した、こちらの『クモの宮殿』の収録作の方がナンセンス度が高いでしょうか。

 時間を置かずに再読になりましたが、やはり一番の傑作は「魔法のガラス」。それを通して覗くと、見た生物は無生物に、無生物は生物に変わって見えるという魔法のガラス(レンズ)を描いた物語。どこか哲学的なエッセンスさえ感じるようなシュールな物語です。

 以下、こちらの作品集のみに収録されているものから、いくつかお気に入り作品を紹介しておきます。

 「三びきのヒツジ」は、それぞれのヒツジが冒険の旅に出ますが、気付くと、元の場所で草を食んでいる…という物語。百年間囚われていたりと、それぞれスケールの大きな冒険をするヒツジたちですが、それらがみな「夢」や「幻想」の可能性もある…という幻想的な作品です。

 「なんにも無い」は、テーブルの上に散らかされた物をめぐる物語。その中にあった「無い」をめぐるナンセンスな物語です。「無い」が物質的なものとして扱われるのが楽しいですね。

 「馬車に乗って」は、馬車に乗っているうちに、おじいさん、おばあさん、ツル、のし棒、じゅうたんなどを乗せてやるというお話。やがてそれらの所有者であるおきさきが現れますが…。
 シュールなストーリーで、乗せている物も後半登場するおきさきの役目もよく分からないのが楽しいですね。

 「暗やみをはなつ子ども」は、生まれつき暗闇をはなつ男の子を描いた物語。彼のそばにいると真っ暗になってしまうため、煙たがられる男の子はどうにかしようと手段を探します。逆立ちすると逆に光を放つことを発見した男の子は常時逆立ちすることになりますが…。
 「暗闇をはなつ」という設定がまずシュールなのですが、ひっくり返ると光が出る…というのもまたおかしな設定です。ファンタスティックな方法で男の子の悩みが解決されるという結末も面白いですね。

 「くじらでくらして」は、クジラのお腹の中で暮らすのが快適だと思い込んだ女の子と犬が、クジラの体の中に入り込み暮らそうとします。しかし食べ物も家具もないところから、食べ物や家具をクジラに飲み込んでもらいます…。
 大きなクジラのお腹の中には人間が住めるのではないか?という空想を物語にしたような作品です。消化されてしまわないかなど、もっともな疑問を吹っ飛ばす大雑把な物語展開が楽しいです。

 「アリ」はファンタスティックな冒険物語。
 密猟をしている二人の息子が行方不明になったことから、猟場番人と共に老農夫は彼らを探します。谷間のへこみを通った二人は、いつの間にか体が小さくなっていました。アリたちに拉致された二人が閉じ込められた場所には、二人の息子も囚われていました…。 アリのえさになりかけた四人が智恵を絞って逃げ出す?末を描いています。それぞれ上着の中に頭を突っ込んで一列になり、イモムシのふりをして逃げ出す…というのは何ともシュールですね。


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ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの短篇集を読む


ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『故郷から10000光年』(伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF)

 ティプトリーの第一短編集です。以下、面白く読んだものについてレビューしています。

「そして目覚めると、わたしはこの肌寒い丘にいた」
 生殖不可能な異星人に、過剰な性反応をしてしまう人間を描く物語です。動物行動学で言うところの「リリーサー」に触発されたテーマなんでしょうか。

「愛しのママよ帰れ」
 初めて地球に表れたエイリアンは何と人間型の美女でした。しかしその体は、地球人よりはるかに大きいのです。そして地球人と彼らの関係が明らかになりますが…。
 地球人の起源をスラップスティックに語ったユーモア作品です。男女のフェミニズム的な視点も扱われていますね。

「ドアたちがあいさつする男」
 ドアに挨拶する不思議な男。彼は服の中に小さい女の子をたくさん飼っているというのです。男に導かれて不幸な女の子と出会った語り手は…。
 都会風のファンタジー作品です。

「故郷へ歩いた男」
 実験の爆発によって時空のかなたに吹き飛ばされた男。彼は一年に一度だけ故郷に姿を現します…。
 独創的な時間SF作品です。故郷に帰ろうとする男の執念がすさまじいですね。

「ハドソン・ベイ毛布よ永遠に」
 数十年後の自分と入れ替わることのできる「タイム・ジャンプ」。それにより若き日の体に戻った少女は、将来自分と結婚する男のもとに現れますが…。
 タイムトラベルを扱った、気の利いたファンタジー作品です。一筋縄ではいかない結末は、ティプトリーらしいというべきでしょうか。

「ビームしておくれ、ふるさとへ」
 子供のころから世界に違和感を感じ続けて育った青年は、宇宙計画に志願しますが、政府の予定で頓挫し、畑違いの前線に送られてしまいます…。
 著者の代表作ともされる作品です。主人公の心情には共感するものがありますね。




ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『愛はさだめ、さだめは死』(伊藤典夫、浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)

 ティプトリーの第二短編集です。ユーモラスな作品もあれば、斬新なテーマの作品もあったりと、バラエティに富んだ作品集です。ちょっと難しい作品も混じっていますね。

「楽園の乳」
 異星で育ち、後に救出された少年は、エイリアンたちの美しさをたびたび語ります。その話に魅せられた男は、少年の案内でその星に向かうことになりますが…。
 認識の相対性を扱っているのでしょうか? テーマがつかみにくいながら、何やら凄みを感じさせる作品。

「エイン博士の最後の飛行」
 人間を死に至らしめる致命的なウィルスを作り出してしまったエイン博士。彼の最後の飛行にかかわる行状が語られますが…。
 ティプトリー短篇の中でも評価の高い、静かな語り口で語られる破滅テーマ作品。不思議な味わいがありますね。

「接続された女」
 近未来、不器量な少女が、あるきっかけで美少女の肉体に神経的に接続されます。広告が禁止された社会で、商品の宣伝をするために作られた美少女の肉体をコントロールしようというのです。彼女はやがて青年と恋に落ちますが…。
 本集でも一番メッセージ性が強く、訴えるところのある作品。不器量ながらも愛にあふれた少女の悲劇の物語です。語り口が饒舌で、そのためすぐには物語に入り込みにくいのですが、それを越えてしまえば夢中で読める傑作小説。

「恐竜の鼻は夜ひらく」
 ようやく成功したタイムトラベル。しかし莫大な予算がネックとなって研究が打ち切られそうになります。資金の鍵を握る権力者の希望である恐竜狩りを実現するため、過去から運んできた恐竜の死体を使って、狩りをしたように見せかける計画が実行されますが…。
 ユーモラスなタイムトラベルもの。過去から死体を持ち込むというのがパラドックスにならないのかどうか、ちょっと疑問が浮かびますね。

「男たちの知らない女」
 飛行機が墜落したにもかかわらず、やたらと冷静な母娘。彼女たちは飛来したエイリアンとともに地球を去ってしまいますが…。
 男には理解を絶した女を描く物語。全く予想もできないエイリアンの星に躊躇いなく行ってしまう女たちの考えとは…。論議を呼びそうな問題作ですね。

「断層」
 ふとしたきっかけで異星人を傷つけてしまい裁判にかけられた男。彼はエイリアンたちに謎の改造手術を施されます。それは主観的な時間のずれを増幅するものでした。男はやがて周りの人間よりも遅い時間を生きるようになりますが…。
 ユニークな時間もの作品です。知覚のスピードが圧倒的に遅い種族が描かれます。人間にとっての知覚とは何か? という面白いテーマを扱っています。




ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『老いたる霊長類の星への賛歌』(伊藤典夫、友枝康子訳 ハヤカワ文庫SF)

ティプトリーの第三短編集です。

「汝が半数染色体の心」
 ずっと鎖国体制を続けていた惑星エスザアを調査に訪れた学者たちは、その惑星の住民エスザアンが、奥地に住む民族フレニの虐殺をもくろんでいることを知ります。若いパックスはフレニの若い娘と恋仲になり、彼らを助けるため、事実を故国に報告するべきだと考えますが…。
 外見が人間そっくりだとしても、生殖がない限り人間とはいえない、というテーゼの作品。エスザアの住人の異様な繁殖方法が印象的ですね。

「煙は永遠にたちのぼって」
 人間が生前に強い思いを抱いた場所に意志が残るという理論が発表されますが…。
 既に本人が死に絶えた後でも、その意志だけが永遠に繰り返し現れる、という悪夢的な作品です。

「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」
 ロケットで宇宙を航行中の三人の男は、時間流に巻き込まれ、三百年後の未来にやってきてしまいます。ようやく連絡のとれた連中は女性ばかりでした。彼らの話によれば、疫病により男の子供が生まれなくなり、現在では女性しかいないというのです。しかも人口を増やすためにはクローンしか方法がなく、そのヴァラエティは一万ちょっと。
 薬の効果によって獣性を露わにした男たちに対して、女たちは彼らを地球に行かせるわけにはいかないと言いますが…。
 一見、フェミニズム的な要素の強い作品ですが、男性の愚かさを描きながらも、反対に女性を礼賛するわけでもないという、微妙なバランスの作品になっていますね。

「ネズミに残酷なことのできない心理学者」
 動物に愛情を持ち、残酷なことのできない心理学者が、上司から通告され、ネズミたちを始末しようと深夜研究所に向かいます。そこで出会ったのは〈ネズミの王〉でした。彼との接触によって心理学者は変容をとげることになりますが…。
 何やらスティーヴン・キングを思わせるようなモダンホラー風作品です。




ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫FT)

 幻想的な要素の強い短編集です。3篇からなりますが、すべてユカタン半島のキンタナ・ローという土地を舞台にしています。
 劇的な出来事というのはほとんど起こらず、静謐な雰囲気の中、幻想的な出来事が起こるといったような作品ばかりです。それゆえ筋の起伏には欠けますが、作品全体の雰囲気は素晴らしいです。

 神話的な味わいの時間テーマ作品「水上スキーで永遠をめざした若者」、ごみや無生物のかたまりが人間の姿になって人を襲う「デッド・リーフ」も面白いですが、一番印象に残るのは「リリオスの浜に流れついたもの」でしょうか。
 アメリカからの旅人が、ある夜浜辺を散策しているとボートにしばりつけられた若い美女を見つけ、助け出します。しかし改めて見てみると、その人物は男でした。よく見ると男にも女にも見える不思議な人物、いつの間にかその人物を見失った旅人は、それは幻だったのかと自問します…。
 謎の人物の正体を明かさないところがポイントでしょうか。本来、両性具有的である海の化身であるという解釈がされますが、結局のところ真実は明かされません。

 収録作全ての作品に共通しているのは、何らかの形で、海が人間に不思議な現象を起こす、というところ。非常に不思議な味わいの作品集で、ティプトリーのSF作品とは全く異なった読み心地です。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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