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死後の恋  ティオフィル・ゴーチェ『スピリット』
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 E・T・A・ホフマンの影響を強く受け、幻想小説を多く書いたフランスの作家ティオフィル・ゴーチェ(1811-1872)の長篇『スピリット』(田辺貞之助訳 沖積舎)は、死後に精霊となった少女と生者の青年との恋愛を描く、神秘的な恋愛幻想小説です。

 家柄も良く資産もある美青年ギ・ド・マリヴェールは、若く美しい未亡人ダンベルクール夫人の家に足?く出入りしていることから、二人の結婚は間近いと周囲からは思われていました。夫人がマリヴェールを熱愛する一方、マリヴェールの方は夫人のみならず、本当に愛せる女性を未だ見つけられず、結婚の意志は全くありませんでした。
 マリヴェールは、スウェーデンの外交官であり、スウェーデンボルグの信奉者である神秘主義者フェロー男爵と知り合い、彼から薫陶を受けることになります。
 ある日、マリヴェールは、自宅の鏡の中に美しい娘の顔を目撃し、一目ぼれしてしまいます。さらに外でも彼女の姿を目撃しますが、常識では考えられない形で彼女は姿を消してしまいます。娘がマリヴェールを愛しているスピリット(精霊)ではないかと考えたマリヴェールは、自動書記を行うことにします。紙に書かれ始めたのは、生前マリヴェールを慕いながらも、彼に認められず命を落とした娘の生涯でした…。

 独身者の美青年マリヴェールが、彼の周囲に現れたスピリット(精霊)の少女に恋をすることになる…という恋愛幻想小説です。少女はどうやら生前マリヴェールに恋していたものの、彼と結局知り合うことができず、命を落としたようなのです。死後訪れたその少女の姿に魅了されたマリヴェールは、彼女と結ばれたいと願います。
 基本は恋愛小説といっていいでしょうか。死後の存在との恋愛が主題であるだけに、そこにはいろいろな障害が待ち構えています。まず相手の少女が死後の世界にいるために、現世では彼女の姿が茫洋としており、触ることもできないのです。
 死ねば少女のいる世界に行けると考えたマリヴェールは自殺を考えますが、自殺をしてしまうと同じ世界には来ることができないと少女に止められてしまいます。飽くまで「正常な死」を迎えなければなりません。また、現世ではダンベルクール夫人から結婚を迫られており、それを断り続けるのも一苦労なのです。
 恋するスピリットと一緒になるためには死後の世界に行かなくてはならないのですが、そこにすんなりとは行けず、しばらくは生の世界で暮らさなければならないのです。マリヴェールは「どう生きるのか?」という問題を抱えることにもなります。

 生者と死者の恋愛がテーマとなった作品ですが、ヒロインであるスピリットに人間味が強いこともあり、そこには肉体的な要素が大きく出ていますね。半ば天使のようになっているだけに肉体的な恋にこだわらないスピリットに対し、マリヴェールの方は彼女に触れたいという要望も持っているのです。
 死によって隔てられた恋人たちが、恋愛を成就できるのか? という不思議なテーマの幻想小説です。そこに、神秘的な恋愛ならではの様々な葛藤が登場し、それを乗り越えていく過程が読みどころでしょうか。

 本作『スピリット』はゴーチェ最後の幻想小説と言われているそうです。ゴーチェは、若い頃から多くの短篇で、死者やこの世ならざる者との恋愛をテーマにした作品を書いていますが、本作はまさにそうしたテーマの集大成、という感じの作品となっていますね。スピリットの描かれ方も可憐で、その女性像にも非常に魅力があります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

「異常」な物語  エルヴェ・ル・テリエ『異常 アノマリー』
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 エルヴェ・ル・テリエの長篇『異常 アノマリー』(加藤かおり訳 早川書房)は、パリからニューヨークに向かうエールフランス006便に乗り合わせた様々な人間の人生が、ある事件に境に変わっていくことになる…という、不思議な手触りのスリラー作品です。

 妻子を持つ事業家にして裏では殺し屋の顔を持つ男ブレイク、翻訳も請け負う売れない作家ヴィクトル・ミゼル、恋におちながらも既に破綻しかかっている映像編集者リュシーと初老の建築家アンドレ、医者である兄ポールに末期癌であることを宣告されたデイヴィッド、元軍人の乱暴な父を持つ少女ソフィア、大富豪の顧問の仕事を手に入れたやり手の黒人女性弁護士ジョアンナ、新作の歌が大ヒットしたナイジェリア出身の歌手スリムボーイ…。
 一見共通点のない彼らの共通点とは、3か月前、パリからニューヨークに向かうエールフランス006便に乗り合わせたことと、そこで異常な乱気流に巻きこまれたということでした…。

 ある飛行機に乗り合わせた複数の人物たちの人生が描かれ、ある事件を境に、彼らの人生が新たな決断を迫られていく…というスリラー作品です。
 この「ある事件」というのが作品の肝なので、それが何かは書けないのですが、常識の範囲内では解釈できない事件、ということだけは書いておきましょう。
 国家的なレベルで「事件」に対応していくこととなり、それらの対応策が描かれる部分は災害パニック小説の趣もあって面白いのですが、メインとなるのは、「事件」を経て、人生の決断を迫られることになる人々の人生模様が描かれる部分です。
 「事件」の影響で、周囲の人々との関係が変わってしまったり、恋愛関係が崩れてしまったりと、人生の形が大きく変わってしまうのです。その過程で、人々の過去の「選択」が正しかったのか? そしてこれからすべき「決断」は正しいのか? という問いが生まれることにもなります。
 個々の人物が描かれるエピソードはそれだけで充分魅力的なのですが、この作品の面白いところは、それが普通の「人間模様」に留まらず、現実ではありえない再考を迫られるというところ。哲学などで使われる「思考実験」という概念がありますが、あれが実際に起きたら、という感触が近いでしょうか。
 ゴンクール賞受賞作ということで、文学的な味わいが強いのですが、そこにSF的・幻想的な仮定を持ち込んでおり、そうした事態に遭遇した人間たちの人生はどうなっていくのか、という面白さのある作品です。エンタメとしても読みごたえのある秀作ですね。


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シュールな物語  アンリ・ミショー『プリュームという男』
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 アンリ・ミショー『プリュームという男』(小海永二訳 国文社)は、主人公の男性プリュームが遭遇する異様な出来事を描いた、シュールな幻想散文詩の連作です。

 プリュームという男が遭遇する出来事が、幻想的に語られていく連作作品です。彼が出会うのは超自然的な出来事のこともあれば、現実的な出来事のこともあります。ただ「現実的」とはいっても「現実には可能」というだけで、異様な出来事には変わりありません。

 強烈な眠気に囚われたプリュームが目を覚ますたびに異様な出来事が起こるという「おとなしい男」、メニューにない品物を頼んでしまったことから事態がエスカレートする「レストランのプリューム」、謁見した女王がプリュームを誘惑するという「女王の謁見の間で」、死んだブルガリア人たちの死体と同じ車室で過ごすことになるという「ブルガリア人の夜」、指を怪我したプリュームが医者で指を切断することになる「プリュームは指に痛みを覚えた」、次々と引っ張った人間の首が抜けてしまうという「首の引き抜き」、間違えて天井に足をついてしまったプリュームを描くナンセンスな「天井のプリューム」などが面白く読めますね。

 全篇が幻想的な散文詩のような作品もあれば、最後まで現実の範囲内で収まる作品もありますが、共通するのは不条理な味わいです。次々と引っ張った人間の首が抜けていく「首の引き抜き」なんて、完全に悪夢のようですね。

 一番印象に残るのは巻頭の一篇「おとなしい男」でしょうか。
 プリュームが目を覚ますと家の壁がありませんでした。蟻に食われたと思い、また眠り込むと、今度は妻に揺り動かされて目を覚まします。
 なんと家全体が盗まれてしまったというのです。自分たちの元に向かってくる列車の音を聞きながらも、また眠り込んで目を覚ますと、そばに妻の体の切れはしが転がっています。目の前には裁判官がいることに気が付きますが…。
 眠り込むたびに、次々と思いもかけない出来事が続いていくという不条理極まりない作品です。そんな出来事が続きながらも、ひたすら眠気に囚われ眠り続ける男の姿も異様なのですが、そこに妙なユーモアがあるのも面白いところです。
 世界が次々と変容していくような…、ボルヘスやダンセイニのある種の作品を思わせるような魅力がありますね。

 併録の「Aの肖像」は、著者の詩的自伝ということですが、抽象的・難解な文章となっていて、意味を読み取るのは難しい感じです。こちらはともかく、表題作の「プリュームという男」はとても面白い作品なので、一読をお勧めしたいところです。


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皮肉な人生  マルセル・エイメ『壁抜け男』
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 フランスの作家マルセル・エイメ(1902-1967)の『壁抜け男』(長島良三訳 角川文庫)は、ユーモラスでファンタスティック、時には皮肉や哀感もかいま見えるという、奇妙な味わいのファンタジーを集めた作品集です。

「壁抜け男」
 モンマルトルに住む役所の職員デュティユルは、ある日、自分に壁を通り抜ける能力があることを発見します。目立つことを好まないデュティユルは、能力を使わずに隠していました。しかし、新しく上司になったレキュイエに閑職に追いやられたデュティユルは、意趣返しとして壁をすり抜けてレキュイエをからかい、彼を病院送りにしてしまいます。 同時に能力を試したい衝動に駆られたデュティユルは、<オオカミ男>を名乗り、銀行強盗を始めますが…。
 壁を抜ける能力を手に入れた男が、その力を自らの虚栄心のために使って破滅してしまう…というブラックな幻想小説です。だんだんと大胆になり、正体を隠さなくなってしまうあたりの展開は痛快です。どんなに警備を厳しくしても、何度も脱獄してしまうシーンは楽しいですね。
 最終的には悲劇的な結末に至るのですが、それが小市民的な「不安」に起因しているところもシニカルです。

「変身」
 三人の人間を殺害した罪で裁判にかけられた男デルミューシュは死刑を宣告されてしまいます。彼には善悪の区別がつかず、好んでいたオルゴールの音を聞きたいがために、複数の人間を殺害したのです。
 司祭は、純粋にイエスの存在を信じるデルミューシュの純真さと同時に、罪の意識の無さにも驚きます。
 クリスマス前日、死刑執行のためデルミューシュの監房を訪れた一団は、そこにデルミューシュがおらず、赤ん坊がいることに気づきますが…。
 残虐な殺人を犯しながらも、その心は子どものように純真な男デルミューシュ。彼は何らかの「奇跡」によって赤ん坊になってしまいます。記憶も失い、赤ん坊になってしまった死刑囚の罪を裁くことは可能なのか…? という問題作です。
 赤ん坊になってしまった男に罪はない、という意見もあれば、同一人物である限り罪は消えない、という意見もあるのです。そもそも「罪」とは何なのか? ということまで考えさせられてしまいます。そもそも純粋さや信仰心ということであれば、デルミューシュは人一倍「善人」であるといってもいいのです。
 「クリスマス・ストーリー」でありながら、単純なハッピーエンドには終わらないという、異色の「奇跡譚」といえるでしょうか。

「サビーヌたち」
 モンマルトルに住むサビーヌという若妻には同時存在の能力がありました。自分の体の分身をいくらでも作り出すことができたのです。夫のアントワーヌと暮らしながら、画家の卵の青年テオレームに夢中になったサビーヌは彼のために尽くしていました。
 テオレームのためのお金がなくなったサビーヌは、分身を作り富豪のバーベリ卿と結婚してしまいます。
 味を占めたサビーヌは、次々と富豪と結婚しお金を増やします。さらに数万人単位に増えたサビーヌたちは、それぞれ愛人を作りますが…。
 分身をいくらでも増やせる能力をもつ若妻が、分裂して次々と愛人を作るという、アンモラルなファンタジーです。分身たちは「同期」しているようで、肉体的・精神的に影響が共有される、というのも面白いところです。
 それでいて、良心の呵責や罪の意識から善行をしようとする一派がいるかと思えば、欲望の限りを尽くす一派もありと、同じ「サビーヌ」の中でも方向性が違ってくる、というのもユニークですね。ある種、下世話な浮気話が、壮大なスケールの話になってしまい、読んでいて唖然としてしまいます。

「死んでいる時間」
 その男マルタンは、奇妙な存在の仕方をしていました。二十四時間ごと、二日に一日しかこの世に存在しなかったのです。まともな仕事にもつけないマルタンは、ひっそりと暮らしていましたが、ある日アンリエットという美しい娘と出会い、恋人になります。
 しかし一日ごとに姿の消えるマルタンに対して、アンリエットの愛情は覚めていきます…。
 一日おきにしか存在しない男という、とんでもない設定のファンタジー小説です。なのですが、そのファンタスティックな設定が、恋人との愛情問題(やがては浮気)という部分に終始してしまうことになるのは、エイメならではですね。
 ただ、主人公マルタンの、自分が存在していない間の時間や世界に対する存在論的な不安であるとか、個人的・社会的な時間間隔の差について描かれる部分は独特で、読み応えがあります。

「七里のブーツ」
 掃除婦をしているジェルメーヌとその息子アントワーヌは経済的に苦しい生活をしていました。アントワーヌを含めた子どもたちは、乱暴者のフリウラと一緒に遊んでいる際に、穴に落ち怪我をしてしまいます。
 変わり者の老人が経営する骨董店に飾られた「七里のブーツ」を本物と思い込んだ子どもたちは、それを欲しがっていました。入院中に親たちにブーツねだる子どもたちを見て羨んだアントワーヌは、アメリカにいるという資産家の伯父の話をでっちあげてしまいます…。
 「七里のブーツ」を欲しがる子どもたちが描かれた、感性豊かな少年小説です。基本リアルなタッチで描かれており、「ブーツ」も魔法の品物ではない、象徴的なものなのだと思いながら読んでいくと、もしかしたら本物なのかも…と思わせるところが上手いですね。結末の情景はファンタスティックで美しいです。
 母親に真摯な愛情を注ぎ、しかし貧乏であるがゆえに嘘をついてしまう。主人公の少年アントワーヌの心情が説得力豊かに描かれています。
 骨董店の主人の老人のキャラクターも独特です。剥製の鳥に一方的に話し続けたり、まともに会話が通じなかったりと、奇人そのもののキャラクターなのですが、見方を変えると魔法の品物を持っていてもおかしくない存在とも見えるのですよね。
 「七里のブーツ」が本物だったのか否かは、読む人によって変わってくると思います。懐の広い大人のファンタジー作品です。


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空想と現実の間  ジュール・シュペルヴィエル『海に住む少女』
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 ウルグアイ生まれのフランス作家ジュール・シュペルヴィエル(1884-1960)の短篇集『海に住む少女』(永田千奈訳 光文社古典新訳文庫)は、独特の感性と空想に彩られた短篇を多く収めた作品集です。

「海に住む少女」
 その少女は、大西洋のまっただなかに浮かぶ町にひとりぼっちで暮らしていました。他に人はなく、食べ物は自然と家のあちこちに現れるのです。少女は自分が何者かの記憶もなく、ただ毎日、お店のシャッターを開けたり、かまどに火をいれたりなどして暮らしていました。船が近づくと、少女は眠たくなり、町ごと波の下に消えてしまいます…。
 大西洋の真ん中に存在する幻の町と、そこに住む幻の少女を描いたファンタジー作品です。少女は実在しているのでしょうか? 彼女を生み出した存在とは? 明かされる真相は、あまりにもロマンティックで哀しいもの。
 空想的でありながらも、少女の町での生活が細かく描かれる部分にはリアリティがありますね。

「飼葉桶を囲む牛とロバ」
 生まれたばかりのイエスを見守るようにそばについていた牛とロバ。いささか虚栄心の強いロバに対して、牛は謙虚な性格でした。イエスを大切に思うあまり、牛は食事を取ることも忘れ、段々と弱っていきますが…。
 イエス誕生にまつわるエピソードに取材した物語です。彼が生まれたときに、そばにいたロバと牛、特に牛について、彼がどのような気持ちでそばにいたのか、という部分を空想豊かに描いています。結末は悲劇的ながら、やさしい雰囲気にあふれていますね。

「セーヌ河の名なし娘」
 溺死した十九歳の若い娘は、河を流れる自分の体が海に行くことを望んでいました。三日目にたどりついた海で現れた裸の男《びしょぬれ男》は、娘を底の方に導いていきます。そこは死者たちが暮らす村でした。
 しかし、服を身に付けたままでいたいという娘は、村の者たちから疎まれ、だんだんと孤立していくことになります…。
 溺死してしまった《セーヌ河の名なし娘》が、死者たちの村に迎え入れられるものの、そこでも孤立してしまう…という哀感あふれるファンタジー作品です。
 死んでも、人間は社会的な軛から逃れられない、という皮肉さと共に、水の中を流れていく娘の描写は感性豊かに描かれています。「真の死」を迎えるラストシーンは非常に美しいですね。

「空のふたり」
 かって地上で暮らしていた者たちの影は、死後も天上で、全く同じような生活をしていました。しかし魂は透けており、物理的な実体はないのです。
 足の悪い大学生シャルルは、同じく足の悪い女学生マルグリットに恋していましたが、
 彼女に気を遣うあまりに命を落としてしまいます。天上世界で、シャルルは、マルグリットに再会しますが…。
 地上で上手くいかなかった足の不自由な男女が、天上世界で結ばれる…という幻想的な恋愛小説です。
 死後の天上世界は地上とほとんど変わらない環境ながら、魂が透明なため、その思いは透けて見えてしまう、という設定が魅力的ですね。死者同士の愛が新しい「生」を生み出す、という展開も良いです。

「ラニ」
 一族の長になるために、過酷な断食に耐えていたラニ。ようやく長になれたものの、体調不良からかまどの中に落ち、顔にひどいやけどを負ってしまいます。顔の傷が原因で長の地位を追われ、婚約者のヤラからも拒否されたラニは、一人村を離れることになりますが…。
 顔のやけどから共同体を追われた男が、再び村に戻るものの、その孤独は増すばかりだった…という物語。
 孤独を受け入れながらも、村に戻りたい気持ちを抑えられないラニが、自らの醜さを増すために指を?みちぎるというシーンは壮絶です。
 原始社会の物語として描かれていますが、現代にも通じる普遍的な寓意物語として読むことも可能になっていますね。

「バイオリンの声の少女」
 その少女は、声にバイオリンのような音色を潜ませていました。目立たないように、なるべく口を閉じている少女でしたが、だまっていても、かすかな和音やメロディが聞こえるというのです。ある日突然、少女の声は元に戻ることになりますが…。
 大人になると同時に、少女から失われたものは何だったのか…? 少女が大人の女性になる、という通過儀礼的なテーマを「バイオリンの声」というファンタスティックなモチーフを使って描いた幻想小説です。

「競馬の続き」
 リュフ騎手は同名の馬と共に競馬で勝利しますが、止まらなくなった馬と一緒にセーヌ河へ飛び込んでしまいます。死んだ馬に憑かれてしまったリュフは、日ごと自分が馬であるかのように振る舞い始めます。婚約者はリュフを馬のように扱いますが…。
 愛馬の死後、馬のように振る舞うようになった男を描く奇想小説です。望みどおりにリュフを馬として扱う婚約者の女性のキャラクターも変なのですが、浮気をした婚約者に対するリュフの突然の爆発も唐突で、奇妙な味わいの作品になっていますね。

「足跡と沼」
 サン・チブルシオの農場で暮らすフアン・ペーチョを訪れたトルコ人の行商人アリ=ベン・サレム。彼から勧められた安全かみそりが高いことに激高したフアン・ペーチョは商人を殺してしまいます。近くの沼に死体を投げ込んだフアン・ペーチョでしたが…。
 虚栄心が強く自分勝手な農場主の男が、行商人を殺し、その罪が発覚するまでを描いた犯罪小説です。乾いたトーンで語られる残酷な犯罪の話で、シュペルヴィエルとしては異色の作品でしょうか。

「ノアの箱舟」
 洪水に備えて、箱舟を作っていたノアとその一家は、舟に様々な動物を載せることになります。最初は仲良くしていた動物たちも、食料が減るにつれて、互いを餌として考え始めていました…。
 有名なノアの箱舟をモチーフにした物語です。シュペルヴィエル特有のメルヘン的トーンで語られるのですが、描かれるのは、種や個人の生き残り・サバイバルだけに、なかなかにハードな内容です。
 箱舟への乗船拒否だけでなく、舟を追ってくる人間たちを見殺しにしたり、舟に乗り込んだ小さな虫たちを殺してしまうシーンがあったりと、神話的なエピソードの、リアルで残酷な一面が描かれているところが特色です。

「牛乳のお椀」
 毎朝、その青年は、母親のために、お椀にいれた牛乳を運んでいました。お椀の上に息を吹きかけて、落ちた煤や埃を取り除くこともありました。
 母親が亡くなってからも、母を思う気持ちを込め、青年はその行為を繰り返していました…。
 愛する人のために行っていた行為が、その対象を失ってからも繰り返され続ける…という物語。この青年のように「意味のない行為」を繰り返している人間もいるのではないか…? という、作者自身の述懐が述べられるラストも味わい深いですね。


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死者との生活  アナトール・ル・ブラーズ『ブルターニュ幻想民話集』
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 アナトール・ル・ブラーズ『ブルターニュ幻想民話集』(見目誠訳 国書刊行会)は、ケルトの流れを汲み、独自の文化を持つフランスのブルターニュ地方の人たちから聞き取った、死にまつわる伝承・民話を集めた本です。

 <予兆><死の前><死の真似事><呪い殺し><埋葬>など、テーマ別にお話が分類されて並べられています。収録作全てに共通するのは「死」であるため、基本的に人の死とそれにまつわる不思議な出来事が描かれており、全体に暗い色調に彩られた民話集となっています。
 生前に悪事を行ったり、死者を冒涜したりと、因果応報的な意味で死を迎える人々も描かれているのですが、特に悪事を行ったわけではなくても、邪悪なものに関わってしまったがために死んでしまったり、本当に唐突に「死」に襲われてしまうエピソードも多くなっていますね。
 教会や神に祈って、呪いや邪悪なものから解放されたにも関わらず、結局は死んでしまう…というお話もあります。最後の段落で「…日後に亡くなりました」という言葉がそっと現れるパターンのお話には、怪談実話にも似た怖さがあります。
 読んでいて感じるのは、肉体的な死よりも魂の汚れを恐れているのではないか、ということです。どうやら、肉体が死を迎えても、贖罪がなされていさえすれば、死後の世界で幸せになれるという世界観がその背景にはあるようなのです。
 基本、短く素朴なお話が多いのですが、長めで小説といっていいような複雑な構成の物語もいくつかあります。最後の方に収録された「イアニクの旅」などは、敬虔な少年が恩師の神父のために不思議な冒険を繰り広げる、といったお話で、その読後感はまるでダンセイニの描くファンタジー小説を思わせます。

 友人をからかうため死んだ真似をした少年が本当に死んでしまう「死の真似事はいいことではない」、相手を呪い殺す力を持つ寡婦たちの物語「魔法使いの舟」、敬愛する主人の魂が死後白鼠になって現れる「白鼠の形をした魂」、親友の魂が蠅となって現れる「蝿の形をした魂」、大事にしていた服を盗まれた老女が死後に現れるという「マリー=ジャンヌの経帷子」、水死体の指にはまった指輪を盗むため指を噛み切った女が恐ろしい目に会う「船長の指輪」、領主の妾となり私生児を何人も殺した娘の贖罪の物語「酷薄な母親」、産んだ子供を殺していた母親が動物に生まれ変わる「七匹の黒豚を連れた雌豚」、溺愛していた息子に死後痛めつけてほしいと頼まれる母親を描いた「息子に涙を流しすぎた母親」、死んだ男が婚約者が迎えに来るという恐怖譚「死者の許嫁」、母親の祈念により地獄から帰還する息子を描いた「グラウド・アル・スカンヴ」、悪魔に囚われた男が馬と共に脱出するという「黄金のジャン」、来歴の不明な義兄に疑惑を抱く少年を描く「足の不自由な少年と天使の義兄」などを面白く読みました。

 上にも書きましたが、唐突に襲ってくる「死」が恐怖と共に描かれている一方、魂を清浄に保っていれば「死」は恐れるものではない、ともされており、「死」にまつわるブルターニュ人の独特の死生観・心性が読み取れるという意味でも、興味深い本となっています。
 もちろん、肩肘張らずに、ちょっと怖い「怪談集」として楽しむことも可能な、懐の広い本となっています。


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不穏な事実  カチュール・マンデス『フィル=デュウ通り五十六番 カチュール・マンデス怪奇譚集』
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 カチュール・マンデス『フィル=デュウ通り五十六番 カチュール・マンデス怪奇譚集』(蟻塚とかげ編訳 爬虫類館出版局)は、フランスの作家カチュール・マンデス(1841-1909)のアンチ・ミステリ小説と怪奇小説、二篇を収録した作品集です。

「フィル=デュウ通り五十六番」
 ある日目覚めると、昨夜の記憶をすっかり失っていた男シャルル・ブリュノア。妻のオレーリによれば、彼は友人のリションとレストランに行っていたはずだというのです。折しもフィル=デュウ通りにあるホテルの五十六号室で殺人事件が起こったことが報道されていました。
 犠牲者の女性は墜落した衝撃で顔がずたずたになっていたものの、娼婦のフェリシ・ボノーではないかと目されていました。フェリシとつきあいのあった女衒のユドクス・ル・マランが容疑者として逮捕されます。
 やがてユドクスのアリバイが成立し釈放されます。ブリュノアはこの事件になぜかのめり込み、自ら真犯人を探して事件の捜査を始めます…。

 一夜の記憶を失った男が、ある殺人事件に執着しその謎を追う…というミステリ的な作品です。主人公の男の記憶が失われていること、捜査の過程で犯人に同一化していくこと、一族の血縁に激情的な性質があったこと、などが言及されるため、現代のミステリを読み慣れた読者によっては、話の展開は読めてしまうかもしれません。
 ただ、主人公ブリュノアの語りが熱狂的で緊迫感に満ちており、その異常心理的なサスペンスで読ませる作品となっています。

「その道の傍らに村が……」
 ミュンヘンで、ワーグナー作品『ヴァルキューレ』初演を鑑賞に訪れた「私」とその友人を含めた八人の仲間たち。その帰り道、まるで小人のために作られたかのような、小さな建物で構成された村のようなものを目撃した仲間たちは驚きますが…。

 当時における「実話怪談」風に書かれた作品です。実際の経験に基づいているようで、作中で仲間の一人がヴィリエ・ド・リラダンであることが言及されるほか、仲間の中には、作曲家サン=サーンス、デュパルク、マンデスの最初の妻ジュディット・ゴーチェ、愛人オーギュスト・オルメスらがいたと言われているようです。
 舞台はミュンヘン、ワーグナー作品が出てくることからも、バイエルン王ルートヴィヒ2世が連想され、実際作中でも、遭遇した怪奇な出来事が王の戯れではないのかという推理が展開されます。
 メインとなる小人の村の怪異のほか、いくつか不審な出来事が起こったり、「私」の語りが不安定なトーンに支配されていたりと、全体に不穏な空気に溢れた<奇妙な味>の作品となっていますね。ある種の<リドル・ストーリー>的な解釈も可能なようです。
 実在の人物や出来事を登場させているだけに、発表当時にこの作品を読んだ人にとっては、ある種のリアリティがあったのではないでしょうか。怪異の現れ方が唐突で、その因果も語られないあたり、現代的な味わいです。

 ちなみに、マンデスの最初の妻ジュディット・ゴーチェは、作家テオフィル・ゴーチェの娘で、当時才媛かつ美女として知られた女性。日本の画家、山本芳翠の絵画「西洋婦人像」はジュディットがモデルとされています。
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人類の黄昏  J・H・ロニー兄『地球の死(全訳版)』
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 ジュール・ヴェルヌと並び、SFの先駆者とされるフランスの作家J・H・ロニー兄(1856-1940)の『地球の死(全訳版)』(吉澤弘之訳 Amazon Kindle)は、1910年発表の人類破滅テーマの中篇作品です。

 遠い未来、人類は激減し、いくつかのオアシス都市でわずかに生き延びていました。地球から大部分の水が失われ、人類以外に残った生物は植物と鳥類、そして人類が加工した鉄から生まれた新生物「鉄磁竜(フェロマニェタル)」のみでした。
 災厄によって、遠方のオアシス都市<赤の大地(テール=ルージュ)>からの連絡が途絶え、<高きみなもと(オート)=スルス>に暮らす青年タルグとその妹アルヴァ、アルヴァに恋する男性マノたちは、<赤の大地>への捜索に向かいます。
 タルグは優美な女性エレを救助し、彼女に恋することになります。しかし水源の喪失により、避難民は独り身であることを強いられるため、彼女と結婚することは不可能になってしまうのです。タルグは水源の捜索に向かうことになりますが…。

 遠未来、人類が滅びようとする黄昏の時代を描いた作品です。地球から水がほとんど失われ、そのわずかな水の周りにオアシスのように都市が点在しています。食物問題に関しては何とかなるものの、水だけは如何ともしがたいのです。
 植物と鳥類以外の生物は絶滅し、代わりに生まれた新生物「鉄磁竜(フェロマニェタル)」は人類の天敵ともいえる存在で、彼らのそばにいると人間は衰弱してしまうのです。
 人間自体の寿命がすでに短くはなっていますが、養える人口が厳密に計算され、子どもを作ることも制限されています。また人口が過剰になった場合は、すぐにも安楽死が行われてしまいます。
 常に絶滅の危機にさらされ、人類が無気力に陥っているなか、主人公となるタルグとその妹アルヴァの兄妹は、未来の希望を信じて行動し続けることになります。困難のなか、新しい水源を見つけたり、未来の伴侶を見つけたりと、兄妹は活躍することになりますが、次々と絶望的な環境変化が起こり、周囲の都市も次々に壊滅していきます。彼らは生き延びることができるのでしょうか?

 テクノロジーはそれなりに発展しているものの、限られた水が原因で、都市一つで養える人口は数千人程度、それも環境が変化すればもっと少なくなってしまうのです。タルグたちが個人レベルで奮闘しても、事態は一向に良くならず、段々と人類は滅びに向かってしまう…という、非常にハードで、暗い情念に満ちた未来小説となっています。

 人類以外にクローズアップされる生物が、鳥類と「鉄磁竜(フェロマニェタル)」。知能を高めた鳥類は、食料ではなく、人類の友人となっています。簡単な意思の疎通も可能なようで、連絡係としても活躍します。
 「鉄磁竜(フェロマニェタル)」に関しては、具体的な描写が少なく、はっきりとイメージが湧きにくいのですが、人類が加工した鉄から生まれた生物で、彼らのそばにいると、人間の赤血球が奪われてしまい、極度の衰弱状態に陥りやがては死んでしまうのです。
 舞台となる時代では、ある種の棲み分けがされているようで、直接的にぶつかることはないのですが、人類が生息域を回復したとすると、障害になる、という記述も出てきますね。最終的には、人類の後継者は「鉄磁竜(フェロマニェタル)」であるというような考え方も示されることになります。

 自然の生態系や人間社会の奇妙な変化、風変わりなテクノロジー、人類の行く末をめぐるサスペンス…、著者の独特の想像力が発揮されており、発表された年代を考えても、ユニークな傑作と言えるのではないでしょうか。


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二人の青年  J・H・ロニー兄『兵士ジヴルーズの謎 二つの愛と変容』

兵士ジヴルーズの謎——二つの愛と変容——(全訳版) 〈J・H・ロニー兄のサイエンスフィクション〉 (翻訳の電子書籍) Kindle版


 J・H・ロニー兄の長篇『兵士ジヴルーズの謎 二つの愛と変容 全訳版』(吉澤弘之訳 Amazon Kindle)は、ジュール・ヴェルヌと並び、近代SFの創立者の一人と言われるロニー兄(1856-1940)の本邦初訳の幻想SF長篇です。

 戦場で重傷の状態で発見された兵士ジヴルーズ。彼が倒れていた場所のそばには、ジヴルーズそっくりで、全く同じ個所に怪我をしている男が発見されます。双子かと思われた二人ですが、目を覚ました男たちによれば、彼らは一人っ子だというのです。しかも両人共が、自分はジヴルーズ本人だと名乗ります。
 調べたところ、発見されるまでの記憶は全く同一、体重は二人ともが従来の半分になっていました。しかし、二人を離すと気分が悪くなってしまうため、常に一緒の状態で生活するようになります。
 家に戻ったジヴルーズたちは余りにも似すぎており、親しい仲である母親のジヴルーズ夫人にも、おじのルージュテール伯爵にも区別することができません。二人を区別するため、片方をピエール、片方をフィリップと呼ぶことになります。
 恋人のヴァランティーヌをめぐって、二人は悩むことになり、やがて相談の結果フィリップが家を離れることになります。幼い少女ジャンヌとの出会い、そしてかっての恋人テレーズ・ド・リザンジュ夫人と再会したフィリップは彼女に惹かれるようになりますが…。

 何らかの要因により、二つの体に分裂してしまった青年が、そのアイデンティティーと恋愛において悩むことになるという、幻想的かつ哲学的な物語です。
 青年が二人になってしまったことについて、序盤では医学者や周囲の人間たちが、あれこれと推量する様が描かれていきます。
 本当は双子ではないかとか、似ている人間が偶然出会ったのではないかなど、常識的な解釈も示されますが、結局は超自然的な解釈が優勢になり、そのあたり妙な不気味さがあります。結末付近で、一応「科学的な解釈」がなされはするのですが、それでも割り切れない、一抹の不穏さが残りますね。
 肉体が二人になってしまった部分と共に、大きく描かれるのは、ジヴルーズの恋愛です。恋人ヴァランティーヌに対して、どちらが彼女と結ばれるべきなのか、二人の青年が悩むことになります。恋敵が「自分」であるだけに、そこに嫉妬や憎悪は全く生まれない、というあたりもユニークです。
 またヴァランティーヌの側も、二人の青年に違いを見いだせず、困惑する姿が描かれます。
 青年の片方、フィリップが、家を離れて独自の生活をするようになるのですが、そこで少女ジャンヌと出会って心の平穏を得たり、過去の恋人であるテレーズ夫人との再会(厳密には再会ではないのですが)を経て、ピエールとは恋愛対象が異なっていくことになり、それに伴って、二人の青年の「違い」も発生してくることになります。
 それまで「同一」だった二人の青年が、それぞれの恋愛を通して「違い」または「アイデンティティー」を獲得していく、という点で、恋愛が重要な位置を占めている作品といえるでしょうか。
 前半の二人の青年とヴァランティーヌとの関係が描かれる部分に関しては、ほぼ同一の二人の男性の違いを認識し、どちらか一方を特に愛することができるのか?という哲学的な恋愛模様も描かれ、そのあたりの味わいも独特ですね。
 ジヴルーズの「分裂」に関しては、脇役を含めて主要な登場人物たちから、たびたび哲学的・思索的な意見が出るのも特徴で、異色の哲学恋愛幻想小説とでも呼びたいような作品になっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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