奇妙な分身  クリスティーン・キャスリン・ラッシュ、ケヴィン・J・アンダースン『残像を殺せ』
448880117X残像を殺せ (創元ノヴェルス)
クリスティーン・キャスリン ラッシュ ケヴィン・J. アンダースン Kristine Katheryn Rusch
東京創元社 1996-06

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 車の修理の手伝いを求められたところ、突然暴行され、放火されてしまった女性レベッカ。意識を取り戻し、助かったと思いきや、自分の体が男のものになっているのに気がつきます。しかもその姿は、自分が殺されかかった犯人そのものだったのです。
 レベッカを助けたのは、人間によく似た妖精の一族「ダークリング」たちでした。彼らには、体を再生させる能力があるのです。しかし何らかの要因で、再生の際に、体が変貌してしまったというのです。ダークリングが言うには、外見に囚われず、彼女の正体を見破ってくれる人間がいれば、レベッカは元に戻れるはずだと言うのですが…。

 クリスティーン・キャスリン・ラッシュ、ケヴィン・J・アンダースン『残像を殺せ』(藍堂怜訳 創元ノヴェルズ)は、殺された女性が蘇ったものの、犯人の姿形になってしまうという、面白い設定の作品です。呪いを解くために、元の彼女をよく知る人間のもとを訪れるヒロインですが、本人しか知り得ない情報を話したために、逆に怪しまれてしまいます。
 殺害現場を目撃していた少年たちの証言により、レベッカは犯人として追われてしまうことにもなります。唯一の理解者ともいうべき弟に接触しようとするレベッカですが、本物の犯人との遭遇で、それも失敗してしまうことに。

 もともと孤独だった彼女を助けてくれる人間はほとんどおらず、ダークリングたちに援助してもらうことになるのですが、ダークリングたちの中でも、反目や陰謀があり、一筋縄ではいかないのです。
 このダークリングという種族、周囲で人間が死ぬと、その影響で肉体に変貌が及んでしまうという、奇妙な特徴を持っています。例えば、人間に恋をしたダークリングが、肉体が変わってしまったため、本人であると認めてもらえなくなってしまったりします。肉体の変貌だけでなく、それにより魔力を高めることもできるのですが、それを目的に、やがてダークリング内での殺人も発生し、彼らの中でも犯人捜しが始まります。

 元に戻ろうとするヒロインのほか、殺人を続ける犯人、犯人を探す警察、陰謀を進めるダークリング、それを追う別のダークリングなど、視点が次々に入れ替わります。同時進行で複数のパートが進行し、それがサスペンスを高めており、リーダビリティは非常に高いです。

 「ダークリング」という妖精族が登場したり、蘇りの魔法があったりと、題材としてはファンタジーなのですが、精神を病んだ殺人犯や、孤独なヒロインの内面描写など、サイコ・スリラー的な要素も強く、ジャンルが混合したハイブリッド・エンターテインメントになっています。非常に面白い作品です。

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癒しと呪い  トマス・M・ディッシュ『M・D』
M・D〈上〉 (文春文庫) M・D〈下〉 (文春文庫)
 信じていたサンタクロースの存在を否定され、ショックを受けていた幼い少年ビリーの前に現れたのは、「マーキュリー」を名乗る神でした。神はビリーに、癒しと呪いの能力を持つ「カデューシアスの杖」を授けます。
 しかし、杖は無条件に願いをかなえるものではなく、代償を伴うものでした。ビリーは、杖を使い、家族の健康や長命を願いますが、願いそのものは叶ったものの、予期せぬ悲劇が続いてしまいます…。

 トマス・M・ディッシュ『M・D』(松本剛史訳 文春文庫)は、人間の健康をつかさどる魔法の杖を手に入れた少年の人生を描いた作品です。この「カデューシアスの杖」、使えば使うほど効果が上がっていき、しかも無制限に使うことができます。しかし他人に健康や癒しを与えれば、その代償として、別の人間に死や病を与えなければならないのです。
 とりあえず、愛する家族に健康を与えたいと、杖の能力を使うビリーでしたが、願いそのものは叶うものの、結局それらが無駄になってしまうような事態が副産物として起こってしまうのです。
 しかも、「マーキュリー」は、叶えられるのは人の健康と病に関する願いだけであって、能力を使われた人間の運命がどうなろうと、感知しないというのです。例えば父親の健康を願った直後に、その当人が事故死してしまいます。「カデューシアスの杖」にコントロールできるのは、体の健康のみであって、事故は力の及ぶところではない…というのです。
 この作品で主人公に能力を与える神「マーキュリー」は、ホラー作品によく登場するような「悪魔的存在」とは異なります。そもそも彼には善も悪もなく、人間を堕落させようとする意図もないのです。ただ結果がどうなるかを面白がっているような、トリックスター的存在として描かれます。

 一方、主人公ビリーも、子供時代から人の死や不幸を何度も目の当たりにしながら、それにほとんど動揺もせず、目的のためには手段を選ばないという、強烈な個性を持つ人間として描かれます。杖による被害も、個人レベルだったものが、やがて世界的な疫病を引き起こすまでになったりと、スケールが広がっていってしまいます。
 やがて医者になった彼は、世界を破滅させるような事態を引き起こすことになるのです。

 主人公を含め、ほぼ全ての人間が死んだり不幸な目に会ってしまうという、徹頭徹尾、暗いホラー作品なのですが、なぜか読後感はそんなに悪くないという、不思議な作品です。登場人物たちの運命に対する皮肉と悪意がところどころに感じられるところは、作者ディッシュの個性というべきでしょうか。モダンホラーの変わり種であり、強烈な個性の感じられる傑作です。

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狭間の世界で  T・M・ライト『マンハッタン・ゴースト・ストーリー』
4087602265マンハッタン・ゴースト・ストーリー (集英社文庫)
T.M. ライト T.M. Wright
集英社 1993-11-01

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 写真の仕事のため、ニューヨークにやってきたカメラマンのアブナー。彼は、旅行中である友人アートのアパートを一時的に借りることになります。訪れたアパートには、アートの恋人だと名乗るフィリスという若い黒人女性がいました。
 アパートに出入りするフィリスと愛し合うようになったアブナーでしたが、アートからの電話に動揺します。なんと、友人はフィリスを殺してしまい、その容疑で逃げているというのです。それではアパートにいる女性は何者なのか? アートは、その女はフィリスではなく、別人に違いないと告げますが…。

 T・M・ライト『マンハッタン・ゴースト・ストーリー』 (矢倉尚子訳 集英社文庫) は、タイトルから想像がつくように、マンハッタンを舞台にしたゴースト・ストーリーです。
 序盤で登場する主人公の恋人が、すでに死んでいるということは、早い段階でわかってしまいます。わかった後も、主人公は、なんとか恋愛を成就させようと、かけずり回るのです
 主人公には、もともと霊能力が備わっており、恋人との出会いを境に、その能力が開花します。その能力とは、死者が見え、彼らと語ることができるというもの。しかし、その能力には欠点もあります。主人公には、逆に生者と死者の区別がつかないのです。生者のつもりで話しかけていても、それが周りの人間には見えていないことから、死者と認識することになったりと、出会った人間が本当に生きているのかがわからなくなっていきます。
 恋人フィリスが姿を現さなくなり、彼女を求めてアブナーはかけずり回ります。やがて、日常生活においても支障をきたしはじめるアブナー。彼女と会うために、死者の世界との接触を図ろうとするアブナーですが、生きたまま、その世界に入り込むことは容易ではないのです。

 幽霊との恋愛を描く「ラブストーリー」と言えるのですが、甘美な雰囲気だけでなく、死者の世界の不気味さも感じられるところが特徴です。
 恋人フィリスのように、生者と全く違いのわからない死者もいれば、同じ場所で同じ言動を繰り返す地縛霊のような死者もいたりと、いろいろなタイプの死者が描かれます。
 死者の世界自体も、生者が簡単に接触できるようなお手軽なものとしては描かれず、その得体の知れなさ、不気味さが描かれており、ホラーとしてもなかなかに魅力的な作品です。

 作者のT・M・ライトは、1970年代から活躍しているアメリカのモダンホラー作家ですが、邦訳されたのは、1984年発表のこの作品だけのようです。本作品を読む限り、ホラー作品としての雰囲気醸成の巧さといい、リーダビリティの高さといい、非常にバランスの取れた作風のようで、もっと他の作品を読んでみたい作家ではありますね。

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奇妙な味の川下り  中村融編『夜の夢見の川』
4488555055夜の夢見の川 (12の奇妙な物語) (創元推理文庫)
シオドア・スタージョン G・K・チェスタトン他 中村 融
東京創元社 2017-04-28

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 中村融編『夜の夢見の川』(創元推理文庫)は、〈奇妙な味〉をテーマにしたオリジナル・アンソロジー。同テーマで編まれた『街角の書店』の続編的作品集です。

クリストファー・ファウラー『麻酔』
 予約をとらず歯医者に押しかけた男は、治療室に入り込み、たまたま手の開いていた医者に治療をしてもらうことになります。しかし、麻酔をかけた後、医者は不審な行動を取り始めます…。
 都市伝説風の不条理小説。肉体的な描写が強烈です。

ハーヴィー・ジェイコブズ『バラと手袋』
 友人のヒューバーマンは、子供時代から、周りの人間の膨大な品物を収集していました。仕事で成功した「わたし」は、かって友人と交換したオートバイのおもちゃを再び手にしたくなり、友人を訪ねますが…。
 子供時代の郷愁を扱いながらも、ノスタルジーとは異なる味わいを醸し出す不思議な作品。名作『おもちゃ』のバリエーション的作品です。

キット・リード『お待ち』
 旅行中の母娘は、ふとある町に立ち寄りますが、そこで母親は具合を悪くしてしまいます。その町では医者はおらず、住人の経験則だけから病気を治そうというのです。しかも直るまで町からは出れないのです。その内に、娘は、町には「お待ち」という風習があることを聞きますが…。
 親切で温厚な人々が住む町。しかしそこには何やら不穏な空気が漂っているという作品。

フィリス・アイゼンシュタイン『終わりの始まり』
 ある時、母親からかかってきた電話。しかし母親は何年も前に亡くなっているのです。しかし夫も兄も、母親はずっと生きているというのです…。
 恐怖小説風の出だしから始まり、結末は人情溢れるものになるというファンタジー作品。

エドワード・ブライアント『ハイウェイ漂泊』
 会議へ向かう車の中で、友人はハイウェイに乗り捨ててある車について奇妙な話を始めます。姿を消した人間たちは、空から飛来した何者かにさらわれたのではないか。また、姿を消した人間は一人で消えた例はなく、必ず家族連れだというのですが…。
 最後まで明確な事件は起こらず、徹頭徹尾、仄めかしで展開する技巧的な作品。まさに〈奇妙な味〉としか呼び様がない作品ですね。

ケイト・ウィルヘルム『銀の猟犬』
 失業した夫が農場を始め、子供とともに移り住んだ妻は、ある日、二頭の美しい猟犬が自分を見つめているのに気付きます。猟犬はなぜか自分の身の回りを離れようとしないのですが…。
 夫を無条件で愛していると思っていた妻の心の変化が丁寧に描かれていきます。猟犬は妻の心の象徴なのか? 結末も印象的です。

シオドア・スタージョン『心臓』
 心臓の弱い男を愛してしまった女は「憎悪」の力で彼の心臓を作り変えようと考えますが…。
 「憎悪」を使って人を愛する女を描く作品。掌編ながら、強烈なインパクトを残す作品です。

フィリップ・ホセ・ファーマー『アケロンの大騒動』
 娘をめぐって撃ち合いになった二人の男。片方の男は撃たれて死んでしまいます。そこへ突然現れた医者の男は、魔術的な手段で男を甦らせてしまいます。医者は町の死者をできる限り生き返らせると話しますが…。
 西部劇風の舞台の作品。ひっくり返しが楽しいユーモア・ストーリーです。

ロバート・エイクマン『剣』
 若い娘に剣を刺すという出し物に魅了された男は、その若い娘と二人だけの機会を作ってやろうと持ちかけられますが…。
 娘との逢瀬に胸を躍らすものの、実際の娘は以前ほど魅力的ではなく…。終始、不穏な雰囲気で進む作品。

G・K・チェスタトン『怒りの歩道─悪夢』
 ある日、いつも通っているはずの歩道がおかしなことになり始め…。
 今までがそうであったからといって、これからも同じだとは限らない…。哲学的な逆説に満ちた奇想小説です。

ヒラリー・ベイリー『イズリントンの犬』
 裕福な一家のもとに引き取られた犬には、人語を話す能力がありました。横領を繰り返していた一家の主人は、犬を売って大金を得ようと考えますが…。
 虚飾に満ちた一家の真実が、犬によって暴かれるという風刺的作品。

カール・エドワード・ワグナー『夜の夢見の川』
 護送車の転覆により、脱走を図った女。屋敷を見つけた女は、自らの境遇を騙り、助けを求めます。親切な女主人とメイドにより、体力を回復した女でしたが、二人はなぜか自分を離そうとしないのです…。
 屋敷の住人たちが異常性格者だった…という話かと思いきや、住人たちが異界のものだという可能性や、そもそも主人公の女自体が妄想に取り付かれているという可能性も示唆されます。
 チェンバーズ『黄衣の王』が言及されるなど、クトゥルー神話との関連も見えますね。夢幻的な雰囲気といい、何通りもの解釈が可能な懐の深さといい、集中一の力作でしょう。

 編者解説によると、前作以上に、解釈のはっきりしない作品を集めたそうです。確かに前作よりも〈奇妙な味〉としかいいようのない作品が多かった印象ですね。個人的には今回の『夜の夢見の川』の方が満足度が高かったように思います。

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邪悪なる祈り  ジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』
4336055351悪の誘惑
ジェイムズ ホッグ James Hogg
国書刊行会 2012-08

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 享楽的な領主の父と、厳格なキリスト教徒の母との間に生まれた二人の兄弟。兄のジョージは、父親のもとで、寛大な心を持つ好青年に育ちます。一方、弟のロバートは、狂信的な牧師と母との間で育てられ、他人からは近寄りがたい人間に育ちます。
 成長したロバートは、仇のように兄ジョージを追い回し、嫌がらせをし続けます。やがて、ジョージが死体となって発見されますが、犯人はジョージと口論をしていたドラマンドという男だとされていました。
 やがて父親が亡くなり、ジョージの代わりに、家督をついだロバートでしたが、父親の家政婦だった女性は、ロバートこそジョージ殺害犯だと確信し、調査を始めます…。

 『悪の誘惑』(高橋和久訳 国書刊行会)は、羊飼いから作家になったという、異色の経歴を持つスコットランドの作家、ジェイムズ・ホッグの作品です。
 大きく三部に分かれており、一部と三部は編者からの「客観的な」語り、二部は弟の視点による語りになっています。一部でまず、客観的な事件の顛末が描かれ、二部では弟の狂信的な視点から描かれた「手記」が語られます。そしてまた三部では、その「手記」についての編者の見解が描かれる、といった構成になっています。
 兄弟間の憎しみや、殺人さえ描かれるにも関わらず、一部はかなりユーモアに富んだ筆致になっているのが面白いところです。好青年の兄に対し、弟は徹頭徹尾「嫌な」男で、兄を追い回します。たびたび兄弟は遭遇し、いさかいを起こすのですが、弟がなぜそこまで兄を憎むのかや、兄ジョージの死の真相は前半では明かされません。

 二部では、弟ロバートの視点から描かれた物語が語られますが、ここからが圧巻です。異様なまでの宗教教育を受け、ゆがんだ視点を持った男の独善的な行動が描かれていきます。子供のころから嘘をつき、悪事を働いてきたにもかかわらず、自分は神に許されているという考えを持っているため、自らの行動に対し良心の呵責を全く覚えないのです。 
 やがてロバートの考えに賛同してくれる、謎の男が現れます。最初はロバートの思想や行動を褒め称えていた男は、段々と悪事を働くようにそそのかしていきますが、ロバートもそれに従い、破滅的な行為を繰り返していくことになるのです。
 この「謎の男」、たびたび姿や声を変えたりと、悪魔のような人物なのですが、この男が実在しているかどうかも、じつは定かではありません。ロバートの「悪の心」の分身なのか、それとも本当の「悪魔」なのか。
 殺人を含む、あらゆる悪事を行いながら、独善的な論理でそれらを全て正当化しようとするロバート。その告白が、異様な熱気を持って語られる後半の展開は、凄いの一言です。

 作品全体の構成も、読者を眩惑するような作りになっています。一部の編者の「客観的な」語りと、二部の弟の独白とで、同じ事件に対する細部や解釈が異なっているのです。もちろん二部の語り手であるロバートは「嘘つき」なので、その語りを信用はできないのですが、かといって編者の語りが信用できるかというと、そういうわけでもないのです。
 とくに三部では、発見された手記について、作者自身であるジェイムズ・ホッグ自身も作中人物として登場します。しかも編者はホッグは信用できない…などという意見も書いているのです。
 この時代の小説には、「手記」や「手紙」という設定はよく使われるのですが、この作品では、その視点のずれが多重になっていて、真実がぼやかされる…という効果を発揮しています。

 19世紀前半に書かれた、いわゆる「ゴシックロマンス」に属する作品なのですが、このジャンルの作品としては、分量的にもあまり長くなく、読みやすい作品です。ミステリの先駆的作品としても、熱気に満ちた幻想小説としても読めますが、何より、今読んでも面白さを感じられるという意味で、古典的な傑作と呼んでもいい作品でしょう。

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怪奇と幻想のロマンス  J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』
448850602Xドラゴン・ヴォランの部屋 (レ・ファニュ傑作選) (創元推理文庫)
J・S・レ・ファニュ 千葉 康樹
東京創元社 2017-01-21

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  アイルランドの作家、J・S・レ・ファニュ(1814-1873)は、19世紀の怪奇幻想小説の分野では「巨匠」とされる作家の一人です。本邦で有名な作品としては、官能的な吸血鬼小説『吸血鬼カーミラ』や、サイコ・スリラー的な要素もある怪奇小説『緑茶』あたりが挙げられるでしょうか。
 怪奇小説の「巨匠」というと、我々は20世紀以降の作品、ブラックウッドやマッケン、M・R・ジェイムズのような作品を考えてしまうのですが、実のところ、19世紀以前の作品は、20世紀以降の作品のような、純粋な怪奇小説というのは、あまりありません。細かく言うと、「怪奇」や「幻想」そのものが主題になる作品があまりない、ということです。あくまで作品の味付けとしてそれらがある、といった方がいいのでしょうか。
 そうした時代にあって、レ・ファニュは、例外的に怪奇幻想の要素が強い作品を多く書きました。ただ、「ロマンス」や「メロドラマ」の要素は強く、そうしたところが古色蒼然とした印象を与える理由にもなっているのですが、今現在では、逆にその古色蒼然さが魅力ともなっているのです。

 レ・ファニュの主な邦訳としては、以下のようなものがあります。

長編
『墓地に建つ館』(榊優子訳 河出書房新社)
『アンクル・サイラス』(榊優子訳 創土社)
『ワイルダーの手』(日夏響訳 国書刊行会)
『ゴールデン・フライヤーズ奇談』(室谷洋三訳 福武文庫)

短篇集
『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)
『レ・ファニュ傑作集』(小池滋、斉藤重信訳 国書刊行会)

 短篇作品は80篇ぐらいあるらしいのですが、未訳が多く、まとめて短篇作品を読めるのは50年近く前に出版された『吸血鬼カーミラ』のみでした。そんな状況だっただけに、今回刊行された、レ・ファニュの作品集『ドラゴン・ヴォランの部屋 レ・ファニュ傑作選』は、怪奇幻想ファンにとって、またとない贈り物となりました。
 以下、収録作品を紹介していきたいと思います。

『ロバート・アーダ卿の運命』
 悪魔らしき人物との契約により、命を狙われる男の物語を、「伝説」と「事実」との2通りで描いた物語です。
 いかにも伝説然とした展開の1話目と、キャラクターを描き込み、小説としての余韻を加えた2話目と、2つの味わいを楽しめます。集中もっとも「怪奇小説」らしい作品です。

『ティローン州のある名家の物語』
 資産家の娘ファニーは、嫁ぎ先の貴族グレンフォーレン卿の屋敷に迎えられますが、屋敷内で気味の悪い盲目の女を見かけます。自分に対して攻撃的な女の態度にファニーは怯えますが…。
 謎の女、夫の秘密、ゴシック的な道具立てたっぷりの作品です。「秘密」に関しては、すぐに気付いてしまうのですが、それでも読ませるサスペンス味は流石というべきでしょうか。

『ウルトー・ド・レイシー』
 ウルトー・ド・レイシーは、政治的な駆け引きで失脚し、財産や領地を失ってしまった結果、二人の娘を伴って、辺鄙な場所に移り住みます。彼の希望は美しい妹娘ウナを資産家の青年と結婚させることでしたが、ウナは見知らぬ男に恋しているようなのです…。  
 先祖の因縁により復讐されるというゴースト・ストーリー。先祖から伝わる警告にもかかわらず、悲劇は起きてしまうという運命譚になっています。

『ローラ・シルヴァー・ベル』
 魔術を使うと噂されるカークばあさんは、捨て子だった娘ローラ・シルヴァー・ベルを可愛がっていました。ある日、ばあさんは汚らしく忌まわしい男に出会い、ローラをよこせと言われますが、すぐにはねつけます。しかし、ローラ自身には男が魅力的に見えているようなのです…。
 妖精に狙われる娘の物語なのですが、さらわれて終わり、ではなく、その後を描いているところが新鮮ですね。しかも、その後が描かれた部分がじつに禍々しい雰囲気なのです。邪悪なフェアリー・テールとでもいうべき作品です。

『ドラゴン・ヴォランの部屋』
 パリに「冒険」のために向かっていた英国人青年ベケットは、旅の途上、馬車トラブルに巻き込まれたサン=タリル伯爵夫妻を手助けします。伯爵夫人に一目ぼれしてしまったベケットは、夫人が不幸な結婚をしていることを知り、自分の手で彼女を助け出そうと考えますが…。
 怪奇幻想味はほとんどない作品ですが、リーダビリティは非常に高いサスペンス小説になっています。青年が伯爵夫人と恋仲になるまでの前半はいささか退屈しますが、後半になり、ある計画が持ち上がってからは手に汗握る展開になります。前半に登場する青年の「病気」がしっかりとした伏線になっているところには感心しました。

 19世紀の作家ゆえと言うべきか、作品の始まりは、たいてい舞台となる村や自然の描写が丁寧にされていきます。一見、退屈になりそうな部分なのですが、情景描写が巧みなので、すぐに作品の舞台に入り込めます。特に、森や古城などが登場する作品の雰囲気は絶品です。
 純サスペンス作品である『ドラゴン・ヴォランの部屋』が典型ですが、レ・ファニュが、怪奇小説の名手である以前に、当時のエンターテイメントの名手でもあったことのわかる作品集でした。レ・ファニュの当時の異名「アイルランドのウィルキー・コリンズ」は、コリンズに劣らぬストーリー・テラーぶりを表わしたものでしょうか。

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最近読んだ本(オーストリア幻想小説を中心に)
4560071985裏面: ある幻想的な物語 (白水Uブックス)
アルフレート クビーン 吉村 博次
白水社 2015-03-07

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アルフレート・クビーン『裏面 ある幻想的な物語』(吉村博次、土肥美夫訳 白水Uブックス)

 主人公の画家夫婦のもとに、学生時代の友人からの使いだという男が現れます。彼が言うには、その友人パテラは、東方で莫大な富を手に入れ、その富を利用して「夢の国」を建設したというのです。
 「夢の国」ペルレにたどり着いた主人公夫婦は、その国が年中霧に覆われ、人々も鬱々としていることに驚きます。しかも肝心の友人パテラには、なかなか会えないのです。
 やがてアメリカから大富豪がやってきたことから、「夢の国」の崩壊が始まりますが…。

 「夢の国」といいながら、主人公たちにとっても、既に住む人々にとっても、そこは、理想郷ではありません。日々暮らすことはできても、活気も希望もない街なのです。支配者である友人パテラに会おうとするものの、なぜか会えず、そのうちに街から出ようとする気力もなくなっていきます。不条理小説風の前半は、雰囲気は良いのですが、いささか冗長なきらいもあります。
 対して、アメリカからの大富豪が現れ、国の崩壊が始まる後半からが読みどころでしょうか。病が蔓延し、動物たちが暴れ出したり、人々が次々と死んでしまう…。それまでモノクロだった画面が、急に極彩色になったかのようです。
 作者は幻想的な画家として有名な人ですが、それだけに視覚的な描写は素晴らしく、ことにクライマックスの狂騒的な場面は読み応えがありますね。



4488010369両シチリア連隊
アレクサンダー・レルネット=ホレーニア 垂野 創一郎
東京創元社 2014-09-12

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アレクサンダー・レルネット=ホレーニア『両シチリア連隊』(垂野創一郎訳 東京創元社)

 第一次大戦後のウィーンが舞台。大戦時に、両シチリア連隊を率いたロションヴィル大佐は、娘のガブリエーレと一緒に、夜会に招かれます。席上、大佐は、見知らぬ男から奇妙な話を聞くことになります。その男は、ロシアで捕虜となって脱走し、ニコライ大公に別人と取り違えられたというのです。
 夜会がお開きとなる直前、元両シチリア連隊の将校エンゲルスハウゼンが、邸宅の一室で殺害されているのを発見されます。そして、事件を調べていた元連隊の少尉もまた行方不明となりますが…。

 「両シチリア連隊」の兵士たちが次々と死んでゆく謎を追う、ミステリ風味の強い幻想長篇です。章ごとに、それぞれの兵士たちにスポットを当てていくという形式になっています。
 序盤の取り違え話が、後半になると、さらに複雑な様相を呈してきます。取り違えられた人物は、生きているのか死んでいるのか? 死んだはずの人間が現れたりと、真実が二転三転するクライマックスのサスペンスは強烈です。
 正直、純粋なミステリとして読むと、割り切れない要素が多すぎますが、幻想小説としては、何とも魅力的な作品と言えます。



hore.jpg白羊宮の火星 (福武文庫)
アレクサンダー レルネット・ホレーニア 前川 道介
福武書店 1991-02

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アレクサンダー・レルネット=ホレーニア『白羊宮の火星』(前川道介訳 福武文庫)

 オーストリアの貴族であり、第一次大戦への従軍経験のある軍人ヴァルモーデンは、戦争の訓練のため、ウィーン郊外の連隊に入営します。
 開戦直前に、神秘的な女性ピストルコールスに夢中になったヴァルモーデンは、招集されてからも彼女と連絡を取ろうとしますが…。

 第二次大戦の前夜、風雲急を告げる時代が舞台なのですが、殺伐とした感じではなく、なにやら浮世離れした夢幻的な雰囲気で描かれる作品です。戦時中だというのに、軍人であるはずの主人公ヴァルモーデンが、社交生活をしたり、女性に夢中になったりと、日常と変わらぬ生活を送っています。
 作品の半ばも過ぎて、ようやく戦闘に駆り出されることになるのですが、そこでも戦闘を抜け出して、女性に会いに行ったりと、緊張感は感じられないのが面白いところ。
 作品自体に幻想的な雰囲気は流れているのですが、実際に超自然(のような)出来事が起こるのは、結末寸前のみです。その意味では、起伏の少ない作品なのですが、非常に洒脱かつ軽い雰囲気なこともあって、読みやすい作品ではあります。
 幻想的な要素のある、一般小説といった感じの作品ですね。



4874176941レオナルドのユダ (エディションq)
レオ ペルッツ Leo Perutz
エディションq 2001-08

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レオ・ペルッツ『レオナルドのユダ』(鈴木芳子訳 エディションq)

 レオナルドは、修道院のために描いている「最後の晩餐」の製作が止まっていることに対して文句を言われていました。レオナルドによれば、ユダを描くためには、ユダと同じような罪を背負ったモデルが必要であり、そのモデルが見つからないために製作が進まないと言うのです。
 一方、ミラノを訪れた商人ベーハイムは、借金を一向に返さない強欲な男ボッチェッタに恨みを抱いていました。挙句の果てには、ボッチェッタを襲う計画まで立てますが、夢中になっている美しい女性ニッコーラが、ボッチェッタの娘であることを知り、悩みながらも、ある計画を考え付きます…。

 レオナルド・ダ・ヴィンチの名作「最後の晩餐」に描かれたユダに、モデルがあったのではないか? という想像から生まれたと思しき歴史小説です。
 憎き仇への恨みと、愛する女性がその仇の娘であるという事実との間で悩む主人公が取った手段とは? そこにユダの顔を見たレオナルドを絡ませていくのが面白いところ。
 主人公ベーハイムの恋のライバル的な存在として、マンチーノという男が登場するのですが、このマンチーノが、なかなか味のあるキャラクターとして描かれます。記憶喪失だという設定なのですが、結末ではこの男の来歴が匂わされるなど、細かい部分でも楽しめます。
 邦訳のある、他のペルッツ作品と比較すると小粒な印象ですが、これはこれで味わいのある歴史奇譚ですね。

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悪意のデパート  シャーリイ・ジャクスン作品を読む
 シャーリイ・ジャクスンは、代表作『くじ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)や『丘の屋敷』(創元推理文庫)など、独自の作風で日本の読者にも長く読まれてきた作家です。ただ邦訳が少ないこともあり、その全体像は見えずにいました。
 ただ、2015年に短篇集『なんでもない一日』(創元推理文庫)が出版されたのを皮切りに、今年は何冊もジャクスン作品が邦訳されるという、記念すべき年になりました。
 ジャクスンは、1916年生まれなので、今年は生誕100周年に当たるのですね。それもあり、まとめてジャクスン作品を読んでみよう!という機運が自分の中に生まれました。そんなわけで、それらのジャクスン作品についてレビューしていきたいと思います。



4336060592鳥の巣 (DALKEY ARCHIVE)
シャーリイ・ジャクスン 北川依子
国書刊行会 2016-11-24

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シャーリイ・ジャクスン『鳥の巣』(北川依子訳 国書刊行会)
 博物館勤めで、頭痛持ちの内気な20代前半の女性エリザベス・リッチモンド。彼女は両親を亡くし、叔母とともに静かに暮らしていました。博物館の工事の最中、自らの勤務場所のすぐそばに穴が開けられたのと時を同じくして、エリザベスの行動がおかしくなりはじめます。
 不審に思った叔母が、精神科医ライト医師に相談したところ、エリザベスには従来の人格に加え、いくつかの多重人格が生まれているというのです。精神科医は、おとなしく魅力的な人格にベス、天衣無縫で悪巧みの得意な人格にベッツィと名前を付け、彼女らの人格を統合しようとカウンセリングを開始しますが…。

 多重人格を扱った作品です。最初は突飛な行動がたまに起きる程度だったのが、やがて人格の交代が頻繁に起き、今誰が体を支配しているのかがわからなくなるほどになります。
 ややこしいのは、ある人格が別の人格の行動を把握しているということ。しかもすべての人格が互いに把握しているのではなく、人格によっては他の人格の行動がわからないのです。それを利用して、別の人格にいたずらをしたりする人格もいるのです。
 主治医となったライト医師も、すぐに激昂するなど精神のバランスの悪い人物で、これが混乱に拍車をかけます。人格の一人ベスに魅力を感じたライト医師は、本来の人格ではなく、ベスを中心に統合が図れないかとさえ考えるのです。
 ベスに弱い医師をだますために、人格の一人ベッツィはベスのふりをするなど、医師を翻弄します。それぞれの人格と対話を続け、光明が見え始めた矢先、さらに新しい人格が発生し、医師を困惑させるのです。
 登場人物は、ヒロインの人格を除けば、メインで登場するのは、ほぼ3人で、物語の舞台もほぼ密室で起きます。人格同士の関係、そしてそれぞれの人格と叔母、医師との関係性の変化を丹念に追っていく構成になっています。最初は消滅すべき人格と考えていたベッツィと医師が、新たな人格を共通の敵として、共犯関係になっていくところなど、じつにスリリングです。
 行き詰るような対決シーンがあるかと思えば、ブラック・ユーモアに満ちたやり取りもあり、狂気に満ちた部分もありと、ジャクスン作品の中でも一、二を争う傑作ではないでしょうか。



4488583059処刑人 (創元推理文庫)
シャーリイ・ジャクスン 市田 泉
東京創元社 2016-11-30

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シャーリイ・ジャクスン『処刑人』(市田泉訳 創元推理文庫)
 17歳の少女ナタリーは、大学入学を機に、女子寮に入ることになります。決まった友人もできないナタリーは、学内での生活を、皮肉屋で専制的な作家の父親に書き送りますが…。

 思春期の少女の大学生活が地道に描写される普通小説、に見えるのですが、やはり「普通」ではありません。まずヒロインのナタリーにしてからが、人との会話の最中に、刑事に詰問される妄想をするなど、異様な創造力を持つ少女として描かれています。
 両親もまた「普通」ではなく、結婚生活を悔やみ続ける母親はともかく、父親の性格を描写させた文章を娘に書かせるなど、尊大かつひねくれた性格の父親との関係など、ナタリーは、家庭生活に息苦しいものを感じています。
 大学に開放感を求めるものの、そこでも特に救いはもたらされません。友人は少ないものの、穏便な学校生活が、やがて幻想と入り混じりはじめて…。
 物語の開始時点から、ヒロインの妄想と現実の区別がつきにくく、その意味で「信頼できない語り手」なのですが、後半になるにしがたって、その程度は激しくなっていきます。唯一無二の友人に出会えたと思いきや、その友人も、一緒にした行動も、現実なのかがわからなくなっていくのです。
 夢幻的な雰囲気に満ちた幻想小説と言えます。



4488583032丘の屋敷 (創元推理文庫 F シ 5-1)
シャーリイ・ジャクスン 渡辺 庸子
東京創元社 2008-09

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シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』(渡辺庸子訳 創元推理文庫)
 心霊現象を調査する科学者モンタギュー博士の呼びかけにより、丘の屋敷に集まった3人の男女。中でもポルターガイストの経験者であるエレーナは、感応しやすい体質を持っていました。
 屋敷で暮らしているうちに、精神のバランスをくずしてゆくエレーナ。それと同時に不思議な現象が起こり始めますが…。

 屋敷の霊的現象よりも、ヒロインのバランスを失った心理のあやが読みどころです。帰るところなどない…というヒロインの絶望感が何より強烈です。彼女にとっては、例え、お化け屋敷だとしても、家よりも居心地がいい場所なのです、
 20年以上前に旧訳『山荘綺談』(ハヤカワ文庫NV)で読んでいたのですが、再読してみました。以前は《モダンホラー・セレクション》の枠で出ていたこともあり、「お化け屋敷ホラー」として読んでいたのですが、今回は違った読み方ができた気がします。「お化け屋敷ホラー」ではなく、むしろニューロティックなサスペンスとして読むべき作品ではないでしょうか。



4151823018くじ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
シャーリイ・ジャクスン 深町 眞理子
早川書房 2016-10-21

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シャーリイ・ジャクスン『くじ』(深町眞理子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
 問題作『くじ』を含む《異色作家短篇集》収録短篇集の文庫化作品。
 どれをとっても悪意に満ちた登場人物や展開のオンパレードです。
 突如、恋人が行方不明になった女性が、恋人を探し回るという『魔性の恋人』、女友達を食事に招いた男性が、その振る舞いに不快にされるという『おふくろの味』、家政婦の一方的な言動を止めることのできない主婦を描く『大きな靴の男たち』など。勉強熱心な少年に買うべき本を教えてもらった成り上がりの男性を描く『曖昧の七つの型』では、ジャクスンらしからぬ「いい話」かと思った先のひっくり返しが、また悪意に満ちています。
 ただ後味の悪い作品、というわけではなく、そのブラック・ユーモアも読みどころです。
 家具を買いに訪れた部屋で、そこの住人のふりをすることになる『ヴィレッジの住人』や、盗みに入られた女性が犯人を問い詰めようとするが果たせないという『決闘裁判』などに見られる奇妙なユーモアは、ブラックながら、決して不快ではないのです。そこがまたジャクスンの魅力というべきでしょうか。
 ところどころで、ジェームズ・ハリスという名の人物が名前を変え、悪魔的な人物として登場するのも面白いところですね。
 そして、村に長年伝わる「くじ」の風習を描いた、表題作の『くじ』は、恐怖小説の古典とされていますが、やはり再読・三読に耐える名作。何の気のない地の文章に、深読みさせるような描写がひそんでいます。



0809066505Shirley Jackson's "the Lottery": The Authorized Graphic Adaptation
Miles Hyman
Hill & Wang Pub 2016-10-25

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Miles Hyman "Shirley Jackson's "the Lottery""
 『くじ』文庫化とちょうど同時期に、本国では、ジャクスンの実の孫マイルズ・ハイマン(Miles Hyman)による、『くじ』のグラフィックノヴェル(コミック)化作品も刊行されました。こちらも原書を手に入れて、読んでみました。原作を読んでいれば、細かい英語がわからなくても、大体の物語は読み取れました。
 派手さのないリアルな画風が、『くじ』に合っていますね。邦訳を期待したいところです。
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未知の力  ステファン・グラビンスキ『狂気の巡礼』
4336060746狂気の巡礼
ステファン・グラビンスキ 芝田文乃
国書刊行会 2016-09-23

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 ポーランドの怪奇小説作家ステファン・グラビンスキによる短篇集『狂気の巡礼』(芝田文乃訳 国書刊行会)が刊行されました。鉄道をテーマにした怪奇小説集『動きの悪魔』に続く、第2集になります。
 大まかに2部からなり、それぞれグラビンスキの本国版短篇集《薔薇の丘にて》全六篇と、《狂気の巡礼》からの八篇で構成されています。

 《薔薇の丘にて》は、壁に囲まれた庭園で漂う薔薇の香りから始まる幻想物語『薔薇の丘にて』、無性に神経を逆なでする男をめぐる物語『斜視』、森に迷い込んだ男が森小屋の窓から見たシルエットはまさに殺人現場だった…という『影』、精神感応を扱った『海辺の別荘にて』などを収録しています。
 全体に神経症的な雰囲気に支配された幻想小説集で、エドガー・アラン・ポーを思わせる作りになっています。中でも、『影』は、「影」が作る過去の惨劇のイメージと、それに囚われる人間の狂気を描いており、一読の価値があります。

  《狂気の巡礼》収録作品は、『動きの悪魔』に近い味わいの作品が多いですね。
 『灰色の部屋』は、こんな物語。不快だった前の部屋を離れ、新しい部屋に移り住んだ男。しかし、その部屋でも同じような不快感が取れないのです。調べたところ、前の住人は、男が前に住んでいた部屋の前の住人と同一人物だったのです。前の住人の精神的な力が部屋に残っているのではないかと考える男でしたが…。
 霊が憑いているのでは…という心霊実話テイストのような始まりから、グラビンスキ流の怪異の解釈が面白い作品です。
 物語の起伏に富み、集中いちばん読ませるのが『チェラヴァの問題』です。夜になると高名な学者の家に出入りする、浮浪者然とした粗暴な男。学者の妻は、2人の関係を懸念しますが、なぜか2人が同時に起きて話をしているところは見たことがないのです。妻から依頼を受けた主人公は、彼らの関係を探りますが…。
 学者の裏の顔は希代の犯罪者なのか? それとも二重人格なのか? グラビンスキ版『ジキル博士とハイド氏』ともいうべき力作です。

 本作品集でも、『動きの悪魔』収録作同様に、過去の情念や未知の力が、場所や人に影響を及ぼす…というグラビンスキ独特のテーマがまま見られます。怪異現象を、超自然的現象と見なすのではなく、人間が認識できないだけではないか、という疑似科学的な姿勢が見られますが、かといってそれらを解明が可能なものとも考えていない…という微妙なバランス感がまた、グラビンスキ作品の魅力でもありましょうか。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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