幸せな家庭  埋もれた短編発掘その27 ボブ・レマン『窓』
 3年半ほど前になるでしょうか。ネットを徘徊していて、あるオムニバスドラマシリーズの紹介をしているサイトにぶつかりました。その時紹介されていたエピソードのあらすじを読んで、何か聞き覚えのある話だな、と思ったのが、そのドラマを見始めたきっかけでした。
 ドラマの名は《ナイトビジョン》《ミステリーゾーン》《トワイライトゾーン》タイプの、一話完結のドラマシリーズです。毎回、ひねりの利いたストーリーで唸らされました。
 見始めてから後のエピソードは、全て見ることができましたが、気になっているのが、肝心の「聞き覚えのある話」のエピソードです。『異次元への窓』と題されたそのエピソードのクレジットを調べてみると、原作は、ボブ・レマンとなっています。いろいろ調べた結果、かって『SFマガジン』に訳載された『窓』(浅倉久志訳『SFマガジン 1982年2月号』収録 早川書房)が該当作品のようです。
 あらすじを覚えているということは、読んだことがあるのは確かなのですが、読み返そうにも雑誌が見つかりません。捨ててしまったんでしょうか。その内、なんとなく忘れてしまっていたのですが、最近、該当の『SFマガジン』を再び手に入れる機会があり、さっそく読み直してみました。
 この作品に間違いありません。ものすごくインパクトのあったストーリーなので、記憶に残っていたのでしょう。そんなわけで、今回はこの『窓』をご紹介したいと思います。

 上司の命令を受けて、政府の実験場を訪れたギルスンは、責任者のクランツと大佐に引き合わされます。実験場に、場違いなヴィクトリア朝風の屋敷を認めたギルスンは驚きます。しかも大佐は、突然家に向かって石を投げつけたのです。石は家の上部で消えてしまいます。

 「ちょっと」とギルスンはいった。「こっちにもやらせてくれ」
 彼は野球のボールのように、石を投げた。思いきり高く。石は家から約十五メートル手前で消えてしまった。消失点を見つめているうちに、ギルスンはなめらかな緑の芝生が、ちょうとその真下で切れていることを発見した。


 家は、研究者カルヴァギャストの実験の結果、爆発とともに現れたものだというのです。新築に見えるその家の外観から判断して、1870か80年ごろ。つまり彼らは過去を見ているのではないかと考えていました。しかも、その家にはある家族が住んでいるらしいのです。

 「あれの性質については、なにもわからない。ここに窓があり、それがどうやら過去に開いているらしい。その中をのぞけるところから見て、光を通すことはわかる。ただし、一方向にしか通さない。その証拠に、あの中にいる人びとは、まったくわれわれの存在に気づいていないんだ。光以外は、なにもあれを通りぬけることはできない。石がどうなったかは、さっき見たとおり。あの境界面に長い棒を押しこんでみることもやった-抵抗はまったくない。だが、中へ入った部分は消えてしまう。神のみぞ知るどこかに。なにをあの中へ入れても、もどってこない。」

 実験の結果、十五時間二十分おきに、五秒間だけ《窓》が開くことが確認されます。事態を上司に報告するというギルスンに対し、熱狂家の青年リーヴズは反対します。家に住んでいる幸せそうな家族に感情移入していたリーヴズは、彼らの暮らしを壊したくないというのです。彼は、家族のひとりひとりに名前をつけており、ことに小さな女の子をマーサと名づけていました。

 「ちょっとしたもんでしょう。あれこそ人間らしい暮らしですよ。このくそったれな現代生活におさらばして、あの時代にもどって、あんな生活ができたらなあ……。それにマーサ、マーサを見ましたか? 天使ですよ、ねえ? もし、あそこに行けるなら-」

 政府の介入が避けられないことを知ったリーヴズは、次に《窓》が開いた瞬間、家のある空間に向かって飛びこんでしまうのです。

 「リーヴズ、よせ!」クランツだった。ギルスンは駆けていく足音を聞き、視野の隅にすばやい動きを認めた。ふりむくと、リーヴズのひょろ長い体がさっと通り過ぎていった。リーヴズは頭から境界面に飛びこみ、ぶざまに芝生の上へ投げ出された。

 《過去》に飛び込んだリーヴズの運命は? あそこは本当に《過去》なのでしょうか? 幸せな家族に憧れた青年に、思いもかけない事態が降り掛かります…。

 過去への郷愁にとらわれた青年が、その空間へ入り込んでしまう。どこかジャック・フィニィ風のノスタルジーに満ちた作品かと思いきや、結末は正反対のトーンを迎えます。まったく予想もしない展開に、読者は戦慄を覚えるはず。ノスタルジーを逆手にとった、おそるべき恐怖小説です。

 この『窓』《ナイトビジョン》で映像化したエピソード、ネットで検索してみると、ニコニコ動画で見れることがわかりました。著作権の関係で、あんまり勧められないのですが、興味のある人は探してみてください。非常にショッキングなのでご注意を。

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現実と虚構  埋もれた短編発掘その26 アン・ベイヤー『血縁』
 わたしの存在は現実なのか? それとも…? 現実を模倣する物語、そして物語を模倣する現実。
 アン・ベイヤー『血縁』『EQ 1988年1月号』光文社収録)は、現実感覚を狂わせるようなふしぎな物語です。
 ルイーズは、犬猿の仲である妹コーラが書いた小説がベストセラーになったことを知ります。その作品の表紙を見たルイーズは驚きます。

 表紙には、コーラ・スタツィオーネ作、長編小説『死せる贈り物』と書かれている。その下に、床に倒れて死んでいる女の絵。女の眼鏡がひんまがって、顔の横を血がしたたりおちている。
 その殺人の被害者は、実在のある人物に似ていた。つまりわたしだ。読んだから、わかっている。


 そして絵だけではなく、小説の中に登場する女の人物像もまたルイーズにそっくりなのです。
 周りの人間がみな妹のことを話題にのせるのに嫌気がさしたルイーズは、ふと入った旅行代理店でノルウェイへの旅行を申し込みます。
 イェーテボリからノルウェイ行きの船に乗り込んだルイーズは、資産家のボールドウィン・マーシャルという男と知り合います。コーラ・スタツィオーネと関係があるのかと訊ねられ、仕方なくルイーズは妹だと答えます。しかし、続いて出てきた言葉は驚くべきものでした。なんと妹も同じ船に乗船しており、朗読会を開く予定だと言うのです。
 妹と対面したルイーズは、自分の栄光のおこぼれに預かるために現れたと非難され、口論になります。ルイーズは、妹の留守を狙って彼女の部屋に忍び込みますが、そこで見つけたのは、妹の新作小説でした。『血縁』と題されたその原稿に目を通したルイーズは驚愕します。

 わたしは凝然と目を見はった。いままでここに書いてきた物語が、そこには一言半句たがえずにくりかえされていた。なにもかもそのままそっくりだ。わたしが旅行代理店へおもむいたこと。イェーテボリへ飛んだこと。億万長者と知りあい、コーラがおなじ船にのっているのを知り、彼女と出くわし、競馬ゲームで負け、《ペールギュント》をなかば居眠りしながら聞いたこと。いったいこれはどういう意味だろう? わたしは実在の人物なのだろうか?

 混乱しながらも、ルイーズは原稿を読み続けます。もし自分の人生が描かれているなら、この現在よりも後の出来事もまた書かれているにちがいない。しかしそこに書かれていたのは、思いもかけない結末でした。なんと自分は殺されてしまうというのです。

 時間は切迫している。わたしが生き残れるチャンスはひとつだけ。なんとか自分の手で運命を書きかえなければ。だが、どうやって?

 小説に書かれていることは現実なのか? 自分は妹の小説の登場人物でしかないのだろうか? そしてルイーズのとった手段とは?
 小説と現実との不自然なまでの一致。それが妄想なのか現実なのかは、最後まで明かされません。現実と想像が入り組んだ、不可思議な味の物語です。
 

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青年の未来  埋もれた短編発掘その25 W・C・モロー『アブサンの壜の向うに』
 極限状況に立たされた青年が出会った謎の男。男との出会いは、青年をどこへ導くのでしょうか…?
 W・C・モロー『アブサンの壜の向うに』(山本やよい訳『ミステリマガジン1984年8月号』早川書房収録)は、二人の男の出会いを語った、異様なシチュエーションの物語です。
 ある雨の夜、まだ若いアーサー・キンバリンは、空腹をかかえて街にたたずんでいました。手元には金目のものはなく、もう70時間も何も口にいれていなかったのです。

 紳士の家に生まれ、紳士として育てられた彼には、物乞いする勇気も物を盗む才覚も欠けていた。思いがけない出来事が訪れない限り、二十四時間以内に湾に飛びこんで溺れ死ぬか、肺炎を起こして路上でのたれ死ぬかのどちらかになるだろう。

 あてどもなく歩いていたキンバリンは、通りかかったレストランの前に、一人の男が立っているのに気づきます。

 キンバリンの同情をゆさぶったのは、たぶん言いようのない苦悶の表情だったのだろう。若者はおずおずと足をとめて、未知の男を見つめた。

 男は、キンバリンに一杯飲まないかと誘いをかけます。中に入ると、男はカウンターでアブサンを一本買ってきてくれないかと、金を出します。すきっ腹に酒を流し込み、一心地ついたキンバリンに、男は賭けをしないかと持ちかけます。やがてゲームが始まると、キンバリンの勝ちが続きます。

 このころになると、アブサンの酔いでキンバリンの体の機能は鋭敏そのものと化し、酒が餓えに与えた一時的な満足感が消え去ったあとに、肉体の苦痛がその攻撃力をうんと高めてもどってきた。買った金で夕食を注文してはいけないだろうか。だめだ、とんでもない話だ。それに謎の男は食事のことなど一言もいっていない。

 キンバリンの勝った額は莫大なものとなりますが、男はそろそろ最後の一勝負をしようじゃないかと言い出します。キンバリンはためらうことなく承知します。

 謎の男がじれったいほど緩慢な動作で賽筒を取り上げるのを見ながら、腹をすかせた若者の心臓は激しい動悸を打った。男が筒を振るまでにかなりの時間があった。

 若者に比べ、ふところに余裕のあるらしい謎の男。しかしその苦悶の表情には、キンバリンと似たものがありました。謎の男の正体とは? 互いに孤独を抱えた二人の男の勝負の行方は…?
 そしてキンバリンは、思いもかけない事態に出会います。彼に降り掛かったのは「幸運」なのか「不運」なのか。
 全編を通して登場するのは、ほぼ二人の男だけ。異様な静けさにもかかわらず、横溢するサスペンス。多様な解釈を許す結末には、人間の運命の残酷さ、そして不可思議さが感じられます。まさに傑作と呼ぶにふさわしい短篇です。

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失われた目を求めて  埋もれた短編発掘その24 武宮閣之『月光眼球天体説』
 眼球を天体に見立てる…。そんな頓狂な発想から、おそらく、この素敵な物語は生まれたのでしょう。
 武宮閣之『月光眼球天体説』(『ハヤカワ・ミステリ・マガジン1991年8月号』収録)は、なんと、宇宙をさまよう「目玉」の物語。
 主人公の少年は、十二歳になったばかり。両親の不和が原因で、叔父夫婦のもとに預けられていました。夏休みのある日、少年は先日やってきたばかりの転校生と出会います。家にさそわれた少年は、そこで転校生の祖父を紹介されます。

 土管を細長くしたような煤けてよごれた望遠鏡の前で、おじいさんは分厚い本を開いていた。見ると右目が眼帯で覆われている。ギクリとした。転校生もおじいさんも、眼を悪くしている。きみはなんとなく嫌な気持ちになった。

 おじいさんは「望遠鏡で、宇宙旅行をしてみないか」と、おかしなことを言い出します。どこか安っぽい望遠鏡を見ながら、半信半疑で、少年は望遠鏡を覗き込みます。とたんに目の奥がむず痒くなってきます。

 月がすぐそばに見える。どんどん近づいていく。こんなに間近に月面を見るのは初めてだ。立体感のあるクレーターが、ひろげた掌の皺のようにつぶさに見てとれる。このままだとぶつかる。そんな恐怖を覚えて、きみは無意識に視線をそらす。次の瞬間、思いがけない強い力を受けて、きみは外にほうり出されそうになる。月がツルリと右下に流れていった。

 茫然自失としている少年に、おじいさんは説明します。この望遠鏡は、見るためのものではなく、集めるためのものだ。何を?-月の光を。それを見つめる人の眼球を、一つの天体にするために。そう、それは覗いた人の目を、宇宙に運んでくれる望遠鏡だったのです。おじいさんはこの理論を「月光眼球天体説」と呼んでいました。
 しかし、この望遠鏡には問題がひとつありました。望遠鏡を使っている最中に、筒から眼を離してしまうと、眼球が戻ってこれなくなってしまうのです。そして、転校生もその祖父も、片眼を失ってしまったために、眼帯をしているというのです。

 『月光眼球天体説』によると、宇宙に飛んでいった目玉は、残ったもう一方の目で望遠鏡を通して見つけ、視線を合わすことができれば、望遠鏡をつたって戻ってくることができるという。転校生も出ていってしまった自分の利き目を探すために、望遠鏡で毎日、左目を宇宙に放つというのだ。

 やがて、失った右目を探し続けていた転校生は、ある日残った左目も失ってしまいます。両目を失った転校生は、また心をも失ってしまうのです。転校生のおじいさんは警告を残して、少年の前から姿を消します。

 「わしらはしばらく、他の場所で研究を続けることにするよ。あの望遠鏡はあんたにあげる。きっといい旅ができる。本当の旅ができる。でも、左目で右目を見ようとしちゃだめだ。目は宇宙をみるためのもの、そして宇宙そのもの…」

 しかし警告にもかかわらず、少年は右目を失ってしまいます。彼は右目を求めて、残った左目で行方を探し始めます。

 右目はまだ太陽系を出ていない。探せば間に合う。きみの左目は螺旋を描くように、忙しく旋回と直進を繰り返す。

 少年は右目を取り戻すことができるのでしょうか? そして失われた目と出会ったとき、思いもかけなかった体験が少年を待っているのです…。
 文字どおり「世界」を、そして「宇宙」を見ることのできる「目」。「宇宙」を遊泳する「目」の見た夢とはいったいどんなものだったのでしょうか。眼球と天体のアナロジー、そして少年の心と宇宙のひろがりもまた、相似形をなしているのです。
 詩的で繊細。しかしその世界観には、スケールの大きさを感じさせられる、まさに珠玉の短篇です。
芸術の理解者  埋もれた短編発掘その23
 あるものが「芸術」であるとは、どのようなことなのでしょうか? 何をもって「芸術」とするのでしょうか? その境目を分ける基準に、絶対的なものはありません。この物語のように…。
 ドロシイ・ソールズベリイ・デイヴィス『紫色の風景画』(志摩隆訳 早川書房『エラリイ クイーンズ ミステリ マガジン』1965年1月号収録)は、芸術に対する、主観と客観のズレを取り扱った作品です。
 メアリー・ガードナーは、三十代後半の独身女性。デザイナーという職業がら、たびたび音楽会や劇場に行けるだけの余裕がありました。引っ込み思案でおとなしめの性格ながら、こと趣味に関しては、譲れないものを持っています。
 そんな彼女の最近のお気に入りは、近所の近代美術館に収められている、モネの『ルアーヴル近郊の森』という作品。ただ、気になることが一つありました。

 よく見ればみるほど、この絵は上下を逆にかけているように思われてならなかった。サインについては、彼女なりの理論を展開させていった。これはおそらく、画家が長い仕事を終えて、それも暗くなりかけた時に急いで書かれたのだろう、と。

 そんなある日、美術館に火災が発生します。混乱の中、メアリーは絵を救い出そうと、モネの絵を額縁から外して、外に逃げ出します。すぐに美術館に連絡しようと思いながらも、家の中に絵をかけてみたいという誘惑にかられます。

 今は衝動的にイタリア製の石版画をおろし、木の額縁からガラスと台紙を外してモネの絵を入れた。モネの絵はぴったり合ったし、その上なによりも彼女のうれしかったのは、今こそ正しいかけ方ができることだった。

 ニュースで『ルアーヴル近郊の森』が焼失したとされていることを知ったメアリーは、絵を返そうと決心します。しかし警察も美術館も、メアリーの話を作り話だと考え、まともにとり合ってくれません。ようやく現れた管理責任者は、絵を模写だと判断する始末です。
 メアリーは、いろいろな美術の専門家に、手当たり次第に、絵を見てくれるようにと、頼んで回ります。そして、その過程で、彼女は少しづつ変わり始めます。

 少女時代、彼女は両親や先生から外に出てもっと多くの人と会いなさいと言われたものだった。たしかに彼女は外に出るようになった。そして、彼女のもっている絵のことについて自由に批評し合う雰囲気のなかでは、彼女も自由に批評することができるようになった。その批評がおかしければおかしいほど-彼女はひどいとさえ思ったことがあった-彼女は有名になっていった。

 やがて、付き合いのある保険員のつてで、とある鑑定家がメアリーの家を訪れることになります。鑑定家のとった言動に対して、メアリーの胸中に去来する思いとは…?
 ふとしたきっかけで、ひとりの女性の人生観、そして人生そのものをも変えることになった一枚の絵。「逆さにされたモネ」とは、いったい何を表しているのでしょうか?
 「芸術」を見る視点とは「人生」を見る視点でもある。そんなことを考えさせてくれる、味わいのある作品です。

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苦渋の決断  埋もれた短編発掘その22
 初対面のはずなのに、言い知れぬ親近感を感じさせる若い娘。ある男の不思議な因縁を語った、ウィリアム・バンキアー『過去から来た子供』(本戸淳子訳 光文社『EQ』1983年11月号収録)は、「家族」というものを考えさせてくれる佳作です。

 48歳になるブレイク・メトカーフは、とあるパーティの席で、17歳そこそこの、魅力的な若い娘ティナと出会います。初対面からメトカーフに親近感を抱いたらしいティナに、メトカーフもまた惹かれます。

 栗色の、豊かに波打つつややかな髪。その色つや、波打ちぐあいはだれかを思い出させる。-そう、娘のマギーだ。やれやれ、マギーが今夜のパーティーにこられなくて助かった。こんな若い子を相手に、やにさがっている父親の姿を見ようものなら、マギーはひやかし半分のきつい視線をちらちら送りつけてくるにちがいない。

 自嘲するメトカーフは、しかしティナに、性的魅力とばかりもいえないものを感じていました。成り行きから、二人は互いの身の上を語り合います。そしてメトカーフは、ティナから、その生い立ちを聞きます。彼女は養子であること。養父は、有名な大富豪ホーラス・フラナガンであること。実の父親のいない彼女は、年上の男性メトカーフに惹かれたこと。
 しかし、ふと立ち寄ったレストランで、メトカーフは、ウェイトレスから、思いがけないことを言われます。

 「お嬢さんはお父さま似なんですね。ひと目で親子だってわかりますわ。ほんとによく似てらっしゃること」

 メトカーフは愕然とします。彼は、死産であった娘のことを思い出します。まさか…。しかし、あれはちょうど17年前、年の勘定は合う。もしや娘をとり上げたドクター・フォックスは、何らかの理由で嘘をいったのではないか? 疑惑にとらわれた彼は、親友のアル・フェリアとともに、死んだ娘の墓を掘り返し、確かめようと決心します。
 予想どおり、棺の中は空だったことを確認したメトカーフは、ドクター・フォックスに詰め寄ります。とぼけるフォックスを銃で脅したメトカーフは、ついに真実を聞き出します。子供のできない、富豪のホーラス・フラナガンが、莫大な金を積み、フォックスを買収したことを。
 怒りに駆られたメトカーフは、フラナガンにぶちまけることを考えます。しかし大者の彼が、秘密をおびやかすメトカーフを無事にすますとは思えない。ではフラナガンを殺した場合はどうなるだろうか? 捕まりでもしたら、逆に秘密が世間に漏れて、ティナや妻のローラを悲しませてしまうだろう。
 逡巡するメトカーフは、ふと恐るべきことに思い至ります。ドクター・フォックスは、すでにフラナガンにこのことを連絡しているに違いない。とすれば、今頃はもう手が打たれている可能性がある!
 数日後、メトカーフのもとに一本の電話が入ります。かけてきたのは、ホーラス・フラナガン。過ぎたことはしょうがない、と主張するフラナガンは、あることを提案します。

 「まあ聞きたまえ。われわれの採るべき道は二つしかない。このアタッシェ・ケースには相当な金がはいっている。五十万ドルだ。ぶしつけなやり方かもしれないがね、メトカーフ、わたしにできる償いの方法がほかにあるだろうか? 実際、金で幸福が買えるんだよ。多くの人間が現にそうしている」

 高圧的なフラナガンの提案に対し、メトカーフの下した決断とは? 彼のとった決断は、また思いがけない事件を引き起こしてしまうのですが…。
 つねに家族のことを考えつづける男が立たされた苦境。どうすればいちばん幸せなのだろうか? 決断の当否はどうあれ、主人公の行動は、読者の共感を呼ぶことでしょう。

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最善の方策  埋もれた短編発掘その21
 これは珍しい、マイクル・クライトンのユーモア短編『世界最強の仕立屋』(浅倉久志訳 早川書房 ミステリマガジン1974年1月号所収)。恐らく作者名を伏されたら、クライトンだとはわからないでしょう。
 大統領の信頼も厚い、科学顧問の物理学者ジョン・ハンセンは、ある日大統領の執務室に呼ばれます。驚いたことに執務室には、閣僚が勢揃いしていました。大統領を含め閣僚たちが、みな突っ立っている中で、見知らぬ男が一人座っているのに、ハンセンは注意を引かれます。
 年の頃はおそらく60歳を越え、小柄で白髪の老人。それにもかかわらず威圧的な態度と傲岸な言葉。

 そして、ハンセンはショックとともにさとった-大統領はこの男をこわがっている。ハンセンは一同のほうに目をやった。みんなもこわがっているらしいことが、いまになって感じられた。

 ボラックと名乗る男は、自分はシンシナティの仕立屋だと言いますが、身の程もわきまえず、驚くべき要求を出してきます。なんと50億ドルをよこせと言うのです!
 金を払わなければ、ニューヨーク市を燃やし尽くす。それがボラックが出した条件でした。そんなたわごとを信じるのかというハンセンの疑問に、大統領は答えます。政務次官のジョン・ハーパーが、目撃者の目の前で燃やし尽くされた、と。

 「…それによると、ボラック氏が目をとじてなにごとかを口の中で唱えたとたん、ハーパー次官の全身は火に包まれた。そのとき、ボラック氏と彼とのあいだには、数ヤードの距離があったそうだ」

 さらに目の前で、自分のネクタイに火をつけられたハンセンは、ボラックの言葉を信じ始めます。とたんに、彼は、ボラックの提案を呑むようにと、態度を豹変させます。あまつさえ、軍事的な協力を求めたらどうか、と言い出す始末。大統領は、失望の色を隠せません。
 ハンセンが態度を豹変させた理由とは? 明晰な頭脳を持つハンセンが導き出した、驚くべき対策とは?
 あまりに意表をつく結末には、驚かされるはず。はっきり言って、その解決法はアンフェアなのですが、頭を使ったアイディア・ストーリーに慣れている読者にとっては、逆に新鮮に感じられるかも。

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異国の旅その他の旅  埋もれた短編発掘その20
 よその国の人と意志の疎通をすることができる…、すなわち外国語が話せるということは、疑いを入れず、いいことです。この作品の主人公もそれを望んでいました。しかし思わぬ形で、この願いはかなえられることになるのです…。
 フレデリック・ダール『バベル』(高野優訳 早川書房 ミステリマガジン1985年11月号所収)は、ユニークなシチュエーションのショート・ストーリー。
 40歳になるオランダ人のエステル・モープスは、この歳になってようやく一人暮らしを楽しめるようになっていました。夫との死別後、同僚の愛人になった彼女は、妻子を捨てきれない男に別れを切り出したのち、いろいろな国をひとり旅行して回るようになっていたのです。
 今回の旅行先はフランス。エステルは、母国語のオランダ語のほかに、英語とドイツ語も流暢に話せるのですが、フランス語は話せません。おしゃべり好きなエステルは、フランス人と話せないのを残念に思っていました。

 しかたなくエステルは、オランダのように小さな国はいやおうなくまわりの国の言葉を話しているけど、でもそのおかげでいろいろな文化を自分のものにできるのだし、フランスみたいにいくら五千万の人口があるといってもひとりよがりに国境線の内側に閉じこもってしまうよりは、そのほうがずっといいことなんだわ、と自分を慰めるのだった。

 エステルの乗ったバスは快適に走っていました。しばらく景色をながめていた彼女は、誰かと話したくてたまらなくなります。隣の席には、肥ったかなり年配の女性が座っていました。エステルはまずドイツ語で話しかけますが、彼女には通じません。そこで英語に変えてみても、反応は同じ。肥った女性はうろたえて「イエス」と答えるばかり。

 フランスは四年もドイツに占領されていたんじゃないの。それなのに、せっかくの機会をもらいながら、ドイツ語を学ばなかったなんて…。エステルには、フランス人がわざと怠けてばかりいて、無駄使いをする民族に思えた。

 そのとき突然、急ブレーキがかかります。バスは激しく揺れ、乗客からは悲鳴があがります。そしてバスは谷にまっさかさまに落ち始めたのです!
 エステルは恐ろしさで気が遠くなりますが、気づくと落下は終わっていました。
 バスは屋根がなくなっているだけで、周りの乗客たちも無事な様子。隣を見ると、肥った女性は、首のうしろにかなりの傷を負っているようです。エステルは話しかけます。「奇跡ですわね」「傷はお痛みになります?」

 「いえ」肥った女性は答えた。「あなたのほうは?」
 「私は大丈夫ですわ。どこも怪我していませんもの」
 「でも、こめかみに穴のようなものが…」


 突然肥った女性と話が通じるようになった理由とは? 谷底に落ちたバスの乗客たちが無事な理由とは?
 言葉が通じたことに喜びを感じるエステルですが、思いもかけない結末が待ち受けています。彼女が本当に幸運だったかは、神のみぞ知ることでしょう。

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箱のなかにあったのは?  埋もれた短編発掘その19
 〈アンファン・テリブル〉というテーマの作品群があります。無邪気で残酷な子供を扱った物語のことです。例えばサキの『開いた窓』やスタンリイ・エリンの『ロバート』、パトリック・クェンティン『少年の意志』なんかがあげられますね。今回の作品もそんな一つ、ローズ・ミリオン・ヒーリー『ものあて遊び』(秋津知子訳 早川書房 ミステリマガジン1977年2月号所収)です。
 家政婦マーサは、子供を育てた経験もあり、決して子供嫌いというわけではありませんでした。しかし、この家の子供ジェフリィには、馴染めないものを感じています。祖母であるミセス・ベルトンと二人暮らしであるジェフリィは、ずいぶんと甘やかされていました。
 ジェフリィはある日、自分の膝の上にのせた小さなボール箱をマーサに指し示して、中に入っているものを、あててみろと問いかけます。当てたらごほうびに何がもらえるかと訊くと、来週分のお小遣いをあげるという返事。外れたら何かあげましょうというマーサに対し、ジェフリィは自分がほしいものをくれるかと訊きます。

 「おばさんがあげたくないと思うようなものじゃない?」
 「そんなこと思っちゃいけないよ。おばさんには他にも沢山あるんだもん」


 ミニカーか何かだと考えたマーサはゲームをすることを承知します。当てるのは三回まで。箱を持たせてというマーサにジェフリィは渋い顔をします。そんな約束はしていないというのです。ヒントがなくてはわからないというマーサにジェフリィは譲歩し、三つまでヒントを許可すると言います。
 大きさは? おばさんの指くらい。色は? 前はピンク色だった。じゃあペニー銅貨ね。はずれ!
 それ、おばさんが見たことのあるもの?

 「見たことある」少年は言った。「だって、おばさんも持ってるもん。本当のこと言うとね、それなんだ、ぼくが勝ったらおばさんから貰いたいものって」

 少年は、手の中でナイフをこねくりまわしながら、奇妙なことを言い出します。この箱の中のものは、マーサの前に働いていたリリアンという女性からもらったものだというのです。
 マーサは段々思い当たるも、不安げな様子を隠せません。冗談でしょう? ジェフリィは答えます。

 「リリアンも本気にしなかった。ぼくがそんなことするはずないって言ったんだ。できるはずないって。だけど、ある日、おばあちゃんが留守で、リリアンが自分の部屋で寝てるとき……」

 ジェフリィが欲しがるものとは? そして箱の中にあるものとはいったい何なのでしょうか?
 ジェフリィの言葉により、段々と読者にも箱のなかのものが想像できるようになっています。その意味で大体予想のつく展開が続くのですが、話がわかっていてもなお少年の不気味さは衰えません。スタンリイ・エリンの『特別料理』やロアルド・ダール『南からきた男』を彷彿とさせる佳作です。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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