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人生を変える旅  アルト・パーシリンナ『行こう!野ウサギ』

 フィンランドの作家、アルト・パーシリンナ(1942~)による長篇小説『行こう!野ウサギ』(ハーディング・祥子訳 めるくまーる)は、仕事や妻との生活に疲れた男が、森で出会った野ウサギの仔とともに衝動的に旅に出てしまうという、ユーモラスなロード・ノヴェルです。

 雑誌記者のヴァタネンは、カメラマンとの取材旅行の途中、林を通る際に車で野ウサギの仔をはねてしまいます。幸い軽傷だった野ウサギを介抱しているうちに、カメラマンはしびれを切らして一人で帰ってしまいます。
 置き去りにされたヴァタネンは、身持ちの悪い妻との生活や仕事について考えた結果、全てを放り出してそのまま衝動的に旅に出ることにします。なつき始めた野ウサギとともに自然の旅を満喫するヴァタネンでしたが…。

 野ウサギとともに気ままな旅に出る中年男性を描いた物語です。「旅」といっても、主人公ヴァタネンがめぐるのは、自然あふれる場所が中心となります。森を散策したり、釣りをしたりと主人公が行うアウトドア生活が細かく描写され、そのあたりも魅力的な部分になっていますね。
 「マスコット」的な野ウサギの存在もキュートです。野ウサギの存在をきっかけに現地の人と親しくなったり、また野ウサギが原因で争いごとが引き起こされることもままあったりと、ウサギそのものが何かするわけではないのですが、エピソードの「点景」として存在感を示し続けます。

 野外生活を繰り返しているうちに、精神的にも若返ったヴァタネンは、ある種怖いものなしになっていきます。酔って問題を起こしたり、現地の人と軋轢を起こしたりと、エピソードが進むにしたがって訴えられた件数が多くなっていき、とうとう逮捕されてしまう、という展開も人を喰っていますね。

 作品全体が細かいエピソードの集積からなっている作品です。主人公に特に決まった目的はなく、楽しみを求めて放浪するという形なので、大きな盛り上がりはない代わりに、それぞれのエピソードが小話・笑話的な魅力を持っています。
 一番盛り上がるエピソードは、後半に現れる熊狩りのエピソード。熊に襲われ助かるものの、逆上した主人公が延々と熊の跡を追っていくことになります。やがてフィンランドの国境を越えソビエト連邦に不法に侵入してしまうのです…。

 主人公以外に多数の人物が登場しますが、一つ一つのエピソードが短いので、あまりレギュラー的な人物は少ないです。ただ、さらっと描かれる人物たちの中でも、フィンランド大統領が偽物だと信じる男だとか、野ウサギが守り神だと信じ込む婦人、動物を生け贄にささげる狂信者など、エキセントリックな人物がちょこちょこと登場するのも楽しいですね。

 本作は1975年に発表された著者の代表作で、海外でも多く翻訳されているとか。一見、大自然の中で生の喜びを取り戻す話、といえば聞こえはいいですが、正直そこまで深いテーマがあるわけでもありません。ただ文字通り「大人のおとぎ話」といった感があり、小味な秀作として面白い作品といえますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

バラエティ豊かなアンソロジー  清水武雄監訳『安らかに眠りたまえ 英米文学短編集』
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 清水武雄監訳『安らかに眠りたまえ 英米文学短編集』(海苑社)は、文学作品からエンタメ作品まで、様々な英米の短篇小説を集めたアンソロジーです。
 特に決まったテーマがあるわけではないようですが、幻想的な作品が多く含まれており、実質的に幻想小説アンソロジーといってもいいかと思います。以下、紹介していきましょう。

エドガー・アラン・ポオ「復讐譚 樽詰めのアモンティリャード」
 フォルチュナートに侮辱された「私」は彼に復讐を誓います。アモンティリャードの名前を出し、葡萄酒に目がないフォルチュナートを誘い出すことに成功しますが…。
 ポオの名作の一つ。ユーモアと残酷さが同居する作品です。

ナサニエル・ホーソーン「胸の蛇」
 若き彫刻家ハーキマーは、従妹のロジーナに乞われて、彼女の夫であり旧友でもあるロデリックのもとを訪れます。ロデリックは、かっての才気を失い精神を荒廃させていました。彼によれば胸に蛇が巣食っているというのですが…。
 胸に蛇が巣食っているという青年を描いた寓意的な作品です。実際に蛇がいるのか、それとも青年の妄想なのかははっきりしません。青年により人々の「悪」が指摘されていき、「誰の胸にも蛇がいる」というテーマが出てくるあたり、非常に象徴的な作品ですね。

ナサニエル・ホーソーン「随想 雪舞い」
 雪の舞う光景を美しく語った随想。象徴的・文学的な表現が多く使われています。

ナサニエル・ホーソーン「泊まり客」
 荒涼とした峠道で旅籠を営む家族のもとを訪れた若い男性の旅人。暖かく迎えられ、家族の美しい娘にほのかな恋心を寄せる旅人でしたが、そこに山崩れが襲います…。
 人間味にあふれた朴訥な人々も、未来を夢見る才気あふれる若者も等しく死んでしまう…という、無常感あふれる短篇です。物語は全く異なるものの、同じくホーソーンの名作「デーヴィッド・スワン」とも通底するテーマを持った作品ですね。

シャーロット・パーキンス・ギルマン「黄色の壁紙」
 医師で夫のジョンと子供とともに、植民地時代の古い屋敷に住むことになった主婦の「私」。精神のバランスを崩した「私」は部屋の黄色い壁紙に執着するようになりますが…。
 狂気に陥った女性の一人語りの迫力が強烈な一篇です。壁紙のなかで動き回る女性という、類例のないイメージにはインパクトがありますね。英米の怪奇幻想小説中でも「怖さ」という点で記憶に残る作品です。

イーデス・ネスビット「ハーストコート城のハースト」
 尊大な態度から男性には嫌われているものの、女性には何故か絶大な魅力を及ぼす男ハースト。黒魔術の研究書を出版したハーストは一躍人気作家になります。村一番の美女と言われるケイトと結婚したハーストは、一族の城、ハーストコート城を相続します。学生時代からの親友で医者である「僕」は、ハーストに招かれ、ハーストコート城を訪れます。そこで見たのは、更なる美しさを重ねたケイトと、かってとは別人のように好人物となったハーストでした。
 愛し合うハースト夫妻を好ましく思う「僕」でしたが、ある時を境にケイトが病に陥り、重態に陥ります。しかも倒れる直前に、彼女はハーストについての懸念を「僕」に打ち明けていました…。
 古城で展開されるゴシック・ロマンス風味の強い怪奇幻想作品です。かって黒魔術に凝っていた夫は、妻に対して何を行ったのか? ポオの有名な短篇作品と同じアイディアが使われていますが、こちらの作品ではそれが夫婦の愛情の絆を表すものとして使われています。名作といっていい作品では。

マンリー・ウェイド・ウェルマン「奴隷の歌」
 残忍な男ジェンダーは、アフリカで49人の原住民を捕らえ奴隷としてしまいます。奴隷船で彼らを運ぶ途中、原住民たちはジェンダーを呪い、彼が死ぬようにと呪いの歌を歌い出しますが、それに対してジェンダーは激怒します。
 奴隷船を摘発していた英国艦に船が見つかり、罰せられるのを恐れたジェンダーは、すべての奴隷を海に投げ込み、溺死させてしまいます…。
 大量のアフリカ人たちを殺した残忍な男が復讐されるというゴースト・ストーリーです。アフリカの呪術を扱っており、「幽霊」ではなく死後の肉体のまま霊たちが現れるという点でも、どこか「ゾンビもの」の趣が強いですね。奴隷たちが歌う「ハイロワージェンダ!ハイパナージェンダ!」のリフレインが印象的です。

ビル・プロンジーニ「みーつけた」
 荒っぽい仕事をしていた男ロウパーは、かって幽霊屋敷の噂もあった家に住むことになります。家の中に人の気配を感じ取ったロウパーは、家の中をしらみつぶしに探し回りますが…。
 登場人物は一人きり。誰もいない家のなかを歩いているうちに、子供時代の恐怖がよみがえってくる…という心理的に怖い作品です。ゴースト・ストーリーなのかどうかもはっきりしないのですが、恐怖小説として面白い作品です。

ジョイス・キャロル・オーツ「ヤギ少女」
 父親の敷地の納屋で飼われているという、ヤギのような少女「ヤギ少女」。「あたし」は彼女に関心を寄せていましたが…。
「ヤギ少女」が超自然的な生物なのか、それとも人間なのかははっきりわかりません。母 親が精神的に病んでいること、「ヤギ少女」が隔離されていることなどを始め、断片的な情報から、読者に物語の全体像を想像させるようになっています。残酷さがありながらも、強く惹きつける魅力のある作品ですね。

アン・ウォルシュ「避暑地の出来事」
 幼い娘二人とともに避暑地の山小屋を訪れたシングルマザー。彼女は、近くに荒廃した別の大きな山小屋を見つけます。夜になると周囲に人声が聞こえてきますが、その音は前に見つけた別の山小屋から聞こえてくるらしいのです…。
 小屋に出没する鼠、人がいないはずの山小屋から聞こえる人声、精神のバランスを崩した母親…。短い枚数の中に、様々な要素を入れ込んだ、想像力を刺激する恐怖小説です。いろいろな解釈ができそうで、非常に面白い作品です。

リング・ラードナー「ある家族のクリスマス」
 長年経済的に苦労してきたものの、発明の特許で突如裕福になった夫婦は、息子と娘にとっておきのクリスマスプレゼントを買い込んで、彼らの帰りを待っていました。しかし、帰ってきた二人は友人との約束を優先し、すぐに出かけてしまいます…。
 両親と子供たちのすれちがいを描いた、しんみりとした作品です。アメリカ家庭を描いていますが、他の国、他の時代の人が読んでも通じるような、普遍的な味わいがありますね。

 収録作のほとんどが、幻想・恐怖小説に分類される作品のアンソロジーなのですが、巻末のリング・ラードナー作品のみ、ちょっとカラーが変わっていますね。
 この本でしか読めない作品も多数あり、面白い作品も多いです。


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生と死の旅  アルト・タピオ・パーシリンナ『魅惑の集団自殺』
魅惑の集団自殺
魅惑の集団自殺
posted with amachazl at 2020.04.17
アルト・タピオ パーシリンナ, Paasilinna,Arto Tapio, 敏武, 篠原
新樹社 (2007-10-01)

 フィンランドの作家、アルト・タピオ・パーシリンナの長篇小説『魅惑の集団自殺』(篠原敏武訳 新樹社)は、自殺志願者たちが同じような自殺願望を持つ人々を集め、集団自殺するための旅に出るという、ブラック・ユーモアにあふれたロード・ノヴェルです。

 会社が倒産し、妻にも見向きがされなくなった実業家レッロネン。田舎の納屋で拳銃自殺をしようとしたところ、そこで首吊りをしようとしていたケンッパイネン大佐と出くわします。意気投合した二人は、当座の自殺を延期し、同じような境遇にある自殺志願者たちを集めて集団自殺をしようではないかと計画を立てます。新聞の死亡通知欄に広告を出したところ、600通以上の手紙が届き、二人は驚きます。
 手紙をくれた一人、副校長の女性プーサーリの協力を得た二人は、自殺者に向けたセミナーを開催することにします。
 成功裡に終わったセミナーの後、自殺志願者たちは大型バスで北に向かって旅に出ることになりますが…。

 集団自殺をするために旅に出た自殺志願者たちを描くブラックなコメディ作品です。それぞれの事情から自殺を考えていた人々が集まり、意気投合した彼らは集団で北を目指すことになります。しかし旅の途次、仲間と過ごす時間やその土地での楽しみを体験した彼らには、逆に生きたいという考えが芽生えてきてしまうのです。
 自殺志願者たちがその行動とは裏腹に、生きる価値を見出す話ではあり、実際終盤ではそういう展開になるのですが、簡単に自殺を中止しようということにはなりません。

 志願者たちの中には不治の病に冒された人間がいたり、自殺願望の意思が固い人間が何人もいるため、終盤まで徹底して自殺を目指して一行は進むことになります。道中で、意図せぬ形ではありながら、実際に死んでしまう人間も何人か発生してしまうのです。
 最初は北を目指すものの、上手くいかなかった一行は、スイスにいったり、ドイツ、フランス、ポルトガルに行ったりと、意図せぬヨーロッパ旅行をすることなります。各地で彼らが引き起こす騒動は実にスラップスティック。

 一行の中に経済力のある金持ちがいたり、特殊な技術を持った人間がいたりすることもあり、道中出くわすトラブルが次々と解決されていくという、皮肉な展開が面白いですね。虐待されている主婦を救ったり、農作業を手伝ったりと、善行をすることにもなります。
 多数の自殺志願者が登場し、彼らの背景や人生が紹介されていきますが、それぞれが興趣に富んだ面白いエピソードになっています。中心になるのは、実業家レッロネン、ケンッパイネン大佐、副校長プーサーリの三人で、中盤からは指導者として特にケンッパイネンとプーサーリが中心となります。
 妻を失い人生に絶望したケンッパイネンがプーサーリに恋するようになるという流れも興味深いです。自殺志願者同士の恋愛は成就するのでしょうか?

 「自殺」という微妙な話題を扱っていることに加え、全体にブラック・ユーモアがまぶされた作品なのですが、読後感は悪くありません。ただ、コメディではありながら、作中に現れる自殺未遂のシーンには「恐怖感」が溢れていたり、実際に死んでしまうメンバーの死の様子は残酷だったりと、背筋の寒い場面もいくつかあったりするのが作品を引き締めていますね。
 作中、フィンランドがいかに生きにくいかという点について語られる箇所もあります。いくぶん風刺的に描かれてはいるものの、日本人の考えるフィンランドのイメージを裏切る部分でもあり、そのあたりの社会認識も含めて興味深く読める作品です。

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子どものための幽霊物語  『鏡 ゴースト・ストーリーズ』
鏡―ゴースト・ストーリーズ
スーザン クーパー, マーガレット マーヒー, こみね ゆら, Susan Cooper, Margaret Mahy, 角野 栄子, 市河 紀子
偕成社 (1999-09)

 『鏡 ゴースト・ストーリーズ』(角野栄子、市河紀子訳 偕成社)は、児童文学作家のゴースト・ストーリーを集めたアンソロジーです。
 原著は1996年の国際児童図書評議会世界大会用に編まれたアンソロジーとのことで、ひとつの国からひとつの作家、対象年齢は12歳、ホラー短篇集という企画だったそうです。 全11篇のなかから、6編を抜き出した作品集になっています。


スーザン・クーパー「幽霊の話」
  トビー・ウォラーは、テニスに夢中な父親からテニスをするよう勧められていましたが、乗り気ではありませんでした。勝負に執着する父親に嫌なものを感じていたからです。 ある日、自宅のテニスコートで何気なく打ったボールが、誰もいないはずの場所から打ち返されてきます。しかも、自宅のコンピュータにはその「幽霊」と思しき存在からメッセージが打ち込まれてきたのです。やがて「幽霊」とのテニスを楽しむようになるトビーでしたが…。

 「幽霊」とテニスをするようになる少年を描いた作品です。「幽霊」はかって父親にテニスの英才教育を受けたものの父親を憎みながら死んだ少年であることがわかります。トビーもまた、勝ち負けに拘泥する父親に穏やかならぬものを感じており、そのよく似た境遇からやがて幽霊の憎しみが少年に乗り移る…という展開になります。
 過去と現在の父子関係が二重写しになるという、優れたテーマのゴースト・ストーリーです。


角野栄子「鏡」
 少女のアリは、ある日母親が骨董屋から買ってきた鏡を覗いているうちに、自分が鏡の中に閉じ込められていることに気がつきます。代わりに鏡の外には自分の鏡像が実体となって存在していたのです。鏡像は周囲の人間に意地悪な行動を繰り返します。
 アリは、鏡の中に以前から閉じ込められていた少年アキラに出会います。彼によれば、鏡像が手を触れてくれない限り元には戻れない、自分は既に二十五年も鏡の中にいるのだと…。

 鏡の中に閉じ込められてしまうという、いわゆる「鏡怪談」なのですが、かなり怖い作品になっています。というのも、先に閉じ込められていた少年から、永遠に出られない可能性、そして外に出た鏡像はいずれおかしくなり大抵死んでしまうという、恐ろしい話を少女は聞かされるからです。
 鏡の中の世界というと、いかにもファンタジーといった穏やかな話を想像しがちですが、この作品ではそれが思わぬ天災や事故にあったような感覚に近く、子どもが読んだらトラウマになってしまいそうな作品です。


マーガレット・マーヒー「首すじにおかれた指」
 曾祖母のメイにかわいがられていた少年イヴォール。しかしメイは体を悪くして車椅子の生活を余儀なくされます。介護費用が嵩むことが分かり、自分の進学費用として回してくれるお金が足りなくなりそうなことを知ったイヴォールは、散歩に出た際に、メイを車椅子ごと海に突き落としてしまいます…。

 金のために曾祖母を殺してしまった少年がその霊に殺される…という救いのない話です。心霊現象もさることながら、ためらいなく殺人を犯した上に白を切る少年の邪悪さが印象的な作品になっています。


チャールズ・ムンゴシ「山」
 バス停に行くために、友人のチェマイと共に夜の山を通ることになった少年の「ぼく」。怖がりの友人が話す話を一笑に付す「ぼく」でしたが、いつの間にか背後に黒いヤギが付いてきていることに気がつきます…。

 ジンバブエ作家による、アフリカの土地を舞台にした物語。欧米の同種の作品とは異なるユニークな雰囲気が魅力です。主人公の少年の心の動きが繊細に描かれています。


ウリ・オルレブ「クジラの歌」
骨董屋をしていた祖父ハンマーマン氏とその家政婦シボニエ夫人は、祖父が体を悪くしたことから店を閉め、孫のミカエルたちと一緒に暮らすことになります。祖父には特殊な能力がありました。一緒に寝る人間を夢の世界に連れていくことができるのです。
 ミカエルは祖父と一緒に夢の世界を楽しみますが、かって一緒に夢の世界に連れていってもらっていたシボニエ夫人は彼らの関係に嫉妬していました…。

 孫と共に夢の世界を旅する祖父という、一見ファンタスティックなテーマの作品なのですが、その関係に嫉妬する家政婦と、彼女に協力的だった亡き祖母との関係がやたらとクローズアップされるという妙な味わいのファンタジー作品です。
 夢を扱っているだけに不条理風の展開もあり、読み応えのある作品になっています。亡き祖母が「敵」として現れる夢はちょっと怖いですね。


キット・ピアスン「眼」
 シーラおばのもとに泊まることになったミシェルとバーニーの姉妹。しかしバーニーはかって祖母マーガレットが持っていたという美しい人形グリゼルが怖くてたまりません。 おばによれば、祖母は愛していた弟を火事で失い、その現場を目撃していた人形を疎みながらも、大事にしていたというのですが…。

 事故現場に居合わせたために、その持ち主から憎まれることになってしまった人形。その人形を愛情をもって「開放」するというテーマの作品です。邪悪なものだと思われていた人形が、人形自体に罪はないということがわかるシーンには感動がありますね。

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迷宮の犯罪  ギジェルモ・マルティネス『オックスフォード連続殺人』
オックスフォード連続殺人 (扶桑社ミステリー)
 アルゼンチンの作家、ギジェルモ・マルティネスの長篇『オックスフォード連続殺人』(和泉圭亮訳 扶桑社ミステリー)は、天才数学者が連続殺人に挑むというミステリ作品なのですが、全体に<奇妙な味>的な味わいの強い作品になっています。

 アルゼンチンからの奨学生の「私」はオックスフォード大学に留学しますが、下宿先の家主イーグルトン老婦人の他殺死体を発見してしまいます。共に第一発見者となった伝説的な数学者セルダム教授のもとには、謎の記号が書かれた殺人予告メモが届けられていました。これは教授への挑戦なのか?
 メモの「論理数列」が解ければ犯人の正体が分かるかもしれないと調査を続ける「私」とセルダム教授でしたが、その後も、謎のメッセージを伴う殺人事件が続いてしまいます…。

 数学的メッセージで捜査を撹乱する連続殺人犯と伝説的な大数学者との知的戦い…という装いの作品なのですが、実際のところ「戦い」というほどの緊迫感はありません。探偵役セルダム教授が世離れした人物で、その発言がどれも仄めかしに満ちていることや、起こる殺人事件も意外と地味なのもあって、静的な印象の強い作品なのです。

 全体に散りばめられた数学的・哲学的な意匠やペダントリーなど、不思議な味わいのエピソードなど、全体を見るに、どこかミステリのパロディ的な意図で書かれたかのような感じも受けますね。特にいくつか挿入されるエピソードはどれも〈奇妙な味〉的な味わいが強いです。
 エピソードで目立つのは、病院を訪れた教授が、ディーノ・ブッツァーティの短篇小説「七階」は作家自身のその病院での体験が元になっていると話す挿話です。なんとその中に登場する三階の患者は教授自身だというのです。

 他にも、挫折した作家が人を殺すまでに至るエピソードや、妻殺しの計画を詳細に記していた医者が逆に妻に殺されてしまうエピソード、交霊術の席上テレパシー実験で実験者が焼き殺されてしまうエピソードなど、挟まれるエピソードがどれも幻想的、奇怪な味わいで非常に楽しめます。

 解説文にもありますが、ボルヘスの影響もあるのではと窺わせる様な作風で、本格ミステリファンよりも幻想小説ファンに親和性の高い作品ではないかと思います。もちろんミステリ上のトリック・構成もしっかりしていて、ミステリ作品としても充分に楽しめる作品ではないでしょうか。

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空想都市と幻想都市  ギョルゲ・ササルマン『方形の円 偽説:都市生成論』
方形の円 (偽説・都市生成論) (海外文学セレクション)
 ギョルゲ・ササルマン『方形の円 偽説:都市生成論』(住谷春也訳 東京創元社)は、ルーマニアの作家による、36の空想都市をテーマにした幻想小説集です。
 現実の都市をモデルにしたらしき都市もあれば、完全に空想上の都市もあり、舞台となる時代も古代から未来まで様々、寓話的な展開もあれば、超技術が扱われたSF的な展開もありと、まさに空想・幻想都市小説(というジャンルがあるかわかりませんが)の決定版ともいうべき作品です。

 基本は都市の概観や描写、その起源や変遷といった、都市そのものが主人公であるような描き方なのですが、時には登場人物が主人公となり、都市を探索する物語のような形で展開されることもあります。
 住民の格差がピラミッド型の都市で表された「ヴァヴィロン 格差市」、再建するたびに滅ぼされてしまう都市を描いた「トロパエウム 凱歌市」、老成し過ぎた住民によって滅亡の危機にさらされるという「セネティア 老成市」、巨大なドーム内で人類がどんどん野生化するという「プロトポリス 原型市」、多数の天才たちによって重層的な都市が建設されるという「ムセーウム 学芸市」、等質な都市から等質な住民が生まれてくるという「ホモジェニア 等質市」、自分たちの都市が宇宙船の内部にあることを発見する「コスモヴィア 宇宙市」、月に都市を建設しようとするも精神的汚染が進んでいることがわかるという「セレニア 月の都」、アトランティス滅亡の瞬間に訪れた時間旅行者たちを描く「アトランティス」、悪夢の中の都市を描く「アルカヌム 秘儀市」などを面白く読みました。

 同じ空想・幻想都市を描いていながらも、幻想小説的なアプローチとSF小説的なアプローチが混ざっているのが興味深いですね。
 例えば「ホモジェニア 等質市」。あまりに等質な都市を作ったがために住民までが等質になってゆく…という作品です。後半の展開が圧巻で、家族制度がなくなったのを手始めに、年齢や性差が消失し、完全に同質になった人間が全て同期する…という、シュールかつ幻想的な展開です。
 この作品のように、SF的な設定で始まりながらも、幻想的な結末を迎える作品もあれば、最初から最後までSF風の作品、寓話的な作品もありと、バラエティに富んだ作品集となっています。

 読んでいて、似たテーマを扱った『見えない都市』(イタロ・カルヴィーノ)を思い出すのですが、直接的な影響はないそうです。制作年代は近いのですが、ササルマンはしばらく後までカルヴィーノ作品の存在は知らなかったそうです。
 『方形の円』には、マルコ・ポーロと大ハーンが登場する「モエビア、禁断の都」なんて『見えない都市』を思わせる作品も収録されています。
 直接的な関係はなくても、カルヴィーノ作品にも通底する名作として、これから語られていくことになるのは間違いないと思います。

 イタロ・カルヴィーノやスティーヴン・ミルハウザー、あるいはアンリ・ミショーなど、架空の事物がカタログのように並べられていくという「博物学的幻想小説」が好きな読者にはたまらない作品で、この手の作品が好きな方には強くお薦めしておきたいと思います。

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偶然と宿命  ヨアブ・ブルーム『偶然仕掛け人』
偶然仕掛け人
 イスラエルの作家、ヨアブ・ブルームの長篇小説『偶然仕掛け人』(高里ひろ訳 集英社)は、世の中の出来事を偶然によって動かしているという「偶然仕掛け人」をテーマにした、ファンタスティックな作品です。

 駆け出しの「偶然仕掛け人」であるガイは、同期の仲間であるエリックとエミリーとともに仕事に勤しんでいました。「偶然仕掛け人」とは、人間のふりをして社会に溶け込み、人々に気付かれないようにささいな偶然を作り出し、世の中の出来事を動かす秘密工作員なのです。
 秘かに届けられる封筒の指示書通りに仕事をこなすガイでしたが、その仕事は男女の縁結びなど、スケールの小さなものばかり。しかも彼の心の中には、前職の「想像の友だち」であったときに愛し合っていた女性「カッサンドラ」の面影がずっと消えずに残っていました。
 ある日、今までのものとは異なる突飛な指示を受け取ったガイは、スケールの大きな事件に巻き込まれることになります。一方、計画を立てるだけでターゲットをほぼ殺してしまうという凄腕の殺し屋「ハムスターを連れた男」が暗躍を続けていましたが…。

 世の中は「偶然仕掛け人」の偶然を装った行動によって動かされているという、ファンタスティックな設定の物語です。「偶然仕掛け人」にもレベルがあり、主人公たちが起こすのは、コップをひっくり返したり、水道管を破裂させたりするなどの「レベル2」に相当する仕事を担当しています。
 これが「レベル5」や「レベル6」になると人類全体に影響を及ぼすというのですが、そのレベルの「偶然仕掛け人」は伝説的な存在になっていました。縁結びや、頭の固い男に詩を書かせるなど、自分たちのささいなレベルの偶然でさえ時折失敗してしまうガイやエミリーは、日々頭を悩ませているのです。

 面白いのは、この世界では「偶然仕掛け人」の他にも「想像の友だち」「夢織り人」「幸運配達人」「点火者」など、世界を裏から支える工作員が多数存在しているというところ。主人公のガイは元「想像の友だち」で、そのときに出会った同じ「想像の女性」カッサンドラが忘れられずにいるのです。
 二度と会えないカッサンドラを思い続けるガイに対し、彼にほのかの思いを寄せるエミリー。過去のガイとカッサンドラのエピソードとともに、現在進行形でのエミリーとの関係も描かれていきます。

 「偶然」がテーマであるだけに、事件がどこまで仕組まれているのか、黒幕はだれなのか、主人公たちの依頼主は誰なのか、ミステリ的な興味で全篇飽きさせません。
 サブストーリーとして展開する殺し屋のエピソードも非常に面白く描かれています。優しくて人も殺せない人物がいつの間にか大物殺し屋になってしまったり、ハムスターを可愛がっているためにあだ名が「ハムスターを連れた男」になっているというのもユーモラス。

 ミステリ、サスペンス、SF、ラブストーリーなど、様々な要素が含まれていますが、全体はファンタジー小説といっていいでしょうか。
 主人公たちが「偶然」と言う名の「宿命」を打ち破れるのか? という全体を貫くテーマも見てとれますね。
 帯文にあるように、カルヴィーノ、ディック、ジョナサン・キャロル、あるいはボルヘス的な要素も感じられます。ただユーモアある語り口の読みやすいエンターテイメント作品で、後味も非常によい作品です。これは広くお薦めしたい作品ですね。

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大自然と妖精  ユリヨ・コッコ『羽根をなくした妖精』
羽根をなくした妖精 (必読系!ヤングアダルト)
 フィンランドの作家ユリヨ・コッコ(1903-1977)の長篇小説『羽根をなくした妖精』(渡部翠訳 晶文社)は、戦乱に明け暮れる人間世界と、自然と共に生きる妖精たちの世界が対比的に描かれた幻想的なファンタジー小説です。

 森のトロールであるペシは、虹から降りてきたという美しい妖精イルージアと友人になります。しかしイルージアの父親イルージョンに嫉妬するオニグモによって羽根を切られてしまったイルージアは、家に帰れなくなってしまいます。二人は力を合わせて生き抜こうと考えますが…。

 羽根をなくしてしまった可憐な妖精イルージアと彼女を守ろうとするトロール、ペシの二人を主人公とする物語なのですが、彼ら二人の動向が直接描かれる部分の合間に、動物や植物など自然界を描いた部分、そして戦乱の世の中となっている人間世界の描写がはさまれていきます。

 この作品で一番精彩があるのは、自然の動物や植物たちが描かれる部分です。動物たちは擬人化されており、人間のように行動したり話したりします。しかし彼らが生きる自然界自体は非常にハードに描かれているのが特徴で、生き物たちの死がはっきり描かれるなど、甘さ一辺倒なおとぎ話ではないところが面白いところです。
 特に印象に残るのは、カッコーに託卵されてしまったシロビタイジョウビタキの夫婦を描くエピソードです。何も知らないイルージアに、不幸な結末に終わるのがわかりながらも手をださないようにと話すペシの態度には、自然界の掟を破るべきでないとする作者の思想が現れているようです。

 もちろんペシとイルージアの生活にも困難は訪れます。羽根を切られてしまったことを皮切りに、外敵に襲われたり怪我に倒れたりと、いろいろな困難を二人は切り抜けていきます。しかしそうした中にも、自然の美しさや生きる喜びといったきらめくような瞬間が時折訪れるのが、この作品の良さでしょうか。
 種族を超えた愛の結晶が生まれるというクライマックスのビジョンには、ある種の感動がありますね。

 この作品の初版は1944年ということで、まさにソ連との戦乱のさなかに描かれており、作中には戦争の描写や人の死も描かれています。そんな時代に描かれていてもペシミズムに陥ることなく、自然と共に生きる喜びを描いているのが魅力といえるでしょうか。。

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やさしい孤独  アンドレイ・クルコフ『ペンギンの憂鬱』
ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)
 ウクライナの作家、アンドレイ・クルコフの長篇『ペンギンの憂鬱』(沼野恭子訳 新潮クレストブックス)は、ファンタジー的な要素と現実的な要素が絶妙にブレンドされた作品です。

 売れない小説家ヴィクトルは、ウクライナのキエフで暮らす孤独な男。エサ代が払えなくなった動物園からもらい受けた憂鬱症のペンギン、ミーシャとともに暮らしていました。ヴィクトルは新聞の死亡記事を書く仕事を手に入れ、生活は安定し始めます。
 しかし、生きている人間の死亡記事を書いておく仕事を手がけるようになったとたん、その人々が次々に死に始めます。一方、友人から預かった娘ソーニャ、ベビーシッターのニーナ、そしてミーシャとともにヴィクトルは出来合いの家族を形成し、ささやかな幸福に浸っていましたが…。

 ソ連崩壊後のウクライナ、政情不安定でマフィアが横行するこの国で、孤独だったヴィクトルがペンギンのミーシャを通していろいろな人々と知り合っていくという話です。警察官のセルゲイ、〈ペンギンじゃないミーシャ〉、その娘ソーニャ、セルゲイの姪ニーナ、動物学者のピドパールィ…。
 即席ながらも、ちょっとした家族を得たヴィクトルでしたが、そこには本物の愛情はないと自分で認識しています。ペンギンのミーシャと暮らしていても、互いに孤独なように、ソーニャにとってのヴィクトルはあくまで「おじさん」でしかありません。
 非常にシニカルな人生観が全編のトーンを支配しているのですが、冷たい感じにはならず、不思議とこれが心地よいのですよね。

 何と言っても、この作品の一番の魅力はペンギンのミーシャにあります。犬や猫のように積極的に飼い主に情愛を表すわけではなく、しかしふと気付くとそばにいる。哀しげな目をして飼い主の孤独を分かち合うミーシャは、非常に魅力的な存在です。

 お話自体も、ただ漫然と日常が描写されるだけでなく、ヴィクトルの書く死亡記事の謎、庇護者の謎など、いくつかの謎も用意され、その点でも飽きさせません。ペットのペンギンというファンタスティックな要素を持ち込みながらも、あくまでストーリーは現実の枠内で進行するのも特徴です。

 舞台となるキエフという都市は、日常生活で銃撃やマフィアなどが横行しており、日本の読者からすると、現実というよりもファンタジーに近い感じを受けるかもしれません。結末も非常に寓話的であり、その意味で幻想小説とも読めますね。翻訳はまだないのですが続編もあるそうで、ぜひ読んでみたいところです。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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