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良質なアンソロジー 阿刀田高編『日本幻想小説傑作集』
 阿刀田高編『日本幻想小説傑作集Ⅰ・Ⅱ』(白水Uブックス)は、1980年代に編まれたアンソロジーですが、古典的な名作と現代の作品とのバランスも良い、良質なアンソロジーになっています。


日本幻想小説傑作集 (1) (白水Uブックス (75))
阿刀田高編『日本幻想小説傑作集Ⅰ』

 狷介な性格の男が虎になってしまうという「山月記」(中島敦)、金の輪を持った不思議な少年を描く「金の輪」(小川未明)、押絵の中の娘に恋をする男を描いた「押絵と旅する男」(江戸川乱歩)、魔術師に魔術を習った男を描く「魔術」(芥川龍之介)などは、定番ともいうべき名作ですね。

 政府に批判的な人間が「木」として植えられてしまうという「佇むひと」(筒井康隆)は、ディストピアSF的な作品ですが、主人公の妻や動物に対する愛情を描いてもいて、リリカルな味わいもあります。

 「白いワニの帝国」(五木寛之)は、下水道に増えてしまったワニのイメージが強烈な都市伝説風の作品。「老車の墓場」(五木寛之)は、所有者のために自ら墓場に赴く車を描いて抒情的な味わいがあります。

 安部公房「人魚伝」は、海でふと見つけた緑色の人魚を連れ帰った男を描く作品。後半のグロテスクな展開には驚かされます。

 「くだんのはは」(小松左京)は「くだん」を描いた恐怖小説の名品。太平洋戦争末期を舞台に、緊迫感のある作品になっています。

 赤江瀑「春泥歌」は、四国の巡礼を繰り返す祖母の秘密と、それを共有した孫娘の心理を繊細に描いた耽美的な作品です。

 「二ノ橋 柳亭」(神吉拓郎)は、この本の中で一番の掘り出し物でしょうか。雑誌の記事で食味評論家の三田が紹介した名店「柳亭」。その文章を読んだ読者から問い合わせが相次ぎますが、編集長の小林は著者が明かしたがらないのでと店の場所を教えるのを断ります。
 小林の部下の村上は三田の態度に反感を覚えますが、それに対する小林の言葉は思いがけないものでした。「柳亭」は三田が創作した架空の店だというのです。しかも三田は、自分が影響を受けたと言う過去の随筆の話を始めます。
 青木という学者の書いた随筆に登場する「陶然亭」、そしてそれに影響を受けたと思われる大久保という人物の「田舎亭」。どちらの店も架空のお店だというのですが…。
 連鎖する架空の店のイメージが見事な作品です。虚構に虚構を重ねるという展開が面白いのですが、しかも後半にはさらに捻った展開が。編者も語っているとおり、厳密な「幻想小説」ではないのですが、どこか不思議な味わいのある作品ですね。

 「老人の予言」(笹沢左保)は、SF的な味わいもある怪談。「かくれんぼ」(都筑道夫)は、幼年時代の記憶が不思議な現象を引き起こすという幻想小説です。

 「トロキン」(眉村卓)は、トロキンという精神安定剤をめぐって展開するSF風味の恐怖小説。「子供のいる駅」(黒井千次)は、切符をなくして駅から出られなくなった子供を描いた、ちょっと不気味なファンタジーです。



日本幻想小説傑作集 (2) (白水Uブックス (76))
阿刀田高編『日本幻想小説傑作集Ⅱ』

 Ⅰに引き続き、良質な作品が揃ったアンソロジーになっています。Ⅰ巻同様、古典と現代作品をバランスよく配置したもので、編者によれば、ⅠとⅡとで中身は異質でありながら印象の似た二冊を作ったとのこと。

半村良「ボール箱」
 ボール箱は生まれると同時に自分を満たしてくれるものへの希望へあふれていました。しかし仲間の箱たちから用が済んだら処分されるという話を聞き落胆します。ようやく蜜柑を詰められ出荷されるボール箱でしたが…。
 何と、ボール箱を語り手にした風変わりな物語です。自分の体の中を満たす欲望について終始語るという奇妙な味の作品。

夏目漱石「夢十夜」
 漱石の幻想的作品の名作「夢十夜」から二話ほど抄録したもの。死んだ女を百年待つという「第一夜」も幻想的ですが、豚をステッキでたたき続けるという素っ頓狂な「第十夜」のイメージは強烈ですね。

星新一「あれ」
 その会社ではホテルで得体の知れない「あれ」を見たものは出世させるという影のルールがありました。男も「あれ」を見た結果、部長に昇進します。なかなか出世できない友人に「あれ」を見たと嘘をつくことを薦める男でしたが…。
 「あれ」とは何なのか? 超自然現象とも特定できない描き方が逆に不安をそそります。寓話としても面白い一篇。

日影丈吉「猫の泉」
 フランスの谷間の町ヨン。その町にたくさんいるという西蔵猫を撮りに訪れた写真家の「私」は、町の人々に歓迎されます。その町では十人目にやってきた旅行者ごとに町の運命を占ってもらう習慣があるというのです。「私」はちょうど三十人目に訪れた旅行者だというのですが…。
 秘境の町を訪れた旅行者の体験を描いた奇談です。町が示した予言とは? 不思議な読後感の作品ですね。

夢野久作「死後の恋」
 日本人の軍人が出会ったロシア人ワーシカは自分が白髪だらけになった原因について、かっての従軍の体験を語って聞かせます。彼の友人となった十七、八歳の少年兵士は残酷な形で殺されてしまったというのですが…。
 西洋現代史に材を取ったロマン作品。血と残虐さが溢れながらも、グロテスクな美しさも感じられるという作品です。

石川淳「裸婦変相」
 女弟子とわりない仲になった画家は、彼女をモデルに絵を描きますが、彼女が言うには絵に描かれた女性の顔は自分とは違う女の顔だというのです。しかもその女は画家が殺したのではないかと…。
現実と幻想が混交していくという作品ですが、解釈のなかなか難しい作品ですね。

加納一朗「最終列車」
 かねてより嫌っていた雇い主を殺し大金を持ち逃げした青田は、列車に乗って逃走しますが、車室で出会った少女とかみ合わない会話をしているうちに不安の念が膨らんできます…。
 よくあるオチといえばそうなのですが、主人公の切羽詰まった状況から逃走に至るまでの心理描写は丁寧で、読み応えのある作品になっています。

中井英夫「薔薇の獄」
 ある日小学一年生だという美しい少年に出会った藍沢惟之は、少年に言われるままに彼の家についていき、そこの薔薇園の園丁として少年と暮らすことになりますが…。
 序盤から何やら夢幻的な背景で進む幻想小説です。この作者らしい耽美的な雰囲気が魅力的ですね。

野田秀樹「人類は進歩という巨大な子供に靴をはかせた」
 千年ごとに、その時代の社会が「1984年ジョージ・オーウェル」を頓珍漢な解釈で振り返っていくという、風刺的な短篇です。言葉の取り違えや勘違いで、全く異なった文化の解釈をしていくのが面白いですね。

太宰治「竹青」
 試験にも落ちうだつの上がらない青年魚容は、洞庭湖畔の呉王廟で願いをしたところ、神のお召しで烏となり、竹青という美しいパートナーを与えられます。しかし調子に乗った魚容は撃たれてしまい、気がつくと人間に戻っていました…。
 『聊斎志異』の翻案で、中国の伝奇風ファンタジー作品です。神や神秘的な世界から否定された主人公が、現実的な幸福を手に入れるという展開も興味深いですね。
 ついでに翻案元である原話も読んでみました。蒲松齢『聊斎志異』に収録された「烏の黒衣(竹青)」(中国古典文学大系41 聊斎志異 下 平凡社 収録)です。こちらでは、主人公は別に落第生ではなく、とんとん拍子に幸せになっていくと言う展開です
奥さんとの仲もよく、愛人にした竹青との子供を本妻のもとに連れ帰ると、本妻もその子を可愛がるのです。しかも竹青は本妻にその子を渡した上に、更に何人も子供を設けて、家族幸せに暮らした…という、ある意味、願望充足的な要素の強い物語になっていますね。
 そういえば、諸星大二郎がこの話を漫画化していたな…と思い出し、そちらも読み返してみました。諸星大二郎「竹青」『瓜子姫の夜・シンデレラの朝』朝日コミック文庫 収録)です。こちらでは、竹青は親の仇をずっと探しているという設定。主人公はその捜索に協力し、結果二人は結ばれる…という、いろんな要素が盛り込まれた楽しいファンタジーになっていました。
 原話含めて全ての作品に登場するアイテムで、それを纏うと烏に変身できるという黒衣が登場しますが、これが凄く魅力的なのですよね。諸星大二郎の漫画作品ではそのあたりが魅力的に描かれているので、お薦めしておきたいと思います。

野坂昭如「花街てまり唄」
 男が不思議な媼の手引きによって、様々な女の優しさと魅力を知るという、艶っぽい物語です。老婆の手毬歌というガジェットも魅力的。

皆川博子「丘の上の宴会」
 「わたし」は地元の知り合いの葬儀店の一家に誘われ丘の上の宴会に出かけます。一家の中には主人であるはずの男性が見当たりませんでした。一家はそれぞれ自分が主人を殺したというのですが…。
 一見無感動な女性を語り手にした、淡々とした語り口に味わいがあります。世界が反転するような結末は印象的。

生島治郎「誰…?」
 作家の「私」は引きこもって一人で小説を書いているうちに、自分の中にもう一つの人格による声がしてくるのに気がつきます。自分を罵倒し苦しめる声に悩んだ語り手は、易者に相談しますが…。
 二重人格というべきか、ドッペルゲンガーというべきか、オーソドックスな「分身」テーマ小説です。肉体と精神が分離してしまうような結末にはインパクトがありますね。

阿刀田高「あやかしの樹」
 女房を病で失ったばかりの「私」は、妻の遺産で友人から高価なオムの樹の種を手に入れます。5年か10年に一度しか実をつけないオムの樹を育てるためには、あるものが必要だというのですが…。
 官能的な植物奇談です。美しさと快楽を追い求めた男が嵌った落とし穴とは…? ブラック・ユーモア味も豊かな幻想小説。

 川端康成「不死」「雪」は、ともに『掌の小説』収録作品。「不死」は若くして身投げした娘とその恋人だった老人の幽霊のかみ合わない会話を描いています「雪」は毎年正月にホテルに泊まり「幻」を見るのを楽しみにする男を描いています。どちらも幻想的な作品ですね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

そのホテルでは何も起こらない  木犀あこ『ホテル・ウィンチェスターと444人の亡霊』
ホテル・ウィンチェスターと444人の亡霊 (講談社タイガ)
 木犀あこ『ホテル・ウィンチェスターと444人の亡霊』(講談社タイガ)は、老舗のホテルを舞台に、霊と話す能力を持つコンシェルジュ友納が、様々なトラブルに対応するというホラー・ミステリ作品です。

 歴史のある老舗ホテル・ウィンチェスター。ここには大量の亡霊が棲みついていました。様々なトラブルを引き起こす霊ですが、彼らの姿を認識して対応できるのは、勤続十年目のコンシェルジュ友納だけ。しかも霊を認識し話すことができるとはいっても、まともに意思を通じさせることのできる霊は数人程度なのです。
 <嗤い男>、<頸折れ男>、<レディ・バスローブ>といった、協力的な霊たちの力も借り、友納は様々な事件に対応することになります。
 霊たちの影響や過去に起こった惨劇の影響などで、ホテルの各部屋では怪奇現象が多発しているのですが、ホテルでは怪奇現象などはいっさい起こらない、という建前を振りかざす友納は、密かに事件を解決しようと奔走するのです。

 突然いろいろな物が部屋に落ちてくる現象が多発するなか、大量の血液が部屋に降ってくるという「血の降る部屋」、災難の前兆を知らせてくれるという部屋で人の話し声が聞こえるという謎を扱った「凶兆の階層」、ホテルの部屋で怪死を遂げた女性霊能力者の死の真相を探るという「すさまじきもの」、ホテルに長年取り憑く「怪物」との対決を描いた「ウィンチェスターの怪物」の連作になっています。

 基本ユーモラスなタッチで描かれる物語で、主人公友納と周りの霊たちの掛け合いも楽しいです。特にレギュラー陣として描かれる、いつも笑っている<嗤い男>、頸を曲げている<頸折れ男>、濡れたような姿の<レディ・バスローブ>などのキャラクターは立っていますね。いたずら好きの妖精のような<スニファー>も大変可愛らしいキャラです。
 また事件も、原因が超自然現象そのものだけでなく、人間の行為が絡むことによって複雑化したパターンもあるなど、バラエティに富んでいます。どれも面白いのですが、個人的に面白く読んだのは、一話目の「血の降る部屋」と三話目の「すさまじきもの」でした。

 「血の降る部屋」は、突然血の降ってきた部屋の謎をめぐって展開するお話。いわゆる「ファフロツキーズ現象」を扱っています。スタンリイ・エリン「特別料理」やロアルド・ダール「おとなしい凶器」を思わせるような「奇妙な味」が濃厚で、読者に怖さを想像させるような結末も強烈な味わいです。
 作中に登場するお店の名前が「スビローズ」なのは、エリンのオマージュなのでしょうか。

 「すさまじきもの」は、50年以上前にホテルで謎の焼死を遂げた女性霊能力者の死の謎をめぐる物語。火を扱う能力者だった女性はなぜ幼い娘を残して焼死したのか? 女優となった娘が撮影を機会にホテルを再び訪れます。
 超能力者哀話がサイコ・スリラーに転化するという、集中でも一番「怖い」話です。

 最終話「ウィンチェスターの怪物」では、それまでのエピソードでもかすかに登場していた「怪物」と、ホテルの謎そのものについて描かれます。希望に満ちた結末も、後味が良いですね。

 笑いあり、謎解きあり、怖さありと、非常にバランスの取れた作品になっています。「ゴースト・ハンター」ものとしても出色の出来ではないでしょうか。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

非殺人事件  森川智喜『そのナイフでは殺せない』
そのナイフでは殺せない
 森川智喜『そのナイフでは殺せない』(光文社)は、そのナイフで殺されると特定の時間に完全な状態で生き返ってしまうというナイフをテーマとした、とんでもない設定のホラーサスペンス作品です。

 映画監督を目指す七沢は、友人の稲木戸と室伏と共に短篇映画を作っていました。ある日ふと手に入れた外国製のナイフを触った瞬間に、七沢は不思議な空間で外国人の男と相対します。
 その男ガボーニは、かって大量の人間を殺害した殺人鬼であり、その後悔から決して命を奪えないナイフを作ったと語ります。そのナイフで殺した人間は、翌日の16時32分に完全な形で生き返るというのです。
 半信半疑ながら、昆虫などで実験した七沢はナイフの効力が本物であることを確信します。このナイフで動物を殺せばリアルな映像が撮れるのではないかと考えた七沢は、その方法で映画を撮影し公開します。
 しかしあまりにリアルな映像を見た視聴者から警察に連絡が入り、七沢は取調べを受けることになります。正義に執着する小曽根警部は七沢に不信感を持ち、執拗に彼の周りを捜査し始めますが…。

 それを使って「殺し」ても絶対に生き返ってしまうというナイフをテーマとした、非常にユニークな設定の作品です。面白いのは、そのナイフを使う主人公が殺人に悦びを覚えるとか、そういう人物ではないところ。あくまで映画を撮るための手段としてしか考えていないのです。
 動物に飽き足らなくなった七沢は人間を対象にし始めるのですが、彼を疑っている小曽根警部は捜査を続けます。この小曽根警部もかなり異様な人物で、独自の正義感を持ち、場合によっては違法捜査も辞さないという人物。七沢がまだ特別犯罪を犯していない段階から、執拗に彼につきまといます。

 基本的にナイフで「殺人」を繰り返す七沢の行動は読者に明かされていくので、いわゆる犯人目線の「倒叙形式」作品といっていいでしょうか。小曽根警部との対決を描くシーンは『デスノート』そこのけ。
 ただメインの登場人物が二人ともある種の「異常者」であるので、その対決の仕方もたがが外れており、思いもかけない展開になっていきます。証拠の残らない殺人をどう起訴するのかとか、そもそもそれは犯罪なのか、殺意のない殺人は悪なのか? といった議論が交わされるのも面白いところ。

 「ナイフ」が登場するまでの序盤はいささか平板なのですが、そこからの面白さは格別です。追われた主人公の脱出方法とか、クライマックスの仕掛けなどは、ナイフの設定を上手く利用したユニークなもので、ミステリ作品としても秀逸。
 ホラーとミステリのハイブリッドといっていい作品ですが、どちらかと言うとホラー味の方が勝っていますね。ダリオ・アルジェントなどイタリアの「ジャーロ」映画を意識したと思しく、そちら方面のファンにも楽しめるのではないでしょうか。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

幻想のショーケース  恒川光太郎『白昼夢の森の少女』
白昼夢の森の少女
 恒川光太郎『白昼夢の森の少女』(KADOKAWA)は、様々な媒体に発表された作品が集められており、バラエティに富んだ幻想小説集になっています。

 一人のときにしか見えないという幻の巨人を描く「古入道きたりて」、突如焼け野原で目覚めた記憶喪失の男を描く「焼け野原コンティニュー」、ある日襲ってきた蔦により半植物化してしまった少女を描く「白昼夢の森の少女」、乗ったら二度と故郷には戻れないという船を描く「銀の船」、椰子の実から生まれたと話す奇妙な女を描く「海辺の別荘で」、毬に変身してしまった少年の物語「オレンジボール」、命令されるとその通りに動かされてしまうという謎の人形をめぐる「傀儡の路地」、突然「平成のスピリット」から電話を受け取ると言う「平成最後のおとしあな」、少年時代の不思議な体験を語るという民話風の奇談「布団窟」、生まれつき視力が悪い代りに人には見えないものが見える少年を描く物語「夕闇地蔵」の10篇を収録しています。
 どれも面白いのですが、特に印象に残ったのは「焼け野原コンティニュー」「白昼夢の森の少女」「銀の船」「傀儡の路地」などでしょうか。

 「焼け野原コンティニュー」は、気付けば記憶を失い、焼け野原に立っていた男が主人公。何が起こったのか生存者を探しますが…というお話。「破滅SF」を一ひねりした設定が面白く、物悲しさのあるお話です。

 「白昼夢の森の少女」は、突然現れた蔦に襲われた人々が半植物化してしまうという物語。そこから切り離されると死んでしまうのですが、その代わりに植物化した人々は夢の世界を共有し、普通の人間より長生きできるということがわかります。
 殺人を犯して逃亡していた少年が植物化して夢の世界に侵入したことが判明し、警察は彼らを調査に訪れますが…。
 単純に「いい話」にならないところがまた魅力的ですね。

 「銀の船」は、特定の人にだけ見え、ある年齢までにその船にたまたま出遭えた人だけが乗れるという、空を飛ぶ船を扱った物語。主人公の少女は船に出会い選択を迫られます。同時に乗れるのは一人だけだというのですが、少女はその時妊娠していたのです…。
 「人生の選択」や「過去の後悔」などについて考えさせてくれる、寓意に富んだ物語です。最後に明かされる、船のオーナーの真意もこの著者らしい皮肉が出ていますね。

 「傀儡の路地」は、命令されるとその通りに行動してしまうという人形を持つ女「ドールジェンヌ」をめぐる都市伝説風の物語。
 引退して散歩を楽しんでいた主人公は、殺人事件に巻き込まれてしまいますが、犯人は自分の意思ではなく「ドールジェンヌ」がやらせたのだと話します。
 直後に「ドールジェンヌ」と遭遇した主人公は、ほかにも被害者がいるのでないかと考え、ネットで仲間を集めますが…。
 超自然的な存在「ドールジェンヌ」をめぐって展開される物語なのですが、どんどんと予想外の方向に行ってしまうのが非常に面白い作品です。この作品集の中では一番の面白さですね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

夢の中で生きる男  半村良『夢中人』
夢中人 (祥伝社文庫)
 半村良『夢中人』(祥伝社文庫)は、夢をテーマにした幻想的な連作長篇です。どこからどこまでが夢なのかわからないという、不思議な雰囲気が味わえます。謳い文句の「長編奇想小説」が楽しいですね。

 孤独を愛する小説家の「私」は新しく出来たホテルの常連客となり、家にも帰らずホテルにこもっていました。ある夜見たことないホテルマンから常連客だけに案内するというオーナーズ・バーに招待されますが、そこから「私」は不可思議な現象に出会うことになります…。

 小説家の「私」が夢に関わるいろいろな事件に遭遇する…という話なのですが、各エピソードの語り手が本当に「私」なのか、そもそもエピソード同士に関わりがあるのかどうかもはっきりしません。
 夢をテーマにした話らしく、「私」の固有名詞も出てこず、登場する他のキャラたちも一部を除いて代名詞で著されるなど、非常にもやもやした物語になっています。とはいえ、面白く読めるのはやはり著者の筆力でしょうか。

 最初は個々の現象に出会う連作という感じなのですが、中盤から「私」の甥の会社で発生した毒殺事件がクローズアップされ、その事件の謎が追及されるという展開になっていきます。ただ夢の話であるので、その「捜査」も夢の中を歩くよう。そもそも殺人が本当に起きたのか夢なのかもわからないのです。
 夢の中の犯罪を取り締まる「夢中署」とその刑事が登場するのもユニークです。刑事は本当に存在するのか、それとも「私」の夢なのか?

 「信頼できない語り手」というモチーフがありますが、この作品では語り手自身、自分で自分が信用できないのです。
 夢の中に閉じ込められ同じ夢を繰り返すという悪夢めいたエピソードがあるかと思えば、夢の中で二人に分裂した「私」が夢の中の女性をめぐって争うというユーモラスなエピソードもありと、登場するモチーフも多種多様。
 夢という曖昧模糊としたイメージを上手くエンタメ作品に仕上げた作品です。

 著者の半村良には「夢の底から来た男」「 夢たまご」「夢あわせ」など、「夢」をテーマにした作品が結構あります。著者お気に入りのテーマだったのかもしれませんね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

脳髄の幻想  夢野久作『ドグラ・マグラ』
ドグラ・マグラ (上) (角川文庫) ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)
 夢野久作の長篇『ドグラ・マグラ』(角川文庫)、長年の懸案の作品でしたが、ようやく読むことができました。非常に要約が難しく、「奇書」としかいいようのない作品です。

 九州帝国大学の精神病科の独房で目を覚ました青年は、自らに記憶がないことに気付きます。隣の独房では何やら少女が泣き叫んでいました。やがて現れた若林博士は、青年がある殺人事件に関係しており、その詳細を知るためにも記憶を取戻してほしいと語ります。
 青年は、天才と言われた精神病科教授の正木博士が提唱した「狂人の解放治療」計画の重要な対象患者でしたが、正木博士は1ヶ月前に自殺してしまったといいます。若林博士の話、そして正木博士が残した資料を読み進むうちに、青年は、過去の殺人事件には恐るべき因縁が潜んでいることに気がつきます…。

 基本は、青年が博士から聞く話と関連資料とから成っているのですが、途中で正木博士が書いたという論文「胎児の夢」「脳髄論」「キチガイ地獄外道祭文」などが挿入されます。これらの資料があまりにも饒舌かつ読みにくいのです。
 青年が成したであろう殺人には真犯人がいるのではないか? という疑問が途中で提出され、読者としてはその謎が気になるのですが、その間に正木博士の長い文章が挟まれてしまい、物語の流れを何度も中断してしまいます。
 ただ、文庫版にして上巻を超えるあたりから、物語が本格的に動き出し、多少読みやすくなります。一族に伝わる絵巻物の因縁と由来が登場してからは、一気に伝奇色が濃くなり、その面白さで最後まで読めるかと思います。

 ものすごく大雑把に要約すると、先祖の精神病質の遺伝によって現代において惨劇が起こる…というちょっとゴシックっぽい話です。そこに人の手が加わり、独自の思想や哲学が肉付けされていくという感じでしょうか。しかも「語り」が作中で自己否定されたりするので、非常にややこしくなってくるのです。
 日本ミステリの三大奇書の一つとされる作品ですが、これをミステリだと思って読むと、読み切るのは難しいのではないかと思います。幻想小説だと割り切って読む方が読みやすいのではないでしょうか。

 これから読もうと思っている人に一つアドバイスしておきたいと思います。読み始めてしばらくしてから出てくる「キチガイ地獄外道祭文」、「チャカポコ」のフレーズで有名な部分です。ここで挫折してしまう人が結構いると思うのですが、正直ここは読み飛ばしても、物語を読み取るのにそうそう影響はないと思います。ここで挫折してしまうよりは、読み飛ばしてでも話を先に進めた方がいいのじゃないかなと思います。

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永遠なる呪い  神護かずみ『人魚呪』
人魚呪
 神護かずみ『人魚呪』(角川書店)は、人魚の肉を食い不老不死になった男を描く伝奇小説です。

 漁村の外れに住む佐吉は、その魚にも似た容姿から村人に「魚人」と呼ばれ蔑まれる日々を送っていました。父親の遺言により、遺体を海の洞窟に運んだ佐吉はそこで美しい人魚マナと出会います。言葉は通じないものの、やがて彼女を愛するようになった佐吉でしたが…。

 父親が人ならざるものとの間に成したと言われる男、佐吉が人魚の肉を食べたことにより不老不死になり、それにより運命が変わってゆく…という物語です。
 人々から虐げられていた佐吉が、人魚マナとの出会いにより生きる意味を見出しかけますが、マナの残虐な本性を知るに及び、彼女を手にかけてしまうのです。マナの肉を食べた佐吉は不老不死になりますが、それはやがて残酷な運命を佐吉にもたらすことになります。

 主人公の佐吉はもともと村中から排斥されている存在であり、その時点で不幸な身の上であるのですが、人魚の肉を食べたという噂が広がり、更にひどい扱いを受けることになります。村を出た後も一時的にいい思いをすることがあるものの、一貫して不幸な生涯を歩むことになります。

 舞台となるのは、織田信長の絶頂期。後半には実際に信長も登場し、佐吉の人生にも関わっていくことになります。また佐吉の相棒的な存在として、山師といってもいい破天荒な僧、黒快という魅力的なキャラクターも登場します。
 信長にせよ黒快にせよ、死んだような人生を送っていた佐吉にとっては眩しいような人物たちであるのですが、彼らが羨む不老不死が本当に幸せなのか? というテーマも見え隠れします。

 主人公が不老不死を手に入れる前も手に入れた後も、一貫して不幸な人生を余儀なくされる…という意味でかなり救いのない物語ではありますね。出生の秘密も人魚との関わり合いも、全てが主人公を突き落とすような事実に満ちており、全体にダークな色調の物語になっています。
 殴打されたり斬られたりと、主人公が不老不死であることを示すシーンはグロテスクな部分もあるのですが、そこがまた魅力でもあります。
 無法ともいうべき時代背景も相まって、無常かつ残酷な結末も非常に印象的ですね。これは傑作といっていいのではないでしょうか。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

悪魔のサービス  木犀あこ『美食亭グストーの特別料理』
美食亭グストーの特別料理 (角川ホラー文庫)
 木犀あこ『美食亭グストーの特別料理』(角川ホラー文庫)は、グルメ業界で噂の店「美食亭グストー」を舞台に、悪魔的な料理長が奇怪な料理を出すという作品です。

 食に人一倍執着のある大学生の一条刀馬は、上手い料理を求めて、グルメ界隈で有名な店「美食亭グストー」を訪れます。店長である荒神羊一に気に入られた刀馬は店で働くことになりますが、荒神が手がけるのは表の店ではなく、地下の「怪食亭グストー」でした。
 「怪食亭グストー」を訪れるのは、食事だけでなく人間的にも問題を抱えた客ばかり。刀馬は、荒神とともに様々な客と料理に出会うことになりますが…。

 悪魔的な料理人、荒神とその助手になった青年刀馬が、様々な客と出会い、美食・珍食を手がけていくという連作短篇になっています。

 「第一話 フォーチュン・オイスター」は、妻と娘が父親にサプライズとして特別料理を振舞う…というお話。ブラック・ユーモアが効いていますね。

 「第二話 極楽至上の熟成肉」は、著名な美食家が古い本で知った熟成肉の再現を依頼してくるが…という物語。依頼者の本当の目的を探る過程は実にスリリングです。このエピソードに登場する料理は、作中でも一番美味しそうですね。

 「第三話 水曜まずいもの倶楽部」は、まずい料理を積極的に味わおうというサークルを主宰する男性がその信念から他の会員と軋轢を起こす…という物語。「まずさ」に関する心理的な考察が興味深いです。

 「第四話 すっぽんのスープ」は、幼い頃自分を世話してくれた老夫婦が作ってくれたすっぽんのスープの味が忘れられない女性が、その味を再現してほしいと依頼してくる…という物語。事件の真相が明かされる部分は背筋が寒くなります。

 どのエピソードでも、奇怪な料理やおかしなコンセプトの料理が登場しますが、表面のグロテスクさをかき分けると、その裏にあるのは、それを食べたがる人間の過去でありトラウマであるのです。
 偽悪的なポーズをとりながらも、荒神は客に対する「サービス」を忘れず、またその荒神の姿に刀馬は惹かれていくことになります。
 また、客だけでなく荒神自体の秘められた過去と家族との軋轢、彼と似た環境を持つ刀馬の背景とが、全篇を通して描かれてもいきます。

 奇食・珍食が趣向だけでなく、しっかり物語の内容、登場人物の造形に結びついており、奥行きのある物語になっています。料理の例えを用いるなら非常に「コクのある」作品といってもいいでしょうか。ホラー文庫というレーベルではありますが、ホラーが苦手な人にも読んでみてほしい作品です。

 ちなみに「第四話 すっぽんのスープ」では、パトリシア・ハイスミスの恐怖短篇「すっぽん」が重要なモチーフになっていますので、その筋のファンにもお薦めしておきたいと思います。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

怪奇の伝統  紀田順一郎・東雅夫編『日本怪奇小説傑作集』
日本怪奇小説傑作集1 (創元推理文庫) 日本怪奇小説傑作集 2 (創元推理文庫) 日本怪奇小説傑作集 3 (創元推理文庫)
 2005年に刊行された、紀田順一郎・東雅夫編『日本怪奇小説傑作集』(全3巻 創元推理文庫)は日本の怪奇小説を集大成するシリーズです。

 1巻は、いわゆる文豪、純文学系の作家の作品が多くなっています。特に印象に残るのは、田中貢太郎「蟇の血」と大仏次郎「銀簪」
 田中貢太郎の作品は、いわゆる魔女屋敷ものといっていいのでしょうか、何やら夢うつつの雰囲気で始まる不条理風怪談で、その異様な雰囲気が強烈な印象を残します。
 大仏次郎「銀簪」は手堅いオーソドックスな怪談ですが、維新前夜の商人を主人公にした近代的な装いの傑作ですね。

 2巻は1935~1961年の作品を集めています。純然たる怪奇小説に混じって、これが怪奇小説?と思われるような作品も混じっているのが特徴。
 横溝正史の「かいやぐら物語」、遠藤周作の「蜘蛛」などはストーリーそのものの面白さも相まって楽しく読めます。
 三島由紀夫の「復讐」は、得体の知れない復讐者の復讐をある諦観を持って待ち受ける家族の物語。結末において復讐者の死が示されますが、それが嘘であるかもしれない可能性も示されます。雰囲気が素晴らしいですね。
 園地文子の「黒髪変化」は、プレイボーイの青年が良家の子女と婚約し、邪魔になった女をうとましく思うようになる…というクライムストーリー風の作品。結末がぶつ切りになっており、ゴーストストーリーの展開部といった趣の作品です。
 山本周五郎の「その木戸を通って」は、リドルストーリーの秀作。記憶喪失に陥った娘が屋敷の若主人と結婚し子供も生まれますが、ある時記憶が蘇り、いずこともなく消えてしまう…という味わいのある作品です。

 3巻は粒がそろっています。
 山川方夫の「お守り」は、いわゆるドッペルゲンガーの話ですが、それを現代の団地を舞台に現代的な解釈を施した作品です。読み方によっては全てが偶然であるととらえることも可能な、奇妙な味の佳品ですね。
 小松左京「くだんのはは」、都筑道夫「はだか川心中」、星新一「門のある家」、半村良の「箪笥」もはやいうまでもないアンソロジーピースで、面白さはお墨付き。
 中井英夫は「影人」ではなく、もっといい作品が他にあるような気もしますが、どれをとっても名作揃いという意味合いではいいのでしょうか。
 澁澤龍彦「ぼろんじ」は、洗練の極致のような物語。ストーリー性が豊かで、どんどん読み進められます。女装の美男子と男装の美女が対置される物語は、きわめて様式的ですね。
 3巻で一番感銘を受けたのは、三浦哲朗の「楕円形の故郷」です。
 田舎から出てきた孤独な青年が、一緒に郷里を出た娘に執着しているという発端で始まる作品。青年が神経を病んでいくというサイコスリラーかと思いきや、途中で盆栽が出てくるあたりから、趣を変えてくるところが面白いですね。
 ミニチュアに入り込んでしまうという発想は前例がありますが、結末のイメージの鮮烈さは比類がありません。この作品だけでも、この本を買った価値があると思えるような作品でした。

 やはり日本の怪奇小説を網羅するという意味では、三巻ではとうてい足りなくて、もっと続きを読みたい!と思わせてくれる良アンソロジーでした。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
2019年10月に作成した「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を盛林堂書房さんで通信販売中です。
2019年12月に同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』を刊行予定(盛林堂書房さんで通販予定です)。



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