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暗い未来  平井和正『悪夢のかたち』
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 平井和正『悪夢のかたち』(ハヤカワ文庫JA)は、SFの名手である著者の初期短篇を集めた作品集です。全体に、ディストピア的な世界観や人間の暴力性など、暗い情念が描かれているものが多いですね。

「レオノーラ」
 白人が力を失った近未来、黄色人種であるライターのケンは、ふとしたことから白人たちにリンチに遭い、肉体的のみならず精神的にもトラウマを抱えてしまいます。人間恐怖症となった彼は、妹のジュリの世話のもと地下の部屋にこもり暮らしていました。
 ジュリが家を留守にするのに伴い、女性型アンドロイドのレオノーラがケンの世話をすることになりますが、ケンはレオノーラの優しさに癒やされていました…。
 人間不信になった青年が女性型アンドロイドの優しさによって癒やされる…という物語なのですが、悲劇的な結末が待ち構えています。人間の「獣性」とアンドロイドの「人間性」について描かれた秀作でしょう。

「ロボットは泣かない」
 足に欠陥があり、びっこを引いているということで、安く買うことが出来た特Aクラスの家政婦アンドロイド「アン」。一家の主人であるリュウは彼女の優しさと繊細さに感じ入りますが、妻や子どもたちは「アン」を道具としてしか見ず、虐待を繰り返していました…。
 これはアンドロイド差別を扱った作品。残酷な人間よりも、よっぽど優しいアンドロイド像が描かれています。

「革命のとき」
 地上が荒廃し、地下で人類が暮らす時代。精神改造機から逃げ出した人間たちは、一丸となって祈った結果、過去の人間の体の中に精神が転移してしまいます…。
 未来社会で挫折した革命を過去で行おうとする人間たちの物語です。ここでは機械文明の行きつく先が超管理社会のように描写されていますね。

「虎は目覚める」
 近未来、増加する犯罪への対応として、深層催眠技術を使って人間の精神は改造されていましたが、その副作用として文化自体も衰退していました。
 ロケット・マンのリュウは一年ぶりに帰還しますが、故郷の人々が怯えていることに気付きます。シティに現れた「虎」が何人もの人間を惨殺しているというのですが…。
 暴力衝動を封じ込めるために、生きる活力までもが失われてしまった世界で、暴力の固まりのような存在が現れる、というお話です。

「百万の冬百万の夢」
 冬の寒さが苦手な夫は、仕事に行くのにも億劫になっていました。もうすぐ赤ん坊が生まれる妻に急かされて、嫌々出かけることになりますが、早く夏が来ないかと願っていました。そんなある日、都市を核爆弾の攻撃が襲います…。
 面倒な日常も、消え去る一時の幻想に過ぎない…という物語。ある種、救いのない結末ですね。

「悪夢のかたち」
 病院の新生児室に入り込んだ不定形の異星人は、体を二つに分け、二人の赤ん坊の体を乗っ取ります。数十年後、中田は理想的な女性ケイを妻として幸福な生活を送っていました。しかし友人佐野に、タレントの砧佐知を紹介されて以来、なぜか彼女に惹かれ、つきあい始めます。やがてその浮気は家庭が崩壊するまでにエスカレートしていきます…。
 幸福な家庭を持っていたはずの男が、なぜかタレント女性に破滅的に惹かれてしまうという、一見平凡な浮気話なのですが、そこには体に潜んだ異星人に理由があった…ということで、異色の味わいのSFとなっています。
 元が異星人だけに惹かれあう、というところよりも、それまでは人間的な感性で普通の恋愛・家庭を築けていた、というところがむしろ興味深いですね。

「殺人地帯」
 アルは、隣人となった「ニップ(日本人)」のミネが、妻子を持ち、幸せに暮らしていたにもかかわらず「殺人地帯」で命を落としたことを知って不審に思います。「殺人地帯」は政府の管理の下、合法的に殺人ができるという無法地帯だったからです。
 衝動に突き動かされて「殺人地帯」に入り込んだアルは、薬によって体を成長させた子どもたちに襲われます…。
 娯楽として殺意を弄ぶ人間たちに対して、自身も殺し返すべきなのか…。人間の過度の暴力性の恐ろしさと、その反動としての平和な虚無について描かれた作品でしょうか。
 この世界では日本の国土が住めなくなっており、民族としての日本人が絶滅の危機にある、という設定も興味深いですね。

「死を蒔く女」
 精神病医は、周囲の人間の死を願うとそれが実現してしまうという女の訴えを聞いていました。自分を裏切った男のみならず、ナンパをしてきた見知らぬ男を本人の意志とは無関係に電車に飛び込ませてしまったというのです。
 医師は妄想を否定するために、その力が本物ならば、目の前の猫を殺してみなさいと挑発しますが…。
 妄想に過ぎないと思っていた超能力が実は本物だった…というタイプの怪奇小説です。落ちもホラー的で面白いですね。

「人狩り」
帰還兵の男は、銀行強盗の際に殺人を犯してしまい、広大な密林に逃げ込むことになります。野生の自然の中を進むうちに、原始の「幻」が現れますが…。
都市文明に馴染めない男が、逃走の途中で原始の自然に出会う…という物語。奇妙な美しさがあります。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

死の国から  東雅夫編『アンソロジー 死神』
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 東雅夫編『アンソロジー 死神』(角川ソフィア文庫)は、内外の<死神もの>が集められた、バラエティに富んだ好アンソロジーです。マンガ作品も入っています。

 自死した三島由紀夫の霊を利用して陰謀を企む死神の物語「死神のささやき」(水木しげる)、死神から医者のまねごとをして金を稼ぐ方法を教えられた男の運命を描く落語「死神」(三遊亭円朝/三遊亭金馬(二代目))と「死神」(柳家小三治)、名づけ親になった死神から死にゆく人の見分け方を教わった青年の物語「死神の名づけ親 第一話・第二話」(グリム兄弟/金田鬼一訳)、死神の家族の仕事ぶりを描いた「死神」(織田作之助)、死にたいと思っていた青年と少女の仲を死神が取り持つという「死神と少女」(武者小路実篤)、陰謀によって社長の地位を奪われた男が、仇たちを呪い殺そうとする「死神になった男」(源氏鶏太)、奇怪な女が現れるたびに親しい人間が死んでいくという「背の高い女」(アラルコン/桑名一博・菅愛子訳)、電車内に現れた、全身が褪めたような奇怪な女を描く「色の褪めた女」(小山内薫)、小山内薫が恐れていた幽霊について書かれた実話「色あせた女性」(鈴木鼓村)、読んだものが皆死んでしまう呪いの漫画を扱った「死神の涙」(つのだじろう)を収録しています。

 <死神>テーマの作品をいろいろ集めた、ユニークなアンソロジーです。
 落語の「死神」二種とその原本となったと思しいグリム童話のエピソード、文学畑の作家の<死神>テーマ作品三篇、実話風作品三篇、そして最初と最後を<死神>テーマのマンガで挟むという、見事な構成となっていますね。
 落語の「死神」二種とグリム童話が並べられたパートでは、作品の詳細やバリエーションが異なっており、その変奏も楽しめるようになっています。

 織田作之助「死神」は、語り手が死神で、自分たちの一族が起こした大惨事を語っていくという面白い趣向の作品なのですが、未完だそう。これは続きが読んでみたかったですね。

 小説らしいディテールがしっかりしていて、印象に残るのは、アラルコン「背の高い女」(桑名一博・菅愛子訳)です。
 営林技師ガブリエルは、亡くなった友人テレスフォーロの話を語り出します。
 テレスフォーロは、一人でいるときに、相手も一人でいる女に出会うことに対して病的な恐怖心を持っていました。ある日、異様に背が高く、醜い老婆に出会い、彼女が自分を追ってくることに気付き、恐怖に陥ります。さらに、その直後に父の訃報を聞かされて驚くことになります。
 時を経て女と再び出会ったテレスフォーロは、直後に婚約者ホアキーナが亡くなったことを知りますが…。
 人間とは思えず、会うたびに周囲に死者が発生する奇怪な女を扱った実話風怪談作品です。女が人間なのか超自然的存在なのかは、最後まではっきりしません。またテレスフォーロと何らかの関係があったことが匂わされるのですが、そちらの事情も明かされずに終わってしまうなど、不条理味も強い怪奇小説になっていますね。妖怪じみた「背の高い女」のインパクトは強烈です。

 つのだじろう「死神の涙」は、読んだものが皆死んでしまう呪いのマンガを描く作品。B級テーマのお話ではあるのですが、さすがに演出が上手いので、怖さが感じられますね。最後に明かされるメタな趣向も楽しいです。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

歪められた愛  飛鳥部勝則『黒と愛』
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 飛鳥部勝則の長篇『黒と愛』(早川書房)は、奇怪な館で起きた殺人事件をめぐるホラー・ミステリ作品です。

 亜久直人は、テレビ局に勤める友人、崔川真二から心霊スポット特番のロケハンに助手として同行してほしいと頼まれます。取材場所は、北条夏夫なる老人が所有する「奇傾城(きけいじょう)」。そこは城を改造した和洋折衷の建物で、奇妙な展示物ばかりが災いして、現状は閉鎖されていました。以前に建物内で自殺者が出ており、兵士の幽霊が出るという噂もありました。
 ロケハンには霊能者が同行する予定でしたが、とある事情から急遽代理として、女子高生である示門黒(しもんくろ)が連れてこられることになります。彼女に思いを寄せる者は多いようなのですが、黒はテレビ局のディレクター蒲生巧とは特別な関係のようなのです。亜久もまた黒に惹かれることになります。
 ロケハン当日、蒲生は奇傾城内の幽霊が出るという「絵画の間」で一泊したいと言い出します。折しも嵐が激しくなり、離れ小島にある奇傾城に繋がる橋が流されそうになったため、蒲生に連絡しようとしたところ、部屋は内側から鍵がかかっており、返事もないようなのです。ようやく開けた部屋の中には蒲生の生首が転がっており、首無し死体が椅子に縛り付けられていました…。

 奇人が作った施設、奇傾城で猟奇的な殺人事件が起き、その犯人が取り沙汰されていく…というホラー・ミステリ作品です。
 舞台が風変わりなのに加えて、登場人物たちも奇矯な人間ばかり。誰が犯人でも、どんな動機が出てきてもおかしくはない、という雰囲気になっています。さらに探偵役である亜久が犯人を指摘するのもかなり序盤で、その構造も風変わりです。

 密室殺人の謎よりも、メインに描かれるのは、神秘的な謎めいた少女黒と、彼女をめぐる人々の倒錯的な愛情と変態的と言えるまでの心理描写です。黒自身が、周囲には理解不能な行動と発言で謎めいた人物なのですが、それにもまして彼女をめぐる人々が奇人・怪人揃いなのです。実際、心理的にだけでなく、肉体的にも常人ではない人間が混じっていることが後半に明かされ、クライマックスの突拍子の無さには驚かされてしまいます。
 正直、あまりに設定が奇抜過ぎて「真犯人」を予測するのは難しいと思います。後半、合理的な謎解きがされることにはなるのですが、それよりも黒をめぐって「暴走」する人々が何をやらかしてしまうのか…という方面で読むのが楽しい作品ですね。
 容易に本音を見せない黒本人はもちろん、周囲の人物もその愛情の発露の仕方が異常です。サイコパス的な人物が多数登場し、その行動が描かれていく部分には読み応えがあります。特に、黒を愛するあまり、ネクロフィリアの気がある黒が隠匿する死体を隠そうとする「先生」の一連の行動を描く部分は完全にダークなホラーとなっていますね。

 ミステリとしては完全に破綻しているのだと思いますが、異形のホラー・幻想小説として読むと、とても魅力的な作品だと思います。後半に唐突に登場する超自然的な展開は、同じ飛鳥部作品の某作品とのリンクがされているとのことで、こちらもいずれ読んでみたいところです。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

それぞれの結末  滝川さり『ゆうずどの結末』
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 滝川さり『ゆうずどの結末』(角川ホラー文庫)は、少しでも読めば死の呪いがかかってしまう呪いの本をめぐる連作ホラー作品です。

 大学に入ったばかりの菊池斗真は、サークルの同級生の女性宮原の投身自殺を目撃してしまいます。遺書もあったことからその死は自殺と断定されていました。菊地はサークルの先輩日下部から、表紙に赤黒い染みのある本を手渡されます。宮原が死の瞬間に持っていた本だというのです。
 それは「ゆうずど」というタイトルで、角川ホラー文庫から数十年前に刊行されたというホラー小説でした。内容は読んだら死んでしまう呪いの本の話だといいます。しかし、本を読んだ日下部は自殺してしまいます。
 その後、菊地の手元に「ゆうずど」の本が現れていました。気味悪がった菊地は何度も「ゆうずど」を捨てようとしますが、なぜか何度も手元に戻ってきてしまうのです。本には黒い栞が挟まれており、それはどんどんとページを進んでいました。やがて他の人間には見えない紙の化物が菊地の目には見えるようになりますが…。

 少しでも読むと呪われ、タイムリミットが来ると必ず殺されてしまうという呪いの本「ゆうずど」をめぐる連作ホラーです。
 「ゆうずど」には強力な呪いがかかっており、全体ではなく、内容を少しでも読んだだけで呪われてしまうのです。移動する黒い栞が最終ページに来るまでがタイムリミットになっており、それに気づいた人間たちが呪いを解除しようと奔走する…というのが、各エピソードの肝となっています。
 一話目の主人公は大学生、それ以降も女子高生や小学生、時には夫婦同時に呪われるパターンもあるなど、呪われる人々も様々です。呪われて以降、本に現れる黒い栞や、自分にしか見えない化物が見えるようになるなど、明確に異常な出来事が起こるので、呪いの存在をはっきり認識できるようになっています。それだけに呪いの解除に命がかかってきており、そのサスペンスもたっぷりですね。

 「ゆうずど」に関してどこまで情報を得られるのか、というあたりは、各エピソードの主人公によって変わっており、まともに情報を得られないまま死んでしまう人もいれば、かなりの情報を手に入れられる人間もいます。各主人公が「ゆうずど」の呪いから逃げられるのか、それとも殺されてしまうのか?という部分も含めて、ハラハラドキドキの連続です。
 単純に「呪われる」話だけでなく、その本を利用して他人を殺そうと画策する話や、親子二代で呪われた家族がそれを利用して呪いを解こうとする話など、呪いのバリエーションも多彩ですね。
 作中の呪いの本「ゆうずど」が角川ホラー文庫から刊行されているという設定になっていることも含めて、全体にメタフィクショナルな仕掛けが施されているところも興味深いです。「呪い」テーマホラーの快作でしょう。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

家族たち  間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』
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 間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房)は、手術によって年を取らなくなった女性が100年にわたる家族の歴史を回想するというSF小説です。

 2123年、九州の山奥に一人で住む女性の「わたし」は、自己流の家族史を書き始めます。生まれる際に母親を亡くし、父親と二人で暮らしていた「わたし」は、幼い頃からの身体の不調を抱え、自殺願望を抱えていました。父親の知り合いである医者から、脳と人工の身体を接続する「ゆう合手術」を勧められた「わたし」は機械の身体となり、年齢を取らない状態になります。
 長い時を生きることになるだろう「わたし」に向かって、父親が提案したのが家族史でした。やがて父親やきょうだいを含めた家族は皆いなくなる。その過程を「わたし」に書いてほしいと。
 約100年後、父親、こうにいちゃん、まりねえちゃん、さやねえちゃん、そして甥であり「わたし」の恋人でもあった「シンちゃん」、家族全員の死を看取った「わたし」は、彼らと彼らに関わる自身の人生を回想することになります…。

 手術によって人工の身体になった女性の「わたし」が、家族と自身の人生を振り返ることになるという作品です。
 身体の不調から解放され半永久的に生きることになった「わたし」が、それによって幸福になったかというと、そういうわけではありません。もともと生まれる際に出産が原因で母親を亡くしており、年の離れた兄や姉たちは、それが原因で「わたし」を憎んでいるのです。
 愛妻を失った父親は「わたし」を可愛がる一方、精神的な虐待まがいのことを繰り返しており、「わたし」の不調には、そこに起因している部分もあるようなのです。家族内では、未婚の母となったさやねえちゃんのみが、「わたし」に同情的です(といっても、そこには利己的な動機もあるのですが)。また彼女の息子シンちゃんは「わたし」が母親以上に面倒を見ることになるのですが、それによって無条件で「わたし」を愛してくれる存在となります。

 シンちゃんとの関わりは、「わたし」にとってもっとも重要なところで、息子的な存在から彼の希望によって「恋人」的なパートナーとなることになります。その関係性に倫理的な問題があることだけでなく、彼の人生を狂わせてしまったのではないか? 父親に人生を狂わされたと感じている「わたし」が、同じことを甥に繰り返してしまったのではないか?という後悔の念が、その語り全篇にわたってにじみ出ることになります。

 「語り」も独特です。「わたし」自身の語り言葉で語られるのですが、ひらがな主体のやさしい文章で綴られており、そこにはあまり物事に対する感動が感じられません。悲劇的な出来事に対しても淡々と記しており、機械の身体となった弊害で、人間的な感情を失ってしまったのではないか?ということも推量させます。
 感情も平板になってしまっており、実際、父親はそんな「わたし」に嫌悪感を抱くようになってしまいます。自分は他人に愛情を与えられたのか? 自分の人生は何か意味のあるものであったのか?シンちゃんを含む家族全員が亡くなった後、自身の人生の目的を失った「わたし」に待ち構えているのは、SF的な急展開。
 「人間を超えた存在」となりながら、100年を家族との生活のみで過ごし、社会には全くといっていいほど触れてこなかった「わたし」。終盤ではその人生観を変えるような大きな価値判断を迫られることになり、この作品がSFである所以が明かされることにもなります。

 「わたし」が人生に悩み、人間としての価値を疑い続けてきた先に、本当の人間らしさ、自分らしさについて肯定的な思いが生まれてくる…という部分には、大きな感動がありますね。
 SF的な作品ではありながら、家族との愛情、人生の価値など、普遍的なテーマを盛り込んでおり、共感を呼ぶ作品といえるのではないでしょうか。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

迷宮世界  潮谷験『ミノタウロス現象』
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 潮谷験の長篇『ミノタウロス現象』(KADOKAWA)は、突如世界中に牛頭の怪物が現れ、その最中に起きた殺人をめぐって展開される特殊設定ミステリ作品です。

 世界各地で、牛頭の巨大な怪物が現れるようになっていました。どこからともなく現れるその怪物は、素手では難しいものの、銃火器があれば撃退が可能というレベルの強さの怪物でした。
 京都府眉原市で最年少市長となった利根川翼は、怪物に対する対応策を反対勢力から迫られている最中でしたが、議会中に突然怪物が出現するのを目撃します。たまたま銃を所持していた清流会の党首・清城によって怪物は射殺されますが、それは怪物ではなく、清流会と並ぶ二大勢力の一つ革新党の党首・岩緑が精巧な着ぐるみをかぶせられていたことが分かります。
 折しも、本物の怪物も同時に出現していました。怪物の出現を予期、あるいはコントロールできる人間が仕組んだ犯罪ではないかと推測されることになりますが…。

 突如牛頭の巨大な怪物が出現するようになった世界を舞台にした特殊設定ミステリ作品です。いつどこから現れるか分からない怪物に対するモンスター・パニック小説的な要素と、怪物を利用して殺人を仕組んだ犯人捜しをめぐる本格ミステリ小説的な要素とが混じった作品となっています。

 怪物が人間の手でも何とか撃退可能、というレベルの強さに設定されているのが絶妙です。怪物がそれほど致命的な脅威にならないので、もっぱら怪物の出現はどのような仕組みになっているのか、それを裏で操っている人間がいるのか?といった面への興味が中心となっています。
 この怪物出現の仕組みに関してはSF的な解釈がされ、こちらの展開が非常に面白いのです。牛頭の怪物ということで、古代ギリシャの迷宮やミノタウロスの伝説までもを含んだ、伝奇的・オカルト的な解釈が呈示され、その仮説が妥当なものなのか、実際の検証までもが行われていきます。
 こちらの部分で中心となる人物がモーリス・ジガーと永倉秀華博士。ジガーは怪物に襲われた経験のある元警官で、動画投稿者として大衆的なカリスマとなり、怪物の秘密に気付いたことから大がかりな実験を行おうとする人物。
永倉博士は、建築や郷土史で独自の研究を行っている変人学者で、怪物に関しても何か秘密を知っているらしい人物です。彼らの持つ知識や行動が、後半の物語の流れを変えていくことになります。

 一方、主人公の利根川翼は殺人の謎を追っていくうちに、彼らの仮説や実験に巻き込まれていくことになります。この翼、ミュージシャンとして失敗した矢先に、革新党の党首・岩緑の秘書をしていた羊川に見初められ、出馬したところ市長になってしまった、という型破りな女性。羊川からは破壊的な行動を期待されていたものの、意外にも地道に政治活動をこなしているのです。
 前半では翼と羊川が政治上の対応策を考えるシーンなども多く登場しています。殺された人物が政治家だけに、政治的な動機が予想されており、政治ミステリ的な要素も強くなっていますね。

 謳い文句には「モンスター・パニック」の文字が見えますが、そちらよりも、怪物出現の謎や解釈に関する「トンデモ系」仮説が展開されている部分の方に面白みがあります。またそれに絡んで「政治的陰謀」が進行するというところも面白いです。
 その一方、主人公利根川翼が政治家として何をしたのか、彼女の人生においてどんな意味を持っていたのか?といったほろ苦い青春小説的な味わいもあって、そちらの味わいも捨てがたいですね。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

いなかった男  梶尾真治『ボクハ・ココニ・イマス』
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 梶尾真治の長篇『ボクハ・ココニ・イマス』(光文社文庫)は、他人に存在を認識してもらえない「消失刑」にかけられた男のサバイバルと孤独とを描くSF作品です。

 傷害事件を起こし実刑判決を受けた浅見克則は「懲役刑」と「消失刑」のどちらかを選ぶように言われます。「消失刑」とは、「バニッシング・リング」と呼ばれる機械を首に装着することによって、その人間の存在を他人の意識にのぼらせないようにする装置でした。目の前にその人間がいても認識することができないのです。
 ある程度行動が自由になり、自宅で生活できることから「消失刑」を選択した克則でしたが、他人に近づくことはおろか、声を出すこともできません。テレビやパソコンといったメディアに触ることもできないのです。やがて克則は孤独を深めていくことになりますが…。

 「消失刑」にかけられた男のサバイバルと孤独とを描いていくという、哀愁あふれるSF小説です。
 刑務所の収容能力が足りなくなったことから、実験的に開始されたという「消失刑」。懲役よりも楽だと思われた刑ですが、その実、その内容は過酷だったのです。首にはめられた「バニッシング・リング」の効果により、その姿が他人に見えないのみならず、そもそも他人にある距離以上に近づいたり、声を出そうとすると、首が絞まり窒息状態になってしまうのです。
 コミュニケーション全般が禁止されているらしく、テレビやパソコンといったメディア、さらに日記を書き記そうとする行為すらも禁止されています。食料は専用のセンターから配給されるものだけ。交通機関には乗れず、行動範囲も制限されています。
 人が接近するとリングが反応するため、人通りが多いところにはいけず、車を運転している人間にも姿が見えないため、気をつけていないと轢かれてしまうのです。実際、それで死んだらしき消失刑者の存在も示唆されます。

 現実的な生活上の困難さもさることながら、一番にこたえるのはコミュニケーションができなくなることによる孤独感。自由に歩くことができ、人の姿も見えるのに会話や挨拶すらできない、という状況で、主人公は精神的に病んでいくことにもなります。
 ただ、他人に見られずに行動することによって、他人から外では見えない本音を知ることができたり、犯罪が起こされようとするところを止めることもできるなど、わずかながらその生活の利点も示されます。
 後半ではまた別の困難が主人公を襲うことになり、そこからはサバイバル要素が非常に強くなっていますね。

 いわば「透明人間」になってしまった男の実生活上の困難が描かれているわけで、それに伴う精神的な孤独が哀愁たっぷりに描かれるところに味わいのある作品となっています
 リングの仕掛けによって「悪事」はできないようにはなっているのですが、困難に繰り返し襲われても、やさぐれることなく生き延びようとする主人公の生きる意志は一貫しています。結末にも希望があり、清涼感がありますね。
 作中で言及もされるのですが、アメリカのSF作家ロバート・シルヴァーバーグの短篇「見えない男」とその映像化作品がインスピレーション元のようです。こちらのお話は、周囲の人間から無視をされてしまう「無視刑」にかけられた男を描くSF作品です。
 梶尾作品は、周囲から「無視される」状況を詳細に詰めており、リアルさを増していますね。それだけに、主人公の心情が痛いほど伝わってきます。SF的なガジェットが目立つ作品ですが、テーマとしてはコミュニケーションの制限とそれによる孤独が真摯に描かれており、秀作といえるのではないでしょうか

テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

異国の幻想  坂東眞砂子『異国の迷路』
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 坂東眞砂子『異国の迷路』(JTBパブリッシング)は、ニューヨーク、パリ、東南アジアなど、様々な異国での人々の恐怖体験を描いたホラー短篇集です。

 姑を伴った夫婦の南国への旅行が悲劇を呼ぶ「マルガリータをもう一杯」、アイルランドを訪れた女性が現地の「呪い」に憑かれる「死者を忘れるなかれ」、呪われた靴が何人もの死を惹き起こすという「黒い靴」、ネパールを再訪した男が思いもかけない復讐に見舞われる「信じる?」、わがままな新妻が恐ろしい目に会う「霧の中の街」、かって住んでいた異国の家を訪れたモデルが変容を遂げる「極楽の味」、列車の旅路で出会ったイスラム教徒の夫婦の恐ろしい真実を描く「理想の妻」、飛行機内で出会った二人の女性の奇怪な縁と悲劇を描く「離れない」、孤独な男性によって異界に誘われるという「夜の散歩」、異国の年上の夫に嫁いだ日本人女性の悲劇を描く「地の果てにて」、異国でかっての恋人に再会した女性の愛憎を描く「ムーンライト・キス」、夫と共に移り住んだ異国の生活に馴染めない妻の不安を描いた「ガラスに映る貌」を収録しています。

 旅行雑誌の「るるぶ」連載ということで、異国の旅先での出来事をテーマに描かれた、ごく短めの恐怖小説をまとめた作品集になっています。呪いや霊など、明確に超自然的な題材もありますが、どちらかというと現実的に起こる出来事を描いた恐怖小説が多くなっていますね。特に夫婦や男女関係のもつれや行き違いが悲劇や犯罪を呼び起こす、というタイプの作品が目立ちます。

 いちばん印象に残るのは「黒い靴」。フランスを訪れていた靴職人の「ぼく」は、カフェで隣り合わせた中年夫人と言葉を交わすことになります。彼女は靴にまつわるある話を始めます。靴職人だった父親の工房で綺麗な靴を見つけた「わたし」はそれを欲しがりますが、それを見つけた母親に取られてしまいます。靴を履いた母は交通事故で亡くなってしまいます。さらにその後、兄が亡くなります。例の靴をはいた恋人と共に溺れたというのです。靴に何かがあるのではないかと「わたし」は考えますが…。
 履くと死を呼ぶ呪いの靴をめぐる恐怖小説です。最終的に靴の正体は明かされるのですが、靴一足によって一つの家族が全滅してしまう…というところで恐怖感の強い作品になっていますね。

 短めながら、どれもスマートで、鋭い恐怖小説集となっています。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

死のキャンプ  三浦晴海『歪つ火』
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 三浦晴海の長篇『歪つ火』(角川ホラー文庫)を読了。超自然的な要因でキャンプ場に閉じ込められてしまった女性の苦難を描くオカルトホラー作品です。

 仕事に疲れた水瀬友美は衝動的に会社を休み、バイクでソロキャンプに出掛けます。いななき森林キャンプ場で出会った年上の女性、恭子は、人なつこく積極的な性格でした。友美も含め、周囲のキャンパーたちを集めてキャンプファイアーを行うことになります。
 楽しい夜を過ごした友美でしたが、翌日目を覚ますと、キャンプ場から出られなくなっていることに気付きます。何度外に行こうとしても戻ってきてしまうのです。しかも、他の人間たちは昨日一緒に過ごした記憶がなくなっているようで、友美に対しても初対面であるかのような態度を取ります。
 起こっている事態を周囲の人間たちに説明しますが、信じてもらえません。唯一協力的だった恭子と一緒に、脱出する方法を探ろうとする友美でしたが…。

 仕事に疲れて一人キャンプ場を訪れた女性が、周囲の人間たちと共にキャンプ場から出られなくなってしまう…というホラー作品です。しかも記憶があるのは友美一人。時間が戻っているのか、記憶がリセットされてしまうのか、どちらにしても周囲のキャンパーたちは恭子以外がまともに味方になってくれず、二人で状況を探っていくことになります。
 異常事態が起こるまでの序盤が結構長いのが特徴なのですが、序盤では友美たちがキャンプ活動やアウトドア活動を行っていく様が丁寧に描かれていきます。その過程で周囲の人間たちと知り合い、そのキャラクターたちが紹介されていくという意味でも重要な部分となっていて、後半そちらの描写が生きてくることになります。

 キャンプ場に人間たちが閉じ込められてしまう怪奇現象の原因に関しては、オカルト的な背景が途中で明かされることにはなるのですが、その上でなお脱出は可能なのか、その方法は何なのか、探っていく過程はサスペンスたっぷりです。
 具体的なところはネタバレになってしまうので書けないのですが、面白いと思ったのは、超自然現象が起こってからの趣向。キャンプ場全体がいわゆる「異界」になってしまうのですが、そこでは生者と死者の区別がつかないのです。さらに死者と分かっていても、脱出のための知識を持っている可能性があるため、コミュニケーションを取らざるを得ない場合も出てきます。
 主人公の友美は、子どものころに体験したトラウマが原因で、他人と打ち解けるのが苦手な性格。積極的にコミュニケーションを取ってくる陽気な恭子との出会いはもちろん、超自然的な危機に対しての「他人」(生者の場合もあれば死者の場合もあります)との接触行動を通して、その性格が矯正されていく…という意味での成長物語にもなっていますね。
 一見悩み事のないような恭子を含め、キャンパーたちもそれぞれ個人的な問題を抱えているらしいことが示されています。それらの過去や問題が、その人物をどういう結末に導いていくのか、といった部分も読みどころでしょうか。

 前半はキャンプに不慣れな人間たちが、初対面で打ち解けながら、協力してアウトドア活動を行って行く様が描かれ、後半はキャンプ場から脱出しようとする命がけの探索行が描かれる…。同じサバイバルが描かれながら、それぞれ「正」と「負」のベクトルになっているのも面白い趣向ですね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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