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迷宮世界  パオラ・カプリオーロ『エウラリア 鏡の迷宮』

エウラリア 鏡の迷宮 単行本 – 1993/6/1


 『エウラリア 鏡の迷宮』(村松 真理子訳 白水社)は、イタリアの作家パオラ・カプリオーロの手になる、硬質な味わいの幻想小説集です。

「エウラリア 鏡の迷宮」
 馬車で旅する旅芝居の一座のもとに働かせてほしいとやってきた百姓の娘。貴婦人役の「私」は同情から、娘を小間使いとして雇うことにします。数年後、馬車が焼けてしまったことから一座の解散を意図する「私」でしたが、若い男性の楽手は、どこからか黒い馬たちに引かれた巨大な馬車を持ち帰ります。馬車の中は広く、豪華に整えられた部屋がいくつもありました。天蓋つきの寝台のある部屋に巨大な鏡を見つけた娘は、その鏡に魅了され、毎日のように閉じこもって鏡を見つめるようになります。
 彼女によれば、鏡の中には非常に美しい若者が見えるというのです。そのうちに鏡の中には、若者よりも美しいのではないかと思える娘が現れます。若者に恋していた娘は失望しますが、やがて娘は、鏡の中の娘と似た姿になっていきます。美しくなった娘は「大女優エウラリア」として評判を呼ぶことになりますが…。
 どこからか現れた馬車の部屋内の鏡、そこに映る男女を眺めていくうちに、自らも「変身」していく娘の人生を語った幻想小説です。鏡の中の娘が乗り移ったのか、それとも同化してしまったのか、後半では「大女優」となった主人公エウラリアが不思議な城を建造したりと、さらに摩訶不思議な展開となっていきます。
 鏡テーマの幻想小説なのですが、その世界観がなんとも魅力的です。鏡、影、分身、美青年、悪魔、城など、これでもかとばかりに幻想的なガジェットが散りばめられた作品になっています。ぼかしたような結末にも味わいがありますね。

「石の女」
 洞窟の近くの天幕で、禁欲的な生活を送る老人。彼は石を刻む聖なる芸術を信奉し、弟子のムールと共に暮らしていました。地上の世界に栄光を求めてはならないという教えを守っていたムールでしたが、ある日窓から見かけた女の美しい腕に魅了された彼は、女の像を作り始めます。師とも決裂してしまったムールは、女の像に精魂を込め始めるようになりますが…。
 天上の芸術を目指す師の教えを破り、地上の女の魅力に囚われてしまった弟子が、しかしながら師の警告通り、裏切られてしまう、という作品です。「石」を使う芸術家を主人公にしてあることもあるのでしょうが、芸術の理念が硬質な描写で語られるという芸術家小説となっています。

「巨人」
 監獄に、妻と息子と共に赴任してきた「私」。快活で美しい妻のアデーレの様子が段々とおかしくなり始めます。囚人の一人が引くヴァイオリンに合わせて、アデーレはピアノを弾いているらしいのですが、彼女はそれに取り憑かれたようになっていきます。やがてアデーレは憔悴していきますが…。
 監獄でヴァイオリンを弾き続ける謎の男と、その奏でる音楽に取り憑かれてしまったかのような人妻を描く幻想作品です。ヴァイオリンを弾く男は囚人であるため、人妻アデーレとは顔を合わせたことさえないのです。あくまで流れる音楽そのものによって、魂を削られてしまうという、謎めいた作品です。

「ルイーザへの手紙」
 何らかの罪で監獄に収監された囚人の男。彼はヴァイオリンを弾く芸術家肌の男で、かって恋人だったらしきルイーザなる人物へ手紙を送り続けます。そこには、監獄に赴任してきた男の妻の音楽的な素養について書かれていました…。
 「巨人」で登場したヴァイオリンを弾く囚人の側から描かれた作品です。「巨人」では男の正体が全く明かされないため不気味さが強烈だったのですが、こちらの「ルイーザへの手紙」では、多少サイコパス気味な男が描かれます。
 ただ何の罪で囚われているのか、男の職業や仕事は何だったのか、ルイーザとはどんな関係だったのか、などの具体的な情報は相変わらず明かされません。男が狷介で高慢な男であるようなのは、描写からも示されていますね。蜘蛛をとらえて自分の作った小さい迷宮にそれを入れる、というのも意味深です。
 囚人の男と人妻の音楽が最終的に「調和」して、二人の破滅をもたらすのですが、それが意味するとことも含めて、非常に象徴性の高い作品となっています。


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知られざる幻想作品  橋本勝雄編編訳『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』

19世紀イタリア怪奇幻想短篇集 (光文社古典新訳文庫) 文庫 – 2021/1/13


 橋本勝雄編訳『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』(光文社古典新訳文庫)は、19世紀イタリアの知られざる怪奇幻想小説を集めたアンソロジーです。
 20世紀以降の作品と比べ、19世紀の怪奇幻想作品は本国イタリアでもなかなか再評価が進まなかったそうです。確かに日本ではあまり名前も聞かれない作家が集められており、その意味でも貴重なアンソロジーになっています。
 特に国や時代のカラーを出すことを狙ったわけではなく、作品の多様性を優先して選んだとのことで、バラエティ豊かなアンソロジーとなっています。

イジーノ・ウーゴ・タルケッティ「木苺のなかの魂」
 猟に出かけた若い男爵Bは、喉の渇きを癒すためそばに生えていた木苺を食べますが、その途端、自分の中に自分ではない、女性のような感覚が芽生えるのを覚えます。出会った領地の人々は、別人のような対応をする男爵に驚きますが…。
 殺された娘の霊が木苺を通して憑依するという物語。憑依といっても、自分自身の感覚はそのままで別の人間の感覚を二重写しで経験するという、実のところ憑依とは少し異なる現象が描かれます。しかも取り憑いた人格は女性のようで、普段は見向きもしない対象に対して美や魅力を感じるなど、その感覚や感性に驚く主人公の困惑を描く部分が面白いですね。

ヴィットリオ・ピーカ「ファ・ゴア・ニの幽霊」
 アルベルトは、魔術の心得のある友人パオロに対して、富と美女が欲しいとぼやいたところ、不思議な提案を受けます。願いを叶える代わりに、日本のある新郎の命を奪うことになるがそれでもいいか、と。
 願いを叶えてほしいと頼んだアルベルトは、その日本人ファ・ゴア・ニの死の瞬間を見せられます。直後に、アルベルトは亡くなった親戚から遺産を相続し、美しい娘を嫁にもらい受けます。しかし深夜になると、彼のせいで死んだファ・ゴア・ニの幽霊が彼の前に出現するようになります…。
 見知らぬ人物の命の代わりに富を手に入れた男が、殺された男の幽霊にまとわりつかれるという物語です。その幽霊が、たびたび現れて恨めしさを語るなど、恐怖感よりも、霊の人間くささが目立つ作品になっています。
 霊によれば、死んだ後に動物に生まれ変わって、恋人の女性オ・ディアキラのそばにいようとするものの、彼女は新しい恋人を作ってしまい、それに対して復讐の念を抱いているというのです。後半では、主人公よりも幽霊の男の方が存在感を増してくるという、面白いゴースト・ストーリーになっています。
 見知らぬ他人の命の代わりに富を手に入れる、というモチーフも興味深いです。おそらくこれは、当時ヨーロッパで広く知られた「マンダリン(中国の大官)を殺す」というモチーフで描かれた作品かと思います。
 邦訳があるものでは、エッサ・デ・ケイロース「大官を殺せ」(弥永史郎訳『縛り首の丘』白水Uブックス 収録)も同じモチーフの作品ですね。

レミージョ・ゼーナ「死後の告解」
 神父の「わたし」は、呼び鈴が鳴った直後に、部屋にいるはずの医者の兄クラウディオが外に立っているのを目撃し、ふと後をついていくことになります。たどり着いた建物の中では女性の遺体が寝かされていました…。
 告解を受けるために死者の女性が蘇るという奇跡譚です。どこか夢幻的な雰囲気の中で展開される作品です。

アッリーゴ・ボイト「黒のビショップ」
 その勤勉な働きにより雇い主から莫大な遺産を相続したという黒人の資産家アンクル・トム。彼の弟はジャマイカで反乱軍を率いているガル・ラックという男だといいます。
 アメリカに住む元英国貴族サー・ジョージ・アンダーセンは、トムにチェスの勝負を申し込みます。黒の側を選んだトムは、手持ちの駒のビショップに執着しているようでした。勝負は、チェスの達人であるアンダーセンの圧倒的な優位のままに進んでいきますが…。
 白人と黒人の男がチェスで争うという物語なのですが、その戦いは熾烈を極め、何やら幻視的な光景まで立ち現れるという、迫力のある作品になっています。チェスの白と黒、白人と黒人、そしてビショップの駒が重要なモチーフとして使われるなど、象徴的な要素が強い作品ともなっています。

カルロ・ドッスィ「魔術師」
 周囲の人物から「魔術師」と呼ばれる男マルティーノは、死への恐怖に取り憑かれていました。彼の技術や知識も、その恐怖を押さえつけるためのものでした…。
 死への恐怖に取り憑かれた男を描いた作品です。結末も鮮やかですね。

カミッロ・ボイト「クリスマスの夜」
 愛する双子の姉と姪を亡くした男ジョルジョは、クリスマスの夜に姉とそっくりなお針子の女を見かけ、声をかけることになりますが…。
 愛していた家族を次々と失った男が、町で見かけた女に、姉の面影を見ることになる…という物語です。一方的に姉の面影を見出すものの、実のところ、女は蓮っ葉な性格で、姉とは似ても似つきません。その差異に絶望した男が瞬間的に狂暴になるシーンは狂気を感じさせて強烈です。
 男の目には幻想が見えている、という意味での幻想小説でしょうか。結末で描かれる男の最後も、幸せだったのかそうでないのか…、読者によって見方の変わる作品かと思います。

ルイージ・カプアーナ「夢遊病の一症例」
 警察本部に勤めるヴァン・スペンゲルは、机の上に書いた覚えのない事件の報告書があるのを見つけます。家政婦によれば、彼が夜中に自分で書いていたものだというのです。そこにはまだ起こっていない事件のことが詳細に描かれていました。
 やがてロスタンテイン=グルニイ侯爵夫人と令嬢、その使用人が殺されたという事件が発覚しますが、その事件が報告書に書かれていたものとそっくりなのを知り、ヴァン・スペンゲルは驚きます…。
 夢遊病にかかった男が、未来の強盗殺人を幻視する、という幻想小説です。この作品の夢遊病はオカルト的な症状として描かれ、予知能力や狂気と結びつけて語られているのが特徴です。未来予知を参考に事件を解決するものの、主人公は狂気に陥ってしまうという結末もちょっと怖いですね。

イッポリト・ニエーヴォ「未来世紀に関する哲学的物語 西暦2222年、世界の終末前夜まで」
 魔術的な実験によって「わたし」が呼び出した未来の人間による手記。そこには三世紀にわたる世界の歴史が記されていました…。
 手記に記された未来の歴史を語るという未来小説です。未来の人間が過去の歴史を記したものを、過去の人間が未来の記録として読むという、面白い趣向となっています。作品が描かれたのと近い時代の部分は、かなり政治的な要素が濃いですが、
 後半、人造人間的な存在「オムンコロ」が登場してからはSF的な感興が強くなります。
 架空の国際政治史が描かれていく部分でも、宗教が強い力を持って登場するところは、19世紀に書かれた古典的作品ならではでしょうか。

ヴィットリオ・インブリアーニ「三匹のカタツムリ」
 宝石で出来た庭を持つ王は、そこを任せた人間が皆自分を裏切るのを嘆いていました。ドン・ペッピーノが嘘をつかない正直者との評判を聞いた王は、彼を庭番に任命します。
 いじめられていた動物たちを助けたドン・ペッピーノは、実は妖精であった彼らから不思議な力を授かります。王がドン・ペッピーノを讃えるのに腹を立てた、王の妻、弟、息子たちは、ドン・ペッピーノが王を裏切って嘘をつくことに対して、王に賭けを持ち掛けますが…。
 かなりエロティックな要素も濃い、艶笑譚的な作品です。富にも権力にも動じない男が、性の誘惑には勝てない…というところは寓話としても面白いところですね。宝石でできているという花や果実、真珠母と銀で出来たカタツムリなど、幻想的な庭の造形も魅力的です。


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超現実の世界  ロベルト・ピウミーニ『逃げてゆく水平線』

逃げてゆく水平線 (はじめて出逢う世界のおはなし イタリア編) (日本語) 単行本 – 2014/12/10


 イタリアの作家ロベルト・ピウミーニの『逃げてゆく水平線』(長野徹訳 東宣出版)は、奇想天外なアイディアと破天荒なストーリー展開が魅力のファンタスティックな童話集です。
 25篇を収録しています。少し長めのお話もありますが、だいたいはショート・ショートといってよい短めのお話になっています。

 中では、建物の奥に進むごとに相対する人間が小さくなっていくという「建物の中に入っていった若者」、国の人間が決闘を繰り返し人口が激減してしまう「ナバラの決闘」、沈黙を競う大会を描いた「沈黙大会」、自由を制限された天才料理人が料理を使って脱出しようとする「囚われの料理人」、境界線に執着する税官吏の物語「税関吏の物語」、事故を防ぐため悪魔の無理難題に答え続ける男を描いた「パトリシュスと悪魔ラクソー」、三十頭の馬を手に入れた老人が次々と馬を手放すことになるという「ジュッファの馬」、互いに攻守を入れ替えて戦い続ける二つの軍の物語「トルボレーズ包囲戦」、感謝を強要される記念日に従わなかった罪で死刑を宣告された男を描く「感謝日」、不老不死の力を持つトウモロコシに執着する男の物語「トウモロコシの中の老人」、帽子だけでなく、頭の中身まで取り替えてしまう帽子屋を描く「帽子と頭」、皇帝を歓迎するためのフレスコ画を無理やり描かせられることになった画家の復讐を描く「フランソワ・マジックのフレスコ画」、世界を旅する五つの感覚がリンゴをめぐって争い、ひとつになるという「五人とリンゴ」、水平線が逃げてゆくようになった由来を語る物語「逃げてゆく水平線」などが面白いですね。

 アイディアがユニークなのはもちろん、次にどうなるか分からないストーリー展開が魅力の作品集になっています。例えば「建物の中に入っていった若者」。若者が建物の奥に進むにつれて相対する人間がだんだん小さくなっていくのですが、最後に出会った人間に対して若者が起こす行動はあまりにシュール。
 「沈黙大会」では、世界中から沈黙を競うために人々がやってきます。それぞれの沈黙の中には固有の雑音が混じっており、その雑音がより小さいものが勝つというのです。高感度の電子装置によって、その沈黙が計られていく、という<奇妙な味>の物語です。
 集中でも強烈なインパクトがあるのが「トウモロコシの中の老人」。ある日トウモロコシの上に置いておいた古いジャガイモが新鮮さを保っているのに気づいた年老いた農夫は、トウモロコシにスミレを植えてみます。一向にスミレが枯れないのに気づいた農夫は、今度は死にかけた犬をトウモロコシに埋めてみます。何年も犬が元気なのを見てとった農夫は、自らも永遠に生きようと考えます。納屋に洞穴をこしらえた納付は、トウモロコシと共に閉じこもることになりますが…。
 不老不死を実現するトウモロコシを見つけた老人が、それによって永遠に生きようとする物語なのですが、閉じこもった後の展開がぶっ飛んでいて驚かされます。シュールな結末もユニークですね。

 無生物を擬人化するのは童話にはよくありますが、ピウミーニ、擬人化する対象も風変わりです。視覚や聴覚を擬人化した「五人とリンゴ」や水平線を擬人化した「逃げてゆく水平線」など、こんなものが!という対象が擬人化され、思いもかけない物語が展開します。
 「五人とリンゴ」では、五人の感覚たちが統合された経緯がキリスト教的な起源神話として語られたり、「逃げてゆく水平線」では水平線が人々から離れていくことになった理由が、まるでエッシャーの絵のような情景を伴って語られていきます。
 同じイタリアの童話作家ジャンニ・ロダーリもそうですが、ピウミーニの想像力もすごいですね。訳者解説でも、やはり二人の作家が比較して語られています。ファンタスティックでシュールな短篇集を読んでみたい方にはお勧めの作品集です。


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ジャンニ・ロダーリ作品を読む
 イタリアの児童文学作家ジャンニ・ロダーリ(1920~1980)、彼の作品はどれもユーモアとファンタジーにあふれています。長篇でも短篇でも奇想天外なアイディアが取り扱われていますが、そのアイディアが趣向倒れに終わらず、物語と緊密に結びついているところが魅力ですね。
 いくつかロダーリ作品を紹介していきたいと思います。


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ジャンニ・ロダーリ『うそつき国のジェルソミーノ』(安藤美紀夫訳 筑摩書房)

 生まれつき大きな声を持つ少年ジェルソミーノ。声を出すと、様々な物が壊れてしまうため、彼は黙って暮らすようになっていました。村での生活に嫌気がさしたジェルソミーノは旅に出ることにします。
 辿りついた国は、パンと文房具との名前が逆になっており、本物のお金は使えず、猫が犬の鳴き声を出すという、おかしな国でした。その<うそつき国>は、かって海賊だったジャコモーネが占領して以来、本当のことを言うことが禁止されており、うその形で物事を表現しなければいけないと言うのです。
 落書から生まれた三本足の猫ゾッピーノと友人になったジェルソミーノは、共に冒険を繰り広げることになりますが…。

 とんでもない破壊力の声を持つ少年が、辿りついた<うそつき国>で、人々を圧制から解放することになる、という物語です。最終的には主人公ジェルソミーノが事態を打開することにはなるのですが、常時ジェルソミーノが活躍するわけではなく、中盤ではむしろ他のキャラクターが活躍することになります。
 具体的には、ジェルソミーノのパートナー的な存在である三本足の猫ゾッピーノ、描いた絵が現実になるという絵描きバナニート、座るとどんどん年を取ってしまうという老人立ちんぼベンヴェヌートの三人が、主に活躍します。
 ゾッピーノは、国中に蔓延したうそを物ともせず真実を話し、バナニートはその能力で戦争の道具を要求されるもののそれを拒否することで、ベンヴェヌートは自身の命を削って人を助けることで、圧制と独裁者に対して抵抗を示します。
 なかでも印象に残るのがベンヴェヌート。生まれつき成長の速かった彼は、座っているとあっという間に年を取ってしまうことが分かります。それ以来、彼は椅子もベッドも使わずに立ったまま暮らしているというのです。しかし人助けのために座らざるを得ないとき、命が削られるのを知りながらもあえて座るという姿には、哀愁が感じられます。

 もと海賊の圧制者とその政府に立ち向かう人々という、ある種、政治的な物語ではありながら、ところどころに込められたユーモラスな要素が、お話を息苦しいものにはしていません。
 法令により、人間のみならず猫たちも犬の鳴き声を強要されたり、本当のことが書けないために新聞にはあべこべの形で記事を書かれているなど、抱腹絶倒のシーンも多数です。描いたものが本物になるという絵描きバナニートのエピソードも楽しいですね。もともと才能がありながら、描くものにやたらと余計なものを加えていたバナニートが、余計なものを消すようになった途端に能力が開花する、という展開も面白いです。
 ユーモラスかつ奇想天外な要素がてんこ盛りのファンタジー作品で、楽しく読める物語になっています。



パパの電話を待ちながら (講談社文庫) (日本語) 文庫 – 2014/2/14


ジャンニ・ロダーリ『パパの電話を待ちながら』(内田洋子訳 講談社文庫)

 イタリア中を旅するセールスマン、ビアンキさんが、毎日九時きっかりに電話で娘にお話を聞かせるという大枠で語られるショート・ショート集です。電話代が嵩むため、すぐに終わる短いお話ばかりになっているという、洒落た趣向です。五十六篇を収録しています。

 うっかりすぎて体の一部を落としてしまう坊やの物語「うっかり坊やの散歩」、子どもたちの破壊衝動を発散させるために大きな建物が建てられるという「壊さなければならない建物」、他人のくしゃみの数を数え続けるという「くしゃみを数えるおばさん」、その国ではとがったものが全くないという「とんがりのない国」、ストックホルムの所有権を買った床屋の主人の物語「ストックホルムの町を買う」、別世界に行ける回転木馬を描いた「チェゼナティコの回転木馬」、鼻が逃げ出してしまうという「逃げる鼻」、どこにもつながっていないとされる道の先に行った男の物語「どこにもつながってない道」、様々なものに変化する魔法のステッキをめぐる「夢見るステッキ」、触ったもの全てが金になってしまう王様の物語「ミダス王」、突然他人に姿が見えなくなった男の子を描く「透明人間トニーノ」、考えが全て見えてしまう透明な少年の物語「クリスタルのジャコモ」、コロッセオを盗み出そうと石片を地道に盗み続ける男を描いた「コロッセオを盗んだ男」、コンクリートに落ち込んで死んでしまった左官屋の魂が家の中で生き続けるという「ヴァルテッリーナの左官屋」などが面白いですね。

 基本的にはナンセンスでシュール、かつシンプルなお話が多いのですが、その中にも深いテーマが感じられる作品も混ざっています。
 例えば「壊さなければならない建物」。子どもたちがいろいろなものを壊してしまう町で、その被害額を計算した結果、その衝動を発散させるために、わざわざ壊すための建物を建てることになる…という物語です。
 また「コロッセオを盗んだ男」は、コロッセオを盗み出そうと考えた男が、少しづつコロッセオを構成する石を盗み始めるのですが、何年経ってもコロッセオの姿は変わらない…という物語です。
 どちらもナンセンスな発想ではありながら、どこか一片の人生の真実が感じられるという、味わい深い作品になっています。

 中でも、哀愁を感じさせる作品として挙げたいのが「ヴァルテッリーナの左官屋」です。
 建築中にコンクリートに落ちて死んでしまった左官屋の男。しかし男の魂はその中で生き続けます。やがて完成した家の中で、その家に立ち代り住むようになった家族たちをを見守る…という物語です。
 ウェットなお話ながら、無常感の感じられる寂しげな結末になっていたりと、短い中にも奥が深い作品になっています。

 収録作は、どれもユニークな発想とファンタジーに溢れており、なにより読んでいて楽しい好作品集です。



猫とともに去りぬ (光文社古典新訳文庫) (日本語) 文庫 – 2006/9/7


ジャンニ・ロダーリ『猫とともに去りぬ』(関口英子訳 光文社古典新訳文庫)

 ファンタジーとユーモアたっぷりの童話作品集です。
 家族に構ってもらえなくなった老人が猫になって暮らすようになるという「猫とともに去りぬ」、部下の車に嫉妬する社長とバイオリンの名手の会計係の物語「社長と会計係 あるいは 自動車とバイオリンと路面電車」、小柄ながらとてつもない力と速さを持つ郵便配達人を描く「チヴィタヴェッキアの郵便配達人」、ヴェネツィアの水没を見越して魚になって暮らす家族を描いた「ヴェネツィアを救え あるいは 魚になるのがいちばんだ」、バイクに恋してしまった青年の物語「恋するバイカー」、ピアノと共に旅をするカウボーイの話「ピアノ・ビルと消えたかかし」、魚が釣れるまじないを実現するために過去を改変しようとする男の物語「ガリバルディ橋の釣り人」、あらゆる入れ物が巨大化した世界を描く「箱入りの世界」、宇宙時代のシンデレラ物語「ヴィーナスグリーンの瞳のミス・スペースユニバース」、魔法のかかった不思議な人形の物語「お喋り人形」、ハトを利用した広告を考えた宣伝マンたちの奇妙な体験を描いた「ヴェネツィアの謎 あるいは ハトがオレンジジュースを嫌いなわけ」、植物をいためつけることで花や実を咲かせようとする社長と植物思いのやさしい庭師の物語「マンブレッティ社長ご自慢の庭」、生まれつき超人的な能力を持つ赤ん坊を描く「カルちゃん、カルロ、カルちゃん あるいは 赤ん坊の悪い癖を矯正するには……」、宇宙人によってピサの斜塔が奪われてしまうという「ピサの斜塔をめぐるおかしな出来事」、子供に贈り物を届ける魔女ベファーナたちの世界の物語「ベファーナ論」、自らが死ぬ運命を聞かされた王がその身代わりを探すという「三人の女神が紡ぐのは、誰の糸?」の16篇を収録しています。

 どれも奇想天外なアイディアの楽しい作品ぞろいですが、中でも飛びぬけて強烈なインパクトがあるのは「ガリバルディ橋の釣り人」「カルちゃん、カルロ、カルちゃん あるいは 赤ん坊の悪い癖を矯正するには……」でしょうか。

 「ガリバルディ橋の釣り人」は、こんな物語。
 釣りに訪れた中年男性アルベルトーネは、魚を釣り上げることがまったくできず、隣で頻繁に魚を釣り上げている男から、魚釣りのまじないを聞きます。まじないには特定の名前が必要であるということから、アルベルトーネはタイムマシンで過去を改変し、父親に自分の名前を変えさせてしまいます…。
 たかが魚釣りのために、人生をやり直したり、過去を取り返しのつかないまでに改変するという、とんでもない発想のお話です。そのスケールの大きさと主人公がやっていることとのギャップが笑える作品ですね。

 「カルちゃん、カルロ、カルちゃん あるいは 赤ん坊の悪い癖を矯正するには……」は、生まれつき超能力を持って生まれた赤ん坊を描く物語。
 生まれたばかりの赤ん坊カルロは、テレパシーで周囲の人間と意思を通じる能力を持っていました。
 近くにある本の内容ばかりか人間の頭の情報までをも吸収したカルロは、その能力ゆえ両親からも恐れられます。やがて周囲の人間たちはその知能を抑えるある方法を考え出しますが…。
 賢すぎる赤ん坊をめぐって展開されるドタバタ風味のファンタジーです。能力がありすぎることは周囲との軋轢を引き起こす…。それを自覚する主人公カルロの姿が描かれるラストは、どこか哀愁を帯びており、味わいのある作品になっています。



マルコとミルコの悪魔なんかこわくない! (くもんの海外児童文学) (日本語) 単行本 – 2006/6/1


ジャンニ・ロダーリ『マルコとミルコの悪魔なんかこわくない!』(関口英子訳 くもん出版)

 マルコとミルコはそっくりなふたごの兄弟。彼らの唯一の違いは、それぞれがいつも持っているカナヅチの色でした。マルコは持ち手が白のカナヅチ、ミルコは持ち手が黒のカナヅチを持っていました。二人は、それをブーメランのように巧みに扱うことができるのです。怖いものなしのふたごは、泥棒やお化けもやり込めてしまいます…。

 カナヅチを自在に操るふたごの兄弟が、様々な障害をものともせずに活躍するという、爽快な連作冒険物語です。
 兄弟はカナヅチを使って、泥棒、お化け、強盗、果ては悪魔にまで勝ってしまいます。二人が唯一怖がるのは、なぜか「赤ずきんちゃん」の物語というのもユーモラスですね。
 もともと連作として作られたわけではなくて、たびたび描かれていた同キャラクター作品を後年まとめた、という感じの作品のようです。

 本の体裁も面白くて、左右のページの上部にマルコとミルコ、そして白と黒のカナヅチの絵が描かれており、それがパラパラ漫画になっています。ページをめくっていくと、兄弟の手から離れたカナヅチが飛んでいって、さらにブーメランとなって戻ってくるというアニメーションが楽しめます。


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とんでもない物語  ジャンニ・ロダーリ『兵士のハーモニカ ロダーリ童話集』

兵士のハーモニカ――ロダーリ童話集 (岩波少年文庫) (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2012/4/27


 ジャンニ・ロダーリ『兵士のハーモニカ ロダーリ童話集』(関口英子訳 岩波少年文庫)は、物語の楽しみに満ちた、モダンな童話作品集です。

 世の中に絶望し大きくならないと決めた女の子の物語「大きくならないテレジン」、やたらと重い小男とやたらと軽い大男の登場する「カルッソとオモッソ」、王様そっくりの男が王の像のふりをするという「王さまへのプレゼント」、森で迷った王子がきこりとなって皆のために働くという「きこり王子」、頭の悪さゆえに捕らえられた王子が同じく捕らえられた姫とともに魔法で脱出しようとする「頭の悪い王子」、生まれつき悲しみを知らない姫の物語「アレグラ姫」、詐欺師が魔法使いの人形を作り人々をだますという「魔法使いガル」、けちな王様が偽物の話す像を売りつけられる「おしゃべりな像」、ギターを上手く弾けない皇帝が怒って国民の音楽を禁止してしまうという「皇帝のギター」、その音色を聞くと皆が平和的になる魔法のハーモニカを手に入れた男の物語「兵士のハーモニカ」、貧しさのあまり親に捨てられてしまった子供たちを描く「ニーノとニーナ」、優しい家具職人が作った小さな動く家に大量の人間が助けを求めてくるという「〈みっつボタン〉の家」、触れたものすべてを黄金に変えるミダス王と彼をさらった盗賊たちの物語「ミダス王と盗賊フィロン」、かって鏡に映った歯医者の鏡像が鏡から飛び出してくるという「鏡からとびだした歯医者さん」、頭のよくない羊飼いが町の噴水の数を数える課題をいいつけられる「羊飼いと噴水」、王位についたライオンの戴冠式にトラブルが発生するという「レオ十世の戴冠式」、秘かに海へと移動する高層マンションを描いた「海へとこぎだした高層マンション」、生まれつき目の見えない王子が語り部の男の言葉によって周りの光景が見えるようになるという「目の見えない王子さま」の18篇を収録しています。

 「どこかで読んだような…」というおとぎばなしのフォーマットを用いながらも、その要素を入れ替えたり、反転させたり、付け加えたりと、アレンジをほどこすことで、まったく自由で新しい童話作品になっています。
 たとえば「ミダス王と盗賊フィロン」などはその典型で、よく知られた神話のエピソードがまた違った物語として生まれ変わっていますね。

 一番印象に残るのは、巻末の「目の見えない王子さま」。目の見えない赤ん坊のメドロ王子は、語り部のゼルビーノが物語の形で周囲の状況を語ることによって、周りの様子を「見る」ことができるようになります。成長した王子はゼルビーノを頼りにするようになりますが、やがてゼルビーノの語る悲しい事実を嫌い、自らで楽天的な「物語」を語り、「現実」を見ないようになっていきます…。
 「物語」で周囲を「見る」王子が、見たい現実しか見ないようになる…という寓意的な作品です。考えさせるところのあるテーマを扱っています。

 登場するアイテムが面白いのが「〈みっつボタン〉の家」。〈みっつボタン〉のあだ名のある家具職人が、仕事を探しに、自分だけが入れるぐらいの小さい家を作り、それに車輪をつけて出かけます。途中で出会う人々が助けを求めてくるままに、家に入れてあげますが、一人しか入らないはずの家には、どんどんと人が入っていきます…。
 「家」は「心」でできている、というテーマの作品です。なにやら魔法めいた家の存在が魅力ですね。

 ちなみに、本書は2012年刊行の新訳なのですが、1986年から1987年に、五分冊で刊行された『ロダーリのゆかいなお話』(安藤三紀夫訳 大日本図書)と同一の作品集だそうです。


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名前の力  ジャンニ・ロダーリ『ランベルト男爵は二度生きる』

 イタリアの作家ジャンニ・ロダーリによる長篇小説『ランベルト男爵は二度生きる サン・ジュリオ島の奇想天外な物語』(原田和夫訳 一藝社)は、他人に名前を呼び続けてもらうことにより若返った、大富豪の老人を描く奇想天外な物語です。

 オルタ湖に浮かぶサン・ジュリオ島に広大な屋敷を構え、執事のアンセルモと共に暮らす大富豪の老人ランベルト男爵。数え切れないほどの病気を持つ男爵は、執事と共に別荘のあるエジプトに出かけますが、なぜか慌てて家に戻ってきます。
 男爵は高額の報酬で六人の男女を雇い入れ、屋根裏部屋で順番に男爵の名前「ランベルト」の名前を一日中唱え続けるように命じます。やがて男爵の体に異変が起こり始めますが…。

 他人が唱え続ける名前の魔力により若返った老貴族を描く物語です。最初は髪の毛が生えてきたり、皺が減る程度のものだったのが、病気の症状がなくなり、やがて見た目も壮健な若者になってしまいます。
 今まで興味のなかったスポーツを始めたりと、生きる活力を取り戻す男爵ですが、様々なトラブルが彼を襲います。
 財産を狙う甥に殺されそうになったり、盗賊団に家を占領されたりと、命の危険がいくつも襲ってくるのですが、名前を唱え続けてもらっている限り、実質的に男爵は「不死」なのです。

 ファンタスティックな手触りの物語ではあるのですが、盗賊団に襲われ身代金を要求される部分などは、かなりリアルです。解説文によれば、これは1970年代にイタリアで多発した誘拐事件に参考にしているとのことなのですが、物語に違和感なく溶け込んでいるあたり、ロダーリの筆力は見事ですね。

 男爵はじめ、登場人物はユーモアたっぷりに描かれています。鷹揚な男爵、心配性で傘をいつも抱えている執事、男爵の名前を唱え続ける六人の男女もちゃんと描き分けがなされています。他にも、構成員が皆ランベルトという名前の盗賊団「二十四のL団」であるとか、男爵が所有する多数の銀行からやってきた二十四の頭取と二十四人の秘書などに至っては抱腹絶倒です。

 次にどうなってしまうのか予測がつかず、物語の楽しみを味あわせてくれる作品です。「童話作家」ロダーリの晩年の作品で、もちろん子供が読んでも楽しめますが、むしろ大人向けの作品といっていいのではないでしょうか。

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不合理な物語  ディーノ・ブッツァーティ『怪物 ブッツァーティ短篇集Ⅲ』
怪物 (ブッツァーティ短篇集 3)
 ディーノ・ブッツァーティ『怪物 ブッツァーティ短篇集Ⅲ』(長野徹訳 東宣出版)は、著者の未訳短篇を集成する傑作集の第三弾にして最終巻です。前二巻に劣らず、秀作が集められています。

 腰の低かった男が豹変するという「もったいぶった男」、強大な兵器を開発した男を描く「天下無敵」、エッフェル塔の建造には隠された秘密があったという「エッフェル塔」、不健康で不幸な幼い子供の物語「可哀そうな子!」、戦争終結の知らせを受け村から若者たちを迎えにきた老人を描く「偽りの知らせ」、熱烈なラブレターを書こうとしている男がその度に邪魔され続けるという「ラブレター」、隠者から兄弟全員が同じ場にいると悪魔に命をさらわれると聞かされる「五人の兄弟」、海賊襲撃を防ごうとかっての有名な将軍を訪れると彼は小鳥になっていたという「最後の血の一滴まで」、手術のため一般人と一緒の病棟に入院した王の物語「イニャッツィオ王の奇跡」、生き別れた息子を見かけた父親がなぜかリンチにあってしまうという「挑発者」、突然二人の幽霊から話しかけられるという「二人の正真正銘の紳士―そのうちのひとりは非業の死を遂げた―への有益な助言」、ふとしたことから皇帝を批判してしまった男が密告を恐れ同僚に確認をして回るという「密告者」、幻想的な掌篇集「夕べの小話」、かかるのは政府の敵だけという官製インフルエンザの話を信じ込んだ男の物語「流行り病」、屋根裏部屋で怪物を目撃した家庭教師の女性を描く「怪物」など。

 どれも秀作ですが、中でも面白く読んだのは「エッフェル塔」「五人の兄弟」「イニャッツィオ王の奇跡」「怪物」などでしょうか。

 「エッフェル塔」は、本当は際限なく空まで建設するための塔だったという物語。熱に浮かされた男たちは、計画者が死去した後も建設を続けますが…。
 まるで「バベルの塔」を思わせる物語です。いつ終わるともしれない作業を繰り返す…というのはブッツァーティお得意のモチーフですが、諦念に満ちたその種の作品に比べて、この作品では、建設者たちが熱狂的に作業を続けるというのが面白いところですね。

 「五人の兄弟」は、父親が隠者から、五人の息子がそろっていると悪魔がやってきて命をとられてしまう、と聞く物語。話を聞いた息子たちは集まるのを恐れ始め、やがてそれが兄弟間の不和と恐怖をもたらしていきます…。
 信じ込んだ「事実」によって、人生を無駄に過ごしてしまう…という寓話作品です。

 「イニャッツィオ王の奇跡」は、手術のため、一般市民に混じって入院した王を描く物語。術後の痛みのため、毎夜うなり声を上げ続ける王に対し、病院関係者はうんざりしますが、逆に入院患者たちはどんどんと健康を回復していきます…。
 王の苦しみが一般人には救いになるという、逆説的な物語。超自然的な結末も印象的ですね。

 「怪物」は、家庭教師の女性がたまたま入った屋根裏部屋で異様な怪物を目撃するという物語。逃げ出した女性は周りの人間に訴えますが、信じてもらえません。しかしその部屋にはすぐに鍵がかけられ入れなくなってしまうのです。女性は周囲の人間を疑い始めますが…。
 「怪物」そのものの脅威を描くのではなく、それを通して周囲の人間や状況の不気味さを描くという、非常にブッツァーティらしい不条理小説です。結局、真相は明かされず、読者は置き去りにされると言うタイプの作品で、リドル・ストーリーとしても読むこともできますね。

 これで東宣出版の<ブッツァーティ短篇集>シリーズが完結したわけですが、三巻とも秀作・傑作揃いで、本当に面白いシリーズでした。小味な作品を集める、いわゆる「拾遺」的な作品集ではなく、代表作といってもいいレベルの作品が多く含まれた傑作集なのには驚かされます。
 訳者によれば、まだ未訳の傑作が眠っているそうで、そうした作品の企画も何となくあるようです。これは期待したいところですね。

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唐突な変調  ディーノ・ブッツァーティ『現代の地獄への旅 ブッツァーティ短篇集Ⅱ』
現代の地獄への旅 (ブッツァーティ短篇集)
 『現代の地獄への旅 ブッツァーティ短篇集Ⅱ』(長野徹訳 東宣出版)は、イタリアの異色作家ディーノ・ブッツァーティの中・後期から15作品を収録した作品集。1巻同様、収録作はほぼ本邦初訳ながら、そのレベルの高さに驚きます。これは「拾遺」ではなく「全盛期」のブッツァーティといってもいいのではないでしょうか。

 卵探しのイベントに無断で入り込んだ母娘を描く「卵」、人間と庭に住むものたちとの夜を対比させた「甘美な夜」、虫を惨殺した家族が復讐されるという「目には目を」、ゴルフコースにおける奇跡と変身を描く「十八番ホール」、諍いをする夫婦をカタストロフが襲う「自然の魔力」、老人を襲う若者たちを描く「老人狩り」、中年男性を手玉に取る小悪魔のような女を描く「キルケー」、終身刑の受刑者がスピーチによって解放される権利が与えられるという「難問」、高級車を欲しがる男が手に入れた車の秘密を描く「公園での自殺」、天国の画家が自らの回顧展を訪れるという「ヴェネツィア・ビエンナーレの夜の戦い」、不誠実な男との付き合いに悩む娘を象徴的に描いた「空き缶娘」、友人や知人が亡くなるたびに庭に瘤が増えていくという「庭の瘤」、瞬間移動能力を手に入れた男の悩みを描く「神出鬼没」、母親との思い出を自伝的に描いた「二人の運転手」、ミラノの地下鉄工事で発見された「地獄」を取材に訪れた記者を描く中篇「現代の地獄への旅」を収録しています。

 最初に収録されている「卵」にしてから、強烈なインパクトのある作品です。子供たちのために開かれた卵探しのイベントには、高価なチケットが必要でした。女中のジルダは幼い娘を連れて無断でイベントに入り込みます。侵入がばれてしまったジルダは娘とともに追い出されそうになりますが、怒りのあまり、ある能力を発揮することになります…
 主人公が「能力」を発揮するのも唐突なのですが、その後、エスカレートする展開には開いた口がふさがりません。ほとんどSF短篇といった趣の作品ですね。

 ブッツァーティには、この「唐突な変調」が登場する作品が結構あって、この短篇集でも「十八番ホール」「自然の魔力」などは、そのタイプの作品ですね。

 「十八番ホール」は、娘や友人とともにゴルフをしていた父親が、突然ゴルフが上手くなるというのを皮切りに、とんでもない結末に至ります。この作品を序盤から読んでいてこの結末を予測できる人はいないんじゃないでしょうか。

 「自然の魔力」は夜遅く帰宅した妻に夫が怒りをぶつけ、諍いになりますが、それを無化してしまうような破局が襲う…という、これまた破天荒な作品です。

 ブッツァーティお得意の「不安」を描く作品も見逃せません。「難問」「庭の瘤」「神出鬼没」などがそのタイプの作品でしょうか。

 「難問」は、終身刑の受刑者が外界の人間に向かってスピーチを行う権利を与えられ、拍手が起きれば解放される、という話。
 ただその機会は一生に一度だけであり、失敗したら後がないのです。しかも受刑者によってその機会はいつ来るかわかりません。明日なのか、数十年後なのかさえわからない…という、代表作『タタール人の砂漠』を思わせるシチュエーションです。

 「庭の瘤」では、友人が亡くなる度に庭に奇怪な瘤が増えていく、という物語。自分と身近だったものほど瘤が大きくなるらしいのです。庭を歩き瘤にぶつかるたびに、かっての知人を思い出させられる…という寓話的作品。

 「神出鬼没」は、ある日突然、思い浮かべただけで好きな場所に移動できる瞬間移動能力を身につけた男を描く物語。富も名声も思いのままだと夢想するも、急に常識的に考え直す男の姿がブラック・ユーモアたっぷりに描かれます。他の作品とは形は違えど「不安」がテーマの作品だといっていいでしょう。

 「現代の地獄への旅」は中篇作品。ミラノの地下鉄工事でふとしたことから発見された「地獄」。編集長の要請で取材に訪れることになった記者は、その場所が現実世界のミラノとほとんど変わらないことに気付き驚きます。記者は、魅惑的な「悪魔夫人」とその部下に案内してもらうことになりますが…。
 高齢者を邪険に扱う家族たち、薬の効果でサディスティックに振舞うようになってしまう主人公など、現実世界をデフォルメしたような日常生活が描かれるのが特徴です。「地獄」は「現実世界」の裏返しなのだ…という寓話的要素の強い作品といっていいでしょうか。

 短篇集第3集として『怪物』(仮題)も予定されており、こちらも楽しみにしたいと思います。

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日常と空想  イタロ・カルヴィーノ『マルコヴァルドさんの四季』
4001141582マルコヴァルドさんの四季 (岩波少年文庫)
イタロ・カルヴィーノ セルジオ・トーファノ
岩波書店 2009-06-16

by G-Tools

 イタロ・カルヴィーノの『マルコヴァルドさんの四季』(関口英子訳 岩波少年文庫)は、都会に住む男性マルコヴァルドさんの日常の冒険を描いた連作短篇集です。春夏秋冬に属するお話が、それぞれ5話づつ収録されています。

 都会に住むマルコヴァルドさんは、力仕事に従事しています。妻とたくさんの子供がいるため、経済的には楽ではありません。そんな彼が日常において自然や生きものと触れ合う様をしみじみと描く作品…と思いきや、一概にそうも言えないところが作者カルヴィーノのにくいところです。
 このマルコヴァルドさん、大家族であるということもあり、いつもお金に困っています。また、食べ物にも多少意地汚いところがあります。マルコヴァルドさんは、たびたび小狡いところを発揮するのですが、結果はなかなか上手くいきません。通り道に生えたキノコを独り占めしようとしたり、薪にしようと看板を切り落としたりするのです。単純な善人ではないところに味がありますね。

 ちょっとした失敗談というレベルの軽いお話の中に、かなりぶっとんだお話も混じっています。ハチの針がリューマチに効くという話を聞き、ハチをつかまえて医院を開業しようとする「ハチ療法」、黙って連れ帰った病院のウサギが伝染病のウィルス持ちだった…という「毒入りウサギ」、バスの停留所に行くはずが、なぜか飛行機に乗ってしまうという「まちがった停留所」など。
 これらのお話では超自然的な出来事こそ起こらないものの、限りなくファンタジーに近い日常の冒険が描かれるのです。猫の集まる邸を描いた「がんこなネコたちの住む庭」に至っては恐怖小説の趣きさえあります。

 またそれぞれのエピソードには、さらっと植物や生きものなどの自然が登場し、それらは前景には出てこないものの、いい味わいを出しています。おかしなエピソードの中にも時折現れる夜景や星空など、ほんのりと詩情が感じられるのも魅力的ですね。
 魔法がなくても、異世界に行かなくても、都会の日常生活にも「ファンタジー」は現れる…という、なんとも素敵な作品です。児童文学に分類される作品ですが、この味わいは大人が読んでこそ楽しめるものではないでしょうか。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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