先日、収録作品を紹介した『新・幻想と怪奇』 (仁賀克雄編訳 ハヤカワ・ミステリ)が発売されましたので、内容を紹介したいと思います。 結果から言うと、編者が以前に編んだハヤカワ文庫版の『幻想と怪奇』に連なる路線のアンソロジーでした。狭義の「怪奇小説」だけでなく、SFやミステリ的な要素も含んだ、エンタテインメント作品全般を集めたアンソロジーになっています。 それでは、以下いくつかの作品について、ご紹介します。
ローズマリー・ティンパリー『マーサの夕食』 家事をそつなくこなし、夫に対して常に尊敬の念を忘れない理想の妻マーサ。それをいいことに、夫のポールは愛人エステルとの逢瀬を繰り返していました。しかしある日、約束通りエステルの家に着くと、彼女はいませんでした。不審に思いながらも、自宅に戻ったポールに対し、マーサは不可解な態度をとりますが…。 完璧な妻マーサが見せる静かな狂気とは…? 抑えた筆致で描かれるサイコ・スリラーの佳品です。
ロバート・シェクリイ『思考の匂い』 星間郵便配達人のクリーヴィは、宇宙船の故障で、未開拓の惑星に不時着を余儀なくされます。その星で出会った生物には、どれも眼と耳がありませんでした。しかしそれにもかかわらず、獣たちは、クリーヴィを食べようと襲ってきます。なんと獣たちはテレパシーで思考を読むことによって、獲物をとらえていたのです! クリーヴィは彼らの注意をそらせようと、必死に考えますが…。 「思考の匂い」が読まれてしまう惑星で、獣たちから逃れようとする男を描いたアイディア・ストーリーです。思考の中で牝になってみたり、猛獣になってみたりと、試行錯誤が非常に愉しい作品。
チャールズ・ボーモント『不眠の一夜』 怪奇現象について盛り上がっている一座のなかで、ひとり沈黙を守っている男クリールは、皆の求めに応じて自らの体験を語り始めます。それは奇妙な話でした…。 非常に短い作品ながら、無気味な余韻を残す都市伝説風の奇談です。
アンソニイ・バウチャー『ジェリー・マロイの供述』 芸人コンビ、ジェリーとジーンの人気はうなぎのぼりでした。しかもジーンには、ステラという美しい恋人もできていたのです。しかしジーンとジェリーとの仲を嫉妬するステラは、ジーンにジェリーとのコンビを解消するようにそそのかします…。 人間関係のもつれから破局が訪れるクライム・ストーリー、と思いきや、語りに仕掛けがしかけられています。結末を読んでから再読したときに、その上手さが感じられる技巧的な作品。
アラン・ナース『虎の尾』 万引を繰り返す女を見つけたデパートの店員は驚きます。ハンドバッグの中に、とんでもない数の品物を放り込んでいたからです。しかもそれだけの品物を入れながら、ハンドバッグは一向に膨らまないのです。やがて捕らえた万引犯は、万引の事実を覚えていませんでした。ハンドバッグを調べた科学者のコリンズは、バッグの中は別の世界に通じていることを発見しますが…。 バッグを通じて品物を集める「かれら」の目的はいったい何なのか? 侵略SFのバリエーション的な作品です。
リチャード・ウィルスン『ひとけのない道路』 夜半まで運転していた男は、眠気を感じて、コーヒーでも飲もうと食堂に立ち寄ります。店には客はおろか、店員もいませんでした。不審に思いながらも、料金を置いて運転に戻った男は、ガソリンスタンドにも、町にすら人が一人もいないのを確認して、驚きを隠せません…。 自分以外の人間がいなくなってしまうという、いわゆる「マリー・セレスト」風奇談。過去に死んだ息子の話をからめて、主人公の孤独感がじつに上手く表現されています。雰囲気もすばらしい傑作。
ウィリアム・テン『奇妙なテナント』 ビル管理の責任者ブレイクのもとに、ある日、奇妙な二人組が現れます。トウフとボウフと名乗る二人組は、十三階のフロア全体を借りたいと申し出ます。しかしこのビルの十二階の次は十四階であり、十三階は存在しないのです! ブレイクは事情を説明し断りますが、二人組は本社にかけ合い、十三階を借りてしまいます。やがて訪れた二人組はエレベーターに乗って、存在しないはずの十三階に行ってしまいます。掃除婦やエレベーター係などから、十三階が実在することを聞いたブレイクは、真偽を確かめるため、十三階に行こうとしますが、どうしてもたどり着くことができません…。 存在しない十三階をめぐる、スラップスティック風味のファンタジー短編。終始、陽気な雰囲気で進むものの、結末はかなりブラックです。
A・M・バレイジ『暗闇のかくれんぼ』 クリスマス・イブの夜、ジャクスンは遊びに加わらない理由を訊ねられ、話を始めます。過去にかくれんぼの最中、階段から落下して死んだ女の子がいたというのです。そして数年後、「スミー」と呼ばれるかくれんぼを同じ屋敷で行った客たちは、不思議な現象に出会います…。 内容的にはオーソドックスなゴースト・ストーリーですが、語り口が上手いので、飽きさせずに読ませます。かくれんぼの最中に起こる怪奇現象の雰囲気は秀逸。
リチャード・マシスン『万能人形』 芸術家の夫妻の間に生まれた赤ん坊ガードナーは、ひどく性格が悪く、両親の作品を壊しては、親を嘆かせていました。子供に友人を与えればおとなしくなるのではないかと考えた母親は、高価な「万能人形」を買い与えます。歩き、話し、食べることもできるその人形を与えてから、ガードナーはおとなしくなったように思えましたが…。 赤ん坊に悩まされる夫婦の話、なのですが、ストーリーが進むにつれブラックな雰囲気が増していく怪作。
ローズマリー・ティンパリー『レイチェルとサイモン』 ジョンは、引越先で出会った美しい女性アンジェラ・フランシスに心惹かれます。彼女にはレイチェルとサイモンという二人の子供がいるという話を聞きますが、夫は亡くなっていると知り、彼女と親交を深めようと考えます。しかしいつまで経っても、レイチェルとサイモンには会えず、姿はおろか声さえも聞くことができません。やがてジョンは、用務員から、アンジェラには子供などいないということを聞きます…。 いないはずの子供がいると言い張るアンジェラは気が狂っているのだろうか? やがて破局が訪れて…。 ティンパリーの名作短編『ハリー』にも通じるところのある、ゴーストストーリーの変種的作品。ただ結末はやさしさに満ちていて、読後感は悪くありません。
既訳もいくつかあるものの、全体的に質が高く楽しめます。ハヤカワ文庫版『幻想と怪奇』が好きだった人は買いでしょう。もちろん、旧版を読んでない方にもお勧めです。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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