失われた目を求めて  埋もれた短編発掘その24 武宮閣之『月光眼球天体説』
 眼球を天体に見立てる…。そんな頓狂な発想から、おそらく、この素敵な物語は生まれたのでしょう。
 武宮閣之『月光眼球天体説』(『ハヤカワ・ミステリ・マガジン1991年8月号』収録)は、なんと、宇宙をさまよう「目玉」の物語。
 主人公の少年は、十二歳になったばかり。両親の不和が原因で、叔父夫婦のもとに預けられていました。夏休みのある日、少年は先日やってきたばかりの転校生と出会います。家にさそわれた少年は、そこで転校生の祖父を紹介されます。

 土管を細長くしたような煤けてよごれた望遠鏡の前で、おじいさんは分厚い本を開いていた。見ると右目が眼帯で覆われている。ギクリとした。転校生もおじいさんも、眼を悪くしている。きみはなんとなく嫌な気持ちになった。

 おじいさんは「望遠鏡で、宇宙旅行をしてみないか」と、おかしなことを言い出します。どこか安っぽい望遠鏡を見ながら、半信半疑で、少年は望遠鏡を覗き込みます。とたんに目の奥がむず痒くなってきます。

 月がすぐそばに見える。どんどん近づいていく。こんなに間近に月面を見るのは初めてだ。立体感のあるクレーターが、ひろげた掌の皺のようにつぶさに見てとれる。このままだとぶつかる。そんな恐怖を覚えて、きみは無意識に視線をそらす。次の瞬間、思いがけない強い力を受けて、きみは外にほうり出されそうになる。月がツルリと右下に流れていった。

 茫然自失としている少年に、おじいさんは説明します。この望遠鏡は、見るためのものではなく、集めるためのものだ。何を?−月の光を。それを見つめる人の眼球を、一つの天体にするために。そう、それは覗いた人の目を、宇宙に運んでくれる望遠鏡だったのです。おじいさんはこの理論を「月光眼球天体説」と呼んでいました。
 しかし、この望遠鏡には問題がひとつありました。望遠鏡を使っている最中に、筒から眼を離してしまうと、眼球が戻ってこれなくなってしまうのです。そして、転校生もその祖父も、片眼を失ってしまったために、眼帯をしているというのです。

 『月光眼球天体説』によると、宇宙に飛んでいった目玉は、残ったもう一方の目で望遠鏡を通して見つけ、視線を合わすことができれば、望遠鏡をつたって戻ってくることができるという。転校生も出ていってしまった自分の利き目を探すために、望遠鏡で毎日、左目を宇宙に放つというのだ。

 やがて、失った右目を探し続けていた転校生は、ある日残った左目も失ってしまいます。両目を失った転校生は、また心をも失ってしまうのです。転校生のおじいさんは警告を残して、少年の前から姿を消します。

 「わしらはしばらく、他の場所で研究を続けることにするよ。あの望遠鏡はあんたにあげる。きっといい旅ができる。本当の旅ができる。でも、左目で右目を見ようとしちゃだめだ。目は宇宙をみるためのもの、そして宇宙そのもの…」

 しかし警告にもかかわらず、少年は右目を失ってしまいます。彼は右目を求めて、残った左目で行方を探し始めます。

 右目はまだ太陽系を出ていない。探せば間に合う。きみの左目は螺旋を描くように、忙しく旋回と直進を繰り返す。

 少年は右目を取り戻すことができるのでしょうか? そして失われた目と出会ったとき、思いもかけなかった体験が少年を待っているのです…。
 文字どおり「世界」を、そして「宇宙」を見ることのできる「目」。「宇宙」を遊泳する「目」の見た夢とはいったいどんなものだったのでしょうか。眼球と天体のアナロジー、そして少年の心と宇宙のひろがりもまた、相似形をなしているのです。
 詩的で繊細。しかしその世界観には、スケールの大きさを感じさせられる、まさに珠玉の短篇です。
芸術の理解者  埋もれた短編発掘その23
 あるものが「芸術」であるとは、どのようなことなのでしょうか? 何をもって「芸術」とするのでしょうか? その境目を分ける基準に、絶対的なものはありません。この物語のように…。
 ドロシイ・ソールズベリイ・デイヴィス『紫色の風景画』(志摩隆訳 早川書房『エラリイ クイーンズ ミステリ マガジン』1965年1月号収録)は、芸術に対する、主観と客観のズレを取り扱った作品です。
 メアリー・ガードナーは、三十代後半の独身女性。デザイナーという職業がら、たびたび音楽会や劇場に行けるだけの余裕がありました。引っ込み思案でおとなしめの性格ながら、こと趣味に関しては、譲れないものを持っています。
 そんな彼女の最近のお気に入りは、近所の近代美術館に収められている、モネの『ルアーヴル近郊の森』という作品。ただ、気になることが一つありました。

 よく見ればみるほど、この絵は上下を逆にかけているように思われてならなかった。サインについては、彼女なりの理論を展開させていった。これはおそらく、画家が長い仕事を終えて、それも暗くなりかけた時に急いで書かれたのだろう、と。

 そんなある日、美術館に火災が発生します。混乱の中、メアリーは絵を救い出そうと、モネの絵を額縁から外して、外に逃げ出します。すぐに美術館に連絡しようと思いながらも、家の中に絵をかけてみたいという誘惑にかられます。

 今は衝動的にイタリア製の石版画をおろし、木の額縁からガラスと台紙を外してモネの絵を入れた。モネの絵はぴったり合ったし、その上なによりも彼女のうれしかったのは、今こそ正しいかけ方ができることだった。

 ニュースで『ルアーヴル近郊の森』が焼失したとされていることを知ったメアリーは、絵を返そうと決心します。しかし警察も美術館も、メアリーの話を作り話だと考え、まともにとり合ってくれません。ようやく現れた管理責任者は、絵を模写だと判断する始末です。
 メアリーは、いろいろな美術の専門家に、手当たり次第に、絵を見てくれるようにと、頼んで回ります。そして、その過程で、彼女は少しづつ変わり始めます。

 少女時代、彼女は両親や先生から外に出てもっと多くの人と会いなさいと言われたものだった。たしかに彼女は外に出るようになった。そして、彼女のもっている絵のことについて自由に批評し合う雰囲気のなかでは、彼女も自由に批評することができるようになった。その批評がおかしければおかしいほど−彼女はひどいとさえ思ったことがあった−彼女は有名になっていった。

 やがて、付き合いのある保険員のつてで、とある鑑定家がメアリーの家を訪れることになります。鑑定家のとった言動に対して、メアリーの胸中に去来する思いとは…?
 ふとしたきっかけで、ひとりの女性の人生観、そして人生そのものをも変えることになった一枚の絵。「逆さにされたモネ」とは、いったい何を表しているのでしょうか?
 「芸術」を見る視点とは「人生」を見る視点でもある。そんなことを考えさせてくれる、味わいのある作品です。

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苦渋の決断  埋もれた短編発掘その22
 初対面のはずなのに、言い知れぬ親近感を感じさせる若い娘。ある男の不思議な因縁を語った、ウィリアム・バンキアー『過去から来た子供』(本戸淳子訳 光文社『EQ』1983年11月号収録)は、「家族」というものを考えさせてくれる佳作です。

 48歳になるブレイク・メトカーフは、とあるパーティの席で、17歳そこそこの、魅力的な若い娘ティナと出会います。初対面からメトカーフに親近感を抱いたらしいティナに、メトカーフもまた惹かれます。

 栗色の、豊かに波打つつややかな髪。その色つや、波打ちぐあいはだれかを思い出させる。−そう、娘のマギーだ。やれやれ、マギーが今夜のパーティーにこられなくて助かった。こんな若い子を相手に、やにさがっている父親の姿を見ようものなら、マギーはひやかし半分のきつい視線をちらちら送りつけてくるにちがいない。

 自嘲するメトカーフは、しかしティナに、性的魅力とばかりもいえないものを感じていました。成り行きから、二人は互いの身の上を語り合います。そしてメトカーフは、ティナから、その生い立ちを聞きます。彼女は養子であること。養父は、有名な大富豪ホーラス・フラナガンであること。実の父親のいない彼女は、年上の男性メトカーフに惹かれたこと。
 しかし、ふと立ち寄ったレストランで、メトカーフは、ウェイトレスから、思いがけないことを言われます。

 「お嬢さんはお父さま似なんですね。ひと目で親子だってわかりますわ。ほんとによく似てらっしゃること」

 メトカーフは愕然とします。彼は、死産であった娘のことを思い出します。まさか…。しかし、あれはちょうど17年前、年の勘定は合う。もしや娘をとり上げたドクター・フォックスは、何らかの理由で嘘をいったのではないか? 疑惑にとらわれた彼は、親友のアル・フェリアとともに、死んだ娘の墓を掘り返し、確かめようと決心します。
 予想どおり、棺の中は空だったことを確認したメトカーフは、ドクター・フォックスに詰め寄ります。とぼけるフォックスを銃で脅したメトカーフは、ついに真実を聞き出します。子供のできない、富豪のホーラス・フラナガンが、莫大な金を積み、フォックスを買収したことを。
 怒りに駆られたメトカーフは、フラナガンにぶちまけることを考えます。しかし大者の彼が、秘密をおびやかすメトカーフを無事にすますとは思えない。ではフラナガンを殺した場合はどうなるだろうか? 捕まりでもしたら、逆に秘密が世間に漏れて、ティナや妻のローラを悲しませてしまうだろう。
 逡巡するメトカーフは、ふと恐るべきことに思い至ります。ドクター・フォックスは、すでにフラナガンにこのことを連絡しているに違いない。とすれば、今頃はもう手が打たれている可能性がある!
 数日後、メトカーフのもとに一本の電話が入ります。かけてきたのは、ホーラス・フラナガン。過ぎたことはしょうがない、と主張するフラナガンは、あることを提案します。

 「まあ聞きたまえ。われわれの採るべき道は二つしかない。このアタッシェ・ケースには相当な金がはいっている。五十万ドルだ。ぶしつけなやり方かもしれないがね、メトカーフ、わたしにできる償いの方法がほかにあるだろうか? 実際、金で幸福が買えるんだよ。多くの人間が現にそうしている」

 高圧的なフラナガンの提案に対し、メトカーフの下した決断とは? 彼のとった決断は、また思いがけない事件を引き起こしてしまうのですが…。
 つねに家族のことを考えつづける男が立たされた苦境。どうすればいちばん幸せなのだろうか? 決断の当否はどうあれ、主人公の行動は、読者の共感を呼ぶことでしょう。

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最善の方策  埋もれた短編発掘その21
 これは珍しい、マイクル・クライトンのユーモア短編『世界最強の仕立屋』(浅倉久志訳 早川書房 ミステリマガジン1974年1月号所収)。恐らく作者名を伏されたら、クライトンだとはわからないでしょう。
 大統領の信頼も厚い、科学顧問の物理学者ジョン・ハンセンは、ある日大統領の執務室に呼ばれます。驚いたことに執務室には、閣僚が勢揃いしていました。大統領を含め閣僚たちが、みな突っ立っている中で、見知らぬ男が一人座っているのに、ハンセンは注意を引かれます。
 年の頃はおそらく60歳を越え、小柄で白髪の老人。それにもかかわらず威圧的な態度と傲岸な言葉。

 そして、ハンセンはショックとともにさとった−大統領はこの男をこわがっている。ハンセンは一同のほうに目をやった。みんなもこわがっているらしいことが、いまになって感じられた。

 ボラックと名乗る男は、自分はシンシナティの仕立屋だと言いますが、身の程もわきまえず、驚くべき要求を出してきます。なんと50億ドルをよこせと言うのです!
 金を払わなければ、ニューヨーク市を燃やし尽くす。それがボラックが出した条件でした。そんなたわごとを信じるのかというハンセンの疑問に、大統領は答えます。政務次官のジョン・ハーパーが、目撃者の目の前で燃やし尽くされた、と。

 「…それによると、ボラック氏が目をとじてなにごとかを口の中で唱えたとたん、ハーパー次官の全身は火に包まれた。そのとき、ボラック氏と彼とのあいだには、数ヤードの距離があったそうだ」

 さらに目の前で、自分のネクタイに火をつけられたハンセンは、ボラックの言葉を信じ始めます。とたんに、彼は、ボラックの提案を呑むようにと、態度を豹変させます。あまつさえ、軍事的な協力を求めたらどうか、と言い出す始末。大統領は、失望の色を隠せません。
 ハンセンが態度を豹変させた理由とは? 明晰な頭脳を持つハンセンが導き出した、驚くべき対策とは?
 あまりに意表をつく結末には、驚かされるはず。はっきり言って、その解決法はアンフェアなのですが、頭を使ったアイディア・ストーリーに慣れている読者にとっては、逆に新鮮に感じられるかも。

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異国の旅その他の旅  埋もれた短編発掘その20
 よその国の人と意志の疎通をすることができる…、すなわち外国語が話せるということは、疑いを入れず、いいことです。この作品の主人公もそれを望んでいました。しかし思わぬ形で、この願いはかなえられることになるのです…。
 フレデリック・ダール『バベル』(高野優訳 早川書房 ミステリマガジン1985年11月号所収)は、ユニークなシチュエーションのショート・ストーリー。
 40歳になるオランダ人のエステル・モープスは、この歳になってようやく一人暮らしを楽しめるようになっていました。夫との死別後、同僚の愛人になった彼女は、妻子を捨てきれない男に別れを切り出したのち、いろいろな国をひとり旅行して回るようになっていたのです。
 今回の旅行先はフランス。エステルは、母国語のオランダ語のほかに、英語とドイツ語も流暢に話せるのですが、フランス語は話せません。おしゃべり好きなエステルは、フランス人と話せないのを残念に思っていました。

 しかたなくエステルは、オランダのように小さな国はいやおうなくまわりの国の言葉を話しているけど、でもそのおかげでいろいろな文化を自分のものにできるのだし、フランスみたいにいくら五千万の人口があるといってもひとりよがりに国境線の内側に閉じこもってしまうよりは、そのほうがずっといいことなんだわ、と自分を慰めるのだった。

 エステルの乗ったバスは快適に走っていました。しばらく景色をながめていた彼女は、誰かと話したくてたまらなくなります。隣の席には、肥ったかなり年配の女性が座っていました。エステルはまずドイツ語で話しかけますが、彼女には通じません。そこで英語に変えてみても、反応は同じ。肥った女性はうろたえて「イエス」と答えるばかり。

 フランスは四年もドイツに占領されていたんじゃないの。それなのに、せっかくの機会をもらいながら、ドイツ語を学ばなかったなんて…。エステルには、フランス人がわざと怠けてばかりいて、無駄使いをする民族に思えた。

 そのとき突然、急ブレーキがかかります。バスは激しく揺れ、乗客からは悲鳴があがります。そしてバスは谷にまっさかさまに落ち始めたのです!
 エステルは恐ろしさで気が遠くなりますが、気づくと落下は終わっていました。
 バスは屋根がなくなっているだけで、周りの乗客たちも無事な様子。隣を見ると、肥った女性は、首のうしろにかなりの傷を負っているようです。エステルは話しかけます。「奇跡ですわね」「傷はお痛みになります?」

 「いえ」肥った女性は答えた。「あなたのほうは?」
 「私は大丈夫ですわ。どこも怪我していませんもの」
 「でも、こめかみに穴のようなものが…」


 突然肥った女性と話が通じるようになった理由とは? 谷底に落ちたバスの乗客たちが無事な理由とは?
 言葉が通じたことに喜びを感じるエステルですが、思いもかけない結末が待ち受けています。彼女が本当に幸運だったかは、神のみぞ知ることでしょう。

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箱のなかにあったのは?  埋もれた短編発掘その19
 〈アンファン・テリブル〉というテーマの作品群があります。無邪気で残酷な子供を扱った物語のことです。例えばサキの『開いた窓』やスタンリイ・エリンの『ロバート』、パトリック・クェンティン『少年の意志』なんかがあげられますね。今回の作品もそんな一つ、ローズ・ミリオン・ヒーリー『ものあて遊び』(秋津知子訳 早川書房 ミステリマガジン1977年2月号所収)です。
 家政婦マーサは、子供を育てた経験もあり、決して子供嫌いというわけではありませんでした。しかし、この家の子供ジェフリィには、馴染めないものを感じています。祖母であるミセス・ベルトンと二人暮らしであるジェフリィは、ずいぶんと甘やかされていました。
 ジェフリィはある日、自分の膝の上にのせた小さなボール箱をマーサに指し示して、中に入っているものを、あててみろと問いかけます。当てたらごほうびに何がもらえるかと訊くと、来週分のお小遣いをあげるという返事。外れたら何かあげましょうというマーサに対し、ジェフリィは自分がほしいものをくれるかと訊きます。

 「おばさんがあげたくないと思うようなものじゃない?」
 「そんなこと思っちゃいけないよ。おばさんには他にも沢山あるんだもん」


 ミニカーか何かだと考えたマーサはゲームをすることを承知します。当てるのは三回まで。箱を持たせてというマーサにジェフリィは渋い顔をします。そんな約束はしていないというのです。ヒントがなくてはわからないというマーサにジェフリィは譲歩し、三つまでヒントを許可すると言います。
 大きさは? おばさんの指くらい。色は? 前はピンク色だった。じゃあペニー銅貨ね。はずれ!
 それ、おばさんが見たことのあるもの?

 「見たことある」少年は言った。「だって、おばさんも持ってるもん。本当のこと言うとね、それなんだ、ぼくが勝ったらおばさんから貰いたいものって」

 少年は、手の中でナイフをこねくりまわしながら、奇妙なことを言い出します。この箱の中のものは、マーサの前に働いていたリリアンという女性からもらったものだというのです。
 マーサは段々思い当たるも、不安げな様子を隠せません。冗談でしょう? ジェフリィは答えます。

 「リリアンも本気にしなかった。ぼくがそんなことするはずないって言ったんだ。できるはずないって。だけど、ある日、おばあちゃんが留守で、リリアンが自分の部屋で寝てるとき……」

 ジェフリィが欲しがるものとは? そして箱の中にあるものとはいったい何なのでしょうか?
 ジェフリィの言葉により、段々と読者にも箱のなかのものが想像できるようになっています。その意味で大体予想のつく展開が続くのですが、話がわかっていてもなお少年の不気味さは衰えません。スタンリイ・エリンの『特別料理』やロアルド・ダール『南からきた男』を彷彿とさせる佳作です。

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明日をも知れぬ身  埋もれた短編発掘その18
 イタリアの文豪アルベルト・モラヴィアには、幻想的な作品を集めた『シュールレアリスム短編集(仮題)』という作品集があり、その中からいくつかの短篇が訳されています。本編『夢、うつつ』(千種堅訳 早川書房 ミステリマガジン1991年2月号所収)もその一つですが、その奇怪な世界観は、飛び抜けて独創的です。
 どことも知れぬ「夢の島」は、クルウールーという名の怪物に支配されていました。姫君ともぐらの不自然な婚姻から生まれたと言われるクルウールーは、母親の死後、王位継承者として王位につきます。しかし生まれてから一度も目覚めたことのないクルウールーの姿は異様そのもの。

 生まれながらにびっしりと体毛におおわれ、すでにおなかも突き出ていて、ちゃんと大きな爪も生え、大きな頭はいかにも眠たげ、巨大なまぶたは真っ青で皺だらけだった。眠りながら生まれてきた。いや、いびきをかきながらといったほうがいい。そのいびきの音から彼の名前がつけられた。

 誰もが統治能力などないと思ったクルウールーには、しかしとんでもない能力が隠されていました。彼の見る夢のとおりに、島の住民は操られてしまうのです。 彼が最初に見た夢は、島の貴族全員が高い塔から飛び降りてしまうというものでした。そして実際に貴族全員が死んでしまったのです!
 また、大臣たちが突然逆立ちをしたり、身内の死を喜んだり、と住民たちに奇怪な行動が現れるようになります。これもまた、クルウールーの夢のせいでした。
 しかしクルウールーの夢は不条理なものばかりではありません。

 たとえば、クルウールーが権力を掌握した直後、島の商店全部が商品を超廉価で提供した。住民はクルウールーが太っ腹になった夢を見ているなと察知し、がっかり顔の商店主のところに殺到し、手当たり次第に買っていった。この夢につづいて、恐ろしい物不足が起こったのはいうまでもない。

 クルウールーの見る夢は、比較的合理的な夢と、奇怪な悪夢とに分けられることに住民は気づきます。とはいえ、ずっと休みなく夢を見るわけではなく、何年か一切夢を見ない期間が続くこともあるのです。
 学者たちはクルウールーの夢について議論を重ねます。クルウールーを安楽な状態にすれば、悪夢が防げるのではないか。クルウールーを殺してしまえばいいのではないか。しかしすべての手段は他ならぬクルウールーの夢によって露見し、失敗します。
 やがてある学派が深刻な仮説を打ち出します。島ではすべてがクルウールーの夢ではないか、というのです。しかしそれを確認する術はありません。あらゆる対抗策を断たれた住人たちは、クルウールーが老いて死ぬのを気を長くして待ち続けるのですが…。
 夢を見続ける奇怪な怪物によって支配される世界。そこでは理性では考えられないことが日々起こります。明日が全く予見できない混沌とした世界観には、怖気を振るうものがあります。しかしただ陰惨なのではなく、奇妙ながらもどこかおかしい夢の描写など、妙なユーモアをたたえたところも魅力的です。
 どこからどこまでが夢なのでしょうか? ボルヘスを思わせる〈夢見る人と夢見られる人〉テーマの作品です。

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天使のささやき、悪魔のためいき  埋もれた短編発掘その17
 皮肉な短篇の書き手として知られるジョン・コリアの作品には、よく悪魔が登場します。悪魔といっても、例えば『エクソシスト』だとか『オーメン』だとかに出てくるような、オカルティックなそれではありません。ずるがしこいながらも、ドジでおっちょこちょい。そうした愛すべき存在として描かれているのです。今回紹介する『天使と悪魔と青年と』(伊藤典夫訳 早川書房 ミステリマガジン1970年3月号所収)もまたそうした作品です。本作には、悪魔だけでなく天使も登場し、実にユーモラスなファンタジーに仕上がっています。
 アインシュタインが「宇宙は有限である」と宣言した直後から、天国と地獄の地価はうなぎのぼりに急騰します。地獄の片田舎で暮らしていた悪魔たちは、追い立てをくい、居住可能な惑星に散っていきます。その一人はある深夜、ロンドンに到着します。
 そして天使たちのなかにも、同様な事情で同様な手段をとったものがいました。その中の一人は奇しくも同じ時刻にロンドンに到着します。

 これくらい高度の生物となると、人間の姿をとるときには、どちらの性別を選んでもよいという特権がある。生き物といってもたんなる生き物ではないので、天使も悪魔も、何が何であるかはちゃんと心得ている。その点をおもんぱかって、二人はそれぞれ芳紀まさに二十一歳の若い女になることに決めた。

 悪魔はブルネットの美人ベラ・キンバリイに、天使は同じく美しいブロンドのエヴァ・アンダースンになります。ふと出会った二人はたちまち意気投合し、ルームメイトになることに決めます。やがて二人は下宿を見つけ、ベラはダンス教師、エヴァは、ハープ奏者の職を得ます。

 いったん落ちつくと、二人はそこらの娘たちと同じように四六時中ぺちゃくちゃお喋りしたり、くすくす笑ったりしながら、楽しい生活を始めた。

 同じ下宿に住む青年ハリイ・ペティグルーと知り合いになった二人は、どちらも青年に恋してしまいます。やがてハリイは、ベラよりもエヴァに惹かれていきます。ベラに愛想良くするものの、その気持ちは明らかにエヴァに傾いていました。

 ベラも、それにいつまでも気がつかないほど愚かではなかった。この魅力的な青年と、これから長い罪深い一生をおくり、やがて彼の魂をともなって地獄へとぶ、そんな生活を彼女は心に描いた。

 エヴァとハリイの仲が進展していくのに腹を立てたベラは、ベラと同じぐらい腹黒い青年ヴァレンティノを利用しようと考えます。ヴァレンティノにエヴァを誘惑させようというのです。策略のかいあって、エヴァがヴァレンティノと浮気をしているのではないかと邪推したハリイは、エヴァに疑惑をぶちまけてしまうのですが…。
 奇妙な四角関係の行方は? そしてハリイとエヴァの恋は実るのでしょうか?
 描かれるストーリーは、お定まりの三角関係(後には四角関係)なのですが、その語り口は洗練の極致です。文章の一つ一つが非常な吸引力を持っています。上に挙げた引用文でもわかると思いますが、そのレトリックの豊かさには驚嘆すべきものがあります。そして何とも魅力的な天使と悪魔のキャラクター!
 本来宿敵の二人が、互いの素性を知らぬまま、親友になってしまうという設定もさることながら、それぞれの本性に応じた性格を与えられているところが面白いです。恥ずかしがり屋で純真無垢なエヴァ、あけっぴろげで大らかなユーモアの持ち主ベラ。物語の展開上、ベラは悪役を振られているのですが、そのキュートさはエヴァにも劣りません。
 プロット上のひねりというものは、とくにないので、その点で、おさまるところにおさまる物語、といった印象は拭えないのですが、この作品の場合、それがまったく欠点となっていません。再読、再再読してもその魅力を失わないのです。何ともチャーミングなファンタジーの逸品です。

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まぼろしの故郷  埋もれた短編発掘その16
 孤独な青年は、また別の運命を夢見ますが、思わぬ形でその機会が訪れることになるのです…。今回紹介するのは、不思議なノスタルジアを感じさせる作品、ローレンス・トリート『拾った町』(羽田詩津子訳 早川書房 ミステリマガジン1986年8月号所収)です。
 郵便局に勤めるフレッド・フェリスは、これといった野心もない、孤独な青年でした。決まり切った日常を淡々とこなす彼は、たいした根拠もなく、何か別の運命が自分を待っているのではないかという考えを持っていました。
 ある朝、前を歩いていた猫背の男が新聞を落とし、それに気がついたフレッドは男に声をかけます。差し上げると言われたフレッドは、新聞を持ち帰り読み始めます。それは〈ザ・ウィークリー・ガゼット〉、地方の町イースト・ヴィックスビルのローカル新聞でした。そして、フレッドは個人消息欄の一つの記事に目を止めます。
 それはダニエル・リスター夫人の70歳の誕生日の記事でした。彼女は、アリンガムという男とともに駆け落ちしてしまった姪のアリスが帰ってくるのを未だに待ち続けているというのです。フレッドはすっかり引き込まれ、早速一年分の予約購読を申し込みます。
 結局リスター夫人の願いは実現しないようでしたが、一年あまり新聞を読み続けたフレッドは、イースト・ヴィックスビルの人々を知るようになります。やがて彼らが昔からの知り合いであるかのように感じ始めたフレッドは、ある決心をします。

 銀行には金があるじゃないか。事が起きた時に備えて貯めてきた金だ、イースト・ヴィックスビルを訪ねてなぜ悪い? ある意味じゃ、おれはあそこの人間だ。住民の名も職業も、半数は知っている。

 イースト・ヴィックスビルにたどり着いたフレッドは、さっそく目に付いた家を訪ねます。現れたのは、大柄なたくましい女。一見して好感を持ったフレッドは、意図しなかった言葉を発してしまいます。

 「僕はフレッド・アリンガムといいます」彼は名乗った。「実は部屋を探してるんですが」
 「アリンガムですって?」女は問い返した。「あなた、まさか…」


 そう、行方不明のリスター夫人の姪アリスの息子であると名乗ったフレッドは、女の家族から歓迎されます。彼女はアリスの親類エマ・リスターでした。やがてこの町で暮らすようになったフレッドは、エマの娘マイラと恋仲になります。
 しかし町の人々は、一応の敬意は払うものの、フレッドに馴染んでくれません。それに対して、もともと人々からのけ者にされがちだったマイラはフレッドにぞっこんとなり、彼と結婚することを疑いもしない様子です。ようやくフレッドは将来を真剣に考えはじめます。この町に落ち着くことは不可能ではない、しかし自分に何ができるだろう。この町で暮らしていけるような才能は全くない…。フレッドは、もとの家に帰ることを考えます。
 ある日、マイラとドライブに出かけたフレッドは、彼女に真実を打ち明けようとします。てっきりプロポーズの言葉が出るものと思いこんでいるマイラに、フレッドはなかなか言い出すことができないのですが…。
 フレッドとマイラの恋の行方は…。彼は真実を話してしまうのでしょうか?
 新聞によって、青年の脳裏に焼き付けられた理想の町。ノスタルジーを感じさせる発端は、上手いの一言。そして、ふとした偶然からその町に入り込んだ青年は、理想と現実のギャップに苦しめられます。よどみなく流れるストーリーはおちるべきところにおちます。真実を知ってなお、青年と娘の愛が確認される物語…、だったらよかったのですが、物語は意外な方向に進んでいきます。単なる恋物語では終わらないクライム・ストーリー。結末は賛否両論あるでしょうが、様々な可能性を予感させる発端部の素晴らしさだけでも、充分際だつ作品です。

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プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。雑誌に埋もれた短編を紹介する「埋もれた短編発掘!」コーナーもあり。「奇妙な味」の作品がお好きな方は必見です。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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