夢と現実  ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』
4560072051南十字星共和国 (白水Uブックス)
ワレリイ・ブリューソフ 草鹿 外吉
白水社 2016-03-26

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 ワレリイ・ブリューソフは、ロシア革命期に生きた象徴派詩人。革命後もソ連に止まり、政治にも強く関わった人物です。そうした経歴を知ると、その作品にも、多分に政治的な要素が強いのかと思いがちですが、実際に作品を読んでみると、驚くほどそうした要素は感じられません。むしろ、夾雑物を取り除き、純度を高めたかのような作品と感じられます。
 『南十字星共和国』(草鹿外吉訳 白水Uブックス)に収められた短篇作品には、幻想的・SF的な要素を持つ作品が多く含まれていますが、芸術至上主義とでも言えばいいのか、それらの作品は、100年近く経った今でも古びていないのです。

『地下牢』
 トルコに攻められ、地下牢に囚われることになったイタリアの姫君。兵に乱暴され、尊厳も失う中で生きる希望になったのは、同じく囚われた青年の存在でしたが…。
 絶望的な虜囚生活の描写も容赦がないですが、結末には、もっと強烈な残酷さが用意されています。一見ロマンティックな設定ながら、なんともダークな物語です。

『鏡の中』
 ある日、鏡の中の「わたし」に心を支配されるようになり、やがて鏡像と入れ替えられてしまった人妻。再度入れ替わろうと機会を狙いますが…。
 鏡をめぐる幻想小説です。互いに嫌い合いながらも引き寄せられてしまう…という皮肉な作品。

『いま,わたしが目ざめたとき…』
 夢の中で残酷な行為に耽っていた男は、美しい妻をもらい、現実的な幸福を得ます。しかし時を置かずして、再び夢の中での悦楽を求めるようになります…。
 犯罪的な行為を夢の中で実現していた男の狂気とは…? 夢と現実が混交してしまった男のサイコ・スリラーです。

『塔の上』
 夢の中で、中世の騎士の城に囚われた男は、城主の娘と恋仲になります。そこが夢の中であることを確信した男は、反逆を起こしますが…。
 自分が今目覚めていると思っている世界は、夢なのか現実なのか? 不安を残すラストが不気味な短篇です。

『ベモーリ』
 文房具店に勤める内気な娘は、文房具に対して非常な愛着を抱いていました。店をクビになってしまった娘は、かっての勤め先をたびたび訪れますが…。
 これは珍しい、文房具愛を描いた作品。「魔法のお店」テーマに分類してもよさそうな作品ですね。

『大理石の首』
 かって自分が捨てた人妻を記憶から消し去っていた男は、ある日出会った屋敷の大理石の首に、かっての恋人の姿を見出し、後悔にさいなまれますが…。
 運命の皮肉をさらりと描いた小品。妙に心に残る作品ですね。

『防衛』
 美しい未亡人に恋をした青年仕官は、ある夜偶然を装って、未亡人に告白します。亡き夫を今でも愛しているという未亡人に対し、屈辱を覚えた青年は、亡き夫の幽霊のふりをして驚かそうと考えますが…。
 「防衛」しているのは誰なのか? オーソドックスなゴースト・ストーリーです。

『南十字星共和国』
 南極大陸に建設された未来都市、南十字星共和国。膨大な工場を抱える共和国は、繁栄を続けていましたが、ある日、伝染病が発見されます。その病にかかったものは、狂気に囚われてしまうというのです。やがて感染の広がった首都は、壊滅状態に陥りますが…。
 伝染病にかかった狂気の人々の描写がもの凄いですね。未来都市があっという間に廃墟になっていく過程が視覚的に表現されています。集中一の傑作でしょう。

『姉妹』
 3人姉妹の次女と結婚した青年はしかし、他の2人にも惹かれ続けていました。官能的な長女に、無垢な三女。ある夜、それぞれの娘と話した青年は夢ともつかぬ体験をしますが…。
 愛情のもつれを描いた作品と思いきや、途中から、夢とも現実ともつかぬ、悪夢のような様相を呈していきます。まるでモダン・ホラー作品のようですね。

 『地下牢』『いま,わたしが目ざめたとき…』『南十字星共和国』など、ブリューソフの作品では、作中で血が流されたり、残酷な行為が行われたりすることが多いです。しかし、凄惨な光景にもかかわらず、それらがあまり現実感を帯びていないのが不思議です。
 むしろ、夢の中での情景であるかのような雰囲気が漂います。それが「夢と現実は紙一重」というテーマともマッチして、独自の味わいを生み出しているように感じられます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

魂のゆくえ  リュドミラ・ペトルシェフスカヤ『私のいた場所』
430920631X私のいた場所
リュドミラ・ペトルシェフスカヤ 沼野 恭子
河出書房新社 2013-08-26

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 『私のいた場所』(沼野恭子編訳 河出書房新社)は、現代ロシアの女流作家、リュドミラ・ペトルシェフスカヤの幻想的な短編を集めた作品集です。「幻想的」とはいっても、例えば童話風だったり、実話風だったり、寓話風だったりと、その「幻想」の質はさまざま。
 傾向別に4章に分けて作品が並べられていますが、特に面白く読めたのは、1章≪不思議な場所≫と2章≪東スラヴ人の歌≫です。
 1章では、死んだ娘を生き返らそうと奔走する父親の物語『噴水のある家』、青年に生まれ変わった父親が、かっての妻と息子に再会し愛情をそそぐ『新しい魂』が面白いですね。
 2章≪東スラヴ人の歌≫は、かって『東欧怪談集』(沼野充義 河出文庫)にも収録された、怪談的要素の強い作品群。どれも短めですが、簡潔なだけに力強い印象を与えます。とくに2章最後に収録された『復讐』は、アパートの隣に住むシングルマザーとその子供を憎む女の狂気を描いています。短めながらも強烈なインパクトのサイコスリラーです。
 ちなみに、3章≪お伽噺≫は、お伽噺をモチーフにした作品群、4章≪死の王国≫は、生と死の狭間を描く作品を集めています。
 いわゆる「ジャンル作家」ではないので、きっちりとSFやファンタジーに分類はできないのですが、作品内に流れる独特の空気は非常に魅力的です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

愛すべきナンセンス  ダニイル・ハルムス『ハルムスの小さな船』
4860951980ハルムスの小さな船
ダニイル ハルムス 西岡 千晶
長崎出版 2007-04

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 今世紀初頭に活躍したロシア・アヴァンギャルドの詩人、ダニイル・ハルムス。その前衛的な作風は、当時の政府に弾圧され、獄死したといいます。その短い数奇な生涯に劣らず、彼の作品には、ナンセンスが溢れており、強烈な魅力を持っています。そんな彼の散文を集めた作品集が『ハルムスの小さな船』(井桁貞義訳 西岡千晶絵 長崎出版)です。
 ごく短い作品が大部分なのですが、基本的に、ストーリーらしいストーリーはありません。言葉遊びに近いナンセンス詩や、不条理な展開がたまらないコントなどが収められています。
 例えば『夢』と題された作品。薮の中を通り過ぎる警官の夢を見る男を描いた、ただそれだけの作品です。『フェージャ・ダヴィードヴィチ』は、妻に隠れてバターを口にほおばった男の物語。『衣装箱』は、衣装箱に潜り込んで生と死を考える男の奇妙な話です。
 また『墜落する老婆たち』は、墜落する老婆たちを描いたシュールな作品。イメージがとても面白いので、一部を引用してみます。
 
 一人の老婆が異常な好奇心のために窓から落ち、地面に叩きつけられて粉々になった。
 窓からもう一人の老婆が身を乗り出して、下の、粉々になった老婆を見ていたが、極度の好奇心のために同じように窓から落ちて、地面に叩きつけられて粉々になった。
 さらに三番目の老婆が窓から落ち、四晩目、そして五番目が落ちた。


 この作品に限らず、どの作品にも、とくに意味があるとも思えない、シュールなイメージが溢れています。しかも、不条理ながらも、陰湿ではなく、陽気な雰囲気を持っていて、楽しく読めるのが特徴です。
 そして、ハルムスの作品自身の魅力もさることながら、西岡千晶の挿絵もじつに魅力的です。繊細で震えるような描線で描かれた画風は、ハルムスの作品とぴったり! まるで文章と絵が一緒に作られたかのようで、もはや、挿絵の領域を超えているといってもいいでしょう。
 とくに、いくつかの戯曲形式のコントにつけられた挿絵は、上質のコラボレーションともいうべき出来です。寝転がったプーシキンとゴーゴリが、互いの体につまずきあうという、人を喰った作品『プーシキンとゴーゴリ』、劇団員全員が吐き気をもよおして、舞台から退場してしまうという『失敗した芝居』などに至っては、挿絵と文章のレイアウト、間のとり方が、じつに絶妙で、感嘆させられる事しきりです。
 装丁も、戦前の児童書を思わせる瀟酒なもの。軽装ながら、洒落た箱もついており、ずっと手もとに置いておきたくなるような、愛らしい本に仕上がっています。

夢のかなう国  アレクサンドル・グリーン『深紅の帆』
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深紅の帆
アレクサンドル・グリーン
4938943050

 19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したロシアの作家、アレクサンドル・グリーン。現実の世界とは隔絶した、自分だけの世界を描き続けた作家です。彼が描くのは、通称〈グリーンランディア〉と呼ばれる、現実のロシアとは異なった世界。ロマンスと冒険にあふれた、澄んだ世界観には独自の魅力があります。
 グリーン作品に登場する人物は「~スキー」とか「~ノフ」などというロシア風の名前ではなく、みな英語風の響きの名前を持っているのですが、それがまた無国籍風の雰囲気を醸し出すのに一役買っています。作者名を伏されたら、おそらく英語圏の作家だと思うのではないでしょうか。
 彼の作品の特徴のひとつとして、超自然的な要素が薄い、という点があります。幻想的な要素が散りばめられながらも、はっきりとしたファンタジーや幻想小説になりきらないところに、もどかしさを覚える方もいるかもしれません。ただ、普通の人々の日常生活を描いているだけでも、そこに「みずみずしさ」や「透明感」が感じられるのです。作品全体が、童話的な雰囲気を帯びているとでもいえばいいのでしょうか。本書『深紅の帆』(原卓也訳 フレア文庫)もその例にもれません。
 舞台はどことも知れぬ村カペルナ。船乗りのロングレンは、長い航海から帰ってくると、娘を残して妻が死んだことを知ります。船乗りをやめたロングレンは、娘と二人で暮らすことになります。娘のアッソーリは夢見がちな子どもでしたが、ある日、森で出会った詩人から「深紅の帆」の物語を聞き、それを信じ込みます。それはいつか「深紅の帆」の船に乗った王子様がやってきて、自分を幸せにしてくれる、というものでした。
 一方、資産家の息子で、意志の強い少年アーサー・グレイは、船に船員として乗り込みます。経験を積んだ後に、彼は、自分の船を持ち、船長として航海を続けていました。航海の途中、カペルナに立ち寄った際に、グレイは眠っているアッソーリに出会いますが、いたずら心から、指輪をアッソーリの指にはめて立ち去ります。アッソーリについての話を聞いたグレイは、彼女の願いを叶えて、自分の妻とするために「深紅の帆」を自らの船にかかげて、アッソーリを迎えに出かけます…。
 ものすごく単純かつ純粋な物語です。完全な「夢物語」といってしまっても、さしつかえありません。物語の筋に、たいした起伏やサスペンスなどはなく、要約してしまうと、夢見る少女のもとに王子様がやってくる、という身も蓋もない物語ではあります。しかし、この心地よさはなんでしょう。
 思うに、グリーン作品の「心地よさ」の原因は、おそらく、登場人物たちがみな「夢」を信じている、といった一点につきるのではないでしょうか。「現実」の汚さにまみれていない、純粋な人間たちの物語は、生活に疲れた現代人の心を癒してくれます。
 気分が沈んだときに読みたい、そんな、愛すべき一編です。



プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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