静謐なサバイバル  マルレーン・ハウスホーファー『壁』
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マルレーン ハウスホーファー Marlen Haushofer
同学社 1997-11

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 マルレーン・ハウスホーファー(1920-1970)は、オーストリアの作家。主に児童文学で知られた人のようですが、『壁』(諏訪功/森正史訳 同学社)は、大人向けに書かれた作品です。

 夫をなくした中年女性の「わたし」は、従姉夫妻に招かれて山荘を訪れます。ある夜、村の酒場に出かけた従姉夫妻を見送り、「わたし」は先に寝入ってしまいますが、翌朝目を覚ますと、二人の姿が見当たりません。
 猟犬と一緒に峡谷の出口まで出かけた「わたし」は、そこに透明な壁があることに気がつきます。この透明な壁は、山荘を含む山岳地帯を取り巻いており、外に出ることはできません。しかも、壁を通して見える人間や動物は全て死んでいたのです…。

 謎の壁に閉じ込められた女性を描く作品ということで、「破滅SF」的な内容を想像すると思うのですが、この作品、ちょっと毛色が違います。
 壁についての科学的な説明は全くされず、周りの生物がなぜ死んでしまったのかということについてもほとんど触れられません。主人公の女性は、すぐに壁をどうしようもないものとして受け入れてしまうので、壁に対する調査や探索といったものは一切描かれないのです。
 また、基本的に人間はたった一人、主人公のみしか生存していないので、他の人間との葛藤やドラマが描かれることもありません。

 では何が描かれるかというと、山の中に閉じ込められた女性の、山中での生活が事細かに、リアリスティックに描かれるのです。山荘や近くの牧場に残された道具や食物、薪などを使って、いかに自分が生き延びていくかが描かれます。
 ただ、主人公は銃を使うことができ、ある程度の動物や植物に関する知識もあったりと、生活能力は旺盛なので、それほどの危険な目には会いません。

 主人公は、壁に閉じ込められた際、たまたま側にいた犬、猫、牛と一緒に暮らすことになるのですが、もともと生への執着が薄かった主人公は、彼らとの生活に生き甲斐を見いだすことになります。おそらく外界で死んでしまったであろう自分の娘のことよりも、むしろ動物たちのことを心配するようになるのです。
 犬は忠実な友人として、猫にはその気まぐれさで振り回され、牛は保護すべき対象として、それぞれ世話をすることになります。全体に劇的な事件の少ない展開の中にあって、子牛が生まれたり、猫が行方不明になったりすることが、作品の山場のようなものになっています。

 主人公の、自分が生きるためのサバイバルに関しても描かれてはいますが、メインに描かれるのは動物たちとの暮らしや、彼らに向ける主人公の心理です。
 「壁」に関しては、閉塞的な環境を作り出すための設定に過ぎないという感もあり、あまり前面に出てはきません。ただ、主人公の生活や動物たちとの暮らしが本当にリアルで、そこだけでも十分面白く読むことができます。

 あまり似たタイプの作品が思い当たらない、異色のサバイバル小説です。本国で映画化もされているらしく、こちらも見てみたいですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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