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テーマ:その他 - ジャンル:その他

極彩色の地獄めぐり  オクターヴ・ミルボー『責苦の庭』
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 フランスの作家、オクターヴ・ミルボー(1848-1917)の長篇小説『責苦の庭』(1899)は、魔性の女に翻弄される男を描く「世紀末文学」なのですが、拷問や処刑などの残酷場面が頻出するという、当時としては(今でもなお)強烈な作品です。

 ある知識人たちの晩餐会の席上で、殺人に関する話題が交わされていました。落魄した「あばた面の男」は、自ら持ち込んだ原稿を読み始めます。それは残酷さに満ちた「責苦の庭」の物語でした。
 才能には恵まれていながら、思い切れない性格の「わたし」は何をしても中途半端でした。幼馴染で大臣にまで上り詰めたウジェーヌ・モルタンに泣きつき、仕事を回してもらうものの、どれも駄目にしてしまいます。やがて厄介ばらいをかねて回されてきたセイロンでの学術調査に「わたし」は参加することになります。しかし、旅の途次で出会った美しい女クララに恋をしてしまいます。
 資産家であるクララに一緒に中国に来ないかと誘われ、「わたし」は調査を放って同行します。しかしクララはサディスティックな嗜好の持ち主であり、人の苦しむ姿を見て喜ぶ人間でした。その程度はエスカレートしていき、やがて「わたし」を引き連れ、中国の処刑場に行くことになりますが…。

 作品の構成は大きく三つに分かれています。メインの物語が語られるまでの枠である序章、「わたし」の大まかな人生と「運命の女」クララと出会うまでを描いた第一部、処刑場「責苦の庭」の情景が描かれる第二部です。
 「小悪党」である「わたし」の人生の立ち回りが描かれる第一部は、少々地味な展開ではあるものの、下世話な世界が風刺的に描かれており、これはこれで面白く読めます。ただこの作品の本領はやはり第二部でしょう。クララの趣味による処刑場探索が描かれ、そこは血みどろ・残酷のオンパレード。

 処刑場面がいろいろ描かれるのですが、「単純な」処刑はほとんどなく、わざわざ人を苦しめるような残酷な処刑方法がこれでもかとばかりに並べられていきます。それと同時に、そうした残酷さを楽しむクララという女性の異常性も描かれていくのです。
 本来「悪党」である「わたし」も、クララの異常性に恐れをなしながらも、その魅力から離れられません。しかし度を越したクララの要求に、やがて二人の破綻が近づいてきていました…。

 残酷な刑罰の見学が続く処刑場探索は、ある種の残酷美をもって描かれています。それを示すかのように、処刑場面の合間に頻繁に花の描写が挟まれるのです。花と人間とのアナロジーが描かれていくのですが、そこには妙な様式美が感じられます。
 全体に筋らしい筋はあまりなく、「宿命の女」との「地獄めぐり」といった感じの作品です。ただ第二部、処刑場探索の部分は作者の筆が乗っており、その極彩色の描写には精彩がありますね。江戸川乱歩作品などが好きな方には楽しめるのではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇のひそむ城  シェリィ・ウォルターズ『砂の館』
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 シェリィ・ウォルターズ『砂の館』(小泉喜美子訳 角川文庫)は、長篇ゴシック・ロマン作品です。身寄りのない美女、広壮な館、謎の紳士、不審な女医、閉鎖的な一族、失われた記憶、そして過去の大量殺人事件…。雰囲気に満ちたエンタメ性の高い作品になっています。

 養父母を亡くし、身寄りのない若い女性ティビイは画家を生業としていました。ある日、ティビイの絵に目を留めた紳士ヴィクターから、彼の所有する屋敷<ザ・デューンズ>を保養施設として売り出すにあたり、広告となる絵を描いて欲しいと依頼されます。
 ヴィクターとともに<ザ・デューンズ>を訪れたティビイは、なぜか自分が屋敷に来たことがあるような錯覚に囚われます。彼女は養父母に引き取られる前の幼時の記憶がなかったのです。屋敷に惹かれながらも、過去に屋敷で起こった大量殺人事件の噂を聞いたティビイは不審の念を抱きます。
 屋敷は、大富豪の一族に連なるホートン・デ・ウィンターが建てたものでした。ある時、脱走した囚人たちに襲われた屋敷の住人は皆殺しにされたというのです。その事実をヴィクターはティビイに話していませんでした。
 古くからの住民であり、使用人として働く閉鎖的なボガー一族、謎の研究に打ち込む女医マーナ・クリー博士、そして何かを隠しているらしいヴィクター、ティビイはヴィクターたちには何か他の目的があるのではないかと考え始めますが…。

 解説の文章を借りて、この作品を簡単に表わすなら「怪奇のひそむ城に迷いこんだ若き美女の冒険」ということになるでしょうか。まさにそのとおりの作品なのですが、翻訳の上手さもあり、語り口が非常に上手く、全篇飽きさせません。
 屋敷に滞在しているうちに、何らかの計画を隠しているらしいヴィクターの意図に気付いたティビイが、彼の意図を探っていくようになります。街の人間が話す殺人事件の被害者数と、ヴィクターが話すそれとが異なるのはなぜなのか? やがてティビイ自身の過去にかかわる秘密もまた明らかになります。

 過去の殺人事件の因縁、背後にいる大富豪一族の陰謀、閉鎖的な一族の夫婦と障害のあるその娘、ヒロインの秘められた過去、かっての屋敷の主の秘密など、物語を面白くする要素のてんこ盛りで、「型」にはまりがちなこのジャンルの作品としては、非常に色鮮やか、動きのある物語になっています。
 ムードのある作品で、まさに現代風「ゴシック・ロマンス」といった雰囲気の作品です。ヒロインの推理がひっくり返されたりと、ミステリ的な興味もありますね。かなりの秀作といっていい作品ではないでしょうか。

 小泉喜美子さんの解説にも力が入っています。「ゴシック・ロマン」について、ウォルポール『オトラントの城』から現代に受け継がれているジャンルだということを語る合間に、現代日本の遊び心のなさについて嘆いている部分もあります。
 小泉喜美子流の現代ゴシック・ロマンというべき作品『ダイナマイト円舞曲』について、ろくな反応をもらえなかった…とも書いていますね。
 『砂の館』は本当に面白い作品なので、ぜひ何らかの形で復刊してほしいです。今ならもっと読者がつくと思うのですが。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

モダンホラー1987
 1987年は《モダンホラー・セレクション》など、早川書房がモダンホラー作品に力を入れていた時期です。奇しくも同書房の二大雑誌『ミステリマガジン』『SFマガジン』両方で、モダンホラー特集がされていました。軽く紹介したいと思います。


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『ミステリマガジン1987年8月号』

 「幻想と怪奇特集」として「モダンホラー・ベスト30」の紹介記事が載っています。ランキングは、作家・評論家・翻訳家13人によるアンケートが元になっています。いわゆる「プロ」によるベストですね。
 ベストの内容を挙げておきます。

1.アイラ・レヴィン『ローズマリーの赤ちゃん』
2.クライヴ・バーカー『血の本』
3.スティーヴン・キング『呪われた町』
4.ロバート・ブロック『サイコ』
5.スティーヴン・キング『シャイニング』
6.ジョン・ソール『暗い森の少女』
7.シャーリイ・ジャクスン『山荘綺談』
8.トマス・トライオン『悪魔の収穫祭』
9.シオドア・スタージョン『きみの血を』
10.ディーン・R・クーンツ『ファントム』
11.リチャード・マシスン『地球最後の男』
12.ピーター・ストラウブ『ジュリアの館』
13.ジェームズ・ハーバート『霧』
14.フリッツ・ライバー『闇の聖母』
15.リチャード・マシスン『13のショック』
16.F・ポール・ウィルソン『城塞』
16.リチャード・マシスン『地獄の家』
18.W・ピーター・ブラッティ『エクソシスト』
18.キリル・ボンフィリオリ『深き森は悪魔のにおい』
20.ジョン・ファリス『フューリー』
20.アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』
22.クエンティン・クリスプ『魔性の犬』
23.フランク・デ・フェリータ『ゴルゴタの呪いの教会』
24.ジェフリイ・コンヴィッツ『悪魔の見張り』
25.仁賀克雄編『幻想と怪奇2』
26.レイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国』
26.スティーヴン・キング『デッド・ゾーン』
26.ダフネ・デュ・モーリア『鳥』
29.フェリス・ピカーノ『透きとおった部屋』
30.スティーヴン・キング『深夜勤務』
30.ロバート・ブロック『血は冷たく流れる』

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 「モダンホラー」のベストなので、対象は戦後の作品に絞られています。ただ、この手のベストではバリバリの「新作」はなかなか入ってこないものだと思うのですが、その中でまだ新しかったキング作品がいくつも入っているのは流石ですね。
 あと、リチャード・マシスン作品が複数入っているのは、識者の評価の高さを示しているようです。10位までは今見ても、順当なベストという感じですね。

 ただ、ベストに挙げられている作品、キング作品を除けば、今現在ほとんど入手難になっているのではないでしょうか。そうした点を含めて、今同じようなベストを選んだら、キング以外はがらっと変わるのでは…と思います。シャーリイ・ジャクスンなどはもっと高順位になっていそうですが。
 当時刊行中だったシリーズ《モダンホラー・セレクション》(ハヤカワ文庫NV)の広告ページがあったので、参考に載せておきますね。
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HORROR MAGAZINE (S-Fマガジン1987年7月臨時増刊号 (通巻355号))
『HORROR MAGAZINE ホラー・マガジン』

 『SFマガジン』の1987年7月臨時増刊号として出された号です。一冊まるごとホラー特集で、ファンにはたまらない構成です。
 「10人の恐怖の担い手」として、スティーヴン・キング、ピーター・ストラウブ、ジェームズ・ハーバート、ジョン・ソール、ディーン・R・クーンツ、クライヴ・バーカー、チャールズ・L・グラント、ラムジー・キャンベル、ダン・シモンズ、ショーン・ハトスンが紹介されています。
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 SFマガジン編集部編「保存版 怪奇幻想小説年表」が今でも参考になります。『SFマガジン』だけに、怪奇幻想小説だけでなく「SFおよび主な文学作品」の欄が設けられているのが面白いですね。この欄の作品の大部分も、広義の「幻想文学」に入る作品が多いのではありますが。
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 この号の収録短篇は次の通り。
スティーヴン・キング「箱」
村田基「白い少女」
ピーター・ストラウブ「将軍の妻」
とり・みき「隣の女」
夢枕獏「すいき」
デイヴィッド・マレル「嵐」
チャールズ・L・グラント「秘密」
ダン・シモンズ「黄泉の川が逆流する」
ディーン・R・クーンツ「ひったくり」
ラムジー・キャンベル「身代わり」
栗本薫「猫目石」

 特集・増刊がされているのが、それぞれミステリ・SFの専門誌で、ホラー専門誌が創刊されるわけではなかったところに、当時のホラー小説の置かれた位置を感じないでもありません。

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ブログ開設13周年
 このブログを開設してから、ちょうど13周年になりました。いつも応援してくださる読者の方々には、改めてお礼を申し上げたいと思います。
 3年前、10周年の際にもその旨で記事を書かせてもらったのですが、その頃から少し思うところがあり、何か新しいことができないかなと考えるようになりました。

 結果的にこの3年間は、それまでの10年間よりも変化のある期間になったのではないかと思います。twitterを始めたこと、オフラインの読書会を始めたことなどを通して、ネット上のみならずオフラインでもいろいろな変化がありました。
 最近では、twitter上でのファンクラブ「日本怪奇幻想読者クラブ」の結成も変化の一つといっていいでしょうか

 個人的に一番大きな変化だったのは、読書会「怪奇幻想読書倶楽部」を始めたことです。この読書会では、いろいろな人と知り合うことができました。常連メンバーとは友人として親しくさせてもらい、イベントに一緒に行ったりすることも増えました。
 もともと人見知りということもあり、趣味を通じた友人以前に「普通の」友人自体が数えるほどでしたので、年齢を随分重ねてからこれだけ友人ができたということに自分でも驚いていますし、また嬉しく思っています。
 10~20歳近い年齢の差があったり、バックグラウンドが全く異なっているにも関わらず、対等に友人付き合いができているのは、趣味を介してつながった集まりならではでしょうか。
 「怪奇幻想読書倶楽部」では、常時新しい参加者を募集していますので、ご興味があればご参加いただければと思っています。特に人見知りであるとか、普段あまり人と本の話ができない…というような方にはお薦めしておきたいと思います。

 さて、開設最初はジャンル不定の翻訳もの紹介ブログとして始めた「奇妙な世界の片隅で」なのですが、すっかり怪奇幻想専門になってしまいました。ミステリやSFなどは今でも好きですし、ちょくちょく読むのですが、今では読む本の大部分が怪奇・幻想方面ばかりです。
 思えば、ブログが怪奇幻想方面にシフトしたきっかけは、2009年ごろから始めた<欧米の怪奇小説をめぐって>という記事のシリーズでしょうか。怪奇アンソロジーをまとめて紹介したものでしたが、ブログやサイトで怪奇幻想ものについて書いている人は少なかったこともあり、評判も良かったようです。
 また、ミステリやSFと異なり、怪奇幻想小説に関しては、ネット上の感想や紹介が圧倒的に少ないという事情もありました。絶版が極端に多いジャンルであるがゆえでもあるのですが、ある本の内容を知りたいと思ってもネット上に情報がない…というタイプの本が、このジャンルでは多いように思います。
 その意味で、拙い感想ではありますが、怪奇幻想作品(特に海外もの)のアーカイヴ的な役割が少しでも果たせるといいな…という意図もありました。

 今ではSNSが主流になってしまい、サイトやブログでまとまった文章を書く人も随分減ってしまいました。頻繁にいただいていたコメントも最近はめっきり少なくなり、ちょっと淋しい気もしています。
 僕自身も最近はtwitterに力を入れているところもあるのですが、やはり自分のホームはこのブログにあると思っています。これからも出来うる限り続けていきたいと思っていますので、応援よろしくお願いいたします。
お知らせ
Meets Regional 2019年3月号[雑誌] Meets Regional 2019年1月号[雑誌] Meets Regional 2018年11月号[雑誌] Meets Regional 2018年9月号[雑誌]
 ブログの方ではお伝えしていなかったので、改めてお伝えておきたいと思います。
 昨年の春より『Meets Regional(ミーツ・リージョナル)』(京阪神エルマガジン社)という雑誌に、隔月でブックレビューを載せてもらっています。小さなスペースですが、もしこの雑誌を買われている人がいたら、見ていただけたら嬉しいです。
 今までに取り上げたタイトルは以下のとおりです。

2018年5月号 フィオナ・マクラウド/ウィリアム・シャープ『夢のウラド F・マクラウド/W・シャープ幻想小説集』(中野善夫訳 国書刊行会)
2018年7月号 S・L・グレイ『その部屋に、いる』(奥村章子訳 ハヤカワ文庫NV)
2018年9月号 フリオ・コルタサル『奪われた家/天国の扉 動物寓話集』(寺尾隆吉訳 光文社古典新訳文庫)
2018年11月号 ミック・ジャクソン『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』(田内志文訳 東京創元社)
2019年1月号 エドワード・ルーカス・ホワイト『ルクンドオ』(遠藤裕子訳 アトリエサード)
2019年3月号 ステファン・グラビンスキ『不気味な物語』(芝田文乃訳 国書刊行会)


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レ・ファニュの怪奇小説を読む
 アイルランドの作家、J・S・レ・ファニュ(1814-1873)は、19世紀の怪奇幻想小説の分野では「巨匠」とされる作家の一人です。長編にはゴシック小説の影響がまだ色濃いのですが、短篇においては、ゴシックの影響から抜け出た近代的な怪奇小説を多く生み出しました。

 邦訳は決して少なくないのですが絶版のものが多く、現在手に入る本は、『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)と『ドラゴン・ヴォランの部屋 レ・ファニュ傑作選』 (千葉康樹訳 創元推理文庫)ぐらいでしょうか。
 ただ、怪奇小説アンソロジーとしては常連で、様々なアンソロジーに作品が収録されています。今回は『吸血鬼カーミラ』のほか、アンソロジーに収録された短篇、およびレ・ファニュに関する評論をいくつか紹介していきたいと思います。
なお『ドラゴン・ヴォランの部屋』に関しては、こちらで紹介しています → 「怪奇と幻想のロマンス J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』」)。



吸血鬼カーミラ (創元推理文庫 506-1)
『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)

「白い手の怪」
 「瓦屋根の屋敷」に住むことになったプロッサー夫妻は奇怪な体験をします。彼らの前にたびたび「白い手」が現れるのです。「白い手」は40歳ぐらいの太った男性のものらしいのですが…。

 代表的長篇『墓地に建つ館』(河出書房新社)の挿話の一つを独立させた作品です。「手の幽霊」の最初期の作例といっていいのでしょうか。
 「手」が悪さをするといっても、人を取り殺したりするわけでもなく、動作もどこかユーモラス。幽霊の因果も特に語られません。シュールさもある作品ですね。
 解説には、「手の幽霊」のテーマ作品として、セオドラ・ドライザーの「手」という作品が取り上げられています。邦訳もあります(デニス・ホイートリー編『悪夢の化身』ソノラマ文庫 収録)。


「墓堀りクルックの死」
 村を飛び出したならず者トビー・クルックは、真人間になって村に帰ってきました。墓堀り人になったクルックは十数年間、真面目に暮らしていましたが、ある日教会の鐘の下で死体になって発見されます…。

 作品後半に登場する「悪魔的人物」が不気味ですね。クルックが悪事に手を染めた理由や、改心は形だけだったのかという人間的な側面の興味もあり、面白く読めます。ならず者だったクルックが、過去に何をしたのかという部分もはっきりとしないため、結末の不気味さも引き立っています。


「シャルケン画伯」
 才能のある若き画家シャルケンは、師であるゲルアルド・ドウの姪ローザと将来を言い交わした仲でした。しかし、ヴァンデルハウゼン卿と名乗る男から巨額の金の代りにローザを嫁にと求められたドウは、金に目がくらみローザを男にやってしまいます…。

 よくある悲恋物語かと思いきや、後半の展開は強烈。ローザの運命に対しての説明や因果も明確に描かれないため、恐怖感が増しています。「モダンホラー」に近い味わいの、近代的怪奇小説といっていいのでは。

 ちなみに作品の主人公となっている、ゴドフリ・シャルケン(ゴッドフィールド・シャールキン)(1643-1706)は実在したオランダの風俗画家です。ろうそくで照らされた暗い画面構成の絵を得意とした画家で、その画風には魅力がありますね(参考にシャルケンの絵画作品をいくつか紹介しておきます)。
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 作中で描写されるシャルケンの絵が、実際に存在するものなのか、それともレ・ファニュの想像上のものなのかはわかりません。ただ、この「シャルケン画伯」の発表当時は、実際にあったのかもしれないという「実話怪談」風の感覚で読まれたのかもしれませんね。
 あと「シャルケン画伯」には、永井豪のマンガ化作品もあります。短篇集『怖すぎる永井豪』などで読めます。


「大地主トビーの遺言」
 ジリングデンの大地主トビー・マーストンには二人の息子がありました。兄のスクループに比べ、男ぶりの良い弟のチャーリーを溺愛していたトビーは、代々長男が相続するはずの権利をチャーリーに相続させるという遺言を遺します。兄弟は長年にわたって争いを続けます。
 チャーリーは、屋敷の前に現れた奇妙な犬を気に入り、飼うことにします。しかしそれからその犬が夢の中にたびたび現れ、亡き父親の声で話しかけてくるのです…。

 財産をめぐる兄弟・親子の確執をメインテーマに、奇怪な犬と夢が現れるという怪奇小説。因業な父親が犬の姿を借りて現世に戻ってくるという不気味な設定です。犬の姿がいつの間にか「伸びている」というのがインパクトがありますね。


「仇魔」
 巡洋艦の艦長だったバートンは故郷に戻り、若く美しい娘モンタグ嬢と婚約します。しかしその直後、帰り道で奇妙な足音に後をつけられたのを皮切りに、バートンの周りで奇妙な現象が起こり、彼は神経を病んでしまいます…。

 バートンが何者かに追われているらしいということは描かれますが、過去の経緯が明かされないため、それが彼の妄想なのか真実なのか、真実だとして超自然的な現象なのかそうでないのかは、最後の方まではっきりしません。
 レ・ファニュのシリーズ・キャラクター、ヘッセリウス博士ものの一篇なのですが、まえがきで、バートンには脳障害による幻覚を見ている可能性がある、と記述されていることからも、モダンなゴースト・ストーリーといえますね。


「判事ハーボットル氏」
 利己的で横暴な老判事ハーボットルは、偽造罪で入獄しているパインウェックの審理を担当していました。女房の嘆願にもかかわらず、ハーボットルは彼を死刑にしてしまいます。その直後、パインウェックを不当に裁いた罪での告発状がハーボットルの元に届きますが…。

 基本は不当な判決で死刑に追いやった男から復讐される…という話なのですが、肉付けとなるエピソードや雰囲気がどうも異様で印象に残る作品です。
 死刑執行前からハーボットルの前に現れるパインウェックの「分身」、夢の中でハーボットルが裁かれる奇怪な法廷劇…。特に夢の中での法廷劇は異様で、裁判長トゥーフォールドが巨大化するシーンなど、なんともシュールで、まるで「不思議の国のアリス」を思わせますね。


「吸血鬼カーミラ」
 スチリアの田舎の城に父親と二人の家庭教師と共に住む令嬢ローラは、隣人のスピエルドルフ将軍の姪マドモアゼル・ラインフェルトが城に来られなくなったことを聞きます。彼女は急に亡くなったというのです。
 その直後、城の前で馬車の事故が起こります。母親の頼みで、乗っていた若く美しい女性カーミラを城で預かることになり、ローラは友人ができたと喜びます。しかし、友情を通り越したような態度を示すカーミラにローラは困惑します。時を同じくして、原因不明の病でローラは衰弱していきますが…。

 邦題からも吸血鬼がテーマであることがわかってしまうのですが、カーミラの正体そのものよりも、カーミラがローラに対して見せる執着・恋着部分が読みどころです。全体に官能的な空気が漲っており、異様な迫力のある作品ですね。
 吸血鬼の「変身」や、眠る際の形式、退治の仕方など、後年の吸血鬼もので重要となる「ルール」が多数示されているのも興味深いですね。鮮血あふれるクライマックスシーンは、今読んでも強烈です。



悪夢の化身―恐怖の一世紀 2 (ソノラマ文庫―海外シリーズ)
シオドア・ドライサー「復讐の手指」(竹生淑子訳 デニス・ホイートリー編『悪夢の化身』ソノラマ文庫 収録)。

 デビッドソンとマーズローは、投機を生業とする仕事のパートナーでした。仕事をさぼるようになったマーズローは、商売上手なデビッドソンに分け前だけを要求するようになります。ある日二人は喧嘩を起こし、デビッドソンはマーズローを殴り殺してしまいます。
 数年後、デビッドソンの家の天井に手のようなしみが現れたのを発端に、手の形をした霊のようなものを見るようになります。あらゆるところに現れる「手」のおかげで衰弱したデビッドソンは、自ら病院に入院しますが、そこでもマーズローの「手」は追いかけてきていました…。

 『吸血鬼カーミラ』の訳者解説にて「手」テーマの作品として紹介されている作品です。妄想の可能性を残す、サイコ・スリラー型の作品になっています。
 霊に取り憑かれたらしい男が錯乱していく様子が描かれていきます。面白いのは、殺した相手の男だけでなく、途中からは、別の「悪霊」たちもが自分を悩ませてくると考えるところ。このあたり、霊が妄想である可能性を強く示唆させますね。
 結末に至って、語り口が急に戯曲のようになるのも効果的です。ここではっきりと「亡霊」の名前が記されるので、主人公の妄想という可能性は少なくなるのですが、さらにその後で、看護婦と医者が客観的に病状を語るという形で、真実をぼかすのも手が込んでいますね。



怪奇小説の世紀 第2巻 がらんどうの男
「妖精にさらわれた子供」(佐藤弓生訳 西崎憲編『怪奇小説の世紀2』国書刊行会 収録)

 山脈のふもとの不毛な地で貧しい暮らしをしていた寡婦メアリー・ライアンには、姉娘のネルと3人の幼い子どもがいました。ある日ネルが子供たちを遊ばせていると、突然子供たちの姿が見えなくなります。
 探し回った後に子供たちはようやく帰ってきますが、末弟のビルだけは帰ってきませんでした。子供たちは古い馬車に乗った貴婦人たちに出会い、ビルは彼らに連れて行かれてしまったと話しますが…。

 子供がさらわれてしまうという、邪悪な妖精物語。いなくなった子供が時折姿を見せるのですが、またいつの間にかいなくなってしまうという結末も余韻があって良いですね。下手な幽霊物語より怖い作品です。



猫に関する恐怖小説 (徳間文庫)
「白い猫」(仁賀克雄訳 仁賀克雄編『猫に関する恐怖小説』徳間文庫 収録)

 「私」は、アイルランド語を学んでいたダン・ドノヴァンから、ドノヴァン一族にまつわる恐ろしい話を聞きます。資産家だった彼の大伯父コンナーは、結婚の約束をしていた貧しい少女エレン・コールマンを裏切り、エレンはそれがもとで亡くなったというのです。
 やがてコンナーが亡くなった直後、遺体を安置していた部屋に見たことのない白猫が現れます。それ以来、ドノヴァン一族の人間は白猫を目撃した直後に亡くなっているというのですが…。

 一族への復讐のために、猫の姿になって現れる女性の霊、という物語。かなり凄惨な話で、物語を語るダンの父も弟も既に亡くなっており、彼自身もいずれ迎えが来るのではないか…という状態も怖いですね。



イギリス怪談集 (河出文庫)
「ロッホ・ギア物語」(倉阪鬼一郎/南條竹則訳 由良君美編『イギリス怪談集』河出文庫 収録)

 ロッホ・ギアの湖のほとりに住むベイリー姉妹は、湖の小島にかって建っていたという城の伝説を語ります。それは練達の魔術師、デズモンド伯爵にまつわる物語でした…。

 魔術師デズモンド伯爵にまつわるエピソードがいくつか積み重ねられるという、おとぎ話的な雰囲気の濃い作品です。伯爵の城がなぜ沈んだのかを語るエピソードから始まり、伯爵がその呪いを解くために、人々に邪悪な誘いかけをする…というエピソードが続きます。
 言い伝えの伝説が続くのかと思いきや、最終的には語り手であるベイリー嬢たちの家庭教師にまで影響が及びます。遠い伝説かと思っていたものが、身近な恐怖になってくる…という展開は凝っていますね。「妖精にさらわれた子供」同様、「怖い妖精物語」になっています。



怪奇小説傑作集 1 英米編 1 [新版] (創元推理文庫)
「緑茶」(平井呈一訳『怪奇小説傑作集1』創元推理文庫 収録)
 医師のマルチン・ヘッセリウス博士は、ふとしたことから、内気で生真面目なジェニングズ師と知り合います。ジェニングズ師は博士に悩みを打ち明けます。数年前、緑茶を飲み始めてから黒い小猿の幻影が見えるようになったというのです。
 最初は見ているだけだった小猿が、やがて仕事の邪魔をするようになり、果ては自殺しろとまで言うようになったというのですが…。

 マルチン・ヘッセリウスものの一篇。猿の幻影が神経障害による妄想なのか、そうでないかははっきり示されません。そういう意味で異常心理小説としても読める作品ですね。
 猿は「罪の意識」の象徴とも見えるのですが、その割にはジェニングズ師は後ろ暗いところのない人物として描かれており、なかなか解釈が難しいですね。また、猿は常時つきまとうわけではなく、時折いなくなったりするところが逆にリアルです。
 邦訳のあるヘッセリウスものの中では、この作品のみ、ヘッセリウスが直接患者と相対しているのもユニークな点ですね。他の作品では、あくまで語り手がヘッセリウスの残した書類から症例を紹介するという形になっています。



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「マダム・クロウルの幽霊」(橋本槇矩訳『猫は跳ぶ』福武文庫 収録)を再読。

 女中頭の叔母を頼ってアップルウェイル邸に奉公にやってきた少女の「わたし」は、近所の紳士から邸の奥方は悪魔に憑かれているという話を聞きます。
 奉公するようになってからも、マダム・クロウルに会うことのできない「わたし」は彼女について想像をふくらませていましたが、女中から奥方の過去の話を聞きます。何十年も前、マダム・クロウルが嫁入りしてきた直後に、後継者であった、当主と先妻の幼い息子が行方不明になったというのですが…。

 オーソドックスなゴースト・ストーリー。タイトル通り、マダム・クロウルの幽霊が登場する話なのですが、作中前半で登場する生前の姿からして幽鬼じみており、強烈なインパクトを与えます。実際に幽霊が登場するシーンよりも、語り手の「わたし」が、生きているマダム・クロウルに会うシーンの方が怖いという作品です。



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「オンジェ通りの怪」(松岡光治訳 松岡光治編『ヴィクトリア朝幽霊物語』アティーナ・プレス 収録)

 リチャードは、従兄のトムと共に、伯父の所有するオンジエ通りの古い屋敷に住むことになります。そこはかって「首吊り判事」と呼ばれたハロックス判事が住んでいたという屋敷でした。判事はその屋敷で首吊り自殺をしたというのです。
 裏側の部屋を寝室にしたトムは、動揺したまま理由も説明せずに田舎に行ってしまいます。従兄がいなくなり、一人で屋敷で過ごしていたリチャードは、ある夜、部屋の外から奇怪な足音がするのを耳にします。しかも足跡の主は裸足であるようなのです…。

 幽霊屋敷をテーマにした本格的な怪奇小説です。かって何人もの人間を死刑にした「首吊り判事」が狂死したという屋敷。そこに潜んでいるのはいったい何なのか。
 語り手とその従兄は、いろいろな怪奇現象を体験することになります。謎の肖像画、奇怪な足音、巨大ネズミ、そして幽霊と、まさに怪奇現象のオンパレード。
 屋敷自体が邪悪な雰囲気につつまれているようで、屋敷の中でもとりわけ禍々しい部屋(従兄が使用していた部屋)はもちろんのこと、別の部屋を使用していた語り手でさえも、度重なる怪奇現象に悩まされることになります。
 怪異現象が明確かつ多彩に起こる作品で、レ・ファニュの怪奇作品の中でも、ユニークかつ派手な部類の作品ではないでしょうか。
 『ヴィクトリア朝幽霊物語』(松岡光治編訳 アティーナ・プレス)は、他にも面白いゴースト・ストーリーを収録した良質のアンソロジーです。残念ながら絶版なのですが、内容が全文PDF公開されています。気になった方は読んでみては。
https://www.lang.nagoya-u.ac.jp/~matsuoka/v-ghost-stories.html


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M・R・ジェイムズ「J・シェリダン・レ・ファニュの長篇小説と短篇小説」(羽柴壮二訳『幻想文学63号』収録)

 英国怪奇小説の巨匠M・R・ジェイムズが、同じく近代怪奇小説の草分けといえるレ・ファニュについて語ったによる講演の記録の翻訳です。
 ジェイムズは全体にレ・ファニュに対して、かなり好意的な評価をしているようですね。長篇では『アンクル・サイラス』『墓地に建つ館』、短篇では「仇魔」「判事ハーボットル氏」「大地主トビーの遺言」などを高く評価しています。
 レ・ファニュの長所だけでなく、短所についても触れているところは客観的です。レ・ファニュの長所としてあげられているのは、情景描写の素晴らしさや恐怖感を高めるための漸強法。短所はステレオタイプな趣向やキャラクター、たまに現れる感傷癖、などとしています。

 話の枕として、エドガー・ポー作品についての話題が出されているのですが、ジェイムズはポーがあまり好きではなかったらしく、厳しい見方がされています。ポーの作品によく表れる「狂気」のせいで「超自然」が抹殺され日常世界に引き戻されててしまう…というのがその理由だそうです。

 レ・ファニュ作品について非常によくまとまった内容で、レ・ファニュやM・R・ジェイムズに関心のある人には面白く読めるのではないでしょうか。
 ちなみに訳者解題によれば、ジェイムズは『ブックマン』に掲載された「幽霊小説管見」というエッセイでも、レ・ファニュ作品に触れているそうです。そこでは「仇魔」「判事ハーボットル氏」 「カーミラ」「シャルケン画伯」「白い手の怪」「悪魔ディコン」「クロウル奥方の幽霊」を19世紀幽霊小説の最高峰と位置づけ、中でも「仇魔」を最高傑作としているそうです。



ゴシック幻想
荒俣宏「J・S・レ・ファニュ 戦慄の創造者」(紀田順一郎編『ゴシック幻想』書苑新社 収録)

 レ・ファニュの生涯から、主要な作品の概説・テーマや、怪奇幻想小説史におけるレ・ファニュの位置についてなど、過不足なく紹介された好評論で、これ一つ読めば、レ・ファニュについて一通りの理解が得られる内容になっています。
 ブロンテ姉妹に与えたレ・ファニュの影響や、初期のレ・ファニュ作品にユーモアの要素が強いこと、長編『墓地に立つ館』はレ・ファニュのユーモアと怪奇趣味のバランスが取れた秀作であること、など示唆に富む部分も多数ありますね。

 ちなみに『ゴシック幻想』(書苑新社)は、ゴシック小説やゴシック要素を持つ作家などについて、それぞれの著者が書いた評論を集めた評論集です。日本語で読めるゴシック小説についての入門書としては、これが一番良い本ではないかと思います。

ちなみに内容は以下の通り。
「ゴシック・ロマンスとは何か」紀田順一郎
「ホーレス・ウォルポール オトラントまたは夢の城」紀田順一郎
「ウィリアム・ベックフォード 狂王ヴァテック」荒俣宏
「アン・ラドクリフ ロマンスの再生」荒俣宏
「メアリー・シェリー 造物主または闇の力」紀田順一郎
「C・R・マチューリン『放浪者メルモス」荒俣宏
「E・T・A・ホフマン その生の大伽藍」深田甫
「ジャック・カゾット『悪魔の恋』と断頭台」秋山和夫
「T・P・プレスト 『吸血鬼ヴァーニ』ヴィクトリア朝の夢に寄せて」荒俣宏
「エドガー・アラン・ポオ 神話の創造と崩壊」紀田順一郎
「J・S・レ・ファニュ 戦慄の創造者」荒俣宏
「ヴィルヘルム・ブッシュ 暗い函のなかを覗く」深田甫
「ゴシック建築とロマンス」麻原雄

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怪奇幻想読書倶楽部 第19回読書会 開催しました
吸血鬼カーミラ (創元推理文庫 506-1) 南十字星共和国 (白水Uブックス)
 1月27日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第19回読書会」を開催しました。

 第1部のテーマは、課題図書として、J・S・レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)を取り上げました。
 ゴシック小説が近代的な怪奇小説に生まれ変わる過渡期の作家であり、最初の怪奇小説分野の巨匠といっていいレ・ファニュ作品。ゴシックの残滓を引きずるオーソドックスな作品があるかと思えば、近代的なサイコ・スリラー作品もあり、果てはシュールな味わいの作品もありと、一つの作品集内にも多彩な作品があり、当時としてもかなり先進的な作家だったのではないか、ということを感じさせる作品集でした。

 第2部のテーマは、課題図書として、ロシア象徴派の作家ワレリイ・ブリューソフの短編集『南十字星共和国』(草鹿外吉訳 白水Uブックス)を取り上げました。
 邦訳で入手できる本がほぼこの作品集のみだったこともあり、初めて読むという参加者の方が多かったようです。「夢」や「眠り」のテーマが度々出てくることや、表題作に見られるSF的な設定、恋愛要素における「捻り」など、読みどころの多い作品集だったように思います。

 また後半では、参加者の何人かに、処分してもいい本を持ち寄ってもらいました。交換会は前回も行いましたが、今回は小規模だったため「ミニ本の交換会」という感じでしょうか。以前から読んでみたかった本を入手された方もいたようです。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。
 それでは、以下話題になったトピックの一部を紹介していきます。


第一部 J・S・レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)

・「カーミラ」を題材にした映画『血とバラ』について。熱狂的なファンがいる作品。日本では未DVD化。

・「パンタポルタ」の企画「読んでいない名作についてラノベ作家と語る読書会!『吸血鬼カーミラ』」について。

・作品集『ドラゴン・ヴォランの部屋』について。新訳であることもあって『吸血鬼カーミラ』よりこちらの方が読みやすかった。

・平井呈一の翻訳について。独特の言い回しがあって味のある翻訳。登場人物が関西や九州の方言を話すのが面白い。また、恐ろしい状況なのに、訳文では「わくわく」という表現が使われたりする。

・『カーミラ』の新訳について。翻訳によって、カーミラや主人公の年格好のイメージが異なるのが面白い。

・フレデリック・マリヤットの長篇『幽霊船』について。「さまよえるユダヤ人」がテーマの作品。

・レ・ファニュ作品には、最後に悪魔や幽霊に連れ去られてしまう…というパターンの作品が多い。

・『ゴールデン・フライヤーズ奇談』(福武文庫)について。邦訳のあるレ・ファニュ作品では、最も面白いと思う。

・レ・ファニュ作品の古書価の高騰はすごい。『アンクル・サイラス』と『ワイルダーの手』は特に高い。

・レ・ファニュ作品では、女性が主役、かつ魔性のものに惹かれていく…というパターンが多い。

・19世紀の作品だが、今読んでも「怖い」。映像的な描写が多い。

・ヘッセリウス博士ものは、博士本人ではなく、博士の残した書類であったり、第三者が聞いた症例などで語られることが多く、真実がぼかされる効果が出ている。

・当時のミステリ、幻想小説、科学など、ジャンルがまだ未分化であった時代の混沌さを感じる。

・ブロンテ『ジェイン・エア』には、レ・ファニュ「ティローン州のある名家の物語」の影響が強い。

・レ・ファニュの長篇について。『ワイルダーの手』は微妙だが、『アンクル・サイラス』は面白い。遺産相続をめぐるスリラーで迫力がある。

・『ワイルダーの手』の古書価の高騰は、瀬戸川猛資『夜明けの睡魔』で紹介された影響?

・短篇「ドラゴン・ヴォランの部屋」について。主人公が馬鹿っぽいと思っていたら、本当にそうでびっくりした。

・短篇「妖精にさらわれた子供」について。レ・ファニュには、妖精にさらわれてしまう…というタイプの話も多い。


●「白い手の怪」について

・長篇『墓地に建つ館』の一エピソード。本体の長篇はわりとユーモア要素が濃いらしい。

・どこかとぼけた味がある。現れる手が中年男性のもので「ぶよぶよ」しているのが面白い。

・幽霊出現の因果関係ははっきりしない。

・「動く手」テーマの作品について。
モーパッサンの「手」、W・F・ハーヴィー「五本指の怪物」、クライヴ・バーカー「手」、キラー=クーチ「一対の手」など。「オトラント城」でも手のモチーフは登場している。

・シオドア・ドライサー「復讐の手指」について。
平井呈一の訳者解説で言及される作品。手の幽霊がモチーフになったサイコ・スリラー風の作品だが、最後に戯曲形式になってしまうという前衛的な作品。

・幽霊の一部は他の部分よりも「手」である方が怖い?
ヴィクトリア朝のジュエリーなどでは、手のモチーフはわりと一般的。
「足」の幽霊があまり無いのは、当時の道徳意識では足を見られるのはタブーであったため?


●「墓堀りクルックの死」について

・クリスマス・ストーリーとして書かれたということだが、子供などに対する教訓話としても読まれたのだろうか。

・最後行方がわからない…という結末は怖い。

・十数年真面目に働いていた男が突然変心したのは何故なのか? もともと細かい悪事は働いていたのか、それとも実際改心していたのが悪魔にそそのかされたのだろうか。

・レ・ファニュ作品では、悪いやつは結局悔い改めないパターンが多い。

・悪人に取り憑く…というのは『ゴールデン・フライヤーズ奇談』でも重要なモチーフになっている。

・スティーヴンソン「ねじけジャネット」について。どこか通底するテーマを持つ作品。


●「シャルケン画伯」について

・実在の画家シャルケンの絵画作品の紹介。

・タイトルにもなっているシャルケン自体があまり活躍しない。そもそも、物語というよりはシーンの連続で構成されているような印象を受ける。

・「緑茶」にもシャルケン作品の言及がある。レ・ファニュは好きだったのだろうか。

・当時としては、有名人が体験した…という都市伝説的な感じで読まれたのかもしれない。

・シャルケンの婚約者をさらってしまう男は悪魔なのだろうか。悪魔にさらわれる…というパターンがレ・ファニュには多い。

・最終のシーンが印象的。どこかラヴクラフトを思わせる。

・「墓堀りクルックの死」と異なり、因果ではなく何の理由もなく連れていかれてしまう…という点で、当時の人は怖い作品だと思ったのではないだろうか。

・視点人物がシャルケンになっているところが上手いと思う。この場合、師匠視点であれば、自分の罪の因果応報という感じになるのではないか。


●「大地主トビーの遺言」について

・死んだ父親が犬になってくる…というのがすごい。憑依などのパターンはあるが、生まれ変わってくるというのは珍しい。登場する犬がブルドックというのも独特。

・犬の姿が伸びるシーンなど、幻覚チック・サイケデリックな要素がある。「緑茶」なども。

・序盤の館の描写が印象的。デュ・モーリア『レベッカ』を思い出した。

・執事の言葉の訳し方が独特の方言で印象的。


●「仇魔」について

・最初は隠されている秘密がだんだんと明かされていくという、ミステリ形式の作品。

・M・R・ジェイムズがレ・ファニュの最高傑作としているのが「仇魔」。構成もM・R・ジェイムズの作品に似ている。

・幽霊が主人公の妄想かと思いきや、最後の方で、幽霊が第三者にも目撃されているところが面白い。

・主人公が途中で死を受け入れてしまっているのが印象的。レ・ファニュ作品では、運命に抗わず受け入れてしまうパターンが多い。「ロバート・アーダ卿の運命」など。


●「判事ハーボットル氏」について

・妙なユーモアのある作品。

・家政婦(死刑になった男の妻)のキャラクターが印象的。他の登場人物も厚みがある。
・裁判の幻影シーンが印象的。夢に入る過程も視覚的でシュールでモダンなイメージ。

・裁く側と裁かれる側が反転してしまう…というのも道徳的な要素があって面白い。映画『トワイライトゾーン』のエピソードを思い出した。

・別世界が現れるシーンは、映画『ヘル・レイザー』を思い起こさせる。

・この当時の作品として、夢の世界とはいえ「別世界」が登場するのはすごくユニークでは。

・不条理感が強い。

・死刑になった男の兄弟がいたかも…という設定が出てきたが、これは伏線ではなかったのだろうか? 序盤の展開はちょっと江戸川乱歩を思い出した。

・理屈がつかないところが多々あるが、そこがまた魅力的に感じる。


●「吸血鬼カーミラ」について

・集中でも一番現代的な作品だと思う。

・馬車の事故のシーンはすごく刺激的。

・カーミラの「母親」の正体がはっきりせず気になる。

・カーミラは近い場所で事件を起こしすぎのような気がする。故郷から離れられない…という吸血鬼の特性ゆえ?

・当時の常識を考えると、令嬢をお付きの者もつけずに置いていく…というのはすごく不自然。ただ、カーミラ自身に人を惑わす力があると考えると納得がいく。

・同性愛ではないかと糾弾されたときに、吸血鬼には性別がないから違うと、レ・ファニュが答えたというエピソードは興味深い。

・「密室もの」の趣もある。そのあたりの描写は細かい。

・舞台がオーストリアで、スラヴ系の吸血鬼伝承から来ている作品。

・主人公が小さい頃にカーミラに手を出さなかったのはなぜなのか。

・他の犠牲者はすぐ殺しているのに、主人公の令嬢がすぐ殺されないところは、レスビアン小説の趣が強い。

・『ガラスの仮面』を始め、「カーミラ」は少女漫画とも相性がいい。

・吸血鬼を倒すルールがまだ固まっていない時代だけに、作品に広がりがある。

・カーミラが滅ぼされた後の部分も余韻があって味わいがある。

・カーミラは怖いだけでなく、甘美な部分があるのが魅力。

・『カーミラ』以後の有名な女性吸血鬼はある? 現代作品では珍しくないが、有名なキャラクターと言われると少ないのでは。エリアーデ『令嬢クリスティナ』、アンソロジー『死の姉妹』など。

・邦訳には原題にない「吸血鬼」がついているのは、初訳当時わかりにくかったからだろうか。「女吸血鬼」というタイトルのバージョンもあった。

・集中では「カーミラ」が飛び抜けてリーダビリティが高い。大人になってから読むと他の作品も面白いが、子供のころ読んだときは他の作品の印象は薄かった。

・原文で読んだ人の感想。19世紀の作品なので、古い単語はやはり多い。

・初めから最後まで語りが淡々としているのは、語り手が若い少女であるがゆえだろうか。

・カーミラの正体がばれた後にも、主人公はカーミラに惹かれている…というところも余韻がある。書かれていないが、主人公は後半生も幸せではなかったのではないか。

・カーミラの外見について。主人公とほぼ同年齢? 姿は10代から20歳前後だと思う。主人公よりは少し年上?(外見は)

・ジョン・ポリドリ「吸血鬼」について。カーミラ以前で有名な吸血鬼小説。この作品が読める現役本は今はないのでは。


第二部 ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』(草鹿外吉訳 白水Uブックス)

・ブリューソフの旧刊本について。白水Uブックスで復刊される前は古書価も高騰していた。

・全体に残酷趣味が強い。

・コリン・ウィルソンの評では、ブリューソフは資質としてモーパッサンに近いのではないかと書かれている。全体に評価は芳しくないようだ。

・ロシアの怪奇作品はわりと土俗的なイメージが強い。その点ブリューソフは、ロシアの作品としては、かなり特殊な位置にいるような人だと思う。


●「地下牢」について

・集中でも一番物語性が強い作品。

・女側が利己的で一方的かと思いきや、男もその事情を汲んで振る舞っている…という感じがする。

・異常な状況での恋愛は日常に戻ると成り立たない…という話?

・第二次大戦時に捕虜が頭の中で空想の恋人を作って正気を保ったというエピソードから、最初は女性側が男性を空想していた…という話かと思った。短篇集のカラーからすると、こういう話でもおかしくない。

・最後に女性が男性を追放するのは優しさゆえ?

・お互いに極限状況で恥辱を加えられるという状況がすごい。


●「鏡の中」について

・ドッペルゲンガーテーマの作品。かなり怪奇小説らしい作品だと思う。

・鏡によって写る自分がそれぞれ異なる…というのが面白い。主人公が乗っ取られる鏡は中でも性質の悪い鏡?

・ボンテンペッリ『鏡の前のチェス盤』の紹介。鏡をテーマにした作品。


●「いま,わたしが目ざめたとき…」について

・現実世界では妻を愛していながら、夢の中では残虐な行為をしたいという、サディスティックなテーマ。

・明晰夢を見る人の感想。夢を見るときにいつも夢だと認識している。そういう視点から見ると非常に怖い作品。


●「塔の上」について

・別の時代の夢を見る…という話ではなく、過去の経験によって未来が変わる…という話かと思った。

・フィリッパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』の紹介。過去を改変してしまう話。

・舞台がスラヴっぽいところに味がある。英米作品とはちょっと異なる感触。


●「ベモーリ」について

・主人公自体がちょっと変わっている。

・最初の店の文房具だけに愛着がわくのはなぜ? オーナーが良い人ではなかったり、環境が良くなかったゆえに、文房具に愛情が向かったのでは。

・短篇集の中ではこれだけ毛色が違う。

・コリン・ウィルソンの評では、評価が低かった作品。


●「大理石の首」について

・恋人との思い出が夢であったのか、そうでなかったのかわからなくなる話。夢でないとすると語り手が耄碌していることになり、それはそれで怖い。

・作品集全体に夢テーマの作品が多いこともあって深読みしてしまう。


●「初恋」について

・「初恋」を演じる少年の話で、妙にひねくれている。照れ隠しの韜晦なのか、本当に演じているのかわからないところが面白い。

・ロシアの作品は「人妻との恋」の話が多い気がする。

・人妻の方も本気ではない様子が見えるが、互いに演じているのだろうか。


●「防衛」について

・誰が誰を「防衛」したのか? かなり意味深なタイトル。

・時代的に、トルコ戦役とかけてタイトルが「防衛」なのかもしれない。

・未亡人の身持ちが非常に固い。

・亡き夫の幽霊が出てくるが、幽霊ではなく未亡人が夫を思うあまりに生まれた「思念体」みたいなものかもしれないと思った。


●「南十字星共和国」について

・タイトルはロマンティックだが、内容は血みどろでびっくりする。

・ドキュメンタリー調で書かれているのが面白い。

・短い作品だが非常にいろんな要素が詰め込まれていて密度が濃い。

・政治的な背景を感じさせながら、出来上がったものが想像力豊かでハチャメチャなのが面白い。

・ソローキンに似たものを感じる。

・破滅SFの先駆的な作品。

・死体が置き去りという描写があるが、そこから病気が感染したりしないのだろうか? 科学的な考証は結構いいかげん。現代人が読むとそのあたりも気になってしまう。

・革命後のソ連でも上手く生き延びた作家ということで、政治的な立ち回りが上手い人だったのだろうか。作風からすると意外に感じる。

・次々と情勢が変わっていく様子が面白い。ドキュメンタリータッチもあって迫真性がある。現代で言うところのシュミレーション小説? ウェルズ『宇宙戦争』、マックス・ブルックス『WORLD WAR Z』などとの共通点も感じる。

・舞台となる南極都市の人口が5000万ということで、かなり巨大な都市である。当時の南極に対する期待などもあったのだろうか。


●「姉妹」について

・非常に真相がわかりにくい幻覚小説。どこからどこまでが妄想なのか。

・男と姉妹との交情は本当なのか。妄想なのか。殺人もあったのかなかったのか。考えるほどわからなくなる。

・三姉妹の性格がそれぞれ特徴的なのが面白い。女性のそれぞれの側面を描いたのだろうか。

・三姉妹の「類型」というのは昔からあるのだろうか。

・男ではなくその妻(次女)の妄想の可能性、旦那が出かける前に死んでいる可能性、そもそも全員がすでに死んでいるなど、様々な解釈の可能性があって面白い。

・芥川「藪の中」のような、リドル・ストーリー的な味わいのある作品。


●「最後の殉教者たち」について

・宗教的な法悦を求める団体が登場するということで、アーサー・マッケンの作品を思い出した。

・「南十字星共和国」の後の「新世界の始まり」を描いた作品とも取れる。

・サド・マゾ的な要素が強い。


・メアリ・シェリーの伝記映画『メアリーの総て』について。一部事実を改変しているが、わりと伝記的な事実に忠実に描かれている。

・ミハイル・ブルガーコフ作品について。不条理性・SF性が強い文学作品。

・雑誌『幻想文学』について。特集はどれも面白いが、ゴースト・ストーリーを特集した号と各国の幻想文学を紹介した号は特に面白い。

・『ナイトランド叢書』はどれが面白い? エドワード・ルーカス・ホワイト『ルクンドオ』、ベンスンの短篇集など。


次回「第20回読書会」は、2019年3月24日(日)開催予定です。
テーマは

 「ダンセイニの幻想と奇想」
  課題図書
  ロード・ダンセイニ『ペガーナの神々』(荒俣宏訳 ハヤカワ文庫FT)
  ロード・ダンセイニ『二壜の調味料』(小林晋訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)


の予定です。

詳細は後日告知いたします。


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変り種のアンソロジー  カービー・マッコーリー編『恐怖の心理サスペンス』
恐怖の心理サスペンス―ゾクッ!とする楽しみをあなたに (ワニ文庫)
 カービー・マッコーリー編『恐怖の心理サスペンス』(矢野浩三郎訳 ワニ文庫)は、モダンホラーの名作アンソロジー『闇の展覧会』の編者として知られるマッコーリーのホラー小説アンソロジーの邦訳です。ただ、出版元の意向なのか、無理やり怪奇実話テイストのレイアウトで出版されたという、変り種の本です。

 目次を見ると完全に怪談実話のようで、どう見ても小説のアンソロジーだとは思えない作りになっています。それぞれの短篇の扉部分も、当然のごとく作者名は入っておらず、小説作品という感じではありません。原題名が英語で入っているので、かろうじて翻訳と分かる程度です。
 一応、巻末に収録作品の作者名・作家名と解説が入っているので、最後まで目を通すと邦訳アンソロジーだとわかるようにはなっています。
kyouhunosinri02.jpg kyouhunosinri03.jpg

 肝心の収録作品ですが、結構いい作品が入っていて、普通に面白いアンソロジーだと思います。全体に、同じ編者の『闇の展覧会』と比べても怪奇味が強いですね。

マクナイト・マーマー「嵐の夜」
 予定より早く自宅に帰ってきた人妻が、地下室で死体を発見しますが…。
 殺人犯が潜んでいるのか、それとも不在の夫の仕業なのか…? 女性の焦燥感あふれる語りのサスペンスホラー。

ポール・アンダースン&カレン・アンダースン「白い子猫」
 実業家の夫がエジプト学者の妻に出ていかれてしまい、その直後から白い子猫が周りに現れ始めます…。
 猫は実在しているのか、それとも夫の幻覚なのか…? 魔術を扱ったオカルト・ホラー作品。

ブライアン・ラムレイ「不気味な囁き」
 電車のコンパートメントで異臭を放つ小男が車掌に囁いた言葉で、ベントンは追い出されてしまいます。ことある毎に出会う小男の囁きは、人間を従わせる力があるようなのですが…。
 不気味な小男の恐怖を描くホラー。エスカレートする小男の行動が不気味です。

ラムゼイ・キャンベル「恐怖の遊園地」
 あるカーニバルを訪れたストーンは、メリー・ゴー・ラウンドに乗るうちに子供時代の記憶に囚われ始めますが…。
 象徴性の強い作品です。語り手の男を誘うものは何なのか…? 雰囲気のある作品。

デニス・エチソン「真夜中のハイウェイ」
 妻を後部座席に乗せて車でモハーベ砂漠のハイウェイを走っていたマックレイは、いつまでも目的地に着かないのに不審の念を抱きます。ようやくたどり着いたパーキングエリアには、なぜか人が見当たらないのですが…。
 起こっている事態が現実なのか、それとも超自然的なものなのかもはっきりしません。様々な解釈が可能な作品で、不気味さは集中でも一番です。

ロバート・ブロック「スカラブの呪い」
 エジプトでの研究から帰還したハートレーは、憔悴して老け込んでいました。ミイラを持ち出した彼は呪いにかかっているというのですが…。
 シンプルかつショッキングな結末が印象的な作品です。ブロックらしい怪奇味の効いたショッカー作品。

ウイリアム・F・ノーラン「死者からの電話」
 真夜中の電話に出たフランクは、相手が死んだばかりの親友レンだと名乗るのを聞いて驚きます。レンはフランクの陥っている苦境について話し、いい解決法があると提案してきますが…。
 ショート・ショートといってい短さの作品。切れ味鮮やかな作品です。

デイヴィス・グラッブ「ヒトラーを撃った男」
 「ぼく」の祖父ゲイリー・フラワーズは妙な信念を持っていました。その信念とは、世界はすべてウェスト・バーニジアの8つの郡の中にあるというもの。彼にとってヨーロッパなどという場所はありえないのです。
 親友ソルの家族が、ヒトラーによって収容所に入れられているという話を聞いたゲイリーは、ヒトラーを殺しに行くと出かけていきますが…。
 妄想癖のある祖父は実は…というファンタジー作品。これは面白いですね。ユニークな発想の作品。

ゲイアン・ウィルソン「アーネス博士の遺書」
 天才科学者アーネス博士は、不老不死の研究を進め、ついにそれを完成させます。しかしその研究には副作用がありました。時間の感覚が何倍にもなってしまうのです…。
 お話の展開の仕方が実にユニークで楽しい作品。ブラック・ユーモアにあふれた一篇です


 他の本でも読めるのは、ロバート・ブロックとゲイアン・ウィルソンの作品ぐらいでしょうか。収録作はどれも面白く、怪奇アンソロジーとしては水準以上のものだと思います。挿入されている余計な文章を除けば、訳文も普通に読みやすいです。
 『別冊幻想文学 モダンホラースペシャル』(アトリエOCTA)に、矢野浩三郎さんのインタビューが載っていて、ここに『心理サスペンス』についての記述がありました。ちょっと引用しますね。

 これはカービー・マッコーリー編纂の『Frights』の版権をとって、それを翻訳するつもりだったんです。
 あれは新しいものがかなり入っていたわけで、当時はモダンホラーという明確な括り方があったわけではないけれども、SF的なものも入れて、その新しい感じを出そうとしていたんです。ところが出版社が、読んでいて作品の内容が分からないって言うんです。
 「何が書いてあるのかわからんから書き直してくれ」と。翻訳というのは、原文そのままではなくて書き換えるのだという考え方はあるけれども、そういう翻訳論的なことではなくて、基本的に翻訳というものを理解していなかったわけですよ。仕方がないので、最初に企画していたものをバラバラにして、わかりやすいものをと入れ換えていったら、古いものが入って来ちゃった(笑)。だからかなり中途半端で、出さなきゃ良かったと思っているようなものです。カービー・マッコーリー編のものを再現するつもりが、もとのものとは違うアンソロジーになってしまったわけですから。


 矢野さんの文章を読むと、わかりやすい作品を残したということでしょうか。それでも、ラムゼイ・キャンベルやデニス・エチソンらの作品が入っているあたり、意欲的な部分も残したアンソロジーではありました。
 ちなみに、序文はフリッツ・ライバーが書いています。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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