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果てしなき旅  テア・ベックマン『ジーンズの少年十字軍』

ジーンズの少年十字軍〈上〉 (岩波少年文庫) 単行本 – 2007/11/16

ジーンズの少年十字軍〈下〉 (岩波少年文庫) 単行本 – 2007/11/16


 オランダの作家テア・ベックマンの長篇『ジーンズの少年十字軍』(西村由美訳 岩波少年文庫)は、タイムマシーンによって13世紀ドイツに紛れ込んでしまった20世紀の少年が、聖地を目指す少年十字軍に加わり、困難を共にする、という冒険ファンタジー作品です。

 オランダに住む15歳の少年ドルフは、父の友人であるシミアック博士とクネーヴェルトゥール博士のタイムマシーンの実験を見学させてもらっていました。試しに時間旅行をしてみたいと言い張るドルフの懇願に負け、二人はドルフを数時間だけ過去に送ることにします。
 13世紀フランスのモージブレーに馬上槍試合を見に行くつもりが、たどり着いたのはドイツ、ライン川沿いの町シュピールスでした。追い剥ぎに襲われていた大学生の青年レオナルドを助けたドルフは彼と友人になります。
 現代に送り返してもらうはずの場所に向かうものの、そこに現れた夥しい数の子どもたちの集団に巻き込まれてしまい、元の時代に戻る機会を逃してしまいます。
 帰るチャンスは一度切りだと聞かされていたドルフは、仕方なしに子どもたちの集団と行動を共にすることにします。彼らは神の啓示を受けたという少年ニコラースとお付きの二人の修道士アンセルムスとヨハニスに率いられた少年十字軍でした。聖地エルサレムに向かい、奇跡によって聖地を奪還するという彼らの目的に対して、疑問を抱くドルフでしたが、どんどんと弱り死んでいく子どもたちの姿に使命感を感じたドルフは、少年十字軍の子どもたちを組織化し、生き延びるための方法を教えていくことになります…。

 13世紀ドイツの少年十字軍と行動を共にすることになった少年ドルフの困難な旅を描く冒険ファンタジー作品です。
 宗教的な情熱にとらわれた羊飼いの少年ニコラースによって率いられ、参加者が数千人にも上る少年十字軍ですが、その実、全く組織化はされておらず、その構成員も、一部の貴族の子を除いて教育も知識も全くありません。栄養状態も悪く、ケガや病気、ちょっとした事故があれば、どんどんと死んでしまうような状態なのです。
 主人公ドルフは、現代の知識を生かし、少年十字軍を組織化していくことになります。技能やリーダーリップを持った少年少女を選び出し、複数のグループを任せるなど、子どもたちそれぞれの役目を与えるドルフは信頼され、形だけの指導者のニコラースを抑えて、実質的なリーダーとなっていくことになります。子どもたちの健康状態や生存のための技術を高めることに成功はしますが、その旅程は困難に次ぐ困難。道の険しさ、野生動物や追い剥ぎの襲撃、疫病、さらに旅先での人々との対立や戦いなど、気が休まる暇がありません。
 さらに、明らかに聖地とは程遠いはずの場所ジェノヴァへ向かうことを主張するアンセルムス修道士の怪しい言動や、宗教的な情熱に取りつかれ頭の固いニコラースとの対立が何度も繰り返され、ドルフは頭を悩ませることにもなります。

 ドルフは年齢の割に体格に恵まれ健康な体を持っていることに加え、歴史や地理をはじめ、広範な知識を持っているという設定です。しかし彼一人で数千人に及ぶ子どもたちを管理しきれるわけはなく、あくまで彼が見出した優れた才能を持つ子どもたちが中心となって、集団を引っ張っていくことになります。
 勇気とカリスマ性を持った少年カロルス、医術の心得を持つ少女ヒルデ、魚捕りの名人ペーター、皮なめしの技術を持つフランク、狩猟に優れるベルトーなど、様々な子どもたちが中心となって、子どもたちが生き延びるための技を磨いていく過程は、サバイバル小説の趣もありますね。
 現代人とは異なった中世人の心性が描かれる部分も興味深いところです。宗教的で迷信深い一方、単純で情熱的でもあったり、優しさと極端な残酷さが同居していたりと、合理的に割り切れないその心性に主人公ドルフも戸惑うシーンもあります。
 子どもたちとは違った視点で主人公を助けるのが、最初に友人になる学生レオナルド。イタリアのピサ出身の富裕な家の学生ながら、子どもたちに同情的で一行と旅を共にすることになります。13世紀の時代としては非常に先進的な思考をする人間で、ドルフの行動をたびたびサポートすることにもなります。

 歴史的にも失敗に終わることが分かっている少年十字軍。さらに現実的な困難が次々と訪れ、一行の数はどんどんと減っていきます。主人公ドルフが名前も知らないうちに死んでしまう子どもを始め、彼が信頼していた友人たちも様々な障害に巻き込まれて死んでいきます。
 ドルフの前向きさ、積極さがあっても、ある程度の人死は避けられない、という点で非常にハードな物語になっています。ただ過酷な状況にありながらも、孤児であったり死を待つしかない状況にあった子どもたちに「希望」を与えたという意味で少年十字軍が救いになっている節もあり、彼らの行軍は「過酷」ではありながら「悲惨」にはならないところも興味深いところですね。
 作品の背景として、貧困や圧制など、13世紀の厳しい現実世界が描かれています。権力者の勝手な理屈、圧制に苦しめられる庶民たち、その一方、子どもたちのたくましさ、そして狡さも描かれるなど、等身大の中世人や中世世界が描かれている点で、歴史小説としても読みごたえのある作品になっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

どこまでも残酷に  ティム・クラベ『失踪』
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失踪
ティム クラベ Tim Krabbe 矢沢 聖子
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 もし最愛の女性が失踪したら、あなたはどうしますか? そしてその生死さえも、わからないままだとしたら、その状態に耐えられますか? 今回はそんなお話、オランダの作家ティム・クラベの『失踪』(矢沢聖子訳 NHK出版)です。この作品、アメリカで、ジョージ・スルイザー監督『失踪』として映画化されています。もともとオランダで作られたオリジナル版映画のリメイクなのですが、あまりに残酷なストーリーのため、リメイク版は結末を変えたという、いわく付きの作品。
 レックス・ホフマンは、恋人のサスキア・エイルベストと一緒にドライブをしています。二人は喧嘩になりかけますが、仲直りをし、ガソリンスタンドに車を止めます。サスキアは飲み物を買ってくるといって店の中に入っていくのですが、しばらくしても戻ってきません。心配になったレックスは店の中で周りの人間にサスキアのことを尋ねるのですが、誰も彼女の行方を知らないのです。

 「わたしって、気まぐれなところがあるの。」彼女は繰り返し彼に念を押したものだが、たとえ彼が恋人として完璧でなく、今後もそうなるとは期待できないことを一瞬のうちに悟ったとしても、こんなふうに彼を置き去りにするとは考えられなかった。

 結局サスキアは見つからず、レックスの前から姿を消します。そして数年後、新たな恋人を得たレックスでしたが、サスキアのことを忘れられず、新聞に情報を求める広告を出します。その直後、サスキアのことを知っているという男が現れるのです。ルモルヌと名乗る男は、サスキアのことが知りたければ自分の言うとおりにしろといいます。レックスは男に従ってルモルヌの車に乗り込みます。ルモルヌは、かってサスキアが消えたガソリンスタンドにレックスを連れて行くのです! そこでルモルヌが差し出したのは、プラスチックカップに入った液体。

 「なんです、それは?」
 「催眠剤です。十五分たったら効いてきます。そのあいだに、起こったことの最初の部分を話してあげましょう。さあ、お飲みなさい。」


 あまりにも一方的な、有無を言わせぬ申し出。レックスはこのカップを飲んでしまうのでしょうか? そしてサスキアの行方は?
 はっきり言って、かなり救いのない作品です。恋人の行方を捜し続けるレックスの執念とは対照的に、ルモルヌの異常性は際だっています。その人物像は凡百のサイコスリラーを一蹴します。非常に残酷なのですが、肉体的な残酷性ではありません。あくまでも心を痛めつける精神的な残酷性なのです。罠と知りつつ、犯人の術中にはまってしまうレックスのいたいたしさとも相まって、酷薄な印象を与える作品です。全くカタルシスが得られないので、覚悟して読む必要があるでしょう。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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