怪奇幻想読書倶楽部 第13回読書会 開催しました
 3月25日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第13回読書会」を開催しました。出席者は、主催者を含め10名でした。
 テーマは、第1部「物語をめぐる物語」、第2部「作家特集 ステファン・グラビンスキ」です。参加してくださった方には、お礼を申し上げたいと思います。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 第1部「物語をめぐる物語」では、本や物語をテーマにした作品、作家を主人公にした作品、枠物語、メタフィクションや実験小説などについて話しました。もともと作家自身がこのテーマを好む傾向が強く、該当作品も本当にたくさんあるといった印象ですね。
 主催者による作品リストのほか、参加者のshigeyukiさんによるリストも配布されました。

 第2部は「作家特集 ステファン・グラビンスキ」。近年邦訳が続き、話題を呼んだポーランドの怪奇小説家ステファン・グラビンスキについて話し合いました。
 ポオやホフマン、ラヴクラフトといった作家たちとの共通点を感じながらも、グラビンスキならではの特徴というのも浮かび上がってきました。

 それでは、以下話題になったトピックの一部を紹介していきます。


●一部

・ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』について。
前半は純粋なハイ・ファンタジー、後半はメタフィクション的な展開になる。子供のころ読むと、後半はちょっと難しいかもしれない。作中の本を模した装丁は素晴らしい。
「それはまた別のお話…」的な部分がところどころにあり、サイドストーリーを想像させるという趣向は面白い。
映画版は中途半端な映像化でがっかりした。

・ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』について。
アラビアン・ナイト風のエキゾチックな枠物語。背景にキリスト教とイスラム教の争いも描かれる。主人公が気がつくと、何度も処刑台のそばで目を覚ます…という展開が楽しい。映画版ではこのあたりはコミカルに描かれていた。
邦訳は抄訳で、映画版では未訳の後半部分が描かれるのだが、物語の中の語り手の話の中の語り手が…という具合に、多重構造になっているところがすごい。
作者はポーランドの人だが、フランス語版やポーランド語版など、未だに定本とされる形はないらしい。

・ジャン・レー『新カンタベリー物語』について。
チョーサー「カンタベリー物語」をモデルに描かれた怪奇幻想版枠物語。ジャン・レー作品の中でも傑作だと思う。

・小田雅久仁『本にだって雄と雌があります』について。
 本に雄と雌があり、本の子供ができる…という設定のファンタジー。結末ではひっくり返しがあったり、壮大なスケールの物語に。

・レイ・ブラッドベリ『華氏四五一度』について。
本が焚書される世界で「本」そのものになってしまう人々が描かれる。記憶力の問題はどうなっているのか気になる。同じ題材でもブラッドベリが書いたからこそ詩的に感じられる面があるのではないか。

・ジーン・ウルフ『書架の探偵』について。
近未来、過去の作家がクローンとして再生され、図書館に保管されているという作品。「作家」の扱いが雑なのがすごい。クローンの技術的な問題や倫理的な問題はスルーされている部分が多く、突っ込みどころも結構ある。

・ジョン・ヴァーリイの作品について。
ヴァーリィの小説世界では、クローンや脳移植が非常に手軽に行われる。倫理的な部分に引っかかる人もいるのでは。

・松本零士『銀河鉄道999』について。
機械の体で永遠の命を得るために旅をするという話。

・機械の体を手に入れた人間からは人間性が失われる?
日本人的な感性では、ロボットに対しても感情移入をするし、機械化されても人間性は残る気がする。サイボーグの悲しさを描くというような作品があったとして、その悲しさはあくまで「すれ違い」の悲しさで、根本的に「理解できない」というわけではない。

・コミュニケーションの不可能性について。
スタニスワフ・レムの作品では、人類とは根本的に理解できない存在が描かれることが多い。『砂漠の惑星』など。

・アンソロジー《怪奇幻想の文学》について。
今でもこれでしか読めない作品が多数ある、マニアックな怪奇アンソロジー。奇跡譚を集めた巻など、後半の巻が特に面白い。

・『ロアルド・ダールの幽霊物語』について。
ダールがテレビシリーズ企画のために選んだ怪談から精選されたアンソロジー。名作だけでなく、エイクマンやヨナス・リーといった珍しい作品も入っている。

・最近のアンソロジーについて。
最近は、海外のアンソロジーがめっきり出なくなった。

・小説の登場人物の名前について。
ありふれた名前だとイメージがわかないし、かといってあまり凝った名前でも難しい。横溝正史の小説の登場人物名は変わっているのが多いが、イメージはすごく掴みやすい。

・ミロラド・パヴィチ『ハザール事典』について。
事典形式の幻想小説。幻の国ハザールに関わる歴史や人物に関わる物語。3つの宗教からの項目に分かれている。男性版と女性版が存在する。ハードカバー版はスピンが3つついていて楽しい。

・マーク・トウェイン『アダムとイヴの日記』について。
同じ日常をアダム側とイヴ側からのそれぞれの日記形式で描いた小説。アダムは非常に頭のからっぽな男として描かれるが、イヴのパートは非常に叙情豊かになっていて、その対比が面白い。

・アラスター・グレイ『哀れなるものたち』について。
科学者によって死から蘇った女性の人生を、その夫となった人物と、本人両方の面から描く作品。夫側の物語を女性側の物語が否定するという構造になっている。ただお話的には夫側の物語の方が面白い。

・泡坂妻夫『しあわせの書』について。
トリックや仕掛けはものすごいと思うが、物語自体がそんなに魅力的でないのが弱点。

・筒井康隆『残像に口紅を』について。
世界から一文字づつ文字が消えていくという、実験的な作品。初版は袋とじになっていた。校正が大変そう。

・西澤保彦のSF的な作品について。
『七回死んだ男』『人格転移の殺人』『複製症候群』『ナイフが町に降ってくる』など。
・パトリシア・ハイスミス『イーディスの日記』について。
不幸な生活を送る主婦が妄想の日記をつづるという作品。精神的に「来る」作品。

・筒井康隆『敵』について。

・パトリシア・ハイスミス『殺人者の烙印』について。
妻殺しを疑われた作家が、天邪鬼な性格からどんどん自分の首を絞めてしまうという物語。

・新井素子『…絶句』について。
小説を書くことについての物語。途中で人称が変わるという趣向が面白い。

・ウィリアム・ゴールドマン『プリンセス・ブライド』について。
作家ゴールドマンが、子供の頃に父親に読んでもらった物語を自分の息子にも読ませようと本を手に入れるが、父親が読んでくれた物語は面白いところだけを抜き出したものであることがわかる。ゴールドマンはその本「プリンセス・ブライド」の娯楽抜粋版を書こうと考える…というメタフィクショナルな作品。
本編は非常に面白いファンタジーになっているのだが、それに対するゴールドマンのつっこみ部分が赤のインキで印刷されているという、凝った作り。
ゴールドマンの語り部分も、実話ではなくかなりフィクションが混じっていたりと、一筋縄ではいかない作品。

・フィリップ・ホセ・ファーマー『貝殻の上のヴィーナス』について。
カート・ヴォネガットの登場人物キルゴア・トラウト名義で書かれた作品。ヴォネガットは迷惑したらしい。

・ジェイムズ・ブランチ・キャベル『夢想の秘密』について。
キャベルの長大なシリーズ作《マニュエル伝》の最終巻。なぜこの巻だけが邦訳されたのかは疑問。
作家を主人公にしたメタフィクション的作品で、ちょっと難解だが、面白いことは面白い。

・スタニスワフ・レム『完全な真空』について。
架空の本の書評集。小説にするよりは楽だからこういう形式になった? ただレムにしか書けない作品だと思う。

・阿刀田高作品について。
後年の作品は、完全に技術だけで書かれていて、読めはするがあまり面白くなくなっている

・ネクロノミコンをモチーフにして書かれた作品について。
本家のラヴクラフトが作中の本について具体的な描写が少ないせいもあって、後続の作家が書きやすくなった? 『魔導書ネクロノミコン』など。
中では、ウェルウィン・W・カーツ『魔女の丘』に登場する魔導書は、非常にユニークだった。

・ヴァーナー・ヴィンジの短篇「七百年の幻想」について。
創刊700年の雑誌をめぐる物語。雑誌の揃いを守ろうとする青年を描く。馬鹿馬鹿しいが楽しい作品。

・E・T・A・ホフマンについて。
『セラーピオン朋友会員物語』は、数人の仲間たちが物語を語り合うという形式の物語。作中作は面白いものが多いのだが、途中にはさまれる議論部分が退屈してしまう。
創土社の全集はなかなか完結せず、集めている内に途中の巻が絶版になってしまった。
小林泰三の近刊の作品にホフマンがモチーフとして使われていた。

・フランツ・ロッテンシュタイナー『ファンタジー』について。
オーストリアの評論家ロッテンシュタイナーが評価する三大作家は、ポオ、ホフマン、ゴーゴリ。

・ミルチャ・エリアーデ『ムントゥリャサ通りで』について。
取り調べを受けた校長が話す物語が脱線を繰り返していく…という作品。物語の「余白」がものすごい。

・久世光彦『一九三四年冬―乱歩』について。
乱歩の人生をモデルにした小説。動きは少ないが雰囲気のある作品。

・ノーマン・スピンラッド『鉄の夢』について。
ヒトラーがアメリカに渡りSF作家になっていたら…という作品。SF作家ヒトラーが描いたSF小説「鉄の夢」が丸ごと収録されるという大胆な構成になっている。作中作は非常なB級作で、正直読むのはつらい。

・改変歴史ものがナチスばかりテーマになっている気がする。翻訳されるのは話題性のあるもの中心で、その意味でナチスものが多いが、欧米ではいろいろなタイプの改変歴史ものが書かれている。

・レーモン・クノー『イカロスの飛行』について。小説の登場人物が逃げ出してしまうというメタフィクション。

・木犀あこ『奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ』について。
連作になっているが最終話「不在の家」がジャクスン『丘の屋敷』のオマージュになっている。典型的な「幽霊屋敷もの」をひねった発想で一読の価値がある。


●二部

・グラビンスキには、変に論理にこだわることがあって、それがまた奇妙な味を生み出している。

・短篇「シャモタ氏の恋人」について。憧れていた女性から恋文をもらった男が、実際に女性と恋人関係になる…という物語。一見、オーソドックスなゴースト・ストーリーかと思わせて非常にひねりのある作品。「分身」テーマでもあり、無生物に生命が宿る…というグラビンスキお得意のモチーフも見られる。

・エッセイやインタビューで、グラビンスキは自身の作品について「汎神論的」という表現をする箇所がある。土地そのものに不思議な力があるとか、無生物に生命がやどる…というモチーフの作品はそのあたりを指しているのかも。

・グラビンスキ作品では、伝統的な怪奇小説のテーマ、幽霊、悪魔、妖精などはほとんど出てこない。

・グラビンスキ作品には、宗教的なバックグラウンドがほとんど感じられない。「怪物」が出てきても、異次元からやってきた得体の知れないものという感触が強い。この辺がラヴクラフトとの共通点を指摘される部分だろうか。

・グラビンスキが影響を受けた作家について。ポオ、マイリンク、スティーヴンソンなど。ホフマンの影響は否定しているが、影響はあると思う。

・別の世界や異次元らしき存在が描かれる、という点では巷間言われるラヴクラフトよりもホジスンの方が近いのではないか? ホジスン作品では、怪異に対して登場人物たちの精神が狂うことは少なく意外に健全なので、やはりラヴクラフトの方が近いかもしれない。

・ホジスン作品では、怪異や怪物に対して「戦う」ことが多い。『〈グレン・キャリグ号〉のボート』など。

・怪異に対して、グラビンスキはわからないなりに解釈する。そのあたりを「疑似科学」と呼ぶのだろうか。

・ポーランドの幻想画家、ズジスワフ・ベクシンスキーの画の紹介。グラビンスキと通じるところもある。


●『動きの悪魔』について。

・鉄道をテーマにした怪奇小説集。全体に「ウルトラQ」を思わせる要素が強い。

・鉄道は当時としては最新のテクノロジーで、事故が起これば大量の死者も出る。それがゆえに恐怖の対象となるという面もあるのではないか。

・怪奇小説とテクノロジーが結びつくと、思いもかけない作品ができることがある。例えば『リング』の「呪いのビデオ」は最初は斬新だった。それに比べると「呪いの本」は古くなっていない感がある。

・鉄道自体が当時の人々にとって、巨大で恐ろしいイメージを持っていたのではないか? もともと、鉄道が「怪物的なイメージ」を持っているとすると『動きの悪魔』という作品集に対するイメージも変わってくる。

・車掌がおかしくなる話、事故が起こる話が時折出てくるが、実際の通勤電車内で読むといっそう怖い。

・意外にサイコサスペンス的な要素が強い。

・グラビンスキ作品では、怪異が起こるにしても、明確な「怪物」という形は少なく、異次元からの侵入であるとか、それらの影響で人間がおかしくなる…というパターンが多い。

・「永遠の乗客(ユーモレスク)」について。
列車に乗り降りして、旅をするふりを続ける男を描いた作品。非常に味わいがある。ポオの「群集の人」を思わせる。

・精神的におかしい車掌がよく登場するのが面白い。「汚れ男」など。

・「車室にて」について。
突然の暴力的な展開に驚く。当時の列車の構造は車室が独立している?

・「機関士グロット」について。駅に列車を止めたくない男を描いた作品。エッセイによれば実話が元になっているとか。『動きの悪魔』の発想元になった作品。

・「奇妙な駅(未来の幻想)」について。
駅の造詣がすごく変わっている。

・「待避線」について。
「待避線」と呼ばれる別世界が登場する。パラレルワールドと言っていいのだろうか?

・「トンネルのもぐらの寓話」について。
トンネル内でしか生きられなくなった男が、洞窟内で奇妙な生きものに出会う…という作品。何やらラヴクラフト的。


●『狂気の巡礼』について。

・「薔薇の丘にて」について。
耽美的な要素の強い怪奇作品。ポオを思わせる。

・「狂気の農園」について。
非常に凄惨な印象を受けるサイコホラー作品。

・「接線に沿って」について。
主人公が奇妙な論理に従って死を選ぶという物語。理屈はよくわからないが、凄みがある。

・「海辺の別荘にて」について。
殺されたらしき友人の振る舞いが、別の人間によって再生される…という面白い趣向の作品。これも「場所」の力なのだろうか?

・「灰色の部屋」について。
引っ越した先で、前住者の影響力に悩まされる話。影響を振り切るために、語り手が取る手段が非常に面白い作品。意図せざるユーモアが感じられる。

・「チェラヴァの問題」について。
分身テーマの作品。二重人格ものと思わせて…というSF的な作品。江戸川乱歩的な要素も感じられる。ポオ「ウィリアム・ウィルソン」的?

・「煙の集落」について。
インディアンの文化をモチーフにした作品。グラビンスキ作品としては、変わったテーマの作品だと思う。

・「領域」について。
作家の想像力をテーマにした作品? クライマックスに登場する「怪物」はラヴクラフトを思わせる。


●『火の書』について。

・「赤いマグダ」について。
火に呪われた娘を持つ消防士を描く作品。非常に視覚的なイメージが強くて面白い。

・「白いメガネザル」について。
煙突に潜む「怪物」を描いた作品。「怪物」の造詣が非常にユニーク。

・「ゲブルたち」について。
妄想を行き着くところまで放任するという方針の精神病院がやがて拝火教のカルトになってしまうという作品。ポオの「タール博士とフェザー教授の療法」を思わせる。

・「煉獄の魂の博物館」について。
煉獄の魂が残した手の跡が登場する作品。本の装丁のモチーフになっている。

・「有毒ガス」について。
遭難した山小屋で出会う怪異を描いた作品。男とも女ともつかない謎の存在が登場する。邦訳されている作品の中では、もっとも「妖怪」に近い存在?


・フィオナ・マクラウドについて。
作品のカラーがとにかく暗い。『ケルト民話集』は非常に暗かった。
フィオナ・マクラウド、ウィリアム・シャープ『夢のウラド』について。マクラウド部分に比べ、シャープ部分はユーモアのある作品も。『ケルト民話集』に比べると、まだ暗くない。

・アイルランドとスコットランドの作家について。
同じケルトでもアイルランドとスコットランドの作家のカラーは違う。
アイルランド、アイスランド、ベルギーなど、小国でも芸術家を大量に排出する地域があるのはなぜなのだろうか?

・荒俣宏さんの昔の訳書では、全然関係ない画家の絵を表紙に使っていたりした。フィオナ・マクラウド『ケルト民話集』の表紙画は「青い鳥」だったり。

・ジョー・ウォルトン作品について。
『図書室の魔法』、《ファージング》シリーズ、『アゴールニンズ』など。

・野崎まど『2』について。
複数の作品の続編になっているという意欲的な作品。単なる趣向倒れになっていないところがすごい。

・桜庭一樹作品について。
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』『赤朽葉家の伝説』など。


●二次会

・T・S・ストリブリングの《ポジオリ教授》シリーズについて。超自然的な要素もある、異形のミステリ。

・《晶文社ミステリ》と《KAWADE MYSTERY》について。
どちらもほぼ絶版? 同時期に出た論創社の《ダーク・ファンタジー・コレクション》はまだよく見かける。論創社の刊行本はなかなか絶版にならない?

・ロバート・トゥーイの作品について。
奇妙な味の短篇作家。《KAWADE MYSTERY》で一冊だけ傑作集が出てそれっきりなのが残念。

・フィオナ・マクラウドの詩と小説について。
小説が最近話題になっているが、詩にも素晴らしいものがある。

・怪奇小説の三大巨匠(アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズ、アーサー・マッケン)について。
創元推理文庫で出ていた彼らの本はほぼ絶版? 『M・R・ジェイムズ怪談全集』はいずれ復刊するような気がする。

・アーサー・マッケン作品のお勧めは?
衆目の一致するのは『怪奇クラブ』「パンの大神」など。『夢の丘』は好みが分かれると思う。

・ブラックウッド作品について。
なんだかんだで、コンスタントに紹介の続いている作家で根強い人気があるのでは。『王様オウムと野良ネコの大冒険』などの小品まで訳されている。
代表作は《ジョン・サイレンス》『ケンタウロス』『人間和声』、短篇では「ウェンディゴ」「柳」など。

・E・F・ベンスンの作品について。
すごく面白い作品を書く作家という印象。アトリエサードから出た2冊の短篇集は面白かった。

・W・H・ホジスン作品について。
秀作はいろいろあるが、代表作は『ナイトランド』だと思う。この作品がなかったら、ホジスンは二流の怪奇作家になっていた気がする。『ナイトランド』において、ホジスンは独特の世界観を構築している。

・欧米怪奇小説のオールタイムベスト1を選ぶとしたら何になる?
長篇ならメアリ・シェリー『フランケンシュタイン』かブラム・ストーカー『ドラキュラ』だろうか。短篇ならジェイコブズ「猿の手」。怖さで言うなら、シャーロット・パーキンズ・ギルマン「黄色い壁紙」やH・R・ウェイクフィールド「赤い館」なども。

・子供の読書感想文について。子供のころの感想文の上手さ(?)と大人になってからのそれとは直結しないと思う。

・子供時代の読書遍歴について。
江戸川乱歩の児童物→ミステリ一般→怪奇幻想もの、という流れを経る人は多いのではないか。

・ディーノ・ブッツァーティ作品について。
岩波文庫に2冊ブッツァーティ作品が入ったのは、古典と見なされた証拠だろうか。長篇『タタール人の砂漠』は傑作か? 結末を知った上でも読めるとする人と読めないとする人が。最近出た短篇集『魔法にかかった男』(東宣出版)は、上質の作品集だった。

・マシュー・ディックス『泥棒は几帳面であるべし』(創元推理文庫)について
。決まった家ばかりに侵入する泥棒を描いたユーモア・ミステリ。非常に楽しい作品。 |
・ウラジーミル・ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』について。
主人公が亡き作家の伝記を書こうとする「巡礼」型の物語だが、作中で言及される作家の架空の作品が風変わりで面白い。

・ナボコフ作品は難しくて読み通せないものが多い。
『青白い炎』など。『ロリータ』は読みやすい。

・読んだけれど全然理解できなかった作品について。
レイモン・クノー『はまむぎ』、ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』、フリオ・コルタサル『石蹴り遊び』など。

・スティーヴン・キング『ミザリー』について。
ハードカバー版の内側の表紙には、作中作の「ミザリー」を描いたイラストが書かれているなど、造本が凝っている。

・中島らも作品について
。死後は急速に読まれなくなっているようだが、非常にいい作品を書く作家だと思う。怪奇幻想的には『ガダラの豚』『人体模型の夜』『白いメリーさん』などが秀作。

・芥川龍之介作品について。
幻想文学的にも重要な作家だと思う。

・太宰治作品について。
はまる人は非常にはまる作家。岩波の太宰治短篇集のセレクションは良い。

・「アンチ・ミステリー」について。

・文学フリマについて。
造本に凝っている人が多いが、特に詩関係の本を出している人は、美しい造本が多い。

・原書を読むことと翻訳について。
外国語がすらすら読めるレベルでなければ、少しづつでも自分で翻訳してから読んだ方が内容は頭に入る。

・稲垣足穂について。
代表作は『一千一秒物語』。後年の作品が哲学とエッセイが入り混じったもので、非常に難解。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第13回読書会 参加者募集です
 2018年3月25日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第13回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2018年3月25日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:1500円(予定)
テーマ
第1部:物語をめぐる物語
第2部:作家特集 ステファン・グラビンスキ

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※基本的には、オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも、安心して参加できると思います。


第1部のテーマは「物語をめぐる物語」。
 作中で「本」や「物語」が扱われている作品を集めてみたいと思います。物理的な「本」だけでなく、作品中にさらに小説が埋め込まれたタイプの作品や、架空の書物を扱ったもの、また枠物語やメタフィクション的な作品などもあわせて見ていきたいと思います。
 例えば、ウィリアム・ゴールドマン『プリンセス・ブライド』、レイ・ブラッドベリ『華氏四五一度』、イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』、ミロラド・パヴィチ『ハザール事典』、ミハル・アイヴァス『黄金時代』、エンリケ・アンデルソン=インベル「魔法の書」、フリオ・コルタサル「続いている公園」、ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』、ジャン・レー『新カンタベリー物語』、都筑道夫『怪奇小説という題名の怪奇小説』、恩田陸『三月は深き紅の淵を』、ゾラン・ジヴコヴィッチ「ティーショップ」など。

第2部のテーマは「作家特集 ステファン・グラビンスキ」。
 列車テーマの怪奇作品集『動きの悪魔』、ポオを思わせる異常心理小説集『狂気の巡礼』、火をテーマにした『火の書』…。
 近年邦訳が続き、話題を呼んだポーランド怪奇小説の巨匠ステファン・グラビンスキについて話していきたいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第12回読書会 開催しました
 1月28日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第12回読書会」を開催しました。出席者は、主催者を含め12名でした。
 テーマは、第1部「迷宮と建築幻想」、第2部「作家特集 エドガー・アラン・ポオ」です。参加してくださった方には、お礼を申し上げたいと思います。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 第1部「迷宮と建築幻想」では、「迷宮」「迷路」を扱った作品を初め、巨大建築物や地下都市など、フィクションならではの建造物を扱った作品について話しました。フィクションだけでなく、現実の奇想建築に関する資料や写真集などを持ってきてくれた方もあり、非常に面白いテーマになったと思います。
 主催者の方でテーマに属する作品リストを用意していたのですが、それを補填するようなリストを作ってくださったshigeyukiさんには感謝です。作中で登場する建造物の細かい設定などは非常に参考になりました。

 第2部は「作家特集 エドガー・アラン・ポオ」。アメリカの文豪であり怪奇幻想小説の巨匠でもあるポオの作品についてのトークでした。
 やはり19世紀の作家でもあり、入り込むまでに時間がかかるものの、流れに乗ると非常に面白い作品が多かったというのが、皆さんの全体的な感想でしょうか。怪奇幻想小説の印象が強いですが、改めて読んでみて、いろいろなジャンルの作品を手がけていたんだな、という認識を新たにしました。

 それでは、以下話題になったトピックの一部を紹介していきます。


●一部

・和泉雅人『迷宮学入門』について。「迷宮」について、古来から近代までのイメージの変遷を追った本。「迷宮」と「迷路」は異なるもの、というのがポイント。「迷宮」は一本道でいずれ中心にたどり着くもので通過儀礼的な意味を持つもの、「迷路」は人を惑わせるようにつくられたもの、という違いがある。近代では二つのイメージは混交して、
ほぼ同じ意味で使われている。

・矢部嵩『〔少女庭国〕』について。迷宮に閉じ込められた少女たちを描いている。他の少女を殺せば脱出できるという「デスゲーム」もののはずが、脱出をあきらめ人を増やして「国」を作ってしまうという奇想に満ちた作品。閉じ込められた少女たちの複数のグループの行動パターンがいくつも示され、結果的に架空の博物誌のようになっている。カルヴィーノ『見えない都市』にも似たものを感じる。

・カリンティ・フェレンツ『エぺぺ』について。言語学者が飛行機で寝過ごし、言葉の全く通じない国に迷い込んでしまうという物語。言葉も身振り全く通じずコミュニケーションがとれない…ということ事態が非現実的ではあるが、寓話としてのリアリティは強烈。後半に暴動に参加する主人公の行動には妙なカタルシスがある。希望がほの見える結末もあり、意外と後味は悪くない。作中に登場する工事中のビルは「バベルの塔」の象徴か。

・不条理小説について。カフカを始め、不条理小説においては、その状況に一方的に流されるタイプの話が多いように思う。その点『エぺぺ』はユニークな展開かもしれない。

・恩田陸『MAZE』について。東南アジアで発見された人が消えてしまう迷路についての物語。いろいろな仮説が示される過程は魅力的だが、結末はちょっといただけない。

・ヤン・ヴァイス『迷宮1000』について。チェコで戦前に書かれた「迷宮」テーマ作品。1000階建のビルを支配する独裁者を追う物語。悪夢的な描写が魅力的。

・マリオ・レブレーロ『場所』について。突然「迷宮」に迷い込んだ男の物語。内部に人が普通に暮らしていたりするので、あまり閉塞感はないのが特徴。冒険ものとしても面白い。

・ボルヘス「二人の王と二つの迷宮」「アベンハカン・エル・ボハリー、自らの迷宮に死す」について。どちらも迷宮を扱った作品。「二人の王と二つの迷宮」では象徴的な迷路、「アベンハカン・エル・ボハリー」では物理的な迷宮が扱われている。

・トマス・M・ディッシュ「降りる」について。永遠に続くエスカレーターを降りる男の物語。

・イサーク・エスバン監督の映画『パラドクス』について。 無限に繰り返される空間に閉じ込められた人々を描く作品。ディッシュ「降りる」に似たシーンもあり。作品内のガジェットとしてフィリップ・K・ディック作品が使われていたりするので、監督はSFファンかもしれない。

・ゴシック・ロマンスには定番といっていいほど、巨大な城がよく登場する。ホレス・ウォルポールやウィリアム・ベックフォードに至っては、自身が巨大な城を建造している。

・ベックフォード『ヴァテック』について。悪行の限りをつくす親子の物語。内容的には、悲惨な話だが、描写にデフォルメがきいていて面白く読める作品。

・スティーヴン・ミルハウザー『マーティン・ドレスラーの夢』について。理想のホテルを建造しようとする男の物語。小物だったりホテルだったり対象は様々だが、ミルハウザーには職人の仕事を描いた作品が多い。

・W・H・ホジスン『ナイトランド』について。遠未来で展開されるファンタジー作品。作中に登場する「ラスト・リダウト」は百万単位の人類が居住するという設定の巨大な建物。その中で全てがまかなわれる一つの都市のような存在で、フィクションで登場する想像上の建物としては最大級のものではないだろうか。

・J・G・バラード『ハイライズ』について。巨大ビルで展開される人間の獣性の物語。テクノロジーと対比される野生がポイントか。

・ロバート・R・マキャモン『アッシャー家の弔鐘』について。ポオの「アッシャー家」が実在したら、という設定のホラー作品。作中に登場する屋敷が、入る度に部屋の配置が変わったりする幽霊屋敷なのだが、これは実在する「ウィンチェスター・ミステリー・ハウス」をモデルにしているらしい。

・小川一水「ギャルナフカの迷宮」について。地下の迷宮を舞台にした冒険小説。これは面白かった。

ジュール・ヴェルヌ『黒いダイヤモンド』について。鉱山の地下で発見された広大な空間に都市を建設する話。ヴェルヌの描く人工都市には魅力がある。

・デイヴィッド・リンゼイ『憑かれた女』について。不思議な館を舞台にした恋愛小説。物語自体は結末を含め非常に曖昧だが、妙な魅力がある。

・筒井康隆「遠い座敷」について。延々とつながる座敷を舞台にした作品。日本家屋の扉を開けるのは怖いイメージがある。

・トマス・M・ディッシュ『334』について。タイムスリップで精神を病む男の話など、ユニークなストーリーで構成された連作短篇。

・「沢田マンション」について。高知県に実在する建築物。素人が違法に増築・改築を繰り返したというユニークな建物。

・エッシャーの版画には、無限を思わせる空間が頻出して魅力的。

・エリック・ラーソン『悪魔と博覧会』について。連続殺人鬼H・H・ホームズについてのノンフィクション。彼が住んでいた館が非常に印象的。

・『ゴーメンガースト』シリーズについて。登場する建造物は広大で把握が難しいほど。非常に長大なサーガなので読み通すのはなかなか難しい。奥さんが書いたという4巻目は、訳者が変わっているせいもあり読みやすい。

・ジョン・ソール『マンハッタン狩猟クラブ』について。地下鉄構内で展開されるマンハントもの。雰囲気が非常に良い。

・山尾悠子「遠近法」について。円筒形の内部に存在する世界を舞台にした作品。

・筒井康隆「家」について。巨大な家が舞台の作品。上の階に住む者が下の階に下りてくるのは許されているが、下の階の者が上の階に行くことは禁じられている、という設定が面白い。

・kashmir『てるみな』について。異様な世界観の鉄道マンガ。

・ピラネージの『牢獄』は今見てもすごいイメージの作品。ユルスナール『ピラネージの黒い脳髄』など。

・フィリップ・ホセ・ファーマー『リバーワールド』シリーズについて。巨大な川のそばに再生された人間を描く物語。キャラクターに有名人が出てきたりする。ファーマーは変梃なアイディアの作品が多い。


●二部

・ポオはミステリ、SF、怪奇小説、ユーモア小説など、様々なジャンルの作品を遺しており、非常に多彩な作家だったといえる。

・「赤死病の仮面」について。病が人の形をとって現れるという象徴的な短篇。作中で使われる色彩といい、イメージが素晴らしい作品。

・「群衆の人」について。「群衆」のそばでないと安心できないという男をめぐる異常心理小説。当時としては非常に斬新な作品だと思う。

・ポオの作品はいわゆる「怪奇幻想小説」に属するものが多いと思うが、ヨーロッパの同種のものと違って、妖精や悪魔など、伝統的な超自然要素を使わずに描いているものが多く、その点で新しいタイプの作品を開拓しているのではないか。

・「黒猫」について。ポオの代表作といっていい作品。殺人を犯した男を描く異常心理サスペンス。映像化作品があるが、凄惨な印象だった。猫好きにはお勧めしない。

・「ヴァルドマアル氏の病症の真相」について。催眠術で死を食い止めるという物語。迫力があり怪奇小説の名作だと思うが、発想自体はトンデモ系な気がする。

・ポオの時代においては、催眠術はかなり高度な科学だったのではないか。現代の小説では催眠術や多重人格は安易に使えない題材になっている。

・「メエルシュトレエムに呑まれて」について。巨大な渦に巻き込まれた男の物語。迫力がすごい。一夜にして白髪になるというイメージも強烈。

・「タール博士とフェザー教授の療法」について。患者と医者が入れ替わるという作品。非常にモダンなテーマの作品だと思う。

・「楕円形の肖像」について。妻を絵に描くことによって死なせてしまう画家の物語。ポオ自身がモデル?

・「陥穽と振子」について。巨大な振子というガジェットのインパクトがすごい。振子の印象が強いが、他にも落とし穴や迫ってくる壁など、いくつかのトラップも登場し、そのあたりも面白い。

・ポオはミステリの祖とされるが、「モルグ街の殺人」にせよ「盗まれた手紙」にせよ、現在考えるようなミステリとはかなり違ったタイプの作品だと思う。

・ポオは翻訳家によって大分感触が異なる。創元推理文庫版に関しても読みやすかったという人と読みにくかったという人が。「赤死病の仮面」などはストーリーよりもイメージの固まりといった作品なので、翻訳によって良し悪しが出るのでは。

・ポオの作品には非常に論理的な語りが多い。その最たるものが「メルツェルの将棋差し」だが、物語が始まる前の前置きが非常に長く書かれ、その部分が今となっては冗長になってしまっている部分もある。

・ポオ作品では、前置きがあまり良くないのに対して、結末は非常に印象的なものが多い気がする。「アッシャー家の崩壊」「陥穽と振子」など。

・「ウイリアム・ウィルソン」について。ドッペルゲンガーをテーマにした作品の代表作ともいえる作品。完成度が高い。

・「メッツェンガーシュタイン」について。ポオがゴシック・ロマンスのパロディとして書いた作品だが、あまりに完成度が高いため「ゴシック・ロマンス」の名作とされてしまったという作品。

・「眼鏡」について。視力の悪さから自分の老齢の祖母に求婚してしまうというユーモア小説。大げさな文体も効果的。

・「スフィンクス」。遠近を見誤って蛾を怪物と認識してしまう物語。「ミイラとの論争」などもそうだが、本気なのか冗談なのかよくわからない作品。やっつけ仕事なのか?

・息をなくしてしまうという「息の喪失」、使い切った男を描く「使いきった男」、不条理な出来事に襲われるという「不条理の天使」など、ポオにはユーモア要素の強い作品も多い。

・ロバート・ブロック『ポオ収集家』について。ポオの原稿や資料を集めるポオ収集家を描いたホラー短篇。作品の始まりと終わりが「アッシャー家の崩壊」のパロディになっているところが凝っている。ちなみに、阿刀田高の『ナポレオン狂』は発想が非常に似ているが影響を受けているのだろうか。

・館や屋敷が崩れ落ちたり、焼け落ちたりするという終わり方はフィクションで良く見るが、その原型は「アッシャー家の崩壊」なのかもしれない。

・ポオの未完の作品「灯台」について。ロバート・ブロックが完成させた作品が先に翻訳されていたが、ブロック版は継ぎ目がわからないくらいよく書けていた。思念による物質の創造というのがテーマになっているが、これは明らかにブロックのアイディア。
ポオのオリジナル版が後に訳されたが、まだ事件がまったく起こらない段階で絶筆になっていた。

・ポオの時代、作家業だけで食べていくのは大変だったのではないか。作家だけで食べていけるようになるのは、ジュール・ヴェルヌあたりから? ヴェルヌは今でいうところの少年マンガ作者的な感じがある。

・ヴェルヌ作品は、だいたい登場人物の型が決まっていて、今で言えば、アニメの『タイム・ボカン』シリーズみたいな安定感がある。

・「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」について。ポオ唯一の長篇でありエンタメ要素の強い作品。少年が主人公ながら、出会う困難の暴力度は強烈。結末がちょっと投げやりっぽい面もあるが、今読んでも面白い作品。

・ジュール・ヴェルヌ『氷のスフィンクス』について。ポオの「ピム」の直接の続編。冒険小説としては非常に面白いが、ポオの描いた幻想的な要素を「科学的」に解明してしまうのは残念。

・ヴェルヌはポオに非常に影響を受けていると思う。『氷のスフィンクス』もそうだが、『チャンセラー号の筏』などではカニバリズムが出てくるが、このあたりもポオの「ピム」の影響ではないか?

・ポオはフランスで非常に評価されていた。例えばシュオッブが書いてもおかしくないような象徴派的な作品があったりと、もともとフランス人に受け入れやすい要素があったのかもしれない。

・「ちんば蛙」について。こびとの復讐物語。江戸川乱歩の『踊る一寸法師』への影響もあり? 差別的なニュアンスからか「跳び蛙」や「ホップフロッグ」の訳題もある。乱歩の「一寸法師」も考えたら、すごいタイトルだと思う。

・差別用語を自粛する動きが最近は多い。例えば、ラヴクラフト作品でも差別的な用語があったりして、新訳作品集でも苦労したという話を聞いた。そんななかハヤカワ文庫のフレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』はよく出せたなと思う。

・ポオは薄幸のヒロインをよく描くが、意外に個性がない。「ベレニス」「モレラ」「リジイア」など、各作品のヒロインのイメージがごっちゃになりがち。

・スティーヴン・キング『シャイニング』中で、『不思議の国のアリス』と「赤死病の仮面」の引用が使われていて効果的だった。『アリス』の引用は他の作品でもよく見るが、ホラー作品で使われているのは珍しい。

・ポオの作品は、後続の作家に対して広い影響を与えている。例えばフリオ・コルタサルの「占拠された屋敷」もポオの影響を感じる。

・集英社文庫の「E・A・ポー ポケットマスターピース」は選集としては、非常にいいセレクションだと思う。「ピム」がまるごと入っていたり、未完作品「灯台」が入っているあたりはユニーク。

・「庭園」「アルンハイムの地所」について。資産家になった青年が自分の理想の場所を作ろうとする物語。江戸川乱歩の『パノラマ島奇談』などにも影響が見える。

・アメリカ、ボルチモアの野球チーム、ボルチモア・レイブンズのマークは、ポオの「大鴉」にちなむらしい。地元ではやはり有名?

・「モルグ街の殺人」について。この時代の欧米人には「猿」に対して恐怖の感情があったのだろうか。日本でのイメージと比較すると興味深い。

・ポオの探偵デュパンは、ドイルのシャーロック・ホームズの原型という意味では、強い影響を与えている。

・「早まった埋葬」「アッシャー家の崩壊」などに顕著だが、ポオは死への恐怖心が非常に強かった人なのではないか?

・ポオがよく使う、仮死状態からよみがえるというシチュエーションは、当時としてはかなり恐怖心を煽るものだったと思う。デュマの『モンテ・クリスト伯』や楳図かずお『紅グモ』などでも同じようなシチュエーションが使われている。


●二次会
・ジャン・レイ『マルペルチュイ』について。ギリシャの神々の幽閉をテーマにした幻想小説。傑作だと思う。

・朝里樹『日本現代怪異事典』について。戦後日本の都市伝説を集めた本。非常な労作

・ミルチャ・エリアーデの小説作品について。『令嬢クリスティナ』『ホーニヒベルガー博士の秘密』『ムントゥリャサ通りで』は傑作。『エリアーデ幻想小説全集』が絶版で古書でも高騰しているのは残念。

・ステファン・グラビンスキの邦訳書の装丁について。『火の書』『狂気の巡礼』はそれぞれ工夫を凝らしていて素晴らしい。

・ロバート・ブロック作品について。突き抜けた傑作というのは少ないが、晩年まで安定した作品を書いていた作家だと思う。短篇集『殺しのグルメ』(徳間文庫)は秀作揃い。

・エドワード・ケアリー《アイアマンガー三部作》について。一巻は素晴らしく面白く、二巻がちょっと中だるみするが、三巻で盛り返す。

・「新本格」について。定義がはっきりしない。綾辻行人をはじめ、1980年代後半から90年代にかけてデビューした一連の作家群を指す?

・「本格推理」の傑作を書くのは作家にとって難しい? ホラーも書いている某作家が「ホラーに逃げている」ということを言われているが、ホラーはホラーで書くのは難しいと思う。

・『ハリー・ポッター』シリーズについて。古典ファンタジーと比べると軽いが、読みやすさもあり、ファンタジー入門には最適だと思う。

・地方の書店の状況について。翻訳書の数が少なく、新しい作家に出会うチャンスが少ない。

・ハヤカワ文庫《モダンホラー・セレクション》について。シリーズ完結後も、一時期はどこの古書店でも見たように覚えているが、現在は本当に見なくなってしまった。

・ヴィンチェンゾ・ナタリ監督の映画『キューブ』について。迷宮テーマの作品。シリーズが何作か作られたが、1作目が一番面白い。2作目以降は「罠」に力を入れすぎ。1作目のDVDのおまけの短篇映画『エレヴェイテッド』は面白かった。

・リチャード・マーカンド監督の映画『レガシー』について。ホラー映画としての評価はあまり高くないが、屋敷から脱出しようとして何度も同じところに戻ってきてしまうシーンは秀逸だった。

・ピーター・メダック監督の映画『チェンジリング』について。非常に怖い作品だった。

・ディーノ・ブッツァーティ「屋根裏部屋」について。突然屋根裏に現れた腐らないリンゴの話。インパクトのある寓話。

・「異世界もの」について。現代の若い読者は、「異世界転生もの」は好むが、異世界だけで完結する物語(ハイ・ファンタジー?)は好まない。

・「異世界もの」において、現実世界と同じ物を安易に持ち込むべきではない? ライトノベルなどでは、読者はファンタジー的な記号をテンプレとして認識しているので、現実と同じ物を持ち込んでもそんなに違和感を感じない。場合によっては情景描写も不必要とされることも。

・小・中学校の読書感想文について。課題図書が決められていることが多いが、子供の読みたいものにすべき。感想に関しても、だいたい何を書いてほしいのかが決められているように思う。

・仁賀克雄さんの翻訳やアンソロジーについて。怪奇幻想作品の紹介者は他にもいるが、B級作品に対して愛情が強かったという意味では唯一無二の人だと思う。


「第13回読書会」は、3月25日(日)に開催予定です。テーマは、

第一部:物語をめぐる物語
第二部:作家特集 ステファン・グラビンスキ

詳細は後日あらためて公開したいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第12回読書会 参加者募集です
 2018年1月28日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第12回読書会」を開催いたします。
若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2018年1月28日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:1500円(予定)
テーマ
第1部:迷宮と建築幻想
第2部:作家特集 エドガー・アラン・ポオ

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※基本的には、オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも、安心して参加できると思います。


第1部のテーマは「迷宮と建築幻想」。
 迷路・迷宮を扱った作品や巨大建築物、または現実にはありえない建物など、フィクションならではの建造物をテーマにした作品について話していきたいと思います。
 迷宮そのものを描いた、恩田陸『MAZE』や矢部嵩『〔少女庭国〕』、現実にはあり得ない建物を描いたホルヘ・ルイヘ・ボルヘス『バベルの図書館』やロバート・A・ハインライン『歪んだ家』、理想のホテルを描いた、スティーヴン・ミルハウザー『マーティン・ドレスラーの夢』、人間を支配する建物を描いたスティーヴン・キング『シャイニング』や、閉鎖空間が人間を狂わせるJ・G・バラード『ハイライズ』、また建造物が作品で重要な意味を持つ、エドガー・アラン・ポオ「アッシャー家の崩壊」やフリオ・コルタサル「占拠された屋敷」など、広い意味での「幻想的な建物」を扱った作品について話していきたいと思います。

第2部のテーマは「作家特集 エドガー・アラン・ポオ」
 「アッシャー家の崩壊」「モルグ街の殺人」「赤死病の仮面」「黒猫」「ウイリアム・ウィルソン」「陥穽と振子」…。
 アメリカの文豪エドガー・アラン・ポオは怪奇幻想小説の巨匠であり、またミステリの祖でもあり、SFの先駆者でもあります。多様な面を持つポオの作品を、今一度読み直してみようという企画です。

※創元推理文庫から出版されている『ポオ小説全集』(全4巻)をメインに話していきたいと思いますが、各社から出ている選集(ちくま文庫、岩波文庫、新潮文庫、光文社古典新訳文庫など)で代表作だけ読んできていただいても構いません。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第11回読書会 開催しました
 12月23日の土曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第11回読書会」を開催しました。出席者は、主催者を含め12名でした。
 テーマは、第1部「吸血鬼文学館」、第2部「年間ベストブック」です。参加してくださった方には、お礼を申し上げたいと思います。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 第1部のテーマは「吸血鬼文学館」。
 主に、欧米の吸血鬼をテーマにした作品について話しました。ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』やレ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』などの定番作品のほか、伝統的な吸血鬼のイメージ、20世紀以降の「悩める吸血鬼像」、派生作品としての「ゾンビもの」との相違点など、いろいろな面での話が出たように思います。

 第二部は「年間ベストブック」。2017年度に読んで面白かった本について、参加者それぞれに挙げていただき、紹介していくという企画でした。あくまで今年度読んだもの、そしてジャンルの縛りはなし、ということだったので、いろいろなジャンルのタイトルが挙がりました。
 参加者のshigeyukiさんのダブリ本放出企画などもあり、年末らしい、楽しい企画になったのではないかなと思います。

 以下は話題になったトピックの一部です。

●第一部
■ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラに』ついて。
・手記や日記などで構成された作品で、ドキュメンタリー風味のリアリティがある。H・G・ウェルズ『宇宙戦争』との共通点も感じられる。
・呼ばれないと入れない、棺で寝なければいけない、倒し方に決まりがある、など、吸血鬼のルールがやたらと多いのが特徴。そういう枷がなければ、強すぎてしまう、というのも原因か。
・平井呈一訳は結構クセがある。完訳を謳った水声社版の方が読みやすい。
・ロンドンとトランシルヴァニアを往復、長距離の移動があったりエキゾチックな雰囲気が強い。
・『ジョジョの奇妙な冒険』一部の主人公ジョナサンは、『ドラキュラ』登場人物のジョナサン・ハーカーから名前を取っているのだろうか。
・当時の最新のテクノロジーや技術が出てきたりと、当時の「情報小説」的な趣もある。
・どちらかと言うと、ドラキュラ側よりヴァン・ヘルシング側の方がルールを破っている感じがする。

■J・S・レ・ファニュ「吸血鬼カーミラ」について。
・洗練された吸血鬼小説。翻訳も読みやすかった。
・カーミラについていた年配の貴婦人の正体は?
・この当時の吸血鬼作品では、一族が吸血鬼というものがよくある。
・同性愛的な雰囲気が非常に濃い作品。

■ポピー・Z・ブライト作品が代表的なものだが、LGBT的なテーマを描くために、吸血鬼テーマが使われているタイプの作品もある。

■吸血鬼と「早すぎた埋葬」について。
・「早すぎた埋葬」で仮死状態だった人間の姿を見て、吸血鬼だと勘違いした例もあるのではないか。
・「早すぎた埋葬」については、ヤン・ボンデソン『陳列棚のフリークス』で一章が割かれている。 当時の人は非常に恐れて、生き返ったときのためのベルが鳴る装置などもあったとか。
・キリスト教圏ではその教義上、肉体の破損を非常に恐れる。吸血鬼や「早すぎた埋葬」が恐れられたのは、そのせいもあるかもしれない。

■「悩める」吸血鬼について。19世紀までの作品では、吸血鬼は単なる「怪物」として描かれることが多かったが、20世紀以降の作品では、吸血鬼自身の自意識が描かれたり「悩める」吸血鬼像が描かれることが多い。

■ニューオーリンズを舞台にした吸血鬼ものについて。
・ヴードゥの伝承やフランス由来の文化など、吸血鬼作品の舞台に相応しい街なのではないか。
・この手の作品の嚆矢は、アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』?

■ゾンビものと吸血鬼ものとの関係について。
・もともと吸血鬼とゾンビの由来は異なる。もともとゾンビは宗教的なもので、今のような「感染」のイメージを帯びるようになったのは、リチャード・マシスン『アイ・アム・レジェンド』からロメロのゾンビ映画を経てからでは。
・ゾンビもの映画では、2000年代になってから登場した「走るゾンビ」の影響で、ゾンビ映画が流行るようになったのかもしれない。
・ゾンビは現代では代表的なアイコンになってしまった。
・フィクションにおいて、吸血鬼よりもゾンビの方が「扱いやすい」のも、好まれる一因かもしれない。

■ジョン・ポリドリ『吸血鬼』について。
・吸血鬼テーマを流行らせることになった最初の作品と言われる。
・貴族的な吸血鬼像(バイロンがモデル?)の代表例。

■コリン・ウィルソン『宇宙ヴァンパイア―』について。吸血鬼テーマの、B級だが面白い作品。クトゥルーっぽさもあり。ウィルスンは『ロイガーの復活』など、他にもクトゥルー的な作品があり。

■ミルチャ・エリアーデ『令嬢クリスティナ』について。観念的な吸血鬼もの。日本で出た《エリアーデ幻想小説全集》(作品社)は世界に類を見ない良い企画だと思う。

■ロシア・スラヴ系の吸血鬼小説について。ロシアやスラヴ系の吸血鬼ものは、英米のものとは違って、かなり土俗的なタイプの吸血鬼が登場する作品が多い。ゴーゴリ『ヴィイ』、A・K・トルストイ「吸血鬼」など。

■ストーカー『ドラキュラ』とレ・ファニュ『カーミラ』のヤングアダルト向けリライト作品について。解説も充実していてわかりやすい本だった。もともと『ドラキュラ』は冗漫な部分があるので、ダイジェスト版の方が読みやすいかも。

■ギイ・ド・モーパッサン「オルラ」について。
・透明な怪物(吸血鬼)が登場する作品。新種の生物というSF的な解釈も可能。
・怪物が実在するかははっきりないように描かれている(語り手の妄想の可能性)。
・モーパッサンの怪奇作品は精神異常のあるキャラクターが多いので、怪異現象が実際に起こっているかはわからない。

■吸血鬼と耽美について。
・いつごろからか、吸血鬼のキャラクター自体が大きくなり「ヒーロー」として描かれるようになってきた。
・吸血鬼であることが「属性」であり「スキル」のように描かれる例もある。
・「年をとらない」という性質が「耽美」と結びついた作品。萩尾望都『ポーの一族』など。日本のフィクションではこの傾向が強いかもしれない。

■吸血鬼とその「パワー」について。映画『ブレイド』など、近年の作品では吸血鬼になると「力」が強くなる、というタイプの作品がよく見られる。考えたら、本家の「ドラキュラ」も怪力という設定だった。

■ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの吸血鬼小説『MORSE -モールス-』とその映画化作品について。
・小児性愛や同性愛などの雰囲気が強い小説。映画版ではそのあたりがマイルドになっている。リメイク版はさらにその傾向が強い。
・招き入れられなければ入れない、などの伝統的な吸血鬼の属性が描かれている。

■精神的な吸血鬼について。実際の血ではなく「生気」を吸い取るタイプの作品もある。コナン・ドイル「寄生体」など。

■テオフィル・ゴーチェ「死女の恋」について。「可憐」な女吸血鬼の登場する作品。19世紀にあっては、こうした「人間味」の強い作品は珍しい。

■《ダレン・シャン》シリーズについて。吸血鬼をテーマにしたヤングアダルトシリーズ。《ハリー・ポッター》と人気を二分していた時期も。

■デボラ・ハウ/ジェイムズ・ハウ『なぞのうさぎバニキュラ』について
・吸血ウサギの登場する児童向け作品。野菜の血を吸い、吸われた野菜は真っ白になるところがユニーク。
・主人公が犬と猫で、うさぎとは話が通じないという、複雑な擬人化も面白い。

■キム・ニューマンの《ドラキュラ紀元》シリーズについて。ドラキュラがイギリスを支配した後の世界を描く改変世界もの。有名人が多く登場したりなど、趣向が凝らされている。

■スティーヴン・キング『呪われた町』について。
・アメリカの町に吸血鬼が現れるという、ある種無茶なネタを力業で描ききった傑作。
・勧善懲悪ではない結末も余韻がある。

■ロバート・R・マキャモン『奴らは渇いている』について。キング『呪われた町』の影響が強い作品。ロサンジェルス全体が吸血鬼の支配下になるなどスケールが大きい。ただ結末は多少投げやりなところも。

■H・H・エーヴェルス『吸血鬼』について。サイコ・スリラー的な要素の濃い吸血鬼作品。シオドア・スタージョン『きみの血を』と似た印象。

●第二部
以下、ベストに挙げられた本のタイトルです。

J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋 レ・ファニュ傑作選』
中村融編『夜の夢見の川』
イジー・クラトフヴィル『約束』
マルレーン・ハウスホーファー『壁』
スティーヴン・ロイド・ジョーンズ『白夜の一族』
マリオ・レブレーロ『場所』
A・メリット『魔女を焼き殺せ!』
ステファン・グラビンスキ『火の書』
木犀あこ『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』
綾崎隼《君と時計》シリーズ
トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』
ジェリー・ユルスマン『エリアンダー・M の犯罪』
トマス・パーマー『世界の終わりのサイエンス』
ブレイク・クラウチ『ダーク・マター』
マイクル・ビショップ『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』
佐藤将『本田鹿の子の本棚 暗黒文学少女篇』
レオ・ぺルッツ『アンチクリストの誕生』
佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』
ウンベルト・エーコ『異世界の書』
エリアス・カネッティ『マラケシュの声』
アンディ・ウォーホル『ぼくの哲学』
エリック・ホッファー『波止場日記』
スーザン・ソンタグ『写真論』
原美紀子『These are days』(写真集)
清野賀子『至るところで 心を集めよ 立っていよ」(写真集)
エドワード・ケアリー『堆塵館』
ステファン・グラビンスキ『動きの悪魔』
ケヴィン・ウィルソン『地球の中心までトンネルを掘る」
スーザン・テリス『キルト ある少女の物語』
ロジックLogic『1 - 800 - 273 - 8255』(洋楽)
ディーノ・ブッツァーティ『世紀の地獄めぐり』
マグナス・ミルズ『フェンス』
キャンデス・フレミング『ぼくが死んだ日』
イバン・レピラ『深い穴に落ちてしまった』
アンドリュー・カウフマン『奇妙という名の五人兄妹』
ミック・ジャクソン『10の奇妙な話』
ウィル・ワイルズ『時間のないホテル』
ジョナサン・オージエ『夜の庭師』
ジャック・ヴァンス『天界の眼:切れ者キューゲルの冒険』
バリントン・J・ベイリー『ゴッド・ガン』
ダフネ・デュ・モーリア『鳥』
レオ・ペルッツ『夜毎に石の橋の下で』
柞刈湯葉『横浜駅SF』
エドゥアルド メンドサ『グルブ消息不明』
阿部共実『月曜日の友達』
O・グレイ、S・モレーノ=ガルシア編『FUNGI 菌類小説選集―第Ⅰコロニー』
B・クラウチ、J・キルボーン他『殺戮病院』
三津田信三『どこの家にも怖いものはいる』
中野京子『新 怖い絵』
ファン・ガブリエル・バスケスの『密告者』
角田光代の『源氏物語』
遠田潤子の『冬雷』
唯川恵の『淳子のてっぺん』
ジーン・ウルフの『ケルベロス 第五の首』
中村融編『猫は宇宙で丸くなる』
マージェリー・アリンガム〈キャンピオン氏の事件簿〉シリーズ
『窓辺の老人』『幻の屋敷』『クリスマスの朝に』
シャーリイ・ジャクスン『野蛮人との生活』
テッド・チャン『あなたの物語』
グレッグ・イーガン『祈りの海』
グレッグ・イーガン『ディアスポラ』
飛浩隆『グラン・ヴァカンス』
真魚八重子『バッドエンドの誘惑』
ナマニク『映画と残酷』
スティーブン・ピンカー『暴力の人類史』
陳浩基『13・67』
ジョー・ネスボ『その雪と血を』
アンデシュ・ルースルンド、ステファン・トゥンベリ『熊と踊れ』
ジョルジョ・シェルバネンコ『虐殺の少年たち』
新羽精之『新羽精之探偵小説選II』
陳舜臣『炎に絵を』
笹沢左保『人喰い』
ケン・リュウ『母の記憶に』
アレクサンル・ベリャーエフ『ドウエル教授の首』
吉屋信子『鬼火・底のぬけた柄杓』
ソートン・ワイルダー『わが町』
アルフレッド・ヒッチコック『ヒッチコック映画自身』
H・G・ウェルズ『宇宙戦争』ラジオドラマCDブック
ケン・リュウ『母の記憶に』
甲田学人『霊感少女は箱の中』
木原善彦『実験する小説たち』
フランク・ミラー/ デイブ・スチュアート/ ジェフ・ダロウ『ザ・ビッグガイ& ラスティ・ザ・ボーイロボット』

●二次会・三次会

■レイ・ブラッドベリ作品について。
・ブラッドベリ作品は初期に傑作が集中している。
・晩年になってから書かれた作品はひどいものがある。たまにはっとさせられる作品があるが、創作年を見ると古かったりする。
・作品集『黒いカーニバル』と『十月はたそがれの国』は傑作揃い。
・「優しく雨ぞ降りしきる」は、素晴らしい傑作。
・短篇「誰も降りなかった町」は天才的な着想だと思う。

■スティーヴン・キング作品について。
・中篇「霧」と映画化作品『ミスト』について。映画版のオリジナルオチはどうかと思う。
・キングの傑作は初期に集中していると思う。
・キングの作品のテーマはB級のことが多いが、圧倒的な筆力があるので、それが気にならない。『呪われた町』『クージョ』など。
・短篇『ナイト・フライヤー』は、飛行機の乗って現れる異色の吸血鬼小説。

■ジェームズ・ハーバート作品について。
・登場人物の描写がかなり上手い。ただ、その直後に殺されてしまうのは、あえてやっているのだろうか。
・どの作品もけれんが強いが、徹底したエンタメ精神に貫かれているので、B級なりの面白さがある。
・オススメ作品は? 『鼠』『霧』『ザ・サバイバル』など。
・ハーバートの映画化作品はあまり聞かない。映像映えしそうだが何故だろうか。『月下の恋』など。

■角川書店の日本ホラー小説大賞の受賞作品について。最初の頃に比べ、キャラクター要素の濃い作品が多くなっている。シリーズ化を意図した作品も。澤村伊智作品は、登場人物は共通していても、内容は単発的なものが多い。

■《世界幻想文学大系》について。
・造本のレイアウト・デザインは素晴らしいが、可読性には問題がある。
・十代ではなかなか手に取りにくい価格だが、そのときには憧れの叢書だった。
・古書価がいちばん高いのは、おそらくレ・ファニュ『ワイルダーの手』、次に『サラゴサ手稿』か。ミステリファンが探している巻がとりわけ高くなっているような気がする。

■翻訳もの読者は時代小説があまり読めない、ということについて。
・舞台が現実世界と地続きな気がするから。
・江戸時代あたりが舞台だと駄目だが、思いっきり過去に行くと気にならなくなってくる。鎌倉時代あたりなど。
・過去の時代が舞台でも翻訳もの場合、あんまり気にならない。ファンタジーとして読めるからだろうか。
・宮部みゆきの時代ものについて。ファンタジー的な要素が強いので、普通の時代小説とは違った感覚で読める。

■東京創元社の翻訳ものについて。近年の作品は傑作揃い。とくにヤングアダルトものに収穫が多い。

■三津田信三作品について。
・近作は幽霊屋敷ものが多い。『わざと忌み家を建てて棲む』はその極致のような作品。
・幽霊や化け物に追いかけられる描写に迫力がある。その際の擬音語・擬態語の表現力がすごい。

■筒井康隆作品について。
・他には真似のできない独創性がある。
・しょうもないアイディアでも傑作になっている作品があるのがすごい。
・ホラー作品でも傑作が多い。「鍵」「母子像」など。
・筒井康隆編のアンソロジーは秀作揃い。とくに『異形の白昼』のレベルは高い。

■半村良作品について。
・『石の血脈』は傑作。
・晩年のシリーズものはあまり良くない。
・短篇はいいものが沢山ある。

■オススメの古本屋は?
・西荻窪の盛林堂、中野のまんだらけ、荻窪のささま書店、鶯谷の古書ドリスなど。

■B級作品について。
・小説作品において、確実に残るのはA級作品で、B級作品は確実に手に入らなくなっていく。電子書籍があると言っても、B級は電子化さえされないのではないか。
・ハヤカワ文庫《モダンホラー・セレクション》なども手に入りにくくなりつつある。図書館によっては、このあたりを揃えているところもあるとか。

■シーベリイ・クイン《ジュール・ド・グランダン》ものについて。
・B級だが面白い。毎回ミステリタッチだが、原因はほぼ必ず超自然現象である。ミステリタッチにする必要があるのだろうか。
・長篇『悪魔の花嫁』は、短篇に比べてかなりだれる。

■グレッグ・イーガン作品について。短篇の方が面白いという人と長篇の方が面白いという人が。

■エドワード・ケアリー作品について。どの作品にも巨大な館や町などが登場する。そうした「小世界」を創るのが非常に上手い作家。『アルヴァとイルヴァ』など。

■レオ・ペルッツ「アンチクリストの誕生」について。最後のオチが「びっくりする」と言われていたが、そうでもなかった。

■ジャン・レイ作品について。
・ベルギーの大衆的作家。作品の出来不出来が激しいが、時折すごい傑作がある。
・『ゴルフ奇譚集』はB級な出来だった。
・『マルペルチュイ』『新カンタベリー物語』は傑作。

■恒川光太郎作品について。面白い作品は? 『秋の牢獄』『スタープレイヤー』など。

■アガサ・クリスティの映像化作品について。ポワロのイメージがデヴィッド・スーシェで固まってしまっているので、新作の映画版は受け入れがたい。

■「イヤミス」について。最近は「イヤミス」の対象範囲が広がっているように思う。考え方によっては、ホラー作品は全て「イヤミス」では?

■ノスタルジーを扱った作品について。少年時代がモチーフになっている作品では、大抵「いじめ」や「心の傷」が描かれることが多く、そのあたりが受け入れられないことがある。

■まりのるうにいの本について。

■《妖精文庫》(月刊ペン社)について。
・今でも素晴らしいラインナップだと思う。古書価もあまり高くないので、古書でも手に入れて読んでほしい。ウォーナー『妖精たちの王国』など。
・別巻『別世界通信』(荒俣宏)の巻末のガイドは当時、非常に重宝した。著者らしい尖ったラインナップだった。

■W・H・ホジスン『ナイトランド』について。超未来で展開される冒険ロマンス。世界観が独創的で、サイドストーリーがいくらでも作れそう。英米では同じ設定を使った作品もあるらしい。

■ボルヘスのミステリ好きについて。ボルヘスは英米のミステリ作品が非常に好きだったらしい。実作にもそれが反映されている。

■マーク・Z. ダニエレブスキー『紙葉の家』について。非常に凝った本でもともと定価も高かったが、古書価が万単位に。

■太宰治「駈込み訴え」と「きりぎりす」について

■ビデオで深夜映画を録画していた時代、結末まで撮りきれず中途半端に見た映画はやたらと心に残ってしまう。

■文学全集の定期配本について。少しづつ読んでいかないと、あっという間に積読がたまってしまう。


「第12回読書会」は、1月28日(日)に開催予定です。テーマは、

第一部:迷宮と建築幻想
第二部:作家特集 エドガー・アラン・ポオ

詳細は後日あらためて公開したいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第11回読書会 参加者募集です
 2017年12月23日(土曜日・祝日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第11回読書会」を開催いたします。
 若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、連絡をいただきたいと思います。連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2017年12月23日(土曜日・祝日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:1500円(予定)
テーマ
第1部:吸血鬼文学館
第2部:年間ベストブック

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※基本的には、オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも、安心して参加できると思います。


第1部のテーマは「吸血鬼文学館」。
 J・S・レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』や、ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』、テオフィル・ゴーチェ『死女の恋』、シオドア・スタージョン『きみの血を』、リチャード・マシスン『アイ・アム・レジェンド』、ジョージ・R・R・マーティン『フィーヴァードリーム』、スティーヴン・キング『呪われた町』…。
 古典の時代から現代に至るまで、吸血鬼をテーマにした作品は世界中で書かれ続けてきました。テーマとしての吸血鬼は映画やコミックなどにも拡散し、特に吸血鬼もののファンでなくても、何冊かは吸血鬼テーマの作品を読んだことがあるのではないでしょうか。
 現代でも創作され続けている「吸血鬼」。その魅力はどこにあるのか? 怪奇幻想ジャンルのテーマの中でも最もメジャーといえる「吸血鬼」について話していきたいと思います。

第2部のテーマは、「年間ベストブック」。
 今年(2017年)に読んだ本について、参加者それぞれに面白かった作品を挙げていただき、それについて話していこうという企画です。あくまで「今年読んだ本」なので、2017年度刊行作品でなくても構いません。
 事前にメールにて3作~5作(もっと挙げたい方はいくつでもかまいません)のタイトルを挙げていただき、紙にまとめたいと思います。
 なお、ジャンルは怪奇幻想ものにこだわらなくても結構です。

※「ベストブック」は、タイトルだけでも構いませんが、一言感想や面白かった部分なども付け加えていただけると嬉しいです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第10回読書会 開催しました
 11月19日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第10回読書会」を開催しました。出席者は、主催者を含め8名でした。
 テーマは、第1部「H・G・ウェルズの空想世界」、第2部「第10回記念企画 本の交換会」です。参加してくださった方には、お礼を申し上げたいと思います。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 第1部のテーマは「H・G・ウェルズの空想世界」。SFの祖とされるイギリスの作家、H・G・ウェルズの作品について話しました。
 『タイム・マシン』や『モロー博士の島』など、後世に影響の与えた完成度の高い作品がある一方、「新加速剤」や「奇蹟を起こした男」といったほら話に近い作品、寓話のような「盲人国」、ロマンティックな「塀についた扉」、またユーモア小説などもあり、改めて非常に多面的な作家だなと感じました。
 ほぼ初めて読んだという参加者もおられましたが、古典的作家というより「面白い話を書く作家」といった印象を持たれた方もいるようです。

 第二部は「本の交換会」でした。参加者各自が本を持ち寄り、交換し合おうという趣旨の企画です。
 珍しい本や貴重な本をお持ちいただいた方もあり、持ってきた本の譲渡先はほぼ決まったのは良かったですね。
 持ってきた本の紹介や、それに絡んだ作家・作品の話題などもあり、終始楽しい雰囲気で進行できたかなと思います。

 それでは、以下、話題になったトピックの一部を紹介していきます。


●第一部
・『タイム・マシン』について。発表当時としては異例なほどの想像力が発揮された作品だと思う。数千万年後の未来など、スケールが途轍もない。

・『タイム・マシン』の原型となった短篇「時の探検家たち」は、古風な怪奇小説風のフォーマットで書かれた作品で、そこから『タイム・マシン』が生まれたのはすごい。

・ウェルズは「タイム・マシン」のディテールや作動原理について、あまり詳しく記していないが、そこに読者の想像力を発揮する余地があり、逆に面白いところでもある。他の作品でも、ウェルズは細かい部分を丁寧に説明したりはせず、そのあたりもヴェルヌとは異なる。

・『タイム・マシン』では、カニバリズムを仄めかす描写があったりと、残酷な部分もある。子供向けのリライトでも、そのあたりはぼかさずに書いているものがあるようだ。

・ウェルズは、SFジャンルが誕生する以前の作家だけに、いわゆるSFのフォーマットに従わない展開が多く、そこがまた魅力でもある。

・ジュール・ヴェルヌとウェルズの比較について。ヴェルヌはあくまで当時の科学技術の延長線上の世界を描くが、ウェルズはそれにこだわらない。今読むとウェルズの方が奔放で面白い。また現代SFは、ヴェルヌよりもウェルズの直系といえるのではないか?

・ヴェルヌ作品について。当時の情報小説的な面が強いので、たいていの作品では、その展開にからむ科学的な「講義」が長く続く。その部分は今読むと退屈なことが多い。逆に「講義」の少ない、純冒険小説的な作品は非常に面白い。

・スティーヴン・バクスター『タイム・シップ』について。ウェルズ遺族公式の続編。ウェルズ作品に登場するガジェットやテーマを上手く盛り込んだ意欲作。平行宇宙の概念を取り入れたり、過去・未来を行ったり来たりと非常に面白い作品になっている。ただ、「恋人」ウィーナ救出のくだりが本当に最後の一部でしか描かれないのが残念。

・現代SFでは、人類の進化の最終形が「精神エネルギー体」や「情報生命体」になってしまうことが多いが、これはやはり時代のトレンドなのだろうか? グレッグ・イーガンの作品についてなど。

・ウェルズには、非常に理知的な面とロマンティックな面と、両方の面がある。

・『モロー博士の島』について。獣を改造して人間を作ろうとするマッド・サイエンティストの物語。改造された獣人間が野生に戻っていくことと、人類の退化とが重ねあわされる。獣人間の詳細ははっきりとはわからないようになっている。

・『月世界最初の人間』について。重力遮断物質を利用して月に行く男たちの物語。月人が住む月世界が描かれるが、地球の裏返しの社会というか、ユートピア小説的な面が強い。ただ最後は、月にも争いごとが起こるのを予感させるという不穏な結末に。

・『神々の糧』について。生物を巨大化させる食物をテーマにした作品。前半は巨大化した生物と人間の争いを描くパニック小説風の展開で、後半は巨大化した子供たちと現生人類との葛藤を描くテーマ性の強い展開に。

・『神々のような人々』について。平行世界のユートピアに迷い込んだ人々の話。社会主義的な色彩が濃いので、エンタメとしては退屈。

・「エピオルニス島」について。無人島で絶滅したはずの鳥を育て始めた男の話。結末はペシミスティック。

・「盲人国」について。盲目の人間ばかりが暮らす山奥の国に迷い込んだ男の物語。価値観の相違を現す寓話として、非常に面白い作品。

・「妖精の国のスケルマーズデイル君」について。妖精の国に行った青年の物語。非常にシンプルなフェアリー・テールだが、妖精の国が真実かどうかはっきりしない…とするところがウェルズらしさか。妖精の女王の可愛らしさが印象的。

・「水晶の卵」について。火星の風景が見える水晶球を扱った物語。語り手は、当事者の協力者から話を聞いており、二重に真実がぼかされる仕組み。

・「新加速剤」について。目にも止まらぬスピードで動ける薬の話。

・「奇蹟を起こした男」について。何でもできる超能力を手に入れた男の物語。地球上の生物を一掃してしまうなど、スケールの大きさが楽しい作品。

・「紫色のキノコ」について。妻に頭の上がらない気弱な夫が森のキノコを食べて強気になる話。へんてこなユーモア小説。

・「故エルヴィシャム氏の物語」について。人格入れ替わりを扱った怪奇小説。

・ウェルズには単純なモンスターホラーも多い。「アリの帝国」「海からの襲撃者」など。

・『透明人間』について。透明になる部分は非常に面白いが、主人公が小悪党で、物語自体の完成度は低いと思う。近年の映画化作品『インビジブル』は、透明になった男が悪事を働くが、テーマとしては原作に非常に近い。

・H・F・セイント『透明人間の告白』について。もし透明人間になったらどう暮らせばいいのか、というサバイバル面を追求した面白い作品。食べ物の消化の面など、かなり現実的に描かれるのがおかしい。透明のアイテムが楽しい。

・「不案内な幽霊」について。ユーモア味の強いゴースト・ストーリー。初心者の幽霊が消えるのを手助けした男が、仲間にその話をする際に特別な身振りをすると…という話。ブラックなオチが楽しい。

・「プラットナー先生綺譚」について。爆発で別世界に飛ばされてしまう男の話。別世界がまるで霊界で、無気味な雰囲気がある。

・ユーモア小説家としてのウェルズについて。光文社古典新訳文庫の『盗まれた細菌/初めての飛行機』はユーモア作家としてのウェルズをクローズアップした作品集。練習もせず飛行機に乗る「初めての飛行機」、母親を連れて登山する「小さな母、メルダーベルクに登る」などが楽しい。

・日本人はウェットな作品が好き? SFのベスト企画では、ハインライン『夏への扉』やブラッドベリ『火星年代記』など、情緒的な要素の強いが上位に来ることが多い。フィニィやロバート・F・ヤングが人気なのもその表れかもしれない。

・「塀についた扉」について。人生の所々で楽園につながる扉を見かける男の話。非常にロマンティック。星新一のある種の作品を思わせる。

・現代日本で「異世界もの」が流行っているのはなぜなのか? 超人的な力を持つ主人公が若い読者に好まれない? 等身大の自分がそのままで報われたい…という心理があるのかも。

・「異世界もの」で現地の住人と言葉が通じるのはおかしい? アンチテーゼとして、言葉を通じさせるプロセスだけで書かれた作品もある。

・エイヴラム・メリットやバローズなど、異世界で「英雄」として転生するというタイプの作品は昔から存在した。最近では、異世界に行っても「英雄」ではなく「群集の一人」として生きるというタイプの作品も登場している。

・現代ライトノベルでは、正統派の冒険をしない作品も増えている。『この素晴らしい世界に祝福を!』など。

・『宇宙戦争』について。火星人が地球に攻め込んでくる話。一方的に地球人が虐殺されると言うシビアな作品。人間は何も出来ず、最後まで反撃はろくにできない。結末は細菌でたまたま火星人が死んでしまう。トム・クルーズ主演の映画版はわりと忠実に映像化していた。

・『宇宙戦争』は具体的な地名が出てきたり、ドキュメンタリー風味があり、それがリアリティを増している。オーソン・ウェルズがラジオ・ドラマ化したときに、事件が本当だと思ってパニックが起きたという事件があったという。このあたりは、小野俊太郎『未来を覗く H・G・ウェルズ』が参考になる。

・太陽系の惑星に関しては、科学的な事実がかなりわかってきているので、現在では宇宙人を出すに当たっても太陽系から来るという設定は難しい。一昔前のSFでは、水星や金星はジャングルのような惑星だと思われていたらしい。


●第二部

参加者の持ち寄った本の一覧です。

クリストファー・プリースト『双生児』(早川書房)
エドワード・ケアリー『アルヴァとイルヴァ』(文藝春秋)
荒俣宏『奇想の20世紀』(NHKライブラリー)
ジェームズ・ハーバート『ダーク』(ハヤカワ文庫NV)
東谷穎人編『笑いの騎士団 スペイン・ユーモア文学傑作選』(白水Uブックス)
高原英理『アルケミックな記憶』(アトリエサード)
ブライアン・オールディス『爆発星雲の伝説』(ハヤカワ文庫SF)
レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』(創元推理文庫)
シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』(創元推理文庫)
リチャード・マシスン『欲望のボタン』(ハヤカワ文庫NV)
リチャード・マシスン『リアル・スティール』(ハヤカワ文庫NV)
リチャード・マシスン『リアル・スティール』(角川文庫)
『怪奇小説傑作集1~5』
北野勇作『大怪獣記』(創土社)
吉田悠軌『一行怪談』(PHP文芸文庫)
野城亮『ハラサキ』(角川ホラー文庫)
太田忠司『奇談蒐集家』(創元推理文庫)
中田耕治編『恐怖の一ダース』(出帆社)
マグナス・ミルズ『フェンス』(DHC)
光文社文庫編集部編『ショートショートの宝箱』(光文社文庫)
ゾラ『オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家』(光文社古典新訳文庫)
レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(ちくま学芸文庫)
H・G・ウェルズ『透明人間』
ロバート・ブロック『トワイライトゾーン』(角川書店)
ロバート・ブロック『楽しい悪夢』(ハヤカワ文庫NV)
ロバート・ブロック『切り裂きジャックはあなたの友』(ハヤカワ文庫NV)
ジョン・ウィリアムズ『ストーナー』(作品社)
セス・グレアム=スミス『高慢と偏見とゾンビ』(二見文庫)
デヴィッド マドセン『フロイトの函』(角川書店)

・角川書店のホラー小説大賞について。受賞作はハードカバーで出る場合と文庫で出る場合があるが、なにか決まりがあるのだろうか。文庫の方が部数を売りたい作品であることが多い。

・最近のホラー小説大賞受賞作は、以前に比べてエンタメ寄りでわかりやすい話が増えているような気がする。以前はかなり先鋭的な作品があった。また、全体を通して幽霊話などのオーソドックスなタイプの話が少ない。

・レオ・ペルッツ作品の面白さについて。ペルッツはストーリーテラーで、話し作りが天才的に上手いと思う。『アンチクリストの誕生』はそうした「上手い」短篇がたくさん入っていて、お勧めの作品集。短篇ひとつがそれぞれ厚みがある。

・ペルッツの長篇を初めて読むなら何がお勧め? 代表作は『第三の魔弾』だと思うが、かなり重苦しい作品なので『夜毎に石の橋の下で』か『スウェーデンの騎士』がいいと思う。『夜毎に石の橋の下で』は、収められた短篇を読んだ後に、さらに全体を読み終わると、また違った感慨が得られるという傑作。『スウェーデンの騎士』は構成が恐ろしく緻密に組み立てられた作品で、これまた必読。

・トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』について。珍しいオランダ作家の作品。魔女に呪われた町の話で、魔女や呪いに対する科学的なアプローチが面白い。

・エドワード・ケアリー《アイアマンガー三部作》について。キャラクターや背景の味付けが非常に独特で魅力的。他のケアリー作品に比べると、主人公がわりとニュートラルな気がする。1巻ではそんなに出来事が起きていないのに、読んでいると波乱万丈な印象を受ける。挿絵のざらざらとした感触も魅力。読みやすいので、仕事帰りの疲れた頭でも楽しめる。

J・G・バラードの短篇について。『デスノート』風のアイディアを扱った作品や、タイム・ループを扱った作品など、異色短篇風の作品もあって面白い。

・キャンディス・フレミング『ぼくが死んだ日』について。毎回子供の死をめぐるエピソードが展開される連作。それぞれの「死に方」にアイディアが凝らされていたり、パロディもあったりして楽しい作品。

・イバン・レピラ『深い穴に落ちてしまった』について。穴に落ちた兄弟の物語。不条理な寓話かと思いきや、悲痛な現実を垣間見せたりと、なんともいえない魅力のある作品。作中、弟が素数を話し出すが、それについて謎が解けるらしい。

・出帆社の本について。フランス文学やオスカー・ワイルドを始め、いい翻訳書を出していた出版社。

・ピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)について。日本が大戦で勝利した歴史世界を舞台にした作品。表紙でロボットが出てくるが、作中ではそれほど活躍しない。

・連作ではない、それぞれがつながりのない短篇で構成された作品集は、売るのが難しくなっている? 短篇集を読んで、つながりのないのがおかしいと言う読者もいるらしい。そもそも「短篇集」という概念を知らない人もいるとか。

・ステファン・グラビンスキ作品について。『火の書』の収録作品は面白かった。とくに煙突に謎の怪物が出現する「白いメガネザル」は非常にユニーク。グラビンスキ作品では、語り手が理詰めで考えたりと客観的な視点を保とうとするパターンが多いように思う。

・「煙突」は西洋小説では重要なアイテムだと思う。「煙突」といえば、サンタクロースをめぐる幼児期の恐怖を描いた、ラムジー・キャンベルの『煙突』という短篇が面白かった。

・ジョージ・R・R・マーティン『タフの方舟』で、宇宙船が混雑している描写があって、そこがユーモアになっている。一昔の作品でも、例えばハリイ・ハリスンの作品など、人口過密社会が描かれたものがよくあった。

・電子書籍には解説がついていないものが多いが、翻訳ものにおける解説は重要だと思う。

・アンドリュー・カウフマン作品について。『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』『奇妙という名の五人兄妹』など。『奇妙という名の五人兄妹』では、兄弟の特殊能力が皆微妙なのがユニーク。

・マルタ・モラッツォーニ『ターバンを巻いた娘』について。作中の登場人物について最後まで名前を出さないが、読んでみると誰を指しているのかなんとなくわかる、という不思議な作品。表紙はネタバレ。


●二次会
・創元推理文庫版『ラヴクラフト全集』は読みにくい。集中力を要するので、途中で止めて、翌日に続きを読んだりしてもわからないことがある。

・ラヴクラフトの新訳作品集について。かなり読みやすそう。

・フレドリック・ブラウンについて。昔はSFの定番作家だったが、最近は品切れが多くて読みにくくなっている。現在入手可能なのは『未来世界から来た男』と『まっ白な嘘』ぐらい?

・ブラウンの長篇の面白さ。『73光年の妖怪』『火星人ゴーホーム』など。

・アガサ・クリスティの作品について。キャラクターの個性が弱いので、読んでからしばらく経つと物語を忘れやすい。逆に言うと、再読しても楽しめる。

・エラリイ・クイーンの作品について。クイーンもキャラクターの魅力は弱いが、プロットの重厚さがすごいので、記憶に残る。

・『時間のないホテル』について。後半はありふれた感じになってしまうのがもったいない。

・神保町ブックフェスティバルについて。混雑がすごい。とくに国書刊行会ブースの込みようはすごかった。

・ロバート・ブロック作品について。「精神異常」ネタを扱っていても嫌味がないのが魅力。『サイコ2』の面白さ。『ザ・スカーフ』は現実にありそうなリアリティがある。

・「嫌な話」について。シャーリイ・ジャクスン、ジャック・ケッチャム、ダフネ・デュ・モーリアなど。

・グラビンスキ『火の書』の面白さについて。

・本の装丁について。国書刊行会のグラビンスキ作品の装丁は3つともすごく魅力的だった。とくに『火の書』の装丁は斬新。正面を向けて飾っておきたくなる。

・電子書籍について。

・ウェルズ作品について。

・スティーヴンソンの作品について。スティーヴンソン単体の作品はロマンティックなものが多いが、義理の息子ロイド・オズボーンとの合作だと、なぜか「現実的な」要素が強くなるような気がする。ロイド・オズボーンは父親よりもリアリストだったのだろうか。

・ロード・ダンセイニについて。ちくま文庫から出た作品のことなど。

・吸血鬼を扱った作品について。ブラム・ストーカー『ドラキュラ』、アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』、ジャック・リッチー『カーデュラ探偵社』など。

・ジャック・リッチーの面白さ。『クライム・マシン』は大傑作だと思う。ただ、読んでいる間は面白いが、あんまり記憶に残らない作品が多い。

・ボルヘス編《バベルの図書館》について。面白いアンソロジーだが、全巻一気買いはちょっとつらいかも。

・ロバート・F・ヤング作品について。日本人はウェットな話が好き?

・『モロー博士の島』のパロディやオマージュ作品について。 バリントン・J・ベイリー「ロモー博士の島」、 ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』、ロバート・ブロック『ノーク博士の謎の島』など。アドルフォ・ビオイ=カサーレス『モレルの発明』も影響がある?


「第11回読書会」は、12月23日(土・祝)に開催予定です。テーマは、

第一部:吸血鬼文学館
第二部:年間ベストブック です。

詳細は後日あらためて公開したいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第10回読書会 参加者募集です
 2017年11月19日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第10回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2017年11月19日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:1500円(予定)
テーマ
第1部:H・G・ウェルズの空想世界
第2部:第10回記念企画 本の交換会

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※個人の発表やプレゼンなどはありません。話したい人が話してもらい、聴きたいだけの人は聴いているだけでも構いません。
※基本的には、オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも、安心して参加できると思います。


 第1部のテーマは「H・G・ウェルズの空想世界」。
 ジュール・ヴェルヌと並びSFの祖とされる作家、H・G・ウェルズの作品について話し合いたいと思います。
 代表作であり、この種のジャンルの開祖ともいうべき作品群、時を超える機械を生み出した『タイム・マシン』、透明になった男の悲喜劇を描く『透明人間』、生物改造テーマの嚆矢といえる『モロー博士の島』などだけでなく、ウェルズは、「マジック・ショップ」「塀についた扉」「故エルヴィシャム氏の物語」など、幻想小説を数多く残した幻想作家でもあります。
 現代のエンターテインメントの原型ともいうべき、ウェルズの作品世界について検討していきたいと思います。

※ウェルズに関しては、各社から作品集が出されていますが、一番入手しやすく、まとまっているのは岩波文庫版です。『タイム・マシン 他九篇』『モロー博士の島 他九篇』『透明人間』(3冊とも橋本槙矩他訳 岩波文庫)の収録作品をメインに話していきたいと思います。

 第2部は、第10回記念企画として「本の交換会」を行いたいと思います。
 いらなくなった本を持ち寄り、他の人の本と交換しようという趣旨の企画です。お持ちいただくのは何冊でも構いません。ジャンルは特に怪奇幻想にこだわらなくて結構ですので、ご自由にお持ちください。
 あわせて、お持ちいただいた本の紹介の時間も取りたいと考えています。

※お持ちいただく本がない場合、もらうだけでも構いません。
※本の紹介は強制ではありませんので、したい方だけで結構です。
※時間が余った場合、フリートークの時間としたいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第9回読書会 開催しました
 10月8日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第9回読書会」を開催しました。出席者は、主催者を含め8名でした。
 テーマは、第1部「怪奇幻想小説の叢書を振り返る」、第2部「作家特集 シャーリイ・ジャクスン」です。参加してくださった方には、お礼を申し上げたいと思います。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。
 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 第1部のテーマは「怪奇幻想小説の叢書を振り返る」。
 主に戦後に刊行された、翻訳ものの怪奇幻想小説の叢書を振り返ってみようという試みです。資料として、主要な怪奇幻想小説叢書リストと、叢書の刊行年代チャートを作ってみました。
 近年の叢書はまだ馴染みのある方がいるのですが、《ドラキュラ叢書》や《妖精文庫》あたりになると、見たこともない人がいたりなどして、時代を感じてしまったシーンもありました。

 第二部のテーマは「作家特集 シャーリイ・ジャクスン」。今回はこちらの方がメインとなった感じでしょうか。
 参加者にジャクスンのファンが多く、代表作は一通り読んでいたこともあり、それぞれの作品について、解釈にまで踏み込んだ意見も見られました。

 それでは、以下話題になったトピックについて記したいと思います


●第一部
・《世界恐怖小説全集》(東京創元社)について。
戦後初の本格的な怪奇小説叢書で、創元推理文庫の《怪奇小説傑作集》の原型になったシリーズ。ブラックウッドの傑作集や、W・F・ハーヴィーの作品が入っている巻があったりと、今でもこの叢書でしか読めない作品がある。

・《異色作家短篇集》(早川書房)について。
我が国のエンタメに強い影響を与えたシリーズ。改訂版では6巻が削られたが、2000年代の最新版では復活している。文庫化されているものもあり。ブラウンの『さあ、気ちがいになりなさい』は、よくそのままのタイトルで刊行できたなあと思う。

・創土社《ブックス・メタモルファス》について。
マニアライクな幻想小説を少部数、しっかりした装丁で刊行していた。『ホフマン全集』など、造本の完成度は非常に高い。未完に終わった、荒俣宏訳『ラヴクラフト全集』には、大瀧啓裕の下訳も見える。

・《怪奇幻想の文学》(新人物往来社)について。
画期的な怪奇小説アンソロジー。これ以降の幻想文学関連出版には、ほぼ荒俣宏と紀田順一郎の名前が見えるようになる。

・《世界幻想文学大系》(国書刊行会)について。
幻想文学の記念碑的なシリーズ。第一期はオーソドックスなセレクションだが、二期・三期になると、風変わりなタイトルが出てくる。荒俣宏の科学・博物学趣味が反映されているのではないか。

・《ドラキュラ叢書》(国書刊行会)について。
英米のエンタメ系怪奇小説を集めたシリーズ。ブラックウッド『ジョン・サイレンス』、ホジスン『カーナッキ』など、別の形で再刊している本も多い。表紙画の趣味が悪く、あまり売れなかった原因の一つかもしれない。ジャック・ロンドン『星を駆ける者』、H・S・ホワイトヘッド『ジャンビー』などは傑作だと思う。

・《妖精文庫》(月刊ペン社)について。
荒俣宏肝いりのファンタジー系叢書。純粋なファンタジーから、現代文学まで多彩なラインナップだった。セレクションには、リン・カーター《バランタイン・アダルト・ファンタジー》の影響がある? ジャン・ロラン『フォカス氏』などをファンタジーの枠で出していたのは斬新だった。
ブラックウッドとダンセイニは全ての期に入っていて、優遇されている感がある。
エディスン『邪龍ウロボロス』は、下巻が出ないうちに出版社がつぶれてしまったが、後に創元推理文庫から完訳が出た。ホジスン『ナイトランド』の下巻の刊行も遅かった覚えがある。別巻の『妖精画廊』や『別世界通信』もいい本だった。
今でも古書価はそんなに高くなく(高くても1000~2000円)、古書としては手に入れやすい。

・《朝日ソノラマ文庫海外シリーズ》について。
最初は1950年代のSF中心で、後にホラー・幻想怪奇方面へとシフトしていった。表紙の趣味が良くなかったり、タイトルが意訳されていたいするが、短篇集中心で、今でも貴重なラインナップ。デニス・ホイートリー編の『恐怖の一世紀』などは、いいアンソロジーだと思う。

・《アーカム・ハウス叢書》(国書刊行会)について。
アメリカの怪奇幻想専門出版社アーカム・ハウス社の単行本を装丁もそのままに翻訳したというコンセプトのシリーズ。
カール・ジャコビ『黒い黙示録』はゴリゴリのホラーで楽しい。デイヴィッド・H・ケラー『アンダーウッドの怪』は、SFとホラーが未分化だった時代の作品が多く面白い。収録作の一つ「健脚族の反乱」は、近未来人間がほとんど自分の足で歩かなくなった時代を舞台にしたSF作品。

・《フランス世紀末文学叢書》(国書刊行会)について。
フランス文学の叢書だが、幻想的な要素の多い作品も多い。とくにオクターヴ・ミルボー『責苦の庭』は残酷趣味の強い傑作だと思う。装丁や造本も魅力的。まだ在庫のある巻もある。

・《モダンホラーセレクション》(ハヤカワ文庫NV)について。
モダンホラーブーム時に刊行されたシリーズ。当時の最新作と同時に、シャーリイ・ジャクスン『山荘綺談』やアイラ・レヴィン『ローズマリーの赤ちゃん』など、早川書房の過去のホラー作品も組みこまれている。B級作品も多いが、面白い作品も多い。
マイクル・F・アンダースン『総統の頭蓋骨』は、タイトルと表紙絵でネタバレしてしまっているB級作だが、これはこれで面白い。
デイヴィッド・ショービン『アンボーン ―胎児―』は、人工知能に操られる胎児の物語。ハイテク部分を除けば、今読んでも面白い。

・ボルヘス選《バベルの図書館》(国書刊行会)について。
ボルヘスが編んだ世界の幻想文学選集。一巻の収録作品が少なく、薄いのでコストパフォーマンスは低い。逆に新編集版のコスパは良い。
収録作家の一人、ジョヴァンニ・パピーニは、澁澤龍彦が翻案したことでも知られる。

・《魔法の本棚》(国書刊行会)について。
怪奇幻想系のマイナー作家を集めたシリーズ。装丁・造本など本としての作りが非常に魅力的。コッパード、ウエイクフィールド、エイクマンの3冊が文庫化されている。

・《書物の王国》(国書刊行会)について。
各巻、幻想文学の主要テーマを取り上げ編まれたアンソロジー。東西の小説、詩、エッセイなどがいっしょくたに入っているところが特徴。後半の巻、須永朝彦編『王朝』や『義経』は、斬新なテーマだった。

・《晶文社ミステリ》(晶文社)と《Kawade Mystery》(河出書房新社)について。
《晶文社ミステリ》は、アントニイ・バークリー作品とともに、「異色作家」系の短篇集がいくつも入っていて、2000年代の短篇集邦訳ブームの一因ともなったシリーズ。ジェラルド・カーシュ、シオドア・スタージョン、デイヴィッド・イーリイの作品集などを紹介。
《Kawade Mystery》は《晶文社ミステリ》の後継的なシリーズで、怪奇小説集といっていいL・P・ハートリー『ポドロ島』などを紹介している。

・ウラジーミル・ソローキン『テルリア』の紹介。わりとエンタメ度高し。

・木犀あこ『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』(角川ホラー文庫)について。「視覚以外で認識する幽霊」という発想は斬新。怪奇現象の真相についても工夫されていて面白い作品だった。


●第二部
・シャーリイ・ジャクスン作品と「イヤミス」について。「イヤミス」は意図的に「嫌な」作品として書かれているが、ジャクスンは特に意識的に書いているわけではない。ただ現代の作家からすると「イヤミス」の源流の一つではあると思う。

・ジャクスンの活躍した時代は、女性の社会進出がまだそれほどではない時期で、家庭における閉塞感みたいなものがジャクスンの作品には感じられる。フェミニズム的な観点からジャクスンを研究する人もいるようだ。

・ジャクスンが影響を与えた作家はいると思うが、ジャクスン自身が影響を受けた作家というのは、あまり思い浮かばない。非常にオリジナルな発想の作家だと思う。

・トークショーで聞いた平山夢明氏の発言についての紹介。ホラーとコメディは紙一重、ホラーの火力を上げるとコメディになる。ジャクスンに関してもうなづける面がある。

・ジャクスンの同時代で同じような視点を持った女性作家はいるのか? 女性作家では例えばデュ・モーリアがいるが、彼女の作品は非常に技巧的に描かれているのに対し、ジャクスンはそうした技巧的な面があまり感じられない。

・『野蛮人との生活』『こちらへいらっしゃい』は古書でも非常に高値がついてしまっている。ぜひ復刊して欲しい。


『丘の屋敷』(『たたり』『山荘綺談』)について
・怪奇現象は屋敷が起こしているのか、それともヒロインの能力が起こしているのかはっきりしない。

・ヒロインの「家」に対する執着。壁に書かれたメッセージ「帰りたい」は、誰がどこに帰りたいのか?

・序盤、屋敷の家政婦が話すセリフは印象的。

・屋敷は、最終的にヒロインにとっての「家」になってしまう。だがそれがヒロイン自身の意志なのか、屋敷がそう仕向けているのかはわからない。

・明確な霊現象というのは少ない。ラップ音、壁の落書きなど。屋敷の一部に冷気を感じる…という部分は客観的に描かれているが、その意味ははっきりしない。

・屋敷で死んだ人たちがいるという描写はあり、実際に(かどうかはわからないが)霊現象らしきものも起こるが、死んだ人たちの人格を思わせる形では出現しない。屋敷自体が主人公といってもいいのでは? 過去に死んだ人たちも屋敷に執着していた…という描写がある。

・スティーヴン・キングがエッセイ集『死の舞踏』で『丘の屋敷』について書いているのは非常に参考になる。『丘の屋敷』には三つの層がある。ヒロインが「丘の屋敷」が幽霊屋敷だと信じるのが第一層、「丘の屋敷」こそ自分のための場所で自分を待っていた場所だと信じるのが第二層、自分が怪物に利用されていたこと-じつは自分が裏で糸を引いていたと無意識のうちに信じ込まされていたことを理解するのが第三層。

・『丘の屋敷』の映画化作品、ロバート・ワイズ監督『たたり』とヤン・デ・ボン監督『ホーンティング』について。『たたり』は、ヒロインが博士に恋心を抱いたり、博士の夫人が行方不明になったりと、改変部分もあるが、かなり原作に忠実な映像化だった。原作と同様、明確な幽霊を出さないのが特徴。
『ホーンティング』の方は、原型をとどめないほどの改変がされている。幽霊をガンガン出したり、SFXを多用しているため、原作とは似ても似つかないファンタジーになってしまっている。屋敷が変形してヒロインを襲ったり、屋敷の主人の霊が実体化して襲ってくるのはやりすぎだと思う。


『日時計』について
・世界が滅ぶという「お告げ」をなぜ登場人物は信じてしまうのか? 家族はもちろん、後から加わる外部からの登場人物もなぜか「お告げ」を信じてしまう。

・登場人物のひとり「キャプテン」は、ジャクスン作品には珍しい嫌味のないキャラクターだと思う。

・世界の終わりは実際には来ないという解釈について。「屋敷」が家族たちを操っているとも考えられる。鏡に映る幻視も屋敷内の出来事だし、最終的に窓を覆って外界から見えないようにする、というのも屋敷のなせる業? その意味で『日時計』は『丘の屋敷』のプロトタイプではないか?

・最年少のキャラクター、ファンシーは、いちばん屋敷に囚われている人物のような気がする。作中二人ほどの死人が出るが、犯人はファンシーではないか?
子供とは思えない発言をするが、意外にも作中でいちばんまともなことを言っている。

・翻訳を通してだが、傍線がやたらと頻出する(とくに文末)のが気になる。何か意味があるのでは?

・タイトル=作中にも登場する「日時計」は、太陽が出ていなければ何も分からない…という象徴?


『ずっとお城で暮らしてる』について
・ヒロインとその家族に対する村人の悪意がすごい。クライマックスではほとんどリンチに近い行為を行っているのに戦慄を覚える。

・ヒロインの姉はヒロインの狂気を知った上で妹をかばっている。一度は外の世界に出ようとするものの、最終的にはもう諦めてしまっているのかもしれない。

・途中で登場する従兄弟は打算的な人物(ヒロインの視点)だが、対応次第では、ヒロインたちが外の世界に出て行ける契機になる可能性はあった。

・作中の屋敷に対してどのぐらいの大きさを想像している? かなり大きい、こじんまりとしたイメージなど様々。『丘の屋敷』や『日時計』に比べたら、こじんまりとした感じ。大きさ的には、大きい順に『日時計』『丘の屋敷』『ずっとお城で暮らしてる』?
『ずっとお城で暮らしてる』の屋敷は、敷地は大きいが、屋敷は小さめ?

・「幽霊屋敷もの」において、幽霊屋敷に乗り込んでいく登場人物は病的な人が多い気がする。

・ヒロインの精神年齢は実年齢よりも相当幼く感じる。例えばヒロインの毒殺計画は、姉が砂糖を食べないというところに立脚しているが、その根拠も確実ではなくて、そのあたりに非常に子供っぽさを感じる。

・脇役である伯父も、事あるごとに毒殺事件を家族に思い出させたり、狂気を感じさせる。

・初読のときはハッピーエンドの可能性もあると思って読んでいるが、再読のときはそうでないことがわかりつつ読むので、登場人物たちの悲惨さが際立つ気がする。


『鳥の巣』について
・母親との関係についてトラウマを抱える孤独な女性が、あるきっかけから多重人格症を発生させてしまう物語。

・最終的に主人格以外に3つの人格が現れるが、それぞれ独自の特徴を持っている。第2人格はおしとやか、第3人格は奔放、第4人格は子供っぽく金にうるさい、と描き分けがなされている。それぞれの人格は、従来の人格がなりたかったものや、母親の性質をトレースしているような気がする。

・人格間に強さのヒエラルキーがあり、別の人格についての情報を得られる人格もあれば、そうでない人格もある。人格のデフォルメ度は強くて「マンガチック」ではある。

・ヒロインを診察する精神科医も精神的にバランスが悪い人物で、感情のたかぶりが激しい。ジャクスンらしいキャラクター。

・人と話している間にもめまぐるしく人格が変わっていくので、常にどの人格が話しているのかわからなくなってしまう。会話が成り立たないことも多く、読者として非常にいらつきを感じる場面も。

・第3の人格「ベッツィー」は、幻の母親を求めて家出してしまうが、その逃避行は現実のものというよりは、幻想的な要素が強い。従来の人格の自立したいという思いが反映されている?

・多重人格に関しては、超自然的な解釈はしにくいようになっている。ただジャクスンの筆致自体が幻想的なものを感じさせる。


『処刑人』について
・家族との間に精神的な軋轢を抱えるヒロインが大学に行くが、そこでも友人はなかなかできず、精神的な彷徨を繰り返すという物語。

・全体的に習作的な要素が強い作品だが、娘に文章修行をさせ、それを評論するという父親、娘に結婚生活についてこぼす母親など、ジャクスン独自の人物描写はすでに完成されている?

・大学卒業後、すぐに結婚したというジャクスン自身の実体験が反映された作品?

・ジャクスンには珍しいハッピーエンド作品である。ヒロインにとっての「孤独」の意味が変わった…という解釈もできる。

・ヒロインと母親との関係も不穏なものがある。


短篇「くじ」について
・村人たちは「くじ」制度度を変更しようとはしていない。「くじ」は、村を維持するためのシステムといっていいのだろうか。

・村人たちの「くじ」に対する反応を見る限り、善悪の視点すら感じられないのが無気味である。「くじ」の行事は村人たちにとって、楽しいイベントであるかのような雰囲気すらある。怖がって逃げ出す人もいないのが不思議である。

・となりの村でも「くじ」をやっていた(すでに廃止されている)という描写を見ると、ほんとうに単なる文化的な習俗であって、「くじ」を止めることによるペナルティ(たたりや災難)すら関係ないという印象を受ける。

・人類学的に見た視点について。「くじ」は由来が失われた「供儀」なのではないか? 映画『ウィッカーマン』などとも通じるものを感じる。ただ、ジャクスン自身はそんなことを考えてもいないような気はする。

・家族のメンバーが「くじ」に選ばれた一家は、その後どうなるのか?と想像すると怖くなる。

・超自然的な視点について。「くじ」に選ばれるのは「運命」や「宿命」であって、人々はそれに異を唱える権利すらない。選んでいる主体は「村」自身の意志?

・「くじ」に選ばれるハッチンソン夫人の描写について。彼女は「フェアじゃない」という発言を連発するが、この時点ですでに村の意志から拒絶される行為をしているのかもしれない。

・ジャクスン自身が「くじ」について語ったエッセイが『こちらへいらっしゃい』に収録されているが、結局のところ、解釈ははっきりしない。エッセイには、「くじ」を読んだ当時の読者の感想が多く並んでいるが、ほとんどは否定的な意見だった。作者は「くじ」を「ただの物語」という呼び方をしているのが特徴的。

・ジャクスンの実孫マイルズ・ハイマンによる「くじ」のグラフィック・ノヴェル作品「SHIREY JACSON'S "THE LOTTERY"」の紹介。よく出来ているが、やはり原作にはかなわない。


短篇集『くじ』について
・「曖昧の七つの型」について。古書店に日参する少年が欲しがっている古書を売ってしまう古書店主の話。非常に悪意がある。

・「魔性の恋人」について。結婚式当日に行方をくらましてしまった夫を探す新妻の物語。夫は人間ではないという解釈もできる。

・「おふくろの味」について。スケッチ風の軽い作品だが、ジャクスンらしい作品。

・「決闘裁判」について。留守中に持ち物を盗む老婦人の証拠をつかもうと、相手の部屋に侵入する女の話。妙にしんみりとした結末が味わい深い。

「歯」について。よくわからない話。歯を抜きに行くだけで幻想的な話になってしまう。


『野蛮人との生活』について
・作者自身の子育てにまつわるエッセイ集。これを読むと、語り手(ジャクスン自身)は優しく、ものわかりのいい母親に感じられる。『くじ』や『丘の屋敷』などを書いた作家とのギャップを強く感じる。

・収録作品『チャールズ』は、『くじ』と『野蛮人との生活』両方の短篇集に収録されている。『野蛮人との生活』の流れで読むと、子供に関する笑い話として読めるが、『くじ』の方で単体で読むと、邪悪な少年のホラー作品としての要素が強く感じる。


短篇集『なんでもない一日』について
「バージョン1 スミス夫人の蜜月」「バージョン2 新妻殺害のミステリー」について。殺人鬼らしい夫に気付かずに新婚生活を送る妻の物語。バージョン1では、夫の正体に気が付いていないように描かれているが、バージョン2ではそれを知りつつ、一緒に暮らしているように読める。バージョン2は非常にジャクスンらしく感じる。

・「ネズミ」について。ネズミを退治するため、罠を買うようにと夫は妻に命じるが…。非常に嫌な雰囲気の話。

・「なんでもない日にピーナツを持って」について。善悪の行為を交代で繰り返す夫婦の物語。「なんでもない日」というタイトルは皮肉が効いている。

・「悪の可能性」について。歪んだ信念から、周りの人間に悪意をばらまく匿名の手紙を投函していた老婦人が、その行為を知られた何者かから悪意のしっぺ返しを受けるという物語。結末の描写が印象的で、「悪意」というものについて非常にスマートに描かれた作品だと思う。


短篇集『こちらへいらっしゃい』について
・遺作である未完の長篇「こちらへいらっしゃい」の他、短篇と創作に関するエッセイがいくつか入っている作品集。創作エッセイは非常に参考になる。

・「夏の終り」について。リゾート地にシーズン後も残ることにした夫婦が、だんだんと孤立していく物語。なんともいえない嫌な味がある。

・「ルイザよ、帰ってきておくれ」について。家出して近くの町に隠れ住んでいた娘が、家族が自分を探していることを知り、知り合いと共に家に戻るが、家族は娘のにせものだと言って追い返されるという物語。非常にジャクスンらしい話だと思う。

・「夜のバス」について。老婦人がバスで降りる場所を間違え、最寄の宿屋に止まるがそこで恐ろしい体験をする…という話。『くじ』収録の「歯」と似た雰囲気がある。


・shigeyukiさんによる、ジャクスンと似た雰囲気を持つ作品のリスト紹介。
ジーン・リース「サルガッソーの広い海」
ハナ・グリーン「デボラの世界」
アンナ・カヴァン「アサイラム・ピース」
デューナ・バーンズ「夜の森」
残雪「黄泥街」
マーガニータ・ラスキ「ヴィクトリア朝の寝椅子」
イルゼ・アイヒンガー「より大きな希望」
ウニカ・チュルン「ジャスミンおとこ」
ソログープ「光と影」
ウィリアム・フォークナー「エミリーに薔薇を」
ヘンリー・ジェイムズ「ねじの回転」
P・K・ディック「暗闇のスキャナー」
J・G・バラード「楽園への疾走」
アーサー・マッケン「夢の丘」
リチャード・ブローティガン「ハンバーガー殺人事件」
西丸四方「病める心の記録 ある精神分裂者の世界」

・ソログープ「光と影」の結末は「ずっとお城で暮らしてる」の結末のイメージと近いものがあると思う。

・デューナ・バーンズ「夜の森」について。同性愛的・性的な要素の強い作品。

リチャード・ブローティガン「ハンバーガー殺人事件」について。ハンバーガーの代わりに拳銃を買ってしまう主人公の話。

・何が起こっているのかわからない、という作品がいちばん怖い。理屈に落ちない作品の方が心に残る。

・復刊されたアンソロジー『怪奇礼賛』(中野善夫/吉村満美子編 創元推理文庫)について。冒頭の収録作品が「塔」(マーガニタ・ラスキ)、最後が「のど斬り農場」(J・D・ベレスフォード)という構成はインパクトが強い。

・マーガニタ・ラスキ『ヴィクトリア朝の寝椅子』について。ヴィクトリア朝の寝椅子を手に入れたことから、ヴィクトリア朝の瀕死の病人に意識が転移してしまう婦人を描いた幻想小説。得体の知れない雰囲気が強烈。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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