邪悪なる祈り  ジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』
4336055351悪の誘惑
ジェイムズ ホッグ James Hogg
国書刊行会 2012-08

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 享楽的な領主の父と、厳格なキリスト教徒の母との間に生まれた二人の兄弟。兄のジョージは、父親のもとで、寛大な心を持つ好青年に育ちます。一方、弟のロバートは、狂信的な牧師と母との間で育てられ、他人からは近寄りがたい人間に育ちます。
 成長したロバートは、仇のように兄ジョージを追い回し、嫌がらせをし続けます。やがて、ジョージが死体となって発見されますが、犯人はジョージと口論をしていたドラマンドという男だとされていました。
 やがて父親が亡くなり、ジョージの代わりに、家督をついだロバートでしたが、父親の家政婦だった女性は、ロバートこそジョージ殺害犯だと確信し、調査を始めます…。

 『悪の誘惑』(高橋和久訳 国書刊行会)は、羊飼いから作家になったという、異色の経歴を持つスコットランドの作家、ジェイムズ・ホッグの作品です。
 大きく三部に分かれており、一部と三部は編者からの「客観的な」語り、二部は弟の視点による語りになっています。一部でまず、客観的な事件の顛末が描かれ、二部では弟の狂信的な視点から描かれた「手記」が語られます。そしてまた三部では、その「手記」についての編者の見解が描かれる、といった構成になっています。
 兄弟間の憎しみや、殺人さえ描かれるにも関わらず、一部はかなりユーモアに富んだ筆致になっているのが面白いところです。好青年の兄に対し、弟は徹頭徹尾「嫌な」男で、兄を追い回します。たびたび兄弟は遭遇し、いさかいを起こすのですが、弟がなぜそこまで兄を憎むのかや、兄ジョージの死の真相は前半では明かされません。

 二部では、弟ロバートの視点から描かれた物語が語られますが、ここからが圧巻です。異様なまでの宗教教育を受け、ゆがんだ視点を持った男の独善的な行動が描かれていきます。子供のころから嘘をつき、悪事を働いてきたにもかかわらず、自分は神に許されているという考えを持っているため、自らの行動に対し良心の呵責を全く覚えないのです。 
 やがてロバートの考えに賛同してくれる、謎の男が現れます。最初はロバートの思想や行動を褒め称えていた男は、段々と悪事を働くようにそそのかしていきますが、ロバートもそれに従い、破滅的な行為を繰り返していくことになるのです。
 この「謎の男」、たびたび姿や声を変えたりと、悪魔のような人物なのですが、この男が実在しているかどうかも、じつは定かではありません。ロバートの「悪の心」の分身なのか、それとも本当の「悪魔」なのか。
 殺人を含む、あらゆる悪事を行いながら、独善的な論理でそれらを全て正当化しようとするロバート。その告白が、異様な熱気を持って語られる後半の展開は、凄いの一言です。

 作品全体の構成も、読者を眩惑するような作りになっています。一部の編者の「客観的な」語りと、二部の弟の独白とで、同じ事件に対する細部や解釈が異なっているのです。もちろん二部の語り手であるロバートは「嘘つき」なので、その語りを信用はできないのですが、かといって編者の語りが信用できるかというと、そういうわけでもないのです。
 とくに三部では、発見された手記について、作者自身であるジェイムズ・ホッグ自身も作中人物として登場します。しかも編者はホッグは信用できない…などという意見も書いているのです。
 この時代の小説には、「手記」や「手紙」という設定はよく使われるのですが、この作品では、その視点のずれが多重になっていて、真実がぼやかされる…という効果を発揮しています。

 19世紀前半に書かれた、いわゆる「ゴシックロマンス」に属する作品なのですが、このジャンルの作品としては、分量的にもあまり長くなく、読みやすい作品です。ミステリの先駆的作品としても、熱気に満ちた幻想小説としても読めますが、何より、今読んでも面白さを感じられるという意味で、古典的な傑作と呼んでもいい作品でしょう。

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怪奇と幻想のロマンス  J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』
448850602Xドラゴン・ヴォランの部屋 (レ・ファニュ傑作選) (創元推理文庫)
J・S・レ・ファニュ 千葉 康樹
東京創元社 2017-01-21

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  アイルランドの作家、J・S・レ・ファニュ(1814-1873)は、19世紀の怪奇幻想小説の分野では「巨匠」とされる作家の一人です。本邦で有名な作品としては、官能的な吸血鬼小説『吸血鬼カーミラ』や、サイコ・スリラー的な要素もある怪奇小説『緑茶』あたりが挙げられるでしょうか。
 怪奇小説の「巨匠」というと、我々は20世紀以降の作品、ブラックウッドやマッケン、M・R・ジェイムズのような作品を考えてしまうのですが、実のところ、19世紀以前の作品は、20世紀以降の作品のような、純粋な怪奇小説というのは、あまりありません。細かく言うと、「怪奇」や「幻想」そのものが主題になる作品があまりない、ということです。あくまで作品の味付けとしてそれらがある、といった方がいいのでしょうか。
 そうした時代にあって、レ・ファニュは、例外的に怪奇幻想の要素が強い作品を多く書きました。ただ、「ロマンス」や「メロドラマ」の要素は強く、そうしたところが古色蒼然とした印象を与える理由にもなっているのですが、今現在では、逆にその古色蒼然さが魅力ともなっているのです。

 レ・ファニュの主な邦訳としては、以下のようなものがあります。

長編
『墓地に建つ館』(榊優子訳 河出書房新社)
『アンクル・サイラス』(榊優子訳 創土社)
『ワイルダーの手』(日夏響訳 国書刊行会)
『ゴールデン・フライヤーズ奇談』(室谷洋三訳 福武文庫)

短篇集
『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)
『レ・ファニュ傑作集』(小池滋、斉藤重信訳 国書刊行会)

 短篇作品は80篇ぐらいあるらしいのですが、未訳が多く、まとめて短篇作品を読めるのは50年近く前に出版された『吸血鬼カーミラ』のみでした。そんな状況だっただけに、今回刊行された、レ・ファニュの作品集『ドラゴン・ヴォランの部屋 レ・ファニュ傑作選』は、怪奇幻想ファンにとって、またとない贈り物となりました。
 以下、収録作品を紹介していきたいと思います。

『ロバート・アーダ卿の運命』
 悪魔らしき人物との契約により、命を狙われる男の物語を、「伝説」と「事実」との2通りで描いた物語です。
 いかにも伝説然とした展開の1話目と、キャラクターを描き込み、小説としての余韻を加えた2話目と、2つの味わいを楽しめます。集中もっとも「怪奇小説」らしい作品です。

『ティローン州のある名家の物語』
 資産家の娘ファニーは、嫁ぎ先の貴族グレンフォーレン卿の屋敷に迎えられますが、屋敷内で気味の悪い盲目の女を見かけます。自分に対して攻撃的な女の態度にファニーは怯えますが…。
 謎の女、夫の秘密、ゴシック的な道具立てたっぷりの作品です。「秘密」に関しては、すぐに気付いてしまうのですが、それでも読ませるサスペンス味は流石というべきでしょうか。

『ウルトー・ド・レイシー』
 ウルトー・ド・レイシーは、政治的な駆け引きで失脚し、財産や領地を失ってしまった結果、二人の娘を伴って、辺鄙な場所に移り住みます。彼の希望は美しい妹娘ウナを資産家の青年と結婚させることでしたが、ウナは見知らぬ男に恋しているようなのです…。  
 先祖の因縁により復讐されるというゴースト・ストーリー。先祖から伝わる警告にもかかわらず、悲劇は起きてしまうという運命譚になっています。

『ローラ・シルヴァー・ベル』
 魔術を使うと噂されるカークばあさんは、捨て子だった娘ローラ・シルヴァー・ベルを可愛がっていました。ある日、ばあさんは汚らしく忌まわしい男に出会い、ローラをよこせと言われますが、すぐにはねつけます。しかし、ローラ自身には男が魅力的に見えているようなのです…。
 妖精に狙われる娘の物語なのですが、さらわれて終わり、ではなく、その後を描いているところが新鮮ですね。しかも、その後が描かれた部分がじつに禍々しい雰囲気なのです。邪悪なフェアリー・テールとでもいうべき作品です。

『ドラゴン・ヴォランの部屋』
 パリに「冒険」のために向かっていた英国人青年ベケットは、旅の途上、馬車トラブルに巻き込まれたサン=タリル伯爵夫妻を手助けします。伯爵夫人に一目ぼれしてしまったベケットは、夫人が不幸な結婚をしていることを知り、自分の手で彼女を助け出そうと考えますが…。
 怪奇幻想味はほとんどない作品ですが、リーダビリティは非常に高いサスペンス小説になっています。青年が伯爵夫人と恋仲になるまでの前半はいささか退屈しますが、後半になり、ある計画が持ち上がってからは手に汗握る展開になります。前半に登場する青年の「病気」がしっかりとした伏線になっているところには感心しました。

 19世紀の作家ゆえと言うべきか、作品の始まりは、たいてい舞台となる村や自然の描写が丁寧にされていきます。一見、退屈になりそうな部分なのですが、情景描写が巧みなので、すぐに作品の舞台に入り込めます。特に、森や古城などが登場する作品の雰囲気は絶品です。
 純サスペンス作品である『ドラゴン・ヴォランの部屋』が典型ですが、レ・ファニュが、怪奇小説の名手である以前に、当時のエンターテイメントの名手でもあったことのわかる作品集でした。レ・ファニュの当時の異名「アイルランドのウィルキー・コリンズ」は、コリンズに劣らぬストーリー・テラーぶりを表わしたものでしょうか。

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最近読んだ本(オーストリア幻想小説を中心に)
4560071985裏面: ある幻想的な物語 (白水Uブックス)
アルフレート クビーン 吉村 博次
白水社 2015-03-07

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アルフレート・クビーン『裏面 ある幻想的な物語』(吉村博次、土肥美夫訳 白水Uブックス)

 主人公の画家夫婦のもとに、学生時代の友人からの使いだという男が現れます。彼が言うには、その友人パテラは、東方で莫大な富を手に入れ、その富を利用して「夢の国」を建設したというのです。
 「夢の国」ペルレにたどり着いた主人公夫婦は、その国が年中霧に覆われ、人々も鬱々としていることに驚きます。しかも肝心の友人パテラには、なかなか会えないのです。
 やがてアメリカから大富豪がやってきたことから、「夢の国」の崩壊が始まりますが…。

 「夢の国」といいながら、主人公たちにとっても、既に住む人々にとっても、そこは、理想郷ではありません。日々暮らすことはできても、活気も希望もない街なのです。支配者である友人パテラに会おうとするものの、なぜか会えず、そのうちに街から出ようとする気力もなくなっていきます。不条理小説風の前半は、雰囲気は良いのですが、いささか冗長なきらいもあります。
 対して、アメリカからの大富豪が現れ、国の崩壊が始まる後半からが読みどころでしょうか。病が蔓延し、動物たちが暴れ出したり、人々が次々と死んでしまう…。それまでモノクロだった画面が、急に極彩色になったかのようです。
 作者は幻想的な画家として有名な人ですが、それだけに視覚的な描写は素晴らしく、ことにクライマックスの狂騒的な場面は読み応えがありますね。



4488010369両シチリア連隊
アレクサンダー・レルネット=ホレーニア 垂野 創一郎
東京創元社 2014-09-12

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アレクサンダー・レルネット=ホレーニア『両シチリア連隊』(垂野創一郎訳 東京創元社)

 第一次大戦後のウィーンが舞台。大戦時に、両シチリア連隊を率いたロションヴィル大佐は、娘のガブリエーレと一緒に、夜会に招かれます。席上、大佐は、見知らぬ男から奇妙な話を聞くことになります。その男は、ロシアで捕虜となって脱走し、ニコライ大公に別人と取り違えられたというのです。
 夜会がお開きとなる直前、元両シチリア連隊の将校エンゲルスハウゼンが、邸宅の一室で殺害されているのを発見されます。そして、事件を調べていた元連隊の少尉もまた行方不明となりますが…。

 「両シチリア連隊」の兵士たちが次々と死んでゆく謎を追う、ミステリ風味の強い幻想長篇です。章ごとに、それぞれの兵士たちにスポットを当てていくという形式になっています。
 序盤の取り違え話が、後半になると、さらに複雑な様相を呈してきます。取り違えられた人物は、生きているのか死んでいるのか? 死んだはずの人間が現れたりと、真実が二転三転するクライマックスのサスペンスは強烈です。
 正直、純粋なミステリとして読むと、割り切れない要素が多すぎますが、幻想小説としては、何とも魅力的な作品と言えます。



hore.jpg白羊宮の火星 (福武文庫)
アレクサンダー レルネット・ホレーニア 前川 道介
福武書店 1991-02

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アレクサンダー・レルネット=ホレーニア『白羊宮の火星』(前川道介訳 福武文庫)

 オーストリアの貴族であり、第一次大戦への従軍経験のある軍人ヴァルモーデンは、戦争の訓練のため、ウィーン郊外の連隊に入営します。
 開戦直前に、神秘的な女性ピストルコールスに夢中になったヴァルモーデンは、招集されてからも彼女と連絡を取ろうとしますが…。

 第二次大戦の前夜、風雲急を告げる時代が舞台なのですが、殺伐とした感じではなく、なにやら浮世離れした夢幻的な雰囲気で描かれる作品です。戦時中だというのに、軍人であるはずの主人公ヴァルモーデンが、社交生活をしたり、女性に夢中になったりと、日常と変わらぬ生活を送っています。
 作品の半ばも過ぎて、ようやく戦闘に駆り出されることになるのですが、そこでも戦闘を抜け出して、女性に会いに行ったりと、緊張感は感じられないのが面白いところ。
 作品自体に幻想的な雰囲気は流れているのですが、実際に超自然(のような)出来事が起こるのは、結末寸前のみです。その意味では、起伏の少ない作品なのですが、非常に洒脱かつ軽い雰囲気なこともあって、読みやすい作品ではあります。
 幻想的な要素のある、一般小説といった感じの作品ですね。



4874176941レオナルドのユダ (エディションq)
レオ ペルッツ Leo Perutz
エディションq 2001-08

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レオ・ペルッツ『レオナルドのユダ』(鈴木芳子訳 エディションq)

 レオナルドは、修道院のために描いている「最後の晩餐」の製作が止まっていることに対して文句を言われていました。レオナルドによれば、ユダを描くためには、ユダと同じような罪を背負ったモデルが必要であり、そのモデルが見つからないために製作が進まないと言うのです。
 一方、ミラノを訪れた商人ベーハイムは、借金を一向に返さない強欲な男ボッチェッタに恨みを抱いていました。挙句の果てには、ボッチェッタを襲う計画まで立てますが、夢中になっている美しい女性ニッコーラが、ボッチェッタの娘であることを知り、悩みながらも、ある計画を考え付きます…。

 レオナルド・ダ・ヴィンチの名作「最後の晩餐」に描かれたユダに、モデルがあったのではないか? という想像から生まれたと思しき歴史小説です。
 憎き仇への恨みと、愛する女性がその仇の娘であるという事実との間で悩む主人公が取った手段とは? そこにユダの顔を見たレオナルドを絡ませていくのが面白いところ。
 主人公ベーハイムの恋のライバル的な存在として、マンチーノという男が登場するのですが、このマンチーノが、なかなか味のあるキャラクターとして描かれます。記憶喪失だという設定なのですが、結末ではこの男の来歴が匂わされるなど、細かい部分でも楽しめます。
 邦訳のある、他のペルッツ作品と比較すると小粒な印象ですが、これはこれで味わいのある歴史奇譚ですね。

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悪意のデパート  シャーリイ・ジャクスン作品を読む
 シャーリイ・ジャクスンは、代表作『くじ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)や『丘の屋敷』(創元推理文庫)など、独自の作風で日本の読者にも長く読まれてきた作家です。ただ邦訳が少ないこともあり、その全体像は見えずにいました。
 ただ、2015年に短篇集『なんでもない一日』(創元推理文庫)が出版されたのを皮切りに、今年は何冊もジャクスン作品が邦訳されるという、記念すべき年になりました。
 ジャクスンは、1916年生まれなので、今年は生誕100周年に当たるのですね。それもあり、まとめてジャクスン作品を読んでみよう!という機運が自分の中に生まれました。そんなわけで、それらのジャクスン作品についてレビューしていきたいと思います。



4336060592鳥の巣 (DALKEY ARCHIVE)
シャーリイ・ジャクスン 北川依子
国書刊行会 2016-11-24

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シャーリイ・ジャクスン『鳥の巣』(北川依子訳 国書刊行会)
 博物館勤めで、頭痛持ちの内気な20代前半の女性エリザベス・リッチモンド。彼女は両親を亡くし、叔母とともに静かに暮らしていました。博物館の工事の最中、自らの勤務場所のすぐそばに穴が開けられたのと時を同じくして、エリザベスの行動がおかしくなりはじめます。
 不審に思った叔母が、精神科医ライト医師に相談したところ、エリザベスには従来の人格に加え、いくつかの多重人格が生まれているというのです。精神科医は、おとなしく魅力的な人格にベス、天衣無縫で悪巧みの得意な人格にベッツィと名前を付け、彼女らの人格を統合しようとカウンセリングを開始しますが…。

 多重人格を扱った作品です。最初は突飛な行動がたまに起きる程度だったのが、やがて人格の交代が頻繁に起き、今誰が体を支配しているのかがわからなくなるほどになります。
 ややこしいのは、ある人格が別の人格の行動を把握しているということ。しかもすべての人格が互いに把握しているのではなく、人格によっては他の人格の行動がわからないのです。それを利用して、別の人格にいたずらをしたりする人格もいるのです。
 主治医となったライト医師も、すぐに激昂するなど精神のバランスの悪い人物で、これが混乱に拍車をかけます。人格の一人ベスに魅力を感じたライト医師は、本来の人格ではなく、ベスを中心に統合が図れないかとさえ考えるのです。
 ベスに弱い医師をだますために、人格の一人ベッツィはベスのふりをするなど、医師を翻弄します。それぞれの人格と対話を続け、光明が見え始めた矢先、さらに新しい人格が発生し、医師を困惑させるのです。
 登場人物は、ヒロインの人格を除けば、メインで登場するのは、ほぼ3人で、物語の舞台もほぼ密室で起きます。人格同士の関係、そしてそれぞれの人格と叔母、医師との関係性の変化を丹念に追っていく構成になっています。最初は消滅すべき人格と考えていたベッツィと医師が、新たな人格を共通の敵として、共犯関係になっていくところなど、じつにスリリングです。
 行き詰るような対決シーンがあるかと思えば、ブラック・ユーモアに満ちたやり取りもあり、狂気に満ちた部分もありと、ジャクスン作品の中でも一、二を争う傑作ではないでしょうか。



4488583059処刑人 (創元推理文庫)
シャーリイ・ジャクスン 市田 泉
東京創元社 2016-11-30

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シャーリイ・ジャクスン『処刑人』(市田泉訳 創元推理文庫)
 17歳の少女ナタリーは、大学入学を機に、女子寮に入ることになります。決まった友人もできないナタリーは、学内での生活を、皮肉屋で専制的な作家の父親に書き送りますが…。

 思春期の少女の大学生活が地道に描写される普通小説、に見えるのですが、やはり「普通」ではありません。まずヒロインのナタリーにしてからが、人との会話の最中に、刑事に詰問される妄想をするなど、異様な創造力を持つ少女として描かれています。
 両親もまた「普通」ではなく、結婚生活を悔やみ続ける母親はともかく、父親の性格を描写させた文章を娘に書かせるなど、尊大かつひねくれた性格の父親との関係など、ナタリーは、家庭生活に息苦しいものを感じています。
 大学に開放感を求めるものの、そこでも特に救いはもたらされません。友人は少ないものの、穏便な学校生活が、やがて幻想と入り混じりはじめて…。
 物語の開始時点から、ヒロインの妄想と現実の区別がつきにくく、その意味で「信頼できない語り手」なのですが、後半になるにしがたって、その程度は激しくなっていきます。唯一無二の友人に出会えたと思いきや、その友人も、一緒にした行動も、現実なのかがわからなくなっていくのです。
 夢幻的な雰囲気に満ちた幻想小説と言えます。



4488583032丘の屋敷 (創元推理文庫 F シ 5-1)
シャーリイ・ジャクスン 渡辺 庸子
東京創元社 2008-09

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シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』(渡辺庸子訳 創元推理文庫)
 心霊現象を調査する科学者モンタギュー博士の呼びかけにより、丘の屋敷に集まった3人の男女。中でもポルターガイストの経験者であるエレーナは、感応しやすい体質を持っていました。
 屋敷で暮らしているうちに、精神のバランスをくずしてゆくエレーナ。それと同時に不思議な現象が起こり始めますが…。

 屋敷の霊的現象よりも、ヒロインのバランスを失った心理のあやが読みどころです。帰るところなどない…というヒロインの絶望感が何より強烈です。彼女にとっては、例え、お化け屋敷だとしても、家よりも居心地がいい場所なのです、
 20年以上前に旧訳『山荘綺談』(ハヤカワ文庫NV)で読んでいたのですが、再読してみました。以前は《モダンホラー・セレクション》の枠で出ていたこともあり、「お化け屋敷ホラー」として読んでいたのですが、今回は違った読み方ができた気がします。「お化け屋敷ホラー」ではなく、むしろニューロティックなサスペンスとして読むべき作品ではないでしょうか。



4151823018くじ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
シャーリイ・ジャクスン 深町 眞理子
早川書房 2016-10-21

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シャーリイ・ジャクスン『くじ』(深町眞理子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
 問題作『くじ』を含む《異色作家短篇集》収録短篇集の文庫化作品。
 どれをとっても悪意に満ちた登場人物や展開のオンパレードです。
 突如、恋人が行方不明になった女性が、恋人を探し回るという『魔性の恋人』、女友達を食事に招いた男性が、その振る舞いに不快にされるという『おふくろの味』、家政婦の一方的な言動を止めることのできない主婦を描く『大きな靴の男たち』など。勉強熱心な少年に買うべき本を教えてもらった成り上がりの男性を描く『曖昧の七つの型』では、ジャクスンらしからぬ「いい話」かと思った先のひっくり返しが、また悪意に満ちています。
 ただ後味の悪い作品、というわけではなく、そのブラック・ユーモアも読みどころです。
 家具を買いに訪れた部屋で、そこの住人のふりをすることになる『ヴィレッジの住人』や、盗みに入られた女性が犯人を問い詰めようとするが果たせないという『決闘裁判』などに見られる奇妙なユーモアは、ブラックながら、決して不快ではないのです。そこがまたジャクスンの魅力というべきでしょうか。
 ところどころで、ジェームズ・ハリスという名の人物が名前を変え、悪魔的な人物として登場するのも面白いところですね。
 そして、村に長年伝わる「くじ」の風習を描いた、表題作の『くじ』は、恐怖小説の古典とされていますが、やはり再読・三読に耐える名作。何の気のない地の文章に、深読みさせるような描写がひそんでいます。



0809066505Shirley Jackson's "the Lottery": The Authorized Graphic Adaptation
Miles Hyman
Hill & Wang Pub 2016-10-25

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Miles Hyman "Shirley Jackson's "the Lottery""
 『くじ』文庫化とちょうど同時期に、本国では、ジャクスンの実の孫マイルズ・ハイマン(Miles Hyman)による、『くじ』のグラフィックノヴェル(コミック)化作品も刊行されました。こちらも原書を手に入れて、読んでみました。原作を読んでいれば、細かい英語がわからなくても、大体の物語は読み取れました。
 派手さのないリアルな画風が、『くじ』に合っていますね。邦訳を期待したいところです。
Lottery1.jpgLottery2.jpg

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未知の力  ステファン・グラビンスキ『狂気の巡礼』
4336060746狂気の巡礼
ステファン・グラビンスキ 芝田文乃
国書刊行会 2016-09-23

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 ポーランドの怪奇小説作家ステファン・グラビンスキによる短篇集『狂気の巡礼』(芝田文乃訳 国書刊行会)が刊行されました。鉄道をテーマにした怪奇小説集『動きの悪魔』に続く、第2集になります。
 大まかに2部からなり、それぞれグラビンスキの本国版短篇集《薔薇の丘にて》全六篇と、《狂気の巡礼》からの八篇で構成されています。

 《薔薇の丘にて》は、壁に囲まれた庭園で漂う薔薇の香りから始まる幻想物語『薔薇の丘にて』、無性に神経を逆なでする男をめぐる物語『斜視』、森に迷い込んだ男が森小屋の窓から見たシルエットはまさに殺人現場だった…という『影』、精神感応を扱った『海辺の別荘にて』などを収録しています。
 全体に神経症的な雰囲気に支配された幻想小説集で、エドガー・アラン・ポーを思わせる作りになっています。中でも、『影』は、「影」が作る過去の惨劇のイメージと、それに囚われる人間の狂気を描いており、一読の価値があります。

  《狂気の巡礼》収録作品は、『動きの悪魔』に近い味わいの作品が多いですね。
 『灰色の部屋』は、こんな物語。不快だった前の部屋を離れ、新しい部屋に移り住んだ男。しかし、その部屋でも同じような不快感が取れないのです。調べたところ、前の住人は、男が前に住んでいた部屋の前の住人と同一人物だったのです。前の住人の精神的な力が部屋に残っているのではないかと考える男でしたが…。
 霊が憑いているのでは…という心霊実話テイストのような始まりから、グラビンスキ流の怪異の解釈が面白い作品です。
 物語の起伏に富み、集中いちばん読ませるのが『チェラヴァの問題』です。夜になると高名な学者の家に出入りする、浮浪者然とした粗暴な男。学者の妻は、2人の関係を懸念しますが、なぜか2人が同時に起きて話をしているところは見たことがないのです。妻から依頼を受けた主人公は、彼らの関係を探りますが…。
 学者の裏の顔は希代の犯罪者なのか? それとも二重人格なのか? グラビンスキ版『ジキル博士とハイド氏』ともいうべき力作です。

 本作品集でも、『動きの悪魔』収録作同様に、過去の情念や未知の力が、場所や人に影響を及ぼす…というグラビンスキ独特のテーマがまま見られます。怪異現象を、超自然的現象と見なすのではなく、人間が認識できないだけではないか、という疑似科学的な姿勢が見られますが、かといってそれらを解明が可能なものとも考えていない…という微妙なバランス感がまた、グラビンスキ作品の魅力でもありましょうか。

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甘美なる狂気  アンドレ・ド・ロルド『ロルドの恐怖劇場』
ロルドの恐怖劇場 (ちくま文庫)
ロルドの恐怖劇場 (ちくま文庫)アンドレ・ド ロルド Andr´e de Lorde

筑摩書房 2016-09-07
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 20世紀初頭のパリ、残酷さを売り物にした恐怖演劇を上演し、話題を呼んだ劇場がありました。その名は「グラン・ギニョル座」。やがてその名前《グラン・ギニョル》は、恐怖演劇の代名詞になります。
 『ロルドの恐怖劇場』(平岡敦編訳 ちくま文庫)は、その《グラン・ギニョル》の看板作家であった、アンドレ・ド・ロルド(1869-1942)の恐怖短篇を集めた作品集です。

 「恐怖小説」とは言いつつも、ロルドの作品には、幽霊や悪魔、超自然的な現象などは登場しません。そこにあるのは、人間が人間に与える残酷な行為や、狂気に囚われた精神の恐ろしさなのです。
 短い枚数の中に、殺人や拷問など、非常にショッキングな情景を盛り込むのが、ロルドの常套手段です。そのため、ショッキングな行為だけが突出しており、物語が充分に展開する前に終わってしまう作品もあるほど。

 恐怖演出が決まったときのロルド短篇は非常に鮮やかで、例えば、違法な仕事に手を染める医者の父とその娘を描く『助産婦マダム・デュボワ』であるとか、病で動けない妻の過去の不貞を知った男の復讐を描く『恐ろしき復讐』などのクライマックスシーンは実に凄絶。
 また、義理の息子を亡くした継母への疑惑を描く『デスマスク』、愛に殉じた男を語る高級娼婦の物語『無言の苦しみ』など、残酷ではあっても哀感を感じさせる作品もあります。
 集中では長めの作品、『無罪になった女』は、子供殺しの容疑者になった女を描く法廷劇。意外にも硬派のクライム・ストーリーで、なかなか現代的な印象を受ける作品ですが、綺麗に終わらせられるところを、わざわざ「悪趣味」にひっくり返します。ですが、これがロルド作品の面白さなのでしょう。

 ロルド作品では、登場人物に深みはあまりなく、その人物像についても最低限しか描写されません。物語のシチュエーションも、恋人や兄弟の仇であるとか、三角関係であるとか、非常にありきたりなものばかり。言うならば、残虐な行為を扱うためだけに作られたステレオタイプなのです。
 ですが、ステレオタイプゆえに、作中で血が流れても、残酷な行為が行われても、どこか作り物めいた印象を与えます。そのため読者は、一時的にショックは受けても、心から傷つくことはありません。「安心して」恐怖を味わえるのです。ここに当時の人々を熱狂させた、ロルドの魅力の一端があるような気がします。

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悪夢と予兆  E・F・ベンスン『塔の中の部屋』
488375233X塔の中の部屋 (ナイトランド叢書)
E・F・ベンスン 中野 善夫
書苑新社 2016-07-25

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 《ナイトランド叢書》2期の第1弾として刊行された、E・F・ベンスン『塔の中の部屋』(中野善夫・圷香織・山田蘭・金子浩訳 アトリエサード)は、英国怪奇小説の正統派ともいうべき味わいの怪談集です。
 エドワード・フレデリック・ベンスン(1867-1940)は、カンタベリー大主教にまでなった父親を持つ名門の生まれ。エドワードを含む兄弟3人が、怪談に手を染めていますが、中でもひときわ評価の高いのがE・F・ベンスンです。イギリス怪奇小説の巨匠であるM・R・ジェイムズとも交友があったとか。
 50篇あまりの怪談を残し、それが4冊の怪談集にまとめられています。『塔の中の部屋』は、第1怪談集の全訳になります。邦訳としては、『ベンスン怪奇小説集』 (八十島薫訳 国書刊行会)がありますが、短篇集単位で訳されるのは今回が初めてになります。

 私見では、怪談の魅力は、幽霊なり怪奇現象そのものよりも、それらが出現に至るまでの過程にあります。出るぞ、出るぞ、とヒヤヒヤしながら読んでいる間が楽しいのです。言うならば「間」とでもいいましょうか。E・F・ベンスンは、その「間」の取り方が絶妙なのです。
 例えば、『塔の中の部屋』では、主人公がたびたび見る悪夢が言及されます。悪夢で見る「塔の中の部屋」を恐れ続けた主人公は、結局は悪夢通りの部屋に入ってしまいます。
 また、『かくて恐怖は歩廊を去りぬ』では、屋敷に代々伝わる双子の幽霊について語られます。その幽霊に出くわした人間は、必ず死んでしまうのです。特定の時間に特定の場所にしか現れないとされているため、一族はそこを避けていますが、主人公はある時ふと寝入ってしまい、その場所に取り残されてしまいます…。
 ベンスンは、幽霊もしくは怪奇現象が起こるクライマックスまでに、徐々に不穏な空気を高めていきます。怪奇現象が起こる前に、たいてい、何らかの「予兆」が描かれます。『塔の中の部屋』でも、『かくて恐怖は歩廊を去りぬ』でも、その「予兆」はあったはずなのに、結局は怪奇現象に襲われてしまう…。その悪夢めいたシチュエーションが、何とも魅力的なのです。

 本書には、17篇の作品が収録されていますが、正統派のゴースト・ストーリーであったり、「奇妙な味」風の作品であったり、ユーモアを感じさせるものだったりと、バラエティに富んでおり、名匠の名に恥じない出来栄えです。
 驕慢な女性に捨てられた画家が、異様な猫と出会うという「奇妙な味」の作品『猫』、病が怪物の姿になって現れるという『芋虫』、死刑囚の幽霊が現れるという直球のゴースト・ストーリー『チャールズ・リンクワースの懺悔』、ベッドに現れる幽霊というオーソドックスなテーマを、正攻法で描く力業の幽霊小説『もう片方のベッド』、人間がノウサギに変身するという言い伝えを信じる村人を描き、ユーモアさえ感じさせる『ノウサギ狩り』など。

 E・F・ベンスンには、まだ未訳の作品も多いので、《ナイトランド叢書》でも続刊を出していただきたいですね。

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知られざる幻想短篇   西周成編訳『ロシア幻想短編集』
ロシア幻想
 西周成編訳『ロシア幻想短編集』(アルトアーツ)は、ロシアの知られざる幻想小説を集めたアンソロジーです。全7編が収録されています。

ウラジーミル・フョードロヴィチ・オドエフスキー『オルゴールの中の街』
 オルゴールの中の街に入り込んだ少年の冒険を描く童話作品。夢の国だと思っていた少年の考えとは裏腹に、街にも生きるための厳しさがあるという、風刺的な要素の強い作品です。

イワン・ツルゲーネフ『勝ち誇る愛の歌』
 互いに、同じ女性ヴァレリアに思いを寄せる親友同士の青年ファビオとムツィオ。恋に破れたムツィオは、東洋へと旅に出ます。帰ってきたムツィオが奏でる音楽は、その魔術的な効果でヴァレリアを苦しめますが…。
 ロマンチックな作品かと思わせる前半に対し、悪夢めいた状況に陥る後半は、まさに正統派の怪奇小説。力作です。

アントン・チェーホフ『酔っ払いと素面の悪魔との会話』
 悪魔と出会った役人を描く、風刺的なユーモア・スケッチです。

アレクサンドル・イワノヴィチ・クプリーン『夢』
 語り手が見る幻を語った、幻想的な散文詩的作品。

フョードル・クジミチ・ソログープ『獣が即位した国』
 その国では、草むらに置かれた黄金の卵を拾ったものが王になるという決まりでした。通りかかった少年ケニヤは卵を見つけますが、それを欲しがった親友のメテイヤに渡してしまいます。やがて王になったメテイヤは、残忍な行為を繰り返すようになり、やがて友であるケニヤをも疎ましく思うようになります…。
 ファンタスティックな設定の寓話的作品。イメージの喚起力が素晴らしい一篇です。

ニコライ・ステパノヴィチ・グミリョーフ『ストラディヴァリウスのヴァイオリン』
 音楽に打ち込むヴァイオリンの老大家ベリチーニは、自ら所有するストラディヴァリウスのヴァイオリンを愛していました。ある夜、ベリチーニは見知らぬ男が部屋の中にいることに気が付きますが…。
 音楽に取り憑かれた男を描く、音楽幻想小説。

アレクサンドル・グリーン『魔法の不名誉』
 結婚したばかりのポーターは、ある日、美しい娘に、ペットショップから小鳥を買って届けてくれるように頼まれます。何度も店に小鳥を買いに行く用事を頼まれたポーターは不審に思いつつも、娘の魅力に負け、言うなりになってしまいますが…。
 妖しい魅力を持つ美女の正体とは…。短いながらも、非現実的な情景を味あわせてくれる手つきは、まさに「魔法」のよう。グリーンの傑作のひとつだと思います。
 
 編者の西周成さんは、もともと映画畑の方のようですが、自ら立ち上げたレーベルでロシアの小説作品や映画関連書の翻訳書を出されています。
 ロシア関係の中でも、さらに知られざる作品を中心に手がけられているようです。すでに刊行済みのタイトルでは、アレクサンドル・グリーン短編集『灰色の自動車』もオススメです。
 

 アルトアーツの出版物は、以下のストアで購入できます。

 別の生活ストア(Alt-Life Store) http://altarts.cart.fc2.com/

 オンデマンド印刷のようなので、注文から発送まで少し時間がかかるようです。

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欧米の怪奇小説をめぐって  ジャン・レイとベルギーの怪奇小説について

jan02.jpg jan01.jpg jan03.jpg 黒い玉 (創元推理文庫) 青い蛇―十六の不気味な物語 (創元推理文庫)

 ベルギーの公用語は、主にオランダ語とフランス語。日本のアンソロジーなどでも、ベルギー単独で編まれるということはあまりなく、フランス文学の一部として扱われることが多いようです。とはいえ、ベルギーにも、独特の魅力を持った作家が何人もいます。今回は、そんなベルギー作家の怪奇小説を見ていきたいと思います。

 ベルギーの怪奇小説作家といえば、いちばんに名前が挙がるのが、ジャン・レイ(1887~1964)です。ミステリ、SF、怪奇小説など、大衆小説のいろいろなジャンルで創作を行いました。日本でも比較的紹介に恵まれています。主な邦訳作品を挙げてみましょう。

『マルペルチュイ』(篠田知和基訳 月刊ペン社)
『新カンタベリー物語』(篠田知和基訳 創元推理文庫)
『幽霊の書』(秋山和夫訳 国書刊行会)
『ゴルフ奇譚集』(秋山和夫訳 白水社)
『ウイスキー奇譚集』(榊原晃三訳 白水社)
『怪盗クモ団』《ハリー・ディクソン》シリーズ(榊原晃三訳 岩波少年文庫)
『地下の怪寺院』《ハリー・ディクソン》シリーズ(榊原晃三訳 岩波少年文庫)
『悪魔のベッド』《ハリー・ディクソン》シリーズ(榊原晃三訳 岩波少年文庫)

 彼の作品のなかで知名度があるものとしては、探偵もの《ハリー・ディクソン》シリーズが挙がるのでしょうが、本領は怪奇・幻想小説にあるといっていいかと思います。
 長編『マルペルチュイ』は、古代の神々をテーマに、巨大な館を舞台にしたゴシック風幻想小説。暗鬱で息詰まるような雰囲気の作品ですが、幻想小説の傑作だと思います。
 『新カンタベリー物語』は、チョーサーの『カンタベリー物語』のパロディです。宿を訪れた人々が、チョーサーその人やホフマンの作品に登場する牡猫ムルとともに、奇怪な話を聞いていくという連作短篇集。エピソードごとに、ムルのリアクションが見られたりと、軽いタッチで楽しめる作品です。
 『ゴルフ奇譚集』は、ゴルフをテーマにした怪奇小説集。因縁とか黒魔術とか、オーソドックスなテーマの怪奇小説が多いので、正直、傑作といえるほどの作品は見当たらないのですが、安定したつくりで怪奇小説ファンには楽しめます。
 『幽霊の書』『ウイスキー奇譚集』は、短篇集ですが、どちらも傑作ぞろいだと思います。『幽霊の書』の方は本格的な怪奇小説集、『ウイスキー奇譚集』の方は、掌編に近い作品が多く収められ、怪奇ショート・ショート集としても楽しめます。短い枚数で、奇怪な出来事をさらっと描く手腕は抜群で、あっという間に読めてしまう割には、読後感は鮮やかですね。

 トーマス・オーウェン(1910~2002)は、幻想短篇集『黒い玉』(加藤尚宏訳 創元推理文庫)と『青い蛇』(加藤尚宏訳 創元推理文庫)が邦訳されています。不気味で不穏な出来事の起こる作品が多く、派手さはないものの、実に渋い幻想小説を書く作家です。
 とくに短篇『黒い玉』は、ふと見かけた「黒い玉」を追っていくうちに、何ともいえない展開になる不条理恐怖小説で、名作といっていいかと思います。
 明確な怪奇現象や超自然現象が起きない場合でも、何となく読ませてしまう文章力のある作家でもあります。

 J・H・ロニー兄(1856~1940)は、ジュール・ヴェルヌと並んでSFの先駆者と言われる作家です。「兄」がつくのは、もともと兄弟で合作していたものの、後にそれぞれ独立したためですね。
 古代の人々が異星人と遭遇するという『クシペユ』(川口顕弘訳『19世紀フランス幻想短篇集』国書刊行会収録)や、地球上に、人類には見えない別の生物が存在するという『もうひとつの世界』(竹田宏訳『世界SF全集31 世界のSF 古典編』早川書房収録)など、独特の着想の作品を残しました。
 怪奇小説方面に寄った作品としては、吸血鬼を扱った『吸血美女』(小林茂訳 窪田般彌/滝田文彦編『フランス幻想文学傑作選3』白水社収録)が傑作です。
 先史時代を扱った長編『人類創世』(長島良三訳 角川書店)も邦訳があります。

 ベルギーの幻想作家に関してまとまった本はないのですが、『小説幻妖弐』(幻想文学会出版局)に、《ベルギー幻想派》特集として、ジャン・レイ、トマ・オーウェン、ジェラール・プレヴォー、J・H・ロニー兄、ミシェル・ド・ゲルドロードの作品が収録されています。

 また、詳細は不明ですが、松籟社よりベルギー幻想派のアンソロジーの刊行が予定されているようで、これは楽しみですね。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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