「動物小説作家」のイメージが強いジャック・ロンドンはまた、SF的・幻想小説的な作品も得意とし、かなりの数の作品を残しています。彼のこの分野での作品の特徴は、未来予測や社会改良的な問題意識が強いところにあります。 「未来予測」といえば思い出すのは、ジュール・ヴェルヌです。しかし、ジュール・ヴェルヌの「未来予測」と、ロンドンのそれとは随分異なっています。ヴェルヌが、科学技術の発展を正確に予測する、という面にウエイトを置いているのに対して、ロンドンは、現在の社会の不合理を改善するために、風刺的に未来予想図を描き出す、といった面にウエイトを置いているのです。つまりは、現代世界に対する深い関心が、彼をして「未来小説」を描かせているといえるでしょう。 そんなロンドンのSF的な短篇を集めたのが『ジャック・ロンドン大予言』(辻井栄滋訳 晶文社)です。以下いくつか紹介していきましょう。
『強者の力』 舞台は先史時代、老ロング・ビアードは、孫たちを前に、かっての自分たちの歴史を語ります。ばらばらだった人間がいかに部族を作ったか。そして「金」を創造し、富の独占が起こったがために、一族が弱体化してしまった顛末を語りますが…。 まだ文明が起こる前の人間たちを描いた作品。最初は協力し合っていた一族が、独占欲を起こしてゆく過程が、説得力豊かに描かれます。舞台が古代だけに「強者」の力の振るい方も容赦がなく、それがまたインパクトを持っています。
『ミダスの手先』 ある日、鉄道王エベン・ヘイルのもとに届いた手紙。それは、膨大な金を要求する脅迫状でした。「ミダスの手先」と名乗る彼らは、金を払わなければ人を殺すというのです。しかし殺されるのはヘイルとは全く関係のない一般人であると。手紙を一笑に付すヘイルはしかし、実際に殺人が起こるのを見て驚きますが、彼らの要求に屈しようとはしません。その後も関係のない人間たちが殺されていくのに従って、社会からは非難の声があがり始め、ヘイルもまた良心の呵責に苦しみます…。 まったく正体不明の団体「ミダスの手先」。彼らの目的はいったい何なのか? 資本家に対する「テロ」を空想的に描いた作品です。
『スロットの南側』 「スロット」によって富裕層と労働者層に別れた大都会サンフランシスコ。フレディ・ドラモンド教授は、自らの研究のため、労働者階級に混じって生活を始めます。ビル・トッツを名乗るようになった彼は、労働者たちの間で絶大な人気を得るようになります。 二重生活を続けるうち、ビル・トッツとフレディ・ドラモンドとの間で引き裂かれるようになった彼は、フレディとして婚約者を持ちながらも、ビルとして労働者階級の女性メアリに惹かれはじめますが…。 二つの階級の間で揺れ動く男を描いた作品。結末は予定調和的ながら、エンタテインメントとしても上質の短篇です。
『ゴリア』 正体不明の超絶的な兵器を手にした謎の人物「ゴリア」。彼はその兵器を使って世界中の不正を正し、世界を変革していきます…。 「核」を想起させる兵器を持って、世界を良い方向に導こうとする男の物語。あまりに簡単に世界が良くなってしまうところに、今読むと、かなりナイーヴな感性を感じてしまいます。
『デブスの夢』 「ゼネスト」によって、あらゆる職業の人々がストライキに入ってしまいます。最初は甘い考えでいた資本家たちは、いっこうに終わらない「ゼネスト」によって、食料がなくなっていくのに愕然とします。やがて社会が崩壊し、犯罪や殺人が起こり始めますが…。 「ストライキ」がここまで社会を崩壊させるのか、という疑問はさておき、混乱した社会の描写には、すばらしくリアリティがあります。社会の崩壊、というよりも人間性の崩壊、というべきでしょうか。じつに力強い作品です。
『全世界の敵』 幼い頃から虐げられつづけてきた男イーミル・グルック。人類全体に恨みを抱く彼は、やがて富を貯え、ある兵器の開発に成功します。グルックはその兵器を使い、無差別虐殺を始めますが、彼を逮捕する証拠はまったくつかめません…。 虐げられた男が人類社会に復讐するという、テーマ自体は新味のないものですが、主人公グルックが受ける不幸の数々には、強烈なインパクトがあります。
『比類なき侵略』 近未来、近代化を始めた中国は、その人口を極端に増加させることによって、世界をじわりじわりと侵略し始めます。欧米諸国は、軍を派遣するものの、あっさりと中国の人口によって飲み込まれてしまいます。一計を案じた科学者はある兵器を開発しますが…。 中国の脅威を描いた、いわゆる「黄禍」小説。「未来予測」という点で考えると、かなり先進的な内容です。
『背信者』 貧しい家族のために、幼い頃から働きに出されてきた少年ジョニー。有能ながら、機械的な作業を強いられつづけた彼は、やがて表情を失い、人生に対して何も感じなくなっていきます…。 SF的・幻想的な要素のない普通小説なのですが、インパクトという点では、この短編集随一でしょう。貧しさと機械的な労働がいかに人間性を奪うか、というテーマをこれほど説得力豊かに描いた作品には出会ったことがありません。後半で、ジョニーが発する「僕はすっかり疲れちゃったんだよ」という言葉の何と重みを持っていることか!
どの作品でも、貧困や労働者と資本家の対立などの社会矛盾が描かれます。いくつか作品を読んでいくと、作品に登場する社会が、いささか図式的に感じられてくる面もないわけではないのですが、貧しさや虐げられた人々を描くときのロンドンの筆は痛烈です。その意味で、現在でも作品の価値は失われていません。 作品にこめられたメッセージがかなりダイレクトであるので、正直、物語として楽しむにはちょっときついな、という作品もありますが、これだけのエネルギーを持った作品は、やはり一読の価値があります。 テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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