皮肉な短篇の書き手として知られるジョン・コリアの作品には、よく悪魔が登場します。悪魔といっても、例えば『エクソシスト』だとか『オーメン』だとかに出てくるような、オカルティックなそれではありません。ずるがしこいながらも、ドジでおっちょこちょい。そうした愛すべき存在として描かれているのです。今回紹介する『天使と悪魔と青年と』(伊藤典夫訳 早川書房 ミステリマガジン1970年3月号所収)もまたそうした作品です。本作には、悪魔だけでなく天使も登場し、実にユーモラスなファンタジーに仕上がっています。 アインシュタインが「宇宙は有限である」と宣言した直後から、天国と地獄の地価はうなぎのぼりに急騰します。地獄の片田舎で暮らしていた悪魔たちは、追い立てをくい、居住可能な惑星に散っていきます。その一人はある深夜、ロンドンに到着します。 そして天使たちのなかにも、同様な事情で同様な手段をとったものがいました。その中の一人は奇しくも同じ時刻にロンドンに到着します。
これくらい高度の生物となると、人間の姿をとるときには、どちらの性別を選んでもよいという特権がある。生き物といってもたんなる生き物ではないので、天使も悪魔も、何が何であるかはちゃんと心得ている。その点をおもんぱかって、二人はそれぞれ芳紀まさに二十一歳の若い女になることに決めた。
悪魔はブルネットの美人ベラ・キンバリイに、天使は同じく美しいブロンドのエヴァ・アンダースンになります。ふと出会った二人はたちまち意気投合し、ルームメイトになることに決めます。やがて二人は下宿を見つけ、ベラはダンス教師、エヴァは、ハープ奏者の職を得ます。
いったん落ちつくと、二人はそこらの娘たちと同じように四六時中ぺちゃくちゃお喋りしたり、くすくす笑ったりしながら、楽しい生活を始めた。
同じ下宿に住む青年ハリイ・ペティグルーと知り合いになった二人は、どちらも青年に恋してしまいます。やがてハリイは、ベラよりもエヴァに惹かれていきます。ベラに愛想良くするものの、その気持ちは明らかにエヴァに傾いていました。
ベラも、それにいつまでも気がつかないほど愚かではなかった。この魅力的な青年と、これから長い罪深い一生をおくり、やがて彼の魂をともなって地獄へとぶ、そんな生活を彼女は心に描いた。
エヴァとハリイの仲が進展していくのに腹を立てたベラは、ベラと同じぐらい腹黒い青年ヴァレンティノを利用しようと考えます。ヴァレンティノにエヴァを誘惑させようというのです。策略のかいあって、エヴァがヴァレンティノと浮気をしているのではないかと邪推したハリイは、エヴァに疑惑をぶちまけてしまうのですが…。 奇妙な四角関係の行方は? そしてハリイとエヴァの恋は実るのでしょうか? 描かれるストーリーは、お定まりの三角関係(後には四角関係)なのですが、その語り口は洗練の極致です。文章の一つ一つが非常な吸引力を持っています。上に挙げた引用文でもわかると思いますが、そのレトリックの豊かさには驚嘆すべきものがあります。そして何とも魅力的な天使と悪魔のキャラクター! 本来宿敵の二人が、互いの素性を知らぬまま、親友になってしまうという設定もさることながら、それぞれの本性に応じた性格を与えられているところが面白いです。恥ずかしがり屋で純真無垢なエヴァ、あけっぴろげで大らかなユーモアの持ち主ベラ。物語の展開上、ベラは悪役を振られているのですが、そのキュートさはエヴァにも劣りません。 プロット上のひねりというものは、とくにないので、その点で、おさまるところにおさまる物語、といった印象は拭えないのですが、この作品の場合、それがまったく欠点となっていません。再読、再再読してもその魅力を失わないのです。何ともチャーミングなファンタジーの逸品です。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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