
私見では、ミステリやSFに比べて、いわゆる「幻想文学」に関する入門書・ガイドブックは、日本では少ないように思います。狭義のホラーやファンタジーに絞れば、例えば荒俣宏『ホラー小説講義』(角川書店)、尾之上浩二編『ホラー・ガイドブック』(角川ホラー文庫)、石堂藍『ファンタジー・ブックガイド』(国書刊行会)、小谷真理『ファンタジーの冒険』(ちくま新書)などの名前が挙がってきますが、広い意味での「幻想文学」の入門書となると、なかなか見当たりません。強いてあげるなら、「幻想文学」編集部編『幻想文学1500ブックガイド』(国書刊行会)などがそれに当たるのでしょうが、名著であるのは確かだとしても、入門書というのとは、ちょっと異なる感じです。 その点、フランツ・ロッテンシュタイナーの『ファンタジー(幻想文学館)』(創林社)は、世界の「幻想文学」を要領よくまとめた本で、類書のなかでもバランスのとれた良書だといえます。 フランツ・ロッテンシュタイナーは、オーストリアの文学研究者にしてアンソロジスト。日本でも、彼の編纂になるSFアンソロジー『異邦からの眺め』(深見弾訳 ハヤカワ文庫SF)などが翻訳されています。 『ファンタジー(幻想文学館)』のいちばんの特徴は、とにかくヴィジュアル面が充実しているところでしょう。作家の顔写真や肖像画をはじめ、作品の挿絵や書影など、このジャンルのファンなら、見ていて楽しくなるような魅力に溢れています。珍しいところでは、ポーランド版M・R・ジェイムズ作品集の挿絵などが掲載されています。ちなみに、上にのせた書影は、デ・ラ・メア作品集の表紙のイラストだそうです。 さて、内容の方はというと、定番ともいえるゴシック小説から筆を起こしています。ホレス・ウォルポール、ウィリアム・ベックフォード、メアリ・シェリーあたりはお馴染みの面々ですが、続いて、アメリカのチャールズ・ブロックデン・ブラウン、ホーソーン、フィッツ=ジェイムズ・オブライエンにまでふれているところは、なかなか目先が行き届いていますね。 続いての章では、「幻想文学」の三大巨匠として、E・T・A・ホフマン、エドガー・アラン・ポオ、ゴーゴリを取り上げています。ホフマン、ポオはともかく、ゴーゴリを持ち上げているところが特色です。 「吸血鬼」や「狼男」などの、「幻想文学」の主なテーマに簡単に言及した後は、英国の幽霊小説、ビアス、ラヴクラフトを経て、秘境冒険小説、ヒロイック・ファンタジー、トールキンなど、「幻想文学」の主なジャンルを一通り見て回っています。 そして後半での読みどころは、世界各国の「幻想文学」事情。この手の類書では、全体に英米偏重的な要素が強いのですが、著者がオーストリア人だけに、ヨーロッパの各国についても上手くまとめています。フランスはともかく、ラテンアメリカ、ドイツ、オーストリア、ベルギー、ポーランドあたりについては、他によい情報源となる本が少ないために、ひじょうに参考になります。ちなみにベルギーのパートは、ジャン・レーとトーマス・オーウェン、ポーランドのパートはグラビンスキで代表させている風もあり、そんなに細かくはないところが残念ではあるのですが。 もちろん日本のパートもあって、ここではラフカディオ・ハーン、芥川龍之介、江戸川乱歩、安部公房などが紹介されています。 基本的に本書は、代表的な作家や作品のあらすじの紹介が主です。深い解釈に踏み込んだり、斬新な論が展開されるわけでもないのですが、これだけ広い国や作家をカバーした入門書は、知る限り、これ以外にありません。原著が1978年刊行なので、当然、それ以降の新しい情報には欠けるのですが、今読んでも良質なガイドブックなので、ぜひ復刊してもらいたいですね。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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