短篇ファンの福音書  『新・パパイラスの舟』
 1973〜1974年ごろに『ミステリマガジン』誌に連載されていた、小鷹信光のエッセイ『新・パパイラスの舟』。このブログでも、以前に言及したことがあると思うのですが、このシリーズが僕はとても好きでした。毎回テーマを決めて、そのテーマに沿った海外短篇をいくつか選んで紹介するというコンセプトの、意欲的なエッセイでした。
 タイトルに「新」とつくのは、それ以前に『パパイラスの舟』というエッセイがあって、それの続編という肩書きだったからですが、旧シリーズの方が単行本化されたのに対して、この「新」の方は雑誌に埋もれたままでした。
 ところが、ここにきて、このエッセイを単行本化するという情報があり、ひじょうに嬉しく思っています。出版元は論創社なのですが、仮タイトルを見てみると『新パパイラスの舟 21の短篇』というものになっています。これはもしかして!と思っていたら、案の定でした。今月号の『ミステリマガジン』で小鷹氏自身が「オマケつき」と書いておられます。詳しいことはまだわかりませんが、どうやら、エッセイ部分に加えて、短篇の「オマケ」がつくようですね。これは本当に好企画。実際の刊行期日はまだ未定のようですが、鶴首して待ちたいと思います。
 さて、この『新・パパイラスの舟』、具体的にどういう内容なのか、ちょっと例を挙げて説明してみたいと思います。
 例えば、1974年3月号に掲載された回の特集は「ドリーム・ファンタジー選『夢見る男たち』」。ジョン・コリア『夢判断』、チャールズ・ボーモント『夢と偶然と』、リチャード・マシスン『人生モンタージュ』などの、異色作家の定番短篇に加えて、アントニー・ギルバート『眠ってはいけない』、C・B・ギルフォード『夢の中の犯罪』など、雑誌に訳載されたマイナー短篇もいくつか紹介しています。
 1974年2月号の特集は「不完全脱獄講座『夢多き男たち』」。シオドア・スタージョン『監房ともだち』、ジャック・フィニィ『独房ファンタジア』、ウィルスン・タッカー『出口あり』、モリス・ハーシュマン『囚人が友を求めるとき』など、「脱獄」に関わる短篇が集められています。
 上に挙げた例からわかると思いますが、狭義の「ミステリ」にこだわらず、いわゆる「異色短篇」や「ファンタジー」も含めて、ひじょうにヴァラエティに富んだセレクションがされているのが、いちばんの特徴です。
 ほかにも「動物奇譚選『十二支殺人事件』」「正論風インタールード『悪魔との契約』」「旅人ファンタジー選『見知らぬ町、ゆきずりの人』」「謎の書簡1『手紙だけでもミステリは書ける』」「精選探偵犬物語『愛犬にご注意』」「契約殺人入門『殺し屋稼業も楽じゃない』」など、毎回趣向を変えて、楽しませてくれています。
 著者の語りも「です・ます」調のやわらかいもので、読みやすく、時折ユーモアも交えていて、とても楽しいものになっています。「手紙」テーマの回では、それこそエッセイというよりは「創作」に近いほどの凝りよう!
 ちなみに、このエッセイの実践編として、大和書房というところから、いくつかのテーマ・アンソロジーが出ていました。出たのは次の五冊。

 『とっておきの特別料理 美食ミステリ傑作集』
 『冷えたギムレットのように 美酒ミステリ傑作集』
 『ラヴレターにご用心 手紙ミステリ傑作集』
 『ブロードウェイの探偵犬 犬ミステリ傑作集』
 『ハリイ・ライムの回想 詐欺師ミステリ傑作集』


 『美食ミステリ傑作集』『美酒ミステリ傑作集』『詐欺師ミステリ傑作集』の3冊に関しては、河出文庫で再刊されています。どれも傑作揃いのアンソロジーなので、興味を持たれた方はぜひ。
 『新・パパイラスの舟』刊行を機に、これらのアンソロジーもぜひ復刊していただきたいですね。
すれっからしのためのリスト 『別冊奇想天外』
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 前回は、第一期『奇想天外』について書きましたが、この雑誌で、もうひとつ言及しておきたいシリーズがあります。
 奇想天外社から刊行された第二期『奇想天外』は、日本作家中心の雑誌になってしまいましたが、その代わりといっていいのかどうか、海外作家の作品を集めた別冊が、何冊か刊行されました。それがこの『別冊奇想天外』です。
 海外短篇を載せただけなら、それこそ他の雑誌でもやっていることで、そう珍しくはありません。『別冊奇想天外』のいちばんの特徴は、頻繁に、詳細なリストを載せていたことです。例えば2号を見てみましょう。特集は『SF再入門大全集』でしたが、この号では、3種類のリストが載っています。フランツ・ロッテンシュタイナーの『世界SF名作表』、デイヴィッド・G・ハートウェル&ポール・ウィリアムズの『60年代の重要な長篇SF』、アンソニイ・バウチャーの『私の手離したくないSF50選』の3つです。
 「再入門」とうたっているだけあって、ちょっとひねったセレクションのリストが掲載されています。例えばロッテンシュタイナーのリストは、「名作表」とはいうものの、著者がヨーロッパ人だけに、共産圏や東欧の作家や作品も散りばめられています。またバウチャーのリストも、名作中の名作からは少しずらした、玄人向けのリストです。
 特集号によってはリストが載っていないものもありますが、全体的に、どの号も資料性が高かったのは事実です。インターネットもまだ存在しない時代、毎号これだけの情報量をつめこんだ雑誌は、そうはなかったと思います。
 以下、主な特集号を並べてみましょう。
 
別冊奇想天外 1号『ヒューゴー賞SF大全集』
別冊奇想天外 2号『SF再入門大全集』
別冊奇想天外 3号『ドタバタSF大全集』
別冊奇想天外 4号『SFの評論大全集』
別冊奇想天外 7号『SFのSF大全集』
別冊奇想天外 10号『SFファンタジイ大全集』
別冊奇想天外 12号『SFゴタゴタ資料大全集』
別冊奇想天外 13号『SF MYSTERY大全集』
別冊奇想天外 14号『レイ・ブラッドベリ大全集』
別冊奇想天外 15号『びっくりユーモアSF大全集』

 1号『ヒューゴー賞SF大全集』は、タイトル通り、ヒューゴー賞受賞作品を集めたもの。野田昌宏編のヒューゴー賞受賞イラストレイター特集などが楽しいです。ロバート・F・ヤング、トマス・バーネット・スワン、シオドア・スタージョン、ポール・アンダースンなどの作品を収録。
 2号『SF再入門大全集』は、上にも書きましたが、SFの「再入門」のための特集。リストを含めて、硬軟とりまぜた作品が言及されていて、非常に参考になります。石上三登志による『映画化されたSF作品完全リスト』など、以前は重宝したものです。
 3号『ドタバタSF大全集』は、スラップスティック風のユーモアSFを集めています。ヘンリイ・カットナー、ロン・グーラート、ゲイアン・ウィルスンなどの作品を掲載。
 4号『SFの評論大全集』は、ほぼ一冊まるごと評論だけを集めたという、画期的な特集号です。しかも、海外作家の評論を多く載せているところがまたにくいです。C・S・ルイス、デーモン・ナイト、スタニスワフ・レム、J・G・バラード、ブライアン・オールディスなどの評論を収録。今読んでもなかなか面白い号です。
 7号『SFのSF大全集』は、SFらしいSFということでいいんでしょうか、かなりオーソドックスかつスタンダードなSF作品を集めています。ドナルド・ワンドレイ、エドモンド・ハミルトン、リー・ブラケットなどの作品を掲載。
 10号『SFファンタジイ大全集』は、間違いなくこのシリーズ中、いちばんの大当たり企画でしょう。この号を探しているホラー・ファンタジーのファンの人もいるはず。
 おそらく荒俣宏が中心となったセレクションだと思うのですが、ひと味ちがった、しゃれたファンタジーを多く収録しています。アレクサンドル・グリーン、ヴェニアミン・カヴェーリン、A・E・コパード、シャルル・クロス、フラン・オブライエン、ロード・ダンセイニ、キース・ロバーツ、レオノーラ・カリントン、スワヴォミル・ムロージェクなど、いまだにこの雑誌でしか読めない短篇も見受けられます。
 巻頭の幻想アートの特集も含めて、素晴らしい出来の特集号です。この号は、ぜひ何らかの形で復刊してもらいたいものです。
  12号『SFゴタゴタ資料大全集』は、その名の通り、リストだけで一冊編集してしまったという、前代未聞の特集号です。『別冊奇想天外』のウリである資料性を極限まで追求した一冊です。現在では、さすがにリストは古くなってしまっていますが、ファンならリストを眺めているだけで楽しくなってくることうけあいです。『SF人名辞典』『SF地名辞典』なんて面白い試みもありました。『アンソロジー・リスト』は、今でも貴重でしょう。
 13号『SF MYSTERY大全集』は、SFとミステリの間の子作品を集めたもの。ハリイ・ハリスン、フリッツ・ライバー、ランドル・ギャレット、ポール・アンダースンなどの作品を収録。
 14号『レイ・ブラッドベリ大全集』は、『別冊』唯一の個人作家特集。ブラッドべリに関する参考書としては、いまだにこれを上回るものがないのではないでしょうか。ブラッドべリ本人によるエッセイはもちろん、読みごたえのあるサム・モスコウィッツのブラッドべリ論も載っています。あと、作品につけられた佐竹美保のイラストが出色の出来栄え。
 15号『びっくりユーモアSF大全集』は、3号と似たような企画ですが、3号よりは少し洗練された系統の作品が集められているようです。ロバート・シェクリイ、ウィリアム・テン、ゴードン・R・ディクスン、ノーマン・スピンラッド、トマス・M・ディッシュ、ジョン・スラディックなどの作品を収録。

 この『別冊奇想天外』シリーズ、いまでも意外と古本屋で見かけます。古書価もそう高くはないようなので、見かけたら是非ご一読をオススメします。

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欲張りな面白さ  『奇想天外』第1期
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 これまで日本では、いくつかSF雑誌が創刊されてきましたが、本家『SFマガジン』を除き、そのほとんどは長続きせず、廃刊の憂き目を見ています。
 その中でも、とくにユニークな印象を残しているのが『奇想天外』です。1970〜80年代にかけて出ていたこの雑誌、ご存じの方もいるかと思いますが、何度も休刊しては復刊していた珍しい雑誌です。しかも復刊の度に、雑誌のカラーが極端に変わっているのが特徴。
 第1期は海外作品中心、第2期は、日本作家中心に海外短篇、エッセイなどを交えた総合誌、第3期は、ほぼ完全な小説誌、という感じです。
 とくに面白いのが、この第1期のシリーズです。紙質は悪いし、表紙絵に至っては悪趣味といってもいいほどなのですが、中身はちょっと類を見ないぐらい充実しています。
 まず驚かされるのが、背表紙にある、SF FANTASY HORROR MYSTERY NONFICTION の文字。いったいジャンルは何なの? とお思いでしょうが、要は、面白い作品なら何でも載せちゃえ、という欲張りな編集方針だったようです。
 収録作家名をいくつか挙げると、ロバート・ブロック、リチャード・マシスン、ジャック・フィニィ、シャーリイ・ジャクスン、ジェラルド・カーシュ、デビッド・イーリイ、レイ・ブラッドべリ、ロッド・サーリング、マレイ・ラインスター、デイヴィス・グラッブ、ウイリアム・F・ノーラン、ジョセフ・ペイン・ブレナン、カート・ヴォネガット・ジュニアなど、ミステリ・SF・ホラー・ファンタジー系統の作家の作品がたくさん載っています。
 特集号としては、「レイ・ブラッドべリ」「恐怖短篇」「異色作家」「ショート・ショート」などがありますが、特筆すべきは「ジェラルド・カーシュ」特集でしょう。カーシュの作品を5編もならべたこの特集、この作家の特集をしたのは、後にも先にもこの雑誌だけだったようですね。
 とにかく面白い海外短篇がいっぱいつまった欲張りな雑誌でした。基本的には、ハヤカワの異色作家短篇集みたいなテイストを想像していただくとよいかと思います。
 いまだに、この雑誌だけでしか読めない短篇もたくさんあります。アンソロジーであるとか、何らかの形で復刊してほしい雑誌ですね。第1期は10冊分なので、例えば、河出文庫から出た『血と薔薇』のような形での復刊もありだと思うんですが。

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どこかで何かが起こってる  ディーノ・ブッツァーティの不条理世界
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 カフカやカミュと比較されることもある、イタリアの作家ディーノ・ブッツァーティ。そう言うと、不条理で難解な作風を思い浮かべてしまいますが、事実はその逆。これ以上はないというほどの、読みやすい文章(翻訳を通してではありますが)と、わかりやすさを持っています。
 ただ、作品の読みやすさとは裏腹に、その内包するテーマは、一筋縄ではいきません。
 強いて言うなら、現代社会における「不安」。これがブッツァーティの主要なテーマといっていいでしょうか。人間が、日常生活で感じる不安感や違和感、そうした要素を、上手く寓意として取り込んでいるのが特徴です。
 そして、もう一つ強調したいのは、物語自体の面白さ。ミステリ、SF、ホラーの要素を含むその作品は、ときに限りなく〈異色短編〉に接近します。エンターテインメントとして読んでも、第一級のものなのです。今回はそんなブッツァーティの作品を概観していきたいと思います。

 まずは代表作と言うべき長編『タタール人の砂漠』(脇功訳 松籟社)。
 士官学校を卒業したばかりの、まだ若いドローゴ中尉は、意気揚々と赴任地に向かいます。それはかって、タタール人の襲撃に備えて作られたという砦でした。しかし現実に、砦を目の当たりにしたドローゴは失望を隠せません。何の刺激もなく、何の楽しみもない、古ぼけた砦。敵の現れる気配などまったくないにもかかわらず、砦を守り続ける人々に呆れた彼は、さっそく転任を願いますが、ふとしたことから数カ月を砦で過ごす事になります。やがて、ドローゴはなぜか町に帰る気を失い、砦に留まりつづけることになります。存在するかどうかさえわからない敵を待ち続けながら…。
 無為な時間、退屈な人生、まさに現代の人間像を象徴するかのような寓意小説。読みやすさにもかかわらず、読後に受ける印象は、重厚かつ強烈です。

 長編も素晴らしい出来ですが、やはりブッツァーティの本領は短編にあるといっていいでしょう。
 
 『七人の使者』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) 支配している王国の広さを調査するため、国境に向かった王子。しかしいくら行けども国境はまったく見えません。城との間で往復させている使者との間隔はだんだんと長くなってゆきます…。
 無限につづくかと思われる旅路。永遠にたどりつけない国境を目指す王子は、人間の生涯の寓意なのかもしれません。

 『七階』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) とある病院に入院することになった男。その病院では、症状の重さによって階が分けられていました。一番症状の軽い患者は七階、重くなるにしたがって、下の階に移されていくのです。何かの手違いから、七階にいた男は、どんどんと下の階に移されてゆくのですが…。
 読みはじめれば、展開は予想がつくものの、エスカレートする不条理な展開が魅力的。ブッツァーティの代表作ともいうべき傑作短編。

 『神を見た犬』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) 信仰心のあまりない人々が住む、とある街に、ひとりの聖者がやってきます。彼は、崩れかけた教会に住み、祈りを捧げるようになりますが、それにともない、教会が夜になると光を発することを知ります。それは神の光ではないか、と住民たちは考えます。やがて、聖者は死んでしまいますが、彼の飼っていた犬が、町中へ現れます。神の光を見た犬だと、住民たちは考えるのですが…。
 本当に犬は神を見たのか? 犬の存在を通して、人々の意識の変化を描く、風刺的な作品です。

 『なにかが起こった』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) 北に向かう特急列車に乗った男が、窓の外を眺めていると、あたりの住人が大あわてで南に逃げていくのに気づきます。しかし、何が起こっているのか、その原因は何なのか、まったく分かりません。やがて列車は無人の駅のプラットホームにたどり着きますが…
 重大な「何か」が起こっているにもかかわらず、それが何なのかが全くわからないという、不条理の極致。謎を謎のまま終わらせてしまうという、超絶的な作品。

 『急行列車』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) 急行列車に乗り込んだ主人公。彼は、駅に止まるたびに、列車がしだいに遅れていることを知りますが、目的地には、なかなかたどり着きません。何年もの月日が流れ去りますが、終着駅は全く見えないのです…。
 『七人の使者』とも通底するテーマを持つ作品。走り続ける列車、という「永遠」を上手く具現化したイメージが見事です。

 『円盤が舞い下りた』(脇功訳 河出書房新社『七人の使者』収録) ある日、教会に円盤が舞い降ります。中から現れたのは、宇宙人! 司祭は彼らを部屋に迎え入れ、神について談義をはじめますが…。
 無垢な宇宙人たちと対比して、人間の愚かさを風刺します。ジャンルSF的な色の強い作品。

 『待っていたのは』(脇功訳 河出書房新社『待っていたのは』収録) 男女のカップルが、ある街に降り立ち、ホテルに泊まろうとするものの、なぜか、どのホテルからも拒否されてしまいます。さらに、涼をとろうと、公園の噴水のなかに入った女性は、周囲の人々からとがめ立てされ、連れの男性ともども、見せしめの檻に吊るされてしまいます…。
 わけも分からず不条理な目にあう男女を描いた不条理短編。筒井康隆を思わせるブラックユーモア作品です。

 『忘れられた女の子』(脇功訳 河出書房新社『待っていたのは』収録) 友人とバカンスに出かけた母親は、ふと不安にとらわれます。娘を叔母に預けたと思っていたが、本当にそうだったろうか? もしや酷暑のアパートに閉じ込めてきたまま、出かけてきてしまったのではないだろうか?
 ふとした記憶違いが、恐るべき不安を引き起こします。そしてその不安は現実になって…。無気味な結末が、余韻を残します。

 『バリヴェルナ荘の崩壊』(脇功訳 河出書房新社『待っていたのは』収録) ふとした遊び心から、語り手は、歴史ある建造物の壁をよじ登ります。その際、錆びた鉄の支柱に手をかけ、折ってしまった結果、建物全体が崩壊してしまったのです! 語り手は不安におののくのですが…。
 支柱一本を抜いたがために、建物全体が崩れてしまうという、ある意味、ただそれだけの短編。全体を覆う不安げな雰囲気が効果を上げています。
 
 『夕闇の迫るころ』(脇功訳 河出書房新社『待っていたのは』収録) いろいろと汚い手を使って、高い地位を得た男。夕闇の迫るころ、彼は、廃屋の中で、子供だった頃のかつての自分に出会います。自らの地位を誇る男に対し、少年の自分が求めていたものとはいったい何だったのか…?
 少年期の理想とはかけ離れてしまった自分の姿。取り戻せない時を悔やむ、男の孤独を描いた異色短編。

 『アナゴールの城壁』(脇功訳 河出書房新社『待っていたのは』収録) 人々は、行列をなして、門の前で、門が開くのを待っています。しかし、なかなか門は開きません。噂によれば、何年か前に一度だけ門が開き、ひとりだけそこを通った人間がいるというのです。それも開いた門は、門のなかでも、いちばん小さく、みすぼらしかったもの。しかも、たまたま訪れた男は、全く待たずに中に入ることができたのです…。
 カフカの作品を彷佛とさせる、人生の皮肉を描いた寓話です。

 『海獣コロンブレ』(大久保憲子訳 河出書房新社『石の幻影』収録) 船乗りたちから恐れられている海獣コロンブレ。子供のときにコロンブレを見てしまった主人公は、水夫になることをあきらめ、陸での生活を選びます。事業で成功した彼が、ふと思いついて海の見える場所にでかければ、そこには必ずコロンブレが、彼を監視するかのように見ているのです。意を決した彼は海に乗り出し、コロンブレと対決しようとしますが…。
 コロンブレとは主人公にとって、どんな意味を持つのか? 運命の悪戯を描く、ブッツァーティ屈指の力作。

 『クレシェンド』(千種堅訳 図書新聞『階段の悪夢』収録) アンニー・モトレーリ嬢の家を、旧友の公証人ファッシが訪れる…。わずか数行で構成された一場面を、音楽の「クレシェンド」のように、誇張をまじえつつ、どんどん変奏してゆくという、珍しいタイプの作品。
 変奏が続くにしたがって、モトレーリ嬢の容色は衰え、ファッシ氏の姿は怪物めいたものになっていきます。何の変哲もない一場面が、最終的にはグロテスクなホラーになってしまうという、すさまじい技巧が凝らされた作品。

 『チクタク』(千種堅訳 図書新聞『階段の悪夢』収録) 「わたし」は、知り合いの医者から、奇妙な話を聞きます。ある女性患者は、突然チクタクという時計のような音が聞こえるのに気づきますが、まわりには時計などありません。しかも彼女が移動しても、その音は聞こえるのです。女性は翌日、車に曵かれ、生死の境をさまよいます。他にも「時計」の音を聞いた人間は、何か大きな事故に巻き込まれているのです。そして「わたし」の耳にもやがて、そのチクタクという音が…。
 「時計」の音は、いったい何なのか? 都市伝説風の作品ですが、解釈は述べずに、淡々と事例を並べているのが効果を上げています、

 『二人噺』(千種堅訳 図書新聞『階段の悪夢』収録) 老医師トーロの趣味は、友人を「二人噺」に誘うこと。それは、一人が話をはじめ、もう一人が口をはさんで物語を発展させる、というものでした。「わたし」は、トーロ医師の設定にしたがって、物語を進めますが、そのうち結末について思い至ります。老医師は、悲劇的な結末に向かって、物語を誘導していたのです…。
 「物語あそび」が、だんだんと不穏な空気を帯びはじめ、そしてその影響は現実をも浸食するという、驚くべき作品。序盤からは全く予想のつかない、驚愕の結末が待ち構えています。

 『年老いた非合法活動家たち』(千種堅訳 図書新聞『階段の悪夢』収録) 「私」の友人である山下は、優れた画家であり、容姿も魅力的なプレイボーイでした。彼はある日、奇妙なことを言い出します。「僕は死にかけているんだ。」不審の念を抱く「私」に、山下は鼻眼鏡を取り出し、かけてみろと促します。その眼鏡を通して見た彼の姿は、醜い老人でした…。
 人間の死を予見するという眼鏡をめぐる怪奇小説。日本が神秘的な国として描かれているのが目を引きます。

 『翼の生えた妻』(千種堅訳 図書新聞『階段の悪夢』収録) 二十も年の離れた娘と結婚した伯爵は、ある日、妻の背中にかさぶたのようなものがあるのに気づきます。やがてそこからは小さな羽が生え、とうとう巨大な翼が現れます。世間体を気にした夫は、妻を部屋に閉じ込めますが…。
 翼が生えた妻をめぐる物語。ブッツァーティには珍しく、毒の少ない可憐なファンタジーです。

 ブッツァーティの作品集は、現在、絶版のものが多いのですが、4月に光文社古典新訳文庫から、短編集『神を見た犬』が出版されるらしいので、気になった方は、お読みになってみてはいかかでしょうか。

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B級ホラーの王国  那智史郎・宮壁定雄編『ウィアード・テールズ』
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 第二次大戦前のアメリカで、一世を風靡したものに「パルプマガジン」があります。「パルプマガジン」とは、安いパルプ紙を使った、廉価な娯楽小説雑誌の総称です。まだテレビも普及していなかった時代、大衆の娯楽として絶大な人気を誇った「パルプマガジン」。さまざまなジャンルの雑誌がひしめき合ったなか、いまでも語り継がれるのが、怪奇小説専門誌「ウィアード・テールズ」です。
 H・P・ラヴクラフト、C・A・スミス、R・E・ハワードの三大作家をはじめ、後に、ミステリやSF、ホラー、ファンタジーの分野で頭角をあらわすことになる作家たちが寄稿していました。主だった名前を挙げると、ロバート・ブロック、レイ・ブラッドベリ、エドモンド・ハミルトン、フリッツ・ライバー、リチャード・マシスン、シオドア・スタージョンなど、多士済々です。
 この「ウィアード・テールズ」から選んだ作品を、全5巻別巻1巻のアンソロジーに編集したシリーズが、『ウィアード・テールズ』(那智史郎・宮壁定雄編 国書刊行会)です。特筆すべきは、パルプマガジンと同じ体裁・サイズを再現しているところでしょうか。さすがに紙質はパルプではありませんが。主に、B級的な味を前面に押し出しており、傑作とはほど遠い作品も多く収録されていますが、「パルプマガジン」の雰囲気を味わうには恰好のシリーズでしょう。

 第1巻 手始めの巻だからなのか、あまり傑作はありません。面白いのはアンソニー・M・ラッドの『人喰い沼』とH・ワーナー・マンの『ポンカートの狼男』ぐらい。あとはC・M・エディーの『屍衣の誘い』、M・ハンフリーズの『階上の部屋』、H・F・アーノルドの『深夜通信』などがまあまあ読める程度でしょうか。
 『人喰い沼』は、マッドサイエンティストが無限に細胞分裂を続けるアメーバを作り出しますが、その結果アメーバが息子夫婦を食い尽くし、科学者は発狂する、という話。荒唐無稽を絵に描いたようなストーリーで、今読むと陳腐きわまりないのですが、わりと巧みな構成なので読ませます。
 『ポンカートの狼男』は、おそらくこの1巻では一番の出来。狼男の側から描いた狼男のストーリーです。現代では、怪物の視点から描く怪奇小説というのも珍しくありませんが、当時としてはかなり斬新だったようです。狼男になってしまった主人公の心理がなかなか興味深い作品です。現代のホラー作家なら、家族への思いと獣性との間で引き裂かれる葛藤などに持っていくのでしょうが、この作品ではあっけなく妻と娘を殺害してしまいます。
 『屍衣の誘い』は、死体に愛情を抱く青年の遍歴の話。この程度なら江戸川乱歩の作品などにいくらでもすごいのがあるように思いますが、当時の倫理規制からすると画期的だったのでしょう。
 『階上の部屋』は、いわゆるゴーストストーリーですが、オチへのもっていきかたが巧み。なにやら映画『アザーズ』を思わせる作品。
 『深夜通信』は、別世界で霧に襲われた都市からの電報を受け取った電信手が殺される、というもの。雰囲気がいいです。

 第2巻 1巻に比べても、陳腐でつまらない作品が多いです。なんとか読めたのはG・G・ペンターヴズの『八番目の緑の男』とアドルフォ・デ・カストロの『最後の実験』ぐらい。『八番目の緑の男』もこの集の中では、まあ読める方という程度の出来です。奇怪な儀式を繰り広げる宗教集団の話。
 『最後の実験』は、カストロ名義ですが、実質ラヴクラフト作品だとのこと。古くから生き続ける奇怪な男に唆された天才科学者が、旧支配者を呼びだしてしまうという、いつものラヴクラフト節の作品。

 第3巻 3巻目で、ようやく面白くなってきます。中でもマリー・E・カウンセルマンの『三つの銅貨』がダントツに面白いです。ある日、小さな町ブラントンのあらゆる場所に奇妙な広告が貼られます。広告には次のように記されていました。本日、町で三種類の硬貨が見つかるはずです。第一の硬貨を持っていた人には現金十万ドル、第二の硬貨を持っていた人には世界旅行、第三の硬貨を持っていた人には“死”を差し上げます。ただし、どの硬貨がどの景品に当たるかはわかりません。硬貨を見つけた人々は“死”を恐れるあまり、硬貨をたらいまわしにします。そして三つの硬貨の持ち主が判明したとき…。
 「コンクール」を催した人間の正体も目的も全くわからない。“死”が景品ということは、超自然的な存在なのだろうか。何も説明はないだけに、不気味さが際立ちます。三つの景品、ということから予測されるように、皮肉な結末が待っているのですが、結末がちょっとインパクトに欠けるのが惜しいところ。書きようによっては、非常な傑作になったかもしれません。怪奇小説というよりは「奇妙な味」に分類されるであろう作品。
 この巻にはわりと有名どころの作家が集められていて、さすがに無名の凡百作家より、軒並み優れた作品を載せています。エドモンド・ハミルトンの『帰ってきた男』は、いわゆる「早すぎた埋葬」から蘇ってきた男が、家に帰ると妻をはじめ、親しい人たちから裏切られていたことを知り、再び墓所にもどる、という哀愁ただよう名品。
 H・S・ホワイトヘッドの『悪霊夫人』は、オーソドックスな幽霊憑依譚。ヘイゼル・ヒールド『魂を喰う蠅』は、ラヴクラフトの添削が入っているそうですが、ジョルジュ・ランジュランの『蠅』を思わせるショッキングな結末で驚かせます。ドナルド・ワンドレイ『現れた触手』は、W・H・ホジスン風の海洋怪物ホラー。
 
 第4巻 この巻の目玉はやはりエドモンド・ハミルトンの『眠れる人の島』でしょう。船が遭難し、ひとりだけ生き残ったギャリソンは、漂流の後、奇妙な島にたどりつきます。なぜか、そこは水も食料も豊富でした。ギャリソンはそこで美しい娘マーと出会います。マーの話では、この島にあるすべてのものは〈眠れる人〉の見ている夢であり、彼が目覚めるとすべては消えてしまうというのです。ギャリソンは笑ってとりあいませんが、突然現れる湖や象などに驚かされます。そしてある日、不気味な獣人におそわれた二人は、〈眠れる人〉を目覚めさせようとするのですが…。
 〈夢見るものと夢見られるもの〉というダンセイニやボルヘスを思わせる美しいファンタジー。ハミルトンらしく見事にまとまっています。哀愁に満ちた結末も素晴らしいです。
 ソープ・マックラスキー『しのびよる恐怖』は、スライム状の怪物の登場する、いかにもオーソドックスな怪物ホラーなのですが、この作者、以外と筆が立つので結構読まされてしまいます。
 E・ホフマン・プライス『見習い魔術師』は、魔法の国の女神に恋する青年の話。このタイプの話は筆力がないと陳腐そのものになりがちです。この作品はそこまでひどくはありませんが、水準作といったところでしょうか。
 ポール・アーンスト『怪人悪魔博士』は、マッドサイエンティストと正義の探偵との戦い、という活劇調の作品。悪魔博士の殺し方はなかなか面白いのですが、プロットが単純すぎでしょう。

 第5巻 この巻は秀作ぞろい。C・ホール・トンプスン『蒼白き犯罪者』は、学生のミスから失明した科学者が、旅人をおそって目を奪い、自分に移植するが…というグランギニョール風の残酷話。
 フリッツ・ライバー『蜘蛛屋敷』は、迫力のある怪奇小説。主人公夫妻は招かれた屋敷の主人を見て驚きます。かって小人だった男が、長身になっていたからです。しかも何かにおびえる美しい夫人。主人は兄の研究による成長促進剤を用いて身体を大きくしたと語りますが…。あらすじは陳腐ですが、ライバーの書き方が巧みなので、読み応えがあります。
 レイ・ブラッドベリ『蝋燭』は、不気味なファンタジー。妻が他の男に情を移したのを知り、激怒した男は、祈った男を殺すことができる蝋燭を手に入れて、妻のもとへ送りますが…。後半はヘンリー・カットナーの手によるものだそうですが、それがうなずける才気あふれる皮肉な結末が心地よいです。
 ジョセフ・P・ブレナン『箪笥』も秀作。古道具屋で安く手に入れた上物の箪笥。しかし、夜になると引き出しから白い不気味な手があらわれます。男は捨てようとしても、すぐ手元にもどってくる箪笥に恐れをなしますが、ある夜誘われるように箪笥に近づいていきます…。怪物などの本体を直接描写せず、読者の想像にまかせているところが上手いです。暗示をうまく使った結末も好感触。
 シオドア・スタージョン『憑きもの』は、文句なくこの巻のベスト。ロニー・ダニエルズ少年は父親とともに、赤ん坊の生まれた母親を病院に見舞います。帰り際、窓から自分に呼びかける声に、ロニーが振り向くと、突然狂気じみた女が窓からとびおります。父親はあわててかけよりますが、死体はなぜか見あたりません。二人はすぐその場から立ち去りますが、その直後からロニーは奇妙な行動をとるようになります…。
 タイトルと発端の描写から、おそらく霊だか怪物だかに取り憑かれたのだろう、と予想はつきますが、少年の周りに怪現象が起こるわけでもないところが、非常にユニーク。あくまで淡々と行動する少年の描写は、非常に不気味さを感じさせます。
 最終章にいたって作者が登場し、メタフィクション的な趣向になります。それで話はうまく説明されるのですが、ここの説明がなかった方がいっそう不気味さがましたような気はします。何しろ、そこまでの不気味さと戦慄は比類がありません。尋常ではないスタージョンの筆力を感じさせられる力作です。

 別巻 この巻は小説ではなく、研究編になっています。パルプマガジンの内訳や値段などの解説に始まり、「ウィアード・テールズ」の年代ごとの紹介、挿絵画家の紹介一覧など、かなり突っ込んだ記述がされており、参考になります。
 「ウィアード・テールズ」のライバル誌の紹介コーナーや、怪奇小説専門の出版社アーカム・ハウス設立につながる話などは興味深く読めます。あと、何と言っても巻末の「ウィアード・テールズ」全収録作データが貴重!
 聞くところによると、この巻の書誌的なデータは間違いが多いのだそうですが、素人には判断しにくいです。ともかく「ウィアード・テールズ」だけでなく、パルプマガジンの全体像をつかむには格好の本ではないかと思います。

 「ウィアード・テールズ」を扱った同種のアンソロジーとしては、『ウィアード1〜4』(大滝啓裕編 青心社文庫)があります。こちらは、どの巻の収録作品も厳選されていて、秀作ぞろいです。『ウィアード』に比べると、那智史郎・宮壁定雄編『ウィアード・テールズ』の収録作品のレベルは明らかに落ちます。ですが、パルプマガジン小説の味、B級テイストを味わえるということで、これはこれで捨てがたいところです。

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ブラウン・オブ・ワンダー  フレドリック・ブラウンの奇妙な世界
スポンサーから一言 未来世界から来た男 天使と宇宙船 さあ、気ちがいになりなさい フレドリック・ブラウンは二度死ぬ

 かって、SF初心者がまず読むべきとされた作家たちがいました。ロバート・シェクリイ、レイ・ブラッドベリ、フレドリック・ブラウン、彼らの作品は、非常にとっつきやすく、初めてSFを読む読者にも、SFの面白さを味あわせてくれる貴重な作家たちでした。
 彼らの作品には、共通点がいくつかあります。まず、主要作品が短編であること。難解な科学用語やガジェットがあまり使われていないこと。起承転結のきいたストーリー展開があること。そして、「センス・オブ・ワンダー」があること!
 諷刺のきいたシェクリイ、感性豊かなブラッドベリの作品も素晴らしいものがありましたが、こと「センス・オブ・ワンダー」に関する限り、間違いなくフレドリック・ブラウンが、頭抜けていたといっていいでしょう。極度に短い作品の中に、SFの核となるようなアイディアをめいっぱいにつめこんだ、ブラウンの作品は、今読んでも十分に楽しむことができます。斬新なアイディア、大胆な対比、思いもかけない展開、と彼の作品は、日常では味わえない「認識の変化」を与えてくれます。作品が短かったせいもあるのでしょうが、余計な風俗描写などがないことが、普遍的な面白さを出すことに成功した一つの要因ではないかと思われます。
 初期の日本SFに絶大な影響を与え、星新一の作風の原型ともなったフレドリック・ブラウン。今回は、そんな彼の作品を概観してみましょう。

 博士が発明したタイム・マシンを使って、憎んでいた祖父を抹殺しようとした青年の末路は…。愉快なショート・ショート『最初のタイム・マシン』(中村保男訳 創元SF文庫『スポンサーから一言』収録)。

 迫害を逃れ、未来へと逃走した吸血鬼一族の生き残りの二人組が出会ったものとは…『血』(中村保男訳 創元SF文庫『スポンサーから一言』収録)。

 突如、素裸で見知らぬ部屋にいることに気づいた青年。机の上には自分にあてられた手紙。ここはいったいどこなのか? 時間旅行の秘密を解き明かした青年の、究極の選択とは…。斬新なタイムトラベル小説『鏡の間』(中村保男訳 創元SF文庫『スポンサーから一言』収録)。

 気がつくと、男は見知らぬ惑星のドームの中に入れられていました。そして、目の前には不可解な球体が。孤立無援の不条理な戦いを強いられる男の物語『闘技場』(中村保男訳 創元SF文庫『スポンサーから一言』収録)。

 ハービー坊やが、奇術師に扮した悪魔から世界を救う顛末を描いた、楽しいファンタジー『悪魔と坊や』(小西宏訳 創元SF文庫『天使と宇宙船』収録)。

 息子が親に隠れて読んでいたSF雑誌。それに憤慨した父親は、妻を叱るのですが…。極端な対比が際だつ、アイディアの勝利というべき作品『非常識』(小西宏訳 創元SF文庫『天使と宇宙船』収録)。

 ある日チャーリーは、目の前でミミズに翼が生え、昇天するのを目撃します。その後もつぎつぎと起こり続ける不可思議な出来事。チャーリーが突き止めた世界の秘密とは…。センス・オブ・ワンダーの極致、名作『ミミズ天使』(小西宏訳 創元SF文庫『天使と宇宙船』収録)。

 目に見えないこびとの原理「ユーディの原理」に巻き込まれた、青年二人組が遭遇するおかしな出来事の数々。目のまわるようなイメージが素晴らしい、奇妙な味の作品『ユーディの原理』(小西宏訳 創元SF文庫『天使と宇宙船』収録)。

 核爆弾による突然変異により、不死身に近い肉体を得た男。彼は、18万年にわたって人間社会を見守ります…。すさまじいスケールが感動を呼ぶ『不死鳥への手紙』(小西宏訳 創元SF文庫『天使と宇宙船』収録)。

 タイム・マシンを開発したユースタスの運命を、三通りに語るという面白いショート・ショート『タイム・マシンのはかない幸福』(小西宏訳 創元SF文庫『未来世界から来た男』収録)。

 ハルパリンばあさまの誕生会の席で起きた殺人事件。一族ばかりの出席者たちは混乱しますが、思わぬ結末が…。「一族もの」のミステリを皮肉ったかのような作品『ばあさまの誕生日』(小西宏訳 創元SF文庫『未来世界から来た男』収録)。

 好色なウォルターが悪魔から手に入れた「魔法のパンツ」。だがそれには意外な盲点が…。おかしな艶笑譚『魔法のパンツ』(小西宏訳 創元SF文庫『未来世界から来た男』収録)。

 財産目当てに伯父を殺そうとした青年の失敗とは…。究極のショート・ミステリ『大失敗』(小西宏訳 創元SF文庫『未来世界から来た男』収録)。

 少女が持っていた人形には秘密がありました。それぞれの家族に見立てた人形について、少女が語る話は現実になるのです…。無気味な結末が印象的な怪奇小説『人形』(小西宏訳 創元SF文庫『未来世界から来た男』収録)。

 地球上に生き残った最後の男が部屋に座っていると、突然ドアにノックの音が…。思いもかけないストーリー展開が興味深い作品『ノック』(中村保男訳 創元SF文庫『宇宙をぼくの手の上に』収録)。

 殺人の事実について誰も知らないのは一体何故なのか? 困惑する警部が知った驚くべき真実とは…。謎解きとしても秀逸な近未来ミステリ『白昼の悪夢』(中村保男訳 創元SF文庫『宇宙をぼくの手の上に』収録)。

 宇宙ロケットに乗せられた実験用のネズミは、異星人との接触によって高度な知能を手にいれます…。主役のネズミがかわいらしい、楽しい作品『星ねずみ』(中村保男訳 創元SF文庫『宇宙をぼくの手の上に』収録)。

 宇宙船の故障により、宇宙飛行士の男は、異星でサバイバルを強いられることになります。その星の生物をペットにした男は、救出を待ち続けます。ようやくたどり着いた救援隊が洩らした真実は、男の人生を一変させるものでした…。人間の普遍的な心理にも踏み込んだ、味わい深い佳品『みどりの星へ』(星新一訳 早川書房『さあ、気ちがいになりなさい』収録)。

 誰もいない森の中で、木が倒れたとき、音はしたことになるのだろうか? 不倫をした妻と恋人を見殺しにした男の罪はいったいどうなるのだろうか? 認識にかかわる哲学的問いをミステリに応用した、超絶的な傑作『沈黙と叫び』(星新一訳 早川書房『さあ、気ちがいになりなさい』収録)。

 自分はナポレオンだという妄想狂のふりをして、精神病院に潜り込んだ記者の青年。しかし、それには問題がひとつありました。実は自分はナポレオンなのだ! 正常と異常の境目がわからなくなってしまう、相対的思考の極致。めくるめくような作品『さあ、気ちがいになりなさい』(星新一訳 早川書房『さあ、気ちがいになりなさい』収録)。

 あと、長編では、突如パルプ・マガジンの安っぽいパラレルワールドに転移してしまう『発狂した宇宙』(稲葉明雄訳 ハヤカワ文庫SF)と、ある日火星から大挙して、地球にやってきた火星人たちが起こす顛末をユーモラスに描いた『火星人ゴーホーム』(稲葉明雄訳 ハヤカワ文庫SF)が面白いです。とくに『火星人ゴーホーム』は、単なる宇宙人の騒動モノかと思わせておいて、非常に奥深い哲学的なテーマを持った傑作です。

 ブラウンの主要作品を三人の作家が漫画化したという『フレドリック・ブラウンは二度死ぬ』(講談社漫画文庫)という本も出ています。中では『ミミズ天使』『さあ、気ちがいになりなさい』を漫画化した作品が、面白いですね。

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怪奇の館へようこそ  創元推理文庫『怪奇小説傑作集』
怪奇小説傑作集 1 (1) 怪奇小説傑作集 2 (2) 怪奇小説傑作集 3 (3) 怪奇小説傑作集 4 (4) 怪奇小説傑作集 5 (5)

 つねづね公言していますが、僕は短編がとても好きです。そういうわけで、必然的にアンソロジーを読む機会も多いです。
 そこで、生まれて初めて読んだアンソロジーは何だったかと考えると、たぶん『怪奇小説傑作集1〜5』(創元推理文庫)になるでしょうか。最近新装版が出ているので、お読みの方もいるかと思います。国別の編集になっていて、「英米編1・2・3」「フランス編」「ドイツ・ロシア編」となっています。「英米編」の巻数が多いのは、やはりこのジャンルでは、作品量・充実度からいって突き抜けているからですね。
 けれど、「フランス編」「ドイツ・ロシア編」は、文学好みの方からも評価が高いようです。というのも、「英米編」の収録作品がいかにもな「怪奇小説」なのに対して、この二巻は、かなり異色な作品が入っているからです。とくに澁澤龍彦編の「フランス編」4巻のセレクションが凄い! もともとフランスには純粋な英米型の怪談が少ない、という理由もあるのでしょうが、広義の「幻想小説」としか呼べないような作家・作品を収録しているところが、凝っています。
 いわゆる「文豪」をはじめ、「小ロマン派」作家たちや、シュルレアリスム系の作家など、そのヴァリエーションは「怪奇小説」の枠を越えてしまっています。なかでも、とくに生彩を放っているのは、ナンセンスやエスプリに満ちた幻想小説群でしょう。
 恋愛を「科学的」に研究するという、シャルル・クロスの奇妙な恋愛小説『恋愛の科学』、姿を消すことの出来る能力を持った青年の悲劇的なストーリー、ギョーム・アポリネール『オノレ・シュブラックの消滅』、再婚しようとした愛妻のもとにあらわれる夫の幽霊を描く、アンリ・トロワイヤ『自転車の怪』、嫌がる娘の代わりに舞踏会をもぐりこんだハイエナを描くシュールな作品、レオノーラ・カリントン『最初の舞踏会』などは、どれも絶品です。
 全巻の中で、最も個性的な巻でしょう。確かに僕もこの巻が、いちばん面白かったような気がします。
 それでは、以下、各巻の簡単な内容を挙げておきましょう。
 1巻は、英米編その1。古色蒼然とした、いかにも「イギリス的」な怪奇小説集です。ブルワー・リットンの『幽霊屋敷』、ヘンリー・ジェイムズ『エドマンド・オーム卿』あたりはいかにも古い!
 とはいえ、W・W・ジェイコブズ の超名作『猿の手』、アーサー・マッケンの官能的な世紀末奇譚『パンの大神』、W・F・ハーヴィーの暗示の極致を極めたサイコ・スリラー『炎天』あたりは、読んで損のない作品でしょう。ただ、全体的に展開が遅い作品が多いので、現代の読者にとっては、まだるっこしく感じられるかもしれません。
 2巻は、英米編その2。1巻より時代が新しいせいもありますが、わりと凝った内容の作品が増えています。いわゆる「モダンホラー」の先駆的な作品集で、シリーズ中で、いちばん娯楽性の強い巻でしょう。
 植物になってしまう男の奇妙な運命を描いたユーモア・ホラー、ジョン・コリア『みどりの想い』、幸運を呼ぶという妖精の住む鳥籠を手に入れた夫婦の悲喜劇、ヘンリー・カットナー『住宅問題』、H・G・ウエルズの、異世界の風景が映る水晶球をめぐる瀟洒なファンタジー『卵形の水晶球』、肩越しにふりかえると「あるもの」が見えてしまう男が、世捨て人になった契機を語るという、J・D・ベレスフォード の奇妙な作品『人間嫌い』などが、必読です。純粋な怪奇小説というよりも、SFやファンタジー的な要素が強い作品が多いのも特徴です。
 3巻は、英米編その3。順当な名作集というところでしょうか。
 毒によって育てられた美しい娘を描くホーソーンの名作『ラパチーニの娘』、「あとになって」わかるという暗鬱な幽霊小説、イーディス・ワートン『あとになって』、フィッツジェイムズ・オブライエンのSFホラー『あれは何だったのか』、ウィルキー・コリンズの鬼気迫る名作『夢のなかの女』など。
 巻末に収められた、ウォルター・デ・ラ・メアの中編『シートンのおばさん』は、吸血鬼小説のヴァリエーションとも言われる意欲作なのですが、暗示が異様に多用された象徴的な作品なので、この手の作品を読み慣れていないと、何が書いてあるのかわからないかも。
 5巻は、ドイツ・ロシア編。それぞれ、どれも面白い作品が集まっているのですが、作品数が少ないのが非常に残念。ドイツとロシアと別に1巻にしてほしかったですね。
 クライスト『ロカルノの女乞食』は、ドイツ怪談の超名作。掌編といっていい長さながら、切りつめた硬質な文章が素晴らしいです。「怪奇小説」というよりも「短編」としての完成度が高いものでしょう。
 ケルナーの『たてごと』は、 ロマンチックな幻想恋愛小説。
 首つり事件の頻発する宿に住み込んだ青年を描く、エーベルス『蜘蛛』は、ドイツ流怪奇小説の名作。一人称の記述も効果的です。
 死んだ美女の祈祷をまかせられた青年僧が出会う恐怖の夜を描いたゴーゴリ『妖女(ヴィイ)』は、ホラーでありながらもユーモアの要素を失わないのが、面白いところ。
 あと、神秘的な黒衣の僧と出会う青年を描く、チェーホフには珍しい怪奇小説『黒衣の僧』など。
 このシリーズ、巻数順に読もうとして、最初に1巻に手を出してしまうと、ちょっと退屈だと感じて投げだしてしまう恐れがあります。何しろ、今となっては1巻の巻頭の『幽霊屋敷』を読み切るのがつらい!
 そういうわけで、読む順番としては、まず2巻で様子見。次に4巻、その次は3巻か5巻、最後に1巻を読むというのが、推奨したい読み方ではあります。
 ちなみに、このシリーズは、タイトルに「怪奇小説」とうたっているので、ホラーが苦手な人からは敬遠されがちだと思うのですが、現代の「ホラー」とはまた違って、格調高い名作や、ユーモアのある幻想小説など、ヴァラエティに富んだ作品集なので、せめて4巻だけでも読んでみていただきたいと思います。

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ブラッドベリアーナ その3
サウンド・オブ・サンダー デラックス版 太陽の黄金の林檎 ウは宇宙船のウ ヴィレッジ

 ブラッドベリの映像化についても、少し語っておきたいと思います。ブラッドベリの作品は映像化不可能だ、とする意見もあるようですが、それなりに成功した作品もあると、個人的には思っています。フランソワ・トリュフォー監督の『華氏451度』は、ブラッドベリのセンスとは異なるとはいえ、映像美としてはかなりのものでしたし、ディズニーの『何かが道をやってくる』も悪くはありませんでした。
 短編の多いブラッドベリだけに、海外のドラマシリーズなどでは、ちょくちょく映像化もされているみたいです。未見ですが『ミステリー・ゾーン』でも、いくつかのエピソードが放映されています。僕の見たことのあるものでは『新トワイライトゾーン』の二つのエピソード、『エレベーター』『バーニングマン』があります。どちらも大したことのない作品で、どうも作品選択が間違ってるんじゃないかという節があります。
 個人的に一番評価したいのは、カナダで作られたオムニバス形式のドラマシリーズ『レイ・ブラッドベリ・シアター』。関東では、13年前ぐらいに、テレビ日本などで『怪奇の館』というタイトルで放送されていたので、ご覧になった方もいるかもしれません。
 ブラッドベリ本人が監修しているだけあって、作品のムードを実によく再現していたように思います。ちなみにビデオ化もされています(廃盤のようですが)。毎回冒頭に、ブラッドベリ本人が現れて、自分の部屋で前置きを語るシーンが映されるのですが、この部分だけでも、ブラッドベリ好きとしては、感涙ものです。
 映像化された原作を挙げると、『風』『骨』『少年よ、大茸をつくれ!(ぼくの地下室においで)』『泣き叫ぶ女』『群衆』『誰も降りなかった町』『ティラノザウルス・レックス』『こびと』『マリオネット株式会社』『使者』『遊園地』『ダドリィ・ストーンのすばらしい死』『みずうみ』『歓迎と別離』『棺』『草原』『鉢の底の果物』など。ブラッドベリファンなら泣いて喜ぶタイトルが目白押し。
 『使者』での詩的な結末、『ダドリィ・ストーンのすばらしい死』で原稿をばらまく幻想的なシーンなど、印象的な映像が今でも記憶に残っています。
 あと注目すべきエピソードとしては、『雷のような音』。原題は"A Sound of Thunder"。そう、これ、この前公開されたピーター・ハイアムズ監督『サウンド・オブ・サンダー』と同じ原作。
 近未来、タイムマシンが開発されますが、それは過去の時代での恐竜狩りをするという商売に使われていました。ある日、客の一人が、ふと蝶を踏みつぶしてしまったことから、未来が変わってしまう…という話。原作はごく短い短編で、過去のささいな出来事が未来に甚大な影響を及ぼすという、いわゆる「バタフライ効果」を扱った作品。
 ついでに、映画版『サウンド・オブ・サンダー』にも触れておきましょう。映画版では、過去からあるものを持ち帰ってしまったがために、未来が変わってしまうのですが、その影響が「時間の波」として、視覚化されるのが特徴。それによって、次々と植物や動物などの進化の道筋が変わってしまい、世界は荒廃してしまう…という展開になっています。一気に未来が変わるのではなく、何回かに別れて変化が訪れるので、人間には最後に影響が及ぶという設定になっています。
 この辺がどうもご都合主義な感じがするのですが、まあそれは良しとしましょう。あと、CGがけっこうしょぼいです。何しろ序盤の恐竜狩りのシーンが使い回しの映像を使ってたりしますから。でも、まあそれもあんまり気になりません。
 この映画の見所は、過去を元に戻そうという主人公たちが、異様な進化を遂げた動物や植物の攻撃をかわしながら、現代にものを持ち帰ってしまった客を捜す、というサバイバル的な部分にあるからです。このあたりは、いわゆるパニック・ホラーとして、なかなか秀逸。特殊CGを使った映像スペクタクルを期待すると、がっかりするでしょうが、演出もなかなか手堅く、飽きさせない作りになっています。そういう意味では、傑作ではないものの、まあまあ楽しめる佳作といえるでしょう。
 でも、ブラッドベリの作品とは全然違うトーンの作品であることは確かです。どうせ映画化するなら、短編を集めたオムニバスにしてほしかった…というのが、個人的な希望です。
 映像化、といえば萩尾望都の漫画化作品『ウは宇宙船のウ』(小学館文庫)も忘れられません。熱狂的なブラッドベリファンであるらしい作者が漫画化しただけあって、原作に対する愛情が感じられるところが、嬉しいところですね。
 画風的には好みではないのですが、うまく原作を視覚化していると思います。中では『泣き叫ぶ女の人』『びっくり箱』などが気に入っています。
 『びっくり箱』といえば、M・ナイト・シャマラン監督の映画『ヴィレッジ』『びっくり箱』にそっくりだ、という話があったようです。たしかにメインとなるネタはかぶっているような気がします。ただ、これ以前にも似たネタを使った映画や小説はあったようですし、パクリとか盗作というには当たらないような気がします。実際僕が思いつく範囲でも似たようなネタを使った作品があります。チャールズ・ボーモント『ロバータ』とかイアン・バンクス『蜂工場』、服部まゆみ『この闇と光』なんかも、そうでしょうか。
 問題は、長編映画であのオチを持ってくるところにあるのではないかと思います。しかも結末ではなく、その一歩手前でネタあかしをしてしまうところに、さらに問題が。要するに演出次第・上映時間次第では、もっとうまく出来たのではないかと思わせられるという意味で、お世辞にも傑作とは言えない、というところです。
 ちょっと脱線してしまいましたが、映画化においてはブラッドベリは今のところ、あんまり恵まれていないというのが正直なところですね。ただ前出の『レイ・ブラッドベリ・シアター』は、掛け値なしに素晴らしい出来なので、もし中古ビデオ屋で見かけたら、購入しておくことをオススメしておきます。

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ブラッドベリアーナ その2
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 今回は、印象に残っているブラッドベリの作品について、書いてみます。
 まず、SFでの代表作となると、やはり連作短編集『火星年代記』ということになるのでしょうか。これは確かに傑作だと思います。火星が舞台といっても、ブラッドベリの描く火星というのは、SF映画のイメージにあるような宇宙的なものでは全くありません。設定を読み飛ばしたなら、舞台はアメリカの田舎町なのかと思うような、きわめて地上的なもの。そういうところが「科学的」ではないと批判される所以なのでしょうが、ブラッドベリに関してはこれがむしろ魅力になっているのではと思います。
 読む前は、火星に植民した人々の生活をリリカルに語る作品…だと思いこんでいたのですが、これ前半に関しては、なかなかサスペンス味が豊かで驚きました。『第三探検隊』など、人間に敵対する火星人がけっこう得体が知れなかったりして、ホラーとしても読むことができます。
 火星で鞄を売る男の話『鞄店』だとか、結末の『百万年ピクニック』なんかもよいのですが、個人的に一番好きなのは、やはり『優しく雨ぞ降りしきる』。物語という物語があるわけではないのですが、静謐なイメージが、ただただ、美しい一編。
 あと単独での短編についても、いくつか触れてみたいと思います。 
 SF的なアイディアで、いちばん驚いたのは『霜と炎』(創元SF文庫『ウは宇宙船のウ』収録)。時間の流れが異様に速い惑星が舞台。ここでは人間は生まれてすぐに大人になり、老衰してしまうのです。その寿命はわずか一週間程度! 主人公は、先祖が乗ってきた宇宙船でこの星を脱出しようとしますが、それを邪魔する勢力が。残された寿命は、あとわずか数日…。
 人質に残された時間はあとわずか、とか死刑執行何日前、とか〈タイム・リミットもの〉は数あれど、ここまで極限的な条件を課された作品は前代未聞なのではないでしょうか。まさに究極のタイム・リミット・サスペンス・SFです。
 イメージの美しさでは『万華鏡』(ハヤカワ文庫NV『刺青の男』収録)。宇宙船の爆発により船外に放り出された乗組員たち。仲間たちは各惑星の引力に引かれて落ちていきます。そして主人公は地球に流れ星となって降り注ぐ…。結末の映像美は比類がありません。
 『鉢の底の果物』(ハヤカワ文庫NV『太陽の黄金の林檎』収録)は、リチャード・マシスンを思わせるパラノイア・ストーリー。殺人を犯した男は、立ち去る間際に自分の指紋が残っていることに気づきます。あわててふき取ったものの、考えれば自分はこの家のあちこちに触っている…。ある種、滑稽なまでの結末が印象的。
 『歓迎と別離』(ハヤカワ文庫NV『太陽の黄金の林檎』収録)。いつまで経っても成長せず、外見は子供のままのウィリー。しかし、本当は43歳なのです。その秘密のために、彼は同じところに数年間以上いることはできません。仕事につくことも不可能な彼が見つけた天職とは…。「永遠の子供」を真っ正面から取り上げた作品です。
 『誰も降りなかった町』(早川書房『メランコリイの妙薬』収録)。ふと電車から降り立った男。彼は長年の考えを実行にうつそうとしているのです。それは見知らぬ町の見知らぬ人間を殺す、というもの。ホームにいた一人の老人を標的と見定めた彼でしたが、老人は思いもかけないことを話し出します…。
 殺人願望を秘めた男のクライム・ストーリーが、思いもかけない結末に。まさに、ブラッドベリにしか書き得ないミステリ。
 『十月のゲーム』(新潮文庫『十月の旅人』収録)。妻とうまくいっていない男。彼は妻に復讐するために、自らの血をも引いている娘を殺そうとします。そしてハロウィーンのパーティの夜に…。
 理解できない、まったくの異物としての妻と娘。疎外感に苛まれた男のサイコ・スリラーとも読める残酷譚。
 『夜のコレクト・コール』(ハヤカワ文庫NV『キリマンジャロ・マシーン』収録)。火星の捨てられた町に一人残った狷介な男。他人の全くいない、静寂そのものの町に、数十年ぶりにかかってきた電話。それは男が若い頃に設置した自動電話システムでした…。
 傲慢な男が、冗談まじりに作った電話。老齢となった孤独な男が自らの声によって、さらに孤独を深める…という皮肉な物語。火星の見捨てられた町の夜の情景が美しい作品です。
 『火の柱』(創元SF文庫『スは宇宙のス』収録)。突然墓の中から生き返った男は、そこが未来であることを知ります。ポオやラヴクラフトが焚書になるこの世界に憎悪を覚えた彼は、衝動のままに、ひたすら殺人を繰り返すのですが…。
 変わってしまった世界に対し、ひとり戦いを挑む主人公。失われたものに対する哀惜の感情が胸を打つ、神話的な趣さえ感じられるピカレスク・ロマン。
 まだまだ語りたい作品はあるのですが、とりあえずこのぐらいで。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。雑誌に埋もれた短編を紹介する「埋もれた短編発掘!」コーナーもあり。「奇妙な味」の作品がお好きな方は必見です。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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