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暗黒のロード・ノヴェル   ジョー・R・ランズデール『テキサス・ナイトランナーズ』

テキサス・ナイトランナーズ (文春文庫) 文庫 – 2002/3/1


 ジョー・R・ランズデールの長篇『テキサス・ナイトランナーズ』(佐々田雅子訳 文春文庫)は、死んだ友人に憑かれた不良少年の一行が、過去に暴行した女性を殺すため殺人を繰り返しながら追跡するという、ホラー・サスペンス作品です。

 不良少年クライドに暴行された女性教師ベッキーは、それ以来悪夢に悩まされていました。静養するため友人ディーンのキャビンを借り、夫の大学教授モンゴメリーと共にそこで過ごすことになります。
 逮捕されたクライドは収監された場所で自殺していましたが、クライドに心酔する友人ブライアンのもとに夢を通して、死んだはずのクライドが姿を現します。彼によればダークサイドで力を得るためにあえて命を絶ったというのです。
 かって殺し損ねたベッキーを殺せという指示を受けたブライアンは、彼女を殺すため、仲間たちと共に車を駆ることになります…。

 死んだ少年クライドに憑かれたブライアン一行が、殺人を繰り返しながら、女性教師ベッキーを付け狙うというホラー作品です。ベッキー夫妻がキャビンにいることを知ったブライアンたちが、そこに向かうのですが、その途中で出会った人々は、次々と殺害されていってしまいます。
 このブライアンが完全に狂っていて、相手を少し痛めつけるというレベルではなく、目に付いた人間を片っ端から殺して回るという強烈な人間として描かれています。銃で撃ち殺したり、焼き殺したりと、やりたい放題なのです。
 ブライアンは、死んだ少年クライドを生前から崇拝しており、死んでからもその人格に取り憑かれることになります。その結果、二重人格のような状態になっているのです。しかもクライドは、別次元にいるらしい超自然的な存在「剃刀神」に従っているようで、間接的にブライアンにもその支配が及んでいます。
 この「剃刀神」なる存在、剃刀を身につけた異形の存在で、ビジュアル的にもインパクトがあります。ただ、この異形の存在が直接現実世界に現れることはなく、暴力や破壊行為を働くのは、あくまでブライアン(と彼に寄生したクライド)です。

 戦闘行為に長けた警官たちもあっさりと殺されてしまうので、彼らを止めることができるのか、ましてやそうした行為とは縁遠いベッキー夫妻が殺されずに抵抗することができるのか? といったところが、読みどころの一つになっています。
 トラウマにより精神的に弱っているベッキーはもちろん、非暴力主義を掲げる夫モンゴメリーも、いざというときには役に立たなそうな人物であるだけに、ブライアン一行が近づいてくるごとに、どうなってしまうのかというサスペンスが強烈に感じられますね。

 ターゲットとなるベッキー夫妻よりも、ブライアン一行の方に圧倒的に存在感があります。暴走する車と共に暴力行為を繰り返していくブライアンたちの旅路のスピード感は強烈。まさに暗黒のロード・ノヴェルといった趣です。


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渇いた町  スージー・マローニー『雨を呼ぶ男』
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 スージー・マローニーの長篇『雨を呼ぶ男』(松下祥子訳 早川書房)は、雨を降らせることのできる能力を持つ男と、彼が訪れた呪われた土地をめぐって町の混乱が描かれるという、モダンホラー作品です。

 農業が主要な産業であるノース・ダコタ州の田舎町グッドランズは、数年来、雨が降らず、深刻な旱魃に見舞われていました。それに伴い、農業従事者たちは次々と廃業に追い込まれていました。銀行の支店長カレン・グレインジは、ローンを返済できない人々から抵当物件を取り上げざるをえない立場に置かれていました。数年前に赴任してきたカレンは、町の一員として溶け込むことができたと感じていただけに、友人でもある顧客たちに引導を渡す立場になることに苦渋の念を感じていたのです。
 ある日カレンのもとに現れた長髪の野性的な男は、雨降らし屋のトム・キートリーと名乗ります。以前にテレビで彼の映像を見たカレンが依頼の手紙を出していたのです。彼の能力の一端を見せられたカレンは、トムが雨を降らせてくれることを信じ始めます。しかしトムによれば、この町には何かがあり、雨が降るのを妨げているというのです。それを調べるためトムは町の中を歩き回ります。
 一方、町のあちこちで、火事を始め、人々を苦しめる事故や災害が多発していました。町の人々は、よそ者のトムの仕業ではないかと考え、なおかつカレンに疑いの目を向けるものも現れていました…。

 旱魃に苦しむ町に、雨降らし屋の男が現れたことから、町に不思議な事件が起こり始める、というホラー作品です。序盤でトムの超自然的な能力が提示され、彼の能力は本物であることが分かります。しかしグッドランズではその能力が上手く働かず、土地に何かがあることが分かってきます。
 雨を降らせるため町の土地を探っていくうちに、トムは怪しいよそ者として認識され、町の人々の反感を買ってしまいます。平行して、町の呪いに囚われてしまった貧民街の少女ヴィーダが、自分に憑りついた何者かの声に従い、トムを探し始める…という展開です。
 主人公カレンとトムの目的はシンプルで、町に雨を降らせる、というのが狙いなのですが、それを邪魔する土地の呪い、呪いに直接動かされる少女による災厄、彼らを異端視する町の人々など、様々な困難が持ち上がります。
 加えて序盤では、トムが本当に能力者なのか疑いの目を持ってしまうカレンの疑念もあったりと、一筋縄ではいかないところが面白いですね。

 主人公周りだけでなく、町の主要な人々の様子が丁寧に描かれていくのも特徴で、彼らの生活や旱魃による経済的な苦境までもがリアルに描かれています。
 特に住人の一人カールは、経済的な苦境により精神的な病を抱えてしまう不安定な人物で、トムに対する扇動を行うなど、物語を大きく動かす人物の一人になっています。

 トムの術を邪魔する町の呪い自体は、町の過去に起因するものなのですが、それが現代に蘇ったのは主人公カレンが移住してきたことが原因であり、また移住自体の原因も、彼女自身の過去の人生に関わるものにあったりと、物語の災厄の因縁が細かく描かれているのも魅力ですね。

 トムの能力に関わる部分に関してはファンタジー的な色彩が濃いのですが、苦境に陥った町の人々が狂信的な男に扇動されパニック状態になっていく過程がじっくり描かれるなど、モダンホラー的な興趣も強く、ホラーとして魅力的な作品になっています。

 本作、トム・クルーズ映画化の帯がついていますが、映画化された記憶がないので、たぶんお蔵入りになってしまったんだろうと思います。ちなみに原著は1997年刊、邦訳は1998年刊です。


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恐怖のツイスト  R・L・スタイン『恐怖のヒッチハイカー』『呪われたビーチハウス』
 年少読者向けホラーシリーズ<グースバンプス>で知られる、アメリカの作家R・L・スタイン。彼のノンシリーズのホラー作品もなかなかに面白い作品です。二作ほど紹介していきます。


恐怖のヒッチハイカー ヤングホラー・シリーズ (集英社文庫) 文庫 – 1997/6/20


R・L・スタイン『恐怖のヒッチハイカー』(馬場ゆり子訳 集英社文庫)
 短気で暴力的な青年のヒッチハイカーを乗せてしまった女性二人組を描く、サイコ・サスペンス作品です。

 休暇でフロリダにやってきた女性二人組、クリスティーナとテリーは、車を運転中、ヒッチハイクしていたハンサムな青年ジェームズを拾います。ジェームズを気に入ったクリスティーナに対して、テリーは彼に危険なものを感じていました。
 ジェームズは、食堂で冷たい態度を取ったウエイターに暴力を働いてしまいます。彼を乗せたことを後悔するテリーでしたが、クリスティーナはジェームズの危険な香りに魅力を感じていました。やがてジェームズのいとこポールの家にたどり着いた三人は、ポールの家に泊めてもらうことになりますが…。

 ヒッチハイクしている短気で攻撃的な青年を乗せてしまった女性二人組の恐怖を描くホラー作品、なのですが、一概にそういう作品にならないところに、この作品の面白みがあります。
 同乗しているうちに、いくつも問題を起こす青年ジェームズなのですが、彼の脅威とは別に、彼らを尾行する車が現れたり、車がなくなってしまったり、女性の片方が消えてしまったりと、いくつもの不条理で不穏な出来事が起こることになります。これらの出来事の原因はジェームズなのか? ラジオでも言及される殺人の犯人はジェームズなのか、それとも彼とは無関係の出来事なのか?
 ヒッチハイカーの脅威を描くシンプルなホラーと思っていると、次々と不穏な出来事が続き、事件の全体像が分からなくなってきます。女性二人組の過去に怪しい節もあり、誰が善人で誰が悪人かも混乱してくるという部分はサスペンスたっぷりです。
 後半では「どんでん返し」というほどではないですが「ひっくり返し」レベルの出来事が続き、読者を引き回してくれます。エンタメ・ホラーの快作といっていい作品ではないでしょうか。



呪われたビーチハウス ヤングホラー・シリーズ (集英社文庫) 文庫 – 1997/7/18


R・L・スタイン『呪われたビーチハウス』(黒木三世訳 集英社文庫)
 二つの時代を舞台に、ビーチハウス周辺で起きる殺人や行方不明事件を描いたホラー・サスペンス作品です。

 1956年の夏、マリアとエイミーは海に遊びに来ていました。ボーイフレンドのロニーとつきあっているエイミーを羨むマリアでしたが、マリアの前にも、ハンサムながら生真面目なバディと反抗児のスチュアート、二人の恋人候補の青年が現れます。
 ある日、友人たちは海の中でバディの水着を脱がせるといういたずらを仕掛けます。また、スチュアートに強引に誘われたマリアは、バディとの約束を反故にしてスチュアートとのデートに出かけてしまいます。その翌日、バディとマリアは海に出かけたまま行方不明になってしまいます。
 バディは海のそばにあるビーチハウスに住んでいると話していましたが、そこには誰も住んでいませんでした。バディの本名も家族がどこにいるかも全く分かりません。
 一方、現代では、ボーイフレンドのロスと共に海に遊びに来ていたアシュレーは、現地で出会った資産家でハンサムな青年ブラッドに惹かれていました。嫉妬深く強引なロスに冷めつつあったアシュレーは、ブラッドの誘いを受けて彼の家に遊びに行くことになりますが…。

 1956年と現代、二つの時代で、それぞれビーチハウスの周囲で発生する殺人や行方不明事件が描かれるという作品です。
 どちらのパートでも、男女の三角関係をめぐって不穏な事件が起こるという構成は共通するのですが、1956年では、明確に事件の犯人が分かるようになっています。
 犯人はサイコパス気質で犯行を繰り返した後、姿を消してしまいます。現代でも同じような男女の三角関係が描かれ、過去と同じような惨劇を予感させるのですが、単純な繰り返しにはならず、そこに謎のビーチハウスが絡んでくることにより、驚きの展開になってゆきます。
 リゾート地での若い男女たちの恋愛模様、次々と起こる殺人や行方不明事件…、ある種ステレオタイプな情景が展開されることから、単純なスラッシャー・ホラーだと思っていると、驚かされるかと思います。そこに超自然的な趣向が加わって、二つのパートの物語が合流するクライマックスには感心しますね。
 児童向け作品で知られる著者のスタインなのですが、本作品では登場人物の年齢層がちょっと高めになっているのと、作品の刺激度も高いことから、割と大人向けの作品といっていいのかなと思います。



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死と再生  ロバート・R・マキャモン『スワン・ソング』

スワン・ソング〈上〉 (ミステリペイパーバックス) 新書 – 1994/4/1

スワン・ソング〈下〉 (ミステリペイパーバックス) 新書 – 1994/4/1


 ロバート・R・マキャモンの長篇『スワン・ソング』(加藤洋子訳 福武書店)は、全面核戦争により荒廃したアメリカ大陸で、世界再生の鍵を握る少女スワンをめぐって展開される、黙示録的ホラー作品です。

 第三次世界大戦が勃発し、アメリカとソ連は互いに大量の核爆弾を発射します。核ミサイルによる炎の柱と放射能の嵐がアメリカ全土を覆い尽くし、ほぼ全ての都市が壊滅してしまいます。
 黒人の悪役プロレスラーのジョシュは、たまたま立ち寄ったガソリン・スタンドの地下に、店長のポーポー、シングルマザーのダーリーンとその9歳の娘スワンと共に閉じ込められ、九死に一生を得ることになります。ポーポーとダーリーンは死に、スワンを守れというメッセージを受け取ったジョシュは、スワンと共に地下から脱出し、旅に出ることになります。
 マンハッタンで、精神のバランスを崩し浮浪者生活を送っていた女性シスターは、廃墟でガラスの不思議なリングを拾ったことにより、正常な心を取り戻し、リングによって示されたヴィジョンに従い、仲間と共に旅に出ることになります。
 核シェルター内部で攻撃を受け閉じ込められた施設の責任者マクリン大佐は、少年ローランドの助けを借り生き延びることに成功します。二人は、武器と軍事力を使い、軍隊を作ろうと考えます。
 一方、生き延びて復興をしようとする人々の意思を挫こうと、邪悪な「深紅の目の男」がところどころで暗躍していました…。

 全面的な核戦争により壊滅状態に陥ったアメリカ大陸を舞台に、奇跡を起こす少女スワンをめぐって、世界を再生させようとする人々と、邪悪な勢力が戦うことになる、というホラー作品です。
 中心となって描かれるのは三グループ。少女スワンと彼女を守護する黒人の大男ジョシュ、元ホームレスのシスター、ベトナム帰還兵のマクリン大佐とその副官ローランド少年の三グループの状況がカットバックで描かれていきます。
 また、それに加えて、人類が再び立ち上がるのを邪魔しようとする、悪魔ともつかぬ邪悪な男「深紅の目の男」の行動も同時に描かれていきます。
 大量の核爆弾によって、ほとんどの人々が即死、残った人々も放射能により死んでしまいます。大地は汚染され、作物も育たなくなってしまいます。残された食料や物資をめぐって、生き残った人々が互いに争うという、悲惨極まりない世界が舞台となっています。
 主人公スワンとジョシュ、そしてシスターは、それぞれ仲間を得て旅をすることになるのですが、事故、野生動物や敵対勢力の襲撃により、次々と命を落としていきます。自分たちの使命を自覚していないスワンたちと比較して、リングの導きにより救世主を探し続けようとするシスターたちのグループは、目的が明確なため、その旅路にも力強さがありますね。シスターたちは、スワンたちとのグループと合流できるのか? というのが前半の読みどころでしょうか。

 一方、「悪」の側といえるマクリン大佐とローランド少年は、互いに妄想じみた支配欲で強大なグループを形成していきます。
 スワンやシスターたちと、彼らが最終的に戦うことになるのは予想できますが、それがどのように関わってくるのか?というところも興味深いですね。
 真の敵といえる「深紅の目の男」の存在も面白いところです。おそらく「悪魔」の類で、絶大な力を持ちながらも、全能ではありません。
 リングを持つシスターを追いかけ続けるものの、その行方を突き止めることができずに放浪したり、スワンに対して恐れを感じてしまったりと、ところどころで妙な「弱さ」を見せるというのも面白いですね。

 序盤、核爆弾による被害とその直後の破壊状況の描写が強烈で、まさに阿鼻叫喚。その後も、法も倫理もなくなってしまった世界で、狂気に囚われた人々が繰り広げる暴力描写が強烈な作品になっています。全面暴力の嵐で、主人公たちの仲間を含め、人々があっさりと殺されてしまうなど、バイオレンス描写は本当にリアルで強烈です。ただ、奇跡を起こす少女スワンや、「神託」を受けるシスター、悪魔じみた「深紅の目の男」など、明らかに超自然的な存在・現象も登場しており、そのあたりの作品バランスは非常に上手いですね。
 割とあっさり殺されたり亡くなってしまう人物も多いのですが、そうした人物にもちゃんと見せ場があるところが嬉しいです。人物だけでなく、スワンのグループの一員となる犬のキラーや馬のミュールも、一人(一匹)のキャラクターとして輝いているところがありますね。

 どのキャラクターも魅力的に描かれているのですが、中でも魅力を放っているのがジョシュとシスターでしょうか。黒人の大男で元悪役レスラーのジョシュは、スワンを自分の娘とも思い、最後まで彼女を守り抜こうとします。前半、スワンを人質に取られるシーンがあるのですが、そこで手を縛られたまま、何人もの凶器を持った男たちと渡り合う場面は圧巻です。力強さと優しさを兼ね備えたキャラクターです。
 シスターは、自分の娘を失ったことから狂気に陥っていたものの、リングの導きによりその心を取り戻します。その信念は固く、それを見た何人もの男たちが彼女の仲間となることにもなります。

 前半はリアルな「核戦争もの」「破滅もの」といった感覚が強いです。後半は、「救世主」スワンをめぐる宗教的ファンタジーといった感じで、超自然味がかなり強くなってきます。前半のトーンがリアルで、暴力描写もハードなだけに、後半の展開には非常にカタルシスがありますね。
 リアルな暴力描写・世界観と、ファンタジー的な要素が無理なく同居していて、独自の味わいを生み出しています。「破滅もの」ジャンルにおいて、トップクラスの傑作と言ってよい作品だと思います。


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闇の図書館  ハンス=オーケ・リリヤ編『闇のシャイニング リリヤの恐怖図書館』

闇のシャイニング リリヤの恐怖図書館 (海外文庫) 文庫 – 2020/9/2


 ハンス=オーケ・リリヤ編『闇のシャイニング リリヤの恐怖図書館』(友成純一、白石朗、金子浩、金原瑞人訳 扶桑社ミステリー)は、世界最大のスティーヴン・キングのファンサイトを20年間運営してきた編者が、キングゆかりの著者たちに自ら執筆、掲載の交渉を重ねて編集したという、ホラー・アンソロジーです。

 海辺のコテージを訪れた作家が巨体の家主の夫人からインスピレーションを得て作品を書き始めるという「青いエアコンプレッサー」(スティーヴン・キング)、チャットで若い女性に恋した中年男性が彼女に会いに行くという「ネット」(ジャック・ケッチャム&P・D・カセック)、自身のホロコースト体験を描いた小説が評価され、トーク番組に出演することになった作家の葛藤を描く「ホロコースト物語」(スチュアート・オナン)、獣に変身する能力を持つ少女と女性警官の出会いを描いた「アエリアーナ」(べヴ・ヴィンセント)、天使によって昇天させられた聖人のペットがその影響で人間のように変容するという「ピジンとテリーザ」(クライヴ・バーカー)、妻子を失い、世界の終わりを待ち望む男の心理を描いた「世界の終わり」(ブライアン・キーン)、かって手にかけた少女の墓を訪れる男を描いた「墓場のダンス」(リチャード・チズマー)、カーニバルを訪れた少年たちが監禁された屋敷から逃げ出そうとする「炎に溺れて」(ケヴィン・キグリー)、遊園地を訪れた男が何処とも知れない世界に入り込むという「道連れ」(ラムジー・キャンベル)、老人を殺した男が自らに裏切られるという古典的作品「告げ口心臓」(エドガー・アラン・ポー)、愛する母親のために追い詰められた息子を描く「愛するお母さん」(ブライアン・ジェイムズ・フリーマン)、テーブルトークRPGの最中に本物の怪物を呼び出してしまった少年の恐怖を描く「キーパー・コンパニオン」(ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト)の12篇を収録しています。

 キングの作品を始め全体に短めの作品が多く、「小品集」といった趣が強いアンソロジーなのですが、なかでは「ピジンとテリーザ」(クライヴ・バーカー)、「炎に溺れて」(ケヴィン・キグリー)、「キーパー・コンパニオン」(ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト)などが印象に残る作品でしょうか。

 クライヴ・バーカー「ピジンとテリーザ」は、天使が存在する世界を描いたホラー・ファンタジー。天使によって聖人レイモンドは強制的に昇天させられてしまいます。その影響で、彼の部屋で飼われていたオウムのピジンと陸亀のテリーザは、人間のような姿に変容してしまいます。
 知能を得た二人は、天使に見つからないよう逃げ出すことになりますが…。
 天使がまるで「災害」のように描かれるのがユニーク。聖人とされた男も、それに値しないと判断された後、とんでもない姿にされたりと、バーカーらしいグロテスクな情景が展開される作品です。

 ケヴィン・キグリー「炎に溺れて」は、カーニバルを訪れた少年たちの恐怖体験を描くホラー。
 ジョニー、チップ、ボビーの三人の少年は、カーニバルを訪れ、エティエンヌ・ラルーという男が案内する屋敷で<炎に溺れて>というイベントにチャレンジしますが、屋敷に閉じ込められてしまいます。
 脱出しようとしますが、屋敷にはところどころに罠がしかけられていました…。
 いわゆるお化け屋敷テーマの作品ですが、それぞれのトラップが死に直結するレベルのものであったり、ある生き物が大量に襲ってきたりと、生理的にも気色の悪い作品になっています。後半、少年たちが反撃に転ずる部分は爽快ですね。

 ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト「キーパー・コンパニオン」は、テーブルトークRPGをテーマにした作品。
 自尊心の強い少年アルバートは、テーブルトークRPGのゲームマスターとして評判を得ていました。クトゥルフをテーマにした<クトゥルフの呼び声>にのめり込んだアルバートは、いじめられっ子の少年オズワルドの参加希望を断り続けていました。ようやくオズワルドの参加を許可するものの、彼の知識はアルバートに劣らぬもので、皆の評判も上々なのを見てアルバートは不満に思います。ゲームの途中、即興の呪文を唱えた後、気がつくとアルバートの目の前に奇怪な怪物が出現していました。他の者には見えないらしい怪物に恐怖感を抱くアルバートでしたが、やがて怪物が自分の力の源泉になっているのではと考えたアルバートは全能感を抱くようになっていきます…。
 クトゥルフのゲームを楽しんでいた少年が、本物の怪物を呼び出してしまう、という物語。怪物が何か行動を起こすわけではなく、ずっとそばに存在し続けるだけ、というシチュエーションなのですが、それに対する少年の意識の変化を描くという、ユニークな作品になっています。


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残酷な夜  ガストン・ルルー『ガストン・ルルーの恐怖夜話』

ガストン・ルルーの恐怖夜話 (創元推理文庫 (530‐1)) 文庫 – 1983/10/1


 ガストン・ルルー『ガストン・ルルーの恐怖夜話』(飯島宏訳 創元推理文庫)は、『オペラ座の怪人』などで知られるフランスの作家ガストン・ルルー(1868年~1927年)による、残酷味とブラック・ユーモアが強めの恐怖小説を集めた作品集です。

「金の斧」
 ルツェルン近くの湖畔の宿に滞在していた「わたし」は、ピアノを披露してくれた老婦人へのプレゼントとして、斧を象った金製のブローチを送りますが、彼女はそれを見るなり震えだし湖に投げ捨ててしまいます。その理由として「わたし」が聞かされたのは、老婦人と亡き夫との結婚生活の話でした…。
 夫が自分に隠れて犯罪を犯しているのではないかと考えた妻の心理的な恐怖を描く作品です。互いの誤解と思い込みが悲劇を招いてしまうという作品です。

「胸像たちの晩餐」
 ミシェル船長は、自分が片腕になった由来を語ります。別荘に滞在していたミシェルは、ある日空き家のはずの隣家でパーティのようなものが行われているのに気付きます。そこで見かけた美しい女性に気を惹かれるミシェルでしたが、その女性を再び見かけたのは一年後でした。
 隣家の主人がかっての友人ジェラール大佐であることを知ったミシェルは、その家を訪ねようとしますが、美しい夫人に追い返されてしまいます。その夜、強引にその家の集まりに参加したミシェルでしたが…。
 隣家に集まっていたのは恐ろしい目的を持つ集団だった…という、猟奇的かつグロテスクな物語。陰惨な話なのですが、その陰惨さが強烈なブラック・ユーモアで和らげられているという作品です。結末の一文にはインパクトがあります。

「ビロードの首飾りの女」
 コルシカの町で、アンジェルッチアという女を見た海軍大尉ゴベールは、その美しさと共に首にあるビロードの首飾りに注意を引かれます。青年ピエトロ=サントは、彼女についてある話を打ち明けます。かって前町長の妻だったアンジェルッチアはいとこのジュゼッペと不倫をし、それを知った夫の町長に、余興として手に入れたギロチンで殺されそうになったというのです。ピエトロ=サントは実際にアンジェルッチアは首を落とされ、それを首飾りで隠しているのだ、というのですが…。
 コルシカのヴェンデッタ(復讐)がテーマとなっています。女が本当は生きているのか死んでいるのか分からないという超自然的な興味と共に、不倫をきっかけとして血で血を洗う争いが描かれる、陰惨極まりない物語です。殺人シーンの演出も強烈ですね。

「ヴァンサン=ヴァンサンぼうやのクリスマス」
 ムッシュー・ダムールはカフェの友人たちに、可愛がっているという養子のヴァンサン=ヴァンサンを紹介します。彼は両親を失ったというのですが、その両親は殺されたにも関わらず、犯人はいないというのです…。
 男の子の両親はなぜ死ぬことになったのか? を語る物語。残酷なお話なのですが、息子を思うがゆえのそれらの行為が全く無駄になってしまうという、更に救いのない物語となっています。

「ノトランプ」
 祖母は、美しい孫娘オランプの将来を心配し、自分の生きている内に結婚相手を探そうと考えます。年頃になったオランプには十二人ものの求婚者が集まります。一番目に選ばれたデルファン青年とオランプは結婚しますが、その直後に夫は急死してしまいます。
二番目の男ユベールも同じく急死し、三番目だったサバン博士も死んでしまいますが、四番目だった男ザンザンに書き置きを遺していました。そこにはオランプが夫を次々と殺しているということが書かれていました…。
 結婚相手を次々と殺していく魔性の娘を描く恐怖小説と思いきや、次々とそれがひっくり返されるという物語。残酷・陰惨な話が多い本作品集の中にあっても、その陰惨さは一番の作品です。

「恐怖の館」
 新婚旅行でスイスを訪れたシャンリューとマリア=ルーチェの夫婦は、悪天候のために辺鄙な山の宿屋に泊まることになります。そこはかって客を殺して金品を奪っていたというヴァイスバッハ夫婦が経営していた悪名高い宿屋でした。
 新たな経営者であるシェーファー夫妻は、その宿屋を買取り、かっての惨劇の名所として売り出していたのです。道中で一悶着を起こしたイタリア人歌手アントニオ・フェレッティと伯爵夫人のカップルと共に宿屋に泊まることになりますが、彼らは、かっての殺人鬼夫婦の行動をいちいち再現しようとするシェーファー夫妻の態度に不気味さを覚えていました…。
 殺人鬼の夫婦が経営していた宿屋を買い取り、そこを名所として再現しようとする夫婦が、自らもかっての殺人鬼のように振る舞う…という不気味な作品です。からかっていただけなのか、本当に殺人者だったのか、を明確にしないこともあり、<リドル・ストーリー>的な趣もあるお話になっていますね。

「火の文字」
 狩の途中、嵐に襲われたことから、奇妙な噂の立つ屋敷に泊めてもらうことになった四人の男たち。屋敷の主人である老人はトランプを見て狼狽えます。かって悪魔との契約を行った主人は、絶対に賭けに負けない力を手に入れたというのです。話を信じない男たちと主人は実際に賭け事をしてみることになりますが…。
 終始不穏な雰囲気で展開される作品です。タンスの中の火の文字、声を出さずに吠える犬など、雰囲気が素晴らしいですね。集中では、唯一、超自然味のある怪奇小説です。

「蝋人形館」
 肝試しとして蝋人形館で一夜を過ごすことになったピエール。やがて蝋人形が動くのを目撃したピエールは、持参していた拳銃を発砲することになりますが…。
 お話の筋はオーソドックスですが、シチュエーションと純粋に心理的な恐怖で怖がらせる一篇になっています。

 収録された短篇のほとんどがツーロンのカフェ・ド・ラ・マリーヌに集まった元船乗りたちによって語られていく恐怖小説となっています。ある男が話を語っている中で、別の男の突っ込みが入ったり、話の途中で帰ってしまったりと、その反応にもユーモアがあって面白いですね。

 一篇を除いて、全てが人間の手になる恐ろしい事件を扱った物語になっています。残酷かつ陰惨なお話ばかりで、その印象は<グラン・ギニョル>風。実際、残酷劇の代名詞とされる<グラン・ギニョル>の最盛期とほぼ同時代の1920年代に書かれた作品群だそうで、そうした影響は強いのだと思います。
 実際ルルーもグラン・ギニョル座に劇を提供しています。その劇作「悪魔を見た男」はグラン・ギニョル座で1000回以上も上演されたヒット作だそうで、グラン・ギニョル座の最高傑作と言われることもあるとか。劇の邦訳もあります(藤田真利子訳「悪魔を見た男」荒俣宏編『怪奇文学大山脈3』東京創元社 収録)。
 ちなみに、この劇「悪魔を見た男」は、短篇「火の文字」を劇化したものです。さらに「火の文字」は短縮版のお話で、短縮されていない作品も「悪魔に会った男」(朝比奈誼訳 窪田般彌、滝田文彦編『フランス幻想文学傑作選3』白水社 収録)として邦訳されています。

 こちらの二作品もついでに紹介しておきますね。

ガストン・ルルー「悪魔に会った男」(朝比奈誼訳 窪田般彌、滝田文彦編『フランス幻想文学傑作選3』白水社 収録)
 話の内容は「火の文字」と同じといっていいのですが、ところどころに追加シーンや詳しい描写が付け加えられています(どちらのバージョンが先に書かれたのかは分からないですが)。
 具体的には、「悪魔に会った男」と語り手の男たちが出会うシーンが細かくなっていること、語り手の「私」を含む四人の男たちの来歴が描かれていること、「私」が「災いの部屋」を視察するシーンがあること、などが違いでしょうか。
 全体に描写が細かく丁寧になっていて、怪奇幻想小説としての雰囲気が芳醇になっているという意味で、「火の文字」よりも完成度は高くなっているように思います。

ガストン・ルルー「悪魔を見た男」(藤田真利子訳 荒俣宏編『怪奇文学大山脈3』東京創元社 収録)
 狩りをしていたアラン、マティス、マチューの三人の男とマティスの妻クレルリ。ケガをしたマティスを親友のアランが助けます。夜になり、助けを求めた館でアパンゼルおばさんに迎えられた四人はほっとしますが、その館が悪魔を見たと噂されている男の家であることに気づき愕然とします。
 家の主人は、カード遊びをして時間をつぶそうというクレルリの言葉を聞き動揺します。主人は自らの過去を話し出します。
 破産してしまった主人は自殺を考えますが、そんな折にふと戸棚の中で見つけた魔術の本によって悪魔を呼び出すことになります。
 強く願った結果、戸棚の中に火の文字で「おまえは勝つ」という言葉が現れていました。それ以来、男は賭け事には必ず勝つようになり、負けることができなくなったというのです。半信半疑で話を聞いていたアランは試しに自分と賭けをしてみないかと男を誘うことになりますが…。
 賭け事に負けられない呪いをかけられた男の館に泊まった男たちが、主人と賭けをする…という大枠のところは小説版と同じなのですが、小説版には存在しない、クレルリという女性キャラクターが加えられているところが大きな変更点でしょうか。
 このクレルリ、夫のマティスを裏切ってアランと不倫をしているという設定です。幼馴染のマティスの命の危機を救ったアランに対して、なんで助けたのかなじるなど、かなりの悪女として描かれています。
 小説版では、メインとなるのはあくまで「悪魔を見た男」である家の主人なのですが、戯曲版では、アラン、マティス、クレルリの三人の男女の三角関係がメインとなっており、家の主人の物語はあまり目立たなくなっていますね。
 実際、「悪魔を見た男」の話を聞いたアランが、後半自らも悪魔との契約を行う、というオリジナルな要素が入っており、不倫の男女の末路を描いた、かなり人間臭さの強い物語になっているのが特徴です。
 超自然味の強い小説版に比べ、人間関係のもつれが強調された戯曲版は、そうした志向の強い<グラン・ギニョル>演劇用に改変されたのかもしれません。

 同一作品の三バージョン、読み比べてみると、その違いや作品の狙いが異なっているのが感じられるようで、面白いです。


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恐怖と嘲笑  レイ・ラッセル『嘲笑う男』

嘲笑う男 (異色作家短篇集) 単行本 – 2006/10/1


 レイ・ラッセル『嘲笑う男』(永井淳訳 早川書房)は、ゴシック風恐怖小説やオチの効いたSF作品など、才気に富んだ作品が収められた短篇集です。

 常に笑っているような奇病に冒された男を描くゴシック風奇談「サルドニクス」、新しい芝居をめぐっての劇場支配人と演出家のやりとりを描く「俳優」、悪魔と噂される男との不倫で罰を与えられることになった伯爵夫人を描く残酷物語「檻」、七日間死なない代わりに確実に死を迎える霊薬を描いた「アルゴ三世の不幸」、恋人を奪った後輩役者を芝居の剣戟シーンの最中に殺そうと考える男の物語「レアーティーズの剣」、かっての教え子に糾弾される共産主義国の映画監督を描いた「モンタージュ」、謎の男の手引きにより芸能界で瞬く間に地位を手に入れた女の物語「永遠の契約」、粗悪なタバコを宣伝しながらも売上を伸ばす会社に勤め始めた男を描く「深呼吸」、雑誌に美女ばかりの写真を持ちこんできた男の思いもかけない計画を描いた「愉しみの館」、広告に支配された社会で安らぎを求めようとする男の行動を描く「貸間」、故郷の星から追放された王子の帰還を描いた寓話的SF作品「帰還」、地球上のあらゆる言葉の法則性が狂わされてしまうという「バベル」、支配的だった父親が死後もその録画によって息子を悩ませるという「おやじの家」、ある男の後悔混じりの遺書の内容を描いた「遺言」、知覚を超えた音の研究が人間の体を変容させるという「バラのつぼみ」、地球に潜入した異星人がその劣悪な環境に悩まされ破滅するという「ロンドン氏の報告」、危険を及ぼす可能性のある知的生物を絶滅させる任についた男たちを描く「防衛活動」を収録しています。

 様々なジャンルや味わいの作品が収録された短篇集です。全体に恐怖小説とSF小説が多いのですが、SF作品は割とオーソドックスな味わいのものが多いのに対して、恐怖小説は今読んでも面白いものが多いですね。

 一番の秀作は間違いなく「サルドニクス」です。舞台は19世紀末、有能な医学者ロバート・カーグレーヴ卿のもとへ、かって思いを寄せていた女性モードから手紙が届けられます。富豪の男サルドニクスと結婚して城に住んでいるという彼女の招待を、ロバートは受けることになります。サルドニクスは、ある事情から、口の筋肉が硬直し、常に笑っているように見える奇病にかかっていました。病を治してほしいというサルドニクスを診察し、治療に匙を投げたロバートに対して、サルドニクスは病を治してくれれば、妻のモードを譲ると言い出します…。
 傲岸で残酷な城主、彼に囚われたかっての思い人を救おうとする医者が描かれる、ゴシック風味も強い恐怖小説です。物語が進むにつれて、城主サルドニクスがその容貌だけでなく、その性質も残酷な男であることが分かってきます。結末には、皮肉なブラック・ユーモアも溢れていますね。

 「サルドニクス」同様、ゴシック味が強い恐怖小説が「檻」。悪魔と噂される男と通じ不貞を働いた伯爵夫人を罰するため、城主の伯爵は、妻を一時的にある場所へ監禁することになります。しかし時を同じくして、城を攻め落とすための敵の勢力の計画が進んでいました…。
 悪魔らしき男の計略により、夫を裏切ることになった妻の残酷な運命を描いた作品です。妻が陥った事態を明確に描かずに想像させるラストにはインパクトがありますね。

 七日間死なない代わりに、七日後には確実に死を迎える霊薬が登場する「アルゴ三世の不幸」では、その霊薬による死を逃れようと、魔法使いに頼ろうとする主人公が描かれます。しかしその結果は、死よりも残酷な結果に終わる、という物語になっています。

 「永遠の契約」は、謎の男ジョー・ダンの手引きにより、芸能界で瞬く間に地位を手に入れた女リリス・ケーンを描く物語。女優として成功し、ついには映画界の大立者と結婚しますが、そこには落とし穴が待っていました…。
 いわゆる<悪魔との契約>ものなのですが、契約者の女性は悪人というわけではなく、むしろ純真で最後まで自分の運命に気づかない…というところが、さらに残酷な味わいを出していますね。

 レイ・ラッセルの恐怖小説、「残酷な死を迎える」とか「永遠に苦しむ」とか、結構残酷なお話が多いです。この作家の作品は筆致が洗練されていて、軽やかに描かれているだけに、そのギャップが強烈ですね。

 あと、面白いのは「帰還」でしょうか。故郷の星から追放された異星人の王子は、敵に対して穏便に自分を帰してくれれば王国の半分をやろうと提案します。しかしその提案をはねつけられた王子は、復讐心に燃えることになります…。
 ある有名な神話的存在が、実は異星人だったという、寓話的SF作品です。


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戦いの果て  マックス・ブルックス『WORLD WAR Z(ワールド・ウォー・ゼット)』

WORLD WAR Z(上) (文春文庫) Kindle版

WORLD WAR Z 下 (文春文庫) 文庫 – 2013/3/8


 マックス・ブルックスの長篇『WORLD WAR Z(ワールド・ウォー・ゼット)』(浜野アキオ訳 文春文庫)は、大量発生したゾンビと人類との戦争、その終結後に世界各地で生き残った人々の証言をまとめたドキュメント、という形式のユニークなホラー作品です。

 ウィルスによる人間のゾンビ化が発生し、瞬く間にその疾病は世界に広がってしまいます。ゾンビそのものによる被害もさることながら、政治的な思惑による核戦争すら発生し、人類は壊滅状態に追い込まれていました…。

 ウイルスによるゾンビ化現象の発端から、最終的に人類がゾンビを掃討するまでが語られる作品なのですが、面白いのはその構成です。ゾンビに対する戦争が終結した後に、世界各地で生き残った人々から、その体験をインタビューによって聞き取りまとめていったドキュメンタリーという体裁になっています。
 固定した主人公というものがなく、さまざまな国籍・職業・性別・年齢の人々の体験が語られていきます。登場する人々も、幾人かの例外を除いて基本的には一回きりです。語り手とその視点が次々に変わり、その意味では、スピーディに読むのはなかなか難しい作品かもしれません。

 「戦争」の初期から後期まで、時系列に人々の話が語られていき、そのそれぞれは断片的なものなのですが、読み通すと大きな物語が見えてくる…という仕組みになっています。本当に断片に近い、人々のリアルな証言、といったパートもあるのですが、ちょっとした長さの短篇として読めるエピソードも多く存在しています。
 中では、極寒の北方に向かった親子の誤算を描くエピソード、墜落した女性パイロットのサバイバルを描くエピソード、引きこもりの青年がマンションから脱出しようとするエピソード、盲目の男が武道の達人となりゾンビを撃退するエピソード、中国の原子力潜水艦が逃げ出し、その艦で家族ともども生活するというエピソードなどは、非常に読み応えのある部分になっています。

 全体にリアルでシニカルな視点で描かれる作品なのですが、時折ユーモア(ブラックなものですが)とファンタジーがかったエピソードが現れることもあり、特にそれが出ているのが、上記にも挙げた、日本が舞台になった二つのエピソードです。
 一つは引きこもりの青年が、ゾンビに襲われマンションから脱出しようとするエピソードで、ロープを作りベランダから脱出しようとするものの、引きこもり生活で肉体が弱っているために、何日間もかかってしまう…というお話になっています。
 もう一つは、幼いころに盲目になった男がシャベルのような武器を使い、気配だけで大量のゾンビを殲滅する、というエピソード。後にこの男をリーダー、引きこもりだった青年がサブリーダーとして、武闘派集団が結成されるというのも、ちょっとぶっとんだ設定ですね。

 疾病が中国から発生したり、イランとパキスタンが核戦争になってしまったり、ロシアが独自の動きをしたりと、政治的な動向もいろいろ描かれていて、国際政治小説的な面白さもありますね。
 世界各地のさまざまな動向が描かれるだけに、それぞれのエピソードの味わいも千差万別、いろいろなジャンルが味わえるジャンルミックス的な作品にもなっています。

 メインテーマとなるゾンビに関しては、動きはにぶく、脳を破壊すれば死ぬ、というオーソドックスな設定のようです。面白いのは、海中におちたゾンビが何年も生存し、船や潜水艦の航行時に障害になる、というところでしょうか。
 作中では、ゾンビがなぜ海中で長時間活動できるのか? というところが謎になっているようですね。
 あと、ユニークなのは「寝返り」という設定。精神的におかしくなり、生者でありながらゾンビに成りきっている、という人間たちを指しています。
 本物のゾンビと、この偽者である「寝返り」をどう見分けるのか?といったあたりが描かれる部分も面白いですね。

 本作の構想は、スタッズ・ターケルに代表されるオーラル・ヒストリー(歴史研究のために関係者から直接話を聞き取り、記録としてまとめること)から来ているそうです。そこから、架空のゾンビ戦記に関するオーラル・ヒストリー、というアイディアにまとめたのは慧眼ですね。
 ちなみに、作者のマックス・ブルックスは、映画監督・俳優のメル・ブルックスと女優アン・バンクロフトとの間の息子だそうです。

 映画化作品『ワールド・ウォーZ』は、あれはあれで面白く観たのですが、原案にJ・マイケル・ストラジンスキーが関わっているというのも初めて知りました。
そもそも原作が、ゾンビ戦争終結後の世界各地の人々へのインタビュー集、という体裁なので、そのままの映画化は難しいのではありますが。


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人生の代償  クリストファー・ファウラー『スパンキイ』

スパンキイ (創元推理文庫) 文庫 – 2000/12/1


 クリストファー・ファウラーの長篇『スパンキイ』(田中一江訳 創元推理文庫)は、冴えない青年が守護精霊を名乗る男によって成功を手に入れるものの、思いもかけない事態に追い込まれる…というホラー・ファンタジー作品です。

 家族の誰からも信頼されていた長男ジョーイを失って以来、マーティン・ロスの人生は上手く行かなくなっていました。昇進の見込みもない家具店に勤め、恋人も友人もないマーティンは、ある日、並外れてハンサムな青年と出会います。
「スパンキイ」と名乗る彼は、守護精霊であり、マーティンの人生を良い方向に変えてやろうと話します。詐欺ではないかと一度は断ったマーティンでしたが、オカルトに詳しいルームメイト、ザックから話を聞いて、考えを変えます。スパンキイと契約したマーティンは、彼の指導でたちまちのうちに望み通りの人生を手に入れることになりますが…。

 守護精霊スパンキイと契約した青年が、人生をいい方向に変えていくことになりますが、思わぬ落とし穴が待っていた…というホラー・ファンタジー作品です。
 自らを悪魔ではなく、魂を要求もしないと語るスパンキイの言葉を信じたマーティンは、彼の言うとおりに行動することで、地位や富、美女などを手に入れていくことになります。
 長男ジョーイの死によって機能不全になっていた、マーティンの家族のケアまでをも引き受けてくれるというのです。両親の夫婦仲やひきこもっていた妹のことまで面倒を見てくれるスパンキイに対して、マーティンは彼を信用することになります。

 あらすじを読んで何となく予想がつくとは思うのですが、いわゆる<悪魔との契約>テーマのバリエーションと言っていい作品になっています。後半は、豹変したスパンキイがマーティンにそれまでの慈善の代価を要求することになり、それが払えないマーティンはとんでもない目に会うことになるのです。
 前半でその有能さ、万能感を見せつけただけに、スパンキイが敵に回った瞬間、マーティンはあらゆる手段で苦しめられることになります。そもそもスパンキイは彼以外には見えず、彼がスパンキイのことを訴えても誰にも信じてもらえません。
 しかもマーティンのふりをして相手を騙したり、犯罪を犯したりもするのです。殺人にもためらいがなく、無関係の人物も冷酷に殺していくことになります。孤立無援のマーティンはどうスパンキイに対抗することになるのか? といったところが読みどころでしょうか。

 守護精霊とはいいながら、その実スパンキイはほとんど悪魔といっていい存在で、実際にその行動も悪魔的。幻覚を操って人の精神をコントロールしたり、もちろん物理的に人を殺すことも可能。家族や友人を人質にとったりと、その行為は手段を選びません。
 全く対抗の手段がなく追い詰められていく主人公の姿を描く部分は、サスペンスがたっぷりになっています。

 徹頭徹尾ブラックな展開ながら、主人公マーティンにはある種の良識や良心があり、家族思いの人物でもあるため、残酷ではありますが不快な作品にはなっていないところも好感触です。望んでいた地位にも恋人にも裏切られた後、本当に大切な人は誰だったのかが分かる…という展開も良いです。
 前半は冴えない青年のサクセス・ストーリー、後半は精霊からの命がけの逃走という、二つの物語が楽しめる秀作です。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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