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極彩色の地獄めぐり  オクターヴ・ミルボー『責苦の庭』
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 フランスの作家、オクターヴ・ミルボー(1848-1917)の長篇小説『責苦の庭』(1899)は、魔性の女に翻弄される男を描く「世紀末文学」なのですが、拷問や処刑などの残酷場面が頻出するという、当時としては(今でもなお)強烈な作品です。

 ある知識人たちの晩餐会の席上で、殺人に関する話題が交わされていました。落魄した「あばた面の男」は、自ら持ち込んだ原稿を読み始めます。それは残酷さに満ちた「責苦の庭」の物語でした。
 才能には恵まれていながら、思い切れない性格の「わたし」は何をしても中途半端でした。幼馴染で大臣にまで上り詰めたウジェーヌ・モルタンに泣きつき、仕事を回してもらうものの、どれも駄目にしてしまいます。やがて厄介ばらいをかねて回されてきたセイロンでの学術調査に「わたし」は参加することになります。しかし、旅の途次で出会った美しい女クララに恋をしてしまいます。
 資産家であるクララに一緒に中国に来ないかと誘われ、「わたし」は調査を放って同行します。しかしクララはサディスティックな嗜好の持ち主であり、人の苦しむ姿を見て喜ぶ人間でした。その程度はエスカレートしていき、やがて「わたし」を引き連れ、中国の処刑場に行くことになりますが…。

 作品の構成は大きく三つに分かれています。メインの物語が語られるまでの枠である序章、「わたし」の大まかな人生と「運命の女」クララと出会うまでを描いた第一部、処刑場「責苦の庭」の情景が描かれる第二部です。
 「小悪党」である「わたし」の人生の立ち回りが描かれる第一部は、少々地味な展開ではあるものの、下世話な世界が風刺的に描かれており、これはこれで面白く読めます。ただこの作品の本領はやはり第二部でしょう。クララの趣味による処刑場探索が描かれ、そこは血みどろ・残酷のオンパレード。

 処刑場面がいろいろ描かれるのですが、「単純な」処刑はほとんどなく、わざわざ人を苦しめるような残酷な処刑方法がこれでもかとばかりに並べられていきます。それと同時に、そうした残酷さを楽しむクララという女性の異常性も描かれていくのです。
 本来「悪党」である「わたし」も、クララの異常性に恐れをなしながらも、その魅力から離れられません。しかし度を越したクララの要求に、やがて二人の破綻が近づいてきていました…。

 残酷な刑罰の見学が続く処刑場探索は、ある種の残酷美をもって描かれています。それを示すかのように、処刑場面の合間に頻繁に花の描写が挟まれるのです。花と人間とのアナロジーが描かれていくのですが、そこには妙な様式美が感じられます。
 全体に筋らしい筋はあまりなく、「宿命の女」との「地獄めぐり」といった感じの作品です。ただ第二部、処刑場探索の部分は作者の筆が乗っており、その極彩色の描写には精彩がありますね。江戸川乱歩作品などが好きな方には楽しめるのではないでしょうか。

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残酷な人生  モーリス・ルヴェル『ルヴェル第一短篇集 地獄の門 完全版』
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 残酷なコントで知られるフランスの作家モーリス・ルヴェル。『ルヴェル第一短篇集 地獄の門 完全版』(田中早苗/中川潤訳 エニグマティカ叢書)は、彼の第一短篇集『地獄の門 Les Portes de l’Enfer』各編を、原書と同じ配列でまとめ直した完全版の作品集です。ちなみに、本書はルヴェルの翻訳を進めている中川潤さんの個人出版になる作品集です。

 浮浪児が自由を求めるがゆえにどんどんと自由を制限されてしまうという「太陽」、金に目がくらみ出来もしない外科手術を行ってしまう医者の話「執刀の権利」、不倫をした妻と情夫に対する恐るべき復讐を描いた「大時計」、天邪鬼な性質から衝動的に情婦を殺害してしまう男を描いた「ピストルの蠱惑」、死刑を宣告された息子を助けるために母親が奔走するという「情状酌量」、関係していた人妻の夫とともに古井戸に落ち込んでしまった男の運命を描く「古井戸」、眼病の治療の末戻った家で衝撃的な事実を知る夫を描く「奇蹟」、列車衝突事故に出くわした運転士の恐怖を語る「十時五十分の急行」、金持ちになりたいという乞食の夢のような体験を描く「幻想」、清廉潔白な医者の恐るべき罪を描いた「先生の臨終」、高価な金貨を拾った乞食の皮肉な出来事を描いた「街道にて」、長年連れ添った妻を殺害した罪で裁かれる老人を描く「罪人」、馬の下敷きになり死に掛かった男を助けようとする乞食を描いた「乞食」、空き巣に入った家で泥棒が出会う恐怖の体験を描く「空家」、刺激に飽きた男が自転車乗りの曲芸に夢中になるという「或る種の精神病者」、母親の死後、母親が最愛の父を裏切っていたという事実を知った息子を描く「父」などを面白く読みました。

 ルヴェル作品には「残酷な行為」がたくさん出てくるのですが、それは物理的なこともあり、精神的なこともあります。直接的な残酷さを描いた作品としては、衝動的に殺人を犯してしまうという「ピストルの蠱惑」、浮気相手の夫と一緒に古井戸に落ち込み徐々に死に至るという「古井戸」などがありますね。
 また、精神的な残酷さを描いた作品としては、自由を愛する浮浪児がまさにその願望のためにのっぴきならない状態になっていくという「太陽」、妻と情婦に精神的な拷問を加えるという「大時計」などがその例でしょうか。

 「裏切り」のモチーフがやたらと出てくるのも特徴で、貞淑な妻が裏切っていたり、清廉潔白な人物がそうでなかったり、というパターンがよく登場します。一番多いのは妻が夫を裏切っているシチュエーションで、これはルヴェルのオブセッションといってもいいのでしょうか。
 この「裏切り」をモチーフにした作品の中で印象に残るのが「奇蹟」「父」ですね。妻の裏切りを知りながら復讐には走らないという「奇蹟」、母親が父親を裏切っていたことを知った息子が行う決断を描いた「父」には味わいがあります。

 一見、残酷でショッキングな出来事を扱っているかに見えるルヴェル作品ですが、ただ残酷なだけでなく、人間性の不思議や人情を描いてもいて、そういう作品には非常に魅力があります。
 息子を助けるために母親が罪をかぶる「情状酌量」、金持ちを夢見る乞食が施す善行を描いた「幻想」などはそうした作品でしょう。とくに「幻想」はO・ヘンリー風とでもいっていいのか、ルヴェルの名品の一つではないかと思います。ただ結末にはルヴェルらしい残酷さがあって、一般読者に愛される…というわけにはいかないと思いますが。

 本集には、ルヴェルの邦訳作品の中では恐らく一番有名な「或る種の精神病者」が新訳として収録されています。やはりこれは名品です。感情を感じさせず淡々と行動する主人公が不気味です。「情」が入ってこないという点で、ルヴェル作品の中でもかなり異色の作品なのではないでしょうか。

 本書には、既訳のある田中早苗訳のものと、中川潤さんが新訳したものとが混在しているのですが、全然違和感がありません。全体に非常に読みやすい翻訳になっています。個人出版ながら、商業出版物に劣らぬ上質な翻訳で、更なるルヴェルの未訳作品の紹介を期待したいところです。

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アンニュイな冒険  ピエール・ルイス『ポーゾール王の冒険』
pozoru.jpg世界大ロマン全集〈第23巻〉ポーゾール王の冒険 (1957年)
ピエール・ルイス 中村 真一郎
東京創元社 1957

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 好事家として知られたフランスの詩人・作家、ピエール・ルイス(1870-1925年)の小説作品『ポーゾール王の冒険』(中村真一郎訳 東京創元社)は、これまた人を喰ったようなユーモアにあふれたファンタジー作品です。

 ヨーロッパの架空の国トリフェームの王ポーゾールは、快楽を好む享楽主義者であり、366人の后を後宮に住まわせていました。王の娘「真白きアリーヌ姫」が「とてもやさしい男」とともに出奔してしまったことを知ったポーゾールは、官吏タクシス、小姓ジリオと共に姫の後を追いかけることになります。
 アリーヌ姫が駆け落ちした相手は、男装の女性ミラベルであったことがわかります。一方、王がいなくなった後宮では、后たちがストライキを起こしていました…。

 駆け落ちしてしまった娘を探すため、旅に出た王様の奇想天外な冒険を描いた作品です。19世紀末フランスのディレッタント作家による、アンニュイなファンタジー。
 主人公のポーゾール王は、快楽主義者で何事にも億劫になるという性格。裁判においても結果は適当にあしらってしまうような人物です。何しろ王の発布した法令はたった二つから成るものなのです。「1.隣人を無視するな。2.それがわかったら好きなことをせよ。」。
 旅の共である官吏タクシスは有能で、いち早く姫の行方を突き止めますが、娘が見つかったという報告を受けても、面倒くさがりの王は後にしろという始末です。一方、色男の小姓ジリオは、村娘や王の后に言い寄っていました…。

 「冒険」といっても、王が動く範囲はたかだか数キロ。しかも基本的に王は最後までほとんど何もせず、物語を動かすのは、姫や王妃、小姓といった周りの人物たちなのです。村や町を訪れ、そこでの見聞が王を変える…という話かと思いきや、どう読んでもやっているのは単なる旅行なのが笑えます。
 もともと「寛容」である王が、娘に対しても最終的に「寛容」になるという、何とも人を食った物語。「教訓」などは全くなく、「華美」で「怠惰」で「快楽」に満ちた物語です。これだけ軽やかなファンタジーはそうそうないのではないでしょうか。

 『ポーゾール王の冒険』は、東京創元社の《世界大ロマン全集》の一冊。冒険小説、SF、ミステリなどが主体のこのシリーズ中では、かなり異色の巻だったのではないかと思います。

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仮面の下の愛憎  フォルチュネ・デュ・ボアゴベ『鉄仮面』
4061982966鉄仮面〈上〉 (講談社文芸文庫)
ボアゴベ Fortun´e Du Boisgobey
講談社 2002-05

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 「鉄仮面」といえば、17世紀後半にフランスに実在した伝説的な囚人です。常に仮面で顔を覆い、その正体は当時の人々にとっても、謎だったと言います。ヴォルテールを始め、数々の人間によって、その正体が取り沙汰され、現代でもその正体は、はっきりしません。
 文学作品でも、何度も取り上げられており、日本ではアレクサンドル・デュマによる作品が有名でしょう。
 フォルチュネ・デュ・ボアゴベの『鉄仮面』(長島良三訳 講談社文芸文庫)も、そんな鉄仮面伝説を扱った作品のひとつです。
 ルイ14世の御世、青年貴族モリスは秘かに国王に対する反乱活動を指揮していました。同じく反乱の同士であるソワソン伯爵夫人の従僕フィリップは、国務大臣ルーヴォアの部下、ナロ会計長の口車に乗せられ、反乱活動を失敗させるため、腹心の友のふりをしてモリスに近づきます。
 モリスの恋人ヴァンダや、部下のブリガンディエールは、フィリップを信用しないようモリスをいさめますが、モリスは、陰謀の詳細をフィリップに話してしまいます。
 やがて国王の誘拐を実行する段になり、フィリップの密告により先回りされたモリス一行は、奇襲を受け、モリスは命を落としてしまいます。しかし内情を知るフィリップは、捕らえられ幽閉されてしまうのです。
 恋人の復讐に燃えるヴァンダは、幽閉されたフィリップを探し出し殺そうと考え、ブリガンディエールとともに計画を立て始めます。同時に、フィリップを愛していたソワソン伯爵夫人もまた、フィリップを救出しようと動きはじめるのです…。
 幽閉された「鉄仮面」の正体は、陰謀の詳細を知ったために囚われた、密告者フィリップだという設定になっています。この男を殺そうと考えるヴァンダの一味と、助けようと考えるソワソン伯爵夫人の一味が、それぞれ権謀術数を繰り広げていきます。
 これだけでも十分面白いのですが、陰謀をつぶそうと暗躍する国務大臣ルーヴォア、魔術で貴族たちをたぶらかす女占い師ヴォワザン、宝石商にして盗賊のモンヴォワザン、モンヴォワザンの可憐な娘マリエット、マリエットに恋する青年判事ピエールなど、多彩な人物が入り乱れ、ストーリーを彩っていきます。
 面白いのは、物語を動かす二人の主人公、ヴァンダとソワソン伯爵夫人が、どちらも女性であること。それぞれ恋人の復讐、恋人の救出と、二人ともその行動の原動力は愛なのです。目的のために、ヴァンダは牢獄に潜り込もうと身分を偽って侵入し、またソワソン伯爵夫人は財力と権力を使い、囚人を釈放させようと活動します。剣戟や活劇こそありませんが、二人の行動は読んでいて読者を夢中にさせます。
 メインとなるストーリーに加え、逮捕された女占い師ヴォワザンの処刑を止めようとするマリエットとピエールの冒険を描くサイドストーリーなども絡み、決して一本調子にはならないところも、魅力的です。
 後半になると、「鉄仮面」の正体がフィリップではなく、生き残ったモリスなのではないかという疑惑も生まれてきます。本当に最後の最後まで「鉄仮面」の正体はわからず、サスペンスが途切れることがないのです。19世紀の作品ながら、今読んでも十分に面白い、波乱万丈の歴史ロマンといえるでしょう。 

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手探りの冒険  マルセル・ベアリュ『夜の体験』
bea.jpg夜の体験
マルセル ベアリュ Marcel B´uealu
パロル舎 1998-02

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 フランスの作家、マルセル・ベアリュは、幻想的な掌編・短編で知られる作家です。本邦では二つの短編集『水蜘蛛』(白水uブックス)と『奇想遍歴』(パロル舎)が出ています。
 ベアリュの短編の魅力は、シュールなイメージと幻想的なストーリー展開。例えば『球と教授たち』という作品は、謎の球体に出会った教授たちが、球体について議論するという、ただそれだけの物語です。記憶に残りにくい傾向のある掌編でも、そのイメージの美しさで強い印象を残します。

 さて、そんなベアリュの長編『夜の体験』(高野優訳 パロル舎)は、どんな物語でしょうか。
 日常生活に違和感を感じていた、主人公の青年マルセル・アドリアンは、謎めいた眼科医フォア博士のもとを訪れます。博士の治療方針に従っているうちに、健康を回復したかに思えたマルセルでしたが、再び違和感を感じ、もう一度フォア博士に会おうと考えますが…。

 正直、あらすじを述べてもあまり意味のない作品だと言えます。大きく要約すると、青年の通過儀礼の物語、と言えるのでしょうが、全体として、非常に茫洋とした物語なのです。
 それでは、つまらないかと言うと、実は結構面白いのです。長編とはいうものの、部分部分はまとまった物語になっており、長編として楽しむというよりは、ところどころのイメージや細部を楽しむべき作品なのでしょう。

 様々な眼鏡、ひいては眼球まで作ってしまう天才的な眼科医フォア博士、恋人を探し続けるアパートの管理人の娘、話すことのできない二人組の青年など、エキセントリックなキャラクターたちが幻想的な物語を形作ります。
 主人公に至っては、作中、フォア博士によって、握り締めた物体を粉々にしてしまう能力を身につけてしまうなど、時折、唖然とするような展開があります。

 短編でもそうなのですが、このベアリュという作家、とても明晰で、文章自体に曖昧なところは全然ないのです。それがまとまったときに幻想的なイメージを帯びる、というのも不思議といえば不思議な話です。
 ベアリュの短編が肌に合う人なら、面白く読めるのではないでしょうか。

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あり得なかった人生  トニー・デュヴェール『小鳥の園芸師』
小鳥の園芸師
小鳥の園芸師 (1982年)
山田 稔
白水社 1982-12

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フランス短編フランス短篇傑作選 (岩波文庫)
山田 稔
岩波書店 1991-01

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 世の中には様々な職業がありますが、この作品で描かれるほど奇妙な職業は、おそらく世界のどこにもありません…。
 フランスの作家、トニー・デュヴェールの『小鳥の園芸師』(山田稔訳 白水社)は、空想上のさまざまな職業について語った連作掌編集です。
 目次には「尻拭い」「時計読み」「硝子割り」「小鳥の園芸師」「裁き屋」「身代わり」「思索屋」「役立たず」など、奇妙な職業名が並びます。そのどれもが、現実にはありえないような職業ばかり。
 例えば、「裁き屋」を見てみましょう。これはなんと、犯罪を犯したくなった人間を、あらかじめ牢屋に入獄させておき、その時間に見合った犯罪をあっせんするという職業です。

 彼は、これよりもあれを犯したらどうか、とか、もっと軽い罪を二つ一度に犯したら、とか助言を与えてくれる。ある重罪をさらに重く、あるいは軽くするにはどうすればよいかを明確に教えてくれる。それからあなたは、どんな犯罪が好きかを告げる。裁き屋はあなたの申告を記入し、店の陳列窓に公示し、あなたに向かって、成功を祈る、と言う。

 また「身代わり」は、自分の子供の代わりに、その子供の親に叱られる、という職業です。

 こんなわけで、男の子を殴るのは禁じられた(女の子は構わない、当然のことだ)。詳しくいうと、親は自分の男の子を懲らしめる権利を失ったのである。彼らは「当番の子」しか叱ってはならないのである。

 このように、へんてこな職業が並びますが、デュヴェールの描く作品に共通するのは、人間に対する皮肉です。どの掌編でも、描かれる人間たちは貪欲で利己的。その職業も、自らの欲望を満たすためのものなのです。
 空想上の職業と言えば、例えばわが国のクラフト・エヴィング商會『じつは、わたくしこういうものです』(平凡社)が思い浮かびますが、デュヴェールの作品は、それとは全く正反対。ファンタジーを楽しむというよりは、徹底的に、現世的・肉体的なイメージを帯びています。
 ただ、そんな「生臭い」職業たちの中でも、時折、非常に詩的なイメージが立ち現れることがあります。例えば、表題作にもなっている「小鳥の園芸師」から。

 小鳥の園芸師はたくみに罠をこしらえ、恋に狂ったようにさまざまな種類の木を集め、継ぎ木をしたり、種の混交をおこなったりした。そして、それらの木立ち、それらの果実、それらの芳香は、天の高みから無数の小鳥を招き寄せ、その色彩と歌声とで、あたりはまたいちだんと賑わうのだった。

 とても美しいイメージとなっています。もっとも後半、この掌編も前半の美しさをぶちこわしにする展開になってはしまうのですが。
 また、この掌編集の中でもいちばん魅力的だと思われる「夢の肖像画家」を見てみます。これは、本人そのものを描くのではなく、その人間が本来そうありたかった自分の姿を描く、という職業です。

 ある女、あるいは老嬢が、次のように言う。「あたしが欲しいのは小さな鼻と、やさしく生き生きとした大きな眼と、陽気な歯と、男を喜ばせたいとおもうときにはこんな風にめくれ上がる唇と、こんなおなかと、こんなももと、ものを言うような手なの」。すると絵描きは、そのあって欲しいと思う姿に似せて肖像画を描くのだった。

 他の掌編と同様に皮肉にあふれてはいるものの、この作品では、登場人物たちに対する、どこか優しい視線が感じられます。それがはっきりと現れているのが、最後の部分です。

 自分が生まれつき容貌に恵まれていると考えれば考えるほど、また、現物に似せて描くよう要求すればするほど、絵の方は平凡で、うぬぼれが目立ち、やたらにちまちましたものになるのだった。それに反し、ひどく醜い連中は自分の家に、涙が出るほど美しい肖像画を持っていた。彼らには、わかっていたのである。

 上に見てきたように、基本的にはブラック・ユーモアにあふれたシニカルな作品集といえます。ただ、そんな中にも感じられる一抹の詩情。この相反する要素がまた、この作品集の魅力とも言えそうです。
 なお、この作品集の抄録が『さまざまな生業(抄)』 として、山田稔編『フランス短篇傑作選』(岩波文庫)に収録されていますので、こちらでそのエッセンスを味わうのもいいかもしれません。

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人さまざま  アンリ・ミショー『幻想旅行記』
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 旅行記の体裁を取った作品、アンリ・ミショー『幻想旅行記』(小梅永二訳 青土社)は、架空の国「グランド・ガラバーニュ」に住むという、諸民族の奇妙な風習や文化を語った幻想コント集です。

 非常に寓意性・風刺性が強いのが特徴です。描かれる諸民族のひとつとして常識的なものはなく、ボルヘスを思わせるような、形而上学的な思想を持つ民族、または異様に短気だったり暴力的だったりと、誇張された心性を持つ民族など、ヴァラエティ豊かで幻想的な掌編が並びます。
 例えば、二年に一度、妻の分け直しを行うという、お人好しのオマンヴュ族。

 それは、大勢の男たちにとって、心の重荷を下ろす日だ。この妻たちの市では、当然のことながら、若い娘たちの市でよりも、ずっと多くの有益で残酷な真実が理解されよう。

 若い男は、みな猿のように毛を生やすというガリナヴェ族。

 若い男たちは、彼らの結婚の日に、より濃くより硬い毛が生えてくるようにと、自分の体の毛をせっせと剃る。若い花嫁は血まみれの身体でベッドから出、花婿は全員の尊敬を受けてベッドから出る。

 再生機能に優れ、ほとんど死なないというボーラール族。

 この種族の場合には、血液が強烈な早さで再生されるので、彼らは傷に対しては(それは数時間で癒ってしまう)、致命的な重傷に対しても(翌日になれば、何の跡も残らない)、全くの無頓着である。

 異様に喧嘩好きなカラキエ族。

 だが、夫と妻とを一緒に生活させることは、絶対に問題になりえなかった。それは、真の挑発行為であり、恐らく急速な死亡によって終わるしかないだろう。

 諷刺や寓意だけでなく、ナンセンスな性質を持つ民族も登場します。身体に触れると、その跡が何時間も赤くなるというエカリット族。

 森から戻ってくる猟師たちは、花の跡を、木の葉の跡を、種子の跡を、全身につけて戻ってくる。

 面白いのはアララ族。彼らの国では、警察と犯罪者とが融通無碍なのです。

 それぞれの立場をよりいっそう融通のきくものにするために、強盗どもは警察の中で、警官たちは悪人たちのところで、実習を行う。両方のグループは、絶えず人間を交換し合っている。

 いくつかを除いて、どの民族の章も1ページたらずの掌編ですが、そのどれもブラックなショート・ショートとして楽しめます。この手の不条理コントは、著者の一人よがりになりがちなことが多いのですが、この作品集は、どれも非常にエンタテインメント性に富んでいます。
 作品の舞台になっている「グランド・ガラバーニュ」は、どうやら未開の国という設定のようなのですが、大体において、描かれる民族で、手放しで賞賛されるものはほとんどありません。そこには著者の「悪意」というか、ささやかな「意地悪さ」が感じられるのです。
 とはいっても、大上段に文明社会を批判するような大げさなものではなく、素直に楽しめるナンセンス・コントになっています。ブラック・ユーモア好きな方はぜひ。

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海中の講義  ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』
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ジュール ヴェルヌ Jules Verne 江口 清
集英社 1993-05

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 言わずと知れた名作、ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』(江口清訳 集英社文庫)。これ、抄訳が多いことでも有名な作品ですが、この完訳版を読むと、理由がよくわかります。まずはストーリーの方をどうぞ。
 ヨーロッパやアメリカで海難事故が多発します。事故の現場で人々は、紡錘形で燐光を発する、クジラよりも大きい謎の物体を目撃していました。その物体は生物であるとも、人工物であるとも取り沙汰されていましたが、意見を求められたパリ自然科学博物館のアロナックス教授は、おそらく巨大なイッカクであろうと推理します。
 やがて〈怪物〉退治のために遠征隊が組織されます。遠征船エイブラハム・リンカン号に、助手のコンセイユとともに乗り込んだアロナックス教授は、とうとう〈怪物〉に遭遇します。同乗していた銛打ちの名人ネッド・ランドは、銛を投げますが、それは金属的な音を立てて、はねかえされます。〈怪物〉はエイブラハム・リンカン号に衝突し、人々は海に投げだされてしまいます。
 アロナックス教授、コンセイユ、ネッドの三人は、やがて〈怪物〉の乗務員に助け出されます。〈怪物〉の正体はなんと潜水艦でした!
 その潜水艦〈ノーチラス号〉の船長ネモは、三人の命を助け、客としてもてなす代わりに、彼らを潜水艦に監禁します。秘密を漏らすわけにはいかないのだ、と。
 反感を持ちながらも、その場はおとなしくネモ船長にしたがう一行でしたが、やがて〈ノーチラス号〉の見せてくれる海の驚異に目を奪われます。深海の珍しい動植物や風景にアロナックス教授は夢中になり、囚われの身であることをすっかり忘れていました。
 常に紳士的なネモ船長でしたが、ときに無条件で三人を部屋に閉じ込めます。さらには食事には睡眠薬を入れるという念のいれよう。船長は詳しい話をすることを拒みます。
 ネモ船長の目的とは? 彼が持つ莫大な財産の出所とは? 海の驚異とともに、ネモ船長その人に魅力を感じ始めたアロナックス教授に対し、活動的な漁師であるネッドは、ことあるごとに脱出のチャンスを狙いつづけるのですが…。
 さて、この作品、物語の筋に関係ない、余計な部分がやたらと目につきます。ネモ船長が見せる海中のさまざまな自然の驚異…、それはいいのですが、そういう部分になると、突如として科学的な説明・蘊蓄が始まってしまうのです。そもそもこの生物は…であるとか、この大陸は…である、この海流は…である、などと科学的な説明が延々と続きます。
 評論家の北上次郎はヴェルヌを扱った『科学の冒険』(早川書房『冒険小説論』所収)の中で、ヴェルヌのこの癖を〈講義〉と読んでいます。この〈講義〉が多いために、物語の流れが疎外されてしまっているのです。そういう点、ヴェルヌは当時の最新的な科学の知見を盛り込んだ、情報小説の趣が強いと言えるのかもしれませんが。
 波瀾万丈な冒険小説のイメージが強い本作品ですが、実はストーリー自体もそんなに波瀾万丈ではなかったりします。原住民に襲われたり浮氷に閉じ込められたりと、それなりに小事件は頻発するものの、大きなプロット上のうねりというものは見あたらないのです。全編これ潜水艦の海中探査が続くと思ってもらえればいいでしょう。いつ終わらせてもいいし、延々と続けてもいいようなストーリーではあるのです。それゆえ結末も、とってつけたような感じが拭えません。
 もちろん海中の驚異や、自然の描写もそれなりに印象的です。スエズ運河開通以前に、紅海と地中海を結ぶ海中トンネルがあったとか、世界中の難破船から財宝を取るとか、そのあたりはさすがに胸躍らせる描写に満ちています。
 登場人物のキャラクターもなかなか魅力的。語り手のアロナックス教授は、わりと無色透明な人間として描かれていて、それほど特色は感じられませんが、他の人物はそれぞれに特色が与えられています。出自も経歴も全く不明、ときには冷酷だが、弱者には慈悲深いネモ船長。分類学には長けているが、本物の魚はまったく見分けがつかないコンセイユや、豪放磊落で食い意地のはったネッド・ランドなどのキャラクターは魅力があります。
 とくにネッドが、ことあるごとに動物を食べる描写が愉快です。コンセイユがあげる魚の分類に対し、食べられるか否かでしか答えないネッドの返答などは非常にユーモラス。他にもジュゴンやカンガルーまで焼いて食べてしまう描写には、微笑を禁じ得ません。このネッドのキャラクターが、ネモ船長の少し陰鬱なトーンに支配されがちな物語に、ユーモアを添えているといえるでしょう。
 さまざまな自然描写、科学的な蘊蓄、機械のメカニカルな描写など、それらが好きな読者にはたまらなく魅力的でしょうが、純粋にストーリーを楽しみたい読者には、かなり冗漫なところのある作品だと感じられるかもしれません。

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まるで獣のような  ボアロ&ナルスジャック『呪い』
4488141048呪い
ボワロ ナルスジャック 大久保 和郎
東京創元社 1963-04

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 本来ミステリというのは合理的なものだと考えられています。しかし、謎が提出される時点では、事件の謎が現実に起こりえないように見えるということが多いようです。謎は不可解であればあるほど、それが解決されたときの感動が大きいからでしょう。ボアロ&ナルスジャックの作品も例外ではありません。ただ彼らの作品においては、謎が合理的に解かれた後も、序盤から醸成された悪夢めいた雰囲気が雲散霧消しないところに特色があります。『呪い』(大久保和郎訳 創元推理文庫)もそんな作品のひとつです。
 海辺の土地で、妻エリアーヌとともに静かな生活を営んでいた獣医ローシェルは、ある日近くの島に住む女を訪問します。それは、女のペットである豹の診察に赴くためでした。アフリカ帰りのその女ミリアンは、獣を思わせる野性的な魅力を持ち、ローシェルを魅惑します。ミリアンとわりない仲になってしまったローシェルは、やがて彼女の自分勝手さ、冷酷さに恐れを感じ始め、彼女と手を切ろうとします。
 そんなおり、エリアーヌが家の近くの井戸に落ち、死にかけるという事件が起こります。原因を聞いてもエリアーヌはよくわからないと言うばかり。まさかミリアンが…。そう考えると思い当たることがいくつもあるのです。
 ミリアンを紹介してくれたヴィアル医師から、ローシェルはミリアンの夫の死についての詳しい話を聞きます。夫は石切場で墜落死を遂げていました。しかも夫婦の不和を知らない者は誰一人としていなかったのです。その時刻にはミリアンは自宅にいたことが確認されていました。しかし、彼女はその石切場の絵を以前に描いていたのです。アフリカの社会においてそれは疑いを招く行為といえました。

 「奥さんが罪を犯したのだと信じていたのですか?」
 「そうですとも。しかしその罪というのが魔術的な意味のものか道徳的な意味のものかということになると、私にはなんとも云えませんがね」


 ローシェルはミリアンの家で、彼の自宅とエリアーヌを写した写真を見つけたことに思い当たり、寒気を覚えます。ミリアンの呪術がエリアーヌを殺そうとしているのか? そしてエリアーヌは再び体調を悪くします。診察した医師は、砒素中毒の疑いがあるとローシェルにささやきます。しかし、ミリアンはペットの豹に足首を噛まれ、とても歩けるような状態ではなかったのです!
 ミリアンは本当に魔術を行っていたのでしょうか? そして、ローシェルは彼女の魔の手から逃れられるのでしょうか?
 貞淑な妻エリアーヌと魔性の女ミリアン、二人の女の間で揺れ動くローシェルの心の葛藤が描かれます。ミリアンの魅力に溺れながらも、家に帰ればエリアーヌの静かな愛情を感じ、罪悪感を感じるローシェル。
 彼らの三角関係を象徴するものとして、うまく使われているのが、物語の舞台となる「ル・ゴワ」と呼ばれる土地です。満潮時には完全に海に沈んでしまい、干潮時にのみ通ることができるこの道は、ミリアンの住む島に通じています。ローシェルにとって、この道は、魔術と呪いに満ちた異界への入り口となっているのです。クライマックスでもこの「ル・ゴワ」が使われるのですが、その使い方が実にうまい。
 主人公が獣医であるという設定も秀逸です。豹でさえ飼い慣らすローシェルが、ミリアンのあまりの奔放さに、彼女を御しきれなくなっていくのです。ここでは明らかに豹とミリアンはアナロジー的に対比されています。
 どんなに悪夢めいた作品であろうとも、ボアロ&ナルスジャックはあくまで現実の枠内で謎を解釈するのですが、不条理な現象が累積するにしたがって、もしかしてこれは幻想小説にシフトしていくんだろうか?と思わせることがままあります。この作品でも、ミステリになるのか幻想小説になるのか予断を許さないところがあります。言い換えると、そのくらい不合理な現象に対するサスペンスが豊かなのです。ミリアンが、本当に呪術を使っているかもしれないと思わせられてしまう繊細な雰囲気づくりが、この作品の魅力のひとつでしょう。ことにペットである豹に足首を噛まれ動けないはずのミリアンが、ローシェルの自宅近くで目撃されるという不可能興味は、なかなか印象的です。
 事件の真相は、明かされてしまえば、大したことのないものなのですが、全編を通じて醸成される心理的なサスペンスは捨てがたいものがあります。後半に至って、ローシェルはミリアンの呪術の存在を確信し、ミリアンと一緒に出奔すれば、彼女はエリアーヌに手を出さなくなるに違いないと考えます。エリアーヌを思うがゆえにミリアンのもとに走るのです。このあたりの男女の心情の機微は細やかで素晴らしいです。そして「ル・ゴワ」での思わぬ結末。
 比喩や象徴を多用した、工芸品を思わせる繊細なサスペンス小説です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(盛林堂書房さんでの通販分は完売。2019年11月に開催の「文学フリマ東京」にて少数ですが販売予定です)。
2019年10月に作成した「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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