冒険とロマンス  ロード・ダンセイニ『ドワーフのホロボロスとホグバイターの剣』
ドワーフのホロボロス
 西荻窪の古書店、盛林堂さんが刊行しているシリーズ≪盛林堂ミステリアス文庫≫。その最新刊として発売されたのが、ロード・ダンセイニ『ドワーフのホロボロスとホグバイターの剣』です。
 晩年のダンセイニが、孫のために書いたといわれている短編童話です。童話とはいえ、その味わいは全盛期のダンセイニ作品、例えば『サクノスを除いては破るあたわざる堅砦』『ウェレランの剣』などを思わせます。
 悪の国の王は、樺の国の王に戦いを挑みます。しかし樺の国の王には、魔法を持った金の頬髭があり、それに打ち勝たないことには、戦争に勝つことはできません。悪の国の王は、金の頬髭を持ってきたものには、王女をめとらせることを約束します。
 青年イグドラシオンは、森の魔女から、金の頬髭に打ち勝つ方法を教えてもらいます。頬髭はホグバイターの剣でしか打ち落とせないのです。ホグバイターの剣は、森の一番古い樫の木の中に埋まっており、その木からホグバイターの剣を取り出すには、ドワーフのホロボロスの斧を使うしかありません。
 イグドラシオンは、ドワーフのホロボロスを探し出し、協力を求めますが…。
 筋立ては単純なものですが、その語りには、物語の喜びがあふれています。老境になっても、これだけ純粋な物語を語れるダンセイニは、やはり生粋のファンタジー作家なのでしょう。

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幻想百科事典  キアラン・カーソン『琥珀捕り』
4488016383琥珀捕り (海外文学セレクション)
キアラン カーソン Ciaran Carson 栩木 伸明
東京創元社 2004-02

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 「百科事典」のような物語があります。ごく短い物語に「図書館」を再現したボルヘスの作品、または、どこからでも読める辞書を模した物語、ミロラド・パヴィチの『ハザール事典』。これらは「世界」をひとつの「物語」に封じこめてしまいたい、永遠に終わらない「物語」を作りたい、という願望のあらわれなのかもしれません。
 アイルランドの作家、キアラン・カーソンの『琥珀捕り』(栩木伸明訳 東京創元社)もまた、そんな「百科事典」小説の系譜に連なる作品です。
 短いエピソードでつながれた、連作短篇と呼べる作品ですが、それぞれの物語には、それほど緊密な結びつきはありません。それゆえ、各エピソードが羅列されたような印象を強く受けるようになっています。ただ、作者もまた故意に、そのような構成を選んでいるような感もあります。
 具体的には、語り手の「わたし」が語る、いろいろな物や人に関わるエピソードのあいまに、語り手の父親が語る「冒険王ジャック」の物語がはさまれる構成になっています。
 「冒険王ジャック」の物語は、どれも奇想天外な「ほら話」になっているのに対して、「わたし」が語るのは、主にペダンティックな知識や教養です。とくに繰り返されるのが17世紀のオランダや、オランダ絵画や画家に関するエピソード。日本でも人気のあるフェルメールを始めとしたオランダ絵画の部分は、この分野に興味のある方なら楽しめるでしょう。
 あとがきでも触れられていますが、「わたし」の語るパートは、本当に百科事典の一項目のよう。まるで、偶然に開いた百科事典の一ページを拾い読みするような魅力にあふれています。
 数えきれないほど様々なエピソードが登場しますが、個人的にいちばん印象を受けたのは、絵を描く「人魚」のエピソード。洪水の際に人間に助けられた人魚が、人に慣れるにしたがって絵を描くようになります。その評判が広まり「人魚」は有名になりますが、世話をしていた婦人がなくなると同時に火事になり、絵は全て失われてしまう…という話。絵につけられたタイトルが、全て海に関連するものであるところが、非常に洒落ています。
 作品全体にあふれる、饒舌なほどのエピソードや知識、これらが、この作品の第一の魅力なのですが、逆に言うと、そうしたものに興味を感じられない読者、もしくは統一のとれた物語構成をもとめる読者には、楽しみにくい作品であるとも言えそうです。ただ、「拾い読み」を許容する百科事典のように、つまらないところはどんどん飛ばして、自分の興味のある部分だけを「拾い読み」する。そんな楽しみ方も許してくれるような、ふところの大きい物語なので、いちど挑戦してみてはいかがでしょうか。
悲しみのアイルランド  ピーター・トレメイン『アイルランド幻想』
4334761577アイルランド幻想
ピーター トレメイン Peter Tremayne 甲斐 万里江
光文社 2005-08

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 ピーター・トレメイン『アイルランド幻想』(甲斐万里江訳 光文社文庫)は、アイルランド土着の民俗を描いた、幻想的な短編集です。どの短編にも、イギリスに搾取され続けてきた、アイルランド国民の悲しみが背景として描かれ、哀切な雰囲気を醸し出しているのが特徴です。 
 そして、もう一つ特筆したいのは、情景描写の素晴らしさ。これほどビジュアルを喚起させる情景描写はまれでしょう。エンターテインメントにおいて、情景描写はストーリーを追うのに邪魔になりがちなことが多いのですが、この作品集においては、それが無駄なく作品の構成に組み込まれています。
 作品の内容としては、わりとオーソドックスで、古典的な怪奇小説風のものが多いのですが、どれも手堅くまとめられており、面白く読めます。
 盲目の作曲家が庭にある古代の石柱の怪に遭う『石柱』、取り替え子をテーマにした『冬迎えの祭り』、恩人の夫婦を虐殺した兵士の因果応報譚『髪白きもの』、スタンリイ・エリンの作品を思わせる奇妙な味の作品『メビウスの館』、クトゥルー神話のオマージュ『深きに棲まうもの』、時を越える恋物語『恋歌』あたりが面白いところです。
 『メビウスの館』などを読むと、この作家、ジャンル的なエンターテインメントを描かせてもなかなか達者だと思わせます。ちなみにこの作品、某映画でおなじみになった有名なオチを使っているのですが、それをさらにひねっています。
 『冬迎えの祭り』などは、「恐るべき子供たち」テーマを、アイルランドの妖精譚に置き換えたものでしょうか。
 そして、アイルランド人の不幸な境遇を感じさせられる作品も、多く見られます。例えば『大飢饉』。ジャガイモ飢饉の際に、作物をイギリス地主に全て奪われ餓死していく人々の悲惨さは、ただのホラーの枠にとどまりません。また、『髪白きもの』に登場する兵士は、アイルランド人は野蛮人だと見なし、自分の命を救ってくれた夫婦でさえ、あっさりと殺してしまうのです。全編を通して流れる、アイルランドの悲劇の歴史が、作品に彩りを与えています。
 サブタイトルの「ゴシック・ホラー」とは、いささか趣が違うかもしれませんが、幻想性と物語性とがほどよくブレンドされた秀作集です。

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かごの中の鳥  ロード・ダンセイニ『最後の夢の物語』
4309462634最後の夢の物語
ロード・ダンセイニ 中野 善夫 安野 玲
河出書房新社 2006-03-04

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 河出文庫から出版された《ロード・ダンセイニ幻想短編集成》は、近年稀にみる素晴らしい企画でした。その最終巻である『最後の夢の物語』(中野善夫/安野玲/吉村満美子訳)は、初期の作品集『世界の涯の物語』や『夢見る人の物語』に収録された作品にくらべて、現実世界を舞台にしたものが多くなっています。いくつかの作品は、それこそ異色作家短編集に入れてもおかしくないようなもの。ダンセイニのハイ・ファンタジーが肌に合わない人にこそ読んでいただきたい作品集となっています。それでは面白かったものをいくつか紹介しましょう。
 『五十一話集』は荒俣宏の訳もありますが、かなり寓意が濃いのでちょっと難解な作品もちらほらします。意味を無理に探るよりもイメージを楽しむべきなのでしょう。最後の『詩人、地球とことばを交わす』は稲垣足穂も気に入っていたという極めつけの名作です。
 『不死鳥を食べた男』はかなりホラ話の色彩が濃い作品。ちょっと頭の足りない男が、不死鳥を食べたことから、様々な精霊や不思議な出来事に出会うようになる、という連作短編。男の話を聞く語り手が、本当に話を信じているのか判然としないところも人を喰っています。
 『林檎の木』は、魔女の魔力で鳥になった少年の話。真実を語る少年に対し、それを信じない大人たちが対比されています。少年の話が本当なのかどうか明らかにしないところもスマートです。
 『老人の話』は、アイルランド版浦島太郎の物語。老人の語りが、エドモント・ハミルトン『追放者』を思わせる結末につながります。
 ノームのゴルゴンディ・ワインを盗んでしまった男の顛末を描く『オパールの鏃』
 まだ手に入れてもいない虎皮を広げるために、玉突き台を欲しがる奇妙な男。まるでスタージョンの作品かと見紛うような異様な論理が支配する『虎の毛皮』
 夢の中で犯罪がなくなってしまったために、仕事にあぶれてしまうやり手弁護士の話『悪夢』
 現代に舞台を移し替えた『当世風の白雪姫』は、非常に諷刺の強いモダンなおとぎ話。
 金の価値を理解し、とうとう自分を売りつけることに成功した犬。彼は身なりを整える道具を買い揃え、次第に傲慢になってゆきます。人々は犬である彼に無視されることに非常な恐怖を覚えるのですが…。ユーモアあふれる滑稽譚『無視』
 火星からの電波をなんとか解読した男。そこにはなんと地球における生命の可能性についての議論が…。ダンセイニには珍しいSF作品『第三惑星における生命の可能性』
 黎明期の人類と番犬の出会いを情感豊かに描く寓意ファンタジー『最初の番犬』
 クラブの名誉会員に選ばれた謎の男。誰もがうやうやしく迎えるその男の正体とは…。神話と現実が交錯する『名誉会員』。 
 大佐から聞いた奇妙な話。彼が出会った老修道士の壮大な野望とは…。一読唖然とする珍品『金鳳花の中を下って』
 悪魔から、この世で最高の詩を書ける能力を手に入れた青年。しかしその詩を読み聞かせた人々は、思いもかけない反応を示す。その詩の秘密とは…。リドル・ストーリーのヴァリエーションともいえる『悪魔の感謝』
 犬の抽出物を注入された男は「犬の情熱」のとりこになり、あらゆる事象に情熱を示し始める。男を疎み始めた人々は彼をクラブから除名しようとしますが…。ブルガーコフの「犬の心臓」を彷彿とさせるユーモア篇『犬の情熱』
 誰もが知る美貌の大女優としがない銀行員、二人のつかの間の恋愛を諷刺を交えて描く『忘れ得ぬ恋』
 収録作品はどれも甲乙つけがたいものですが、一番インパクトを受けたのはこの作品『リリー・ボスタムの調査』です。
 十六歳のリリー・ボスタムは天才的な私立探偵。リリーは、最近起こった愛鳥家シモンズ氏の失踪事件について調査を始めます。死体も血痕もなし。犯罪の形跡も、自殺する理由も全くなく、事業の景気もよかったシモンズ氏の失踪は、警察を悩ませます。
 シモンズ氏は鳥を商っていました。リリーは、シモンズ氏の顧客であるヴァネルト夫人を怪しみ、彼女の身辺を調べます。夫人が言っていたという言葉にリリーは注意を惹かれます。

 シモンズも自分の歌い鳥がいなくなって寂しいに違いなく、自分で歌うことを覚えなければならないと彼女はいいました。そして、自分が費用を負担して歌の勉強をさせてやろうといったのです。

 レッスンによって歌が上達したシモンズ氏に、夫人は満足します。

 「さあ、これでもう自分で歌えるようになったわね。きっと大切な鳥たちがいなくなっても寂しい思いをすることもないに違いないわ」

 さらにリリーは、ヴァネルト夫人が、人間が入れるくらい巨大な鳥籠を注文していたことなどをつきとめます。そこから彼女は驚くべき結論を引き出すのですが…。
 少女探偵物語のパロディと思しき本作は、まるでマルセル・エーメやカミ、あるいはラファティといった作家たちのナンセンス・コントの域に達しています。その奇想天外な結末には唖然とされるはず。何より少女探偵のチャーミングさが際だつ傑作です。
 本書は、ダンセイニと言われて思い浮かべるような神話的なファンタジーよりも、軽やかなほら話といった色彩が強い作品集です。上にも記しましたが、ファンタジーが苦手な読者にも読める奇妙な味の短編集になっていますので、ぜひ一読することをお勧めします。

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プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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