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人類の黄昏  J・H・ロニー兄『地球の死(全訳版)』
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 ジュール・ヴェルヌと並び、SFの先駆者とされるフランスの作家J・H・ロニー兄(1856-1940)の『地球の死(全訳版)』(吉澤弘之訳 Amazon Kindle)は、1910年発表の人類破滅テーマの中篇作品です。

 遠い未来、人類は激減し、いくつかのオアシス都市でわずかに生き延びていました。地球から大部分の水が失われ、人類以外に残った生物は植物と鳥類、そして人類が加工した鉄から生まれた新生物「鉄磁竜(フェロマニェタル)」のみでした。
 災厄によって、遠方のオアシス都市<赤の大地(テール=ルージュ)>からの連絡が途絶え、<高きみなもと(オート)=スルス>に暮らす青年タルグとその妹アルヴァ、アルヴァに恋する男性マノたちは、<赤の大地>への捜索に向かいます。
 タルグは優美な女性エレを救助し、彼女に恋することになります。しかし水源の喪失により、避難民は独り身であることを強いられるため、彼女と結婚することは不可能になってしまうのです。タルグは水源の捜索に向かうことになりますが…。

 遠未来、人類が滅びようとする黄昏の時代を描いた作品です。地球から水がほとんど失われ、そのわずかな水の周りにオアシスのように都市が点在しています。食物問題に関しては何とかなるものの、水だけは如何ともしがたいのです。
 植物と鳥類以外の生物は絶滅し、代わりに生まれた新生物「鉄磁竜(フェロマニェタル)」は人類の天敵ともいえる存在で、彼らのそばにいると人間は衰弱してしまうのです。
 人間自体の寿命がすでに短くはなっていますが、養える人口が厳密に計算され、子どもを作ることも制限されています。また人口が過剰になった場合は、すぐにも安楽死が行われてしまいます。
 常に絶滅の危機にさらされ、人類が無気力に陥っているなか、主人公となるタルグとその妹アルヴァの兄妹は、未来の希望を信じて行動し続けることになります。困難のなか、新しい水源を見つけたり、未来の伴侶を見つけたりと、兄妹は活躍することになりますが、次々と絶望的な環境変化が起こり、周囲の都市も次々に壊滅していきます。彼らは生き延びることができるのでしょうか?

 テクノロジーはそれなりに発展しているものの、限られた水が原因で、都市一つで養える人口は数千人程度、それも環境が変化すればもっと少なくなってしまうのです。タルグたちが個人レベルで奮闘しても、事態は一向に良くならず、段々と人類は滅びに向かってしまう…という、非常にハードで、暗い情念に満ちた未来小説となっています。

 人類以外にクローズアップされる生物が、鳥類と「鉄磁竜(フェロマニェタル)」。知能を高めた鳥類は、食料ではなく、人類の友人となっています。簡単な意思の疎通も可能なようで、連絡係としても活躍します。
 「鉄磁竜(フェロマニェタル)」に関しては、具体的な描写が少なく、はっきりとイメージが湧きにくいのですが、人類が加工した鉄から生まれた生物で、彼らのそばにいると、人間の赤血球が奪われてしまい、極度の衰弱状態に陥りやがては死んでしまうのです。
 舞台となる時代では、ある種の棲み分けがされているようで、直接的にぶつかることはないのですが、人類が生息域を回復したとすると、障害になる、という記述も出てきますね。最終的には、人類の後継者は「鉄磁竜(フェロマニェタル)」であるというような考え方も示されることになります。

 自然の生態系や人間社会の奇妙な変化、風変わりなテクノロジー、人類の行く末をめぐるサスペンス…、著者の独特の想像力が発揮されており、発表された年代を考えても、ユニークな傑作と言えるのではないでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

死者の世界  黒史郎『夜は一緒に散歩しよ』
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 黒史郎の長篇『夜は一緒に散歩しよ』(メディアファクトリー)は、母親の死後、何かに取り憑かれてしまった幼い娘をめぐって、作家の父親が遭遇する怪異現象を描いたホラー作品です。

 画家だった妻、三沙子が急死してから、幼い娘の千秋の様子がおかしくなり始めたことを、父親の卓郎は心配していました。もともと絵が好きだった千秋は、やたらと奇妙なものを描くようになります。その中でも目立つのは青い顔をした女の顔の絵で、千秋はそれを母親だと言い張るばかりか、大人には見えない何かを見ているようなのです。
 作家である卓郎の担当編集者、楠木は、奇怪な言動を繰り返すようになった挙句に失踪してしまいます。代わりに担当になった女性編集者、佐久間美樹との間に恋愛感情が芽生え、彼女と結婚することになった卓郎でしたが、美樹は千秋を恐れていました…。

 妻の死後に娘の様子がおかしくなってしまい、その行動に悩まされる作家の主人公を描いたホラー作品です。
 娘の千秋の絵が段々と不気味なものとなり、その言動は、父親ばかりか周囲の人間も悩ませ始めます。周囲の人間が次々と死を遂げていくことになり、その原因は千秋を通して影響力を及ぼす霊的な何かなのではないか、という疑いが発生してくるのです。
 死んだ母親の三沙子が才能のある画家だったということで、娘の千秋もその才能を受け継いでいるらしいのですが、彼女を通して影響力を及ぼしているのは三沙子なのか? というのが読みどころでしょうか
 娘に発達障害的な部分が疑われており、娘が引き起こすトラブルがそれによるものなのか、実際に霊的なものが原因なのかが、父親の卓郎にはつかめず悩まされる…という部分は非常にリアルで「嫌な話」になっていますね。
 再婚相手の美樹や、再婚した卓郎に対する旧妻の怨念なのかと思いきや、直接的に関係のない周囲の人物が多数死んでおり、その怪異の元が本当に三沙子であるのかも怪しくなっていく…という流れにはサスペンスもありますね。

 主人公の卓郎がホラー作家ということなのですが、その彼が最後の方まで超自然現象をなかなか信じない…というのも面白いです。千秋ばかりか、妻の美樹も怪異に取り憑かれてきており、命も危うくなっていくなか、彼は家族を守り切れるのか?という部分も興味深いです。

 前半は心霊的なテイストが強いのですが、後半からはオカルトなテイストが強くなっていきます。家族間で起こっていた怪異がさらに広がる様相を見せるなど、スケールも大きくなっていきますね。幽霊物語、サイコ・スリラー、超能力者哀話…、いろいろな要素が入り混じったホラー小説の快作です。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

怪異を探すひと  黒史郎『ボギー ―怪異考察士の憶測』
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 黒史郎『ボギー ―怪異考察士の憶測』(二見ホラー×ミステリ文庫)は、自分の命を救うため、怪異サイトの怪異考察士になったホラー作家の調査が描かれていくというホラー作品です。

 脳腫瘍によって約半年の余命宣告をされたホラー作家、桐島霧。その腫瘍は、幼いころに遭遇した怪異現象の直後に発生したもので、その異様さから、一部の人間からは「祟り」とも言われていました。
 長年おとなしくしていた腫瘍がなぜ数十年経ってから動き始めたのか、その原因が自らが体験した怪異現象にあることを確信した桐島は、それを調べるするために、有名な怪異サイト『ボギールーム』に投稿をすることになります
 サイトの管理人である神目は、逆に桐島に怪異を調査する『ボギールーム』選任の怪異考察士になってくれないかと話します。依頼を引き受けることにした桐島は、神目からの情報提供と共に自ら体験した怪異に関係した情報を探っていくことになりますが…。

 様々な怪異現象や都市伝説などを集める怪異サイト『ボギールーム』、その管理人と協力することになったホラー作家が、専任の怪異考察士となり、怪異を調べていくという作品です。
 「怪異考察」というだけあり、さまざまな文献から、伝説やエピソード、また『ボギールーム』に投稿された体験談などが、作中で引用される形となっています。「ひとだま」や「火車」、他にもいろいろな事件や体験談などが登場していきます。
 調べていくうちに、自らが怪異を体験した少年時代を過ごした町に、多くの体験談が集まっていることに気づいた桐島は、故郷に帰り、そこで調査を進めることになります。

 メインの謎となるのは、町で大量の遺体が消えてしまう、という事件でしょうか。断片的だと思われていた個々の怪異の証言が、ある一つの真実を示していたことが分かるクライマックスには爽快感がありますね。
 また、有名なある怪異現象の正体について新しい解釈が登場しますが、これにはびっくりする方も多いと思います。
 飽くまで外部に発生した怪異だと思っていたものが、主人公のアイデンティティーを揺るがすような事態につながっていくという展開にも読みどころが多いです。

 怪異を調査する、いわゆる「ゴースト・ハント」もの作品ですが、主人公が「祟り」によって余命が少なくなっており、それを解くために調査するという、タイムリミット・サスペンスのようになっているのも特徴ですね。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第29回読書会 参加者募集です
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※追記 定員になりましたので、参加者募集は締め切らせていただきます。

 2021年12月26日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第29回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

 お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
 kimyonasekai@amail.plala.or.jp

 今回は少人数開催での予定のため、早めに募集を終了させてもらう場合があります。

開催日:2021年12月26日(日曜日)
開 始:午前9:00
終 了:午前12:00
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:1500円(予定)
テーマ:
第一部 課題書 エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』(増田まもる訳 創元推理文庫)
第二部 本の交換会

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。


 第一部のテーマは、課題書として、エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』(増田まもる訳 創元推理文庫)を取り上げます。高い文学性と共に、既存のジャンルにあてはまらない<奇妙な味>の秀作が集められた短篇集です。読者の想像力に任せられた部分も多く、話し甲斐のある作品集ではないでしょうか。

 第二部は、本の交換会を行います。処分してもよい本を持ち寄り、交換する会です。持ち込む本の種類や冊数は自由です。特に持ってくる本がなければ、無理に持ってこなくても大丈夫です。もらうだけでも構いません。

極限の戦い  ロブ・ホワイト『マデックの罠』
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 ロブ・ホワイトの長篇『マデックの罠』(宮下嶺夫訳 評論社)は、罪を着せられ、裸で砂漠に放り出された青年のサバイバルを描くサスペンス小説です。

 砂漠でビッグホーン(オオツノヒツジ)狩りをしたいという資産家の男マデックのガイドを務めることになった大学生の青年ベン。横柄で金の力を過信するマデックにベンは嫌悪感を抱きますが、学費を稼ぐためと割り切り、彼の要求に従うことになります。
 猟の最中、マデックは誤って山師の老人を射殺してしまいます。事故を隠蔽しようとするマデックにベンは反対しますが、腹を立てたマデックは銃でベンを脅迫します。持ち物はおろか、服や靴までをも奪われたベンは、灼熱の砂漠に放り出されてしまいますが…。

 事故(過失致死に近いですが)の隠蔽の協力を拒んだことから、脅迫され、生命の危機にまで追いやられた青年のサバイバルと逆襲を描いたアクション・サスペンス小説です。
 マデックは、金の力で何でもできると思っている横柄な男です。恐ろしく頭が回り、事態が自分の思い通りにならない場合、残酷なことを実行するのにもためらいがありません。ベンが正直者であり、賄賂が通じないと分かった途端に脅迫を始め、その効果が怪しいと判断したマデックは、ベンを殺そうとし始めるのです。
 しかもその手段は残酷かつ執拗。食料や水、服や靴までを奪い、ほぼ裸の状態で砂漠に放置するのです。しかも、側で監視し、ベンが逃げ出したり水を手に入れられないように、邪魔し続けるという徹底したもの。限界状況でのサバイバルという題材の作品は、他にも多々あると思いますが、ここまで徹底して過酷な設定はなかなかないのでは。

 ガイドができるほどに砂漠に習熟したベンが、その知識と技術を用いて、マデックを出し抜けるのか?というのが読みどころなのですが、そう上手くはいきません。マデックがことごとく邪魔をし続け、そのあくどさには唖然としてしまうほど。このマデック、銃の名手で百発百中。殺そうと思えばすぐにでもベンを殺せるのですが、それをせず、ベンが生き延びようとする行動を邪魔します。飽くまでベンが渇水死、もしくは衰弱死するまで追い込もうというのです。
 道具もろくなものがなく、酷暑で体も衰弱してゆくという極限状態で、ベンが生き延びるために様々な試みをしていく過程が、サスペンス豊かに描かれます。山師によって隠されていた道具を手に入れたり、植物を上手く使ったり、小動物で飢えをしのいだりと、純粋なサバイバル部分だけでも相当に面白いですね。

 後半では、直接的に命を狙い始めたマデックに対し、ベンがいかに反撃するか、と言う部分でもスリリングな味わいがあります。ヤングアダルト向けの作品ではあり、主人公ベンが逆襲に転じるだろうことは予測がつくのですが、その逆襲がなされた後にも、さらにマデックの再逆襲がなされ、最後までハラハラドキドキ感が止まりません。
 敵となるマデックが、情状酌量の余地がないほどの徹底した悪役なので、主人公がいかに敵に打ち勝つか、というところに集中できるシンプルな作りの物語になっています。これほど憎たらしい悪役に出会ったのは久しぶりでした。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪談を探して  新名智『虚魚(そらざかな)』
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 新名智の長篇『虚魚(そらざかな)』(KADOKAWA)は、「人を殺せる怪談」をめぐって展開されるホラー・ミステリ小説です。

 怪談師を生業とする三咲は、幼い頃に両親と共に自動車事故に遭い、両親を亡くしていました。事故の原因となった男を憎む三咲は、彼を殺すために「体験した人が死ぬ怪談」を探し続けており、その過程で怪談師ともなっていました。
 知り合った少女カナが、呪いか祟りで死にたいと考えていることを知った三咲は、互いの合意のもと、カナを怪談の実験台とすることにします。
 ある日、釣り上げた人が死んでしまう魚がいる、という噂を聞いた三咲とカナは、その話を調べるうちに奇妙な怪談の連鎖に巻き込まれていくことになります…

 親の仇と恨む男を殺すために、体験した人が死んでしまう怪談を探す三咲と、自ら呪いか祟りで死にたいというカナのコンビが、釣り上げると人が死んでしまう魚がいる、という怪談を知ったことから、その謎を追っていく…というホラー・ミステリ作品です。
 怪談師をしながら人を殺せる怪談を探し続ける三咲ですが、実際にそんな怪談は見つかっていません。呪いとされる行為をカナが実践したところで、効果は全くないのです。魚の怪談を追っていった二人は、その怪談の伝播の過程を辿ることになり、怪談が「本物」である確信を抱いていくことになります。

 三咲とカナのほかに、三咲の年下の元恋人の男性昇が登場し、主にこの三人が怪談の真相を辿っていきます。
 調査の過程で、それぞれの怪談や伝説が語られていく形になっており、それらはそれぞれ面白いのですが、主人公たちに直接怪異が降りかかるシーンはあまりありません。怪談もまた聞き・間接的なものであり、飽くまで地道な怪談・伝説の調査過程と、それが導くミステリ的な興味が主眼となった作品でしょうか。
 魚の怪談がなぜそうした形で伝わるようになったのか?その元には何が存在するのか? といった、怪談そのものに関するメタフィクショナルな部分に魅力のある作品となっています。
 主要登場人物たちが怪談に関わるようになったのは、それぞれの過去にも原因があるらしいということも語られます。過去の事故に囚われている主人公三咲のほか、怪談収集に情熱を燃やす昇、過去を一切語らないカナにもまた、怪談に執着する理由があり、そのあたりも物語の展開に絡み合ってくるのが面白いですね。

 怪異そのものの怖さというよりは、怪異を語る人々とその伝播、といった面に重心が置かれており、ユニークな読み味のホラー作品となっています。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

危険な世の中  ニック・ドルナソ『サブリナ』
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 ニック・ドルナソの『サブリナ』(藤井光訳 早川書房)は、ある女性が殺害された事件をめぐって、その社会的な反応と、それらが家族や関係者に与える影響を描いた、グラフィックノベル(コミック)作品です。

 若い女性サブリナが突然行方不明になるという事件が発生します。彼女の失踪によって恋人のテディは情緒不安定になってしまい、幼馴染でコロラドの空軍基地に勤務するカルヴィンの元に身を寄せることになります。
 やがてサブリナが殺害される現場を収めたビデオテープが複数のマスコミに送られ、殺害犯と目されるティミー・ヤンシーという男が自殺しているところを発見されます。世間では、この事件について取り沙汰され、事件自体が陰謀であると断ずる者も現れる始末でした。
 サブリナの妹サンドラ、カルヴィンの元にも、マスコミからの取材、そして見知らぬ人間から沢山のメールが届くことになりますが…。

 ある女性の殺害事件が描かれますが、被疑者が死亡していることもあり、その事件の「真相」については最後まではっきりとは分かりません。描かれるのは、その事件を受けて世間の人間がどう考え反応したのか、そしてそれらの影響が事件の関係者たちにどう及んだのか?といった部分が中心に描かれることになります。
 世間の反応といっても、描かれるのは基本的にマイナスのものばかりです。「好奇心」ならまだいいところで、事件が陰謀で、関係者は俳優なのではないかという陰謀論じみた意見が登場し、それはやがてエスカレートしていくことになります
 被害者の妹サンドラや恋人テディを匿っているカルヴィンにもその影響は及んでいき、彼らが精神的にダメージを受けていく様も描かれていきます。

 一方、精神を病んだテディは部屋に閉じこもり、陰謀論を唱えるラジオをずっと聞き続けるなど、その行動にも奇行じみたものが目立ってきていました。
 精神のバランスを崩した登場人物たちの誰かが、何かの事件を起こしてしまうのか? といった不穏な雰囲気が続いていくのですが、実のところ目立った事件は起きません。猟奇的な事件と、社会的に極端なバッシングを受けた登場人物たちの日常はずっと続いていくわけで、その淡々とした描き方が、さらに不安を煽っているようです。

 非日常的な殺人事件とそれによる社会的な悪意を受けた人々がそれをやり過ごし、立ち直るまでの物語、と表面上は見え、実際そういう風に読めるのですが、細かいところをよく読んでいくと、実は他の解釈も可能なように描かれているようです。
 サブリナ殺害事件がテーマではありながら、当事者である妹のサンドラ、恋人のテディよりも、作品のメインで描かれるのはカルヴィンのパートです。
 テディを預かった彼が体験するのは、事件が陰謀ではないのかというフェイクニュースじみた報道や妄想です。そうした妄想を一方的にメールで送りつけてくる特定の人物も現れます。そうした世間からの悪意を受け続けるカルヴィンもまた精神的にダメージを受けており、勤務先のメンタルヘルスの調査書にもそれが具体的に表れてくることになります。
 しかしその「陰謀説」もしくはその一部が真実だったら…という読み方も可能なようで、そう読むと辻褄が会うような部分も多々あるのですよね。表面上の物語も十分シリアスで重いテーマを扱っているのですが、裏で読み取れる解釈もまたヘヴィーです。こちらの解釈で読むと、これ完全にホラーといってよい物語だと思います。
 結局のところ「真相」として唯一の真実が明かされるタイプの物語ではないので、様々な解釈が可能なようにはなっている作品です。非常に奥行きのある物語ともいえるでしょうか。

 著者の絵柄はすごくシンプルな描線で、コマ割りも大体において同じ大きさのコマが連なるという、こちらもシンプルなレイアウト。日本のマンガを読みなれていると、かなり読みにくいのではありますが、この作品の場合、この形式がとてもマッチしていますね。


テーマ:奇妙な物語 - ジャンル:小説・文学

生と死の旅路  ロバート・ネイサン『川をくだる旅』
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 ロバート・ネイサンの長篇『川をくだる旅』(矢野徹訳 文化出版局)は、余命少ない女性が、夫との思い出を作るために川下りの旅に出ることになり、その旅路で不思議な体験をするという、幻想的な小説作品です。

 医師から、病により余命が一、二年であることを告げられた中年女性ミネルヴァ・パーキンソンは、夫ヘンリイに自らの思い出を残しておきたいと考え、二人で旅に出ることを決心します。手持ちの債権を売り、古いハウスボートを購入したミネルヴァは、夫と共にその船でミズーリ川の川くだりの旅に出ることになります。
 船の修復を家で待つ間、ミネルヴァのもとを見知らぬ男が現れます。取り留めのない話をする男を怪しむミネルヴァでしたが、そこに不思議な胸の高まりがあることを自分でも不思議に思います。
 旅に出発したパーキンソン夫妻は、船や川に詳しくないことを自覚し、水先案内人を雇おうと考えます。しかしヘンリイが連れてきたのは、ミネルヴァが以前に会った得体の知れない男モーティマーと心臓に持病を持つ病弱な娘ノラでした。ヘンリイとノラが仲良くなる一方、ミネルヴァはモーティマーに不思議な親近感を覚え始めていました…。

 死を意識した女性が、夫婦の思い出作りにと船旅に出ますが、思いもかけない道連れが出来てしまう…という作品です。ヘンリイが病弱な女性ノラと仲良くなる一方、ミネルヴァはモーティマーに妙に惹かれることになります。夫婦の最後の思い出になるはずが、夫婦仲の破綻につながってしまうのか、と思わせておいて、予想のつかない展開になっていきます。
 鍵となるのはモーティマーで、彼は普通の人間ではなく超自然的な存在のようなのです。ミネルヴァがモーティマーに惹かれるのは、普通の人間における「恋」とは異なり、その意味でミネルヴァが夫を愛する心には変わりはないのですが、その一方、ノラはヘンリイに恋をしてしまい、ヘンリイもまたミネルヴァを愛してはいるものの、ノラに惹かれてはいるのです。また、ミネルヴァがノラとヘンリイの仲に嫉妬をほとんど感じない…というのも、彼女が死に近づいているせいなのでしょうか。
 モーティマーは死を司る存在であり、ミネルヴァはもちろん心臓に疾患を抱えるノラもまた死に近い存在です。ヘンリイをめぐる女性二人が死に近づいているなかで、モーティマーを含む四人の関係がどうなっていくのか? というところに不思議なサスペンス感覚もありますね。

 この作品で登場するのは、通常の夫婦関係や恋愛ではなく、そこには「生と死」をめぐる哲学的な考察も現れてきます。それだけに、男女の愛情関係を描いていながらもドロドロとした感じにはならず、どこか寓意的・象徴的な空気を帯びているのが特徴となっています。
 一生の思い出となる船旅がテーマではありながら、作中では、思い出は完全ではない、どんなに愛した人との思い出でも忘却からは免れない、というような皮肉で現実的な考え方も示されます。それでいながら全体に「愛」の物語となっているのは、そうした物語を多く残した著者ネイサンならではといえるでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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