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テーマ:その他 - ジャンル:その他

知られざる惨劇  ジョン・ソール『惨殺の女神』
4150404410惨殺の女神 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
相沢 次子 ジョン・ソール
早川書房 1987-04

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 ボストンから引っ越してきた医者一家の養女ミシェルは、本当の娘と変わらぬ愛情を持って育てられていました。しかし、落下事故で片足をくじいてから彼女の運命は変わり始めます。
 片足が不自由になったミシェルは、学校の生徒たちとも上手くいかなくなり始めます。妹が生まれてから、両親からの愛情も失ったと思い込んだ彼女は、内にこもってしまいます。彼女の友人は、自分にだけ見えるという「アマンダ」だけだったのです。
 やがて、ミシェルをいじめていたクラスメイトが事故死します。直前まで、ミシェルと二人でいるところを目撃されたことから、ミシェルが殺したのではないかという噂が広まります。それ以降も、ミシェルと接触した子供たちが突然死を遂げるという事件が相次ぎますが…。

 ジョン・ソール『惨殺の女神』(相沢次子訳 ハヤカワ文庫NV)は、過去に恨みを持って死んだ少女の霊が、現代の少女に取り憑き惨劇を繰り返す…といった感じの作品です。 ミシェルが亡霊に憑かれていることは、序盤から明確にされているのですが、そのことは最後まで周囲の人間にはわかりません。超自然的な現象が多発しているにもかかわらず、それらは皆、少女の責任とされてしまうのです。

 とにかく、主人公の少女ミシェルがいじめ抜かれます。クラスメイトや学校の生徒だけではなく、感情的な行き違いから、父親からも放置されるようになってしまいます。
 かって子供を治療できず死なせてしまったミシェルの父親は、自分の娘を含め、子供に対して恐怖を抱いてしまうのです。やがて、かっては可愛がっていた自分の娘との距離もおかしくなってしまいます。

 殺害されるのも子供、そして容疑者扱いされ虐待されるのも子供という、非常に後味の悪い作品なのですが、なぜか最後まで読ませられてしまうのは、ソールの筆力ゆえでしょうか。
 怪異現象やそれに翻弄される子供に対し、救いの手もなく、またそれらに対する解決もありません。そもそも怪異現象があるという事実さえ、登場人物たちには認識されないのです。
 認識しているのは読者だけなのですが、この作品形式、何かに似ています。読者には初めから手の内を明かしておいて、何も知らない登場人物がどうなるのかやきもきさせる…。考えてみたら、シャーロット・アームストロングのサスペンスに似ている気がするのです。その意味で、読者を焦らせる…という手法をホラーで実践しているのが、ジョン・ソールということになるのでしょうか。

※この作品は、ブログ「閑中忙有」をやっておられる、るねさんのご厚意でお譲りいただきました。面白い作品を読む機会をいただき、ありがとうございました。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

孤独な夜  チャールズ・L・グラント『ペットの夜』
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ペットの夜 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
チャールズ・L. グラント 竹生 淑子
早川書房 1989-02

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 獣医になることを夢見ている、孤独な高校生ダンは、自分の部屋に飾られた剥製の動物やポスターなどに話しかけることを日課にしていました。
 教師である両親からは獣医の夢を否定され、学校では父親と対立する教師からにらまれたり、いじめっ子からは目を付けられるなど、ダンは悶々とした日々を送っていました。
 時を同じくして、町には連続殺人が起こり、ダンの知り合いの女子生徒が殺されます。両親との確執から家を飛び出したダンは、折悪しく連続殺人鬼に襲われてしまいますが…

 チャールズ・L・グラント『ペットの夜』(竹生淑子訳 ハヤカワ文庫NV)は、周りに虐げられている内気な青年が、ある出来事をきっかけに超常的な力を発揮する…という物語です。
 ただこの作品の場合、超常現象は、青年自身ではなく、青年の部屋のポスターに描かれた馬が実体化するという形をとります。
 馬は、主人公ダンが憎しみを向ける人物のもとに現れ、次々と殺害していきます。ダン自身がコントロールすることはできず、いつの間にか人々の元に現れるのです。やがてダンがふと不満を抱いた、ダン自身の母親やガールフレンドにまで、その魔の手は迫り、ダンは馬を止めようと奔走することになります。

 ホラー小説の主人公である「孤独で内気ないじめられっ子」というのは、ある種のステレオタイプではあるのですが、この作品では、その鬱屈した日常がこれでもかと描かれます。
 校長である父親は、息子よりも保身を優先する人物、母親は息子の担当教師と不倫をしていたり、いじめっ子たちは様々ないたずらをしてはダンのせいにします。ようやくできたガールフレンドも、別の男友達との間を揺れ動いていたりするのです。
 その鬱屈が溜まりきったときに、怪物が現れるわけですが、それまでの主人公の境遇が非常に救われないものなので、読んでいて、ある種のカタルシスがあります。しかし、作者は単純なカタルシスを否定し、事件を終息させてしまうのです。このあたり、読んでいて非常に不満がたまる展開ではあるのですが、ホラー小説としてはこれが正道なのでしょう。

 ポスターから抜け出る馬、というのは、伝統的な怪奇小説のテーマである「絵画怪談」の現代的なバリエーションといっていいでしょうか。媒体が「ポスター」というのが、いかにも安っぽく思われてしまうのですが、作者の丹念な描写の積み重ねもあって、作品の雰囲気は損なわれていません。さすが、雰囲気派の巨匠といったところでしょうか。
 リーダビリティも高く、思春期の青年を描いた青春ホラー小説として、上質な作品といっていいかと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第9回読書会 開催しました
 10月8日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第9回読書会」を開催しました。出席者は、主催者を含め8名でした。
 テーマは、第1部「怪奇幻想小説の叢書を振り返る」、第2部「作家特集 シャーリイ・ジャクスン」です。参加してくださった方には、お礼を申し上げたいと思います。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。
 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 第1部のテーマは「怪奇幻想小説の叢書を振り返る」。
 主に戦後に刊行された、翻訳ものの怪奇幻想小説の叢書を振り返ってみようという試みです。資料として、主要な怪奇幻想小説叢書リストと、叢書の刊行年代チャートを作ってみました。
 近年の叢書はまだ馴染みのある方がいるのですが、《ドラキュラ叢書》や《妖精文庫》あたりになると、見たこともない人がいたりなどして、時代を感じてしまったシーンもありました。

 第二部のテーマは「作家特集 シャーリイ・ジャクスン」。今回はこちらの方がメインとなった感じでしょうか。
 参加者にジャクスンのファンが多く、代表作は一通り読んでいたこともあり、それぞれの作品について、解釈にまで踏み込んだ意見も見られました。

 それでは、以下話題になったトピックについて記したいと思います


●第一部
・《世界恐怖小説全集》(東京創元社)について。
戦後初の本格的な怪奇小説叢書で、創元推理文庫の《怪奇小説傑作集》の原型になったシリーズ。ブラックウッドの傑作集や、W・F・ハーヴィーの作品が入っている巻があったりと、今でもこの叢書でしか読めない作品がある。

・《異色作家短篇集》(早川書房)について。
我が国のエンタメに強い影響を与えたシリーズ。改訂版では6巻が削られたが、2000年代の最新版では復活している。文庫化されているものもあり。ブラウンの『さあ、気ちがいになりなさい』は、よくそのままのタイトルで刊行できたなあと思う。

・創土社《ブックス・メタモルファス》について。
マニアライクな幻想小説を少部数、しっかりした装丁で刊行していた。『ホフマン全集』など、造本の完成度は非常に高い。未完に終わった、荒俣宏訳『ラヴクラフト全集』には、大瀧啓裕の下訳も見える。

・《怪奇幻想の文学》(新人物往来社)について。
画期的な怪奇小説アンソロジー。これ以降の幻想文学関連出版には、ほぼ荒俣宏と紀田順一郎の名前が見えるようになる。

・《世界幻想文学大系》(国書刊行会)について。
幻想文学の記念碑的なシリーズ。第一期はオーソドックスなセレクションだが、二期・三期になると、風変わりなタイトルが出てくる。荒俣宏の科学・博物学趣味が反映されているのではないか。

・《ドラキュラ叢書》(国書刊行会)について。
英米のエンタメ系怪奇小説を集めたシリーズ。ブラックウッド『ジョン・サイレンス』、ホジスン『カーナッキ』など、別の形で再刊している本も多い。表紙画の趣味が悪く、あまり売れなかった原因の一つかもしれない。ジャック・ロンドン『星を駆ける者』、H・S・ホワイトヘッド『ジャンビー』などは傑作だと思う。

・《妖精文庫》(月刊ペン社)について。
荒俣宏肝いりのファンタジー系叢書。純粋なファンタジーから、現代文学まで多彩なラインナップだった。セレクションには、リン・カーター《バランタイン・アダルト・ファンタジー》の影響がある? ジャン・ロラン『フォカス氏』などをファンタジーの枠で出していたのは斬新だった。
ブラックウッドとダンセイニは全ての期に入っていて、優遇されている感がある。
エディスン『邪龍ウロボロス』は、下巻が出ないうちに出版社がつぶれてしまったが、後に創元推理文庫から完訳が出た。ホジスン『ナイトランド』の下巻の刊行も遅かった覚えがある。別巻の『妖精画廊』や『別世界通信』もいい本だった。
今でも古書価はそんなに高くなく(高くても1000~2000円)、古書としては手に入れやすい。

・《朝日ソノラマ文庫海外シリーズ》について。
最初は1950年代のSF中心で、後にホラー・幻想怪奇方面へとシフトしていった。表紙の趣味が良くなかったり、タイトルが意訳されていたいするが、短篇集中心で、今でも貴重なラインナップ。デニス・ホイートリー編の『恐怖の一世紀』などは、いいアンソロジーだと思う。

・《アーカム・ハウス叢書》(国書刊行会)について。
アメリカの怪奇幻想専門出版社アーカム・ハウス社の単行本を装丁もそのままに翻訳したというコンセプトのシリーズ。
カール・ジャコビ『黒い黙示録』はゴリゴリのホラーで楽しい。デイヴィッド・H・ケラー『アンダーウッドの怪』は、SFとホラーが未分化だった時代の作品が多く面白い。収録作の一つ「健脚族の反乱」は、近未来人間がほとんど自分の足で歩かなくなった時代を舞台にしたSF作品。

・《フランス世紀末文学叢書》(国書刊行会)について。
フランス文学の叢書だが、幻想的な要素の多い作品も多い。とくにオクターヴ・ミルボー『責苦の庭』は残酷趣味の強い傑作だと思う。装丁や造本も魅力的。まだ在庫のある巻もある。

・《モダンホラーセレクション》(ハヤカワ文庫NV)について。
モダンホラーブーム時に刊行されたシリーズ。当時の最新作と同時に、シャーリイ・ジャクスン『山荘綺談』やアイラ・レヴィン『ローズマリーの赤ちゃん』など、早川書房の過去のホラー作品も組みこまれている。B級作品も多いが、面白い作品も多い。
マイクル・F・アンダースン『総統の頭蓋骨』は、タイトルと表紙絵でネタバレしてしまっているB級作だが、これはこれで面白い。
デイヴィッド・ショービン『アンボーン ―胎児―』は、人工知能に操られる胎児の物語。ハイテク部分を除けば、今読んでも面白い。

・ボルヘス選《バベルの図書館》(国書刊行会)について。
ボルヘスが編んだ世界の幻想文学選集。一巻の収録作品が少なく、薄いのでコストパフォーマンスは低い。逆に新編集版のコスパは良い。
収録作家の一人、ジョヴァンニ・パピーニは、澁澤龍彦が翻案したことでも知られる。

・《魔法の本棚》(国書刊行会)について。
怪奇幻想系のマイナー作家を集めたシリーズ。装丁・造本など本としての作りが非常に魅力的。コッパード、ウエイクフィールド、エイクマンの3冊が文庫化されている。

・《書物の王国》(国書刊行会)について。
各巻、幻想文学の主要テーマを取り上げ編まれたアンソロジー。東西の小説、詩、エッセイなどがいっしょくたに入っているところが特徴。後半の巻、須永朝彦編『王朝』や『義経』は、斬新なテーマだった。

・《晶文社ミステリ》(晶文社)と《Kawade Mystery》(河出書房新社)について。
《晶文社ミステリ》は、アントニイ・バークリー作品とともに、「異色作家」系の短篇集がいくつも入っていて、2000年代の短篇集邦訳ブームの一因ともなったシリーズ。ジェラルド・カーシュ、シオドア・スタージョン、デイヴィッド・イーリイの作品集などを紹介。
《Kawade Mystery》は《晶文社ミステリ》の後継的なシリーズで、怪奇小説集といっていいL・P・ハートリー『ポドロ島』などを紹介している。

・ウラジーミル・ソローキン『テルリア』の紹介。わりとエンタメ度高し。

・木犀あこ『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』(角川ホラー文庫)について。「視覚以外で認識する幽霊」という発想は斬新。怪奇現象の真相についても工夫されていて面白い作品だった。


●第二部
・シャーリイ・ジャクスン作品と「イヤミス」について。「イヤミス」は意図的に「嫌な」作品として書かれているが、ジャクスンは特に意識的に書いているわけではない。ただ現代の作家からすると「イヤミス」の源流の一つではあると思う。

・ジャクスンの活躍した時代は、女性の社会進出がまだそれほどではない時期で、家庭における閉塞感みたいなものがジャクスンの作品には感じられる。フェミニズム的な観点からジャクスンを研究する人もいるようだ。

・ジャクスンが影響を与えた作家はいると思うが、ジャクスン自身が影響を受けた作家というのは、あまり思い浮かばない。非常にオリジナルな発想の作家だと思う。

・トークショーで聞いた平山夢明氏の発言についての紹介。ホラーとコメディは紙一重、ホラーの火力を上げるとコメディになる。ジャクスンに関してもうなづける面がある。

・ジャクスンの同時代で同じような視点を持った女性作家はいるのか? 女性作家では例えばデュ・モーリアがいるが、彼女の作品は非常に技巧的に描かれているのに対し、ジャクスンはそうした技巧的な面があまり感じられない。

・『野蛮人との生活』『こちらへいらっしゃい』は古書でも非常に高値がついてしまっている。ぜひ復刊して欲しい。


『丘の屋敷』(『たたり』『山荘綺談』)について
・怪奇現象は屋敷が起こしているのか、それともヒロインの能力が起こしているのかはっきりしない。

・ヒロインの「家」に対する執着。壁に書かれたメッセージ「帰りたい」は、誰がどこに帰りたいのか?

・序盤、屋敷の家政婦が話すセリフは印象的。

・屋敷は、最終的にヒロインにとっての「家」になってしまう。だがそれがヒロイン自身の意志なのか、屋敷がそう仕向けているのかはわからない。

・明確な霊現象というのは少ない。ラップ音、壁の落書きなど。屋敷の一部に冷気を感じる…という部分は客観的に描かれているが、その意味ははっきりしない。

・屋敷で死んだ人たちがいるという描写はあり、実際に(かどうかはわからないが)霊現象らしきものも起こるが、死んだ人たちの人格を思わせる形では出現しない。屋敷自体が主人公といってもいいのでは? 過去に死んだ人たちも屋敷に執着していた…という描写がある。

・スティーヴン・キングがエッセイ集『死の舞踏』で『丘の屋敷』について書いているのは非常に参考になる。『丘の屋敷』には三つの層がある。ヒロインが「丘の屋敷」が幽霊屋敷だと信じるのが第一層、「丘の屋敷」こそ自分のための場所で自分を待っていた場所だと信じるのが第二層、自分が怪物に利用されていたこと-じつは自分が裏で糸を引いていたと無意識のうちに信じ込まされていたことを理解するのが第三層。

・『丘の屋敷』の映画化作品、ロバート・ワイズ監督『たたり』とヤン・デ・ボン監督『ホーンティング』について。『たたり』は、ヒロインが博士に恋心を抱いたり、博士の夫人が行方不明になったりと、改変部分もあるが、かなり原作に忠実な映像化だった。原作と同様、明確な幽霊を出さないのが特徴。
『ホーンティング』の方は、原型をとどめないほどの改変がされている。幽霊をガンガン出したり、SFXを多用しているため、原作とは似ても似つかないファンタジーになってしまっている。屋敷が変形してヒロインを襲ったり、屋敷の主人の霊が実体化して襲ってくるのはやりすぎだと思う。


『日時計』について
・世界が滅ぶという「お告げ」をなぜ登場人物は信じてしまうのか? 家族はもちろん、後から加わる外部からの登場人物もなぜか「お告げ」を信じてしまう。

・登場人物のひとり「キャプテン」は、ジャクスン作品には珍しい嫌味のないキャラクターだと思う。

・世界の終わりは実際には来ないという解釈について。「屋敷」が家族たちを操っているとも考えられる。鏡に映る幻視も屋敷内の出来事だし、最終的に窓を覆って外界から見えないようにする、というのも屋敷のなせる業? その意味で『日時計』は『丘の屋敷』のプロトタイプではないか?

・最年少のキャラクター、ファンシーは、いちばん屋敷に囚われている人物のような気がする。作中二人ほどの死人が出るが、犯人はファンシーではないか?
子供とは思えない発言をするが、意外にも作中でいちばんまともなことを言っている。

・翻訳を通してだが、傍線がやたらと頻出する(とくに文末)のが気になる。何か意味があるのでは?

・タイトル=作中にも登場する「日時計」は、太陽が出ていなければ何も分からない…という象徴?


『ずっとお城で暮らしてる』について
・ヒロインとその家族に対する村人の悪意がすごい。クライマックスではほとんどリンチに近い行為を行っているのに戦慄を覚える。

・ヒロインの姉はヒロインの狂気を知った上で妹をかばっている。一度は外の世界に出ようとするものの、最終的にはもう諦めてしまっているのかもしれない。

・途中で登場する従兄弟は打算的な人物(ヒロインの視点)だが、対応次第では、ヒロインたちが外の世界に出て行ける契機になる可能性はあった。

・作中の屋敷に対してどのぐらいの大きさを想像している? かなり大きい、こじんまりとしたイメージなど様々。『丘の屋敷』や『日時計』に比べたら、こじんまりとした感じ。大きさ的には、大きい順に『日時計』『丘の屋敷』『ずっとお城で暮らしてる』?
『ずっとお城で暮らしてる』の屋敷は、敷地は大きいが、屋敷は小さめ?

・「幽霊屋敷もの」において、幽霊屋敷に乗り込んでいく登場人物は病的な人が多い気がする。

・ヒロインの精神年齢は実年齢よりも相当幼く感じる。例えばヒロインの毒殺計画は、姉が砂糖を食べないというところに立脚しているが、その根拠も確実ではなくて、そのあたりに非常に子供っぽさを感じる。

・脇役である伯父も、事あるごとに毒殺事件を家族に思い出させたり、狂気を感じさせる。

・初読のときはハッピーエンドの可能性もあると思って読んでいるが、再読のときはそうでないことがわかりつつ読むので、登場人物たちの悲惨さが際立つ気がする。


『鳥の巣』について
・母親との関係についてトラウマを抱える孤独な女性が、あるきっかけから多重人格症を発生させてしまう物語。

・最終的に主人格以外に3つの人格が現れるが、それぞれ独自の特徴を持っている。第2人格はおしとやか、第3人格は奔放、第4人格は子供っぽく金にうるさい、と描き分けがなされている。それぞれの人格は、従来の人格がなりたかったものや、母親の性質をトレースしているような気がする。

・人格間に強さのヒエラルキーがあり、別の人格についての情報を得られる人格もあれば、そうでない人格もある。人格のデフォルメ度は強くて「マンガチック」ではある。

・ヒロインを診察する精神科医も精神的にバランスが悪い人物で、感情のたかぶりが激しい。ジャクスンらしいキャラクター。

・人と話している間にもめまぐるしく人格が変わっていくので、常にどの人格が話しているのかわからなくなってしまう。会話が成り立たないことも多く、読者として非常にいらつきを感じる場面も。

・第3の人格「ベッツィー」は、幻の母親を求めて家出してしまうが、その逃避行は現実のものというよりは、幻想的な要素が強い。従来の人格の自立したいという思いが反映されている?

・多重人格に関しては、超自然的な解釈はしにくいようになっている。ただジャクスンの筆致自体が幻想的なものを感じさせる。


『処刑人』について
・家族との間に精神的な軋轢を抱えるヒロインが大学に行くが、そこでも友人はなかなかできず、精神的な彷徨を繰り返すという物語。

・全体的に習作的な要素が強い作品だが、娘に文章修行をさせ、それを評論するという父親、娘に結婚生活についてこぼす母親など、ジャクスン独自の人物描写はすでに完成されている?

・大学卒業後、すぐに結婚したというジャクスン自身の実体験が反映された作品?

・ジャクスンには珍しいハッピーエンド作品である。ヒロインにとっての「孤独」の意味が変わった…という解釈もできる。

・ヒロインと母親との関係も不穏なものがある。


短篇「くじ」について
・村人たちは「くじ」制度度を変更しようとはしていない。「くじ」は、村を維持するためのシステムといっていいのだろうか。

・村人たちの「くじ」に対する反応を見る限り、善悪の視点すら感じられないのが無気味である。「くじ」の行事は村人たちにとって、楽しいイベントであるかのような雰囲気すらある。怖がって逃げ出す人もいないのが不思議である。

・となりの村でも「くじ」をやっていた(すでに廃止されている)という描写を見ると、ほんとうに単なる文化的な習俗であって、「くじ」を止めることによるペナルティ(たたりや災難)すら関係ないという印象を受ける。

・人類学的に見た視点について。「くじ」は由来が失われた「供儀」なのではないか? 映画『ウィッカーマン』などとも通じるものを感じる。ただ、ジャクスン自身はそんなことを考えてもいないような気はする。

・家族のメンバーが「くじ」に選ばれた一家は、その後どうなるのか?と想像すると怖くなる。

・超自然的な視点について。「くじ」に選ばれるのは「運命」や「宿命」であって、人々はそれに異を唱える権利すらない。選んでいる主体は「村」自身の意志?

・「くじ」に選ばれるハッチンソン夫人の描写について。彼女は「フェアじゃない」という発言を連発するが、この時点ですでに村の意志から拒絶される行為をしているのかもしれない。

・ジャクスン自身が「くじ」について語ったエッセイが『こちらへいらっしゃい』に収録されているが、結局のところ、解釈ははっきりしない。エッセイには、「くじ」を読んだ当時の読者の感想が多く並んでいるが、ほとんどは否定的な意見だった。作者は「くじ」を「ただの物語」という呼び方をしているのが特徴的。

・ジャクスンの実孫マイルズ・ハイマンによる「くじ」のグラフィック・ノヴェル作品「SHIREY JACSON'S "THE LOTTERY"」の紹介。よく出来ているが、やはり原作にはかなわない。


短篇集『くじ』について
・「曖昧の七つの型」について。古書店に日参する少年が欲しがっている古書を売ってしまう古書店主の話。非常に悪意がある。

・「魔性の恋人」について。結婚式当日に行方をくらましてしまった夫を探す新妻の物語。夫は人間ではないという解釈もできる。

・「おふくろの味」について。スケッチ風の軽い作品だが、ジャクスンらしい作品。

・「決闘裁判」について。留守中に持ち物を盗む老婦人の証拠をつかもうと、相手の部屋に侵入する女の話。妙にしんみりとした結末が味わい深い。

「歯」について。よくわからない話。歯を抜きに行くだけで幻想的な話になってしまう。


『野蛮人との生活』について
・作者自身の子育てにまつわるエッセイ集。これを読むと、語り手(ジャクスン自身)は優しく、ものわかりのいい母親に感じられる。『くじ』や『丘の屋敷』などを書いた作家とのギャップを強く感じる。

・収録作品『チャールズ』は、『くじ』と『野蛮人との生活』両方の短篇集に収録されている。『野蛮人との生活』の流れで読むと、子供に関する笑い話として読めるが、『くじ』の方で単体で読むと、邪悪な少年のホラー作品としての要素が強く感じる。


短篇集『なんでもない一日』について
「バージョン1 スミス夫人の蜜月」「バージョン2 新妻殺害のミステリー」について。殺人鬼らしい夫に気付かずに新婚生活を送る妻の物語。バージョン1では、夫の正体に気が付いていないように描かれているが、バージョン2ではそれを知りつつ、一緒に暮らしているように読める。バージョン2は非常にジャクスンらしく感じる。

・「ネズミ」について。ネズミを退治するため、罠を買うようにと夫は妻に命じるが…。非常に嫌な雰囲気の話。

・「なんでもない日にピーナツを持って」について。善悪の行為を交代で繰り返す夫婦の物語。「なんでもない日」というタイトルは皮肉が効いている。

・「悪の可能性」について。歪んだ信念から、周りの人間に悪意をばらまく匿名の手紙を投函していた老婦人が、その行為を知られた何者かから悪意のしっぺ返しを受けるという物語。結末の描写が印象的で、「悪意」というものについて非常にスマートに描かれた作品だと思う。


短篇集『こちらへいらっしゃい』について
・遺作である未完の長篇「こちらへいらっしゃい」の他、短篇と創作に関するエッセイがいくつか入っている作品集。創作エッセイは非常に参考になる。

・「夏の終り」について。リゾート地にシーズン後も残ることにした夫婦が、だんだんと孤立していく物語。なんともいえない嫌な味がある。

・「ルイザよ、帰ってきておくれ」について。家出して近くの町に隠れ住んでいた娘が、家族が自分を探していることを知り、知り合いと共に家に戻るが、家族は娘のにせものだと言って追い返されるという物語。非常にジャクスンらしい話だと思う。

・「夜のバス」について。老婦人がバスで降りる場所を間違え、最寄の宿屋に止まるがそこで恐ろしい体験をする…という話。『くじ』収録の「歯」と似た雰囲気がある。


・shigeyukiさんによる、ジャクスンと似た雰囲気を持つ作品のリスト紹介。
ジーン・リース「サルガッソーの広い海」
ハナ・グリーン「デボラの世界」
アンナ・カヴァン「アサイラム・ピース」
デューナ・バーンズ「夜の森」
残雪「黄泥街」
マーガニータ・ラスキ「ヴィクトリア朝の寝椅子」
イルゼ・アイヒンガー「より大きな希望」
ウニカ・チュルン「ジャスミンおとこ」
ソログープ「光と影」
ウィリアム・フォークナー「エミリーに薔薇を」
ヘンリー・ジェイムズ「ねじの回転」
P・K・ディック「暗闇のスキャナー」
J・G・バラード「楽園への疾走」
アーサー・マッケン「夢の丘」
リチャード・ブローティガン「ハンバーガー殺人事件」
西丸四方「病める心の記録 ある精神分裂者の世界」

・ソログープ「光と影」の結末は「ずっとお城で暮らしてる」の結末のイメージと近いものがあると思う。

・デューナ・バーンズ「夜の森」について。同性愛的・性的な要素の強い作品。

リチャード・ブローティガン「ハンバーガー殺人事件」について。ハンバーガーの代わりに拳銃を買ってしまう主人公の話。

・何が起こっているのかわからない、という作品がいちばん怖い。理屈に落ちない作品の方が心に残る。

・復刊されたアンソロジー『怪奇礼賛』(中野善夫/吉村満美子編 創元推理文庫)について。冒頭の収録作品が「塔」(マーガニタ・ラスキ)、最後が「のど斬り農場」(J・D・ベレスフォード)という構成はインパクトが強い。

・マーガニタ・ラスキ『ヴィクトリア朝の寝椅子』について。ヴィクトリア朝の寝椅子を手に入れたことから、ヴィクトリア朝の瀕死の病人に意識が転移してしまう婦人を描いた幻想小説。得体の知れない雰囲気が強烈。

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深海からの侵略  ジョン・ウィンダム『海竜めざめる』
B000J8U40E海竜めざめる (1977年) (ハヤカワ文庫―SF)
ジョン・ウインダム 星 新一
早川書房 1977-10

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 民間放送会社に勤めるマイク・ワトソンは、妻のフィリスとともに、空から謎の火球が海へと落下するのを目撃します。世界中で同様の目撃が相次ぐとともに、船が次々と姿を消します。
 火球の落下地点が全て海であることから、ボッカー博士は、宇宙からの知的生命体が深海へと侵入し、潜んでいる可能性を示唆します。やがて海から、有機体で構成された戦車が地上に上陸し、人類を捕獲し始めます。
 また、侵略者たちは氷河を溶かし、海面を上昇させ始めます。都市を水没させようというのです。数年のうちに、海面の水位は危機的な状態にまでなってしまいます。マイクとフィリスは高層ビルに籠城することになりますが…。

 ジョン・ウィンダム『海竜めざめる』(星新一訳 ハヤカワ文庫SF)は、宇宙から飛来した謎の生命体により、人類が絶滅寸前にまで追い詰められるという、いわゆる「破滅SF」に属する作品です。
 「侵略」とはいえ、最初の火球のほかは、侵略者そのものは全く姿を見せず、彼らの行いが間接的に及ぼす影響のみが描かれるのがユニークなところ。
 圧巻なのは、侵略者が作った戦車のような兵器が、人間を襲うシーンでしょう。一見生物のように見えますが、有機的な物質を組み合わせて作ったようなユニークな造形なのです。

 「侵略もの」といえど、人類対侵略者の戦い!みたいなことにはなりません。海で核爆弾を爆発させたりと、人類側の攻撃もあるのですが、基本的には侵略者側からの一方的な攻撃が続いていきます。やがて海面上昇により、都市の機能がマヒしていき、ゆっくりと人類が衰退していきます。
 後半は、侵略者側の動きはそれほど目立たず、都市を追われた人間たちの様子がじっくりと描かれていきます。ウィンダムの抑制のきいた筆致と、淡々とした記述もあって、寂寥感の感じられる味のある作品になっています。

 H・G・ウェルズの『宇宙戦争』をかなり意識したと思しい作品で(実際『宇宙戦争』に関する記述も出てきます)、侵略の様子とか、攻撃に使われる機械、結末の処理に至るまで、かなりの類似点があります。
 侵略者との戦いよりも、世界が海に沈み始めた後の、人類の黄昏の部分の方に力点が置かれた感じで、実際そちらの部分の方が味わいがありますね。
 古典的な作品ですが、今読んでも充分に面白い作品です。

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燃える世界  ステファン・グラビンスキ『火の書』
4336061750火の書
ステファン・グラビンスキ 芝田文乃
国書刊行会 2017-08-29

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 『火の書』(芝田文乃訳 国書刊行会)は、ポーランドの怪奇幻想作家ステファン・グラビンスキの3冊目の邦訳作品集。〈火〉にまつわるテーマを扱った作品が集められています。邦訳作品集3冊の中では、いちばんエンタテインメント性が強く読みやすいので、初めてグラビンスキを読む人にお勧めしたい作品集になっています。
 以下、各作品について紹介していきましょう。

「赤いマグダ」
 消防士のシュポナルは、ジプシーだった亡き妻との間の娘マグダについて悩んでいました。娘が行くところ、必ずといっていいほど火事が起こるのです。遠くへ預けていた娘が帰ってきたことから、再び騒動が起きますが…。
 火事を呼び寄せてしまう娘を扱った作品。火事は娘自身が起こしているのか、それとも…? その父親が消防士というところに皮肉が効いています。

「白いメガネザル」
 煙突掃除を生業とする親方は、徒弟があるビール工場に行ったまま帰ってこないことに気付きます。再度、別の徒弟を派遣するものの、彼もまた消息不明になってしまいます…。
 煙突に潜む怪物を描いた作品です。怪物が「メガネザル」のようだというところに違和感がありますが、これはこれでインパクトがありますね。

「四大精霊の復讐」
 消防本部長チャルノツキは、火に対する耐性が非常に強く〈耐火人〉と渾名されるほどでした。やがて彼は火の精霊からのメッセージを受け取ることになりますが…。
 火の精霊と戦うことになる消防士の物語。精霊側もさることながら、主人公の能力が人間離れしているところが面白いですね。

「火事場」
 何度家を建ててもすぐに火事になってしまうという呪われた土地。迷信に過ぎないと断じる男は、そこに家を建てて家族と共に移り住みます。最初は用心を重ねていた男は、やがて火をもてあそび挑戦的な態度を取るようになりますが…。
 冷静で現実主義的だった男が、火に関するオブセッションに囚われていくという作品。火遊びがエスカレートしていくところが読みどころです。

「花火師」
 王女との恋に破れた花火師は、世を拗ねてしまいますが、やがて運命の恋人と出会い変わっていくことになります…。
 グラビンスキには珍しいファンタジー作品。

「ゲブルたち」
 その精神病院では、院長の方針により患者の妄想を否定しないという方策をとっていました。行き着くところまでいけば偏執狂は良くなるというのです。ある心理学者が遺した論文を元に、病院内では拝火教のようなカルト宗教が発生していきますが…。
 狂気に囚われた心理学者が遺した論文により、カルトが発生するという物語。ポオの「タール博士とフェザー教授の療法」を思わせる作品です。

「煉獄の魂の博物館」
 その博物館では、煉獄の魂が残した焦げ跡を収集していました。やがて霊媒の女性を使った心霊実験が行われることになりますが…。
 実験の結果起こった心霊現象とは…。神秘主義的色彩の濃い作品です。

「炎の結婚式」
 その青年は火事の際にのみ性的興奮を覚える性質を持っていました。美しい未亡人と恋仲になるものの、日常生活では彼女を愛することができません。未亡人は彼に性的興奮を起こさせるために、自ら火事を起こしますが…。
 火を見ないと性的感興を憶えない青年の不幸な恋の物語。終始悲劇的なトーンの支配する作品です。

「有毒ガス」
 雪山で仲間とはぐれた若い技師は、ようやく旅籠のような建物を見つけ、そこに一夜の宿をとることになります。家のなかには、主と思しき老人と、肉感的な娘がいました。しかし、二人は互いに家の中には自分ひとりしかいないと言うのです…。
 怪しい雰囲気の老人と娘、彼らは人間なのかそれとも…? 怪奇色の濃厚な奇譚ともいうべき作品です。

 『火の書』には、小説作品のほか、グラビンスキのエッセイとインタビューが収録されています。エッセイ「私の仕事場から」は、短篇「機関士グロット」に関する創作秘話、「告白」は、自作について語った自伝的エッセイになっています。
 また「告白」では、自作の解説とともに、自らがポーランドにおいて幻想文学ジャンルをひとりで切り拓いたという自負も見えます。

 九年間、だれひとり注意を向けてくれなかったのです-私がこれまでポーランドになかった新しい文学ジャンルを創造していることに。私が厳密な意味での幻想小説、自立的かつ自律的な非ロマン主義的幻想小説のパイオニアであることに。ポーについてわれわれの国では下手で貧弱な翻訳を通して十のうち五しか知られていなかったとき、私自身まだマイリンクやスティーヴンソンの存在を耳にしたこともなかったとき-みずからの人生のヴィジョンを具現化できるかもしれないという憧れに押されて、私はみずからの手にシーシュポスの苦行〔果てしない徒労〕を引き受けました。

 当時、怪奇幻想ジャンルを独力で切り開いた、グラビンスキの作家としての自負心が見えるようです。

 エッセイやインタビューには、長篇作品についての情報も盛り込まれており、長篇も読んでみたくなります。邦訳を期待したいところですね。
 以前の邦訳作品集2冊もそうでしたが、今回の『火の書』の造本・装丁も素晴らしく、本そのものとしての魅力があることも付け加えておきましょう。

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怪奇幻想読書倶楽部 第9回読書会 参加者募集です
 2017年10月8日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第9回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2017年10月8日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:1500円(予定)
テーマ
第1部:怪奇幻想小説の叢書を振り返る
第2部:作家特集 シャーリイ・ジャクスン

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※個人の発表やプレゼンなどはありません。話したい人が話してもらい、聴きたいだけの人は聴いているだけでも構いません。
※基本的には、オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも、安心して参加できると思います。


 第1部のテーマは「怪奇幻想小説の叢書を振り返る」。
 戦後日本において刊行されてきた、怪奇幻想小説の叢書やシリーズについて話していきます。例えば《ドラキュラ叢書》《妖精文庫》《世界幻想文学大系》《異色作家短篇集》《バベルの図書館》《魔法の本棚》《ダーク・ファンタジー・コレクション》《ナイトランド叢書》など。
 それぞれの叢書の特徴や、セレクションの内訳、また刊行年代や、どのようにそれらが受容されてきたのかなども、合わせて検討したいと思います。

 第2部は「作家特集 シャーリイ・ジャクスン」。
 幽霊屋敷ものの名作『丘の屋敷』(『山荘奇談』)、暗黒のメルヘン『ずっとお城で暮らしてる』、いまだに論議を呼び続ける問題作『くじ』など、ワンアンドオンリーとしか呼びようのない作品を残した作家、シャーリイ・ジャクスンについて話していきたいと思います。
 近年、復刊や未訳作品の邦訳も進み、ジャクスンの多様な面に触れることができるようになってきました。ジャクスンについて語るには絶好のタイミングではないでしょうか。

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10月の気になる新刊
10月5日刊 レオ・ペルッツ『アンチクリストの誕生』(ちくま文庫 予価972円)
10月5日刊 J・P・ディレイニー『冷たい家』(ハヤカワ・ミステリ 予価1944円)
10月5日刊 W・ブルース・キャメロン『真夜中の閃光』(ハヤカワ文庫NV 予価1188円)
10月5日刊 ブレイク・クラウチ『ダーク・マター』(ハヤカワ文庫NV 予価1188円)
10月5日刊 鹿島茂『フランス絵本の世界』(青幻舎 予価3456円)
10月12日刊 エドワード・ゴーリー『思い出した訪問』(河出書房新社 予価1296円)
10月14日刊 C・S・ルイス『新訳 ナルニア国物語1 ライオンと魔女と洋服だんす』(角川つばさ文庫 予価713円)
10月16日刊 グスタフ・マイリンク『ワルプルギスの夜 マイリンク幻想小説集』(国書刊行会 予価4968円)
10月18日刊 J・L・ボルヘス『語るボルヘス 書物・不死性・時間ほか』(岩波文庫 予価626円)
10月18日刊 近藤ようこ(坂口安吾原作) 『桜の森の満開の下』(岩波現代文庫 864円)
10月18日刊 近藤ようこ(坂口安吾原作) 『夜長姫と耳男』(岩波現代文庫 1058円)
10月19日刊 クリストファー・プリースト『隣接界』(新ハヤカワSFシリーズ 予価2700円)
10月19日刊 フィリップ・K・ディック『銀河の壺直し 新訳版』(ハヤカワ文庫SF 予価886円)
10月19日刊 A・G・リドル『タイタン・プロジェクト』(ハヤカワ文庫SF 予価1123円)
10月21日刊 フランシス・ハーディング『嘘の木』(東京創元社 予価3240円)
10月25日刊 ジン・フィリップス『夜の動物園』(角川文庫 予価1166円)
10月25日刊 エセル・M・マンロー/サキ『サキの思い出 付サキ短篇選』(彩流社 予価2160円)
10月27日刊 山口雅也編『奇想天外 復刻版 アンソロジー』(南雲堂 予価1944円)
10月27日刊 山口雅也編『奇想天外 21世紀版 アンソロジー』(南雲堂 予価2160円)
10月27日刊 田中貢太郎『日本怪談実話(全)』(河出書房新社 予価1944円)
10月27日刊 『ユリイカ 11月号 特集スティーヴン・キング』(青土社 予価1512円)
10月29日刊 G・K・チェスタトン『ポンド氏の逆説 新訳版』(創元推理文庫 予価886円)


 10月の目玉はやはり、レオ・ペルッツ『アンチクリストの誕生』(ちくま文庫)と、グスタフ・マイリンク『ワルプルギスの夜 マイリンク幻想小説集』(国書刊行会)でしょうか。

 レオ・ペルッツ『アンチクリストの誕生』は、幻想的な歴史小説で知られる著者の初の邦訳短篇集。8編を収録とのこと。訳者の垂野創一郎さんが出していた私家版の短篇もいくつか収録されているようです。表題作『アンチクリストの誕生』は、サスペンス味たっぷりの歴史ロマン。以前に書いたレビューを載せておきます。
http://kimyo.blog50.fc2.com/blog-entry-564.html

 グスタフ・マイリンク『ワルプルギスの夜 マイリンク幻想小説集』は、ドイツ幻想小説の大家マイリンクの幻想小説集です。収録作は全て本邦初訳。『白いドミニコ僧』『ワルプルギスの夜』の2長篇小説のほか、短篇8編とエッセイ5編を収録だとのことです。

 『サキの思い出』は、サキの姉によるサキの評伝。こんなものまで訳されるとはびっくりです。短篇もいくつか収録されるようですね。

 南雲堂から刊行予定の『奇想天外 復刻版 アンソロジー』『奇想天外 21世紀版 アンソロジー』は、かって刊行されていたSF雑誌「奇想天外」のアンソロジー。実際に刊行されたバックナンバーからのアンソロジーと、現代でこの雑誌が刊行されたなら…というコンセプトで編まれた21世紀版アンソロジーの2冊となっています。
 収録内容が既に公開されていますが、それぞれ、小説、翻訳、評論、コラムとバラエティに富んだ内容ですね。翻訳ものだけでいえば、『復刻版』では、H・F・エリス、ロッド・サーリング、エヴァン・ハンター、ヘンリー・カットナー、オーガスト・ダーレス&マック・レナルズ、フィリップ・ホセ・ファーマー、『21世紀版』では、アーサー・モリソン、ウィリアム・トレヴァー、アントニイ・バークリー、カミ、ボブ・ショウなどの名前が挙がっています。これは面白そう。

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霊さまざま  木犀あこ『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』
4041061377奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い (角川ホラー文庫)
木犀 あこ
KADOKAWA 2017-09-23

by G-Tools

 新人ホラー作家の熊野(ゆや)惣介は、怪奇小説誌『奇奇奇譚』の編集者である善知鳥(うとう)とともに、心霊スポットを訪れ取材を重ねていました。
 霊を「見る」ことのできる熊野と、霊に「強い」善知鳥は、体験した怪奇現象をネタに作品を書こうというのです。
 複数の場所でそれぞれ違う形の霊と遭遇する二人でしたが、それらの霊には共通点がありました。霊は奇妙な音の組み合わせを発し、意志の疎通をしようとするかのように見えますが、それが叶わないと消えてしまうのです。霊現象の背後を調べるうちに、二人はある人物に行き当たることになりますが…。

 木犀あこ『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』(角川ホラー文庫)は、第24回日本ホラー小説大賞・優秀賞受賞作。ホラー作家と編集者のコンビが、心霊現象を調査していくという作品です。霊を見ることができるが対抗する力はない熊野と、逆に霊は見えないが対抗する力を持つ善知鳥を組み合わせているのが面白いところですね
 幽霊は存在するのかどうか?という点は疑問にされません。幽霊自体の存在は明確にされており、その上で、その霊がどういうものなのかを調査するという形になっています。

 怖がりである熊野と自信家である善知鳥のキャラクターの掛け合いもあり、心霊現象に遭遇しても陰惨な印象はありません。
 登場する個々の霊現象に関しても、それぞれ工夫がされていますが、特に面白いと思ったのは、植物園で起こる「謎の発光体」に関わる事件でしょうか。面白い形の霊が描かれ、それを認識する主人公の霊の捉え方も目から鱗でした。
 霊現象全体の謎の真相もなかなかユニークで、こういうアプローチの作品はあまり読んだ覚えがありません。作品全体に「メタな趣向」が使われているのですが、作家と編集者を主人公にしている必然性がちゃんと感じられるところに、非常に感心しました。

 わりと短い枚数の作品ですが、テンポは良く、リーダビリティは高いです。序盤で、「全く別の霊が、共通した振舞いを示すのはなぜなのか?」という謎が提示され、主人公たちの目的が明らかになるのが早いのも影響しているのでしょうか。
 作家である主人公の作品名がたびたび言及されますが、「さもなくば胃は甘海老でいっぱいに」「付喪神デッドパレード」「家具とそうでないものとの区別がつかない男性作家」など、面白そうなタイトルで、こちらも読んでみたくなりますね。
 善知鳥の力の由来が何なのかはまだ描かれておらず、続編が書かれるならそちらで描かれることになるのでしょうか。
 アイディアに溢れた丁寧な作品で、怪奇小説ファンとしては非常に満足のゆく作品でした。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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