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中東のヨーロッパ幻想  サーデグ・ヘダーヤト『生埋め』
4336040281生埋め―ある狂人の手記より (文学の冒険)
サーデグ ヘダーヤト S^adegft Hed^ayat
国書刊行会 2001-01

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 イラン文学の巨匠とされるサーデグ・ヘダーヤトの『生埋め ある狂人の手記より』(石井啓一郎訳 国書刊行会)は、リアリズム風の作品もあるものの、大部分は広義の幻想小説として読める短篇集です。

「幕屋の人形」
 パリに留学したイラン人の青年が、店に陳列したマネキンに恋をしてしまいます。イランに戻ってもマネキンを寵愛する青年に対し、許婚の少女は複雑な気持ちを抱きますが…。
 「人形愛」をテーマにしており、結末まで完成された感のある作品です。

「タフテ・アブーナスル」
 考古学者ワーナー博士は、タフテ・アブーナスルの丘発掘調査の際、男のミイラを発見します。一緒に見つかった遺書によれば、ある儀式を行えばミイラは甦るというのです。周りの人間は半信半疑ですが、博士は儀式を実行します…。
 ミイラの復活も面白い題材なのですが、それ以上にミイラの復活それ自体が、過去に生きた女性の復讐手段であった…という、複雑なテーマを持つ作品です。過去の情念が時を越えて甦るというロマン性の高い作品。

「捨てられた妻」
 子まで成しながら自分を捨てた夫の居場所を突き止め、押しかける妻を描く物語です。夫の変心を受け入れた後の、妻の心の動きが強烈で、インパクトがありますね。

「深淵」
 親友が自殺し悲しむ男が、ふとしたことから、親友は妻と浮気をしたのではないかと疑い出します。疑心暗鬼が、どんどんと男を破滅に引き込んでいくという心理小説です。これは読み応えがありますね。

「ヴァラーミーンの夜」
 最愛の妻の死後、夜な夜な妻が好きだったタールの音楽を耳にする夫の物語です。ゴーストストーリーと思いきや、現実的な結末が待っています。結末とそれまでの展開の落差が面白い作品です。

「生埋め」
 自殺志願の青年が毒を飲むものの効果は現れず、死について独白を繰り広げるという作品です。どこからどこまでが現実に起こったのかわからないという、幻覚小説の趣もあります。

「S.G.L.L.」
 近未来を舞台に、生物から性の欲求をとりはらってしまう血清をめぐる物語。全人類に対して血清の投与が行われますが、血清には免疫機能を無効化してしまうという副作用があったのです…。
 人類自らが滅びの道を選んでしまうという破滅SF的な作品です。

 ヘダーヤトは、ベルギーやフランスに留学し、ヨーロッパ文学全般に親しんだ作家だそうで、作品を読んでいてもそれは感じられます。全体にヨーロッパ的な香りの強い作品集で、一味違った幻想小説集として読んでも楽しめる短篇集です。

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怪奇幻想読書倶楽部 第14回読書会 参加者募集です
 2018年6月24日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第14回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp

開催日:2018年6月24日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:1500円(予定)
テーマ
第1部:新入生に勧めたい海外幻想文学
第2部:課題図書 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』(光文社古典新訳文庫)

 第1部のテーマは「新入生に勧めたい海外幻想文学」。
 海外幻想文学を読んだことのない新入生に勧めるならどんな作品がいい? というコンセプトで選んだ「新入生のための海外幻想文学リスト」
 このリストに挙げられた作品を中心に見ていきたいと思います。あわせて、参加者お勧めの海外幻想文学作品などについても話していきたいと思います。

 第2部のテーマは、課題図書として、フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』(光文社古典新訳文庫)を取り上げたいと思います。
 オブライエンは、19世紀半ばに活躍したアメリカの作家。「ダイヤモンドのレンズ」「あれは何だったのか?」「なくした部屋」「不思議屋」(「ワンダースミス」)など、SFやファンタジーの先駆的な作品を残しました。
 ポオとビアスをつなぐとも言われるオブライエンの作品について見ていきたいと思います。

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※基本的には、オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも、安心して参加できると思います。

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仮面の中の孤独  アルジス・バドリス『アメリカ鉄仮面』
amerikatekka.jpgアメリカ鉄仮面―仮面の正体を探るSFサスペンス (ソノラマ文庫―海外シリーズ)
アルジス・バドリス 仁賀 克雄
朝日ソノラマ 1984-10

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 アメリカの天才物理学者マルティーノは、秘密の軍事実験中の大爆発に巻き込まれ、瀕死の重傷を負います。実験場が国境近くにあったため、マルティーノは意識不明のまま、ソヴィエトに拉致されてしまいます。
 数ヵ月後、アメリカに引き渡されることになったマルティーノでしたが、現れたのは顔を鉄の仮面で覆われ、鋼鉄の義手をつけた男でした。彼は本当にマルティーノなのか? 上層部の命令を受けたロジャーズは、男がマルティーノ本人かどうかを確かめるため、身辺調査を開始しますが…。

 アルジス・バドリス『アメリカ鉄仮面』(ソノラマ文庫海外シリーズ)は、事故で重症を負い、半機械の身体に改造された男を描くSFサスペンスです。
 アメリカの調査部隊が、鉄仮面の男の挙動を監視していくパートと並行して、マルティーノの過去の人生のパートが描かれていきます。てっきり、機械化された異形の男の正体をめぐって陰謀が繰り広げられる…という話かと思ったのですが、読んでみると、全く異なる展開の物語で驚かされます。
 何しろ、鉄仮面の男がアメリカに戻ってからは、事件らしい事件は全然起こらないのです。孤独にさいなまれた男が、過去につきあいのあった人間たちに会いに訪れ、人生を振り返る…というしんみりした話になってしまいます。

 鉄仮面の男の正体は誰なのか? という謎は最後まであるものの、基本的には一人の男の孤独な人生が描かれていくというヒューマン・ストーリーです。サイボーグや秘密の実験に関するSF的な要素も、陰謀にまつわるサスペンス的な要素もほとんどなく、正直ジャンル小説といっていいのかも微妙ではあります。
 ではつまらないかと言うと、そうでもなく、意外に味わいのある作品であることは確かです。打算的になろうと思ってもなりきれなかったり、ガールフレンドとすれ違いを繰り返したりする主人公の「弱さ」が描かれていて、感情移入という意味では非常に感情移入しやすい作品ではありますね。

 そういえば、あの本にバドリスについて書かれた文章があったな、と思い出し『殊能将之読書日記』(講談社)をめくってみました。なるほどと思える部分があったので引用しておきましょう。

 バドリスの小説には、怪我や病気や人体改造によってグロテスクな存在に変貌した人間がしばしば登場するがこれはおそらく「アメリカ人に改造された」バドリス自身の実感なんだろうと思う。
 そのため、バドリスには、異質な存在によって認識が拡大するとか、見たことのないすばらしいヴィジョンが拓けるといった発想がない。彼によって、異質な存在と対峙するのは、いやなこと、つらいことなのだ。それゆえ、異質な存在と出会った人間の疎外感や孤独感のほうに焦点があってしまう。


 殊能氏の言っている通りで、『アメリカ鉄仮面』を読んでいても「人間の疎外感や孤独感」がメインテーマになっているように思います。
 ジャンル小説としての魅力には欠けるのですが、バドリスの作品には、どこか惹かれる部分があります。他の作品も読んでみたい作家ではありますね。

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想像力の冒険  ヴェニアミン・カヴェーリン『ヴェルリオーカ』
verurioka.jpg
ヴェルリオーカ
ヴェニアミン・アレクサンドロヴィチ カヴェーリン 田辺 佐保子
群像社 1991-04

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 老いた天文学者プラトン・プラトーノヴィチには子供がありませんでしたが、子ども部屋まで用意して、想像上の息子を空想していました。ある日、部屋に突然現れた少年はワーシャと名付けられ、天文学者の息子となります。
 普通の子供と同じように成長していくワーシャは、隣人の娘イーワと恋仲になります。ある日現れた謎の男ペシチェリコフがイーワに求婚し始めたことから、二人は、おしゃべりな牡猫フィーリャと共に奇想天外な冒険の旅に出ることになりますが…。

 ヴェニアミン・カヴェーリンの長篇ファンタジー小説『ヴェルリオーカ』(群像社)は、孤独な天文学者の想像から生まれた少年ワーシャが、恋人のイーワとともに繰り広げる奇想天外な冒険を描く作品です。作者が80歳の時の作品なのですが、老齢で書かれたとは思えない瑞々しさと想像力にあふれた作品です。

 想像から生まれた少年がさまざまな冒険を繰り広げるファンタジー、といっていいのですが、この「想像から生まれた」という設定が、あとあと物語の伏線になっています。
 「想像」がテーマだけに、何でもありのゆるい作品かと思って読んでいくと、意外に練られた設定で驚きます。少年ワーシャの生誕の秘密や因縁などが少しづつ明かされていく展開は、正統派のヒロイック・ファンタジーを思わせます。
 登場人物たちもそれぞれコミカルで楽しいのですが、主人公の家の飼い猫であるフィーリャや、猫と会話する「スコットランドのバラ」などの、人間以外の登場人物のキャラクターが立っていますね。

 後半に至ると、ワーシャが生まれた理由とその使命が明らかになります。そして、使命を果たした後に現れるメタフィクション的な展開には驚く人もいるのでは。世界そのものを揺るがす展開で、これはもうまるで、ダンセイニの「ペガーナ神話」です。

 カヴェーリン(1902-1989)は、1920年代から活躍していたロシアの作家です。日本でもいくつかの邦訳はありますが、一番有名なのは、初期の幻想的な短篇集『師匠たちと弟子たち』(1923年 月刊ペン社)でしょう。
 初期作品以降、リアリズム作品をずっと書いていたカヴェーリンは、晩年に至ってファンタジーに回帰します。『ヴェルリオーカ』は1982年の作品なのですが、その味わいは60年近く前の『師匠たちと弟子たち』とほとんど変わりません。強いていうなら『ヴェルリオーカ』の方がより「楽天的」で「楽しい」のです。晩年に至って作風が「暗く」なる例はよくありますが、「明るく」なるというのは珍しいですね。
 メタフィクション的な手法も、初期作品の頃から多用していたもので、作家としての一貫性も感じられます。

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《モダンホラー・セレクション》を読む
 1980年代後半から1990年代初めにかけて、ハヤカワ文庫NVから出版されたホラー長篇の叢書《モダンホラー・セレクション》。40冊近くが出版されましたが、今ではほとんどが絶版になっています。
 当時の最新のホラー小説だけでなく、アイラ・レヴィン『ローズマリーの赤ちゃん』、シャーリイ・ジャクスン『山荘綺談』、リチャード・マシスン『地球最後の男』といった、過去のホラー小説の傑作も再刊という形で組み込まれているのが特徴です。
 上記のように、再刊ものにも「モダンホラー・セレクション」の肩書きがついているものがあるので、全てを把握しているわけではないのですが、とりあえずこのシリーズのリストを挙げておきたいと思います。

《モダンホラーセレクション》ハヤカワ文庫NV(1987-1990)
マイクル・F・アンダースン『総統の頭蓋骨』
コリン・ウィルスン『ロイガーの復活』
F・ポール・ウィルスン『触手(タッチ)』
バリ・ウッド&ジャック・ギースランド『戦慄の絆』
ラムジー・キャンベル『母親を喰った人形』
チャールズ・L・グラント『ティー・パーティー』
チャールズ・L・グラント『ペットの夜』
ディーン・R・クーンツ『ウィスパーズ』
ディーン・R・クーンツ『ファントム』
ジェフリイ・コンヴィッツ『悪魔の見張り』
ダン・シモンズ『カーリーの歌』
シャーリイ・ジャクスン『山荘綺談』
デイヴィッド・ショービン『アンボーン 胎児』
マイケル・スチュアート『モンキー・シャイン』
J・マイケル・ストラジンスキー『デーモン・ナイト』
ホイットリー・ストリーバー『ウルフェン』
ジョン・ソール『暗い森の少女』
ジョン・ソール『惨殺の女神』
ショーン・ハトスン『スラッグス』
ショーン・ハトスン『シャドウズ』
ショーン・ハトスン『闇の祭壇』
ジェームズ・ハーバート『聖槍』
ジェームズ・ハーバート『ダーク』
ジェームズ・ハーバート『奇跡の聖堂』
ジェームズ・ハーバート『ムーン』
ジェームズ・ハーバート『魔界の家』
スーザン・ヒル『黒衣の女』
ジョン・ファリス『サーペント・ゴッド』
ジョン・ファリス『果てしなき夜の息子』
マイケル・マクダウェル『アムレット』
リチャード・マシスン『地球最後の男』
リチャード・マシスン『縮みゆく人間』
リチャード・マシスン『地獄の家』
ロバート・マラスコ『家』
デイヴィッド・マレル『トーテム』
アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』
レイ・ラッセル『インキュバス』
アイラ・レヴィン『ローズマリーの赤ちゃん』
ディーン・R・クーンツ/エドワード・ブライアント/ロバート・R・マキャモン『ハードシェル〈ナイトヴィジョン〉』
スティーヴン・キング/ダン・シモンズ/ジョージ・R・R・マーティン『スニーカー〈ナイトヴィジョン〉』

 改めてリストのタイトルを見てみると、結構バラエティに富んでいるのですよね。題材も超自然的なもの、そうでないもの含め、いろいろです。
 派手なホラーに特化しているのかと思いきや、チャールズ・L・グラントの地味な作品とか、スーザン・ヒル『黒衣の女』といった上品な作品も入っていたりします。

 ちょっと目に付くのは、ジェームズ・ハーバートの作品です。このシリーズ最多で5作が入っています。他に収録作品が多いのは、リチャード・マシスンの3作、ショーン・ハトスンの3作あたりでしょうか。マシスンはともかく、ハトスンやハーバートは、こういうシリーズでもないと、紹介されなかったであろう作品ではあるので、ファンとしては感謝したいところです。

 マシスンやジャクスンの「名作」はもちろん、いわゆるB級作品でも、それぞれ独自の魅力がある作品が多く、今読んでも面白いものが沢山あります。以下、このシリーズからいくつかの作品を紹介したいと思います。



soutouno.jpeg総統の頭蓋骨 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
マイクル・F・アンダースン 小倉 多加志
早川書房 1988-06

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マイクル・F・アンダースン『総統の頭蓋骨』(小倉多加志訳 ハヤカワ文庫NV)

 新聞記者ハモンドは、パリから地元の町に戻る列車の中にいました。やくざ者に絡まれるものの、上手くやり過ごしたハモンドでしたが、直後に列車が転覆し、怪我をしてしまいます。死体となって発見された者の中には、あのやくざ者も入っていましたが、検死の結果、その男の死因は他殺だったことがわかります。
 やがて小さな町に、たびたび怪事件が起こるようになります。霊的なものが原因ではないかと考えたハモンドは、友人の霊能力者ロイを呼び寄せ、調査を開始します。
 一方、列車に乗っていた男は、事故の際に落としてしまった箱の行方を探し続けていましたが…。

 序盤から、謎の物体が入った箱が登場し、それに関わった人々が死んだり事故に遭ったりと災難を引き起こしていることが仄めかされます。その箱に入っているものは何なのか? という謎で引っ張っていくのですが、悲しいかな、邦題で盛大にネタバレしてしまっているという作品です。
 箱の中身の謎はともかく、それによって引き起こされる怪奇現象と、それに取り憑かれる人々の惨劇など、演出部分は意外に悪くありません。
 前半、列車の中で乗客同士のいがみ合いが始まり、やがて列車の事故に至るまでの流れは、なかなかサスペンスに富んだ筆致で期待感を煽ります。後半は、箱の呪いで、亡霊たちが大量発生して襲ってくるという、典型的なB級ホラーになってしまうのが残念。亡霊なのに物理的に攻撃してくるのはなぜなのか? とか、呪いを解くための手段が、物理的に箱の中身を破壊するだけ、といったツッコミ所はともかく、B級作品だと割り切って読めば、それなりに楽しめる作品といえます。



4150404674アンボーン―胎児 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
デイヴィッド ショービン 竹生 淑子
早川書房 1987-10

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デイヴィッド・ショービン『アンボーン 胎児』(竹生淑子訳 ハヤカワ文庫NV)

 妊娠した大学院生のサマンサは、子供を一人で育てることを決心します。出産費用の足しになればと、大学の実験に参加することになりますが、その実験装置は、膨大な医学知識を収めたコンピュータと連結されていました。
 コンピュータと接続された胎児は、あらゆる医学知識を吸収し、自らの成長を促進するために母体を操り始めます。
 実験の責任者は、サマンサと恋仲になりますが、やがて彼女が胎児に気分や行動までもコントロールされていることに気付き、胎児を堕胎させようと考えます…。

 コンピュータと接続された胎児が母親をコントロールするというハイテク(当時としては)・ホラーです。
 医学知識を蓄えたコンピュータと接続されるという設定なので、人間の体内の環境のコントロールはお手の物。自分に必要な食物や栄養素を母親に食べさせたり、運動をさせたりし始めます。
 しかし、堕胎をしようとしていることに気付いた胎児は、母親の気を変えさせ手術をさせまいとします。やがて自らの誕生と同時に、母体のみを殺そうと計画を始めるのです。 胎児の能力が強大で、母親は動かされるままになっていきます。記憶も一定せず、善悪の判断も失われてしまうのです。
 1980年代初頭の作品なので、コンピュータの描写は古びているものの、それを除けば、今読んでもサスペンスたっぷりで楽しめる作品です。母親の行動が自らの意思の結果なのか、胎児に動かされているだけなのかがわからず、彼女とつきあっている責任者も、下手に手を出せば母体が危ないため、思い切った行動に出ることができません。
 妊娠の経過が詳細なのも、リアリティを高めていまねす。



415040531X戦慄の絆 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
バリ・ウッド ジャック・ギースランド 日夏 響
早川書房 1989-03

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バリ・ウッド&ジャック・ギースランド『戦慄の絆』(日夏響訳 ハヤカワ文庫NV)

 一卵性双生児である、デイヴィッドとマイケルのロス兄弟は、それぞれ有名な医師として知られていましたが、ある日、同じ部屋で変死体で発見されます。当初は自殺と思われた二人の死は、実は殺人事件だったことが判明します。彼らの間に何があったのか…?

 小さい頃から、互いに離れられない関係だった双子の兄弟。大人になってからも、その関係は変わらず、弟は兄から離れようとしつつも、同時に兄と一緒にいたいという欲望も抑えることができないのです。
 やがて弟は結婚しますが、結婚後も兄は、自分と一緒に暮らそうなどと、支配力をふるい続けます。仕事においても、死亡率の高いがん患者の治療に従事していたマイケルは、精神的に病み、麻薬におぼれていきます。
 子どもの頃から、兄弟は全てを共有し、それは女性においても例外ではありません。兄から離れようとする弟は、自分だけを愛してくれる女性を見つけ結婚します。しかしその結婚も彼の精神バランスを支えるまでには至らず、結局兄の元へ走らせてしまうのです。 同性愛的傾向のある兄は、精神的にだけでなく、肉体的にも弟を所有しようとします。
 「殺人」が描かれるのも結末の1件のみであり、それまで猟奇的な事件も特に起こりません。その意味で、この作品を「ホラー」とは呼びにくいのですが、双子の兄弟の異常な心理、特に弟マイケルの躁鬱的な心理がねちねちと描かれる部分には、強烈なインパクトがあります。
 全体的に、ノーマル、アブノーマル両方の性描写が多く含まれるので、読む人を選ぶ作品ですが、異常心理小説として傑作といっていい作品ではないでしょうか。
 原題は『双生児』ですが、クローネンバーグ監督の映画化作品に合わせて、文庫化の際に『戦慄の絆』というタイトルに変更された作品です。



4150404542ウルフェン (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
山田 順子 ホイットリー・ストリーバー Whitley Strieber
早川書房 1987-07

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ホイットリー・ストリーバー『ウルフェン』(山田順子訳 ハヤカワ文庫NV)

 ニューヨークの下町で、2人の警官の惨殺死体が発見されます。拳銃を抜く間もなく殺されたらしい2人の死体には、狼のような獣の跡が残されていました。しかしその傷跡は、犬や狼がやれるようなものではないのです。
 捜査に着手したニューヨーク市警のウィルソンとそのパートナーであるベッキィは、犯人が、人間とは異なる進化を遂げた別の種族であることを確信しますが…。

 警察小説の形で描かれたホラーサスペンスです。人知を超えた殺害方法にもかかわらず、警察本部は現実の範囲内での事件収束を望みますが、主人公たちは、動物学者などの力を借りながら、犯人は、人間よりも進化した別の種族であることを確信します。
 やがて進化した種族「ウルフェン」は、自分たちを追っている人間がいることを知り、彼らを始末しようと動き始めるのです。

 この作品に登場する「ウルフェン」は、狼でも狼男でもなく、人間とは別個に進化した高度な知的生命体という位置づけです。彼らは、人間に知られることなく生きてきましたが、一族の若者が禁止されていたはずの若い人間を殺してしまったことから、人間社会に彼らの存在が知られてしまいます。
 「ウルフェン」内の一族の情愛や掟、地位をめぐる争いなど、「ウルフェン」視点での描写が、警察側の捜査と交互に描かれていきます。敵側である「ウルフェン」の情報が作中で明かされてしまうので、怪物の恐怖を描く作品というよりは、異種族と人間との対立を描くという、SF的な感触が強い作品になっています。
 主人公二人とその夫との三角関係的な部分や、あくまで事件を大事にしたくない上司との対立などをはさみながら、「ウルフェン」と人間との争いを描いていく著者の筆さばきは達者です。



4150405638デーモン・ナイト〈上〉 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
J.マイケル ストラジンスキー 小倉 多加志
早川書房 1990-01

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J・マイケル・ストラジンスキー『デーモン・ナイト』(小倉多加志訳 ハヤカワ文庫NV)

 幼い頃、両親とともに自動車事故に遭い、両親を失ったエリックは、数十年ぶりに故郷を訪れます。彼が町を訪れるのと時を同じくして、町では殺人や行方不明事件などが相次いで起こっていました。
 エリックは、父親が残した「洞窟を見張れ」という言葉をもとに、町はずれの湖畔の洞窟に何か秘密があるのではないかと疑います。警官から容疑者として疑われるなか、恋人となった作家のリズとともに調査を進めるエリックでしたが、やがて町の人々が次々に狂気にとらわれていきます…。

 町全体が悪魔(悪霊)に支配されてしまう…という伝奇ホラー作品です。
 取り憑かれた一般人は、悪魔のなすがままに、伴侶や友人を殺害してしまいます。一方、主人公には超能力があり、その能力で悪魔に対抗することができます。しかし、能力のコントロールが上手くできないため、都合良く能力を使うことができません。
 主人公は過去に能力が原因で問題を起こしているという設定で、その履歴が警察に知られたことによって、犯罪の容疑者になってしまうといういう流れは上手いですね。
 前半は、町の人々それぞれの人物描写や情景がカットバックで描かれます。町全体がおかしくなる…というのを描くためにやっていると思うのですが、登場人物がやたらと多いのと、それぞれの描写が短いので、正直、印象は薄いです。
 後半、悪魔に取り憑かれた人々が暴れ始め、町はパニックに陥ります。このあたりから非常に盛り上がってきますね。無事なのは主人公エリックのほか、数人のみ。彼らはエリックとともに、悪魔の本拠地に向かうことになります。
 ただ、超能力で戦う主人公よりも、どちらかと言うと、何の能力もない普通の人間たちの戦いの方が読み応えがあります。普通の人間にとっては、敵は強大な存在なので、非常に緊迫感があるのです。特に、教会に立てこもった仲間たちが、包囲した悪魔たちと戦うパートは非常にインパクトが強いです。

 作者のストラジンスキーは、主に脚本畑で活躍してきた人だけに、描写は非常に視覚的です。悪魔の造形や、町が怪異に襲われるというプロット自体はわりとステレオタイプではあるものの、悪魔が町を襲ってくるあたりからの盛り上がりは強烈で、エンターテインメントとしては、なかなかの秀作だと思います。


 以前にジェームズ・ハーバートとショーン・ハトスンについてまとめた記事もリンクしておきます。

 ジェームズ・ハーバートの恐怖小説

 B級ホラーの職人芸  ショーン・ハトスン作品を読む

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6月の気になる新刊と5月の新刊補遺
5月30日刊 『ナイトランド・クォータリー vol.13』(アトリエサード 1836円)
5月31日刊 恒川光太郎 『滅びの園』(KADOKAWA 1728円)
6月4日刊 パトリシア・ハイスミス『死者と踊るリプリー』(河出文庫 予価1058円)
6月7日刊 ヘレン・マクロイ『牧神の影』(ちくま文庫 972円)
6月12日刊 フリオ・コルタサル『奪われた家/天国の扉 動物寓話集』(光文社古典新訳文庫)
6月14日刊 スーザン・ヒル『城の王』(講談社文庫 予価918円)
6月15日刊 アルベルト・マンゲル『図書館 愛諸家の楽園 新装版』(白水社 予価3996)
6月15日刊 ジェレミー・ロビンソン『プロジェクト・ネメシス』(角川文庫 予価1253円)
6月19日刊 スティーヴン・ミルハウザー『十三の物語』(白水社 予価2916円)
6月21日刊 デヴェンドラ・P・ヴァーマ『ゴシックの炎 イギリスにおけるゴシック小説の歴史―その起源、開花、崩壊と影響の残滓』(松柏社 予価4860円)
6月21日刊 ジェイムズ・ハドリー・チェイス『悪女イヴ 新版』(創元推理文庫 予価1080円)
6月21日刊 J・G・バラード『ミレニアム・ピープル』(創元SF文庫 予価1296円)
6月27日刊 エドワード・ゴーリー『ずぶぬれの木曜日』(河出書房新社 予価1296円)
6月29日刊 キャサリン・ライアン・ハワード『遭難信号』(創元推理文庫 予価1490円)

 光文社古典新訳文庫からは、未訳だったフリオ・コルタサルの短篇集『奪われた家/天国の扉 動物寓話集』が刊行です。といっても一部翻訳はあるようですが。

 アルベルト・マンゲル『図書館 愛諸家の楽園』は、図書館や図書室をめぐる本。本好きなら楽しめると思います。同じ著者の作品では『読書の歴史』(柏書房)も面白い本ですね。

 デヴェンドラ・P・ヴァーマ『ゴシックの炎 イギリスにおけるゴシック小説の歴史―その起源、開花、崩壊と影響の残滓』は、ゴシック小説の研究書として日本でも名高い一冊です。
 松柏社は以前にも、デイヴィッド・パンター『恐怖の文学』なんて本を出してますし、こちらの路線を出してゆくのでしょうか。

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アレクサンドル・グリーンの幻想冒険小説2作を読む
 アレクサンドル・グリーン(1880-1932)は、独特の世界観を持つロマンティックな幻想小説・冒険小説を書いたロシアの作家です。ファンタジーに満ちたグリーンの作品世界は「グリーンランディア」と呼ばれています。
 グリーンの作品世界に登場する人物や地名は、独自の響きを持っています。ロシア風のものは少なく、どちらかと言うと英語風の響きを持つ名前が多いです。おそらくロシア本国では、非常にエキゾチックに感じられる名前なのでしょう。
 また日本で翻訳を通して読む場合も、グリーン作品の登場人物名は、ロシア風の名前が頻出する作品よりは、はるかに読みやすく感じられますね。
 今回は、幻想的な冒険小説『黄金の鎖』『波の上を駆ける女』を紹介していきたいと思います。



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黄金の鎖 (1980年) (ハヤカワ文庫―FT)
アレクサンドル・グリーン 深見 弾
早川書房 1980-02-29

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『黄金の鎖』(深見弾訳 ハヤカワ文庫FT)

 船員見習いの少年サンディ・プルーエルは、ある夜、飲みに出かけた船長の代わりに船の番をしていました。そこに現れた二人の男は、至急、自分たちを岬に立つ屋敷まで連れて行ってほしいと頼みます。依頼を引き受けたサンディは、男たちとともに屋敷に向かいます。
 莫大な資産を持つ屋敷の主人ハヌーヴァーは、サンディを気に入り、彼に船員の教育を受けさせることを約束します。屋敷の隠れ通路を見つけたサンディは、そこからハヌーヴァーの婚約者である美女ジゲが話をしているのを聞いてしまいます。彼女はハヌーヴァーを騙して金を巻き上げようとしていたのです。
 もともとハヌーヴァーが愛していたのは、村の純真な娘モーリでした。策略により、ハヌーヴァーがモーリから別れの手紙を受け取っていたことを知ったサンディは、二人の男ドュロクとエスタンプとともに、モーリを迎えに行くことになりますが…。

 船員見習いの少年が体験する数日の冒険を描いた作品です。悪人たちの手により引き裂かれようとする恋人たちを結びつける…という、単純といえば単純なストーリーではあるのですが、物語の舞台や事物がことごとく魅力的で、読んでいて非常に「心地良い」物語です。
 物語の中心となる巨大な館〈黄金の鎖〉が何と言っても魅力的です。機械仕掛けの匠によって立てられたその建物には、ところどころに仕掛けがあり、隠し通路があったり部屋が動いたりします。館の中には海賊の宝が隠されていたり、自動人形が格納されていたりもするのです。
 少年の冒険物語とはいっても、主人公はそれほど危機に陥りません。危機に陥っても、大体において何となく切り抜けてしまうのです。その意味でほとんど「人間的成長」は描かれないのですが、グリーンの描く物語世界は「なんとなく」歩くだけでも魅力的なのだから、じつに不思議です。
 仕掛けに満ちた巨大な城館、自動人形、海賊の宝、そして恋と冒険…。子供の空想を目いっぱい詰め込んだかのような、ロマンティックな作品です。



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波の上を駆ける女 (文学のおくりもの 7)
アレクサンドル・グリーン 安井 侑子
晶文社 1972-01

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『波の上を駆ける女』(安井侑子訳 晶文社)

 ハーヴェイは、船で到着した人々の中に美しい少女を見かけて一目惚れをしてしまいます。ホテルの人間から少女の名前がビーチェ・セニエルであることを聞き出したハーヴェイでしたが、少女はすでに発った後でした。
 ある夜、友人とともにトランプに興じていたハーヴェイは、突然不思議な女の声を耳にします。その声は「波の上を駆ける女」という言葉をささやいていました。しかし周りにそんな女性はいないのです。
 港に出かけたハーヴェイは、停泊している船の中に《波の上を駆ける女》号があるのを見つけます。この船に乗らなくてはならないと考えたハーヴェイは、自分を乗せてくれと船長のゲスに交渉します。
 ゲスは断りますが、船主であるブラウンと直接交渉したハーヴェイは、船に乗ることに成功します。航海の途上、ビーチェ・セニエルの写真が船内に置いてあるのを見つけたハーヴェイは、船員から、船がかってビーチェの父親ネッドのものであったことを知ります。
 ことあるごとにゲスはハーヴェイに食ってかかり、二人の仲は険悪になっていました。ある夜、船客の女性に乱暴を働いたゲスを止めたハーヴェイでしたが、それが決定打となり、激怒したゲスはボートにハーヴェイを乗せ、海に放り出します。
 放り出される直前、ハーヴェイも見たことのない女性が突然現れ、ハーヴェイに同行するとボートに乗り込みますが…。

 耳にした「波の上を駆ける女」という謎の言葉をきっかけに、運命の恋人を求め海をさすらう男の幻想的な物語です。全体に非常にロマンティックなお話で、海の中に放り出されたり、殺人事件の容疑者になったりと、冒険小説的な要素もたっぷりです。
 主人公ハーヴェイを導く「波の上を駆ける女」とは何者なのか? 彼は運命の恋人ビーチェに出会えるのか? 宿敵ゲス船長との争いをはさみながら、舞台もまた海から地上へと移動していきます。

 アレクサンドル・グリーンの作品では、幻想的なモチーフが頻出するのですが、はっきりとした超自然現象が起こることは滅多にありません。しかしこの作品では、明確な超自然現象が起こるため、はっきり「幻想小説」といってしまっていいかと思います。
 冒険小説でもあり恋愛小説でもあり、運命劇でもある作品。しかしその「運命」も一筋縄ではいきません。話の流れから予定調和的なものを予想していた読者は結末で驚くかもしれません。邦訳があるグリーン作品の中では、一番の傑作といっていいのではないでしょうか。


 アレクサンドル・グリーン作品の邦訳は少なく、代表的な長篇『輝く世界』(月刊ペン社→沖積舎)、『黄金の鎖』(ハヤカワ文庫FT)、『波の上を駆ける女』(晶文社)、『深紅の帆』(フレア文庫)、短篇集『消えた太陽』ぐらいでしょうか。
 また近年、アルトアーツより『アレクサンドル・グリーン短篇集』が2冊ほど出ています。

 参考に『深紅の帆』のレビューも挙げておきます。
 夢のかなう国  アレクサンドル・グリーン『深紅の帆』

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

徳間書店《ワールドホラー・ノベル》を読む
 《ワールドホラー・ノベル》シリーズ(徳間書店 1968年)は、主に1950年代に書かれた恐怖・ホラー小説を中心に刊行されたシリーズです。全4冊が刊行されました。4冊のタイトルは以下の通り。

 ロジャー・マンベル『呪いを売る男』
 アルフレッド・ヒッチコック編『私が選んだもっとも怖い話』
  →1970年代に『1ダースの戦慄 精選世界恐怖小説』(トクマ・ノベルズ)というタイトルで再刊
 キャサリン・ターニイ『寝室に棲む亡妻』
 エイブラム・メリット『魔女を焼き殺せ』
  →アトリエサードより新訳版が刊行

 刊行年度の古さもありますが、現在では非常に入手困難になっているシリーズです。先ごろまとめて手に入れる機会があり、読むことができたのですが、今読んでも非常に面白いエンターテインメント・ホラーのシリーズだと言えます。
 以下、内容について簡単に紹介していきたいと思います。



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 アルフレッド・ヒッチコック編『私が選んだもっとも怖い話』(邦枝輝夫訳)はアンソロジーです。収録作品も挙げておきましょう。

 ピーター・フレミング「獲物」
 レイ・ブラッドベリ「群衆」
 H・R・ウェイクフィールド「幽霊ハント」
 ウイリアム・サンブロット「タフな町」
 J・J・ファージョン「警官が来た!」
 フィリップ・マクドナルド「羽根を持った友だち」
 エドワード・L・ペリー「追いはぎ」
 アガサ・クリスティー「神の燈」
 シオドア・スタージョン「それ」
 ポール・エルンスト「小さな地底人」
 リチャード・マシスン「ぼくはだれだ!」
 ロバート・アーサー「悪夢のなかで」

 怪奇プロパーの作家だけでなく、ミステリ、SF系のホラー作品が多く収録されているのが特徴です。全体にレベルが高い作品集ですね。再刊された『1ダースの戦慄』の方は古書でも割とよく見ます。



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 エイブラム・メリット『魔女を焼き殺せ』は、2017年にアトリエサードより新訳版(森沢くみ子訳)が刊行されました。以前に書いたレビューのリンクを載せておきます。

 現実と幻想のあいだ  A・メリット『魔女を焼き殺せ!』



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 ロジャー・マンベル『呪いを売る男』(岡本浜江訳)は、夢を介して間接的に襲ってくる怪異という、面白いテーマの怪奇小説です。

 小さな村の店で働くジェーンは、友人のマイラに、自分の見た奇怪な夢について話します。夢の中で巨大な屋敷が現れ、その内部には得体の知れない何かがいることを感じるものの、自分の意思とは無関係にその家に近づいていってしまうというのです。
 何とか目覚めることができたものの、非常な恐怖を味わったとジェーンは話します。しばらくしてやつれたマイラに出会ったジェーンは驚きます。マイラもまたジェーンと同じ夢を見ており、しかも夢の中ではジェーンよりも先に進んでいるというのです。
 やがて、マイラから夢の話を聞いたマイラの夫アルバートもまた悪夢を見た結果、重態に陥ります。治療に訪れた医師のモーガンは夢の話を信用しませんが、自らもまた悪夢を見ることになります。夢が人の間をたどっていくごとに内容が悪化していくことを認識したモーガンでしたが…。

 夢の話を聞くと悪夢が伝播していく…という題材の怪奇小説です。原因も詳細もわからず、悪夢がどんどんと広がっていく前半の不気味さは強烈です。夢の中に現れると言う屋敷の描写も非常に「怖い」ですね。
 後半「探偵役」ともいうべき人物が登場し、怪異現象の理由について絞込みがなされるため「怖さ」が途中で薄れてしまうのは残念ですが、そこからはどうやって悪夢から逃れるか…という手段を探る展開になり、こちらはこちらで非常に面白くなります。
 登場人物は数人なのですが、それぞれ描き込みが詳細でキャラクターが立っていますね。主役ともいうべきモーガンを始め、ジェーン、マイラ、アルバートといった脇役たちもいい味を出しています。
 お話自体はシンプルなのですが、全体を通して、怪異現象に対しての対抗策とそのための調査、と登場人物たちの目的がはっきりしているので、脱線部分がなく面白く読めます。200ページちょっとという短さながら、読後感は非常に充実しているのは、作家の手腕といっていいかと思います。



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 キャサリン・ターニイ『寝室に棲む亡妻』(永井淳訳)は、黒魔術+幽霊譚というオカルト要素が強めの題材ながら、意外にも夫婦の絆や男女のロマンス、親子関係の機微など、登場人物たちの心理の綾を細やかに描いた、なかなかの佳作でした。

 結婚して別の町に暮らす妹ミランダから訪問の誘いを受けた姉のケティは、再会した妹がやつれているのを見て不審の念を抱きます。何かが自分に乗り移ろうとしていると話したミランダは、その直後に痙攣の発作を起こし流産してしまいます。目覚めたミランダはまるで別人のように振舞うようになります。
 ミランダは、自分はミランダではなく「フェリシア」だと話します。夫のディックはそれを聞いて戦慄します。「フェリシア」は数年前に事故死したディックの先妻だったのです。
 医者は、先妻のことを知ったミランダが、流産のショックからフェリシアのふりをしているのではないかと考えますが、ディックは先妻のことはミランダに話したことは絶対にないと言うのです。かっての義父母であり、フェリシアの親であるブラッドレー夫妻に会ったミランダは、彼らを親と呼び、自分がフェリシアである証拠として過去の事実を話し始めます。やがてブラッドレー夫人も自分の娘が帰ってきたと信じ始めます。
 知り合いの話から、ブラッドレー夫人が娘を甦らせるために、密かに黒魔術を行っていたという噂を聞くに及んで、ミランダの体はフェリシアに乗っ取られていることを信じ始めるディックとケティ。しかしディックは精神的に支配され、手出しができなくなってしまいます。
 やがてブラッドレー夫人は、ミランダを自分の元に返せとケティに迫ります。断れば何が起こるかはわからないと告げられたケティは、友人のモリーやジョンとともに、フェリシアの過去を調べ始めますが…。

 甦った先妻の霊に取り憑かれた妹を救おうと、姉が奮闘するという物語です。霊が本当に存在するのか?という点に関しては、序盤で決着がついてしまい、後は霊をいかにして追い出すか?という展開になります。
 取り憑いた先妻は生前から怪物的な人間であり、さらに黒魔術を操る母親のサポートまで受けているため、なかなか追い払うことができません。主人公を応援する協力者はいるものの、主人公含め魔術の領域では皆、素人であり、全篇を通して、主人公ケティの孤軍奮闘が続きます。
 登場人物たちの関係は非常に複雑で、それぞれの思惑や関係性がドラマを盛り上げていくとことも魅力の一つになっています。先妻フェリシアそのものになったミランダに当惑する夫ディック、ディックとケティの仲を勘繰るフェリシア、 恋人ジョンが過去にフェリシアと関係があったという噂を聞き動揺するケティ、娘に執着するブラッドレー夫人、妻と娘に対し恐れを抱くブラッドレー、そして時折現れる本来の人格であるミランダ。ケティはミランダを救えるのでしょうか?
 登場人物同士が繰り広げるドラマ部分に非常に魅力がある作品で、「ホラー心理小説」とでも呼びたくなります。現代風「ゴシック・ロマンス」の趣きもある佳作ですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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