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非殺人事件  森川智喜『そのナイフでは殺せない』
そのナイフでは殺せない
 森川智喜『そのナイフでは殺せない』(光文社)は、そのナイフで殺されると特定の時間に完全な状態で生き返ってしまうというナイフをテーマとした、とんでもない設定のホラーサスペンス作品です。

 映画監督を目指す七沢は、友人の稲木戸と室伏と共に短篇映画を作っていました。ある日ふと手に入れた外国製のナイフを触った瞬間に、七沢は不思議な空間で外国人の男と相対します。
 その男ガボーニは、かって大量の人間を殺害した殺人鬼であり、その後悔から決して命を奪えないナイフを作ったと語ります。そのナイフで殺した人間は、翌日の16時32分に完全な形で生き返るというのです。
 半信半疑ながら、昆虫などで実験した七沢はナイフの効力が本物であることを確信します。このナイフで動物を殺せばリアルな映像が撮れるのではないかと考えた七沢は、その方法で映画を撮影し公開します。
 しかしあまりにリアルな映像を見た視聴者から警察に連絡が入り、七沢は取調べを受けることになります。正義に執着する小曽根警部は七沢に不信感を持ち、執拗に彼の周りを捜査し始めますが…。

 それを使って「殺し」ても絶対に生き返ってしまうというナイフをテーマとした、非常にユニークな設定の作品です。面白いのは、そのナイフを使う主人公が殺人に悦びを覚えるとか、そういう人物ではないところ。あくまで映画を撮るための手段としてしか考えていないのです。
 動物に飽き足らなくなった七沢は人間を対象にし始めるのですが、彼を疑っている小曽根警部は捜査を続けます。この小曽根警部もかなり異様な人物で、独自の正義感を持ち、場合によっては違法捜査も辞さないという人物。七沢がまだ特別犯罪を犯していない段階から、執拗に彼につきまといます。

 基本的にナイフで「殺人」を繰り返す七沢の行動は読者に明かされていくので、いわゆる犯人目線の「倒叙形式」作品といっていいでしょうか。小曽根警部との対決を描くシーンは『デスノート』そこのけ。
 ただメインの登場人物が二人ともある種の「異常者」であるので、その対決の仕方もたがが外れており、思いもかけない展開になっていきます。証拠の残らない殺人をどう起訴するのかとか、そもそもそれは犯罪なのか、殺意のない殺人は悪なのか? といった議論が交わされるのも面白いところ。

 「ナイフ」が登場するまでの序盤はいささか平板なのですが、そこからの面白さは格別です。追われた主人公の脱出方法とか、クライマックスの仕掛けなどは、ナイフの設定を上手く利用したユニークなもので、ミステリ作品としても秀逸。
 ホラーとミステリのハイブリッドといっていい作品ですが、どちらかと言うとホラー味の方が勝っていますね。ダリオ・アルジェントなどイタリアの「ジャーロ」映画を意識したと思しく、そちら方面のファンにも楽しめるのではないでしょうか。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

幻想のショーケース  恒川光太郎『白昼夢の森の少女』
白昼夢の森の少女
 恒川光太郎『白昼夢の森の少女』(KADOKAWA)は、様々な媒体に発表された作品が集められており、バラエティに富んだ幻想小説集になっています。

 一人のときにしか見えないという幻の巨人を描く「古入道きたりて」、突如焼け野原で目覚めた記憶喪失の男を描く「焼け野原コンティニュー」、ある日襲ってきた蔦により半植物化してしまった少女を描く「白昼夢の森の少女」、乗ったら二度と故郷には戻れないという船を描く「銀の船」、椰子の実から生まれたと話す奇妙な女を描く「海辺の別荘で」、毬に変身してしまった少年の物語「オレンジボール」、命令されるとその通りに動かされてしまうという謎の人形をめぐる「傀儡の路地」、突然「平成のスピリット」から電話を受け取ると言う「平成最後のおとしあな」、少年時代の不思議な体験を語るという民話風の奇談「布団窟」、生まれつき視力が悪い代りに人には見えないものが見える少年を描く物語「夕闇地蔵」の10篇を収録しています。
 どれも面白いのですが、特に印象に残ったのは「焼け野原コンティニュー」「白昼夢の森の少女」「銀の船」「傀儡の路地」などでしょうか。

 「焼け野原コンティニュー」は、気付けば記憶を失い、焼け野原に立っていた男が主人公。何が起こったのか生存者を探しますが…というお話。「破滅SF」を一ひねりした設定が面白く、物悲しさのあるお話です。

 「白昼夢の森の少女」は、突然現れた蔦に襲われた人々が半植物化してしまうという物語。そこから切り離されると死んでしまうのですが、その代わりに植物化した人々は夢の世界を共有し、普通の人間より長生きできるということがわかります。
 殺人を犯して逃亡していた少年が植物化して夢の世界に侵入したことが判明し、警察は彼らを調査に訪れますが…。
 単純に「いい話」にならないところがまた魅力的ですね。

 「銀の船」は、特定の人にだけ見え、ある年齢までにその船にたまたま出遭えた人だけが乗れるという、空を飛ぶ船を扱った物語。主人公の少女は船に出会い選択を迫られます。同時に乗れるのは一人だけだというのですが、少女はその時妊娠していたのです…。
 「人生の選択」や「過去の後悔」などについて考えさせてくれる、寓意に富んだ物語です。最後に明かされる、船のオーナーの真意もこの著者らしい皮肉が出ていますね。

 「傀儡の路地」は、命令されるとその通りに行動してしまうという人形を持つ女「ドールジェンヌ」をめぐる都市伝説風の物語。
 引退して散歩を楽しんでいた主人公は、殺人事件に巻き込まれてしまいますが、犯人は自分の意思ではなく「ドールジェンヌ」がやらせたのだと話します。
 直後に「ドールジェンヌ」と遭遇した主人公は、ほかにも被害者がいるのでないかと考え、ネットで仲間を集めますが…。
 超自然的な存在「ドールジェンヌ」をめぐって展開される物語なのですが、どんどんと予想外の方向に行ってしまうのが非常に面白い作品です。この作品集の中では一番の面白さですね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

夢の中で生きる男  半村良『夢中人』
夢中人 (祥伝社文庫)
 半村良『夢中人』(祥伝社文庫)は、夢をテーマにした幻想的な連作長篇です。どこからどこまでが夢なのかわからないという、不思議な雰囲気が味わえます。謳い文句の「長編奇想小説」が楽しいですね。

 孤独を愛する小説家の「私」は新しく出来たホテルの常連客となり、家にも帰らずホテルにこもっていました。ある夜見たことないホテルマンから常連客だけに案内するというオーナーズ・バーに招待されますが、そこから「私」は不可思議な現象に出会うことになります…。

 小説家の「私」が夢に関わるいろいろな事件に遭遇する…という話なのですが、各エピソードの語り手が本当に「私」なのか、そもそもエピソード同士に関わりがあるのかどうかもはっきりしません。
 夢をテーマにした話らしく、「私」の固有名詞も出てこず、登場する他のキャラたちも一部を除いて代名詞で著されるなど、非常にもやもやした物語になっています。とはいえ、面白く読めるのはやはり著者の筆力でしょうか。

 最初は個々の現象に出会う連作という感じなのですが、中盤から「私」の甥の会社で発生した毒殺事件がクローズアップされ、その事件の謎が追及されるという展開になっていきます。ただ夢の話であるので、その「捜査」も夢の中を歩くよう。そもそも殺人が本当に起きたのか夢なのかもわからないのです。
 夢の中の犯罪を取り締まる「夢中署」とその刑事が登場するのもユニークです。刑事は本当に存在するのか、それとも「私」の夢なのか?

 「信頼できない語り手」というモチーフがありますが、この作品では語り手自身、自分で自分が信用できないのです。
 夢の中に閉じ込められ同じ夢を繰り返すという悪夢めいたエピソードがあるかと思えば、夢の中で二人に分裂した「私」が夢の中の女性をめぐって争うというユーモラスなエピソードもありと、登場するモチーフも多種多様。
 夢という曖昧模糊としたイメージを上手くエンタメ作品に仕上げた作品です。

 著者の半村良には「夢の底から来た男」「 夢たまご」「夢あわせ」など、「夢」をテーマにした作品が結構あります。著者お気に入りのテーマだったのかもしれませんね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

脳髄の幻想  夢野久作『ドグラ・マグラ』
ドグラ・マグラ (上) (角川文庫) ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)
 夢野久作の長篇『ドグラ・マグラ』(角川文庫)、長年の懸案の作品でしたが、ようやく読むことができました。非常に要約が難しく、「奇書」としかいいようのない作品です。

 九州帝国大学の精神病科の独房で目を覚ました青年は、自らに記憶がないことに気付きます。隣の独房では何やら少女が泣き叫んでいました。やがて現れた若林博士は、青年がある殺人事件に関係しており、その詳細を知るためにも記憶を取戻してほしいと語ります。
 青年は、天才と言われた精神病科教授の正木博士が提唱した「狂人の解放治療」計画の重要な対象患者でしたが、正木博士は1ヶ月前に自殺してしまったといいます。若林博士の話、そして正木博士が残した資料を読み進むうちに、青年は、過去の殺人事件には恐るべき因縁が潜んでいることに気がつきます…。

 基本は、青年が博士から聞く話と関連資料とから成っているのですが、途中で正木博士が書いたという論文「胎児の夢」「脳髄論」「キチガイ地獄外道祭文」などが挿入されます。これらの資料があまりにも饒舌かつ読みにくいのです。
 青年が成したであろう殺人には真犯人がいるのではないか? という疑問が途中で提出され、読者としてはその謎が気になるのですが、その間に正木博士の長い文章が挟まれてしまい、物語の流れを何度も中断してしまいます。
 ただ、文庫版にして上巻を超えるあたりから、物語が本格的に動き出し、多少読みやすくなります。一族に伝わる絵巻物の因縁と由来が登場してからは、一気に伝奇色が濃くなり、その面白さで最後まで読めるかと思います。

 ものすごく大雑把に要約すると、先祖の精神病質の遺伝によって現代において惨劇が起こる…というちょっとゴシックっぽい話です。そこに人の手が加わり、独自の思想や哲学が肉付けされていくという感じでしょうか。しかも「語り」が作中で自己否定されたりするので、非常にややこしくなってくるのです。
 日本ミステリの三大奇書の一つとされる作品ですが、これをミステリだと思って読むと、読み切るのは難しいのではないかと思います。幻想小説だと割り切って読む方が読みやすいのではないでしょうか。

 これから読もうと思っている人に一つアドバイスしておきたいと思います。読み始めてしばらくしてから出てくる「キチガイ地獄外道祭文」、「チャカポコ」のフレーズで有名な部分です。ここで挫折してしまう人が結構いると思うのですが、正直ここは読み飛ばしても、物語を読み取るのにそうそう影響はないと思います。ここで挫折してしまうよりは、読み飛ばしてでも話を先に進めた方がいいのじゃないかなと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

永遠なる呪い  神護かずみ『人魚呪』
人魚呪
 神護かずみ『人魚呪』(角川書店)は、人魚の肉を食い不老不死になった男を描く伝奇小説です。

 漁村の外れに住む佐吉は、その魚にも似た容姿から村人に「魚人」と呼ばれ蔑まれる日々を送っていました。父親の遺言により、遺体を海の洞窟に運んだ佐吉はそこで美しい人魚マナと出会います。言葉は通じないものの、やがて彼女を愛するようになった佐吉でしたが…。

 父親が人ならざるものとの間に成したと言われる男、佐吉が人魚の肉を食べたことにより不老不死になり、それにより運命が変わってゆく…という物語です。
 人々から虐げられていた佐吉が、人魚マナとの出会いにより生きる意味を見出しかけますが、マナの残虐な本性を知るに及び、彼女を手にかけてしまうのです。マナの肉を食べた佐吉は不老不死になりますが、それはやがて残酷な運命を佐吉にもたらすことになります。

 主人公の佐吉はもともと村中から排斥されている存在であり、その時点で不幸な身の上であるのですが、人魚の肉を食べたという噂が広がり、更にひどい扱いを受けることになります。村を出た後も一時的にいい思いをすることがあるものの、一貫して不幸な生涯を歩むことになります。

 舞台となるのは、織田信長の絶頂期。後半には実際に信長も登場し、佐吉の人生にも関わっていくことになります。また佐吉の相棒的な存在として、山師といってもいい破天荒な僧、黒快という魅力的なキャラクターも登場します。
 信長にせよ黒快にせよ、死んだような人生を送っていた佐吉にとっては眩しいような人物たちであるのですが、彼らが羨む不老不死が本当に幸せなのか? というテーマも見え隠れします。

 主人公が不老不死を手に入れる前も手に入れた後も、一貫して不幸な人生を余儀なくされる…という意味でかなり救いのない物語ではありますね。出生の秘密も人魚との関わり合いも、全てが主人公を突き落とすような事実に満ちており、全体にダークな色調の物語になっています。
 殴打されたり斬られたりと、主人公が不老不死であることを示すシーンはグロテスクな部分もあるのですが、そこがまた魅力でもあります。
 無法ともいうべき時代背景も相まって、無常かつ残酷な結末も非常に印象的ですね。これは傑作といっていいのではないでしょうか。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

悪魔のサービス  木犀あこ『美食亭グストーの特別料理』
美食亭グストーの特別料理 (角川ホラー文庫)
 木犀あこ『美食亭グストーの特別料理』(角川ホラー文庫)は、グルメ業界で噂の店「美食亭グストー」を舞台に、悪魔的な料理長が奇怪な料理を出すという作品です。

 食に人一倍執着のある大学生の一条刀馬は、上手い料理を求めて、グルメ界隈で有名な店「美食亭グストー」を訪れます。店長である荒神羊一に気に入られた刀馬は店で働くことになりますが、荒神が手がけるのは表の店ではなく、地下の「怪食亭グストー」でした。
 「怪食亭グストー」を訪れるのは、食事だけでなく人間的にも問題を抱えた客ばかり。刀馬は、荒神とともに様々な客と料理に出会うことになりますが…。

 悪魔的な料理人、荒神とその助手になった青年刀馬が、様々な客と出会い、美食・珍食を手がけていくという連作短篇になっています。

 「第一話 フォーチュン・オイスター」は、妻と娘が父親にサプライズとして特別料理を振舞う…というお話。ブラック・ユーモアが効いていますね。

 「第二話 極楽至上の熟成肉」は、著名な美食家が古い本で知った熟成肉の再現を依頼してくるが…という物語。依頼者の本当の目的を探る過程は実にスリリングです。このエピソードに登場する料理は、作中でも一番美味しそうですね。

 「第三話 水曜まずいもの倶楽部」は、まずい料理を積極的に味わおうというサークルを主宰する男性がその信念から他の会員と軋轢を起こす…という物語。「まずさ」に関する心理的な考察が興味深いです。

 「第四話 すっぽんのスープ」は、幼い頃自分を世話してくれた老夫婦が作ってくれたすっぽんのスープの味が忘れられない女性が、その味を再現してほしいと依頼してくる…という物語。事件の真相が明かされる部分は背筋が寒くなります。

 どのエピソードでも、奇怪な料理やおかしなコンセプトの料理が登場しますが、表面のグロテスクさをかき分けると、その裏にあるのは、それを食べたがる人間の過去でありトラウマであるのです。
 偽悪的なポーズをとりながらも、荒神は客に対する「サービス」を忘れず、またその荒神の姿に刀馬は惹かれていくことになります。
 また、客だけでなく荒神自体の秘められた過去と家族との軋轢、彼と似た環境を持つ刀馬の背景とが、全篇を通して描かれてもいきます。

 奇食・珍食が趣向だけでなく、しっかり物語の内容、登場人物の造形に結びついており、奥行きのある物語になっています。料理の例えを用いるなら非常に「コクのある」作品といってもいいでしょうか。ホラー文庫というレーベルではありますが、ホラーが苦手な人にも読んでみてほしい作品です。

 ちなみに「第四話 すっぽんのスープ」では、パトリシア・ハイスミスの恐怖短篇「すっぽん」が重要なモチーフになっていますので、その筋のファンにもお薦めしておきたいと思います。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

怪奇の伝統  紀田順一郎・東雅夫編『日本怪奇小説傑作集』
日本怪奇小説傑作集1 (創元推理文庫) 日本怪奇小説傑作集 2 (創元推理文庫) 日本怪奇小説傑作集 3 (創元推理文庫)
 2005年に刊行された、紀田順一郎・東雅夫編『日本怪奇小説傑作集』(全3巻 創元推理文庫)は日本の怪奇小説を集大成するシリーズです。

 1巻は、いわゆる文豪、純文学系の作家の作品が多くなっています。特に印象に残るのは、田中貢太郎「蟇の血」と大仏次郎「銀簪」
 田中貢太郎の作品は、いわゆる魔女屋敷ものといっていいのでしょうか、何やら夢うつつの雰囲気で始まる不条理風怪談で、その異様な雰囲気が強烈な印象を残します。
 大仏次郎「銀簪」は手堅いオーソドックスな怪談ですが、維新前夜の商人を主人公にした近代的な装いの傑作ですね。

 2巻は1935~1961年の作品を集めています。純然たる怪奇小説に混じって、これが怪奇小説?と思われるような作品も混じっているのが特徴。
 横溝正史の「かいやぐら物語」、遠藤周作の「蜘蛛」などはストーリーそのものの面白さも相まって楽しく読めます。
 三島由紀夫の「復讐」は、得体の知れない復讐者の復讐をある諦観を持って待ち受ける家族の物語。結末において復讐者の死が示されますが、それが嘘であるかもしれない可能性も示されます。雰囲気が素晴らしいですね。
 園地文子の「黒髪変化」は、プレイボーイの青年が良家の子女と婚約し、邪魔になった女をうとましく思うようになる…というクライムストーリー風の作品。結末がぶつ切りになっており、ゴーストストーリーの展開部といった趣の作品です。
 山本周五郎の「その木戸を通って」は、リドルストーリーの秀作。記憶喪失に陥った娘が屋敷の若主人と結婚し子供も生まれますが、ある時記憶が蘇り、いずこともなく消えてしまう…という味わいのある作品です。

 3巻は粒がそろっています。
 山川方夫の「お守り」は、いわゆるドッペルゲンガーの話ですが、それを現代の団地を舞台に現代的な解釈を施した作品です。読み方によっては全てが偶然であるととらえることも可能な、奇妙な味の佳品ですね。
 小松左京「くだんのはは」、都筑道夫「はだか川心中」、星新一「門のある家」、半村良の「箪笥」もはやいうまでもないアンソロジーピースで、面白さはお墨付き。
 中井英夫は「影人」ではなく、もっといい作品が他にあるような気もしますが、どれをとっても名作揃いという意味合いではいいのでしょうか。
 澁澤龍彦「ぼろんじ」は、洗練の極致のような物語。ストーリー性が豊かで、どんどん読み進められます。女装の美男子と男装の美女が対置される物語は、きわめて様式的ですね。
 3巻で一番感銘を受けたのは、三浦哲朗の「楕円形の故郷」です。
 田舎から出てきた孤独な青年が、一緒に郷里を出た娘に執着しているという発端で始まる作品。青年が神経を病んでいくというサイコスリラーかと思いきや、途中で盆栽が出てくるあたりから、趣を変えてくるところが面白いですね。
 ミニチュアに入り込んでしまうという発想は前例がありますが、結末のイメージの鮮烈さは比類がありません。この作品だけでも、この本を買った価値があると思えるような作品でした。

 やはり日本の怪奇小説を網羅するという意味では、三巻ではとうてい足りなくて、もっと続きを読みたい!と思わせてくれる良アンソロジーでした。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

日常と異界  澤村伊智『ひとんち 澤村伊智短編集』
ひとんち 澤村伊智短編集
 澤村伊智『ひとんち 澤村伊智短編集』(光文社)は、比嘉姉妹シリーズで知られる著者のノンシリーズのホラー短篇集です。収録作はそれぞれ工夫が凝らされた作品揃いで、非常に面白く読めます。

「ひとんち」
 学生時代のバイト仲間で現在は主婦である香織の家に、共通の友人とともに遊びに来ることになった歩美。話をしている内に、家によって独自のルールがあることに話が及びますが…。
 普通の友人だと思っていた存在が実は…という、身近な人間の恐ろしさを語るホラー作品。自分は当たり前だと思っていることが他人から見るとおかしい…という気づきを上手く作品化していて秀逸です。

「夢の行き先」
 小学五年生のあるクラス内で同じ悪夢を見る子供たちが続出します。それは奇怪な老婆に追いかけられる夢でした。子供同士で話し合った結果、その夢は3日ごとに子供たちの間を移動していることがわかりますが…。
 移動する悪夢を描いた作品です。得体の知れない現象に独自のルールがあることが判明していく過程はサスペンスフル。アイディアが非常に面白い作品です。

「闇の花園」
 クラスメイトともろくに口を聞かない黒ずくめの少女、沙汰菜を心配した教師の吉富は、彼女の母親が異常者であり、娘は母親に洗脳されているのではないかと疑います…。
 妄想に憑かれたかに見えた人間が実は…という、ある意味ベタな怪奇作品。ストレートなオカルトネタが楽しい作品です。

「ありふれた映像」
 スーパーでパートとして働く主婦の「わたし」は、ある日スーパーで流れる販促映像に奇妙な死体のようなものが写っているのに気がつきます。その映像を撮った監督は行方知れずになっているというのです。ひょんなことから新しい販促映像に「わたし」は出演することになりますが…。
 映像に異様なものが映り込んでしまう…という作品。映像そのものも、それを撮った人間の目的や因果関係もはっきりせず、不条理度の高い作品になっています。

「宮本くんの手」
 出版社で働く澤田は、同僚である宮本の手が荒れてぼろぼろになっているのに気がつきます。手の荒れはやがてエスカレートしていきますが…。
 ぼろぼろになった手は何かの前兆なのか? 奇妙な味の作品です。

「シュマシラ」
 食玩を集めていた「私」は熱心なコレクター、柳の訪問を受けます。彼はある食玩シリーズに含まれていた「シュマシラ」なる存在を調べているというのです。それらの話を聞いた「私」の同僚でオカルト好きの川勝は、独自に「シュマシラ」を調査している過程で失踪してしまいます。
 柳と共に川勝の跡を追った「私」はある動物園にたどり着きますが…。
 謎の妖怪を求める内に異界へと紛れ込んでしまうというホラー作品。異界の描写は得体が知れなくてかなり怖いです。

「死神」
 ある日友人の日岡からペットを預かってほしいと頼まれた植松は、鉢植えと昆虫飼育ケース、水槽とハムスターなどを預かります。しかし預かったペットは次々と死んでしまい、それに伴って語り手には記憶が飛んでしまうという不思議な現象が起こり始めます。
 日岡と以前付き合っていたという女の話では、友人はペットなど飼っていなかったというのですが…。
 水槽に潜んでいるのは何なのか? 怪物の正体を終始明かさないところが怖いですね。謎の怪物、記憶とアイデンティティー、そして「不幸の手紙」。多様なテーマをミックスしたユニークな作品です。

「じぶんち」
 スキー合宿から帰ってきた卓也は、自宅に家族がいないことに気づきます。不安にかられた卓也は父親に電話をしますが、父親は異様な反応を示したために電話を切ってしまいます。やがて卓也は部屋の中の不自然さに気付きますが…。
 SF的なテーマの恐怖小説です。一体何が起こっているのか、なかなかはっきりしないのですが、異様な不安感があります。「怖さ」では集中でも一番なのではないでしょうか。少年が急にひとりぼっちになってしまう怖さと淋しさとがよく出ていますね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

魔物の出る夜  秋竹サラダ『祭火小夜の後悔』
祭火小夜の後悔
 秋竹サラダ『祭火小夜の後悔』(KADOKAWA)は、怪異現象に詳しい女子高校生、祭火小夜(まつりび・さや)の周囲で起こる怪事件を描いた連作短篇集です。

 第1話「床下に潜む」は、数学教師の坂口が、旧校舎で床板をひっくり返す怪異現象に遭遇するという物語。第2話「にじり寄る」は、男子高校生の浅井が毎夜、巨大な虫の霊のようなものに憑かれるという話。第3話「しげとら」は、幼いころに「しげとら」なる人外らしき存在と取引をしてしまった少女糸川葵が、彼の取立てから逃げようとする物語です。
 それぞれのエピソードの主人公たちは、祭火小夜から怪異についての情報や協力を得て、事件を解決したり難を逃れたりします。
 最終話「祭りの夜に」では、3人が彼女に協力することになります。祭りの夜に「魔物」が出現し、小夜の兄の命を狙うというのです。兄の囮になるために、4人は車で「魔物」を引きつけながら逃げ続けなければならないというのですが…。

 いわゆる「ゴーストハンター」的な題材を扱った作品なのですが、主人公、祭火小夜がそれほど「濃い」キャラクターになっていないのが、逆に斬新です。それぞれのエピソードの「アドバイザー」「介助者」的なポジションになっているため、事件そのものがクローズアップされるような形になっています。

 怪異現象そのものにはそれほど目新しさはないのですが、それぞれミスディレクション的な仕掛けがされているのと、「解決法」に工夫がされているのが面白いところですね。その点特に面白いのが、三話の「しげとら」
 人間の前に突如現れ、望むとおりの願いを叶えるという「しげとら」。願いを叶えた人間のもとに、十年後に取り立てにくるというのです。しかも三年後と七年後、契約を忘れないようにそれぞれ姿を現すといいます。
 この「しげとら」、確認に来る際にそのままの姿で現れるのではなく、誰か別の人間の姿を借りて現れるというのが特徴で、どんなに用心していても、不意打ちのような姿で現れるのが怖いです。親友や身内の姿で現れる可能性さえあるのです。神出鬼没の怪人から逃れる手段はあるのでしょうか?

 三話目にかなりインパクトがあるため、最終話が少しかすんでしまっている印象がないでもないのですが、こちらはこちらでなかなか面白いです。
 最終話では仲間とともに「魔物」から逃げ続けるという指示を出す祭火小夜ですが、詳しい話は明かしてくれません。「魔物」とはいったい何なのか?なぜ小夜の兄は狙われるのか…?
 小夜とその家族の過去も徐々に明かされていきます。小夜の兄を助けるだけでなく、過去をやり直す手段にもなることに気付いた坂口の取った手段とは…? 小夜の「後悔」とはいったい何なのか?
 結末に至っても「謎」は残るのですが、このあたりは続編が書かれれば、そこで明かされるのかもしれませんね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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