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少し不思議な世界  たからしげる作品を読む
 たからしげるは、2000年代初頭から児童文学畑で活躍している作家です。長篇でも短篇でも、ホラー・SF・ファンタジーといったジャンル小説的な要素が強い作品が多くなっています。特に短篇では<奇妙な味>風味というか、<異色短篇>風味もあり、大人が読んでも楽しめる作品集となっているように思います。以下、いくつか作品を紹介していきますね。



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たからしげる『落ちてきた時間』(パロル舎)

 ヤングアダルト向けに書かれた幻想的な短篇集です。各エピソードの主人公になるのは、日暮坂小学校6年1組の児童たち。ふとしたことから日常の境目にある不思議な世界や出来事に出会う、という作りの物語になっています。
 最終的に事なきを得ることにはなるのですが、常識では捉えられないトラブルに巻き込まれてしまった子どもたちがどうなってしまうのか?という部分で、サスペンス味とちょっぴりのホラー味があります。

 その中を通ると年を取ってしまう不思議な段ボール箱をめぐる「時間小屋」、時空を超えたいたずら電話を描く「声」、少女が危機の際に現れる女性たちの秘密を語った「夏の幻」、ある日校庭に現れた奇妙な穴に入り込んだ少年たちを描く「穴」、ハイキングに出かけた少年が異世界に入り込んでしまう「ジュンヤ」、予知夢を見る少年が災害を回避しようとする「夢」、ペットの文鳥の名を名乗る不思議な老人と出会った少年の物語「ちゅんちゅく」、地球を征服するための偵察に訪れた異星人が奇妙な赤ん坊と遭遇するという「異」、病に倒れた祖母が犬の姿になって現れる「化身」の九篇を収録しています。

 「時間小屋」は、不思議なダンボール箱の小屋をめぐる物語。そこを通り抜けた結果、老人になってしまった友人を元に戻そうと、少年は対策を考えることになります…。
 年を取ってしまった経緯を聞いた主人公が、論理的に対策を考えるのですが、対象であるボール箱の中は不条理に満ちている…という点で怖さもあるお話です。

 「夏の幻」では、幼い頃から何度か命の危機を見知らぬ女性に救ってもらった経験のある少女が描かれます。助けてくれた女性は、そのたびごとに年齢が上の女性であったことに気付きますが…。
 「時間テーマ」作品というと、何となくお話の予想はつくかも。少女の記憶と日常が叙情的に描かれる雰囲気も良いですね。

 「ジュンヤ」は、少年が異界に入り込んでしまうという物語。友人の洋市と共に山にハイキングに出かけた少年順也。洋市が一向に現れず迎えに行きますが、いつの間にか見知らぬ場所に入り込んで、迷ってしまっていました。同じく迷ったらしい子猫と出会うことになりますが…。
 これは山で異界に入り込んでしまった少年たちを描く物語。その世界から帰ってこれるのか、というところと、世界の存在の仕方というか現実世界との重なり方が独特で面白い作品です。

 「ちゅんちゅく」は、少年たちが不思議な老人と出会うという物語。翔太の友人彰の隣家には大きな林が敷地内に存在していました。光の玉が林に落下したのを目撃した二人は、林の中に入り込み、そこで老人に出会います。老人にはまともな記憶がないようなのですが、なぜか翔太の名前を知っており、自分の名前が「ちゅんちゅく」であると名乗ります。
 老人が自分の名前を知っていることに驚く翔太でしたが、彼が、自分の飼っている文鳥「ちゅんちゅく」と同じ名前を名乗っていることにも驚きます…。
 文鳥が化身して人間となって現れるという幻想物語。人間の姿は、生物的に相当する高齢の姿で現れるところがユニークですね。「ちゅんちゅく」の名前は、作者の亡くなった愛鳥の名前から来ているとか。

 全体に<異色短篇>というか<奇妙な味>というか、そうした味わいの短篇が収められた、楽しい作品集になっています。



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たからしげる『ナイトメアのフカシギクラブ 5分間ノンストップショートストーリー』(PHP研究所)

 ホラーテイストのショートストーリー27篇を集めた作品集です。
 面白く読んだのは、飲んだ状態で相手の目を見ると中身が入れ替わってしまう不思議な錠剤をめぐる物語「マコンデの錠剤」、つり革からそれに掴まった人物の思念を読み取ってしまう少女を描いた「つり革ぎらい」、見た目がそっくりな生徒が二人現れるという「とすると」、事故で死んだはずの両親が生きている世界に紛れ込んだ少女を描く「八月二日の朝」、母子家庭の息子が亡くなった父親に会いたいと願ったことから起きる奇妙な物語「宇宙のバランス」、かくれんぼで隠れた弟が存在しないことになってしまう「パラレルクローゼット」、亡くなった祖母から電話がかかってくるという「かかってきたイエデン」、新築の家の中に突然出現したふすまの物語「ふすまのむこう」、なかなか会えない上の部屋の住人をめぐる「ジョージくん」、落ちるとゾンビになってしまうという沼に落ちた弟と再会した姉を描く「闇沼から帰る」、幽体離脱した少女が体を離れて遠くまで行きすぎてしまう「糸が切れたら」、死んで魂になった少女の生まれ変わりを描く「青空の上から」など。

 子どもたちが、日常で不思議な現象に出会う…というお話が多いのですが、全体にホラー味が強いです。この手の児童向けホラーでは、子どもたちがルールを破ったり、利己的な動機から二進も三進もいかなくなる、というパターンが多いですが、本書ではそういうパターンはほとんどなくて、家族や友人などを思うがゆえに泥沼にはまってしまう、という形が多いですね。
 亡くなった親に再会したいと願うことから異常な事件に巻き込まれてしまう「八月二日の朝」「宇宙のバランス」、存在が消えてしまった弟を探し続ける「パラレルクローゼット」、ゾンビになってしまった弟を助けようとする「闇沼から帰る」など、肉親への愛情がテーマとなっている作品では、切なさと叙情性が強くなっていますね。
 死んでしまった娘と父親が死後の世界で再会し、生まれ変わりを予期させる「青空の上から」では、「魂の絆」が描かれており、暖かいファンタジーとなっています。
 アイディア・ストーリー集としてもよく出来ているのですが、それらがアイディアのみでなく、登場人物の繊細な心理と結びついており、しっとりとした味わいになっています。そのため、バッドエンドになってしまうホラー作品でも、後味が悪くないのが魅力でしょうか。



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たからしげる『ミステリアス カレンダー』(岩崎書店)

 夢見沢小学校六年一組のクラスには、日々不思議なことが起きていました。子どもたちは12カ月にわたってその不思議な出来事をノートに綴っていくことになります…。

 夢見沢小学校六年一組のクラスに起きた不思議な出来事が、一年にわたって綴られていくという連作短篇集です。小学校の一学年ということで、新学期の4月から翌年の3月まで、一月ごとにエピソードが描かれていくという趣向になっています。
 「神隠し」や幽霊、未来とつながる話、不思議な夢を見る話など、語られる話もバラエティに富んでいます。
 特に面白く読んだのは、事故で死んでしまった女の子が転校生に姿を変えてクラスに現れるという「転校生 柏崎洋一の4月」、未来の自分から、危機を避けるようにとの警告の電話をもらう「未来からの電話 飯島弘記の7月」、クラスの嫌われ者にしてやられる悪夢を見続けるという「連続夢 水上大介の9月」、目に見えない男の子の声がその過去を語っていくという「だれにもみえない 山形明子の11月」、強盗に襲われ殺されてしまった少年とその父親が幽霊となって強盗の後を追う「のっぺらぼん 松村友昭の12月」、墓参りの後に死んだはずの姉が現れる「お墓まいり 桜田美樹の2月」などのエピソード。
 全体にコミカルなタッチではありますが、時折、少し怖いエピソードも混じっています。とはいえ、それほど後味の悪いものはないので、楽しく読める本になっています。



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たからしげる『想魔のいる街』(あかね書房)

 脳の病気で母親が突然亡くなり、息子の有市は悲しみに沈んでいました。父は忙しく、手伝いに来てくれた祖母は妹の奈津美にかかりきり。親友の啓太からの誘いをめぐって、祖母に反発した有市は、自転車で家を飛び出したところ、車にはねられてしまいます。
 もう一つの世界では、入院していた母親のもとに向かった有市は、帰り道で見知らぬ男に声をかけられます。ソーマと名乗る男は語ります。この世界は有市が作り出した、あるはずのない世界だと。本当の有市は、脳外科病院の集中治療室の中で、昏睡状態のまま眠っているのだというのですが…。

 母親の死を認められない少年が、昏睡状態の中で母親がまだ生きている、自分だけの世界を創造してしまう…という作品です。
 ソーマと名乗る謎の男からその事実を教えられた有市が、母親が死んでしまっている現実世界に帰ることを決断できるのか? というのがメインテーマとなっています。
 ソーマはどうやら時空や想像の世界を行き来できる超自然的な存在らしく、有市以外にも自分だけの世界を創造している人物について語ることになります。ホームレスになってしまった元作家、孫を待ち続けるおばあさん、想像の中で友情をはぐぐむクラスメイトの少年など、有市の決断を後押しするため、ソーマは様々な世界を見せることになるのです。
 物語のキーパースンとなるのが、有市のクラスメイト朔也。大人しい少年で、現実世界では有市とはあまり接点がないものの、朔也の方では有市の環境に同情し、友人になりたいと願っているのです。ソーマによって見せられた朔也の想像の世界から、彼の思いを知り、二人は友情をはぐくむことになる…という流れも良いですね。
 母親の死を受け入れ、反発する肉親と和解する…というのが物語の最終的な目的であるわけですが、かといって有市を始めとした人々の「空想」が否定されるわけではありません。その「空想」は本人の希望の念から生まれたものであり、それは尊重されるべきものなのです。それが良く表れているのが朔也で、彼は「現実」と「空想」をはっきりと認識したうえで、その世界を楽しんでいることが示されます。
 肉親の死を始め、厳しい現実をどう受け入れるのか? といったところで、さまざまに考えさせるテーマを含んだ真摯な物語となっています。



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たからしげる『さとるくんの怪物』(小峰書店)

 子どもたちの間では、ある噂が流行っていました。公衆電話から自分のケータイに電話をかけて、決まったメッセージを吹き込むと、後に自分のところへさとるくんから電話がかかってくるというのです。上手くすれば願いを一つかなえてくれるといいますが、彼の顔や姿を見たら異界へ連れていかれてしまうというのです。
 赤城航太は、ある日公園でクラスメイトたちに絡まれている見知らぬ少年を見つけます。彼は里流と名乗りますが、嘘なのか本当なのか分からない話を繰り返し、航太を困惑させます。
 思いを寄せる少女七海と出会った航太は、転校生だという里流のために、一緒に学校を案内してあげることになりますが…。

 ある儀式を行うと願いを叶えるか、もしくは異界に連れていかれてしまうという「さとるくん」の伝説が語られ、その妖怪本人としか思えない少年が現れる…という物語です。彼が現実世界に現れたのには理由があるらしく、友人となった航太と七海は彼に協力していくことになります。
 人懐こく、可愛らしい少年里流なのですが、その本当の目的は自らの使命を完遂することで、下手をすると人が一人異界に連れ去られてしまう危険があるのです。
 さとるくんの儀式を行った子どもの正体が伏せられており、それは誰なのか? といったミステリ的な興味もありますね。
 里流は、有名な「さとるの化物」を思い起こさせる存在なのですが、事実、彼がその関係者であることも語られます。航太と七海が、里流への友情と、超自然的存在としての恐怖とが入り混じった感情を覚えるようになる、というのも面白いところですね。
 里流のとぼけたキャラクターも相まって、チャーミングな物語となっているのですが、ところどころで異界の存在が匂わされ、時折不穏な空気が混じるのも特徴です。
 人間と妖怪の友情物語といってよい作品ですが、都市伝説風の導入部から、こうした方向に物語が進むのもなかなかにユニークだと思います。



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たからしげる『プルーと満月のむこう』(あかね書房)

 高島裕太には、幼い頃から鳥の声が時折分かるということがありました。親友の一騎が小鳥を買いにいく際、裕太もついていくことになります。お店で一騎が一目ぼれしたセキセイインコを買うことになりますが、インコが人間の大人のような言葉を話しているのを聞き、裕太は驚きます。
 一騎は、裕太の亡き父が飼っていたインコと同じプルーという名前を、セキセイインコにつけることになります。
 プルーには亡き父親の魂が宿っているのではと考えた裕太は、プルーの様子を窺いますが、父親らしき存在はなかなか姿を現さず、プルー自身のつぶやきだけが聞こえていました…。

 鳥の声を聞くことのできる少年が、亡き父親の魂が宿ったらしいインコと出会う…という物語です。
 裕太は、自分の生まれる前に亡くなってしまった父親と言葉を交わしたいがために、友人の一騎のもとにプルーに会いに出かけますが、たまに父親らしき存在が現れはするものの、満足な言葉を聞くことはできません。鳥の言葉が分かるといっても、裕太の側が理解できるだけで、鳥側には言葉は伝わらないようなのです。
 折しも、母親が勤め先の店長と再婚を考えているのでは、という疑いが持ち上がり、裕太は気持ちの整理がつかなくなっていきます。
 プルーに宿っているのは父親の魂なのか?それともプルーが父親の生まれ変わりなのか? さらに先代のプルーはどこへ消えてしまったのか? と様々な疑問が浮かぶのですが、そのあたりにはっきり解決をつけないこともあり、神秘的なトーンが強くなっていますね。
 「事実」はどうあれ、主人公裕太がプルーとの出会いを通して、父への思い、母の再婚問題などを含めて、自らの気持ちに対して一区切りをつけることになる、という意味で、清涼感のある成長小説となっています。
 鳥の声を聞くことが出来るという裕太の能力に関しても、聞こえたり聞こえなかったり、一方通行だったりと、曖昧さを残した力となっており、そのあたりのニュアンスも、この柔らかい雰囲気の物語には合っているように思います。



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たからしげる『盗まれたあした』(小峰書店)

 小学六年生の金子裕太は、ある日留守番をしている最中にインタホンの音を聞いて確認しますが、そこには誰もいませんでした。直後に部屋に戻ると、裕太そっくりの少年が目の前にいることに驚きます。慌てて逃げ出した裕太は帰ってきた母親にその事実を訴えますが、逆に母親は偽物を裕太と認めて、追い出されてしまいます。
 親友の野村啓輔の家を訪れた裕太は、自分と同様に偽物に追い出されてしまった啓輔を見つけます。当惑した二人は、学校に向かいますが、そこには二人と同様に、偽物の出現によって追われてしまった少年たちが集まっていました。彼らは対策を考えることになりますが…。

 自分たちそっくりの偽物によって、家を追い出されてしまった少年たちの冒険を描く幻想的なSF作品です。
 入れ替わった偽物たちは自分たちそっくりなのに対して、少年たち当人たちは逆に容姿が変貌してしまったらしく、本物と認めてもらえなくなってしまいます。教師たちに訴えようとしますが信じてもらえず、やがて一時的に皆の周りを離れた少年たちも行方不明になってしまうなど、その不条理さ加減は強烈です。
 顔が変貌したため、知り合いのはずの仲間たちも誰が誰なのか判別できません。しかも時間が経つにつれて、更なる変貌が起こっていたりと、何が起こっているのか把握するまでの展開には、息詰まるような怖さがありますね。
 後半で、少年たちが起こっている事態を大まかに把握することにはなるのですが、それが分かっても事態が不条理であることには変わりありません。根本的には日常を元に戻すことが不可能、という点で、物語が閉じた後も不安感が解消されず、ホラー味も強いです。
 自分が周囲に自分だと認めてもらえない…というアイデンティティーに関わる不安がテーマになっているのですが、本作では自分の体や容姿自体が変貌してしまうため、その不安感がさらに強調される形になっています。友人同士で何度も相手の名前を確認するシーンなどは、シュールでありながらも恐怖感が感じられますね。
 後半では、自分は本当に「自分」といえるのか? という哲学的な疑問まで発生し、いろいろ考えさせられてしまう部分もあります。
 「分身」や「ドッペルゲンガー」テーマの作品であるのですが、このテーマ特有のアイデンティティー問題にとどまらない読み味が特徴です。設定や世界観に広がりがあり、物語のスケールが大きくなっていくのも魅力でしょうか。



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たからしげる『みつよのいた教室』(小峰書店)

 桃岡小には「みつよ伝説」と呼ばれる伝説がありました。みつよなる<妖怪>が放課後の音楽室に忍び込んで<メリーさんのひつじ>を演奏したり、歌ったりすることがあるというのです。
 桃岡小は児童の減少のため、今年の六年生が卒業すると同時に、統廃合による廃校が決まっていました。それと時を同じくして、みつよの噂が広まり始めます。桃岡小の卒業者である古い世代の大先輩たちが、みつよに関する夢を見たり、みつよの存在に関して記憶を思い出したというのです。彼らによれば、みつよは今でも六年一組の教室に住み着いているのだと。
 ある日、六年一組の教室に助けを求めるメッセージが書かれているのを発見した子どもたちは、みつよが実在し、しかもクラスの中に紛れているのではと考えます。
 神秘的な少女有加がみつよではないかと考える淳は、妖怪に詳しい翔太、音楽の才能に優れるクリスなど、友人たちと共に、みつよについて調べていくことになりますが…。

 小学校の特定のクラスに現れる<妖怪>みつよをめぐるファンタジー作品です。もともと学校の伝説としては存在していた、みつよの噂が、廃校が決まった時点で大きくなり始めます。卒業生がみつよについての記憶を突然思い出したり、実際のクラスの黒板に助けを求めるメッセージが現れることにもなります
 学校に住み着くみつよが、廃校になってしまったら居場所をなくしてしまうであろうことを知った児童たちは、みつよを助けようと考えるのです。
 やがて、みつよはその性質上、クラスに紛れ込む妖怪であり、実際のクラスの児童たちからは、普通の人間の友だちだと認識されているらしいことが分かってきます。一体誰がみつよなのか? という部分でサスペンスもたっぷりの物語となっています。
 この「みつよ」がとても魅力的な存在で、毎年名前や顔を変えて、同じ六年一組の教室に居続けるといいます。卒業してしまうと、その名前も存在についても忘れてしまうというのです。
 クラスの女子、中でも神秘的で内面をなかなか明かさない少女有加が、みつよではないのかと淳は考えますが、なかなか証拠を掴むことができません。また淳が有加に対して仄かな恋心を寄せているがゆえに、その気持ちも複雑になってくる、というあたりも興味深いですね。
 自分たちの思い出の学校がなくなってしまう、という子どもたちの淋しさと共に、記憶からも失われてしまうであろう「みつよ」に対して、彼女を友人の一人として考えるようになる子どもたちの繊細な感情が描かれ、とても後味の良い作品になっています。
 みつよに関する謎やその現象に関するルールが少しずつ分かってくる過程にはワクワク感もありますね。なにより、学校外ではみつよの存在が認識できない、というところで、その調査も難航してしまうのです。
 みつよを見つけることができるのか? みつよに対して「友情」を抱く子どもたちの思いは報われるのか? 完全な解決法が示されるわけではないものの、子どもたちが選んだ結末には非常に説得力があります。現代日本ファンタジーの収穫の一つではないでしょうか。



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たからしげる『由宇の154日間』(朔北社)
 三歳足らずの幼い女の子、由宇は風邪をこじらせ、脱水症状を起こした結果死んでしまいます。死後その魂は別の世界<アシャド>に招き寄せられることになりますが…。

 幼い女の子、由宇が亡くなり、再度生まれ変わるまでの154日間の日々を描く、死後ファンタジー小説です。
 亡くなった直後は、由宇の魂は、父母への思慕からまだ生きている両親の周りで過ごすことになりますが、やがて死後の世界<アシャド>に渡ることになります。
 <アシャド>への橋渡し役にして案内役は、由宇の既に亡くなった祖父でした。由宇は、祖父から人間の魂の生まれ変わりや前世についての情報を知ることになります。
 面白いのは、魂となった後は、死んだ際に幼い子どもだったとしても、大人のような理解力と判断力が身につくというところ。由宇もまた、自分の死の原因となった病気やそれに対する両親や医者たちの判断を冷静に見つめることができるようになります。
 意識が明晰になったがゆえに、妊娠中の母親に弟か妹が生まれたならば、自分の存在は忘れられてしまうのではないか、と考える由宇の姿には哀感が感じられますね。
 <アシャド>は、いわゆる天国に相当する世界なのですが、死後の魂はここで生まれ変わりの時を待つことになるといいます。いつ生まれ変わるのかは分からず、待っている際には今までの前世の夢を見ることもあります。由宇もまた過去の生をいくつも思い出すことになり、そのあたりも興味深い情景となっていますね。
 天国や魂が題材になっているだけに、「神様」の存在も言及されるのですが、当の「神様」は最後まで姿を現すことはありません。神もまた万能ではなく、生まれ変わりの過程においても、そこに介入するわけではないのです。
 死は終わりではなく、新たな出会いの通過点に過ぎない、というメッセージの含まれた作品です。幼い女の子の死という悲劇をテーマとしながらも、それが新たな生命の誕生につながっていくという、ポジティブなトーンの物語になっています。
 死後に人間はどうなるのか? という仮想死後シミュレーション小説として読むこともできるでしょうか。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

ゆるやかな恐怖  瀬川ことび作品を読む
 瀬川ことびは、1999年に「お葬式」で第6回日本ホラー小説大賞短編賞で佳作を受賞した後、角川ホラー文庫を中心にいくつか作品を刊行した作家です。
 作風を一言で言うと「脱力系ホラー」といえるでしょうか。超自然現象や恐ろしい事態が起こっても、雰囲気は明るく、登場人物たちもあっけらかんとしていて、まったく暗くなりません。この陽気さは、なかなかに得がたい味わいだと思います。
 角川ホラー文庫で刊行された、瀬川ことび作品を紹介していきたいと思います。
 ちなみに、瀬川ことびは、現在でも活躍中の作家、瀬川貴次の別名義のペンネームです。


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瀬川ことび『お葬式』(角川ホラー文庫)
 とぼけたユーモアが特徴のホラー短篇を収めた作品集です。

 亡くなった父親の葬式で地元に伝わるとんでもない風習が行われるという「お葬式」、様々な怪奇現象が起こるホテルで思いもかけない事件が発生する「ホテルエクセレントの怪談」、死後ゾンビになった少女が、思いを寄せていた青年の部屋を訪ねるという「十二月のゾンビ」、殺害した恋人の死体の始末後、道に迷った男が不思議な寺に辿り着くという「萩の寺」、原発事故のニュースを発端に、世界の終わりについて浮かれる学生たちを描いた「心地よくざわめくところ」の五篇を収録しています。
 とぼけた語り口で語られる「ほら話」といった趣の短篇集で、全体にブラック・ユーモアがあふれています。表題作である「お葬式」はその典型で、若くして亡くなった父親の葬式の席で、地元の風習からとんでもない行為が行われます。主人公である娘が、それらの事件に対して平然としている様が描かれ、そのあたりの冷めた視線にはユーモアがありますね。
 各作品の主人公となるのは若い男女が多く、「青春小説」的味わいも強いです。「十二月のゾンビ」はその意味で味わいがある作品ですね。
 長い間、無言電話に悩まされていた大学生の西田直人。ある夜突然、バイト先の同僚の女の子、田嶋さんが直人の部屋を訪ねてきます。彼女は血だらけで、顔の左半分はつぶれ、眼球が飛び出していました。交通事故に遭ったというのですが、本人が言うにはすでに身体は死んでいるのではないかというのです。田嶋さんは直人への好意を切々と訴えはじめますが…。
 死んでゾンビになった女性が、好意を抱いていた青年のもとに現れて好意を訴える…という作品です。ゾンビの女性に好かれても…ということで、困惑する青年の姿が描かれますが、もうまともに恋愛をすることはおろか、まともに「生きる」こともできない女性の喪失感といったものも描かれていきます
 とぼけた語り口ではありながら、「もう取り返しがつかない」といった悲哀がそこにはあり、妙に情緒を刺激する作品となっています。
 「萩の寺」はオーソドックスな怪奇談といえるでしょうか。結婚も考えていた恋人の麻美が浮気したことから、彼女を殺してしまった祐二は、麻美の死体を山に捨てて帰る途中に、自動車事故を起こしてしまいます。怪我はなかったものの道に迷ってしまった祐二は、粗末な作りの民家を見つけそこに入り込みます。
 家には六十前後の尼僧がおり、電話もないことから、彼女から昔の経験談を聞くことになりますが、その話は妙に古い時代の話のようなのです…。
 山の中の不思議な家で、尼僧から奇妙な話を聞く…という奇談です。尼僧の話もさることながら、山中で奇怪な怪物が跳梁しているらしい、という背景もあいまって、本格的な怪奇小説となっています。結末にも皮肉が効いていますね。



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瀬川ことび『厄落とし』(角川ホラー文庫)
 ユーモアたっぷりの「明るい」ホラー短篇集です。

「厄落とし」
 九州の地元に残った親友の恵から、厄落とし代わりに、電話で恐怖体験を聞かされた恭子。その直後から、恭子が入浴する際に怪奇現象が起こるようになります…。
 厄落としとして恐怖体験を聞かされた女性が、親友の一族の霊らしき存在に憑かれてしまうという物語です。その現象によって、なぜかお肌がつるつるで綺麗になってしまう、というのも妙な展開です。

「テディMYラブ」
 凝り性の妻がテディベア作りに夢中になっていることに不快感を抱いていた「おれ」。妻ののめり込み方はエスカレートし、沢山のテディベアが部屋に並ぶことになります。妻が家を留守にした際、ぬいぐるみたちが「おれ」を襲ってきますが…。
 大量のテディベアたちに襲われるという「人形ホラー」(?)作品です。恐ろしい事態ではあるのですが、命までは取られず、戦いはこれからも続くことを匂わせたりと、どこかほんわかしたホラーとなっています。

「初心者のための能楽鑑賞」
 仕事先で知り合った若い女性由希子をお茶に誘った庸介は、無料券があるからと能楽鑑賞に誘われます。特に興味がなかったものの、彼女への思いから一緒に出かけます。眠気に誘われ意識が薄れるなか、庸介は空いているはずの隣の席に何者かがいる気配を感じていました…。
 能楽鑑賞をしている最中に不思議な存在を感じ始める男性の不思議な体験を描いた奇談です。現実と虚構が一緒くたになってしまうような夢幻的な雰囲気も良いですね。

「形見分け」
 千賀子の母は、友人の姑の形見分けとして、様々な品物をもらってきます。千賀子は部屋がふさがれるのに鬱陶しい思いをしながらも、品物の美しさには惹かれていました。ある日、貰い物の一つである三面鏡をのぞき込んだ際にそこに写っていたものとは…。
 形見分けとして、不思議な因縁のある品物を手に入れることになった親子。まだ若い千賀子は家に愛着を感じており、それらを継いでいくことが必ずしも嫌ではない…と感じてしました。そうした意識が、品物に反映されたものか、不思議な体験をすることになるのです。
 家を継ぐこと、世代をつないでいくこと、といったテーマが、非常に美しく描かれた幻想小説です。同テーマが重く描かれがちな怪奇幻想小説において、これほど軽やかに描かれた作品は稀なのでは。

「戦慄の湯けむり旅情」
 積極的な幸恵に引っ張られ、秘湯の露天風呂に向かったひろみ、椿、透子の友人三人。着いたのは冥土温泉に三途旅館という、縁起でもない名前の場所でした。友人たちは次々と事故に遭い、命を落としてしまいますが、そのまま平然と旅行を続けていました…。
 死んでしまった女友達たちが、平然と旅行を続けるという不条理ホラー作品です。おかしなことが起こっている一方で、友人たちの掛け合いや会話は底抜けに陽気で、そのギャップがおかしみを出しています。



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瀬川ことび『夏合宿』(角川ホラー文庫)
 脱力感に満ちたユーモア・ホラー小説集です。

「夏合宿」
 一人遅れて剣道部の合宿に向かうことになった中学生の俊輔は、バス停で出迎えてくれた先輩部員の片山と暗い夜道を歩くことになります。二人が目撃したのは、青白く光る不思議な火の玉でした…。
 火の玉を目撃した剣道部員の少年たちが、肝試しを始めるという青春小説的な味わいのホラーです。少年たちを助けてくれるある人物が登場するのですが、それが火の玉よりももっと妖怪じみた存在だった…というのも面白いです。

「本と旅する彼女」
 子どもの頃に読んだ本の影響で、あるエーゲ海の小島にやってきた美夏。その島には知られざる魔人像があるというのです。現地の親切な青年ニコスの案内で、像を見ることに成功した美夏でしたが、その直後から、島の人々の様子がおかしくなっていることに気付きます…。
 知らぬ間に現地のタブーを破ってしまい災厄を引き起こしてしまう…というタイプのお話なのですが、主人公がぬけぬけとそれを逃れてしまう…という人を食った展開となっています。オチも楽しいですね。

「廃屋」
 友人の和彦とそのガールフレンド加奈子と一緒に、廃屋の探検にやってきた高校生、充。建物は三階建ての大きな旅館でした。大広間の舞台で彼らは腕だけの幽霊を目撃しますが…。
 廃墟に現れる腕だけの幽霊、ということで本格的な怪奇譚を予想していると、思わぬ展開が待っているという脱力系ホラー作品です。
 主人公が幽霊に対して、ある種の性的興奮までしてしまうという、エロティックな要素まで現れ、唖然としてしまいます。

「たまみ」
 石渡利之は、怪我をした父親の代わりに、聞いたこともなかった石渡の宗家の家に五十年ぶりに生まれたという子どもの誕生祝に出かけることになります。出会った赤ん坊は多満美と名付けられた女の子でしたが、生まれたばかりで歯が生え揃い、ものすごい速さで走り回るという、とんでもない赤ん坊でした。
 しかも利之は多満美の婚約者として呼ばれたといい、屋敷に軟禁されてしまいます…。
 生まれたばかりで歯が生え揃い、凄まじい力を持つ赤ん坊の婚約者として軟禁されてしまった青年が、その事情を語る…という体裁の作品です。赤ん坊には超常的な力があるようで、殺されかねない状況で脱出できるのか…というスラプスティックなホラーになっています。
 作中に楳図かずおの有名なホラー漫画『赤んぼ少女』が言及されるのですが、ヒロイン像はこちらの『赤んぼ少女』に登場する同名の「タマミ」からインスピレーションを受けていると思しいですね。

「ドライ・オア・フレッシュ」
 南米旅行から帰ってきた両親が持ち帰ったおみやげは、なんと人間の干し首でした。母親は偽物だといいますが、娘の沙也香と万里絵は気味悪がります。祟りを怖がった沙也香は図書館で、干し首について調べ物を始めますが…。
 干し首の呪いを恐れる少女の周辺で、実はもっと大事が起こっていた…というユーモア・ホラー作品です。
 別の怪異に気をとられるものの、干し首自体の怪異もあるのではないか…というあたり、ちょっとした気味悪さもありますね。
 タイトルの「ドライ・オア・フレッシュ」の意味合いも良く出来ていて、感心してしまいます。



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瀬川ことび『妖怪新紀行』(角川ホラー文庫)

 彼女にふられ、就職予定だった会社も倒産。冴えない日々を送っていた大学四年生の鵜沢裕司は、妖怪マニアの先輩、鳥飼の導きで、様々な妖怪に出会うことになりますが…。

 冴えない青年が妖怪マニアの先輩と共に、様々な妖怪に出会っていくという、ゆるい雰囲気の連作ホラー・ファンタジー作品です。面白いのは、この世界では、妖怪が超自然的な存在ではなく「生物」の一種として存在しているところ。動物と同様に、それぞれの妖怪には生息地域があり、土地に根付いた種がいます。外来種がいて在来種が駆逐されたり、季節ごとに渡りをする種もいるのです。自然の生物同様に研究者やウォッチャーがおり、主人公、裕司の先輩鳥飼もそんな妖怪ウォッチャーの一人。毎回、鳥飼に同行した裕司が様々な妖怪に出会うことになります。
 有名な妖怪が登場する一方、全くオリジナルな創作妖怪も登場します。アメリカ産の「アメリカスナカケババア」など、ユーモアにあふれた造型の妖怪たちには笑ってしまいますね。妖怪たちを密かに観察しようとする裕司と鳥飼の二人なのですが、予期せぬトラブルが起こることもしばしば。渡りをする天女に恋をしたり、人食いの夜叉に追いかけられたりするのも楽しいです。
 妖怪ウォッチングにいそしむ二人の前にたびたび現れるのが、妖怪研究者のディビッド・ドッテンボロー博士。神出鬼没で、思わぬところで出会うことになります。後半のエピソードでは一緒にトラブルに巻き込まれることになるなど、博士のキャラクターも立っていますね。
 全体にゆるい雰囲気のコメディタッチの作品ですが、裕司の兄の恋人が不気味な行動をするようになるという「第五話 濡れて滴るアニキノコイビト」のエピソードは結構怖いお話になっています。
 エピソード中でいちばん印象に残るのは「第三話 天女沼」です。裕司たちは、日本に渡りをしてきた天女たちをウオッチングに訪れます。そこで別の妖怪に襲われた「コテンニョ」を裕司が助けることになり、そこに仄かな恋心が生まれる…という心温まるエピソードとなっています。
 妖怪が多数登場しますが、そこに怖さはほとんどなく(物理的な危機は訪れますが)、終始楽しく読める連作短篇集になっています。瀬川ことびの短篇集はどれも脱力系ユーモアのあふれる本が多いですが、その中でも飛び抜けて「ゆるい」作品でしょうか。「癒やし系ホラー小説」として楽しい作品です。



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瀬川ことび『7』(角川ホラー文庫)

 母親からの依頼で、行方の分からなくなった大学生の兄、長谷川聡史のことを調べ始めた妹の那津。友人から聡史には恋人がおり、その女性柳亜希子が発掘調査の手伝いをしていることを知った那津は、彼女に会いに出かけます。
 亜希子は遺跡で発掘された七星剣を手に入れた結果、人が変わったようになっていました。兄が彼女に協力しているらしいことを知った那津は、亜希子の後を追いかけます。ふとしたことから出会った妙見山剣星寺の住職、常元宗春とその息子、知哉は、七星剣をめぐる事情を知っているといいます。
 七星剣は、かって八つの星だった北斗七星から剣星寺の僧侶が法力を持って落とした星が剣と化して、寺の宝物になったものの、現物は失われていたといいます。七星剣の動きを監視する寺の者、すなわち常元親子は「ふたつ星」と呼ばれているというのです。
彼らと協力することになる那津でしたが…。

 絶大な力を持つ剣を手に入れて豹変してしまった女性亜希子と、那津と彼女に協力する常元親子が対決することになる、という伝奇ホラー小説です
 有柄細形銅剣、北斗七星、伝説の馬、楊貴妃の謎、古代遺跡など、心躍るモチーフが頻出し、さらに常元の操るオカルト的な術の存在、宗春に仄かに恋心を抱くヒロインなど魅力的な要素が多く登場します。また那津と兄の関係、兄ばかり溺愛する母親との家族関係についても描かれるなど、心理描写部分も意欲的です。
 ロマンたっぷりのお話なのですが、物語のエンジンがかかるまでが非常に長いのと、そこからの展開があっさりと終わってしまうということで、正直なところ、ちょっと薄味になってしまっているきらいはありますね。
 この手のテーマを描くには作品が短すぎる、という感じではあるのですよね。ただ、七星剣を使ったアクションシーンや、法術によって石舟が空を飛ぶシーンなど、ところどころの見せ場にはなかなか魅力があります。
 この著者特有のユーモアも抑えめで、全体のトーンは割とシリアスです。文体もライトで読みやすいのですが、いろいろと、もったいない、というか、惜しいところのある作品ではありました。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

まやかしの霊媒師  阿泉来堂『贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚』
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 阿泉来堂『贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚』(PHP文芸文庫)は、霊が視えるだけで除霊はできないものの、一流霊能力者のふりをする霊媒師・櫛備十三の活躍を描く連作短篇集です。

 “今世紀最強の霊媒師”との評判もある櫛備十三には、実は霊を祓う能力がありませんでした。ただ霊が視え、その話を聞くことができるため、その力と推理を利用した「ハッタリ」を使い、心霊問題を解決していたのです。口の悪い助手の美幸と共に、櫛備は様々な心霊現象に立ち向かうことになりますが…。

 霊媒師、櫛備十三の活躍を描く連作短篇集です。この櫛備十三、霊媒師とはいいながら霊を祓う力はなく、霊が視えるということと話が聞けるという能力のみを持っています。しかし推理による洞察とハッタリによって、霊媒師であるかのように見せかけている、という、ある種のインチキ霊媒師なのです。
 しかも面倒くさがりで、金にはうるさい、という徹底して現世的な性格なのです。そんな櫛備を叱咤して、仕事を円滑に進ませるようにするのが助手である美幸の役目。口が悪く、事あるごとに櫛備をしかりつけますが、根本のところでは櫛備と信頼の念でつながっている、という関係性も良いですね。二人の掛け合いはこの作品の魅力の一つともなっています。

 作品は四話+エピローグで構成されています。女性が落とした財布を届けようとしたことが原因で死んでしまった男の殺人容疑を晴らそうとする「真面目な男」、婚約者に横恋慕する女によって殺されてしまった少女の霊の未練を果たそうとする「初恋」、事故で死んだ弟の霊とその死後も弟に会いに来続ける兄の物語「自慢の兄」、調査に訪れた幽霊屋敷で美幸が謎の空間に閉じ込められてしまう「寄り添うものたち」、櫛備と美幸の出会いが描かれる「エピローグ うろんな霊媒師」が収録されています。

 基本、依頼を受けた櫛備と美幸が、霊たちを成仏させるために奔走する、という形のお話が多いですね。しかし直接成仏させる力はないため、霊たちの話を聞き、彼らの未練を解消するために調査をすることになる…という謎解きミステリ的な展開になり、そこにミステリとホラーのハイブリッド的な面白さがあります。
 各エピソードが、メインとなる幽霊の視点から語られる、という形式も面白いです。櫛備たちに出会った霊たちが、自分たちの事情を語ることになるわけですが、霊たちもその特性上、記憶が部分的に失われている、という設定も面白さを高めていますね。櫛備たちだけでなく、霊たち自身も思ってみなかった真相が明かされることにもなります。
 さらに、霊たち自身が語り手となることによって、その「人間性」が強調されることにもなり、生前から続く彼らの「思い」や「未練」が描かれる部分も魅力的です。登場時点では頼りなく見える櫛備の人情家的な部分が見えてくるところも良いですね。

 ホラー、ファンタジー、コメディ、ミステリ…、様々な要素を持ったエンターテインメントの快作です。コメディ調で進みながらも、ちょっぴり怖いところもあり、時にはほろりとさせます。連作ならではの面白さもあって、第四話となる「寄り添うものたち」では意外な事実も明かされることになります。
 ちなみにこの「寄り添うものたち」では、「幽霊が視えなくなる」という面白いモチーフを扱っています。霊が視えるはずの櫛備からも見えなくなってしまった霊をどう助けたらいいのか? といったところから、恐ろしい「怪物」が登場し、さらに感動の大団円にまで至るという、非常に面白いエピソードに仕上がっていますね。
 このシリーズ、大変に面白く、ぜひ続篇を期待したいところです。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

呪われる人々  梨『かわいそ笑』
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 梨『かわいそ笑』(イースト・プレス)は、メールやネット掲示板、インタビューなど、様々なメディアによって語られていくという、ホラーモキュメンタリー小説です。

 全五話の連作となっていますが、それぞれがドキュメントのファイルであるとか、メールの文章、ネット掲示板の抜粋、あるいはインタビューの文章などで構成されています。それぞれのエピソードから断片的な情報をつぎ合わせて、物語の大きな枠を読み取っていく…というタイプのホラー小説です。
 理不尽な儀式を行う友人の話、不気味な心霊写真の断片、オーバードーズで幻覚らしきものを見ている女性、ある人物への追悼文が毎日届くという謎のメール、友人の死体を処理する不思議な夢、幽霊に会えるようになるという不気味なサイトなど、一見それぞれは関係ないように見えるエピソードが語られていきます。単独で読んでも不可解で、不気味極まりないエピソードが多いのですが、読んでいくうちに、その中に登場する人物が共通なのではないかという疑いが持ち上がってくること、何が起きていたのかがうっすら見えてくる形になっています。

 メインテーマが何なのかというと「幽霊」や「呪い」ということになるかと思うのですが、それらが単純な形で出てこないのも特徴となっています。怪異現象に遭遇するのも当人ではなく、その周囲の人物の報告によるものであったり、当人だとしても間接的な情報だったりと、焦点をずらされていくような感覚もありますね。全体にネットが絡むことが多いこともあって、都市伝説風な不気味さとリアリティがあります。

 登場する「心霊写真」に絡む部分はかなり怖くて、その由来や経緯が別のエピソードで、違った側面から現れてくるのも面白いです。作中にQRコードが挿入されたり、インターネット上の営為が重要な要素になっていることもあって、まさに「ネット怪談」といえる作品かと思います。
 ホラー小説の一つの新しい形といえる作品でしょう。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

無差別の死  芦花公園『とらすの子』
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 芦花公園の長篇『とらすの子』(東京創元社)は、殺したい人間の名を挙げるだけで、その人間を殺してしまうという恐るべき存在をめぐるホラー作品です。

 小説家志望のライター、坂本美羽は、世間を賑わしている都内無差別連続殺人事件を調べているうちに、事件の情報を知っているらしい中学生、相沢未来と会って話を聞くことになります。
 未来は、友人の夏奈に誘われ、「とらすの会」なる場所へ連れていかれます。そこで出会った美女「マレ様」の不思議な包容力に影響され、未来はいじめられていたという自らの境遇を話します。翌日、いじめの主犯であった安原京香が殺害されているのが見つかります。他のいじめに絡んでいた人間も次々と殺されてしまいます。
 「とらすの会」の他の人間も、恨みを持つ人間の名を挙げ、彼らも皆不審な死を遂げているといいます。「マレ様」には簡単に人を殺せる力があるというのですが、未来はその力だけでなく、会の人間たちの人間性にも恐怖を抱くようになっていました…。

 社会的な弱者や被害者の集まる「とらすの会」と、人々の恨みを聞き、その対象である人間を次々と殺してしまうという謎の美女「マレ様」の恐怖を描いたホラー作品です。
 「マレ様」の力は超自然的で、離れたところにいる人間を一瞬で爆散させるなど、狙われたならばもう助かる方法はほとんどないほど強力なものなのです。その謎をライター美羽、後には女性警官、白石瞳が追っていくことになります。
 この二人の他に、美少年川島希彦を含めた三人のパートが交互に展開されていきます。美羽と瞳のパートは、直接「とらすの会」と「マレ様」に関係してくるのですが、希彦のパートは最初は直接的に関係せず、少年の日常が描かれていく形になっています。
 ただ希彦にもその出生や記憶に謎があることが示唆されており、そこに不穏さがありますね。後半で彼らのパートがつながってくるという構成も見事です。

 簡単に人が殺せる存在「マレ様」も恐ろしいのですが、それ以上に恐ろしいのが、彼女の周囲に集まる「とらすの会」の会員たち。被害者であることは否定できないにしても、一方的に断罪し、人を死に追い込んでも後悔の念を感じることもないのです。
 「マレ様」の影響で、その邪悪さが引き出されたものなのか、もともとそうした性質の人間であるのか…。「マレ様」に関わることで、人間性に対する信頼を失ってしまうのです。一方、「マレ様」に対抗する側の人間は、逆に人間性を信じて戦うことになりますが、それが本当に勝利できるのか、疑わしくなってくるあたりの展開も非常にブラックな味わいですね。
 人間の卑怯さ、汚さがクローズアップして描かれており、かなり「嫌な話」ではあるのですが、そうした部分も含めてユニークな恐怖小説に仕上がっているように思います。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

終わりなき愛  小池真理子『アナベル・リイ』
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 小池真理子の長篇『アナベル・リイ』(角川書店)は、死後、夫の周囲の女性たちの前に現れる亡霊をめぐる繊細なゴースト・ストーリーです。

 1978年、悦子はバイト先のバー「とみなが」で、知り合いのライター飯沼に連れられてやってきた舞台女優の見習い、千佳代と出会います。自分を慕う千佳代と友人となった悦子は、彼女に不思議な愛情を抱きます。
 かねてから憧れていた飯沼が、千佳代と入籍することになりながらも、千佳代に対する特別な愛情から、不思議と嫉妬の念はなく、二人の仲を祝福することになります。
 しかし、突然の病で千佳代が亡くなった直後から、悦子や彼女の雇い主であるバーの女主人多恵子の周辺に、千佳代の霊らしき存在がたびたび現れるようになります。
 千佳代は、夫への執着から、飯沼に思いを寄せる女性に憎悪を抱いているのだろうか? 千佳代の霊への恐怖心を抱きながらも、悦子は飯沼への恋愛感情を抑えられなくなっていました…。

 その純粋さで夫を熱愛していた妻が、死後、夫の周囲の女性たちの前に現れるようになる…というゴースト・ストーリーです。
 女性慣れした、いわゆるプレイボーイの男性飯沼が結婚相手に選んだのは、意外な女性でした。女優志望で美人ではありながら、演技の才能はなく、その一方でその純粋さに魅力を感じさせる千佳代に、飯沼は惹かれることになります。
 飯沼の結婚に対して、かって体を重ねたこともあり、彼に思いを寄せていた多恵子は嫉妬を感じていましたが、同じく飯沼に恋する悦子は、自分を慕う千佳代との関係もあり、結婚を祝福します。しかし千佳代の急死により、事態は急変を告げることになります。千佳代の霊らしき存在が、多恵子や悦子の目の前に現れ始めるのです。彼女の目的はいったい何なのか?

 熱愛していた夫の周囲の女性のもとへ現れ続ける霊の存在を描いていて、そこにはいわゆる「嫉妬」が介在しているのではないか?と読めるのですが、事態を複雑にしているのが、悦子と千佳代の関係性です。互いに人付き合いが上手いほうではなく、特に千佳代は、悦子を慕っており、ほぼ唯一の友人といってよいのです。悦子の方では、妙な優越感を感じつつではありますが、やはりある種の愛情を千佳代に対して感じています。
 それだけに、千佳代の霊が現れた後も、悦子としては彼女に恐怖を抱きつつも、憎悪の念を抱くことはない、というのも面白いところですね。

 数人の男女の恋愛関係が絡んでいるということで、その恋愛描写とそれに伴う心理サスペンス的な要素も強いです。序盤で主要な登場人物たちの関係性がじっくりと描かれているだけに、「亡霊」の出現にあたっての人物たちの反応が、説得力のあるものになっていますね。
 「亡霊」が現れる部分の描写は繊細ではありながら、怖さは強烈です。また彼女が原因と思われる「祟り」の部分は本当に容赦がなく、命に危険が及ぶレベルなのです。主人公、悦子が、自分に被害が及ぶのはいつなのか? と怯える部分は恐怖感がすごいですね。
 嫉妬に狂った亡霊に襲われるゴースト・ストーリー、といえるのですが、関係者たちの関係性が丁寧に描写されることにより、生前だけでなく、死後に至っても、その死者と生者との間のドラマが展開されるという、力強い作品になっています。また、霊の目的が本当に「嫉妬」や「復讐」だけなのか? というところで意外な要素もあるなど、一筋縄ではいかない部分もありますね。
 非常に完成度の高い恐怖小説といえます。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

ひとりだけのもの  長谷川まりる『かすみ川の人魚』
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 長谷川まりる『かすみ川の人魚』(講談社)は、人魚を見つけた少年二人の日常を描いた、幻想的な味わいの児童文学です。

 大賀は友だちの少ない少年でした。皆と打ち解けるのが苦手な大賀は、ある日授業の中休みに、先生に外で遊ぶように言われた際、そっと学校を抜け出し、近くにあるかすみ川を訪れます。そこで、顔は人で体は魚の人魚のような小さな生き物を見つけますが、その生き物はぐったりしていました。
 川が汚れていることが原因かとも思われましたが、人魚のことを唯一の友だち千秋に打ち明けることになります。千秋は、人気のない山の池に人魚を移すことを提案します。やがて人魚は元気を取り戻し、二人は「かすみ」と名付けた人魚の世話を、試行錯誤しながら続けることになりますが…。

 人魚の世話をすることになった少年二人の不思議な日常を描いた、幻想的な味わいの児童文学です。
 多少可愛らしい顔をしているとはいえ、登場する人魚の造形は結構不気味です。言葉は話せず、大賀たちの言葉も理解しているのかは怪しいのです。人魚に「かわいらしさ」を感じ、ペットのように扱う大賀に対し、千秋は人魚を不気味がりながらも、人魚の食生活や生態などを知りたがります。科学的なものに興味がある千秋は、それらをノートに記録したりと調査を重ねることになるのです。

 大賀は、人魚を自分だけのものにしておきたいという独占欲にかられていました。彼は一人でずっと本を読んでいることが多く、自分の知識が多いことや頭の良いことを鼻にかけていました。人魚の世話をするようになってからも、千秋を除いて誰も知らない秘密を持っていることが、自らの優越感につながっていたのです。それゆえ、人魚の生態を調べる過程で、千秋が自分の知らない科学的な知識を持っていることに嫉妬を抱いたりもします。
 後半、人魚と千秋、どちらかを優先しなければならない事態に陥ったとき、大賀は人魚を優先してしまいます。友情にひびを入れてしまったことに対して、大賀は深く内省することにもなるのです。

 人魚をめぐって、二人の少年の友情と成長が描かれていくという作品で、感性豊かなファンタジーといえるのですが、後半からは、人魚の秘密を知るらしいある人物も現れ、少々の伝奇小説風味も出てくるあたりも興味深いですね。
 幻想的な物語ではありますが、人付き合いの下手な少年の心理には非常にリアルな質感があります。全体に丁寧に描かれた秀作です。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

複雑な未来  久米康之『猫の尻尾も借りてきて』
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 久米康之の長篇『猫の尻尾も借りてきて』(ソノラマ文庫)は、「時間移動」の面白さと複雑さを突き詰めた、ユニークなタイムトラベル小説です。

 東林工学の中央研究所、天才科学者と言われる林宗男の助手を勤める村崎史郎は、同じく林の秘書を務める矢野祥子に思いを寄せていました。史郎への祥子の態度はどちらともつかぬもので、その一方、社長秘書の大野亜弓からは熱烈なアプローチをされていました。
 研究所で開発された人工知能「ニタカ」は、祥子には恋人がいるため、史郎は諦めるべきだと史郎に提案します。がっかりする史郎に追い打ちをかけるように、祥子が殺されたというニュースが入ります。その犯人は不明でした。
 林と話すうちに、彼がタイムマシンの設計を終えていることを知った史郎は、彼と協力し、タイムマシンを完成させます。タイムパラドックスのために祥子の命を救うことは不可能であり、せいぜい彼女を殺した犯人を知るだけにとどめるべきだという林の言葉に納得したふりをしながら、史郎は祥子の命を無理にでも助けることを決心していました…。

 思いを寄せる女性を助けるために、タイムマシンで過去に飛ぶ青年を描いたSF作品です。
 過去に戻った主人公史郎が、祥子の殺人現場にたどりつき、そこで信じられない光景を目撃したことから、単純かと思われていた殺人事件が一気に複雑化していくことになります。どうやら祥子の殺害にはタイムマシンが関わっているようなのです。史郎以外にもタイムマシンを持つ時間旅行者がいることが示唆され、さらに史郎自身も何度も過去に戻る行為を繰り返すことになります。
 複数の人物が繰り返し過去に戻ることによって、引き起こされる事態の結果や因果関係がどんどんと複雑化していく流れは、目が回ってしまうほど。史郎一人の動きに限っても理解が覚束ないほどで、何しろ「未来の史郎」が過去に先回りして行った結果を「現在の史郎」が見つける…などという展開が頻発するのです。
 中盤では、タイムマシン以外にも、ある未来の技術が導入されることになります。これによりさらに事態はとんでもない方向に行ってしまいます。

 タイムトラベル、タイムパラドックス(厳密にはパラドックスは起きていないようですが…)的な面白さを追求したSF作品です。
 最終的に何が起こっていたのかは、結末で説明されはするのですが、説明されても完全には理解できないほどの複雑さ。とくに時代を行き来するタイムマシンの「動き」には唖然としてしまいます。国産タイムトラベル小説の傑作の一つでしょう。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

呪われた物語たち  深志美由紀『怖い話を集めたら 連鎖怪談』
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 深志美由紀『怖い話を集めたら 連鎖怪談』(集英社文庫)は、仕事で、聞き取った怪異談を文章にまとめることになった作家の恐怖体験を描くホラー作品です。

 仕事が減り、困窮していた恋愛小説家の齋藤いつきは、以前に知り合いだった出水青葉から連絡を受けます。編集者だった出水は自らスマートフォン用ゲーム会社を起ち上げており、ノベルアプリのための怪異談をまとめる仕事を任せたいというのです。
 仕事を引き受けることになったいつきでしたが、彼女が体験者から聞き出した話は、それぞれ「呪い」に関わるものでした。仕事をすすめるうちに、いつき自身の身の回りにも変化が起き始めますが…。

 仕事に困っていた恋愛小説家のいつきが請け負ったのは、ノベルアプリのための怪異談を体験者から聞き取り、物語の形にまとめる仕事でした。しかしそれぞれの体験者の話には、それぞれ恐ろしい「呪い」が関わっていたのです。
 プロローグの後に、それぞれ違う体験者による怪異談が語られていきます。一族に伝わる呪いの面について語られる「第一章 御嫁様」、何か動物の鳴き声のようなものが聞こえるマンションをめぐる「第二章 黒い顔」、男女の不倫関係をめぐって異常な事件が起こる「第三章 揺れる」、幽霊屋敷を肝試しに訪れた少年たちの恐怖体験を語る「第四章 空き家の話」、ある人物の壮大な「呪い」の計画が綴られる「第五章 憑くもの」の五章から構成されています。

 各章のエピソードは男女関係のもつれや恨みがモチーフになったものが多く、エロティックな描写もままあります。特に第三章は、男女の不倫がメインとなるだけでなく、歪んだ性愛関係が描写されたりと、そうした方面でもハードなお話になっていますが、これは本業が官能小説家という著者の本領発揮といったところでしょうか。

 一番怖いエピソードは「第一章 御嫁様」です。豪農として知られた酒々井家には、家を加護すると言われる「御嫁様」という面が受け継がれていました。それは能面に似た若い女の顔をした面でした。面は代々継承の儀式が行われ、それが正常に行われないと不幸なことが起こるというのです。
 また酒々井家の男子は代々短命であり、頭や顔に怪我や病気をして亡くなることが多いと言います。そこにはある呪いが隠されていました…。
 奇怪な由来を持つ面に呪われた家系を描くエピソードです。先祖の罪が代々に祟る、というオーソドックスなテーマではありながら、面の得体の知れなさが強烈で、非常に怖いエピソードとなっています。面が作られたグロテスクな由来や、当代の当主が妻よりも面の美しさに惹かれているなど、フェティシズム的なモチーフが現れるところも興味深いですね。

 大枠となる、いつきの物語でも、個々のエピソード同様、何らかの「呪い」が動いていることが示唆されています。いつきには、学生時代からの親友で霊感のある荒銀凪や、これまた霊感のあるイラストレーターの知り合い守富美弥子がおり、彼らから忠告を受けることになるのですが、精神的にバランスを崩したいつきには、彼らの制止は届きません。このまま、いつきが「呪い」に巻き込まれてしまうのか…? という部分でのサスペンス味もあります。

 どのエピソードでも、それぞれ異なった形で「呪い」が関わってくるのですが、それらの描かれ方がユニークなのです。作中でも言及されますが、呪いはある種のシステムであり、正しい順序を踏んでいれば、動き出してしまうものだというのです。
 霊が見えようが見えまいが、巻き込まれてしまえば逃れられない…、というところで、人間の手を離れたシステマチックなものとして描写されています。
 個々のエピソードにせよ、大枠のいつきの物語にせよ、その根底には、どろどろした人間関係や情念が背景にあります。その一方、主題となる「呪い」の部分は「非人間的」で「機械的」なものとして描かれているという点で、ユニークな味付けのホラー小説と言えるでしょうか。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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