短篇集を読む

4309023800ゾンビ・アパート
飯野 文彦
河出書房新社 2015-05-24

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飯野文彦『ゾンビ・アパート』(河出書房新社)
 主にノベライズで知られた作家ですが、時折発表していたホラー作品は、なかなか魅力的で短篇集がまとまるのを楽しみにしていました。
 将来を嘱望されていた落語家が邪神の眷属だったという、ひねったクトゥルー神話作品『襲名』、ゆがんだ親子愛を描く『愛児のために』などが面白いですね。江戸川乱歩の『押絵と旅する男』に着想を得たと思しい『横恋慕』は、レンズ効果を使い、自分の頭の中に横恋慕した女性を取り込んでしまおうとする男を描いた、奇想に富んだホラー作品。突拍子のなさに驚かされます。



4334753108薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集 (光文社古典新訳文庫)
モラヴィア 関口 英子
光文社 2015-05-12

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アルベルト・モラヴィア『薔薇とハナムグリ』(関口英子訳 光文社古典新訳文庫)
 イタリアの文豪モラヴィアには、幻想的・超現実的な短篇を集めた《シュルレアリスム・風刺短篇集》があり、『薔薇とハナムグリ』には、50篇以上からなるこの作品集から、15篇が訳されています。
 割と単純な寓話から、ホラーそこのけの幻想小説まで、傾向もさまざまで楽しめます。
 投機目的で、生物とも物ともつかない謎の品物「パパーロ」を買い込んだ男の悲喜劇を描く『パパーロ』、悪臭を発し、さらに病気が進むと悪臭がかぐわしい香りに変わるという病気を描いた風刺的作品『疫病』などが面白いです。
 いちばん読み応えがあるのは、夢によって全島民を支配する怪物を描いた『夢に生きる島』。テーマはボルヘス、描写はカルヴィーノ、怪物はラヴクラフトといった感じの作品で、ユーモアさせたたえた不思議な雰囲気の怪奇小説です。



4153350206紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
ケン・リュウ 古沢嘉通
早川書房 2015-04-22

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ケン・リュウ『紙の動物園』(古沢嘉通訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
 アジア系アメリカ作家によるSF短篇集です。表題作の『紙の動物園』もなかなか良いのですが、他の収録作品がどれを取っても面白いので驚かされます。
 縄を結ぶことで情報を伝えるという技術を持つミャンマーの民族を描いた『結縄』、宇宙人がどんな「本」を作り得るのかを描いた『選抜宇宙種族の本づくり習性』、愛を持ったAIを作ろうとする夫婦を描く『愛のアルゴリズム』など。
 アジア風のウェットな感性を中心に据えた作品もあるかと思えば、中国風幻想譚とサイバーパンクを合わせたような『良い狩りを』みたいな作品もあり、伝統的なSFのテーマに沿って描かれた作品もありと、素晴らしい短篇集だと思います。一冊読めば、必ずどれか気に入る作品があるでしょう。、

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謎が謎を呼ぶ  紀田順一郎編『謎の物語』
4480429050謎の物語 (ちくま文庫)
紀田 順一郎
筑摩書房 2012-02-08

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 結末を明示せず、読者の想像力に委ねる…という物語。いわゆる「リドル・ストーリー」には何ともいいようのない魅力があります。作品を読む読者によって、それぞれの結末を考えることができる…という点で、読者が物語づくりに参加できるような感触を持てるからでしょうか。
 紀田順一郎編『謎の物語』(ちくま文庫)は、そんな「リドル・ストーリー」を集めたアンソロジーです。かって、ちくまプリマーブックスの一冊として出ていましたが、今回ちくま文庫より復刊になりました。文庫化にあたり、おまけが少しはあるのかなと思っていたら、予想以上の面目一新!ほとんど別アンソロジーといってもいいほどの増補がされていました。

 収録作品を挙げておきます。
マーク・トウェイン『恐ろしき、悲惨きわまる中世のロマンス』
フランク・R・ストックトン『女か虎か』
フランク・R・ストックトン『三日月刀の督励官』
ジャック・モフィット『女と虎と』
クリーヴランド・モフェット『謎のカード』
クリーヴランド・モフェット『謎のカード 続』
バリイ・ペロウン『穴のあいた記憶』
ナサニエル・ホーソーン『ヒギンボタム氏の災難』
小泉八雲『茶わんのなか』
O・ヘンリー『指貫きゲーム』
ハックスリー『ジョコンダの微笑』
ロード・ ダンセイニ『野原』
サキ『宵やみ』
ラドヤード・キプリング『園丁』
ディーノ・ ブッツァーティ『七階』

 あらすじを述べると、興をそいでしまう恐れのあるジャンルなので、内容に関しては詳説は避けることにしますが、やはりストックトン作品のインパクトは別格です。続編での続け方も人を煙に巻くようなやり方で、さすがに古典になるだけのことはあります。読者の求めるところを心得ているなという出来です。
 あとは、クリーヴランド・モフェット『謎のカード』の続編の収録が嬉しいところです。本編は人を煙に巻くような、典型的な「リドル・ストーリー」なのですが、続編は完全に「種明かし」になっています。
 「種明かし」が、ミステリというよりは、ほとんどホラーになっていてびっくりしました。これはこれで面白いのですが、真相がわかってしまうと、やはり「普通」の小説になってしまいますね。ストックトンとモフェットの、それぞれの続編の書き方を較べると、「リドル・ストーリー」の本質というか魅力といったものに関して見えてくるものもあるかと思います。
 さて、ついでに旧版(ちくまプリマーブックス版)の収録作品も紹介しておきます。

フランク・R・ストックトン『女か虎か』
クリーヴランド・モフェット『謎のカード』
バリイ・ペロウン『穴のあいた記憶』
ディーノ・ ブッツァーティ『なにかが起こった』
小泉八雲『茶わんのなか』
ナサニエル・ホーソーン『ヒギンボタム氏の災難』
木々高太郎『新月』
上田秋成『青頭巾』
ウォルター・デ・ラ・メア『なぞ』
稲垣足穂『チョコレット』
ハーヴィー・ジェイコブズ『おもちゃ』

 新版では、ブッツァーティ作品が差し替えられていますが、彼の作品は、その多くが「リドル・ストーリー」に分類しても差し支えない類のものなので、よしとしましょう。
 デ・ラ・メアの『なぞ』や稲垣足穂『チョコレット』は他の本でも読めると思うのでいいのですが、新版でおちてしまった中では、唯一、ハーヴィー・ジェイコブズ『おもちゃ』が惜しいです。荒俣宏編訳『魔法のお店』(ちくま文庫)にも収録されていますが、こちらも絶版のようです。簡単に内容紹介しておきましょう。
 中年男性の主人公が、ふと骨董店のウィンドウに目を留めます。そこにあったのは、自分が二十年も前に持っていたおもちゃでした。懐かしくなった男が店の中に入ると、そこにあったのは自分が持っていたおもちゃばかりだったのです…。
 「リドル・ストーリー」というとちょっと違う感触の作品ですが、とても味のある作品なので、これも収録してほしかったですね。
 とにかく『謎の物語』は「リドル・ストーリー」を扱ったアンソロジーとしては、質量ともに圧巻のアンソロジーといっていいかと思います。読んでいる最中、また読み終わってからも、そういえば過去に読んだあの作品も「リドル・ストーリー」だよな…と思い浮かんできたりもして、そういう点でもとても楽しめる作品集になっています。
 「リドル・ストーリー」の章として5編を収録しているアンソロジー『山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー』 (角川文庫)と合わせると、「リドル・ストーリー」の全体像をつかめるかと思いますので、こちらもオススメしておきましょう。

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責任の在り処  パトリシア・カーロン『沈黙の代償』
4594030769沈黙の代償
パトリシア カーロン Patricia Carlon 池田 真紀子
扶桑社 2001-02

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 自分のとった行動が、間接的に犯罪を助長してしまう…。こんなとき、その責任は自分にあるのだろうか…? パトリシア・カーロン『沈黙の代償』(池田真紀子訳 扶桑社ミステリー)は、そんな疑問を抱かせるサスペンス小説です。
 ある夜、富豪のジョージ・ウィントンのもとに、新聞記者を名乗るエヴァン・カイリーから電話がかかってきます。内容は、カイリーの息子が誘拐されたというもの。カイリーは、ウィントンにも責任がある、というのです。以前に同じく、娘を誘拐されたウィントンが、警察に対して何も言わなかったという過去があったのです。しかもベビーシッターの女性も殺されたと言います。罪悪感にとらわれたウィントンは、カイリーに協力しようとしますが…。
 一代で財を成した、気の良いウィントンに対して、押し付けがましく、強烈な個性を持ったカイリーの人物像が対照的です。前半は、あくまで誘拐された子どもの救出が中心となり、カイリーのいうままにウィントンはその行為を手伝うことになります。
 しかし中盤にいたって、話は急展開を迎えます。ひょんなことから、ウィントンは殺人の容疑をかけられてしまうのです。しかし、事実を話せば、カイリーの妻が刑務所行きとなってしまう、という二進も三進もいかない状態に。
 なかなかひねったサスペンスです。真相がわりと推理しやすそうな感じだな、と思うと、意外な展開に感心します。伏線もかなり上手くはられています。なにより、丁寧に描写された登場人物たちのキャラクターやその関係が、ミスディレクションとしてうまく機能しているところが巧妙です。
 いわゆる「巻き込まれ型サスペンス」であり、主人公も一般人なので、感情移入がしやすいのも長所でしょう。ただ、クライマックスでも、大立ち回りがあるわけではないので、そのあたり、いまいち物足りなく感じられる部分もあります。

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あまりにもオーソドックスな  F・ロッテンシュタイナー編『異邦からの眺め』
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異邦からの眺め
フランツ・ロッテンシュタイナー
4150104395

 F・ロッテンシュタイナー編『異邦からの眺め』(深見弾・他訳 ハヤカワ文庫SF)は、珍しいヨーロッパSFを集めたアンソロジー。収録作家の出身国もフランス、ドイツ、チェコ、ポーランド、イタリア、ソ連(ロシア)と幅広い層から集めています。さて内容の方はというと、かなりオーソドックスな話が多いようです。原著刊行の1973年としても、かなり古い感じは否めません。英米の1940~50年代のSFに近い感じでしょうか。いくつか紹介してみましょう。

 スタニスワフ・レム『完世音菩薩』 宙道士トルルは、クラパウチュスとの話のなりゆきから「普遍的善」を生み出してみせると豪語します。トルルは、察知するあらゆるものから幸福を得る「完全な幸福に浸る菩薩」すわなち「完世音菩薩」を作り出すのですが…。
 「完世音菩薩」をはじめ、トルルが善のために作り出すいろいろな発明が、ことごとく失敗してゆくというユーモア短編。善を観察するために、トルルが作り出す極小の文明社会など「フェッセンデンの宇宙」的なテーマも見られます。完璧な善など存在しないという、文明批評的な要素を持つ作品。

 J・P・アンドルヴォン『カドラーニュ観察日誌』 異星人に捕らえられた人間の男女。彼らは衣服をはぎとられ、透明な壁をへだてて閉じ込められます。貞淑な人妻である女は、粗野な男の野蛮さに眉をひそめます。やがて異星人は壁を消して二人を一緒にするとどうなるのか、観察を始めるのですが…。
 人間を捕らえた異星人の観察日記という、ある種、古くさいアイディア・ストーリー。異星人から見た人間の習性や態度が、いかに愚かで無意味であるかを描く、という点では、目新しさが全然ありません。ただ、この男女の性的な関係をねちっこく描いているのが、ユニークなところでしょうか。

 スヴェン・オゲ・マセン『指輪』 畑仕事をしていた男が、拾った指輪をはめてみたことから、突如として異世界にさらわれます。そこは球体をした超越的な存在者が作り出した世界でした。超越者は、男に三通りのあり得べき世界を示して、男に選択を迫るのですが…。
 なにやら民話の「金のおのと銀のおの」を思わせる作品です。選択できることがわかってしまったら、必ず後で後悔が残る、という皮肉な主題を持つ作品。作者は、SFプロパーの作家でないらしく、異世界の描写に独自色が感じられます。

 ヨゼフ・ネズヴァドバ『ネモ船長の最後の冒険』 数々の英雄的な功績を持つ、宇宙飛行士ペジンカ大尉は、民衆から「ネモ船長」と呼ばれ、尊敬を受けていました。ある日、彼は、かってないほどの重要な任務を任されます。それは太陽系に近づきつつある謎の宇宙船を、破壊もしくは追い払う任務でした。その宇宙船は宇宙を動き回っては、星をつぎつぎと爆破していたのです。彼らが太陽系に到着するのは1年後、それまでに彼らを止めなくてはならない。しかし宇宙船は、光速で航行するため乗組員が地球に帰還できたとしても、それは1000年後になってしまうのです! 「ネモ船長」はためらいますが、妻や息子との不和もあり、乗組員とともに出発するのですが…。
 宇宙から現れた謎の外敵、戦いのために故郷を捨てる英雄。雄大なスペース・オペラかと思いきや、意外な展開が待ち受けています。時代によって価値観は移り変わってしまう、英雄的な人間の勇気さえもが相対化されてしまうという、皮肉な作品。本書で一番SFらしい作品でしょう。

 リーノ・アルダーニ『おやすみ、ソフィア』 近未来、人間同士の恋愛はほとんど消滅し、人々は「ドリーム・フィルム」によって、その欲望を満足させていました。人気女優ソフィア・バーロウは、フィルムのロケに向かう途中、飛行機の故障によって、パイロットの男とともに僻地に取り残されてしまいます。ソフィアのファンであるその男は、本人を目の前にして、実物よりも「ドリーム・フィルム」を選ぼうとするのですが…。
 人々の願望充足のために作られる「ドリーム・フィルム」。今読んでいるこの話は本当に現実なのか?と言ってしまうとオチが割れてしまいそう。ブラウンやシェクリイを思わせるアイディア・ストーリーの佳作です。

 セーヴェル・ガンソフスキー『実験場』 軍隊は、インデアンの住む島を強制撤収し、新しく開発された兵器のための実験場にします。その兵器とは、人間の恐怖を関知して自動的に攻撃を開始するという画期的なもの。しかし、作動し始めた兵器は、兵隊や幹部たちをも攻撃し始めます。しかも機械には停止スイッチはついていなかったのです…。戦争の愚かしさを描く作品。軍人たちが殺される描写が、なかなか凄惨です。

 ワジム・シェフネル『内気な天才』 子供のころから発明癖のあったセルゲイは、恋人リューシャではなく別の女と結婚してしまいます。しかし口うるさく利己的な妻から、発明品をけなされ続けるセルゲイは、再びリューシャのもとに走ります…。
 主人公の発明品の描写が愉快です。未来が撮れるカメラ、重力を減らす「反効器」、周囲の障害物を透かして内部を見ることのできる「電場可眼」など、どうしてこんなすごい発明品が、反響を巻き起こさないのか疑問に思ってしまいます。世間に受け入れられない孤独な天才発明家、みたいな話だと思うのですが、その発明品があまりに超絶的すぎるのが逆に不自然。こんなすごい発明をしていたら、社会がほっとかないはず、と思ってしまうのは、アメリカSFを読み過ぎなのでしょうか。

 本書には、いわゆる前衛的な作品は皆無で、レムを除いて、どれもわかりやすい作品が並んでいます。レムの作品が頭抜けているほかは、ネズヴァドバ、アルダーニ、ガンソフスキーの作品が水準作といったところでしょうか。

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ショート・ショート以前  二宮佳景編『一分間ミステリ』
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 1959年出版のこのアンソロジー、二宮佳景編『一分間ミステリ』(荒地出版社)は、一分間で読める短い作品を集めたという趣旨の作品集です。時代が時代だけに、ショート・ショートという言葉は使われていませんが、実質的にはショート・ショート集といっていいでしょう。英米仏独と各国からさまざまな作家の作品を集めていますが、当時としてもあまり有名とは思えない作家を多く収録していて貴重です。一番有名な部類で、モーリス・ルヴェル、S・A・ステーマン、バリー・ペイン、トリスタン・ベルナールあたりでしょうか。以下面白かったものを紹介します。

 トリスタン・ベルナール『嘆きのハムレット』 ハムレットをやらせたら天下一品という名優。あまりに役に入れ込みすぎたため、ポロニアス役の俳優を刺し殺してしまいます。しかし、芸術熱心のためということで、彼は無罪になります。また次の公演でも、彼は俳優を殺してしまいますが、またしても無罪になります。そして劇場側は、万一の事態に備えて次の公演では、自殺願望のある俳優をポロニアス役に抜擢します。そして当日、劇場側も観客たちも妙な期待感を持って、開幕を待ちかまえるのですが…。オチが楽しいユーモラスな小話です。

 モーリス・デコブラ『青春』 若い頃は絶世の美女だったレイディ・ウィルチェスタは、自分の容姿が衰えはじめたのを知って故郷の城に引きこもります。そこで彼女は、若い頃の自分の蝋人形を作らせ、毎日それに見入っていたのです。ところがある日、泥棒が城に侵入し、彼女の蝋人形を壊してしまいます…。非情なオチがショッキングな作品。

 R・クロフト・クック『一周忌』 元警察署長ウィリアム卿は、老婦人の殺害犯人と目される甥に、自白させる計画を考えます。それは評判の高い女優に老婦人の幽霊を演じさせ、甥を驚かせようとするものでした。計画は見事に成功し、甥は自白するのですが…。オチが読みやすいのが難ですが、オーソドックスで手堅いゴースト・ストーリーです。

 アーチー・ビンズ『十人目』 バスの運転手が、深夜に最後の一走りにとりかかったとき、乗客は9人でした。やがてある客が、ここで降ろしてくれと言い、運転手は客を降ろします。運転手は不審に思います。そこはなんの横道もない場所だったからです。そしてひとり、またひとりと客たちは店も建物もろくにないはずの妙な場所で降りてゆきます。しかも客たちの話し方や声の調子は、ほとんど同じなのです。そして客が最後のひとりになったとき、その客は運転手に向かい、恐るべきことを話し出します…。前半の怪談じみた鬼気迫る展開が素晴らしいだけに、後半、犯罪小説にシフトしてゆくのがちょっと残念な作品です。

 H・ホーン『新聞』 世故に長けた賭博屋トムソンは、ある日妙な老人から、新聞を手渡されます。その日付はなんと明日のもの! 半信半疑ながら新聞の通りに賭けたトムソンは大もうけします。しかし、悦にいったトムソンが、新聞を見返すとそこには驚くべき記事が…。悪人は罰を受ける、という因果応報譚なのですが、『恐怖新聞』を思わせる背筋の寒くなる結末は一読の価値あり。

 フレデリック・ブーテ『緑衣の淑女』 幼い頃からリュシイは「緑色の着物の淑女」という架空の遊び相手を持っていました。彼女が長じるにしたがって、その存在は薄れはじめます。結婚したリュシイは夫に熱烈な愛情をそそぎますが、夫は忙しさにかまけて、彼女をかまってくれません。そのころから「緑色の着物の淑女」が再び現れ始めます。今度は友人ではなく、リュシイを苦しめる存在として…。
 架空の友人「緑色の着物の淑女」によって主人公が精神のバランスを崩してしまうというサイコ・スリラー。

 S・A・ステーマン『作家の最期』 人気作家ユーゴー・ロルムは、アルシバルド・エス・ブルウという人物を主人公にした作品で大当たりをとります。それは主人公がやたらと不幸な目にあうのが売りの物語でした。助手はブルウをこれ以上不幸な目に会わせるのは、可哀想だといさめますが、ロルムはかまわず作品を書き始めます。その翌日ロルムは死体で発見されます。彼を殺したのは一体誰なのか…。小説の登場人物が実体化するという怪奇小説。

 モーリス・ブラクス『アリバイ難』 心配性の青年トルラクは、犯罪に巻き込まれたときのために、異常に規則正しい生活を送っていました。ある日彼の住むアパートで殺人事件が起こします。トルラクはここぞとばかりに正確なアリバイを言い立てますが、あまりに正確なアリバイに不審を抱かれ、警察に連行されてしまいます…。アリバイの不自然さを逆手にとったユーモア・ストーリー。

 この本「ミステリ」と銘打ってはいながら、幻想小説や怪奇小説も混じっています。その選択眼はなかなか幅が広く、出版年を考えると、編者には、なかなか先見の明があったようです。基本的に大した作品はないので、復刊するほどの魅力には欠けますが、読んで損はないアンソロジーです。

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あなたが見えない  柴田元幸編訳『むずかしい愛』
402257416Xむずかしい愛―現代英米愛の小説集
柴田 元幸 畔柳 和代
朝日新聞社 1999-08

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 現代英米のいっぷう変わった愛の物語を集めたアンソロジー『むずかしい愛』(柴田元幸編訳 朝日新聞社)。このアンソロジーには一つとしてまともな愛を描いたものはありません。
 ウィリアム・トレヴァー『ピアノ調律師の妻たち』盲目のピアノ調律師に恋した美貌の女性。しかし彼は容姿の劣る別の女性と結婚してしまいます。数十年後、後妻としてピアノ調律師と一緒になるという宿願を果たした女性ですが、ことあるごとに前妻の影がちらつきます。何十年も前妻のなすがままに暮らしてきたピアノ調律師は、後妻の言葉によってそれまでの人生のイメージが覆されてゆくのに困惑するのです。
 盲人は言葉として世界を知る。それならば、妻の言葉が、夫の世界のイメージを決定してしまうのではないか。前妻と後妻、それぞれによって与えられる世界像にとまどいながらも、それを受け入れるしかない男の哀愁ただよう物語です。
 ヘレン・シンプソン『完璧な花婿』結婚を前提にして何年もつきあっていた男から振られた女。女は想像上の完璧な花婿を作り上げ、彼と結婚することにします。結婚式さえも本人不在のまま代理の男を立てて、行おうとするのですが…。
 想像上の恋人が次第に実在性を持ち始める過程はスリリングです。とはいえ、ユーモアあふれるタッチで描かれた物語は、あくまで現実の範疇で進みます。悲劇的な結末になるかと思いきや、ハッピーエンドになってしまうのには唖然としてしまうでしょう。
 グレアム・スウィフト『ホテル』母親を憎んでいた神経症気味の男が主人公。彼は精神病院を退院後、地道な商売を続け、ついにホテルを手に入れます。そのホテルは人々が真に落ち着ける「セラピー滞在」を目的としたものでした。常連も増え順調だったホテルにある日、不釣り合いなカップルが現れます。化粧をした若い娘とおそらく父親と思われる男、このカップルのせいで客はホテルからいなくなり、主人公は自分の世界が揺らぎつつあるのを実感します…。
 自らの価値観に従い、心地よい世界を作り上げたはずの男、その世界の崩壊を描く作品です。
 ジョン・クロウリー『雪』資産家の妻と結婚した作家志望の男。妻は「ワスプ」と呼ばれる監視機械で自分の日常を記録します。そして妻の死後、男は生前の妻の映像を見に出かけますが、記録された映像はランダムなものであり、特定の出来事を再現することはできません。一度見た映像をもう一度見ようとしても、それは不可能に近いのです。やがて映像は劣化し始めるのですが…。
 愛する妻に再び会おうとする男に対して、妻はその全体像を現してくれない。愛の不可能性を描いた、難解な作品です。
 そして、本作品集で一番過激な愛を描いた物語としては、レベッカ・ブラウン『私たちがやったこと』があげられます。
 互いに愛し合う男と女が主人公です。二人の結びつきを緊密なものにするために、彼らはとんでもないことを実行します。

 安全のために、私たちはあなたの目をつぶして私の耳の中を焼くことに同意した。

 目の見えなくなった男と耳の聞こえなくなった女。二人は互いに足りない感覚を補うことによって、結びつきを深めることができると考えます。二人はそれぞれの感覚を失ったことを世間には隠そうと、今まで通りの振る舞いをすることに決めます。女は相手の唇を読むことを練習し、男は物にぶつからないように注意を払います。
 ピアニストである男の演奏会に連れ添った女は、聞こえないはずの演奏に対して拍手し「ブラヴォー」と叫びます。しかし男はその叫び声に違和感を感じます。

 私の声の変化が著しくなってきたというメモをあなたは書いてよこした。もはや単に声音や高低の問題ではなく、言葉をかたちづくる能力自体の問題だ、と。

 聴覚を失った女の声は徐々に抑制を欠いてきていたのです。一方画家である女は、展覧会場でターナーの絵に感嘆しますが、その感動は男には全く伝わりません。目の見えなくなった男もまた視覚的なセンスを喪失してしまうのです。

 あなたのメモはぞんざいな書き方だった。字と字が重なりあい、行は曲がりくねっていた。

 二人の間には徐々に亀裂が入り始め、とうとう悲劇が起こってしまうのですが…。
 愛を深めるために互いに感覚を捨てるという設定がまず魅力的です。さらに二人の恋人たちがそれぞれ芸術家であるということもテーマを深めるのに役立っています。互いの感覚の劣化が、それぞれにとって美的に耐えられないものになってゆきます。愛を強めるための行為が、逆に二人を引き離してしまうのです。
 本当に障害にもかかわらず恋人たちは愛を深めることができるのか?「障害を乗り越えてこそ真の愛」というお題目を皮肉ったかのような作品です。
 この作品に関わらず、本アンソロジーに収められた作品は「障害のある愛」を描いています。それもだいたい悲劇的な結末に終わるものが多いように感じられます。障害を乗り越える強い愛情という通念を、ひっくり返すかのような作品群。それは現代における恋愛小説が困難になりつつあることを示しているのかもしれません。

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悪いのはだれだ?  モルデカイ・ロシュワルト『レベル・セブン』
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 東西冷戦時代には、核戦争や人類の破滅を描いた〈ディザスター小説〉というのが流行りましたが、モルデカイ・ロシュワルト『レベル・セブン』(小野寺健訳 サンリオSF文庫)はそんな中にあって、かなり異色の作品です。
 来るべき敵国との核戦争に備えて地下に作られた防護施設。七層からなるその施設の最下層は「レベル・7」と呼ばれ、防衛軍の原爆ロケットの発射基地ともなっていました。
 ある日、司令官に呼ばれた「僕」は「レベル・7」へ、押しボタン士官として転属を命じられます。休暇の延期をつげられた「僕」はがっかりしますが、転属に伴って昇進することを告げられ、喜んで命令を受けることになります。しかし、キャンプ地から持ち物を一切持っていくことを禁止され、周りの誰にも転属のことを話す暇もなく、その場で地下施設に行くように言われた「僕」は不信感を拭えません。
 到着したその施設では、人々は固有名詞を剥奪されコードネームで呼ばれていました。「僕」は〈X-127〉なる番号を与えられますが、その直後スピーカーからの放送で驚くべき事実を知らされます。なんと「レベル・7」に配属された人間は核ミサイルの発射を担う重要な位置にいるため、二度と地上に出ることは許されないというのです!

 どうなってもぼくは一生地下にいるのだ。たとえわれわれがこの瞬間に宣戦を布告して一日のうちに勝利をにぎってたとしても、ぼくは決してもどることはできないだろう。全面的な原子力戦によって生じた放射能の汚染のために、地表は数十年間生存不能になるだろう。おそらく数世紀間ではないだろうか。

 スピーカーからの情報によって「レベル・7」には男女同数の人間があわせて500人いること、それらの人間に対して食料が500年分も蓄えられていることを知った「僕」は陰鬱な気持ちになります。
 やがて女性心理学者〈P-867〉と親しくなった「僕」は、彼女の話す内容に衝撃を受けるのです。「僕」と同じ任務についていた〈X-117〉の治療にあたっていた〈P-867〉は、この「レベル・7」に連れてこられた人間は基本的に「自給自足」であり、社会的な交わりを断っても充分生きていける人たちだ、と言います。しかし〈X-117〉は本来社会的な性格であったために、ノイローゼに陥っているのだというのです。「僕」は、自分が他の人間との触れ合いがなくても生きていける貧しい人間なのではないかと思い悩みます。

 ぼくは誰かほかの人間がいようがいまいが、ほとんど何の関係もなく幸福でいられるのだ。きっと、ぼくには愛することができないのだ。そして他の人たちもみなそうなのだ。X-117だけを別にして。そしてだからこそぼくはここで暮らすのに向いている。

 連れてこられた人々がようやく与えられた環境に慣れたころ、とうとう敵国との戦争が勃発します。ありったけの爆弾を打ち込み敵国は壊滅しますが、自分たちの国家も致命的な攻撃を受け、地表は放射能に覆われてしまうのです。深度の浅かった「レベル・1」の人々はほぼ即死し「レベル・2」の人々も次々に死に始めます。徐々に地下にしみこんでくる放射能のために上のレベルの人々からは次々と連絡がとだえていきます。世界が壊滅したことを嘆く大多数の人々に対して「僕」をはじめ「レベル・7」の人々は、これを機会に他のレベルの人々とつながりができたことに対し、奇妙なよろこびを覚えるのですが…。
 アメリカとソ連の冷戦をモデルにした作品であることは一目瞭然なのですが、具体的な国の名前は全く出てきません。それゆえ大方の政治小説のようにディテールが古くなっておらず、今読んでも寓話として充分楽しむことができます。
 この作品の大部分は、隔離された閉鎖社会での人間の心理的な動揺を描くのに費やされています。家族や恋人のいない、原則的に独立独歩の人間が選ばれているにもかかわらず、閉鎖された空間の中で精神的におかしくなるものも出てきます。人々を治療するために選ばれた〈P-867〉のような心理学者でさえ、長期間の隔離で、心理学に興味を失っていくのです。そうした人々の内面の心理の探索がメインとなっています。
 閉鎖された環境といえば、内部の人々の争い、というのを思い浮かべるでしょうが、この作品ではそういうことは起こりません。敵国への攻撃機関という大義があり、登場人物も全て訓練を受けた軍関係の要員であるため、閉鎖された環境でもパニックや暴動は起こらないのです。世界が滅んだ後でさえ、やたらと冷静な「僕」に至っては、人間的に冷たすぎると思えるかもしれません。
 核戦争に対する正邪はほとんど問題になりません。もちろん戦争は悪に決まっているのですが、この作品では、そうした人類規模の倫理よりも個々の人間の倫理が問題になっているようです。なにしろ押しボタン士官の「僕」は命令が発せられたとき、ためらいなく核攻撃のボタンを押してしまうのです。直接人々を殺傷するわけではなく、ボタン一つで離れたところから殺せてしまう。それゆえ世界が滅ぶときでも「レベル・7」の人々は破滅を実感できないのです。このあたり、実に淡々とした描写が、空恐ろしさを感じさせます。
 核で破滅した地上の悲惨な様子とか、放射能でばたばた死ぬ人間とか、核戦争の恐ろしさが直接的に描かれるわけではありませんし、戦争の経過がスペクタクル豊かに描かれるわけでもありません。その意味で実に地味な作品ではあるのですが、こうした閉鎖環境におかれた人間の心理がどのようなものになるのかという、実験的な意味で面白い心理小説となっています。1959年発表の作なので、施設の技術的なディテールは非常に古くさく感じられるのですが、それを除けば、実に面白い作品です。

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プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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