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魔法の日々  ロバート・R・マキャモン『少年時代』
少年時代〈上〉 (文春文庫)
ロバート・R. マキャモン, McCammon,Robert R., 磬, 二宮
文藝春秋 (1999-02)

 ロバート・R・マキャモン『少年時代』(二宮馨訳 文春文庫)は、1960年代の田舎町を舞台に、少年の不思議な体験と成長を描く作品です。

 1964年、アラバマの田舎町ゼファーに住む12歳の少年コーリー・マッケンソンは、父親トムと共に牛乳配達をしている最中に、湖に自動車が沈んでいく場面に出くわします。助けようと飛び込んだ父親は、運転席に顔を殴られ首を絞められた見知らぬ男の死体を発見します。
 湖は深く、そのまま沈んでしまった車を引き揚げることは不可能であり、行方不明になった人間も近辺にはいないということで、事件は有耶無耶になってしまいます。
 事件後、父親が心を病みつつあることを気にかけながらも、コーリーは三人の親友とともに冒険の日々を過ごすことになりますが…。

 1960年代の田舎町を舞台に、とある少年の不思議な少年時代の出来事を描いていくという作品です。洪水、不思議な生き物との遭遇、いじめっ子との対決、カーニヴァル、友人とのキャンプ、ペットや親友との別れ、悪党一家との対決など、様々な出来事が連作短篇のような形で描かれていきます。
 主人公の家族、友人を始め、町の様々な人物が登場し、主人公の前を通り過ぎていくことになります。数十人を越える多数の人物が登場しますが、その描き分けが見事です。脇役でもそれぞれ印象的なシーンが用意されており、キャラクターを目立たせています。
 善人だと思っていた人物が人種差別主義者だったり、悪人だと思っていた人間が優しいところを見せたりと、人間の多面性を主人公コーリーは知ることになります。

 裸で歩き回る変人ながら繊細な芸術家としての面も持つ資産家の御曹司ヴァーノン・サクスター、野球の天才的な才能を持ちながらも親に認めてもらえない少年ネモ・カーリス、住人たちから魔法を使う存在だと信じられる黒人女性「ザ・レディ」、いたずら好きながらある種の天才でもある小悪魔的な少女「ザ・デーモン」、あらゆる機械を修理できる修理屋ライトフット、コーリーの愛車「ロケット」など、ユニークで多彩なキャラクターがこれでもかとばかりに登場します。
 ほら吹きだと思われていた老人が凄腕のガンマンだったことがわかるなど、意外な人物が意外なシーンで活躍するのも楽しいですね。

 少年の目には世界が「魔法」に満ちている、と言うと、比喩的な意味と捉えられがちですが、この作品では本当に超自然的な出来事や現象が起こるのも特徴です。「怪物」や「恐竜」、「幽霊」が登場したり、「奇跡」が起こったりと、文字通り主人公の世界は「魔法」にあふれているのです。
 しかし、その「魔法」も万能ではなく、親しい者たちの死を防ぐことはできません。しかしそれらの体験を受け入れたコーリーは人間として成長を遂げていきます。
 様々な事件・体験を描いたエピソードが連ねられていくなか、冒頭で描かれた謎の殺人事件の謎が縦糸として物語を伏流しており、徐々にその事件の全貌が明らかになっていきます。
 コーリーの独自の捜査、そして「魔法」を体現する存在である、100歳を超えた黒人の女性「ザ・レディ」の案内によって、コーリーとその父トムは事件の解決に導かれることになります…。

 少年小説であり、成長小説であり、幻想小説でもあるという作品です。作中でも言及されるようにレイ・ブラッドベリ風の味わいも感じられますが、影響は感じさせながらも、一回りスケールの大きな作品に仕上がっています。
 また、章の一つ一つが見事に練り上げられており、それぞれの完成度が半端ではありません。傑作といっていい作品ではないでしょうか。

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魔女の物語  アーサー・マッケン『白魔』
白魔(びゃくま) (光文社古典新訳文庫)
 アーサー・マッケン『白魔』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)は、マッケン作品の中から、主に女性が前面に現れる作品を集めた作品集。確かに、同じ怪奇小説の三大巨匠とされるM・R・ジェイムズやアルジャーノン・ブラックウッドに比べても、マッケンの作品にはどこかしら強い官能性が感じられることがあります。

「白魔」
 隠者アンブローズから、彼の語る「悪」のサンプルとして渡された、ある少女が残した手記。そこには人ならざるものを見、妖術を行う少女の姿が描かれていました…。
 いわゆる「魔女」を描いた作品なのですが、本人である少女には邪悪な行為を行っているという意識はなく、むしろ神秘的な世界に純粋に感嘆する…という体になっているのが面白いところです。作中に現れる妖精のような存在が何なのか、乳母は何者だったのか、少女は結局何をしたのか? などがぼかされて描かれます。
 「パンの大神」などと同じく、かなり曖昧な話ではあるのですが、この作品ではそれが上手く作用している感じもありますね。作中で少女が語るおとぎ話的なエピソードがどれも不気味で面白いです。

「生活のかけら」
 シティで働く事務員エドワード・ダーネルと妻のメアリーは、仲むつまじく幸せに暮らす夫婦でしたが、資産家であるメアリアン叔母からいくらかのお金をもらってから、彼らの生活に不穏なものが入り込み始めます…。
 女中の婚約者の母親のエピソードや、叔母が妄想(らしき)伯父の浮気を疑うエピソードなど、時折不穏な空気が入り混じる瞬間があるものの、全体としてはダーネル夫妻の「生活」が淡々と描かれるという作品です。ただ、そうした日常生活から、段々とエドワードが神秘的なものに惹かれ始めます。
 もともと素養はあったらしいものの、日常生活に埋没していたエドワードが、妻に過去の神秘体験を語り始めたり、一族の過去を調べ始める結末付近の展開には、妙な味わいがありますね。
 作品終盤に著者自身により、ダーネル夫妻の物語は「聖杯の物語に似通ってくる」という表現がされているのも意味深で、この「生活のかけら」という作品そのものが、壮大なファンタジーの序盤部分であるかのような錯覚も覚えます。
 地味ではありますが、マッケンを語る上で重要な作品ではないでしょうか。

 未訳の小品集『翡翠の飾り』からは3篇が収録されています。

「薔薇園」
 女性の神秘的体験を繊細な描写で綴った散文詩的作品。なにやら東洋風(仏教風?)な要素も感じられますね。

「妖術」
 ナイト大尉に恋をしているらしいカスタンス嬢は、ワイズ老夫人から教わった「妖術」で男の心をつかもうとします…。
 「魔女」的な女性を描く作品です。男の心がカスタンス嬢にはなく、彼女がそのために「妖術」を使うという流れが、さらっと綴られているのが上手いです。

「儀式」
 「彼女」は、昔から森にあった柱と金字塔の中間のような灰色の「石」を怖がっていました。年頃になった「彼女」は、あるとき、模範的な娘アニー・ドルベンが「石」の前で何らかの儀式を行うのを目撃します…。
 「魔女の誕生」を描いたような掌編です。

 解説にもあるように、「妖術」「儀式」の二編は、「白魔」とも通底するテーマを扱った作品で、このセレクションは見事ですね。
 「白魔」「生活のかけら」に関しては、平井呈一訳も読みましたが、全体に南條竹則訳の方が読みやすいです。特に 「生活のかけら」 に関しては、南條訳の方が物語の大枠がわかりやすくなっているのではないかと思います。

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妖異と法悦  『アーサー・マッケン作品集成』
 イギリスの作家アーサー・マッケン(1863-1947)は、アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズと共に、近代の怪奇小説の三大巨匠の一人とされる人です。
 マッケンの作品に現われるのは、牧神であったり妖精であったりと、人ならざるものたち。しかもそれらは「可愛らしい」ものではなく「邪悪」なものなのです。触れてはいけない超越的な存在に触れてしまった人間はどうなるのか? そんなテーマに憑かれた作家です。しかし作者自身、それらのものたちへの「官能性」に惹かれているところに、一種なまめかしい魅力もあります。
 宗教的、秘教的な面が強い作品もあり、そうした要素が強く出てしまっている作品に関しては、読者を選ぶところもありますね。
 幸い、彼の作品に惚れ込んだ訳者、平井呈一により、主要な作品がほぼ邦訳紹介されました。その訳業は『アーサー・マッケン作品集成』(牧神社)としてまとめられています。
 なお、この『アーサー・マッケン作品集成』は、1973~1975年に牧神社より初刊。1994~1995年に沖積舎より箱入り本として新装復刊されています。また、2014~2015年にはソフトカバー版として、同じく沖積舎から新装版が刊行されました。



アーサー・マッケン作品集成 (1) 白魔
アーサー・マッケン『アーサー・マッケン作品集成1 白魔』(平井呈一訳 沖積舎)

「パンの大神」
 クラークの立ち合いのもと、異端的な医師レイモンドによって脳手術を受けたメリーは、その結果、白痴になってしまいます。クラークは後にフィリップ博士からある事件の顛末を聞き取り手記にまとめます。そこにはヘレンという娘が何か不思議な存在と一緒に森で過ごしていたこと、ヘレンの女友達が恐ろしい体験をしたことなどが記されていました。
 一方、記者のヴィリヤズは、街中で浮浪者に落ちぶれたかっての友ハーバートに出会います。彼の話によれば結婚したヘレン・ヴォーンという女性によって破滅させられたというのです。
 また友人のオースチンから、かってハーバート夫妻の家の前で恐怖のためショック死した男がいることも耳にします。その後も資産家や貴族の男性が次々と自殺するという事件が相次ぎ、その影にはボーモント夫人と名乗る一人の女性がいるらしいことが分かってきます。
 ヴィリヤズは複数の事件の影にいる女性こそ、かってのハーバート夫人ことヘレン・ヴォーンではないかと考え、調査を進めることになりますが…。

 脳手術によって「牧神」が見えるようになった少女の娘ヘレンが魔性の力を発揮し、次々と男たちを破滅と死に追い込んでいくという物語です。ヘレンが、序盤で手術を受けた少女メリーとどういう関係なのかはすぐには明かされないのですが、物語の流れから推測できるようにはなっています。
 物語の語り口も独特です。複数の人物や書簡などがつなぎ合わされ、容易に全体像がつかめないようになっています。クラークとヴィリヤズという登場人物が語る部分が多いのですが、この二人を含め、それぞれの人物がどの程度まで情報を知っていて、何を知らないのかがはっきりしません。
 語られる事件の時系列もあまりはっきりせず、全体が靄に包まれたかのような感覚になっていきます。実際、最初の実験の際にもクラークは眠気のため、実験の詳細を見ていないことになっているあたり、作者も意図的に描いているのかもしれません。
 最後までヘレンが具体的にどういう能力を持っているのか、手術を受けたメリーが具体的にどうなったのか、パンの大神がどういう存在なのかについても明かされません。直接的な語りの部分にせよ、書簡などの間接的な表現の部分にせよ、肝心の真相の手前で記述が打ち切られてしまうことが多いのです。
 ただそうした曖昧な表現が、逆に不気味さと気色悪さを高めている面もあります。
 結末のヘレンの最期の場面のインパクトは強烈で、『三人の詐欺師』中の「白い粉薬のはなし」と並び、マッケン作品の白眉といっていいのではないでしょうか。

「内奥の光」
 チャールズ・サリスベリは数年ぶりに旧友のダイスンと再会し話をするうちに「ハールズデン事件」のことを知ります。それはブラック医師が夫人殺害を疑われたものの結局自然死とされ、無実になった事件でした。しかも解剖の結果、夫人の脳髄は人間とは思えない状態になっていたというのです。ひょんなことからブラック医師と知り合いになったダイスンでしたが、事件の詳しい話を聞くまえに医師は亡くなってしまいます。やがて医師の残した手帳を手に入れたダイスンは事件の真相を知りますが…。

 オカルティックな手術を施した結果、何らかの悪しきものに体を乗っ取られてしまった妻を殺害することになった医師を描いた物語です。第三者であるダイスンがその事件を追っていくという推理小説仕立ての作品になっています。
 解剖の結果、ブラック夫人の脳細胞が人間ではないものに変貌しているとわかる部分や、ダイスンが窓から除く夫人の顔を見て驚愕するシーンなど、ところどころでぞっとさせる、恐怖小説の名品です。夫の邪悪な手術にしぶしぶ同意する妻が描かれる部分も非常に不穏ですね。

「輝く金字塔」
 上京してきたヴォーンは、友人のダイスンに相談を持ちかけます。田舎にあるヴォーンの自宅のそばに火打石のような石が並べてあったというのです。しかも見るたびにその配列は変わっていました。折りしも現地では、裕福な農家のトレヴァ家の娘アニーの失踪が話題になっていました。
 地元の人間たちはアニーは妖精にさらわれたのではないかと噂をしていました。ヴォーンの話に関心をそそられたダイスンは現地に飛び調査を開始しますが…。

 古代の民俗学的なモチーフを背景に、邪悪な「妖精」が描かれる作品です。石が表す「ピラミッド」は一体何を表しているのか?
 クライマックスでは邪悪な生き物が明確な形で登場します。曖昧な形で描かれることはよくあるものの、この作品のようにはっきりと実体を持った「妖精」が登場するのはマッケン作品では珍しいのでは。伝奇的要素の濃い佳篇です。

「白魔」
 独自の思想を持つアンブローズ散人を訪れたコトグレーヴは、彼の「悪」に対する認識を聞いて感銘を受けます。例証としてアンブローズが持ち出してきたのは、ある少女の手記でした。そこには、幼いころに出会った「白い人」の話、乳母から聞いたという様々な不思議な話が記されていました…。

 人間ではない魔のものらしい存在に出会ったこと、何やら妖術を使うらしい乳母、そして彼女から聞いたという妖しい昔話や妖術…。現実と幻想が混濁するような少女の日記部分が、人間の悪について議論する二人の男の枠物語で挟まれるという体裁の物語です。
 外枠の物語、少女の手記、少女が聞いた話、と段階ごとの入れ子構造になった物語ですが、奥にいくにしたがって幻想性が増していくという構造。特に少女が乳母から聞いたといういくつかの挿話は、おとぎ話風でありながら、血の出るような妖しさに満ちています。少女の書いていることがどこまで本当なのか、それとも妄想なのかははっきりしないのですが、描かれる幻想世界の雰囲気は素晴らしく、マッケン怪奇小説の傑作の一つといっていいのではないかと思います。

「生活の欠片」
 銀行員エドワード・ダーネルは、妻メアリの裕福な叔母マリアンから、いくらかの小切手をもらいます。夫婦はそのお金で家具を買うことを考え、相談するのを楽しんでいました。そんなある日、メアリは叔母から叔父が若い女と浮気をしているという話を聞きます。これ以上夫と一緒にいられない、ダーネル夫妻と一緒に暮らしたいという叔母の相談を受けたダーネルでしたが、叔母の様子がいささかおかしいことに気がつきます…。

 無理にあらすじを要約すると上記のような話にはなるのですが、実際のところ非常に要約しにくい物語です。
 前半は若い夫婦の日常生活が、経済的な問題を含めて淡々と語られるリアリズム風の展開なのですが、終始、妙な妖気が漂っていたりと、雰囲気は妙なのです。
 例えば、夫婦が使っている女中が、つきあっている男の母親に会うエピソード。特に超自然味はないようなのですが、その母親が豹変する箇所など、かなり不気味です。
 淡々とした話が動き出すのは、叔母マリアンが実際に夫婦に会いに来るあたりから。本格的に物語の空気が変わってきます。
 叔母が語っていた叔父の浮気の証拠だという話がすでにしておかしいのですが、叔母が新興宗教のような紙片を落としていったり、叔父が現れ叔母について語るなどして、違和感は最高潮に達します。
 しかし逆にダーネルは、古い書物に耽溺し、自らのルーツを振り返りはじめるなど、様子が変わっていきます。そしてそれを受け入れていく妻メアリ…。
 明確な解釈や真意は示されないものの、読者に居心地の悪さを覚えさせるような作品になっています。
マッケン作品の中で最も「難解」な作品といってもいいのではないでしょうか。



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アーサー・マッケン『アーサー・マッケン作品集成2 三人の詐欺師』(平井呈一訳 沖積舎)

「赤い手」
 文士のダイスンと友人のフィリップスは、夜の散歩中に、男の死体を発見します。死体のそばには凶器らしき古代の石斧が落ちており、近くの塀にはチョークで謎の符丁が描かれていました。死体の身元は医師のタマス・ヴィヴィアンであることが判明します。
 ヴィヴィアンの死体の下からはナイフが発見されたものの、それが使われた形跡はありません。しかも彼が持っていた手紙は妙な書体と暗号文のような文章が書かれていました。奇妙な殺人事件に関心を惹かれたダイスンとフィリップスは事件を調べ始めますが…。

 『三人の詐欺師』にも登場するダイスンとフィリップスが、奇怪な殺人事件の真相を探るという、ミステリ的な要素の強い作品です。先史的な石器や記号が登場するなど、民俗学的なモチーフも強いですね。
 割と真っ当に犯人探しをする物語で、ちゃんと犯人も捕まります。しかも犯人探しにはシャーロック・ホームズ的な名推理(?)も使われるという趣向。ただ、一番面白いのは犯人が捕まってからのその告白部分で、そこで一気に伝奇的な展開になるのはマッケンならではでしょうか。

『三人の詐欺師』
 ロンドンで暮らす有閑紳士ダイスンは、ある日通りすがった男が落としていった金貨を拾います。その金貨は、幻と言われるティベリウス金貨でした。その事件を発端に、ダイスンは友人フィリップスともども不思議な事件の話を耳にすることになりますが…。

 ロンドンで二人の紳士が出会う不思議な事件を、枠物語の形で描いた連作短篇集です。ダイスンとフィリップス(主にダイスン)が、街中で出会った男女から不思議な話を聞く…というのが大まかな構成になっています。エピソードは、明確な怪奇小説でないものも混じっていますが、どれも妖しさにみちた話ばかりです。
 そもそも、エピソードを語る男女たちが、そろいも揃って「胡散臭い」のです。そしてそれらの話を聞くダイスンやフィリップスも、どこか真面目に取り合っていないような態度を取っており、この作品自体をシリアスに取っていいものかどうか、読者も迷ってくるような感じなのが、何とも不思議な味わいになっています。
 挿話のうち、「黒い石印」「白い粉薬のはなし」の2つのエピソードは、傑作短篇といっていいかと思います。
 「黒い石印」は、古代の石印を見つけた大学教授が古代の人間ならざる種族を追って行方不明になってしまうという話です。「怪物」が直接登場することはなく、仄めかしにつぐ仄めかしで怪奇ムードを高めるという技巧的な作品になっています。
 「白い粉薬のはなし」は、ふとしたことから、謎の薬を飲み続けることになった青年の恐るべき末路を描いた物語。こちらの作品では、かなりグロテスクな描写がありますね。
 怪奇な事件が語られるパートももちろんですが、ダイスンやフィリップスが登場する「日常パート」(といっていいのでしょうか)も、意外と味わいがあります。このあたり、訳者は解説で「ロンドン綺譚」という表現をしていて、なるほどという感じです。何気ない日常部分でも、何やら禍々しさが感じられるのは、マッケンならではというべきでしょうか。



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アーサー・マッケン『アーサー・マッケン作品集成3 恐怖』(平井呈一訳 沖積舎)

第一次世界大戦中に書かれた作品を集めた巻です。

「恐怖」
 ウェールズの西のはずれの片田舎、メリオンで、事故や殺人が多発していました。崖からの転落、沼での溺死、ウィリアムズ家では五人の家族が頭を砕かれて殺されていました。メリオンの住民内には恐怖が蔓延します。時局柄、ドイツのスパイによるものではないかとの噂も流れ始め、やがてそれを浴びると殺人狂になってしまう「Z光線」という殺人兵器の存在を語り始めるものも現れる始末でした。そんな中、姿を見せなくなったグリフィス家の様子を心配した住民たちが彼の家を訪れると、主人は滅多突きで殺され、家の中では家族と居候の画家が渇水死していました。
 死んだ画家セクレタンが残した書き置きを読んだ、知り合いの医師ルイスは、彼らが何者かに襲われて家に篭城していたことを知ります。ルイスは、周辺で起こっていた「恐怖事件」の真相について調査を重ねますが…。

 一地方で起きた大量の事故と殺人。状況も被害もバラバラな事件に共通するものは何なのか? 犯人は人間なのか狂人なのか、それとも超自然的な存在なのか? まったく推測がつかないまま、どんどんと発生していく事件の推移は非常に不気味で、マッケン作品の中でも戦慄度が高い作品になっています。
 特に主人公的な人物は登場しませんが、作者の分身とおぼしいルイス医師がメインの登場人物となって事件を探っていきます。他にレムナントという人物が登場するのですが、こちらは犯人が二重人格の人間ではないかとか、殺人光線のせいではないかとか、ちょっと変わった意見を出す人物として描かれておりなかなか興味深いです。
 超自然的な決着を迎える作品ではあるのですが、当時の戦争や切羽詰った状況と絡んで語られている面もあり、現実的な意味での「恐怖」も描かれています。マッケンの傑作の一つといっていいのではないでしょうか。

「弓兵・戦争伝説」
 戦争をモチーフにした幻想小説・奇跡譚の連作短篇集です。イギリス軍の危機に聖ジョージが弓兵を連れて救援に現れるという「弓兵」、ドイツ軍に包囲されたイギリス人兵士が身を挺して死に天国で酒を振舞われるという「兵隊の宿」、かって殺害した老僧の姿を幻視したドイツ人曹長が命を尾落とすという「聖体顕示台」、甲冑をつけた兵隊の群れを幻視した男がその光景を現実の兵隊の行進と重ね合わせるという「眩しい光」、現実の紛争箇所そっくりに作られた庭で二種の蟻たちが戦争を繰り広げる「小さな民族」、トルコ兵との戦いの中、古代の神々が救援に訪れるという「トロイから来た兵隊」の6篇から構成されています。
どれも短くシンプルな奇跡譚になっていますが、ゴースト・ストーリーの変種的な味わいの「聖体顕示台」、ユーモアもある「トロイから来た兵隊」などが印象に残りますね。

「大いなる来復」
 ラントリサントに奇妙なことが起こっていることを記す記事を見た「わたし」は、現地でいろいろな「奇跡」が起こっていることを知ります。人々の健康状態が改善するのはもちろん、死病にとりつかれた娘が突然回復する、犬猿の仲の人間が和解したりと、その現象は様々でした。
 一部の人間たちは、不思議な鐘の音が聞こえたり、赤い光を目撃したといいます。そしてある日決定的な奇跡が顕現しますが…。

 いわゆる「聖杯」を扱った幻想小説です。ある町に様々な奇跡が起こり、クライマックスではついに「聖杯」が出現するという作品です。そうした不思議な現象に対して、語り手がルポ風に事態を語っていくのですが、語り手の「わたし」は必ずしもこれらの現象を信じているわけではないようなのがポイントでしょうか。最終的にも、語り手はこれらの奇跡がどういうことなのかわからないという形で小説は閉じられています。

 この巻の解説によると、訳者の平井呈一は「恐怖」を高く評価していたようで、「パンの大神」「夢の丘」「恐怖」を三つの代表作としています。



アーサー・マッケン作品集成〈4〉夢の丘
アーサー・マッケン『アーサー・マッケン作品集成4 夢の丘』(平井呈一訳 沖積舎)
 文学を志す青年の彷徨を描いた、幻想的な青春小説です。
 田舎で育った牧師の息子ルシアン・テイラーには、夢想癖があり、山や廃墟を訪れては空想に耽っていました。作家になる夢を持つルシアンでしたが、経済的な問題のために学業を途中で放棄せざるを得ず、たびたび書き物をしながらも、なかなか物にはなりません。ひょんなことから親類が残してくれた遺産が入り、ルシアンはロンドンに下宿を借りて、ひとり創作に打ち込むことになりますが…。

 筋らしい筋はあまりなく、夢想家で作家志望の青年ルシアンの人生とその彷徨とを描いた作品といえるでしょうか。夢想家である主人公の目には、故郷である田舎でも、ロンドンの雑踏でも、そこに幻想的な情景が映りこむのです。小説中でも、主人公の日常的な描写の中に、幻想・空想的な描写が入り混じっており、現実と空想とが切り離しにくい状態で描かれます。かといって主人公ルシアンが完全に「異界」に囚われてしまった人間かというとそういうわけでもなく、経済的な状況であるとか、自分が世間にどう見られているか、という客観的な認識はしっかりと持ってはいるのです。
 小説の前半では、そうした夢想家としての側面と、周囲から見た現実的な自分の評価とのギャップに悩む姿が描かれます。理解がある父親やいとこなどはともかく、隣人たちからの評価はひどいもの。ルシアンが夢見る空想世界とは対比的に、隣人たちは利己的な「俗物」として描かれます。容姿は美人だけれども中身は「俗物」として描かれる隣人の令嬢たちと比べて、農婦の娘である純朴なアニーに、ルシアンは恋をし賛美するようにもなります。
 後半では、ようやく資産を得て、ロンドンで創作に打ち込むことができるようになったルシアンですが、そこでは今度は「孤独」が彼を蝕むことになります。ロンドンの街でもサバトの幻想を見るなど、変わらず夢想家としての性質を発揮するものの、故郷にいたときほどのものはすでにありません。やがて肉体的にも精神的にもルシアンは衰えていってしまうのです。
 客観的な超自然現象はまったく起こらないといっていいのですが、主人公ルシアンの眼が「夢想家」のそれであるため、彼が見る現実がみな幻想的な風景に見える…という類の作品になっています。そこで現れるのは異教的な風景であったり、黒ミサのサバトの風景であったりします。そのあたりの幻想的な描写は作者マッケンの面目躍如といったところでしょうか。
 それと同時に現実に適合できない青年の悩み・苦しみを描いた青春小説としての面もあり、こちらは現代日本でも共感できる読者が多いのではないでしょうか。
 主人公ルシアンの世界が破綻してしまう最終章は圧巻で、最後に、第三者から見たルシアンが客観的に描写されるのが痛々しいですね。
 結末では「溶鉱炉」を使った比喩的な描写が使われるのですが、「溶鉱炉」の比喩は物語の始まりにも使われており印象的です。



アーサー・マッケン作品集成〈5〉秘めたる栄光
アーサー・マッケン『アーサー・マッケン作品集成5 秘めたる栄光』(平井呈一訳 沖積舎)
 舞台はイギリスのラプトンという公立学校(パブリック・スクール)、感受性豊かな生徒アンブローズ・メイリックは、学校生活に馴染めないでいました。成績は問題ないものの、他の生徒との付き合いは悪く、彼の伯父でもある教頭のホーベリからはきつい躾をされていました。彼の慰めは、今は亡き父親とともに見た聖杯の情景を思い返すことでした。
 ある時、ノルマン人の作ったというアーチを見にセルドン寺院に出かけたメイリックは門限に遅れてしまいます。その結果、ホーベリから鞭による体罰を受けてしまいます。直後に決意を固めたメイリックは人が変わったように、成績優秀、スポーツにも取り組む学校の模範生となります。
 しかし数年後、ネリー・フォーランという使用人の娘を連れ出しロンドンに出奔してしまったメイリックは、学校に戻らずにそのまま姿をくらましてしまいます…。

 訳者解説によれば、当時の学校制度を風刺した作品だとのことで、確かにそうした趣は感じられます。主人公以外の生徒や、伯父である教頭ホーベリなど、現実主義者であり「俗物」である印がこれでもかと描かれるのです。
 特に集中的に描かれるのがホーベリなのですが、この人物、出世のことや学校をビジネスとして考える「俗物」ではあるのですが、それなりに善人であり、子どもの教育についてもそれなりに考えている、ある種の「善人」なのです。
 このホーベリが後年に失脚してしまうことになるのですが、風刺小説ではありながら、その描き方が「俗物」が失敗するのを笑いのめす…という感じにはなりません。上にも書いたように、ホーベリが、笑いのめす対象というよりは同情すべき対象として読めてしまうからです。
 画一的な学校教育に反抗するロマンティスト、メイリックと、現実主義者で俗物である他の生徒や教師(特にホーベリ)を対比的に描こうとした作品だと思うのですが、正直、作者の狙いはあまり達成されてはいません。
 年齢が幼いということもあるのでしょうが、主人公メイリックが精神的に幼く、あまり「孤高の存在」だとは感じられないこと。「俗物」であるべきホーベリがそれほど「俗物」には感じられないこと。要するに、作中に存在する「聖・俗」の要素がどちらも中途半端な感が強いのです。
 また、出来事の時系列がバラバラであること、物語にまとまりがないことなども作品の狙いをわかりにくくしています。「聖杯」をめぐるシーンは、流石にマッケン流の美しさが感じられるのですが、この物語の中ではやはり浮いてしまいます。
 ただ、学校という場になじめない少年の自意識を描く部分には味わいがあり、そうした少年小説的な面では面白い作品だとも思います。後半、学校から逃げ出したメイリックが、同行したネリーの生涯を知り、自分の未熟さを知るという流れも悪くありません。
 風刺小説としては失敗作なのでしょうが、部分的には、画一的で個性を押し込めようとする学校制度というものがよく描かれており、そうした面では、現代日本でも通じるところがあり、読者の共感が得られるのではないでしょうか。



アーサー・マッケン作品集成 第6巻 緑地帯
『アーサー・マッケン作品集成6 緑地帯』平井呈一訳 沖積舎)
 連作中篇「緑地帯」と短篇集「池の子たち」を収録しています。どちらも最晩年の作品で、派手な趣向はないものの、細心に綴られた趣のある作品群になっています。

「緑地帯」
 孤独な生活から来るストレスから転地療養を勧められたロレンス・ヒリヤーは、保養地であるポースに滞在することになります。友人も出来て快適に暮らしていたヒリヤーでしたが、現地で起こった女性殺人事件の犯人との関係を疑われ、土地を追われてしまいます。ロンドンに戻ってきてからも、下宿のあちこちで物が破壊されたりと、不可解な事件は続きます。やがて彼は、奇妙な小人を目撃するようになりますが…。

 何らかの邪悪な力に囚われてしまったらしい主人公が、様々な事件に遭遇するという連作中篇です。やがてその正体が「小人」のような存在であることが明らかになっていきます。面白いのは、主人公が憑かれている「小人」が主人公自身には見えないことで、周囲の人間のみに見えているようなのです。
 たびたび、第三者の目から主人公のそばに何者かがいるような描写が積み重ねられていきますが、当人は全く気付いていないというのが不気味です。
 「小人」の正体は最後まで明らかにならず、ただ「忌まわしさ」のみが残るという怪奇小説です。

「池の子たち」は、マッケン晩年の短篇を集めた作品集です。

「ω (オメガ)」
 前半は老紳士マンセル氏のぼんやりとした日常生活の描写、後半は霊媒ラディスロー夫人の降霊会における事件が描かれるという作品です。二つの出来事をつなぐのは、「ω (オメガ)」の文字。降霊会で現れた「ω (オメガ)」の文字は、かってマンセル氏がよく描いていた文字でした。両者の関係がはっきりしないまま幕を閉じるという、奇妙な味の作品です。

「池の子たち」
 メイリックは山を散策している途中、休ませてもらおうと目に付いた家を訪ねますが、奇しくもそこには旧友ジェイムズ・ロバーツが滞在していました。話をする内に、ロバーツは過去に犯してしまった罪を責めるような声を度々耳にしていることを知ります。
 メイリックは、家のそばにある不気味な池がロバーツに何らかの影響を与えているのではないかと考えますが…。

 邪悪な意思を持つ「悪い土地」をテーマとした作品です。

「神童」
 高い教育を受けた青年ジョゼフ・ラストは、知り合いからある少年の家庭教師の職を斡旋されます。資産家であるマーシュ夫妻の息子ヘンリーを教えてほしいというのです。ラストは、美少年であるヘンリーの学習能力の高さに驚き教育の成果に満足しますが、
 ふとしたことからマーシュ夫妻の後ろ暗い部分を知り、衝動的に逃げ出してしまいます。数年後三人の凶悪犯が裁判にかけられたことを聞いたラストは、その三人がマーシュ夫妻とその息子であることを知って驚きます…。

 マッケンお得意の邪悪で忌まわしい秘密が明らかになるかと思いきや、不気味ではありながら、何ともブラック・ユーモアに富んだ展開に。これは読んだ人はびっくりするのでは。「奇談」と言いたくなるような作品ですね。

「生命の樹」
 領主の落とし胤として領地を引き継いだテイロ・モーガンは体が弱く、外にろくに出ることもできない青年でした。しかしテイロは農業に興味を持ち、領地の農地を改革しようといろいろな施策を考えることになります…。

 体の弱い青年が農地改革をする話と思いきや、後半ではその青年の人生が客観的に語られ、物語の裏面が明らかになります。それ自体味わいのある物語なのですが、最後に突如現れる神秘的な描写が、妙な味を添えていますね。

「絵から抜ける男」
 記者である「わたし」は、かって書いた批評文をきっかけに、奇怪な絵を描く画家のマッカルモントと知り合いになります。折しも「小人」による忌まわしい犯罪が世間で騒ぎになっている中、画家は突如失踪を遂げますが…。

 二面性を持つ奇妙な画家を描く物語、といっていいと思うのですが、物語の焦点が奇妙にずれていく面もあり、かなりバランスの歪な作品です。ただ、作品に漂う怪奇ムードは非常に魅力的ですね。
 サブのお話として、ポルターガイストを起こす少年の話が出てきます。こちらも面白いのですが、本筋とはあまりつながらず終わってしまうのは残念。

「変身」
 ブラウン家の子どもたちの保母兼家庭教師として雇われた、色黒の美人アリス・ヘイズ。彼女の有能さを見たスミス家とロビンソン家の母親たちは、彼女に共通の保母として子どもの世話を頼むことになります。子どもたちも彼女になつきますが、子どもたちを連れたピクニックの最中に、子どもの一人が行方不明になってしまいます…。

 いわゆる「取り替え子」を扱った怪奇小説です。子どもが本当に「取り替え」られてしまったのか、家庭教師は一体何者だったのか、はっきりとしたことはわかりません。「取り替え」られてしまった子供の描写は非常に不気味で、マッケンの筆も冴えていますね。
 マッケンの後期作品、日本では知名度があまりないと思うのですが、これはこれで味わいがありますね。もっと読まれてもよい作品群だと思います。



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「幻想文学4 特集A・マッケン&英米恐怖文学事始」(幻想文学会出版局)
 マッケンの短篇やコラムの翻訳、マッケンについてのエッセー、評論など、盛り沢山の特集号です。日本語で読めるマッケン関連本では、未だにこれが一番では。

 直接マッケンに接した著者による、マッケンの人柄を描くエッセー「アーサー・マッケン回想」(ロバート・ヒリヤー)が興味深いです。とくに、アメリカの女流作家に招かれるものの、その作家の目当てはマッケン自身ではなく、当時有名だった彼の義兄弟と姪だった…というエピソードは面白いですね。
 ちなみに、マッケンの義兄弟はT・F・ポウイス(1875-1953)、姪はシルヴィア・タウンゼント・ウォーナー(1893-1978)です。

 この号に収録されたマッケン作品より、短篇「地より出でたる」(南條竹則訳)とコラム「帰ってきた兄の話」(保坂泰彦、並木二郎訳)も紹介しておきます。

「地より出でたる」
 ウェールズの海岸地方に現れる邪悪な子供たちを描く作品です。その地方では手のつけられない悪さをする子供たちがいることが語られていました。語り手は、彼自身も現地に滞在したことがあることから、噂は根も葉もないのではと考え、現地の人間も噂を否定しますが、噂は一方的に膨れ上がっていきます。語り手は、友人モーガンが異様な光景を目撃したことを聞きますが…。

 語り手はおそらくマッケン本人で、序盤では彼自身の作品「弓兵」が異様な反響を呼んだことについても書かれています。
 今でいうところの「都市伝説」的な題材を扱っていて、短めながら戦慄度は高い作品ですね。

「帰ってきた兄の話」
 舞台中のグリマルディのもとを訪ねてきた二人の男。それは十数年も行方不明だった船乗りの兄ジョンでした。再開を喜ぶグリマルディでしたが、目を離したすきにジョンは姿を消してしまいます。
 知り合いや母親に先に会いに行ったのかと、彼らの家を回るグリマルディでしたが、一足違いで兄は行ってしまった後でした…。

 19世紀初頭の俳優グリマルディに関する奇談を描いたコラム。行方不明だった兄が突然現れ、再び行方不明になってしまうという奇談です。兄が本物だったのか、連れの男は何者だったのかなど、不思議なことがそのままに終わってしまうという、奇妙な味の話になっています。

 マッケンの邦訳作品のガイドである「[ブックガイド]マッケンを読む」、南條竹則氏による未訳のマッケン作品のガイド「[ブックガイド]未訳書篇」も参考になります。主要作品は大分訳されてると思うのですが、未訳のものもまだ結構あるのですね。



架空の町 (書物の王国)
アーサー・マッケン「N」(高木国寿訳東雅夫編『書物の王国1 架空の町』国書刊行会 収録)
 好事家であるペロット、アーノルド、ハーリスの三人組は、40~50前のロンドンについてあれこれ話を交わしていました。ペロットは友人からストーク・ニューイントンにあるという、景色の素晴らしいキャノン公園の話を聞いたと言いますが、ハーリスによれば、そんな場所はないというのです。
 アーノルドはふと手に取ったハンポール牧師の古い本の中に、著者が友人の部屋から都会とは思えない幻想的な光景を見せられる箇所を発見し驚きます。アーノルドは実際の現地を調べてみようと考えますが…。

  都会の窓から異世界を垣間見るという、怪奇幻想小説です。都会の真ん中で、ある特定の人間に特定の間だけ見える異世界のような光景を描いた幻想小説です。「異世界」とはいっても、マッケンの他作品に表れるような邪悪なものではなく、ユートピアのような描かれ方がされています。
 マッケンお得意の技法で、友人からの聞き語り、古書の中の描写など、間接的に異世界の存在が仄めかされていきます。結局のところ、主人公の三人は誰もその異世界を見ることができない…というのも、奥ゆかしいところですね。


 ついでに、スティーヴン・キングがアーサー・マッケンの「パンの大神」より影響を受けて書いたという短篇もついでに紹介しておきましょう。


夜がはじまるとき (文春文庫)
スティーヴン・キング「N」(安野玲訳『夜がはじまるとき』文春文庫 収録)
 精神科医ジョニー・ボンサントは「N」という強迫性障害の患者を診ることになります。彼は数を数えること、物の秩序を整えることに対して、異様な強迫観念を持っていました。その症状の原因となったのは、ある場所にあった複数の石を目撃したことだというので最初は八つに見えた石がよく見ると七つになっており、カメラを通して見ると再び八つに見える。物を数えたりと、秩序だった行動をすることにより、その岩が七つになってしまうのを防いでいるというのです。岩の数が奇数になってしまうと、そこからこの世の世界のものではない何かが出てきてしまうと…。

 ストーンサークルのような岩と異次元の怪物、それに強迫神経症をからませたという、ユニークなホラー小説です。全体を読むと、マッケンというよりは、ラヴクラフト、またはクトゥルー神話的な味わいが強いですね。作中でも実際に「くとぅん」という、クトゥルーを思わせる単語が出てきます。
 作品の構造は入れ子状になっており、このあたりは確かに「パンの大神」を思わせるところもありますね。医師ジョニーが死んだことを知らせる手紙を、その妹シーラがジョニーの親友チャーリーにあてて書き出すというところから始まり、ジョニーの診察記録が続きます。
 そしてその中で、さらに患者「N」が自らの体験を語り、それに医師が影響されてゆく…という体裁になっています。
異次元の怪物も直接的には描かれず、ちらりと姿を覗かせるにとどめているのも、マッケン的といえますでしょうか。
 古典的な骨法の怪奇小説として、傑作短篇といっていい作品かと思います。

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怪奇小説の伝統  ブラックウッド他『怪奇小説傑作集1英米編1』
怪奇小説傑作集 1 英米編 1 [新版] (創元推理文庫)
 刊行以来、我が国の怪奇小説の基本図書となってきたアンソロジー『怪奇小説傑作集』。その第一巻『怪奇小説傑作集1英米編1』(ブラックウッド他 平井呈一訳 創元推理文庫)には、英米の怪奇小説の巨匠の作品や名作が集められています。以下、それぞれの内容について紹介していきたいと思います。


エドワード・ブルワー=リットン「幽霊屋敷」

 ロンドンのどまんなかに幽霊屋敷があるという話を友人から聞いた「余」は、屋敷の持ち主J-氏にかけあい、怪奇現象を見極めようと下男のF-と愛犬とともに、屋敷に泊り込むことになります。
 しかし、屋敷に入った直後から怪奇現象が相次ぎ、下男は恐怖のあまり飛び出していってしまいます…。

 いわくのある幽霊屋敷に泊り込んだ男が様々な怪奇現象に遭遇する…という正統派の幽霊屋敷小説です。この怪奇現象がかなり派手で、霊的な存在が姿を現すだけでなく、ポルターガイスト的な現象も付随して発生します。しかもどうやら物理的な力まで発揮するようで、事実、愛犬は骨を折られて殺されてしまうのです。
 後半は屋敷のとある部屋に元凶があるのではないかと考えた「余」が、あるものを発見し、そこからはオカルト的な展開になります。超自然的な原因ではあるものの、怪異に人の意思が介在しているという意味で、疑似科学的な面もあり、「ゴースト・ハンター」ものの先駆的な作品と捉えることも可能でしょうか。


ヘンリー・ジェイムズ「エドマンド・オーム卿」

 美しい母子、マーデン夫人とその娘シャーロットと知り合いになった「わたし」はシャーロットに恋をするようになります。ある日教会で、若い青白い男がそばにすわったのを見てマーデン夫人は顔色を変えます。
男を怖がる夫人を問い詰めると彼女は理由を話します。その男エドマンド・オーム卿は、かってマーデン夫人が婚約を破棄した後に自殺してしまい、その後復讐のために、シャーロットに恋をする男が現れると、その場に現れるのだと…。

 かって男を死に追いやった夫人と、その娘に恋する男にしか見えない幽霊という、ユニークなテーマのゴースト・ストーリーです。見える人たちにとっては、生者と区別がつかないぐらい実体を持った霊というのが、面白いところですね。


M・R・ジェイムズ「ポインター氏の日録」

 伯母と暮らすデントン氏は、古書でポインター氏の日録を入手します。本に貼り付けてあった珍しい柄の布を気に入った伯母は、その模様を再現してカーテンを作りたいと話し、デントン氏もそれに賛同します。
 しかし、出来上がったカーテンをかけた部屋にいると、何か落ち着かない気分になるのにデントン氏は気がつきます…。

 古書や古物を媒介に怪異が起こるという、M・R・ジェイムズお得意のテーマによる怪奇作品です。


W・W・ジェイコブス「猿の手」

 レイクスナム荘のホワイト家を客として訪れたモリス曹長は、インドで手に入れたという猿の手について話します。行者がまじないをかけ、三人の人間に三つの願いが叶えられるようになっているというのです。猿の手を欲しがるホワイト氏に、モリスはそれは使わないようにと忠告します。無理に猿の手を手に入れたホワイト氏は、息子のハーバートの提案に従い二百ポンドが手に入るように願ってみますが…。

 「三つの願い」をテーマにした作品の中で、もっとも名の通った作品といってもいいでしょうか。読んだことがなくても何となく話を知っている人も多いかと思います。
 作中で描かれる三つの願いそれぞれが、物語の進行と有機的に結びついているという点で、完璧に近い構成といってもいいぐらいです。
 前の持ち主がすでに死んでいるというモリス曹長の話、モリス自身も猿の手によって不幸な事態に出会っているであろうことを暗示する序盤からして、素晴らしい書き出しになっています。また、結末の寂寥感あふれる余韻も良いですね。怪奇小説史に残る名作といっていいかと思います。


アーサー・マッケン「パンの大神」

 レイモンド医師が孤児の少女メリーに行った脳手術の結果、少女は白痴となってしまいます。数十年後、ヴィリヤズは資産家だったはずの友ハーバートが浮浪者に落ちぶれているのを知ります。彼は結婚した素性の知れぬ女ヘレン・ヴォーンによって破滅させられたというのです。折りしも社交界では貴顕紳士の自殺が相次いでいました。彼らの自殺の影に一人の女が関係していることを察知したヴィリヤズは、女の正体について調査を開始しますが…。

 脳手術により「パンの大神」を見てしまった少女の娘が、長じて男たちを自殺に追い込んでいくという怪奇作品。書簡や間接的な証言によって物語が構成されており、肝心の妖女へレンが具体的に何を行っていたのか、という部分に関しては曖昧になっています。
 ただ、そこが逆に想像力をかきたてるようにもなっていて、その書きぶりがいい方向に作用している作品でしょうか。


E・F・ベンスン「いも虫」

 イタリアのカスカナという別荘に滞在することになった「ぼく」は、二階を借りている知人のスタンリ夫妻が、ある寝室をあき部屋にしているのを不審に思っていました。深夜目を覚ました「ぼく」はあき部屋に、光る大きないも虫が大量にいるのに気がつきます…。
 いも虫の幽霊という、ユニークな題材のゴースト・ストーリーです。その気色悪さだけでなく、「病」という形で人間の肉体に害をなすという意味でも、非常におぞましい話になっています。


A・ブラックウッド「秘書奇譚」

 雇い主である社長サイドボタムの命令で、社長のかっての相棒ガーヴィーのもとに書類を届けることになった秘書ジム・ショートハウス。用向きを済ませたジムはしかし、列車を逃してガーヴィーの屋敷に一泊を余儀なくされます。
 ジムは、だんだんと、ガーヴィーの様子がおかしくなってくるのに気がつきますが…。
 明らかに様子のおかしい狂人との一泊を余儀なくされると言うサイコ・スリラー作品。主人公は無事に帰ることができるのか?
 怖い話ではあるのですが、クライマックスのシーンでは、どこかブラック・ユーモア味もありと、妙な味わいの作品ではありますね。


W・F・ハーヴィー「炎天」

 絵かきのジェイムズはある暑い日に、ふと着想を得てスケッチを描きあげます。それは裁判で被告席にいる太った犯人を描いたものでした。散歩に出たジェイムズは意識せず見つけたアトキンソンという石屋の店に入っていきます。
 そこで作業をしている店の主人は、自分が書いた絵の男にそっくりでした。しかも彼が作っている墓碑銘には自分の名前が掘ってあったのです…。

 奇妙な暗示と暗合が積み重ねられて構成された、非常に技巧的な作品です。結末がどうなるのかは明示されていないものの、それまでの暗示的な描写で惨劇が起こるであろうことが読者にはわかるようになっています。
 「予知」を扱ったSF的な解釈も可能な作品ですね。


レ・ファニュ「緑茶」

 碩学マルチン・ヘッセリウス博士は、人柄もよく教養もあるジェニングズ師と知り合います。彼は何か問題を抱えているようで、演説の最中にいつも途中で動揺し最後まで演説をできないというのです。
 やがて彼が告白するには、数年前から黒い小猿が目の前に現れ、自分の邪魔をするといいます。小猿は彼自身にしか見えないのです。しかもただ邪魔をするだけでなく、最近では自殺をそそのかす言葉まで話しはじめたというのですが…。

 緑茶の飲みすぎから、小猿の幻覚を見るようになった男を描く物語です。後ろ暗いところもない善人がなぜ邪悪な幻覚を見るのか? 精神分析的な解釈やキリスト教的な寓意など、いろいろな解釈が可能な名作短篇です。

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世界のはじまり  ペネローピ・ファーマー『イヴの物語』
イヴの物語 (シリーズ百年の物語)
 ペネローピ・ファーマー『イヴの物語』(金原瑞人訳 トパーズプレス)は、聖書の創世記、アダムとイヴが楽園から追放されるまでを、イヴの視点から描いた物語です。

 神によって作られた楽園エデンの園。アダムの肋骨から作られた女性イヴは、夫とともに幸せに暮らしていました。しかし、アダムの先妻リリスや、智恵や技術を持つ「蛇」、そして「蛇」の友人でもある堕天使サマエルらと触れ合ううちに、好奇心を持ち始め、やがて禁断の木の実に手を出してしまいます…。

イヴが禁断の木の実を食べたのは、悪魔や蛇の誘惑によるものではなく、イヴ自身によるものだった…という、イヴは自立した女性だったというテーマで描かれた作品です。アダムが神の意図を疑わない敬虔な「信者」であるのに対し、イヴは知的好奇心を持ったり、世界のしくみに疑問を抱いたりし始めます。

イヴは、アダムの先妻リリスや「蛇」たちから話を聞くことにより、精神を育むことになるのですが、彼女に最も影響を与えることになるのが「蛇」です。この作品では、「蛇」はもともと四肢を備えた人間に近い知的な生物で、アダムやイヴの知らない知識や技術を持っているとされています。
「エデンの園」では必要のない高度な工業技術や、はるか未来のものと思われる「物語」を語るなど、技術や文明を司るようなキャラクターとして描かれています。そんな「蛇」やリリスたちからの影響もありながら、イヴが自ら禁断の木の実を食べて楽園を追放されるまでが描かれますが、それは「罰」というよりも、神からの自立、女性としての自立としての意味が強いものになっています。

 創世記の物語だけに「神」も登場しますが、その登場は間接的なものに限られています。代わりに頻繁に登場するのが直属の部下であるミカエルやラファエルなどの大天使。
 しかし天使たちは非人間的で冷たいキャラクターとして描かれています。「蛇」が非常に 人間的なキャラクターとして描かれているのとは対照的ですね。

 アダムとイヴを描いたファンタジーとしては、他にもマーク・トウェイン『アダムとイヴの日記』などがありますが、こちらのファーマー作品はよりシリアスでテーマ性の強い作品になっています。ただ、非常に読みやすく面白い物語なので、お薦めしておきたいと思います。

 ちなみに、トパーズプレスは評論家の瀬戸川猛資さんが創設した出版社で、本の紹介誌「BOOKMAN」などを出していました。<シリーズ百年の物語>は、20世紀の約100年間に書かれた面白いフィクションをジャンル問わず紹介するというコンセプトの叢書で、幻想的な要素の比率も高いです。

<シリーズ百年の物語>(トパーズプレス 1996年)のラインナップです。

1 ペネローピ・ファーマー『イヴの物語』
2 マーク・マクシェーン『雨の午後の降霊術』
3 ジャック・ロンドン『海の狼』
4 ウィリアム・スリーター『インターステラ・ピッグ』
5 デイヴィス・グラッブ『狩人の夜』
6 シャーロット・アームストロング『魔女の館』

 『雨の午後の降霊術』『狩人の夜』『魔女の館』に関しては、創元推理文庫より文庫化されています。

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混沌と恐怖  ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』
ブラック・トムのバラード (はじめて出逢う世界のおはなし―アメリカ編)
 ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』(藤井光訳 東宣出版)は、H・P・ラヴクラフトの作品「レッド・フックの恐怖」を黒人青年の視点から語りなおしたというホラー作品です。

 体の衰えた父親を養うために働いていた息子のトミー・テスターは、自身の愛する音楽だけでは食べていけず、人には言えないような仕事にも手を出し始めていました。ある日、地元の資産家であるサイダムという老人に、高額の報酬と引き換えに、家に来て演奏してほしいと頼まれたトミーでしたが、そこで目にしたのは、サイダムの恐るべき力と秘密でした…。

 ラヴクラフトの短篇「レッド・フックの恐怖」を視点を変えて語りなおした上で、オリジナルな要素を付け加えた作品です。
 原作の「レッド・フックの恐怖」は次のような話。街で誘拐事件が相次ぐなか、オカルトの研究家として知られた資産家サイダム老人を追っていたマロウン刑事が、サイダムが恐るべき秘儀を計画していることを知り、その現場に踏み込みますが、そこには地獄絵図が広がっていた…という物語です。
 クライマックスのヴィジョンがすさまじく、ラヴクラフトの傑作のひとつといっていい作品ではないかと思います。

 『ブラック・トムのバラード』では、貧しい黒人青年トミー・テスターを視点人物として、彼がサイダムの導きにより、邪悪な力を手に入れるという物語になっています。トミーははったり稼業に手を染めているとはいえ、頭が良く父親思いの青年なのですが、世の中の黒人に対する不条理な仕打ちや、父親に対するある事件をきっかけに、邪悪な行為に手を染めてしまうのです。もともと「レッド・フックの恐怖」自体、サイダムが黒人やアジア系の人種などの非白人たちを集めているという設定があり、そちらの人々の視点を代弁する形で描かれた作品といえるでしょうか。

 「レッド・フックの恐怖」では、集められた非白人たちの描写がすでにして「おぞましさ」を表しているようなのですが、逆の視点から描かれた『ブラック・トムのバラード』では、そういう風には描かれてはいません。
 猥雑さはあるものの、エネルギッシュな黒人社会の一端が描かれていたりもするのです。それゆえ、ラヴクラフト作品に比べると、怪奇小説としては「雰囲気」が弱い、と感じる面もないではありません。
 ただ、ラヴクラフト作品からこうしたテーマ性の強い作品を生み出した視点は非常に面白く、それでいてホラー小説として十分に面白いのは、作者の手腕というべきでしょうか。ラヴクラフト作品を読んでいると楽しめるのはもちろんですが、ラヴクラフト作品や「クトゥルー神話」作品を読んだことがなくても、単体で十分に面白さの味わえる作品だと思います。

 ちなみに、解説には作者ラヴァルの少年時代の愛読作家として、スティーヴン・キング、シャーリイ・ジャクスン、クライヴ・バーカー、ラヴクラフトが挙げられています。クライマックスの情景の視覚的な描写を読んでいてバーカーを思い出したのですが、なるほど、という感じです。

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怖がる子どもたち  フィリパ・ピアス『幽霊を見た10の話』『こわがってるのはだれ?』
 『トムは真夜中の庭で』で知られるイギリスの児童文学作家フィリパ・ピアスは、子供向けの怪奇幻想小説集を書いていて、二冊ほど邦訳もされています。大人向けの小説に劣らず「怖い」作品が多く収められています。順に紹介していきましょう。


幽霊を見た10の話 (世界児童文学の名作B)
フィリパ・ピアス『幽霊を見た10の話』(高杉一郎訳 岩波書店)

「影の檻」
 父親が畑で見つけた薄汚れたびんをもらった娘のリーザは、いとこのケヴィンに乞われてそのびんを貸すことになります。学校に隠したままのびんのことを思い出したケヴィンは深夜にそれを取りに戻りますが…。
 呪いのかけられたびんにより、子供が怪奇現象に襲われるというストレートなオカルト・ホラー。M・R・ジェイムズを思わせるような雰囲気の作品です。

「ミス・マウンテン」
 デイジーとジムのおばあさんは二人の孫を可愛がっていました。孫が泊まるための部屋として長年片付けていなかった納戸を片付けますが、その部屋に泊まったジムは怖がってもう泊まりにいきたくないと話します。デイジーはおばあさんから子供時代の秘密を聞くことになりますが…。
 超自然味は薄めですが、おばあさんの少女時代の回想は非常に面白く読めますね。子供の視点と大人の視点とが両方描かれたバランス感のある秀作です。

「あててみて」
 嵐によって巨木が倒れ学校の校舎が壊れてしまったため、他の学校に通うことになった少女ネティは、見知らぬ少女につきまとわれ、家にまで押しかけられてしまいます。妙に薄汚れた格好の彼女はジェス・オークスと名乗りますが…。
 少女の正体は一体何なのか? 人ならざるものが紛れ込んでくるという怪奇作品です。

「水門で」
 家族から愛されていた長兄ビーニイは戦争に駆り出されてしまいます。嵐の夜、父親と愛犬とともに水門のせきを開けるために出かけた末っ子は、父親のそばに謎の人影を目撃しますが…。
 家族のために帰ってくる幽霊を描いたジェントル・ゴースト・ストーリーです。

「お父さんの屋根裏部屋」
 生まれつきの美しい容姿から母親にわがままに育てられた娘のロザムンド。ある日、立ち入りを禁止されていた屋根裏部屋に入り込んだロザムンドでしたが…。
 幼年時代の恐怖心を繊細に描いた作品です。それによって、疎んじていた父親への理解も深まる、というテーマも見え隠れしていますね。

「ジョギングの道づれ」
 ジョギングを趣味とする男ケネス・アダムソン。彼は母親に溺愛されていた弟を憎んでいました。母親の死後、弟への憎しみは爆発することになりますが…。
 殺した相手から復讐されるというオーソドックスなゴースト・ストーリーです。

「手招きされて」
 ボールを探しにピーターが入り込んだのはフォーセット氏の屋敷でした。彼はかって息子を亡くし、その後の反目から娘を追い出したというのです。妻を亡くしひとりぼっちになったフォーセット氏でしたが、頑なに娘を呼ぼうとはしません…。
 主人公の少年が一人の老人の人生の最後にちょっとした役割を果たすと言う物語です。ちょっとした幻想味も物語に味を添えています。

「両手をポケットにつっこんだ小人」
 隣人のポーターさんがアフリカみやげに持ち帰ったという両手をポケットにつっこんだ小人の像。その像には敵をやっつける力があるというのですが…。
 魔法のかかった小像をめぐる物語です。結構不気味な話ですね。

「犬がみんなやっつけてしまった」
 ジョーエル・ジョーンズ船長とその妻のイーニド伯母さんは新しい家に越したとたんに、親しくしていた甥の息子アンディ・ポター夫妻との行き来が途絶えてしまいます。心配したアンディは出かけたついでに、船長の家を訪ねますが、伯母の態度は不自然なものでした…。
 伯母夫妻が陥った災難が犬のおかげで解決すると言う、これは非常に楽しい作品です。幽霊が出現するのですが、これは珍しいタイプのそれですね。

「アーサー・クックさんのおかしな病気」
 広い庭のある手ごろで安い家を手に入れ移り住んだアーサー・クック一家。短期間で何人も持ち主が代わっていることに不安を抱くものの、その安さに負けて購入してしまいます。ところが移り住んでから、主人のアーサーの具合が悪くなり始めます。
 医者にも治療しようがないと言われた父親を心配した娘のジューディは、家そのものに原因があるのではないかと考え、かっての家の持ち主バクスター夫人を訪ねることになりますが…。
 死者の思い残した念に囚われた家が描かれるのですが、その思い残したことというのが非常にユニーク。ユーモラスで楽しいゴースト・ストーリーです。


こわがってるのはだれ?
フィリパ・ピアス『こわがってるのはだれ?』(高杉一郎訳 岩波書店)

「クリスマス・プディング」
 かっての大きなお屋敷を改装した建物の地階に住むナッパー家。息子のエディは熱波のような暑さのなか、クリスマス・プディングを作りたいと言い出します。この建物に越してきてから何かが聞こえるような夢を見続けていたエディでしたが、実際の建物の壁からも音が聞こえるようになります。壁をくずして現れたのは、昔使われていた配膳リフトで、そのなかには古びて真っ黒になったプディングが置いてありました…。
 過去に屋敷に住んでいた少年の憎しみと、現代に生きる少年の妬みの念とが響きあい、プディングがその象徴として現れるという物語。強烈な「悪意」が描かれた作品です。

「サマンサと幽霊」
 祖父母の家を訪れ、庭のリンゴの木に登ったサマンサは、そこで幽霊と出会います。彼が言うには、かってそこにはお屋敷があり、自分が死んだ部屋はこの木の上あたりにあったと言うのですが…。
 場所に囚われた、いわゆる「地縛霊」と少女との交感を描いた作品です。人との接触を求める孤独な霊が、少女とのふれあいで解き放たれる…という、後味の良い物語になっています。

「よその国の王子」
 度重なる校長からの圧力で、新任の教師ミスタ・ハートレイは自殺してしまいます。代りにと派遣されてきた教師ミスタ・ディキンズは皆の予想に反して校長と無二の親友になりますが…。
 あらすじからは、自殺してしまった青年教師の怨みが校長に向かう、というような話と思う人が多いと思います。確かに間違ってはいないのですが、その展開が思いもかけない方向からやってくるユニークな作品です。結末には唖然とする人が多いのでは。


「黒い目」
 ジェインの家を訪れたいとこの少女ルシンダは、ことごとにジェインに意地悪をしかけます。ルシンダは、持ってきた黒いクマには不思議な力があり、ジェインの家族に呪いをかけてやると話しますが…。
 実際に超自然的な出来事が実在するのか否かをぼかしながら、不幸な少女の家庭環境を仄めかす、という作品。いとこの言葉が本当だと思ってしまう主人公の少女の心の動きがサスペンス豊かに描かれます。

「あれがつたってゆく道」
 大おじのパーシーおじ夫妻のもとを訪れていた「ぼく」は、ある日おじが雇われていたミセス・ハーティントンの家でおかしな行動をするのを目にします。仕事をクビになったおじは、「ぼく」にハーティントン家の庭に忍び込めと命令するのですが…。
 おじが求める「あれ」とは一体何なのか? 終始恐怖の正体を明かさないという、不気味極まりない作品です。

「おばさん」
 姪の一家と暮らす年老いたおばは、年を取っても目が良く見えるということを話していました。しかもいろいろなことが先に分かるようなのです。おばはかって自分が勤めていた事務所が火事で燃えてしまったのを予見していたかのような発言をしますが…。
 どうやら予知能力を持っているらしいおばを描いています。彼女の能力は本物なのか? 優しさにあふれた作品です。

「弟思いのやさしい姉」
 母親亡き後、母代わりの姉のリジーに育てられた怠け者の弟ビリー。彼は自動車修理工場を営んでいました。ある日、ビリーが代車として貸し出した車が事故に会い、リジーの夫と子供たちが全員即死してしまいます…。
 溺愛していた弟のせいで自分の大切な家族を失った姉の心情は如何ほどのものなのか? 強烈な印象を与えるゴースト・ストーリーです。

「こわがってるのは、だれ?」
 大おばあさんの百歳の誕生祝に訪れたいとこのディッキーをジョーは嫌がっていました。ディッキーはジョーを目の仇にしていたのです。子供たちは皆でかくれんぼをすることになりますが、ジョーはディッキーから逃れようと、禁止されている大おばあさんの部屋に入ってしまいます…。
 「こわがっている」のは主人公のジョーだけではなかった…という物語。超自然味はほとんどないのですが、心に響くお話ではありますね。

「ハレルさんがつくった洋だんす」
 「ぼく」のお隣に住む元家具職人のハレルさんが精魂を込めて作った洋だんすは素晴らしいものでした。ハレル夫人が体調を崩したことをきっかけに、家に戻ってきた娘のウェンディは、ハレルさんが急逝した直後から精神のバランスを崩し初めます…。
 家具職人の娘が精神のバランスを崩していくというサイコ・スリラー的な作品なのですが、そこに超自然的な味わいが付け加えられているのが特徴です。家族間の歪な関係も匂わされており、いろいろな解釈ができそうな作品になっています。

「こがらしの森」
 遺産として広い農場を手に入れたエドワードは、敷地の中にある森を邪魔だと感じ、管理人のビル・ヘーズに伐採してしまうことを提案しますが、彼はその命令を無視し続けます。エドワードは業者を雇って森を伐採しようとしますが…。
 現地の人が「悪い場所」だと感じる森をめぐる怪奇小説。その森の由来も来歴もまったく説明されず、ただただ不気味な場所として描写されるのが非常に怖いです。

「黄いろいボール」
 父親が庭の木の洞で見つけた黄色いボール。リジーとコンラッドの姉弟はそのボールを持っていると、犬の幽霊が現れることに気がつきます。犬は生前そのボールで遊んでいたらしいのですが…。
 犬の幽霊をめぐる珍しい題材の作品です。黄いろいボールがその幽霊にとって重要らしく、姉弟でその扱いについての対立が描かれていきます。優しい雰囲気のゴースト・ストーリーになっていますね。

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マニアライクなアンソロジー  矢野浩三郎編『世界怪奇ミステリ傑作選 正・続』
 矢野浩三郎編のアンソロジー『世界怪奇ミステリ傑作選』『続・世界怪奇ミステリ傑作選』(番町書房イフ・ノベルズ)は、海外の怪奇幻想小説の秀作を集めた良質なアンソロジーです。珍しい作品も多数収録されています。以下、内容を見ていきましょう。


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矢野浩三郎編『世界怪奇ミステリ傑作選』(番町書房イフ・ノベルズ)
 内容は「吸血鬼たち」「悪と魔法」「錬金術と秘儀」「超神話」「エッセー」のテーマで分けられています。

シャイラー・ミラー「河を渉って」
 森の中で突然目覚めた男には記憶がありませんでした。あるのはただ血を飲みたいという渇望だけ。森の動物で渇きをいやす男でしたが、なぜか川やその水に触ったとたんに体から力が吸い取られてしまいます。男はやがて物陰から現れた女と出会いますが…。
 吸血鬼になった男を本人の視点から描く物語。本人には記憶がないものの、過去に何があったのかが徐々に明かされる展開はミステリアス。迫力のある吸血鬼小説です。

ロバート・ブロック「蝿の悪魔」
 ハワードは蠅に悩まされていました。常時、自分のそばで飛んでいる蠅について医者に相談しますが、それは自分の妄想ではないかというのです。それが原因で妻は出ていってしまいますが…。
 蠅がつきまとうという妄想にとりつかれた男を描くサイコ・スリラー作品です。

ジャック・シャーキー「魔女志願」
 幼い頃から魔女に憧れるケティは、たびたび魔法をかけようと試みますが、全て失敗してしまいます。成長したケティが出会った魔女らしき老婆は、魔女になるには「愛」を捨てなければならないと言いますが…。
 「愛」ゆえに魔女になれない「魔女志願」の少女を描くファンタジー作品。それまでの展開から暖かい結末が待つのかと思いきや、とんでもなくブラックな結末に。これは一読の価値のある作品ですね。

アーサー・ポージス「三番目のシスター」
 美しい女優の母が病で瀕死の状態にあるのを心配した娘は、熱に浮かされた状態で町に飛び出しますが、ふと三人の老婦人が織物の作業をしている家に飛び込みます。娘は、彼女らは母の命を司る作業をしているのではないかと直感しますが…。
 命を司る女神たちの家に飛び込んだ少女を描く、神話的なファンタジー。美しいファンタジーかと思いきや、これまたブラックな結末に。

ピーター・S・ビーグル「死の舞踏」
 ロンドンに住む資産家フローラ・ネヴィル夫人はパーティを催すことのみが楽しみでしたが、年老いた夫人はそれさえもが退屈になってきていました。ある日、戯れに死神にパーティの招待状を出そうと考えた夫人でしたが、やってきたのは若く美しい娘でした…。
 死神は若く美しい娘だった…という幻想小説。死神の娘を怖がった参加者たちが彼女と踊るのを躊躇う、というシーンは印象的。何とも美しい寓話的ファンタジーです。

W・B・イエイツ「錬金術の薔薇」
 カリスマ的な人物マイケル・ロバーツに誘われ秘 儀的な体験をする語り手を描いた幻想小説です。

ダイアン・フォーチュン「秘儀聖典」
 オカルトに通暁するタヴァナー博士を主人公に、秘儀が記された写本をめぐって、ある人間の転生が描かれるという作品です。

アーシュラ・K・ル=グイン「解放の呪文」
 宿敵ヴォールに囚われた魔法使いフェスティン。様々なものに変身して脱出しようとしたフェスティンでしたが、先回りしたヴォールによって全て阻止されてしまいます。フェスティンはとうとう「解放の呪文」を使いますが…。
 囚われた魔法使いの脱出を描くファンタジー作品です。様々な魔法の効果が描かれるシーンは非常に視覚的で見事ですね。最後まで敵であるヴォール自身が姿を現さないのが面白く、そこがまた伏線にもなっています。短めながら印象に残る作品ですね。

H・P・ラヴクラフト「CTHULHU の喚び声」
 大叔父アンゼル教授が遺した奇怪な薄肉浮彫(バレリーフ)や書類に関心を惹かれた「私」が知ったのは、太古から生き続ける謎の存在でした…。
 ラヴクラフトの代表作ともされる作品です。彫刻家や警察官など、複数の視点から間接的に「謎の存在」が仄めかされます。「CTHULHU」を始め、作中で現れる呪文などがアルファベット表記のままに使われているのが、今見ると面白いですね。

 「錬金術と秘儀」コーナーに入っている、W・B・イエイツとダイアン・フォーチュン作品が浮いている感じはするものの、こうしたオカルト的な作品が一緒に入っているのも、1970年代のアンソロジーだなという感じはしますね。
 全体に面白い作品が集められており、大変良い怪奇アンソロジーです。序盤に並んだ「河を渉って」「蝿の悪魔」「魔女志願」「三番目のシスター」「死の舞踏」などが、どれも秀作・傑作で、読めば満足感が味わえると思います。



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矢野浩三郎編『続・世界怪奇ミステリ傑作選』(番町書房イフ・ノベルズ)
 正編に引き続き、海外の怪奇幻想小説の秀作を集めた良質なアンソロジーです。「戦慄」「変身ものがたり」「もう一つの世界から」「幻覚」「エッセー」にテーマ分けがされています。

スティーヴン・バー「目撃」
 新婚の夫婦エリックとカーロッタは山に登りますが、先に山頂を見た夫は顔色を変えます。夫は理由も語らず、直後に失踪してしまいます。数十年後に夫らしき男の情報を聞いた妻は、彼に会いに出かけますが…。
 災難を避けようとした結果、逆にその結果を引き寄せてしまう…というタイプのストーリー。物語の始まりと終わりがループするような、技巧的な作品です

シリア・フレムリン「階上の部屋」
 夫も外出し、誰もいなくなったアパートで深夜子供たちと自分だけになった主婦マーガレットは不安を感じていました。しかもアパート内には誰か人間の気配がするのです。子供たちが連れてきた、様子のおかしい見知らぬ子供のことを思い出すマーガレットでしたが…。
 「生き霊」もしくは「分身」を扱った物語というべきでしょうか。主婦を襲う「怪物」もまた救われるという、ユニークな幻想小説です。

マイケル・ジョセフ「黄色い猫」
 ギャンブルで生計を立てる男グレイは、ある日自分についてきた黄色い猫を飼うようになってからツキが上がってきたことに気がつきます。しかし付き合い始めた女の言うままに、猫を殺してしまいます…。
 不思議な猫は一体何者なのか? 悪夢のような雰囲気で展開する作品です。トーマス・オーウェン「黒い玉」を思わせるというと、雰囲気がわかってもらえるでしょうか。

ジェラルド・カーシュ「たましい交換」
 黒人をひどく憎んでいた老人の少佐は、逃げ込んだ黒人の男を追って森の中へ入っていきますが、そこから出てきた少佐は、まるで人が変わったようになっていました。彼が言うには、黒人と少佐の中身は入れ替わったというのですが…。
 人格交換を扱った作品ですが、人種差別的な要素も扱っており、テーマ性の強い作品になっています。

ジョイス・マーシュ「樹」
 妻のリータは、庭に生えた大木を気味悪く思っていました。その枝からは人間の血液のような樹液がにじみ出しているのです。それと同時に、夫のジョージがだんだんと体調を悪くしていくのを心配する妻でしたが…。
 植物を扱った怪奇小説ですが、登場する木の気色悪さが強烈です。主人公の若妻がインド出身であるというのも、作品の神秘主義的な色彩を濃くするのに貢献していますね。

チェスター・ハイムズ「へび」
 行方知れずになった息子を探しに訪れた義父は、孫娘がヘビに襲われたと聞き、部屋中を探しますが、ヘビの姿はありません。夫に対して不満を持っていたらしい妻は、義父に関係を迫りますが…。
 超自然的な要素は薄いのですが、何やら不気味な雰囲気のする作品です。ヘビは本当に実在するのかという点も含めて象徴的な要素もあったり、妻と義父の関係も怪しかったりと、妙な気味悪さの横溢する作品ですね。

ヘンリー・ハッセ「バイオリンの弦」
 精神科医シェルマン博士を訊ねた「私」は、フィリップ・マクストンの症例について話を聞きます。フィリップは、頻りに耳にするバイオリンの音色は異次元から彼とコンタクトしようとする女性の弾くものだと話していたというのですが…。
 ラヴクラフト「エーリッヒ・ツァンの音楽」を思わせる音楽怪談です。異次元から現れる魔性の女の不気味さも強烈。

エリオット・オドンネル「開かずの間の謎」
 使用人として、資産家らしき未亡人ビショップ夫人の家に雇われた身寄りのない娘アメリア。夫人の留守中、彼女から立ち入りを禁じられている部屋に入ることに成功したアメリアでしたが…。
 主人は人殺しだったという犯罪実話的な要素と、超自然的な現象の起こる怪談実話的な要素の組み合わさった、ユニークな作品です。

フリッツ・ライバー「煙のお化け」
 ラン氏は電車で通勤する途中、決まった場所に現れる煙のような得体の知れないものに不安を感じていました。他の人間にはそれが見えないようなのです。夜、会社に戻ったラン氏は、秘書のミリック嬢の様子がいつもと違うのに気がつきますが…。
恐怖の焦点が捉えにくいという、ユニークな怪奇小説。「都市怪談」とでもいうべきでしょうか。

ゼナ・ヘンダースン「おいでワゴン!」
 幼いころから甥のサディアスには不思議なところがありました。彼には念動力があるらしいのです。しかし成長するにつれその力は発揮されなくなっていきます…。
 不思議な力を持つ少年を描く物語です。子供と大人、常識的な思考でその純粋さが失われてしまう…というテーマが非常に上手く描かれています。

アンナ・カヴァン「頭の中の機械」
 幻想を伴った散文詩的な作品です。

クリストファー・イシャーウッド「待っている」
 成功した弁護士である弟の家に世話になっている初老の兄。彼には突然未来の情景が垣間見れるという能力がありました。未来に転位した彼は、その部屋にあった雑誌から未来の情報を得ようと考えますが…。
 タイムスリップを扱った幻想小説なのですが、語り手が人生下り坂に入った初老の男性であるのと、能力を使って何かをしたいとう強烈な欲望などがあるわけでもないため、淡々と進む物語になっています。なのですが、微妙なユーモアを伴う語り口のせいもあり、面白く読めるのは不思議ですね。

ロバート・エイクマン「強制ゲーム」
 コリンとグレイスの夫妻は、特別な魅力があるわけではないにもかかわらず隣人のアイリーンと付き合うようになります。あるときを境に妻のグレイスはアイリーンとの都合を優先し始め、夫をないがしろにし始めます。
やがて飛行機の免許を取り、飛行機を購入すると宣言したグレイスはアイリーンと一緒に失踪してしまいますが…。
 何が怖いのかわからない…という定評があるエイクマン作品なのですが、この作品では隣人のアイリーンと、それに「洗脳」されて一緒に姿を消してしまう妻グレイスの行動がかなり具体的なレベルで怖いです。
 人間の心理の怖さを扱った作品かと思いきや、超自然現象らしきものも起きたりと、恐怖の焦点は合いにくいながら、全体を通しても非常に怖さを感じさせられる作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇のリアリズム  平井呈一訳編『屍衣の花嫁』
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 平井呈一訳編『屍衣の花嫁』(東京創元社)は、1959年、<世界恐怖小説全集>の最終巻として刊行されたアンソロジーです。フィクションではなく、英米の海外怪談実話集から選りすぐった作品集になっています。

 序盤は地味な実録風幽霊談が多いのですが、中盤からは、創作と見紛うような破天荒なエピソードが頻出するという面白い本になっています
 全体は三部に分かれており、一部は古典的な実録風幽霊談、二部は創作味の強い奇談集、三部はアメリカでは有名な「ベル・ウィッチ事件」についての講演録、という並びになっています。ハリファックス卿、キャサリン・クロー、エリオット・オドンネルなど、怪奇実話で有名な著者たちの本からのアンソロジーとは書いてあるものの、一部はしがきにあるものを除いて、どのエピソードが誰のものなのかは記されていません。

 第一部は地味なお話が多いのですが、イギリス心霊学協会の会報に掲載されたという「ある幽霊屋敷の記録」はちょっと出色です。
 持ち主の夫婦が亡くなった後に引っ越してきたモートン家の人々が、女の幽霊に出会った顛末を描くレポートなのですが、最初は普通の人間に見紛うような実在感を備えていた幽霊がだんだんとその存在感を失っていったというのです。
 また面白いのが、語り手が幽霊に対して科学的な興味から、物理的に接触可能かどうかなど、いろいろ実験的なアプローチを行い、それを細かく記述しているところ。それゆえ「怖く」はないのですが、妙な面白さがありますね。

 一番面白いのが第二部で、こちらは興味深いエピソードが目白押しです。首のない幽霊をめぐる「首のない女」、過去の殺人を夢の中で追体験するという「死の谷」、ポルターガイストを引き起こすテーブルの由来について語られる「魔のテーブル」、声の出なくなった歌手の代役として突然現れた不思議な男が引き起こす怪現象を扱った「呪われたルドルフ」、二人組の男女の幽霊が現れる「屍衣の花嫁」、予知夢を扱った「舵を北西に」、宿屋の鏡に起こる怪異を描いた「鏡中影」、汽車の中で過去の惨劇の幻覚を見る「夜汽車の女」、二十年前に失踪した兄の人生を追体験するという「浮標」などが面白く読めます。

 実話というより、創作のようにも見える非常にアイディアのひねられたお話も多いです。例えば「死の谷」では過去の殺人を夢の中で体験する男が描かれるのですが、実は被害者は事故死しており、殺人は行われていなかったというのです。実行するつもりだった殺人の思念を追体験するという面白い趣向です。
 「呪われたルドルフ」では、悪魔的な音楽で人を魅了する怪人物が現れますが、非常によくできたお話で、その読後感はまるでホフマンの作品のようです。
 「鏡中影」は鏡に映った人物が魔術にかけられるという怪奇作品ですが、こちらは、江戸川乱歩の分類でいうところの「鏡怪談」でしょうか。

 第三部の「ベル・ウィッチ事件」は、アメリカでは有名だとされる「ベル・ウィッチ事件」について語ったフォーダー博士の講演録とのこと。「魔女」によって起きた怪奇現象のおかげで最終的に一家の父親が殺されてしまったというお話なのですが、精神分析的な解釈により、一家の娘が父親を殺したのではないかという解釈がされているのが特徴です。これはこれでなかなか面白いノンフィクションではありました。

 様々な趣向のお話がバラエティ豊かに配置されたアンソロジーで、今読んでも非常に面白いです。これは何らかの形で復活させてほしい本ですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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