ポオに触発された作品たち
 エドガー・アラン・ポオの作品は、後続の作家たちに多大な影響を与えました。ポオ作品にインスピレーションを受けて創作された作品の中から、いくつか紹介していきたいと思います。


4787584987ポオ収集家
ロバート ブロック Robert Bloch
新樹社 2000-03

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ロバート・ブロック「ポオ収集家」(仁賀克雄訳『ポオ収集家』新樹社 収録)

 「わたし」が知り合いになった男ラウンスロット・キャニングは、ポオに関する収集家でした。彼の家に招待された「わたし」は、祖父、父と三代にわたって収集されたコレクションに目を見張ります。しかし、キャニングの祖父はコレクションのために、人には言えないようなこともしていたというのです。
 キャニングが見せてくれたのは、通常のコレクションだけでなく、ポオの未発表作品の原稿でした。「わたし」は、収集熱のあまりキャニングは自分がポオだと思い込んだのではないかと疑いますが…。

 タイトル通り、ポオの作品や遺物を収集する男を描いた物語です。語り手の「わたし」がキャニングの館を訪れるというのがメインストーリーなのですが、その全体がポオの「アッシャー家の崩壊」のパロディになっているという手の込みようです。ちょっとしたクトゥルー風の味付けも楽しい作品ですね。
 ちなみに、この作品、ロバート・ブロック作品を元にしたオムニバスホラー映画『残酷の沼』(フレディ・フランシス監督)で、映像化もされているので、興味のある方はぜひ。

B00XP94ST2残酷の沼 [DVD]
Happinet(SB)(D) 2015-10-02

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ロバート・ブロック「灯台」(仁賀克雄訳『ポオ収集家』新樹社 収録)

 自ら一人になる時間を作るために、犬一匹だけを連れて灯台にこもった男。やがて孤独に耐えられなくなった男は、精神の力だけで「物」を作り出す能力を開発します。
 バラについて念じた男は、灯台の下にありえるはずのないバラが現れたのを見て自分の能力を確信します。理想の伴侶を生み出すべく精神の力を振り絞った男は、灯台の外に何者かが立っているのに気がつきますが…。

 ポオの未完の短篇「灯台」をロバート・ブロックが書き継いで完成させた作品です。ポオの味を上手く生かした怪奇小説になっていて、正直どこからブロックが書き継いだのかがわからないほどです。
 ちなみに、ポオのオリジナルの「灯台」は本当に「断片」で、まだ話が全然展開していない段階で途絶しています。ブロックが書き継いだ部分では犬が錯乱するシーンがあるのですが、もしかしたらこのシーン、『ピム』を意識しているのかもしれません。
 ポオのオリジナルの「灯台」は、『大渦巻への落下・灯台』(巽孝之訳 新潮文庫)や『E・A・ポー ポケットマスターピース9』(鴻巣友季子/桜庭一樹編 集英社文庫)で読めます。



4150117640火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)
レイ ブラッドベリ Ray Bradbury
早川書房 2010-07-10

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レイ・ブラッドベリ「第二のアッシャー邸」(小笠原豊樹訳『火星年代記』ハヤカワ文庫SF 収録)

 その時代、ポオやラヴクラフトなどの「恐怖と幻想の物語」は焚書にされ、禁じられていました。反逆の意味を込めて、資産家スタンダールは、火星にポオの作品に触発された巨大な屋敷「アッシャー邸」を建造します。
 さっそく調査に現れた道徳風潮調査官ギャレットは、邸の取り壊しを明言します。壊す前に内部をちょっと見てみたらというスタンダールの誘いに乗り、ギャレットは邸の内部を見て回ることになりますが…。

 ポオの「アッシャー家の崩壊」にインスパイアされた物語です。邸の内装や、そこで演じられるパフォーマンスは、皆ポオの作品からインスピレーションを得たものになっている…というのが凝っていますね。
 作中では「早まった埋葬」「モルグ街の殺人」「アモンティリヤアドの酒樽」などからの情景が再現されます。そして作品全体は「アッシャー家の崩壊」へのオマージュになっているという、ポオづくしの物語です。



4488612059ウは宇宙船のウ【新版】 (創元SF文庫)
レイ・ブラッドベリ 大西 尹明
東京創元社 2006-02-27

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 「恐怖と幻想の物語」が禁止される世界というのは、ブラッドベリが非常に危惧していたことのようで、「亡命した人々」 (大西尹明訳『ウは宇宙船のウ』創元SF文庫 収録)という短篇でも、似たモチーフが扱われています。

 やはり「恐怖と幻想の物語」が焚書にされてしまった世界が舞台です。火星には作家たちの魂(?)が住んでいました。彼らの本が一冊でも残っている限り、作家たちの魂は生き延びているのです。
 地球からの討伐隊は、作家たちの最後の本を積んだ宇宙船で火星に向かっていました。作家たちは力を合わせて、敵を撃退しようとしますが…。

 ここに登場する作家は、ポオ、ビアス、マッケン、ブラックウッド、コパード、ディケンズなど。自分は怪奇作家に間違えられただけだ…と言うディケンズのセリフが哀感を誘います。
 「第二のアッシャー邸」「亡命した人々」に登場する、「焚書」に対する抵抗というテーマは、後の長篇『華氏四五一度』(宇野利泰訳 ハヤカワ文庫SF)にもつながっているのでしょう。



4198908834幻夢エドガー・ポー最後の5日間 (徳間文庫)
スティーブン・マーロウ 広津 倫子
徳間書店 1998-04

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スティーヴン・マーロウ『幻夢  エドガー・ポー最後の5日間』(広津倫子訳 徳間文庫)

 ポーが死の直前に五日間ほど行方不明だったという事実をもとに、想像をふくらまして書かれた歴史ミステリー小説です。
 困窮したポーの死去直前の行動を想像で描きながら、その合間に過去のポーの回想が描かれます。この回想部分は、おおむね伝記的事実に沿っているらしいのですが、情感豊かに描かれていて読みでがあります。
 回想が進むにつれて、明らかに現実ではありえないような事件や情景がはさまれてきます。ポーが偽名を名乗ったのをきっかけに、別の人格が生まれ、そちらの人格はまた別の物語を語りだすのです。史実にはない、パリでの行動では、アレクサンドル・デュマと友人づきあいをしたりします。
 そしてオーギュスト・デュパンが実在の人物として登場し、ポーとともに「モルグ街の殺人」を思わせる殺人事件を調査するのです。他にもポーの作品を思わせるガジェットや事件が頻出し、ポーの愛読者には興味深く読めるのではないでしょうか。



norowaretae.jpg呪われた絵 (1978年) (海外ベストセラー・シリーズ)
スティーヴン・マーロウ 高儀 進
角川書店 1978-11

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 スティーヴン・マーロウは、歴史ものなどの邦訳もあるアメリカの作家です。個人的には、1976年発表のモダンホラー小説『呪われた絵』(高儀進訳 角川書店)が印象に残っています。ついでに紹介しておきましょう。

 17世紀フランスの伝説的画家コロンビーヌの作品が、アメリカのある町に譲られることになります。しかしその絵が到着してから、町には異変が起こり始めます。
 折りしも、フランス留学から戻った主人公のヒロインは、ジプシーからもらった古い日記を読み始めます。それは画家コロンビーヌの手記でした。彼はジプシーとともに黒魔術を学んでいました。家族を殺された画家は、絵に呪いをかけていたのです。やがてその影響はヒロインにも及びますが…。

 過去の画家の呪いが現代に甦るというオカルト・ホラー小説です。絵の影響で、一つの町そのものが呪いの影響下に置かれるのですが、ヒロインがかかる呪いも拒食症だったりと、派手さはあまりないのが特徴。ただ過去の歴史が現代の町に二重写しで再現されるという趣向は非常に面白いです。
 現代のパートと、過去の画家の手記パートが交互に現れるのですが、画家のパートの方が伝奇小説的な面白さがありますね。丁寧に描かれた幻想小説として、佳作といっていい作品だと思います。

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エドガー・アラン・ポオの怪奇とユーモア
ポオ小説全集 1 (創元推理文庫 522-1) ポオ小説全集 2 (創元推理文庫 522-2) ポオ小説全集 3 (創元推理文庫 522-3) ポオ小説全集 4 (創元推理文庫 522-4)
 アメリカの作家エドガー・アラン・ポオ(1809-1849)は、様々なジャンルの作品を残した作家です。その本領は怪奇幻想分野の作品にありますが、今でいうところのミステリ・SF・ユーモア小説などに分類される作品も多く書いています。
 ポオの小説作品は、唯一の長篇「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」を除けば、ほぼ短篇です。ポオの短篇はかなり短いものが多いのですが、その完成度は圧倒的。
 神経症的な兄妹と館の崩壊の物語「アッシャー家の崩壊」や、分身物語「ウイリアム・ウィルソン」、病を擬人化した象徴的な「赤死病の仮面」などの代表作は、極限まで無駄が省かれている…といった印象を受けますね。

 怪奇幻想的な作品では、悪魔に襲われる町を描いた「鐘楼の悪魔」であるとか、古風なゴシック・ロマンス「メッツェンガーシュタイン」などの古いタイプの作品もありますが、新しいタイプの怪奇小説も多く書いています。
 「新しいタイプの怪奇小説」とは、いわゆるヨーロッパの怪奇幻想小説の伝統的な素材、悪魔・妖精・幽霊といった素材を使わずに書かれた小説のことです。
 例えば「群衆の人」。この作品では、「群衆」の中にまぎれこまずには生きられないという男が描かれますが、これは非常に新しいタイプの作品だと思います。
 大渦に巻き込まれた男の体験談「メエルシュトレエムに呑まれて」、異端審問所で拷問にさらされる「陥穽と振子」などは、ほぼクライマックスのスペクタクル部分だけを取り出したようなエンターテインメントですし、患者が医者に化けるという「タール博士とフェザー教授の療法」は、正気と狂気の境目がわからなくなるような作品で、まるでロバート・ブロックが書きそうな題材です。
 「黒猫」「告げ口心臓」といった人間の異常心理が描かれる作品は「人間の恐ろしさ」を描いているという点で、非常に近代的な作品で、現代の「サイコスリラー」の原型といってもいいでしょうか。
 上記で「古風」と形容した「メッツェンガーシュタイン」も、実はポオがパロディとして書いたという話で、意識的にいろいろなタッチの作品を描き分けられるというポオの器用さが感じられますね。

 陰鬱でダークなイメージのあるポオの作品ですが、意外にユーモアの要素があるものが多いのも特徴です。「息」がなくなってしまう男を描いた「息の喪失」、立派な男の正体が明かされる「使いきった男」、視力の悪さからとんでもない恋愛事件を引き起こす「眼鏡」などの、明確にユーモア小説を志向した作品の他にも、一般的には「ユーモアもの」だと思われていない作品、例えば「盗まれた手紙」「お前が犯人だ」、一見シリアスながら脱力するような結末が待っている「スフィンクス」といった作品にも、ユーモアの要素が感じとれます。
 あと、不条理を信じない男がおかしな出来事に遭遇する「不条理の天使」などは、幻想小説とユーモア(というよりはナンセンスでしょうか)が融合した、非常に面白い作品だと思います。

 非常に「想像力」や「ファンタジー」に富んだ発想の作品を描く一方、ジャーナリストでもあったポオらしく、リアリティに富んだ実録風の作品もあって、「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」やロッキー山脈横断を描く「ジューリアス・ロドマンの日記」といった冒険ものは、ポオのそんな部分が発揮された作品でしょう。
 ただリアリズム要素の強い『ピム』の中にも、ところどころ奇想天外な要素は出てきます。逆に、気球で月に向かうという「ハンス・プファアルの無類の冒険」のように、実録風でありながらファンタジー要素の方が多い作品もあったりと、現実と想像の匙加減は絶妙ですね。

 ポオの小説は、創元推理文庫刊の『ポオ小説全集』でほぼ網羅されているので、ポオの小説を全部読みたい!という人にはこちらをお勧めしておきます。
 ただ、1巻の序盤の収録作品は比較的とっつきにくい作品が多いので、推奨したい読み方としては、まず3巻か4巻、次に1巻、余裕があったら2巻、といった感じで読むと、読みやすいかと思います。

 ポオのユーモアについて触れたついでに『エドガー・アラン・ポオ・ユーモア小説集』の収録作品を考えてみました。今回の記事のおまけとして載せておきたいと思います。

『エドガー・アラン・ポオ・ユーモア小説集』目次

「眼鏡」
「息の喪失」
「鐘楼の悪魔」
「使いきった男」
「チビのフランス人は、なぜ手に吊繃帯をしているのか?」
「週に三度の日曜日」
「ミイラとの論争」
「タール博士とフェザー教授の療法」
「お前が犯人だ」
「盗まれた手紙」
「スフィンクス」
「不条理の天使」

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

愛と孤独  バリ・ウッド『殺したくないのに』
4087600823殺したくないのに (集英社文庫)
ウッド 高見 浩
集英社 1983-02

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 ニューヨーク市警の刑事スタヴィツキーは、ずっと追い続けていた凶悪犯ロバーツが死んだという報告を受けます。ロバーツは、仲間とともに、ある資産家の家に強盗に入った際、突然、首の骨を折って死んだというのです。しかし検死の結果、首の骨は常識ではありえないような力が加えられた結果、折れているということがわかります。しかも相当苦しんだはずだということも。
 調査を続けていくうちに、資産家の夫人ジェニファーの周囲では、過去に何度も不可解な死亡事故が多発していることが判明します。スタヴィツキーは、ジェニファーが超能力による殺人を行ったのではないかと考えますが…。

 バリ・ウッド『殺したくないのに』(高見浩訳 集英社文庫)は、超能力者を扱ったユニークなサスペンスホラー作品。超能力によって殺人が行われたのではないかと考えた刑事が、容疑者の女性ジェニファーの過去を調べていくうちに、彼女の生涯をたどっていくことにもなり、いつの間にか彼女に惹かれるようになる…というストーリーです。
 もちろん、最初から超能力の存在が肯定されるわけではなく、過去の死亡事故や彼女の能力を調べた学者たちなどの話を聞いていくうちに、刑事は確信を深めていくことになります。
 ジェニファーの幼少期から現在までの、過去のエピソードが少しづつ明かされ、超能力者ゆえの孤独をかかえていることが示されます。例え超能力を使わないにしても、彼女には普通の人間をよせつけない雰囲気が生まれつき備わっており、親でさえ彼女を怖がっているのです。
 彼女の人生の悲しさ、孤独さを知った刑事スタヴィツキーは、それでも調査を続けます。やがて彼女を追い詰めることになりますが、最終的にスタヴィツキーとジェニファーはわかりあうことができるのでしょうか?
 過去に数件の死亡事故を起こしている彼女も、そのほとんどは不可抗力の結果であり、好んで人を殺しているわけではないのです。その意味でタイトルの「殺したくないのに」は、実にぴったりなタイトルと言えますね。
 哀感にあふれたサスペンス・ホラーの名品です。

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アフリカの神々  ジョン・ファリス『サーペント・ゴッド』
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サーペント・ゴッド (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
ジョン・ファリス 工藤 政司
早川書房 1987-11

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 結婚式場で突然錯乱したブラッドウイン少尉は、サーベルで花嫁と父親を惨殺し、自らも命を絶ちます。その後もブラッドウイン一族には、たびたび奇怪な事件が持ち上がります。
 一方、医者として活動する男は、アフリカの奥地で数百年生きているという謎の女性に出会いますが、その直後に、精神を病んでしまいます。錯乱した男は、息子の頭蓋骨に対して手術を行おうとしますが失敗します。命をとりとめた息子ジャクソンは、成人するに及び、自らも医者となります。ブラッドウイン家当主の後妻ノーラと出会ったことから、ジャクソンは、再びアフリカの呪術と相対することになりますが…。

 ジョン・ファリス『サーペント・ゴッド』(工藤政司訳 ハヤカワ文庫NV)は、アフリカの蛇神をテーマにした伝奇ホラー作品です。
 冒頭にブラッドウイン少尉が錯乱する事件とその顛末が描かれ、次の章ではアフリカで医者が土俗の神と呪術に出会う事件が描かれます。その2つの流れがどこで結びつくのかわからないまま物語は進みますが、やがて医者の息子ジャクソンは、ブラッドウイン家当主の後妻ノーラと恋人関係になり、ブラッドウイン家の呪いと向き合うことになるのです。
 序盤はブラッドウイン家の次男チャールズの視点、中盤からは医者になったジャクソンの視点で描かれ、正直、主人公は誰なのかはっきりしません。
 序盤で視点人物となるチャールズが、後半フェイドアウトしてしまったり、ブラッドウイン家の過去の事件とアフリカの呪いとの結びつきがはっきりしなかったりと、作品としてのバランスは非常に悪いです。ただ詰め込まれたネタの豊富さもあり、ホラー作品として、どこか捨てがたい味を持った作品といえます。

 やたらと沢山の伏線が詰め込まれているのが特徴で、いくつもの謎が登場します。ブラッドウイン少尉が錯乱したのはなぜなのか? 数十年前に失踪したブラッドウイン家の長男の行方は? 過去にブラッドウイン家に起こった事件とは? 当主の後妻ノーラの正体は? アフリカで医者が出会った謎の女性の正体は? ジャクソンが死にかかった手術は何のためだったのか?
 詰め込みすぎて、最終的に解決しない伏線や謎がたくさん残ります。おそらく著者が伏線を回収しきれていないだけだと思うのですが、不思議なことに、逆にそうした部分が物語に広がりを与えているのですよね。読者がサイド・ストーリーをいくつも想像できるような膨らみがあるといってもいいかもしれません。
 決して「傑作」ではないのですが「面白い」作品だといえます。

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吸血鬼小説を読む
 「吸血鬼」とは、主に人間の血液を吸い、栄養源とする怪物です。蘇った死者、または不死の存在であるともされています。古くはギリシャ・ローマの昔から、吸血鬼を思わせる伝承は存在しますが、メジャーな存在になったのは近代になってからといっていいでしょう。

 文芸・小説の世界で一番最初に影響力を及ぼしたのは、おそらくジョン・ポリドリ『吸血鬼』(今本渉訳 須永朝彦編『書物の王国12 吸血鬼』国書刊行会収録)です。19世紀前半に書かれたこの作品、バイロンの影響が濃いといわれますが、登場する吸血鬼ルスヴン卿が、貴族的で残酷なキャラクターとして描かれています。その影響か、これ以後の吸血鬼作品には、貴族的な吸血鬼が数多く登場するようになります。
 
 19世紀のエポックメイキングな作品としては、やはりJ・S・レ・ファニュ「吸血鬼カーミラ」(平井呈一訳『吸血鬼カーミラ』創元推理文庫収録)とブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)が挙げられます。
 「吸血鬼カーミラ」は、女吸血鬼の登場する同性愛的な要素の強い作品。一方『吸血鬼ドラキュラ』は、吸血鬼小説の集大成的な大作といえます。現代の吸血鬼のイメージの源泉は、ほぼこの作品から来ているといっていいのではないでしょうか。

 20世紀も半ばを過ぎると、オーソドックスな吸血鬼ものや、「ドラキュラ」タイプの作品は減ってきます。ステレオタイプになりがちなのを避けてか、作家たちも工夫をした作品が増えてくるのです。
 吸血鬼を実在の「種族」として科学的に説明したものや、ウィルスや病気による「感染症」と捉えたもの、精神的な病気と捉えたもの、もしくはパロディとして描かれたものなど、バリエーションは多彩になっていきます。

 リチャード・マシスン『アイ・アム・レジェンド』(尾之上浩司訳 ハヤカワ文庫NV)は、吸血鬼が「感染症」だというアイディアが使われた作品です。大量の吸血鬼が襲ってくるというイメージは、ロメロ監督のゾンビ映画の発想元ともなりました。
 H・H・エーヴェルス『吸血鬼』(前川道介訳 創土社)や、シオドア・スタージョン『きみの血を』(山本光伸訳 ハヤカワ文庫NV)、ガイ・エンドア『パリの狼男』(伊東守男訳 ハヤカワ・ミステリ)などは、吸血行為が「病」として描かれた作品ですね。

 悪役として描かれていた吸血鬼側を主人公にした作品も現れ始めます。ホイットリー・ストリーバーやアン・ライスの作品は、吸血鬼の自意識を描き「悩める吸血鬼像」を生み出しています。
 アン・ライスの吸血鬼作品はまた「ヒーロー」としての吸血鬼作品のさきがけともなりました。

 また『吸血鬼ドラキュラ』のテイストを現代に復活させようとした作品もあります。スティーヴン・キング『呪われた町』(永井淳訳 集英社文庫)や、そのフォロワー的な作品である、ロバート・R・マキャモン『奴らは渇いている』(田中一江訳 扶桑社ミステリー)は、力業で吸血鬼の侵略を描いています。

 古典から現代まで、様々な吸血鬼作品がありますが、以下、その一部から紹介していきたいと思います。



4488501095怪奇小説傑作集4<フランス編>【新版】 (創元推理文庫)
G・アポリネール 他 青柳 瑞穂
東京創元社 2006-07-11

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 テオフィル・ゴーチェ「死女の恋」(青柳瑞穂訳 澁澤龍彦編『怪奇小説傑作集4』創元推理文庫収録)
 純朴な青年僧侶が恋をした、妖艶な美女クラリモンドは死者であり、吸血鬼でした。青年を愛するクラリモンドは、彼を傷つけないように少しづつ生気を吸い取っていきますが…。

 登場する女吸血鬼クラリモンドが可憐です。青年の師である聖職者セラピオン師は、クラリモンドを邪悪なものとして滅ぼそうとします。青年は彼女が吸血鬼とわかってからも、彼女の愛が真実であることを確信するのです。
 明らかに吸血鬼側に思い入れがあるタイプの作品で、本来善の側であるはずのセラピオン師が悪人のように描かれています。19世紀前半に書かれた作品なのですが、この時代に、吸血鬼が「悪」や「怪物」ではなく、人間味にあふれた存在として描かれているのがユニークなところです。20世紀後半以降に多く書かれるようになる「苦悩する吸血鬼」のプロトタイプ的な作品といえるかもしれません。



4488506011吸血鬼カーミラ (創元推理文庫 506-1)
レ・ファニュ 平井 呈一
東京創元社 1970-04-15

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J・S・レ・ファニュ「吸血鬼カーミラ」(平井呈一訳『吸血鬼カーミラ』創元推理文庫収録)
 父と共に城に暮らす令嬢ローラは、事故により城で預かることになった美しい女性カーミラに惹かれるようになります。しかしカーミラの行動には不審な点がいくつもありました。
 時を同じくして、城の周辺では原因不明の衰弱死を遂げる人間が相次いでいました。ローラ自身も急激に体調が悪化していきますが…。

 この時代の作品としては、女性の吸血鬼を登場させたところがユニーク。カーミラの妖艶な雰囲気が印象的です。
 1872年の作品ですが、棺桶で眠る、杭を刺されると死ぬ、などの吸血鬼の代表的な特徴がすでに現れています。ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』以前の吸血鬼小説としては最も有名なものではないでしょうか。
 現代の読者としては、カーミラが吸血鬼であることはすぐに分かってしまいます。ただそれが分かっていても読ませられてしまうのは、ムード作りの名手であるレ・ファニュの筆力といっていいのでしょうか。



4891764201ドラキュラ
ブラム ストーカー Bram Stoker
水声社 2000-04

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ブラム・ストーカー『ドラキュラ 完訳詳注版』(新妻昭彦/丹治愛訳・註 水声社)
 言わずと知れた、吸血鬼小説の頂点といえる作品です。トランシルヴァニアに住む「吸血鬼」ドラキュラ伯爵が、ロンドンに来襲し恐怖を撒き散らす…というストーリー。
 関係者の日記や書簡によってストーリーが展開し、話者もたびたび変わるので、ドキュメンタリー風の臨場感があります。

 翻訳も非常に読みやすく、何より膨大な註と付属の資料が参考になります。本編から削除されたエピソード「ドラキュラの客」も収録しています。
 実は「吸血鬼」にはいろいろ制約があって、その一つとして「所有」している場所でないと移動できないとか、必ず棺で寝ないといけないとかのルールがあります。わざわざ、大量の棺を運ばせて複数の屋敷に分散させるとか、結構面倒くさいことをしています。
 ドラキュラ側も、主人公であるヴァン・ヘルシング側も、吸血鬼のルールとそれを撃退するためのルールを互いに知った上で、知的な応酬をするという感じなのが面白いですね。またヴァン・ヘルシング側が、何人かのチームを組んで応酬するところがまた興味深いです。
 註にもいろいろ面白い部分があって、例えばドラキュラに襲われたルーシーに男たちが輸血をするシーンがあるのですが、血液型も調べずに輸血をしていたりします。そもそも「ドラキュラ」発表時には輸血の技術も血液型の知識も普及していないらしいのです。
 ドラキュラもヴァン・ヘルシングたちも、ロンドンからトランシルヴァニアまでかなりの距離を移動するのですが、このあたりの海外遠征の描写もかなり忠実らしくて、これは名優ヘンリー・アーヴィングのマネージャーをしていたストーカーの海外知識が反映されているとか。



4828831029モーパッサン怪奇傑作集 (福武文庫)
ギ・ド モーパッサン 榊原 晃三
福武書店 1989-07

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ギイ・ド・モーパッサン「オルラ」(榊原晃三訳『モーパッサン怪奇傑作集』福武文庫収録)
 透明で、人の生気を吸い取る謎の怪物に襲われた男の物語です。作中に「吸血鬼」の言葉は出てきませんが、ほぼ「吸血鬼」といっていいかと思います。
 作中に登場する怪物がすごく無気味で、姿は見えないながら実体はあり、牛乳と水を好むなど、妙なリアリティがあります。怪物の正体を探ったりする過程は非常にSF的です。
 語り手の男が狂気にとらわれており、怪物の存在が妄想である可能性も示唆されるという、多面的な作品でもあります。



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フランス幻想文学傑作選 3 世紀末の夢と綺想
窪田般弥 滝田文彦
白水社 1983-04

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J・H・ロニー兄「吸血美女」(小林茂訳 窪田般彌/滝田文彦編『フランス幻想文学傑作選3』白水社収録)
 うら若き美女イヴリンは、ある日突然息を引き取りますが、すぐに息を吹き返します。しかし記憶はあるものの、彼女の人格自体は変わっていたのです。一緒に暮らしていた家族の体調が悪くなっていきますが、イヴリンを見初めたジェイムズとの結婚以降、家族は健康を取り戻します。
 代わりにジェイムズの体調が悪化し、やがてイヴリンは夫の血を吸っていることが発覚します。ジェイムズはそれでもイヴリンを愛しますが、イヴリンは突如息を引き取ります。再び目を覚ましたイヴリンの人格は元の人格に戻っていました。結婚自体の記憶もない彼女は困惑しますが…。

 タイトル通り、吸血鬼になってしまった美女を描く作品なのですが、アイデンティティーと夫婦の愛情がメインテーマという面白い作品です。
 この作品での吸血鬼の扱いは独特で、例えば吸血行為自体は口をあてるだけで血を吸い取れる(噛まなくてもよい)とか、そもそも吸血鬼自体が異次元(?)から来た別人格なのです。しかも主人格が戻ってきてから、夫妻が再び愛情を取り戻す過程が描かれるという部分もユニークです。
 イヴリン自身が後半、吸血鬼人格と入れ替わりに、別の世界に行っていたことが明かされるのですが、この別世界がすごく無気味なんですよね。かすかな「クトゥルー」感もあったりと、今読んでも面白い作品です。



ザ・キープ〈上〉 (扶桑社ミステリー) ザ・キープ〈下〉 (扶桑社ミステリー)
F・ポール・ウィルスン『ザ・キープ』(広瀬順弘訳 扶桑社ミステリー)
 トランシルヴァニアの古い城に駐留することになったナチスドイツ軍。正体の知れない怪物に、兵士が次々と殺されていきます。虐殺が続くことに危機感を覚えたドイツ軍は、ユダヤ人の歴史学者クーザに調査を命じます。
 やがて城に巣食う魔性のものと接触したクーザは、彼を利用してドイツ軍を排除しようと考えます。一方クーザの娘マグダが出会った謎の男グレンは、魔性のものの事情を知っていることを仄めかしますが…。

 最終的には厳密な「吸血鬼もの」とは言えなくなるのですが、中盤までの展開はハラハラドキドキの連続で、非常に面白いエンタメです。深夜の古城で、目にも留まらぬ速さで跳梁する吸血鬼のイメージが強烈ですね。



4102216022薔薇の渇き (新潮文庫)
ホイットリー ストリーバー Whitley Strieber
新潮社 2003-08

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ホイットリー・ストリーバー『薔薇の渇き』(山田順子訳 新潮文庫)
 数千年にわたって生き続ける女吸血鬼ミリアムは、自身の孤独をまぎらわせるために人間を吸血鬼にしパートナーとしていました。しかし人間から吸血鬼になった者の寿命は数百年であり、現在のパートナーであるジョンもまたその限界に近づいていたのです。
 ジョンの老いを防ぐためと自身の体の秘密を知るために、老衰の研究を進める科学者サラに接近するミリアムでしたが…。

 自身の寂しさをまぎらわすために、常にパートナーを求める吸血鬼、というユニークな吸血鬼像を描いた作品です。その人物像は「人間的」なのですが、一方で人間は食料に過ぎず、パートナーでさえ対等の存在ではないという意味では、やはり「怪物」に近い存在でもあるのです。
 ストリーバーは、吸血鬼を、人間とは異なる進化を遂げた別の種族として描いています。血液の成分が人間とは異なったり、脳の作りが異なっていたりと「科学的」に描写します。このあたり、人狼を人間とは別の種族として描いた『ウルフェン』と共通するところがありますね。
 科学者サラを支配下に置こうとするミリアムと、恋人との愛を信じミリアムに抵抗しようとするサラの精神的な戦いが読みどころです。ミリアムの寵愛を失い嫉妬にかられたジョンの不穏な動き、ミリアムの数千年にわたる過去の回想なども読み応えがあり、吸血鬼小説の名作の一つといっていいのでは。



4102216030ラスト・ヴァンパイア (新潮文庫)
ホイットリー ストリーバー Whitley Strieber
新潮社 2003-12

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ホイットリー・ストリーバー『ラスト・ヴァンパイア』(山田順子訳 新潮文庫)
 不老の吸血鬼ミリアムは、同じ種族の伴侶を探すため、タイのヴァンパイアの集会を訪れますが、すでに仲間たちは壊滅させられていました。
 パリに飛んだミリアムでしたが、その後をCIAのヴァンパイア捜査班が追い続けます。捜査班のリーダー、ポールは、人間でありながらヴァンパイアなみの回復力を持つ男。殺される寸前まで追い詰められながら、なぜかミリアムはポールに惹かれはじめます…。

 『薔薇の渇き』の続編です。全篇、人類と吸血鬼との戦いが描かれ、アクション重視のエンタメに仕上がっています。人類はヴァンパイアが作り出した家畜だった…みたいな伝奇的な設定も出てきたりと盛り沢山です。前作とずいぶん趣が違いますが、これはこれで面白いですね。
 第一作『薔薇の渇き』が1981年、二作目『ラスト・ヴァンパイア』が2001年と、20年ぶりに描かれた続編であるせいか、前作との矛盾点や設定の後付けが目立ちます。前作では吸血鬼の孤独感がテーマだったと思うのですが、続編では仲間の種族がたくさんいることになっています。
 前作で最後まで抵抗を続けたヒロイン、サラが再登場しますが、あっさりとミリアムの軍門に下っているのもちょっと違和感が。単体作品として見ればなかなか面白い作品なのですが、前作と続けて読むと、ちょっと気になる点がないでもありません。
 ちなみに『ラスト・ヴァンパイア』の後に、もう一作シリーズ作品があるのですが未訳です。



奴らは渇いている〈上〉 (扶桑社ミステリー) 奴らは渇いている〈下〉 (扶桑社ミステリー)
ロバート・R・マキャモン『奴らは渇いている』(田中一江訳 扶桑社ミステリー)
 ヨーロッパからやってきた吸血鬼の王コンラッド・ヴァルカンは、その力を利用して吸血鬼を増やしていきます。暴走族や殺人者などを手下に引き入れ、その軍勢は数十万単位に。さらに超自然的な力による砂嵐で、ロサンジェルス全体に閉じ込められた人間たちは次々と殺戮されていきます…。
 ハンガリーからの移民であり、かって父親を吸血鬼に殺された警部パラタジンは、事態が吸血鬼のせいであり、彼らの王を倒すしかないと考えます。味方はいじめられっ子の少年、不良上がりの神父、コメディアン。彼ら4人は王を倒せるのか…?

 数世紀を生きる吸血鬼の王によってロサンジェルス全体が制圧されるという、とにかくスケールの大きい作品です。
 吸血鬼の王の能力がものすごく、肉体的な力だけでなく精神的な支配力、さらには超自然的な能力まで持っており、町はあっという間に制圧されていきます。事態が悪化するなか、彼らに歯向かう4人の人間が登場し、本拠地の城に乗り込む…という展開は非常に熱いです。
 最後の部分がわりとあっさりしているのですが、なかなかに読み応えのある作品。



フィーヴァードリーム〈上〉 (創元ノヴェルズ) フィーヴァードリーム〈下〉 (創元ノヴェルズ)
ジョージ・R・R・マーティン『フィーヴァードリーム』(創元推理文庫)
 南北戦争前夜、持ち船を失ったアブナー・マーシュ船長のもとに、ジョシュア・ヨークと名乗る男が訪れ、アブナーの共同経営者になりたいと持ちかけます。ジョシュアの莫大な資金を元に、二人は豪華な蒸気船フィーヴァードリーム号を完成させます。
 意気揚々とミシシッピ川の船旅に出発した一行でしたが、なぜか、ジョシュアは夜にしか姿を現しません。問い詰めたアブナーは驚くべき話を聞きます。ジョシュアは人間とは別に進化した種族であり、血を糧とする「吸血鬼」だというのです…。

 アメリカ南部、蒸気船に命をかける男と吸血鬼との友情を描いた、異色の吸血鬼小説です。
 同族を血の縛りから解放しようとする「正義」の側のジョシュアに対抗する存在として、「悪」の側のダモン・ジュリアンという吸血鬼も登場し、彼ら二人の対決がたびたび描かれるのですが、ジョシュアがあっさりと負けてしまうこともあり、こちらの展開は、多少消化不良の感がないでもありません。
 それよりも、豪華船を作り、競争に勝とうとする男たちの熱い思いを描いた部分が、一番の読みどころでしょうか。女性キャラも登場するものの、総じて影が薄いです。吸血鬼ものにつきものの耽美性は薄いですが、非常に豊潤な物語といえます。



4828849327なぞのうさぎバニキュラ (Best choice)
デボラ・ハウ ジェイムズ・ハウ Deborah Howe
福武書店 1990-12

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デボラ&ジェイムズ・ハウ『なぞのうさぎバニキュラ』(久慈美貴訳 ベネッセ)
 飼い主の家族が映画館で拾ってきたうさぎを飼いはじめたことから、奇怪な事件が続発します。「バニキュラ」と名付けられたうさぎが原因だと考える犬のハロルドと猫のチェスターは、家族を守ろうと対策を練りますが…。

 うさぎの「吸血鬼」が登場する作品です。ただ「吸血鬼」とはいっても、うさぎが吸うのはなんと野菜の血! 「血」を吸われたトマトが真っ白になったりします。
 チェスターが飽くまでうさぎを撃退しようとするのに対して、犬のハロルドは同情心からチェスターの邪魔をしたりするようになるのも面白いところ。最後のオチも大団円で楽しい作品です。



B000J79KPAパリ吸血鬼 (1983年) (ハヤカワ文庫―NV)
クロード・クロッツ 三輪 秀彦
早川書房 1983-11

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クロード・クロッツ『パリ吸血鬼』(三輪秀彦訳 ハヤカワ文庫NV)
 ドラキュラの息子フェルディナンは人間と吸血鬼のハーフ。父親ともども長年暮らした城を追い出され、パリで自活をすることになります。夜警の職についたものの、生活は楽にならず、食料である血もなかなか手にはいりません…。

 とにかく主人公のフェルディナンが、徹底的に不幸な目にあいます。吸血鬼としての能力を利用して人間を襲おうとしますが、ことごとく失敗してしまうのです。職も追われ、飢餓状態になったフェルディナンに起こった変化とは…?
 吸血鬼を題材とした「ユーモア小説」といえるのですが、吸血鬼の性質や特徴などは非常によく描かれています。主人公が全くいい目を見ないので、このまま終わってしまうのかと思いきや、思いもかけない展開に。非常に後味のいい作品です。



sinku.jpg怪奇幻想の文学〈第1〉真紅の法悦 (1969年)
新人物往来社 1969

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荒俣宏/紀田順一郎編『怪奇幻想の文学1 真紅の法悦』(新人物往来社)
 いわゆる「ひねった」作品は少なく、真っ向から吸血鬼が登場するという作品の多い、全体に正統派の吸血鬼アンソロジーです。
 収録作品は、ジョン・ポリドリ「吸血鬼」、レ・ファニュ「吸血鬼カーミラ」、E・F・ベンスン「塔のなかの部屋」 、F・G・ローリング「サラの墓」 、マリオン・クロフォード「血こそ命なれば」、カール・ジャコビ「黒の告白」 、M・W・ウェルマン「月のさやけき夜」、リチャード・マシスン「血の末裔」、D・H・ケラー「月を描く人」、ジョン・メトカーフ「死者の饗宴」。

 F・G・ローリング「サラの墓」 は、教会の修理で墓を動かしたがために、封印されていた女吸血鬼が復活する…という話。この吸血鬼、巨大な狼に変身したりと強力なのですが、珍しく人間の犠牲が出る前に倒されるという、この手の吸血鬼ものには珍しい展開です。

 マリオン・クロフォード「血こそ命なれば」は、財産家の父が死に、雇い人に財産を持ち逃げされた孤独な青年のもとに、かっての想い人の女吸血鬼が夜な夜な血を吸いにくるという物語。非常にロマンティックな雰囲気なのですが、吸血鬼がゴーチェ「死女の恋」のように優しくはなく残酷なところが印象的。

 D・H・ケラー「月を描く人」は、強圧的な母親に支配されていた青年画家が、母親の死後、精神病院に収容され、そこで奇妙な絵を描き始める…という話。いわゆる「絵画怪談」と「吸血鬼もの」を合体させた作品です。青年の死後、伝記作家が精神病院長に青年の人生を聞き取るという語りもユニークです。



B000J85DLOドラキュラのライヴァルたち (1980年) (ハヤカワ文庫―NV)
マイケル・パリー
早川書房 1980-09

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マイクル・パリー編『ドラキュラのライヴァルたち』(小倉多加志訳 ハヤカワ文庫NV)
 古典的な作品から現代作品まで、幅広い吸血鬼作品を集めたアンソロジーです。珍しい作品が集められているのが特徴。ラムジー・キャンベル、ジャン・レイ、M・R・ジェイムズ、マンリー・ウエイド・ウェルマン、ロバート・ブロックなど。

 とくに珍しいのが、ブラム・ストーカー『ドラキュラ』に影響を与えたと言われる吸血鬼小説の一つ、作者不詳の「謎の男」です。1860年にドイツ語で書かれ、英語に翻訳された作品だそうです。
 領地の城に向かう途中のファーネンベルク勲爵士の一行は、狼の群れに襲われ廃墟となった城に逃げ込みます。そこで一行は謎の男に助けられます。後日知り合いになった男はアツォと名乗り、ファーネンベルクの城に出入りするようになります。
 令嬢のフランチスカはアツォに夢中になりますが、婚約者のフランツと従妹のベルタはアツォに不審の念を抱きます。アツォは夜にしか現れず、食事も全くとらないのです。やがてフランチスカの体調が悪化し始めますが…。

 婚約者のフランツが柔弱であることに不満を抱いているフランチスカが、影のあるアツォに惹かれはじめるという、恋の鞘当て的な部分もあり、それぞれのキャラクターも立っています。とくに印象深いのが、後半に現れるベルタの婚約者の軍人ヴォイスラウです。 戦争で片腕を失ったかわりに、強大な力の出る黄金の義手を身につけて現れるという強烈な登場シーンです。その力で、アツォの人間離れした怪力に対抗する…というシーンもあります。やがてフランチスカの命を救うために、ヴォイスラウはある手段を提案しますが…。
 夜にしか活動しない、人間の食事を取らない、人間離れした怪力、棺桶で眠るなど、「謎の男」アツォの性質は、本当に「ドラキュラ」を彷彿とさせます。邦訳で60ページほどの作品ですが、物語として充分に面白く、これは手軽な形で読めるようになってほしいですね。



4562028947吸血鬼伝説―ドラキュラの末裔たち
仁賀 克雄
原書房 1997-02

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仁賀克雄編『吸血鬼伝説 ドラキュラの末裔たち』(原書房)
 20世紀前半に活躍したホラー・SF作家たちの吸血鬼短篇を集めたアンソロジーです。基本的に「怪物」としての吸血鬼をテーマにした作品が多く、オーソドックスながら怪奇味あふれるタイプの作品が好きな方にはお勧めできるアンソロジーですね。
 収録作品は、カール・ジャコビ「黒の啓示」、カール・ジャコビ「血の末裔」、レスター・デル・リ「炎の十字架」、エドモンド・ハミルトン「吸血鬼の村」、シリル・M・コーンブルース「心中の虫」、バセット・モーガン「狼女」、ウイリアム・テン「夜だけの恋人」 、シーバリー・クイン「影のない男」、クラーク・アシュトン・スミス「アブロワーニュの逢引」、ロバート・E・ハワード「墓からの悪魔」、オーガスト・ダーレス「お客様はどなた?」、ヘンリー・カットナー「わたしは、吸血鬼」、A・E・ヴァン・ヴォクト「聖域」、ロバート・ブロック「マント」、チャールズ・ボウモント「会合場所」。



4390114182ドラキュラ学入門 (現代教養文庫)
吉田 八岑 遠藤 紀勝
社会思想社 1992-03

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吉田八岑、遠藤紀勝『ドラキュラ学入門』(現代教養文庫)
 吸血鬼についての総合的な入門書です。フィクションの吸血鬼よりも、民俗学的な伝承や、歴史的な記述の方に筆が多く割かれています。写真がたくさん載っており、ヴィジュアル的にも楽しい本です。
 ドラキュラのモデルになった実在の人物ヴラド・ツェペシュや「血まみれの伯爵夫人」エリザベート・バートリーの伝記なども収録されています。



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フランツ・ハルトマン『生者の埋葬』(絹山絹子訳 黒死館附属幻推園)
 上記『ドラキュラ学入門』にも言及がありますが、オーストリアの医師フランツ・ハルトマンが「早すぎた埋葬」の例ばかりを集めたユニークな本です。
 「早すぎた埋葬」とは、仮死状態の人間が生きたまま埋葬されてしまう、という事例のこと。仮死状態で埋葬されてしまった人間を見て、吸血鬼だと思い込んだ例もあるのではないかと言うのです。
 以下のページで入手できます。
 http://klio.icurus.jp/kck-dic/info.html



4791756657陳列棚のフリークス
ヤン ボンデソン Jan Bondeson
青土社 1998-09

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ヤン・ボンデソン『陳列棚のフリークス』(松田和也訳 青土社)
 「早すぎた埋葬」に関しては、こちらの本にも詳しく語った章があり、参考になります。こちらは、医師が医学史の変わった現象をいろいろ取り上げるというコンセプトの本です。「人体自然発火」「胎内感応」「巨人」など、風変わりな題材が取りあげられています。



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吸血鬼の事典
マシュー バンソン Matthew Bunson
青土社 1994-12

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マシュー・バンソン『吸血鬼の事典』(松田和也訳 青土社)
 吸血鬼に関する百科事典とも言うべき本です。吸血鬼に関する伝承、歴史的な事件などから、小説や映画などのフィクションの紹介まで、いろいろな話題が盛り込まれています。欧米だけでなく日本やアジア諸国にまで言及しているのがすごいですね。
 とくに伝承や伝説に関しては変わったものが取り上げられていて面白いです。例えば「付喪神」の項目。ユーゴラスヴィアのイスラム教ジプシーによれば、三年間放置された農具は吸血鬼になるとか。
 吸血鬼を扱った小説に関してもかなり詳しく、『ドラキュラ』や『カーミラ』などの有名作だけでなく、マイナーな作品や未訳の作品まで紹介していて参考になります。それぞれの紹介文もよくまとまっていて、わかりやすいですね。巻末のリストも貴重です。



B00ALSRTDCドラキュラ文学館 吸血鬼小説大全 (別冊幻想文学 7)
東 雅夫
幻想文学出版局 1993

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『別冊幻想文学 ドラキュラ文学館』(幻想文学出版局)
 雑誌『幻想文学』の別冊として刊行されたムックです。吸血鬼「小説」に関する限り、最も有用なガイドブックといえるのではないでしょうか。吸血鬼を扱った小説のリストや登場する吸血鬼のキャラクター名鑑、各国の吸血鬼文学の事情を語ったエッセイ、吸血鬼をテーマにした短篇もいくつか収録されています。
 ちなみに収録短篇は、以下のようなもの。

須永朝彦『小説ヴァン・ヘルシング』
バイロン卿『断章』(南條竹則訳)
ステンボック伯爵『夜ごとの調べ』(加藤幹也&佐藤裕美子訳)
城昌幸『吸血鬼』
A・クビーン『吸血鬼狩り』(前川道介訳)
シーベリィ・クィン『月の光』(村社伸訳)

 エッセイでは、前川道介「死者たちの血の渇き ドイツ吸血鬼文学誌」、森茂大郎「メタファーとしての吸血鬼 フランス吸血鬼文学誌」、大石雅彦「吸血鬼における神話作用 スラヴ吸血鬼文学誌」などの、英米以外の国の吸血鬼文学事情が参考になりますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

生きている屋敷  ロバート・マラスコ『家』
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家 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
ロバート マラスコ 小倉 多加志
早川書房 1987-12

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 主婦マリアンは、夫と息子と共に、手狭になったアパートで暮らしていました。ある日新聞で貸別荘の広告を見た夫婦は、破格の安値であったことからその家を借りることになります。しかしそれには条件が一つありました。所有者である老兄妹の母親の面倒を見てほしいというのです。ただ生活の世話はいらず、三度の食事のみを部屋の前に置いておけばいいという話でした。
 不審に思ったものの、家の魅力に惹かれた夫婦はその条件を飲みます。夫の伯母を含め4人で引っ越してきた一家でしたが、やがて、家族はみな異常な心理状態を経験するようになります。この家を出るべきだと主張する夫に対し、マリアンはなぜか反対しますが…。

 ロバート・マラスコ『家』(小倉多加志訳 ハヤカワ文庫NV)は、正統派といっていい幽霊屋敷小説です。
 主人公たちが立派な屋敷を借りることができたと喜んだのもつかの間、家族のそれぞれが、突然激高したり残酷な行為を行ったりと、異常な心理状態になっていきます。勘がいい夫は屋敷のせいではないかと考えますが、妻は気のせいだといって取り合いません。
 住んでいるはずの家主の母親は全く姿を見せず、本当に存在するのかどうかもわからないのですが、主人公マリアンはだんだんと影響を受け始め、ついには家族を捨ててでも彼女に尽くすべきだと考えるにいたるのです。

 明確な心霊現象はあまり起こらず、登場人物たちがだんだんと精神的に追い詰められていくという展開なので、地味といえば地味なのですが、非常に「怖さ」の感じられる作品です。家族が弱っていくたびに、屋敷の部屋や調度が新しくなっていったり、過去に死んだ人物の写真が現れたりという描写は、なかなかインパクトがあります。
 幽霊屋敷ホラーの傑作の一つといっていいのではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

無垢な悪魔  バーナード・テイラー『神の遣わせしもの』
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神の遣わせしもの (1980年) (海外ベストセラー・シリーズ)
バーナード・テイラー 武富 義夫
角川書店 1980-12

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 画家のアランは、妻ケイトと4人の子供とともに、休暇旅行としてピクニックに訪れていました。そこで出会った妊婦と言葉を交わしたケイトは違和感を覚えます。何人も子供を産んだといいながら、妊婦はまるで子供に対して興味がないようなのです。しかもケイトが抱かせた赤ん坊に対する態度を見る限り、子供を抱いたこともないかのようでした。
 ある日突然、夫妻の家を訪問してきた妊婦は産気づき、そのまま女児を産み落とします。しかし赤ん坊を放ったまま、妊婦は行方をくらませてしまいます。
 捨てられた赤ん坊はボニーと名付けられ、夫妻の養子となります。その直後、夫妻の末っ子の赤ん坊が窒息死し、その後も子供の突然死が続きます。ボニーが犯人ではないかと気付いたアランは、ボニーを家族から引き離そうとしますが…。

 バーナード・テイラー『神の遣わせしもの』(武富義夫訳 角川書店)は、養子にした子供が家族を崩壊に導くという恐怖小説です。
 両親とも最初はボニーをかわいがりますが、語り手アランの方は、だんだんとボニーの不審な行動に気付き始めます。親の前では純真な子供を演じながら、義兄弟たちには悪意ある行動を繰り返すのです。実子の訴えが事実だと確信したアランは、ボニーを家族から引き離そうとします。
 しかし、妻のケイトはボニーを溺愛しており、アランの話を信じようとしません。やがて実子を引き離そうとしたことが誘拐行為と捉えられてしまい、夫婦の仲も悲惨なことになっていくのです。

 語り手アランが、すでに悲劇が起こってしまった後に回想しているという体裁の作品なので、物語が悲劇的な結末で終わることはわかっています。また犠牲になるのは皆子供だということもわかっているので、その点後味は非常に悪いです。
 ボニーの犯行は、一度も直接的には描かれないので、彼女が超自然的な存在だとは、最後まで明確にされません。しかし、読んでみるとどう考えても超自然的存在だとしか取れないようになっていて、その辺りの描き方のバランスが非常に上手いですね。
 ボニーが本当はいったいどういう存在なのか? ボニーの母親は何者だったのか? といった部分は最後まで全く明かされません。この手のテーマの作品で、「悪魔的な子供」を描くのに、宗教的・オカルト的な背景を全く使わないところは逆に新鮮に感じます。全体に不気味なトーンの支配する恐怖小説の佳作でした。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

魔女のいる風景  トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』
4775526642魔女の棲む町 (マグノリアブックス)
トマス・オルディ・フーヴェルト Thomas Olde Heuvelt 大原 葵
オークラ出版 2017-05-25

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 人口約三千人の町、ブラックスプリングには秘密がありました。住人はその町から出ることができず、町の外に出たとしても、強烈な自殺衝動にかられ自殺してしまうのです。その対象には、町で生まれたものだけでなく、引っ越してきた者も含まれていました。
 町の住人にかかった「呪い」は、数百年前に処刑された魔女のものだとされています。「キャサリン」と呼ばれる魔女は、今でも日常的に町に姿を現していました。目や口を縫い合わされ、体は縛られた状態で。災厄を押さえるために、過去に魔女に対して防御策を講じた人間がいたのです。
 彼女の囁きを聞いたものは死んでしまうと言われており、数十年前に魔女の縛りを解こうとした人間が大量に死ぬという事件が起きていました。町の人々は魔女の呪いへの対策として、自警団「HEX」を設置します。魔女の行動を監視するカメラを大量に設置し、噂が広がらないようにインターネットを監視していたのです。
 町の外の生まれながら、ブラックスプリングにやってきたスティーヴ一家は、町の「呪い」を受け入れ平穏に暮らしていましたが、外の世界に憧れる息子のタイラーは、魔女のことを調べ、その情報を外部に公開するべきだと考え、仲間とともに計画を立てていました…。

 トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』(大原葵訳 マグノリアブックス) は、超自然現象の存在の当否を云々するのではなく、それが確実にあるものとして「科学的」に対応策を取る、という面白いアプローチの物語です。
 魔女キャサリンの幽霊(?)は、ランダムに町の中に出現するので、町中に監視カメラが存在したり、彼女の存在を隠すために定期的にパレードを行い、外部の人々にその存在を隠そうとしたりと、町の人々は努力を重ねています。

 町中の人々が魔女への対応策を重ねている…と聞くと、何やら「大げさ」でコメディ色が強い作品なのかと思いきや、さにあらず、非常に「怖い」作品なのです。魔女の呪いは、実際に人を殺すだけの威力があることがはっきりしており、彼女の存在が外部に広まった場合、町の壊滅もありうる、ということが仄めかされています。
 キャサリンとの意思の疎通はほぼ不可能だと言うことが過去の事例から証明されており、下手に接触をすると、死者が出る可能性もあるのです。

 そんな中、町に閉塞感を感じているスティーヴの息子タイラーやその友人たちは、外部に情報公開をするための計画を立てていきます。
 少年たちの計画は順調に進むかと思いきや、精神に危うさを抱える仲間の一人ジェイドンの勝手な行動をきっかけに、事態は急展開を迎えます。魔女自体の恐怖だけでなく、それにおびえる住人たちの疑心暗鬼がまた争いを引き起こしてしまうのです。
 全ては本当に魔女の仕業なのか? 魔女キャサリンの呪いが生まれることになった事情が追々語られますが、それは子供を大切に思うがための悲劇であり、それはまた主人公スティーヴのたどる道を暗示することにもなるのです。

 一般的に、怪異現象を解き明かす方向に物語が進めば、それに伴い「怖さ」は半減するものなのですが、この作品に関しては「怖さ」と「謎解きの興味」が上手く両立しています。新しいタイプのホラー小説として、非常に面白い作品です。
 作者のトマス・オルディ・フーヴェルトはオランダの作家で、本作品も最初はオランダ語で書かれていたそうです。英訳にあたり、アメリカを舞台にしてかなりの変更がされたとか。元のバージョンは結末も異なっているそうで、そちらの結末も気になりますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

完璧な乳母  ダン・グリーンバーグ『ナニー』
4102283013ナニー (新潮文庫)
ダン グリーンバーグ 佐々田 雅子
新潮社 1989-02

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 フィルとジュリーの若夫婦は、生まれた赤ん坊の世話に四苦八苦した結果、ナニー(乳母)として女性をやとうことにします。イギリス出身のナニー、ルーシー・レッドマンは、赤ん坊の世話だけでなく、あらゆる家事に長けた有能な女性でしたが、傲慢で夫婦を見下すような態度をとります。
 やがてルーシーは、夫婦両方に対して性的な誘惑を始めます。危機感を抱いたフィルは、ルーシーの元の雇い主に話を聞こうと考えますが、彼らは皆、話をしてくれません。ようやく話をしてくれた元雇い主から漏れたのは、恐るべき事実でした…。

 ダン・グリーンバーグ『ナニー』(佐々田雅子訳 新潮文庫)は、恐るべきナニーを描くサスペンス・ホラーです。ナニーは、赤ん坊の世話や家事だけでなく、やがて夫婦それぞれの心理まで手玉に取るようになっていきます。
 このナニーのキャラクターが強烈で、最初は傲慢な態度で夫婦を支配するものの、やがて態度を変え、信頼を寄せられるという形で心理的に支配するようになっていきます。

 夫のフィルはナニーの性的誘惑に負けてしまい、彼女の前歴に疑わしい点がわかってからも、良心の呵責から彼女を一方的に追い出すことができなくなってしまうのです。また妻の方も、ナニーの手伝いなしには、生活が成り立たなくなるまでになってしまいます。 前半、夫婦が赤ん坊の世話をする苦労がみっちり描き込まれるだけに、夫婦がナニーに依存してしまう心理も納得しやすいものになっています。

 後半、ナニーの真実を知った夫婦は赤ん坊とともに逃走することになるのですが、そこからのナニーの攻勢はインパクト充分です。彼女は超自然的な力まで持っていることが明かされますが、その能力や由来を具体的に説明しないため、その得体の知れなさが、またホラーとしての魅力を増しています。
 前半は日常的なドメスティック・サスペンス、後半は超自然的なホラーと、一冊で二種類の物語が楽しめる、良質なエンタテインメント作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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