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人間の罪と罰  ヒュー・ウォルポール『暗い広場の上で』

暗い広場の上で (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) (日本語) 新書 – 2004/8/10


 ヒュー・ウォルポールの長篇『暗い広場の上で』(澄木 柚訳 ハヤカワ・ミステリ)は、悪や良心、罪の意識など、人間の暗い部分をテーマにした、重厚な心理サスペンス作品です。

 第一次大戦後のロンドン、経済的に困窮したディック・ガンは、そのプライドから、少ない所持金を食事ではなく散髪に費やすことにします。床屋で乱闘騒ぎに巻き込まれたディックはその最中、十数年前に友人たちを追い込んだ仇敵ペンジュリーの姿を目撃します。
 ペンジュリーの後を追ったディックは、その先でかっての友人たちと再会します。紳士ながら癇癪もちのジョン・オズマンド、その友人のブラーとヘンチ、そしてかってディックが思いを寄せていたオズマンドの妻ヘレンもそこにはいました。
 オズマンド、ブラー、ヘンチは、かってペンジュリーの密告により服役を余儀なくされたという過去がありました。ヘンチに至っては間接的に妻の死にもつながったというのです。ペンジュリーから会見を申し込まれたと話す彼らに、ディックも同席することになりますが、会見は不穏な雰囲気で始まります…。

 卑劣な脅迫者ペンジュリーに相対した男たちが、その怨恨から彼を殺してしまうことになり、その罪をめぐって苦しむことになる…という心理サスペンス作品です。
 語り手はディックなのですが、作品の実質的な主人公はオズマンドとなっています。
このオズマンド、普段は温厚で、男気のある紳士なのですが、癇癪癖があり、激昂するとその場を台無しにするような言動を自分でも抑えられない、という設定です。正義感も強いだけに、ペンジュリーの不遜な態度を前にして、怒りを抑えられなくなってしまい、彼を殺害してしまうことになります。
 仲間内でも、自首するべきという意見とこのまま闇に葬るべきだという意見が対立し、結局は犯罪の痕跡を隠そうとするのですが、その過程で再び問題が持ち上がってしまいます。また、オズマンドに対して恐れを感じていた妻ヘレンも、夫がついに殺人に手を染めてしまったことで、その夫婦間の亀裂が決定的になってしまいます。そこへ、かって思いを寄せたこともあるディックが現れたことで、犯罪の後始末と同時に、奇妙な三角関係をも生まれてしまうことになります。
 恐れを感じながらも夫を守る義務に駆られるヘレン、ヘレンを愛しながらも、友人であるオズマンドを裏切ることはできないと自制するディック。それぞれの登場人物が心の闇を抱えていくことになるのです。

 そもそもペンジュリーに密告されることになった事件自体も、オズマンドら三人のいたずらじみた動機が元になっており、その意味では彼らにも責任があるのです。彼らもそれは分かっているだけに、卑劣な脅迫者とはいえ、ペンジュリー殺害に対して罪の意識を持つことになってゆく、という流れには非常に説得力がありますね。

 殺人を含め、作中で起こる事件はそれほど派手なものではなく、そのストーリー自体にも特に捻りがあるわけではありません。ただ登場人物たちの心理描写は厚みがあって、その緊迫感は強烈です。特に殺人が起こってからの緊張感は半端ではなく、異様な読み心地のサスペンス作品として一読の価値があるのではないかと思います。
 超自然現象は起こらないのですが、個人的な読後感としては、ほとんど幻想小説に分類してもおかしくない作品だと思います。クライマックスに至っては、ほとんど「幻視」といっていいほどのシーンが描かれています。


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神話と宿命  アラン・ガーナー『ふくろう模様の皿』

ふくろう模様の皿 (児童図書館・文学の部屋) (日本語) 単行本 – 1972/1/20


 アラン・ガーナーの長篇『ふくろう模様の皿』(神宮輝夫訳 評論社)は、夫と妻、その愛人にかけられた呪いの伝説が現代に再現されるという、神話的なファンタジー作品です。

 母親マーガレットが再婚したことから、義理の父親クライブとその息子ロジャと家族になった少女アリスン。家族と共にウェールズの別荘にやってきたアリスンとロジャは、現地の家政婦として雇われたナンシイの息子グウィンと友人になります。
 子どもたちは屋根裏部屋からたくさんの皿を見つけます。皿に描かれた花柄の模様を引き写していたアリスンは、それがの隠し絵になっているのを発見します。フクロウの模様を切り抜いてみるものの、それらはいつの間にか姿を消してしまいます。
 また川辺で遊んでいたロジャは、穴が空いた状態の妙な岩を見つけていました。
 やがてグウィンはアリスンに恋するようになっていきますが、それに嫉妬したロジャは、グウィンを敵視し始めます。
 グウィンの母親ナンシイは、息子がアリスンに関わることを止めようとします。彼女を含め村の人々は何かを知っているようなのですが、グウィンにはそれを話そうとしません。唯一グウィンに話をしてくれるのは、精神をおかしくしながらも村人たちには敬われているらしい老人ヒューでした…。

 アリスンとその義兄ロジャ、アリスンに恋するグウィンの三人が三角関係となる物語なのですが、そこに神話の時代から続く呪いが彼らのもとに降りかかる…というファンタジー作品になっています。

 テーマとなる伝説は『マビノーギオン』から取られたという次のようなもの。
 母親の呪いによって人間の妻を娶ることができなくなった男フリュウが、ギディオンにより花から作られた女プロダイウィズを娶って夫婦となります。しかしプロダイウィズは愛人グロヌーを作り、フリュウを殺そうとします。
 ギディオンの力により一命を取り留めたフリュウはグロヌーを殺し、プロダイウィズは罰としてふくろうに変えられてしまいます…。

 伝説が呪いとなり息づく土地で、現代の少年少女にも同じ運命が降りかかっていくことになります。グウィンはやがてその伝説を知り、自分は別の運命をつかみ取ろうとするのですが、結局は伝説をなぞるようになってしまうことになるのです。
 伝説の呪い以前に、アリスンとグウィンの階級と民族的な違いが二人を引き裂く形になっています。アリスンは資産家の娘でイングランド人、グウィンは下層階級の息子でありウェールズ人。またグウィンがアリスンを思うほどには、アリスンはグウィンのことを思っておらず、その温度差も悲劇を呼び込む原因となってしまいます。

 運命によって悲劇を決定づけられた恋を描く作品ですが、そもそもその恋自体が本当に自分たちの意思で発生したものなのかどうか、というテーマも見え隠れしますね。
 ロジャやその父親クライブのセリフに顕著ですが、イングランド人である彼らの、ウェールズ人に対する軽蔑の念も描かれています。一方、現地のウェールズの人々は伝説を信じ込む迷信深い人々として描かれているのも特徴的ですね。
 今まで何度もそれが繰り返されてきたことから、現代においても伝説が再現されると信じて止まない村人たちの様子が描かれるのですが、彼らはただ傍観するだけ…というあたり、非常に怖いです。
 傍観する周囲の人物たちに比べ、自分の息子がそれに関わらないように厳しい態度を取る母親ナンシイのキャラクターもインパクトがあります。

 最初は仲良くしていた三人が、それぞれの親からの影響もあり、自分たちの立場を認識していくことになります。親と同様、将来の安泰な立場が用意されているアリスンとロジャ。自分の力で将来を切り開いていかなければならないグウィン。
 グウィンのことを思いながらも、自分の立場を捨てることまではしないアリスン。その不和が、自分たちの意思とは必ずしも関係なく、伝説の三人と同じ立場に彼らを追い込んでいくことになります。三人の中で一番独立心を持ち、周りの意見に左右されない人物として描かれるグウィンが、またそれゆえに伝説と同じような立場に自分を追い込んでしまう…という流れは皮肉です。

 描かれた物語の象徴性が高く、いろいろな意味や伏線を織り込んだ作品になっています。その意味で物語を解読するのはかなり難しく、再読、三読したときにいろいろ気づきをもたらす作品ではないでしょうか。
 物語に埋め込まれた花やふくろうのモチーフも美しく、特に結末シーンのイメージはひときわ輝いています。

 ちなみに、本作は『マビーノギオン』のエピソード「マソウヌイのむすこ、マース」を元にしたストーリーではありますが、作中でその伝説の概要が語られるので、原話を知らなくても読むのに支障はありません。


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怪談さまざま  南條竹則『ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚』

ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚 (日本語) 単行本 – 2020/1/7


 南條竹則『ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚』(KADOKAWA)は、英国の怪談や伝承、民話などについて語った随筆集です。

 主に英国の民間伝承的な題材を扱っていますが、関連して、そうした分野について書いた作家やその創作についても触れています。また東西における類似テーマや、著者自身の体験やエピソードなど、話題は幅広く、読んでいて非常に楽しいエッセイ集となっています。
 章によっては、ジェームズ・ブランチ・キャベルやフィオナ・マクラウドの短篇の翻訳がまるまる収録されている部分もあり、読み進めていくうちにそんな短篇に出会うと、ちょっと得した気分になりますね。

 肩の凝らない読み物ではあるのですが、ミルトンやコールリッジなど、英国の大詩人たちの作品について紹介した部分もあり、教養書としても役に立つ本です。詩人が紹介されていることからも分かるように、詩や韻文、古歌謡などが重要なテーマとして扱われています。
 怪談といえば散文という意識が強かったので、これだけ韻文による怪談の伝統がある、というのは目から鱗でした。

 面白く読んだのは、東西の類似テーマについて語った「アイルランドの「杜子春」物語」、バラッドを中心に魔性の恋人テーマを紹介する「魔性の恋人」、バーラム『インゴルズビー伝説』をメインに紹介した「栄光の手」、ファム・ファタルについて語る「おとこごろし」、ジョージ・ボロー『ラヴェングロー』を中心に、木に触るという迷信と強迫観念について語った「木にさわる男」、オーストラリアの有名な幽霊事件について語る「見えない幽霊」などの章でしょうか。

 博覧強記、ユーモアたっぷりの語り口で洒脱な本です。この分野では等閑視されがちな、詩や韻文を大きく取り上げているのもユニークですね。とにかく読んでいて楽しい本になっています。

 特筆したいのは、本の装丁と造本です。金の箔押しがされた表紙も美しいのですが、紫インキによる本文印刷も美しいです。色付きインキは読みにくいのでは?と思いがちですが、可読性は墨のインキとそう変わらないです。
 造本と内容、ともに瀟洒な本といっていいのではないでしょうか。


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小鳥の世界  マルセル・エーメ『他人の首・月の小鳥たち』

他人の首・月の小鳥たち (1958年) - – 古書, 1958/1/1


 マルセル・エーメの『他人の首・月の小鳥たち』(宗左近訳 東京創元社)は、「他人の首」「月の小鳥たち」の二篇を収録した戯曲集です。

「月の小鳥たち」
 大学入学資格試験予備校が舞台、校長のシャベールは、娘のエリザから、彼女の夫であり学校の教師として働くヴァランタンについて相談をしたいと打ち明けられます。
 現れたヴァランタンは、ジュール・ヴェルヌとセギュール伯爵夫人の本を読んだ結果、他人を小鳥に変えてしまう能力を得たというのです。話を信じないシャベールでしたが、直後に彼の妻が小鳥になってしまったことを知り、ヴァランタンの力を信じざるを得なくなります。小鳥になった方が幸せだという持論を持つヴァランタンは、学校の生徒やその親たちを次々と小鳥にしていきますが…。

 唐突に人を小鳥に変えてしまう能力を手に入れた男が巻き起こすトラブルをコミカルに描いた不条理劇です。
 小鳥に変えるはいいものの、元に戻す力はなく、そのために鳥になった直後に猫に襲われて死んでしまう者も現れます。
 行方不明になった人を調べに訪れた警察関係者も、片っ端から小鳥にしてしまうのです。
 序盤で小鳥にされてしまうシャベール夫人が、亡くなった富豪の親戚の遺産相続者になっていたことがわかり、その相続をめぐって娘たちが争ったり、ヴァランタンが学校の秘書シルヴィに恋してしまったりと、様々な要素が絡み合って、非常に複雑なお話になっています。
 脱走した元シャベール夫人の小鳥が、これまた小鳥に変えられた教師と並んでいるところを、片方が猫に食べられてしまい、生き残ったのは一体どちらなのか? という謎も面白いですね。
 奇想天外な設定と展開ながら、登場人物の心理はリアルです。特に事件の張本人ヴァランタンとその妻エリザ、ヴァランタンが恋する少女シルヴィとその恋人マルチノンの関係も複雑で、恋愛物語としても面白く読めます。
 一連の事件の解決方法が突然訪れる、いわゆる「デウス・エクス・マキナ」的な結末なのですが、それもファンタジーに満ちたこの作品には合っているのかもしれません。

「他人の首」
 マイヤール検事は、証拠のあまりない難しい殺人事件の容疑者に死刑に追い込んだことで高揚していました。妻と友人が出かけた直後に、友人のベルトリエ検事の妻で愛人であるロベルトと逢引をしていたマイヤールは、突然闖入者の訪問を受けます。
 それはマイヤールが死刑宣告したばかりの男ヴァロランでした。輸送車が事故に会い運よく逃げ出したというのです。彼は自分が無実だと訴えます。何故なら殺人があった晩にはある女性と一緒であり、その女性とは今この場にいるロベルトだと言うのです。
 ロベルト自身もそれを認めた結果、マイヤールは困った立場に立たされます。無実である以上、ヴァロランの冤罪を証明しなければならないが、それをするためにはマイヤールやベルトリエのスキャンダルにもつながりかねないのです…。

 殺人容疑で死刑囚となった男の冤罪をめぐって展開される、恐ろしく複雑怪奇な心理サスペンス劇です。
 マイヤールは友人ベルトリエの妻ロベルトと浮気をしているのですが、このロベルトが稀代の悪女で、無実なのを知りながら、ヴァロランが死刑宣告されるのを見ていたというとんでもない人物。
 かといってヴァロランが善人なのかといえばそうではなく、こちらはこちらで悪質な女たらしなのです。滞在することになったマイヤール家で、マイヤールの妻ジュリエットを誘惑して愛人にしてしまうという始末。
 ヴァロランに再度興味を持ち出したロベルトとジュリエットが対立し、またジュリエットはマイヤールに対してヴァロランをかばう、その間にもマイヤールとベルトリエは事件をいかに穏当に済ませようかと考えている、という具合。
 登場人物たちの愛憎が次々に入れ替わっては、敵味方もどんどん入れ替わるというサスペンスは強烈です。
 実際の殺人事件の真犯人は誰なのか? という部分も意外にちゃんとしていて、結末までに解決されることになります。
 主要な登場人物たちがそろってモラルのない利己的な人物たちなので、その点あまり愉快な話ではないのですが、お話の面白さは格別で、次にどうなってしまうのか、ハラハラドキドキ感がありますね。
 上質なユーモア・サスペンス劇で、上演当時人気があったというのも頷けます。


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わたしだけのもの  ロバート・R・マキャモン『マイン』

マイン〈上〉 (日本語) 単行本 – 1992/3/1

マイン〈下〉 (日本語) 単行本 – 1992/3/1


 ロバート・R・マキャモンの長篇『マイン』(二宮磬訳 文藝春秋)は、1960年代過激派の生き残りの女が、崇拝する過激派リーダーの男に捧げるために生まれたばかりの赤ん坊を病院から盗み出し、それを生みの母親が追跡するという、強烈な情念に満ちた物語です。

 1960年代に活動し暴力行為や多数の殺人までも引き起こしたテロリスト集団ストーム・フロント。警察の襲撃を受けてメンバーはバラバラになりますが、そこに所属していたメアリー・テラーは、17年経った今もストーム・フロントのリーダーだったロード・ジャックを崇拝していました。
 雑誌広告でかつての仲間からと思しい文章を読んだメアリーは、それがロード・ジャックからのメッセージだと思い込みます。長年の荒んだ生活により狂気に陥っていたメアリーは、かって失ったジャックと自分との子供を再度ジャックに捧げようと考え、病院に侵入して、新生児を盗み出します。
 一方、生まれたばかりの息子デイヴィッドを誘拐されたローラ・クレイボーンは、息子を取り戻すため誘拐した女の後を追おうと必死に情報を集め始めます。1960年代に関する本の著者マーク・トレッグスが何か情報を知っているのではないかと考えたローラは、トレッグスに接触しますが…。

 狂気に冒され新生児を盗み出した女と、それを追う生みの母親の闘争を描いたサイコ・サスペンス作品です。
 子供を盗み出すメアリーのキャラクターが強烈です。大女で怪力を持ち、人を殺すことに躊躇いがない残酷な人間として描かれています。顔を見られただけで、大人はおろか初対面の見知らぬ子供を射殺したりと、その行動は危険そのもの。
 一方メアリーを追うローラは、自身もまた1960年代的な思想に共感を抱きつつも、暴力自体は嫌う温厚な人物として登場しますが、子供を取り戻すために、だんだんと狂気じみていくことになるのです。

 メアリーは普段は冷静なものの、突然狂気の発作に囚われると何をしでかすか分からないという危険極まりない設定です。しかも自分が追い詰められたときには、子供と一緒に自殺するという覚悟を固めているために、下手に刺激ができません。
 子供を傷つけずに、いかにローラがメアリーを追い詰めていくのかというところが読みどころですね。

 メインとなるメアリーとローラの他に、重要な人物として登場するのが、かってのメアリーの仲間である、ディーディーことベデリア・モース。
 かっては過激行為をしていたものの、後悔に囚われ、現在は姿を隠しつつ平穏に暮らしていたものの、メアリーが赤ん坊を誘拐したことを知り、嫌々ながらローラに協力することになります。厄介ごとに巻き込まれるのを嫌がりながらも、その追跡行で、ローラとの間に奇妙な友情が生まれていく、というのも面白いところです。
 ローラ(とディーディー)が、メアリーに接触するたびに戦いが始まるのですが、これが本当に血みどろ。互いに重症を追いながらも、そのたびに逃げ出すメアリーも相当なのですが、それをさらに追い詰め続けるローラの精神力も本当に強烈です。その途中で、メアリーを長年追い続ける別の人物もその追跡行に加わることになり、後半の展開は波乱万丈どころの騒ぎではありません。

 かって過ごした時代と愛した男に執着するメアリー、夫の愛を失い子供しかいないと思いつめるローラ、人生の後悔からローラと自分を同一視していくことになるディーディー、三人の女たちの〈マイン〉とは何なのか?
 登場する男性キャラが総じて影が薄いのに対して、メインとなる三人の女性キャラクターは本当に強烈です。シンプルなお話ではありながら、その情念の強烈さで最後まで読まされてしまいますね。


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世界の終末  ウィリアム・ホープ・ホジスン『異次元を覗く家』

異次元を覗く家 (ナイトランド叢書) (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2015/10/22


 異次元の怪物、宇宙の終末…。ウィリアム・ホープ・ホジスンの長篇『異次元を覗く家』(荒俣 宏訳 アトリエサード)は、巨視的なスケールで描かれた怪奇幻想作品です。

 いわくのある古い屋敷にやってきた老人の「わたし」は、妹のメアリ、愛犬のペッパーと共に、そこに長らく住んでいました。ある日書斎で「わたし」は奇妙な体験をします。それは自分の体が地球から離れ、別の世界へ行くというものでした。
 そこで「わたし」は、巨大な異教の神々のようなものに取り囲まれた円形の場所で、自分の家とそっくりながら、ずっと大きな建物を目撃します。その体験からしばらくして、家の近くの深い谷間〈窖(ピット)〉を訪れた際に、ペッパーが何者かに襲われ怪我をしてしまいます。
 「わたし」がかすかに目撃したのは、ブタに似た顔を持つ人間に似た生物でした。それからその怪物たちが太陽に屋敷の周囲に現れ、家の中に侵入しようとし始めます。「わたし」は屋敷にこもり、怪物たちを撃退しようとしますが…。

 様々な要素の盛り込まれた、魅力的な怪奇幻想小説です。一見、つながりや理由のわからない現象や事件が立て続けに起こり、その意味ではバランスが悪いと言えるかもしれないのですが、その個々のエピソードや要素が、どれも魅力的なガジェットに満ちているのです。
 いわくのある謎の館、ブタに似た怪物の襲撃、時間の加速現象、宇宙の終末の幻視、幻の恋人…。メインとなるのは、怪物に襲われた屋敷を守ろうとする主人公の冒険が描かれる部分でしょうか。アクション要素も多く、血湧き肉躍るエピソードとなっています。

 一番印象に残るのは、中盤から突然現れる時間加速現象です。屋敷で老人が気がつくと、周囲の時間の経過速度が異常に早まっていたのです。愛犬の体が灰のようになってしまったり、部屋の周囲が段々とくずれていく、という描写には、強烈なインパクトがあります。
 地球どころか、太陽、さらには宇宙自体の終末を示唆するかのような描写までが描かれ、その巨視的なスケールには唖然としてしまいます。

 物語の構成も入り組んでいます。館に住む老人が体験したことを手記に綴っており、これが本編となっています。その手記をアイルランドのクライテン村の南の廃墟で発見したのが、そこにキャンプに訪れていた二人組の男性ビレグノグとトニスン。
 その手記を手に入れたホジスンが、註を付して公開した、という設定になっています。ですので、わかりにくいのですが、序盤のトニスンと共にキャンプに訪れて手記を発見したという「わたし」はホジスンではなくてビレグノグになります。

 物語が終わっても不可解な点が多く残るのも特徴です。館に住む老人と妹の素性や、なぜいわくのある館に住むことに固執したのか、館はいったい何なのか、時間加速現象は実際にあったのか、異教の神々のような存在は何なのか、ブタ人間たちの正体とは、〈窖(ピット)〉とは何だったのか、など、山のような謎が残るのですが、逆にそれがこの作品のミステリアスさでもあり、想像力を刺激するところでもありますね。
 全てが手記の著者の老人の妄想と取る解釈も、難しくはあるでしょうが、取れなくもありません。また、個人的な意見ですが、結末付近で明かされる事実からは、パラレルワールドという解釈もできそうな感じもします。
 いちばんはっきりしないのは、老人の前に何度か現れる、謎の女性の存在でしょうか。実在した女性の魂なのか、そもそも初めから精神的な存在なのかもはっきりしません。ただ、物語の他の要素にインパクトがありすぎて、この女性の存在は少しかすれ気味にはなっていますね。

 とにかく、懐の広い怪奇幻想作品(という言い方も妙ですが)で、読む人によってその感想もいろいろ変わってくる作品かと思います。

 解説で、ホジスン作品が作中で言及されている作品として、ヘンリー・S・ホワイトヘッドの「あかずの部屋」が紹介されています。こちらの短篇が近年邦訳紹介されたので、こちらもついでに読んでみました。


ナイトランド・クォータリーvol.10 逢魔が刻の狩人 (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2017/8/28


H・S・ホワイトヘッド「開かずの間」(牧原勝志訳「ナイトランド・クォータリー vol.10」アトリエサード 収録)

 ある宿屋での奇怪な事件の調査を依頼されたカルース伯爵は、ジェラルド・ケインヴィンと共にブライトン街道にあるというその宿に向かいます。
 宿の主人のウィリアム・スノウが語るには、宿内の皮の靴が消え始め、やがては革製品全般が消えるようになったというのです。大量の金銭の入った袋までが消えるに及び、スノウは助けを求めることになったというのです。
 宿屋の中にある「開かずの間」に関心を抱いたカルース伯爵は、その来歴を聞くことになりますが…。

 オーソドックスな幽霊物語なのですが、革製品ばかりが消えるという、どこかユーモラスな設定もあり、楽しいゴースト・ストーリーになっています。登場する幽霊もすごく「人間的」ですね。
 作中で、類似する怪奇現象の例として、ホジスンの『幽霊狩人カーナッキ』が言及されています。


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大殺戮!  ハリー・アダム・ナイト『恐竜クライシス』

恐竜クライシス (創元推理文庫) (日本語) 文庫 – 1994/11/1


 イギリスの作家、ハリー・アダム・ナイトの長篇『恐竜クライシス』(尾之上浩司訳 創元推理文庫)は、田舎町の人々が復活した恐竜に襲われるという、パニック・ホラー小説です。

 イギリスの片田舎で、農夫が正体不明の獣に襲われ惨殺されます。また、議員の息子、主婦やその娘など、犠牲者が連続するに及んで、地元で私設動物園を経営する資産家の貴族ペンワード卿は、事件は動物園から逃げ出したシベリア虎のせいであると発表し謝罪します。
 虎の射殺で幕を閉じたかに見えた事件でしたが、殺害現場の証拠隠滅など、怪しげな面を見て取った新聞記者パスカルは、ペンワード卿が何か秘密を隠していると感じ取り、彼の周辺を調査し始めますが…。

 復活した恐竜に人々が襲われる…というホラー作品です。序盤では、主人公の記者パスカルには謎の獣の正体が分からず、その秘密を探っていくわけですが、読者には既に恐竜が人々を襲っていることが明かされてしまっているので、そのあたりの謎解きの面白さはあまりありません。
 この作品の一番の面白さは、圧倒的な攻撃力を持つ恐竜が、一方的に人間を蹂躙していく、という部分にあります。この恐竜たちが本当に凶悪で、人間を餌としてしか見ておらず、生きながら食べられてしまったりする人たちも描かれます。戦おうとしても、鉤爪で攻撃されたらほぼ一撃で死亡してしまうという強烈さ。
 銃など、強力な兵器を使えば倒せないことはないのですが、それでも油断したらあっという間にあの世送りになってしまうのです。
 後半、ある理由で大量の恐竜たちが町中にあふれ出し、酸鼻を極めた展開になるのですが、ここは作者の筆も乗っていますね。彼らに襲われた人々が次々恐竜の餌食になっていく展開には、爽快感さえ感じられます。

 非常に面白いB級ホラー作品といえるのですが、残念なのは、主人公パスカルとその同僚で恋人のジェニーが、キャラクターとしての魅力に欠けるところでしょうか。特にパスカルの性格は、ひがみっぽく利己的なので感情移入しにくいですね。
 作品が始まった時点で、もともと恋人だった二人が、感情のもつれから別れかかっているという設定で、事件を通して二人の仲が元通りになる…という展開なのですが、この二人、どちらも浮気っぽく、作中でそれぞれ他の相手と浮気をしているのです。
 主人公カップルの恋愛パートがかなり下世話な感じになってしまっているのが目立つのですが、そもそも作品全体がB級に徹した作りではあるので、その意味では作品のカラーに合っているとはいえるでしょうか。
 逆に、パスカルの浮気相手となるペンワード卿夫人のジェーンは、その情熱的な性格から後半の物語を動かす原因ともなる人物で、このキャラクターの方が主人公カップルよりもよほど魅力的に描かれていますね。
 ただ、恐竜がこれでもかとばかりに暴れるシーンがたっぷり描かれており、それが主眼のお話ではあるので、人物描写部分が多少荒くとも、あまり欠点とはなっていないように思います。
 豪快なモンスター・ホラーがお好きな方にはお薦めしておきたい作品です。


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楽園の行方  アンリ・ボスコ『ズボンをはいたロバ』
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 フランスの作家アンリ・ボスコ(1888-1976)の長篇小説『ズボンをはいたロバ』(多田智満子訳 晶文社)は、「楽園」をテーマにした、秘教的な幻想小説です。

 ペイルーレ村に住む少年コンスタンタンは、ズボンをはいたロバが気になっていました。賢いそのロバは、山の上の土地ベル・テュイルに住み着いた変わり者の老人シプリアンの家と村との間を往復していました。シプリアンは山に住み着いてから、不毛だと思われていた土地に花や植物を生やすばかりか、動物たちを不思議な力で手懐けていました。ロバもまた、シプリアンによって不思議な行動をするようになっていたのです。
 祖父母や女中からベル・テュイルを訪れることを禁止されていたコンスタンタンですが、ロバに導かれて、シプリアンのもとを訪れることになります。それを知るのは、唯一、コンスタンタンの家の召使いである孤児の少女イヤサントだけでした…。

 山上に、花が咲き乱れ多くの動物たちが憩う「楽園」のような土地を築いた老人。それに魅了された少年と、少年を心配する少女を描いた、どこか秘教的な香りのする幻想作品です。
 序盤は、少年コンスタンタンがシプリアンの土地やシプリアン当人に関心を抱くものの、なかなかその秘密にはたどり着けず、その一方で少年と一緒に暮らす祖父母や女中たちとの生活が描かれてゆきます。素朴な家族小説といった趣なのですが、ある事件を境に、物語のトーンは悲劇的な方向に進んでいくことになります。
 とはいえ、コンスタンタンは物語全体を通じて、事件の真相について情報をほぼ知らされません。シプリアンの他、シプリアンの古い友人のシシャンブル神父、コンスタンタンの家で働くアンセルム老人、そしてイヤサントなどから、情報の断片を聞くのみで、彼が真相を知るのはずっと後のことになります。

 中盤以降、祖母の意向により、コンスタンタンは別の土地にやられてしまいます。彼が戻ってきたときには、作中での事件は既に終わってしまっていた…という面白い構造の物語になっています。
 物語全体が、少年コンスタンタンの視点から描かれる本篇と、シプリアンの手記(とそれに註をつけるシシャンブル神父の文章)、そしてそれらを読んだ未来のコンスタンタンの覚書、とから成り立っています。
 コンスタンタンが訳の分からないままに翻弄される本篇の謎解きが、それに付随するサブテキストによって明かされる、という仕組みになっています。

 大まかに言うと、この作品のテーマは「楽園の喪失」といっていいでしょうか。「楽園」を創造したシプリアンだけでなく、主人公コンスタンタンにとっても、自分の知らぬ間に「楽園」が失われていたということ。それが物語の構造によっても再現されています。
 それと同時に、彼が持っていた幼児期の「純粋さ」も失われ大人になるという、通過儀礼的なモチーフもそこには含まれているようです。
 多分に宗教的なモチーフが頻出する作品ではあって、シプリアンが作る「楽園」には動物が多く住んでいるのですが、そこには敵となる動物も存在しています。具体的にはそれが「狐」と「蛇」で、殺しを繰り返す「狐」を忌まわしく思ったシプリアンは「蛇」の存在を利用しようと考えますが、それがまた「楽園」を壊す一因ともなってしまうのです。
 結局シプリアンは何をしたかったのか? 「楽園」はなぜ崩壊したのか? イヤサントはどうなったのか? など、いろいろな点について、はっきりとした解決は示されません。少年小説的な装いとは裏腹に、その物語の解釈は意外に難解です。
 ただ、物語を読み終えた後の余韻は深く、どこか心に残る作品になっています。

 全くジャンルもテーマも違うとは思うのですが、この作品を読み終えて思い出したのは、ナサニエル・ホーソーンの短篇「デーヴィッド・スワン」(坂下昇訳『ホーソーン短篇小説集』岩波文庫 収録)でした。お話の構造がよく似ているのです。
 主人公コンスタンタンが知らぬ間に「夢」(この作品の場合「楽園」ですね)が、彼の生涯を通り過ぎてしまう…という、夢幻的ではありながら、どこか空しさを感じさせる作品ともいえそうです。主人公が「選ばれた人間」でありながら、本人はそれに気付かず、後になってそれを知るという構造は、こうした通過儀礼的なテーマを持った作品としては、とても異色に感じられます。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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