FC2ブログ
同人誌『イーディス・ネズビット・ブックガイド』刊行のお知らせ
 新しく、同人誌を作成することにしました。タイトルは『イーディス・ネズビット・ブックガイド』。『砂の妖精』や『宝さがしの子どもたち』などの作品で日本でも知られるイギリスのファンタジー作家、イーディス・ネズビット(1858-1924)の邦訳作品を、まとめてレビューしたガイド本です。

 児童向け作品のほか、アンソロジーや雑誌に訳載された短篇(主に大人向けの怪奇幻想小説)、ネズビットによるシェイクスピアの再話集、ネズビットの研究書などについても触れています。ネズビット邦訳書の書影ギャラリーのコーナーも付けています。
 付録として、ネズビットのフォロワー作家であり、非常に似た作風の作品を残したアメリカの作家、エドワード・イーガーの邦訳作品のレビューも付けています。

 ページ末尾に、表紙と目次、本文のサンプルページの画像を付けていますので、ご参照ください(画像はデータ段階のものですので、本の現物そのものではありません)。

仕様は以下の通りです。

『イーディス・ネズビット・ブックガイド』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:60ページ(表紙除く)
表紙印刷:CMYKフルカラー
本文印刷:モノクロ
表紙用紙:マットコート220K
本文用紙:書籍用紙90K(クリーム)
※書影26点を掲載

内容は以下の通り。

まえがき

●児童向け作品
『砂の妖精』
『火の鳥と魔法のじゅうたん』
『魔よけ物語』
『アーデン城の宝物』
『ディッキーの幸運』
『魔法の城』
『魔法!魔法!魔法!』
『ドラゴンがいっぱい!』
『メリサンド姫 むてきの算数!』
『国をすくった子どもたち』
『緑の国のわらい鳥』
『きみのいきたいところ』
『かがみのなかのぼうや』
『おひめさまとりゅう』
『王女さまと火をはくりゅう』
『まほうだらけの島』
『宝さがしの子どもたち』
『よい子連盟』
『鉄道きょうだい』

●短篇作品
「あずまや」
「影」
「ハーストコート城のハースト」
「すみれ色の車」
「約束を守った花婿」
「三番目の霊薬」
「大理石の躯」
「ドゥ・ララ教授と二ペンスの魔法」
「最後のドラゴン」
「白いねこのひみつ」
「闇の力」
「気高い犬」
「染めもの屋の犬」
「セミ・デタッチドハウスの怪」
「ごちゃまぜ鉱山」

●再話集
『ロミオとジュリエット』

●研究書
『イバラの宝冠 イギリス女流児童文学作家の系譜5』

●ネズビット邦訳書表紙ギャラリー

●付録
エドワード・イーガーのファンタジーを読む

あとがき


以下の、書肆盛林堂さんのページで通信販売をしていただいています。
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/

 今回の同人誌、少部数の予定なので、お早めにお買い求めいただければと思います。

hyoushi_Nesbit.jpg Nesbithonbun3-4.jpg
Nesbithonbun6.jpg Nesbithonbun13.jpg
Nesbithonbun37.jpg Nesbithonbun47.jpg


掲示板
コメント欄を掲示板代りに使っています。何か書き込みくださるとうれしいです。ブログ右側にメールフォームも設置しましたので、コメントとして残したくない方は、そちらもご利用ください。

テーマ:その他 - ジャンル:その他

月の姫の物語  エリザベス・グージ『まぼろしの白馬』

 幻の動物たち、呪われた一族の伝説、引き裂かれた恋人たち…。
 エリザベス・グージの長篇『まぼろしの白馬』(石井桃子訳 福武文庫 1946年発表)は、一族の悲願を託された少女が幻想的な冒険を繰り広げる、ロマンティックなファンタジー作品です。

 両親を失った少女マリア・メリウェザーは、家庭教師で親代わりのヘリオトロープ先生、飼い犬のウィギンズとともに、またいとこであるベンジャミン・メリウェザー卿が住むムーンエーカー館に引き取られることになります。
 好人物のベンジャミン卿と仲良くなったマリアは、古い館や周囲の自然の素晴らしさにも感銘を受けます。館での生活を楽しむマリアでしたが、ある女性に関してメリウェザー卿に悲しい過去があったらしいこと、そして村の老牧師から、数百年前にメリウェザー家の当主ロルフ卿と敵対関係にあった「黒ウィリアム」との間に激しい争いがあったことを聞きます
 「黒ウィリアム」の領地を奪うために彼の娘「月姫」と結婚したロルフ卿は、妻を心から愛するようになりますが、「黒ウィリアム」が再婚して跡継ぎの息子が生まれたことから、妻との間はこじれてしまいます。やがて「黒ウィリアム」と息子の行方が知れなくなったことから、ロルフ卿が手を下したと信じ込んだ「月姫」は姿を消してしまったというのです。
 代々のメリウェザー家の女性もまた「月姫」と呼ばれ、その力で呪いを解くことができると言われていましたが、まだそれを果たした女性はいません。
 ベンジャミン卿の領地を荒らす黒い男たちが、かっての「黒ウィリアム」の子孫ではないかと考えたマリアは、友人となったロビン、館を守る巨大な獣ロルフたちとともに、平和をもたらすために奔走することになりますが…。

 数百年前の一族同士の因縁から争いが続いてきた土地にやってきた少女が、その因縁を断ち切るために活躍すると言うファンタジー作品です。この伝説が非常にロマンティックで、争いの当人たちが善人ではなかったにしろ、すれ違いによって悲劇が起こってしまうのです。
 両家の争いの犠牲者ともいえる初代「月姫」、そしてその血を引く代々の女性も解決できなかったことを、マリアは解決できるのでしょうか? 純真で善意に満ちたヒロイン像が魅力の一つになっていますが、物語を彩る登場人物や舞台も非常に魅力的です。
 数百年を経た古城、鬱蒼とした森と住み着いた悪漢たち、隠された秘宝、現代まで続く呪いと伝説、運命によって引き裂かれた恋人たち…。これでもかとばかりに放り込まれたロマンティックな要素が物語を彩っています。

 本筋である一族同士の和解の他に、いくつかの恋愛物語も進行していきます。ヒロインのマリアとロビンの恋の他にも、ベンジャミン卿とヘリオトロープ先生、それぞれの恋人たちの再会も描かれており、そちらのエピソードも面白いですね。
 タイトルにもなっている幻獣「白馬」や、巨大な獣ロルフ、他にも幻想的な生物ではないものの、犬や猫、ウサギなど、様々な動物が登場し活躍するのも魅力です。
 主人公たちだけでなく、脇役に至るまでそれぞれの過去と厚みを持った人間として丁寧な人物描写がされており、それは悪役たちも例外ではありません。ヒロインの純粋さによって、全ての人間に幸福がもたらされるという結末も、非常に後味が良いですね。

 ロマンティック・ファンタジーの極致のような作品なのですが、その過剰なほどのロマンティックさが全然嫌味になっていないところも魅力でしょうか。作品のメインモチーフとなっている「月姫」伝説は特に魅力的です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ジュースキントの日常世界  パトリック・ジュースキントの中篇小説を読む
 奇想に満ちた長篇幻想小説『香水 ある人殺しの物語』(文春文庫)で知られるドイツの作家パトリック・ズュースキント(ジュースキント)。『香水』とは異なり、彼の中篇には幻想的な要素は薄いです。ただ、奇矯な登場人物が繰り広げる物語は、日常を舞台にしていても、奇妙な味わいが強いですね。
 単行本として刊行された中篇『鳩』『ゾマーさんのこと』の二作品について、見ていきたいと思います。



パトリック・ズュースキント『鳩』(岩淵達治訳 同学社)

 数十年来、銀行の警備員として勤める初老の男性ジョナタン・ノエルは、何十年もかけて自分のアパートの部屋を住み心地の良いものにしていました。部屋を完全に自分のものとするために、家主のラッサール夫人にかけあい部屋を購入することにします。費用もすでに大部分払い込んでいました。
 ある朝、ドアを開けたジョナタンは、廊下に鳩がおり、床中が糞だらけになっていることに気がつきます。仰天して部屋に逃げ帰った彼は絶望し、もうこの部屋に帰ってこられないとまで思いつめます。何とか仕事に出たジョナタンでしたが、一日を通して動揺から失敗を繰り返してしまいます…。

 身寄りもなく数十年以上、一人暮らしを続ける初老男性が、居心地の良い落ち着いた部屋を作り上げるものの、何の変哲もない鳩に驚いてしまったことから、自信をなくし、生きる気力までを失ってしまう…という物語です。
 きっかけは「鳩」ではあるものの、「鳩」そのものが主人公の世界を崩壊させる原因というわけではありません。その後の数回に渡る失敗の度に、主人公は自らのちっぽけさを認識し、自己嫌悪に悩まされてしまうのです。

 劇的な事件は全く起こらず、起こるのは主人公ジョナタンのちょっとした失敗とそれに伴う自己嫌悪だけ、という地味な作品ながら、主人公のささやかな幸せが戻るのかどうか、読んでいてハラハラドキドキしてしまうという、妙なサスペンス感があります。

 舞台は1984年のパリに設定されていますが、主人公が味わう苦難やそれに対する思いには、普遍的なものが感じられます。「こんなことってあるよね」という、人が日常生活で感じるような、ある種、身につまされる部分が魅力でしょうか。




パトリック・ジュースキント『ゾマーさんのこと』(池内紀訳 文藝春秋)

 村一番の変わり者ゾマーさんは、人々が知る限りずっと昔から村の周囲を一日中歩き回っていました。ステッキとリュックサックを欠かさず、雨の日も雪の日も歩き続けているのです。人々が話しかけてもろくに返事もしません。少年の「ぼく」は、たびたびゾマーさんを目撃することになりますが…。

 「変人」のゾマーさんの様子を背景に、少年の成長の過程が挟まれてゆくという異色作品です。
 クラスメイトの少女への淡い恋、ピアノ教師とのユーモラスなやりとりなど、少年の日々が描かれる部分はごく普通なのですが、その一方、主人公が目撃するゾマーさんのパートはどこか暗さに満ちています。
 単純な変わり者ではなく、彼自身が非常に苦しんでいるのを目撃してしまった少年は、奇しくもゾマーさんの最期を見届けることにもなるのです。

 ゾマーさんの行動の理由は明確には明かされず、最後まではっきりしたことはわかりません。不思議な静寂に満ちた作品で、どこか心に残る作品ですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

幻想の航海  ロバート・ネイサン『夢の国をゆく帆船』
yumenokuniwoyukuhansen.jpg
 ロバート・ネイサン『夢の国をゆく帆船』(矢野徹訳 ハヤカワ文庫NV)は、気弱な大工が自分の作った車輪付きヨットに乗り込み放浪の旅に出る…という、都会派ファンタジー作品です。

 ニューヨーク市ブロンクスに住む中年男性ヘクター・ペケットは、気弱な性格の大工でした。かかった分の費用の請求も上手くできない彼に対して、妻のサラは不満を抱いていました。そんなペケットの唯一の楽しみは、庭で自ら作り上げたボート<サラー・ペケット号>に乗り空想を楽しむこと。
 もともと防水処理も竜骨もないボートは水に浮かべることはできません。ボートを役立たずだと考えるペケット夫人は、夫に黙って、知り合いの肉屋のシュルツに売店としてボートを売ることを決めてしまいます。
 船の権利を売ってしまったことを聞かされたペケットは、最後に船の中で過ごすことにしますが、移動用の車輪がつけられていたこともあり、船は勝手に風に乗って動き出します。やけになっていたペケットは風に吹かれるまま、そのまま放浪の旅に出かけることになりますが…。

 車輪が付いた「船」で陸上を放浪する男を描いた、ファンタスティックな作品です。うだつのあがらない生業と高圧的な妻との生活に嫌気が差した大工の主人公は、風の吹くままに旅に出ることになります。
 その道中で、孤独な若いウェイトレスや放浪していた歯科医、後には農場で預かった子牛など、旅の道連れも徐々に増えていくことになります。
 もともと経済的な蓄えもろくになく、やけで飛び出した旅だけに、すぐに彼らの旅は行き詰ってしまいます。しかしその短い旅の間に、彼らの人生観に対する考えの変化、そして乗組員同士の恋愛なども芽生え、彼らの人生が変化することにもなるのです。

 主人公ペケットの行動は、風変わりでありエキセントリックではあるのですが、彼を描く著者の視線は非常に優しくなっています。ペケットと旅を共にすることになるウェイトレスのメリイ、歯科医ウイリアムズもまた、彼の純真さと旅の魅力に囚われて、人生を変えられることになります。

 旅自体は失敗に終わってしまうだろうことが、作品前半から予感されているのですが、それでも人生は捨てたものではない、というメッセージが全体に伏流していて、非常に後味のよい作品になっています。
 絶望的な状態に追い込まれてしまう主人公ペケットにもまた、最終的な「愛と救い」が用意されています。「大人のおとぎ話」と言うにふさわしい作品ではありますが、「おとぎ話」には終わらないリアルな感触が魅力ですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怖がる人々  クリス・プリーストリー<怖い話>シリーズ
 イギリスの作家、クリス・プリーストリー(1958~)による<怖い話>シリーズは、連作短篇集3冊と長篇1冊が邦訳されています。児童書として書かれた作品ですが、どれも恐怖度が高く、大人が読んでも楽しめる作品集になっています。順に見ていきましょう。



クリス・プリーストリー『モンタギューおじさんの怖い話』(デイヴィッド・ロバーツ画 三辺律子訳 理論社)

 少年エドガーは、子供が苦手な両親から、親戚であるモンタギューおじさんの家に遊びに行くように言われていました。おじさんはかなり上の世代で、両親も正確にはどんな関係にあたるのかも分かりません。
 やがて森の中の先にあるおじさんの家に着いたエドガーは、おじさんから話を聞くことになります。それはことごとく、恐ろしい経験をしたという子どもたちの物語でした…。
 もはや何歳かも分からないという、遠縁のモンタギューおじさんから、怖い話を聞かされる少年を描く怪奇小説です。
 それぞれ趣向は異なるものの、大抵において、わがままだったり、いたずら好きだったりと、性格の悪い少年少女たちが、禁忌を犯したために、不幸な目に会う…というパターンの物語が多いです。
 不幸な目といっても、そのほとんどが死んでしまったり、それに近い状態になってしまうという意味で、とてもブラックな味わいが強くなっていますね。
 怖いエピソードの前後に主人公エドガーとモンタギューおじさんの会話が挟まれる体裁になっているのですが、話が進むにしたがって、おじさんやおじさんの屋敷、家具、そして使用人など、不穏な点がどんどんと増えていきます。特に、全く姿を見せない使用人フランツの存在感は強烈です。
 最終的には、おじさんがなぜこれらの怖い話を知っているのか? おじさんは何者なのか? といった疑問も含めて、大枠となる物語の謎が明かされることにもなります。

 登ってはいけないと言われる木に登った少年が恐ろしい目に会う「ノボルノ、ヤメロ」、降霊会に訪れた家で塗り込められた元ドアをめぐる怪奇現象が起きる「元ドア」、呪われたベンチ飾りを盗んでしまう少年の物語「ベンチ飾り」、牧師の息子が霊に取り憑かれるという「ささげもの」、目の見えない老婆の家に盗みに入った少年が体験する恐怖を描く「剪定」、三つの願いを叶える額ぶちを手に入れた少女の物語「額ぶち」、父親との旅行先のトルコで精霊に出会う少年を描いた「精霊」、いとこたちとのかくれんぼの中で霊に出会うという「毛布箱」、家を出奔した少年が不気味な化物に追われるという「道」、モンタギューおじさん自身の過去が明かされる「おじさんの物語」が、エピソードとして収録されています。
 どれも面白いのですが、強く印象に残るのは「元ドア」「ベンチ飾り」「額ぶち」などでしょうか。

「元ドア」
 霊媒の母娘のふりをした詐欺で金を荒稼ぎしていた、感化院出身のモードとハリエット。交霊会に訪れたバーナード家で、家の中の物を物色していたハリエットは、その家の娘らしきオリヴィアという少女に出会います。
 彼女から、かっては使われていたものの、塗りこめて使えなくなった「元ドア」の話を聞いたハリエットでしたが…。
 詐欺のつもりでやっていた交霊会に本物の霊が現れ、また詐欺師であるはずの二人には本物の霊能力があった…という皮肉なゴースト・ストーリーです。塗り込められたドア、巨大なドールハウスと、雰囲気抜群の作品です。主人公二人が下層階級出身の詐欺師という設定にはピカレスク小説味もありますね。

「ベンチ飾り」
 たまたま通りがかった行商人の荷物の中に、奇妙なベンチ飾りを見つけた少年トーマスは、それが欲しくてたまらなくなります。盗もうとしたところを行商人の男に見つけられてしまいますが、なぜか男は見逃そうとするようなのです。
 しかも男によれば、その品物は盗まれることでしか手放すことはできないと言うのですが…。
 盗まれることでしか手に入れられない呪われた品物を扱った怪奇小説です。それを持っていると悪魔のささやき声が常時聞こえるようになり、周囲の人々を傷つけてしまうというのです。段々と狂っていく少年の描写が怖いですね。

「額ぶち」
 わがままなクリスティーナは、母親から家の財政が逼迫しており節約をしなくてはならないという話を聞いて不満を募らせていました。母親が競売会で買ってきた金の額ぶちに興味を惹かれたクリスティーナは、自分と同じぐらいの少女の肖像写真がそこに入っているのを見つけます。
 写真の中の少女はクリスティーナが一人になったとき、突然口を聞き始め、何でも願いを三つ叶えてあげようと言いますが…。
 いわゆる「三つの願い」テーマを扱っています。予想される通り、願いの結果はろくなことにならず、ことごとく取り返しのつかない状態になってしまいます。超自然的な現象かと思わせながら、全てはクリスティーナの妄想の可能性もあるように描かれるなど、なかなか複雑な作品になっています。

 この『モンタギューおじさんの怖い話』、ヤングアダルト向けに書かれた作品だそうですが、怪奇現象やそれによって起こる惨劇に関して、本当に容赦がないです。陰惨、といえばそうなのですが、読後感は意外に悪くないのは、やはり「勧善懲悪」的な視点があるからでしょうか。
 不気味ではありながら、どこかユーモアも感じさせる、デイヴィッド・ロバーツの挿絵もいい味を出しています。




クリス・プリーストリー『船乗りサッカレーの怖い話』(デイヴィッド・ロバーツ画 三辺律子訳 理論社)

 断崖絶壁に立つ古い宿屋の子ども、イーサンとキャシーの兄妹は、父親が帰るのを待っていました。立地の悪さにも関わらず繁盛していた宿屋ですが、妻を亡くした後、父親はやる気をなくしてしまい、ろくに客もこなくなっていました。子どもたちにも関心を払わなくなった父親でしたが、突然具合を悪くした二人を心配し、医者に助けを求めるために出かけていたのです。
 嵐の中、ドアが叩かれるのに気付いた兄妹は、訪ねてきた若い船乗りサッカレーを、父親が戻るまでという約束で家の中に入れます。サッカレーは嵐がおさまるまで、自分が知っている「怖い話」を二人に話し始めますが…。

 嵐の中、父を待つ幼い兄妹が、ふらりと現れた船乗りから怖い話を聞く、という大枠の怪奇小説集です。語り手が船乗りということもあり、その話は全て海に関連するエピソードとなっています。

 兄妹と船乗りサッカレーについて語られる大枠となる物語「嵐」、移民船に乗り込んだ若い船員が飛び抜けて美しい少女に恋をするという「ピロスカ」、魔が差して嫌われ者の同僚を海に突き落としてしまった男が不可思議な現象に追い詰められていく「ピッチ」、イレズミを入れるためナガサキを訪れた友人の様子がそれ以降おかしくなってしまうという「イレズミ」、漂流していた純真無垢な少年を助けた船が不運に見舞われ続けるという「ボートに乗った少年」、修行として父親に無理に船乗りにさせられた少年の船が人食いカタツムリに襲われるという「カタツムリ」、双子の兄を衝動的に殺した男が殺したはずの兄の姿を垣間見るという「泥」、海賊船の一員になった少年が乗っ取った船で恐ろしい体験をするという「サル」、港で瀕死の男が持っていたクジラの歯の細工物を拾った船乗りがその細工に呪われるという「スクリムシャーの悪魔」、船内で怪談話に興じる船員たちを描いた「黒い船」、主人公の兄妹の真実が語られる「トリカブト」のエピソードを収録しています。

 幽霊や呪い、怪物など、様々なテーマの「怖い話」が扱われていますが、精神的な怖さよりも肉体的な怖さが中心となったエピソードが多い印象ですね。特に人食いカタツムリが登場する「カタツムリ」、病気を持ったサルが登場する「サル」などでは、肉体的な残酷さや生理的な気色悪さが強調されています。

 作中で一番「怖い」作品を挙げるなら「ボートに乗った少年」でしょうか。ある船が、海に一人漂流していた幼い少年を見つけ救助します。天使のような純粋さを持った少年を船員たちは可愛がりますが、その少年のそばにいる人間はやたらと事故に会い、怪我をしたり、果ては死んでしまうのです。
 しかもそんな目に会いながらも、船員たちは少年に操られるようにただ笑い続けさせられてしまう…という物語。
 船員たちが事故に遭ったり怪我をしたりする、肉体的な損傷が事細かに描かれ、その描写はまるでスプラッター。
 本来、悪魔的な少年が引き起こす精神的な怖さを描くのが主眼であるタイプのお話だと思うのですが、それに加えて肉体的な恐怖をも描く物語になっています。

 あと興味深いのは「スクリムシャーの悪魔」。瀕死の男が持っていたクジラの歯の細工物を手に入れた船乗りが、それを手に入れてから不気味な現象に襲われることになるというお話です。細工物には自分らしき船乗りの画像が彫られており、自分の運命を暗示しているようなのです。
 しかも、手放そうと思っても、体に異変が起こり、手放すこともできません…。
 持ち主の運命が現れる細工物という、一種の「絵画怪談」といってもいいでしょうか。結末のオチも捻られており、非常に面白い作品です。

 兄妹を描く大枠の物語自体もいささか不穏です。いつまで経っても帰ってこない父親、得体の知れない船乗りとその不気味な物語、船乗りの指摘で激高する少年など、何か怪しいことが隠されていることが仄めかされており、その真相は結末の二篇「黒い船」「トリカブト」で描かれていきます。
 話の語り手サッカレーが語る、過去に宿屋を知っていたこと、キャシー(兄妹の妹と同名です)という恋人がいたこと、なども思わせぶりな描写ですね。
 船乗りサッカレーが生身の人間ではないだろうことは、読んでいるうちに薄々分かってくることになります。
 兄のイーサンがサッカレーの語る話について度々口を挟む疑問「当事者が死んでいる話をなぜ語れるのか?」についても「合理的な」解決が示されます。「異界の存在」であるサッカレーの訪問自体が、兄妹にとって重要な意味を持っていたことが分かる結末も見事ですね。

 最後にさらっと、前作『モンタギューおじさんの怖い話』の語り手モンタギューの、若いときらしい姿が現れ、重要な働きをするのも面白いところです。
 前作同様、子ども向けとは思えない、容赦のない筆致の怪奇小説集なのですが、さらに恐怖度・残酷度が上がっており、これは大人が読んでも十分に怖くて面白い作品になっていますね。




クリス・プリーストリー『トンネルに消えた女の怖い話』(デイヴィッド・ロバーツ画 三辺律子訳 理論社)

 19世紀末、父親はボーア戦争に従軍し、継母と共に休暇を過ごしていた少年ロバートは新しい学校へ行くために、列車で一人旅をすることになります。自分に予知能力があると信じている継母は、ロバートに対し、前兆として見た「暗く恐ろしいトンネル」と「キス」に気をつけろと注意しますが、ロバートは取り合いません。
 ある車室に乗り込み少し眠ってしまったロバートが目を開けると、列車はトンネルの手前で止まってしまっており、目の前の席には白いドレスを着た近づきがたい雰囲気の若い女が座っていました。時計は動いておらず、女に時間や名前を訊ねても、彼女ははぐらかしまともに答えてくれません。しかも同じ車室に乗り合わせてた男たちは、目を閉じたまま、一向に目を覚ます気配がないのです。女は、列車が動き出すまでの暇つぶしにと、怖い話を始めますが…。

 少年が、列車で出会った不思議な若い女から怖い話を聞かされるという枠物語です。
 物語の大枠が語られる「列車」、植物研究にのめりこむ父親とそれをよく思わない息子の軋轢が描かれる「温室」、兄弟が畑の中の島のような箇所で謎の生物の骨と槍を見つけるという「島」、新しい勤め先で手に負えない子供に困惑する家庭教師を描いた「新しい家庭教師」、妖精を見たという義妹に憎しみを抱く姉の物語「小さな人たち」、スコットランドの古い信仰を扱った「猫背岩」、精神的におかしくなってしまった少年に恐怖を抱く人形好きの少女の物語「ジェラルド」、狂信的なシスターが子供たちに復讐されるという「シスター・ヴェロニカ」、貧しい少年たちを精神的に支配する少年が謎の殺人事件に遭遇するという「ささやく男」、新しく移り住んだ屋根裏部屋の壁の割れ目に恐怖を抱く少年を描いた「壁の割れ目」、枠物語の真相が明かされる「トンネルの入口」の各エピソードを収録しています。

 収録エピソードは、どれも安定して「怖い」物語で、安心して(というのもおかしいですが)読めますね。
 シリーズの他作品同様、主人公となる子供たちが異常な現象に出会い、容赦ない目に会う(たいていは死んでしまいます)というフォーマットになっています。
 結末はだいたい同じでも、取り上げられているテーマは様々で、お化け植物、封印された怪物、幽霊、妖精、古代の呪い、異次元など、バラエティに富んでいます。

 新しい勤め先で言うことをきかない少年に悩まされる家庭教師を描いた「新しい家庭教師」は、ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』を意識したと思しい作品ですね。

 全体に前半よりも後半のエピソードの方にインパクトが強い作品が多い印象です。「ジェラルド」「シスター・ヴェロニカ」「ささやく男」「壁の割れ目」などのインパクトは強烈です。

 「ジェラルド」は、人形劇に目がない少女エマが主人公のお話。かっては魅力的だったものの、突然精神的におかしくなってしまったという少年ジェラルドが、やたら近づいてくるエマは彼に対して恐怖を抱くようになります…。
ジェラルド自身が不気味な存在で、その時点で充分に怖いのですが、それが伏線でしかなかったという強烈さ。前半に現れる「人形劇」が重要な意味を持っています。

 「シスター・ヴェロニカ」では、いささか狂信的な若いシスターが描かれます。子供たちに容赦のない体罰を加え、自殺に追い込んでしまった子供さえいるというシスターが、子供たちに復讐されるという物語です。非常に直接的な「暴力」が描かれる残酷な作品です。

 「ささやく男」は、都市伝説的な題材を扱った作品。いわゆるエリート階級の息子である少年ローランドは、貧しい少年たちのリーダーとなり、彼らを精神的に支配していました。仲間の少年カッターが死んでいるのを発見した彼らは、カッターは「ささやく男」に殺されたのではないかと話します。
 「ささやく男」などいないと否定するローランドは、もとから彼と反目していたジャックと決裂することになりますが…。
 「ささやく男」の正体が強烈で、これは集中でも一番生理的嫌悪感の強い作品では。

 「壁の割れ目」は「異次元」怪談的作品。新しく引っ越した家の屋根裏部屋が、息子のフィリップの部屋になる予定でした。改装業者のベンソンと助手のトミーは作業中に、壁の割れ目を見つけますが、何度修復しようとしても、そこには割れ目が出来てしまうのです。
 割れ目を覗き込んだフィリップは、外につながっているはずのその割れ目から、別の部屋と、更にその中に男がいることに気がつきます…。
 異次元(?)につながってしまった部屋の割れ目を描く作品です。ラヴクラフト風味もあり、集中でも不気味さの目立つ作品になっていますね。
 主人公が死なないという結末も、プリーストリーとしては珍しいタイプですね(ある意味、死よりもつらい状態になってしまうのですが)。

 枠物語となっている少年ロバートと謎の若い女のお話の真相は、ホラー慣れしている人なら、途中で薄々気付いてしまうとは思うのですが、その怪奇的な雰囲気は絶品で、結末に気付いたとしても、充分に楽しめるかと思います。
 前二作(『モンタギューおじさんの怖い話』『船乗りサッカレーの怖い話』)よりも、主人公の少年ロバートの性格がはっきり出ているのも特徴ですね。読んでいて、怖がりでありながら強がりで、自分を常に優位に立たせたいという自意識の強い少年の姿が浮かび上がってきます。
 このロバート、ホラーやミステリが好きとのことで、スティーヴンソンやブラム・ストーカー、H・G・ウェルズ、オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』、『シャーロック・ホームズ』などの作家・作品が言及されるのも、雰囲気を高めていますね。
 ロバートの祖父が『モンタギューおじさんの怖い話』に登場するモンタギューおじさんと関係があったことが仄めかされるなど、シリーズのくすぐりもあり、そのあたりも含めて、非常に楽しめるエンターテインメント・ホラーの快作となっています。




クリス・プリーストリー『ホートン・ミア館の怖い話』(西田佳子訳 理論社)

 二人暮らしだった母を亡くし、孤児になった少年マイケルは、後見人である資産家スティーヴン卿が、マイケルを引き取りたいと考えていることを知ります。マイケルの父が戦争でスティーヴン卿を救って命を落として以来、彼はいろいろと援助を申し出ていましたが、マイケルの母はそれを素直に受け取ることを拒んでいたのです。マイケルもまたスティーヴン卿に反感を抱いていたものの、母の残した手紙を読んで考えを変えます。
 財産管理を任されているジャーウッドと共に、スティーヴン卿の住むホートン・ミア館に向かったマイケルは、馬車の中から、外にずぶ濡れの女性がいるのに気がつきます。助けを求めていると考え、マイケルは外に出ますが、彼女の姿は見当たりません。見間違いだと言われたマイケルは釈然としないまま館に到着します。
 館には、主人であるスティーヴン卿とその美しい妹シャーロットが住んでいました。スティーヴン卿は神経衰弱のようなものにかかっていました。支配的な父親の元、子供のころから虐げられていた彼は、美しい妻をもらって一時的に幸福になるものの、その妻をも亡くして以来、陰鬱に沈み込んでいたのです。
 やがてマイケルは、館の中で不思議な現象にたびたび襲われることになります…。

 両親を失った少年マイケルが、後見人であるスティーヴン卿に引き取られるものの、その館には幽霊が出現するのみならず、不思議な現象が起こっていることを知る、という物語です。
 マイケルには超自然的な現象を感じ取る能力があるらしく、他の人間には見えない幽霊や現象を見たり聞いたりすることになるのです。たびたび現れる「幽霊」が、スティーヴン卿の亡くなった妻であることを確信したマイケルは、彼女が何かを訴えているのではないかと考え、過去に何が起こったのかを調べていくことになるのです。

 父親の死の原因となった人物ということで、スティーヴン卿に反感を抱いていたマイケルですが、卿の悲しい過去を知るにつれ、彼に同情を抱くようにもなっていきます。またジャーウッドを始め、召使のホッジズなど、少数ながらマイケルに愛情を持って接してくれる人間と触れることによって、頑なだったマイケルの心が少しづつやわらかくなっていきます。その意味で、ある種の成長物語にもなっていますね。

 幽霊が出現したり、怪奇現象が起こったりはするものの、『モンタギューおじさんの怖い話』『船乗りサッカレーの怖い話』など、同著者の怪奇作品のように派手な趣向は抑えられています。陰鬱な館における怪異が丁寧に描かれてゆくという、伝統的なゴースト・ストーリーになっているのです。
 大人になったマイケルが過去を回想する…という形で物語が書かれているのも伝統的なゴースト・ストーリー感を高めています。しかもそれが結末の伏線になっているという演出も見事ですね。

 プリーストリーお得意の、シリーズの別作品が言及されるという趣向もあって、本書ではマイケルが館の図書室で見つけた本のなかに、旅行作家アーサー・ウェイブリッジの名前が言及されます。
 これは、父親との旅行先のトルコで精霊に出会う少年を描いた「精霊」『モンタギューおじさんの怖い話』収録)の登場人物ですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ロシアン・ファンタジー  西周成編訳『ロシアのおとぎ話』

 西周成編訳『ロシアのおとぎ話』(アルトアーツ)を読了。ロシア作家の未訳の珍しい童話作品を集めたアンソロジーです。

ウラジーミル・ダーリ「カラス」
 他の鳥に悪さをするカラスが、鳥たちの裁判にかけられてしまう…という物語。
 嘘をついたりすると酷い目に会う、という教訓要素の強い作品です。

ウラジーミル・オドエフスキー「耳の悪い四人 インドのおとぎ話」
 羊の面倒を見ていた、耳の悪い牧夫は、家に食事に戻るため、羊たちを見てくれるよう、近くにいた番人に頼みます。しかし耳の悪い番人には話が通じていませんでした。
 戻った牧夫は番人にお礼を言いますが、相手は文句をつけていると思い込みます…。
耳の悪い人同時が話をしますが折り合わず、調停人を入れますがその人も耳が悪くて話が通じない…というコミカルな寓話作品です。

ウラジーミル・オドエフスキー「オルゴールの中の街」
 父親が持ってきた飾りのついたオルゴールに魅了された少年ミーシャ。オルゴールを見つめている内に、小さな少年が現れ、彼についていくと、いつの間にか不思議な町の中に立っていました…。
 オルゴールの中の街に入り込んでしまうというファンタジーです。オルゴールの部品である、ベルやハンマー、シリンダーなどが、街の住人として擬人化されているのが楽しいですね。

リディヤ・チャルスカヤ「ふしぎな星」
 エゾリダ姫は、この世にないような不思議な品物ばかりを欲しがっていました。姫に仕える騎士たちは命を懸けて品物を持ってきますが、そのたびに姫はもういらないと突っぱねるのです…。
 人を人とも思わない姫が、誠実な人々を見て改心する、という物語。前半で犠牲になった人々が結局そのまま助からない…という展開もちょっと微妙ですね。

ミハイル・クズミン「金の服」
 とあるシリアの街では雨が降らず渇きに苦しんでいました。主教のもとを訪れた天使は、歌や踊り・服などのはかない楽しみをあきらめる娘がいれば、雨は降ると言い残します。話を聞いた、体の不自由な娘マラが自ら犠牲を申し出ることになりますが…。
 体の不自由な健気な娘が結局役に立たず、華美で美しい娘が街を救う…という、ちょっと逆説的な物語。「自分に必要ないものをあきらめてもしょうがない」というテーマには、なかなか味わいがありますね。

ミハイル・レールモントフ「アシク=ケリブ」
チフリスの街に住む貧しい青年アシク=ケリブは、裕福なトルコ人の一人娘マグリ=メゲリに恋をします。アシク=ケリブは七年間旅をして富を蓄えるつもりだと話すと、マグリ=メゲリは七年後に戻ってこなければ、求婚者と結婚すると答えます…。
 魔法が登場するのですが、それが使われるタイミングが妙だったり、主人公を陥れようとした恋敵が幸せになったりと、ユニークな展開のおとぎ話です。エキゾチックな世界観も楽しいですね。

アレクサンドル・クプリーン「デミル=カヤ 東方の伝説」
 東方で強盗を続けていた盗賊デミル=カヤは、皇帝の軍隊に取り囲まれ命からがら逃げ出した直後に、天使アズライルと出会います。彼によれば、東の地にオアシスとなる旅館を作り、人に尽くせば神に許されると言うのですが…。
 改心した強盗の慈善が思わぬトラブルでふいになってしまいますが、それさえも神の御心のうちだったという、宗教説話的作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

人生を変える旅  アルト・パーシリンナ『行こう!野ウサギ』

 フィンランドの作家、アルト・パーシリンナ(1942~)による長篇小説『行こう!野ウサギ』(ハーディング・祥子訳 めるくまーる)は、仕事や妻との生活に疲れた男が、森で出会った野ウサギの仔とともに衝動的に旅に出てしまうという、ユーモラスなロード・ノヴェルです。

 雑誌記者のヴァタネンは、カメラマンとの取材旅行の途中、林を通る際に車で野ウサギの仔をはねてしまいます。幸い軽傷だった野ウサギを介抱しているうちに、カメラマンはしびれを切らして一人で帰ってしまいます。
 置き去りにされたヴァタネンは、身持ちの悪い妻との生活や仕事について考えた結果、全てを放り出してそのまま衝動的に旅に出ることにします。なつき始めた野ウサギとともに自然の旅を満喫するヴァタネンでしたが…。

 野ウサギとともに気ままな旅に出る中年男性を描いた物語です。「旅」といっても、主人公ヴァタネンがめぐるのは、自然あふれる場所が中心となります。森を散策したり、釣りをしたりと主人公が行うアウトドア生活が細かく描写され、そのあたりも魅力的な部分になっていますね。
 「マスコット」的な野ウサギの存在もキュートです。野ウサギの存在をきっかけに現地の人と親しくなったり、また野ウサギが原因で争いごとが引き起こされることもままあったりと、ウサギそのものが何かするわけではないのですが、エピソードの「点景」として存在感を示し続けます。

 野外生活を繰り返しているうちに、精神的にも若返ったヴァタネンは、ある種怖いものなしになっていきます。酔って問題を起こしたり、現地の人と軋轢を起こしたりと、エピソードが進むにしたがって訴えられた件数が多くなっていき、とうとう逮捕されてしまう、という展開も人を喰っていますね。

 作品全体が細かいエピソードの集積からなっている作品です。主人公に特に決まった目的はなく、楽しみを求めて放浪するという形なので、大きな盛り上がりはない代わりに、それぞれのエピソードが小話・笑話的な魅力を持っています。
 一番盛り上がるエピソードは、後半に現れる熊狩りのエピソード。熊に襲われ助かるものの、逆上した主人公が延々と熊の跡を追っていくことになります。やがてフィンランドの国境を越えソビエト連邦に不法に侵入してしまうのです…。

 主人公以外に多数の人物が登場しますが、一つ一つのエピソードが短いので、あまりレギュラー的な人物は少ないです。ただ、さらっと描かれる人物たちの中でも、フィンランド大統領が偽物だと信じる男だとか、野ウサギが守り神だと信じ込む婦人、動物を生け贄にささげる狂信者など、エキセントリックな人物がちょこちょこと登場するのも楽しいですね。

 本作は1975年に発表された著者の代表作で、海外でも多く翻訳されているとか。一見、大自然の中で生の喜びを取り戻す話、といえば聞こえはいいですが、正直そこまで深いテーマがあるわけでもありません。ただ文字通り「大人のおとぎ話」といった感があり、小味な秀作として面白い作品といえますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

リチャード・ヒューズのナンセンス童話を読む
 イギリスの作家リチャード・ヒューズ(1900-1976)の童話はナンセンスかつシュール、次に何が起こるか分からない魅力があります。二冊ほど童話集の邦訳があるので、内容を順番に見ていきましょう。



リチャード・ヒューズ『まほうのレンズ』(矢川澄子訳 岩波少年文庫)
 原著の『クモの宮殿』『ウラマナイデクダサイ』の二冊からの選集になっています。

 スイートピー泥棒を捕まえようとする庭師の冒険を描いた「庭師と白ゾウたち」、緑色の顔をした男がサーカスから仲間の動物とともに脱走する「みどりいろの顔をした男」、電話を通してかけてきた人がいる場所に移動できる女の子を描いた「でんわからでてきた子」、ガラスの玉の中の国に入り込んだ家族の物語「ガラスだまの国」、クモに連れられて透明な宮殿で暮らすことになった女の子を描く「クモの宮殿」、互いを出し抜こうとする三つの宿屋の物語「三げんの宿屋」、通して覗くと、生物が無生物に、無生物が生物に見えるという魔法のレンズをめぐる「まほうのレンズ」、愛する夫を除いて女王だけが死ななくなった顛末を描く「年とった女王さま」、校長と女教師だけ一人だけの学校が生徒を集めようとする「学校」、思い込みの強いゾウと間の抜けたカンガルーのピクニックを描いた「ゾウのピクニック」、段々とワニに変身してゆくバイクを描いたシュールな物語「ウラマナイデクダサイ!」、学校の教師を引き受けたワニが子供たちを食べようとする「ジャングル学校」、人形と人魚と人間の女の子の三角関係を描いた「ガートルードと人魚」、人形が人間の子供をペットにするという「ガートルードの子ども」の14篇を収録しています。

 元々著者が、知り合いの子どもや自分の子どもたちに対して、即興で作ったお話が元になっているらしく、奇想天外でシュール、お話の面白さを追求した童話集になっています。
 やかんをやわらかく煮て食べてしまうという「ゾウのピクニック」、バイクが段々ワニに変身してゆくという「ウラマナイデクダサイ!」などを読むと、本当に「思い付き」で作ったようなお話です。特に「ゾウのピクニック」の結末は「悪ふざけ」の極致みたいな感じで楽しいですね。
 どれも楽しく読める作品ではあるのですが、非常に完成度が高い作品もいくつか混じっていて、「クモの宮殿」「まほうのレンズ」「ガートルードと人魚」「ガートルードの子ども」などがそれに当たります。

 「クモの宮殿」は、ある日クモに誘われて、彼の住まいである空の上にある宮殿で暮らすことになった女の子の物語。その宮殿はすべてが透明なのですが、唯一カーテンで覆われ中が見えない部屋がありました。クモは定期的にその部屋にこもるのです。女の子はその部屋の謎を探ろうとしますが…。
 お話自体は、昔話によくある「秘密の部屋」をテーマにしてるのですが、その秘密を知った後の展開がシュールな作品です。

 「まほうのレンズ」は、不思議なレンズの物語。小さな男の子は見つけたレンズを通して木でできたウサギを見てみます。すると木のウサギは本物のウサギのように動いているのです。また、レンズを通して両親を見てみると、彼らは木ぼりの人形のようになっていました…。
 通して覗くと、生物が無生物に、逆に無生物は生物に見えるというまほうのレンズを描いた物語です。圧巻は、レンズを通して鏡を見るというシーン。なんと鏡に映ったレンズもただの絵になってしまい、無生物のまま固まってしまう…という展開なのです。ちょっと怖さも含んだ、幻想物語の傑作です。

 「ガートルードと人魚」「ガートルードの子ども」は、動いて話す木の人形ガートルードを主人公にした連作です。
 「ガートルードと人魚」では、持ち主の女の子からひどい扱いを受けたガートルードが家出しますが、旅先で人魚と出会い彼女を連れ帰ります。
 女の子と人魚は仲良くなり、ガートルードが仲間はずれにされがちになる…というお話です。
 「ガートルードの子ども」は、家を出たガートルードが旅先で人間の子どもを売る店から小さな女の子を買い、自分の「持ち物」にする、という物語。
 こちらでは、ガートルードは人間の女の子に対してひどい扱いを繰り返します。前作で自分がやられていたひどいことを今度は自分が人に対してやっているわけで、構図が反転しているといえるでしょうか。二篇とも他人との関係性について考えさせるところがあり、味わいのある作品だといえますね。

 飛びぬけて完成度が高いのは「まほうのレンズ」でしょうか。レンズ幻想小説の傑作といっていい作品で、日本作家で言うと、江戸川乱歩や稲垣足穂のある種の作品に似た味わいがあります。




リチャード・ヒューズ『クモの宮殿』(八木田宣子、鈴木昌子訳 ハヤカワ文庫FT)
 原著の童話集 The Spider's Palace and Other Stories(1931)の全訳です。

 透明な手紙でパーティーに誘われた女の子の物語「ご招待」、電話を通して世界中移動できる女の子を描いた「電話旅行」、通して覗けば生物と無生物がひっくり返って見えるというガラスを描く「魔法のガラス」、平和な心の人しか入れない不思議なガラス玉の中の国を描く「ガラス玉の中の国」、花を荒らすウサギと庭師の争いを描いた「庭師と白いゾウ」 、それぞれ不思議な場所への旅をするヒツジたちを幻想的に描いた「三びきのヒツジ」、空中の透明な宮殿でクモと一緒に暮らすことになった女の子の物語「クモの宮殿」、テーブルの上の「無い」をめぐって展開するシュールな物語「なんにも無い」、緑色の顔の男が仲間とともにサーカスから逃げ出すという「緑色の顔の男」、馬車の旅で様々な人や物を乗せることになるというコミカルな「馬車に乗って」、魔法のボタンのせいで動けなくなってしまった男の子が料理として出されてしまうという「あわてもののコック」、三軒の宿屋が互いを出し抜こうとする「王さまの足屋」、生まれつき暗闇を放つ男の子の物語「暗やみをはなつ子ども」、薬の吸入のし過ぎで巨大化してしまった子供たちを描く「吸入」、犬が言い出した魔法の言葉が世界中に広まってしまうというナンセンス・ストーリー「ピンクと緑の…」、学校を始めよう生徒を集める男女の教師の物語「学校」、クリスマスツリーのおもちゃが一斉に隠れてしまうという「クリスマス・ツリー」、クジラのお腹の中で暮らそうとする女の子と犬の物語「くじらでくらして」、アリに囚われた息子たちを救出しようとする老農夫を描いた「アリ」、年をとっても死ななくなったおきさきを描く「年とったおきさきの話」の20篇を収録しています。

 『まほうのレンズ』(リチャード・ヒューズ 矢川澄子訳 岩波少年文庫)は、この『クモの宮殿』ともう一冊の短篇集からの抜粋なので、結構内容がかぶっています。原著を全訳した、こちらの『クモの宮殿』の収録作の方がナンセンス度が高いでしょうか。

 時間を置かずに再読になりましたが、やはり一番の傑作は「魔法のガラス」。それを通して覗くと、見た生物は無生物に、無生物は生物に変わって見えるという魔法のガラス(レンズ)を描いた物語。どこか哲学的なエッセンスさえ感じるようなシュールな物語です。

 以下、こちらの作品集のみに収録されているものから、いくつかお気に入り作品を紹介しておきます。

 「三びきのヒツジ」は、それぞれのヒツジが冒険の旅に出ますが、気付くと、元の場所で草を食んでいる…という物語。百年間囚われていたりと、それぞれスケールの大きな冒険をするヒツジたちですが、それらがみな「夢」や「幻想」の可能性もある…という幻想的な作品です。

 「なんにも無い」は、テーブルの上に散らかされた物をめぐる物語。その中にあった「無い」をめぐるナンセンスな物語です。「無い」が物質的なものとして扱われるのが楽しいですね。

 「馬車に乗って」は、馬車に乗っているうちに、おじいさん、おばあさん、ツル、のし棒、じゅうたんなどを乗せてやるというお話。やがてそれらの所有者であるおきさきが現れますが…。
 シュールなストーリーで、乗せている物も後半登場するおきさきの役目もよく分からないのが楽しいですね。

 「暗やみをはなつ子ども」は、生まれつき暗闇をはなつ男の子を描いた物語。彼のそばにいると真っ暗になってしまうため、煙たがられる男の子はどうにかしようと手段を探します。逆立ちすると逆に光を放つことを発見した男の子は常時逆立ちすることになりますが…。
 「暗闇をはなつ」という設定がまずシュールなのですが、ひっくり返ると光が出る…というのもまたおかしな設定です。ファンタスティックな方法で男の子の悩みが解決されるという結末も面白いですね。

 「くじらでくらして」は、クジラのお腹の中で暮らすのが快適だと思い込んだ女の子と犬が、クジラの体の中に入り込み暮らそうとします。しかし食べ物も家具もないところから、食べ物や家具をクジラに飲み込んでもらいます…。
 大きなクジラのお腹の中には人間が住めるのではないか?という空想を物語にしたような作品です。消化されてしまわないかなど、もっともな疑問を吹っ飛ばす大雑把な物語展開が楽しいです。

 「アリ」はファンタスティックな冒険物語。
 密猟をしている二人の息子が行方不明になったことから、猟場番人と共に老農夫は彼らを探します。谷間のへこみを通った二人は、いつの間にか体が小さくなっていました。アリたちに拉致された二人が閉じ込められた場所には、二人の息子も囚われていました…。 アリのえさになりかけた四人が智恵を絞って逃げ出す?末を描いています。それぞれ上着の中に頭を突っ込んで一列になり、イモムシのふりをして逃げ出す…というのは何ともシュールですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する