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驚異(脅威)の発明  アレクサンドル・ベリャーエフ《ワグナー教授》シリーズ

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アレクサンドル・ベリャーエフ『眠らぬ人 ワグナー教授の発明』(田中隆訳 未知谷)

 天才科学者ワグナー教授のとんでもない発明とそれによるトラブルが描かれていくという、コミカルなSF・幻想連作集です。
 研究の活動時間を増やすために眠らなくなったワグナー教授を描く「眠らぬ人」、ある組織に囚われた教授が、脱出のため物質を透過する体になるという「本棚からの訪問者」、教授の実験により地球の自転速度が変えられて重力が変化してしまうという「奈落の上で」、教授の活躍と噂される事件とその真贋を教授自身が付け加えるというエピソード集「作られた伝説と外伝」を収録しています。
 天才科学者ワグナー教授の発明によって、思いもかけない事態が起こるというSF・幻想小説集です。アイディアの突拍子のなさはもちろん、それによって人間や世界の様子が一変してしまうという、奇想SF的な味わいも強いですね。

 表題作「眠らぬ人」では、寝ている間に活動できなくなるのを惜しんだワグナー教授が、睡眠に抵抗する物質を発見し、夜の間も眠らずに活動するようになる、という物語。さらに疲労に抵抗する物質、また左右の脳、左右の眼球がそれぞれ別の作業ができるようにし、結果的には従来の何倍もの活動ができるようになるというのです。「睡眠」や「疲労」はある種の病気に過ぎない…とする考え方は面白いですね。
 ワグナー教授の研究に目を付けた秘密組織にさらわれてしまい、そこから発明を使って脱出する…という展開も楽しいです。

 「本棚からの訪問者」は「眠らぬ人」の直接的な続編。秘密組織から逃げ出したワグナー教授が再度囚われの身になり、そこから再び逃げ出すまでの顛末を描いた物語です。脱出のため、物質を透過させる体になったワグナー教授の活躍が描かれます。
 メインとなるこの「透過」モチーフも面白いのですが、興味深いのは、幽閉中のワグナー教授が発明するガラス球が描かれる部分です。ガラス球の中に小宇宙を想像し、その中の惑星には人類にも似た知的生命体が生まれてくるというのです。しかもその時間の速度は現実世界よりはるかに速いといいます。
 SFで言うところのいわゆる「小宇宙」テーマのエピソードです。本作は1926年発表、有名な同テーマ作品、エドモンド・ハミルトン「フェッセンデンの宇宙」が1937年発表なので、ハミルトン作品よりも速い発想ですね。

 「奈落の上で」では、ワグナー教授の実験により地球の自転のスピードが変えられ、重力が変化してしまいます。重力が弱まり、まともに歩けなくなるのを手始めに、大気もなくなってしまい呼吸もできなくなってしまいます。人類と地球が滅亡寸前になってしまうという、<破滅もの>作品となっています。
 脱力してしまう結末が待ってはいるのですが、それまでの展開はシリアスかつ迫力のあるもので、ちょっと「怖さ」も感じられる作品になっていますね。

 「作られた伝説と外伝」は、ワグナー教授の活躍とされる「伝説」が語られ、その真贋が教授自身によって裏書される…という体裁の小エピソード集。ワグナー教授のプロフィールが紹介される「眠らぬ人」、競走馬がおかしくなり、その真相をワグナー教授が推理するという「馬の話」、ワグナー教授によって巨大化されたノミが人々を襲う「ノミについて」、寒さを防ぐため人為的に人間の体熱を上げることにより起こるトラブルを描いた「熱人間」のエピソードが収録されています。
 全体に「ホラ話」的要素の強い楽しい作品になっています。中でも「ホラ話」度が高くて面白いのが「ノミについて」。パリで、ノミの一座に出会って興味を持ったワグナー教授は、ノミを大きくする実験にとりかかります。人間大にまでノミを大きくしたところ、ノミは逃げ出し、人間を襲っては血を吸うようになってしまいます…。
 巨大化したノミに襲われてしまうという、モンスター・パニック・ホラー的エピソードです。体の何倍もジャンプするというノミの特性が、人間大になっても維持されているため、捕まえようとしても瞬時に逃げられてしまうのです。一跳びで数百メートル移動してしまうというのだから、そのスケールには驚いてしまいます。
 ワグナー教授によって、人間も長距離をジャンプできる装置が開発され、それをつけた部隊が編成される、という展開も楽しいですね。

 ワグナー教授、研究一辺倒で、それ以外はどうなっても構わない、というスタンスの人なので、彼の発明によって時に膨大な被害が出ても全く気にしません。町中の人々が眠ってしまい事故が起こって死者が出たり、地球が滅亡しかかっている場合でも全然気にしなかったりと、まさにマッド・サイエンティスト、といった感じですね。
 底抜けに楽しいSF・幻想小説揃いで、読んでいて爽快な作品集となっています。



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アレクサンドル・ベリャーエフ『アフリカの事件簿 ワグナー教授の発明』(田中隆訳 未知谷)

 天才科学者ワグナー教授の発明をめぐる、スラップスティックなSF・幻想短篇を集めた作品集です。
 空を飛ぶ絨毯を発明したものの、それには思わぬ弱点があった…という「空飛ぶ絨毯」、半永久的に水車を回す謎の動力機械を描いた「悪魔の水車小屋」、豪雨による土石流により瀕死で帰還した助手の脳だけを蘇らせるという「アムバ アフリカの事件簿1」、人間並の知性を持つゾウの秘密が描かれる「ホイッチ―トイッチ アフリカの事件簿2」の四篇を収録しています。

 天才科学者ワグナー教授の恐るべき発明品と、それによって引き起こされるトラブルを描いた、ユーモアSF・幻想小説集です。
 ワグナー教授は非常に合理的な考え方の持ち主で、常識に囚われない科学者。その一方、道徳や倫理にはあまり注意を払っていないため、時にはとんでもない事態を引き起こしてしまいます。そうした社会のしがらみとぶつからない発明の場合だとしても、発明品に大きな穴があったりと、そちらはそちらでトラブルが起きてしまうのです。
 飛行機械を作ったものの、止め方を考えていなかったり、半永久的な動力源を作ったはいいが、それが普通の人間には認められないような要素が使われていたりと、天才ではありながら、マッド・サイエンティスト的な人物なのです。
 どれも楽しい作品が収められていますが、連作となっている「アムバ アフリカの事件簿1」「ホイッチ―トイッチ アフリカの事件簿2」が一番印象が強いでしょうか。

 「アムバ」では、死んでしまった科学者の助手の脳だけを取り出し、それを生かそうという物語。脳をいじくったり、動物の目玉をつないでみたりと、これぞまさにマッド・サイエンティスト、という感じの行動が描かれます。
 アフリカの現地人の風習として、動物を生きたまま肉を削り取って食べるという行為が描かれるのですが、ワグナー教授がそれに憐れみを持ってとどめをさしてやる、というシーンが第三者的な視点から描かれます。教授の人情深い一面が描かれている…と思わせておいて、その実、自分の研究のためでしかなかった…というのが分かるあたり、非常にブラックな味わいです。

 「悪魔の水車小屋」でも、水車小屋の動力源として謎の機械が作られるのですが、その正体に関する部分もブラック・ユーモアに満ちています。

 「ホイッチ―トイッチ」は、サーカスで飼われていた、人間並の知性を持つゾウ「ホイッチ―トイッチ」が逃げだし、そのゾウの秘密について語られていくという物語。 リリカルな動物ものか、と思いきや、知性のあるゾウは、これまたワグナー教授の実験によって作り出されたものだった、ということが判明します。連作になっている「アムバ」と続けて読むと、ゾウの秘密もうっすら分かるようになっているのですが、その真実もとんでもないですね。
 風変わりな発明品とそれによるトラブルが描かれるシリーズなのですが、時にはやり過ぎかとも思えるブラックな展開もありと、非常に楽しい作品集となっています。

 『眠らぬ人』の方が先に刊行されてはいますが、内容は特に時系列順にはなっていないので『アフリカの事件簿』と、どちらから読んでも大丈夫です。

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海と陸の恋  アレクサンドル・ベリャーエフ『両棲人間』
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 アレクサンドル・ベリャーエフの長篇『両棲人間』(細江ひろみ訳 このごろ堂書房)は、海でも陸でも生きられる「両棲人間」をめぐる、SF幻想冒険小説です。

 真珠を扱う商人のズリタは、海を荒らしているという「海の悪魔」を目撃します。「海の悪魔」が意思の疎通が可能な生物であることを知ったズリタは、彼を捕らえて、自らの商売に利用しようと考えていました。ズリタは、腹心の部下であるインディオのバルタザールと共に、ある作戦を考えます。
 一方、科学者サルバトール博士は、貧しいインディオたちの病気やけがを治してやることで、彼らから敬われていました。博士に孫娘の命を救ってもらったことで恩義を感じた老インディオ、クリストは、博士に仕えることを決心します。
 クリストが博士の住まいで見たのは、見たこともない不思議な動物たちでした…。

 陸でも海でも生きられる「両棲人間」をめぐる作品です。「海の悪魔」の存在を知った悪徳商人のズリタが、その生き物を捕らえて利用しようと考えます。「海の悪魔」が「両棲人間」の青年であることは序盤で判明するのですが、彼がズリタの魔の手から逃れられるのか?というのがメインのストーリー。
 そこに青年の数奇な生まれによる家族関係や、青年が恋した娘を挟んだ恋愛関係などが絡んで、複雑な物語となっていきます。とくに恋愛部分に関しては、ヒロインをめぐって、青年とズリタ、そしてヒロインを援助していた男性の存在も明らかになり、四角関係的な状態となり、こちらの展開も興味深いですね。

 詳細はなかなか明かされないのではありますが、天才科学者サルバトール博士が登場し、彼が生物をいろいろ改造していることが明らかになった時点で、「両棲人間」の正体もほぼ予想がつく形にはなっています。
 「両棲人間」の身体的な特性が描写されるシーンは非常に面白いですね。水の中に適応したがゆえに、長時間の陸上生活には困難を感じるようになったり、その一方恋人と過ごすためには陸にいなければいけないなど、「陸」と「海」どちらに生きるべきなのか? という選択も描かれていくことになります。
 また後半では、「両棲人間」を含め、人間や動物の「改造」が許されるのか? といった倫理的・宗教的なモチーフも登場し、ちょっとした哲学風味もありますね。
 娯楽作品としても面白い作品ですが、科学的・哲学的な思索も登場するなど、知的な刺激もある作品となっています。

 こちらの『両棲人間』、Amazonのペーパーバックで購入できます。翻訳も読みやすいのでお勧めです。
 https://www.amazon.co.jp/dp/B09LGN94LF

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つながってゆく物語  グリゴリー・オステル『いろいろのはなし』

いろいろのはなし (はじめて出逢う世界のおはなし―ロシア編) 単行本 – 2013/2/1


 ロシアの作家グリゴリー・オステル(1947~)の『いろいろのはなし』(毛利公美訳 東宣出版)は、遊園地の園長が木馬たちに語る物語がどんどんと枝分かれしていくという、ナンセンスな童話作品です。

 閉園後の遊園地で、メリーゴーランドの七頭の馬たちは、園長からお話をしてもらうのが習わしになっていました。しかし園長によれば、残っているお話は一つだけだというのです。園長は最後のお話を語り始めます。
 わがままな少年フェージャは、母親にアイスクリームを買ってもらえなかったことから、癇癪を起します。人々や動物たちを片っ端から罵倒した上、砂の上で指を入れて砂をほじくり出します。ほじくるのをやめるように「地球」からたしなめられますが、言うことを聞かないフェージャは、「地球」から放り出されて、宇宙へ投げ飛ばされてしまいます…。
 お話が終わってしまいそうになるころ、馬の一人プロスタクワーシャは合いの手を入れ、お話に脇役として登場したおばあさんと若いおまわりさんについて訊ねます。やがて、そのおまわりさんイワンとおばあさんのマリアについてのお話が始まることになりますが…。

 お話が終わりそうになったときに、話の中の別の登場人物についてのお話が始まり、さらにそこから別のお話が生まれていき、といった感じで連鎖的に物語がつながっていくという童話作品です。
 お話に登場する人物たちも一回きりの登場ではなく、繰り返し登場します。レギュラー的なキャラクターたちに関しては、同時進行でお話が進行するのも面白いですね。あるキャラがどこかへ出かけている間に、別のキャラが別のお話の主人公になったりするのですが、最終的にはいくつもに別れたお話がちゃんと収束するところにびっくりします。
 さらに枠となっている園長と木馬たちのお話も、たびたび挿入され、彼らの掛け合いによってお話の内容が変わっていく、というのも面白い趣向です。

 七頭の馬のうち、主に活躍するのは、賢いプロスタクワーシャ、怖がりのサーシャとパーシャの三頭です。
 お話が怖い局面になるとサーシャとパーシャが怖がるため、そのたびに違う物語に切り替わったりするのも、メタフィクショナルな感じがあって面白いですね。

 それぞれのお話は、動物が人間と同様に動いて話すという擬人化ファンタジーとなっていますが、その展開はナンセンスで楽しいものばかり。いたずら好きのヤギや人助け好きの子猿たち、正義漢のウサギなど、登場する動物たちもエキセントリックで楽しいキャラが多くなっています。
 逃げ出したきりお話の中でずっと走り続けている猫のアクシーニャ、盗まれたズボンがちっとも見つからない詩人のパンプーシキンのエピソードなども人を食った味わい。

 最終的には、多数の人間や動物たちが同時にお話を進行するという群像劇のようになり、大団円を迎えます。そこに違う層の大枠となる物語が絡み合い、不思議な読み味の物語になっています。子ども向けのファンタジー童話ではありながら、大人が読んでも充実した読後感があります。


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ロシア妖怪幻想  テッフィ『魔女物語』

魔女物語 (群像社ライブラリー) 単行本 – 2008/9/1


 20世紀初頭に活躍したロシアの女流作家テッフィ(1872-1952)の『魔女物語』(田辺佐保子訳 群像社ライブラリー)は、ロシアの妖怪をテーマに描かれた、モダンな連作幻想小説集です。
 各編、ロシアに伝わる伝統的な妖怪や化け物がテーマとなっているのですが、具体的な実体として妖怪が登場するというよりは、物語の背景や事件の原因として、それらの存在がいることが匂わされる…というタイプの作品が多くなっています。
 ただ、民話・メルヘン風に語られる物語もあれば、伝聞で語られる都市伝説風の物語、語り手(テッフィ自身?)による散文詩風の作品など、そのバリエーションは様々です。
 連作の序盤は理性的な語り口だったものが、後半になるにつれて語り口が熱を帯びていき、それに伴って、妖怪たちの実在感も濃くなってくる、という印象を受けますね。ことに最後の作品「ヤガー婆さん」は伝説を語ったエッセイとも散文詩とも取れる作品ですが、その語り口は非常に情熱的ですね。

 魔女と噂される小間使いの不可思議な行動を描く「魔女」、ぞっとするほど醜く不気味な赤ん坊の物語「吸血鬼」、居候に押し掛けてきた母娘と娘を見守る精霊を描く「ドモヴォイ」、野性的で奔放な令嬢を描いた「レシャチーハ」、家につく家鬼の伝説を語った「家鬼」、風呂小屋に現れる邪悪な風呂魔(バーンニク)を語る「風呂小屋の悪魔」、美男子に恋した小間使いの悲劇を描いた「ルサールカ」、人間が動物に化けたり、化けさせられたりするという変身物語のエピソードを語る「化け物たち」、美しい娘に叶わぬ恋をした青年が犬に変身するという「妖犬」、自殺者が出た屋敷に怪奇現象が頻発するという「幽霊屋敷」、悪魔にさらわれたことがあるという噂のある指物師を描いた「うろつく死人」、まじない師の生まれ変わりを描いた「まじない師」、新居で不気味な召使と一緒に残された妻の恐怖を描いた「ヴォヂャノイ」、病を抱えた妻が狼を恐れるという「狼の来る夜」、バーバ・ヤガーについて語った幻想的・私的なエッセイ風小品「ヤガー婆さん」を収録しています。

 作中でも長めで力作といえるのは「妖犬」でしょうか。美しく奔放な娘に叶わぬ恋をした少年は、犬になってそばにいたいという言葉から冗談半分に、娘から犬になってほしいと言われます。戦争になって後、ボヘミアン風の生活をして山師のような男から離れられなくなった娘は、彼から離れようとしますが…。
 ゴースト・ストーリーと呼ぶべきか、変身物語と呼ぶべきか、結末で起こる怪異現象が現実なのか超自然現象なのかはっきりない…という部分もモダンな怪奇小説となっています。

 一番怖いのが「ヴォヂャノイ」。夫と共に新居に引っ越すことになった妻クラーヴジェニカ。自分だけ後から向かうことになっていたものの、たどり着いた家には見知らぬ農婦しかおらず、夫は所用で家を空けるという知らせが残されていました。夫は先に使用人だけを雇っておいたというのです。
 農婦のマーリヤを買い物にやった直後、再び雇われたという別の女クラーシャが現れますが、その体格は骨太で男のようにしか見えません。マーリヤは、あの女は実は男のイワンであり水の魔(ヴォヂャニク)だと話します。一方クリャーシャは、マーリヤは狂っており、亭主を殺したのだと話しますが…。
 夫の不在中に雇った二人の使用人がどちらもおかしなことを言いだし、不安に駆られる妻を描いた作品です。片方は妖怪であり、片方は精神異常者であると、互いに言い募るのですが、どちらも精神的におかしい可能性もあるのです。孤独な妻の恐怖感が描かれたサイコ・スリラーとも読める作品ですね。

 テッフィ、もともとユーモア作家として名を成した人だそうで、この作品集でもその筆致の軽やかさは目立っていますね。ロシア革命後、亡命後のパリで作家活動を続けており、この『魔女物語』もパリで書かれたそうです。
 ちなみに、テッフィの本業である、ユーモア作品を収めた作品集も邦訳が出ています(町田晴朗編訳『テッフィ短編集』津軽書房 2006年)。


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ウクライナの妖怪たち  オレスト・ミハイロヴィチ・ソモフ『ソモフの妖怪物語』

ソモフの妖怪物語 (ロシア名作ライブラリー) (日本語) 単行本 – 2011/3/1


 オレスト・ミハイロヴィチ・ソモフ『ソモフの妖怪物語』(田辺佐保子訳 群像社)は、ゴーゴリやプーシキン以前に、ロシアの民間伝承や妖怪などをテーマにした作品を残したウクライナの作家ソモフ(1792-1833)の作品集です。

 美しい娘の姿をした妖怪に命をとられてしまう勇士を描く「クパーロの夜」、失恋のショックから水死して妖怪ルサールカになった娘を母親が取り返そうとする「ルサールカ」、魔女の噂のある老婆の娘と結婚した男の恐怖体験を描く「キエフの魔女たち」、豪傑の男が悲劇を示す鬼火と遭遇するという「鬼火」、家に住み着いた妖怪キキモラを追い出そうとまじない師を雇うものの逆効果になってしまうという「キキモラ」、怠け者の息子が死んだ父親の導きで賭けをして魔法の小骨を手に入れるという「寡婦の息子ニキータの話」、愚か者の息子が妖術師の養父の真似をして人狼に変身するという「人狼」、人を殺し恐れられていた大熊を旅の商人がその大力で退治するという「骨砕きの大熊と商人の息子イワンの話」を収録しています。

 どの作品にも妖怪や精霊などが登場するのですが、それらが明確なものとして出現する作品もあれば、作中でそれらが実在するのか疑われているタイプの物語もありと、その描かれ方も様々です。
 キリスト教の信仰と、それ以前の異教の伝承や迷信が入り交じっているとことも独特の味わいですね。全体に素朴でシンプルな昔話、といった感じの作品が多いのですが、シンプルだけに力強く、迫力のある作品もあります。
 なかでは、「キエフの魔女たち」「寡婦の息子ニキータの話」が印象に残ります。

 「キエフの魔女たち」は、母親が魔女との噂もある娘カトルーシャの美しさに惹かれたコサックのフョードル・ブリスカフカが、噂も気にせず彼女と結婚することになるという物語。
 夜に魔術のような行為を行い秘かに出かける妻の行動を怪しんだ夫は、妻の行為を真似してまじないを行います。飛ばされて来たのは、魔女や化け物たちの集まるサバトでした…。
 愛する妻が魔女だった、という夫の恐怖体験を描く恐怖小説です。妻は母親によって呪われており、自分の行動を制御できない、というところも興味深いですね。怪物や魔女たちが集まるサバトのシーンにはかなりの迫力があります。

 「寡婦の息子ニキータの話」は、怠け者の主人公ニキータが、父親の霊の導きで、他の死者と賭けをして魔法のアイテムを手に入れるという物語。ニキータは小骨遊びの名人でなんとか魔法のアイテムを手に入れるのですが、失敗したら命がない、という切迫した状況が描かれます。
 そんな命を賭けて手に入れたアイテムも、妻の贅沢と息子の不用意な行動で失われてしまう、という結末も皮肉めいていて面白いところです。
 そもそも男が、父、息子、孫と、三代通して皆怠け者というのが笑ってしまうところではありますね。

 笑える、といえば「人狼」もかなりユーモラスな物語です。
 その村はたびたび狼に襲われていましたが、その狼は妖術師として恐れられるエルモライ老人の変身した姿だと言われていました。老人の蓄えた財産を狙う美しい娘アクリーナは、美男子ながらおつもの足りない老人の養子の青年アルチョームを誘惑します。老人の様子を探ってほしいと頼まれたアルチョームは、養父が妖術で人狼に変身する姿を目撃します。妖術を真似して、自らも人狼に変身したアルチョームは、村人たちを脅かそうとしますが、生来の臆病さから逆に追い詰められてしまいます…。
 妖術師の息子が父親の真似をして人狼になるものの、殺されそうになってしまう、というユーモラスな怪奇作品です。この手の話ではたいてい滅ぼされてしまう妖術師が滅ぼされず、天寿を全うしたり、その愚かな息子も賢い嫁のおかげで幸せに暮らす…という、なんとも人を食った結末も楽しいですね。悪人である妖術師も、ずるい娘も、愚かな息子も皆幸せになってしまうという、ユニークな作品です。


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自分との対話  アントーニイ・ポゴレーリスキイ『分身 あるいはわが小ロシアの夕べ』

分身―あるいはわが小ロシアの夕べ (ロシア名作ライブラリー) (日本語) 単行本 – 2013/2/1


 ロシアの作家、アントーニイ・ポゴレーリスキイ(1787-1836)の『分身 あるいはわが小ロシアの夕べ』(栗原成郎訳 群像社)は、自分自身の《分身》と出会い友人になった男が、夜な夜な語り合うという、幻想的な連作枠物語です。

 ウクライナの地主屋敷で孤独に暮らす男の前に、自分自身の《分身》が現れます。親友となった二人は、夜ごとに対話を繰り広げることになりますが…。

 作品全体は大きく第一部と第二部に分かれています。第一部は第一夜から第三夜、第二部は第四夜から第六夜と、さらに分かれています。主人公のアントーニイ(作者自身?)と《分身》が幻想的な小説や挿話をめぐって対話を繰り広げる、という体裁の作品になっています。
 アントーニイがロマンティックな性分に描かれているのとは対照的に、《分身》がその超自然的な出自にも関わらず皮肉なリアリストとして描かれているのが特徴です。第一夜、出現直後の《分身》に対して、《分身》を見た人間は死んでしまうのではないかと恐れる主人公に対して、迷信に過ぎないと退ける《分身》の態度は実に皮肉です。

 基本的には、短篇の幻想小説がいくつか挿入され、それに関して対話や、別の細かいエピソードが挟まれていく幻想的な対話編、といった趣の作品といっていいでしょうか。挿入される短篇はいずれも面白いですね。以下、個々に紹介します。

「イジードルとアニュータ」
 フランス軍の迫るモスクワを舞台に、恋人アニュータのために軍務を捨てようとするイジードルは、母親に諭されて軍務に復帰します。しかし帰還した彼の前にあったのは焼失した自宅でした。その後、イジードルは夜な夜な何者かと話すようになりますが…
 誇りと祖国愛のために恋人と母親を犠牲にしてしまった青年が幻影を見る…という幻想的な恋愛小説です。

「歯止めの利かない夢想の破局」
 純真な青年アルツェストは、悪魔的な科学者アンドローニ教授の一人娘のアデリーナに一目ぼれしてしまいます。しかしアルツェストのお目付け役の「わたし」は、絶世の美女でありながら、おかしな態度を繰り返すアデリーナに不信感をぬぐえません。
 恋に目が眩んだアルツェストは「わたし」の留守中にアデリーナと結婚してしまいますが…。
 ストーリーがE・T・A・ホフマンの短篇幻想小説「砂男」そっくりで、明らかにオマージュと取れる作品です。ただホフマン作品にはあった主人公のトラウマであるとか、科学者の行動の動機であるとか、細部が微妙に変えられているため、作品から受ける印象は結構異なっていますね。主人公の精神的な苦しみがそれほど描写されないため、ホフマン作品よりからっとした印象の作品になっています。

「ラフェルトヴォの罌粟の実菓子売り」
 ラフェルトヴォの罌粟の実菓子売りの老婆は、その実、魔女と噂される人物でした。甥のオヌーフリッチは彼女に悔い改めるように忠告しますが、老婆を激怒させ縁を切られてしまいます。しかしオヌーフリッチの妻イヴァーノヴナは娘のマーシャの持参金のため、夫に内緒で娘を連れ、老婆の家に和解を求めて訪れます。気をよくした老婆はマーシャにいずれ現れる求婚者と結婚しろと告げます。さらに、その家で老婆が連れた黒猫が人間の顔をしているの見てマーシャは驚愕します。
 やがて父親が花婿にと連れてきた九等文官ムルルィキンの顔を見たマーシャは、それがかって目撃した黒猫の変身した姿と同じ顔をしているのを知ります…。
 邪悪な妖術使いの老婆の呪いに囚われた娘が、それをはねのけるまでを描く怪奇小説です。黒猫(悪魔の化身?)が変身して婚約者として姿を現すのですが、その描かれ方にはどこかユーモアもあって、ホフマン風のキャラクターといってもいいでしょうか。
 解説によれば、プーシキンの『ベールキン物語』にはこの作品の影響があるとか。

「駅馬車での旅」
 駅馬車でフランス陸軍退役大佐ファン・デル・Kと乗り合わせた「ぼく」は、彼から奇妙なうち明け話をされます。かってボルネオに生まれた彼は、幼いころに島に住む凶暴な猿にさらわれ、雌の猿に養育されたというのです。
 数年後、生家を見つけたファン・デル・Kは人間としての生活を取り戻しますが、彼の居場所を見つけた育ての親の雌猿トゥトゥは、彼のもとをしばしば訪れることになります。やがて成長した彼は、美しい娘アマーリヤと婚約します。ファン・デル・Kから育ての親の話を聞かされたアマーリヤは、自分を取るか育ての親をとるか、二つに一つだと恋人に決断を迫りますが…。
 猿(おそらくオランウータン)に育てられた男の、奇妙な人生を描く物語です。野生動物の世界を身をもって理解しながらも、人間として生きざるを得ない男の葛藤がテーマとなっています。
 育ての親の猿トゥトゥが情愛豊かで純粋に描かれるのも特徴で、その悲劇的な結末にはある種の感動がありますね。

 第二部の第四夜は、小説でなくエッセイになっていて「なぜ賢明な人間が時として常軌を逸した愚行をなすのか」「人間の知能の程度はどのような方法で決定されるか」などのテーマが扱われています。
 ちょっと皮肉なタッチで語られるエッセイで、現在で言うところの「自己啓発」的な内容として、今読んでもなかなか面白いところですね。人間の能力と特性について、オリジナルの図が挿入されるのも興味深いところ。

 上記のようなエッセイが突然挟まれたり、正直あまりまとまりの感じられない構成ではあるのですが、挿入されたエピソード含め、ごった煮的な魅力のある作品であることは確かで、妙なエネルギーのある作品になっていますね。
 《分身》が結局何者だったのか? などは明かされず仕舞いです。さらに言うと《分身》が自分の経験を語ったり、友人から聞いた話(友人がいる?)を語ったりと、普通の人間なのか超自然的な存在なのか、ちょっと微妙な描かれ方をしているところも面白いところではありますね。

 ポゴレーリスキイ、ドイツ・ロマン派、特にホフマンの影響が強いとのことで、それは作品を読んでいても感じられます。「砂男」そっくりの「歯止めの利かない夢想の破局」はもちろん、「ラフェルトヴォの罌粟の実菓子売り」に登場するホフマン風な人物文官ムルルィキン、さらに言えばこの『分身』という作品の構成自体が、ホフマンの作品<セラーピオン朋友会員物語>に似ている、というのもその影響でしょうか。

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火の神秘  オドエフスキィ『火のドラゴンの秘密』
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 オドエフスキィ『火のドラゴンの秘密』(渡辺節子訳 ポプラ社文庫)は、オドエフスキィ「火のドラゴンの秘密」とゴーゴリ「悪魔を描いた男」の二篇を収録した怪奇小説集です。

オドエフスキィ「火のドラゴンの秘密」
 フィンランド、ヴォクサ川のふもとの村で養い親に育てられていた少年ヤッコは、戦争で侵入してきた兵隊に親を殺され、ロシアへと連れ去られてしまいます。10年後、ロシア皇帝のもとで出世したヤッコは、故郷の村に戻り、かっての養い親の孫エリサを連れ帰り、結婚しようと考えます。
 しかし自然で育ったエリサは都会の生活に馴染まず、故郷に帰ることになります。世話になっていた一家の娘と結婚したヤッコでしたが、失脚して資産を失った途端、妻は悪妻となってしまいます。
 富の源泉となる「奇跡の石」を手に入れるため、貴族の伯爵と協力して錬金術の実験を繰り返すようになったヤッコでしたが、成果は上がりません。やがて炎の中にエリサの姿を認めるようになりますが、炎の中の彼女は火の精サラマンドラを呼び出さなければ成果は得られないとささやいてきます…。

 現実的な利益を求める青年ヤッコと、自然を愛する少女エリサとの恋物語に、錬金術や火の精霊が絡んでくるという幻想小説です。エリサには幼いころから超自然的な能力があり、火の精サラマンドラが「もうひとつの人格」として度々現れてきます。
 メインである「錬金術」の話が出てくるのが、物語も中盤を越えたあたりで、それまでは男女の愛憎を描いた、結構どろどろのお話になっているのが面白いところです。一途に相手を愛するエリサに対し、ヤッコの方は他の娘に気を取られたりと全体に浮気性なのです。
 戦争で養い親を失ったりと、さまざまな辛苦を舐めているだけに、現世的な利益を求めるという青年の心根も前半で描かれていて、その意味で単なる「浮気者」にはなっていないのが上手いところでしょうか。
 雇い主が変わっただけで、あっという間に凋落してしまい、錬金術を通じて再度エリサの愛情を取り戻すものの、再び富の魔力に抗し切れなくなってしまう…という流れになっています。
 絶大な力を持つらしい火の精とエリサが同一人物なのか、どういう関係なのかは最後まで明かされず、なにやら神秘的なヴェールに覆われています。

 「火のドラゴンの秘密」の原題は「サラマンドラ」、こちらも邦訳のある「シルフィッド」(望月哲男訳 川端香男里編 『ロシア神秘小説集』国書刊行会 収録)とともに、オドエフスキィの四大精霊もの作品になっています。
 ウラジーミル・フョードロヴィチ・オドエフスキー(1804~1869)はロシアの作家。多彩な作品を書きましたが、幻想的な作品もいくつか残しているようです。「4338年」(1840)はSFの先駆的作品ともされています。


ゴーゴリ「悪魔を描いた男」
 才能のある若き画家チャルトコフは、店で老人の肖像画を見つけ、その存在感と迫力に魅せられその絵を購入します。ある夜、肖像画から老人が抜け出してくる夢を見たチャルトコフは、夢の中で老人が持っていた金貨が実際に目の前にあるのを見て驚きます。
 やがて貴族の肖像画で当たりを取り、富と名声を手に入れたチャルトコフでしたが、それと比例するように彼の才能は急速に萎んでいきます…。

 「悪魔の肖像画」を手に入れた男が、富と名声を手に入れるが、大切なものを失い破滅する…という怪奇小説です。二部に分かれており、一部では画家チャルトコフが破滅するまで、二部では絵の由来が描かれています。
 二部の「悪魔の肖像画」のモデルである金貸しのエピソード部分は、非常に暗鬱でゴシック・ロマンス風の空気に満ちています。「絵画怪談」として面白い作品ですね。
 この作品、大人向けの訳では、一般に「肖像画」と題されている作品です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ロシアン・ファンタジー  西周成編訳『ロシアのおとぎ話』

 西周成編訳『ロシアのおとぎ話』(アルトアーツ)を読了。ロシア作家の未訳の珍しい童話作品を集めたアンソロジーです。

ウラジーミル・ダーリ「カラス」
 他の鳥に悪さをするカラスが、鳥たちの裁判にかけられてしまう…という物語。
 嘘をついたりすると酷い目に会う、という教訓要素の強い作品です。

ウラジーミル・オドエフスキー「耳の悪い四人 インドのおとぎ話」
 羊の面倒を見ていた、耳の悪い牧夫は、家に食事に戻るため、羊たちを見てくれるよう、近くにいた番人に頼みます。しかし耳の悪い番人には話が通じていませんでした。
 戻った牧夫は番人にお礼を言いますが、相手は文句をつけていると思い込みます…。
耳の悪い人同時が話をしますが折り合わず、調停人を入れますがその人も耳が悪くて話が通じない…というコミカルな寓話作品です。

ウラジーミル・オドエフスキー「オルゴールの中の街」
 父親が持ってきた飾りのついたオルゴールに魅了された少年ミーシャ。オルゴールを見つめている内に、小さな少年が現れ、彼についていくと、いつの間にか不思議な町の中に立っていました…。
 オルゴールの中の街に入り込んでしまうというファンタジーです。オルゴールの部品である、ベルやハンマー、シリンダーなどが、街の住人として擬人化されているのが楽しいですね。

リディヤ・チャルスカヤ「ふしぎな星」
 エゾリダ姫は、この世にないような不思議な品物ばかりを欲しがっていました。姫に仕える騎士たちは命を懸けて品物を持ってきますが、そのたびに姫はもういらないと突っぱねるのです…。
 人を人とも思わない姫が、誠実な人々を見て改心する、という物語。前半で犠牲になった人々が結局そのまま助からない…という展開もちょっと微妙ですね。

ミハイル・クズミン「金の服」
 とあるシリアの街では雨が降らず渇きに苦しんでいました。主教のもとを訪れた天使は、歌や踊り・服などのはかない楽しみをあきらめる娘がいれば、雨は降ると言い残します。話を聞いた、体の不自由な娘マラが自ら犠牲を申し出ることになりますが…。
 体の不自由な健気な娘が結局役に立たず、華美で美しい娘が街を救う…という、ちょっと逆説的な物語。「自分に必要ないものをあきらめてもしょうがない」というテーマには、なかなか味わいがありますね。

ミハイル・レールモントフ「アシク=ケリブ」
チフリスの街に住む貧しい青年アシク=ケリブは、裕福なトルコ人の一人娘マグリ=メゲリに恋をします。アシク=ケリブは七年間旅をして富を蓄えるつもりだと話すと、マグリ=メゲリは七年後に戻ってこなければ、求婚者と結婚すると答えます…。
 魔法が登場するのですが、それが使われるタイミングが妙だったり、主人公を陥れようとした恋敵が幸せになったりと、ユニークな展開のおとぎ話です。エキゾチックな世界観も楽しいですね。

アレクサンドル・クプリーン「デミル=カヤ 東方の伝説」
 東方で強盗を続けていた盗賊デミル=カヤは、皇帝の軍隊に取り囲まれ命からがら逃げ出した直後に、天使アズライルと出会います。彼によれば、東の地にオアシスとなる旅館を作り、人に尽くせば神に許されると言うのですが…。
 改心した強盗の慈善が思わぬトラブルでふいになってしまいますが、それさえも神の御心のうちだったという、宗教説話的作品です。

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想像力の冒険  ヴェニアミン・カヴェーリン『ヴェルリオーカ』
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ヴェルリオーカ
ヴェニアミン・アレクサンドロヴィチ カヴェーリン 田辺 佐保子
群像社 1991-04

by G-Tools

 老いた天文学者プラトン・プラトーノヴィチには子供がありませんでしたが、子ども部屋まで用意して、想像上の息子を空想していました。ある日、部屋に突然現れた少年はワーシャと名付けられ、天文学者の息子となります。
 普通の子供と同じように成長していくワーシャは、隣人の娘イーワと恋仲になります。ある日現れた謎の男ペシチェリコフがイーワに求婚し始めたことから、二人は、おしゃべりな牡猫フィーリャと共に奇想天外な冒険の旅に出ることになりますが…。

 ヴェニアミン・カヴェーリンの長篇ファンタジー小説『ヴェルリオーカ』(群像社)は、孤独な天文学者の想像から生まれた少年ワーシャが、恋人のイーワとともに繰り広げる奇想天外な冒険を描く作品です。作者が80歳の時の作品なのですが、老齢で書かれたとは思えない瑞々しさと想像力にあふれた作品です。

 想像から生まれた少年がさまざまな冒険を繰り広げるファンタジー、といっていいのですが、この「想像から生まれた」という設定が、あとあと物語の伏線になっています。
 「想像」がテーマだけに、何でもありのゆるい作品かと思って読んでいくと、意外に練られた設定で驚きます。少年ワーシャの生誕の秘密や因縁などが少しづつ明かされていく展開は、正統派のヒロイック・ファンタジーを思わせます。
 登場人物たちもそれぞれコミカルで楽しいのですが、主人公の家の飼い猫であるフィーリャや、猫と会話する「スコットランドのバラ」などの、人間以外の登場人物のキャラクターが立っていますね。

 後半に至ると、ワーシャが生まれた理由とその使命が明らかになります。そして、使命を果たした後に現れるメタフィクション的な展開には驚く人もいるのでは。世界そのものを揺るがす展開で、これはもうまるで、ダンセイニの「ペガーナ神話」です。

 カヴェーリン(1902-1989)は、1920年代から活躍していたロシアの作家です。日本でもいくつかの邦訳はありますが、一番有名なのは、初期の幻想的な短篇集『師匠たちと弟子たち』(1923年 月刊ペン社)でしょう。
 初期作品以降、リアリズム作品をずっと書いていたカヴェーリンは、晩年に至ってファンタジーに回帰します。『ヴェルリオーカ』は1982年の作品なのですが、その味わいは60年近く前の『師匠たちと弟子たち』とほとんど変わりません。強いていうなら『ヴェルリオーカ』の方がより「楽天的」で「楽しい」のです。晩年に至って作風が「暗く」なる例はよくありますが、「明るく」なるというのは珍しいですね。
 メタフィクション的な手法も、初期作品の頃から多用していたもので、作家としての一貫性も感じられます。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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