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血の三角関係  タニス・リー『黄金の魔獣』
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 タニス・リーの長篇『黄金の魔獣』(木村由利子訳 ハヤカワ文庫FT)は、人狼になってしまった青年が殺戮を繰り返しながら運命の女に出会うという、ホラー・ファンタジー作品です。

 東方の国で「狼」と呼ばれるダイヤモンドを手にした瞬間から、美貌の青年ダニエルは満月が昇るたびに狼のような怪物に変身し、殺戮を繰り返すことになります。故郷に帰還したダニエルはそこで赤毛の美しい女性ローラと出会い惹かれることになりますが、彼女はすでに地元の名士ハイペリオン・ワースと結婚していました…。

 ダイヤモンドの魔力により人狼になってしまった青年が、運命的にある女性と出会い恋に落ちますが、彼女にはすでに夫がおり、不思議な三角関係が生まれる…という作品です。本の紹介文には「ロマンティック・ホラー」とありますが、ロマンティックどころではないですね。というのも、この作品、全体的に血と暴力の香りが強烈なのです。
 人狼になってしまったダニエルは、完全に獣に支配されており、全く人間との会話や意思の疎通ができません。目に入った人間を皆殺しにしてしまうのです。乗り込んだ船の乗員を皆殺しにしてしまい、そのために遭難する…というシーンもあるほど。
 ダニエルには獣だった時の記憶もないのですが、自分が人を殺したということだけは段々と理解するようになります。しかも殺戮を続けているうちにそれに対する罪の意識などもなくなっているようで、後半では素の状態で横暴かつ危険な人物となっています。
 運命の美女ローラとの出会いも、どこかダイヤモンドや魔術的な力によるもののような節があり、そこには二人の自由恋愛というよりは強制的な力を感じてしまいますね。

 一方ローラの夫ハイペリオンは、貴族的な伊達男で繊細な神経を持つ人物として描かれており、本来の主人公であるダニエルより魅力的な人物に見えます。さらにダニエルはローラに惹かれるだけでなく、ハイペリオンとも奇妙な友情というか愛情のようなものを感じている、というのも異色です。
 もともと悲劇的な結末が予感されており、実際そうした結末を迎えることにはなります。暴力と死に満ちたダニエルが人間的な幸福を手に入れることはできないだろうと予想する通りではあって、その意味では結末には説得力がありますね。
 血と暴力、死に満ちたファンタジーであるのですが、そこには奇妙な美しさがあるのもタニス・リー作品ならではでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

運命の女たち  ヴァーノン・リー『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』
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 ヴァーノン・リー『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』(中野善夫訳 国書刊行会)は、音楽、文学、演劇の研究者としても知られたイギリスの女流作家ヴァーノン・リー(1856-1935)の幻想小説を集めた作品集です。

 リーの幻想小説、いくつかの特徴があります。古い時代の歴史や遺物が登場したり舞台になっていること、芸術が重要なモチーフになっていること、現実の女性であれ超自然的な存在であれ、男性を悲劇に誘い込む「運命の女」(ファム・ファタール)的な女性が出てくること。これら全てが合わさって、芸術を通して過去からの亡霊や因縁が現在の人間を苦しめる…というパターンもありますね。

「永遠の愛」
 イタリアを訪れたドイツの研究者の「私」は、300年以上前に何人もの男を死に追いやった悪女メデアについて調べているうちに、彼女に夢中になってしまいます…。
 歴史に残る悪名高い女性に囚われてしまった男が、最終的にはその「霊」と遭遇する…という幻想小説です。殺されるのが分かってなお夢中になってしまう美女の恐ろしさが印象的です。
 過去のエピソードとして語られるメデアの「悪行」も凄まじく、死後の存在以前に、生前の姿がすでに恐ろしいという稀有な人物となっています。

「教皇ヒュアキントス」
 主との賭けで、悪魔はとある男オドーに様々な誘惑を仕掛けることになります。悪魔の計らいで幸運を手に入れたオドーは、やがて教皇ヒュアキントスと呼ばれることになりますが…。
 悪魔に誘惑される聖者を描く作品なのですが、この悪魔の誘惑が全て相手を良い方向に導いてしまう…というのが面白いですね。悪魔の目的は何なのか?という寓話的な作品です。

「婚礼の櫃」
 親方のセル・ピエーロの娘マッダレーナと結婚することになっていた職人デシデリオは、マッダレーナに横恋慕した貴族のトロイロ殿に彼女をさらわれてしまいます。トロイロ殿の依頼で作られた婚礼の櫃が彼らの元に帰ってきますが、そこに入っていたのはマッダレーナの遺体でした…。
 恋人を殺された男の復讐譚です。仇相手となるトロイロの残忍酷薄さもあり凄惨なお話になっています。

「マダム・クラシンスカの伝説」
 「私」は、貧者救護修道女会の修道女から受けた印象があまりにも強烈だったため、彼女のことを友人のチェッコに訊ねることになります。その女性マダム・クラシンスカは、かっては美貌と莫大な資産を持った自由な女性でしたが、ある時、息子を失いおかしくなってしまったソラ・レーナとの出会いを機に変わったというのです…。
 ある女性が慈善の道に入った経緯を語る奇跡譚でしょうか。ソラ・レーナの人物像が印象的です。

「ディオネア」
 サン・マッシモの村の海岸に倒れていた幼い褐色の少女ディオネア。彼女を引き取る家がなかったため、王女レディ・エヴェリンの援助金をもとに修道院の世話になることになります。ディオネアは美しく成長しますが、彼女が傍を通り過ぎると、若者たちが互いに恋に落ちてしまうというのです…。
 周囲の男女を恋に迷わせてしまう魔性の少女を描く物語です。本人が惑わすというよりは、媒介となって周囲を惑わし、しかもその相手が普通なら魅力を感じないような相手だというところが独特ですね。
 最後まで正体も分からず、悲劇的な事件を起こしたまま行方が分からなくなる…というところも神秘的です。

「聖エウダイモンとオレンジの樹」
 カエリウスの丘の斜面に居を構えた聖者エウダイモン。こちらも聖者である神学者カルポフォルスと柱頭行者ウルシキヌスはエウダイモンのことが気に入らず、絶えず議論を仕掛けますが、毎回いなされていました。
 新しい葡萄園を作ろうと地面を掘っていたエウダイモンは、大理石の女性の彫像を掘り当てます。それはウェヌスの像でした。小作人たちと競技を楽しんでいる際に、自身がかって結婚を考えていた娘のために買った指輪を外し、その像の右手の指に嵌めますが、気付くと像の手は拳を握りしめており、指輪が外せなくなっていました…。
 善良な聖者をめぐる奇跡譚です。異教の像に指輪を嵌めたところ外せなくなってしまうという、メリメの有名作「イールのヴィーナス」とも共通するモチーフが扱われています。メリメ作品が悲劇に終わるのに対して、こちらのリー作品では、聖者の力により奇跡が起こるという暖かいお話になっていますね。
 エウダイモンにちょっかいを出し続ける二人の聖者も実のところ憎めない人物たちとして描かれているのも味があります。

「人形」
 ウンブリア地方のフォリーニョを訪れ骨董巡りをしていた「私」は、そこでオレステスとう魅力的な骨董商と出会います。彼の手引きでとある伯爵の邸宅を見ていたところ、1820年代の衣装を纏った大きな人形に出会います。それは伯爵の祖父の最初の妻の人形だというのです。
 美しかったというその夫人は結婚後数年で亡くなり、半狂乱になった伯爵は写真に基づいて人形を作らせ、その人形と一緒に過ごしていたというのですが…。
 亡くなった妻をモデルに作られた美しい人形と出会った女性を描く物語です。人形にまつわる話を聞いた「私」は人形を買い取ろうと考えるのですが、
 その行為が人形、ひいてはモデルになった妻を思ったものだった…という情感あふれるお話になっています。

「幻影の恋人」
 真面目で善良な男オーク氏から夫婦の肖像画を依頼された画家の「私」。彼らの住む館の素晴らしさに驚く「私」でしたが、オーク夫人アリスは「私」どころか、夫にすらろくに関心を払っていませんでした。
 アリスと夫は親戚だといいますが、一七世紀初頭の一族の先祖ニコラス・オークとその妻アリスに絡んで凄惨な事件があったということを聞きます。アリスとの浮気を噂された若い詩人ラヴロックが、アリスと夫によって殺されたというのです。ラヴロックの残した詩の手稿を見つけたアリスは、ラヴロックの話を夫にするようになります。
 妻からラヴロックが実在するような話を聞かされているうちに、オーク氏は嫉妬の念にかられるようになっていきますが…。
 先祖の三角関係が現代の夫婦にも再現される…というお話なのですが、面白いのは、現代においては浮気相手となる男が実在しないところ。
 妻のからかい(?)、そして妻の言葉を信じてしまう夫によって、本来いないはずのラヴロックの幽霊(思念?)が存在感を増していく…という過程には迫力がありますね。
 実際にラヴロックの霊が現れたのか否かははっきりしないのですが、妻アリスの夫に対する残酷さは強烈な印象を残します。

「悪魔の歌声」
 古典音楽を愛する作曲家のマグナスは、アルヴィーゼ伯爵から一八世紀の歌手ザッフィリーノの話を聞かされます。彼はその魔性の歌で女性を意のままにできたといいます。伯爵の大叔母ピサーナも彼の歌によって殺されたというのですが…。
 かって一世を風靡した魔性の歌手ザッフィリーノをめぐる怪奇小説です。彼の霊(?)と歌によって作曲家の才能が潰されてしまうという音楽奇談となっています。

「七懐剣の聖母」
 女性をたぶらかしては捨てる行為を繰り返していたミラモール伯爵ドン・フアン・グスマン・デル・ブルガルは、グラナダの七懐剣の聖母の前で、彼女ほど美しい女性はいないと祈りを捧げます。
 美しい女性を求めるドン・フアンはユダヤ人バルクの力を借り、魔術的な手段で数百年前に眠りについたというコルドバの賢王ヤハヤの王女を手に入れようとしますが…。
 現実の女性に飽き足らなくなったドン・フアンが伝説の王女を手に入れようとするものの、それに失敗してしまう…という物語。伝説の王女が、今まで実際に付き合ってきた女性一人一人と、どちらが美しいのかドン・フアンに問いかけていくシーンは圧巻です。
 結末を迎えたかのように思えた後のエピローグ部分にも驚きがありますね。

「フランドルのマルシュアス」
 一二世紀末に、デュンの岸辺に打ち上げられていたイエスの石像。十字架はなかったその像は小さな教会に納められることになりますが、度々起こる奇現象は奇跡として評判を呼んでいました。後から加えた十字架はたびたび投げ落とされ、関係者には死者までもが出ていましたが…。
 聖像をめぐる奇跡譚と思いきや、真相が後半で明かされると同時に、それが忌まわしい怪奇小説に変貌するという技巧的な作品です。なぜ聖像が十字架を拒否するのか…という理由が明らかになる部分には説得力がありますね。

「アルベリック王子と蛇女」
 老齢になっても若さを失わないことで有名な老公爵バルタサール。彼の孫息子アルベリックは、碌に世話もされずに放っておかれていましたが、幼い頃から部屋に飾ってあったタペストリーに愛着を抱いていました。それは彼の先祖である金髪のアルベリックと蛇女オリアナの物語を描いたものでした。
 差し替えられたタペストリーをアルベリックが切り裂いたことを聞き激怒したバルタサール公爵は、アルベリックを一族発祥の地に立つ古い城<煌めく泉の城>に追いやってしまいます。そこで美しい女性と出会ったアルベリックは、彼女を教母として慕うようになりますが…。
 蛇の化身である美しい女性に恋するようになった若き王子を描く、幻想的なファンタジー作品です。蛇の化身オリアナを愛するようになるアルベリックでしたが、その立場や政治的圧力から、結婚を強制されそうになり、それを拒否することで悲劇を迎えてしまうのです。
 不思議な力に出会うアルベリックだけでなく、年を取らないように見えるバルタサール公爵のキャラクターも独特ですね。

「顔のない女神」
 マンディネイアの賢女ディオティマは、彫刻家フェイディアスにアテナ像の作成を注文します。彼が作ったアテナ像の顔が気に入らないディオティマはたびたび修正を要求しますが…。
 完璧な神の顔を作成することはできない…という寓話的な作品です。フェイディアスに諭されたディオティマの台詞も気が利いています。

「神々と騎士タンホイザー」
 デューリンゲンの吟遊詩人タンホイザーに恋した女神アプロディーテは、タンホイザーが歌合戦に出かけると言い張っているのを止めようとしていました。行ったら最後、彼は帰ってこないのではないかというのです。
 話を聞いたアポロンとアテナは人間に化けてタンホイザーに同行し、彼を連れて帰ってこようと言いますが…。
 これは何とドイツのタンホイザー伝説を、彼に絡んだオリンポスの神々側から描くというコミカルなファンタジー作品です。
 恋人であるアプロディーテの頼みで、歌合戦に向かうタンホイザーに同行することになったアポロンとアテナが事態を引っ掻き回すことになります。アポロンやアテナが、彼らを普通の人間だと思い込んだ人物たちと頓珍漢な会話を交わす部分は抱腹絶倒です。さらにタンホイザー自身も愚かな人物として描かれていますね。
 神々が非常に人間的に描かれており、人間たちだけでなく神々さえも笑いのめす、楽しいファンタジー作品になっています。

 この『教皇ヒュアキントス』、耽美的な芸術小説、雰囲気のあるゴースト・ストーリー、ユーモラスなファンタジー、美しい奇跡譚など、ヴァーノン・リーの様々な傾向の幻想小説が楽しめる、良質な作品集となっています。


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クリスマスの恐怖  夏来健次編『英国クリスマス幽霊譚傑作集』
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 夏来健次編『英国クリスマス幽霊譚傑作集』(創元推理文庫)は、英国のクリスマスにまつわる幽霊譚・怪奇小説を集めたアンソロジーです。収録作13篇12篇が本邦初訳という貴重なラインナップになっています。

チャールズ・ディケンズ「クリスマス・ツリー」
 クリスマス・ツリーやその装飾に関して子ども時代の記憶が情感豊かに懐古されていくというエッセイなのですが、後半には実話風の幽霊譚がいくつも登場するという作品です。
 死を予告する幽霊馬車の話、死後の再会を約束した友が霊となって現れる話、自分の分身を見た娘の話などが言及されますが、一番印象に残るのは、クローゼットに現れる幼い少年の霊をめぐるエピソードでしょうか。一件優しそうな霊に見えるのですが、霊の出現後、何人もの人間が亡くなっている、というところで怖さもありますね。

ジェイムズ・ヘイン・フリスウェル「死者の怪談」
 夜、画家の工房に集まり、話していた三人の男たち。医師である中の一人が、自身の体験談として怪談を語り始めます。危篤だとして呼ばれていった先で、若い女性に恋をしてしまったというのです。女性への思いが高じて、体調を崩してしまいますが…。
 病弱な女性に恋をした医師の話ということで、この女性が幽霊となる話かと思っていると、とんでもない方向に話が展開します。後半の展開はゴースト・ストーリーとはちょっと違った感覚の物語になっていますね。

アメリア・B・エドワーズ「わが兄の幽霊譚」
 「わたし」は兄が体験したという不思議な話を語ります。スイスのアルプス山脈にスケッチのために訪れていた兄は、宿で三人の同宿者と仲良くなります。彼らは、イタリアから来た行商人ステファノとバティストの兄弟と、恋人マリーとの結婚を来週に控えているというオルゴール商人クリスチャン・バウマンでした。
 再会を約して別れますが、別れた後、深夜に悪寒を感じて目覚めた兄は、オルゴールの旋律を耳にします…。
 短い間ながら友人となった青年の死が、不思議な知らせとなって現れる、という怪奇小説です。

ウィリアム・ウィルシュー・フェン「鋼の鏡、あるいは聖夜の夢」
 代々、「私」の家はシークイン家と一緒にクリスマスを過ごす慣わしになっていました。今年もゴドフリー・シークイン夫妻の家を訪れる予定でしたが、妻のマリアの体調不良から「わたし」は一人でシークイン家に出かけることになります。
 部屋の中にあった鋼製の鏡に、未亡人用喪服の女性の像が現れるのを見た「私」は妻の身に何かがあったのではないかと、不安になります。シークイン夫人はなぜか心配することはないと話し、「私」を引き留めますが…。
 一緒にクリスマスを過ごすことに対して理不尽なほど執着するシークイン夫妻の秘密とは何なのか? 「私」のちょっとした行動が悲劇を引き起こしてしまうという、悲劇的な怪奇譚です。

イライザ・リン・リントン「海岸屋敷のクリスマス・イヴ」
 マッケンジー家は呪われた家系と言われており、祖父も父も非業の死を遂げていました。父親のチャールズ大尉も十年前に失踪していました。娘のアリスは、芸術家ウォルター・ガーウッドと結婚しますが、彼がコーンウォールの僻地に用意した海岸屋敷に住むことになります。
 その屋敷は住人が居付かず、ジェム・ペンリースという管理人にもアリスは好感を持つことができません。ペンリースは野卑で傲慢な男で、彼が執着していたメアリという娘はクリスマス・イブに姿を消してしまったというのです。憂鬱に囚われ、どんどんと体調を悪くしていくアリスでしたが…。
 呪われた家系の末裔である娘が、悲劇の因縁のある屋敷に引き寄せられることになる、というゴシック味も豊かな怪奇小説です。これは何ともダークで陰鬱な作品ですね。

J・H・リデル夫人「胡桃邸(くるみやしき)の幽霊」
 親類から買いとったロンドンの邸宅にやってきたエドガー・ステイントンは、弁護士の事務員から邸に幽霊が出ることを聞かされます。子供の幽霊が出るといい、エドガーは実際にその霊を目撃します。男の子の霊は何かを探しているようなのです。
 かって家に住んでいたフェリックス・ステイントンの孫の一人の男の子は相続者から虐待まがいのことをされたのみならず、妹と引き離されて死んでしまったというのですが…。子どもの霊が探し続けるものとは何なのか? 霊の望みが成就し、幸せな結末が訪れるというジェントル・ゴースト・ストーリーです。

セオ・ギフト「メルローズ・スクエア二番地」
 友人へスターの紹介で、メルローズ・スクエア二番地の邸宅を借りることになった「わたし」。あまり感じの良くない家政婦キャサーズ夫人に不満を持つものの、平穏に暮らしていました。ある夜、鏡を見ていたところ、その中に別の若い女性の姿を見つけ驚きますが、キャサーズ夫人にたしなめられてしまいます。さらに、家の中で別の人物の姿も目撃することになりますが…。
 幽霊らしき存在を目撃した女性が、その家で起こった邪悪な事件を知ることになる…というゴースト・ストーリーです。恐らく殺人事件が起きたであろうことは確かなのですが、その実体ははっきりしておらず、さらに家主がキャサーズ夫人を使って真実を覆い隠そうとしている…というところで、生きた人間の陰謀的な側面も感じられるという作品です。

マーク・ラザフォード「謎の肖像画」
 「わたし」は独身のままの旧友から、独り身であることの理由を聞きます。彼が持つ美しい女性の肖像画がそれには関係しているというのです。
 過去に馬車で相席になった若い女性に友人は惹かれますが、いつの間にか彼女は姿を消してしまい、運転手もそんな人間は見なかったというのです。富裕になった友人は富を失い結婚も破談になってしまいますが、また件の女性を見かけることになります。
 再び見失った友人は、数年後にロンドンの美術館で問題の女性にそっくりな肖像画を見かけることになりますが…。
 何度会っても姿を消してしまう謎の女性をめぐる奇談です。他の人間には認識されていないところから、生きた女性ではないのではないかと推測されるのですが、そのあたりも最後まで明らかにならず、謎めいた雰囲気の作品になっていますね。

フランク・クーパー「幽霊廃船のクリスマス・イヴ」
 友人である副牧師のジョーンズに誘われ、彼が住む僻地を訪れた「わたし」は、沼沢地に鴨撃ちに出かけます。無人の小舟を見つけた「わたし」はそれに乗っていたところ、ぼろぼろになった廃船を見かけて、中に入ってみることになります。
 途端に嵐のような雨風に襲われ、小舟も流れてしまったため、廃船の中で過ごすことを余儀なくされますが、誰もいないはずの船の中から人間がいるような音が聞こえるのです…。
 ぼろぼろで、中は腐りきっており、汚水もたまっているという廃船の中で、奇怪な霊現象と出会うという怪奇小説です。
 怪奇現象だけでも怖いのですが、物理的にも命の危険にさらされるというところでサバイバル小説の趣もありますね。雰囲気たっぷりのホラー作品です。
 作中ではブルワー・リットンの名作怪奇小説「幽霊屋敷」にも言及されています。

エリザベス・バーゴイン・コーベット「残酷な冗談」
 それぞれの両親が亡くなり、ベル叔母に引き取られたジャックとジムの双子の兄弟と従兄のブライス。さほど裕福ではない叔母が密かに持っていた田舎の地所で、一緒に暮らすことになりますが、子どもたちは自由を制限されることに不満を持ち、引っ越したくてたまらなくなっていました。
 近所の住人から、かってその家に住んでいたメリヴェール家の兄弟が家庭教師の女性をめぐって不慮の死を遂げたことを聞いたジャックとジムは、その女性がベル叔母当人だと考え、精神的に動揺させ、家を離れさせようと考えますが…。
 全くの善意から子どもたちを引き取っていた女性に対して、子どもたちが「残酷な冗談」を行うという残酷譚です。メインテーマである話の他に、ベル叔母の過去として言及される事件も相当に悲惨な残酷話で、こんな事件に巻き込まれたら確かに精神的に病んでしまうだろうな、と同情的になってしまいますね。

H・B・マリオット・ワトスン「真鍮の十字架」
 愛のない相手との結婚を控えて、本当に愛している女性と森の中を通りかかった「ぼく」。そこはクリスマス・イヴの晩には邪悪な霊魂が出てくるという伝説がありました。墓地を通った際に、彼女は錯乱状態になってしまいます…。
 悪霊なのか魔性のものなのか、そういう存在に憑かれてしまった女性を描く作品です。恋人の結婚式の場所に狂ってしまった女性が現れるシーンはインパクトがありますね。

ルイーザ・ボールドウィン「本物と偽物」
 休みの間に級友のヒュー・アーミティッジとホレス・ローリーを自宅の邸に招待したウィル・マスグレイヴ。マスグレイヴの家はシトー派の修道院の跡に建てられており、僧の幽霊が出るとされていましたが、ウィルの祖父の時代以来、その目撃は途絶えていました。
 ぜひ幽霊を見てみたいと思っていると言うマスグレイヴとローリーをからかってやろうと、アーミティッジは、近所の家に住む娘ケイトと一緒に計画を立て、幽霊の振りをして二人を驚かそうとしますが…。
 幽霊の振りをして友人を驚かそうとした青年が本物の幽霊と遭遇してしまう…という物語。結末もショッキングですね。

レティス・ガルブレイス「青い部屋」
 マータウン館の<青い部屋>には昔より霊が出ると言い伝えられていました。かって当主の夫人であり黒い噂のあった女性バーバラがその部屋には関わっているというのです。長年仕える家政婦によれば、約50年前に客として訪れたウッド嬢が部屋で何かに遭遇しショック死したという事件もありました。
 その部屋に泊まった男性には特に何も起こっていないため、女性が泊まったときにのみ何かが起こるのではないかと考えたイーディスは、友人のコールダー・マックスウェルとも相談し、部屋の秘密を解き明かすために、部屋に泊まろうとします。
 イーディスの恋人である現当主の息子アーサーは、彼女の行為を止めようとしますが…。
 怪奇現象の起こると言い伝えられる<青い部屋>をめぐる怪奇小説です。何代も前の当主夫人が黒魔術を使ったとの噂もあり、部屋の秘密を解き明かすためにとある女性が部屋に泊まり込む、というお話になっています。
 部屋の秘密について調べるコールダー・マックスウェルは謎解き役というか、オカルト探偵的な存在になっていますね。もっとも怪現象の真実についてははっきりしないところもあるのですが…。
 危険を恐れない女性イーディスのキャラクターにも生彩があります。


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死者と使者  マネル・ロウレイロ『生贄の門』
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 スペインの作家マネル・ロウレイロの長篇『生贄の門』(宮﨑真紀訳 新潮文庫)は、山頂に残る古代遺跡で発生する謎の連続殺人をめぐる、オカルト・ホラー・サスペンス作品です。

 捜査官ラケルの息子フリアンは、悪性脳腫瘍に侵され、手の施しようがないと診断されてしまいます。癌患者を何人も治したという定評のあるヒーラー、ラモーナ・バロンゴに一縷の願いを託そうと、彼女が住むガリシア地方の小村の近くに転属を願い出ることになります。しかし現地に着くと、ラモーナは姿を消していました。
 折しも、山頂に残る古代遺跡で若い女性の死体が発見され、目撃者の男性も殺害されてしまいます。 ラケルは、相棒となったフアンと共に事件を調べているうちに、殺された女性がラモーナの治療で回復した患者の一人であったらしいこと、さらに、山頂での儀式的な殺人は、過去に定期的に何度も起きているらしいことを知りますが…。

 スペインの僻地の山頂、古代遺跡の絡む殺人をめぐって展開されるオカルト風味の強いホラー・サスペンス作品です。
 殺された女性は心臓を抉りだされており、そこには儀礼的な何かがありました。しかも殺人は定期的に行われているらしく、そこにカルト的な集団が関わっているのではないか、ということが取り沙汰されていきます。
 さらに殺された女性が、ヒーラーであるラモーナの患者だったこと、ラモーナ自身が失踪していることから、事件にラモーナも関わっているらしいことが分かります。
 息子の命のタイムリミットが迫っており、その命もラモーナを見つけることにかかっているため、主人公ラケルが殺人事件の捜査に必死になっていく、というのには説得力がありますね。

 殺人の現場となった遺跡は、現地の言葉で「生贄の門」と呼ばれており、文字通り供犠が行われていたことが示唆されます。その門を通して死者がこの世界に出入りしている可能性も取りざたされ、実際にラケルやフリアンもその姿を目撃することになります。
 フリアンは脳腫瘍による影響から幻覚を見る可能性があり、ラケルもまたその精神的ストレスからありもしないものを見ている可能性もありと、超自然的な現象が本当に起こっているのか、そうでないのかが分からない、というあたり非常に上手いですね。
 殺人を行っているカルト集団は何を目的としているのか? 死者たちは本当に存在するのか? ラモーナの力は本物なのか? 超自然的な部分での疑問がはっきりしないまま物語が展開していくため、息子フリアンの命を助けるという、主人公ラケルの最大の目的が叶うのか、というところでハラハラドキドキ感もたっぷりです。
 また、飽くまで個人レベルの物語だと思っていたそれが、人類スケールに拡大されてしまうクライマックスには驚きもあります。

 ラケル(女性です)の相棒となる警官フアンが心優しい巨漢で、ラケルとの間に仄かな恋愛感情も芽生える…という部分も良いですね。後半にはアクションシーンも多く展開され、エンターテインメントとして読み応えがあります。
 作者のロウレイロ、ホラーやSFのファンらしく、そうしたジャンルの作品名が言及されるのもファンには楽しいです。
 いわゆる田舎の僻地が舞台になっているだけに、温厚で善人に見えた人々が、とんでもない因習の虜になっていた…というホラー特有の形にも見えるのですが、その因習に「合理的な理由」があった…というのも面白いですね。


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隠されたもの  ライリ―・セイガ―『すべてのドアを鎖せ』
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 ライリ―・セイガ―の長篇『すべてのドアを鎖せ』(鈴木恵訳 集英社文庫)は、仕事として高級アパートの一室に住むことになった女性の恐怖を描いた、ホラーサスペンス作品です。

 仕事も恋人も失ったジュールズは、身寄りもなく、親友のクロエのもとに身を寄せていましたが、マンハッタンにある歴史ある高級アパートメント<バーソロミュー>の求人広告を見かけて応募することになります。その仕事とは、短期間、アパートの部屋に住むだけで高額の報酬がもらえるというものでした。
 クロエは怪しいとたしなめますが、生活上の必要と、また<バーソロミュー>への憧れから、仕事を受けることになります。
 ジュールズには、行方不明になっている姉ジェインがいました。姉妹は子どものころ『夢見る心』というベストセラー小説を愛読しており、そこに登場する<バーソロミュー>に憧れを抱いていたのです。
 ジュールズは同じアパートメント番として勤めている女性イングリッドと友人になりますが、直後にイングリッドは何も言わずに姿を消してしまいます。
 アパートのスタッフ管理者レスリーは、イングリッドは自分の意志で姿を消したと言い張りますが、ジュールズは信じられません。何が起こったのか、アパートの関係者たちから事実を探り出そうとしますが…。

 伝統ある高級アパートメントで失踪事件が発生しますが、住人も関係者たちも事件などないかのように振る舞います。彼らは何かを隠していると考えた主人公は、事実を探ろうとする…というホラーサスペンス作品です。

 都会に建つ伝統ある古い高級アパートメント、何かを隠しているらしい住人たちと背後で展開する陰謀…。アイラ・レヴィンの名作ホラー小説『ローズマリーの赤ちゃん』を彷彿とさせる舞台設定なのですが、解説によると、そもそも本作は『ローズマリーの赤ちゃん』の現代的な変奏として構想されているそうなのです。
 実際、献辞はアイラ・レヴィンに捧げられており、物語も『ローズマリーの赤ちゃん』をなぞるかのように進むのですが、そこには現代的なアレンジがいろいろと施されています。
 友人となった女性が失踪し、過去には他にも失踪者がいるらしいこと。アパートの過去には自殺事件や、悪魔崇拝的な行動をした人間がいることも示唆されます。
 アパートに住む条件も厳しく、行動が異様に制限されており、明らかに怪しいのは間違いないのですが、主人公ジュールズが身寄りも家も仕事も失っているため、出て行くことができない、という設定は上手いですね。
 さらに、姉ジェインが過去に失踪したことが語られており、その後悔からも友人イングリッドの行方を探すことに執着してしまい、それがゆえに陰謀のど真ん中に踏み込んでしまうことにもなります。

 明らかに怪しい管理人レスリーを別としても、アパートの住人たちも、誰が味方で誰が敵なのかが全く分からないため、主人公の行動に常にハラハラドキドキ感がつきまといます。
 背後で何かが起きているらしいことは分かるものの、それが何なのか、またそれが超自然的な事態なのかどうか、といったことも後半まで全く明かされないため、非常に不条理味の強いスリラーとなっていますね。
 物語は現在時間でアパートを脱出したジュールズのパートと、そこから遡って過去に起こった出来事を描くパートが並行して語られていくことになります。
 ジュールズが現在時間で重傷を負っていることが明かされ、彼女にいったい何が起こったのか? という部分でも興味を引っ張りますね。

 現代のゴシック小説ともいうべき作品なのですが、現代が舞台であるだけに、携帯電話やネットなどを駆使するシーンもあり、モダンな装いが施されています。
物語の構造自体は意外にシンプルで、主人公が陰謀の真相を探り、生きてアパートから脱出できるのか? というものです。主人公が脱出できたことは最初の方に分かってしまうのですが、その部分を含めての意外性も用意されています。
 ホラーサスペンス、あるいはゴシック・スリラーの秀作でしょう。


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謎の絵  ジェイソン・レクーラック『奇妙な絵』
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 ジェイソン・レクーラックの長篇『奇妙な絵』(中谷友紀子訳 早川書房)を読了。ベビーシッター先の子どもが描く不気味な絵をめぐって展開される、ホラーミステリ作品です。

 優秀なアスリートだったマロリーは、同乗していた妹を死なせるという事故を経てドラッグ依存症になってしまいます。ようやく依存から抜け出せたマロリーは、援助者のラッセルからの紹介で、ニュージャージー州郊外の町スプリング・ブルックに住むマクスウェル夫妻の息子テディのベビーシッターをすることになります。
 利発で素直なテディはマロリーにもすぐなつきますが、彼には妙な趣味がありました。たびたび描く絵には、奇妙な女性が描かれていたのです。テディによれば、それは「アーニャ」という人物だといいます。両親は空想上の友だちだと判断していましたが、テディが描く「アーニャ」の存在感はどんどんと増していきます。
 隣人ミッツィから、マクスウェル家が住む家にはかってアニー・バレットなる画家の女性が住んでいたこと、彼女は失踪し、殺されたのではないかと目されていることを知ります。マロリーは、アニーの霊がテディを通して何かを訴えているのではないかと考えますが…。

 ベビーシッター先の子どもが異様な絵を描き始め、それがかって家で殺された画家の女性の霊が描かせているもので、彼女は何かを訴えているのではないか…というホラーミステリ作品です。
 テディの絵に関して、両親は合理的な性格でそれを異様なものだとは認識しません。一方、主人公マロリーはどこか霊感のある女性とされており、それが霊の訴えかけなのではないかと考えることになります。隣人の女性ミッツィが占いや交霊会などに詳しい人で、そのミッツィや、またボーイフレンドとなったエイドリアンを協力者として、霊の存在を証明しようと試行錯誤するのですが、明確な証拠はつかめません。
 テディの両親テッドとキャロラインが合理主義者なのに加えて、マロリーがドラッグ依存症であったことから、マロリーの訴えが妄想だと取られてしまいます。テディを霊から救うためのマロリーの努力が報われるのか、というところでハラハラドキドキ感もたっぷりです。

 この作品の一番面白いところは、作中にたびたび挟まれる「絵」でしょう。テディが描いた実際の絵がはさまれていくのですが、子どもらしい絵の中に突然あらわれる「アーニャ」の異様さが不気味さを醸し出します。さらに稚拙であったテディの絵が、だんだんと子どもには描けないはずの高度な技術を持った絵になっていく、というところも不気味です。
 多くの絵が登場し、死んだアニーの霊が自らの死の原因を証明するために描いていると推測されるのですが、一つ一つの絵に描かれた物が何を表しているのか、というところを考えるのもスリリングな体験ですね。

 霊的な出来事をめぐる部分だけでなく、日常的な生活が描かれる部分にも読みどころがあります。息子に対する両親のしつけやルールにも多少の問題があるようで、テディの教育をめぐって、マクスウェル夫妻とマロリーが対立する部分なども描かれます。もっともマロリーの立場が非常に不安定なため、一方的に夫妻に従属してしまう形にはなるのですが…。
 霊に憑かれている、というのが事実だとマロリーは確信するのですが、合理主義者である夫妻にそれを認めさせるには相当量の証拠が必要で、それを得るためのマロリーの努力は見ていて涙ぐましくなってしまいます。
 このマロリー、ドラッグ中毒だったとはいっても、本来真面目で責任感のある性格、中毒になったのも相応の理由があるということで、読んでいて彼女の行動を応援したくなってしまいます。
 好感がもてるといえば、テディも素直で可愛らしい子どもで、この二人に幸福が訪れてほしい、という部分でのサスペンスもありますね。

 後半では、それまで見えていた事態が大幅にひっくり返す趣向も用意されており、超自然的なホラーである、という点は変わらないものの、思っていたのとは異なる展開にびっくりさせられる人もいるかと思います。読み応えのあるエンタテインメントの秀作です。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

死を超えた絆  メアリー・ダウニング・ハーン『いまにヘレンがくる』
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 メアリー・ダウニング・ハーンの長篇『いまにヘレンがくる』(もりうちすみこ訳 偕成社)は、霊に憑かれた義理の妹と、それを救おうと奔走する姉が描かれるホラー作品です。

 母がデイヴと再婚したことによって、義父の連れ子ヘザーと義理のきょうだいとなったモリーとマイケルの姉弟。過去に火事で実の母親を亡くしているヘザーは、義理の母や姉弟と打ち解けようとしません。仲良くしようと努力するモリーとマイケルでしたが、ヘザーからは意地悪を繰り返されるばかりか、デイヴに嘘をついては悪者とされることにも嫌気がさしていました。
 芸術家である父母の仕事の環境もあり、家族は郊外の古い教会へ引越すことになりますが、そばにある墓場にはイニシャルだけが記された子どもの墓碑がありました。その墓のそばに入り浸るようになったヘザーは、目に見えない何者かと話すようになります。ヘザーによればヘレンなる少女と話しているというのです。「ヘレン」が悪い霊だと感じるモリーは、両親やマイケルにそれを話しますが、空想だと言って取り合ってもらえません…。

 互いの父と母との再婚によって、義理の家族となったモリー・マイケルの姉弟とヘザー。しかしヘザーは新しい家族に一向に打ち解けようとしないばかりか、実の父デイヴに嘘をついては、夫婦仲・家族仲を引き裂こうとすらするのです。
 もともとしっくりきていなかった家族の仲が、古い教会跡に越して墓場のそばに住むようになってから、さらに悪化しているのは、何か霊的に悪いもののせいなのではと、モリーは考えるようになります。実際ヘザーは、見えない少女ヘレンと話すようになり、その姿をモリーも目撃してしまうことになります。

 険悪な仲といえど、モリーは優しい性格で、ヘザーがヘレンの霊に取り憑かれていくことに危惧を抱いており、ヘザーを救おうとします。しかしヘザー自身が、モリーやマイケルの言動を悪くとらえ、実父デイヴに嘘を交えて告げ口してしまうため、ヘザーに意地悪をし続けていると捉えられてしまい、状況が悪化してしまうのです。
 果ては「同志」であるはずの弟マイケルも超自然的な現象は信じず、モリーの妄想ではないかと考えてしまいます。誰も信じてくれない四面楚歌の状態のなか、モリーはヘザーを救えるのか? 家族の仲を取り戻すことができるのか? という部分がサスペンス豊かに描かれていきます。

 ヘレンの霊や彼女が引き起こす心霊現象は確かに恐ろしいのではありますが、それ以上に目立つのは家族間の葛藤のドラマです。互いに片親が結婚したときの子どもたちの対立、という部分だけでなく、ヘザー自身には母親を亡くしているというトラウマ、さらに何か秘密を抱えているらしいことが示唆されます。
 モリーもマイケルも良い性格の子どもたちなのですが、ヘザーの人間不信は強烈で、彼女の心を解きほぐすことはなかなかできません。そうした事情があるために、幽霊騒ぎが起こっても、それが中傷や妄想だと捉えられてしまい、事態が一層悪化してしまうのです。
 霊のヘレンは、生前の自身と同じような境遇の子どもに憑りついており、ヘザーもその形で憑かれてしまうのですが、モリーに関しては霊感的なものが備わっているようです。その力ゆえなのか、死や超自然的な現象に病的なほどの恐怖心を抱いており、霊の存在についても、その過剰な恐怖心が生み出した「妄想」と取られてしまう、というのも上手いですね。

 非常に恐怖度の高いお話ではありますが、幽霊事件を通して、新しい家族の絆が生まれる、という形の「家族小説」でもある作品です。それは「悪霊」ヘレンですら例外ではなく、彼女の生前の「罪」が許される…というラストにも清涼感がありますね。
情感豊かなホラー作品となっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

恐怖の物語  エドガー・アラン・ポー『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』
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 エドガー・アラン・ポー『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』(河合祥一郎訳 角川文庫)は、アメリカの文豪ポーの「ゴシックホラー」を集めた作品集です。

「赤き死の仮面」
 感染するとあっという間に死んでしまう赤死病が蔓延するなか、プロスペロー公は自らの領地を壁で囲い、享楽的な生活を送っていました。あるとき、友人たちを招待し仮面舞踏会を催すことになりますが、いつの間にか見知らぬ男が紛れ込んでいるのに驚きます。 男は赤死病患者を思わせる仮装をしていましたが…。
 伝染病の蔓延する時代、引きこもって享楽的な生活を送る人々の中に「病」そのものが現れる、という象徴的な幻想小説です。
 現れる男の描写からは、男が人間そのものではなく、病そのものであるかのように描かれていますね。
 プロスペロー公は傲慢な人物として登場していますが、彼にしても周囲の人々にしてもその心理は描かれないので、彼らが送っている享楽的な生活が、自暴自棄になった結果、という読み方もできそうです。
 舞台となる館にはそれぞれ七色の装飾がなされた部屋が存在しており、その極彩色の描写は印象的です

「ウィリアム・ウィルソン」
 学校で出会ったウィリアム・ウィルソンは、「僕」と同姓同名であるばかりか、ことあるごとに張り合ってくる少年でした。彼が自分と年齢も誕生日も同じであることを知った「僕」は困惑します。
 成長してからも、「僕」の前にたびたび現れ、その行動を邪魔するウィルソンに「僕」は憎悪を強めていきますが…。
 自分に似た存在が常につきまとうという、いわゆる「分身」「ドッペルゲンガー」テーマの幻想小説です。
 主人公は傲岸で欲深い男です。ウィルソンが行動を邪魔してくるのは、大抵「僕」が悪事を働こうとしている場面であって、おそらくウィルソンは「僕」の良心を象徴しているのでしょう。二人の対決が描かれる結末のシーンには迫力がありますね。
 ウィルソンは「僕」にしか見えない存在なのかと思いきや、実体として周囲に認識もされているので、幻の存在ではないようです。その一方で明らかに「僕」の分身でもあるようで、その存在の仕方もユニークですね。

「落とし穴と振り子」
 トレドの異端審問所に囚われ、死刑判決を受けた「私」は、意識を失っている間に暗い部屋に放り込まれます。その部屋には落とし穴があり、間一髪でそこに落ちることを免れます。やがて気が付くと体が固定されており、天井からは巨大な刃を持った振り子が下がってきていました…。
 異端審問所に囚われた男が、様々な仕掛けによって拷問を受け続ける、という恐怖小説です。
 飲食物を制限したり体の自由を奪ったりといったことを手始めに、落とし穴、刃のついた振り子と、あの手この手で苦しめながら命を奪おうとする異端審問所の拷問が続くというところで、常時行き詰まるような迫力がありますね。

「大鴉」
 亡き恋人を悼む男の前に、突然、大鴉が現れ、口を開きます。しかし大鴉が話すのは「ありはせぬ」という言葉だけでした…。
 ポーの代表的な詩作品です。恋人の死を悲しむ男が、彼女との再会を望みますが、それも大鴉によって否定されてしまうのです。
 大鴉の「ありはせぬ」というセリフの繰り返しが効果を上げていますね。

「黒猫」
 愛する優しい妻と暮らしていた男は動物好きで、飼っている黒猫プルートーを可愛がっていました。しかし酒に溺れた男は、妻や猫にもひどく当たるようになり、ある日、プルートーの片目を衝動的にえぐってしまいます。猫の存在にいらつきを感じ始めた男は、猫を殺してしまいますが…。
 酒に溺れ暴力的な行為を繰り返すようになった男が愛猫を殺してしまい、その後も恐ろしい行為を続けていく、という恐怖小説です。
 理性が残っている段階であるにもかかわらず、天邪鬼的な心理から猫を殺してしまうという倒錯的な心理が描かれています。最後まで罪の意識が現れてこないのも空恐ろしいですね。

「メエルシュトレエムに呑まれて」
 ノルウェーの海にある大渦「モスケーの渦(シユトレエム)」について、白髪の老人はある話を語ります。兄弟二人と共に漁に出た男は渦に巻き込まれ、恐ろしい体験をしたというのですが…。
 全てを呑み込む大渦に巻き込まれたという男の体験を語る作品です。語り手が生きていることから、最終的には助かったことが分かってはいるものの、その迫力は尋常ではありません。一夜にして髪が真っ白になってしまったほどだというのです。
 現在で言うところの「パニック小説」といえるのですが、主人公が渦に巻き込まれている最中に、冷静に助かる可能性を考えるなど、非常に理性的な部分もあるのは、理知的だったというポーならではでしょうか。

「ユーラリー」
 女性に対する愛が素直な形で歌われた詩作品です。ポーらしい翳があまりないのが逆に珍しいでしょうか。

「モレラ」
 妻モレラは博学で神秘的な思想に傾倒しており、「私」はそんな妻の言葉や態度を苦痛に思うようになっていました。病に倒れたモレラは息を引き取る直前に、不思議な言葉を発します。生きて嫌ったこの女を、死してあなたは愛するでしょう、というのです。
 モレラの死と同時に生まれた娘を「私」は愛するようになりますが、成長も早い娘は、母モレラが語っていたような話を始め、「私」を驚かせます。段々とモレラに似てくる娘の姿に「私」は恐怖を抱きますが…。
 神秘思想にかぶれた妻の死後生まれた娘が母親そっくりになっておき、その魂は妻モレラの生まれ変わりなのではないか…という、いわゆる「輪廻」を扱った作品です。
 結末では、生まれ変わりが真実であったことが分かる、という点で明確な幻想小説となっていますね。

「アモンティリャードの酒樽」
 日頃からフォルトナートに不快な目に会わされ続けていた「私」は彼に復讐をしようと考えます。大のワイン好きであるフォルトナートに、アモンティリャードの酒樽を手に入れたことを伝えれば、ついてくるだろうというのです。
 まんまと地下にフォルトナートを連れ込んだ「私」は、彼を酔わせたうえである行為をすることになりますが…。
 憎んでいる男に復讐を遂げるという復讐奇談です。冗談のふりをして復讐を行う…というのはポーお気に入りのスタイルのようで、他の作品でもよく見られますね。

「アッシャー家の崩壊」
 幼馴染みのロデリック・アッシャーから、助けを求める手紙を受け取った「私」は、彼が住むアッシャー邸を訪れます。不気味な湖に面したアッシャー邸を目にした「私」は陰鬱な気分に囚われます。
 アッシャーは精神のバランスを崩した結果、感覚が異様に過敏になり、音や光に対して苦痛を感じるようになっていました。さらに最愛の妹マドリンが病により余命わずかになっていることも、その病状に拍車をかけていました。
 とうとうマドリンは病死し、彼女の遺骸は地下に置かれることになります。遺骸を安置してから七日か八日経ったある日、アッシャーに本を朗読していた「私」は異様な物音を耳にしますが…。
 ある旧家の邸がその住人とともに滅んでいく様をゴシック味豊かに語った作品です。
 名門とされるアッシャー家の末裔ロデリックとマドリンは、共に病を抱えていました。陰鬱なその土地柄や邸そのものも悪影響を及ぼしているようなのです。
 「私」が個人的に接触しないままマドリンが亡くなってしまうので、彼女の性格や個性については触れられないのですが、ロデリックとマドリンの間にある種の共感能力のようなものも描かれるなど、兄妹の間の関係性も複雑ですね。
 物語のメインは飽くまで人間たちによる悲劇なのですが、そこには家そのものや、一族の歴史そのものが及ぼす影響のようなものも描かれており、その意味で「幽霊屋敷」的なテーマも感じられます。

「早すぎた埋葬」
 強硬症(カタレプシー)の持病がある「私」は、一時的に死んだのと見分けがつかなくなってしまうことがあり、それを恐れて様々な手段を講じていました。しかし、ある夜目覚めると完全な闇の中にいました。
 周囲は狭い空間で、土の臭いが充満していました。死んだと思われ埋葬されてしまったのではないかと思い当たります…。
 病で仮死状態になってしまうことで早すぎた埋葬を恐れる男が、まさにその事態に至ってしまうという恐怖小説です。
 「私」の体験談が始まる前に、「早すぎた埋葬」に関しての実例やエピソードが並べられる形になっています。
 ポーがこの話題に深い関心を抱いていたこと、恐怖も抱いていたのではないか、ということが分かるような作品ですね。

「ヘレンへ」
 女性の永遠の美を語った詩作品です。若き日の作品であるとか。

「リジーア」
 「僕」の妻リジーアは、黒髪の美しい女性でした。天才的な頭脳と知識を持つリジーアは意志の力が強ければ死にも屈服しないという考えを持っていました。しかし、病魔に冒されたリジーアは息を引き取ってしまいます。
 「僕」は新しい妻として金髪の女性ロウィーナを迎えますが、彼女もまた新婚間もなく病に倒れてしまいます。「僕」は、室内に、何者かの気配を感じとりますが…。
 神秘的な力を信じていた前妻の霊魂が蘇る…という作品です。ロウィーナの死骸に異変が起こり、一時的に生き返っては死ぬ、といった様子が繰り返されます。蘇ろうとしているのはロウィーナなのか、それともリジーアなのか…? 不気味さは比類のない怪奇小説です。

「跳び蛙」
 王の道化役として働く男はその容姿から「跳び蛙」という綽名を付けられていました。冗談好きの王とその七人の大臣に日頃から虐げられている彼は、自分ばかりか愛する少女トリペッタを侮辱され、復讐を決意します。
 「跳び蛙」は、王たちに、オランウータンの振りをして舞踏会に乱入するといういたずらを提案しますが…。
 虐げられていた道化役の男によって、王と大臣たちが復讐される、という物語です。その復讐の仕方が冗談の形を取りながら、その実、非常に残酷で、印象に残りますね。



テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ホラー小説ガイドの決定版  風間賢二『ホラー小説大全 完全版』
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 風間賢二『ホラー小説大全 完全版』(青土社)は、海外ホラー小説の総合ガイドの名著だった同名の本を大幅増補した完全版ガイドです。

 全体は五部に分かれています。
 「第一部 西洋ホラー小説小史」は、一八世紀のゴシック小説から始まり、現代に至るまでの欧米のホラー小説の歴史について語られています。英米のホラーだけでなく、二一世紀の新しい作品として「スパニッシュ・ホラー」などにも触れられており参考になりますね。
 「第二部 近代が生んだ三大モンスター+コンテンポラリーゾンビの誕生」では、フランケンシュタインの怪物、吸血鬼、狼男の三大モンスターに加え、近年興隆を見たゾンビ関連作品について語られています。
 それぞれのテーマの歴史的な展開だけでなく、具体的な作品についての紹介など、
ブックガイド的な部分もありますね。ゾンビ編では、未邦訳のゾンビ小説についての紹介などもあります。
 「第三部 スティーヴン・キングの影の下に」は、キングの影響下に生まれたモダンホラー小説についての部。アメリカの事情はともかく、イギリス作品についての事情は、あまりまとまった文献がなかったので、とても参考になります。
 また、ディーン・クーンツ、ロバート・R・マキャモン、クライヴ・バーカーなど、作家別にまとめられたトピックもあります。
 「第四部 サイコとエログロ・スプラッタ」は、サイコ・サスペンスやスプラッタパンク、エロチック・ホラーなどについての部。こちらは現代寄りの作品が中心となっていますね。
 「第五部 古典・名作・傑作ホラー・ベスト」はテーマ別にお勧め本を紹介したブックガイドになっています。「モダンホラー・ベスト―テーマ別ベスト長編60」「アンソロジーと個人短編集別ベスト中短編40」「ゴシックホラー・ベスト50」「ふるえて眠れ――少年少女のためのベスト60」など。
 「少年少女のためのベスト60」はヤングアダルト向けに編まれたホラー・アンソロジー<青い鳥文庫Kシリーズ>の作品解説の再録なので、それぞれの作家・作品紹介がかなり丁寧に書かれています。

 この<完全版>、元々の文章に増補がされているのはもちろんですが、現代に近い時代の作品についての記述がかなり強化されている印象です。正直、1990年代後半あたりから現在に至るまでの欧米のホラー事情というのは断片的にしか伝わっておらず、文献も少なかったので、非常に参考になります。
 また比較的知られていたアメリカの事情に比べ、あまり知られていなかった戦後のイギリス作品についての記述も貴重です。イギリス作家単体の情報はともかく、ホラーの流れとしてどんなものがあったのか、というあたりを理解するのにも参考になりますね。
 第五部は完全なブックガイドとなっていますが、他の部でも、作家や作品について詳細な情報が記されている部分も多く、ブックガイドとしても使用できる部分も多数です。

 通読しなくても、興味のある部分だけ拾い読みする、という楽しみ方もできると思います。もちろんホラーの歴史をちゃんと知りたい、という読者にも親切な設計になっています。日本における海外ホラーの総合ガイドとして、これから決定版として読み継がれていく書物といえますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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