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怪談さまざま  南條竹則『ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚』

ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚 (日本語) 単行本 – 2020/1/7


 南條竹則『ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚』(KADOKAWA)は、英国の怪談や伝承、民話などについて語った随筆集です。

 主に英国の民間伝承的な題材を扱っていますが、関連して、そうした分野について書いた作家やその創作についても触れています。また東西における類似テーマや、著者自身の体験やエピソードなど、話題は幅広く、読んでいて非常に楽しいエッセイ集となっています。
 章によっては、ジェームズ・ブランチ・キャベルやフィオナ・マクラウドの短篇の翻訳がまるまる収録されている部分もあり、読み進めていくうちにそんな短篇に出会うと、ちょっと得した気分になりますね。

 肩の凝らない読み物ではあるのですが、ミルトンやコールリッジなど、英国の大詩人たちの作品について紹介した部分もあり、教養書としても役に立つ本です。詩人が紹介されていることからも分かるように、詩や韻文、古歌謡などが重要なテーマとして扱われています。
 怪談といえば散文という意識が強かったので、これだけ韻文による怪談の伝統がある、というのは目から鱗でした。

 面白く読んだのは、東西の類似テーマについて語った「アイルランドの「杜子春」物語」、バラッドを中心に魔性の恋人テーマを紹介する「魔性の恋人」、バーラム『インゴルズビー伝説』をメインに紹介した「栄光の手」、ファム・ファタルについて語る「おとこごろし」、ジョージ・ボロー『ラヴェングロー』を中心に、木に触るという迷信と強迫観念について語った「木にさわる男」、オーストラリアの有名な幽霊事件について語る「見えない幽霊」などの章でしょうか。

 博覧強記、ユーモアたっぷりの語り口で洒脱な本です。この分野では等閑視されがちな、詩や韻文を大きく取り上げているのもユニークですね。とにかく読んでいて楽しい本になっています。

 特筆したいのは、本の装丁と造本です。金の箔押しがされた表紙も美しいのですが、紫インキによる本文印刷も美しいです。色付きインキは読みにくいのでは?と思いがちですが、可読性は墨のインキとそう変わらないです。
 造本と内容、ともに瀟洒な本といっていいのではないでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

小鳥の世界  マルセル・エーメ『他人の首・月の小鳥たち』

他人の首・月の小鳥たち (1958年) - – 古書, 1958/1/1


 マルセル・エーメの『他人の首・月の小鳥たち』(宗左近訳 東京創元社)は、「他人の首」「月の小鳥たち」の二篇を収録した戯曲集です。

「月の小鳥たち」
 大学入学資格試験予備校が舞台、校長のシャベールは、娘のエリザから、彼女の夫であり学校の教師として働くヴァランタンについて相談をしたいと打ち明けられます。
 現れたヴァランタンは、ジュール・ヴェルヌとセギュール伯爵夫人の本を読んだ結果、他人を小鳥に変えてしまう能力を得たというのです。話を信じないシャベールでしたが、直後に彼の妻が小鳥になってしまったことを知り、ヴァランタンの力を信じざるを得なくなります。小鳥になった方が幸せだという持論を持つヴァランタンは、学校の生徒やその親たちを次々と小鳥にしていきますが…。

 唐突に人を小鳥に変えてしまう能力を手に入れた男が巻き起こすトラブルをコミカルに描いた不条理劇です。
 小鳥に変えるはいいものの、元に戻す力はなく、そのために鳥になった直後に猫に襲われて死んでしまう者も現れます。
 行方不明になった人を調べに訪れた警察関係者も、片っ端から小鳥にしてしまうのです。
 序盤で小鳥にされてしまうシャベール夫人が、亡くなった富豪の親戚の遺産相続者になっていたことがわかり、その相続をめぐって娘たちが争ったり、ヴァランタンが学校の秘書シルヴィに恋してしまったりと、様々な要素が絡み合って、非常に複雑なお話になっています。
 脱走した元シャベール夫人の小鳥が、これまた小鳥に変えられた教師と並んでいるところを、片方が猫に食べられてしまい、生き残ったのは一体どちらなのか? という謎も面白いですね。
 奇想天外な設定と展開ながら、登場人物の心理はリアルです。特に事件の張本人ヴァランタンとその妻エリザ、ヴァランタンが恋する少女シルヴィとその恋人マルチノンの関係も複雑で、恋愛物語としても面白く読めます。
 一連の事件の解決方法が突然訪れる、いわゆる「デウス・エクス・マキナ」的な結末なのですが、それもファンタジーに満ちたこの作品には合っているのかもしれません。

「他人の首」
 マイヤール検事は、証拠のあまりない難しい殺人事件の容疑者に死刑に追い込んだことで高揚していました。妻と友人が出かけた直後に、友人のベルトリエ検事の妻で愛人であるロベルトと逢引をしていたマイヤールは、突然闖入者の訪問を受けます。
 それはマイヤールが死刑宣告したばかりの男ヴァロランでした。輸送車が事故に会い運よく逃げ出したというのです。彼は自分が無実だと訴えます。何故なら殺人があった晩にはある女性と一緒であり、その女性とは今この場にいるロベルトだと言うのです。
 ロベルト自身もそれを認めた結果、マイヤールは困った立場に立たされます。無実である以上、ヴァロランの冤罪を証明しなければならないが、それをするためにはマイヤールやベルトリエのスキャンダルにもつながりかねないのです…。

 殺人容疑で死刑囚となった男の冤罪をめぐって展開される、恐ろしく複雑怪奇な心理サスペンス劇です。
 マイヤールは友人ベルトリエの妻ロベルトと浮気をしているのですが、このロベルトが稀代の悪女で、無実なのを知りながら、ヴァロランが死刑宣告されるのを見ていたというとんでもない人物。
 かといってヴァロランが善人なのかといえばそうではなく、こちらはこちらで悪質な女たらしなのです。滞在することになったマイヤール家で、マイヤールの妻ジュリエットを誘惑して愛人にしてしまうという始末。
 ヴァロランに再度興味を持ち出したロベルトとジュリエットが対立し、またジュリエットはマイヤールに対してヴァロランをかばう、その間にもマイヤールとベルトリエは事件をいかに穏当に済ませようかと考えている、という具合。
 登場人物たちの愛憎が次々に入れ替わっては、敵味方もどんどん入れ替わるというサスペンスは強烈です。
 実際の殺人事件の真犯人は誰なのか? という部分も意外にちゃんとしていて、結末までに解決されることになります。
 主要な登場人物たちがそろってモラルのない利己的な人物たちなので、その点あまり愉快な話ではないのですが、お話の面白さは格別で、次にどうなってしまうのか、ハラハラドキドキ感がありますね。
 上質なユーモア・サスペンス劇で、上演当時人気があったというのも頷けます。


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わたしだけのもの  ロバート・R・マキャモン『マイン』

マイン〈上〉 (日本語) 単行本 – 1992/3/1

マイン〈下〉 (日本語) 単行本 – 1992/3/1


 ロバート・R・マキャモンの長篇『マイン』(二宮磬訳 文藝春秋)は、1960年代過激派の生き残りの女が、崇拝する過激派リーダーの男に捧げるために生まれたばかりの赤ん坊を病院から盗み出し、それを生みの母親が追跡するという、強烈な情念に満ちた物語です。

 1960年代に活動し暴力行為や多数の殺人までも引き起こしたテロリスト集団ストーム・フロント。警察の襲撃を受けてメンバーはバラバラになりますが、そこに所属していたメアリー・テラーは、17年経った今もストーム・フロントのリーダーだったロード・ジャックを崇拝していました。
 雑誌広告でかつての仲間からと思しい文章を読んだメアリーは、それがロード・ジャックからのメッセージだと思い込みます。長年の荒んだ生活により狂気に陥っていたメアリーは、かって失ったジャックと自分との子供を再度ジャックに捧げようと考え、病院に侵入して、新生児を盗み出します。
 一方、生まれたばかりの息子デイヴィッドを誘拐されたローラ・クレイボーンは、息子を取り戻すため誘拐した女の後を追おうと必死に情報を集め始めます。1960年代に関する本の著者マーク・トレッグスが何か情報を知っているのではないかと考えたローラは、トレッグスに接触しますが…。

 狂気に冒され新生児を盗み出した女と、それを追う生みの母親の闘争を描いたサイコ・サスペンス作品です。
 子供を盗み出すメアリーのキャラクターが強烈です。大女で怪力を持ち、人を殺すことに躊躇いがない残酷な人間として描かれています。顔を見られただけで、大人はおろか初対面の見知らぬ子供を射殺したりと、その行動は危険そのもの。
 一方メアリーを追うローラは、自身もまた1960年代的な思想に共感を抱きつつも、暴力自体は嫌う温厚な人物として登場しますが、子供を取り戻すために、だんだんと狂気じみていくことになるのです。

 メアリーは普段は冷静なものの、突然狂気の発作に囚われると何をしでかすか分からないという危険極まりない設定です。しかも自分が追い詰められたときには、子供と一緒に自殺するという覚悟を固めているために、下手に刺激ができません。
 子供を傷つけずに、いかにローラがメアリーを追い詰めていくのかというところが読みどころですね。

 メインとなるメアリーとローラの他に、重要な人物として登場するのが、かってのメアリーの仲間である、ディーディーことベデリア・モース。
 かっては過激行為をしていたものの、後悔に囚われ、現在は姿を隠しつつ平穏に暮らしていたものの、メアリーが赤ん坊を誘拐したことを知り、嫌々ながらローラに協力することになります。厄介ごとに巻き込まれるのを嫌がりながらも、その追跡行で、ローラとの間に奇妙な友情が生まれていく、というのも面白いところです。
 ローラ(とディーディー)が、メアリーに接触するたびに戦いが始まるのですが、これが本当に血みどろ。互いに重症を追いながらも、そのたびに逃げ出すメアリーも相当なのですが、それをさらに追い詰め続けるローラの精神力も本当に強烈です。その途中で、メアリーを長年追い続ける別の人物もその追跡行に加わることになり、後半の展開は波乱万丈どころの騒ぎではありません。

 かって過ごした時代と愛した男に執着するメアリー、夫の愛を失い子供しかいないと思いつめるローラ、人生の後悔からローラと自分を同一視していくことになるディーディー、三人の女たちの〈マイン〉とは何なのか?
 登場する男性キャラが総じて影が薄いのに対して、メインとなる三人の女性キャラクターは本当に強烈です。シンプルなお話ではありながら、その情念の強烈さで最後まで読まされてしまいますね。


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世界の終末  ウィリアム・ホープ・ホジスン『異次元を覗く家』

異次元を覗く家 (ナイトランド叢書) (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2015/10/22


 異次元の怪物、宇宙の終末…。ウィリアム・ホープ・ホジスンの長篇『異次元を覗く家』(荒俣 宏訳 アトリエサード)は、巨視的なスケールで描かれた怪奇幻想作品です。

 いわくのある古い屋敷にやってきた老人の「わたし」は、妹のメアリ、愛犬のペッパーと共に、そこに長らく住んでいました。ある日書斎で「わたし」は奇妙な体験をします。それは自分の体が地球から離れ、別の世界へ行くというものでした。
 そこで「わたし」は、巨大な異教の神々のようなものに取り囲まれた円形の場所で、自分の家とそっくりながら、ずっと大きな建物を目撃します。その体験からしばらくして、家の近くの深い谷間〈窖(ピット)〉を訪れた際に、ペッパーが何者かに襲われ怪我をしてしまいます。
 「わたし」がかすかに目撃したのは、ブタに似た顔を持つ人間に似た生物でした。それからその怪物たちが太陽に屋敷の周囲に現れ、家の中に侵入しようとし始めます。「わたし」は屋敷にこもり、怪物たちを撃退しようとしますが…。

 様々な要素の盛り込まれた、魅力的な怪奇幻想小説です。一見、つながりや理由のわからない現象や事件が立て続けに起こり、その意味ではバランスが悪いと言えるかもしれないのですが、その個々のエピソードや要素が、どれも魅力的なガジェットに満ちているのです。
 いわくのある謎の館、ブタに似た怪物の襲撃、時間の加速現象、宇宙の終末の幻視、幻の恋人…。メインとなるのは、怪物に襲われた屋敷を守ろうとする主人公の冒険が描かれる部分でしょうか。アクション要素も多く、血湧き肉躍るエピソードとなっています。

 一番印象に残るのは、中盤から突然現れる時間加速現象です。屋敷で老人が気がつくと、周囲の時間の経過速度が異常に早まっていたのです。愛犬の体が灰のようになってしまったり、部屋の周囲が段々とくずれていく、という描写には、強烈なインパクトがあります。
 地球どころか、太陽、さらには宇宙自体の終末を示唆するかのような描写までが描かれ、その巨視的なスケールには唖然としてしまいます。

 物語の構成も入り組んでいます。館に住む老人が体験したことを手記に綴っており、これが本編となっています。その手記をアイルランドのクライテン村の南の廃墟で発見したのが、そこにキャンプに訪れていた二人組の男性ビレグノグとトニスン。
 その手記を手に入れたホジスンが、註を付して公開した、という設定になっています。ですので、わかりにくいのですが、序盤のトニスンと共にキャンプに訪れて手記を発見したという「わたし」はホジスンではなくてビレグノグになります。

 物語が終わっても不可解な点が多く残るのも特徴です。館に住む老人と妹の素性や、なぜいわくのある館に住むことに固執したのか、館はいったい何なのか、時間加速現象は実際にあったのか、異教の神々のような存在は何なのか、ブタ人間たちの正体とは、〈窖(ピット)〉とは何だったのか、など、山のような謎が残るのですが、逆にそれがこの作品のミステリアスさでもあり、想像力を刺激するところでもありますね。
 全てが手記の著者の老人の妄想と取る解釈も、難しくはあるでしょうが、取れなくもありません。また、個人的な意見ですが、結末付近で明かされる事実からは、パラレルワールドという解釈もできそうな感じもします。
 いちばんはっきりしないのは、老人の前に何度か現れる、謎の女性の存在でしょうか。実在した女性の魂なのか、そもそも初めから精神的な存在なのかもはっきりしません。ただ、物語の他の要素にインパクトがありすぎて、この女性の存在は少しかすれ気味にはなっていますね。

 とにかく、懐の広い怪奇幻想作品(という言い方も妙ですが)で、読む人によってその感想もいろいろ変わってくる作品かと思います。

 解説で、ホジスン作品が作中で言及されている作品として、ヘンリー・S・ホワイトヘッドの「あかずの部屋」が紹介されています。こちらの短篇が近年邦訳紹介されたので、こちらもついでに読んでみました。


ナイトランド・クォータリーvol.10 逢魔が刻の狩人 (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2017/8/28


H・S・ホワイトヘッド「開かずの間」(牧原勝志訳「ナイトランド・クォータリー vol.10」アトリエサード 収録)

 ある宿屋での奇怪な事件の調査を依頼されたカルース伯爵は、ジェラルド・ケインヴィンと共にブライトン街道にあるというその宿に向かいます。
 宿の主人のウィリアム・スノウが語るには、宿内の皮の靴が消え始め、やがては革製品全般が消えるようになったというのです。大量の金銭の入った袋までが消えるに及び、スノウは助けを求めることになったというのです。
 宿屋の中にある「開かずの間」に関心を抱いたカルース伯爵は、その来歴を聞くことになりますが…。

 オーソドックスな幽霊物語なのですが、革製品ばかりが消えるという、どこかユーモラスな設定もあり、楽しいゴースト・ストーリーになっています。登場する幽霊もすごく「人間的」ですね。
 作中で、類似する怪奇現象の例として、ホジスンの『幽霊狩人カーナッキ』が言及されています。


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大殺戮!  ハリー・アダム・ナイト『恐竜クライシス』

恐竜クライシス (創元推理文庫) (日本語) 文庫 – 1994/11/1


 イギリスの作家、ハリー・アダム・ナイトの長篇『恐竜クライシス』(尾之上浩司訳 創元推理文庫)は、田舎町の人々が復活した恐竜に襲われるという、パニック・ホラー小説です。

 イギリスの片田舎で、農夫が正体不明の獣に襲われ惨殺されます。また、議員の息子、主婦やその娘など、犠牲者が連続するに及んで、地元で私設動物園を経営する資産家の貴族ペンワード卿は、事件は動物園から逃げ出したシベリア虎のせいであると発表し謝罪します。
 虎の射殺で幕を閉じたかに見えた事件でしたが、殺害現場の証拠隠滅など、怪しげな面を見て取った新聞記者パスカルは、ペンワード卿が何か秘密を隠していると感じ取り、彼の周辺を調査し始めますが…。

 復活した恐竜に人々が襲われる…というホラー作品です。序盤では、主人公の記者パスカルには謎の獣の正体が分からず、その秘密を探っていくわけですが、読者には既に恐竜が人々を襲っていることが明かされてしまっているので、そのあたりの謎解きの面白さはあまりありません。
 この作品の一番の面白さは、圧倒的な攻撃力を持つ恐竜が、一方的に人間を蹂躙していく、という部分にあります。この恐竜たちが本当に凶悪で、人間を餌としてしか見ておらず、生きながら食べられてしまったりする人たちも描かれます。戦おうとしても、鉤爪で攻撃されたらほぼ一撃で死亡してしまうという強烈さ。
 銃など、強力な兵器を使えば倒せないことはないのですが、それでも油断したらあっという間にあの世送りになってしまうのです。
 後半、ある理由で大量の恐竜たちが町中にあふれ出し、酸鼻を極めた展開になるのですが、ここは作者の筆も乗っていますね。彼らに襲われた人々が次々恐竜の餌食になっていく展開には、爽快感さえ感じられます。

 非常に面白いB級ホラー作品といえるのですが、残念なのは、主人公パスカルとその同僚で恋人のジェニーが、キャラクターとしての魅力に欠けるところでしょうか。特にパスカルの性格は、ひがみっぽく利己的なので感情移入しにくいですね。
 作品が始まった時点で、もともと恋人だった二人が、感情のもつれから別れかかっているという設定で、事件を通して二人の仲が元通りになる…という展開なのですが、この二人、どちらも浮気っぽく、作中でそれぞれ他の相手と浮気をしているのです。
 主人公カップルの恋愛パートがかなり下世話な感じになってしまっているのが目立つのですが、そもそも作品全体がB級に徹した作りではあるので、その意味では作品のカラーに合っているとはいえるでしょうか。
 逆に、パスカルの浮気相手となるペンワード卿夫人のジェーンは、その情熱的な性格から後半の物語を動かす原因ともなる人物で、このキャラクターの方が主人公カップルよりもよほど魅力的に描かれていますね。
 ただ、恐竜がこれでもかとばかりに暴れるシーンがたっぷり描かれており、それが主眼のお話ではあるので、人物描写部分が多少荒くとも、あまり欠点とはなっていないように思います。
 豪快なモンスター・ホラーがお好きな方にはお薦めしておきたい作品です。


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楽園の行方  アンリ・ボスコ『ズボンをはいたロバ』
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 フランスの作家アンリ・ボスコ(1888-1976)の長篇小説『ズボンをはいたロバ』(多田智満子訳 晶文社)は、「楽園」をテーマにした、秘教的な幻想小説です。

 ペイルーレ村に住む少年コンスタンタンは、ズボンをはいたロバが気になっていました。賢いそのロバは、山の上の土地ベル・テュイルに住み着いた変わり者の老人シプリアンの家と村との間を往復していました。シプリアンは山に住み着いてから、不毛だと思われていた土地に花や植物を生やすばかりか、動物たちを不思議な力で手懐けていました。ロバもまた、シプリアンによって不思議な行動をするようになっていたのです。
 祖父母や女中からベル・テュイルを訪れることを禁止されていたコンスタンタンですが、ロバに導かれて、シプリアンのもとを訪れることになります。それを知るのは、唯一、コンスタンタンの家の召使いである孤児の少女イヤサントだけでした…。

 山上に、花が咲き乱れ多くの動物たちが憩う「楽園」のような土地を築いた老人。それに魅了された少年と、少年を心配する少女を描いた、どこか秘教的な香りのする幻想作品です。
 序盤は、少年コンスタンタンがシプリアンの土地やシプリアン当人に関心を抱くものの、なかなかその秘密にはたどり着けず、その一方で少年と一緒に暮らす祖父母や女中たちとの生活が描かれてゆきます。素朴な家族小説といった趣なのですが、ある事件を境に、物語のトーンは悲劇的な方向に進んでいくことになります。
 とはいえ、コンスタンタンは物語全体を通じて、事件の真相について情報をほぼ知らされません。シプリアンの他、シプリアンの古い友人のシシャンブル神父、コンスタンタンの家で働くアンセルム老人、そしてイヤサントなどから、情報の断片を聞くのみで、彼が真相を知るのはずっと後のことになります。

 中盤以降、祖母の意向により、コンスタンタンは別の土地にやられてしまいます。彼が戻ってきたときには、作中での事件は既に終わってしまっていた…という面白い構造の物語になっています。
 物語全体が、少年コンスタンタンの視点から描かれる本篇と、シプリアンの手記(とそれに註をつけるシシャンブル神父の文章)、そしてそれらを読んだ未来のコンスタンタンの覚書、とから成り立っています。
 コンスタンタンが訳の分からないままに翻弄される本篇の謎解きが、それに付随するサブテキストによって明かされる、という仕組みになっています。

 大まかに言うと、この作品のテーマは「楽園の喪失」といっていいでしょうか。「楽園」を創造したシプリアンだけでなく、主人公コンスタンタンにとっても、自分の知らぬ間に「楽園」が失われていたということ。それが物語の構造によっても再現されています。
 それと同時に、彼が持っていた幼児期の「純粋さ」も失われ大人になるという、通過儀礼的なモチーフもそこには含まれているようです。
 多分に宗教的なモチーフが頻出する作品ではあって、シプリアンが作る「楽園」には動物が多く住んでいるのですが、そこには敵となる動物も存在しています。具体的にはそれが「狐」と「蛇」で、殺しを繰り返す「狐」を忌まわしく思ったシプリアンは「蛇」の存在を利用しようと考えますが、それがまた「楽園」を壊す一因ともなってしまうのです。
 結局シプリアンは何をしたかったのか? 「楽園」はなぜ崩壊したのか? イヤサントはどうなったのか? など、いろいろな点について、はっきりとした解決は示されません。少年小説的な装いとは裏腹に、その物語の解釈は意外に難解です。
 ただ、物語を読み終えた後の余韻は深く、どこか心に残る作品になっています。

 全くジャンルもテーマも違うとは思うのですが、この作品を読み終えて思い出したのは、ナサニエル・ホーソーンの短篇「デーヴィッド・スワン」(坂下昇訳『ホーソーン短篇小説集』岩波文庫 収録)でした。お話の構造がよく似ているのです。
 主人公コンスタンタンが知らぬ間に「夢」(この作品の場合「楽園」ですね)が、彼の生涯を通り過ぎてしまう…という、夢幻的ではありながら、どこか空しさを感じさせる作品ともいえそうです。主人公が「選ばれた人間」でありながら、本人はそれに気付かず、後になってそれを知るという構造は、こうした通過儀礼的なテーマを持った作品としては、とても異色に感じられます。


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冷たい触れ合い  メアリー・ダウニング・ハーン『深く、暗く、冷たい場所』

深く、暗く、冷たい場所 (海外ミステリーBOX) (日本語) ハードカバー – 2011/1/1


 メアリー・ダウニング・ハーンの長篇小説『深く、暗く、冷たい場所』(せなあいこ訳 評論社)は、過去の悲劇が家族二代に渡って影響を及ぼすという、シリアスなゴースト・ストーリーです。

 13歳の少女アリソン(アリ)は、屋根裏部屋で母親の子ども時代の写真を見つけます。姉のダルシーと並んで写っている母親のクレアのとなりには三人目の少女が写っていましたが、写真がちぎれているためその顔は分かりません。名前が書いてあるものの「テ」という断片しか分からないのです。
 その写真について母とおばのダルシーに訊ねるものの、二人とも何も覚えていないと話します。母とおばは子供時代はよくシカモア湖畔の別荘で過ごしたといい、ダルシーはそのコテージに、幼い従妹エマのお守り役を兼ねて旅行に行かないかとアリを誘います。喜ぶアリでしたが、母親はなぜか反対します。
 現地に着いたアリは、楽しい日々を過ごしますが、突然現れた意地の悪い少女シシィに調子を乱されてしまいます。名字や家の場所も教えてくれず、はぐらかすシシィにアリは困惑しますが、彼女はアリの母親やおばがかってひどいことをしたと、アリやエマに話します。
 シシィに感化されてしまったエマは、性格が変わったように意地が悪くなり、同時にダルシーの精神状態も不安定なものになっていきますが…。

 おばと従妹と共に湖を訪れた少女アリが、謎めいた少女シシィに翻弄されているうちに、過去に起きた悲劇的な事件を知り、子どもだった母親とおばがその事件に関係していたことを知ることになる…という、サスペンス味豊かなホラー作品です。
 ゴースト・ストーリーという惹句通り、幽霊が正面を切って現れる物語です。ただ読んでいると、誰が幽霊なのか、なぜ現世に現れたのか?というあたりは、早々に予想がついてしまいます。

 一番の読みどころは、謎の少女シシィに感化(というより洗脳といった方が近いでしょうか)されてしまった幼い従妹エマが、危ないことをしたり、傷つけられそうになるのをアリが何とか防ごうと努力を繰り返す部分でしょうか。
 このシシィ、非常に意地が悪く、気まぐれな行動をするだけでなく、罵倒を繰り返すのにも関わらず、なぜかエマはシシィの気に入られようと、言うがままに動いてしまうのです。シシィの正体を探ろうとするアリですが、毎回簡単に巻かれてしまいます。
 突然現れては突然消える、その神出鬼没さにアリはノイローゼ気味になってしまうほど。しかもシシィのせいで、エマが不審な行動を取ったりするのに対し、おばのダルシーはアリにその責任を負わせるような発言を繰り返すのです。
 過保護で自由を許してくれない母親に反発する形で旅行にやってきただけに、母親よりも自分を理解してくれていると思っていたおばの態度にアリがショックを受けてしまうくだりには、切なさがありますね。

 過去の悲劇にダルシーとクレア(アリの母)が関わっていることが段々と判明し、クレアに至っては、30年前からずっとトラウマを抱えて、神経症的な状態になってしまっています。持ち前の積極性から画家として成功しているというダルシーもまた、湖の別荘に来てから異常な精神状態になってしまうのです。
 シシィに感化されてしまったエマと、精神状態のおかしくなってしまったダルシーにはさまれる中、主人公アリがシシィにどう相対し、エマを守るのか?という部分はサスペンスがたっぷりですね。

 すごく大まかに言ってしまうと、幽霊の復讐譚であり、その意味では意外な展開はあまりないオーソドックスなお話なのですが、それに絡む家族の心情と軋轢が丁寧に描かれており、結末の予想はつきながらも、終始面白く読むことができます。
 また、登場する幽霊が、自分の立場と思いを切々と語る、というのもユニークではありますね。これだけ雄弁な幽霊も珍しいのではないでしょうか。将来を奪われた幽霊が、その悔しさを語るクライマックスのシーンには味わいがあります。

 幽霊と、それが生まれることになった悲劇、親子二代にわたるトラウマの蓄積と、かなりシリアスな問題意識の盛り込まれたお話なのですが、最終的には罪の赦しや救いの手がもたらされたりと、読後感は非常にいい作品です。
 幽霊に対して憎しみを抱いていたアリが、最終的には「共感」を示し、それが受け入れられる、というのもその一因でしょうか。

 作中で、子どもたちが読む沢山の絵本や児童書のタイトルが言及され、その点でも楽しい作品なのですが、その中のいくつかのタイトルに関しては、物語の設定としっかり結びついているところも良いですね。


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理想の愛  ジョン・コリア『モンキー・ワイフ 或いはチンパンジーとの結婚』
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 ジョン・コリアの長篇小説『モンキー・ワイフ 或いはチンパンジーとの結婚』(海野厚志訳 講談社)は、知性的なチンパンジーの女性(?)と教師の男性、その婚約者との三角関係を描いた、奇想天外な恋愛ファンタジー作品です。

 アフリカのボボマで働く、イギリス人教師ファティゲイ氏は、メスのチンパンジーを譲り受けエミリーと名付けます。彼女に知性を見て取ったファティゲイ氏は彼女に教育や作法を施し、エミリーは人間のレディと変わりないまでの知性を身につけます。
 エミリーと共にイギリスに帰国したファティゲイ氏は、婚約者エイミーのメイド代わりとしてエミリーを預けます。初対面から互いに嫌悪感を抱く二人ですが、ファティゲイ氏の手前、表面上は穏やかな関係を保ち続けていました。
 ファティゲイ氏に恋心を抱くエミリーは、エイミーの俗悪な性根を知り、何とかファティゲイ氏とエイミーの結婚を防ごうと考えますが…。

 人間とほぼ同等の知性を持つメスのチンパンジーが、飼い主の男性に恋をし、その婚約者と不思議な三角関係になる、という物語です。
 このメスのチンパンジー、エミリーが人間の言葉を完全に理解するばかりか、本を読んで教養を身につけたり、行儀作法も完璧、品性も高いという、まさに淑女というべき存在として描かれます。一方、婚約者のエイミーは、傲慢で俗物、浮気性で、自己欺瞞を繰り返す俗悪な女性として描かれています。それゆえ、読んでいると、チンパンジーではありながら、エミリーの恋を応援したくなってしまうのです。
 一方、男性のファティゲイ氏は好人物ながら、女性には弱い人物で、エイミーの考え方に不審の念を抱きながらも、毎回彼女の口車に乗せられて信用してしまうという体たらく。口の構造上、エミリーは話すことができないので、ファティゲイ氏に何か話そうと思っても話すことができないのです。作品のところどころに、エミリーの心理や思索が挟まれるのですが、それは時に哲学的なレベルにまで達しています。

 人間たちがみな下世話な人物として描かれる(ファティゲイ氏は例外として)のに対して、チンパンジーであるエミリーが、一番高潔な「人物」として描かれるのも、皮肉が効いています。
 皮肉と言えば、この作品、テニソン、キーツ、コールリッジなど、大詩人たちの詩がやたらと引用されたり、エミリーのキャラクターが19世紀小説のヒロインを彷彿とさせたりと、全体が19世紀の文学作品のパロディ作品として構想されているようです。
 お話自体はすごく俗っぽいだけに、ちりばめられた文学趣味が、風刺的なトーンを醸し出しています。もちろん単純に、奇想に富んだ恋愛小説として読んでも面白い作品になっています。

 諷刺的な面としては、主人公のファティゲイ氏含め、人間たちの「見る目のなさ」が徹底的に描かれているのも特徴でしょうか。
 エイミーによって部屋に閉じ込められたエミリーが脱出し、大英博物館に閲覧に訪れたところ、外国人の淑女だと思い込んで、他の閲覧者たちが彼女に惚れてしまったり、エイミーの衣装で花嫁に化けたエミリーと、エミリーの衣装を着させられたエイミーの区別が誰もつかなかったりと、そのからかいの度合いも強烈です。表面しか見えていない、というか、表面すら見えていない、という有様なのです。
 そんな中、ファティゲイ氏はエミリーの真心に気付いてハッピーエンドを迎える、という結末も諷刺的ではありながら、ある種の真実を衝いており、寓話としてとても面白いお話になっています。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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