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テーマ:その他 - ジャンル:その他

蔵書引越顛末記
 2021年5月の連休明けに引越しをしました。その際、蔵書の移動に関して苦労したので、同じような環境の人にも参考になるかと思い、記録に残しておくことにしました。蔵書と本の整理に関する部分に絞って書いていきたいと思います。以下、時系列に沿って記していきます。


●引越し決定(2020年春頃)
 個人的な事情から、2021年春頃に引越しせざるを得なくなることが決定しました。移転場所は同じ区内で、距離的にはそれほど離れていません。転居先では部屋数が減るので、蔵書を多少減らす必要が出てきました。この時点で、手放す本を選定し始めました。
 蔵書数は数えたことがないので正確な数は分からないのですが、二千冊ぐらいは減らさないときついのではないかと考えます。


●処分本の選定(一回目)(2020年4月~2020年7月)
 処分する本を選定しました。まず選んだのは雑誌類、コミックの一部。あと実用書(新書類含む)、科学系ノンフィクションも発行が古いものは読み返さないものが多いので、処分対象に。あとダブり本も。


●古書店の出張買取(一回目)(2020年7月)
 処分本が千冊近くになったので、古書店に依頼して出張買取に来てもらいます。処分本の内容に関しては、著者名、書名、出版社名、発行年数、版数のほか、明記すべき情報(状態が悪いもの、サイン本、箱・帯の有無など)を記したリストを予め送り、大体の見積を出してもらっていました。
 以下の画像は、僕が作った買取依頼用のリストの一部です。
kaitoririsuto.jpg

※古書買取について
 処分する冊数が100冊ぐらいから出張買取してもらえるお店が多いようです。その際、処分したい本のジャンルが固まっているなら、ネットで近隣の専門書店を探して、そちらに連絡するのが良いかと思います。
 ジャンルが雑多でバラバラであれば、一般の町の古書店の方がいいこともあります(専門書店だと、ジャンルがあまり違うと引き受けてくれなくなることがあります)。
 どちらにしても、メール等でリストを送って(全部入力が難しいときは、大体のジャンルや冊数などを書いておくのもいいかと思います)、予め引き受けてくれるかどうかを確認しておく方が無難です。
 処分本の内容が雑誌・実用書・コミック・ベストセラー書に限られるなら、ブックオフなどの新古書店でも大丈夫でしょう。


●処分本の選定(二回目)(2020年8月~2021年3月)
 本を少し減らしたものの、見た感じほとんど変わらず。もう少し減らさないということで、再度処分本を選定します。
 蔵書のメインは文芸・エンターテインメント作品なので、なるべくこちらは減らさずにいきたいなと思っていましたが、ある程度は減らさないとならないようです。読んだけれどあまり面白くなかったもの、作家名でまとめ買いしたもののもう読みそうにないもの、などを中心に選定です。


●古書店の出張買取(二回目)(2021年4月上旬)
 再度、古書店に依頼して出張買取に来てもらいます。二回目もだいたい処分冊数は千冊前後。合わせて二千冊程度減らしたことになります。
 基本、引越し寸前だと他の用事もあるでしょうし、処分本を選ぶのも落ち着いて出来ないので、引越しの予定が分かっているのなら、半年前か一年前ぐらいから徐々に本の選定を始めるのが良いかと思います。僕の場合、毎週末に少しづつ本を選定し、そのたびにそれらの本の情報をリストに入力していました。


●引越し業者の依頼(2021年4月上旬)
 引越し業者を何社か見比べて依頼。最低一カ月ぐらい前から依頼した方が良いようです。急な場合は割高になることが多いです。
 実際に部屋に来て見積をとってもらったのですが、やはり本の数が問題のようで、かなり割高な値段を言われてしまいました。交渉の結果、少し値段を引いてもらいましたが、それでも結構な値段に。
 最近はネットで見積ができることが多いようですが、荷物や家具の数によって値段はかなり変わるので、引越しの見積は実際に見てもらってからの方が良いです(家具や荷物が手で数えられるほど少ない場合は別ですが)。あと、手配してもらう段ボールの数の見積に関しても、現地を見ると、正確なところを出してもらいやすいです。
 見積額が高かったのは家具類が多いのもあるかと思います。本棚だけでも、大型のものが5つ、中型が2つ、カラーボックスが15個ぐらいあったので。
 最終的に、引越し日は連休明けの5月6日になりました。


●荷造り用段ボールが到着(2021年4月20日ごろ)
 引越し業者から、荷造り用ダンボールが到着。大きいものと小さいもの(といってもそれなりに大きいです)二種の段ボールが送られてきました。重い荷物は小さい段ボールに入れてくださいとの指示が書いてありましたが、確かに大きい方に本を詰め込んだら重くて持てなそうです。
 部屋が狭いので、この時点で梱包を始めてしまうと、箱の置き場がなくなってしまいます。もう少し待ってから始めることにします。


●梱包開始(2021年4月29日~5月5日)
 有給を使って連休にしてあったので、引越しまで約一週間あります。これを利用して荷物を梱包します。週間天気予報を見ると、引越し当日は雨の可能性が強くなっています。梱包の際に雨対策も必要なようです。また、緩衝材も欲しいところです。
 雨対策用に大型のビニール袋(ゴミ袋で大丈夫です。)、緩衝材用にロール状のプチプチを購入しました。ちなみにビニール袋は200枚セット、プチプチは20mロールを4つ購入し、使い切りました。
 実際にやった具体的な梱包は次の通りです。

1.段ボールを組み立てます。底部分に十字の形にガムテープ(紙ではなく布製の上部なテープ)を貼り補強します。

2.プチプチを段ボールの底に敷きます。その際ピッタリサイズではなく、ちょっと大きめに切り、上下左右に少しはみ出すぐらいにします。

3.底に曳いたプチプチの上にビニール袋を置き、その中に本を入れていきます。使う袋の大きさにもよりますが、段ボールの高さギリギリまで本を入れるとすると、袋が一つでは足りないことが多いので、段ボール一つにつき、ビニール袋は二つ使った方が良いかと思います。
 段ボールのふたが閉まるちょうどギリギリまで本を詰めていきます。この際、段ボール内の本の山が複数になると思いますが、最終的にその高さが大体同じになるように調整します。これは、段ボールが積まれたときにその重さの負荷を分散させるためです。
 本を詰めたら、各ビニール袋の上をテープで止めます。雨が入り込まないよう、袋の先を折り込んでから止めます。

4.本と段ボールの間に緩衝材を詰めていきます。引越し業者から緩衝材として発泡スチロールの薄い布などをもらえる場合もありますが、できればプチプチを入れた方が安全です。新聞紙を丸めて使うのも良いかと思います(本をビニールに入れていないときは、新聞紙のインクが本に写ってしまう恐れもあるので注意しましょう)。

5.段ボールのふたを閉めて、上からガムテープで十字に固定します。

6.本の入れ方に関してですが、新居で綺麗に整えることを考えて、同じ作者やシリーズをまとめて入れようとかは考えない方が良いです。蔵書が少ない場合は良いですが、そういったことを考えて詰めていると梱包が終わらなくなる可能性が高いです。
 また段ボールに入れる際には、段ボール内で本があまり動かないようサイズ優先で重ねていくので、その際にシリーズや作者はバラバラになってしまいます。
 あと、本を重ねていくときは基本、同じサイズ・判型のものを重ねていく方が良いかと思います。文庫本と単行本を交互に重ねるなどすると、本が傷む恐れがあります。

7.場所に余裕があれば、本を入れた段ボールを重ねずに置いておきたいところですが、そうそう余裕はないと思うので、重ねざるを得ないかとは思います。その際も二段か三段に抑えられればそうしましょう。

 三~四日で何とかなると思っていたのですが、結局、最後の日の夜ぐらいまでかかってしまいました。蔵書数が数千冊になる人は、早めに梱包を始めることをお薦めします。もしくは引越し業者の方で梱包してくれるサービスもあるようなので、それを利用するのも手かもしれません(ただ、そちらのサービスの場合、そこまで綺麗に梱包してはくれないようですが…)。


●段ボールを追加購入
 詰めているうちに、引越し業者にもらった段ボールだけだと足りなそうなのが分かってきました。念のため通販時に取ってあったネット書店の小さな段ボールに入れていきますが、こちらは小さいサイズなので、すぐにいっぱいになってしまいます。
 近所のホームセンターで段ボールを追加で20個ぐらい追加で購入しました。


●本棚について
 本を梱包した後、空になった本棚に関してですが、棚が可変になっているものに関しては、外して下に積んで置いた方が安全です。棚を止めてある「ダボ」(留め具)に関しては、外して保管しておいた方が良いでしょう。
 我が家の本棚は、地震対策として、転倒防止のチェーンが止めてあったので、そちらも外しました。
 なお、業者さんに聞いたところ、ガラスの入っている棚に関しては、ガラス部分が外れるのであれば、なるべく外しておいてほしい、とのことでした。


●引越し当日(2021年5月6日)
 朝から雨模様でしたが、引越し業者が来るのが午後からで、それまでに晴れたのは幸いでした。
 本が大量にあったことを確認していたせいか、大型トラックが二台、作業員も6人ほど来てくれたので、割合スムーズに進みました。先に段ボールを運び出し、最後に大型家具を運び出しました。


●新居に移動
 先に新居で待っていたところ、荷物が到着です。タンスや本棚など、大型家具を先に運び込みます。本棚は予め考えていた位置に配置、その際に転倒防止用のゴムを下に敷きました。壁に沿って本棚・カラーボックス類を置いた後、段ボールに詰められた本を部屋の中心に積んでいきます。以下の写真は新居に本入り段ボールが積まれた直後の光景。
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●棚に本を収納
 段ボールが部屋を占拠しているので、どかさないと寝ることもできません。とりあえず、片っ端からランダムに棚に本を入れていきます。引越し初日に関しては、布団を敷ける程度だけの箱を処理しました。


●棚に本を収納(続き)
 本棚に本を詰めていきます。前後二列に本を入れるのはもちろん、隙間には横にして入れるなどなるべく数を稼ぎますが、どうやら全部は入りません(元々入ってはいなかったので…)。以下の写真は詰め込んだ直後の本棚です。
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●プラスチックの収納ボックスを追加
 ホームセンターで、本を入れるためのプラスチックの収納ボックスをいくつか買ってきます。もともといくつか使っていましたが、更に追加しました。それでもまだかなり入っていない本がありますね。


●本棚を追加
 通販で、本棚を一つ注文しました。スペース的に余裕がないので、省スペースで、更に回転して前後の本が見れるという回転式本棚を購入しました。数日で到着したので、組み立ててみると良い感じです。
 この棚に本をフルに収納して、ようやく本が棚かケースに収納されきった感じです。引越し当日からここまで、大体二週間ぐらいかかった勘定でしょうか。
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 引越し業者の現地見積で段ボールを手配してもらったのですが、予想以上に箱が必要になってしまいました。本用に段ボールを手配してもらう際には、かなり多めに頼んだ方がいいかと思います(頼めるのであれば)。
 今回、約二千冊ほど本を処分し、その後、手作業で段ボール詰めをした体感で言うと、現在の蔵書数はおそらく八千から九千冊ぐらいでした(結局正確な数は数えられていません)。
 住居間の移動はやってもらえたとはいえ、梱包した段ボールの移動などで筋肉痛や腰の痛みがひどくなってしまい、一週間ぐらいはそれが取れませんでした。
 引越しを終えた感想としては、もうしばらく引越しはしたくない、の一言に尽きます。正直、数千冊レベルの蔵書数の人が引越しをするのは、かなりきついのではないかと思います。
 本好きの方や蔵書数の多い人が引越しをする際のお役に立つかと思い、記事をまとめてみましたが、書いていて、当時(まだ間もないですが)の苦労が思い出されて、疲れてきてしまいました…。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

6月の気になる新刊
6月1日刊 ジョー・R・ランズデール『死人街道』(植草昌美訳 新紀元社 予価2200円)
6月2日刊 アレックス・ベール『狼の城』(小津薫訳 扶桑社ミステリー 予価1320円)
6月6日刊 クレメンス・J・ゼッツ『インディゴ』(犬飼彩乃訳 国書刊行会 予価3520円)
6月7日刊 ジョゼフ・グッドリッチ編『エラリー・クイーン 創作の秘密 往復書簡1947-1950年』(飯城勇三訳 国書刊行会 予価3520円)
6月7日刊 アレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳 小学館文庫 予価1298円)
6月8日刊 都筑道夫『絶対惨酷博覧会 都筑道夫短篇コレクション』(河出文庫 予価1122円)
6月16日刊 ラリーン・ポール『蜂の物語』(川野靖子訳 早川書房 予価2200円)
6月16日刊 マックス・グラッドストン、アマル・エル=モータル 『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』(山田和子訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 予価1980円)
6月16日刊 谷崎潤一郎『白昼鬼語 探偵くらぶ』(光文社文庫)
6月17日刊 ジョー・ヒル、スティーヴン・キング『怪奇疾走』(安野玲、白石朗、高山真由美、玉木亨訳 ハーパーBOOKS 予価1590円)
6月17日刊 東雅夫編『文豪山怪奇譚 山の怪談名作選』(ヤマケイ文庫 予価770円)
6月中旬発売 香川真澄編訳『イタリア夜想曲 怪奇幻想集』(香川真澄訳 創林舎 予価1760円)
6月20日刊 レジス・メサック『「探偵小説」 の考古学 セレンディップの三人の王子たちからシャーロック・ホームズまで』(石橋正孝監訳 国書刊行会 予価9680円)
6月21日刊 小森収編『短編ミステリの二百年5』(門野集他訳 創元推理文庫 予価1540円)
6月23日刊 佐藤春夫『佐藤春夫中国綺想集 星/南方紀行』(中公文庫 予価1100円)
6月24日刊 ウォルター・テヴィス『クイーンズ・ギャンビット』(小澤身和子訳 新潮文庫 予価990円)
6月26日刊 伊藤典夫編訳『海の鎖』(国書刊行会 予価2860円)
6月26日刊 P・G・ウッドハウス『ボドキン家の強運』(森村たまき訳 国書刊行会 予価2420円)
6月26日刊 アンドリュス・キヴィラーク『蛇の言葉を話した男』(関口涼子訳 河出書房新社 予価3410円)
6月28日刊 リー・メラー『ビハインド・ザ・ホラー ホラー映画になった恐怖と真実のストーリー』(五十嵐加奈子訳 青土社 予価2640円)
6月30日刊 キジ・ジョンスン『猫の街から世界を夢見る』(三角和代訳 創元SF文庫 予価968円)


 新紀元社からのホラー叢書の新刊は、ジョー・R・ランズデールのアクションホラー『死人街道』。西部劇的な内容だそうで、これは面白そうですね。

 香川真澄編訳『イタリア夜想曲 怪奇幻想集』は、イタリアの怪奇幻想小説のアンソロジー。20世紀の珍しい作家・作品を集めているようです。一般の書店には出回らない本なので、気になる方は予約しておくのをお勧めします。現在、盛林堂で予約受付中です。
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca4/739/p1-r-s/

 伊藤典夫編訳『海の鎖』は、〈未来の文学〉シリーズの最終刊となるアンソロジー。収録内容は次の通り。

アラン・E・ナース「偽態」
レイモンド・F・ジョーンズ「神々の贈り物」
ブライアン・オールディス「リトルボーイ再び」
フィリップ・ホセ・ファーマー「キング・コング墜ちてのち」
M・ジョン・ハリスン「地を統べるもの」
ジョン・モレッシイ「最後のジェリー・フェイギン・ショウ」
フレデリック・ポール「フェルミと冬」
ガードナー・R・ドゾワ「海の鎖」
編者あとがき

 キジ・ジョンスン『猫の街から世界を夢見る』は、ラヴクラフトのクトゥルー神話に着想を得た幻想作品とのこと。これは面白そうです。紹介文を引用しておきますね。
 「猫の街ウルタールの大学女子カレッジに、存亡に関わる一大危機がもちあがった。大学理事の娘で学生のクラリーが、“覚醒する世界”の男と駆け落ちしてしまったのだ。かつて“遠の旅人”であったカレッジの教授ヴェリットは、“覚醒する世界”に向かったクラリーを連れもどすため、“夢の国”をめぐる長い旅に出る。H・P・ラヴクラフトの作品に着想を得つつ自由に描く、世界幻想文学大賞受賞作。」


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

海外短篇エトセトラ
 単発で書いた海外短篇のレビューがたまっていたので、まとめておきたいと思います。怪奇幻想小説、<奇妙な味>作品を中心に、36作品を紹介しています。


ワレーリイ・ブリューソフ「生き返らせないでくれ」(深見弾訳『ロシア・ソビエトSF傑作集』創元SF文庫 収録)
 語り手の「わたし」は、世間の話題を呼んでいる「魔術研究所」を見学することに成功します。そこでは人間を生き返らせる実験を行っていると噂されていました。所長が語るには、人間の人格は神経中枢に保存されており、死後も人格を復活させることが可能だというのです。
 しかし資金や技術的な問題により、実験は制限されていました。復元は短期間だけであり、しかも肉体的に不完全な状態で蘇っていたのです。研究所で復元されたのは、一人目はヘーゲル、二人目はニノン・ド・ランクロー、そして三人目は意外な人物でした…。

 「科学的な」方法による人格復元といいつつ、なにやらその手段は魔術的でオカルトチック。しかも蘇った人間は不完全な状態なのです。こんな状態での蘇りに意味はあるのか、語り手は疑問を抱きます。
 短篇集『南十字星共和国』の収録作でもそうなのですが、ブリューソフは残酷な状況をかなり突き放した視点で見ている作品が多く、本作もその例に漏れません。ただこの短篇では、諷刺的・ブラックユーモア的な要素が強く出ているのが面白いところですね。



トーマス・M・ディッシュ「読書する男」(浅倉久志訳『ミステリマガジン1994年12月号』早川書房 収録)
 近未来、仕事にあぶれた男は読書することによってお金を稼ごうとします…。

 主人公に仕事を斡旋する人物が明らかに詐欺師なのですが、主人公もまた別の手口で詐欺をしたり、盗作しても誰も本を読んでいないので気づかれない…とか、皮肉なタッチで描かれる作品なのですが、意外と「読書」の本質的なところをついている作品のような気もします。
 主人公が盗作して作った本のタイトルが「ボヴァリー夫人をバラすまで」だったり、言及されるジャンルが「ニュー・ウェーブ・ポストモダン・スプラッターパンク小説」だったりするのが楽しいです。



ラムジー・キャンベル「夢で見た女」(大森望訳『ミステリマガジン1994年12月号』早川書房 収録)
 ホラーやオカルトジャンルの本の表紙画を手がけている男が、自分の想像の中の女をモデルにすることで仕事が評価され始めます。男は空想上の女のイメージに取り憑かれていく一方、妻との仲はぎくしゃくし始めていました…。

 官能的な要素の強い作品ですが、空想と現実が混濁し始める悪夢のような空気感があり、力作といってよい作品だと思います。



ロバート・エイクマン「案内人」(西崎憲訳『ミステリーズ!vol.54』東京創元社 収録)
 休暇でベルギーの聖バーフ大聖堂を訪れたジョン・トラントは、石の下から突然現れた男の子とも女の子ともつかない不思議な子供に連れられ、大聖堂の中を見学することになりますが…。

 エイクマン作品の通例で、はっきりとした意味などは取れないのですが、そのダークな雰囲気、結末のヴィジュアルなどにインパクトのある作品ですね。



アーサー・キラ=クーチ「プシュケー」(西崎憲訳『ミステリーズ!vol.54』東京創元社 収録)
 蒸気機関車の運転士である男は、体の弱い妻を静養のためレミンスターに下宿させていました。レミンスターの劇場が大火事になり、たまたま劇場を訪れる予定だった妻を心配する男でしたが…。

 妻に寄せる愛情ゆえに、男がだんだんと狂ってしまうという物悲しい怪奇小説です。魂の象徴として使われる蝶や蛾のモチーフが美しいですね。タイトルの「プシュケー」も内容に即していて象徴的。



モーリス・ルナール「甘ったるい話 残酷な愛」(吉澤弘之訳『6つの物語』amazon kindle 収録)
 芸術家の男が構ってくれなくなった恋人に復讐される…という復讐奇談。享楽的な雰囲気で進むので結末には驚かされるかも。モーリス・ルヴェル作品を思わせますね。



モーリス・ルナール「彼女(エル)」(吉澤弘之訳『6つの物語』amazon kindle 収録
 深夜に一人で車を運転している男は、車内に超自然的な何かが侵入したことを感じ取りますが…。

 最後まで怪異ははっきり現れず、ほぼ男の心理的な恐怖だけで構成されるという怪奇小説です。



モーリス・ルナール「死の蝶(パピヨン)」(吉澤弘之訳『6つの物語』amazon kindle 収録)
 養蜂業者として働くため、父親の知り合いであるヤコブス親方のもとを訪れた少年フリッツは、親方の片目がつぶれていることに気づきます。親方は蛾のせいで蜂蜜が駄目になったと話しますが…。

 蛾をモチーフにした恐怖小説。「スフィンクス・アトロポス」という、ドクロのような模様を持つ蛾が登場します。蛾のモチーフも不気味ですが、結末はかなりショッキング。残酷小説の趣もありますね。



パトリシア・ハイスミス「からっぽの巣箱」(小倉多加志訳『11の物語』ハヤカワ・ミステリ文庫 収録)
 主婦のイーディスは、庭の巣箱に何者かわからない動物が入っているのを目にします。小鳥のために作ったその巣箱には今は何も入っていないはずでした。
 不気味に思ったイーディスは夫のチャールズに確認してもらいますが、巣箱の中には何もいません。部屋の中でも何度かその動物らしき存在が走り去るのを目撃したイーディスはふと動物に対して「ユーマ」という名前を心に思い浮かべます。
 夫と相談のうえ、ネズミ捕りが上手だという近所の猫を借りてくることになりますが…。

 巣箱の中に突如出現し、夫婦の前に現れ続ける謎の生き物を描いた不穏な雰囲気の作品です。最初は妻にか目撃していなかった動物をやがて夫も目撃するようになります。しかし目撃した動物の大きさから考えるに、巣箱の中に入るような大きさではないのです。
 イーディスはお産に対する恐怖から、わざと転んでお腹の子供を流産したという過去があり、夫もまた密告により同僚を自殺に追いやったという過去がありました。もしかしたら、謎の動物は夫婦の罪の象徴なのかもしれない…とも読めます。
 再読して連想したのは、レ・ファニュの「緑茶」でした。「緑茶」は、小猿の幻影が現れ続けるという話なのですが、この作品と似た雰囲気があるなと。
 ただハイスミス作品はレ・ファニュよりもわかりにくい作品です。謎の動物に対する不安とは別に、借りてきた猫を押し付けられて帰そうとするものの、勝手に帰ってきてしまう、など、解釈の難しい展開があったりします。またイーディスが思い浮かべる動物の「ユーマ」とは何の意味なのか、というのも難しいところですね。「UMA(ユーマ:未確認動物)」という言葉がありますが、これは日本語の造語らしいので、また意味合いは違うようです。



ガストン・ルルー「三つの願い」(中川潤訳 エニグマティカ ※同人出版)
 「わたし」の家に食べ物を求めてやってきた修道士。よく見ると姿は変わっていたものの、それはかっての友人でした。無神論者だった友人からその経緯を聞いた「わたし」は彼のようになりたいとつぶやきますが…。

 清廉な生活をしているらしい修道士の友人をうらやむたびに、「わたし」に不幸な事態が降りかかってくるという、何ともブラック・ユーモアに富んだ展開。最後の部分ではどこかメタフィクショナルな雰囲気もあり、なかなかに魅力的な作品でした。
 シャルル・ペローの教訓話のパロディだそうですが、皮肉めいた展開と多様な解釈が可能な寓意的短篇です。



J・N・ウィリアムスン「ワードソング」(山田順子訳 J・N・ウィリアムスン編『ナイトソウルズ』新潮文庫 収録)
 <ワードソング>の名前で送られてきた小説を読んだアンソロジストの「わたし」は驚きます。それはまさに天才の作品だったからです。感銘を受けた「わたし」は電話で<ワードソング>に絶賛の言葉を述べますが、相手は現金でそれをあらわしてほしいと言います。
 しかもその傑作小説の出版は許可しないというのです。それからも「わたし」の元に<ワードソング>の傑作が次々と届きますが、出版は絶対に許可しないというのです…。

 絶対に出版を許可せず、アンソロジストの「わたし」のみがそれを読み評価することを許される小説。<ワードソング>の目的はいったい何なのか…?
 アンソロジストであるウィリアムスン自身を彷彿とさせる主人公、メタフィクショナルかつ寓意に満ちた結末も面白いですね。



メアリ・エレノア・ウィルキンズ=フリーマン「迷子の幽霊」(BOOKS桜鈴堂訳『夜のささやき 闇のざわめき』収録)
 エマスン夫人は、友人のメザーブ夫人から彼女が若い頃に体験したと言う不思議な話を聞きます。デニスンさんとバードさんの姉妹が始めた下宿に落ち着くことになったメザーブ夫人は、快適な家と親切な姉妹のもてなしに満足していました。しかしある夜、真っ白な顔をした小さな女の子が部屋に現れます。
 何を聞いても「お母さんはどこ?」としか答えない女の子が生きている人間ではないと考えたメザーブ夫人は、家主の姉妹に詳細を尋ねますが…。

 非業の死を遂げた幼い子供の幽霊を描いたゴースト・ストーリーです。家主の姉妹がその霊に対して同情的で、特に未亡人で優しい妹の方がその霊に惹かれていってしまいます。
 物語を語るメザーブ夫人も、詳細は描かれないものの、家族をなくす大変な目にあっているらしいことが描かれるなど、全体に物悲しくはあるけれども「優しげ」なジェントル・ゴースト・ストーリーになっていますね。ただ、雰囲気は抜群で「怖い」作品でもあります。



アメリア・B・エドワーズ「4時15分発急行列車」(泉川紘雄訳「ミステリマガジン1986年8月号」早川書房 収録)
 友人のジェルフの屋敷を訪れるため4時15分発の急行列車に乗り込んだ「わたし」は、個室で一人にしてもらう手はずだったはずなのに、鍵を使って入り込んできた男の顔に見覚えがあることに気がつきます。
 それはジェルフ夫人のいとこである弁護士ドウェリハウスでした。仕事のために大金を持ち歩いているという話を聞かされた「わたし」は、途中下車したドウェリハウスが葉巻ケースを忘れたことに気づき、後を追いかけます。
 見知らぬ男と二人で話しているドウェリハウスを見かけた直後に、その二人の姿が消えてしまったことに驚いた「わたし」は、ジェルフの館で聞かされた話にさらに驚かされます。ドウェリハウスは会社の大金を持ったまま数ヶ月前から失踪しているというのです…。

 オーソドックスなゴースト・ストーリーなのですが、語り口が非常に上手いですね。最初は失踪した人間が生きているかもということで調査を進めるのですが、やがて彼が殺されているのではないかという疑いが出てきます。
 「わたし」が見たものは幽霊なのか。衆人環視の前で犯人が摘発される場面はかなりインパクトがあります。



トーマス・バーク「小さな顔」(坂崎麻子編訳『七つの恐怖物語 英米クラシックホラー』偕成社文庫 収録)
 青いレインコートの男は、ロンドンのレンスター・ガーデンズにある資産家の屋敷に入り込みます。屋敷の主人は東洋の品物のコレクターで、部屋には仏像や根付、偶像神などがあふれていました。
 部屋に入ってきた主人を男は殺して逃げ出しますが、男の行く先々で、血まみれの根付が現れます。しかもそれらはみな殺した男の顔をしていたのです…。

 人を殺した男が幻影につきまとわれる…という恐怖小説です。それが超自然現象なのか、男の妄想・幻覚なのかははっきりしない、というタイプの作品ですね。東洋趣味で知られた作家だけに、主人公を追い回すのが「根付」であるところにユニークさを感じます。



アーネスト・ブラマ「絵師キン・イェンの不幸な運命」(法水金太郎訳「季刊ソムニウム第四号」エディシオン・アルシーヴ 収録)
 浙江省で花鳥画を生業とする画家キン・イェンは、北京に上り人物画を学ぼうと考えます。キン・イェンは、高名な絵師ティエン・リンから五種類の人物の描き方を学びます。ティエン・リンによれば、五種類もあればあらゆる物語が飾れるというのです。やがて人物の描き方を覚えたキン・イェンは、葬列をテーマにした絵で評判を取るようになります。やがて美しい娘ティエン・ナンに出会ったキン・イェンは彼女に恋しますが、彼女を描くために、新しい人物の描き方を身につけようと考えます…。

 超自然的な要素は薄いながらも、ファンタスティックかつ人工的な世界観で展開される風俗小説、といった味わいの作品です。<カイ・ルン>シリーズは、想像上の中国を舞台に、放浪の語り部カイ・ルンが様々な物語を語っていくというシリーズだそうです。この短篇だけでは全体像ははっきりしませんが、魅力的な作品ではあるようですね。
 尊敬語や謙譲語をやたらと駆使した、もってまわった語り口が採用されており、それが人工的な感覚を強くさせているのも特徴です。



ウィリアム・ウィルキー・コリンズ「悪魔の眼鏡」(甲斐清高訳 亀山郁夫、野谷文昭編訳『悪魔にもらった眼鏡』名古屋外国語大学出版会 収録)
 青年アルフレッドは、父親が面倒を見ていた老人セプティマス・ノットマンが、死の床で自分に会いたがっているということを聞きます。彼は評判の悪い人物で、行方不明になっていた時期には海賊をやっていたという噂もありました。
 セプティマスはアルフレッドにお世話になった礼として、悪魔からもらったという眼鏡と、それを手に入れることになった経緯も一緒に話したいというのです。
 かって北極探検隊の一員として出かけたセプティマスは、自らの勝手な行動で仲間とともに遭難してしまいます。飢えた彼は仲間の死体を食べるまでの行為もしたというのですが、そこで悪魔と出会い、眼鏡を手に入れたといいます。その眼鏡をかければ、人間の心の奥で考えていることが分かるといいます。ちょうどシシリアとジラ、二人の女性のどちらと結婚すべきか悩んでいたアルフレッドは、半信半疑ながら、その眼鏡を使おうと考えますが…。

 人の心を読める「悪魔の眼鏡」を扱った、怪奇幻想小説です。前半は、無頼の徒として過ごした老人がかっての罪と悪魔からの贈り物について語る物語、後半は人の心を読める眼鏡を手に入れた青年が、二人の女性の間で揺れるという恋愛もの、と非常に盛り沢山な内容が詰まったエンターテインメント作品です。
 ゴシック・ロマンス風の前半も捨てがたいのですが、後半がそれに輪をかけて面白いです。主人公の青年が、悪魔の眼鏡によって、結婚を考えている二人の女性の心のうちをのぞくことになるのですが、真のヒロインは美しい心の持ち主だった、ということにはならず、ヒロイン二人を含め、ほぼあらゆる人間が悪いことを考えていることがわかってしまう…という皮肉な展開になります。結局、完全な善人・悪人などいない、という結末は、世間や大衆を知り尽くしたコリンズならではでしょうか。
 コリンズは二流作だと考えて、単行本には収録しなかったそうですが、なかなかどうして素晴らしい作品だと思います。



アンブローズ・ビアス「ふさわしい環境」(中村能三訳『生のさなかにも』創元推理文庫 収録)
 電車の中で新聞を読んでいたマーシュは、そこで知り合いの作家コルストンに出会います。コルストンが新聞に寄稿した小説を読んでいたマーシュは、その作品を絶賛しますが、コルストンは憤然とした面持ちで答えます。その作品は怪談であって、電車の中のような環境で読まれるべき作品ではない。
 もっとふさわしい環境で読まれるべきだ、と。一人っきりで夜、蝋燭の明かりで読むべきだと力説するコルストンは、たまたま持ち合わせた恐るべき物語の原稿があるが、これを「ふさわしい環境」で読む勇気があるかと、マーシュを挑発します…。

 深夜、幽霊屋敷で肝試しをする…という、怪奇小説ではよく見るテーマのお話ではあるのですが、その前段として、ビアスの読書論的な話題が盛り込まれているのが面白い作品です。
 読んでみると、一律、小説や文学作品がみな静かな環境で読まれるべきだというわけではなく、怪談に限っては、という感じのようですね。ちょっと引用します。

 「きみならわかるさ、マーシュ、今朝の『メッセンジャー』に載っているぼくの作品には、はっきり『怪談』という副題がついている。それを見ればだれだってわかりすぎるほどよくわかるはずだ。ちゃんとした読者なら、どういう条件下でこの作品が読まれるべきかを、その副題が暗に示していると理解するだろう」

 結局、挑発された男は、幽霊屋敷で夜一人原稿を読むことになるのですが、あまりの恐怖のために死んでしまう…という、ビアスらしいブラックな怪奇小説となっています。



シャーロット・マクラウド「執念」(高田恵子、浅羽莢子訳『お楽しみが一杯!』創元推理文庫 収録)
 夫が亡くなり、新しいアパートに引っ越してきた未亡人の「わたし」。上の部屋に住んでいたという仕立業の女性セラフィーンは仕事中に亡くなったばかりだといいます。アパートの隣は修道院で、そこでは夜、修道女たちがロウソクを持って何かの儀式をしていました。しかも見るたびに一人ずつ人数が増えていくのです。しかし、他の人間に聞いても、修道女は夜は外出せず、そんな儀式は行っていないというのですが…。

 正統派のゴースト・ストーリーなのですが、面白いのは著者前書きにある、この短篇の発想元です。夢のなかで最初から最後までストーリーを夢に見て、それを短篇に起こしたというのです。確かに、独特な奇妙な論理、印象的な視覚イメージといい、「夢」を思わせる作品になっています。



ジャック・ロンドン「千通りの死」(酒井武志訳「ミステリマガジン1998年8月号」早川書房 収録)
 資産家の家の息子に生まれながらも、その無謀な行動から家を勘当されてしまった「私」は、船員として生業を立てていましたが、サンフランシスコ湾で溺死してしまいます。気がつくと、奇妙な装置によって「私」は蘇生させられていました。
 救い主を見ると、相手はなんと「私」の父でした。しかし父は変わってしまった「私」に対して、息子であることに気がつきません。父は新たな科学の研究に没頭していました。それは死んだ人間を装置によって生の領域に引き戻す、というものでした。
 父は「私」を実験台に、実験を開始します。毒やガス、電気ショックなど、様々な方法で死んだ「私」は何度も蘇生させられますが…。

 残酷非道なマッドサイエンティストの父親に何度も殺されては蘇らせられる男を描いた、怪奇幻想小説です。この父親が本当に人でなしで、相手が自分の息子だと気付いても一向に態度を変えない…というところもすごいです。
 息子は息子で、脱出の方法を考えるのですが、編み出された方法がこれまた奇想天外で驚かされます。蘇生方法も含め、登場する超技術が破天荒で、その意味では「ホラ話」的な要素もあるのですが、展開されるストーリーが冷酷かつハードなこともあって、全体にニヒルな物語となっています。
 ジャック・ロンドンの怪奇幻想作品の傑作のひとつといっていい作品だと思います。



アースキン・コールドウェル「夢」(高橋まり子訳『幻想と怪奇5』新紀元社 収録)
 「おれ」は友人のハリーから何年も同じ夢の話を聞いていました。ハリーは月に一度同じ内容の夢を見るというのです。夢では決まって、小川にかかる橋にたどり着き、そこで若い女と出会います。女はハリーを待っていると言い、ハリーがそれは自分だと言うと、女は逃げ出してしまうのだというのです。夢の中の女に執着するハリーは、やがて夢の中で案内板を見つけ、その場所の近くに行けば女が実際に見つかるのではないかというのですが…。

 何度も同じ女が登場する夢を見続ける男が、現実にその女を見つけようとするという、幻想的な作品です。あらすじだけ聞くとロマンティックな香りがするテーマなのですが、実際のところ、夢の情景は不気味で、夢の中でも女を逃げるところを追いかけるなど、夢の内容自体もどこか不穏です。
 女が現実に存在すると信じ込んでいるハリーもどうかしているのですが、夢の内容から考えるに、実際に女が存在していて会えたとしても、何か危険なことが起こるのではないかと思わせる不気味な雰囲気に満ちています。
 ハリーの話を聞いているうちに、語り手の中で、女の実在感が大きくなってくる、という結末も良いですね。<奇妙な味>の秀作だと思います。



ウォルター・デ・ラ・メア「失踪」(平井呈一訳 平井呈一編『恐怖の愉しみ』創元推理文庫 収録)
 猛暑のロンドンを訪れた「わたし」は喫茶店で、妙な男から話しかけられます。男は自分のところから失踪したという女性についての事件の顛末について話し出します。居候として居ついていたミス・ダットンは教養のある女性で、障害のある男の妹にも優しく接するなど、男も憎からず思っていました。
 やがて結婚の約束をするまでになったミス・ダットンは、横暴な性格を露にしていきますが…。

 登場人物の男のセリフを関西弁で訳したという、面白い翻訳です。「殺人」という言葉は一回も出てこないのですが、おそらく男が女性を殺害しただろうことが仄めかされます。真夏の猛暑日、見知らぬ男から異様な話を聞かされ続ける…という、なかなか怖いシチュエーションの物語です。ただ男の関西弁のセリフはやっぱり微妙ではありますね。



メアリ・E・ウイルキンズ=フリーマン「南西の部屋」(平井呈一訳 平井呈一編『恐怖の愉しみ』創元推理文庫 収録)
 ソフィアとアメンダのギル姉妹は、叔母の死により一族の屋敷を相続します。姉妹は姪のフローラを伴い、屋敷で下宿を始めますが、叔母が死んだという「南西の部屋」では何度も気味の悪い現象が起こっていました。部屋を怖がるアメンダとフローラに対し、現実主義者のソフィアはそれを信じませんが…。

 霊そのものの出現ではなく、起こる怪異が服やナイトキャップ、鏡といった小道具を使って表現されるのが面白いですね。特に死んだ叔母の服を動かしても消えてしまったり、箪笥に突然服が出現したりするところはインパクトがあります。
 主人公(?)の女性ソフィアが力強い性格に設定されているのも面白いところです。基本、超自然現象を信じないのはもちろん、妹や姪、下宿人、果ては牧師にまでその霊現象を認定された部屋に一人で乗り込み、確かめてやろうという気概の持ち主として描かれています。
 「寝室の怪」もそうでしたが、超自然現象の描き方にユニークなものを感じる作家ではありますね。



M・ジョン・ハリスン「パンの大神」(白石朗訳 ダグラス・E・ウィンター編『ナイト・フライヤー』新潮文庫 収録)
 二十年近く前に、語り手の男(名前は明かされません)を含む三人の男女がスプレイクという男の手引きにより、何か恐れ多い行為を行った結果、グループのアンとルーカスは現在でも精神を病んでいました。特にアンは発作を繰り返し、結婚していたルーカスとも別れてしまっています。
 語り手はアンを心配して彼女のもとを訪れますが、心労のあまりアンは廃人同様になっていました。その際、語り手は幻覚ともつかぬ異様な存在を目撃しますが…。

 マッケン「パンの大神」に触発されたという作品なのだそうですが、何度か読み直しても、解釈の難しい作品です。
 たぶん、数人の男女が何かの禁忌を犯して呪われてしまった…という話だと思うのですが、彼らが一体に何をしたのかが全く分からないうえに、現在何に取り憑かれているのかも分からないので、非常にもやもやした物語になっています。
 過去の事件については、具体的な行為のヒントや当時の状況など、本当に全くといっていいほど示されません。確かに技法的にはマッケン風で、マッケンの描き方を強調するとこんな話にはなるかもしれないな、という感じはするのですが。ただ、現在時で語り手が目撃する怪奇現象は、ちょっとシュールで面白いです。青白い人間の男女のような二人組みが「愛」を表現する…という、これもまたマッケン風の「法悦」の表現ではあるのでしょう。
 描写や説明が断片的すぎて、読者が物語を再構成するのが難しい作品です。時折はさまれる描写はなかなかユニークではあったので、もう少し具体性があれば…とは思いました。



ジョン・コリア「少女」(村上啓夫訳『炎のなかの絵』早川書房 収録)
 世界中を放浪しているという男レンヴィルは、ドッド夫妻と娘のパトリシアのもとを訪れます。旅するのは楽しいでしょうというドッドに対して、レンヴィルはどこかの土地に落ち着きたいと思っているものの、いつも突発的な事態が起こりその場所を離れなければならなくなると話します。
 レンヴィルにまとわりつくパトリシアをたしなめるドッド夫妻でしたが、レンヴィルは構わないと話します。やがて帰宅するレンヴィルを送るのを兼ねて、一緒に森の中を散歩したいと言い出すパトリシアでしたが…。

 一見ある家庭を訪問した旅人の何気ない世間話を描いた作品、と見えるのですが、その実、もの凄い不穏さに満ちた技巧的な作品です。
 ポイントは、定住したいと言いながら「突発的衝動」によって土地を離れざるを得なくなるというレンヴィルの言葉、ドッド氏とレンヴィルとの間に交わされる食人種の話、パトリシアに対してつぶやいたレンヴィルの「食べちまいたい」という言葉…。ヒントを並べると、どういう話か見当がついてくるかと思います。
 ただ、そう取れるというだけで、本当にそういう話かははっきりしないという意味で<リドル・ストーリー>とも取れる物語になっています。



ジョン・コリア「死者の悪口を言うな」(村上啓夫訳『炎のなかの絵』早川書房 収録)
 50年配の無骨なランキン医師は、水の染み出た地下室を治すため床をセメントで塗りこめていました。そこへやってきた知り合いのバッグとバッドは、医師の妻アイリーンが出かけたという話をいぶかしみます。
 やがて恐ろしいことに思い至った二人は、自分たちはここへは来なかった、アイリーンは男と一緒に町を出た、そう口裏を合わせるからと話し出します。二人の勘違いを正そうとするランキン医師は、自分の知らなかった妻の浮気癖を聞かされてショックを受けますが…。

 妻を殺して地下室に埋めたと勘違いされた男が、勘違いされた犯罪そのものを行おうと決意する…という、技巧的な作品です。結末のシーンは暗示に満ちていて、ブラック・ユーモアがあふれています。解説するのも野暮なぐらいで、コリア作品の中でも「完全無欠」に近い構成の作品だと思います。
 主人公の医師が殺人を行ったのか、そうでないかは読者の想像力に任されています。ジョン・コリアは、こういう暗示や仄めかしが非常に上手くて、その技術は職人の域に達していますね。



ジョン・コリア「むかしの仲間」(中西秀男訳『ジョン・コリア奇談集』サンリオSF文庫 収録)
 パリのアパートで二十年間結婚生活を送ってきたデュプレ夫妻。夫妻は互いに嫉妬深く、しっくり来ない生活を送ってきました。肺炎で死に掛けていたマダム・デュプレは、夫妻の親友だったロベールの名前を口に出し、夫は妻が愛していたのはロベールだったのだと思い込みます。
 妻が亡くなり外に出たムッシュー・デュプレは、カフェーで落ち着きますが、ふと見ると死んだはずのマダム・デュプレが座っていました。しかもそこに旧友のロベールまでもが現れます。三人で飲み歩いた後、自宅で目を覚ましたムッシュー・デュプレは、妻の死体がなくなっていることに気がつきます…。

 死んだはずの妻が外を元気に歩いており、数十年音信普通だった旧友が目の前に現れるという、不自然な状況に困惑する夫を描いています。夫の幻覚なのか、それとも超自然現象が起こっているのか? 結末では旧友がすでに死んでいるのではないかという情報ももたらされ、更に状況が不可解になっていきます。結局のところ、妻が旧友ロベールを愛していたのかどうかもはっきりしません。
 死後の妻が夫の前に現れる現象にしても、幽霊が現れたとも、死体がよみがえったとも、全てが幻覚であるとも、さまざまな解釈が可能です。謎だらけの作品で、幻想小説ともゴースト・ストーリーともつかぬ、<奇妙な味>の作品です。


ギ・ド・モーパッサン「手」(榊原晃三訳『モーパッサン怪奇傑作集』福武文庫 収録)
 予審判事ベルミュティエは、人々の前で過去に体験した怪奇めいた事件について語ります。コルシカ島で予審判事をしていたベルミュティエは、サー・ジョン・ロウウェルと名乗るイギリス人と知り合いになります。
 ロウウェルは狩猟と釣りに行く以外は家に引きこもっており、町の人々からは何者なのか噂を立てられていました。彼の家に招かれたベルミュティエは、コレクションの中に干からびた人間の黒い手があることに気がつきます。その手首には、太い鎖が巻き付けられていました。
 その手は、ロウウェルの敵であった男のもので、軍刀で断ち切ってアメリカから運んできたといいます。手の持ち主は強い男で、鎖はこの手が逃げ出さないようにつけているのだとロウウェルは話します。
 困惑するベルミュティエは、それからロウウェルとはあまり会わなくなっていましたが、ある日ロウウェルが殺されたという知らせを耳にします…。

 普通に読むと、ロウウェルが保管していたかっての敵の「手」によって絞め殺された、という怪奇小説に読めるのですが、その実、そうではない可能性も匂わされているところがポイントです。物語を語る予審判事自体が、超自然的な事件とは言い切れない、といっていることもそうですし、実際、手を落とされた男が死んだとは書かれていないので、片手を取戻しに来た男がロウウェルを殺した可能性もあるのです。また、ロウウェルを殺したのは「敵」ではなく第三者である可能性もあります。
 さらに言うと、ロウウェルと「敵」との間に何があったのか、なぜわざわざ手を保管しているのか、鎖は本当は何のためだったのかなど、語られない部分が多いのも、物語の不穏さを高めています。
 怪談として書かれたのは間違いないのでしょうが、結末にいくつかの解釈の余地を残しているといころに特色があります。



ガイ・N・スミス「うつろな眼」(仁賀克雄訳 アラン・ライアン編『戦慄のハロウィーン』徳間文庫 収録)
 ハロウィーンの夜、レスター・マイルズは娘のジュリーを探していました。16歳のジュリーは、柄の悪い男ハッチに夢中になり、彼との付き合いを反対するレスターに反発して、出て行ってしまったのです。拳銃を持ち出したレスターはハッチを殺す気になっていました。
 しかし見つけたジュリーはすでに骸になっていました。ハッチを探し回るレスターでしたが…。

 つきあっていた柄の悪い男が娘を殺し、それを追う男、というホラーなのですが、その実、単純な殺人ではなく、もっと恐ろしいものの片鱗に過ぎなかった…という作品です。


ガイ・N・スミス「インスマスに帰る」(大滝啓裕訳 スティーヴァン・ジョーンズ編『インスマス年代記 上』学研M文庫 収録)
 伯父の遺言で、大叔母のアンナ・ティルトンが遺した手書きの記録を受け取った「わたし」は、そこに書かれたインスマスでの奇怪な事件の詳細を知り驚愕します。内容はウィリアムスンという人物の公表された手記でした。それを読んで以来、悪夢に悩まされるようになった「わたし」は、実際にインスマスを訪れます。かってウィリアムスンが泊ったのと同じ部屋に泊まった「わたし」でしたが、夜中に外部から部屋に入ろうとする者がいるのに気づき、恐怖することになります…。

 ラヴクラフト「インスマスを覆う影」から触発されたアンソロジー『インスマス年代記』のために書かれた作品です。インスマスについての手記を読んだことから悪夢に囚われ、実際に現地を訪れた男の恐怖を描いています。



マーク・トウェイン「終りのない話」(勝浦吉雄訳『マーク・トウェイン短編全集 下』文化書房博文社 収録)
 二十五年前に短編集である話を読んだ男は、その話を途中までしか読めなかったといいます。納得のいく結末をつけた者に50ドルを出そうというのですが、その話は次のようなものでした。美しいメアリー・テーラーに恋をしていた男ジョン・ブラウンは、メアリーの母親に結婚を反対されていました。
 しかし、母親が慈善で世話をしている老姉妹に対して、ブラウンが寄付をしていることから、その心は動き始めていました。ある日、馬車を運転していたブラウンは、帽子を小川に落としてしまいます。服を脱ぎ馬車に入れて、帽子を取り戻したものの、気が付くと馬車は走り出していました。
 なんとか追いついて中に入りますが、その瞬間人が近づいてくるのに気づき、慌てて膝掛けで体を隠します。やってきたのは、メアリー親子を含む四人の女性でした。彼らは火事で焼け出されてしまった老姉妹を運ぶのに悩んでいたところだというのです。ブラウンの馬車を使って、どう二人を運ぶか相談を始める四人でしたが…。

 結末のない話を描いた、人を食ったユーモア・ストーリーです。ブラウンの苦境をよそに、どう効率よく人を運ぶか相談を重ねる四人の女性たち。婦人たちの信望を高め、汚点がつけずにブラウンに幸せをもたらす結末はつけられるのか? という、何ともユーモラスな話になっています。
 選択肢は複数考えられるものの、結末は明示されずに終わるという、これは<リドル・ストーリー>のバリエーション作品ですね。



オー・ヘンリー「運命の道」(越前敏弥訳『オー・ヘンリー傑作集2 最後のひと葉』角川文庫 収録)
 王朝期フランス、田舎の村ヴェルノワの若い羊飼いダヴィド・ミニョは、詩人志望の青年でした。ある夜、恋人のイヴォンヌと喧嘩をしたダヴィドは、運命を試してみたいと、とっさに村の外に出ていきます。分かれ道にたどり着いたダヴィドは左右どちらの道にいくべきか、それとも村に戻るべきか、悩みます…。

 詩人志望の羊飼いの青年の運命が、三通りに描かれるという、ユニークな物語です。青年が左右の分かれ道のどちらに行ったか、もしくは村に戻ったかで、それぞれ違う三通りの分岐した人生が描かれます。
 左の道のルートでは、横暴な貴族とその美しい姪に出会って強制的に結婚させられます。右の道のルートでは美しい婦人によって国王への反逆計画に加担させられてしまうという展開。村に戻るルートでは、恋人と結婚して家庭を築くこととなります。
 三パターン全てに女性が絡んでいるのが特徴で、しかもこれが全て悲劇的な結末に向かってしまうというのがシニカルですね。
 左と右のルートでは、直接的な敵や陰謀などによって、主人公が悲劇的な結末を迎えるのですが、村に戻るルートではまた違った形で破滅を迎えることになります。この三番目のルートが、暮らしとしては一番平穏でありながら、運命としては最も残酷…という感じであるのも面白いです。
 左と右ルートでは直接的に登場する全てのルートで「ボーペルトゥイ侯爵」という人物が登場し、主人公ダヴィドを破滅に追い込むことになります。直接的に登場する左右ルートとは異なり、村に戻るルートでは、間接的にダヴィドに悲劇的な運命をもたらすことになります。
 主人公ダヴィドは詩人志望なのですが、冒険好きで無鉄砲の好人物として描かれています。それゆえに陰謀に巻き込まれたり、利用されてしまうことになるのですが、そうした陰謀に関わらなかった三つ目のルートでも、結局は夢が叶うことはない…という点で、シビアなお話になっています。



ジェフリー・アーチャー「焼き加減はお好みで…」(永井淳訳『十二枚のだまし絵』新潮文庫 収録)
 出勤のため車を走らせていたマイケルは、オールドウィッチ劇場のそばで素晴らしい美人の女性を見つけ、衝動的に車を止めます。上手く手を回し、劇場でその女性の隣の席に座ったマイケルは、医者だというその女性アナを夕食に誘いますが…。

  結末が四通り選べるという、面白い趣向の物語です。主人公マイケルが、美しい女性アナを夕食に誘いますが、その後の展開がどうなるのか?を四パターンに描いています。 四つのパターンは、それぞれ「1 レア(レア)」「2 バーント(黒焦げ)」「3 オーヴァーダン(焼きすぎ)」「4 ア・ポワン(ミディアム)」と題されています。
 マイケルが、レストラン関係の仕事についているという設定で、それに合わせてつけられたタイトルのようです。タイトルから何となく予想がつくとは思いますが、最後の「4 ア・ポワン(ミディアム)」以外は、マイケルの恋が成就しないパターンとなっています。
 相手が人妻だったり、それ以前にいくつものトラブルに遭遇してしまったり、夕食の段取りが失敗して相手を不機嫌にさせてしまったりと、「焼き加減」によって、主人公マイケルの恋が上手く行くのかどうか、が変わってきます。
 パターンによって、マイケルとアナ、それぞれに配偶者がいたりいなかったりと、その設定も変わってくるのですが、基本、不倫をしようとするパターンでは不幸な結末が待っているのは、ちょっと教訓的なところではありますね。



リチャード・マシスン「消えていく」(矢野浩三郎訳『ミステリーゾーン4』文春文庫 収録)
 何年も小説を書き続けながらも芽の出ない「私」は、お金のことが原因で、妻のメアリーとも上手くいかなくなっていました。妻と喧嘩した「私」は、友人のマイクと共に浮気をしてしまいます。ある日、浮気相手のジーンに電話をするものの、彼女の存在は痕跡も残さずに消えていました。
 事情を知っているはずのマイクもジーンのことを知らないのです。ジーンが勤めていた会社も、彼女を紹介してくれた友人の存在もが見当たらなくなっていました。やがて友人のマイク、妻のメアリーさえもが消えてしまいます…。

 主人公の周囲の人物や物が次々と消えていく、という不条理感あふれるホラー短篇です。理由も分からずに、次々と人や物が消えていくという過程は非常に不気味です。失踪したとか、なくなったとか、ではなく、存在そのものがなかったことになっており、その人や事物についての記憶すら残っていないのです。
 不条理な消失現象とはいえ、消えるのは主人公が知る人や物です。その意味で、マシスンが得意とする「自分は本当に存在しているのか?」「自分とは何なのか?」といった、アイデンティティーの不安をえぐる作品になっていますね。
 ロッド・サーリングのドラマ「ミステリーゾーン」で「誰かが何処かで間違えた」というタイトルで映像化されているのですが、こちらでは三人の宇宙飛行士が消えてしまうという、かなり異なったストーリーになっていました。とはいえ、サーリング脚本になるこちらのエピソードも、マシスン的なテーマを上手く料理した名エピソードだと思います。



リチャード・マシスン「死の部屋のなかで」(尾之上浩司訳 尾之上浩司編『運命のボタン』ハヤカワ文庫NV 収録)
 砂漠の手前の田舎町で、長方形の喫茶店を見つけたボブとジーンの夫妻は車を降り、その店で食事を取ることにします。食事も冷たい飲み物もないことに夫妻はがっかりしますが、あるもので我慢することにします。ジーンが洗面所に行っている間、ボブもまた洗面所に入ります。
 洗面所から戻ったジーンは、夫の姿が見当たらないのに気づきますが洗面所に行ったのだろうと考えます。しかし洗面所から出てくるのは別の客ばかりで、夫本人は出てきません。聞いてみても洗面所には誰もいないというのです。店主に洗面所を開けて見せてもらいますが、そこには誰もいませんでした…。

 ふと立ち寄った店で、いつの間にか夫が消えてしまいパニック状態になる妻を描いた不条理風味のサスペンス作品です。SF・ホラーを得意とするマシスンだけに、超自然的な消え方をしたのかと思ってしまうのですが、この作品では合理的な解決が示されます。
 ただ、夫が消えてしまった後の妻の不安やあせりが描かれる部分には不条理な恐怖感が感じられます。妻が言っていることを誰にも信じてもらえないため、一瞬、本当に夫がいたのかどうか疑ってしまうような、ニューロティックな雰囲気が魅力になっていますね。



H・G・ウェルズ「塀についたドア」(阿部知二訳『ウェルズSF傑作集1』創元SF文庫 収録)
 レドモンドは、友人のライオネル・ウォーレスから「塀についたドア」の話を聞きます。ウォーレスは幼いころにそのドアを開け中に入り込んだといいます。その場所は自然に満ち溢れ、美しい人々が暮らしている、楽園のような場所だったというのです。元の世界に帰ってきたウォーレスは、それからも何度か「塀についたドア」を見かけますが、そのたびに重要な用事があったため、ドアを通り過ぎてしまっていました。しかし今となって、そのドアに焦がれているというのです…。

 楽園のような別世界に通じているらしい「塀についたドア」について語られる幻想小説です。「塀についたドア」及び、その中の別世界が本当にあったのかどうかは明確にはされません。結末でウォーレスが命を落としたことが語られるのですが、ただ事故に遭っただけなのか、本当に別世界に行ってしまったのかは、読者の受け取り方によって印象は異なるでしょう。
 ドアの中の別世界に関しては、どこか死を思わせる描写があり、別世界というよりは死後の世界という解釈もできますね。別世界は楽園のような描き方をされていますが、その中で、少年(ウォーレス)が自分の生涯を本によって見せられるというシーンがあり、この部分はちょっと怖さを感じますね。



アドルフォ・ビオイ=カサレス「大空の陰謀」(安藤哲行訳 鼓直編『ラテンアメリカ怪談集』河出文庫 収録)
 秘書として働く姪と暮らすセルビアン博士は、知り合いのイレネオ・モリス大尉が会いたいと話していることを知ります。彼はテスト飛行のパイロットとして飛行機に乗っていたところ、意識を失い、気が付くと病室にいたというのです。
 スパイ容疑がかけられていることを知ったモリスは、知り合いに確認してほしいと幾人かの名前を上げますが、誰もが自分を知らないというのを聞いて驚きます。スパイ容疑でモリスの処刑もあり得ると知った看護婦のイディバルは、伝手を利用して、モリスに再度テスト飛行の実験をさせるように手を回します。
 飛行中に再び意識を失い病室で目を覚ましますが、そこで自らがアルゼンチン軍所属のパイロットであることが認識されていたことに、モリスは安堵します。しかし、恋人となった看護婦イディバルの存在を誰も知らないのです…。

 並行世界に紛れ込んでしまったパイロットの悪夢のような体験を描く幻想小説です。
 紛れ込んだ世界はウェールズが消滅し、カルタゴが滅亡しなかった世界らしいのです。ウェールズの血を引くモリスはその世界では存在しないため、誰もが彼のことを知りません。
 再飛行で元の世界に帰還しますが、そこではカルタゴの血を引いていた恋人イディバルは存在しないのです。恋人に会いたいモリスと、別の世界に行きたいセルビアン博士は、再び飛行して別の世界への移動をしようと考えることになります。
 モリスが戻ってきたと思った世界も、実は元の世界ではなく、また別の世界であったことが示されます。複数の世界のモリスが飛び立って別の世界に移動しているわけで、中には並行世界には行かなかったモリスも存在しているのです。物語に登場するモリスは、どの世界から来てどこに行ったのか?考えるとますます分からなくなってきますね。
 並行世界のディテールも細かく描かれていて、滅亡した国や存続した国の影響で、その人種が変わっていたり、町の通りの名前が変わっていたりします。さらに、並行世界のセルビアン博士が、モリス家の家系が存在しないため、教養的な面での影響を受けずに読書傾向が異なることとなり、その結果、モリスの並行世界移動に気づくための知識を持っていた…というのも面白いです。また、セルビアン博士と姪との関係も現実世界と並行世界とで異なっているようで、それが物語の展開にも深く関わってくる、というのも興味深いですね。
 複雑な構造で、図面を書いてみないと理解しにくいような設定のお話なのですが、いろいろ深読みできる面白い作品ですね。並行世界というSF的な設定を扱っていながらも、作者の筆致のせいもあって、閉塞感のある重厚な幻想小説に仕上がっています。



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5月の気になる新刊
5月7日刊 C・J・チューダー『白墨人形』(中谷友紀子訳 文春文庫 予価1100円)
5月10日刊 ポール・ギャリコ『ほんものの魔法使』(矢川澄子訳 創元推理文庫 予価968円)
5月10日刊 ヤンシィー・チュウ『夜の獣、夢の少年 上・下』(圷香織訳 創元推理文庫 予価各1100円)
5月10日刊 キアラン・カーソン『琥珀捕り』(栩木伸明訳 創元ライブラリ 予価1650円)
5月10日刊 クリス・ヴィック『少女と少年と海の物語』(杉田七重訳 東京創元社 予価3300円)
5月12日刊 風間賢二『スティーヴン・キング論集成 アメリカの悪夢と超現実的光景』(青土社 予価3740円)
5月12日刊 都筑道夫『妖精悪女解剖図 増補版』(日下三蔵編 ちくま文庫 予価1045円)
5月13日刊 内田百閒『文豪怪奇コレクション 恐怖と哀愁の内田百閒』(東雅夫編 双葉文庫 予価902円)
5月17日刊 『短編回廊 絵から生まれた17の物語』(田口俊樹他訳 ハーパーBOOKS 予価1100円)
5月18日刊 ローレンス・ライト『エンド・オブ・オクトーバー 上・下』(公手成幸訳 ハヤカワ文庫NV 予価各990円)
5月19日刊 アーサー・マッケン『恐怖 アーサー・マッケン傑作選』(平井呈一訳 創元推理文庫 1650円)
5月19日刊 ジョン・コナリー『キャクストン私設図書館』(田内志文訳 東京創元社 予価2310円)
5月21日刊 内田百閒『冥途』(金井田英津子画 平凡社 予価2750円)
5月21日刊 夏目漱石 『夢十夜』(金井田英津子画 平凡社 予価2750円)
5月21日刊 萩原朔太郎 『猫町』(金井田英津子画 平凡社 予価2750円)
5月21日刊 ブライアン・ラムレイ『幻夢の英雄』(森瀬繚訳 青心社文庫 予価1100円)
5月22日発売 『幻想と怪奇6 夢境彷徨 種村季弘と夢想の文書館』 (新紀元社 2420円)
5月23日刊 書評七福神編著『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト 2011~2020』 (書肆侃侃房 予価1980円)
5月25日刊 フョードル・ソログープ『小悪魔』(青山太郎訳 白水Uブックス 予価2640円)
5月25日刊 荒俣宏編、紀田順一郎監修『平井呈一 生涯とその作品』(松籟社 予価2640円)
5月26日刊 『短編回廊 アートから生まれた17の物語』(ハーパーコリンズ・ジャパン 予価2640円)
5月31日刊 マイクル・ビショップ 『時の他に敵なし』 (仮題)(大島豊訳 竹書房文庫 予価1320円
5月31日刊 G・K・チェスタトン『裏切りの塔』(南條竹則訳 創元推理文庫 予価902円)
5月31日刊 D・M・ディヴァイン『運命の証人』(中村有希訳 創元推理文庫 予価1320円
5月刊 アドルフォ・ビオイ=カサーレス『英雄たちの夢』(大西亮訳 水声社 予価3080円)


 ヤンシィー・チュウ『夜の獣、夢の少年 上・下』は、英国植民地のマラヤを舞台にした、東洋幻想譚だそう。エキゾチックなファンタジーのようで気になりますね。

 キアラン・カーソンの幻想作品『琥珀捕り』が文庫化です。博物学的な幻想小説でもあり、不思議な手触りのエッセイでもあるという名作です。

 クリス・ヴィック『少女と少年と海の物語』は、こんなお話。「難破しボートで漂流していたビルは、一人の少女を助ける。二人は乏しい食料を分け合い、極限状況下、少女が語る物語の力が二人の心を救った。カーネギー最終候補の感動作。」枠物語でもあるようで、気になる作品ですね。

 『恐怖 アーサー・マッケン傑作選』は、アーサー・マッケンの短篇を集めた傑作選集。『怪奇クラブ』『夢の丘』が絶版になって以来、創元推理文庫では久しぶりのマッケン作品集になりますね。収録作品は以下の通りです。

【収録内容】
訳者のことば 平井呈一
パンの大神/内奥の光/輝く金字塔/赤い手/白魔/生活の欠片/恐怖
付録 『アーサー・マッケン作品集成』解説(全6巻) 平井呈一
解説 南條竹則

 ジョン・コナリー 『キャクストン私設図書館』は、先ほど文庫化された長篇『失われたものたちの本』のスピンオフを含むファンタジー短篇集です。

 荒俣宏編、紀田順一郎監修『平井呈一 生涯とその作品』は、荒俣・紀田の師匠でもある平井呈一の全体像を探る決定版の本です。収録内容を引用しておきます。

『平井呈一 生涯とその作品』に寄せて (紀田順一郎)

第一部 平井程一年譜

第二部 未発表作品・随筆・資料他

一.未発表作品
 鍵
 顔のない男
 奇妙な墜死

二.評論・随筆・解説他
 私小説流行の一考察─併せて私小説に望む
 文壇人を訪ねる【二十三】 近松秋江氏とストーヴ
 サッカレエ『歌姫物語』解説
 翻訳三昧
 小泉八雲─NHK「人生読本」より
 「世界恐怖小説全集」内容紹介より
 「全訳小泉八雲作品集」(恒文社刊)内容紹介より
 東都書房「世界推理小説大系」月報より
 講談社「世界推理小説大系」月報より
 「無花果会」以前の程一俳句

三.呈一縁者による回想記
 他郷に住みて (吉田文女)
 雲の往来 (谷口喜作)

平井呈一作品解題 (荒俣宏)

あとがきと感謝の辞 (荒俣宏)

 『英雄たちの夢』は、ビオイ=カサーレスの久しぶりの邦訳作品。紹介文を引用しておきますね。「1927年,カーニバルに沸くブエノスアイレスの夜,主人公のエミリオ・ガウナは仲間たちとどんちゃん騒ぎをしたすえに意識もおぼろのまま《仮面の女》と邂逅する。女はいつのまにか消えてしまうが,疲労感のうちに人生の頂点をなす瞬間を経験する。あの夢のような体験をもう一度生きなおすべく主人公は3年後,ふたたび仲間たちを引き連れてカーニバルの夜にくり出すのだが……
 ラプラタ幻想文学の旗手ビオイ・カサーレスによる,ボルヘスが《世界で一番美しい物語》と評した傑作。」

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4月の気になる新刊と3月の新刊補遺
発売中 新島進編『ジュール・ヴェルヌとフィクションの冒険者たち』(水声社 3300円)
3月30日発売 『ナイトランド・クォータリーvol.24』(アトリエサード 予価1870円)
4月5日刊 マシュー・バトルズ『図書館の興亡』(白須英子訳 草思社文庫 予価1320円)
4月12日刊 『新青年』研究会編『新青年』 名作コレクション』(ちくま文庫 予価1760円)
4月12日刊 エリザベス・ハンド『過ぎにし夏、マーズ・ヒルで エリザベス・ハンド傑作選』(市田泉訳 創元海外SF叢書 予価2530円)
4月13日刊 高原英理編『少年愛文学選』(平凡社ライブラリー 予価1320円)
4月14日刊 アレックス・パヴェージ『第八の探偵』(鈴木恵訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 予価1254円)
4月14日刊 キャロル・スタイヴァース『マザーコード』(金子浩訳 ハヤカワ文庫SF 予価1386円)
4月14日刊 ヴィクトリア・マス『狂女たちの舞踏会』(永田千奈訳 早川書房 予価2640円)
4月21日刊 エドガー・アラン・ポー『赤い死の舞踏会 付・覚書(マルジナリア)』(吉田健一訳 中公文庫 予価1100円)
4月22日刊 ブライアン・W・コリンズ『365日、1日1本毎日ホラー映画』(仮題)(入間眞、有澤真庭訳 竹書房 予価3645円)
4月26日刊 フィリップ・プルマン『ダーク・マテリアルズⅠ 黄金の羅針盤 上・下』(大久保寛訳 新潮文庫 予価各781円)

 『ジュール・ヴェルヌとフィクションの冒険者たち』は、E・T・A・ホフマン、E・A・ポー、レーモン・ルーセルなど、ヴェルヌと関わりのある作家とヴェルヌについて書かれた評論集です。ヴェルヌに影響を与えた作家、与えられた作家に関心のある人には面白い本では。

 エリザベス・ハンド『過ぎにし夏、マーズ・ヒルで エリザベス・ハンド傑作選』は、ネビュラ賞や世界幻想文学大賞の受賞作4編を収めた抒情SF作品集とのこと。

 アレックス・パヴェージ『第八の探偵』は、作家が主人公で、7篇の作中作が埋め込まれたメタ的なミステリだそう。これは面白そうですね。

 キャロル・スタイヴァース『マザーコード』はSF作品ですが、あらすじが面白そうです。「バイオ兵器が致死的感染症となり、世界中に広まった! 人類滅亡の危機に、〈マザー〉ボットによる人類養育計画が発動するが……!?」


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3月の気になる新刊
発売中 田口俊樹『日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年』(本の雑誌社 1760円)
発売中 眉村卓『静かな終末』(日下三蔵編 竹書房文庫 1430円)
3月11日刊 ダフネ・デュ・モーリア『原野の館』(務台夏子訳 創元推理文庫 予価1320円)
3月11日刊 J・J・アダムズ編『この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選』(中原尚哉訳 創元SF文庫 予価1210円)
3月11日刊 ジョン・コナリー『失われたものたちの本』(田内志文訳 創元推理文庫 予価1320円)
3月12日刊 石塚久郎編訳『疫病短編小説集』(平凡社ライブラリー 予価1540円)
3月17日刊 藤井淑禎『乱歩とモダン東京 通俗長編の戦略と方法』(筑摩選書 予価1650円)[amazon]
3月17日刊 キャスリーン・デイヴィス『シルクロード』(久保美代子訳 早川書房 予価2200円)
3月17日刊 サマンサ・ダウニング『殺人記念日』(唐木田みゆき訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 予価1320円)
3月19日刊 J・G・バラード『旱魃世界』(山田和子訳 創元SF文庫 予価1188円)
3月19日刊 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『ゲーテ ショートセレクション 魔法つかいの弟子』(酒寄進一訳 理論社 予価1430円)
3月20日刊 リサ・タトル『夢遊病者と消えた霊能者の奇妙な事件 上・下』(金井真弓訳 新紀元社 予価各1870円)
3月23日刊 冨田章『ビアズリー怪奇幻想名品集 増補改訂版』(東京美術 予価2640円)
3月25日刊 スティーヴン・キング『アウトサイダー 上・下』(白石朗訳 文藝春秋 予価各2420円)
3月31日刊 落合教幸、阪本博志、藤井淑禎、渡辺憲司編著『江戸川乱歩大事典』(勉誠出版 予価13200円)


 J・G・バラード『旱魃世界』は、世界的な旱魃が文明を崩壊に導く、という破滅もの長篇。同著者の長篇『燃える世界』を改稿した作品だそうです。

 リサ・タトル『夢遊病者と消えた霊能者の奇妙な事件』は、新紀元社からの怪奇幻想叢書の第一弾。ヴィクトリア期ロンドンを舞台にしたオカルト・ミステリだそうで、これは面白そうです。

 『江戸川乱歩大事典』は、江戸川乱歩に関する大事典。執筆者が総勢70人に及ぶという大著です。これは気になりますね。


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最近読んだ本

ハサミ男 (講談社文庫) 文庫 – 2002/8/9


殊能将之『ハサミ男』(講談社文庫)
 少女を狙う連続殺人鬼「ハサミ男」は、第三の犠牲者として選んだ樽宮由紀子を殺す機会をうかがっている最中に、何者かに殺された由紀子の遺体を発見します。ハサミを使ったその殺人方法は、明らかに自分の方法を模倣していました。遺体の第一発見者となった「ハサミ男」は真犯人を探そうと考えますが…。

 連続殺人鬼が自分の模倣犯を探すという、ブラック・ユーモアに富んだ物語です。
 この殺人鬼、多重人格で自殺未遂を繰り返すというものすごい奇人。実際に殺人を犯しているらしい人格の他に「医師」と呼ばれる別人格がいて、この「医師」がメインの人格の行動や自殺未遂について、鋭い意見を挟んでいく…というのが特徴です。
 殺人鬼側の視点と、捜査を進める警察側の描写がカットバックで描かれていくのですが、警察側は犯人の証拠をなかなか掴むことができません。警察側はキャリアの犯罪心理分析官である堀之内と、そのパートナーとして抜擢された目黒西署の磯部を中心に、その捜査が描かれていきます。
 「ハサミ男」が真犯人を探ろうと、犠牲者樽宮由紀子のことを調べていくうちに、由紀子が多くの男性とつきあっていたことやその家族との歪んだ関係などが明らかになっていきます。そしてそんな由紀子の人間性に「ハサミ男」も関心を持つようになる、というのも面白い展開ですね。
 かなり大がかりなトリックが仕掛けられており、その仕掛け的な部分も面白いのですが、殺人鬼の異常心理や、犠牲者の人間性を辿る過程、ブラック・ユーモアに富んだ物語の展開自体も魅力的です。傑作との評価が高いのも頷ける作品でした。



ナキメサマ (角川ホラー文庫) 文庫 – 2020/12/24


阿泉来堂『ナキメサマ』(角川ホラー文庫)
 倉坂尚人の部屋を突然訪ねてきた見知らぬ女性は、高校時代の初恋の相手、葦原小夜子のルームメイトであり、さらに彼女が行方不明であると話します。有川弥生と名乗る女性は、小夜子は両親の死後、親戚のいる稲守村に帰省したまま帰ってこないと言います。
 何らかのトラブルに巻き込まれているだろう小夜子を連れ戻すために、一緒に来てほしいと言われた尚人は逡巡しますが、いまだに小夜子は彼のことを思っているという言葉を聞き、同行することを決意します。
 葦原家を訪れる二人ですが、小夜子の祖父である辰吉は、村の祭り「ナキメサマ」の儀式の巫女として役目が終わるまでは小夜子に合わせることができないと断られてしまいます。葦原家に泊まり、数日後に迫った祭が終わるのを待つことにした二人でしたが、尚人は夜に家の外で、着物を着て奇声を上げる怪物のようなものを目撃します…。

 因習に満ちた村で行われているらしい祭「ナキメサマ」。夜な夜な村を徘徊している怪物が「ナキメサマ」なのか? 祭りとはそれをなだめるための儀式なのか? 主人公の尚人と、後には村を調査に訪れた作家と編集者も加わり、村とその儀式について調べていくことになります。
 「ナキメサマ」の造形もユニークです。対面したら、人間はほぼ確実に殺されてしまうという恐るべき怪物なのですが、その怪物が生まれた由来には哀れむべき事情もあるのです。主人公は怪物を止め、恋人を救い出すことができるのか? また祭りの儀式は何のためにあるのか?
 尚人と小夜子の過去になにがあったのか? ということも含めて、さまざまな謎が提示され、魅力的な作品になっています。
 探偵役としては、主人公はあまり活躍せず、途中から登場する作家の那々木が主に調査役を担うことになるのですが、このあたりも伏線となっているところが上手いですね。
 純粋にホラーとしても面白いのですが、大掛かりなトリックも仕掛けられており、そちらの趣向も非常に面白い作品です。



惑わしの森 Kindle版


飯野文彦『惑わしの森』(祥伝社文庫)
 ライターを生業としていた佐久間正次は、ある小説賞を受賞したことをきっかけに作家専業になることを決意しますが、案に相違して小説はあまり売れず、経済的に困窮していました。旧知の雑誌編集者安東から、自殺の名所として知られる樹海の取材を依頼され、引き受けることになります。
 安東の言葉によれば、これまで人が行かなかった奥地に、新たな樹海が発見されたというのです。また安東は、密かにある伝説の真偽も調べてきてほしいと話します。
 かってコンビを組んでいたこともあるカメラマンの小沢と二人で樹海へ向かった正次は、小沢がろくな道標もない状態でどんどんと進むのに驚きます。また、以前とは異なる小沢の様子にも不審の念を抱きます。奥に進むにつれ、小沢の顔は異様なまでに髭が濃くなっていました…。

 経済的に追い詰められた作家が、樹海の取材をしているうちに奇怪な体験をすることになる…というホラー作品です。舞台が樹海だけに心霊ホラー的な展開になるかと思いきや、意外な方向に進んでいくのが面白いところです。
 主人公の妻が失踪していること、取材のパートナーの小沢の様子がおかしいこと、依頼主の安東にも何か良からぬ企みがあるらしいことなど、樹海の探索が始まる以前に、すでに不穏な状況にはなっており、この時点で登場人物たちの悲劇的な運命を予想してしまうのですが、思いもかけないことが起こり、事態が解決に向かうという、ユニークな展開となっています。ただ一見解決と見えたものの、その裏には本当に解決したといっていいのか分からなくなるような描写もありますね。
 ジャック・フィニィ『盗まれた街』+スタニスワフ・レム『ソラリス』と言うと、何となく雰囲気が伝わるでしょうか。ユニークなホラー作品となっています。



星の国のアリス (祥伝社文庫) 文庫 – 2001/10/1


田中啓文『星の国のアリス』(祥伝社文庫)
 愛する兄の妻との軋轢から、別の星の親戚の家に送られることになった16歳の少女アリス。乗り込んだ宇宙船“迦魅羅”号には、乗組員を始め風変わりな人物ばかりが乗り込んでいました。地球を出航直後、密航者の死体が発見されますが、その死体は全身の血を抜き取られていました。
 船長のゴッパは、殺人が吸血鬼によるものだと断言します。乗客名簿を見たところ、ドラキュラことヴラド公の子孫である男性が乗り込むはずだったというのです。個人的な事情で乗船が中止になったとは聞いていたものの、密かに船に乗り込んだか、もしくは誰かを殺してその人間に成り代わっているのではないかと船長は疑います。次々と殺人は続き、乗船した人間たちは互いに疑心暗鬼になっていきますが…。

  航行中の宇宙船内で、吸血鬼の仕業としか思えない殺人が起こるという、SFホラー作品です。航行中の宇宙船内部で殺人が起こるという、いわゆるミステリで言うところの<クローズド・サークルもの>なのですが、そこに吸血鬼や宇宙人など、SF・ホラー要素を混ぜ込んだユニークな作品です。乗客は何か秘密を抱えたらしき後ろ暗い人物ばかりなのに加えて、乗務員も中毒患者や異常性格者ばかり。
 まともな捜査もままならないうちに、どんどんと人が殺されてしまいます。主人公的な視点で描かれ、一見犯人ではありえないように見えるアリスにも、怪しい点が見え隠れします。誰が吸血鬼で誰が殺人犯なのか? あまりに意外すぎて、この真相を見抜くのはほとんど不可能なのではないでしょうか。
 登場人物が皆変人すぎて、誰が犯人でもおかしくないように見えるのに加えて、あまりに意外な方向から真相がやってくるので、唖然としてしまいますね。
 殺人の犠牲者の中に異星人も混じっているのですが、この異星人殺害後の死体の処理方法がグロテスクすぎて、こちらにも驚かされます。
 この著者らしくエログロ場面も多いので、好き嫌いは分かれそうですが、これはミステリとして見ても秀作といっていいのでは。



書きたい人のためのミステリ入門 (新潮新書) 新書 – 2020/12/17


新井久幸『書きたい人のためのミステリ入門』(新潮新書)
 ミステリに長らく関わってきた編集者である著者が、ミステリの書き方の作法を紹介するのと同時に、ミステリ入門的な内容を盛り込んだ本です。
 「ミステリ」とはどんな小説か、といった基本的なところから、伏線の張り方であるとか、ミステリにおけるリアリティ、世界観の設定など、さまざまな点からのアプローチがされているのですが、それぞれのアドバイスが非常に実用的なのが特徴です。
 印象に残ったのは、伏線について語った部分。伏線を多数盛り込んだとしても、読者はほとんど覚えていない、それよりもビジュアルとして印象に残る伏線を残せ、というアドバイスはなるほど、という感じです。
 あと、特殊設定ミステリに関する章も面白いです。さまざまな現実離れした世界を作っても、その世界でしか起こり得ない物語を作れなければあまり意味がない、という指摘も参考になりますね。
 タイトルから創作作法的な本だと思われがちですが、純粋に読み物としても面白いです。独特の「型」の多いジャンルだけに、読者として知っておくと面白い内容が載っています。
 「ミステリ」の重要な要素の一つである「謎」についても、それが解けない特殊なタイプの物語<リドル・ストーリー>などについて触れているのも、視野が広いですね。



天帝少年 中村朝短編集 (ビームコミックス) コミック – 2020/9/12


中村朝『天帝少年 中村朝短編集』(ビームコミックス)
 SF・ホラー・ファンタジーなどの色彩が濃い短篇を収録した漫画作品集です。
 泥棒に入った少年がその家の住人が書いていた小説原稿を見つけ夢中になるという「きみが小説家をみつけたら」、廃屋の屋敷から白髪になった男子高校生4人の死体が見つかったことから恐るべき真実が明らかになるという民俗学的ホラー「白件」、中国の神トウテツと人間の間に生まれ、あらゆるものを食べてしまう少年を描いた「トウテツの子」、生まれつき味を感じない少年が他人のために料理をするという「三弦巻き」、住人を幸せにしようとする座敷童とその部屋に越してきた少年の奇妙な共同生活を描く「流行り神プロトコル」、決まりきった日常に意味を見出せない少年が、鳥のような少女を連れた謎の少年と出会う「天帝少年」の6篇を収録しています。
 それぞれの短篇、冒頭に提示された物語だけでも純粋に面白いのですが、それらがクライマックスで思わぬ展開を見せ、真実の物語が明らかになる…という構造になっているものが多く、その芳醇さに驚かされます。
 例えば「流行り神プロトコル」。表面上、提示されるのは、部屋に住み着いた座敷童がそこにやってきた無愛想な少年を幸せにしようとする物語、なのですが、最終的にはそれとは全く異なる物語が現れることになります。
 また表題作「天帝少年」では、日常に倦んでいる少年が、異世界から来たらしき鳥の少女を連れた少年と出会い、それこそが自分の運命だったと考える物語なのですが、日常だと思っていた世界がそうではなく、主人公ですら別の人物だった…という、捻った構造の物語になっています。
 他の作品も多かれ少なかれ、そうした複雑な層を持つ物語となっていて、その描かれ方が非常に上手いのですよね。また作品自体の雰囲気も素晴らしい。短篇漫画集で、こんなに上手いなあ、と思わされた作品集は久しぶりです。



ダンピアのおいしい冒険(2) コミック – 2020/12/14


トマトスープ『ダンピアのおいしい冒険2』(イースト・プレス)
 17世紀に実在した探検家・博物学者ウィリアム・ダンピアの生涯を漫画化した作品の第二巻です。
 二巻では、前巻で船長のクックを失った後のダンピア一行の苦難が描かれるほか、少年時代から青年時代に至るダンピアの下積み時代が描かれます。一巻では目立っていた、珍奇な風物や変わった動植物の料理場面などは控えめですね。
 二巻のメインは、貧しい家庭に生まれたダンピアが、学問を志すも家庭環境から断念し、その代わりに仕事を通して博物学の魅力に目覚めていく過程が描かれる部分でしょうか。もちろん初めから上手くいくわけでなく、奉公でつまらない作業をやらされたり、乗り込んだ海軍船で死にそうになったりもします。
 とくに海軍の船で働くパートでは、船の劣悪な環境や勝ち目のない戦いに挑む上官など、かなり悲惨な生活も描かれていますね。倉庫の腐った食料が描かれるシーンは強烈です。1巻同様、野外での魅力的な料理シーンももちろんあります。島に住む鳥ブービーの肉や卵を使った料理シーンは、とても魅力的に描かれています。



日野日出志 トラウマ! 怪奇漫画集 単行本(ソフトカバー) – 2020/11/16


寺井広樹著、日野日出志監修『日野日出志 トラウマ! 怪奇漫画集』(イカロス出版)
 日野日出志のショッキングな作品の中でも、さらにトラウマになりそうな作品をセレクションした短篇集です。
 収録作は、「水の中」「地獄の子守唄」「はつかねずみ」「ウロコのない魚」「あしたの地獄 ―地球発2020―」「二階屋の出来事」
 日野日出志作品、個人的に読んでいない作品が多いので、この本の収録作も全て初読でした。確かに強烈に後を引く、トラウマレベルの作品が多いです。特に印象に残ったのは「水の中」「はつかねずみ」「ウロコのない魚」でしょうか。
 「水の中」は、交通事故で四肢を失い醜くなってしまった少年が、母親に面倒を見てもらいながら暮らしていたところ、水商売を始めた母親からだんだんと虐待されるようになる…という物語。
 少年の顔面が怪物じみた描写をされているのが強烈です。母子が迎える結末は悲惨なものにも関わらず、妙に叙情的に閉じられる幕切れが印象に残ります。
 「はつかねずみ」は、少年がペットショップからもらってきたはつかねずみが段々と巨大化し、とうとう家族全員がねずみによって支配されてしまう…という物語。
人間を食い殺したりと、ねずみの凶暴さが強烈です。
 「ウロコのない魚」は、たびたび自分が刺されたり殺されたりする幻覚を見続ける少年の物語。夜には恐ろしい悪夢を見るものの、その内容は思い出せないのです…。
 タイトルのウロコのない魚は奇形の魚で、幻覚にも登場するものの、物語の本筋には特に関係のないあたりも面白いですね。
 W・F・ハーヴィーの「炎天」に似ている、と言うとオチが割れてしまうでしょうか。この本、収録作品ごとに作者との対談が載っていて、実際インタビュアーが「炎天」の影響があるのか聞いていますが、読んだことはないそうです。



洋書ラビリンスへようこそ 単行本 – 2020/11/27


宮脇孝雄『洋書ラビリンスへようこそ』(アルク)
 著者が読んだ洋書のレビューを集めたブックガイドです。20世紀半ば以降の現代文学作品がメインに紹介されています。
 作品の一部が原文で取り上げられている部分がありますが、ちゃんと試訳が付けられていますし、作品のあらすじや概要も分かりやすくまとめられています。基本的に、洋書がまったく読めない読者でも、楽しめるようになっています。
 また、文章の初めは毎回興味を引くような話題が取り上げられており、エッセイとしても滋味のあるものになっていますね。
 過去のレビューを集めているとのことで、すでに翻訳が出ている本もありますが、それらも含めて面白そうなタイトルがたくさん集められています。
 主流文学だけでなく、SF・幻想文学方面の作品も多く取り上げられているのも魅力ですね。作家名を挙げると、ジェフ・ライマン、ロアルド・ダール、ラムジー・キャンベル、アンジェラ・カーター、スパイダー・ロビンスン、シャーリイ・ジャクスン、シオドア・スタージョン、トマス・リゴッティなど。
 まだ日本で未紹介の作家の中では、ケルト系の幻想作家だというリース・ヒューズがちょっと気になりました。
 小説以外にも、評論・ノンフィクション・エッセイ・旅行記なども取り上げられており、こちらも面白いです。なかでは、世界の破滅をテーマにした映画ばかりを集めたガイド本『ミレニアム・ムービーズ』(キム・ニューマン 未訳)が興味深いです。
 こちらは未読なのですが、著者の前著である『洋書天国へようこそ 深読みモダンクラシックス』では、モダンクラシックス(19世紀半ばから20世紀半ばにかけての英語の古典文学)がメインだそうで、こちらはほぼ翻訳のある古典作品紹介になっているようです。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

ブログ開設15周年
 2月7日をもって、このブログを開設してから、ちょうど15周年になります。
 細々とですが、なんとか続けてくることができました。いつも応援してくださる読者の方々には、あらためてお礼を申し上げたいと思います。

 ネットもすっかりSNS主体になってしまい、こちらのブログにコメントをくださる方もめっきり減ってしまいました。
 ホームページやブログがまだ主流だったころは、読書感想サイトや本の紹介ブログも沢山あり、賑わっていた印象がありますが、最近ではこの種のサイト・ブログも少なくなりました。
 ただ現在でも、まとまったレビューを読みたいとか、特定のジャンル作品を探したいとか、そうした用途に関しては、このブログもまだまだ需要があるのかな、という気もしています。
 また、このブログの方針として、古い作品やマイナーな作品の感想を優先的に上げるようにしてきました。ネットで探しても全然内容や感想が見つからない、といった珍しい作品の感想やレビューに関しても、多少お役に立てるのではないかと思っています。

 以前にも書いたと思うのですが、ここ数年、利用者の減ったホームページやブログサービスがまるごとサービスを終了してしまい、更新の止まっていたページがそのまま消滅してしまう、ということが続いています。
 そうしたページが消えてしまうのは、もったいないな、とよく思います。本に関しての文章は、時間が経っても古びるものはそんなにないと思うので、そうした更新の止まったページやブログも何らかの形で残していけないのかな、とはよく考えています。

 5年前、10周年を迎えたころから、ブログだけでなく、何か新しいことができないかと考え始めました。
 もともとブログでも中心的に取り上げていた怪奇幻想ジャンルを中心に据え、twitter上でのファンクラブ「日本怪奇幻想読者クラブ」を結成したり、オフラインの読書会「怪奇幻想読書倶楽部」で同好の士と交流したり、はたまた同人誌を何冊か作ったりもしました。
 いろいろ活動してみて思ったのは、怪奇幻想ジャンルのファン層は思った以上に沢山いるんだな、ということでした。ミステリやSFと異なり、このジャンルのファン層というのは、あまり表だってこのジャンルを愛好していることを公言しない(しにくい?)傾向にあるのかなという気もしています。
 twitterの「日本怪奇幻想読者クラブ」や、読書会「怪奇幻想読書倶楽部」では、少しながらそういう傾向を崩せたのではないかなと思っています。

 同人誌活動も含め、怪奇幻想ジャンル作品を広めることが個人的なライフワークになりつつあり、そうした面からも、これから新しいことができたらなと考えています。
 ブログも変わらず続けていきたいと思っていますので、これからもよろしくお願いいたします。




プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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