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ダークサイドの物語  三堂マツリ『ブラック・テラー』
ブラック・テラー
 三堂マツリの短篇コミック集『ブラック・テラー』(バンブーコミックス タタン)は、不気味と隣り合わせの街「クリーピー・サイド」で起こる出来事を描いた連作短篇集です。かわいらしい絵柄ながら、描かれるのはブラックなストーリーばかりで、そのギャップも魅力的。

 人の恐怖心が見たいがために殺人鬼のふりをして人を驚かす男の物語「注目せよ」、ホラー映画が上映される映画館での出来事を描く「ホラーナイト」、人間の皮で装丁された本に執着する青年を描く「グリーンスキン」、思い出を蘇らせるため動物の内臓を食べる少女を描いた「思い出の味」、靴泥棒が思いもかけない出来事に遭遇する「イン・マイ・シューズ」、傷に執着する青年がパーティで出会った女性に惹かれるという「ハロウィンパーティ」、大胆な手術で有名な医者を描く「専門医」、死の香りを感じ取る少女と浮浪者の物語「死の匂い」、脱字だらけの手紙を届けに訪れた郵便配達夫が出会う奇怪な出来事を描いた「スペースオペラ」、各話の登場人物たちが一堂に会する最終篇「クリーピー・サイド」、死体愛好者の青年が死体との間に生まれた娘を育てることになるという読切作品「リビングデッド・ベイビー」を収録しています。

 ブラックでありながらも人間の情についても描いていて味わい深い作品、ももちろんあるのですが、救いがない徹底したブラックなストーリー、猟奇的で強烈なホラーもありと、収録作の揺れ幅が非常に広いのが魅力的ですね。
 「思い出の味」「イン・マイ・シューズ」「スペースオペラ」などでは、発端の出来事から思いもかけない展開があり、えっそんな展開に!という驚きがあります。

 死ぬ直前の人間の匂いを感じ取れる少女が、匂いのする浮浪者に惹かれていくという「死の匂い」は、予定調和的な部分がありつつも、ほのかな暖かさの感じられる作品になっています。集中でも一番「いい話」ではないでしょうか。

 一番印象に残るのは、巻末の読切作品「リビングデッド・ベイビー」でしょうか。
 死体愛好者の青年は、ある日死体との間に生まれたとしか思えない赤ん坊を見つけます。世間の目を恐れた青年は、娘をひそかに育てることになりますが…。
 非常にブラックな設定でありながら、描かれるのは親子の愛情であり、青年が立ち直るまでの物語。これは傑作だと思います。

 全体に非常にレベルが高く、怪奇幻想ファンにはお薦めしておきたい作品集です。
 「リビングデッド・ベイビー」に関しては、作者の三堂マツリさんのtwitter上で公開されていますので、気になった方はお読みになることをお薦めしておきます。

テーマ:アニメ・コミック - ジャンル:アニメ・コミック

不思議な玩具の物語  詩野うら『有害無罪玩具』
有害無罪玩具 (ビームコミックス)
 詩野うら『有害無罪玩具』(ビームコミックス)は、SF的・幻想的な要素の濃いマンガ短篇集です。「人間の自由意志はあるのか?」とか「自分は本当に自分なのか?」といった哲学的なテーマがところどころに埋め込まれていて、恐ろしく密度の濃い作品集です。

 なぜか販売が停止された品物を収集する博物館を描く「有害無罪玩具」、止まった時間の中に閉じ込められた女性を描く「虚数時間の遊び」、不死で知性のない人魚をめぐる「金魚の人魚は人魚の金魚」、時間飛行士になった女性が1000年後の世界を訪れ、亡くなったパートナーの魂に出会おうとする「盆に覆水 盆に帰らず」の4篇を収録しています。

 「有害無罪玩具」では、販売中止になった様々な不思議な道具が紹介されていきます。自我のあるしゃぼん玉、0.5秒先の未来が見える眼鏡、未来に自分が描く絵を予知する機械、人によって見える姿が変わる人形、存在しなかったアニメの偽装記憶を植えつける装置など。
 アイディア自体も面白いのですが、さらに面白いのはその道具を使う人間の意識や行動が変わっていく様を描くところです。例えば0.5秒先の未来が見える眼鏡によって、自分の行動に意識的になり上手く動けなくなってしまう…とか。

 見る人をだましてその人の五感にとって好ましいデザインに感じさせるという「万能デザイン人形」のパートでは、その効果を示すために、人形を見ている二人の視点が同時に描かれるという面白い試みがなされています。
 二人には同じ人形が全く違う姿に見えているのですが、その姿を表現する相手の言葉までもが改竄されるので、同じものについて語っているとしか認識されない…というのです。他の道具のパートでも大なり小なりこうした問題意識が描かれており、非常に考えさせる作品に仕上がっていますね。

 「虚数時間の遊び」は、止まった時間の中に閉じ込められた女性を描く作品。無限の時間を過ごすために、主人公は様々な暇つぶしを考えます。あまりの退屈さに「幻の自分」を作り出したり、1億年単位で暇つぶしを考えたりと、ある意味、非常に恐ろしいテーマを扱った作品です。

 「金魚の人魚は人魚の金魚」は、人間が愛玩用に作り出した金魚の人魚が描かれます。不死であるのでどんな環境でも生きられ、しかし知性はないに等しいのでただ回遊するばかりという存在。周りの人間が争ったり、文明が壊滅してさえ、人魚自体は何も変わらないのです。
 やがて宇宙に追放されたり、地球が人間の住めない星になっても、人魚はただそこにいる…という無常観と、愚かな行動を繰り返す人間が対照的に描かれていて、文明批評的な視点もありますね。

 SFでいうところの「センス・オブ・ワンダー」が感じられる作品集で、これはお薦めしておきたいと思います。

テーマ:アニメ・コミック - ジャンル:アニメ・コミック

7月の気になる新刊
7月2日刊 チャールズ・ウィルフォード『拾った女』(扶桑社文庫 予価1026円)
7月8日刊 スティーヴン・キング『ジョイランド』(文春文庫 予価907円)
7月9日刊 ウィリアム・ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』(白水Uブックス 予価1944円)
7月9日刊 イーヴリン・ウォー『イーヴリン・ウォー傑作短篇集』(白水社 予価2592円)
7月11日刊 東雅夫編『怪談入門 乱歩怪異小品集』(平凡社ライブラリー 予価1728円)
7月11日刊 フェルディナント・フォン・シーラッハ『テロ』(東京創元社 予価1728円)
7月11日刊 J・G・バラード『ハイ・ライズ』(創元SF文庫 予価994円)
7月12日刊 フケー 『水の精(ウンディーネ)』(光文社古典新訳文庫)
7月19日刊 ザーシャ・アランゴ『悪徳小説家』(創元推理文庫 予価1058円)
7月20日刊 ミュリエル・スパーク『あなたの自伝、お書きします』(河出書房新社 予価2376円)
7月21日刊 グレアム・ジョイス『人生の真実』(創元海外SF叢書 予価2700円)
7月22日刊 ディーノ・ブッツァーティ『古森の秘密』(東宣出版 予価2052円)
7月25日発売 『ミステリマガジン9月号 特集=ロアルド・ダール生誕100周年』 (早川書房 1296円)
7月28日刊 パット・マガー『四人の女 新版』(創元推理文庫 予価1080円)


  『イーヴリン・ウォー傑作短篇集』は、初訳5篇を含め、15作品を収録した短篇集。長編の邦訳はけっこうあるものの、短篇集の刊行は初めてじゃないでしょうか。ウォーの短篇はブラック・ユーモアが効いているものが多く、<奇妙な味>の短篇として読めるものも多いので、これは楽しみです。

 東雅夫編『怪談入門 乱歩怪異小品集』は、乱歩の怪奇小説関連の随筆・エッセイをまとめたものに、怪奇系の短篇をいくつか収録したもの。以前、映画とのタイアップ的に刊行された『火星の運河』(角川ホラー文庫)の増補版、といった感じのようですね。

 J・G・バラード『ハイ・ライズ』は、映画公開の恩恵での再刊でしょうか。
 バラードといえば、創元社のメルマガで、バラードの短篇を集成した《J・G・バラード短編全集》全五巻の刊行が予告されていました。
 97の短編を執筆順に収録する決定版全集で、ハードカバーでの刊行になるようです。1巻は8月刊行とのこと。

 ディーノ・ブッツァーティ『古森の秘密』は、岩波少年文庫で刊行されたばかりの 『古森のひみつ』 と同一作品の邦訳のようです。偶然なのかわかりませんが、ファンとしてはせっかくの機会、別の作品の邦訳を出してほしかったな、というのが正直なところですね。

 『四人の女 新版』は、パット・マガーの名作の新版。マガーの作品は、どれも趣向を凝らしているのに加えて、メロドラマ部分が面白いんですよね。マガーは短篇も面白いものが多いので、いつか短篇集もまとめてもらいたいものです。
追悼フジモトマサル
夢みごこち いきもののすべて 二週間の休暇 (MouRa) スコットくん (中公文庫―てのひら絵本 (Pふ2-2))
 漫画家、イラストレーターのフジモトマサルさんが亡くなったそうです。知る人ぞ知るといった存在だったのが、じわじわと人気が出てきて、最近では村上春樹の挿絵を手がけるなど、まさに油の乗り切ったところでした。非常にショックです。
 僕がこの方の作品に最初に触れたのは、クラフト・エヴィング商會の吉田浩美さんの『a piece of cake』(筑摩書房)にゲスト参加したイラストだったと思います。
 このイラスト(というよりマンガに近い?)作品で、興味を持ち、他の作品を探して読み始めました。『長めのいい部屋』(中公文庫)、『スコットくん』(中公文庫)、『ウール100%』と続編『ウール101%』『こぐまのガドガド』(中公文庫)など。
 フジモトさんの作品の特徴は、登場人物が主に動物であるところ。といっても、人間と同じように話し、仕事をし、日常生活を営んでいます。彼らが暮らす世界には、実際の人間も一緒に生活しているのです。擬人化された動物キャラを使った寓話、といった感じでしょうか。
 動物をメインキャラクターにしていることから、ほんわかした作風を思い浮かべると思いますが、実態はちょっと違います。確かにほんわかとしてはいるのですが、どこかしら冷めた視線が感じられるのです。インテリを気取りつつも実は俗物というペンギンを主人公にした『スコットくん』あたりから、その冷めた視線は感じていたのですが、後期作品になるにしたがって、皮肉なユーモアが増えてきます。
 四コママンガ集『いきもののすべて』(文藝春秋)あたりでは、かなりシニカルな印象が強くなっています。単純なギャグ作品ではなく、読んだ後に少し考えさせられる、余韻のある作品が増えているのです。
 そして長編作品『二週間の休暇』(講談社)と『夢みごこち』(平凡社)、この2作がフジモトマサルの最高傑作ではないかと思っています。記憶を失った女性のアイデンティティーをめぐる物語『二週間の休暇』、「夢」をテーマにした連作短篇集『夢みごこち』。どちらの作品も、寓話としても物語としても素晴らしい完成度に達しています。
 アメリカのコミックでは、文学の領域にマンガを近づけようとした「グラフィックノベル」というジャンルがありますが、フジモトマサルの近作は、形式こそ違え「グラフィックノベル」の領域に近づいていたように思います。それだけに、早過ぎる死が惜しまれます。

テーマ:漫画 - ジャンル:アニメ・コミック

迷宮の遊び方  たかみち『百万畳ラビリンス』
4785956011百万畳ラビリンス 上巻 (ヤングキングコミックス)
たかみち
少年画報社 2015-08-10

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478595602X百万畳ラビリンス 下巻 (ヤングキングコミックス)
たかみち
少年画報社 2015-08-10

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 たかみち『百万畳ラビリンス』(少年画報社ヤングキングコミックス)は、迷宮をテーマにした、魅力的なコミック作品です。
 人見知りの大学生、礼香は幼い頃から周りの環境に溶け込むのが苦手でした。唯一心から楽しめるのは、ゲームだけ。やがて、ゲーム会社でバグ探しのアルバイトをするようになります。ルームシェアをすることになった庸子が、同じゲーム好きであったことから、意気投合し友人になります。
 ある日突然二人は、謎の巨大建築物の内部にいることに気がつきます。部屋の扉を開けても、そこにはまた別の部屋が続いているのです。建物の内部には、現実にはありえないような作りの部屋や不思議な家具が次々と現れます。二人は出口を探しますが、一向に見つかる気配がないのです…。

 迷路のような謎の建築物からの脱出という、何とも魅力的なテーマを持った作品です。まず、どうやって食料を手に入れるのか? という疑問が浮かびますが、じつは建造物内部の部屋には普通に家具が置いてあり、時折、冷蔵庫も存在します。中には食料が入っているのです。
 冷蔵庫だけでなく、それぞれの部屋には電気もガスも水道も通っており、トイレや風呂もパソコンも携帯電話も存在するのです。生き延びるに当たって、当座は困ることがありません。
 サバイバル的な面では切迫感がないために、最初はのんびりとした空気さえ漂っています。実際、礼香はこの世界に来たことで、生きる意欲を取り戻し、建造物内にずっといたいとさえ考えるようになっていくのです。
 しかし、インフラが整っている以上、この建造物を管理している存在がいるに違いない。その考え通り、二人は、建造物を作ったらしき存在と遭遇を果たします。それは人間ではなく、しかも二人に敵意を持っているようなのです…。

 この作品のいちばんの魅力は、なんといっても、巨大建造物とその内部の部屋や家具にあります。見た目は普通の家具ながら、不思議な特性を持ったものが数多く存在するのです。
 例えば、行く先々でやたらと見かける、同じ型のちゃぶ台。これらのちゃぶ台は全て同期しており、何か物を置くと、すべてのちゃぶ台の上に、同じものが現れるのです。そしてそこから物を取り除くと、物は消えます。
 ちゃぶ台だけではなく、異世界の法則やルールを、手探りで探っていく過程の面白さは抜群です。この建物はいったい何なのか? 何の目的で作られたのか? 出口はあるのか?
 やがて明らかになる、建造物の謎。そして脱出のための方法。脱出の方法が判明したとき、礼香のとった選択肢とは…

 冒険行のなかで、主人公二人の友情や思いもまた変化していきます。現実の世界では人と関わることをしなかった礼香は、現実的な性格の庸子と触れ合うなかで、他人の気持ちを慮るようになっていくのです。
 小説作品では、恩田陸『MAZE』(双葉文庫)など、正面から迷宮を扱った作品がありますが、マンガ作品でこれだけ正面きって迷宮を扱った作品は初めてではないでしょうか。迷宮の魅力だけでなく、成長物語としての側面も持った意欲作です。

 ちなみに、タイトルがとても印象的なのですが、レイ・ブラッドベリ『百万年ピクニック』からインスピレーションを受けているのでしょうか。

テーマ:マンガ - ジャンル:本・雑誌

高山和雅『天国の魚(パラダイス・フィッシュ)』

4883794016天国の魚
高山 和雅
青林工藝舎 2014-09-20

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 高山和雅のコミック作品『天国の魚(パラダイス・フィッシュ)』(青林工藝舎)は、どこか懐かしい味を持ったSF作品です。

 巨大彗星の接近により、破滅の迫る地球が舞台です。島に暮らす家族5人は、本土への避難をあきらめ、島の施設に過去に作られたというシェルターに逃げ込みます。
 巨大な地震と津波に襲われ、意識を失った直後、5人は自分たちがなぜか町のなかにいることに気づきます。しかも驚くべきことに、その町は現代の町ではなく、1970年代の町だったのです。
 町の人たちは自分たちのことを知っており、家族は、以前からその町で仕事をし、居住していたことになっているのです。違和感を感じながらも、日常生活を送ることになる家族でしたが…。

 過去の時代に来ていることから、タイムトラベルものと思いきや、さにあらず。その後も二転三転し、次々と事態が変転していき、退屈する暇がありません。
 「破滅テーマ」「タイムトラベルテーマ」、他にもSFでお馴染みのテーマがこれでもかとばかりに放り込まれています。正直、個々のテーマ自体に目新しさはあまりありません。ただ、そのテーマの演出と構成がひじょうに巧みなので、一気に読ませられてしまいます。
 いろいろなSFのテーマが扱われているので、SF作品を多く読んでいる人ほど、楽しめるのではないでしょうか。もちろんSF慣れしていない人でも、楽しく読める作品だと思います。
 SFのガジェットやテーマだけが先行するのではなく、メインとなる家族5人の人物も、細やかに描かれています。家族同士の愛憎、運命の皮肉、そして最終的には驚愕の結末へと流れ込むのです。
 複雑な構成をもつ作品ですが、読後感はオーソドックスなSFのそれです。筋は確かに複雑なのですが、作品中で丁寧に絵解きされていくので、読んでいけば、混乱することはないでしょう。
 クライマックスに明かされる事件の真相、そして家族5人の選ぶ、それぞれの選択。盛り込まれたさまざまなテーマ、緻密な構成、物語と有機的に結びついた人物像と、おそるべきバランスの良さと完成度です。再読、三読したときにも、また違った味わい方ができる、懐の深い作品だと言えます。

 初めて聞く作者名だったので、新人だとすると、ものすごい筆力と構成力だと驚いたのですが、調べてみると、ベテランの作家だったのですね。かなり寡作なようで、他の作品は現在手に入らないようですが、これは他の作品もぜひ読んでみたい作家です。
 物語の筋を細かく紹介すると興をそいでしまうタイプの作品だと思うので、あまり内容は紹介しませんでしたが、共通する印象の作品を挙げることで、具体的な物語を紹介するのに代えさせてもらいたいと思います。
 広瀬正『マイナス・ゼロ』、ケン・グリムウッド『リプレイ』、フィリップ・K・ディックの諸作、フレッド・セイバーヘーゲン『バースディ』、ロバート・A・ハインライン 『輪廻の蛇』、星野之宣『2001夜物語』
 これらのタイトルでピンと来た方には、オススメしておきましょう。

テーマ:マンガ - ジャンル:本・雑誌

生きているってなんだろう?  内田善美『草迷宮・草空間』(集英社)

4087821013草迷宮・草空間
内田 善美
集英社 1985-03

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 内田善美は、少数の作品を残して消えた伝説的な漫画家です。1980年代に沈黙して以来、その作品は一切再版されていません。それにもかかわらず、今でも、その作品の魅力について語る人は後を絶ちません。
 彼女の代表作といえば、まず第一に挙がるのが『星の時計のLiddell』(全3巻 集英社)でしょう。夢をテーマに、重厚かつ哲学的に描かれたファンタジーですが、ある種、難解でもあり、万人に受け入れられるといった物語ではありません。
 それに対し、もう一つの代表作というべき作品『草迷宮・草空間』(集英社)は、親しみやすいキャラクターの登場する、愛すべきファンタジーに仕上がっています。

 ある日、大学生の青年、草は捨て猫らしき鳴き声を聞き、様子を調べに出かけます。そこにいたのは猫ではなく、小さな女の子でした。ふとしたことから、草は彼女と共同生活を送ることになります。「ねこ」と名乗る不思議な少女は、かってボス猫と一緒に暮らしていたと話します。やがて「ねこ」は人間ではなく人形だったことがわかりますが…。

 魂を持つ人形「ねこ」と、青年「草」との日常を描いた作品ですが、この作品の特殊性は、人形「ねこ」の不思議な感性にあります。
 「ねこ」は、周りのあらゆるものに興味を持ち、植物・動物・人間の区別をせず、生命というものにひときわ関心を抱きます。また、ふてくされてみたり、満面に喜びを表してみたりと、彼女の行動は、みずみずしい感性に彩られているのです。
 「ねこ」の行動を見ていて想起するのは、子ども。そう、「ねこ」は、ある種の、子どもの寓意でもあるのでしょう。「子ども」のように、「ねこ」は草との生活のなかで、いろいろなことを理解していきます。
 そしてまた、「ねこ」だけでなく、共同生活者である草という青年もまた、独自の感性を持つ人間として描かれています。何かを飛びぬけて愛したり嫌うのではなく、まったく同じ比重で全てを受け入れる心の広さを持ち、彼の中ではガールフレンドのアケミと「ねこ」とは同じぐらい大切な存在になっているのです。
 物語後半、現在のアケミと、写真で見た子どもの頃のアケミとが、同一人物であることを理解した「ねこ」は、驚きます。生命は成長する、ならば自分もまた成長するのではないか?
 草との生活を通して、「ねこ」も、精神的に成長していきます。しかし人形であるがゆえに、肉体的に成長することは不可能だということまでは思いが至らない幼さ。そして、そこから先二人がどうなるのかは読者の想像に委ね、物語は幕を下ろします。
 生きていることの豊かさ、愛おしさをこれほどチャーミングに描いた作品を他に知りません。
 微妙な心理の綾を丁寧に、丁寧に描いた作品です。まさに工芸品の趣のある、愛すべきファンタジー作品といえます。
カニのための進化論  アルチュール・ド・パンス『カニカニレボリューション』
4864102856カニカニレボリューション (EURO MANGA COLLECTION)
アルチュール・ド・パンス 原正人
飛鳥新社 2013-10-09

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 近年、フランスの漫画「バンド・デシネ」の邦訳もずいぶん多くなりました。日本漫画に慣れた目には、斬新な形の作品が多く、読むたびに驚かされることも稀ではありません。
 そんなバンド・デシネの中でも、アルチュール・ド・パンス『カニカニレボリューション』(原正人訳 飛鳥新社)は、更にユニークな作品といえるでしょう。
 これ、なんとカニを主人公にした物語なのです。そう聞くと、動物を擬人化した子供向けの作品なのでは? と思い勝ちですが、なかなかどうして深いテーマを持った作品なのです。
 フランス南西部に生息する、何の変哲もないカニ。その名も「タダノドコニデモイルガニ」。彼らは食用にも適さず、横方向にしか移動できません。同じ種族内でさえ、互いに関心を持たず、名前という概念さえ持ち合わせていませんでした。
 他の動物たちからも哀れみの視線を向けられるカニたちですが、ある日、初めて名前をつけたカニたち、ソレイユ、バトー、ギターは、現状を打倒しようと立ち上がります。生命の危機に陥ったソレイユは、方向転換の技術を身につけ、それはカニたちの進化を引き起こしていきます…。
 一方向にしか動けないカニたちと、それを嘲笑する周りの動物たち。そこから寓意を読み取ることも可能なのでしょうが、そうした深読みをしなくとも、十分魅力的な物語になっています。
 カニたちはビジュアル的にはほとんど同じキャラクターたちなのですが、しっかりと個性を持って描かれているのは見事です。基本的に海が舞台なので、他に登場するキャラクターたちも、海の動物が多いのですが、色鮮やかなカラーリングも見ていて飽きません。
 コンピュータで描いているという絵は非常にチャーミングで、コマ割も洗練されています。動きを重視している日本漫画と違い、バンド・デシネは、じっくりと読まないといけない作品が多いのですが、この作品は、日本漫画のように、スピーディに読み進めていけるのも爽快ですね。
 もともと、アニメーションも手がける作家らしく、大コマの演出も凝っています。というか、この『カニカニレボリューション』自体が、短編アニメーション作品をふくらませて出来た作品だそうです。
 現在、アニメ作品の方も翻訳付きでYou Tubeで見ることができます。(http://www.youtube.com/watch?v=fHnekg3JNU8
 アニメ作品と比べてみると、バンド・デシネ作品の方はもう完全に別物ですね。物語の膨らませ方といい、見事なイマジネーションです。
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テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

とある惑星の出会い  町田洋『惑星9の休日』
4396460430惑星9の休日 (単行本)
町田 洋
祥伝社 2013-08-12

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 星と月と宇宙。ボーイ・ミーツ・ガール。町田洋のコミック作品『惑星9の休日』(祥伝社)は、辺境の小さな星、「惑星9」に暮らす人々を描いた連作短編集です。
 情感を盛り込みながらも、陰湿にならず、軽さを感じさせる作風は独特です。収められた8編、それぞれ独自の味がありますが、とくに印象的なのは『惑星9の休日』『衛星の夜』の二編です。
 表題作『惑星9の休日』は、このような話。惑星9は、恒星に対して垂直に自転しています。そのため、永遠に光が当たらない窪地があり、そこは「永久影」と呼ばれています。影の中には、町がまるごとひとつ凍りついているのです。その影の町に永遠にたたずむ少女に惹かれる男と、その男を追いかける時計店の少女を描いた物語です。
 クリストファー・プリーストの『限りなき夏』、あるいは梶尾真治の『美亜へ贈る真珠』を思わせるようなストーリーですが、面白いのは『惑星9の休日』に登場する男には、悲壮感がないところ。過去に固定された少女に惹かれながらも、男には過去に対する執着はないようなのです。後半に起こる事件により、「永久影」は姿を消すことになりますが、残るのは絶望ではなく希望なのです。
 『衛星の夜』は、惑星9から月が永久に離れてしまう夜を舞台にした物語。かって月に行ったという男の回想が描かれます。月の調査にたった一人で派遣された男は、窪みに落下してしまい、死ぬしかない状況におかれていました。彼を助けたのは、月で生まれた粘菌のような生物。粘菌は生物の頭の中から情報を取り出し、どんな形にもなれる生物でした。宇宙船内のポスターに映った少女そっくりになった粘菌は、男によりワルツと名づけられます。
 ワルツの希望はただ一つ、友達でした。永遠に近い時間を孤独に過ごしたワルツの思いを知った男は、ワルツを故郷に連れ帰ろうと考えますが…。
 物悲しい結末を迎える作品においても、そこに暗さはなく、ある種、あっけらかんとしたオプティミズムが感じられます。清涼感に満ちた読後感が、魅力の一つでしょう。


プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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