移りゆく物語  ミハル・アイヴァス『黄金時代』
4309206654黄金時代
ミハル アイヴァス 阿部 賢一
河出書房新社 2014-11-26

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 小説作品の内部に、さらに別の「本」が登場する…。それが実在の本であれ、架空の本であれ、本好きの読者にとっては、何とも魅力的なテーマです。
 ただ、この種のテーマの本を読んでいて、いつも不満に思っていたことがありました。それは作中に登場する「本」の魅力が、あまり感じられないこと。作中で「読み始めたら止めることができないほどの魅力を持つ本」であるとか「魔性の本」などと描写されていても、その「本」の中身が実際に語られると、それほど魅力的には感じられないことが多いのです。
 考えると、それも無理からぬ話です。そんなにも魅力的な「本」が語れるなら、作中の「本」にせずに、その内容そのものを物語として書いてしまえばいいのですから。その意味で、魅力的な「本」を描くのは、魅力的な物語を描くよりも難しいような気がします。
 そんなことを考えたのも、チェコの作家、ミハル・アイヴァスの小説『黄金時代』(阿部賢一訳 河出書房新社)を読んだからです。ここまで、厚みのある「本」の造形を成し遂げた作品には出会ったことがありません。
 
 ある架空の島に滞在した旅行者が、その島の独特の風習や奇妙な住人たちについて語ってゆく、断章形式の博物誌的物語。要約すると、そんな作品なのですが、これが何とも一筋縄ではいきません。
 島民の不思議な性質や風習が次々と語られていきますが、そのひとつひとつが魅力的なエピソードになっています。例えば、島民の性質について描写される、次のような文章があります。

 すでに触れたように住民たちは島に名をつけていなかった。固定した名前を嫌っていたため、自分の名前もしばしば変え、生涯のあいだに何十もの名前を持っていた。

 金や権力に興味はなく、人間関係にさえも絶対的なものを認めない、不思議な島民たち。彼らの上に君臨するはずの王でさえ、例外ではありません。王は選挙で選ばれますが、そもそも名前がころころ変わるので、誰が話題になっているかもはっきりしないのです。

 このように間違いだらけであったため、王の候補としてある時期話題になっていたのは、じつは存在しない人物だったというようなこともあった。けれども、島民たちはそんなことをまったく気にしていなかった。

 王という人物はある一定の尊厳を島で集めていたが、その尊敬は同情と結びついていて、そればかりかある種の侮蔑も混ざっているようにも思えた。

 転倒した価値観を持つ島民たち、彼らの間で読まれる「本」もまた、常識的な価値観では計ることができません。島には本がそれしか存在しないため、彼らの間では「本」とだけ呼ばれています。蛇腹状になったその「本」は、島民の間で回し読みされますが、誰がどのぐらいの期間持っていて、誰に渡すかなどのルールも全くありません。
 「本」のいちばんの特徴は、島民が自分たちで加筆をするところにあります。加筆を繰り返していくうちに、「本」の内容はどんどん変わっていってしまうのです。

 つまり、読者は受け取った本とは別物の本を次の読者に手渡していた。「本」が人の手から人の手に渡っている間に、島民は加筆に加筆を重ね、読者が何年かあとに「本」にふたたび遭遇するときには、以前手にしていたものとはまったく別の作品になっていた。

 最初は、島の不思議な風習の一つとして登場したかに見えた「本」が、だんだんと物語の中心にシフトしていきます。「本」自体の奇妙な性質だけではなく、変容する中身の物語もやがて語られ始めるのです。それは王族や英雄たちの胸躍る神話的な冒険物語。ギリシャ神話、あるいはアラビアン・ナイトを思わせるような香気あふれるエピソードです。
 「本」が登場するのが、だいたい中盤、それまでの淡々とした紀行文風の部分がかなり長いので、合わない人はそこで読むのをやめてしまいそうな気がしますが、「本」が登場してからの後半が圧倒的な素晴らしさです。
 この作品での「本」は、作中でのアイテムといった扱いを超えて、それ自体がテーマとなっています。ここまで「本」について語りつくした作品は今までなかったのではないでしょうか。「書物」や「物語」に興味を持つ方に薦めたい、知的なエンターテインメントになっています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

静寂のファンタジー  ゾラン・ジフコヴィッチ『ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語』
4902075164ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語 (Zoran Zivkovic's Impossible Stories)
ゾラン・ジフコヴィッチ 巽 孝之
Kurodahan Press 2010-10-15

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 SFともファンタジーともホラーともつかない、独特の味わい。強いていうなら、「奇譚」でしょうか。
 旧ユーゴスラビアの作家、ゾラン・ジフコヴィッチの短編集『ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語』(山田順子訳 黒田藩プレス)は、なんとも言いようのない味わいを持った作品集です。
 収録作品は、3編と少なめですが、どれもが佳作といってよいかと思います。

『ティーショップ』 ちょっとした手違いから、次に乗るはずの鉄道を数時間待つことになったグレタ。ふと見つけたティーショップに入った彼女がメニューに見つけたのは、「物語のお茶」でした。
 ウエイターが運んできたのは、とくに変わったこともない普通のお茶でした。しかし一口お茶を飲むと、目の前のウエイターは物語を語りはじめます。それは、自分の仕事に嫌気がさした死刑執行人の物語でした。たちまちグレタは物語に魅了されます。
 その物語が短かったことを残念に思いながら、お茶をもう一口すすると、今度はレジ係の女性が目の前にやってきて別の物語を始めます。そしてその後には、なんと店にいた客が物語の続きを語り始めるのです…。
 「物語のお茶」をきっかけに、いくつもの人間を通して語られる物語。しかもそれぞれは別の物語でありながら、微妙に内容は関連しているらしいのです。ある話で語られた人物のその後が、別の人物が語る物語の続きでなされたり、とメタフィクション的な趣向が仕掛けられています。

『火事』 司書の女性は、ある夜夢で、どうやら古代の図書館らしい建物が火事に見舞われるという情景を目撃します。翌朝、勤務先の図書館でコンピュータのスクリーンに現れたのは、夢と同じとおぼしい図書館の景色。画面がその内部を写すと、失われたはずの古代の大作家の原稿がいくつも並べられているのです。この原稿の内容を保存しなければ! 慌てる彼女の目の前で建物を火が呑み込んでいきます…。
 結末を予期させつつも、神話的な風格さえ漂う佳品です。

『換気口』 担当の医師が怪我をしたため、ある女性患者を診ることになった精神科医。患者であるカタリーナは若い女性でしたが、ある時以来、未来が見えるようになったというのです。しかもそれは確定した未来ではなく、分岐した未来の可能性が光の紐となって見えるといいます。
 自殺未遂のために、拘束されたカタリーナに医師はその理由を尋ねますが、それは信じがたいものでした…。
 患者の言っていることは妄想なのか、事実なのか? 思わぬ結末に驚かされるサイコ・スリラー。

 ジフコヴィッチの作品に共通するのは、その「静けさ」です。劇的な事件が起こっても、それをガラスごしに眺めているかのような、不思議な感覚が漂います。実際に読んでみないと、なかなか伝わりにくい味わいかと思うのですが、海外の作家で言うと、マルセル・シュオッブ、日本の作家で言うと、花輪莞爾あたりに似た味わいとでも言えばいいでしょうか。
 とにかく一読をお勧めしたい作品集なのですが、この本は、どうやら一般の流通では扱っていないらしく、今のところ版元の直接販売だけのようです。
 興味を持たれた方は、こちらに。

 追記 アマゾンでも取り扱いが始まったようです。こちらです。

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神の破片  カレル・チャペック『絶対子工場』
絶対子

 チェコの作家、カレル・チャペックの作品が評価を受ける際に、よく使われる単語といえば「風刺」と「予言」です。例えば代表作である『R.U.R(ロボット)』『山椒魚戦争』にしても、「行き過ぎた科学の弊害に警鐘を鳴らす」または「未来を予言する」作品、と捉えられがちです。
 たしかに、そういう評価も間違ってはいないのですが、チャペックの作品の魅力は、そこに尽きるわけではありません。なにより、奇想天外なアイディア、魅力的なストーリー、血の通った登場人物、それらがユーモアを持った筆致で描かれるところに、彼の作品の最大の魅力があるように思います。
 今回取り上げる『絶対子工場』(金森誠也訳 木魂社)も、原子力の存在とその弊害を「予言」したとされている作品ですが、純粋に物語として読んでも、とても面白い作品に仕上がっています。
 大企業の社長であるボンディ氏は、ある日ふと新聞広告に目を止めます。そこにはある「発明品」を売りたいという文章が載っていました。しかも、その広告主の名前にボンディ氏は見覚えがありました。それは、同級生のマレクだったのです。
 優秀だった彼がこんな広告を出すようでは、彼はあまり成功してはいないに違いない…、手助けをするつもりでマレクのもとを訪れたボンディ氏は驚かされます。マレクの「発明品」はとんでもないものだったのです。それはなんと、原子エネルギーを利用する炭素原子炉!
 ひとかけらの石炭を炉に投入するだけで、蒸気船に世界一周をさせることができる。プラハ全市の照明をまかなうこともできるし、大工場を操業させることすらできるのです。何故そんな大発明を手放すのか? ボンディ氏の疑問に対し、マレクは驚くべき事実を告げます。
 この原子炉を使用すると、原子核の分裂によって「絶対子」なるものが放出され、それは人間に驚異的な副作用を及ぼす。「絶対子」の影響を受けた人間は、まるで神がかった境地に至るというのです。しかし、警告にもかかわらず、ボンディ氏によって原子炉は世界中に影響を及ぼしはじめます…。
 この作品、「原子炉」を予測したとされていますが、これ、ただの「原子炉」ではないところが、チャペックのすごいところ。この「原子炉」は、たしかに原子を破壊することによってエネルギーを得るのですが、それと同時に物質に含まれていたある「成分」も放出されるのです。そしてその「成分」とは、なんと「神の破片」だというのです!
 「汎神論」という考え方があります。自然や物質に「神」が偏在するという思想ですが、この説から敷衍して、物理的に物質から「神」のエネルギーをとりだしたらどうなるかという、ある意味あほらしい設定から、この物語の前提はできています。たしかに、理詰めで考えると思い付きそうな話なのですが、それから実際に物語を作ってしまう、というところがチャペックの独創性ですね。
 さて、この「絶対子」がいわゆる「放射能」に相当するものとして描かれます。「放射能」が物理的に肉体に影響を及ぼすのに対して、「絶対子」は精神的な影響を及ぼすのです。「絶対子」にあてられた人は、改心したり悔い改めたり、奇跡を行えるようになってしまいます。
 しかし皮肉なことに、すべての人が聖人になった結果、逆に戦争が起こって、人々は殺し合いを始めてしまうのです。「悔い改めた」人々は、相も変わらず他の神を認めません。なぜなら他の人間の神を認めると、自分の所有する神や真理がすべてではないことになるから、だというのです。
 チャペックは、宗教や思想の持つ排他的な面を、非常に上手く描いています。そして、こうした物語を描くときにこそチャペックの美点が発揮されます。思想や宗教に対して、どの側にも与せず、公平な視点を保っているのです。しかもそれは、母国に対しても例外ではありません。作品の中で、チェコもまた無惨に荒廃してしまうのです。こうしたチャペックの客観性やバランスが、彼の作品を気持ち良く読み進められる、ひとつの要因なのかもしれません
 全体を通して、必ずしも明るいトーンの作品ではないのですが、作品中の個々の場面は、ユーモラスで面白く描かれています。とくに、互いに聖人を名乗るゴミさらいの船長と、メリーゴーランド屋が対立する場面などは、抱腹絶倒。
 連載ものだったという事情もあって、後半はまとまりがなくなってきたり、話が途中で切れたりする部分もありますが、それらを差し引いても、非常に魅力のある作品であることに間違いはないでしょう。

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時の海を渡って  ミロラド・パヴィチ『風の裏側』
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風の裏側―ヘーローとレアンドロスの物語
ミロラド パヴィチ Milorad Pavi´c 青木 純子
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 ミロラド・パヴィチ『風の裏側』(青木純子訳 東京創元社)を手に取って、まず驚かされるのは、その造本。中央の水色のページを境にして、それぞれ別の物語が、前後で逆に印刷されています。つまり、表と裏、どちらから読みはじめてもよいのです。そして、二つの物語が出会ったとき…、何とも秀逸なアイディアに満ちた本です。
 二つの物語のうち、ひとつは、17世紀の青年レアンドロスの物語、そしてもうひとつは、現代の女子大生ヘーローの物語です。
 レアンドロスのパートは、青年レアンドロスが、戦争や運命に翻弄されながらも、さまざまな冒険を繰り広げるという、冒険小説風の作品。代々、石工の家系に生まれ、その技術も身につけたレアンドロスは、しかし不思議な因縁から、旅回りの楽器奏者になり、そしてまた商人になります…。
 ヘーローのパートは、ちょっと風変わりな女子学生ヘーローの、不思議な日常を描いた作品です。家庭教師をすることになった家での、不思議な体験。二人の子供を教える約束だったのに、いつも現れるのは男の子ひとりだけ。もう一人はいったいどこに…? そしてレアンドロス同様、悲劇的な最後を遂げるヘーローの運命とは?
 どちらの物語も、古代の恋愛叙情詩『ヘーローとレアンドロス』を元にしているだけに、物語のところどころに、そのイメージが頻出します。ヘーローが、家庭教師先で教材に使う本が『ヘーローとレアンドロス』だったり、レアンドロスがラテン語の勉強をするときに使った物語が『ヘーローとレアンドロス』だったりします。
 ちなみに、恋愛叙情詩『ヘーローとレアンドロス』とは、次のような物語です。海峡を隔てた町の巫女ヘーローと恋に落ちた青年レアンドロスは、彼女に会うために、夜毎に、ヘーローの掲げる炬火の明かりを頼りにして、海峡を泳いで渡っていました。しかしある嵐の夜に、明かりが風に吹き消されてしまいます。方向を見失ったレアンドロスは溺死し、ヘーローも後を追う…という物語。
 そしてよく本を見ると、『風の裏側』という作品自体が、『ヘーローとレアンドロス』を再現したものであることがわかります。本の中央にはさまれた水色のページは、ヘーローとレアンドロスを隔てる「海」というわけです。しかもそれは「場所」だけでなく「時」もまた隔てているのです。
 二つの物語が出会う、といっても、技巧的なミステリやサスペンスとは、趣が違います。あくまで出会いは象徴的なそれであって、その意味では、読み終わってもピンと来ない向きもあるかもしれません。物語の全てのピースが当てはまって、謎が解かれる…というわけではないのです。
 その点、もどかしい読後感が残るのも事実なのですが、その幻想的な手触りは一読の価値があります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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