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ロシア妖怪幻想  テッフィ『魔女物語』

魔女物語 (群像社ライブラリー) 単行本 – 2008/9/1


 20世紀初頭に活躍したロシアの女流作家テッフィ(1872-1952)の『魔女物語』(田辺佐保子訳 群像社ライブラリー)は、ロシアの妖怪をテーマに描かれた、モダンな連作幻想小説集です。
 各編、ロシアに伝わる伝統的な妖怪や化け物がテーマとなっているのですが、具体的な実体として妖怪が登場するというよりは、物語の背景や事件の原因として、それらの存在がいることが匂わされる…というタイプの作品が多くなっています。
 ただ、民話・メルヘン風に語られる物語もあれば、伝聞で語られる都市伝説風の物語、語り手(テッフィ自身?)による散文詩風の作品など、そのバリエーションは様々です。
 連作の序盤は理性的な語り口だったものが、後半になるにつれて語り口が熱を帯びていき、それに伴って、妖怪たちの実在感も濃くなってくる、という印象を受けますね。ことに最後の作品「ヤガー婆さん」は伝説を語ったエッセイとも散文詩とも取れる作品ですが、その語り口は非常に情熱的ですね。

 魔女と噂される小間使いの不可思議な行動を描く「魔女」、ぞっとするほど醜く不気味な赤ん坊の物語「吸血鬼」、居候に押し掛けてきた母娘と娘を見守る精霊を描く「ドモヴォイ」、野性的で奔放な令嬢を描いた「レシャチーハ」、家につく家鬼の伝説を語った「家鬼」、風呂小屋に現れる邪悪な風呂魔(バーンニク)を語る「風呂小屋の悪魔」、美男子に恋した小間使いの悲劇を描いた「ルサールカ」、人間が動物に化けたり、化けさせられたりするという変身物語のエピソードを語る「化け物たち」、美しい娘に叶わぬ恋をした青年が犬に変身するという「妖犬」、自殺者が出た屋敷に怪奇現象が頻発するという「幽霊屋敷」、悪魔にさらわれたことがあるという噂のある指物師を描いた「うろつく死人」、まじない師の生まれ変わりを描いた「まじない師」、新居で不気味な召使と一緒に残された妻の恐怖を描いた「ヴォヂャノイ」、病を抱えた妻が狼を恐れるという「狼の来る夜」、バーバ・ヤガーについて語った幻想的・私的なエッセイ風小品「ヤガー婆さん」を収録しています。

 作中でも長めで力作といえるのは「妖犬」でしょうか。美しく奔放な娘に叶わぬ恋をした少年は、犬になってそばにいたいという言葉から冗談半分に、娘から犬になってほしいと言われます。戦争になって後、ボヘミアン風の生活をして山師のような男から離れられなくなった娘は、彼から離れようとしますが…。
 ゴースト・ストーリーと呼ぶべきか、変身物語と呼ぶべきか、結末で起こる怪異現象が現実なのか超自然現象なのかはっきりない…という部分もモダンな怪奇小説となっています。

 一番怖いのが「ヴォヂャノイ」。夫と共に新居に引っ越すことになった妻クラーヴジェニカ。自分だけ後から向かうことになっていたものの、たどり着いた家には見知らぬ農婦しかおらず、夫は所用で家を空けるという知らせが残されていました。夫は先に使用人だけを雇っておいたというのです。
 農婦のマーリヤを買い物にやった直後、再び雇われたという別の女クラーシャが現れますが、その体格は骨太で男のようにしか見えません。マーリヤは、あの女は実は男のイワンであり水の魔(ヴォヂャニク)だと話します。一方クリャーシャは、マーリヤは狂っており、亭主を殺したのだと話しますが…。
 夫の不在中に雇った二人の使用人がどちらもおかしなことを言いだし、不安に駆られる妻を描いた作品です。片方は妖怪であり、片方は精神異常者であると、互いに言い募るのですが、どちらも精神的におかしい可能性もあるのです。孤独な妻の恐怖感が描かれたサイコ・スリラーとも読める作品ですね。

 テッフィ、もともとユーモア作家として名を成した人だそうで、この作品集でもその筆致の軽やかさは目立っていますね。ロシア革命後、亡命後のパリで作家活動を続けており、この『魔女物語』もパリで書かれたそうです。
 ちなみに、テッフィの本業である、ユーモア作品を収めた作品集も邦訳が出ています(町田晴朗編訳『テッフィ短編集』津軽書房 2006年)。


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ウクライナの妖怪たち  オレスト・ミハイロヴィチ・ソモフ『ソモフの妖怪物語』

ソモフの妖怪物語 (ロシア名作ライブラリー) (日本語) 単行本 – 2011/3/1


 オレスト・ミハイロヴィチ・ソモフ『ソモフの妖怪物語』(田辺佐保子訳 群像社)は、ゴーゴリやプーシキン以前に、ロシアの民間伝承や妖怪などをテーマにした作品を残したウクライナの作家ソモフ(1792-1833)の作品集です。

 美しい娘の姿をした妖怪に命をとられてしまう勇士を描く「クパーロの夜」、失恋のショックから水死して妖怪ルサールカになった娘を母親が取り返そうとする「ルサールカ」、魔女の噂のある老婆の娘と結婚した男の恐怖体験を描く「キエフの魔女たち」、豪傑の男が悲劇を示す鬼火と遭遇するという「鬼火」、家に住み着いた妖怪キキモラを追い出そうとまじない師を雇うものの逆効果になってしまうという「キキモラ」、怠け者の息子が死んだ父親の導きで賭けをして魔法の小骨を手に入れるという「寡婦の息子ニキータの話」、愚か者の息子が妖術師の養父の真似をして人狼に変身するという「人狼」、人を殺し恐れられていた大熊を旅の商人がその大力で退治するという「骨砕きの大熊と商人の息子イワンの話」を収録しています。

 どの作品にも妖怪や精霊などが登場するのですが、それらが明確なものとして出現する作品もあれば、作中でそれらが実在するのか疑われているタイプの物語もありと、その描かれ方も様々です。
 キリスト教の信仰と、それ以前の異教の伝承や迷信が入り交じっているとことも独特の味わいですね。全体に素朴でシンプルな昔話、といった感じの作品が多いのですが、シンプルだけに力強く、迫力のある作品もあります。
 なかでは、「キエフの魔女たち」「寡婦の息子ニキータの話」が印象に残ります。

 「キエフの魔女たち」は、母親が魔女との噂もある娘カトルーシャの美しさに惹かれたコサックのフョードル・ブリスカフカが、噂も気にせず彼女と結婚することになるという物語。
 夜に魔術のような行為を行い秘かに出かける妻の行動を怪しんだ夫は、妻の行為を真似してまじないを行います。飛ばされて来たのは、魔女や化け物たちの集まるサバトでした…。
 愛する妻が魔女だった、という夫の恐怖体験を描く恐怖小説です。妻は母親によって呪われており、自分の行動を制御できない、というところも興味深いですね。怪物や魔女たちが集まるサバトのシーンにはかなりの迫力があります。

 「寡婦の息子ニキータの話」は、怠け者の主人公ニキータが、父親の霊の導きで、他の死者と賭けをして魔法のアイテムを手に入れるという物語。ニキータは小骨遊びの名人でなんとか魔法のアイテムを手に入れるのですが、失敗したら命がない、という切迫した状況が描かれます。
 そんな命を賭けて手に入れたアイテムも、妻の贅沢と息子の不用意な行動で失われてしまう、という結末も皮肉めいていて面白いところです。
 そもそも男が、父、息子、孫と、三代通して皆怠け者というのが笑ってしまうところではありますね。

 笑える、といえば「人狼」もかなりユーモラスな物語です。
 その村はたびたび狼に襲われていましたが、その狼は妖術師として恐れられるエルモライ老人の変身した姿だと言われていました。老人の蓄えた財産を狙う美しい娘アクリーナは、美男子ながらおつもの足りない老人の養子の青年アルチョームを誘惑します。老人の様子を探ってほしいと頼まれたアルチョームは、養父が妖術で人狼に変身する姿を目撃します。妖術を真似して、自らも人狼に変身したアルチョームは、村人たちを脅かそうとしますが、生来の臆病さから逆に追い詰められてしまいます…。
 妖術師の息子が父親の真似をして人狼になるものの、殺されそうになってしまう、というユーモラスな怪奇作品です。この手の話ではたいてい滅ぼされてしまう妖術師が滅ぼされず、天寿を全うしたり、その愚かな息子も賢い嫁のおかげで幸せに暮らす…という、なんとも人を食った結末も楽しいですね。悪人である妖術師も、ずるい娘も、愚かな息子も皆幸せになってしまうという、ユニークな作品です。


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自分との対話  アントーニイ・ポゴレーリスキイ『分身 あるいはわが小ロシアの夕べ』

分身―あるいはわが小ロシアの夕べ (ロシア名作ライブラリー) (日本語) 単行本 – 2013/2/1


 ロシアの作家、アントーニイ・ポゴレーリスキイ(1787-1836)の『分身 あるいはわが小ロシアの夕べ』(栗原成郎訳 群像社)は、自分自身の《分身》と出会い友人になった男が、夜な夜な語り合うという、幻想的な連作枠物語です。

 ウクライナの地主屋敷で孤独に暮らす男の前に、自分自身の《分身》が現れます。親友となった二人は、夜ごとに対話を繰り広げることになりますが…。

 作品全体は大きく第一部と第二部に分かれています。第一部は第一夜から第三夜、第二部は第四夜から第六夜と、さらに分かれています。主人公のアントーニイ(作者自身?)と《分身》が幻想的な小説や挿話をめぐって対話を繰り広げる、という体裁の作品になっています。
 アントーニイがロマンティックな性分に描かれているのとは対照的に、《分身》がその超自然的な出自にも関わらず皮肉なリアリストとして描かれているのが特徴です。第一夜、出現直後の《分身》に対して、《分身》を見た人間は死んでしまうのではないかと恐れる主人公に対して、迷信に過ぎないと退ける《分身》の態度は実に皮肉です。

 基本的には、短篇の幻想小説がいくつか挿入され、それに関して対話や、別の細かいエピソードが挟まれていく幻想的な対話編、といった趣の作品といっていいでしょうか。挿入される短篇はいずれも面白いですね。以下、個々に紹介します。

「イジードルとアニュータ」
 フランス軍の迫るモスクワを舞台に、恋人アニュータのために軍務を捨てようとするイジードルは、母親に諭されて軍務に復帰します。しかし帰還した彼の前にあったのは焼失した自宅でした。その後、イジードルは夜な夜な何者かと話すようになりますが…
 誇りと祖国愛のために恋人と母親を犠牲にしてしまった青年が幻影を見る…という幻想的な恋愛小説です。

「歯止めの利かない夢想の破局」
 純真な青年アルツェストは、悪魔的な科学者アンドローニ教授の一人娘のアデリーナに一目ぼれしてしまいます。しかしアルツェストのお目付け役の「わたし」は、絶世の美女でありながら、おかしな態度を繰り返すアデリーナに不信感をぬぐえません。
 恋に目が眩んだアルツェストは「わたし」の留守中にアデリーナと結婚してしまいますが…。
 ストーリーがE・T・A・ホフマンの短篇幻想小説「砂男」そっくりで、明らかにオマージュと取れる作品です。ただホフマン作品にはあった主人公のトラウマであるとか、科学者の行動の動機であるとか、細部が微妙に変えられているため、作品から受ける印象は結構異なっていますね。主人公の精神的な苦しみがそれほど描写されないため、ホフマン作品よりからっとした印象の作品になっています。

「ラフェルトヴォの罌粟の実菓子売り」
 ラフェルトヴォの罌粟の実菓子売りの老婆は、その実、魔女と噂される人物でした。甥のオヌーフリッチは彼女に悔い改めるように忠告しますが、老婆を激怒させ縁を切られてしまいます。しかしオヌーフリッチの妻イヴァーノヴナは娘のマーシャの持参金のため、夫に内緒で娘を連れ、老婆の家に和解を求めて訪れます。気をよくした老婆はマーシャにいずれ現れる求婚者と結婚しろと告げます。さらに、その家で老婆が連れた黒猫が人間の顔をしているの見てマーシャは驚愕します。
 やがて父親が花婿にと連れてきた九等文官ムルルィキンの顔を見たマーシャは、それがかって目撃した黒猫の変身した姿と同じ顔をしているのを知ります…。
 邪悪な妖術使いの老婆の呪いに囚われた娘が、それをはねのけるまでを描く怪奇小説です。黒猫(悪魔の化身?)が変身して婚約者として姿を現すのですが、その描かれ方にはどこかユーモアもあって、ホフマン風のキャラクターといってもいいでしょうか。
 解説によれば、プーシキンの『ベールキン物語』にはこの作品の影響があるとか。

「駅馬車での旅」
 駅馬車でフランス陸軍退役大佐ファン・デル・Kと乗り合わせた「ぼく」は、彼から奇妙なうち明け話をされます。かってボルネオに生まれた彼は、幼いころに島に住む凶暴な猿にさらわれ、雌の猿に養育されたというのです。
 数年後、生家を見つけたファン・デル・Kは人間としての生活を取り戻しますが、彼の居場所を見つけた育ての親の雌猿トゥトゥは、彼のもとをしばしば訪れることになります。やがて成長した彼は、美しい娘アマーリヤと婚約します。ファン・デル・Kから育ての親の話を聞かされたアマーリヤは、自分を取るか育ての親をとるか、二つに一つだと恋人に決断を迫りますが…。
 猿(おそらくオランウータン)に育てられた男の、奇妙な人生を描く物語です。野生動物の世界を身をもって理解しながらも、人間として生きざるを得ない男の葛藤がテーマとなっています。
 育ての親の猿トゥトゥが情愛豊かで純粋に描かれるのも特徴で、その悲劇的な結末にはある種の感動がありますね。

 第二部の第四夜は、小説でなくエッセイになっていて「なぜ賢明な人間が時として常軌を逸した愚行をなすのか」「人間の知能の程度はどのような方法で決定されるか」などのテーマが扱われています。
 ちょっと皮肉なタッチで語られるエッセイで、現在で言うところの「自己啓発」的な内容として、今読んでもなかなか面白いところですね。人間の能力と特性について、オリジナルの図が挿入されるのも興味深いところ。

 上記のようなエッセイが突然挟まれたり、正直あまりまとまりの感じられない構成ではあるのですが、挿入されたエピソード含め、ごった煮的な魅力のある作品であることは確かで、妙なエネルギーのある作品になっていますね。
 《分身》が結局何者だったのか? などは明かされず仕舞いです。さらに言うと《分身》が自分の経験を語ったり、友人から聞いた話(友人がいる?)を語ったりと、普通の人間なのか超自然的な存在なのか、ちょっと微妙な描かれ方をしているところも面白いところではありますね。

 ポゴレーリスキイ、ドイツ・ロマン派、特にホフマンの影響が強いとのことで、それは作品を読んでいても感じられます。「砂男」そっくりの「歯止めの利かない夢想の破局」はもちろん、「ラフェルトヴォの罌粟の実菓子売り」に登場するホフマン風な人物文官ムルルィキン、さらに言えばこの『分身』という作品の構成自体が、ホフマンの作品<セラーピオン朋友会員物語>に似ている、というのもその影響でしょうか。

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火の神秘  オドエフスキィ『火のドラゴンの秘密』
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 オドエフスキィ『火のドラゴンの秘密』(渡辺節子訳 ポプラ社文庫)は、オドエフスキィ「火のドラゴンの秘密」とゴーゴリ「悪魔を描いた男」の二篇を収録した怪奇小説集です。

オドエフスキィ「火のドラゴンの秘密」
 フィンランド、ヴォクサ川のふもとの村で養い親に育てられていた少年ヤッコは、戦争で侵入してきた兵隊に親を殺され、ロシアへと連れ去られてしまいます。10年後、ロシア皇帝のもとで出世したヤッコは、故郷の村に戻り、かっての養い親の孫エリサを連れ帰り、結婚しようと考えます。
 しかし自然で育ったエリサは都会の生活に馴染まず、故郷に帰ることになります。世話になっていた一家の娘と結婚したヤッコでしたが、失脚して資産を失った途端、妻は悪妻となってしまいます。
 富の源泉となる「奇跡の石」を手に入れるため、貴族の伯爵と協力して錬金術の実験を繰り返すようになったヤッコでしたが、成果は上がりません。やがて炎の中にエリサの姿を認めるようになりますが、炎の中の彼女は火の精サラマンドラを呼び出さなければ成果は得られないとささやいてきます…。

 現実的な利益を求める青年ヤッコと、自然を愛する少女エリサとの恋物語に、錬金術や火の精霊が絡んでくるという幻想小説です。エリサには幼いころから超自然的な能力があり、火の精サラマンドラが「もうひとつの人格」として度々現れてきます。
 メインである「錬金術」の話が出てくるのが、物語も中盤を越えたあたりで、それまでは男女の愛憎を描いた、結構どろどろのお話になっているのが面白いところです。一途に相手を愛するエリサに対し、ヤッコの方は他の娘に気を取られたりと全体に浮気性なのです。
 戦争で養い親を失ったりと、さまざまな辛苦を舐めているだけに、現世的な利益を求めるという青年の心根も前半で描かれていて、その意味で単なる「浮気者」にはなっていないのが上手いところでしょうか。
 雇い主が変わっただけで、あっという間に凋落してしまい、錬金術を通じて再度エリサの愛情を取り戻すものの、再び富の魔力に抗し切れなくなってしまう…という流れになっています。
 絶大な力を持つらしい火の精とエリサが同一人物なのか、どういう関係なのかは最後まで明かされず、なにやら神秘的なヴェールに覆われています。

 「火のドラゴンの秘密」の原題は「サラマンドラ」、こちらも邦訳のある「シルフィッド」(望月哲男訳 川端香男里編 『ロシア神秘小説集』国書刊行会 収録)とともに、オドエフスキィの四大精霊もの作品になっています。
 ウラジーミル・フョードロヴィチ・オドエフスキー(1804~1869)はロシアの作家。多彩な作品を書きましたが、幻想的な作品もいくつか残しているようです。「4338年」(1840)はSFの先駆的作品ともされています。


ゴーゴリ「悪魔を描いた男」
 才能のある若き画家チャルトコフは、店で老人の肖像画を見つけ、その存在感と迫力に魅せられその絵を購入します。ある夜、肖像画から老人が抜け出してくる夢を見たチャルトコフは、夢の中で老人が持っていた金貨が実際に目の前にあるのを見て驚きます。
 やがて貴族の肖像画で当たりを取り、富と名声を手に入れたチャルトコフでしたが、それと比例するように彼の才能は急速に萎んでいきます…。

 「悪魔の肖像画」を手に入れた男が、富と名声を手に入れるが、大切なものを失い破滅する…という怪奇小説です。二部に分かれており、一部では画家チャルトコフが破滅するまで、二部では絵の由来が描かれています。
 二部の「悪魔の肖像画」のモデルである金貸しのエピソード部分は、非常に暗鬱でゴシック・ロマンス風の空気に満ちています。「絵画怪談」として面白い作品ですね。
 この作品、大人向けの訳では、一般に「肖像画」と題されている作品です。


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ロシアン・ファンタジー  西周成編訳『ロシアのおとぎ話』

 西周成編訳『ロシアのおとぎ話』(アルトアーツ)を読了。ロシア作家の未訳の珍しい童話作品を集めたアンソロジーです。

ウラジーミル・ダーリ「カラス」
 他の鳥に悪さをするカラスが、鳥たちの裁判にかけられてしまう…という物語。
 嘘をついたりすると酷い目に会う、という教訓要素の強い作品です。

ウラジーミル・オドエフスキー「耳の悪い四人 インドのおとぎ話」
 羊の面倒を見ていた、耳の悪い牧夫は、家に食事に戻るため、羊たちを見てくれるよう、近くにいた番人に頼みます。しかし耳の悪い番人には話が通じていませんでした。
 戻った牧夫は番人にお礼を言いますが、相手は文句をつけていると思い込みます…。
耳の悪い人同時が話をしますが折り合わず、調停人を入れますがその人も耳が悪くて話が通じない…というコミカルな寓話作品です。

ウラジーミル・オドエフスキー「オルゴールの中の街」
 父親が持ってきた飾りのついたオルゴールに魅了された少年ミーシャ。オルゴールを見つめている内に、小さな少年が現れ、彼についていくと、いつの間にか不思議な町の中に立っていました…。
 オルゴールの中の街に入り込んでしまうというファンタジーです。オルゴールの部品である、ベルやハンマー、シリンダーなどが、街の住人として擬人化されているのが楽しいですね。

リディヤ・チャルスカヤ「ふしぎな星」
 エゾリダ姫は、この世にないような不思議な品物ばかりを欲しがっていました。姫に仕える騎士たちは命を懸けて品物を持ってきますが、そのたびに姫はもういらないと突っぱねるのです…。
 人を人とも思わない姫が、誠実な人々を見て改心する、という物語。前半で犠牲になった人々が結局そのまま助からない…という展開もちょっと微妙ですね。

ミハイル・クズミン「金の服」
 とあるシリアの街では雨が降らず渇きに苦しんでいました。主教のもとを訪れた天使は、歌や踊り・服などのはかない楽しみをあきらめる娘がいれば、雨は降ると言い残します。話を聞いた、体の不自由な娘マラが自ら犠牲を申し出ることになりますが…。
 体の不自由な健気な娘が結局役に立たず、華美で美しい娘が街を救う…という、ちょっと逆説的な物語。「自分に必要ないものをあきらめてもしょうがない」というテーマには、なかなか味わいがありますね。

ミハイル・レールモントフ「アシク=ケリブ」
チフリスの街に住む貧しい青年アシク=ケリブは、裕福なトルコ人の一人娘マグリ=メゲリに恋をします。アシク=ケリブは七年間旅をして富を蓄えるつもりだと話すと、マグリ=メゲリは七年後に戻ってこなければ、求婚者と結婚すると答えます…。
 魔法が登場するのですが、それが使われるタイミングが妙だったり、主人公を陥れようとした恋敵が幸せになったりと、ユニークな展開のおとぎ話です。エキゾチックな世界観も楽しいですね。

アレクサンドル・クプリーン「デミル=カヤ 東方の伝説」
 東方で強盗を続けていた盗賊デミル=カヤは、皇帝の軍隊に取り囲まれ命からがら逃げ出した直後に、天使アズライルと出会います。彼によれば、東の地にオアシスとなる旅館を作り、人に尽くせば神に許されると言うのですが…。
 改心した強盗の慈善が思わぬトラブルでふいになってしまいますが、それさえも神の御心のうちだったという、宗教説話的作品です。

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想像力の冒険  ヴェニアミン・カヴェーリン『ヴェルリオーカ』
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ヴェルリオーカ
ヴェニアミン・アレクサンドロヴィチ カヴェーリン 田辺 佐保子
群像社 1991-04

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 老いた天文学者プラトン・プラトーノヴィチには子供がありませんでしたが、子ども部屋まで用意して、想像上の息子を空想していました。ある日、部屋に突然現れた少年はワーシャと名付けられ、天文学者の息子となります。
 普通の子供と同じように成長していくワーシャは、隣人の娘イーワと恋仲になります。ある日現れた謎の男ペシチェリコフがイーワに求婚し始めたことから、二人は、おしゃべりな牡猫フィーリャと共に奇想天外な冒険の旅に出ることになりますが…。

 ヴェニアミン・カヴェーリンの長篇ファンタジー小説『ヴェルリオーカ』(群像社)は、孤独な天文学者の想像から生まれた少年ワーシャが、恋人のイーワとともに繰り広げる奇想天外な冒険を描く作品です。作者が80歳の時の作品なのですが、老齢で書かれたとは思えない瑞々しさと想像力にあふれた作品です。

 想像から生まれた少年がさまざまな冒険を繰り広げるファンタジー、といっていいのですが、この「想像から生まれた」という設定が、あとあと物語の伏線になっています。
 「想像」がテーマだけに、何でもありのゆるい作品かと思って読んでいくと、意外に練られた設定で驚きます。少年ワーシャの生誕の秘密や因縁などが少しづつ明かされていく展開は、正統派のヒロイック・ファンタジーを思わせます。
 登場人物たちもそれぞれコミカルで楽しいのですが、主人公の家の飼い猫であるフィーリャや、猫と会話する「スコットランドのバラ」などの、人間以外の登場人物のキャラクターが立っていますね。

 後半に至ると、ワーシャが生まれた理由とその使命が明らかになります。そして、使命を果たした後に現れるメタフィクション的な展開には驚く人もいるのでは。世界そのものを揺るがす展開で、これはもうまるで、ダンセイニの「ペガーナ神話」です。

 カヴェーリン(1902-1989)は、1920年代から活躍していたロシアの作家です。日本でもいくつかの邦訳はありますが、一番有名なのは、初期の幻想的な短篇集『師匠たちと弟子たち』(1923年 月刊ペン社)でしょう。
 初期作品以降、リアリズム作品をずっと書いていたカヴェーリンは、晩年に至ってファンタジーに回帰します。『ヴェルリオーカ』は1982年の作品なのですが、その味わいは60年近く前の『師匠たちと弟子たち』とほとんど変わりません。強いていうなら『ヴェルリオーカ』の方がより「楽天的」で「楽しい」のです。晩年に至って作風が「暗く」なる例はよくありますが、「明るく」なるというのは珍しいですね。
 メタフィクション的な手法も、初期作品の頃から多用していたもので、作家としての一貫性も感じられます。

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アレクサンドル・グリーンの幻想冒険小説2作を読む
 アレクサンドル・グリーン(1880-1932)は、独特の世界観を持つロマンティックな幻想小説・冒険小説を書いたロシアの作家です。ファンタジーに満ちたグリーンの作品世界は「グリーンランディア」と呼ばれています。
 グリーンの作品世界に登場する人物や地名は、独自の響きを持っています。ロシア風のものは少なく、どちらかと言うと英語風の響きを持つ名前が多いです。おそらくロシア本国では、非常にエキゾチックに感じられる名前なのでしょう。
 また日本で翻訳を通して読む場合も、グリーン作品の登場人物名は、ロシア風の名前が頻出する作品よりは、はるかに読みやすく感じられますね。
 今回は、幻想的な冒険小説『黄金の鎖』『波の上を駆ける女』を紹介していきたいと思います。



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黄金の鎖 (1980年) (ハヤカワ文庫―FT)
アレクサンドル・グリーン 深見 弾
早川書房 1980-02-29

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『黄金の鎖』(深見弾訳 ハヤカワ文庫FT)

 船員見習いの少年サンディ・プルーエルは、ある夜、飲みに出かけた船長の代わりに船の番をしていました。そこに現れた二人の男は、至急、自分たちを岬に立つ屋敷まで連れて行ってほしいと頼みます。依頼を引き受けたサンディは、男たちとともに屋敷に向かいます。
 莫大な資産を持つ屋敷の主人ハヌーヴァーは、サンディを気に入り、彼に船員の教育を受けさせることを約束します。屋敷の隠れ通路を見つけたサンディは、そこからハヌーヴァーの婚約者である美女ジゲが話をしているのを聞いてしまいます。彼女はハヌーヴァーを騙して金を巻き上げようとしていたのです。
 もともとハヌーヴァーが愛していたのは、村の純真な娘モーリでした。策略により、ハヌーヴァーがモーリから別れの手紙を受け取っていたことを知ったサンディは、二人の男ドュロクとエスタンプとともに、モーリを迎えに行くことになりますが…。

 船員見習いの少年が体験する数日の冒険を描いた作品です。悪人たちの手により引き裂かれようとする恋人たちを結びつける…という、単純といえば単純なストーリーではあるのですが、物語の舞台や事物がことごとく魅力的で、読んでいて非常に「心地良い」物語です。
 物語の中心となる巨大な館〈黄金の鎖〉が何と言っても魅力的です。機械仕掛けの匠によって立てられたその建物には、ところどころに仕掛けがあり、隠し通路があったり部屋が動いたりします。館の中には海賊の宝が隠されていたり、自動人形が格納されていたりもするのです。
 少年の冒険物語とはいっても、主人公はそれほど危機に陥りません。危機に陥っても、大体において何となく切り抜けてしまうのです。その意味でほとんど「人間的成長」は描かれないのですが、グリーンの描く物語世界は「なんとなく」歩くだけでも魅力的なのだから、じつに不思議です。
 仕掛けに満ちた巨大な城館、自動人形、海賊の宝、そして恋と冒険…。子供の空想を目いっぱい詰め込んだかのような、ロマンティックな作品です。



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波の上を駆ける女 (文学のおくりもの 7)
アレクサンドル・グリーン 安井 侑子
晶文社 1972-01

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『波の上を駆ける女』(安井侑子訳 晶文社)

 ハーヴェイは、船で到着した人々の中に美しい少女を見かけて一目惚れをしてしまいます。ホテルの人間から少女の名前がビーチェ・セニエルであることを聞き出したハーヴェイでしたが、少女はすでに発った後でした。
 ある夜、友人とともにトランプに興じていたハーヴェイは、突然不思議な女の声を耳にします。その声は「波の上を駆ける女」という言葉をささやいていました。しかし周りにそんな女性はいないのです。
 港に出かけたハーヴェイは、停泊している船の中に《波の上を駆ける女》号があるのを見つけます。この船に乗らなくてはならないと考えたハーヴェイは、自分を乗せてくれと船長のゲスに交渉します。
 ゲスは断りますが、船主であるブラウンと直接交渉したハーヴェイは、船に乗ることに成功します。航海の途上、ビーチェ・セニエルの写真が船内に置いてあるのを見つけたハーヴェイは、船員から、船がかってビーチェの父親ネッドのものであったことを知ります。
 ことあるごとにゲスはハーヴェイに食ってかかり、二人の仲は険悪になっていました。ある夜、船客の女性に乱暴を働いたゲスを止めたハーヴェイでしたが、それが決定打となり、激怒したゲスはボートにハーヴェイを乗せ、海に放り出します。
 放り出される直前、ハーヴェイも見たことのない女性が突然現れ、ハーヴェイに同行するとボートに乗り込みますが…。

 耳にした「波の上を駆ける女」という謎の言葉をきっかけに、運命の恋人を求め海をさすらう男の幻想的な物語です。全体に非常にロマンティックなお話で、海の中に放り出されたり、殺人事件の容疑者になったりと、冒険小説的な要素もたっぷりです。
 主人公ハーヴェイを導く「波の上を駆ける女」とは何者なのか? 彼は運命の恋人ビーチェに出会えるのか? 宿敵ゲス船長との争いをはさみながら、舞台もまた海から地上へと移動していきます。

 アレクサンドル・グリーンの作品では、幻想的なモチーフが頻出するのですが、はっきりとした超自然現象が起こることは滅多にありません。しかしこの作品では、明確な超自然現象が起こるため、はっきり「幻想小説」といってしまっていいかと思います。
 冒険小説でもあり恋愛小説でもあり、運命劇でもある作品。しかしその「運命」も一筋縄ではいきません。話の流れから予定調和的なものを予想していた読者は結末で驚くかもしれません。邦訳があるグリーン作品の中では、一番の傑作といっていいのではないでしょうか。


 アレクサンドル・グリーン作品の邦訳は少なく、代表的な長篇『輝く世界』(月刊ペン社→沖積舎)、『黄金の鎖』(ハヤカワ文庫FT)、『波の上を駆ける女』(晶文社)、『深紅の帆』(フレア文庫)、短篇集『消えた太陽』ぐらいでしょうか。
 また近年、アルトアーツより『アレクサンドル・グリーン短篇集』が2冊ほど出ています。

 参考に『深紅の帆』のレビューも挙げておきます。
 夢のかなう国  アレクサンドル・グリーン『深紅の帆』

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夢と現実  ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』
4560072051南十字星共和国 (白水Uブックス)
ワレリイ・ブリューソフ 草鹿 外吉
白水社 2016-03-26

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 ワレリイ・ブリューソフは、ロシア革命期に生きた象徴派詩人。革命後もソ連に止まり、政治にも強く関わった人物です。そうした経歴を知ると、その作品にも、多分に政治的な要素が強いのかと思いがちですが、実際に作品を読んでみると、驚くほどそうした要素は感じられません。むしろ、夾雑物を取り除き、純度を高めたかのような作品と感じられます。
 『南十字星共和国』(草鹿外吉訳 白水Uブックス)に収められた短篇作品には、幻想的・SF的な要素を持つ作品が多く含まれていますが、芸術至上主義とでも言えばいいのか、それらの作品は、100年近く経った今でも古びていないのです。

『地下牢』
 トルコに攻められ、地下牢に囚われることになったイタリアの姫君。兵に乱暴され、尊厳も失う中で生きる希望になったのは、同じく囚われた青年の存在でしたが…。
 絶望的な虜囚生活の描写も容赦がないですが、結末には、もっと強烈な残酷さが用意されています。一見ロマンティックな設定ながら、なんともダークな物語です。

『鏡の中』
 ある日、鏡の中の「わたし」に心を支配されるようになり、やがて鏡像と入れ替えられてしまった人妻。再度入れ替わろうと機会を狙いますが…。
 鏡をめぐる幻想小説です。互いに嫌い合いながらも引き寄せられてしまう…という皮肉な作品。

『いま,わたしが目ざめたとき…』
 夢の中で残酷な行為に耽っていた男は、美しい妻をもらい、現実的な幸福を得ます。しかし時を置かずして、再び夢の中での悦楽を求めるようになります…。
 犯罪的な行為を夢の中で実現していた男の狂気とは…? 夢と現実が混交してしまった男のサイコ・スリラーです。

『塔の上』
 夢の中で、中世の騎士の城に囚われた男は、城主の娘と恋仲になります。そこが夢の中であることを確信した男は、反逆を起こしますが…。
 自分が今目覚めていると思っている世界は、夢なのか現実なのか? 不安を残すラストが不気味な短篇です。

『ベモーリ』
 文房具店に勤める内気な娘は、文房具に対して非常な愛着を抱いていました。店をクビになってしまった娘は、かっての勤め先をたびたび訪れますが…。
 これは珍しい、文房具愛を描いた作品。「魔法のお店」テーマに分類してもよさそうな作品ですね。

『大理石の首』
 かって自分が捨てた人妻を記憶から消し去っていた男は、ある日出会った屋敷の大理石の首に、かっての恋人の姿を見出し、後悔にさいなまれますが…。
 運命の皮肉をさらりと描いた小品。妙に心に残る作品ですね。

『防衛』
 美しい未亡人に恋をした青年仕官は、ある夜偶然を装って、未亡人に告白します。亡き夫を今でも愛しているという未亡人に対し、屈辱を覚えた青年は、亡き夫の幽霊のふりをして驚かそうと考えますが…。
 「防衛」しているのは誰なのか? オーソドックスなゴースト・ストーリーです。

『南十字星共和国』
 南極大陸に建設された未来都市、南十字星共和国。膨大な工場を抱える共和国は、繁栄を続けていましたが、ある日、伝染病が発見されます。その病にかかったものは、狂気に囚われてしまうというのです。やがて感染の広がった首都は、壊滅状態に陥りますが…。
 伝染病にかかった狂気の人々の描写がもの凄いですね。未来都市があっという間に廃墟になっていく過程が視覚的に表現されています。集中一の傑作でしょう。

『姉妹』
 3人姉妹の次女と結婚した青年はしかし、他の2人にも惹かれ続けていました。官能的な長女に、無垢な三女。ある夜、それぞれの娘と話した青年は夢ともつかぬ体験をしますが…。
 愛情のもつれを描いた作品と思いきや、途中から、夢とも現実ともつかぬ、悪夢のような様相を呈していきます。まるでモダン・ホラー作品のようですね。

 『地下牢』『いま,わたしが目ざめたとき…』『南十字星共和国』など、ブリューソフの作品では、作中で血が流されたり、残酷な行為が行われたりすることが多いです。しかし、凄惨な光景にもかかわらず、それらがあまり現実感を帯びていないのが不思議です。
 むしろ、夢の中での情景であるかのような雰囲気が漂います。それが「夢と現実は紙一重」というテーマともマッチして、独自の味わいを生み出しているように感じられます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

魂のゆくえ  リュドミラ・ペトルシェフスカヤ『私のいた場所』
430920631X私のいた場所
リュドミラ・ペトルシェフスカヤ 沼野 恭子
河出書房新社 2013-08-26

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 『私のいた場所』(沼野恭子編訳 河出書房新社)は、現代ロシアの女流作家、リュドミラ・ペトルシェフスカヤの幻想的な短編を集めた作品集です。「幻想的」とはいっても、例えば童話風だったり、実話風だったり、寓話風だったりと、その「幻想」の質はさまざま。

 傾向別に4章に分けて作品が並べられていますが、特に面白く読めたのは、1章≪不思議な場所≫と2章≪東スラヴ人の歌≫です。

 1章では、死んだ娘を生き返らそうと奔走する父親の物語『噴水のある家』、青年に生まれ変わった父親が、かっての妻と息子に再会し愛情をそそぐ『新しい魂』が面白いですね。

 2章≪東スラヴ人の歌≫は、かって『東欧怪談集』(沼野充義 河出文庫)にも収録された、怪談的要素の強い作品群。どれも短めですが、簡潔なだけに力強い印象を与えます。とくに2章最後に収録された『復讐』は、アパートの隣に住むシングルマザーとその子供を憎む女の狂気を描いています。短めながらも強烈なインパクトのサイコスリラーです。

 ちなみに、3章≪お伽噺≫は、お伽噺をモチーフにした作品群、4章≪死の王国≫は、生と死の狭間を描く作品を集めています。

 いわゆる「ジャンル作家」ではないので、きっちりとSFやファンタジーに分類はできないのですが、作品内に流れる独特の空気は非常に魅力的です。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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