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幸福を求める人々  アンニ・スヴァン『夏のサンタクロース フィンランドのお話集』
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 アンニ・スヴァン『夏のサンタクロース フィンランドのお話集』(古市真由美訳 岩波少年文庫)は、20世紀初頭に活躍し、フィンランドの「童話の女王」と呼ばれた作家アンニ・スヴァン(1875-1958)の童話集です。13篇を収めています。
 美しい自然を背景に、民話的なモチーフが展開されるファンタジー作品集です。純真な人々がその心根で幸せな結末を迎えるお話が多いのですが、中には叶わぬ恋をする主人公が登場する悲しいお話なども混じっていますね。

 三兄弟それぞれの幸せが描かれる「お話のかご」、森の妖精に囚われた娘が脱出しようとする「山のペイッコと牛飼いのむすめ」、愛する少年のため自らの心臓をヴァイオリンにする少女を描く「小さなヴァイオリン」、親友の子牛の病気を治すため冒険に出るこびとを描いた「子牛のピエニッキと森のこびと」、妖精の魔力によってけもののような足になってしまった若者の恋を描く「ふしぎの花」、人間の青年を愛した氷姫の悲恋を描く「氷の花」、魔法のブーツの片方を盗まれたサンタクロースを子どもたちが手助けしようとする「夏のサンタクロース」、病で連れ去られた母親の魂を取り戻そうと死の国へ踏み込む少女を描く「少女と死の影」、非人間的な冷たさを持つ山の王の妃となった娘とその息子の物語「山の王の息子」などを面白く読みました。

 特に印象に残るのは「お話のかご」「小さなヴァイオリン」「少女と死の影」「山の王の息子」など。

 「お話のかご」は運試しの旅に出た三兄弟を描く物語。長兄は不思議なめがねを手に入れ、知恵者として尊敬されるようになります。次兄は王女と結婚して富を手に入れます。末弟はあるおばあさんの手伝いのお礼に、かごいっぱいにお話の毛糸玉を手に入れますが…。
 物語を手に入れること。その物語を皆に語り伝えること。それらの幸せは、富や名誉にも劣らない、というお話です。これは読書好きの琴線に触れる物語ですね。

 「小さなヴァイオリン」はこんなお話。
 ヴァイオリンを学んでいた才能豊かな少年ハンヌは楽器を壊してしまいますが、新しい楽器を手に入れるお金がありません。ハンヌの楽器を直そうと、幼馴染みの少女レーナは森に住む不思議なおばあさんを訪ねます。ヴァイオリンを直す条件とは、レーナの心臓そのものをヴァイオリンにするというものでした…。
 幼馴染みの少女の心臓により作られたヴァイオリンを手に入れた少年は栄誉を手に入れますが、やがて大事なものを失ってしまう…というお話です。少女の純粋な思いが最終的には幸福を呼び込む、という結末も良いですね。

 「少女と死の影」は死の国をめぐる物語。
 病気で寝込む母親をおいて、ダンスパーティーに出かけてしまった少女リーサが家に戻ると、黒い影によって、母親のたましいがランプの火となって運ばれていくところでした。母のたましいを取り戻そうと、黄泉の国トゥオニに入り込んだリーサでしたが…。
 自身の行いを後悔した少女が、母のたましいを取り戻そうと黄泉の国に入り込む…という物語。最初は自分勝手だと思われた少女ですが、母親のたましいを取り戻そうとするその必死さを見ているうちに、読者も感情移入してしまいます。黄泉の国の不気味さも印象に残ります。

 「山の王の息子」は人の心の温かさがテーマとなったお話でしょうか。
 深い地底の国に住む山の王とその民たちは、陰気で無口でした。王の息子は十六歳になると、山をはなれて谷へくだり、そこで三日間を過ごす権利があるというのです。外の世界に出た息子は、ヒツジ飼いのむすめと出会い恋をします。娘は山の国に連れていかれ王妃となり、息子を産みます。
 しかし故国に戻った途端に冷たくなってしまった夫は、顧問の進言を入れて妻を冷遇するばかりか、息子に愛情を注ぐのを禁止し、とうとう妻を追放してしまいます。やがて成長した息子は十六歳になり、外の世界に旅をすることになりますが…
 人間的な心を持たない山の国の王子(後に王)と、暖かい心を持つむすめ、そしてその息子との関係を描いた作品です。最初は外界に出た王子とむすめとの恋愛が描かれるのですが、どうやら山の国に入ってしまうと人間的な心が失われてしまうようで、最初は人間的な情愛を持っていた王子から、その愛が失われてしまいます。
 夫婦の息子に関しても、山の国の掟に囚われてしまうのか、人間的な心を持ち続けられるのか、といったところがテーマになっていますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

理想の国  アストリッド・リンドグレーン『ミオよ わたしのミオ』
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 アストリッド・リンドグレーンの長篇『ミオよ わたしのミオ』(大塚勇三訳 岩波少年文庫)は、別世界に迷い込んだ少年が王子ミオとなり、悪の騎士と戦うことになるというファンタジー作品です。

 ストックホルムの町で養子として育った少年ボッセは、義両親にあまり可愛がってもらえず、つらい日々を過ごしていました。ある日、果物屋のルンディンおばさんからもらったリンゴと葉書をきっかけにボッセは、現実とは違う世界『はるかな国』を訪れることになります。
 そこではボッセは王子ミオであり、王はミオの優しい父親でした。親友ユムユムや愛馬ミラミスを得たミオは幸せな生活を始めますが、国のところどころで、子どもたちが行方不明になっていることを知ります。残酷な騎士カトーが次々と子どもたちをさらっていってしまったというのです。ミオは彼と戦う決意を固めますが…。

 現実では不遇な少年が別世界で王子として活躍する、というファンタジー作品です。
 優しい父王と親友、愛馬や善人そのものの国民たちと、理想の世界であるとも思える『はるかな国』ですが、そこにも暴力や死の影はあって、それを象徴するのが騎士カトーです。
 カトーは、次々と人々や子どもたちをさらっては、姿を変えてしまったり、忠実な手下に変えてしまうのです。カトーの打倒を決意するものの、ミオの力は弱く、彼自身の優しさや勇気は別として、次々とピンチに陥ってしまうあたりの展開にはハラハラドキドキ感があります。
 カトーの弱点や、彼を倒すための武器を手に入れるための旅路にも冒険物語としての魅力があります。解説では「民話風」という表現がされていますが、登場する不思議な出来事や魔法のアイテムは確かに民話風ですね。

 舞台となる『はるかな国』は美しい世界なのですが、どこか死の香りというか、黄昏の空気を感じる世界観となっています。ミオの親友となるユムユムが、現実世界の親友ベンカにそっくりだったり、愛馬ミラミスが現実世界で可愛がっていた老馬カッレ・プントと似ていたりと、ミオの愛していた人物や動物などに似た存在が『はるかな国』に現れるのです。
 また父親である王さまは慈愛の化身のような存在で、現実世界でミオが憧れていたベンカの父親をさらに理想化したような存在です。ミオの理想の父親像を反映したようにも見えますね。タイトルともなっている、王さまが度々息子に向けて放つ言葉「ミオよ わたしのミオ」はとても印象的なのですが、不遇だったミオが、飢えていた愛情を証明するもののようです。
 主人公ミオの願望や願いが多分に反映された世界であって、お話の中では明確には語られませんが、この『はるかな国』自体が死後の世界であるかのようにも見えるところも独特です。

 ミオを含め国の人々の、騎士カトーに対する恐怖感は強烈で、実際に本人が登場しない段階の前半、カトーに対して語られる部分の不穏さには、単なる悪役の域を超えて、「死の象徴」的なインパクトがありますね。
 死の空気を帯びた世界観や、魔法のアイテム、躍動感あふれる冒険行など、いろいろと魅力的なファンタジー作品となっています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

死後の生  アストリッド・リンドグレーン『はるかな国の兄弟』
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 アストリッド・リンドグレーンの長篇『はるかな国の兄弟』(大塚勇三訳 岩波少年文庫)は、死後、別世界に生まれ変わった兄弟の冒険と戦いを描くファンタジー作品です。

 病弱な少年クッキー(カール)・レヨンは、母親と兄ヨナタンと暮らしていました。ヨナタンは、美しい容姿で人気者の少年でしたが、弟に深い愛情を注いでいました。自分が病気で余命幾ばくもないことを知ったクッキーに対し、ヨナタンは、死んでも人間は「ナンギヤラ」という世界に行くことになっており、いずれそこで会えると話します。
 ある日アパートが火事になり、取り残されたクッキーを助けようとヨナタンは弟を背負って飛び降りますが、弟をかばって自分のみが死んでしまいます。
 クッキーもまた、間を置かず病気で亡くなりますが、彼が気がつくと、そこはナンギヤラのサクラ谷で、ヨナタンと再会することになります。クッキーの体も健康になっており、兄と一緒に馬に乗るなどして楽しい日々を過ごします。
 しかし、ナンギヤラには、遠く離れたカルマニヤカに住む残酷な男テンギルがいました。テンギルはサクラ谷の隣の野バラ谷に攻め入り支配してしまったといいます。野バラ谷のリーダーであるオルヴァルも捕らえられているというのです。
 サクラ谷のリーダー、ソフィアを補佐し、オルヴァルを助けるためにテンギルに立ち向かうというヨナタンの後を追って、クッキーも愛馬フィアラルと共に旅に出ますが…。

 病弱な弟を慈しんでいた兄が先に死んでしまい、後を追った弟と共に死後の世界ナンギヤラに生まれ変わるという物語です。
 死後の世界だけに、そこには幸福だけがあるのかと思いきや、生前の世界と同じくそこには悪人がおり、戦争もあったのです。健康な体を得て、ようやく愛するヨナタンと平和な暮らしができるかと思いきや、兄弟は戦いに巻き込まれてしまいます。
 勇敢なヨナタンは、周囲の人々に対する責任感から、クッキーは兄に対する思いから、それぞれ残酷な支配者テンギルに挑みますが、その過程で大切な仲間や恩人たちも失ってしまうことになります。

 死んでまで戦いを繰り返す人間の業が描かれているともいえますが、興味深いのはこの作品に現れる死生観。死後の別世界ナンギヤラ上でさらに死んでしまった人間が行く世界として、「ナンギリマ」なる世界が言及されます。
 死ぬ度に別の世界が現れるのか、それともナンギリマが行き止まりの世界であるのかは分かりませんが、死んでも人間はそれっきりではなく、魂は遍歴を続け、大事な人間に再会できる…という意味では、救いのある世界観が示されています。
 ただ、ヨナタンとクッキー兄弟を初め、個人レベルでは、死後の世界でも死や暴力は避けられない、という点ではシビアな世界観となっていますね。

 冒険ファンタジーとしても魅力的な物語となっています。ヨナタンの後を追って出かけたクッキーが、敵の懐をくぐり抜けるシーンはハラハラドキドキしますね。
 生まれ変わって健康になったとはいえ、幼い子どもではあり、ヨナタンと違って強い力を持たないクッキーが、彼なりのその機転や思い切りの良さで活躍する部分は、読んでいて応援したくなってしまいます。またヨナタンが、弟に勇気をもらったりと兄弟愛が描かれる部分も良いですね。

 不思議な死生観、死を超えた兄弟愛、人間の宿業など、魅力的なテーマを扱った作品です。全体が強い死の空気に支配されており、結末も言葉通りの意味でのハッピーエンドではないのですが、心に残る作品で、傑作といえるのではないでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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