fc2ブログ
奇異なる物語  ラモン・デル・バリェ=インクラン『暗い庭 聖人と亡霊、魔物(ドゥエンデ)と盗賊の物語』
kurainiwa.jpg
 ラモン・デル・バリェ=インクラン『暗い庭 聖人と亡霊、魔物(ドゥエンデ)と盗賊の物語』(花方寿行訳 国書刊行会)は、一九世紀末から二〇世紀初頭に活躍したスペイン作家の短篇集です。

 神秘的・象徴的な世紀末文学、といった趣の作品集です。装飾的な凝った文体が特徴で、それゆえ短い作品でも随分な密度が感じられますね。
 サブタイトル通り、聖人、亡霊、魔物、盗賊といったキャラクターがよく登場します。当時の現実社会や政治を反映したような題材のお話などもあるのですが、それらを含めて、超自然的なお話ではない場合でも、どこか幻想的な空気感がありますね。
 また、作者の生まれ故郷であるスペイン、ガリシアの土着的な要素が、宗教的なものと入り混じって出てくることもあり、独特の読み味となっています。

 ならず者に襲われた司祭の運命を描く「フアン・キント」、聖堂内での怪奇現象におびえる青年を描いた「恐怖」、愛する家族に次々と去られてしまう老婦人を哀切に描く「夢の悲劇」、悪魔憑きとされた娘の真相が明かされる「ベアトリス」、仮装行列の一行をもてなそうとした司祭が恐ろしい目に会うという「仮面の王」、姉に懸想した青年の魔術によって家族に災厄が及ぶという「我が姉アントニア」、老女の千里眼によって父親の危機を知る少年を描いた「神秘について」、無垢な少女と一族の伝説的な男との出会いと悲劇を描いた「ロサリート」、指輪ごと美しい女性の手を切り落とした盗賊がその手の持ち主に憧れるという「夢のコメディア」、助けを求めて来た女を追って魔術的な力を持った男が現れる「ミロン・デ・ラ・アルノーヤ」、イエスキリストの供をして回ることになった老人の物語「手本」などを面白く読みました。

 中でも気に入ったのは「ベアトリス」「夢のコメディア」「ミロン・デ・ラ・アルノーヤ」でしょうか。

 「ベアトリス」はゴシック風味も強い恐怖小説。
 女公爵の娘ベアトリスは錯乱を続けており、悪魔に取りつかれているのではと考えられていました。司祭のアンヘル師から、奇跡を起こす呪い師の女の話を聞いた女公爵は、アンヘル師にその女を連れてくるように命令します。しかしその女は100歳を超えており、連れてくるのは難しいのではないかと言うのです…。
 悪魔憑きとなった娘のもとに、老齢の呪い師がやってくるという、ゴシック要素強めのオカルトホラー、といった感じの作品なのですが、後半に思わぬ真実が明かされます。超自然現象が実はなかったのではないか…と見せかけて、やはり存在したのでは…と匂わせるあたり、巧緻な恐怖小説となっていますね。

 「夢のコメディア」は、「手」に憑かれた盗賊を描く物語。
 盗賊の息子たちを迎えた老婆は、首領が運んできた切断された女の片手を見つけます。首領によれば、女本人の姿は見ておらず、格子から覗いていた手をヤタガンの一撃で切り落としてきたというのです。
 指一杯にはめられた指輪の豪華さもさることながら、その持ち主に首領は関心を抱いていました。老女の手相によれば、その手の持ち主は魔法にかけられた娘で、牢番の小人が眠っている間に助けを求めようと、手を格子の外に出していたのだというのですが…。
 魔法に囚われた娘の手を切り落としてしまった盗賊の男が、その「手」に憑かれたようになってしまう…という物語。姿も見る前から手を切り落としてしまうという暴力が描かれる一方、王女を夢見る盗賊のロマンティックさもが描かれるという、奇妙な味わいの幻想小説です。モチーフが手であるだけに、どこかフェティッシュな空気感もありますね。

 「ミロン・デ・ラ・アルノーヤ」は、男の手から逃れようとする女の物語。
 ある日、家の囲い地の柵のところに現れた、ぼさぼさの黒い髪の若い女。彼女はモーロ人の王に虜にされており、そこから逃げてきたといいます。匿ってほしいといいますが、人々は厄介ごとに巻き込まれたくないとつっぱねます。
慈善家で知られる「わたし」の祖母ドローレスは、女を匿おうと宣言しますが、女を捕らえている男は何者かと尋ねます。それはお尋ねものの大男ミロン・デ・ラ・アルノーヤだというのですが、その直後にその当人が現れます…。
 魔法の力を持った男に囚われていると語る女の話は真実なのか…という物語です。一見女の話は出鱈目だった…と思わせて捻るところは上手いですね。唐突に現れる魔術的な描写には精彩があります。

 ラモン・デル・バリェ=インクラン、幻想小説とそうでない作品との区別がつきにくいというか、独特の語り口を通して、現実的なお話も幻想性を帯びてくる、といった感がありますね。その作風を形容するなら「奇譚」といったところでしょうか。癖がある作家ではありますが、独自の魅力のある作家でもあります。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

世界の終わり  ペドロ・アントニオ・デ・アラルコン『死神の友達』
sinigaminotomodati.jpg
 スペインの作家ペドロ・アントニオ・デ・アラルコン(1833-1891)の『死神の友達 バベルの図書館28』(桑名一博・菅愛子訳 国書刊行会)は、ユニークな怪奇小説を集めた傑作選です。

「死神の友だち」
 靴修理職人の息子として生まれたヒル・ヒルは、貧しい青年でしたが、亡き母親の知り合いリオヌエーボ伯爵の引き立てによって、上流社会に出入りし作法を身に付けていました。また、幼馴染でもある、伯爵の友人モンテクラロ公爵の令嬢エレーナとヒル・ヒルは、互いに思い合う仲となっていました。
 リオヌエーボ伯爵は亡くなりますが、ヒル・ヒルを疎ましく思っていた伯爵夫人はヒル・ヒルを追い出してしまいます。昔からの知り合いの老婆と暮らしながら靴の仕事を始めたヒル・ヒルでしたが、エレーナへの思いは冷めやらず、彼女との再会を願っていました。
 待ちわびた再会の機会は、居合わせた伯爵夫人に台無しにされた直後に、愛していた老婆も失い、病にかかったヒル・ヒルは絶望し、服毒して自殺しようと考えます。
 そこに現れた男性とも女性ともつかぬ不思議な人物は、自分を死神と名乗り、ヒル・ヒルの友達になろうというのです。彼を医者として成功させ、富と地位ばかりか、エレーナと結ばれるようにしてあげるとも、死神は約束しますが…。
 不幸な青年が死神と友だちになり、彼の力を借りて富と恋人を手に入れる…という幻想的な小説です。
 主人公ヒル・ヒルのみが死神の姿を見て、声が聞こえる、ということを利用して、死者の余命を知ることで医者としての権勢を高めようとします。
 結果的に富も地位も恋人も手に入れることになるのですが、世話になったはずの死神を忌まわしく感じるようになっていく…というところで、思いあがった主人公がしっぺ返しを食らうことになる、というタイプのお話かと思うのですが、それが思わぬ展開になるところがユニークなのです。
 著者のアラルコンは、死神のモチーフを民間伝承的なところから得ているらしいのですが、それが使われていくのは途中までで、最終的な物語の展開はものすごく異色です。そのスケールの大きさは、ほとんどSFの領域に達していますね。
 メルヘン的な物語を読んでいたと思っていた読者は、この凄まじい展開にびっくりすると思います。モダンであると同時に、ある種神話的な雰囲気もあって、傑作と言っていい作品ではないでしょうか。幻想小説を読み慣れた読者でも、あまり予想の展開のつかないお話だと思うので、気になった方はぜひ読んでみてほしいです。

「背の高い女」
 営林技師ガブリエルは、亡くなった友人テレスフォーロの話を語り出します。テレスフォーロは、一人でいるときに、相手も一人でいる女に出会うことに対して病的な恐怖心を持っていました。ある日、異様に背が高く、醜い老婆に出会い、彼女が自分を追ってくることに気付き、恐怖に陥ります。さらに、その直後に父の訃報を聞かされて驚くことになります。
 時を経て女と再び出会ったテレスフォーロは、直後に婚約者ホアキーナが亡くなったことを知りますが…。
 人間とは思えず、会うたびに周囲に死者が発生する奇怪な女を扱った実話風怪談作品です。女が人間なのか超自然的存在なのかは、最後まではっきりしません。またテレスフォーロと何らかの関係があったことが匂わされるのですが、そちらの事情も明かされずに終わってしまうなど、不条理味も強い怪奇小説になっていますね。
 妖怪じみた「背の高い女」のインパクトは強烈です。
最後に明かされるメタな趣向も楽しいです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

罪のゆくえ  ベンセスラーオ・フェルナンデス・フローレス『七つの柱』
nanatunohasira.jpg
 ユーモア小説で知られたスペイン作家、ベンセスラーオ・フェルナンデス・フローレス(1885-1964)の長篇『七つの柱』』(牛島信明訳 小学館)は、魔王によって人間界から「七つの大罪」が消し去られたらどうなってしまうのか? を描いた幻想小説です。

 人里離れた山奥で一人苦行を続ける隠者アクラシオのもとに、ある日魔王が現れます。魔王は誘惑のために来たのではないといいます。魔王どころか神の存在までもが薄れつつある時代において、唯一彼らの存在を信じるのがアクラシオのみであり、彼と話し合いたいというのです。
 一方、若きフォアグラ商人フロリオ・オリバンは、恋していた女優アドリアーナが、女優としての成功のために大富豪グランモントの愛人になったという知らせを受けてショックを受けます。さらに、友人のローウェルが飛行機の開発に成功したことを知り、祝福するオリバンでしたが、ローウェルの研究もまたグランモントの援助によるものだということを知り、複雑な思いを抱いていました…。

 魔王によって人間界から七つの大罪が消し去られてしまう、という幻想小説なのですが、実はこれが起こるのが全九章のうち七章の後半なのです。序章で隠者アクラシオと魔王の対話が描かれますが、魔王が具体的な行動を起こすのは後半になります。それまでは何が描かれるかというと、フォアグラ商人の男性オリバンと彼が恋する女優アドリアーナ、アドリアーナの愛人である富豪グランモントを中心に、欲得にあふれた人間社会の様子が風刺的に描かれていきます。
 純粋な恋愛や純真さを信じるオリバンに対して、アドリアーナは現実的な女性で、グランモントの提案に対してすぐに陥落してしまいます。さらにグランモントとなると、世の中のすべてが金で動くと達観しており、アドリアーナに対しての愛情自体も最初から冷めている、という始末。主にオリバンを通して、人間界の喜怒哀楽が描かれていきますが、このあたりの人間模様はユーモアたっぷりで楽しく読めますね。

 作品の大部分を使って、人間界の「俗っぽい」様子が描かれ、その後「七つの大罪」がなくなったとしたら、人間たちはどう変わるのか、世界はどうなってしまうのか? という顛末が最後の二章を使って描かれる形になっています。
 人間たちは良い方向に向かったのか? 前半部分に劣らずシニカルで破天荒な展開には、著者の才気が感じられますね。七章後半までは、普通の現実社会が描かれるわけで、そこまでは超自然的事態は特に発生しません。ですが、登場人物たちの間で挿話がいくつも語られ、そちらはブラックな小話になっており、場合によっては幻想小説的なお話も登場するのが面白いところです。
 高慢な男爵が死後、墓地に入ってからも死者たちの間でそのプライドを保ち続けようとする話、放蕩者の男が財産を蕩尽して後悔するというブラックな小話、名声を得るために火事の現場を探し回り、子どもだけを助ける青年の話、令嬢の貞操を守るため一家全員が死んでしまうという話など、ブラック・ユーモアたっぷりのエピソードはどれも面白く読めます。

 挿話を含めて、前半では、いわゆる「人間の愚かさ」が描かれていきます。後半の「七つの大罪消滅後」の世界を描くために、対比的にデフォルメしていたのかと思いきや、逆にそれまでの世界もそれほど悪いものではなかった…という認識が示されるのも興味深いところです。
 ユーモアたっぷりの風刺的幻想小説です。1928年発表ですが、今読んでも楽しめる作品になっていますね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

ポータブルな人々  エンリーケ・ビラ=マタス『ポータブル文学小史』
potaburubungakusyousi.jpg
 エンリーケ・ビラ=マタス『ポータブル文学小史』(木村榮一訳 平凡社)は、「ポータブル文学」を目指す秘密結社シャンディをめぐって、様々な作家や芸術家が登場するという、前衛的な味わいの作品です。

 秘密結社シャンディの構成員は、次の三つの条件を満たす必要がありました。作品は小型でトランクで持ち運べるようなサイズであること、高度な狂気を持つこと、無責任な子どものように行動し、独身者でありつづけること。
 「ポータブル文学」を目指しシャンディに集った、様々な作家たちの行状を「文学史」の体で語った、という体裁の小説作品です。

 マルセル・デュシャン、ヴァルター・ベンヤミン、ヴァレリー・ラルボー、アンドレ・ベールイ、アレイスター・クローリー、マン・レイ、フランシス・ピカビア、スコット・フィッツジェラルド、ジョージア・オキーフ…。現代に名を残す作家、画家、作曲家などの芸術家たちが、秘密結社シャンディの一員として活躍したエピソードが次々と語られていくという体裁で、ストーリーらしいストーリーはない作品です。
 シャンディという名前は、ローレンス・スターンの前衛的な小説『トリストラム・シャンディ』に由来するものです。この秘密結社にしても、本のテーマとされる「ポータブル文学」にしても、いろいろとそのコンセプトや哲学について語られてはいるのですが、正直その本質ははっきりしません。
 軽量級で前衛的な芸術活動の総称、みたいに捉えてもよいと思うのですが、そうした活動に勤しむ芸術家たちのエピソードが次々と語られていきます。
 ただ、もともとの「シャンディ」や「ポータブル文学」が曖昧な概念なので、自然それぞれのエピソードの物語性も薄くなっており、一概に「こういう内容の本」と説明するのが難しくなっています。それでは、あまり面白くないかというと、読んでいる間、これがなぜか結構面白いのですよね。

 要約してしまうと、風変わりな人物たちが、良く分からない奇矯な活動をしているエピソード集、といってもいいかと思います。やたらと沢山の芸術家たちが登場するので、実名の人物を使ったフィクションなのかと思いきや、解説によると、意外にその活動の裏付けについてはしっかりしているのだそうです。
 有名な人物に混ざって、あまり聞いたことのない人物も登場し、これは日本ではたまたま有名でない人なのか、それとも虚構の人物なのかが分からなくなるあたりも、奇妙な味わいです。
 巻末に、登場する芸術家一覧がついており、これを見ると、やはり虚構の人物も結構混ざっているようで、人を食っていますね。

 フィクション的な部分としては、カフカやマイリンク作品に登場する「オドラデク」や「ゴーレム」が比喩的キャラクターとして使われており、これらの部分のエピソードは幻想性が高いですね。
 個人的に面白く読んだのは、自殺に取りつかれたジャック・リゴー、完璧主義者のカール・クラウスと彼を憎んで誤植を発見してやろうとするリトバルスキー、アフリカ民話をでっちあげたブレーズ・サンドラールなどのエピソード。このあたりは物語性も強いエピソードとなっています。

 本全体のテーマからして、重厚な文学的意図のもとに書かれた作品ではないので、気軽に面白いところだけを楽しめばいい本だと思います。文学に「軽み」を取り戻すための前衛芸術家たちのシュールなエピソード集、として読むと、なかなか楽しめる本ではないでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

現実と空想  アナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち マトゥーテ短篇選』
kotoritati.jpg
 アナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち マトゥーテ短篇選』(宇野和美訳 東宣出版)は、20世紀スペインを代表する女性作家マトゥーテ(1925-2014)の本邦初の短篇集です。

 靴屋見習いのため離れて暮らす息子を溺愛する母親の狂気を描く「幸福」、愛のないまま結婚した夫婦の愛情を哀切に描く「いなくなった者」、鳥と戯れる不思議な少年を描く「小鳥たち」、半身不随の少年の想像と現実の落差を描いた「メルキオール王」、滅多にないごちそうを手に入れた貧しい家族が陥る苦難を描いた「ごろつきども」、善良な男が宝を掘り出したことから疑心暗鬼に陥ってしまう「宝物」、露天の景品で「島」を手に入れた少年の幻想的な物語「島」、知的障害を抱える少女の祭りへの憧れの念を描く「村祭り」、枯れ枝で作った人形を無くし悲しむ少女と、彼女に同情する女性を描いた「枯れ枝」、病で寝込む少年と迷い犬の不思議な友情を描いた「迷い犬」、ある日突然現れ家に住み着いてしまった宿無しの男を描いて不気味な「良心」、幼き日のいかさま師の老人との触れ合いを描いた「ピエロどん」、タフで頑丈な女中が語る幼き日の羨望の物語「羨望」、貧しい男の悲惨な現実と信仰を描いた「煙突」、想像力が豊かなあまり「嘘」をつき続ける息子とその母親の物語「嘘つき」、口うるさい妻の介護を続ける老齢の夫の悲哀と生きがいを描いた「とほうもない空虚」、暴力的な教師と彼を嫌う少年を描く「川」、貧乏な友人の家庭に同情したことが更なる悲劇を呼んでしまうという「店の者たち」、お月さまが欲しいとねだる少年の幻想的なメルヘン「月」、祭りに憧れを抱く使用人の少女の現実と幻滅を描く「アンティオキアの聖母」、隣に住む勉強好きの少年との触れ合いと奇妙な関係性とを描いた「隣の少年」を収録しています。

 掌編といっていい短さの中に、登場人物たちの人生の悲哀がスケッチ風に描かれる、繊細な短篇小説集です。主に登場するのは、子どもや労働者、貧乏な家庭の住人など、弱い立場の人々が多くなっています。
 悲惨な現実や苦しい生活が描かれる作品も多いですが、そこに作者独自の抒情性、時には幻想性が加わり、「現実」と「幻想」が複雑に絡み合った不思議な味わいとなっていますね。

 現実的な物語を描く場合でも、そこに仄かな幻想性が立ち上ることが多いのですが、中でも、森の中で恐れられる森番に出会った少女が、そこで鳥と戯れる不思議な少年と出会う「小鳥たち」や、露天の景品で「島」を手に入れた少年が不思議な世界を手に入れるという「島」、想像力が豊かなあまり「嘘」をつき続ける息子に困惑する母親が本当の奇跡と出会う「嘘つき」、お月さまが欲しいとねだる少年が月の世界に行ってしまうという「月」などは、完全に幻想小説といって良い作品です。

 貧しい生活や現実の苦難が描かれながらも、そこに一抹の空想性・幻想性が加えられて美しい物語に昇華されているのがマトゥーテ作品の一番の魅力でしょうか。それがよく表れているのが「メルキオール王」「枯れ枝」

 「メルキオール王」では、半身不随になり学校にも通えなくなった少年が描かれます。少年ディノに目をかけた善良な教師ドン・フェルミンは彼の家に通い、教育を施します。様々な物語も話して聞かせたドン・フェルミンは、メルキオール王の仮装をしてディノにプレゼントをしようと考えますが…。
 教師の善意が、少年のあまりに壮大な想像力の前に負けてしまう…という皮肉な物語になっています。

 「枯れ枝」は、貧しい家の少女と彼女の人形を描く物語。病気のため家で寝ていることになった少女。彼女が友だちと呼ぶ人形<ピパ>は、ただの小枝にはぎれをまきつけて、ひもでくくったものでした。兄のいたずらで<ピパ>が行方不明に鳴り、少女は人形を戻してほしいと泣きます。
 隣家のクレメンティーナ夫人は、少女に同情し、新しい人形を買い与えますが、少女はそれを認めません。かっての<ピパ>同様、枯れ枝で似たようなものを作るものの、少女はそれを<ピパ>とは認めないのです…。
 少女の想像力によって「人形」となっていた枯れ枝。他人にはそれが再現できない…という物語になっています。

 その空想性によって、悲惨な現実がソフィスティケートして描かれる作品がある一方、残酷極まりない現実生活がありのままに描かれる作品もあります。「ごろつきども」「とほうもない空虚」「店の者たち」「アンティオキアの聖母」などはそうした作品でしょうか。
 特に「店の者たち」の残酷さは強烈で印象に残ります。幼い頃に叔母夫婦の家の養子になった少年ディオニシオ。小遣いはもらえていませんでしたが、経営する店を継がせるからと父親には言われていました。貧しい家の子どもたちのたくましさに憧れるディオニシオは、特に彼らの一人マノリートと友人になりたがっていました。見栄からお小遣いを欲しいとねだるディオニシオに対して、父親は仕方なく紙幣を渡します。
 マノリートの父親が怪我をして困窮しているのを知ったディオニシオはその紙幣をマノリートにあげようと考えますが…。
 経済的に格差のある二人の少年。経済的に優位な少年の善意が、もう一人の少年をさらなる悲惨さに突き落としてしまうという、非常に残酷極まりない物語となっています。

 寓話としても面白いのが「良心」です。
 夫の留守中に、突然現れた宿無しの男。マリアナは一晩だけと彼を止めてやることにします。翌朝彼は勝手に朝食を食べていました。奥さんがそうしてくれると言ったと言い張る男に困惑するマリアナでしたが、男が何日も家に居付いてしまい、更に驚くことになります
 追い出そうとするマリアナに対して、男はマリアナに関して、あることを目撃したと脅迫を始めることになりますが…。
 突然現れて、家に住み着いてしまった宿無しの男を描く作品です。しかも男は、女主人の都合の悪いことを知っているかのようなのです。
 ヒュー・ウォルポールの名作短篇「銀の仮面」を思わせるサスペンス・ストーリーとなっています。寓話的な結末も味わい深いですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

書けない作家たち  エンリーケ・ビラ=マタス『バートルビーと仲間たち』
baatrubiitonakamatati.jpg
 エンリーケ・ビラ=マタス『バートルビーと仲間たち』(木村榮一訳 新潮社)は、ハーマン・メルヴィルの短篇「バートルビー」の主人公にあやかり、書くことを放棄した作家たちについて語ったエッセイ風の小説作品です。

 「バートルビー」は、ハーマン・メルヴィルの有名な短篇の主人公で、文書を書き写す仕事をしていましたが、そのうちに「せずにすめばありがたいのですが」と、何もしなくなってしまうという特異なキャラクターです。
 このバートルビーのように、書かなくなった作家や、構想を持ちながら書けなかった作家、そもそも書こうとはしなかった作家など、広い意味で書くことを放棄した作家について、エッセイ風に文章がつづられていくというユニークな構造の作品です。
 全体に86のセクションに分かれており、題材に挙げられる作家は有名・無名含めて多数です。メルヴィル、ホーソーン、ファン・ルルフォ、ローベルト・ヴァルザー、アウグスト・モンテローソ、フェリペ・アルファウ、セルバンテス、サリンジャー、ペソアなど有名作家の他、スペインの作家ゆえ、スペイン語圏の作家も多く取り上げられています。

 正直、日本では翻訳もなかったり、聞いたことのないスペイン語圏の作家も多く取り上げられていて、本当にこの作家たちが実在するのか疑いながら読んでしまった部分もあります。というのも、こうした作家についての随想の合間に、作者自らの回想のようなものが混じっていて、この作品が事実を書いたエッセイなのか、虚構の混じった小説なのかもちょっと怪しくなってきます。
 作家のエピソードに関する部分はおそらく事実なのだと思うのですが、その部分でも奇想天外な逸話がたくさん言及されていて、読み応えがありますね。
 自分が家具だと思い込んだクレマン・カドゥ、作家自身の代理人のふりをしていた韜晦癖の強いB・トレイヴンなどのエピソードはそれ単体でもファンタスティックな逸話になっていますね。作者ビラ=マタスの体験として語られる、サリンジャーとの邂逅のエピソードや、作家ドランとの文通のやりとりのエピソードは実話として語られますが、どうも創作の香りもします(どちらだとしても面白いところではあるのですが)。

 作家・作品名がずらずらと並んでいるので、読むのに尻込みしまう方もいるかと思うのですが、基本、言及される作家・作品を読んでなくても、問題なく読めるようになっています。「書くことについて」「作家とはいかに書くのか」「そもそも書くことは可能なのか」といったテーマに沿って、様々な作家(厳密には作家ではない人も交じっています)の症例が並べられていくという、ユニークな構成の本になっています。
 ある意味、作家が書かなくなること・書けなくなることについてのエピソード事典といった感じでしょうか。「書くこと」についていろいろ考えさせてくれる、示唆に満ちた本ですね。極端な話、全文を読み通す必要さえないのかもしれません。断章が集められた形式になっているので、興味のある部分だけ拾い読みするというのも、この本には合っているような気もします。



テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

奇妙な物語  エンリーケ・ビラ=マタス『永遠の家』
eiennnoie.jpg
 スペインの作家エンリーケ・ビラ=マタスの『永遠の家』(木村榮一、野村竜仁訳 書肆侃侃房)は、腹話術師の男を主人公にした幻想的な連作短篇集です。

 自分をアビシニアの皇帝だと思い込んでいる資産家の老人マルティン・ヤサルデ。少年の「ぼく」と友人たちは、彼に関心を持ちますが、中でもラウラは老人の奇矯さに惹かれていました。一人で老人に会いに行ったラウラは舌を噛み切られて殺され、老人も自殺してしまいます。
 何年も後、パリに来ていた「ぼく」は、かってのラウラと同じような形で起こった殺人事件に動揺します。しかも殺されたのは恋人マルグリットの弟でした。マルグリットは、犯人が「ぼく」と同様パリに来ていたかっての友人ペドロだと思い込み、それが強迫観念のようになっていました…。

 上記のあらすじは、冒頭の一篇「ぼくには敵がいた」の内容です。過去の猟奇的な犯罪が現代のパリで再現されるというミステリアスな物語で、大変魅力的なのですが、以降の連作ではこの続きが描かれるわけではありません。
 二篇目の「別の怪物」では、離婚して妻子とは別に暮らす「私」が、成長した息子フリオに会いにいくという、文芸的な内容になっています。三篇目の「お払い箱」は、また打って変わって、腹話術の最中の「私」が、かっての恋人レイエスとの恋の顛末を語るという物語。
 時間や場所、その形式やジャンルまでバラバラの短篇がランダムに並べられたようになっており、一貫した「物語」が読み取りにくい、断章の固まり、といった印象が強い作品となっています。
 ただ、短篇の語り手として共通するのは、腹話術師の男であるらしく、断片として提示される内容から、彼の人生を再構成してゆく、という面白みがありますね。

 また、時折現れる風変わりなエピソードがとても面白く、そのあたりも魅力です。冒頭の「ぼくには敵がいた」の他、「ぼく」の結婚生活が一日で破綻してしまうという「古い連れ合い」、失踪した後に整形して妻を監視し続ける男を描いた「展望台の塔」、作り話をし続けなければならないという信念を持つ父との死の床での触れ合いを描く「永遠の家」などは、単独のお話としても魅力的なエピソードとなっています。

 最も面白いのは「展望台の塔」でしょうか。ある日見知らぬ男から電話を受けた「ぼく」は、彼から奇妙な打ち明け話を聞かされます。妻から醜男だと馬鹿にされていた彼は突然失踪し、整形をしたうえで元の家の近くに隠れ住み、妻の様子を監視しているというのです。
 教えられた妻の家に、従兄弟のスゴイと共に訪れた「ぼく」は、妻の恋人がいるのに気が付きます。その男は整形した夫自身ではないのかと疑う「ぼく」でしたが…。
 隠れて妻のそばに隠れ住む男を描いたエピソードで、ナサニエル・ホーソーン「ウエイクフィールド」を思わせるお話になっています。一方、整形して再び妻の恋人になる(疑惑段階ではありますが)というモチーフは、マルセル・エーメ『第二の顔』を思わせますね。

 シリアスな文芸短篇、<奇妙な味>のジャンル小説風短篇、前衛的な語り口の断章と、様々な形の短篇が集められた作品集となっています。一貫したテーマを読み取るのは難しいのですが、あえて言うなら「現実と虚構」といったところなのでしょうか。
 前衛的な部分や文芸風の部分も含めて、文章は非常に読みやすいです。変わった味わいの短篇集として、読み応えのある本でした。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

子どもだけの世界  アンドレス・バルバ『きらめく共和国』

きらめく共和国 (日本語) 単行本 – 2020/11/11


 スペインの作家アンドレス・バルバの長篇『きらめく共和国』(宇野和美訳 東京創元社)は、とある亜熱帯の町に突然現れ、突然死ぬことになった32人の子どもたちをめぐって、一人の男が過去を回想することになる…という不思議な手触りの作品です。

 1994年、ジャングルと川をかかえる亜熱帯の町サンクリストバルに、現地の人々には理解できない不思議な言葉で話す子どもたちが、どこからともなく現れます。物乞いやちょっとした盗みを働く彼らは不気味がられながらも、大した被害はないために放っておかれていました。
 しかし子どもたちの行動はエスカレートし、ある日スーパーに多人数で集まった彼らは、そこで数人の大人を刺殺してしまいます。直後に姿を消してしまった彼らがジャングルに潜んでいるのではないかと考えた町の住人たちは、ジャングルの中を捜索すべきだと考えますが…。

 突然町に現れた大量の奇妙な子どもたちをめぐる物語です。物語の大枠は、事件から22年後、事件の渦中にいた社会福祉課長の「私」の過去の回想に、別の人間の日記や評論などが挟まれていくという形になっています。初めから32人の子どもたちが死んでしまったことが示されており、彼らはなぜ死んだのか、どのように死んだのかが、徐々に明かされていくことにないます。
 問題となる子どもたちは、とくに超自然的な存在ではなく、他の町から流れてきた、いわゆるストリート・チルドレン的な存在らしいのですが、子どもたちだけで集まって暮らすうちに、独自の言語が生まれて、彼らだけの文化を形作るようになっていたらしいのです。ただ、知識も技能もない彼らは、町から盗みを働くことでしか生きていけず、それが町の大人たちとの軋轢を引き起こすことになります。
 しかし、自由な子どもたちに憧れる町の住人の子どもたちも現れ、彼らの仲間に加わろうと行方をくらます子どもも現れます。殺人事件と併せ、現実的な脅威を感じた町の大人たちは、子どもたちを排除しようという方向に動いていくことになるのです。

 物語の語り手となる「私」は、サンクリストバル出身の妻マヤとその義理の娘ニーニャと暮らしていますが、回想をしている時点では、すでに妻は亡くなり、娘も他の男のもとに去ってしまったことが記されています。
 悲しみを抱えたその心境が、過去の子どもたちへの同情となって現れている節もあり、子どもたちに対して他の対応策はなかったかという後悔の念もあるようなのです。実際、過去の事件の最中では「私」は子どもたちに対しては、かなり強硬な立場で臨んでいます。時を経ての「私」の事件に対する心境の変化もまた読みどころでしょうか。

 「私」の妻であるマヤは、ヴァイオリン奏者兼音楽教師なのですが、作中で彼女が愛する曲として取り上げられるのが、タルティーニの「悪魔のトリル」。曲の由来と合わせて、物語の象徴的な意味も持たされているようですね。

 対立する子どもと大人、ジャングルと町、彼らの対立は「自然」と「文明」とのアナロジーでもあるのでしょうか。ただ、町に住む大人や子どもの中にも、彼らに同情的な立場の人間もいたりと、単純な二項対立にはならないところも面白いですね。
 子どもたちの死をもって、町への脅威という意味での事件は終息するのですが、彼らが話していた独自の言語や文化、そして彼らの存在が町の人々に残したものなど、様々な謎を残すラストも、余韻があって魅力的なものになっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

死に寄り添う男  フリオ・ホセ・オルドバス『天使のいる廃墟』

 スペインの作家、フリオ・ホセ・オルドバスの『天使のいる廃墟』(白川貴子訳 東京創元社)は、廃墟になった村パライソ・アルトに住み着いた「天使」を自称する男が、村にやってくる自殺志願者たちの人生の話を聞く…という物語です。

 何らかの原因によって住人たちが逃げ出し、打ち捨てられてしまったために廃墟になった村、パライソ・アルト。それ以来、この村には、人生を諦めた自殺志願者ばかりが訪れるようになっていました。自らも人生を終わらせるためやってきた「わたし」は村に来て気が変わり、そこに住み着くことになります。
 村の家々に残された服や靴を身につけた「わたし」は「天使」を自称し、やってきた人々に歌を聞かせ、彼らの人生の話を聞き、そして彼らを「見送る」ことになります…。

 自らも人生を捨てかかっていた男が、同じく人生を終わらせるためにやってきた人々の話を聞き、彼らを見送るのを仕事とするようになる…という物語です。
 自殺志願者たちの死を思いとどまらせるのではなく、あくまで彼らの最後の日々につきあって見送る、というのが主眼になっています。訪問者たちの死の決意は固まっており、また「わたし」もそれを変えようとはしないのです。

 様々な訪問者たちと「わたし」とのやりとりが、オムニバス形式で描かれていくのですが、一部の人間を除いて、彼らの死に至るまでの手順や「死」そのものが描かれないのが特徴です。死んだり葬られたりという描写がないために、もしかして生きているのでは? と思ってしまうのですが、物語の最後まで言及がされないところを見ると、やはり皆亡くなっているのでしょう。

 人生を終わらせるためにやってきた訪問者たちが、皆そろいもそろって風変わりなのも面白いところです。逆立ちする少女、売れなくなった老奇術師、一世を風靡したポルノスター、骨の笛を吹く男など、破天荒な言動の人々や、また見た目が普通でも、彼らが語る人生の物語は皆一筋縄ではいかないものばかり。そんな人々に「わたし」は寄り添い、受け入れる役目を続けていくことになります。
 やがて「わたし」を探しにきた訪問者も現れ、「わたし」自身の人生の一片もまた描かれることになります。

 自殺志願者たちとその死、という暗い題材が、恐ろしいほどの明るさと透明感を持って描かれる不思議な手触りの作品になっています。浮世離れした語り手の「わたし」のキャラクターや、「死」そのものが直接的には描かれないために、全体が寓話的なトーンを帯びている、というのもあるかと思います。
 解説によれば、実際にある事件をきっかけに廃墟になってしまった村がモデルになっているということです。ただフィクションに取り込むにあたって、非常にミスティックな雰囲気の舞台に作り変えられているところは、作者の手腕といっていいでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する