徳間書店《ワールドホラー・ノベル》を読む
 《ワールドホラー・ノベル》シリーズ(徳間書店 1968年)は、主に1950年代に書かれた恐怖・ホラー小説を中心に刊行されたシリーズです。全4冊が刊行されました。4冊のタイトルは以下の通り。

 ロジャー・マンベル『呪いを売る男』
 アルフレッド・ヒッチコック編『私が選んだもっとも怖い話』
  →1970年代に『1ダースの戦慄 精選世界恐怖小説』(トクマ・ノベルズ)というタイトルで再刊
 キャサリン・ターニイ『寝室に棲む亡妻』
 エイブラム・メリット『魔女を焼き殺せ』
  →アトリエサードより新訳版が刊行

 刊行年度の古さもありますが、現在では非常に入手困難になっているシリーズです。先ごろまとめて手に入れる機会があり、読むことができたのですが、今読んでも非常に面白いエンターテインメント・ホラーのシリーズだと言えます。
 以下、内容について簡単に紹介していきたいと思います。



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 アルフレッド・ヒッチコック編『私が選んだもっとも怖い話』(邦枝輝夫訳)はアンソロジーです。収録作品も挙げておきましょう。

 ピーター・フレミング「獲物」
 レイ・ブラッドベリ「群衆」
 H・R・ウェイクフィールド「幽霊ハント」
 ウイリアム・サンブロット「タフな町」
 J・J・ファージョン「警官が来た!」
 フィリップ・マクドナルド「羽根を持った友だち」
 エドワード・L・ペリー「追いはぎ」
 アガサ・クリスティー「神の燈」
 シオドア・スタージョン「それ」
 ポール・エルンスト「小さな地底人」
 リチャード・マシスン「ぼくはだれだ!」
 ロバート・アーサー「悪夢のなかで」

 怪奇プロパーの作家だけでなく、ミステリ、SF系のホラー作品が多く収録されているのが特徴です。全体にレベルが高い作品集ですね。再刊された『1ダースの戦慄』の方は古書でも割とよく見ます。



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 エイブラム・メリット『魔女を焼き殺せ』は、2017年にアトリエサードより新訳版(森沢くみ子訳)が刊行されました。以前に書いたレビューのリンクを載せておきます。

 現実と幻想のあいだ  A・メリット『魔女を焼き殺せ!』



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 ロジャー・マンベル『呪いを売る男』(岡本浜江訳)は、夢を介して間接的に襲ってくる怪異という、面白いテーマの怪奇小説です。

 小さな村の店で働くジェーンは、友人のマイラに、自分の見た奇怪な夢について話します。夢の中で巨大な屋敷が現れ、その内部には得体の知れない何かがいることを感じるものの、自分の意思とは無関係にその家に近づいていってしまうというのです。
 何とか目覚めることができたものの、非常な恐怖を味わったとジェーンは話します。しばらくしてやつれたマイラに出会ったジェーンは驚きます。マイラもまたジェーンと同じ夢を見ており、しかも夢の中ではジェーンよりも先に進んでいるというのです。
 やがて、マイラから夢の話を聞いたマイラの夫アルバートもまた悪夢を見た結果、重態に陥ります。治療に訪れた医師のモーガンは夢の話を信用しませんが、自らもまた悪夢を見ることになります。夢が人の間をたどっていくごとに内容が悪化していくことを認識したモーガンでしたが…。

 夢の話を聞くと悪夢が伝播していく…という題材の怪奇小説です。原因も詳細もわからず、悪夢がどんどんと広がっていく前半の不気味さは強烈です。夢の中に現れると言う屋敷の描写も非常に「怖い」ですね。
 後半「探偵役」ともいうべき人物が登場し、怪異現象の理由について絞込みがなされるため「怖さ」が途中で薄れてしまうのは残念ですが、そこからはどうやって悪夢から逃れるか…という手段を探る展開になり、こちらはこちらで非常に面白くなります。
 登場人物は数人なのですが、それぞれ描き込みが詳細でキャラクターが立っていますね。主役ともいうべきモーガンを始め、ジェーン、マイラ、アルバートといった脇役たちもいい味を出しています。
 お話自体はシンプルなのですが、全体を通して、怪異現象に対しての対抗策とそのための調査、と登場人物たちの目的がはっきりしているので、脱線部分がなく面白く読めます。200ページちょっとという短さながら、読後感は非常に充実しているのは、作家の手腕といっていいかと思います。



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 キャサリン・ターニイ『寝室に棲む亡妻』(永井淳訳)は、黒魔術+幽霊譚というオカルト要素が強めの題材ながら、意外にも夫婦の絆や男女のロマンス、親子関係の機微など、登場人物たちの心理の綾を細やかに描いた、なかなかの佳作でした。

 結婚して別の町に暮らす妹ミランダから訪問の誘いを受けた姉のケティは、再会した妹がやつれているのを見て不審の念を抱きます。何かが自分に乗り移ろうとしていると話したミランダは、その直後に痙攣の発作を起こし流産してしまいます。目覚めたミランダはまるで別人のように振舞うようになります。
 ミランダは、自分はミランダではなく「フェリシア」だと話します。夫のディックはそれを聞いて戦慄します。「フェリシア」は数年前に事故死したディックの先妻だったのです。
 医者は、先妻のことを知ったミランダが、流産のショックからフェリシアのふりをしているのではないかと考えますが、ディックは先妻のことはミランダに話したことは絶対にないと言うのです。かっての義父母であり、フェリシアの親であるブラッドレー夫妻に会ったミランダは、彼らを親と呼び、自分がフェリシアである証拠として過去の事実を話し始めます。やがてブラッドレー夫人も自分の娘が帰ってきたと信じ始めます。
 知り合いの話から、ブラッドレー夫人が娘を甦らせるために、密かに黒魔術を行っていたという噂を聞くに及んで、ミランダの体はフェリシアに乗っ取られていることを信じ始めるディックとケティ。しかしディックは精神的に支配され、手出しができなくなってしまいます。
 やがてブラッドレー夫人は、ミランダを自分の元に返せとケティに迫ります。断れば何が起こるかはわからないと告げられたケティは、友人のモリーやジョンとともに、フェリシアの過去を調べ始めますが…。

 甦った先妻の霊に取り憑かれた妹を救おうと、姉が奮闘するという物語です。霊が本当に存在するのか?という点に関しては、序盤で決着がついてしまい、後は霊をいかにして追い出すか?という展開になります。
 取り憑いた先妻は生前から怪物的な人間であり、さらに黒魔術を操る母親のサポートまで受けているため、なかなか追い払うことができません。主人公を応援する協力者はいるものの、主人公含め魔術の領域では皆、素人であり、全篇を通して、主人公ケティの孤軍奮闘が続きます。
 登場人物たちの関係は非常に複雑で、それぞれの思惑や関係性がドラマを盛り上げていくとことも魅力の一つになっています。先妻フェリシアそのものになったミランダに当惑する夫ディック、ディックとケティの仲を勘繰るフェリシア、 恋人ジョンが過去にフェリシアと関係があったという噂を聞き動揺するケティ、娘に執着するブラッドレー夫人、妻と娘に対し恐れを抱くブラッドレー、そして時折現れる本来の人格であるミランダ。ケティはミランダを救えるのでしょうか?
 登場人物同士が繰り広げるドラマ部分に非常に魅力がある作品で、「ホラー心理小説」とでも呼びたくなります。現代風「ゴシック・ロマンス」の趣きもある佳作ですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

悪魔の証明  フランク・デ・フェリータ『ゴルゴタの呪いの教会』
ゴルゴタの呪いの教会〈上〉 (角川文庫)ゴルゴタの呪いの教会〈下〉 (角川文庫)
 かって司祭が悪魔に魅入られた後、教会からも放置され、荒廃の一途をたどる呪われた土地「ゴルゴタ・フォールズ」。超心理学の研究者であるマリオとその恋人アニタは、数十年ぶりに教会を調査しようと、ゴルゴタ・フォールズを訪れます。超常現象を科学的に解明しようというのです。
 一方、敬虔なキリスト教神父マルコムは、悪魔祓いを行い、教会を清めようと考えます。互いに協力を行うことで一致した三人は、マルコムの悪魔祓いの儀式を記録することになります。しかしその最中に起きたことのために、彼らの人生は全く変わったものになっていきます…。

 フランク・デ・フェリータ『ゴルゴタの呪いの教会』(広瀬順弘訳 角川文庫)は、悪魔の存在をめぐって展開される、宗教的な要素の強いホラー小説です。
 呪われた教会に対し、科学と宗教、二つの分野からのアプローチが併行して行われるという趣向になっています。しかし、研究者の一人マリオは宗教嫌いの無神論者、そして神父マルコムは敬虔なキリスト教者。互いに相容れない二人はことあるごとに対立を繰り返します。
 宗教嫌いのマリオも、幼年時代キリスト教に帰依していた時期もあり、またマルコムの方は宗教のために恋愛を犠牲にしてきたという過去があります。また、マリオの恋人アニタが、マルコムの宗教的な情熱に当てられ彼に惹かれ始めたこともあり、不思議な三角関係が生まれていきます。

 「呪い」や「悪魔」が本当なのかはっきりしない…というスタンスで序盤は進むのですが、やがて「悪魔」の存在は疑い得ないものになっていきます。教会周辺の土地が暗雲に覆われるなか、救世主の再来と噂される現教皇が教会を訪れます…。

 前半は、個人レベルの心理劇といった感じだったのが、後半は、世界を巻き込む災厄というスケールの大きな話になっていきます。
 基本はエンターテインメントなのですが、性的抑圧や宗教に対する姿勢などの真面目なテーマも盛り込まれており、考えさせるところもあります。そうした真面目な部分とエンタメとしての部分がほど良く混ぜ合わされており、小説として読み応えのある作品だといえます。

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引き継がれる愛  フランク・デ・フェリータ『オードリー・ローズ』
B000J8U45Oオードリー・ローズ (1977年)
フランク・デ・フェリータ 広瀬 順弘
角川書店 1977-06

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 ビルとジャニスのテンプルトン夫妻は、娘のアイヴィーとともに幸せな生活を送っていました。ある日、夫妻は、変装した姿で娘の近くをうろつき回る男の存在に気がつきます。
 警戒する夫妻の元を突然訪れた男は、自らをフーヴァーと名乗ります。かって資産家だった彼は、車の事故で妻と娘を失ったというのです。たまたま出会った霊能力者に、娘は生まれ変わってこの世に生きているという助言を受けたフーヴァーは、テンプルトン夫妻の娘アイヴィーこそ、自分の娘オードリー・ローズの生まれ変わりだと断言します。
 フーヴァーの話を信じないテンプルトン夫妻でしたが、やがてアイヴィーは発作を起こしパニック状態になります。その姿は、焼け死んだというオードリー・ローズの最期の姿を再現するかのようなのです。放っておけばオードリー・ローズの霊によってアイヴィーもまた死んでしまうというフーヴァーを、夫妻は追い返します。
 同じマンションに引っ越してきたフーヴァーは、ある日発作を起こしたアイヴィーを助けるためと、テンプルトン家の部屋に入り込み、自分の部屋にアイヴィーを運びます。フーヴァーの考えを妄想だと信じるテンプルトン夫妻は、フーヴァーを誘拐罪で告訴します。
 フーヴァーを弁護することになった若手弁護士マックは、インドの行者や霊能力者らを証言に立て、生まれ変わりを実証しようと考えます。アイヴィーが霊的にはフーヴァーの娘だと証明できれば、誘拐罪は成立しないことになるのです。
 飽くまで生まれ変わりを信じないビルに対し、ジャニスはだんだんとフーヴァーの言葉を信じ始めますが…。

 フランク・デ・フェリータ『オードリー・ローズ』(広瀬順弘訳 角川書店)は、生まれ変わり、輪廻転生を扱ったオカルトホラー小説です。
 序盤こそ、生まれ変わりが真実なのか?という疑念がきざすものの、すぐにアイヴィーの発作が描かれ、その超自然的なトーンから、読者としては、生まれ変わりがほぼ真実であることがわかります。
 フーヴァーはテンプルトン夫妻の説得に失敗し、それは裁判に持ち越される形になるわけですが、そこで フーヴァーの弁護側は、霊能力者や超心理学者を総動員して、生まれ変わりを陪審員に納得させようとします。
 その過程で、ジャニスもまたフーヴァーの言葉が真実ではないかと、考えを変え始めるのです。

 スピリチュアルな要素の強い作品ですが、作者がそれを客観的に描いているので「トンデモ系」といった感じにはなりません。
 全体を通して、生まれ変わり、引いては東洋的な宗教観が描かれており、その描かれ方は真摯なものです。その証拠に、現実主義的だった登場人物の幾人かは、最終的には、その世界観を受け入れたことを示唆する描写も見られます。

 読み所は、やはり作品の大部分を占める裁判シーンでしょうか。法廷で生まれ変わりを実証することができるのか?といったメインの興味の他にも、自己の利益のために動く弁護士や検事らの生々しい感情なども描かれます。
 そして裁判を通して、テンプルトン夫妻の間の軋轢も描かれていきます。現実主義者の夫ビルと、必ずしもそうではない妻ジャニス、裁判がほぼテンプルトン夫妻側の勝利に終わろうとするときに行ったジャニスの決断とは?

 裁判シーンが終わった後にも、また大きな起伏が用意されており、最後まで飽きさせません。「オカルト小説」「ホラー小説」の肩書きのつく作品ですが、それを差し引いても力強い筆致で描かれた作品で、小説として魅力のある作品だといえます。

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邪悪な部屋  S・L・グレイ『その部屋に、いる』
4150414297その部屋に、いる (ハヤカワ文庫NV)
S L グレイ S L Grey 奥村 章子
早川書房 2018-03-06

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 南アフリカで教員を務めるマークは、20歳以上年下の妻ステファニーと娘のヘイデンと暮らしていました。強盗に入られたことをきっかけに、夫婦の間にわだかまりが生まれるなか、夫妻は、友人から短期間の自宅交換(ハウススワップ)を勧められます。
 パリにおしゃれなアパートを持つという、プティ夫妻と契約したマークとステファニーは、早速現地に向かいますが、実際のアパートは話に聞いていたのとは程遠いものでした。手入れがされていないのはもちろん、その部屋にいると、なぜか陰鬱な気分になるのです。
 階上に住む女性は奇矯な行動を取り、夫妻にその部屋に住んではいけないと警告しますが、理由は全く説明しません。パリでの生活を無理にでも楽しもうとする夫妻でしたが、クレジットカードは使えず、手元の現金も少なくなっていきます。プティ夫妻と連絡をとろうとするものの、連絡はとれません。
 そもそもプティ夫妻は、南アフリカの自宅に姿を現していないというのです。この部屋はいったい何なのか? 部屋の履歴を探ろうとする夫婦でしたが、やがて夫のマークの様子がおかしくなり始めます…。

 南アフリカ作家S・L・グレイによる『その部屋に、いる』(奥村章子訳 ハヤカワ文庫NV)は、強烈な「気色悪さ」を持ったホラー小説。心霊的なテーマを扱っており、題材としては目新しくはないのですが、欧米の作家によるそれとはどこか違った空気が感じられる作品です。

 夫のマークは、かって自分のミスで先妻との娘を死なせてしまったというトラウマを持っています。加えて、強盗に入られたときに何もできなかったという無力感から、精神のバランスを崩していました。
 経済的な苦しさもあり、若い妻は夫に対して不信感を抱きつつあるなか、パリの生活でそれが頂点に達します。陰鬱な「部屋」の影響によりおかしくなっていくマークに対して、妻は恐怖を感じるようになっていくのです。

 「部屋」に何か秘密があることはわかるのですが、基本的には「部屋」において明確な心霊現象はほとんど起こりません。登場人物に不可解な影響を及ぼすという形で存在感を発揮するのです。
 小説は、夫マークと妻ステファニーの語りが交互に現れるという体裁なのですが、マークが問題ないと思っている行動が、ステファニーにとっては不気味でおかしい行動として目に映っています。このあたり、もともとあった夫婦間の価値観の違いが、「心霊的」な意味で更にも膨らんでいくということでしょうか。

 南アフリカの作家ということもあり、欧米型のホラー小説とは、どこか雰囲気が違います。南アフリカの土地も出てきますが、アフリカの土俗的な要素はほとんどなく、無国籍的な雰囲気が漂います。全体に、何というか妙に「間の悪さ」を感じさせる演出で、これが不気味さを増しているのです。
 作者のグレイはどんな人なのかと思ったら、以前『黙示』(府川由美恵訳 ハヤカワ文庫NV)という作品が邦訳された作家サラ・ロッツと、ルイス・グリーンバーグという人の合作ペンネームだったのですね。そういえば『黙示』も、説明しにくい妙な雰囲気の作品でした。

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冥界の感光板  ステファン・グラビンスキの異次元世界
動きの悪魔 狂気の巡礼 火の書
 近年、邦訳が相次いだ、ポーランドの怪奇小説家ステファン・グラビンスキ(1887-1936)。現時点で、三冊の邦訳作品集が刊行され、グラビンスキ作品の特質も何となくわかってきたように思います。邦訳も、作品集三冊と短篇一篇とまだ少ない数ではありますが、今回は、グラビンスキ作品についてまとめていきたいと思います。

 グラビンスキ作品を読んでいて不思議に思うのは、宗教的な背景があまり感じられないこと。19~20世紀のヨーロッパ作家の怪奇小説においては、これは珍しいことです。
 また、上記の非宗教的な背景とも関係してくるのですが、グラビンスキ作品では、怪異現象に対して、それらをただ単に不可解な現象とするのではなく、「科学的」な説明がなされることが多いのです。
 「科学的」といっても、グラビンスキが持ち出すのは、別次元の存在、土地に内在する力、人間の妄念、神秘的な能力といったもので、「科学的」というよりは「疑似科学的」といった方が当たっているでしょうか。ただ、怪異に対する作家の態度は「客観的」であり、その意味でSFの萌芽的な面を見て取ることもできそうです。

 『動きの悪魔』(芝田文乃訳 国書刊行会)は、鉄道テーマの怪奇小説集です。鉄道によって「異界」に連れて行かれてしまう、もしくは何かが「異界」から侵入してくる…というタイプの話が多いですね。別次元・別世界の存在が示唆される「奇妙な駅(未来の幻想)」「待避線」が典型ですが、このタイプの話で一番印象に残るのは「シャテラの記憶痕跡(エングラム)」でしょうか。

 シャテラは、事故の際に目撃した女の首が忘れられなくなっていました。過去の出来事が別の次元に記録されており、何らかのきっかけでその記録を呼び出すことが出来ると考えたシャテラは、再び女に出会おうとします。
 シャテラは、別次元に記録された女の姿を再現しようとするのですが、その別次元の記録の表現が「冥界の感光板」というインパクトのある描写で表わされています。また作中で、切断された腕が砂によって物質化される…という興味深い描写もありますね。

 「科学的に説明する」というのは、怪異現象に限らず人間に対してもそうで、その結果、奇矯な性格の人間がその性質ゆえに事件を引き起こす…というタイプの作品もあります。目的地にたどり着くのに恐怖を覚える男が登場する「機関士グロット」とか、移動する乗客を嫌う男を描く「汚れ男」など。

 怪異とはベクトルが違うものの「永遠の乗客」もこのタイプの作品でしょうか。主人公のクルチカ氏は、待合室に常駐し、電車がくるたびに乗り込んでは、降りるという行為を繰り返すという「旅をしない旅人」です。人間の不思議さを描いた作品であり、非常に近代的な作品といっていいかと思います。

 巻末の「トンネルのもぐらの寓話」だけは、他の収録作品とは毛色が違っていて、鉄道そのものが題材にはなっていませんが、ラヴクラフト風の味わいもあって面白い作品です。
 代々、トンネルで働くフロレク一族最後の男アントニは、長年トンネルで暮らした結果、外に出られない体質になっていました。ある日ふと見つけたトンネル内の洞窟に入っていったアントニは、古来より生きている人間によく似た生き物と出会います…。
 古くから生きる「先住民」と出会う男の物語なのですが、その「先住民」を怪物として描かないところが異色です。

 『狂気の巡礼』(芝田文乃訳 国書刊行会)は、大きく二部に分かれています。「薔薇の丘にて」は、唯美主義的な雰囲気の強い幻想小説、「狂気の巡礼」では、よりバラエティに富んだ怪奇小説が展開されています。

 「薔薇の丘にて」は、庭園、建物、土地などをモチーフに、狂気に囚われる人間を描く…といったトーンが強い作品集でしょうか。
 壁に囲まれた薔薇の庭園からの不思議な芳香を描く「薔薇の丘にて」、忌まわしい土地の力により惨劇が起こる「狂気の農園」、奇妙な思想を持つ男がその理論に従うという「接線に沿って」、憎むべき天敵を死に追いやった男がその人格に取り憑かれる「斜視」、孤独な森番の老人の家に映る影の恐るべき秘密を描く「影」、かっての恋敵の人格が別の人間によって再現されるという「海辺の別荘にて」を収録しています。

 中では「影」の印象が強烈です。語り手が見つけた山小屋の窓からは、今まさに殺人が行われようとしているようなシルエットが映っていました。驚くものの、それは何らかの影がたまたま人の形に映っているようなのです。小屋の主の老人と親しくなった語り手は、影が生まれた原因について聞きますが…。
 老人も「影」が物質的なものにすぎないとは理解しているものの、それが再現された理由については運命的なものを感じているのです。過去の惨劇が何らかの形で再現される…というタイプの作品は聞いたことがありますが、このような形の作品は珍しいのでは。非常にユニークな作品です。

 「狂気の巡礼」の部では、「薔薇の丘にて」に比べて、ストーリーに動きのある作品が多く、バラエティに富んだ構成になっています。
 引越し前の家と同じ前住者が住んだ部屋に引っ越してきてしまった男の奇妙な体験を描く「灰色の部屋」、深夜に迷い込んだ小屋で惨劇を追体験する「夜の宿り」、死んだ前妻の存在が夫に及ぼす影響を描く「兆し」、「ジキルとハイド」テーマのバリエーション「チェラヴァの問題」、時間をテーマにした寓話的な「サトゥルニン・セクトル」、亡き美女をめぐる奇妙な三角関係を描いた「大鴉」、煙を信仰するインディアンの怪異を描く「煙の集落」、蟄居した作家の想像力が生み出す怪異を描いた「領域」など。
 「狂気の巡礼」の部の中で目を引く作品は「灰色の部屋」「チェラヴァの問題」「領域」などでしょうか。

 「灰色の部屋」では、前住者の影響を逃れ、新しい部屋に越してきた語り手が、またも同じ人物の影響力に苦しみます。新しい部屋の前住者も、前の部屋と同じ人物だったのです。「夢」の中の部屋に現れる前住者を排除しようと、語り手は部屋のレイアウトを変えていきます。やがて、「夢」の中で、だんだんと前住者の動ける範囲は減っていきますが…。
 部屋の家具という物質的なものの移動で、精神世界内での影響力を排除するという面白い発想の作品です。作中で明確にはされませんが、時間的なズレも発生しているかのようにも読めます。

 「チェラヴァの問題」は、グラビンスキ版『ジキル博士とハイド氏』ともいうべき作品です。夜になると、高名な学者チェラヴァの家に出入りする、浮浪者然とした粗暴な男。学者の妻は、2人の関係を懸念しますが、なぜか2人が同時に起きて話をしているところは見たことがないのです。妻から依頼を受けた主人公は、彼らの関係を探りますが…。
 学者の裏の顔は希代の犯罪者なのか? それとも二重人格なのか? この作品などは、非常にSF寄りの発想で、いわゆる「分身」テーマの幻想小説として読んでいた読者はびっくりするのではないでしょうか。

 巻末の「領域」は、作家の想像力により怪異が発生するという作品。やがて作家は怪異に飲み込まれてしまいます…。クライマックスで登場する怪異は、ラヴクラフトを思わせますね。

 『火の書』(芝田文乃訳 国書刊行会)は、『動きの悪魔』『狂気の巡礼』に比べて、エンタメ要素の多い作品集です。「火」がテーマということもありますが、視覚的に鮮やかなシーンが多いですね。
 火に呪われた娘とそれを防ごうとする父親を描く「赤いマグダ」、煙突に潜む怪物を描く「白いメガネザル」、超人的な力を持つ消防士と精霊の物語「四大精霊の復讐」、家が必ず燃えてしまう土地をめぐる異常心理もの「火事場」、愛に生きる花火師の人生をめぐる寓話「花火師」、精神病院内で発生した拝火教カルトを描く「ゲブルたち」、煉獄の死者が残した遺物をめぐる「煉獄の魂の博物館」、炎の前でしか愛を感じられない男を描く「炎の結婚式」、吹雪で遭難した男が山小屋で遭遇する怪異を描いた「有毒ガス」、他にエッセイとインタビューを収録しています。

 物語の背景となる、火事や火をめぐる事件や怪異もさることながら、登場人物たちの心理の動きも読みどころです。例えば「火事場」。その土地に家を建てれば必ず燃えると言われる場所に、わざわざ家を建てる男の話です。
 やがて男は、家族と共に火をもてあそび挑戦的な態度を取るようになります。迷信など信じない、冷静で現実主義的だった男が、火に関するオブセッションに囚われていくという作品です。まさに「火遊び」がエスカレートしていくのです。

 また「ゲブルたち」では、患者の妄想を否定しないという方策をとる精神病院の院長が登場します。行き着くところまでいけば偏執狂は良くなるというのです。あげくには、拝火教のようなカルト宗教が発生してしまうのです。ポオの「タール博士とフェザー教授の療法」を思わせる作品です。

 「有毒ガス」は、集中でも怪奇趣味の強い作品。雪山で仲間とはぐれた若い技師は、ようやく旅籠のような建物を見つけ、そこに一夜の宿をとることになります。家のなかには、主と思しき老人と、肉感的な娘がいました。しかし、二人は互いに家の中には自分ひとりしかいないと言うのです…。
 怪しい雰囲気の老人と娘、彼らは人間なのかそれとも…? 超自然的な要素が強く「妖怪小説」としても出色の作品です。

 エッセイ「私の仕事場から」は、短篇「機関士グロット」に関する創作秘話、「告白」は、自作について語った自伝的エッセイになっています。「告白」では、自らの作品が属するジャンルに関して非常に意識的であると同時に、作者の矜持もうかがえます。
 ポーランド出身の作家を除けば、グラビンスキが高く評価しているのは、エドガー・アラン・ポオ、グスタフ・マイリンク、スティーヴンソンなど。確かに作品のところどころに、ポオ的な要素は感じますね。

 アンソロジーに収録された短篇「シャモタ氏の恋人(発見された日記より)」(沼野充義訳 沼野充義編『東欧怪談集』河出文庫 収録)にも触れておきましょう。

 シャモタ氏は、自分に会いたいという手紙を受け取って幸福に酔いしれていました。その手紙は、国一番の美女との呼び声も高い女性ヤドヴィガからのものでした。外国に出かけていたヤドヴィガは、彼女の自宅で土曜日の夜に会いたいというのです。
 シャモタ氏は、ヤドヴィガと恋人関係となりますが、いくつか気にかかることがありました。直接会っているときにも、ヤドヴィガは声を全く出さないこと。土曜以外の日に会おうとしても絶対に会えないこと。不審に思いながらも、彼女の気まぐれだと、シャモタ氏は考えます。
 説明しがたい出来事が続くにつれ、シャモタ氏はヤドヴィガに質問を浴びせますが、彼女は答えず、弁解ともつかない手紙が後から送られてくるだけでした。彼女の不可解な行動にシャモタ氏は思い切った行動に出ますが…。

 決まった日と時間にしか会えず、言葉もしゃべらない…。おそらく相手の女性は死者なのではないか? そう読者は考えるだろうと思うのですが、読んでいくうちに、それが「死者」であるかどうかさえも曖昧になっていきます。
 ヤドヴィガは、肉体のある人間なのか? それとも幽霊なのか? それとも…? 怪奇小説の恐怖の対象が「得体の知れなさ」とするならば、この作品に登場する女性の「得体の知れなさ」は強烈です。
 人間と霊体、精神と肉体、無生物と生物が入り交じるという、ゴースト・ストーリーのグラビンスキ的変奏。名品といっていい作品ではないでしょうか。

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さまざまな怪奇  E・F・ベンスン『見えるもの見えざるもの』
488375300X見えるもの見えざるもの (ナイトランド叢書3-1)
E・F・ベンスン 山田 蘭
書苑新社 2018-02-19

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 2016年度刊行の『塔の中の部屋』に引き続き、E・F・ベンスンの怪奇小説集『見えるもの見えざるもの』(山田蘭訳 アトリエサード)が刊行されました。
 E・F・ベンスン(1867-1940)は、クラシカル怪奇小説の時代の人だけに、オーソドックスなゴースト・ストーリーが集められているんだろうなと思いがちなのですが、読んでみて驚くのが、題材やテーマの多様さです。シンプルな怪物や幽霊が登場するものから、SF的なもの、奇妙な味など、非常にバラエティに富んでいるのです。
 またオーソドックスなテーマを扱っていても、変わったひねりがあったりと、その語り口も技巧的なのです。例えば、巻頭の「かくて死者は口を開き」。死者の声を聞く研究をしている男が、殺人容疑がありながら無実になった女を家政婦として雇う…という、何とも不穏な設定の物語。最後まで目が離せません。

 二篇目の「忌避されしもの」も傑作。美人で気さくな女性ながら、なぜか誰にでも忌まわしい気持ちを抱かせてしまう未亡人エイカーズ夫人。彼女の正体は…? 作中で夫人を形容する言葉「魂が吐き気をもよおす」が強烈です。

 既にアンソロジーなどで既訳のある作品も多く入っているのは、この作品集のレベルの高さの証拠でしょうか。「雪男」の登場する怪物ホラー「恐怖の峰」、霊的な怪物の登場する「幽暗に歩む疫病あり」、吸血鬼ものの名作「アムワース夫人」、予知と幽霊を組み合わせた「地下鉄にて」などは、どれも上質な怪奇短篇です。

 語り口がどれも非常にこなれており、時にはユーモアさえ感じさせます。それが強く出ているのが「ティリー氏の降霊会」で、これはなんと降霊会に行く途中で死んでしまった主人公が、そのまま降霊会に出現するという、ユーモア・ゴースト・ストーリー。

 巻末の「ロデリックの物語」では、ベンスン自身らしい怪奇小説家が登場し、自作の作品が言及されます。内容自体は、かって別れた恋人の死に目に会いに訪れた男性が、病で変わり果てたはずの恋人の美しい姿を幻視する…というジェントル・ゴースト・ストーリーです。「救済」を予感させる結末もあり、後味が非常にいい作品になっています。

 「ティリー氏の降霊会」のような、軽みのある作品から、重厚な怪奇作品まで、取り扱われているテーマやタッチが多様で驚きます。一冊を通して読んで、これだけ豊かな発想を感じた怪奇小説集は本当に久しぶりでした。やはりベンスンは「巨匠」といっていい作家だと思います。
 ベンスンには、四冊の怪奇小説集があるそうですが、残りの二冊の邦訳も、ぜひ実現してもらいたいものですね。

 『塔の中の部屋』の感想はこちら
 

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殺意の輪廻  マックス・エールリッヒ『リーインカーネーション』
rein.jpgリーインカーネーション (1977年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)
マックス・エールリッヒ 小倉 多加志
早川書房 1977-02

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 マックス・エールリッヒ『リーインカーネーション』(小倉多加志訳 ハヤカワノヴェルズ)は「生まれ変わり」をテーマにしたサスペンス・ホラー小説です。

 大学講師ピーター・プラウドは、子供の頃から何度も同じ夢を見ていました。中でも一番強烈な夢は、湖で泳いでいるところをボートの上から女にオールで殴り殺されるというもの。しかもその女は、自分の妻か恋人らしいのです。わかっているのは、女の名前が「マーシャ」であるということだけでした。
 ピーターが相談した霊能力者や超心理学者たちは、それは前世の記憶ではないかと話します。偶然テレビで見かけた町の光景に見覚えを感じたピーターは、そこが前世の自分が暮らしていた町だと確信します。
 目的の町にたどり着いたピーターは、自分の前世らしき男性について調べ始めます。銀行で働いていたというジェフ・チャピンこそ、その人物だと確信したピーターは、チャピンについて、過去につきあいのあった関係者に話を聞いて回ります。
 その結果わかったのは、チャピンは遊び人であり、女性に対してサディスティックな性質を持っていたこと、湖で溺れ死んだとされていることでした。
 チャピンの娘アンと知り合いになったピーターは、彼女の家でアンの母親であるマーシャと出会います。この女こそ、前世の自分を殺した当人だと認めるピーターでしたが、その事実を彼女の前で言うことは控えます。前世の記憶を隠したまま、アンとつきあいを続けるピーターでしたが…。

 自分の前世を夢に見続ける男が、過去に生きていた町に舞い戻るが…という作品です。前世は本当にあるのか否か? といった追求は控えめです。生まれ変わりは実際にあったというスタンスで、メインに描かれるのは、過去に自分を殺した女(妻)と対面し、その娘と交際する男の不思議な心理です。
 前世の妻は、過去の殺人で精神を病んでアルコール中毒になっています。そこへ娘が連れて現れた男は、妙にかっての夫を思い出させ、さらに精神的に追い詰められていくのです。
 一方、主人公であるピーターも、自分が殺されたシーンを何度も悪夢で見るなど、前世の記憶に苦しんでいます。
 夫(前世でですが)も妻も、過去に囚われており、その呪縛から抜け出すことができるのか? といったところがテーマでしょうか。
 超自然的な要素はあるものの、異常心理サスペンスといった方が近い感じですね。登場人物の心理の動きが面白い作品です。

 なお、映画化作品(J・リー・トンプソン監督『リーインカーネーション』)もあります。原作にかなり忠実な作りで、こちらもなかなかの佳作でした。

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幽霊船をめぐって
B01LTHNM7A文学季刊 牧神4 特集●海洋冒険小説 / 読書案内
八木敏雄 出口裕弘 高山 宏 一色次郎 南洋一郎
牧神社 1975-10-30

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 先日、古書店で、雑誌『牧神』の四号を購入しました。『牧神』は、1970年代に牧神社から出ていた文学季刊誌です。牧神社は、平井呈一訳『アーサー・マッケン作品集成』や同じく平井編のアンソロジー『こわい話 気味のわるい話』などを初めとして、幻想文学系の本をよく出していた出版社です。それだけに、この雑誌『牧神』も、その手の幻想文学系の特集を多く組んでいました。
 この『牧神』、創刊号が《ゴシック・ロマンス》、二号が《不思議な童話の世界》、三号が《幽霊奇譚》と、非常にマニアックな特集をしています。
 《ゴシック・ロマンス》は、タイトル通りラドクリフ、M・G・ルイス、マチューリンなどのゴシック・ロマンスの特集、《不思議な童話の世界》は、海外の童話やファンタジーの特集、《幽霊奇譚》はゴースト・ストーリーの特集です。一号まるまるゴシック・ロマンスの特集をした雑誌なんて、僕もこれ以外見たことがないです。

 さて、四号の特集は《海洋冒険小説》で、幻想文学そのものではないのですが、目次に「幽霊船の小説」(富山太佳夫)というエッセイがあったので、気になって購入しました。
 さっそく目を通したのですが、欧米の幽霊船小説の系譜を語った面白いエッセイでした。ポオの「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」「壜の中の手記」、H・P・ラヴクラフト「白い船」、フレデリック・マリヤット「幽霊船」、ハーマン・メルヴィル「ベニート・セレーノ」などについて触れられています。

 そういえば幽霊船って、ホラーでは定番のネタで、怪奇実話や映画なんかではよく聞きますが、幽霊船をテーマとして扱っている小説って、意外に少ないような気がします。『幽霊海賊』(夏来健次訳 アトリエサード)を初めとして、W・H・ホジスンの作品ではちょくちょく出てくるような気がするのですが、他に何かあったっけ?と考えてみました。
 すぐ思いつくのは、以下のような作品でしょうか。

リチャード・ミドルトン「幽霊船」(南條竹則訳『幽霊船』国書刊行会 収録)
クロード・ファレール「幽霊船」(青柳瑞穂訳『怪奇小説傑作集4』創元推理文庫 収録)
ヴィルヘルム・ハウフ「幽霊船の物語」(種村季弘訳『魔法物語』河出書房新社 収録)
ガブリエル・ガルシア・マルケス「幽霊船の最後の航海」(鼓直訳『エレンディラ』ちくま文庫 収録)
コナン・ドイル「ジェ・ハバカク・ジェフスンの遺書」(延原謙訳『ドイル傑作集2 海洋奇談編』新潮文庫 収録)
澁澤龍彦「マドンナの真珠」『澁澤龍彦初期小説集』河出文庫 収録)

 あと、ホラーアンソロジーシリーズの《異形コレクション》には『幽霊船』の巻があって(井上雅彦監修『幽霊船 異形コレクション』光文社文庫)、これは意欲的で面白い巻でした。やっぱり古風なテーマだということもあり、現代に近い時代の作品では少ないですよね。

4334731139幽霊船―異形コレクション (光文社文庫)
朝松 健 安土 萌 飯野 文彦 石神 茉莉 石田 一 薄井 ゆうじ 江坂 遊 奥田 哲也 小沢 章友 井上 雅彦
光文社 2001-02

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 そういえば、最近の作品でも幽霊船を扱った小説があったなと思い出しました。スペインの作家、マネル・ロウレイロの『最後の乗客』(高岡香訳 マグノリアブックス)という小説です。

4775526480最後の乗客 (マグノリアブックス)
マネル・ロウレイロ 高岡 香
オークラ出版 2017-03-25

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 最愛の夫を失ったばかりの新聞記者のケイトは、同業だった夫が最後に調べていた案件を引き継ぐことになります。それは、実業家フェルドマンが手がける奇妙なプロジェクトでした。
 第二次大戦中、航海中の貨物船が、漂流するナチスの船を発見します。晩餐室に用意された料理は出来立てにもかかわらず、乗員と乗客は誰もおらず、見つかったのはたった一人の男の赤ん坊だけでした。
 助けられた赤ん坊は成長し大富豪となります。その大富豪こそ、フェルドマンであり、彼は自らの出自を探るために、漂流船を当時の状態のまま復元し、可能な限り当時と同じ航海を再現しようと考えているというのですが…。

 赤ん坊以外の乗客は一体どこに消えてしまったのか? フェルドマンの奇妙な計画の意図とはいったい何なのか? 強烈な謎の魅力があり、読者を引っ張っていきます。
 読者の予想通り「幽霊」が出現するのですが、ただの「幽霊話」ではなく、非常に現代的な解釈がなされています。このひねり具合は新しく、なかなかに面白いホラー小説だと思います。

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ポオに触発された作品たち
 エドガー・アラン・ポオの作品は、後続の作家たちに多大な影響を与えました。ポオ作品にインスピレーションを受けて創作された作品の中から、いくつか紹介していきたいと思います。


4787584987ポオ収集家
ロバート ブロック Robert Bloch
新樹社 2000-03

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ロバート・ブロック「ポオ収集家」(仁賀克雄訳『ポオ収集家』新樹社 収録)

 「わたし」が知り合いになった男ラウンスロット・キャニングは、ポオに関する収集家でした。彼の家に招待された「わたし」は、祖父、父と三代にわたって収集されたコレクションに目を見張ります。しかし、キャニングの祖父はコレクションのために、人には言えないようなこともしていたというのです。
 キャニングが見せてくれたのは、通常のコレクションだけでなく、ポオの未発表作品の原稿でした。「わたし」は、収集熱のあまりキャニングは自分がポオだと思い込んだのではないかと疑いますが…。

 タイトル通り、ポオの作品や遺物を収集する男を描いた物語です。語り手の「わたし」がキャニングの館を訪れるというのがメインストーリーなのですが、その全体がポオの「アッシャー家の崩壊」のパロディになっているという手の込みようです。ちょっとしたクトゥルー風の味付けも楽しい作品ですね。
 ちなみに、この作品、ロバート・ブロック作品を元にしたオムニバスホラー映画『残酷の沼』(フレディ・フランシス監督)で、映像化もされているので、興味のある方はぜひ。

B00XP94ST2残酷の沼 [DVD]
Happinet(SB)(D) 2015-10-02

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ロバート・ブロック「灯台」(仁賀克雄訳『ポオ収集家』新樹社 収録)

 自ら一人になる時間を作るために、犬一匹だけを連れて灯台にこもった男。やがて孤独に耐えられなくなった男は、精神の力だけで「物」を作り出す能力を開発します。
 バラについて念じた男は、灯台の下にありえるはずのないバラが現れたのを見て自分の能力を確信します。理想の伴侶を生み出すべく精神の力を振り絞った男は、灯台の外に何者かが立っているのに気がつきますが…。

 ポオの未完の短篇「灯台」をロバート・ブロックが書き継いで完成させた作品です。ポオの味を上手く生かした怪奇小説になっていて、正直どこからブロックが書き継いだのかがわからないほどです。
 ちなみに、ポオのオリジナルの「灯台」は本当に「断片」で、まだ話が全然展開していない段階で途絶しています。ブロックが書き継いだ部分では犬が錯乱するシーンがあるのですが、もしかしたらこのシーン、『ピム』を意識しているのかもしれません。
 ポオのオリジナルの「灯台」は、『大渦巻への落下・灯台』(巽孝之訳 新潮文庫)や『E・A・ポー ポケットマスターピース9』(鴻巣友季子/桜庭一樹編 集英社文庫)で読めます。



4150117640火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)
レイ ブラッドベリ Ray Bradbury
早川書房 2010-07-10

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レイ・ブラッドベリ「第二のアッシャー邸」(小笠原豊樹訳『火星年代記』ハヤカワ文庫SF 収録)

 その時代、ポオやラヴクラフトなどの「恐怖と幻想の物語」は焚書にされ、禁じられていました。反逆の意味を込めて、資産家スタンダールは、火星にポオの作品に触発された巨大な屋敷「アッシャー邸」を建造します。
 さっそく調査に現れた道徳風潮調査官ギャレットは、邸の取り壊しを明言します。壊す前に内部をちょっと見てみたらというスタンダールの誘いに乗り、ギャレットは邸の内部を見て回ることになりますが…。

 ポオの「アッシャー家の崩壊」にインスパイアされた物語です。邸の内装や、そこで演じられるパフォーマンスは、皆ポオの作品からインスピレーションを得たものになっている…というのが凝っていますね。
 作中では「早まった埋葬」「モルグ街の殺人」「アモンティリヤアドの酒樽」などからの情景が再現されます。そして作品全体は「アッシャー家の崩壊」へのオマージュになっているという、ポオづくしの物語です。



4488612059ウは宇宙船のウ【新版】 (創元SF文庫)
レイ・ブラッドベリ 大西 尹明
東京創元社 2006-02-27

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 「恐怖と幻想の物語」が禁止される世界というのは、ブラッドベリが非常に危惧していたことのようで、「亡命した人々」 (大西尹明訳『ウは宇宙船のウ』創元SF文庫 収録)という短篇でも、似たモチーフが扱われています。

 やはり「恐怖と幻想の物語」が焚書にされてしまった世界が舞台です。火星には作家たちの魂(?)が住んでいました。彼らの本が一冊でも残っている限り、作家たちの魂は生き延びているのです。
 地球からの討伐隊は、作家たちの最後の本を積んだ宇宙船で火星に向かっていました。作家たちは力を合わせて、敵を撃退しようとしますが…。

 ここに登場する作家は、ポオ、ビアス、マッケン、ブラックウッド、コパード、ディケンズなど。自分は怪奇作家に間違えられただけだ…と言うディケンズのセリフが哀感を誘います。
 「第二のアッシャー邸」「亡命した人々」に登場する、「焚書」に対する抵抗というテーマは、後の長篇『華氏四五一度』(宇野利泰訳 ハヤカワ文庫SF)にもつながっているのでしょう。



4198908834幻夢エドガー・ポー最後の5日間 (徳間文庫)
スティーブン・マーロウ 広津 倫子
徳間書店 1998-04

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スティーヴン・マーロウ『幻夢  エドガー・ポー最後の5日間』(広津倫子訳 徳間文庫)

 ポーが死の直前に五日間ほど行方不明だったという事実をもとに、想像をふくらまして書かれた歴史ミステリー小説です。
 困窮したポーの死去直前の行動を想像で描きながら、その合間に過去のポーの回想が描かれます。この回想部分は、おおむね伝記的事実に沿っているらしいのですが、情感豊かに描かれていて読みでがあります。
 回想が進むにつれて、明らかに現実ではありえないような事件や情景がはさまれてきます。ポーが偽名を名乗ったのをきっかけに、別の人格が生まれ、そちらの人格はまた別の物語を語りだすのです。史実にはない、パリでの行動では、アレクサンドル・デュマと友人づきあいをしたりします。
 そしてオーギュスト・デュパンが実在の人物として登場し、ポーとともに「モルグ街の殺人」を思わせる殺人事件を調査するのです。他にもポーの作品を思わせるガジェットや事件が頻出し、ポーの愛読者には興味深く読めるのではないでしょうか。



norowaretae.jpg呪われた絵 (1978年) (海外ベストセラー・シリーズ)
スティーヴン・マーロウ 高儀 進
角川書店 1978-11

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 スティーヴン・マーロウは、歴史ものなどの邦訳もあるアメリカの作家です。個人的には、1976年発表のモダンホラー小説『呪われた絵』(高儀進訳 角川書店)が印象に残っています。ついでに紹介しておきましょう。

 17世紀フランスの伝説的画家コロンビーヌの作品が、アメリカのある町に譲られることになります。しかしその絵が到着してから、町には異変が起こり始めます。
 折りしも、フランス留学から戻った主人公のヒロインは、ジプシーからもらった古い日記を読み始めます。それは画家コロンビーヌの手記でした。彼はジプシーとともに黒魔術を学んでいました。家族を殺された画家は、絵に呪いをかけていたのです。やがてその影響はヒロインにも及びますが…。

 過去の画家の呪いが現代に甦るというオカルト・ホラー小説です。絵の影響で、一つの町そのものが呪いの影響下に置かれるのですが、ヒロインがかかる呪いも拒食症だったりと、派手さはあまりないのが特徴。ただ過去の歴史が現代の町に二重写しで再現されるという趣向は非常に面白いです。
 現代のパートと、過去の画家の手記パートが交互に現れるのですが、画家のパートの方が伝奇小説的な面白さがありますね。丁寧に描かれた幻想小説として、佳作といっていい作品だと思います。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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