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スタンリイ・エリンの短篇小説を読む
 アメリカの作家、スタンリイ・エリン(1916-1986)は短篇の名手と言われた作家です。ミステリジャンルの枠内で活躍した作家ですが、その作風は狭義のミステリにとどまらず、時には幻想小説の領域まで及んでいます。
 「特別料理」によってエラリイ・クイーンに見出されて以来、短篇は年に一作ずつ、推敲を重ねて書いていたということですが、短篇一つ一つの完成度が半端ではありません。
 幸い日本でも、エリンの短篇作品の大部分が邦訳短篇集三冊で読むことができます。以下紹介していきましょう。



特別料理 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
『特別料理』(田中融二訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

「特別料理」
 雇い人であるラフラーに連れられて、コステインは、知る人ぞ知るという小さなレストラン、スビローズを訪れます。その店は客が品を注文することはできず、店が用意したメニューしか食べることができないという不思議な店でした。しかしその美味しさにコステインは驚きます。
 滅多に出ないというアミルスタン羊を使った「特別料理」のあまりの美味しさに感動したコステインは、ラフラーとともに店に通い続けることになりますが…。
 エリンの代表作にして「美食ミステリ(ホラー?)」の傑作です。物語の「ネタ」そのものよりも、それを描く描き方にこそその命があるタイプの作品といえるでしょうか。最後までその「落ち」を明確に描くことはせず、遠まわしに仄めかしていくその手腕は洗練の極致です。
 作中、アンブローズ・ビアスを思わせる作家のエピソードが語られるなど、ブラック・ユーモアもたっぷり。これはあらすじを聞くよりも、実際に読んでみてください、としか言えないタイプの作品ですね。

「お先棒かつぎ」
 職を失った中年男性ミスター・クラブトリーは、求人広告で見つけた仕事に応募します。それはビルの小さな事務所内で、いくつかの会社に関わる新聞や記事をチェックして報告雇い主の名前もわからぬ仕事に不審の念を抱くものの、内容に見合わぬ高給に惹かれて、真面目に働いていたミスター・クラブトリーのもとに、ある日見知らぬ男が現れます…。
 目的も意図も分からない仕事の秘密とは? 名前も明かさない雇い主とは一体誰なのか?
 有名な某ミステリ短篇とも発想を同じくする作品ですが、その後の結末の処理はエリンならではの皮肉なもの。人間心理の不思議さと恐ろしさを描いた作品です。

「クリスマス・イヴの凶事」
 その歪んだ家族関係から、互いに憎みあいつつも離れられないセリアとチャーリーの姉弟。妻ジェシーが事故により落下死したのはセリアの仕業だと信じるチャーリーは、弁護士の「私」にセリアへの憎しみを語りますが…。
 弟を束縛する姉が、弟の妻を殺してしまったらしいのですが、その後も彼らは同じ家に住み続けているのです。姉弟の関係はどうなってしまうのか? それだけでも非常にドロドロした情念の物語なのですが、結末で明かされる真相により、それがさらに歪んだものであることがわかる…という物語です。

「アプルビー氏の乱れなき世界」
 自らが経営し執着する骨董店のために、金目当てに次々と結婚しては妻を事故に見せかけて殺してきたアプルビー氏。しかし7人目の妻マーサは、一筋縄ではいかない女でした。マーサへの不快感に耐え切れなくなったアプルビー氏は彼女もまた殺そうと考えますが…。
 保険金目当てに次々と妻を殺すという、いわゆる「青髭もの」作品です。殺人を繰り返してきた夫よりも妻の方が一枚上手だった…という展開ながら、さらにひっ繰り返しがあったりと、非常に面白い作品ですね。

「好敵手」
 束縛が強く口うるさいものの、妻ルイーズに対しては「良妻」だと感じていた中年男性ジョージ。ある日友人からチェスセットをもらってきたジョージはチェスに夢中になってしまいます。しかし友人を呼んだり出かけたりすることに対する妻の不満のため、ジョージは一人遊びでチェスを愉しんでいました。一人二役でチェスの試合を続けているうちに、ジョージは向かいにもう一人の人間がいることに気がつきます。対戦を続けるうちに、彼はルイーズに対する憎悪をささやくようになりますが…。
 主人公の分身が現れるという、いわゆる<ドッペルゲンガーもの>の幻想小説です。表面的には意識していない、妻に対する憎悪が分身の形をとって表れてくるというのが面白いところです。チェスの使い方も効果的ですね。

「君にそっくり」
 好男子の野心家アーサーは、自らに教養や家柄などがないことを残念に思っていました。ある日出会った青年チャーリー・プリンスが軽犯罪を起こして父親から勘当されたと聞かされますが、彼の立居振舞から学ぶものがあると考えたアーサーは、チャーリーに同居を提案します。
 チャーリーから立居振舞を学んだアーサーは、やがて社長令嬢であるアン・ホートンと結婚の約束をするまでに至りますが…。
育ちのいい青年からその立居振舞を学び、彼と「そっくり」になった主人公を描いています。その「そっくり」さが幸運と同時に不幸をも呼ぶ…という非常によくできた作品です。

「壁をへだてた目撃者」
 ロバートは隣に住む美しい女性エミーにほのかな思いを寄せていました。アパートの薄い壁越しには彼女の動きが伝わってくるのです。ある日、彼女の夫のヴィンスという男が彼女に暴力をふるっているらしい音が聞こえてきます。やがて人が倒れそれを引きずっていく音も。
 エミーが殺されたことを確信したロバートは、何もできなかったことを悔やみ、せめて殺人犯であるヴィンスを追い詰めようと決心します。エミーのふるさとを訪れたロバートが知ったのは、不遇なエミーの生涯でした…。
 壁越しの音でしか知らなかった女性に恋をした男が、彼女の生涯を辿ってゆくという、ロマンティックな展開ながら、流石はエリン、ロマンティックな結末には落ち着きません。何とも皮肉な結末が待ち構えているのです。読み終えてわかる、計算されつくしたプロットに感心させられる作品ですね。
 ちなみに、海外ミステリ作家の創作法を集めた『ミステリーの書き方』(ローレンス・トリート編 講談社文庫)という本があるのですが、この中でポーリン・ブルーム「ストーリーの構成法」という章があります。ここで俎上に上がっているのが、エリンの「壁をへだてた目撃者」です。
 完成されたプロットの見本として取り上げられているのですが、この評論を読むと、エリンの小説技術が非常に技巧的であることがわかると思います。興味のある方はお読みになるとよいのでは。

「パーティーの夜」
 天才肌ながらむら気のある役者マイルスは、自宅で開かれたパーティーの席上、失神してしまいます。居合わせたマース博士は健康を請合いますが、マイルスの憂鬱は晴れません。彼は繰り返しを強要される芝居にも、母親然とした妻ハンナからも逃げ出したがっていたのです…。
 役者として成功し、美しい妻も手に入れた男マイルス。しかし、しばらく慣れてしまうとその生活から逃げ出したくなるのです。何度も同じ言動を繰り返させられる芝居に飽き飽きしていながらも、その人生自体が「繰り返し」に過ぎない…というラストは非常に皮肉に富んでいます。

「専用列車」
 ウォール街の株式仲買人コーネリウスは、たまたま早い時間で帰宅した際に、年の離れた妻クレアが見知らぬ男と車で出かける場面に遭遇します。コーネリウスは妻の浮気相手の男を車の事故に見せかけて殺そうと計画しますが…。
 妻の浮気相手を殺そうと、殺害計画を練る男の物語です。あまりひねりのないストレートな展開ですが、作品の初めと終わりに現れる「専用列車」のモチーフが上手く使われています。

「決断の時」
 先祖伝来の財産家で、基本的には善人ながら自尊心が高く激情家でもある男ヒュー・ロジャー。彼も憧れていたデーン館を買い取り引っ越してきたのは、一世を風靡した奇術師チャールス・レイモンドでした。水と油である二人はことあるごとに対立しますが、レイモンドがデーン館の周りを改装するのを止めようと、ヒューが私道を封鎖するに及び、対立は決定的なものになります。やがて二人は互いの意地をかけて賭けをすることになりますが…。
 結末を読者にゆだねるという「リドル・ストーリー」の名作の一つです。ヒューとレイモンド、互いに優れた資質を持ちながらも徹底的にお互いを受け入れられない二人が対立する様が詳細に描かれていきます。彼らの性格・性質を考えると、提示された選択肢がどれもあり得るように見えるのが非常に技巧的。
 ヒューの友人であるワイナント博士、ヒューの妻エリザベスとその弟である「私」たちが、良識を持った人物として描かれており、彼らが二人の賭けを客観的に見ている…というのも上手いですね。
 特に語り手の「私」は、ヒューに愛情を抱いていながらも、彼の行き過ぎた行為には批判的であるなど、中立的に描かれています。
 莫大なものが賭けられているにも関わらず、その財産の行方よりも、二人の男の「自尊心」の争いの方がメインのテーマとなっている作品ですね。



九時から五時までの男 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
『九時から五時までの男』(小笠原豊樹ほか訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

「ブレッシントン計画」
 中年男性トリードウェル氏のもとに、ある日「老齢学協会」の代表を名乗るバンスという男が現れます。彼は、現役の夫婦や若者の邪魔になる老人を人知れず抹殺するという「ブレッシントン計画」の概要をトリードウェル氏に話します…。
処分」を依頼してしまう…というのも面白いところです。
 結末で主人公に対して不安感を拭うような対応がなされますが、それでも消しきれない不安感が強烈です。

「神さまの思し召し」
 純朴ながらいささか気の利かない男メネフィーは、車の修理をきっかけに知り合った伝道師ジョーンズに心酔し、彼の仕事を手伝うようになります。ジョーンズの娘エミリイと恋仲になったメネフィーはジョーンズに二人の結婚を許してほしいと話しますが…。
 病気や怪我を治せると豪語する、山師的な伝道師ジョーンズと、彼の力を本気で信じてしまった男メネフィーを描く、ブラック・ユーモアあふれる短篇です。メネフィーが「本当に」ジョーンズを信じているのか怪しくなるリストは皮肉に富んでいますね。

「いつまでもねんねじゃいられない」
 若くして結婚した人妻ジュリーは、夫の不在の夜に何者かに暴行され意識を失ってしまいます。容疑者を捕まえた警察に面通しを依頼されたジュリーは、確信がないながらも、夫のトムや周囲の人間に押されて、容疑者を犯人と認めてしまいますが…。
 暴行した犯人は誰なのか? という謎とともに、常に他人に依存していた主人公の人生について問われることになるという作品です。
 以前は母親、今は夫と、常に他人に依存していた主人公が真実を知り、そこから抜け出そうとする…という、アイデンティティーに関わるテーマも強く出ています。

「ロバート」
 普段は物静かな優等生であるはずのロバートから、突如暴言を聞かされ困惑した老教師ミス・ギルディー。校長や周りの人間に事実を話しても、ロバートは白を切るばかりでしたやがてロバートの言動はエスカレートしていきますが…。
 「恐るべき子供たち」を描く作品です。問題の子供ロバートが悪意を持ってわざと行動しているのかがはっきりせずに物語が進むのですが、結末に至ってその原因が明かされます。そこで明かされる真実は非常に皮肉。これは後味が悪いですね。

「不当な疑惑」
 静養を兼ねて旅行に出たウィロビイは、列車内で興味深い話を耳に挟みます。それは資産家ホゼア・スノウが殺された事件でした。容疑者としてホゼアの相続人ベンが逮捕されたというのです。ベンの裁判の最中、ベンの兄弟オーヴィルが、自分こそその犯人だと主張しますが…。
 殺したのは兄弟どちらかなのは間違いないのに、どちらも犯人を主張する…というリドル・ストーリー的な発想の物語です。結末も人を喰った構成になっています。

「運命の日」
 「私」は、新聞でギャングの首領が殺されたことを知りますが、なんとその男は数十年来会っていない幼馴染イッギーでした。「私」が引越しをする直前、イッギーと「私」に起こった事件が彼を変えてしまったのではないかと「私」は考えますが…。
 正義感の強かった幼馴染がギャングにまで身を落としてしまった原因は何なのか? 彼に起こった「運命の日」とは…? 少年時代のある出来事がその人間の人生を変えてしまうという作品です。「正義」や「価値観」についても考えさせる真摯なテーマを持った作品です。

「蚤をたずねて」
 「私」は落ちぶれた老人バイデンバウアーから、彼がかって興行していたという蚤のサーカスの話を聞きます。人気を誇った蚤のサーカスには、スターであるセバスチァンと彼の恋人セリーナがいましたが、新たに加入したカシミールとの三角関係から、悲劇が起こったというのです…。
 「蚤のサーカス」内での蚤たちの三角関係とその結果引き起こされる殺人(蚤)事件を描いた作品です。ユーモアたっぷりに描かれており、贖罪のために失踪した蚤を探す老人の姿には、哀感も感じられますね。楽しい作品です。

「七つの大徳」
 野心家の青年チャールズは、世界をまたにかける巨大企業の社長エバグリーンとの面接に臨みますが、社長が口にしたのは驚くべき言葉でした。「七つの大罪」を積極的に破ることがビジネスの要諦だと言うのです。半信半疑ながら、チャールズは彼の言葉に引き込まれていきますが…。
 モラルを守る必要はない、むしろ積極的に破るべきだと主張するやり手の企業社長。単なる不道徳な人物なのだと思いきや、結末では意外な正体が判明します。初読の人は、この展開に驚くのではないでしょうか。風刺的なブラック・ユーモア短篇です。

「九時から五時までの男」
 物販を扱う「キースラー商会」だた一人の社員キースラー氏の本当の仕事は、保険金詐欺でした。数十年も犯罪を続ける彼の信念は目立たないことであり、仕事も必ず「九時から五時まで」に限られていたのです…。
 日常生活を送りながら犯罪を生業とする男の静かなクライム・ストーリーです。仕事に関しては緻密な男が日常生活では忘れっぽく、凡庸な人物である…という部分に皮肉が利いています。

「伜の質問」
 父親からその仕事を受け継ぎ、密かに電気椅子係を務める「わたし」は、出張と称して、家族にもその内容を秘密にしていました。やがて息子のその仕事を受け継がせようと考えた「わたし」は秘密を明かしますが、息子の口から出たのは思いもかけない言葉でした…。
 様々な理由や価値観を挙げながらも死刑執行の仕事を続ける本当の理由とは何なのか…? 本質をつきながらも強烈なインパクトを与える作品です。例えばシャーリイ・ジャクスン「くじ」やデイヴィッド・イーリイ「ヨットクラブ」などと並んで、人間の本性・暴力性を描いた作品といえるでしょうか。



最後の一壜 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
『最後の一壜』(仁賀克雄ほか訳 ハヤカワ・ミステリ)

「エゼキエレ・コーエンの犯罪」
 ローマを訪れていたアメリカ人刑事ノア・フリーマンは、宿で働く美しい娘ロザンナへ思いを寄せるようになります。彼女の亡き父親エゼキエレ・コーエンは20年前にナチスに仲間を売ったことで、未だにその子供ロザンナとその兄ジョルジオともども憎まれていました。
 清廉で知られたコーエンがなぜそんな行為に及んだのか? ノアは過去の事件の調査を開始しますが…。
 恋人の父親の潔白を証明するため、過去の事件を調べ始める刑事を描いた作品です。父親の行動の真意が判明するくだりには、説得力がありますね。読み応えのあるクライム・ストーリーです。

「拳銃よりも強い武器」
 道楽者だった息子のせいで財産をほとんど失った、元資産家のミーカー夫人。広壮な屋敷のみが彼女に残された財産でした。やがて屋敷を買い取りたいという男オーガストの代理でイエーガーという男が夫人のもとを訪れます。オーガストが後ろ暗い商売をしていることを知った夫人は提案を断り続けますが、イエーガーはしつこく屋敷を訪れます。やがてイエーガーは夫人の孫娘ポリーを誘惑し、彼女もまたイエーガーに夢中になってしまいますが…。
 資産を失いながらも誇りは失わない元資産家夫人が、一世一代の勝負をする…という物語です。状況が泥沼に落ち込む中で描かれる、落魄した夫人の心理が読みどころでしょうか。

「127番地の雪どけ」
 127番地の老朽化したアパートの住人たちは、寒さに苦しんでいました。因業な家主は暖房を修理しようとはしなかったのです。やがてアパートを訪れた家主の息子はアパートの住人たちに改善を約束しますが…。
 がめつい家主に対してアパートの住人たちが考えた策とは…? どこかおとぎ話風の雰囲気で展開される<奇妙な味>の作品です。エリンの代表作「特別料理」ともどこか通じる味わいの作品ですね。

「古風な女の死」
 画家のポール・ザカリーは、芸術に対する理解は皆無ながら容姿の美しい女エリザベス・アンに夢中になります。売れない時代から自分を引き立ててくれていた前妻ニコールと離婚した結果、ニコールはショックで自殺してしまいます。
仕事は順風満帆ながら、ポールは徹底して現実的なエリザベス・アンとの間に齟齬を来すようになりますが…。
 画家ポールの後妻エリザベスの死が冒頭で示され、彼女がなぜ死ぬことになったのかを過去から遡って描いていくという物語です。
 エリザベス・アンが「古風な女」であるがゆえに死ぬことになるという展開には非常に説得力がありますね。派手な展開も劇的な事件もなく、描かれるのは「ありふれた」男女関係のもつれだけなのですが、これだけ濃厚なサスペンスが生まれるのは、名手エリンならではでしょうか。

「12番目の彫像」
 吝嗇で好色、人望はないながら低予算で映画を作ることでは定評のあるプロデューサー、アレグザンダー・ファイル。一方、才能はありながらファイルに散々こき使われ芽の出なかった監督サイラス・ゴールドスミスは、自らの死期が近づいていることを知り、最後の映画を素晴らしいものにしたいと考えます。脚本上必要になった12個の彫像を彫刻家の卵パオロに依頼することになりますが、ファイルは彼の妹クラウディアに手を出してしまいます。パオロはファイルを殺さんばかりに激怒します。その直後、ファイルが事務所から姿を消してしまいますが…。
 傲慢なプロデューサーが姿を消し、おそらく殺されたであろうことが示されます。その性格上、中心スタッフを始め、彼を殺害する動機を持つ者は数知れません。プロデューサーを殺したのは一体誰なのか?
 最も殺害の動機を持つであろう監督サイラスが、しかしファイルが生きていないと宿願である映画を完成できない…という設定が見事です。
 中篇といえる作品ですが、それぞれの登場人物の描写に厚みがあり、長篇を読んだような感覚が味わえます。ある人物の高潔さが判明するラストも味わい深いですね。

「最後の一壜」
 ワイン愛好家として有名なドラモンドの前に、ワイン愛好家機関紙の編集長であるド・マレシャルが現れます。幻のワインとして有名な「ニュイ・サントアン1929」を所有していることをもらしてしまったドラモンドに対し、ド・マレシャルの後援者である大富豪カスーラスは興味を抱き、ワインを売ってほしいと申し出ます。売るつもりのないドラモンドはワインに常識外れの値をつけますが、カスーラスは純粋にドラモンドとの交流を喜び付き合いが始まります。そんなある日、カスーラスはかってドラモンドのつけた常識外れの値でワインを買うと言い出しますが…。
 衆人環視の中での完全犯罪を描く物語です。煮詰まった人間関係が静かに爆発するクライマックスのインパクトは強烈です。事件後の、ある登場人物の心理の変化も皮肉が効いていますね。心理サスペンス小説の名作です。

「贋金づくり」
 パリの蚤の市を訪れたアメリカ人夫婦ウォルトとミリー。垢抜けた妻ミリーは、お上りさんのような風体のウォルトの格好に不満を漏らします。妻は、夫が共同経営者エド・リンチに対して頭の上がらないことに対して文句を言いますが、夫は優しくたしなめます。
 妻が家具を物色する間に、夫はエドから頼まれた古貨幣を探しにいくと出かけますが…。
 垢抜けず人の良い夫の裏の顔とは…? 妻の全く知らない間に犯罪や殺人が行われ、妻は全くそれに気付かないという、そのギャップが面白い作品です。

「画商の女」
 貧乏な画家を食い物にする、やり手の女画商マダム・ラグリュ。彼女のお気に入りの画家ラトゥールの作品は飛ぶように売れますが、マダム・ラグリュはろくに報酬を払わず、生かさず殺さずの状態に置いていました。
 ラトゥールに惚れ込んだアルジェリア生まれの蓮っ葉な娘ファティマは、ラトゥールの意趣返しとしてある策を考え、マダム・ラグリュの元に乗り込みますが…。
 陰険でずる賢い女画商をやり込めるための秘策とは…? やられ邦題だった画家の反撃が示される後半の展開は非常に痛快。気っ風のいいファティマのキャラクターも魅力的ですね。終始楽しいユーモア・ストーリーです。

「清算」
 ボートに載って浜辺からホテルに入り込んだ若い男は、突如ある男性を襲いますが…。
 男が突如として凶行に走った理由とは…? 人間の狂気をテーマとした作品ですが、犯行の理由が理由とも言えないところに凄みを感じますね。

「壁のむこう側」
 自他共に容姿が冴えない人間だと自認する男アルバートは、夢の中に登場する美女に夢中になっていました。その美女は、アルバートが雇った受付の女性ソフィアが反映された姿だというのです。
 夢の中で壁のむこうに消えてしまう美女は、何をしているのか? 精神分析医シュヴィンマー博士はアルバートの話を聞きますが…。
 夢の中の美女について語る男を描いたサイコ・スリラー作品です。最初はただ憧れの念を持っているだけかに見えた男の態度がだんだんと不穏なものになっていきます。アルバートとシュヴィンマー博士の関係も何やら異様で、先の展開の読めない作品ですね。

「警官アヴァカディアンの不正」
 杓子定規にルールを解する融通の利かない警官アヴァカディアンは、同僚のシュルツと一緒に通報のあったカフーン家を訪れます。主人であるサイラス医師は何もなかったと言いますが、その妻は医師は誘拐されたのだと言い張ります。医師の身に一体何が起こったのか…?
 不正を病的に嫌う警官が手を染めた「不正」を描いています。その「不正」もどこか風刺的で、何やら社会的なテーマも感じさせる作品ですね。

「天国の片隅で」
 引退して後、閑静で安価な家賃のアパートで植物を育てながら余生を愉しむホッチキス氏。同じアパートに引っ越してきた隣人ギルフォイル嬢は、派手でふてぶてしい女性でした。
 彼女の交際相手の男は車で騒音をまき散らし、ホッチキス氏の嘆願も受け入れてくれません。やがてホッチキス氏はある対策を考えますが…。
 穏やかな生活を乱されたときに芽生える初老の男の殺意を描いています。殺される相手が非常に不愉快な人物として描かれるので、読者としては爽快なのですが、よく考えると怖いですね。日常の狂気を描いた作品です。

「世代の断絶」
 両親や姉の心配をよそに、気軽にヒッチハイクを繰り返す16歳の高校生ビッチー。従姉の家に遊びに行った帰りにも、お小遣いを浮かすためヒッチハイクをするビッチーでしたが、そこで車に乗せてくれた男は彼女を脅したうえ、人気のないところに連れ込みます…。ヒッチハイク、ひいては危険に対する考え方に関する世代の断絶を描いた作品です。教訓が身に染みたと思いきや、全く考えの改まっていないヒロインの姿にはアイロニーが感じられますね。

「内輪」
 資産家の父親の死をきっかけに母親の世話をすることになった末息子ハワードは、既に結婚して家を出ていた二人の姉から、遺産目当ての行為だと非難されてしまいます。母親の意に染まない結婚をした姉たちは母親から充分な支援を得られずにいたのです。
 幼い頃から孤独感を抱えるハワードは母親に仕えることで充足感を感じますが、姉たちやその子供たちとも触れあいたいと考えていました…。
 皆と仲良くしたいと考える純朴な青年は、周りの人間からは遺産目当ての計算高い人間だと見られてしまいます。また母親から頼りにされることで充足感を感じているため、母親の傲岸な態度にも逆らうことができないのです。
 ある日母親の横暴に我慢の出来なくなったハワードは、逆らうような態度を取ることになりますが…。
 数十年間にわたる家庭の事情を、短い短篇のなかでさらっと描いていますが、長期間母親に仕え続ける末息子といい、ひたすら遺産の相続を待ちわびる姉たちといい、よく考えると空恐ろしい作品ですね。

「不可解な理由」
 ビジネスマンとしてそれなりの成功を収めたラリー・モリスンは、ある日部署の廃止を理由に会社を辞めさせられたかっての同僚ビル・スレードに再会します。有能だったスレードはタクシー運転手をしており、その凋落ぶりにモリスンはショックを受けます。
スレードの話を聞いてからモリスンは様々な不安に苛まれ始めますが…。
 リストラにおびえるサラリーマンという非常に現代的なテーマが扱われています。ただ、描かれる「不安」は具体的な作品の背景を超えて、読者に訴えかけるメッセージ性を持っています。
 これは作品発表当時よりも、今現在の方がその「怖さ」を実感できる作品では。



夜明けの睡魔―海外ミステリの新しい波 (創元ライブラリ)
 瀬戸川猛資のミステリ評論集『夜明けの睡魔』(創元ライブラリ)のなかに、スタンリイ・エリンについて語った「いやなことば-スタンリイ・エリンの諸作」という章があり、そこで語られている内容が興味深いので、合わせて紹介しておきたいと思います。
 瀬戸川氏によれば、エリンは「異色作家」どころか「正常」な作家であり、ダールやコリアと同列に扱うのは間違っている、といいます。あまりにも正常で当たり前であるがゆえに「異色」に見えるというのです。
 そんな氏が推すエリンの傑作は「倅の質問」「ブレッシントン計画」。世の中に出てある程度の経験を経た人が読んだときに、その本質がわかる作品ではないかという意見には、非常に説得力がありますね。
 エリンの長篇だけでなく、短篇でもたまにあるのですが、異様に「ストレート」な作品がまま見られるのは、エリンの「正常さ」のなせる業…というのは、なるほどという感じです。その意味で代表作「特別料理」は、エリンの一番の「異色作」といっていいのかもしれませんね。



ミステリーの書き方 (講談社文庫)
 スタンリイ・エリンの短篇集を再読していて、邦思ったのはそれぞれの完成度が半端ではないな…ということ。エラリイ・クイーンの雑誌のために一年に一度、推敲を重ねて短篇を一作だけ書く、ということからして、一篇にかける労力が並々ならぬものであるのは当然なのですが、読んでいて本当に無駄なところがないのです。
 ローレンス・トリート編『ミステリーの書き方』(講談社文庫)という本に、エリンが創作法について語った章があります(「「手直し」という厳しい仕事」)。
 タイトル通り、フィクションには「手直し」が絶対に必要で、これで良くならない作品はない、とまで言っています。他のエッセイで、プロットは最初に全体を決めてから書き始めるという話も読んだ覚えがあるのですが、これらのことから考えても、一見天才肌の印象が強いエリンの作品は、その実、地道な努力から作られている…といってもいいでしょうか。

 エリン短篇の個人的なベスト10を挙げておきたいと思います。

スタンリイ・エリン短篇ベスト10
「パーティーの夜」
「特別料理」
「壁をへだてた目撃者」
「決断の時」
「最後の一壜」
「伜の質問」
「古風な女の死」
「七つの大徳」
「蚤をたずねて」
「127番地の雪どけ」

 「パーティーの夜」から「伜の質問」までは、大体傑作だと衆目の一致する作品かと思います。「古風な女の死」「七つの大徳」「蚤をたずねて」「127番地の雪どけ」はかなり個人的な趣味から入れています。というのも、これらの作品には、あまりエリンとしては取り沙汰されることの少ない、ファンタジーとユーモアが強く出ていると思うのですよね。



推理作家の発想工房
 海外のミステリ作家たちのインタビューを写真とともにまとめた本『推理作家の発想工房』(南川三治朗 文藝春秋 1985)に掲載された、スタンリイ・エリンの写真です。参考に載せておきますね。
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テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

<ニュー・ゴシック>の世界
 1990年代に一時的に流行した<ニュー・ゴシック>。<ニュー・ゴシック>は現代におけるゴシック的作品といったテーマのようなのですが、正直コンセプトのわかりにくい概念ではありました。結局、我が国ではあまり普及せずに終息してしまったようです。
 日本では、このテーマのアンソロジーとして『幻想展覧会 ニュー・ゴシック短篇集』『ニュー・ゴシック ポーの末裔たち』の二つのアンソロジーが刊行されました。アンソロジーを通しての一貫したテーマというのは感じ取りにくいのですが、個々の作品にはなかなか面白いものも含まれています。



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パトリック・マグラア、ブラッドフォード・モロー編『幻想展覧会 ニュー・ゴシック短篇集Ⅰ・Ⅱ』(柴田元幸ほか訳 福武書店)

 幻想小説やホラーというよりは、純文学的な作品が多い印象ですね(収録作家も純文学系の人が多いです)。収録作中で一番の傑作は間違いなく、スティーヴン・ミルハウザー「展覧会のカタログ」です。
 19世紀初頭の呪われた画家と周辺の人々の人生を描いた作品です。画家の描いた絵画が展覧会のカタログ風に解説されていき、その中で物語が展開されるという、非常に技巧的な作品です。絵のモチーフも、E・T・A・ホフマンやE・A・ポオの作品が使われていたりと、幻想文学的な要素も強いですね。
 他には、殺した男の死体を飾り立てる女を描いた「硬い砂浜」(エマ・テナント)、悪臭に取りつかれた男を描く「におい」(パトリック・マグラア)、かっての大女優のもとに取材に訪れた青年の体験を描く「影の商人」(アンジェラ・カーター)、精神を病んだ甥と叔父夫婦、その娘の関係を描いた「焔の湖での自己洞察」(マーティン・エイミス)、病的な窃盗癖を持つ男の物語「ナディーヤへの道」(ブラッドフォード・モロー)などが面白いですね。
 「天国」(ピーター・ストラウブ)は、長篇『スロート』の抜粋なのですが、特に事件が起こる部分ではなく、雰囲気的な部分で選ばれているのでしょうか。
 内容がゴシック的というよりは、形式とかスタイルが優先されているような気もします。その点、幻想小説アンソロジーというよりは、前衛的な文学アンソロジー、という印象の方が強いですね。



ニュー・ゴシック―ポーの末裔たち
鈴木晶、森田義信編訳『ニュー・ゴシック ポーの末裔たち』(新潮社)を読了。
 『幻想展覧会』(福武書店)と同時期に出た、コンセプトも同じようなアンソロジーですが、<奇妙な味>の作品集といった感じで、『幻想展覧会』よりも物語性が強い作品が多いですね。

ジョイス・キャロル・オーツ「他者たち」
 スペンスは、ある日見覚えのある顔の男に出会いますが誰だか思い出せません。帰宅後に男はいとこのサンディーだったと思い当たりますが、彼は既に死んでいたのです…。
 既に死んだはずの人間と何度も出会う男の奇妙な物語。これはちょっと怖い作品ですね。

パトリック・マグラア「監禁」
 刑務所職員を目指す「わたし」は、独自の倫理観から非常勤講師のパーキンズを断罪し、彼のことを調べるため家の周りをうろつきますが…。
 おそらく精神に問題を抱えるであろう語り手が、講師をストーキングするという物語です。タイトルの意味がわかる結末は秀逸。

ジーン・リース「懐かしき我が家」
 我が家に帰ってきた女性は、家の変わらぬ部分と変わった部分に当惑を覚えますが…
 茫漠とした雰囲気の中で展開される掌編。切れ味が鋭い作品ですね。

T・コラゲッサン・ボイル「人類退化」
 霊長類センターで働く恋人のジェインが段々と臭い始めてきたことに「わたし」は気付きます。やがて彼女の体からはシラミが出てきますが…。
 段々と野生化していく恋人に当惑する男の物語です。ユーモアたっぷりに描かれる奇妙な味の作品。

アイザック・B・シンガー「敵」
 戦火を逃れアメリカにたどり着いた「わたし」はある日旧友のチャイキンに再会し、彼から奇妙な話を聞きます。船旅をしていたチャイキンは、理由もなく彼に憎悪を向けてくるウェイターと出会ったというのですが…。
 チャイキンの「敵」とは一体何者なのか? そもそも男は実在していたのか? 迫力ある分身テーマ作品です。

ロバート・クーヴァー「暗殺者の夜」
 ヴェネツィアに渡った男の精神的な彷徨を描いた作品です。長篇の一部らしく、事件らしい事件は起こらないのですが、雰囲気はある作品ですね。

メイヴィス・ギャラント「北へ」
 マクラクリンは北へ向かう汽車の中で、幼い子供を連れた母親と出会います。子供は窓から幽霊のようなものを見たというのですが…。
 子供の見たものは何だったのか? 判然としない気味悪さを持つゴースト・ストーリー。

ルイス・スタントン・オーキンクロス「牢窓」
 博物館員のアイリーンはかって捕虜を捕えていたという「牢窓」の展示を強く主張します。やがて博物館内で不思議な事件が多発するようになりますが…。
 事件は霊現象なのか? シャーリイ・ジャクスンを思わせる作品です。

ウイリアム・ゴイエン「幽霊と人、水と土」
 死んだ前夫レイモン・エモンズは、かっての妻の前に幽霊として現れ続けますが…。
 前夫の幽霊を背景に女性の人生が語られるという作品。女性の語りの認識と客観的なそれが異なっているという「信頼できない語り手」ものでもあります。

ジョン・エドガー・ワイドマン「熱病」
 18世紀末、黄熱病が流行するフィラデルフィアの街を舞台に、医師とともに治療に回る黒人男性の意識を追った物語。黒人差別のテーマが見え隠れするほか、人を選ばず殺していく黄熱病の凄まじさもまた描かれるという、迫力ある一篇です。

パトリシア・ハイスミス「ブラック・ハウス」
 叔父と共に暮らす青年ティムは、町の男たちが皆「ブラック・ハウス」についての思い出話で盛り上がるのに気がつきます。しかし、幽霊屋敷のようなその家に実際に行ってみようという者はいないのです。ティムは実際にその家を訪れようと考えますが…。
 「幽霊屋敷」そのものではなく、「幽霊屋敷」をめぐる人々の心の動きをテーマにしたユニークな作品です。超自然現象は全く起こらないながら、非常に「怖い」作品といえますね。

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邪な正義  J・D・バーカー『悪の猿』
悪の猿 (ハーパーBOOKS)
 J・D・バーカーの長篇小説『悪の猿』(富永和子訳 ハーパーBOOKS)は、連続殺人鬼<四猿>と警察との闘いを描くサイコ・スリラー作品。かなりホラー要素が強いです。

 長年世間を恐怖に陥れてきた連続殺人犯<四猿>。<四猿>は「見ざる、聞かざる、言わざる」 になぞらえて、被害者の身体の部位を家族に送りつけてから殺すという手口で悪名を馳せていました。
 しかも<四猿>の真のターゲットは世間に隠れ悪事を働く人間であり、当人ではなくその家族を誘拐して殺していたのです。全く証拠を残さない犯人でしたが、ある日事態は急変します。車に飛び込み自殺をした男が、その持ち物から<四猿>だと特定されたのです。
 人間の体の一部が入った箱を持っていたことから、誘拐されて監禁されている人間があることが判明します。長年<四猿>を追う刑事ポーターは、自殺した男の持ち物の中に犯人が書いたと思しい日記を発見し、中身を読み進みますが…。

 歪んだ正義心と猟奇的な手口で世間を騒がす連続殺人鬼<四猿>、彼の死亡が確認されたものの、未だ監禁されている人間がいることがわかり、警察は必死で捜索を開始します。犯人が残した日記の中にヒントがあるかもしれないと、ポーターは中身を読み進めます。
 誘拐された人間を捜索する警察のパートと、犯人の日記のパートが交互に描かれていきます。警察のパートも充分面白いのですが、それ以上に面白いのが犯人のパート。日記は子供時代から書き起こされていきますが、一見幸せに見える家庭の様子が実は異常であることが段々と明かされていくのです。
 犯人その人がおかしいのはわかっているのですが、それ以上に犯人の父親と母親とが異常人格者であることがわかってきます。両親の異常な行動がやがて事件を引き起こし、それが現在の<四猿>の行動へとつながっているのです。

 警察捜査のパートでも、主人公ポーターは心に闇を抱えている人物で、いつ何が起こってもおかしくない…というダークな色調で物語が展開されていきます。
 警察の捜査が全面に描かれるということで警察小説的なフォーマットの作品ではあるのですが、全体の印象としてはホラー作品といっていいかと思います。
 特に犯人が自分の子供時代を語るパートは、サイコ・スリラー、というよりもほぼホラーですね。

 作者のバーカーはこれが二作目、一作目は魔女を題材にしたブラム・ストーカー賞候補作品だそうで、かなりホラー要素の強い作家のようです。

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箱の中の心  G・K・ウオリ『箱の女』
箱の女 (ハヤカワ文庫 NV)
 G・K・ウオリの長篇小説『箱の女』(富永和子訳 ハヤカワ文庫NV)は、三日間、事故で箱に閉じ込められた後に豹変してしまった女性をめぐる心理サスペンス作品です。

 夫のジョーと共に数十年間も幸せな結婚生活を送っていたエレン・ディレイは掃除をしている最中に、誤って工具箱の中に閉じ込められてしまいます。三日後ようやくジョーによって助けられたエレンは、夫が自分を殺す気だったと思い込んでしまいます。
 夫に殺意がなかったと頭では理解しているものの、何かが失われてしまったエレンは、山中の小屋に移り住み、そこで狩りをして暮らすようになります。ある日エレンの撃った弾丸がたまたま森の中で酒盛りをしていた男たちの一人に当たってしまいますが…。

 箱に閉じ込められたことから、夫との仲が破綻してしまった女性を描く心理サスペンス作品です。ちょっと猟奇的なテーマを思わせるモチーフなのですが、ホラー的な展開になるわけではなく、飽くまで女性の心の不可思議さを追っていくという、シリアスなサスペンス作品です。
 女性がすでに亡くなっているということは序盤で明かされており、件の女性エレンがどういう人間だったのか、というのを町の大工スプロッチーと、その娘でエレンの親友だったウィルマが語ってゆくという設定になっています。

 物語は「箱の女」エレンとその夫ジョーを中心に語られますが、その合間に語り手スプロッチーとウィルマを始め、エレンに敵対する警官ケアリ、ウィルマの元恋人ポイズンなど、周囲の人物の背景や人生にも触れられ、厚手の群像劇のような雰囲気もありますね。
 「箱の女」エレンはなぜ夫を捨てたのか? 彼女が死ぬことになった原因とは何なのか? 題材こそ奇抜ですが、人間の心の不可思議さを真摯に描いていくサスペンス作品で、文学性の高い読み応えのある作品になっています。

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神秘の物語  アレクサンダー・レルネット=ホレーニア『モナ・リーザ・バッゲ男爵他』
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 オーストリアの作家、アレクサンダー・レルネット=ホレーニア(1897-1976)の短篇集『モナ・リーザ・バッゲ男爵他』(前川道介訳 創土社)には歴史ものや現代ものなど様々な題材の作品が収録されていますが、共通するのはそのストーリーテラーぶりと、作中に色濃く漂う「死の空気」です。

「モナ・リーザ」
 フランス国王の命によりラ・トレムイ元帥の部下としてミラノを訪れたフィリップ・ド・ブーゲンヴィルは、そこで出会ったレオナルド・ダ・ヴィンチの書きかけの絵を目撃します。絵に描かれた女性に一目惚れしたフィリップは、絵のモデルになった女性を探し回ることになりますが…。
 名画「モナ・リーザ」をめぐる歴史奇譚です。絵に描かれた女性に執着する青年の行動が常軌を逸していくようになるというサイコ・スリラーとしても読めますね。

「パリの主」
 神秘主義者として知られる作家ジャック・カゾットは、革命によって多くの人々が断頭台に消えるという予言をして、回りの人々から驚かれます。一方カゾットから生き残ると予言された青年ブラーケンブール伯爵は、恋人マデロンが革命勢力のスパイであることを知って彼女を告発しますが…。
 フランス革命期を舞台にした、ミステリアスな歴史幻想小説です。互いに貴族と革命家である男女の、波乱万丈の恋が描かれます。そこに『悪魔の恋』の作者として有名なジャック・カゾットと死刑執行人とのやりとりが絡んで、複雑ながら魅力的な物語になっています。

「バッゲ男爵」
 無謀な司令官ゼムラーのもと、無考えに突進した作戦が運よく成功したことに胸をなでおろしたバッゲ男爵は、そこで亡き母に結婚を勧められていたセント・キラリー家の娘シャルロッテに出会い、彼女との結婚を考えるまでになります。
 しかし、ゼムラーはじめ軍の同僚たちの様子がおかしいことにバッゲは気づきはじめます…。
 不穏な空気の漂う幻想作品です。序盤から漂う重苦しい「死の空気」が強烈ですね。彼らが迷い込んだのはいったいどこの国なのか?
 集中でも最も超自然味の濃い作品です。

「マイヤーリング」
 オーストリアの皇太子ルードルフが、愛人のマリー・ヴェッツェラとともに心中を遂げるまでをドキュメンタリータッチで描いた短篇です。
 皇帝夫妻の様子をはじめ、帝国全体が滅び行く様が感じられるリアルな作品になっています。

「七月二十日」
 ナチスによるユダヤ人迫害が本格化する中、夫の死によって危険な状況に置かれたユダヤ人女性ズゼッテは、友人のエリーザベト・ジョスランに助けを求めます。友人に好意的でない夫ジョスランの目を逃れて、ズゼッテを匿おうとしたエリーザベトは、そのために自らも危険な目に会うことになりますが…。
 ヒトラー暗殺計画を背景に、友人を匿った女性と軍人であるその夫が巻き込まれた事件を描いています。ユダヤ人女性だけでなく、彼女を匿おうとした人間も瞬時に命が危うくなったりと、状況が次々と変化してゆきます。息詰まるような雰囲気が横溢する、サスペンスあふれる短篇です。

「一角獣」
 小説と言うよりは、ホレーニア自身のとりとめのない随想、といった感じの作品です。ただ、見世物小屋から脱走した犀に追われた語り手が税務署に逃げ込む…という夢がモチーフとして語られるなど、奇妙な味わいがありますね。

 この短篇集の収録作では「バッゲ男爵」のみ、『独逸怪奇小説集成』(国書刊行会)の方にも収録されています。ほかはこの本でしか読めないものばかりで、貴重な作品集になっています。

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死後の恋  アイザック・マリオン『ウォーム・ボディーズ ゾンビRの物語』
ウォーム・ボディーズ ゾンビRの物語 (小学館文庫)
 アイザック・マリオン『ウォーム・ボディーズ ゾンビRの物語』(満園真木訳 小学館文庫)は、ゾンビの青年と人間の少女との恋愛を描く、ゾンビ版「ロミオとジュリエット」というべき作品です。

 ゾンビの青年「R」は他のゾンビとは少し異なっていました。かすかながら記憶があり、話すこともできたのです。ある日襲った若い男の脳を食べると、その男ペリーの記憶の断片が「R」の中に流れ込みます。近くにいたペリーの恋人ジュリーが他のゾンビに襲われたのを見た「R」は咄嗟に彼女を助けます。
 自分の住処にジュリーを連れ帰った「R」は、彼女と話しているうちに人間性を少しづつ取戻し、ジュリーに恋するようになりますが…。

 なんと、ゾンビと人間の恋愛を描いています。最初は、食べた男の脳から流れ込んだ記憶のせいなのかと思っていた恋心が、やがて自分自身のものだということを理解した「R」が、もう一度自分の「人生を生きたい」と考えるようになるという、非常にポジティブな作品になっています。
 前半は「R」がジュリーへの恋心を自覚し、人間らしさを少しづつ取戻してゆく…という展開、後半は人間の避難所に紛れ込んだ「R」とジュリーが種族の違いを超えた愛を見つける…といった感じの展開でしょうか。後半では、二人の仲を認めまいとするジュリーの父親グリジオ将軍も登場し、それこそ「ロミオとジュリエット」といった感じの展開になりますね。この場合恋人二人を引き裂く障害は「生と死」であるわけですが。

 作品内で描かれるゾンビの性質もなかなか面白く、ただ人を襲うだけというゾンビから、かすかな人間性を残したり、わずかに会話も可能だというゾンビなど、ゾンビにも様々な種類がいることが描かれます。更に面白いのは、まだ「肉」が存在している普通のゾンビ「フレッシー(肉ある屍者)」に加え、肉が完全に腐って落ちてしまった骨だけのゾンビ「ボーニー」が登場するところ。

 ゾンビ流行の原因が疫病にあるということが示されながら、そのあたりの科学的な描写や対策はほとんどないので、あまりSF的な面白さはありません(実際「ボーニー」に関しては超自然的な色彩が濃いです)。
 主人公がゾンビであるゆえの障害も、わりとあっさりと乗り越えられてしまう点にちょっと疑問を抱かないでもないのですが、特殊な設定の恋愛小説として、非常に面白い作品ではないかと思います。

 ちなみに、ゾンビ小説のアンソロジー『ナイツ・オブ・ザ・リビングデッド 生者の章』(ジョナサン・メイベリー、ジョージ・A.ロメロ編 阿部清美訳 竹書房文庫)には、著者アイザック・マリオンのゾンビもの短篇が収録されています。

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幽霊探偵 in 1953
 死んでしまった主人公が幽霊となって(生き返って)、自分を殺した犯人を探すという、いわゆる「幽霊探偵もの」作品。現在ではそれほど珍しいテーマではありませんが、このジャンルの先駆的な作品とされる三作が、奇しくも全て1953年に発表されています。
 同じようなテーマを扱いながらも、その取扱い方にはそれぞれ工夫がされており、読み比べてみると、なかなか面白いものがあります。それぞれ紹介していきましょう。


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J・B・オサリヴァン『憑かれた死』(田中小実昌訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
 タワー・シティの新聞でコラムニストとして名を馳せたピーター・パイパーは、ある夜自宅で飲んでいたところ、拳銃で射殺されてしまいます。しかし、その直後ピーターは自分が幽霊となって自分の体のそばに倒れていることに気付きます。
 犯人の顔を見ていなかったピーターは、自分を殺した犯人を見つけようと、家族や知り合い、警察の捜査などを観察して回ることになりますが…。

 幽霊が探偵するという、いわゆる「幽霊探偵」もの作品なのですが、1953年発表と、このテーマのものとしては非常に速い作例ですね。
 語り手ピーターは幽霊なので、物理的に何かを動かすこともできませんし、生者に話しかけることもできません。その意味でただ事態を傍観するだけの語り手ではあります。
 探偵役は別におり、ピーターの未亡人マリオンが捜査を依頼したスティーヴ・シルクという私立探偵、そして警察のタルボット警部が同時進行で捜査を行うのを、ピーターが見ていく…という構成になっています。

 面白いのは、この未亡人マリオンが非常に魅力的な女性で、タルボット警部と恋仲だったところをピーターの出現によって引き裂かれたという過去があるところです。ピーターとの仲が冷えていたマリオンが作った愛人フォウセットが殺人の容疑者となったことから、タルボットはフォウセットに憎しみを抱き、フォウセットを追い詰めていきます。それに危惧を抱いたマリオンは私立探偵シルクに依頼をすることになるのです。そしてシルクもまたマリオンに惹かれつつある…という設定。
 他にもマリオンの妹ベテイと彼女に恋する青年デレック、パイパー家の居候マーチン、ピーターの浮気相手ミッシェルなど、複雑な人間関係が事態を混乱させていきます。語り手のピーターもまた、それらの人間関係のドラマを見ながら、自らの人生について振り返るようになっていく…という人間描写の面白さがありますね。

 作品のトーン自体は私立探偵シルクを主人公としたハードボイルド調です。ただ、そこに幽霊の語り手というファンタジー的な要素を入れているにもかかわらず、作品のカラーが崩れていないのが面白いですね。そもそも幽霊とはいいながら、物理的に移動しなければ、他の場所の様子は窺えないし、幽霊だからといって、人の内面がわかるわけではありません。その意味で、ファンタジー的な要素を採用していても、そこに頼っていないしっかりした描写力の感じられる作品になっています。
 これは今でも読む価値のある作品といっていいのではないでしょうか。



死後 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 433)
ガイ・カリンフォード『死後』(森郁夫訳 ハヤカワ・ミステリ)
 世間の評価も高い作家ギルバート・ワースは、ある日、身内の人間が自分に対して殺意を抱いていることを知ります。最初に気がついたのは、階段の電球が切れ掛かっていることと、転びそうな場所におはじきが置いてあったこと。そして二度目は毒入りの牛乳でした。
 どちらも何を逃れたものの、最終的には書斎でうたた寝をしていたギルバートが気がつくと、目の前には拳銃で頭を吹き飛ばされ死んでいる自分の体がありました。幽霊になってしまったギルバートは、自分を殺したのが誰なのか、家族や知り合いの人間の様子を探ることになりますが…。

 幽霊になった男が探偵となって、自分を殺した犯人とその理由を探し求める…という物語です。ただこの作品、ミステリの叢書に入ってはいるものの、殺人の謎を論理的に解いていくというような感じではありません。
 語り手が幽霊となったことによって、人前では見せない人間の隠された本性を暴き立てていく…というような感じが近いでしょうか。イギリス作家らしい、皮肉なタッチのブラック・ユーモア小説となっており、メインは人間観察の面白さということになると思います。

 幽霊となった主人公ギルバートにしてから、利己的で尊大で自信家、あまり好きになれない人物ではあるのですが、ギルバートの殺人容疑者というべき家族や使用人、友人たちもまた、誰一人欠点を持たない人間はいないとばかり、ブラックな人物描写がなされていくのが特徴です。
 感情をほとんど表さない冷たい妻シルヴィア、作家志望の享楽主義者の長男ジュリアン、聖職者を目指す偽善者の次男ロバート、母親思いながら感情的な娘ジュリエット、ギルバートの愛人兼秘書の奔放なロジーナ、シルヴィアに横恋慕する友人ケントなど、登場人物はくせものばかり。使用人たちにしても、主人を悪く言うものばかりで、容疑者が絞り込めないぐらいであるのです。
 ギルバートの死後、家族たちの間で複雑な人間関係が起こりますが、特に目立つのはロジーナをめぐってのあれこれ。彼らの軋轢と葛藤を追うだけでも非常に面白い物語になっています。

 この『死後』、同テーマの作品であるJ・B・オサリヴァン『憑かれた死』と比較しても、なかなか個性が強い作品になっているように思います。面白いのはオサリヴァン作品の幽霊がわりと無色なナレーターであるのに対して、カリンフォード作品では、語り手の個性が強いことです。
 語り手ギルバートが非常に皮肉屋なのですが、そのシニカルな視線によって、人物たちがデフォルメされていきます。ただ、ギルバートが人々の動向を見ていくうちに、ある人間の善良な部分やそれまで気がつかなかった本音が垣間見れたりするところも面白いですね。

 犯人探しという意味では、わりとあっさりと決着がついてしまうのではありますが、思ってもみなかった展開があり、家族の葛藤が変わった形で解決される…というのも面白いところです。
 皮肉の効いた、文学性高めのブラック・ユーモア小説として一読に値する作品だと思います。



51番目の密室〔ハヤカワ・ミステリ1835〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
C・B・ギルフォード「探偵作家は天国へ行ける」(宇野利泰訳 石川喬司編『世界ミステリ全集18 37の短篇』早川書房 収録)
 52歳の有名な探偵作家アリグザンダー・アーリントンが気がつくと、彼は天国におり、天使長ミカエルと相対していました。てっきり心臓発作で死んだと思っていたアリグザンダーは、ミカエルから自分のs死因は殺人だと告げられショックを受けます。
 犯人がわからなければ天国には行けないというアリグザンダーに対し、ミカエルは、殺される前の12時間をもう一度過ごす機会を与えますが…。

 J・B・オサリヴァン『憑かれた死』、ガイ・カリンフォード『死後』と並び、1953年に発表された「幽霊探偵もの」の嚆矢となる作品です。
 この作品の場合、主人公はもう一度生き返っているので、厳密に言うと「幽霊探偵もの」とは言いにくいかもしれません。
 ただ、最終的に殺されると言う運命は逃れられないとされており、主人公ができるのは犯人を特定するために捜査をすることだけなのです。またその行動も大きく「運命」を外れることはできない…という設定も面白いところです。

 主人公の周りの人物が皆動機を持っている人物ばかりで、容疑者を絞り込むのが難しくなってきますが、ちゃんと論理的に犯人が特定されるなど、ミステリとしての枠はしっかりしています。
 主人公の行動を監視するミカエルから何度も電話がかかってくる、というのもユーモアたっぷりで楽しいですね。

 この「探偵作家は天国へ行ける」『37の短篇』から再編された二冊のアンソロジーの一つ『天外消失 世界短篇傑作集』(ハヤカワ・ミステリ)で、今でも読むことができます。



こわい部屋―謎のギャラリー (ちくま文庫)
ブライアン・オサリヴァン「お父ちやん似」(高橋泰邦訳 北村薫編『謎のギャラリー こわい部屋』ちくま文庫 収録)
 9つの少年の「ぼく」は近所の7つの少年マイケル・メイアーと仲良くしていました。マイケルの母親が病死したことから、「ぼく」の両親はマイケルの面倒を度々見ることになります。
 マイケルの父親メイアーが、見るからに体調を崩していくなか、ある日「ぼく」と遊んでいたマイケルはカウボーイごっこの最中に首吊りの輪を作り始めますが…。

 ついでに、J・B・オサリヴァンの息子ブライアン・オサリヴァンが9歳の時に書いたということで有名な短篇も紹介しておきましょう。
 子供の視点が上手く使われています。9歳で書いたとは思えないほど、完成された作品ですね。アンソロジーの『こわい部屋』に収録されていることからも予想がつくように、ちょっと「こわい」話でした。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

神秘の道  ロバート・R・マキャモン『ミステリー・ウォーク』
ミステリー・ウォーク〈上〉 (創元推理文庫) ミステリー・ウォーク〈下〉 (創元推理文庫)
 ロバート・R・マキャモン『ミステリー・ウォーク』(山田和子訳 創元推理文庫)は、死者の魂を鎮める能力を母から受け継いだ少年が、様々な事件や人と出会いながら、成長してゆく様を描いた作品です。

 インディアンの血を引く母ラモーナから、死者の魂を鎮める能力を受け継いだ少年ビリー・クリークモア。母ラモーナは、町で死んだ人々の魂を救うために働きますが、彼女の能力を信じない町の人々からクリークモア親子は排斥されていきます。父親さえも妻と息子の能力を受け入れられず悩んでいたのです。
 幼くして能力に目覚めたビリーは、一族に代々つきまとう邪悪な「シェイプ・チェンジャー」の存在を知ります。対抗する力を得るためビリーは祖母であるレベッカに師事することになります。
 一方、クリークモア母子を危険視する伝道師ファルコナーと息子ウェインは、彼らに圧迫を加えようとしますが…。

 特殊な能力を受け継いだ少年が、いろいろな出来事に遭遇して成長してゆく様子を描いた長篇作品です。細かい章に分かれており、それぞれがまとまったエピソードになっていますが、その一つ一つに非常にふくらみがあり、読み応えがあります。
 前半はビリーが町を出るまでの少年時代を描き、後半は町を出たビリーがいろいろな冒険を重ねる…という構成になっています。明確に敵が姿を現してくる後半ももちろん面白いのですが、圧巻なのはやはり前半です。

 特殊な能力を持つ母ラモーナが人々の魂を救っているにもかかわらず、彼女の能力を信じない、あるいは怖がっている人々は、彼女のみならず一家を排斥し始めます。夫のジョンは妻を愛しながらも、妻の能力を理解しきれず、精神的に病んでしまいます。
 やがてビリーが幼くして能力を発揮しはじめたころ、一家は悲劇的な事件に襲われることになるのです。この段階では「敵」である悪霊「シェイプ・チェンジャー」はまだほとんど姿を見せていないのですが、それにもかかわらず事態は非常に暗鬱な展開になっていきます。
 ビリーの「神秘の道(ミステリー・ウォーク)」は一体どこにつながることになるのか?

 少年ビリーの成長小説であり、青春小説であり、恋愛小説でもあり、そしてもちろんホラー小説でもあるという、総合的な魅力を持った作品です。マキャモンの傑作の一つといっていい作品ではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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