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現実の傷跡  サマンタ・シュウェブリン『七つのからっぽな家』
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 アルゼンチンの作家サマンタ・シュウェブリンの『七つのからっぽな家』(見田悠子訳 河出書房新社)は、「家」がテーマとなっていますが、かちっとした物語はなく、夫婦や家族の日常が断片的に切り取られた情景が描かれていく、という感覚の短篇集です。
 ただ「日常」とはいいつつ、単なる日常ではありません。精神のバランスを狂わせた人物の異様な言動であったり、第三者からは理解しにくい奇妙な行為など、そこには不条理な味わいがあるのが特徴でしょうか。

 見ず知らずの家の庭に車を乗り付け非常識な行動を繰り返す母親について語られる「そんなんじゃない」、離婚した元妻の家で放埒に振る舞う元夫の両親を描いた「ぼくの両親とぼくの子どもたち」、亡くなった息子の服を他人の庭に放り込み続ける老母とその夫の物語「いつもこの家で起こる」、周囲に猜疑心を募らせる認知症の女性を描く「空洞の呼吸」、離婚をめぐっての義母の不思議な心理が描かれる「四〇平方センチメートル」、洗剤を飲み込んだ妹を病院に連れていく過程で見知らぬ男と出会った少女の奇妙な体験を描く「不運な男」、夫と揉めた妻が見知らぬ男と衝動的にドライブに出かけるという「出る」の七篇を収録しています。

 広い意味で、人間同士の「齟齬」が描かれている作品集といえましょうか。エキセントリックだったり、狂気じみた行動をする人物がよく登場しますが、彼らの真意が理解されたりすることは少なく、そこにはコミュニケーションの断絶があります。その意味で、作品から、かなり冷たい印象を受ける人もいるかと思います。

 それが強く表れているのが「空洞の呼吸」。高齢の女性ロラは自分が死にかかっていると感じていました。認知症にかかっているらしいロラは、自ら何をしていたのか忘れてしまったときのために、自前のリストを持ち歩いています。リストの中には、夫が口出しをしても無視すること、という項目もあるのです。
 猜疑心も強く、となりに越してきた家族の息子が良からぬことをしようとしていると思い込んでもいます。
 ロラの視点で話が進むため、彼女が信じる内容が本当なのかと考えつつ読む進めることになるのですが、やがて第三者の視点から、事態がロラの思っているのとは違っていることが判明することになります。
 最終的に現れるのは悲しい現実で、それはロラ自身についてだけでなく、隣人の家庭もまたそうなのです。さらにロラの認知症によって、その「傷跡」が広げられている…というあたりの残酷さは強烈ですね。


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恐るべき社会  マリアーナ・エンリケス『寝煙草の危険』
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 〈アルゼンチンのホラー・プリンセス〉の異名もある作家マリアーナ・エンリケス。彼女の短篇集『寝煙草の危険』(宮﨑真紀訳 国書刊行会)を読んでみると、確かにホラー的な小説ではあるのですが、その作風は狭義のホラー小説とは異なっています。
 多くの作品では、超自然現象が起こりそれがクローズアップされるのですが、その現象を通して現代アルゼンチンの現実社会の不条理もまた浮かび上がってくる…といった感じの作風です。その意味では「社会派ホラー」的な感触も強いでしょうか。

 骨を掘り出したことで赤ん坊の霊に付きまとわれる「ちっちゃな天使を掘り返す」、年上の少年に憧れる少女たちの嫉妬の念が悲劇を呼ぶ「湧水池の聖母」、浮浪者が置き去りにしたショッピングカートの呪いにより住宅地の住民が不幸に見舞われ続けるという「ショッピングカート」、病的な恐怖心に囚われた少女が、過去の因縁を求めて井戸を訪れる「井戸」、子供たちの霊がうろつく町の恐怖について語られる「哀しみの大通り」、ホテルの展望塔に女性を監禁しようとする謎の存在について描かれるゴシック風作品「展望塔」、独特の心音に快感を覚える女の物語「どこにあるの、心臓」、急死したスターを崇拝するあまり、とんでもない行動を働いた少女たちを描いた「肉」、超自然的な存在が見えるという少女をビデオで撮影することになった男を描く「誕生会でも洗礼式でもなく」、ある日行方不明に鳴っていた子供たちが大量に戻ってくることになるという「戻ってくる子供たち」、とある女性の不安と願望が描かれる「寝煙草の危険」、ウィジャボードで死者と交信しようとする少女たちの恐ろしい体験を語る「わたしたちが死者と話していたとき」を収録しています。

 特に印象に残ったのは「ちっちゃな天使を掘り返す」「ショッピングカート」「戻ってくる子供たち」「わたしたちが死者と話していたとき」などでしょうか。

 「ちっちゃな天使を掘り返す」は、赤ん坊の霊につきまとわれる女性を描く物語。
 庭で骨を発見した「わたし」は祖母から、その骨は生後すぐに亡くなった祖母の妹アンヘリータの骨だと知らされます。10年後、ある嵐の夜に「わたし」のアパートに、赤ん坊の幽霊が現れます…。
 大叔母にあたる赤ん坊の霊に取りつかれた女性をめぐるホラー作品です。この霊、幽霊ではありながら、半分腐りかけているというゾンビのような容貌。人によってはこの霊が視えるようで、通りすがった人を驚かせてしまいます。
 意思の疎通もろくにできず、何を求めているかも分からない赤ん坊の霊とのコミュニケーションが描かれる部分はシュールであると同時に不条理感も強いですね。

 「ショッピングカート」もユニークなお話です。
 ある日通りに現れた浮浪者の老人は道端で粗相をし、それに激怒した住人によって追い出されてしまいます。老人が置き去りにしたショッピングカートはそのままになっていましたが、それ以降、周囲の家の住人たちが皆破産するなど経済的な損害を受け始めるようになっていました。不幸は老人の呪いではないかと言われていました。
 食べる物さえ事欠くようになった住人たちと共に治安も悪くなっていきますが…。
 浮浪者のショッピングカートの呪いにより住宅地の住民が不幸に見舞わる…という物語です。
 呪いが本当なのかは分からないのですが、多数の人間がほぼ同時に大量の不幸に見舞われているのは事実であり、それによって人間関係も荒んだものになっていくのです。
 呪いよりも、追い詰められた人間たちの恐ろしさを描いた作品といえましょうか。

 飛びぬけて恐怖度が高くて印象に残るのが「戻ってくる子供たち」です。
 行方不明になった子供たちが突然姿を現し始めます。見つかったことを喜びますが、そのうちに死んだはずの子供までもが姿を現します。また、何年も前に行方不明になった子供は当時の年恰好や状態のままで姿を現していたのです…。
 行方不明(おそらくは死んでいます)の子供たちが生前の姿で現れ始める…というホラー作品です。子供たちの正体や由来はまったく明かされず、それに対する大人や社会の反応がメインに描かれていきます。
 貧困に悩まされ、子供のドラッグや売春が当たり前となったアルゼンチンの現代社会の様子が、既にして不穏で恐ろしいです。
 そこに出来した超自然的な事件によって発生する社会的な不安と同時に、事件が広まるきっかけとなった女性主人公個人の不安も描かれていくという、不気味なお話になっています。

 「わたしたちが死者と話していたとき」もかなり怖い作品。ウィジャボードを手に入れた少女たちは、死者と交信しようとします。他人に邪魔されないピノキアの家に集まった彼らは、それぞれ、行方不明になってしまい、話してみたいと考えていた知り合いを呼び出そうとしますが…。
 作中で起こる超自然的な事件も怖いのですが、その背景となった過去のアルゼンチン社会の政治的な行方不明事件についても触れられ、現実的な恐怖も共に描かれていくという作品です。


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奇想と抒情 ホセ・エミリオ・パチェーコ『メドゥーサの血 幻想短篇小説集』
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 ホセ・エミリオ・パチェーコ『メドゥーサの血 幻想短篇小説集』(安藤哲行訳 まろうど社)は、メキシコの作家パチェーコ(1939-2014)の幻想的な短篇を集めた作品集です。「幻想短篇小説集」という触れ込みですが、あくまで広義の幻想小説で、純文学的な感触の作品も多く収録されています。

 亀に変えられてしまったという少女の見世物について語られる「遥かな風」、遊園地をめぐる幻想的な連作掌篇「遊園地」、地震によって修道院の廃墟から過去の惨劇の証拠が現れるという「囚われの女」、グミの幹に現れた聖母をめぐって村中がお祭り騒ぎになるという「夏の聖母」、引っ越してきた夫婦の日常行為がその周囲の住人たちには異常なものに取られてしまうという恐怖小説「闇にあるもの」、ギリシャ神話のペルセウスの伝説と、妻が虐げていた年下の夫に殺されるという事件が重ねて語られる「メドゥーサの血」、猫の生態的な記述とその恐るべき残酷さが語られていく「三連作「猫」」、家に害をなす鼠を毒殺しようとした男が恐ろしい結末を迎える「青い粉」、鳥の怪我の手当てをする鳥好きの男を幻想的に語った「鳥」、様々な幻想掌篇が語られる連作「架空の生の諸事例」、かって自分を拷問した友人の父親と再会した男の物語「覆面」などを面白く読みました。

 短い掌編、もしくはそうした掌編の連作的な作品に傑作が集中している感じでしょうか。その意味で特に印象に残るのは「遊園地」「架空の生の諸事例」です。

 「遊園地」は遊園地にまつわる幻想的な掌篇が、八篇並べられた連作。
 明確なストーリーのない散文詩的なものもありますが、突飛なイメージのシュールなショート・ショート集として面白い作品になっています。
 悪戯好きな子供が食虫植物に食べられてしまうという2篇目、子供を載せた汽車が二度と戻ってこないという5篇目、家族が一兆匹の蟻に食い尽くされてしまうという6篇目、遊園地の中に遊園地があるという入れ子状の施設について語った8篇目が面白いですね。
 8篇目に至っては、その入れ子のテーマと呼応するように、結末が1篇目にループするという、目くるめくような仕掛けもされています。

 「架空の生の諸事例」は共通するテーマはないようですが、幻想的でシュールな掌篇が並べられています。リンカーンの暗殺を主題とした政治劇の上演中に殺人が起き、リンカーン本人がそれに紛れて失踪するという「リンカーン暗殺」、過去の人物が突然未来に転移してしまう「約束の証拠」、実在したサンチョ・パンサの物語「ラ・マンチャのとある場所で」、たびたび姿を変える彫像を描く「変貌」、イスパハンにある三つの泉の物語「イスパハン」、記憶を消してしまう井戸水をめぐる奇談「井戸」、古い公園が猫のたまり場になっていくという「猫の庭」、砂の坑道で作業する男の独白が描かれる「砂の採掘坑」、ピラネージの幻の版画が発見されるという「幻視家」、ピグマリオンとガラテアの物語「変身」、過去や未来の映像が受像機に混ざり込むという「遠隔操作」、カエサルの皮肉な人選を描いた「選ばれた者」、逃亡者が恐れるものを自ら作り出してしまう「逃亡者」、トロイア戦争の真実を語る「スカマンデルの岸辺」、訪れた者が別人のようになってしまう謎の島をめぐる奇談「島」、時間をあやつる力を持つ時計の物語「波の上」、地獄で発生した問題が語られるブラック・ユーモア作品「地獄の諸問題」、エメラルドの中に囚われた極小の美女を解放しようとする男の物語「エメラルドの中」の十八篇が並べられた構成の連作となっています。
 皮肉で気の利いた幻想ショート・ショート集といった趣ですね。神話や歴史をおちょくったり、「約束の証拠」ではボルヘス作品が言及されたりと、パロディ味もあります。

 幻想小説とはちょっとベクトルが違いますが、少年少女が登場する抒情的な作品にも味わいがあります。おばから可愛がっている猫の安楽死を頼まれた少年を描く「沈下した公園」、美しい従姉との夏の日々を語った「八月の午後」、パレードを背景に太った少女の自意識が語られる「女王」など。

 前衛的で難しい作品もありますが、全体に様々な味わいが楽しめる好短篇集でした。品切れになって久しいようですが、復刊を期待したいところです。


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「ぼく」の人生の物語  マルセロ・ビルマヘール『見知らぬ友』

見知らぬ友 (世界傑作童話シリーズ) 単行本 – 2021/2/12


 アルゼンチンの作家マルセロ・ビルマヘールによる短篇集『見知らぬ友』(宇野和美訳 福音館書店)は、一見、普通の日常の中に、変わった出来事が起こるという、不思議な手触りの小説集です。

 自分が困難に出会うたびに突然現れ助けてくれる見知らぬ友の存在を描く「見知らぬ友」、髪を切るのが苦手な少年と床屋の交流を描いた「世界一強い男」、観賞魚店の魚をめぐって少年と少女の出会いが描かれる「ヴェネツィア」、紛争に従軍した長男をめぐって家族に起こる不思議な物語「立ち入り禁止」、黒い石について父子の対話が描かれる「黒い石」、詩をクラスメイトに盗まれた詩人の少年を描く「地球のかたわれ」、不良ぶった少年がガールフレンドに送ったラブレターが二人の人生を変えるという「失われたラブレター」、無名のザイールのサッカー選手をめぐる少年の物語「ムコンボ」、父親に会いに飛行機に一人乗った少年と「ぼく」の出会いを描いた「飛行機の旅」、かっては美しかったであろう老婆が保管していた少女時代の写真をめぐる奇談「クラス一の美少女」を収録しています。

 収録作の大部分の語り手は、作家自身を思わせる「ぼく」になっており、描かれるのも「ぼく」の少年時代が多くなっています。それだけに実体験を元にしたリアルな小説かと思わせるのですが、起こるのは超自然的とまでは言わないにしても、数奇な出来事ばかり。
解説によれば、実際、小説の核となるイメージは作者の少年時代の思い出から来ているのだとか。ただ、そこに数奇な出来事や、登場人物の変わった運命を混ぜ込んでいます。全体にユーモアあふれる語り口のせいもあり、不思議な手触りの作品集になっています。
 特に印象に残るのは「失われたラブレター」「クラス一の美少女」でしょうか。

 「失われたラブレター」は、こんな物語。不良じみたポーズを取りながらも才気あふれる少年マルコス。彼は美しい少女ルイシーナに恋していましたが、仲間との賭けにそそのかされてルイシーナへのラブレターを書きます。
 ラブレターは素晴らしい出来だったものの、賭けによって書かれたということで、二人の仲は進展せずに終わってしまいます。数十年後、マルコスは犯罪を犯して刑務所に収監され、一方ルイシーナは人妻となっていました。
 ある日ルイシーナの妹テオドーラは、ルイシーナが保存していたマルコスからのラブレターを読み、マルコスに恋してしまいます…。
 純粋な愛をつづったはずのラブレターが、書かれた環境、読まれた環境によって、思いもかけない結果を引き起こすという、不思議な人生の物語です。

 「クラス一の美少女」は、老女の変わった人生の物語。
 不動産の仕事をする父親の共をして、家を売りたいという老女の家を訪れた少年の「ぼく」。老女はかっての美しさを留めた女性でした。やがて老女は亡くなりますが、家に置いてあった少女時代の老女の美しい写真に惹かれた「ぼく」は写真を一枚くすねてしまいます。
 大人になり取材記者となった「ぼく」は、老人ホームへインタビューに訪れますが、その相手の一人マリータは、「ぼく」のもつ美少女の写真に写っているのは自分だと言い出します…。
 子ども時代の写真とそれを見た関係者の言葉により、亡くなった老女の人生の悲喜劇が語られるという物語です。読んでいて、いろいろ想像をそそられる物語になっていますね。

 表題作「見知らぬ友」「立ち入り禁止」は、超自然的な出来事が起こる明確な幻想小説になっています。

「見知らぬ友」では、主人公ルシオの人生のことあるごとに現れ、助けてくれる「見知らぬ友」が描かれます。
やがて彼の存在に慣れてしまったルシオは彼の助力を心待ちにするようになりますが、ある時を境に彼は現れなくなります…。
 「見知らぬ友」は何者なのか? 「分身物語」というべきか、「悪魔との契約」テーマというべきか、寓話的な作品です。

 「立ち入り禁止」は、フォークランド紛争で長男を徴兵されてしまった家庭が描かれます。少年ラファエルは、兄のルカスがいなくなってから、両親との間が上手くいかなくなっていました。両親はラファエルに夫婦の部屋への出入りを禁止し、同じ家でありながら一人で過ごすようになっていました。
 ある夜、言いつけを破って両親の部屋に入ったラファエルは、そこに誰もいないのに気づいて愕然とします。両親は確かに部屋にこもっているはずなのです…。
 閉ざされた部屋はどうなっていたのか? 寓話として捉えることもできるのでしょうが、まるで「シュレーディンガーの猫」を思わせる<奇妙な味>の物語です。

 観賞魚をめぐって少年と少女の束の間の出会いを描く「ヴェネツィア」であるとか、選手としては無名でありながら、カードの存在から少年たちの間で一時的な人気を博すサッカー選手をめぐる思い出を描いた「ムコンボ」など、普通小説的な色彩の濃い作品にも味わいがあって、それらで描かれる少年少女の淡い恋物語や、大人との交流など、そうした微妙な心理を扱った作品にもまた違った面白みがありますね。


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不穏なユーモア  フリオ・コルタサル『奪われた家/天国の扉 動物寓話集』
4334753795奪われた家/天国の扉 (光文社古典新訳文庫)
フリオ コルタサル Julio Cort´azar
光文社 2018-06-08

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 『奪われた家/天国の扉 動物寓話集』(寺尾隆吉訳 光文社古典新訳文庫)は、アルゼンチン幻想文学の巨匠フリオ・コルタサルの第一作品集の邦訳です。収録作品は、アンソロジーや雑誌に既訳があるものも多いのですが、まとまった形での邦訳は初めてになります。

 兄妹が住む屋敷が何者かに占拠されるという「奪われた家」、女性の留守宅へ住む男が子ウサギを吐き出すというシュールな作品「パリへ発った婦人宛ての手紙」、美しい女性が遠くの国にいる自分の分身の境遇を感じ取るという分身小説「遥かな女 アリーナ・レエスの日記」、バスに乗り込んだ若い女性が乗客たちから奇妙な扱いを受けるという「バス」、謎の生物「マンクスピア」の世話をする男と女の日常を描いた「偏頭痛」、婚約者二人に死なれている女性と新しい婚約者の恋の行方を描く「キルケ」、死んだ妻の幻影がダンスホールに出現するという「天国の扉」、預けられた家での少女の不穏な日常を描く「動物寓話集」の8篇を収録しています。収録作品の多くに動物が登場するのが、この短篇集のタイトルの由来でしょうか。

 コルタサルの作品では、不思議な現象が突然発生しますが、それについて説明が全くされません。しかも登場人物たちもそれらの現象に対して不思議だと思っていないことが多いのです。それゆえ、何の気なしに読んでいると、何も起こらない普通小説のように読めてしまう作品もあります。
 この作品集の中で一番「普通小説」に近いのは「バス」でしょうが、この作品においても、語り手含め登場人物の動きは明らかに「異常」で、それが何ともいえない不穏な読み味になっています。

 コルタサルには「何が起きているのかはっきりしない」作品が結構あって、その最たるものが、代表的な作品「奪われた家」です。家を奪う「何者か」については全く描写されず、主人公たちの妄想とも取れるのですが、そう解釈しても、どうも収まりが悪いのですよね。
 男がウサギを吐き出す「パリへ発った婦人宛ての手紙」や、謎の生物を飼育する「偏頭痛」などは、明らかに異常な現象が起きているのがわかるので、身構えて読むのですが、そう読んだとしても話をずらされてしまうような読み心地の悪さがあり、これがまた、コルタサルの魅力でもあるのでしょう。

 コルタサルのタッチは「リアル」なので、時折冗談なのか本気なのかわからないのですが、それが明らかに「冗談」の方にグンと寄ることもあって、「偏頭痛」はまさにそんな作品ですね。
 「偏頭痛」では、主人公の男女が謎の生物「マンクスピア」を飼育していて、その生態もおかしいのですが、この男女が病弱なのか、やたらと病気にかかっているのです。それらの病気に対して架空の病名がたくさん挙げられるという、非常にユーモアの感じられる作品です。
 別の短篇集収録ですが、コルタサルには「誰も悪くはない」『遊戯の終わり』岩波文庫 収録)という短篇があって、これはセーターを着るだけの話が異界へ通じる幻想小説になってしまうという、とんでもない作品です。作者がユーモアを意図して書いたのかは不明なのですが。

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運命と人間  アドルフォ・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』
433604841Xパウリーナの思い出に (短篇小説の快楽)
アドルフォ・ビオイ=カサーレス 野村竜仁
国書刊行会 2013-05-30

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 ボルヘスと並び称され、短編の名手との評も聞かれる、アルゼンチンの幻想作家アドルフォ・ビオイ=カサーレス。日本でも数編の短編が訳されていましたが、ようやく本邦初の短編集『パウリーナの思い出に』(野村竜仁、高岡麻衣訳 国書刊行会)が刊行されました。

 バッカス神に翻弄される人間たちの物語『愛のからくり』、動物に生まれ変わった人間たちの顔が見えるようになった男を描く風刺的な『真実の顔』、時間の止まった屋敷に暮らす父娘とそれをめぐる詩人たちの物語『雪の偽証』など、力作が目白押しですが、集中でも飛びぬけた傑作として、表題作『パウリーナの思い出に』『大空の陰謀』が挙げられます。

 『大空の陰謀』は、テストパイロットの男が事故を起こして墜落し、自分の世界とは微妙に異なる世界に迷い込むという物語です。いわゆる「平行世界」を扱っているのですが、著者の筆致が非常に不気味な雰囲気をかもし出しており、悪夢のような幻想小説になっています。

 表題作『パウリーナの思い出に』では、幼い頃から自他ともに認める恋人として過ごしてきた女性が、結婚を目前にして、別の男のもとに走っていってしまいます。傷心の主人公は海外に旅立ちます。
 帰国した主人公のもとに、その女性パウリーナが現れ、かっての愛を取り戻したかに見えますが、やがてパウリーナは、恋敵の男の手で数年前に殺されていたことを知ります。あのパウリーナは亡霊なのか…?
 愛、幻影、分身…。長編『モレルの発明』の変奏曲ともいうべきテーマを持つ傑作小説です。

 収録作品のほとんどに、幻想的もしくはSF的な要素が認められ、広義の「幻想小説」といっていい作品になっています。文学性と物語性が高いレベルで結実した作品集となっており、幻想文学好きにはたまらない短編集でしょう。

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幻影の恋  アドルフォ・ビオイ=カサレス『モレルの発明』
4891766964モレルの発明 (フィクションの楽しみ)
アドルフォ ビオイ=カサーレス Adolfo Bioy Casares
水声社 2008-10

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4796871322闇の国々II (ShoPro Books)
ブノワ・ペータース フランソワ・スクイテン
小学館集英社プロダクション 2012-10-31

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 先日、ブノワ・ペータース/フランソワ・スクイテンによる、バンドデシネ作品『闇の国々2』が発売され、早速眼を通しました。1巻に劣らず、素晴らしい出来です。
 なかでも気に入ったのが、シリーズの第1作である、『サマリスの壁』です。

 足を踏みいれた者が戻ってこないという噂の立つ、謎の都市サマリス。議会から調査を命じられた主人公フランツは、はるか彼方のサマリスへ旅立ちます。ようやく到着したサマリスは、まるで迷宮のような都市でした。都市に対する不審の念を拭えないフランツでしたが…。

 都市の幻影に踊らされる主人公を描く幻想的な作品なのですが、訳者の解説を読むと、アドルフォ・ビオイ=カサレスの『モレルの発明』の影響が見られる、とのこと。
 それならば、と積読していた『モレルの発明』を引っ張り出してきて、読んでみました。確かに通低するものがあります。
 『モレルの発明』は、こんな話です。

 罪を犯し、警察に追われる語り手の≪私≫は、放置された建築物があるという無人島の話を聞きます。その島では、奇妙な病が流行っているといいます。隠れ場所を求める語り手は、あえてその島に上陸し、ひっそりと生活を始めます。
 ある日、無人島であるはずの島で、複数の男女に出会った≪私≫は驚きます。中でもフォスティーヌという名前であるらしい、美しい女性に≪私≫は惹かれます。見つかる危険を顧みず、フォスティーヌの前に姿を現す≪私≫でしたが、彼女は≪私≫がまるでいないかのように振舞うのです…。

 なんとも魅力的な作品です。中心となる謎はSF的なものなのですが、全体にミステリのかたちで話は進みます。かなり早い時点で、謎の正体はわかってしまうのですが、そこからの主人公の行動がまた興味深い。
 恋とは何なのか? 他者とは何なのか? ≪私≫のとった行動の意味とは? 再読、三読に耐える、哲学的な深みを持った作品です。 

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ドラマの天才  マリオ・バルガス=リョサ『フリアとシナリオライター』
4336035989フリアとシナリオライター
マリオ バルガス=リョサ Mario Vargas Llosa 野谷 文昭
国書刊行会 2004-05

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 ペルーの作家、マリオ・バルガス=リョサの『フリアとシナリオライター』(野谷文昭訳 国書刊行会)は、作者の生涯をもとにしたという半自伝的小説。とはいえ、その内容はシリアスなものではなく、スラップスティック風のコメディに仕上がっています。
 作家に憧れる18歳のマリオは、大学に通いつつ、ラジオ局でニュース担当として働いていました。そんなおり、局は、天才と言われるシナリオライター、ペドロ・カマーチョを招聘します。彼の書くシナリオは、あっという間にペルー中の話題をさらい、人気を博するようになります。
 一方、血のつながらない義理の叔母フリアが、マリオの叔父のもとに滞在することになります。離婚したばかりの、まだ若く魅力的なフリアに惹かれたマリオは、彼女と恋に落ちます。ところが親戚中の猛反対に会ってしまいます。
 時を同じくして、カマーチョの書くシナリオがおかしくなりはじめます。登場人物も筋も、常軌を逸したものになりつつあったのです。
 マリオとフリアの恋の行方は? そしてカマーチョのドラマの行方はいったい?
 主人公マリオとフリアのラブストーリーをメインとして、ラジオ作家ペドロ・カマーチョのドラマが、間にはさまれる体裁の作品です。中心となるラブストーリーもなかなか面白いのですが、作中作となるカマーチョのドラマが、これまた面白いのです。
 結婚式当日に突然倒れる花嫁と、花婿を殺そうとする花嫁の兄をめぐる物語、とか、巡回中に見つけた謎の黒人殺害を命じられた軍曹の物語、とか、愛する家族に襲撃されるネズミ駆除に執念を持つ男の物語、など、そのどれもが奇想天外なものばかり。主人公はきまって、鷲鼻で額の広い50男なのがおかしさを誘います。しかも、ストーリーは、がぜん面白くなるところで打ち切られます。「~はどうなってしまうのか」と、つづきもののナレーションのような文で終わってしまうのです。
 時を経るにしたがって、カマーチョの精神状態は不安定になり、ドラマも次第に変調をきたしてきます。他のドラマの登場人物が、違う役割で登場したり、死んだはずの人物がまた死んだり、挙げ句の果ては大地震で登場人物が全員死んでしまったりするのです。
 さて、このカマーチョのパートが、メインのラブストーリーにからんでくると思いきや、全くからんできません。2つのストーリーは平行線をたどるだけなのです。これが、もしSFやファンタジーだったなら、変調をきたしたカマーチョのフィクションが、現実を侵食する、といった形になるのでしょうが、この作品の場合、そういうことはありません。
 主人公マリオとフリアのラブストーリー自体は、それなりに面白いものの、とりたてて書き立てるほどのこともありません。それだけに、カマーチョのパートと上手く絡ませてくれたら、もっと面白くなったのではないか、と思わせるところもあります。
 作中では、マリオはカマーチョに憧れを抱いている、という設定になっているのですが、それもカマーチョの文学的な業績に対して、というわけでもありません。そもそもマリオはカマーチョの作品自体を評価しているわけではないのです。何しろドラマを実際に聞いてさえいません。ただ、周りの人たちからの絶賛や、カマーチョ自身のキャラクターに対して、表面上の憧れを抱いているにすぎません。結局のところ、主人公にとってカマーチョの作品は「文学」ではないのです。
 それが端的にあらわれているのが、結末の対比でしょう。文学に打ち込んだ主人公は認められ、メロドラマに精神をすり減らしたカマーチョは落ちぶれてしまうのです。主人公が、小説の習作として考えている短篇の筋が、いくつか作中であらわれるのですが、それらもわりと幻想的だったり、奇想天外だったりします。それらは文学というより、実際はカマーチョのドラマに近いものだったりするのです。そのあたりの皮肉が、作者の狙ったところだとすると、なかなか一筋縄ではいかない作品、といえるかもしれません。

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ロマンティックな妄想  イサベル・アジェンデ『エバ・ルーナのお話』
4336035962エバ・ルーナのお話 (文学の冒険シリーズ)
イサベル アジェンデ Isabel Allende
国書刊行会 1995-07

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 チリの作家、イサベル・アジェンデの長編『エバ・ルーナ』(木村栄一、新谷美紀子訳 国書刊行会)は、数奇な運命のもとに生まれた少女エバの生涯を描いた、大河小説でした。
 その主人公、エバが語ったという設定の短編を集めたのがこれ、『エバ・ルーナのお話』(木村栄一、 窪田典子訳 国書刊行会)です。最初と最後に、枠となる物語として、エバと恋人ロルフの物語が置かれていますが、基本的には、短編それぞれが完結したお話なので、『エバ・ルーナ』を読んでいなくても楽しめます。
 中には、結末が尻切れトンボというか、はっきり完結していないものも多いのですが、共通するのは、どの短編もその密度が尋常ではないということ。しかも濃厚な油絵のような筆致ながら、ロマンティックな甘さがあります。それも、トレンディドラマのような甘さではなく、現実の厳しさ、容赦なさを描きながらも、人間の愛がかいま見えるような甘さ、とでもいえばいいのでしょうか。
 そして舞台となる現実もまた、単なるリアリズムの現実ではありません。超自然的な現象こそ起こらないにせよ、あまりに現実離れした苦難が登場人物を襲います。見方によっては荒唐無稽としか見えない世界なのですが、アジェンデにかかると、そこに濃密なリアリティが生まれるのです。
 アジェンデの作品のパターンの一つとして、権力や富を持ちながらも人間不信に陥っている男の心を、愛をもって開かせる女、という少女小説的なものがあります。このパターンが露骨に出ている作品は、わりと陳腐なのですが、その場合でさえ十分に読ませられてしまうのは、アジェンデの恐るべき筆力のためでしょうか。
 この短編集の中で言うと『二つの言葉』『クラリーサ』『ヒキガエルの口』『判事の妻』『ある復讐』などがそのパターンにあてはまります。知恵遅れの娘が弾く音楽に惹かれ、娘を47年間も監禁する『心に触れる音楽』、老いた独裁者に同情した美しい大使夫人が、独裁者の心を開かせようとするが、すぐに飽きてしまうという『幻の宮殿』などは、そのパターンをひねったものでしょうか。
 どの作品も文句なく面白いのですが、特によかったのは『トスカ』『小さなハイデルベルク』です。

 『トスカ』 オペラの「トスカ」のようにロマンティックな妄想に駆られた人妻が、夫と息子を捨てて愛人と出奔します。しかし愛人は、女の夢についていくことができずに、現実の前で疲弊し、死んでしまいます。女は数十年後、元夫と息子を見かけます。二人の前に現れて、感動の再会をするという、またもやロマンティックな妄想が女の頭の中に浮かびます。しかし、二人の絆の深さを目の前に見た女は、現実と夢のはざまで揺れ動き、結局すごすごと引き下がります…。
 夢と現実、というアジェンデの最大のテーマが、上手く凝縮された一編です。

 『小さなハイデルベルク』 長年ペアを組んで踊ってきた「船長」とラ・ニーニャ・エロイーサは、40年間もずっと口をきいたことがありませんでした。「船長」は外国人のため、周りの人間と話すことができなかったのです。過去については誰も知らず、当て推量から、船長はフィンランド人だということになっていました。ある夜、外国の若いカップルがダンスホールに現れます。船長はカップルの話す言葉が、自分の母国語だと知るや、彼らに話しかけ、通訳をしてほしいと頼みます。そして船長が発した言葉はラ・ニーニャ・エロイーサへの結婚の申し込みでした…。
 40年間もその国にいるにもかかわらず、言葉が全くわからないのはおかしい、という疑問はさておき、結婚を申し込むために40年間も待ち続ける、という、あまりといえばあまりにロマンティックなストーリーにもかかわらず、アジェンデの筆は実に可憐です。

 アジェンデの描くストーリー自体は、かなり荒唐無稽であるにもかかわらず、その骨太な人物描写により、リアリティが与えられています。その豊穣な物語世界は、至福の時間を与えてくれるでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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