無限公園  武宮閣之『魔の四角形』
魔の四角形魔の四角形―見知らぬ町へ
武宮 閣之 こぐれ けんじろう
文溪堂 1991-10

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 1990年代のはじめごろ、僕はときおり『ミステリマガジン』誌に掲載される、ある作家の短篇を楽しみにしていました。主に「月」をテーマにした、ふしぎなファンタジーを書く作家で、ある種、稲垣足穂に似た感性を感じさせました。雰囲気の描写が独特で、神秘的な味わいのある作品が多かったように思います。
 『月光見返り美人』『月光眼球天体説』『月の繭』『緑砂花園』。タイトルを挙げてみれば、その雰囲気が何となくわかるのではないでしょうか。どれも魅力的な作品でしたが、とくに印象に残っているのは『月光眼球天体説』ですね。これは何と「二人称」で書かれた作品で、それだけでも驚きでしたが、物語自体も何ともいえない魅力に満ちていました。
 さて、結局この作家、武宮閣之の作品は、『ミステリマガジン』誌に5〜6編掲載されたきりでした。その後、作品を発表し続けているという話も聞かず、現在に至るわけですが、最近、彼の唯一の著書を手に入れる機会があり、さっそく一読してみました。
 その著書『魔の四角形 見知らぬ町へ』(武宮閣之作 こぐれけんじろう画 文渓堂)は、いわゆる児童文学に属する作品なのですが、著者独特の神秘的な町の描写には、やはり魅力がありました。今回は、この作品を紹介してみたいと思います。
 主人公タツオの住む町には、《魔の四角形》と呼ばれる場所がありました。そこは、小さな家や入り組んだ道が密集している地域で、入り込んだらすぐに迷子になってしまうことで知られていました。四方を、運河や鉄道の線路で区切られた長方形の形から、そこは《四角形》と呼ばれていたのです。
 タツオは、たびたび《魔の四角形》を探険してまわっていましたが、ある日、親友のヒロシを探検に誘います。しかし、どんより曇ったその日、二人は《魔の四角形》の中で、迷子になってしまいます。ふだんなら、寂しげだとはいえ、かすかに人の気配がするのに、今日ばかりは、まったく人気がないのです。
 不安に思いながらも、道を進む二人の前に、見たことのない公園が現れます。全体の形の連想から、そこを《ひょうたん公園》と名付けた二人は、公園で遊び始めます。
 しかし、すぐに公園内にある遊具はどれも、ふしぎな性質を持っていることに、二人は気づきます。上からすべろうとしても絶対にすべれず、逆に上がってしまうという《さかさますべり台》、つかんだ本人ではなく世界全体が回転してしまうという鉄棒。
 そしてジャングルジムで遊びはじめた二人は、さらに驚かされることになります。なんと、ジムの特定の部分に入ると、入った人間が透明になってしまうのです。

 この《重空間ジャングルジム》の内部には、姿が消える、つまりそこから空間が二重になる窓口が、最低五つはあった。どれもうっすらと膜状になっていて、気をつけていないと見過ごしてしまう。ほとんど透明だが、すこしばかり色がついている。色はたいてい青系統で、角度によっては紫に見えることも緑色に見える事もある。真正面から見ると、そこに膜があることにほとんど気づかない。

 《ジャングルジム》の透明になる「膜」を探していた二人は、今までとはちがった色をした「膜」を見つけます。そこをくぐり抜けた先には、なんと階段があったのです。階段の下にあるものは別世界なのだろうか? 二人は不安に思いながらも、好奇心を抑えきれず、階段を降りていきますが…。
 タツオとヒロシが階段の下に見つけたものとは? そして二人は《魔の四角形》から出ることができるのでしょうか…?
 ふしぎな公園に迷い込んだ、二人の少年の冒険を描いた物語、なのですが、ストーリー上の起伏はあまりありません。劇的な事件が起こるわけではないのですが、飽きずに読み進めることができます。
 というのも、この著者、雰囲気の醸成がひじょうに上手いのです。無人の町並み、静まり返った公園、透明感のあふれる世界観には、とても魅力があります。
 そして、この作品のいちばんの読みどころは、やはり公園での探索行でしょう。ふしぎな性質を持った遊具の謎を、ひとつひとつ探っていく過程には、ハラハラドキドキするような原初的な面白さがあふれています。
 この手の児童文学では、「別世界」の謎は合理的に解決され、主人公は成長を遂げる…というのが一般的な展開なのですが、この作品では「別世界」である《魔の四角形》や《ひょうたん公園》の謎は、まったくといっていいほど説明されません。最後まで謎は謎のままであり、「別世界」にたどり着く条件さえ、結局わからないのです。
 そのため、物語の起承転結もはっきりせず、結末においても、どこか消化不良の感があるのは確かなのですが、それもまた、この物語には合っているのかもしれません。
 「迷路」や「迷宮」が好きな方なら、読んで損のない作品でしょう。

 武宮閣之の短篇についても、いずれ折りを見て紹介したいと思います。
悪夢の迷宮  稲生平太郎『アクアリウムの夜』
4044275017アクアリウムの夜 (角川スニーカー文庫)
稲生 平太郎
角川書店 2002-01

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 稲生平太郎『アクアリウムの夜』(角川スニーカー文庫)を、発売元のレーベル名から甘く見ていると、驚かされます。というのも、この作品は、10数年前に出版されたカルト的な幻想小説を、新装復刊したものなのです。
 そしてこの稲生平太郎という作家は、本業は英文学者であり、怪奇幻想文学の研究家としても知られる横山茂雄のペンネームです。
 彼は、かって『幻想文学』誌において、『不思議な物語』という幻想小説に関する研究エッセイを連載していました。該博な知識と鋭いセンスに裏付けられた文章は、非常に明晰で示唆に富んだものでした。とはいえ、扱っている作家は異様にマニアック。ロバート・エイクマン、オリヴァー・オニオンズ、マイケル・ビショップ、レルネット=ホレーニア、リチャード・マーシュなど、邦訳もひとつかそこら、もしくは邦訳さえない作家を扱っていました。あと、アラステア・グレイやクリストファー・プリーストなど、日本の読書界で話題になる以前に、彼らをとり上げているのにも、卓越した選択眼が窺えますね。
 そんな人物だけに、小説作品である『アクアリウムの夜』も、一筋縄ではいかないだろう、ということは予測がつきます。平凡な高校生の日常生活から始まる物語が、あんな展開になるとは、誰が予想できるでしょうか。
 ごく普通の高校生である「ぼく」こと広田義夫はある日、親友である高橋の誘いで、「カメラ・オブスキュラ」なる奇妙な見せ物を見に行くことになります。観客もほとんどいない劇場で見せられたのは、おかしな円柱。そこに映っていたのは、劇場の外にある水族館や公園の風景でした。見せ物に驚きながらも、二人が気になったことがありました。円柱に映っている水族館の下の地面に、あるはずのない地下への階段が映っていたのです…。
 その後、「ぼく」と高橋は、ガールフレンドの良子を交え、喫茶店で、ふとしたことから「こっくりさん」をすることになります。しかし、そこで出た予言は恐るべきものでした。「タ・レ・カ・ヒ・ト・リ・ハ・シ・ヌ」。
 あの水族館には何かがある…。そう確信した「ぼく」と良子は、水族館について調査を始めます。明らかになったのは、良子の大伯父である大鳥善次郎があの水族館を建てたこと。そしてそれには、過去に一世を風靡した新興宗教「白神教」の教祖、出門鬼三郎が関わっていることを、ふたりは知ります。時を同じくして、何かに取り憑かれたかのように、高橋は精神のバランスを崩していきます…。
 体裁こそ青春小説のそれをとっていますが、これは「モダンホラー」小説であるといってもいいでしょう。平穏な日常が、徐々に「非日常」に侵食されていく…というフォーマットに則っているのです。その場合、問題になるのは、雰囲気の醸成なわけですが、この作品でのそれは素晴らしくよく出来ています。丁寧な描写が、徐々に幻想的な雰囲気を高めていきます。
 かといって、雰囲気だけの作品ではなく、ところどころに謎が散りばめられ、ミステリ的な興味も忘れていません。姿を消した「カメラ・オブスキュラ」の謎。謎の新興宗教の存在。水族館に秘められた秘密。そして、狂気に取り憑かれた高橋の言っていることは本当なのだろうか? 彼が話す協力者とはいったい誰なのか? そして学園祭の日に起きる悲劇とは…?。
 中盤までの展開も、充分魅力的なのですが、圧巻なのは後半、水族館での探索行でしょう。クライマックスで水族館に忍び込んだ「ぼく」と良子が出会うのは、まさに「迷宮」です。地下に隠された洞窟、全くの暗闇で離ればなれになった二人が遭遇する、夢とも現実ともつかぬヴィジョン。そして、悪夢のような驚愕の結末。
 これをライトノベルとして読んでしまった若い読者は、結末を読んで驚くのではないでしょうか。ここまで、まったく救いのない、悪夢のような作品は、一般小説としても珍しいです。
 序盤の見せ物のシーンは、レイ・ブラッドベリを彷佛とさせますし、中盤から登場する新興宗教の教祖の過去のくだりはラヴクラフト、そして結末はアーサー・マッケンと、海外の幻想作家たちとの類似性を感じさせる部分がありますが、物語の中に充分消化されて自然なかたちになっていますし、むしろ、著者が先行する作家たちに示したオマージュととらえた方がよいでしょう。全体を通して、著者の得意とする怪奇幻想文学のエッセンスが散りばめられているのも、この筋のファンにとっては魅力的なところです。
 知名度こそあまりありませんが、日本ホラー小説史上に残る傑作のひとつ、と言っても過言ではありません。
何が殺したか?  道尾秀介『ソロモンの犬』
4163262202ソロモンの犬
道尾 秀介
文藝春秋 2007-08

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 『向日葵の咲かない夏』『シャドウ』など、問題作を発表し続ける道尾秀介の『ソロモンの犬』(文藝春秋)は、著者初の「青春ミステリー」です。ただ、この作家が書くのが、ただの「青春ミステリー」であるはずもなく、全編に伏線と仕掛けが張り巡らされています。
 まず気になるのは「青春ミステリー」とはいいながら、青春から連想される、明るさや楽天性があまりないこと。各登場人物には、それぞれ暗い過去や悩みがあり、それが全編を覆い尽くしているのです。それを象徴するように、不安に満ちたシーンから物語は始まります。
 大学生である秋内静は、ある日天気雨に降られ、たまたま目に止まった喫茶店で雨宿りをすることにします。そこに現れたのは、友江京也、巻坂ひろ子、羽住智佳の三人。彼らは親しい仲でありながら、ある事件以来、お互い会うのを敬遠していたのです。
 その事件とは、四人の共通の知り合いである、大学の女性講師、椎崎鏡子の息子陽助が、飼い犬に手を引かれた拍子に車に轢かれ、亡くなったという事件。互いに何か隠しごとをしているのに感付きながらも、彼らは事件について再び話し合うことになります。そして秋内は、ある言葉を口にします「この中に、人殺しがいるのかいないのか」…。
 知り合いの男の子が、目の前で交通事故に遭い、死んでしまうという衝撃的な事件。飼い主を眼の前にして、なぜ飼い犬は走り出したのか?というのが、本書の中心的な謎になります。
 あらかじめ教えられたサインと勘違いして走り出したのではないか? それとも眼の悪い犬が、遠くの人物を飼い主と勘違いしたのだろうか? 事件の鍵が犬の習性にあると考えた秋内が、それを推理していく過程はなかなか論理的です。関連して、中盤から登場する動物学者の間宮助教授も、ユーモラスに描かれ、いい味を出しています。
 そして事件をめぐって軋轢を深める四人。京也を疑う秋内、クールフェイスで、追求をかわしつづける京也。事件以来、口を閉ざし続ける智佳、恋人の京也に疑惑を抱くひろ子、とそれぞれの登場人物の関係と感情の揺れ動きが、前半を中心に描かれます。ただ、このあたり、事件が本格的に動き出すまで、少々もたつき気味なので退屈してしまう方もいるかもしれません。
 驚かされるのは、真相に気づき始めた秋内を襲う、後半の怒濤の展開です。序盤のシーンで描かれる不可解な現象の原因がわかったときには、なるほど!と膝を打ちました。具体的に言うとネタを割るので書きませんが、コニー・ウィリスの某作品と似た展開と言えば、分かる人には分かるかもしれません。
 もったいないのは、その後の展開。最後に事件の真相と謎解きがなされるのですが、後半の急展開の後だと、はっきり言ってどうでもいいような気になってしまうのです。真相自体は、非常によく出来ていて、伏線の張り方にも感心するのですが、構成にもう少し工夫の余地がある気がします。
 この作家、もともとトリック、ドンデン返しなどを優先に構想していて、それに当てはめて物語を構成しているような印象があるのですが、本作は、それがもっとも露骨に出てしまった感じです。端的に言えば、登場人物に「血が通っていない」感じを受けてしまうのです。今までの作品では、登場人物のキャラクターがどうこう以前に、作品の構成や仕掛けが見事だったので、あまり気にならなかったのですが、本作品では、前半のもたつき具合もあって、青春小説的な部分での「ぎこちなさ」が目立ってしまった感が否めません。
 水準以上の作品であることは確かなのですが、もっと人物描写の部分でがんばってほしかったな、というのが正直なところですね。


プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。雑誌に埋もれた短編を紹介する「埋もれた短編発掘!」コーナーもあり。「奇妙な味」の作品がお好きな方は必見です。
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