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不可思議な物語  アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』
千霊一霊物語 (光文社古典新訳文庫)
 アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』(前山悠訳 光文社古典新訳文庫)は、作者のデュマ自身を語り手に、集まった人々が不思議な話や怪奇譚を語ってゆくという、枠物語形式の怪奇幻想小説です。

 狩のためフォントネ = オ = ローズ市を訪れていたデュマは、女房を殺した男が自分を捕らえてほしいと、市長の家に自首してくる場面に出くわします。その男ジャックマンは、首をはねたはずの妻が口を聞いたと錯乱していました。
 現場検証に付き合うことになったデュマは、ルドリュ市長の自宅に招かれ、訪れていた客たちの話を聞くことになります。市長を初め、客たちの話は皆この世の常識でははかり知れない事件ばかりでした…。

 さまざまな怪奇譚が複数の登場人物から語られてゆくという枠物語なのですが、これらのエピソードが完全に独立しているのではなく、枠物語の大枠の物語と自然な形で溶け込んでいるのが見事ですね。
 単純に超自然を受け入れるのではなく、超自然的な現象が実在するのかどうか、という議論が登場人物間でかわされ、その例証という形でエピソードが語られるという流れが非常に上手いです。
 このあたり、本作でも名前が言及されるホフマンの枠物語『セラーピオン朋友会員物語』の影響もあるのでしょうか。

 冒頭の殺人犯ジャックマンのエピソードから、シャルロット・コルデーの生首のエピソード、そしてルドリュ市長自身が語る革命期の話に至る流れは、ギロチンと断首をめぐる物語、ロベール医師が語るイギリスの判事の話は無実(?)の男を死刑に追いやり、その後霊現象に悩まされるという物語、ルノワール士爵が語るのは、革命期に荒らされた王墓での呪いを描く物語、ムール神父が語るのは救いを求めて死後動き出す泥棒の死体の物語、文人アリエットが語るのは死を超える夫婦愛の物語、グレゴリスカ夫人が語るのはカルパチア山脈における吸血鬼をめぐる物語、になっています。

 様々なテーマの怪奇作品が味わえる、楽しい作品集になっています。特に最後に収められているグレゴリスカ夫人のエピソードでは、超自然的なテーマそのものだけでなく、山の中の古城、憎しみあう父親違いの兄弟、呪われた血、令嬢との秘密の恋などの、ゴシック・ロマンス的な要素が強いです。
 このエピソードでもそうですがストーリーテラーのデュマらしく、他のエピソードでも波乱万丈の展開が楽しめます。
 例えば市長が語るエピソードでも、革命政府から人を逃がそうとする計画が描かれたり、グレゴリスカ夫人のエピソードでも山賊との戦い、兄弟の争いなど、ハラハラドキドキ感が強烈です。

 エピソードを語る登場人物たちもそれぞれ個性がありますが、特に目立つのは市長のルドリュと文人のアリエット。
 ルドリュは超自然現象に対して一面で受け入れ、また一面では批判的だったりと、非常に懐の広い人物。殺人犯ジャックマンに対しても同情的だったりと、人間味の深い人物でもあります。
 アリエットの方は、ジャック・カゾットを信奉する神秘主義者で、嘘か真かなんと数百年も生きていると豪語するのです。

 このデュマの『千霊一霊物語』、確かマルセル・シュネデール『フランス幻想文学史』(国書刊行会)のデュマの項目に言及があったはず…と思い本を開いてみるとありました。
 デュマの項目自体が「ホフマンの名による変奏曲」と題された章にあるのを見ると、『千霊一霊物語』もホフマンの影響下で書かれた作品といってもいいのでしょうか。
 シュネデールの記述によると、ロベール医師が語るイギリスの判事が霊現象に悩まされるというエピソードは、シャルル・ラブー「検察官」という作品の焼き直しの感が強いとのことでした。

 幸いこの作品は邦訳があるので読んでみました。
 シャルル・ラブー「検察官」(加藤民男訳 窪田般彌、滝田文彦編『フランス幻想文学傑作選1』(白水社)です。
 ドサルー検事は自らの権勢欲のために、無実と思しいピエール・ルルーという男を死刑にしてしまいます。
 その直後に血まみれのルルーの首が現れるのを目撃したドサルーは精神を病んでしまいます。病が癒えたころ、美しい花嫁をもらいうけたドサルーは、眠り込んだ花嫁のそばにルルーの首が横たわっているのに気がつきます…。

 超自然現象が起こったのか、罪の意識によって精神を病んだ男の妄想なのか、どちらとも取れるようになっている作品です。非常に暗いテーマの話でありながら、全体の記述はコミカルに描かれており、この作品自体もどこか「ホフマン的」です。

 シャルル・ラブー(1803-1871)はフランスの作家で、バルザック作品の補筆をしたことでも知られています。邦訳は他に、亡くなった母の魂をヴァイオリンに封じ込めるという幻想小説「トビアス・グワルネリウス」(川口顕弘訳『19世紀フランス幻想短篇集』国書刊行会 収録)があります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

生命の火  J・H・ロニー兄『人類創世』
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 J・H・ロニー兄(1856-1940)の長篇小説『人類創世』(長島良三訳 カドカワ・ノベルズ)は、先史時代を舞台にした冒険小説といっていい作品。主人公たちが生き延びるためのサバイバル描写の細かさ・リアルさには迫力があります。

 他部族の襲撃を受けたウラム族は、部族のものを殺されただけでなく、何世代にもわたって守ってきた「火」を奪われてしまいます。「火」なしでは部族が滅んでしまうと考えた部族の長ファムは「火」を持ち帰ってきた者には姪のガムラを与えると約束します。
その強さを認められた若者ナオは、二人の仲間と共に旅に出ることになります。一方その残酷さで部族中の嫌われ者アゴウも、ガムラ欲しさから、二人の兄弟と共に出かけることになりますが…。

 先史時代を舞台に、「火」を求めてさすらう若者たちの冒険を描いた作品です。人類は狩猟採集で生きているという段階で、碌な武器も持っていません。周りはマンモス、ライオン、虎、熊、狼など猛獣だらけで、人類自体が非常に弱い存在であるというシビアな状況なのです。
 主人公ナオの一行は、出かけた直後から次々と猛獣に襲われてしまいます。一歩選択を間違えると即死んでしまうという状況は非常にサスペンスたっぷり。猛獣の群れを抜けたと思ったら、別の部族との遭遇、人喰人種に襲われたりと、全く気が抜けません。

 猛獣や人喰人種など、戦闘シーンは詳細かつリアルで非常に迫力があります。毎日が生き延びるための連続なので、気が休まるひまがないほどトラブルが発生し続けます。その意味で、100年以上前の作品ではありますが、エンターテインメント作品として充分に楽しめる作品になっているように思います。
 また、別の部族との接触で新たな技術を学んだり、マンモスや猛獣たちとの戦いの中で自然の知識を学習したりと、先史時代小説ならではの面白さもありますね。

 J・H・ロニー・エネ(兄)(1856-1940)はベルギー出身のフランス作家。兄弟作家でしたが後にそれぞれ独立して、ロニー兄とロニー弟のペンネームとなります。兄の方はSFの先駆的な作品や幻想的な作品を書いて、SFの先駆者の一人とされています。
 翻訳はいくつかあって、コミュニケーション不可能な異星人と古代人との遭遇を描く「クシペユ」、不可視の世界の生物を描く「もうひとつの世界」、異次元の存在を匂わせるユニークな吸血鬼小説「吸血美女」などがありますね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

怪奇と幻想の森  垂野創一郎編訳『怪奇骨董翻訳箱 ドイツ・オーストリア幻想短篇集』
怪奇骨董翻訳箱 ドイツ・オーストリア幻想短篇集
 垂野創一郎編訳『怪奇骨董翻訳箱 ドイツ・オーストリア幻想短篇集』(国書刊行会)は、ドイツ・オーストリアの未訳の怪奇・幻想短篇を集めた重量級のアンソロジーです。 「人形」や「分身」など、テーマ別にいくつかの作品がまとめられています。

 奇怪なオートマタとそれに魅了された少女の物語「クワエウィース?」(フェルディナンド・ボルデヴェイク)、白昼のマネキン幻想を描いた夢幻的な「伯林白昼夢」(フリードリヒ・フレクサ)、残虐趣味のために自動人形を作らせる伯爵を描く「ホルネクの自動人形」(カール・ハンス・シュトローブル)、社交界デビューを控えた娘の分身が夜の街で目撃される「三本羽根」(アレクサンダー・レルネット=ホレーニア)、肖像画をめぐる数奇な運命を描いた分身小説「ある肖像画の話」(ヘルマン・ヴォルフガング・ツァーン)、召使の精神的な裏切りを描く「コルベールの旅」(ヘルマン・ウンガー)、一族の醜聞をめぐって展開されるゴシック・ロマンス風の「トンブロウスカ城」(ヨハネス・リヒャルト・ツアー・メーゲデ)、ある島でのコンサートを描くブラック・ユーモア作品「ある世界の終わり」(ヴォルフガング・ヒルデスハイマー)、自宅に迷路を作らせる男を描いた「迷路の庭」(ラインハルト・レタウ)、生きながらの埋葬を防ぐために設立した会社が思いもかけない事態に遭遇するという「蘇生株式会社」(ヴァルター・ラーテナウ)、客の手紙を消してしまったと疑われた魔術師を描くファンタスティックな作品「変貌」(アレクサンダー・モーリッツ・フライ)、奇天烈な人間関係の中で謎の殺人事件が起きるという「人殺しのいない人殺し」(ヘルベルト・ローゼンドルファー)、富に飽きた大富豪の人生を描く「ドン・ファブリツィオは齢二十四にして」(ペーター・マーギンター)などを面白く読みました。

 中でも印象に残ったのは「ホルネクの自動人形」「ある肖像画の話」「トンブロウスカ城」「迷路の庭」「蘇生株式会社」「ドン・ファブリツィオは齢二十四にして」あたりでしょうか。

 カール・ハンス・シュトローブル「ホルネクの自動人形」は、嗜虐的な傾向を持つ伯爵が主人公。彼は職人に命じて精巧な自動人形を作らせます。それは痛みを与えると人間のように苦しむ様子を再現するというのですが…。
 邦訳のある「メカニズムの勝利」同様、機械をテーマにしたブラック・ユーモアあふれる一篇です。

 ヘルマン・ヴォルフガング・ツァーン「ある肖像画の話」は、ある双子を描いた先祖の肖像画を背景に、双子と見紛うような友人と青年の運命を描く作品。双子、分身のモチーフがあちこちに散りばめられた幻想的な作品です。

 ヨハネス・リヒャルト・ツアー・メーゲデ「トンブロウスカ城」は、古城を舞台にしたゴシック風奇談。上司に命じられポーランド貴族が治める城を訪れた将校は彼から一族にまつわる話を聞くことになります。そこには、残虐な行為を行った先祖、そして妖艶な女を後妻にした祖父の破滅が語られていました…。
 幻想的なモチーフもたっぷりなのですが、それ以上にスキャンダルと犯罪の香りを漂わせた一族の物語が非常に魅力的な作品です。財産をめぐる一族の争い、突如起こる殺人、幽霊の噂など、短篇ながら長篇を読んだかのような満足感がありますね。

 ラインハルト・レタウ「迷路の庭」は、自宅に迷路を作らせた男を描く奇妙な味の作品。あまりにも精巧に作らせたがために、作成した庭師や召使が何人も失踪してしまうのです。客を自宅に案内しようとした男は、自らも迷っていることに気付きますが…。
 これは「迷宮テーマ」の秀作。後味がいいのも良いですね。

 ヴァルター・ラーテナウ「蘇生株式会社」は、ブラック・ユーモアあふれるSF奇談。生きながらの埋葬を防ぐために墓の中に連絡装置を作った会社。信号を受け取った会社が墓を掘り起こすと、そこには死体があるばかりでした。どうやら死者たちは自らの不満を機械を通じて連絡するようになったようなのですが…。
 死者たちの文句が描かれる、黒い笑いに満ちた作品。アポリネールやアルフォンス・アレ作品などを思い起こさせるトーンの作品です。

 ペーター・マーギンター「ドン・ファブリツィオは齢二十四にして」は、莫大な資産を相続した男を描く物語。良心から資産を相続したドン・ファブリツィオは、膨大な不動産を全て現金に変え、世界を漫遊します。老人になり富に飽き飽きしたドン・ファブリツィオはとんでもない計画を考えますが…。
 これは非常にひねくれたユーモアを持つ物語。全てに失望した老人の考えた計画とは…? 結末のひねりはブラック・ユーモアたっぷり。奇妙な味のクライム・ストーリーとしても読める作品です。

 フリッツ・フォン・ヘルツマノフスキ=オルランドの長篇小説の抄訳「さまよえる幽霊船上の夜会(抄)」なども収録されていますが、これがぶっとびすぎていて、正直よくわからない作品でした。この作品を含む「妖人奇人館」の章では、他にヘルツマノフスキ=オルランドの影響を受けた後進の作家として、ヘルベルト・ローゼンドルファーとペーター・マーギンターの二人の作品が収録されています。こちらの二人の作品の方が、癖がありながらもエンタメとして面白く読めたように思います。

 この『怪奇骨董翻訳箱 ドイツ・オーストリア幻想短篇集』、古典的な作品だけでなく現代寄りの作品、怪奇・幻想的な作品から奇妙な味、クライム・ストーリー的な作品まで、バラエティに富んだアンソロジーでした。個人的な印象ですが、ドイツ版<異色作家短篇集>的な味わいも強かったように思います。

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真実の探究  E&H・ヘロン『フラックスマン・ロウの心霊探究』
フラックスマン・ロウの心霊探究 (ナイトランド叢書3-6)
 E&H・ヘロン『フラックスマン・ロウの心霊探究』(三浦玲子訳 アトリエサード)は、シャーロック・ホームズと同時期に発表されたオカルト探偵ものの先駆的作品です。収録作は何篇か邦訳もありますが、全訳は初めてになりますね。

 心霊学に精通する学者肌の探偵フラックスマン・ロウが、様々な怪奇事件に遭遇し、それらを解決していくという作品です。黎明期の作品ゆえか、型にはまらない構成や展開が多く、ユニークな味わいがあります。
 まず主人公ロウは、基本的に単独で動きます。エピソードによっては協力者も出てくるのですが、相棒などはおらず単独で捜査を行います。また「心霊研究者」でありながら、その捜査は意外と現実的で、怪奇現象に対しても冷めた意識を持っているのが特徴です。実際、個々の事件も超自然現象に見えたものがそうでないことがわかるパターンもあります(といっても、相当おかしな現象ではあるのですが)。
 また超自然現象が絡む場合にも、純粋に霊的な現象というよりも、妙に物理的な側面があることが多いという印象です。それが端的に現れたのが既訳もある「ハマースミス「スペイン人館」事件」で、この短篇で現れるのは純粋な霊現象であるにも関わらず、物理的な対応が可能なのです。

 探偵が理性的かつ冷めている(淡白である)ので、事件の真相を見抜くものの、とくに明確な解決をせずに終わってしまう…という、あっさりした作品もあったりするのが面白いですね。

 収録作中では、異常な身体能力を持つ謎の男に襲われる「荒地道の事件」、幽霊とも吸血鬼ともとれる怪物の登場する「バエルブロウ荘奇談」、次々と人が吊られて死んでしまう呪われた屋敷を描く「グレイ・ハウス事件」、一族の者は必ず自殺してしまう呪われた家系を描いた「セブンズ・ホールの怪」、死んだカリスマ指導者の霊が生者に憑依するという「サドラーズ・クロフト事件」、そこで過ごすと突然死してしまう屋敷を描いた「カルマ・クレッセント一番地の謎」、ロウとその宿敵の対決を描く「クロウズエッジの謎」「フラックスマン・ロウの事件」などが面白く読めます。
 巻末の二篇は直接物語がつながる連作になっています。ロウと同等か、それ以上に心霊能力を持つ宿敵が現れ、探偵は苦境に追い込まれることになるのです。

 この作品集、怪奇現象に対するアプローチが風変わりなこと、事件が超自然現象であることもそうでないこともあることなどから、次にどんなことが起こるのか予想できない面白さがありますね。今現在読んでも、感覚が新しい作品がちょこちょこあります。特に「荒地道の事件」は、まるで現代のホラー映画みたいな展開で、かなり面白く読みました。

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クリスマスの恐怖 『ミステリアス・クリスマス1・2』
ミステリアス・クリスマス 7つの怖い夜ばなし
 『ミステリアス・クリスマス 7つの怖い夜ばなし』(安藤紀子ほか訳 ロクリン社)は、1990年代初頭にイギリスで刊行されたクリスマス怪談集3冊より、7つの作品を選んだアンソロジーです。ヤングアダルト向けながら、ひたすらダークでブラックな作品ばかりなのが特徴。

ジリアン・クロス「スナップドラゴン」
 クリスマスの日、問題児のトッドのいたずらにつき合わされるベンでしたが、幽霊屋敷と噂される家に忍び込んだトッドは怪我をして動けなくなってしまいます。誰もいないはずの家にはなぜか老婆がいて、一緒に遊びをしようというのですが…。
 いたずらをする子供が異界に連れ去られてしまう…という物語。結末はかなり怖いですね。

デイヴィド・ベルビン「クリスマスを我が家で」
 父親の虐待に耐えかねて路上生活をしていた少年ビリーは、食べるものにも事欠くようになり、仕方なく実家に帰ろうとヒッチハイクをすることになります。ようやく載せてくれた運転手の男ハンクは、ビリーに恐るべき話を始めますが…。
 ヒッチハイクで載せてくれた男は精神異常者だった…という話かと思いきや、実に意外な展開に。少年も運転手の男も暗い過去を背負っているという、現実的にも重い描写がされてゆきます。
 残酷な話ながら、どこかしんみりとした味わいもありますね。まるで、リチャード・ミドルトン「ブライトン街道で」の現代的な変奏といってもいいような作品です。

スーザン・プライス「果たされた約束」
 クリスマスの夜、外出した母親の代りに弟のケニーの面倒を見ていたデイヴィドは、いい子にしていなければサンタクロースの代りに魂をさらうウォータンがやってくると脅します。やがてケニーの姿が見えなくなったことに気付いたデイヴィドでしたが…。
 悪気はなく異教の神に祈ってしまった少年のもとに、実際に神が現れてしまう…という物語。
 弟を助けようと必死になる少年でしたが、残酷な結末が待っています。

ロバート・スウィンデル「暗い雲におおわれて」
 母親が病気のため部屋にこもるようになって以来、家庭が暗くなっていくことを心配していたローラは、ある日画廊のウィンドウで空が雲に覆われた絵を見つけ惹きつけられます。絵を見るたびに、雲の間から日がさしてくるように変化していたのです。
絵の変化とともに母親の体調が回復しているのを見たローラは、絵を手に入れたいと考えますが…。
 変化する絵と病気の母親を描いた非常にいい話、と思いきや、とんでもなくブラックな展開になってしまうのに驚きます。

ギャリー・キルワース「狩人の館」
 狩の最中、事故で銃弾を受けて気を失った男が目覚めると、目の前には優雅な館が建っていました。<狩人の館>と呼ばれるその屋敷には狩人たちばかりが集まっているといいます。そしてその狩人たちは皆既に死んでいるのだと…。
 死後の世界を描いた作品なのですが、そこは狩人のみが来る世界だった…というユニークなテーマの作品です。結末にはブラック・ユーモアが効いていますね。
 キルワースの名前に見覚えがあると思ったら、SFアンソロジー『アザー・エデン』「掌篇三題」を寄せていた人ですね。「掌篇三題」もそうでしたが、この人の作品はどれもユニークで惹かれるものがあります。

ジョーン・エイキン「ベッキー人形」
 両親から構われなかった少年ジョンは、おじの家に預けられていました。従姉のベッキーが名付け親から高価な人形をもらったのを見たジョンは、その人形を盗んでやろうと考えますが…。
 少年の行動と超自然現象との因果関係が明確には描かれないものの、登場する人形の不気味さは強烈です。集中でも力作と呼べる作品ですね。

アデーレ・ジェラス「思い出は炎のなかに」
 父親と暮らすルーは、ある日ショッピング街の中に「思い出は炎のなかに」という変わった名前の店を見つけます。クレイオーと名乗る店主の女性はルーに過去を思い出させるという緑のろうそくを買うことを勧めますが…。
 過去を思い出させる不思議なろうろくの力で、皆が少しだけ幸せになる…という物語。このアンソロジーの中では、唯一ポジティブな作品です。

 この『ミステリアス・クリスマス』、1999年にパロル舎から刊行された同名の本の改訳新版です。2016年刊行なので、まだ新刊で手に入るのではないでしょうか。
 ちなみに、続編『メグ・アウル ミステリアス・クリスマス2』は復刊されていないようです。



メグ・アウル―ミステリアス・クリスマス〈2〉
 『メグ・アウル ミステリアス・クリスマス2』 (安藤紀子ほか訳 パロル舎)は、クリスマス怪談を集めた『ミステリアス・クリスマス』の続編のアンソロジーです。『1』同様、ブラックな作品が多く集められています。

ジリアン・クロス「クリスマス・プレゼント」
 実父に甘やかされたイモジェンとポールは、あまり富裕でない義父ヘンリーに不満を抱いていました。二人は「ファーザー・クリスマス」を信じているヘンリーの連れ子ベッキーを唆して、欲しい物リストを作らせますが…。
 性根の悪い子供が恐ろしい目に会う…という物語。超自然的な存在を仄めかす結末も見事ですね。

ギャリー・キルワース「メグ・アウル」
 ティムはある日道で妙な卵を拾い、家に持ち帰ります。やがて卵から生まれたのは年取った女の顔をしたフクロウでした。フクロウは邪悪な力でティムを操るようになりますが…。
 人間に自らの餌を運ばせるという邪悪なフクロウ「メグ・アウル」の力に囚われた少年を描く作品です。少年がやらされる行為が非常にグロテスクで気味が悪いですね。集中でも、ブラックさでは群を抜いている作品です。

ジル・ベネット「また会おう」
 ピーターは義父の娘メアリ・アンへのプレゼントとして、ふと買った奇妙なビデオテープを贈ります。それは見るたびに内容が変わる不思議なテープでした。それを見たメアリ・アンの様子は段々とおかしくなり、やがて家族を不幸が次々と襲います…。
 ビデオテープというガジェットがいささか古びてしまっている部分はあるものの、不気味な雰囲気はなかなかです。メアリ・アンの人格が変わってしまったことを示すラストシーンはインパクトがありますね。

テッサ・クレイリング「クリスマスの訪問者」
 クリスマスの日、おばの家に預けられたポールは、仄かに思いを寄せる従姉のクリスティーナに会えて喜んでいました。しかしクリスティーナの妹アンシアから姉には恋人がいるらしいことを聞いてショックを受けます。
 一人留守番することになったポールは、クリスティーナの日記を覗き見しようとしたところ、何か動物のようなものが家に侵入しようとしていることに気がつきますが…。
 クリスマスに家を訪れた妖怪らしき存在を描く物語。様々なものに化けたりと、日本の妖怪譚のような趣もありますね。

スーザン・プライス「荒れ野を越えて」
 炭坑で働く兄のジョンを迎えにきたエミリー。しかし、ジョンはせっかく買った鵞鳥をかけてレスリングの賭けを行い、負けてしまいます。取り返すために再度の賭けを申し込むジョンでしたが、どうやら相手は生きている人間ではないようなのです…。
 死者と賭けをすることになった兄妹を描く物語。二人は生きて帰れるのかどうか、クライマックスのサスペンス感は強烈です。

 このアンソロジー、ヤングアダルト向けながら、ブラックな結末だったり、怖い作品が多く、子供が読んだらトラウマになってしまいそうな作品が多く収録されています。逆に、大人が読んでも面白く読み応えのある作品が多いので、怪奇・ホラー作品がお好きな方にはお薦めしておきたいと思います。

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サイキック・オカルト・スリラー  ジョン・ファリス『フューリー』
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 ジョン・ファリスのオカルト・スリラー小説『フューリー』(田中亮訳 三笠書房)は、超能力者哀話であり、親子の情を描いた作品であり、巨大な陰謀スリラーでもあるという欲張りなエンターテインメント作品です。現在では、ブライアン・デ・パルマの映画化作品の方が有名かもしれませんね。

 巨大な資産を持つベラヴァー家の娘ギリアンは、ある日浮浪者のような男を目撃した直後に、男が殺される場面を幻視し昏倒してしまいます。彼女には透視能力があったのです。一方、超能力者である息子ロビンをある組織にさらわれた元工作員ピーターは、息子の行方を探すうちに、同じような能力を持つ少女ギリアンの存在を知ります。組織がギリアンにも目をつけていることを知ったピーターはギリアンに接触しようと考えますが…。

 強力な超能力者ギリアンとロビンを手に入れようとする秘密組織と、息子を取り返そうとする父ピーターの争いを本筋に、能力に目覚めたギリアンとロビンが周りに与える影響をカットバックで描いていくという作品です。
 超能力者二人の能力がすさまじくて、見た相手の過去や素性を見破るのはもちろん、念動力で吹き飛ばしたり、人間を溶かしたり、失血死させたりと、相手が何十人いても勝てないだろうというレベルの能力なのです。

 組織に誘拐され能力を自らの意思で使えるようになるというロビンも強力なのですが、自らの能力をコントロールし切れないギリアンの方が周りの人間にとっては危険なのです。病気や傷口がある場合にそれを極端に悪化させるという能力で、胃潰瘍があるだけで彼女に近づくと死んでしまうという強烈さ。
 ギリアンに近づいた人間がどんどんと死んでしまうシーンは視覚的にもインパクトがありますね。かといって、超能力者たちが一方的に力を振るうわけではなく、周りの人物たちも劣らず強烈なキャラが登場します。

 二人を守ろうとする立場の元工作員ピーターは凄腕の暗殺者であり、人間業では考えられないような技術を持つ人物です。そしてピーターを殺そうと襲ってくる組織の人間もプロの暗殺者揃い。
 ピーターが活躍する章では、敵が一般人に変装したり、パーティ会場でいきなり襲ってきたりと、戦闘シーンがアクションたっぷりに描かれます。人間対人間のシーンでさえスペクタクルに富んだ場面なのですが、これにさらにロビンとギリアンの超能力による攻撃シーンが加わり、非常に見ごたえ(読みごたえ)のある作品になっています。

 アクションだけでなく、ロビンと父ピーターとの親子の絆や、ギリアンと両親との関係、友人との交流など、感情豊かな部分もあって、最後まで飽きさせません。
 アクションシーンと日常シーンや回想シーンなどの緩急のつけ方も上手く、エンタメ長篇ホラー作品としては、ある種の理想形に近い作品ではないかなと思います。

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思念の力  南條竹則編訳『地獄 英国怪談中篇傑作集』
地獄 英国怪談中篇傑作集 (幽クラシックス)
 南條竹則編訳『地獄 英国怪談中篇傑作集』(メディアファクトリー幽books)は、ウォルター・デ・ラ・メーア「シートンのおばさん」、メイ・シンクレア「水晶の瑕」、アルジャノン・ブラックウッド「地獄」の3つの中篇を収録した怪奇小説アンソロジーです。

ウォルター・デ・ラ・メーア「シートンのおばさん」
 格別親しくもない学友シートンから家に招待されたウィザーズは、仕方なしに彼の家を訪れます。保護者である「おばさん」を気味悪がるシートンにウィザーズは不審の念をいだきますが…。
 デ・ラ・メア怪奇小説の代表作ともいうべき作品。非常にわかりにくいと言われるものを新訳した作品です。シートンのおばさんは精神的な吸血鬼であると言われていますが、改めて読み直してもはっきりしたことは書いておらず、読んだ人によって解釈は分かれる作品ですね。

メイ・シンクレア「水晶の瑕」
 アガサは精神を病んだ妻のいる男性ロドニーに恋心を抱いていました。アガサは自身の持つ癒しの能力でロドニーとその妻を癒します。同じく精神を病んだ男ハーディングに同情したアガサは、彼の心も癒そうとしますが…。
 癒しの能力を持つ女性が、友人の夫の狂気を治療したことから、自らも狂気に感染するという物語。「狂気」自体の得体の知れなさが不気味です。

アルジャノン・ブラックウッド「地獄」
 ビルとフランシスの兄妹は未亡人となった旧友メイベルから誘いを受け彼女の家に滞在することになります。メイベルの夫サミュエル・フランクリンは資産家ながら狂信家であり、それを嫌った兄妹はしばらく行き来をしていなかったのです。
 フランクリンは生前、自分と同じ信仰を持たぬ者は地獄に堕ちると信じていました。夫の影響力を受け続けたメイベルは陰鬱な屋敷の中で不安に陥っていましたが…。
 かなり長い中篇なのですが、何も変わった事件は起きず、異様な雰囲気だけが続く…という作品です。その理由がユニークです。この作品の舞台となる屋敷がドルイド教の人身御供が行われた場所で、古代から現代に至るまで狂信者といっていい人間が入れ替わり立ち替わり住んだ場所だというのです。
 そのため彼らの「霊」というか「思念の力」といったものが互いに拮抗しあって、結果的に何も起こらない状態になっているというのです。
 人間の見えないところで異様な力が渦巻いているものの、表面上は何も起きていないように見える…という、かなりユニークな発想の怪奇小説です。「物語」として面白いかどうかは微妙なのですが、この発想は一読の価値があるのではないかと思います。

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さまざまな死骸  ジョナサン・メイベリー、ジョージ・A・ロメロ編『ナイツ・オブ・ザ・リビングデッド』
NIGHTS OF THE LIVING DEAD ナイツ・オブ・ザ・リビングデッド 死者の章 (竹書房文庫) NIGHTS OF THE LIVING DEAD ナイツ・オブ・ザ・リビングデッド 生者の章 (竹書房文庫)
 ジョナサン・メイベリー、ジョージ・A・ロメロ編『ナイツ・オブ・ザ・リビングデッド 死者の章』『ナイツ・オブ・ザ・リビングデッド 生者の章』(阿部清美訳 竹書房文庫)は、ゾンビをテーマにした、書下ろしホラーアンソロジーです。
 19篇と多くの作品を収録しています。皆同じゾンビテーマの作品なので飽きてしまわないかと心配したのですが、それぞれ工夫がされた作品が多く、面白く読めるアンソロジーでした。

 レースの最中にゾンビに襲われるという「デッドマンズ・カーブ」(ジョー・R・ランズデール)、ゾンビが蔓延した町でならず者が収監されるという「スーという名のデッドガール」(クレイグ・E・イングラー)、サイコメトリー能力を持つ女性がゾンビが発生した地下基地に乗り込むという「ファスト・エントリー」(ジェイ・ボナンジンガ)、亡き愛妻に寄り添うため自らの体をゾンビに変えようとする科学者の物語「この静かなる大地の下に」(マイク・ケアリー )、ゾンビ発生を目の当たりにする解剖医を描いた「身元不明遺体」(ジョージ・A・ロメロ)、ゾンビのふりをした青年が恋敵の男に殺されそうになる「安楽死」(ライアン・ブラウン)、宇宙ステーション上でゾンビが発生するという「軌道消滅」(デイヴィッド・ウェリントン )、浮気相手の夫を殺した男がゾンビになった夫に襲われるという「乱杭歯」(マックス・ブラリア)、ゾンビが蔓延した動物園を舞台に飼育員の女性を描く異色作「動物園の一日」(ミラ・グラント)、ゾンビに襲われた一行が辿りついたのは幽霊屋敷だった…という「発見されたノート」(ブライアン・キーン)、ゾンビから助けるため弟の元を訪れた兄が、弟に監禁されてしまうという「全力疾走」(チャック・ウェンディグ)、人でなしのリポーターがゾンビに襲われた町をリポートするという「現場からの中継」(キース・R・A・ディカンディード)、ゾンビを捕らえ見世物にし始めたサーカスの興行主を描く「死線を越えて」(ニール&ブレンダン・シャスターマン)などが面白いですね。

 正攻法のゾンビものでも、シチュエーションや環境などに工夫がされている作品が多かったです。エンタメとして一番面白かったのは、ジェイ・ボナンジンガ「ファスト・エントリー」でしょうか。
 触れると相手の人格や過去の記憶を読み取れる能力を持つ女性が主人公。地下施設でゾンビが発生した後、彼女は地下施設でゾンビから情報を読み取ろうとする…という話です。面白い設定がてんこ盛りの作品で、短篇ひとつで終わらせるにはもったいないお話でした。

 変わった設定では、宇宙ステーション上でゾンビが発生するという、デイヴィッド・ウェリントン 「軌道消滅」。地球上の人間と交信しながら危機を乗り越えようとしますが、地上でも同じ現象が…というサスペンスたっぷりの作品です。

 ミラ・グラント「動物園の一日」では、ゾンビが蔓延した動物園で、飼育員の主人公が人間よりも動物を心配し、彼らを助けようとするという異色作。ちょっと「いい話」になっています。

 マイク・ケアリー「この静かなる大地の下に」では、研究を繰り返し自らの体をゾンビに近づけようとする主人公が登場します。成果を得た主人公は、亡妻の墓を掘り返しますが…。ちょっとしんみりした味わいのゾンビ小説です。
 著者のマイク・ケアリーという作家、表記が異なるので気がつかなかったのですが、実はゾンビもの長篇『パンドラの少女』の著者M・R・ケアリーと同一人物です。

 アンソロジー完成直後にロメロが亡くなったらしく、日本版には各作家による「ジョージ・A・ロメロへの追悼文」も収録されています。

 ゾンビものアンソロジーとしては、スキップ & スペクター編『死霊たちの宴』(創元推理文庫)がありますが、こちらの『ナイツ・オブ・ザ・リビングデッド』も面白い作品揃いで、楽しめるアンソロジーになっていると思います。

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英国怪談の黄金時代
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 由良君美編『イギリス怪談集』(河出文庫)は、各国の怪奇小説を集めた〈怪談集〉シリーズのイギリス編として、1990年代初頭に刊行されたアンソロジーです。
 イギリス怪奇小説の名作が集められた粒ぞろいのアンソロジーで、本年、丸善150周年記念として復刊されたのは喜ばしい限り。以下、各作品を紹介していきましょう。

A・N・L・マンビー「霧の中での遭遇」
 「わたし」は地質学者だった故ジャイルズ伯父の日記から不思議な事件を見い出します。そこには、友人とともに山を訪れた伯父が、霧で迷った時の経験について書かれていました…。
 オーソドックスな幽霊物語なのですが、善き意図を持つ幽霊が災難をもたらしてしまうという、逆説的な状況が面白い作品です。
 マンビーは、本職が書誌学者であった人で、M・R・ジェイムズの衣鉢を継ぐとも言われた作家です。邦訳は少ないですが、「戦利品」(西崎憲編『怪奇小説の世紀1』国書刊行会 収録)、「甦ったヘロデ王」(『ミステリマガジン2014年8月号』早川書房 収録)などがあります。

アルジャーノン・ブラックウッド「空き家」
 叔母と共に幽霊屋敷を探索することになったジム・ショートハウスの冒険を描く作品です。
 霊現象自体はオーソドックスなのですが、そこに至るまでの主人公二人の心理的サスペンスが強烈な一篇です。

M・R・ジェイムズ「若者よ、口笛吹けば、われ行かん」
 いささか朴念仁のパーキンズ教授は、ゴルフ旅行のついでに訪れたテンプル騎士団の聖堂跡で古い笛を見つけます。試しにその笛を吹いてから、不思議な現象が相次ぎますが…。
 古代の呪い(魔術?)により、霊現象が起こる…という怪奇作品。クライマックスの霊現象はシンプルながら非常に怖いです。ジェイムズの名作の一つといっていい作品でしょう。

H・G・ウェルズ「赤の間」
 老人たちが止めるのも聞かず、豪胆さを誇る男は、幽霊が出ると言う噂のある「赤の間」に泊まることになりますが…。
 本当に恐ろしいのは「幽霊」ではなかった…という純心理怪談。ウェルズならではの面白い着眼点の怪奇小説です。

A・J・アラン「ノーフォークにて、わが椿事」
 バカンスに使う家の泊まり心地を試していた「ぼく」は、ある夜、家の前で女性が車の故障を起こす場面に出くわします。いろいろと話しかける「ぼく」に対し、女性の様子がどうもおかしいのですが…。
 表面上はゴースト・ストーリーなのですが、どこかSF風味もありと、何とも奇妙な味の作品。元がラジオ用だけあって、語り口に妙味があります。

A・クィラ=クーチ「暗礁の点呼」
 難破した二隻の船のそれぞれの生存者、ジョン・クリスチャンとウィリアム・タリファーは友情を結び、その証として合言葉を錠に刻みます。やがて街に戻ることになったジョンの消息は知れなくなりますが…。
 友情と忠義心のために現れる幽霊を描いた作品です。この作者のゴースト・ストーリーは「優しい」ものが多いですね。

A・E・コッパード「おーい、若ぇ船乗り!」
 若い船乗りアーチー・マリンは、ある夜美しい女性を見つけ話しかけますが、彼女は素顔を見せてくれません。フリーダと名乗る女性は自分は幽霊であると話します。
 死後、彼女は生前執着していた服を呼び出すことができたものの、一度来たものは消えてしまうというのです。そして今着ているのが最後の服だというのですが…。
 生前の執着が服という形で現れた霊を描く、面白いモチーフのゴースト・ストーリー。全体にユーモラスでありながら、不気味さも感じられますね。

ブラム・ストーカー「判事の家」
 学生のマーカム・マーカムソンは勉強に集中するために、田舎町の大きな屋敷を借りることにしますが、そこはかって悪名高い判事が住んでいた《判事の家》と呼ばれる場所でした。毎夜、部屋に現れる巨大なネズミのせいでマーカムソンは日に日に憔悴していきますが…。
 怪異が目に見える形で主人公を圧迫するという、強烈なインパクトのある怪奇小説。端正なゴースト・ストーリーの多いアンソロジー中にあって、異彩を放っている感もありますね。

J・S・レファニュ「遺言」
 長男スクループを嫌った父親の遺書により財産を相続した次男チャールズ。二人は犬猿の仲になり、裁判で争いを繰り返していました。やがて亡き父を思わせる奇妙な犬がチャールズの前に現れますが…。
 財産をめぐって争う兄弟のもとに、死んだ父親がメッセージを送ってくる…というゴースト・ストーリー。おそらく父親の化身である犬が非常に不気味で、この犬の末路を考え合わせると、かなり怖い作品だと言えますね。短篇ながら非常に奥行きもある作品です。

M・P・シール「ヘンリとロウィーナの物語」
 かって結婚を誓った仲だったヘンリとロウィーナ。しかし、ヘンリの病によりそれは叶わなくなり、ロウィーナは他の男の元に嫁ぎます。ロウィーナの前に現れたヘンリは、死んで一緒になろうと誘いかけますが…。
 恋人を裏切った女が復讐されるという、テーマとしてはよくある展開なのですが、文体の煌びやかさと濃厚な描写で異彩を放つ物語です。豹に襲われるシーンは唐突ながら、強烈なインパクトがありますね。

H・R・ウェイクフィールド「目隠し遊び」
 コート氏が辿りついたローン屋敷には人けがありませんでした。暗闇の中、扉を探すコート氏ですが扉は一向に見つかりません。しかも何かがそばを通り過ぎていったようなのですが…。
 短い作品ながら「お化け屋敷」の怖さそのものを追及したかのような作品です。超自然現象の正体を明かさず、曖昧な描写に終始するにも関わらず(あるいはそれゆえに)恐怖感を煽る作品です。

E・F・ベンスン「チャールズ・リンクワースの告白」
 母親殺しで死刑を宣告された男チャールズ・リンクワースの医師ティースデイルは、リンクワースが死んだ後にも、彼の存在感のようなものを感じ続けていました。
 医師は自宅で電話を受け取りますが、その電話は死んだリンクワースからのもののようなのです…。
 死刑囚が罪の赦しを得るために生者に接触してくるというゴースト・ストーリー。複数の人間に対して明確に怪異が起こる…というのが面白いですね。結末も非常に鮮やか。

ローズマリー・ティンパリイ「ハリー」
 養女である幼い少女クリスチンは、ハリーという名の想像上の兄を持っていました。あまりにハリーのことを話し続けるクリスチンに対して不安を覚えた母親は、彼女の実の家族について調べ始めますが…。
 幼い少女のもとに現れるハリーとは何者なのか? 物語自体は母親の視点から語られ、超自然現象が起こっているのかどうかも明確にはわかりません。陽光の下に現れたハリーの姿が第三者を通して語られるクライマックスには戦慄を感じますね。

リチャード・ミドルトン「逝けるエドワード」
 「私」はドロシーから、彼女の弟エドワードが亡くなったことを知ります。ドロシーは弟の死に悲しみ続けますが…。
 明確な超自然現象などは起こらないのですが、物語全体を通して死んだエドワードの存在感が終始満ち満ちているという作品。
 心霊的な散文詩とでもいった感じでしょうか。特に結末の一文は名文といっていいと思います。

J・S・レファニュ「ロッホ・ギア物語」
 ロッホ・ギアという湖のほとりの館に住む老嬢のベイリー姉妹は、妖精や魔術に関わる古い昔話を語ります。魔術に長けたデズモンド伯爵の城は呪いによって湖の底に封印されているというのです…。
 人々の前に姿を現すデズモンド伯爵が魔術によって誘惑を誘いかける…というのがいくつかのエピソードによって記されます。邪悪な妖精物語といった趣で、レ・ファニュ作品としては、非常にユニークな味わいですね。

アルジャーノン・ブラックウッド「僥倖」
 牧師補ミークルジョンはたまたま泊まった山の旅籠の部屋で、奇妙な感覚を覚えます。ドアを開けると突然現れた怪しい男に引かれて部屋を出た牧師補は、思いもかけない事態に遭遇しますが…。
 超常的な力によって運命が変わるという物語。超自然的な存在なのは間違いないにしても、牧師補を助けたのが何者だったのかはっきりしないところも面白いですね。

E&H・ヘロン「ハマースミス「スペイン人館」事件」
 心霊研究を生業とするフラクスマン・ロウは友人ハウストン大尉の依頼を受け、霊現象が起こるという館を訪れます。そこは大尉の大叔母とその夫ファン・ナイセンが住んでいた屋敷でした。大叔母の死後ファン・ナイセンは行方不明だというのですが…。
 ゴースト・ハンターものの先駆的な探偵フラクスマン・ロウものの一篇。物理的にも接触可能な霊というのが面白いところで、ゴースト・ハンターでありながら物理的面からも捜査するという、ユニークな作品です。

ヴァーノン・リー「悪魔の歌声」
 18世紀の音楽とワグナーの信奉者である作曲家のマグナスは、ふとしたことから肖像画を手に入れた18世紀の歌手ザッフィリーノについて恐ろしい逸話を聞きます。彼はかってその恐るべき歌の力で一人の女性を死に至らしめたというのですが…。
 悪魔のような力を持つ歌手の幻影が現代に甦る…という幻想小説です。明確な記述はなかったと思うのですが、この歌手は多分カストラートで、その悪魔の歌声で、作曲家の才能を潰してしまうのです。芸術的な感興のあふれる作品ですね。

F・マリオン・クロフォード「上段寝台」
 豪胆で知られる男ブリズバンは、かって船旅で出会った恐るべき事件を語ります。彼が泊まった船の105号室では異様な湿気と不快感がありました。同室の上段寝台のルームメイトは部屋を飛び出したきり、行方不明になってしまいます。
105号室の上段寝台を利用した客はすでに何人も海に飛び込んで死んでおり、行方不明のルームメイトも既に死んでいるのではないかという話を聞いたブリズバンは驚きますが…。
 異様な怪物の登場する怪奇小説です。1886年という発表年を考えると、当時の読者はかなり強烈な印象を受けたのでは。正面きって怪物と戦おうとするものの、力負けしてしまう…という展開も面白いですね。

『イギリス怪談集』は、「丸善」創業150周年記念企画として、2019年3月に復刊されました。店舗で扱っているのは、丸善・ジュンク堂のみ。ネット通販ではhontoのみで扱っています。hontoの通販ページはこちらです。 

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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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twitterアカウントは@kimyonasekai



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