怪奇小説やホラー小説を読んでいて、気分が憂鬱になることは稀です。題材に超自然的な要素が使われていても、それが表層的なものにとどまる限り「楽しむ」ことができるからです。エンタテインメントとして書かれた作品なら、なおのこと、その傾向は強いでしょう。 しかし時折、こちらの心をえぐるような作品に出会うことがあります。18世紀ドイツの作家、C・H・シュピースの『侏儒ペーター』(波田節夫訳 国書刊行会)もそんな作品のひとつ。読んでいて息苦しくなるような作品です。 舞台は13世紀のドイツ。若くして城主となった青年ルードルフは、狩りに明け暮れ、女性とは縁のない生活を送っていました。そんな彼の前に、小人の老人が現れます。先祖代々、一族の前にあらわれるこの老人は「ペーター」と呼ばれ、一族の守護霊とみなされていました。ペーターは、ルードルフに女性への興味をかきたてます。やがてレギーナという令嬢と恋に落ちたルードルフは、彼女との結婚を望みます。 ペーターの策略により、レギーナの父親との軋轢を引き起こしてしまったルードルフは、レギーナと駆け落ちをしようと考え、実行します。しかし貞操を傷つけられたと考えたレギーナは、自害してしまいます。 後悔の念にとらわれるルードルフでしたが、その後も、知り合う女性と恋に落ちるたびに相手の女性を不幸にし、死に至らしめてしまうのです。倫理観の麻痺したルードルフは、悪事を働くのに何の呵責も覚えなくなっていきます…。 18世紀の作品ということで、いわゆる「ゴシック・ロマンス」に分類される作品ですが、読んでいて目を引くのは、その徹底した暗さと救いのなさです。 悪魔の手先ペーターにそそのかされて、悪事を重ね続けるルードルフ。最初は純粋だったルードルフが悪事を重ねるにつれ、ペーターさえ驚くような犯罪に手を染めていきます。彼の欲望のままに、善人も悪人も次々と死んでいくのです。その徹底ぶりは、現代の犯罪小説そこのけ。 死んだと思われていた人間が生きていたという「ご都合主義」が何回も現われるのですが、それさえもさらなる殺人・惨事を起こすための題材に過ぎない、という徹底ぶりです。 悪事の原因は、主人公をそそのかす悪魔にあるとはいえ、悪事を行う決断をするのはあくまで主人公であるルードルフです。そこに人間の欲望やエゴを読み取ることもできるという点で、心理小説としての一面も持っています。 ただ、陰惨なだけの作品になっていないことも記しておくべきでしょう。ヨーロッパ、アフリカ、中近東と次々に移り変わる舞台、魔女によって塔にとらえられたり、サルタンの囚人になったりと絶え間なく起こる事件。物語はサスペンスたっぷりで、読者を飽きさせません。 正直、読んでいてその残酷さ、やり切れなさに最後まで読めない人もいるかと思います。まさに「暗黒小説」といっていい作品です。その意味で、現代でも、いまだ強烈なインパクトを持った作品といえるでしょう。覚悟して読むことをお勧めします。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
|