1970年代ホラーを読む

404265701X悪魔のワルツ (角川ホラー文庫)
フレッド・M・スチュワート 篠原 慎
角川書店 1993-04

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フレッド・M・スチュワート『悪魔のワルツ』(篠原慎訳 角川ホラー文庫)

 もとピアニストの作家マイルズは、世界的ピアニストであるダンカンのインタビューに訪れます。狷介で知られるダンカンとその娘ロクサーヌは、なぜかマイルスを気に入り、何くれとなく親切にしてくれるようになります。
 しかし、マイルズの妻ポーラは、ダンカン父娘の行動に疑いを抱きます。やがてダンカンは老衰で死にますが、それを境にマイルズの行動に微妙な変化が起こります。しかもピアノの腕が突如上達し、そのタッチはダンカンを思わせるものだったのです…。

 人格交換を扱ったホラー作品です。一応、人格交換が行われたかどうか、明確に記述はされないのですが、ダンカン父娘が、過去に魔術にかかわったと思われる伝聞情報や、実際に魔術を行う場面も描かれるので、実際に人格が交換されたことはわかってしまいます。
 それがわかってしまったら面白くないのかといえば、そういうわけではなく、結構面白いのですよね。夫の人格が変わってしまってから、妻が真実を求めて調査を重ねていくのですが、その過程で、ダンカン父娘の噂やスキャンダルが掘り起こされていくのです。父娘のいびつな関係や、過去の軋轢、娘のロクサーヌに至っては、過去にすでに人格交換がなされているのではないかという疑いも持ち上がります。
 夫の魂が失われたことを確信した妻は、自らも魔術を使って復讐のために立ち上がります。結末で、その強烈な方法が暗示されるに至って、ダンカン父娘よりも妻ポーラの行動の方に戦慄を感じさせられるのです。



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ヘパイストスの劫火 (1980年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)
トマス・ペイジ 深町 真理子
早川書房 1980-06

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トマス・ペイジ『ヘパイストスの劫火』(深町眞理子訳 ハヤカワノヴェルズ)

 地震による地割れから現れたのは、古代から地中で暮らしていたゴキブリに似た虫たちでした。虫たちには触角により火を起こす能力がありました。炭素そのものを食料とする彼らは、火災を起こし、それにより食料である灰を作ろうとしていたのです。
 頻発する火災により大量の死者が出るなか、科学者たちは、虫たちを殲滅するための手段を探し回りますが…。

 ゴキブリをテーマにしたパニック・サスペンス作品です。題材が題材だけにゲテモノ作品かと思いきや、意外にも丁寧に書かれた作品です。
 このゴキブリ、動きが遅く、人間を直接襲うことはありません。ただ、ものすごく頑丈でウィルスに対しても強く、半端ではない生命力を持っています。科学者たちは、虫たちの天敵を探し、サソリ、クモ、猛獣など、様々な生物と戦わせますが、どれも歯が立ちません。
 人間が殺そうと思えば、数匹は殺せるのですが、知らない間に家に火を付けられてしまえば、それでおしまいなのです。
 やがて、虫たちの撃退方法が見つかり、事態は収束したかに見えますが、研究に飽き足らない科学者の独断により、新世代の虫が生み出されてしまいます。人間とコミュニケートできるほどの知能を持つ彼らを撃退することは可能なのか? 後半は積極性を増した虫たちとの戦いが描かれます。

 虫たちと人類との戦いといっても、そんなに緊迫した感じではありません。火災によって被害は出るのですが、虫たちは基本的には人間を襲わないので、スプラッター的な描写もほとんどありません。それもあって、ゴキブリを題材としながらも、意外と後味も悪くないのです。
 作品の大部分は、虫たちの生態やその弱点を探す研究について描かれます。そこがこの作品の一番面白いところで、様々な生物たちとの戦いの描写や、虫自身の生態の研究部分はそこだけでも面白く、ストーリーの展開がゆっくりなのもあまり気になりません。
 変わり種のパニック小説として、一読の価値がある作品です。



B000J9496Iデラニーの悪霊 (1971年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)
ラモナ・スチュアート 小倉 多加志
早川書房 1971

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ラモナ・スチュアート『デラニーの悪霊』(小倉多加志訳 早川書房)

 大学教授の夫と離婚後、二人の子供と暮らす主婦ノラは、作家として生計をたてていました。世間では、若い女性を狙った連続殺人が続くなか、ノラは、弟ジョエルの様子がおかしくなったことに気付きます。やがて、ジョエルの恋人だった女性が首を切断されて発見されますが…。

 悪霊に憑依された男が殺人を繰り返す…という話を、取り憑かれた男の姉の視点で語るという、オカルト・サスペンス小説です。正直、ホラー作品のテーマとしては手垢のついたパターンではあるのですが、語り手の女性ノラのキャラクターが立っていて、それなりに面白く読ませます。
 弟が取り憑かれているのは、すぐわかってしまいます。読者の興味としては、どのように取り憑かれたのか、取り憑いているのは誰の霊なのか? といった部分で読んでいくことになります。この取り憑いている霊の生前の姿を、語り手ノラが調査していくのですが、この犯人(というか霊)の生い立ちや周囲の環境の描写が、なかなか面白く読めます。
 ホラーとしての結構よりも、キャラクター描写に生彩があるタイプの作品ですね。



B000J8U2N8タリー家の呪い (1977年)
ウィリアム・H.ハラハン 吉野 美耶子
角川書店 1977-08

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ウイリアム・H・ハラハン『タリー家の呪い』(吉野美耶子訳 角川書店)

 アパートの取り壊しのため、立ち退きを求められている中年男性が主人公。長年仲良く暮らしていた同じアパートの住人たちも、次々と引っ越しを決めて出ていきます。そんな中、主人公は、何ともいいようのない音を何度も耳にするようになります。
 精神的な病気ではないかと考え、医者にかかる主人公ですが、医者の判断は特に異常はないというものでした。友人は霊能力者の助けを借りるべきだと諭しますが、主人公は意に介しません。
 一方、数百年前にイギリスからアメリカに渡ったタリー家の末裔を探す男が描かれます。息子たちの系図をたどり、どれも子孫が途絶したかに見えた途端、また子孫がいたことがわかり、となかなか現代の末裔にたどり着くことができません。
 2つのパートがどのように結びつくのか? 結末寸前まで、その関係性はまったくわかりません。アパートを舞台にしたパートでは、だんだんと人がいなくなる建物の中で怪奇現象が頻発するようになるという心霊小説的な味わい、系図をたどる男のパートでは、一族の歴史をたどっていく面白さがあります。
 そして結末において、二つのストーリーが交錯し、印象的な幕切れを迎えます。読んでいてなかなか本題に入らないのは確かなのですが、構成や語りに工夫がされており、飽きずに読むことができるのは、ミステリやサスペンスの技法が上手く使われているからでしょうか。ミステリタッチのオカルトホラー小説として、佳作といっていい作品かと思います。

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B級ホラーの職人芸  ショーン・ハトスン作品を読む
 ショーン・ハトスン(1958-)は、イギリスのホラー作家。ホラー以外の邦訳も何冊かあるようですが、ホラー作品は、1980年代後半に、ハヤカワ文庫NVの《モダンホラー・セレクション》で刊行された3冊のみのようです。
 このハトスン、悪趣味、猥雑さ、派手さをモットーとする《ナスティ・ホラー》系統の作家で、邦訳された作品を読む限り、ストーリーの整合性や丁寧な人物描写などよりも、スプラッターシーン、残酷シーンに極端にベクトルを振った感じの作家です。 
 いわゆるB級ホラーといっていいのですが、悪趣味さが突き抜けていて、ある種、清々しいまでの徹底ぶりです。ただ「悪趣味」といっても、本当に肉体的なものだけに限定されていて、人間関係のドロドロしたものとか心理的な嫌悪感といったものは少ないので、変な言い方ですが、後味は意外と悪くありません。『スラッグス』のナメクジみたいな嫌悪感はありますが。
 それでは、以下、3冊のホラー作品を見ていきたいと思います。



hutson1.jpgスラッグス (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
シヨーン・ハトスン 茅 律子
早川書房 1987-06

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ショーン・ハトスン『スラッグス』(茅律子訳 ハヤカワ文庫NV) (1982)

 下水で大量発生したナメクジは、従来の種とは異なる、巨大で肉食性の生物でした。水道を通り、民家に侵入したナメクジたちは人を襲い始めます。衛生検査官ブラディは、彼らを殺すための手段を探し回りますが…。

 巨大化したナメクジが人を襲う…という、シンプル極まりないストーリーの作品なのですが、襲われる人たちや、調査を続ける主人公たちの行動が、カットバックでテンポよく描かれていくので、リーダビリティは非常に高いです。
 キャラクターたちの人物の掘り下げなどは全くなく、ただただ人が襲われて死んでいくシーンを詳細に描いていくという作品です。
 襲ってくるのがナメクジということで、イメージ的には弱そうに感じてしまいますが、この作品中のナメクジは強靱な歯を持ち、一度食いついたら話さないという強力な力を持っています。多数のナメクジにとりつかれたら、そのまま喰い殺されてしまうのです。
 また、体内に寄生虫を持ち、彼らが出す粘膜を口にしてしまっただけで、狂犬病のようになり死んでしまいます。
 人がナメクジに襲われるシーンを描くにあたって、著者は、体の部位だとか内臓の部分など、喰われている箇所を詳細に描写していきます。いちいち残酷シーンが強烈なのです。その極めつけは、サラダと一緒にナメクジの一部分を食べてしまった男の描写でしょう。
 やがて、下水道でナメクジが繁殖していることに気付いた主人公ブラディは、案内人とともに地下に潜り込むことになります。彼らを全滅させ、地下から生還することができるのでしょうか?
 スプラッターシーンが視覚的かつ具体的なので、その種の作品が苦手な方は読まない方が吉でしょう。悪趣味なホラー小説の一つの極致ともいうべき作品です。



hutson2.jpgシャドウズ (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
船木 裕 ショーン・ハトスン
早川書房 1988-10

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ショーン・ハトスン『シャドウズ』(船木裕訳 ハヤカワ文庫NV)

 超自然現象を専門とするノンフィクション作家ブレイクは、心霊治療を行う男マシアスを取材し、彼の力の秘密を調査しようとしていました。
 一方、人間の潜在意識を研究する女性科学者ケリーは、催眠術を使った実験の際に、被験者が急に豹変し、暴れ出すのを目撃します。人間の心には誰でもある邪悪な領域、その部分を解放する手段があることを知り、彼女は戦慄します。
 やがて、マシアスを主賓としたパーティーの席に集まった人々が、凶悪な殺人や傷害事件を起こし始めます。しかも犯人は皆、犯行の意識がないというのです。すべては、人間の心の奥底に秘められた領域「シャドウズ」が原因なのだろうか?
 ケリーはブレイクと協力し、真相を調べ始めますが…。

 前半は、主人公たちが、ひたすら心霊術や超心理学などの研究を続けるという、地味なシーンが続くのですが、後半から、怒濤のスプラッターシーンが展開されます。
 本来は温厚な普通の人間たちが、突如豹変し、周りの人間に襲いかかる様を、詳細に描いています。演出は派手で、政治家が除幕式の最中に他の人間の体をまっぷたつにしたりと、悪趣味そのもの。このあたり、作者の本領発揮といったところでしょうか。
 怪しげな人物が実は犯人ではなく、真犯人は全く別の人間…というミステリ的な趣向もありますが、正直、ミステリとしては穴だらけです。序盤から登場し、思わせぶりに重要人物扱いしていた心霊治療者マシアスが、いつの間にかフェイドアウトしてしまうなど、ストーリーとしては、かなりずさんなところがありますね。
 ただ、スプラッターシーンは、著者が嬉々として描いているのがわかるぐらい生彩に富んでいて、この部分のみに限るなら、ホラーとしては魅力的な作品といえるかもしれません。



hutson3.jpg闇の祭壇 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
茅 律子 ショーン・ハトスン
早川書房 1988-04

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ショーン・ハトスン『闇の祭壇』(茅律子訳 ハヤカワ文庫NV)

 建設現場で発見された地下の古代の遺跡から、多数の人骨が発見されます。そこは古代のケルト人が祭事に使っていた場所でした。女性考古学者キムを初めとする発掘メンバーが調査を進めるなか、関係者が次々と殺されていきます。
 殺人と同時に、子供が何人も失踪し、キムの娘もまた姿を消してしまいます。
 人間の仕業とは思えない殺害現場を見たウォレス警部は、事件には古代のケルト神話が関係しているのではないかと考えますが…。

 発掘された古代遺跡の調査と平行して、連続殺人が描かれます。殺人事件の原因は、どうやら古代ケルトの宗教的なものにあることが匂わされます。実際、黒魔術の儀式を行っている怪しい男とその一味が描かれるので、よくある邪教集団ものかと思ってしまうのですが、それを裏切る後半のひっくり返しが強烈です。
 お話の体裁は、連続殺人の犯人は誰か? というミステリ的な展開で進むように見えるのですが、殺人シーンを見る限り、明らかに超自然的な存在が犯人なので、フーダニット的な興味は湧きにくいですね。
 そもそも、直接的に行われる殺人のほか、何らかの超自然的な原因による事故や惨劇も多数混じっているので、常識的な意味での「犯人」がいるのかどうかもはっきりしないのです。
 殺人や人体損壊のシーンは異様に詳細、残酷描写は強烈で、おそらく作者が一番描きたかったのはこれらのシーンなのでしょう。例えば、これは事件ではなく、ただの偶然だと思うのですが、青年が落ちてきた強酸をかぶってしまうシーンがあります。そこでも酸で顔や体が溶けるシーンが詳細に描写されるのですが、その強烈さは目を覆うほど。また、話の筋には直接関係のない闘犬の描写などもはさまれ、こちらも無意味なほど派手な残酷描写がなされます。
 全体にスプラッターシーンが派手で、その意味では面白いのですが、問題は、本筋であるストーリー自体がだれ気味なところ。伏線らしき描写が全然伏線でなかったりと、つっこみ所が非常に多いのです。
 テーマであるケルトの伝説と殺人事件のつながりがはっきりせず、もどかしさがあるのですが、結末付近でようやくそれが明確になり始めます。そこからは非常に盛り上がります。かなり絶望的なシーンで終わるのですが、この手のホラー作品で、これだけスケールが大きいものは、なかなかないのではないでしょうか。
 弱点はいろいろあるものの、B級に徹した作りで、ホラーとしては好感の持てる作品といえますね。

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連鎖する呪い  マイケル・マクダウエル『アムレット』
4150404763アムレット (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
マイケル マクダウエル 冬川 亘
早川書房 1988-02

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 ライフル工場が唯一の産業である小さな田舎町で、義母とともに暮らす若妻サラ。徴兵されていた夫は、ライフルの暴発事故により植物状態で家に帰ってきます。介護を要する夫と口うるさい姑との生活の中で、サラは健気に家庭を守ろうとしていました。
 夫がこんな状態になったのは、夫の親友でありライフル工場の責任者でもあるラリーのせいだと逆恨みする義母は、ある日見舞いに訪れたラリーに対し、奥さんへ上げてくれと美しい首飾りを渡します。ラリーの妻は、首飾りを身につけた直後に豹変し、家族を惨殺してしまいます。
 その後も、首飾りを手に入れた人間とその周りの人間が死んでいくことに気付いたサラは、すべては義母の仕業なのではないかと考え始めますが…。

 マイケル・マクダウエル『アムレット』(冬川亘訳 ハヤカワ文庫NV)は、呪いの首飾りをめぐるホラー作品です。主人公サラの義母が間違いなくその元凶であることはわかるのですが、白を切り続ける彼女からは、なかなか真実を聞き出すことはできません。
 この首飾りの威力が強烈で、身につけた瞬間から凶暴になり、あっという間に殺人を犯してしまうというゾンビウイルスそこのけの威力なのです。
 首飾りの呪いについて、具体的な情報がほぼ全く明かされないため、それを拾ったり、触った瞬間に、その人物の死が決定してしまうという恐ろしいもの。首飾りを手にした人物が死に、次に手に入れるのは誰なのか? というサスペンスもあります。

 ある程度話が進むと、首飾りを手に入れた人間が惨劇を引き起こすというパターンがわかってしまうので、その意味で展開に驚きはないのですが、飽きずに読ませるのは、作者の筆力ゆえでしょうか。
 凶行場面の描写が詳細でショッキングなのと(美容院で髪をはぎ取ったり…)、ブラック・ユーモアを交えた人物描写が冴えているせいなのもあるかと思います。ことに主人公サラの義母のキャラクターが強烈です。息子を産んだのは自分が楽をするため。そして、自分と息子以外は、すべて敵であり死ねばいいと、日頃から公言し、嫁のサラに対しても虐待まがいの発言を繰り返します。
 しかし、実の家族を全て亡くし、家もないサラにとっては、この義母の家だけが我が家であり、不具になってしまった夫の面倒を見ることは、自分の義務だと思い込んでいるのです。そんな息のつまるような生活の中、首飾りによる殺人が続き、それが義母の仕業だと確信するようになったサラは、逆に義母と夫に対して憎しみを覚え始めます。

 サラは、首飾りを見つけ破壊しようと町中を探しまわりますが、なかなか出会うことができません。保安官の協力を得るものの、惨劇は続き、やがて町の中心であるライフル工場に首飾りは姿を現します。クライマックスでは、工場を舞台に、大惨劇が繰り広げられるのです。

 ブラック・ユーモアあふれる人物描写と、要所で見せ場となるショッキングシーン。テーマはオーソドックスながら、読ませるホラー作品です。

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奇妙な分身  クリスティーン・キャスリン・ラッシュ、ケヴィン・J・アンダースン『残像を殺せ』
448880117X残像を殺せ (創元ノヴェルス)
クリスティーン・キャスリン ラッシュ ケヴィン・J. アンダースン Kristine Katheryn Rusch
東京創元社 1996-06

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 車の修理の手伝いを求められたところ、突然暴行され、放火されてしまった女性レベッカ。意識を取り戻し、助かったと思いきや、自分の体が男のものになっているのに気がつきます。しかもその姿は、自分が殺されかかった犯人そのものだったのです。
 レベッカを助けたのは、人間によく似た妖精の一族「ダークリング」たちでした。彼らには、体を再生させる能力があるのです。しかし何らかの要因で、再生の際に、体が変貌してしまったというのです。ダークリングが言うには、外見に囚われず、彼女の正体を見破ってくれる人間がいれば、レベッカは元に戻れるはずだと言うのですが…。

 クリスティーン・キャスリン・ラッシュ、ケヴィン・J・アンダースン『残像を殺せ』(藍堂怜訳 創元ノヴェルズ)は、殺された女性が蘇ったものの、犯人の姿形になってしまうという、面白い設定の作品です。呪いを解くために、元の彼女をよく知る人間のもとを訪れるヒロインですが、本人しか知り得ない情報を話したために、逆に怪しまれてしまいます。
 殺害現場を目撃していた少年たちの証言により、レベッカは犯人として追われてしまうことにもなります。唯一の理解者ともいうべき弟に接触しようとするレベッカですが、本物の犯人との遭遇で、それも失敗してしまうことに。

 もともと孤独だった彼女を助けてくれる人間はほとんどおらず、ダークリングたちに援助してもらうことになるのですが、ダークリングたちの中でも、反目や陰謀があり、一筋縄ではいかないのです。
 このダークリングという種族、周囲で人間が死ぬと、その影響で肉体に変貌が及んでしまうという、奇妙な特徴を持っています。例えば、人間に恋をしたダークリングが、肉体が変わってしまったため、本人であると認めてもらえなくなってしまったりします。肉体の変貌だけでなく、それにより魔力を高めることもできるのですが、それを目的に、やがてダークリング内での殺人も発生し、彼らの中でも犯人捜しが始まります。

 元に戻ろうとするヒロインのほか、殺人を続ける犯人、犯人を探す警察、陰謀を進めるダークリング、それを追う別のダークリングなど、視点が次々に入れ替わります。同時進行で複数のパートが進行し、それがサスペンスを高めており、リーダビリティは非常に高いです。

 「ダークリング」という妖精族が登場したり、蘇りの魔法があったりと、題材としてはファンタジーなのですが、精神を病んだ殺人犯や、孤独なヒロインの内面描写など、サイコ・スリラー的な要素も強く、ジャンルが混合したハイブリッド・エンターテインメントになっています。非常に面白い作品です。

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癒しと呪い  トマス・M・ディッシュ『M・D』
M・D〈上〉 (文春文庫) M・D〈下〉 (文春文庫)
 信じていたサンタクロースの存在を否定され、ショックを受けていた幼い少年ビリーの前に現れたのは、「マーキュリー」を名乗る神でした。神はビリーに、癒しと呪いの能力を持つ「カデューシアスの杖」を授けます。
 しかし、杖は無条件に願いをかなえるものではなく、代償を伴うものでした。ビリーは、杖を使い、家族の健康や長命を願いますが、願いそのものは叶ったものの、予期せぬ悲劇が続いてしまいます…。

 トマス・M・ディッシュ『M・D』(松本剛史訳 文春文庫)は、人間の健康をつかさどる魔法の杖を手に入れた少年の人生を描いた作品です。この「カデューシアスの杖」、使えば使うほど効果が上がっていき、しかも無制限に使うことができます。しかし他人に健康や癒しを与えれば、その代償として、別の人間に死や病を与えなければならないのです。
 とりあえず、愛する家族に健康を与えたいと、杖の能力を使うビリーでしたが、願いそのものは叶うものの、結局それらが無駄になってしまうような事態が副産物として起こってしまうのです。
 しかも、「マーキュリー」は、叶えられるのは人の健康と病に関する願いだけであって、能力を使われた人間の運命がどうなろうと、感知しないというのです。例えば父親の健康を願った直後に、その当人が事故死してしまいます。「カデューシアスの杖」にコントロールできるのは、体の健康のみであって、事故は力の及ぶところではない…というのです。
 この作品で主人公に能力を与える神「マーキュリー」は、ホラー作品によく登場するような「悪魔的存在」とは異なります。そもそも彼には善も悪もなく、人間を堕落させようとする意図もないのです。ただ結果がどうなるかを面白がっているような、トリックスター的存在として描かれます。

 一方、主人公ビリーも、子供時代から人の死や不幸を何度も目の当たりにしながら、それにほとんど動揺もせず、目的のためには手段を選ばないという、強烈な個性を持つ人間として描かれます。杖による被害も、個人レベルだったものが、やがて世界的な疫病を引き起こすまでになったりと、スケールが広がっていってしまいます。
 やがて医者になった彼は、世界を破滅させるような事態を引き起こすことになるのです。

 主人公を含め、ほぼ全ての人間が死んだり不幸な目に会ってしまうという、徹頭徹尾、暗いホラー作品なのですが、なぜか読後感はそんなに悪くないという、不思議な作品です。登場人物たちの運命に対する皮肉と悪意がところどころに感じられるところは、作者ディッシュの個性というべきでしょうか。モダンホラーの変わり種であり、強烈な個性の感じられる傑作です。

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狭間の世界で  T・M・ライト『マンハッタン・ゴースト・ストーリー』
4087602265マンハッタン・ゴースト・ストーリー (集英社文庫)
T.M. ライト T.M. Wright
集英社 1993-11-01

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 写真の仕事のため、ニューヨークにやってきたカメラマンのアブナー。彼は、旅行中である友人アートのアパートを一時的に借りることになります。訪れたアパートには、アートの恋人だと名乗るフィリスという若い黒人女性がいました。
 アパートに出入りするフィリスと愛し合うようになったアブナーでしたが、アートからの電話に動揺します。なんと、友人はフィリスを殺してしまい、その容疑で逃げているというのです。それではアパートにいる女性は何者なのか? アートは、その女はフィリスではなく、別人に違いないと告げますが…。

 T・M・ライト『マンハッタン・ゴースト・ストーリー』 (矢倉尚子訳 集英社文庫) は、タイトルから想像がつくように、マンハッタンを舞台にしたゴースト・ストーリーです。
 序盤で登場する主人公の恋人が、すでに死んでいるということは、早い段階でわかってしまいます。わかった後も、主人公は、なんとか恋愛を成就させようと、かけずり回るのです
 主人公には、もともと霊能力が備わっており、恋人との出会いを境に、その能力が開花します。その能力とは、死者が見え、彼らと語ることができるというもの。しかし、その能力には欠点もあります。主人公には、逆に生者と死者の区別がつかないのです。生者のつもりで話しかけていても、それが周りの人間には見えていないことから、死者と認識することになったりと、出会った人間が本当に生きているのかがわからなくなっていきます。
 恋人フィリスが姿を現さなくなり、彼女を求めてアブナーはかけずり回ります。やがて、日常生活においても支障をきたしはじめるアブナー。彼女と会うために、死者の世界との接触を図ろうとするアブナーですが、生きたまま、その世界に入り込むことは容易ではないのです。

 幽霊との恋愛を描く「ラブストーリー」と言えるのですが、甘美な雰囲気だけでなく、死者の世界の不気味さも感じられるところが特徴です。
 恋人フィリスのように、生者と全く違いのわからない死者もいれば、同じ場所で同じ言動を繰り返す地縛霊のような死者もいたりと、いろいろなタイプの死者が描かれます。
 死者の世界自体も、生者が簡単に接触できるようなお手軽なものとしては描かれず、その得体の知れなさ、不気味さが描かれており、ホラーとしてもなかなかに魅力的な作品です。

 作者のT・M・ライトは、1970年代から活躍しているアメリカのモダンホラー作家ですが、邦訳されたのは、1984年発表のこの作品だけのようです。本作品を読む限り、ホラー作品としての雰囲気醸成の巧さといい、リーダビリティの高さといい、非常にバランスの取れた作風のようで、もっと他の作品を読んでみたい作家ではありますね。

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奇妙な味の川下り  中村融編『夜の夢見の川』
4488555055夜の夢見の川 (12の奇妙な物語) (創元推理文庫)
シオドア・スタージョン G・K・チェスタトン他 中村 融
東京創元社 2017-04-28

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 中村融編『夜の夢見の川』(創元推理文庫)は、〈奇妙な味〉をテーマにしたオリジナル・アンソロジー。同テーマで編まれた『街角の書店』の続編的作品集です。

クリストファー・ファウラー『麻酔』
 予約をとらず歯医者に押しかけた男は、治療室に入り込み、たまたま手の開いていた医者に治療をしてもらうことになります。しかし、麻酔をかけた後、医者は不審な行動を取り始めます…。
 都市伝説風の不条理小説。肉体的な描写が強烈です。

ハーヴィー・ジェイコブズ『バラと手袋』
 友人のヒューバーマンは、子供時代から、周りの人間の膨大な品物を収集していました。仕事で成功した「わたし」は、かって友人と交換したオートバイのおもちゃを再び手にしたくなり、友人を訪ねますが…。
 子供時代の郷愁を扱いながらも、ノスタルジーとは異なる味わいを醸し出す不思議な作品。名作『おもちゃ』のバリエーション的作品です。

キット・リード『お待ち』
 旅行中の母娘は、ふとある町に立ち寄りますが、そこで母親は具合を悪くしてしまいます。その町では医者はおらず、住人の経験則だけから病気を治そうというのです。しかも直るまで町からは出れないのです。その内に、娘は、町には「お待ち」という風習があることを聞きますが…。
 親切で温厚な人々が住む町。しかしそこには何やら不穏な空気が漂っているという作品。

フィリス・アイゼンシュタイン『終わりの始まり』
 ある時、母親からかかってきた電話。しかし母親は何年も前に亡くなっているのです。しかし夫も兄も、母親はずっと生きているというのです…。
 恐怖小説風の出だしから始まり、結末は人情溢れるものになるというファンタジー作品。

エドワード・ブライアント『ハイウェイ漂泊』
 会議へ向かう車の中で、友人はハイウェイに乗り捨ててある車について奇妙な話を始めます。姿を消した人間たちは、空から飛来した何者かにさらわれたのではないか。また、姿を消した人間は一人で消えた例はなく、必ず家族連れだというのですが…。
 最後まで明確な事件は起こらず、徹頭徹尾、仄めかしで展開する技巧的な作品。まさに〈奇妙な味〉としか呼び様がない作品ですね。

ケイト・ウィルヘルム『銀の猟犬』
 失業した夫が農場を始め、子供とともに移り住んだ妻は、ある日、二頭の美しい猟犬が自分を見つめているのに気付きます。猟犬はなぜか自分の身の回りを離れようとしないのですが…。
 夫を無条件で愛していると思っていた妻の心の変化が丁寧に描かれていきます。猟犬は妻の心の象徴なのか? 結末も印象的です。

シオドア・スタージョン『心臓』
 心臓の弱い男を愛してしまった女は「憎悪」の力で彼の心臓を作り変えようと考えますが…。
 「憎悪」を使って人を愛する女を描く作品。掌編ながら、強烈なインパクトを残す作品です。

フィリップ・ホセ・ファーマー『アケロンの大騒動』
 娘をめぐって撃ち合いになった二人の男。片方の男は撃たれて死んでしまいます。そこへ突然現れた医者の男は、魔術的な手段で男を甦らせてしまいます。医者は町の死者をできる限り生き返らせると話しますが…。
 西部劇風の舞台の作品。ひっくり返しが楽しいユーモア・ストーリーです。

ロバート・エイクマン『剣』
 若い娘に剣を刺すという出し物に魅了された男は、その若い娘と二人だけの機会を作ってやろうと持ちかけられますが…。
 娘との逢瀬に胸を躍らすものの、実際の娘は以前ほど魅力的ではなく…。終始、不穏な雰囲気で進む作品。

G・K・チェスタトン『怒りの歩道─悪夢』
 ある日、いつも通っているはずの歩道がおかしなことになり始め…。
 今までがそうであったからといって、これからも同じだとは限らない…。哲学的な逆説に満ちた奇想小説です。

ヒラリー・ベイリー『イズリントンの犬』
 裕福な一家のもとに引き取られた犬には、人語を話す能力がありました。横領を繰り返していた一家の主人は、犬を売って大金を得ようと考えますが…。
 虚飾に満ちた一家の真実が、犬によって暴かれるという風刺的作品。

カール・エドワード・ワグナー『夜の夢見の川』
 護送車の転覆により、脱走を図った女。屋敷を見つけた女は、自らの境遇を騙り、助けを求めます。親切な女主人とメイドにより、体力を回復した女でしたが、二人はなぜか自分を離そうとしないのです…。
 屋敷の住人たちが異常性格者だった…という話かと思いきや、住人たちが異界のものだという可能性や、そもそも主人公の女自体が妄想に取り付かれているという可能性も示唆されます。
 チェンバーズ『黄衣の王』が言及されるなど、クトゥルー神話との関連も見えますね。夢幻的な雰囲気といい、何通りもの解釈が可能な懐の深さといい、集中一の力作でしょう。

 編者解説によると、前作以上に、解釈のはっきりしない作品を集めたそうです。確かに前作よりも〈奇妙な味〉としかいいようのない作品が多かった印象ですね。個人的には今回の『夜の夢見の川』の方が満足度が高かったように思います。

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邪悪なる祈り  ジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』
4336055351悪の誘惑
ジェイムズ ホッグ James Hogg
国書刊行会 2012-08

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 享楽的な領主の父と、厳格なキリスト教徒の母との間に生まれた二人の兄弟。兄のジョージは、父親のもとで、寛大な心を持つ好青年に育ちます。一方、弟のロバートは、狂信的な牧師と母との間で育てられ、他人からは近寄りがたい人間に育ちます。
 成長したロバートは、仇のように兄ジョージを追い回し、嫌がらせをし続けます。やがて、ジョージが死体となって発見されますが、犯人はジョージと口論をしていたドラマンドという男だとされていました。
 やがて父親が亡くなり、ジョージの代わりに、家督をついだロバートでしたが、父親の家政婦だった女性は、ロバートこそジョージ殺害犯だと確信し、調査を始めます…。

 『悪の誘惑』(高橋和久訳 国書刊行会)は、羊飼いから作家になったという、異色の経歴を持つスコットランドの作家、ジェイムズ・ホッグの作品です。
 大きく三部に分かれており、一部と三部は編者からの「客観的な」語り、二部は弟の視点による語りになっています。一部でまず、客観的な事件の顛末が描かれ、二部では弟の狂信的な視点から描かれた「手記」が語られます。そしてまた三部では、その「手記」についての編者の見解が描かれる、といった構成になっています。
 兄弟間の憎しみや、殺人さえ描かれるにも関わらず、一部はかなりユーモアに富んだ筆致になっているのが面白いところです。好青年の兄に対し、弟は徹頭徹尾「嫌な」男で、兄を追い回します。たびたび兄弟は遭遇し、いさかいを起こすのですが、弟がなぜそこまで兄を憎むのかや、兄ジョージの死の真相は前半では明かされません。

 二部では、弟ロバートの視点から描かれた物語が語られますが、ここからが圧巻です。異様なまでの宗教教育を受け、ゆがんだ視点を持った男の独善的な行動が描かれていきます。子供のころから嘘をつき、悪事を働いてきたにもかかわらず、自分は神に許されているという考えを持っているため、自らの行動に対し良心の呵責を全く覚えないのです。 
 やがてロバートの考えに賛同してくれる、謎の男が現れます。最初はロバートの思想や行動を褒め称えていた男は、段々と悪事を働くようにそそのかしていきますが、ロバートもそれに従い、破滅的な行為を繰り返していくことになるのです。
 この「謎の男」、たびたび姿や声を変えたりと、悪魔のような人物なのですが、この男が実在しているかどうかも、じつは定かではありません。ロバートの「悪の心」の分身なのか、それとも本当の「悪魔」なのか。
 殺人を含む、あらゆる悪事を行いながら、独善的な論理でそれらを全て正当化しようとするロバート。その告白が、異様な熱気を持って語られる後半の展開は、凄いの一言です。

 作品全体の構成も、読者を眩惑するような作りになっています。一部の編者の「客観的な」語りと、二部の弟の独白とで、同じ事件に対する細部や解釈が異なっているのです。もちろん二部の語り手であるロバートは「嘘つき」なので、その語りを信用はできないのですが、かといって編者の語りが信用できるかというと、そういうわけでもないのです。
 とくに三部では、発見された手記について、作者自身であるジェイムズ・ホッグ自身も作中人物として登場します。しかも編者はホッグは信用できない…などという意見も書いているのです。
 この時代の小説には、「手記」や「手紙」という設定はよく使われるのですが、この作品では、その視点のずれが多重になっていて、真実がぼやかされる…という効果を発揮しています。

 19世紀前半に書かれた、いわゆる「ゴシックロマンス」に属する作品なのですが、このジャンルの作品としては、分量的にもあまり長くなく、読みやすい作品です。ミステリの先駆的作品としても、熱気に満ちた幻想小説としても読めますが、何より、今読んでも面白さを感じられるという意味で、古典的な傑作と呼んでもいい作品でしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇と幻想のロマンス  J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』
448850602Xドラゴン・ヴォランの部屋 (レ・ファニュ傑作選) (創元推理文庫)
J・S・レ・ファニュ 千葉 康樹
東京創元社 2017-01-21

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  アイルランドの作家、J・S・レ・ファニュ(1814-1873)は、19世紀の怪奇幻想小説の分野では「巨匠」とされる作家の一人です。本邦で有名な作品としては、官能的な吸血鬼小説『吸血鬼カーミラ』や、サイコ・スリラー的な要素もある怪奇小説『緑茶』あたりが挙げられるでしょうか。
 怪奇小説の「巨匠」というと、我々は20世紀以降の作品、ブラックウッドやマッケン、M・R・ジェイムズのような作品を考えてしまうのですが、実のところ、19世紀以前の作品は、20世紀以降の作品のような、純粋な怪奇小説というのは、あまりありません。細かく言うと、「怪奇」や「幻想」そのものが主題になる作品があまりない、ということです。あくまで作品の味付けとしてそれらがある、といった方がいいのでしょうか。
 そうした時代にあって、レ・ファニュは、例外的に怪奇幻想の要素が強い作品を多く書きました。ただ、「ロマンス」や「メロドラマ」の要素は強く、そうしたところが古色蒼然とした印象を与える理由にもなっているのですが、今現在では、逆にその古色蒼然さが魅力ともなっているのです。

 レ・ファニュの主な邦訳としては、以下のようなものがあります。

長編
『墓地に建つ館』(榊優子訳 河出書房新社)
『アンクル・サイラス』(榊優子訳 創土社)
『ワイルダーの手』(日夏響訳 国書刊行会)
『ゴールデン・フライヤーズ奇談』(室谷洋三訳 福武文庫)

短篇集
『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)
『レ・ファニュ傑作集』(小池滋、斉藤重信訳 国書刊行会)

 短篇作品は80篇ぐらいあるらしいのですが、未訳が多く、まとめて短篇作品を読めるのは50年近く前に出版された『吸血鬼カーミラ』のみでした。そんな状況だっただけに、今回刊行された、レ・ファニュの作品集『ドラゴン・ヴォランの部屋 レ・ファニュ傑作選』は、怪奇幻想ファンにとって、またとない贈り物となりました。
 以下、収録作品を紹介していきたいと思います。

『ロバート・アーダ卿の運命』
 悪魔らしき人物との契約により、命を狙われる男の物語を、「伝説」と「事実」との2通りで描いた物語です。
 いかにも伝説然とした展開の1話目と、キャラクターを描き込み、小説としての余韻を加えた2話目と、2つの味わいを楽しめます。集中もっとも「怪奇小説」らしい作品です。

『ティローン州のある名家の物語』
 資産家の娘ファニーは、嫁ぎ先の貴族グレンフォーレン卿の屋敷に迎えられますが、屋敷内で気味の悪い盲目の女を見かけます。自分に対して攻撃的な女の態度にファニーは怯えますが…。
 謎の女、夫の秘密、ゴシック的な道具立てたっぷりの作品です。「秘密」に関しては、すぐに気付いてしまうのですが、それでも読ませるサスペンス味は流石というべきでしょうか。

『ウルトー・ド・レイシー』
 ウルトー・ド・レイシーは、政治的な駆け引きで失脚し、財産や領地を失ってしまった結果、二人の娘を伴って、辺鄙な場所に移り住みます。彼の希望は美しい妹娘ウナを資産家の青年と結婚させることでしたが、ウナは見知らぬ男に恋しているようなのです…。  
 先祖の因縁により復讐されるというゴースト・ストーリー。先祖から伝わる警告にもかかわらず、悲劇は起きてしまうという運命譚になっています。

『ローラ・シルヴァー・ベル』
 魔術を使うと噂されるカークばあさんは、捨て子だった娘ローラ・シルヴァー・ベルを可愛がっていました。ある日、ばあさんは汚らしく忌まわしい男に出会い、ローラをよこせと言われますが、すぐにはねつけます。しかし、ローラ自身には男が魅力的に見えているようなのです…。
 妖精に狙われる娘の物語なのですが、さらわれて終わり、ではなく、その後を描いているところが新鮮ですね。しかも、その後が描かれた部分がじつに禍々しい雰囲気なのです。邪悪なフェアリー・テールとでもいうべき作品です。

『ドラゴン・ヴォランの部屋』
 パリに「冒険」のために向かっていた英国人青年ベケットは、旅の途上、馬車トラブルに巻き込まれたサン=タリル伯爵夫妻を手助けします。伯爵夫人に一目ぼれしてしまったベケットは、夫人が不幸な結婚をしていることを知り、自分の手で彼女を助け出そうと考えますが…。
 怪奇幻想味はほとんどない作品ですが、リーダビリティは非常に高いサスペンス小説になっています。青年が伯爵夫人と恋仲になるまでの前半はいささか退屈しますが、後半になり、ある計画が持ち上がってからは手に汗握る展開になります。前半に登場する青年の「病気」がしっかりとした伏線になっているところには感心しました。

 19世紀の作家ゆえと言うべきか、作品の始まりは、たいてい舞台となる村や自然の描写が丁寧にされていきます。一見、退屈になりそうな部分なのですが、情景描写が巧みなので、すぐに作品の舞台に入り込めます。特に、森や古城などが登場する作品の雰囲気は絶品です。
 純サスペンス作品である『ドラゴン・ヴォランの部屋』が典型ですが、レ・ファニュが、怪奇小説の名手である以前に、当時のエンターテイメントの名手でもあったことのわかる作品集でした。レ・ファニュの当時の異名「アイルランドのウィルキー・コリンズ」は、コリンズに劣らぬストーリー・テラーぶりを表わしたものでしょうか。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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