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風変わりな娘たち  シオドラ・ゴス『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』
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 シオドラ・ゴス『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』(鈴木潤他訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)は、マッド・サイエンティストの娘たちが、シャーロック・ホームズと協力し、猟奇的な連続殺人事件の謎を追う…というヴィクトリアンSFミステリです。

 ヴィクトリア朝のロンドン、母親を亡くした令嬢メアリ・ジキルは、弁護士から母がハイドという名前の人物に送金を続けていたことを知らされます。殺人容疑者であり、父ジキル博士の死につながりがあるハイドの名に忌まわしいものを感じるメアリでしたが、ハイドにかけられた懸賞金のこともあり、彼の行方を追いたいと考えます。
 メアリが協力を頼んだのは、名探偵シャーロック・ホームズとその助手ワトスンでした。ホームズは、女性ばかりを狙い、体の一部を持ち去るという連続殺人事件を調査していました。
 メアリは、母が送金していた場所を訪れますが、そこは娼婦の更生のための施設「聖メアリ・マグダレン協会」でした。協会で出会った、ハイドと娼婦の間に生まれた少女ダイアナ・ハイドを引き取ることにしたメアリは、その後もマッド・サイエンティストの娘たちと出会うことになりますが…。

 母を亡くし、経済的な苦境に陥った故ジキル博士の娘メアリが、ハイドの行方を追っているうちに、ハイドの娘ダイアナを始め、様々なマッドサイエンティストの娘たちと出会い、協力していくことになる、という作品です。
 巷では、女性を殺して体の一部を持ち去るという連続殺人が起こっていました。シャーロック・ホームズたちと協力して捜査にあたるメアリたちでしたが、殺人には複数の科学者たちが関わっているようなのです。ハイドを始めとした科学者たちもまたマッド・サイエンティストばかりで、誰が犯罪に関わっているのかも分かりません。メアリたちはハイドを見つけ、殺人事件を解決に導くことができるのでしょうか?

 メアリが、ダイアナを始め、マッド・サイエンティストたちの娘と出会い、仲間にしていく…という流れにはワクワク感がありますね。登場するのは、ジキル博士の娘メアリ、ハイド氏の娘ダイアナ、ラパチーニ教授の娘ベアトリーチェ、モロー博士の娘キャサリン、フランケンシュタイン博士の娘ジュスティーヌ。
 ジキル博士とハイド氏はロバート・L・スティーヴンソン『ジキル博士とハイド氏』、ラパチーニ教授はナサニエル・ホーソーン「ラパチーニの娘」、モロー博士はH・G・ウエルズ『モロー博士の島』、フランケンシュタイン博士はメアリ・シェリー『フランケンシュタイン』にそれぞれ登場する科学者です。
 「娘」たちが登場するたびに、彼女らの過去が語られます。それらのエピソードもは、原典となる原作小説の裏話的な味わいがあります。
 しかも、それらの物語は原典とは微妙に違った展開を辿っているのです。特にジュスティーヌに関する部分では、舞台となる物語世界上で、メアリ・シェリーの小説『フランケンシュタイン』が書かれて、世間にも知られている…というメタフィクショナルな構造の世界観にもなっています。

 「メタ」といえば、この作品自体が、小説家であるキャサリンによって書かれているという設定も面白いです。物語全体が、事件が終息した後に回想しながら書かれているという形式で、現在の視点から仲間たちが度々ツッコミを入れる、という趣向もユーモアたっぷりですね。

 シャーロック・ホームズが登場するということで、彼の活躍が目立つかと思いきや、そのあたりは控え目で、飽くまでマッド・サイエンティストの娘たちがメインで活躍することになります。ダイアナはその身軽さと盗癖、ベアトリーチェはその毒、キャサリンは素早さと牙、ジュスティーヌは怪力、それぞれの特技や特殊能力を生かして、捜査を進めていくのです。クライマックスでは、大がかりなアクションシーンも展開し、そのヴィジュアル的な部分も見せ場となっています。
 グループのリーダーが、一番地味なメアリというのも面白いところで、ダイアナを引き取ったり、娘たちの面倒を見るなど、その包容力で彼女たちの信頼を得ていく、という流れも良いですね。

 様々なSF・怪奇小説に登場するマッド・サイエンティストの娘たちが協力して殺人事件を解決するという、ユニークなテーマの作品です。娘たちの出自の原典となる小説だけでなく、シャーロック・ホームズやその他の作品のオマージュも多く登場し、その何でもありのゴタゴタ感も魅力になっています。
 本作は〈アテナ・クラブの驚くべき冒険〉三部作の一作目だそうです。この〈アテナ・クラブ〉は、メアリたちマッド・サイエンティストの娘たちが結成するクラブ名で、いわばその結成秘話がこの一作目になっている形です。
 続編はまだ未訳なのですが、解かれていない謎や伏線などもあるので、是非邦訳していただきたいところですね。

 ちなみに、本作の原型となった短篇も邦訳されています。「マッド・サイエンティストの娘たち」(鈴木潤訳「SFマガジン2012年7月号」早川書房 収録)です。こちらも紹介しておきましょう。

 ロンドンで、特殊な事情を持つ女性たちがあるクラブを作ります。メンバー六人のうち五人が同じ屋敷に暮らしていました。そのメンバーはジュスティーヌ・フランケンシュタイン、キャサリン・モロー、ベアトリーチェ・ラパチーニ、メアリ・ジキル、ダイアナ・ハイド、アーサー・マイリンク夫人(旧姓ヘレン・レイモンド)の六人。彼女らの共通点は、マッド・サイエンティストの娘である、ということでした。娘たちは、自らの出自とこれからの計画について語り合いますが…。

 マッド・サイエンティストの娘たちがクラブを作り、生活を共にしている、という設定で語られる奇談です。登場するのは、それぞれ、フランケンシュタイン博士の娘(メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』)、モロー博士の娘(H・G・ウェルズ「モロー博士の島」)、ラパチーニの娘(ナサニエル・ホーソーン「ラパチーニの娘」)、ジキル博士の娘とハイドの娘(R・L・スティーヴンソン『ジキル博士とハイド氏』)、レイモンド博士(と牧神)の娘(アーサー・マッケン「パンの大神」)です。
 その異様な来歴や特殊能力は別として、人間である娘に交じって、厳密には人間とはいえない娘も混じっているのが面白いところです。ジュスティーヌは死体から作られた人造人間、キャサリンは動物から作られた獣人間、ヘレンに至っては牧神とのハーフ的存在なのです。
 娘たちが、どういう過去を経てそこに集まることになったのか、ということが秘話として語られ、それぞれが元になった小説作品の裏話のようになっているのも楽しいですね。
 過激な思想の持ち主が多い集まりではありますが、中でも極端なのがヘレン。毒をばらまいたり、女王を誘拐して洗脳したりと、世界支配のための恐るべきアイディアを涼しい顔で提案するのです。
 物語の語り手はキャサリンで、彼女はファンタジー的な大衆小説を書いている、というのも面白いですね。
 全体に、ホラー・ファンタジー小説の二次創作というかパロディ的な作品となっています。後半では、これまた有名なある人物の娘が登場したりと、この手のジャンルのファンには非常に楽しい作品になっています。
 長篇版には登場しないアーサー・マイリンク夫人(旧姓ヘレン・レイモンド)の存在が一番の違いでしょうか。こちらは、アーサー・マッケン「パンの大神」に出てくる、牧神と人間とのハーフの娘です。世界支配のための恐るべきアイディアを涼しい顔で提案したりと、かなり邪悪な人物となっています。
 クラブを結成した女性たちがそれぞれの来歴を語るという形式で、もともとパロディ的な意図で書かれたと思しいですね。こちらはこちらで面白い作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

夜のファンタジー  レイ・ブラッドベリ『黒いカーニバル』
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 レイ・ブラッドベリの短篇集『黒いカーニバル』 (伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF)は、ブラッドベリ原著の Dark Carnival と同じタイトルなのですが、原著とは異なる日本オリジナルの作品集です。
 当時稀覯書だった Dark Carnival を、雑誌掲載作から再現できないかと考えた訳者が編んだ作品集で、完全な再現はできなかったものの、その際に発見した初期作品も多く収録されています。収録作の多くは1940~1950年代に書かれていますが、この時代のブラッドベリ作品にはどれも作品に輝きがあります。

「黒い観覧車」
 ハンクとピーターは、カーニバルの団長クーガーが、真夜中に観覧車に乗った結果、子どもの姿に若返る光景を目撃します。クーガーが孤児のふりをして、子どもを亡くした婦人ミセス・フォーリイのもとに世話になっていることを知った二人は、ミセス・フォーリイにその事実を訴えますが信じてもらえません…。
 観覧車の魔力によって子どもの姿になった男。彼が邪悪な意図を持っていることを知った少年二人が、それを防ごうと奔走する怪奇ファンタジー作品です。時をコントロールする観覧車のイメージが魅惑的ですね。長篇『何かが道をやってくる』の原型となったと思しい作品です。

「詩」
 谷間に住む詩人の夫デイヴィッドとその妻リサ。デイヴィッドがある日、谷間のことを書いた詩には、まるで本物のような感触が息づいていました。リサはその詩の素晴らしさに驚嘆しますが、実際の谷間から自然の美しさがなくなっていることに気がつきます。
 どうやらデイヴィッドの詩に書かれたものごとは、その本質と魅力を、詩に封じ込められてしまうようなのです。彼はその詩の素晴らしさによって有名になっていきますが…。
 万物を詩に封じ込めてしまう力を得た詩人を描く作品です。あらゆる物事がそこには封じ込められてしまうようで、ついには宇宙そのものを封じ込めようとすら考えてしまうのです。
 夫の力に恐怖を覚え始めた妻の行動が描かれるラストも詩的で美しいですね。

「旅人」
 様々な異能の力を持つ者ばかりが生まれる一族。眠っている間に、精神をいろいろな場所に飛ばし、生き物に入り込むことの出来る少女セシイは怠け者と思われていました。
 セシイが体を置いて旅立ってしまった後、一族の鼻つまみもののジョン叔父が現れ、セシイの行方を聞き出そうとします。
 ジョン叔父は何者かに取り憑かれており、セシイにそれを治療してほしいのだというのですが…。
 セシイの行方が分からなくなり、ジョン叔父は彼女に治してもらえなければ、一族の者たちを密告すると脅迫します。セシイは間に合うのか、ジョン叔父を助けるのか? というところでサスペンスも発生するのですが、思いもかけない展開で驚かされてしまいます。子どもならではの残酷さも現れていますね。

「墓石」
 ウォルターとレオータの夫妻が借りた部屋には墓石が置かれていました。前の住人の石工見習いウェトモアが墓石を彫っていたものの、名前を間違えたショックで飛び出していってしまったというのです。取りに来るまでそのままで我慢してほしいと大家には言われますが、レオータは気味悪がります。夜になり、レオータは墓石の下で幽霊が騒いでいると言い出しますが…。
 神経質な妻による気のせいだと思っていたものが実は…。超自然現象そのものは起こっていたのかはっきりしないのですが、奇妙な暗合が出現して唖然とさせます。シュールでコミカルながら不気味な一篇です。

「青い壜」
 火星人が五千年か一万年前に作ったという<青い壜>は人間の最も欲しているものを与えると言われており、壜を探している人間も数知れませんでした。長年壜を探し続けていたベックはとうとう壜を見つけますが、連れのクレイグにはただのバーボンの壜にしか見えないようなのです…。
 あらゆる願望を叶えるという<青い壜>。見る者によってそれは違って見えるようなのです。願望を叶えると同時にその人間を破滅させる恐ろしいアイテムでもあるのですが、ある人間にはただの酒にしか見えない…というのも、滑稽さと同時に物哀しさを感じさせますね。

「死人」
 大水の被害に遭って以来、自分は死人だとして、樽の上に一日中無為に座っているマーティンは周囲から馬鹿にされていました。しかしミス・ウェルドンだけは彼に親切にしていました。やがてマーティンはミス・ウェルドンと結婚することを決心しますが…。
 「死んでいる」というのが精神的な病であり、女性の愛情によってそれを克服する物語、と思いきや、思いもかけない展開が待っています。二人の「家」が言葉通りのものではなかったことが分かる結末は神秘的で、感嘆してしまいます。

「ほほえむ人びと」
 自分の家にローズ叔母の一家四人を住まわせているグレッピン氏は、叔母たちの横暴さに腹を立てていました。アリス・ジェーンとの結婚を口に出すものの、それにも反対されてしまいます。彼がとったある行為により、伯母たちは「ほほえみ」を浮かべることになりますが…。
 「ほほえみ」が比喩的なものかと思いきや、それが物理的に実現されるという、猟奇的かつブラック・ユーモアあふれる恐怖譚です。

「死の遊び」
 集団で同級生を突き落として殺してしまった子どもたち。恐ろしさを感じた教師のハワードは引退しますが、どうしてもと請われて、別の学校で一時的に教師に復帰することになります。子どもに対して不信感を抱くハワードは、彼らに強圧的に対応しますが…。
 子どもに恐怖感を抱く教師が、結局は彼らによって葬られてしまう…という恐怖小説です。子どもにつらく当たったゆえなのか、そうでなくても結果は変わらなかったのか…。あっけらかんとした怖さがありますね。

「時の子ら」
 教師に連れられて、タイムマシンで1928年の過去の時代を見学にやってきた子どもたち。サーカスやハロウィーンなどの様々な行事について、教師は野蛮なものと見下しますが、子どもたちはそれに目を輝かせて見入っていました…。
 子どもたちがいた未来の時代にはどこかディストピアの香りもするのですが、それだけに自由を求める子どもたちの無垢さが強調されていますね。子どもたちの純粋さはどの時代でも変わらない…というところでリリカルな味わいも強いです。

「全額払い」
 核攻撃により地球が滅亡するのを火星から目撃した男たち。隠れ住んでいたという火星人は彼らに救いの手を差し伸べますが、自暴自棄になった男たちは、火星人たちを攻撃し始めます…。
 男たちの破壊的な行動は全く肯定できないのですが、その心理には同感してしまう部分もあるという、非常にやるせなさに溢れた作品です。

「監視者」
 台所用品会社の社長ティンズリーが殺虫剤や噴霧器などに極端な額を投資していることに不安を抱いた秘書のスティーブは精神科医のスーザンと共に彼の様子を探りますが、ティンズリーはどうやら妄想に囚われているようなのです。
 それは虫たちが悪魔の手先であり、彼の命を狙っているというものでした…。
 周囲の虫たちが人間たちを監視している…という妄想に囚われた男を描くホラー作品です。妄想だと思われた考えが実は…というタイプの作品ですが、さらにそこから捻りが待っています。これは怖いですね。

「再会」
 幼い頃に両親と兄を失い、強圧的なオーピーおば夫妻と共に暮らす少年マルカムは、屋根裏で亡くなった家族の遺品を見つけます。彼らへの強い思いを持てば、家族が生き返るのではないかと考えたマルカムは屋根裏に閉じこもりますが…。
 家族への強いイメージが彼らを蘇らせる…というファンタジーなのですが、少年の思いは無残に打ち砕かれてしまいます。「洗濯」や「掃除」が、これほど邪悪に感じられる作品は珍しいのでは。

「刺青の男」
 サーカスで働いていたフェルプスは肥満した体を持て余し、妻のリザベスとも上手くいかなくなっていました。フェルプスは刺青師の老婆によって全身に刺青を彫り込んでもらい、刺青男として商売しようと考えます。刺青は見事なものでしたが、
 胸と背中に彫られた刺青のみは特別であり、時が来るまで見てはいけないと言われます。観客の前で公開された男の胸の刺青には、思いもかけない光景が描かれていました…。
 老婆から彫り込んでもらった刺青には未来の情景が描き込まれていましたが、それは残酷な真実だった…という物語です。
 目、鼻、耳を縫い合わされた奇怪な老婆、未来を表す刺青、入れ子状になった光景のビジョン…。幻想的で魅力的なガジェットが乱舞する、極彩色の怪奇ファンタジーとなっています。

「静寂」
 故郷の星を脱出し、新たな星ソトンに開拓にやってきた人間たち。しかしその星にはそれを見ている者たちがいました。彼らは人間を滅ぼす時はまだ先であると、長い年月を沈黙して過ごすことになります…。
 人間を滅ぼす者たちの正体もさることながら、長い時を待ち、人間たちが最盛期を迎えたときに滅ぼしてしまう…というあたりも怖いですね。

「乙女」
 過去に何人もの恋人を持ち、男を手ひどくあしらってきたという比類ない美女。彼女に魅了された男の取った行動とは…。
 幻想的なショート・ショートです。「乙女」の正体が分かる結末には、はっとさせられますね。残酷さと官能性とがないまぜになった作品です。

「夜のセット」
 長いこと行方不明になっていたマットを映画のセットの中で見つけたポールは、彼に戻ろうと話しますが、マットはこの場所が落ち着くとして帰るのを拒みます…。
 男がこの世ならぬ世界に行ってしまったことが示されるのですが、それを表す描写が何ともシュールで魅力的です。男が「セット」そのものになってしまったことが示されるのです。

「音」
 棺の中で死者たちが会話を交わしていました。妊娠したまま亡くなったラティモア夫人から、赤ん坊が生まれるというのですが…。
 死者たちの中で新たな命の誕生が予告されるという幻想的な掌篇です。赤ん坊といっても死者であり、それがどんな姿をしているのか? なぜ生まれるのか? というのが死者たちの間でも取り沙汰され、そこで物語が終わってしまう、というのもシュールですね。

「みずうみ」
 子どものころ「わたし」が愛していた少女タリイはみずうみで溺れて亡くなりますが、その遺体は見つかっていませんでした。大人になった「わたし」は妻のマーガレットを連れて、故郷のみずうみを訪れます。その際、救命員がみずうみで見つけたものを目撃することになりますが…。
 子どものころに愛した少女への思慕の念がよみがえるという幻想小説なのです。少女の永遠性が示されるのと同時に、主人公の現実感覚が色褪せてしまうことにもなります。失われた過去への哀惜の思いが強く表れた、ブラッドベリの傑作の一つでしょう。

「巻貝」
 外に出たいと言う病み上がりの息子ジョニィ。母親は息子をたしなめ、医者が持ってきてくれたという巻貝を渡します。巻貝をもらったジョニィはそれを耳に当てて海に対して思いを馳せますが…。
 せっかちな少年が巻貝を通して現実ならざる世界へ行ってしまうという、子どもの想像力を扱ったファンタジー作品です。長く待っていると、おとなになって、おもしろくなくなってしまう、というジョニィのセリフには一抹の真実が感じられますね。

「棺」
 資産家の兄チャールズと弟リチャード。チャールズのお金に頼っていたリチャードは、兄が早く死ねばいいと考えていました。兄の死後、彼が死の間際に制作した特別製の棺を調べようと中に入ったリチャードは、棺に閉じ込められてしまいますが…。
 酷薄な弟が自動仕掛けの棺によって葬られてしまうという、ブラック・ユーモアたっぷりの恐怖小説です。
 棺は人を閉じ込めるだけでなく、薬液(おそらく毒)を体に打ち込んだりと、積極的に人を殺そうとする機能を備えており、ほぼ殺人機械といった趣です。
 棺が段々とリチャードを追い詰めていく様があっけらかんと描かれていて、恐怖感とユーモアが一体となったシュールな作品となっていますね。

「ダドリイ・ストーンのすばらしい死」
 将来を嘱望された天才作家ダドリイ・ストーンが沈黙して、数十年の月日が経っていました。彼に何があったのか、「わたし」はストーン自身の口から真実を聞くことになります。
 ストーンの幼馴染みであり、同じ作家でありながら、ストーンの名声の影に隠れてしまった男ジョン・オーティス・ケンドルによって、作家としてのストーンは殺されてしまったというのです…。
 天才とされながら筆を折ってしまった謎の作家ストーンに何があったのか? その真実は意外なものでした。作家としての矜持や名声よりも、生きること、人生そのものを楽しむことを選んだストーンの姿が描かれます。
 芸術を貫くよりも生を楽しむべきだとする、異色の芸術家小説といえるでしょうか。

「戦争ごっこ」
 兵士として戦争に参加することになった青年ジョニー・クワイア。しかし彼の心は子どものままであり、実際の戦争に際しても「戦争ごっこ」をしているつもりでいたのです。敵の弾丸が全く当たらないジョニーに友人のスミスは驚きますが…。
 子どもの心を持ち続ける青年ジョニーが、戦争ごっこをしているつもりで、実際の戦争に参加してしまう、という物語。友人スミスが、ジョニーの幻想を崩さないように、彼の面倒を見るようになる、という部分で、異色の友情物語とも読めますね。

「バーン!おまえは死んだ!」
 敵の弾丸が全く当たらず生き延び続けるジョニーに、その方法を教えてもらいたいと頼むメルターは、ごっこ遊びをしているだけだと答えるジョニーに腹を立てます。
 親友のスミスが倒れ生命の危機に陥っている際、メルターはジョニーに真実をぶちまけようとします…。
 「戦争ごっこ」の続編です。死を恐れるメルターが、ジョニーにその秘訣を教わろうとしますが、はぐらかされたと思ったメルターの怒りがジョニーに向かってしまうのです。
 幻想を失ってしまえばジョニーはおそらく死んでしまうであろう事が示唆されており、友人のスミスはそれを防ごうとすることになります。
 幻想の世界に生きるが故に戦場では「無敵」である青年を描いた、奇妙な味のファンタジーです。

「児童公園」
 児童公園で遊ぶ子どもたちの乱暴さを見たアンダーヒル氏は、息子のジムをそこで遊ばせまいと考えます。しかし妹のキャロルはジムにはある程度の厳しさも必要だとしてアンダーヒルと反目します。
 公園で友人トム・マーシャルの息子トミーらしき少年と出会ったアンダーヒルは、彼から、息子を守るためにはアンダーヒル自身が身代わりになる必要があるのだと話しますが…。
 子どもが持つ残酷さが描かれたファンタジーです。アンダーヒルは公園に囚われの身になってしまうのですが、その「刑期」の長さが示されるラストには戦慄してしまいます。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

夢の国から  キジ・ジョンスン『猫の街から世界を夢見る』
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 キジ・ジョンスン『猫の街から世界を夢見る』(三角和代訳 創元SF文庫)は、H・P・ラヴクラフト作品から着想を得たという異世界ファンタジー作品です。

 猫の街ウルタールの女子カレッジから、理事の娘でもある優等生クラリー・ジュラットが駆け落ちし、行方不明になってしまいます。彼女の相手は「覚醒する世界」から来た男でした。クラリーの父に事が知れれば女子カレッジの閉鎖もあり得るのです。
 初老の女性教授ヴェリット・ボーは、クラリーを連れて帰るため、「夢の国」をめぐる旅に出ることになりますが…。

 H・P・ラヴクラフトの創造した<ドリーム・サイクル>の世界観を元にした幻想小説です。
 舞台となるのは「夢の国」で、ここには人間のほか、魔物や恐ろしい神々が存在するのです。「覚醒する世界」(現実世界)から夢を通してこの世界にやってくる人間もあり、そうした人間は「夢の国」の住民にとってカリスマ性を帯びて見えていました。クラリーもまた、そうした「夢見る人」に惹かれて飛び出してしまったようなのです。
 おそらくは<覚醒する世界>に渡ってしまったクラリーを追って、ヴェリットがその世界に至るまでに様々な困難を乗り越えていくという冒険小説となっています。

 所々で協力者は現れるものの、基本的にはヴェリットの旅は孤独なもので、旅の過程では彼女の気丈さが発揮されていくことになります。ヴェリットは、過去には世界中を旅した経験もある知識人なのですが、今や五十を過ぎ、体力的にも無理ができない状態になっています。旅の最中に若かりし頃の旅の回想が登場し、現在の旅と重ね合わされていく、というのも興味深いです。それに伴って、自らの人生を振り返ることにもなり、そこにある種の哀感が湧いてくるというのも、渋い読み味です。

 ラヴクラフトの幻想小説「未知なるカダスを夢に求めて」から直接的な影響を受けている作品だそうです。ただ、ラヴクラフト作品にある人種差別的な要素、また女性が不在であることに気付いたジョンスンが、それらのアンチテーゼ的な観点からこの作品を創作したという面もあるようですね。主人公が初老の女性である、というのもそのあたりを意識しているようです。
 実際、「夢の国」では女性の待遇は現実世界以上に悪いものとなっているようで、ヴェリットがカレッジが潰されないように危惧している、というのもそのあたりの事情を表しています。
 しかも人間による政治的な影響関係以上に恐ろしいのが、神々たち。邪悪で身勝手な彼らが動き出せば、街自体が滅ぼされかねないのです。
 そうした事情から、「夢の国」の住人、特に女性にとっては「覚醒する世界」(現実世界)の方がむしろ「夢の国」に見えてくる…というのも逆説的ですね。

 タイトルに「猫」とはありつつ、それほど猫の出番は多くありません。ヴェリットの旅の相棒となる黒猫(特に名前はついていないようです)は、キャラクターとしてなかなか魅力的ではありますが。

 ラヴクラフト作品のオマージュでありながらも、そこに批判的な要素も盛り込まれています。ファンタジーであると同時にアンチ・ファンタジー的な視点も持った、ユニークな作品となっています。
 ラヴクラフト作品をリスペクトしながらも、批判的に再構成する、という点では、ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』とも共通するところがありますね。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

ジョン・ブラックバーンの破天荒な世界
 ジョン・ブラックバーン(1923年~1993年)はイギリスの作家。『刈りたての干草の香り』(1958)でデビュー、主に1960年代~1970年代に活躍した作家です。
 基本はホラーでありながらも、多様なジャンル小説の要素が組み合わされた作風です。、創元推理文庫で初紹介された当時(1970年代)には、評価に困った人が多かったんじゃないでしょうか。今で言うところの「ジャンルミックス小説」「ハイブリッド小説」で、ジャンルに当てはめると「モダンホラー」に近いでしょうか。
 米ソ冷戦やスパイ活動など、エスピオナージュ要素が濃いのも特徴で、当時としては物語にリアリティを出すための背景として重宝されたのかなと言う気はします(とはいえ、ブラックバーンのお話自体は本当に突拍子もないので、リアルさという言葉もどうかとは思いますが)。このエスピオナージュ部分も、今となっては結構味わいがあって、これはこれで面白く読めますね。
 怪異現象や伝承、オカルトなど、古典的なホラー小説のテーマを科学的・SF的に解釈するのも特徴です。その結果、事態が一地域的なものに留まらず、世界的な規模になり、人類滅亡の危機になってしまうのです。これは邦訳のある作品すべてに共通していて、その点では、「破滅もの」作品のバリエーションともいえますね。
 シリーズキャラクターとしては、イギリス情報部のカーク将軍、ノーベル賞も受賞したという細菌学者マーカス・レヴィン卿、マーカスの妻タニアの三人が登場します。この三人が全員出ることもあるし、一人、または二人で登場するなど、作品によってばらつきがあるようです。マーカスが細菌学者ということもあるのか、細菌や微生物が関わってくる作品が多いです(演出や使い方は様々なのですが)。
 怪異現象や奇怪な事象が起こっても、素直にそれが伝統的な怪奇小説風の展開になることはなく、SF的な衣、あるいは「トンデモ系」の展開になってしまいます。その意味で、いわゆる「B級ホラー」としかいいようがないのですが、その一方、ブラックバーンの小説家としての力量は高くて、読ませる力があるのですよね。どんなに「B級」なネタが登場しても、作品のシリアスさが失われないところに、逆に驚いてしまいます。
 作品を続けて読んで思ったのは、時代に先駆けた作家だったのではないか、ということでした。今現在でこそ、その破天荒な魅力が十分に楽しんで読める作家だと思うので、もっと読まれてほしいところです。
 邦訳は、創元推理文庫と論創社からそれぞれ三作ずつ出版されています。順に見ていきましょう。



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ジョン・ブラックバーン『刈りたての干草の香り』(1958年)(霜島義明訳 論創海外ミステリ)

 英国情報局のチャールズ・カーク将軍のもとに、ソ連のある村が軍隊によって焼き払われ、住人は収容所に入れられたというニュースが入ります。将軍は急遽会議を招集し、郊外の町でくすぶっていた卓越した学者トニー・ヒースもそこに参加することになります。 一方、ソ連の港アルハンゲリスクから突如退去を命令された英国船ガズヒル号は衝突事故により沈没し、乗組員たちはボートで脱出します。再びソ連側のどことも知れぬ村に漂着した彼らは、何者かに襲われてしまいます。
 ソ連で緊急事態が発生していることを知ったカーク将軍らは、英国にもその事態が及ぶことを危惧し、対策と調査を開始します。トニーとその妻マーシャも独自に調査を始めますが…。

 ソ連とイギリスを舞台に、国際的な陰謀とそれによる破滅が迫るという、怪奇SFスリラー作品です。
 ソ連で緊急事態が発生し、英国でも同様の事態が起こることを恐れた諜報機関のカーク将軍らがその対策を進めるという、スパイ・スリラー風で始まるこの物語、思わせぶりな描写が続き、なかなか事件の真相が明らかになりません。ただ、いろいろな場所で何かが起こりつつあるという、序盤の盛り上げ方が上手く、その不穏な雰囲気と相まって、ワクワク感が強くなっていますね。
 事態が明らかになってからも、それがなぜ起こったのか? 人為的な原因によるものなのか? 人為的な原因として誰がそれを行ったのか? など、様々な疑問が持ち上がることになります。それに伴い、第二次大戦に遡るエピソードが現れるあたりには、伝奇小説的な味わいもありますね。
 著者のブラックバーン、SFやホラーにエスピオナージュやサスペンスなど、複数ジャンルの要素を混ぜ込ませるのが得意な作家で、デビュー作である本作で、すでにその作風が現れています。ミステリ、サスペンス、スパイ・スリラー、SF、ホラー、これらの要素が一緒くたになっています。最後の方では「意外な犯人」まで現れてしまうという、とにかく、次に何が起こるのか予測がつかない…というところが魅力でしょうか。
 はっきり言ってメインテーマは「B級」なのですが、その書き方はシリアスで重厚、ある種の格調高さまで感じられてしまうのは不思議です。



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ジョン・ブラックバーン『壊れた偶像』(1959年)(松本真一訳 論創海外ミステリ)

 英国外務省情報局長であるカーク将軍のもとに、グラディス・リーヴズなる若い女性が惨殺死体で見つかったというニュースが入ります。調べたところ、その名前は偽名であり、かってイギリスとソ連の大物たちを手玉に取った、名うての女スパイ、ゲルダ・レインであることが判明します。
 しかも、ゲルダは娼婦の真似事をしていたようなのです。なぜ彼女ほどの人物がそんな真似をしていたのか? なぜ彼女は殺されたのか? カーク将軍は部下のマイケル・ハワードとペニー・ワイズと共に事件を調査することになりますが…。

 惨殺された女スパイの謎をめぐって展開されるオカルト・スリラー作品です。カーク将軍率いる面々が、やり手の女スパイの殺人の謎を追っていくうちに、奇怪な事件に巻き込まれていくといくことになります。
 女スパイやソ連の諜報員など、ブラックバーンお得意のエスピオナージュ風味はあるものの、事件の聞き込みを続けていく前半はまっとうな警察小説の趣が強いですね。捜査を担当するのはもっぱらマイケルで、その恋人であるペニーが補佐する、という感じです。 最初はゲルダが裏切ったソ連の大物ピーター・クンが犯人かとも思われますが、やがて彼にその機会がないことが分かり、捜査はなかなか進みません。
 マイケルが調査を続けるうちに、謎の彫像と悪魔信仰が現代にも生きているらしいことが分かり、途端に物語の不穏さが増していきます。事件の関係者たちが普通の一般人ばかりだけに、思わぬ人物が事件に関係していたことが分かる後半には驚きがありますね。
 被害者のゲルダを始め、本作に登場する女性の登場人物が強烈なキャラクターを持っているのも特徴です。社会的に弱い立場の人間や普通の主婦として登場しながらも、その自我は強烈なのです。比べて男性の登場人物は、カークやマイケルを除き、影が薄くなっていますね。この男女の登場人物の描き分けが物語のメインテーマにも関係してくるあたり、ブラックバーンの筆は達者です。
 事件の謎がいちおう「合理的に」解決されるので、ギリギリ、ミステリとしても成立している作品と言えるでしょうか(といっても「トンデモ系」であることに変わりはありませんが…)。「犯人」も意外といえば以外です。ミステリファンにもホラーファンにも楽しめる佳作でしょう。



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ジョン・ブラックバーン『薔薇の環』(1965年)(菊池光訳 創元推理文庫)

 イギリス陸軍少佐トム・フェニックは、妻子と共に、西ドイツ行きの列車の中にいました。別の部屋で寝かせていた息子のビリイが夜のうちに姿を消し、東ドイツ領内を走っている際に誘拐されたのではないかという疑いが持ち上がります。トムが知る暗号解読装置の詳細をソ連が知りたがっており、それを狙って誘拐がされた可能性があるというのです。
 一方、東ドイツ内ではすぐに捜索がされますが少年の行方は分かりません。ソビエト側では誘拐の指示など出されていないというのです。折しも、西側と事を荒立てたくないと考えていた上層部は困惑しますが…。

 東西冷戦下、東ドイツ領内を走る列車でイギリス人の軍人の息子が失踪したことから、東西陣営でパニックが起こることになる、というホラー・サスペンス作品です。
 他のブラックバーン作品に比べ、かなりシンプルな作りになっています。この作品に関してはメインテーマを明かしてしまってもいいと思いますが、謎の病原体による感染パニック小説となっています。
 異常変異した病原体そのものの謎もさることながら、その発生源、人為的なものだとしたら誰が作り出したのか、といった謎に加えて、グリム童話をモチーフにした伝説が絡んでくるなど、幻想的な味付けも濃くなっています。
 最終的に判明する「敵」の過去やプロフィールにも味わいがあって、その背景として共産主義社会の「歪み」と「抑圧」が匂わされるなど、社会的なテーマも盛り込まれていますね。
 舞台となる冷戦下の時代背景は多少古くなっていますが、パニック・ホラー小説の秀作として今でも楽しめる作品です。



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ジョン・ブラックバーン『リマから来た男』(1965年)(菊池光訳 創元推理文庫)

 イギリスの大臣ウィリアム・レイヴンが暗殺され、その犯人と目される男の死体が発見されます。死体の血液から奇妙な微生物が発見されたため、細菌学の権威マーカス・レヴィン卿は、警察から協力を要請され、調査をすることになります。
 微生物は人体には無害のようでしたが、その存在は従来の常識では割り切れないものでした。同じような暗殺事件が世界各地で起きており、それらの被害者が皆、南米のある共和国に関わっていることが判明します。マーカスとその妻タニア、外務省情報局長のカーク将軍は南米に飛ぶことになりますが…。

 世界中の要人の暗殺事件が続き、その背後に謎の微生物の存在が匂わされるというサスペンス・スリラー作品です。謎の微生物発見をきっかけに、南米のある国で何らかの陰謀が企まれているのではないかと、マーカス夫妻とカーク将軍ら、主人公グループが乗り込んでいくことになります。
 微生物やその効果が政治的暗殺に使われているようで、<山の老人>と呼ばれた暗殺者「ハサン-ベンーサバ」の伝説、異端的として学界のつまはじきものになっていたクルト・ベルゲンの研究、ユダヤ人を裏切って大資産家になったものの、南米で姿を消したとされる実業家ジューダ・シュロット、そして、元聖職者でありながら残酷な虐殺者だったという<リマから来た若者>ホセ・アラングラ。政治的スリラー風に進んでいた物語が、上記のエピソードを挟むうちに、やがて南米の秘境をめぐる冒険小説に変化してしまい、伝奇スリラーともいうべき展開になるのには驚いてしまいます。
 後半の冒険行のなかでも、主人公たちの道連れになった軍人の人間的悲哀が描かれたかと思うと、その後は、世界滅亡を狙った突拍子もない陰謀が現れたりと、読んでいるうちに何の小説を読んでいるのか分からなくなってしまうような展開です。ブラックバーン作品の中でも「変さ」では上位に来る作品ではないでしょうか。
 ちなみに、『薔薇の環』で登場した女性タニアが、マーカス・レヴィン卿の夫人となって登場します。この女性、ロシア要人の部下だったキャラクターで、その点シリーズものとしての面白みもありますね。



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ジョン・ブラックバーン『闇に葬れ』(1969年)(立樹真理子訳 論創海外ミステリ)

 18世紀に生きた貴族サー・マーティン・レイルストーンは、その邪悪さから、悪魔と契約したとの噂もささやかれていた人物でした。老齢になってから突如として絵画や詩を制作し始め、それは現代でも一部で高く評価されていたのです。
 死を迎えるにあたってレイルストーンは、未発表の自らの創作物を納骨堂に共に入れるように指示していまいました。その管理は国教会のランチェスター教区に託され、レイルストーンの血を引き、彼の二つの身体的特徴を受け継いだ赤毛の女性が現れない限り、開けてはならないとされていました。
 レイルストーンの作品を高く評価するデズモンド・マーン卿率いるキャズウェライト協会の人々は、レイルストーンの納骨堂を開放することを要求していましたが、管轄する国教会の主教レントンは、レイルストーンは邪悪な人間だったとして、それを拒みます。
 レントンがひき逃げされ急逝したことから、事態はキャズウェライト協会に有利になったかとも思われましたが、折悪しく、屋敷を含む土地がダム計画で水の底に沈むことになっていること、そしてレントンの後任の責任者ノースマン大司祭が前任者に輪をかけてレイルストーンを異端視していることから、計画は頓挫してしまいます。
 協会の一員で役所勤めの男ジョージ・バンクスは、独断でレイルストーンの納骨堂に穴を開けて侵入しますが、中から聞こえてきたのは、奇怪な笑い声でした…。

 悪魔と契約したとの伝説もある18世紀の貴族が納骨堂に封印した品物をめぐる、ホラーサスペンス作品です。
 その芸術が評価されながらも、悪魔との関わりも噂されていた邪悪な人物マーティン・レイルストーン。彼の秘められた品物をめぐって、納骨堂を公開するかどうか、教会側とマーン卿側が攻防を繰り返す…というのが前半の展開です。
 公開に反対するノースマン大司祭は、信仰心は篤いものの、元軍人の強硬派という人物。対抗する側も、手段を選ばない実業家マーン卿、傲岸な作家マージョリー・ウッダースン、ナチスとの関わりで無罪になった経験のあるドイツ人細菌学者エリック・ベックなど、一癖も二癖もある人物ばかり。
 協会の方針に協力しながらも、納骨堂に聖遺物があるのではないかと考える歴史研究者の若い女性メアリー・カーリンと、彼女の恋人である記者ジョン・ワイルドが、視点人物となって物語を進めていくことになります。
 いかにもな怪奇ムードで始まり、呪いやオカルトとしか思えない現象が発生するのですが、それが型どおりのホラー展開にならないところが魅力でしょうか。キーパーソンとなるのは医者のベックです。彼から怪奇現象に対する科学的な解釈が出されることになります(とはいえ、その解釈も怪しいものなのですが)。後半ではさらにとんでもない事態が発生し、一気にパニック・ホラー展開になだれ込むあたりのリーダビリティは強烈ですね。
 怪奇現象が合理的に解き明かされたと思ったら、それが呪いやオカルトを上回るぶっとんだ展開で、読んでいて唖然としてしまいます。著者の小説技術は非常に上手くて読ませるのですが、怪奇ムードたっぷりに進んでいた物語が、こんな展開になるとは誰も予想できないんじゃないでしょうか。
 後半のパニック・ホラー部分が一番の読みどころなのですが、怪奇現象が起きる前の、納骨堂をめぐる二つの勢力のやりとりが描かれる部分もサスペンスたっぷりで楽しめます。序盤で、レントン主教が何者かの陰謀によってひき逃げされるシーンが描かれるのですが、これも納骨堂をめぐる一連の事件と関係していることが示されるなど、人間たちの謀略サスペンスとしても面白いです。
 ブラックバーン作品、多様なジャンル小説の要素が絡むことが多く(中でもエスピオナージュ要素が非常に強いです)、この癖の強さが苦手な人もいると思うのですが、その点、本作品はほぼ純粋な怪奇スリラーとなっています。
 事件の真相そのものにはSF色もあるのですが、物語の構造自体は純粋なホラーといってもいい作りになっており、その意味で、ブラックバーン作品の中でも特に読みやすい作品だと思います。帯の文句では「最高傑作」の文字が見えますが、確かに邦訳のあるブラックバーン作品の中では、一番面白い作品かもしれません。



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ジョン・ブラックバーン『小人たちがこわいので』(1972年)(菊地光訳 創元推理文庫)

 北アイルランド、リンスリート河口湾で鳥や海棲動物が大量に死んでいることから、汚染物質が海に流れ込んでいる可能性が懸念されていました。カーク将軍が汚染源と考えているのは、D・R・プロダクツ社。そこは、かってナチスに協力しながらも無罪となった男ハンス・グレイバが主任化学者を務めている会社でした。グレイバは細菌兵器を研究していたとも言われていたのです。
 細菌学者マーカス・レヴィンは、D・R・プロダクツ社の親会社である航空機会社の社長ダニエル・ライダーと旧知の仲であったことから、カーク将軍から、ライダーと接触し、汚染源調査の圧力をかけるように働きかけてほしいとの依頼を受けます。
 マーカスは、妻のタニアと共に、ライダーが住む北ウェールズの地を訪れます。ライダーは、地主の娘メガンと結婚し、地域一帯を治めていました。この地には、かって小人たちが住んでいたという伝承のある「騎士の丘」なる土地がありました。
 よそ者に冷たい土地柄であることに加え、古代文明の遺跡を探している歴史学者ラッシュトンの発掘調査を許可したり、地所にヒッピーの若者たちを引き入れるなどしていたライダーは、地元民から冷たい目で見られていました。
 さらに、打算的な意図から結婚したと言われているメガンとの仲も上手く行っていないらしいライダーは、ある晩、メガンに挑発され、工場の廃水を飲んだうえ、「騎士の丘」に出かけてしまいます。ライダーの共同経営者で友人でもあるブラッグショーによって、ライダーが崖から転落して死んでいるのが発見されますが…。

 小人の伝承が残る北ウェールズの地で、奇怪な事件と陰謀が進んでいたという、伝奇ホラー小説です。メインは、小人の伝承の残る村で奇怪な事件が起きるという伝奇ホラーなのですが、工場の汚水による環境汚染、飛行機の騒音を原因とするタニアの交通事故、遺跡発掘をめぐる考古学者と村人たちとの争い、過去に起こった判事の惨殺事件、ライダー夫妻の愛のない結婚生活、航空機会社とソ連との繋がり、ナチスの戦犯である科学者の陰謀など、ものすごい数の要素が埋め込まれている物語です。
 250ページ弱という短さの中にこれらの要素が盛られており、どう辻褄を合わせるのかと思っていると、それらが最終的に、力業ともいうべき形で結びつけられてしまうのに驚かされます。
 プロローグとして、飛行機の音をきっかけに悪夢を見続けるようになった男が、娼婦に導かれ、インド人魔術師の治療を受けるというエピソードが語られ、こちらはオカルト風味たっぷりのお話となっています。後半も終わりになって、この男がどうなったのか、本篇と結びついてくる趣向も見事ですね。
 1970年代の作品らしく、環境問題が強くアピールされているのですが、それらが世界的な陰謀と突拍子もない形で結びついてくるあたり、ブラックバーンらしい大風呂敷です。
 メインとなる小人の伝承の部分も、「呪い」や「オカルト」だけでなく、SF的な解釈がされていくのも特色です。作中で小人に関わる詩が言及されるのですが、こちらも興趣たっぷりです。引用しますね。

空高くそびえる山へも
藺草におおわれた谷へも
だれも猟に行く勇気はない
小人たちがこわいので

 オカルト的にせよSF的にせよ、主人公たちが絡む事件が地域的なものに終わらず、人類滅亡の危機になだれこんでいくしまうあたりのスケールの大きさも、読んでいて楽しいです。ジャンルミックス性の強いホラー小説で、邦訳のあるブラックバーン作品の中では一番の力作ではないかと思います。
 プロローグで示される男の悪夢が、ループして繰り返されるかのようなエピローグも、ホラー小説として魅力的な部分ですね。



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帰るべき家  シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』
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 シャーリイ・ジャクスンの長篇『丘の屋敷』(渡辺庸子訳 創元推理文庫)は、幽霊屋敷の調査に参加することになった女性が、屋敷に魅了され精神を狂わせていく…という幻想小説です。

 八十年前に資産家ヒュー・クレインによって建てられたという<丘の屋敷>。クレインの妻の死を始めとして、不幸が続いた屋敷はやがて人が住まなくなり、周囲の人々からは恐れられるようになっていました。
 心霊学の研究者であるモンタギュー博士は、屋敷の調査のための人員として、超常現象の体験者を探していました。幼いころにポルターガイストの経験をしていた女性エレーナ・ヴァンスは博士の誘いを受け、屋敷に向かうことになります。
 介護していた母を失い、姉一家の居候となっていたエレーナは、姉夫妻の静止を振り切って家を出てきていました。
 <丘の屋敷>でモンタギュー博士のほか、自分と同じように志願してきた女性セオドラ、屋敷の所有者サンダースン夫人の甥ルークと出会います。
 エレーナは、彼らとの交友と屋敷での生活に安堵感すら覚え始めますが、屋敷では奇怪な現象が相次いでいました…。

 心霊研究者モンタギュー博士の調査団の参加者となって、幽霊屋敷と呼ばれる<丘の屋敷>を訪れた女性エレーナが、奇怪な体験をし、屋敷に魅了されていく…という幻想小説です。
 母の介護に十数年を費やしたうえ、居候となっている姉夫婦とは上手くいかず、孤独を抱えていた女性エレーナ。幽霊屋敷の調査という「後ろ暗い」役目ではありながら、そこで出会った人たちとの交友を通して、ある種の充実感を得ていくことになります。特に年齢の近いセオドラに対しては、特別強い愛情を抱くことになります。
 屋敷での怪異現象は続き、他の人間たちはそれに対して恐怖を覚えます。エレーナも表面上は怖がりながらも、屋敷に対してどこか妙な安心感を覚えていくのです。
 屋敷で起こる怪異の原因、幽霊がいるとして誰の幽霊なのか? 建物を作った男の娘二人、あるいは屋敷の権利を継承し自殺してしまった娘の可能性も示唆されますが、結局のところその因果関係は分かりません。

 エレーナの周囲で特に怪異現象が発生すること、メッセージとして現れた言葉にエレーナの名前が使われていること、などから、屋敷の力がエレーナを媒介にして発現している…とも取れるようですね。
 屋敷が邪悪な力を持っていること、そこにいる人々に悪い影響を与える…ということは明確なのですが、そのメカニズムは、モンタギュー博士の調査によっても明らかになりません。
 屋敷で起こる怪異と共に、精神的に常軌を逸していくエレーナの姿に、周囲の人間は恐怖を抱くことになりますが、エレーナ本人はそこに恐怖を感じていない、というのが特徴でしょうか。彼女にとって屋敷は恐怖の対象というより、むしろ「家」「故郷」に近いものになっており、それがゆえに彼女が迎える結末も非常に納得のいく形になっています。 エレーナ視点で見る限り、<丘の屋敷>が邪悪であるという前提すら疑わしくなってくるあたり、幽霊屋敷に対する認識の相対性と言う意味で、面白い作品になっていますね。

 全体を通して、主人公エレーナの孤独感の描写は強烈です。例えば、屋敷で出会った人々に自分の経歴や家に関する作り話をしてしまうのですが、その中で、以前に目撃した家族の幸せそうなエピソードを自分のものとして混ぜていたりするのです。
 自分は「普通」ではないし「幸せ」ではない…という自己認識が強烈に彼女の精神を支配しており、それが屋敷に魅了されてしまう一因にもなっているのでしょうか。
 屋敷に「魅了される」「憑かれる」という表現も、少しニュアンスが違っていて、エレーナ自身は、そうなることを自ら望んでいる節もあるのです。屋敷自体のインパクトももちろんなのですが、そこに住み、影響される人間の心理とその変化をじっくり描いた、異色の幽霊屋敷小説といえましょうか。


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怪異の住む家  ジョン・ランディス編『怖い家』
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 ジョン・ランディス編『怖い家』(宮﨑真紀訳 エクスナレッジ)は、英米の幽霊屋敷テーマの小説の名作を集めたアンソロジーです。

エドガー・アラン・ポー「アッシャー家の崩壊」
 幼馴染みのロデリック・アッシャーから、病んだ精神を癒やすため、旧交を温めたいという知らせを受けた「私」は、彼が住むアッシャー家の一族伝来の館を訪れます。そこは陰鬱で、気が塞ぐような館でした。
 ロデリックの妹マデラインもまた衰弱しており、その命もあとわずかだというのです。直後にマデラインは亡くなり、「私」はロデリックと共に彼女の遺体を地下室に運ぶことになります。ロデリックの精神状態は悪化していきますが…。
 陰鬱な館に住む兄妹の破滅を描く、ゴシック風味の恐怖小説です。館の主人ロデリックの精神状態と館そのものがリンクしているかのような展開が見事ですね。リンクといえば、作中で「私」とロデリックが読む物語、ランスロット・キャニングの『狂気の邂逅』の効果音と現実の音とが重なってくる…という描写もユニークです。
 ロデリックの蔵書内容として、本のタイトルがいくつか列挙されるところも雰囲気を高めています。中には、ティークの『青い彼方への旅』(邦訳は『青い彼方への旅』垂野創一郎訳 エディション・プヒプヒ があります)なんてタイトルも。
 ゴシック小説的な雰囲気と共に、使われる「早すぎた埋葬」モチーフも恐怖小説的な興趣を強くしています。ポーの代表作にして「館もの」の名作の一つでしょう。

エドワード・ブルワー=リットン「幽霊屋敷と幽霊屋敷ハンター」
 ロンドンの真ん中に幽霊屋敷があるということを友人から伝え聞いた「私」は、持ち主のJーー氏にかけあい、怪奇現象を見極めようと、下男のF--と愛犬を連れ、屋敷で一晩を過ごすことになります。
 屋敷では怪奇現象が相次いでいました。犬は恐怖の余り動けなくなり、下男もまた衝動的に逃げ出してしまいますが…。
 いわくのある幽霊屋敷に泊まり込んだ男が様々な怪奇現象に遭遇するという、正統派の幽霊屋敷小説です。起きる怪奇現象が派手で、ポルターガイスト的な現象、霊的な存在も姿を現します。しかも物理的な力まで発揮するようで、屋敷に長居していると本当に殺されてしまいそうなほどの凶悪さなのです。
 屋敷の管理人をしていた老女(彼女も物語が始まった時点で既に死者となっています)が、悪人の夫と共に殺人を犯したらしいこと、かっての屋敷の住人が妾とその情夫を殺したらしいこと、など、屋敷にまつわる怪しい事実も明らかになりますが、これらの事件や惨劇が、現在の屋敷の「呪い」にどう関わっているのかは明確でなく、いろいろ考えさせられるところもあります。
 実はこちらの作品、後半部分がカットされたバージョンです。後日談が付け加えられたバージョンがあり、邦訳もあります。というわけで、もう一つのバージョンも読み直してみました。『怪奇小説傑作集1』(創元推理文庫)に収録された、エドワード・ブルワー=リットン「幽霊屋敷」(平井呈一訳)です。
 こちらでは、屋敷の「呪い」が人為的なものなのではないかということで、その「犯人」らしき謎の人物リチャーズ氏が登場します。語り手が、数百年は生きているらしいこの男と対峙し、神秘的な対話を繰り広げるシーンが描かれており、作者が描きたかったのはこの部分なのでしょう。
 前半はオーソドックスな幽霊屋敷ホラーといえるのですが、後半部分が付け加わることによって、オカルト小説的な雰囲気が強くなります。どちらのバージョンでも共通しているのは、超自然現象に対する語り手の思想(作者自身の思想でもあるのでしょうか)です。超自然現象とは、その仕組みが解明されていないだけであって、あくまで「自然法則」のなせる業であるとする考えが語られます。ある種、科学的な態度ではあるわけで、その意味で「ゴースト・ハンターもの」の先駆的な作品と捉えることも可能でしょうか。
 後半に登場するリチャーズ氏は、怪人と呼ぶべき人で、不老不死の可能性も匂わされています。この人物のモデルは、フランス生まれの隠秘学思想家エリファス・レヴィ(1810-1875)であるとか、18世紀に活躍した怪人サンジェルマン伯爵だとか、諸説あるようです。
 ラヴクラフトは「文学と超自然的恐怖」(植松靖夫訳 東雅夫編『幻想文学入門』ちくま文庫 収録)中で、この作品に触れて、モデルがサンジェルマン伯爵ではないかと書いていますね。
 さて、このブルワー=リットン作品に登場する幽霊屋敷、実在する幽霊屋敷がモデルになっているそうです。具体的には、ロンドンの「バークレー広場50番地」という場所で、当時から最も有名な幽霊屋敷と言われていたとか。
 イギリスの有名な幽霊スポットを解説した、ピーター・アンダーウッド『英国幽霊案内』(南條竹則訳 メディアファクトリー)を開いてみると、こちらにも載っています。ブルワー=リットン自身も泊まったことがあり、実際に怪異現象に遭遇したとか。
 「バークレー広場50番地」、建物が現存するようですね。参考に画像を載せておきます。
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アルジャーノン・ブラックウッド「空き家」
 ジム・ショートハウスは、ジュリア叔母に誘われ、幽霊屋敷の噂のある広場の家に乗り込むことになりますが…。
 幽霊屋敷に乗り込むというオーソドックスな怪奇作品なのですが、息詰まるような雰囲気と、主人公たちが感じる恐怖感が丁寧に描かれているのが特徴です。互いに連れの感情を気にしながら行動するところが細かいですね。
 屋敷では過去に殺人に関わる悲劇があったようで、それらの惨劇が霊現象として再生される…というタイプの超自然現象が起こっているようです。作中で言及される「物理霊媒」の概念も興味深いですね。
 外的な怪奇現象に劣らず、内的・心理的な恐怖が描かれた秀作といえるでしょうか。
ジム・ショートハウスを主人公とした作品はいくつかあって、邦訳書としては『秘書綺譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)でまとめて読むことができます。

H・G・ウェルズ「赤の間」
 二十八歳の「私」は、幽霊が出るという噂のある城を訪れていました。そこに住む老人たちは、幽霊が出るという部屋を教えますが、その決断は自分で決めたことだと念を押します。「赤の間」に入った「私」はやがて恐怖に囚われることになりますが…。
 幽霊が出るという「赤の間」。幽霊を信じない男がその部屋で体験したものとは…。
怪しい現象はいくつか起こるものの、明確な幽霊は登場しない作品です、飽くまで主人公の心理的な「恐怖」を描いていくという意味での「純恐怖小説」といえるでしょうか。

H・P・ラヴクラフト「忌み嫌われた家」
 ポーもそのそばを通ったことがあるという、プロヴィデンスのある農家の屋敷。そこは、過去に数えきれないほどの人間が原因不明で死んだとされる屋敷でした。屋敷を調べていたエリフー・ホイップル医師とその甥である「私」は、所有者の許可を得て、家を直接調べることにしますが…。
 住人が次々と死んでしまう呪われた屋敷をめぐる怪奇小説です。記録を通して、屋敷で死んだ人々の履歴が語られていくのですが、膨大な数の人間が「呪い」としか思えないような形で亡くなってしまうという部分はかなり怖いです。
 ノンフィクションタッチを思わせる語り口が、実話怪談的な恐怖感を醸成している感じでしょうか。
 後半では、「呪い」の原因とされる超自然的な存在が登場しますが、こちらの存在も得体が知れません。前半とはトーンが異なってはくるものの、不気味さは強烈ですね。

アンブローズ・ビアス「幽霊屋敷」
 馬車を走らせていたマッカードル大佐とヴェイ判事は、嵐に行き会い、たまたま通りかかった無人の屋敷で体を休めることになります。そこは家族全員がまるまる姿を消してしまったということで「幽霊屋敷」の噂もある家でした。
 入ったとたん暗闇に覆われ、とっさに再度ドアを開けますが、つながっていた部屋には、大量の人間の死体が横たわっていました…。
 たまたま「幽霊屋敷」に入り込んだ二人の男が謎の部屋を発見する…という物語です。見つかった死体は、おそらく失踪した家族のものと推測できるのですが、なぜその部屋で死んでいたのか、何らかの原因で閉じ込められたのか、など分からないことだらけなのが不安を煽ります。
 「異次元怪談」の趣もある不気味な作品になっています。

オスカー・ワイルド「カンタヴィルの幽霊」
 カンタヴィル卿から、カンタヴィル・チェイス荘を買い取ったアメリカ人のオーティス公使は、家族を引き連れて屋敷に移住することになります。屋敷には幽霊が出没するとされていました。
 16世紀、妻のエレノアを殺害し自らも失踪したというカンタヴィル家の先祖サイモン・ド・カンタヴィル卿の幽霊が現れるというのです。
 オーティス一家を脅かそうと、サイモン卿の幽霊は様々な仮装で現れますが、現実的なオーティス一家の面々は驚くどころか、物理的に彼をやりこめてしまいます。唯一、娘のヴァージニアだけは幽霊に同情的な態度を取りますが…。
 イギリスの幽霊屋敷に引っ越ししてきた、現実主義者のアメリカ人一家が、幽霊をやりこめてしまうという、ゴースト・ストーリーのパロディ作品です。
 血痕を洗剤で消してしまったり、幽霊に潤滑油を勧めたりと、オーティス一家の幽霊に対する態度がいちいち現実的で笑ってしまいます。伝統を重んじるイギリス人と現実的なアメリカ人との対比が諷刺的に描かれていますね。
 幽霊のサイモン卿は、出現の際に手持ちの衣装を使って仮装するという芸術家肌の幽霊なのですが、芸術家とそれを理解しない一般人、という寓意も込められているようです。
 ユーモアたっぷりで楽しい作品です。

パーシヴァル・ランドン「サーンリー・アビー」
 列車内でコルヴィンなる男と知り合った「私」は、彼から、次に乗る船オシリス号で「私」の船室に一緒に寝かせてほしいという頼みを聞き怪訝に思います。コルヴィンがその理由として語ったのは、ある友人についての話でした。
 コルヴィンがインドで知り合い友人となったジョン・ブロートンは、地所を相続し、地元のサーンリー・アビー館に新妻ヴィヴィアンと共に落ち着くことになります。アビーには幽霊が出るという伝説があり、村人は館を怖がっていました。
 ある日、ブロートンから、自分を助けるために会いに来てほしいという手紙を受け取ったコルヴィンはアビーを訪れますが、ブロートンの変貌ぶりが深刻なことに気が付きます。部屋で眠っているときに、コルヴィンは「幽霊」に出会いますが…。
 何やら怯えているらしい男から、その原因となった幽霊話を聞く男の物語です。オーソドックスな幽霊譚ではあるのですが、出現する幽霊の造型がユニークで印象に残ります。物理的に破壊可能な幽霊、というのはあまり前例がないんじゃないでしょうか。

ブラム・ストーカー「判事の家」
 静かな場所で勉強をしたいと、列車に乗り、人気のあまりない町ベンチャーチを訪れた学生マーカム・マーカムソン。勉強に最適な空き家を見つけたマーカムソンはそこを借りることになりますが、その屋敷は、強引で残酷な性格で知られた判事がかって居住していたという家でした。マーカムソンが移り住んでから、巨大な鼠が現れ、彼を悩ますようになりますが…。
 残酷な判事の悪霊が鼠の形を取って現れるという怪奇小説です。逃げ出す機会はいくらかあったはずなのに、どんどんと深みにはまっていってしまう主人公の姿には、悪夢のような雰囲気がありますね。ストーカーの短篇怪奇小説では一、二を争う傑作でしょう。

シャーロット・パーキンス・ギルマン「黄色い壁紙」
 避暑と療養を兼ねて、夫のジョンと共にコロニアル風の大邸宅にやってきた「わたし」。家の最上階にある育児室だった場所を寝室にしますが、かっての子どもたちの仕業か、壁紙がところどころ破けていました。
 それは、火焔がのたくっていくかのようなフランボワイヤン模様で、見ているとむかむかしてくるという黄色い壁紙でした。
 壁紙に気を取られ始めた「わたし」は、その中に女の顔を見出します。やがて女は壁紙の外にまで出てくるようなのです…。
 精神を病んでいるらしい妻が、借りた屋敷の壁紙をきっかけに、怪奇現象に遭遇する…という物語です。といっても、その現象はおそらく主観的なもので、第三者には知覚されていません。
 壁紙の中に見出した妖怪じみた「女」と「わたし」が同一視され、一体化されていくかのような展開には、強烈な気味の悪さがあります。

M・R・ジェイムズ「呪われた人形の家」
 ディレット氏は、骨董屋のチッテンデン氏から、掘り出し物の人形の家を手に入れます。それはゴシック様式の人形の家でした。就寝したディレット氏は、周囲に時計もないはずなのに、鐘の音で起こされたことに驚きますが、人形の家の中で人間たちが動いているのに気が付きます…。
 過去にあったらしい事件を再現する人形の家をテーマとした怪奇小説です。ディレット氏だけでなく、チッテンデン氏も同じ現象を目撃していることが示されます。再現性のある怪奇現象、ということで面白い趣向となっていますね。
 人形の家で再現されるのは毒殺事件なのですが、それに加えて怪しい現象が起こっていること、さらに後で言及される幾人かの死と考え合わせると、過去の事件を推測していく過程も興味深いです。
 作者自身のあとがきで、同著者の「銅版画」のバリエーションではないかとの指摘があったとの言及がありますが、確かに似ていますね。

ギ・ド・モーパッサン「オルラ」
 体調のすぐれない「私」は、悪夢に悩まされていました。枕元の水が何時の間にかなくなっていることに驚いた「私」は実験的に飲み物や食べ物を用意して眠りますが、朝起きると、それらは減っていました。
 「私」は、目には見えない何者かが自分にまとわりついているのではないかと考えますが…。
 目には見えない怪物(吸血鬼的な特性もあるようですね)「オルラ」の恐怖を描いた怪奇小説です。置いておいた食べ物や飲み物が減っているなど、客観的な証拠もあるものの、怪物が実在するかは最後まで実ははっきりしません。もともと体調を崩していた「私」の妄想とも考えられるのですが、妄想にしてはいろいろと実在する証拠があるようなのも、微妙なバランス感ですね。
 作中で、「私」のいとこに対して催眠術の実験が行われるシーンがあるのですが、この部分、合理的な精神を示すものというよりは、どちらかと言うと未知の神秘を表しているようなのも独特ですね。
 「オルラ」が実在するとすると、それは透明で精気を吸う異次元風の怪物で、どこかSF風味も感じられてくるのも面白いところです。

小泉八雲「和解」
 京都の若い侍は、主君を失い困窮したため、遠隔の地に出仕することになります。出世のため、糟糠の妻を離縁して新しい妻を迎えますが、年が立つごとに前の妻の得難さと彼女への思いを実感することになります。任期を終えた侍は、かっての妻の元へ許しを請いに戻りますが…。
 捨ててしまった、かっての妻と再会する侍を描いた物語です。予想される通り前妻、はすでにこの世の人ではないのですが、前夫への思いは消えていなかった…という健気な幽霊譚となっています。

サキ「開けっぱなしの窓」
 神経を休めるために静養にやってきた男フラントン・ネテル。姉からもらった紹介状を手に、サプルトン夫人の屋敷を訪ねますが、本人は留守でその姪に迎えられます。彼女が言うのは、叔母は三年前に夫と二人の弟を底なし沼で失い、それ以来、彼らが戻ってくると信じ込み、フランス窓を開けっぱなしにしているというのです。
 帰宅したサプルトン夫人は、夫たちが帰ってきたと言い、フラントンを驚かせますが…。
 幽霊話のパロディにして、嘘つき少女を描いた皮肉な物語です。ただ、話を一方的に聞かされるフラントンにしてみれば、幽霊は実在したわけで、そのあたりを考えると、ゴースト・ストーリーの真実性について相対的に考えさせる作品ともいえそうです。

 おまけとして、ロバート・ブロックとレイ・ブラッドベリが「アッシャー家の崩壊」からインスパイアされて書かれた作品も紹介しておきます。

ロバート・ブロック「ポオ蒐集家」(仁賀克雄訳 仁賀克雄編『幻想と怪奇1』ハヤカワ文庫NV 収録)
 幻想小説家の「わたし」が知り合いになった男ラウンスロット・キャニングは、ポオに関する蒐集家でした。彼の家に招待された「わたし」は、祖父、父と三代にわたって集められたというコレクションに目を見張ります。しかし、キャニングの祖父はコレクションのために、人には言えないようなこともしていたというのです。
 キャニングが見せてくれたのは、通常のコレクションだけでなく、ポオの未発表の原稿でした。「わたし」は、蒐集熱のあまり、キャニングは自分がポオだと思い込み、自ら偽作を書いたのでないかと疑いますが…。
 タイトル通り、ポオの作品や遺物を蒐集する男を描いた物語です。語り手の「わたし」がキャニングの館を訪れるというのがメインストーリーなのですが、その全体がポーの「アッシャー家の崩壊」のパロディになっているという手の込みようです。いわゆる「魔導書」的な本の存在もちらつくなど、ちょっとしたクトゥルー風の味付けも楽しい作品ですね。
 主人公の名前も「アッシャー家の崩壊」で登場する本『狂気の邂逅』の著者と同名になっているところも洒落ています。

レイ・ブラッドベリ「第二のアッシャー邸」(小笠原豊樹訳『火星年代記』ハヤカワ文庫SF 収録)を再読。
 「アッシャー家の崩壊」をモチーフに、ポーの作品のエッセンスが散りばめられたオマージュ作品です。
 その時代、ポーやラヴクラフトなどの「恐怖と幻想の物語」は焚書にされ、禁じられていました。反逆の意味を込めて、資産家スタンダールは、火星にポオの作品に触発された巨大な屋敷「アッシャー邸」を建造します。
 さっそく調査に現れた道徳風潮調査官ギャレットは、邸の取り壊しを明言します。壊す前に内部をちょっと見てみたらというスタンダールの誘いに乗り、ギャレットは邸の内部を見て回ることになりますが…。
 「アッシャー家の崩壊」にインスパイアされた物語です。邸の内装や、そこで演じられるパフォーマンスは、皆ポオの作品からインスピレーションを得たものになっている…というのが凝っていますね。
 作中では「早まった埋葬」「モルグ街の殺人」「アモンティリヤアドの酒樽」などからの情景が再現されます。そして作品全体は「アッシャー家の崩壊」へのオマージュになっているという、ポーづくしの物語です。
 ブラッドベリの他作品「亡命した人々」、もしくは『華氏四五一度』でも同じテーマが変奏されていますが、空想的なもの、ファンタジー作品の「焚書」「排斥」に対する抵抗という、ブラッドベリの思想が強く出た作品となっています。


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支配する家  シルヴィア・モレノ=ガルシア『メキシカン・ゴシック』
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 シルヴィア・モレノ=ガルシアの長篇『メキシカン・ゴシック』(青木純子訳 早川書房)は、いわくのある一族の古い屋敷に嫁いだいとこから助けを求められた女性が、恐ろしい経験をするというゴシック・ホラー小説です。

 1950年のメキシコ、大学生活を楽しんでいた資産家の娘ノエミ・タボアダは、父親からある知らせを受けます。一年前にイギリス人の青年ヴァージル・ドイルのもとに嫁ぎ、彼が一族と共に住む廃鉱山の頂きの屋敷に移り住んだいとこのカタリーナから、助けを求める手紙が届いたというのです。
 手紙には、夫に毒を盛られ、さらに幽霊が現れるという、異様な内容が記されていました。カタリーナの様子を確かめるため、ノエミは現地の屋敷ハイ・プレイスを訪れることになります。そこは、当主ハワード・ドイル、ハワードの息子ヴァージル、姪のフローレンス、フローレンスの息子フランシスら、ドイル一族が共に住む古びた屋敷でした。一家はかって栄えた銀鉱山を経営していたものの、謎の病気で鉱夫たちが次々と死に、廃鉱を余儀なくされたといいます。
 彼らは、結核であると言い張り、カタリーナになかなか会わせてくれません。また、カタリーナを医者に診せようとするノエミに対して、ヴァージルやフローレンスはいい顔をしないどころか、ノエミの行動までをも制限しようとします。ノエミは、一族でただ一人、彼女に協力的な芸術家肌の青年フランシスに好意を寄せるようになりますが…。

 山頂の古びた屋敷に嫁いだいとこの様子を見に訪れたヒロインが、自らも屋敷に囚われてしまうことになるという、ゴシック・ホラー小説です。
 美男子のヴァージルに惹かれ、幸せな結婚生活を送っていたはずのカタリーナ。しかしノエミの再会したカタリーナは精神的な病を抱えているかのようでした。
 ドイル家のお抱え医者カミンズが信用できないノエミは、町の医者にセカンドオピニオンを確認しようとしますが、一家はノエミの行動をいちいち邪魔するかのようなのです。 屋敷に滞在しているうちに、一族にまつわる過去の惨劇や黒い噂、ドイル一族や屋敷自体が何か秘密を抱えていることを知るノエミ。やがて超自然的としか思えない現象も起きてくることになります。
 唯一まともな感性を持つ青年フランシスにノエミは惹かれていくことになりますが、彼を含め、一族の面々は、当主のハワードに支配されているようなのです。ノエミはカタリーナを救い、屋敷から脱出できるのでしょうか?

 しきたりや血筋にこだわる一族、秘密を抱えているらしい古屋敷、過去の惨劇、囚われた若妻など、ゴシック要素満載の作品で、実際、しばらくはこのジャンルらしいオーソドックスな展開が続きます。一族や家の秘密を探ろうとするノエミと、彼女を邪魔する一族たちとの心理的なサスペンスが描かれていきます。
 さらに終盤では、一転して斬新な展開が待ち受けています。それまでにドイル一族の人間たちの間で繰り返される「家から離れることはできない」「当主に支配されている」といった表現が、文字通り「真実」であったことが分かる展開には驚く人もいるのではないでしょうか。

 ドイル一族、特に当主のハワードは優生思想の持ち主で、肉体的・人種的な改良に対して深い関心を抱いています。その一方、ヒロインのノエミは混血、知的好奇心を持つ、快活で魅力的な女性として描かれています。これらの人物は対比的に描かれているようですね。
 自立心が強く、型に縛られないノエミは、たびたび伝統やしきたりを重視するドイル一族と対立することになりますが、その「伝統」や「しきたり」が、裏でおぞましい事実とつながっていたことが分かる部分には戦慄があります。
 一族の中でも、フランシスは唯一、そうした「伝統」を悪しきものと考えてノエミに同調し、容姿とは別にその精神の清廉さにノエミは惹かれていくことになるのです。

 物語が始まってしばらくは、超自然的な雰囲気を匂わせながらも、実際に起きるのはノエミが経験する幻覚的な現象ぐらいなのですが、終盤からは超自然的要素が全開となります。序盤から存在が匂わされる「幽霊」の正体も斬新で、古風なゴシック小説が現代的な形で再構築されている、ともいえるでしょうか
 「古さ」と「新しさ」が、ほど良く混ぜ合わされたホラー作品となっていますね。


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邪悪なるものたち  ジョー・R・ランズデール『死人街道』
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 ジョー・R・ランズデール『死人街道』(植草昌実訳 新紀元社)は、邪悪な者を滅ぼすため、銃を持ち荒野を旅するジェビダイア・メーサー牧師の活躍を描く、ホラー・アクション小説の連作集です。

 殺されて蘇ったインディアンの魔術師の力により、町中の人間がゾンビと化す「死屍の町」、呪いにより死後も人々を襲い続ける元養蜂家の男とメーサー牧師の戦いを描く「死人街道」、封印から解き放たれた怪物によって町の人々が亡霊となった町を描く「亡霊ホテル」、異次元から召喚された怪物の恐怖を描く「凶兆の空」、坑道に住むゴブリンたちとメーサー牧師との死闘を描く「人喰い坑道」の五篇を収録しています。

 神を疑いながらも、邪悪なる者を滅ぼすことを自らの使命とし、銃を持ち、荒野を旅するジェビダイア・メーサー牧師。彼が邪悪な怪物や化け物と遭遇し、滅ぼすまでを描いたホラーアクション小説です。
 牧師は拳銃の達人で、その精度は百発百中に近いほど。恐れを知らぬ精神力で、相手が人間ならば、かなうものがいないほどなのです。しかし、彼が相手をすることになる怪物たちは、人間離れした力を持つものばかり。何度もピンチに陥りながらも、怪物たちの弱点を探し出したり、思わぬ手段で逆襲する…という展開が、サスペンスとアクションを交えて描かれていきます。
 怪物たちの造型もユニークです。拳銃の効かない怪物や、何度破壊しても再生してしまう怪物など、普通に戦ったら勝てない強力な怪物たちにどのように対抗するのか? といったあたりも読みどころになっています。

 エピソードはそれぞれ独立しており、主人公の牧師以外は、特にエピソード間のつながりはありません。毎回協力者となる人物が何人か登場し、共に戦うことになるのですが、余りに激しい戦闘によって、ほとんどの者が死んでしまう、というハードな展開となっています。
 協力者の中では、女性のキャラクターに特に脚光が当たっており、「死屍の町」に登場する医者の娘アビーや「亡霊ホテル」に登場する娼婦メアリ、「人喰い坑道」に登場する気っ風の良いフラワーなどは、印象が強いキャラになっていますね。

 邪悪な存在、その背後の闇の力が明確に存在する一方、対立する存在である「神」に関しては存在感が薄いです。実際、神に仕えるはずの主人公も、神に対する軽蔑の念をたびたび表明するなど、神を信じておらず、全体に殺伐とした世界観は、ホラーとしても魅力的ですね。かすかなクトゥルー神話風味もあって、魔導書的な「ドーシェスの書」が言及されるのも楽しいところです。

 最初に置かれた「死人街道」は200ページ弱の中篇で、これは1980年代後半に書かれたもの。他の作品は2000年代後半と、時間を置いて書かれています。ページ数の長さもありますが、「死人街道」では、メーサー牧師の苦悩や内面などについての描写も多いのに比べて、他の作品ではそのあたりの描写はあっさりとしており、アクション・エンタメ要素が強くなっています。もっとも、後半の作品では、牧師も年を取っているので、「迷いがなくなっている」という解釈も可能なのですが。

 19世紀後半のアメリカ西部が舞台になっているということで、怪物以前に、登場する人々も荒っぽいです。それゆえ人間相手に牧師が戦うことも多く、その際も容赦なく銃弾を撃ち込むなど、凄惨な殺し合いになるあたりも強烈です。
 メインとなる怪物たちとの戦いでも、全篇激しいアクションが展開され、敵味方共に次々と死者が出ます。場合によっては、自害した方が楽だという恐ろしい殺され方すらあるのです。
 スプラッターに近いほどのバイオレンス描写には好き嫌いが分かれるかもしれないですが、読んでいて痛快なエンターテインメント作品となっています。


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怪異の顕現  M・R・ジェイムズ『消えた心臓/マグヌス伯爵』
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 M・R・ジェイムズ『消えた心臓/マグヌス伯爵』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)は、イギリス怪奇小説の巨匠の一人M・R・ジェイムズ(1862-1936)の第一怪談集『好古家の怪談集』の新訳です。
 M・R・ジェイムズ作品は、中世学者だったという職業柄、そうしたモチーフで描かれた作品が多いです。好古家やディレッタント的な主人公が、古物や古書、古建築に関わり合っているうちに怪異に出会う、というパターンですね。
 古物や古書がモチーフになるだけに、幽玄なゴースト・ストーリーになるかと思いがちなのですが、ジェイムズ作品に登場するのは普通の「幽霊」というよりは、「怪物」「魔物」あるいは「妖怪」に近いです。暴力的で攻撃的、邪悪さの強烈な怪異が描かれるのが特徴でしょうか。
 もう一つの特徴は洗練された語り口です。悠然とした日常から、不穏な雰囲気を高めていって、怪異の登場に至る…という丁寧な作り。作品が短くスピーディなのも、エンターテインメント度が高いですね。

「聖堂参事会員アルベリックの貼込帳」
 フランス南西部の町サン・ベルトラン・ド・コマンジュの教会を観に訪れた英国人デニストンは、案内を頼んだ堂守の小男から、古い写本が家にあることを知らされ、見に行くことになります。
 それは17世紀末に聖堂参事会員を務めたアルベリックなる人物の貼込帳でした。貴重な資料の数々に感動するデニストンでしたが、堂守とその娘が常時おびえている様子に不審の念を抱きます。
 デニストンは、本の中の線画の中にソロモン王を描いたらしき絵を見つけますが、そこには奇怪な怪物も描かれていました…。
 呪われた写本を手に入れた男が怪異に襲われる…という怪奇小説です。登場するのは、幽霊というよりは、魔物や悪魔に近い存在でしょうか。唐突に現れる魔物の登場シーンはかなり怖いですね。
 登場する写本は、本を見ただけで呪われてしまう、という点で、かなり強力なアイテムとなっています。

「消えた心臓」
 裕福な年配の従兄弟アブニーに引き取られ、アスウォービー邸にやってきた十二歳の少年スティーヴン。家政婦のバンチ夫人と仲良くなったスティーヴンは、彼女から過去にアブニーが引き取った子どもが二人も失踪していることを知りますが…。
 何か怪しげな研究をしているらしい従兄弟に引き取られた少年の体験を描く怪奇小説です。
 過去にアブニーに引き取られた子ども二人が失踪していることを知る少年ですが、二人はおそらく死んでいるらしいことが分かります。スティーヴンは、夢や現実で何度も幽霊的な存在を目撃することになるのですが、これは霊たちからの警告であるようですね。
 魔術や妖術に深入りしていたらしいアブニーの最期も強烈です。他の作品でもそうですが、幽霊や魔物たちが行使する攻撃が物理的に人を殺すこともあるあたり、ジェイムズ作品に登場する幽霊・怪物は凶悪ですね。

「銅版画」
 美術館に勤めるウィリアムズの元に、美術品を商うブリットネルから推薦の言葉と共に送られてきた銅版画。それは、さほど大きくない荘園屋敷が描かれた、凡庸な版画でした。版画を見た友人のビンクスから、人物も一人描かれていると聞いたウィリアムズは、不審に思いますが、見逃したのだろうと自分を納得させます。
 社交室で友人たちに版画を見せた後、ウィリアムズは、版画を改めて眺めますが、以前にはなかった、四つん這いになって家に向かう奇怪な人物を見つけて驚きます…。
 次々と中の絵が変化していくという、呪われた銅版画をめぐる作品です。複数の目撃者の目の前で、はっきりと変化を遂げる怪異が描かれており、主人公たちがそれを証明しようとするあたりの展開も面白いですね。
 どうやら過去に起こった事件を再現しているようなのですが、その事件自体に超自然的な香りが強く、さらにそれを再現する銅版画の演出にも恐怖感が強いです。画の中の「四つん這い」の人物の描写はかなり怖いですね。

「秦皮の木」
 魔女裁判において、マザーソウル夫人を死に追いやったサー・マシュー・フェルは、自宅であるカストリンガム邸の部屋で変死体で発見されます。前日、サー・マシューと友人のクロームは、邸に隣接して生えている秦皮の木を駆け上がっていく奇怪な生き物を目撃していました。
 数十年後、三代目のサー・リチャードは、サー・マシューが死んで以来使われていなかった部屋を寝室として使おうと考えていましたが…。
 魔女によって呪われた一族を描いたオカルト風味の怪奇小説です。魔女の呪いという、一見純然たる超自然現象かと思わせながら、それを媒介するのは物理的な存在であり、ある種の「モンスター小説」ともなっています。
 「秦皮の木」が呪いの象徴のような扱い方をされているのですが、それがああいう使い方をされるとは、初読の方はびっくりするのではないでしょうか。

「十三号室」
 記録文書を調べるためにデンマークの町ヴィボーを訪れたアンダーソンは、地元の宿屋「金獅子亭」に泊まることになります。二階にある十二号室を選んだアンダーソンは、夜自室に戻る際に、間違って十三号室の扉を開けようとしますが、扉は開きません。以後、十三号室では人間がいる気配や人声を何度も耳にすることになります。
 宿の亭主クリステンセンから、宿には十三号室が存在しないことを聞かされたアンダーソンは驚くことになりますが…。
 存在しないはずの十三号室をめぐる奇談です。複数の目撃者の前で消えたり現れたりを繰り返すなど、その異質感は強烈です。
 宿の怪異と併行して、主人公が調べている古文書から、過去の不思議な事件が言及されるのですが、そちらの話と怪異が関係があるのかどうか、明確にされないあたりもモダンな語り口ですね。

「マグヌス伯爵」
 スウェーデンのド・ラ・ガルディー家の家にある古文書を調査に訪れたラクソールは、記録にある初代マグヌス伯爵が、周囲の人々から評判の悪かった人物であることを知ります。彼は「黒の巡礼」に行って、何かを連れてきてしまったというのです。
 宿の亭主によれば、伯爵の死後も、伯爵の森に立ち入った男が変死するという事件があったともいうのですが…。
 何か魔術や妖術的な行為を行っていたらしいマグヌス伯爵について調べていた男が、その「呪い」に触れてしまうという物語。
 彼が何を見たのか、何に追いかけられているのか、そのあたりをぼかす演出が恐怖感を高めていますね。

「若者よ、口笛吹かばわれ行かん」
 ゴルフを楽しむためにバーンストウを訪れたパーキンズ教授は、友人に頼まれた聖堂騎士団についての調査を思い出し、遺跡を調べている最中に、古い時代の笛のようなものを発掘します。笛には意味の分からないラテン語らしき言葉が刻まれていました。
 ためしに笛を吹いた直後に、突風が起き、パーキンズは奇怪な悪夢に襲われることになりますが…。
 古代の笛によって怪異を呼び寄せてしまう男を描いた怪奇小説です。
 主人公のパーキンズが超自然現象を全く信じない人物なのに対して、旅の連れとなるウィルソン大佐がそうした現象を信じる人物に設定されているのが面白いところですね。
 現れる怪異が、もちろん恐怖感はあるのですが、どこかユーモラスな感じもあるところもユニークです。いささか朴念仁である主人公パーキンズのキャラクターにも、そうしたユーモアは発揮されていますね。
 ジェイムズ作品の良さが現れた、傑作の一つといっていいかと思います。

「トマス修道院長の宝」
 シュタインフェルトの修道院付属協会の彩色窓について調べていたサマートンは、その過程でトマス修道院長が残した宝についてヒントを得ることになります。
 一方、パーズベリーの教区牧師グレゴリーは、友人サマートンの従僕からの手紙で、友が助けを求めていることを知り、シュタインフェルトに向かうことになりますが…。
 数百年前の修道院長の宝の隠し場所を見つけた有閑紳士が、怪異に巻き込まれてしまうという作品です。
 怪異の登場シーンはもちろん怖いのですが、その怪異の出現理由と対抗策が明確にされているのは、ジェイムズ作品としては珍しいところでしょうか。

「私が書こうと思った話」
 ジェイムズが思い付いたものの、作品にまでならなかったというプロットを複数書き留めたエッセイです。中では、夫が失踪した不思議な女性と何度も遭遇する、というお話は面白そうですね。
 解説によれば、他の作家がここに記されたプロットから小説化したものもあるそうです。

 怪奇小説の三大巨匠と呼ばれる、M・R・ジェイムズ、アーサー・マッケン、アルジャーノン・ブラックウッドの三人のうち、後世に影響を与えたという点では、おそらくジェイムズが一番なのではないかと思います。
 優劣という意味ではなく(実際、個性と言う面ではマッケンもブラックウッドも強烈です)、他の作家も利用できる怪奇小説の定型的な語り口を作り出したという点で、ジェイムズは画期的な作家だったのではないかと。現代に続く近代ホラー小説の祖の一人とも言える作家です。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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