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最近読んだ本(日本ホラー作品を中心に)


岩城裕明『事故物件7日間監視リポート』(角川ホラー文庫)

 リサーチ会社を営む穂柄は、友人の藤木からあるマンションの一室の住み込み調査を依頼されます。そこは、7年前に妊婦が割腹自殺を遂げたという部屋でした。事件後には同じ階の住人が次々と退去し、今ではその階だけ無人になっているというのです。
 穂柄は、バイトとして雇った青年、優馬に問題の部屋で寝泊りしてもらい、自分は管理人室から定点カメラで様子を見ることにします。しかし部屋に入った一日目からすでに優馬には妙な影響が現れていました…。

 心理的瑕疵物件を調査することになった男たちを描くホラー作品です。いわゆる「幽霊屋敷」と「point of view」を組み合わせた趣向なのですが、幽霊やポルターガイストのような超自然現象ではなく、部屋に入った人間やそれに感化された他の人間たちへの影響という形で、怪奇現象が描かれます。
 オカルトに洗脳された主婦、怪しい霊媒師など、このジャンルにお馴染みの人物たちも登場しますが、物語が進むうちに、起こっているのはどうやら単純な心霊現象ではないことが分かってきます。そもそも妊婦はなぜ自殺したのか? 同じ階の部屋の住民が出ていってしまったのは何故なのか?

 実話怪談風のタイトル、オーソドックスな心霊ものと見せかけて、ユニークな展開になるホラー作品です。序盤の様子からこういう結末になるのは、あまり予想できないのではないでしょうか。
 ページ数も短く、さらっとした描き方ながら、不気味さのポイントはしっかり押さえてありますね。お勧めです。




日向奈くらら『私のクラスの生徒が、一晩で24人死にました。』(角川ホラー文庫)

 教師の北原奈保子は自分が担任する二年C組の生徒数人が失踪していることに焦っていました。その中には、いじめられていたらしい女子生徒、宮田知江と彼女をいじめていた主犯格の生徒数人が含まれていました。C組の生徒から助けを求めるメッセージを受け取った奈保子は深夜学校に向かいます。
 教室で目撃したのは、二十四人もの生徒が死んでいる姿でした。調査の結果、彼らの一部は殺し合い、一部は自殺したとの情報がもたらされます。しかもその中には失踪した生徒たちは含まれていませんでした。
 奈保子は調べていくうちに、いじめの被害者だった宮田知江が「悪魔の目」を持っているために、周囲から恐れられていたということを知ります。一方、事件を追う刑事の野々村は、事件の異様さに驚きながらも、調査を続けていました…。

 一クラスの生徒が同時に数十人死んだ事件をめぐるホラー・サスペンス小説です。殺人とも自殺ともつかない、大量の死者が発生した事件の影に、超自然的な能力を持つらしい少女の影が浮かび上がる…というホラー作品になっています。

 クラスメイトたちは何故死んだのか? 少女は本当に超能力を持っていたのか? 少女は生きているのか死んでいるのか?疑問が渦巻く序盤の展開はじつにサスペンスフル。
 後半まで「犯人」が特定できず、特定した後もその能力ゆえに手がつけられない…という、恐怖度の高い作品になっています。スプラッター度が高く、テーマにされる事件もかなり痛々しいので、読者は選びそうですが、ホラー小説として読ませる力のある作品だと思います。




阿川せんり『パライゾ』(光文社)

 ある時突然、全人類が不定形の黒い塊に変身してしまいます。その物質は生きているようではあるものの、動くことも食べることも意志の疎通をすることもできません。運よく変身を逃れた少数の人間たちには、ある共通点があるようなのですが…。

 突如、人類が不定形の物質になってしまった世界を舞台にした、終末SF・ホラー作品です。
 人類が不気味な黒い塊に変身してしまった世界で、「生き残った」人間たちの行動が、それぞれのエピソードとして描かれていくという構成になっています。どうやら残ったのは、人殺しもしくはそれに準ずる行為をした人間に限られるようなのです。

 我が物顔に振る舞う者、「黒い塊」について探索する者、救いを求める者など、変化後の世界でそれぞれの人間がどう行動するのかが描かれていきます。また、変化後の世界の行動を描くエピソードだけでなく、問題を抱えた人物たちが「変化」に遭遇するまでの人生を切り取ったようなエピソードもあり、こちらも味わいがありますね。

 「変化」しなかった人間は殺人者であったり、それに近い人物なので、正直ろくな行動を取らず、悲惨な結末に終わるエピソードが多いです。生き残った少数の人間が集まって協力したり、現象の謎を解明しようという流れにはならないので、そうした神秘的な謎を解いていくという魅力には乏しいです。ただ、極限状況に陥った人間、しかも人格破綻した人物や精神に問題を抱える人物が「破壊的に」行動する…という、徹底してダークな物語が描かれていく部分には、非常に魅力がありますね。

 物理的に残酷なシーンもありますが、それ以上に精神的に残酷な描写が多く、かなりハードな物語になっています。言葉通りの「破滅もの」に近い印象で、このジャンルに残る秀作ではないでしょうか。




北見崇史『出航』(KADOKAWA)

 家族を捨てて家出してしまった母親を追いかけて、大学生の息子の「私」は、北海道の太平洋岸の町、独鈷路戸(とっころこ)に向かいます。ようやくたどり着いた街は口の悪い老人ばかりの暮らす不気味な町でした。母親を見つけるものの、彼女はこの地で配達と水産加工のパートをして暮らしているというのです。探りを入れた結果、母親は何か宗教のような活動をしているらしいのですが、詳しいことは教えてくれません。しかも町のところどころに奇怪な生物がうろついているのです…。

 ブラック・ユーモアに満ちた、強烈なインパクトのあるホラー作品です。これは読む人を選びそうですね。ネタバレしてしまうと面白さが減ってしまうタイプの作品だと思うので、細かいあらすじが紹介できないのですが、前半はブラック・ユーモアの効いた不条理ホラー、後半は宇宙的スケールの超常ホラーといった感じの作品になっています。
 とにかく終始「血」と「内臓」のオンパレードで、出血量がただごとではありません。しかもその流血劇にブラックなユーモアが混じっていて、妙な味わいを醸し出しています。小説家で言うとクライヴ・バーカー、映画で言うと『ブレインデッド』(ピーター・ジャクソン監督)を思わせると言うと、何となく伝わるでしょうか。

 グロテスクな怪物ホラーかと思っていると、後半異様な方向に物語の展開がねじれていき、クライマックスの情景にはびっくりさせられます。
 スプラッター描写が強烈なのですが、それ以上に目立つのが独自の人体損壊描写。描写も非常に映像的なので、ホラー慣れしている人でもちょっときつく感じるかもしれません。日本人作家ではあまりいないタイプの作風ではないでしょうか。

 とても面白い作品だったのですが、動物好きの人には勧めません(そういう描写が多数出てくるので)。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

まわる世界  島崎町『ぐるりと』

 島崎町の長篇小説『ぐるりと』(ロクリン社)は、不思議な本を回転させることによって異世界に行けるようになった少年の冒険を描いた作品です。

 小学六年生の少年「シン」こと佐田真一郎は、図書室で辞典の中に隠されていた手作りらしき本を見つけます。その本は上下二段に分かれており、上は縦書き、下は横書き、しかも下の文字はさかさまに書かれていました。
 さかさまの文字を読もうと本を回転した瞬間に、シンは自分の周りが真っ暗であることに気がつきます。突然見たこともない獣じみた怪物に襲われそうになったシンは、現れた女の子に助けられます。
 シンは、その女の子、純とその友人左千夫から、その世界についての知識を得ることになります。そこでは三年前から太陽が沈み「クスクス」と呼ばれる怪物が現れ始めたこと、「クスクス」は光が弱点であるものの、道具や火を使っても光が起こせなくなってしまったことなどを知るのです。
 たまたまシンが父親からもらい、身につけていた腕時計の光が怪物に有効なことがわかり、彼らはそれを利用して怪物を倒そうと考えますが…。

 不思議な本の魔力によって、現実世界と異世界を行き来する少年の冒険を描いたホラー・ファンタジー作品です。本の文字が上下段に分かれており、上段の縦書き部分が現実世界、下段の横書き部分が異世界を示すようになっています。
 主人公シンが異世界に飛ぶと、物語が下段に移るようになっており、そちらはさかさまの横書きで書かれているため、必然的に本をひっくり返すことになるという趣向。もちろん異世界から現実世界に戻るときも、本を反転させることになります。

 異世界では、物理的なルールが異なっているほか、世界を移動する際のルールにも何らかの法則があるらしいのですが、主人公シンにはそれが最初はわかりません。すぐに分かったのは、腕時計の光で怪物を倒すことができるものの、その電池は長く持たず、現実世界に戻り太陽で充電する必要があることぐらい。
 異世界のルール、怪物たちを倒すための方策を探っていく過程には、知的なハラハラドキドキ感がありますね。異世界が、現実世界ともリンクしていることがわかってきたりするあたりも非常に面白いです。

 暗闇に覆われ、強力な怪物が常時闊歩している、という異世界パートは戦慄度が高く、ホラー味も強い作品になっています。異世界で怪物に傷つけられた部分は、現実世界に戻ってきても直らない、と主人公が気付く場面はゾッとします。

 実際の本のレイアウトと、物語内に登場する本の体裁とがリンクしているのも面白い趣向です。方向性は違いますが、どこかミヒャエル・エンデの『はてしない物語』を思わせますね。
 変わった趣向だけでなく、物語自体も非常に面白く、また主人公の成長が描かれると言う意味で、成長小説としての側面もあります。SF・ホラー的な要素も多く、児童向けではありますが、大人が読んでも充分に楽しめる作品ではないでしょうか。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

夢の中の恐怖  三田村信行『ゆめのなかの殺人者』

 三田村信行による児童向けホラー小説『ゆめのなかの殺人者 ポプラ怪談倶楽部6』(前嶋昭人イラスト ポプラ社)は、夢の中で殺人者に追いかけられる少年を描いた、シンプルながら恐怖度の高い作品です

 少年マサキは、ある日妙な夢を見ます。それは、20代ぐらいのフリーター風の男が部屋の中で過ごしている夢でした。男は夢の中で大量の現金を押し入れの天井に隠していました。何度もその男の夢を見ているうちに、その男とは別の「黒い男」が現れます。
 「黒い男」はフリーター風の男を刺し殺し、現金を奪っていきます。直後に殺人事件の報道を目にしたマサキは、現場を訪れます。殺されたのは夢で見た男であり、現場で「黒い男」の姿を目撃したマサキは、夢の内容は現実だったと認識します。
 直後からマサキは、「黒い男」が自分を殺そうとする夢を繰り返し見るようになりますが…。

 夢の中で殺人現場を目撃した少年が、殺人犯に夢の中で襲われ続ける…というホラー作品です。少年はたびたび危機を逃れるものの、眠った途端に襲われるため、眠らないように努力を続けていました。
 「夢の中」だけに、ただ襲われるだけでなく、予想の付かない不合理な形で襲われることが多いのが特徴です。現実空間で無意識に眠り込んでしまい、いつの間にか悪夢のような展開になってしまうのは、読んでいてかなり怖いところです。
 勉強すれば眠くなくなるだろうと考えて勉強をするものの、よけい眠くなってしまう…という展開にはブラック・ユーモアが感じられますね。

 具体的な対抗策もなく、夢の中で殺されたならおそらく現実生活でも殺されてしまうとの思いから、必死で逃げ続ける主人公を描く前半の恐怖度はかなり高いです。
 後半、ようやく味方になるキャラクターが登場し、殺人犯である「黒い男」の能力の秘密や、具体的な対抗策が提示されるのですが、それでも一歩間違えば死が待っているという恐ろしさ。

 登場人物は数人、作中ほぼメインで描かれるのは主人公の少年と殺人犯である「黒い男」の二人のみというシンプルな構成ながら、いかに殺人犯から逃れるか? という焦点をしぼった構成で、非常にサスペンスフルな作品になっています。
 後半で明かされる「夢」の秘密も捻りが効いており、殺人犯を撃退するための方策もまたトリッキー。児童向けとは言え、大人が読んでも面白いホラー作品になっています。

 また、前嶋昭人によるイラストも、あえてラフなタッチで描いているのでしょうか、エネルギッシュで勢いがあり、作品の恐怖度を高めるのに貢献していますね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

地獄風景  杉本苑子『夜叉神堂の男』

 杉本苑子『夜叉神堂の男』(集英社文庫)は、過去の時代を舞台にした時代小説集なのですが、そこで展開されるのは、どれもどろどろとした人間関係と、欲のままに殺しあう残酷な行為。これでもかとばかりに残酷な人間が登場するのが特徴です。

 洞窟の宝をめぐって男女数人が騙し合うという「穴の底」、体から異様な匂いをさせる女に取り付かれた男を描く「肌のかおる女」、出世のために妻を殺そうとした男が復讐されるという「最後に笑う者」、災難が起こる魔所をめぐって不倫の男女たちが不思議な現象に出会うという「鳴るが辻の怪」、占者の予言通りに死んでしまった絵師をめぐる「秋の銀河」、わがままに振舞う娘とその使用人に任ぜられた青年の悲劇を描く「鬼っ子」、篭城した兵士たちが飢え互いに人肉食を始めるという「ざくろ地獄」、清姫の子孫だという姉妹とその美しい妹娘に恋した青年の物語「くちなわ髪」、純真な娘が殺人犯として処刑されるまでを描いた「残りの霜」、殺された武将の恨みが宿った石による怪異を描いた「孕み石」、零落した姉弟が他家の財産を乗っ取ろうとする「山の上の塔婆」、親が殺した山伏の呪いで人の肉を食べずにはいられなくなった男を描く「夜叉神堂の男」の12篇を収録しています。

 明確な超自然現象が起こる作品としては、「鳴るが辻の怪」「孕み石」「夜叉神堂の男」などが挙げられます。

 「鳴るが辻の怪」は、そこから音がすることから「鳴るが辻」と呼ばれて恐れられた場所を掘ってみたところ、奇怪な仏像が埋まっていることが発覚するという物語。
 しかも不思議なことに、たまたまそこに落ち込んだ女は、入り口もないはずの仏像の中身に落ち込んでしまったというのです。内部に黄金があるという話を聞いた不倫の男女はあることを考えますが…。
 登場する仏像が非常に不気味で、悪事を企んだ男女がどうなってしまったかわからないところが怖いですね。

 「孕み石」は、かって恨みを残して死んだ武将の呪いがこもったと言われる石を盗み出して持ってきてしまった侍の家に起こる奇談。石を磨く役目をおおせつかっていた主人の七十になる乳母が突然子供を産みおとします。あっという間に成長する巨大な子供を見て、主人は石の呪いではないかと戦きますが…。
 かっての先祖の因果がめぐってくるという設定ではあるのですが、「現代」で起こっている怪異、そして謎の子供の存在がかなり不可解かつ不条理です。この作品集中でも、際立って面白い作品ですね。

 「夜叉神堂の男」は、悪人だった両親が殺した山伏の呪いにより、毎年節分の日に人の肉を食べずにはいられなくなった男をめぐる怪異談。寺に入った男が、墓を掘り返して死体を食べたり、改心して妻を迎えるものの無意識に妻を殺してしまうなど、凄惨かつ残酷な描写が目白押しです。
 男は普段は正常なため、後悔の念を抱きつづけており、真人間になろうとするものの、その異常な衝動には逆らえないのです。男の容姿が美しいという設定もあり、どこか倒錯した耽美的な要素もありますね。

 怪異がメインとなっていない作品でも、ほぼ必ず欲得ずくの不倫や犯罪、それに伴う殺人が発生し、血みどろになるという展開の作品が大部分です。それもあり、全体に怪奇幻想小説集といっていい味わいになっています。
 洞窟の中の宝をめぐって男女三人が互いに互いを騙そうとする「穴の底」、先妻を殺そうとした男が、生きて舞い戻った妻に復讐されそうになるという「最後に笑う者」などでには、ミステリ的な興趣もありますね。
 特に「最後に笑う者」では、芥川龍之介「藪の中」を意識したと思しい、複数人物からの視点が取られているのも面白いところです。

 「くちなわ髪」ではホラーとミステリのハイブリッド的な展開があり、これも面白い作品です。
 清姫の子孫といわれる姉妹に旅先で出会った青年は美しい妹娘に惹かれて結婚を申し込みます。しかし妹のせいで顔に火傷を負ってしまった姉娘も一緒に同行するというのです。やがて妹は子供を生みますが、直後から体の調子を悪くしていきます。姉によれば、一族には一世代に必ず美しい娘が生まれるが、成人後、清姫の呪いにより蛇性を発揮することになる。妹もその状態にあるのだというのですが…。
 安珍・清姫伝説をベースにした物語で、その一族の子孫の娘を描くという作品ですが、この伝説がある種のミスディレクションになっているというのもユニークなところです。

 「ざくろ地獄」も強烈なインパクトがあります。秀吉により鳥取城に篭城させられた兵たちが飢え、互いに食料として周囲の人間を狙い始める…という物語。
 境与三右衛門とその情婦である腰元イシを中心に、酸鼻を極めた物語が展開します。主人公のカップルだけがおかしくなっているのではなく、篭城しているほとんどの人間が極限まで飢えているため、主人公たちの行動もそれほど異常に見えない、というのがすごいですね。怪我をした姫の傷口に家臣が衝動的に吸い付いて血を吸ってしまう…という描写は強烈です。



テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

世にも不思議な物語  三田村信行『オオカミの時間 今そこにある不思議集』

 トラウマ童話集『おとうさんがいっぱい』で知られる、三田村信行の最新短篇集『オオカミの時間 今そこにある不思議集』(理論社)は、幻想的な作品の多い童話集ですが、中にはかなり不条理な作品も混じっており、大人の読者でも楽しめる作品集になっています。

 先祖が残した割れた面をめぐる幻想的な物語「われたお面」、自分の鏡像がだんだんと映らなくなってくるという「見るなの鏡」、部屋からいらなくなった物が消失していくという不条理な「歯ぬけ団地」、何かもずっと待ち続ける少女を描いた「白い少女」、巨大な木を取り憑かれた男を描く「木の伝説」、魔法使いの杖の材料になっていたという木をめぐる「魔法使いの木」、謎の恐竜の木を取材に訪れた記者の物語「恐竜の木」、学校に上手く適応できない少年がオオカミのマスクをかぶって町を徘徊するという「オオカミの時間」、他人を支配できるピストルを誤配により手に入れた少年の物語「誤配」、様々なシーンでピストルが登場する夢が展開するという不条理な幻想作品「夢のなかでピストル」、夢の中で浮浪者然とした男の行動が展開される怪奇作品「穴」、生き残りをかけて夢の中でゲームを行う少年少女たちを描く「ゲーム」、飼い犬をさらわれた少年が犬を取り返そうと冒険するという幼年ハードボイルド小説「エッグタルトに手を出すな」、世界で最後に生まれた少年が「王様」として祭り上げられた世界をめぐるSFファンタジー「最後の王様」を収録しています。

 年少読者向けに書かれているだけに、主人公は子どもであることが多いのですが、容赦ないアンハッピーエンドが襲うタイプの話も多く、子どもにはかなりハードかもしれないですね。「見るなの鏡」「誤配」「ゲーム」あたりの結末にはびっくりする人もいるかと思います。
 どれも面白いですが、特に印象に残るのは「オオカミの時間」「誤配」「ゲーム」「最後の王様」あたりでしょうか。

 「オオカミの時間」は、内省的な少年が学校や両親との関係で悩み、オオカミのマスクをかぶって町を徘徊するという物語。電車の中で、自分と同様にずっと乗り続ける老婆に気がついた少年は彼女を跡を追いかけますが…。
 少年が世界との折り合い方を見つけると言う、内省的で哲学的な物語です。

 「誤配」は、同名の人間と間違えられ誤配されてきたピストルを手に入れた少年を描く物語。そのピストルには人をいいなりにさせる力がありました。その力を使い、少年は他人を意のままにしていきます。やがて少年は大人になり、政治家にまでなりますが…。
 強力な道具を手に入れた少年がそれを利用してなりあがっていくという物語。結末もブラックで、かなりハードな作品ですね。

 「ゲーム」では、夢の中で、ある男からピストルを渡された少年少女たちが生き残りをかけてゲームを強制されます。少年は何度かのゲームを経て最終的な勝者になりますが…
 いわゆる「デスゲーム」ものですが、異様な雰囲気でちょっと怖い作品ですね。
 夢の中ではピストルで撃たれても大丈夫とはいいながら、撃たれた子どもたちがどうなったかは触れられません。このゲームは誰が何のために行っているのか? 勝者になった少年自身にもろくな結末が待っていないという、徹頭徹尾ダークな物語です。

 「最後の王様」は、大人に生殖能力がなくなってしまい、子どもが生まれなくなってしまった世界が舞台。最後の子どもである少年は「王様」として祭り上げられ、その生活は世界中で映されていました。
 ある日図書係りとして少年のお付になった女性は、ある本を読ませますが、それをきっかけに少年は世界の秘密を知ることになります…。
 集中でも一番「童話」らしい語り口とフォーマットの作品なのですが、その物語は結構ハード。主人公である少年の背後で陰謀が進行していたことが徐々に判明していきます。 SF的なアイディアも盛り込まれており、非常にサスペンスフルな物語になっています。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

山村正夫の怪奇小説集を読む
 ミステリ作家として知られる山村正夫(1931-1999)の作品には、もともと怪奇幻想的な要素が強いのですが、純粋な怪奇小説も数多く残しています。以下、怪奇小説を集めた三冊の短篇集について紹介していきたいと思います。


魔性の猫 (角川文庫 (5826))
山村 正夫
角川書店 (1984-09)

『魔性の猫』(角川文庫)
 オーソドックスかつ「ベタな」展開の怪奇小説ばかりなのですが、その怪奇味溢れる語り口には味わいがあります。

 妻と娘が化け猫に取り憑かれてしまった男を描く「魔性の猫」、幽霊の夫婦とスワッピングしてしまうという「交霊の報い」、ふと手に入れたどくろ盃からかっての恋人の霊が導かれるという「どくろ盃」、数十年前に戦火の中で死んだ娘の霊が、かっての恋人の息子に取り憑くという「死恋」、現代の「安達ヶ原」をテーマにした怪奇譚「怪異の部屋」、幽霊が家政婦になって現れるという「お迎え火」、結婚詐欺を目論んだ男が目を付けた女は幽霊だった…という「騙すと恐い」、妻の妊娠中の子供を「誘拐」したという若い女をめぐる「水子供養」、失踪した父親を見かけた息子が怪異現象に巻き込まれる「廃園の遺書」の9篇を収録しています。

 過去に悪事や罪を犯した男が、幽霊(基本女性の霊ばかりです)に復讐されるという。因果応報的なフォーマットに則った話が中心です。大抵、主人公の男はろくなことをしていないので、恐ろしい目に会う(もしくは取り殺される)のが爽快感を伴っていたりするのですが、非道いことをしておきながらも逆に改心してハッピーエンドになってしまうという「水子供養」などという、逆パターンのお話もあるのが面白いところです。

 家の壁に埋め込まれていた、人間の骨で作ったどくろ盃から展開される悲恋テーマの幽霊物語「どくろ盃」、行きずりの女に誘われた男が見てはいけないと言われた部屋を覗いたことから怪異現象に出会う、民話や伝承をモチーフとした「怪異の部屋」などは、非常に怪奇度も高く楽しめる作品でしょうか。

 ある種の「臆面のなさ」が逆に魅力になっているタイプの作品集で、あまり驚きはないものの、安心して楽しめる作品揃いになっています。



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『怨霊参り』(角川文庫)
 エンターテインメント要素に富んだ怪奇小説集です。

 魂の宿った人形に誘惑される男を描いた「怪異人形妻」、不思議な能力を持つ妻に夫が不審の念を抱くという「狐火」、心中で死にきれなかった男が心中相手の霊に呪われるという「死んでも離さない」、かって母親を守り切れなかった武者人形が殺人犯に復讐するという「武者人形」、死んだ家族と冥界で記念写真を撮ろうとする「記念写真」、かって恋人を捨てた男が復讐されるという「人体解剖模型」、暴力金融業者を追っていた刑事が霊の存在を知るという「怨霊参り」、幽霊屋敷のアルバイトの青年二人が心霊事件に巻き込まれるという「幽霊アルバイト」、強盗二人組が入り込んだ屋敷は幽霊屋敷だったという「飛んで火に入る」、親友の怪死から吸血鬼の存在が浮かび上がってくるという「吸血蝙蝠」の9篇を収録しています。

 ほぼ全ての作品で女性の幽霊が登場しており、その恨みから男を取り殺す…というパターンの作品が多くなっています。明確な理由があって幽霊が現れるという、因果応報的な形が多いので、怖さという点ではいまいちですが、その作品展開のバリエーションは多彩で、安心して楽しめる作品が多いですね。

 男を愛した人形が実体となって現れ、男を誘惑するという「怪異人形妻」、強引に入り込んだ屋敷の母娘が実は死者だったという「飛んで火に入る」などは面白い趣向です。

 山村正夫作品に登場する幽霊は、ただ被害者を怖がらせるとか脅かすだけでなくて、物理的に殺してしまったり、直接的な死に導くなど、かなり強力な形で登場するのが特徴です。あと幽霊と交情を重ねたりと、肉体的な要素が強いところも面白いですね。

 巻末の「吸血蝙蝠」は、タイトル通り吸血鬼を扱った作品で、他の収録作品とは大分カラーが異なっています。以前にヨーロッパに滞在した経験のある親友が憔悴し、吸血鬼の実在を匂わせた直後に死体で発見されますが、彼は蝙蝠をつかんだまま息絶えていました。しかも以前に、若い女性が同じような状態で死んでいるのが発見されていたのです…。
 殺された男が滞在していたのがトランシルヴァニアで、吸血鬼が誰であるかも読んでいてほぼわかってしまうのですが、その怪奇的な雰囲気は抜群で、楽しめる作品になっています。



恐怖の花束 (ノン・ポシェット)
山村 正夫
祥伝社 (1996-09)

『恐怖の花束』(祥伝社ノン・ポシェット)
 1996年刊行と、著者の怪奇小説集としては最後期のものですが、若い頃の作品とその味わいはほとんど変わらず、よい意味で「ベタな」怪奇小説集になっています。
 あとがきに著者自らも語っているのですが、収録作ほぼ全てが一つのパターンの話型に収まっています。それはある男から不当な被害を受け命を落とした女性が霊となって男に復讐する…というもの。
 その意味で、皆同じような話といえばいえるのですが、どれも面白く読めるのは著者の職人芸といったところでしょうか。著者お得意の艶かしい描写とともに、バブル崩壊直後であった当時の時代風俗的な部分も、今読むと意外に味わいがありますね。

 「同じような話」とはいいつつ、それぞれの物語の肉付けや衣裳は異なっています。中には変わった設定で読ませる作品もあります。
 美容エステに現れた霊を描く「餓鬼の女」、誘拐した社長令嬢は既に死んだ幽霊だったという「恐い誘拐」、モデルルームに現れる家族の幽霊を描く「奇妙な家族」、休んだ介護士の代りに介護に表れる霊を描いた「朝顔供養」、前科持ちの元産婦人科医がホステスの霊に復讐されるという「断罪」、女性を手篭めにした占い師が霊現象に襲われる「天中殺の聖夜」、乗車させたアベックの女の方が人間ではなかったことに気付くという「乗車拒否」など。

 それぞれ工夫が凝らされており、楽しく読むことができます。基本的には主人公である男が過去に悪事を働いている(無意識の場合もあり)ために霊から復讐されるというパターンなのですが、そのしがらみがひねった方向から来る「朝顔供養」「乗車拒否」は中でも面白いですね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

絶望とトラウマ  頭木弘樹編のアンソロジーを読む
 「絶望」をテーマに執筆を続けている頭木弘樹。編者としても、また様々な「絶望」の形を題材にした優れたアンソロジーを編んでいます。以下、紹介していきましょう。




頭木弘樹編『絶望図書館 立ち直れそうもないとき、心に寄り添ってくれる12の物語』(ちくま文庫)

 絶望したときに寄り添ってくれる物語、というコンセプトで集められたアンソロジーで、非常に読み応えのある作品集です。
 収録作品はバラエティに富んでいます。作家は日本作家と海外作家、ジャンル的にも児童文学、SF、ミステリ、エッセイ、現代文学など、様々な作品が収録されています。読んだことのある作品もあったのですが、このアンソロジーの中の一篇として読み直してみると、また違った味わいが感じられますね。

 父親が増えてしまうという、巻頭の「おとうさんがいっぱい」(三田村信行)からして強烈な作品なのですが、後に続く作品もインパクトの強い作品が多いです。集中でもとりわけ印象に残るのが「瞳の奥の殺人」(ウィリアム・アイリッシュ)と「虫の話」(李清俊)の二つでしょうか。

 「瞳の奥の殺人」は、全身不随の初老の女性が主人公。息子の嫁が愛人と共が息子の殺人を企てていることを知りながら何も出来ない…という物語。アイリッシュには、有名な「裏窓」を始め、ハンディキャップのために思うように動けない…という作品がよく見られますが、これはその中でも強烈な一篇です。

 李清俊「虫の話」は、息子を殺された母親が犯人に対して憎悪を抱きますが、やがて宗教的な影響から犯人を赦そうとする…という物語。
「赦し」に至るまでの母親の感情の動きが強烈に描かれており、しかもそれも破綻してしまう…という結末は衝撃的です。

 絶望的な状況に陥ったことがあるかないかは別として、この本を読みながら、日常的にこんな状況があり得る、あったことがある…という具体的な想像が浮かんできます。いい意味で「身につまされる」とでもいいましょうか。これは実にいいアンソロジーだと思います。



絶望書店: 夢をあきらめた9人が出会った物語
山田太一, 藤子・F・不二雄, BUMP OF CHICKEN, ベートーヴェン, 連城三紀彦, ナサニエル・ホーソン, ダーチャ・マライーニ, ハインリヒ・マン, 豊福晋, クォン・ヨソン, 頭木弘樹, 岡上容士, 品川亮, 斎藤真理子, 香川真澄
河出書房新社 (2019-01-23)

頭木弘樹編『絶望書店 夢をあきらめた9人が出会った物語』(河出書房新社)

 「夢をあきらめる気持ちに寄り添ってくれる物語を集めたアンソロジー」とのことで、かなりピンポイントなところをついてくるアンソロジーです。

 最初に収録されている山田太一「断念するということ」が別のアンソロジーの序文だそうで意表を突かれます。また小説だけでなく、ベートーヴェンが難聴について友人に語った手紙、藤子・F・不二雄の漫画作品、サッカーを題材にしたノンフィクションまで収録されており、バラエティに富んだ作品集です。

 演出家に無理難題を要求される女優を描いた「マクベス夫人の血塗られた両手」(ダーチャ・マライーニ)、少年の絶望を描いた「打ち砕かれたバイオリン」(ハインリヒ・マン)、喉の病気のために新しい言葉を生み出すという「アジの味」(クォンヨソン)なども面白いですが、特に印象に残ったのは、「人生に隠された秘密の一ページ」(ナサニエル・ホーソン)、「紅き唇」(連城三紀彦)、「肉屋の消えない憂鬱」(豊福晋)、「パラレル同窓会」(藤子・F・不二雄)などでしょうか。

 「人生に隠された秘密の一ページ」(ナサニエル・ホーソン)は、青年が眠り込んでいるうちに、様々な幸福や不幸が彼の目の前を通り過ぎていく…という寓話性の強い作品。主人公の青年はそれらの出来事に全く気付かない…というのが面白いですね。

 「紅き唇」(連城三紀彦)は、結婚してすぐに妻を亡くした男が義母と奇妙な同居生活を送る…という物語。
男も義母も不運な生涯を送ってきており、二人の間に不思議な絆が生まれるという面白い作品。結末で隠された人間性が明かされるというタイプの作品でもあり、ミステリ的な興味からも面白いですね。

 「パラレル同窓会」(藤子・F・不二雄)は、出世して社長になった男がある日、様々なパラレルワールドから来た自分たちと「同窓会」を行うというSFコミック。そこには成功しなかった自分、テロリストや殺人犯となった自分までもいるのです。自分のありえた可能性を見させられる…という作品です。

 「肉屋の消えない憂鬱」(豊福晋)は、サッカーをめぐるノンフィクション。少年時代にサッカーで将来を期待され、クラブではメッシと一緒にプレーもしたというかってのスター選手が、将来をいかにあきらめたのか…という内容です。事実だけに、このアンソロジー中でもインパクトが強いですね。
 実際に成功したスター選手でさえ、日々のプレッシャーはなくならない…ということにはなるほどと頷きました。サッカーの事例ではありますが、読んでいてわが身にひきつけて考えさせられるところのある作品です。

 テーマが絞り込まれている分、読む人にとって、いい意味でも悪い意味でも精神的に来るものがあるアンソロジーではないでしょうか。特に「肉屋の消えない憂鬱」はかなりシビアな話で、こういうノンフィクションだけのアンソロジーもできたら面白そうですね(かなり暗い内容になってしまいそうですが)。

 以前必要があって、ある病気に関する本を読みました。様々な人の体験記が載っているのが売りの本だったのですが、そこに載っていたのは病気を克服した人か、コントロールができている人の体験記ばかりで、上手くいっていない人の事例は載っていませんでした(当然なのかもしれませんが)。
 そういう上手くいっていない人の体験記ばかりを集めた本があってもいいのかもしれないな…というようなことを、このアンソロジーを読みながら考えました。



トラウマ文学館 (ちくま文庫)
直野 祥子, 原 民喜, 李 清俊, フィリック・K・ディック, 筒井 康隆, 大江 健三郎, 深沢 七郎, フラナリー・オコナー, ドストエフスキー, 白土 三平, 夏目 漱石, ソルジェニーツィン, 頭木 弘樹, 斎藤 真理子, 品川 亮, 秋草 俊一郎
筑摩書房 (2019-02-08)

頭木弘樹編『トラウマ文学館 ひどすぎるけど無視できない12の物語』(ちくま文庫)

 トラウマになりそうな「ひどい話」を集めたユニークなアンソロジーです。

 家族旅行中にアイロンをかけっぱなしにしたことを思い出す少女の不安を描く「はじめての家族旅行」(直野祥子)、仲間の前で一人気分が悪くなる人形を描いたメルヘン「気絶人形」(原民喜)、テレビの登録を頑ななまでに拒む父親とその家族を描いた「テレビの受信料とパンツ」(李清俊)、異星人によって作られた偽者のロボットと疑われた男を描くサスペンスSF「なりかわり」(フィリップ・K.ディック)、相撲取りに命を狙われるという不条理作品「走る取的」(筒井康隆)、仔牛の肉を密かに運搬する二人組が野犬に襲われるという「運搬」(大江健三郎)、義足の女性と青年の奇妙な交流を描く「田舎の善人」(フラナリー・オコナー)、窃盗犯の父の影響から完全犯罪を起こそうと殺人を行う少年を描いた「絢爛の椅子」(深沢七郎)、殺人の告白をしたもののその不安に怯える男を描いた「不思議な客」(ドストエフスキー)、少年に拾われながらもその野生は抜けない犬を描いた「野犬」(白土三平)、首をつりたくなる松の木を描いた「首懸の松」(夏目漱石)、たき火に巣をかけられたアリを描く掌編「たき火とアリ」(ソルジェニーツィン)を収録しています。

 その程度は様々ながら、どれも「ひどい話」が沢山集められています。中でも印象に残るのは、「はじめての家族旅行」(直野祥子)、「テレビの受信料とパンツ」(李清俊)、「絢爛の椅子」(深沢七郎)などでしょうか。

 「はじめての家族旅行」は少女漫画誌に載った短篇マンガ作品。研究者の父親が妻子を連れて家族旅行に出かけます。娘は家を出る直前にアイロンの電気をかけっぱなしにしたことに思い当たり不安になりますが、船中で出会った老人の話を聞き、楽観的に考えるようになる…という物語。
 1971年発表ですが、今読んでもぐっと来るものがありますね。クーラーをつけっぱなしで出かけてしまうとか、レンタルビデオを返すのを忘れていたとか、似たような事例を思い起こさせるような、普遍的な不安を描いた秀作です。
 読後、個人的には、ディーノ・ブッツァーティ作品を思い出しました。例えば「忘れられた女の子」とか「バリヴェルナ荘の崩壊」とか、読んだことのある人には何となく伝わると思うのですが。

 「テレビの受信料とパンツ」は、テレビの登録を頑なに拒む父親とその家族を描く作品。それなりの社会的地位と収入もある父親が、なぜ大したことのない登録料をけちり、放送公社から来る人間を追い返すのか?
 父親の人間像と彼の心理を慮る家族の心情が描かれていて、しみじみとした味わいがあります。

 「絢爛の椅子」では、ささいな窃盗を繰り返し前科を重ねる父親の卑小な姿を目撃した少年が、完全犯罪を目指して殺人をする姿が描かれます。いわゆるプライドのための犯罪なのですが、面白いのはこの少年がそれほど賢いように描かれていないこと。
 一旦「完全犯罪」に成功するものの、自分の存在を認識させようと社会に対して宣伝してしまい、結局捕まってしまうのです。
 知的エリートが自らの存在を証明するために犯罪を行う…というような話はよくありますが、この作品では、ある種「普通」の少年が頭で考えた犯罪を実行に移して失敗してしまうという、非常にリアルな展開が描かれていますね。

 「なりかわり」(フィリップ・K.ディック)も、結構嫌な話です。ディック作品では、ある人間が「にせもの」ではないかとか、「現実」が虚構なのではないかとか、そうしたテーマに基づく不安が描かれたものが多いですね。その結果、バッドエンドになる話も多く、自然と「ひどい話」も多い印象です。

 有名作ではありながら、なかなか手の伸びないであろう、夏目漱石やドストエフスキーの作品の抜粋を入れているのも面白い試みですね。「首懸の松」(夏目漱石)は『吾輩は猫である』の抜粋、「不思議な客」(ドストエフスキー)は『カラマーゾフの兄弟』の抜粋になっています。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

死ねない殺し屋  都筑道夫『闇を食う男』
闇を食う男 (天山文庫)
闇を食う男 (天山文庫)
posted with amachazl at 2020.03.30
都筑 道夫
天山出版 (1988-09)

 都筑道夫の長篇『闇を食う男』(天山文庫)は、「不死」の殺し屋を主人公にした、ホラー・バイオレンス小説です。

 語り手の「おれ」は友人のライター浅野と共にロスアンゼルスに旅行に出かけますが、現地のホテルで見知らぬ男に殺されかけます。もみ合ううちに逆に相手を殺してしまった「おれ」でしたが、相手は最後に妙な言葉をつぶやいていました。
 浅野によれば、彼は礼と共に「お前が五百人目だったのか」と言っていたというのです。調査をした浅野によれば、南米ペルーの神に呪われた人間は「神の代理人」として500人の人間を殺さなければいけないというのです。
 その間「代理人」となった男は、死のうとしても死ねず、499人を殺した後、自らが500人目となる、という伝説があったといいます。実際に殺人衝動が抑えられなくなった「おれ」は自分が「代理人」の後継者になったことを知ります。
 役目を受け入れた「おれ」は避けられないのならばと殺し屋を開業することになりますが…。

 邪神の呪いにより500人を殺さなければいけなくなった男が殺し屋を始める…という物語です。その人数を殺すまでは死ねない運命になっているらしく、危険なことが起こっても重大事にはならないのです。
 連作短篇になっており、毎回主人公に殺しの依頼が舞い込むのですが、その依頼が変わったものだったり、裏があったりと、それぞれが変わったものとなっています。主人公は自分が死なないことが分かっているのでクールに行動するのですが、やっている殺人行為はかなりハードかつ残酷なもので、そのギャップも面白いところですね。
 友人やエージェントも躊躇いなく殺してしまいますし、自殺を望む依頼人に対しても軽く助言はするものの、結局あっさりと殺してしまいます。

 入り組んだ事件や、主人公を陥れようとする陰謀なども発生しますが、主人公はそれらを全て軽くかわしてしまい、関係者をほとんど抹殺してしまうという流れは、ある種、爽快ではあります。
 殺しの手順や行為に関して、かなり残酷なシーンもあるのですが、主人公自身があっさりしているのと、描写も淡々と描かれることもあり、題材の割りに生臭さはありません。
 こうしたテーマのホラー小説を、ここまで淡白に描いているという意味では、珍しいタイプの作品かもしれませんね。

 ちなみに、主人公の「不死」は、物理的に死なないわけではなく、そうした状態にならないように「神の手」の介在で運命が変わる、という設定のようです。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

オリジナルとバリエーション  法月綸太郎『赤い部屋異聞』
赤い部屋異聞
 法月綸太郎『赤い部屋異聞』(KADOKAWA)は、著者が日本・海外の名作短篇に触発されて書いたという短篇を集めたオマージュ作品集です。

 江戸川乱歩「赤い部屋」で描かれた事件を別視点から語りなおした「赤い部屋異聞」、突然頭を殴られ殺されそうになった男がダイイングメッセージを残すという「砂時計の伝言」、毎夜ビルから一回ずつ落ちていく夢を見るという青年の物語「続・夢判断」、読者が登場人物に殺されるという「対位法」、飼い主と精神が入れ替わったという猫がペット探偵に飼い主の捜索を依頼する「まよい猫」、葬式がえりに友人から気味の悪い話を聞くという「葬式がえり」、催眠術をかけられた男の死が描かれる「最後の一撃」、友人から渡された本は絶対に最後まで読めない本だった…という怪奇作品「だまし舟」、絶対に間違わなくなった名探偵の新たな望みを描く「迷探偵誕生」の九篇を収録しています。

 全てというわけではないのですが、著者が愛する日本・海外の名作短篇に触発されて書かれた作品が集められています。元になったのは、江戸川乱歩、都筑道夫、コーネル・ウールリッチ、ジョン・コリア、フリオ・コルタサル、ジョージ・R・R・マーティンなど。 推理やミステリ的な趣向はどれにもありますが、作品自体のジャンルとしては、ミステリに限らず、SFや怪奇小説に分類できるであろうものも多くなっていますね。

 中でも面白く読んだのは「赤い部屋異聞」「続・夢判断」「対位法」「葬式がえり」「だまし舟」などでしょうか。

 「赤い部屋異聞」では、江戸川乱歩の「赤い部屋」で描かれた事件が、舞台となった猟奇趣味の会の一員である男の視点から描かれます。解釈をさらに捻っており、結末が多少尻切れトンボの気もあった乱歩作品が引き締まる感もありますね。

 「続・夢判断」は、ジョン・コリア「夢判断」のオマージュ作品。カウンセラーのもとに、そのビルの上の会社に勤めるという青年が現れ夢の話を始めます。それは毎夜ビルから一階ずつ落下していくという夢でした。内容がジョン・コリアの「夢判断」そのものだと気付いたカウンセラーでしたが…。
 ジョン・コリアの「夢判断」そのままの内容と、それを認識している主人公という、面白い設定の作品です。誰かが何かを企んでいるのでは? というミステリ的な展開になりますが、最終的には幻想的な結末に落ち着くという、奇妙な味の作品です。

 「対位法」は、フリオ・コルタサル「続いている公園」のオマージュ。原作は本を読んでいる読者が登場人物に殺されるというメタ的な幻想小説です。法月作品では、作中で読まれている作品のあらすじが複雑化すると同時に、本を読んでいる読者が「二人」になっています。
 それがタイトル通り「対位法」のような形で展開する、技巧的な作品になっています。

 「葬式がえり」は、葬式帰りの友人から気味の悪い古典的な物語を聞くという作品。幽霊物語の真相に気付くと同時に、主人公の秘密が浮き上がってくるという恐怖小説です。

 「だまし舟」は、都筑道夫「阿蘭陀すてれん」のオマージュ作品。友人が兄の家から持ってきたという自費出版らしい小説。書き出しを読んだだけでその素晴らしさを認識した主人公はそれを読み始めますが、友人は後からあわてて本を取り返しにきます。
 友人が言うには、その本は絶対に読み通せない本であり、読み続けると何かが起こるのだと…。
 本をめぐる怪奇小説なのですが、問題になる本の由来や所有者が二転三転していきます。本には本当に超自然的な力があるのかが、わからなくなっていくという幻想的な作品になっています。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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