欧米の怪奇小説をめぐって  フランスの怪奇小説 その1
怪奇小説傑作集4<フランス編>【新版】 (創元推理文庫) フランス幻想小説傑作集 (白水Uブックス (71)) 45734.jpg 14.jpg e5805d6cde.jpg

 怪奇小説の本場といえば、イギリスとアメリカ。いわゆる英語国が突出しています。とはいえ、他の国にもその国独自の怪奇小説が存在します。その点で、フランスの怪奇小説はとくにユニークだと言えます。
 フランスの怪奇小説の特徴は、とにかく「明るい」こと! 「明るい」というと、語弊がありますが、このジャンルにつきものの、陰惨さや陰湿さが少ないと言えばいいでしょうか。非常にカラッとした作品が多いのです。
 ただ裏を返せば、怪奇小説の魅力のひとつである「雰囲気」の弱さ、「神秘性」の少なさ、という点にもつながります。例えばブラックウッドやM・R・ジェイムズなどのようなタイプの作家は、フランスには非常に少ないといえます。
 とはいっても、フランスの怪奇小説には、この国ならではの魅力があります。抑制の利いた語り口。明晰なストーリー。軽妙さと、そしてエスプリ。英米型の怪奇小説とはまた違ったジャンルとして、フランスの怪奇小説は楽しむべきでしょう。
 そんなわけで今回は、フランスの怪奇小説を紹介してきたいと思います。
 まずアンソロジーから。いくつかのアンソロジーがありますが、筆頭に挙げるべきは間違いなく、『怪奇小説傑作集4巻 フランス編』(澁澤龍彦編 創元推理文庫)です。過去に何度も言及していますので、細かい紹介は省略しますが、これ一冊で、一通りフランス作品についての理解は得られるでしょう。
 マルキ・ド・サドやシャルル・ノディエといった、このジャンルの先駆的な作家たちから始まり、ネルヴァル、ゴーチェといったロマン派の作家をはさみ、アポリーネールやアンリ・トロワイヤといった20世紀の作家まで、バランスよく配分した傑作集です。
 歴史順に代表的作家を並べるだけという教科書的な編集ではなく、シャルル・クロス、アルフォンス・アレなどといった、特色あるマイナー作家をまぎれこませるレイアウトが見事ですね。
 『フランス幻想文学傑作選』(全3巻)(窪田般彌、滝田文彦編 白水社)は、18世紀から現代までのフランスの主要作家の幻想文学、怪奇小説を網羅した大アンソロジーです。
 1巻は、18世紀から19世紀半ばごろの作品を収録しています。ノディエの『トリルビー』やゴーチェの『オニュフリユス』といった、このジャンルの「名作」よりも、前半に収められた先駆的な作品の方が、物語としては面白く、楽しめます。ルイ=セバスチャン・メルシエのSF的な掌編や、ヴォルテールのコント、なかでもレチフ・ド・ラ・ブルトンヌの『ルソーのからっぽの墓』『フランスのダイダロス』の面白さが半端ではありません。この二編は長編の抜粋なのですが、飛行機械を発明した主人公が山の上にユートピアを作ってしまうという、SF的な作品です。完訳も出ています(植田祐次訳『飛行人間またはフランスのダイダロスによる南半球の発見』創土社)ので、こちらもオススメしておきます。
 2巻は、主にロマン派の時代の作品を集めています。収録作家も馴染みのある作家名が増えてきますね。ペトリュス・ボレル、フローベール、ネルヴァル、ユゴー、ボードレール、リラダンなど。マイナーポエットである、グザヴィエ・フォルヌレやシャルル・クロスのナンセンス作品も収録されています。
 他には、エルクマン=シャトリアン『降霊師ハンス・ヴァインラント』、アレクサンドル・デュマ『サン=ドゥニの墓』などが面白いですね。
 3巻は、現代に近い年代の作品が集められています。このアンソロジーの中では、もっとも「怪奇小説らしい」巻なので、この巻から読むのもありかと思います。ジュール・バルベー=ドールヴィイ、ジョルジュ・サンド、モーパッサン、マルセル・シュウォッブ、アンリ・ド・レニエ、アポリネールなど。
 J・H・ロニー兄の『吸血美女』、ガストン・ルルー『悪魔に会った男』、モーリス・ルナールの二編『リズロ氏の奇妙な思い出』『歌姫』あたりは、明確に怪奇小説を指向している作品ですね。
 残念ながら、この三巻のアンソロジーは現在入手困難になっているようです。好著なので、ぜひ復刊していだきたい本です。
 さて、『フランス幻想文学傑作選』よりも新しい年代の作品を集めたものとして、『現代フランス幻想小説』(マルセル・シュネデール編 清水茂ほか訳 白水社)があります。収録作家は、ジュール・シュペルヴィエル、マルセル・ブリヨン、ジョルジュ・ランブール、マンディアルグ、アラン・ロブ=グリエ、ジャン・フェリー、ジャック・ステルンベール、マルセル・ベアリュ、ジュリヤン・グリーンなど。
 じつはこのアンソロジー、白水社から出た国別の『現代幻想小説』シリーズの一冊なのですが、このシリーズ中では、かなり読みやすい部類に入ります。というのも、このシリーズ、硬派な「幻想小説」を集めていて、かなり純文学に接近した作品を多く収録しているため、エンタテインメントとして読むには、非常にきついものがあります。イギリスやアメリカの巻でさえ、かなり難物なのですが、中ではフランスの巻は、比較的読みやすくなっています。これはこの巻だけ、フランス人であるシュネデールの編集になっているせいもあるんでしょうね。
 さて脱線していまいましたが、内容としては、シュペルヴィエルに始まる幻想コントがとても魅力的です。アンリ・ミショー『犬の生活』、ベアリュ『首輪・まどろむ乗客』、ジャン・フェリー『虎紳士』など、どれも軽妙で幻想的なイメージに富む掌編です。あとは、『ジョワイユーズの泉』(ジャン=ルイ・ブーケ)が、着想がドイツの怪奇作家H・H・エーヴェルスの作品と酷似していると話題になった作品だそうですが、怪奇味が強く、楽しめる佳作です。
 タイトルの似た『フランス幻想小説傑作集』(窪田般彌、滝田文彦編 白水uブックス)というのもあります。これは『フランス幻想文学傑作選』『現代フランス幻想小説』から抜粋した一巻本アンソロジーです。入手しやすいので、この本から読むのもありでしょう。
 『フランス怪談集』(日影丈吉編 河出文庫)は、河出文庫の怪談集シリーズのフランス編として編まれたアンソロジー。ネルヴァル、ゴーチェ、メリメ、アナトール・フランス、レミ・ド・グールモン、マルセル・エイメなど。おそらく作品としての完成度と美しさを優先した編集なのでしょう、かなりオーソドックスな作品を集めています。
 特筆すべきは、残酷譚で知られたモーリス・ルヴェルの作品『或る精神異常者』が収録されていること。今では、創元推理文庫でルヴェルの短編集が読めますが、当時としてはルヴェルの作品が読める数少ない本だったのです。アンソロジーとしては、それほど刺激的な本とはいえませんが、基本図書として押さえておきたい本ではあります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

欧米の怪奇小説をめぐって  『BOOKMAN 19号』
 1987年、ある雑誌でこんな特集が組まれました。「本物のホラーを!−エセ恐怖ブームを斬る」。雑誌の名前は『BOOKMAN』。評論家として知られた瀬戸川猛資氏が編集していた雑誌です。さて、この号のまずは巻頭言から引用してみましょう。

 ここに至って、ようやく気がついたのだ。“ホラー”は今や“スプラッタ”と同義で使用されているのだな、と。
 冗談ではないぞう。冗談では。
 “ホラー”といえば、“幻想怪奇文学”あるいは“怪談”のことに決まっているではないか。そして、“幻想怪奇文学”や“怪談”は、決して低俗ではなく、格調の高いものなのだ。
 これらの本物のホラーに較べれば、現在、“ホラー”と呼ばれているスプラッタ系統の作品−似非ホラーと呼ぼう−は、まったくつまらない。


 当時ブームになっていた「スプラッタ・ムービー」の流行を嘆いた怪奇小説ファンたちが、伝統的な幻想怪奇文学の魅力を再認識させたい…という趣旨で組まれた特集のようなのです。
 ここでいう「本物のホラー」とは、マッケンやブラックウッドなど、古き良き怪奇小説の巨匠たちの作品を指しているようです。ジョン・ソール、クライヴ・バーカーをはじめ、果てはスティーヴン・キングですら、「想像力の感じられぬ作品群」と斬って捨てられてしまうのですから、相当なものです。
 当然、当時のホラー映画に至っては話にならない、といった論調です。ちなみに、「エセ・ホラー映画減点表」として、酷評されている映画のタイトルを挙げてみましょう。『スキャナーズ』『エルム街の悪夢』『バタリアン』『死霊のはらわた』『ハロウィン』『遊星よりの物体X』など。
 現在、ホラー映画の名作といわれているタイトルが並んでいます。映画にしても小説にしても、かなり基準が厳しいな、と感じる論調ですね。確かに当時は、ビデオ・バブルとでも呼ぶべき時期で、B級どころか、C級、D級のホラー・スプラッター作品までもがビデオ化されていました。その氾濫に、オールド怪奇小説ファンとして、一石を投じたかった、という気概はわかりますが、ちょっど原理主義的な考え方のような気がしてしまいます。
 さて、それでは内容面についても紹介しておきましょう。紀田順一郎へのインタビューや、長谷川並一による「とっておきの傑作怪奇短編6コ」などが面白く読めますが、いちばん興味深いのはやはり瀬戸川猛資と荒俣宏との対談「幻想怪奇のシリーズは貧乏と苦闘との歴史だった」でしょう。
 荒俣氏の本でも、幻想文学や怪奇小説とどう関わって紹介してきたか、という内容に触れているものがありますので、内容的にはそれとかぶるものがあります。ただ、自著の本ではあまり現れなかった、本音がちょっぴり垣間見られるのが興味深いところです。
 怪奇幻想文学は、読者はもともと少数なのだからしょうがないという瀬戸川氏に対して、荒俣氏はこう答えます。

 荒俣 それは、ミステリみたいな売れるものばかり相手にしている人がいうことなんだよ。実際にやってみれば、悲惨としかいいようがないから。小さな雑誌に書いたって、原稿料なんか出ないんだからね。それどころか、資料代だって、交通費だってない。そういうことは、君だって知ってるじゃないの。

 また現実的な数字として挙げるのは、月刊ペン社から刊行された、名ファンタジー叢書≪妖精文庫≫について。

 荒俣 あれは、編集の阿見さんが頑張って、意地で出したからだよ。売れたのは一万部いった最初の『リリス』だけ。あとは、みんな二千か三千。これは悲惨ですよ。だって、駄本じゃなくて、すごく面白くていい本を出版しているわけだから。向こうでは現在もさかんに読まれている名作ばかりなんだよ。それが、二千部だもんね。パ・リーグの消化試合の観客よりもまだ少ない数の人間しか読まない。

 読んでいて、これほど経済的に大変なジャンルだったのか、というのがビンビン伝わってきますね。それだけに、採算を無視してでも、とこれらのジャンルを紹介してくれた先達たちの苦労に、われわれは感謝すべきでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

マイナー幻想小説まとめ読み
 レオ・ペルッツの翻訳などで知られる翻訳家の垂野創一郎さんが、自費出版しておられる翻訳同人シリーズ、≪ビブリオテカプヒプヒ≫。古書肆マルドロールさんで、委託販売されているのを、まとめて購入しました。
 このシリーズ、本当に珍しい幻想小説を集めていて、正直、商業出版ではちょっと難しいだろうな、というようなマニアックな作品を選んでいます。ヨーロッパ系の作品が中心というのも、うれしいところです。以下読んだものをいくつか紹介していきましょう。

ヴィリ・ザイデル『世界最古のもの』
 主人公の青年は、ふとしたことから中国人の科学者に出会い、その魅力にとらえられます。博士の研究を手伝うことになった青年でしたが、その研究とは、古代からの邪悪な意思を復活させようとするものでした…。
 「マッド・サイエンティストもの」といっていいのでしょうか。邪悪な力を持つ博士に囚われた青年の運命を描く作品。いささか大時代的な感はありますが、オールドSF好きには楽しめます。 
 
モーリス・サンド『迷路』
 数百年にわたって続く名家マクティーム家の城には、不思議な慣習が受け継がれていました。城主は妻帯しないのです。子供がいないため、後継者は、代々甥が受け継いできました。
 前当主の死により、城を受け継いだジェラルドは、相愛の仲だった婚約者キティとの婚約を突如解消します。それに激怒したジェラルドの幼馴染エディスは、ジェラルドの真意を探ろうとしますが…。
 雰囲気たっぷりのゴシック小説。かなりシリアスに進行するにもかかわらず、結末に至って、その真相に驚かされます。個人的には楽しめましたが、これ大真面目にやってるんでしょうか。

H・W・ツァーン『ヴァルミュラーの館』
 経済的に成功した男バーネルは、列車の中で乗り合わせた女子学生の影響で、ふと青春時代をすごした街に降り立ちます。酒場で出会ったのは青年時代の親友であるノースでした。
 夢想家のノースは、放浪途中で偶然見つけた広告を見て、故郷にあるヴァルミュラー邸を購入しようと決心したのだと話します。怪しい噂のたえない邸に乗り込んだ二人が体験したものとは…?
 正統派の幽霊屋敷小説。ドイツ作家ということもあり、やはり英米のものとは、感触が違いますね。超自然というよりも、神秘主義的・秘教的なトーンが強いです。

グスタフ・マイリンク『標本 マイリンク疑似科学小説集』
 マイリンクのSF的な作品を集めた短篇集です。『標本』『蝋人形展覧室』は、同じ人物が登場する連作もの?でしょうか。ペルシャ人の悪魔的科学者ダラシェコが行う猟奇的な犯罪を描く作品。どこか江戸川乱歩風ですね。
 ある日突然土星の輪が増えるという『土星の輪』もかなりトンデモ系の作品ですが、それにも増して『菫色の円錐』のぶっとび加減が素晴らしいです。冒険家ロジャー卿は、チベット人の間に伝わるという魔術の話を聞き、耳の聞こえない助手を連れ、奥地へと向かいます。そこで出会ったチベット人たちは、何やら呪文のようなものを唱えますが、その瞬間ロジャー卿の体は、菫色の円錐に変わっていました…。
 魔法の言葉が世界を滅亡に導く…という、破滅SF作品。題材自体はかなりバカらしいものながら、臆面もなくそれで話を展開してしまうのが楽しい作品です。
 マイリンクの短編はもっと読んでみたいですね。
 あと購入したものの、未読なのがルートヴィヒ・ティーク『青い彼方への旅』。これも楽しみです。

 今回紹介した作品は、古書肆マルドロール(http://www.aisasystem.co.jp/~maldoror/)さんで購入できます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

幻の怪奇小説
 「あの作品が読みたい」。本が手に入らなかったり、翻訳がなかったり、いろんな理由で読めない作品は、たくさんあります。
 僕の場合、好むジャンルが欧米の「怪奇小説」「幻想文学」方面なのですが、翻訳の出ている作品に関しては、読みたいと思っていた本は、大分読むことができたかな、と最近感じています。
 けれど、ブックガイド的な本、ジャック・サリヴァン編『幻想文学大辞典』やマルセル・シュネデール『フランス幻想文学史』などを読むと、まだ日本に紹介されていない作家や作品がごろごろしていて「読みたい!」という気持ちにさせられます。
 ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』の完訳版(これは翻訳は完成しているそうですが…)、ポーランドの作家ステファン・グラビンスキの作品、あとはフランスの作家モーリス・ルナールの短編集であるとか、名前を挙げれば枚挙に暇がありません。
 そんな未訳作品で気になる作品のひとつが、アレクサンドル・デュマの『ビロードの首飾りの女』という作品です。この作品を知ったのは、国書刊行会の≪ドイツ・ロマン派全集≫の月報に載っていたエッセイでした。
 これ、なんとドイツの幻想作家ホフマンを主人公とする怪奇小説だそうで、紹介文にはホフマン作品の要素を巧みにとりこんでいるとありました。デュマもホフマンも僕の敬愛する作家であり、その意味でも、すごく興味がありました。
ぜひ読みたいものだと思っていましたが、翻訳の出る気配もなく、十数年経つうちに忘れていました。
 先日ネットを徘徊していると、なんとこの作品を原書で読んだ人のページがあり、驚きました。(http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20080830/1274832186
 詳細なあらすじ紹介をしてくださっているので、物語の内容が大分わかり、長年の渇を癒すことができました。実際の作品をぜひ読んでみたいものですが、翻訳出版はなかなか難しいのでしょうね。一緒に紹介されていた『1001幽霊譚』もすごく面白そうです。
 この方、ジャン=ルイ・ブーケとかマルセル・ブリヨン、ジャン・ロラン、クロード・セニョール、エーヴェルスなんかを原書で読んでいるんですね。すごいです。
 僕も大学時代にホフマンを原語で読もうと思って、ドイツ語をかじったりしてみたのですが、ぜんぜん歯が立たなかった苦い思い出があるので、なおさら尊敬してしまいます。
 それにつけても思うのは、日本において翻訳紹介されている欧米の作家の多さです。『フランス幻想文学史』などを読んでいても、少ないとはいえ、かなりのマイナー作家でも翻訳があったりして驚かされます。そういう意味では、翻訳小説ファンにとって、日本はすごく恵まれた国なのかな、という思いもします。

 それにしても、創元社から刊行予定になっていた『サラゴサ手稿』の完訳版はどうなっているのでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

欧米の怪奇小説をめぐって  『世界怪談傑作集』
世界怪談
 先日、ある雑誌を古本で手に入れました。『別冊宝石』の1961年9月号です。別冊ではない『宝石』の方は、江戸川乱歩が協力していたことでも有名な探偵小説誌です。それに対して『別冊宝石』は、主に翻訳ものを中心に掲載していた雑誌ですね。
 『別冊宝石』だけでも100冊以上が刊行されているのですが、今回その中でも1961年9月号を手に入れたかったのには理由があります。特集内容が怪奇小説だったからです。『別冊宝石1961年9月号 世界怪談傑作集』。今回はこの特集号について、ご紹介したいと思います。
 今でこそ、ホラー、怪奇小説はひとつのジャンルとして認知されていますが、まだこの時代、1960年代には単独のジャンルとして市民権を得てはいませんでした。後に毎年恒例となる『ミステリマガジン』《幻想と怪奇》特集も、まだはじまっておらず、単行本の翻訳紹介も散発的、単発的なものにとどまっていました。そんな中、刊行されたこの号は、日本の怪奇小説にとってトピックとなるべきものだったといえるでしょう。
 とりあえず、掲載作品の全リストを掲げます(小説作品のみ)。

アルジャーノン・ブラックウッド『秘密礼拝式』
ロバート・ブロック『子供にはお菓子を』
E・F・ベンスン『アムワース夫人』
アンブローズ・ビアース『考える機械』
J・S・ル・ファヌ『ハーボットル判事』
W・W・ジェイコブズ『井戸』
マイクル・アレン『アメリカから来た紳士』
ブラム・ストーカー『牝猫』
M・R・ジェイムズ『マグナス伯爵』
A・J・アラン『怪毛』
アントニー・バウチャー『噛む』
ジョン・コリア『ビールジーなんているもんか』
ジェローム・K・ジェローム『ダンシング・パートナー』
H・G・ウェルズ『故エルヴシャム氏の話』
H・P・ラヴクラフト『冷房装置の悪夢』
サキ『開いた窓』
トーマス・バーク『唖妻』
ロード・ダンセイニ『遥かなる隣人たち』

 刊行時から約50年を経て、翻訳も進んでいるため、ほとんどの作品は別の形で読めるようになってはいます。ただ、当時これだけの作品を一挙に掲載したというのは、ある種の事件といっていいかと思います。
 古典的な作品が中心になっており、そのため現代の怪奇小説ファンには既読のものも多いかと思いますが、いまだにこの雑誌でしか読めない作品もあります。僕の調べた限りでは、W・W・ジェイコブズ、マイクル・アレン、トーマス・バークの作品はこれ以外に翻訳はないようです。A・J・アラン『怪毛』なんて作品も、長らくこれ以外に読めなかったのですが、『怪奇礼讃』(中野善夫・吉村満美子編 創元推理文庫)に『髪』として新訳が収録され、読めるようになりました。
 古典作品をあらためて紹介するのも何なので、前記の、この雑誌でしか読めない作品を、簡単に紹介しておきます。

 W・W・ジェイコブズ『井戸』 資産家の娘と婚約中の男のもとに、金に困ったいとこが現れます。脅迫を始め、金を要求するいとこを男は殺して井戸に投げ込みます。いとこは失踪したことにされますが、娘が形見の腕輪を井戸に落としてしまったことを知った男は…。
 筋立ても展開も予想の範囲内なのですが、安心して読ませるのは作者の筆力ゆえでしょうか。他人が井戸に入ろうとするのを必死で止める主人公の姿は、ひじょうにサスペンスフル。

 マイクル・アレン『アメリカから来た紳士』 アメリカからやってきた剛胆な男ピュース。ひょんなことから、イギリス人の男二人組と賭けをすることになります。その賭けとは、幽霊屋敷で無事に一晩過ごせたら、大金を進呈する、というものでした。夜中のつれづれに、屋敷内にあった「少年少女のための怪談集」を読みはじめたピュースは、暗闇から何者かが近付いてくる音を耳にします…。
 オーソドックスな幽霊話かと思わせておいて、じつは…という、なかなか手のこんだ作品です。幽霊屋敷の雰囲気もなかなかですね。主人公が読む「少年少女のための怪談集」の中の話が話中話としてはさまれているのですが、これが都市伝説を思わせるショッキングなスリラーになっています。
 全体のプロットが、現代のホラー映画のようです。これ、発表当時はすごい斬新だったんじゃないでしょうか。

 トーマス・バーク『唖妻』 貧しい生まれの娘モイ・トゥーンは、若い航海士と恋いに落ち、男の子をもうけます。航海士に捨てられたモイは、生活のために富裕な老人と結婚します。しかし、病的に嫉妬深い老人には子供の存在を隠していました。ある日隠れて子供と会おうとしたモイは、それを老人に男との密会と勘違いされてしまいます…。
 怪談というよりは、奇譚といった方がいいでしょうか。超自然的な現象は起こりませんが、哀感のある人情話として出色の出来栄え。

 さて、小説以外では、座談会として『夏の夜の恐怖を語る』が掲載されています。出席者は、渡辺啓助、星新一、双葉十三郎。内容はさすがに時代を感じさせるものですが、そのあたりも含めて、今読むとなかなか興味深いです。
 怪奇小説ファンとしては、今でも読む価値のある一冊かと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

欧米の怪奇小説をめぐって  怪奇小説の三大巨匠
M・R・ジェイムズ怪談全集〈1〉 (創元推理文庫) 怪奇クラブ (創元推理文庫 F マ 1-1) 白魔 (光文社古典新訳文庫) 心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿 (創元推理文庫) ブラックウッド傑作

 欧米怪奇小説の三大巨匠として、名前が挙げられるのが、アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズ、アーサー・マッケンの三人の作家。人によっては、ラヴクラフトや、他の作家を加えて四大巨匠とする場合もあったりするようですが、上記三人に関しては、ほぼ衆目が一致しています。
 幸い、日本でもこの三人は翻訳があり、主だった作品にふれることができます。ジェイムズに関しては、作品数が少ない関係もあり、ほぼ全作品を読むことができます。
 今回は、この三大巨匠に関して、一通り見ていきたいと思います。

 まず、M・R・ジェイムズから。三人の中では、最も怪談らしい怪談を書いた作家といえるでしょう。本職は学者で、怪奇小説は余技として書かれました。純粋に趣味で書かれたという経緯もあり、いい意味でのアマチュアリズムが感じられます。
 平凡な日常から、だんだんと怪異が起こっていく様を丁寧に描いていく、という手法は、現代の「モダンホラー」の源流とも位置づけられています。クライマックスに幽霊が出現したり、怪奇現象が発生したりするのですが、そのクライマックスに向かって、淡々と物語を盛り上げていく演出はまさに絶品。
 学者だけに、舞台を学校や古い遺跡にとったり、主人公が研究者だったりするのも、雰囲気を高めるのに一役買っています。
 作品は、長編ファンタジー『五つの壷』を除けば、全て短篇の怪奇小説です。魔女狩りをテーマにした『秦皮の樹』、あるはずのない部屋をめぐる『十三号室』、奇怪な銅版画をめぐる奇譚『銅版画』、ジェイムズにしては動きのある、オカルト小説『人を呪わば』など。
 創元推理文庫の『M・R・ジェイムズ怪談全集』(全2巻 紀田順一郎訳)で、その全貌がつかめます。

 アーサー・マッケンは、三人の中でもっともユニークな作家でしょう。彼の作品に現われるのは、牧神であったり妖精であったりと、人ならざるものたち。しかもそれらは「可愛らしい」ものではなく「邪悪」なものなのです。触れてはいけない超越的な存在に触れてしまった人間はどうなるのか? そんなテーマに憑かれた作家です。しかし作者自身、それらのものたちへの「官能性」に惹かれているところに、一種なまめかしい魅力もあるのです。
 宗教的、秘教的な面が強く、その面があまりに強く出てしまっている作品はかなり読みにくいため、読者を選ぶところがあります。かって出ていた『アーサー・マッケン作品集成』(全6巻 平井呈一訳 牧神社、後に沖積舎より復刊)で、主だった作品が読めますが、格別のファンでない限り、読み通すのは難しいかもしれません。
 最近刊行された『白魔』(南條竹則訳 古典新訳文庫)もなかなかいいセレクションなのですが、まず読むべきは、代表作とも言える短篇『パンの大神』(平井呈一訳『怪奇小説傑作集1』収録)、スティーヴンソンの『自殺クラブ』を意識したという、連作短篇『怪奇クラブ』(平井呈一訳 創元推理文庫)でしょう。
 『パンの大神』は、脳外科手術の失敗で白痴と化した娘が牧神の子供を身ごもり、その娘が男たちを破滅させる…という物語。『怪奇クラブ』は、主人公たちが大都市ロンドンで出会う怪異を描いた連作短篇小説。なかでも『白い粉薬のはなし』のインパクトが半端ではありません。
 これらの作品を読んで、マッケンが気になるようになった方は、『作品集成』に進まれるとよいかと思います。

 アルジャーノン・ブラックウッドは、三人の中でもっとも作品数が多いため、未訳の作品も多数あります。知名度もいちばん高い作家でしょう。純粋に怪奇小説を「生業」にしたという点でも、特筆すべき作家だといえます。
 全体に汎神的、神秘主義的な傾向が強く、大自然や運命に対する畏敬の念が、たびたび作品の中に現れます。そのせいもあって、背景描写に独自の魅力が感じられます。例えば、『柳』(宇野利泰訳『幻想と怪奇1』ハヤカワ・ミステリ収録)や『ウェンディゴ』(紀田順一郎訳『ブラックウッド傑作選』創元推理文庫収録)といった自然を背景にした作品では、怪異そのものよりも、舞台となる自然の描写だけでも「怖く」なります。
 翻訳はたくさんあるのですが、ほとんどが絶版で、手に入りやすいものというと、『ブラックウッド傑作選』(紀田順一郎訳 創元推理文庫)と『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』(植松靖夫訳 創元推理文庫 角川ホラー文庫版は『妖怪博士ジョン・サイレンス』)ぐらいでしょうか。
 『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』は、オカルトに通暁する医師、ジョン・サイレンスが巡り会う不可思議な事件を描いた連作短篇です。萩原朔太郎の『猫町』と比較されることもある『いにしえの魔術』『秘密の崇拝』『犬のキャンプ』あたりが力作ですね。
 『ブラックウッド傑作選』『ジョン・サイレンス』の収録作品が、かなり密度の濃い作品ばかりなので、ブラックウッドってこういう作家なんだと思いがちなのですが、意外とオーソドックスな怪談も多数書いています。例えば『幽霊島』『世界恐怖小説全集2』東京創元社)に収められた諸作品を読むと、それがよくわかります。呪いの人形をめぐる怪奇譚『人形』、ふと泊まったホテルの部屋での戦慄を描いた『部屋の主』、ヴァイオリンに執着する男の生霊を描く『片袖』など、エンタテインメントとしての完成度が非常に高くなっています。
 怪奇小説とはまたベクトルが違うのですが、長編『ジンボー』(北村太郎訳 月刊ペン社)、『妖精郷の囚われ人』(高橋邦彦訳 月刊ペン社)は、愛すべきファンタジーに仕上がっています。とくに『妖精郷の囚われ人』は、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』とも通底する作品なので、日本人には親しみやすい作品かと思います。
 比べて『ケンタウルス』(八十島薫訳 月刊ペン社)は、かなり思想色が強い作品なので、読者を選ぶところがありますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその6
猫に関する サイコ 震える血 (祥伝社文庫) 死霊たちの宴〈上〉 (創元推理文庫) 死霊たちの宴〈下〉 (創元推理文庫) 999(ナイン・ナイン・ナイン)―妖女たち (創元推理文庫)
 仁賀克雄編『猫に関する恐怖小説』(徳間文庫)は、猫に関する恐怖小説を集めたもの。人語を操る猫の皮肉な物語『トバーモリー」(サキ)、猫の血を引く青年の不思議な物語『僕の父は猫』(ヘンリー・スレッサー)、萩原朔太郎『猫町』と比較されることもある『古代の魔法』(A・ブラックウッド)、ラヴクラフトの珍しく軽妙な掌編『ウルサルの猫』など。異様に賢い緑色の猫をめぐる物語『緑の猫』(クリーヴ・カートミル)と、悪魔との契約をめぐるファンタジー『著者謹呈』(ルイス・パジェット)の二編がひじょうに面白いです。
 ロバート・ブロック編『サイコ』(祥伝社文庫)は、ブロックが創始した「サイコ」にまつわる恐怖小説を集めたアンソロジーです。ブロック好みのショッカー、オチのある作品が多く収められ、ブロックの短篇が好きな人なら楽しめるでしょう。 スティーヴン・キング、エド・ゴーマン、リチャード・クリスチャン・マシスン、 ローレンス・ワット=エヴァンズなど。
 ジェフ・ゲルブ編の三冊のアンソロジー、『震える血』『喘ぐ血』『囁く血』は、エロティックなホラーを集めたもの。正直、品のない話が多いので、好みは分かれるかもしれません。『浴槽(バスタブ)』(リチャード・レイモン)などはその最たるもので、この作品が楽しめるようなら、アンソロジー全体が楽しめると思います。
 J・スキップ&C・スペクター編『死霊たちの宴』(創元推理文庫)は、ゾンビをテーマにしたアンソロジー。題材が題材だけにグロテスクなものが多いですが、力作多数です。知能を持ち、組織的に行動するゾンビを描いた、フィリップ・ナットマンの『始末屋』がとくにユニーク。
 アル・サラントニオ編『999』(創元推理文庫 全3巻)は、質量ともに重量級のアンソロジー。童話めいた物語が衝撃的なラストを迎える『フクロウと子猫ちゃん』(トマス・M・ディッシュ)、作家がふとしたことから手に入れた絵が動き出すという『道路ウィルスは北に向かう』(スティーヴン・キング)、古本屋の二階に存在する劇場跡に迷い込んだ男を描く夢幻的な作品『劇場』(ベントリー・リトル)、怪奇小説をめぐるメタフィクショナル・ホラー『紛う方なき愚行』(ピーター・シュナイダー)、毎日決まった場所に捨てられる靴をめぐって展開する、スピーディなサスペンス『リオ・グランデ・ゴシック』(デイヴィッド・マレル)など、力作揃い。モダンホラーのアンソロジーとしては外せないですね。
 エド・ゴーマン編『罠』(扶桑社ミステリー)とその続編『プレデターズ』(扶桑社ミステリー)は、「追うものと追われるもの」をテーマにしたアンソロジー。ミステリやサスペンス調の作品が多く、厳密にはホラーアンソロジーとはいえないのですが、なかなか面白いアンソロジーです。『プレデターズ』収録の『心切り裂かれて』(エドワード・ウェレン)がものすごい傑作なので、この作品だけでも読んでいただきたいです。なんとこれ、アルツハイマー病に犯された男が探偵となる物語で、サスペンス横溢の傑作です。

 このところ続けてお送りしている《欧米の怪奇小説をめぐって》シリーズ。まだ取りこぼしがあると思いますが、アンソロジー編は、これでひとまず終わりにしたいと思います。
 今回のシリーズの記事を書くに当たって、ネット上で怪奇小説関連について調べてみました。断片的な情報はあるものの、この分野についてのまとまったガイドは、ほとんど見当たりませんでした。それだけに、この分野についてまとめておくのも、意味のないことではないかな、と思っています。
 さて、これからの予定ですが、今のところ、以下のようなトピックを考えています。

・怪奇小説の三大巨匠
・ゴースト・ストーリーの巨匠たち
・イギリス怪奇小説の先駆者たち
・エドガー・アラン・ポー
・ラヴクラフトと《ウィアード・テイルズ》
・《アーカム・ハウス》とパルプ作家
・ラヴクラフト以前のアメリカン・ホラー
・ロード・ダンセイニ
・《奇妙な味》と異色短篇
・フランスの怪奇小説
・ジャン・レイとベルギーの怪奇小説
・ホフマンとドイツ・ロマン派
・ドイツ・オーストリアの怪奇小説
・ロシアの怪奇小説
・ラテンアメリカの怪奇小説

 不定期になると思いますが、これからも続けて書いていきたいシリーズなので、よろしくお願いします。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその5
闇の展覧会 霧 (ハヤカワ文庫NV) 闇の展覧会 - 罠 (ハヤカワ文庫 NV ハヤカワ名作セレクション) ナイトフライヤー ナイトソウルズ クリスマス13 カッティングエッジ
 今回は、モダンホラー関係のアンソロジーを中心にご紹介したいと思います。モダンホラー関係のアンソロジーでは「書き下ろし」が多いのが特徴です。既に発表された作品を編集するのではなく、そのアンソロジーのためにテーマを決め、それにそって書かれた新作を集める、というのが「書き下ろしアンソロジー」と呼ばれるものです。そのため、全編新作という「売り」ができる代わりに、収録作品が玉石混淆になってしまうという危険性もあります。
 まず筆頭にあげるべきは、カービー・マッコーリー編『闇の展覧会』(ハヤカワ文庫NV 全3巻)でしょう。玉石混淆ではありますが、全体にレベルの高い作品集ではあります。ジャンル作家だけでなく、アイザック・B・シンガーやジョイス・キャロル・オーツといった主流文学の作家、ジーン・ウルフやジョー・ホールドマンといったSF系の作家、ゴースト・ストーリーの大家ロバート・エイクマンなど、幅広い分野から作品を集めています。
 シマックやブラッドベリといったベテラン勢の作品がいささか冴えないのですが、『石の育つ場所』(リサ・タトル)、『罠』(ゲイアン・ウイルソン)あたりが面白いですね。
 集中のいちばんの傑作は?と問われたら、間違いなくスティーヴン・キングの『霧』でしょう。近年映画化もされた関係で、知名度も上がっていると思いますが、キングにしては珍しく、怪物を最前面に出した超自然小説としての面と、閉鎖環境に置かれた人間たちの行動を描いたパニック小説的な面をかねそなえた傑作小説です。あとは、異色イラストレーター、エドワード・ゴーリーの絵物語『莫迦げた思いつき』が、短いながら、徹底的にダークな色調を感じさせる秀作です。
 ダグラス・E・ウィンター編『ナイト・フライヤー』(新潮文庫)の収録作品は、雰囲気重視で起承転結が弱いものが多いです。なかでは、ゴッホの生涯にヒントを得たと思しい『オレンジは苦悩、ブルーは狂気』(デイヴィッド・マレル)が、間違いなく集中随一の傑作です。太り過ぎの女性と彼女を慕う男性の恋の行方がとんでもない結末を呼ぶ『餌』(トマス・テッシアー)、飛行機の吸血鬼というユニークな題材を扱った『ナイト・フライヤー』(スティーヴン・キング)も面白いですね。
 J・N・ウイリアムスン編『ナイト・ソウルズ』(新潮文庫)は、全体に短めの作品が多くなっています。物語として面白いものが多く、モダンホラー版異色短篇といった趣でしょうか。
 巻頭のロバート・R・マキャモン『夜襲部隊』を始め、体がやわらかくなってしまう奇病を描いた 『ソフト病』(F・ポール・ウィルスン)、破滅ものの『モーリスとネコ』(ジェームズ・ハーバート)などが面白いですね。死から甦った少年を描く『死から蘇った少年』(アラン・ロジャース)も妙な味わいの佳作。スプラッタ映画のタイトルを並べまくったオマージュ短篇『スプラッタ -ある警告』(ダグラス・E・ウィンター)は、ホラー映画ファンなら楽しめるでしょう。
 デニス・エチスン編『カッティング・エッジ』(新潮文庫)は、かなりシリアス路線のアンソロジー。ジャンル以前に作品としての完成度が、ひじょうに高いものが多いです。恐るべき筆力で描かれた『ブルー・ローズ』(ピーター・ストラウブ)、詩的な味わいの『蒼ざめた震える若者』(W・H・パグマイア & ジェシカ・アマンダ・サーモンソン)など、文章力に長けた作品多数。もちろん、死神を扱った『死の収穫者』(ロバート・ブロック)のような、娯楽性の高い楽しい作品も含まれています。
 エレン・ダトロウ編『血も心も』(新潮文庫)は、吸血鬼ものアンソロジーです。マンネリになりがちなテーマですが、いろいろと工夫をこらされた作品が多く、退屈させないのはさすがですね。ユニークな切り口の『静脈条虫』(スコット・ベイカー)、ユーモアに富んだ『乾杯!』(ハーヴィ・ジェイコブズ)などがお勧め。集中で一番古い『飢えた目の女』(フリッツ・ライバー)は、迫力ある正統派吸血鬼小説の佳作です。
 P・F・オルソン『幽霊世界』(新潮文庫)は、「幽霊」をテーマにしたアンソロジー。新感覚のゴースト・ストーリーが多く、新鮮な味わいです。なかでも、天地開闢以来の死人が戻ってくると言う壮大なスケールの『幽霊世界』(ロバート・R・マキャモン)、タイムトラベルとゴースト・ストーリーを組み合わせた『タイムスキップ』(チャールズ・デ=リント)、なんと日本を舞台にした『刀鍛治の双眸』(ゴードン・リンツナー)、本好きにはたまらない古書を扱った作品『旅行案内書』(ラムジー・キャンベル)などが収穫。
 アイザック・アシモフ編の二冊のアンソロジー、『クリスマス13の戦慄』(新潮文庫)と『バレンタイン14の恐怖』(新潮文庫)は、編者らしいサービス精神にあふれた作品集です。
 『クリスマス13の戦慄』は、クリスマスにまつわる新旧の作品を集めています。古くは、罪の意識に苛まれるサイコスリラーの古典『マークハイム』やジェントル・ゴースト・ストーリーの名作『老いたる子守の回想』(ギャスケル夫人)、新しいところでは、サンタクロースをめぐる幼児期の恐怖を描いた『煙突』(ラムジー・キャンベル)など、幅の広い時代から作品がとられています。人間に変態する異星人の恐怖を描く『フェイカーの惑星』(J・T・マッキントッシュ)と、世にも残酷な刑罰を描く『終身刑』(ジェイムズ・マコンネル)が、かなりの面白さ。
 『バレンタイン14の恐怖』もバレンタインをめぐるホラー・アンソロジーですが、ミステリやサスペンスよりの作品が多いですね。吸血鬼になってしまった女性を救おうとする男を描いたロマンス風味の『吸血鬼の贈り物』(ダニエル・ランサム)、バットマンをモデルにしたヒーローもののパロディ作品『ピエロに死を!』(ウィリアム・F・ノラン)あたりが面白いです。
 同じくアシモフ編『恐怖のハロウィーン』『戦慄のハロウィーン』(ともに徳間文庫)は、ハロウィーンをテーマにしたアンソロジーです。『恐怖のハロウィーン』では、いじめられっ子の復讐の恐怖を描く『パンプキン・ヘッド』(アル・サラントニオ)と、永遠に繰り返される時間を描いた『輪廻』(ルイス・シャイナー)、『戦慄のハロウィーン』では、気丈な女教師が呪いによって永遠の森に閉じ込められる『ミス・マック』(マイケル・マクドウェル)が力作です。

 アンソロジーその6に続きます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその4
ラテンアメリカ 東欧怪談集 キング・コングの 吸血鬼伝説―ドラキュラの末裔たち ヴァンパイア・コレクション (角川文庫) フランケンシュタイン伝説―海外ホラーSF短篇集

 河出文庫から出ていた、国別の『怪談集』は、画期的なアンソロジーでした。『イギリス怪談集』『アメリカ怪談集』『フランス怪談集』『ドイツ怪談集』『ロシア怪談集』『東欧怪談集』『ラテンアメリカ怪談集』『日本怪談集 上下』『日本怪談集 江戸編』『中国怪談集』。国別の怪談・怪奇小説を概観できるという、重厚なシリーズです。ただ『イギリス』『アメリカ』は、わりと本流の怪奇小説アンソロジーになっているのに対して、他の国のものは編者の好みが強く出た、個性的なものになっているのが特徴です。
 ティーク、ホフマン、クライストなどの古典的怪奇小説から始まりながらも、後半になるに従って前衛色を強めていく『ドイツ怪談集』(種村季弘編)。「マジック・リアリズム」作品を中心に集め、SF色も濃厚な『ラテンアメリカ怪談集』(鼓直編)、流麗かつ耽美的な作品を集めた『フランス怪談集』(日影丈吉編)、ポーランド、チェコ、ハンガリーなど対象地域が多いため、雑多な作家が集められているがゆえにバラエティ豊かな『東欧怪談集』(沼野充義編)あたりがお勧めですね。
 もちろん正統派の怪奇小説を集めた『イギリス怪談集』(由良君美編)と『アメリカ怪談集』(荒俣宏編)も上質のアンソロジーです。『イギリス怪談集』では、ブラックウッドやレ・ファニュなどの大家に混じって、A・N・L・マンビー、E & H・ヘロンなどのマイナー作品を読めるのが収穫。『アメリカ怪談集』は、ポオ、ビアス、ホーソーン、ヘンリー・ジェイムズ、ラヴクラフトと、アメリカ怪談の歴史を踏まえた手堅い編集です。
 『怪談集』シリーズについて詳しくは、こちらの記事をどうぞ。
 マイクル・パリー編になる三冊のアンソロジー、『ドラキュラのライヴァルたち』 『キング・コングのライヴァルたち』『フランケンシュタインのライヴァルたち』(全てハヤカワ文庫NV)は、有名な三つのモンスターをテーマに編んだアンソロジーです。古典から現代まで、範囲は幅広く、かつ楽しめる作品を集めています。有名な作品よりも、マイナーな作品を中心に選んでいるので、他では読めない作品が多数収録されています。
 『ドラキュラのライヴァルたち』 では、フレデリック・カウルズ、ジャン・レイ、E・エヴァレット・エヴァンズらの珍しい吸血鬼小説が読めます。中でも、作者不詳の『謎の男』が素晴らしい一品。
 『キング・コングのライヴァルたち』は、キング・コングをテーマにしていますが、キング・コングそのものを扱うと言うよりは、「怪獣」小説集といった趣になっています。キット・リード『巨大な赤ん坊の攻撃』やヘンリー・カットナー『花と怪獣』など、ユーモアも交えた作品が入っているのがユニークですね。
 『フランケンシュタインのライヴァルたち』 は、古典よりではありますが、「ロボット怪談集」として秀逸な出来栄えです。ビアス『モクスンの傑作』、ジェローム・K・ジェローム『ダンシング・パートナー』などの名作に加え、フリッツ・ライバー、イアンド・ビンダー、クラーク・アシュトン・スミスらの作品を収録しています。
 仁賀克雄編『吸血鬼伝説 ドラキュラの末裔たち』 (原書房)は、1930〜50年代ごろの異色作家・怪奇作家を中心に集めた吸血鬼ものアンソロジーです。B級というか「パルプ・ホラー」的作品が好きな方にはたまらないラインナップになっています。リチャード・マシスン、ロバート・ブロック、エドモンド・ハミルトン、オーガスト・ダーレス、シーバリー・クインなど。
 種村季弘編『ドラキュラ・ドラキュラ』 (河出文庫)は、編者らしく、ひねりの利いた吸血鬼短編を集めています。『グヅラ』(プロスペル・メリメ)、『吸血鬼』(ジャン・ポリドリ)、『吸血鬼の女』(E・T・A・ホフマン)など文学的な吸血鬼小説が並ぶ前半に比べ、後半の作品『吸血鬼を救いにいこう』(ベレン)、『受身の吸血鬼』(ジェラシム・ルカ)、『ドラキュラ ドラキュラ』(H・C・アルトマン)あたりは、ほとんどパロディかナンセンス風味の作品になっているという、前衛的な吸血鬼アンソロジーです。
 ピーター・ヘイニング編『ヴァンパイア・コレクション』 (角川文庫)は、アンソロジストとして知られるヘイニングの手になる非常に充実したアンソロジーです。全体を「古典的吸血鬼譚」「フィルムの中の吸血鬼たち」「現代に甦るヴァンパイア」の三部に分け、それぞれの傾向で分類した作品を収録するという、整然とした構成になっています。しかも有名作を避け、知られざる名作を中心に収録するという、ファンには嬉しいつくり。「古典」の部でさえ、ポリドリ、レ・ファニュなどのビッグ・ネームを除いているのがすごいところです。珍しいデュマの吸血鬼譚『蒼白の貴婦人』(アレクサンドル・デュマ)、ホーソーンの息子ジュリアンの作『白い肩の女』(ジュリアン・ホーソーン)などが読めるのが嬉しいですね。
 「フィルムの中の吸血鬼たち」は、主に映画としての吸血鬼を扱っています。「現代に甦るヴァンパイア」は、現代に近い時代に書かれた作品を集めています。レイ・ブラッドベリ、シオドア・スタージョン、ロジャー・ゼラズニイ、ウイリアム・F・ノーランなど。
 スティーヴン・ジョーンズ編『フランケンシュタイン伝説 海外ホラーSF短篇集』 は、「フランケンシュタイン」をテーマにしたアンソロジーですが、ホラーというよりはSF的な要素の方が全体に強い感じがしますね。R・チェットウィンド=ヘイズ、マンリー・ウェイド・ウェルマン、 グレアム・マスタートン、ピーター・トリメインなど。正直、作品の出来不出来が激しいです。 

 アンソロジーその5に続きます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。雑誌に埋もれた短編を紹介する「埋もれた短編発掘!」コーナーもあり。「奇妙な味」の作品がお好きな方は必見です。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ